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はしがき 「学生による授業評価」(以下、授業評価と略記)の実施がほぼ浸透 した今日、それではどのように活用すればよいのか、と戸惑う声が広 く聞かれる。このことは、教育実践やFD(Faculty Development )の 中で授業評価が適切に文脈化されていないことを意味する。すなわち、 多くの授業評価が、教授者とその活動を総括評価する簡便な手段とし てのみ捉えられ、そこからいかに解釈を引き出して次のアクションに 結びつけるか、その指針が共有されていないということではあるまい か。 授業評価は、大学の内側では研究・教育・学習の支援施策と有機的 に連関して、具体的な教育改善につながること、外側では、関心ある
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第 1 ステークホルダー(親や地域、企業など)に対して教育力の指標の一 章 部としてアカウンタビリティを果たすこと、という二つの大きな機能 授 業 を担っており、それらに応じた実施形態や活用方法が求められる。 評 価 個々の授業評価の実施においては、教員・学生・管理運営層にとって の 発 大きな負担がないこと、またそれぞれの立場で、比較的短時間で有用 想 と なフィードバックを得られることなども要請されよう。 歴 史
本書は、教育改善とアカウンタビリティという今日の授業評価の二
つの大きな目的に照らして、いかなる発想と実践が有効であるかをま とめ、大学教員の参考に資することを目ざした。 前半の基礎編では、1章で授業評価を生んだアメリカの社会的背景 を追い、日本での実践の相対化を試みたあと、2章で今日の授業評価 の諸機能を概観し、アメリカの例も引きながら、とくにFD組織のあ り方を検討した。続く3章では、教育改善のプロセスの中で、授業評 価と学生の学習促進を連動させる視点と具体的工夫を提示し、4章で は、アカウンタビリティに関して、とくに誰に向けてどのように説明 するべきかの留意点を整理している。 通常の授業評価は、評定項目をリストしたアンケート形式によるも
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のが多いため、後半の実践編では、まず5章で授業評価アンケートの 作成手順と背景にある考え方を示し、6章でその分析と解釈の仕方を 解説したのち、7章で、事例をもとにアンケート項目の特徴を見いだ す試みを紹介した。さらに8章では、異なる授業の比較から、授業評 価の変動要因を分類するとともに授業改善を行った事例を、9章では、 授業記録や他の教員との協働など授業改善のいくつかの試みの中に有 機的に授業評価を位置づけた事例を紹介した。巻末には、Q & A 集を 付して、読者の便に供した。 本書は、直接には、平成 16 年度−17 年度科学研究費補助金による 『高等教育改善に資する教員・学生の授業評価力と評価測度に関する研 究』(基盤研究(B) (1)
課題番号 16300279
研究代表者 山地弘起)の
成果の一部として公刊するものであるが、我々の実践研究は、平成 9 年度のメディア教育開発センター(NIME)の FD 事業発足以来、継続 されてきた。執筆者の大塚、三尾、山地は当時のスタッフであり、中 村も平成 8 年度まで同僚であった。当初から現・京都大学高等教育研 究開発推進センターとの関係は深く、田口はその後京大から NIME に 移り、また大塚は大学評価・学位授与機構を経て京大に異動している。 今回、大山泰宏氏には科研のメンバーでないにもかかわらず、執筆を 快諾して下さった。同様に、NIME の芝崎順司氏、大学評価・学位授 与機構の栗田佳代子氏には、快くコラム記事を寄せていただいた。こ の場を借りて謝意を表するとともに、ひとまずの里程標ではあるが、 本書が大学教員にとってなにがしかでも役立つことを切に願う。 最後に、本書の制作にあたって貴重なご助言を賜ったメディア教育 開発センターの波多野和彦助教授、および忍耐強く編集の労を執って 下さった玉川大学出版部の成田隆昌氏に、心から御礼を申し上げます。
平成 19 年 3 月 編 者
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目次 はしがき ───────────────3 第Ⅰ部 基礎編
1章
授業評価の発想と歴史 1.学生による授業評価という発想─────────11 2.アメリカの授業評価前史 ─────────── 16 3.授業評価の歴史的展開 ──────────── 20 4.今日への示唆 ──────────────── 29 コラム 日本での授業評価の歴史 ────────── 23
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2章
授業評価の諸機能 1.授業評価の導入で教育は改善されるのか──── 31 2.授業評価の5つの機能 ──────────── 33 3.授業評価を活かすしくみの重要性 ─────── 43 コラム
後輩のための授業評価 ────────────── 40 −ハーバード大学の教育大学院の例 The
POD
Network ────────────── 46
−ファカルティ・ディベロッパーの集い
目 次
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3章
授業評価と学習促進 1.学生と授業評価 ─────────────── 52 2.社会背景と学習観の変化 ─────────── 55 3.学生にとっての授業空間 ─────────── 58 4. 「学生による授業評価」から FD へ
────── 66
5.授業評価を糸口としたパートナーシップへ ── 76 コラム
学習スタイル ────────────────── 61 基礎になる言語力 ──────────────── 73
4章
授業評価とアカウンタビリティ 1.アカウンタビリティとは ─────────── 80 2.大学評価と授業評価 ───────────── 81 3.誰のためのアカウンタビリティ ─────── 86 4.授業評価によっていかに自己表現するか ── 93
第Ⅱ部 実践編
5章
授業評価アンケートの作成 1.授業評価アンケートとは ────────── 105 2.授業評価アンケートとテスト理論 ────── 107 3.評価観点を決める ────────────── 108 4.質問項目を作る ─────────────── 110
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5.回答方式を決める ────────────── 111 6.調査用紙を作る ─────────────── 113 7.調査を実施する ─────────────── 115 コラム
6章
授業評価アンケートの項目プール ───── 116
授業評価アンケートの整理 1.項目ごとの分析 ─────────────── 122 2.評価観点ごとの分析 ───────────── 124 3.項目の精選 ───────────────── 126 4.評定平均値の読み方 ───────────── 128 5.評定平均値にバイアスを与える要因 ──── 134
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6.自由記述の解釈 ─────────────── 136 コラム 「因子分析」とは───────────── 129
7章
授業評価アンケート項目の特徴を探る 1.実践的妥当化を目指して ────────── 139 2.評定平均値の特徴を探る ────────── 140 3.相関分析に見る項目の特徴 ───────── 148 4.項目評定平均値と自由記述 ───────── 157 コラム
授業評価支援システム−REAS for Class−の開発 ─── 152 授業評価とインターネット ──────────── 159
目 次
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授業比較で授業評価 8章
1.授業の比較と開発 ────────────── 166 2.自分の授業を比較する ─────────── 168 3.異なる授業者と比較する ────────── 173 4.マークシートによる毎回の授業調査 ──── 175 5.学生と意見交換「大福帳」────────── 180 コラム
研究室(PC とスキャナ)でマークシート── 177
授業力の向上に向けて 9章
1.授業活動の記録と保存 ─────────── 184 2.授業改善は 1 人でなく仲間と ──────── 187 3.授業評価アンケートの結果を学生と共有 ── 192 4.授業評価を授業開発につなげるポイント ── 194
Q&A 授業評価の導入に際して ──────────── 199 授業評価の実施に際して ──────────── 204 授業評価の解釈に際して ──────────── 210
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1章
授業評価の発想と歴史
1.学生による授業評価という発想 1)授業評価は顧客アンケートか 授業評価は、授業改善のための一つのツールです。ツールであるか ぎり、その適用には限界があります。また、どんな道具にも使用説明 書がついているように、その原理を正しく理解し適切に使用しなけれ ばなりません。誤った使い方は害を及ぼすことさえあります。本章で は、授業評価の依拠する前提について探求します。そのために、現在 の授業評価に見られる発想について検討するばかりでなく、授業評価 11
という発想が歴史的に、いつどのようにして生まれてきたのかといっ た時間的な根源も遡ってみます。こうした作業を通して、授業評価の 背後に隠れた前提を明らかにして、そこから、現在の授業評価を見直 す視点を提供できればと思います。 まず、次のことを問いかけてみましょう。授業評価は、なぜあのよ うな形式なのでしょう。つまり、質問項目に対して「あてはまる、あ てはまらない」の度合いで答えていく回答方式(正確にはリッカート 法と呼ばれるものです)なのでしょうか。もちろん、自由記述による 評価もありますが、主流はこのリッカート法です。この尺度は、対象 に対する一つの記述の方法です。今でこそアンケート調査などでもな じみの深い方式となっていますが、これを用いるときには、回答者と 評定の対象とのあいだには、ある特定の関係性が前提とされています。 たとえば、自分の家族や恋人、友人などに関して記述して、誰かに伝 えるとき、この回答方式を使うでしょうか。それはまず考えられませ ん。むしろ、自分に対してどのように映るかといったことを中心とし て、もっと直観的で了解的に、ことばによって記述していくはずです。
1 章 授 業 評 価 の 発 想 と 歴 史
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また、家族や友人に対して、こういうところを改めてほしいというと きに、評定尺度で記述して伝えるでしょうか。それも考えられません。 自分の意見をいって話し合いをするはずです。ここからわかるように、 通常の人間関係を記述するときには、このような評定尺度は用いない のです。 では逆に、評定尺度による記述や意見の聴取がよく用いられる領域 とはどんなものでしょうか。たとえばレストランに行ったときに、そ このサービスに関してアンケートを求められるということがよくあり ます。アンケート用紙には、価格、味、量、接客態度などに関して、 そのレストランが知りたいと思う質問項目が書いてあり、それに対し て「あてはまる、あてはまらない」の度合いで答えていくわけです。 同様なアンケートは、ホテルや行政機関などでも行われています。顧 客アンケートといわれるものです。 顧客アンケートが有効であるためには、いくつかの条件があります。 第 Ⅰ 部 基 礎 編
まず、アンケートの対象となるのは、特定のサービスを提供する機能 であるということです。すなわち、アンケートの対象は、一定の目的 の実現のために作られたものであり、その役割がはっきりしているも のです。そして、それを評価する人との関係は、そのサービスの提供 者と享受者ということに基づく契約的な関係となっているものです。 大学の授業も、このようなサービスでしょうか。もちろん、そのよ うな一面があることは否めません。学生は授業料を支払い、そのこと によって教育を受けるというサービスを受けているわけです。そして 教員と学生の関係は、このようなサービスの提供者と享受者というこ とを基本としてできあがるわけです。しかしながら、教育ということ の本質上、このようなモデルでは語りきれないことは自明です。授業 の大切な目的の一つは、そのことによって学生の思考を鍛えていくこ とにあります。一般のサービスの場合、たとえばホテルに泊まったり レストランで食事をしたりといったことで得られるのは「満足」であ り、これは基本的に、サービスの享受者がすでに持っている感覚や価 値観の枠組みの内部で行われることです。ホテルに泊まったからとい って、「成長した」とか「認識が変わった」とかいうことが生じるこ
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とはまずありません。レストランでも、「食事に関する概念が変わっ た」などというすばらしい体験をするのは、よほどの高級レストラン でのことで(そもそも、このような質の高いサービスをするレストラ ンは、ふつうアンケートなんかやっていませんが)、食事をしたこと で認識が変わることなどごくまれです。 これに対して授業の場合は、学生が持っている感覚や価値観を広げ ていくことが、とても大切な目的であり、それこそが教育の本質だと もいえます。そこでは、教員と学生の関係は、単なるサービスの提供 者と享受者ではありません。親子関係において、子どもが満足するよ うなサービスを提供する親が、必ずしも子どもを立派に教育できるわ けではないのと同じように、教育においても、場合によっては、学生 が現在持っている感覚や価値観にとっては不快なもの、不一致なもの を提供しなければならない場合さえあるのです。
1 章 授 一時的な関係よりも、ずっと長期にわたる複雑なものです。たしかに 業 評 それは機能的に形成された関係という側面を持ってはいますが、それ 価 の よりももっと人格的な関わりを必要とするものです。レストランやホ 発 テルでは(とくに日本の場合)、接客はマニュアル化されており、サ 想 と ービス提供者の素の人格が出てくることはありません。しかし授業は、 歴 史
さらに、授業における教育的関係とは、レストランやホテルなどの
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マニュアルに従って行われるのではありません。授業者の人格が見え ない授業など、そもそも魅力がないものでしょう。
要するに授業とは、サービスの提供ではあるにしても、顧客アンケ ートがしばしば用いられるようなサービスとは、大きく異なるという ことです。しかし残念なことに、授業評価を積極的に導入しようとす る論拠にせよ、意味ないものだとして退ける論拠にせよ、授業評価を このような顧客アンケートと同種のものとして捉えられていることが、 多々あります。授業評価を顧客アンケートのようなものとして捉えて しまうことは、授業を通した教育というものの、最も大切な点を見落 としてしまうことになります。授業評価を学生という「顧客」の声を 反映させるためのものだとした場合は、契約的・機能的関係に回収す ることのできない教員と学生のあいだの人格的関係を、そして教員は
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学生にとって不快で不一致なものも与えなければならないという教育 的側面を、見落としてしまうことになります。また逆に、授業評価は 顧客アンケートと同じだとして退けるならば、授業をまるで家族の馴 れ合いの関係のようにしてしまったり、「教育的だ」として教員が学 生に対してまったく不適切な介入をすることを正当化してしまったり する危険を冒すことになります。 顧客アンケートではないとしたら、授業評価は授業のどのような側 面を記述し、それがどのようにして授業の改善ということに資するの か、そのことを次に明らかにしていかねばなりません。 2)授業評価と心理テスト 授業評価が授業のどのような側面を記述し、それがなぜどのように して、授業の改善に資するのかということを考えるためにも、授業評 価が評定項目を使用していることの背後にある前提に、もう少し着目 してみましょう。顧客アンケートだけでなく、このようなリッカート 第 Ⅰ 部 基 礎 編
法の回答方式が使われるものが他にもあります。その代表的なものは、 心理テストです。好みや習慣的行動などに関する文が並んでいて、そ れに対して「あてはまる」から「あてはまらない」の 5 段階ぐらいの 尺度で答え、その回答のパターンを分析することによって、心の様子 がわかるというものです。 リッカート法は、社会心理学者のリッカート(Likert, R. )が 1932 年に完成したものです。それ以前にも、別の形での評定尺度による測 定の試みは、多くありました。このような評定尺度が最初に用いられ たのは、人格や性格を測定するためではなく、個人の態度や意見を測 定するためでした。20 世紀はじめのアメリカでは、社会心理学や群 衆心理学といったものが非常に盛んでした。それ以前のアメリカは、 ヨーロッパに自分たちの文化や社会の由来を見ていたのですが、ちょ うどこの頃から、ヨーロッパとは異なったアメリカとしての自分たち のアイデンティティや文化というものを、意識的に模索しはじめてい ました。したがって、ヨーロッパに起源を持つそれまでの伝統的な価 値観や規範といったものに従うのでなく、個々人の行動や欲望の追求 といったものからどのように社会集団が生まれ、人々の関係が展開し、
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社会的な価値や規範が生じるのかといった問題意識がありました。そ のことを、社会心理学という学問領域が、探求しようとしていたので した。そして、個々人の意見や態度を測定するために、このような回 答方式が考えられたのです。 尺度による測定法をアメリカで発展させることになったもう一つの 潮流は、アメリカ社会に訪れていたテストブームです。フランスのビ ネ(Binet, A . )が考案した知能テストは、本国のフランスよりもア メリカで大流行しました。たとえば第一次世界大戦では、兵士の能力 を査定し適切な配置を行うために、知能テストが行われました。また、 ターマン(Terman, L. M.)という心理学者は、大規模な調査を行い、 知能テストを標準化するとともに、知能指数という考え方を提唱しま した。このような知能の考え方には、ある特徴があります。それは人 間の能力というものを、要素に分解できると考えることです。本稿で は紙面の関係であまり詳しく述べませんが、アメリカの心理学に大き な影響を与えたのは、機能主義というイギリスで隆盛した考え方でし 15
た。観念や思考といった人間の複雑な心的機能は、単純な複数の要素 に分解できるという考え方です。この考えに従い、知能という複雑に 構成された人間の能力も、いくつかの単純な要素、単純なパフォーマ ンスの組み合わせで探求し記述しようとしたのです。これはフランス のビネの知能の考え方が、一般知能という分解できない総合的な知能 を考えていたのと対照的です。 ここまでくれば、授業評価の背後に隠れている考え方の一つは、だ いぶん明らかになってきたと思います。すなわち、授業という複雑な ものを単純な要素に分解してその組み合わせで授業を記述するという のは、まさにこうした機能主義的な考え方にのっとったものなのです。 そして、授業評価の場合、その要素とは、質問項目に従って学生が着 目して見いだした授業の性質なのです。 ところでここで、授業評価の発想を検討するうえで注目しなければ ならない非常に不思議なことがあります。社会心理学における測定は、 個人が特定の事象に対してどのような態度をとるのか、どのような意 見を持っているのかといった、個人の主観を測ろうとするものでした。
1 章 授 業 評 価 の 発 想 と 歴 史
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いっぽう知能の測定は、その測定対象(被験者)がどのようなパフォ ーマンスを示すかを正確に測ろうとする、客観的測定をめざしたもの でした。このふたつの発想はまったく正反対です。ところが、授業評 価においては、学生が授業という事象に対して主観的に示す意見や態 度が、そのまま授業に関する記述であるというふうに客観化されてし まっているのです。授業に対する学生の意見や態度を測定するもので ありながら、それは学生の主観的態度ということをこえて、授業の質 を評価するもの、さらにいえば授業の良し悪しを評価するものになっ ているのです。主観の測定であったものが、客観の測定へとすり替え られているのです。 こうした発想の飛躍や不思議さというものは、授業評価ということ が当たり前になってしまった現在では、見えにくくなっているかもし れません。しかしながら、実はこのようなトリックを可能にした思想 史的背景を明らかにしていくことが、授業評価の本質を考えていくた 第 Ⅰ 部 基 礎 編
めにとても重要なことなのです。この謎をとくために、授業評価が生 まれてきた頃のアメリカの状況を、もう少し詳しく見てみましょう。
2.アメリカの授業評価前史 1)授業評価の社会背景 授業評価は、いつごろ始まったのでしょうか。それは 1970 年頃と 紹介されることが多いかと思います。ベトナム戦争への反戦運動は、 世界的な学生運動と結びつき、アメリカの大学の改革を迫るようにな っていました。それまでのアメリカの大学は、現在のように教員がノ ーネクタイで学生とはファーストネームで呼び合うというような関係 ではなく、教員は学生にとって権威をもった圧倒的に上の存在だった そうです。しかしながら象牙の塔に閉じこもっていた大学の教員たち は、ベトナム戦争の抑止には無力であるばかりか、適切な態度を示せ ませんでした。これに対して学生たちは社会やコミュニティと結びつ いた大学の在り方を求め、教員と学生との対等な関係を求め、学生の 大学運営への参画を求めたのです。そのとき、学生が自主的に始めた 授業評価が、学生サービスの一環として制度化された、というのが授
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業評価の始まりだとして紹介されることが多いと思います。 授業評価というものが制度化され、大学が組織的に行うようになっ たのは、たしかにその頃です。しかしながら実は、授業評価の始まり 自体は、第一次世界大戦と第二次世界大戦とのあいだの 1920 年代に まで遡ります。 授業評価の始まった 1920 年代のアメリカを表現するキーワードを見 ておきましょう。1920 年には最初のラジオ放送が始まり、ほどなくし てラジオは、アメリカの市民の日常生活の一部となりました。家にい ながら、ラジオを通してさまざまな情報が入ってくるようになったの です。また、この頃は先述したように、ヨーロッパとは異なった独自 のアメリカ文化のアイデンティティを求めだした時代です。西海岸の ハリウッドでは盛んに映画が作られ大衆文化として定着し、ディズニ ーのミッキーマウスが誕生し、ラジオからはアメリカ南部を発祥とす
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るジャズが流れていました。また、ニューヨークのマンハッタンでは、 章 摩天楼の建設ラッシュが訪れていました。第一次世界大戦後のアメリ 17
カは好景気に沸き、ヨーロッパの伝統的社会とは異なった、新しい社 会のあり方を求める気風にあふれていたのです。 この好景気を可能としたのは、自動車産業を中心とする重工業の発展 です。いわゆるフォードシステムによって、大量生産が可能となってい ました。 (部品を組み合わせることで一つのものができあがるというの は、まるで、人間の能力を要素に分けて考えるのと同じ発想ではありま せんか!)また、急激に発展しつつある工業のための労働力として、移 民の受け入れが積極的に行われるようになっていました。 このころの大学に目を転じてみましょう。アメリカの大学は 19 世 紀末から、州立大学の相次ぐ設立から大学の数も増え、市民のための 実学を教える役割も担うようになっていました。学生数も増大し、こ の学生の増加とニーズの多様化にあわせて、選択科目制もすでに導入 され始めていました。要するに、大学の多様化と大衆化が生じ始めて いたのです。また、資金に余裕のある産業界は、競ってアメリカの大 学に寄付をするようになり、寄付講座や奨学金制度を設けたり、建物 を寄付したりしていました。大学の経営にも産業界が入り込むように
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なり、当時の大学の理事の人名録には企業の要人が名を連ねていたと いうことです。こうして、産業界が大学に対していろいろと注文をつ けるという状況が生じていました。また、鉄道王のスタンフォードや 鉄鋼王カーネギーなどによって新しい大学が設立され、これまでの伝 統的教育とは異なった「企業にとって役立つ人材」を育成するように なっていました。 当時のアメリカの大学は、19 世紀後半のいわゆるドイツインパク トが落ち着いた後でした。ドイツインパクトとは、研究中心のドイツ の大学の水準の高さにアメリカから行った留学生たちがショックを受 け、これにならってアメリカの大学を研究中心に大学院化し、専門教 育重視の大学を作りあげた運動です。ところが大学院の研究中心の専 門教育は、アメリカの一般市民や産業界からの要請とは必ずしも一致 しないものでした。大学が研究重視に傾いてしまっていたため、学士 課程教育に力が注がれていなかったのも事実でした。また、学部の大 第 Ⅰ 部 基 礎 編
学教員は、博士の学位取得者も少なく、ドイツの大学に比べるとまだ まだ見劣りするものでした。かくして学士課程教育の質と有効性に関 して、企業やマスコミから批判キャンペーンが展開され始めました。 2)授業評価への助走 大学改革が強く意識されたのは、とりわけ工業が盛んなシカゴを中 心とする五大湖周辺地域だったようです。この地域は産業界の勢力が 強いばかりでなく、比較的歴史ある総合的大学も多く、大学のあり方 をめぐる葛藤が先鋭化して現れる場所でした。いくつかの大学で学部 教育の改善のプロジェクトが始まったのですが、その中には、大学の 管理者の権限や裁量を強め大学を一つの「企業」として発想し改革し ていくという方向性のものもあります。しかし大学教員と学生とが共 同して新しい大学のあり方や自律性を模索していこうという運動も明 確に見られたことを見落としてはなりません。 たとえば 1924 年のダートマス大学では、大学教育に関する調査が 教員と学生の共同で行われ、大学教育において学生の視点から見た大 学教育の良し悪しということを、一つの改善の基準として考えていこ うというアイデアが提出されました。このアイデアは、1925 年にノ
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ースイースタン大学のブルックス(Brooks, 1925)が発表した調査に も、明確に見られます。この調査は、各大学の学業優秀な学生をヨー ロッパに留学生として派遣するプログラムであるロードス・スカラー ズに選ばれた学生を対象に、良い大学教員だと自分が思う特質を、い くつかの性格特性を表す語から選択してもらうものです。すなわち、 エリート学生が見た理想の大学教員とはどのような人物なのかを知ろ うというものです。それによれば高い頻度で選択されたのは、「学生 に能動性を与えてくれる」「授業がよく練られている」「学生の視点に立 ってくれる」「清廉潔白」という特性でした。 翌年 1926 年にミシガン大学のデイビス(Davis, 1926)は、授業に 参加している学生 76 人に、小学校から大学までで自分が出会った最 も良い教師について思い出してもらい、その特性を自由記述してもら うことから、優れた大学教員の特質を明らかにしようとする試みを発 表しました。この調査では、76 人中 76 人が、良い教師の特性として 「生徒に対する関心、たとえば共感性や気さくさを示してくれる」と 19
いうことを挙げ、さらには 58 人が「教える能力。たとえばテーマを 興味深く提示し、知的刺激を与えてくれる」を挙げています。次いで 「人となり」「教えることや教えるテーマへの純粋な関心」「見かけが こぎれいで魅力的」「教えるテーマに関してよく知っている」などが 続きます。 1926 年にはシカゴ大学でも、学生と教員による共同の委員会 (Faculty-student Committee in the Quality of Instruction in Elementary Courses) が、学生の視点を取り入れた大学教育改革の 方向性を示唆するためのレポートを発表し、教員の望ましい特性とい うものを示しています(University of Chicago, 1926)。このように学 生を参加させ学生の意見をきくということは、けっして大学の改革の 方向性を学生に迎合して、大学の自治や学問の自由を、学生消費者主 義の中に売り渡していくことではありません。むしろまったく逆に、 学生の意見をきくことは、大学の自治と学問の自由を守るという意味 合いを強く持っていたのです。これは、シカゴ大学の報告書が、大学 の自治と学問の自由を守るために 1920 年に設立された、大学教授連
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合(AAUP: American Association of University Professors) から 発行されていることからもわかります。 教育改善に際して学生の望む教師像をきくという試みが行われた理由 を深く理解するためには、当時の教育思想にもう少し深く立ち入る必 要があります。当時のアメリカの教育界で最も大きな影響力を持って いたのは、デューイの教育思想でした。デューイはまず、人間の学習 というものを、人間が経験や活動を通して能動的に構成していくもの であると考えます。知性というものは、活動の中から生まれ次第に組 織化されていくと考えるのです。この発想に基づいて彼がシカゴ大学 の附属小学校として作った実験学校は、教育上の大きな成果を収めて いました。彼の思想は、ヨーロッパからの知性の継承というより、新 しい知のあり方を作ろうとするアメリカの人々に歓迎される思想でし た。デューイの教育思想は、現在でも、総合的な学習や、問題解決型 学習(problem - based learning)といった能動的学習法にも、直接に受 第 Ⅰ 部 基 礎 編
け継がれています。このような学習者の主体ということに重きを置く 教育思想に従うならば、教育改善は、学生が主体的に学べるような環 境として整備すべきだ、そのためには当事者(主体)である学生の意 見をきくべきだという発想に至るのは、ごく自然なことです。同時に それは、何より民主主義の思想でもあったのです。
3.授業評価の歴史的展開 1)授業評価の萌芽 授業評価の始まりを示す記念碑的な論文は、パーデュー大学のブラ ンデンバーグとレマーズによって 1927 年に発表されました (Brandenburg & Remmers, 1927)。これは、先述した先行研究で 「教師が持つべき特性」として示されたリストから重要な 10 個の項目 を挙げ、自分が授業を受けた教員はそれにどれくらいあてはまると思 うかを学生にきくものです。このころはまだ、リッカート法は完成し ていなかったので、彼らの考案した評定尺度は 100 の目盛りからなり、 それぞれの観点においてその学生にチェックを入れてもらうものにな っています。100 目盛りのスケールには、その観点についてポジティ
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図 1-1
ブランデンバーグとレマーズの評定尺度
1 章 授 ラルな場合の特性が真ん中に書いてあります。図 1-1 が、彼らの作っ 業 評 た尺度の一部です。ブランデンバーグもレマーズも社会心理学者であ 価 の り、彼らの論文には、こうした回答方式がいろいろと工夫されていた 発 時代の空気とでもいうものが感じられます(サーストンも、まさにこ 想 と の授業評価が生まれたのと同時期に、シカゴ大学で活躍していました) 。 歴 史
ヴな場合の特性とネガティヴな場合の特性が両端に、そしてニュート
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この調査は、学生の本音を知ることができるように、学生には回答
によって利害が及ばぬことを強調したうえで、匿名で教員は同席せず に答えていくことが求められています。100 目盛りという回答方式の 違いを別とするならば、ここで発表された評価項目は、現在私たちが 使用しているものの、まさに原型をなしています。「(授業者自身が自 分の教える)テーマへの関心をどのくらい持っているか」「学生に対 して共感的な態度を持っているか」「成績評価は公正か」「オープンで 柔軟な態度か」「授業の題材の提示の仕方はどうか」「バランス感覚と ユーモアはどうか」「自己確信があり堂々としているか」「学生が困る ようなこだわりや奇矯さがないか」「身なりは清潔か」「知的好奇心を 刺激したか」といった項目は、現在使われている授業評価でもよく見 かけるものです。
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ブランデンバーグたちが考えだした評定尺度は、正確には「授業評 価」(course evaluation)ではなく「教員のための評定尺度」(rating scales for instructors)として考えられていました。これは人物の査 定であって、授業というパフォーマンスに関して評価する「授業評価」 より一方的な決めつけをして危険だと思われるかもしれません。しか し、ブランデンバーグとレマーズにとって、この尺度はあくまでも教 員が自分自身を振り返るために学生の視点や考えを知るためのもので した。彼らは述べています「(この尺度によって示される)学生の判 断がどの程度妥当であるかは不明確である。学生が判断する学生にと っての教員の価値をそのまま、その教員が大学や社会に対して持って いる価値としてみなしてはならない」と。そして彼らは、この尺度は あくまでも教員が自分の授業を振り返るために自発的に行うべきもの であり、管理職によって強制的に使用されてはならないとも強調して います。 第 Ⅰ 部 基 礎 編
とはいっても、学生の判断が正しいかどうかわからないとしたら、 なぜ学生の意見をきいて自分自身を振り返ることに意味があるのでし ょうか。もし学生の判断が間違っていたとしたら、それに従った「改 善」は逆効果なのではないでしょうか。こうした生じうる疑問に対し て、彼らは次のようにはっきりと述べています。「学生の判断が正し いかどうかは、二の次である。大切なのは、教員に対するそうした判 断そのものが、学生の総体的な学びの環境(total learning situation) の一要因であるということである。さらにいえば、最も影響力のある 要因であり、学習者の知的一般的知能を別とすると、おそらくは学習 環境(条件)の中で最も重要な要素なのである」。要するに、学生の 授業者に対する主観的な判断こそが、学習意欲や動機づけなどの学び への態度を決定する、すなわち学生の学びの環境を構成する重要な要 因だと考えられているのです。この発想こそが、学生の主観的世界の 測定を、授業の客観的測定に置き換えるというトリックを支えるもの だったのです。 2)授業評価の発展 授業評価の始まりを示す論文の発表と同年、ブランデンバーグとレ
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日本での授業評価の歴史は、アメリカにおける歴史よりもずっ
コ ラ ム
日 本 で の 授 業 評 価 の 歴 史
と浅いものです。これはいちがいに批判すべきことではなく、大 学に対する社会からの位置づけに大きく関連しています。学生に よる授業評価が制度として積極的に取り入れられた国は、アメリ カ、イギリス、オーストラリアなどのアングロサクソン文化圏で、 どちらかといえば実利的・功利的な思想史的伝統を持つところで す。また、環境主義・経験主義といった思想史的伝統もあり、学 生を育てるための学生サービスも盛んな文化圏です。 これに対して、非常に大雑把ないい方を許していただければ、 大学教育の使命を、先人たちが積み上げてきた知の継承としてと らえる傾向が強い大学や文化圏では、授業評価の導入は遅く、整 備されていないといってよいでしょう。ヨーロッパでも大陸側の 国がそれにあたります。実際、アメリカにおいても、1970 年代 に授業評価の制度化が始まったのは、伝統的なエリート校からで はなく、市民育成や実利教育に力点の置かれた中堅大学からだっ たということにも着目しなければなりません。 日本の場合、第二次世界大戦後の新制大学の発足により実質的 に大学は大衆化の途を歩み始めました。そして、60 年代と 70 年
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代を通じ進学率は急速に増大し、80 年代に入る頃にはすでに大衆 化の状況は明確でした。しかしこのころは、まさに進学率の増大 そのものに見られるように、大学への暗黙の信頼と期待があった のです。大学の教育は、今すぐに役に立たなくとも、それが持つ 潜在的な力とでもいうべきものが仮定されており、その教育の適 切性や有効性といったことに関しては、あまり議論されることが ありませんでした。 しかしながら 80 年代後半の臨時教育審議会のいくつかの答申を 経て、国際競争を生き抜くための大学教育の有効性という視点が 意識されるようになり、高等教育の再編を求める声も出てき始め ました。90 年代になると日本経済が不況に転じたことも手伝い、 とりわけ企業から大学教育に関して厳しい目が向けられるように なりました。象徴的なのは、スイスの経営開発国際研究所(IMD) が出している『世界競争力白書』91 年度版のデータが誤解され、 「日本の大学教育は調査対象 49 カ国中最下位である」という信念 が広がったことです。実際には、日本の経済・産業界の少数のエ グゼクティヴが「日本の大学教育は役にたっていない」と厳しく 回答したということだったのですが、あたかもそれが国際的な評
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価であるかのように勘違いされ、一挙に、大学教育に対する危機 意識や批判が表面化しました。また 1991 年は大学設置基準が大 綱化されたときでもあり、大学の自主的な質的保証のためのシス テムが要求されるようになりました。こうしたことが背景となり、 90 年代後半から現在に至る、急速な授業評価の広まりに結びつい ていきます。 しかし、日本で授業評価が導入されたのは、けっしてそのよう な外発的理由に還元できるものではありません。それより以前か ら、大学教員自身により大学教育の改善をめざすものとして、そ の実践と理論的基盤は着々と準備されていました。1984 年には、 東海大学で安岡高志氏をはじめとするグループが、ロンドン大学 の例に倣い、尺度項目による授業評価を自発的に行い始めていま した。そこでの実践と研究成果は 1985 年の一般教育学会(現・ 大学教育学会)の課題研究集会で発表され、大きな反響を呼びま した。また、国際基督教大学では、1985 年頃にはすでに「学生に よる授業評価」 (現:授業効果調査)を一部で制度化していました。 第 Ⅰ 部 基 礎 編
ただし、有志による授業評価は、実にその 20 年以上前から実施さ れていたということです。さらに、1988 年には三重大学教育学部 の織田揮準氏が、記述式の授業評価ともいえる「大福帳」の使用 を始めています。こうした授業評価はいずれも、大学教育の改善 をなすことは教員としての務めだという発想のもとに行われたも のでした。授業評価を、学生からのフィードバックをもらうもの だと最大限に拡大して捉えるならば、個人ベースの授業評価の使 用の開始は、もっと時代が遡るかもしれません。 このような実践と同時に、一般教育学会を中心として、授業評 価に関する理論的な研究や提言も積み重ねられていました。この 学会では、すでに 80 年代の半ばに、教員評価の必要性を提言しま した(絹川正吉・原一雄(1985)大学教員評価の視点『一般教育 学会誌』7 巻第 2 号) 。そこでは、教員の教育業績の評価が、大学 教育(とりわけ一般教育)の質の維持と、適切で公平な業績評価 の制度の確立のためにも必要であると示唆されました。授業評価 はその一つとして、教員の行ったことを正当に評価するとともに、 改善点を発見し自律的に教育の質を維持していくための不可欠の ものとして位置づけられました。 1990 年に開設された慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC) では、授業評価をすべての教員に対して行うということで注目を
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集めました。ところで、当時、大学共同利用機関であった放送教 育開発センター(現:メディア教育開発センター)では、1992 年より大塚雄作氏を中心として「教授・学習評価支援システム」 の研究開発に着手しました。同センターは 1986 年の時点ですで に、放送大学の学生動向調査、教材評価など、授業評価につなが る調査を行っていました。 「教授・学習評価支援システム」は、そ れらの調査を拡張・統合するとともに、大学教員のためのサービ スの提供をめざしたものでした。このシステムでは、授業評価な どに利用できる調査項目データベースから、教員が自分の目的に 応じた項目を選択すれば、マークシートの作成と結果の解析、フ ィードバックのサービスなどを受けることができました。また、 データが蓄積されることで、授業評価の研究にも役立つことが期 待されていました。実際、同センターでは「大学授業の自己改善 法」という FD 事業を 1997 年度から 4 年間実施し、それに関連 づける形でこのシステムによる一般サービスを行っていました。 こうした大学教員が気軽に利用できる授業評価のリソースは、日 本での授業評価の認知と広がりに大きな役割を果たしたといえま す。今日日本で使用されている授業評価にも、メディア教育開発 25
センターの開発した項目が参照されている例が多いようです。現 在この教授・学習評価支援システムは、インターネット上のサー ビスとして進化し、同センターの REAS に引き継がれています (152 ページのコラム参照) 。 授業評価を大学全体で、すなわち「全学的に」行うようになっ たのは、1993 年の東海大学の事例が日本では最初です。北海道 大学でも、1993 年の試行段階を経て 1994 年に全学的な授業評 価を行いました(ただし、毎年行われるようになったのは 99 年度 からです) 。その後、多くの大学で授業評価が導入されるようにな っていきました。現在では、授業評価は次第に制度化がすすみ、 当たり前のものになっています。しかし、だからこそ、授業評価 を導入しようとした先駆者たちの、大学教育の自己改善をやって いこうという、発想や願いというものを、もう一度振り返ってみ る必要があるといえるかもしれません。
(大山泰宏)
1 章 授 業 評 価 の 発 想 と 歴 史
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マーズは、この尺度の妥当性と信頼性を検討するために別の論文も発 表しています(Remmers & Brandenburg, 1927)。ここで目を引く大 前提は、この評定尺度では妥当性と信頼性とは同じものであると考え られていることです。5 章で詳細な説明がありますが、その尺度が 「ほんとうに測りたいものを測っているか」という妥当性は、その尺 度が「時間や対象が変わっても安定しているか」という信頼性とは別 のものとして考えるのが一般的です。ところが、この「教員のための 尺度」はあくまでも学生の主観を調べるためのものであるので、個々 人の主観が妥当であるかどうかは、原理的に問うことはできません。 したがって、安定して学生の主観が測定できるのであれば、それは学 生の主観を「正確」に反映しているであろう(すなわち学生の主観の 妥当な尺度)であるという、現在の測定理論から見ればいくぶん無理 のある議論を彼らは展開しています。そして信頼性だけを検証すれば、 妥当性も検証したことになるというわけです。 第 Ⅰ 部 基 礎 編
かくして彼らはこの尺度の信頼性を検証するのですが、統計的調査 手法が発展途上にあった当時の方法は、現在のこうした尺度の信頼性 の検討とはかなり異なっています。それを説明するとかなり専門的な 話になるのでここでは割愛しますが、次のことを確認しておきたいと 思います。それはこの 2 番目の論文において、この尺度によって測定 されるものは、教員に対する学生の主観的な判断を超えて、教員の具 有する何らかの客観的特性を表すものという方向に、彼らの論調が微 妙に変化してきているということです。すなわち、多くの学生の主観 の総体から、教員の客観的な性質が現れてくると考えられるようにな っていることです。ちょうど民意の総和が妥当性を持つという、民主 主義のロジックのように。 さて、こうしてレマーズたちが「教員のための尺度」を発表した後、 その影響を受けつつ、他の大学でもいくつかの尺度が独自に工夫され ました。たとえばワシントン大学(University of Washington)では、 授業と教員に関するアンケートを学生に組織的に実施しています。こ れは成績との関連を調べるために、学生には記名式で答えてもらうも のでした。授業に関して問う項目ばかりでなく、出席率、授業を受講
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した理由、予習復習のために費やした時間などに関する質問項目があ るのも、特徴的です。すなわち、学生のトータルな学習の態度や行動 と、彼らの授業(教員)に対する評価との関連を明らかにしようとす る試みだったといえます。またケンタッキー大学では、授業者のセル フチェックシートが使用されました。そこでは、自分の授業に関して 教員が振り返るための、さまざまな観点が書かれています。たとえば、 一般的な授業に対する事柄をきく項目のほか、 「教室の換気はよかった か」 「照度は十分だったか」 「身だしなみ」 「ユーモアのセンス」といっ た項目などもきいています。 以上のように評定尺度を利用したもののほかにも、記述式の授業評 価の手法も提唱されました。レマーズたちと同じパーデュー大学のヴ ィコフ(Wykoff, 1929)は、評定尺度方式では、評価が高くなりがちで、 建設的な批判もなされにくいと指摘し、授業内容と教授法との 2 つに対 して「肯定的に評価できる点」 (constructive criticism)と「否定的に しか評価できない点」 (destructive criticism)の両方を挙げてもらうと 27
いう、記述式の授業評価法を提唱しました。こうした、よい点と改善 すべき点の両方に着目させて回答を引き出すという手法は、今でも記 述式の授業評価でも基本的な方式となっています。このように、現在 私たちが利用している授業評価の基本的な形式と発想は、1930 年まで にほとんど出揃っているといっても、過言ではありません。 3)授業評価への批判から再興へ 教員に対する学生の主観的な意見をきいて、それをもとに自分自身 のことを振り返るために考案された「教員のための評価」ですが、残 念なことに次第にそれは管理のための手段として、経営者から用いら れるようになっていったようです。すなわち、学生や卒業生に、教員 に対する人物評価をきくことで、教員の良し悪しの査定に利用するた めのものとなってしまったようです。 1933 年 に ア メ リ カ 大 学 教 授 連 合 ( American Association of University Professors)から刊行されたレポート(Report of the Committee on College and University Teaching )では、こうした状況へ の批判がはっきりと読み取れます。このレポートでは、教員評価が経
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営者によって、当事者の教員から何の助言も得ず、また同意を得るこ ともなく、抜き打ちでやられていることに不快感を示しています。そ ればかりか、この評定の方式の適切さについても疑問を呈しています。 すなわち、教員の良し悪しは学生の判断だけで決まるものではない、 とくに学部学生は、教員の見かけや独特のやり方、学生の活動に興味 を持ってくれているかどうかといったことに強く影響されがちであり、 その判断にあまり信頼をおいてはだめだとしています。また、わかり やすい授業だと高い評価を得たからといってそれが良い授業とは限ら ない、なぜならわかりやすい授業では学生の側は知的な作業をする必 要のないわけで、結局それは良くない教育だ、というようなことも述 べられています。そのうえで、教員たちが自分自身で授業改善を行う プロジェクトを立てることが望ましいとし、そのための専門の事務員 を配置すべきだとか、資金援助をするべきだといったことを主張して います。教員が自ら主体的に教育を改善しようとするプロセスの中で、 第 Ⅰ 部 基 礎 編
学生の意見をきくことはあってもよいが、あくまでも主体は教員であ ることを、強調しているのです。本稿の範囲をこえるので、ここでは 詳述しませんが、このレポートを受け 1940 年代には、教員自身の手 による教育改善に取り組む大学がでてきます。一部では公開授業も実 施されるようになりました。 さて、授業評価のほうは不幸な用いられ方をされたこともあり、一 部の教員の自発的な試みにとどまり、組織的な営みとしては、根づか なかったようです。しかしながら、その後もレマーズは、数十年にわ たり授業評価に関する研究を継続し、論文を発表し続けました。たと えば、当時出てきたばかりの因子分析の考え方を利用して項目間の関 係や構造を検討したり、自分の大学だけでなく他の大学の学生にも授 業評価をしてもらいそれを比較したり、卒業後 10 年の学生にもう一 度、自分がかつて評価をした教員の再評価をしてもらうなどの研究を しています。とくに、卒業生による評価では、自分たちが学生の頃に 高い評価をつけていた教員に対しては、10 年たって思い起こしても、 やはり良い授業だったと評価し、評価が低かった教員については名前 さえも思い出せないこともあったといいます(Drucker & Remmers,
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1951)。このことからレマーズは、自分の発案した授業評価は長期的 にも十分に信頼できるものであることを証明しようとしていました。 さて、いったんは下火になっていた授業評価が復活し、アメリカの大 学で組織的に行われだしたのは、先述したように授業評価の誕生から 30 年後、1970 年の少し前ぐらいです。その後、大学のユニバーサル化 と競争が激化するにつれ、学生のニーズの把握とサービスとしての戦 略的観点から、他の大学にも急速に普及していきました。その普及の 途上で、授業評価を支持する意見と反対意見は、レマーズたちがそれ を開始した時代と、ほぼ同じような議論が繰り返されました。
4.今日への示唆 現在、授業評価は広く用いられるようになっていますが、その使わ れ方や目的は、次章で述べられるように、さまざまです。しかしなが
1 章 授 あるという、この手法の発想の根本にあった視点こそが、現在の大学 業 教育ではますます重要になりつつあるように思えます。というのも、 評 価 の 構成主義的な学習観が広まり、学生が主体的に経験を意味づけ知識を 発 構成していくという能動的学習法が多く行われるにつれて、教員が教 想 と 授法を工夫していくうえで学生の主観をきくことが不可欠だからです。 歴 史
ら、その中でも、授業評価は学生の主観的な世界をきくためのもので
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この目的のためにも、授業評価はその項目や施行法なども、さらに工 夫されていくべきでしょう。
1920 年代にアメリカで授業評価が誕生するに至ったのは、企業から の圧力に大学教育が飲み込まれそうになったとき、学生と教員が協力 して行った、大学教育改革のプロジェクトからであったことを思いだ してください。授業評価の根本的な発想は、管理統制でも学生消費者 主義への迎合でもありません。それは、学生と教員の学問共同体とし ての大学を守り、新たに生まれ変わらせていくためのものであること を、今こそ再確認されるべきときでしょう。 ■引用文献 American Association of University Professors (1933). Report of the Committee on
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College and University Teaching. Brandenburg, G. C. & Remmers, H. H. (1927). Rating Scales for Instructors. Educational Administration and Supervision, 13, 399 ─ 406. Brooks, W. S. (1925). The Rodes Scholars, Ideal Professor. School and Society, 21, 375 ─ 377. Davis, C. O. (1926). Our Best Teachers. School Review, 34, 754 ─ 759. Drucker, A. J., and Remmers, H. H. (1951). Do Alumni and Students Differ in their Attitudes towards Instructors? Journal of Educational Psychology, 42, 129 ─ 143. Remmers, H. H. & Brandenburg, G. C. (1927). Experimental Data on the Purdue Rating Scale for Instructors. Educational Administration and Supervision, 13, 519 ─ 527. University of Chicago. (1926). Better Yet: Report of Faculty-student Committee in the Quality of Instruction in Elementary Courses. Bulletin of the American Association of University Professors. Wykoff, G. S. (1929). On the Improvement of Teaching. School and Society, 26, 58 ─ 59.
