Development of Gait by Electromyography
筋電図からみた
歩行の発達 ― 歩行分析・評価への応用 ― T. Okamoto, Ph.D. & K. Okamoto, Ph.D. 関西医科大学名誉教授 岡本 勉 ・ 岡本香代子
歩行開発研究所
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筋電図からみた
歩行の発達 −歩行分析・評価への応用− 岡本 勉・岡本香代子
歩行開発研究所
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0UBLISHED BY 歩行開発研究所
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はじめに ヒトの歩行動作は生涯にわたり変化します。直立二足歩行の起源と考え られる新生児原始歩行に始まり、生後1∼2ヵ月頃の乳児原始歩行、原始 歩行不能期を経て、生後6∼ 12 ヵ月頃の乳児随意支持歩行へ発達的に変 化します。その後乳児は、1歳頃に独立歩行を習得し、3歳頃により成熟 した成人型歩行パターンを獲得し始めます。 私たちは、従来の動作分析では判明しがたい詳細な歩行の発達的変化を、 筋電図的手法で解析してきました。歩行の生後発達過程を筋の働きから縦 断的に分析することは、実験が非常に難しいため、データが少ないのが現 状です。特に、新生児の原始歩行、乳児の立位動作・独立歩行成功の瞬時 を、筋電図記録することは非常に困難であり、現在も 1970 ∼ 1980 年代 に書いた私の論文が引用されています。 その後、私たちは現在まで、新生児から乳幼児に至る歩行動作の縦断的・ 横断的な追加実験を重ね、歩行発達過程の筋電図データを集積してきまし た。これらのデータから会得した正常歩行の発達的解析結果は、ヒトの直 立二足歩行の解明だけでなく、異常歩行の診断・治療、歩行機能回復・改 善の評価など、歩行に関する様々な研究分野に応用できることが示唆され ました。 本書は、数少ない歩行発達過程の筋電図データを、歩行研究に少しでも 役立てて頂けるよう、40 年の歩行研究で明らかになった解析結果をまと めました。 Ⅰ章では、誕生から 8 歳までの歩行発達過程、ヒト直立ニ足歩行の起 源と考えられる新生児原始歩行から、乳幼児独立歩行を習得・習熟し、成 熟した成人型歩行を獲得するまでの発達的変化を、動作・筋活動の面から 解析しています。Ⅱ章では、歩行の分析・評価への応用として、「歩行不 安定度指標」を乳幼児独立歩行の発達的解析結果から導き、原始歩行の解 明と、高齢者の歩行機能回復の評価に適応した研究を紹介しています。 歩行研究に携わる多くの人が、歩行発達を解析する基礎資料としてだけ でなく、各専門分野の立場から、研究・分析・実践に活用してくださるこ とを願っています。 2007 年 1 月
岡本 勉
目 次 はじめに
Ⅰ章 歩行の発達 ―誕生から 8 歳まで―
1
1 新生児・乳児の原始歩行 ―二足歩行の起源―
3
新生児前期(生後 1 ∼2週頃)
8
新生児後期(生後 3 ∼ 4 週頃)
12
乳児開始期(生後 1 ∼ 2 ヵ月頃)
16
乳児初期(生後 3 ∼4ヵ月頃)
18
考察
20
2 乳幼児の独立歩行 ―歩行開始期の特徴―
25
歩行習得 1 日目
28
歩行習得 2 週頃
30
歩行習得 1 ヵ月頃
32
歩行習得2∼3ヵ月頃
34
その後の歩行発達
36
歩行習得 1 日目の立位
38
考察
40
3 ヒトの歩行発達 ―歩行の習得・習熟過程―
45
新生児原始歩行
48
乳児原始歩行
50
乳児随意支持歩行
52
乳児型歩行
54
幼児型歩行
56
成人型歩行
58
歩行の発達期
59
考察
61
Ⅱ章 歩行分析・評価への応用 ―歩行不安定度指標―
67
4 歩行発達過程の筋電図変化から導いた歩行不安定度指標
69
筋電図からみた独立歩行の発達的推移
73
不安定な歩行時に出現する筋活動パターン
79
歩行不安定さの筋電図的判定
84
歩行不安定度指標
86
5 歩行不安定度指標の適応⑴ 新生児・乳児支持歩行 ̶赤ちゃんはいつから不安定さを感じ始めるのか?̶
89
生後1ヵ月頃まで
92
生後1∼4ヵ月頃
94
生後6∼ 12 ヵ月頃
96
筋電図パターンからみた発達的変化
98
赤ちゃんの支持歩行に歩行不安定度指標を適応 考察
99 101
6 歩行不安定度指標の適応⑵ 脳梗塞後の高齢者歩行 ̶歩行回復過程の筋電図的評価̶
107
脳梗塞からリハビリテーション 1 ヵ月後
110
脳梗塞からリハビリテーション7ヵ月後
112
脳梗塞からリハビリテーション 1 年7ヵ月後
114
歩行不安定度の筋電図的評価
116
考察
117
文献
121
参考資料
125
おわりに
131
乳幼児歩行の筋電図実験
筋電図記録は多用途脳波計を用い、皮膚表面電極は直径 5mm 皿状電極を使用した。 双極誘導法により、電極間の皮膚抵抗は 5KΩ以下で記録した(Okamoto. 1987)。
Ⅰ 歩行の発達 ―誕生から 8 歳まで―
生後 3 週目の原始歩行
ヒトは生まれた時から、直立二足歩行様のプログラムを持っているのだろうか?
1 新生児・乳児の原始歩行 ―二足歩行の起源―
ヒトの這う、立つ、歩く、泳ぐ動作は新生児特有の原始反射に 関係していると思われる。這う動作は匍匐反射、立つ動作は陽性 支持反応(起立反射)、歩く動作は歩行反射(原始歩行)、泳ぐ動 作は水泳反射(反射性水泳運動)に対応していることは非常に興 味深い。 二足歩行の起源と考えられる新生児原始歩行の発達的変化を、 正常新生児 10 名について生後 4 ヵ月頃まで縦断的に左右下肢筋 から筋電図記録し、下肢筋の作用機序の面から検討した。 生後 1 ヵ月頃までの新生児原始歩行では、下肢筋の過剰な同 時収縮、すなわち、主働筋と拮抗筋の同時放電パターンが立脚期 において認められた。新生児期原始歩行でみられた同時放電パ ターンは、生後 1 ヵ月後の乳児期原始歩行で、相反パターンへ 変化し始めた。しかし、浅いスクワット姿勢と体前傾姿勢に関与 する放電様相が残存した。生後 1 ヵ月頃までの新生児期では認 められなかった着地前の自己防御(パラシュート)反応を示す脚 伸展筋の放電様相が、生後 1 ヵ月頃から 3 ヵ月頃の乳児期に出 現し始めた。 新生児期・乳児期における原始歩行の下肢筋活動の発達的変化 は、新生児期の姿勢制御機構や筋力・バランス機能の成熟に起因 し、反射歩行に大脳皮質が関与した動作が加味され始めたことが 推察される。
原始反射の中で歩行様動作に関係するものは、足の把握反射、下肢引っ 込み反射、交叉伸展反射、足の台乗せ反応、陽性支持反応(起立反射) 、 歩行反射(原始歩行)等がある。陽性支持反応とは、新生児を抱き上げて 足底を床につけると下肢が伸展し、垂直に起立する反応のことである。こ の起立姿勢から体を前傾させると、両下肢を交互に出し、歩行様の動作、 すなわち原始歩行(歩行反射)が誘発される(図 1−1)。 McGraw(1940)や Zelazo ら(1972)は、成人歩行へ発達する間、こ の原始(反射)歩行の重要性を指摘している。この原始歩行は長い間研究 対象であったが、原始歩行を筋の作用機序の面から詳細に検討したものは 非常に少ない。 原始歩行の筋電図的研究を行った Forssberg(1985)は、着地前に下肢 伸展筋、特に足底屈筋である腓腹筋に強い放電を認め(図 1−2) 、つま先 着地であることから、ヒトは四足歩行様のプログラムを持って誕生してい ることを推測している。一方、Thelen ら(1982,1987)は、Forssberg と異なり着地前に腓腹筋の放電を認めていない。これら原始歩行の先行研 究で報告された着地前の腓腹筋の参画様式に相違がみられる要因を検討す るため、生後 1 ヵ月までの新生児期原始歩行だけでなく、その後の乳児期 原始歩行についても縦断的に筋電図を記録する必要がある。 そこで我々は、正常新生児(10 名)における原始歩行の発達的変化を、 生後 4 ヵ月間にわたり筋電図記録し、下肢筋の作用機序の面から検討した。
図 1−1 生後 2 日目の原始(反射)歩行 ヒトは生まれた時から、歩行様の動作(ステッピング・原始歩行)を行う。右支持足で強く踏ん張り、 右脚が強く伸展された時、反対側の左脚の強い屈曲がなされ、原始歩行が誘発された。脚挙上後、受動 的な脚伸展がなされ、踵着地がなされた。新生児原始歩行は、直立二足歩行の起源と考えられるが、こ の原始歩行と 1 歳頃の支持なしで行う独立歩行とは、どんな関係があるのだろうか?
歩行の発達
被験者は正常新生児(2500g−4200g)10 名(男児 4 名、女児 6 名)で ある。全被験者について 1 ∼ 4 週間隔で生後 4 ヵ月頃まで支持歩行時の下 肢主要筋の筋電図記録を縦断的に行った。 原始歩行を誘発するため、被験者の両腋下を支え、足底を床面に着ける 方法を用いた(図 1−1、図 1−2)。よく協応した歩行様動作・ステッピン グ(Stepping:原始歩行)は、生後 1 週頃から生後 3 ヵ月頃までたびたび 観察された。いずれの被験者も常に原始歩行が誘発されるのではなく、誘 発は空腹等で泣いて興奮している時、あるいは皮膚に刺激を与えた時が容 易であった。分析には 3 歩以上の協応した歩行様動作の筋電図を選択した。 被験筋は右下肢 6 筋:前脛骨筋(TA) ・腓腹筋(LG) ・内側広筋(VM) ・ 大腿直筋(RF) ・大腿二頭筋(BF)・大殿筋(GM)(図 1−2)と、左下 肢 2 ∼ 6 筋を適宜選択した。
大腿直筋:RF 大殿筋:GM (股関節伸展筋)
大腿二頭筋:BF (膝屈曲筋・股関節伸展筋)
(膝伸展筋・股関節屈曲筋) ※拮抗筋は大腿二頭筋
内側広筋:VM (膝伸展筋)
※拮抗筋は大腿直筋
腓腹筋:LG
前脛骨筋:TA
(足底屈筋)
(足背屈筋)
※拮抗筋は前脛骨筋
※拮抗筋は腓腹筋
図 1−2 筋電図記録のため選択した代表的右下肢の被験筋 右下肢 6 筋:前脛骨筋(TA),腓腹筋(LG),内側広筋(VM),大腿直筋(RF),大腿二頭筋(BF), 大殿筋(GM).
新生児・乳児の原始歩行
筋電図記録は主として 18 チャンネル多用途脳波計を使用し、直径 5mm の皿状電極を用い通常の皮膚表面誘導法で行った。アーティファクト (Artifact:人工的電気変動・ノイズ)を除去するため、2 つの電極間の皮 膚抵抗を 5KΩ以下に下げ(Okamoto ら,1987)、感度は 12mm/0.5mV、 紙 送 り 速 度 は 60mm/sec と し た。 動 作 記 録 に は ビ デ オ カ メ ラ を 用 い 60frames/sec で筋電図と同時記録した。歩行サイクルは撮影したビデオ 記録から遊脚期(Swing phase:SW)と立脚期(Stance phase:ST)に 区分した(参考資料「乳幼児歩行の筋電図実験」P128,参照)。 原始歩行の動作・筋電図記録は、個体内・個体間で若干バリエーション が認められた。これらのバリエーションは、被験者の支持され方に起因し ていると思われる。我々は新生児・乳児期に比較的多く観察された、原始 歩行の動作と筋電図パターンを代表的なデータとして選んだ。分析のため、 縦断的知見から発達期を、新生児前期(生後 1 ∼ 2 週頃)、新生児後期(生 後 3 ∼ 4 週頃) 、乳児開始期(生後 1 ∼ 2 ヵ月頃)、乳児初期(生後 3 ∼ 4 ヵ 月頃)に分けた。
成人歩行の筋電図パターン 歩行の発達過程を検討するため、まず安定した正常成人の歩行を把握す る必要がある。図 1−3 は成人歩行(29 歳・女性)の代表的な筋電図パター ンを示している。バソグラムから、歩行サイクルを遊脚期(SW)と立脚 期(ST)に区分した。 着地前後に母趾を背屈しながら踵から着地し、その間足関節の足背屈・ 内反に働く前脛骨筋に強い放電がみられた。同時期に、膝伸展に働く内側 広筋、大腿直筋、股関節の伸展に働く大腿二頭筋、大殿筋には、着地の際 の衝撃を吸収するために、集中した放電(burst)がみられた。膝・股関 節が共に伸展される着地時に、二関節筋である大腿直筋に放電がみられる 間、拮抗筋である大腿二頭筋の放電が減少・消失する拮抗筋抑制と考えら れる放電様相が多くみられた。着地直後から踵押し上げ(push off)の立 脚期の間、push off に働く腓腹筋に強い burst がみられ、その間、他の下 肢筋にはほとんど放電がみられなかった。離地前後には股関節の屈曲に働 く大腿直筋にごく弱い burst がみられる場合、みられない場合と放電様相 にバリエーションが認められた。また、同時期に足関節の背屈に働く前脛 骨筋に強い burst がみられた。歩行サイクル中、足関節筋(前脛骨筋と腓 腹筋)はほぼ相反的なパターンを示した。これらが正常成人における日常 歩行の代表的な筋電図パターン(成人型歩行)と考えられる。
歩行の発達
成人歩行の筋電図パターン
図 1−3 成人歩行の代表的な筋電図と動作記録 バソグラム(Basogram:遊脚期・立脚期の区分図)(成人歩行の筋電図パターン P 6,参照).
新生児・乳児の原始歩行
新生児前期 (生後 1 ∼ 2 週頃)
図 1−4 生後 1 週目の新生児原始歩行の筋電図(Y.T.) SW:遊脚期,ST:立脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
歩行の発達
生後 2 週頃までの原始歩行では、遊脚期前半の下肢引き上げの間、股関 節は強く屈曲され、大腿を水平あるいは水平以上に挙上する場合が多くみ られた。足は前方に挙上され、図 1−4、図 1−5 に示すように母趾が極端 に背屈されていた。遊脚期中頃では、最大挙上された大腿は、すぐに降ろ されず、脚の屈曲位がしばらく保持されていた。着地にかけては、下肢の 重量によって受動的に膝・股関節は伸展され、ゆっくりと脚が降ろされた。 その際、足関節は足背屈位を保持しながら降ろされるため、踵着地あるい は足底全面着地が認められたが(図 1−4、図 1−5、図 1−6、図 1−7)、 一部、つま先着地も認められた。立脚期の間、支持脚は深いスクワット姿 勢を示し、下肢の関節は終始屈曲位の状態が認められた。 生後 1 週(図 1−4):立脚期の始め、脚筋に顕著な放電がほとんどみら れなかった。片脚支持期では、成人歩行ではみられない前脛骨筋、内側広 筋、大腿直筋、大殿筋の持続放電が認められた。内側広筋と大殿筋の放電 様相は一定のパターンを示したが、足関節筋(前脛骨筋:TA と腓腹筋: LG)と膝・股関節筋(大腿直筋:RF と大腿二頭筋:BF)はバリエーショ ンのある放電様相を示した。すなわち、足関節筋は成人歩行ではみられな い逆相反パターン(TA+,LG−)を多く示したが、一部の被験者におい ては同時放電パターン(TA+,LG+)と相反パターン(TA−,LG+) が認められた。膝・股関節筋は逆相反パターン(RF+,BF−)を多く示 したが、一部の被験者においては同時放電パターン(RF+,BF+)と相 反パターン(RF−,BF+)が認められた。遊脚期前半に、前脛骨筋の持 続放電が多く認められ、時々大腿直筋にごく弱い放電がみられた。遊脚期 後半の脚伸展がなされる時、腓腹筋、内側広筋、大腿直筋、大腿二頭筋、 大殿筋の放電はほとんどみられなかった。
図 1−5 生後 2 日目の新生児原始歩行の着地動作
新生児・乳児の原始歩行
図 1−6 生後 2 週目の新生児原始歩行の筋電図(A.I.) SW:遊脚期,ST:立脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋 GM:大殿筋.
歩行の発達
生後 2 週(図 1−6):立脚期の始め、特に片脚支持期において、生後 1 週(図 1−4)に比べると、脚筋に持続放電が多く認められた。内側広筋 と大殿筋の放電様相は一定のパターンを示したが、足関節筋(TA と LG)と膝・股関節筋(RF と BF)はバリエーションのある放電様相を示 した。すなわち、これらの下肢筋における主働筋と拮抗筋は、相反パター ン、逆相反パターン、同時放電パターンを示した。また、遊脚期前半にお ける前脛骨筋の放電様相は生後 1 週と同傾向を示したが、大腿直筋は生後 1 週に比べ持続した放電が多く認められた。遊脚期後半では、大腿二頭筋 の放電が着地前にみられ始めたが、脚伸展筋である腓腹筋(足底屈筋)と 内側広筋(膝伸展筋)には放電がほとんどみられなかった(図 1−7)。
図 1−7 新生児前期における原始歩行の着地動作と着地前の脚伸展筋活動(生後 1 ∼ 2 週頃) LG:腓腹筋,VM:内側広筋,(−):ほとんど筋活動がみられない.
新生児・乳児の原始歩行
新生児後期 (生後 3 ∼ 4 週頃)
図 1−8 生後 3 週目の新生児原始歩行の筋電図(H.Y.) SW:遊脚期,ST:立脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
歩行の発達
図 1−9 生後 4 週目の新生児原始歩行の筋電図(T.Y.) SW:遊脚期,ST:立脚期, (R) :右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
新生児・乳児の原始歩行
新生児後期の原始歩行(生後 3 ∼ 4 週頃)では、遊脚期前半の下肢屈曲 動作は、前述した新生児前期と同様、積極的に行われた(図 1−8、図 1− 9)。しかし、下肢挙上時、屈曲のほかに外転・外旋動作もなされ、大腿を 体の斜め前方向に挙上する場合がみられ、足関節は強く背屈されていた。 着地にかけては、新生児前期と同様、膝関節は股関節と一緒に受動的に伸 展され、ゆっくりと脚が降ろされた。またこの頃、足底外縁着地が多くな る傾向がみられたが(図 1−10、図 1−11、図 1−12)、一部、踵着地、足 底全面着地、つま先着地も認められた。立脚期の間、新生児前期でみられ た深いスクワット姿勢が解除され、支持脚が伸ばされ始めた。 生後 3 ∼ 4 週頃(図 1−8、図 1−9):立脚期の間、脚筋に持続放電が 多く認められた。内側広筋と大殿筋の放電様相は、前述した生後 2 週頃ま での新生児前期と同様、一定であった。新生児前期にみられた立脚期の逆 相反パターン(TA+,LG−)はほとんどみられなくなり、相反パターン (TA−,LG+)と同時放電パターン(TA+,LG+)が多く認められた。 二関節筋である膝・股関節筋(RF と BF)の放電様相は、相反パターン、 逆相反パターン、同時放電パターンを示した。遊脚期前半では新生児前期 と同様、前脛骨筋に放電が認められた。離地時では大腿直筋と大腿二頭筋 に弱い burst がみられる場合が多かった。遊脚期後半では、脚伸展筋であ る腓腹筋、内側広筋、大腿直筋、大腿二頭筋、大殿筋に放電が、ごく一部 認められ始めた(図 1−9、図 1−10)。
図 1−10 新生児後期における原始歩行の着地動作と着地前の脚伸展筋活動(生後 3 ∼ 4 週頃) LG:腓腹筋,VM:内側広筋,(−):ほとんど筋活動がみられない,(+):強い筋活動.
歩行の発達
図 1−11 生後 26 日目の新生児原始歩行の着地動作
図 1−12 生後 22 日目の新生児原始歩行の着地動作 新生児・乳児の原始歩行
乳児開始期 (生後 1 ∼ 2 ヵ月頃)
図 1−13 生後 1.5 ヵ月目の乳児原始歩行の筋電図(T.Y.,図 1−9 と同一被験者) SW:遊脚期,ST:立脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
歩行の発達
生後 1 ヵ月以降では、図 1−13 に示すように、遊脚期前半の下肢屈曲動 作は、前述した生後 1 ヵ月頃までの新生児期と同様、積極的に行われたが、 股関節の屈曲はごくわずか減少する傾向を示した。着地動作は、新生児期 に観察された足背屈より、むしろ足底屈動作が多くなり、前足外縁着地が 多くなる傾向がみられた(図 1−14)。また、着地前の膝伸展動作が、新 生児期よりも積極的になされ始めた。立脚期の間、浅いスクワット姿勢が 多く認められる傾向を示した。 生後 1.5 ヵ月(図 1−13) :立脚期の間、新生児期と同様、一関節筋の内 側広筋(膝伸展筋)と大殿筋(股関節伸展筋)の持続放電は一定であった。 足関節筋は、新生児後期と同様、相反パターン(TA−,LG+)と同時放 電パターン(TA+,LG+)が多く認められた。二関節筋である膝・股関 節筋(RF と BF)の放電様相は、新生児期と同様、相反パターン、逆相 反パターン、同時放電パターンを示した。遊脚期前半では、新生児期と同 様に前脛骨筋に放電が認められた。また、離地時では大腿直筋と大腿二頭 筋に弱い burst が多く認められたが、一部みられない場合もあった。遊脚 期後半の着地前、特に腓腹筋(足底屈筋)と内側広筋(膝伸展筋)に強い 放電がみられ始めた(図 1−14)。
図 1−14 乳児開始期における原始歩行の着地動作と着地前の脚伸展筋活動(生後 1 ∼ 2 ヵ月頃) LG:腓腹筋,VM:内側広筋,(−),(+): 筋活動がみられないパターンと強い筋活動パターンの混在.
新生児・乳児の原始歩行
乳児初期 (生後 3 ∼ 4 ヵ月頃)
図 1−15 生後 3 ヵ月目の乳児原始歩行の筋電図(A.I,図 1−6 と同一被験者) SW:遊脚期,ST:立脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
歩行の発達
乳児初期(生後 3 ∼ 4 ヵ月頃)の原始歩行では(図 1−15)、遊脚期前 半の下肢屈曲動作は、前述した新生児期と同様、積極的に行われたが、新 生児期と比べると、大腿挙上が幾分低くなる傾向がみられた。着地にかけ ては、脚伸展は新生児期と異なり、素早く行われるようになり、つま先着 地が多く認められるようになった(図 1−16)。この時期から積極的な膝 伸展と足底屈動作が多く認められた。立脚期では、浅いスクワット姿勢が 多く認められ、支持脚はかなり伸ばされてきた。 生後 3 ヵ月(図 1−15) :立脚期の間、内側広筋と大殿筋の持続放電は、 上述した乳児開始期までと同様、一定の傾向を示した。しかし、下肢の前 面筋である前脛骨筋と大腿直筋の持続放電は減少・消失する傾向がみられ、 下肢筋の主働筋と拮抗筋の相反パターン(TA−,LG+ と RF−,BF+) が多く認められるようになった。遊脚期前半では、新生児期と異なり、前 脛骨筋、大腿直筋、大腿二頭筋に強い burst が多く認められた。遊脚期後 半の着地前、腓腹筋、内側広筋、大腿二頭筋、大殿筋に放電が多く認めら れた。着地前の腓腹筋と内側広筋には強い放電がみられた。 この期では、新生児後期と乳児開始期の立脚期に観察された、足関節筋 (TA+,LG+)と膝・股関節(RF+,BF+)の同時放電パターンは、 相反パターン(TA−,LG+ と RF−,BF+)に変化し始めた。新生児 期にみられなかった、遊脚期後半の腓腹筋と内側広筋の強い放電が、多く 認められるようになった(図 1−16)。
図 1−16 乳児初期における原始歩行の着地動作と着地前の脚伸展筋活動(生後 3 ∼ 4 ヵ月頃) LG:腓腹筋,VM:内側広筋,(+):強い筋活動,(−):ほとんど筋活動がみられない.
