刊行 の こ とば
日本 に漢 字 が 伝 来 して か ら,長 い年 月 が 経 った 。 そ の 間,中 国 文 化 を伝 え る漢 字 は,日 本 独 自 の文 化 を育 む た め に も役 立 って きた 。 そ れ と ...
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刊行 の こ とば
日本 に漢 字 が 伝 来 して か ら,長 い年 月 が 経 った 。 そ の 間,中 国 文 化 を伝 え る漢 字 は,日 本 独 自 の文 化 を育 む た め に も役 立 って きた 。 そ れ と と もに,漢 字 は 日本 文 化 を支 え る もの と して,さ
ま ざ ま な変 容 を見 せ て き た の で あ る。 そ し て,近 代
の 西 洋 文 化 の 導 入 に際 して も,新 し い概 念 を 表 す た め の新 漢語 が 造 られ る な ど, 漢 字 は新 しい装 い を整 え,文 明 開化 を進 め る た め に も役 立 っ た 。 しか し,日 本 語 の 近 代 化 を 目指 す 声 が 高 ま り,言 文 一 致 の運 動 が 盛 ん に な る と と もに,漢 字 制 限 ・漢 字 廃 止 の 主 張 が 力 を持 ち,漢 字 の 使 用 率 は次 第 に下 が る傾 向 を見 せ た 。 そ して,1946年
の 「当 用 漢 字 表 」 の 制 定 に よ っ て,現
代 日本 語 の
漢 字 使 用 の 枠 組 み が 定 め られ た の で あ る。 近 年,日
本 語 を め ぐ る状 況 は大 き な変 化 を見 せ,漢 字 の 在 り方 につ い て も考 え
直 す べ き時 期 に至 っ て い る。 一 方 で は 日本 語 の 乱 れ を指 摘 す る意 見 も強 く,若 者 の 漢 字 力 の低 下 が 言 わ れ る。 他 方 で は漢 字 使 用 の 枠 が 崩 れ,社 会 の複 雑 化 に伴 っ て 漢 字 使 用 の 多様 化 の傾 向 が 見 られ る。 情 報 機 器 の 発 達 は正 確 に手 書 きす る こ と の難 し い漢 字 の使 用 を容 易 に し,JIS漢
字 の制 定 は 多 くの 表 外 漢 字 の 使 用 を可 能
に した 。 それ で もな お,人 名 ・地 名 に用 い られ る無 数 の異 体 字 を い か に 情 報 処 理 シ ス テ ム で 運 用 して ゆ くか とい う問題 は残 さ れ て い る。 外 国人 に対 す る 日本 語 教 育 の問 題 も緊 急 の 課 題 とな って い る 。 現 代 日本 語 の 諸 特 徴 の 中 で も,表 記 の 習 得 は も っ と も難 しい もの とさ れ て お り,そ の 中 で も漢 字 に関 わ る問題 は多 い。 日本 語 の 国 際 化 を 考 え る に際 して,外 来 語 の 問 題 と漢 字 の
問 題 は大 き な障 壁 と な っ て い るの で あ る。 近 年,日
本 漢 字 能 力 検 定 に参 加 す る学 生 が 徐 々 に 多 くな っ て い る。 さ らに,漢
字 パ ズ ル の 雑 誌 な ど も い ろ い ろ刊 行 さ れ て い る。 漢 字 に対 す る一 般 の 人 々 の 興 味 も広 まっ て い る よ う に思 わ れ る。 日本 語 研 究 に お い て,文 法 ・語 彙 な どの 分 野 に比 して 文 字 の研 究 は もっ と も遅 れ て い た 。 漢 字 の研 究 も,中 国 の 『説 文 解 字 』 の研 究 に 甲骨 文 字 の研 究 が 加 わ っ た の と,計 量 的 な 漢 字 の研 究 に進 展 が 見 られ た ぐ らい で あ っ た 。 言 語 学 は,表 音 文 字 を使 用 す る西 欧 に お い て発 展 した た め に,文 字 の 位 置 付 け は高 くな か っ た 。 日本 で は,最 近 に な っ て,文 字 論 の確 立 を 目指 す 試 みが 多 くな り,よ う や く漢 字 を文 字 論 の 中 で位 置 付 け る こ とが 出来 る よ う に な った 。 漢 字 と平 仮 名 と片 仮 名 と い う,体 系 を異 に す る文 字 を使 い 分 け る 日本 語 の複 雑 な表 記 法 にお い て こそ,真 の 文 字 論 が 考 え られ よ う。 しか し,文 字 論 に お け る漢 字 の研 究 は始 ま っ た ば か り で あ り,そ れ に基 づ い て漢 字 の 諸 問 題 を考 え る の は これ か らの こ とで あ る。 この よ うな状 況 の 中 で,漢 字 に興 味 の あ る人 だ けで な く,日 本 語 に関 心 を持 つ す べ て の 人 に読 ん で 頂 き た い と思 っ て編 集 した の が 本 講 座 で あ る。 そ の た め に, 漢 字 の 歴 史 な どの 基 本 的 な 問題 を押 さ え,現 代 にお け る漢 字 の 果 た して い る役 割 を明 らか に した 。 また,言
語 文 化 を支 え る漢 字 の 種 々 相 を考 察 し,漢 字 の社 会 的
意 義 を問 う と と も に,漢 字 世 界 の 未 来 を見 通 す た め の諸 巻 を構 成 した 。 そ れ ぞれ に最 適 の 研 究 者 に執 筆 を依 頼 して い る。 高 度 な 内 容 を可 能 な か ぎ り平 易 に記 述 す る こ と を心 懸 けた 。 まさ に時 機 を得 た 企 画 で あ る と自 負 して い る。 これ に よ り, 漢 字 に対 す る 地 に足 の付 い た 議 論 の 高 ま る こ と を期 待 す る もの で あ る。
前 田 富祺 野村雅 昭
● ま え が き
中 国 で 中 国 の こ とば を表 す もの と し て生 まれ た 漢 字 は,異 な る言 語 で あ る 日本 語 を表 記 す る文 字 と して使 わ れ る よ う に な っ て 様 々 な変 容 を見 せ た 。 本 巻 は そ の よ う な漢 字 と 日本 語 との 関 わ りを,基 本 に立 ち 戻 って 様 々 な観 点 か ら考 え る こ と を 目的 とす る。 漢 字 は線 に よ って 描 か れ た 二 次 元 的 な形 に よっ て,時 間 と空 間 の 枠 を越 え て情 報 を 伝 え る。 そ の た め に,広 大 な 中 国 の 地 域 に よ る言 語 差 を越 えて 使 わ れ る よ う に な った 。 あ る意 味 で は,中 国 文 化 を 支 え 中 国 を ま と めた の は漢 字(漢
文)で