第 Ⅰ 部 基 礎 編
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2章
授業評価の諸機能
1.授業評価の導入で教育は改善されるのか 学生による授業評価を導入している機関は増え、新聞などマスコミ においてもその是非についての議論がみられるようになりました。 「大学もサービス機関としての自覚をもつべきであり、顧客(学生) の満足度を測定するのはサービス機関としては当然のことである」と いった意見と、「授業評価を実施すると、学生に媚びる教官が増え、 結果的には教育の質の向上にはつながらない」といった意見の対立は よくみられるものです。その意義と効果がどこまで議論されたかはと 31
もかく、図 2 -1 からは学生による授業評価を実施する機関が 1990 年 代にはいってから急激に増えていることがわかります。これは、4 章 で詳しく述べられているように、1987 年に設置された大学審議会が 「大学教育の改善について」とする答申を 1991 年に出したことによる 影響が大きいと考えられます。では、授業評価を実施するだけで大学 教育は改善されるのでしょうか。答えは「否」です。 授業評価が授業改善に結びつくためには、その結果を「活かすしく み」が不可欠です。しかし図 2 -1 からわかるように、授業評価の実施 大学は増えても、FD(Faculty Development)センターなどそれを サポートする機関の設置率はそれほど伸びていません。学生による授 業評価は、センターを設置できるほどの余力がなくてもフォーマット があり、データ入力をしてくれる会社と契約ができ、担当事務が確保 できればなんとか実施できるため、比較的「取り組みやすい」FD だ と考えられているのかもしれません。授業評価を導入することによっ て「大学は教育改革に着手しているのだ」という姿勢をみせることが できるからです。しかしながらそうわりきっているところはまだいい
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(%) 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0
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(年)
図 2-1 学生による授業評価の実施率とFDの実施率 出所:以下他による。 文部省大学課(1996) 「進む大学改革」 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/08/12/961202a.htm 文部科学省大学課(2001) 「大学におけるカリキュラム等の改革状況について」 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/13/12/011224b.htm 文部科学省大学課(2004) 「大学における教育内容等の改革状況について」 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/16/03/04032301.htm#002 文部科学省高等教育局大学振興課(2006) 「大学における教育内容等の改革状況について」 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/06/0606504.htm
として、問題なのは授業評価の導入があたかも授業改善に自動的にむ すびつくはずだ、という錯覚がある場合です。 学生にとっての授業がどうであったかについて聞くべき一番の相手 は学生ですから、学生による授業評価は何らかの形で必要でしょう。 しかしその結果を授業改善に結びつけるための「しくみ」や方策がな ければ、実施のための費用や評価のために学生が割いた時間を無駄に する結果になりかねません。無駄なだけならまだしも下手をすれば、 たとえば授業のもう一方の「当事者」でもあるはずの学生に「教師の
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査定者」になることを促していると勘違いさせてしまうような害悪を もたらすことすらあるといえます。では何のために授業評価を行うの でしょうか。お金をかけて実施した授業評価はどのように活かしてい けばいいのでしょうか。本章ではさまざまな大学の取り組みを紹介す ることで授業評価の諸機能についてまとめ、授業評価を「活かすしく み」について考えてみたいと思います。
2.授業評価の 5 つの機能 1)意識改革の起爆剤 先に「授業評価を実施するだけでは大学教育の改善にはつながらな い」と述べましたが、授業評価導入の初期段階においては実施そのも のが効果をもつことも考えられます。評価の対象とすることで、「教 育は大切である」という自明のことをあまり意識していなかった教員 に対して「教育に力をいれねばならない」という無言の圧力をかける ことになるからです。これは授業評価の結果をどこまで公開するかと 33
いうストラテジーと密接に絡んでいます。それによって圧力の大きさ が違ってくるからです。 1993 年に全学一斉に授業評価を導入し、注目を集めた東海大学で は、「授業評価を行うと、評価の低かった教員の授業評価は徐々に改 善傾向を示」したといいます。その理由を滝本(1999)は、「こうし た評価を実施することで、授業評価の低かった教員が改善努力をし、 その成果が見られたためであろう」と結論づけています。しかしなが ら一方で、「ある程度評価の高い教員」は授業評価を受け続けてもさ して評価はあがらないことも指摘しており、その理由として「それ以 上に上がったところで給与に跳ね返るわけでもなく、飛び級的に昇格 できるわけでもない」ことをあげています。 「授業評価の導入による意識改革」はたしかにこれまで教育にまっ たく関心がなかった層に訴えるという意味では効果があるようですが、 こうした効果は一時的なものです。授業評価のデータは初めこそ注意 を払われても、自分が「平均かそれ以上」だとわかり安心した教員や、 改善努力によってその層に入ることができた教員に対しては何の関心
2 章 授 業 評 価 の 諸 機 能
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も払われないデータとなるからです。またその改善努力が個人にゆだ ねられているかぎり「評価結果を最もみてほしい人がみてくれない」 ことは避けられません。さらに「授業評価の結果が悪いとわかったけ れどどうしたらいいのかわからない」人に対しても、評価結果のデー タそのものは何のサポートも提供せず意味がないものとなってしまい ます。 2)授業改善の指針 授業評価が授業改善の指針となることは、授業評価の中心的な機能 といってよいでしょう。多くの授業評価では、「シラバスに沿って授 業が行われましたか」「教師の話し方は明瞭で聞き取りやすかったで すか」など、いくつかの観点ごとの段階評定がなされています。それ らの項目の中で他の項目よりも低いところは改善の余地があるところ、 というようにみることができます。ある授業の総合満足度が低かった 場合に、「話し方」がわかりにくいのか、「資料の準備」が十分ではな 第 Ⅰ 部 基 礎 編
いのか、「授業の構成」がまずかったのかといったことがわかれば、 授業の満足度を高めるための対策がたてやすくなります。 九州大学ではこうした「改善点」をより明確に教員に伝えるために、 学生の自己評価に関する項目に加え改善要望などに関する項目を選択 式で回答させています。すなわち良かったと思う項目、改善を要望し たいと思う項目を複数回答可として選択させるのです。たとえば良か った点としては、「授業に双方向性があった」「勉学への動機づけが高 まった」「教師に教育者としての熱意を感じた」「授業に能動的な姿勢 で参加した」などが、改善を要望したい項目としては「授業のテー マ・目標を明確にしてほしい」「予習・復習をするよう促してほしい」 「板書を読みやすくしてほしい」「授業の進行をゆっくりしてほしい」 「理解度を把握して授業を進めてほしい」「授業内容をもっと精選して ほしい」などがあげられています。また学期の最後だけではなく、毎 回の授業の最後に授業評価を実施すれば、その授業において自分が試 みた新しい授業方法が有益であったのかどうかについて豊かな情報を 得ることができます。毎回の変化をみる中で「今日はビデオを用いて みたが、理解度が上がっているな」とか、「前回と同じようにビデオ
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をみせてみたのに満足度が下がっているな。授業の最初にビデオ視聴 の目的をもっと明確に提示すべきだったかな」などといった、より細 かい改善点がみえてくるからです。 しかしながら、たとえば「話し方がまずい」といった改善点がみえ てきたとしても、それをどう改善すればいいのかを教えてくれる機関 はそう多くはありません。第一歩としてはまずは自覚して気をつける、 といったところで改善される部分もあると考えられますが、「わかっ ているが、どうすれば改善されるのかわからない」教員に対しては、 点数をみせるだけでは授業の質が上がらないことになります。また毎 回の授業で授業評価を実施するためには、学生が簡単に答えることが でき、また教員も簡単に結果を得ることのできるしくみが必要です。 3)コミュニケーションのツール ①学生と教員間のコミュニケーション
授業評価は学生と教員のコミュニケーションのツールとしても機能 します。教員だけではなく学生もまた授業の当事者であり、片側だけ 35
の努力では授業は向上しません。授業をよくしていくためには相互に 理解しあうことが必要です。しかし、学生が授業についての改善要求 を直接教員にぶつけることはそう容易ではなく、また教員が何人もい る学生の声に耳を傾ける機会もそう多くはありません。授業評価は少 なくとも、そうした状況に風穴をあける強力なツールと考えることが できます。しかしながら、学生からの授業評価を学期末に教員が一方 的に受け取るだけでは、双方向のコミュニケーションのツールとして 機能しているとはいえません。 授業評価を双方向のコミュニケーションのツールとして活用してい る例が、国際基督教大学や慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス、熊本大 学などにみられます。こうした大学ではウェブを大いに活用していま す。たとえば熊本大学の SOSEKI システムは、受講申請から、シラ バス検索、成績確認、授業評価、評価に対する教員のコメントの公開 といったさまざまなサービスが、1 つのシステムでトータルに提供さ れています。1 つのシステムで一括管理することで、たとえば学生が 講義登録をした結果を受けて、教員は受講生のこれまでの成績といっ
2 章 授 業 評 価 の 諸 機 能
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たプロフィールを把握することができ、早い段階から学生層に合わせ た授業内容を練ることが可能となります。また学生の授業評価への回 答が自動集計され担当教官にすぐに提示されるため、受講生からの直 接的な意見が講義期間終了直後に確認できます。教員はそれに対する コメントを SOSEKI システムを通じて学生に公開しているそうです。 このように大学全体として取り組まれている例は稀ですが、教員が個 人で、あるいは専攻コースで、学生からの授業評価に「返答」する例 はウェブ上で散見することができます。ある大学の公衆衛生学のコー スに所属する教員は、「2 週間でこなせる量を超えている」「空白をと ばさず、説明してほしい」「主題に入るまでが長すぎ、授業時間延長 の原因になっている」といった学生からの改善要求に対して、「この 点については、改善の努力をする、しかしこの点についてはこういう 理由があって難しい」「この点を問題だとしているのは、講義の意味 を理解していないからであって残念である」「この点については私も 第 Ⅰ 部 基 礎 編
こうするが、学生にも反省を求めたい。来年はこの点を最初に強調す る」といったようなコメントをコースのホームページ上で公開してい ます。 こうした試みや、SOSEKI システムなどの設計の背後には、大学の 教職員と学生は皆、知的共同体の構成員であるという思想が流れてい るように感じます。学生はカスタマー(消費者)であり、消費者が商 品たる授業を評価するのは当然である、という考え方ではなく、学生 と教師はともに「学び」を作り上げていく共同体であると考えると、 授業評価の在り方も異なってきます。授業評価が学生に対して、学生 自らも共同体の構成員であるという自覚を促すしくみに位置づいてい る好例だといえます。 ②教員間のコミュニケーション
授業評価は学生と教員のみならず、教員間のコミュニケーションの ツール、そこから一歩すすめてカリキュラム改善のためのデータとし ても活用することが可能です。 大学の授業においては、担任教員には講義名のみが知らされ、その 講義でどの範囲の内容をどの深さまで扱うのかは教員の裁量に任され
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ているということは多々あります。「授業」については「語らない」 ことが普通であるため、隣の教室で何をどこまで扱っているのかシラ バスを参照してもよくわからないといったことさえ実際にはおこって います。また、入試の多様化により 1 つの教室内に既有知識の程度が まったく異なる学生が集まってくる、ということもよく耳にします。 そうした状況の中で全員の満足度を高めるには、教員個人の授業改善 努力では限界があるともいえるでしょう。授業評価というデータを共 有することで、教員同士が個人で感じてきたこうした「限界」につい て互いに語り合う道も拓けてくるのではないでしょうか。 もっとも、授業評価の結果の公開の範囲は機関によってさまざまで す。公表されていないものをお互いにみせあうのは、他人の成績表を のぞきこんでいるようで、また他人の評価結果を熱心に眺めるのは野 次馬根性丸出しのようで、授業について語るというのはそれほど簡単 なことではないかもしれません。「委員会で一緒になった別学科の先 生の授業評価の結果、すごくよかったな。今度コツとか聞いてみよう 37
かな」といったようなコミュニケーションが生じるとすれば素晴らし いことですが、これまで授業について語ることが一種のタブーである かのような雰囲気をもつ環境にあっては、実際には難しいかもしれま せん。しかしたとえば、ある学科だけ授業評価の結果がとても低いこ とが明らかになったとします。学生は精一杯勉強をし、教員も定めら れた枠の中で精一杯授業の組み立てや話し方を工夫しているのに、 「わからない」「ついてくることができない」学生が多く、結果として 総合的な満足度が低くなっているのならば、それはカリキュラムの組 み立てそのものに改善の余地があると考えられます。授業評価の結果 をつきあわせることで、「リメディアルのための授業を提供する必要 がある」という結果がもたらされるかもしれません。 教育の質を向上させるためには、個々の授業技術の改善もさること ながら、カリキュラム改善も非常に重要なことです。学生による授業 評価というデータは、授業について教員同士が語り合うためのツール として、またカリキュラム改善のために参照すべきデータとしても機 能すると考えられます。
2 章 授 業 評 価 の 諸 機 能
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4)教育業績を示す証拠データ ①すぐれた授業者を評価する
授業評価は、優れた授業者、問題のある授業者を洗いだすフィルタ ーとしても利用されます。ある集団内で相対的に評価の良い教員を抽 出するというのは、教育活動の成果を研究活動の成果と同様、正当に 評価するための利用と考えられます。たとえばいくつかの大学で実施 されているベストティーチャー賞の制定は、国立大学では 1999 年度 に東京農工大学工学部によって制定された「教育褒賞制度(最優秀講 義賞、通称ベストティーチャー賞)」が最初とされています。2002 年 12 月 1 日発行の「農工通信」第 70 号では、ベストティーチャー賞の 選定プロセスが報告されていますが、それによると「学生にノミネー ト」された先生は、教務委員、歴代のベストティーチャー、新任の先 生を招いて勉強会を開き、そこで自らの授業に対する姿勢や工夫点を 「講義」して、その講義をきいた審査委員が「最優秀講義賞」を決定 第 Ⅰ 部 基 礎 編
するというものだそうです。拓殖大学では 2004 年度から「教育分野 における優れた実践例を表彰し、もって本学の教育の改善向上に資す るために」ベストティーチャー賞が設けられ、2005 年度には 5 名の先 生に賞状及び副賞が授与されたと報告しています。茨城大学でも授業 の質的向上を図ることを目的に「推奨授業表彰制度」が 2001 年度に 制定されています。学内教官から推薦(自薦も可)のあった者を対象 とし、「推奨授業表彰候補者推薦書」「当該授業の成績評価」「シラバ ス」「表彰候補者の面接」「学生による授業評価」が「総合的に評価」 され決定されています。学生による授業評価の結果のみを褒賞制度に 直結させているわけではないにせよ、選定過程において重要なデータ とされていることは間違いないでしょう。 一方でこの「授業評価」によるフィルターは「評価の良い人」のみ ならず、「評価の悪い人」をあぶりだす方向としても当然ながら利用 が考えられます。しかしながら評価得点が低いことがそのままイコー ルで教育の質が低いこととはとらえられないとの考えから、評価が低 い人に対して直接の罰則規定を設けている機関は今のところほとんど ないようです。ただし 2005 年 11 月 4 日付けの毎日新聞では北九州市
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立大学では文系全学部において評価に応じて研究費を傾斜配分する人 事考課制度が導入されたことが報じられていました(4 章表 4-3 参照)。 「研究」「大学の管理運営業務」以外に評価の中でもとくに力をいれて いるのが「教育」で、学科主任が授業内容を評価するだけでなく学生 アンケートの結果も評価の際のデータとして用いているそうです。直 接の罰則規定はなくとも、研究費の査定や昇給の際に学生による授業 評価の結果をなんらかの形で利用する機関は今後増えていくのではな いでしょうか。 ところで、学生による授業評価を早くから取り入れているアメリカ の場合はどうなっているのでしょうか。限られた事例ではありますが、 アメリカのハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、レズリー大 学というアメリカの 3 つの大学の教員に聞いたところでは、学生によ る授業評価が「4 点満点なら 3 以上、5 点満点なら 4 以上」が、 「普通」 レベルだということで、それより低ければ悪いということになり、次 から講師依頼のオファーは来ないことが多いとのことです。つまり 39
「もう一度教えられることが褒賞」というわけです。マサチューセッ ツ工科大学のある先生にきいた話では、教員採用の際に重視するのは 研究業績であり、学生による授業評価の結果は、研究業績が同等であ った場合に初めて参考にされる程度であるけれども、学生による授業 評価が極端に低い先生の採用は、よほどのことがない限り控える、と いうことでした。つまり、学生による授業評価の平均点がかなり高い 位置にあるアメリカの場合は、「とても悪いと昇進に問題があるが、 とても良いからといって昇進や採用が有利になるわけではない」もの であり、「不良品を落とす」ためのフィルターとして機能していると いえるでしょう。もっともこれもテニュア(終身雇用)を獲得する前 の話であり、一度テニュアをとってしまうと授業評価の結果はそれほ ど気にしない、という教員もいるようです。 ② 自らの教育業績を示す
研究者が職を探すときに、これまでの研究業績をリストにし、リス トの後ろにその「証拠」として論文を添付したものを作成しますが、 それと同様のことを教育活動についても行うことがあります。授業評
2 章 授 業 評 価 の 諸 機 能
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ハーバード大学の教育大学院で学ぶ友人に、授業評価シートを
コ ラ ム
後 輩 の た め の 授 業 評 価
第 Ⅰ 部 基 礎 編
︱ ハ ー バ ー ド 大 学 の 教 育 大 学 院 の 例
みせてもらいました。コースアドミニストレーションオフィスに よって実施される授業評価ですが、評価シートはすべて自由記述 です。シートには「先生には、授業中に学生にこの評価のための 時間をとるように」頼んであるとの記述があります。そして「こ の評価シートは成績をつけ終わるまでは教師は見ない」というこ とと「書かれた文字はすべてワープロに打ちなおされる」という ことも明記されています。筆跡から個人が特定されることをおそ れなくてよいことを示すためです。また、シートの冒頭には、授 業評価の4つの目的、A)教師が自分たちのコースを改善し教授 能力を高めるため、B)これから授業をとろうと思っている学生 への情報提供、C)学生が自分たちの学びを振り返るため、D) 教員評価の結果として用いるため、が明記されています。評価項 目は全部で4つです。 「あなた自身の学習について」 (1.この授業 でもっとも意味のある学びは何でしたか?) 、 「授業について」 (2. どんな活動や教材がもっとも価値がありましたか? また、それ らはどのようにあなたの学びに役立ちましたか? 等) 、 「教員に ついて」 (3.教師のどのようなところが、どのようによかったと 思いますか? 教師の教え方や授業の内容をもっとよくするため のアドバイスを書いてください等)、「他の学生へのアドバイス」 (4.この授業を選択しようと考えている学生へのアドバイスを書 いてください。たとえば、レベルや、宿題の量、事前にやってお いた方がよいこと、この授業でよりよく学ぶには、といったこと) といった質問項目になっています。それに加えて、ティーチング フェロー(授業を補助的に担当している大学院生)についてのコ メントも残せるようになっています。ティーチングフェローへの 記述欄をのぞいて、A 4で 2.5 ページほどの量です。 これらの結果は大きなファイルに整理され、図書館にずらっと 陳列されています。そのファイルをぱらぱらとめくると、全体と して記述量が多いのに驚きます。この大学院を卒業した別の友人 は、 「熱心に自由記述を書くのは、後輩へのアドバイスの気持ちか ら」といっており、実際に多くの学生が授業選択の際にこの評価 結果を大いに参考にしていました。世界的に有名な学者として名 を馳せている研究者に対しても、この生のデータは「この授業は 本当にひどい」 「もっと若い講師の授業スキルを学ぶべきだ」とい ったようにそれがよくない授業であれば、容赦ありません。また、
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評価結果を公開したくない場合は、初年度に限りそれが認められ ますが、その場合にも「教員は結果の非公開を求めています」と いう情報は少なくとも掲載されますし、何らかの事情で授業評価 が実施されなかった場合にも「このコースは評価が実施されてい ません」と書かれます。こうした生のデータが編集されることな く公開されていることには驚きますが、あえて編集しないことに より、学生の多様な記述の解釈と判断を、読み手にゆだねている と考えられます。 これらのデータはたしかに「広く公開されている」わけですが、 こうした授業評価の結果を閲覧するためには、少なくともこの図 書館に入室することが必要であり、誰でもが簡単にみることがで きるようにはなっていません。また、マサチューセッツ工科大学 (MIT)でも「授業評価の結果はすべて公開」されてはいますが、 それは学内のパスワード管理されたホームページ上でのことであ り、そのページを閲覧するためには MIT の ID が必要です。授業評 価の結果がアメリカでは広く公開されているといった事実が強調 されすぎることがありますが、決して「全世界に公開」されてい るわけではないのです。 41
はたして、テニュアをとった教員がこうした評価結果をすべて 読み、授業改善に日々努力しているかというと、やはり個人差が 大きいようです。全く気にしている様子がない教員もいれば、こ うした学期末のコースアドミニストレーションオフィスによる授 業評価以外に、独自に「中間評価」を実施する教員もいます。授 業の冒頭で前回に実施したと思われる授業評価の結果を示しなが ら、 「クラスの何パーセントがこういう点には満足しているが、こ ういう問題点があるようなので、こう変えていきたい」と学生に 語りかけている授業にも出会いました。テニュアをとってしまい、 学者として世界に名を馳せてしまえば別に授業評価に何を書かれ ても痛くもかゆくもない人もいれば、優れた研究者であり、かつ 真摯な態度で授業改善に臨む教員がいるなど当然個人差はあるよ うで、こうした事情は日本と大差ないのかもしれません。 (田口真奈)
2 章 授 業 評 価 の 諸 機 能
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価のこうした用い方は日本ではまだあまりなじみがないかもしれませ んが、教育力が評価の対象となる時代が来るとすれば注目される機能 です。日本でも採用の際に模擬授業を求める大学もでてきたようです が、研究業績の提出が必須なのに対して、教育経験のリストは求めら れてもその「実績」までを示さなければならないことは稀でしょう。 しかしながら、学生による授業評価制度を早くから導入した慶應義塾 大学湘南藤沢キャンパスでは、教育実践を証明するものとして、学部 長名の署名捺印のある「SFC 学生による授業評価の調査結果表明書」 の発行を開始したところ、非常勤講師をしている複数の若い先生方か ら発行の申請があったということです(井下,2001)。提出が求めら れているわけではないけれども可能ならば提出して、教育実績も表現 したいというニーズはあるということでしょう。また、学生による授 業評価の実施がほぼ当たり前になっているアメリカの場合、求めるポ ジションによっては教育業績を示す「証拠」が必要になることがある 第 Ⅰ 部 基 礎 編
そうです。 MIT で留学生に英語を教える職にある講師に就職活動のために常 に準備しているという「ティーチング・ポートフォリオ」をみせても らうと、まさしく「書類ばさみ」(portfolio)にこれまで教えてきた 授業に対する学生の授業評価のコピーが教育履歴リストに対応する形 でまとめられていました。教育履歴についてはリストを作ることがで きますが、「どんなに優れた授業をしていたのか」を語るものとして は、学生による授業評価のコピーが唯一の証拠になります。彼による と「とくに教育が重視されるようなポストでは、ティーチング・ポー トフォリオが求められる。自分がいかに上手に教えられるかを伝える のにこうした証拠が必要」ということでした。こうなってくると授業 評価を実施してもらえない機関にあっては教えても「うまく教えたこ とについての証拠」が残らないことになりますから、教員が個人的に 実施する必要がでてきます。このように就職の際に求められるからと いう理由でティーチング・ポートフォリオを作成することはわが国で は稀かもしれませんが、自分の教育の記録をきちんととっておくこと は、自己の教育活動を見直すためにも有効だといえます。(ティーチ
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ング・ポートフォリオについては 9 章 1 節でもふれられています。 ) 5)アカウンタビリティの根拠 多くの機関が授業評価を導入した背景には、大学もアカウンタビリ ティが問われる時代になったという変化があります。アカウンタビリ ティは通常「説明責任」と訳されています。大学や大学教員が自らの 活動について、期待に応える成果をあげていることを外部にわかりや すく示さなければならなくなったということです。「大学評価」が制 度化されたこともまさにこうした動きの一環といえるでしょう。 こうした大学評価の中で、授業評価は、大学や大学教員が自分たち の教育活動がきちんと行われていることを外部に説明する際に依拠す る重要なデータであると考えられています。もっとも、それが大事で あることに異論はないとしてもこの資料をどう活用していけばいいの かについては十分な議論はなされていません。アカウンタビリティの こうした課題については、4 章に詳しく述べられています。
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3.授業評価を活かすしくみの重要性 1)何のための授業評価なのか 以上みてきたように授業評価にはさまざまな機能がありますが、す べての機能は究極的には「教育の質の向上」、すなわち「個々の教員 の授業の質が向上すること」につながることが期待されているといっ てよいでしょう。授業評価の結果は教員に利用されてこそ意味がある のです。では現在行われている授業評価のどれほどが教員に利用され、 授業の質の向上につながっているでしょうか。 「5 月も半ばに入った頃、ポストに封筒が入っており、中に健康診断 の結果のようないくつかのデータが印字された細い紙切れが入ってい た。見ると去年の後期の学生の授業評価の結果だった。3.8,
4.1,…
という数字の羅列をみせられてもこれをどうしろっていうんだ、とい う気分になってしまう」という教員の声を聞くことがあります。また ある地方国立大学では「授業が良かったと思われる教員、良くなかっ たと思われる教員の氏名を記入してください」といった学生アンケー トが実施されているそうです。集計した点数だけを教員に渡すこと、
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あるいはどこが悪かったのか、なぜ悪いと思うのかといった視点を記 述させることもなく学生に「授業がよくなかった」教員の氏名を記入 させ、そのデータを集めることで、どのように授業改善に役立てよう としているのでしょうか。もし授業評価の目的が教員評価に利用する ことにあり、データを教員に返すのはあくまでも「参考まで」のこと だとすれば、授業評価の点数を配って終わり、ベストティーチャー、 ワーストティーチャーの氏名を伝えて終わり、なのかもしれません。 しかしそれでは「教育の質の問題」は単純に「教員の意識の問題」と 同じであり、評価でおどしたりすかしたりして意識を向上させれば教 育の質はあがるのだ、といっているのと同じことになります。もちろ ん全体として意識を向上させることは重要であり、そのこと自体に問 題があるとは思いません。しかし学生による授業評価の結果をきちん と伝えているのに教育の質があがらないのは教員個人の努力不足のせ いだ、としてしまっては本来の目的である「大学の教育の質の向上」 第 Ⅰ 部 基 礎 編
にはいつまでたっても結びつかないのではないでしょうか。 2)授業評価と FD 組織 「良い授業をしたい」と思っている教員はたくさんいるのです。そ して、「良い授業をしたいけれどもどうしたらいいのかわからない」 と思っている先生方も少なからずいるのではないでしょうか。そうし た先生たちをサポートし、大学の教員としての専門性を高めるための 活動は、「FD」(ファカルティ・ディベロップメント)とよばれてい ます。FD に該当する適当な日本語が定着していないことからも、FD という概念が輸入概念であり、1991 年の答申以降、急速に注目を集 めるようになったことがうかがえます。 アメリカで最初の FD センターというべき、教授学習センター が設置されたのはミシガン大学で、1962 年のことです(http://www. crlt.umich.edu/aboutcrlt/abocrlt.html)。そして、アメリカでは 1970 年代半ばから 1980 年代初頭にかけて、最初の「教授技術の発達」に 焦点をあてたプログラムが作られました。1975 年の時点では 88 の公 立大学と 27 の私立大学にこうしたプログラムがみられただけでした が、1986 年にはアメリカ全土の 4 年制大学の 44 %にこうしたプログ
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ラムがあるということです(Lewis,G.2005) 。 わが国では、1972 年に広島大学大学教育研究センターが設置され、 その後、1978 年に現メディア教育開発センター、1986 年に筑波大学 大学研究センターが設置されて以降、1992 年以降は次々とこうした センターが設置され、神戸大学、東北大学、九州大学、新潟大学、京 都大学、信州大学、北海道大学、鳥取大学、東京大学、名古屋大学な ど、おもだった大学には独立したセンターが設置されました。しかし、 本章の冒頭(図 2-1)でみたように、それは日本の大学全体からみる とまだ少数であることがわかります。 さらに日本とアメリカの違いは、そうした機関の性質にもみられま す。アメリカでは、教員をサポートするプログラムを実施するサービ ス機関としての性質が強いといえますが、日本の場合は高等教育の研 究機関としての色彩の方が色濃いといってよいでしょう。その違いは 2 章 ャリアパスによる違いに起因しています。すなわち日本の場合は、セ 授 ンターに常勤するのは教育研究職にある者です。アメリカの場合にも 業 評 いわゆるプロフェッサーや、教育研究職を兼務している者もいますが、 価 の 多くは管理運営スタッフとして雇用されています。図書館などと同じ 諸 機 ように、専門的なスキルをもち(あるいは期待され)、サービスを行 能
そうしたセンターの学内での位置づけや、そこに雇用される人員のキ
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うことを主たる目的として雇用されるわけです。アメリカの FD 活動 の活発さは、POD ネットワーク(Professional and Organizational Development Network)という団体の活動をみるとその性質がよく わかります(次のページのコラム参照)。1975 年に設立され、当初は 20 名で組織されたこの団体は、2005 年には 2000 人を超える国内外の Faculty Developer たちが集い、より実践的で効果的なプログラムの あり方などについて研究報告を交換しあう場へと大きく成長していま す。それだけ多くの大学に専門の部署が設置されており、専任のスタ ッフが配置されているということです。 こうした FD のための組織と授業評価は密接にむすびついています。 先に「授業評価の結果によって、自分の弱点がわかったが、どうすれ ばそれが改善されるのかわからない」教員に対して、授業評価のデー
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アメリカには、1975 年に創立された、高等教育における教授
コ ラ ム
The POD Network 第 Ⅰ 部 基 礎 編
│ フ ァ カ ル テ ィ ・ デ ィ ベ ロ ッ パ ー の 集 い
学習の発展に寄与する団体があります。正式名称を Professional and Organizational Development (POD) Network in Higher Education といい、高等教育に関わる個人や組織を支援すること を目的としています(http://www.podnetwork.org/) 。その対象範 囲は多岐にわたっていますが、支援の具体例としては「学生の批 判的思考や問題解決能力を育成する方法」 「コースやカリキュラム のデザイン」 「授業研究を通した教育技術の向上」 「メディアを用 いた教育の実施」などが示されています。毎年会議が開催されて おり、その第 30 回大会が 2005 年 10 月にミルウォーキーで開か れました。アメリカ全土から参加者があり、その総数は、海外か らの参加者も加えて 650 名ほどでした。日本からの参加はこれま でほとんどなかったそうですが、この年は示し合わせたわけでも ないのに 10 名弱の参加があり、ちょっとしたコミュニティができ ました。 この会議への全参加者リストをみますと、教授や助教授に加え て、 「所長」 「副センター長」 「学長」 「副学長」 「コーディネーター」 といった肩書きが非常に多いことが特徴的です。学会参加のため には「会員」になることが必要ですが、会員は個人というよりは 団体を対象としているようで、毎年の各大学からの参加が見込ま れているのではないかと想像されます。 4日間の会議の主な内容は、1日目が「プレカンファレンスワ ークショップ」 「初めての参加者へ」 「ウエルカムパーティ」 、2日 目が「ラウンドテーブル」 「基調講演」 「リソースフェア」 、3日目 が「ケーススタディディスカッション」「ポスターセッション」 「基調講演」 「コンカレントセッション」 、4日目が「ラウンドテー ブル」 「コンカレントセッション」 「クロージング」となっていま す。 「コンカレントセッション」では並行していくつもの個人発表 が比較的小さな部屋にわかれて実施されていました。それぞれの 発表は、1 件につき 1 時間ほどのたっぷりとした時間配分となっ ており、実践内容がよく伝えられ、ディスカッションの時間も多 くとられていました。参加者同士を話し合わせ、参加させるワー クショップ型の発表も多くみられました。発表の内容自体は、ど ちらかというと経験をシェアする形のものが多く、理論構築的研 究の色合いは薄いのが特徴といえるでしょう。 また、各大学のFDセンターがそれぞれブースを出し、自分た
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ちの出版物、ワークショップ、出版物などを宣伝し、お互いに情 報交換する場が設けられており、40 ほどのブースが並んでいまし た。センターの名前入りボールペンなど記念品を配るところもあ り、大盛況でした。 全体的な雰囲気としては、 「良い実践はみんなでシェアしましょ う」 「それぞれ大変なこともあるけれど、がんばっていきましょう」 といった感じであり、まさに「ファカルティ・ディベロッパー」 の年に一度の集会といった結束力を感じました。パワフルな女性 が多く、エネルギーに満ちた会議でした。
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各大学がこのようなブースをだし、 出版物、研究会、セミナーのPRな 活動内容を紹介しています。これは どを熱心にしています。 スタンフォード大学のブース。
ファカルティ・ディベロッパーという(筆者には)耳新しい言 葉の指すポジションが日本の大学にも必要なのかどうかといった ことや、そうしたファカルティ・ディベロッパーたちのキャリア パスについてはまだまだ考えていく必要があると感じましたが、 少なくともこうした情報交換の場は有益だといえるでしょう。し かしながら、その場が「FD に長く関わっている参加者にも、初め て参加する者にも魅力的である」ためにはある程度の規模が必要 となってくると考えられます。 日本では、広島大学高等教育研究開発センターに事務局を置く 全国大学教育研究センター等協議会が 1996 年に設立されていま す。当初、11 の会員校数であったものが 2005 年には 28 校とな っており、 「高等教育に関する各種の意見交換や共同研究、人事交 流等」が行われているそうです(http://rihe.hiroshimau.ac.jp/viewer.php?i=217) 。また、京都大学高等教育研究開発推 進センターが主催する「大学教育研究集会」 (2001 年度に第1回 大会開催、2004 年度からは 1995 年度から開催されている「大
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学教育改革フォーラム」と統合され、 「大学教育研究フォーラム」 と改名)にも、2006 年には 500 名を越す参加者がありました (http://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/forum/2005/index.html)。 1979 年に発足した大学教育学会(1997 年に改名、それ以前は 一般教育学会、http://www.daigakukyoiku-gakkai.org/menu. htm)や、1997 年に設立された日本高等教育学会(http://wwwsoc.nii.ac.jp/jaher/)といった学会も加えると、そうした情報交換 の場となる芽は、日本にもすでにあるといえます。今後、こうし た場を中心として、日本の大学文化に馴染むFDの在り方が模索 されていくことが期待されます。
(田口真奈)
タは何も教えてはくれないと指摘しましたが、それを教えてくれる役 割を担うのがまさにこうした機関だからです。たとえばハーバード大 学の FD センターであるデレック・ボク・教授学習センター(Derek Bok Center for Teaching and Learning)を訪れる教員の多くは、学 第 Ⅰ 部 基 礎 編
生による授業評価の結果を受けて「何とかしたい、何とかしなければ ならない」と自覚した教員や、初めて学部学生に授業を教えることに なった大学院生たち(ティーチングフェローとよばれる)だというこ とです。ある学部の教員から、「自分の学部の助教授の授業評価が芳 しくない。なんとかしてくれないか」と相談をもちかけられることも あるそうです。もちろん、授業評価の結果が悪いからというわけでは なく、より良い授業を求めて自助努力を行いたいティーチングフェロ ーや教員もここを利用します。 こうしたティーチングフェローや教員に対して、ハーバードのデレ ック・ボク・教授学習センターでは多くのビデオ教材(たとえば、 「How to Speak: Lecture Tips from Patrick Winston」など)を提供 したり、ウェブで手軽によめる資料を公開したり、ワークショップや マイクロティーチングを実施したり、といったさまざまな取り組みを 行っています(http://bokcenter.harvard.edu/)。問題を感じている 教員に対して授業をビデオ撮影し、それをあとで再生しながらカウン セリングを行うといった活動も頻繁に行われています。 ただしこうしたセンターは決して「教員を評価する機関」と同一で
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あってはならない、といいます。デレック・ボク・教授学習センター のウイルキンソン所長は「われわれが、教育の質を管理する警察のよ うな団体だと思われることは絶対に避けなければならない。援助が必 要なときに十分な手をさしのべられるようなフレンドリーであたたか い組織であるとわかってもらうことが重要である。そのために、評価 を行う機関と、その結果を受けて表彰したり援助が必要な教員にサー ビスを提供したりする機関を分けることはとても重要なことだ」とい います。その背景には、授業改善は上からの押しつけによってなされ るものではなく、(その契機そのものが上からの押しつけであったと しても)、あくまでも教員の自発的な意志によってなされるものであ り、こうしたセンターが信頼され、その意志をサポートすることによ ってこそうまくいく、といった思想が流れているように感じます。 3)授業評価の位置づけ 2 章 業評価そのものはあくまでもその目的に達するための手段であり、そ 授 の結果はただのデータである、ということがよりはっきりしてきます。 業 評 授業評価は教育改善の特効薬にはなりません。現在ほぼすべてといっ 価 の てよい大学で何らかの授業評価が実施されているアメリカでは、それ 諸 機 は「当たり前の」データとしてとらえられています。アメリカでこの 能
こうしてみると、授業評価の目的は「教育の質の向上」ですが、授
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授業評価が盛んに行われるようになったのは 1960 年から 70 年にかけ てのことですが一定期間を経て、現在では先に述べたように、平均的 な教員の授業評価は高得点で安定しているため、改善点をそこから見 いだすことが難しいなど、ある意味で形骸化しているところもあるよ うです。 しかしながら、アメリカのある教員は「授業評価は必要悪 (Necessary Evil)」だといっていました。「(評価されるのは)誰だっ ていやだよ、でも必要」だと。「新しい大学に赴任した 1 年目は緊張 する。自分がどのくらいの得点になるのかわからないから、気合いも 入る。2 年目は、あのくらいやればこの大学の学生にとってこのくら いの評価が得られる、ということがわかっているので、多少は楽にな ってくる。そして 3 年目以降は、普通にやれば 7 点満点の 6 . 5 点、手
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を抜けば 6 . 2 点、すごくがんばれば 6 . 8 点になる、ということまでわ かってくる」といいます。こうしてみると、授業評価は、所詮チェッ クの機能しかもっていないのかもしれません。 授業評価を続けていけば日本も遅かれ早かれ、学生による授業評価 は当然のこととしてとらえられ、それがある水準の点数に落ち着いて くると考えられます。良いも悪いもない、せねばならないこととして、 過剰な期待もヒステリックな拒否反応もなくなるのではないでしょう か。そのときに残るものが空虚なルーチンワークとしての授業評価に なるのか、大学の教育力をあげる取り組み全体のシステム図の中にひ っそりと、しかし確実に位置づいた授業評価になるのかは、それを導 入する際の思想にかかっているといえるでしょう。授業評価を実施す ることでかえって問題の原因のすべてを、教員個人の授業スキルや授 業内容に起因させてしまったり、学生を単なる「評定者」に教育して しまったりしては意味がありません。問題が明らかになったときに、 第 Ⅰ 部 基 礎 編
教員の個人的な努力をサポートする仕組みに加えてカリキュラムや入 試システムといった大学全体で取り組む課題につなげるべきかどうか を判断し、その解決に向かうような体制づくりが重要です。授業評価 だけを単独に取り出して論議するのではなく、大学全体の教育力を増 すためには授業評価をどう位置づけるべきかについて、学生サポート、 教員サポートという観点から考える視点が今後ますます重要になると いえます。 ■引用文献 井下理(2001).「学生による授業評価調査―教育の品質保証を目指して」日 本私立大学連盟『大学時報』 No. 281、 92 ─ 99 Lewis, K. G. (2005). Brief History of Faculty Development. (2005 年 10 月 27 日 POD 配布資料) 滝本喬(1999).「「授業評価」をめぐる攻防」安岡高志・滝本喬・三田誠 広・香取草之助・生駒俊明(編)『授業を変えれば大学は変わる』プレジ デント社、 65-128
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■資料紹介 安岡高志・滝本喬・三田誠広・香取草之助・生駒俊明(編)(1999).『授業を 変えれば大学は変わる』プレジデント社 日本で最も早い段階で学生による授業評価を全学に導入した大学として注 目を集めた東海大学の授業評価導入に関する経緯がまとめられたもので、授業 評価実施にまつわる学内の葛藤や、その導入の先頭に立った教員たちの思いが 具体的に描かれています。東海大学を舞台にした 1 つの事例ではありますが、 日本における授業評価導入初期段階の大学人の反応がよく記された、歴史的に 貴重な証言の書といえます。とくにこれから授業評価を導入しようとする実施 者にとっては、学内の反応を予想する際に参考になるのではないでしょうか。
デイビス、バーバラ・グロス著/香取草之助(監訳) (2002) . 『授業の道具箱』 東海大学出版会 カリフォルニア大学バークレー校で教育開発担当の副学長による著を翻訳し たもので、先輩教員たちの教室での体験やこれまでに蓄積された教育研究・理 論が、ティーチングに関する 49 の技法としてまとめられています。 「ディスカ ッションの戦略」 「教育用のメディアおよび器材」といった 12 の章は、それぞ れ気をつけるべきことや有効なストラテジーなど具体的な方策を読者に提供す
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ることが意図されており、前から順に読むというよりは、自分のやり方にあっ た授業改善に役立つアイデアを探すのによい本だといえるでしょう。
京都大学高等教育研究開発推進センター(編)(2003) . 『大学教育学』培風館 京都大学高等教育研究開発推進センターに所属する教員たちにより、「大 学教育学」のテキストとして編まれたもので、その内容は、授業論、評価論、 カリキュラム論、FD 論、学生論、メディア論と多岐にわたっています。具 体的個別的なフィールド研究から出発しつつも、単なるノウハウをまとめる のではなく、大学教育実践を扱う教育学の新たな分科としての大学教育学の 構築をめざした意欲的な書で、大学教育学を志す人にはもちろん、学生によ る授業評価をより広い視野から位置づけるために一読をおすすめします。
2 章 授 業 評 価 の 諸 機 能
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3章
授業評価と学習促進
1.学生と授業評価 1)「学生による授業評価」の位置づけ 一般に授業を評価するにあたっては、そのカリキュラム上での位置 づけを明確にしたうえで、教授内容、教授法、教材や課題、授業外で の学生との関わり、学習評価の方法や学習成果など、総合的に評価観 点を整理しておく必要が生じます。しかも、それぞれの評価観点に応 じて適切な評価者も変わってきますから、教員自身や学生のほかに、 第 Ⅰ 部 基 礎 編
教育方法の専門家、内容領域の専門家、卒業生、同僚、その他ステー クホルダー(stakeholders、授業の成果に関連・関心をもつ人々)の さまざまな視点を複合させることが求められます。 そうした中で、とくにアンケート形式の学生による授業評価がクロ ーズアップされたのは、一種の顧客満足度の指標として簡便な量的指 標が得られるためでしょう。しかし、授業の質はそれだけで判断され るものではありませんし、何よりも、教育機関において顧客満足度が 高ければそれでよいのか、という基本的な疑問があります(1 章 1 節 も参照)。 たとえば学生が独自に作っている授業情報誌は、多くの学生の「ニ ーズ」に応えるものでしょう。東京大学の『恒河沙』や早稲田大学の 『ワセクラ』『マイルストーン』などはよく知られており、裏シラバス などと呼ばれて、単位の取りやすさや教員の傾向などが学生の立場か ら取材されています。最近は、ネット上でも大学を越えた授業情報サ イトができています。これらはしかし、授業評価としてはきわめて偏 った情報になっているのが通常ですし、高等教育で求められる学習観 や学習スタイルを前提しているものもあまりないようです。
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授業評価は最も直接的には目標とされた学習が達成されたかどうか にかかっているといえます。医療のアナロジーで考えれば、病気が治 療されたかどうかが鍵になるのであり、その過程や患者からの評価は 必ずしも重要ではありません。ただし生活習慣病のように患者自身の セルフケアが要請される場合、生活スタイルの変容のために治療者も 患者教育の工夫を求められることになります。大学の授業においても、 学生が当該領域で自律的な学習者になっていくことが目標の一環とな るでしょうから、教授内容に関する結果責任だけでなく、学生の学習 スタイルの変容を促進する工夫も期待されているといえましょう。 したがって、授業評価―授業改善のサイクルにおいては、学習評価 の方法や成績指標の作り方が適切であること、および、学生の学習意 識や授業改善方向の示唆などを把握できることが必要条件となります。 前者は、いわゆる「成績評価の厳格化」にもつながるもので、学習を 的確に評価・促進できることを、後者は、たとえば学生による授業評 価によって、授業改善のためのフィードバック情報を得ることをさし 53
ています。 2)総括段階の授業評価 今日、学生による授業評価を実施する大学は、すでに全体の 9 割を 越えています(文部科学省, 2005)。しかし、個々の科目の集計結果や 改善方向を学生に報告している大学は少なく、また、学生の履修計画 の一助となることを意図したガイダンス的な授業評価報告は、さらに 少ないと思われます。授業評価結果の公表にあたっては、諸々の配慮 が必要なため必ずしも公開を前提にすることはできないものの、評価 を行った学生に何もフィードバックがない場合、彼らにフラストレー ションが募り、授業評価に参加しなかったり不真面目な回答をしたり する結果になるかもしれません。また、たとえフィードバックがなさ れる場合も、通常かなりのタイムラグが生じるでしょうから、いずれ にしても総括段階(授業終了時)での授業評価は、学生にとって意義 を実感しにくい作業です。 そこで、できれば、学習の振り返り機会を兼ねたり評価の意義を十 分に理解してもらったりすることで、回答学生にも意義を感じられる
3 章 授 業 評 価 と 学 習 促 進