新生児・乳児の原始歩行
考察 Thelen ら(1982)は、新生児の上体を直立位で支えた時、よく協応し た歩行様動作(原始歩行)を誘発できるが、生後 2 ヵ月頃になると通常、 原始歩行を誘発することが容易でないことを報告している。しかし、我々 の 実 験 で は、 生 後 3 ヵ 月 頃 で も 原 始 歩 行 を 誘 発 す る こ と が で き た。 Forssberg(1985)と Thelen ら(1987)は、動作・筋電図パターンから、 新生児の原始歩行は成人歩行と比べ顕著に異なることを指摘している。 我々の実験結果から明らかになったように、新生児・乳児の原始歩行の 特徴は、大腿を水平近くまで挙上する積極的な脚屈曲動作、支持脚の軽い 膝屈曲位保持、いろいろな着地動作を示すことであった(図 1−17、図 1 −18)。原始歩行における下肢筋の筋活動パターンは、通常不規則で、特 に立脚期では成人歩行に比べると、同時筋活動が多く認められた。例えば、 新生児・乳児原始歩行における片脚支持期では、膝・股関節伸展筋(内側 広筋と大殿筋)に持続放電が認められた。これら脚伸展筋の活動は成人歩 行ではみられず、支持脚の屈曲姿勢保持に関与していると考えられる。 一方、原始歩行と成人歩行において、類似した下肢筋の筋活動パターン も認められた。例えば、原始歩行における遊脚期前半では、通常、前脛骨 筋に集中した放電が認められる。この新生児期に観察された下肢引き上げ 時の足背屈筋の筋活動は、独立歩行前の乳児支持歩行、独立歩行開始期、 そして成熟した成人歩行でも認められる。従来の実験結果から、成熟した 成人歩行は、新生児期の運動パターンが引き継がれ進化したものと推測さ れる。 我々は、新生児期から乳児期の原始歩行において、立脚期と遊脚期後半 に発達的変化を観察することができた。立脚期の間、下肢筋における主働 筋と拮抗筋の放電様相は、同時放電パターン(TA+,LG+ と RF+, BF+)、相反パターン(TA−,LG+ と RF−,BF+)、逆相反パターン(TA +,LG− と RF+,BF−)を示し、3 つのパターンが混在することが明 らかになった。相反パターンは体前傾姿勢保持時に、逆相反パターンは体 後傾姿勢保持時に参画する傾向を示した。同時放電パターンは、他の 2 つ の中間的な姿勢保持時に参画したと考えられる。 体後傾姿勢保持に関与する逆相反パターンは、新生児前期(生後 2 週頃 まで)に比較的多くみられたが、同時放電と相反パターンは新生児後期(生 後 3 ∼ 4 週頃)と乳児開始期(生後 2 ヵ月頃まで)に頻繁に観察された。
歩行の発達
原始歩行の発達的変化
図 1−17 原始歩行の発達的変化 B は E と同一被験者,C は D と F と同一被験者.
新生児・乳児の原始歩行
乳児初期(生後 3 ∼ 4 ヵ月頃)では、体前傾姿勢に参画する相反パターン が、他のパターンより多くなる発達的変化が認められた。興味深いことは、 新生児期・乳児期原始歩行におけるこの主働筋と拮抗筋のパターンの発達 的変化が、その後の歩行発達過程、すなわち、乳児が初めて独立歩行を獲 得し、歩行が安定していく習熟過程で再出現することが予想されることで ある。 生後 1 ヵ月頃までの新生児期の原始歩行における遊脚期後半(着地前) では、着地前に腓腹筋と内側広筋の筋活動が認められなかった(図 1− 18)。脚は受動的に降りゆっくり伸展され、着地動作は踵着地、足底全面 着地、足底外縁着地が認められた。Thelen ら(1982,1987)も、新生児 期の原始歩行において、着地前の腓腹筋に強い筋活動を認めていない。そ の後、生後 1 ∼ 2 ヵ月頃の乳児期では、着地前に腓腹筋と内側広筋に強い 放電がみられ始め、前足外縁での着地が多くなる実験結果を得た(図 1− 13)。また、Thelen(1987)と Forssberg(1985)は、乳児初期の原始歩 行において、着地前の腓腹筋に強い筋活動を認めている。我々の実験結果 でも、腓腹筋と内側広筋の筋活動は、生後 3 ∼ 4 ヵ月頃から、着地前にはっ きり出現するようになった(図 1−15)。これらの筋活動は、下肢のパラ シュート反応と関連していることが推測される。Milani Comparetti ら (1967)は、運動分析から、下肢のパラシュート反応が、生後 4 ヵ月頃に 出現し始めると報告している。これらが同じ現象であるならば、従来の動 作的所見から報告されていた時期より早くに、パラシュート反応が出現し ていることが我々の筋電図的所見から推測される。 新生児期・乳児期における原始歩行の下肢筋活動の発達的変化、特に上 述した立脚期と遊脚期後半の筋電図的変化は、視覚的な動作分析だけでは 観察できない、ヒトの移動運動の中でみられる最初の発達的変化であると 思われる。ヒト直立二足歩行の起源と考えられる原始歩行の発達的変化に 関しては、新生児の歩行反射の出現・消失と同様、姿勢制御機構や筋力・ バランス機能の成熟に起因していると推察できるが、今後更なる研究が必 要と考える。
歩行の発達
図 1−18 原始歩行の着地動作と脚伸展筋活動の発達的変化 VM:内側広筋(膝伸展筋),LG:腓腹筋(足底屈筋),(−) :ほとんど筋活動がみられない, (+):強い筋活動,(−),(+):(−)と(+)の混在.
新生児・乳児の原始歩行
まとめ 生後 1 週から 4 週の新生児 10 名について、原始歩行の発達的変化を、1 ∼ 4 週間隔で生後 4 ヵ月頃まで縦断的に筋電図(右下肢 6 筋:前脛骨筋・ 腓腹筋・内側広筋・大腿直筋・大腿二頭筋・大殿筋、左下肢 2 ∼ 6 筋)を 記録した。 生後 1 ヵ月頃までの新生児原始歩行では、立脚期の間、成人歩行パター ンと比べると、多くの下肢筋に過剰な持続放電様相が認められた。中腰姿 勢保持のため、脚屈曲位保持(スクワット姿勢)に働く内側広筋と大殿筋 に、強い持続放電が認められた。また、新生児期では下肢筋の主働筋と拮 抗筋において、体前傾・体後傾姿勢を示す相反パターンと同時放電パター ンが混合して認められたが、乳児期では体前傾姿勢を示す相反パターンへ 明瞭に移行し始めた。 新生児・乳児原始歩行の遊脚期前半では、前脛骨筋に強い放電が多く認 められた。遊脚期の後半、新生児原始歩行では腓腹筋と内側広筋に放電が 認められなかったが、乳児原始歩行ではこれら両筋において着地前に強い 放電がみられ始めた。着地前の積極的な足底屈と膝伸展を示すこれらの筋 活動は、自己防御反応である下肢のパラシュート反応の前兆として出現し たものと思われる。 以上、上述した下肢筋の筋活動パターンは、新生児期・乳児期における 原始歩行の筋電図的特徴である。原始歩行における筋活動パターンの発達 的変化は、視覚的な動作分析だけでは観察できない、ヒト直立二足歩行の 中でみられる最初の発達的変化と考えられる。
歩行の発達
2 乳幼児の独立歩行 ―歩行開始期の特徴―
生後 10 ヵ月の乳児が、支持なしで初めて独立歩行を習得し、 さらに歩行を習熟していく約3ヵ月の間、縦断的に左右下肢筋か ら筋電図記録し、独立歩行開始期の特徴を筋の作用機序の面から 検討した。 歩行習得 1 ヵ月頃まで、成人歩行と異なる乳児歩行の筋電図 的特徴をみつけた。歩行開始期の膝・股関節筋では、立脚期の間、 安定性を得るため、重心を低くした膝屈曲位保持に働く内側広筋 に強い持続放電がみられた。この間、体前傾姿勢保持に関与する、 大腿直筋に放電はみられず拮抗筋である大腿二頭筋に放電がみら れる相反パターンが多く認められた。一部、体後傾姿勢保持に働 く両筋の逆相反パターンと、体直立に働く両筋の同時放電パター ンもみられた。足関節筋では、上記各種中腰姿勢のバランスコン トロールのため、前脛骨筋と腓腹筋の強い burst が交互に交代 する相反パターンと、両筋の同時放電パターンがみられた。遊脚 期後半では、積極的な足底屈を示す腓腹筋と、転倒を防ぎ早く着 地するため積極的な膝伸展を示す内側広筋の放電様相が多く認め られた。 独立歩行開始期の乳児は筋力・バランス機能が十分発達してい ないので、特に独立歩行獲得直後はそれらを補うため、過剰で特 有な筋活動が出現したと考える。しかし、筋力・バランス機能が 発達するにつれ、独立歩行開始期特有のこれらの過剰な筋活動は 洗練されていく。
正 常 乳 幼 児 は 生 後 1 年 前 後 か ら 支 持 な し で ひ と り 歩 き を 始 め る。 Thelen(1989)は、筋力とバランス能力がある閾値に達すると独立歩行 が出現すると述べているが、特に独立歩行獲得直後の乳児・乳幼児歩行は、 成人歩行と顕著に異なる特有な歩行パターンを示す。歩行の発達に関して は数多くの研究がなされてきたが、筋電図的研究は非常に少ない。例えば、 Forssberg(1985)、Okamoto(1985)は、歩行獲得直後の着地動作は成 人のように踵着地も存在するが、成人ではみられないつま先着地もかなり 認められると報告している。動作・筋電図学的所見からみた乳幼児独立歩 行の発達に関しては、Sutherland(1980)、Forssberg(1985)、Thelen(1987) による横断的研究はあるが、筋電図を用いた乳幼児の運動発達の縦断的研 究は、我々が行ってきた歩行習得・習熟過程の研究以外はほとんど見当た らない(Okamoto.1972,1983,1985,2001,2003)。我々は従来、乳児 が支持歩行を経て独立歩行を獲得し習熟していく過程を横断的・縦断的に 筋電図を記録してきた結果、規則的な発達的傾向を把握することができた。 すなわち、独立歩行開始期では、中腰体前傾姿勢や、転倒を防ぐための 積極的脚伸展動作がみられ、非常に不安定な歩行パターンを示した。その 後、体前傾姿勢ですり足的な歩行を示し、少し安定した幼児特有の歩行パ ターン(幼児型歩行)へ移行した。3 歳頃から、上体直立姿勢や踵の強い 押し上げ動作を示し、成人歩行と同様、安定した歩行パターン(成人型歩 行)へ移行し始めた。 しかしながら、独立歩行開始期の筋電図的研究は非常に少ない。ここで は、ヒト直立二足歩行の出発点である独立歩行開始期に焦点を当てるとと もに、その後の歩行発達過程についても縦断的に観察し、筋の作用機序の 面からその特徴を検討した。 生後 10 ヵ月目の乳児(女児)1 名が独立歩行を開始し、その後幼児型 歩行を獲得し、安定した成人型歩行が出現する 3 歳頃まで、縦断的に左右 下肢筋から筋電図を記録した。 図 2−1 は独立歩行開始期で、支持なしで 5 ∼ 10 歩成功したときの代表 的な乳児歩行を示している。この期は、片脚立位が瞬時しかできない非常 に不安定な時期である。そのため、支持脚は軽い膝屈曲位(中腰姿勢)を 示し、立脚期は歩隔(両足の横幅)を肩幅以上に広げたワイドベースで重 心を下げ、上腕は外転挙上でハイガードを示した。
歩行の発達
独立歩行開始期では、遊脚期前半、膝・股関節は素早く屈曲され、大腿 を水平近くまで挙上する場合が多くみられた。離地後は大腿を積極的に身 体の斜め外方向に挙上し、着地にかけて膝・股関節が積極的に伸展され脚 を素早く降す動作が多くみられた。着地動作は踵着地も一部みられるが、 つま先や足底全面着地が多く認められた。立脚期では体前傾での中腰姿勢 が多くみられた。他に、肩幅以上に広げた歩隔、上腕の外転挙上、歩数の 増加、歩幅の減少、立脚期の過度の回転と屈曲、より単純な回転関節パター ン、上腕と協応動作の欠如、筋の過度の硬直や同時収縮など、成人歩行と 異なる、いくつかの乳児歩行の特徴が認められた(図 2−3、図 2−5、図 2−7、図 2−9)。 図 2−2、図 2−4、図 2−6、図 2−8 と、図 2−10 は、独立歩行習得・ 習熟過程における縦断的な筋電図の発達的変化を示している。 成人歩行の筋電図パターンと比べると、歩行獲得 1 日目から歩行習得 2 ∼ 3 ヵ月頃までの、乳児歩行の習熟過程における筋電図パターンは、成人 パターンに比べ過剰な筋活動がみられ、下肢筋放電様相にかなりバリエー ションが認められた。以下、我々は成人歩行と異なる乳児歩行の筋電図パ ターンについて、乳児独立歩行の発達的変化を筋の作用機序の面から検討 した。
図 2−1 独立歩行開始期の乳児歩行
乳幼児の独立歩行
歩行習得 1 日目
図 2−2 独立歩行習得 1 日目の筋電図(生後 10 ヵ月) SW:遊脚期,ST:立脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,KNEE:膝,EXT.:伸展,FLEX.:屈曲.
歩行の発達
図 2−2 は、独立歩行習得 1 日目(生後 10 ヵ月目)で、5 ∼ 10 歩連続 して歩けたときの代表的な筋電図である。 立脚期(ST)の間、足関節筋の前脛骨筋と腓腹筋では 3 峰性以上の burst がみられ、両筋の burst が交互に交代する相反パターンを示した。 また、前脛骨筋と腓腹筋の両筋に、強い同時放電パターンも認められた。 膝関節筋の内側広筋では、着地直後から push off の間、強い持続的な放 電様相がみられた。膝・股関節筋の大腿直筋(RF)と大腿二頭筋(BF) では、大腿二頭筋に放電がみられ大腿直筋の放電が減少・消失する相反パ ターン(RF−,BF+)と、大腿直筋に放電がみられ大腿二頭筋の放電が 減少・消失する逆相反パターン(RF+,BF−)と、両筋に放電のみられ る同時放電パターン(RF+,BF+)の 3 パターンの放電様相が認められた。 9 歩連続した歩行中では、両筋の相反パターン(RF−,BF+)と同時放 電パターン(RF+,BF+)が多く認められ、逆相反パターン(RF+, BF−)も一部認められた。股関節筋の大殿筋には、持続放電が認められた。 遊脚期(SW)後半の着地前では、足底屈に働く腓腹筋と膝伸展に働く 内側広筋の両筋に強い放電が多くみられた。
図 2−3 歩行習得 1 日目の足跡( 1 歳 1 ヵ月)
乳幼児の独立歩行
歩行習得 2 週頃
図 2−4 歩行習得 2 週目の筋電図(生後 10.5 ヵ月) SW:遊脚期,ST:立脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,KNEE:膝,EXT.:伸展,FLEX.:屈曲.
歩行の発達
図 2−4 は、独立歩行習得 2 週目(生後 10.5 ヵ月)で、20 歩以上連続し て歩けるようになったときの代表的な筋電図である。 立脚期の間、足関節筋の前脛骨筋と腓腹筋の放電様相は、歩行習得 1 日 目にみられた両筋の 2 ∼ 3 峰性の burst から、1 ∼ 2 峰性の burst が交互 に交代する相反パターンに変化した。また、前脛骨筋と腓腹筋の両筋に放 電のみられる同時放電パターンもかなり認められた。膝・股関節筋(内側 広筋、大腿直筋、大腿二頭筋、大殿筋)の筋電図パターンは、歩行習得1 日目と同傾向を示した(図 2−2)。 遊脚期後半の着地前では、歩行習得1日目と同様、足底屈に働く腓腹筋 と膝伸展に働く内側広筋の両筋に強い放電が多く認められた(図 2−2)。
図 2−5 非常に不安定な乳幼児独立歩行 乳幼児の独立歩行
歩行習得 1 ヵ月頃
図 2−6 歩行習得 1 ヵ月目の筋電図(生後 11 ヵ月) SW:遊脚期,ST:立脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,KNEE:膝,EXT.:伸展,FLEX.:屈曲.
歩行の発達
図 2−6 は、独立歩行習得 1 ヵ月(生後 11 ヵ月)で、かなり歩けるよう になったときの代表的な筋電図である。 立脚期の間、足関節筋の前脛骨筋(TA)と腓腹筋(LG)の放電様相を みると、歩行習得 2 週頃にみられた、両筋の 1 ∼ 2 峰性の burst が交互に 交代する相反パターンが消失したが、両筋の同時放電パターンはまだ多く 認められた。一方、前脛骨筋に放電がみられず腓腹筋に放電のみられる相 反パターン(TA−,LG+)が顕著になり始め、両筋に放電のみられる同 時放電パターン(TA+,LG+)は歩行習得 2 週頃と同傾向を示した(図 2−4)。しかし、両筋の逆相反パターン(TA+,LG−)は減少・消失し始 めた。膝関節筋の内側広筋では、歩行習得 2 週頃に比し、持続放電が減少・ 消失するパターンがさらに多くなった。膝・股関節筋の大腿直筋(RF) と大腿二頭筋(RF)では、歩行習得 2 週頃と比べると、大腿二頭筋に放 電がみられ大腿直筋の放電が減少・消失する相反パターン(RF−,BF+) がさらに増大した。一方、両筋の逆相反パターン(RF+,BF−)と同時 放電パターン(RF+,BF+)は、独立歩行開始期に比べると、さらに減 少・消失した。股関節筋の大殿筋の放電様相は、独立歩行開始期と同傾向 を示した(図 2−2、図 2−4)。 遊脚期後半の着地前、膝伸展に働く内側広筋の放電は減少・消失する傾 向を示したが、足底屈に働く腓腹筋の強い放電は残存した。
図 2−7 歩行習得 21 日目と歩行習得 43 日目の足跡(1 歳 1 ヵ月) 乳幼児の独立歩行
歩行習得 2 ∼ 3 ヵ月頃
図 2−8 歩行習得 2 ヵ月目の筋電図(生後 12 ヵ月) SW:遊脚期,ST:立脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,KNEE:膝,EXT.:伸展,FLEX.:屈曲.
歩行の発達
図 2−8 は、独立歩行習得 2 ヵ月(生後 12 ヵ月)で、比較的安定して 歩けるようになったときの代表的な筋電図である。 立脚期の間、足関節筋の前脛骨筋(TA)と腓腹筋(LG)の放電様相は、 両筋に放電のみられる同時放電パターン(TA+,LG+)が減少し始めた。 しかし、両筋の相反パターン(TA−,LG+)と逆相反パターン(TA+, LG−)は、歩行習得 1 ヵ月頃と同傾向を示した(図 2−6)。膝・股関節 筋の内側広筋、大腿直筋、大腿二頭筋、大殿筋の放電様相は、発達的変化 がみられなかった。 遊脚期後半の着地前、膝伸展に働く内側広筋の強い放電様相が非常に弱 くなり、足底屈に働く腓腹筋の放電様相は歩行習得 1 ヵ月頃と同様まだ残 存した(図 2−6)。
図 2−9 乳幼児独立歩行の主働筋と拮抗筋の筋電図(TA:前脛骨筋とLG:腓腹筋) TO:つま先離地,FC:足底着地,SW:遊脚期,ST: 立脚期,左:歩行習得1週目(1 歳),右:歩行 習得 3 ヵ月(1 歳 3 ヵ月).
足関節筋における主働筋(前脛骨筋)と拮抗筋(腓腹筋)の筋活動パターンは、歩行習得 3 ヵ月後に、 過剰な同時放電パターンから体前傾姿勢に関与する相反パターンへ移行した。運動学習により、乳幼児 なりに歩行動作がスムーズになってきたことを示している。
乳幼児の独立歩行
その後の歩行発達
図 2−10 歩行習熟過程の筋電図 左:1 歳 9 ヵ月(幼児型歩行),右:3 歳 2 ヵ月(成人型歩行) ,TO:つま先離地,HC:踵接地,TA: 前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期, ST:立脚期.
歩行の発達
図 2−10(左)は、1 歳 9 ヵ月の、幼児型歩行の代表的な筋電図である。 独立歩行習得初期に比べ、歩隔が肩幅以下に狭められ、腰の位置がより高 くなり、体前傾姿勢で比較的安定した歩行を示した。 立脚期の間、足関節筋の前脛骨筋(TA)と腓腹筋(LG)では、相反パ ターン(TA−,LG+)が多く観察され、膝・股関節筋の大腿直筋(RF) と大腿二頭筋(BF)においても、相反パターン(RF−,BF+)が認め られた。抗重力筋の腓腹筋、大腿二頭筋、大殿筋では、立脚期の間、持続 放電が認められた。遊脚期後半、歩行習得 2 ∼ 3 ヵ月頃までみられていた 腓腹筋の放電が減少・消失し、成人型歩行に類似してきた。これら下肢筋 の筋電図パターン(幼児型歩行)は、歩行習得 3 ヵ月頃から 2 歳終わり頃 までみられた(図 2−11)。 図 2−10(右)は、3 歳 2 ヵ月の、成人型歩行の代表的な筋電図である。 この時期では成人歩行に類似し、体直立姿勢で踵の強い押し出しを示す、 成熟した歩行パターンに変化した。 立脚期の間、足関節筋の前脛骨筋(TA)と腓腹筋(LG)の放電様相を みると、両筋の相反パターン(TA−,LG+)が、立脚期前半では消失し たが、立脚期後半で顕著になり、成人型歩行に近似する傾向がみられた。 膝・股関節筋の大腿直筋(RF)と大腿二頭筋(BF)の放電様相においても、 両筋の相反パターン(RF−,BF+)が減少・消失した。また、2 歳終わ り頃までみられていた立脚期前半の腓腹筋と着地後の大腿二頭筋と大殿筋 の強い持続放電が減少・消失し始め、3 歳頃に成人型歩行へ移行し始めた (図 2−11)。
図 2−11 乳児型歩行から成人型歩行への歩行発達過程 歩行習得 3 ヵ月までは過剰な筋活動を示す乳児型歩行、歩行習得 3 ヵ月から 2 年までは体前傾姿勢の 幼児型歩行、歩行習得 2 年後の 3 歳頃から合理的な筋活動を示す成人型歩行へ発達する。 乳幼児の独立歩行
歩行習得 1 日目の立位
図 2−12 独立歩行獲得 1 日目の立位保持の筋電図(生後 10 ヵ月) (R) :右脚, (L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿二 頭筋,GM:大殿筋,KNEE:膝,EXT.:伸展,FLEX.:屈曲,FC:フットコンタクト,FF:体直立 位姿勢で足底全面接地,HC:体後傾姿勢で踵接地,TC:体前傾姿勢でつま先接地.