あ
る と も言 え よ う。 更 に は,中 国 との交 流 を深 め 中 国 文 化 を学 ぼ う と した 近 隣 諸 国 に も,漢 字 文 化 が 広 ま っ て い った ので あ る。 どの よ う に漢 字 文 化 が 広 ま り,漢 字 文 化 圏 と して ま と ま っ て い っ た か を明 らか に した の が,第1章
「漢 字 文 化 圏 の 成 立 」 で あ る。 この よ う に漢 字 が 多 くの 国 に
広 ま っ て い っ た理 由 に は,漢 字 が優 れ た文 化 を支 え て い た とい う こ と と と もに, 漢 字 とい う文 字 体 系 が 情 報 を伝 え る記 号 と して 便 利 な もの で あ る こ と も あ げ られ よ う。 序 章 「漢 字 の な りた ち 」 で は,中 国 に お け る 漢 字 の な りた ち ば か りで な く,日 本 に お け る漢 字 を 構 造 的 に考 え る視 点 を 示 して み た 。 第2章 容 」 は,漢 字 文 化 圏 の 中 に 入 る 日本 が,ど
「 漢 字 の受
の よ う に漢 字 を受 け入 れ て きた か を述
べ て い る。 中 国 の こ と ば を表 す た め の 漢 字 を,日 本 語 を 表 す た め に使 う こ とに は様 々 な問 題 が あ っ た。 日本 語 の 音 を そ の ま ま表 す た め に 漢字 か ら作 られ た 文 字 が 仮 名 で,
第 3章 「漢 字 か ら仮 名 へ 」 は,仮 名 成 立 の過 程 を述 べ て い る。 第 4章 「あ て字 」 は,漢 字 本 来 の意 味 を離 れ て 日本 語 の意 味 を表 す 場 合 を取 り上 げ てお り,第
5章
「国 字 」 は,日 本 語 を表 す た め に 新 し く作 られ た 文 字 を 問 題 と し て い る。 中 国 語 と 日本 語 と は文 法 が 異 な っ て い る の で,漢 字 だ け で は活 用 の あ る語 を表 せ な い 。 こ こ に第 6章 で 取 り上 げ た 「漢 字 と送 り仮 名 」 の 問題 が あ る。 表 語 文 字 で あ る漢 字 を 日本 語 と し て 読 む た め に 考 え ら れ た の が 振 り仮 名 で あ る。 第 7章 「振 り仮 名 」 で は,そ の 発 達 を 問 題 と して い る。 なお,現 代 に お け る振 り仮 名 の 役 割 に つ い て は,第
3巻 『現 代 の 漢 字 』 の第 7章 「ル ビ と漢 字 」 で 取 り上 げ て い る。
漢 字 は あ るが ま まの 日本 語 を表 す とい うだ け で は な く,漢 字 を 用 い て 日本 語 を 表 す とい う こ とで 日本 語 自体 の変 化 を もた らす こ と とな った 。 第 8章 「漢 字 と語 彙 」,第 9章 「漢 字 と文 章 」 は,そ
の よ う な点 で,日
本 語 の 漢 字 と語 彙,漢
字と
文 章 と の関 わ りに つ い て述 べ た もの で あ る。 辞 書 は そ の 国 の 言 語 文 化 を代 表 す る もの で あ る。 日本 で は,字 引 とい う こ とば が あ る よ う に,漢 字 を引 く字 書 を中 心 と して 発 達 して きた 。 この 時 に,中 国 で の 漢 字 の 使 い 方 を調 べ る もの か ら,日 本 で の漢 字 の 使 い 方 を調 べ る もの に変 わ って ゆ くの で あ る。 第10章
「字 書 と漢 字 」 は,そ
の ような字書 の流 れ を まとめた も
の で あ る。 日本 語 は漢 字 を中 心 に文 章 表 現 を発 達 させ,現
在,漢 字 平 仮 名 混 じ り文 を表 現
の 基 本 と し て い る。 一 方 で は,中 国 に お け る漢 字 の 用 法 を規 範 とす る考 え方 か ら 日本 独 自の 漢 字 使 用 を発 達 させ て きた 。 その 間 に,国 語 表 記 に つ い て の 考 え方 が ゆ れ て き た の で あ る 。 明 治 以 来,国 11章
語 国 文 問 題 の 中 心 は漢 字 問 題 で あ っ た 。 第
「日本 語 と漢 字 政 策 」 で は,漢 字 問 題 に 対 し て政 府 が ど う い う態 度 を とっ
て きた か を 明 らか に して い る。 2005年 2月 編集担当 前 田 富祺
● 編 集者 前
田
富祺
神戸 女子大学文学部教授 大 阪大学名誉教授
野
村
雅 昭
早稲 田大学文学部教授 国立 国語研 究所名誉所員
● 執 筆 者(執 筆順)
前田
富祺
阿=哲
神戸女子大学文 学部教授 大阪大学名誉教授
次
京都大学大学院人 間 ・環境 学研究科教授
沖
森
卓
也
立教大学文学部教授
内
田
賢
徳
京都 大学大学院人間 ・環境学研 究科教授
木
村
義
之
大正 大学文学部助教授
佐
藤
稔
秋 田大学教育文化学部教授
近
藤
矢 田
尚 子
田 中 章
文化女 子大学造形学部助教授
勉
神戸大 学文学部助教授
夫
台北 ・東呉大 学客員教授
白 藤
禮
幸
高 梨
信
博
早稲 田大学文学部 教授
田 敏
朗
一橋 大学大学院 言語社 会研 究科助教授
安
二 松学舎大学大 学院文学研究科教授
● 目
序
次
〈前 田 富祺 〉―1
章 漢字 のな りたち 1.
日 本 語 と し て の 漢 字
2.
漢 字 の な り た ち
1
2
3. 現 代 日本 語 の漢 字 の 構 造
6
4.
日本 語 文 化 との 関 わ り
5.
日 本 語 と し て の 漢 字 の な り た ち
11 13
〈阿=哲
第 1章 漢字 文化圏 の成立 1.
漢 字 文 化 圏 と は
15
2. 朝 鮮 通 信使 の例
15
3. 中 国 最 古 の 記 録
17
4. 「漢 文 」 文 体 の成 立 と普 及 の要 因 5.
統 治 上 の 意 義
19
6. 表 意 文 字 と して の 漢 字 7.
カ ト リ ッ ク 世 界 と の 比 較
8. 漢 字 文 化 圏 の 時 期
外 交 の た め の 漢 字
11.
中 華 思 想 と朝 貢
22
23
9. 漢 字 文 化 圏 内 の 古 代 日本 10.
20
28 31
24
18
次 〉―15
12.
朝 貢 と い う 外 交 形 式
13.
漢 字 文 化 圏 の 発 展
32
34
〈沖 森 卓 也 〉―35
第 2章 漢字 の受容 1. 文 献 に記 さ れ た 漢 字 の伝 来 2. 漢 字 に よる 日本 語 表 記
35
38
3.
「形 」 を 中 核 と す る 受 容
41
4.
