まえがき 本書は,近年モデル植物として広く利用されているシロイヌナズナと,主要作物 でかつ実験用植物としても有益なイネを中心に,主として遺伝学的解析法と分子生 物学的解析法をわかりやすく解説した初心者向きのラボマニュアルである. この手の...
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まえがき 本書は,近年モデル植物として広く利用されているシロイヌナズナと,主要作物 でかつ実験用植物としても有益なイネを中心に,主として遺伝学的解析法と分子生 物学的解析法をわかりやすく解説した初心者向きのラボマニュアルである. この手の実験書はすでに国内外で優れた解説書として出版されているが,それら の多くは専門家を対象とした比較的高度の内容のもので,これからこの分野で新た な研究を展開しようとする既存の研究者や,大学院学生や学部学生で新規にこれら の実験用植物を利用した研究を始めたいと思っている人たちにとっては難しく手が 出しにくい感じがする.このようなことから,本書はこれまでとは少々視点を変え て,誰にでも気軽に利用でき,しかも研究を進めるうえで最低限留意しなければな らないことなどをわかりやすく解説した実験入門書とした. このラボマニュアルの特色は前述したことではあるが,そのほかにもいくつかあ げることができる.その第一は,研究法の解説がシロイヌナズナとイネに限定され ていることである.周知のように,両植物はそれぞれ双子葉植物と単子葉植物を代 表するモデル植物として,現在,そのゲノムプロジェクトが国際協力の基に推進さ れているところである.前者については,遅くとも2000年始めまでにはゲノム全塩 基配列が決定されるところまで至っている.また,イネのゲノムプロジェクトにつ いても,わが国を中心にこれまた国際レベルで進められていて,すでに第1期イネゲ ノムプロジェクトが数年前に終了し,現在,第2期プロジェクトの最中で,これも 2005∼6年までには終了する予定とのことである.このゲノムプロジェクトによって 明らかとなる遺伝子の一次構造の後に続くものが,これらを活用した機能的ゲノム 解析 (functional genome analysis) ,すなわち,遺伝子の機能を明らかにする研究で, その重要性は強く指摘されている.したがって,これからはいま以上に,突然変異 体を広く活用した遺伝学的手法やDNAチップなどを利用したやり方で,遺伝子機能 を分子レベルや細胞,組織,器官,個体の各レベルで解析することが一層必要とな る.本書ではこの事柄にも気くばりをして解説をした. 第二の特色は,すでに前記したことの一部繰返しになるが,これらのモデル植物 を使って実際に研究をスタートさせようとしたときに,どんな設備や道具立てが必 要になるかといったこと,実験材料となる突然変異体やクローン化した遺伝子の情 報の入手法やその調達法,さらに,植物の栽培法などが具体的に記述されている点 である.また,得られた実験データの処理や正しい結論の導き方など,この手の他 の実験書ではあまりみられない事柄も示されていて,広義の意味の初心者にはうっ てつけの実験入門書となっている. 最初このラボマニュアルの企画があったとき,編者3名と出版社の企画担当者のあ いだで数回にわたり相談を重ね,植物関係のこの手のラボマニュアルとして,いま どのようなものが必要であるかということを話し合った.さらに,もうひとつ大切 i
なこととして,将来に向けた息の長い実験書をつくるべきではないかとの結論に 至った.そのため,初歩的なことであっても実験の基本になる事柄はできるだけ多 く載せることにした.その結果,遺伝子の最新の解析法などもときとして簡単な説 明になってしまい,具体性を欠いてしまった点もなくはないが,前述したように, 本書があくまでも実験入門書であるということでお許し願いたい.したがって,研 究の進展とともにより高度な技術や方法が必要になったときには,当然ほかの実験 書との併用もお薦めしたい. 本書はシロイヌナズナとイネを対象にしたものであるが,ここでの基本的実験操 作は必ずしもこれらの植物だけに限定されたものではなく,ほかの植物にも応用で きるはずである.本書の利用にあたっては,この点を十分考えて広く活用されるこ とをお願いする次第である.願わくは,研究者それぞれが創意工夫をこらし,より よい方法を開発されることを期待したい.科学の進展には技術革新に伴う実験法の 開発が重要であることはいうまでもない.生命科学の分野をみるとき,特に,分子 生物学的研究法の多くは諸外国で発明されたものが多く,わが国独自でなされたも のはきわめて少ないのは残念なことである.新しい研究法の開発が科学の進展を新 局面へとブレークスルーするのに大きな役割を果たしてきたことは,過去のあまた の実例をみれば明らかである.本書の利用者のなかから,新しい研究法を考案され る方がひとりでも多く出てくることを願ってやまない.なお,紙数の都合でやむえ ず割愛せざるを得なかった項目や,追加・変更などについて,その必要がある場合 には今後考慮したいと思う. 本書の内容は,当初の企画意図を必ずしも百パーセント達したとはいえないにし ても,その精神は十分生かされていると思う.それもひとえに各項目を分担執筆さ れた方々が,いずれもこの研究分野での第一線の研究者であり,この企画の意図を 十分に理解して多忙な時間を割いて執筆の労を執っていただいたいたことによるも ので,編者一同ここに深く感謝する次第である.また,最後になったが,本書の企 画から終わりまで一貫してお世話をいただいたシュプリンガー・フェアラーク東京 のスタッフに厚く感謝する. 1999年秋 吉備高原都市にて 編者を代表して 岩渕 雅樹
ii
編 集
執筆者
岩渕 雅樹
岡山県生物科学総合研究所
岡田 清孝
京都大学大学院理学研究科
島本 功
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
青山 卓史
京都大学化学研究所
安部 洋
国際農林水産業研究センター生物資源部
荒木 崇
京都大学大学院理学研究科
飯田 滋
基礎生物学研究所遺伝子発現統御第一研究部門
井澤 毅
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
石黒 澄衞
京都大学大学院理学研究科
石丸 八寿子
基礎生物学研究所細胞機構研究部門
一色 正之
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
岩渕 雅樹
岡山県生物科学総合研究所
岡田 清孝
京都大学大学院理学研究科
片桐 健
理化学研究所植物分子生物学研究室
加藤 朗
新潟大学理学部
賀屋 秀隆
京都大学大学院理学研究科
川崎 努
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
後藤 弘爾
岡山県生物科学総合研究所遺伝子統御解析研究室
酒井 達也
京都大学大学院理学研究科
佐久間 洋
国際農林水産業研究センター生物資源部
澤 進一郎
東京都立大学大学院理学研究科
篠崎 一雄
理化学研究所植物分子生物学研究室
篠崎 和子
国際農林水産業研究センター生物資源部
柴田 大輔
かずさDNA研究所植物遺伝子研究部
島本 功
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
田畑 哲之
かずさDNA研究所植物遺伝子研究部
出村 拓
東京大学大学院理学系研究科
寺田 理枝
基礎生物学研究所遺伝子発現統御第一研究部門
iii
中島 一雄
国際農林水産業研究センター生物資源部
中島 敬二
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
中村 保一
かずさDNA研究所植物遺伝子研究部
西村 幹夫
基礎生物学研究所細胞機構研究部門
橋本 隆
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
花野 滋
英国University of Warwick
福田 裕穂
東京大学大学院理学系研究科
前川 雅彦
岡山大学資源生物科学研究所
村本 拓也
京都大学化学研究所
森野 和子
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
(五十音順)
iv
目 次
第Ⅰ部 はじめに ................................................................................ 岩渕 雅樹 ............. 1
第Ⅱ部 実験室をセットアップする .............................................................................. 7 1.材料の選択,栽培,交配,設備,器具など ........................................................ 9 1.1.シロイヌナズナ ................................ 石黒澄衞・酒井達也・岡田清孝 ............. 9 1.2.イネ ........................................................................................ 川崎 努 ........... 20
2.遺伝子導入のための設備 ................................................................................... 28 2.1.はじめに ............................................................................. 岡田 清孝 ........... 28 2.2.シロイヌナズナ .................................................... 荒木 崇・賀屋秀隆 ........... 29 2.3.イネ ....................................................................... 寺田理枝・飯田 滋 ........... 30
第Ⅲ部 突然変異体をつくる ....................................................................................... 49 1.シロイヌナズナ ........................................................ 酒井達也・岡田清孝 ........... 51 2.イネ .......................................................................................... 前川 雅彦 ........... 67
第Ⅳ部 トランスジェニック植物をつくる ................................................................. 97 1.シロイヌナズナ .......................................................... 荒木 崇・賀屋秀隆 ........... 99 2.イネ ............................................................................. 寺田理枝・飯田 滋 ......... 110
v
第 V 部 遺伝子をクローニングする .......................................................................... 129 1.はじめに ................................................................................... 澤 進一郎 ......... 131 2.染色体歩行による遺伝子のクローニング ................................. 澤 進一郎 ......... 133 3.タギング法 ...................................................................................................... 154 3.1.イネ ........................................................................................ 井澤 毅 ......... 154 3.2.シロイヌナズナ .................................................... 荒木 崇・賀屋秀隆 ......... 162
4.ホモログ遺伝子および機能ドメインをもつ遺伝子の単離 .................................... .................................................................. 片桐 健・篠崎一雄 ......... 169
第Ⅵ部 遺伝子の発現をみる ..................................................................................... 179 1.ノーザンハイブリダイゼーション ........................... 中島一雄・篠崎和子 ......... 181 2.RT-PCR .................................................................................... 一色 正之 ......... 189 3.レポーター遺伝子の活用 .......................................... 村本拓也・青山卓史 ......... 194 4.in situ ハイブリダイゼーション ................................................ 後藤 弘爾 ......... 204 5.抗体によるタンパク質の発現解析 .............................. 中島敬二・橋本 隆 ......... 218 6.DNA アレイの利用 ....................................................... 花野 滋・柴田大輔 ......... 223
第Ⅶ部 遺伝子の機能を調べる ................................................................................. 229 1.プロモーターの解析 .................................................... 安部 洋・篠崎和子 ......... 231 2.タンパク質のリン酸化実験法 ...................................... 片桐 健・篠崎一雄 ......... 242 vi
3.酵素活性の測定 ........................................................... 加藤 朗・西村幹夫 ......... 248 4.タンパク質の複合体生成 .......................................... 佐久間洋・篠崎和子 ......... 258
索 引 ......................................................................................................................... 269
コラム 1.細胞・組織の顕微鏡による観察 ................................................................... 35 1.1.光学顕微鏡 .............................................................. 福田裕穂・出村 拓 ....... 35 1.2.電子顕微鏡 ........................................................ 石丸八寿子・西村幹夫 ....... 41
2.論文に使えるデータと使えないデータ ..................................... 島本 功 ...... 93 3.インターネット上の情報リソースの上手な使い方 .......................................... ............................................................. 中村保一・田畑哲之 .... 123 4.ジーンサイレンシング ............................................................ 森野 和子 .... 175
vii
Ⅰ.
はじめに
はじめに
1.
岩渕 雅樹
植物科学におけるモデル植物 個々の生物がもつ固有の特徴を規定しているものは,第一義的には遺伝子そのも のであることはいまさらいうまでもない.したがって,それぞれの形態学的およ び生理学的特徴の詳細を知るには,遺伝子の存在,構造,はたらきなどを,遺伝 学的手法や分子細胞生物学的手法を駆使し,個体,器官,組織,細胞,さらに は,分子レベルで解析することが有効となる.近年,高等動物においては,この ような解析法が広く活用されることで生物科学上の興味ある重要な事柄が多く明 らかにされてきている. ここでは,植物科学の分野において,これから分子遺伝学的解析手段や分子細胞 生物学的解析手段によって新たな研究を展開しようとする研究者に対し,高等植 物のモデル系と考えられているシロイヌナズナおよびイネを実験植物として使う ことの利点についてふれてみたい.
2.
モデル植物を材料とする利点
2. 1. 研究の目的はなにか このきわめて当然の問題をあえて最初にとり上げた最大の理由は,研究のスター トにあたっては,研究の目的意識を明確にしておくことがなにをおいても大切だ からである. 失礼なことをいうと思われるかもしれないが,研究当初の問題設定のあいまいさ からか,目的が明確になっていないまま,なんでもかんでも遺伝子レベルで解析 さえすればデータが得られると思って研究をしている人に遭遇することがある. それらのデータは,確かにまちがいさえなければいずれなにかの役に立つことは あろうが,このような研究スタイルにはあまり感心ができない.自分がいまどん なことに興味があって,さらに,それを研究対象にすることが植物科学の分野に おいていかなる意味をもつかなど,研究目標の設定にあたって熟慮しておくべき である.したがって,関係する論文の下調べはもちろんのこと,ほかの研究者の 意見も参考にするなど,事前の情報収集を十分しておくことが大切である. 3
このようなことから,シロイヌナズナあるいはイネを実験植物として利用するこ とにはいろいろな利点がある.特に,イネは農業上の有用作物であるので,その 研究成果が応用面へ直結するなど,実際に役に立つことが多い.
2. 2. 実験植物の選択と解析手段 いったん研究目的を設定したら,つぎは,その研究にどんな実験植物が適当であ るかを決めることが大切となる.目的とする現象が,普遍性のある一般的なもの か,ある植物に固有または少数の植物にみられる特殊性の強いものであるかに よっても,選択の幅が決まってくる. 前者の場合はシロイヌナズナあるいはイネを利用すればよいのだが,後者の場合 では対象とする植物が遺伝学的解析に不向きなことがある.このようなときはど うしたらよいであろうか.このような場合は,簡単にあきらめずに,これらのモ デル植物を利用できないかを一度じっくり考えてみることが必要である.なぜな らば,この二つの植物は,現在までに分子遺伝学的解析がもっともよくなされて いる単子葉植物と双子葉植物で,これまで数多くの研究成果が蓄積されているか らである.加えて,いずれも,ゲノムプロジェクト研究を通した遺伝子の分子レ ベルでの解析やEST解析が進んでいるので,この方面の情報を収集するには,ま さに最適な植物材料である.また,両植物には,これまでにT-DNAタグラインや アクチベーションタグライン,また,トランスポゾンタグラインなどの突然変異 体があるので,分子遺伝学的解析データと分子生物学的解析データの符合性か ら,この植物の形態や生理機能に関係した遺伝子を単離することが可能となって いる.さらに,両植物とも形質転換系が確立しているので,単離した遺伝子の機 能を調べるうえで好都合である.したがって,自分が研究対象にしようと思って いる植物が遺伝学的解析に適さないときでも,目的とした生物学的現象のアナロ ジーがこのモデル植物にみられるときは,当面はそれについて研究を進めてみる のも一案である.そうすることで,モデル植物で得られた知見が,もともと対象 とする植物の遺伝子の単離や解析などに利用できたりして,研究が意外におもし ろい展開をすることがある.このような場合には,このモデル植物を活用する研 究手法がいかんなく発揮できる. しかし,この両モデル植物を利用するにあたっては,うえにのべた研究上のメ リットと同様に,デメリットについても十分承知しておくべきである.たとえ ば,シロイヌナズナは遺伝学的解析には適していても,個体が小さいため,大量 の物質を抽出・精製して解析する必要のある生理生化学的実験には適さない.そ のようなときには,同じ十字科植物のカリフラワーなどを代用する実験系を考え るなど,それなりの工夫が必要である.他方,イネについては,栽培上必要な設 4
はじめに
備 (周年実験には温室が必要) やスペースなどの理由から,だれでも気軽にすぐ実 験ができるというわけにはなかなかいかない.実際に実験材料にする場合には, それなりの準備あるいはしかるべき既存の研究施設との協力関係が必要となって くる. 以上,この両モデル植物を利用するにあたっては,この植物がもつ特性を十分に 考慮したうえで,目的にかなった研究計画を立てることが肝要である.これらの 諸点についての詳細は,本書の各論において示されているのでそれらを参照され たい.
2. 3. 研究情報の利用 研究を展開していくうえでは,実験植物の特性に関する知識や関連した研究成果 など,研究に役立つ情報がどのくらい蓄積していて,かつ,それらを利用できる 状態にあるか否かがもっとも気になるところであり,これらを周知していること はきわめて大切である.この点に関しては,シロイヌナズナとイネについては現 在までに膨大な知見が蓄積されている.前述したゲノムプロジェクトによる情報 は別格としても,これまでの遺伝学的解析データは,これらの植物を実験植物と して利用する有利さを示している. たとえば,シロイヌナズナについては,この十数年来にわたり急速な分子遺伝学 的研究が進展していて,多くの重要な知見が蓄積されている.研究交流の場とし ては,国際的な会議としてInternational Arabidopsis Conferenceがある.その第1回 (1965年) は西ドイツ (当時) で開催され,その後,1993年の第5回からは,米国を 中心としてほぼ毎年のように開かれている.さらに,この会議の国内版ともいう べきシロイヌナズナ・ワークショップは,1990年にその第1回が行われてから毎 年開催されている.これらの研究会議が研究情報の収集や共同研究の推進におお いに役立っていることはいうまでもない.さらに,この植物のT-DNAタグライン などの突然変異体は種子ストックセンターからの入手も可能で,新規に実験を始 めるうえでたいへん便利である. 一方,イネについても,作物育種の立場からの研究が広くなされていて,一般形 質や病害虫抵抗性などに多くの遺伝形質の突然変異体がみつかっている.その結 果,交配実験を通じた遺伝子地図の作成など,それら研究成果の利用価値は大き い.イネのゲノムプロジェクト研究と関連した突然変異体パネルの活用,さらに は,プロテオーム研究でみられるように,遺伝子機能を遺伝子産物タンパク質の 構造解析を介して解明しようとする研究が推進されつつある点も有利である.こ れらの研究情報は,国内では大学の研究室や農林水産省の試験場および関連した 5
研究所における長年の実績が貴重なものとなっているので,これらを活用でき る.国際的には,米国のロックフェラー財団やフォード財団などの支援のもとに フィリピンに設立された国際イネ研究所(International Rice Research Institute, IRRI) がある.この研究所は現在,米国や日本などの先進国の基金で運営され, イネの品種改良とそれらの分与などを行っているので,ここからも種子などを得 ることができる.
2. 4. 実験結果の普遍性と特殊性 これまで,シロイヌナズナとイネのモデル植物としての有益性についてのべた. 確かに,両植物は分子遺伝学研究において単子葉植物と双子葉植物を代表する実 験植物となっている.また,これらは短日性植物および長日性植物なので,両者 において得られた研究成果を対比させるのに好都合である. しかし,これらモデル植物での研究結果をそのまますべての植物に還元すること には慎重を要する.得られた知見が植物全体の普遍的現象に関係した場合はよい が,ある植物に特有の現象,すなわち,特殊性に関係した場合は,両植物を用い て得られた知見をそのまま平行移動させて結論をくだすのは危険であり,それが 可能な場合とそうでない場合があることに注意しておく必要があろう. また,この両植物に加え,マメ科のミヤコグサやコケ類のヒメツリガネコケ,さ らに,もっと下等な生物である酵母やシアノバクテリア (ラン藻) なども,いろい ろな角度から解析系に組み入れることが有効な場合があるので,考慮しておきた い.特に,出芽酵母やシアノバクテリアではすでに全ゲノムDNA配列が決定され ているばかりでなく,シロイヌナズナおよびイネの遺伝子機能解析のために有効 な実験系を提供している.これらの解析系と両植物の有用性とをうまくかみ合わ せた実験系を活用することについても,それなりに工夫することが必要である.
3.
おわりに 以上のべたように,現在,分子遺伝学的解析法や分子細胞生物学的解析法を用い た植物科学の研究には,これら二つのモデル植物,シロイヌナズナおよびイネが 有用な研究材料となっており,これらを上手に利用した研究を行うことが重要な ポイントになっている.
6
口絵1 交配の実際.(a)雌親になる花房.(b)開花した花をハサミで取り除く.(c)つぼみから一 部のがく片を取り除いたところ. (d) は (c) の拡大で,雄しべの葯はまだ裂開していない. (e) がく 片,花弁,雄しべをすべて除去したところ. (f) 交配翌日のようす.左側および右側に伸びた雌し べは受粉可能なので,ほかの花の花粉と交配させた.上側および下側に向いた3本の雌しべはまだ 未熟なので,1∼2日後に交配する. (g)さらに3日後のようす.交配しなかったつぼみはすべて除 去した.(h)植物全体のようす.竹串で支持し,必要に応じて接着テープに交配記録を記入する. (18ページ,図1・1参照)
口絵3 トレイで育苗中のイネ. (23ページ, 図1・3参照) 口絵2 タオルペーパーを用いた発芽処理. (22ページ,図1・2参照)
口絵4 小型のビニールポットで生育するイネ. (23ペー ジ,図1・4参照)
口絵5 イネの遺伝子導入のための設備. (a) 閉鎖系温室. (b) イネ培養のシャーレを培養室の網 状の棚板の上に置いた状態.(c)パーティクルガンBIOLISTIC PDS-1000/H (Bio-Rad社製) . (d) ジーンパルサー(Bio-Rad社製) .(31ページ,図2・1参照)
口絵6 みのる成苗育苗箱みのるポットを使用し た1粒播種法.(74ページ,図2・2参照)
口絵7 みのる土付成苗育苗箱増収なえとこを利用 した枝梗播種法.みのる土付成苗箱増収なえとこ の両端を切り取り,60×30 cmの機械移植用苗箱に セットしてある.(75ページ,図2・3参照)
口絵8 アグロバクテリウム法によるイネの遺伝子導入の過程. (a) 胚盤由来のカルス.直径が 2∼3 mmぐらいのもの (矢印) を用いる. (b) アグロバクテリウム接種のようす.カルスを茶こし に入れてアグロバクテリウム懸濁液に浸す. (c) 形質転換後,ハイグロマイシンに耐性となった カルス.ハイグロマイシン感受性のカルスは渇変化する.(d) は (c) を拡大したもの.ハイグロ マイシン感受性のカルス (左側) は茶褐色で柔らかい.ハイグロマイシン耐性のカルス (右側) は 光沢があって硬い. (e) 不定胚からの植物体再生. (f) 幼植物の育成.イネの根はハイグロマイ シンに感受性なので,形質転換した植物のみが発根培地で根の伸長を示す (右側2本) . (119ペー ジ,図2・4参照)
口絵9 野生型シロイヌナズナ (a)ではGUS活性はみられないが,CDC2aプロモーター::GUS遺 伝子をもつ形質転換シロイヌナズナの苗条(b)では根,子葉などでGUS活性がみられる.特に, 形質転換シロイヌナズナの茎頂分裂組織 (c) および根端分裂組織 (d) では非常に強いGUS活性が 認められる. (199ページ,図3・1参照)
口絵10 MS寒天培地上で縦5列・横5列に並んだグルココルチコイド誘導性プロモーター::Luc 遺伝子をもつ形質転換シロイヌナズナの苗条に対してデキサメタゾンをスプレーし,0時間, 1時間,2時間,4時間,8時間および16時間後のLuc活性をVIMカメラシステムで観察した.色 が青から水色,黄緑色になるにつれて強いLuc活性があることを示している.(201ページ,図 3・2参照)
口絵11 パーティクルガンによりCaMV35Sプロ モーター::GFP遺伝子を導入したタマネギの表 皮細胞では,細胞質全体にGFPによる蛍光がみ られる (a).それに対して,CaMV35Sプロモー ター::HY1トランジットペプチド::GFPキメラ遺 伝子を導入した細胞では,蛍光はプラスチドに 相当する箇所に局在しているのが観察される (b). (202ページ,図3・3参照)
口絵12 ゲノムDNAアレイによるハイブリダイゼーションの例.シロイヌナズナのゲノムDNA断 片(平均3 kb)をブロットしたナイロンフィルターを用いて,シロイヌナズナの葉から調製した mRNAをcDNAプローブとしてハイブリダイゼーションを行った.ハイブリダイゼーションのイ メージは画像解析装置BAS2000で解析した.フィルター上には同じDNAが2ヶ所にブロットされて おり,真のシグナルの場合は二つのシグナルが並んで認められる. (225ページ,図6・2参照)
口絵13 3-AT耐性試験とβ-galアッセイ.陽性のクローン(a),(d),(f)は10 mMの3-ATを含む培地でも生育可能であり,かつ,β-galアッセイで青色を呈 する. (261ページ,図4・3参照)
口絵14 未処理試料と透明化試料の観察.播種後4日目のシロイヌナズナ芽生えを,未処理の まま (a) ,または,透明化処理後 (b) ∼ (f) に観察した. (a) 実体顕微鏡観察像.上方からはリン グライトで照明し下方からも弱めに照明した. (b) 正立顕微鏡明視野法観察像. (c) 正立顕微鏡 微分干渉法観察像. (d) 正立顕微鏡暗視野法観察像. (e) 倒立顕微鏡位相差法観察像. (f) 実体顕 微鏡スリット絞り偏斜照明法観察像. (a) と (b) のバーは1 mm, (c) ∼ (f) のバーは100μm. (37 ページ,コラム1.1. 写真1参照)
口絵15 GUS染色試料の観察.ヒャクニチソウTED3遺伝子のプロモーターとGUSレポーター遺 伝子の融合遺伝子を導入した播種後4日目の形質転換シロイヌナズナ芽生えを,GUS染色後に 観察した. (a) エタノールシリーズによる脱色試料の倒立顕微鏡明視野法観察像.(b) 透明化試 料の正立顕微鏡明視野法観察像. (c) 透明化試料の正立顕微鏡微分干渉法観察像. (d) ∼ (f) 透明 化試料の正立顕微鏡暗視野法観察像. (a) ∼ (c) と (e) のバーは100μm, (d) のバーは1 mm, (f) のバーは10μm.(38ページ,コラム1.1. 写真2参照)
口絵16 ミクロトーム切片の観察.播種後4日目の形質転換シロイヌナズナ芽生えを,GUS染 色のまえ (a) ∼ (c) ,または,あと (d) ∼ (f) にテクノビット7100に包埋し,ミクロトームを用い て4μm厚の切片を作製した. (a) トルイジンブルー染色切片の正立顕微鏡明視野法観察像. (b) 無染色切片の正立顕微鏡微分干渉法観察像.(c) 無染色切片の倒立顕微鏡位相差法観察像. (d) GUS染色試料切片の正立顕微鏡明視野法観察像. (e) GUS染色試料切片の正立顕微鏡微分干渉法 観察像. (f) GUS染色試料切片の正立顕微鏡暗視野法観察像. (a) ∼ (c) のバーは100μm, (d) ∼ (f)のバーは50μm.(40ページ,コラム1.1. 写真3参照)
Ⅱ.実験室をセットアップする
1.
材料の選択,栽培,交配,設備,器具など
1.1.シロイヌナズナ
石黒澄衞・酒井達也・岡田清孝
1.1.1.材料の選択 シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)は温帯から亜寒帯に広く分布する一年生の 草本である.きわめて自殖性が強く,野生集団であってもほぼ純系化しているた め[1],さまざまな系統 (エコタイプ,生態型) が野生より収集され,そのままそれ ぞれの特色を生かした研究に用いられている.しかし,人為的に突然変異体を作 出 す る と き の 親 系 統( バ ック グラ ウンド )として よく 使われ てい るの は, Columbia,Landsberg erecta,Wassilewskijaなどの系統である.
a. Columbia (Col-0) Columbiaは,米国ミズーリ大学コロンビア校のG. P. Rédeiによって単離された系 統である[2].最も標準的な系統としてよく使われており,ゲノムプロジェクトで ゲノムの解読が行われたのもこの系統である.減圧浸潤法 (バキューム法) による 遺伝子導入も比較的容易である.
b. Landsberg erecta (Ler) Landsberg erectaは,名前の通りerecta変異をもつ一種の突然変異体であるが,野 生型として扱われる場合が多い.erecta変異のため茎は太く短くなり,支柱なし でも直立した状態を保つことができる.RFLPマーカーをはじめとする多数の分 子マーカーがColumbiaとのあいだにつくられており,各マーカーの染色体上の位 置も精密に決定されている. これらの分子マーカーは, ゲノムプロジェクトで 解読するBACクローンを整列させる際にも染色体上のアンカーとして使用され た.Columbiaと比べ,連続光条件下で約1週間,短日条件下では2週間以上早咲き となる.遺伝子導入も可能だが,ColumbiaやWassilewskijaに比べるとむずかし い. 9
c. Wassilewskija WS (またはWs) と略してよばれることが多い.アグロバクテリウムを用いた遺伝 子導入が容易であることから,Feldmannライブラリー (T-DNAタギングに用いる ため,Feldmannが世界に先駆けて作成した大規模なT-DNA挿入系統) をつくる際 に用いられた.
d.どの系統を選ぶか 最も大切なことは,さまざまな系統のなかから,研究の対象とする現象が最も みやすいものを選ぶことである.その系統を突然変異処理すれば,得られる突 然変異体と野生型との差が大きく,スクリーニングやのちの解析が容易になる ことが期待できる.たとえば,根の光屈性反応では,Landsberg erectaの根は光 によく反応して光と反対の方向に伸びるがWassilewskijaの根は反応が鈍い.した がって,Landsberg erectaを突然変異処理してスクリーニングすると,光屈性反 応の突然変異体(光の向きと無関係に根が伸びる)は野生型との差が大きく容易 に単離することができる.それに対し,Wassilewskijaをバックグラウンドに用 いると,野生型と突然変異体の差が明瞭でなくなりスクリーニングが困難にな る. 一方,突然変異体からの原因遺伝子クローニングの容易さを考えるならば,ColumbiaかLandsberg erectaをバックグラウンドに選ぶのが有利である.Columbiaと Landsberg erectaのあいだには両者の塩基の違いを利用して多数の分子マーカーが 作成されているが,特にポジショナルクローニングにおいては,染色体上の分子 マーカーの密度がクローニングの容易さを決める大きな要因となるからである. とはいえ,Wassilewskijaなどほかの系統についてもColumbia-Landsberg erecta間の マーカーを利用することは可能であるし,いずれにせよ,ポジショナルクローニ ングの最終段階では自分でマーカーを作成する必要がある(第Ⅴ部§2参照)の で,決定的に不利というわけではない.また,タギング法で遺伝子クローニング を行う場合には,系統による制約はない.
e.系統の入手法 シロイヌナズナの系統は,種子ストックセンターから分譲してもらうことができ る.また,大量の種子が必要であるなどの場合は,Lehle Seeds社から購入するこ ともできる.注文の方法は,第Ⅲ部§1.5を参照してほしい. 10
1. 材料の選択,栽培,交配,設備,器具など
1.1.2.シロイヌナズナの栽培室 a.温度 実験室でシロイヌナズナを生育させるときの適温は21℃から22℃であり,年間を 通じてこの温度を保つのが望ましい.これよりも温度が高いと植物が貧弱にな り,特に,25℃以上では極端に生育が悪くなる.温度が低い分には,いくぶん生 育が遅くなるものの特に問題は生じない.したがって,新しく栽培室を設計する 場合には,夏期の暑さ対策が最も重要な課題となる.人工照明として用いる蛍光 灯が大きな熱源になり室温を上昇させる原因となるので,十分に容量の大きな クーラーを設置する必要がある.冬の暖房は寒冷地以外では必要ない.むしろ, 冬でも冷房を必要とする場合が多い. 鉢植えの植物でもプレート上の植物でも,4℃におくことで一時的に生育を停止 させておくことができる.この場合,1週間程度までなら光は必要ない.
b.光 白色の蛍光灯を人工照明として用いる.連続光条件の場合,たとえば,130 cm× 60 cmの栽培棚を鉢から50 cmの高さから照明する場合なら,40Wの蛍光灯3本程 度 (照度3000∼4000ルクス) が適当である.長日条件や短日条件の場合はさらに1 本程度増やしてもよい (5000ルクス程度まで) .蛍光灯は,古くなると植物が利用 できる波長成分が減ってくるので,半年くらいで新しいものに交換するか,新し いものと古いものを混ぜて少し多めに使用する.植物育成用の蛍光灯も市販され ているが,必ずしも必要はない.育成灯だけにすると植物の色が見にくくなるの で,使用する場合には白色蛍光灯2∼3本に育成灯1本の割合で混ぜて使うとよ い. ガラス室などで自然光を利用してシロイヌナズナを栽培することも可能である が,夏期の室温を24℃以下に保つのが困難な場合が多いので,年間を通じて栽培 しようとする場合には勧められない.通常の実験室を栽培室として使用する場合 でも,日光が入ると温度管理が困難になる場合が多いので,窓ガラスには遮光性 のフィルムかスチロール板などを貼るようにする.
c.日長条件 シロイヌナズナは長日植物であり,日長が長いほど短期間で花をつける.遺伝学 11
的な解析を行う場合にはできるだけ短時間のうちに世代を交代させる必要がある ので,通常は連続光下で栽培する.しかし,実験の目的によっては,開花までの 時間が多少長くなってもより丈夫に育った植物体を必要とする場合がある.この 場合は短日条件 (明期8時間-暗期16時間) で生育させる.長日条件 (明期16時間-暗 期8時間)や (明期12時間-暗期12時間)などの条件は,開花までの時間は多少遅れ るが,連続光下よりも立派な植物体が得られるので筆者らはよく利用している. 温度は明期・暗期とも21∼22℃でよい.
d.栽培棚 栽培室の空間を最大限利用するためには,3∼4段の栽培棚を利用するのが一般的 である.丈夫に育てたシロイヌナズナは草丈40 cm以上になるので,棚1段の高さ (棚板から蛍光灯まで) は60 cm程度が望ましいが,栽培法を工夫すれば40 cm程度 の高さでも使用することはできる.気をつけたいのは,蛍光灯の安定器の位置で ある.安定器は最も大きな熱源になるので,蛍光灯と同じ位置についていると上 の段の棚の温度を著しく上昇させてしまう.蛍光灯からは離して栽培棚の最上段 よりも上の位置に設置するか,可能ならば栽培室の外に設置するのが理想的であ る.
e.人工気象器 温度や日長条件を変えて栽培したいときには,人工気象器を使用するのが便利で ある.さまざまなタイプの機器が市販されているが,温度条件と明期・暗期の時 間および光量が設定できるものであれば十分である.
f.無菌植物用人工気象器 形質転換体の選抜など植物を寒天培地上で無菌的に栽培する場合でも,光や温度 の条件は上記とほぼ同様だと考えてよい.人工気象器を用いると便利であるが, 機種によってはシャーレのふたに著しく結露するものがあり,シロイヌナズナは このような条件を好まないので,機種の選択には注意する.筆者らは,鉢植えと プレートそれぞれに適した人工気象器を用意して使い分けている.また,栽培棚 にプレートを置く場合には,下の段の蛍光灯の影響を受けない最下段に置くとふ たへの結露が起こりにくい. 12
1. 材料の選択,栽培,交配,設備,器具など
1.1.3.栽培に用いる器具・材料 a.鉢と土 鉢はどのような種類のものでもよい.安価な育苗用のビニルポットでも十分であ るが,多少使いやすさを求めるなら,硬質ポットなどの名称で市販されているも のが便利である.筆者らは直径6 cm,7.5 cm,9 cmの3種類のものを用意し,目 的に応じて使い分けている.一度に大量に栽培したい場合にはプランターなどを 用いてもよい.また,同時に多数の植物を個体ごとに分けて栽培したい場合に は,ARASYSTEMなど専用の栽培容器が市販されているので利用するとよい. ARASYSTEMはLehle Seeds社より購入することができる(第Ⅲ部§1.5.1参 照). 土の好みは研究者によってまちまちである.筆者らは中粒 (粒径3∼5 mm程度) の バーミキュライトを用いている.細粒のものでもよいが,細かすぎると土が締ま りすぎて根が伸びにくくなったり,根腐れが起こりやすくなったりするので,む しろ粗めのもののほうがよい.中粒のパーライトを数%程度混合すると保湿性が 高くなってよいが,必ずしも必要ではない.研究者のなかには,ピートモスなど の腐食質とバーミキュライトを半々に混合した用土を用いている人も多い.ま た,市販の培養土のなかにもシロイヌナズナの栽培に適したものがある.土に腐 食質を加えると植物はより丈夫に育つが,カビが生えやすくなったり,ハエなど の害虫が出やすくなったりするという問題点もある. 土の代わりにロックウールを用いる方法もある.適当なバットに直接ロックウー ルを置き,適当な濃度の液体肥料を与えながら栽培すればよい.土よりも種子を 播くのが容易で,省スペースであるため,植物が小さいうちは育てやすい.しか し,根が長く伸びてからは水の管理がむずかしく,乾きすぎたり,水をやりすぎ てカビや藻類が生えたりしやすくなる.花茎が立つまえにロックウールごとバー ミキュライトのうえに移してやるとよい.
b.肥料 市販の液体肥料 (ハイポネックスなど) を利用するのが便利である.ハイポネック スなら3000∼5000倍に希釈した溶液をつくり,2回に1回程度の割合で水の代わり に与える. 多少与えすぎても害が出ることはまずない.さらに大きく丈夫に育 てたい場合は,種子を播くときに遅効性の化成肥料を少量土に混ぜておくとよ い. 13
c.殺虫剤 室内で栽培していても,ときに害虫に見舞われることがある.シロイヌナズナに 害を与える害虫は,アザミウマ,オンシツコナジラミ,ハダニ,アブラムシなど である.いずれも小さな虫なので,日頃からよく注意し,早期に発見することが なによりも重要である.また,もし害虫を発見した場合には,栽培室中のすべて の植物を殺虫剤で処理するなどして,一気に根絶することが重要である.長引か せると害虫が薬剤に対する抵抗性を獲得してしまうからである. おもな害虫と対策法は,内藤らによるホームページ 「シロイヌナズナの害虫写真 館」 (http://arabi4.agr.hokudai.ac.jp/Culture_Protocols/Pests/Pests.html) に紹介されてい るので参照してほしい.
1.1.4.シロイヌナズナの栽培法 a.種播き 鉢に土を入れ,適当なバットに並べる.バットに液体肥料を加えた水を注ぎ,土 が十分吸うまで待つ.土の表面に細粒のパーライトまたはバーミキュライトをご く薄くまき,そこに種を置いていく.一粒ずつ播く場合は,竹串の先端を湿ら せ,種をくっつけて運ぶとよい.同じ種類の種子をたくさん播くときは,種子を 0.1%の低融点アガロース (普通のアガロースや寒天でもよい) に懸濁し,P-20のピ ペットマンと先端を切ったチップを用いて播くと,簡単に一粒ずつ散らして播く ことができる.いずれの場合も,種子は土の表面に置くようにし,種子を土で 覆ってはならない.シロイヌナズナの種子は光発芽性であるので,土をかぶせて しまうと発芽しなくなる.
b.低温処理 種子を播いたら,4℃で2∼4日間低温処理する.光を当てる必要はない.低温処 理によって種子の休眠が打破され,22℃にだしたときに一斉に発芽するようにな る.Columbia,Landsberg erecta,Wassilewskijaなどの系統では花芽の分化に低温 は必要ないので,低温処理はこのときだけでよい.花芽分化が春化処理で促進さ れる系統の場合は,ロゼット葉が数枚になった時期に1週間ほど4℃で処理する. 光を当てるのが望ましいが,必ずしも必要とはしない. 14
1. 材料の選択,栽培,交配,設備,器具など
c.生育 温度・光の条件は前述の通りである.バットの水が乾いたら水やりをする.シロ イヌナズナはどちらかといえば乾燥気味の土を好むので,つねにバットに水が満 たされているような状態は避けたほうがよい.液体肥料はやりすぎない程度に十 分与える.花茎が立ってきたら必要に応じて支柱を立てる.筆者らは,バーベ キュー用として市販されている長め (28 cm) の竹串を用いているが,ストローな どを利用することもできる.植物を留めるときは,粘着性のテープ,糸,園芸用 の紙タイなどを用いる. シロイヌナズナでは,開花とほぼ同時に葯と柱頭が接触し,自家受粉が起こる. ひとたび受粉した柱頭では柱頭毛が乾燥し,その後の花粉の接着は起こらない. したがって,ある程度密植していても,咲いた直後の花が別の花に直接接触しな いかぎりは個体間の花粉のコンタミはまず起こらない.隣の鉢の植物とからみ合 うのを防ぐためには,OHPシートで筒を作って鉢に立てるなどの方法もあるが, カビの原因になる場合が多いので,乾燥した栽培室以外ではよく注意して使う必 要がある.支柱から植物を外し,花茎の部分を紙の封筒に入れて土の上に寝かせ ておいてもよい.乾燥後,花茎の基部にハサミを入れて切り離すだけで収穫でき るので便利であるが,場所をとるのと封筒の中が見えないのが難点である. 多数の莢ができ,花の付きが悪くなってきたら水やりを控えめにする.土が完全 に乾かなければよい.8割方枯れてきたら水やりをやめる.
d.種子の収穫 莢が十分乾燥したら収穫する.莢の根元を小型のハサミで切り,莢ごと小型のガ ラス瓶に入れる.キムワイプを棒状に丸めて栓の代わりにする.コルク栓を用い てもよいが,莢に水分が残っているとカビの原因になるので,完全に乾燥するま ではキムワイプのほうが無難である.プラスチック製チューブは静電気が生じや すく使いにくい. 1個体または数個体の植物の種子をまとめて収穫したいときは,花茎全体をいっ たん紙製の封筒の中に入れるとよい.乾燥が不十分ならこのままデシケーターに 入れてしばらく乾燥させる.封筒をもむようにすると莢から種子が外れるので, 封筒から出してガラス瓶に回収する.種子と植物のかすを分けたいときは,適当 な大きさ(425μm) のステンレスメッシュを用いるとよい.これは,ステンレス 製の茶こしでも十分代用できる.気をつけていれば一つのメッシュを複数の種子 に使い回しても種子同士が混じることはないが,気になる場合には複数のメッ シュを用意し,使用後に乾熱滅菌しておくとよい. 15
ガラス瓶の代わりに小型の封筒を用いるのも便利である.筆者らは5 cm×7 cm程 度の封筒を特注で作製し,種子入れとして利用している.封筒の隅に隙間がある と種子がこぼれて使いものにならないので,作ってもらうときにはよく確認する ことが必要である. 収穫した種子はデシケーター中に保存する.よく乾燥していれば室温でもそれほ ど発芽率の低下はみられない.低温に密栓して保存するほうがより長期に保存で きるといわれるが,種子を取り出そうとするたびにデシケーター中で室温に戻さ なくてはならないので,頻繁に使用する種子の保存にはむかない.
1.1.5.無菌植物の育成 a.種子の表面殺菌 市販の洗濯用ブリーチ(有効塩素濃度が5%程度で,界面活性剤を含まないもの) を10倍に希釈し,0.02% Triton X-100を加えた溶液を滅菌液とする.種子をエッ ペン管などの容器に入れ,十分量の滅菌液を加えてときどきかくはんしながら10 分間おく.卓上遠心機などで数秒間遠心して種子を底に集め,アスピレーターで 滅菌液を吸い出す.ブリーチを除くため,滅菌蒸留水を加えて種子を懸濁し,再 び遠心して液を吸い出す.この洗浄操作を合計3∼5回 (塩素臭がしなくなるまで) 繰返す.
b.培地 培地は実験の目的に応じて適当なものを選択すればよい.筆者らがよく利用する のは,ガンボーグB5培地に2%ショ糖を加え,KOHでpHを5.7∼5.8に合わせたも のである.固形培地にする場合には,0.4%ゲランガムか0.8%寒天を加える.20 mm厚のシャーレを用いれば,花茎が立ち始めるころまでは十分培養できる.
c.固形培地への種の播き方 1粒ずつ播く場合には,先の細いマイクロピペット用のチップ (エッペンドルフの クリスタル用など) を利用し,P-20ピペットマンでチップの先端に吸い付けて運 ぶ.種子は培地の表面に置けばよく,埋め込む必要はない. 滅菌した種子をたくさん並べて播きたいときには,つぎのようにする.表面殺菌 16
1. 材料の選択,栽培,交配,設備,器具など
した種子に10倍容程度のオートクレーブした0.1%低融点アガロース (普通のアガ ロースや寒天でもよい) 溶液を加えてよく混合する.先端を3 mm程度切り落とし たイエローチップを用い,P-20ピペットマンで適量の種子を吸い取ってはピスト ンでコントロールしながら培地に1粒ずつ置いてゆく.慎重になるとかえってう まくいかないので,リズミカルに行うことが肝要である. 種子を培地に播くためには,このほかにもさまざまな器具が工夫されているの で,自分にあったものをみつけるとよい.
d.培養 播種後の低温処理やその後の培養条件は,鉢植えの場合とほぼ同じである.シロ イヌナズナは比較的乾燥を好むので,シャーレの側面にはテープを巻かないほう が調子がよい.しかし,どうしてもカビが出やすくなるので,気になる場合には サージカルテープのような通気性のよいテープを巻く. シャーレでの培養は植物にとってはどうしてもストレス条件になるため,鉢植え ほど大きく育てるのはむずかしく,温度や日長の条件が同じでも花芽分化が起こ るのが早い.そこで,少しでも早く花を咲かせたい場合にはこれを積極的に利用 し,無菌培養で花茎が立ち始めるまで育ててから,鉢に植え替えるという方法も ある.根が十分伸びていれば,1∼2日ラップなどで覆って湿度を保ってやるだけ で簡単に活着する.もちろん,花芽分化以前に土に移すことも可能である.
1.1.6.人工交配 シロイヌナズナは自家受精を行い,受粉は開花直後に起こる.人工交配を行うた めには,自家受粉をするまえのつぼみのときに,中の未成熟な雄しべを取り除い て未受粉の雌しべを準備する必要がある.この作業は手元を明るくして行うとや りやすい.
器具・装置 ●
先の細い精巧なピンセット(INOX No.5,スイスFontax社)
●
小さいハサミ(井内繁栄堂,ハサミNo.13)
●
拡大鏡 (イルミネーティングルーペ,ヘッドルーペ,実体顕微鏡,など.慣れれ ば必要ない) 17
方法(図 1・1) 1)雌親には,がくのあいだから白い花弁が見え始めたぐらいの膨らんだつぼみを用 いる.交配に使うつぼみの近くにある花は取り除く(図1・1 b) . 2)ピンセットを用いて4枚のがく片,4枚の花弁,6本の雄しべを取り除く.ピン セットには花粉がつきやすいので,つぼみをむくまえにエタノールなどでふいて からそのたびに使用する(図1・1 e). 3)むき出しになった雌しべを観察したとき,柱頭毛が確認できれば受粉可能な状態 である(図1・1 f).柱頭毛が未成熟な場合は,1∼2日間柱頭毛が成熟するのを
(a)
(d)
(b)
(e)
(g)
(h)
(c)
(f)
図1・1 交配の実際. (a) 雌親になる花房. (b) 開花した花をハサミで取り除く. (c) つぼみから 一部のがく片を取り除いたところ. (d) は (c) の拡大で,雄しべの葯はまだ裂開していない. (e) がく片,花弁,雄しべをすべて除去したところ. (f) 交配翌日のようす.左側および右 側に伸びた雌しべは受粉可能なので,ほかの花の花粉と交配させた.上側および下側に向 いた3本の雌しべはまだ未熟なので,1∼2日後に交配する. (g) さらに3日後のようす.交配 しなかったつぼみはすべて除去した. (h) 植物全体のようす.竹串で支持し,必要に応じて 接着テープに交配記録を記入する.口絵1参照. 18
1. 材料の選択,栽培,交配,設備,器具など
待って受粉を行う.むき出しにした雌しべに花粉がついていたときは,この雌し べを使うのはあきらめたほうがよい. 4)雄親を用意する(注1,注2).元気そうな花をそのまま,もしくは,雄しべをとり,雌 しべ柱頭につける.花粉がつくと柱頭が若干黄色くなるのが確認できる. 5)札付けを雌しべをもつ花柄もしくは茎に行う (図1・1 h). 6)うまく受粉が完了していれば,3∼4日後にはさやがのびているのが観察できる (図1・1 g). 7)約二週間後, さやが茶色になったところで, さやごとガラス瓶などに回収する(注3).
1.1.7.シロイヌナズナ研究についての情報 a.ホームページとデータベース 栽培法や害虫対策についての情報が内藤のホームページ(h t t p : / / a r a b i 4 . a g r . hokudai.ac.jp/Culture_Protocols/Culture_Protocols.html)にあるので参考にするとよ い.また,さまざまなデータベースがインターネットで公開されており[3],本書 コラム3および第Ⅴ部§2.2でも解説されている.
b.メーリングリスト シロイヌナズナ研究者の情報交換の場として,メーリングリスト"nazuna"(日本 語) や"ARABIDOPSIS" (英語) がある.過去のメールもホームページで公開されて いる.加入の方法などはホームページ(nazunaはhttp://www.kazusa.or.jp/gene-s2/ nazuna,ARABIDOPSISはhttp://www.bio.net:80/hypermail/ARABIDOPSIS) または文 献[3, 4]を参照してほしい.
注1
劣性の突然変異と野生型とを交配する場合には,突然変異体を雌親に用いると交配がうまくいっているか確認しやすい.たとえば,Landsberg 系統 (erecta突然変異体) とColumbia系統 (野生型)との交配では,雌にLandsberg erecta,雄にColumbiaを選ぶとよい.F1世代は野生型表現型を 示すはずである.F1世代がLandsberg erecta型の表現型を示してしまったら,雌親の自家受精 (交配の失敗) によることがわかる.これは,二 重突然変異体を作成するときにもいえることである.
注2
不稔性を示す植物は,雄ずいが未成熟なため自家受精が起こらないことが多い.このような個体と交配を行うときは,雌親としてこれを用 いてみる.こういった花の多くは,つぼみも貧弱で雄ずいを除去するのがむずしいことが多いが,種がもともとできないのだから開いた花 にそのまま受粉を行えばよく,雄ずいの除去は必要ない.
注3
さやは時間が経つと裂けて種が出てしまう.特に,Landsberg erecta系統はさやがはじけやすいので注意が必要である.
19
c.参考書 シロイヌナズナを用いた研究一般についての解説書[2, 4-6]や総説[6-8]が多数刊行さ れているので,参照するとよい.
参考文献 1. Todokoro S, Terauchi R, Kawano S (1995) Jpn. J. Genet. 70: 543-554 2. Methods in Arabidopsis Research (1992) Koncz C, Chua N-H, Schell J (ed.), World Scientific Publishing, Singapore 3. 太田真由美, 石黒澄衞, 岡田清孝 (1999) シリーズ・ライフサイエンスのための系統保存とデータバンク. シ ロイヌナズナのストックセンターとデータベース. 蛋白質 核酸 酵素 44: 898-902 4. モデル植物の実験プロトコール (1996) 島本功, 岡田清孝 (監修) 秀潤社, 東京 5. Arabidopsis Protocols (1998) Martinez-Zapter JM, Salinas J (ed) Humana Press, Totowa 6. Arabidopsis, an atlas of morphology and development (1994) Bowman J (ed) Springer-Verlag, New York 7. Arabidopsis (1994) Meyerowitz EM, Somerville CR (ed) Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York 8. Arabidopsis (1998) Anderson M, Roberts JA (ed) Sheffield Academic Press, Sheffield
1.2.イネ
川崎 努
1.2.1.はじめに 最近,イネゲノム研究が急速に発展し,イネがモデル植物として注目されてきて いる.しかし,イネは太陽光の下では元気に育つが,比較的幅広い波長の光を必 要とするため,温室で育てるのは野外に比べて難しい.組換え体イネを用いて研 究するためには,閉鎖系,つまり,温室のなかで解析に十分なイネを生育するこ とが必要不可欠である.この節では,イネの栽培を行ったことがない研究者や学 生を対象に,おもに実験室レベルでのイネの栽培法を解説する.イネの栽培方法 は研究室によってかなり異なっていると考えられるが,ここでは筆者らの研究室 で行っている方法を紹介する.
1.2.2.材料の選択 イネは短日植物であり,昼の時間がある一定の時間以下にならないと花芽形成が 誘導されない.花芽形成は温度にも影響され,それぞれのイネの品種や系統に よって大きく異なる.したがって,栽培しようとするイネの特性についてあらか じめ調べておく必要があり,それぞれのイネにあった栽培環境が必要である. 20
1. 材料の選択,栽培,交配,設備,器具など
1.2.3.種子の入手法 一般的な栽培種の種子は県や国の農業試験場からもらうことができる.また,特 別な品種 (系統) や野生イネの種子は,農林水産省農業生物資源研究所やフィリピ ンの国際イネ研究所 (IRRI) から分譲してもらえる.また,品種や変異系統などの 情報は,国立遺伝学研究所のイネ資源のホームページ (http://www.shigen.nig.ac.jp/ rice/rice.html)から入手できる.
1.2.4.栽培条件 イネを健全に育てるためには,十分な光強度がありかつ適温であることが必要で ある.したがって,それぞれの地域の稲作適期に太陽光のもとで栽培するのが最 も適した栽培環境であり,比較的容易に健全なイネをつくることができる.温室 で栽培する場合,稲作適期であれば温度条件にのみ注意する.だいたい20∼30℃ のあいだの温度変化により栽培されているのが望ましい.たとえば,30℃以上で 冷房が入り20℃以下で暖房が入るという条件で十分である.また,完全に温度制 御されている温室では,昼夜の温度を変えることが望ましい.昼28℃,夜23℃ぐ らいに設定し,昼と夜で5℃ぐらいの温度差をつけることが必要である.また, 稲作適期と時期がずれている場合には,イネの特性に合わせて補光しなければな らない.ファイトトロンなどで栽培する場合には照度と光質に注意する必要があ る.一般的なファイトトロンの照度は20,000ルクスほどであるが,この光条件で は不十分であり50,000ルクスの照度が必要である.光が不十分であると徒長し 弱々しいイネになってしまうので注意したい.
1.2.5.播種 a.休眠打破 イネ栽培種のなかには休眠性の強いものがあり,播種前に休眠打破をする必要が ある.多くの品種は,室温で数ヶ月保存すれば自然に休眠は破れる.採種直後の 種子を用いる場合は,42℃で3日間乾燥させ休眠打破を行っている.また,玄米 にすれば高温処理をしなくても休眠は破られる.
b.発芽 1)水に強いタオルペーパー(注1)を折って袋状にし,その中に種子を入れる.袋の口 注1
筆者らの研究室では,タオルペーパー(クレシア社)を用いている.
21
図1・2 タオルペーパーを用いた発芽処理.口絵2参照.
の部分をホチキスで止め,種子の番号を記入する(図1・2). 2)種子が入った袋を1000倍に薄めたベンレート液 (Dupon社) に浸し,30℃で一晩イ ンキュベートする. 3)ベンレート液から水に入れ替え,30℃で24時間インキュベートする.発芽処理を 開始してから24∼48時間後には胚が膨らんでくるのが観察できる.
1.2.6.育苗 1)育苗箱として野菜移植機用トレイ(注2)を使用し,図1・3のように適当な大きさの 容器のなかにセットする.市販の育苗培土を入れ,トレイの外から水を供給する. 2)培土の上に播種する.貴重な試料であれば胚を上にして播種する. 3)種子が見えない程度に薄く培土で覆う. 4)温室で育苗するとイネの葉鞘部分に塩が析出しやすく枯れる原因になるので,定 期的に一般的なホースシャワーで植物体に水をかける. 5)3週間ほどで三葉期に達し,ポットなどに植え替える.
注2
22
ヤンマー野菜移植機用トレイ(ヤンマー農機)にはいろいろなサイズのものがあり,それぞれの実験にあったものを選ぶ.
1. 材料の選択,栽培,交配,設備,器具など
図1・3 トレイで育苗中のイネ.口絵3参照.
1.2.7.栽培法 三葉期程度に達したイネをポット(注3)に2∼3個体ずつ植え,コンテナの中に入れ て水管理をしやすくする (図1・4) .ポットは下部に穴の空いたものを用い,その
図1・4 小型のビニールポットで生育するイネ.口絵4参照.
注3
ワグネルポットあるいは小型ビニールポットの下部に穴をあけて用いる.
23
穴を利用してポット内の水が入れ代わるように水管理を行う.ポット内の水が入 れ代わらない状態では根腐れが生じてくる.大きなサイズのトレイに1区画1個体 のイネを植えていれば,そのままでも栽培することは可能である. 栽培に利用する土は,できれば水田の作土を用いる.土を風乾させたのち,ふる いで細かくし使用する.水田の作土が手に入らない場合は育苗用の培土を用い る. 肥料は市販の化学肥料を用いる.肥料の袋にN-P-K 10-10-10と表示された窒素, リン,カリウムが入ったものを用いる.リンとカリウムは与えすぎても問題はな いが,窒素の量には注意する.窒素が少ないとイネの葉は黄色っぽくなって生育 が悪くなり,与えすぎると過繁茂状態になってしまう.液肥としてハイポネック スなども使用できる.
1.2.8.採種と保存 開花後40日程度で採種する.採種した種子を乾燥させ,シリカゲルを入れた密閉 容器に入れて乾燥低温 (5℃) 条件で保存する.長いあいだ室温で保存すると,だ んだん発芽活性が落ちてくる. 採種が終わったイネを根際から15 cm程度で切り,通常の栽培条件で育成するこ とによって植物体を再生することができる.
1.2.9.農薬 野外で小規模に栽培している場合は大した病虫害の被害は出ないが,いもち病や ウンカが発生した場合,いもち病にはオリザメートオンコル (大塚化学) を,ウン カにはスミチオン(トモノ農薬)を用いている. 温室で栽培する場合,ウンカやアブラムシ,ダニの被害が大きい.虫が拡大しな いうちに早めに処置を行う必要がある.ウンカにはスミチオン (トモノ農薬) ,ト レボン (クミアイ化学) を,アブラムシにはディプレックス (日本農薬) ,デス (三 共) ,マラソン (三共) ,アクテリック (武田) ,オルトラン (武田)を用いている. また,ダニの発生は,毎日葉にホースシャワーで水をかけることによってその発 生を抑えることができるが,農薬としては,テデオン (アグロカネショウ) ,コテ ツ(クミアイ化学)を使用している. 24
1. 材料の選択,栽培,交配,設備,器具など
1.2.10.交配 品種や系統によって出穂期が異なるので,それぞれの系統の出穂期を把握してお く必要があり,異なる場合は開花日を合わせるための処理が必要である.イネの 開花時刻は,栽培環境,天候,品種によって異なるが,天気がいい日であればだ いたい午前8時から正午ぐらいまでのあいだに開花するので,この開花時間に合 わせて交配を計画する.また,風による花粉の飛散を防ぐため,屋内で交配を行 う.
a.開花日の調節 交配をする系統間で出穂期が異なる場合,開花日を合わせる必要がある.出穂期 が日長に支配されない系統を用いるときは,交配する両者の開花日が合うように 播種する.感光性の系統では,日長処理により開花日を合わせる.感光性をもつ 系統であれば,8∼10時間日長・20日間の短日処理により,処理開始後,約1ヶ月 で出穂させることができる.また,自然の出穂日の40日前から長日処理 (14時間 以上)をすれば,開花日を遅らせることも可能である.
b.除雄 自殖を避けるために,交配に用いる母本は除雄をしておく.除雄には,剪穎法と 温湯除雄法があるが,恒温槽があれば温湯除雄法のほうが簡便であり,多くの材 料を処理することができる.剪穎法と温湯除雄法のいずれの場合も,除雄するま えにすでに開花した (受粉した) 穎花を切り落とす.穂内の開花順序は,枝梗間お よび枝梗内で一定の規則性があるので (図1・5) ,その規則性を考慮しながら閉花 受粉した穎花も見逃さないように切り落とす.
剪穎法 1)交配前日の開花が終わったのち,母本の穎花のうち,すでに開花している穎花を すべて切り落とす.さらに,穎花を透かしてみて,葯の長さが穎花の半分以上に なっている穎花を残し,それ以外の穎花を切り落とす. 2)穎花の先端をハサミで切り,ピンセットを用いて6本の葯を抜き取る.このと き,柱頭を傷つけないよう注意する. 3)交配袋をかけ,外からの花粉の混入を防ぐ. 25
1 3 2 2 2
1 3 2 3 22
3 4
2 3 2 2 3 22 2 3 3 3 22
4 5
4 4 2 4 4
2 4 4 4 33 3 4 4 4 33
3 1 2 2 2 2 2 2 3 2 3 2 5 3 4 2 3 2 2 32 3 3 5 4 4 2 4 2 3 3 3 5 3 2 4
2 4 4
4 4
4 5
3 4 4 4 43
4 5
4 3 4 2 3 3 4 3 3
4 2 4 4 3 4 2 4 4 4
図1・5 一穂中の穎花の開花順序[1].それぞれの数字は,最初に開花した 穎花の開花日を1日目として,それぞれの穎花の開花日を示している.
温湯除雄法 1)交配前日の開花が終わったのち,母本の穎花のうち,すでに開花している穎花を すべて切り落とす. 2)交配日の開花時刻のまえに,恒温槽で43℃に保った温湯に母本の穂を7分間浸 す(注4). 3)交配袋をかけておくと,まもなく当日開花予定の穎花は開花するので,開花した 穎花のみを残し,それ以外の穎花は切り落とす(注5).残した穎花については,先 端を切り取り,交配袋をかぶせておく.
注4
温湯除雄法は花粉が柱頭や子房より高温に弱いことを利用した方法である.そのため,温度が低すぎると花粉が生き残り,温度が高すぎる と柱頭や子房を傷めることになるので十分な温度管理が必要である.トリソミックスなど受粉能力の低い系統では,6分30秒ぐらいの少し 短い時間で行う.除雄した穂を交配せずにそのまま自殖させることにより,種がつくかどうかで除雄が成功していることを確認することが できる.
注5
未開花の若い穎花は花粉が死滅せずに受粉することがあるので,残さないようにする.
26
1. 材料の選択,栽培,交配,設備,器具など
c.受粉 1)花粉親に用いる系統は,前日までに株上げしておくか,交配当日の開花直前の穂 を穂首した1,2節から切り取って,水を入れた瓶などに挿しておく. 2)開花中の花粉親からピンセットで葯をとり,除雄した穎花の先端を切り取った部 分に葯をこすりつけるようにして花粉を柱頭上に落として受粉させる(注6).この とき,花粉の飛散が確認できる.また,ピンセットで柱頭を傷つけないように気 をつける.花粉親の穂が十分ある場合は,母本の穂の上で揺するだけで花粉が落 ち,受粉させることができる. 3)交配袋に交配組合せと日付を記入し,交配した穂にかぶせてピンで固定する. 4)一組合せの交配が終わったのち,ピンセットについた花粉を完全に死滅させるた めには,70%エタノールにつけるのが確実であるが,受粉後,ピンセットの先を 口にくわえておけば花粉は死滅し,つぎの交配に混入する恐れはない.
d.採種 受粉後,3∼4日で子房の伸長と肥大が確認され,交配が成功していることを確認 することができる.約4週間後,成熟した種子を収穫する(注7).
参考文献 1. 岩田伸夫, 大村武 (1982) 材料別実験法1 イネ, 植物遺伝学実験法. 共立出版, 東京, pp 263-274
注6
交配できなかった除雄した穎花は2日後までは受精能力を有しているので,後日の交配に利用できる.
注7
交配袋の中にアブラムシが発生することがあるので注意する.
27
2.
遺伝子導入のための設備
2.1.はじめに
岡田 清孝
植物の遺伝子やタンパク質の解析を行う研究室は,1) 植物を育てる設備,と2) 遺 伝子やタンパク質などを扱う設備,の両方を備える場合が多い. 植物を育てる設備には,温室,圃場など室外の設備を使用する場合と,建物内に 植物育成室を設ける場合,または,実験室内に育成用の棚を設置する場合があ る.シロイヌナズナの植物体を育てる場合には,温度や光照射時間が設定できる 育成室があれば便利だが,一般の実験室に育成用の棚を設置して育てることもで きる.具体的な栽培条件や設備については前章にくわしくのべられている.イネ を育てる場合には,光を十分に与えることが必要になるので専用の設備を備える ことが望ましい.植物体や細胞を無菌条件下で培養する場合には,クリーンベン チや密閉型のインキュベーターが必要になる. 遺伝子やタンパク質を扱うための設備や道具は,一般に,大腸菌や酵母または動 物細胞の遺伝子を取り扱う場合と大きな違いはない.天秤,分光光度計,冷蔵 庫,フリーザー,恒温装置,遠心機,PCR機器,シークエンサー,オートクレー ブなどが一般的に必要な機器であろう.植物組織から核酸やタンパク質を抽出す る方法は,ほかの生物を扱う場合と異なった方法が開発されている.これらの方 法は,第Ⅴ,Ⅵ,Ⅶ部にくわしくのべられている. 植物を育てる場所と遺伝子やタンパク質などを扱う場所は,できるだけ区別して 分けることが望ましい.植物体や組織を長く放置したり,ポットから土がこぼれ たりすると,核酸分解酵素やカビの胞子をまき散らすおそれがある.使用後はす みやかにゴミとして処理するなどの注意が必要である.また遺伝子導入植物は 「組換え体」 実験の規制を受けるので遺伝子導入植物を取り扱う部屋や設備につい てあらかじめ承認を受け,研究プロジェクトについても許可を受ける必要があ る.遺伝子導入実験や遺伝子導入した植物を用いる実験を行う研究者は規制の内 容に注意しなくてはいけない. さらに忘れてはならないのは,新たなゲノム解析の情報を得るためのコンピュー ターネットワークを設置することである.さまざまなホームページから最新の遺 伝子マップやシークエンスの情報が提供されているので,それらの情報を的確に 把握することが大事になる.研究に役立つデータベースやホームページについて は,コラム3および第Ⅴ部§2.2にのべられている. 28
2. 遺伝子導入のための設備
2.2.シロイヌナズナ
荒木 崇・賀屋秀隆
2.2.1.はじめに トランスジェニック植物の作出は,今日では高等植物における遺伝学・逆遺伝学 (reverse genetics) の手法の基幹を成す技術であり,多くの研究室では植物の形質 転換が可能な実験室の整備が行われている.このことを前提として,この節で は,シロイヌナズナの形質転換の最も簡便な方法である減圧浸潤法 (§Ⅳ.1.参 照) に必要な設備を解説するが,結論からいえば,減圧浸潤法による遺伝子導入 のためにのみ特別に必要となる設備はない.
2.2.2.アグロバクテリウムの培養設備 通常の大腸菌の培養設備と変わらない.実験規模にもよるが,1∼2リットルの三 角フラスコが振とう可能な培養器があれば十分である.