歩行の発達
図 2−12 は、独立歩行獲得 1 日目の軽いスクワット姿勢での立位保持 の筋電図を示している。これらの放電様相は、独立歩行習得 1 日目の歩行 時における立脚期の筋活動パターンと類似していた(図 2−2)。 立位姿勢保持の間、足関節筋の前脛骨筋(TA)と腓腹筋(LG)の放電 様相は、両筋の burst が交互に交代する相反パターンを示した。つま先接 地(TC)での体前傾姿勢では相反パターン(TA−,LG+)を示し、踵 接地(HC)での体後傾姿勢では逆相反パターン(TA+,LG−)を示した。 一部、つま先接地(TC)での体前傾姿勢では、同時放電パターン(TA+, LG+)が認められた。膝関節筋の内側広筋では、軽い膝屈曲姿勢保持の間、 強い持続放電が多く観察された。膝・股関節筋の大腿直筋(RF)と大腿 二頭筋(BF)をみると、大腿二頭筋に放電がみられ大腿直筋の放電が減少・ 消失する相反パターン(RF−,BF+)と、大腿直筋に放電がみられ大腿 二頭筋の放電が減少・消失する逆相反パターン(RF+,BF−)と、両筋 に放電のみられる同時放電パターン(RF+,BF+)の 3 パターンの放電 様相が認められた。股関節筋の大殿筋は、立位保持の間、持続放電が多く 認められた。
図 2−13 1 歳児における独立歩行獲得直前の立位 乳幼児の独立歩行
考察 1 歳前後の独立歩行開始期における下肢筋活動は、成人型歩行の筋電図 パターンに比し、過剰で特有な筋放電がみられ、かなりバリエーションが 認められることが特徴的であった。以下、我々は成人歩行と異なる乳児歩 行の筋電図パターン、特に立脚期と遊脚期後半に焦点を当て、乳児独立歩 行開始期から徐々に変化する筋電図パターンを検討した。 立脚期についてみると、独立歩行開始期の乳児歩行にみられる過剰で特 有な筋活動パターンは、歩行獲得期における立位姿勢保持時の下肢筋活動 パターンと極めて類似していた(図 2−2、図 2−4、図 2−12)。この筋電 図的解析結果は、独立歩行開始期において、立位バランス制御と歩行バラ ンス制御に共通のメカニズムが働いていることを示唆している。力学的見 解から、これらの非常に不安定な立位・独立歩行開始期において、十分な 安定性を確保するために、重心点を低くし基底面を広くする必要がある。 通常、筋力・バランス機能が十分発達していなくても、支持基底面を広げ るため歩隔(足の横幅)を広げ、重心を下げる膝屈曲位を保持することで、 乳児は立位と独立歩行の安定性を確保することができる。独立歩行時の立 脚期では、歩行習得 1 ヵ月頃まで、膝屈曲位を保持している間、内側広筋 の持続放電が多く認められた(図 2−2 、図 2−4)。また、独立歩行獲得 1 日目の膝屈曲位姿勢での立位時においても、内側広筋の持続放電が認め られた(図 2−12)。これらの独立歩行開始期に出現する内側広筋の持続 した放電様相は、体の重心を下げ、バランス確保のため、膝屈曲姿勢保持 に参画したものと推測できる。独立歩行 1 ヵ月後、この内側広筋の持続放 電が減少・消失する傾向がみられた(図 2−6、図 2−8、図 2−10)。これ は、筋力・バランス機能の発達により膝関節にかかる負荷が軽減するとい う、我々の先行研究と一致する(Okamoto ら.1985,2001,2003)。 他の考えられる重要なもう 1 つの要因は、体の重心点が支持基底面内に 保たれることである。我々の実験結果から、乳児の歩行獲得期における歩 行や立位時に、上体姿勢の前傾・後傾を制御し、重心点を支持基底面内に 保つために参画した、規則性のある下肢筋活動パターンが認められた(図 2−2、図 2−4、図 2−12)。上述したように、膝・股関節筋の二関節筋で ある大腿直筋(RF)と大腿二頭筋(BF)は、上体姿勢のバランスコントロー ルに関与する、3 つの筋活動パターンがみられた。1 つ目のパターンは、 大腿直筋に放電がみられず、大腿二頭筋に放電のみられる相反パターン (RF−,BF+)は、体前傾姿勢の歩行を制御するため働いていた。歩行
歩行の発達
習得 1 ヵ月頃から、筋力・バランス機能がまだ十分発達していない、体直 立姿勢で踵押し上げを効かした合理的な成人型歩行へ移行する前まで、こ のパターンは増大する傾向を示した。このパターンは幼児型歩行に類似し ている(図 2−10 左) 。2 つ目のパターンは、大腿直筋に放電がみられ、 大腿二頭筋に放電のみられない逆相反パターン(RF+,BF−)は、体後 傾姿勢を保持するバランスコントロールに参画したことが示唆できる。3 つ目のパターンは、両筋に放電がみられる同時放電パターン(RF+,BF+) は、体直立姿勢でバランスコントロールしていることが推測できる。この 逆相反パターンや同時放電パターンは、通常、歩行習得 1 ヵ月頃までの非 常に不安定な時期に認められ(図 2−2、図 2−4)、その後は消失した。こ れら 2 つのパターンは幼児型歩行・成人型歩行にはみられなかったことか ら、乳児が初めて歩くときに働く過剰な筋活動は、バランスコントロール に参画する乳児期特有の筋活動パターンであると示唆できる。 上述の膝・股関節筋の二関節筋である大腿直筋と大腿二頭筋は姿勢保持 のバランスコントロールに参画している間、Nashner ら(1985)は、支持 基底面内に重心点を戻すバランス制御のために、足関節筋が重要な役割を 果たしていると指摘している。実際、我々の実験結果からも、足関節筋に おいて前脛骨筋と腓腹筋の burst が交互に交代する相反パターンがみら れ、上体姿勢の安定性を確保するため重心位置の前後を制御する筋活動パ ターンが認められた。すなわち、前脛骨筋の放電は体後傾の姿勢制御に働 き、腓腹筋の放電は体前傾姿勢の歩行時に必要なバランス制御として参画 したものと考えられる。また、歩行習得 2 週頃では、足関節筋の前脛骨筋 と腓腹筋の burst が交互に交代する相反パターンにバリエーションが認め られた(図 2−14)。発達過程からみると、非常に不安定な独立歩行開始 期では、これら足関節筋(前脛骨筋と腓腹筋)の 2 ∼ 3 峰性の burst が交 互に交代する相反パターンが、歩行習得 1 ヵ月頃には消失した(図 2−2、 図 2−6)。歩行習熟過程において足関節筋の burst が交互に交代するパター ンが減少するという実験結果から、独立歩行開始期におけるバランス制御 のための特徴的な筋活動パターンであることが示唆される。また、上述し たように、独立歩行開始期において前脛骨筋と腓腹筋の同時放電パターン が多く認められた。この主働筋と拮抗筋の同時収縮は、McGraw(1940) が指摘したように、足関節を強く固定しバランス維持のため参画したと考 えられる。しかし、立位保持時に足底スイッチを用いて記録したバソグラ ムから(図 2−12) 、体前傾姿勢が顕著になされた時、腓腹筋と同時に働 く前脛骨筋の放電は、転倒を防ぐため足関節内反に参画したと解釈できる。 上述した前脛骨筋と腓腹筋の 2 ∼ 3 峰性の burst が交互に交代する相反パ 乳幼児の独立歩行
ターンに加え、足関節筋の同時収縮パターンは、歩行バランス機構が未成 熟であることを示しているものと推察される。 乳児が独立歩行開始期において、立脚期の間、片脚立位を長く維持する ことは、非常に難しい。成人型歩行では、踵着地から踵押し上げまでの片 脚支持期の間、下肢筋に強い筋活動はほとんどみられなかった。一方、乳 児独立歩行開始期では片脚支持期の間に過剰な筋活動が多く観察された。 片脚支持期では、表 2−1 に示すように、歩行習得 1 ヵ月頃まで、下肢前 面筋(前脛骨筋、内側広筋、大腿直筋)は下肢後面筋(腓腹筋、大腿二頭 筋、大殿筋)と同様に活発的であった。しかし、歩行習得 1 ヵ月頃から下 肢前面筋群の参画が減少・消失し、下肢後面筋群のみが参画するパターン に移行し始める傾向がみられた。一方、幼児型歩行にみられる下肢筋の相 反パターン(TA−,LG+ と RF−,BF+)が多くなる傾向を示した。ま た、下肢筋の逆相反パターン(TA+,LG− と RF+,BF−)は認められ なくなり、このパターンは幼児型歩行や成人型歩行には認められない。こ れらのことから、下肢前面筋群は非常に不安定な歩行時に、下肢後面筋群 は少し不安定な歩行時に参画することが示唆された。 遊脚期では、歩行習得 1 ヵ月頃まで、内側広筋(膝伸展筋)に、遊脚期 中頃から足底着地まで顕著な筋活動が認められた(図 2−2、図 2−4)。腓 腹筋(足底屈筋)も同様、歩行習得 3 ヵ月頃まで、同じ遊脚期後半に強い 筋活動がみられた(図 2−2、図 2−4、図 2−6、図 2−8)。これらの筋活 動パターンは、両脚支持の立位動作と比べ、片脚支持で支持足の基底面が 非常に小さくなったとき、遊脚における積極的な足底屈と膝伸展動作に参 画した。これらは、転倒を防ぐため、自己防御反応としてのパラシュート 反応に関与していると思われる。 以上、独立歩行開始期では、乳児歩行中に参画する過剰な筋活動が、安 定性を確保するため、体の重心を低くして支持基底面内に重心点を保ち、 姿勢制御に大きな役割を果たしていることが明らかになった。 独立歩行獲得期から、筋力・バランス機能が成熟するにつれ、乳児歩行 特有のこれらの過剰な筋活動は洗練されていく。歩行開始期の乳児歩行に 認められた過剰で特有な筋電図パターンは、幼児型歩行・成人型歩行では みられない。月・年齢的な発達過程を経て、これらの過剰な筋活動は、独 立歩行習得 1 ヵ月頃から洗練され始め、3 歳頃に合理的な筋活動を示す成 人型歩行へ近似する。
歩行の発達
表 2−1 歩行開始期の片脚支持期における主働筋と拮抗筋パターンの発達的変化 関節
足関節
筋活動パターン
生後 1 日
2週
1 ヵ月
2−3 ヵ月
相反パターン(TA−,LG+)
(+)
(+)
(++)
(++)
逆相反パターン(TA+,LG−)
(++)
(+)
(−)
(−)
同時放電パターン(TA+,LG+)
(+)
(+)
(+)
(±)
膝関節
持続放電パターン(VM+)
(++)
(++)
(±)
(±)
相反パターン(RF−,BF+)
(+)
(+)
(++)
(++)
膝・股関節
逆相反パターン(RF+,BF−)
(±)
(±)
(−)
(−)
股関節
同時放電パターン(RF+,BF+)
(+)
(+)
(±)
(±)
持続放電パターン(GM+)
(++)
(++)
(++)
(++)
筋活動パターンの出現頻度,(++) :非常に多い,(+) :多い,(±) :ごく僅か, (−) :非常に少ない .
図 2−14 歩行習得2週目における足関節筋の放電様相の変異(生後 10.5 ヵ月) ST:立脚期,SW:遊脚期,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,左(ST−1) :2 ∼ 3 峰性の交互相反パター ン,中(ST−2):1∼ 2 峰性の交互相反パターン,右(ST−3):同時放電パターン.
乳幼児の独立歩行
まとめ 独立歩行開始期の筋電図的特徴を検討するため、独立歩行を獲得した生 後 10 ヵ月頃から歩行習得 3 ヵ月頃まで、左右下肢(前脛骨筋・腓腹筋・ 内側広筋・大腿直筋・大腿二頭筋・大殿筋)12 筋から縦断的に筋電図を 記録した。 歩行習得 1 ヵ月頃までは、立脚期の間(着地直後から push off の間)、 膝屈曲位保持(中腰保持姿勢)に働く一関節筋である内側広筋に強い持続 放電がみられた。この間、膝・股関節筋である大腿直筋と大腿二頭筋の burst が交互に交代する相反パターンは、体の重心を両足基底面内に戻す よう作用し、一方、両筋の同時収縮パターンは体直立姿勢保持時に出現し た。また、足関節筋では、前方への転倒防止に働く腓腹筋と、後方への転 倒防止に働く前脛骨筋の burst が交互に交代する相反パターンが認めら れ、これは重力に抗してのバランス維持に貢献していることを示している。 両筋の同時収縮パターンは、バランス保持のため足関節を固定し、前方転 倒を阻止していると推測される。遊脚期後半の着地前では、積極的な足底 屈を示す腓腹筋と、転倒を防ぎ早く着地するため積極的な膝伸展を示す内 側広筋の放電様相が多く認められた。 独立歩行開始期にみられた乳児歩行特有の過剰な筋電図パターンは、幼 児歩行・成人歩行と異なり、歩行習得 1 ヵ月頃から減少・消失し始めた。 それゆえ、我々は歩行習得 1 ヵ月頃から 3 ヵ月頃までみられた筋電図パター ン、すなわち中腰体前傾姿勢と着地前の積極的な脚伸展(膝伸展・足底屈) を示す放電様相を、従来の幼児型歩行・成人型歩行と区別するため、独立 歩行開始期特有の乳児型歩行と定義することにした。
歩行の発達
3 ヒトの歩行発達 ―歩行の習得・習熟過程―
歩行の発達的変化を筋電図的に検討するため、同一被験者につ いて生後 3 週から8歳まで縦断的に筋電図を記録した。被験筋は、 前脛骨筋、腓腹筋、内側広筋、大腿直筋、大腿二頭筋、大殿筋を 選択した。 原始歩行、支持歩行、独立歩行の 3 つの歩行発達過程の各段 階において、下肢筋の主働筋と拮抗筋の筋活動は、過剰な同時放 電パターンから相反パターンへ変化した。立脚期の支持脚では、 下肢後面筋(腓腹筋、大腿二頭筋)に持続放電がみられ、下肢前 面筋(前脛骨筋、大腿直筋)に放電がみられない相反パターンが 多く認められた。独立歩行習得 2 年後の 3 歳頃では、立脚期に おける下肢後面筋(腓腹筋、大腿二頭筋)の持続放電が減少・消 失し、集中した放電様相に変化した。縦断的歩行研究結果より、 新生児・乳児の支持歩行における主働筋と拮抗筋のパターンの発 達的変化が、その後の乳幼児独立歩行の習得・習熟過程において 再び出現することが認められた。支持歩行や独立歩行の発達期に おいて、筋力・バランス機能が向上したとき、下肢筋の同時放電 パターンは減少・消失した。 ヒトの二足歩行の発達段階を示すバロメーターとして用いられ る、洗練された相反パターンへの移行は、筋力の発達とバランス 機能の成熟、神経成熟を反映するバランスコントロールによる姿 勢変化に起因すると思われる。
ヒトの歩行動作は、生後 3 年間で一連の発達段階を経て、成熟した歩行 パターンへ移行していく。すなわち、直立二足歩行の起源と考えられる新 生児原始歩行から始まり、乳児随意支持歩行を経て、乳幼児独立歩行、幼 児・小児歩行へと段階的に発達する(図 3−1)。20 世紀に、乳幼児の移動 運動の発達過程は、運動学、力学、運動生理学の面から映像・筋電図など 様々な技術的手法を用いて研究されてきたが、成人で用いている技術的手 法をそのまま新生児・乳児・乳幼児に適応し歩行実験を行うことは非常に 難しい。 McGraw(1940)は、映像解析を用い、新生児原始歩行から成熟した歩 行まで、ヒト直立移動運動の生後発達を 7 つの段階に分類して、諸種の反 射と移動運動の発達に関する研究を報告している。Touwen(1976)は、 諸種の反射と運動行動の発達の相互関係を明らかにし、運動の発達の縦断 的研究の重要性を強調している。筋電図分析は、従来の動作分析だけでは 把握できない歩行発達に関する重要な情報を提供することができる。 筋電図を用いての新生児・乳児における移動運動の研究は非常に困難で あるが、歩行発達の横断的・縦断的な筋電図的研究は幾らか行われてきた。 Forssberg(1985)、Thelen ら(1987)、Okamoto ら(1972,1985, 2001,2003)は新生児原始歩行から独立歩行獲得前の乳児支持歩行の発達 過程について、Sutherland(1980)と Okamoto ら(1972,1985,2001, 2003)は、乳幼児独立歩行開始期から成熟した歩行への習得・習熟過程に ついて研究成果を報告している。これらの研究は、支持歩行・独立歩行に おける下肢筋活動の発達的変化を記述している。しかし、同一被験者を用 いて縦断的に、新生児原始歩行から成熟した歩行までの発達的変化を、筋 電図的に解析した研究は見当たらない。 この研究の目的は、縦断的にヒト二足歩行の発達的変化を、下肢筋の作 用機序の面から検討することである。同一被験者用い、生後 3 週目から 8 歳までの 8 年以上の間、1 例ではあるが、歩行の生後発達を筋電図記録し 検討を加えた。 被験者は、生後 3 週目の正常新生児(女児)について、原始歩行から成 熟した歩行を習得・習熟する 8 歳頃まで、縦断的に動作・筋電図記録を行っ た。原始歩行を誘発するため、被験者の両腋下を支え、足底を床面に着け る方法を用いた。よく協応した歩行様動作(原始歩行)は、出生直後から 生後 3 ∼ 4 ヵ月頃までコンスタントに観察された。原始歩行は誘発が常に 容易ではないが、本実験では 3 歩以上のよく協応した歩行様動作を誘発し、 動作・筋電図を記録することができた。生後 3 週目から 3 歳まで、2 週か ら 2 ヵ月間隔で筋電図を 38 回記録し、その後、3 歳から 8 歳までは、6 ヵ
歩行の発達
月間隔で 10 回動作・筋電図を記録した。 今 回 の 縦 断 的 筋 電 図 実 験 結 果 と、 我 々 の 先 行 研 究(Okamoto ら. 1972,1985,2001)から、歩行の発達期を以下の段階に分類した。歩行発 達初期の支持歩行期を①新生児原始歩行期、②乳児原始歩行開始期、③乳 児原始歩行初期、④乳児随意支持歩行期の 4 期に分けた。また、独立歩行 の習得・習熟期を①乳児型歩行開始期、②乳児型歩行初期、③幼児型歩行 期、④成人型歩行期の4期に分けた。図 3−1、図 3−3 は同一被験者のフォー ムを示し、図 3−2、図 3−4、図 3−5、図 3−6、図 3−7、図 3−8 は同一 被験者の代表な縦断的筋電図を示している。
図 3−1 新生児原始歩行から成人型歩行に至る歩行動作の発達(同一被験者) 上段:左;新生児原始歩行,中;乳児原始歩行,右;乳児支持歩行.中段:左;乳児随意支持歩行,中; 乳児型歩行(独立歩行開始期),右;乳児型歩行(独立歩行初期).下段:左;幼児型歩行,中・右;成 人型歩行.
支持歩行の発達期:新生児原始歩行(新生児原始歩行期・生後 4 週頃まで),乳児原始歩行(乳児原始 歩行開始期・生後 1 ∼ 2 ヵ月頃) ,乳児原始歩行(乳児原始歩行初期・生後 3 ∼ 5 ヵ月頃),乳児随意 支持歩行(乳児支持歩行期・生後 6 ∼ 12 ヵ月頃).
独立歩行の発達期:乳児型歩行(乳児独立歩行開始期・歩行習得 4 週頃まで),乳児型歩行(乳児独立 歩行初期・歩行習得 1 ∼ 2 ヵ月頃),幼児型歩行(幼児型歩行期・歩行習得 3 ヵ月頃∼ 2 年頃),成人 型歩行(成人型歩行期・歩行習得 2 年以降).
ヒトの歩行発達
新生児原始歩行 (生後 4 週頃まで)
図 3−2 新生児原始歩行の筋電図(生後 3 週目) TO:つま先離地,FC:足底接地,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋, BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期.
図 3−2 は、生後 3 週目の原始歩行の筋電図を示している。この期は屈 曲優位で、膝・股関節が強く屈曲され、遊脚期中頃では大腿が水平以上ま で挙上された。足は前方に挙上され、母趾が極端に背屈されていた。着地 にかけては、ゆっくりと受動的に膝・股関節が伸展された。通常、足底外 縁着地が多く認められたが、一部、踵着地、足底全面着地、つま先着地も 認められた。支持脚は、立脚期の間、比較的曲げられていた。 遊脚期始めの離地時、前脛骨筋、大腿直筋、大腿二頭筋は顕著な筋活動 を示した。遊脚期では、中頃あるいは後半まで前脛骨筋に顕著な持続放電 がみられたが、大腿直筋と大腿二頭筋ではごく弱い放電しか認められな かった。また、大腿二頭筋は着地前から強い放電がみられ始めた。遊脚期 の間、腓腹筋、内側広筋、大殿筋では、ほとんど放電がみられなかった。
歩行の発達
立脚期では、抗重力筋である腓腹筋、大腿二頭筋、大殿筋に比較的強い 持続放電が認められた。立脚期はじめ、ごくわずかに脚屈曲がなされた両 脚支持期では、下肢筋の多くに放電がみられた。立脚期の片脚支持期では、 主働筋と拮抗筋の筋活動(前脛骨筋:TA と腓腹筋:LG、大腿直筋:RF と大腿二頭筋:BF)は、相反パターン(TA−と LG+、RF−と BF+) 、 同時放電パターン(TA+と LG+、RF+と BF+)、逆相反パターン(TA +と LG−、RF+と BF−)の 3 つのパターンが混在したが、出現の仕方 は不規則でバリエーションが認められた(図 3−12)。
図 3−3 生後 3 週目の新生児原始歩行
ヒトの歩行発達
乳児原始歩行 (生後 1 ∼ 5 ヵ月頃)
図 3−4 乳児原始歩行の筋電図(左:生後 1.5 ヵ月、中:生後 3.5 ヵ月、右:生後 5 ヵ月) TO:つま先離地,FC:足底接地,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋, BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期.