「音 」 を 中 核 と す る 受 容
46
5.
「義 」 を 中 核 と す る 受 容
53
6. 漢 字 の受 容 か らの 広 が り
58
〈内 田 賢 徳 〉―60
第 3章 漢字か ら仮 名へ 1. 倭 語 を 写 す こ と
60
2.
62
倭 語 を 記 す こ と
3. 訓 字 の多 様 と仮 名
67
4. 訓 字 と仮 名 の共 存 へ
69
5.
78
人 麻 呂 歌 集,古
事 記
〈木 村 義 之 〉―80
第 4章 あて字 1.
あ て 字 の 自 覚 と認 識
80
2.
日本 語 表 記 に お け る あ て字 の 位 置
3. あ て 字 へ の関 心 と用 語 の成 立 4.
近 代 と あ て 字
5.
国 語 施 策 と あ て 字
6.
コ ン ピ ュ ー タ と あ て 字
102 110
112
〈佐 藤 稔 〉
第 5章 国字 国 字 と は 何 か?
89
99
7. あ て 字研 究 の課 題
1.
81
126
―126
2. 『漢 字 要 覧 』 に お け る 「本 邦 製 作 字 」 128 3. 国 字 の 製 作 動 機 と機 能 4.
造 字 法
132
135
5. 字 形 の 問 題
139
6.
国 字 と位 相
142
7.
残 さ れ た 課 題
144
第 6章 漢字 と送 り仮 名 1.
送 り仮 名 と は
2.
送 り仮 名 の 変 遷
3.
送 り仮 名 法 の 変 遷
〈近 藤 尚 子 〉―146
146 147 151
4. 現 行 の 「送 り仮 名 の付 け方 」 156 5. 現 代 にお け る送 り仮 名 法 とそ の 問題 点
159
〈矢 田 勉 〉―164
第 7章 振 り仮名 1.
日本 漢 字 の 特 殊 性 と振 り仮 名 の 要請
2. 振 り仮 名 の 用 途 と表 記 的 機 能 3.
振 り仮 名 の 成 立
169
4.
振 り仮 名 の 展 開
171
5. 振 り仮 名 廃 止 論 と擁 護 論
166
176
〈田 中 章 夫 〉―182
第 8章 漢 字 と語彙 日本 人 の 表 記 意 識
182
2.
字 音 ・和 訓 と語 彙
183
同音語 と同表記 語
185
4. 外 来 語 の 漢 字 表 記
187
3.
1.
5. 基 本 漢 字 と基 本 語 彙 6. 漢 字 の 基 本 度
164
203
190
〈白藤 禮 幸 〉―207
第 9章 文 章 と漢字 1.
は じ め に
207
2. 仮 名 文 学 と漢 字
208
3. 漢 文 体 歴 史 書 と漢 字 4.
説 話 集 の 漢 字
211
217
〈高 梨 信 博 〉―219
第10章 字書 と漢字 1.
は じ め に
219
2. 字 書 の 分 類 3.
字 書
222
4.
義 書
228
5.
韻 書
230
6.
語 書
233
7.
字 様 書
221
236
第11章 日本 語 と漢字政策 1. 漢 字 政 策 の背 景 2.
〈安 田敏 朗 〉―240
240
「国 語 の 独 立 」 と漢 字
3. 漢 字 政 策 と国語 政 策
243
250
4. 「国 語 民 主 化 」 と漢 字 政 策 5.
索
ま と め に か え て
253
255
261
引
[序]
漢 字 の な りた ち
前 田 富祺
● 1 日本 語 と して の 漢 字
古 く 「仮 名 に読 み な し」 とい う こ とが い わ れ た が,実
は漢 字 に つ い て も 「読 み
な し」 とい え る面 が あ る。 漢 字 は 文 字 で 伺 え る よ う に 本 来 中 国 の も の で あ る か ら,「 日本 語 と して の 漢 字 」 とい うの は トー トロ ジ ー の よ うに 思 わ れ るが,「 漢 字 に読 み な し」 とい え る とす れ ば,そ れ は漢 字 が 日本 語 とな っ て い る こ とで あ り, 日本 語 と して 漢 字 を考 え る こ とが必 要 で あ る こ とを示 して い る の で あ る。 "シ リ ツ"と い う こ とば を 聞 く と,「 ワ タ ク シ リツ の シ リ ツで す か, イ チ リ ツの シ リ ツ で す か 」 と聞 き返 す の が 私 ど も の習 慣 と な っ て い る。 こ こで は"私 立"か "市 立"か
とい う漢 字 表 記 が 問題 とな っ て お り,"ワ タ ク シ リ ツ""イ
チ リツ"は
日本 語 と して の漢 字 を 説 明 す る メ タ 言 語 1 )ど な っ て い る の で あ る。 "国 字"が
日本 の 漢 字 で あ る こ とは 言 う ま で もな い し,"当 て字"な
ど 日本 にお
け る漢 字 の 問 題 も多 い 。 特 に人 名 用 漢 字 に お け る様 々 な 問 題 は,日 本 語 と して の 漢 字 の複 雑 さが 典 型 的 に現 れ た もの とい え よ う。 "漢 字 の な りた ち"と
い え ば,中 国 に お い て 漢 字 が ど の よ う に成 立 して き た か
とい う こ と と関 わ っ て 考 え られ て きた 。 こ こで は 「な りた ち」 とい う こ とを これ まで とは 少 し異 な っ た 視 点 か ら考 え直 して み た い。 中 国 に お け る漢 字 の な りた ち に つ い て い え ば,こ れ ま で に 多 くの文 献 が あ り2,3 ),ま た"な す る辞 典 4 )さ え刊 行 され て い るの で あ る。
りた ち"を
問題 と
本 講 座 は 先 に も い く らか 記 した よ う な,日 本 語 の 漢 字 に つ い て 起 こ っ て い る 様 々 な 問題 を考 え る 手 が か り とな る こ とを期 待 して い る。 そ の点 で 中 国 に お け る 漢 字 の な りた ち を説 明 す る だ け で な く,日 本 語 と し て の漢 字 の な りた ち を考 え る た め に,漢 字 の 構 造 を考 え る視 点 を 導 入 した い。 漢 字 の歴 史 を考 え る とい うよ り は,漢 字 と 日本 語 との 関 わ りを考 え,現 代 日本 語 の 漢 字 の 問 題 か ら将 来 の 方 向 を 見 出 す こ とを 目的 と した い ので あ る。
● 2 漢 字 の な りた ち
中 国 にお け る"漢 字 の な りた ち"と い え ば,古 来 『説 文 解 字 』 ( 叙 ) の"六 書" の 説 を 中 心 に取 り上 げ られ て き た。 『説 文 解 字 』 は後 漢 の 許 慎 が著 し た も ので, 秦 の始 皇 帝 の 時 代 に 制 定 され た とい わ れ る"小篆"の
書 体 を基 準 と して,漢 字