2.2.3.植物の栽培設備・栽培室 人工気象器による栽培も可能であるが,形質転換専用のファイトトロンもしくは 栽培室を用意し,ほかの目的と区別できれば理想的である.専用のファイトトロ ンを備えた部屋,あるいは,専用の栽培室にはオートクレーブを備え,実験終了 後の菌・植物・栽培資材を滅菌できるようにしておく.
2.2.4.植物のための栽培資材 鉢は使い捨てにすることを考え,安いものを選ぶ.繰返し使用する場合にはオー トクレーブが可能なものを選ぶ. 減圧浸潤後直後の植物を収納する容器としては,台所用の透明のアクリル製のふ たがついた水切りかごが便利である.内部の湿度を保つために少量の水を受け皿 の底に入れ,その上のざるに鉢を横にして入れる.使用後は,70%エタノール, ブリーチ,熱湯などにより殺菌する. 種子の回収に関しては,使い捨ての回収システム (ARASYSTEMなど.Lehle Seeds 社より購入できる.第Ⅲ部§1.5.1参照) が市販されており,特に大規模な形質 転換実験 (たとえば,タグラインの大量作出) の場合には有用かもしれない. 29
2.2.5.減圧浸潤のための設備 以下の二つが必要になる. ●
調圧器付き真空ポンプ:実験室にある小型のもの(たとえば,ミリポア社の吸 引・加圧両用ポンプ (品番XX55 100 00) ) でよい.調圧器がついているものが望ま しい.
●
バルブ付き耐圧デシケーター:肉厚のもので耐圧のものであれば,ガラス製,プ ラスチック製のいずれでもよい. なお,減圧を行わない"floral dip"法 (§Ⅳ.1.参照) の場合には,これらは不要で ある.
2.2.6.種子の保存のための設備 減圧浸潤によるアグロバクテリウムの感染を行ったのち,得られた種子 (形質転 換第一世代を含む)を形質転換体の選抜を行うまでのあいだ保存することが多 い.この保存期間にカビを生じると,形質転換体の選抜の際にカビのコンタミ ネーションに悩まされることになる.カビの発生を防ぐために,収穫した種子は 茶こしなどを用いて混入したごみをよく除いたのち,除湿器付デシケーター内で 保存するのが望ましい.除湿器付デシケーターがない場合には,乾燥した涼しい 場所を選んで保存する.
2.2.7.形質転換体選抜のための設備 通常のクリーンベンチがあれば十分である.選抜後の植物の生育も,トランス ジェニック植物を栽培できる栽培室があれば十分である.
2.3.イネ
寺田理枝・飯田 滋
2.3.1.培養のための設備 植物の形質転換を行い,形質転換カルスを育成したり後代植物の解析を行うため には,いうまでもなく組換え植物を取り扱うことを前提とした実験室および閉鎖 系温室の設備が必要となる.特に,イネの場合,シロイヌナズナに比べて植物体 30
2. 遺伝子導入のための設備
が大きく,1個体の形質転換イネを育成するために直径10∼12 cmぐらいのワグネ ルポットかディスポーザブルポットを用いることが多い.また,種子形成まで3∼ 5カ月の時間がかかる.さらに,外来遺伝子を導入した植物は,稔性が減少した り失われる傾向があり,日照時間や温度,湿度の面で十分整った生育環境を与え ることが大切である.そのため,適切なスペースと設備をもった物理的封じ込め レベルの閉鎖系温室が必要である(図2・1 a) . また,形質転換したイネは病虫害に弱くなる場合もしばしばみられるので,用途 に応じた農薬や専用の噴霧器を準備し,病虫害の発生を防御することで形質転換 イネの育成およびバイオハザード面での安全を図る.温室の設備としては,高圧 滅菌器 (オートクレーブ) を設置して,形質転換植物や使用済みの水や土を処理す る必要がある.形質転換イネの種子は,発芽率を保つために低温 (4℃) で,でき ればデシケーター内に保存する. 実験室には後述するようなイネの遺伝子導入のための機器類のほか,一般的な植 物組織培養に用いる機器類が必要となる.これらには,無菌操作を行うためのク
(a)
(b)
(c)
(d)
図2・1 イネの遺伝子導入のための設備. (a) 閉鎖系温室. (b) イネ培養のシャーレを培養室の 網状の棚板の上に置いた状態. (c) パーティクルガンBIOLISTIC PDS-1000/H (Bio-Rad社製) . (d)ジーンパルサー (Bio-Rad社製) .口絵5参照. 31
リーンベンチ,器具や培地を滅菌したり組換えDNAや形質転換植物を処分するた めのオートクレーブおよび乾熱滅菌器,培養のためのファイトトロンや培養室な どがあげられる.ファイトトロンや培養室は,温度・光などがコントロールでき るものが必要となる.イネのカルスやプロトプラストを培養して再生植物体を得 る場合は,3000∼7000ルクス,25∼30℃,12∼16時間明期の明/暗のサイクルが 使われることが多い.培養棚には,網状の棚板を用いるか,網状の板を置いた上 に培養のシャーレを置くようにすると通気がよくなり,シャーレ内の培地の温度 の上昇による水分の蒸発が防止できて,培養シャーレのふたに水滴がつくのを避 けることができる(図2・1 b). また,形質転換細胞の分裂や植物体の再生などを観察するためには,いろいろな タイプの顕微鏡が必要である.イネの形質転換カルスの観察には実体顕微鏡 (倍 率6∼100倍くらい) が便利である.実体顕微鏡は倍率が高くなると強い光量を必 要とするので,適した照明装置をセットする.また,プロトプラストの分裂を観 察する場合は,比較的低倍率の倒立顕微鏡 (200∼400倍くらい) が適している.さ らに,GFP (green fluorescent protein) などのマーカー遺伝子の発現を観察する場合 は,蛍光顕微鏡が必要となる. 形質転換イネでの遺伝子発現の解析のためには,β-グルクロニダーゼ (GUS) , ルシフェラーゼ (LUC) ,GFPなどのマーカー遺伝子が一般に使われている.これ らのマーカーを検出するためには,蛍光分光光度計やルミノメーターなどの機器 が用いられる.また,カルスのDNAをスクリーニングして形質転換体を選ぶため に,PCR (polymerase chain reaction) を行うサーマルサイクラー機器なども頻繁に 用いられる.
2.3.2.遺伝子導入のための設備 イネの遺伝子導入法は,外来遺伝子を細胞に直接導入するパーティクルガン (ボ ンバードメント) 法[1, 2],エレクトロポレーション法[3],ポリエチレングリコール (PEG) 法,および,最近になって開発されたアグロバクテリウム法がある.各手 法にはそれぞれ特徴があり,また,パーティクルガン法,エレクトロポレーショ ン法を行う場合はそのための機器が必要なので,実験の目的によって手法を決 め,設備を整える必要がある. パーティクルガン法では,金粒子に導入遺伝子DNAをコーティングし,植物組織 に直接遺伝子を打ち込む.この場合,エレクトロポレーション法やPEG法のよう に細胞をプロトプラスト化する必要がないため,プロトプラスト化や植物再生が 困難なイネ品種への応用も可能である.さらに,形質転換カルスから植物を再生 する培養過程を踏まなくてもいろいろな組織に直接遺伝子を導入して一過的な遺 32
2. 遺伝子導入のための設備
伝子発現を調べることができる利点がある.現在よく用いられている機器のひと つとしては,Bio-Rad社のBIOLISTIC PDS-1000/He (図2・1 c) があげられる.実験 操作としては,密閉したチャンバーの中に組織片をおいて真空状態にし,ここへ DNAをコーティングした金粒子をヘリウムガスによって加速して打ち込む.この 場合,用いる組織は5∼10 mm2の小片にして,プラスチックシャーレの中の寒天 培地上に置き,チェンバー内の棚板の上にセットする.そのため,用いることの できる材料が限定されてしまう問題点がある (たとえば,減圧に弱い試料や,組 織を切り取って用いることが遺伝子の発現に影響を与える可能性が高い場合な ど).最近になって,チェンバーを用いず,大気中で植物体に直接DNAをコー ティングした金粒子を打ち込むことのできるハンドヘルド式のパーティクルデリ バリー機(ヘリオスジーンガン,Bio-Rad社) が開発された.現在,実用化に向け たデータが蓄積されはじめたところである. エレクトロポレーション法では,イネのサスペンション細胞から単離したプロト プラストを用いて遺伝子導入を行う.そのため,サスペンション細胞の維持やプ ロトプラストの単離などの操作が必要となるが,一度に大量の細胞を取り扱うこ とができるため,特に一過性の遺伝子発現を調べる場合,集団の平均値をとるこ とができる利点がある.エレクトロポレーション法では,プロトプラストを外来 遺伝子DNAと混合して電圧をかけ,細胞膜に瞬時に穴をあけて外来遺伝子を導入 する.電圧をかけるための機器としては,たとえば,ジーンパルサー(Bio-Rad 社,図2・1 d) がある.この場合,専用の滅菌済みキュベットは再使用すること もできるが,導入遺伝子の混合を避けるためなるべく使い捨てにしたほうがよ い.ほかに,サスペンションを培養する振とう機を準備する.プロトプラストを 回収するための低速遠心機(500∼1000 rpmぐらい) も必要となる.プロトプラス ト数の測定には血球計算盤を用いる. 直接的遺伝子導入法では機械的な力を加えて遺伝子導入を行うため,断片化した 遺伝子がいろいろな方向で挿入されたり,多コピーの遺伝子が導入されたりする ことが多く,その結果として遺伝子の発現が抑制されるジーンサイレンシングな どの現象が生ずることが明らかとなってきた.一方,近年開発されたアグロバク テリウム法では,アグロバクテリウムのTiプラスミドのT-DNA領域が切り出さ れ,植物の細胞核に輸送されるため,直接的遺伝子導入法に比べて導入遺伝子の 断片化が少なく,コピー数も1∼2コピーである可能性が高い.また,設備の点で も無菌操作や培養に必要な機器や器具があればよく,遺伝子導入のための特定な 機器は必要ない.ただし,導入しようとする遺伝子をアグロバクテリウムのTDNAの領域に組み込まなければならないので,通常のベクター構築やアグロバク テリウムへの遺伝子導入の操作および設備が必要となる.アグロバクテリウムへ の遺伝子導入をエレクトロポレーション法で行う場合も,上述のジーンパルサー が適している.また,イネカルスの培養は通常28℃の培養室で行うが,アグロバ クテリウムをイネのカルスと共存培養するときは23∼25℃に保持する必要がある 33
ため,小型の恒温器があると便利である.アグロバクテリウムをイネのカルスに 接種するときにはアグロバクテリウム懸濁液の濃度を測定するため,分光光度計 を設置する.材料となるイネのカルスは完熟種子から誘導するため,種籾から籾 を取り除く必要がある.ピンセットで1粒ずつ取り除く手間を省くためには,電 動または手動の小型籾すり器を用いるとよい.導入した遺伝子の発現効率まで考 慮すると,外来遺伝子を発現する形質転換イネをつくることを目的として新たに 遺伝子導入システムを立ち上げる場合は,アグロバクテリウム法が最も簡便かつ 効果的といえよう.
参考文献 1. Sanford JC, Smith FD, Russell JA (1993) Optimizing the biolistic process for different biological applications. Methods Enzymol. 217: 483-509 2. Christou P, Ford TL, Kofron M (1991) Production of transgenic rice (Oryza Sativa L.) plants from agronomically important indica and japonica varieties via electric discharge particle acceleration of exogenous DNA into immature zygotic embryos. Bio/Technology 9: 957-962 3. Shimamoto K, Terada R, Izawa T, Fujimoto H (1989) Fertile transgenic rice plants regenerated from transformed protoplasts. Nature 338: 274-276
34
コラム1. 細胞・組織の顕微鏡による観察
1.1.光学顕微鏡
福田裕穂・出村 拓
1.1.1.はじめに 植物の発生や環境応答のしくみを研究するうえで,細胞や組織の形を正しく観察 し記録することはたいへん重要である.特に,遺伝子背景の相違が形態学的に反 映するような場合には,細胞や組織レベルでのわずかな違いをも的確にとらえら れる技術をもつか否かは,その研究過程に大きく影響する.そこで本稿では,光 学顕微鏡を用いた細胞や組織の観察法を紹介する.
1.1.2.光学顕微鏡の分類 光学顕微鏡は,型式と照明方法によって分類される.ふだん研究室で目にする顕 微鏡は,型式によって,正立顕微鏡,倒立顕微鏡,実体顕微鏡の三つに分類する ことができる.正立顕微鏡ではおもにプレパラート上の試料を上方から,倒立顕 微鏡ではおもにシャーレに入った培養細胞などの試料を下方から,そして,実体 顕微鏡ではおもに植物個体や器官など光の透過性の低い試料を上方から観察す る.また,個々の顕微鏡にはさまざまな照明装置が装着されており,サンプルの もつ光学的な特徴を利用することで多様な顕微鏡像を得ることが可能になってい る.照明方法による分類では,透過光照明法と反射光照明法の二つをあげること ができる.また,透過光照明法では,通常の明視野観察のほか,特殊なコンデン サーを用いる位相差,微分干渉,暗視野観察などが可能である.蛍光照明装置に よる蛍光観察は,反射光照明法に分類される.蛍光照明装置と位相差や微分干渉 装置が装着された正立顕微鏡または倒立顕微鏡があれば,おおよそほとんどの試 料を観察することができる.実体顕微鏡はおもに可視光による反射光を観察する 顕微鏡だが,最近では蛍光照明装置や暗視野照明装置,スリット偏斜照明装置と いった特殊な装置により,多彩な観察が可能になってきた.
1.1.3.観察法 ここでは,透過光照明装置,スリット偏斜照明装置,リングライトを備えた実体 顕微鏡 (オリンパスSZX12) ,蛍光照明装置とノマルスキー式微分干渉装置を備え 35
暗視野コンデンサーを装着できる正立顕微鏡 (オリンパスBX50) ,位相差装置を 備えた倒立顕微鏡 (オリンパスIX70) を用いて,播種後4日目のシロイヌナズナ芽 生えを観察する方法を紹介する.ここで試料として用いたシロイヌナズナには, 道管前駆細胞と托葉に優先的に発現するヒャクニチソウTED3遺伝子のプロモー ターとGUSレポーター遺伝子の融合遺伝子が導入されており[1],器官,組織,細 胞の構造観察に加えて,GUS染色像の観察法をあげた.
a.未処理試料の観察 発芽培地上の芽生えなど光の透過性が低い試料は,実体顕微鏡を用いて観察す る.上方からはリングライトで照明し,下方の透過照明装置からも弱めに照明す ると,試料の陰が出にくく鮮明な像が得られる(写真1 a).
b.透明化試料の観察 小さい芽生え全体や器官を抱水クロラール溶液 (飽水クロラール-グリセロール水,8 : 1 : 3) に漬け,一晩室温で放置して透明化すると,試料の内部構造まで観 察できるようになる.透明化したシロイヌナズナ芽生えの正立顕微鏡明視野観察 では,絞りをうまく調節することにより道管が黒っぽい線として見え,維管束組 織のつながりがはっきりとわかるようになる (写真1 b) .詳細な構造を見るため には,正立顕微鏡微分干渉法が適している.20倍以上の対物レンズを用いれば, シュート頂付近の道管や柔細胞の形,第一葉やシュート頂ドームの構造をはっき りと観察することができる (写真1 c).同じ試料を正立顕微鏡暗視野法で観察す ると,細胞壁が白く光って見える (写真1 d).また,倒立顕微鏡位相差法(写真1 e) と実体顕微鏡スリット絞り偏斜照明法 (写真1 f) でも,透明化試料の微細構造を 観察することができる.
c.GUS染色試料の観察 透明度の高い根などに強いGUS染色がある場合には,染色中あるいは染色後に脱 色せずに正立顕微鏡や倒立顕微鏡で観察することができるが,試料を30,50, 70,80,90,95,99.5%のエタノールシリーズに20分間ずつ順次ひたして脱色し たのちに観察すると,クロロフィルが抜け植物体全体のGUS染色が確認しやすく なる(倒立顕微鏡明視野法,写真2 a) .さらに,95,90,80,70,50,30%のエ タノールシリーズと100 mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.0)に順次ひたして再 36
コラム 1. 細胞・組織の顕微鏡による観察
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
写真1 未処理試料と透明化試料の観察.播種後4日目のシロイヌナズナ芽生えを,未処理のま ま (a) ,または,透明化処理後 (b) ∼ (f) に観察した. (a) 実体顕微鏡観察像.上方からはリ ングライトで照明し下方からも弱めに照明した. (b) 正立顕微鏡明視野法観察像. (c) 正立 顕微鏡微分干渉法観察像. (d) 正立顕微鏡暗視野法観察像. (e) 倒立顕微鏡位相差法観察像. (f) 実体顕微鏡スリット絞り偏斜照明法観察像. (a) と (b) のバーは1 mm, (c) ∼ (f) のバーは 100μm.口絵14参照.
水和し,飽水クロラール溶液で短時間 (30分間程度) の透明化処理をすることで, 非常に鮮明なGUS染色像を観察することができるようになる(正立顕微鏡明視野 法,写真2 a) .同じ試料を正立顕微鏡微分干渉法で観察すれば,GUS染色と細胞 や組織の構造を同時に見ることができるが,微分干渉法ではバックがやや青色を 帯びるため,弱いGUS染色は目立たなくなることがある (写真2 c) .このように, GUS染色試料の透明化により非常に鮮明な像を得ることができるが,時間がたつ と徐々にGUS染色の青色色素インディゴブルーが溶け出すので,すばやい観察が 必要である. また,透明化したGUS染色試料を正立顕微鏡暗視野法で観察すると,インディゴ 37
ブルーが赤く光った像が得られる (写真2 d, e) .TED3プロモーター-GUS遺伝子の 根における発現は,明視野法や微分干渉法ではほとんど検出できないが,この方 法ではインディゴブルーの赤い粒子が中心柱にはっきりと観察できる (写真2 f) .
d.ミクロトーム切片の観察 パラフィンやテクノビットなどに包埋した器官や組織のミクロトーム切片を明視 野法で観察するためには,染色が必要である.0.5%トルイジンブルー-0.1%炭酸
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
写真2 GUS染色試料の観察.ヒャクニチソウTED3遺伝子のプロモーターとGUSレポーター遺 伝子の融合遺伝子を導入した播種後4日目の形質転換シロイヌナズナ芽生えを,GUS染色後 に観察した. (a) エタノールシリーズによる脱色試料の倒立顕微鏡明視野法観察像. (b) 透 明化試料の正立顕微鏡明視野法観察像.(c)透明化試料の正立顕微鏡微分干渉法観察像. (d) ∼ (f) 透明化試料の正立顕微鏡暗視野法観察像. (a) ∼ (c) と (e) のバーは100μm, (d) の バーは1 mm,(f)のバーは10μm.口絵15参照. 38
コラム 1. 細胞・組織の顕微鏡による観察
ナトリウム溶液で10 秒間∼1分間染色し,流水で洗浄,風乾後にエンテラン ニューを用いて封入したテクノビット7100の切片(4μm) を正立顕微鏡明視野法 で観察すると,写真3 (a) のような像が得られる.無染色の切片でも,微分干渉法 (写真3 b) や位相差法 (写真3 c) で組織の構造を観察することができる.GUS染色 試料のミクロトーム切片は,インディゴブルーが見にくくなるため無染色で観察 するほうがよく(写真3 d),微分干渉法を用いれば組織や細胞の構造とGUS染色 を同時に観察することもできる (写真3 e).また,暗視野観察ではインディゴブ ルーが赤く光るために非常に鮮明な染色像が得られる (写真3 f) .写真3 (d) , (e) , (f) を比較するとわかるように,暗視野法によるインディゴブルーの検出感度は 非常に高く,明視野法や微分干渉法では検出できないようなかなり弱いGUS染色 でもとらえることができる.
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
写真3 ミクロトーム切片の観察.播種後4日目の形質転換シロイヌナズナ芽生えを,GUS染色 のまえ(a) ∼ (c) ,または,あと (d) ∼ (f) にテクノビット7100に包埋し,ミクロトームを用 いて4μm厚の切片を作製した. (a) トルイジンブルー染色切片の正立顕微鏡明視野法観察 像. (b) 無染色切片の正立顕微鏡微分干渉法観察像. (c) 無染色切片の倒立顕微鏡位相差法 観察像. (d) GUS染色試料切片の正立顕微鏡明視野法観察像. (e) GUS染色試料切片の正立 顕微鏡微分干渉法観察像. (f) GUS染色試料切片の正立顕微鏡暗視野法観察像. (a) ∼ (c) の バーは100μm,(d)∼ (f)のバーは50μm.口絵16参照. 39
1.1.4.画像記録 画像の記録装置としては,35 mmフィルムカメラとCCDカメラが一般に用いられ ている.
a. 35 mmフィルムカメラ 35 mmフィルム写真撮影は,画像記録法としてはもっともよく使われている方法 であり,自動撮影装置を用いることにより明視野像であっても暗視野像であって も非常に簡単に写真を撮ることができる.明視野像やシグナルが強い場合の暗視 野像ならばISO100のフィルムで十分であり,非常にシグナルが弱い暗視野像には ISO400のフィルムを用いる.フジカラーなどのカラーフィルム (ネガフィルム) を 一般の写真店に同時プリントで現像に出すと,機械による自動焼き付けのために 検鏡したときの色彩や明るさが再現されないことが多い.この場合,見本となる 写真を示して,個々の写真について色彩や明るさを指定して焼き増ししてもらう 必要がある.これに対して,フジクロームなどのカラーリバーサルフィルム (ポ ジフィルム) を現像に出しダイレクトプリントで焼いてもらえば,色彩や明るさ をかなり忠実に再現することができる.特に,弱い蛍光シグナルなどの画像記録 にはカラーリバーサルフィルムを用いることを勧める.写真2(f)の写真は,35 mmフィルムカメラで撮影したカラーリバーサルフィルムからフィルムスキャ ナーでコンピューターに画像を取り込み,ピクトログラフィー3000で出力したも のである.
b.CCDカメラ 最近では,CCDカメラの性能が向上したため,ピクトログラフィーなどの出力装 置からプリントアウトすれば,35 mmフィルム写真撮影に負けない鮮明な写真を 簡便に得ることが可能になってきた.明視野像の記録には空冷式の通常のCCDカ メラを用いるが,暗視野像における微弱なシグナルを記録するためには,-10℃ 以下にカメラを冷却しノイズを軽減することができる冷却CCDカメラが必要であ る.また,冷却CCDカメラを用いれば,35 mmフィルム写真撮影では検出できな いような微弱な蛍光や発光のシグナルもとらえることができるようになってきた ようである.写真2 (f) 以外の写真は,CCDカメラ (FUJIFILM HC-2500) で撮影し, ピクトログラフィーで出力したものである. 謝辞 執筆にあたり,数多くの情報と試料を提供してくれた東京大学大学院理学 系研究科生物科学専攻 小泉 好司 氏に感謝する. 40
コラム 1. 細胞・組織の顕微鏡による観察
参考文献 1. Igarashi M, Demura T, Fukuda H (1998) Expression of the Zinnia TED3 promoter in developing tracheary elements of transgenic Arabidopsis. Plant Mol. Biol. 36:917-927
1.2.電子顕微鏡
石丸八寿子・西村幹夫
1.2.1.はじめに 植物のさまざまな現象を解明していくためには,細胞や組織レベルにおける解析 が必要となる.しかし,光学顕微鏡では分解能に限界があるため,超微細な構造 の観察には電子顕微鏡が有効な手段となる.電子顕微鏡には透過型と走査型があ る.
1.2.2.透過型電子顕微鏡法 透過型電子顕微鏡 (TEM) は,おもに細胞内部の構造 (オルガネラなど) を観察する のに優れている.試料の超薄切片を作製し重金属原子で染色後,切片に電子線を 透過させ,電子の透過と散乱像から細胞内の像を得ることができる.TEM観察の ための試料作製法として重要なのは,固定法である.固定法によって試料の作製 手順は大きく違ってくる.もっとも一般的な方法は化学固定法で,単に細胞内の オルガネラの存在や分布を知るためには,この固定法で十分である(写真1) .化 学固定法の場合,特別なテクニックや装置は必要としない[2-4].しかし,固定液 の浸透に長時間を要することや,脱水操作中の細胞内物質の流出がつねに問題と される.そこで,瞬間的な細胞内の微細構造を観察することを目的とした場合 や,細胞内物質の保持が問題となる場合には,凍結固定法が用いられている[6, 12]. 凍結固定法には,急速凍結法,金属圧着法,高圧凍結法などさまざまな方法が考 案されている(写真2).これらの場合,通常,特殊な装置が必要となる. さらに目的の構造物を明瞭に観察する手段として重要となるのは,染色法であ る.単純に細胞内構造の観察を目的とした場合,通常,オスミウムによる後固定 と超薄切片作成後のウラニウムと鉛による二重電子染色が行われる.この染色法 で,ほとんどのオルガネラを明瞭に認識できる.しかし,染色方法を変えること によって,目的の細胞内構造の詳細を明瞭に観察することができることがある. たとえば,小胞体や核膜を染める方法にはフェリシアン化カリウム-オスミウム 法があり,脂質を染める場合はパラフェニレンジアミンを用いる方法などがあ 41
g m v
n
mb e r m
cw c h
写真1 発芽後,光条件下で5日間生育させたシロイヌナズナの子葉の細胞. 化学固定後,スパー樹脂に包埋して,電子顕微鏡で観察した.n:核, m:ミトコンドリア,ch:葉緑体,cw:細胞壁,mb:マイクロボディー, v:液胞,g:ゴルジ体,er:小胞体.バーは1μm.
る.目的によりさまざまな方法が報告されているので,くわしくは成書[2-4]など を参考にしてほしい. 最近では,TEMを用いて目的のタンパク質の局在を調べる免疫電子顕微鏡法がさ かんに行われている.免疫電子顕微鏡法の試料作製では,なによりも細胞内物質 の流失を防ぎ,抗原性を保持しなければならない.そこで,固定液のグルタルア ルデヒド濃度を下げ,オスミウムを使わない化学固定法か,あるいは,アセトン やエタノールだけを用いる凍結固定法が用いられている[5, 6].固定から包埋まで の手順はすべて低温で行われ,低温で重合する樹脂(LRホワイトなど) が使用さ れる. ここでは,紙面に制限があるため,もっとも一般的な化学固定よる試料作製法を 42
コラム 1. 細胞・組織の顕微鏡による観察
c h
p d l
(a)
m n
m n c h
(b)
写真2 いろいろな電子顕微鏡像. (a) フェリシアン化カリウム-オスミウム 法による染色像.暗所生育のシロイヌナズナの子葉の細胞.リピッド ボディーを取り囲む小胞体 (矢印) と葉緑体内のプロラメラボディ (pb) が明瞭に観察できる. (b) 高圧凍結・凍結置換法により作製したシロイ ヌナズナの子葉の電子顕微鏡像.左:免疫電子顕微鏡法により,マイ クロボディー内部にカタラーゼが検出される (矢印) .右:多くの表層 微小管 (矢印) ,分泌小胞 (矢頭) が見える.細胞壁内部には,プラズモ デスマータ (▼) がある.l:リピドボディ,ch:葉緑体,n:核,m:ミ トコンドリア.バーは1μm.
43
ごく簡単に説明する.くわしい手順については,さまざまなよい解説書が出てい るので参考にしてほしい[2-4].また,ここにあげた緩衝液,染色液などは一例で ある.
準備するもの ●
カミソリ
●
ピンセット
●
固定ビン
●
包埋板
●
ローテーター
●
ウルトラミクロトーム
●
ダイヤモンドナイフ(あるいは,ガラスナイフ)
●
グリッド
●
緩衝液:0.1 Mカコジル酸ナトリウム緩衝液
●
前固定液:4%ホルムアルデヒド-5%グルタルアルデヒド-0.1 M CaCl2を含む緩衝
●
後固定液:2%四酸化オスミウム溶液
●
脱水液:エチルアルコール
●
樹脂浸透液:酸化プロピレン
●
樹脂:エポンアラルダイト(あるいはスパー)
●
電子染色Ⅰ液:2%酢酸ウラニウム溶液
●
電子染色Ⅱ液:クエン酸ナトリウム溶液 (8.5%クエン酸ナトリウム溶液と6.5%硝
液
酸鉛溶液を等量混ぜて,0.17倍の1 M水酸化ナトリウム溶液で沈殿を溶かしたも の.各液は4℃保存)
実験手順 ■ ブロック作製 1)スライドガラスに張ったパラフィルム上に固定液を滴下し,そのなかでサンプル を2∼1 mm3以下に細断する. 2)前固定液中で,4℃,3時間処理する.液の浸透が悪いときは脱気する(注1).
注1
固定瓶を氷浴中に置いて,マイクロウェーブを数十秒かける方法でもよい.
44
コラム 1. 細胞・組織の顕微鏡による観察
3)緩衝液で15分間おきに3回洗浄する. 4)後固定液で4℃,1時間処理する. 5)蒸留水で15分間おきに3回洗浄する. 6)10∼100%(10%ステップ)のアルコールシリーズにて脱水する.各15分間. 7)酸化プロピレンに置き換える. 8)10∼100% (10%ステップ) の酸化プロピレンと樹脂の溶液で,徐々に樹脂に置換 する.各15分間. 9)100%樹脂に置き換えて,30分間ローテーターで振とうする.3回繰返す. 10)カプセルあるいは包埋板にサンプルを移し,樹脂を満たして,60℃,一晩放置す る. ■ 薄切 1)ブロックから試料をトリミングにより露出させる. 2)ダイヤモンドナイフ (あるいは,ガラスナイフ) を用いて,ウルトラミクロトーム で薄切する(注2). 3)薄切した切片をメッシュセメント処理したグリッドに張りつける(注3). ■ 電子染色と観察 1)Ⅰ液で20分間染色する(注4). 2)水洗後,Ⅱ液で10分間染色する(注4). 3)水洗後,ろ紙で水分を吸い取り,風乾させる. 4)TEMで観察する.80kV∼120 kV.
注2
切片は,通常,70∼100 nmの銀から金色の干渉色を示す厚さがよい.
注3
支持力が必要なときなどは,ホルムバール膜を張ったグリッドを使用する.
注4
沈殿の析出を防ぐために,Ⅰ液は遮光,Ⅱ液は密封容器内で行うほうがよい.
45
1.2.3.走査型電子顕微鏡法 植物器官の表面の細胞の配行や形を観察する方法には,通常の実体顕微鏡で観察 する方法や,表皮をはぎ取ったり,薄切し,通常の光学顕微鏡で観察する方法が 一般的であるが,複雑な構造や微細な構造を知るためには,走査型電子顕微鏡 (SEM) 観察が威力を発揮する.SEMでは,作製した試料の表面を電子プローブで 走査して,得られた信号から表面の凹凸をCTRに映像として映し出すことができ る.通常の試料作製法は,まず細胞の原型を保持させたまま乾燥させ (臨界点乾 燥,または,t-ブチルアルコール凍結乾燥法) ,導電性を付加するためにコーティ ング (導電染色,または,金属コーティング) をしたあとに観察を行う[1, 7, 9].しか し,この手順は少し面倒で,さらに水分が多い生物試料の場合,乾燥過程などの 試料作製中でのサンプルの変形や崩壊が問題となる.最近では,観察のための前 処理を必要としない低真空型の走査型電子顕微鏡(LV-SEM)が開発されている が,電子線によるサンプルの損傷が早く,観察・写真撮影などの操作が迅速にで きない初心者には不向きだと考えられる (冷却ステージ使用である程度防ぐこと ができる). そこで,ここでは,少し邪道であるがレプリカ法について紹介する (写真3) .レ プリカ法は,歯科医が歯型をとるために用いるのと同じ樹脂で植物体の鋳型をと り,エポキシ系樹脂でレプリカをとるという方法である[8-11].この方法は,初心 者でも扱いやすい.また,実験室の机の上で半永久的な試料のレプリカを作製で き,うまく扱えば同じ試料から同じ鋳型を何度もとれたり,試料の経時的な変化
(a)
写真3 レプリカ法を用いた走査電子顕微鏡像. (a) シロイヌナズナの葉の 表面. (b)タバコの葉の表面.バーは100μm. 46
( (b) b)
コラム 1. 細胞・組織の顕微鏡による観察
を観察したりできる点でも優れている.さらに,同じ試料の表面をレプリカ法で 観察し,その試料の内部を顕微鏡で観察することもできる.
1.2.4.実験方法(レプリカ法)
準備するもの ●
スライドグラス
●
爪楊枝
●
実体顕微鏡
●
ピンセット
●
イオンスパッタリング装置
●
鋳型溶剤(エクストルードTMウォッシュ,Kerr社)
●
鋳型固定剤(エクストルードTMメディウム,Kerr社)
●
レプリカ溶剤(2-トンエポキシS-31,デブコン社)
実験手順 1)鋳型溶剤ベースとキャタリストを,スライドグラス上で等量混ぜ合わせる. 2)爪楊枝を用いて,試料に鋳型溶剤を塗る. 3)室温,5分間放置後,溶剤が固まったら試料を取り除く. 4)鋳型固定剤で鋳型をスライドグラスに固定する. 5)レプリカ溶剤ベースと硬化剤を等量混ぜ合わせる. 6)鋳型にレプリカ溶剤を注入する. 7)60℃,1時間処理後,鋳型からレプリカを取りはずす. 8)SEM観察用試料台にレプリカを張りつけて,イオンスパッタリング装置で金蒸着 する(注5). 9)SEMで観察する.20∼25 kV
注5
蒸着が不十分だと帯電する.
47
参考文献 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12.
48
光学・電子顕微鏡実験法 (1983) 新津恒良, 平本幸男 (編) 丸善, 東京 電子顕微鏡生物試料作製法 (1986) 日本電子顕微鏡学会関東支部 (編) 丸善, 東京 Hayat MA (1986) Basic Techniques for Transmission Electron Microscopy. Academic Press, London よくわかる電子顕微鏡技術 (1992) 平野寛, 宮澤七郎 (監修) 朝倉書店, 東京 竹内由佳, 西村幹夫 (1993) 金コロイド免疫電子顕微鏡によるタンパク質の局在性の解析. 植物細胞工学 5: 115-123 野口哲子 (1997) 免疫電子顕微鏡法. 植物の細胞を観る実験プロトコール. 秀潤社, 東京, pp 100-108 医学・生物学の走査電子顕微鏡 (1992) 宮澤七郎, 安達公一 (監修) 医学出版センター, 東京 Williams MH, Vesk M, Mullins MG (1987) Tissue preparation for scanning electron microscopy of fruit surface: comparison of fresh and cryopreserved specimens and replicas of banana peel. Micron Microscopica acta 18: 27-31 塚谷裕一, 今市涼子 (1997) 走査型電子顕微鏡 (SEM) による細胞の観察法. 植物の細胞を観る実験プロトコー ル. 秀潤社, 東京, pp 34-43 坂口修一 (1995) 植物器官表面の細胞観察法. Plant Morphology 7: 59-64 今市涼子 (1996) 連続レプリカSEM法の応用. Plant Morphology 8: 93-97 Mineyuki M, Murata T, Giddings, TH Jr, Staehelin LA (1998) Observation of meristematic cells in seedlings of higher plants using a high pressure freezing method. Plant Morphology 10: 30-39
Ⅲ.
突然変異体をつくる
1.
シロイヌナズナ
酒井達也・岡田清孝
1.1.はじめに 自分が興味をもつ生物現象を支配する遺伝子を調べ,その制御機構を明らかにし ようとする場合にまず第一歩となるのは,その現象がなくなったり,変化した突 然変異体を手に入れることである.シロイヌナズナの突然変異体はストックセン ターから手に入れることもできるが (後述) ,自分で新しい突然変異体を選択する ことはさほど困難でないので,ユニークな研究をめざす場合は自分で新しい突然 変異体を分離して手に入れることが望ましい. ひとつの現象について解析する場合でも,研究を大きく展開させるために,なる べく多くの突然変異体を集めることが大事である.その現象に複数の遺伝子が関 与している場合には,掛け合わせて二重突然変異体を作成することによってそれ ぞれの遺伝子のはたらきの順番がわかる場合も多い.同じ遺伝子に変異が生じた 突然変異体であっても,突然変異の場所を調べることによってその遺伝子がコー ドするタンパク質の領域が異なった役割をもつことがわかる.プロモーター領域 に突然変異が生じた場合には,その遺伝子の発現レベルや発現する組織を調べる ことによってプロモーター配列のはたらきをくわしく解析することが可能であ る.また,ある突然変異体からその変異がさらにひどくなった突然変異体 (エン ハンサー株) や,逆に,変異の程度が弱くなった突然変異体 (サプレッサー株) を 分離することによって,その突然変異遺伝子の発現調節にかかわるほかの遺伝子 をみつけたり,相互作用しているタンパク質の遺伝子をみつけることができる. 突然変異体から変異遺伝子をクローニングする際には,正しい遺伝子を得たか否 かを確認することが必要で,通常は野生型植物から得た遺伝子をその突然変異体 植物に導入してトランスジェニック植物を作成し,導入した遺伝子によって突然 変異が相補されることを確認する.しかし,同じ遺伝子に変異をもつ突然変異体 が複数あれば,各突然変異体の遺伝子構造を調べてその遺伝子内に変異があるこ とを示すことで,時間のかかる相補性試験を行わずに済ませることもできる.こ のような理由から,なるべくほかの研究者がもたない多くのユニークな突然変異 体を手に入れれば,研究を有利に進めることができる. 本章では,突然変異の誘発,突然変異体の分離,遺伝子座の解析,突然変異体の 入手,について解説する.
51
1.2.突然変異の誘発 突然変異誘発処理は,普通,種子に対して行い,変異原処理された種子をM1種 子,育った植物をM1世代の植物とよぶ.この植物から自家受精によって得られ た種子をM2種子,その種子から育てた植物をM2世代の植物とよぶ.M1世代の植 物体で生殖細胞に分化する細胞は,M1種子中の胚の茎頂部にあるわずか2個の細 胞に由来することがわかっている[1].つまり種子の突然変異誘発処理を行った際 には,これらの2個の細胞に含まれる4セットの染色体に生じた突然変異だけが次 世代のM2胚 (種子) に遺伝することになる.シロイヌナズナは2倍体であるから, M1種子に生じた突然変異が劣性変異の場合,M2世代の植物を調べたときにはじ めて異常が観察されることになる.
1.2.1.突然変異体の誘発方法とその原理 多数の植物体を育てているあいだに 「自然に」 生じた突然変異体をみつけることも 不可能ではないが(注1),通常は突然変異を誘発する処理を行う.突然変異の誘発 には,化学的方法,物理的方法,生物的方法,の三つの方法がある. 化学的方法は,塩基の構造を変化させる薬剤で種子を処理する方法で,シロイヌ ナズナについては,EMS(ethyl methanesulfonate,メタンスルホン酸エチル) がよ く用いられさまざまな突然変異体が得られている.この薬剤はエチル基を付加す るアルキル化剤で,DNA中のGC対をAT対に変換する.EMSは揮発性で発がん能 があるので,取り扱いには十分な注意が必要である.塩基置換による突然変異の ため,変異遺伝子をクローニングするのに比較的労力を用いる染色体歩行法 (ウォーキング法) を行う必要がある一方で,ほかの突然変異に比べてより容易で 多様な突然変異体を得られることに利点がある. 物理的方法は,電離放射線を用いる.γ線や速中性子線などを細胞に照射すると DNAの切断をひき起こし,修復される際に欠失が生じると考えられる.欠失変異 は遺伝子の全部または一部分を欠失したり,残った遺伝子領域でコドンのフレー
注1
52
細菌の実験では,一つの遺伝子に変異が生じた自然突然変異体はおよそ百万個体に1個体の割合で得られる.これは,DNA複製の過程で生 じた誤りが修復されずに残ったものと考えられている.ゲノム上に転移因子が存在する場合は,突然変異の率がずっと高くなる.トウモロ コシやキンギョソウなどのゲノム上には転移因子 (トランスポゾン) が存在しており,この因子が活発に転移を繰返すあいだに,遺伝子の中 に転移して挿入突然変異を生じることが知られている.シロイヌナズナにも転移因子が存在する系統が知られており,転移因子のひとつで あるTag1トランスポゾンを転移させて挿入突然変異体を得ることができる[11].また,地球上のさまざまな土地で採取されたシロイヌナズナ の野生型系統 (エコタイプ) のなかには,突然変異をもっている場合がある.たとえば,Wassilewskija系統のシロイヌナズナはcauliflower (cal) 突然変異をもっている.cal突然変異は単独では形態異常を示さないが,apetala1 (ap1) 突然変異と二重突然変異体をつくると膨大な数の花芽 を形成し,食用のカリフラワーによく似た花芽の分岐異常を示す[12].
1. シロイヌナズナ
ムシフトをひき起こすことが多いので,遺伝子座の機能を完全に失った対立遺伝 子 (null allele) が得られる頻度が高い.物理的方法を用いて種子を処理したいとき には,電離放射線照射装置をもつ施設に相談して照射することになる.速中性子 線処理された種子は,購入することが可能である (§1.5) .同じ遺伝子座に変異 の入った突然変異体を作成したい場合に,X線もしくはγ線を照射した花粉を用 いて既知の突然変異体アリルと交配し,スクリーニングを行う方法もある(注2). 生物的方法は,T-DNAやトランスポゾンによって挿入突然変異体を作成する方法 である.この方法で得られた突然変異体では挿入されたDNA断片の塩基配列がわ かっていることが多いので,この配列部分を手がかりにして変異遺伝子を容易に クローニングすることができる (遺伝子タギング法) .また,マーカー遺伝子をつ ないだり(エンハンサートラップ法など) ,プロモーターを導入する (アクチベー ションタギング法など) など,さまざまに工夫することによって実験目的に応じ た突然変異体を得ることが可能である.
1.2.2.処理する種子の数と種類
a.原理 シロイヌナズナのゲノム上には約2万個の遺伝子が存在すると予想されている. EMS処理により目的とする遺伝子に変異が生じた突然変異体を得るために,一度 に1万粒から3万粒の種子を処理することが多い.通常は野生型シロイヌナズナ (ColumbiaまたはLandsberg erecta系統がよく用いられる(注3))の種子を用いるが, エンハンサー株やサプレッサー株を得ることを目的とする場合は,それぞれ適当 な突然変異体の種子を用意することになる.新たな突然変異体をさがす場合に は,研究室で使っているほかの突然変異体の種子が誤って混ざることがないよう に十分注意する必要がある.このようなまちがいを防ぐために,目的とする変異 とは無関係な突然変異体の種子を用いることもある(注4).
注2
たとえば,劣性突然変異体mm(Landsberg erecta系統由来)を1個体すでにもっていたときに,別のアリルm'を手に入れたいとする.野生型 Columbia系統の花をつけた花茎を数十から数百本摘み取り,これにX線もしくはγ線照射 (7500ラッド) する.変異原処理された花の花粉を 用いて,これを突然変異体mm(ホモ変異体)の数十から数百の雌ずいと交配する.F1世代で変異体の表現型を示す個体(erecta変異を示して いるものはLandsberg erecta系統由来の突然変異体が自家受精していると考えられるので排除する)は二つのアリルm/m'によって表現型を示 したと考えられる[13].
注3
同じシロイヌナズナでも系統の違いによって若干性質が異なるので,変異原処理する種子について,目的の表現型が観察しやすい系統をあ らかじめ検討したほうがよい.あとに染色体歩行によって遺伝子のクローニングを行う予定があるなら,ColumbiaまたはLandsberg erecta系 統を用いると,突然変異座をマッピングする場合に用いるRFLPマーカーやゲノムDNAクローンのコンティグが準備されているので便利で ある.
注4
たとえば,花の形態異常突然変異体をさがす場合に,種子の色が黄色で葉の表面の毛がなくなるttg突然変異体を出発材料とすることがある.
53
b.準備 ●
シロイヌナズナ種子10,000粒 (約200 mg)
●
EMS
●
5 N 水酸化ナトリウム溶液
●
脱イオン水
●
0.1%寒天溶液
c.方法 1)ドラフト内で(注5),脱イオン水を用いて50 ml容のプラスチックチューブに0.3% EMS溶液を10 mlつくる.EMSはすぐに水に溶けないので,ときどきかくはんし ながらしばらくおく. 2)種子を入れ,しっかりふたをしてかくはんし,種子をEMS溶液によく混ぜる(注6). 3)室温で14∼20時間静置する. 4)軽く遠心(500 rpm,30秒間) して種子を集め,EMS溶液を除く.EMS溶液に水酸 化ナトリウム溶液を加えて無毒化させる(注7). 5)20 mlの脱イオン水を加えて種子を懸濁し,遠心して水を除く.この操作をさら に5回繰返して,EMSを十分に除く. 6)500 mlの0.1%寒天溶液 (あらかじめオートクレーブで加熱したのち,室温に戻し たもの) に種子を懸濁し,10 ml容ピペットで1∼3粒/cm2程度の密度になるように ポットまたはプランターに播く.約50粒の種子はシャーレの中で水に浸したろ紙 の上などに播き,3日後の発芽率を調べておくとよい(注8). 7)発芽したシロイヌナズナを大事に育て,M2種子を収穫する.
注5
EMSは揮発性の液体なので,ドラフト内で扱う.
注6
乾燥種子を直接EMS溶液に入れると,種子の表面に小さな空気の泡がついてEMS溶液になじまないことがある.それを避けるためには種子 をあらかじめ0.05% triton X-100水溶液に入れてよく振り,そののち水で洗っておくとよい.
注7
EMSは水酸化ナトリウム溶液で分解され無毒化される.5 N NaOHを用意しておき,EMSの残液や洗液に加えて失活させる.用いた器具も 水酸化ナトリウム溶液で洗う.
注8
突然変異誘発処理を行ったときに,その処理が有効だったか否かを検定する目安として,発芽率を調べるとよい.筆者らの経験では,上記 の条件で処理すると発芽率が70∼80%に低下したが,この場合にはさまざまな突然変異体が得られた.処理時間を長くしたりEMSの濃度を 上げるとより多くの変異が導入されるが,種子の発芽率が極端に下がり,生育した植物体も貧弱で次代の種子が得られにくい.EMS処理し た種子の一部を用いて発芽率を調べてから残りの種子をポットに播くのであれば,種子を少量の水または寒天溶液に懸濁したまま低温庫内 で数日間保存することができる.
54
1. シロイヌナズナ
1.2.3.M2種子の収穫
a.原理 どのような突然変異体をさがす予定であるかによってM2種子の収穫の方法を変 える必要がある.ここでは,種子の基本的な収穫法を紹介するにとどめ,M2種 子のプールの仕方は後述する.
b.準備 ●
市販の紙封筒
●
ガラスビン(井内盛栄堂,ラボランサンプル管瓶 No. 02)
●
小型のステンレスメッシュまたは市販の茶こし:目の開き0.5mm程度のもの
●
デシケーター
c.方法 1)熟したM1植物のさやを枝ごと大きめの封筒に入れ,封筒の上からさやを押さえ るようにして種子を出す (机の上に白い紙を敷き,植物の枝を横倒しに置いて手 指または小型のピンセットなどでさやを軽くたたき,種子を紙に落としてもよ い). 2)ステンレスメッシュまたは市販の茶こしにかけてさやを取り除き,種子を集め る. 3)集めた種子は,ガラスビン,紙袋,または,エッペンドルフチューブなどに入れ る. 4)種子を紙袋に入れたまま,また,ガラスやプラスチック容器の場合はふたを開け たまま (種子を落とすことがないように,キムワイプなどで栓をするとよい) ,最 低1週間はデシケーター内で乾燥させる.収穫した種子を乾燥させずに密封容器 に入れたり,葉や未熟なさやがいっしょに入っていると,カビが出ることがあ る. 5)種子はデシケーター内で長期保存可能だが,数年たつと発芽率が落ちてくる. 55
1.3.突然変異体の分離 1.3.1.原理 突然変異体の分離法は,その実験の目的によって異なる.一般的には,研究テー マに選んだ生命現象にかかわる新たな突然変異体を分離し,変異を起こした遺伝 子を調べてその機能を解析することであろう.そのためには,突然変異体と野生 型とを区別するための基準を明確にしておく必要がある.形態形成異常の突然変 異体は観察することによって簡単に区別できるはずだが,まえもって野生型植物 が示す変異の範囲を知っておかなければ,野生型植物を突然変異体と見誤ること が多い(注9).環境応答などの異常突然変異体を選択する場合には,適当な選択方 法を工夫することになる.新たな選択方法を開発することができれば,新たな突 然変異体が得られることになる(注10). 形態形成異常や環境応答異常を指標とした突然変異体の分離はもちろんのこと, 最近は,シロイヌナズナを用いたさまざまな実験系が工夫されたので,レポー ター遺伝子を用いた遺伝子発現異常突然変異体の分離[2, 3],温度感受性突然変異 体の分離(注11),サプレッサー・エンハンサー突然変異体の分離[4, 5],遺伝子破壊株 (ノックアウト株)の分離(注12),などの報告も多くなってきている.
注9
経験を積んで,いわゆる目が肥えた状態で観察することが大事である.しかし,選ぶべき突然変異体の形質について過度の予断をもって選 択すると,同じ形質の突然変異体ばかりを選んでしまう危険がある.通常は,野生型が混ざることをおそれずに多くの個体を選択し,その のち,自家受精によって得られた子孫について第二次選抜を行い,親と同じ異常形質が観察されるものを選ぶ.シロイヌナズナを用いた研 究者人口が増加するとともに,新規な突然変異体のつもりでも調べてみるとすでに解析が進んだ遺伝子の変異であったという例が増えてい る.このような事態を防ぐために,分離した突然変異体の形質が明確になった段階で,遺伝子座のマッピングを行って染色体上のおおよそ の位置を調べること(マッピングの方法については後述) と,類似した突然変異体と掛け合わせて突然変異の相補性を調べることが重要であ る.
注10
徹底した突然変異体の検索を行って多数の突然変異体を得た例も多い.シロイヌナズナのM2植物の葉を1枚ずつ切り取り,膜脂質を測定し て脂質合成の突然変異体を得た例がある[14].葉の形態変異体を多数集めた報告[15]もある.
注11
温度感受性突然変異体の分離は,分化のはじめからその異常があったときには表現型が観察できず (たとえば,致死性を示す),分化の途中 で異常が起こったときにのみ突然変異体の表現型が観察できると予想されるときに用いる分離法である[16].基本的にはアミノ酸置換による 変異なので,EMSなどの塩基置換を誘導する変異原で処理された種子のM2個体から分離する.シフトさせる温度は29℃ぐらいが限界であ る (通常,21∼22℃で生育) .それ以上だと著しく成長を悪くする.また,温度変化によるストレス応答があることを念頭にいれて選抜を行 う必要がある.
注12
データベースから得た遺伝子やcDNAライブラリーから得られた遺伝子などの機能を知る場合や,部分的に機能を失った突然変異体から分 離した遺伝子の役割を調べる場合などに,その遺伝子にT-DNAまたは転移因子が挿入されたノックアウト株を用いて解析を進めることが多 い.日本では,かずさDNA研究所がT-DNAタグ株の作成とDNAのプール化を行っている.一般公開されているので,シロイヌナズナを研 究しているグループばかりでなく,ほかの植物材料から出発して単離した遺伝子をもっているグループでも,その相同遺伝子がシロイヌナ ズナに存在するなら当該遺伝子の破壊株を単離して変異形質を解析することは有効であると思われる.筆者らの研究室では,四つの遺伝子 についてノックアウト株を選抜することを試み,二つの遺伝子にT-DNAが挿入した株を単離することに成功した.かずさDNA研究所ではタ グ株の数を増やしているので,今後,ノックアウト株がとれる確率が上がると期待される.具体的な方法は,かずさDNA研究所のホームペー ジを参照されたい (http://www.kazusa.or.jp/gene-s2/index_j.html) .海外では,ABRCストックセンターがT-DNAタグ株の作成プール化したもの を有料で一般公開している.ノックアウト株のDNAプールを購入して自分のラボで選抜することになる.ヨーロッパのINRAグループも同 じような系が確立しているが,非公開のため共同実験を申し込み,現地で選抜のための実験を行う必要がある(連絡先:Dr. David Bouchez もしくはDr. Dominique Bruneau, Laboratoire de Biologie Cellulaire INRA, Centre de Versailles, Route de Saint Cyr, 78026, Versailles Cedex, France.) .
56
1. シロイヌナズナ
あとの解析を容易にするためには,変異形質が明確で安定した突然変異体を選ぶ ことが重要である.しかし,このような突然変異体は,変異した遺伝子の機能が 完全に失われた突然変異体 (null allele) であることが多い.当該遺伝子の機能や発 現機構を知るためには, null alleleばかりでなく,機能の一部を欠損した突然変 異体や発現量が低下した突然変異体が役立つ.したがって,変異の程度の異なっ た突然変異体を可能なかぎり多数得ることが大事になる.また,同じ遺伝子座に 変異をもつ突然変異体が複数あると,原因遺伝子を同定する際に便利である(注13). ここでは,変異原処理したM1種子を出発点として,目的とする突然変異体を分 離するときの一般的方法を紹介する[6].プール法は,通常の突然変異体分離に使 われている方法で,期待される変異が入りにくいとき,分離の方法が割合簡単で M2個体を数多くスクリーニングすることが可能なとき (たとえば,薬剤耐性によ るスクリーニング),に特に有効である.系統法は,その変異によって個体が致 死性を示す,または,不稔性を示すことが予想されるときに有効である(注14).ど ちらの方法を用いた場合でも,分離した変異体はM3世代でその表現型を確認す ることが必要である.
1.3.2.プール法 1)EMS変異原処理されたM1植物を,およそ1000個体ごとに分けて種子を収穫す る(注15).これにより,M2種子プールを複数準備することになる. 2)1プール当たり,2000∼5000粒のM2種子をスクリーニングする.変異原の量やM1 植物種子のプールの仕方によって異なってくるが,たいていの場合,このスク リーニング規模で遺伝子のホモ変異体一つをとることができると期待される. 3)これ以上のM2個体をスクリーニングする場合は,同じプールで数を増やすよ り,M2種子のプールを変えたほうがよい.異なるプールから分離された突然変 異体はそれぞれが異なるM1植物からとれた突然変異体であり,同じ遺伝子座の
注13
単離した候補遺伝子が真にその突然変異体の原因遺伝子であることを確かめる方法としては,つぎの二つの方法のいずれかが用いられてい る.1) 複数のアリルについて,そのすべてで候補遺伝子の塩基配列に変異が生じていることを確認する.2) 候補となる遺伝子を突然変異体 に導入してトランスジェニック植物を作成し,突然変異形質が野生型に回復することを確認する.
注14
Jürgensらは,1個体のM1植物から1さやずつ種子を集め,順にその種子を発芽させて形態が異常な芽生えをさがした[17].彼らは,0.3% EMS 溶液で8時間処理した種子を播き,44,000個体のM1植物のそれぞれから1さやずつ種子を収穫した.このようにして得た44,000系統の種子を 寒天培地上で発芽させたところ,25,000系統から胚致死突然変異体が出現し,2500系統の色素異常突然変異体および2500系統の胚形態異常 突然変異体が得られた.胚致死突然変異体や胚の形態異常突然変異体は次世代の種子を残すことができないので,同じさやから得た兄弟の 種子のなかからヘテロ接合体植物をさがしてその種子を保存することになる.
注15
多数のM1植物の種子を一まとめにして,そのなかから変異形質が似た突然変異体を複数得た場合に,これらの突然変異体が同一のM1植物 の子孫か,独立に生じた別のM1植物の子孫か不明になる.M1植物の種子をいくつかのグループに分けておくと,異なったグループから得 られた突然変異体は独立した突然変異体であることが確認できる.
57
複数の対立遺伝子 (アリル) を手にするという意味でも,複数のプールをスクリー ニングするほうが望ましい.
1.3.3.系統法 1)M1植物を数千個体育成し,自家受精によりできたM2種子をその個体ごとにプー ルする(たとえば,3000個体のM1植物を育成したときには,3000プールのM2種 子がとれる). 2)1プールにつき8∼20個体を調べる(注16),これを数千プール(普通2000∼3000プー ル)について行う.
1.4.遺伝子座の解析 1.4.1.原理 新しく分離された突然変異体は,いくつの遺伝子座によってその表現型が制御さ れているのか,そのアリルは劣性変異か優性変異か,すでに報告されている遺伝 子のアリルではないか,同じ経路にある他の遺伝子とどのような遺伝学的関係が あるのか,染色体上の(大まかな)位置はどこか,をまず明らかにする必要があ る[6].
1.4.2.戻し交配・分離比の決定 戻し交配により,いくつの遺伝子座によってその表現型は制御されているのか, そのアリルは劣性変異か優性変異を調べることができる.また,戻し交配を繰返 すことで,変異原処理されたときに同時に挿入されたほかの複数の変異を親株 (野生型) の遺伝情報によって置き換え (組換えによる) ,必要な遺伝子座の変異の みを残して (表現型を指標にした選抜による) ,純化した突然変異体を作成するこ とができる.ほかの遺伝子座の変異が少なくなるほど突然変異体株の個体間の遺
注16
二つの遺伝的効果を及ぼす細胞のうちの片側の細胞から由来するホモ突然変異体は,1/4の確率で観察される.二つの細胞のどちらかでしか その変異をもたないだろうから,計算上では1/8の確率の種子である変異の入った遺伝子座のホモ変異体の存在を期待できる.
58
1. シロイヌナズナ
伝情報の違いが小さくなるので,表現型観察を行ううえで複数回の戻し交配は重 要である. 1)分離した突然変異体を野生株(親株)と交配する(戻し交配). 2)F2世代の表現型を観察し,その分離比を決め,いくつの遺伝子座がその表現型に 関与しているか,および,劣性変異か優性変異か,を予想する(注17). 3)劣性突然変異体の場合,F2世代で突然変異体の表現型を示した個体を野生株と再 び交配し,この作業を最低3回,できれば6回以上繰返す. 4)優性突然変異の場合,F1世代で戻し交配を繰返すことが可能である.
1.4.3.交配による相補性試験(アレリズム試験) 単離した突然変異体が新規の遺伝子座に関与しているのか,すでに報告されてい る遺伝子座なのかを確認する.スクリーニング中,期待した表現型を示す突然変 異体が複数個体分離できたときにも,それぞれの突然変異体株同士でこれを行 う.これにより,分離した複数の突然変異体が一つの遺伝子座に由来するのか, 別々の遺伝子座に変異が入った複数の突然変異体を単離することに成功したのか 確認することもできるわけである. 1)表現型の似ている,すでに単離された突然変異体と交配を行う. 2)F1世代の表現型を観察する.もし,二つの劣性突然変異体を交配したとき,F1世 代で突然変異体の表現型を示すなら,その変異体はすでに単離されていた突然変 異体の遺伝子座と同じ位置に変異が入っていると考えられる (a/a × a'/a' → a/a'{突 然変異体表現型} ) .逆に,F1世代で野生型を示すなら,お互い変異体は異なる遺 伝子座由来である(aaBB × AAbb → AaBb {野生型}). 3)どちらか一方もしくは両方が優性変異の場合,交配して得たF1世代を自家受精さ せ,F2世代で野生型を示すものをさがしてみる.数を増やしてもそれがみつから なければ,同じ遺伝子座由来の突然変異体であると期待できる.
1.4.4.二重突然変異体の作成 二重突然変異体を作成し,その表現型を観察して二つの遺伝子座の関係を遺伝学 注17
分離比による遺伝子座の数,優・劣性変異の予測についての詳細は,§2 イネを参照.
59
的に調べる.二重突然変異体は異なる二つの突然変異体を交配したF2世代から単 離する.二重突然変異体の作成で困難になるのは,どちらの突然変異体も同じ機 能が失われた表現型を示し,二重突然変異体の表現型も見た目にはもとの突然変 異体と区別がつかないとき,表現型が相加的でなく予想していない表現型を生む ときなど, 「見た」 だけでは二重突然変異体かどうか確認できないときである.こ れらのときのため,以下の方法2),3)が必要になる. 1)二つの異なる突然変異体を交配し,F2世代の表現型を観察する.劣性突然変異体 から二重突然変異体を作成する場合,1/16の確率でほかと異なる表現型を示す個 体をさがす.二つとも優性突然変異体の場合は9/16,片側が優性で片側が劣性の 場合は3/16,の確率で出てくる表現型をもつ個体をさがす. 2)突然変異体の遺伝子の変異が起こった塩基配列をすでに知っている場合は,変異 の起こった塩基にあわせてCAPS(またはdCAPS)用PCRプライマー,欠失挿入なら SSLP用PCRプライマー,それらが活用できないときには直接塩基配列を決定する ためのPCRプライマーを作成する.これらを用いて,作成した二重突然変異体が その変異した遺伝子をホモ型でもっているか確認する.これは,表現型だけから は二重変異体かわからないときに特に有効である.CAPS,dCAPS,SSLPのくわ しい説明は第Ⅴ部§2参照のこと. 3)単離した二重突然変異体について確かに二つの遺伝子座に変異が入っているかを 調べるため,それぞれの親株 (もとの突然変異体) と交配し,それぞれの遺伝子座 について相補性試験を行う.たとえば,二つの劣性突然変異体から二重突然変異 体を作成する場合,分離できたと思われる二重変異体株と親株の突然変異体と交 配すると,F1世代はすべてそれぞれ交配した突然変異体の表現型を示すことを確 認する(aabb × aaBB[or AAbb]→ aaBb[or Aabb],表現型はa[or b]).
1.4.5.遺伝子座のマッピング[7] 遺伝子座の (大まかな) マッピングは,遺伝子クローニングの準備のためだけでな く,自分のマップした遺伝子座の近くに類似の表現型を示す既知の遺伝子座や関 連していると予想される遺伝子が存在しているか確認するため (存在したときそ の突然変異体との相補性試験を行う,もしくは,その遺伝子を自分の変異体に導 入し相補性試験を行う),分離比だけからでは分離した突然変異体がいくつの遺 伝子座によって制御されているのか判断できないときのため,にも必要である. マッピングは,すでにその染色体上の位置が明らかになっているDNAマーカー, もしくは,形態形質,生理マーカーと,自分が分離した突然変異体の遺伝子座が どれくらいの頻度で連鎖しているか調べることである.現在,シロイヌナズナの 60
1. シロイヌナズナ
場合では,染色体上をほぼもれなくカバーする,PCRを基本としたDNAマーカー が存在している.そのため,ほかの形態形質マーカー(注18)などはマッピングに使 用されなくなってきている. 1)分離した突然変異体がLandsberg erecta系統由来ならColumbia野生株と,Columbia 系統由来ならLandsberg erecta野生株と,それ以外ならLandsberg erecta系統Columbia系統両方と交配し,F2種子を得る. 2)突然変異体が劣性変異の場合,F2 個体において突然変異体の表現型を示す個体 を20∼100個体得る(注19). 3)F2個体から一部組織を採取し,ゲノムDNAを抽出する(方法は後述). 4)各染色体上に存在するCAPSもしくはSSLPマーカーを一つ二つ入手し,連鎖する DNAマーカーを探して,座乗染色体を決定する.CAPSおよびSSLPの情報 (PCR プライマーの塩基配列とPCR産物の大きさ,CAPSでは多型を示す制限酵素)は webサイト (http://www.arabidopsis.org/aboutcaps.html) で手に入れることができる. この情報をもとにPCRプライマーを作成する.CAPS,SSLPの原理および具体的 なPCRの方法は第Ⅴ部§2を参考にしてほしい. 5)座乗染色体決定後,その染色体上で手に入るDNAマーカーを使用してさらにマッ ピングを進める.既存のDNAマーカーだけでも運がよければ数cM,少なくとも 20∼30 cMのあいだに遺伝子座をはさみこむことができるはずである. 6)組換え率および遺伝距離を計算する.マップする目的の遺伝子座とDNAマーカー のあいだの組換え率rおよびその標準誤差Srは,以下の式で求められる. 組換えが起こった染色体数 r=―――――――――――――――――――――――×100(%) 全染色体数(マッピングに使用したF2個体数の2倍)
Sr=
(100− r r) ――――――(%) 全染色体数
√
注18
形態形質マーカーの一番簡単な例はerectaである.erecta劣性変異によって,Landsberg erecta系統はほかの系統に比べわい性で,花芽のつき 方も密集した特徴的形態を示す.たとえば,Landsberg erecta系統由来の劣性変異の遺伝子座をマップするときに,ほかの系統と交配したF2 個体において,変異体の表現型を示す個体の多くがerectaを示したとする.これは,erecta遺伝子座 (形態形質マーカー)と目的の遺伝子座が 連鎖しているということであり,erecta遺伝子座が存在する第2染色体上に目的遺伝子座が存在することを示している.筆者が二度,遺伝子 座のマッピングしたときには,たまたまどちらもF2個体がerectaの表現型と連鎖していた.そこで,DNAマーカーを使わずして座乗染色体 を第2染色体と決めることができた.
注19
突然変異体が優性変異のときのマッピングは,その遺伝子座の劣性アリル (野生型) に連鎖しているマーカーをさがしてゆけばよい.つまり, Landsberg erecta系統由来の優性突然変異体ではColumbia野生株と交配したF2世代で野生型を示す個体を選抜し,Columbia型に連鎖したDNA マーカーをさがせばよい.半優性のときには,表現型によって目的遺伝子座がホモ野生型かヘテロ型かホモ変異型かがわかるので,すべて のF2個体がマッピングに使用できる.
61
さらに,組換え率から,Kosambiの式により遺伝距離Dおよびその標準誤差SDを 求める.
( )
100+2r D=25ln ―――― (cM) 100−2r
2500 SD=――――― S(cM) 2500−r2 r
以上の式より,目的遺伝子座をはさみこんだDNAマーカーから,何cM距離が離 れているかを明らかにし,目的遺伝子座のマップポジションを決める(注20).
1.4.6.シロイヌナズナゲノムDNAの抽出法 ここでは2通りの方法をあげる.前者はCTABを用いた方法[8]で,抽出したDNAは PCRのみならずRFLP (サザン解析) にも使用できる.後者[9]は,筆者らの研究室で 行っている方法のなかでは一番簡便な方法であるが,その分精製度が落ちる.そ のため,PCR用のゲノムDNAを抽出するときにのみ使用している.サンプル数が 少なくてコストが気にならなければ,もちろん各メーカーが販売している植物ゲ ノムDNA用の精製キット (たとえば,Qiagen社,DNeasy Plant kit) を使うのもよい.
a.器具・装置 ●
ホモジェナイザー:コンテス棒が装着可能なもの.