1)乳児原始歩行開始期(生後 1 ∼ 2 ヵ月頃) 図 3−4(左)は、生後 1.5 ヵ月の原始歩行の筋電図を示している。この 期の原始歩行は新生児期と比べると、よりリズミカルである。遊脚期前半 の股関節屈曲は、新生児期と同様、強くなされたが、遊脚期後半の脚伸展 はより積極的になり始めた。着地動作は、前足外縁着地が多く認められた。 遊脚期では、前脛骨筋の持続放電が、新生児期より早く遊脚期後半で減 少・消失したが、大腿直筋と大腿二頭筋の放電様相は離地時に burst がみ られ、新生児期と同傾向を示した。新生児原始歩行の遊脚期でみられなかっ た腓腹筋と内側広筋の放電が、着地前にみられ始めた。 立脚期では、新生児期と同様、内側広筋に持続あるいは断続的な放電が みられた。下肢後面筋の腓腹筋、大腿二頭筋、大殿筋は強弱のある持続放
歩行の発達
電が認められた。片脚支持期では、新生児期と同様、主働筋と拮抗筋の筋 活 動( 前 脛 骨 筋:TA と 腓 腹 筋:LG、 大 腿 直 筋:RF と 大 腿 二 頭 筋: BF)は、相反パターン(TA−と LG+、RF−と BF+)を示した。新生 児期に比べると、同時放電パターン(TA+と LG+、RF+と BF+)は 減少し、逆相反パターン(TA+と LG−、RF+と BF−)は非常に少な くなった(図 3−12)。 2)乳児原始歩行初期(生後 3 ∼ 5 ヵ月頃) 図 3−4(中)は、生後 3.5 ヵ月の原始歩行の筋電図を示している。この 期では、テーブルに足先が着地する時、足音が聞こえるほど積極的な脚伸 展がなされた。遊脚期前半の股関節屈曲は、新生児期と乳児開始期と同様、 強くなされた。遊脚期後半の脚伸展は、乳児開始期と比べ、視覚的にわか るほどより強くなされた。着地動作は、ほとんどつま先着地であった。 遊脚期前半では、特に、前脛骨筋の放電は減少・消失した。遊脚期後半 では、腓腹筋(足底屈筋)と内側広筋(膝伸展筋)の放電が、しばしば増 大する傾向が多くみられた。 立脚期では、乳児開始期(生後 1 ∼ 2 ヵ月頃)と同様、内側広筋に持続 あるいは断続的な放電が多くみられ、また、下肢後面筋の腓腹筋、大腿二 頭筋、大殿筋に強弱のある持続放電が認められた。片脚支持期では、乳児 開始期と比べ、主働筋と拮抗筋の筋活動(前脛骨筋:TA と腓腹筋: LG、大腿直筋:RF と大腿二頭筋:BF)は、より多くの相反パターン(TA −と LG+、RF−と BF+)を示した。乳児開始期に比べると、同時放電 パターン(TA+と LG+、RF+と BF+)は殆どみられなくなり、逆相 反パターン(TA+と LG−、RF+と BF−)はこの期ではまったく観察 されなくなった(図 3−12)。 図 3−4(右)は、生後 5 ヵ月の乳児支持歩行の筋電図を示している。 この期に原始歩行を誘発することは非常に困難であったが、我々は時折、 歩行様動作を誘発することができ、得られた筋電図パターンは、基本的に 生後 3.5 ヵ月の乳児原始歩行のパターンと極めて類似していた。
ヒトの歩行発達
乳児随意支持歩行 (生後 6 ∼ 12 ヵ月頃)
図 3−5 乳児支持歩行の筋電図(左:生後 6 ヵ月、中:生後 9 ヵ月、右:生後 11.5 ヵ月) TO:つま先離地,FC:足底接地,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋, BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期.
図 3−5 は、生後 6 ヵ月、9 ヵ月、11.5 ヵ月の支持歩行の筋電図を示し ている。生後 6 ヵ月以降、乳児は四つ這い動作を始め、上体直立で支持さ れると比較的安定した歩行を示す傾向がみられた。独立歩行開始 1 ヵ月前 の生後 11 ヵ月頃は、直立立位維持能力が向上し、ひとり立ちが成功し始め、 片手支持で歩けるようになった。遊脚期前半の股関節屈曲は以前に比べ減 少し、大腿があまり挙げられなくなった。遊脚期後半の積極的な脚伸展動 作がみられなくなり、踵着地が多くみられ、支持脚は伸展されていた。 遊脚期始め、大腿直筋に一部放電がみられたが、大腿二頭筋の放電はほ とんどみられなくなった。遊脚期後半の腓腹筋と内側広筋についてみると、 生後 6 ヵ月と生後 9 ヵ月では両筋に放電がほとんど認められなかったが、 独立歩行開始直前(生後 11.5 ヵ月)では、両筋に放電がみられ始めた。
歩行の発達
立脚期では、発達初期に比べ、内側広筋に持続放電がみられなくなった。 支持歩行における立脚期の間、抗重力筋の腓腹筋と大腿二頭筋は、特に強 い持続的な放電を示した。この期の主働筋と拮抗筋の筋活動(前脛骨筋: TA と腓腹筋:LG、大腿直筋:RF と大腿二頭筋:BF)は、同時放電パター ン(TA+と LG+、RF+と BF+)は認められず、相反パターン(TA− と LG+、RF−と BF+)を多く示した(図 3−6)。
図 3−6 乳幼児独立歩行習得 1 日目の筋電図(1 歳児) SUPPORT:支持歩行,INDEPENDENT:独立歩行,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期. ヒトの歩行発達
乳児型歩行 (歩行習得 1 日目∼ 2 ヵ月頃)
図 3−7 独立歩行の習熟過程の筋電図(左:歩行習得 1 週目、中:1 歳 1 ヵ月、右:1 歳 3 ヵ月) TO:つま先離地,FC:足底接地,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋, BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期.
1) 独立歩行開始期(歩行習得 4 週頃まで) 図 3−7(左)は、1 歳で、歩行習得 1 週目の独立歩行の筋電図を示して いる。支持なしで、10 歩以上の連続歩行が可能になった。遊脚期前半、 大腿は積極的に体の斜め外方向に挙上された。着地にかけては、脚を素早 く降す動作が多くみられ、積極的に膝・股関節が伸展された。着地動作は 踵着地も一部みられるが、つま先や足底全面着地が多く認められた。支持 脚は軽く膝屈曲がなされていた。立脚期では、歩隔(両足の横幅)を肩幅 以上に広げたワイドベースで重心を下げ、上腕は外転挙上したハイガード を示した(図 3−6)。 遊脚期前半では前脛骨筋と大腿直筋が強く働いた。遊脚期後半の着地前 では、腓腹筋、内側広筋、大腿二頭筋、大殿筋の放電が強くなり、着地寸
歩行の発達
前では前脛骨筋に集中した強い放電が認められた。 立脚期では、多くの下肢筋に断続的あるいは持続した放電様相が認めら れた。下肢筋の主働筋と拮抗筋の筋活動は、片脚支持期において相反パター ンだけでなく、同時放電パターンや逆相反パターンを示した(図 3−6 INDEPENDENT、図 3−12)。 2) 歩行習得初期(歩行習得 1 ∼ 2 ヵ月頃まで) 図 3−7(中)は、1 歳 1 ヵ月で、歩行習得 1 ヵ月の独立歩行の筋電図を 示している。乳幼児なりに歩くことに慣れ、かなり歩けるようになった。 遊脚期中頃、大腿は独立歩行開始期ほど高く挙上されなかった。遊脚期後 半の脚伸展動作は積極的であった。着地動作は足底全面着地も一部みられ るが、つま先着地が多く認められた。歩行開始期に比べ、歩隔が狭められ、 支持脚の膝屈曲が減少し、腰の位置が高くなり、外転挙上されていた上腕 は降ろされ始めた。 遊脚期始めの離地時、多くの下肢筋は歩行習得 1 ヵ月頃までの筋活動パ ターンと同傾向を示した。立脚期では、下肢筋の過剰な放電様相が減少・ 消失する傾向がみられ、特に内側広筋の持続放電は顕著に減少・消失した (図 3−9) 。独立歩行開始期にみられた前脛骨筋と大腿直筋の強い持続放 電は減少・消失する傾向を示したが、腓腹筋と大腿二頭筋の持続放電は立 脚期の間まだ残存した(図 3−9)。 立脚期の片脚支持期についてみると、図 3−12 に示すように、下肢筋 の主働筋と拮抗筋の筋活動は、独立歩行開始期に比べ相反パターンを多く 示した。一部、同時放電パターンが認められたが、独立歩行開始期と比べ るとかなり減少した。逆相反パターンはこの期では観察されなかった。 上述したように、非常に不安定な独立歩行開始期と、歩行運動を 1 ∼2ヵ 月間、反復練習した歩行運動学習初期の下肢筋放電様相を比較すると、特 に立脚期に顕著な変化が認められた。すなわち、歩行習得 1 ヵ月頃までの 独立歩行開始期では、下肢前面筋群(前脛骨筋・大腿直筋・内側広筋)と 下肢後面筋群(腓腹筋・大腿二頭筋・大殿筋)に、成熟した歩行ではみら れない断続的あるいは持続的な強い筋活動が参画した。歩行習得 1 ヵ月頃 から、下肢前面筋群の過剰な筋活動が減少・消失する傾向がみられ、歩行 運動学習初期における筋電図的変化が認められた。
ヒトの歩行発達
幼児型歩行 (歩行習得 3 ヵ月頃∼ 2 年頃)
図 3−8 独立歩行の習熟過程の筋電図(左:2 歳、中:3 歳、右:7 歳) TO:つま先離地,HC:踵着地,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF: 大腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期.
図 3−7(右)は、1 歳 3 ヵ月で、歩行習得 3 ヵ月の独立歩行の筋電図 を示している。乳幼児は、比較的安定した歩行パターンを示し始めた。遊 脚期前半、大腿は独立歩行開始期ほど強く挙上されなくなった。その後、 遊脚期後半の膝伸展はより受動的となり、踵とつま先がほとんど同時に着 地し始めた。乳児歩行に比べ腰の位置がより高くなり、体前傾姿勢を利用 し前方へ移動する歩行パターンを示し始めた。歩隔は肩幅以内に狭められ、 上腕は降ろされるが体側よりまだ少し離れていた。 遊脚期始め、歩行習得 3 ヵ月頃の前脛骨筋と大腿直筋の放電様相は、歩 行習得 1 ヵ月までのパターンと同傾向を示した。歩行習得 3 ヵ月後では、 遊脚期中頃における内側広筋の放電が減少・消失し、遊脚期後半における 腓腹筋の放電はみられなくなった。
歩行の発達
立脚期後半、歩行習得 1 ∼ 3 ヵ月頃では、大殿筋の放電が一部減少する 傾向がみられた。しかし、立脚期における下肢筋の放電様相には顕著な変 化が認められなかった。 図 3−8(左)は、2 歳の日常歩行の筋電図を示している。乳幼児は、 比較的安定した歩行パターンを示し、速足歩行や小走りもできるように なってきた。遊脚期前半、大腿はあまり強く挙上されなくなった。その後、 遊脚後半の素早い脚伸展はなされなくなり、踵とつま先はほとんど同時に 着地した。支持脚の軽い膝屈曲位が少し解除され、体前傾姿勢で脚の屈伸 動作を利用し前方へ移動する歩行パターンを示し始めた。乳児歩行に比べ 腰の位置がより高くなり、歩隔は狭められ、上腕は通常歩行では、まだ少 し挙上されていた。 遊脚期始め、前脛骨筋に強い放電が観察されたが、大腿直筋と大腿二頭 筋には離地時、顕著な放電がほとんど認められなかった。着地直前では、 前脛骨筋の放電が認められなくなった。 立脚期の間、抗重力筋である腓腹筋、大腿二頭筋、大殿筋の持続放電は、 歩行習得 1 ∼ 3 ヵ月頃と同様のパターンを示した。
図 3−9 独立歩行開始から幼児型歩行に至る下肢筋活動パターンの発達的変化(1 歳前後から 3 歳頃) TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,SW:遊脚期,ST: 立脚期.筋電図パターンの出現頻度;(++):非常に多い,(+):多い,(−):非常に少ない.
ヒトの歩行発達
成人型歩行 (歩行習得 2 年後) 図 3−8(中と右)は、3 歳と 7 歳の日常歩行の筋電図を示している。幼 小児は、この期に成人と類似した安定した歩行パターンを示し始めた。遊 脚期前半、大腿は最小限の挙上しかなされなかった。着地動作は、成人歩 行と同様、母趾を地面より高く上げ、踵着地を示した。その後、足底のロー リング動作から踵の強い押し出しを効かし、つま先で離地する成熟した歩 行パターンに変化した。2 歳の終わり頃までみられた体前傾姿勢から、成 人歩行に類似した体直立姿勢に移行し始めた。上腕はもはや挙上されず (ローガード)、上下肢の協応動作を示す腕の振り(アームスイング)も認 められた。 遊脚期始めの離地時、前脛骨筋に強い筋活動がみられ、一部同期して、 大腿直筋のごく弱い筋活動が認められた。着地前では、前脛骨筋に強い放 電が多く認められた(図 3−10)。 立脚期前半にみられた腓腹筋の持続放電は減少・消失し、立脚期後半の 踵押し上げ時では、腓腹筋に集中した強い放電が認められた。立脚期にみ られた大腿二頭筋と大殿筋の強い持続放電は減少・消失し、成人歩行と類 似した筋活動パターンを示した(図 3−10)。
図 3−10 幼児型歩行から成人型歩行に至る下肢筋活動パターンの発達的変化 TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,BF:大腿二頭筋.筋電図パターンの出現頻度; (++):非常に多い,(−):非常に少ない.
歩行の発達
歩行の発達期
図 3−11 新生児原始歩行、乳児支持歩行、乳幼児独立歩行の発達期(誕生から 3 歳頃)
ヒトの歩行発達
図 3−12 歩行動作の片脚支持期における筋活動パターンの発達的変化(主働筋と拮抗筋:前脛 骨筋と腓腹筋、大腿直筋と大腿二頭筋) (誕生から 3 歳頃) TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,+:強い筋活動,−:筋活動 がみられない.
(1)相反パターン (TA−と LG+、RF−と BF+) 体前傾姿勢保持に関与した、下肢前面筋(前脛骨筋、大腿直筋)に放電 様相がみられず、下肢後面筋(腓腹筋、大腿二頭筋)に放電様相がみられ るパターン。 (2)逆相反パターン (TA+と LG−、RF+と BF−) 体後傾姿勢保持に関与した、下肢前面筋(前脛骨筋、大腿直筋)に放電 様相がみられ、下肢後面筋(腓腹筋、大腿二頭筋)に放電様相がみられな いパターン。 (3)同時放電パターン (TA+と LG+、RF+と BF+) 下肢の関節保持固定で立位姿勢保持に関与した、下肢前面筋(前脛骨筋、 大腿直筋)と下肢後面筋(腓腹筋、大腿二頭筋)に同時収縮がみられるパ ターン。
歩行の発達
考察 成熟した歩行を獲得する 3 歳頃までの生後発達において、歩行に関連し た運動は(図 3−11)、しばしば主働筋と拮抗筋の同時収縮を示す過剰な 筋活動パターンから始まると推察される。乳児支持歩行やその後の独立歩 行だけでなく、新生児原始歩行においても、下肢筋は過剰な筋活動から合 理的で洗練された筋活動へ、発達的に変化することが明らかになった(図 3−12、図 3−14)。これらの筋電図的知見は、立脚期と遊脚期の両期にお いて実証された。興味深いことに、生後 2 ∼ 3 ヵ月頃の原始歩行以後に観 察された規則性のある発達的変化が、その後の乳児随意支持歩行や乳児独 立歩行の習熟過程においても認められる実験結果を得た。 離地時についてみると、前脛骨筋の活動と、同時に時々参画する大腿直 筋の活動は、原始歩行、支持歩行、独立歩行に至るまで、比較的同傾向を 示した。これらの 2 つの下肢屈筋の活動は、つま先離地時に、屈曲反射が 関与した特徴なのかもしれない。一方、つま先離地時に参画した大腿二頭 筋の活動は、異なった発達期において同様の発達的変化が認められた。す なわち、新生児原始歩行期と独立歩行開始期では、大腿二頭筋は前脛骨筋 と大腿直筋と同時に活動したが、各歩行期において歩行が習熟すると、大 腿二頭筋は前脛骨筋と大腿直筋と相反的に活動するようになった。 着地前についてみると、生後 3 ∼ 4 ヵ月頃の乳児原始歩行において腓腹 筋と内側広筋は活動的で、その後 1 歳頃の独立歩行開始数ヵ月の間も再び 活 発 に な る 結 果 が 得 ら れ た。 こ の 脚 伸 展 筋 活 動 の 出 現 が、MilaniComparetti(1967)が生後 4 ヵ月頃に出現すると報告したパラシュート 反応の出現時期と一致しているので、着地前の腓腹筋と内側広筋の筋活動 が、生後 3 ∼ 4 ヵ月のパラシュート反応と密接に関係があることが推察さ れる。支持歩行がその後数ヵ月でより随意的になったとき、あるいは独立 歩行習得 1 ∼ 3 ヵ月後で乳幼児なりに歩行に慣れてきたとき、この腓腹筋 と内側広筋の活動はもはやみられなくなった。これらの筋活動の欠如は、 バランスと姿勢制御の発達を反映するように思われる。この着地前におけ る腓腹筋と内側広筋の筋電図的変化は、単純な反射や皮質下の運動反応か ら、反射の皮質抑制を通して、随意的あるいは大脳皮質が関与した運動が 歩行反射に加味された、歩行の生後発達として解釈できる。 着地動作は、支持歩行と独立歩行の発達期において、類似した発達過程 を経る。最初はつま先着地が多いが、発達するにつれ、足底全面着地、そ の後踵着地へと移行する。着地前の前脛骨筋の集中した強い筋活動は、歩 ヒトの歩行発達
行習熟により明瞭な発達的変化がみられ、歩行の安定性の成熟が反映され る指標として解釈することができる。この点については、歩行習熟過程の 間、歩行の安定性の成熟を反映する他の動作も、同様に変化する。たとえ ば、歩行が安定するにつれ、広い歩隔(ワイドベース)が徐々に減少して 狭められ、外転挙上した上肢(ハイガード)はミディアムガードに移行し、 最終的には成人と同じローガードを示す発達的経過があげられる。 着地後、下肢筋は遊脚期に比べより大きな負荷を受けるが、それは特に 内側広筋の活動をみると明らかである。原始歩行期では,足を床に押しつ ける脚伸展時、内側広筋はかなり強い活動を示した。しかし、生後 6 ヵ月 以降の支持歩行期では、支持脚は衝動的に床を押さないので、内側広筋に 強い活動はみられず、乳児は支持者に体重を支えられて歩いていた。生後 11 ヵ月で、乳児支持歩行から独立歩行獲得に近づいたとき、内側広筋に 積極的な筋活動があまりみられなかった。これは、重心が膝関節の前方へ 移動したとき、乳児が支持脚の膝で受動的に体重を支えるからであろう (図 3−13)。しかし、独立歩行開始期は、乳幼児が支持なしでバランス維 持と体重を支える必要があるため、内側広筋は強い持続活動を示し劇的に 変化する。着地時に下肢が体重の衝撃を受けるとき、重心を低く保ちバラ ンス維持のため、膝が軽く屈曲されたままであった。独立歩行獲得後で、 乳児が支持脚の膝の前方に体重を移したとき、内側広筋は着地時の衝撃を 吸収するため集中した筋活動を示し、その後の立脚期では必要最小限の筋 活動を示すまでに進歩した。 立脚期の両脚支持期から片脚支持期へ移動するとき、乳児は動的バラン スを維持しなければならない。片脚支持期において、足関節の主働筋と拮 抗筋である腓腹筋と前脛骨筋の相互作用は、膝・股関節の主働筋と拮抗筋 である大腿直筋と大腿二頭筋の相互作用と同様、非常に重要になる。乳児 が支持なしで歩くとき、非常に不安定で難しい直立二足歩行を遂行するた め、これら下肢筋の同時収縮は可能な限り安定性を提供するために参画す る。この同時放電パターンは、独立歩行獲得期の最初の試行錯誤のときに 現れるので、他の相反パターンや逆相反パターンも現れる可能性がある (図 3−12)。興味深いことに、これら 3 つのパターンは原始歩行期におい ても同様に出現し、この非常に早い歩行発達時期で、体前傾姿勢保持のと き相反パターンが現れ、体後傾姿勢保持傾向のとき逆相反パターンが出現 することが認められた。筋肉が力学的な負荷に対応して姿勢制御がなされ ていることが示唆された。乳児が前方へ力学的安定性を得て歩くとき、同 時放電パターンより相反パターンが多くなり、3 歳頃までに主働筋と拮抗 筋の活動パターンの洗練が完全になされる。そして、成熟した歩行制御に
歩行の発達
関与する筋活動と動的バランスコントロールによって、乳幼児は自分の力 で前進するのである。 我々の筋電図による縦断的観察から、主働筋と拮抗筋のパターンの発達 的変化、すなわち原始歩行期と支持歩行期における下肢筋の同時放電パ ターンから相反パターンへの移行が、独立歩行の習得・習熟過程に、再び 認められることが明らかになった。正常乳児・乳幼児の筋力・バランス機 能が向上したとき、支持歩行や独立歩行における二足歩行の一連の発達期 において、下肢筋の同時収縮パターンは減少・消失する(図 3−14)。ヒ トの二足歩行の発達段階を示すバロメーターとして用いられる、洗練され た相反パターンへの移行は、筋力の発達とバランス機能の成熟、神経成熟 を反映するバランスコントロールによる姿勢変化に起因すると思われる。
図 3−13 独立歩行獲得前の支持歩行(中央:1 歳児)と幼児型歩行(右:2 歳児)
ヒトの歩行発達
図 3−14 新生児原始歩行、乳児支持歩行、乳幼児独立歩行の下肢筋活動パターンの発達的変化 (誕生から 3 歳頃)
歩行の発達
TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,SW:遊脚期, ST:立脚期.筋活動パターンの出現頻度;(++):非常に多い,(+):多い,(−):非常に少ない, (+),(−):(+)と(−)の混在.