の 形 音 義 を 考 察 し て い る5 ) 。 許 慎 の時 代 に は,一 般 に は"隷 書"が た 。"小篆"は,許
慎 に とっ て は300年
慎 は 古 い書 体 で あ る"小篆"を,"漢
用 い られ て い
以 上 前 に成 立 した 古 い 文 字 で あ った 。 許
字 の な りた ち"を 考 え る上 で も っ と も頼 り
とな る 基 準 と考 え た の で あ る。 許 慎"六
書"の
定 義 と挙 例 は,
周 礼 八 歳 入 小 学,保
氏 教 国子 先 以 六 書 。
( 周 の 礼 で は,八 歳 に な る と小 学 に入 る。 保 氏 は 国 子 に 教 え るの に 六 書 を最 初 に教 え る の で あ る。)
一 曰指事
,指 事 者,視 而 可 識,察
而 見 意,上
下是也 。
( 第 一 に は 指 事 とい う。 指 事 と は見 て 知 る こ とが 出来,察
して 意 味 を見 る。
上 ・下 が これ で あ る。)
二 曰 象 形,象
形 者,画 成 其 物,随
体 詰〓,日
( 第 二 に は 象 形 とい う。 象 形 とは,画 〓す る。 日 ・月 が これ で あ る。)
月是 也。
い て そ の物 の形 を な し,体 に 随 っ て詰
三 曰 形 声,形
声 者,以
事 為 名,取譬
相 成,江
( 第 三 に は 形 声 と い う 。 形 声 と は,事
河是 也。
を も っ て 名 と な し,譬
え を とっ て 相 い
成 る 。 江 ・河 が こ れ で あ る 。)
四 曰 会 意,会
意 者,比
類 合 誼,以
見 指撝,武
( 第 四 に は会 意 とい う。 会 意 と は,類
信是也 。
を比 し て誼 を合 わ せ,も
っ て指撝 を表
す 。 武 ・信 が これ で あ る。)
五 曰 転 注,転
注 者,建 類 一 首,同
意 相 受,考
老是也 。
( 第 五 に は 転 注 とい う。 転 注 と は類 一 首 を建 て , 同 意 相 い受 く, 考 ・老 が こ れ で あ る 。)
六 曰 仮 借,仮
借 者 本 無 其 字,依
声託 事 , 令 長 是 也 。
( 第 六 に は 仮 借 とい う。 仮 借 と は,本,そ
の字 な く,声 に よ っ て事 を託 す 。
令 ・長 が これ で あ る。)
の ご と く簡 潔 に ま とめ られ て い る。 こ の 六 書 の 説 は,『 説 文 解 字 』 の す べ て の漢 字 の構 成 を説 明 す る た めの 分 類 と い うべ き も の で あ るが,古
来 い ろ い ろ議 論 され て きた 。 特 に 五 の"転 注"に
つい
て は,な お 疑 問 が 残 る。 『説 文 解 字 』 の 「考 」 「老 」 は, 〓(考) 〓(老) の よ う に な っ て い る。 「考 」 に 「老 也 」,「老 」 に 「考 也 」 とあ り,互 い に 他 方 の 字 の 訓 に な る互 訓 の 関 係 に あ る こ とを示 して い る。 この こ と は,二 つ の漢 字 が 意 味 的 に 関 わ りを持 って 使 い分 け られ る こ と を指 して い る の で はあ る ま い か 。 他 方,六
の"仮借"の
例 で あ る 「令 」 「長 」 は,『 説 文 解 字 』 で は,
〓 (令) 〓(長) の よ う な字 形 が 挙 げ られ て い る。"仮 借"に 漢 字 が な い の で,す
つ い て は,「 も と も と そ の意 味 を表 す
で に あ る 同音 の 漢 字 を借 りて 表 す 」 と さ れ て お り,「 命 令 」
の意 味 の 「令 」 を 「県 令 」 の意 味 で 用 い た り,「 長 久 」 の 意 味 の 「長 」 を 「県 長 」
の 意 味 で 用 い た りす る場 合 を指 して い るの で あ ろ う。 す る と,"仮 借"は,音
を
借 りて 別 の 意 味 を表 す た め に一 つ の漢 字 を用 い る例 とな り,結 果 とし て一 つ の 漢 字 が 二 つ の 意 味 を表 す もの とな ろ う。 つ ま り,五 の"転 注"と
六 の"仮 借"は
漢 字 の 用法 か ら見 た分 類 で あ り,一 か
ら四 の 漢 字 の な りた ち か ら見 た 分 類 と は異 な る もの と考 え られ るの で あ る。 六 書 の最 初 に戻 る と,一 は"指 事",二
が"象 形"で
あ るが,"象
形"を
先 にし
た 方 が 考 え や す い 。"象 形"の 例 とし て 『 説 文 解 字 』 で は, 〓 (日) 〓
( 月)
が 挙 げ られ て お り,そ れ ぞ れ 太 陽 と月 の 形 を描 い た もの で あ る。 象 形 文 字 の 例 と して は よ く使 わ れ る もの で,「 物 を見 て,そ
の形 どお りに 線 を 曲 げ て 描 く」 とい
う説 明 に 当 る例 で あ る。 一 の"指 事"は,『 〓 ( 上 ) ⊥ 〓 の ご と くで,上
説 文 解 字 』 は 「上 」 「下 」 の例 を示 す が, (下 )〓
( 本 稿 で は 左 ) に"古 文",下
( 本 稿 で は右 ) に"篆 文"を
て い る。 い ず れ も長 い横 線 を基 準 と して そ の上 方,あ 加 え て い る の で あ る 。"象 形"が 事"は,書
示し
る い は下 方 を指 し示 す 線 を
実 体 の あ る物 を線 で描 い て 示 す の に対 して,"指
か れ た 線 を 見 て 抽 象 的 な概 念 を察 す るの で あ る。
三 の"形 声"で 〓 ( 江 ) 〓
例 と して 示 さ れ た の は 「江 」 と 「河 」 で, ( 河)
の よ うな字 体 と な っ て い る。 事 柄 の 属 す る と こ ろ を示 す"意 符"と 音 を示 す"音 符"と
を組 み合 わ せ て 文 字 を な す もの で,「 江 」 は"意 符"の
の 「エ 」 と を組 み 合 わ せ,「 河 」 は"意 符"の み 合 わせ て い る。 た だ し,最 近 は"音 符"に が 有 力 で あ る。 『 説 文 解 字 』 に は9353字 トを超 え る7700字 四 の"会 意"で 〓 ( 武 ) 〓
ぐ らい が"形 声"に
「水 」 と"音 符"の
「可 」 と を組
も意 味 を表 す 役 割 が あ る と考 え る説
が 収 め られ て い る が,そ
の80パ
ーセ ン
属 す る とい う。
は 「武 」 と 「信 」 の例 が挙 げ られ て い るが, ( 信)
の 字 形 が 示 さ れ て い る。"会 意"と み合 わ せ,総
「水 」 と"音 符"
い うの は,一 定 の意 味 範 囲 の 要 素 を並 べ て組