●
インキュベーター
●
1.5 ml エッペンドルフチューブ用コンテス棒(Kontes社,pellet pestle,オートク レープ可)
b.試薬 ●
10% CTABストック溶液:10 g CTAB(Sigma社,H-6269)を蒸留水に溶解し,最
●
3% CTABバッファー:100 mM Tris-HCl (pH 8.0) -1.4 M NaCl-20 mM EDTA (pH 8.0) -
終容積100 mlにする
注20
62
たとえば,ある変異体m(Landsberg erecta系統由来)について100個体のF2を用いて調べたとき,L/L : L/C : C/C = 68 : 28 : 4に分離したマー カーがあるとする.このとき,このマーカーと遺伝子座Mとのあいだの組換え率は18.0±2.7 (%) ,遺伝距離は18.8±3.1 (cM) と計算できる.
1. シロイヌナズナ
3% CTAB,使用直前に1 ml 3% CTABバッファーに対し2-メルカプトエタノール を2μl加える ●
クロロホルム
●
イソプロパノール
●
70%エタノール
●
TEバッファー:10 mM Tris-HCl(pH 8.0)-1 mM EDTA(pH 8.0)
●
TE-RNaseAバッファー:TEバッファーに最終濃度20μg/mlのDNase失活処理した RNaseAを加える.-20℃保存可
●
抽出バッファー (簡便法用) :200 mM Tris-HCl (pH 7.5) -250 mM NaCl-25 mM EDTA (pH 8.0)-0.5% SDS
c.方法 ■ CTAB法 1)シロイヌナズナの組織の一部(普通は本葉を1∼2枚)を1.5 ml容エッペンドルフ チューブに採取する(-80℃保存可能). 2)200μlの3% CTABバッファーを加えて,ホモジェナイザーで組織をすりつぶす. 3)300μlの3% CTABバッファーを加えて500μlとし,ボルテックスで懸濁後,60℃ で30分間インキュベーションする.ときどきボルテックスで懸濁してやるとよ い. 4)500μlのクロロホルムを加えて,20回程度転倒混和する(ふたが開きやすいので 注意). 5)5000 rpm,5分間室温で遠心後,上清を新しいチューブに移す. 6)0.7容のイソプロパノールを加え,転倒混和後,5000 rpm,5分間室温で遠心する. 7)上清を取り除き,ペレットに対して70%エタノールを1 ml加え,懸濁せず,ただ ちに5000 rpm,3分間室温で遠心する. 8)上清を取り除き,チューブのふたを開けたまま室温で10分間放置し,ペレットを 乾燥させる. 9)乾燥したペレットに100μlのTE-RNaseAバッファー (もとの組織の量に応じて適時 量を変えること.これは本葉1∼2枚のときの量である) を加え,ボルテックスで 懸濁する. 63
10)37℃で30分間インキュベーションし,-20℃で保存する.PCRに用いるときは,こ れを1μl使用する. 11)サザン解析を行う場合,RNase処理のおわったサンプルをフェノール-クロロホル ム抽出し,エタノール沈殿後,適当量のTEバッファーに溶かしてから使用する. 本葉1枚からとれるDNA量はおよそ1μgである. ■ 簡便法 1)子葉1枚程度の量の組織をエッペンドルフチューブに採取する. 2)200μl抽出バッファーを加え,CTAB法と同じように組織をすりつぶす. 3)室温で10分間ほど静置後,15,000 rpm,2分間室温で遠心し,上清を新しいチュー ブに移す. 4)1容のイソプロパノールを加えて転倒混和し,2∼5分間室温で静置する. 5)15,000 rpm,10分間室温で遠心後,上清を捨てる. 6)ペレットはそのままCTAB法と同じように乾燥させたのち,50μl TEバッファー に溶解させる.-20℃で保存.PCRにはこのうちの1μlを使用する.
1.5.突然変異体の入手[10] 1.5.1.野生株および変異原処理された種子の入手法 シロイヌナズナの代表的な系統 (野生株) ,および,EMS,γ線,速中性子線で処 理されたM1またはM2種子は,米国のLehle Seeds社(http://www.arabidopsis. com) から購入することができる.同社はARASYSTEMやSliwet L-77も販売してい る.注文はWeb上の手続きに沿って行い,支払いは国際郵便為替,銀行振込,ク レジットカードなどの方法を選んで支払う.
1.5.2.種子ストックセンター 1990年,国際プロジェクトの一環としてシロイヌナズナの研究を進めるにあた 64
1. シロイヌナズナ
り,2ヶ所の種子ストックセンターが設立された.英国ノッティンガム大学に設 立されたNottingham Arabidopsis Stock Centre (NASC,http://nasc.nott.ac.uk/home.html) と米国オハイオ州立大学に設立されたArabidopsis Biological Resource Center (ABRC,http://aims.cps.msu.edu/aims/) である.シロイヌナズナを研究しているグ ループが研究に有用と思われるさまざまな資源をどちらかのストックセンターに 寄託し,これらのストックセンターが一般公開している(注20).突然変異体,二重 突然変異体,T-DNAタグ株,そのDNAプール,エンハンサートラップ株,などあ り,日々新たな研究に有用な材料がストックされている. 注文はWeb上の手続きに沿って行う.研究材料配布のための費用を払う必要があ るが,これは注文を行うに当たり記入した "Head of Lab." が研究室単位で1年分 まとめて支払う.注文した種子が年間10サンプルまでは無料で,100サンプルま では200ドル,200サンプルまでは400ドル,それ以上は追加料金を,毎年4月ごろ 送付されてくる請求書に従い小切手(トラベラーズチェックも可)で支払う.
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注20
種子以外にもDNA資源 (たとえば,BACクローン) もストックされているし,自分の研究によって単離された新しい突然変異体もどちらかの ストックセンターに寄託することができる.
65
11. Liu D, Crawford NM (1998) Characterization of the putative transposase mRNA of Tag1, which is ubiquitously expressed in Arabidopsis and can be induced by Agrobacterium-mediated transformation with dTAG1 DNA. Genetics 149: 693-701 12. Bowman JL, Alvarez J, Weigel D, Meyerowitz EM, Smyth DR (1993) Control of flower development in Arabidopsis thaliana by APETALA1 and interacting genes. Development 119: 721-743 13. Clark SE, Running MP, Meyerowitz EM (1993) CLAVATA1, a regulator of meristem and flower development in Arabidopsis. Development 119: 397-418 14. Browse J, McCourt P, Somerville CR (1985) A mutant of Arabidopsis lacking a chloroplast-specific lipid. Science 227: 763-65 15. Berna G, Robles P, Micol JL (1999) A mutational analysis of leaf morphogenesis in Arabidopsis thaliana. Genetics 152: 729-742 16. Ozawa S, Yasutani I, Fukuda H, Komamine A, Sugiyama M (1998) Organogenic responses in tissue culture of srd mutants of Arabidopsis thaliana. Development 125: 135-142 17. Mayer U, Torres Ruiz RA, Berleth T, Misera S, Jürgens G (1991) Mutants affecting body organization in the Arabidopsis embryo. Nature 353: 402-407
66
2.
イネ
前川 雅彦
2.1.はじめに 最近の分子生物学的手法の長足の進歩は,高等植物の全ゲノム解析を夢物語のま まで終わらず,現実のものとして捉えられるようになってきた.こういう状況に あって,突然変異体はその存在が大きくクローズアップしてきている.すなわ ち,ある品種・系統から生じた突然変異体は,基本的には当該の遺伝子のどこか に変異が生じた準同質遺伝子型系統となっている (ほかの部分も同時に変化して いる場合もある) .変異した形質にかかわる遺伝子を探るに当たっては,遺伝的 背景が同じであることは解析をかなり容易にする.また,ある形質に関する突然 変異体が多数あるとき,塩基配列の解析を通して遺伝子の機能の解析やタンパク 質と形質発現の関係などの解析が容易になると考えられる.自分独自の材料をも つことが自分独自の研究になる第一歩であり,そのためにも,遺伝的背景が同じ である突然変異体を自分で作出することは重要である. 本章では,イネについて,突然変異の誘発,突然変異体の分離および突然変異遺 伝子座の解析について解説する.
2.2.突然変異の誘発 2.2.1.突然変異体の誘発方法 突然変異体の誘発方法として化学的方法,物理的方法と生物学的方法がある.ま た,自然に生じた突然変異体をみつけたり,あるいは,入手できる場合もある が,この場合,遺伝的背景をそろえるために時間がかかることがある.
a.化学的方法 イネでは,EMSのほかにアジ化ナトリウム(NaN3)やMNU(1-methyl-1-nitorosourea,1-メチル-1-ニトロソ尿素) がよく用いられている.MNUはEMSと同じアル キル化剤で,DNAにエチル基を付加し,変異を生じさせる.特に,花粉が受精し 67
てから第1回目の核分裂が始まる18時間までの受精卵にMNUを処理すると,非常 に高い突然変異率が得られることが明らかにされている[1].また,分裂が開始す るまえに処理するため,変異がキメラになることがなく,突然変異体を得るため にたいへん優れた方法であるといえる.ただし,受精した穎花を使用するため, 材料の調製にたいへん手間がかかる.アジ化ナトリウムは呼吸阻害剤であるが, 植物体内で代謝活性化されて突然変異原性を示す.オオムギやイネではその突然 変異誘発効果が確かめられているが,シロイヌナズナなどではその効果が認めら れない.酸性条件で突然変異誘発効果が生ずる[2].ここでは,EMS,MNUおよび アジ化ナトリウム処理方法について説明する.
b.物理的方法 電離放射線を照射するもので,γ線,中性子線や重金属イオンがある.このうち もっともよく利用されているのがγ線である.γ線の線源は60Coまたは137Csで, 照射線量は200 Gy (グレイ) として,出現頻度が低い形質については300 Gyが適当 である.200 Gyの線量では種子稔性の低下は少ないが,300 Gyの場合には稔性の 低下が大きくなる. なお,γ線の照射可能な場所が限られているため,農林水産省農業生物資源研究 所放射線育種場(〒319-2200 茨城県那珂郡大宮町私書箱3号 農業生物資源研究所 放射線育種場,TEL 02955-2-1138) への種子照射依頼が簡便である.照射依頼す る場合には,種子を十分乾燥させ,通常の播種期に間にあうように考慮すべきで ある[3]. γ線照射の場合には,しばしば染色体の相互転座や逆位の構造異常が生じ,変異 形質の分析やほかの系統への移入がむずかしくなる場合があり,不稔性が伴う場 合には注意を要する.
c.生物的方法 イネでは,トウモロコシのトランスポゾン,Ac/Ds系を利用して突然変異体を作 出できるが,栽培場所が制限されることと,しばしば不活化してしまうことがあ り,利用はむずかしい.一方,レトロトランスポゾンの利用もあるが,これは内 在性のものを利用するため栽培場所が制限されることがなく,培養系を利用した レトロトランスポゾンを活性化させることによって多数の突然変異が得られ る[4]. 68
2. イネ
2.2.2.処理する種子の数と種類 突然変異率は10-3∼10-4[5]にあり,目的とする突然変異体を得るためには最低3000 粒を処理する.また,処理する品種・系統を選ぶのも大事である.たとえば,品 種の場合には論文によく使われているものに処理したほうがよい.突然変異体を 得られたときに,比較する場合や,遺伝子単離する場合に有利である.系統の場 合には,2種の劣性遺伝子による形態形質を有するものに処理したほうがよい. これは,優性の突然変異が生ずる場合も考えられ,それがほかの種子の混入,あ るいは,ほかの品種の雑交によるものでないことを確実にするためで,もしある はずの2種の形態形質が発現していなければ,その個体は廃棄すべきである.
2.2.3.突然変異の誘発 a.EMS処理
準備するもの ●
EMS(注1)
●
1 N水酸化ナトリウム
●
1 N塩酸
●
脱イオン水
実験手順 1)3000粒種子を脱イオン水中,25℃,24時間スターラーでかくはんする. 2)水を切る. 3)495 mlあるいは492.5 mlの脱イオン水に,5 ml(1%)あるいは7.5ml(1.5%)のEMS を,安全ピペッターを使ってメスピペットで量りとる(注2). 4)EMS溶液に水切りした種子を入れ,スターラーでかくはんしながら,25℃,6時 間おく.
注1
常温で液体,開封後は蓋の周囲をビニールテープでまいて冷蔵保存する.
注2
EMSはほとんど下に沈んでしまうため,スターラーでかくはんする.5分間くらいで完全に溶ける.EMSには発がん性があるため,処理は 必ずドラフト内で行い,皮膚に付着しないよう,また,気体(特有の甘酸っぱい臭い)を吸引しないよう十分注意する.
69
5)EMS溶液を1 N水酸化ナトリウムの入ったバケツに捨て,種子を3回水洗する(注3). 6)脱イオン水に浸漬し,スターラーで25℃,24時間かくはんする. 7)水洗する. 8)播種する(注4).
b.MNUの受精卵処理
準備するもの ●
MNU(注5)
●
5 N水酸化ナトリウム
●
5 N塩酸
●
脱イオン水
実験手順 1)処理用材料を準備する.処理用材料は水田で育成する.この際,1株で多くの同 調した穂を得るため,1株に3∼5本を植える(注6). 2)出穂後,穂が止葉より1/3∼1/2抽出しているときに株を掘り上げ,株が十分に収 まるポリバケツに入れる(注7).すでに開花した穎花を切り落とす(注8).下葉を切り 取り,MNUのしずくが垂れないようにしておく. 3)翌日,開花盛期∼終期の時刻を記録し,開花しない穎花を切除する. 4)このあいだにMNU溶液を作製する.2リットル容のメスフラスコに4.6386gの
注3
水洗した水も,1 N水酸化ナトリウム溶液を入れたバケツに捨てる.同時に,処理に使用した器具もこのバケツに入れ,1週間後,1 N塩酸 [1] で廃液を中和して廃棄する(EMSはアルカリ中3日間でほとんど分解する) .
注4
ビニール手袋をつけて,直接種子に触れないようにする.
注5
白色の粉末,冷凍保存する.
注6
開花後12∼14時間の穎花を処理するため,いかに多くの穎花を確保するかが重要である.
注7
このとき,株際の根を切らないようになるべく大きく根圏を掘り上げる.また,株の掘り上げは処理前日の夕方に行う.
注8
この作業がたいへんで人手が必要である.
70
2. イネ
MNUを入れ(注9),1500 mlの脱イオン水をいれ,アルミホイルを巻き光を遮る. 5)溶けるのに時間がかかるので,最初に太いガラス棒で大きい粒を叩いて細かく し,かくはんしてある程度溶かす. 6)ガラス棒を入れたままメスフラスコの口をアルミホイルでふたをし,冷蔵庫の中 でスタラーにかける(注10). 7)4リットル容のプラスチックバケツに2900 mlの脱イオン水を入れ,作製した30 mM MNU原液を100 ml入れて1 mM MNU溶液を作製する. 8)斜めにしたプラスチック製バットに1 mM MNU溶液を入れ,図2・1に示すよう に,両側からイネを入れたポットを横にして穂を入れる.ポットのイネ株の下側 を被覆した針金で結んでまとめておく. 9)穂をMNU溶液に浸漬し,上から木のラベルで押さえ,穂が浮かないように重し をのせておく(図2・1).25℃,暗黒で45分間処理する(注11). 10)開花盛期∼終期の時刻から12時間後から処理を開始し,14時間後まで1時間ごと に処理を行う[6].処理ごとにMNU溶液を交換する. 11)処理が終了した穂を水道水を入れたバットのなかで洗浄する(注12). 12)別のバットに穂を移し,水道水を流しながら24時間水洗する. 13)洗浄終了後は潅水し,登熟させ,籾が黄色になってから収穫する. 14)収穫後,40℃で通風し,3日間乾燥させる. 15)密封・冷蔵保存し,翌年にM1を栽培するか,あるいは,当年の温室で冬栽培 し,翌年にM2を栽培する(注13).
注9
冷凍保存のため,温度バランスをとって開封する.
注10
ガラス棒で大きい粒を細かくしておけば約30分間で溶ける.
注11
処理温度が低い場合には処理を1時間から1時間30分行う.
注12
このとき,水があふれないようにする.MNU処理液および処理直後の洗浄液はポリタンクに入れ,5 N水酸化ナトリウム溶液を入れてアル カリ性にする (MNUはアルカリですみやかに分解される.ただし,分解の際には揮発性で発がん性のあるジアゾメタンが生じるため,注意 が必要である).翌日,5 N塩酸で中和して廃棄する[1].
注13
冬栽培する場合には,玄米にして30℃で催芽・播種し,移植する.温度は25℃を確保するようにして,密植する場合には必ず開花前に穂に 袋をかけ,雑交しないようにする.
71
48cm
11.5cm 重し 36cm 板 ブロック
図2・1 MNU処理法.
c.アジ化ナトリウム処理
準備するもの ●
アジ化ナトリウム(注14)
●
1/10 Mリン酸一カリウム溶液:13.609 gのリン酸一カリウムを脱イオン水に溶か し,全量を1000 mlとする
注14
72
白色の粉末,安定した物質なので室温保存可能.ただし,指定毒物なので鍵のかかる保管庫に保存する必要がある.酸性条件で突然変異誘 発効果を示す.
2. イネ
●
1/10 Mリン酸溶液:7 mlの市販のリン酸溶液 (85%) を脱イオン水に加え,全量を 1000 mlとする
●
脱イオン水
実験手順 1)アジ化ナトリウム原液 (100 mM溶液) を作製する.6.5 gのアジ化ナトリウムを脱 イオン水に溶かして1000 mlにメスアップする(注15) 2)500 mlの処理用リン酸バッファー (pH 3) を作製する.424 mlの1/10 Mリン酸一カ リウム溶液に76 mlの1/10Mリン酸溶液を入れ,5 mlのアジ化ナトリウム原液を入 れてよく混ぜる 3)乾燥種子または吸水種子(24時間,20℃)を入れる 4)観賞魚用空気ポンプを使ってエアレーションをしながら,6時間処理する(注16) 5)水道水で5分間水洗する 6)必ず30℃で催芽し,播種する(注17)
2.2.4.突然変異体の分離 1)採種した処理当代 (M1) の種子を,1% (w/v) ベンレート (三共) 溶液に24時間,室温 で浸漬し,消毒する. 2)ベンレート溶液をよく切って,30℃で水に浸漬し,芽出しする(注18). 3)播種する.図2・2に示すように,みのる成苗育苗箱みのるポット (〒709-0816 岡 山県赤磐郡山陽町下市447 みのる産業 (株) ,TEL 08695-5-1122) に市販の育苗用土 を詰め1粒ずつ播種すれば,一株一本の機械植えが可能であり,また,弱勢苗の ポット植えにも利用可能である.あるいは,このまま成熟させることも可能であ る. 注15
冷蔵保存で長期間使用可能.
注16
かならずドラフト内で行う.使用したアジ化ナトリウム溶液は,水酸化ナトリウムか炭酸カルシウムで中和して廃棄する[1].
注17
アジ化ナトリウムは呼吸阻害剤であるため,処理後すぐ播種して覆土をすると,処理障害で発芽が遅くなったり,あるいは,発芽しないこ とがあるため.
注18
白い芽が籾から少しみえる程度でよい.
73
4)処理当代 (M1) では,移植してから1ヶ月のあいだの幼苗での葉緑素異常などの調 査,および,成熟期での出穂性や形態形質の調査を行う.優性突然変異が生じて いる場合があるため,変異体と思われるものにはマーキングを行い,個体別に採 種を行ってM2代でも変異が出現するかどうかを調べる. 5)そのほかのM1個体についても,個体植えにして,個体別に1穂ずつ採取する.こ のとき,一穂稔性が低下している穂を採取するようにする(注19).これを1次穂集団 とする[6]. 6)再度,同様な穂採取を行い,2次穂集団とする(注20). 7)残りについてはバインダーなどで刈り取り,試験用脱穀機で脱穀を行ってM1集 団とする(注21). 8)M2は採取した1次穂集団の穂別に12∼13粒ついたままの枝梗を切り,網の袋に入 れる.残りの枝梗についている種子は保存しておく. 9)種子の消毒,芽出しについては,この手順の1),2)と同様に行う. 10)播種する.図2・3に示すように,みのる土付成苗育苗箱増収なえとこ (みのる産 業 (株),前出) に市販の育苗用土を詰め,枝梗ごと播種すれば多数の系統の播種
図2・2 みのる成苗育苗箱みのるポットを使用した1粒播種法.口絵6参照.
注19
一穂稔性が低下している場合で突然変異率が高いことが明らかなため.
注20
余裕があれば行う.
注21
余裕があれば行う.
74
2. イネ
が容易である.このとき,みのる土付成苗育苗箱増収なえとこを60×30 cmの通 常の機械移植用苗箱に入るように両端を切って苗箱に入れるようにすると,あと の管理も楽に行え,また,移植の際にも作業が楽になる. 11)育苗時に葉緑素異常の調査を,また,潅水のあとに濡れ葉 (葉の表面にワックス がないため,潅水すると葉全面に水がつく) の調査を行い,マーキングをする. 12)水田に移植後1ヶ月以内に,再度,葉緑素異常 (ゼブラ縞などは移植後によく発現 するため)の調査を行い,マーキングをする. 13)生育中期に病班葉や矮性などの調査を行い,さらに,出穂性や穂型あるいは粒形 などの調査を行う.いずれも,変異体にはマーキングを行い,完熟後,個体採種 する 14)アルビノのように生育途中で枯死してしまう変異体や採種不能な変異体,あるい は,播種した数より明らかに出芽した数が少なくなる系統 (多分に胚の異常が原 因と考えられる) については,変異体を分離した穂別系統の正常型個体を採種お よび株保存し,M3を調べヘテロ型個体を選抜する. 15)糯性などの胚乳形質については,M1で採種した穂の籾を小型の籾摺り器 (試験用 籾すり器TR-110,TR-200,ケット科学研究所 (株) ,〒143-0025 東京都大田区南 馬込1-8-1,TEL 03-3376-1111) で玄米にして調査し,この時点で明らかになった 変異体については正常型と別にして栽培・採種する. 16)M3では,M2で選抜した変異体について12∼13粒播種し,選抜した形質の確認と
図2・3 みのる土付成苗育苗箱増収なえとこを利用した枝梗播種法.みの る土付成苗箱増収なえとこの両端を切り取り,60×30 cmの機械移植用 苗箱にセットしてある. 75
固定度を調査する.固定が確認された時点で,原品種との交雑を行う (交雑方法 については,第Ⅱ部 §1.2.を参照).
2.2.5.突然変異遺伝子座の解析 a.関与遺伝子数の決定 選抜し,遺伝することが確かめられた変異体について,まず関与する遺伝子数を 決定する必要がある.遺伝子数を決定する手順の概略を図2・4に示す. まず,突然変異体と原品種との交配を行い,交雑種子を播種し,F1の形質を記録 する.
M2選抜系統:K 原品種 :O
不稔
遺伝的要因
K×O(O×K)F1の表現型 F2での分離 1稔性:1半不稔性 半不稔(K×OF1)
相互転座
K×OF1,1稔性:1不稔性+O×KF1,すべて稔性
配偶体的雌性不稔 (連鎖する遺伝子の分離が異常)
O×KF1,1稔性:1不稔性+K×OF1,すべて稔性
配偶体的雄性不稔 (連鎖する遺伝子の分離が異常)
稔性
3稔性:1不稔性
1個の劣性遺伝子
15稔性:1不稔性
2個の劣性遺伝子
K K型
3K型:1O型
1個の優性遺伝子
中間型
1O型:2中間型:1K型
1個の不完全優性遺伝子
O型:K型 3:1
1個の劣性遺伝子
15:1
2個の劣性遺伝子
63:1
3個の劣性遺伝子
稔実
O型
異常分離 3:1,15:1 または63:1 に適合しない
相互戻交雑 F1×K
K×F1
O型:K型 1:1
1個の劣性遺伝子
3:1
2個の劣性遺伝子
7:1
3個の劣性遺伝子
異常分離 (1:1,3:1または7:1に適合しない)
図2・4 M2で選抜された突然変異体の関与遺伝子数決定の概略. 76
gaと連鎖
2. イネ
つづいて,F1の種子を稔らせ,播種する.約100個体のF2を展開し,突然変異体 型の分離を調べる.関与遺伝子数の推定はカイ2乗 (χ2) 検定により行う.いま, 正常型 : 突然変異体型 = a1個体 : a2個体(合計n = a1 + a2)に分離したとして,期 待分離比をk1 : k2(たとえば,1遺伝子の場合は3 : 1となり,2遺伝子の場合には 15 : 1となり,3遺伝子の場合には63 : 1となる) とすると, χ2 = (a1)2 × (k1 + k2)/(n × k1) + (a2) 2 × (k1+k2)/(n × k2) - n で計算される.各種統計を扱った本の末尾にはたいていχ2表が掲載されている. 分離がこの場合,正常型と突然変異型の2型の分離であるから,自由度 (df) 1のと ころの確率が5%のところの値をみる.その値は3.84146となり,計算したχ2値が この値より小さければ,この分離はk1 : k2の分離比に適合しているということに なる.たとえば,正常型 : 突然変異体型 = 70個体 : 30個体(合計100個体)の分離 が得られたとすると,突然変異体型の頻度が30%で,3 : 1の分離比における劣性 型の頻度,25%に近い.そこで,この分離は3 : 1の分離比によるものと仮定し て,3 : 1の分離比に対するχ2値を計算してみると, χ2 = (70)2 × (3 + 1)/(3 × 100) + (30)2 × (3 + 1)/(1 × 100) - 100 = 1.3333 となる.χ2表の自由度1におけるこの値となる確率は10∼25%である.したがっ て,ここで得られた分離は3 : 1の分離比に適合することとなる.つまり,ここ で得られた突然変異体型は1個の劣性遺伝子によって支配されていると結論され る(注22). なかには,出穂以前に枯死してしまう場合や穎花ができない突然変異体のように 交配できない場合も考えられる.このような場合には,M2代で正常型を株保存 し突然変異体に関してヘテロ型を選抜しておき,このヘテロ型個体の自殖種子を 100粒以上採種してM3代での分離を調査し,上記のχ2検定を行う. そのほかに,しばしばF2の分離比が上記のいずれの期待比にも適合しない場合が ある.その原因として,不稔にかかわる遺伝子との連鎖による場合,および,花 粉の受精競争にかかわる配偶体遺伝子 (ga) との連鎖による場合,が考えられる. 不稔にかかわる遺伝子との連鎖による場合,花粉 (または,卵) の遺伝子型によっ て不稔になるもので,雄性配偶子で起これば配偶体的雄性不稔で,雌性配偶子で 起これば配偶体的雌性不稔となる.雌性不稔か雄性不稔かは,図2・4に示すよう に,相反交雑のF1での稔性を調べれば明らかとなる.この特徴は,M2代で半不
注22
関与遺伝子数を決めるに当たっては,F2の個体数が問題となる.たとえば,F2の個体数が47以下だと,3 : 1と15 : 1の区別ができない場合 がある.この場合,48個体以上あれば理論的に区別可能であるが,89個体以上あれば十分に区別可能である.一方,15 : 1と63 : 1を区別す る場合には,227個体以上あれば理論的に区別可能となり,290個体以上あれば十分に区別可能である.
77
稔を示し,M3以降でも半不稔性は固定せず,半不稔性を示す個体の次代では, つねに稔性と半不稔性を1 : 1に分離する.この不稔性遺伝子と連鎖する遺伝子は 受精する頻度が少なくなり,異常分離を示すことになる. 花粉の受精競争に係わる配偶体遺伝子 (ga) との連鎖による場合,変異遺伝子のF2 分離が3 : 1,15 : 1,あるいは,63 : 1の分離比に適合しないで,不稔を伴わない 場合にありうる.この場合,図2・4に示すように,相半の戻交雑を行う.F1を雌 性親として用いた場合に,1 : 1,3 : 1,あるいは,7 : 1の分離比に適合すれば, 基本的に,変異遺伝子は1個,2個,あるいは,3個であることがわかる.F1を雄 性親に用いた場合に,1 : 1,3 : 1,あるいは,7 : 1に適合しなければ,F2で生じ ている異常分離は配偶体遺伝子(ga)との連鎖によることが明らかとなる(図2・ 4) .配偶体遺伝子というのは,ga遺伝子を有する花粉がga+遺伝子を有する花粉よ り花粉管の伸長速度が遅く,そのため受精する頻度が少なくなり,ga遺伝子と連 鎖する遺伝子も受精する頻度が少なくなる.その結果として,F2での変異遺伝子 の分離が異常 (この場合,過少) となる.なお,変異遺伝子と配偶体遺伝子との組 換価 (r) は,変異遺伝子をヘテロにもつF3系統での変異体の過少分離系統数,正 常分離系統数,過剰分離系統数をそれぞれa,b,cとすると, 組換価 (r) = (2 × a + b)/(2 × (a + b + c)) 標準偏差 (Sr) = (r × (1 - r)/(2 × (a + b + c)))-2 と計算できる[7].
b.マッピング 得られた変異体にかかわる遺伝子数が決定されたら,つぎに染色体の座乗位置を 決定する必要がある.最近のイネの高密度地図上に遺伝子をのせることができる と,遺伝子単離に向けてたいへん有利になる. マッピングするには,染色体の座乗位置が決定しているマーカーを用いて,マッ ピングしようとする遺伝子をはさんでその両脇に連鎖する2個のマーカーを見い 出さなければならない.基本的には,図2・5に示すように,2因子分離のχ2値 (χ2A, B) とそれぞれの遺伝子の分離のχ2値 (χ2A,χ2B) を求めて,2因子分離のχ2 値 (χ2A, B) からそれぞれの遺伝子の分離のχ2値 (χ2A,χ2B) を引いた値が,連鎖を 示すχ2値 (χ2Linkage) になる.この値がχ2表の5%の値 (自由度によって異なる) より 大きくなれば,連鎖があると推定される.そのときの組換価と標準誤差は,図 2・5に示す最尤法による計算式で求めることができる(注23).得られた組換価に 注23
78
計算式は複雑だが,パソコンソフトExcelにこの計算式を組み込み,rが0から0.5までのときにこの数式の値が0にもっとも近くなるrが組換価 になる.ただし,遺伝子の組み合わせが相引か相反かでrの値が異なる.突然変異体がA遺伝子とB遺伝子をともに優性でもつ場合を相引と いい,A遺伝子とb遺伝子をもつ場合を相反という.図2・5にある計算式は相反の場合である.したがって,相引の場合には図2・5の数式で rを(1 - r)としなければならない.
2. イネ
(a) A遺伝子, B遺伝子が完全優性の場合 Female
Male (A or a) 3A
1aa
3B (B or b) f11 (3aaB−) (9A−B−) f21 f12 (3A−bb) f22 (1aabb) 1bb F1
Total
Total E1 E2
F2
N
2 2+ 2 2 = + + ×16/(9×N) ×16/(3×N) ×16/N −N (f11) ( (f21) (f12) ) (f22) χ2A,B(df,3) 2 2 = + ×4/(3×N) ×4/N −N χ2A(df,1) (F1) (F2) 2 2 = + ×4/(3×N) ×4/N −N (E1) (E2) χ2B(df,1) 2 2 =χ2 χ2Linkage(df,1) A,B−χ A−χ B
χ2A,B(df,3) >7.81473 かつ χ2A(df,1) <3.84146 かつ χ2B(df,1) <3.84146 かつ χ2Linkage(df,1) >3.84146
A遺伝子とB遺伝子が連鎖している +2×f22/r = 0から求める ×r/(1−r 2) 組換価 (r) は,2×f11×r/(2+r 2) −2× (f12+f21)
−2 ×(1−r 2) は, ( (2+r 2) /(2×N×(1+2×r 2) ) から求める 標準誤差 (Sr)
(b) A遺伝子が完全優性,B遺伝子が共優性の場合 Female 1BB 2Bb 1bb
Male (A or a) 3A
1aa
f11 (3A−BB) f21 (1aaBB) f12 (6A−Bb) f22 (2aaBb) f13 (3A−bb) f23 (1aabb)
Total
F1
Total E1 E2 E3
F2
N
2 2 2 2+ 2 2 = + + ×(f13) ×16/(3×N) ×16/(6×N) ×16/N + ×16/(2×N) ( (f11) ) (f12) ( (f21) (f23) ) (f22) −N χ2A,B(df,5) 2 2 = + ×4/(3×N) ×4/N −N (F1) (F2) χ2A(df,1) 2+ 2 2 + = ×4/N (E2) ×4/N ( (E1) (E3) ) (2×N) −N χ2B(df,2) 2 2 =χ2 χ2Linkage(df,2) A,B−χ A−χ B
χ2A,B(df,5) >11.0705 かつ χ2A(df,1) <3.84146 かつ χ2B(df,2) <3.84146 かつ χ2Linkage(df,2) >5.99147
A遺伝子とB遺伝子が連鎖している
+2×f21/ +f22 は,f11×(2−2×r) /(2×r −r 2)+f12×(2×r −1)/(1−r +r 2) −2×f13×r/(1−r 2 ) (r −1) 組換価 (r) +2×f23/r × (1−2×r) /(r−r 2)
=
0から求める
は, 標準誤差 (Sr) + r)2/(r×(2−r))+(1−2×r)2/(2×(1−r+r 2))+r 2/(1−r 2)+(1−2×r)2/(2×r× (1/(2(1−
−2 ) ) ) から求める (1−r)
図2・5 2遺伝子が連鎖しているかどうかの検定方法と組換価ならびに標準誤差算出方法.
79
c =a+b a A
b X
B
図2・6 X遺伝子のマッピング法.X遺伝子の両端に連鎖する遺伝子がわか れば,X遺伝子のマッピングが可能になる.
よって,図2・6に示すように,マッピングしようとする遺伝子の座位が決定され る.用いるマーカーとしては,生理的・形態的形質マーカーとDNAマーカーがあ る.生理的・形態的形質マーカーの利用は簡便であるが,連鎖関係を見い出すに あたり,かなりの交雑を行わなければならない.それに対して,DNAマーカーを 用いる場合は多型がある座位でなければならないが,一つの交雑で連鎖関係を見 い出すことが可能である.ここでは,RFLPマーカーを用いたマッピングについて 記述するが,生理的・形態的形質マーカーを用いた場合も基本的には同じであ る.
準備するもの
80
●
2% CTAB溶液
●
2-メルカプトエタノール
●
液体窒素
●
クロロホルム-イソアミルアルコール(24:1,v/v)
●
冷イソプロパノール
●
冷70%エタノール
●
100μg /ml RNaseを含むTEバッファー
●
アガロース
●
TAEバッファー
●
10 mg/mlエチジウムブロミド
●
酸変性液:0.25 M HCl
●
アルカリ変性液:0.5 M NaOH-1.5 M NaCl
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中和液:0.5 M Tris-HCl (pH 7.5)-1.5 M NaCl
●
バット(23×32 cm)
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20×SSC
●
2×SSC
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SDS
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尿素
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ミルサー(小型破砕器,イワタニ)
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乳棒
2. イネ
●
ミューピッド(小型ゲル電気泳動装置,コスモバイオ)
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大型多検体サブマリンゲル電気泳動装置(NB-1013,日本エイドー)
●
ナイロンメンブランフィルター(バイオダインA,孔径0.45μm,日本ジェネ ティックス)
●
ろ紙(Whatman 3MM Chr CHROMATOGRAPHY PAPER)
●
ECL (RPN3000,Amersham Pharmacia社)
●
アクリル板(25×27×0.5 cm)
■ 材料の準備 1)原 品 種 が イ ン ド 型 で あ れ ば 日 本 晴 を , 原 品 種 が 日 本 型 で あ れ ば カ サ ラ ス (Kasalath) を交配親として,交雑を行う.F1を栽培して,その種子を採種する. 2)両親とともにF2種子を播種して,120∼200個体のF2集団を養成する. 3)両親と各F2個体が出穂する時期に,止め葉5枚 (約2 g) を切り取り,バラバラにな らないように小さくまとめ,ビニールの小袋に入れる.これを氷を入れたクー ラーボックスに入れる. 4)全個体のサンプリングが終わった時点で,個体ごとのビニール袋を液体窒素を入 れた発泡スチロールの箱に入れ,瞬間的に凍結させる.そののち,-80℃の冷凍 庫で保存する.
■ 全DNAの抽出 1)100ml容フラスコに2% CTAB溶液を20 ml,2-メルカプトエタノールを40μl入れ, 60℃に保温する. 2)-80℃で保存していた試料をミルサーのカップ (-20℃で冷やしておく) に入れる. 3)液体窒素をカップに試料が隠れる程度に注ぎ,-20℃で冷やしておいた乳棒で粗 くすりつぶす. 4)液体窒素が少なくなったら,-20℃で冷やしておいたカッター部を緩まない程度 に締め,2秒間ミルサーを回し,ちょっと指を離す. 5)カップを取り外し,カップ部を2∼3回机で軽くたたき,カッター部を緩めてガス 抜きをする. 6)カッター部を緩まない程度に締め,2秒間ミルサーを回し,ちょっと指を離す. これを2回繰返す. 81
7)カップを取り外し,カップ部を2∼3回机で軽くたたき,カッター部を緩めてガス 抜きをする. 8)カッター部を緩まない程度に締め,2秒間ミルサーを回し,ちょっと指を離す. これを3回繰返す. 9)カップを取り外し,カップ部を2∼3回机で軽くたたき,カッター部を緩めてガス 抜きをする. 10)カッター部を緩まない程度に締め,2秒間ミルサーを回し,ちょっと指を離す. これを4回繰返す. 11)カップを取り外し,カップ部を2∼3回机で軽くたたき,カッター部を緩めてガス 抜きをする. 12)カッター部を緩まない程度に締め,2秒間ミルサーを回し,ちょっと指を離す. これを10回繰返す. 13)カップを取り外し,カップ部を2∼3回机で軽くたたき,粉砕した試料をカップの 底に集める. 14)カッター部を緩め,温めておいたCTAB溶液を注ぎ入れ,これを100 ml容のフラ スコに入れてサランラップでふたをする.60℃,30分間ゆるくかくはんする. 15)20 mlのクロロホルム-イソアミルアルコールを入れ,室温で15分間ゆるく振とう する. 16)これを50 ml容のコニカルチューブに移し,3500 rpm,10分間遠心する. 17)上清を先端を切ったチップをつけたピペットマンで吸い取り,新しいコニカル チューブに移す. 18)20 mlの冷イソプロパノール (-20℃) を入れ,ゆるく転倒混和する. 19)1500 rpm,2分間遠心する. 20)デカンテーションで上清を捨てる. 21)5 mlの冷70%エタノールを入れる. 22)1500 rpm,2分間遠心する. 23)デカンテーションでエタノールを捨てる. 82
2. イネ
24)コニカルチューブを逆さにして,30分間自然乾燥する. 25)50μlのRNaseを含むTEバッファーを入れ,37℃で30分間溶かす. 26)4℃の冷蔵庫に一晩入れて溶かす.溶けにくい場合はTEバッファーの量を増や す.ただし,DNAの濃度が薄くならないよう1μg/μlの濃度にする. 27)1.5 ml容のチューブに移し,4℃で保存する. ■ ミューピッドゲルの作製 1)200 ml容のコニカルビーカーにアガロース1.2 g,TAEバッファー120 ml (1%ゲル 用) を入れ,二重にしたサランラップでふたをする (小ゲル4枚,大ゲル2枚分) . この際,サランラップに穴をあけておく. 2)電子レンジで温め,1分後に取り出してよく振る.そののち,突沸させないよう にし,状態をみながらアガロースを完全に溶かす. 3)ビーカーに素手でちょっと触れるぐらいまで冷ましてから,10 mg/mlエチジウム ブロミドを6μl入れ,よく混和する. 4)ミューピッドのゲルメーカー台にゲルメーカー板を入れ,おおよそ小ゲルで15 ml,大ゲルで30 mlになるように,アガロースをゲルメーカー板に分注する.こ のとき,泡が入らないようにする.泡ができたときは,ピペットマンで吸い取る ようにすれば泡は消える. 5)コームを差し込むまえに,コームを支持するところにアルミホイルを二重にした ものを入れておき,コームを差す. 6)上にサランラップをかぶせ,ほこりが入らないようにする. ■ DNAの濃度と質の検定 1)ゲルメーカー台に差したコームをとり,作製した大ゲルをゲルメーカー板ごと ミューピッドにセットし,TAEバッファーをゲルが沈み込むまで入れる. 2)抽出したDNAを1/100倍に希釈する. 3)1μlの泳動用色素をパラフィルムの上に置き,希釈したDNA 5μlを泳動用色素と 混合し,ミューピッドの大ゲル(17レーン)にアプライする. 4)レーンの左端には,2.5 ng/μlに調製したλDNA (泳動用色素入り) を1μl (2.5 ngλ 83
DNA),2μl(5 ng) ,4μl (10 ng) ,6μl (15 ng) ,8μl(20 ng)をアプライする. 5)泳動用色素の先端が泳動される方向のゲルの2本目の線に達したとき,泳動を終 了する. 6)ゲルをトランスイルミネーターに置き,写真を撮る. 7)基準となるλDNAのバンドの太さから,抽出したDNAのおおよその濃度を決め る (図2・7) .また,このとき,図2・7の12レーン,14レーンのようにスメアなバ ンドしかみえない場合はDNAが低分子化されているので,このDNAをRFLP分析 には用いることはできない. ■ 制限酵素による全DNAの消化 1)以下のとおり,抽出したDNAを2μg,制限酵素添付の10×バッファーを2μl,制 限酵素を20ユニットに,超純水を加えて20μlとする.抽出したDNAの濃度がだ いたい同じであれば,必要本数 + 2本分の酵素液を作製することができ,効率的 である. 2)まず,1.5 ml容のチューブに必要本数 + 2本分の超純水を入れる. 3)制限酵素添付10×バッファーを必要本数 + 2本分入れる. 4)-20℃の冷凍庫から制限酵素を取り出し,必要本数 + 2本分の必要量を入れる. 5)タッピングで混ぜる.
1 2
3 4 5
6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17
図2・7 CTAB法により抽出したゲノムDNAの電気泳動による量と質の検定方 法.レーン1:基準となるλDNA 2.5 ng,レーン2:λDNA 5 ng,レーン 3:λDNA 10 ng,レーン4:λDNA 15 ng,レーン5:λDNA 20 ng,レー ン6∼17:CTAB法により抽出したゲノムDNA.このうち,レーン12とレー ン14はバンドがスメアになっていて,DNAが低分子化していることがわか る.そのほかのレーンについては明瞭なバンドが認められ,サザンブロッ ティングに使用できるDNAであることがわかる.また,その濃度はおおよ そ10∼15 ng/5μlと推定される.検定に使用したDNAは100倍希釈している から,抽出したDNAの濃度は200∼300 ng/μlと推定される. 84
2. イネ
6)スピンダウンする. 7)これを,必要本数分の1.5 ml容のチューブに分注する. 8)それぞれのDNA 2μg相当量を入れる. 9)タッピングでDNAと酵素液をよく混和する. 10)スピンダウンして37℃で一晩反応させる. 11)反応終了後,2μlの泳動用色素を入れる. 12)スピンダウンする. ■ 電気泳動 RFLP分析を行う場合には,試料数が多いため,一度に多くの試料が泳動できる 大型多検体サブマリンゲル電気泳動装置,NB-1013を用いる. 1)500 ml容培地ビンにアガロース4 g,TAEバッファー500 ml (0.8%ゲル用) を入れ, 120℃,5分間オートクレーブする. 2)ゲルトレイの両側にビニールテープを張る.このとき,深さが約1 cmになるよう にする.また,ゲルトレイの下に張ったテープのところからアガロースが漏れな いようによく粘着させておく.あるいは,補強用のテープを張る. 3)水準器で水平を確かめておく. 4)アガロースの入った培地ビンが素手で触れるようになったら,ゲルトレイにアガ ロースを流し込む.このとき,泡があればピペットマンで吸い取るようにする. 5)コームをセットする. 6)ほこりが入らないようにサランラップをかぶせる. 7)ゲルが固まったらテープをはがし,泳動装置にセットする.コームを静かに引き 抜く. 8)ゲルが沈み込むまでTAEバッファーを入れる. 9)両端のサンプルウェルに適当なマーカーを入れる. 10)サンプルウェルに試料を全量アプライする. 85
11)電源を入れ,まず電圧100 Vで泳動し,色素がサンプルウェルから完全にゲルに 入ったら30 Vに下げる.泳動時間は,分析したいDNAの大きさにより異なるが, 一般的なRFLP分析を行う場合には泳動用色素が約10 cm流れれば十分である. 12)泳動終了後,ゲルをトランスイルミネーターに置き,写真撮影する.このとき, 紫外線用スケールもいっしょに写し込む.酵素処理がうまくいっていれば,繰返 し配列のバンドがみえる. ■ サザンブロッティング 1)写真撮影後,ゲルを酸変性液に浸漬する.3分間ゆっくり振とうする. 2)酸変性液を捨て,蒸留水で洗浄する. 3)アルカリ変性液を入れ,30分間ゆっくり振とうする. 4)アルカリ変性液を捨て,再度アルカリ変性液を入れる.30分間ゆっくり振とうす る. 5)アルカリ変性液をビンに移し (次回のブロッティングの最初のアルカリ変性に使 用できる),蒸留水で洗浄する. 6)中和液を入れ,60分,ゆっくり振とうする. 7)ゲルの大きさを計り,ゲルより少し大きめの大きさにナイロンメンブランフィル ターをハサミで切る.同じ大きさのろ紙も2枚用意する.また,ゲルの下に入れ 液を吸い上げるろ紙(40×18 cm)も2枚用意する. 8)23×32 cmのバットに1/3まで20×SSCを入れ,40×18c mのろ紙2枚に20×SSCを 染み込ませる. 9)バットに25×27×0.5 cmのアクリル板を渡し,20×SSCを染み込ませたろ紙を置 き,両端を20×SSCにつける.このとき,アクリル板とろ紙のあいだに空気が入 らないようにする. 10)中和液に浸漬しているゲルを薄いアクリル板にのせて取り出し,この上に静かに 置く(注24).このときも空気がゲルとろ紙のあいだに入らないようにする.ゲルの 周囲をパラフィルムまたはビニールで覆い,20×SSCがゲルの周囲から上がらな いようにする.
注24
86
ゲルを裏返しにしない.
2. イネ
11)ゲルの上から20×SSCをかけ,ナイロンメンブレンフィルターをゲルの中央から 端に向かって置くようにする.こうすることで,空気が入ることを防ぐことがで きる. 12)この上にろ紙2枚を1枚ずつ置く.このときも空気が入らないようにする. 13)この上にキムタオルを置き (厚さ約5 cm) ,上にバットに渡したのと同じアクリル 板を置く(注25).一晩トランスファーする. 14)トランスファー終了後,順にキムタオル,ろ紙2枚をとり,ナイロンメンブレン フィルターをつけたままゲルをアクリル板の上にひっくり返す (つまり,ナイロ ンメンブレンフィルターがゲルの下になる) .鉛筆でサンプルウェルのところに 印をつけ,端に日付とサンプル名を記入する. 15)バットに2×SSCを入れ,このなかでナイロンメンブレンフィルターの表面を洗 浄する. 16)ろ紙の上で風乾したのち,80℃で2時間ベーキングする. ■ インサートの増幅 RFLP分析に必要なRFLPマーカーは,イネゲノム研究プログラム (RGP) からイネ RFLPランドマーカーセットとして192個のマーカーを入手できる (192個全部を使 用するのがたいへんな場合には,約20 cM間隔の80個を使用してもマッピングは 可能である) .入手方法などの詳細については,Webサイト (http://www.staff.or.jp/) を参照してほしい. 1)入手したRFLPマーカーはプラスミドベクター (pBluescript SK+) に組み込まれてい るため,PCRによりインサートを増幅する.以下の組成の反応溶液を準備する. プラスミドDNA M13-M4プライマー(20 pmol/μl,宝酒造)
10 ng 1μl
M13-RVプライマー(20 pmol/μl,宝酒造)
1μl
10×Taqポリメラーゼバッファー
5μl
2 mM dNTP
Taqポリメラーゼ(宝酒造)
5μl 0.5μl
超純水を加えて50μlとする. 2)以下の温度設定でPCR反応を行う.
注25
重しはのせない.
87
95℃,5分間ののち, 95℃,1分間,55℃,1分間,72℃,1分間を30サイクル. 3)反応終了後,反応液2μlを電気泳動しインサートの増幅を確認する. 4)未反応のプライマーとdNTPを除去するために,残りの反応液をDNA回収用フィ ルター付遠心チューブ(Suprec-02,宝酒造) のカップに入れる. 5)約150μlのTEバッファーを入れ,6400 rpm,8分間遠心する. 6)ろ過液を捨て,約200μlのTEバッファーを入れ,6400 rpm,8分遠心する. 7)ろ過液を捨て,カップに50μlのTEバッファーを入れ,ピペッティングにより DNAを溶解し,1.5 ml容のチューブに回収する. 8)分光光度計によりDNA量を定量する. ■ プローブの標識(ECL添付のプロトコールによる) 1)PCRで作成したDNAプローブの濃度を10 ng/μlに調整する. 2)必要量のDNA溶液 (ハイブリバッファー1 ml当たり10∼20 ng) を1.5 ml容のチュー ブにとり,沸騰した湯の中で5分間煮沸する. 3)煮沸終了後,すぐに氷水中に入れ急冷し,熱変性させる(5分間). 4)スピンダウンする. 5)冷却したDNA溶液に等量のラベリング試薬(添付)を入れ,よく混合する. 6)等量のグルタルアルデヒド溶液(添付)を加え,よく混合する. 7)スピンダウンする. 8)37℃,10分間インキュベートする. 9)反応終了後,氷中に入れハイブリダイゼーションに用いる. ■ サザンハイブリダイゼーション(ECL添付のプロトコールによる) 1)必要量(0.0625∼0.125 ml/フィルター面積cm 2)のハイブリダイゼーションバッ ファー (添付) にNaClを0.5 Mになるように加え,さらに,ブロッキング剤 (添付) を5% (w/v)になるように加える.室温で1時間,かくはんしながらブロッキング 88
2. イネ
剤を溶解させる. 2)30分間∼1時間,42℃でインキュベートし,ブロッキング剤を完全に溶解させる. 3)ブロッティングしたフィルターをハイブリバッグあるいはタッパーに入れ,必要 量のハイブリダイゼーションバッファーを入れる(注26). 4)42℃で1時間以上ゆっくり振とうし,インキュベートする. 5)ラベルしたプローブをバッファー1 ml当たり10∼20 ngになるように加える.こ のとき,プローブ溶液が直接フィルターにかからないようにする. 6)42℃で一晩ゆっくり振とうし,ハイブリダイゼーションを行う. 7)ハイブリダイゼーション終了後,フィルターを1次洗浄バッファー(0.5×SSC0.4% SDS-36%尿素) に入れ,42℃,20分間ゆっくり振とうし洗浄する.1次洗浄 を2回行う. 8)1次洗浄終了後,フィルターを2次洗浄バッファー (2×SSC) に入れ,室温で5∼10 分間ゆっくり振とうしながら洗浄する.2次洗浄も2回行う. 9)洗浄終了後,フィルターをキムタオルの上に置き,水分を軽く取り,検出試薬1 と検出試薬2の混合液(0.125 ml/フィルター面積cm2)に室温で1分間浸漬する. 10)余分な検出試薬をろ紙で取り除き,ラップで覆う. 11)フィルターをカセットに入れ,暗室でX線フィルムを入れて2∼3時間露光したの ち,フィルムを現像する. 12)フィルム現像後,バンドパターンを調べ,P1型,ヘテロ型あるいはP2型かを明ら かにし,数字でタイプ別に個体ごとに記録する. 13)この分析を両親間で多型のあるマーカーごとに行う. 14)得られたデータをMAPMAKERあるいはMAPLのコンピューターソフトウェアで 処理し,マッピングする. ■ 露光後のメンブレンフィルターの取り扱い 1)露光後,メンブレンフィルターを0.1% SDS溶液に浸漬する.71℃,10∼15分間
注26
ハイブリバッグを使用するときは,なるべく泡を除去する.
89
ゆっくり振とうする. 2)フィルターを2×SSCに浸漬する.室温で10分間ゆっくり振とうする. 3)プレハイブリダイゼーションを開始するか,もしくは,フィルターをサランラッ プでくるみ冷蔵保存する.フィルターは10回以上RFLP分析可能である.
P1 P2
F1
F2,120∼200個体
…
…
P1P2
マーカー:m P1P2
P2 1
m n
図2・8 RFLP分析の概略.DNA抽出は全F2個体について行うが,さきに 劣性個体のみについてRFLP分析を行い,連鎖していると推定される RFLPマーカーをさがす.それから,その近辺のマーカーにつき残りの F2個体についてRFLP分析を行い,マッピングする. 90
2. イネ
以上がマッピングの手順であるが,最初に,各マーカーについて両親間で多型が あるか否かを調べる必要がある. F2については,マーカーも多く分析する個体数も多いことを考えると,図2・8に 示すように,まずF2の劣性形質を示す個体だけについて個体ごとにRFLP分析を 行い,どのマーカーでP1型 : ヘテロ型 : P2型 = 1 : 2 : 1の期待分離比に適合しない かを明らかにする.基本的に,劣性遺伝子と連鎖するマーカーがあればP1型 : ヘ テロ型 : P2型 = 1 : 2 : 1の分離比がゆがむはずである.これでおおよその連鎖の 見当をつけて,そのマーカーの周辺のマーカーについてだけ残りの個体のRFLP 分析を行い,マッピングする.この方法で行う場合には,F2の劣性形質を示す個 体が30∼50個体あれば連鎖を検出できるものと考えられるから,F2全体で120∼ 200個体生育させれば十分と考えられる.
2.2.6.突然変異体をもらう,購入する イネについては,市販している突然変異源処理集団はない. 必要な突然変異体を入手したい場合には,いくつかの大学あるいは国立研究機関 で突然変異集団を作出しているところがあり,個別に交渉する. 謝辞 突然変異源処理法については,滋賀県立大学環境科学部 長谷川 博 助教授 および 九州大学農学部 佐藤 光 教授 に懇切にご指導いただいた.また,ECLに よるRFLP分析における露光後のフィルターの取り扱い方については,北海道大 学農学部 貴島 祐治 助教授 に教えていただいた.ここに厚くお礼申し上げる.
参考文献 1. 佐藤光, 大村武 (1979) 受精後の異なる時期のイネ幼胚に対するニトロソメチルウレア投与の効果. 育種学 雑誌 29 (別1) : 164-165 2. 長谷川博 (1995) 突然変異. 谷坂隆俊 (編) 植物遺伝育種学実験法. 朝倉書店, 東京, pp 15-17 3. 飯田修一 (1995) 突然変異誘発法. 山本隆一, 堀末登, 池田良一 (編) イネ育種マニュアル. 農業研究センター 研究資料第30号. 農林水産省農業研究センター, つくば, pp 180-184 4. Hirochika H, Sugimoto K, Otsuki Y, Tsugawa H, Kanda M (1996) Retrotransposons of rice in mutations induced by tissue culture. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93: 7783-7788 5. 矢頭治, 長谷健 (1995) 突然変異育種法. 山本隆一, 堀末登, 池田良一 (編) イネ育種マニュアル. 農業研究セ ンター研究資料第30号. 農林水産省農業研究センター, つくば, pp 273-277 6. 佐藤光, 白石真貴夫, 茶圓耕一, 森本達男, 大村武 (1987) イネ品種「台中65号」のMNU受精卵処理による突 然変異誘起. 育種学雑誌 37 (別2) : 338-339 7. 中川原捷洋 (1981) 栽培イネ遠縁交雑に認めた遺伝子の不均等伝達とその遺伝的機構の解明. 第3染色体に 属する標識遺伝子の異常分離について. 農業技術研究報告 D 32: 15-44 91
コラム2. 論文に使えるデータと使えないデータ 島本 功
2.1.はじめに 研究計画を決めると,だいたい三つぐらいの実験はすぐに思い浮かぶ.まず,最 初の実験にとりかかる.現時点でみんながやっている多数の実験は,最終的に遺 伝子を単離しその機能を探り出すものが多い.または,おもしそうな遺伝子をさ まざまな方法でみつけたあと,トランスジェニックなどのいろいろな方法を用い てその遺伝子の機能を探るといったものである.こうした実験を,一,二,三と やっていくと,少しづつぼんやりと,最終的にうまくいけばできあがるであろう 論文についてのイメージが頭に浮かんでくる.論文のタイトルや,このデータを Figure 1にしよう,などである. この時点で,データの質,つまり,使えるデータか使えないデータかを十分吟味 する必要がある.つまり大事なことは,一つの実験は論文に使えるデータが出て はじめて終わるということである.しかしながら,ついついこういうことが起こ る.まあとりあえずデータが出たからこれでOK.ぼちぼち次の実験にとりかか ろうか.現在やっている実験にそろそろ飽きてきているので,ついそう思ってし まう.そこで,しっかり机に座って自分のもっている生データを机の上に並べ る.使えそうなデータはすべて並べる.そこでまず,このデータで一つの結論を 導くことができるかを考える.筆者が自分の研究室でよく経験する使えないデー タについて,これを使えるようにする方法を以下に紹介する.
2.2.質の低いきれいでないデータ どんなデータでも質の高さ低さはある.たとえば,ノーザンブロットは低発現の 遺伝子では必ずしもびしっとしたきれいな結果は出しにくい.ましてや,in situ RNAハイブリダイゼーションで納得のゆくデータを出すのは至難の業といえる. では,どれぐらいが合格点なのか.この質問に一般的な答えはない.なるべく多 数の論文をひっぱり出して,似かよったデータの図をくわしくみることで世間の 基準を知る以外には方法はない.その際,使えるデータかどうかを決定する要因 93
(a)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
Competitor Ⅰ Ⅱ
(b)
1
2
3
4
5
6
7
8
9 Competitor Ⅰ Ⅱ
図1 あまりきれいでないデータの例.2種類のイネwx RNAスプライス産 物のRT-PCRによる定量. (a)使えないデータ.(b)使えるデータ.
のひとつは,自分の主張したい結論と大きく関連していることに注意する必要が ある.つまり,ノーザンブロットであれば,試料における発現の微妙な差は,論 文の全体でどれほど重要なのかということが大事になってくるわけである.つま り,永遠にノーザンブロットをやりつづける必要はないかもしれない.論文全体 の構成と流れのなかで,もう一度自分のデータの質を吟味してみる. 図1に示すのは,dullというイネ突然変異体の未熟種子におけるwx RNAのスプラ イス部位の利用効率をコンペティティブRT-PCRで定量しようとした実験データ である.ⅠとⅡに現れるバンドの濃さを定量しようとしたのだが,図1 (a) では, いまひとつⅠのバンドがきれいに見えない.実は,いろいろ事情もあって,強引 にこの図1 (a) に示すデータを使って論文を書いたのだが,真中のバンドが見えな いというコメントがレビューアーから返ってきた.このデータは何回もとり直し (図1 b),現在改訂版の論文を準備中である.
2.3.コントロール実験がない・足りない 通常,どうしても必要なコントロールのデータはだれも忘れない.では,ほかに はコントロールは必要でないのか.実験がいろいろな条件の組み合わせになって いるなら,一つだけでなく複数のコントロールが必要になってくる.さらに,ポ 94
コラム2. 論文に使えるデータと使えないデータ
ジティブコントロールも必要である.結局,すべての必要なコントロールがあっ てはじめて,データの評価が可能になるのである.つまり,使えるデータのひと つの条件は,すべての可能なコントロール実験をくぐり抜けてきたものであると もいえる.さあ,もう一度データをじっくり見直してみよう. ひとつの例をあげる.図2は,最近,筆者らのグループの研究しているイネ低分 子量Gタンパク質OsRac1がGTPase活性とGTP結合能をもっていることを示した データで, (a) と (b) はともに,大腸菌内でGST融合タンパク質としてつくられた タンパク質に対するGTPの結合データ (左の図) と,そのタンパクによるGTPの加 水分解 (右の図) を経時的に調べたデータである.図2 (a) は,最初に論文を投稿し た際に使った図で,いずれの実験にもコントロールがない.当然といえば当然だ が,レビューアーにデータの欠陥を指摘され,図2(b)のようなコントロールの データをつけ加えて,結果的に論文は受理された.
100
GST−OsRac1
10
残存GTP(%)
GTPγS結合(pmol)
(a)
5
80 60 40 [γ−32P] GTP
20 0
0 0
30
60
90
120
150
180
0
30
時 間(min)
60
90
120
時 間(min)
100
GST−OsRac1
10
[35S] GTPγS
残存GTP(%)
GTPγS結合(pmol)
(b)
5
GST
0 0
30
60
90
120
時 間(min)
150
80 60 40 [γ−32P] GTP
20 0
180
0
30
60
90
120
時 間(min)
図2 コントロールのデータを忘れた例.イネの低分子Gタンパク質OsRac1のGTPase活性とGTP 結合能.(a)使えないデータ.(b)使えるデータ. 95
2.4.量的なデータの比較 ある処理に対する遺伝子発現,あるいは,さまざまなレベルの反応を量的に比較 する実験はよくやられる.通常,何日かの実験で得られた値の平均値をとり比較 する.すると,何回実験をやって,いかに比較するかが問題になってくる.統計 的な処理も必要であろう.何回も実験をやっているうちに,本当に差があるの か,ほとんどないのかがみえてくる.ひょっとすると,本当の答えは,統計と自 分の洞察とのあいだに存在するのではないかと思える.いずれにしろ,一度自分 のデータの統計的な処理を行ってみてデータの意味を確認するのは大切なことと いえる.
2.5.論文に使う必要のあるデータとないデータ さて,コントロールを十分にとった質の高いデータが揃った.では,ひとつの結 論を示すのに,自分の手持ちのデータをすべて論文に使うほうがいいのだろう か.私たちは,ついついこれもあるあれもあると,手元にあるデータを全部出し たくなるものだ.ここで,やはり一度ゆっくり必要のないデータが混じってない かを考える必要がある.もちろん,ひとつのことをいうために複数のデータを使 うことはしばしばある.では,そのために一部のデータは弱くなっていないだろ うか.そこまで深く考えて,必要十分なデータをぴしっと出すことがベストとい えるだろう.
2.6.おわりに 結局,使えるデータと使えないデータを見分ける “目” を養うには,経験が最も大 きな要素である.自分の出した使えないデータについて,論文のレビューアーか ら直接指摘されるのが一番いい方法である.しかし,そうたびたび論文を書くわ けではないので,研究室のゼミとか学会のポスター発表などの機会に,なるべく オープンにデータについてほかの研究者と議論することが一番有効な方法といえ るだろう.
96
Ⅳ.
トランスジェニック植物をつくる
1.
シロイヌナズナ
荒木 崇・賀屋秀隆
1.1.はじめに トランスジェニック植物個体の作出は,高等植物における遺伝学・逆遺伝学 (reverse genetics) の基幹を成す技術である.トランスジェニック植物個体作出の 目的は大きく二つに分けられる.ひとつは,すでにクローン化した遺伝子の植物 個体内における機能解析である.この目的の場合,通常は複数の遺伝子コンスト ラクトを構築し,そのそれぞれについて数十系統程度の独立の形質転換体を得る ことができれば解析を進めるのに十分であろう.もうひとつの目的は,T-DNAタ グライン,プロモータートラップライン,エンハンサートラップラインなどの作 出の場合のような,挿入突然変異体やマーカーラインの大量作出である.この場 合には,単一のプラスミドコンストラクトによる形質転換を多数の植物に対して 行い,最終的に数百∼数万系統の形質転換植物を確立することが目標になろう. 後者の目的のためには,用いる方法が簡便でかつ誰にとっても容易なものである ことが必要不可欠であることは明らかであるが,前者の目的のためにも簡便な方 法が望ましいことはいうまでもない. この点をふまえて,本章では,減圧浸潤 (vacuum infiltration) 法を中心にトランス ジェニック植物個体の作出法を解説する.減圧浸潤法を用いたin planta形質転換 法は,根・胚軸などの外植片を用いる組織培養法に比べ,1) 簡便・迅速であり, 2) 実験者の熟練を特に必要としない,という際立った利点をもつ.また,この方 法ではアグロバクテリウムを感染させた植物から得た種子に対して形質転換第一 世代 (ヘミ接合) の選抜を行うため,形質転換操作と選抜操作とを時間的に分離す ることが可能である.種子という,カルスなどと異なり保存が容易な形態で,形 質転換第1世代を一時的に保存することができるからである.さらに,過剰発現 実験でしばしば起こるように,導入遺伝子がヘミ接合体でも形態異常をひき起こ し,植物体の再生・受粉・結実などを阻害するような場合においても,形質転換 第1世代を得ることが可能である. 不稔突然変異体のように原理的に減圧浸潤法が適用できない場合もあるが,これ らについては,のちに代替法をいくつか紹介する.
99
1.2.減圧浸潤法 1.2.1.概略と留意点 減圧浸潤法による形質転換は,Bechtoldら[1]により最初に報告され,若干の改変 を加えたものが現在用いられている(Webサイト http://www.bio.net/hypermail/ ARABIDOPSIS にアクセスし,適当なキーワード,たとえば,vacuum infiltration, in planta transformationなどで検索を行うことで,過去にニュースグループで行わ れた情報交換を知ることができる.和文によるものとしては,文献[2]がある) . その手順の概略を図1・1に示す.まず,健康な植物を生育させ,抽台後,摘心に より側枝を誘導する.誘導した側枝についた花が咲き始めたところで,植物体の 地上部を導入したいコンストラクトをもつアグロバクテリウムの懸濁液に浸して 弱い陰圧下におき,懸濁液の花の内部への浸透を図る (減圧浸潤) .減圧浸潤後, アグロバクテリウムの感染とT-DNAの移入が起こるが,花で起こったT-DNAの移 入のみが結実を経て次世代の種子に伝えられ,種子中にある頻度で形質転換第1 世代 (ヘミ接合体) が含まれることになる.原法の報告当初,減圧浸潤後まもない 莢ほど形質転換種子を含む確率が高いことが知られていたが,最近になって,次 世代に伝わるT-DNAの移入が起こるのは減数分裂後の雌性配偶体中の卵細胞であ ることを遺伝学的に強く示唆する報告がなされた[3].実際の実験,特に,植物の 減圧浸潤前の準備・減圧浸潤後の世話に当たっては,この点をよく知っておく必 要がある.減圧浸潤法は,原理的には単純であり,個々の操作に熟練を必要とし ないが,減圧浸潤前後の植物の世話に関しては,実際に実験を行う研究室の栽培 室にあわせた条件の微調整・工夫が必要である. 以下に述べる方法は標準的な方法であるが,最近になって,実験条件の詳細な検 討を報告した論文[4]が発表されている.その論文に報告されている検討の結果を 脚注として付記したので参考にされたい.