ヒトの歩行発達
筋電図バイオフィードバックへの応用
正常歩行の発達過程は、歩行解析の基礎資料としてだけでなく、 歩行退行過程、歩行安定度の評価、ならびに歩行機能回復などに応用できる。
Ⅱ 歩行分析・評価への応用 ―歩行不安定度指標―
乳児独立歩行
ヒトは片足立位ができると、独立歩行が可能になる。 不安定な二足歩行を制御し、安定した歩行を獲得するには、運動学習が重要な要素となる。
4 歩行発達過程の筋電図変化から導いた 歩行不安定度指標 歩行不安定度を筋電図的に評価できる指標を導くため、独立歩 行を獲得する 1 歳頃から成人型歩行が出現する3歳頃まで、独 立歩行の習得・習熟過程を検討した。歩行発達過程の筋電図的変 化から観察された歩行バランスに関与する筋電図パターンを、次 のように分類することができた。 (1)非常に不安定な歩行:歩行習得 1 ヵ月頃までみられる遊脚 期後半の内側広筋の放電様相と、立脚期の間の前脛骨筋と大腿直 筋の放電様相、ならびに内側広筋の持続放電様相は、幼児・成人 型歩行にはみられず、非常に不安定な歩行を示す筋電図的指標で あることが推測された。 (2)不安定な歩行:歩行習得 3 ヵ月頃までみられる遊脚期後半 の腓腹筋の放電様相は、幼児・成人型歩行にはみられず、不安定 な歩行を示す筋電図的指標であると考えられた。 (3)少し不安定な歩行:3歳頃までみられる立脚期前半の腓腹 筋の放電様相、ならびに着地から踵押し上げまでの大腿二頭筋と 大殿筋の持続放電様相は、幼児型歩行にみられ成人型歩行にはみ られないことから、少し不安定な歩行を示す筋電図的指標である ことが示唆された。
通常、正常乳児は生後約 1 年で直立二足歩行が可能になる。二足歩行動 作は四つ這い動作に比し力学的に不安定な立位姿勢を保持し、移動時の身 体重心の変化に対してバランスを維持するため、高度な抗重力機構とバラ ンス反応の発達が必要とされる。 Thelen(1989)は、筋力とバランス能力がある閾値に達すると独立歩 行が出現すると述べているが、特に独立歩行獲得直後の乳幼児歩行は、成 人歩行と顕著に異なる特有の歩行パターンを示す。例えば、McGraw (1940)、Okamoto ら(1985,2001,2003)は、歩行獲得直後の歩行パター ン、特に着地動作では、成人のように踵着地もみられるが、成人ではみら れないつま先着地もかなり認められると報告している。また、歩数の増加、 歩幅の減少、立脚期の過度の回転と過度の屈曲、着地直後の膝・股関節の 屈曲がみられないより単純な回転関節パターン、上腕との協応動作の欠如、 筋の過度の硬直あるいは同時収縮がみられる点等が、成熟した成人歩行と 異なる主な特徴として示されている。 McGraw(1940)、Burnett ら(1971)、Okamoto ら(1985,2001, 2003)は、乳幼児独立歩行の発達過程を動作の面から分析し、歩行獲得直 後は歩隔が広く(ワイドベース)、上肢を外転挙上した(ハイガード)不 安定な歩行であるが、次いでワイドベースが減じミディアムガードのやや 安定した歩行に移行し、最終的には成人と同じローガードの安定した歩行 へ推移する規則性のある運動発達パターンを報告している。 乳幼児の運動発達のメカニズムは姿勢発達との関連で多く研究されてお り、原始反射と姿勢運動発達を関連づけた Milani−Comparetti ら(1967) の運動発達評価表等がよく用いられている。しかし、成人で行われるよう な筋電計、角度計、圧力板等を用いた歩行実験は乳幼児では困難であり、 歩行発達の研究では映像解析等が主となっている。また、運動発達の基本 的な研究方法である縦断的研究の重要性は Touwen(1976)により強調さ れているが非常に少なく、McGraw(1940)の諸種の反射及び運動行動の 発達に関する研究や、Touwen(1971,1976)による諸種の反射・運動行 動の発達とそれらの間の相互関係を明らかにしようとした研究等があげら れる。 動作・筋電図学的所見からみた乳幼児独立歩行の発達は、Sutherland (1980)、Forssberg(1985)、Thelen ら(1987)による横断的研究はあるが、 筋電図を用いた乳幼児の運動発達の縦断的研究は、Okamoto ら(1972, 1983,1985,2001,2003)の歩行習得・習熟過程の筋電図学的研究以外は ほとんど見当たらない。
歩行分析・評価への応用
図 4−1 歩行不安定度指標としての筋活動パターンの発達的推移(1 歳前後から 3 歳頃) TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋, BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
歩行の不安定さを示す筋電図パターンが、独立歩行初期(歩行習得 1 ∼ 3 ヵ月頃)に減少・消失する。 その後、少し不安定な歩行を示す筋電図パターンが 3 歳頃に減少・消失し、合理的な筋活動を示す安 定した成人型歩行へ移行し始める。
歩行不安定度指標
正常乳幼児の歩行獲得過程の筋電図的発達推移を把握することは、発達 障害児における歩行障害、異常歩行の診断・治療の理解に役立ち、外見上 では判別できない歩行能力、歩行バランス、ならびに歩行制御機構を筋電 図的所見から評価する基礎資料になると思われる。また、老人においても 発達過程にみられる各段階の歩行機能維持を目的とした運動療法により、 歩行機能後退を予防することは十分可能と思われる。 正常乳幼児の独立歩行発達過程から歩行制御に関与する筋活動パターン を検索するため、最も不安定な独立歩行獲得期における 1 歳前後の同一乳 幼児を用いて安定した成人型歩行パターンを示す 3 歳頃まで、通常の皮膚 表面誘導法で下肢筋群から縦断的に筋電図を記録した。そして、すでに報 告されている体前傾ですり足的な幼児型歩行、体直立で踵押し上げ(push off)を効かした成人型歩行の筋電図的特徴を再検討するとともに(図 4− 1、図 4−2)、縦断的な歩行発達過程から歩行不安定度を筋電図的に評価 できる指標の作成を試みた。
図 4−2 歩行発達過程における過剰な筋活動パターンの洗練(1 歳前後から 3 歳頃) 乳児型歩行にみられる過剰な筋活動は、未発達な筋力とバランス能力に起因すると考えられる。月・年 齢的推移により、筋力・バランス機能が発達し歩行が安定性を増すにつれ、過剰な筋活動が洗練される。 乳児型歩行は成人型・幼児型歩行の上に、非常に不安定な乳児特有の歩行パターンが覆われたものであ り、幼児型歩行は成人型歩行の上に、少し不安定な幼児特有の歩行パターンが覆われたものであると推 察できる。
歩行分析・評価への応用
筋電図からみた独立歩行の発達的推移 被験者は独立歩行を始めた 1 歳前後(生後 306 日、375 日、385 日)の 乳児・乳幼児 3 名を対象に、同一被験者が生後初めて支持なしで独立歩行 を獲得し、成人型歩行が出現すると考えられる 3 歳頃まで約 1 ∼ 2 ヵ月間 隔で下肢筋の筋電図を縦断的に記録した。なお、独立歩行開始期は 1 ∼ 2 週間隔で筋電図を記録した。比較のため、他の 1 歳の乳幼児 15 名(歩行 獲得直後の 1 歳前後の乳児 5 名、歩行習得1ヵ月頃の乳幼児 5 名、歩行習 得 3 ヵ月頃の乳幼児 5 名)、2 歳前後の乳幼児 5 名、3 歳前後の幼児 5 名、 ならびに成人 5 名について、通常歩行の筋電図記録を行い、横断的に検討 した。また、歩行バランスに関与する筋電図パターンを詳細に検討するた め、歩行獲得初期における乳幼児の立位保持姿勢、支持歩行についても筋 電図的に観察した。
1. 歩行の習得・習熟過程 図 4−3 は生後 385 日の同一乳幼児(subject A)、図 4−4 は生後 306 日 の同一乳児(subject B)における歩行開始期から 3 歳頃までの、縦断的 な歩行発達過程の筋電図を示している。歩行開始期から 3 歳頃までの他の 1 例の縦断的被験者と、歩行開始期、1 ヵ月頃、3 ヵ月頃、2 歳頃、3 歳頃 の各 5 例の横断的被験者の筋電図パターンは、図 4−3(subject A)、図 4 −4(subject B)のどちらかの筋電図パターンに属した。上記被験者の歩 行開始期から 3 歳頃までの筋電図パターンは、成人歩行パターンに比べ過 剰な筋放電を示した。以下、成人歩行と異なる点を中心に検討を行った。 歩行時の筋電図パターンの年齢的推移は、独立歩行獲得期から成熟した 歩行パターンへ移行する 3 歳頃までの間、我々の縦断的・横断的研究結果 においても、特に立脚期と遊脚期後半にみられた過剰な筋活動パターンの 洗練、すなわち規則性のある発達的変化がみられた(Ⅰ章−2、Ⅰ章−3、 図 4−1、図 4−2 参照)(Okamoto ら 1972,1983,1985,2001,2003)。
歩行不安定度指標
図 4−3 乳幼児独立歩行の習得・習熟過程の筋電図(subject A) 上段:左(A−1);歩行習得 1 日目(生後 12.5 ヵ月),右(A−2);歩行習得 1 ヵ月(1 歳 1 ヵ月). 下段:左(A−3) ;歩行習得 3 ヵ月(1 歳 3 ヵ月),中(A−4) ;2 歳 1 ヵ月,右(A−5) ;2 歳 11 ヵ月. TO:つま先離地,FC:足底接地,HC:踵接地,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF: 大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期.
歩行分析・評価への応用
図 4−4 乳幼児独立歩行の習得・習熟過程の筋電図(subject B) 上段:左(B−1);歩行習得 2 週目(生後 10.5 ヵ月),右(B−2);歩行習得 1 ヵ月(生後 11 ヵ月). 下段:左(B−3) ;歩行習得 3 ヵ月(1 歳 1 ヵ月),中(B−4) ;1 歳 9 ヵ月,右(B−5) ;3 歳 5 ヵ月. TO:つま先離地,FC:足底接地,HC:踵接地,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF: 大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期.
歩行不安定度指標
2. 独立歩行開始期における立位
図 4−5 歩行開始期の立位保持の筋電図 左:歩行習得1日目の深い膝屈曲立位(subject B,生後 10 ヵ月),右:歩行習得 2 週目の軽い膝屈曲 立位(subject B,生後 10.5 ヵ月) .TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋, BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,FC:フットコンタクト,Foot Flat:上体直立姿勢で足底全面接地, Toe Contact:上体前傾姿勢でつま先接地,Heel Contact:上体後傾姿勢で踵接地.
1)歩行習得1日目の立位 図 4−5 左(subject B)は、歩行習得 1 日目(生後 306 日目)の立位保 持の代表的な筋電図である(subject B、図 4−4 と同一被験者)。 立位保持の間、足関節筋の前脛骨筋と腓腹筋では、両筋の burst が交互 に交代する相反パターンが多くみられた。膝関節筋の内側広筋は、強い持 続放電が多く認められた。膝・股関節筋の大腿直筋と大腿二頭筋では、独 立歩行開始期の立脚期の筋電図パターンと同様、大腿二頭筋に放電がみら れ大腿直筋の放電が減少・消失する相反パターンと、大腿直筋に放電がみ られ大腿二頭筋の放電が減少・消失する逆相反パターン、そして両筋に放 電のみられる同時放電パターンの 3 つのタイプが混在していた(図 4−3 A−1、図 4−4 B−1)。
歩行分析・評価への応用
2)歩行習得2週目の立位 図 4−5 右(subject B)は歩行習得 2 週目(生後 318 日目)の立位保持 の代表的な筋電図である(subject B、図 4−4 と同一被験者)。 立位保持の間、足関節筋の前脛骨筋と腓腹筋では、歩行習得 1 日目の立 位保持の筋電図パターンと比べると、両筋の burst が交互に交代する相反 パターンがほとんど観察されなくなり、前脛骨筋に放電がみられず腓腹筋 に放電のみられる相反パターンが多く観察された。膝関節筋の内側広筋で は、歩行習得 1 日目における立位保持の内側広筋の強い持続放電と比べる と、持続放電が減少するパターンと、放電が消失するパターンが混在した。 膝・股関節筋の大腿直筋と大腿二頭筋では、歩行習得 1 日目の立位保持の 筋電図パターンと比べると、大腿二頭筋に強い放電がみられ大腿直筋の放 電が減少・消失する相反パターンが多く認められ、大腿直筋に放電がみら れ大腿二頭筋の放電が減少・消失する逆相反パターンと、両筋に放電のみ られる同時放電パターンが減少・消失する傾向を示した。大殿筋の持続放電 は歩行習得 1 日目のパターンと極めて類似していた。しかし、図 4−5 右に みられるように、立位バランスが崩れ瞬間的に踵立位(HC)で体後傾位に なったとき、体後傾位姿勢保持のため、下肢前面の前脛骨筋と大腿直筋に 強い burst がみられた(図 4−5 右 Heel Contact の直前、図 4−6 参照) 。
図 4−6 乳幼児の歩行開始期における各種立位の下肢筋活動 (+) :強い筋活動,(−) :筋活動がみられない,(±) :ごく僅かな筋活動,(+),(−) : (+) と(−)の混在.
歩行不安定度指標
3. 独立歩行開始期における支持歩行
図 4−7 乳児歩行開始期における独立歩行と支持歩行の筋電図(subject B,生後 10.5 ヵ月) 左:歩行習得 2 週目の独立歩行,中:上体前傾姿勢での支持歩行(幼児型歩行),右:上体直立姿勢で の支持歩行(成人型歩行),TO:つま先離地,FC:足底接地,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内 側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期.
図 4−7(中)は歩行習得 2 週目(生後 10.5 ヵ月)の上体前傾姿勢での 支持歩行、図 4−7(右)は同一日における上体直立姿勢での支持歩行の 筋電図を示している(subject B、図 4−4 と同一被験者)。 歩き始めた乳児の手を持って支持すると、強い同時放電パターンからよ り相反的なパターンに変化した。独立歩行(図 4−7 左)に観察された、 遊脚期後半の腓腹筋と内側広筋の強い放電と、立脚期の下肢前面筋である 前脛骨筋、内側広筋、大腿直筋の持続放電が、減少・消失した。 支持歩行で上体前傾姿勢(図 4−7 中)になると、立脚期の間、抗重力 筋で下肢後面筋の腓腹筋、大腿二頭筋、大殿筋に持続放電がみられ、下肢 前面筋の放電が消失し、歩行習得 3 ヵ月頃から 3 歳頃までにみられる幼児 型歩行の筋電図パターンに極めて類似した。また、支持歩行で上体直立姿 勢(図 4−7 右)になると、上体前傾姿勢の支持歩行に比べ、立脚期前半 の腓腹筋、着地後の大腿二頭筋、大殿筋の持続放電が減少・消失する傾向 がみられ、成人型歩行に類似した筋電図パターンを示した。
歩行分析・評価への応用
不安定な歩行時に出現する筋活動パターン 正常乳幼児の独立歩行発達における筋電図的研究で、Okamoto ら(1972, 1983,1985,2001,2003)(図 4−1)、Kazai ら(1976)、Sutherland ら(1980) は、規則性のある月・年齢的変化がみられることを報告している。現在に 至る我々の縦断的・横断的な歩行解析結果においても、次のような発達的 変化が再確認された。歩行習得 1 ヵ月頃までは、中腰姿勢で重心を下げ、 体前傾姿勢で挙上した片脚を素早く着地しようと積極的な脚伸展を行う、 非常に不安定な歩行を示した。歩行習得 3 ヵ月頃から、中腰姿勢が解除さ れ、体前傾姿勢で前方へ移動する少し安定した歩行へ移行し、3 歳頃から 成人歩行に類似した上体直立姿勢の安定した歩行に移行する発達的変化が 認められた。また、歩行習熟過程の筋活動パターンについても同様、不安 定な歩行から安定した歩行への移行を示す規則性のある発達的変化が認め られた。すなわち、独立歩行開始期の乳児・乳幼児歩行においては、成人 歩行に比し過剰で特有な下肢筋活動がみられたが、この過剰な筋活動も歩 行が安定するにつれ徐々に洗練され、上述したように 3 歳頃に合理的な筋 活動を示す成人型歩行へ移行する傾向がみられた。 この章の始めで述べたように、我々の歩行発達過程に関する筋電図解析 結果(Ⅰ章−2、Ⅰ章−3、図 4−1、図 4−2 参照)、ならびに従来の報告 (Okamoto ら 1972,1983,1985,2001,2003)から、 「歩行不安定度指標」 を作成しようとした。我々は安定した成人型歩行ではみられず、非常に不 安定な歩行開始期にみられ、歩行習熟過程で明瞭に洗練されていく筋活動 パターンを解析し検討を加えた。これらは、特に立脚期と遊脚期後半にみ られたので、以下この期に焦点を当て検討をすすめる。
1. 立脚期 ST−TA(Stance Phase−Tibialis Anterior),ST−RF(Stance Phase −Rectus Femoris): 前脛骨筋の持続放電様相(ST−TA)と、前脛骨筋 と同期して参画する大腿直筋の持続放電様相(ST−RF)は、歩行習熟過 程の結果より、歩行習得 1 ヵ月頃までの非常に不安定な歩行開始期に多く みられ(図 4−3 A−1、図 4−4 B−1)、その後消失する傾向がみられた(図 4−3 A−2、図 4−4 B−2)。さらに、歩行開始期の乳児でも、支持で歩行 が安定すると、ST−TA、ST−RF が減少・消失した(図 4−7、図 4−4 B−1 と同一被験者)。また、歩行開始期の立位保持の筋電図結果より、乳 歩行不安定度指標
児が瞬間的に立位バランスを崩し体後傾保持でバランスを取り戻した時、 前脛骨筋(ST−TA)と大腿直筋(ST−RF)に強い burst が出現した(図 4−5 右、Heel Contact の直前)。これらのことから、独立歩行開始期に多 くみられた ST−TA と ST−RF の過剰な放電様相は、後方への身体重心 移動の調整、すなわち体後傾姿勢保持に働いているものと考えられる。 ST−VM(Stance Phase−Vastus Medialis):立脚期の間の内側広筋 の持続放電様相(ST−VM)は、上述した ST−TA と ST−RF と同様、 歩行習得 1 ヵ月頃までの非常に不安定な歩行開始期に多くみられ(図 4− 3 A−1、図 4−4 B−1)、その後消失する傾向がみられた(図 4−3 A−2、 図 4−4 B−2)。さらに、独立歩行開始期の乳児の条件支持歩行の筋電図 結果より、支持のない不安定な歩行でも、支持により歩行の安定性が確保 され中腰姿勢が解除されると、ST−VM が減少・消失した(図 4−7、図 4−4 B−1 と同一被験者)。また、独立歩行開始期の立位の筋電図結果から、 独立歩行 1 日目のスクワット姿勢での立位では内側広筋に強い持続放電 (ST−VM)がみられたが(図 4−5 左)、独立歩行 2 週目のスクワット姿 勢での立位では ST−VM が減少・消失する傾向がみられた(図 4−5 右)。 これは、Okamoto ら(1985,2001,2003)が推測しているように、筋力・ バランス機能の発達により膝関節にかかる負荷が軽減されたことを示して いる。これらのことから、この独立歩行開始期に出現する ST−VM は、 重心を下げ、歩行バランス確保のため、膝屈曲姿勢保持に参画したものと 推測できる。 ST−LG(Stance Phase−Lateral Gastrocnemius),ST−BF・ST− GM(Stance Phase-Biceps Femoris・Gluteus Maximus):立脚期前半の 腓腹筋の放電様相(ST−LG)と、立脚期の大腿二頭筋と大殿筋の持続放 電様(ST−BF,ST−GM)は、歩行習熟過程の結果より、2 歳中頃まで の少し不安定な歩行時に参画し(図 4−3 A−2・A−3・A−4、図 4−4 B −2・B−3・B−4)、その後、これらの放電様相は消失し安定した成人型 歩行に近似する傾向がみられた(図 4−3 A−5、図 4−4 B−5)。さらに、 独立歩行習得初期の条件支持歩行の筋電図結果から、上体姿勢が前傾した 支持歩行がなされた時は ST−LG、ST−BF、ST−GM がみられ、歩行習 得 3 ヵ月頃以降から 3 歳頃までの幼児型歩行に類似した(図 4−7 中)。し かし、上体姿勢が直立した支持歩行がなされた時は、体前傾の支持歩行時 にみられたこれらの持続放電が減少・消失し、安定した成人型歩行に近似 する結果が得られた(図 4−7 右)。これらのことから、ST−LG、ST−
歩行分析・評価への応用
BF、ST−GM の過剰な放電様相は、前方への身体重心移動の調整、すな わち体前傾姿勢保持に参画したものと考える。また、これら 3 筋の活動は、 筋力・バランス機能が発達した体直立姿勢で踵の強い押し出しを効かす成 人型歩行へ移行する前の、体前傾姿勢の歩行時に参画する筋活動パターン であることも推察できた(図 4−5、図 4−6、図 4−7、図 4−8)。 さらに我々は、歩行獲得直後の歩行時の立脚期における過剰な筋活動が、 同時期の立位姿勢保持時の下肢筋活動と極めて類似しているという結果を 得たことから(図 4−3 A−1、図 4−4 B−1、図 4−5 左、図 4−6)、歩行 開始期の立位と歩行を制御する共通の特徴に注目した。まず、力学的所見 からバランスの安定性に影響する因子として、重心の高さと基底面の広さ が問題となり、安定性を得るために重心を低くし基底面を広く保つ必要が ある。通常、筋力・バランスが未発達で非常に不安定な歩行獲得期では、 歩行や立位姿勢保持時に、両足を開脚し支持基底面を広くとり、重心点を より低くするため膝屈曲位保持を示し、安定性を確保するための努力がみ られる。我々の実験結果において、安定性確保には中腰で重心を下げるた めに、一関節筋である内側広筋が大きな役割を果たしていることが明らか になった。 また、安定性に関与する別の因子として、歩行重心を下げ重心点が支持 基底面の中心に近いほど平衡の安定性はよく、辺縁に近づくと安定性は悪 くなることがあげられる。本実験結果の歩行獲得期の歩行や立位時におい て、重心点が支持基底面外に移動し体前傾・体後傾姿勢がとられたとき、 重心点が支持基底面内に落ちるよう調整して、姿勢保持をするバランス反 応と考えられる規則性のある筋活動パターンがみられた(図 4−3 A−1、 図 4−4 B−1)。 すなわち、上述したように、膝・股関節筋の二関節筋である大腿直筋と 大腿二頭筋は体前傾・体後傾姿勢保持のバランスコントロールに参画して いると推測される。一方、Nashner ら(1985)は、支持基底面内に重心点 を戻すバランス制御のために、足関節筋が重要な役割を果たしていると指 摘している。本実験結果の足関節筋において、前方への転倒防止に働く腓 腹筋と、後方への転倒防止に働く前脛骨筋の burst が交互に交代する相反 パターン(図 4−3 A−1)がみられ、安定性確保のため身体重心位置の移 動の修正がなされたものと解釈する。これは歩行習得 1 日目の立位に比し、 歩行習得 2 週目の立位において減少・消失したことからも、歩行開始期に おけるバランス制御のための特徴的な筋活動パターンであることが示唆さ れる(図 4−5)。また、前脛骨筋と腓腹筋の両筋の同時放電パターンもみ 歩行不安定度指標
られたが、これは McGraw(1940)が指摘しているように、グリッピン グに参画し足関節を強く保持固定しバランスを保っているものと推測され る(図 4−4 B−1)。 以上のことから、非常に不安定な独立歩行開始期では、足・膝・股関節 の絶妙な筋活動により歩行バランスが維持されていることが伺える(図 4 −10 ST 参照)。特に、歩行習得・習熟過程を下肢前面筋(前脛骨筋、内 側広筋、大腿直筋)、後面筋(腓腹筋、大腿二頭筋、大殿筋)の放電様相 からみると、非常に不安定な独立歩行開始期では前・後面筋群の多くが参 画したが、少し安定した歩行習得 1 ヵ月頃から前面筋群の参画が減少・消 失し、後面筋群のみが参画するパターンに移行し始める傾向がみられた。 これらのことから、前面筋群は非常に不安定な歩行時に、後面筋群は少し 不安定な歩行時に参画することが示唆された。さらに、後面筋群の放電が 減少・消失すると、安定した歩行であることが指摘できる。
図 4−8 成人の条件歩行の筋電図 左:成人の日常歩行,中:上体前傾姿勢での歩行,右:上体前傾姿勢(膝屈曲位)での歩行(同一被験 者) ,TO:つま先離地,HC:踵接地,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋, BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期. 立脚期の間、ごく僅かな体前傾姿勢で、抗重力筋の大腿二頭筋・大殿筋が働き、さらに前傾が増すと腓 腹筋が参画し始めた。
歩行分析・評価への応用
2. 遊脚期 SW−LG(Swing Phase−Lateral Gastrocnemius),SW−VM(Swing Phase−Vastus Medialis): 遊脚期中頃から着地にかけての内側広筋の放 電様相(SW−VM)は歩行習得 1 ヵ月頃までみられ(図 4−3 A−1・A− 2、図 4−4 B−1)、着地前の腓腹筋の放電様相(SW−LG)は歩行習得 3 ヵ 月頃までみられ、その後消失する傾向がみられた(図 4−3、図 4−4)。 Okamoto ら(1985)、Kazai ら(1976)の報告と実験結果より、乳幼児期 の非常に不安定な歩行時でも(図 4−4 B−1)支持歩行で歩行の安定性が 確保されると、SW−LG と SW−VM が消失することから(図 4−7)、歩 行の安定性に関与する筋活動であることが再確認され、不安定な歩行時に 出現する筋活動であると推察できた。これらは両足支持に比し片足立ちに なると、さらに支持基底面は狭くなり力学的に安定性が悪くなるので、転 倒を防ぐため積極的な足底屈(SW−LG)と膝伸展(SW−VM)がなされ、 パラシュート反射的な自己防御機構に働いたと思われる(図 4−9)。
図 4−9 つまずき立て直しの脚伸展筋の筋電図(3 歳児) STUMBLE:つまずき(VTR ③),FOOT CONTACT:つまずき立て直し着地,STANCE:立脚期, SWING:遊脚期,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,KNEE:膝,EXT.:伸展,FLEX.:屈曲,HC:踵接地, FF:足底全面着地,HO:踵離地,TO:つま先離地,FC:足底接地. つまずき直後(VTR ③)、パラシュート反射と考えられる SWING(遊脚期後半)の LG(腓腹筋:足底 屈筋)と VM(内側広筋:膝伸展筋)の放電が増大する傾向を示した。 歩行不安定度指標
歩行不安定さの筋電図的判定
図 4−10 歩行不安定度指標としての筋活動パターンの発達的推移(1 歳前後から 3 歳頃) ST:立脚期,SW:遊脚期,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿 二頭筋,GM:大殿筋.