合 した 意 味 を表 す もの で あ る。 た とえ ば,「 武 」 は"戦
い"を 意 味
す る 「戈」 と"止 め る"を 意 味 す る 「止 」 との組 み 合 わ せ で,楚
の荘 王 が,本
当
の 勇 気 (= 武 ) は軍 功 を あ げ た ら戦 い を止 め る こ と で あ る と述 べ た こ と に よ る と い う。 「信 」 は 「人 」 と 「言 」 か ら成 り,人 の 言 葉 は 誠 で あ る とい う 意 味 で, 「信 」 の 本 来 の意 味 は 「誠 」 で あ る とい う。 許 慎 は 『 説 文 解 字 』 に お い て,
蒼頡 之 初 作 書,蓋 之 本,字
依 類 象 形,故 謂 之 文,其 後 形 声 相 益,即
者 言孳 乳 而,〓
謂 之 字,文
者物象
多也 。
( 蒼頡 が 初 め て 書 を作 る時 に は,け だ し類 に よ っ て 形 に 象 どる。 そ れ で これ を文 とい う。 そ の 後,形 うの は物 象 の 本,字
と声 と相 い益 し,す な わ ち これ を字 とい う。 文 とい
とい う の は言 う意 味 は孳 乳 して 次 第 に 多 くな る の で あ
る。)
と述 べ る。 一 般 に,合
わ せ て"文 字"と
呼 ぶ が,許 慎 に よれ ば,物 の 形 を か た ど
った り,そ れ に符 号 を加 えて 意 味 を表 す"文"と,す み 合 わ せ て 作 る こ と に よ っ て 増 え て き た"字"と つ ま り,"文"と
で に成 立 して い る要 素 を組 に分 け られ る とい うの で あ る。
い うの は 一 つ の文 字 と して 成 立 し た"指 事"と"象
形"と
を
指 し,"字"と い う の は"文"が 組 み 合 わ さ っ て新 しい 文 字 とな っ た"形 声"と "会 意"と を指 す こ とに な る 。"転 注"と"仮 借"と は新 しい 文 字 が成 立 した の で は な く,す で に 成 立 し て い る文 字 が 転 用 され た こ と に な る。 先 に,"転 "仮 借"と
注"と
は漢 字 の 用 法 か ら見 た 分 類 で あ る と述 べ た の は そ の た めで あ る
。 した
が っ て,漢 字 の な りた ち か ら分 類 す る とす れ ば,"転
注""仮
借"に 入 れ られ た も
の も,元 の字 形 が どの よ うに成 立 した か で 分 類 し直 さ な けれ ば な らな い 。 また,許 慎 が"小篆"の は あ る意 味 で,許 文 字"が
書 体 を中 心 と して考 察 した こ と を最 初 に述 べ た 。 それ
慎 に とっ て 古 形 に遡 っ て 考 え る こ とで あ っ た 。 しか し,"甲 骨
発 見 され 6 ),さ ら に最 近 も,中 国 で は次 々 と古 い 文 字 資 料 が 発 見 され て
い る7) 。 私 は,漢 字 の な りた ち と い うの は ど こ ま で も漢 字 の 字 源 に遡 る とい う こ とで は な い と考 え て い る。 漢 字 の な りた ち を考 え る こ と は漢 字 の 歴 史8)を 考 え る こ とで は な い。 古 く使 わ れ て い た字 体 で,後
に は ま った く使 わ れ な くな っ た もの
も あ る。 同 一 の 音 義 を表 す 漢 字 で も,漢 字 の な りた ち か ら考 えれ ば別 字 で あ っ て,何
らか の断 絶 が あ る も の もあ る の で はな いか 。 別 の な りた ち の 二 つ の文 字 が
同 一 の 字 形 に な る こ と も あ ろ う。 ま た,"形
声"の
場 合 に"意 符"と"音
に分 け て 考 え られ る と し て も,古 い 時 代 に"音 符"に そ の 時代 に は"会 意"的
符"と
も意 味 が あ った とす れ ば,
な な りた ち で あ った と考 え る こ と も出来 よ う。
こ こ で は 実 は 意 図 が あ っ て 「成 り立 ち」 とい う漢 字 を使 わ ず,"な
りた ち"と
仮 名 で 書 い て きた 。 それ は,「 成 立 」 との 連 想 が 生 ず る こ と に距 離 を置 き た い と 考 えて い る か らで あ る。 つ ま り,漢 字 の な りた ち とい う の は,あ
る意 味 で 共 時 的
に存 在 す る漢 字 字 彙 に お い て 考 え る とい う こ とで は な い か と思 うの で あ る。 た と え ば,現 代 中 国 語 の 漢 字 の な りた ち を考 え る場 合 に,『 説 文 解 字 』 の 漢 字 の な り た ち を考 え る の と同 じ よ う に 考 え られ るだ ろ う か。 あ る い は,"簡
体 字"も
含め
て 『説 文 解 字 』 の 字 彙 と合 わ せ て な りた ち を 考 え る こ とに は ど う い う意 味 が あ る の だ ろ うか 。 枠 組 だ け で は な く個 別 の 要 素 を 考 え る場 合 に は,字 体 の"示 差 性" が 問 題 と な る の で あ り,漢 字 の"体
系"と
い う こ とが 問 題 とな る よ う に 思 わ れ
る。 そ の点 で は,漢 字 の な りた ち と い う よ りは漢 字 の構 造 を考 え る 方 が 適 当 で あ ろ う。 漢 字 の な りた ち を歴 史 的 に考 え る な ら ば,漢 字 一 つ ご とに古 い 形 を調 べ, 字 源 を探 る こ とに連 な る。 一 方,共 る とす れ ば,い
時 的 に す で に存 在 す る漢 字 の な りた ち を考 え
つ の 時代 の ど うい う字 体 を対 象 とす るか が 問 題 とな る。
いず れ にせ よ,文 字論 ・文 字 史 論 の 中 で の 位 置 付 けが 問 題 とな るの で あ る。
● 3 現代 日本語 の漢字の構造
日本 にお け る 漢 字 使 用 の基 準 が 中 国 の 基 準 に した が っ て い るか ぎ りで は,漢 字 の な りた ち も中 国 の 漢 字 の な りた ち を考 え る こ とで 十 分 で あ る。 しか し,日 本 の 漢 字 使 用 が 中 国 の 漢 字 使 用 の 基 準 か ら ど ん どん 離 れ つ つ あ る現在,日
本 語 と して
の 漢 字 の な りた ち を考 え る 必 要 性 は増 し て きて い る。 "当 用 漢 字 表""常
用 漢 字 表""表
外 漢 字 字 体 表"な
どの 作 製 に あ た っ て,漢 字