1.2.2.実験方法 a.シロイヌナズナの系統,アグロバクテリウムの系統,ベクター 本法はColumbia (Col) 系統,Wassilewskija (Ws) 系統で良好な成績をあげている. 特に,大量作出を目的とする場合にはこれらの系統のいずれかを用いるのが適当 である.一方,Landsberg erecta(Ler)系統では,形質転換体を得ること自体はむ ずかしくないが,頻度はかなり低くなる.しかし,Landsberg erecta系統で得られ 100
1. シロイヌナズナ
ている突然変異体を併用した解析を計画している場合には,交配による遺伝子移 入の手間を考えるならば,少し規模を大きくしたうえでLandsberg erecta系統を用 いるのが適当であろう. Valvekensによる根の外植片に対する形質転換法[5]で良好な成績を上げている Nossen系統は,減圧浸潤法においても良好な結果が得られるが,用いるTiプラス ミドベクターには注意を要する.Left border (LB) 配列が,LBとノパリンシンター ゼ (NOS) 遺伝子とを含むTiプラスミドのDNA断片に由来する場合,得られる形質 転換体に茎の顕著な伸長異常が現れる(Columbia,Wassilewskija,Landsberg
erecta,Enkheimなどの系統ではそのようなことは認められない). アグロバクテリウム系統に関しては,C58(pMP90)などで良好な成績を得てい る. ベクターに関しては,非選択下でも菌内に安定に保持されるものが望ましいとさ れている.pBIN19由来のものは安定性が悪く形質転換体頻度は低いとされてきた が,大量作出を目的とする実験でないかぎりに特に支障はない.形質転換体の選 抜に用いる薬剤としては,これまでカナマイシン,ハイグロマイシンなどの抗生 物質が一般的であったが,除草剤バスタ (有効成分は,グルホシン酸アンモニウ ム) を用いた選抜の際に無菌培養を必要としない方法も広まりつつあり,バスタ 耐性遺伝子をもつベクターも作成されている.
b.準備するもの ■試薬 ●
Murashige-Skoog培地 (含Gamborg B5ビタミン)
●
組織培養用寒天
●
ベンジルアミノプリン(BAP)
●
Silwet L-77
●
植物選抜用薬剤(カナマイシン,ハイグロマイシン,バスタなど)
●
カルベニシリン(ゼオペン)
●
ベノミル(ベンレート)
■ 器具 ●
調圧器付き真空ポンプ (ミリポアの吸引・加圧両用ポンプ,品番 XX55 100 00な ど)
●
バルブ付きガラス製耐圧デシケーター 101
c.実験手順 ■ 植物の育成 1)鉢に培養土(中粒のバーミキュライト)を入れ,表面をメッシュで覆う.その際 に,用土表面とメッシュのあいだに間隙ができないように留意する.培養土は, 中粒のバーミキュライトにかぎらず,各研究室で良好な成績をあげているものを 用いればよい.メッシュとしては,市販の網戸用メッシュ,あるいは,台所の三 角コーナー用の網袋などがよい.用いるまえに必ずよく水洗いをする.木綿の ガーゼはカビが生えることが多く,勧められない. 2)メッシュの網目のあいだに播種する.播種する種子数の目安は,たとえば,6 cm 角あるいは6 cm径の鉢を用いる場合,等間隔に5ヶ所,数粒ずつである.播種 後,数日∼1週間の低温処理ののち,22℃,恒明あるいは長日条件 (たとえば,16 時間明-8時間暗) で育てる.低温処理 (stratificationという.vernalizationではない) により発芽が揃う.発芽後,適当に間引きをする.うえの例であれば,最終的に 5本の植物を残す.
(a)
(b)
(c)
(d)
摘心 真空ポンプへ (トラップ経由)
播種後 2∼3週間 (h)
摘心後 4∼7日間
アグロバクテリウム の懸濁液
(g)
(f) (e)
T1種子集団 (色:形質転換種子)
浸潤後 2∼4週間
図1・1 減圧浸潤法による形質転換. 102
浸潤後 1日
水
1. シロイヌナズナ
3)約3週間後,植物が抽台を始める (図1・1 a) .茎の高さが数cmになったところで 摘心を行う (図1・1 a,図1・2) .丈夫な植物を得るために,また,抽台時期を揃 えるために,最初の数週間を短日条件(たとえば,8時間明-16時間暗)で生育さ せ,その後,長日条件に移して花成誘導するという方法もある. 4)摘心のしかたには2通りある.ひとつの方法は,主軸 (一次花序) 上の最下位の花 と最上位の茎葉のあいだを切るもので,主として主軸上の側枝 (二次花序) の成長 を誘導する (図1・2,方法1) .もうひとつの方法は,伸長を始めた主軸全体を切 るもので,ロゼット葉の葉腋の側枝を誘導する (図1・2,方法2) .後者の方法の ほうがやさしく,草丈を低くできるという利点があるが,摘心後,減圧浸潤に供 しうるようになるまでの時間が,前者に比べて少し長くなる. 5)摘心後,植物を数日から10日間おく.そのあいだに,伸長してきた側枝上の最初 の花の開花・結実が始まる (図1・2 b) .植物がこの状態になったら,減圧浸潤・ 感染が可能である.うえで述べたように,形質転換種子を生ずる感染およびTDNAの移入が起こるのは卵細胞であるとされており,減圧浸潤を行う時点で開花 期直前の受粉前の花が多数ついていることが重要である(注1).
方法1
拡大 摘心 拡大
(a)
(b) 切る
拡大 摘心
方法2
図1・2 摘心のしかた.
注1
文献[4]では,a) 摘心後,側枝が1∼5 cmで,開花した花がない植物,b) 摘心後,側枝が2∼10 cmで,開花した花がある植物,c) 摘心せず, 主軸上に多数の花があり着果が始まっている植物,d) 多数の莢がすでについている植物,の4種類で形質転換体の頻度を比較しており,b) でもっとも高い頻度を得ている(頻度は,b >> a = c >> dの順で,d)はつねにもっとも頻度が低かった).
103
■ アグロバクテリウム懸濁液の準備 1)前培養(数ml) を準備する. 2)感染を行う前日に,適当な抗生物質を含む250 mlのLB培地に前培養した菌を接種 する.28℃で約1日培養する.原法ではOD600が2.0になるまで培養するように指示 しているが,1.2∼1.5が上限である. 3)浸潤用懸濁液を調製する.組成は以下の通り(注2). 1/2×Murashige-Skoog塩 1/2×Gamborg B5ビタミン 5%スクロース 0.5 mg/ml MES 1 N KOHでpHを5.7にあわせる. 筆者はオートクレーブして室温に保存している(数日から2週間程度). 使用直前に以下のものを加える. ベンジルアミノプリン (BAP) :1 mg/ml のストック溶液 (DMSOに溶かしたもの) を1000 ml当たり10 ml加える (最終濃度44 nM) .ストック溶液は12∼13 mlずつ分 注して-20℃に保存する Silwet L-77:1000 ml当たり200 ml加える(最終濃度0.02%) .表面活性剤である. 4)室温で集菌し,等量(250 ml)の浸潤用懸濁液に懸濁する. ■ 減圧浸潤による感染 1)減圧浸潤を行うまえに,すでに結実している花を取り除く (図1・2 b) .アグロバ クテリウムの懸濁液が培養土に吸収されるのを軽減するため,鉢の用土に十分に 吸水させる.一連の操作の過程で,アグロバクテリウムの懸濁液がある程度は飛 散する.減圧浸潤に先立ち,実験台にポリエチレンろ紙などを敷いておき,実験 終了後,オートクレーブして廃棄する. 2)500 ml容のビーカーに約250 mlのアグロバクテリウム懸濁液を分取する.
注2
104
文献[4]では,浸潤用懸濁液の組成に検討が加えられている.それによると,重要なのは,スクロースとSilwet L-77の二つであり,MurashigeSkoog塩,Gamborg B5ビタミン,pHの調整 (ここの組成で,調整前のpHは6.0前後である) ,BAPの添加は必ずしも必要ないという結果が得 られている.BAPを加えない場合には,実際には頻度は約半分には落ちている.逆に,BAPの濃度を1000倍にした場合には,頻度の大幅な 低下がみられている.Silwet L-77 (表面活性剤) は,0.005%(文献[4]における標準濃度)に比べ,0.02%の場合のほうが高い頻度が得られてい る.文献[4]の結論は,浸潤用懸濁液にはショ糖(5%)とSilwet L-77のみで十分である,というものである.
1. シロイヌナズナ
3)鉢を逆さにして植物を懸濁液に浸ける (図1・1 c) .その際に,花蕾のある側枝先 端部を傷つけないように注意する (側枝そのものが折れ曲がるのはかまわない) . 用土表面が液面下約5 mmになるまで鉢を浸け,適当な支え (適当な太さの針金を 曲げて自作するとよい)を用いて固定する. 4)鉢を入れたビーカーをデシケーターに入れ,減圧する (図1・1 d) .圧力を約400 mm Hg(15 inches Hg,50 kPa) に調節し,4∼12分間(筆者らの場合は4分間程度) その状態で吸引を続ける.気泡が多数生ずるはずである(注3). 5)徐々に減圧を解除する.植物をアグロバクテリウムの懸濁液から取り出す.アグ ロバクテリウム懸濁液は10回くらいまで繰返し使える. 6)ペーパータオルの上で植物を軽く揺すり,植物上の余分な懸濁液を落とす.さら に,鉢の角を持って少し握り,用土中にしみ込んだ懸濁液を除く.植物体上の懸 濁液を拭う必要はない. 7)適当なトレイに鉢を横倒しにして置く.トレイの底に少量の水を滴下して,透明 な覆いをかぶせる.この状態で1日ほどおく(図1・1 e) .側枝が水の中に浸から ないように注意する. ■ 減圧浸潤後の植物の管理 1)トレイの覆いを外し,鉢を起こす(図1・1 f) .この時点で,側枝上の花あるいは 側枝の先端がしおれているようであれば,失敗と考えたほうがよい.トレイの覆 いをはずすタイミングは栽培室の条件により異なる. 2)数日から1週間水をやらずにおく.手で持ってみて鉢が軽く用土が乾いてきたの がわかったら,少量を水鉢の下の穴から与える.数分間で完全に鉢に吸収される くらいでよい. 水をやらずにおく期間も栽培室の条件によって異なる. 3)約2∼4週間で種子の収穫を行う.1鉢の植物(5本)をひとまとめにしてかまわな い.最初の莢が熟しはじめた時点で種子の収穫をはじめる.枯れるのを待ちなが ら定期的に種子を回収する.通気性のよい袋で袋掛けして落ちてくる種子を集め
注3
文献[4]のもっとも重要な主張は,減圧が必ずしも必要ではない,という点にあり,論文のかなりの部分が減圧をしない "floral dip" という方 法の条件の検討にさかれている.floral dip法では,減圧浸潤法の場合と同様に,植物体地上部をアグロバクテリウムの懸濁液に浸けるが, 3∼5秒間程度浸けて軽く揺するのみで植物をひき上げる.浸潤懸濁液のSilwet L-77の濃度を0.05%に上げることで,減圧をしなくても十分 に高い形質転換体頻度が得られている.要は,減圧あるいは適当な濃度の表面活性剤 (Silwet L-77) はアグロバクテリウムの懸濁液の浸透を 助けるので,減圧 + 低濃度の表面活性剤,あるいは,高濃度の表面活性剤のみ,のいずれでもよい,ということのようである.floral dip法 のプロトコルは,文献[4]のなかでは詳述されていないが,Webサイト (http://www.cropsci.uiuc.edu/~a-bent/protocol.html) にアクセスすればみる ことができる.文献[4]をよく検討したうえで,プロトコルに従って試してみるとよい.
105
る方法もあるが,袋の中に湿気がこもり,カビが生える原因となる.最初にでき る莢ほど形質転換体が多く含むことが報告されているので,それらからの種子を 確実に回収する.また,カビを生じさせないことが,形質転換体の選抜の際のコ ンタミネーションを防ぐ上でもっとも重要な注意点である. 4)収穫した種子は茶こしなどを用いて脱落した萼・花弁・雄蘂などのごみを除き, 乾いた場所に保存する.こうしたごみを残しておいたり,湿度の高いところに保 存すると,カビを発生させる原因となる. ■ 形質転換体の選抜 以下に示すのは,抗生物質を用いて無菌培地上で形質転換体を選択する方法であ る.これに対して,除草剤バスタに対する耐性を用いて土の上で形質転換体を選 抜する方法もある[1].後者は,手間がかからず,特に,大量作出には有利な方法 である.しかし,実験規模が小さく,かつ,表現型異常などにより選抜・生育の 途中で形質転換体が失われることが懸念される場合のように,前者の方法がより 望ましい場合もある. 1)選抜培地を準備する.10×14 cmの角型シャーレを用いるのが便利である.選抜 培地の組成は,以下の通り. Murashige-Skoog塩 Gamborg B5ビタミン 1%スクロース 0.5 mg/l MES 1 N KOHでpHを5.7にあわせる. 0.8%寒天 オートクレーブ後,選抜用薬剤,カルベニシリン (最終濃度100 mg/ml) ,ベノミ ル(最終濃度10 mg/ml)を加える. 筆者らは,選抜用薬剤としてカナマイシンを用いている.カナマイシンの場合, 最適濃度が培地・生育条件・シロイヌナズナの系統により異なる傾向があり,予 備実験が必要なことを強調しておきたい.また,カルベニシリンは残存するアグ ロバクテリウムの増殖を防ぐために必須である.以下の手順3) の種子の表面滅菌 の過程ではアグロバクテリウムは完全に死なない(文献[2]を参照). 2)クリーンベンチ内でシャーレのふたを開けて培地表面を30∼60分間ほど乾かす. 3)約80∼100μl(約2000∼3000粒)の乾燥種子を以下の手順で表面滅菌する. 70%エタノール中に2分間(省略可能) 5%ブリーチ-1% SDS中に15分間 滅菌水で水洗3∼5回 106
1. シロイヌナズナ
4)表面滅菌後の種子を約7 mlの0.1%寒天溶液(無菌)に縣濁する. 5)よく混合し,ファージをプレートする要領で培地表面に種子の縣濁液を一様に広 げる. シャーレをゆっくり傾けて懸濁液を広げる.培地全面が覆われなくても 気にしない.小刻みに横振りすると種子同士が固まってしまうので注意する.乾 かし方の程度は,シャーレを傾けて種子が流れなくなればよい.クリーンベンチ 内で30∼60分間ほど乾かす. 6)パラフィルムで封をし,4℃に数日から1週間おく. 7)22∼24℃に移し発芽させる.約1週間で薬剤耐性植物が同定できるようになる. カナマイシン耐性の場合,根の伸長がよいことと緑色の本葉が展開していること が耐性植物の目安となる.もし,耐性植物の近傍にコンタミネーションが生じた 場合,以下の8) をとばして土に移す.植物をよく水洗して移植すれば,植物体が 雑菌に覆われているような場合でも救助できる. 8)耐性植物を新しい選択培地 (組成は同じで,径90 mmの深型シャーレ) に移し,本 葉が5∼6枚展開するまで育てる.万一,非耐性植物をあやまって拾った場合で も,新しい培地上では死ぬはずである.死なない場合でも,非耐性植物は,1) 本 葉の縁が鋸歯状である,2) 本葉が白斑入りになる,3) 根が伸長しない,の3点に より確実に区別できる(カナマイシン耐性の場合). 9)耐性植物を土に移す.2∼3日適当な覆いをする.覆いは植物個体ごとにかけるほ うが望ましい(ろ過滅菌フィルターの空容器がちょうどよい大きさである). 10)個々の植物から種子を収穫する.コンストラクトの種類によっては,この世代 (ヘミ接合体)ですでに導入遺伝子による表現型が観察できるものがある.
1.2.3.実験規模 うえの条件に従って実験を行った場合,筆者らの経験では,10本 (2鉢) の植物か ら100個体以上の形質転換体を得ることが可能であった.
1.2.4.インサーション部位の数 これまでの報告では, (独立に分離する) インサーション部位の数は,多くの場合 で1 ヶ所ないし2 ヶ所と報告されている.筆者自身がG U S 融合遺伝子をもつ pCGN1547由来のベクターによる形質転換で得た51ラインでT2におけるGUS活性 107
の分離を調べた結果,42ラインで独立に分離するインサーション部位の数は1ヶ 所と考えられ,7ラインで2ヶ所以上,2ラインが判定不能であった.
1.2.5.形質転換体を得るうえで注意が必要な場合 たとえば,ある遺伝子を過剰発現させた形質転換植物を得ようとしても,その遺 伝子の過剰発現が胚致死あるいは幼植物致死表現型をひき起こす場合には,ホモ 接合体はもちろんのこと,ヘミ接合体 (形質転換第1世代に当たる) を得ることも むずかしい.繰返し実験しても形質転換体が得られないか,つねに低い頻度で正 常な表現型の形質転換体のみが得られる場合,胚致死あるいは幼植物致死表現型 の可能性が疑われる.形質転換体の選抜を行っている選抜培地上の植物の表現型 をよく観察してみる必要がある. 筆者の経験した例を参考までに紹介すると,形質転換植物 (ヘミ接合体) のうち, 導入遺伝子を実際に過剰発現している個体が幼植物致死になっている場合があっ た.この例では,選抜培地上に,子葉が展開・緑化せず,本葉もほとんど成長し ないが,根の伸長が非常によい個体がかなりの頻度で存在することに気づき,そ のような植物を選んで導入遺伝子の発現を調べたところ,非常に高いレベルの発 現が認められた.これをもとに同様の表現型 (子葉が白いまま展開しないが,根 の伸長が非常によい) を示す個体を拾い出してみると,その頻度は同時に行った 別の実験の形質転換体の頻度とほとんど変わらないこと,表現型にばらつきはあ るがその程度は過剰発現のレベルとよく相関していること,が明らかになった. 実際には,そうした致死個体に加えて,非常に低い頻度で正常な形態をした形質 転換個体が同時に得られたが,それらでは導入遺伝子の過剰発現が認められな かった. この例のように,致死にはなっても発芽してある程度は成長できる場合には,ヘ ミ接合体の表現型・導入遺伝子の発現などを調べることが可能であり,導入遺伝 子の効果についての情報 (この場合には,調べている遺伝子の過剰発現が発生に 与える影響)が得られることに注意したい. ただし,導入遺伝子の確認は,PCRによる場合には残存するアグロバクテリウム 内のTiプラスミド上の遺伝子を増幅してしまうことがあるため,発現の確認など による間接的な方法によらざるをえない.
1.3.減圧浸潤法の適用がむずかしい場合 減圧浸潤法(その変法である "floral dip" 法も含む)は非常に簡便な方法ではある 108
1. シロイヌナズナ
が,適用できない場合もある.たとえば,花が形成されなかったり,形成されて も稔性がないような突然変異体(前者の例としてはleafy が,後者の例としては
agamousがあげられる) を形質転換したい場合である.そのような場合には,つぎ の三つのいずれかによるとよい. 1)ヘテロ接合体 (劣性変異でヘテロ接合体の表現型が正常の場合) を形質転換す る.次世代で得られる形質転換体のなかから突然変異をホモ接合にもつものをみ つける(頻度としては,1/4のはずである). 2)野生型を形質転換し,形質転換体を確立したのち,適当な交配により突然変 異背景に移入する.非常に時間がかかるが,さまざまな突然変異背景に目的の遺 伝子コンストラクトを導入したい場合には, (挿入部位・コピー数などが) 同一の 導入遺伝子を導入できる利点がある. 3)根・胚軸などの外植片に対する形質転換法[5,6]を用いて,突然変異をホモ接 合にもつ植物の組織片に対して遺伝子導入を行う.突然変異体の相補試験の場合 のように,再生してきた形質転換シュートで表現型の回復がみられ,種子の回収 も可能になる場合があるが,一方で,再生シュートに導入遺伝子とは必ずしも関 係のない表現型異常がみられる場合もあり,再生シュートの表現型のみによる結 果の解釈は危険である.
参考文献 1. Bechtold N, Ellis J, Pelletier G (1993) In planta Agrobacterium mediated gene transfer by infiltration of adult Arabidopsis thaliana plants. C. R. Acad. Sci. Paris, Life Sciences 316: 1194-1199 2. 荒木崇 (1996) 減圧浸潤法による形質転換. 島本功, 岡田清孝 (監修) モデル植物の実験プロトコール イネ・ シロイヌナズナ編. 秀潤社, 東京, pp 109-113 3. Bonhomme S, Horlow C, Vezon C, de Laissardiere S, Guyon A, Marchand M, Bechtold N, Pelletier G (1998) TDNA mediated disruption of essential gametophytic genes in Arabidopsis is unexpectedly rare and cannot be inferred from segregation distortion alone. Mol. Gen. Genet. 260: 444-452 4. Clough SJ Bent AF (1998) Floral dip: a simplified method for Agrobacterium-mediated transformation of Arabidopsis thaliana. Plant J. 16: 735-743 5. Valvekens D, van Montagu M, van Lijsebettens M (1988) Agrobacterium tumefaciens-mediated transformation of Arabidopsis thaliana root explants by using kanamycin selection. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85: 5536-5540 6. 杉山宗隆 (1996) シロイヌナズナのカルス形成と植物体再生.『島本功, 岡田清孝 (監修) モデル植物の実験 プロトコール イネ・シロイヌナズナ編. 秀潤社, 東京, pp 99-104
109
2.
イネ
寺田理枝・飯田 滋
2.1.はじめに アグロバクテリウムを利用した遺伝子導入法はさまざまの双子葉植物で開発され てきた.しかし,単子葉植物のイネはアグロバクテリウムの宿主でなく,初期の 実験では思わしい成果が得られなかったため,外来遺伝子を導入する方法として いくつかの直接的な導入方法が開発された.代表的な方法として,エレクトロポ レーション法,PEG (ポリエチレングリコール) 法,パーティクルガン (ボンバー ドメント) 法がある.これらの方法では,細胞壁を取り除いたプロトプラストの 細胞膜に短時間高電圧をかけたり (エレクトロポレーション法) ,高分子で粘性の 高い溶液を用いる (PEG法) ことで,細胞膜に瞬間的に穴をあけ外来遺伝子を導入 する.パーティクルガン (ボンバードメント) 法では,金粒子の表面に導入する遺 伝子DNAをコーティングし,これを高圧のヘリウムガスを用いてイネの細胞に直 接打ち込む.これらの手法によって,単子葉植物のイネのみならず,アグロバク テリウムを宿主としない植物への遺伝子導入が可能となり,遺伝子の発現解析や 有用遺伝子の導入による分子育種が進められてきた. しかし,直接的遺伝子導入法では,外来遺伝子が多コピー導入されたり,断片化 が生じやすく,そのため,不規則な遺伝子発現やメチル化などによるジーンサイ レンシングの現象などもしばしば生じていることが明らかとなってきた.一方 で,アグロバクテリウムが植物に外来遺伝子を導入するしくみが解明されるとと もに,イネやトウモロコシでのアグロバクテリウム法を開発する努力も長年のあ いだ続けられ,最近になって再現性の高いアグロバクテリウム法の確立に至っ た[1].この方法では,特定の機器を用いる必要がなく,それに伴う費用や手間を 省くことができ,導入された遺伝子も断片化することなく完全長の遺伝子が導入 される確率が高いことから,きわめて汎用性の高い有効な手法といえよう. ここでは,イネでのアグロバクテリウムによる遺伝子導入法を中心に紹介する.
2.2.イネのアグロバクテリウム法 2.2.1.原理 アグロバクテリウムによる遺伝子導入は,まず宿主植物がアセトシリンゴンなど 110
2. イネ
のフェノール化合物を分泌することによって始まる.フェノール化合物によって アグロバクテリウムのTiプラスミド上にコードされている一連のVir遺伝子群の発 現が開始され,それぞれのVirタンパク質のはたらきによってTiプラスミド上のTDNA領域を切り出し,植物細胞へ運び込み,さらに核内への移動,植物染色体へ の組み込みが行われる.イネなど本来の宿主ではない植物はフェノール化合物を 分泌しないため,アグロバクテリウムの感染による遺伝子導入が生じない.そこ で,アグロバクテリウムの懸濁液にアセトシリンゴンを加えることで人工的にVir 遺伝子群の発現誘導をかけ,これをイネのカルス細胞に与えることで遺伝子導入 を促す.形質転換を行うイネのカルスは,完熟種子の胚の胚盤細胞がカルス化し たものである. 形質転換の効率を上げるためには,代謝や分裂活性の高いカルスを用いることが 重要である.そのため,自然光で十分育成したイネから完熟種子を採種する.形 質転換に用いるイネの品種は実験の目的によってさまざまである.これまで報告 されている形質転換の実績のある品種としては,日本晴,ヤマホウシ,ノトヒカ リ,月の光,キヌヒカリ,タイペイ309などがある.特に,日本晴は農林水産省 でのゲノム解析も進んでいるため,多面的な解析や研究が可能な品種と考えられ る.
2.2.2.アグロバクテリウムの準備と保存 イネのアグロバクテリウム法では,遺伝子導入を行う一連のVir遺伝子群をもつ ヘルパープラスミドと,導入する遺伝子をT-DNA領域にもつプラスミドが別々に なっているバイナリーベクターシステムが一般化している.プラスミドベクター はpBIN19由来のpIG121[2] (図2・1) がモデル実験に適している.このベクターで は,ヒマのカタラーゼイントロンをつなげたプロモーターをGUSマーカー遺伝子 に用いているので,GUS遺伝子はアグロバクテリウムのなかでは発現せず,イネ で高発現を示す.また,ハイグロマイシン耐性遺伝子はイネの形質転換体の選抜
Nost Nos
P
NPT−Ⅱ
Nost
CBI
RB P
35S
Nost LB
GUS
P
35S
HPT
図2・1 pIG121の構造.NosP:ノパリンシンテターゼ遺伝子プロモーター,NPT-Ⅱ:カナマイ シン耐性遺伝子,Nost:ノパリンシンテターゼ遺伝子ターミネーター,35SP:カリフラワー モザイクウイルス35Sプロモーター,CBI:ヒマカタラーゼ遺伝子イントロン,GUS:β-グ ルクロニダーゼ遺伝子,HPT:ハイグロマイシン耐性遺伝子. 111
にとくに有効である.アグロバクテリウムの菌株はヘルパープラスミドのVir遺 伝子群が高発現となっているEHA101株,あるいは,LBA4404株がよく用いられ ている.ベクターの構築やアグロバクテリウムへの導入については,すでにプロ トコールが出版されているのでそれらを参考にされたい[3]. 形質転換用のアグロバクテリウムは20∼30%のグリセロール溶液とし,エッペン ドルフチューブに分注して-80℃で保存する.ゲノムの変異を避けるため,分注 保存したエッペンドルフチューブを毎回1本ずつ使い捨てにする.
2.2.3.実験方法
準備するもの ●
イネの完熟種子100∼150粒
●
アグロバクテリウムおよびイネの培養培地(表2・1,表2・2,表2・3を参照)
●
1/2希釈アンチホルミン溶液(注1) 表2・1 アグロバクテリウム培養培地の作製手順 培地名 無機塩
AB培地 AB無機塩
有機物
AAI培地 AA (マクロエレメント,ミ クロエレメント,鉄) MSビタミン AAアミノ酸 0.5 mg/mlカザミノ酸
バッファー
ABバッファー
糖類
5.5 mg/mlスクロース
pH
pH 7.2
68.5 mg/mlスクロース 36.0 mg/mlグルコース
寒天
pH 5.2
6.0 mg/mlアガロース (Agarose TypeⅠ,Shigma社)
抗生物質など 添加手順
オートクレーブ後,ハイ グロマイシン50μg/mlを 加えて,直径100 mmのプ ラスチックシャ−レに分注
100 mlぐらいずつ小分け にしてオートクレーブし, 使用直前にアセトシリンゴ ンを40μg/ml加える
各基本培地の組成は表2・3参照.
注1
112
次亜塩素酸ナトリウム(アンチホルミン,有効塩素5%,和光純薬) を50 ml容ファルコンチューブに20 ml取り分け,滅菌水で2倍に希釈して Tween20を2∼3滴加える.使用直前に準備する.
N6ビタミン
有機物
pH 5.2
pH 5.8
8.0 mg/mlアガロース
オートクレーブ後,直径 100 mmのプラスチック シャーレに分注
pH
寒天
抗生物質 など添加 手順 オートクレーブ後,アセ トシリンゴン40μg/mlを 加えて,プラスチック シャーレに分注
6.0 mg/mlアガロース オートクレーブ後,クラ フォラン500μg/ml,ハイ グロマイシン50μg/mlを 加えて,プラスチック シャーレに分注
6.0 mg/mlアガロース
pH 5.8
2μg/ml 2,4-D
30.0 mg/mlスクロース
1.0 mg/mlカザミノ酸
N6ビタミン
N6 (マクロエレメント, ミクロエレメント,鉄)
選抜培地(N6SE培地)
オートクレーブ後,クラ フォラン500μg/ml,ハイ グロマイシン30μg/mlを 加えて,プラスチック シャーレに分注
8.0 mg/mlアガロース
pH 5.8
1μg/ml NAA 2μg/ml BAP
30.0 mg/mlソルビトール
30.0 mg/mlスクロース
MSビタミン
MS (マクロエレメント, ミクロエレメント,鉄)
再分化培地(MSRE培地)
オートクレーブ後,クラ フォラン500μg/ml,ハイ グロマイシン40μg/mlを 加えて,管ビンなどに 分注
2.0 mg/mlジェランガム
pH 5.8
30.0 mg/mlスクロース
MSビタミン
MS (マクロエレメント, ミクロエレメント,鉄)
発根培地(MSRT培地)
アガロース:Agarose TypeⅠ(Sigma社).ジェランガム:関東化学,アガロースでも代用できるが,ジェランガムは根の生育を促すと考えられる.
2,4-D:2,4-ジクロロフェノキシ酢酸,NAA:1-ナフタレン酢酸,BAP:6-ベンジルアミノプリン.難水溶性なので,少量の弱アルカリ液,ジメチルスルホキ シドあるいはエタノールで溶解してから蒸留水を加える.
各基本培地の組成は表2・3参照.
2μg/ml 2,4-D
2μg/ml 2,4-D
植物ホル モン
10.0 mg/mlグルコース
30.0 mg/mlスクロース 30.0 mg/mlスクロース
N6ビタミン
糖類
1.0 mg/mlカザミノ酸
N6(マクロエレメント, ミクロエレメント,鉄)
無機塩 N6(マクロエレメント, ミクロエレメント,鉄)
カルス誘導培地(2N6培地) 共存培養培地 (N6CO培地)
培地名
表2・2 イネの培地の作製手順
2. イネ
113
表2・3 アグロバクテリウム培養培地とイネの培地の組成 AB培地
mg/ml(最終濃度)
AB無機塩 NH4Cl MgSO4・7H2O KCl CaCl2・2H2O FeSO4・7H2O
1.0 0.3 0.15 0.012 0.0025
ABバッファー K2HPO4 NaH2PO4・H2O
3.0 1.15 AA培地 μg/ml(最終濃度)
マクロエレメント KNO3 NH4NO3 (NH4)2SO4 MgSO4・7H2O CaCl2・2H2O NaH2PO4・H2O KH2PO4 KCl ミクロエレメント MnSO4・4H2O ZnSO4・7H2O H3BO3 KI Na2MoO4・2H2O CoCl2・6H2O CuSO4・5H2O 鉄類 FeSO4・7H2O EDTA・Na2 ビタミン ミオイノシトール グリシン 塩酸チアミン ニコチン酸 塩酸ピリドキシン アミノ酸 グルタミン アスパラギン酸 アルギニン グリシン
500 150 150 2950 10 2 3 0.75 0.25 0.025 0.025 27.8 37.3
N6培地 μg/ml (最終濃度) 2830 463 185 166 400 4.4 1.5 1.6 0.8 -
MS培地 μg/ml(最終濃度) 1900 1650 370 440 170 22.3 8.6 6.2 0.83 0.25 0.025 0.025
27.8 37.3
27.8 37.3
100 10 1 1
2 1 0.5 0.5
100 2 1 0.5 0.5
876 266 174 7.5
-
-
基本培地のストック液の濃度は,AA培地のマクロエレメントは10倍,AB無機塩,ABバッファー,AA培地の アミノ酸,N6培地およびMS培地のマクロエレメントは20倍,ミクロエレメントとビタミンは1000倍,鉄類は 500倍の濃度で作製する. 鉄類は遮光保存する. 市販の混合培地を用いると便利. 114
2. イネ
●
500 mg/mlクラフォラン溶液(注2)
●
50 mg/mlハイグロマイシン溶液(注3)
●
50 mg/mlアセトシリンゴン溶液(注4)
●
小型籾すり器
●
市販の茶こし(注5)
●
滅菌済プラスチック培養器類:シャーレ,チューブ,ピペットなど(注6)
●
滅菌済ペーパータオル(注7)
●
滅菌蒸留水
実験手順 ■ 完熟種子からのカルス誘導 1)完熟種子の中から形・色などが正常なものを選抜し,100∼150粒を小型籾すり 器(注8)にかける. 2)50 ml容のファルコンチューブに籾を取り除いた種子を入れ,1/2希釈アンチホル ミン溶液を加えて,100∼120 rpm,20分間振とうする. 3)アンチホルミン溶液を捨て,滅菌水を加えて軽く振ったのち,滅菌水を捨てる. このすすぎ洗いを3回ほど繰返す. 4)すすぎ液を捨て,種子をピンセットでカルス誘導培地 (2N6培地,表2・2,表2・ 3)に10∼12種子を置き(図2・2 a),ふたをしてパラフィルムを巻く. 5)28℃,暗所で3∼4週間培養する. 6)3∼4週間培養すると胚盤がカルス化し,黄色化したシュートが伸びてくる.胚盤 由来のカルスのなかで,直径が2∼3 mmぐらいで数個がこぼれ落ちているような
注2
Claforan,Hoechst Marion Roussel Ltd.,1 g/バイアル,10本入.バイアルに滅菌済の注射器を用いて2 mlの滅菌水を加えて溶かし,注射器で 溶液を回収して滅菌済のエッペンドルフチューブに入れ,500 mg/ml (1000倍濃度)の溶液として-20℃で保存する.
注3
Hygromycin B,Boehringer Mannheim,Cat No. 843555.すでに50 mg/ml (1000倍濃度) の溶液となっているので,滅菌済のエッペンドルフチュー ブに1 mlずつ分注して-20℃で保存する.毒性が高いので手袋着用で取り扱う.
注4
3',5'-Dimethoxy-4'-hydroxy-acetophenone,Aldrich,Cat No. D13. 440-6.50 mg/mlの濃度でジメチルスルホキシドに溶かす.4℃で遮光保存す る.
注5
イネのカルスが通り抜けないようになるべく網目の細かいもの.オートクレーブ滅菌するので,柄の部分まですべてステンレス製がよい.
注6
シャーレは直径90∼100 mm,高さ20 mmぐらいのものを用いる.テルモシャーレSH-20Sが使いやすい.
注7
吸水性のよいもの.キムタオルを2組ぐらいずつアルミホイルで包んでオートクレーブ滅菌しておく.
注8
籾すり器が入手できない場合は,乳鉢のなかで乳棒を用いて軽く擦り,籾を除去する.あまり強く擦り回すと種子が傷つくので注意する.
115
(注9) もののみをピンセットでつまみ (図2・2 b, c,図2・4 a参照) ,新しい2N6培地
に移動して,28℃,暗所で3∼7日間培養する. 培養中,種子からコンタミネーションが生じてくることがあるので,その場合は コンタミネーションの生じていない種子を新しい2N6培地に移動する.その際, コンタミネーションの生じた種子に触れないように注意する.特に,カビによる コンタミネーションの場合は胞子が広がりやすいので,こまめに観察し,コンタ ミネーションが広がるまえに早めに対処する.また,クリーンベンチのなかでこ れらの操作をする場合は,コンタミネーションの生じている部分は風下 (水平型 クリーンベンチでは手前) のほうに置き,ほかの種子へのコンタミネーションを 避ける. ほかに,12穴または24穴の角型シャーレに2N6培地を分注して,1穴に種子を1粒 ずつ置く方法もある.シャーレの中は,湿度が高すぎるとふたに水滴がついてコ
ペーパータオル
(b)
(a)
アグロバクテリウム (e) 懸濁液 (c)
2N6培地
(d)
(f)
N6CO培地
2N6培地 (h)
(g)
(j)
N6CO培地
減菌水+ (i) クラフォラン
N6SE培地
図2・2 イネのカルス誘導とアグロバクテリウムの接種および除菌の手順.
注9
116
イネ胚盤由来のカルスは,増殖が進むと,図2・4 (a) のように,直径が2∼3 mmぐらいの小塊になってバラバラに離れやすい.このような部 分は分裂が早く,活性の高い細胞集団と考えられるので,これらを形質転換の材料とする.
2. イネ
ンタミネーションが水滴を介し全体に広がるおそれがある.ふたに水滴がつくの を避けるためには,培養室内でシャーレ内の培地からの水分の蒸発を避けるよ う,シャーレの底面に空気が流れるように網状の板の上にシャーレを置くとよ い.また,パラフィルムの代わりにサージカルテープ(注10)を巻くと水分がたまり にくい.しかし,この場合は培地が乾燥することもあるので,よく観察してパラ フィルムに戻す. ■ アグロバクテリウム懸濁液の準備 1)アグロバクテリウムのグリセロールストックを取り出し,使い捨てループか白金 耳で抗生物質を入れたAB培地(表2・1,表2・3)に塗り広げる(図2・3 a). 2)28℃,暗所で3日間培養する(図2・3 b). 3)50 ml容のファルコンチューブにアセトシリンゴンを加えたAAI培地 (表2・1,表 2・3)を入れる[4].2)で準備したアグロバクテリウムを,ピンセットか薬さじで 培地表面からかき集めて加える.チューブをよく振り(注11),アグロバクテリウム を懸濁する(図2・3 c) . 4)分光光度計を用いてアグロバクテリウム懸濁液のOD600を測定し,0.18∼0.2に調 節する. 5)チューブを水平にして,25℃,暗所,100∼120 rpm,1時間振とう培養する.
(a)
アグロバクテリウム グリセロールストック
(b)
(c)
培養:28℃,暗所,3日間 AB培地
アグロバクテリウム懸濁液 OD600:0.18∼0.2 アセトシリンゴンを加えたAAI培地
図2・3 アグロバクテリウム懸濁液の準備の手順.
注10
Micropore Surgical Tape,3M社,Cat No. 1530-0.
注11
ボルテックスでの懸濁は避ける.
117
■ アグロバクテリウムの接種 1)滅菌シャーレに茶こしを置き,培養したイネカルスをピンセットで集め,薬さじ で軽く山盛り1ぱいくらいを入れる(図2・2 d,図2・4 b参照). 2)アグロバクテリウム懸濁液を加える(図2・2 d). 3)カルス全体がアグロバクテリウム懸濁液に浸るようにシャーレを傾け,ときどき ゆすりながら3分間おく. 4)茶こしごとカルスを取り出し,滅菌したペーパータオルの上に置いて,余分なア (注12) グロバクテリウム懸濁液を取り除く(図2・2 e) .
5)アグロバクテリウム懸濁液を取り除いたカルスを共存培養培地(N6CO培地,表 2・2,表2・3) にピンセットで置き,パラフィルムをして25℃,暗所で3日間培養 する(図2・2f) . 共存培養のあいだにアグロバクテリウムがカルス全体を覆ってしまうほど増殖す る場合は,カルスが死んでしまい,形質転換の効率は落ちる.そのような場合 は,アグロバクテリウム懸濁液の濃度を下げるとよい (筆者らの実験では,アグ ロバクテリウムの濃度を通常の1/10ぐらいまで希釈しても形質転換の効率は変わ らなかった) .あるいは,共存培養時の培養温度を23∼24℃ぐらいまで下げるこ とでもアグロバクテリウムの増殖を抑えることができる.3日間の共存培養で, イネカルスの表面ではアグロバクテリウムがほとんどみえず,カルスが培地に接 する部位でごくわずかに増殖がみえる程度がよい. ■ アグロバクテリウムの除菌と形質転換カルスの選抜 1)滅菌シャーレに500μg/mlクラフォランを加えた滅菌水を入れたものを4個用意し て,一つめのシャーレに茶こしをセットする.共存培養したカルスをピンセット で茶こしのなかに移し,茶こしをゆすってアグロバクテリウムを洗い落とす (図 2・2 g, h) .茶こしを滅菌したペーパータオルの上に置き (図2・2 i) ,カルスの周 辺の水分を取り除く.つぎのシャーレに茶こしを入れ,同様の洗浄を繰返し,充 分洗浄する. 2)茶こしの中のカルスを選抜培地 (N6SE培地,表2・2,表2・3) の上に置く(図2・ 2 j).シャーレにパラフィルムを巻き,28℃,暗所で3∼4週間培養する.
注12
118
アグロバクテリウム懸濁液の除去が不十分だと,共存培養中にカルス表面でアグロバクテリウムが増殖しすぎるため,余分なアグロバクテ リウム懸濁液は十分除去する.
2. イネ
3)培養3週間後,形質転換してハイグロマイシンに耐性となったカルスとハイグロ (注13) マイシンに感受性のカルスが区別できるようになる(図2・4 c, d参照) .
4)培養3∼4週間後,形質転換してハイグロマイシン耐性となったカルスを再分化培 地 (MSRE培地,表2・2,表2・3) に移す.直径100 mmのシャーレ1枚に10∼15個 のカルスを置き,28℃,16時間明期 (4000∼5000ルクス) -8時間暗期で2週間培養 する.
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
図2・4 アグロバクテリウム法によるイネの遺伝子導入の過程. (a) 胚盤由 来のカルス.直径が2∼3 mmぐらいのもの (矢印) を用いる. (b) アグロ バクテリウム接種のようす.カルスを茶こしに入れてアグロバクテリ ウム懸濁液に浸す. (c) 形質転換後,ハイグロマイシンに耐性となった カルス.ハイグロマイシン感受性のカルスは渇変化する. (d) は (c) を 拡大したもの.ハイグロマイシン感受性のカルス (左側) は茶褐色で柔 らかい.ハイグロマイシン耐性のカルス(右側)は光沢があって硬い. (e) 不定胚からの植物体再生. (f) 幼植物の育成.イネの根はハイグロ マイシンに感受性なので,形質転換した植物のみが発根培地で根の伸 長を示す(右側2本).口絵8参照. 注13
形質転換した部分の細胞が分裂を続けるため,カルス表面の一部で黄色のカルスが増殖する.形質転換の生じなかったカルスは褐変化する. ピンセットで触れてみると,形質転換したカルスは硬くてしっかりしている.死んだカルスは褐色となり柔らかくなっている(図2・4 d) .
119
カルスは直径1∼5 mmぐらいとさまざまな大きさであるが,厳密にいえば一つ一 つのカルスの表面の細胞が形質転換する可能性があるので,独立の系統を保持し たい場合は,アグロバクテリウムの除菌後,それぞれのカルスの間隔をあけて置 き,形質転換体の選抜培養中にシャーレをゆすったりしてカルスが相互にまざら ないように注意する. はじめの1週間ぐらいはカルス表面に生き残ったアグロバクテリウムが増殖して くることがあるので,カルスを毎日観察して,表面が粘ついてみえるもの (これ は,アグロバクテリウムが増殖している)をみつけたら,このカルスを残してほ かの健全なカルスを新しい選抜培地(N6SE培地)に移す. 3∼4週間の選抜培養のあいだ,カルスを混合していなければ,少なくとも別々の カルスから分裂してきた細胞塊は独立の形質転換体である可能性が高い.イネの カルスは増殖が進むと小さな細胞塊に分かれやすく,さらに,再分化のときマル チプルシュートを生じやすいため,独立の形質転換体を得るためには再分化培地 (MSRE培地) に移す段階で,たとえば,小さなプレート (直径60 mmシャーレや6 穴角型シャーレなど) に分けたり,シャーレの裏側に区分の線を引くなどして, それぞれのカルスを区分けしておくとよい. ■ 形質転換カルスからの植物の再生と形質転換植物の育成 1)再分化培地 (MSRE培地) に置いたカルスは,2∼3週間後,新しいMSRE培地に置 き換え,同様の条件で培養を続ける.カルスの置き換えを2∼3回繰返す. 2)再分化した幼植物 (図2・4 e) をハイグロマイシンを加えた発根培地 (MSRT培地, (注14) 表2・2,表2・3)に移す(図2・4 f) .
3)管ビンのなかで十分伸長した植物を取り出し,水道水で根に付着した寒天培地を 十分取り除く.ワグネルポットか2リットルの使い捨てポットに圃場の土と水を 入れ,十分かき混ぜて一晩おいたものに植物を植え付け,閉鎖系温室のなかで育 成する. カルスの再分化を促進させるためには,イネの場合,カルスの水分含量を少なめ にすることがポイントと考えられる.シャーレの中の湿度を下げるためには,カ ルスを再分化培地 (MSRE) に置き換えるときに,クリーンベンチの中でシャーレ のふたをしばらく (10分間ぐらい) 開けて表面の水分を乾かしてからふたをする. また,パラフィルムの代わりにサージカルテープを用いることも効果的である.
注14
120
イネの根はハイグロマイシンに感受性なので,形質転換した植物のみが発根培地で根の伸長を示す (図2・4 f).
2. イネ
カルスは増殖とともに全体に水分の少ない黄色い細胞塊となってくる.さらに, カルスの表面がしだいに緑化してくる部分が観察され,不定胚からの植物体再生 が見られる (図2・4 e) .植物体の再生はカルスを置き換えた直後,2∼3日で生じ ることが多い. 選抜培地や再分化培地で偶発的に非形質転換体が生き延びてくることがあるが, ハイグロマイシンを加えた発根培地 (MSRT培地) で根が伸長できず,枯死する (図 2・4 f).しかし,選抜培地や再分化培地のハイグロマイシンの濃度が高すぎる と,形質転換した植物でも生育が抑制される.形質転換した植物のハイグロマイ シン耐性は,基本的にはハイグロマイシン耐性遺伝子をコードしているプロモー ターの発現活性に依存するが,外来遺伝子の発現は,遺伝子の導入部位の違いに よる,いわゆる位置効果(positional effect) やジーンサイレンシング,コサプレッ ションなどによりバラツキがあると考えられる.
参考文献 1. Hiei Y, Ohta S, Komari T, Kumashiro T (1994) Efficient transformation of rice (Oryza sativa L.) mediated by Agrobacterium and sequence analysis of the boundaries of the T-DNA. Plant J. 6: 271-282 2. Ohta S, Mita S, Hattori T, Nakamura K (1990) Construction and expression in tobacco of a β-glucuronidase (GUS) reporter gene containing an intron within the coding sequence. Plant Cell Physiol. 31: 805-813 3. Walkerpeach CR, Velten J (1994) Agrobacterium-mediated gene transfer to plant cells: cointegrate and binary vector systems. In: Gelvin SB, Schilperoort RA (ed) Plant Molecular Biology Manual B1. Kluwer Academic Publishers, Belgium, pp 1-19 4. Toriyama K, Hinata K (1985) Cell suspension and protoplast culture in rice. Plant Sci. 41: 179-183
121
コラム3. イ ン タ ー ネ ッ ト 上 の 情 報 リ ソ ー ス の 中村保一・田畑哲之 上手な使い方
3.1.はじめに 微生物,動植物など幅広い生物種でゲノム,cDNA構造解析プロジェクトが進行 しており,その結果,決定された大量の塩基配列がデータベースに蓄えられつつ ある.これらの配列情報は,遺伝情報のカタログとして価値をもつだけではな く,遺伝子機能や調節機構を明らかにしていくうえでも必要不可欠なものになり つつある.また,塩基配列データの利用方法を工夫することによって,研究のス ピードを上げたり,研究の中に新たな視点や方法論を取り入れていくことも可能 である.配列データの有用性に対する認識が徐々に高まるにつれ,データベース 自体も,単にデータを蓄えるための器としてだけではなく,ユーザーにとって利 用しやすいツールを備えるなど,さまざまな改良が行われてきた.ここでは,必 ずしも計算機の取り扱いに慣れていない生物系研究者を対象に,データ解析のた めの計算機とネットワークの整備方法やデータベースの利用法を解説する.
3.2.計算機の準備 データベースに登録されている遺伝情報は日々増加し膨大な量になっており,分 子生物学を専門とする研究室で維持できる規模のマイクロコンピューターでロー カルな解析を行うことは,もはや現実的ではない注1).幸い,ネットワーク資源の 整備が急速に進み,遠隔地のマシン上のデータベースをサーチしたり,インタラ クティブに解析ツールを使用したりすることが可能になっている.そのような用 途での計算機のセットアップについて,簡単に説明する. 以下にのべるネットワーク経由のデータベース利用では,OSは問わない.ある 程度新しいウェブブラウザが稼働し,インターネットに接続できる計算機であり
注1
直接,配列データベースなどにアクセスするようなレベルの解析が必要な場合は,国立遺伝学研究所のオンライン利用を申請する.ネット ワーク経由でログインし,DDBJの配列データベースなどを解析することができる.Webサイト(http://www.ddbj.nig.ac.jp/ddbjkit/intro_docj.html) を参照のこと.
123
さえすればよい.必要な接続機器については,学内 (社内,所内) ネットワーク管 理者に相談して購入する.Macintoshであれば,現在販売されている機種は,すべ てイーサネットに接続するためのコネクタをもっている.ネットワークインタ フェースカードを搭載していないウィンドウズ機や古いMacintoshの場合は,コネ クタを購入する必要がある.所属組織が専用線によるインターネット接続してい ない場合には,インターネットサービスプロバイダと契約し,電話回線を経由し てインターネットに接続できる.この場合,モデムと外線に接続可能な電話回線 があることが条件となる. ネットワークに新規に計算機を接続する際には,かならず管理者にIPアドレスを 申請し,設定に必要なサブネットマスク,ゲートウェイと,ネームサーバアドレ スなどの諸情報を得ておく(注2).最近の計算機は,購入後初めて起動したときに 各種情報のセットアップを行うアシスタントプログラムが立ち上がるので,この 時点で設定を済ませられるように準備しておくと面倒がない.ウェブブラウザ は,最近の機種であればあらかじめインストールされているが,必要ならコン ピューター専門雑誌付録のCDなどから新しいものをインストールしておく.
3.3.公的データベース 塩基配列を収集公開している国際塩基配列データベース事業には,米国のGenBank (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/) ,ヨーロッパのEMBL(http://www.ebi.ac.uk/) ,日本 のDDBJ (http://www.ddbj.nig.ac.jp/) が存在し,それぞれが共通の配列データバンク を維持すると同時に,配列解析ツールを開発あるいは収集し提供している.それ ぞれのサイトで,キーワードによるデータベース検索やBLASTなどの高速な類似 配列検索ツールへのインタフェースが提供されている.また,国内では, GenomeNet (http://www.genome.ad.jp/) がWWWによる検索機能や解析ツールを積極 的に提供しており,利用価値が高い.
3.4.生物種別・目的別データベース 公的データベースは,可能なかぎり大量のデータを扱う一方,取り扱うデータと
注2
124
周囲のマシンのアドレスを参考にして空いていそうなIPアドレスを適当に割り振るようなことをすると,将来必ずトラブルに見舞われるこ とになる.
コラム3. インターネット上の情報リソースの上手な使い方
しては塩基配列とそれに付随する最小限の情報のみに限られてしまう.これに対 して,個々の研究機関や研究グループが特定の生物種や特化された情報のみを提 供するために整備したデータベースが,生物種別・目的別データベースである. これらは,利用者に塩基配列,染色体マップ,そのほかの多彩な情報を提供する ことを目的としており,グラフィックスやリンクを多用して利用しやすくするた めの工夫がなされている.現時点で600を越えるさまざまなゲノム関連データ ベースをみつけ出すことができる.この詳細については,Webサイト(http:// www.kazusa.or.jp/gene-s2/genome_project.html)を参照していただきたい.このう ち,植物ゲノム関連のものを表1にまとめた.植物一般に分類されるサイトには 多数の個別データベースとリンクがはられており,植物ゲノム解析のおおまかな 状況を知ることができる.また,イネやシロイヌナズナなど個別の植物種に関す るゲノムデータベースが,さまざまな関連研究機関によって維持されている.
3.5.解析ツール利用のためのインデックス ゲノムプロジェクトにより大量のデータが蓄積されてくるにつれて,モデル植物 の分子遺伝学的解析を本業とする研究室においても,データベース中の塩基配列 (および,それを仮想的に翻訳したアミノ酸配列) をいろいろな目的で利用する機 会が多くなると考えられる.ネットワーク上で提供されている配列解析ツール は,以下の3種類に分類できる. 1)データベースに登録されている既知の配列との相同領域の検索 2)塩基配列からの遺伝子構成の予測 3)機能が未知の遺伝子領域の機能予測 1) については,公共データベースのところでのべた諸サイトのインタフェースが 高速であり網羅的だが,種特異的なものも有用である.シロイヌナズナであれ ば,表1のTAIRやKAOSが国際データベースから収集した配列のライブラリを有 し,その検索ツールを提供している. 2) に関しては,表2に示した予測ツール提供サイトを使って,自力である程度は 遺伝子構成の推定をすることができるが,ゲノム塩基配列を決定したグループが そのサイトで解析結果を提供している場合もある.筆者らの研究グループでは, シロイヌナズナゲノム塩基配列に関してこの種の解析情報を提供することめざ し,KAOSのなかで,種々のアルゴリズムが予測した遺伝子構成を統合して提供 125
表1 植物ゲノム関連URL 植物全般 Plant Genome Mapping Projects
http://www.nal.usda.gov/pgdic/Map_proj/
Plant Genome Databases
http://probe.nalusda.gov:8300/plant/index.html
Plant Reference Databases
http://probe.nalusda.gov:8300/related/index.html
Plant Genome Database
http://s27w007.pswfs.gov/Biology/pgd.html
イネ RICE GENOME RESEARCH PROGRAM (RGP) HOME PAGE
http://www.dna.affrc.go.jp:82/
RICE GENETIC RESOURCE DATABASE HOME PAGE http://www.shigen.nig.ac.jp/NIG_rice/rice.html TIGR Rice Gene Index
http://www.tigr.org/tdb/ogi/index.html
Rice Genome Research Program
http://www.staff.or.jp/
シロイヌナズナ TAIR
http://www.arabidopsis.org/
AIMS: ARABIDOPSIS INFORMATION MANAGEMENT SYSTEM AGI Sequencing Totals
http://aims.cps.msu.edu/aims/
http://genome-www3.stanford.edu/cgi-bin/Webdriver?MIval=atdb_agi_total
KAOS: The Kazusa Arabidopsis data Opening Site http://www.kazusa.or.jp/kaos/ The TIGR Arabidopsis thaliana Database
http://www.tigr.org/tdb/at/at.html
MIPS - A.thaliana genome project
http://websvr.mips.biochem.mpg.de/proj/thal/
MIPS - Arabidopsis thaliana genome projec http://websvr.mips.biochem.mpg.de/arabi/ Arabidopsis thaliana (PEDANT)
http://pedant.mips.biochem.mpg.de/at/
Arabidopsis thaliana Genome Center
http://genome.bio.upenn.edu/ATGCUP.html
MGH Molecular Biology
http://weeds.mgh.harvard.edu/
Arabidopsis Sequencing at Stanford
http://sequence-www.stanford.edu/ara/ArabidopsisSeqStanford.html
The SPP Consortium
http://pgec-genome.pw.usda.gov/spp.html
Arabidopsis Genome Analysis
http://nucleus.cshl.org/protarab/
Genome Sequencing Center-Arabidopsis Fingerprint Database
http://genome.wustl.edu/gsc/arab/arabsearch.shtml
Arabidopsis clone/marker Display
http://genome.wustl.edu/gsc/cgi-bin/findgif.pl
LEHLE SEEDS Home Page
http://www.arabidopsis.com/
小麦 KOMUGI WWW page
http://www.shigen.nig.ac.jp/wheatja.html
トウモロコシ A Maize Genome Database
http://teosinte.agron.missouri.edu/top.html
Maize Genome Analysis
http://nucleus.cshl.org/maizegenome/
ダイズ SoyBase Home Page
http://macgrant.agron.iastate.edu/
About SoyBase
http://probe.nal.usda.gov:8000/plant/aboutsoybase.html
ソラマメ Bean Genes Homapage
http://beangenes.cws.ndsu.nodak.edu/
About BeanGenes
http://probe.nal.usda.gov:8000/plant/aboutbeangenes.html
126
コラム3. インターネット上の情報リソースの上手な使い方
表1 (つづき) ワタ CottonDB Home Page
http://algodon.tamu.edu/cottondb.html
Grain GrainGenes: A Database for Small Grains and Sugarcane
http://wheat.pw.usda.gov/
オオムギ BARLEY GERMPLASM DATABASE
http://www.shigen.nig.ac.jp/NIG_Barley/Barley.html
アサガオ アサガオホームページ
http://mg.biology.kyushu-u.ac.jp/
表2 配列解析ツールとリンク集のURL 塩基配列からのエクソン/遺伝子構造予測 GENSCAN
http://CCR-081.mit.edu/GENSCAN.html
Grail
http://compbio.ornl.gov/Grail-1.3/
BCM Gene Finder
http://dot.imgen.bcm.tmc.edu:9331/gene-finder/gf.html
GenLang Home Page
http://cbil.humgen.upenn.edu/~sdong/genlang_home.html
NetGene2(splice-site prediction)
http://www.cbs.dtu.dk/services/NetGene2/
SplicePredictor
http://gnomic.stanford.edu/~volker/SplicePredictor.html
tRNAscan-SE (tRNA gene prediction)
http://genome.wustl.edu/eddy/tRNAscan-SE/
リンク集 Sequence Interpretation Tools
http://www.genome.ad.jp/SIT/SIT.html
ExPASy-Tools
http://expasy.hcuge.ch/tools.html
分子生物学研究用ツール集
http://www.yk.rim.or.jp/~aisoai/molbio-j.html
データベース検索および解析
http://www.ddbj.nig.ac.jp/searches-j.html
Software and Tools for Genome Analysis
http://www-scc.jst.go.jp/sankichi/
Pedro's BioMolecular Research Tools
http://www.public.iastate.edu/~pedro/research_tools.html
Genome Center Software Information and Documentation
http://www-genome.wi.mit.edu/genome_software/ genome_software_index.html
UW Pathology Cytogenetics Resources & Genome Project Related Tools
http://www.pathology.washington.edu/cytopages/cyto_page.html
Tools and Software
http://probe.nalusda.gov:8000/tools/index.html
Genome Software Development Page
http://bozeman.mbt.washington.edu/
Genetic Tools
http://mars.uthscsa.edu/Tools/
Software for Genetic Research
http://mars.uthscsa.edu/Links/genosoft.html
Tools for Life Science Research
http://www.packardinst.com/main.htm
Biologist's Control Panel
http://gc.bcm.tmc.edu:8088/bio/bio_home.html
The Object-Protocol Model (OPM) and Tools
http://gizmo.lbl.gov/DM_TOOLS/OPM/opm_4.html
Research Tools
http://www.nih.go.jp/~jun/research/index-j.html 127
している.URLは表1を参照されたい. 3)に関しては,数多くの研究者から種々のツールが提供されており,すべての URLをこの紙面に網羅することはとうていできない.そこで,これらのなかか ら,比較的よく整備されている分子生物学サイトへのリンク集を表2で紹介して おくので,これらを参照していただきたい. URLは,計算機の構成や組織の改編などによりしばしば変わってしまう.リンク 集やサーチエンジンはネットワーク上で望みの情報やツールにたどりつくために 有用なリソースでもある.
128
V.
遺伝子をクローニングする
1.
はじめに
澤 進一郎
植物を用いた分子遺伝学的な解析において,突然変異体の解析はさまざまな情報 を得るうえで非常に有効な手段として用いられている.突然変異体の表現型をみ ることで,その突然変異体の原因遺伝子が代謝系のどこに関与している遺伝子 か,また,発生段階のどの段階で関与している遺伝子か,などを推測することが できる.しかし,突然変異体の遺伝学的・生理学的解析のみでは,その遺伝子が 生体内や細胞内でどのような制御を受けてどのように機能しているかを推測する ことは困難である.そこで,突然変異体の原因遺伝子の単離が必要になってく る.突然変異体の原因遺伝子を単離し,原因遺伝子の分子生物学的性質を解析す ることで,その遺伝子がかかわっている制御機構をより深く知ることができるよ うになる. 突然変異体の作製と原因遺伝子の単離にはおもに二つの方法がよく用いられる. 第1の方法は,突然変異体の原因遺伝子に挿入されたT-DNAやトランスポゾンな どの“タグ”を指標にして原因遺伝子を単離する方法である.この方法を用いる と,突然変異体の原因遺伝子の単離は飛躍的に簡便かつ迅速に行える.タグをも つ植物 (タグライン) を多数作成するためには多くの労力と時間がかかるが,大量 のタグラインを作成して研究者の使用に供しているストックセンターが整備され てきた.また,近年では植物への形質転換の効率も高くなり,個々の研究者が独 自のタグラインを作成し遺伝子の単離を行う例も多くなっている.この方法につ いては次章で解説する.しかし,この方法は必ずしも万能ではない.タグライン から得られた突然変異体でも,目的の原因遺伝子に必ずタグが入っているとはか ぎらない.タグがゲノムに挿入されるときに,長大なゲノム領域が欠失する場合 もある.そのような場合,原因遺伝子の単離にタグを利用することはできなく なってしまう.また,タグによる挿入突然変異体は,多くの場合,遺伝子の活性 を完全に失ったnull alleleになると考えられる.目的とする遺伝子が植物の生育に 必須である場合,このような突然変異体は致死になったり,きわめて小さな植物 体のままで生長・開花せず,解析が困難になると予想される. 第2の方法は,化学薬剤や放射線などの突然変異原を用いて突然変異体を作成 し,染色体歩行によって原因遺伝子を単離する方法である.種子を処理すること で,簡便に数万の突然変異体を作成することができる.特に,EMSなどの突然変 異誘発剤はDNA上に点突然変異を導入するので,タグラインでは得にくい温度感 受性突然変異体やさまざまな強さの表現型を示す突然変異体を多数得ることがで きる.これらの点突然変異体から染色体歩行によって原因遺伝子を単離するため には,変異遺伝子座のマッピング,染色体地図と対応した分子マーカーやコン ティグクローンの整備が必要である.これまでは染色体歩行による遺伝子単離の 131
道は険しいものであったが,近年では染色体地図も徐々に整備されてきた.特 に,シロイヌナズナではゲノムプロジェクトによって多大なる情報を手に入れる ことができるようになり,染色体歩行によって比較的容易に遺伝子を単離できる ようになってきた.
132
2.
染色体歩行による遺伝子のクローニング 澤 進一郎
2.1.染色体歩行の概要 染色体歩行とは,すでにクローン化されているDNAクローンを起点として,目的 の遺伝子座までの染色体DNA領域を,重なりをもつ複数のDNAクローン (DNAコ ンティグ) でカバーし,最終的に目的の遺伝子座をクローン化するというもので ある.
2.2.染色体歩行の方法 染色体歩行を行う際には,目的の遺伝子座が染色体上のどの位置に存在するかを いかに正確に決めるかが鍵となる.シロイヌナズナでは,おもにLandsberg erecta (Ler)系統とColumbia(Col)系統の遺伝的背景の違いを利用して多型を検出し, マッピングを進めてゆく.用いるマーカーによっては,ほかの系統においても多 型が検出されることが知られているので,目的の突然変異体の系統の種類によっ てマーカーを使い分ける必要がある.マッピングを行うには,RFLP,SSLP,お よび,CAPSの解析が有効である.目的の遺伝子座の近くに適したマーカーがな い場合には,AFLP解析を行う場合もある(注1). シロイヌナズナではRFLP,SSLP,CAPS,可視形質マーカー(葉や花の形態異 常,胚軸や根の長さ,屈性の異常などの可視的な形質を示す突然変異体) ,およ び,マーカーになっていないDNAクローン (多型のみつかっていないcDNAなど) を対応づけた染色体地図が整備されており,染色体歩行を行う場合,The Arabidopsis Information Resource(TAIR) (旧 米国スタンフォード大学のArabidopsis Thaliana Data Base (ATDB) ) や,米国オハイオ州立大学のArabidopsis Biological Resource Center (ABRC) ,米国ペンシルベニア州立大学のArabidopsis Thaliana Genome Center (ATGC) ,英国Nottingham Arabidopsis Stock Center (NASC)などから情報を 得ることができる(表2・1). ここでは実際例として,筆者らが行った花芽形成遺伝子であるFIL遺伝子のク ローニングの場合[1]を例にして,染色体歩行による遺伝子のクローニング方法を 示す. 注1
AFLP plant mapping KIT,PERKIN ELMER社,商品番号402004が利用できる.