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ようにしたいものです。実際、たとえば京都大学工学部では、授業ア ンケートに「重要であると思った概念、理論、キーワードなどを 5 つ」 記入してもらい、1 学期間の学習の振り返りを求める工夫をしていま す。また、国際基督教大学などでは、運営組織・教員・学生全ての当 事者にとって意味のある授業評価となるように、学生自身の振り返り を含めて適切な評価を行うための事前研修、いわば「評価についての 学習」を実施しているようです。 こうした試みも、しかし、ある程度透明な授業評価―授業改善ルー チンを示しておかなければ、十分機能しないかもしれません。一種の インフォームド・コンセントとして、学生が自分たちの回答がどのよ うに処理され、どう用いられていくのかを了解しておくことで、授業 評価にもより責任をもって関わることができるように思われます。ま た、可能な限り速やかに評価結果や改善計画等をフィードバックし、 学生の声に具体的な反応を返すことができれば、授業や学習への学生 第 Ⅰ 部 基 礎 編
の意識もより高まるのではないでしょうか。 3)授業過程での評価 授業のあり方をめぐって教員と学生のやりとりの機会が少なかった 頃に比較すると、学生による授業評価が制度化されてきたことは、ま ずは歓迎すべきことと思われます。しかし、評価結果ばかりに目が向 きがちで、必ずしも授業改善への取り組みが促進されているようには 見受けられません。 評価結果は学生の履修動機や学習スタイルなど多くの要因に依存し ますので(本章 4 節 2)を参照)、解釈がそれほど単純ではなく、また、 同じ授業でも参加学生が変われば評価も変わることがあります。先に 述べたように、授業を評価する最も重要な観点は目指す学習が成立し たかどうかにあるはずですので、目の前にいる学生たちからのタイム リーな評価を、授業目標に向かう学習促進と授業改善の過程で取り入 れていく方が有益と思われます。 つまり、総括段階ではなく、授業過程の形成的なフィードバックの やりとりで、「学び方の学習」と「教え方の学習」が連動して成り立 つように工夫するわけです。授業評価を、授業終了時の付加的な作業
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にせず、授業実践の文脈の中に適切に組み込むということです。 たとえば、早期評価(early evaluation、授業になじんだ段階で行 う中途の授業評価)や内容の区切りごとに挿入する中間評価は、授業 方法に関するフィードバック・フィードフォワードの大切な情報源と なります。また、毎授業終了時の「ミニッツペーパー」(minute paper)や「大福帳」などは、授業への反応やそれに基づく改善の結 果をこまめにチェックできるだけでなく、学習促進のためにも活用し ていくことができます(4 章 4 節、8 章 4 節・ 5 節を参照)。マークシ ートリーダーや携帯電話用の集票システム等が利用できれば、大幅な 省力化も可能でしょう。 留意すべきは、授業評価だけでなく、学習評価の方法も工夫が必要 になる点です(本章 4 節 3)を参照)。期末の試験やレポートだけでは、 授業を軌道修正することができませんし、多くの場合フィードバック がなされない学習評価のあり方では、学生の学習促進につながりませ ん。もともと授業評価自体が学生の学習状況や学習の仕方に依存して 55
いますから、この二者を相即不離の関係にあるものとして一緒にみる 必要があるのです。 そこで、以下では、学生による授業評価を、こうした授業改善と学 習促進の有機的な循環の文脈でとらえてみたいと思います。そのこと によって、教員・学生双方にとって手応えのある授業評価実践となる とともに、すぐ後で述べるような、今日新たに要請されている教授能 力・学習能力を向上させ、ひいては教育アカウンタビリティに堪える 総括的評価につながっていくことが期待されるためです。
2.社会背景と学習観の変化 まず、高等教育をとりまく状況を、とくに要請される学習観の変化 に焦点をおいて、整理してみましょう。 1)ユニバーサルアクセス段階の高等教育 社会において高等教育がほぼ当たり前になるということは、大学等 もまた子育て過程の一環に組み込まれるということでもあります。し たがって、いわゆる学力低下への対処や進路ガイダンスのみならず、
3 章 授 業 評 価 と 学 習 促 進
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成長保障面での役割も問われることになってきます。同時に、少子化 に伴って留学生や社会人、高齢者などサービス対象が拡大することで、 学習者はさまざまな背景と学習スタイルをもって入ってくるようにな ります。 こうなると、教員の側も、効率的にブロードキャスト(多人数伝達) するためのプレゼンテーション技能よりも、集団特性に応じたナロー キャスト(少人数伝達)のための効果的なコミュニケーションや学習 支援のためのファシリテーションの力をより求められることになりま す。多くの場合、この面での授業改善は、担当教員の努力の範囲を超 えた大局的な観点を要します。たとえば、小集団単位で学習の個別 化・個性化をめざすためには、施設やカリキュラム等の調整のほか、 情報インフラやサポート組織の充実を機関レベルで図らなければ、教 員個人の負担が重くなりすぎます。 2)IT 化とグローバリゼーションの中での基本的能力 第 Ⅰ 部 基 礎 編
IT の浸透によって、日常生活でのメディアの活用やコミュニケー ションのあり方、そして学習の仕方に大きな変化が生じつつあります。 また、産業社会がいっそう国際化しているうえ、とくに人の広範な移 動・移住が特徴的になっている今日、今後の卒業生に求められる基本 的な能力や学習力もこれまでとは違ったものにならざるを得ないでし ょう。 実際、今後の鍵となるコンピテンシー(能力、技能、動機づけ等の 統合概念)について、国際的な検討報告が出されています(Rychen & Salganik, 2003) 。OECD の後援でスイスの主導のもとに組織された、 DeSeCo(Definition and Selection of Competencies)と呼ばれるプロ グラムの報告ですが、そこでは以下の 3 つのコンピテンシーをとくに 重視しています。 ① 多様な人々との効果的相互作用 ② 自律的な行動 ③ 双方向媒体の有効活用 ①は、他者との協調や多文化状況での葛藤調整に関わるもの、②は、 家庭や地域、職場等において自分の目標や計画を明確化するとともに、
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権利や関心を擁護・実現するエンパワーメントに関わるもの、そして ③は、言語や情報、知識といった社会文化的道具、およびコンピュー タほかのデジタルツールの活用に関わるものです。そして、以上の三 者が密接に関連していることを踏まえ、批判的思考と反省的実践の態 度がこれらを通底する要件として主張されています。 こうした基本的能力を育てるためには、導入教育や補習教育として 補助的な機会をつくるよりも、各領域の専門教育に埋め込むかたちで 学習課題を工夫したほうが効果的です。学生には、自分の知識や技能 を総動員し、対人的な関わりを調整しながら、同時に相互にリソース となりながら、ある程度複雑な問題解決を行っていくプロセスが求め られます。そして、学習評価や授業評価の観点としても、たとえば上 記の 3 コンピテンシーを考慮に入れた枠組みが望まれます。 3)具体的状況や関係文脈を重視する学習観 以上述べてきたことは、社会変動に対応する高等教育のあり方を模 索するものですが、一方で、教育心理学や学習科学などの研究領域か 57
ら示唆されてきた新たな学習観があります。 過去四半世紀の間、具体的な問題解決状況での人間の行動や、対人 関係の中で現れるパフォーマンス等に関する研究から、個人に帰属さ れる実体論的な能力のとらえ方ではなく、状況や関係の中で現象し意 味づけられる関係論的な能力のとらえ方が主張され、それに対応する 教育方法が検討されてきました。実際、我々の日常の思考や学習は、 個人の中に蓄積された技能が個別に適用されているというよりは、そ の場の状況や関係に触発され、また働きかけながら、ある範囲で柔軟 かつダイナミックに展開されているものといえるでしょう。近年は、 情報環境の発展にも支えられて、これまで十分取り上げられなかった 日常的な認知や生活経験との連関を重視する授業が見直され、さまざ まな実践研究が行われています(三宅・白水, 2003 など) 。 高等教育においても、PBL(Problem-Based Learning、問題解決学 習)やアクティブ・ラーニングなどの活動的な学習形態、ポートフォ リオを始めとする質的なパフォーマンス・アセスメント手法* 1、イン ターネットを活用した CSCL(Computer-Supported Collaborative
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Learning、コンピュータに支援された協調学習)など、教授学習場面 のイメージが大きく変わりつつあります(野嶋ら, 2006 など)。さら に、今日では、ユビキタス・コンピューティングを前提に、フィール ドと教室を有機的に結んだ新たな教育方法も模索されています。これ らの特徴は、協調課題への参加による意味の相互交渉過程の重視と、 可視化した学習の軌跡を評価と学習促進に一体としてつなげる考え方 にあるといってよいでしょう。 以上のような実践は、教員・学生双方の学習観を変えていくことが 予想されます。教室自体がひとつの状況であり関係文脈であることを 鑑みると、多くの大学でなお支配的な大人数講義形態は、特定の学習 観と「学習の仕方」を要求しており、また多くの学生はそれになじん でいます。学生による授業評価を行う際、そのような固定した学習観 を前提にしていると、評価項目の作成においても結果の解釈において も、さらには改善の工夫においても、選択肢がきわめて限られたもの 第 Ⅰ 部 基 礎 編
になってしまいます。学生の側でも、異なる学習形態の経験があまり なければ、授業の見方においても改善方向の提案においても、きわめ て限られた内容しか示せないのではないでしょうか。 目の前に見えている学生の姿はひとつの状況での現象だととらえて、 教育目標と授業設計を吟味し、より活動的な学習形態の工夫を試みる ことで、学生の姿は変わってくるかもしれません。じつはこの試行錯 誤こそ、教員と学生が共同して行うべきところであり、授業を共同で 創造していくという課題自体が、実際の学習プロセスと並んで、先ほ ど述べた 3 つのコンピテンシーの育成にもつながり得る貴重な文脈を 提供するのです。
3.学生にとっての授業空間 さて、教員と学生が出会って課題に取り組む場であり、授業評価の * 1 パフォーマンス・アセスメントとは、問題解決や制作等の遂行過程と実績を把握す るさまざまな方法の総称で、その 1 つがポートフォリオ評価です。これは、学習過程での 産出資料を計画的に収集・整理し、いくつかの観点と基準によって質的に評価するもので、 学習者にとっては自己学習・自己評価力を高める機会にもなります。詳細は、初中等教育 の事例ですが、西岡(2003)や高浦(2004)などが参考になります。
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対象である授業空間とは、どのようなところなのでしょうか。ここで は、おもに学生の立場からあらためて見直しておきましょう。そうす ることで、授業評価の見方と授業改善の基本的な方向を確認すること ができると思われるからです。 1)学習者のモデル 教員は、授業設計から実施・評価の一連の責任を負う立場として、 担当授業を日常生活の中でもある程度焦点化してとらえていると思わ れます。また、所属組織でのさまざまな業務に携わる中で、当然なが ら生活空間の大部分がキャンパスを中心に回ることになります。それ に対して学生は、多くの履修授業の中の一つとして、一定の時間参加 することを要請されるだけですから、それが自身にとっての中心課題 になっていない場合には、コミットメントのレベルにおいて教員と学 生の間に大きな差があるのは当然です。 3 章 中でのさまざまな自己認知や役割は、時間的・空間的な広がりの中で、 授 業 アイデンティティとの距離の近さや関連の深さにばらつきを持ちなが 評 価 ら併存しているといえます。また、それぞれの間も、互いに影響を与 と 学 習 促 進
図 3 -1 は、一般の生活空間をモデル化したものですが、日常生活の
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図 3-1
大学生の生活空間
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え合っている関係のものから、完全に閉じていて独立しているものま で、その開放度に相違がみられるでしょう。さらに、現実の生活領域 の中で展開している役割群だけでなく、メディア情報によって拡大し て張られている生活空間があり、そこから照射されて自分の位置づけ や価値づけ、特定の側面の活性化等に影響が及ぶこともあります。今 日のようにマスメディアとパーソナルメディアが浸透し合って生活に 大きな影響力をもつ時代には、いわばリアルとヴァーチャルが混淆し ている範囲が広く、そのために自己体験全般が希薄化していく傾向に あるかもしれません。 学生からみた授業に焦点をおいてみると、たとえば大学生としての 自分自身は、授業や教員等との関わりをひとまとまりとしたクラスタ ーを成し、他の自己認知群とネットワーク関係にあると考えられます。 授業空間は、学生が所属する多くの集団のうちのごく一部にすぎず、 関心の程度によってより中心的な価値を付与されたり周縁的な位置づ 第 Ⅰ 部 基 礎 編
けになったりするでしょう。加えて、その授業が日常のどういった役 割や経験と関連しているかによって、他の生活局面と連鎖しているこ ともあれば、全く別個に独立していることもありえます。さらに、授 業で伝えられる情報や知識は、ただ伝達されるのみではすでに日常に 遍在しているさまざまなメディア情報とあまり差別化されないもので あり、授業の特殊性とはそれ以外の面、たとえば教室に身を運ぶ、課 題に参加する、友人と会う、などに集約されることになりかねません。 2)授業空間の自発的構造化 実際、ある大教室講義を観察すると、関心を十分にもたない学生は 自発的に時間を構造化し、とくに期末が近づくと、試験対策も兼ねて たとえば以下のようなマルチタスクをこなしていました。 ① 教授者の視聴 ② 提示資料の視聴 ③ 配付資料の中の課題に回答 ④ 過去の配布課題の未了分に回答(あるいは他授業の課題に従事) ⑤ 課題回答に際して隣の友人と相談 ⑥ 携帯メイルのチェック
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学生たちはそれぞれなじんだ学習の仕方―学習スタイル―をも
コ ラ ム
学 習 ス タ イ ル
って授業に来ています。それらは大きく 4 種類に分けられそうで す(cf. Vermunt, 1998; Yamaji et al., 1995) 。 ①情報・技能転移の重視:提示された情報や必要とされる技能を、 そのまま効率的に習得しようとする ②構成的理解の重視:情報内容を個人的な知識や経験と照らし合 わせ、また他の情報と関連づけながら、自分なりの理解をつく っていこうとする ③批判的探究の重視:情報内容の前提や根拠を探ろうとするなど、 批判的にさまざまな観点から吟味しようとする ④気づき展開の重視:集中して取り組む中で、はっと気づいたり 自然にできるようになったりすることに委ねる 学習スタイルは、各人のこれまでの学習の歴史によって比較的 安定しているものといえますが、それだけでなく、授業や学習評 価のあり方に応じてある程度選び直されるものでもあります .. ..
(Sambell & McDowell, 1998; Tynjala, 1999 など) 。 高校までの学習で、多くの場合、学生は①の情報・技能転移の 重視の傾向が強く、収束的な学習になじんでいるため、大学で② 61
や③の学習スタイルを要求された場合には、なかなか適応が難し いものです。しかし、学習評価の仕方を共同化することで、より 自覚的な対処が可能です。たとえば、少なくともコースの最初と 中間評価の時期に、シラバス等を提示しながら授業運営の考え方 や学習評価の観点・評価基準を説明し共有したうえで、学生の側 から反応や提案を募ることができます。授業評価結果とそれに対 する応答を共有することも助けになります。もちろん、実際の授 業がこれらに対応して実施されることが前提になります。 一般に、学生は評価されるという受身に慣れ親しんでいるので、 当初は混乱や当惑を招くでしょうが、それでも何度か繰り返すう ちに、教員の学習観と学生の学習観のギャップが明確になり、そ こで初めて調整が、つまり共同が可能になります(建設的摩擦 (Vermunt & Verloop, 1999) ) 。評価の仕方を共同化することで、 学習への動機づけも高まることが期待できますし、一方、教員に とっても、自分の授業観や教授スタイルなどを自覚的に振り返り、 吟味・調整する機会となります。とくに、昨今の情報環境の著し い変容は、教授学習のあり方に正負両面のさまざまな可能性をも
3 章 授 業 評 価 と 学 習 促 進
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たらしています。 なお、実際には、一つの領域での熟達化とは、上記の 4 つを主 たる学習フェイズとして動的かつ螺旋状に向上していく過程とも 考えられますので、どのスタイルが望ましいかを一律に論ずるこ とは困難です。教員も一つのモデルとなって、目下の学習スタイ ルをより柔軟にし、選択肢を広げる方向で関わることが自律的な 変容を促すものと思われます。
(山地弘起)
①から③は教員の計画に沿った行動ですが、④から⑥はこの学生が 自分で加えている行動であり、全体としてきわめて忙しい「課題」に 取り組んでいる様子がうかがえます。また、教員の個性や学習評価の 方法に敏感に対応して、それに最低限に沿った「学習」のスタイルを つくって授業の場に身を置いているケースは、一般的に多くみられ、 むしろ学生の標準像として教員にはなじみ深いものでしょう。 ところで、学生が自発的に授業空間を構造化するということは、通 第 Ⅰ 部 基 礎 編
常、教員が前提としている授業内体験をはるかに越える内容が生起し ているということです。学生は生活空間の一部としてそこに参加する わけですので、授業で求められている基本的な暗黙規範―授業に集中 して取り組み、教員の話をよく聴く―に必ずしも沿うわけでなく、む しろ適当に取捨選択しながら自分のペースで関わっています。これは、 「怠けている」とか「不真面目」だとかいうこととは必ずしも同じで はありません。実際に 90 分授業何コマかを学生の立場で経験してみ るとわかりますが、たとえ内容に関心が高い場合であっても、長時間 注意を持続することは困難ですし、また自分の中で考えを巡らせて進 めていく場合もありますから、教員が想定しているものとは違った授 業参加のあり方がいくらでもありうるということになります。一方、 教員もまた、こうした学生の参加のあり方から意識的無意識的に影響 を蒙るでしょう。 授業評価においても、教員としては、自分の授業内容や方法を基準 に据えて学生のフィードバックを解釈しようとしますが、学生は生活 空間の状況や授業関連の認知・技能など(本章 4 節 2)を参照)を背 景にしたそのときそのときの体験から回答してくるうえ、教員自身も
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学生集団から影響を受けながら授業を進めますから、得られた評定値 は、授業に内在する特性というより、特定の学生群との間で現象した 反応表現とみたほうがよいことも多いのです。その内実を知るために は、授業記録とともに、学生の自由記述やインタビューを通したより 具体的な資料が必要です。そしてここで再び、学生による授業評価の 結果を立体的に了解し、教育目標に沿った改善方向を模索するために、 教員と学生が協働しなければならない文脈が現れます。学生による授 業評価の妥当性・信頼性の問題も、技術的な議論を越えて、相互の関 係過程の中でとらえる必要があるのです。 3)教員に求められる役割 授業改善に向けて先ほどの学習者のモデルが示唆するところは、学 生にとって十分に動機づけられて関わることのできる授業空間とは、 生活空間をまきこむ方向で授業関連のクラスターをより中心近くに定 位し、かつ開放性と深度の大きいものであることが望ましい、という ことです。そのためには、教育の内容・方法・評価に関して、以下の 63
ような工夫が考えられます。 ① 関心領域や他の生活役割、将来展望などとの関連づけ
ここで意図しているのは、教育内容に関して、学生の普段棲みこん でいる世界と関係をつけて、何らかのリアリティを保とうとすること です。必ずしも、学生にとってすぐに役立つとか理由がわかるとかい うことでなくとも、学生の生活経験にある事例と重ね合わせたり、学 生の関心事につながる形で課題を提示したりすることができないでし ょうか。 一般に、学生の生活空間は教員にはあまりなじみのない世界でもあ りますから、一種の異文化理解と割り切って、アンテナを張っておく ことが大切です。学生生活の支援や学生相談、就職相談など、学生と 日常的に接する部署のスタッフからの助言も有益でしょう。授業では、 若手の教員は年齢的に近いうえ、学生からも親近感をもって接するの で、理解が比較的容易でしょうが、年長の教員の場合には、若手のス タッフや大学院生に協力してもらって、内容を加工したり表現を工夫 したりする必要が出てくるかもしれません。いずれにしても、教員 1
3 章 授 業 評 価 と 学 習 促 進
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人で対処するには難しい事柄ですので、互いの情報交換と学生との直 かのやりとりを心がけたいものです。 ② 制作活動や表現活動などによる全体的活性化と再構成
これは、教育方法に関して、学生のさまざまな経験や知識を総動員 するような課題を準備しようとするものです。ある程度困難で時間を 要する協調的問題解決課題として、制作物や表現発表に向けて工夫を 重ねていくプロセスでは、認知的な処理も深く記憶把持も良いことが 知られています。また、対人的な相互交渉や葛藤調整を経ることで、 社会的技能の向上も期待されます。課題を軸に生活空間内が活性化さ れ、さらには再構成されることで、学生にとっても手応えのある成長 機会になるかもしれません。 いわゆる学生参加型と呼ばれてきた授業形態や総合学習の形態がこ こに相当し、「学習者自身の現在を土台に、相互交渉を経て、発見・ 再構成・創造・変容が生じる過程」を学習とみる考え方が前提になっ 第 Ⅰ 部 基 礎 編
ています(山地, 2001)。この点は、前節で述べた、具体的状況や関係 文脈を重視する学習観とつながるものです。ある程度系統立った情報 や知識の獲得については、必要があれば下位過程で消化されるか、場 合によっては補助的な学習機会が挿入されることもあるでしょう。 教員には、講義形式に代表されるプレゼンテーションや教室のマネ ジメントに関する技能よりも、教育目標と学習者の状況の間で創造的 に学習形態や課題を工夫できるコーディネーション技能や、有効な活 動支援を行うファシリテーション技能が求められます。大教室の場合 などには、チーム・ティーチングで対応することも必要になるでしょ う。 ちなみに、こうした観点からみると、一斉講義を前提とした学校建 築や教室設計の問題も浮かび上がります。とくに一斉講義用の大教室 は、その物理的特性だけで「聴講」という特定の学習の構えを誘発す るものですから、教員が思い切った工夫を講じない限り、学生が主体 的に動くことは難しい環境です。もし多目的スペースやプロジェクト ルームなどが使えるようなら、授業目標に見合った学習形態をそこで 試みることができますが、より大きな視点では、適切な情報インフラ
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のうえで学生同士が自由に調べたり話し合ったりできるよう、教室自 体さらにはキャンパスレベルのデザインの検討が望まれます。 ③ 語ること(ナラティブ)を介した批判的思考と反省的実践
これは、おもに教育評価の面に関わって、学生が自分の活動につい て振り返る作業をはさみながら、自覚的に学習プロセスを経過あるい はコントロールしていけるよう、サポートするものです。また、ある 程度総括的な段階では、ポートフォリオなどを自分で要約したり自己 評価したりする機会を準備することを含みます。 生活空間の中でのさまざまな自己の現れや役割期待は、とくに葛藤 状況が生じない限り、あまり意識されないまま自動化して遂行されて いることが多いものです。授業空間においても、通常、自分の学習プ ロセスや学習成果を意識化して検討することは少ないのではないでし ょうか。 しかし、自分の体験やニーズを把握して言語化し、教員や他の学習 者と交渉したり、学習プロセスを調整したり、次への課題を整理した 65
りすることができなければ、自律した学習や自己評価を望むべくもあ りません。先ほどの制作活動や表現活動が、どちらかといえば生活空 間の水平方向の活性化を要請するものであるのに対し、自分自身を意 識化し相対化する営みは、垂直方向の活性化を要請するものといえる かもしれません。 批判的思考と反省的実践は、前節で述べた DeSeCo レポートにおい ても、今後要請される 3 つのコンピテンシー―多様な人々との効果的 相互作用・自律的な行動・双方向媒体の有効活用―を通底する要件と して主張されているものです。与えられた課題をやりっ放しにして進 む作業的な学習観を越えて、学習の成立が結局は学生自身の責任のも とにあることを確認し、状況の把握と改善方向の選択や提案を行うに は、自分自身を振り返って語ることのできる言語力が不可欠です。学 生による授業評価も、本来そのような言語力を背景に成り立つもので あり、あるいは、そうした力を育てる教育的働きかけの一環として工 夫されることが望ましいと思われます。 授業評価をもとにして教員と学生が相互に生の声を交わし、明確
3 章 授 業 評 価 と 学 習 促 進
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化・課題の整理・調整等を図るプロセスを、反省的実践の学習機会と したいものです。場合によっては、すでに履修済みの学生や TA など、 比較的学生の生活空間を了解しやすい協力者を依頼することも、学生 にとってはサポートになるかもしれません。こうした試みによって、 言語化や言語交流の信頼基盤が少しでも回復し、授業を見る眼・学習 を見る眼・自身を見る眼が連動して育っていくことを願うものです。
4.「学生による授業評価」から FD へ 本節では、授業評価に関して学生自身はどうとらえているのか、ま た学生の個人差などの要因がどのように授業評価に影響しているのか を概観し、加えて学習評価のあり方も検討します。そのうえで、FD * 2 との関連で、学生を含めた機関の構成員がどのように関わっていくべ きかを考えてみます。 1)学生のみる「学生による授業評価」 第 Ⅰ 部 基 礎 編
学生による授業評価は、教員や管理層の立場から盛んに議論されて きたものですが、学生自身はどのようにとらえているのでしょうか。 例として、首都圏のある大規模私立大学の教職科目(教育方法)で得 られた調査結果をみてみましょう(山地, 2006)。ただしこの科目では、 毎回の授業で「学生による授業評価」が実施されていたため、大学授 業や授業評価等に関して通常よりも意識の高い集団といえます。調査 項目は、授業評価や授業改善に関する学生の自由記述の整理(山地, 2005)をもとに、多様な内容について作成されました。 表 3 -1 をみると、「学生による授業評価」の見方には両価的なとこ ろがあり、必ずしもその妥当性や有用性が高く認知されているわけで * 2 日本では、FD の一般的定義として「大学の授業の内容及び方法の改善を図るため の組織的な研究及び研修」(大学審議会, 2000)が定着していますが、FD 実践の先進モデ ルとして想定されているアメリカにおいては、教育だけでなく研究、社会サービス、管理 運営などファカルティ・メンバーの諸活動全体を視界に入れた広義の概念規定をしていま す。個人の専門職能を高めることで機関全体の活力を高めるねらいがあり、個人開発 (personal development)、専門職開発(professional development)、授業開発(instructional development)、カリキュラム開発(curriculum development)、組織開発(organizational development)などの諸領域が含まれるとされます(有本, 2005)。アメリカの FD 関 連 の 最 大 ネ ッ ト ワ ー ク 組 織 の 名 称 も 、 POD ネ ッ ト ワ ー ク ( Professional and Organizational Development Network in Higher Education)です(1 章のコラム「日本 での授業評価の歴史」参照) 。
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表 3-1「学生による授業評価」や授業改善等についての 意見項目の基礎統計 (n=328)
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注)4 件法による。平均が 3.0 を越えるか 2.0 を下回る項目は太字で表示した。
はないようです。しかし、項目 12 から 15 の平均が 3.0 を越えている ことは、互いの影響や教員からのフィードバックの重要性が学生にも 認識されていることを示唆しており、授業改善への共同意識(項目 21, 22, 25)や学習の仕方の課題意識(項目 26, 27)も高いものです。 本調査で対象とした授業が、毎回の授業評価を行いながら授業を進 めていく形式であったことは、教員・学生双方に授業改善への共同意 識を促す機能を果たしたと考えられます。ひとつのクラスでの体験が 全般的な授業評価や授業改善等への意識に影響を与えることは難しい でしょうが、授業での肯定的な体験から授業改善への共同意識が培わ れて、授業観や教員・学生間の関係が変容していく可能性はあります。 この授業の文脈では、学生における教員印象(関係面および課題面)
3 章 授 業 評 価 と 学 習 促 進
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から授業内体験(意欲や集中)を経て授業改善への共同意識に至る因 果モデルが確認されました(図 3 - 2) 。 以前から、学生による授業評価は信頼に足るか否かといった議論が ありますが、それは教員が学生といかなる関係にあるかにも依存する、 ということになるでしょう。本章は、教員と学生が共同して授業を創 造することの意義を主張するものでしたが、そうした発想は、学生に おいても共有されうることを以上の結果が示しています。
第 Ⅰ 部 基 礎 編
図 3-2
教員印象・授業内体験・授業改善への共同意識の 因果モデリング結果 (n=314)
χ2=64.487, df=49, p> 0.5 GFI=.968, AGF=.949, RMSEA=.032, CFI=.984 パス(標準化係数)はいずれも有意(p<.01)
2)授業評価への影響因 ところで、授業評価にはさまざまな要因が反映しており、なぜその ような結果になっているのか、どのような改善が求められているのか を単純に判断することはできません。授業中の反応や学生とのインフ ォーマルなやりとり、これまでの経験や教員間の情報交換なども踏ま えながら、創造的に次の実践へ返していくことになります(本章 3 節 2)も参照)。その点、もしも毎授業でフィードバックが得られれば、 授業の中身と結びつけて変動を解釈し、ミクロレベルでの調整と確認 を繰り返していくことができますし、この営み自体が学生の授業への 集中度を高めるでしょう(7 章・ 8 章を参照)。ここでは、参考までに、 *3 授業評価への一般的な影響因を 6 つに整理しておきます(表 3 - 2) 。
なお、授業改善に取り組む場合、学生の側は授業空間を 1 つの全体
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表 3-2 「学生による授業評価」への影響因
として体験しているのが通常ですから、個別の評価観点を切り分けて 低い評価部分を向上させようとしても、全体的な授業体験に変化が生 じて、所期の改善意図とは異なる結果になることがあります。たとえ ば、評価の低い板書の改善を期してプレゼンテーションソフトの利用 69
に代えたところ、全体的な評価が下がったという事例をきいたことが あります。加えて、学生間のニーズの違いもありますので、なかなか 一筋縄ではいきません。単線的に授業改善が進むとはいえないわけで すが、これは、授業が生きたコミュニケーションの一形態であること を鑑みるとむしろ自然なことです。逆に、授業を物象化して効率的な 「改善」に急ぐと、学生の学習体験に十分意識を向けることができな くなりますので、こちらのほうを警戒すべきではないかと思います。 さて、表 3 - 2 は授業評価の解釈にあたって役立つ枠組みですが、そ れだけに留まらず、他の教員の授業に学生と一緒に参加して、これら の影響因のふるまいを体験的に理解してみることで、思わぬ発見につ * 3 学生による授業評価では、教員と学生の相性や評価観点に対する教員の得手不得手 などが無視できない影響を与えることが示唆されています(豊田・中村, 2004)。なお、⑤ の状態要因と⑥の調査要因は、いわゆる測定の信頼性にかかわるものでもあり、5 章を参 照してください。また、以上の影響因のいくつかについて、詳細が 6 章 5 節および 7 章 2 節で扱われています。北米やオーストラリアで行われた研究の総括によると、学生による 授業評価の収束的妥当性(相関をもつべき指標とたしかに相関をもつ)と弁別的妥当性 (直接関連のない指標とはたしかに相関をもたない)はほぼ確認されているといえます (Greenwald et al., 1997; Wachtel, 1998 など) 。
3 章 授 業 評 価 と 学 習 促 進
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ながる可能性があります。①については教室の雰囲気の違いを探って みることができますし、②に関連して、自分自身の授業観や学習観を 振り返ってみることもできます。また、③に関連して、教授技術だけ でなく、教員の個性や学生との関わり方などがいかに授業内の体験に 影響を及ぼしているかを実感してみることができますし、あるいは④ に関連して、座席位置を授業者に近い所や遠い所にとってみて違いを 感じ分けたりすることもできます。⑤や⑥についても、自分で体験し てみないとなかなかわからないことがあるものです。学生の行動や会 話を身近に見聞きしながら、授業に参加する立場を少しでも共有する ことで、授業評価もより多面的に理解でき、授業改善への新たなアイ デアも得られるのではないでしょうか。 FD の一環として行われているいわゆる公開授業は、教授技能の検 討などのためばかりでなく、素朴に学生の立場を体験する機会として も意義があります。全く無責任に教室にいられる体験というのも、教 第 Ⅰ 部 基 礎 編
員の立場では滅多にないことですから、楽しみながら参加し合いたい ものです。 授業改善と学習改善を連動して進めるためには、とくに②の学生要 因を重視して、診断的評価ともよばれる事前の知識テスト(クイズ) や意識調査を初回授業で行うと有用な情報が得られます。履修動機や 関心対象、先行知識などを把握できれば、授業設計の修正に役立ちま すし、学習ガイダンスや補習教育のモジュールを開発する場合にもヒ ントになります。学生とのコミュニケーションのきっかけにもなりま すし、これらを教員集団の中で共有できれば、授業評価の解釈や授業 改善の方向、教材や学習評価のあり方などを検討するための資料にも なります。 3)学習評価の工夫 学習評価のあり方は、学生の学習改善につながり、学習スタイルや 学習観、授業観などにも影響を及ぼしていく可能性をもっています。 これを実現するには、多元的な評価観点と評価方法の工夫が求められ る一方で、とくに重点をおく観点に適合した授業が提供されなければ なりません。授業は、目指す学習がそれぞれの学生において成立する
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ことが最も大きな目標ですから、宿題の工夫も含めて授業設計に心を 砕くとともに、学生にも学習の仕方を伝え、学習評価の方法や観点、 評価基準等を明示して、必要があれば互いに調整を行うことが望まれ ます* 4。 同時に、あまり固定した目標や評価方法にとらわれると、学生に生 じている多様な学習過程が見えにくくなりますから、授業過程での修 正や相互調整にひらかれていることが大切です。学生自身に目標設定 と自己評価を促すことも相互調整の助けになるでしょう。そして何よ りも、学習評価のたびにフィードバックをていねいに行うことが鍵を 握ります。評価機会を成績判定のためではなく、学習促進と授業の軌 道修正のためのペースメーカーとして形成的に活用するわけです。 ただ、大人数クラスの場合は労力が大変で、とても現実的とはいえ ません。まだ一般的ではありませんが、もし WBT(Web-Based Testing、ウェブ上でのテスト)や e-Testing とよばれる技術が利用 できれば、多彩な評価方法を工夫できますし、分析やフィードバック 71
処理、テストバンクの構築等も容易です。ポートフォリオをデジタル 化して、ウェブ上で蓄積・編集することも可能でしょうし、学習者間 で相互評価をしたりフィードバックを共有したりすれば、参加型学習 の支援機能をもたせることもできます。とくに 90 年代から「カリキ ュラムに埋め込まれた評価」(curriculum-embedded assessment)の 研究が盛んですので、今後は授業評価も一体化させた、統合的な支援 システムが比較的安価に利用できるようになるものと思われます* 5。 最終的な成績指標には、十分な妥当性・信頼性があること、すなわ * 4 大川(2004)が紹介している成績評価に関する学生の意識調査(2001 年実施)から も、こうしたニーズが明確に示されており、この点は今日でもあまり改善をみていないよ うに思われます。 * 5 7 章のコラム「授業評価支援システム─ REAS for Class ─の開発」で紹介されてい る REAS もその 1 例といえましょう。より詳細な情報は、たとえば日本テスト学会 (http://www.jartest.jp/)や日本教育工学会(http://www.jset.gr.jp/)を通して得ること ができます。また、近年のテスト制作の方向が池田(2000)に、アメリカでの学習評価の 工夫が Davis(1993;香取監訳 2002)に詳しく述べられており、参考になります。なお、 WBT という略語は、Blackboard や Web CT などウェブ上の LMS(Learning Management System)による教育(Web-Based Training)をさすことがあり、むしろそ の方が普通ですので、ご注意ください。
3 章 授 業 評 価 と 学 習 促 進
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ち学習成果を的確に総括できることが要請されます。従来、日本では 学生による授業評価と成績指標との相関が低いことが多く、そのこと が学生による授業評価の妥当性を疑問視させる一因になっていますが、 相関の低さは不適切な成績指標に起因している可能性もあります。領 域によって学習成果の明示が難しい場合もありますが、少なくとも出 席回数や期末レポートのみで最終的な成績指標にするのは、やや乱暴 な総括といわざるを得ません。この点では、妥当性・信頼性に配慮し た評価項目をコア項目(群)として教員集団の中で設定し、それを含 めた総括的評価を行うことで、ある程度アカウンタビリティをもつ指 標になるのではないでしょうか。 最後に、授業評価も学習評価も、対象となるタイムスパンを 3 つく らいに分けて考えておくと、重層的に実態が把握できると思います (図 3 - 3)。授業での学習が学生の生活空間に浸透していくことを理想 とすれば、1 年後や卒業時など、場合によっては就職後に、履修学生 第 Ⅰ 部 基 礎 編
に長期的成果を尋ねてみる機会があると、授業改善にも新たな視点を 得られることが期待できます。 4)学生をまきこんだ FD 冒頭で述べたように、授業自体の評価は、学生のみでは十分に対応 できるものではありません。たとえば内容の新しさや教材の適切さな どは学生にとって評価しにくい観点でしょうし、バイアスの問題も生 じるでしょうから、卒業生や当該領域の専門家、教育方法の専門家な ど、観点に応じた適切な評価者を得て、学生による評価結果を相対化
図 3-3
学習者における3つの QOL と評価方法
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今日の高等教育では、学生の言語力、より広くコミュニケーシ
コ ラ ム
ョン力が十分でなく、批判的思考も容易ではないようです。学生
基 礎 に な る 言 語 力
しいものがあります。加えて最近、デジタルメディアの急速な浸
だけではなく、むしろ教員集団も含めた一般的な社会現象として、 コミュニケーションの困難や批判的思考の欠如が取沙汰されて久 透によって、大学生の対人関係や自己表現のあり方もさらに変化 してきています(EDUCAUSE, 2005) 。 授業においては、さまざまなメディアの活用に先だって、言語 を介した働きかけや相互のやりとりが大前提になっています。学 生による授業評価もその一部です。それだけに、基礎になる言語 力を育てることは、学生の学習力の向上において、また教員自身 の反省的実践において、大きな意義があるはずです。 自分の内界の動きを尊重し、慎重に立ち会ってみると、自分自 身の体験や思考が内側から適切な言葉を選んでいく過程をうかが うことができます。こうした次元の言語は、とくに表現教育や心
3 章 実践においても、自分の体験やニーズを的確に把握する場合の基 授 盤をなすものです。にも関わらず、高度情報化社会の影の現れか、 業 評 学生・教員双方ともこの次元の言語から遠ざかりつつあるところ 価 と に、コミュニケーションの困難の一因があるように思われます。 学 習 というのは、ケータイ世代の学生においては、文字文化のあり 促 方が変わって、絵文字・数字・略語など多様なシンボルイメージ 進 理臨床などの世界でなじみ深いものですが、批判的思考や反省的
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を併用するデジタル言語を創造し、より音声言語に近い視覚コミ ュニケーションを実現しています。これはしかし、意味の深さや 論理、情動といったものが脱色されモジュール化された、感覚的 なコミュニケーションであり、自我が水平方向に拡散してしまっ たかのような観があります。発話量は多くとも、自分の内界の有 機化に立ち会い、体験が言葉になってくるのを待ったり、その次 元から他者とのやりとりに時間をかけたりすることはますます少 なくなっているように見受けられます。 一方、教員のほうも、とくに PC 上の作業には時間感覚に対する 大きな圧力があるため、末梢の反復動作による情報オペレーショ ンと、中枢神経に直結した大量かつ高速のメッセージ処理が日常 化することで、 「速く」 「先へ」と駆動する緊張姿勢がさらに培わ れます。こうした状況では、自身のうちにあるさまざまな声のう
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ち、 「味わっていたい」とか「何か変だ」とか「ほんとうは」とい った、体験の流れに沿おうとする声はますます周辺化され抑圧さ れることになります。同時に、相手を見取る・聞き取る、相手が 見える・聞こえる、といった関わりの前提も意欲も成り立ちにく く、教員の側でも学生の状況を受け取る十分な余裕がありません。 こうした傾向に対処するには、まず振り返り作業(リフレクシ ョン)をじっくり経験してみることが有用です。たとえば、自分 の授業のビデオ記録を見直しながら、感じられることをていねい に言葉にしていく作業や、学生との間で普段感じられていながら その内容が明確でない事柄などに焦点をあててみるなど、できれ ば言語化に立ち会ってもらう協力者がいたほうがいいのですが、 その気になればすぐできることでもあります(よりていねいに、 授業研究の一環としてこれを行う場合は、秋田(2006)や浅田他 (1998)などが参考になります) 。 時間をとって文字に表現するということも大きな助けになりま す。内省による自己確認や体験の意味づけを促すうえ、表現を共 第 Ⅰ 部 基 礎 編
有し合い展開させ合っていく場がつくりやすいからです。生活綴 方やフレネ教育といった「書く」教育実践に範をとることもでき るでしょう(里見,1995 などを参照) 。ただし、論理的・分析的に なる前に、声や言葉に結晶するまでを待ち、ていねいに体験過程 の展開に委ねていく忍耐と信頼が求められます。そのうえで、メ ディア・リテラシーの教育などを例に、情報や場、そして自分自 身に対する批判的思考を深める機会が必要です(小田,2003 な どを参照) 。まずは、教員やティーチング・チームにこうした体験 があると、授業の中で学生にも影響していくのではないでしょう か。 学生にとっても、こうした学習機会は、言葉のやりとりに対す る基本的な信頼を回復するうえで重要です。とくに、学習スタイ ルとも関連して、読み書きの基本的な志向性が受動的で羅列的な ものから、より能動的で反省的なものになることが求められます (Biggs, 1999; Halasek, 1999) 。アメリカには、学生の文章表 現力を高めるために、ライティング・センター(Writing Center) を設置している大学が多いのですが、日本でも、言語コミュニケ ーションの力を導入教育および日常的支援において向上させてい くためのサポート部門が望まれます。
(山地弘起)
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することが望まれます。 学生による授業評価をその一部とする授業の複眼評価と教員― 評価 者間のやりとりを経た後、得られた改善指針が教員(集団)の役割の どの部分に関わっているかによって、個人の授業内で改善できる場合 と、より大きな文脈での修正が必要になる場合とが出てきます。後者 の場合は、教員集団内外での調整が必要となり、授業評価は大局的な 教育改善方策の検討や組織レベルの FD につながることになります。 もしも教員― 学生間のやりとりで軋轢が生じたり見方の相違が明ら かになったりした場合には、そのこと自体を重要な学習事項として共 同で研修機会に反映させることもできるでしょう。学生の立場から、 授業評価や学習評価のあり方について提案を得ることもできます。す でに岡山大学を始めとしていくつかの大学で試みられていることです が、FD、ひいてはカリキュラムのデザインに学生をまきこむことで、 3 章 のための敷居が高いようなら、大学生活全般について意見交換を行っ 授 業 たり、大学主催の行事等に学生主導の部分を増やしていったり、ある 評 価 いは逆に学生のボランティア活動をサポートしたりすることで、周辺 と から教育改善への共同体制を準備することができるかもしれませんし、 学 習 促 学生間での学習支援のネットワークもできてくるかもしれません* 6。 進
学生の学習主体としての意識がさらに高まることも期待されます。こ
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ただ、いくつかのタイミングで授業評価を実施したり、分析を行っ たり、さらに学生とのやりとりを行う、ということには大変な労力と 時間が費やされ、年度ごとに重点科目を決めて取り組むなどしなけれ ば現実的ではありません。また、学習状況の可視化の工夫や学習評価 のフィードバックなども含めると、組織的なバックアップのない環境 ではなかなか長続きするものではありません。授業改善― 学習促進の 共同を日常に埋め込まれた活動とするためには、機動的なサポート組 織が不可欠です。 結局、教員集団・サポート組織・学生集団という、教授学習に直接 関わる構成員が共同で改善を志向する風土ができていかなければ、い * 6 大山(2003)が紹介している、厚生補導から学生支援への歴史的変遷と、学生支援 を軸にその特化した機能の 1 つとして教授学習活動をとらえる見方は示唆に富みます。
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かに広く「学生による授業評価」を実施していたとしても、その最も 生産的な機能が担保されないことになってしまいます。ユニバーサル アクセスの段階に至った高等教育において、我々は、「子育て」に関 わっていると覚悟を決めるべきかもしれません。大学に 4 年間(ある いはそれ以上)通ってくる学生たちの成長が我々の日常の関わり方に もかかっていると自覚するとき、学生による授業評価を介した相互の コミュニケーションと改善への努力は、学習力を育てる―そして我々 の教育力を育てる―うえで、大きなブレイクスルーになりうると思わ れます。 しかも、そこで培われた共同の技能は、今後、若者だけでなく一般 社会人や外国人、高齢者等がさまざまな学習形態で参加してくる場合 にも、多様な学習スタイルのマネジメントにおいて少なからず役立つ のではないでしょうか。
第 Ⅰ 部 基 礎 編
5.授業評価を糸口としたパートナーシップへ アメリカのいわゆるベスト・ティーチャーを調査すると、学生に質 の高い学習が成り立つよう、さまざまに自問し工夫を重ねる姿が共通 してみられるようです(Bain, 2004)。たとえ学生による授業評価が高 いものだったとしても、それは授業の成否を検討するための多くの資 料の一部に過ぎず、もし目指す学習に到達していないと判断される場 合には、自分が変化していくことを厭わずに、反省と工夫を積み重ね る不断の努力が報告されています。 こうした教員の真摯な取り組みは日本においても示唆に富みますが、 しかし、学習の主人公があくまで学生であり、学生自身が自分の学習 スタイルを振り返りながら改善の努力を行わなければ、教員だけが空 回りしてバーンアウトしてしまうことにもなりかねません。この点、 ア メ リ カ の 多 く の 大 学 で は 、 教 授 学 習 セ ン タ ー ( Center for Teaching and Learning)などの名称で教員側と学生側の双方に支援 を行う部門があり、日本でも、関西国際大学など多くの大学で学習支 * 7 学習支援の具体と日本での実施状況等については、谷川他(2005)が簡潔に整理して おり、参考になります。
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援のためのサービス組織がつくられ始めています* 7。 教員が授業を改善していくということと学生が学習を改善していく ということとは、車の両輪として連動して進まなければならないもの であり、双方の努力が、授業評価というコミュニケーション機会を通 じて相互に増幅され、日常の活動に浸透していくことが最も肝腎なこ とと思われます。学習評価の方法や FD のあり方なども、共同で工夫 され創造されていくことによって、卒業後にも生きる基本的な学習力 を育てていくための土壌が徐々にできあがっていくことが期待されま す。そして、その過程で生じてくる葛藤や困難を、機関の構成員がそ れぞれの立場で学習機会に変えていけるよう、柔軟なサポート構造を 組織できるリーダーシップが求められるでしょう。 学生による授業評価は、実施率の向上に焦点があった段階を過ぎて、 教育実践の一環として教員と学生のパートナーシップの糸口となり、 ひいては機関レベルの教育刷新に貢献しうる、その潜在力を現実化す る段階にきています。 77 ■引用文献 秋田喜代美 (2006).『授業研究と談話分析』放送大学教育振興会 有本章 (2005).『大学教授職と FD』東信堂 浅田匡・生田孝至・藤岡完治(編)(1998).『成長する教師』金子書房 Bain, K. ( 2004 ). What the Best College Teachers Do. Cambridge: Harvard University Press. Biggs, J. (1999). Teaching for Quality Learning at University. Buckingham: Open University Press. Davis, B. G. (1993). Tools for Teaching. Jossey-Bass.(デイビス、B. G. 著/香取 草之助(監訳)(2002).『授業の道具箱』東海大学出版会) 大学審議会 (2000). 「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方につ いて」 (答申) EDUCAUSE (2005). Educating the Net Generation. EDUCAUSE,
(January 7, 2006). Greenwald, A. G., Marsh, H. W., Roche, L. A., d’Apollonia, S., Abrami, P. C., Gillmore, G. M., & McKeachie, W. J. (1997). Current issues: Student Ratings of Professors. American Psychologist, 52, 1182 ─ 1225.