の な りた ち を考 え る こ との 必 要 性 は 言 う を俟 た な い。 小 学校 ・中 学 校 の 漢 字 教 育 の場 合 も 同様 で あ る。JIS漢 字 の制 定,地
名 や人 名 の 字 体 な ど,漢 字 の な りた ち
を考 慮 に入 れ る必 要 の あ る場 面 は 多 い 。 国 語 教 育 にお い て,漢 字 の な りた ち を い つ まで も六 書 で説 明 し て い て 良 い の で あ ろ うか。 日本 語 教 育 に お い て も,日 本 の 漢 字 の 字 体 と中 国 の 漢 字 の 字 体 と を対 照 して考 え る こ とは必 要 で あ り,日 中 両 国 の漢 字 の な りた ち を そ れ ぞ れ に尊 重 す る立 場 が必 要 で あ る。 日本 の 字 体 を単 純 に 俗 化 ・略 体 化 した形 で あ るな ど と考 え る中 国人 が い る とす れ ば,日 本 語 学 習 の意 欲 も薄 れ る こ とで あ ろ う。 中 国 の 「骨 」 が 日本 の 「骨 」 に 当 る こ と を知 り,古 く は 中 国 で も 「骨 」 で あ っ た こ とを知 る な ど,そ れ ぞ れ の 漢 字 の な りた ち を客 観 的 に見 る こ とが 出来 る よ うに な る こ とが 必 要 で あ る。 日本 語 に は 日本 語 と して の漢 字 の な りた ちが あ り,中 国語 に は 中 国 語 と して の漢 字 の な りた ち が あ る こ とを認 め る べ きで あ る。 こ こで は漢 字 を 考 え る た め の 文 字 論 とい う もの が 確 立 して い な い こ とが 問 題 と な る10) 。 これ まで の 日本 の 漢 字 研 究 の 歴 史 か ら は当 然 の こ とか も しれ な い が,漢 字 とい え ば中 国 の もの が 範 と され て きた 。 これ は,現 代 日本 語 の 漢 字 使 用 を考 え る際 に は不 適 当 で あ る。 現 代 の 言 語 学 が ラテ ン文 字 を使 用 して い る西 欧 諸 国 に お い て 発 達 して きた もの で あ る こ と もあ っ て,文 字 言 語 の研 究 は遅 れ が ち で あ っ た。 そ の 上,言
語 におい
て は音 声 言 語 が 第 一 に 考 え られ るべ きだ とい う考 え方 が 主 流 とな っ て きた 。 そ の た め に,文 字 論 の体 系 化 は遅 れ て い る。 もち ろ ん,中 国 に お い て は 漢 字 の研 究 が 長 い伝 統 を持 っ て い る11) 。 そ れ を踏 ま え て の 日本 に お け る漢 字 研 究 もそ れ な りに進 め られ て きた12)。また,新
聞 ・雑 誌
な ど現 代 日本 語 に お け る漢 字 の 実 態 の 調 査 も国 立 国 語研 究 所 に お い て行 わ れ て い る13) 。 しか し,そ れ ら を総 合 し て の 文 字 論 を確 立 す る に は至 って い な い 。 も ち ろ ん,日 本 語 の 文 字 史 研 究 の遅 れ も 目立 っ て い る14) 。 音 声 言 語 を表 す た め の も の と し て文 字 を音 声 言 語 に 従 属 させ る の で は な く,文 字 言 語 自体 で 独 立 した体 系 を持 つ もの で あ る と仮 説 し て考 え るべ きで あ ろ う。 現 代 日本 語 は,漢 字 ・平 仮 名 ・片 仮 名 とい う体 系 を異 に す る文 字 を使 い 分 け な が ら表 記 す る複 雑 な 文 字 使 用 を行 っ て い る。 そ の た め に 起 こ る様 々 な 問 題 も多 い 。 また 漢 字 自体 につ い て も考 え るべ き問 題 が 多 い 。 中国 で は 漢 字 を形 音 義 の三 つ に分 けて 考 え る の が 伝 統 で あ るが,日
本 に お い て は字 音 ・字 形 ・字 義 の ど の分
野 に お い て も複 雑 な様 相 を 呈 して い る。 現 代 日本 語 の 使 用 状 況 を考 え る場 合 で も,単 純 に共 時 的 に割 り切 る こ と は難 し く,過 去 との( 中 国 との 関 わ りを も含 め て) 繋 り を考 え な けれ ば説 明 出来 な い こ とが 多 い の で あ る。 そ の よ うな 漢 字 使 用 をや め るべ きだ と い う考 え 方 もあ るが,そ
の よ う な文 字 使 用 が な され る 日本 に お
い て こそ世 界 に通 用 す る文 字 論 が 成 立 す る は ず だ15)と考 えた い の で あ る。 そ して,文 字 論 を現 代 日本 語 で 考 え る だ けで な く,文 字 史 論 も考 え ね ば な らな い 。 私 は語 彙 論 にお い て も語 彙 史 論 と合 わ せ 考 え る こ との 必 要 性 を主 張 し て い る の で あ る が,空
間 と時 間 を超 え て情 報 を伝 え る文 字 とい う もの は,共 時 的 に完 結
した 体 系 を考 え るだ け で は不 十分 で,そ
れ が 前 の 時代 の 体 系 を説 明 す る時 に も矛
盾 の 生 じな い形 で考 え て ゆ くべ きで あ ろ う16) 。 い さ さか 脇 道 に そ れ た よ うで あ るが,漢 字 の な りた ち を考 え る場 合 に も,文 字 論 ・文 字 史 論 の 中 で ど う位 置 付 け られ る か を考 え るべ きだ と思 うの で あ る。 こ こ で 詳 し く述 べ る こ と は出 来 な い が,私
な りに 文 字 論 ・文 字 史 論 を考 え よ う と して
いる17) 。
簡 単 に 用 語 を説 明 して お く と, ・単 字―
一 つ一 つ の 文 字 。
・字 彙―
単字 の集合。
・字 形―
単 字 が 人 に よ り場 面 に よ り様 々 な 形 で実 現 す る一 つ一 つ の 形 。
・字 体―
様 々 な 字 形 か ら抽 象 され た 一 つ の 骨 組 み と して の文 字 観 念 。
・文 字 特 徴―
字 体 の 要 素 とな る線 や 点 を 単位 と して 考 えた 場 合 。
・文 字 形 態 素( 部 分 字 体)―
字 体 を,視 覚 的 に文 字 特 徴 が 集 まっ て い る ひ と
ま と ま りの もの が い くつ か組 み 合 わ さ っ た も の と して 分 解 で き る時,そ れ ぞ れ を文 字 形 態 素 と呼 ぶ 。 な どが 挙 げ られ る。 これ に よ っ て,平 仮 名 ・片仮 名 の体 系 につ い て は あ る程 度 の 見 通 し を付 けた が18),漢 字 に つ い て は十 分 考 え る こ とが な か っ た 。 した が っ て, ま だ 全 体 に つ い て論 ず る こ とが 出来 な い ので あ るが,漢