133
表2・1 染色体歩行を行う際に情報源となるおもなWebサイト TAIR
http://www.arabidopsis.org/
ABRC
http://aims.cps.msu.edu/aims/
ATGC
http://genome.bio.upenn.edu/ATGCUP.html
NASC
http://nasc.nott.ac.uk/
SSLP解析
http://genome.bio.upenn.edu/SSLP_info/SSLP.html
CAPS解析
http://genome-www.stanford.edu/Arabidopsis/aboutcaps.html
http://genome-www.stanford.edu/Arabidopsis/aboutcaps.html
染色体地図関連
http://genome-www.stanford.edu/Arabidopsis/maps.html http://www.kazusa.or.jp/arabi/displayer/ http://www.mpimp-golm.mpg.de/101/mpi_mp_map/bac.html
1番染色体
http://genome.bio.upenn.edu/physical-mapping/physmaps.html
2番染色体
http://www.tigr.org/tdb/at/at.html
3番染色体
http://websvr.mips.biochem.mpg.de/proj/thal/
http://pgec-genome.pw.usda.gov/
http://weeds.mgh.harvard.edu/goodman/index.html
http://www.genoscope.cns.fr/externe/English/Projets/Projet_A/organisme_A.html http://www.kazusa.or.jp/arabi/ 4番染色体
http://websvr.mips.biochem.mpg.de/proj/thal/
5番染色体
http://websvr.mips.biochem.mpg.de/proj/thal/ http://www.kazusa.or.jp/arabi/ http://nucleus.cshl.org/protarab/
YACに関する情報
http://genome.bio.upenn.edu/physicalmapping/physmaps.html
2.2.1.目的の遺伝子座のマッピング a.実験の概略 1)fil突然変異体はLandsberg erecta系統から突然変異誘発剤 (EMS) の処理によって分 離された突然変異体であるので,Landsberg erecta系統の野生型と3回戻し交配を してFIL遺伝子に生じた変異以外の突然変異を除いたのち,Columbia系統の野生 型と戻し交配をして,F1世代の種を得る(注2). 2)つぎに,F1植物を自殖させF2世代の種を得る(注3).
注2
fil突然変異体は劣性の突然変異体であるため,F1世代ではすべての個体が,みかけ上,野生型と同じ表現型を示す.
注3
fil突然変異は単一遺伝子による劣性変異なので,F2世代の植物のうち1/4の個体がfil突然変異体の形質を示す.このF2世代で,fil突然変異体 の形質を示す植物のFIL遺伝子座は,必ずLa型の遺伝的背景をもつはずである.
134
2. 染色体歩行による遺伝子のクローニング
3)まず,各染色体につき2∼5個の分子マーカーを用いて,どの染色体に目的の遺伝 子座が存在するかを確認する.F2世代の植物体からCTAB法を用いてDNAを抽出 し,RFLP,SSLP[2],および,CAPS[3, 4]解析を行い,各マーカー座位について遺 (注4) 伝的背景を決定する(図2・1) .
fil(La) /fil(La) (花形成異常)
FIL(Col) /FIL(Col) (正常)
X
fil(La) /FIL (Col) (正常)
F1世代
(自家受粉) F2世代
/fil(La) fil(La) (花形成異常)
fil(La) /FIL (Col) (正常)
FIL(Col) /FIL(Col) (正常)
(1 : 2 : 1) fil突然変異体の選抜
分子マーカー …… fil遺伝子座
個体番号 分子マーカーの 遺伝的背景
1
2
3
4
1000
La/Col型
La/Col型
Col型
La型
La/Col型
図2・1 fil突然変異体を例にした,戻し交配とマッピングの概略図.染色体を示す棒のうち, 黒塗りの部分はLa型の遺伝的背景をもつことを示し,白抜きの部分はColumbia型の遺伝的 背景をもつことを示す.この場合,1000個体のfil突然変異体の形質を示すF2個体を調べて いて,すべての個体のFIL遺伝子座はLa型であることを示している.
注4
シロイヌナズナの場合,1%の組換え率当たり150∼200 kbpのDNA領域に相当すると概算されている.1000個体のF2世代 (染色体2000本に相 当する)を用意し,ある分子マーカーを用いて1回の組換えを検出した場合(組換え率は1/2000 = 0.05%となる) ,目的の遺伝子座はその分子 マーカーから約10 kbpの位置に存在すると予想される.fil突然変異体を用いた場合,約1000個体を用いてマッピングを行ったが,約100 kbp のあいだに10個の組換え体が存在し,実際にほぼ10 kbpにつき一つの組換え体を得ることができることを確認した.このように,組換え体 を多数用意しておくと,組換え率を計算することでかなり正確に目的の遺伝子座とマーカー間の距離を予想することができる.また,マッ ピングを進めていく場合,多型が検出されている個体においてのみ,つぎの分子マーカーで多型の有無を調べるとよい.具体的には,Aマー カーとBマーカーが目的の遺伝子座からみて同じ側にある場合,Aマーカーを用いて1000個体調べて10個体の組換え体がみつかると,その10 個体のみについてつぎのBマーカーで多型を調べただけで,1000個体すべてを調べたことになる.
135
4)つぎに染色体地図を参考にして,目的の染色体上にあると思われる分子マーカー (注5) などを用いてより詳細なマッピングを進めていく(表2・1) .
b.組換え体の選抜 1)F3世代の植物個体の重要性 遺伝子座のマッピングにはF2世代の植物のゲノムDNAを用いるのだが,F2世代 の植物体はDNA抽出後破棄するのではなく,その個体を自殖させて得られる種子 (F3世代の個体) を保存しておくべきである.突然変異体の表現型を確認してF2世 代で選抜しているはずだが,まれに野生型の個体を突然変異体と見間違えて選抜 してしまうことがある.この個体でCAPS解析,SSLP解析,RFLP解析を行って も,染色体地図と合致しない結果が出ることになる. 筆者らの場合,約1700個体のfil突然変異形質を示すF2個体を選抜したつもりで あったが,5個の野生型個体が含まれていたことがのちの解析により判明した. このような場合,F3世代で野生型のみが出現すればその合致しない結果を無視す ることができる.また,のちになってRFLP解析などが必要になり,多量にDNA が必要になることもある.このような場合,F3世代を4個体以上生育させ,まと めてDNAを抽出することでF2世代とほぼ同じ遺伝的背景をもつDNAが大量に得 られる.この場合,F3世代の個体の数が多ければ多いほど,より均一な遺伝的背 景をもつDNAになることに注意してほしい. 2)優性の突然変異体を利用した組換え体選抜の効率化 現在,さまざまな可視形質マーカーも多数存在するが,異なる系統をかけ合わせ たF2世代の集団ではその表現型がはっきり現れなくなる場合があるので,特に可 視形質マーカーを用いる必要はないと考えられる.しかし,目的とする遺伝子座 の近傍に優性の突然変異の遺伝子座が存在することがわかっている場合は有効に 利用できる.目的の突然変異体とその優性の突然変異体をかけ合わせたF2では, 遺伝子座が近接しているために二重突然変異体の出現頻度は低くなることが予想 されるが,得られた二重突然変異体では必ず組換えが起こっているはずなので, 分子マーカーによる解析を行わなくても効率よく組換え体を得ることができる.
注5
136
FIL遺伝子座とマーカー座位間のDNA領域が広い場合は,F1世代の配偶子形成が行われるときにその領域で染色体組換えが起こる確率が高 くなり,F2世代のfil突然変異体の集団において,マーカー座位の遺伝的背景がヘテロなLandsberg erecta/Columbia型を示す個体が多数出現す る.一方,FIL遺伝子座とマーカー座位間のDNA領域が狭い場合は,組換えが起こる確率が減少し,F2世代のそのマーカー座位の遺伝的背 景はほとんどLa型を示す.このようにして,目的の遺伝子座の近くの分子マーカーを同定する (図2・1).
2. 染色体歩行による遺伝子のクローニング
3)突然変異体の表現型を確認せずに組換え体を選抜する方法 マッピングを正確に行うには組換え体を数多く得る必要があるが,花の発生に異 常がある突然変異体のように突然変異体の形質が現れるのが遅い突然変異体の場 合,F2世代を数多く生育させるには広いスペースが必要となる.目的の遺伝子座 の両側の近傍に分子マーカーが存在する場合,栄養生長期のうちに,両側の分子 マーカー座位の遺伝的背景を解析することで組換え体を選抜することができる. fil突然変異体の場合,Landsberg erecta系統由来なので,両側の分子マーカーのう ちの片方はLandsberg erecta型で,もう片方の分子マーカーはヘテロなLandsberg
erecta/Columbia型もしくはColumbia型を示した個体は,突然変異体の形質が現れ るまえの段階でも,その個体がfil突然変異体で,しかもその近傍で組換えが起 こった個体であることが予想できる.このようにして組換え体と予測できる個体 のみを選抜することによって植物体の生育スペースを小さくすることができる. この方法を用いると,数多くの若い個体からDNAを調製して多型を確認しないと いけないという難点はあるが,形質を示すまえの段階で組換え体を選抜すること ができる.
c.ゲノムDNA抽出 筆者らはCTAB法を用いてゲノムDNA抽出を行っている. 1)長さ2 cmのロゼット葉3∼4枚を微量遠心管に入れ,200μlのCTABバッファーを 入れる(注6). 2)乳棒などで組織をすりつぶす(注7). 3)さらに300μlのCTABバッファーを入れ,55℃で30分間から1時間保温する. 4)500μlのクロロホルムを加え,静かに混合したのち,5000 rpm,室温で5分間遠心 する. 5)水層に330μlのイソプロパノールを加え,静かに混合したのち,室温で15分間静 置する. 6)5000 rpm,室温で5分間遠心し,上清を捨て,70%エタノールで沈殿物を洗浄す る. 注6
CTABバッファー:3%臭化セチルトリメチルアンモニウム (Cetyltrimethylammonium bromide,CTAB)-1.4 M NaCl-0.2% 2-メルカプトエタノー ル-20 mM EDTA-100 mM Tris-HCl (pH 8.0).
注7
PCR反応のみを目的としている場合,この時点で溶液が少しでも緑色がかってみえると,十分に使用できる量のゲノムDNAが抽出できる.
137
7)沈殿物を乾燥させたのち,100μlのTEバッファー (20μg/ml RNaseA含有) に溶解 し,37℃で30分間保温する(注8). 8)TEバッファー200μl,7.5 M酢酸アンモニウム (pH 7.7) 100μl,フェノール400μ lを加えて静かに混合し,14000 rpm,4℃で5分間遠心する. 9)水層に400μlのクロロホルムを加えて混合したのち,14000 rpm,4℃で5分間遠心 する. 10)水層に1 mlのエタノールを加えて混合し,14000 rpm,4℃で10分間遠心する. 11)上清を捨て,70%エタノールで沈殿物を洗浄する. 12)沈殿物を風乾させ,25μlのTEバッファーに溶解する.
d.RFLP解析 RFLP(restriction fragment length polymorphism)解析とは,異なる系統間のゲノム DNA上の制限酵素認識配列の多型を利用し,ある制限酵素でゲノムDNAのその 領域が切断できる,もしくは,できないことを利用して系統の同定を行う手法で ある.多型周辺のDNA領域をプローブとしてサザンハイブリダイゼーションを行 うことで多型を検出することができる.シロイヌナズナではたくさんのRFLPが すでに知られているので,それらを利用できる(注9). 1)多型が出るとわかっている制限酵素を用いて,以下の組成に基づいてゲノムDNA を切断する. ゲノムDNA
10μl
10×制限酵素バッファー
2μl
制限酵素
2μl
蒸留水を加えて全量を20μlとする.
注8
CAPS解析,および,SSLP解析の場合,この時点で精製をやめてもよい.
注9
データベースに載せられている染色体地図は絶対的なものではない.染色体地図上の分子マーカーの位置や配列などは,少数のマーカーと の組換え率を計算してマップされていることも多く,複数のマーカーの並び方が誤ってまったく逆向きである場合もあるので,染色体地図 を過信してはいけない.初期に作成されたRFLPマーカーのなかで,g4514などgで始まるコスミドベクター[5, 6]や,m336などmで始まるλ ファージベクター[7, 8]は,クローン内で組換えが起こり,多型を示すDNA領域を欠失している場合がある.筆者らの経験では,ストックセ ンター (ABRC) からRFLPマーカーであるm336を3回独立に分与してもらったが,どの場合も期待された多型を示さなかった.ストックセン ターで分与しているm336マーカーは,増幅前の段階で分子内組換えを起こし,ベクター内の挿入DNA領域のほとんどを欠失した可能性が 考えられる.筆者らは,結局このマーカーを作成したMeyerowitz博士[6, 7]に依頼して,オリジナルストックからm336クローンを分与しても らい,多型を検出した.ストックセンターで分与しているクローンについては,それらのクローンをある制限酵素で断片化したバンドパター ンを公開しているので,クローン内で組換えが起こっているかどうかを事前にチェックする必要がある(表2・1).
138
2. 染色体歩行による遺伝子のクローニング
2)多型が検出されることが期待されるバンドの大きさにあわせたゲルを用いて,ゲ ノムDNAを電気泳動する. 3)エチジウムブロミドを用いて,ゲノムDNAを染色する(注10). 4)ハイボンドN+などのメンブレンにトランスファーする. 5)プローブを作成し,作成したメンブレンに対してサザンハイブリダイゼーション を行う (プローブとしては,2×106 CPM/ml,2∼3×108 CPM/μgの比活性があれ ば十分検出できるはずである). 6)多型の種類を判定し,組換え率を計算する.
e.RFLPマーカーの作成 1)YACやBACの両端など,目的の遺伝子座の近傍に存在すると考えられるDNA断 片を用意する. 2)二つの系統のゲノムDNAをさまざまな制限酵素で切断して(注11),電気泳動す る(注12). 3)DNA断片を用いてサザンハイブリダイゼーションを行う.二つの系統間で異なる 位置にバンドが検出された場合,その制限酵素とDNA断片を用いるとRFLPマー カーが新しく作成されたことになる.
f. CAPS解析 CAPS (cleaved amplified polimorphic sequences) 解析とは,RFLPを示す領域のDNA 配列がわかっている場合,多型を示すDNA領域をはさんでPCRを行い,制限酵素 処理をすることで,放射性同位体標識を使わずに簡便に多型を検出する方法であ る.
注10
ここで,ゲノムDNAが切断され,切れ残りがないことを確認する.
注11
シロイヌナズナのゲノムDNAはATリッチのため,用いる制限酵素認識配列にATを含む酵素を使う方が多型のみつかる可能性が高いと考え られる.筆者らは,ClaⅠ,DraⅠ,EcoRⅠ,HindⅢ,HpaⅠ,NdeⅠ,SpeⅠ,XbaⅠ,HincⅡ,PshBⅠ,BsrGⅠ,EcoT22Ⅰなどを用いて多 型の検出を行った.
注12
未知のRFLPマーカーは何kbpの大きさのバンドに多型が検出されるかがわからないが,数kbp∼20 kbpの範囲が検出しやすい.そのため,筆 者らは0.7%アガロースゲルを用いて電気泳動を行い多型を探した.
139
1)以下の組成のPCR反応液を調製する. ゲノムDNA
1μl
10×PCRバッファー
1μl
2.5 mM dNTPs
0.5μl
0.2μg/μlプライマー(forward)
0.1μl
0.2μg/μlプライマー(reverse)
Taq DNAポリメラーゼ(5 U/μl)
0.1μl 0.05μl
蒸留水を加えて全量を10μlとする. 2)94℃ 30秒間,56℃ 30秒間,72℃ 3分間を40サイクルの条件でPCR反応を行う. 3)以下の組成に基づいてPCR産物を制限酵素で切断する. PCR産物
2μl
10×制限酵素バッファー
2μl
制限酵素
0.5μl
蒸留水を加えて全量を20μlとする. 4)適当な温度で3時間以上保温する. 5)1.5∼2.5%アガロースゲルで電気泳動する. 6)多型を確認し,組換え率を計算する.
g. CAPSマーカーの作成 RFLPマーカーを自分で作成した場合,CAPSマーカーにすることが可能である. ゲノムプロジェクトはColumbia系統を用いているため,RFLPマーカーのうち Columbiaにおいて制限酵素によって切断される多型の場合に容易にCAPSマー カーが作成できる. 1)RFLPマーカーを作成したときに用いたDNA断片領域が,ゲノムプロジェクトに よって解析されているかどうかを確認する. 2)目的のDNA断片を中心にして,その周辺のゲノムDNA領域においてRFLPの出現 する制限酵素認識配列をさがす. 3)もっとも近くの二つの制限酵素認識配列のうち,どちらかで多型が検出できるは ずである.そこで,その二つの制限酵素認識配列を含むように,PCRでDNA断片 が増幅できるようプライマーを設計する. 140
2. 染色体歩行による遺伝子のクローニング
4)2セットのCAPS候補のプライマーを用いて,実際にCAPS解析が可能かどうかを 検定してみる.結果として,2セットのうちどちらかがCAPSとして利用可能であ る.
h.SSLP 解析 SSLP (simple sequence length polymorphysm) 解析とは,ゲノム上に存在するCAリ ピートのような数塩基対の繰返し配列の繰返し数の差に各系統によって違いがあ ることを利用したもので,繰返し配列領域をPCRで増幅させることにより多型を 検出するものである. 1)以下の組成のPCR反応液を調製する. ゲノムDNA
1μl
10×PCRバッファー
1μl
2.5 mM dNTPs 20μMプライマー(forward)
0.8μl 0.25μl
20μMプライマー(reverse)
0.25μl
Taq DNAポリメラーゼ(5 U/μl)
0.05μl
蒸留水を加えて全量を10μlとする. 2)94℃ 15秒間,56℃ 15秒間を,72℃ 30秒間40サイクルの条件でPCR反応を行う. 3)4μlを4%アガロースゲルを用いて電気泳動する. 4)多型を確認し,組換え率を計算する.
i.組換え率の計算 マップしたい目的の遺伝子座とマーカーまでの距離を組換え率で表すことによ り,どれだけ目的の遺伝子座に近づいているかを知ることができる.組換え率は 以下の式で求められる. 組換え率(%) =(組換えの検出できた染色体数/調べた染色体数(注13))×100 標準誤差(%) = √組換え率×(100 -組換え率)/調べた染色体数
注13
調べた染色体数は通常調べたF2の個体数×2になる.
141
j. SSLPマーカーおよびCAPSマーカーについての注意点 マッピングのためには,まずPCRを用いて少量のDNAから容易に多型を検出でき るSSLP解析やCAPS解析を行い,その後さらに正確なマッピングを行うために マーカー数の多いRFLP解析を行う.SSLP解析やCAPS解析は簡便だが,マーカー によっては多型が検出しにくいことが多々ある.ひとつの理由として,DNAの精 製度が低いためにPCRがうまく行えなかったり,プライマーの設計が悪く,複数 の断片を増幅してしまうことなどが考えられる.この原因によって多型が検出で きなかった場合は,PCRの条件を変え,複数回解析しなおすことで目的の多型を 検出できるようになる場合も多い.しかし,知られているSSLPやCAPSマーカー が事実上利用できない例も数多く存在する.たとえば,SSLPのAthUBIQUEマー カーの場合,Columbia型は146 bpのDNA断片が増幅され,Landsberg erecta型の場 合148 bpのDNA断片が増幅されるが,この微妙な2 bpの差を,数多くの試料で見 分けるのは非常に困難である.このように,PCRが正確に行われていても多型を 検出するのが困難な分子マーカーは数多く存在するので注意が必要である.
2.2.2.染色体歩行 a.YACクローンの利用方法 目的の遺伝子座の近傍のマーカーを同定したら,目的の遺伝子座周辺の情報がど の程度知られているかを調べることが必要である.シロイヌナズナではゲノムプ ロジェクトが進んでおり,自分でYACコンティグをつくる必要はほとんどないの で,YACコンティグができているか,BACコンティグができているか,シークエ ンスがすでに終わっているか,などについての情報を収集する (表2・1) .得られ た情報を用いて,目的の遺伝子座をカバーするYACコンティグを作成する(注14). 1)まず,近傍の分子マーカーをプローブにして,YACライブラリーをスクリーニン グし,どのYAC上に目的の分子マーカーが存在するかを確認する. 2)つぎに,スクリーニングの結果得たYACクローンをストックセンターから分与し てもらう(注15).
注14
YACクローンは1クローン当たり約150-250 kbpのゲノムDNAを含んでいるが,染色体上の異なったDNA領域が混在したキメラなDNAクロー ンである確率が意外と高い.染色体地図上にマップされているDNAクローンでも,キメラな領域上に存在するDNAクローンである可能性も ある.さらに,DNAクローンはYACなどに対してハイブリダイゼーションを行いハイブリダイズするかどうかでマップしているので,その DNAクローンに相同性のある異なったYACクローンのDNA領域にハイブリダイズした結果,まちがったYAC上にマップされている可能性 もある.
注15
シロイヌナズナのゲノムライブラリーに用いられているYACには,yUP YACs,CIC YACs[11],EG YACs[12],EW YACs[13],ABI YACs,S YACsなど(表2・1)が知られている.ライブラリーのフィルター,および,個々のクローンは,ABRCなどから入手可能である(表2・1).
142
2. 染色体歩行による遺伝子のクローニング
3)YACの両端をIPCR[9]やTAIL-PCR[10]法を用いて単離し,YACクローンのDNAと植 物のゲノムDNAに対してサザンハイブリダイゼーションを行い,正しいYACの 両端のDNA領域を単離したことを確認する.重なりのあるYACコンティグの複 数のYACクローンと植物ゲノム上で同じ大きさのバンドが検出されたなら,適当 な分子マーカーを用いていると確認される.確認できれば,そのYACの両端の DNAクローンをつぎのスクリーニングのためのプローブにする(注16). 4)この操作を繰返し,クローンひとつずつ染色体上を “歩行” してゆく.目的の遺伝 子座を越え,染色体歩行の起点にした側とは逆側の分子マーカーまでカバーでき れば,YACコンティグが完成したことになる(注17).
b.IPCR法 IPCR (inverse PCR) 法は,目的のDNAクローンを制限酵素で処理後,既知のDNA 領域と未知のDNA領域の両方をあわせもつDNA断片を自己ライゲーションさ せ,既知の領域に設計したプライマーを用いてPCRを行うことで,未知のDNA領 域を増幅する方法である. 1)YAC,BACもしくはTACクローンDNAを調製する. 2)以下の条件で制限酵素処理する. クローンDNA(1μg/μl)
1μl
10×制限酵素バッファー
5μl
制限酵素
2μl
蒸留水を加えて全量を50μlとする. 3)適当な温度で約12時間保温する. 4)150μlのTEバッファーを加えたのち,フェノール処理,および,クロロホルム処 理を行う. 5)7.5 M酢酸アンモニウム (pH 7.7) 20μl,エタノール500μlを加えて,-20℃で15分 保温する.
注16
自分で単離したYACの両端のクローンやBACの両端のクローンは,酵母や大腸菌のDNA領域をクローニングしている可能性もある.染色体 歩行を行ううえで,このような適当でないDNAクローンを用いて目的の遺伝子座のマッピングを進めてしまっていた場合,致命的な結果を 生み出す危険性がある.この危険性を回避するためには,自分が用いている分子マーカーが確実に目的のDNA領域に存在していることを一 つ一つ確認するという地道な努力を惜しんではならない.
注17
染色体歩行の方向確認は,自分が歩行している領域の染色体地図を参考にしながら,その領域上に存在する分子マーカーを用いてサザンハ イブリダイゼーションや,PCRを用いて確認する(図2・2).
143
6)15,000 rpm,4℃で10分間遠心し,上清を捨て,70%エタノールで沈殿物を洗浄す る. 7)沈殿物を50μlのTEバッファーに溶解する. 8)5μlを電気泳動し,DNAの切断を確認する.
YACコンティグ
BACおよびTACコンティグ
SBP3 1/1970
FIL遺伝子座
ML 0/1970
図2・2 染色体歩行によるFIL遺伝子座のクローニングの例.FIL遺伝子座 を2個のYACコンティグでカバーしたのち,そのYACコンティグを8個 のBACコンティグもしくはTACコンティグでカバーした.棒の両端の 斜線領域は,TAIL-PCR法もしくはInverse-PCR法によりクローン化し たDNA領域であり,両端をクローニングしたら,そのつど植物ゲノム やYACクローンなどにハイブリダイズするかどうかをサザンハイブリ ダイゼーションによって確認し,さらに,RFLPマーカーとして染色体 歩行の方向を確認した.黒塗りにしたTACクローンを用いることでfil 突然変異体の表現型が相補できたので,このTAC上で分子マーカーを 作成した.SBP3マーカーは無作為シークエンスによる1塩基対の多型 をシークエンスにより検出できるようになっていて,1970染色体を調 べて一つの組換え体がみつかった.組換え体のみつからなかったML マーカーは,このTACクローンのLight Border側のDNA領域をTAILPCR法によりクローン化し,RFLPマーカーとしたものである.約20 kbpのSBP3-ML間には五つの仮想遺伝子が存在したが,そのうちの一 つの仮想遺伝子内にfil-1突然変異体,fil-2突然変異体で突然変異がみつ かったので,この遺伝子をFIL遺伝子と断定した. 144
2. 染色体歩行による遺伝子のクローニング
9)以下の条件で自己ライゲーションさせる. 制限酵素処理後のDNA
45μl
10×ライゲーションバッファー
50μl
(注18)
10 mM ATP
T4 DNAリガーゼ
50μl 10 U
蒸留水を加えて全量を500μlとする. 10)14℃で12時間以上保温する. 11)フェノール処理,クロロホルム処理,エタノール沈殿を行う. 12)沈殿物を20μlのTEバッファーに溶解する. 13)以下の組成のPCR反応液を調製する. 環状化DNA
10μl
10×PCRバッファー
10μl
2.5 mM dNTPs
8μl
50μMプライマー(forward)
2μl
50μMプライマー(reverse)
2μl
Taq DNAポリメラーゼ(5 U/μl)
1μl
蒸留水を加えて全量を100μlとする. 14)94℃ 1分間,Tm値- 5℃ 2分間,72℃ 3分間を30サイクルの条件でPCR反応を行う. 15)内側のプライマーを用いて,13),14)の要領で2回目のPCR反応を行う. 16)電気泳動により増幅されたDNA断片を確認する.
c. TAIL-PCR法 TAIL-PCR(thermal asymmetric interlaced PCR)法は,既知配列に特異的なプライ マーとランダムプライマーを用いてPCRを行うことで,既知配列に隣接する未知 配列を増幅させる方法である. 1)YAC,BAC,もしくは,TACクローンDNAを調製する. 2)以下の組成のPCR反応液を調製する.
注18
10×ライゲーションバッファーに含まれている場合は必要ない.
145
クローンDNA
10∼50 ng
10×PCRバッファー
2μl
2.5 mM dNTPs
1.6μl
20μMプライマー(特異的プライマー)
0.2μl
(注19)
20μMプライマー(ランダムプライマー
)
Taq DNAポリメラーゼ(5 U/μl)
2μl 0.2μl
蒸留水を加えて全量を20μlとする. 3)以下の条件でPCR反応を行う. 1. 92℃ 2分間,95℃ 1分間 2. 94℃ 15秒間,63℃ 1分間,72℃ 2分間を5サイクル 3. 94℃ 15秒間,30℃ 3分間ののち,3分間で72℃にし,その後,72℃ 2分間 4. 94℃ 5秒間,44℃ 1分間,72℃ 2分間を10サイクル 5. 94℃ 5秒間,63℃ 1分間,72℃ 2分間ののち,94℃ 5秒間,63℃ 1分間,72℃ 2 分間(注20),その後,94℃ 5秒間,44℃ 1分間,72℃ 2分間,この三つのサイクル を12スーパーサイクル行う. 6. 72℃ 5分間 4)以下の組成のPCR反応液を調製する. 50倍に希釈した3つのPCR産物
1μl
10×PCRバッファー
2μl
2.5 mM dNTPs
1.6μl
20μMプライマー(内側の特異的プライマー)
0.2μl
20μMプライマー(1回目と同じランダムプライマー)
Taq DNAポリメラーゼ(5 U/μl)
2μl 0.2μl
蒸留水を加えて全量を20μlとする. 5)以下のような条件で2回目のPCR反応を行う. 94℃ 5秒間,63℃ 1分間,72℃ 2分間 94℃ 5秒間,63℃ 1分間,72℃ 2分間 94℃ 5秒間,44℃ 1分間,72℃ 2分間を10スーパーサイクル,その後,72℃ 5分間 6)以下の組成のPCR反応液を調製し,3回目のPCR反応を行う. 100倍に薄めた5)のPCR産物 10×PCRバッファー
10μl
2.5 mM dNTPs
8μl
20μMプライマー(さらに内側の特異的プライマー)
1μl
注19
筆者らは,ランダムプライマーとしてLiuとWhittier[10]のAD1,AD2,および,AD3プライマーを用いた.
注20
1スーパーサイクルは3基本サイクルからできている.
146
1μl
2. 染色体歩行による遺伝子のクローニング
20μMプライマー(1回目と同じランダムプライマー)
2μl
Taq DNAポリメラーゼ(5 U/μl)
1μl
蒸留水を加えて全量を100μlとする. 7)94℃ 10秒間,44℃ 1分間,72℃ 2分間を30サイクル. 8)1回目,2回目,3回目のPCR反応産物をそれぞれ10μlずつ1%アガロース ゲルを 用いて電気泳動し,増幅の有無と特異性を確認する.
d.BACコンティグの作成 YACコンティグができたのちは,BACコンティグを作成する.BACはYACに比 べて挿入断片の長さが短く,20 kbpから100 kbpほどの挿入断片をもつ.YACコ ンティグによって200∼400 kbpのゲノムDNA領域に目的の遺伝子座をマップした あと,その領域をカバーするようにBACコンティグを作成し,目的の遺伝子座を さらに狭めてゆくことができる(注21).BACクローン一つまで目的の遺伝子座を狭 めたのち,パルスフィールド電気泳動などを行ってBACクローン内のゲノムDNA を切り出し,植物を形質転換するためのベクターにクローニングしなおして突然 変異体植物を形質転換する.劣性の突然変異体である場合,その突然変異体の形 質が相補され,野生型の形質を示した個体が出現すれば,その個体に導入した DNAクローンに目的の遺伝子座が含まれているので,その領域をシークエンスす ることで目的の遺伝子を同定することができる. しかし,研究室によっては,長大なBACクローンから植物のゲノムDNA領域を切 り出し,サブクローニングすることが苦手な場合もある.BACクローンの一種で あるTACクローンは直接植物を形質転換できるため,あらためて形質転換ベク ターにクローニングする必要がない.そこで,YACクローンでコンティグを作成 したあとは,TACクローンのコンティグを作成し,それらのTACクローンを用い て直接突然変異体を形質転換し,相補性試験を行ってクローニングを進めるとよ い.現在,TACクローンには3種類の長さの違うライブラリーがあるため,遺伝 子座が含まれる領域を10∼20 kbpまで狭めることができる.
e.TAC クローンの使用法 TACクローンは,かずさDNA研究所 (元三井業際植物バイオ研究所) の柴田大輔博 士らによって開発され[14],現在ではABRCストックセンターから入手できる.こ 注21
BACコンティグの作成方法は,さきにのべたYACコンティグの作成方法とまったく同じ要領である.
147
のTACクローンは長さによって3種類のライブラリーに分かれている.平均挿入 断片長がそれぞれ20∼50 kbp,30∼80 kbp,そして,60∼90 kbpのものである. 1)まず,目的の遺伝子座をカバーするコンティグを作成するために,もっとも長い 60∼90 kbpの挿入断片をもつTACライブラリーのスクリーニングを行う.目的の TACクローンをストックセンターから分与してもらう. 2)TACクローンの両端をIPCR法[9]やTAIL-PCR法[10]を用いて単離する. 3)スクリーニングによって得られたTACクローンをアグロバクテリウムに形質転換 する. 4)TACクローンが導入されたアグロバクテリウムのコロニーに対して,3) で得た両 端のDNA断片をプローブにして,コロニーハイブリダイゼーションを行う(注22). 5)目的の断片の全長が入ったアグロバクテリウムを選び,植物に形質転換して目的 の突然変異体の形質が相補されるかどうかを確認する(注23).
2.2.3.染色体歩行の効率化 a.相補試験を行わずに目的の遺伝子座を推定する方法 20∼100 kbpまで目的の遺伝子座を狭めたのち,クローニングを進めるうえで, つぎの段階として必ずしも相補試験を行う必要はない.目的のDNA領域の塩基配 列がゲノムプロジェクトによってわかっていれば,もしくは,自分で配列を決定 すれば,その領域にどのような遺伝子が存在するかが予想できる. ■ 目的の遺伝子の構造が予想できる場合 1)目的の遺伝子の構造が予想できる場合,その予想される遺伝子構造が目的の遺伝 子座近傍のゲノムDNA領域に存在することを確認する. 2)突然変異体ゲノム上でそれに対応した遺伝子領域をシークエンスする.
注22
筆者らの経験では,約5%の形質転換アグロバクテリウムではTACベクターの片側が欠失していた.Left Border側の欠失が起こりやすいよう である.そのため,この確認は重要であると考えられる.
注23
植物に形質転換する際にも挿入断片の欠失が起こる.FIL遺伝子の場合,36個体の独立な形質転換体を作成したが,突然変異体の形質が相 補されたのは3個体のみであった.FIL遺伝子座は形質転換に用いたTACクローンのLeft Border側から約10 kbpの位置に存在していたので, FIL遺伝子座はちょうど欠失が起こりやすい位置に存在していたと考えられる.挿入断片が長いTACクローンを用いて相補試験を行う場合 は,多くの形質転換体を得る必要がある.
148
2. 染色体歩行による遺伝子のクローニング
3)その遺伝子内に遺伝子の機能を失わせるような変異が見い出されたならば,その 遺伝子が目的の遺伝子である可能性が高い. ■ 目的の遺伝子の構造が予想できない場合 1)塩基配列がわからない場合でも,目的の遺伝子の転写産物の量が多いと予想でき る場合は,その20∼100 kbpのDNA領域を制限酵素を用いて断片化する. 2)その断片化されたDNA領域をプローブとして,cDNAライブラリーをスクリーニ ングし,その領域に存在する遺伝子を単離する. 3)それらのcDNAに対応する突然変異体のゲノム領域の塩基配列を決定し,突然変 異をみつけることができれば,その遺伝子が目的の遺伝子であると推定できる. ■ 突然変異体のアレルがたくさん存在する場合,そのうちのいずれかの突然変異が RFLPとして検出できる場合がある 1)マッピングをある程度進めて得られた20∼100 kbpのDNA領域をプローブにし て,野生型 (突然変異体と同じ野生型の系統)と突然変異体のあいだでRFLPが検 出できるかどうかを確認する. 2)多型が確認できたら,その多型部分は目的の遺伝子内に起こった突然変異である 可能性が高い.そこで,プローブに用いた20∼100 kbpのDNA領域を断片化し, RFLPを示すDNA領域を絞ってゆけばよい.
b.1 塩基対の多型を利用した新しい分子マーカーの作成方法 1)無作為なシークエンスによる分子マーカーの作成 うえで述べたように,1000個体の組換え体を調べると,10 kbpの精度でマッピン グができる.マッピングを進めていく場合,目的の遺伝子座の近傍に分子マー カーが存在しないこともある.ゲノムプロジェクトが進んでいるため,目的の遺 伝子座の近傍がシークエンスされている場合もあるが,その場合,Landsberg
erecta系統とColumbia系統の同じ領域を無作為にシークエンスすると,経験上500 bp∼2 kbp当たり1塩基対の多型が検出できる.ゲノムプロジェクトではColumbia 系統を用いてシークエンスを行っているため,事実上,Landsberg erecta系統のみ をシークエンスすることで多型を検出できる.あらかじめ組換え体を絞っておけ ば,少ない数の組換え体のゲノムをシークエンスすることで,1塩基対の多型を 検出することができる.このように分子マーカーを増やすことで,目的の遺伝子 座の領域を少しずつでも絞ってゆくことができる. 149
2)3種類のプライマーを用いたPCRを利用した分子マーカー作成法 この方法は,PCRを行う際,プライマーの3'末端をそれぞれの多型に合わせて設 計することで,どちらかの系統でのみ断片が増幅されることを利用した方法であ る[15].ag-1突然変異体を例にして説明する. 1)1塩基対の違い(突然変異や多型)をシークエンスなどにより確認する.ag-1突然 変異体の場合,4番目のイントロンの受容部位のAGからAAへの点突然変異であ る. 2)変異部位が3'末端にくるように,野生型のシークエンスを参考にして約20塩基長 のプライマーを設計する(P1プライマー) . 3)P1プライマーと同じ向きで50 bp手前の領域に,約20塩基長のプライマーを設計 する(P2プライマー) . 4)P1プライマー,P2プライマーとは逆向きで,P1プライマーからみてP2プライマー とは反対方向約200 bpの領域に,約20塩基長のプライマーを設計する (P3プライ マー). 5)以下の組成のPCR反応液を調製する. CTAB法で抽出した目的の植物ゲノム 10×PCRバッファー 2.5 mM dNTPs
1μl 1μl 0.5μl
0.1μg/μl P1プライマー
0.125μl
0.1μg/μl P2プライマー
0.125μl
0.1μg/μl P3プライマー
0.125μl
Taq DNAポリメラーゼ(5 U/μl)
1μl
蒸留水を加えて全量を10μlとする. 6)94℃ 15秒間,68℃ 30秒間を30サイクル,その後,72℃ 7分間の条件で2ステップ PCR反応を行う(注24). 7)1.8%アガロースゲルによって電気泳動し,遺伝子型を確定する. 野生型の場合,P1プライマー,P3プライマーによる約200 bpの断片が増幅され る(注25).
注24
アニーリングおよび伸長反応温度 (この場合,68℃) は各プライマーによって最適温度が違うため,あらかじめ目的のプライマーに最適の温 度を確定しておく必要がある.
注25
PCRでは,短い断片が選択的に増幅されやすいために,P2プライマー,P3プライマーによる断片は増幅されにくい.
150
2. 染色体歩行による遺伝子のクローニング
ag-1突然変異がホモの状態で入っている場合,P2プライマー,P3プライマーによ る約250 bpの断片が増幅される. ag-1突然変異がヘテロの状態で入っている場合,200 bpおよび250 bpの両断片が 増幅される. 3)dCAPS法 dCAPS法は,1塩基対の変異部位にプライマーを設計する際,変異部位を利用し てプライマー内に制限酵素認識配列を組み込むことにより多型を検出する方法で ある[16].やはり,ag-1突然変異の場合を利用して説明する. 1)1塩基対の違い(突然変異や多型)をシークエンスなどにより確認する. 2)突然変異を利用して新しい制限酵素認識配列ができるように,30∼40塩基長のプ ライマー(P1プライマー) を設計する. 例: 野生型配列
5'-GATATATTAATATATGTTGATAAATCAATTAGG-3'
ag-1突然変異体
5'-GATATATTAATATATGTTGATAAATCAATTAAG-3'
P1プライマー
5'-GATATATTAATATATGTTGATAAATCACTTAAG-3'(注26)
3)P1プライマーと向き合うような方向で約100 bp離れたゲノム領域に,約20塩基長 のプライマーを設計する(P2プライマー) . 4)P1プライマーおよびP2プライマーを用いてPCR反応を行う. 5)設計した制限酵素認識配列に対する制限酵素 (この場合,AflⅡ) で増幅断片を切 断する. 6)1.8%アガロースゲルによって電気泳動し,遺伝子型を確定する. 野生型の場合,制限酵素により切断されないので,プライマー長も含めて約150 bpの断片が増幅される. ag-1突然変異がホモの状態で入っている場合,制限酵素により増幅断片が切断さ れるので,120 bpと30 bpの断片に分離される.通常は短い断片は確認できず, 120 bpの断片のみが確認される. ag-1突然変異がヘテロの状態で入っている場合,120 bp,150 bpの両断片が確認 できる.この場合も,通常30 bpの断片は確認できない. 注26
下線のように,この場合,AflⅡ認識配列ができるようにプライマーを設計する.
151
c.1個体の組換え体から染色体歩行を行う方法 染色体歩行を行いたいが人力不足などで行えない場合,とりあえず目的の遺伝子 座がシークエンスされるのを待って,それから染色体歩行を始めようという研究 者もいると思われる.そのようなときには,ただ単に待つのではなく,戻し交配 を進めておけばあとの作業が楽になる. 1)Landsberg erecta系統のfil突然変異体の場合,Columbia系統とのあいだの戻し交配 を繰返すと,FIL遺伝子座のみがLandsberg erecta系統の遺伝的背景をもち,それ 以外の領域はColumbia系統の遺伝的背景に置き換わった個体 (inbred line) が得ら れる. 2)目的の遺伝子座の領域がシークエンスされたら,RFLP解析,CAPS解析,SSLP解 析,もしくは,AFLP解析を行い,戻し交配を進めた1個体の遺伝的背景を調べ る. 3)Landsberg erecta型もしくはヘテロなLandsberg erecta/Columbia型を示す分子マー カーがみつかれば,それがFIL遺伝子座の近くにある分子マーカーであるとわか る. このように,戻し交配を進めておけば,たった1個体の遺伝的背景を調べるだけ で目的の遺伝子座に近づくことができる.
2.2.4.目的の遺伝子座の同定 10∼20 kbpまで遺伝子座を狭めたらその領域をシークエンスし,その領域に存在 する遺伝子を推定する.1個または数個の仮想遺伝子が存在するので,突然変異 体において,その仮想遺伝子のDNA領域をシークエンスし,突然変異が検出でき た仮想遺伝子が目的の遺伝子であると推定できる.最終的には,推定した遺伝子 を突然変異体に形質転換し,相補試験を行って目的の突然変異体の原因遺伝子で あると同定する.
2.3.おわりに 説明した原理と方法に従って,筆者らはFIL遺伝子の単離に成功した.筆者ら は,マッピングをはじめてから遺伝子の単離まで約5年の歳月がかかったが,現 152
2. 染色体歩行による遺伝子のクローニング
在では分子マーカーの充実や染色体地図の整備,ゲノムプロジェクトの進展など によって,1年程度で十分染色体歩行を完遂できると思われる.シロイヌナズナ のゲノムプロジェクトは2000年夏に完了する予定なので,突然変異体からの遺伝 子単離は容易なものとなり,植物を材料にした分子生物学はより加速し,充実し たものになると考えられる.
参考文献 1. Sawa S, Watanabe K, Goto K, Liu Y-G, Shibata D, Kanaya E, Morita EH, Okada K (1999) Molecular characterization of a meristem and organ identity gene of Arabidopsis, FILAMENTOUS FLOWER, encoding a zinc-finger and a HMG related domains. Genes Develop. 13: 1079-1088 2. Bell C, Ecker J (1994) Assignment of 30 microsatellite loci to the linkage map of Arabidopsis. Genomics 19: 137144 3. Jarvis P, Lister C, Szabo V, Dean C (1994) Integration of CAPS markers into the RFLP map generated using recombinant inbred lines of Arabidopsis thaliana. Plant Mol. Biol. 24: 685-687 4. Konieczny A, Ausubel FM (1993) A procedure for mapping Arabidopsis mutations using co-dominant ecotypespecific PCR-based markers. Plant J. 4: 403-410 5. Cross SH, Little PFR (1986) A cosmid vecter for systematic chromosome walking. Gene 49: 9-22 6. Nam H-G, Giraudat J, Bore BD, Moonan F, Loos WDB, Hauge, BM, Goodman, HM (1989) Restriction Fragment Length Polymorphism linkage map of Arabidopsis thaliana. Plant Cell 1: 699-705 7. Chang C, Bowman JL, DeJohn AW, Lander ES, Meyerowitz EM (1988) Restriction fragment length polymorphism linkage map for Arabidopsis thaliana. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85: 6856-6860 8. Pruitt RE, Meyerowitz EM (1986) Characterization of the genome of Arabidopsis thaliana. J. Mol. Biol. 187: 169183 9. Ochman H, Gerber AS, Hartl DL (1998) Genetic Applications of an Inverse Polymerase Chain Reaction. Genetics 120: 621-623 10. Liu Y-G. Whittier RF (1995) Thermal Asymmetric Interlaced PCR: Automatable amplification and sequencing of insert end fragments from P1 and YAC clones for chromosome walking. Genomics 25: 674-681 11. Creusot F, Fouilloux E, Dron M, Lafleuriel J, Picard G, Billault A, Paslier DL, Cohen D, Chaboute M-E, Durr A, Fleck J, Gigot C, Camilleri C, Bellini C, Caboche M, Bouchez D (1995) The CIC library: a large insert YAC library for genome mapping in Arabidopsis thaliana. Plant J. 8: 763-770 12. Grill E, Somerville C (1991) Construction and characterization of a yeast artificial chromosome library of Arabidopsis which is suitable for chromosome walking. Mol. Gen. Genet. 226: 484-490 13. Ward ER, Jen GC (1990) Isolation of single-copy-sequence clones from a yeast artificial chromosome library of randomly-shered Arabidopsis thaliana DNA. Plant Mol. Biol. 14: 561-568 14. Liu Y-G, Shirano Y, Fukaki H, Yanai Y, Tasaka M, Tabata S, Shibata D (1999) Complementation of plant mutants with large genomic DNA fragments by a transformation-competent artificial chromosome vector accelerates positional cloning. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 96: 6535-6540 15. Sawa S, Toshiro I, Okada K (1997) A rapid method for detection of single base changes in Arabidopsis thaliana using the polimerase chain reaction. Plant Mol. Biol. Rep. 15: 179-185 16. Neff MM, Neff JD, Chory J, Pepper AE (1998) dCAPS, a simple technique for the genetic analysis of single nucleotide polymorphysms: experimental applications in Arabidopsis thaliana genetics. Plant J. 14: 387-392
153
3.
タギング法
3.1.イネ
井澤 毅
3.1.1.はじめに 突然変異体から遺伝子を単離する手法のひとつにタギング法がある.この手法 は,既知の配列をもつDNA断片による挿入変異体を選抜・単離後,その配列を分 子タグ(注1)として,PCRやハイリダイゼーションにより挿入近傍DNA断片を単離 し,原因遺伝子を同定する手法である(図3・1). 分子タグとしては,T-DNA,トランスポゾン,レトロトランスポゾンなどが用い られる.イネにおいては,1996年に農水省生物資源研究所の廣近らにより発見さ れたレトロトランスポゾンTos17[1]を分子タグとして用いる手法と,トウモロコ シのトランスポゾンであるAc/Dsを導入した系統を用いた手法がほぼ実用化され ているが,成功例はまだ少ない.アグロバクテリウムを用いた形質転換法は実用 化されているものの,いまだ,T-DNAを分子タグとして用いる試みはイネでは報 告されていない.
Tos17はイネに内在するレトロトランスポゾンのひとつで,液体培養中のイネ培 養細胞でのみ,転移活性をもつことが知られている.レトロトランスポゾンの性 質から(注2),一度転移すると挿入箇所にとどまり,抜け出すことがないことか ら,ゲノム上で安定な分子タグである.挿入箇所のDNA配列の解析から,繰返し 配列などの領域への挿入より,タンパク質をコードする遺伝子内への挿入の頻度 のほうが高いことが明らかとなっている.また,Tos17が挿入しやすいDNA上の一 次構造は存在しないが,挿入を受けやすい遺伝子があることが報告されている. 一方,Ac/Dsはトウモロコシから単離されたトランスポゾンではあるが,1987年 に,タバコに形質転換しても転移可能であることが示され,それに続いて,さま ざまな植物で転移可能であることが示された.1994年,ペチュニアでAcによるタ
注1
既知のDNA配列を含み,対象となる植物種において挿入突然変異の原因となることができるDNA断片は,すべて分子タグとして使える可能 性がある.タグとは,目印のことで,ここでは,挿入領域のゲノムDNAを単離するための目印となりうるかどうかが問題となる.具体的に は,PCR用に特異的なプライマーを作成できる程度の情報があれば,タグとして利用可能である.
注2
レトロトランスポゾンは,内部にGag遺伝子,Pol遺伝子をもち,レトロウイルスと同様なメカニズムで転移する (図3・2) .具体的には,LTR 上の配列がプロモーターとして機能し,レトロトランスポゾンの全領域RNAが転写される.そののち,PBS (primer binding site) にtRNAがつ くことでPol遺伝子産物による逆転写反応を受け,cDNAが合成される.そして,合成されたDNAが新規な場所に挿入される.ということで, レトロトランスポゾンは,転移を起こした細胞中ではそのコピー数が増え続ける複製型の転移を起こす.
154
3. タギング法
ステップ1 挿入突然変異体の選抜 X遺伝子 野生型
挿入突然変異体 分子タグ (トランスポゾン、レトロトランスポゾン、T−DNA)
ステップ2 分子タグ近傍DNA断片の単離
非特異的 プライマー
特異的 プライマー
ステップ3 近傍DNA断片をプローブにX遺伝子を単離
X遺伝子
ステップ4 相補実験または復帰突然変異体
+
または
表現型の回復
X遺伝子
図3・1 タギング法の概略.ステップ1:分子タグの挿入を多数もつ集団か ら目的の変異体を選抜する.ここでは,X遺伝子が原因遺伝子として かかれている.ステップ2:原因遺伝子の断片をTAIL-PCR法あるいは IPCR法により単離する.ステップ3:単離した断片をプローブに,遺 伝子全体を野生型のライブラリーから選抜単離する.ステップ4:原因 遺伝子であることを証明するために相補試験を行う.切り出しが可能 なトランスポゾンの場合は,復帰突然変異体の同定が証明となる.ま た,独立に変異したアリル変異体を複数解析することで証明とする例 もある.
155
(a)
5′−LTR (138 bp)
PBS
3′−LTR (138 bp)
gag
pol
PPT
4.3 kb (b) IR (11 bp)
STR
IR (11 bp)
Ac 転移酵素
STR
4.6 kb 図3・2 イネで分子タグとして用いられるTos17 (a)およびAc(b)の構造. LTR:long terminal repeat,PBS:primer binding site,PPT:polypurine tract, IR:inverted repeat,STR:subterminal repeat.
ギング法により花色の決定に関する遺伝子が単離され,汎用性の高い分子タグと して,シロイヌナズナ,トマト,タバコ,アマなどより遺伝子が単離され,タギ ング法として確立している.1991年にイネにおいても転移可能であることが報告 され[2],その後,イネゲノム内での挙動が詳細に解析されている. 自律性因子であるAcについては,世代を越えて高い転移活性をもつ.具体的に は,Acをもつイネの自殖後代の約2割の植物において,親植物に存在しない新し い転移をサザン解析で確認できる.また,Ac/Dsの挿入箇所のイネゲノムDNA配 列の解析より,タンパク質をコードする遺伝子領域に高頻度に挿入することが明 らかになっている.レトロトランスポゾンと違い,Ac/Dsは挿入箇所から抜け出 し新しい箇所に挿入する,いわゆる, “切り出し” が可能で(注3),この現象を利用 し,復帰突然変異体を得ることでタグした遺伝子が原因遺伝子であることの証明 を比較的簡単に行えるという利点がある.一方,切り出しのときに,安定な数塩 基の挿入,いわゆるフットプリント(注3)が残ることで,タグできない安定な突然
注3
156
トランスポゾンAcは内部にAc転移酵素をもち (図3・2) ,その酵素反応により挿入箇所からDNA断片として切り出され (制限酵素による断片 化をイメージするとよい) ,新規転移箇所に再挿入される.切り出された箇所はDNA修復を受け再結合するが,フットプリントとよばれる 8 bp前後の挿入変異を残す.この挿入はAcの挿入時につくられた挿入箇所重複(taget site duplication) 由来である.このフットプリントによ り,基本的にAcの切り出しは安定な突然変異を伴う.Dsは内部にAc転移酵素をもたないが,IRなど切り出し・再挿入に必要な配列をもつ トランスポゾンで,自分自身のみでは転移できないことから非自律性因子とよばれる.
3. タギング法
変異が集団に混入する点に気をつける必要がある. 非自律性因子Dsについては,イネゲノム内で不活性化を受けることが報告されて いる[3].Ac転移酵素を過剰発現する形質転換イネとDsを遺伝子導入したイネを交 配し,その後代の解析したところ,F1,F2世代では高頻度の転移が確認できた. しかしながら,F3世代以降,Ac転移酵素の有無にかかわらず,ほとんどDsの再 転移を確認できず,Dsが不活性化されたと考えられた.現在のところ原因は不明 である.なお,この不活性化は,細胞をいったんカルス (未分化な状態の細胞塊) 化し,植物体を再生することで再活性化できることが知られている[3]. さて,上述のように,イネからタギング法により遺伝子単離する技術は,ようや く分子生物学的ツールが揃った段階といえる.また,日本を中心としたイネゲノ ムプロジェクトによる全ゲノム配列の決定が国際協力により精力的に進んでお り,イネを用いた有効な遺伝子単離法の必要性が日々増している.そこで,この 節では,イネのタギング法について,現時点での最良と考えられるTos17および
Acを用いる方法を解説する.
3. 1. 2. Tos17を用いる方法 この方法は,形質転換体を扱わないという意味で汎用性が高い.
a. Tos17転移を多数もつイネ集団の作成 通常のイネ品種は,Tos17をゲノムに1∼3コピーもつ(注4).これらイネ種子からカ ルスを誘導し,液体培養を始める.培養が長くなると転移したTos17 が増える が,5∼10コピー程度に増えた個体がそののちの解析がしやすいことから,3ヶ月 程度の液体培養後,植物体を再生させる.同じカルスからの再生個体はTos17の 転移に重複があると考えられるので,より多くの異なるカルスからの再生個体を 得ることを心がける.4万個体の独立な再生個体でイネの全遺伝子にTos17に挿入 可能であるとの試算がある.再生後,個体ごとに自殖種子を集める.一個体から 100粒程度は採取したい(注5).
注4
品種間差があるので気をつける.培養による活性化にも品種間で大きな違いがあるそうである.最初の報告では日本稲品種 「日本晴」 が解析 に使われている.
注5
イネは稔性が低くなければ,1穂当たり50粒は採取できる.通常の栽培条件では,十数本の分げつ(tiller) から穂が分化する.密植すると主幹 のみに減ってしまうこともよくある.ここでは,後代での遺伝解析を考えて1個体当たり100粒を目安としたが,多いに越したことはない.
157
b. タグしている可能性のあるTos17の同定 一再生個体につき,約60個体の植物を生育する.劣性変異ならば,約15個体で表 現型が確認できる.表現型を示す個体と示さない個体をそれぞれ約15個体ずつサ ザン解析し,表現型と完璧な連鎖を示す特定なTos17をサザン解析により同定す る.多くの個体を扱えないときは,1個体からの個体数を減らし,目的の突然変 異系統を同定後あらためて連鎖解析を行うようにする.自殖後代で可視的な表現 型を示す系統は約3割である.タグしているTos17が見つかるのはその1割,つま り,約30系統に1系統のタグ系統を同定できるとの報告がある(注6).
c. Tos17の挿入箇所のゲノムDNAをクローニング 連鎖を確認したTos17のバンドをゲルから切り出し,TAIL-PCR法やIPCR法(注7)を 用いて,ゲノムDNAを単離・解析する.そののち,単離したゲノムDNA断片を プローブにサザン解析を行うことで,表現型を示す個体が挿入をホモにもってい ること,表現型を示さず挿入をもつ個体が挿入をヘテロでもつことなど,詳細な 連鎖解析を行い,その挿入が原因であることに矛盾を示す個体が存在しないこと を確認する.
d. Tos17の挿入が原因であることを確認 一般的なのは相補試験である.上記のゲノム断片をプローブに用い,野生型から 正常遺伝子を単離して挿入変異系統に形質転換し,表現型の回復を確認する.も しくは,アリル変異体を独立に単離し,候補遺伝子上の突然変異を同定する.お 互いを相補しない,つまり,同じ遺伝子に変異が入っていると考えられる独立な 二つ以上のアリル変異体の特定遺伝子内にそれぞれ独立なDNA上の変異を同定で きた場合,その遺伝子が原因遺伝子に違いないという論理である.
3.1.3.Ac を用いる方法 復帰突然変異体が得られると,相補試験による証明が不要となる利点がある.た
注6
現時点でタグの効率を定量的に議論するのは無理があるが,Tos17の挿入では説明できない培養変異のほうがかなり多いことは事実のよう である.また,遺伝子が挿入変異を受けても,単純な可視的表現型の変化が起こらない遺伝子が多数あることもわかってきた.
注7
ともに,ゲノム中の既知のDNA配列からその近傍にある未知の配列をPCR法を用いて,特異的に増幅する方法.
158
3. タギング法
だし,形質転換体の集団を扱うことになるので,種子・幼苗での変異体の選抜な ど,スペースを必要としない選抜にむいている.個体レベルの選抜には,広い閉 鎖系温室が不可欠となる(注8).
a.Acをもつ形質転換イネ集団の作成 Acは挿入箇所の近くに再転移することが知られている(注9).このことを考慮し, 最初につくる系統はイネの全染色体 (12本) に挿入されていることが望ましい.約 40系統の独立な形質転換体があるとよいと考えられる(注10).さまざまな遺伝子へ のAcの挿入は自殖を繰返すことで可能となる.後代での新しい転移 (つぎの世代 に遺伝可能な程度に安定な転移) が約2割で起こることから,最低,1系統から5個 体は生育し,可能な限り多くの転移が集団に含まれるようにする.早い世代でサ ザン解析による新しい転移をもつ個体を選抜し,その個体の後代を増やすという ような工夫をするとよりよいと考えられる.
b.目的の表現型を示す個体の選抜 上記のAcの転移集団を作成しながら,同時に選抜も試みる.できるかぎり,1個 体中に表現型がキメラで現れるような変異体をさがすのがよい.Acの転移が原因 でキメラな表現型が現れるということは,特定遺伝子への挿入による表現型が体 細胞復帰突然変異により起こる可能性が高く,とりもなおさず,その遺伝子をAc がタグしていることを強く示唆している.また,系統選抜が可能なときは,メン デルの法則に従わない頻度で現れる変異体を中心に解析するとよい. つぎに,同定した突然変異個体の自殖後代での表現型の遺伝を確認する.ここ で,表現型が (キメラであっても) ほとんどの後代へ遺伝していること,つまり, この突然変異体はホモに変異をもつことを確認できるとよい.キメラな表現型 は,特定の遺伝子へのAcの挿入が体細胞で切り出されることで表現型が復帰する ことで起こると考えられ,タグの可能性はさらに高くなる.このとき,表現型が 安定に野生型に戻る復帰突然変異体 (ここでいう復帰突然変異体は,キメラでは なく,個体全体が復帰した変異体) を精力的に同定する.このステップが,Acな
注8
わが国においては,国からの許可なく形質転換植物を野外で育成することができない.そのため,形質転換植物用の閉鎖系温室が必要とな る.閉鎖系温室として満たされなければいけない基準があり,一般の温室をそのまま閉鎖系温室とすることはできない.
注9
イネでは確認できていないが,トウモロコシ,タバコ,トマト,シロイヌナズナで共通にみられている特徴である.
注10
簡単な確率計算から,12本の3∼4倍の系統があれば最低1コピーのトランスポゾンがすべての染色体にあると考えられる.
159
どのトランスポゾンによるタギングの成否を左右するといっても過言ではない. また,フットプリントが原因と考えられる,表現型が安定に現れる突然変異体が 得られると,それはアリル変異体としての利用が可能になる(注11). 同定した変異の後代への遺伝が明瞭でないときには,Acの転移頻度が高すぎて, サザン解析では特定のAcを同定できない可能性がある.これまでのイネゲノム内 でのAc/Dsの挙動解析において,特定の遺伝子への複数の箇所へのAcの挿入が, PCRによる挿入DNA断片の単離により,当代のみならず後代でも確認できたにも かかわらず,サザン解析では特定のAcの挿入を同定できなかったことがある(注12). このことは,体細胞でのAc挿入とそれによる表現型の変化が,必ずしもタギング による遺伝子単離を保証しないことを示している.つまり,特定遺伝子へのAcの 挿入のみならず,その挿入のゲノム内での安定性がタギング法による遺伝子単離 には大切となる. 選抜した突然変異体がはじめから安定な変異体であるケースは,フットプリント による変異の可能性があるので,野生型個体と交配をして連鎖解析するのが望ま しい(注13).ただし,自殖後代に復帰突然変異体が現れる場合はその必要はない.
c.復帰突然変異体の単離 ホモに変異をもつと考えられる個体の後代から復帰突然変異体を同定し,その後 代でサザン解析により表現型と関係のあるAcを同定する.通常,復帰突然変異体 の後代では表現型が3 : 1に分離するはずである(注14).後代で表現型を示す個体は キメラであってもかまわない.ここで特定のAcを同定できれば,そのAcがタグ しているトランスポゾンである.
d.Acの挿入箇所のゲノムDNA断片の単離 TAIL-PCR法,IPCR法など(注7)で挿入箇所のゲノミックDNAを単離し,シークエ ンスなどにより遺伝子を同定する.得られたDNA断片が短く情報が不十分なとき
注11
アリルごとで表現型が違う場合,遺伝子機能についての貴重な情報が得られることになる.
注12
その遺伝子の近傍にある比較的安定なAc/Dsが,高頻度にその遺伝子に挿入したのではと考えている.
注13
ポジショナルクローニングではないので,連鎖解析に神経質になることはない.特定のAc/Dsとのはっきりとした連鎖が確認できれば十分 である.
注14
復帰突然変異体では,挿入による劣性変異がAcの切り出しによってヘテロな状態で表現型が回復するので,通常,自殖後代で表現型が分離 する.トランスポゾンの転移頻度によっては分離は変わってくる.
160
3. タギング法
ACの挿入によるバンド 野生型イネでのバンド 1 2 3 4 5 6 7 8
図3・3 特定の遺伝子へのAc 挿入の確認をサザン解析により行った一例. Acの挿入の自殖後代における分離を,単離した近傍配列をプローブに サザン解析した.8個体中,Acをホモにもつ個体が3個体(レーン1,3, 4),ヘテロにもつ個体が1個体(レーン2),ホモにもつ個体が3個体 (レーン5∼8) であった.ホモにもつ個体に,野生型と同じサイズの薄 いバンドが確認できる.これは,体細胞でのAcの切り出しの結果と考 えられる.
は,野生型のゲノムライブラリーから挿入箇所に相当する長いゲノムDNAクロー ンを単離し解析する.単離した近傍配列でサザン解析することで,表現型と単離 した遺伝子との関係を確認する(図3・3).
3.1.4.実験方法 ここでは,Acを用いるタギング法についてのみ実験方法をまとめる.
a.準備するもの ●
イネ種子:形質転換しやすい品種はほとんどの日本稲で可能である
●
Acをもつコンストラクト:イネ形質転換植物の選抜にはハイグロマイシン耐性遺
●
形質転換体育成,選抜に必要な閉鎖系温室など
伝子がよく使われる
b.実験手順 1)Acを導入した形質転換体を作成する.作成した系統をR0世代とする.約40系統 の作成が目安である.平均して染色体1本当たり約3コピーのAcの導入となる.も ちろん,多いほうがよい. 2)自殖により,Acの転移を独立にもつ集団を作成する.各世代で5個体ずつ育てる と,R1が200個体,R2が1000個体,R3が5000個体となる.5000個体を育てるには 約30 m2のスペースが必要となる(注15). 注15
密植すれば1×1 m (コンテナ約2個) で約150個体のイネを生育し,種子を収穫することが可能である.そこで,5000個体を一度に育成するに は,約30 m2が必要となる.ただし,この条件では穂は1個体につき通常1本で,稔性が高くても個体当たり50粒程度の収穫となる.
161
3)R1世代以降,十分な種子がそろったら選抜を行う.目的の突然変異体を選抜す る.キメラ表現型が望ましい.R1世代に変異体が現れる可能性もある. 4)突然変異体の自殖後代への表現型の遺伝を解析する.つまり,同定した突然変異 体をR世代とすると,R+1世代で変異がホモに遺伝するかを確認する. 5)変異をホモにもつ個体の自殖後代より復帰突然変異体を選抜する.つまり,R世 代が変異をホモにもつことを確認後,R+1世代以降で復帰突然変異体を選抜す る. 6)復帰突然変異体の後代での表現型の分離を確認する.単離した復帰突然変異体の 後代(R+2世代)で表現型の分離を確認する. 7)上記のR+2世代を用いて,サザン解析により表現型と連鎖のあるAcを同定する. 8)Acの挿入箇所のゲノムDNAの単離と原因遺伝子の同定を行う.
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3.2.シロイヌナズナ
荒木 崇・賀屋秀隆
3.2.1.はじめに 遺伝子クローニングを目的としたタギング法のうち,T-DNAをタグとして用いる 方法 (T-DNAタギング) は,形質転換体の大量作出が容易になったことから,ごく 普通に用いられる一般的な方法になったといってよい.ここでは,まず,T-DNA タギングの概略を説明し,ついで,T-DNAの挿入に伴いゲノムに欠失などの再編 成が生じている場合について,どのような対抗措置が考えられるか解説する.
3.2.2.T-DNAタギングの概略 T-DNAタギングは,以下に説明するように四つのステップからなる[1]. 162
3. タギング法
1)T-DNAタグラインのスクリーニング T-DNAタグラインは系統保存センターなどに供託されているものを取り寄せる場 合が多いが,目的に応じて自分で作出することも可能である.前者の場合,せっ かく発見した挿入変異体がほかの研究者によってすでに同定されてしまっている 可能性がある.特定の遺伝的背景 (たとえば,ある突然変異をもつ背景) でタグラ インがほしい場合には,自分で作出する必要がある. T-DNA挿入による機能喪失変異の場合,T-DNA以外の変異原 (たとえば,EMS, 速中性子など) によるアレルが複数得られていれば,表現型の解析・相補試験な どに好都合である.もし,T-DNA挿入変異が唯一のアレルである場合には,ほか の変異原によるアレルを得る努力をするのが望ましい. 2)T-DNAと突然変異の連鎖の確認 通常は,T-DNA上の薬剤耐性遺伝子が賦与する薬剤耐性と表現型の連鎖を調べ る.100個体程度について調べて組換え体がなければ,とりあえずT-DNAによっ てタグされていると考えてつぎのステップに進む.必要な時間と手間を考慮すれ ば,連鎖の確認はあくまでもつぎのステップを行うかどうかの判断材料と考える のが適当である. 3)T-DNA挿入部位に隣接するゲノムDNAの回収 この目的のためには,タグラインの作出に用いたベクターの種類に応じて, TAIL-PCR法,Inverse PCR法,プラスミドレスキュー法などの方法がある.しか し,もっとも確実で往々にしてもっとも迅速な方法は,T-DNA挿入変異体からゲ ノムライブラリーを作成し,用いたベクターのT-DNA領域をプローブにして,ゲ ノムに挿入されたT-DNAを含むクローンを単離する方法である.得られたクロー ンのなかに,T-DNA挿入部位に隣接するゲノムDNAを含むものがあるはずであ る.この場合には,回収できる植物ゲノムDNA断片がほかの方法に比べて大きい という利点がある. 通常は,挿入されたT-DNAのどちらか一方の端に隣接するゲノムDNAの領域を回 収することで十分であるが,あとで述べるように,染色体の再編成の有無を確認 するためにも,両端について隣接するゲノムDNAの領域を回収することが望まし い. 回収したゲノムDNAの塩基配列を決定するとともに,これをプローブとしたサザ ン解析を行う.塩基配列から,データベース検索により,染色体上の正確な位 置,T-DNA挿入部位の近傍に予測あるいは同定されている遺伝子といった,非常 に有益な情報を得ることが期待できる. 163
4)野生型植物からのゲノムクローン,cDNAクローンの単離 塩基配列情報を得る目的のためにはゲノムクローンはもはや必要ない.しかし, 突然変異体の表現型の相補試験,さまざまな遺伝子コンストラクトの作出などの 目的には,やはりゲノムクローンは必要である. cDNAクローンについては,系統保存センターに供託されているEST(expressed sequence tag) クローンのなかに当該のcDNAクローンが存在し,かつ,そのクロー ンが完全長のcDNAを含んでいる場合がある.cDNAライブラリーのスクリーニン グに先立ち,データベースを検索し,ESTクローンが存在するのであればこれを 取り寄せてみるのがよい.