3 章 授 業 評 価 と 学 習 促 進
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レイ3章 07.9.10 0:58 PM ページ79
開発センター(編) 『教育メディア科学』オーム社、70 ─ 82 山地弘起 (2005).「学生による授業評価の関係論」『2004 年度第 10 回FDフ ォーラム報告集』財団法人大学コンソーシアム京都、59 ─ 62 山地弘起 (2006).「学生における教員印象、授業内体験、及び授業評価・授 業改善等への意識―因果モデリングの試み」山地弘起(編)「高等教育改 善に資する教員・学生の授業評価力と評価測度に関する研究」『文部科学 省科学研究費補助金・研究成果報告書』Ⅵ 1-Ⅵ 13 Yamaji, H., Otsuka, Y., Ikeda, H., Bailey, J. H., Bailey, C., Osakabe, M., & Plath, D. W. (1995). An Evaluative Survey on Cross-cultural Learning through Video Materials. Research and Development Division Working Paper 051 ─ E ─ 95 . National Institute of Multimedia Education.
■資料紹介
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づける学習観や学生への態度に特徴があることを見いだしています。
古宮昇 (2004).『大学の授業を変える』晃洋書房 臨床心理学の専門家として、教員と学生の関係性に焦点をおいた授業づく りを紹介したものです。実践の工夫の根拠として、おもにアメリカで行われ た実証研究を多く紹介しています。学生による授業評価をめぐる論点もわか りやすく整理されています。
Benesse 教育研究開発センター (2006). 大学・短大向けトップページ ベネッ セコーポレーション (2006 年 1 月 7 日) (株)進研アドが出版する大学・短大向け教育情報誌『Between』を、ウェ ブ上で閲覧できるようにしたものです。大学改革を進めるうえでの指針や具 体事例が毎回特集形式で編まれており、バックナンバーには授業評価や FD に関連した記事も多く、参考になります。
3 章 授 業 評 価 と 学 習 促 進
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4章
授業評価とアカウンタビリティ
1.アカウンタビリティとは 授業評価の重要な機能として、「アカウンタビリティ」(accountability)ということが意識され始めています。 アカウンタビリティは、「説明責任」と訳されますが、元来、公的 に導入された資金が効果的に活用されていることを証明することを指 し、財務的な局面で使われることの多い概念でした。しかし、近年の 大学に関わる文脈では、単に財務面に限ることなく、大学や大学教員 第 Ⅰ 部 基 礎 編
が、自らの活動について、根拠となる資料に基づいてわかりやすく説 明し、それを発信することというように、より広い概念として使われ るようになってきています。 かつては、大学は、象牙の塔と呼ばれるなど、外からはその内情を ほとんど見ることができませんでした。外から大学内を見たり知った りすること自体に、それほどのニーズもなかったといえるのかもしれ ません。しかし、近年では、知識基盤社会の核として、社会の各方面 からの大学へのアプローチが増大しており、アカウンタビリティを果 たすことは大学にとって避けがたい責務となってきています。 その一つの動きとして、「大学評価」なるものが制度として取り入 れられてきたことを挙げることができます。大学評価では、大学にお ける教育の質を保証することも期待されています。教育の質という点 で何を評価するかを突き詰めていくと、個々の授業に行き着くことに なります。大学評価は基本的に組織としての大学の総体を評価の対象 とするものですが、その意味では、大学の経営・運営に関与している 人のみならず、今やすべての大学人が、ある種のアカウンタビリティ を意識せざるを得ない時代になっているといえるでしょう。
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アカウンタビリティを果たすためには、まずは、それぞれに期待さ れている成果を実際に得ていること、そして、そのことをわかりやす く外に対して示すことが必要とされます。わかりやすく示すためには、 成果の一端を表す資料を準備しておく必要があります。個々の授業に 関していえば、そのための資料として授業評価結果の活用が考えられ るということになります。 授業評価の結果は、他章で見るように、授業の内容や受講している 学生、また、その授業を含むカリキュラムや大学の置かれた状況など、 さまざまな要因によって影響を受けます。それだけに、それをアカウ ンタビリティの資料としてどのように活用していくことが望ましいの かについては、まだ手つかずに残された課題という部分も少なくあり ません。そこで、ここでは、授業評価という手段を通して、大学や大
4 章 授 ティを果たすことができるのかについて考えていくことにします。 業 評 価 2.大学評価と授業評価 と ア カ 1)わが国の大学における授業評価の広がりの契機 ウ 大学の動きを追跡するとき、そのメルクマールとして参照すべきも ン タ のの一つに、文部科学省の関連審議会から出される答申があります。 ビ リ 近年の中で影響力の大きかった答申としてしばしば取り上げられるも テ ィ
学教員にとって、どのように、授業や教育についてのアカウンタビリ
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のの一つに、1991 年の大学審答申『大学教育の改善について(答申) 』 があります。大学の多様化・個性化を進め、その質を担保するための 自律的な改善努力を求めた答申です。それにしたがって、大学設置基 準が「大綱化」され、大学に、自己点検・自己評価がなかば義務づけ られました。大綱化といいますと、国立大学から教養部などが廃止さ れ、一般教養科目の見直しがなされたことがまずは思い起こされます が、同時に、日本の大学に「評価」ということが突きつけられたのが この答申で、この時期に、「授業評価」も徐々に広がりを見せ始めま した。 しかし、この時期にあっても、「授業評価を導入しよう」と学内で
提案すると怪訝な顔をされるのが関の山であったであろうと思います。
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その当時もすでに、大綱化の動きとは別に、一部の教員が、授業アン ケートを実施したり、授業時間ごとの「ミニッツペーパー」などと呼 ばれる簡単な感想を書かせる試みを、自主的・精力的に行っている例 は決して少なくはありませんでした。しかし、大学や学部などで授業 評価を組織的に実施することに関しては、慎重論者が多くありました し、むしろ導入論者に対する風当たりも強かったといえるでしょう。 これは、筆者自身が関わっていたメディア教育開発センターの研修事 業「大学授業の自己改善法(1997 ∼ 2000)」において、その研修に参 加していた、当時にあっては授業評価に関して先取的な大学教員から しばしば聞かされるところでもありました。 1999 年には、学生が中心となって、授業評価の導入を要望する 「大学の授業を考える会」という組織ができたりもしています。現在 は、その会自体は解散しているようですが、その当時、その会の熱心 な学生が、筆者のところにも、導入に無関心な大学を何とか動かした 第 Ⅰ 部 基 礎 編
いと、授業評価の案を持参してコメントを求めてきたこともありまし た。その学生は、アメリカの授業評価の状況もある程度は調べており、 学生の立場のみならず、教員の立場にも立った質問項目を準備してい て感心したものです。同時期に、授業評価の導入を企画している大学 の教員の方々が何人か、同じように問い合わせに来られたことがあり ますが、先行事例の項目を踏襲しているに過ぎないことが多く、受け 身的な大学教員と、何とか授業を変えたいという前向きな学生との間 に大きな隔たりがあるのを実感した経験があります。 2)授業評価の全国展開 そのような状況を大きく変えたのは、1998 年に大学審議会から出 された『21 世紀の大学像と今後の改革方策について(答申)――競 争的環境の中で個性が輝く大学』による「第三者評価システムの導入」 の提言であろうと思います。それに基づいて、2000 年より改組・設 置された大学評価・学位授与機構によって、大学評価が始まることに なりました。 表 4 -1 は、わが国の大学において、授業評価を実施している大学数 の推移を、文部科学省の調査結果に基づいてまとめたものです。1992
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表 4 -1
大学における授業評価の実施状況の年度推移
注)上表は,文部科学省の「大学における教育内容等の改革状況について」等(2001 ∼ 2006)、「進む大学改革─大学の新しいすがた」(1996)などにより,筆者が表にまとめた ものである。各欄の左の数字が、授業評価実施大学数、「/」の右が大学数である。なお、 1995a、1995b とあるのは、後者の資料において、大学の一部局以上が授業評価を実施 (1995a)と、その内の全学的に授業評価を実施(1995b)の両者の大学数が掲載されてい たものである。その前後の統計においては、全学的に実施している大学数は記されてお らず、一部局以上が実施の大学数である。
年の段階では 1 割に満たない大学でしか実施されていなかった授業評 83
価が、1990 年代半ば頃までにとくに国立大学を中心に広がりの兆し を見せ、それに引きずられる形で、上記答申が出された 1998 年には 全体でも 50 %を超えました。そして、当初、国立大学を評価対象と した大学評価・学位授与機構による大学評価が開始された 2000 年に は、国立大学では 9 割を超えています。並行して、私立大学や、とり わけ公立大学において、急速に授業評価が導入され始め、今やほとん どの大学で実施されるに至っています。先に触れた、学生たちが導入 を求めていた諸大学も、その後、続々と授業評価を導入しています。 2004 年(平成 16 年度)からは、新たな評価制度が導入され、すべ ての大学が、文部科学大臣に認証された第三者たる「認証評価機関」 による「認証評価」を、7 年以内に一度ずつ受けることが法令化され ました。それに伴って、授業評価の導入率もほぼ極限の 97.5 %に達し ています。それは、大学のみならず、大学院にも広がりつつあるとい った状況です(中央教育審議会答申『新時代の大学院教育 ─ 国際的 に魅力ある大学院教育の構築に向けて』2005 年 9 月 5 日) 。
4 章 授 業 評 価 と ア カ ウ ン タ ビ リ テ ィ
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表 4-2
第 Ⅰ 部 基 礎 編
各認証評価機関の基準に含まれる授業評価に関する記述例
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注)上表の基準は、2006 年度の時点で発表されているものである。なお、基準は年度ごと に改訂されている。また下線部分は、授業評価に関連する部分について、筆者が付したも のである。
3)授業評価に求められているもの
4 章 えば、認証評価のために、各評価機関から公表された「大学評価基準」 授 業 の中に、例に漏れず、「授業評価」が取り上げられるなど、まさに、 評 価 と アカウンタビリティを果たすためのツールとして、評価制度の中で明 ア カ 確に位置づけられるようになったからです。 ウ しかし、授業評価は、改めていうまでもなく、大学評価のためにあ ン タ るべきものではなく、あくまでもツールとして、教育や授業に活かさ ビ リ れていくべきものです。授業評価が大学評価基準の文言の中に含まれ テ ィ
なぜ、大学評価が授業評価の実施に影響を及ぼすかというと、たと
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る例を、表 4 -2 に示してみました。これらを見てみますと、大学評価
基準において、授業評価の機能として期待されているものは、大きく 2 つに分類することができそうです。一つは、授業改善のために学生 からのフィードバック情報として利用するということです。そしても う一つが、授業の成果が得られていることの一つの証拠として、いい かえれば、アカウンタビリティのためのツールとして利用するという ことです。授業改善に授業評価結果を活用していくという方向性は、 従来から一番に意識されてきたことでもありますし、授業評価の原点 ですが、その点については他章に譲り、ここでは、もう一方のアカウ ンタビリティに関わる授業評価の側面にスポットを当ててみようとい うわけです。
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そもそも、授業の成果、教育の成果をどのように捉えるかというこ とは、教育学の永遠のテーマといってもいい大きな課題です。それだ けに、教育の成果の全容を的確に把握するということは不可能である といってよいでしょう。逆に、大学評価の際に、授業や教育の成果が こうであったといいきるような表現がされているならば、その評価結 果の報告は疑ってかかった方がよいくらいでしょう。しかし、だから といって、授業や教育の成果をまったく考慮しなくていいということ ではありませんし、もはや、そのように開き直れる社会的・時代的背 景ではありません。すべては把握することのできない中で、ごく一部 分でも、このように成果が得られている可能性があるという資料に基 づいた説明を、社会に向けて発信していくことが求められています。 その際に留意すべき点を、以下で浮き彫りにしたいと思います。
3.誰のためのアカウンタビリティ 第 Ⅰ 部 基 礎 編
1)アカウンタビリティ対象の焦点化 2000 年度から 2003 年度、足かけ 4 年にわたって実施された、大学 評価・学位授与機構(2004)の試行的評価の事後調査では、大学評価 のアカウンタビリティの側面に関する達成度が十分でないという結果 が出ています。大学評価の結果は、報告書やウェブを通じて社会に広 く公表されていますが、それが十分に機能していないことが指摘され ているのです。アカウンタビリティは大学評価の目的に明確に位置づ けられていますが、それが十分に達成され得なかったということは、 評価結果をアカウンタビリティに結びつけるのはそう簡単なことでは ないということでしょう。 そもそも、大学評価というときに、それが誰のための説明となるべ きであるかということについては、明確に議論されてこなかったとい うこともその一つの要因になっています。「社会」に対してアカウン タビリティを果たすというときに、いわゆる「国民一般」を想定して 評価を実施し、評価結果を示すことが適当であるとは限りません。広 く浅く、総花的な結果報告では、どの人にとっても、それほど重要な 情報にはなり得ないということがあるからです。もちろん、大学の活
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動は、その一部は、国民の税金に依らざるを得ないわけですし、国民 全体ということをまったく意識しないわけにもいきませんが、そのこ ス テ ー ク ホ ル ダ ー
と以前に、大学の直接的な関係者に対して十分なアカウンタビリティ を果たしているかどうかが問われることになるのはいうまでもありま せん。より緊密な関係者がどのような情報を欲しているのかによって、 大学はそれぞれに適合した説明の仕方が求められることになります。 そこでまず、大学にとっての関係者というのは、どのような範囲で 考えるべきかということについて見ていきたいと思います。大学には、 教育・研究・社会貢献・運営など、さまざまな取り組みが求められ、 そのそれぞれに関係者とすべき層も異なります。その中で、ここでは、 授業評価のアカウンタビリティの側面に焦点を当てるために、大学の 教育面に関する関係者に絞ることにします。
4 章 授 大学の授業という場合、当然、その関係者として真っ先に取り上げ 業 られるべき存在は学生ということになります。受講学生に対しては、 評 価 と まずは、授業がその目的とするところに適合して実施されているかど ア カ うか、そして、その目的が達成されているかどうかといった点を示す ウ ことが望まれることになるでしょう。同時にこの種の情報は、受講生 ン タ の保護者や家族などに対しても、アカウンタビリティという点で利用 ビ リ 可能なものとなるでしょう。また、卒業生を受け入れる企業や社会に テ ィ
2)学生に対するアカウンタビリティ
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とっても、大学で受講した個々の授業でどのようなことを学んできて
いるのかについての情報は、やはり有用性の高いものになるでしょう。 この点においては、個々の授業の成績評価を、いってみればアカウ ンタビリティの資料として位置づけることができます。もちろん、ア カウンタビリティというのは、一つの資料だけで事足りるわけではな く、成績を解釈するための補足資料が必要となります。たとえば、大 学の理念や教育目標、それに基づくカリキュラム体系、そして、個々 の授業の役割やそれを具体的に示すシラバスなどが、成績評価をどう 捉えるかということに、不可分に関わってくることになります。シラ バスなどについては、受講学生にどのような授業を行うかを知らせる ためということだけが強調されていますが、学生を取り巻くさまざま
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な関係者にとっても、成績の意味づけなど、利用のされ方は存外多様 であることを自覚しておく必要があると思います。 一方、学生に対するアカウンタビリティという際に、授業評価は、 これまでは、その資料の一つとして十分に位置づけられてきたとはい えません。しかし、間接的には、授業評価が授業改善に結びついてい けば、成績評価の説明力を向上させるということはあるでしょうし、 少なくとも授業が目的にかなった形で実施されたかどうかを保証する という点では、アカウンタビリティ資料として利用できる可能性を秘 めています。それについては、また後節で触れたいと思います。 ちなみに、成績評価は、学生自身が自らの学業に関するアカウンタ ビリティを示すための資料と位置づけることもできます。それが学生 にもっと明確に意識されるようになれば、その資料を裏づけるための 補足資料として、授業評価に対するニーズはより大きくなるはずです。 すなわち、授業評価を通して、その授業が非常に「よい」授業である 第 Ⅰ 部 基 礎 編
ことを示すことができたとすれば、その授業の成績がこうであるとい うように説得力を持った説明ができるようになるからです。このよう に考えますと、教員にとってのアカウンタビリティと、学生にとって のアカウンタビリティは、相互作用し合う関係にあって、決して一方 向的なものではないことに留意しておく必要がありそうです。 3)大学経営におけるアカウンタビリティ 大学の経営的な視点でアカウンタビリティということを考える際に は、これから大学で学びたいという入学志願者、ある授業を受けたい という受講志願者などを、その対象者として考慮する必要があるでし ょう。そのような志願者が確保できないと、大学自身が成り立ってい かなくなります。そういう意味で、大学へのアクセスを志す人々にと って重要な情報は、大学内部の、とりわけ、大学の経営や運営に携わ っている人々にとっても重要なものとなります。その場合にも、それ ぞれの授業がどういう目的をもって、どのように行われ、どのように 成果が得られているかという情報は有用となります。 たとえば、1 つの科目は、それだけで終わるものではなく、あるカ リキュラムの中に位置づけられます。そのカリキュラムの下に、個々
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の科目に割り当てられた役割を十分に果たしているかどうかというこ とは、それ以外の科目の授業の成否にも関わることになります。大学 のカリキュラム全体として、このようなことを学べるということや、 実際にそのような目的が達成されているということを示すことができ れば、当然、志願者を募るマーケティングの面で非常に有利に働くこ とになります。経営的に見るならば、大学の理念やカリキュラムの下 に適切な教育を供給できる教員人材を集めて運営できるならば、大学 自体のパワーアップにつながりますし、そのことがアカウンタビリテ ィを果たすことにもつながっていくことになるという好循環をもたら すことができます。近年、教員評価ということが盛んに議論されるよ うになったのは、大学の経営面が強調されてきていることにも依るで しょう。そして、その際に、授業評価が利用されてきてもいるのです。
4
表 4 - 3 に、わが国における教員評価の事例を示しました。たとえば、 章
高知工科大学が、教員評価システムの説明の冒頭に掲げているように、 授 教員評価システムは、大学の持続的な発展のために、大学自身がどの 89
ような教員を好ましいと考えているかということの一つの表現と捉え ることができます。つまり、その評価システムの項目として取り上げ られた事項が、大学教員の役割として求められており、それに見合う 報酬が与えられているということになりますから、教員は、それに即 して、自らの活動が適切に行われていることを説明する必要が生じて きます。表 4 - 3 に示しましたように、大学によっては、賞与などの 算定に反映させているところもありますし、また、研究費の傾斜配分 や報奨金などの形で、教員評価の結果を金銭面に結びつけるところも 出てきています(高等教育情報センター, 2003)。 金銭面での配分に評価結果を結びつけるためには、評価の結果を数 量的に表現することが求められます。その際に、授業評価の評定平均 値は、数値で表されていることもあって、教員評価の枠組の一部に例 外なく取り入れられています。ただ、すべての授業についての授業評 価結果を得なければいけなくなりますから、その制約の中で、一つひ とつの科目についての項目数は絞り込まれています。また、授業評価 のクラス評定平均値は、さまざまな要因の影響を受けますが、そのた
業 評 価 と ア カ ウ ン タ ビ リ テ ィ
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表 4-3
教員評価の事例
第 Ⅰ 部 基 礎 編
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注)以上のシステムは、2005 年度にホームページ等から収集した情報に基づいて筆者がま とめたものであり、教員評価の制度は、年後ごとに改定されていることに留意されたい。
めの補正も工夫されています。高知工科大学では、講義か演習か、複 数担当制か否か、受講者数の多さなど、補正項をいくつか組み込んだ 評価式を採用しています。北九州市立大学経済学部も、同様に、授業 のもついくつかの要因によって、評定値を補正して順位化するなどの 工夫をしています。なお、その他のいくつかの例が、2 章にも取り上 げられていますので、ご参照下さい。 4)評価システムの趣旨の共有 このような補正法が妥当なものであるかについては、少なくとも一 般には検証の難しいことでもありますし、その問題点も容易に指摘す
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ることができますが、要は、それぞれの大学が、教員に何を望んでい るかということが、この種の工夫に表れているということです。たと えば、補正項に受講者数が含まれたりしていますが、それをもって一 般的に受講者数が多ければ多いほど「よい授業」としてしまうことに は当然無理があります。これは、それぞれの大学において、授業がど ういう背景の下に位置づけられているかといった、大学特有の事情に 依るところでもありますし、それが補正項として取り入れられた趣旨 の部分を共有できるからこそ、教員評価システムとして機能し得ると いうことに留意しておく必要があります。 そういう意味で、このような教員評価システムの事例を見て、自分 たちにもそのまま適用できそうだと感じる方は、おそらくあまり多く はないだろうと思います。納得できない人に、この種の評価システム を強引に押しつけても、反発や思わぬ弊害が生じます。これは、「評 価」がもつ避けられない一つの側面でもあります。そうならないため には、あくまで「評価」は、活動の促進のためであって、「評価」の 91
ための活動にならないように注意することです。 教員評価システムは、大学の運営に対する考え方を反映した一つの ゲームとみなすことができます。そのゲームは、勝つことを目指すこ とによって、自ずと、本来目的とする活動の向上が図られるように構 成されているべきです。しかし、体力向上のためのスポーツが、度を 超すと薬物に頼るなどして、逆に体力を蝕んでいってしまうというこ とがあるように、また、現に大学関係でも、研究成果の捏造などが大 きなニュースとなったりもしているように、評価システムの背後にあ る趣旨から外れて、点数だけを求めてしまうといった隘路に陥ること はそう稀なことではありません。それだけに、この種の評価システム は繰り返しその理念を共有する努力を積み重ねていくべきだろうと思 います。しかし、一度、その背景が大学構成員に理解され、共有され たなら、点数を向上させる個々の努力が、教員自身を向上させ、ひい ては、大学が目指す方向へと導いてくれるのに有効となることもまた 確かなことです。それもまた、「評価」のもつ大事な機能であり、特 性でもあるわけです。
4 章 授 業 評 価 と ア カ ウ ン タ ビ リ テ ィ
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5)教員自身に対するアカウンタビリティ このように考えてくると、大学の授業の関係者として、教員自身を 抜きにして考えることはできないということも浮き彫りになってきま す。つまり、教員自身が、自らの教育活動を反映する情報に基づいて、 自ら納得できる説明が可能であるかどうかということが求められると いうことです。そのことによって、評価のための活動に陥ることなく、 評価を自らの活動の促進に活かしていくことが可能になります。授業 の目的とするところに向けて、その達成に有効な方法が採られており、 それが適切に達成されているといえるのかどうか、教員自らが確認で きて、さらに、それを的確に表現できることが肝要です。 欧米などの大学では、野球の選手と同じように、大学の教員は年俸 制を採っているところもあり、その場合には、教員の側から、十分な 教育をしているからこれだけの給与を得る資格があるといった主張を することができ、授業評価は、それをサポートする重要な資料として 第 Ⅰ 部 基 礎 編
位置づけられているそうです。年俸更改の交渉などの際には、個々の 授業の特殊性なども強調することができますから、授業評価の表面的 な評定平均値からは汲み取ることのできない事情も説明することがで きます。学生に媚びることがいい授業とは限らないという意味におい て、授業評価の評定平均値は高ければいいというものではありません。 あまり低くては困るということはあるでしょうが、いずれにしても、 科目の難易度や、受講生のレベルなどと併せて、授業評価結果を的確 に把握し、それを個々の授業に応じた形で説明できるということが大 切です。 それは、授業評価の重要な 2 つの機能のうちの一つ、授業の改善に 役立てるということと重なってくる部分でもありますが、ここでの力 点は、自らの授業の特徴を、根拠となる資料等に基づいて、的確に自 己表現するというところにあります。アカウンタビリティは、まず、 自らの活動を自己表現するというところから始まるということです。 それが、周囲の関係者に伝わることによって、たとえば、学生であれ ばこういう特徴をもった授業を受けたとか、管理者であれば全体的な 教育目標を達成できているというように、それぞれの立場のアカウン
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タビリティの資料としても利用されるといった具合に循環していくこ とになります。 では、どのように自己表現したらいいのか、その点について、次に、 事例に基づいてみていくことにしたいと思います。
4.授業評価によっていかに自己表現するか 1)授業の目標を明確化する 自らの授業を自己表現するというとき、それが大学の授業である以 上、まずは、大学がどういう教育目標をもち、どういうカリキュラム の下に、自らが担当する授業にどのような役割が与えられているのか を確認する必要があります。通常、それは、どのような授業を行うか を決めていくときの最初のステップにもなるでしょう。もっとも、わ
4 章 授 あり、カリキュラムの上で整合性のある講義題目が与えられるという 業 評 ことはあったとしても、授業の内容については、ほとんど確認もされ 価 ず、個々の教員の自由裁量に任されていることも多いかと思います。 と ア カ そのような場合には、とりあえず、それぞれの教員が授業で何を目指 ウ したいかを明らかにするところから始めればいいでしょう。 ン タ たとえば、筆者の場合、2005 年の前期に京都大学で担当した授業 ビ リ に、全学共通科目の A 群科目(文系科目)に分類される「教育評価 テ ィ
が国の大学では、多くの場合、教員の自主性を重んじるという原則が
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の基礎Ⅰ」という題名の講義科目がありました。全学共通科目につい ては、大学全体の理念に基づいて、 学生個々人が高い学術的教養を獲得することは、単に与えら
れた授業科目の履修のみで実現されるものではない。また「自由 の学風」に根ざした教育は必然的に学生個々人の学術研究、勉学 への強い興味、意欲を前提としているが、自主的な勉学意欲が常 にすべての学生に自然に備わっているわけではない。このために 自覚的な学習を引き出す活力ある教育の場(フィールド)の形成、 学生・教員の対話の促進を図る。 といった目標が掲げられています。京都大学では、学生の自主的な学 習態度を重んじ、「自学自習」というキーワードで教育理念を象徴さ
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せていますが、その実現のために、学生・教員の対話の促進を図れる ような教育の場を、全学共通科目の授業で構成していくということが 求められるということになります。 この目標は、幸いにも、筆者の授業観と大きく違うものではありま せんでした。筆者自身、授業は、教員が学生に一方向的に知識を伝授 する場ではなく、教員と学生が相互作用する中で、新たな知を創り出 していく学習共同体の形成過程であるべきという考え方をもっていま す。このような、教員独自の授業観も反映しつつ、ある授業科目の具 体的な教育目標や授業の構成を定めていくことが次のステップになり ます。 その結果、私がシラバスに記載した授業の目標は、以下のような記 述となりました。 「評価」は、我々自身も、教育を受ける中で、さまざま経験し てきているが、大学までもが評価にさらされる「評価の時代」に 第 Ⅰ 部 基 礎 編
あって、どのような「評価」が望まれるのか、評価を改めて詳細 に掘り下げ、考え直してみることにしたい。本授業では、その一 つのアプローチを講師から提供することを通して、受講者自身に 新たな評価観を作り上げてもらうことを目的とする。 つまり、評価に関わる基本知識、および、いくつかの評価の考え方を 提供すること、そして、それを通して、学生自身が自ら考えることを 通して、評価観を新たに作り替えていくことを、授業のねらいとして 表明したということです。このように、シラバス等に授業の目標やね らいを明示しておくことは、アカウンタビリティを示す際の基本とい うことができます。 2)授業の特徴や工夫を明らかにする 次に、授業の内容や方法的な特徴を明らかにしておくことも大切で す。授業の特徴がどこにあるのかをあらかじめ明確にしておかないと、 授業評価などでその点が、目標の達成に向けて適切であったのかどう かを確認することが難しくなります。たとえば、筆者の場合には、先 に取り上げた全学共通科目の「学生・教員の対話の促進」という趣旨 に沿って、「授業の進め方」として、以下のようにシラバスに記載し
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て公表しておきました。 話題に応じて、受講生同士の質疑応答、討論なども行いながら 授業を進めていく予定。各授業ごとに、最後の数分間、授業のポ イントや、ミニ課題への回答、授業への感想等を記す「ミニッツ ペーパー」を課す予定。次週に、一部は、フィードバックする可 能性がある。単に、教育評価に関する知識を身につけるだけを目 的としておらず、「評価」について、講師から提供される話題や 視点を批判的に問い直し、自問自答しつつ、自らの「評価観」を 変えてもらうことを第一の授業の目的とするので、授業に積極的 に参加する。 残念ながら、受講生が 70 名程度と予想より多く、ディスカッション の機会はうまく作れませんでしたが、実際に、 「ポートフォリオ(port-
4 章 授 を学生に記載して提出してもらい、次週にそれに対してコメントを付 業 評 すというやりとりを導入し、学生・教員の対話の促進を図る一助とし 価 ました。また、積極的に参加を求める点に関して、「ポートフォリオ」 と ア の提出をもって出席点とし、それを成績評価に含めることにしました。 カ ウ 授業内容的には、学生自身がいろいろと考えを展開することができる ン タ ように、そのときどきの身近なエピソードをできるだけ紹介し、それ ビ リ に関わる評価の問題を論じるように工夫しました。そのような工夫が、 テ ィ
folio)」* 1 と称して、毎回の授業後に、授業中に考えたことや疑問点
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実際に機能していたかどうかという点については、授業評価から得ら れる情報が有用となるというわけです。 3)授業評価で確認する 京都大学では、全学的には組織的な授業評価は実施されていません ので、当初目指していたものがどのように達成されたと感じられてい るかの項目を含めた授業評価アンケートを筆者自身が作成し、最後の
*1 ポートフォリオは、元来、紙ばさみ方式の書類入れを意味します。教育評価の領域 においては、学習や教授のプロセスで得られるレポートや試験、制作物、作品、授業評価 アンケートなどを集めたものをいいます。学習に関しては、学習ポートフォリオ(learning portfolio)、教える側からすると教授ポートフォリオ(teaching portfolio)などと呼ぶ ことがあります。そのポートフォリオに基づいて、学習や教授過程の評価を行う方法は、 ポートフォリオ評価(portfolio assessment)と呼ばれ、とくに総合的な学習の評価などで 活用されています。
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授業時間に実施しました。その主な項目の基礎統計量を表 4 - 4 に示し ます。 表 4 - 4 の授業評価アンケート結果を見ると、先に示した授業のねら いや工夫点などに関して、うまくいっている点、まだ十分でない点な どが、それなりにわかります。たとえば、授業ごとに学生に取り組ま 表 4-4
「教育評価の基礎Ⅰ」の最終授業アンケート結果 (2005 年 7 月 19 日実施)
第 Ⅰ 部 基 礎 編
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注)各項目の評定は、4 段階評定(「4 あてはまる」「3 ややあてはまる」「2 あまりあ てはまらない」「1 あてはまらない」)で行っている。「4 %」などとあるのは、それぞれ の選択肢を選んだ%を表している。平均値は、「4 ∼ 1」を得点として平均を求めたもので ある。
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せた「ポートフォリオ」の試みは学生には好評であり、「学生・教員 の対話の促進」という全学共通科目の 1 つの目標の達成に寄与してい るという意味で、アカウンタビリティを主張するときの有力な証拠と することができるでしょう。 また、「(1)講義には積極的に出席した」も非常に高く、出席点を 評価に加味することを表明してもありましたので、受講生数は例に漏 れず徐々に減ってはいったものの、最後まで出席状況はおおむね良好 でした。また、「(2)講義で話題になったことにいろいろと考えをめ ぐらせた」という項目も、まずまずの評定で、授業での工夫はそれな りに学生にも伝わっていることが確認されます。そして、授業の目標 として掲げた「(15)自分自身の中で新たな評価観が作り上げられた と思う」という項目は、かなり高い平均値が得られており、少なくと も表面的には、授業の目標は達成できたと考えることができます。も ちろん、評価観がどう変わったのかについては、これだけでは確認で きませんし、この結果に安心できるわけではありませんが、全般的な 97
満足度に関わる項目の評定も比較的高く、「(17)「全学共通科目」に ふさわしい科目だと思った」という点においても、授業に期待される 役割をそれなりに果たしていることの根拠として、自己表現できる結 果が一応は得られたと思います。 しかし、大学全体が目指す「自学自習」の定着や、その背景にある 「自由の学風」などに結びつく授業であったかというと、まだまだ不 十分であることがうかがえます。「自由の学風」に関しては、出席な ども取ったりする、どちらかといえば管理的な部分もありましたので 致し方ないと判断しています。一方、「(3)関連ある文献などを積極 的に読んだ」、「(12)さらに深く勉強を続けていきたい」などの「自 学自習」に関連する項目の評定平均値が比較的低くなった点は、もち ろん自学自習は学生自身の問題でもあり、授業だけに責任を求めるこ ともできませんが、まだ改善する余地は十分にありそうです。 また、筆者自身の授業観に基づいて、授業を通してある種の学習共 同体が形成されたかどうかという点に関しても、「(10)教師と学生が 共同して授業を作り上げているという感覚がもてた」などの項目の平
4 章 授 業 評 価 と ア カ ウ ン タ ビ リ テ ィ
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均値が不十分なレベルにあり、「ポートフォリオ」だけでは、学習共 同体形成という段階には達し得なかったことがうかがえます。 通常は、授業評価の項目は、大学や学部等の組織で定められていて、 直接的に、自らの目標の達成度や、授業の特徴が機能しているかどう かについて確認できるとは限りません。だからこそ、シラバスなどで その点を明確化して、満足度などの授業の全般的な評価項目に関する 評定平均値の意味を、それによって説明するといった工夫が必要とさ れることになります。アカウンタビリティを果たすためには、授業評 価だけでは不十分で、シラバスなどで授業の目標や特徴を明確化して おく必要があるという点には十分すぎるほど留意しておくべきでしょ う。 筆者の場合、この授業での目標や工夫に関してかなり詳細な項目を 授業評価アンケートに含めましたが、今後、個々の授業のアカウンタ ビリティを強調する意味でも、それぞれの教員が自らの工夫などに合 第 Ⅰ 部 基 礎 編
わせて自由に項目を作ることのできる「自由設定項目」の欄などを用 意する授業評価アンケートが望まれていくことになるでしょう。わが 国では、「自由設定項目」などの欄があっても、あまり利用されない 傾向にもあるようですが、個々の授業の特徴を自己表現する手段とし て、積極的に利用していく文化が醸成されていくとよいと思います。 4)授業改善とアカウンタビリティの葛藤 授業評価の結果を外に向けて発信するときに問題となるのが、改善 点をどう表現するかということです。自己表現は、自分の長所につい てはアピールしやすいですが、改善点は表現することすらためらうと いうのは自然なことです。しかし、改善点が明確に打ち出されること なしに、授業の改善を期待することはできません。この葛藤は、改善 とアカウンタビリティが求められる評価においては、常につきまとう 大きな課題となります(フローインスティン,1995) 。 大学評価などでは、評価を推進する側からすれば、大学の改善が進 めば、自動的に説明責任も果たすことにつながるという論法で、その 両立を理念とした評価制度を導入していくことになります。しかし、 評価を受ける側からすれば、評価結果が予算配分などにも結びつく可
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能性もありますので、自らをよく見せる自己表現に走りたくなります。 それが高じますと、評価のための活動に陥っていくことにもなりかね ません。そういう意味では、自己表現する際に、改善点を明確に表現 できるということが、大学や教員の力量の一つとなっていくと思いま す。もちろん、改善点だらけでは困りますし、問題があるということ だけで手をこまぬいていても前進はありません。改善点の表現のポイ ントは、それをどう改善していくつもりがあるのかということまで含 めて表現することだろうと思います。 たとえば、「自学自習」や「学習共同体の形成」が不十分であった という結果に関しては、課題や参考文献の紹介などの工夫、「ポート フォリオ」による紙上のやりとりのみならず、グループ討論や、ディ ベートなどを導入することによる、リアルな学生同士のやりとりの導 入の可能性などを、今後の検討課題にするなども表現しておくことが 考えられます。そのような姿勢を見せることは、アカウンタビリティ の面からも、十分に説得力のあることでしょう。このように、改善の 99
方策も示すということが、改善とアカウンタビリティを統合するすべ てではありませんが、一つのとっかかりとしては有力であろうと思い ます。 授業評価をアカウンタビリティのツールとして利用していくために は、まだまだ多くの課題が残されている段階にあります。ここに示し た事例は、アカウンタビリティに向けて、授業評価とその周辺の準備 に関わる今後のチャレンジにいくつかの視点を提供することを意図す るものであって、あくまでも筆者自身の未熟なトライアルに過ぎない ことをお断りしておきます。 ■引用文献 大学評価・学位授与機構 (2004).『大学評価・学位授与機構が平成 12 年度か ら平成 15 年度までに実施した試行的評価に関する検証について―試行的 評価に関する検証結果報告書』 高等教育情報センター (2003).『教員評価制度の導入と大学の活性化∼評 価・処遇システム開発と実際∼』地域科学研究会、高等教育シリーズ第 24 集
4 章 授 業 評 価 と ア カ ウ ン タ ビ リ テ ィ
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Vroeijenstijn, A. I. (1995). Improvement and Accountability: Navigating Between Scylla and Charybdis. (フローインスティン、A. I. 著、米澤彰純・福留東土 (訳) (2002). 『大学評価ハンドブック』玉川大学出版部)
■資料紹介 Seymour, D. T. (1993). On Q: Causing Quality in Higher Education. American Council on Education and The Oryx Press. (
昭・森利枝(訳)(2000). 『大学
個性化の戦略 ― 高等教育の TQM』玉川大学出版部) 大学教育や個々の授業をどう運営していくかというときに、ある種の経営 理論が役に立つということがあります。いわゆる「経営」は利潤の追求とい う明確な目的を持っており、その点で、「教育」とは大きく方向性が異なる 部分もありますので、その適用には十分に注意が必要となります。しかし、 経営の理論も日進月歩で、最近は、そこに関わる人的要素の自主的な参画が 前面に押し出されるなど、「教育」のコンセプトとの距離はかなり縮まって いるようにも見えます。その代表的な考え方の一つに TQM(Total Quality
第 Ⅰ 部 基 礎 編
Management :総合的品質経営)を挙げることができます。TQM という考え 方は、実際に、アメリカなどでは、すでに大学の運営にかなり取り込まれて います。一部では TQM は「失敗」に終わったと評する人もいるようですが、 それは TQM の捉え方やそれに基づく方法の違いなどに依る部分もあります し、TQM の考え方自体は、これからの大学教育にも大いに適用していく余 地が残されているものと思います。TQM の考え方の下で、大学教育をどの ように進めていったらいいのか、その際に、どのような大学評価が望まれ、 どのような授業評価が必要とされるのか、その辺を探るときに有用な視点を 与えてくれる本であると思います。
八尾坂修(編著)(2005).『教員人事評価と職能開発 ― 日本と諸外国の研究』 風間書房 大学における教員評価の日本における事例などは、引用文献として取り上 げた『教員評価制度の導入と大学の活性化∼評価・処遇システム開発と実際 ∼』(高等教育情報センター, 2003)が詳しいと思いますが、もう少し枠組み を広げて「教員評価」に関する情報を収集したいという方にお薦めの本です。 大学のみならず初中等教育までをも含む「教員評価」に関して、諸外国の動 向について丹念に情報収集した研究成果集です。「授業評価」については触 れられていませんが、人事評価の大きな枠組みの中で、今後、授業評価をど う位置づけて活用していったらいいかといったことを考えてみたいというよ
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うな場合に、情報量豊富なリソースとなると思います。
龍慶昭・佐々木亮 (2000). 『 「政策評価」の理論と技法』多賀出版 大学に関わる評価ではなく、政策評価に関する書物ですが、その背景とな る理論や技法は、大学評価や授業評価にも十分に援用できるものです。政策 や事業の流れを追って、セオリー評価、プロセス評価、インパクト評価とい った、それぞれの段階に適用可能な評価方法が解説されています。「政策や 事業」の部分を、「授業」とか「教育」に置き換えて、それぞれの段階の評 価のあり方を見直してみると、それがそのまま適用できるかどうかは微妙な 部分はありますが、 「評価」についての新しい側面が見えてくると思います。 また、この本に参考文献としても挙げられているのですが、一般的な「評 価」に関わる最近の理論や技法に触れてみたい方は、以下のような本(洋書) が参考になると思います。 Fitzpatrick, J. L., Sanders, J. R. & Worthen, B. R. (2004). Program Evaluation: Alternative Approaches and Practical Guidelines (3rd. ed.). Pearson. Patton, M. Q. (1997). Utilization-focused Evaluation. Sage Publications.(パット ン、 M. 著、大森彌(監修)/長尾眞文・山本泰(編集)(2001).『実用重 視の事業評価入門』清水弘文堂書店)
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Patton, M. Q. (2002). Qualitative Research and Evaluation Methods (3rd. ed.). Pearson. Sage Publications. Rossi, P. H., Lipsey, M. W. & Freeman, H. E. (2004). Evaluation: A Systematic Approach (7th ed.). Sage Publications.