乳児型歩行期(歩行習得 1 ∼ 3 ヵ月頃)では、立脚期、中腰体前傾に働く腓腹筋、内側広筋、大腿二 頭筋、大殿筋に強い持続放電が認められ、遊脚期後半、積極的な足底屈に働く腓腹筋と膝伸展に働く内 側広筋に強い放電がみられるが、歩行習得 3 ヵ月頃に腓腹筋の放電が減少・消失し、少し安定した幼 児型歩行へ移行する。幼児型歩行(歩行習得 3 ヵ月頃から)は、立脚期の体前傾を示す腓腹筋、大腿 二頭筋、大殿筋の強い持続放電は残存するが、3 歳頃からそれらの持続放電が減少・消失し、安定した 成人型歩行へ移行する。
歩行分析・評価への応用
要するに、乳児が生後初めて四つ這い位から立位を獲得し、力学的に不 安定になった姿勢での移動運動を遂行する際、安定性を確保するため姿勢 保持機構の作用を示す筋活動や、力学的に安定した姿勢を保持するため、 重心点を低くし基底面を広くする姿勢を示す筋活動が出現することが明ら かとなった。これらの成人型歩行ではみられない過剰な乳児型歩行の筋活 動は、月・年齢的推移により筋力・バランスが発達し歩行が安定性を増す につれ減少・消失することから、不安定な歩行の指標であると考えられる。 以上のことから、歩行発達過程の筋電図的変化から歩行バランスに関与す る筋電図パターンを、歩行安定度別に次の 3 段階に分類し、「歩行の不安 定さを示す筋電図的指標」を作成した(図 4−10、表 4−1)。これは、成 人歩行ではみられない過剰な筋活動から、歩行の不安定度を判定する指標 である。 (1)非常に不安定な歩行 遊脚期後半の積極的な膝伸展に働く内側広筋の放電様相、立脚期の体後 傾保持に働く前脛骨筋と大腿直筋の放電様相、膝屈曲位保持に働く内側広 筋の持続放電様相がみられた場合、非常に不安定な歩行と考えられる。 (2)不安定な歩行 遊脚期後半の積極的な足底屈に働く腓腹筋の放電様相がみられた場合、 不安定な歩行と考えられる。 (3)少し不安定な歩行 立脚期前半の体前傾保持に働く腓腹筋の放電様相と、着地から踵押し上 げの大腿二頭筋と大殿筋の持続放電様相がみられた場合、少し不安定な歩 行と考えられる。 歩行分析・評価への実際的な応用として、独立歩行習得・習熟過程から「歩 行不安定度指標」を導き、安定した成人型歩行への回復や歩行回復過程(リ ハビリテーション)を判定する基礎資料として役立てようとした。 これらの指標は、正常歩行の発達過程を解析する基礎資料としてだけで なく、臨床歩行分析の基礎資料、加齢(老化)に伴う歩行安定度の評価、 ならびに歩行障害を持った患者のリハビリテーション過程における歩行回 復度の評価などにも応用できるものと考える。
歩行不安定度指標
歩行不安定度指標 表 4−1 不安定な歩行時に出現する筋活動パターン
下肢筋
足関節筋
不安定な歩行時に出現する放電様相 ST−TA
立脚期の前脛骨筋の放電
SW−LG
遊脚期後半の腓腹筋の放電
ST−LG
立脚期前半の腓腹筋の放電
独立歩行習得 1 ヵ月頃以内 独立歩行習得 3 ヵ月頃以内 3 歳頃まで 独立歩行習得 1 ヵ月頃以内 独立歩行習得 1 ヵ月頃以内 独立歩行習得 1 ヵ月頃以内
不安定度 非常に不安定 不安定 少し不安定
SW−VM
遊脚期後半の内側広筋の放電
ST−VM
立脚期の内側広筋の放電
ST−RF
立脚期の大腿直筋の放電
ST−BF
立脚期の大腿二頭筋の放電
3 歳頃まで
少し不安定
ST−GM
立脚期の大殿筋の放電
3 歳頃まで
少し不安定
膝関節筋
膝・股関節筋
股関節筋
放電の減少・消失期
非常に不安定 非常に不安定 非常に不安定
ST:立脚期,SW:遊脚期,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿 二頭筋,GM:大殿筋.
まとめ 歩行安定度を筋電図的に評価できる指標を導くため、独立歩行を獲得す る 1 歳頃から安定した成人型歩行を獲得する 3 歳頃まで、3 名の同一乳児・ 乳幼児について、歩行習得・習熟過程を縦断的に検討した。また、比較の ため他の乳幼児 25 名(歩行獲得直後の 1 歳前後の乳児 5 名、歩行習得 1 ヵ 月頃の乳幼児 5 名、歩行習得 3 ヵ月頃の乳幼児 5 名、2 歳前後の乳幼児 5 名、 3 歳前後の幼児 5 名)についても、通常歩行を横断的に筋電図記録し検討 を加えた。我々の縦断的・横断的な独立歩行の発達的解析結果から「歩行 不安定度指標」を導くことができた(表 4−1)。 歩行習得 1 ヵ月頃までみられる遊脚期後半の内側広筋の放電様相(着地 前の膝伸展)と、立脚期の間の前脛骨筋と大腿直筋の放電様相(体後傾姿 勢保持)、ならびに内側広筋の持続放電様相(膝屈曲位保持)は、幼児・ 成人型歩行にはみられず、非常に不安定な歩行を示す筋電図的指標である ことが推測された。
歩行分析・評価への応用
歩行習得 3 ヵ月頃までみられる遊脚期後半の腓腹筋の放電様相(着地前 の足底屈)は、幼児・成人型歩行にはみられず、不安定な歩行を示す筋電 図的指標であると考えられた。 3 歳頃までみられる立脚期前半の腓腹筋の放電様相、ならびに着地から 踵押し上げまでの大腿二頭筋と大殿筋の持続放電様相(体前傾姿勢保持) は、幼児型歩行にみられ成人型歩行にはみられないことから、少し不安定 な歩行を示す筋電図的指標であることが示唆された。 この歩行不安定度の筋電図的指標は、歩行発達過程を解析する基礎資料 だけでなく、異常歩行の診断・治療や、歩行機能回復・改善の筋電図的評 価にも利用できると考える。
図 4−11 1 歳児の非常に不安定な独立歩行
歩行不安定度指標
新生児原始歩行
赤ちゃんはいつから不安定さを感じ始めるのか?
5 歩行不安定度指標の適応⑴ 新生児・乳児支持歩行 ―赤ちゃんはいつから不安定さを感じ始めるのか?―
独立歩行発達過程の筋電図的変化から導いた歩行不安定度指標 を、新生児・乳児支持歩行に適応できるか検討した。 生後 14 ∼ 26 日の新生児 6 名について、生後 4 ヵ月頃まで原 始歩行の筋電図を 1 ∼ 2 週間隔で記録した。内 1 名の被験者に ついては独立歩行獲得直前まで支持歩行の縦断的記録を行った。 歩行不安定度指標を適応した結果、歩行の不安定さに関与する遊 脚期後半の腓腹筋(足底屈筋)と内側広筋(膝伸展筋)の筋活動 パターンが、生後3ヵ月頃から多くみられ始めた。このことから、 生後 3 ヵ月頃から反射的な新生児原始歩行に、大脳皮質が関与 し随意的な動作が加味され始めたことが推測できる。生後 6 ヵ 月から 12 ヵ月頃では、上述の腓腹筋と内側広筋の強い筋活動は、 正常成人歩行と同様、減少・消失し始める傾向が認められた。こ のことから、生後 6 ヵ月頃から立位制御機構ならびに筋力・バ ランス機能が発達し、安定した支持歩行へ変化してきたことが推 察できる。 歩行不安定さの筋電図的指標である、遊脚期後半における腓腹 筋と内側広筋の筋活動の有無から、歩行の起源である原始歩行と 乳児支持歩行の発達的推移が解明できることが示唆された。これ ら遊脚期後半における両筋の活動は、支持歩行においても、歩行 不安定度に関連した筋活動パターンであることが推察された。
ヒトは筋力・バランス能力が発達し、瞬時でも片足立位ができると自立 歩行が可能になるといわれている。しかしながら、筋力・バランス能力の 未発達、個体の老化や神経・筋疾患に伴う筋力・バランス能力の低下、下 肢手術後の筋力低下等によって、自立歩行が困難となり支持歩行を余儀な くされることがある。支持歩行やリハビリテーション等による歩行機能の 回復により、支持歩行の安定度が増強し正常歩行に近似した歩行が可能に なると報告されているが、視覚による動作判定では歩行安定度を十分に評 価できない。それゆえ、支持歩行の歩行安定度を評価するには、筋の作用 機序の面から検討することが非常に重要であると思われる。 我々は、正常乳幼児の歩行発達過程ならびに正常成人歩行の筋電図的解 析結果より、 「歩行不安定度指標」を作成し(Ⅱ章−4)、発達過程におけ る歩行分析、臨床応用の可能性を検討するため、歩行回復過程の筋電図的 評価に指標の適応を試みた。その指標は、歩行安定度別に次の 3 段階に分 類した。歩行習得 1 ヵ月頃までみられる遊脚期後半の内側広筋の放電様相 と、立脚期の間の前脛骨筋と大腿直筋の放電様相、ならびに内側広筋の持 続放電様相は、幼児・成人型歩行にはみられず、非常に不安定な歩行を示 す筋電図的指標であることが推測される。歩行習得 3 ヵ月頃までみられる 遊脚期後半の腓腹筋の放電様相は、幼児・成人型歩行にはみられず、不安 定な歩行を示す筋電図的指標であると考えられる。3 歳頃までみられる立 脚期前半の腓腹筋の放電様相、ならびに着地から踵押し上げの間の大腿二 頭筋と大殿筋の持続放電様相は、幼児型歩行にみられ成人型歩行にはみら れないことから、少し不安定な歩行を示す筋電図指標であることが示唆さ れる。 原始歩行は長い間、研究の対象であり、我々は、正常新生児・乳児にお ける支持歩行の発達過程に、上述の歩行不安定度指標を適応できるかどう か関心を持った。McGraw(1940)と Zelazo ら(1972)は、成人歩行へ 発達する間、新生児期の歩行様動作の重要性を議論してきた。しかし、こ れまで特に歩行の不安定性に焦点を当て、筋電図による原始歩行の発達的 変化を研究したものは非常に少ない。 そこで、新生児原始歩行から乳児支持歩行への発達的変化に、「歩行不 安定度指標」のアイデアを応用できるかを試みた。
歩行分析・評価への応用
被験者は生後 14、18、19、22、23、26 日の正常新生児 6 名(男児 4 名、 女児 2 名)である。最初に「歩行不安定度指標」を用いて、新生児・乳児 の支持歩行の発達過程を観察した。全ての被験者において支持歩行の筋電 図を解析する際、遊脚期後半と立脚期の放電様相に焦点を当てた。その結 果、遊脚期の筋活動パターンに発達的変化がみられ、立脚期の放電様相に かなりのバリエーションが認められることがわかった。この章における図 は、縦断的被験者(subject A:図 5−1、生後 22 日目)の代表的な筋電 図を示している。
図 5−1 生後 22 日目の原始歩行 歩行不安定度指標の適応
生後 1 ヵ月頃まで
図 5−2 生後 22 日目の新生児原始歩行の筋電図(図 5−1 と同一被験者) ST:立脚期,SW:遊脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
図 5−2 は、生後 22 日目の新生児期における原始歩行の代表的な筋電図 を示している。これは、新生児の歩行実験で記録したよりリズミカルな歩 行様動作の筋電図である。新生児原始歩行における脚筋の放電様相は、成 人歩行に比べて、バリエーションが認められた。 新生児期原始歩行の動作特徴をみると、遊脚期前半の下肢引き上げの間、 膝・股関節は強く屈曲され、大腿を水平あるいは水平以上に挙上する場合 が多くみられた。足は前方に挙上され、母趾が極端に背屈されていた。着 地にかけては、積極的な膝・股関節の脚伸展はみられず、下肢の重量によっ てゆっくりと受動的に降ろされる場合が多かった。通常、踵着地が多く認 められたが、一部、足底全面着地やつま先着地も認められた(図 5−3)。
歩行分析・評価への応用
立脚期の支持脚は深いスクワット姿勢を示したが、生後 1 ヵ月頃からスク ワット姿勢が解消され始めた。 筋電図についてみてみると、遊脚期後半の足・膝関節が伸展される時、 腓腹筋(足底屈筋)と内側広筋(膝伸筋)の放電がほとんどみられなかっ た。立脚期、特に片脚支持期では、足・膝・股関節筋に持続放電が認めら れた。多くの下肢筋(前脛骨筋、腓腹筋、内側広筋、大腿直筋、大腿二頭 筋、大殿筋)の放電様相は、不安定な歩行を示す相反パターンと同時放電 パターンが観察され、成人歩行ではみられない過剰でかなりバリエーショ ンのある放電様相がみられた。足関節筋の前脛骨筋と腓腹筋では、右脚で は両筋の相反パターン、左脚では両筋の同時放電パターンを示した。腓腹 筋に放電がみられ前脛骨筋の放電が減少・消失する相反パターンが多くみ られたが、逆に前脛骨筋に放電がみられ腓腹筋の放電が減少・消失するパ ターンも一部認められた。膝・股関節筋の大腿直筋と大腿二頭筋では、大 腿二頭筋に放電がみられ大腿直筋の放電が減少・消失する相反パターンと、 大腿直筋に放電がみられ大腿二頭筋の放電が減少・消失する逆相反パター ン、そして両筋に放電のみられる同時放電パターンの 3 つのタイプが混在 していた。膝関節筋の内側広筋では、持続放電様相が多く認められた。
図 5−3 生後 20 日目の新生児原始歩行の足跡
歩行不安定度指標の適応
生後 1 ∼ 4 ヵ月頃
図 5−4 生後 44 日目の乳児原始歩行の筋電図(図 5−1、図 5−2 と同一被験者) ST:立脚期,SW:遊脚期, (R) :右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
図 5−4 と図 5−5 は、図 5−2 と同一被験者の生後 44 日目、ならびに生 後 105 日目における乳児期原始歩行の代表的な筋電図を示している。我々 は 6 名の被験者に、乳児期において原始歩行を誘発することができたが、 生後 1 ヵ月までの新生児期ほど容易ではなかった。 動作特徴をみると、生後 1 ヵ月頃、遊脚期前半の下肢引き上げの間、下 肢各関節の屈曲動作は、新生児期と同様、積極的に行われたが、股関節屈 曲角度は小さくなり大腿があまり挙上されなくなった。着地前の足関節で は、新生児期と異なり足背屈より足底屈曲動作が多くみられた。生後 3 ∼ 4 ヵ月頃では、つま先着地が多く認められ、着地前の膝伸展が新生児期よ
歩行分析・評価への応用
図 5−5 生後 105 日目の乳児原始歩行の筋電図(図 5−1、図 5−2、図 5−4 と同一被験者) ST:立脚期,SW:遊脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
り積極的に行われる傾向を示した。立脚期の支持脚は生後 1 ヵ月頃から浅 いスクワット姿勢を示し始め、かなり支持脚が伸ばされる傾向を示した。 筋電図についてみてみると、遊脚期後半の着地前において、生後 1 ∼ 3 ヵ 月頃に腓腹筋と内側広筋に強い放電がみられ始め(図 5−4)、生後 3 ∼ 4 ヵ 月頃では両筋の放電がさらに多く認められるようになった(図 5−5)。立 脚期では、新生児期と同様(図 5−2)、多くの下肢筋(前脛骨筋、腓腹筋、 内側広筋、大腿直筋、大腿二頭筋、大殿筋)にバリエーションのある放電 様相がみられた(図 5−4、図 5−5)。生後 4 ∼ 5 ヵ月頃においても、 subject A の縦断的観察において同傾向を示した。
歩行不安定度指標の適応
生後 6 ∼ 12 ヵ月頃
図 5−6 生後 351 日目、独立歩行獲得 34 日前の乳児支持歩行の筋電図(図 5−1、図 5−2、図 5−4、 図 5−5 と同一被験者) ST:立脚期,SW:遊脚期, (R):右脚,(L):左脚,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋, RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
生後 6 ヵ月∼ 12 ヵ月頃までの乳児支持歩行では、新生児期に比べ、よ り規則性のある歩行動作が認められた。以前認められた顕著な膝・股関節 の屈曲が少し解消されてきた(図 5−7)。図 5−6 は、図 5−2、図 5−4、 図 5−5 と同一被験者の生後 351 日目、独立歩行獲得 1 ヵ月前における代 表的な乳児支持歩行の筋電図を示している。生後 11 ヵ月∼ 12 ヵ月頃では、 片手支持での歩行ができるようになった。 動作特徴をみると、遊脚期前半の下肢引き上げの間、大腿があまり挙上
歩行分析・評価への応用
されなくなり、遊脚期後半の着地にかけて、積極的な足背屈と膝伸展動作 が消失する傾向を示した。着地動作は踵着地が多く認められた。また、こ の乳児は生後 385 日目に、支持なしで独立歩行を始めた。 筋電図についてみてみると、遊脚期後半の着地前において、発達初期に みられていた腓腹筋と内側広筋の放電が(図 5−4、図 5−5)、この時期で は減少・消失する傾向がみられた(図 5−6) 。発達初期にみられた両筋の 顕著な放電様相は、この時期の乳児支持歩行では認められず、成人歩行に かなり類似した筋活動パターンを示した。立脚期では、足・膝・股関節筋 において、新生児原始歩行でみられた同時放電パターンが減少・消失する 傾向がみられたが、主働筋と拮抗筋の相反パターンはまだ残存した。しか し、立脚期の間、多くの下肢筋に過剰な筋活動が認められ、発達初期に類 似した筋活動パターンも幾分認められた(図 5−2、図 5−4、図 5−5)。
図 5−7 独立歩行前の安定した乳児支持歩行 歩行不安定度指標の適応
筋電図パターンからみた発達的変化
図 5−8 生後 14 日目と生後 83 日目の原始歩行における脚伸展筋の筋電図 NEONATAL STEPPING:新生児原始歩行,YOUNG INFANT STEPPING:乳児原始歩行,TO:つま 先離地,FC:足底接地,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,SW:遊脚期,ST:立脚期.
図 5−8 は、同一被験者(subject B)における新生児原始歩行(生後 14 日目)と乳児原始歩行(生後 83 日目)の脚伸展筋の筋電図とフォームを 示している。 生後 1 ヵ月までの新生児期では、遊脚期後半の着地前、腓腹筋と内側広 筋の筋放電様相は認められなかった(図 5−8 上段)。しかし、生後 1 ∼ 4 ヵ 月頃の乳児期では、着地前に腓腹筋と内側広筋に強い筋放電が認められた (図 5−8 下段)。これら両筋の発達初期における筋電図的変化は、上述し た被験者(subject A)の新生児期・乳児期における発達的変化と同傾向 を示した(図 5−2、図 5−4、図 5−5)。
歩行分析・評価への応用
赤ちゃんの支持歩行に歩行不安定度指標を適応 表 5−1 不安定な歩行を示す筋電図的指標
関節
不安定な歩行を示す筋活動
不安定度
足関節
SW−LG
遊脚期後半の腓腹筋の放電(+)
不安定
膝関節
SW−VM
遊脚期後半の内側広筋の放電(+)
不安定
SW:遊脚期後半,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,(+):強い筋活動.
表 5−1 は 遊脚期後半(着地前)における不安定な歩行を示す筋電図的 指標を示している(Ⅱ章−4、図 5−9)。表 5−2 は、 「歩行不安定度指標」 (SW−LG、SW−VM:着地前の腓腹筋と内側広筋の放電様相の有無)を、 各被験者における原始歩行の発達過程に適応した結果を示している。表 5 −3 は、同一被験者(subject A)での新生児原始歩行から独立歩行獲得 前の支持歩行に、「歩行不安定度指標」 (SW−LG、SW−VM)を適応し た結果を示している。この指標を適応した結果、「歩行不安定度指標」、す なわち歩行の不安定さを示す遊脚期後半における腓腹筋と内側広筋の筋活 動の有無が、新生児・乳児原始歩行ならびに乳児支持歩行の発達的階の解 明に適応できることが示唆された。
図 5−9 遊脚期後半(着地前)に参画する不安定な歩行を示す筋電図的指標 LG:腓腹筋(足底屈筋),VM:内側広筋(膝伸展筋),+:強い筋活動.
歩行不安定度指標の適応
表 5−2 原始歩行における遊脚期後半の腓腹筋と内側広筋の筋活動
LG VM
0‐1 ヵ月 (−) (−)
生後 1‐3 ヵ月 (+),(−) (+),(−)
3‐4 ヵ月 (+),一部(−) (+),一部(−)
C
LG VM
(−) (−)
(−),一部(+) (+),(−)
(+),(−) (+),一部(−)
D
LG VM
(−) (−)
(−),一部(+) (−),一部(+)
(+),(−) (+),(−)
E
LG VM
(−) (−)
(+),(−) (+),(−)
(+),一部(−) (+),一部(−)
F
LG VM
(−) (−)
(+),(−) (+),(−)
(+),一部(−) (+),一部(−)
被験者
B
筋名
LG:腓腹筋,VM:内側広筋,(+):強い筋活動,(−):筋活動がみられない, (+),(−):(+)と(−)の混在.
表 5−3 新生児・乳児支持歩行における遊脚期後半の腓腹筋と内側広筋の筋活動(subject A) 筋名 LG VM
生後 0‐1 ヵ月 (−) (−)
1‐3 ヵ月 (+),(−) (+),(−)
3‐4 ヵ月 6‐12 ヵ月 (+),一部(−) (−),一部(+) (+),一部(−) (−),一部(+)
LG:腓腹筋,VM:内側広筋,(+):強い筋活動,(−):筋活動がみられない, (+),(−):(+)と(−)の混在.