3.2.3.T-DNA挿入に伴う染色体欠失 T-DNAの挿入に伴い挿入部位に小さな欠失を生じた例は多数報告されている.最 近になって,染色体に大きな欠失[2, 3],転座[4],逆位[5]がみられる例も報告されて いる.以下では,T-DNAの挿入に伴い欠失などの染色体再編成が生じている場合 について述べる.
a.欠失などの染色体再編成を疑うべき場合 染色体に大きな欠失を生じている場合,欠失した領域に複数の遺伝子が含まれる 可能性が高い.そうした場合には,挿入変異体の表現型は複数の遺伝子の機能欠 損表現型の合成像となることが予想される.したがって,得られた突然変異がTDNAと連鎖した単一の劣性変異のように挙動するが,互いに関連性がないように みえるいくつかの形質にわたって多面表現型を示す場合 (多くは,まったく報告 されていない表現型の組み合わせ) には,大きな欠失などの染色体再編成の可能 性を疑う必要がある.また,EMSのような点突然変異を誘発する突然変異原を用 いて新たなアレルを得ることができない場合にも,染色体再編成の可能性を疑う 必要がある. 筆者らの例[2, 3]では,T-DNAと連鎖して茎の帯化と花成の遅延といった新規な組 み合わせの表現型がみられ,当初はまったく新規な遺伝子座の挿入変異であると 考えた.しかし,第1染色体下腕の近接した位置にマップされるfasciata1 (fas1,茎 の帯化をひき起こす) とft (花成の遅延をひき起こす) という二つの突然変異を同時 に含む可能性が浮上し,対立性検定を行った結果,fas1とftの両方の変異をもつ ことがわかった.並行して進めていた新規アレルの探索の結果,茎の帯化を示す 164
3. タギング法
10系統と花成遅延を示す32系統の独立の突然変異体を得たが,それらのなかに挿 入変異体の場合のように両方の表現型を備えたものは1系統もなかった.さら に,挿入変異との対立性検定の結果,帯化変異のうちの2系統は挿入変異体の帯 化表現型を,花成遅延変異のうちの3系統は花成遅延表現型を,それぞれ相補で きない (他方の表現型は相補できる) ことがわかった.これらの変異はそれぞれ,
fas1とftの新規のアレルであることがわかった.これらの結果に基づいて,挿入 変異体ではFAS1遺伝子とFT遺伝子を含む領域に欠失もしくは逆位が生じている 可能性を考えた.
b.欠失などの染色体再編成の確認 染色体再編成の可能性が予想された場合,これを確認する必要がある.まず,TDNAをプローブとしたサザン解析により,T-DNA挿入の様態を推定する.薬剤耐 性の分離比からT-DNAの挿入部位が1ヶ所であると推定される場合でも,挿入の 様態は複雑である場合が多い.つぎに,T-DNAの両端に隣接するゲノムDNAを回 収する.うえでのべたように,T-DNA挿入変異体からゲノムライブラリーを作成 し,T-DNAをプローブにしてT-DNAの端とこれに隣接する植物のゲノムDNAと を含むクローンを単離するのがもっとも確実な方法である.こうして回収したゲ ノムDNA断片を用いて,染色体再編成の有無を確認する. まず,回収したゲノムDNA断片の塩基配列を決定し,データベース検索を行う. これによりそれぞれの断片が由来するゲノムの領域が明らかにでき,大きな欠 失・転座の存在が判明することがある.それらをプローブとしたサザン解析を行 う必要もある. 大きな欠失・転座がなければ,T-DNAの両端に隣接するゲノムDNAは野生型植物 においては隣接しているはずである (図3・4 a) .したがって,野生型植物のゲノ ムDNAに対してサザン解析を行った場合,両端に隣接するゲノムDNA断片は共 通の断片とハイブリダイズするはずである.また,それぞれをプローブにして単 離した野生型植物由来のゲノムクローンは,互いにオーバーラップするはずであ る(図3・4 a) .それに対して,大きな欠失(図3・4 b) や転座(図3・4 c)がある場 合には,そのような共通の断片やクローンの重なりは認められない.またRI (recombinant inbred)ラインなどを用いて回収したゲノムDNA断片をマップする と,欠失の場合にはそれらは染色体上の同じ領域にマップされるはずである. 筆者らの上述の例[2, 3]では,T-DNAのそれぞれの端と隣接するゲノムDNA断片を プローブにして単離した野生型植物由来のゲノムクローン同士はまったく重なら なかった.さらに,それらのクローンをプローブにして得たT-DNAに向かう方向 のオーバーラッピングクローンは,挿入変異体に対してサザン解析を行った場合 165
にはハイブリダイズする断片をもたなかった.また,データベース検索から,TDNAのそれぞれの端と隣接するゲノムDNA断片は,塩基配列が決定されていた 一つのBACクローンから約80 kb離れたところに由来することがわかった.これ らにより,筆者らは,挿入変異体において約80 kbの欠失が生じていると結論し た.
(a)
T−DNA
T−DNA挿入変異体 クローン 1 クローン 2 野生型
(b)
T−DNA
T−DNA挿入・ 欠失変異体
欠失 クローン 1
クローン 2
野生型
(c)
T−DNA
T−DNA挿入変異体 転座 クローン 1 野生型(染色体A) クローン 2 野生型(染色体B)
図3・4 T-DNAによりタグされたゲノムDNA. 166
3. タギング法
c.染色体再編成の確認から遺伝子の同定へ 染色体の再編成が確認された場合,そのさきの解析の進め方には慎重な考慮が必 要である.大きな欠失を伴う場合には,挿入変異体の表現型は欠失領域に存在す る複数の遺伝子の欠損の効果の複合によるものと予想される.表現型の特定の側 面と欠失領域内の特定の遺伝子とのあいだの対応関係を明らかできるかが重要な ポイントとなる.上述の筆者らの例では,挿入変異体の表現型の主要な部分は,
FAS1とFTという二つの遺伝子の欠損によって説明され,二つの遺伝子のそれぞ れについてEMSを変異原とする複数のアレルが存在することにも助けられて,両 方の遺伝子を同定することができた[2, 3].この例のように,挿入変異体以外の突 然変異体が得られていることは解析の大きな助けになる. 単純な相互転座の場合には,染色体の切断点近傍に表現型の原因遺伝子が存在す ることが期待できるが,転座に加えて大きな欠失があるように複雑な染色体再編 成を含む場合[4]には,表現型と遺伝子のあいだの対応関係を確立することが困難 であることが予想される.これらの場合については,残念ながら一般論をのべる ことはできない.
d. T-DNAが失われる際に欠失が生じた場合 うえでは,T-DNAの挿入に伴い染色体欠失がある場合をのべたが,いったん挿入 したT-DNAがなんらかの理由で失われる際に欠失をひき起こしたと考えられる場 合もある.そのような場合には,表現型と (残存している) 挿入T-DNAのあいだに は連鎖がみられないため,解析から除外されてしまうのが普通である.しかし, ある程度大きい欠失の場合には適当な方法で検出することが可能であり,クロー ニングに利用することができる.たとえば,ポジショナルクローニングとT-DNA タギングを併用して遺伝子クローニングを進めているとしよう.T-DNAタグライ ンから得た突然変異が運悪くT-DNAと連鎖していなかったとしても,その変異が 欠失変異の場合には,候補遺伝子を限定あるいは特定するのに役立つ可能性があ る. 筆者らの例では,ゲノム上の3ヶ所にT-DNAが挿入した系統からterminal flower1 (tfl1)変異を同定したが,挿入T-DNAのいずれもtfl1変異とは連鎖しておらず,
TFL1遺伝子内に約1 kbの欠失があった.T-DNAタグラインから得られた突然変異 体のうちで,T-DNAでタグされていなかったもののなかにはそのような欠失の例 が少なからず存在することが予想される.T-DNAでタグされていない突然変異は 省みられないことが多いが,クローニングのための利用も含めて利用可能性があ ることを強調しておきたい. 167
参考文献 1. 荒木崇, 米田好文, 塚谷裕一, 内藤哲 (1992) トランスジェニック・シロイヌナズナ. 岩淵雅樹, 志村令郎 (編) ラボマニュアル 植物遺伝子の機能解析. 丸善, 東京, pp 141-160 2. Kobayashi Y, Kaya H, Goto K, Iwabuchi M(1999)A pair of related genes with antagonistic roles in mediating flowering signals. Science 286: 1960-1962 3. Kaya H et al. submitted 4. Narcy P, Camilleri C, Courtial B, Caboche M, Bouchez D (1998) Major chromosomal rearrangements induced by TDNA transformation in Arabidopsis. Genetics 149: 641-650 5. Laufs P, Autran D, Traas J (1999) A chromosomal paracentric inversion associated with T-DNA integration in Arabidopsis. Plant J. 18: 131-139
168
4.
ホモログ遺伝子および機能ドメインを 片桐 健・篠崎一雄 もつ遺伝子の単離
4.1.はじめに 種々の機能遺伝子には,基質特異性や発現局在性などの異なるアイソフォームが 存在し複雑なネットワークを構成していると考えられる.実際に,高等植物にお いてシグナル伝達に関与している,プロテインキナーゼのM A P キナーゼや CDPK,転写因子のMybなどは,大きな遺伝子ファミリーを形成していることが 明らかにされている. 部分アミノ酸から推定した合成オリゴヌクレオチドをプローブにしてcDNAライ ブラリーをスクリーニングすると,偽陽性のシグナルが得られることがある.こ れは,一つのアミノ酸に複数のコドンが対応しているためであるが,この重複性 を利用してPCRを行えば,同一のアミノ酸をコードする異なるDNA断片を得るこ とができる.このPCR産物をプローブにcDNAライブラリー,あるいは,ゲノム ライブラリーをスクリーニングすれば,同じ遺伝子ファミリーに属する複数のホ モログ遺伝子をクローニングすることができる.PCRを用いたクローニング法 は,タンパク質全体における相同性が低くても機能的に保存された領域が存在す れば適用できる反面,非特異的なDNA断片も生じやすいことから,効率よく目的 のDNA断片を得るにはいくつかの点に注意しなければならない.以下に,筆者ら が行った動物の遺伝子の配列をもとに植物のホモログ遺伝子をクローニングした 実例として,シロイヌナズナのホスファチジン酸ホスファターゼ (PAP) 遺伝子の クローニングを紹介する.なお,PCR法の一般的な解析に関しては,すでに成書 があるのでそちらを参照していただきたい[1, 2].
4.2.縮重プライマーの設計 マウスのPAPのcDNAのアミノ酸配列をもとに相同性検索を行い,線虫および酵 母におけるホモログと思われるゲノム配列を得た.そして,その3種の生物間で よく保存されている領域を二つ選んだ.この際,増幅されるPCR産物の長さが 400 bp程度になるようにすると効率よく目的のDNA断片が得られるようである. それぞれのアミノ酸配列から予想される塩基に2種以上のヌクレオチドが当ては 169
まる場合は,その分のヌクレオチドを混合物にして合成オリゴヌクレオチドプラ イマーを作成するとよい.
4.3.鋳型DNAの翻訳 ゲノムDNAを鋳型とする場合,純度の低いDNAを用いるとDNA合成が阻害され るため,ゲノムDNAを鋳型として用いる場合は,可能なかぎりCsCl密度勾配遠心 法[3]によりタンパク質や多糖などの夾雑物を除いた高純度のDNAを用いる.ま た,少量の試料から調製する場合には,CTAB法が比較的簡便で,再現性よく純 度の高いDNAを抽出できることが知られている[4].通常,0.1∼1.0μgのゲノム DNAを用いれば,シングルコピーの遺伝子でも増幅することができる. RNAを鋳型DNAにするには,逆転写酵素で一本鎖cDNAを合成したあとにPCRを 行う (RT-PCR法) .このとき,RNAの調製具合によってはゲノムDNAが混入する ことがあるので注意しなければならない.もしゲノムDNA由来と思われる PCR 産物が増幅される場合は,RNaseフリーのDNaseで処理したRNAを用いてみる. 通常は,全RNA 1∼50μgで十分であるが,発現量が低いと予想される場合は, ポリ(A) + RNA 1∼5μgを用いてみる.近年では,1本のチューブでRT-PCRの反 応ができるように最適化され,さらにゲノムDNAが混入していても選択的に mRNAを鋳型にRT-PCRを行えるキット(TAKARA mRNA selective PCR kitなど) が販売されているので,それを用いるのもひとつの方法であろう.
4.4.PCR反応 アニーリング温度は,プライマーの長さや縮重度にもよるが,37℃でも目的とす るDNA断片がとれることがある.したがって,まずはじめにおだやかな条件で PCR産物の生成を調べ,徐々にアニーリング温度を上昇させて,非特異的な副産 物の生成を最低限に抑えられる条件を検討していくとよい.筆者らは,最終的に 43℃で目的遺伝子の増幅に成功した. つぎに,PCRサイクルであるが,通常は25∼35サイクル程度で十分である.必要 以上にサイクル数を増やすと,ミスインコーポレーションの増加や非特異的産物 の増幅をまねくことになる.非特異的なバンドが目立つ場合には,最初の数サイ 170
4. ホモログ遺伝子および機能ドメインをもつ遺伝子の単離
クルのアニーリングを低い温度で行い,以後のサイクルでは,目的のDNA断片の みを増幅させるために,高温でアニーリングする2段階のサイクル反応が効果的 である.あるいは,保存領域がほかにも存在する場合には,1回目のPCRに用い たプライマー部位の内側のアミノ酸配列に相当するプライマーを用い,反応液の 一部を2回目のPCRに供すると,非特異的なバンドが消失して目的とするDNA断 片だけが増幅されるようになる. 目的となるDNA断片をアガロースゲルで切り出して,T-vector(pGEM-T Easy Vector System,Promega社) にクローニングし,シークエンスする.1本のバンド にみえても,同じ遺伝子ファミリーに属するホモログ遺伝子も含まれていること がある.また,目的のDNA断片がPCR産物に含まれているかどうかは,単純に既 知の遺伝子をプローブとしたサザン法によっても確認することができる.
4.5.ライブラリースクリーニングによる 相同遺伝子群の単離法 PCRの段階で単一の遺伝子しか増幅されなかったとしても,ライブラリースク リーニング時のハイブリダイゼーションのバッファーや洗浄の条件を変化させる ことにより,ホモログ遺伝子の単離が可能である.以下に,筆者らが行っている ライブラリースクリーニング法を紹介する.また,一般的なハイブリダイゼー ション法については,すでに成書があるのでそちらを参照していただきたい[3, 5].
準備するもの ●
NZCYM:1% NZアミン-86 mM NaCl-0.1%カザミノ酸-0.5%イーストエクスラク ト-8 mM MgSO4
●
NZトップアガロース:NZCYM-6%アガロース(typeⅡ,Sigma社)
●
NZプレート:NZCYM-15%寒天末
●
50×Denhart's(注1):1% Ficoll (分子量400)-1%ポリビニルピロリドン(PVP) -1% ウ
●
10 mg/ml 変性サケ精子DNA (ssDNA)
●
ハイブリダイゼーション液 (Low Stringency) :30%脱イオンホルムアミド(注2)-6×
シ血清アルブミン(Fr.Ⅴ,Sigma社)
注1
Ficoll,PVP,ウシ血清アルブミンを水に加え,減圧して完全に溶かすようにする.
注2
500 mlのホルムアミドに50 gのResin(AG 501-X8,BIORAD社) を加えて30分間かくはんし,2回ろ過する.-20℃保存.
171
SSC-1% SDS-5×Denhart's-0.1% ssDNA,-20℃保存 ●
変性液:0.5 M NaOH-1.5 M NaCl
●
中和液:0.5 M Tris (pH 7.5)-3 M NaCl
●
洗浄液A:1×SSC-1% SDS
●
洗浄液B:0.5×SSC-0.5% SDS
●
SMバッファー:100 mM NaCl-2 mM MgSO4-50 mM Tris (pH 7.5)-0.01% ゼラチン
実験手順 1)NZCYMで一昼夜振とう培養した宿主菌Y1090を集菌し,SMバッファーに10倍濃 縮になるように懸濁する (プレーティングセル) .目的遺伝子のスクリーニングを 始めるまえに,用いるライブラリーの力価 (タイター)をチェックしておく.通 常,1回のスクリーニングに3×105プラークを15 cmプレート6枚にまいている. 発現量が少ないことが予想される場合は,それ以上をスクリーニングする必要が ある. 2)タイターチェックは,9 cmプレートでライブラリーの適当な濃度系列を200μlの プレーティングセルに加え,37℃,15分間程度保温し,あらかじめ溶かして48℃ のヒートブロックに保温しておいた3 mlのNZトップアガロースに加えて,9 cm のNZプレートにまく(注3).また,実際にスクリーニングを行う場合は15 cmプレー トを用いることになるので,その場合のプレーティングセルは500μl,トップア ガロースは8 mlとなるが,操作は同様である.トップアガロースをまいたら,固 まるまで静置し個々のプレートに番号を書いておく. 3)プレートを42℃で保温し,プラークが生えてきたら (約5∼7時間) ,4℃で冷却す る. 4)あらかじめナイロン膜 (Colony/Plaque Screen,NTN社) のタブに黒ボールペンで番 号をつけておき,1枚のプレートから2枚ずつレプリカをとる. 5)まず,変性液,中和液を作製し,それぞれ二つのバットに注ぎ,計四つのバット を端から変性1→変性2→中和1→中和2のように並べる.冷蔵庫からプレートを出 し,ナイロン膜を気泡が入らないようにプレートにのせる.膜の端にある三つの 穴に注射針でインクを刺してマークする.タブをもって静かにナイロン膜をはが し,DNAのついた面を上にして変性2分間を2回,中和5分間を2回の順に移し, Whatman 3MMろ紙にのせて風乾する.
注3
172
プレートは,あらかじめクリーンベンチで少し乾かしてから42℃で保温しておく.ただし,乾かしすぎるとプラークが十分にできないので 注意する.
4. ホモログ遺伝子および機能ドメインをもつ遺伝子の単離
6)風乾したナイロン膜を15 cm角に切ったWhatmanろ紙にはさみ.真空減圧ベーカー (アトー,BACUBAKERモデルAB-1890など) で2時間焼きつける.数が少ない場 合は,UVリンクでもよい. 7)ナイロン膜をハイブリバック (コスモバイオ) に入れ,ハイブリダイゼーション液 を注ぎ,気泡を抜いてシールし,42℃で4時間以上保温する. 8)翌日,適当なラベリングキットで32P標識したプローブDNAを用意し,95℃,5分 間加熱し,氷上で急冷する.氷は,シャーベット状にしておくと確実に0℃にで きる. 9)ラベルは,終濃度1×106 DPM/mlになるようにあらかじめ一部封を切っておいた ハイブリバッグに入れ,気泡を除いて再びシールし,よく混合する. 10)42℃で12時間以上保温する.ターンテーブル (ロータリーかレシプロのもの) で振 とうするか,ときどき混合するようにする. 11)翌日,適当な大きさの容器に適当量の洗浄液Aを入れ,ナイロン膜を室温で10分 間程度振とう洗浄する. 12)あらかじめ37℃に保温しておいた洗浄液Bで,さらに20分間,2回振とう洗浄す る(注4). 13)ナイロン膜を,DNAのついている面を上にしてWhatmanろ紙上で風乾する. 14)プラスチックフィルム (クレラップなど) でナイロン膜をはさんで,膜がずれない ように固定する. 15)暗室で,ラップで固定したナイロン膜にマーカーをつけ,オートラジオグラ フィー用カセットに入れ,X線フィルム,インテンシファイングスクリーンの順 に入れてカセットを閉じ,-80℃,1週間程度放置する(注5). 16)暗室でフィルムを現像する. 17)2枚のレプリカと同じ位置にあるポジティブスポットに当たるプラークを,プ レートのマークとナイロン膜の穴に照合し,パスツールピペットなどで打ち抜 く.
注4
温度は,37∼60℃のあいだで目的に応じて決める.温度が低いとバックグランドが高くなるので,ハイブリダイゼーション液の液量を多め にするとよい.
注5
比較的高温で洗浄しても,長く露光しておくとホモログ遺伝子のスポットが現れることがある.プローブにより近いプラークは大きなスポッ トになるのに対し,相同性が低くなると小さなスポットになるので,目的に応じて拾うスポットの大きさや数を決めるとよい.
173
18)あらかじめ500μlのSMバッファーを入れたチューブにプラークのついたゲルを入 れ,室温で1∼2時間振とうし,ファージをバッファーに溶出させる. 19)4℃,15,000 rpmでチューブを遠心し,ファージDNAを含む上清を別のチューブ に入れる. 20)適当な希釈系列でタイターをチェックする. 21)1次スクリーニングに準じて2次スクリーニングを行う.2次スクリーニングで は,15 cmプレート当たり103以下にプラークをまき,できるだけ単独のポジティ ブプラークをとり,シングルプラークにする.もしできなければ,3次スクリー ニングを行う.
参考文献 1. PCR, A Prectical Approach (1991) McPherson MJ, Quirke P, Taylor GR (ed) Oxford University Press, New York 2. PCR法の最新技術 (1991) 林健志 (編) 羊土社, 東京 3. Sambrook J, Fritsch EF, Maniatis T (1989) Molecular Cloning, A Laboratory Manual. 2nd ed. Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York 4. Murray MG, Thompson WF (1980) Nucl. Acids Res. 8: 4321-25 5. Hunter T, Sefton BM (1991) Protein phosphorylation Part A. Protein kinase assays, purification, antibodies, functional analysis, cloning, and expression. Methods Enzymol. 200
174
コラム4. ジーンサイレンシング
森野 和子
4.1.ジーンサイレンシングとは 相同性依存型ジーンサイレンシング (homology-dependent gene silencing,HDGS) は,植物に外来遺伝子を導入した場合に,その外来遺伝子に相同性をもつ遺伝子 の発現が抑制される現象である.この抑制は,植物ゲノムにもともと存在する遺 伝子にも,ほかの外来遺伝子にも起こり,前者をコサプレッションとよんでい る.相同性依存型ジーンサイレンシングは,RNAの転写そのものが抑制される転 写抑制タイプ (transcriptional gene silencing,TGS) と,転写後にRNAが分解される 転写後抑制タイプ(post-transcriptional gene silencing,PTGS)に分類できる[1, 2]. 転写抑制タイプのジーンサイレンシングは,プロモーター領域に相同領域をもつ 遺伝子間に起こる現象であり,抑制する遺伝子と抑制される遺伝子という上下関 係ができる.シロイヌナズナの低メチル化変異体ddm1においては,このジーン サイレンシングからの回復がみられることから,メチル化がこの要因のひとつで あると考えられる[3]. 転写後抑制タイプのジーンサイレンシングは,コーディング領域に相同性をもつ 遺伝子間で起こる現象である.これは,転写後にRNAが分解することで起こり, このRNA分解はサイレンシングが起こった配列に特異的である.RNAウイルスに 転写後抑制タイプのジーンサイレンシングが起こった遺伝子配列を組み込んでお くと,そのウイルスゲノムRNAも分解されるためにウイルスに耐性になる.この 現象から,転写後抑制タイプのジーンサイレンシングは,RNAウイルスに抵抗す る機構のひとつであると考えられている.また,このサイレンシングは,接ぎ木 や部位特異的遺伝子導入によってシステミックに誘導されることがわかってい る.このことから,細胞間を移行する転写後抑制タイプジーンサイレンシング誘 導因子の存在が示唆されている[4].
4.2.予想される転写後抑制タイプ ジーンサイレンシングの分子メカニズム 線虫やショウジョウバエで二本鎖RNAをマイクロインジェクションによって導入 175
すると,そのRNAに相同領域をもつ遺伝子の発現が抑制されることが示され た[5].この現象をRNA interference (RNAi) という.植物では二本鎖RNAのマイク ロインジェクションによる転写後抑制タイプのジーンサイレンシングの誘導は報 告されていないが,センス・アンチセンス両方向のウイルスプロテアーゼ遺伝子 を導入したトランスジェニックタバコでは,一方だけを導入した形質転換体より ウイルスに対して抵抗性を示す植物が多かった.すなわち,サイレンシングを効 率的に誘導したことになる[6]. また,アカパンカビでは,植物の転写後抑制タイプのジーンサイレンシングと同 じように,遺伝子導入によって導入遺伝子と内在遺伝子のRNA分解が起こる現象 が報告されている.これをクエリング(quelling) とよぶ.最近,クエリングの起 こらない変異体から原因遺伝子が単離された.この遺伝子はトマトですでに単離 されているRNA依存型RNAポリメラーゼと相同性を示した[7].トマトのRNA依存 型RNAポリメラーゼ遺伝子は,ウイロイドの感染によって転写活性が上昇するこ とが報告されている[8].この遺伝子と相同性を示す配列が,シロイヌナズナ,タ バコ,分裂酵母,線虫でみつかっており,生物一般に保存された遺伝子であると 考えられる. 筆者らの解析結果から,サイレンシングが起こった植物では,導入遺伝子が組換 えを起こしたために,部分的なアンチセンスRNAがプロモーターの下流に融合 し,転写されていることがわかった[9].このことから,植物のサイレンシングに おいても,二本鎖RNAの関与する可能性が高いと考えられる. これらのことから,転写後抑制タイプのジーンサイレンシングは,植物のもつ RNAウイルスやウイロイドの感染に抵抗する機構のひとつが,外来遺伝子の導入 によって活性化されたため起こる現象であると考えられる.本来の機能において は,植物細胞内でRNAウイルスやウイロイドのゲノムRNAが認識され,これを鋳 型にアンチセンスRNAが合成されて,ウイルスやウイロイドゲノムRNAと二本鎖 RNAを形成する.そして,この二本鎖RNAに相同な領域をもつRNA分解が誘導 されると考えられる. トランスジェニック植物の転写後抑制タイプジーンサイレンシングは,1) 導入遺 伝子産物が分解すべきRNA分子として認識され,RNA依存型RNAポリメラーゼ の発現を誘導し,アンチセンスRNAが合成される場合以外にも,2) 内在性の遺伝 子そのものに二本鎖RNAを形成する領域がある,3) 導入遺伝子が組換えを起こし たためにアンチセンスRNA領域をもち,センスRNAと二本鎖RNAを形成する, 4) 逆向き反復配列の形で導入遺伝子がゲノムに挿入されたために,導入遺伝子産 物自身で二本鎖RNAをつくる,という四つの場合が考えられる.さらに,RNA分 解は,師管を通じて植物全体に誘導されると考えられる. 176
コラム4. ジーンサイレンシング
4 .3 .アンチセンス遺伝子導入と転写後抑制タイプ ジーンサイレンシング 植物では,遺伝子抑制法として,一般的にアンチセンス遺伝子導入が用いられて いる.転写後抑制タイプのジーンサイレンシングとアンチセンス遺伝子での遺伝 子発現抑制は表現型に違いが出ることが,ペチュニアに導入したChsA遺伝子の 研究結果から示唆されている[10].異なる点は,アンチセンス遺伝子導入では全体 的に花弁の色が薄くなるのに対して,転写後抑制タイプのジーンサイレンシング では抑制が起こった領域と起こらなかった領域の境界がはっきりとできることで ある.おそらく,アンチセンス遺伝子導入では,アンチセンスRNAとセンスRNA が会合した場合にだけ翻訳が抑制されるのに対して,転写後抑制タイプのジーン サイレンシングでは,いったん引き金が引かれると,積極的にRNA分解を誘導す る機構がはたらくのだろう.
4.4.相同性依存型ジーンサイレンシングの利用法 線虫のRNAiについても,分子メカニズムは不明であるが,遺伝子機能破壊法と して有効に利用されている.植物の相同性依存型ジーンサイレンシングは,基本 的に遺伝子発現抑制法として有効であるが,つぎにあげる五つの問題点がある. 1) 形質転換体を作成する必要がある,2) 世代によってサイレンシングが起こった り,起こらなかったりする,3) 環境因子の影響を受ける,4) 発生段階に応じて, サイレンシングから回復することもある,5) 組織によってサイレンシングの程度 が異なる.安定的遺伝子抑制法としては問題が多いながらも,実際には,過剰発 現のために,作成した形質転換体において,サイレンシングが起こる頻度は低く ない. サイレンシングの起こった植物体を効率的に作成するには,1) 導入遺伝子コピー 数は少なくともよいが,逆向き反復配列の形で挿入されている個体を選抜する. または,この形のコンストラクトを導入することも考えられる.2) プロモーター は強いプロモーターがよいが,必ずしも,35Sプロモーター が有効ではない.サ イレンシングを期待する組織特異的プロモーターを用いることも一考すべきであ る.35Sプロモーターを用いた場合,組織によって差がみられたり,発生過程で 回復することもあるので注意する.3) 形質転換1世代目でサイレンシングが起こ らなかった場合は,転写量の高い個体,コピー数の多い個体 (逆向き反復配列) を もっている個体の後代を展開し,再びスクリーニングを行う,などのことを念頭 177
において,コンストラクトの作成,スクリーニングを行うとよい. また,all or nothingの抑制ではなく,量的に一部遺伝子発現を抑制したい場合に は,アンチセンス遺伝子導入のほうが有効かもしれない.この場合も,35Sプロ モーターにかぎらず,抑制を期待する組織で強く発現するプロモーターを用いる ことが考えられる.
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178
Ⅵ.
遺伝子の発現をみる
1.
ノーザンハイブリダイゼーション 中島一雄・篠崎和子
1.1.はじめに 遺伝子が植物のどの器官でどの時期に発現しているか,どういった刺激に応答し て発現しているかを明らかにするためには,ノーザン解析を行うのが一般的であ る.ノーザン解析とは,細胞内に存在するmRNAを抽出し電気泳動により分離し たのち,ナイロン膜などに転写して32Pなどで標識した既知の遺伝子断片とハイブ リダーゼーションさせ,特定のmRNAを検出する方法である.膜上にハイブリダ イズした標識の量とmRNA量がほぼ比例することから,調べたい遺伝子のmRNA 量の変化を容易に比較できる. ノーザン解析にかぎらずRNAを扱う実験で気をつけなくてはいけないのは,RNA 分解酵素 (RNase)の混入である.RNaseは熱や洗剤にも強く,器具,試薬,氷, 手や唾液など思わぬところから混入する.必ず滅菌した器具とRNaseを不活性化 した試薬を用い,使い捨て手袋を着用する.RNaseを失活するには,オートク レーブ,乾熱 (180℃,3時間以上) ,DEPC (溶液に対し0.2%加え,ドラフト中で30 分間以上おいたのち,オートクレーブ) ,SDS-アルカリ溶液 (アクリル器具は0.1 N NaOH-1% SDSに30分間以上つけ,蒸留水ですすぐ)がよく使われる.また, RNA実験はRNA専用の実験台で行い,電気泳動漕などの器具も専用のものを用い るようにする.
1.2.RNAの抽出 RNAの調製法は,その用途に応じて多くの方法があるが,ここではノーザン法に 適したRNAの調製法であるATA法を紹介する.ATA (Aurintricarboxylic acid) は核 酸とタンパク質との相互作用の強力な阻害剤であり,RNaseの阻害剤としてのは たらきも示す.ATA法は安価な試薬を用いていることや,調製中のRNAの分解が 少ないなどの利点がある.また,比較的調製法は簡便であるため,一度に30∼40 サンプルを調製することも可能である.しかし,ATAは逆転写酵素を阻害するの で,RT-PCRやcDNAの調製などに用いることはできない. 181
一方,最近,フェノールとチオシアン酸グアニジンを用いる簡単なRNA調製であ るISOGEN法のキットが日本ジーンから売り出されている.また,同様のキット はGIBCO BRL社からTRISOL reagentとして売り出されている.試薬が高価である 点が難点であるが,得られるRNAの調製量や品質には問題がない.さらに,得ら れたRNAはRT-PCRにも利用できることや,調製時間が非常に短いなどの利点が ある.この方法は,日本ジーンまたはGIBCO BRLのマニュアルを参照されたい.
準備するもの ●
抽出バッファー:50 mM Tris-HCl(pH 8.0)-0.3 M NaCl-5 mM EDTA(pH 8.0)-2% SDS-2 mM ATA-14 mM 2-メルカプトエタノール(注1),ATAと2-メルカプトエタ ノールを加えるまえにオートクレーブする.
●
3 M KCl:要オートクレーブ
●
8 M LiCl:要オートクレーブ
●
5 M NaCl:要オートクレーブ
●
TEバッファー飽和フェノール
●
エタノール
●
70%エタノール
●
DEPC水
実験手順 1)試料0.5∼2 gをアルミホイルで包み,液体窒素で凍結して,-80℃保存する(注2). 2)液体窒素で冷却した乳鉢中でパウダー状になるまですばやく磨砕する. 3)抽出バッファーを15 ml加えて,乳棒でよく混ぜる. 4)2 mlの3 M KClを入れた50 ml容チューブに移して混合後,氷中に10分間放置す る. 5)4℃,8000 rpmで5分間遠心する. 6)上清をメッシュでろ過し,5 mlの8 M LiCl入った50 ml容のチューブに入れ混合 する.
注1
シロイヌナズナやタバコ以外の材料を用いるときには,2%triisopropylnaphthalenesulfonic acid sodium salt (TNS) を加える.
注2
ATAで抑えられるRNase量には限界があるため,植物量は必ず2 g以下にする.
182
1. ノーザンハイブリダイゼーション
7)4℃で一晩静置する. 8)4℃,8000 rpmで15分間遠心する. 9)沈殿を2 mlのDEPC水に溶かす. 10)2 mlのTEバッファー飽和フェノールを入れておいた15 ml容チューブに移し混合 する. 11)4℃,3500 rpmで15分間遠心する. 12)200μlの5 M NaClと5 mlのエタノールの入った15 ml容チューブに水相を移し混 合する. 13)-80℃で1時間静置する. 14)4℃,3500 rpmで30分間遠心し,上清を捨てる. 15)70%エタノールで沈殿をリンス後,4℃,3500 rpmで5分間遠心する. 16)真空用デシケーターに入れ,真空ポンプで10分間程度ひいて乾燥させる. 17)ペレットを50∼200μlのDEPC水に溶かし,マイクロチューブに移す(注3). 18)分光光度計を用いてRNA濃度を測定後,-80℃に保存する.
1.3.アガロース電気泳動とブロッティング ノーザン解析用の変性ゲルを用いたRNAの電気泳動法はいくつかあるが,ここで はもっとも一般的なホルムアルデヒドを用いた方法を紹介する. 筆者らは,通常,15×20 cmの1%アガロースゲルを用いて電気泳動を行ってい る.このゲルを用いると,15サンプルずつ2段,最大30サンプルを泳動すること ができる.これ以上細かいコームを用いると,きれいにハイブリダイズしたRNA のバンドが得られない.
注3
共存するATAによってピンク色になる.
183
電気泳動が終了したのち,ゲルからRNAをメンブランに移して固定化する.メン ブランにはニトロセルロースメンブランとナイロンメンブランが普及している. ナイロンメンブランは傷つきにくく取り扱いが容易であるが,種類によっては バックグラウンドが出やすい難点がある.筆者らは,数種のナイロンメンブレン を試し,もっとも良好な結果が得られたPALL社製のバイオダインA,孔径1.2 mm を使用している.
準備するもの ●
アガロース
●
DEPC水
●
5×ホルムアミドゲル泳動バッファー(5×FGRB):0.1 M MOPS(pH 7.0)-40 mM
●
ホルムアルデヒド
●
脱イオン化ホルムアミド
●
ブロモフェノールブルー溶液(BPB溶液) :50%グリセロール-1 mM EDTA-0.25%
酢酸ナトリウム-5 mM EDTA,孔径0.45μmのフィルターでろ過
ブロモフェノールブルー
実験手順 1)アガロース2 gとDEPC水150 mlを500 ml容三角フラスコに入れる. 2)電子レンジに5分間程度かけて,アガロースを完全に溶かす. 3)60℃程度まで温度が下がったら,5×FGRBを40 ml,ホルムアルデヒドを10 ml加 える(注4). 4)DEPC水で200 mlにメスアップ後,三角フラスコに戻してよく混ぜる. 5)ゲル作製器に静かに流し込む.泡が生じたらチップなどで除去する. 6)ゲルが完全に固まるまでドラフト内に1∼2時間静置する. 7)泳動漕の泳動バッファー(5×FGRBをDEPC水で5倍希釈)中に入れる. 8)マイクロチューブ中に,DEPC水とRNA試料 (10∼40μg) 9μl,5×FGRB 4μl,ホ ルムアルデヒド7μl,脱イオン化ホルムアミド20μl,BPB溶液4μlを調製する.
注4
184
この変性ゲルは毒性の高いホルムアルデヒドを含むので,ゲル調製はドラフト内で行う.
1. ノーザンハイブリダイゼーション
9)65℃ウォーターバス中に15分間入れ変性させる. 10)氷中に5分間入れたのち,遠心機でスピンダウンする. 11)ゲルのウェル中に各試料を注入する. 12)80 V定電圧(3∼4 V/cm),3.5時間程度泳動する(ブロモフェノールブルーのバン ドが2/3程度まで流れるまで) .最初の30分間はスターラーを回さずに泳動し,そ ののちスターラーを回して泳動漕内のバッファーを循環させる. 13)一晩ブロッティング (図1・1 a) する. 14)ブロッティング後,メンブラン上にマーカーペンでウェルの位置を書き込む. 15)ろ紙上にメンブランのRNA付着面が表になるように置き,1時間風乾する. 16)メンブランをろ紙にはさみ,80℃,2時間ベーキングする.
1.4.ハイブリダイゼーション
準備するもの ●
ハイブリダイゼーション液:50%ホルムアミド-5×SSC-25 mM NaPO(pH 6.5)4 10×Denhartユs-125 mg/ml ssDNA)
●
1×SSC-1%SDS
●
0.1×SSC-0.1%SDS
●
5%酢酸
●
染色液:0.04%メチレンブルー-0.5 M 酢酸ナトリウム(pH 5.2)
実験手順 1)ブロットしたメンブランをハイブリバックに入れ,メンブラン1枚当たり20∼25 mlの42℃のハイブリダイゼーション液を入れる.気泡を除去し,ポリシーラーで シールする. 2)42℃で一晩インキュベートする. 185
(a) 500ml容三角フラスコ (4∼5g /cm2になるように) ガラス板 ペーパータオル(5∼10cm) ナイロンメンブラン (バイオダインAなど)
Whatman 3MMろ紙(2枚) Whatman 3MMろ紙(2枚)
ゲル
サランラップ (ゲルのまわりを覆う) ブロッティング台
(b)
メンブランとゲル、ゲルとろ紙の 間に気泡が入らないようにする
(c) パスツールピペット TEバッファー ラベリング反応液
20×SSC
1回目シール(ハイブリダイゼーション液 を入れたのち)
気泡 TEバッファーで 膨潤させた SepharoseGー50 (TEバッファ− を5回ぐらい流す)
2回目シール
石英線
(気泡を追い 出したのち)
(プローブを 入れたのち)
3回目シール
メンブラン
マイクロチューブ (10本並べておき、 1本目には400μl、 2本目以降は100μl 回収する)
RAN試料が 入っていた ウェルの位 置 ハイブリダイゼーション液
図1・1 ノーザンハイブリダイゼーション.a) ブロッティング.b) プロー ブの精製.c)ハイブリダイゼーション.
3)ランダムプライムDNAラベリングキット (Boehringer Mannheim社など) を用いて, 25∼50 ngのプローブDNAを32P標識する (詳細はキットの説明書を参照). 4)プローブ精製用カラム (図1・1 b) を用いてプローブを精製する.クィックカウン ターを用いて,各チューブのカウントを推定する. 5)プローブを95℃で2分間熱処理後,氷中に2分間静置する. 186
1. ノーザンハイブリダイゼーション
(注5) 6)メンブランが入ったハイブリバックにプローブを入れる(図1・1 c)
7)ポリシーラーでシール後,よくハイブリダイゼーション液を混合する.ポリシー ラーが汚染しないように,ヒーター部分をアルミホイルで覆い,強めに熱をかけ るとよい. 8)42℃で一晩インキュベートする.振とうしたり,ときどき混ぜたほうがきれいに なる. 9)メンブランをタッパーに入れ,1×SSC-1% SDSで室温,3分間洗浄を2回行う. 10)0.1×SSC-0.1% SDSで65℃,15分間洗浄を2回行う.
ストレス処理時間 (min)
0
10 20
(hour)
40 60
2
5
10 24
乾燥
低温
NaCI
ABA
水
rRNA
図1・2 ノーザンハイブリダイゼーションによるシロイヌナズナの乾燥, 塩,低温ストレス誘導性rd29A遺伝子の解析.乾燥,塩,低温ストレス を与えたり,植物ホルモンであるアブシジン酸 (ABA) 処理したシロイ ヌナズナから全RNAを調製して実験に用いた.ストレスやABA処理の 対照として,水処理を行った植物を用いた.
注5
プローブ濃度は1.5 Mdpm/mlぐらいになるようにし,濃いプローブ溶液が直接メンブランにかからないようにしてハイブリバックに入れる.
187
11)メンブランをWhatman 3MMろ紙上に置き,1時間風乾する. 12)メンブランをサランラップで覆い,RIイメージアナライザー(富士写真フイル ム,BAS2000など)や,オートラジオグラフィーによりRI像を解析する(図1・ 2). 13)メンブラン上にのっているRNAを確認するためにメンブランを染色するとよい. メンブランを5%酢酸中で15分間振とう後,染色液中で10∼30分間振とうする. その後,蒸留水(注6)に入れ替えて振とうし,脱色する.
参考文献 1. 中山広樹, 西方敬人 (1995) 分子生物学実験の基礎. バイオ実験イラストレイテッド1. 秀潤社, 東京 2. 中山広樹, 西方敬人 (1995) 遺伝子解析の基礎. バイオ実験イラストレイテッド2. 秀潤社, 東京
注6
188
あるいは5%酢酸でもよい.
2.
RT-PCR
一色 正之
2.1.はじめに PCR (polymerase chain reaction)は2種類のプライマーを用いてDNA断片を増幅す ることにより,目的のDNAを容易に検出することができる方法である.一般的 に,RNAの発現を検出するためにはノーザンハイブリダイゼーションやRNaseプ ロテクションマッピングなどが使われるが,著しく発現量の少ないRNAの検出 や,試料を多く使えない場合などに有効なのが,RT-PCR(reverse transcription PCR) である.PCR反応は鋳型としてDNAしか使うことができない.このため, 図2・1のようにRNAの増幅を行うためには,一度cDNAへの逆転写を行うステッ プが必要となる.合成されたcDNAは特異的な2種のプライマーにより特定の領域 を増幅することができる.このため,RT-PCRはノーザンハイブリダイゼーショ ンに比べて1000倍の検出感度が得られる.ただし,PCRの性質として,増幅産物 がある限度を越えると増幅率が低下してしまい初期鋳型量を反映することができ なくなってしまうため,ノーザンハイブリダイゼーションのように定量性のある [1] 結果を得るためには,競合的PCR法(competitive PCR) などを用いる必要があ
る.
5′
3′
mRNA
AAAAAAA 下流プライマー 逆転写
5′
3′
cDNA 上流プライマー PCR
図2・1 RT-PCR法の原理. 189
2.2.実験方法 2.2.1.準備するもの ■ 酵素 ●
逆転写酵素
●
Taqポリメラーゼ
●
RNaseインヒビター これらの酵素は各社から特徴のあるものが発売されているので,一度カタログを 参照していただきたい.
■ バッファー ●
10×反応バッファー:500 mM KCl-200 mM Tris-HCl (pH 8.4) -25 mM MgCl2-1 mg/ mlウシ血清アルブミン (nuclease free) 酵素に添付されているものでよい.また,増幅する配列がGCリッチな場合,PCR 反応ではAdvantage®-GC cDNA Plymerase Mix (CLONTECH社) やLA TaqTM with GC Buffer (宝酒造)などを使用すると良好な結果が得られる.
■ プライマー 逆転写反応に用いるプライマーは以下の3種から選択する.増幅断片が大きくな い場合はどれを選んでもよいが,一度それぞれのプライマーを試してみるのがよ い. ●
特異的下流プライマー:目的の遺伝子のみ増幅したいとき
●
ランダムプライマー:六量体∼九量体のランダム配列をもつプライマー.長い RNAや逆転写後複数のcDNA断片を増幅したいとき
●
オリゴ(dT)プライマー:逆転写後,複数のcDNA断片を増幅したいとき
■ キット 各社から特徴のあるキットが販売されているので,いくつか紹介してみたい. ●
THERMOSCRIPTTM RT-PCR System (GIBCO BRL社) :cDNA合成時に反応温度を 70℃まで上げることができ,RNAの二次構造を減らすことができる.
●
mRNA Selective PCR Kit (宝酒造) :dNTPアナログを取り込ませたcDNAを合成す ることにより,mRNA由来のcDNAのみ増幅させることができる.一過性発現の 実験など大量のプラスミドDNAが混入した場合に便利. このほか,ワンステップでRT-PCRを行うことができるキットが各社から販売さ れている.
190
2. RT-PCR
2.2.2.実験手順 ■ RNA単離 RNA単離は,一般的にグアニジンチオシアン酸塩を用いた単離法[2]で行ってよい が,種子など多糖類の多い組織ではフェノール-SDSを用いた方法[3]が適してい る.RNAは必要に応じてDNaseⅠ処理,あるい,はオリゴ(dT)カラムによる mRNA精製を行う. ■ 逆転写反応 1)最終液量が20μlになるよう,以下の反応液を混合する. 1μg鋳型全RNA 1×反応バッファー 1 mM dNTPs 2.5 mMランダムプライマー(注1) 20 U RNaseインヒビター 5 U 逆転写酵素 水(RNase free) 2)30℃ 10分間,42∼60℃ 1時間,99℃ 5分間の条件で反応を行う(注2). 3)反応終了後,すぐに氷上に移す. ■ PCR反応 1)最終液量が100μlとなるよう,以下の反応液を混合する(注3). 逆転写産物20μl 1×反応バッファー 1 mMセンスプライマー 1 mMアンチセンスプライマー(注4) 2.5 U Taqポリメラーゼ
注1
プライマーは,前述の3種のプライマーから目的に応じて選択する.
注2
30℃の反応は,ランダムプライマーがRNAとアニーリングできる長さまで伸長するようにあらかじめ逆転写反応を行うためのものである. オリゴ(dT)プライマーや特異的下流プライマーを使用する場合には必要ない.また,逆転写反応終了後,99℃で加熱することによって,RNAcDNAがハイブリダイズしたものを一本鎖に戻すとともに,逆転写酵素を失活させ,つぎのPCR反応に対する阻害をなくす.
注3
PCR装置として,Perkin-Elmer社DNA Themal CyclerTM PJ2000, 480を使用する場合は,50∼100μlのミネラルオイルを重層する.
注4
逆転写反応でアンチセンスプライマーを使用した場合は,逆転写産物からの持ち込みのプライマー量を考えて添加量を補正する.
191
2)94℃ 30秒間,55℃ 30秒間,72℃ 1分間を25∼35サイクルの条件で反応を行う(注5). 3)PCR産物5∼10μlをアガロースゲルで電気泳動し,エチジウムブロミドで染色 後,紫外線をあてて目的のDNA断片を検出する.
2.3.実験例 図2・2に登熟中の米におけるデンプン合成酵素遺伝子のRT-PCR解析例を示し
米 カ も
ち
米
ニ ポ ャ ジ
イ
ン
デ
ィ
カ
米
た.
WX
RBE1
AGPP
図2・2 登熟中の米におけるデンプン合成酵素遺伝子のRT-PCR解析.一般 的なインディカ米,ジャポニカ米,もち米の開花後15日後の胚乳から RNAを抽出し,RT-PCRを行った.Wx:アミロース合成に必要な顆粒 結合性デンプン合成酵素をコードしている.米の種類により発現量や 大きさが異なっており,それぞれの米の粘りに影響する重要な遺伝子 である[4].GC含量の多い領域があるため,PCRにはGCバッファーが必 要である.RBE1:アミロペクチン合成に必要な枝付け酵素をコードし ている.AGPP:デンプンの基質となるADPグルコースをつくるADP グルコースピロホスホリラーゼをコードしている.
注5
192
一般的な反応条件を示した.増幅するcDNAや使用するプライマーによって温度や時間の条件を変える.たとえば,伸長時間はTaqポリメラー ゼの特性によって異なるが,1 kb/minを目安とする.ただし,長すぎるとスメアになる.
2. RT-PCR
参考文献 1. 2. 3. 4.
Gilliland G, Perrin S, Blanchard K, Bunn HF (1990) Analysis of cytokine mRNA and DNA: detection and quantitation by competitive polymerase chain reaction. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87: 2725-2729 Chomczynski P, Sacchi N (1987) Single-step method of RNA isolation by acid guanidinium thiocyanate-phenol-chloroform extraction. Anal. Biochem. 162: 156-159 Shirzadegan M, Christie P, Seemann JR (1991) An efficient method for isolation of RNA from tissue cultured plant cells. Nucl. Acid Res. 19: 6055 Isshiki M, Morino K, Nakajima M, Okagaki RJ, Wessler SR, Izawa T, Shimamoto K (1998) A naturally occurring functional allele of the rice waxy locus has a GT to TT mutation at the 5' splice site of the first intron. Plant J. 15: 133-138
193
3.
レポーター遺伝子の活用
村本拓也・青山卓史
3.1.はじめに 遺伝子の発現解析において,転写制御様式を調べる場合はmRNAを,翻訳も含め た制御様式の場合はタンパク質を,それぞれ検出または定量することが基本であ る.しかし,一般的にそれら遺伝子産物を直接解析することは煩雑であり,技術 的に困難である場合も多い.そこで,調べたい遺伝子と同様の発現制御下に検出 および定量が容易なタンパク質の遺伝子をおき,その発現を解析するという手法 がしばしばとられる.このように,遺伝子発現などの指標として便宜的に用いら れる外来性の遺伝子をレポーター遺伝子とよぶ. ここでは,現在植物分野でおもに用いられるレポーター遺伝子として,β-グル クロニダーゼ (GUS) 遺伝子,ルシフェラーゼ (Luc) 遺伝子,GFP (green fluorescent protein,緑色蛍光タンパク質) 遺伝子の3種類をとりあげ,それらを用いた遺伝子 発現解析についてのべる.それぞれの遺伝子産物の特徴や発現の検出方法は表 3・1に示すように大きく異なっているので,実験の目的に応じてもっとも適した ものを利用することが重要となる.
3.2.レポーター遺伝子の種類と特徴 3.2.1.GUS GUSはβ-グルクロニド結合を加水分解する酵素であり,大腸菌のGUS遺伝子 (uidA) がレポーター遺伝子として用いられている[1].このレポーター遺伝子の特 徴としては,まずβ-グルクロニダーゼ活性の検出および定量のために種々のβグルクロニド基質が利用できることがあげられる.一般的に,発現部位の組織化 学的な解析には5-bromo-4-chloro-3-indolyl-β-D-glucuronide (X-gluc) を用い,酵素 反応により生成する水に難溶性の青色の色素を観察する.また,resorufin-β-Dglucuronide,C12FDGlucU(Molecular Probes社) などの蛍光基質を用いて,生きた 植物体でのGUS発現部位を観察することも可能である[1, 2].発現量の定量には, 4-methyl-umbelliferyl-β-D-glucuronide (4-MUG) を用いて分解産物の365 nmの紫外 光励起における455 nmの蛍光を蛍光分光光度計で測定するか,もしくは,化学発 光基質GUS-lightTM(TROPIX社) ,GUS-LUXTM (和光純薬) などを用いて,酵素反応 194
Promega社およびニッポンジーン から,遺伝子工学的に改良された Luc遺伝子がプラスミドベクター に組み込まれた形で販売.Lucタ ンパク質は細胞内での半減期が比 較的短いので[6],経時的な変化 を追うような発現解析に最適
Clontech社,Invitrogen社などから 遺伝子工学的に改良されたさまざ まなGFP遺伝子がプラスミドベク ターに組み込まれた形で販売. sGFP(S65T)は静岡県立大学大学 院生活健康科学研究科 丹羽康夫博 士より分与を受けることができ る.GFPの発色団形成には平均で 約4時間必要とされるので [7] ,遺 伝子の発現誘導解析などには不適
基質となるホタルルシフェリ ンを浸透させ,冷却CCDカメ ラシステムまたはVIMカメラ システムで観察.高感度の検 出が可能であるとともに,発 現量の定量が容易
基質を与えるなどの前処理を 必要とせずにGFPの蛍光を直 接観察可能
一般的に不向き.冷却CCDカ メラシステムなどを用いて行 うことが可能だが,細部の観 察には高レベルの発現が必要
GFPの蛍光を直接観察できる ため,基質の浸透性や生成物 の拡散などの問題が生じず, 簡単に観察が可能.共焦点 レーザー顕微鏡を用いGFP融 合タンパク質の細胞内局在性 を高い解像度で解析すること も可能
市販の定量用のキットを用い て,ルミノメーターで測定す ることにより非常に高感度で 定量性の高い解析が可能.ウ ミシイタケのルシフェラーゼ (RLuc) と組み合わせて用いる ことにより,2種類のプロモー ターからの発現を簡便に定量 比較することも可能
GFP自体の蛍光を蛍光分光光 度計を用いて測定.同様の自 家蛍光を有する試料ではバッ クグラウンドが高くなる
Luc (ホタルルシフェ ラーゼ)
GFP (green fluorescent protein)
現在,プラスミドベクターに組み 込まれたものとして購入すること ができないので,保有している近 隣の研究室から分与を受ける. GUSタンパク質は植物細肪内で安 定であるため,経時的な変化を追 うような発現解析には不向き
resorufin-β-D-glucuronide, C12FDGlucU (Molecular Probes 社)などの蛍光基質を浸透さ せ,分解産物の蛍光を観察す ることが可能
固定後,5-bromo-4-chloro-3indolyl-β-D-glucuronide(Xgluc) を浸透させ,酵素反応に より生成する青色の色素を観 察.ほかのタンパク質と融合 タンパク質を作成し細胞内局 在性を調べることも可能
4-methyl-umbelliferyl-β-D-glucuronide(4-MUG)を基質とし て用いて分解産物の蛍光を蛍 光分光光度計で測定するか, もしくは,化学発光基質GUSlight TM(TROPIX社),GUSLUXTM(和光純薬)などを用い て酵素反応により生じる発光 をルミノメーターにより測 定.定量性に優れる
遺伝子の入手先とそのほかの特徴
GUS(β-グルクロニ ダーゼ)
生体植物レベルでの解析
組織・細胞レベルでの解析
in vitroにおける定量解析
レポーター遺伝子
表3・1 代表的なレポーター遺伝子の遺伝子産物の特徴や発現の検出方法
3. レポーター遺伝子の活用
195
により生じる発光をルミノメーターにより測定する. X-glucを用いた発現部位の組織化学的な解析では,特別な装置を必要とせずに鮮 明なパターンが得られることなどから,GUS遺伝子は植物の遺伝子発現解析にお いてもっとも広く用いられているレポーター遺伝子である.一方,GUSは生体内 で比較的安定な酵素であり,その半減期は長い (24時間以上) と考えられるので, 経時的な変化が問題となるような発現解析には適さない.また,低い活性の検 出に際しては植物内在のGUS活性が問題になる場合があるので,注意が必要であ る[3].
3.2.2.Luc ルシフェラーゼはホタルなどの生物において生物発光を触媒する酵素の総称であ り,それぞれの酵素に特異的なルシフェリンと総称される基質をもつ.もっとも 一般的にレポーターとして用いられているものは,北米産ホタル (Photinus pyralis) のルシフェラーゼ (Luc) およびそれを遺伝子工学的に改良したものであり[4],そ れ以外にウミシイタケ (Renilla reniformis) のもの (RLuc) などが利用可能である[5]. Lucは,ホタルルシフェリンをATPの存在下で酸化することにより光を発生させ る.in vitroにおける定量実験では,この反応により生ずる光をルミノメーターで 測定することにより,非常に高感度のLuc活性の検出が可能である.ホタルルシ フェリンは水溶性で,しかも細胞膜を透過することができ,植物に対する毒性も ほとんどないので,生きた植物体の根や植物表面から各組織に吸収させ,細胞内 でLucによる発光反応を起こさせることができる.この発光を冷却CCDカメラや 光子計数方式のVIMカメラなどの高感度のカメラシステムを用いて画像化するこ とにより,生体における遺伝子発現の高感度の解析が可能となる.また,Lucは 細胞内における半減期が比較的短いので[6],遺伝子発現の経時的変化を観察する のにもっとも適している.Lucによる発光は,非常に高い感度でしかも迅速に検 出することができる.その一方,解像度の高い画像を得るには高い発現量を必要 とし,細胞レベルにおける発現解析を行うには一般的に不向きである.
3.2.3.GFP オワンクラゲ (Aequorea victoria) がもつGFPは,長波長UV (396 nm) もしくは青色 光 (475 nm) を吸収し緑色 (508 nm) の蛍光を発するタンパク質である.GFPは自ら がセリン (65番目) ,チロシン (66番目) ,グリシン (67番目) の三つのアミノ酸側鎖 を環状化および酸化することによって発色団を形成する[7, 8].蛍光の発生には基 196
3. レポーター遺伝子の活用
質やコファクターを必要としないため,観察の際の前処理が必要なく,GFPの発 現量が蛍光の強度で直接測定できる.また,タンパク質そのものを観察できるた め,ほかの遺伝子産物との融合タンパク質を作成した場合,その細胞内における 局在性を正確に知ることができる[8, 9]. 現在では,遺伝子工学的に改良されたさまざまなGFPが用いられており,それら はクラゲ本来のものに比べて発光量が増加し,DNA上での操作が容易にできるよ うになっている[5, 9, 10, 12].また,それらのなかには励起波長や蛍光波長を変化さ せたものがあり,それらを組わ合わせて用いることにより同一試料で複数の遺伝 子の発現を観察することも可能である[9-11].現在,植物を用いた実験において [12] などが用いられている. は,植物での発現用に開発されたsGFP (S65T)
3.3.レポーター遺伝子を利用した実験 3.3.1.レポーター遺伝子を利用した実験の種類 レポーター遺伝子を利用する目的としてまず考えられるのは,ある特定の遺伝子 の本来の転写様式に関する知見を得るということである.その場合には,開始コ ドンを含む翻訳開始点上流の十分に長い領域をレポータータンパク質のコード領 域と翻訳フレームがあうように融合したレポーター遺伝子を,トランスジェニッ ク植物に導入するするのがもっとも一般的な方法である.しかし,その際に使わ れた上流領域以外に遺伝子発現の制御に関与するシス配列が含まれている可能性 を除去できないので,レポーター遺伝子を用いた実験によって得られた発現パ ターンと本来の遺伝子のものとが一致しているという保証はない.一方,トラン スジェニック植物を用いたプロモーター領域のシス配列の解析など,ある特定の 領域を抽出または削除してそれらの発現パターンに対する寄与を解析する実験に おいては,レポーター遺伝子により発現を検出することがもっとも有効な手段で ある.いずれの場合においても,レポーター遺伝子のトランスジェニック植物内 での発現パターンや強度はトランスジェニック植物のラインによって異なる場合 が多いので,多数のラインを観察する必要がある. パーティクルボンバードメントやエレクトロポーレーションなどの手法を用いた トランジェント発現実験(注1)においても,レポーター遺伝子が活用されている. これらの実験では,トランスジェニック植物を用いた実験と異なり,取り扱う細 注1
導入遺伝子が植物染色体に組み込まれないため,発現が一過的.これに対し,導入遺伝子が植物染色体に組み込まれると後代に遺伝するの で,この場合はトランスジェニックな発現となり,前者と区別される.
197
胞の一部のものに遺伝子が導入されることになるので,バックグラウンドレベル が低く感度の高い検出方法が望まれる.Lucは検出感度が高いだけでなく定量性 にも優れているので,トランジェント発現を用いた定量解析実験にもっとも適し ているといえる.さらに,RLucやGUSなど,ほかのレポーター遺伝子を構成的な プロモーターを使って同一細胞中で発現させ,その活性を遺伝子導入効率の内部 コントロールとして用いることで,実験自体の定量性を高めることができる. そのほかのレポーター遺伝子の活用例として,内在のプロモーターの下流にレ ポーター遺伝子をおいたものを導入したトランスジェニック植物株をもとに突然 変異原で処理し,シグナル伝達や転写制御に変化が生じた突然変異体をレポー ター遺伝子の発現を指標に検索するという方法がある.実際に,日周性や塩スト レス感受性に関する突然変異体がLuc遺伝子を用いた系により単離されている. また,レポーター遺伝子のコード領域,もしくは,ミニマムプロモーターにレ ポーター遺伝子のコード領域をつないだものを植物ゲノム上のランダムな位置に 挿入し,遺伝子発現の特異性に関与するシス領域を検索しようという試み (プロ モータートラップ法,エンハンサートラップ法) も,レポーター遺伝子が活用さ れている例である.
3.3.2.GUS遺伝子を用いた実験例 GUS遺伝子を用いた実験の一例として,シロイヌナズナCDC2aプロモーターの組 織特異的な活性を調べた組織化学的解析実験について記述する.
準備するもの ● ●
野生型シロイヌナズナ(Columbia系統) :MS寒天培地上で播種後5日目の苗条 CDC2aプロモーター::GUS遺伝子をもつ形質転換シロイヌナズナ:MS寒天培地上 で播種後5日目の苗条
●
90%アセトン
●
70%エタノール
●
1 Mリン酸ナトリウム(pH 7.4)
●
12.5 mMフェリシアン化カリウム-12.5 mMフェロシアン化カリウム溶液:遮光し て4℃で保存
198
●
20 mg/ml X-glucジメチルホルムアミド溶液:-20℃で保存
●
微量試験管(エッペンドルフチューブ)
●
恒温器
●
実体顕微鏡
3. レポーター遺伝子の活用
実験手順 1)90%アセトンをエッペンドルフチューブに入れ,あらかじめ-20℃に冷やす. 2)シロイヌナズナの苗条を沈め,-20℃で1時間おく(注2). 3)100 mMリン酸ナトリウム (pH 7.4)で2回洗う. 4)0.5 mg/ml X-gluc-0.5 mMフェリシアン化カリウム-0.5 mMフェロシアン化カリウ ム-100 mMリン酸ナトリウム (pH 7.4) 中,37℃,1∼24時間GUS反応を行わせる. 5)70%エタノールに替え反応を止めるとともに,そのまま室温で一晩おいて植物の 脱色を行う(注3). 6)実体顕微鏡で観察する.観察の結果を図3・1に示す.
(a)
(c)
(b)
(d)
図3・1 野生型シロイヌナズナ (a) ではGUS活性はみられないが,CDC2aプロモーター::GUS遺伝子をもつ 形質転換シロイヌナズナの苗条 (b) では根,子葉などでGUS活性がみられる.特に,形質転換シロイヌ ナズナの茎頂分裂組織 (c) および根端分裂組織 (d) では非常に強いGUS活性が認められる.口絵9参照. 注2
試料によっては,このとき減圧処理を行ったほうがX-glucの浸透がよい.単細胞層の試料などでは,処理時間を数分間に短縮できる.
注3
脱色が不十分な場合は,さらにもう1日おく.
199
3.3.3.Luc遺伝子を用いた実験例 Luc遺伝子を用いた実験の一例として,グルココルチコイド転写誘導系による遺 伝子発現誘導実験について記述する.
準備するもの ●
グルココルチコイド誘導性プロモーター::Luc遺伝子をもつ形質転換シロイヌナズ ナ:MS寒天培地上で播種後10日目の苗条
●
30 mMデキサメタゾンエタノール溶液:-20℃で保存
●
50 mMルシフェリン溶液:遮光して-20℃で保存
●
1% Tween20溶液
●
スプレー容器
●
VIMカメラシステム:ARGUS-50 VIMカメラシステムなど
実験手順 1)30μMデキサメタゾン-0.01% Tween20をスプレー容器に入れ,寒天培地上の植物 の上から均一にスプレーする(注4). 2)デキサメタゾン処理直後,各測定時間の20分前に,それぞれ別の寒天培地の植物 に対して,1 mMルシフェリン-0.01% Tween20を同様にスプレーする(注5). 3)5∼10分間VIMカメラシステムで発光の観測を行う(注6).観察の結果を図3・2に示 す.
3.3.4.GFP遺伝子を用いた実験例 GFP遺伝子を用いた実験の一例として,トランジェント発現系によるシロイヌナ ズナHY1遺伝子 (葉緑体に輸送されるヘムオキシゲナーゼをコードする) にコード される,トランジットペプチドを用いたタンパク質輸送の実験について述べる.
注4
できるだけ細かい水滴が均一に葉の上に載るようにする.