4 章 授 業 評 価 と ア カ ウ ン タ ビ リ テ ィ
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第 Ⅰ 部 基 礎 編
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白
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5章
授業評価アンケートの作成
1.授業評価* 1 アンケートとは 教育活動の基本は授業であると考えられます。多くの教員は、よい 授業とは何かを自分なりに考え日々努力をしています。しかしながら、 その努力がいつも授業をよい方向に向かわせるとは限りません。大学 における授業の多くは主演、演出とも教員が 1 人で行うことが多く、 ときにはひとりよがりになってしまうこともあります。そのため、努 力をしているのにもかかわらず、学生にとっては魅力のない授業とな ることがあります。 105
よい授業とは何かについては議論の余地はありますが、よい授業を 行うためには教員自身のみの視点で努力するだけではなく、他者から の視点、つまり客観的なデータに基づいて授業を評価し、その結果か ら授業をよりよい方向に進めていくことも必要です。 授業評価に関係し、初等中等教育において実践的によく行われてい る活動として授業研究があります。授業研究とは簡単にいえば、研究 授業や公開授業を同僚である教員が評価し、改善点などを互いに議論 しあうものです。つまり授業研究は教育の専門家の視点から授業を評 価していることになります。 それでは、よい授業を行うための客観的なデータとして上記の授業 研究で十分でしょうか。たしかに授業研究は教育の専門家からの視点
* 1 “評価”以外に“アセスメント”という言葉が使われることがあります。“アセスメ ント”とは,測定や評定に近い概念で対象の属性の程度を確認するにとどまるものです。 それに対して“評価”とは,測定された値をもとに価値判断や意思決定を行う過程が含ま れています。ただし、最近は、オルターナティブ・アセスメントなど新しい評価の発想を 示すためにアセスメントと表現されることがあり,アセスメントという言葉に評価的な要 素が含まれることもありますので注意が必要です。
5 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 作 成
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を考慮しているため適切なデータが得られると考えられます。しかし ながら、授業は教員と学生との相互交流によって成り立っています。 授業を評価するには学生側の視点というのも考慮すべきです。 学生側の視点を考慮した授業評価を行う方法としては、すでに多く の大学で導入されているアンケート形式の学生による授業評価が考え られます。図 5 -1 は授業評価アンケートの 1 例です。用紙からわかる ようにアンケートには授業に関する具体的な質問が用意され、学生は 授業に関して感じたり思ったりしたことをもとに回答します。 このようなアンケート形式の授業評価の利点は実施の容易さです。 大学や部局の規模が大きくなるとアンケート用紙の印刷と集計に経費 面でのコストがかかりますが、学期末の授業中に用紙を配布し学生に 回答させ回収するだけでよく、各学生に対する面接調査や同僚による
第 Ⅱ 部 実 践 編
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図 5-1
授業評価アンケート例
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評価と比べ手間が少なくて済みます。また同一時間帯に多くの授業が 開講されていても同時にアンケートを実施することが可能です。
2.授業評価アンケートとテスト理論 この授業評価アンケートは、心理学の立場から見ると質問紙(アン ケート)法による心理テストの一部です。つまり、評価項目に対する 学生の反応をもとに、学生から見た授業に関する評価観点を測定して いるといえます。この評価観点は、学生が評価の際に用いる認知的枠 組みであり、学力や性格と同じように実体のない構成概念です。構成 概念は理論の構成や現象の説明のため導入される概念のことで、心理 学では性格など数多く用いられています。とくにこの構成概念を測る 道具の一つとして心理テストがよく利用されています。 この質問紙法による心理テストは心理学において知能や性格といっ た個人差をとらえるために発展してきた手法で、テスト理論と呼ばれ る統計的な考え方に基づいて作成されています。したがって、授業評 107
価アンケートも一つの心理テストであるという立場に立つならば、テ スト理論の考え方を考慮して必要な手続きを踏むのがよいと考えられ ます。ただし、授業評価は授業の実態を浮き彫りにするという社会調 査的な側面も備えているため、調査の目的に応じたアンケートの作 成・実施・分析が必要となります。 まずは、授業評価アンケートを心理テストの観点から考えてみまし ょう。授業評価アンケートは評価観点を測る道具ですが、我々が通常 用いている定規のように測る対象に対して直接ものさしをあてて数値 を読み取り、評価観点を測っているわけではありません。構成概念で ある評価観点を反映すると考えられる質問項目を作成し、それに対す る学生の反応結果をもとに構成概念を測定しています。身近な例でい いますと、計算能力という構成概念を測る場合、それを反映すると考 えられる四則演算の問題を多数用意し、多く問題に正解できた人は計 算能力が高いと仮定して計算テストを実施しています。 このようにテストを利用した構成概念の測定は、テストを通じて本 来測りたいものを測定するという間接測定であるという点に注意する
5 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 作 成
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必要があります。授業評価では、学生の持つ評価観点そのものを測り たいのですが、実体がないためそれを直接とらえることができません。 そこで評価観点を反映する具体的な項目を用意し、それに対する回答 をもとに間接的に評価観点を測るという手続きをとっています。 授業評価では、このような間接測定を行うため、考慮しなければな らない問題が存在します。一つが信頼性で、もう一つが妥当性です。 これらは、先に紹介したテスト理論のうち古典的テスト理論の中核を なす概念です。 信頼性は、ものさしの精度にあたるもので、何度測定しても同じ測 定結果が得られるかという問題です。これは物理的な測定で測るたび にものさしの目盛りが変化したのでは一定した結果を得ることができ ないという問題と同じです。妥当性は測りたいものを本当に測ってい るかどうかという問題です。つまりテストの結果に構成概念の影響が よく反映されているかということです。また物理的測定で円周を測る 第 Ⅱ 部 実 践 編
のに巻き尺は適切で直定規は不適切なように、妥当性は構成概念を測 定するのに適切なものさしを利用しているかどうかという問題である といってもよいでしょう。
3.評価観点を決める アンケートを作成する場合、どのような内容の質問項目を用意し、 またどれだけの数の項目を用意するかが問題となります。どのような 内容の質問項目を用意するかが先ほどの妥当性に対応し、どれだけの 数の項目を用意するかが信頼性に関係しています。 まず質問項目を考える前に、決めておかなければならないことは、 どのような目的で授業評価を行うのか、あるいは授業評価を通じて授 業の何を知りたいのかを明確にすることです。これは心理テスト作成 において構成概念を明確に定義することに対応します。 つまり、授業評価の目的によって用意する項目が異なってくると考 えてよいでしょう。通常、日本で行われている授業評価は授業改善の ヒントとなる情報を得ることが目的ですので、この点を考慮して質問 項目を考えることになります。
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授業評価の目的というアンケートの大枠が決まったとしても、その 段階で直ぐに個々の質問項目を考えることは難しいです。そこでまず 授業評価の場合は評価観点を考え、それにしたがって質問項目を考え るのがよいでしょう。 授業を良い授業から悪い授業というような一次元的にとらえること も可能ですが、授業改善のヒントを得ることを考えると、単に悪い授 業という評価が得られたとしても、何がどのように悪いのかがわかり ません。そこで、授業を複数の観点から評価できるようにすれば、授 業における問題点を明らかにすることができ、授業の改善につなげる ことができます。 授業評価観点については、すべて独自に考えることも可能ですが、 すでに研究などで作成された授業評価アンケートで利用されている評 5 章 たものが多くあり、評価観点についても論文などで整理されています。 授 業 たとえば、因子分析を用いたある研究では 9 つの評価観点を明らかに 評 価 しています(Marsh, 1983)。 ア ン 具体的に示すと、 ケ 1.受講価値(刺激的で興味を増すような授業か) ー ト 2.教員の熱意(教員が熱意を持って授業に取り組んでいるか) の 作 3.体系化(教材を準備し体系立てて明瞭に説明しているか) 成
価観点を参考にするのが効率的です。アメリカでは授業評価を研究し
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4.グループ交流(教員と学生の間あるいは学生間で双方向性のあ る授業が行われているか) 5.個人的な信頼関係(個々の学生に対して気配りが行われている か) 6.授業内容の奥深さ(授業のトピックスに関してその背景やさま ざまな視点を与えているか) 7.成績評価(公正な評価を行っているか) 8.課題(適切な課題を与えているか) 9.授業の負担と難しさ(授業内容の難しさや進むスピードは適切 か) となります。
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もちろん、上記の観点* 2 がすべてではなく、教員の知識や話し方 も観点として取り上げられることもあります。日本において授業評価 を扱ったある本では、 1.教員の熱意 2.内容の充実 3.方法の工夫 4.提示方法 5.教員との交流 6.学生の交流 7.意欲増大 8.知識の獲得 9.技術技能の獲得 といった観点を取り上げています(浅野, 2002)。 本章末のコラムで授業評価用の項目プールの 1 例を紹介しています が、そこでは「項目分類」として、 教員の話し方、授業の進め方、 教員の授業への態度、学生の授業への関与、学生の教員への態度、学 生への配慮、学生の負担感、教材の利用、評価の仕方、授業への満足 度、授業の理解度、授業の環境といった評価観点があげられています。 上記はいずれも教員側を主体とした観点ですが、学生側がどのよう に授業に関わっていたかという学生側の授業態度という観点を含めま 第 Ⅱ 部 実 践 編
すと、評価者である学生の授業態度の違いによって授業評価がどのよ うに異なるかを把握することも可能となります。
4.質問項目を作る 評価観点が決まれば、次は具体的な質問項目を考えることになりま す。理想的には、評価観点を明確に定義し、それにしたがって具体的 な行動を記述した質問項目を考えることになります。定義をもとに自 分で考えることもできますが、候補となる項目を数多く用意するには 限界があります。また、個人で項目を作成すると多様性が少なくなっ てしまいます。そこで、同僚や学生に授業評価でどのようなことを聞 けばよいかを自由に記述してもらうアンケートを実施してもよいでし ょう。得られた記述をもとに、先の評価観点を考慮して具体的な項目 を作成する方法です。 上記の方法は基本的に独自な項目を作成する方法ですが、既存の項 目を参考にしたり利用したりする方法もあります。授業評価に関して * 2 Abrami, d’ Apollonia & Rosenfield (1997)には, 「学生の質問に対する教員の応答性」 など Marsh(1983)よりもさらに細かい観点とともに具体的な質問項目も紹介されています。
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はアメリカを中心に研究が行われていますので、文献検索を活用すれ ば先行研究を見つけることができます。ちなみに学生による授業評価 は“student ratings [evaluation] of instruction”や“student ratings [evaluation] of teaching”といったキーワードを利用すればよいでし ょう。もちろん、授業評価アンケートは国内でも多数実施されていま すので、各大学や部局からアンケート用紙を取り寄せ、項目を検討す ることも可能です。 既存の項目のすべてがそのまま利用可能とは限りませんので、評価 観点をもとに実施者の実情に合わせて選択や修正などが必要です。と くに独自に作成した項目の場合、ワーディングに注意する必要があり ます。まず、質問項目そのものは基本的に簡潔でわかりやすい表現に します。そのため語彙は平易で単純な文法を利用します。形容詞や副 詞の利用も最小限にします。二重否定もわかりにくいので使わないよ うにします。また、一つの質問項目には一つの内容しか含めないよう にします。たとえば、「教員の話すスピードは適切で、資料の提示の 111
仕方も適切である」というような2つ以上の内容を含む質問はしない ように注意する必要があります。さらに回答者が不快感を抱くような 質問や誘導的な表現は避けることも必要です。 項目作成の際によく問題となるのは、どの程度の数の質問項目を用 意すればよいかという点です。これは先に述べたように信頼性と関係 があります。理論的には 1 つの評価観点ごとに 10 個の質問項目を用 意すればよいのですが、評価観点が多くなると項目数が多くなり、実 施にも時間がかかってしまいます。また、そのため学生の負担も増え てしまいます。ただ信頼性の観点から考えると、最低限、評価観点ご とに 4 つ程度の質問項目を用意した方がよいと考えます。
5.回答方式を決める これまで述べてきた項目作成は、授業に対する特定の評価観点に基 づいた評価をあらかじめ用意された選択肢から選ぶことで行う回答方 式を前提としています。つまり図 5 - 2 に示すような心理テストでよく 利用される評定尺度法と呼ばれる回答方式です。
5 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 作 成
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これは回答者が項目を読み、 あ て は ま ら な い
授業に対する自分自身の持つ 印象や感想のあてはまる程度 をあらかじめ決められた段階 で回答する方式です。図 5 -2 では 4 段階の回答を求め、回
内容をよく理解できた
あ ま り あ て は ま ら な い
や や あ て は ま る
あ て は ま る
1 2 3 4
答者はあてはまるところに○ 印をつけます。この評定尺度
図 5-2
評定尺度法
法は質問項目に対して回答者 は「あてはまる」や「あてはまらない」という言葉をもとに自分自身 の回答を選ぶことを基本としています。また、得られた回答を数値化 してさまざまな統計的な方法を適用できるようにするため、ものさし に見立てた線と目盛りが利用されています。可能な限りこのような線 があることが望ましいです。ただし、図 5 -1 にあるアンケートはマー 第 Ⅱ 部 実 践 編
クシートリーダを利用するため、上記のような線は引かれていません。 このような評定尺度法を利用した回答方式において何段階にするか が問題になることが多いです。平均値や因子分析などの分析を行うた めにはデータの尺度水準という観点から 4 段階以上が必要です。段階 の数が増えると詳細なデータが得られそうですが、回答者の負担も増 えます。通常、4 段階か 5 段階が利用されます。両者の大きな違いは 「どちらでもない」という回答を含まないか含むかです。授業評価ア ンケートの場合、回答をプラスの評価とマイナスの評価に 2 分して集 計することと、「どちらでもない」という反応がプラスの評価とマイ ナスの評価の中間だとはいいきれないため、4 段階を採用する方がよ いです。 回答以外に、授業に関して自由にあるいは、ある観点に関して記述 してもらうことも考えられます。いわゆる授業に関するコメントや感 想を求める方式です。多くの授業評価アンケートでも評定尺度法によ る項目に加えて、自由記述欄が設けられていることが多いです。この 場合もあらかじめ質問が用意されていますが、回答は用意された欄に 自由に記述するものです。多くの場合、「この授業に対するご意見・
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ご感想がありましたら以下の枠内に自由にお書きください」というも のです。 このような質問の場合、さまざまな意見を集約することができます が、必ずしも授業改善に結びつく情報を得られるとは限りません。そ こで自由記述の質問文として国際基督教大学でも取り上げられている ように、「この授業に対するご意見・ご感想がありましたら以下の枠 内に自由にお書きください。単なる批判ではなく、授業の改善につな がるような建設的な意見を書いてください。また授業評価のアンケー ト項目として取り上げるべき項目があれば自由に書いてください」と すればよいでしょう(河合塾,2003)。 先に、評定尺度法による質問項目作成の際、学生に授業評価で尋ね てほしい項目を自由に書かせてみる方法を紹介しましたが、項目作成 のために特別に調査を実施するのではなく、上記で示した自由記述の 質問文例のように通常の授業評価アンケートの自由記述に含めてしま う方法もあります。 113
6.調査用紙を作る 図 5 - 3 は授業評価アンケート用紙の例です。図をみるとわかるよう に、調査用紙は大きく分けると、表紙、フェイスシート、質問文の 3 つになります。表紙には、調査タイトル、お願いが示されます。調査 タイトルは、「授業評価アンケート」となることが多いでしょう。お 願いには、授業評価アンケートの目的を明確に記述し、学生が安心し て授業評価を行えるようにします。フェイスシートでは授業評価デー タを整理する際に必要な回答者や授業の属性を尋ねます。たとえば、 授業科目名、担当教員、所属学部、所属学科、学年などです。授業評 価アンケートは無記名で行われることが多いので、個人が特定される ような情報をフェイスシートで聞かないように注意する必要がありま す。 フェイスシートの後に、具体的な質問文が並ぶことになります。回 答方式を評定尺度法に限定する場合は、最初に回答の方法に関する教 示を行い、誤った回答が生じないような工夫が必要です。
5 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 作 成
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授業評価アンケート この調査は皆さんによりよい教育を提供できるように授業の内容・方法に関する改善を 行うために実施されるものです。この調査への回答が成績評価に結びつくなど,皆さんに とって不利になることは決してありません。また,回答していただいた結果は統計的に処 理し授業改善の目的のみに利用されます。回答していただいた用紙から個人が特定される ことはありませんので,安心して回答してください。ご協力よろしくお願いします。 Ⅰ.この授業やあなた自身に関する情報を括弧の中に記入してください。 授業科目名:[ ] 担当教員名:[ ] 学 部 名:[ ] 学 科 名:[ 学 年:[ ] Ⅱ.1学期間を通して,この授業に対して全般的にどのように感じましたか。以下の文に ついて、あなた自身のあてはまりの程度を4段階で評定してください。回答は必ず数字 が示された縦線の位置に○印を付けてください。
第 Ⅱ 部 実 践 編
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図 5-3
授業評価アンケート用紙例
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質問文を配置する場合、あてはまると回答されるほどよい評価であ るとみなされるように質問内容を検討しておく必要があります。心理 テストでは、あてはまると回答されるほど悪い評価とみなされる逆転 項目を配置することが望ましいとされますが、授業評価アンケートで は集計を容易にするため、質問文の意味内容の方向性を統一しておい た方がよいでしょう。 図 5 - 3 では省略されていますが、自由記述欄は通常、評定尺度法に よる質問が終わった後に配置されることが多いです。質問文は回答方 式で示した注意点を考慮し、記述しやすいように枠や下線を引いた記 入欄を設けます。調査用紙の最後には必ず、回答の協力に対するお礼 を述べる必要があります。調査によっては、質問に対する未記入がな いかの確認をお願いすることもあります。 通常は図 5 - 3 の用紙を印刷し配布することになりますが、のちに示 すデータの整理のことを考慮するとマークシートを活用することも考 えられます。図 5 -1 のマークシートはマークシートリーダ専用に印刷 115
されたものですが、最近は、ソフトウェアを利用すればマークシート を簡単に自作することができます。自作したマークシートは通常のス キャナを利用してマークを読み込むことになります(9 章を参照して ください)。
7.調査を実施する 授業評価アンケートでよく問題となるのが、調査の実施者、実施時 期、実施回数、実施方法です。実施方法は、授業中にアンケート用紙 を配布し、学生が回答した後、用紙を回収するという手続きを踏みま すが、この手続きを誰が行うかが重要です。 日本で授業評価アンケートが始まって間もない頃は、授業担当教員 が自ら調査実施者として用紙を配布回収していました。しかしながら、 教員によっては学生によい評価をするように圧力をかけたり、あるい は回収した回答を改ざんしたりするなどの悪質なケースも想定されま す。このような事態を避けるためには、学生の代表者やティーチング アシスタントが実施者となり、担当教員を教室から退席させ、調査を
5 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 作 成
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参考までに、以下に授業評価アンケートの項目プールの 1 例を
コ ラ ム
第 Ⅱ 部 実 践 編
授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 項 目 プ ー ル
掲げます。これは 1997 年度から数年にわたって実施されたメデ ィア教育開発センターの研修事業『大学授業の自己改善法』にお いて、大学教員の授業評価をサポートする目的で作成・整理され たものです。 大きく 7 つの対象領域(「評価要素」)に分けられており、学 習・学生・環境・教材・授業・教員・評価の各要素に関して、関 心や理解、適切さなどより細かい「評価内容」で分類されていま す。さらに下位のレベルに「項目分類」がありますが、これは評 価観点をよりわかりやすく示すためのもので、とくに因子分析な ど統計的基準によって分類されたものではなく、参考程度のもの と考えてください。一番右側の記号は、授業の良し悪しをみる場 合の一般的な方向(プラスかマイナスか)を示します。 ここに掲げた項目群から、使いたい項目を適宜選び出して自由 に利用することができますが、より詳細に授業評価を行う際には、 授業の特性に応じた、また教員がとくに焦点をおきたい評価観点 に応じた項目を独自に創造する必要もあるでしょう。 ここに挙げませんでしたが、自由記述の教示文もまた、さまざ まな工夫ができるものです。自らの授業改善のために、あるいは アカウンタビリティを示すためになど、目的に応じたワーディン グ(表現の仕方)を試み、有用なものであれば蓄積しておきたい ものです。 (山地弘起)
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行うことも考えられます。また回収後の用紙の管理にも十分配慮する 必要があります。 調査実施者が学生となることで、回答者である学生は安心して授業 119
に対する率直な意見を回答することになりますが、調査実施者となっ た一部の学生にストレスがかかる場合があります。ごく一部とはいえ 授業担当教員からの圧力が調査実施者である学生にかかる可能性も全 くないとはいえません。学生に調査実施者を依頼する場合、実施者本 人に必要以上のストレスや責任が生じないように配慮する必要があり ます。 実施時期や実施回数については、授業評価の実施母体や実施目的に よって異なります。部局単位で授業調査を実施する場合、膨大な数の 授業を対象に調査を実施しなければならず、コスト面を考慮すると、 1 つの授業科目に関して1度、学期の終わり近くに実施するのが現実 的です。実際、多くの授業評価がこのような形態で実施されています。 しかしながら教員が独自に授業評価アンケートを実施するならば、 毎授業、あるいはトピックスごとに調査を実施し、評価の時間的変化 をとらえ、授業改善につなげることも考えられます。ただ、実施回数 を多くする場合は、学生の負担を考慮し、評定尺度法による項目の数 を絞り込むか、あるいは自由記述の項目のみにするなどの工夫が必要
5 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 作 成
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です。 授業評価アンケートはたしかに授業改善に役立つ情報を提供してく れますが、それは学生が正確に回答してくれることが前提となってい ます。その意味で、実施方法は重要です。まずは、実施者が回答者に 対して回答方法を徹底して指示する必要があります。回答ミスがある と正しい情報を得ることができません。また、授業評価について回答 者が不安にならないように、授業評価の目的やデータの利用方法、回 答者の不利益の有無について的確な情報を与える必要があります。 このようにアンケートによる授業評価は回答者である学生の自発的 な協力がないと有意義かつ客観的なデータを得ることはできません。 そのため、調査実施に関しては大学や部局あるいはクラスの状況に応 じて検討する必要があります。とくに、組織でアンケート調査を実施 する場合、ある期間内に集中してすべての授業で調査が実施されるた め、学生側が調査そのものに疲弊してしまったりします。教員にとっ 第 Ⅱ 部 実 践 編
ては自分が担当するクラス分の調査だけですが、学生にとっては履修 しているクラスすべてで調査に協力しなければならず、回答する回数 だけでも大きな負担となる場合があります。そのため、調査の回数が 増えるにしたがって回答が曖昧になったり、他の授業とのイメージが 混在して正確な評価が行えなかったりする可能性もでてきます。 もちろん、単に回数が増えたからといって必ずしも回答が不正確に なるとは限りません。学生にとって熱心に回答することが自分にとっ て意義あるものであると認識されれば、正確な回答を行ってくれる可 能性があります。たとえば、学生による授業評価の結果が公表され、 さらにその評価に基づいて次年度以降、授業が何らかの形で改善され れば、回答の意欲もわくと考えられます。しかしながら現状では、多 くの大学において授業評価後の改善のプロセスが学生にとってわかり にくいものになっています。よりよいデータを得るためには何らかの 形で学生に対するフィードバックを考える必要があります。
■引用文献
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Abrami, P. C., d’Apollonia, S., & Rosenfield, S. (1997). The Dimensionality of Student Ratings of Instruction: What We Know and What We Do not. In Perry, R. P. & Smart, J. C. (eds.), Effective Teaching in Higher Education: Research and Practice, 321 ― 367, New York: Agathon Press. 浅野誠 (2002).『授業のワザ一挙公開』大月書店 河合塾(2003)「学生による授業評価」事例研究会報告書 河合塾 Marsh, H. W. (1983). Multidimensional Ratings of Teaching Effectiveness by Students from Different Academic Settings and their Relation to Student/Course/Instructor Characteristics. Journal of Educational Psychology, 75, 150 ― 166.
■資料紹介 苅谷剛彦 (1992).『アメリカの大学・ニッポンの大学― TA ・シラバス・授業 評価 』玉川大学出版部 日本においても本格的に導入されている TA、シラバス、授業評価につい てアメリカの大学での状況が詳細に記述されています。用語として同じであ っても、アメリカと日本との制度の違いなどを知ることができます。またシ ラバスと授業評価との関連についても述べられており、アメリカにおけるシ
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ラバスの本来持つ意味について理解を深めることができます。筆者のアメリ カでの教員経験に基づく話も紹介されており、臨場感のあるアメリカにおけ る大学教育の実情を知ることができる本です。
田中耕治 (2005).『よくわかる教育評価』ミネルヴァ書房 教育評価に関わるあらゆるトピックスを見開きのページでわかりやすく説 明している本です。5 章で出てきた信頼性と妥当性の説明や 6 章で紹介する KJ 法についても説明があります。教育評価の基礎的概念や方法の紹介はも ちろんのこと、初等中等教育に関連した教科の評価や通知表、そして入試に 関する問題も扱っています。さらに教育評価の歴史や各国の教育評価制度ま でカバーしていて、この 1 冊で教育評価に関わる問題をすべて知ることがで きます。
5 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 作 成
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6章
授業評価アンケートの整理
1.項目ごとの分析 調査の実施後、授業評価の情報を得るために分析を行うことになり ます。学部、学科、学年などフェイスシート(回答者や授業の属性) の情報は入力のしやすいようにコード化(数値に置き換えること)し ます。たとえば、文学部なら数字の 1、教育学部なら数字の 2 といった 具合です。評定尺度法を利用した項目については、図 5 - 3 のように回 答に対してあらかじめ割り当てられた数字を利用します。これら数字 第 Ⅱ 部 実 践 編
と自由記述での回答をコンピュータに入力し処理することになります。 入力作業は業者に依頼することも可能です。ただしその場合、授業 評価アンケートは大学にとって重要な情報を含んでいますので、デー タファイルの取り扱いについては業者と入念な打ち合わせや取り決め をしておく必要があります。先に示したようなマークシートを利用す るとデータ入力作業が楽になります。 項目ごとの分析では、評定尺度法による得点を利用した平均値と標 準偏差が利用されます。つまり、上記で示した回答にあらかじめ割り 当てられた数字を利用して、回答者が項目にどのように回答したのか を平均値や標準偏差を計算することで示すわけです。またこれらの指 標がどれだけのデータから得られたのかを示すため有効回答数も示さ れます。 平均値はデータの中心傾向を表す指標で重心と考えてもかまいませ ん。通常、分析は授業ごとに行われますので、項目ごとの平均値は、 その項目内容に関して授業を受けた学生がどのように思っているかを 1 つの数字で表現してくれることになります。通常、項目は回答得点 が高くなれば望ましい評価になるように作成されますが、項目によっ
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てはそうではないこともあります。したがって、項目の内容を吟味し て平均値を解釈する必要があります。 標準偏差はデータが平均値を中心にしてどの程度ばらついているの かを表す指標です。つまり回答者の反応が平均値を中心として散らば っているのか、それとも集中しているのかを読み取ることができます。 たとえば 5 段階評定で標準偏差が 0.25 以下だった場合、ほとんどの人 が平均値と同じ回答をしており、回答がほとんどばらついていないと 判断してもよいと考えられます。 平均値や標準偏差以外に用いられる指標としては、評定段階別度数 分布があります。4 段階評定でしたら、1 から 4 への反応度数(人数) を整理したものです。通常は人数よりも各段階への反応を回答者数で 割り 100 をかけた相対度数(%)が利用されます。この指標の場合は、 どの段階をどの程度の人が選んだのかを容易にみることができます。 表 6 -1 は項目別に分析した例です。項目別に平均値、標準偏差、有 効回答数、各評定への度数分布が示されています。項目(01)の「授 123
業の予復習をするように努めた」については、平均値が 1.88、標準偏 差が 0.66、有効回答数が 66 であったことがわかります。平均値が 4 段階評定で 2.5 だった場合が中立的だと考えると、平均値 1.88 から全 体的には学生は予復習をするように努めていない傾向にあることがわ かります。また、標準偏差が 0.66 であることを考慮すると予復習を行 っているという評定には大きなばらつきはないといえます。 表 6 -1 にある各段階への評定に関する度数も有用な情報をもたらし てくれます。表によれば、回答者の 27.3%が「あてはまらない」を選 表 6-1
項目別分析例
6 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 整 理
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んでいることがわかります。「あまりあてはまらない」を加えれば 86.4%の学生が予復習を行うように努めていないことがわかります。 上記で示したように通常、分析は授業単位で行われます。もちろん、 教員単位や学部、学科単位での分析も可能です。どのような単位で分 析を行うかは結果をどのように利用するかという目的に依存します。
2.評価観点ごとの分析 各項目別に分析結果を出し検討することも大切ですが、項目数が多 くなると検討すること自体が大変になります。また授業評価アンケー トは授業改善のための評価観点を測定するために行われますので、項 目ごとだけでなく評価観点ごとの分析も必要となります。 まず、評価観点ごとに得点を集計します。たとえば、「授業の体系 化」という観点を測定するために、「授業の目的が示されていた」「ど こが重要なポイントであるかがよくわかった」「成績評価の方法や基 第 Ⅱ 部 実 践 編
準等が明らかにされていた」「授業の構成は適切であった」の4項目 を用意していた場合、それぞれの項目に対する反応得点を単純に合計 します。 たとえば、ある回答者が図 6 -1 のように回答したとすると、「授業 の体系化」という観点の得点は回答の上にある数字を足しあわせて、 2+4+3+4=13 点となります。これは、回答者が「授業の体系化」の観 点をどの程度重視して授業評価を行っているかの指標となります。こ のような指標を回答者全員に関して算出します。さらに、他の評価観 点についても同様な集計を行います。 上記の例では「授業の体系化」という観点は 4 つの質問項目で構成 されていました。しかしながら評価観点によって構成される質問項目
図 6-1
アンケート回答例
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6 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 整 理
125
図 6-2 授業評価観点のプロフィール表示例
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の数が異なることもあります。評価観点が異なれば、ものさしが異な るため、値の直接的な比較は無意味ですが、授業の特徴や教員の特徴 を表現するために、評価観点の得点を見かけ上同じような値をとるよ うにします。つまり得点をいわゆる偏差値と呼ばれる Z 得点に変換し ます。Z 得点を計算するには、基準となる集団をあらかじめ決めます。 通常、授業評価に参加した学生全員が基準となる集団です。ただし、 実際のデータでは、同一学生が複数の授業を評価しているため、学生 数はのべ人数で計算されることになります。 基準となる集団が決まったら、その集団での評価観点ごとの平均値 と標準偏差を求めます。これら指標を用いて、以下のような方法で学 生個人ごとに Z 得点を計算します。 個人の得点−集団全体の平均値 Z 得点 = ───── × 10 + 50 集団全体の標準偏差 第 Ⅱ 部 実 践 編
上記の Z 得点を個人の各評価観点の得点とします。この得点をさら に授業ごとに平均値を算出して授業の特徴を明らかにします* 1。通常、 評価観点は図 6 - 2 にあるようなプロフィールによって表示されること が多いです。この図は仮想データをもとに作成されたもので対象とな った授業が実線で表現されています。ちなみに全体の平均は 50 点と なります。とくにレーダーチャートでは観点のバランスや特定の観点 の強さや弱さを容易に把握することが可能です。
3.項目の精選 授業評価アンケートを心理テストとして考えるならば、統計的な方 法に基づいて質問項目を精選することも必要です。5 章 4 節質問項目 を作るで述べた項目作成は評価観点という理論的な枠組みを先行研究 など参考にそのまま利用していました。しかし、この枠組みは本来、 因子分析と呼ばれる統計的方法を利用し、データに基づいて最終的に 決定する方法が望ましいです。とくに、独自の項目を利用する場合は、 * 1 式にある個人の得点の代わりに授業の平均値を利用すれば個人ごとのZ得点を求め なくても授業のZ得点を求めることができます。
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因子分析を利用した手続きが必要です。この因子分析を基にして項目 を精選すると信頼性の高い授業評価を行うことができます。 因子分析を行うと、質問項目と評価観点との関連性の強さを明らか にすることができます。このことによって評価観点をデータに基づい て明らかにすることができると同時に、評価観点と関連性の弱い質問 項目を見つけ出すことによって、質の悪い質問項目をアンケートから 取り除くことが可能となります。 表 6 - 2 は 8 項目からなる授業評価アンケートデータを分析した結果 です。因子 1、因子 2 は作成したアンケートから測ることができると 考えられる評価観点を表しています。その下の数字は質問項目と評価 観点との関連性の強さを表す因子負荷量です。この例では因子間、つ まり評価観点間には相関がないと仮定して分析しており、この場合因 子負荷量は質問項目と因子との相関係数となります。通常、因子負荷 量は絶対値が 0.4 以上であれば因子との関連性が強いと判断されます。 表 6 - 2 の例では、因子 1 と関連性が強いのは、「授業の構成は適切 127
であった」 (0.817)、 「どこが重要なポイントであるかがよくわかった」 (0.723)、「授業の目的が示されていた」(0.536)となります。「成績評 価の方法や基準等が明らかにされていた」(0.385)は 0.4 という基準 からすると十分に強い関連性があるとはいえません。ただ、この程度 ならば関連性があると解釈してもかまいません。それ以外の質問項目 は因子 1 とは関連性が強くありません。因子の内容(具体的にどのよ うな評価観点であるかについて)は因子と関連性の強い項目の内容か
表 6-2
授業評価アンケートの因子分析の結果例
6 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 整 理
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ら総合的に解釈されます。上記の因子 1 の場合は、因子 1 と関連性の 高い項目内容に共通する概念から「授業の体系化に関する観点」とい う因子名をつけています。この結果から、因子負荷量の高い質問項目 だけを集めて授業の体系化に関する観点を測定することができること になります。因子 2 も同様の手続きで考えると、項目の内容から「教 員の準備という観点」であると解釈されます。 因子分析を利用して項目を精選する基準としては、各質問項目が 1 つの因子に関してのみ高い因子負荷量を示し、それ以外は低い値を示 すというものです。どの因子に対しても因子負荷量が低い質問項目や 複数の因子に関して高い因子負荷量を示す項目は特定の観点(因子) を測定する項目としてはふさわしくないので利用しません(因子分析 の詳細はコラムを参照してください) 。
4. 評定平均値の読み方 第 Ⅱ 部 実 践 編
学生による授業評価アンケートで最も難しいのは、分析された結果 をどのようにして解釈していくかです。表 6 -1 のように項目別に平均 値が示されたとしても、どのような数字ならばよくて、どのような数 字ならば悪いかを簡単に判断することが難しいです。 単純に考えれば、「ややあてはまる」と「あてはまる」はプラスの 評価、「あまりあてはまらない」と「あてはまらない」はマイナスの 評価としてみなせないこともなく、得点に換算して 2.5 を境にプラ ス・マイナスの判断をしてしまうかもしれません。これはいわゆる絶 対的評価に近いものといえるでしょう。 しかし通常、数値の判断は調査データの全体の結果を基準にして、 そこからのズレを問題とすることが多いです。表 6 -1 にはありません でしたが、もし他の授業科目も含めて授業評価アンケート全体の項目 平均が計算されていれば、自分の結果と比較してプラス・マイナスの 判断をすることでしょう。 ここで一つ大きな問題があります。それでは、具体的にどの程度、 自分のクラスの平均値と全体の平均値とに違いがあれば、その差は意 味あるものと考えたらよいのでしょうか。たとえば、表 6 -1 の「疑問
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因子分析は現在、さまざまな学問領域で利用されている多変量
コ ラ ム
データ解析の一手法ですが、もともと心理学において知能を測定
﹁ 因 子 分 析 ﹂ と は
知能・性格・興味・適性など)を測るアンケート形式による心理
するために開発された手法です。その後、因子分析は、性格の測 定にも利用されるようになり、現在では、心理的な特性(学力・ テスト開発時に利用される統計的方法です。 因子分析を利用すれば信頼性の高いテストを作成することがで きます。妥当性についても因子分析で得られた結果をもとに妥当 性を論じる場合もありますが、これについては議論が分かれます ので、このコラムでは信頼性の高いテストを作成するための道具 として因子分析を紹介します(信頼性・妥当性については 5 章を 参照してください) 。 因子分析は、質問項目間の相関関係から、信頼性の高いテスト を作成するための新たな情報をもたらしてくれます。相関関係と 6 章 い受験生ほど英語のテストの得点も高く、逆に国語のテストの得 授 点が低い受験生ほど英語のテストの得点も低いという関係です。 業 つまり相関関係とは、一方の変数の値が大きくなるのに応じて、 評 価 他方の変数の値も大きくなる(正の相関関係) 、あるいは小さくな ア ン る(負の相関関係)関係のことです。 ケ ー ト の 整 理 は、たとえば入学試験のデータにおいて国語のテストの得点が高
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r>0
図1
相関係数(r)と散布図
図2
相関関係と因子
r=0
r<0
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第 Ⅱ 部 実 践 編
表1
項目間の相関係数行列
表2
単純構造の例
注)†因子 1 ・因子 2 は分析の結果として共通に想定される評価観点です。
この相関関係を数字で表現したものが相関係数です。一般的に 使われている相関係数は 2 つの変数の直線的な関係の強さの程度 を表すもので、値としては−1 から 1 までの値をとります。図 1 は相関係数と散布図との関係を示したものです。相関係数が正の 場合、2 つの変数のデータを点で表した散布図は全体的に右上が りになります。とくに相関係数が 1 のとき 2 つの変数の正の相関 関係は最も強くなり、データは図中の補助線上に一直線に並びま す。逆に相関係数が負の場合、散布図は右下がりとなり、相関係 数が−1 のとき負の相関関係が最も強いということになります。ま た、相関係数が 0 のとき 2 つの変数間には相関関係がないという ことになります。 先ほど例に示した国語のテスト得点と英語のテスト得点の相関 関係を図式化したものが図 2 です。図 2 の国語と英語の 2 つの円 の重なりが 2 つのテストの共通部分、すなわち相関関係の強さを 表します。ここで今、国語のテスト得点と英語のテスト得点との 間に相関関係が生じる理由を考えると、両者の背景に言語的能力 という概念を想定することができます。つまり、人間が持つと考 えられる言語的能力が原因となって、その結果として国語のテス
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ト得点と英語のテスト得点に相関関係が生じると考えるわけです。 この言語的能力は現象を説明するために導入された概念で構成 概念と呼ばれるものです。学力、知能、性格といった心理的な特 性やこの本で扱っている授業評価観点も構成概念といえます。構 成概念は、実体があるわけではありませんが、この概念を想定す ることで私たちは人間社会の現象を説明しやすくなります。ただ し、実体がないため、構成概念の量を測るのは簡単ではありませ ん。そこで構成概念の量を測る方法が開発されました。それが因 子分析です。因子分析における因子とは、上記で説明した構成概 念に対応します。 因子分析では、表 1 に示された質問項目間の相関係数から本文 の表 6-2 のような結果が得られます。因子 1 と因子 2 の下に書か れた数字は、因子負荷量と呼ばれ、項目間の相関をもたらしてい る共通の評価観点(因子)と各質問項目との相関係数を表します。 テストを作成する際、理想的な結果は、各質問項目が一つの因子 とのみ高い因子負荷量を示し、それ以外の因子に対しては低い因 子負荷量を示す状態です。また一つの因子の中には高い因子負荷 量を示す質問項目と低い因子負荷量を示す質問項目が混在する状 131
態です。このような理想的な状態のことを単純構造といいます。 表 2 は単純構造をわかりやすくした例です。この場合、因子 1 に関しては項目 1 から 4 までの因子負荷量は“高”つまり高い値 を示しており、また項目 5 から 8 までの因子負荷量は“低”つま り低い値を示しています。このような状態の場合、因子 1 と強い 関連性のある項目 1 から 4 までを利用すれば因子 1 の評価観点を 測定できると考えます。同様に、因子 2 に関しては項目 1 から 4 までの因子負荷量は“低”で、項目 5 から 8 までの因子負荷量は “高”であることから、項目 5 から 8 までを利用すれば因子 2 の評 価観点を測定できると考えます。 つまり、因子分析の結果が単純構造になっていれば、各評価観 点を測定するのにふさわしい項目を選び出すことが可能となりま す。したがって、因子分析では最終的な結果がなるべく単純構造 になるように、因子の抽出(パラメータ推定法)や回転といった 計算手続きが行われることになります。表 6-2 では重みのない最 小 2 乗法による因子の抽出とバリマックス回転と呼ばれる標準的 な回転方法を利用しています。 実際の計算では、本文の表 6-2 をみてもわかるように、表 2 の
6 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 整 理
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ような理想的な結果にはなりません。表 6-2 にはありませんが、 データによっては、ある質問項目はどの因子においても因子負荷 量が低い場合や複数の因子に対して因子負荷量が高い場合もあり ます。このような質問項目は単純構造を乱すものとして分析対象 から外されることが多いです。一般的に絶対値で 0.4 以上であれ ば因子負荷量は高いと判断します。 表 6-2 にある共通性は項目の分散のうち因子 1 と因子 2 によっ て説明される比率を表したものです。たとえば項目(1)では 2 つ の因子によって 67.8%説明されることがわかります。ちなみに共 通性が 1 に近いほど、その項目は因子分析にうまくあてはまって いるといえます。同じく表 6-2 にある因子寄与率は、すべての質 問項目を合わせた分散のうち、その因子で説明される比率を表し たものです。たとえば因子 1 で 21.4%説明されることになります。 因子分析における結果の解釈の仕方については「3.項目の精選」 にありますので、そちらを見てください。このコラムでは詳しく 説明されていない因子の抽出や回転など因子分析についてさらに 第 Ⅱ 部 実 践 編
知りたい方は 6 章の資料紹介に示された『誰も教えてくれなかっ た因子分析』を読んでください。 因子分析の実際の計算は、通常、統計ソフトウェアを利用しま す。しかし、身近なソフトウェアである Excel のアドインとして 利用できるものがあります。これは、静岡大学の山田文康先生の 研究室で開発されたものです。以下の URL から入手することができま す。
http://www.ia.inf.shizuoka.ac.jp/~fyamada/tantou/siryou/SSDAS LOD.html (中村知靖)
点など友人に聞いたり話し合ったりした」という項目の全体の平均値 が 2.15 だとし、自分のクラスの平均値が 2.05 だったとして、全体平 均値よりも自分のクラスの平均値が低いから、0.10 ポイント分劣って いると判断してよいのでしょうか。 実はアンケートによって得られる得点には誤差が含まれています。 すべて同一条件で授業を行い、アンケートを実施しても、全く同じ得 点が得られるわけではありません。つまりアンケートの得点は変動す
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るわけです。先ほど自分のクラスの平均値が 2.05 でしたが、2.15 とい うこともありえます。 得られた自分のクラス平均値そのものがどの程度ばらつくかは平均 値の標準誤差を求めるとわかります。 平均値の標準誤差=
標準偏差 ─ √データ数
たとえば先ほどの項目における標準偏差が 0.91 でデータ数が 66 だ とすると、上式より標準誤差は 0.11 であることがわかります。つまり 今回、クラスの平均値は 2.05 でしたが、実際には、この値を中心に ± 0.11 の範囲で平均値が変動する可能性はあります。 上記の値をそのまま利用してもよいのですが、平均値が異なること をより明確にするには、上記の標準誤差を 2 倍した値をもとにした範 囲を設定し(この場合は± 0.22)、その範囲に全体の平均値が入らな かった場合のみクラス平均値と全体の平均値とに違いがあるとするも 133
のです。今回ならばその範囲は 1.83 から 2.27 までとなり、先ほどの 全体平均値がその範囲に含まれています。したがって、クラス平均値 と全体の平均値とに違いがあるとはいえません。 このように、項目レベルでの分析において 0.1 ほどの差についての 議論はデータによっては無意味となることもあります。単に見かけ上 の平均値の違いだけで判断することは避けるべきです。これは評価観 点ごとの得点の場合にもあてはまります。 授業評価アンケートで得られた得点の差については、上記以外でも 注意すべき点があります。授業評価アンケートでよく授業の 1 回目と 最終回目の得点の差を改善度合いの指標とし、この指標と第 1 回目の 得点と相関関係を論じることがあります。実はこのような相関は理論 的に負の相関となります。そのため、見かけ上、第 1 回目でよい評価 を受けたクラスの改善度合いはよくない評価を受けたクラスよりも低 くなる傾向にあります。したがって、第 1 回目でよい評価を受けたク ラスがその後の授業改善を必ずしも怠っていたのではないことを認識 する必要があります。
6 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト の 整 理
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5.評定平均値にバイアスを与える要因 学生はいつも公正に授業評価を行っているとは限りません。さまざ まな要因の影響を受けて甘く評価したり辛く評価したりします。教育 の専門家でない学生が授業評価するなど信頼できないというのもこの ようなバイアスがあることに起因しているのかもしれません。学生に よる授業評価の歴史が長い北米では、このバイアスに関する研究も行 われています。 ある研究では、このバイアスにどのような要因があるのかを整理し ています(Marsh, 1987)。そこで取り上げられた要因は、受講生数、 授業で扱うテーマに関する事前の興味、学生の授業負担、評価の甘さ、 授業を選んだ理由、教員の職位や経験年数、教員や学生の性、評価の 利用目的、教員の性格などです。 受講生数と授業におけるグループ交流や個人的信頼関係に関する評 第 Ⅱ 部 実 践 編
価観点との間に負の相関があります。つまり、受講生数が少ない授業 の方が好意的に評価されるというものです。おそらく、ゼミのような 受講生数が少ない授業では教員や学生の間で交流がおこりやすく、個 人的なつながりも生じやすいのかもしれません。ただ、受講生が数百 人以上の規模になると少ないときと同様に授業が好意的に評価されま す。なぜこのようなことが生じるかについては明確な理由はわかって いません。 授業で扱うテーマに関する事前の興味も授業評価にプラスの影響を 与えます。つまり事前に授業のテーマに関する興味の高い学生は授業 を好意的に評価します。とくに評価観点別にみると授業の学ぶ価値と 高い相関にあります。 授業における課題や宿題など学生の負担と授業評価の高さも正の相 関があります。負担の大きい授業だと辛い評価になるように思えます が、学生にとっては授業に対して満足感があるようです。 評価の甘さも授業評価に影響を与えます。よい評価が得られやすい 授業について学生は好意的な評価を行います。このような評価が行わ れる理由としては、よい評価が得られやすいことによって学生は学習
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意欲が高まり、それによってよい授業と判断するという考え方です。 授業をどのような理由で選んだかも授業評価に多少の影響を与えま す。一般的な興味で授業を選んだ場合授業を好意的に評価します。ま た必修科目よりも選択科目の方が好意的に評価されやすいです。ただ し、授業選択の理由の影響力はこれまで取り上げたバイアスより小さ いです。 教員の職位や経験年数はあまり大きな影響を授業評価には与えませ ん。影響力は小さいですがあえていうと職位が高いほど好意的な評価 が行われますが、経験年数が高いと逆に好意的な評価は行われません。 どうも職位の高さと経験年数はバイアスとして同一のものではないよ うです。 授業の水準、つまり大学院での授業と学部での授業を比較するとわ 6 章 教員や学生の性別による授業評価のバイアスに関しては、基本的に 授 業 影響はないと考えた方がいいです。ただし、女子学生の方がわずかで 評 価 すが男性よりも高い評価をするという報告もあります。 ア ン 授業評価の実施方法や利用目的によっても評価にバイアスが生じま ケ す。匿名による方法とそうでない方法を比べた場合、匿名の方が低い ー ト 評価がなされます。また利用目的に関しては、研究目的として調査さ の 整 れたときより管理目的で調査がなされた方が高い評価がなされます。 理
ずかですが、水準の高い大学院の授業の方が高い評価を受けます。
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調査の時期も多少の影響があります。少なくとも学期の中間時点は信 頼の置けるデータとはいえません。学期の終わり近くの 2 週間あたり が望ましい時期といえます。 学問領域も授業評価に影響を与えます。一般的に人文科学の方が自 然科学よりも高い評価を受けます。ただしその影響力は決して大きい ものではありません。また最後の教員の性格ですが、自分自身を価値 ある存在として高く評価する人や熱意のある人ほど高い評価を受ける 傾向にあります。 以上の要因は北米の教育システムでの話です。日本の場合、すべて の要因があてはまるとは限りません。学生の授業負担などは逆の結果 となるかもしれません。また日本では出席率の高い学生ほど、あるい
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は成績のよい学生ほど高い評価を行う傾向にあります。授業評価の結 果を解釈する際には、上記で示したバイアス要因が存在することを考 慮する必要があります。
6.自由記述の解釈 自由記述にはさまざまな情報が詰まっており、授業改善に役立つも のも数多く含まれています。しかしながら、評定尺度法を利用した質 問項目の部分のように定式化されていないので分析には手間と時間を 要します。自由記述の分析は質的なデータを分析する手続きをとりま す。基本的な流れは、1.データの読み、2.概念化、3.概念間の構 造化となります。 まず、自由記述をすべて読みます。どのようなことが書かれている かを大まかに把握します。とくに多くの意見に現れるキーワードには 注意してください。通常、自由記述には、複数の意見が書かれている 第 Ⅱ 部 実 践 編
ことが多いので、できれば 1 つの意見ごとにまとめてデータ化するこ とが必要です。表計算ソフトウェアなどで自由記述データが整理され ている場合は、1 つの意見を 1 つの行で表現する方が望ましいです。 次に似たような意見をいくつかの概念(カテゴリ)にまとめます。 自由記述では授業に対する不満が多く書かれますが、どのような点に 着目して不満を述べているのかを整理します。評定尺度法で利用した 評価観点と自由記述の概念がほぼ似たようになることも考えられます。 1.のデータの読みの部分で注意したキーワードをもとに概念化を行 うとよいでしょう。表計算ソフトウェアを利用している場合は、意見 の横に複数のキーワードを追加し、それをもとに並べ替えを行って意 見を整理すると作業が比較的楽になります。 通常の分析は、上記に示した自由記述の概念化の段階で終えていい ですが、さらに概念間の関係を検討する場合もあります。上記の方法 は、川喜多(1967)の K J 法と呼ばれる質的データをまとめる方法に 近いものですが、自由記述を本格的にまとめるならば、K J 法そのも のを利用することをお勧めします。 自由記述の解釈は、データが多くなると作業が大変になります。単
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に意見すべてに目を通すだけでも手間と時間がかかります。しかし、 あらかじめ決められた枠で意見を求められる評定尺度法とは異なり、 想定していなかった貴重な意見を得ることもできます。また、評定尺 度法を利用した質問項目のヒントが意見の中に含まれることもありま す。したがって、授業評価アンケートの最後にある自由記述欄は単に 用紙の余白を埋めるために設定されているわけではなく、授業評価に とって貴重な情報源です。 ただし、得られた意見をどのように解釈し、授業改善に生かすかに ついては慎重であるべきです。自由記述は質的なデータですが、似た ような意見がどの程度あったのか量的に示すことも可能です。しかし、 自由記述データではそのような観点がないがしろにされています。そ のため、ごく少数の意見に授業評価の解釈が左右されがちです。 6 章 で得点が全体平均よりもかなり高い場合であっても、自由記述欄にお 授 いてたった1名の学生が「理解するのが難しい授業でした」と書くと、 業 評 価 多くの場合その意見に引きずられてしまったりします。その結果、多 ア ン くの学生には必要ではないのにもかかわらず、授業の難易度を下げて ケ しまうこともあります。 ー ト もちろん、少数意見を取り上げ、それをケアすることは必要です。 の 整 ただある程度の規模の学生を相手にする授業では、少数意見のみで大 理
たとえば、ある授業で「授業のわかりやすさ」をみる評価観点分析
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きな修正を加えすぎると全体的なバランスを欠いたものになってしま います。自由記述に示された意見については、冷静かつ客観的な解釈 が必要とされます。 ■引用文献 川喜多二郎 (1967). 『発想法』中央公論社 Marsh, H. W. (1987). Students’ Evaluations of University Teaching: Research Findings, Methodological Issues, and Directions for Future Research. International Journal of Educational Research, 11, 253 ― 388.