字 の な りた ち と合 わ せ て
漢 字 の 構 造 を考 え,体 系 と して ま とめ る こ とが 必 要 だ と思 っ て い る。 こ こで す べ て の漢 字 の 構 造 を示 す こ と は 出来 な いが,そ
の考 え 方 を仮 説 的 に述
べ て お く こ と にす る。 現 代 日本 語 の 中 で,一 定 の 字 彙 の範 囲 で 漢 字 の体 系 が 成 立
す る もの と考 え る。 字 体 同 士 で 考 え る とい う こ とは,そ 握 さ れ る こ と に な る。 当然,こ る時,漢
の体 系 は 字 形 の 面 か ら把
の体 系 は共 時 的 な もの とな る。 この よ う に仮 説 す
字 同 士 の 対 照 は漢 字 全 体 を パ ター ン認 識 的 に把 え る こ とで で き る。
もち ろ ん漢 字 に は文 字 を 書 く場 合 の運 筆 が あ り,た と え ば,教 育 漢 字 ・常 用 漢
字 な ど に限 定 し,書 写 の立 場 か ら文 字 形 態 素 を筆 順 を考 え て分 析 し,漢 字 の な り た ち を考 え る こ と もで き よ う。 従 来,漢
字 を考 え る場 合 に は 主 と して そ の よ うな
立 場 に立 つ こ とが 多 か っ た 。 しか し,パ タ ー ン認 識 的 な 立 場 とい うの は,漢 字 を 図 形 とし て読 む側 に立 つ とい う こ とに な る。 そ れ は 漢 字 を書 く側 で も,ワ ー プ ロ や 携 帯 電 話 で 漢 字 を打 ち 出 す 場 合 に類 す る もの で あ ろ う。 た とえ ば,"う し い"と
っ とう
い う こ と ば は だ れ し も知 っ て い る。 そ れ まで仮 名 で しか 書 い た こ との な
い 人 が,"う
っ と う しい"と 仮 名( あ る い は ロ ー マ 字) で 打 っ て変 換 す る と,自
分 で は書 け な い と して も ち ゃ ん と 「〓陶 しい 」 と難 し い 漢 字 が 出 て くる の で あ る。 あ る い は,正 確 で な くて も画 面 に 「〓」 に似 た 形 を うろ覚 え で 書 く と,機 器 が 判 読 して 漢 字 に 直 し て くれ る よ う な例 を 考 え る こ とが 出 来 る。
こ う い う場 合 は,登 録 して あ る字 彙 の 範 囲 で 示 差 性 を 示 す 部 分 が 明 確 で あ れ
ば,他
は 多 少 曖 昧 で も構 造 的 に 認 識 し て くれ る の で あ る。 た と え ば,「 竿 」 と
「〓」 の バ ネ の 有 無 は 重 要 で あ るが,「 木 」 や 「本 」 の縦 棒 の 下 の部 分 が バ ネ て い るか ど うか は無 視 す る こ とが 出 来 る。 さ ら に,「 竿 」 は対 象 とす る字 彙 に入 るが, 「〓」 は字 彙 に入 っ て い な い とす れ ば,こ の 場 合 もハ ネ ル か ハ ネ な い か は無 視 す る こ とが 出 来 る。 活 字 に お い て は,「 木 」 や 「本 」 の縦 棒 のハ ネ な い も の が 基 準 に な っ て い て も,習 字 の場 合 にハ ネ て も咎 め られ な い と い うの は,そ の よ うな 示 差 性 の 問題 と関 わ って い る の で あ る。 "象 形""指 ん,そ
事"の
漢 字 は,お お む ね 単 字 で 独 立 して い る と い え よ う。 もち ろ
の 中 で の示 差 性 は認 め られ る。 た と え ば,「 犬 」 「太 」 な ど は"文 字 特 徴"
と な っ て い る点 の位 置 で 区別 さ れ る し,「 刀 」 「刃 」 は"文 字 特 徴"が
一つ あるか
な い か で 区 別 さ れ る。 これ らは, A □
火月元上下 ……
な ど と示 され よ う。 「一 」 「二 」 な ど,大
き さ,縦 横 の 幅 な どに違 い が あ っ て もそ
の こ とが 示 差 性 を 持 っ て 区別 され な い場 合 は,こ れ に統 合 して 良 い で あ ろ う。
I 〓
二 つ の 部 分 字 体 の組 み 合 わ せ と考 え られ る もの に は,
B 〓
回因 固……
C 〓
可句気 ……
D 〓
近建逆 ……
E 〓
医区 ……
F 〓
居右応 ……
G 〓
基開 間……
H 〓
位 移引羽 泳… … 悪苦雲音 果 ……
な どが 挙 げ られ る。 三 つ 以 上 の部 分 字 体 の組 み 合 わせ と考 え られ る もの は,さ 類 と考 えて 良 い 。 た と えば,Hの H1 〓
課絹慣 … …
H2 〓
河 何 織… …
H3 〓
鉱 … …
ら に これ らの 下 位 分
類 を,
な ど と分 け て ゆ けば 良 い の で あ る。 これ ら は意 味 を文 字 識 別 の た め,最 小 限 に し か 配 慮 し て い な い19)の で,後
に述 べ る よ う に,偏旁
冠 脚 な どの単位 を特別 な も
の とは認 め な い の で あ る 。 なお,実
際 の字 形 を見 る と,「 位 」 は左 の部 分 が 右 よ り狭 い,「 引 」 は左 の 部 分
が 右 よ り広 い,「 羽 」 は左 右 の 幅 が 同 じで あ る な どの 違 い が 認 め られ る が,こ れ は 文 字 形 態 素 の特 性 に よ りデ ザ イ ン 的 な差20)が 出 た もの と考 え,統 合 す る。 ま た,「 水 」 と 「泳 」 の三 水 と は,別 の文 字 形 態 素 で あ る と考 え る 。 こ れ に対 し て,「 品 」 の 「口 」 に形 の 違 い が 認 め られ る よ うな 場 合 も位 置 に よ り同 じ文 字 形 態 素 が 形 を異 に す る もの で,"異
形 態"と 考 え る こ と にす る。
以 上 に よ り,現 代 日本 語 で 漢 字 の 構 造 を 考 え る視 点 の 一 つ の 方 向 を 示 して み た 。 一 定 の 字 彙 で の,た
と え ば常 用 漢 字 表 に お い て の,文 字 特 徴 の分 析 まで を含
め た 体 系 化 は今 後 に 期 す こ と に す る。 た だ,現 代 日本 語 に お い て,認 知 の 面 か ら 漢 字 の な りた ち を考 え る場 合 の 一 つ の可 能性 を示 した の で あ る。
● 4 日本語 文化 との関わ り