注5
ルシフェリンと反応することにより細胞内に蓄積されたLucが失活するので,蓄積量を調べる場合には,同じ植物試料に対してルシフェリ ン処理を繰返さないほうがよい.
注6
暗所に移してしばらくは葉緑体由来の発光が残るので,数分間おいたのち観測を開始する.
200
3. レポーター遺伝子の活用
(a)
(c)
(e)
(b)
(d)
(f)
図3・2 MS寒天培地上で縦5列・横5列に並んだグルココルチコイド誘導性プロモーター::Luc遺 伝子をもつ形質転換シロイヌナズナの苗条に対してデキサメタゾンをスプレーし,0時間, 1時間,2時間,4時間,8時間および16時間後のLuc活性をVIMカメラシステムで観察した. 色が青から水色,黄緑色になるにつれて強いLuc活性があることを示している.口絵10参照.
準備するもの ●
CaMV35Sプロモーター::GFP遺伝子を有するプラスミドDNA(注7)
●
CaMV35Sプロモーター::HY1トランジットペプチド::GFPキメラ遺伝子を有するプ ラスミドDNA(注8)
●
パーティクルガン(Bio-Rad社など),そのほか導入に必要な器具
●
タマネギやシロイヌナズナ,タバコの葉など,キメラ遺伝子を導入する組織
●
蛍光顕微鏡:FITC観察用のフィルターセットがついているもの
●
スライドグラスおよびカバーグラス
注7
GFP遺伝子は,静岡県立大学大学院生活健康科学研究科 丹羽康夫博士より分与を受けたsGFP (S65T)ベクターを用いた.
注8
GFPとの融合は,N末端・C末端それぞれの融合を試したほうがよい,今回の場合は,葉緑体へのトランジットペプチドを用いたので,GFP のN末端に融合した.
201
実験手順 1)プラスミドを調製する(注9). 2)マクロキャリアーへDNAをコーティングする. 3)植物材料を準備する.タマネギの場合は,リン片をはがし,凹面側を上にして MSプレートや濡らしたキムワイプを敷いたシャーレの中央に置く.タバコの葉 は,適当な大きさに切断し同様に置く.シロイヌナズナの葉は,なるべく隙間な く並べる.
(a)
(b)
図3・3 パーティクルガンによりCaMV35Sプロモーター::GFP遺伝子を導入 したタマネギの表皮細胞では,細胞質全体にGFPによる蛍光がみられる (a) .それに対して,CaMV35Sプロモーター::HY1トランジットペプチ ド::GFPキメラ遺伝子を導入した細胞では,蛍光はプラスチドに相当す る箇所に局在しているのが観察される(b).口絵11参照.
注9
202
プラスミドの調製にはQIAGEN社のカラムを用いた.
3. レポーター遺伝子の活用
4)パーティクルガンを用いてDNAを導入する. 5)翌日まで培養する(暗黒下,23∼25℃). 6)FITC観察用のフィルターセットを用いて蛍光顕微鏡で観察する.タマネギ の場 合は,表皮細胞層が簡単にはがれるので,それをスライドグラスに移し少量の滅 菌水をたらしてカバーグラスをのせ観察する.タバコの葉など,そのままでは観 察しにくい場合,あるいは,解像度の高い写真を撮りたい場合は,必要に応じて 切片にして観察する(注10).タマネギの表皮細胞層を用いた観察の結果を図3・3に 示す.
参考文献 1. Using the GUS gene as a reporter of gene expression (1992) Gallagher SR (ed) Academic Press, London 2. 磯原豊司雄 (1990) レポーター遺伝子. 植物細胞工学 6: 721-728 3. Kosugi S, Ohashi Y, Nakajima K (1990) An improved assay for β-glucuronidase in transformed cell: methanol almost completely suppress a putative endogenous β-glucuronidase activity. Plant Sci. 70: 133-140 4. 丹羽康夫, 平塚和之 (1997) 細胞観察に用いるベクターのマップと入手先. 植物の細胞を観る実験プロトコー ル. 秀潤社, 東京, pp 196-200 5.
Lorenz WW, McCann RO, Longiaru M,Cormier MJ (1991) Isolation and expression of a cDNA encoding Renilla reniformis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 88: 4438-4442 6. Millar AJ, Short SR, Hiratsuka K, Chua N-H, Kay SA (1992) Firefly luciferase as a reporter of regulated gene expression in higher plants. Plant Mol. Biol. Reporter 10: 324-337 7. Cody CW, Prasher DC, Westler WM, Prendergast FG, Ward WW (1993) Chemical structure of the hexapeptide chromophore of the Aequoerea green-fluorescent protein. Biochemistry 32: 1212-1218 8. Prasher DC (1995) Using GFP to see the light. Trends Genet. 11: 320-323 9. Chiu W, Niwa Y, Zeng W, Hirano T, Kobayashi H, Sheen J (1996) Engineered GFP as a vital reporter in plants. Curr. Biol. 6: 323-330 10. von Arnim AG, Deng XW, Stacey MG (1998) Cloning vectors for the expression of green fluorescent protein fusion proteins in transgenic plants. Gene 221: 35-43 11. Davis SJ, Vierstra RD (1996) Soluble derivatives of green fluorescent protein (GFP) for use in Arabidopsis. Weeds World 3: 43-48 12. Sheen J, Hwang S, Niwa Y, Kobayashi H, Galbraith DW (1995) Green-fluorescent protein as a new vital maker in plant cells. Plant J. 8: 777-784
注10
タバコの葉をそのまま観察し,GFPの蛍光が認められた部分をマイクロスライサー (D.S.K.同阪イーエム) で切片化した,筆者らの実験では, 孔辺細胞においてGFPの蛍光が容易に観察された.細胞の形から観察もしやすく葉緑体自体も特定しやすいので,葉緑体へのタンパク質の 局在を観察するのによいと思われる.
203
4.
in situハイブリダイゼーション
後藤 弘爾
4.1.はじめに RNAに対するin situハイブリダイゼーション法は,目的とする遺伝子の発現の時 期や組織内での局在を調べるのに優れた方法である.もともとこの方法は,発生 に関与する遺伝子の消長を個々の細胞レベルで調べる,という目的で開発され た.特に,植物細胞では成長した細胞内には液胞が発達してほとんど細胞質がみ えなくなり,液胞内の二次代謝産物がハイブリダイゼーションを阻害したりす る.したがって,細胞質に富んだ若い細胞,すなわち,メリステムの細胞にのみ 適用できるといっても過言ではない. 実験方法は組織形態学と分子生物学の手法が組み合わされているので,各操作も 煩雑で経験を要するものが多い.しかし,得られた結果からの情報量は多く,ク ローニングした遺伝子の機能を考えるうえで欠かせない手法となっている. 原理は,組織内のRNAを固定し,目的のRNA分子と特異的にハイブリダイゼー ションするプローブを用いてその遺伝子の発現を検出することである.植物細胞 に対する場合,プローブの標識は放射性同位体によるほうが再現性がよい.しか し,非放射性のジゴキシゲニン (DIG) 標識でもプローブごとに条件を最適化する ことで,満足のいく結果が得られるようになってきている. 発現量に対する定量性は高くない.検出限界はS/N比のよい実験を行えば,露光 時間を長くすることによりかなり高くできる.特に,組織から抽出したRNA中の 存在比が少なくても (ノーザン法で検出できない場合でも) ,特定の細胞での発現 量が多ければ検出可能である. なお,in situハイブリダイゼーションと同様な解析法として,whole mountハイブ リダイゼーション法があるが,現在のところ植物においては再現性のよいデータ が得にくいとの報告があるのでここでは記載しない.
4.2.試薬・器具 RNAを取り扱う実験の一般的な注意事項が当てはまる.組織の固定後からハイブ リダイゼーションの洗浄でRNaseを使用するまでのあいだ,器具・試薬類はすべ 204
4. in situ ハイブリダイゼーション
てRNaseフリーにしておく.ガラス器具などはアルカリ洗剤に一晩浸けたのち, よく洗浄し,乾熱滅菌のできるものは250℃で4時間以上行う.また,オートク レーブは120℃で30分間行う.場合によっては,ジエチルピロカーボネイト (DEPC) 処理も行ったほうがよい.
4.3.固定・包埋・切片作製 in situ法の実験結果のよしあしを決めるのは,切片の出来のよしあしにつきる. よい切片の作製には,経験を積むことと,その組織に対する組織学的な知識が必 要である.
4.3.1.FAAによる固定 いろいろな固定法を試した結果,FAAによる固定がもっとも適していた.4%パ ラホルムアルデヒドによる固定でも,良好な結果を得ている.グルタルアルデヒ ドによる固定では,シグナルは得られなかった.用いる材料によって,最適な固 定液,固定時間を決める必要がある. 1)組織量に対して体積当たり数十倍の固定液(FAA固定溶液:50.0%エタノール5.0%氷酢酸-3.7%ホルムアルデヒド) に,切片をつくりやすいようにトリミングし た組織を浸ける. 2)アスピレーターで15分間減圧する.固定液が沸騰しない程度の圧力に保つ. 3)ゆっくりと常圧に戻す.すべての組織が沈むように減圧を繰返す.あるいは,沈 んだ組織片のみを用いる.さらに室温で3∼5時間固定する.
4.3.2.脱水 1)50%,60%,70%,85%,95%のエタノールシリーズで組織を脱水する.各段階で 必要な時間は組織,大きさによって異なる(標準的には30分間). 2)0.1%エオシン-95%エタノールに置き換え,一晩染色する (包埋した組織をみやす くするため). 205
3)翌日,エオシン-95%エタノールを,100%エタノール(市販のエタノールにモレ キュラーシーヴスを加えて脱水したもの)に置き換え,1時間おく.エオシンは 徐々に脱染されるので,あまり長時間おくのはよくない. 4)新しい100%エタノールに置き換える.
4.3.3.透徹・浸潤 1)ブタノール : エタノールの量比が1 : 3,1 : 1,3 :1,1 : 0の順に,ブタノールに置 き換える. 2)もう一度100%ブタノールを入れ替える. 3)60℃で溶かしたパラフィン,Paraplast Plas(Oxford社,#8889-502004)をブタノー ルと等量加え,よく混ぜ合わせる. 4)透明になったら,容器のふたを開けて57∼62℃でインキュベートする. 一晩で ブタノールは揮発する. 5)パラフィンを捨て,溶かした新しいパラフィンを加える.57∼62℃で4時間以上 インキュベートする. 6)3) を数回繰返し,パラフィンを組織内に完全に浸潤させる.大きな組織や,水分 を多く含む組織は,合計1週間程度かけてパラフィン置換を行う.
4.3.4.包埋 1)ホットプレート上で60∼70℃に温めた包埋皿に,溶けたパラフィンごと試料を流 し込む. 2)温めた枝付き針などを用いて,試料の向きを整える. 3)温度を下げ,パラフィンを固める.パラフィンブロックは4℃で1年以上保存可能 である.
4.3.5.切片作製 1)パラフィンブロックをトリミングし,ミクロトーム用ブロックに張りつける. 206
4. in situ ハイブリダイゼーション
2)適当な厚さで切片を切る.細胞1個ぐらいの厚さが適当である.薄すぎると, RNA量もその分減少するためか,シグナルが弱くなる. 3)パラフィンリボンの光沢のある面を下にして,42℃のウォーターバスに1分間以 上浮かべる.この過程で,切るときの圧力で縮んでいた組織がもとの形に伸展す る. 4)リボンをコーティングしたスライドグラス (市販のシランコートスライド) に張り つける(図4・1). 5)切片とスライドグラスのあいだを十分に除く.水分が残っていると,ベーキング 時に切片に穴が開くことがある. 6)45∼50℃にセットしたパラフィン伸展器の上で一晩ベーキングする.このように して作製した切片は,乾燥状態で数ヶ月は保存可能である.
4.4.プローブの合成 2種類のプローブを1セットとして合成して用いる必要がある.まず,検出したい RNA分子とハイブリダイズするプローブで,アンチセンスまたはプラス鎖プロー ブとよばれるもの.つぎに,コントロール実験として,目的の分子とはハイブリ
図4・1 ウォーターバスに浮かべた切片を,スライドグラス上にすくい取る. 207
ダイズしないプローブも合成しなければならない.もっとも便利なものは,アン チセンス鎖と反対の鎖のプローブで,センスまたはマイナス鎖プローブとよばれ るものである.
4.4.1.テンプレートの調製 1)T3,T7,SP6いずれかのRNAポリメラーゼのプロモーター部位をもつベクター に,検出したい遺伝子の領域をクローニングする. 2)テンプレートのプラスミドを,5'突出または平滑末端を生じる適当な制限酵素で 切断し,ラン-オフ転写産物ができるようにする. 3)フェノール-クロロホルム抽出ののち,エタノール沈殿を行う. 4)1 mg/mlになるようにRNaseフリーのTEバッファーに溶かす.
4.4.2.プローブの合成 1)1反応系に15 nMのUTPが入るように,[35S]UTP(Amarsham-Pharmacia社のin situ grade (#SJ603,比放射能 > 1000Ci/mmol) など)を加える. 2)テンプレートのプラスミドは1μgを用いる. 3)必要なRNAポリメラーゼを用いて,in vitro転写反応でRNAを合成する.各社から キットが売り出されているので,用途にあわせて用いる. 4)合成反応後,1μlのRNaseフリーDNaseを加えて,37℃,15分間インキュベートす る. 5)TED (TEバッファー-10 mMジチオスレイトール) で200μlにメスアップし,2μlの 10 mg/ml tRNA (キャリアー) を加える.フェノール-クロロホルム抽出ののち,エ タノール沈殿を行う. 6)50μlのRNaseフリー滅菌水に溶かす.
4.4.3.プローブの加水分解 組織へのプローブの浸透をよくするため,プローブの長さが75∼100塩基になる 208
4. in situ ハイブリダイゼーション
よう60℃でアルカリ加水分解する.加水分解の時間は,以下の式によって得られ る.
t = (Lo - Lf)/(K)(Lo)(Lf) t:加水分解の時間(分) Lo:はじめの長さ(kb) Lf:目的の長さ(kb).0.075∼0.1 kb K = 0.11(定数) 1)加水分解溶液として,200 mM Na2CO3と200 mM NaHCO3を調製する.毎回新し く滅菌水でつくる.オートクレーブはしない. 2)加水分解を行う.50μl RNAに対して,30μlの200 mM Na2CO3と20μlの200 mM NaHCO3を混合する. 3)60℃で計算した時間インキュベートする. 4)時間経過後,氷上におき,3μlの3 M酢酸ナトリウム (pH 6.0) と5μlの10%氷酢酸 を加えて反応を止める. 5)1μlの10 mg/ml tRNA,8μlの3 M酢酸ナトリウム(pH 6.0),250μlのエタノール を加えて,プローブを沈殿させる. 6)1/50量をカウントし,ハイブリダイゼーションに加えるプローブ量を決める.
4.5.ハイブリダイゼー2ション 4.5.1.脱パラフィン・水和 1)スライドグラスを染色金具に載せる. 2)染色つぼにキシレンをいれ,底に小さなスターラーバー (テフロン製) を入れ,10 分間弱くかくはんする. 3)キシレンを入れ替え,さらに10分間かくはんする. 4)スライドグラスを100%エタノール (95%は不可) の入った染色つぼに移す.スライ ドグラスの表面からキシレンの “すじ” がみえなくなるまで,金具を数回上下させ る. 209
5)新しい100%エタノールで繰返す. 6)染色つぼのエタノールシリーズ(95%,85%,70%,50%,30%,15%,滅菌水) に,順に30秒から1分間ずつ浸けていく.それぞれの溶液で,染色金具を数回上 下させる.
4.5.2.塩酸処理・プロテアーゼK 処理 塩酸およびプロテアーゼKで組織を処理することによって,プローブの浸透がよ くなる.処理が弱いとシグナルが弱くなり,強いと組織の形態が壊れてくる.処 理時間は,用いる組織ごとに最適化する. 1)0.2 N HClに20分間浸ける. 2)70℃に温めた2×SSCに15分間浸ける. 3)PBS(NaCl 8 g,KCl 0.2 g,Na2HPO4・7H2O 1.15 g,KH2PO4 0.2 gを水に溶かして 1000 mlにする)に2分間浸ける. 4)37℃に温めた100 mM Tris (pH 7.5) -50 mM EDTAに,終濃度1μg/mlになるようプ ロテアーゼKを加える. 5)スライドグラスを入れ,37℃で最適時間インキュベートする. 6)インキュベート後,2 mg/mlになるようグリシンを溶かしたPBSでプロテアーゼK を洗い落とす. 7)PBSで2回で洗う.
4.5.3.後固定・アセチル化 組織内やスライドグラスのプラス電荷をアセチル化することにより,バックグラ ウンドを減らすことができる.無水酢酸の水溶液中でのアセチル化能の半減期 は,約1分間である. 1)4%ホルマリン-PBSに20分間浸ける. 210
4. in situ ハイブリダイゼーション
2)PBSで2回洗う. 3)ビーカー内の100 mMトリエタノールアミン(塩酸でpH 8.0にあわせる)をスター ラーで激しくかくはんしながら,0.25%になるよう無水酢酸を加える.約5秒後, かくはんをやめ,スライドグラスを浸ける. 4)室温,5分間インキュベートする.
4.5.4.脱水 1)スライドグラスを2×SSCで洗う. 2)15%,30%,50%,70%,85%,95%,100%のエタノールシリーズで組織を徐々 に脱水する. 3)デシケーター内で真空乾燥する.
4.6.ハイブリダイゼーション 1)スライドグラス1枚当たり100∼200μlのハイブリダイゼーション溶液 (50%ホルム アミド (脱イオン化したもの) -300 mM NaCl-10 mM Tris-HCl (pH 7.5) -1 mM EDTA1×Denhart's-10%硫酸デキストラン-70 mMジチオスレイトール-150μg/ml tRNA) を用意する. 2)プローブを100℃,5分間,加熱後急冷して変性させ,200∼300 ng/mlになるよう に加える. 3)ハイブリダイゼーション溶液は粘性が高いので,あらかじめ42℃に温めておき, スライドグラスの上に滴下する. 4)泡が入らぬようにしてカバーグラスをかぶせる. 5)50%ホルムアミド-300 mM NaClを染み込ませたペーパータオルを底に敷いた容器 に,スライドグラスを入れる.スライドグラスが直接容器に触れないように,プ ラスチック棒などの上に載せる.42℃,一晩インキュベートする. 211
4.7.洗浄 4.7.1.バッファー ●
RNaseバッファー:500 mM NaCl-10 mM Tris-HCl (pH 7.5)-1 mM EDTA
●
一次洗浄バッファー:4×SSPE-5 mMジチオトレイトール
●
二次洗浄バッファー:2×SSPE-5 mMジチオトレイトール
●
三次洗浄バッファー:0.1×SSPE-1 mMジチオトレイトール(場合によっては, 0.1∼1%のSDSを加える)
4.7.2.カバーグラスの除去と一次洗浄 1)50℃に温めた一次洗浄バッファーのなかでカバーグラスをはがす.切片を傷つけ ないよう注意する. 2)スライドグラスを染色金具に載せ,新しい一次洗浄バッファーのなかで洗う. 3)一次洗浄バッファーを入れ替え,50℃,30分間インキュベートする.このときの 洗浄が十分でないと,バックグラウンドが高くなる.
4.7.3.RNase処理 RNase処理によってバックグラウンドが減少する.RNaseの濃度や処理時間は, 用いる組織やプローブの種類によって最適化する必要がある.このステップ以降 で用いる器具などは,ほかの器具とは厳密に区別する.高濃度のRNase溶液に触 れるものは,使い捨てのプラスティック器具を用いる. RNaseの粉を天秤で計るようなことは絶対してはならない.RNaseA(Sigma社, #R-5503など) の試薬ビンに直接RNaseバッファーを25 mg/mlになるように加え,20℃で保存する.これが1000倍ストックで,1年以上保存可能である. 1)RNase用の染色つぼで,RNaseバッファーを37℃に温めておき,そこに終濃度25 μl/mlとなるようRNaseを加える. 2)スライドグラスを入れ,30分間インキュベートする.ときどき金具を上下させ, かくはんする. 3)室温の二次洗浄バッファーでスライドグラスに付着したRNaseを洗い落とす. 212
4. in situ ハイブリダイゼーション
4)3)を2回繰返す.
4.7.4.洗浄 1)スターラーでかくはんしながら,室温の二次洗浄バッファーで20分間洗浄する. 2)もう1回繰返す. 3)スターラーでかくはんしながら,三次洗浄バッファーで20分間洗浄する.このと きの温度がハイブリダイゼーションのstringencyを決めるので,57℃を基準に,組 織・プローブによって最適化する. 4)3)を2∼3回繰返す.
4.7.5.脱水 1)25%,50%,75%,95%,100%のエタノールシリーズで組織を徐々に脱水する. 2)デシケーター内で真空乾燥する.
4.8.オートラジオグラフィーと観察 4.8.1.X線フィルムへの露光 スライドグラスの上に,直接,X線フィルム (Kodak ARXなど高感度のもの) をあ て,一晩露光する.組織の形にオートラジオグラフィーがとれる.バックグラウ ンドの検査になる.また,毎回露光時間を決めておくと,エマルジョンへの露光 時間の目安にも使える.
4.8.2.エマルジョン Kodak NTB-2,Hypercoat LM-1 (RPN40,Amarsham-Pharmacia社)など (図4・2) を 用いる.購入後は1∼2ヶ月以内に用いないと,自然放射能などのためバックグラ 213
図4・2 NTB-2 (左) とhypercoat LM-1 (右) 乳剤のパッケージと容器.
図4・3 暗室内には,乳剤,ウォーターバス,ラック,スライドグラス, 乾燥用の箱 (左から順) を整然と並べておき,完全暗黒下でもどこにな にがあるかを手探りで探し出せるようにしておく.
ウンドが高くなる.エマルジョンの扱いは暗室内で,完全暗黒下で行う必要があ る.安全光もあまり使わないほうがよい.用いる器具などを配置よく並べ,手探 りで作業ができるようにしておくことが肝要である (図4・3) .また,近くに放射 性同位体を置くことも厳禁である.
4.8.3.ディッピング 1)暗室内の完全暗黒下または安全光下,45℃のウォーターバス内でエマルジョンを 溶かし,ヴェッセルに移す.静かによくかくはんする.エマルジョンは多少希釈 したほうが粘性が下がり扱いやすい. 2)新しいスライドグラスにエマルジョンをディップ後,乾燥,現像を行い,エマル 214
4. in situ ハイブリダイゼーション
図4・4 スライドグラスを,ヴェッセルに入っている乳剤にディッピング しているところ.
ジョンが感光してないことを確かめる.エマルジョンの付け直しはできないの で,必ずチェックすること. 3)エマルジョンがよければ,スライドグラスを1枚ずつゆっくり浸け,ひき上げ る.エマルジョンが均一につくよう一定の速度で,1回だけ浸ける(図4・4). 4)エマルジョンを乾かす.底にペーパータオルを敷いたラックに立て,シリカゲル を入れた暗箱の中で30∼60分間おく. 5)遮光のできる黒いスライドケースなどにスライドグラスとシリカゲルを入れ,外 側をアルミホイルで被う.4℃で適当な時間露光する.1週間単位で検定用のスラ イドグラスを1枚ずつ現像し,最適のときに残りを現像する.
4.8.4.現像 X線フィルム用の現像液と定着液を用いる.ラピッドタイプの定着液に含まれる アンモニウム塩は,エマルジョンから銀塩を溶かし出すことがあるので,用いな い. 1)染色つぼに現像液を入れ,15℃に冷やす. 215
2)暗室内で暗箱からスライドグラスを取り出し,染色金具に載せる. 3)現像液に浸け,金具を数回上下させることで,かくはんしながら2∼3分間現像す る.これより長いと,バックグラウンドが上がる原因になる. 4)水の入った染色つぼに30秒間ほど浸ける. 5)定着液の入った染色つぼに移し,5分間定着する. 6)明かりをつけ,スライドグラスを流水中で5∼10分間洗い,定着液をすすぐ. 7)スライドグラスの切片の載っている面の反対側のエマルジョンを,片刃かみそり で削り取る.
4.8.5.組織染色 組織をみやすくするために,トルイジンブルーなどでカウンター染色を行う.カ
図4・5 顕微鏡に取りつけた暗視野観察装置,DARKLITE TM(MVI社製). 光ファイバーでスライドグラスの横から照明を当てるしくみになって いる.まだ改良の余地は残っているが,すべての倍率で暗視野検鏡が できるなど利点も多い.わが国では,カールツァイス大阪営業所で取 り扱っている. 216
4. in situ ハイブリダイゼーション
ウンター染色の種類などは,目的に応じて行えばよい.ただし,染色が強すぎる と,暗視野で検鏡したとき銀粒子がみにくくなる. エタノールシリーズで脱水後,パーマウント,エンテランなどの有機溶媒系の封 入剤で封入する.
4.8.6.検鏡と写真撮影 放射性同位体によるin situの結果は,明視野の組織像と暗視野のシグナル像を重 ね合わせることによって,組織上の局在がわかりやすくなる. オートラジオグラフィーによる銀粒子は,暗視野顕微鏡 (暗視野コンデンサーまた は専用の装置を用いる,図4・5) によって,光る点としてとらえることができる.
217
5.
抗体によるタンパク質の発現解析 中島敬二・橋本 隆
5.1.はじめに 植物組織中の特定のタンパク質を検出する際には,光合成タンパク質の一部や貯 蔵タンパク質など多量に存在する場合を除き,一般にウエスタンブロッティング 法が用いられる.この方法では,まずタンパク質を電気泳動ゲルからメンブラン 上に電気的にブロッティングし,これを特異的抗体,ついで,その抗体に対する 二次抗体と反応させる.二次抗体には酵素が架橋結合されており,発色性 (以下 の例では発光性) の基質を含む溶液と反応させることによってシグナルの検出を 行う.この方法は,定量的な分析のみならず,プロセッシングによる分子量の変 化など,タンパク質の質的変化を調べる目的にも応用できる. ウエスタンブロッティング法は,核酸プローブによってDNAやRNAを検出する サザン法やノーザン法に対比されるが,特異性のコントロールが核酸ほど容易で ないため,実験の成否は抗体の特異性に依存するところが大きい.
5.2.抗体の入手 抗体の入手方法には,1) 研究者自身が抗原を準備して動物に免疫する (あるいは 業者に委託する),2)ほかの研究者から分与を受ける,3)市販の抗体を購入す る,の三つがある.いずれの場合も,実験の成否は使用する抗体の品質 (力価と 特異性) に大きく左右される.低品質な抗体で実験を繰返して貴重な時間をむだ にしないようにしたい.特に,市販の抗体はメーカーやロットによる差が大き い.また,各実験系に特有の夾雑タンパク質によりみかけの特異性が変化する. 同様の実験を行っている研究者がいる場合には情報を交換し,可能であれば同じ ロットの抗体を入手するのが成功への近道である. 実験に用いる抗体には,抗原分子のいろいろな部位を認識する複数種類の抗体の 集合体であるポリクローナル抗体と,特定の部位を認識する単一の抗体分子種で あるモノクローナル抗体の2種類がある.一般に,後者のほうが実験に適してい ると考えられるが,作成や購入が費用がかかるうえに,抗原分子の微細な構造変 218
5. 抗体によるタンパク質の発現解析
化により力価が変化することがあるので,特に同じタンパク質であっても生物種 が異なる場合には注意を要する.ポリクローナル抗体は,普通,大量のアルブミ ンを含んだ血清として供給され,これをそのまま希釈して使用することが多い. これは,厳密には抗血清であるが,本章ではいずれの場合も単に抗体とよぶこと にする.
5.3.ウエスタンブロッティングの実験手順 1)植物からのタンパク質の抽出:ウエスタンブロッティング用サンプル抽出は,生 化学的活性を検討する場合ほど注意を要しない.また,微量の組織からでも十分 に実験が行える.この場合,組織はマイクロチューブに入れ,等重量の冷やした 中性バッファーを加えてペッスルでつぶす.このまま低温で遠心し,上清を可溶 性タンパク質画分とすればよい.また,沈殿をSDS-PAGEのサンプルバッファー 中で加熱すれば,大部分の不溶性のタンパク質を分析に供することができる. 2)SDS-PAGE: 手順は,CBB染色や銀染色を行う場合と同一でよい.1レーンに着 色マーカーを泳動しておくと,あとでトランスファーの確認が容易になる. 3)トランスファーの準備: 電気泳動のあいだにバッファーとメンブランを用意す る.バッファーは,SDS-PAGEの泳動バッファーからSDSを除いたもの(25 mM Tris-92 mMグリシン)が一般的である.メタノールを20%程度加えるとメンブラ ンへの固定効率が上昇するが,ゲルからの溶出効率は低下する (筆者らは,50 mM Tris-50 mMホウ酸バッファーを使用している).メンブランは,polyvinylidene difluoride (PVDF) 製の疎水性フィルター (ミリポア社のイモビロンなど) が一般的 である.PVDFは,使用前にメタノール中に10∼20秒間浸す.ゲルは泳動後の平 衡化処理で5∼20%ほど大きくなるので,メンブランを切るときにはそれを見込 んでおく.メンブランの取り扱いには必ずピンセットを使用する.メンブランに 裏表はないが,隅に油性の黒ボールペンで番号を書いておけば,あとでタンパク 質をブロットした面や上下左右の判別,複数枚のゲルの区別などが容易になる. 4)ゲルの平衡化: 泳動終了後,ただちにゲルを十分量の泳動バッファー中で30分 間平衡化する.タンパク質はゲル中に固定されていないので,長く平衡化しすぎ ると拡散してしまう.PVDFメンブランも同様に,30分間平衡化する. 5)トランスファー(図5・1):ここでは,セミドライ式のトランスファー装置(BioRad社,トランスブロットSDなど)を使う場合にそって解説する.パウダーフ リーの手袋を両手に着用する.ゲルは,フライ返しなどよりも,手袋をした手で 219
− 電極板
2 50 ml容の遠心チューブなど を転がして密着させる 1
+ 電極板
厚手のろ紙 ゲル メンブラン 厚手のろ紙
5・1 セミドライ型ブロッティング装置のセットアップ.
直接すくったほうがよい.手袋の指先は,つねにバッファーで濡らしておく.濡 らし方が足りないとゲルが手袋に張り付き破損する.トランスファー用の極厚ろ 紙をメンブランより一回り大きく切ったものを,ゲルの枚数×2枚分用意し,ト ランスファーバッファーに浸す.トランスファー装置の下部電極板をバッファー で濡らし,その上にろ紙の1枚を気泡をはさまないよう注意して置く.この上に ゲルとメンブランを重ねるが,その上下は装置によって異なるので,あらかじめ よく確かめておく.最後にもう1枚のろ紙を重ね,この上で,太めのピペットや コニカルチューブなどを軽く押さえながら転がして気泡を完全に抜く.上部電極 板をセットする.トランスファーの電圧や時間は装置の説明書に従う (普通,15 Vで約20分間). 6)抗体処理の準備: トランスファー中に下記のバッファーを用意する. TBS:20 mM Tris-HCl (pH 7.5)-150 mM NaCl TTBS:TBSに0.05%(v/v) のTween-20を加えたもの TBSA:TBSに1% (w/v) のウシ血清アルブミン (ナカライテスク,EIAグレード) を 加えたもの TTBSA:TBSに0.05% (v/v) のTween-20と1% (w/v) のウシ血清アルブミンを加えた もの 7)トランスファー終了後,すぐにゲルとメンブランを分離し,メンブランはただち にTBSA中で1時間以上振とうする (ブロッキング) .時間がない場合には,この状 態で一晩置いてもよい.初めての条件でトランスファーした場合には,ゲルにタ ンパク質が残っていないことを染色によって調べておく. 8)抗体処理: 西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP) と化学発光試薬を用いる検出法 が広く用いられ,Amersham-Pharmacia社から2種のキット (ECLとECL-plus) が発売 されている.どちらにもくわしいプロトコールが添付されているが,基本的な手 順は両キットでほぼ同一であり,二次抗体も共用できる.二次抗体は一次抗体の 免疫動物ごとに用意する必要がある (付属しているキットもある) .まず,一次抗 220
5. 抗体によるタンパク質の発現解析
水滴をよく切った 洗浄済メンブラン OHPシート ペーパータオル 検出液を滴下
サランラップをかぶせ,上から 指で軽くこすって液を広げる
約 1 分後,太めのビンなどを転がし 余分な検出液を流し出す
ラップのへりをOHPシートの裏側へ 折り返し,オートラジオグラフィー のカセットに入れる
図5・2 ECL法によるシグナル検出の実験手順.
体をTTBSAで希釈し,ブロッキング済のメンブラン (洗浄不要) と1時間インキュ ベーションする.抗体の量が限られている場合には,ハイブリバッグ中で行うと むだがない.インキュベーション終了後,十分量のTTBS中で10分間,3回洗浄す る.こののち,同様に,二次抗体処理と洗浄を行う.さらに,TBSで5分間,2回 洗浄する. 9)シグナルの検出 (図5・2) :検出液は使用直前に混合する.実験台上にペーパータ オルを敷き,その上に適当な大きさに切ったOHPシートを置く.メンブランの水 滴をよく切り,ブロッティング面が上になるようにOHPシート上に並べる.ミニ ゲル大のメンブラン1枚(7×10 cm)につき約1 mlの検出液をピペットでたらす. すぐにサランラップで覆い,その上から指で軽くこすってメンブランと検出液を なじませる (素手でよい) .約1分間後,サランラップの上から大きめのビンなど を転がして余分な検出液と気泡をペーパータオル上に押し出す.サランラップの 周囲をOHPシートの裏に折り込み,X線フィルムとともにカセットにはさんで露 光する.はじめは1∼5分間のあいだで適当に露光し,その結果をもとに,もう1 枚のフィルムを露光する.発光は時間とともに弱まるので,この操作は手早く行 う(特に,ECLキットの場合).
5.4.結果の解釈と実験条件の検討 抗体の品質以外で結果を左右する要因としては,泳動タンパク質の量と抗体の濃 221
泳動サンプル 濃縮ゲル
分離ゲル
通常のゲル
ウェルのないゲル
図5・3 ウエスタンブロッティングの条件検討に利用する,ウェルを持た ないスラブゲル.
度があげられる.これらは,相互に関連しているので,もっともよい組み合わせ をみつけるには何種類かの実験条件を試す必要がある.トランスファー後のメン ブランはTBSAに浸した状態で数週間は冷蔵保存できるので,これを少しずつ短 冊型に切って使ってゆけば,条件検討が効率的に行える.この場合,SDS-PAGE のゲルにはウェルをつくらず,ウェルの深さ分を残して濃縮ゲルを作製しておく と,レーンの位置を気にすることなくトランスファー後のメンブランを切断でき る (図5・3) .また,キットの説明書に示された抗体濃度は必要以上に高い場合が 多いようで,筆者らはその1/10から1/50で使用している.抗体濃度は可能なかぎ り薄いほうがよい. また,ここに示した方法は,初めてウエスタンブロッティングを行う研究者でも 容易に行える基本的なものである.応用的な方法などについては,ほかの成書を 参考にされたい[1, 2].
参考文献 1. 前島正義 (1998) 電気泳動ゲルの染色とアフィニティーブロッティング. 中村健三, 西村幹夫, 長谷俊治, 前 島正義 (編) 植物のタンパク質実験プロトコール. 秀潤社, 東京, pp 164-172 2. Harlow E, Lane D (1999) Using Antibodies. Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York
222
6.
DNAアレイの利用
花野 滋・柴田大輔
6.1.はじめに ポストシークエンス時代[1]では,ゲノムスケールでの網羅的な遺伝子発現データ の収集はもっとも基本的な情報のひとつとして位置づけられており,DNAアレイ 技術は,特に注目を集めている技術のひとつである[2].スライドガラスやシリコ ンなどの支持体に高密度でDNAを固定したアレイ (DNAチップ) に関しては[3],高 度の技術を必要とするので,一般の実験室レベルでは実施がむずかしい.本章で は,バイオメック2000 (Beckman社) を用いて,ナイロンメンブレンフィルターに 高密度でDNAを固定したアレイを用いた実験手法を紹介し,通常の実験室レベル で可能な解析に関して紹介する.
6.2.ゲノムDNAアレイ法 DNAアレイとは,ナイロンメンブレンフィルターなどの支持体に多数のDNA断 片 (あるいは,合成DNA) をアレイ状に配置したものである.筆者らは,塩基配列 が既知の領域の遺伝子発現を調べる方法としてゲノムDNAアレイ法を開発した (図6・1) .この方法は,ゲノムシークエンス解析で使用した約3 kbのDNAクロー ン (ブリッジクローン) を用いて,特定の染色体領域をカバーしたコンティグを作 成し,DNAアレイに用いることを特徴としている.
6.3.実験方法 以下では,ゲノムDNAアレイ法を例にして解説するが,ESTプロジェクトから得 られるcDNA断片を用いても同様な実験が可能である.
6.3.1.DNAアレイの作成 各ブリッジクローンごとにPCR反応 (100μl) を行い,エタノール沈殿でDNAを濃 223
T2 4
1
MYJ24 P1
2
6
3
エキソン予測 タンパク質データベース EST データベース 遺伝子
T3 7
8
遺伝子 EST データベース タンパク質データベース Grail エキソン予測
5 T1
0
20000 10000
40000 30000
60000 50000
78844 70000
ブリッジクローン
MYJ24に反応するブリッジクローン
乾燥 低温 短日 長日
図6・1 ゲノムDNAアレイ法によるP1クローンの遺伝子発現解析.シロイヌナズナのP1クロー ンMYJ24の塩基配列 (78,844 bp) からコンピューターで予想される遺伝子領域を上段に示す. また,このP1クローンから作成したブリッジクローンのコンティグと,それぞれのブリッ ジクローンに対応する遺伝子発現量を下段に示す.遺伝子発現は,短日条件あるいは長日 条件で生育させたシロイヌナズナの葉から単離したmRNAを用いて調べた.また,長日条 件で生育させたシロイヌナズナを低温あるいは乾燥状態においたときの発現も調べた.
縮し,10μlのTEバッファーに溶解する.DNA量は1μlを電気泳動で確認する. DNA量はかなりばらつくが,ある程度の範囲になるように調製する(∼500 ng/ ml) .フィルターに同じDNAを2ヶ所にブロットするために,2倍に希釈して2枚の 96穴マイクロタイタープレートに分注する.バイオメック2000を用いて,同じク ローンが隣り合わせになるようにナイロンメンブラン上にブロットする.1枚の フィルターには,96×8×8ドット分のDNAが固定される.ブロットのようすをみ るために,DNA溶液にはブロモフェノールブルー溶液を加えておく.
6.3.2.プローブの調製 さまざまな条件下で生育させたシロイヌナズナの葉より全RNAを調製する.全 RNA (100μg) よりポリ(A)+RNAを精製し,それを逆転写することによりcDNAを 調製する.筆者らは,RNeasy Plant Mini Kit (QIAGEN社),OligotexTM-dT30 Su224
6. DNAアレイの利用
per (宝酒造),MMLV reverse transcriptase (AdvantageTM RT-for-PCR kit,Clontech 社),BcaBEST Labeling Kit (宝酒造)を用いて,α-32P標識プローブを調製してい る.各反応については,一般的なディファレンシャルスクリーニングのプロト コールや,それぞれの説明書を参考にされたい.α-33P標識のほうがDNAアレイ のシグナルの検出にはむいているが,使用できない場合はα-32Pでもよい.
6.3.3.ハイブリダイゼーション プローブとのハイブリダイゼーションは,通常の方法に従う.ハイブリダイゼー ション後,非相同性のシグナルを除くために,1×SSPEで65℃,10分間,3回, 0.1×SSPEで65℃,15分間,1回洗浄する.
図6・2 ゲノムDNAアレイによるハイブリダイゼーションの例.シロイヌナズナのゲノムDNA 断片 (平均3 kb) をブロットしたナイロンフィルターを用いて,シロイヌナズナの葉から調製 したmRNAをcDNAプローブとしてハイブリダイゼーションを行った.ハイブリダイゼーショ ンのイメージは画像解析装置BAS2000で解析した.フィルター上には同じDNAが2ヶ所にブ ロットされており,真のシグナルの場合は二つのシグナルが並んで認められる.口絵12参照. 225
6.3.4.データの取り込み BAS2000バイオイメージアナライザー(富士写真フイルム)でフィルター上のイ メージを検出し,シグナル強度を測定する.各シグナル強度は,BAS2000に付属 のソフトウェアBAStationの 「囲みツール」 を用いて測定する.最近,DNAアレイ の測定に対応したさまざまな新しいソフトウェアが開発され入手可能であるの で,それらも参考にされたい.
6.3.5.データ解析 BAStationで取り込まれたデータは,パソコン上でMicroSoft Excelを用いて解析し ている.それぞれのデータの値よりバックグラウンド (DNAを含まないスポット) の値を差し引きする.コントロールとなる遺伝子や全ゲノムDNAのスポットがブ ロットしてある場合には,それを基準に比較してもよい.
6.4.ゲノムDNAアレイのデータの特色 ゲノムDNAアレイは,ESTやcDNAのDNAアレイのデータと同様に大量の遺伝子 発現のデータを供給するだけではなく,以下のような特徴がある. 1)ESTデータにないものまで含んでいる 2)直接遺伝子までたどりつける(プロモーター領域の解析がすぐに開始できる) 3) 変異体を用いたcDNAサブトラクションなどの手法の代わりとしても有用であ る 4) ある程度ゲノム上の位置の絞り込まれた変異体の原因遺伝子について候補遺伝 子を検索することや,トランスポゾンやT-DNAタギング集団より遺伝子破壊株を 検索する場合の指標になる
6.5.おわりに DNAアレイ法は,大量のクローンを扱うために,一般的な研究室でフィルター, 226
6. DNAアレイの利用
チップを作成することは困難な場合が多く,研究コミュニティーレベルでの連絡 を密にして,データを共有・公開することが大切であろう.酵母の全遺伝子 (ORF)やさまざまなモデル生物のcDNAをもとにしたマイクロアレイのデータ は,すでにそれぞれのインターネット上のホームページで公開されている.筆者 らがゲノムDNAアレイを用いて解析を行ったデータも,かずさDNA研究所のWeb 上(http://www.kazusa.or.jp/)で公表される予定である. 追記:本章で紹介したゲノムDNAアレイは,かずさDNA研究所植物遺伝子第1研 究室の金子貴一研究員,中村保一研究員,田畑哲之室長との共同研究のもとで行 われたものである.
参考文献 1. Meinke DW, Cherr JM, Dean C, et al. (1998) Arabidopsis thaliana: A Model Plant for Genome Analysis. Science 282: 662-682 2. Kehoe DM, Villand P, Somerville S (1999) DNA microarrays for studies of higher plants and other photosynthetic organisms. Trends in Plant Sci. 4: 38-41 3. 君塚房夫, 加藤郁之進 (1998) DNAチップ技術とその応用, 蛋白質 核酸 酵素43: 2004-2011
227
Ⅶ.
遺伝子の機能を調べる
1.
プロモーターの解析
安部 洋・篠崎和子
1.1.はじめに 遺伝子発現には,組織特異性や刺激に対する応答性などがみられる場合がある. 一般に,このような遺伝子発現は遺伝子の5ユ上流域に存在するプロモーター領域 により制御されている.このプロモーター領域に存在する遺伝子発現を制御して いるシス配列を同定することは,遺伝子発現機構の解明や遺伝子発現に至るまで の情報伝達系を解析するために重要である.プロモーター解析には形質転換植物 の系を用いる方法や,プロトプラストにPEG法やエレクトロポレーション法など を用いて遺伝子導入したり,パーティクルガンなどを用いて直接植物に遺伝子を 導入して一過的な遺伝子発現を解析する方法などが行われている.解析したいシ ス配列の性質に応じた方法を選ぶ必要があるが,ここでは,トランスジェニック 植物の系を用いたシロイヌナズナの乾燥誘導性遺伝子rd29Aのプロモーター解析 の実験例を示し,その解析方法の流れについて概説する[1]. 一方,シス配列が同定されると,これに結合するトランス因子である転写因子の 同定が可能になる.最近,植物の転写因子の遺伝子は数多く単離され,形態形成 や分化やストレス応答などさまざまな生命現象に深くかかわっていることが明ら かになってきた.ここでは,目的のシス配列に結合する転写因子のcDNAを単離 する方法として,サウスウエスタン法とワンハイブリッド法について解説する. どちらも,塩基配列特異的に結合するタンパク質をコードする遺伝子をクローニ ングする方法であるが,サウスウエスタン法がin vitroでのスクリーニング法であ るのに対し,ワンハイブリッド法はin vivoでスクリーニングを行うという点で大 きく異なる.さらに,得られたcDNAがコードするタンパク質の機能解析につい て,ゲルシフト法や葉肉プロトプラストを用いたトランスアクチベーション実験 についても概説する.
1.2.シス配列の同定 1. 2. 1. deletion解析 プロモーター解析に用いるトランスジェニック植物には,解析する遺伝子を単離 した植物を用いることがもっとも望ましいが,遺伝子が同様の発現を示せば形質 231
転換しやすいタバコやシロイヌナズナの実験系を用いて行うこともできる(注1). 最初は,1 kbほどのプロモーター領域をレポーター遺伝子につなぎ,植物体に導 入しトランスジェニック植物を作成するのが一般的である(注2).この領域にシス 配列が含まれている可能性がもっとも高いからである.rd29A遺伝子の場合は, (β-グルクロニダーゼ) を用いて -861のプロモーター領域をGUSレポーター遺伝子 (注3) 乾燥応答性を解析した (図1・1 a) .さらに5ユ側から欠失を加えていくと(注4),
レポーター遺伝子の発現は徐々に弱まっていく場合が多い.刺激に応答するシス 配列の解析の場合には,刺激に対する応答性の有無が重要となる.rd29A遺伝子 では,-268まで欠失を加えた場合には,発現レベルは弱まっているが乾燥応答性 が認められる.しかし,-111まで欠失を加えた場合は応答性がない.つまり,こ の領域内に乾燥応答性にかかわるシス配列が含まれていると考えられる.
1. 2. 2. gain-of-function解析とloss-of-function解析 つぎに,重要性が予想されたシス領域を最少プロモーターにつなげてトランス ジェニック植物を作成し,応答性を解析する.rd29A遺伝子の場合,deletion解析 で同定した-274∼-113のシス領域を含むDNA断片を,乾燥応答性がまったく認め られないTATAボックスを含む最少プロモーターである-61/rd29Aプロモーターや46/35Sプロモーターにつなげて解析を行った.どちらの場合も乾燥応答性がみら れ,この領域にシス配列が含まれていることが示された(図1・1 b). つづいて,同定された領域のどの塩基配列がシス配列としてはたらいているのか を明らかにするため,このシス領域に塩基配列置換を加え応答性を解析する.こ れまでに種々の生物で示されているシス配列が存在していれば,そこに塩基置換 を加えることでなんらかの知見が得られる可能性が高い.また,未知のシス配列 の場合,同様の発現を示す遺伝子間で保存されている配列やダイレクトリピート 配列の存在などの情報が役立つ場合が多い. しかし,決定しようとするシス配列に関してまったく示唆が得られない場合は, 数塩基ごとに置換を加えていくリンカースキャンニング解析などを行う.rd29A
注1
トランスジェニック植物の系を用いてプロモーター解析を行う場合に,レポーター活性のバックグラウンドが高かったり,結果が一定化し ないことがある.このような場合は,レポーター遺伝子をプローブに用いてノーザン解析を行うと,安定した結果を得られる場合が多い (図 1・2参照・この場合はレポーター遺伝子のバックグラウンドが高く,ノーザン解析を行った).
注2
植物の場合は,レポーター遺伝子としてGUS遺伝子やルシフェラーゼ遺伝子がよく用いられる.GUSは組織化学的に染色ができる,ルシフェ ラーゼは感度がよいなどの特徴がある.
注3
レポーター活性の測定は,少なくとも10∼20本の独立した形質転換体を用いることが望ましい.
注4
5ユ側欠失シリーズの作成は,PCRを用いると簡便に希望する欠失シリーズを得ることができる.
232
1. プロモーターの解析
GUS活性(nmol MU/min/mg タンパク質)
(a)
TATA 0 GUS
−861
5
10
20
増大比
16.0
−694
23.5
−417
16.3
−323
15.7
−268
14.2
−111
コントロール 2.2 乾燥処理 1.7
−61
(b)
GUS活性(100pmol MU/min/mg タンパク質) −274
−113
−274
−113
TATA 0 −61/rd29A 最少プロモーター GUS
10
20
30
増大比
23.2
−46/35S
最少プロモーター
14.9 コントロール 乾燥処理
(c)
GUS活性(100pmol MU/min/mg タンパク質) TATA 0 −61/rd29A −145 最少プロモーター GUS
−215
ACTACCGACAT GAGTT
20
40
増大比
15.9 1.8
TTTT
1.5
TTTT AAAA TCAA
コントロール 1.9 乾燥処理 13.7
図1・1 deletion解析(a),gain-of-function解析(b)とloss-of-function解析(c). 解析はトランスジェニックタバコの実験系を用いて行った.乾燥処理 していない葉と24時間乾燥処理をした葉のGUS活性と,その増大比を 示した.それぞれの値は15ラインの独立したトランスジェニック植物 より得た値の平均値として示してある.
233
aC AB l A 低 温
N
照
燥 水
乾
対
aC AB l A 低 温
N
照
燥 水
乾
対
−861 −268 −111 −274/−113 WT M2 GUS
rd29A
図1・2 ノーザン法によるプロモーター解析.-861,-268,-111(図1・1 a) ,-274/-113rd29A最少プロモーター (図1・1 b) ,WT,M2 (図1・1 c) コンストラクトを導入したシロイヌナズナトランスジェニック植物を 用いて,GUSとrd29A cDNAをプローブに用いてノーザン解析を行った. 対照:0時間無処理.乾燥処理,水処理,NaCl処理,ABA処理,低温 処理は,それぞれ10時間行った.
遺伝子の場合は,9塩基のダイレクトリピート配列 (TACCGACAT) に注目して塩 基置換を加えることで,最終的にシス配列の同定に至った(図1・1 c). シス配列が明らかになった場合,その領域に結合する核タンパク質の存在をゲル シフト法で確認したり,フットプリンティング法などにより結合配列に関する解 析を行うこともできる.これらの方法に関しては,ほかの実験書を参考にされた い[2].
1.3.トランス因子の同定 1.3.1.サウスウエスタン法 同定されたシス配列に結合するDNA結合性タンパク質をコードするcDNAの単離 法であるサウスウエスタン法は,大腸菌の発現ベクターであるλgt11やλzapなど を用いたcDNAライブラリーを用いて行う.これらの発現ライブラリーを用いる と,IPTGによりβ-ガラクトシダーゼとの融合タンパク質として組換えタンパク 質を発現させることができる.サウスウエスタン法はウエスタン法を応用したも のであり,抗体の代わりに標識した二本鎖DNAをプローブに用いることにより, DNA-タンパク質間の相互作用に基づきスクリーニングを行うことができる(図 234
1. プロモーターの解析
プラーク
IPTG処理した ニトロセルロースフィルター
cDNA
融合タンパク質の誘導
λgt11 ベクター Ptac LacZ cDNA 発現ライブラリー
プレーティング
融合タンパク質
標識プローブ
オートラジオグラフィー
洗 浄
標識プローブと 融合タンパク質の結合
図1・3 サウスウエスタン法の概略.
1・3) .詳細な実験方法については,ほかの実験書を参照されたい[3].陽性クロー ンが得られたら,目的のシス配列に特異的に結合していることを確かめるため, シス配列に塩基置換を加えたDNA断片を用意し,野生型のDNA断片とともにサ ウスウエスタン法により結合性を調べる.
1.3.2.ワンハイブリッド法 もうひとつのDNA結合性タンパク質をコードするcDNAの単離法であるワンハイ ブリッド法は,ツーハイブリッド法の応用として考えられた方法であり,スク リーニングにはツーハイブリッド法と同じcDNAライブラリーを用いることがで きる.このライブラリーでは,cDNAはGal4あるいはLexAなどの転写活性化ドメ インとの融合タンパク質として発現するように組み込まれている.目的のシス配 列の制御下にレポーター遺伝子を組み込んだ酵母を作成して,このライブラリー をスクリーニングする.cDNAが目的のシス配列に結合するDNA結合タンパク質 をコードしている場合はレポーター遺伝子が発現するので,これを利用して陽性 クローンを単離することができる(図1・4).筆者らは,MATCHMAKER OneHybrid System (Clontech社)を用いて目的のcDNAの単離に成功している.実際の 方法は,キットのプロトコールにくわしく書かれているので参照されたい. シロイヌナズナなどの場合,Clontech社よりスクリーニングに用いるcDNAライブ ラリーを購入することができる.しかし,特異的な植物を用いる場合や,単離し 235
cDNA レポーター シス シス シス シス PminHis3
pGAD424ベクター
形質転換
PADH1 Gal4 AD
シス シス シス シス
PCYC1
His3
LacZ
cDNA 発現ライブラリー
青い発色
酵母
陽性クローンの候補
Gal4 AD
遺伝子発現
X LacZ活性 β−galアッセイ
3AT耐性
シス
His3&LacZ
3AT入りプレート
図1・4 ワンハイブリッド法の概略.
たいcDNAが刺激などに誘導性であったり,特殊な組織や発生の一時期のみで発 現する場合などは,ニーズに合わせてcDNAライブラリーを構築する必要があ る. MATCHMAKER One-Hybrid Systemでは,レポーター遺伝子としてlacZおよびHis3 を用いている.二つのリポーター遺伝子を同時に用いることで,偽の陽性クロー ンを除外できる確率が高い.また,目的のシス配列に塩基置換を加えた領域を組 み込んだレポーター酵母株を用いることで,得られた因子がシス配列に特異的に 結合していることを確かめることができる.さらに,得られたcDNAを転写活性 化ドメインをもたないベクターを用いて発現させることで,酵母内においてでは あるが,転写活性化能を有することを確かめることもできる.
1.3.3.ゲルシフト法 サウスウエスタン法やワンハイブリッド法によりDNA結合タンパク質が得られた 場合,その結合性についてゲルシフト法により解析することができる.ゲルシフ ト法は,得られたcDNAを大腸菌や酵母で発現させ,標識した二本鎖DNA(シス 配列) とインキュベートし,ポリアクリルアミド電気泳動を行うことで結合性を 確認する方法である.発現させたタンパク質と標識したDNA断片が結合した場 合,移動度がDNAフラグメントと比べ遅くなる (図1・5) .実験方法については, 文献[4]を参照されたい. 236
1. プロモーターの解析
A
B
標識プローブA
PAGA
GST融合 タンパク質
標識プローブB
オートラジオグラフィー
図1・5 ゲルシフトアッセイの概略.
タンパク質の発現方法には,in vitro翻訳系や大腸菌または酵母などで発現させる 方法があるが,大腸菌を用いた発現系がもっとも一般的である.この場合,GST やマルトース結合タンパク質との融合タンパク質として発現させ,アフィニ ティークロマトグラフィーにより目的のタンパク質を精製することができる. DNA結合タンパク質を発現させる場合,全長では発現しないがDNA結合ドメイ ンを含む部分的なタンパク質としては発現できることがよくある.組換えタンパ ク質の発現方法および精製方法については,文献[5]を参照されたい.また,シス 配列に塩基置換を加えたDNA断片を用いて競合実験を行うことにより,目的のタ ンパク質のDNA結合の特異性を詳細に解析することもできる.
1.3.4.シロイヌナズナ葉肉プロトプラストを用いた一過性発現実験 単離したDNA結合タンパク質が,実際に植物体で転写制御因子として機能するこ とを確かめる必要がある.本章では,Abelらの方法[6]を参考にして筆者らが改変 した,葉肉プロトプラストを用いた一過性発現の実験系を用いた解析方法を概説 する. シス配列を最少プロモーター/レポーター遺伝子に結合したレポータープラスミ ド(注5)と,DNA結合タンパク質をコードするcDNAを35Sプロモーターの制御下で 発現できるエフェクタープラスミドを作成する.この二つのプラスミドを同時に プロトプラスト中へ導入すると,発現したDNA結合タンパク質のシス配列を介し
注5
レポータープラスミドの構築にあたっては,シス配列を1コピー,2コピー,3コピーとタンデムにつなげたものを作成しておくとよい.一 般的に,2コピー,3コピーとつなげることで,レポーター活性が高く上昇することが期待できる.
237
葉肉プロトプラスト の単離 播種後2∼3週間後の植物 PEG法によるエフェクター プラスミドとレポーター プラスミドの導入
転写活性化 遺伝子発現
エフェクター シス領域
GUS遺伝子 レポーター
GUS活性の測定
図1・6 プロトプラストを用いた一過性の発現実験の概要.
た転写活性化能をレポーター遺伝子の活性化として測定できる (図1・6) .一方, 得られたDNA結合タンパク質の植物中の転写活性化能は,目的のタンパク質を コードするcDNAを過剰発現したトランスジェニック植物を作成し,ターゲット 遺伝子の発現で解析できる場合もある.
準備するもの ●
500 mM マンニトール:要オートクレーブ
●
200 mM CaCl2:要オートクレーブ
●
プロトプラスト化溶液:1%セルラーゼオノズカR-10 (ヤクルト本社) -0.25%マセロ ザイムR-10 (ヤクルト本社) -400 mMマンニトール-8 mM CaCl2-5 mM MES-KOH (pH 5.6) ,使用直前に調製,15,000 rpmで遠心を行い不純物を除いて,孔径0.22μmの フィルターでろ過滅菌を行う
●
W5溶液:154 mM NaCl-125 mM CaCl2-5 mM KCl-5 mMグルコース-1.5 mM MESKOH(pH 5.6),要オートクレーブ
●
MaMg溶液:400 mM マンニトール-15 mM MgCl2-5 mM MES-KOH(pH 5.6),要
●
PEG-CMS溶液:400 mMマンニトール-100 mM CaNO3-40% PEG4000,要オート
●
400 mMマンニトール-W5溶液:400 mMマンニトールとW5溶液を4 : 1の割合で
オートクレーブ クレーブ 混合,要オートクレーブ ●
注6
238
プロトプラスト培養液(注6):400 mMスクロース-4.3 mg/ml MS salts (GIBCO社) -100
チアミンは1 g/l,ピリドキシンは0.1 g/l,ニコチン酸は0.1 g/lでストックするとよい.クロラムフェニコールは12.5 mg/mlエタノール溶液に てストックし,プロトプラスト培養液をオートクレーブしたのち,使用直前に添加する.いずれの試薬も-20℃で保存する.
1. プロモーターの解析
μg/mlミオイノシトール-250μg/mlキシロース-460μg/ml CaCl2-10μg/mlチアミン1μg/mlピリドキシン-1μg/mlニコチン酸-25μg/mlクロラムフェニコール,要オー トクレーブ ●
破砕バッファー:50 mMリン酸バッファー(pH 7.0)-1 mM EDTA-0.1 % Triton X100-10 mM 2-メルカプトエタノール
●
真空ポンプ(真空機工,ULVAC GVD-050A)
●
ホモジナイザー(池田理化,HOMOGENIZER S-203)
実験手順 ■ シロイヌナズナ葉肉プロトプラストの調製 実験はできるだけ無菌的な環境で行うことが望ましい. (注7) 1)GMプレートで育てたシロイヌナズナ から,地上部をハサミ (播種後3∼4週間)
で5 g程度切り取り,蒸留水で洗う(注8). 2)葉をパラフィルム上に置き,5∼10 mm2片になるようかみそりで刻む(注9). 3)100 ml容三角フラスコに移し,30 mlの500 mMマンニトール溶液中で,30 rpmで かくはんしながら室温 (22℃) で,アルミホイルで包み遮光しながら1時間放置す る. 4)葉が落ちないよう薬さじで三角フラスコの口を押えながら,マンニトール溶液を 捨てる. 5)40 mlのプロトプラスト化溶液を加え,真空ポンプを用いて2∼3分間細胞片が沈 降するまで吸引する. 6)70 rpmでかくはんしながら,室温(22℃)で遮光しながら3時間培養する(注10). 7)ナイロンメッシュ (140μm) でろ過し,2本の50 ml容チューブに移す. 8)0.5倍容の200 mM CaCl2を加え,転倒混和する.
注7
プレートに播く種の量により植物の生育はかなり変わる.著者らは,9 cmプレート1枚に80∼90粒の種を播種している.
注8
鋭利な手術用のハサミを使う.
注9
組織が痛まないよう,かみそりの刃を頻繁(10切りに1回ぐらい)に変える.
注10
1.5時間後から,30分間ごとに口の大きなピペットでゆっくり4∼5回ピペッティングを行うことで,プロトプラストの収量が増大する.
239
9)60×g,5分間遠心する. 10)ピペットで上清を捨てる. 11)10 mlの500 mMマンニトール,5 mlの200 mM CaCl2を加え,おだやかに細胞を懸 濁する. 12)40×g,5分間遠心し,上清を捨てる. 13)5 mlの500 mMマンニトール,10 mlの200 mM CaCl2を加え,おだやかに細胞を懸 濁する. 14)40×g,5分間遠心し,上清を捨てる. 15)10 mlのW5溶液を加え,おだやかに懸濁する. 16)氷中に30∼60分間おく. 17)10μlのプロトプラスト溶液と10μlの2.5%エバンスブルー/W5溶液を混和して, 血球測定板で生存するプロトプラスト数を測定する(注11). 18)40×g,5分間遠心し,上清を捨てる. 19)MaMg溶液で生存プロトプラスト数が5×106個/mlになるように懸濁する. ■ 形質転換 レポータープラスミドとエフェクタープラスミド,さらに,35Sプロモーターの 制御下でルシフェラーゼ遺伝子を発現する内部標準プラスミドを導入する.ルシ フェラーゼ活性を内部標準として,レポーターであるGUS活性値を補正する. 1)15 ml容チューブに,30μgのレポータープラスミド,30μgのエフェクタープラ スミド,15μgの内部標準用プラスミドを加え,TEバッファーで100μlとする. 各試料は,ssDNAを用いて,等量のDNA量になるようにする. 2)300μlのプロトプラスト溶液を入れタッピングし,130μl PEG-CMS溶液を加えて 混合したのち,室温で30分間放置する. 3)0.6 mlのW5溶液を加え転倒混和し,20分間室温で放置する.
注11
240
死細胞は青く染まる.普通,90%以上の生存率が得られる.50∼60%以下の場合はよい結果が得られない.
1. プロモーターの解析
4)1 mlのW5溶液を加え転倒混和し,20分間室温で放置する. 5)2 mlのW5溶液を加え転倒混和し,20分間室温で放置する. 6)4 mlのW5溶液を加え転倒混和し,20分間室温で放置する. 7)60×g,5分間遠心し,上清を捨てる. 8)1 mlの400 mMマンニトール-W5溶液を加え,おだやかに懸濁する. 9)60×g,5分間遠心し,上清を捨てる. 10)3 mlのプロトプラスト培養液に懸濁する.暗黒下,22℃のチャンバーで20∼24時 間培養する(注12). 11)60×g,5分間遠心する. 12)上清を捨て,プロトプラストを1.5 ml容チューブに移す(注13). 13)150μlの破砕バッファーを加え,ホモジナイザーを用いて破砕し,レポーター活 性(GUS活性,LUC活性)を測定する.
参考文献 1. Yamaguchi-Shinozaki K, Shinozaki K (1994) A novel cis-acting element in an Arabidopsis gene is involved in responsiveness to drought, low-temperature, or high-salt stress. Plant Cell 6: 251-64 2. ラボマニュアル 植物遺伝子の機能解析 (1992) 岩淵雅樹, 志村令郎 (編) 丸善, 東京, pp 83-90 3. ラボマニュアル 植物遺伝子の機能解析 (1992) 岩淵雅樹, 志村令郎 (編) 丸善, 東京, pp 111-117 4. 植物のタンパク質実験プロトコール (1998) 中村研三, 西村幹夫, 長谷俊治, 前島正義 (監修) 秀潤社, 東京, pp 63-68 5. 植物のタンパク質実験プロトコール (1998) 中村研三, 西村幹夫, 長谷俊治, 前島正義 (監修) 秀潤社, 東京, pp 10-16, pp 37-44 6. Abel S, Theologis A (1994) Transient transformation of Arabidopsis leaf protoplasts: A versatile experimental system to study gene expression. Plant J. 5: 421-427
注12
15 ml容チューブはふたを軽く開けておく.
注13
この状態で-80℃にて保存することができる.
241
2.
タンパク質のリン酸化実験法 片桐 健・篠崎一雄
2.1.はじめに 近年,植物においてプロテインキナーゼのシグナル伝達における役割について, 数多くの報告がなされている.本章では,植物にしか発見されていないカルシウ ム依存性プロテインキナーゼ(calcium dependent protein kinase,CDPK)を例に, 大腸菌の発現系を用いて作成した組換え体プロテインキナーゼのin vitroリン酸化 実験法について紹介し,さらに,カゼインキナーゼⅡを例に,ゲル内リン酸化実 験法について筆者らなどの解析をもとに紹介したい[1, 2].
2. 2. 組換えタンパク質のin vitroリン酸化法 作成したプロテインキナーゼ組換えタンパク質を用いて,そのリン酸化活性を調 べる.CDPKの場合,活性化にCa2+が必要である.目的のプロテインキナーゼに よってはなんらかの活性化因子を必要とすることがあるので,その点については 検討する必要がある.筆者らは基質にカゼイン,ヒストンⅢ-S,そして,ミエリ ン塩基性タンパク質を用いている.リン酸化はプロテインキナーゼがATPのγ位 のリン酸を基質の標的アミノ酸に転移する反応であることから,γ位に放射活性 のある[γ-32P]ATPを利用し,活性を検出する.