歩行分析・評価への応用
考察 McGraw(1940)は、新生児原始歩行は出生直後と生後 1 ヵ月頃まで容 易に誘発することができるが、その後一般的に消失すると報告している。 Thelen ら(1987)と Forssberg(1985)は、新生児の原始歩行における 動作・筋電図パターンが、成人歩行と比べると顕著に異なることを指摘し ている。通常、新生児原始歩行の筋活動は、成人歩行パターンと比べると 不規則であり、過剰で強い同時収縮が認められる。 まず、原始歩行の立脚期、特に片脚支持期に、かなりバリエーションの ある筋活動パターンと、主働筋と拮抗筋の同時活動が観察された点につい て考察する(図 5−2、図 5−4、図 5−5)。 立脚期の間、前脛骨筋と大腿直筋の放電がみられず、腓腹筋と大腿二頭 筋に放電がみられるパターンは、体前傾姿勢保持に起因し、反対に腓腹筋 と大腿二頭筋に放電がみられず、前脛骨筋と大腿直筋の放電がみられるパ ターンは、体後傾姿勢保持に起因していることを示している。これらの下 肢筋に同時放電も多くみられたが、これは体直立位姿勢保持あるいは足・ 膝・股関節の固定に関与していると推測される。これらの下肢筋のバリエー ションは、新生児・乳児期の支持歩行における姿勢変化に起因していると 考える。 支持歩行の立脚期における内側広筋の持続放電は、膝屈曲位で体重を支 えるために参画していると思われる。立脚期の内側広筋に放電が殆どみら れないのは、膝にかかる負荷が小さいことに起因し、内側広筋の活動は、 膝関節にかかる体重負荷の大小に関係していることが示唆される。 新生児期・乳児期の支持歩行における立脚期の下肢筋活動パターンが、 不安定な歩行を示すこともあるが、これを正確な不安定度の筋電図的指標 として考察することはできない。なぜなら、立脚期における下肢筋活動の バリエーションは関節負荷の程度と密接に関連しており、支持方法による 不安定性以外に多くの要因によって影響されるからである。それゆえ、我々 は、新生児期・乳児期の支持歩行に多く認められた立脚期の筋活動パター ンに、我々の作成した歩行不安定度指標を適応することは適切ではないと 判断した。 次に、支持歩行における遊脚期の筋活動パターンの発達的変化について みると、生後 1 ヵ月までの新生児期原始歩行では、Thelen ら(1987)や Okamoto ら(2001,2003)が指摘しているように、遊脚期後半の腓腹筋 と内側広筋に放電がほとんど認められなかった(図 5−2、図 5−8 上段、 歩行不安定度指標の適応
表 5−2、表 5−3)。Ⅰ章−1 で述べたように、着地にかけて通常、脚は受 動的にゆっくりと伸展され、踵着地が多くみられた。これらの知見は、新 生児期の原始歩行では、積極的な膝伸展と足底屈動作に参画する筋活動が 認められないことを示している。上述したように(表 5−1)、これらの 着地前にみられる脚伸展筋の放電様相を、我々は不安定な歩行を示す筋活 動パターンと定義したが、新生児期に両筋の筋活動が認められないから歩 行が安定していると解釈するのは適当でない。なぜなら、この時期の原始 歩行は中枢神経系(CNS:Central nervous system)の下位(脊髄)レベ ルの支配下にあり平衡感覚が未熟であるので、この筋活動の有無で新生児 原始歩行の安定度を判定することは難しい。
図 5−10 原始歩行の発達的変化 着地前における脚のパラシュート反応に関与する積極的な脚伸展(遊脚期後半の腓腹筋と内側広 筋)を示す強い筋活動が、新生児期にはみられなかったが、生後 1 ∼ 3 ヵ月頃の乳児期から出 現し始めた。
歩行分析・評価への応用
生後 1 ∼ 3 ヵ月までの乳児期原始歩行では、着地前において脚伸展筋に 放電がみられ始め(図 5−2、図 5−8 下段、表 5−2、表 5−3)、つま先着 地が多く認められるようになった。この期の原始歩行では、着地前に積極 的な膝伸展と足底屈がなされ始め、着地前の脚伸展筋に強い筋放電が参画 し始めた(図 5−10)。これら両筋の顕著な放電様相は、不安定な支持歩 行時や、歩行獲得期の非常に不安定な乳児独立歩行時の放電様相と類似し た。これらの知見から、Okamoto ら(2001,2003)が述べているように、 この期の着地前における脚伸展筋の強い筋活動は安定性の欠如によるもの と思われ、乳児はこの時期から不安定さを感じ始めているのではないかと 推測される(図 5−11)。 生後 3 ∼ 4 ヵ月頃では、着地前において脚伸展筋に強い放電がみられ(表 5−2、表 5−3)、着地前により積極的な膝伸展と足底屈動作が認められた。 Milani−Comparetti(1967)は、生後 4 ヵ月頃から脚のパラシュート反応 が出現し始めると報告している。パラシュート反応は CNS のより高い(大 脳皮質)レベルで制御される平衡反射である。着地前にみられる脚伸展筋 の強い筋活動は、CNS の成熟によりパラシュート反応(自己防衛反応) として素早く足底を着地するために参画したのかもしれない。McGraw (1940)が指摘しているように、着地前の積極的な脚伸展動作が随意的 (deliberate)なものか、反射的(reflex quality)なものか判別することは 難しいが、我々は筋電図的解析結果より、この時期から新生児期の歩行反 射に大脳皮質が関与し始め、随意的な動作が加味され始めたものと推測し ている。 生後 6 ヵ月頃から 12 ヵ月頃では、上述の着地前における脚伸展筋の筋 活動は消失する傾向を示した(表 5−3)。生後 3 ∼ 4 ヵ月頃に頻繁に参画 した着地前の脚伸展筋活動とは対照的に、この時期におけるこれらの筋活 動の消失は、積極的な脚伸展動作が認められなくなったことを意味してい る。この期の乳児支持歩行の発達的変化は、筋力・バランス機能の発達に よるものと考えられる。遊脚期後半の脚伸展筋(腓腹筋・内側広筋)の放 電が減少し安定した成人歩行パターンに近似する実験結果から、生後 6 ヵ 月頃から立位制御機構ならびに筋力・バランス機能が発達し、安定した支 持歩行へ変化することが推察できる。
歩行不安定度指標の適応
まとめ 乳幼児独立歩行の発達過程の筋電図的変化から導いた「歩行不安定度指 標」が、新生児・乳児原始歩行ならびに乳児支持歩行に適応できるか試み るため、正常新生児 6 名について、縦断的に筋電図記録し検討を加えた。 筋電図的歩行不安定度指標を生後 1 ヵ月までの新生児期の原始歩行に適 応した結果、歩行の不安定さを示す着地前における遊脚期後半の腓腹筋と 内側広筋の放電様相は認められなかった。しかし、両筋に放電様相が認め られないことから歩行が安定していると解釈するのは適当でない。なぜな ら、この時期の原始歩行は中枢神経系の下位レベルの支配下にあり平衡感 覚が未熟であるので、この筋活動の有無で新生児原始歩行の安定度を判定 することは難しい。 生後 3 ヵ月頃では、着地前に腓腹筋と内側広筋に強い筋放電が認められ た。これは自己防御反応として素早く足底を着地するために、腓腹筋と内 側広筋はそれぞれ足底屈と膝伸展に参画したものと思われる。すなわち、 この時期から新生児期の歩行反射に、大脳皮質が関与し随意的な動作が加 味され始めたものと推定される。 生後 6 ヵ月頃から 12 ヵ月頃では上述の腓腹筋と内側広筋の強い筋活動 は正常成人歩行と同様、減少・消失する傾向がみられた。これらの結果か ら、生後 6 ヵ月頃から立位制御機構ならびに筋力・バランス機能が発達し、 安定した支持歩行へ変化してきたことが推察される。 以上、新生児原始歩行ならびに乳児支持歩行の発達的変化における筋電 図知見に、その後の歩行発達から導いた「歩行不安定度指標」を適応した 結果、遊脚期後半における腓腹筋(足底屈筋)と内側広筋(膝伸展筋)の 筋活動パターンが、発達初期の支持歩行においても歩行の不安定さに関与 する筋活動パターンであることが示唆された。これら両筋の放電様相から、 新生児期・乳児期における歩行制御機構の発達を推察することができた。
歩行分析・評価への応用
図 5−11 新生児期・乳児期における着地前にみられる下肢筋の放電出現頻度の加齢的推移 不安定な歩行を示す遊脚期後半の腓腹筋(足底屈筋)と内側広筋(膝伸展筋)の筋活動パターンは、生 後 1 ヵ月頃の新生児期には認められず、生後 3 ヵ月頃から増大する傾向を示した。これらの結果は、 生後 3 ヵ月頃からパラシュート反射と考えられる積極的な脚伸展動作が出現し始めたことを示し、新 生児期の反射歩行に大脳皮質が関与した動作が加味され始め、乳児が不安定さを感じ始めたことが推察 できる。
歩行不安定度指標の適応
乳児原始歩行
赤ちゃんは生後 3 ヵ月頃から、不安定さを感じ始めているのかもしれない。
6 歩行不安定度指標の適応⑵ 脳梗塞後の高齢者歩行 ―歩行回復過程の筋電図的評価―
85 歳で脳梗塞(右片麻痺)を患い一時歩行が不能になった高 齢者について、リハビリテーションで歩行が回復していく過程を 継続的に筋電図記録した。この歩行回復過程に、正常乳幼児の独 立歩行発達過程の筋電図パターンから導いた「歩行不安定度指標」 を適応し、下肢筋の作用機序の面から歩行の安定度を検討した。 脳梗塞後の歩行回復訓練1ヵ月頃における下肢筋の放電様相 は、乳幼児独立歩行開始期の非常に不安定な歩行の放電様相と類 似した。脳梗塞後の歩行回復訓練 7 ヵ月頃では、下肢筋の放電 様相は歩行回復1ヵ月頃と比べると、非常に不安定な歩行を示す 乳児型歩行に近似した放電様相が減少・消失したが、まだ少し不 安定な歩行を示す乳児・幼児型歩行に類似した下肢筋の放電様相 が幾分残存した。しかし、同一被験者による手押し車を用いて上 体直立した(背筋を伸ばす)歩行では、不安定さを示す過剰な筋 活動が減少・消失し、安定した成人型歩行パターンに近似する傾 向を示した。 以上のことから、脳梗塞後の歩行回復度を評価する際に、正常 な成人歩行と比較するだけでなく、正常乳幼児の歩行習熟過程の 各段階における筋電図パターンと比較することで、詳細な歩行回 復段階の判定等が検討できると考えられる。
片麻痺患者が歩行を回復するには、脳梗塞後できるだけ早くリハビリ テーションを始めることが望ましい。脳梗塞後の歩行分析については、映 像、歩行速度、足跡、ガス代謝、筋電図(EMG)、そして力学的・解剖学 的・生理学的方法等で研究されてきた。しかし、脳梗塞後の歩行能力の回 復度を筋電図的所見から評価した研究は非常に少ない。 我々は従来、正常乳幼児が独立歩行を習得し安定した成人型歩行を習熟 していく過程の筋活動を解析してきた。そして、独立歩行習得・習熟過程 から不安定な歩行時に参画する筋活動パターンを検索し、「歩行不安定度 指標」を導いてきた(Ⅱ章−4、表 6−1)。我々は、不安定な歩行時に参 画する筋活動パターン、すなわち「歩行不安定度指標」を、脳梗塞後のリ ハビリテーション過程における歩行に適応し、動作分析では判定できない 歩行機能や歩行制御能力(歩行安定度)の筋電図的評価を試みた。この研 究の目的は、高齢者における脳梗塞後の歩行回復過程を筋電図的に評価す ることである。
図 6−1 高齢者と乳幼児の歩行動作 脳梗塞後の歩行回復過程における歩行パターンは、1 歳児の非常に不安定な独立歩行開始期でみられる 歩行パターンに類似していた。
歩行分析・評価への応用
患者(85 歳・男性)は、脳梗塞(右片麻痺)で入院したが、リハビリテー ションで歩行を回復し日常生活動作(ADL)が可能になった。脳梗塞か らリハビリテーション(歩行回復訓練)1 ヵ月後で軽い痙性がみられたが 歩行の協応動作はほぼ正常で、踵から着地し踵からつま先へ移動するパ ターンを示した。歩行動作は成人歩行に比し、極端な中腰体前傾姿勢であっ た(図 6−1 左)。 脳梗塞後、患者はごく軽い痴呆があり、独立して生活することは危険で、 介護が必要な状態であった。脳梗塞からリハビリテーション 1 ヵ月間は、 足背屈筋である前脛骨筋強化のため、支持をして踵歩きを行った。また、 背筋(体幹筋)強化とバランス訓練も行われた。脳梗塞後 2 ∼ 3 週頃で、 平行棒による支持歩行が可能になり、リハビリテーション 1 ヵ月後では、 自立歩行が可能になるまで歩行が回復した。我々は、リハビリテーション 1 ヵ月後の、自立歩行が回復した際の筋電図を記録した。 さらに、脳梗塞後の高齢者歩行の歩行安定度を筋の作用機序の面から詳 細に把握するため、同一患者に手押し車で上体直立位を維持した条件支持 歩行について記録し、歩行の安定性に焦点を絞り検討を加えた。 表 6−1 不安定な歩行時に出現する筋活動パターン 下肢筋
足関節筋
不安定な歩行時に出現する放電様相
独立歩行習得 1 ヵ月頃以内 独立歩行習得 3 ヵ月頃以内
不安定度
ST−TA
立脚期の前脛骨筋の放電
SW−LG
遊脚期後半の腓腹筋の放電
ST−LG
立脚期前半の腓腹筋の放電
SW−VM
遊脚期後半の内側広筋の放電
ST−VM
立脚期の内側広筋の放電
ST−RF
立脚期の大腿直筋の放電
ST−BF
立脚期の大腿二頭筋の放電
3 歳頃まで
少し不安定
ST−GM
立脚期の大殿筋の放電
3 歳頃まで
少し不安定
膝関節筋
膝・股関節筋
股関節筋
放電の減少・消失期
3 歳頃まで 独立歩行習得 1 ヵ月頃以内 独立歩行習得 1 ヵ月頃以内 独立歩行習得 1 ヵ月頃以内
非常に不安定 不安定 少し不安定 非常に不安定 非常に不安定 非常に不安定
ST:立脚期,SW:遊脚期,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿 二頭筋,GM:大殿筋.
歩行不安定度指標の適応
脳梗塞からリハビリテーション 1 ヵ月後
図 6−2 脳梗塞から歩行回復 1 ヵ月後の筋電図(85 歳) (R) :患側下肢(右),(L) :健側下肢(左),ST:立脚期,SW:遊脚期,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋, VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
歩行分析・評価への応用
脳梗塞直後はひとりでの歩行、書字、食事は困難であったが、脳梗塞 1 ヵ 月後で自立歩行が回復した。 図 6−2 は脳梗塞後リハビリテーション 1 ヵ月の日常歩行(約 50 ∼ 55m/ 秒)の健側下肢(左)、患側下肢(右)の筋電図を示している。動 作は、成人歩行に比し極端な中腰体前傾姿勢で、ストライドが短かった。 足底スイッチによるバソグラムから成人歩行と同様、踵着地を多く示した が、床から指先の持ち上げが低く、すり足的な歩行を示した。一部、つま 先着地や足底全面着地も認められた(図 6−3)。 筋電図からみると、遊脚期の足関節筋では、左右下肢とも成人歩行では みられない積極的な足底屈に働く腓腹筋の放電が遊脚期後半にみられた が、一部みられない場合があった。膝関節筋では、成人歩行ではみられな い積極的な膝伸展に働く内側広筋の放電が、遊脚期中頃から患側下肢(右) に多くみられた。しかし、健側下肢(左)では、遊脚期後半の内側広筋の 強い持続放電はあまりみられず、着地直前に内側広筋が参画する成人歩行 パターンが多く認められた。立脚期の足関節筋では、左右下肢とも踵着地 から踵押上げまで前脛骨筋に持続放電が認められた。また、成人歩行では みられない腓腹筋の放電が立脚期前半に多くみられたが、一部みられない 場合があった。膝・股関節筋では、成人歩行ではみられない内側広筋、大 腿直筋、大腿二頭筋、大殿筋の強い持続放電が立脚期の間みられた。
図 6−3 脳梗塞後 1 ヵ月の高齢者歩行(左)と歩行習得 1 ヵ月後の乳幼児歩行(右)
歩行不安定度指標の適応
脳梗塞からリハビリテーション 7 ヵ月後
図 6−4 脳梗塞から歩行回復7ヵ月後の筋電図(85 歳 6 ヵ月) (R) :患側下肢(右),(L) :健側下肢(左),ST:立脚期,SW:遊脚期,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋, VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
歩行分析・評価への応用
図 6−4 は脳梗塞後リハビリテーション 7 ヵ月の日常歩行の筋電図を示 している。動作は、リハビリテーション 1 ヵ月後(図 6−2)と類似した が踵着地が多くなり、つま先着地や足底全面着地は非常に少なくなった。 筋電図からみると、遊脚期の足関節筋では、患側下肢(右)に成人歩行 ではみられない過剰な腓腹筋の放電が遊脚期後半にみられたが、健側下肢 (左)では消失し始めた。膝関節筋では、リハビリテーション 1 ヵ月後の 患側下肢(右)に観察された遊脚期中頃からの内側広筋の放電が認められ なくなり、着地直前に内側広筋が参画する成人歩行パターンに変化した。 立脚期の足関節筋では、リハビリテーション 1 ヵ月後の左右下肢に観察さ れた前脛骨筋に持続放電が減少・消失する傾向を示し、成人歩行パターン に近似してきたが、まだ時折、左右下肢の前脛骨筋に顕著な放電がみられ た。また、立脚期始め腓腹筋に左右下肢とも強い放電がみられた。膝・股 関節筋では、立脚期の間、成人歩行ではみられない内側広筋、大腿二頭筋、 大殿筋の強い持続放電がみられたが、リハビリテーション 1 ヵ月後に観察 された大腿直筋の過剰な筋活動パターンは減少する傾向を示した。
図 6−5 成人歩行と高齢者歩行の違い LG:腓腹筋,VM:内側広筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,(+):強い筋活動. 中腰体前傾姿勢の高齢者歩行(右)は、立脚期の間、膝屈曲位保持のため内側広筋、体前傾姿勢保持の ため抗重力筋である腓腹筋、大腿二頭筋、大殿筋に、成人歩行(左)では参画しない過剰な筋活動が認 められた(P82,図 4−8 参照)。
歩行不安定度指標の適応
脳梗塞からリハビリテーション 1 年 7 ヵ月後
図 6−6 脳梗塞から歩行回復 1 年 7 ヵ月後の筋電図(86 歳 6 ヵ月) (R) :患側下肢(右),(L) :健側下肢(左),ST:立脚期,SW:遊脚期,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋, VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋.
歩行分析・評価への応用
図 6−6 は脳梗塞後リハビリテーション 1 年 7 ヵ月の日常歩行の筋電図 を示している。動作は、リハビリテーション 7 ヵ月後(図 6−4)と類似 していた。 筋電図からみると、遊脚期の足関節筋では、前述したリハビリテーショ ン 1 ヵ月後、7 ヵ月後の筋電図と同様(図 6−2、図 6−4)、患側下肢(右) に成人歩行ではみられない過剰な腓腹筋の放電が遊脚期後半にみられた が、筋活動の増幅度は減少・消失する傾向がみられた。一方、健側下肢(左) では、着地前に腓腹筋の放電は認められず成人歩行の活動パターンを示し た。立脚期の足関節筋では、リハビリテーション 1 ヵ月後、7 ヵ月後と同様、 立脚期始め腓腹筋に過剰な筋放電が左右下肢とも認められた。また、膝・ 股関節筋では、立脚期の間、成人歩行ではみられない内側広筋、大腿二頭 筋、大殿筋の強い持続放電を示した。
図 6−7 脳梗塞から歩行回復 1 年 7 ヵ月後の起立動作の筋電図(患側下肢;右,図 6−6 と同一被験者) SITTING:座位,SQATTING:中腰姿勢,STANDING:立位,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内 側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋,KNEE:膝,EXT.:伸展,FLEX.:屈曲. 中腰姿勢時に認められる腓腹筋、内側広筋、大腿二頭筋、大殿筋の過剰な持続放電パターンは、中腰体 前傾姿勢を示す高齢者歩行の立脚期の放電様相に非常に類似していた。 歩行不安定度指標の適応
歩行不安定度の筋電図的評価 表 6−2 脳梗塞後の歩行回復過程の筋電図的評価 患側下肢(右) 不安定な歩行の 筋活動パターン
脳梗塞から 1 ヵ月後
脳梗塞から 7 ヵ月後
脳梗塞から 1 年 7 ヵ月後
ST−TA
(+ +)
(−),一部(+)
(−),一部(+)
SW−LG
(+),一部(−)
(+),一部(−)
(+),一部(−)
ST−LG
(++),一部(−)
(+)
(+)
SW−VM
(+)
(−)
(−)
ST−VM
(+ +)
(+ +)
(+ +)
ST−RF
(+)
(+)
(+)
ST−BF
(+ +)
(+ +)
(+ +)
ST−GM
(+ +)
(+ +)
(+ +)
脳梗塞から 1 ヵ月後
脳梗塞から 7 ヵ月後
脳梗塞から 1 年 7 ヵ月後
健側下肢(左) 不安定な歩行の 筋活動パターン ST−TA
(+ +)
(−),一部(+)
(−),一部(+)
SW−LG
(+),一部(−)
(−)
(−) (+ +)
ST−LG
(++),一部(−)
(+ +)
SW−VM
(−)
(−)
(−)
ST−VM
(+ +)
(+ +)
(+ +)
ST−RF
(+ +)
(+)
(+)
ST−BF
(+ +)
(+ +)
(+ +)
ST−GM
(+ +)
(+ +)
(+)
ST:立脚期,SW:遊脚期,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿 二頭筋,GM:大殿筋,筋活動パターンの出現頻度;(+ +):非常に多い,(+):多い,(−): 非常に 少ない,(不安定な歩行を示す筋活動パターンは P109,表 6−1 を参照).