■資料紹介 山田剛史・村井潤一郎 (2004). 『よくわかる心理統計』ミネルヴァ書房
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中村知靖・松井仁・前田忠彦(2005).『心理統計法への招待』サイエンス社 6章で出てきた平均や標準偏差の説明はもちろんのこと、授業評価データ の分析でよく出てくる相関係数や標準化に関しても、図表や具体例によるわ かりやすい説明がなされています。数式は最低限に抑えられていて、数学が 苦手な方にも抵抗なく読める本です。統計に関する素朴な疑問にも答えられ るように本文以外にていねいな脚注が加えられています。統計的仮説検定や 分散分析なども扱われており、質・量ともに申し分のない統計入門書です。
松尾太加志・中村知靖 (2002). 『誰も教えてくれなかった因子分析』北大路 書房 数式を利用しないで因子分析を説明した画期的な本で、数学が苦手な人も 安心して読むことができます。結果の読み方はもちろんのこと、SPSS や SAS といった統計ソフトウェアを利用した解析方法についてもていねいに説 明されています。もちろん理論や用語についても図表を交えてわかりやすい 説明となっています。また、従来の因子分析の本では明らかにされず、経験 者間で語り継がれてきたようなテクニックについても書かれています。因子
第 Ⅱ 部 実 践 編
分析を利用したい初心者の方にお勧めの 1 冊です。
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7章
授業評価アンケート項目の 特徴を探る 1.実践的妥当化を目指して 測定値の妥当性(5章参照)について検討すること、あるいは、測 定値が何を反映しているかを明確にすることを「妥当化」 (validation)
7 章 続きは容易ではありません。妥当性については、構成概念妥当性、内 授 業 容的妥当性、基準連関妥当性など、さまざまな分類がなされていて、 評 価 それぞれについて一般的な方法が提案されてはいます。そして、それ ア ン らの「一般的」な方法によって、往々にして、「この尺度は妥当性が ケ ー 高い」などと「一般的」な表現で片づけられる向きもあります。しか ト 項 し、基本的に、妥当性は、測定が行われる目的や文脈によって変わる 目 の ものであるということに留意しておく必要があります。ですから、妥 特 徴 当性は、どういう範囲の「測定の枠組み」において、どの程度の「高 を 探 さ」が保証されているのかが示されるべきものです。測定の枠組みと る
と呼びます。妥当化は、信頼性などを検討することに比べて、その手
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いうのは、どのような目的で、どのような対象者に対して、どのよう な点に関して、どのように測定が行われるかといったことによって規 定されることになります。 授業評価が対象とする大学の授業は、とりわけ、大学が置かれてい る背景や文化、そこで学んでいる学生層の違いなどによって、それぞ れの授業が目指すところも、それに向けての授業内容や方法もさまざ まです。つまり、最近はコアカリキュラムなどといういい方も強調さ れ始めていますが、まだまだ指導要領などに類する標準的なものが用 意されているわけではなく、一つひとつの授業に独自性が求められる という点が大きな特徴とされるところであると思います。それだけに、
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ますますそれぞれの授業の中で、独自に、授業評価に用いられるアン ケート(以下、授業アンケート)の各項目の評定平均値を意味づけて いくこと、すなわち妥当化を試みていくことが重要ということになり ます。それぞれの授業に、そのような妥当化を担当する人がいるので あれば別ですが、まずは、自らが自らの実践の中で妥当化を試みてい く姿勢が求められることになるでしょう。このように、自らの実践の 中で、その実践に関わるある種の測定値を意味づけていくプロセスを、 「実践的妥当化」と呼んでおくことにします。 授業アンケートの実践的妥当化は、自らの授業実践と授業アンケー トの結果を、丹念に照らし合わせることの積み重ねを通して行われる ことになりますが、それが機能すれば、授業アンケートの意味すると ころが実際に即して明らかにされることになりますし、それによって 授業の改善などにも結びつけやすくなるでしょう。研究という視点か らすれば、個人的な特殊性や体験はできるだけ排除することが求めら 第 Ⅱ 部 実 践 編
れ、一般に共有できる部分を、あるモデルや統計量として表現してい くことが求められます。もちろん、授業アンケートにおいても、その ような一般化が大いに参考になる部分もありますが、1 人の教員が授 業を実践する場においては、むしろ、個々の授業の特殊性が問題とな ります。すなわち、一般的なモデルからのその授業における特殊なズ レが、授業の実践には重要な意味をもつということです。そして、そ のようなズレに関しては、実践を通して、その意味を体験的に明らか にする実践的妥当化のプロセスが必要になるということです。その実 践的妥当化の結果を、個々の授業の文脈の中で、明示的に表現してい くことができれば、アカウンタビリティといった点においても有用な 情報提供が可能となっていくと思われます。 そこで、本章では、筆者自身の授業経験に基づいて、実践的妥当化 の一事例を紹介していくことにしたいと思います。
2.評定平均値の特徴を探る 1)異なる授業で差の大きい項目・差の小さい項目 授業評価の項目の評定平均値は、多くの要因が複雑に絡み合って、
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ある値となって観測されると考えることができます。その要因として は、たとえば授業の内容・方法、担当教員、受講学生、項目内容など を、とりあえず挙げることができるでしょう。さらに、それぞれの要 因は、多くの要素を含んでいますし、また、お互いに相互作用もして いると考えられます。相互作用というのは、単純な例でいうならば、 二つ以上の要因が同時にある状態にあるときに限り、評定平均値に特 有の影響を及ぼすということです。たとえば、授業の「わかりやすさ」 に関する評定平均値は、「統計学」とか「心理学」といった授業の内 容だけで決められるのではなく、受講学生の「文科系」・「理科系」 といった属性によって、影響のあり方が異なることが考えられます。 そのような相互作用の影響が無視できない場合には、科目間の評定平
7 章 あるものにはなりません。授業評価を「個人内評価」として利用する 授 業 ことが望まれる根拠の一つは、ここに求めることができるでしょう。 評 価 すなわち、1 人の担当教員の中では、教員の要因を考慮しないでいい ア ン ことになりますし、通常は、ある大学の中で、ほぼ同様の層の受講学 ケ ー 生を毎年対象とすることが多いと思われますので、その範囲において ト 項 評定平均値の差異を授業の内容や方法の違いに関係づけやすくなると 目 の いうことがあるわけです。 特 徴 それに加えて、授業においてどのような工夫を施したのかなどにつ を 探 いては、担当している教員自身でないとわからないということもあり る
均値の比較などは、同じ項目を利用していたとしても、あまり意味の
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ます。「授業の内容・方法」という要因といっても、実際には、いろ いろなことが授業の中では行われていますので、そのどんなことが評 定平均値に関わっているのか、それは、個々の教員自身が、実際の自 分の授業を振り返って、推測する以外ありません。ここでは、筆者自 身のいくつかの授業に関する授業評価結果(項目の評定平均値)を比 較することで、授業評価項目の特徴を探ってみることにします。 表 7-1は、筆者が担当した 3 つの科目のいくつかの授業評価項目の 評定平均値を示したものです。科目は、O 女子大「教授心理学(1997 年度後期・文科系 2 ∼ 3 年生対象)」、C 大学「教育統計(1997 年度後 期・文科系 3 年生対象・女子約 3/4)」、京都大学「教育評価の基礎Ⅰ
第 Ⅱ 部 実 践 編
注)SD は標準偏差、N は有効回答数、相関比η(イータ)は群間平方和の全平方和に対する比の平方根。相関比の算出方法は以下の通り。 ① k 個の群があるとき(表では k = 3)、m i 、s i 、n i を各群の平均値、標準偏差、データ数とする。②Σを和を求める記号とする( i = 1 から i = k まで)と、全体平均 m0 =(Σ n i m i )/(Σ n i )となる。③このとき、群間平方和=Σ n i ( m i − m0 )2、群内平方和=Σ n i s i 2 となる。④ 相関比の 2 乗η2 = 群間平方和 / 全平方和=群間平方和 /(群間平方和+群内平方和)= Σ n i (m i − m0 )2 /[Σ n i (m i − m 0 )2 +Σ n i s i 2 ]。 ⑤相関比の 2 乗の平方根を求めて相関比ηとする。
表 7-1 同一教員・異科目に関する授業アンケート項目評定平均値の比較
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(2005 年度前期・全学共通科目・ 1 年生中心・理文ほぼ半々・女子約 1/6)」というもので、大学はいずれも国立大学です。 科目の特徴としては、「教育評価の基礎Ⅰ」は、測定論の話題も含 まれており、「教育統計」と「教授心理学」の中間的な位置づけがで きます。受講学生のタイプは、「教育統計」、「教授心理学」は、文科 系の女子学生が多いという点で類似していますが、「教育評価の基礎 Ⅰ」は全学共通科目として開講したもので、女子学生の割合も少なく、 理科系の学生も半数近く含まれている点で他の 2 つの科目とは異なる 特徴をもっているといえます。 このように、十分に評定平均値に及ぼす要因をコントロールしきれ てはいないのですが、表 7 -1に、3 科目同一のいくつかの授業評価項
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目の評定平均値・有効回答数・標準偏差をまとめて示してみました。 章 一番右列にある相関比は、群間平方和の全平方和に対する比の平方根 で、各群の平均値の差の大きさを示す指標とすることができます。こ の表では、相関比の大きさの順に項目を並べ替えてあります。したが 143
って、表の上の方の項目が、3 つの科目の平均値の差が大きい傾向が あり、下の方の項目は差が小さいということになります。なお、評定 平均値は、4 段階評定の評定値を平均して求めたもので、4 に近い値 ほど、項目にあてはまると回答した人の割合が多いということを示し ます。 この表を眺めますと、平均値の差が大きい上位の項目は、授業の内 容や方法に関するものが集中しているように見えます。たとえば、最 も相関比が大きくなった「学生自身に考えさせる工夫がなされていた」 という項目は、「教授心理学」では、講義の内容に関して受講生自身 に自ら問題提起を促すことを強調したのに対して、「教育統計」では、 教科書に即して、数式などを板書しながら講義中心の授業を行ったと いうあたりが、差の大きさにつながっていることが推測されます。 「教育評価」の授業では、話題によっては、「教授心理学」同様、自ら 問題提起してもらうことを促したりもしましたが、測定論の説明のと ころでは、数式を板書して説明するという授業時間もあり、その中間 の平均値になっているのも頷けます。同様に、「講義の内容が難しか
授 業 評 価 ア ン ケ ー ト 項 目 の 特 徴 を 探 る
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った」も差が大きい項目となっていますが、「教育統計」が最も難し く感じられ、「教育評価」、「教授心理学」の順となっているのは、授 業に「数式」がどの程度入り込んでいるかということと関連している と考えることができます。 逆に、差の小さい項目では、教員の工夫や学生の学習態度に関する ものが多いように見えます。たとえば、「講師の話は興味深かった」 という項目の差が最も相関比が小さくなっていますが、授業内容は異 なるものの、講師の話しぶりはそう変わるものではないということか もしれません。すべて筆者自身が担当しているという意味において、 教員の要因が 3 科目において一定となっていますから、教員が関わる 項目の評定平均の差が小さくなるのは当然のことのようでもあります が、授業評価の項目の中にも、ある要因が一定のときに別の要因によ って変動しやすい項目もあれば、変動しにくい項目もあるといったこ とを確認しておくことも大切です。それによって、自ら授業評価項目 第 Ⅱ 部 実 践 編
を選択する場合や別の科目を担当した際に違った傾向が出きた場合な どに、より有効な授業評価へと結びつけていくことができます。なお、 大学が違ったり、年度が違う中で、「講義には積極的に出席した」が 差の小さい項目となっているのは、毎回のミニッツペーパーなどによ る出席をとっている共通点に依る部分も大ですが、最近の少なくとも 国立大学の学生気質の一面を表しているといえるのかもしれません。 この種の推測は、決して統計的に裏づけられたものではありません し、どのくらい一般的にあてはまるものであるかは微妙なところがあ りますが、自分自身が担当してきた授業だけに、こうした平均値の異 同がどういったことから生じてきているのか、納得的に探ることが可 能になります。統計的に有意差検定を行わねばならないということは、 授業の実践の場合には必須ではありません。有意差検定では、差がな いという帰無仮説を棄却できるかどうかということが問われるわけで、 差の大きさまでは言及できませんし、有意差が生じたからといって、 受講生の人数が多い場合には、意味のある差であるとはいえない場合 も少なくありません。むしろ、自らの授業の経験に基づいて、平均値 の差がどんなところから生じているのかについて、探索的に仮説を生
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成して、それを次の授業の機会に試していくなどの働きかけが、実践 的には有用となることが多いでしょう。PDCA(plan → do → check → act)サイクルなどといういい方がありますが、基本的に、授業評 価(Check)は、そのような働きかけ(Plan → Do)が具体的にあっ て、はじめて授業改善(Act)へのヒントをもたらしてくれるもので あると考えておくとよいと思います。 2)各回授業と総括的な授業評価 一つの科目は、通常、十数回の授業で構成されることになりますが、 学生の授業への満足度を高めるためには、その毎回の授業で満足度が 高くなるような授業を続けないといけないのでしょうか。授業の目的 によっては、受講生にとっては、それなりに労力を要するようなある
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意味で辛い課題をこなしていく必要もありますし、その辛いときには、 章 必ずしも「満足」という感覚が得られないということもあると思いま す。しかし、最終的に、受講生が何か
むことができれば、全体的に
は満足度が高くなるということもあり得るでしょう。その辺の関係を 145
探るために、授業ごとに、7 項目の授業アンケートを実施するととも に、最後の授業時に実施する授業評価にも同じ項目を含めて、毎回の 評定平均値と、総括的な評定平均値の関係について調べてみることに しました。 その試みの一つの結果を、図 7 -1に例示しました。授業は、京都 大学の 2005 年度前期に開講した「教育評価の基礎Ⅰ」です。授業ア ンケート項目は、「わかりやすかった」「新たな発見があった」「興味 深かった」「授業の構成は適切であった」「有益であると思った」「授 業に集中できた」「総合的に満足できた」の 7 項目です。評定段階は 4 段階で、評定平均値が 4 に近いほど、項目の表現にあてはまる人が多 いことを示します。なお、最後に実施した総括的な授業評価結果は、 右端の縦の点線の右にプロットされています。 図 7-1を見ると、各回授業の評定平均値と、最後の総括的な評定平 均値の関係が、項目によって違う傾向を示していることがわかります。 「わかりやすかった」「興味深かった」「授業の構成は適切だった」「授 業に集中できた」の 4 つの項目は、総括的な評定平均値は、各回授業
授 業 評 価 ア ン ケ ー ト 項 目 の 特 徴 を 探 る
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第 Ⅱ 部 実 践 編
図 7-1 授業ごとの評定平均値の推移と総合的評定平均値の関係 (京都大学「教育評価の基礎Ⅰ」2005 年度前期)
の評定平均値の中間的なレベルとなっているのに対して、「新たな発 見があった」「有益であると思った」「総合的に満足できた」の 3 項目 は、各回授業の最高値、ないしは、それ以上の値を示しています。 「満足度」がかなり各回授業の評定平均値より高くなっているのは、 筆者の授業では、最後の授業の 1 回前に試験を実施して、最終回に試 験の結果と暫定評価点をフィードバックしていることが少なからず影 響しているものと判断しています。試験の得点は、実は、思うように は高くないのですが、評価点は、平常点も加味しますので、ちゃんと 出席して、レポートなども提出している受講生にとっては思ったより も高い点数となり、「満足度」も上昇したのではないかと思っていま す。しかし、そのようなことを割り引いたとしても、「新たな発見が あった」という感覚や、「有益である」「満足度」などは、授業科目の 全体を見返して、何回か、あるいは、1 回でも、何か印象に残ってい
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る点があれば、それなりのレベルに評定されるということだろうと思 います。 このことは、各回の授業はメリハリをつけて構わないということで あって、受講生にとって厄介であったり、おもしろみが感じられない と思われることであっても、必要なことはやはり積極的に授業に取り 入れるべきことを示してくれていると思います。おそらくは、そうい った基礎固めの上に、授業を振り返って、何か自分に新たに上積みが 感じられるようであれば、授業全体の評定はあるレベルを維持できる でしょうし、授業の目標を達成することにもつながっていくのだと思 います。 その点で、たとえば、「わかりやすかった」とか「興味深かった」 などの項目に関しては、むしろ、いつも高い値であることがいいこと なのかどうなのかは、疑ってかかった方がいいのかもしれません。も ちろん、筆者の経験では、文科系に統計などを教えていますと、5 回 目あたりの授業から、理解度が下がっていって、4 段階評定で平均値 147
が 2.5 あたりを低迷し始めますと、結局、「統計は難しい」という感覚 だけを植えつけて終わってしまうことにもなりかねないということも あります。そうなると、とても授業の目的を達成できたとはいえませ んので、調査の実習を並行して導入したり、演習を取り入れたりする ことになります。でも、そうしたとしても、どうしても難しい部分に 触れないわけにもいきませんから、最終的には、4 段階で 3.0 程度の レベルを維持することができれば十分であると、筆者自身は経験的に 判断しています。 最近は、FD(Faculty Development)や大学評価などの影響もあ ってか、授業はわかりやすくするために、いつも何か工夫しないとい けないのではないか、映像メディアを導入したり、参加型授業を取り 入れてみたりということをやらないといけないのではないかという、 ある種のプレッシャーが感じられる部分もあるのではないかと思いま すが、総括的な授業評価の結果が、一つひとつの授業の流れとどう結 びついているのかを探ることを通して、過剰な対処に走ることのない ように留意していくことも肝要と思います。まずは、「大学」の授業
7 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト 項 目 の 特 徴 を 探 る
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として、何を目的としているのか、その目的をどう達成しようとして いるのか、その点をあくまでも大切にして、その達成の程度を授業評 価結果などから探る姿勢が求められるのではないかと思います。
3.相関分析に見る項目の特徴 1)受講生の集中度と関連のある項目 図 7 -1では、「授業に集中できた」の評定平均値が、他の項目に比 べて低位を推移していることがわかります。この点は、この授業を進 めていくときに、やはり最も気になった点の一つです。この項目が低 い値を示すということは、授業中に居眠りしているような受講生が多 いことを意味しています。一方向的に講義をする際に、すべての学生 の目を講師に向けさせ続けることはそう容易なことではありません。 とりわけ、この授業のように、いわゆる「教養科目」の選択科目とし て位置づけられているような場合には、受講動機のバラツキもありま 第 Ⅱ 部 実 践 編
すので、それはより難しいことであるともいえます。しかし、授業は、 教員と学生の共同創作物と位置づけて授業を進めたいと考えている筆 者の立場からすると、とくに、最初の 2 回の授業の集中度は、4 段階 評定で 2.35、2.36 という低位の評定平均値になっていますが、このよ うな値になるときの授業の雰囲気は、アンケートをとるまでもなく手 応えがなく、何とかしなければとさすがに焦りを禁じ得ませんでした。 そこで、具体的なエピソードから授業を始めたり、クイズなどを入れ たりという工夫を少しずつ取り入れながら、全体的には、総括的な授 業評価(「授業中は授業に集中していた」)の評定平均値は 2.80 と、十 分とまではいかないまでも、ある程度のレベルに収めることができた かなと思ってはいるのですが、いずれにしても、筆者自身の授業作り の課題となる項目の一つになっています。 表 7 -2に、「授業中は授業に集中していた」の項目と関連性が比較 的高い項目を並べてみました。挙げられている項目は、授業の内容・ 方法に関わる項目、受講生の学習状況に関わる項目、そして、今後の 学習に関わる項目などに大雑把に分けられます。そのうち、授業の内 容・方法に分類される「授業の関心度」に関わる項目と「集中度」と
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表 7-2「授業中は授業に集中していた」と 0.3 以上の相関のある項目 (京都大学「教育評価の基礎Ⅰ」2005 年度前期)
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注)SD は標準偏差、N は有効回答数、r は相関係数
の相関係数が、予想通りに高い値を示しました。次いで、授業の理解 度に関する項目とも相関が高いことが注目されます。理解度に関わる 要因として、以下に並ぶ「重要なポイントがわかる」「ノートが取り やすい」「話がわかりやすい」などの点で、わかりやすい授業を教師 自身が心がけることで、受講生の集中度を高めることができるであろ うことがうかがえます。一方、学生側に関して、「話をノートに取る」 「予復習をする」などとの相関が高く、授業の集中度は、教師のみな らず、学生自身の日頃の学習習慣なども関与していることが示唆され ます。さらに、授業に集中できるということは、「授業に参加してい るという感覚」にも関連が見られます。授業への参加感覚は、筆者の 授業観からしても重要な点でもあり、その意味で、「授業の集中度」 を一定レベルに保つということは大事な課題であることが改めて確認 できます。そのことによって、「関連分野に興味や関心が深まる」「さ らに深く勉強を続けたい感覚」など、今後の学習につながっていく可
7 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト 項 目 の 特 徴 を 探 る
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能性も示唆されていますし、また、「総合的な満足度」とも関連が高 くなっています。これらの項目の因果的な関係については、慎重に解 釈する必要がありますが、少なくとも、授業の集中度を高める工夫を、 授業の構成、および、学生の学習習慣といった両面で試みていく必要 性をここから汲み取ることができるでしょう。 なお、ちょっと不思議な関係が見られるのが、「プリントの講師の コメントは他学生に対するものも目を通した」という項目と、「集中 度」との間に負の相関係数が観測されている点です。筆者の授業では、 4 章で見たように、ポートフォリオと称して、毎回の授業アンケート に、受講生がその時間に感じたことや考えたこと、疑問点などを記入 させているのですが、それらの受講生の記述は、学習共同体形成のた めの一助となるように、そのそれぞれに対して筆者のコメントをつけ、 次週の授業時に、全受講生にプリント配布して共有を図っていました。 配付したプリントにある他学生のコメントが役に立ったという項目が、 第 Ⅱ 部 実 践 編
授業の集中度と負の相関にあるということは、ひょっとしたら、授業 時間中に、講義を聴くのではなくて、プリントのコメントを読んでい る可能性があるかもしれないということに気づかされました。配付資 料に含まれる情報はそれなりに学生には有用となり得ますが、それを 授業の中でどう活用すべきか、考えさせられる結果でした。 このように、項目間の相関係数を眺めてみるだけで、自らの授業の 特徴と関連づけながら、いろいろな仮説を探索的に導き出すことがで きます。その仮説を確認したり、あるいは、そこから授業で工夫でき そうな点があれば、具体的にやってみるという次の行動へと結びつけ てもいけるでしょう。 2)「満足感」と「自分にとって意味ある授業」の関係 授業への集中度の項目は、総括的な評価項目の一つである「満足度」 とは 0.347 という相関が観測されました。このときに実施した授業評 価項目の中に「総合的に、自分にとって意味のある授業だった」とい う表現の総合的評価項目があったのですが、それとの相関係数は 0.203 とやや低い値になっていました。同じ総合的な評価項目として 位置づけられる「満足度」と「自分にとっての意味」という二つの項
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表 7-3 授業評価項目の因子分析例(N = 65) (京都大学「教育評価の基礎Ⅰ」2005 年度前期)
注)SD は標準偏差、FACTOR1 ∼ FACTOR4 はプロマックス回転解の因子負荷量
目は、どのような違いをもっているのでしょうか。そもそも、その二 つの項目の単相関係数を計算してみますと 0.624 とかなり高い値を示 しましたし、評定平均値も、満足度の方が 3.58、自分にとっての意味 の方が 3.40 と、それほど大きくは変わりませんので、ほぼ同様の反応 傾向が得られているとみなしても差し支えないという判断もできそう です。 しかし、その 2 項目を含むいくつかの授業評価項目によって、因子 分析をしてみますと、やはり、その二つの項目に微妙なニュアンスの 違いがあることがうかがわれます。その因子負荷量行列と、因子間相 関係数を表 7 -3に示します。授業評価の項目は、項目同士の相関が 比較的高くなり、1 因子性が比較的高い(表 7 -3 の第 1 因子の寄与率
7 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト 項 目 の 特 徴 を 探 る
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独立行政法人メディア教育開発センターでは、当センターの開
コ ラ ム
発した Web アンケートシステム REAS(http://reas.nime.ac.jp/) をベースに、授業評価支援システム─ REAS for Class ─ の開発を
授 業 評 価 支 援 シ ス テ ム │ REAS for Class
第 Ⅱ 部 実 践 編
│ の 開 発
REAS Top ページ 進めています。REAS は、コンテンツや研修、授業などの評価や Web を利用した調査のツールとして、教育関係者が無償で利用で きるように公開しており、これまでに 2300 件を超える調査票が 作成されました。 まず、REAS の特徴を以下に紹介します。 (1)Web による調査票の作成・編集機能と公開・集計機能をもち ます。Web ブラウザ上のみですべてを実行でき、調査票も Web ページ上に表示されるため、回答者はシステムを意識すること はありません。また、メニュー形式による画面遷移により、初 めての方でも直ぐに調査票を作成できます。 (2)ラジオボタン、メニュー、リスト、チェックボックス、自由 記入に加え、通常の Web アンケートにはない順位選択、段階評 定、SD 法など多彩な形式の設問を作成できます。 (3) NTT DoCoMo、KDDI au、Soft Bank の3社のどの携帯電話で も回答できるアンケートを作成し、登録した携帯メールのアド レスにアンケートの URL を送信できます。 (4) Web アンケートにインターネットのページやローカルファイ ルへのリンクを貼りつける参照機能を有しているため、静止画 像やビデオ、PDF など各種のファイルと連携した Web 調査を行
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授業評価入力画面 153
集計結果閲覧画面
7 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト 項 目 の 特 徴 を 探 る
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うことができます。 (5)調査票や汎用性の高い評価項目をテンプレート化し、共有す ることにより、調査票を簡便に作成できます。また、自作のア ンケートや設問を PC 用/携帯用に相互コピーして、再利用でき ます。 (6)Web 上にリアルタイムに集計結果を表示できます。また、回 答結果を CSV データとしてダウンロードすることもできます。 二重投稿など誤ったデータを個人単位で削除できます。集計結 果は、個人情報に配慮して設問単位で非公開の設定にできます。 (7)択一式のテストを実施できます。回答者は、テスト終了後、 自分の回答と正解を照会できます。実施者は、回答の分布や正 解者数、正解率などを照会できます。 (8)回答結果によって、次に回答する設問が変わる分岐型の調査 票を作成できます。 (9)実施期間の設定、アンケートの URL や回答の有無のメール通 知など、多くの機能があります。 第 Ⅱ 部 実 践 編
(10)設問のレイアウト設定、文字設定、ページ設定、水平線の 設定、英語のボックス表示など多様な表現のアンケートを作成 できます。
コメント入力画面
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(11)調査票の作成・編集機能と公開・集計のための通信には、 現在最も信頼性の高い暗号通信技術である SSL(Secure Socket Layer)を導入しています。このため、非公開情報を第 三者が読み取ることは困難です。また公開されるアンケートは 読み上げブラウザに対応しています。 (12)授業映像など比較的長い複数の内容を含むストリーミング コンテンツと連動して、事前・事後の評価やテストなどの調査 に加え、よりきめ細かい調査ができるように、任意の時間に調 査票を自動的に表示させて行うアンケートも可能です。ストリ ーミングコンテンツとスライドや Web ページを連動させること もできるので、インタラクティブな e ラーニングコンテンツの オーサリングシステムとしての機能も有しています。 このように豊富な機能を有する REAS ですが、回答者として不 特定の個人を対象としていますので、授業評価支援としては不十 分な面がありました。 そこで、REAS for Class では、登録した回答者(学生)を対象 として、継続的・日常的に Web や携帯電話によるアンケートや小 テスト、授業評価などを実施するために、クラスや履修者の登録 155
と認証、アクセス履歴の管理や閲覧などの機能を追加しました。 また、学生の回答に個別にコメントを返したり、同一の調査項目 (段階評定)を連続して利用する場合には時系列的な変化を折れ線 グラフにより表示したり、授業評価によく利用される評価票や項 目をテンプレートにしたりするなど、授業評価への利用を支援す る多様な機能を追加しています。 以上のように、REAS for Class は、Web、携帯、マークシート、 ストリーミングを利用した e ラーニングなど、さまざまな環境や メディアに対応した授業評価支援システムです。関心のある方は、 [email protected] までお問い合わせください。 (芝崎順司)
7 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト 項 目 の 特 徴 を 探 る
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は 36.3 %)ということもありますので、因子の回転にはプロマックス 回転による斜交解を求めることにしました。各因子の因子負荷量の大 きな項目同士が、類似した反応傾向にあることを示すと考えられます。 この因子分析の結果を見ますと、「自分にとっての意味」の項目の 因子負荷量は、第 1 因子、第 2 因子、ともに比較的大きな値を示して いることがわかりますが、やや第 2 因子の負荷量が大きくなっている のに対して、「満足度」の項目は第 1 因子の負荷量が大きくなってい ます。第 1 因子と第 2 因子の因子間相関は 0.418 と比較的大きな値と なっていますので、因子の数を変えたり、因子分析に投入する項目を 変えたりすることで、どの因子に含まれるかについては、安定的とは いえないことが推察されますので、その点には十分留意したうえで、 第 1 因子と、第 2 因子の特徴を見てみることにします。 第 1 因子は、「満足度」の項目以外では、「新たな発見があった」 「有益であると思った」「内容は興味深かった」「知的刺激を受けた」 第 Ⅱ 部 実 践 編
が、負荷量が 0.5 を超える値を示しています。これらは総じて、授業 の経験を通して受けた全般的印象に関する項目であるといえるでしょ う。すなわち、授業がおもしろかったなとか、何か新しいことを学ん だなとか、そういう感覚が得られることが「満足度」につながってい ると考えることができます。 それに対して、第 2 因子は、「自分にとっての意味」の項目以外で は、「授業の達成感」「知識や技能が身についた」「さらに勉強を続け たい」「授業のねらいに共感」「関連分野の興味・関心の深まり」が 0.5 を超える負荷量を示しています。第 1 因子と同様に、興味・関心 や知識・技能などに関する項目が含まれていますが、第 1 因子に比べ て、授業固有の学びに関わる項目であるとみなすことができます。つ まり、単なる「おもしろさ」に関する表現ではなく、「この授業の関 連分野に」興味や関心が深まり、「さらに勉強を続けていきたい」と いうことですし、また、単に「知的刺激を受けた」という表現ではな く、「今後の学習のために必要な」知識や技能が身についたというこ とです。このように、受講生が今後の学習の方向性を感じられ、それ に向けての学習が授業を通してできたと感じられる場合に、「自分に
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とって意味があった」という感覚につながる可能性が示唆されます。 授業評価では、通常、「総合的に満足」といった項目が含まれてい ることが多いのですが、そして、その項目自体が含まれていることに とくに大きな問題はないのですが、こうして、項目の微妙なニュアン スの違いを見てみますと、たとえば、テレビ番組であったり、一般の 講演会などに関する、いわゆる「顧客満足度調査」とは異なる、「授 業」ならではの特徴を強調するために、「総合的に、自分にとって意 味があった」というような表現の総合的評価項目がもう少し見直され ていいのかもしれません(松下,2006)。
4.項目評定平均値と自由記述 1)自由記述から評定平均値の意味を探る 評定平均値がどのような意味をもつかを、以上では、統計的な分析 をいろいろと試みる中で、それを、具体的な実践活動と結びつけなが ら探ってきましたが、もう一つ、ほとんどの授業評価に含まれている 157
自由記述も、その有力な手がかりとすることができます。自由記述欄 には、教員が思ってもみないような角度からのコメントがときどき書 かれますので、ドキッとしたり、また、非常に参考になったり、授業 評価から得られるデータとしてはとても教員にとってはおもしろいも のです。それらは、授業をしていて、学生の雰囲気を見ればある程度 予想のつくものもありますが、やはり、授業評価があるからこそ得ら れる情報もありますので、自由記述はとても貴重です。ただ、自由記 述そのものを研究的に分析するということになりますと、これは、評 定項目のような統計的な分析にもっていくことは容易ではありません ので、なかなか大変です。最近では、質的なデータの解析法もさまざ ま開発されてきていますし、分析してみるとそれなりに有用な情報を 抽出することができる可能性はあります(6章6節参照)が、とりあ えずは、自由記述のデータは、ある意味で斜めに読んで、おもしろい と思ったところをピックアップするくらいのことでいいのかと思いま す。 とくに、自分が気になっている評定項目に関するような自由記述の
7 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト 項 目 の 特 徴 を 探 る
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コメントを引っ張り出すというような試みをしてみますと、その項目 の評定平均値の意味をさらに厚みをもって解釈することもできます。 平均値というのは、いうまでもなく、よしと評定する人、問題ありと 評定する人、いろいろの評定値のバラツキを相殺して求められるもの ですので、そのバラツキにどのようなものが含まれるかを知ることが 有効となります。バラツキの大きさは、分散や標準偏差という統計指 標がありますが、どのような内容をもつバラツキであるのかは自由記 述などの質的な情報に依らざるを得ません。 たとえば、「授業の集中度」に関して、最終の授業評価の自由記述 欄のコメントを拾ってみると、「……講義中寝てしまったこともあり 申し訳ないと思っているのですが、同時にこの講義は全体としてとて もためになったので、感謝しています。……(集中度の評定: 3、自 分にとって意味: 3)」、「…… 3 限という時間帯も影響してか、講義中 にすやすやと寝てしまったことも一度や二度ではありませんが、評価 第 Ⅱ 部 実 践 編
のことを学べたのは自分にとってプラスであったと思います。(集中 度の評定: 2、自分にとって意味: 2)」、「授業中に意識が飛ぶことが しばしばあったが、内容的には興味深いものが多かったと思う。…… (集中度の評定: 2、自分にとって意味: 3)」など、これは講義をし ていてある程度わかることでもありますが、居眠りをして集中できな かった受講生の存在が確認できます。 この点では、図 7 -1の最初の 2 回の授業の集中度の低さなどに表れ ていると思いますが、それを受けて、具体的な例から導入したり、そ れなりの工夫を導入してみました。しかし、それに関して、ある学生 が、「……大学評価の生々しい話もしてくださいましたが、学生への 伝達率はあまり高くない様子。学生に当事者意識がないのか、先生の コミュニケーション方法の問題か……前者であることを願いたいです ね。……(集中度の評定: 4、自分にとって意味: 4)」などと鋭くと いいますか、厳しく指摘もしてくれています。結局、「……大学の講 義全てについていえるのですが、授業が先生の趣味、好みに依存する ので、それが自分に合わなかった生徒にとっては辛かっただろうと思 います。……(集中度の評定: 4、自分にとって意味: 1)」という、
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コンピュータ・ネットワークは今やさまざまな生活場面に浸透
コ ラ ム
しています。大学キャンパスも例外ではなく、学内や学外の情報
授 業 評 価 と イ ン タ ー ネ ッ ト
すが、ここではアメリカの事例や研究報告からその特徴や課題に
のやりとりにネット環境を利用するのは珍しくなくなってきてい ます。アメリカは授業評価にネット利用が着実に進んでいる国で ついて概観してみましょう。便宜的にネットを利用する授業評価 をオンライン型、紙(マークシート含)に記入するタイプを従来 型と呼んでおくことにします。 Hoffman(2003)の報告によると、無作為に選んだ 500 大学 のうち回答のあった 256 大学の約 10%がオンライン型を採用し ています。また、Brigham Young University(以下、BYU)の Faculty Center が管理するウェブサイト (http://onset.byu.edu/* 1 ) では、オンライン型授業評価に関するさまざまな情報を提供して おり、研究報告などのリソースの他、オンライン型授業評価の実 施大学約 80 校が紹介されています。このサイトへの登録は各大学 からの申請に基づくため全実施大学が網羅されているわけではあ りませんが、情報源としては最大のものといえるでしょう。
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従来型と比較したオンライン型授業評価の利点としては一般的 に次のような点が挙げられます。 1. フィードバックが早い 2. 自由記述が長く、内容が豊かになる 3. 匿名性が完全に保たれる 授業評価の機能として教育改善を第一の目的と考えるとき、1. および 2.はオンライン型の大きなアドバンテージといえます。 たとえば、Carnegie Mellon University(以下、CMU; http://www.cmu.edu/teaching/assessment/)では、従来型では 返却に約1ヵ月要したところをオンライン型では約1週間で可能 となり、教員自らが評価結果をさらに分析するためのツールも用 意されるなどのサポート体制も整えられ、教員から高い満足度を 得ています。3.の匿名性については、内容の信頼性の保持という 観点等から賛否がわかれますが、自由記述との関連では匿名の場 合より長く有意義なコメントが得られるという報告があります。 また、その他の利点として授業時間を削らなくてもよくなる、授 業評価調査票の変更/カスタマイズが容易にできる、長い目でみ ると経費が相対的に安いなどが挙げられます。 一方で、オンライン型授業評価への移行にかかる課題として、
7 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト 項 目 の 特 徴 を 探 る
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次のような点がよく挙げられます。 1. 回収率が低下する 2. 初期投資が大きい 3. 自由記述における誹謗中傷の増加 回収率の低下は、従来型の多くが授業中に回答させるのに対し て、オンライン型では授業時間外の実施が多いためです。これは、 オンライン型が学生に授業評価への参加の能動性をより求めると いう部分が課題なのであり、本質的にはその意義を学生に理解さ せることで克服すべきなのですが、インセンティブを与える等の 解決策が講じられているところが多いようです。CMU では 2004 年度にオンライン型に移行していますが、回収率の維持に成功し た大学です。筆者はちょうどその移行期に CMU に在籍していまし たが、2 年以上にわたる試行期間を経たオンライン型の本格実施 に際し、教員/学生へのセミナー開催の他にも、ロゴデザイン、 ポスター、E メールなどによる広報、教員自らによる講義時間中 の広報など、オンライン型浸透のための数々の活動がみられまし 第 Ⅱ 部 実 践 編
た。大きな変化を成功させるにはこのような努力が不可欠という ことなのでしょう。2.の初期投資については、先述の BYU におい て詳細なコスト比較が行われています(Bothell & Henderson, 2003) 。それによると従来型(マークシート式)は 20 年で考えた 場合調査票 1 枚あたり 1.06 ドル要するのに対し、オンライン型 は 10 年で考えた場合調査票 1 枚あたり 0.47 ドルと従来型の約半 分となります。コスト比較は、既存のリソースに左右されるため、 この結果は一般化できるものではありませんが Bothell らの論文に は比較項目表が掲載されているのでコスト比較の参考になるでし ょう。さらに 3.については日本の大学関係者からよく聞かれる懸 念ですが、アメリカでは不思議とあまり耳にすることはありませ ん。日本のネット環境特有の文化的要因が絡む可能性もあります が、それは授業評価以前の問題でありネット利用に関する教育と いう文脈で解決すべき課題であるのかもしれません。 くどいようですが、オンライン型ではより能動性が求められま す。学生も教員も授業評価の意義をより深く正しく理解できるか 否かがオンライン型導入成功を導く最も重要なポイントとなるの ではないでしょうか。 * 1 本コラムで紹介した論文に関する情報はすべてこのウェブサイトから 取得できます。 (栗田佳代子)
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教員と学生の相性とか、学生の好みの個人差といった点で、なかなか すべての受講生が関心をもつ具体例を取り上げるということは基本的 に難しいということが、この種の自由記述から汲み取れます。 しかし一方で、「試験等には出ないだろうが、教育に関する講師の 発言が興味深く、いろいろ考えさせられた。それに影響され、自分の 思索が始まり、授業に集中できなかったことが多かったが、試験勉強 は家で、プリントや教科書を見てやればいいので、授業はもっと脱線 した話を聞きたかった。(集中度の評定: 2、自分にとって意味: 4)」 といった、別のパターンで集中できない例も見出されました。このよ うな自由な思索の広がり自体は、筆者自身も推奨していたことですし、 学生自身の「自分にとって意味」は「4」の評定となっています。ま
7 章 授業でした。(集中度の評定: 3、自分にとって意味: 4)」などとい 授 業 う肯定的な感想もありました。自由記述において、「授業の集中度」 評 価 の観点について記述している学生は、ごく一部に過ぎませんが、この ア ン ように、いくつかの具体的なバラエティがあることをおさえておくと、 ケ ー 「集中度」の項目の 4 段階評定で 2.80 という評定平均値がより厚みを ト 項 もって見えてくるということもあるのではないでしょうか。 目 の 2)評定平均値から自由記述の位置づけを探る 特 徴 自由記述のコメントは、ときどきあるインパクトを教員におよぼす を 探 ことがあります。たとえば、先に取り上げてきた京都大学の「教育評 る
た、「……主観的ですが、この授業は比較的長いと感じない、楽しい
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価の基礎Ⅰ」の最後の自由記述に、「はじめはおもしろそうだと思っ ていたが、回を重ねるごとによくわからなくなってきた。具体例ばか りの話で講義を聞いているだけではどういったことを理解させようと されているかが見えてこなかった。自分で勉強するにも何をすればい いのかわからなかった」というものがありました。「集中度」をある 程度維持できるように、授業のはじめは具体的なエピソードから入っ たり、また、話の合間合間にも具体例をできる限り挟んだりもしたつ もりなのですが、「具体例ばかり」と感じられていたのかと、しばし 考えさせられました。 しかし、このような感想があったからといって、身につけてほしい