準備するもの ●
pGEX発現系[3]を用いて発現させたGST-AtCDPK2組換えタンパク質
●
2×Ca2+プラスバッファー:50 mM Tris-HCl (pH 8.0) -20 mM MgCl2-0.42 mM CaCl2
●
2×Ca2+マイナスバッファー:50 mM Tris-HCl(pH 8.0)-20 mM MgCl2-0.42 mM EGTA
●
5 mg/mlカゼイン(diphosphorylated,Sigma社)
●
5 mg/mlヒストンⅢ-S (Sigma社)
●
5 mg/mlミエリン塩基性タンパク質 (Sigma社)
●
100 mM ATP (Boehringer社)
●
242
[γ-32P]ATP (9.25 MBq,185 TBq/mmol,Amercham-Pharmacia社)
2. タンパク質のリン酸化実験法
●
SDS-PAGE[4]に必要な以下の試薬類および器具類
●
30%アクリルアミド-0.8% N,N'-メチレンビスアクリルアミド溶液
●
1.5 M Tris-HCl (pH 8.8)
●
0.5 M Tris-HCl (pH 6.8)
●
10% SDS
●
10%過硫酸アンモニウム(ammonium persulfate,APS)
●
TEMED
●
泳動バッファー
●
TCA-ピロリン酸洗浄液:5%トリクロロ酢酸-1.65%ピロリン酸ナトリウム
実験手順 1)1.5 ml容チューブに,1反応当たり以下の試薬を入れておき,最後に1μl ATP mixture(注1)をチューブの管壁に加え遠心し,軽く混合して反応 (37℃,10分間) を開始 する. 2×Ca2+プラス/マイナスバッファー 基質(5 mg/ml) 組換えタンパク質
10μl 2μl
1μl(約0.01 mg)
滅菌水 計
6μl 19μl
2)SDSゲルローディングバッファーを加えることで反応を止め,95℃,5分間煮沸 する. 3)SDS-PAGEを行い,陰極のバッファー槽に遊離の [γ-32P] ATPが出てきたら泳動を 止める(注2). 4)TCA-ピロリン酸洗浄液で15分間振とう洗浄する 5)DWで5分以上 振とう洗浄する(注3). 6)ゲルドライヤーでゲルを乾燥する. 7)Bio Image Analyzer (BAS2000,富士写真フイルム) でリン酸化活性を検出する(注4).
注1
ATP mixtureの調製(約15反応の分量) :1 mM ATPを0.2μl,[γ-32P]ATPを0.5μl,滅菌水を15μl.
注2
SDS-PAGEのトップの部分が完全に流れるまで泳動したほうがバックグラウンドが下がるようである.
注3
この過程を行わないと,BAS2000のイメージングプレート(IP)が変質するので注意する.
注4
液体シンチレーションカウンターを用いる場合は,コントロールにGSTのみを発現・精製したものを用意し,バックグラウンドとする.
243
ガゼイン
ヒストン
なし
基質 Ca2+バッファー
kDa 97.4− 69 − 46 −
30 − 21.5−
図2・1 シロイヌナズナのAtCDPK2組換えタンパク質のin vitroリン酸化実 験の結果.AtCDPK2はCa2+依存的に基質のリン酸化を触媒する.基質 には,カゼイン,ヒストンⅢ-Sをそれぞれ用いたほか,基質を加えず にAtCDPK2の自己リン酸化もみた.白抜きの矢印が自己リン酸化を示 し,約55 kDaのAtCDPK2と26.5 kDaのGSTの融合タンパク質の分子量 にリン酸化バンドがみられる.黒矢印はカゼインおよびヒストンⅢ-S のCa2+依存的なリン酸化を示す.文献[1]を改変.
リン酸化活性が見えないときは, 1)筆者らの経験上,CDPKは失活しにくい酵素のようであるが,精製の段階でプロ テアーゼの混入があると徐々に分解することもある.タンパク質の精製でPMSF などのプロテアーゼインヒビターを用いることなどを検討する. 2) [γ-32P] ATPが古いと,活性のあるタンパク質でもリン酸化バンドがぼやけてはっ きりしないことがある.通常,1ヶ月ぐらいまでは使用できるが,なるべく新し いものを用いる. 3)活性化因子などを必要とする場合が考えられるので,植物の抽出液を加えるなど を検討する. 図2・1に実験例を示した.
2.3.活性ゲル内リン酸化法 プロテインキナーゼの量および活性を測定するために従来用いられてきた方法 は,特定の基質ポリペプチドを用い,反応溶液中で[γ-32P] ATPの存在下でリン 244
2. タンパク質のリン酸化実験法
酸化反応を行わせ,基質に取り込まれた32Pの量をSDS-PAGEやフィルターによっ て分離・測定するものであった.活性ゲル内リン酸化法では,SDS-PAGEの際に 基質ポリペプチドをあらかじめゲルに固めこんでおいて,そこにプロテインキ ナーゼを含むサンプルを電気泳動し,ゲルごと変性/再生させたのちに, [γ-32P] ATPの存在下でゲルの中でリン酸化反応を行わせるという点で,ほかのリン酸活 性測定法と異なる[5]. この方法は,ほかの方法と比較して以下の点で有利である.1) サンプル中のプロ テインキナーゼは変性 (界面活性剤や極端なpHなどで溶出したサンプルなど) して いてもよい,2)プロテインキナーゼの活性量とともにその分子量が同時にわか る,3)複数種のプロテインキナーゼやインヒビターが混在していてもかまわな い,4) 基質や反応条件の変えることでさまざまなプロテインキナーゼに適応可能 である.注意すべき点としては,1) すべてのタンパク質がこの方法でもとの構造 を回復する保障はない,2) プロテインキナーゼAなどのようにサブユニット構成 の変化により活性制御が行われている場合,活性ゲル内リン酸化法で得られた活 性の強弱とin vivoでの活性の強弱とは必ずしも一致しない,ことなどがあげられ ている. 本法で,カルモジュリン依存性プロテインキナーゼⅡ,カゼインキナーゼⅡ[2], MAPキナーゼ[6, 7],プロテインキナーゼAなどの活性が検出可能であることが報 告されている.以下に,筆者らが行った高等植物のカゼインキナーゼⅡの活性測 定[2]を例にして,活性ゲル内リン酸化法を紹介する.
準備するもの ● ● ●
pGEX発現系[3]を用いて発現させたGST-Arabidopsis CKA1組換えタンパク質 ATP (Boehringer社) [γ-32P] ATP (9.25 MBq,185 TBq/mmol,Amersham-Pharmacia社)
●
プロパノール溶液:20% 2-プロパノール/50 mM Tris-HCl (pH 8.0) (250 ml)
●
バッファーA:50 mM Tris-HCl(pH 8.0)-5 mM 2-メルカプトエタノール(250 ml)
●
バッファーB:40 mM Tris-HCl (pH 8.0) -50 mM NaCl-20 mM KCl-10 mM MgCl2-0.1 mM・EGTA-2 mMジチオトレイトール (250 ml)
●
denature溶液:6 Mグアニジン塩酸-バッファーA(250 ml)
●
renature溶液:0.05% Tween 40-バッファーA(500 ml),4℃保存
●
反応液:50 mM ATP-3 MBq[γ-32P] ATP-バッファーB (25 ml)
●
洗浄液:5% TCA-1%ピロリン酸ナトリウム(1000 ml)
●
SDS-PAGE[4]に必要な試薬類および器具類
●
カゼイン(diphosphorylated,Sigma社)
●
ハイブリバッグ(コスモバイオ) 245
実験手順 1)10%アクリルアミド-カゼインゲルを作製する.基質であるカゼインは分離ゲルに のみ含まれていればよい.ミニスラブ用にカゼインが最終濃度2 mg/mlになるよ うに作製する. 2)電気泳動をLaemmliのバッファーシステム[3]を用いて行う.サンプルを泳動した レーンはタンパク質の染色はしないので,分子量マーカーは別のレーンに泳動し ておき,泳動後切り離してCBBで染色するか,プレステインマーカー (Rainbow Marker,Amercham-Pharmaciaなど) を用いる. 3)電気泳動終了後,ゲルをタッパーに入れた125 mlのプロパノール溶液中に浸し, 30分間,2回,室温でシェーカーを用いて振とうし,SDSを洗い去る.
pET−3C ATCKA1 リン酸供与体 ペパリン (1μg/ml)
1
2
3
4
ATP
ATP
GTP
GTP
kDa 69 46 30
キナーゼの相対活性(%)
21.5
100
53.2
52.2
0
図2・2 活性ゲル内リン酸化法を用いたATCKA1のカゼインキナーゼⅡ活 性の検出.シロイヌナズナのATCKA1の組換えタンパク質を大腸菌内 で発現させ,その細胞抽出液5μlをリン酸化基質としてカゼインを含 むポリアクリルアミドゲル中で電気泳動し,ゲル内リン酸化を行った. pET-3Cはベクターのみの対照.レーン2において,ATCKA1組換えタ ンパク質の分子量 (40 kDa) にリン酸化活性が検出できる.レーン1では この活性は検出できない.カゼインキナーゼⅡはリン酸化によりATP よりもGTPを用いたほうが高い活性を示し,低濃度のヘパリンにより キナーゼ活性の阻害を受けるといった生化学的特徴をもつ.矢印が ATCKA1のリン酸化活性.文献[2]を改変. 246
2. タンパク質のリン酸化実験法
4)ゲルを125 mlのバッファーA中に浸し,30分間,2回,室温で振とうし,プロパ ノールを洗い去る. 5)ゲルを125 mlのdenature溶液中に浸し,30分間,2回,室温で振とうし,ゲル内の タンパク質を一度完全に変性させる. 6)ゲルを冷やしておいた125 mlのrenature溶液中に浸し,30分間,2回,4℃で振とう する. 7)さらに200 mlのrenature溶液に交換し,一晩,4℃でゲルを振とうする. 8)翌日,100 mlのrenature溶液に交換し,30分間,1回,4℃で振とうする. 9)ゲルを125 mlのバッファーB中に浸し,30分間,2回,30℃で振とうする. 10)ゲル内でリン酸化を行うために,ゲルをハイブリバッグ中に移し,25 mlの反応 液を加え,60分間,30℃でシェーカーを用いて振とうする. 11)反応を止めて未反応のATPを除去するために,ゲルをタッパーに入れた150 mlの 洗浄液中に移し,30分間,室温でシェーカーを用いて振とうする.洗浄液中の放 射能量をサーベイメーターなどを用いてモニターしながら,カウントがバックグ ラウンドレベルに下がるまで繰返し洗浄液を交換する. 12)ゲルを乾燥し,オートラジオグラフィーやBio Image Analyzer(BAS2000,富士 フィルム)によりリン酸化活性を解析する. 図2・2に実験例を示した.
参考文献 1. Urao T, Katagiri T, Mizoguchi T, Yamaguchi-Shinozaki K, Hayashida N, Shinozaki K (1994) Two genes that encode Ca2+-dependent protein kinases are induced by drought and high-salt stresses in Arabidopsis thaliana. Mol. Gen. Genet. 244: 331-340 2. Mizoguchi T, Yamaguchi-Shinozaki K, Hayashida N, Kamada H, Shinozaki K (1993) Cloning and characterization of two cDNAs encoding casein kinase II catalytic subunits in Arabidopsis thaliana. Plant Mol. Biol. 21: 279-289 3. Smith DB, Johnson KS (1988) Single-step purification of polypeptides expressed in Escherichia coli as fusions with glutathione S-transferase. Gene 67: 31-40 4. Laemmli UK (1970) Cleavage of structural proteins during assembly of the head of bacteriophage T4. Nature 227: 680-685 5. Geahlen RL, Anostario M, Low PS, Harrison ML (1986) Detection of protein kinase activity in sodium dodecyl sulfate polyacrylamide gels. Anal. Biochem. 153: 151-158 6. Mizoguchi T, Gotoh Y, Nishida E, Yamaguchi-Shinozaki K, Hayashida N, Iwasaki T, Kamada H, Shinozaki K (1994) Characterization of two cDNAs that encode MAP kinase homologues in Arabidopsis thaliana and analysis of the possible role of auxin in activating such kinase activities in cultured cells. Plant J. 5: 111-122 7. Zhang S, Klessig DF (1997) Salicylic acid activates a 48-kD MAP kinase in tobacco. Plant Cell 9: 809-824 247
3.
酵素活性の測定
加藤 朗・西村幹夫
3.1.はじめに 酵素はタンパク質そのものであり,酵素活性は遺伝子にコードされたタンパク質 の機能を表している.酵素活性の測定は,遺伝子・タンパク質の機能を調べるう えでもっとも簡単な方法のひとつであろう.シロイヌナズナは植物体が小さく, 実験室内で容易に生育が可能である.このことは遺伝的解析を行う材料としては 優れているが,生化学的解析,たとえば,酵素活性を測定する場合には障害と なっている.しかしながら、シロイヌナズナは,植物自体は柔らかく,二次代謝 物などの蓄積も比較的少ないので,タンパク質を抽出するうえでは扱いやすい材 料である. 本章では,シロイヌナズナの発芽種子から可溶性タンパク質を抽出してペルオキ シソーム酵素の活性測定を行い,少量の材料から酵素活性を測定するうえでの基 本となる実験操作について解説する.
3.2.植物から酵素(タンパク質)の抽出 3.2.1.材料について 1個体の植物であっても,器官やエージの違いでタンパク質の蓄積パターンは異 なる.シロイヌナズナは室内で1年中栽培でき,生育条件,器官,エージに応じて 試料を調製することも可能である.材料の少なさは作業量で補うことにしよう.
3.2.2.抽出方法 植物細胞のもつ構造的な特徴は,酵素 (タンパク質) の抽出を動物細胞や微生物な どに比較してより困難にしている.まず,植物細胞を取り囲む細胞壁や維管束な どの硬い組織を物理的に破壊しなければならない.シロイヌナズナは比較的柔ら かく扱いやすいが,維管束や二次細胞壁が発達した茎や根などでは,液体窒素中 で粉状にすりつぶしたうえで抽出するなどの工夫が必要になる. 248
3. 酵素活性の測定
材料は,2∼3倍量の抽出液とともに小型 (直径6 cm) の乳鉢でよくすりつぶす.液 量が少ないとロスが心配だが,抽出液が300μl程度ならは乳鉢でもほぼ同量の磨 砕液を回収できる.幼植物や葉などから50∼100μlというごく少ない容量で抽出 を行いたい場合には,マイクロチューブとプラスチック製の乳棒を使ってつぶす とロスを少なくできる.乳棒はマイクロチューブ内部に密着するものが販売され ている (エッペンドルフ社,バイオビック社など) .また、乳棒をモーター駆動さ せる機器(注1)も多数の試料を扱う場合には有効である. なお,抽出作業は低温(0∼4℃)下で手ぎわよく行うこと.
3.2.3.抽出液 磨砕によって,液胞からは有機酸や二次代謝物,酸性プロテアーゼなど,酵素の 安定性に影響する多くの物質が流出する.したがって,抽出液にはこれらの影響 を抑制するための工夫が必要となる.
a.バッファー 液胞の破壊による酸性化を抑制するため,通常は弱アルカリ性(pH 7.5∼8.0)の バッファーを使用する.Trisバッファーはもっとも一般的な緩衝液であるが,ミ トコンドリアや葉緑体の酵素のなかにはTrisによって活性が阻害されるものもあ る.酵素に応じてHepesなどのGoodのバッファーやリン酸バッファーなどを利用 する.液胞が破壊されても酸性化しない濃度(通常、100 mMほど) で用いる.
b.還元剤 液胞に蓄積するポリフェノールなどは酸化されやすく,酸化物は酵素タンパク質 の酸化および高次構造の変化をひき起こす.特に、活性の維持にSH基を必要と する酵素では失活の大きな原因となる.これらは、還元剤の添加によって防止す る.安定性や臭いの少なさから,1∼10 mMのジチオスレイトールがよく使われ る.シロイヌナズナではポリフェノールなどの蓄積は比較的少ないが,アントシ アニンの蓄積した組織では注意が必要である.
注1
パワーホモジナイザー(井内).DNAの抽出にも便利である.
249
表3・1 一般的に使用されるプロテアーゼ阻害剤 プロテアーゼ阻害剤 分子量
使用濃度
阻害されるおもなプロテアーゼ
保存方法
PMSF (フェニル メタンスルホニ ルフルオリド)
174.2
0.1∼1 mM
セリンプロテアーゼ
100 mM の濃度でイソプロパノー ル,もしくは,200 mMの濃度で ジメチルスルホキシドに溶解. 分解しやすいので使用時に調製
アンチパイン
604.7
1∼10μg/ml
システインプロテアーゼ
1 mg/mlの濃度でジメチルスルホ キシドに溶解.-20℃保存
ロイペプチン
426.6
1∼10μg/ml
セリンプロテアーゼ,システイ 1 mg/mlの濃度でジメチルスルホ ンプロテアーゼ キシドに溶解.-20℃保存
ペプスタチンA
685.9
1∼10μg/ml
アスパラギン酸プロテアーゼ
EDTA・Na2
372.3
1∼10 mM
金属プロテアーゼ
1 mg/mlの濃度でジメチルスルホ キシドに溶解.-20℃保存
このほかに,複数のプロテアーゼ阻害剤を配合したものがタブレットとして販売されている (Complete, Protease Inhibitor Cocktail,Roche Diagnostics社) .動物細胞での使用を想定してあるようだが,植物でも機能する.やや 高価.
c.プロテアーゼ阻害剤 発芽種子や老化過程にある組織では、相対的にプロテアーゼ活性が高い.プロテ アーゼ活性は抽出液のpHや温度環境に留意することによってかなり抑えられる が,阻害剤を添加しておけばより安全である.表3・1には,一般的なプロテアー ゼ阻害剤の種類と使用濃度を記した.
3.3.酵素活性の測定と定量化 以下は,酵素活性を測定するうえでの基本事項である.酵素活性の反応速度論的 取り扱いについては,ほかにくわしい解説がなされているのでここではふれな い.
3.3.1.酵素活性の測定 酵素の活性は,酵素反応の速さ (反応速度) で表される.したがって,酵素活性を 求めるには,基質あるいは生成物の量的変動を時間をおって測定すればよい.酵 素反応に影響する要因としては,pH,温度,基質量,酵素量などがあるので,ま 250
3. 酵素活性の測定
えもって最適pH,最適基質量を定め (あるいは,調べ) ,通常は25∼30℃の条件で 測定を行う.基質量が十分であれば,酵素の反応速度は酵素量に比例する.これ は,酵素活性を測定するうえでの前提となるので,対象となる酵素標品が比例関 係を満たしているかをまえもって調べておく.比例関係が成り立たない原因とし ては,阻害物質などの混入が考えられる.特に,粗抽出液は二次代謝物などの低 分子物質を含む場合があり,これらが酵素活性を阻害したり,紫外領域での吸光 度測定に影響することがある(注2). 通常の酵素反応の場合,反応開始当初は反応時間(t)の経過とともに直線的に反 応が進行するが,やがて,基質の消費,生成物の蓄積,酵素の失活などの要因に よって,直線からはずれてくる (速度が低下する) .このような場合,t = 0で接線 をひき,接線の傾き(時間当たりの吸光度変化)をもって反応速度とする(図3・ 1) .t = 0のときの反応速度を初速度 (initial velocity) とよび,酵素活性の定量には この値を用いる.吸光度は,測定波長におけるモル吸光係数をもとにして測定物 質の濃度に換算される(注3). 酵素活性は,粗酵素液調製後,すみやかに測定する.保存が必要な場合は氷中に おき,凍結させないほうがよい.
吸光度
t=0 のときの接線
実際の吸光度変化
反応時間 t
図3・1 酵素活性測定における吸光度変化.
注2
低分子物質はゲルろ過で除去することができる.Sephadex G-25 (Amersham-Pharmacia社) などのカラムを自作するのが一番安価であるが,液 量が少ない場合にはベッド容積の小さいプレパックカラム(Bio-Rad社,Amersham-Pharmacia社から入手可)を利用すると便利である.
注3
吸光度をA (absorbance) ,吸収層の厚さ(セルの光路長,length of molecular path) をl cm,物質の濃度 (concentration)をc mmol/mlとしたとき, ε= (1/cl)Aで与えられる数値εを,各波長におけるモル吸光係数(molar absorption coefficient),または,分子吸光係数(molecular extinction coefficient) とよぶ.
251
3.3.2.酵素活性の単位 酵素活性は一般につぎのようにして表される.
a.酵素単位 国際酵素命名委員会が定めた値で,ユニット (U) もしくはカタール (kat) で表され る.ユニットは,一定条件下で1分間に1μmolの基質を変換できる酵素の量,カ タールは,1秒間に1 molの基質を変換できる酵素の量,とそれぞれ定義されてい る(注4).同委員会では後者を推奨しているが,一般的にはユニットが多く使われ ているようである.1 U = 1/60μkatまたは16.67 nkat,1 kat = 6×107 U.
b.比活性 試料に含まれるタンパク質1 mg当たりの酵素活性を酵素単位で表したもの.精製 標品では,酵素1 mg当たりの酵素単位として与えられる.酵素単位にカタールを 用いる場合は,タンパク質1 kg当たりで表す.比活性を求めるためには,粗酵素 液中のタンパク質濃度を求めなければならない.タンパク質量の測定には Bradford法[1]が便利である.
3.4.シロイヌナズナ発芽種子を用いた ペルオキシソーム酵素活性の測定 3.4.1.シロイヌナズナ発芽種子の準備 シロイヌナズナ(C24株を使用)の種子は,滅菌したのち,発芽培地上(直径90 mm,高さ20 mmのシャーレを使用)にまき,4℃暗所に2日間おく.こののち, シャーレをアルミホイルで包み,光を遮断して22℃で発芽させる.発芽種子はピ ンセットを使って寒天培地から抜き取り,ろ紙で寒天と余分な水分を取り除く. 重量を測定し,プラスチックバッグまたはクライオチューブに入れ,液体窒素で
注4
252
かなり大きな値であるので,マイクロカタール(μkat),ナノカタール(nkat)として使われることもある.
3. 酵素活性の測定
凍結したのちに-80℃で保存する.3日間,5日間,8日間暗所で生育させたもの と,6日間暗所ののち2日間明所で生育させたものを,それぞれ150∼200 mg(注5)ず つ採取した.
3.4.2.粗酵素液の調製
準備するもの ●
シロイヌナズナ発芽種子(凍結保存したもの)
●
抽出液:100 mM Tris-HCl (pH8.0) -1mM EDTA-1 mM PMSF-1μg/mlアンチパイン-
●
乳鉢(直径6 cm)と乳棒
1μg/mlロイペプチン-1μg/mlペプスタチンA)
実験手順 以下の操作は低温室または氷上で行い,使用する抽出液および容器は氷冷してお く. 1)シロイヌナズナの発芽種子150∼200 mgに抽出液400μlを加え,乳鉢でよく磨砕 する. 2)磨砕液をマイクロチューブに移し,小型冷却遠心機で,15,000 rpm,4℃,30分間 遠心する. 3)上清を別のマイクロチューブに移し,氷中で保存し粗酵素液とする.
3. 4. 3. Bradford法によるタンパク質量の測定
準備するもの ●
(注6) Bradford試薬(Bio-Rad社)
注5
200個体前後.
注6
Bradford試薬は自分で調製することもできる.文献[2]参照.
253
●
標準タンパク質(注7)
●
粗酵素液
(注 8) 実験手順(スタンダードアッセイ)
検量線は実験のたびに新しいものを作成する.検量線の作成と試料の測定は同時 に行う. 1)検量線用(4∼5本) と試料用 (2本ずつ用意して平均をとる) にマイクロチューブを 用意し,蒸留水800μlを入れる(注9). 2)検量線用のチューブに標準タンパク質を適量加える (たとえば,0,4,8,16 mg) . 3)試料用のチューブに粗酵素液を1∼2μl加える(注10). 4)200μlのBradford試薬を加え,すばやくボルテックスする. 5)試薬投入後,5∼30分間のあいだに,波長595 nmの吸光度を測定する(注11). 6)標準タンパク質の測定結果をもとに検量線を作成し,粗酵素液のタンパク質濃度 を求める(注12).
3.4.4.酵素活性の測定 測定には,プロッター付のダブルビーム分光光度計を使用した (シングルビーム でも測定可能).セルは,光路長が1 cmで容量が2 ml程度のもの使いやすい.セ ルには可視光用のガラスセルと紫外光用の石英セルの2種類がある.石英セルは 高価だが,各波長域において高い透過率を示すので使用範囲が広い.活性測定に 必要な試薬類は,それぞれ2∼10倍濃度のストック溶液を調製しておき,反応液
注7
標準タンパク質として,ウシ血清アルブミン (BSA) が一般的に使われる.論文には,BSAを標準として使用した,と記載する.標準溶液を 自分で調製してもよいが,市販品を利用すると便利.Bio-Rad社やPierce社から販売されている.
注8
Bio-Rad社の試薬は,スタンダードアッセイとマイクロアッセイの2通りの測定が可能.
注9
試料が多い場合には,マイクロプレートリーダーを使用すると便利である.
注10
粗酵素液中のタンパク質濃度が高い場合には,検量線にのるように希釈しておく.また,試料に脂肪が多く含まれていると沈殿を生じる場 合がある.
注11
セルが汚れていると,内側が青く染まって測定に支障をきたす.使用後にはセルをエタノールでよく洗浄すること.
注12
グラフ用紙の縦軸に吸光度,横軸にタンパク質量 (あるいは,濃度) をプロットし,直線をひいて検量線とするのだが,関数電卓などを利用 して回帰直線を作成するとよい.なお,発芽種子から調製した粗酵素液のタンパク質濃度は約1.5∼3.0 mgタンパク質/mlであった.
254
3. 酵素活性の測定
の容量は水で調節する.基質溶液は凍結保存できるものが多いが,使用直前に調 製しなければならないものや,長期保存すると分解してしまうものもある.酵素 のなかには,リンゴ酸シンターゼのように活性が安定して持続するものがある一 方,カタラーゼのように急速に低下するものもあるので,測定はすばやく行うこ と.
(注13) [3] a. リンゴ酸シンターゼ (malate synthase, EC 4.1.3.2)
実験手順(注 14) 1)ガラスセルまたは石英セルに,100 mM Tris-HCl(pH 8.0),1.5 mM DTNB(注15), 10 mM MgCl2,0.2 mMアセチルCoAを入れる. 2)粗酵素液(10∼30 mgタンパク質)を投入する. 3)最後に,基質として20 mMグリオキシル酸(ナトリウム塩)を投入する. 4)パラフィルムでセルにふたをし,数回すばやくひっくり返してかくはんする. 5)分光光度計にセットし,数値が安定したら測定開始する.酵素反応によって遊離 するCoA-SHはDTNBと反応してメルカプチドイオンを生じる.この増加を波長 412 nmでモニターする (ε=13,600).基質の代わりに水を投入したものを対照と する.
b. ヒドロキシピルビン酸レダクターゼ (hydroxypyruvate reductase, [4] EC1.1.1.29) 実験手順(注 14) 1)石英セルに100 mMリン酸緩衝液 (pH 6.7),0.14 mM NADH(還元型)を入れる.
注13
酵素番号(EC number) .酵素を系統的に分類するために使われる番号で,EC(Enzyme Code) で始まる4組の数字で表される.国際生化学分子 生物学連合の酵素委員会によって規程・整理されている.
注14
反応溶液の全量は1 ml,濃度はいずれも最終濃度とする.
注15
5,5'-dithiobis-(2-nitrobenzoate).Tris緩衝液に溶解してストックとする.長期保存は不可.
255
2)粗酵素液(10∼30 mgタンパク質)を投入する. 3)基質として5 mM 2-ヒドロキシピルビン酸(リチウム塩)を投入する. 4)パラフィルムでセルにふたをし,数回すばくひっくり返してかくはんする. 5)分光光度計にセットし,数値が安定したら測定開始する.NADHの減少を波長 340 nmでモニターする (ε= 6220) .基質の代わりに水を投入したものを対照とす る.
[4] c. カタラーゼ (catalase, EC 1.11.1.6)
実験手順 1)50 mMリン酸緩衝液(pH 7.0)に過酸化水素溶液(30%)を添加し,基質溶液とす る.このとき,波長240 nmの吸光度が約0.6∼0.8になるように調製する (約0.1%, (注16) v/v) .
2)石英セルに1 mlの基質溶液を入れる. 3)粗酵素液(5∼20 mgタンパク質)を投入する. 4)パラフィルムでセルにふたをし,数回すばやくひっくり返してかくはんする. 5)分光光度計にセットし,数値が安定したら測定開始する.過酸化水素の減少を波 長240 nmの吸光度でモニターする (ε= 36) .実質的な測定時間は約1分間と短い. 粗酵素液の代わりに,抽出液あるいはボイルした粗酵素液を投入したものを対照 とする.
3.4.5.結果 図3・2には,シロイヌナズナの発芽過程における3種類のペルオキシソーム酵 素,リンゴ酸シンターゼ(MS) ,ヒドロキシピルビン酸レダクターゼ(HPR) ,カ タラーゼの活性変動を示した.植物のペルオキシソームは,発芽初期には脂肪の
注16
少ないと測定中に基質がなくなってしまう.
256
0
1.0
200
0.5
100
3日間暗黒
5日間暗黒
8日間暗黒
カタラーゼ(U/mg タンパク質)
0.05
リンゴ酸シンターゼ ヒドロキシピルビン酸レダクターゼ カタラーゼ
検出できず
0.1
ヒドロキシピルビン酸レダクターゼ(U/mg タンパク質)
リンゴ酸シンターゼ(U/mg タンパク質)
3. 酵素活性の測定
6日間暗黒 2日間光照射
図3・2 シロイヌナズナの発芽過程におけるペルオキシソーム酵素の活性 変動.
分解を担うグリオキシソームとして機能するが,光合成が可能になると緑葉ペル オキシソームへと機能変換して光呼吸に関与するようになる.グリオキシソーム 特異的酵素であるリンゴ酸シンターゼの活性は,3日目以降,徐々に低下してゆ き,光照射後には検出されなくなる.一方,緑葉ペルオキシソーム酵素であるヒ ドロキシピルビン酸レダクターゼの活性は,光照射によって急激に上昇する.両 者の相対する活性変動パターンは,発芽過程におけるペルオキシソームの機能変 換を顕著に反映している.過酸化水素の分解を触媒するカタラーゼは,両方のペ ルオキシソームに必要な酵素であることから,光照射の前後で高い活性が検出さ れた. 図3・2では,3酵素の活性を粗酵素液中のタンパク質量当たりの比活性として示 した.材料の湿重や個体数,磨砕液の全容量が既知ならば,湿重当たり,あるい は,個体当たりの活性として比較することも可能である.
参考文献 1. Bradford (1976) A rapid and sensitive method for the quantitation of microgram quantities of protein utilizing the principle of protein-dye binding. Anal. Biochem. 72: 248-254 2. 奥村宣明 (1996) タンパク質の定量法. 岡田雅人, 宮崎香 (編) タンパク質実験ノート, 上, 抽出と精製分離. 羊土社, 東京, pp 27-31 3. Cooper TG, Beevers H (1969) Mitochondria and glyoxysomes from caster bean endosperm. J. Biol. Chem. 244: 3507-3513 4. Huang AHC, Beevers H (1973) Localization of enzymes within microbodies. J. Cell Biol. 58: 379-389 5. Lück H (1965) Catalase. In: Methods of Enzyme Analysis. Academic Press, New York, pp 885-894
257
4.
タンパク質の複合体生成
佐久間洋・篠崎和子
4.1.はじめに タンパク質は1分子だけで機能を有しているものばかりではなく,複数のタンパ ク質が複合体を形成して機能を発現する場合も多い.また,リン酸基の転移反応 によるシグナル伝達のような場面でも,基質タンパク質と修飾酵素は複合体を形 成する.このようなタンパク質-タンパク質の複合体形成,相互作用を確認する ためや,その相手のタンパク質の遺伝子をクローニングする実験系として,酵母 を使用したツーハイブリッドシステムがもっともよく用いられている.一方,生 化学的にタンパク質の複合体を抽出して複合体を形成するタンパク質を解析する 方法もあるが,ここではもっとも応用範囲の広いツーハイブリッドシステムを用 いた方法について概説する. Fieldsらによって開発されたツーハイブリッドシステムは,相互作用を調べたい 2種類のタンパク質を,それぞれ転写因子の異なる機能ドメインとの融合タンパ ク質として発現させ,それらが酵母細胞内で相互作用した場合にのみ転写因子が 機能して,特定のレポーター遺伝子が発現するように仕組まれたシステムであ る.しかし,この転写因子を用いたツーハイブリッドシステムの場合,核移行シ グナルや転写活性化部位をもつタンパク質をベイトタンパク質とすると,ベイト タンパク質-DNA結合部位融合タンパク質単独で核への移行や転写の活性化が起 こり,バックグラウンドが高くなってしまう.最近,Sosタンパク質を用いこの 欠点をなくしたCytoTrapツーハイブリッドシステムが開発されたので,章末に紹 介する.
4.2.転写因子を用いたツーハイブリッドシステム 4.2.1.原理 ツーハイブリッドシステムを用いると,二つのタンパク質の相互作用を解析する ことができる.この場合,解析したい一方のタンパク質 (ベイトタンパク質) と転 写因子のDNA結合部位の融合タンパク質をコードした酵母用プラスミド,およ び,他方のタンパク質 (ターゲットタンパク質) と転写活性化部位の融合タンパク 質をコードした酵母用プラスミドを作成して,同時に宿主酵母に導入する (図4・ 258
4. タンパク質の複合体生成
ターゲットタンパク質
ベイトタンパク質
GAL4 転写活性化 ドメイン
LexA DNA結合 ドメイン 転写
核
LexA結合配列
HIS3
転写 LexA結合配列
lacZ
図4・1 ツーハイブリッドシステムの概略.
1) .宿主酵母には,HIS3やlacZなどのレポーター遺伝子があらかじめ導入されて いる株を用いる.このレポーター遺伝子のプロモーター領域にはベイトタンパク 質と融合しているDNA結合部位の認識配列が存在する.ベイトタンパク質とター ゲットタンパク質間で相互作用が存在する場合には, {ベイト-結合部位融合タン パク質}:{ターゲット-転写活性部位融合タンパク質}複合体が認識配列に結合 し,下流に存在するレポーター遺伝子の転写を活性化する.このように,ツーハ イブリッドシステムでは二つのタンパク質の相互作用をレポーター遺伝子の活性 として解析することができる.
4.2.2.相互作用するタンパク質をコードする遺伝子のクローニング あるタンパク質 (ベイトタンパク質) と複合体を形成するタンパク質をコードする 遺伝子をcDNAライブラリーをスクリーニングしてクローニングする場合,ま ず,ベイトタンパク質-DNA結合部位融合タンパク質を発現するベクターを宿主 酵母に導入する.さらに,この酵母にcDNAと転写活性部位を融合させた酵母発 現cDNAライブラリーを導入してスクリーニングを行う.種々の改良されたツー ハイブリッドシステムが各社から発売されているが,本章では,筆者らの研究室 で用いているLexAタンパク質との融合タンパク質をつくるツーハイブリッド用 シャトルベクター,pBTM116を用いたツーハイブリッドシステム によるスクリー ニングについて説明する(図4・2). 259
EcoRⅠ SmaⅠ Bam HⅠ SalⅠ PstⅠ
ADH1 2μ プロモーター
lexA ADH1 ターミネーター pBTM116 約5 kb
Trp1
Ampr ColE1
EcoRⅠ
SmaⅠ
Bam HⅠ SalⅠ
PstⅠ
GAATTCCCGGGGATCCGTCGACCTGCAGCC
図4・2 pBTM116の遺伝子地図とマルチクローニング部位の塩基配列.
4.2.3.ベイトタンパク質-DNA結合部位融合タンパク質を 発現するベクターの作成 まず,ベイトタンパク質をコードするDNA配列をpBTM116のマルチクローニン グ部位に挿入する.ベイトタンパク質のcDNAがすでにほかのベクターに挿入さ れている場合には,適当な制限酵素で切り出してサブクローニングすればよい. しかし,融合タンパク質を発現するためにフレームをあわせる必要があり,多く の場合は適当なプライマーを合成しPCR断片を用いることになる.PCRを行う際 には,なるべく変異の挿入を抑えるため,PfuやKODなど校正能力の高い酵素の 使用を勧める.また,得られたPCR断片は,ベクター系に挿入後シークエンスを 行い,変異がないことを確認する.筆者らは,pBTM116に挿入された遺伝子の塩 基配列を確認するのに,以下のプライマーを用いている. pBTM116 Forward:TTGCCAGAAAATAGCGAGTT pBTM116 Reverse:GAAAGCAACCTGACCTACA このプラスミドを酵母L40株に導入する.L40はLexAタンパク質の結合配列の下 流にレポーター遺伝子としてHis3とlacZをつないだものがすでに挿入してある. したがって,ツーハイブリッドシステムで陽性の組み合わせの場合,HIS3タンパ ク質の拮抗阻害剤である3-AT (3-アミノ-1,2,4-トリアゾール) の耐性試験とβ-galを 用いたブルー/ホワイトアッセイで確認できる.pBTM116を導入したL40を0 mM から100 mMまで数段階の濃度の3-ATを含む選択培地で生育させ,バックグラウ 260
4. タンパク質の複合体生成
ンドレベルを確認する(注1).また,ブルー/ホワイトアッセイも行い,コロニーが 青色を呈さないことを確認する.
4.2.4.cDNAライブラリーの作成 筆者らは,cDNAライブラリーの作成にStratagene社のHybriZap 2.1ツーハイブリッ ドシステムを用いている.このシステムは,cDNAがλファージに挿入されるの で,一般的なプラークハイブリダイゼーションによるスクリーニングにも共用す ることができる.また,ワンハイブリッドシステムによって特異的なDNA配列に 結合するDNA結合タンパク質の遺伝子をスクリーニングする場合にも用いること ができる.くわしいライブラリーの作成方法は,キットのマニュアルを参考にし ていただきたい.植物由来の市販のライブラリーとしては,pGAD10にクローニ ングされたシロイヌナズナのcDNAライブラリーがClontech社から販売されてお り,これを使用することも可能である.
4.2.5.スクリーニング HybriZAPを用いたライブラリーでは,in vivo excisionを行い,プラスミドDNAを 調製してスクリーニングに用いる.ベイトタンパク質をコードするDNA配列を挿
(f)
(f)
(a)
(a)
(b)(e)
(e)
(d)
(c)
(b)
(d)
(c)
図4・3 3-AT耐性試験 (左) とβ-galアッセイ (右) .陽性のクローン (a) , (d) , (f) は10 mMの3-ATを含む培地でも生育可能であり,かつ,β-galアッ セイで青色を呈する.口絵13参照.
注1
100 mMの3-ATでも生育してしまうほどバックグラウンドが高い場合には,転写活性部位や核移行シグナルと予想される部位を欠失させる. しかしながら,これらの欠失させた部位がタンパク質の相互作用に必要な場合は,通常のツーハイブリッドシステムでのスクリーニングは 困難であり,CytoTrapの使用を検討する.
261
入したpBTM116を導入した酵母L40に,cDNAライブラリーのプラスミドを導入 し,バックグラウンドを完全に抑える濃度の3-ATを含む選択培地で培養する.1 週間から10日ほどでコロニーが確認できるようになるのでこれを拾い,スクリー ニングに用いたものと同様の培地にストリークする.この培地からレプリカフィ ルターをとりβ-galアッセイを行い,3-AT耐性テストおよびβ-galアッセイ双方と も陽性のクローンを選択する (図4・3) .擬陽性のクローンを判別するため,各ク ローンをYPAD培地で培養してプラスミドを脱落させ,ベイトプラスミドが脱落 した酵母とターゲットプラスミドが脱落した酵母を作成する.これらの酵母に対 し3-AT耐性試験およびβ-galアッセイを行い,ベイトまたはターゲットのどちら か一方だけで陽性を示すクローンは選択からはずす.以上のスクリーニングで得 られた,ベイトプラスミドが脱落した酵母よりプラスミドDNAを単離し(注2),大 腸菌に導入し,大腸菌よりプラスミドを調製して塩基配列を決定する(注3).
4.2.6.実験方法 a.酵母の形質転換
準備するもの ●
LiSORB:100 mM酢酸リチウム-10 mM Tris-HCl (pH 8.0) -1 mM EDTA-1 Mソルビ トール(pH 8.0).オートクレーブ
●
10×TEバッファー:100 mM Tris-HCl-10 mM EDTA (pH 7.5).オートクレーブ
●
10×酢酸リチウム:1 M酢酸リチウム(pH 7.5).オートクレーブ
●
50% PEG:50 g PEG3350(ポリエチルグリコール)を100 mlの蒸留水に溶かす. オートクレーブ
●
TE-LiOAc-PEG:10×TEバッファーと10×酢酸リチウムと50% PEGを1 : 1 : 8で 混合する
●
サケ精子DNAミックス:超音波破砕した20 mg/mlサケ精子DNA溶液200μlを5分 間ボイルしたのち,800μlのLiSORBを加える
●
1 M 3-AT:ろ過滅菌ののち,-20℃保存
●
40%グルコース:オートクレーブ
注2
筆者らは,酵母からのプラスミドの単離に簡便なStratagene社のYeast DNA Isolation Systemを用いている.グラスビーズを用いたプラスミド の単離方法は,文献[1, 2]を参考にしていただきたい.
注3
得られたクローンの数が多い場合には,酵母から大腸菌にプラスミドを移す作業が負担になる.このようなときは,酵母のコロニーから直 接PCRによる増幅を行い,得られたPCR断片のダイレクトシークエンスを行うことにより,簡便に重複するクローンを除くことができる. 酵母細胞をテンプレートにPCRを行う際には,酵素はTthを用い,反応液が白濁する程度のかなり大量の酵母細胞を反応液に入れる.サイク ルは,DNAをテンプレートにする場合と同様でよい.
262
4. タンパク質の複合体生成
表4・1 10×Dropout solution アミノ酸
濃度(μg/ml)
アミノ酸
300
フェニルアラニン
イソロイシン バリン
1500 200
アルギニン・HCl
200
チロシン
200)
ウラシル
(ロイシン
1000)
500
スレオニン
アデニンヘミ硫化塩
(ヒスチジン・HCl単水和物
濃度(μg/ml)
2000
(トリプトファン
200) 300 200
グルタミン酸
1000 1000
リジン・HCl
300
アスパラギン酸
メチオニン
200
セリン
400 (注4)
作製する培地の種類により,ヒスチジン,ロイシン,トリプトファンを除く
.
オートクレーブし4℃保存.
●
YPAD液体培地:イーストエクストラクト10 g,ペプトン20 g,硫化アデノシン 40 mgを蒸留水に溶解,全量を950 mlとしてpH 5.8に調整し,オートクレーブ後, 50 mlの40%グルコースを加える
●
SD液体培地:6.7 g yeast nitrogen baseを蒸留水に溶解,全量を850 ml(3-ATを加 える場合にはその分の容量を差し引いておく)としてpH 5.8に調整し,オートク レーブ後,100 mlの10×dropout solution,50 mlの40%グルコース (および,1 M 3AT) を加える
●
SD寒天培地:SD液体培地に1リットル当たり20 gの寒天を加える
実験手順 1)L40のシングルコロニーを3 mlのYPAD培地に植える.30℃で飽和するまで培養す る(2∼3日). 2)50 mlのYPAD培地に,OD 600が0.2になるようにL40の前培養を植える.30℃で (注5) OD600が0.8になるまで培養する(3∼4時間) .
3)4000×g,10分間,室温で遠心し,細胞を回収する.
注4
培地の種類の数だけ10×dropout solutionをつくるのは煩雑なので,ヒスチジン,ロイシン,トリプトファンを除いた10×dropout solutionと 200×ヒスチジン,200×ロイシン,200×トリプトファンを作製しておき,必要に応じて培地に添加している.200×のストックは保存中に 沈殿を生じやすいが,軽く加熱することで沈殿を溶解することができる.
注5
ベイトタンパク質の種類によっては,生育速度が遅くなる場合もある.
263
4)10 mlの滅菌水に懸濁する. 5)4000×g,10分間,室温で遠心し,細胞を回収する. 6)5 mlのLiSORBに懸濁する. 7)30℃,30分間保温する. 8)2600×g,10分間,室温で遠心し,細胞を回収する. 9)細胞に100μlになるまでLiSORBを加え,懸濁する. 10)100μlのサケ精子DNAミックスを加え,静かに混合する. 11)900μlのTE-LiOAc-PEGを加え,静かに混合する. 12)100 ngのプラスミドDNAを加え,静かに混合する. 13)30℃,30分間保温する. 14)42℃,8分間保温する. 15)氷中,8分間放置する. 16)42℃,8分間保温する. 17)10 mlのSD(-Trp)液体培地を加える. 18)30℃,1時間振とう培養する. 19)4000×g,10分間,室温で遠心し,細胞を回収する. 20)500μlのSD(-Trp)液体培地を加え,細胞を懸濁する. 21)20μlおよび200μlをSD(-Trp) 寒天培地にまく. 22)30℃で培養する. この操作で得られたコロニーをSD (-Trp,-His,0∼100 mM 3-AT) プレートで培 養し,3-AT耐性のバックグラウンドを確認する.また,β-galアッセイのバック グラウンドも確認しておく. ライブラリーをスクリーニングする場合には,上記の操作を10倍にスケールアッ 264
4. タンパク質の複合体生成
プし,50∼100μlのライブラリープラスミドを用いて,ベイトプラスミドを導入 したL40を形質転換する.形質転換した細胞は,500μlずつ,バックグラウンド を完全に抑える濃度の3-ATを加えた150 mmのSD (-Leu,-Trp,-His) プレート10枚 にまき,30℃で培養する.また,TEバッファーで10-2および10-3に希釈した細胞懸 濁液100μlを,90 mmのSD (-Leu,-Trp) プレートにまき,形質転換効率を確認す る.
b.β-galアッセイ
準備するもの ●
Zバッファー:16.1 mg/ml Na2HPO4・7H2O-5.5 mg/ml NaH2PO4・H2O-0.75 mg/ml KCl0.246 mg/ml MgSO(pH 7.0).オートクレーブ,4℃保存. 4
●
X-gal溶液:20 mg/ml N,N-ジメチルホルムアミド
●
Zバッファー-X-gal:98 mlのZバッファー,0.27 mlの2-メルカプトエタノール, 1.67 mlのX-gal溶液を混合する
●
ろ紙:プレートの大きさにあわせて切ったもの.オートクレーブ.
実験手順 1)3∼7日間ほど培養したプレートを用いる. 2)直径150 mm (90 mm) のシャーレに4.5 ml (2.3 ml) のZバッファー-X-galを入れ,こ れにろ紙を加えて,完全に湿らせておく. 3)酵母を培養したプレートに新しいろ紙をのせ,2∼3分間静置する.プレートとろ 紙のあいだに空気が入らないように注意する. 4)プレートからろ紙を取り除き,コロニーのついている面を上にして液体窒素に 5∼10秒間ひたし,凍結させる. 5)室温で融解する. 6)コロニーのついている面を上にして,2) のろ紙の上に重ねる.ろ紙とろ紙の間あ いだに空気が入らないように注意する. 7)30℃でインキュベートする.30分間から一晩程度で発色する. 265
c.プラスミドの脱落(注 6) 1)スクリーニングで得られたクローンを,3 ml YPAD液体培地で2∼3日間培養す る. 2)培養液を適当に希釈し,YPADプレートに100個程度のコロニーが得られるように まく. 3)SD (-Trp)プレートとSD(-Leu)プレートにレプリカをとる. 4)どちらか一方のプレートのみで生育したコロニーを拾い,3-AT耐性試験とβ-gal アッセイを行う. SD (-Trp) プレートのみで生育可能な酵母はターゲットプラスミドが,SD (-Leu) プ レートのみで生育可能な酵母はベイトプラスミドが脱落している.これら片方の プラスミドのみをもつ酵母において,3-AT耐性試験とβ-galアッセイが陰性なら ば,レポーター遺伝子の発現にベイトプラスミドとターゲットプラスミドの二つ が必須なことが確認できる.
4. 3. CytoTrapツーハイブリッドシステム CytoTrapはAronheimらによって開発されたSos-RASの系を用いたツーハイブリッ ドシステムで,Stratagene社からキットが発売されている.CytoTrapでは,cDNA はミリスチル化シグナルを付加されて発現されるため,ターゲットタンパク質は 細胞膜に位置する (図4・4) .一方,ベイトタンパク質はhSosとの融合タンパク質 として発現され,ベイトタンパク質とターゲットタンパク質が相互作用し複合体 を形成するとhSosが膜に局在することになる.この状態のhSosは,GDPをGTPに 変換することで同じく膜に局在しているRASを活性化する.宿主として用いられ る酵母cdc25H株は温度感受性であり,25℃では正常に生育できるが37℃では生育 することができない.しかしながら,RASシグナル伝達系はこの温度感受性を相 補するため,ベイトタンパク質と相互作用するターゲットタンパク質を含むク ローンは37℃で生育が可能となる.このように,CytoTrapはそのシステム中に転
注6
266
プラスミドを脱落させるかわりに,それぞれのプラスミドを調製し,L40に導入してもよい.まず酵母からプラスミドを単離して,大腸菌 を形質転換する.ベイトプラスミドをもつ大腸菌と,ターゲットプラスミドをもつ大腸菌が得られるので,それぞれからプラスミドDNAを 調製し,再びL40に導入する.
4. タンパク質の複合体生成
細 胞 膜 ミリスチル化シグナル
GDP
hSos ターゲットタンパク質 (cDNAライブラリー)
RAS GTP
ベイトタンパク質
RASシグナル伝達系 の活性化
図4・4 CytoTrapツーハイブリッドシステムの概略.
写因子を用いておらず,転写因子をベイトタンパク質とした場合に生じていた高 いバックグラウンドを回避することが可能であり,転写因子の修飾などの分野に おいての成果が期待されている.
参考文献 1. 植物の蛋白質実験プロトコール (1998) 中村研三, 西村幹夫, 長谷俊治, 前島正義 (監修) 秀潤社, 東京, pp 53 2. 酵母による遺伝子実験法 (1994) 山本正幸 (編) 羊土社, 東京, pp 96
267
索 引
索 引 A∼Z AA 培地 114 AAI 培地 112 AB 培地 112 ABRC 133 Ac/Ds 68, 154, 160 AFLP 133 Arabidopsis Biological Resource Center 65 ARASYSTEM 13, 64 ATA 法 181 ATGC 133 Aurintricarboxylic acid 181 β - グルクロニダーゼ 32, 194 β -gal アッセイ 262, 265 BAC クローン 9 BAC コンティグ 142, 147 BAStation 226 BcaBEST Labeling Kit 225 BLAST 124 Bradford 試薬 253 5-bromo-4-chloro-3-indolyl- β -D-glucuronide 194 C58 101 CAPS 61, 133, 135, 139 CAPS マーカー 140 CBB 219, 246 CCD カメラ 40 cDNA 構造解析 123 cDNA ライブラリー 56, 164 CDPK 169 C12FDGlucU 194 Columbia 9 competitive PCR 189 CsCl 密度勾配遠心法 170 CTAB 法 63, 170 CytoTrap ツーハイブリッドシステム 258 dCAPS 法 151 DDBJ 124 deletion 解析 232, 233 Denhart's solution 171
DEPC 181, 205 DIG 204 DNA アレイ法 223 DNA 結合性タンパク質 234 DNA チップ 223 DNA マーカー 60, 80 DNA ラベリングキット 186 DNase Ⅰ処理 191 dropout solution 263 EHA101 112 EMBL 124 EMS 52, 67 EST 164 ethyl methanesulfonate 52 expressed sequence tag 164 FAA 固定溶液 205 FAS1 遺伝子 165 Feldmann ライブラリー 10 Ficoll 171 fil 突然変異形質 136 "floral dip" 法 30 FT 遺伝子 165 gain-of-function 解析 233 Gal4 235 Gamborg B5 ビタミン 104 GenBank 124 GenomeNet 124 GFP 32, 194, 200 GST 融合タンパク質 95 GUS 32, 111, 194 GUS 染色 36 GUS 融合遺伝子 107 Hepes 249 His3 236 HRP 220 HY1 遺伝子 200 Hypercoat LM-1 213 initial velocity 251 in situ ハイブリダイゼーション法 204 in situ RNA ハイブリダイゼーション 93 International Arabidopsis Conference 5 Inverse PCR 法 163 in vitro リン酸化実験法 242 IP アドレス 124 269
IPCR 法 143 IPTG 234 ISOGEN 法 182
N6SE 培地 113 null allele 57, 131 OligotexTM-dT30 Super 224
KAOS 125 Kasalath 81 kat 252 Kodak NTB-2 213 λDNA 83 λgt11 234 λzap 234 lacZ 236 Landsberg erecta 9 LB 配列 101 LBA4404 112 Left border 配列 101 Lehle Seeds 社 10, 13, 64 LexA 235, 259 loss-of-function 解析 233 Luc 32, 194 M1 種子 52 M2 種子 57 M1 世代 52 MAP キナーゼ 169 MATCHMAKER One-Hybrid System 235 1-methyl-1-nitoroso-urea 67 4-methyl-umbelliferyl- β -D-glucuronide 194 MicroSoft Excel 226 MMLV reverse transcriptase 225 MNU 67 mRNA 量 181 mRNA Selective PCR Kit 190 MS 培地 114 MSRE 培地 113 MSRT 培地 113 4-MUG 194 Murashige-Skoog 塩 104 Myb 169 N6 培地 114 2N6 培地 113 NASC 65, 133 N6CO 培地 113 NOS 101 Nossen 系統 101 Nottingham Arabidopsis Stock Centre 65 270
P1 プライマー 150 P2 プライマー 150 PAP 169 Paraplast Plas 206 pBIN19 101, 111 PBS 210 pBTM116 259 pCGN1547 107 PCR 32, 145, 170, 189 PEG 法 110 pIG121 111 pMP90 101 PVDF メンブラン 219 quelling 176 recombinant inbred ライン 165 resorufin-β-D-glucuronide 194 reverse genetics 29 reverse transcription PCR 189 RFLP 62, 91, 133, 135, 138 RFLP マーカー 9, 139 RI イメージアナライザー 188 RLuc 196 RNA 依存型 RNA ポリメラーゼ 176 RNA ウイルス 176 RNA 調製法 181 RNA 分解酵素 181 RNAi 176 RNA interference 176 RNase 処理 212 RNase プロテクションマッピング 189 RNeasy Plant Mini Kit 224 RT-PCR 182, 189 SDS 80 SEM 46 sGFP 197 Sos タンパク質 258 Sos-RAS の系 266 SSLP 133, 135, 141 SSLP マーカー 61 S65T 197 stratification 102
索 引
t- ブチルアルコール凍結乾燥法 46 TAC クローン 147 TAIL-PCR 法 145, 163 TAIR 126, 133 Taq ポリメラーゼ 87 TATA ボックス 232 TBS 220 TBSA 220 T-DNA 33, 100, 131 T-DNA タギング 162 TE バッファー 63 TED3 プロモーター 38 TEM 41 THERMOSCRIPTTM RT-PCR System 190 Ti プラスミド 33, 101 Tos17 154 TRISOL reagent 182 Triton X-100 16 TTBS 220 T-vector 171 Tween20 溶液 200 vacuum infiltration 99 VIM カメラシステム 200 Vir 遺伝子群 111 Wassilewskija 10 Web サイト 125 whole mount ハイブリダイゼーション法 204 X-gluc 194 YAC クローン 142 YAC コンティグ 142
ア 行 アガロース 80 アクチベーションタギング法 53 アグロバクテリウム 30, 99 アグロバクテリウム培養培地 114 アグロバクテリウム法 32, 110 アジ化ナトリウム 67 アセチル化 210 アセトシリンゴン 110 アフィニティークロマトグラフィー 237 アブラムシ 24 アレリズム試験 59 暗視野顕微鏡 217
暗視野照明装置 35 アンチセンス遺伝子導入 177 アンチホルミン溶液 112 育苗 22 育苗培土 22 育苗箱 22 育苗用土 73 1 塩基対多型 149 一次花序 103 遺伝距離 61 遺伝子座 60 遺伝子導入 28, 32 遺伝子破壊株 56 遺伝子発現 32 遺伝子発現異常突然変異体 56 遺伝子発現解析 196 遺伝子発現機構 231 遺伝子ファミリー 169 稲作適期 21 イネ 20 イネカルス細胞 111 イネ培養培地 112 いもち病 24 インキュベーター 28 インディゴブルー 37 ウイロイド 176 ウエスタンブロッティング法 218 ウォーキング法 52 ウンカ 24 穎花 26 泳動用色素 83 液体窒素 80, 248 液体肥料 13 液胞 204, 249 エチジウムブロミド 80 エフェクタープラスミド 237 エポンアラルダイト 44 エレクトロポレーション 32, 110, 197 塩基配列置換 232 塩ストレス感受性 198 エンハンサー 51 エンハンサー株 53 エンハンサートラップ法 53, 198 オリゴ(dT)プライマー 190 271
温度感受性突然変異体 56, 131 温湯除雄法 25
カ 行 開花 12 開花順序 25 開花日 25 カイ 2 乗検定 77 解析ツール 125 害虫 14, 19 化学発光試薬 220 花芽形成 20 花芽分化 17 核移行シグナル 258 カザミノ酸 171 カサラス 81 可視形質マーカー 136 カゼインキナーゼⅡ 242 仮想遺伝子 152 カタール 252 活性化因子 242 活性ゲル内リン酸化法 245 カナマイシン 101 花粉 15 花柄 19 ガラスセル 254 カルシウム依存性プロテインキナーゼ 242 カルス 32 カルス誘導培地 113 カルベニシリン 101, 106 環境応答異常 56 乾燥応答性 232 乾燥誘導性遺伝子 231 基質 242 逆位 164 逆遺伝学 29 吸引・加圧両用ポンプ 30 吸光度 251 急速凍結法 41 休眠打破 21 競合的 PCR 法 189 偽陽性シグナル 169 共存培養培地 113 銀染色 219 金属圧着法 41 クエリング 176 272
組換価 79 組換え体選抜 136 組換え率 61, 141 クラフォラン溶液 115 クリーンベンチ 28 繰返し配列 141 グルココルチコイド転写誘導系 200 グルタルアルデヒド 42, 88 クローニング 133 蛍光基質 194 蛍光顕微鏡 32 蛍光照明装置 35 蛍光波長 197 蛍光分光光度計 194 形質転換イネ 31 形質転換シュート 109 形質転換体 30 形質転換第一世代 30, 99 形質転換体選抜 106 形態形質マーカー 61 形態形成異常 56 系統 21 系統法 57 血球計算盤 33 欠失 52, 164 ゲノムプロジェクト 4, 9 ゲノムライブラリー 163 ゲルシフト法 236 ゲル内リン酸化実験法 242 減圧浸潤 30, 99 検出限界 204 現像液 216 検量線 254 コード領域 198 高圧凍結法 41 光学顕微鏡 35 硬質ポット 13 合成オリゴヌクレオチド 169 酵素活性 248 酵素単位 252 公的データベース 124 交配 25 国際イネ研究所 6 固形培地 16 コントロール実験 94 コンペティティブ RT-PCR 94
索 引
サ 行 サージカルテープ 117 サーマルサイクラー 32 採種 24 最少プロモーター 232 再生シュート 109 栽培棚 12 栽培法 14 再分化培地 113, 120 最尤法 78 サウスウエスタン法 231, 234 サザンハイブリダイゼーション 138 サスペンション細胞 33 殺虫剤 14 サプレッサー 51 サプレッサー株 53 莢 15 酸化プロピレン 44 酸性プロテアーゼ 249 三葉期 23 ジーンサイレンシング 33, 110, 175 ジーンパルサー 33 シアノバクテリア 6 ジエチルピロカーボネイト処理 205 ジゴキシゲニン標識 204 シス配列 231, 197 ジチオスレイトール 211 実体顕微鏡 32, 35 種子形成 31 種子ストックセンター 65 種子の消毒 74 種子の入手法 64 受粉 27 植物選抜用薬剤 101 除湿器付デシケーター 30 除草剤バスタ 101 初速度 251 除雄 25 自律性因子 156 シロイヌナズナ・ワークショップ 5 人工気象器 12, 29 人工交配 17 人工照明 11 西洋ワサビペルオキシダーゼ 220 正立顕微鏡 35 正立顕微鏡微分干渉法 36, 37
石英セル 254 剪穎法 25 染色体再編成 163 染色体地図 131 染色体歩行 52, 131, 133 選抜培地 113 走査型電子顕微鏡 46 相同性依存型ジーンサイレンシング 175 相同性検索 169 挿入突然変異体 53 相補性試験 51, 59, 60, 147 速中性子線処理 53 粗抽出液 251
タ 行 ターゲットタンパク質 258 体細胞復帰突然変異 159 大腸菌発現ベクター 234 第二次選抜 56 対立遺伝子 53, 58 対立性検定 164 ダイレクトリピート配列 232 タギング法 154 多糖類 191 ダニ 24 ダブルビーム分光光度計 254 タマネギ表皮細胞 203 多面表現型 164 短日条件 12 短日植物 20 タンパク質 - タンパク質複合体 258 チオシアン酸グアニジン 182 致死性 57 柱頭毛 18 超薄切片 41 長日条件 12 直接的遺伝子導入法 33 ツーハイブリッドシステム 258 ツーハイブリッド法 235 データベース 19, 123 低温処理 14 ディファレンシャルスクリーニング 225 低分子量 G タンパク質 95 デキサメタゾンエタノール溶液 200 273
テクノビット 7100 39 転移因子 52 転座 164 電子顕微鏡 41 転写因子 169, 231 転写活性化ドメイン 235 転写制御 198 点突然変異 131 電離放射線 52, 68 透過型電子顕微鏡 41 透過光照明法 35 凍結固定法 41 倒立顕微鏡 32, 35 倒立顕微鏡位相差法 36 特異的抗体 218 突然変異体 51, 56, 131 突然変異誘発 52, 67 トランジェント発現系 200 トランジットペプチド 200 トランスイルミネーター 86 トランス因子 231 トランスジェニック植物 29, 99, 197 トランスポゾン 52, 53, 68, 131 トルイジンブルー 38
ナ 行 ナイロンメンブラン 184 二次花序 103 二次抗体 218 二重突然変異体 19, 51, 59 日長条件 11 日長処理 25 ニトロセルロースメンブラン 184 日本晴 81, 111 尿素 80 ネットワークインタフェースカード 124 稔性 31 ノーザン解析 181 ノーザンハイブリダイゼーション 189 ノーザンブロット 93 農薬 24 ノックアウト株 56 ノパリンシンターゼ遺伝子 101 ノマルスキー式微分干渉装置 35 274
ハ 行 パーティクルガン法 32, 110 パーティクルボンバードメント 197 バーミキュライト 13 配偶体遺伝子 78 配偶体的雄性不稔 77 ハイグロマイシン 101 胚致死 108 バイナリーベクターシステム 111 ハイブリダイゼーション液 171, 185 バスタ 101 発芽処理 22 発芽率 16 発根培地 113, 120 パラフェニレンジアミン 41 パルスフィールド電気泳動 147 反射光照明法 35 反応速度 250 ピートモス 13 光屈性反応 10 ピクトログラフィー 40 非自律性因子 157 ヒメツリガネコケ 6 ヒャクニチソウ TED3 遺伝子 38 表現型 58 標準誤差 61, 79 標準タンパク質 254 病虫害 24 表面殺菌 16 肥料 13, 24 品種 21 プール法 57 ファージ DNA 174 ファイトトロン 21 フェリシアン化カリウム - オスミウム法 41 復帰突然変異体 155, 156, 160 フットプリンティング法 234 フットプリント 156 物理的封じ込め 31 不稔 57, 77 不稔性遺伝子 78 不稔突然変異体 99 プラーク 174 プラスミドレスキュー法 163 ブリーチ 16 プレステインマーカー 246
索 引
プローブ標識 204 ブロッキング剤 88 プロテアーゼ活性 250 プロテアーゼ阻害剤 250 プロテインキナーゼ 169 プロトプラスト 32 プロモーター 51 プロモータートラップ法 198 プロモーター領域 197, 231 ブロモフェノールブルー溶液 224 分子タグ 154 分離比 58, 77 閉鎖系温室 31 ベイトタンパク質 258 ヘミ接合 99 ペルオキシソーム酵素 248 ヘルパープラスミド 112 変異遺伝子座のマッピング 131 偏斜照明装置 35 ベンレート液 22 ホームページ 19 飽水クロラール溶液 37 ポジショナルクローニング 167 穂首 27 ポストシークエンス時代 223 ホスファチジン酸ホスファターゼ遺伝子 169 ポリ(A)+RNA 224 ポリエチレングリコール法 32, 110 ポリクローナル抗体 218 ポリフェノール 249
マ 行
1- メチル -1- ニトロソ尿素 67 2- メルカプトエタノール 80 免疫電子顕微鏡法 42 メンデルの法則 159 メンブランフィルター 81 戻し交配 58 モノクローナル抗体 218 モル吸光係数 251
ヤ 行 薬剤耐性 57 野生イネ 21 融合タンパク質 235 優性変異 58 ユニット 252 幼植物致死表現型 108 葉緑素異常 75
ラ 行 ライゲーションバッファー 145 ランダムプライマー 190 硫酸デキストラン 211 緑色蛍光タンパク質 → GFP リンカースキャンニング解析 232 臨界点乾燥 46 ルシフェラーゼ 32, 194 ルシフェリン 196
ミクロトーム切片 38 ミクロトーム用ブロック 206 ミニマムプロモーター 198
励起波長 197 冷却 CCD カメラ 196 劣性変異 58 レトロトランスポゾン 68, 154 レプリカ法 46 レポーター遺伝子 194 連鎖 79, 80
無菌培養 17
ロックウール 13
マーカー遺伝子 32 マッピング 78, 133
メーリングリスト 19 メタンスルホン酸エチル 52
ワ ワンハイブリッド法 231, 235
275
モデル植物 ラボマニュアル −分子遺伝学・分子生物学的実験法− 発 行 編 者 発行者 発行所
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定価(本体 5,800 円+税)
2000 年 4 月 13 日 岩渕 雅樹(いわぶち まさき) /岡田 清孝(おかだ きよたか) /島本 功(しまもと こう) 平野 皓正 シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社 〒 113-0033 東京都文京区本郷 3 丁目 3 番 13 号 TEL (03) 3812-0757(営業直通) 昭和堂印刷所 < 検印省略 > 許可なしに転載, 複製することを禁じます. 落丁, 乱丁はお取り替えします.
ISBN 4-431-70881-2 C3045 ©Springer-Verlag Tokyo 2000 Printed in Japan