表 6−2 は、歩行不安定指標を脳梗塞後の歩行回復過程に適応し、筋電 図的に評価した結果を示している。脳梗塞から歩行回復訓練 1 ヵ月後の筋 活動パターンは、不安定な歩行を示す筋活動パターンが多く認められたが、 歩行回復訓練 7 ヵ月後では、不安定な歩行を示すこれらの筋活動パターン が減少・消失する傾向を示した。しかし、正常成人歩行に比べると、両下 肢ともまだ少し不安定な歩行を示す筋活動パターンが残存した。
歩行分析・評価への応用
考察 歩行評価の目的は、患者の歩行動作が、正常成人歩行とどう異なるかを 検討することにある。一般的に、正常な成人歩行パターンは主働筋がより 活発に収縮すると共に、拮抗筋の活動が抑制される規則的な相反パターン を示す。すなわち、立脚期・遊脚期の歩行サイクルにおいて、必要な筋群 が選択的に活動し他の筋は抑制される。神経系・運動器の疾患ならびに老 化等により、歩行の安定性が確保されない場合は、成人歩行パターンにみ られない様々な動作特徴や筋活動が認められる。我々の本症例研究で、脳 梗塞後の歩行回復訓練初期の高齢者歩行に、以下の不安定さを示す過剰な 筋活動パターンが認められた(図 6−2)。 遊脚期後半において、通常成人歩行ではみられない腓腹筋(足底屈筋) と内側広筋(膝伸展筋)の放電様相がみられた。これらの放電様相は、独 立歩行開始期の非常に不安定な歩行時に認められる放電様相と類似した。 すなわち、遊脚期後半の内側広筋の放電様相は独立歩行習得 1 ヵ月頃、腓 腹筋の放電様相は独立歩行習得 2 ∼ 3 ヵ月頃までの不安定な乳幼児歩行に 観察され、これは Okamoto ら(1985,2001,2003)が指摘しているように、 転倒を防ぐための積極的な足底屈、膝伸展を示すパラシュート反射的な自 己防御機構が働いたと考えられる。この筋活動パターンは安定した支持歩 行で減少・消失することから、歩行の不安定さに関与する代表的な歩行制 御パターンであることが推測できる。 脳梗塞を患った患者において、患側下肢の過度な足底屈は 1 つの典型的 な特徴である。本研究の患者で、脳梗塞から歩行回復訓練 1 ヵ月後、両脚 において、遊脚期後半に足底屈を示す腓腹筋の活動が観察された。脳梗塞 から歩行回復訓練 7 ヵ月後では、これらの過剰な筋活動は、患側下肢(右) にまだ残存したが、健側下肢(左)では殆どみられなくなり成人歩行パター ンに近似した。これは、半年の歩行回復訓練を経て、歩行に必要な筋力・ 平衡機能が回復・向上し、健側下肢は歩行が安定してきたが、患側下肢は まだ後遺症が残存していることを示している。 立脚期の足関節筋では、立脚期の始めと終わりを除いて、通常成人歩行 ではみられない前脛骨筋の強い放電様相が認められた。これらの放電様相 は、独立歩行習得 1 ヵ月頃の非常に不安定な乳幼児歩行に認められる放電 様相と類似した。この放電様相は、床面をつま先でグリッピングし、バラ ンスを維持しているものと解釈できる。また、立脚期の始めにおいて、成 人歩行でみられない腓腹筋に強い放電様相がみられ、これは 3 歳頃までの 乳幼児歩行の筋活動パターンと類似した。また、前脛骨筋と腓腹筋の過剰 歩行不安定度指標の適応
な筋活動パターンは、乳幼児や本研究の同一高齢者の安定した支持歩行で 減少・消失したことから、不安定な歩行時に出現する筋活動パターンを示 している。 各種歩行姿勢のバランスコントロールに、足関節筋の前脛骨筋と腓腹筋 の相反パターンが関与している。この両筋の同時収縮は、足関節を強く固 定するため働くものと思われる。本研究の患者において、立脚期の前脛骨 筋の強い持続放電が、脳梗塞から歩行回復訓練 1 ヵ月後の両脚に観察され た。歩行回復訓練7ヵ月後では、非常に不安定な歩行を示す立脚期の前脛 骨筋の過剰な筋活動パターンは、殆どみられなくなり、正常成人歩行に近 似した歩行に回復したことを示した。 本症例研究の被験者は、Crithley(1956)が指摘しているように、中腰 体前傾姿勢であった。立脚期についてみてみると、内側広筋の持続放電は 成人歩行にみられず、独立歩行開始 1 月頃までの非常に不安定な歩行時に みられる筋活動パターンと類似し、重心を低くし歩行バランスを維持する ため、膝屈曲位保持に参画していると考えられる。また、腓腹筋、大腿二 頭筋、大殿筋の強い持続放電は、成人歩行に移行し始める 3 歳頃までの少 し不安定な歩行時に認められ、体前傾姿勢保持の姿勢制御に働いていると 考えられる(図 6−5、図 6−7)。また、安定した上体直立姿勢の支持歩行 は、これらの過剰な筋活動が減少・消失し、安定した正常成人歩行パター ンに近似する傾向を示した(図 6−8)。これらの立脚期における内側広筋、 腓腹筋、大腿二頭筋、大殿筋の過剰な放電様相は、不安定な歩行時に参画 する筋活動パターンであることが推察される。 Finley ら(1969)が高齢者歩行の特徴は、安定性を保持しようとして いると指摘しているように、正常成人歩行でみられない患者の過剰な筋活 動は、歩行バランスの保持、あるいは加齢に伴う歩行姿勢の変化を反映し ていると思われる。加齢に伴う歩行動作の変化は、正常な老化過程による ものと疾病等によって生じるものがあるが、年齢に起因しているのか疾病 に起因しているのか、その判別は難しい。健常な成人歩行だけでなく歩行 発達過程と比較し、総合的な歩行の加齢的変化を判別することが重要であ ると思われる。 我々の症例研究における脳梗塞から歩行回復訓練 1 ヵ月後では、成人歩 行ではみられない過剰な下肢筋活動が認められた。脳梗塞から歩行回復訓 練 7 ヵ月後では、不安定な歩行を示す過剰な筋活動パターンが減少・消失 したが、まだ少し不安定な歩行を示す筋活動パターンが幾分残存した。し かし、手押し車を用いた安定した上体直立姿勢での支持歩行では、安定し た成人型歩行パターンに近似する傾向を示した(図 6−8)。
歩行分析・評価への応用
以上のことから、脳梗塞後の歩行回復度を評価する際に、正常な成人歩 行と比較するだけでなく、正常乳幼児の歩行習熟過程の各段階における筋 電図パターンと比較することで、詳細な歩行回復段階の判定等を検討する ことが可能と考える。
図 6−8 脳梗塞から歩行回復1年7ヵ月後の条件支持歩行の筋電図(患側下肢;右、図 6−6 と同一被 験者) CANE:杖歩行,HAND CART:手押し車歩行,ERECT POSTURE:手押し車歩行(体直立位姿勢), TO: つま先離地,HC:踵着地,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大 腿二頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期.
高齢者の杖や手押し車を用いた支持歩行(図 6−8 左・中)では、高齢者の自立歩行(図 6−6)と比べ ると、歩行の不安定さを示す着地前の腓腹筋の強い放電が減少・消失し歩行が少し安定した。さらに、 同一高齢者の上体姿勢を直立した支持歩行では、抗重力筋の大腿二頭筋、大殿筋の放電様相が減少・消 失し、安定した成人型歩行に近似した。
歩行不安定度指標の適応
まとめ 高齢者(85 歳)における脳梗塞後の歩行回復過程を脚筋の作用機序の 面から検討するため、リハビリテーション過程(1 ヵ月後、7 ヵ月後、1 年 7 ヵ月後)の筋電図を継続的に記録した。その間、乳幼児の歩行発達過 程の筋電図パターンから導いた「歩行不安定度指標」を適応し、歩行の回 復度を筋電図的に評価した。 脳梗塞からリハビリテーション 1 ヵ月後では、成人歩行ではみられない 遊脚期後半の足底屈に働く腓腹筋、立脚期の体後傾保持に働く前脛骨筋、 中腰体前傾保持に働く腓腹筋・内側広筋・大腿二頭筋・大殿筋に放電がみ られ、1 歳頃の独立歩行開始期から独立歩行習得 1 ヵ月頃までの乳児型歩 行に類似し、指標から非常に不安定な歩行であることが推測された。 脳梗塞からリハビリテーション 7 ヵ月後では、遊脚期後半の腓腹筋、立 脚期の前脛骨筋の放電が消失したが、立脚期の中腰体前傾保持に働く腓腹 筋・内側広筋・大腿二頭筋・大殿筋に放電が残存し、指標からまだ不安定 な歩行であることが推測された。しかし、同一被験者の背筋を伸ばした支 持歩行では、これら中腰体前傾保持に働く放電様相が減少・消失し、安定 した成人型歩行に回復することが指標から明らかになった。 以上、脳梗塞後の歩行回復過程に「歩行不安定度指標」を適応した結果、 動作分析だけでは判定できない歩行の微妙な回復程度を筋電図的に評価で きることがわかった。 また、この指標は歩行障害を持った患者のリハビリテーション過程にお ける歩行回復度の判定だけでなく、加齢(老化)に伴う歩行安定度の評価、 ならび歩行検査法の基礎資料等に適応できると思われる。
歩行分析・評価への応用
文 献 Basmajian, J. V., & Deluca, C. J.(1985). Human locomotion. In Muscles Alive(pp.367-388).Baltimore: Williams & Wilkins. Burnett, C. N., & Johnson, E. W.(1971). Development of gait in childhood. Part Ⅱ. Develop. Med. Child. Neurol., 13(2),207-215. Crithley, M.(1956) . Neurologic changes in the aged. J. Chron. Dis., 3, 459-477. Finley, F. R.; Cody, K. A.; & Finizie, R. V.(1969) . Locomotion patterns in elderly women. Arch. Phys. Med., 50, 140-146. Forssberg, H.(1985) . Ontogeny of human locomotor control. Ⅰ. Infant stepping, supported locomotion and transition to independent locomotion. Exp. Brain. Res., 57, 480-493. Kazai, N.; Okamoto, T.; & Kumamoto, M.(1976). Electromyographic study of supported walking in infants in the initial period of learning to walk. In P. V. Komi(Ed.), Biomechanics V-A(pp. 311-318).Baltimore: University Park Press. McGraw, M. B.(1940). Neuromuscular development of the human infant as exemplified in the achievement of erect locomotion. J. Pediat., 17, 747-771. Milani-Comparetti, A., & Gidoni, E. A.(1967).Routine developmental examination in normal and retarded children. Develop. Med. Child. Neurol., 9, 631-638. Nashner, L. M., & McCollum, G.(1985). The organization of human postural movements: A formal basis and experimental synthesis. Behavior Brain Sci., 8, 135-172. Okamoto, T.; Okamoto, K.; & Andrew, P. D.(2003) . Electromyographic developmental changes in one individual from newborn stepping to mature walking. Gait and Posture, 17, 18-27. Okamoto, T.; Okamoto, K.; & Andrew, P. D.(2001) . Electromyographic study of newborn stepping in neonates and young infants. Electromyogr. Clin. Neurophysiol., 41, 289-296. Okamoto, T., & Okamoto, K.(2001) . Electromyographic characteristics at the onset of independent walking in infancy. Electromyogr. Clin. Neurophysiol., 41, 33-41.
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海外で引用された本
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Basmajian, J. V.(1974). Muscles Alive. Baltimore: Williams & Wilkins. Kondo, S.(Ed.) (1985). Primate Morphophysiology, Locomotor Analyses and Human Bipedalism. Tokyo: University of Tokyo Press. Lois, B.(1994). Motor Skills Acquisition in the First Year. Texas: Therapy Skill Builders. Leonard, C. T.(1998). The Neuroscience of Human Movement. St. Louis: Mosby-Year Book. Woollacott, M. H., & Shumway-Cook, A.(Eds.) (1989) . Development of Posture and Gait Across the Life Span. South Carolina: University of South Carolina Press.
成人型歩行
上体直立姿勢で、踵から着地し push off を効かす、成熟した二足歩行。 ヒトは運動学習により、3 歳頃に合理的な筋活動を示す安定した成人型歩行を獲得する。
参考資料
歩行の発達と退行過程
上段:乳児型歩行⇒幼児型歩行⇒成人型歩行,下段:成人歩行⇒老人型歩行,TO:つま先離地,FC: 足底接地,HC:踵着地,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋,BF:大腿二 頭筋,GM:大殿筋,SW:遊脚期,ST:立脚期.
参考資料
歩行の発達過程が不安定な乳児型歩行期⇒少し不安定な幼児型歩行期⇒安定した成人型歩行期の3段階 を経過するように、歩行の退行過程も安定した成人型歩行期⇒少し不安定な老人型歩行への移行期⇒不 安定な老人型歩行期というプロセスをたどることが推測される。
「歩行不安定度指標」不安定な歩行を示す筋活動パターン 下肢筋
足関節筋
不安定な歩行時に出現する放電様相
不安定度
ST−TA
立脚期の前脛骨筋の放電
非常に不安定
SW−LG
遊脚期後半の腓腹筋の放電
不安定
ST−LG
立脚期前半の腓腹筋の放電
少し不安定
SW−VM
遊脚期後半の内側広筋の放電
非常に不安定
ST−VM
立脚期の内側広筋の放電
非常に不安定
ST−RF
立脚期の大腿直筋の放電
非常に不安定
ST−BF
立脚期の大腿二頭筋の放電
少し不安定
ST−GM
立脚期の大殿筋の放電
少し不安定
膝関節筋
膝・股関節筋
股関節筋
ST:立脚期,SW:遊脚期,TA:前脛骨筋,LG:腓腹筋,VM:内側広筋,RF:大腿直筋, BF:大腿二頭筋,GM:大殿筋. 参考資料
乳幼児歩行の筋電図実験 筋 電 図 は 18ch 多 用 途 脳 波 計 を 用 い、 紙 送 り 速 度 60mm/sec、 感 度 12mm/0.5mV、時定数 0.003msec で記録した。電極は直径 5mm の皿状電 極を使用し、皮膚表面より双極誘導法で行なった。被験筋は、従来行なっ てきた歩行の筋電図的実験と比較するため(Okamoto ら 1972,1985, 2001,2003)、歩行に関与する足・膝・股関節筋群より、前脛骨筋:M.Tibialis anterior(TA)、腓腹筋(外側頭) :M.Gastrocnemius lateral head(LG)、 内側広筋:M.Vastus medialis(VM)、大腿直筋:M.Rectus femoris(RF)、 大腿二頭筋(長頭) :M.Biceps femoris long head(BF)、大殿筋:M.Gluteus maximus(GM)の 6 筋を選択した。2 つの電極は筋線維走行に平行に約 2 ∼ 3cm の間隔で、各筋の支配神経の到達点(Motor point)を考慮して 貼布した。アース電極は、膝蓋骨の上部に貼付した。電極間の皮膚抵抗は アーティファクト(Artifact: 人工的電気変動・ノイズ)の混入を防ぐため、 皮膚表面を滅菌された三角針の針先でごくわずかひっかける Okamoto の 方法で、ほとんど痛みを感じず 5KΩ以下に下げることができた(Okamoto ら 1987)。 乳幼児歩行の動作は、ビデオカメラで側方及び適宜前方より撮影を行な い、VTR で録画し、60frames/sec のシグナル(VTR signal)が筋電図記 録用紙に入るようにした。また、下肢の各関節に電気角度計を貼付し、足 ・膝・股関節の歩行中のゴニオグラム(Goniogram:電気角度変化曲線)を 筋電図と同時記録した。バソグラム(Basogram:遊脚期と立脚期の区分図) は、ベニヤ合板の歩行路に金網をはり、シューズ足底に貼付された金網と の間でコンタクトスイッチ回路を作り、左右足の遊脚期(Swing phase: SW)・立脚期(Stance phase:ST)を区分できるようにした。立脚期は 足底スイッチ(Foot contact switch)で、踵接地(Heel contact:HC)、 足底全面接地(Foot flat:FF)、踵離地(Heel off:HO)、足先離地(Toe off:TO)に区分した。新生児・乳児は成人と異なり身体的要因で、ゴニ オグラム、バゾグラムを用いての運動学的解析が困難なときには、歩行の 着地・離地動作、各関節の角度変化、上・下肢の協応動作等の歩行解析は VTR から行なった。 我々の筋電図研究は、表面電極(Surface electrode)を用いて記録した 筋活動パターンを定性的に解析することであった。深部筋や非常に小さい 筋から筋電図を記録する場合、埋め込み電極(Fine wire electrode)が適 当であるが、Fine wire を筋肉内に刺入する時注射針を使用するため、子
参考資料
どもに適応することはできない。本書に掲載した筋電図データは表面電極 を用いたペン書き記録で、高周波数成分が失われ EMG 波形が幾分減弱さ れた干渉波形である。表面電極の使用で筋表面からの導出範囲が大きく、 動作に参画している筋、筋活動の開始・終了時、筋放電の大小から筋肉に かかる負荷等を把握することができた。その結果、視覚的分析(VTR など) では判らない重要なことが判明した。特に、歩行のような反復する動作で は、下肢の主働筋(主に働く筋)と拮抗筋(主働筋と反対の働きをする筋) の筋電図パターンから、動作がスムーズに行われているかどうかを知るこ とができた。それゆえ、乳幼児歩行の筋電図分析では主働筋だけでなく拮 抗筋も同時記録し、また、動作ではフォームだけでなくバソグラム、ゴニ オグラム等を同時記録することによって、より詳細な解析が可能になるこ とがわかった。 我々の新生児原始歩行から乳幼児独立歩行に至る縦断的筋電図研究は、 限られた数の被験者による筋活動パターンの定性的解析であるが、従来の 動作分析では判明できなかった歩行の筋の働きを解明してきた。今後、多 くの研究者によってさらに被験者・被験筋を増し、より詳細な乳幼児歩行 の発達の解明がなされることを期待する。 乳幼児の筋電図実験で大切な 3 ヵ条 ①保護者の協力 ②子どもと仲良くなること ③アーティファクトのない良好な筋電図記録
乳幼児歩行の筋電図実験風景(1967) 最初の歩行実験の被験者である娘(共著者)と、協力者の妻。 参考資料
最初の第 1 歩(1 歳児)
1 歳前後で筋力・バランスがある閾値能力に達すると、独立歩行が可能となる。 ヒトの移動運動の中で独立歩行の獲得は、まさに画期的なできごと(milestone)である。
おわりに 1967 年、歩行の筋電図実験の被験者は娘たちで、協力者は妻でした。 当時、世界で乳幼児歩行の縦断的筋電図実験が行われていないことを知り、 長女香代子2歳、次女恵美6ヵ月を被験者として、乳幼児がひとり歩きを 獲得し上達していく過程の筋電図記録に成功しました。 この研究は日本ではあまり注目されませんでしたが、ブリュッセルでの 国際筋電図学会で発表しました際に、歩行研究の世界的権威者であるアト ランタのエモリ大学医学部教授 Dr. Basmajian に認められ、エモリ大学 リハビリセンターの歩行研究のプロジェクトの一員として参加することに なりました。その後、新生児から高齢者に至る歩行について延べ 1000 人 以上の筋電図を記録し、歩行発達の貴重なデータを集積してきました。 今回も妻と娘のおかげで、この得られたデータを解析し、日本語と英語 の 2 冊の本にまとめて、世界へ向けて出版することができました。日本 の1つの家族が成し遂げた歩行研究は、世界から見れば小さいことかもし れませんが、この本が次世代の歩行研究の一助になると信じています。 乳児歩行の筋電図実験に参加して重要な役割を演じてくれた子どもや、 子ども達のご両親と実験に協力してくれた多くのスタッフに感謝します。 最初の実験からこの本の出版に至るまで、そして、これからも良き協力 者である妻・娘たち、本当にありがとう。本に登場してくれた次世代を担 うかわいい孫たち、ありがとう。大きな夢を持ち、未来に向かって元気に 自分の道を歩き続けてほしい。私も自分の道を、一生歩き続けるから。
Tsutomu Okamoto, Ph.D.
$EVELOPMENT OF 'AIT
表紙と同一被験者(3歳児)
ヒトは筋力・バランス機能の発達により生後 1 年で独立歩行を習得し その後 2 年の反復練習を経て、3 歳頃に安定した成人型歩行を獲得する。 この時期に獲得した直立二足歩行を、生涯にわたって維持する努力が人には必要である。
7ALKING $EVELOPMENT 'ROUP 歩行開発研究所は、 国際的な歩行研究をよりわかりやすい形で、 講演・教育・出版を通じて普及し、 若さと健康にあふれた人が多くなることを 望んで活動しています。 私たちのメッセージは 「子どものために何かをのこそう!」です。 これからの時代を担う子ども達が いきいきと活動できる社会づくりを目指しています。
h,ETS LEAVE SOMETHING WONDERFUL FOR THE CHILDRENv
次世代に伝えたい本
本書の「英語版」世界へ同時発行
Development of Gait by Electromyography − Application to Gait Analysis and Evaluation − Tsutomu Okamoto, Ph. D. & Kayoko Okamoto, Ph. D.
出版社:歩行開発研究所 ISBN978-4-902473-05-6 ハードカバー 144 頁 定価(本体 5500 円 + 税)
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世界の学術専門書「歩行の発達」の英語版 ≪ Contents ≫ Part Ⅰ Development of Gait -Birth to Age Eight1. Newborn stepping in neonates and young infants. 2. Independent walking in Infants. 3. From newborn stepping to mature walking Part Ⅱ Application to Gait Analysis and Evaluation 4. An index of gait instability. 5. Application of supported walking in normal neonates and infants. 6. Application of recovery of walking in an elderly man after stroke. 専門分野の立場から、いろいろなアイデアで研究・分析・実践の 土台として、大いに活用してくださることを願っています。 関西医科大学名誉教授 岡本 勉
Part Ⅱ−5 より
□ 世界で数多く引用された英語論文を基礎にした「歩行専門書」 □ ページレイアウト・図表は全て本書と同じ! 論文執筆の参考に □ 歩行研究のアイデア・ヒントがみつかる 研究者のための 1 冊!
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「ニューエクササイズウォーキング」 −筋電図的研究から開発した運動としての歩行− 岡本勉・岡本香代子著 A5 判・126 頁 定価 2000 円 (1905 円 ) わかりやすい歩行の専門書! 40 年の乳児から高齢者に至る歩行研 究より開発した、少し意識するだけで、日常歩行が老化防止と健康 増進につながる「新しい歩行法」を紹介。
「老化予防のウォーキング」 −転倒・寝たきりを防ぐ歩行と日常動作− 岡本勉・岡本香代子著 A5 判・172 頁 定価 2000 円 (1905 円 ) 転ばない歩き方の実用書!何歳になっても自立歩行が維持できるよ うに、中高年者が意識してほしい「歩行老化のサイン」と予防のポ イントを、ふたりの博士が具体的に提言。
「若さと健康をつくるウォーキング」 −大学講師シスターズが全女性に贈る元気講座− 岡本勉監修 岡本香代子・港野恵美著 A5 判・124 頁 定価 1500 円 (1429 円 ) いつまでも若く健康でありたいという女性の願いに、科学的に研究 した歩行法や運動で応える。妊婦向けアドバイスも。美しい姿勢と からだを目指す、女性のウォーキング本!
歩行開発研究所 7ALKING $EVELOPMENT 'ROUP 〒 567-0876 大阪府茨木市天王 2-6 G-804 TEL・FAX 072-631-1788 E-mail:
[email protected] http://www13.ocn.ne.jp/~hokou/
岡本 勉 Tsutomu Okamoto Ph.D. 歩行開発研究所所長 関西医科大学名誉教授/医学博士 歩行の筋電図研究を 40 年間続け、その間アトランタのエモリ大学医学部に歩行研究プロジェ クトの一員として参加する。研究成果を世界の筋電図学会誌・歩行研究誌に掲載し、乳幼児歩 行の筋電図は国内外で多く引用されている。全日本カヌー選手権大会優勝 (1961 年 )・東京オ リンピック強化コーチ・全日本学生カヌー連盟会長 (1990 ∼ 2002 年 )、全日本学生カヌー連 盟名誉会長。文部科学大臣賞・秩父の宮記念賞・大阪府知事賞など多くの賞を受賞。
岡本香代子 Kayoko Okamoto Ph.D. 歩行開発研究所研究員 京都大学非常勤講師/医学博士 歩行の研究で日本バイオメカニクス学会奨励賞を受賞。 「ニューエクササイズウォーキング」 「歩 行老化のサイン」を考案し、父・岡本勉と研究・開発を続けるメインスタッフ。高齢者の老化 予防ウォーキングの講演活動は、人気があり大変好評を得ている。京都大学・大阪大学・同志 社女子大学・大阪体育大学・相愛大学での指導歴を持つ教育活動と、明るくパワーあふれる講 演活動で多くの人たちを元気にする一児の母。
筋電図からみた歩行の発達 −歩行分析・評価への応用− 本体価格 4500 円
2007 年 1 月 15 日 初版発行
著 者
岡本 勉 岡本香代子
発行所
歩行開発研究所 〒 567−0876 大阪府茨木市天王 2−6 G−804 TEL・FAX 072(631)1788 郵便振替 00950 8 266742 印刷 / 製本 太洋社
Ⓒ Tsutomu Okamoto / Kayoko Okamoto 2007. Printed in Japan
ISBN978-4-902473-06-3 C3047 本書の複製権・翻訳権・譲渡権・公衆送信権(送信可能化権を含む) は歩行開発研究所が保有します。
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