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知識や理論を、体系的にきちんと説明するだけの授業形態が、全学共 通科目の場合に適していると、すぐさま結論づける必要のないことは いわずもがなのことかもしれません。自由記述は、インパクトをもっ て教師には伝わってきますが、まずは、クラス全体の感じ方を、評定 平均値などで確認しておくことが大切です。たとえば、「講義に具体 例が適切に盛り込まれていた」という項目の評定平均値は 3.48 という 比較的高い値になっており、91.4 %の学生が「3 ∼ 4」の肯定的な評 定をしてくれています。実際に、先に例示したように、「授業はもっ と脱線した話を聞きたかった」というような意見もありましたし、授 業ごとに実施していた「ポートフォリオ」の自由記述などでも、具体 例を歓迎するコメントが散見されていました。このように、クラスの 全体的傾向を踏まえてみれば、このコメントは、比較的少数意見であ ろうことがうかがえます。 筆者としては、この授業の目標を、講師が学生に対して、こういう 第 Ⅱ 部 実 践 編
ことを理解してほしいという一方向的な知識伝達型の授業ではなく、 授業で紹介するエピソードや概念、理論などから、自分なりに問題提 起をしつつ、学生に新たな評価観を作り上げてもらえればというとこ ろに置いていましたので、そのことをこの学生はわかってくれていな かったのかなとも思いましたが、ただ、それを学生任せにし過ぎたか なという一抹のひっかかりが残っています。それが、この自由記述の インパクトであると思うのですが、そこでもう少しその学生自身の授 業評価のデータを見てみることにしました。そうしますと、「講義に 具体例が適切に盛り込まれていた」という項目評定は、「4」という評 定であるのに驚かされました。具体例を取り入れること自体は、とく に問題に感じていなかったのではないかと思います。それに対して、 「どこが重要なポイントであるかがよくわかった: 1」、「授業内容は 体系的に整理されていた: 2」などは、ネガティヴな評定となってい ました。この点は、たしかに、多少なりとも犠牲にしてきた部分もあ りますので、もう少し、その辺も確認しつつ授業を進める必要がある かもしれないと思います。 それともう一点、その学生は、中途に課したレポート課題を提出し
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ておらず、知識的な部分の自己学習が十分でなかったということにも 留意しておく必要があります。つまり、具体例を自分のものにするた めには、それなりの準備が必要となるということです。それこそ、単 位制の原点、授業時間と同等の予習と復習が前提となっている授業の 構造が、ある程度は徹底されることも大切であろうということです。 そういう意味でも、いかに課外の学習を促すか、その工夫も常に心が けることが求められていくでしょうし、実はこのコメントは最後の授 業評価で出てきたもので、それへの回答をその学生に返すことができ なかったのですが、本来ならば、そういう点について、学生と少し議 論してみる機会があるとよかったかなと反省しています。授業は、教 員と学生が共に作っていくものであるという筆者の原点からすると、
7 章 なかったということかと思います。「授業に参加しているという感覚 授 業 がもてた: 2」、「教師と学生が共同して授業を作り上げているという 評 価 感覚がもてた: 2」などの項目はやはり低位の評定となっていました。 ア ン いずれにしましても、少なくとも、授業評価の機会があるからこそ、 ケ ー このような学生もいるということを知ることができますし、評定項目 ト 項 に関する情報とも併せて、授業をより深く考えるきっかけとすること 目 の ができます。実際に多くの授業評価では、項目の数も限定されていま 特 徴 すし、なかなかこうした検討を深めることは難しい場合も少なくない を 探 でしょう。でも、自らの授業でこのようなさまざまな情報と格闘し続 る
結局、この学生を、本授業の学習コミュニティに引き込むことができ
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けていくことを通して、授業評価項目の評定平均値の特徴や自由記述 の位置づけの的確な把握につながり、さまざまな授業の工夫が生まれ ていくということもあると思います。授業評価をどうすれば授業改善 に結びつけるのかが問われる中、まずは、そのような分析を深めるこ とのできる情報収集がある程度可能な授業評価のシステムを工夫する こと、それが組織的には難しいのであるならば、自ら付加的な情報を 収集する工夫をしていくことも、もっと前向きに考えられていくべき ことなのではないかと思います。
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■引用文献 松下佳代 (2006).「授業アンケートの実践と活用」京都大学高等教育叢書 23 『平成 16 年度採択 GP 報告書―相互研修型 FD の組織化による教育改善 2004 ― 2005』15 ― 39、京都大学高等教育研究開発推進センター http://www.tulip.highedu.kyoto-u.ac.jp/data/sosyo23/sosyo23_chap2a.pdf
■資料紹介 池田輝政・戸田山和久・近田政博・中井俊樹 (2001).『成長するティップス 先生―授業デザインのための秘訣集』玉川大学出版部 とてもわかりやすい大学教員の授業作りのためのハウトゥ本です。この種 の授業の秘訣集、ハウトゥ集は、最近は、各大学でも独自に作成したり、他 にもいくつかの書籍を見出すことができます。何か工夫する手だてはないか と探してみたりする際には便利な本です。ただ、おもしろいアイデアが見つ かったからといって、それがそのまま自分の授業に生きるかどうかは別問題 で、むしろすぐにはうまくいかないことの方が当たり前のことです。そうい うときに、この種の本をもう一度紐解いてみると、ハウトゥの核のような部
第 Ⅱ 部 実 践 編
分に遭遇できるということもあります。FD で大切なのは、自らノウハウを 創り出す力の養成ということですので、そんな形で、自分の授業に合った独 自のノウハウが見出されていけるといいと思います。なお、『成長するティ ップス先生』は、以下の名古屋大学のホームページでも参照することができ ます。 http://www.cshe.nagoya-u.ac.jp/tips/index.html
大塚雄作 (2005).『学習コミュニティ形成に向けての授業評価の課題』溝上 慎一・藤田哲也(編) 『心理学者、大学教育への挑戦』ナカニシヤ出版 授業を学習コミュニティ形成の場と捉えて、それに資する授業評価の考え 方を、著者の実際の授業体験を通して論じた文献です。学習コミュニティは、 正統的周辺参加論と呼ばれる心理学の理論に基づいたコンセプトですが、そ こでは、学習コミュニティに参画し、その中で確固たる役割を担っていくこ とができるようになること自体を「学び」と捉えています。そのような新た な視点から、授業評価の授業への活用のあり方を提案しています。「実践的 妥当化」についても触れられていますので、本章の姉妹編として、併せて読 んでいただけると、理解が深まると思います。
日本テスト学会テスト規準作成委員会 (2006).『テストの開発、実施、利用、
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管理にかかわる規準(基本条項 ver.1.0)』日本テスト学会 http://www.jartest.jp/testsite/testkijyun/testkijyun3.htm 日本テスト学会が発表した、わが国における最初のテストに関わるスタン ダードです。基本条項の章立ては、 「1.開発と頒布」 「2.実施と採点」 「3. 結果の利用」 「4.記録と保管」 「5.コンピュータを利用したテスト」 「6.テ スト関係者の責任と倫理」となっており、テストの開発から利用に至るまで、 わかりやすい表現で、留意事項がまとめられています。授業評価などを実施 する場合も、この基本条項に沿って、その適切性を吟味しておくと安心です。 なお、本基本条項に対応して、それぞれの条項をよりわかりやすく解説した ガイドラインが、同じく日本テスト学会の委員会で作成されています。
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7 章 授 業 評 価 ア ン ケ ー ト 項 目 の 特 徴 を 探 る
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8章
授業比較で授業評価
1.授業の比較と開発 本章では、自身の授業について、学生による各種の授業評価アンケ ートを大学授業実践に活かした例と、授業開発に向けた具体的な取り 組みを紹介します。授業の実施と成果に責任をもつ私たち大学教員一 人ひとりがより適切な授業を作っていくためには、日常の業務の中で コツコツと小さな修正と工夫を積み重ねることが必要と考えています。 そこで、本章で紹介する手法や処理の方法は、専門的な知識や技能を 第 Ⅱ 部 実 践 編
要することなく、表計算ソフトやビデオカメラも簡単な操作でできる ものを主にしています。 まず、学生による授業評価の意義についての筆者の考えを述べるこ ととします。 これまでの章でも述べられているように、学生による授業評価アン ケートは「FD の象徴としての活動」という役目から、本来の FD (Faculty Development)としての意義を見出し、授業改善のために いかに活用するかを模索する段階になっています。その一方で、学生 による授業評価アンケート、そして授業改善という言葉に抵抗感をも つ大学教員もいまだに少なくありません。「学生が専門的な内容をも つ大学授業を評価できるのか」「授業改善といわれると、『今が悪い状 態』であるという前提で議論が始まっているのではないか」という声 を何度か聞きました。同時に、「授業評価アンケートをして学生の声 を聞いてみたいが、怖くて結果を見れない」という教授もいるのです。 他方で、学生たちの質の変容が大学教員の予想を上回る速さで進ん でいるという指摘もあります。これまで以上に、教員は、授業の受講 学生の学力やニーズなどを把握する努力が必要になるでしょう。そこ
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で、「授業評価アンケート」を「授業の実態調査」とし、「授業改善」 を「授業開発」という意識で取り組むことを勧めたいと思います。新 学期を迎えるたびに、私たち教員は新しい授業を開発して実施してい るのです。そのための授業評価アンケートであるという考え方です。 そして、教育活動を評価する第1歩とし、授業評価は授業目標の達成 度の検討に用いると比較的負担が少ないでしょう。 大学の授業は、1つひとつが個性的ともいえる高度な専門性と特殊 性があり、それを比較評価することは非常に難しいことです。まず、 授業評価で1つひとつの実態を調査し、その結果を比較するものは、 同僚の授業との相違だけではありません。7章でも述べているように、 自分の過去と現在の授業を比較することもできます。7 章は、授業評 価の設問に注目し、その特徴を異なる授業で比較するものでした。本 章では、授業を比較することから授業評価のポイントを探り、授業改 善に結びつけようとするものです。 図 8 -1に示すように、①同僚の授業との比較、②授業者のほかの 167
図 8-1 自分の授業と比較するもの
8 章 授 業 比 較 で 授 業 評 価
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授業との比較、③授業者の目指す授業と実際の授業の比較、④学部や 学科の目指す授業と実際の授業の比較、⑤授業者の過去と現在の授業 の比較など、比較する対象はさまざまあるのです。 この中で一般に行われているのは、①同僚の授業との比較です。そ の結果公表の仕方には、いろいろあります。学生が閲覧できるように 学部事務室や学生部のカウンターに冊子で置いていたり、大学によっ ては順位づけしたものを公表しています。しかし、いずれも授業者に とって授業のどの部分が不十分であるのか、また、どの方法が適して いたのかなど具体的な指針を得ることは難しいのです。そのため、結 果に対する関心が薄れてしまいます。
2.自分の授業を比較する 筆者が実施した大学教員の教育と研究に関する意識についてアンケ ート(講師を務めた FD 講座(2003 年 3 月、12 月、2004 年 2 月)参 第 Ⅱ 部 実 践 編
加者(開催大学の教員など)の内 86 名より回答)で、「あなたの今の 授業の方法にもっとも影響のあるもの」について、集計したのが図 8 -2です。自身の授業体験 (1)・(2)が大きく、同僚の授業からの影 響は比較的少ないという結果です。一方、授業評価アンケートの結果 (6)と FD 関連の講座の影響(7)を受ける教員も比較的多く、授業 評価アンケートなど FD の効果が現れ始めているといえます。まずは、 自分の授業を中心に比較する方法を検討することが現実的な評価アン ケート結果の活用方法の開発につながるといえるでしょう。 教員(授業者)にとって、自分の授業を比較する対象は、②授業者 (自身)のほかの授業、⑤授業者の過去の授業になります。その方法 を紹介します。 1)同じ学期での授業、クラス間の比較 教員は、1つの学期に複数の授業科目を担当しています。時には、 同じ科目で複数クラスを担当していることでしょう。学期末に実施し た総括的な授業評価アンケートの結果を見るとき、その授業の一つひ とつについて解釈するとともに、結果を比較して、「どうしてこの項 目について、授業 A と B での結果が違うのだろう」という疑問をも
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図 8-2
あなたの「授業」の方法に影響のあるもの (三尾,2004)
注)図中の数字は実数
つことでしょう。 私は、2004 年度に2つのキャンパスで同じ授業科目を担当する機 169
会を得ました。科目は、教職課程「教育方法研究」で授業期間は半年 (2004 年 4 月 14 日∼ 7 月 15 日)、週 1 回の講義です。同じ科目ですの で、授業内容、配布資料ともに同じです。学生による授業評価アンケ ートは、最終日の 1 週前に実施(クラス 2004J は 7 月 7 日、クラス 2004C は 7 月 8 日)しました。各設問について、「あてはまる」を5, 「あてはまらない」を1とする 5 段階評定です。表 8 -1は、この総括 的な授業評価アンケートの結果の2つのクラス間の比較です。設問は、 Q17 を除き、全学共通のものです。評定平均値の差の大きい順に設問 を並べ替えています。 「差の解釈」は、事後に差の要因について私が考察してみたもので す。授業者の印象によるものですが、設問を設計した大学の分類から も読み取れるように、表の下位にある差が小さい設問は、授業の進め 方や内容というクラスの状況の影響を受けにくいものでした。一方、 上位の差の大きい設問は、学生の自己評価が多くなっています。Q10 の差の解釈として教室に◎をつけているのは、クラス 2004C は 2004J のおよそ 2 倍の受講者数で、さらに 3 倍の広さの教室のため、質問へ
8 章 授 業 比 較 で 授 業 評 価
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表 8-1 同じ授業科目 2 クラスでの授業評価アンケート結果の比較
第 Ⅱ 部 実 践 編
のフィードバックの密度に差がでたのだろうと受け止めています。さ らに、2004C のような大教室であっても机間指導を行っているので、 比較的高い値を維持できている(Q 8「教員が熱心だった」)と考え ています。一方、Q16「総合的に良い授業だった」の値が、クラスサ イズが半分になるとこれだけ学生からの印象が良くなるという点には 驚きました。 授業者である教員の特徴(話し方、声の出し方、振る舞い)は、授 業やクラス間で大きな差として現れにくいと思います。一方、クラス サイズ(受講者数や教室の広さなど)と教室設備の相違、専門科目か 教養的科目という専門性の違い、必修科目と自由選択科目という設置 区分の違いとそれによる学生の受講目的の相違などで、授業それぞれ に特有の結果がでる項目があります。 このような観点で自身の担当する授業、クラスの間を比較すること で、まず、授業者自身の特徴とクラス、教室の特徴等を知ることがで きるでしょう。 2)過去の授業との比較 続いて、⑤授業者の過去と現在の授業の比較をしてみましょう。そ
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表 8-2 同一授業の評価アンケートの年度間比較 注)「この授業に関して、全般的に、あな たご自身は、以下の印象・意見のそれぞ れに対してどの程度あてはまると思われ ますか。4 段階で評定してください」選択 肢はあてはまる、ややあてはまる、あま りあてはまらない、あてはまらない。表 中の値は、選択肢を 4、3、2、1 点として 入力し、中央 2.5 を 0 として 1.5、 0.5、−0.5、−1.5 に換算した平均値である。 プラスは肯定的、マイナスは否定的とな る。
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171 8 章 授 業 比 較 で 授 業 評 価
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の結果は、自分の工夫がどれだけ反映されているかを知る手段であり、 励みとなります。前年と比べてどう変化したかなどを比べ、自分の授 業力の成長を知る機会となります。たとえば、一つの項目について学 期間で比較をすると、平均値の変化の大きい項目と小さい科目に着目 して、自分の工夫がどうだったのか、もしくは自分で手を抜いたと自 覚しているところがどうだったかなどについて考察したり、使用した 教材(内容)の適切さを知ることができます。総括的な授業評価アン ケートは1度かぎりではなく、学期間で比較をしないと授業者自身に よる工夫には結びつきません。ただし、自身の不得手な点を毎学期指 摘されつづけるというつらい一面も確かにありますが、それを自覚し ていることが授業者として、まず大切なことでしょう。 表 8 -2は、私の一つの授業(教職科目「教育方法研究」前期(4 月 ∼ 7 月)クラス)について、2000 年度から 2003 年度までの比較をし たものです。設問は、京都大学の大塚雄作氏の作成したものを使用し 第 Ⅱ 部 実 践 編
ています。比較にあたり、2000 年度と 2003 年度の平均値の差を求め、 値の大きい順に並べ替えています。 工夫の成果が反映していると思われるものは、Q19「講義の説明は ノートをとりやすいものだった」と Q20「板書は適切であった」です。 この授業では、プレゼンテーションソフト PowerPoint(Microsoft 社) のスライドをスクリーンに映す手段を主たる提示法としています(板 書を読み換えて回答させています)。配布資料と提示スライドとの関 連にいろいろな工夫をしてみました。スライドのコピーを配布するの ではなく、配布資料は、サブノートのように空欄があり、学生が提示 スライドを見て解説を聴きながら、適切な用語を書き込む形式です。 そのレイアウトや書き込ませる用語、その分量を学生の状況(授業評 価アンケート)を参考にして学期の度に変更してきました。それは同 時に、提示するスライドの内容と分量が学生にとって適切になってき たことが、Q20 の値の上昇に反映していると捉えています。また、提 示内容を配布資料に写し取る単純な作業にならないように配布資料と スライドに工夫をしたり、トピックによってはグループ作業を組み込 むなどの修正を加えたため、Q15「学生自身に考えさせる工夫がなさ
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表 8 -3 同じ授業科目で授業者の異なるクラスの授業評価アンケート結果の比較
れていた」が伸びていると解釈しています。 173
授業者は、受講学生の状況を把握して無理のない授業計画を立てる ことを心がけねばなりません。私は、学生の状況の把握には特に留意 してきました。それは、Q16「講師は学生の理解度に十分に気を配っ ていた」に表れています。Q6「講義の分量が多かった」と Q7「講義 の内容が難しかった」、Q41「レポート問題が難しかった」の推移で わかるように、私は難易度を徐々に上げるという方法で授業開発を進 めました。このように授業設計、実施方法などについて毎学期、さま ざまな修正と工夫を試み続けることで、Q24「講義は改善の余地が多 かった」の値が大きく減少し、Q11「講義には総合的に満足である」 が上昇し続けたと思います。 好転した内容ばかりではありません。Q44「講義中の私語が気にな った」が 2003 年度に急に高くなったことは、授業者として反省すべ き点の1つととらえています。
3.異なる授業者と比較する 少し研究的な関心を取り入れて、同じ授業科目で授業者が異なるク
8 章 授 業 比 較 で 授 業 評 価
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ラスについて、学生による授業評価アンケートの実施と比較を試みて います。前述した科目「教育方法研究」について私(授業者 a)のク ラス(2005D)と非常勤講師(授業者b)のクラス(2005G)につい ての調査結果を表 8 - 3 に紹介します。これは、目的を同じくする科目 について、授業者が異なる場合、どのような相違点がでてくるかを検 討するものです。授業者 a はこの科目の担当 7 年目、授業者 b は担当 3年目です。授業者bは、先行している授業者 a の内容(扱うトピッ ク)をティーチング・ポートフォリオで事前に確認したうえで、独自 性をだして授業を開発し、実施しています。 2 人のクラスを比べて差の大きい設問は、Q09「教員の説明が分か りやすかった」、Q04「内容が分かりやすく整理されていた」、Q05 「教材・資料等の利用が効果的だった」の3つでした。授業者 a の教 材を優先的に活用するという方針のため、授業者bが資料に慣れてお らず、説明が断片的になるなどしたため、学生の印象に差がでたもの 第 Ⅱ 部 実 践 編
と思われます。差が最も小さい Q10「質問への対応が適切だった」は、 次節で紹介する毎回の授業評価票で学生の意見、質問を受け、回答す るという手段は同じものを活用しているからだと思われます。 このように、授業の特性なのか、授業者の違いなのかなど、アンケ ート結果の差を理解する観点が見えてきます。さらに、授業内容の妥 当性についても検討する機会となり、ピアレビュー(同じ分野の教員 による評価活動)の役目もありました。 ここまでをまとめると、授業評価は、学期間で比較すると授業改善 の工夫とその効果を知るということができます。異なる授業間で比べ ると、共通した結果は自分の固有のものと捉えることができます。も し同じ科目で複数クラスを担当していれば学生の特性も見えてくるで しょう。他の授業者と比較する場合は、同じ授業科目の場合には、自 分の扱っている内容の専門性と授業目標との整合性や授業の構成など について議論するきっかけとなります。その結果、より深く授業内容 の改善点や工夫の成果を発見できるようになりました。授業実践の課 題は自分だけで解決するのでなく、同じような授業科目を担当してい る同僚もしくは他大学の教員と比較することで、新しい工夫が想起さ
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れたり、独善的になりがちな授業内容について検討する機会となりま す。
4.マークシートによる毎回の授業調査 1)研究室でマークシート作成 毎回の授業直後に、学生から意見を収集することができれば、授業 のどの内容が学生にとって難解であったのか、使用した教材が理解に 役立ったかなど、授業の工夫一つひとつについて効果を知ることがで きます。クラスサイズが 100 人を超えるような規模であれば、授業者 自身で集計処理の実施は困難です。 筆者らは、前職(独立行政法人メディア教育開発センター)在任中、 FD 研修講座「大学授業の自己改善法」(1997 年度∼ 2000 年度)を開 発、運営していました。その活動の一つは、「教授・学習評価支援シ 8 章 集計機能をもつ教育評価アンケート用項目データベースを利用した毎 授 業 回の授業評価アンケートの支援でした。受講した大学等の多くの教員 比 較 から、その成果を研究報告として発表していただき、個々人にとって で の授業開発、授業研究に意義あるものとの評価を得ました。現在では、 授 業 評 本講座ならびにシステムはその役目を終え、終了しています。 価
ステム」(以下、評価支援システムと略)によるマークシート印刷・
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筆者は、この評価支援システムのアイデアを継承して、市販のコン ピュータとイメージスキャナ、OMR ソフト(光学式マークリーダ) でシステムを組み、図 8 -3の授業評価シート(B5 判または A4 判) を作成しています(コラム参照)。項目は、出席番号(マークと記入)、 氏名と学籍番号(記入)、座席位置(マーク)、評価設問9つ(マーク) の 4 種類で構成しています。評価設問の①−⑦は、大塚雄作氏の実践 (7 章参照)から引用しています。これに、独自に⑧「授業の雰囲気 は適切だった」、⑨「今回の回答に自信がある」を追加しています (⑧は 2006 年度から廃止)。自由記述欄は、「総合的な満足度に一番影 響のあった要因は何ですか」「その授業で学んだポイントを書いてく ださい」の2問です。学生が回答に要する時間は、数分です。自由記 述を多く書く学生でも 10 分も要しません。授業終了直前に書く時間
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図 8 -3 自作の授業評価シート 第 Ⅱ 部 実 践 編
をとり、出席票として回収しています。回収した調査票は、翌日には、 システムで読み込み、集計・グラフ化し、手元に推移グラフを得るこ とができます。 この調査の効果を2点紹介します。 2)事例1: IT 依存に気づく 授業者による解説と板書という標準的な教授方法ではなく、IT 設 備の整った教室で板書の代わりとしてパソコンで資料提示する授業を 試みて 3 年目に、この毎回の授業アンケートの推移で、図 8 -4のよう な結果がでました。 図中で6回目の値に注目すると、「わかりやすさ」と「興味深さ」、 「集中できた」などの評価項目7つすべてについて、これまでの回と 比べて低い評価になっています。唯一、値が高くなった設問は「評価 の自信」でした。これまでの授業と比較して、学生たちは自信をもっ て回答したことになります。この結果には、少なからず衝撃を受けま した。この日は教室のプロジェクターが途中で不調となり、配布プリ ントと板書、そして解説という標準的な方法で授業を行ったのです。
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アンケート調査でマークシートを用いると回収後の入力処理が
コ ラ ム
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研 究 室 ︵ P C と ス キ ャ ナ ︶ で マ ー ク シ ー ト
手入力よりもかなり簡便になります。一般にマークシートには専 用紙を用いるため、授業や学科、学部ごとに異なる設問やデザイ ンを組むことは、経費が大きくなります。さらに、マークシート の読み込みに専用機を用いるため、読み込みのフォーム(書式、 レイアウト)を授業や学科で異なる設計にすることや、一度設計 したマークシートを改訂することも容易ではありませんでした。 近年、PC に接続して用いるスキャナの高性能化と価格低下によ り、学科単位の予算でマークシート調査のシステムが構築できる ようになりました。筆者は、OMR のアプリケーションソフトの 製品名: Remark Office OMR 価 格:¥148,000(税別) (2006 年7月現在) 販売者:株式会社ハンモック を使用しています。用意するハードウェアは、以下のように専用 機に比較すれば格段に揃えやすく、保守も容易です。 パソコン: Windows XP とそれが快適に稼働する性能 スキャナ: Canon DR-3080C Ⅱ 定価 ¥398,000(税別) 最大 サイズ B4 (自動給紙装置付きであれば数万円の製品でも可能で す。1回 100 枚を越える場合には、高速スキャナ (30 万∼)がいいでしょう。アプリケーションソフ トが対応しているかどうかは、要確認です) プリンタ:レーザープリンタ(高速印刷のものが効率的です) このソフトでは、専用紙を使わず、普通紙に必要枚数をプリン タで印刷して用います。マークシートの内容(レイアウトや設問 の内容)は、ワープロソフトなど(Microsoft 社の Word や Excel) で設計できます。自由なデザインで作ることができるので、8章 図 8-3 のように座席位置のマーク欄が設計できました。 ほかに手書き文字認識の可能な帳票 OCR ソフトの 製品名: DynaEye pro 価 格: 198,000 円(税別) (2006 年7月現在) 販売者:富士通 を用いた授業評価アンケートを実施している大学もあります。 (三尾忠男)
8 章 授 業 比 較 で 授 業 評 価
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第 Ⅱ 部 実 践 編
図 8 -4 2000 年度後期授業の評定平均値の推移 (設問 8 問。4 肢選択(4:あてはまる∼1:あてはまらない) 。縦軸(左)は、中央 2.5 を0として 4 → 1.5,1 →−1.5 に換算した値である)
機器の調整などに若干、時間を割いたとはいえ、私自身が IT 活用に 依存しすぎており、突発的な事態への対応が不十分だったことを自覚 することとなりました。これを教訓とし、機器不調時にも対応できる よう、板書や別の手段で資料掲示ができるようにしています。 映像教材を使用した効果も見ることができます。この授業では、第 3 回目から映像資料を使用しています。映像資料を使用しない初回と 2 回目よりすべての設問の値が高くなります。これは、映像メディア を初めて用いたという新奇性の効果が表れたとも考えることができ、 その後、映像を使い続けると、全体的に少しずつグラフが下がってい くことから、学生にとって新奇性が低くなっていると考えられます。 この傾向は他の学期、他の授業でも見られます。 このように、毎回の授業でアンケート調査を行うことで、IT 活用 の効果を知ることができます。 3)事例2:座席位置も収集
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ほとんどの授業は、座席位置を定めておらず、学生は毎時、自由に 位置を選んで着席します。この座席位置と学習意欲や態度については、 いくつか研究報告があります(織田ら 1982、菊川ら 1985)が、教員 は自身の経験を通じてなんらかの傾向を感じていると思います。とく に、大人数の授業では、着席位置によって教員と学生との距離に大き な差があります。私は、ワイヤレスマイクを用いて、可能な限り机間 を歩き、学生との距離を縮めるように工夫しています。しかし、IT を活用する授業の場合には、その制御卓が固定されていて、教員がそ の卓の前を離れにくいのが現実です。たとえば、図 8 -5は約 250 人が 受講している授業の風景です。中央にスクリーンがあり、私は左端に いて機器を操作しながら、マイクでしゃべっています。教室全体の照 明を落としていることもあり、どこに私がいるのか、姿が見えないこ ともあるのではないでしょうか。学生のコメントに、「スクリーンを 8 章 見ているようだ」というものもありました。 授 業 私の自作マークシートには、座席位置のマーク欄を設けています。 比 較 総合的な満足度について座席位置で調べてみました(図 8 -6の左)。 で 授 教員に近い席の学生らの満足度はクラス平均程度なのですが、反対側 業 評 は満足度がかなり低いことがわかります。そこで、リモコンのマウス 価
みて、スピーカーからの音声を聞いているだけになり、まるで TV を
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でパソコンの操作をし、教員が通常とは反対側で授業を行ったところ、 総合的な満足度が上昇しました。当然のことかもしれませんが、実際 にやってみないとはっきりとわからないものです。 このようなデータを集めることで、教室の設備について具体的な要 求ができることにもなります。 その後、パソコンから制御卓 に接続するケーブルを長くし て授業を行っています。施設、 設備について授業者の立場か ら何らかの要望をする場合に 毎回の調査など詳細なデータ でその違いを見せることがで
図 8-5 IT 活用の授業風景
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図8 - 6
教員の立ち位置で変わる授業の総合的な評価
注)4 肢選択(4:あてはまる∼1:あてはまらない)。中央 2 . 5 を0として 4 → 1 . 5, 1 →−1.5 に換算した値である)
きれば説得力が高まるでしょう。 紹介した 2 事例の他にも、グループ討論を導入した回の評価値が高 くなることや、教室環境(空調が十分に機能しない日など)で多くの 第 Ⅱ 部 実 践 編
設問の値に影響があることなどが、自由記述の内容から知ることがで きます。
5.学生と意見交換「大福帳」 前節で紹介したマークシートによる授業調査シートは、質問票の機 能もあり、クラス全体に関連する質問などには、翌週、授業者から回 答をしています。また、調査した評定平均値の推移について、授業の 4、5 回目に学生に提示し、解説をします。このように、大人数の授 業でも学生と双方向的な授業を実施しています。しかし、学生一人ひ とりと教員とのコミュニケーションとしては、十分ではありません。 中、小規模の授業では、「大福帳」と呼ばれる学生とのコミュニケ ーションシートを活用しています。これは、三重大学におられた織田 揮準氏(現・皇學館大学)が開発したものです。シートは、A4 判の 大きさで若干厚めの用紙を用います。さらに、薄めの色がついている と配布資料と区別でき、便利です。初回に、学生1人に1枚を配布し、 氏名・学籍番号を記入します。その下には、両面を合わせて枠が 15 個あり、一つの枠に学生がその日の授業の感想や質問を書き込みます。
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図 8- 7 「大福帳」の記入例
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図 8- 8
Mio’ s「大福帳」の枠
これを授業後に回収し、授業者がその右欄にコメントを書き込み、次 回の授業中に一人ひとりに返却します。授業期間中、これを繰り返し ます。教員は学生一人ひとりの質問や意見に対して、コメントを返す ことができます。この効果については、織田氏による研究報告で紹介 されています(織田,1991)。 私は、学部専門科目の授業でこれを使用し、学生と双方向の意見交 換の機会を確保しています。「大福帳」では、欠席した日は空欄(私 はスタンプを押しています)になり、学生にとって出席の履歴になり ます。また、記入した内容を振り返ることは、授業を振り返る機会に もなります。 2003 年度後期に同じ科目で 2 クラスを担当する機会があり、一つは
8 章 授 業 比 較 で 授 業 評 価
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通常の授業評価シート(マークシート)で、他方は「大福帳」を使用 し、200 人強のクラスで実施してみました。マークシートの設問の一 つ「総合的な満足度」を「大福帳」に追加しています(図 8 - 8)。そ こで、毎回の総合的な満足度の推移を比べてみました(図 8 -9)。初 回は、いずれの方法も機能していませんので、評定平均値に差はあり ません。しかし、その後、学生に毎回、教員から個別にコメントが届 く「大福帳」のクラスは、授業評価シートのクラスに比して毎回の満 足度は高くなっています。 このことから、大人数であってもできるだけ学生一人ひとりとコミ ュニケーションを取った方がよいことがわかります。100 人を越える クラスサイズの授業で「大福帳」を実施することはかなりの労力と覚 悟が必要となります。しかし、大人数であっても 1 度実施してみると、 学生の質問や疑問、感想を詳細に知ることができます。 これまで紹介してきた毎回の授業評価アンケートは、不慣れなうち 第 Ⅱ 部 実 践 編
は通常の教育・研究活動に影響がでるかもしれません。その場合は、 毎年続けて実施する必要はないと思います。数年に 1 度、実施してみ ることで、トピックごとに学生の理解度がわかることに加え、自分が 使っているメディアや教授法の効果がその場でわかります。学期末に 振り返る総括的な調査は、全体の印象的な評価でしかありません。こ れら毎回の授業評価アンケートを実施することで、最も具体的でかつ 効果のある授業開発(授業改善)に結びつくと考えます。 以上、本章で紹介した事例は、大学教員としての自分の授業技量や 実態を把握したり、それに合わせた工夫を考えるために用いる学生に よる授業評価の活用です。次に、このような日常的な取り組みの成果 とかかった労力を、同僚や第三者に知ってもらい、理解を得ることが 必要になります。小さな失敗や工夫が学生の理解や活動にどのように 結びついたのかなどを記録し、その成果を交流することが、組織とし ての授業力の向上につながるのではないでしょうか。そのためには、 教員が自身の教育活動を説明できるように資料を集め、そのうえで授 業の専門性などの特殊性に踏み込んだ授業開発の取り組みが必要とな ります。次章では、その事例を紹介します。
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図 8-9 「大福帳」と授業評価シートでの総合的な満足度の推移の比較
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■引用文献 放送教育開発センター(1995).『大学の授業改善 I ―より良い実践と研究法 の確立を目指して, 研究報告』83 放送教育開発センター(1996).『大学の授業改善Ⅱ―調査・分析研究と実践 報告. 研究報告』93 織田揮準(1991).「大福帳による授業改善の試み―大福帳効果の分析」『三 重大学教育学部研究紀要』第 42 巻、165 ― 174 織田揮準・森仁美(1982).「教室における座席選択行動と学習態度」『日本 教育工学論文誌』第6巻、137 ― 146 菊川健・川淵里美・川淵明美(1985).「学習者集団の座席選択行動による社 会測定法」 『日本教育工学論文誌』第9巻、111 ― 222 メディア教育開発センター(2000).『大学授業の自己改善法 ― 1998 年度授業 改善の実践報告』0 7号, 2000.3
8 章 授 業 比 較 で 授 業 評 価
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9章
授業力の向上に向けて
1.授業活動の記録と保存 私たちの授業に関する活動は、授業を実施することはもちろんです が、学期前のシラバス作成、授業の事前の教材や内容の準備、事後の 出席確認、中間レポートや小テストの実施と採点、学期末のテストと レポート採点と成績表の作成などがあります。それぞれの場面で、な んらかの資料を作り、データや情報に基づいて判断をしています。 自身の授業について、より詳細で専門的な検討を行い、学生に対し 第 Ⅱ 部 実 践 編
て適切なものに作り上げるためには、日常のこのような活動の記録も 重要な資料となります。 1)私のティーチング・ポートフォリオ* 1 私は、次の資料をまとめています(表 9 -1)。初年度からこれらす べての資料が整うわけではありません。学生の提出物の電子ファイリ ング(PDF 文書化)により、レポートと出席票(毎回の授業評価シ ート)を簡単に参照できるようになり、次年度の課題検討や採点時に 資料として活用しやすくなりました。 学期末に実施する組織的な授業評価アンケートの結果を考察すると き、自分がどのような授業をしてきたのかを振り返る資料があると、 学生の指摘が具体的にどの箇所であるのかわかります。また、次節で 紹介するように、ピア・レビューと呼ばれる教員による授業参観を授 業評価や FD(Faculty Development)の活動として用いる際にも使 用できます。このとき、学生のレポートやテストなどの実際の資料を * 1 ティーチング・ポートフォリオ(Teaching Portfolio)とは、大学教員による教育業 績記録ファイルです。大学教員が、自分の授業や指導において投じた教育努力の少なくと も一部を、目に見える形で自分および第三者について知るために効率的・効果的に記録に 残そうとする「教育業績ファイル」、もしくはそれを作成するにおいての技術や概念およ び、場合によっては、その運動そのものを意味します(杉本,1997)。
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示すこと(もしくは電子化した写し)で、教育成果の証拠とすること ができます。さらに、これが広がると、大学の「優れた授業」がいっ たいどのようなもので、どのように作ってきたのかなど授業開発の経 験をより多くの教員と共有することができるでしょう。 2)写真に記録する 大学の教室は、その施設・設備が多種多様です。さらに、受講する 表 9 -1 ティーチング・ポートフォリオの例
9 章 授 業 力 の 向 上 に 向 け て
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図 9 -1 授業メモ帳の例 「大福帳」コメントから抽出した意見に対応策をメモ。自身で振り返り、授業の修正点な どを次年度に向けて書き込む。
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人数もまちまちです。私のように、IT 機器を使用する授業を主にし ていると、教室の施設・設備の影響を受けます。その例を図 9 -2に 写真で紹介します。 写真(a)は、400 名収容教室はの教室です。中央のスクリーンに スライドを提示するだけでは、両サイドの学生には見難いことがわか ります。そこで D/A 変換器を持ち込み、天井吊り TV モニター(写 真左上隅)にも映像として提示する工夫をしました。写真(b)では、 中央スクリーンを見る視線上に天井吊り TV モニターが入り、教室後 ろの学生には見難いことがわかります。写真(c)では、コンピュー タのスライドを中央スクリーンに提示し、さらに OHP のシートとし てそのスライドを提示しています。これは、ゆっくりノートに書き写 す学生に対応するもので好評です。同じ授業でスクリーンが 1 枚の場 合の写真(d)と比較してみてください。 このように施設・設備を実際に使用している様子を撮影した写真は、 第 Ⅱ 部 実 践 編
クラスの雰囲気を振り返ることができ、それは授業を考察する際にも、 186
(a)
(b)
(c)
(d)
図 9-2 授業風景のスナップ写真
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資料として活用できます。 3)映像で記録する 授業者から見えている授業と学生から見えている授業には、大きな 違いがあります。この違いに気づくことが授業改善の第一歩で、そこ に有益な観点を見つけることができます。私は、大人数の授業をすべ てビデオで撮影をしています。その記録を一つひとつ、そのすべてを 視聴するわけではありません。出席カードのコメントなどをきっかけ に授業を振り返る際に視聴します。たとえば、授業者からは目の届き にくい最後列の学生の状況を確認したり、資料として見せたビデオ映 像提示の冗長さなどを学生の態度から検証したり、参観している同僚 から指摘のあった私の解説の不備な点を確認するなどの作業にビデオ 記録があると有用です。また、マイク音量が不均等に届くと思われる 教室では、座席位置と音声の聞こえ方のアンケート調査を実施すると ともに、ビデオカメラの位置を変えて映像記録で確認したこともあり ます。 187
4)ウェブページで学生に公開する 私はティーチング・ポートフォリオを制作することを念頭において 授業準備と資料整理を進めています。その過程で、学生向けに毎週更 新する授業記録をウェブページで公開しています(図 9 -3)。ページ の上部は、各回のトピック名と配布資料、提示資料、復習用小テスト のリンクを、中段は毎回のアンケート調査の推移をグラフで示し、下 段は各回の授業概要と授業者の感想です。欠席した学生への資料提示 になるとともに、学生が最終課題へ取り組む前に、これを閲覧するこ とで授業の復習になります。なお、授業アンケートのグラフを毎週、 更新し続けることで回答する学生に評価アンケートのフィードバック をすることにもなります。
2.授業改善は 1 人でなく仲間と 私は、学期末の総括的な授業評価アンケートの結果を、受講してい る学生たちや研究室のゼミ生たち、そして、同じ科目を担当している 授業者と共有しています。とくに、受講している学生には、結果への
9 章 授 業 力 の 向 上 に 向 け て
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私の解釈を含めて直接、 説明しています(次節を 参照)。単に授業への不満 を回答するだけで終わる ことなく、学生たちも授 業改善に向けて重要な役 割を果たすことができる 経験を積むことも重要だ と考えているからです。 一般に、大学の授業改 善に関する実践では、「学 生による授業評価」や教員 の「相互参観」「教授法の 工夫」等により「いかに授 第 Ⅱ 部 実 践 編
業改善を実現するか」を論 ずることが多く、授業内
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容がその専門領域として 適切であるのか、学科や 講座のカリキュラムの中 で授業の目標設定が他の 授業と関連がとれている か、成績評価の方法が目 標と合致しているかなど について検討されること は少ないようです。授業 内容の検討のためには、 その領域の専門家による ピア・レビューが有益で す。本節では、私を含む 2人の教員が協調して授 業記録、授業開発に取り
図 9-3
ウェブページで授業記録を 逐次公開(2005 年度後期)
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組む活動の一端を紹介します。 1)授業内容にまで踏み込む 私たちは、授業の構成要素に着目し、教室の施設や設備、学生の学 習環境、授業者の状況を日常的にデジタル・ティーチング・ポートフ ォリオ(三尾,2000)(1節 1)参照)を作成することにより、内容や 授業デザインに踏み込んだ「授業改善(授業開発)」に取り組んでい ます(波多野・三尾,2003)。とくに、複数の授業者が各々の授業を 設計する段階から実施・評価・改善にいたる段階まで、利用した素材 と考え方や状況等を記録するとともに、意見交換(これも記録)を行 い、その内容を分析します。そして学生のニーズや実態に合わせつつ、 専門分野としても相応しい「授業」を設計・実施・評価・改善する方 策の模索を続け、実践的な改善の方法として次の4点を提案すること を目指すものです。
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①授業担当者“個人”の範囲における教授スキルと授業方法を対象。 章 自分の授業に学ぶ、そのための授業研究の方法を開発。 189
②背伸びせず、通常の業務の範囲を少し越える程度の労力で実施で きるもの。 ③授業の内容の妥当性を自己と他者の双方の視点から検討し、適正 化を図る方法。 ④教育目標の達成レベルを検討する方法。 対象とした授業は、W大学教職課程科目「教育方法研究」(半年。 受講者 150 ∼ 280 名)で授業者AとBの授業担当歴は、表 9 -2 のとお りです。授業者Bが授業者Aのデジタル・ティーチング・ポートフォ リオ(毎学期作成)を参照して授業設計を行い、2003 年から授業を 実施しています。毎回の授業で学生から8項目のアンケートを実施し (4 節参照)、授業内容や使用したメディア教材の内容と使い方の適切 さ等について検討を続けています(図 9 -4)。さらに、可能な限り相 互に授業参観をして、事後に対面と電子メール、電子掲示板で意見交 換をしています。 学期末には、成績評価の方法と採点基準、シラバス改訂の意見交換 を行っています。このように互いの経験(則)を交流することで、自
授 業 力 の 向 上 に 向 け て
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図 9-4 毎回の授業アンケートの評定平均値の推移の比較 注)2006 年度後期。設問「総合的な満足度」(あてはまる: 4、あてはまらない: 1)
第 Ⅱ 部 実 践 編
身の方略や経験則の修正につながります。さらに、成功事例よりも失 敗事例に学ぶことが多く、とくに評定平均値が下がった回についてそ の原因を推測する際、共同授業開発者の存在は大きいものでした。 2)授業への直接的な介入 専任教員と非常勤講師で行うような相互の授業参観や事後の簡単な 意見交換は、さらに授業に深くかかわることもできます。次のような 取り組みも試みました。 2003 年度の授業「情報社会・情報倫理」(受講者 30 名前後。授業者 A)を授業者Bが参観し、授業内容の妥当性や学生への指示に疑問が ある際、授業中に挙手して介入することを試みるのです。当初、授業 者Aは授業の流れが中断することに困惑してしまいましたが、しだい に対応する術をいくつか思いつき、さらにこの介入自体を授業に組み
表 9-2 本事例の授業者 A、B の担当歴
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込むことができるようになりました。 この結果を踏まえ、授業内容の適切さを事後でなく授業中にその場 で確認するため、授業者 A が授業者 B の授業「教育方法研究」に参 加し、授業の進行の妨げにならない範囲で介入しました。授業者Aは 自分の経験と異なる教授場面に遭遇した際、直接、授業者に質問し回 答を得る(図 9 -5)ことで次の展開を観察するとともに、その効果を 確認でき、自身の経験と比較したうえで、次週の自分の授業の方法を 変更することができます。授業評価アンケートにマンネリ感を、毎回 の授業改善に疲労感を感じていた授業者 A にとって、この試みは新 鮮な印象を与え、再び授業改善に意欲をもつきっかけとなりました。 本実践では同じ科目でクラスが異なること、専任教員と非常勤講師 という立場の違いがあるという条件での授業介入の取り組みとなりま した。授業で取り上げるトピックは共通するものの、提示の具体的な 内容と学生の学習活動に対する価値観と経験、調査結果のうけとめ方 などが授業者で異なり、互いがそれに気づき、他者が直接的に介入し 191
図 9 -5 授業風景 注)授業者 A が B に意図を質問(右上) 、授業者 B の演習指導風景(下)
9 章 授 業 力 の 向 上 に 向 け て
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てくることでより強く意識する、すなわち自身の教材観、教授法、学 生観を再認識することができます。固定化しがちな大学教員の授業の 経験(則)に、他者が協調的に参加する機会を設けることで、適度な 緊張と刺激を受けることができるでしょう。この取り組みは 2006 年 度現在も継続しており、さらに条件をさまざまに変えて、授業開発に 取り組んでいます。
3.授業評価アンケートの結果を学生と共有 学生による授業評価アンケートの課題として、その授業を受講して いる当事者である学生が結果を見ることが少ないことと、授業者が回 答した学生に対して説明する機会がないことがあります。さらに、全 国に学生による授業評価アンケートが普及している現在においても、 学生が授業評価アンケートに対して自信がないという意見があるのも 事実です。2000 年に実施した学生に授業評価アンケートそのものに 第 Ⅱ 部 実 践 編
ついて意見を求めるアンケートに次のような意見がありました。 (原文より抽出。 (
)は筆者による補足です)
意見1「学生による授業評価(の解釈)にはある一定の留保が不可 欠であり、その実施にはその(学生の授業評価)能力とともにその 虚偽性に注目すべきである」 意見2「(我が国では)アメリカの学生に比べ学ぼうという意欲や 姿勢がまったく見られない学生がほとんどといってよく、そのこと が授業への積極的参加につながらないため、授業評価能力という以 前の問題がそこにあると思われる」 意見3「いざ評価してみようとすると自分の講義に対する印象とい うものがとにかく漠然としていて、どこをどう評価していいものな のかがよくわからない」 意見4「いくつかの講義でアンケートは実施しているが、おまけの ような位置づけで、それが本当に活かされているかは疑問である」 2006 年度前期にも類似したアンケートを実施しましたが、同様の 意見が多数ありました。 私は、最終回の 1 回前の授業で比較的項目数の少ない総括的な評価
192
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9 章 授 業 力 の 向 上 に 向 け て
193
図 9-6 評価アンケート結果を学生へ解説する際の配布資料(2005 年度後期)
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シートでアンケートを実施し、最終回に結果を学生にフィードバック しています。図 9 -6 がその配布資料の例です。 グラフを用いて、各回のトピックを振り返りながら、教授法の工夫 とその意図を合わせて解説します。この活動を通じて、マンネリ化し がちな授業評価アンケートへの学生の関心を維持することもねらって おります。また、この説明をした回の学生のコメントには、「他の学 生(クラスメイト)がどのような評価をしているのか気になっていた のでこのフィードバックはありがたい」「自分にとっての授業の受け 止め方が不安だったが、自信がついた」がありました。つまり、クラ スの中での自分の位置を確認する手段にもなるといえるでしょう。8 章図 8 -1の⑥にあたる比較になります。 このように、その結果を学生と共有して授業の実態を双方で確認し、 授業者の理想とする授業との相違点を見いだせるでしょう。この解説 に要する時間は長くなっても 15 分程度です。本来の授業時間を圧迫 第 Ⅱ 部 実 践 編
することはないと考えます。とくに、学期を振り返り講義内容を復習 するという意味ももたせているので、授業の一環と考えることができ るでしょう。 紹介してきたような詳細な授業評価をする際には、学期の初めに教 員が評価アンケートをすることを宣言します。とくに、ビデオ撮影を する場合は、突然、ビデオカメラを設置すると抵抗感をもつ学生もい ますので、シラバスに授業評価とビデオ撮影の実施について掲載する ほうがいいでしょう。ビデオ撮影は、原則として授業者を主に撮影す ること、授業改善の活動以外には映像を転用しないことを説明してお くことも重要です。さらに、授業期間内に学生に簡単に報告すること が大切だと思います。その際、授業者に余力があれば、学生一人ひと りにすべての出席票(評価シート)の写し(コピー)を返却します。 アンケートの調査結果で全体の傾向をみて、さらに自分の出席票をみ て受講態度も含めて振り返ることができます。
4.授業評価を授業開発につなげるポイント 授業評価アンケートの結果をみて、内容や方法の見直しを考え、学
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生の成績をつけてみて、授業の目的や目標の妥当性を検討します。つ まり、授業評価アンケートの結果を次の授業に活かすためには、成績 を報告した後にシラバスを作るスケジュールが授業者には望ましいと 考えます。 授業開発つまり学生を理解して授業を作るという発想に転換すると、 抵抗感も少なく授業評価の結果を受け止めることができるのではない でしょうか。近年、学生の質が大きく変わっていることを私たちは実 感しています。それは、授業を改善するだけでなく、学生に合わせて 授業を毎年、開発しなければいけないのです。そのためには学生の意 見や特徴を知ることが必要です。そのために授業評価アンケートを使 えばどうでしょう。積極的に考えれば、抵抗なく日常のなかでも使っ ていけるのではないかと思います。 私個人の実践ではありますが、提案を7つ挙げたいと思います。授
9 章 授 に授業など教育活動について日常的に話しをする同僚が必要です。た 業 力 だし、授業開発は、自分がまず始めるという意識が求められます。も の ちろん、1 人ではその実行可能性が保証されない場合もあるでしょう。 向 上 その一方で授業という業務は、実施せねばなりません。大学教員は、 に 向 研究活動に対しては自身の能力に自信をもち、達成感を感じて取り組 け て
業改善(授業開発)を教員 1 人で続けることは難しいものです。職場
195
んでいます。授業についても、自己効力感(自己に対する有能感・信 頼感)と達成感を得るべく、研究的視点から取り組んでみてはどうで しょうか。 (1)現状把握のために調査を実施する。 教員はどれだけ、受講学生の状態を知っているのでしょうか。テス トやレポートの結果だけでは知ることができません。受講している 学生の基礎知識や技能、履修動機はもちろん、施設・設備など教室 環境の状態なども一度は、調査で確認しておきましょう。 (2)授業改善の効果を調査する。 教員は工夫しただけで満足しがちです。その工夫の効果を確認しま しょう。 (3)授業改善は無理のない程度で実施する。
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評価アンケートを実施し続けているとマンネリズムに陥ることがあ ります。また、緻密な評価アンケートと授業改善を 1 人で続けると 疲労してしまいます。日常業務の中で無理のない計画を立て、さら に数年に 1 度は学外者による刺激を受けましょう。 (4)授業目標と内容、方法についても評価する。 学生に印象をアンケート調査するだけでなく、授業の目標と内容と その達成度についても学生の成績評価の結果から検討しましょう。 同僚や同じ専門領域の教員から指摘を受けることで、独善的な授業 に陥るおそれがなくなるでしょう。 (5)ピア・レビューは、学期を通して実施する。 1度の授業参観だけで、十分とはいえません。単に、声の出し方や 機器の使い方など表面的な授業スキルの確認しかできません。学期 を通しての文脈、方略をもって授業は計画、実施しているのです。 (6)授業活動の記録を保存する。 第 Ⅱ 部 実 践 編
授業づくりに関係した資料を 1 度は、記録し同僚にみてもらいまし ょう。まとめる作業そのものが、自分の授業を分析評価することに なります。 (7)学生に合った授業は教員にも楽しい。 学生に合うとは、決して学生に迎合するという意味ではありません。 学生の基礎学力を把握したうえで、カリキュラム上必要な授業の目 標に向かってより適した方法で授業を実施することができれば、学 生が生き生きとし、専門的な質疑が増えるなど、教員にとっても楽 しいものになるでしょう。 ■引用文献 波多野和彦・三尾忠男(2003).「実践的アプローチによる協調的授業開発の 試み」情報メディア学会第5回研究会 片岡徳雄・喜多村和之(1989) . 『大学授業の研究』玉川大学出版部 三尾忠男(2000).「大学授業改善のためのティーチング・ポートフォリオの 活用実践」日本教育工学会第 16 回全国大会 三尾忠男(2001).「学生による授業評価アンケートを用いた大学教員の授業 自己改善支援システム」日本教育工学会第 17 回全国大会
196
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三尾忠男 (2003).「大学授業の開発・改善過程における授業評価アンケート の機能」日本教育工学会第 19 回全国大会講演論文集 三尾忠男(2004).「大学教員の意識調査から考察するファカルティ・ディベ ロップメントのあり方」日本教育工学会研究会、JET04-3 三尾忠男・牧野智和(2005).「大学授業における毎回の授業アンケートとし ての『大福帳』とミニッツペーパーの比較」日本教育工学会第 21 回全国 大会講演論文集 杉本均(1997).「アメリカの大学におけるティーチング・ポートフォリオ活 用の動向」京都大学高等教育叢書2『高等教育教授法の基礎的研究』14 ─ 30
■資料紹介 谷口守(2005). 『授業評価に基づくティーチング技術アップ法』技報堂出版 大学教員にとって授業評価アンケートがどういう意味があるのかについ て、わが国の状況を加味して整理しています。授業評価アンケートをどのよ うに活用するかについて初級・中級・上級の 3 段階にわけ、それぞれに 10 ヵ条の方策を提案しています。さらに、授業評価アンケートを実施する側、 つまり管理者側への提案を 10 ヵ条挙げています。明快な提案が多く、わが
197
国での授業評価アンケートのあり方について当事者の意見として参考になる ものです。
大南正瑛(2003).『大学評価文献選集』エイデル研究所 一見すると1大学教員個人には関係が薄い大学評価という活動について、 大学評価の意義を再確認するとともにこれからさらに活発化するであろう大 学評価についての議論の深化に寄与するであろう論文を選考し、収録してい ます。教育評価、授業評価というものが大学評価の中でどのように位置づけ られていくのかなどについても議論の方向を示してくれるものです。
三尾忠男・吉田文(2002) . 『FD が大学教育を変える』文葉社 学生の学習支援に大学、教員はどのように取り組まねばならないのか。大 学授業とその評価、さらにそれを支える FD(ファカルティ・ディベロップ メント)の運営はどうあるべきなのか。その課題について、それぞれの最前 線の実践者からの声と議論をまとめたものです。3つのシンポジウムの内容 を収録したもので、読みやすいものになっています。
9 章 授 業 力 の 向 上 に 向 け て
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白
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Q&A 【授業評価の導入に際して】 ■■■「学生の望むもの」と「本来の学問」のギャップ
Q
学生が望むものに授業を合わせることは、本来大学の授業で目 指すべき学術的な「知」から離れていく場合も少なくありませ
ん。そういうことはむしろ大学教育の本道から外れるのではないでし ょうか?
A 199
授業評価の結果を必ず受け入れなければならないのであれば、 科目によっては、難解な部分をわかりやすく伝える工夫をいろ
いろと試みたり、場合によっては、その部分をカットしたりというこ とを考えなくてはいけなくなります。わかりやすく伝える努力をする ことは、それによって、教員自身がある種の「知の再構成」を体験で きることもないわけではありませんし、そういう範囲で授業の工夫を 試みていくことは意義のあることですが、全般的にはそう容易なこと ではありません。また、本来、大学教育で目指す内容を削っていくこ とは本末転倒ということにもなりかねません。そのようなギャップは、 可能な限り埋めていくことが求められますが、そこで大切なのは、そ ういうギャップは、一つの授業だけで埋められるものではないという ことです。カリキュラムの中で、演習や実習などを入れてみるなど、 ギャップを埋める方策について検討することが望まれます。
■■■学生の意識・関心・レディネスの個人差
Q
受講学生の中には、意識の高い学生もいますが、あわよくば単 位だけ取得したいといった受動的な学生もいますし、千差万別
です。そんな個人差がある中で、授業評価はどういう意味があるので
Q & A
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しょうか?
A
クラスの中に大なり小なりの個人差があることはむしろ当然の ことで、そのさまざまな個人差に対応することは、授業を作る
ときの重要な課題になります。大きな個人差を含む場合の評定平均値 については、その授業でターゲットにしている層の受講者がどういう 傾向にあるかを
むために、下位集団ごとに統計量を吟味するなど、
十分慎重に解釈を進める必要があります。一般に授業評価アンケート に限らず、調査結果は、平均値のみを問題にするのではなく、データ のちらばり方も重要な情報になります。つまり、授業評価結果を通じ て、クラスにどのような個人差があるかを確認すること自体、授業や カリキュラムの構成に有用な情報として利用できるということです。
■■■学生の授業評価能力について
Q
授業評価を導入しようとすると、学生に授業を評価する能力が あるのかという反論が出されることがありますが、学生に評価
法を指導したり、評価能力の高い学生だけの評価を利用するなどの工 夫が必要となるのではないでしょうか?
A
授業「評価」という言葉が使われていますが、学生による授業 評価は、授業の良し悪しを定めるためのものではありません。
授業アンケートと呼ばれることも多いように、授業のさまざまな側面 を浮き彫りにするための調査という位置づけが妥当です。たしかに、 教員の評価や処遇などに活用したいというような場合には、少なくと もいい加減な「評定」をしないように、学生に対して授業評価自体に 関する教育や調査時の監督などが要請されるということもあるでしょ う。しかし、その場合でも、授業評価の結果は、あくまで学術的な視 点からの授業の良し悪しを決めるものではありません。そのような観 点からの情報が必要であれば、同僚によって授業参観してもらったり、 講義ノートなどをチェックしてもらったりというように、いわゆるピ ア評価(peer evaluation)がより有効となるでしょう。つまり、それ ぞれの目的にふさわしい評価を実施して、そこで得られた評価情報を、 適切に活用していくことが肝要ということです。
200
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Q A
授業改善のために「同僚による授業評価(ピア評価)」ができ れば、「学生による授業評価」は必要ないですか? 授業改善に利用する場合には、とくに、内容的な面で、ピア評 価はより有効な手段となるでしょうが、ただ、それはなかなか
実施しにくいということがあります。授業を公開して同僚に参観して ほしいと思っても、思ったほど教員が集まってくれないということも しばしば耳にすることです。それだけに、「学生による授業評価」の チャンスはそう簡単に手放せないでしょう。また、そのような同僚評 価が実施できたとしても、その他にさらに、クラスの学生の状況を把 握する必要もあります。たとえば、学生の中にはいい加減な態度で出 席している者もいることが考えられますが、そういう学生がどの程度 クラスにいるのかを知るだけでも、授業自体や、カリキュラムの編成 を考えるときに有用な情報となるでしょう。その点では、むしろ、学 生が自身のありのままの状況を回答に反映できないということがある とするならば、その方が問題となるでしょう。もちろん、そのことは 201
学生に授業アンケートにいい加減に回答することを許すということで はなく、授業をよりよいものにするためのツールであることは教員と 学生で共有されている必要があるでしょう。つまり、授業は教員だけ のものではなく、教員と学生が共に作っていくものであるという原点 にかえることが望まれると思います。授業を良くしていくために、教 員と学生がどういう役割を担っているのかということをそれぞれがわ きまえて、学生が授業評価に臨むことができれば、より有用な情報を そこから引き出すことができるようになるはずです。そういう意味で の「授業評価能力」や授業評価に臨む姿勢は、教員と学生の関係性の あり方によって決まってくるもので、学生のみに期待するべきもので はなく、教員と学生の両者を含む学習共同体に求められるものである ということかもしれません。
■■■授業評価を実施するインセンティヴ
Q
授業評価を実施して、教員としてはどういうメリットがあるの かよくわからないのですが。
Q & A
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A
日本の場合、まだ授業評価や授業を改善するということに対し てインセンティヴが明確になっていないと思いますが、教員評
価制度や教員表彰制度の導入なども広がってきており、大学において も授業評価はそれなりの位置を占めつつあります。ただ、そのような 制度的な導入がインセンティヴとして意識されることが本当にいいこ となのかどうかは、慎重に吟味する必要があるように思います。大学 の教員であれば、自らの授業が少しでも質の高いものになること自体 をつねに求めているわけで、そのために必要な情報が得られるという ことがあれば、自ずと授業評価のインセンティヴはついてくるはずで す。その際に、大学や学部レベルで配慮することがあるとすれば、こ の種の評価を導入したときに、授業改善を担当の教員だけに任せるの ではなく、授業作りのための支援体制を整備するという点ではないか と思います。教員一人では踏み出しにくいということが、たとえば、 さまざまなメディアの活用に関する支援などが得られることで、何か 新しい工夫を導入することができて、それが授業評価に反映されると いったことが実感できれば、授業評価のインセンティヴも自ずと大き くなるでしょう。もっとも、その支援体制をどう整備するかは相当に 難しい課題であるとは思いますが。
■■■いい授業とは?
Q A
そもそも「いい授業」というのはどのような授業であるのかが わからないと、授業評価を行うことができないと思うのですが。
「授業評価」というと、たしかに、授業には良し悪しがあって、 その基準を表す「ものさし」のどの辺に授業が位置づけられる
かという一種の「測定」に基づくものという印象があります。しかし、 「いい授業」というものがこうであるということは、一概に決められ るものではありません。受講生の特徴にも依りますし、また、授業の 目的や内容が何であるのかによっても左右されます。そのさまざまな 場合に共通の項目を定めることは不可能なことです。したがって、授 業評価とは一定の基準に即して授業の良し悪しを測定することという 考え方自体に無理があるということになります。
202
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Q A
それでは、授業評価という呼び方に問題があるということです か? 他に何かよい呼び方はありますか?
「評価」という言葉自体に、ある対象を数量的に「測定」する という以上の幅広い意味が含まれているということが共有でき
るといいのかとは思いますが、現時点では、たしかに「評価」という 言葉への抵抗感は大なり小なり一般的にあるのではと思います。そう いうこともあって、最近では、授業評価というよりも、授業アンケー トと呼ばれることも多くなっていますが、その背景には、授業を作っ ていく際に、自分の授業が学生にどのように受けとられているかとい うことを情報収集する手段と捉える考え方があると思います。大学の 場合には、全体としては、大学教育の理念に合致する授業であること が望まれるということはありますが、基本的には、それぞれの科目は 特有の目的や内容をもっていますので、授業ごとに、その目的に照ら して、よりよい授業にしていくための情報を、授業アンケートから適 宜引き出していくことが望まれます。本書でも触れた、「実践的妥当 203
化」という言葉は、まさに、個々の授業の中で、よりよい授業を目指 すために有効となる情報を、授業アンケートから抽出するプロセスを 表すものと捉えることもできます。
Q
授業評価を教員一人が解釈しなければならなかったり、そこか ら、授業改善に結びつけていかねばならなかったり、ちょっと
大変だなぁという印象があるのですが。
A
授業の改善は、どちらかというと個々の教員の教育力に焦点が 当てられているきらいがありますが、それは教員一人ひとりの
努力で達成されるものでもありませんし、また、それぞれの授業で勝 手に目的を定めてしまうことで、学生側がその一貫性について混乱を 来すようなことになっても問題です。やはり、少なくとも、学科なり、 学部なり、あるいは、大学全体のカリキュラムの中に、個々の授業が 的確に位置づけられているということは必要でしょう。そういう意味 で、授業評価を、FD 共同体の形成のためのツールとして活用してい くという視点が、大学教育への有力なアプローチの一つとしてもっと
Q & A
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意識されていいのではないかと思います。FD 共同体の中で授業の改 善を試みていくことができれば、個々の教員への負担感も小さくなる でしょうし、より効果的な授業にも結びついていくことになるでしょ う。
【授業評価の実施に際して】 ■■■授業評価の構成要素
Q A
授業評価アンケートにはどのような観点が必要とされるでしょ うか? 授業に関わる要素は思いの外たくさんのものが挙げられること に気づかされます。授業内容、授業方法、教員、教授技術、学
生、学習のレディネス、大学の文化、支援体制など、いくつでも要素 を挙げることができます。さらに、授業内容についても、体系性、難 易度など、いくつかの観点が含まれていますし、それを一つずつ評定 項目にしますと、相当多くの項目になってしまいます。評価というの は、厳密に厳密にということで、細かくなってしまいがちですが、い わゆる不確定性原理と同様に、詳細にすればするほど、学生の回答の 精度が落ちるということもありますので、授業評価の目的に即して、 重要な項目を選択するということが基本になります。理解度とか、興 味・関心、教員の熱意などに関する項目が一般的には多く使われてい るようですが、それらがつねに必要になるということもありません。 あくまで、大学の状況に応じて、何を授業評価から抽出したいのかを 大事にすべきであろうと思います。
Q A
そのように見ていくと、項目数がかなり増えそうなのですが、 どのくらいの数の項目数が適当なのでしょうか? 授業評価アンケートの項目数については精査したわけではあり ませんが、5 項目程度のものから 30 項目を超える程度のものま
でが実際に利用されていると思います。項目数の多少は、授業評価の
204
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目的にもよりますので、何項目が適当ということは一概にいえません。 評定項目の形式であれば、学生は、ある程度の項目数はこなしてくれ ますので、過度に項目数が多くならなければ、必要と思われる項目は まずは調査項目として含めておいていいと思います。一つの授業で経 年変化を追うためにどの項目が有用かを探りつつ、徐々に項目を精選 していけばよいでしょう。なお、変化を追うという意味で、有用な項 目は、使い続けていくという姿勢も大切です。
■■■授業評価は無記名か記名か
Q A
授業評価は無記名方式と、記名方式で、かなり違ってくるもの でしょうか? 授業評価は、無記名で実施する場合と、記名で実施する場合と で、それなりの差が生じることが知られています。むろん、記
名で実施するよりも、無記名の場合の方が、評定平均値などは厳しめ の結果になります。そのことで、無記名式にしなければ本当の授業評 205
価とはいえないという意見もしばしば聞かれます。しかし、評定平均 値自身、絶対的な尺度というわけではありません。この種の評定方式 による数値は、尺度の水準ではせいぜい間隔尺度のレベルのものです。 間隔尺度の代表的な例としては、温度がありますが、摂氏と華氏で零 点が違うように、間隔尺度は絶対的な零点をもつわけではありません。 その点で、評定平均値をどう利用するかということを考えますと、た とえば、自分の授業について、昨年と今年を比較してみるとか、ある いは、項目ごとの平均値を比較してみるといったことが有用となるこ とがわかります。このような比較の場合には、同じ形で調査されてい ることが大切で、そのうえで、評定平均値のプロフィールを見ること によっていろいろな情報を抽出することができますから、評定平均値 の絶対的水準自体はそれほど重要な意味をもたないということになり ます。
Q
無記名方式と記名方式は、それぞれどのような長所・短所をも っていますか?
Q & A
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A
無記名方式では、学生の忌憚ない意見を抽出できやすいという 代わりに、誹謗中傷の類の記述が出てきたり、いい加減な評定
のものが増えたりという雑音要因も大きくなるという欠点ももってい ます。一方、記名式では、回答にある程度の責任をもたせることがで きるということの他に、たとえば、試験の成績であるとか、学生の所 属などによって、評定平均値がどのように違うかといった詳細な分析 にもち込めるという利点もあります。記名式であったとしても、自由 記述などには、きちんと改善点が指摘されてくることもありますので、 記名式にして情報量が大幅に減ってしまうということはないと思いま す。いずれにしても、授業評価をどのような目的で実施するかといっ たことによって、どちらを用いたらいいかはケースバイケースで、優 劣を一概に決めることはできませんが、他の情報などとも結びつけて、 授業の状況をより詳細に分析していくことが望まれますので、基本的 には、記名式で実施する方をお奨めしたいと思います。
■■■評定段階数
Q A
評定項目の評定段階は何段階にするのが適当でしょうか?
評定段階数は、何段階が最適ということも、授業評価結果をど のように利用するかといったことに依存しますし、一概には決
めつけられません。わが国では、5 段階評定が圧倒的に多いかと思い ますが、そうである必然性はとくにあるわけではありません。ただ、 回答する側からすると、3 ∼ 5 段階程度の評定がやりやすいというこ とはあるだろうと思います。奇数の段階を設けますと、中間の評定が できますので、「ふつう」といった感覚の際に評定しやすいというこ とがあります。ただ、分析する側からしますと、とくに日本人は中心 化傾向といって、「ふつう」に回答が比較的集まりやすいということ もあって、肯定的な回答が多いのかどうなのかという判断がしにくい という弱点もあります。4 段階評定などにしますと、「3」以上を肯定 的と扱うことができるので便利ですが、一方で肯定回答傾向(yes tendency)というのもあって、評定が肯定的に偏る欠点もあります。
206
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いずれにしても、間隔尺度として扱って、平均値を求めたり、因子分 析をしたりということがありますが、そのような場合には、4 段階評 定と 5 段階評定は、それほど大きな差はありませんので、段階数には 基本的にそれほど神経質になる必要はないと思います。また、科目ご との評定平均値は比較的安定していて、4 段階評定と 5 段階評定の調 査を同じ授業群に対して実施した経験がありますが、その際に、評定 平均値の 4 段階と 5 段階の相関係数は 0.9 をはるかに超えていました。 そういう意味で、4 段階か 5 段階かによって得られる情報にはほとん ど差がないと考えてよく、どちらを採用するかは、最終的には、好み で決めるというのでいいかと思います。
■■■授業形態の差による授業評価
Q
授業といっても、講義形態のものから、実験や実習、演習、ゼ ミなどもありますし、あるいは、一人の教員で担当する授業も
あれば、複数の教員によるリレー式の授業もあります。多様な授業形 207
態がある場合に、授業評価はどのようにしたらいいでしょうか?
A
たしかに、授業の形態は多様ですから、一様の調査項目ですべ ての授業評価を行うというのは無理があると思います。それぞ
れの形態に合った評定項目を準備することができれば、より有用な授 業評価アンケートにしていくことができます。さらに、同じ形態の授 業の中にも、いろいろな工夫のあり方があると思いますから、各教員 が自由に項目を設定できる授業評価アンケートもしばしば見受けられ ます。一般的に、調査項目作成のための最低限の基本を踏まえること は大切ですが、少なくとも内容的にどういう項目がいいという原則は ないと考えてかまいません。それぞれの授業形態や科目の特徴に応じ て、調査すべき独自の項目を作成していくことで問題ないと思います。 ただ、あまり項目が変わりすぎても、比較ができなくなったり、解釈 が難しくなりますので、一つの項目にこだわってみる姿勢は大切と思 います。
Q & A
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Q A
多様な授業形態に応じて、授業評価アンケートを柔軟に構成で きるいい方法はあるのでしょうか? そのようなきめの細かい授業評価調査を実施していくためには、 フレキシビリティの高いコンピュータのシステムを導入するこ
とが考えられます。たとえば、授業評価項目のデータベースを作成し、 そこから自由に調査項目を選んで授業評価アンケート用紙を構成でき るようなコンピュータシステムもいくつか例があります(イリノイ大 学の授業評価システム、および、そのシステムをベースにしてメディ ア教育開発センターで開発された教授学習評価支援システムなど)。 コラムで紹介した REAS など、近年では、ウェブを利用したアンケ ート調査作成のための支援システムも利用しやすくなっています。ウ ェブによる授業評価アンケートなどの場合は、項目選択のシステムも 導入しやすいと思います。ただ、そのようなシステムの導入が難しい 場合もあると思いますので、その場合には、授業の分類に応じてそれ ぞれマークシート用紙を準備するか、また、各科目で自由に数項目程 度の追加ができるような工夫をすることになると思います。
■■■授業評価を実施する際のコスト
Q
授業評価は、実施するとなると、それなりの予算も確保する必 要があるでしょうし、また、データの処理や分析、報告、管理
など、さまざまな人的負担も増すと思います。そういったコスト面で、 どの程度のものを考えておく必要があるでしょうか?
A
授業評価を大学や学部などで組織的に実行しようという場合に は、予算面でも、マンパワーの点でも、かなりの負担がかかる
ことになります。たとえば、大量のアンケートを実施しなければなり ませんから、まずは、マークシート方式のアンケート調査用紙を印刷 する必要が生じますし、回収されたデータを読み込んだり、読み込ん だ結果の基礎集計表などを出力するなどの作業が発生します。こうい った作業は、業者に委託せざるを得ないと思いますが、大雑把にいえ ば、数百科目で、数万枚のマークシートを用意することになるとすれ ば、数百万円の予算を確保する必要が生じることになるでしょう。業
208
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者に委託しきれない作業としては、もちろん、授業評価の中身や対象 となる科目を決めるのは大学自身になりますし、また、その授業を担 当している教員に必要部数のマークシートを配付したり、また、回収 したりといった作業も発生しますので、授業評価の実施を担当する事 務局が設置される必要も生じます。さらに、授業評価結果をまとめて 報告書を作成するなどのことも要請されるでしょうから、教員集団、 あるいは、その種の調査を分析したりまとめたりすることのできる専 門職員なども必要とされることになります。また、授業担当の教員か ら授業評価に関するさまざまな質問やら苦情やら、あるいは、学生か らもいろいろな要望が寄せられるということもありますので、そうい った突発的に入ってくる要望事項に対応する人材も必要になると思い ます。授業評価にはこういった多くのコストがかかることになります が、今の大学評価の時代にあって、だから授業評価はやらないという ことにもなりにくい状況があると思いますので、効率的に授業評価な どの作業が流れるように、実施体制を整えたり、また、コストを低く 209
抑えるようにいろいろと工夫していくことが大切になります。
Q
そのような体制作りは、日本の大学ではかなり難しいように感 じますが、欧米では既にそのような体制ができているのでしょ
うか?
A
欧米の大学などでは、教育をサポートするオフィスが用意され ているところも多いと思いますし、また、最近では、IR
(Institutional Research)と略されることが多いのですが、組織の運 営のために必要な情報を収集したり、大学評価などに対応するための 「組織研究」の部署が設置されているところも少なくありません。そ のオフィスでの職務は専門性を必要とする部分もありますので、その 専門家(Institutional Researcher)の養成も行われています。一方で、 前項にも記しましたが、初期投資はかかるものの、ウェブを利用した 授業アンケートシステムを導入するなど、IT を利用した授業評価シ ステムも普及が進んでいるところです。日本では、業者委託によって 授業評価を実施し、一部の教員がその報告書をまとめることに大きな
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負担を背負わされるということが多いのではないかと思いますが、し っかりした実施体制を大学で準備することは、授業等に関する情報を 負担なく継続的に収集し、それを授業の開発に結びつける余裕を作り 出すという点で、大学の理念に適合した教育の実現に向けて、欠くこ とのできない要件になっていくのではないかと思われます。
【授業評価の解釈に際して】 ■■■授業評価のもつ情報の限界性
Q
授業評価では、学生の一部の反応しか引き出せないと思います。 とくに、学生が授業を理解できたかどうかは表現されないと思
いますが、その点はどう考えたらいいでしょうか?
A
たしかに、学期の最後の授業で総括的に実施する授業評価では、 通常、項目数も少ないですし、得られる情報は限りがあると思
います。しかし、理解度などについては、試験によって情報が得られ ますので、それとは別の側面についてある程度の情報が得られる点に 授業評価の意義があるのかと思います。また、たとえば、ミニッツペ ーパー(大福帳、何でも帳、リフレクションシート、ポートフォリオ など)などのような形で、毎授業時に疑問点や感想を書かせる試みは、 学生に授業を振り返らせるという意味で、教育的な意義もあります。 また、その記述を基に、次の授業時にそれを一種の教材として活用す ることも可能です。
■■■クラスの規模と授業評価の関係
Q A
クラスの規模が、授業評価結果に何か影響を及ぼすということ はあるでしょうか? クラスの規模と授業評価の評定平均値の関係については、統計 的観点からその特徴を押さえておくことが大切です。たとえば、
大規模クラスになればなるほど、学生のバラエティが大きくなること もあって、評定平均値は中央付近に寄る傾向があります。したがって、
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とくに高い平均値は得られにくくなります。ただ、その平均値は、比 較的安定していて、毎年、授業内容や担当教員、あるいは受講学生層 がほぼ同一であるならば、同じような評定平均値が得られやすくなり ます。一方、少人数のクラスの場合は、高い平均値も得やすい代わり に、うまくいかないと、極端に悪い平均値が得られるといった不安定 さが出てきます。したがって、少人数のゼミなどの場合は、統計値が 不安定になりがちですから、必ずしも評定方式による授業評価アンケ ートが適切とはいえません。なお、授業評価を実施するのは、学期の 最後の授業であることが多いので、受講登録のシステムによっては、 その時期に受講生が多く残っている授業の方が、登録学生が徐々に脱 落していって少人数が最後の授業に残っているという場合に比べて、 高めの評定平均値になるということもあります。すなわち、クラス規 模と授業評価の関係性も、一般的な特徴としてではなく、それぞれの 受講システム、それぞれの授業の文脈の中でとらえていくべきものと いうことです。 211
■■■教養教育と専門教育における授業評価の違い
Q A
教養教育・共通教育といった種類の授業と、専門教育の授業で、 授業評価は違ってくるということがあるでしょうか? 学生が授業に臨むときの目標は、教養科目と専門科目では一般 的にはかなり違っていると考えられます。教養科目に集まる学
生は、往々にして目標を明確にもたずに出席しており、授業への集中 度も低くなり、授業評価の評定平均値も高くなりにくくなります。そ こで、学生自身に考えさせたり、授業への参加を促す工夫が求められ る場合も少なくありません。一方、専門性がはっきりしてきますと、 学生の目標も明確になってきますので、ただ「教え込む」という講義 方式の授業であっても、十分に効果が得られるということもあります。 専門科目では、ほぼ似たような目標をもっている学生が集まっていま すので、授業評価の評定値の分散も多少小さくなると考えられます。
Q & A
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Q A
多くの科目について授業評価を実施する場合、科目の違いによ る評定平均値の特徴をどのように捉えるのがいいでしょうか? 多くの科目について授業評価を実施する場合、教養科目・専門 科目といった科目の分類にしたがって、評定平均値の分布を確
認しておくことは有用な情報をもたらしてくれることになると思いま す。その他にも、実験や実習などの科目と講義科目といった分類もあ ると思います。たとえば、実験・実習科目は、講義科目などに比べて、 手引書などを共通に利用することも多いと思いますので、科目間の評 定平均値の分散は比較的小さくなる傾向があるようです。つまり、科 目間の差があまり大きくないということです。一方、理科系などでは、 数学や物理、化学など、専門教育の基礎と位置づけられる科目は、多 くのクラスで同じ科目を異なる教員が担当するという場合も少なくな いと思いますが、そのような科目のクラスごとの評定平均値のばらつ きがかなり大きくなることもあります。クラス指定科目では、学生が 自分に合ったクラスを選べるわけではありませんので、クラスの違い による評定平均値の分散は一定程度以上は大きくならない方が無難で あろうと思います。ただ、だからといって、そういう講義科目につい ても、同じ教科書を使わねばならないとか、手引書的なテキストを作 ることが、大学の教育という視点からして、いいことなのかどうかは 慎重に判断をしなければならない点であろうと思います。
■■■授業評価と授業改善の結びつき
Q
授業評価は、授業改善に結びつける必要があるといわれますが、 具体的にどのように授業改善に評価結果を活かしていったらい
いのでしょうか?
A
これは口でいうのは簡単ですが、実際に行うとするととても大 変なことだと思います。多くの場合に、授業評価は、学部や大
学で組織的に実施しているからやっているだけで、その結果を十分に 見返すこともされていないのではないかと思います。ですからまずは、 授業評価結果を参照して、それに基づいて授業を振り返る機会を仕掛 けてみるということも、その段階を一つ進めるためには必要だろうと
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思います。たとえば、授業評価結果に基づいて授業を振り返るシンポ ジウムを開催するなどして、授業の工夫を報告し合ったり、議論し合 ったりする機会を作ってみるといったことが考えられます。その際に、 本書でも、授業評価を授業改善に結びつけるいくつかの例を示しまし たし、授業改善に資する授業評価とするための視点のいくつかも提案 していますし、他にも参考図書として紹介しているものの中にも、有 用な情報が含まれていると思いますので、そんな情報源にアクセスし てみるといいでしょう。そのうえで、それぞれの教員が自らの授業で いろいろな工夫を取り入れてみたり、その工夫の結果がどうであった のか、他にどんな工夫の可能性があるのかといったことをぶつけ合う ことを通して、授業改善、あるいは、授業開発につながるヒントが得 られていくということがあると思います。そのようなやりとりは、 FD 共同体なるものの形成にもつながっていくことです。その視点か らすれば、授業評価が、FD 共同体における共通の言語の一つとして 根づいていけば、自ずと授業改善がついてくるということになります。 213
抽象的ないい方でピンとこない部分があるかと思いますが、要は、一 つの授業の中だけで、教員一人で授業をどうするかを考えるのではな く、教員同士のネットワークの中で、授業評価結果を共有しつつ、授 業について考え合う場を、何らかの形で作り出していくということを 模索してみるといいのではないかと思います。 (大塚雄作)
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編著者
山地弘起 メディア教育開発センター研究開発部准教授 1959 年生まれ。東京大学法学部政治コース卒業。同大学大学院教育学研究科 博士課程単位取得退学(教育心理学専攻)。教育学修士。著書:『高等教育と IT ―授業改善へのメディア活用と FD』玉川大学出版部、2003 年ほか。
共著者(50 音順) 執筆分担
大塚雄作 (おおつか・ゆうさく) 京都大学高等教育研究開発推進センター教授 4,7 章,Q & A
大山泰宏 (おおやま・やすひろ) 京都大学高等教育研究開発推進センター准教授 1 章,1 章コラム
栗田佳代子 (くりた・かよこ) 大学評価・学位授与機構評価研究部助教 7 章コラム
芝崎順司 (しばさき・じゅんじ) メディア教育開発センター研究開発部准教授 7 章コラム
田口真奈 (たぐち・まな) メディア教育開発センター研究開発部准教授 2 章,2 章コラム
中村知靖 (なかむら・ともやす) 九州大学大学院人間環境学研究院准教授 5,6 章,6 章コラム
三尾忠男 (みお・ただお) 早稲田大学教育・総合科学学術院教授 8,9 章,8 章コラム
山地弘起 (やまじ・ひろき) メディア教育開発センター研究開発部准教授 はしがき,3 章,3 ・ 5 章コラム
高等教育シリーズ 140 じゅぎょうひょうかかつよう
授業評価活用ハンドブック 2007 年 4 月 25 日 初版第 1 刷発行 やま じ ひろ き
編著者 ―――――山地弘起 発行者 ―――――小原芳明 発行所 ―――――玉川大学出版部 194-8610 東京都町田市玉川学園 6-1-1 TEL 042-739-8933 FAX 042-739-8940 http://www.tamagawa.jp/introduction/press 振替 00180-7-26665 装幀 ―――――――渡辺澪子 組版 ―――――――吉林優デザイン室 印刷・製本 ―――――日新印刷 乱丁・落丁本はお取り替えします。 C YAMAJI Hiroki 2007 Printed in Japan ○ ISBN978-4-472-40337-8 C3037 / NDC377