漢 字 を構 造 的 に見 る とい う こ とは,漢 字 を二 次元 的 に存 在 す る図 形 と考 え る と い う こ とで もあ る。 しか し,こ の よ う に形 作 られ た 図 形 は距 離 を隔 て た と こ ろ に 運 ば れ るだ け で な く,時 間 的 に も情 報 を伝 え る もの と な る。 音 声 を記 録 す る こ と の 出 来 な か っ た時 代 に お い て,文 字 は情 報 を伝 え る 唯 一 の 言 語 文 化 で あ っ た 。 文 化 とい う もの は,そ
れ まで の 伝 統 を継 承 しつ つ,新
し い文 化 を創 造 す る基 盤
とな る もの で あ る 。 これ を文 化 の 歴 史 性 ・社 会 性 と呼 ぶ 。 私 は これ まで 言 語 文 化 史 と い う こ と を考 え て きた が,言 語 は それ 自体 が 一 つ の 文 化 で あ る とと もに,他 の す べ て の文 化 を写 し出 す こ との 出 来 る記 号 で あ る。 そ の 点 で 言 語 はメ タ文 化 で あ る とい え よ う。 ま た,こ れ まで 主 と して 語 彙 を中 心 に 言 語 文 化 史 を考 えて きた が,文 化 とい う言 葉 で伺 え る よ う に,文 字 と文 化 との 関 わ りは古 い。 た だ,現 代 日本 語 に お け る漢 字 とい う こ とで は,漢 字 の 社 会 性 を中 心 に 記 号 面 を重 ん じて 考 え る こ と に な ろ う。 そ の 点 で,前 節 で 述 べ て き た 漢 字 の 構 造 は共 時 性 を重 ん じ て い る わ け で あ る が,実
際 の漢 字 使 用 に は通 時 的 な 観 点 か らの 配 慮 が 考 え ら れ る 。 た とえ ば,人 が
名 前 を付 け る場 合 に は,名 前 の 音 だ け で は な く漢 字 の イ メ ー ジ とい う もの が 問題 とな る。 場 合 に よ っ て は,名 前 の音 は決 ま っ て い な くて,ま
ず使 い た い 漢 字 が思
い浮 か ぶ とい う こ と も考 え られ る。 こ こで は漢 字 の 形 が,左 右 対 称 で あ る とか, 下 が 大 き くてバ ラ ンス が 良 い とか い う こ とで も選 ばれ る 。 こ の よ う に考 え て くる 時 に は,漢 字 の な りた ち を現 代 日本 語 で 考 え る と し て も,漢 字 文 化 と して の歴 史 性 を無 視 出来 な い こ とが 分 か る。 常 用 漢 字 表 ・表 外 漢 字 字 体 表 の 漢 字 の 字 体20)に し て も,漢 字 の な りた ち に つ い て の 配 慮 と実 際 に 一 般 に使 わ れ て い る 漢 字 の字 体 の 調 査 に基 づ い て 判 断 して い るの で あ る21) 。現代 日 本 語 の 漢 字 の 字 体 とい う もの を考 え る時 に は,明 治 以 降 の 出版 文 化 に対 す る配 慮 が あ り,出 版 文 化 を支 え て きた 明 朝 体 活 字 の 字 体 ( 字 形 ) が 重 視 され て い るの で あ る。 そ の 点 で は この よ うに,目 安 と して定 め られ て い る常 用 漢 字 表 の字 体 を 中 心 に置 い て 漢 字 の な りた ち を考 え る こ とが 適 当 で あ ろ う。 た と え ば,"止"と
"少"と が 合 した もの と して"歩"を 字 源 に戻 っ て"歩"の
考 え る こ とで 十 分 な の で あ
っ て,わ
ざわ ざ
形 まで 考 え る必 要 は な い。
もち ろ ん,古 典 の 漢 字 の 問題 もあ り,書 道 文 化 に お け る漢 字 の字 形 もあ り,漢 字 文 化 と し て は 現 代 日本 に お い て も常 用 漢 字 表 の字 体 に 限 定 出 来 る も の で は な く,多 種 多 様 な漢 字 文 化 が伝 統 を踏 ま えつ つ今 も盛 ん で あ る。 そ の 点 で は従 来 の 漢 字 の な りた ち に つ い て の意 識 が 今 も生 き て い る。 た とえ ば,漢 和 字 典 の ほ と ん どは 今 も部 首 分 類 に な っ て お り,い ろい ろ な矛 盾 を抱 え なが ら も偏旁 冠 脚 の 名 前 は生 きて い る。 そ して こ の部 首 分 類 とい う の は前 節 の 部 分 字 体 と一 致 す る とこ ろ が 多 い の で あ る。 た だ,"史""哀"を
口偏 に入 れ,"衰""裏"を
衣偏 に入れ るな
どの こ とは,中 国 の 基 準 に な ら っ た もの で,歴 史 的 な 判 断 で あ る。 もち ろん,こ の よ うな 判 断 は 中 国 人 の 漢 字 意 識,偏旁
冠 脚 の表 す 意 味 との関 連 に よ る もの で あ
る。 現代 日本 語 の 漢 字 の 構 造 を考 え る場 合 に は,部 分 字 体 は ひ と ま と ま りの も の と して 考 え られ るべ きで あ り,線 の 繋 って い る もの を二 つ以 上 に分 け る べ きで は な い よ うに 思 うの で あ る。 例 え ば,"明"に
お け る"日"と"月"と
は対 等 の 要
素 で あ り,日 部 に あ る の は便 宜 に過 ぎ な い 。 ま た,"東"を"木"と"日"と
に
分 け,木 部 に属 せ し め る の は 字 源 的 に も疑 問 が あ る と され る。 一 方,現 在 の 漢 字 使 用 の 状 況 か ら今 後 の こ と も踏 ま え て 考 え て ゆ く必 要 が あ る。 た とえ ば,情 報 機 器 の 発 達 に よ り手 で 書 く文 字 か ら手 で 打 つ 文 字 に変 わ っ た。 こ こで は書 くこ と も含 め て 正 確 に 使 え る漢 字 と正 確 に書 け な い が 使 え る漢 字 との 区 別 を生 み 出 した 。 そ の よ う な現 状 を認 め ず,正 確 に書 けな い よ うな 漢 字 を 使 うな とい う考 え方 は現 実 的 で な い よ う に思 う。 漢 字 の な りた ち に書 く漢 字 とい う こ と を考 え る な ら ば,先
に述 べ た よ う な 図形 と して の漢 字 とい う こ と は考 え難
い。 しか し,看 板,ロ
ゴ,コ
ン ピ ュー タ に よ り字 体 を定 め る写 真 植 字 な どの こ と
を考 え る と,将 来,書
く漢 字 の必 要 な 範 囲 は一 層狭 め られ る よ う に思 う。 音 声 タ
イ プ が 一 般 化 した 場 合 を予 想 して お くべ き で あ ろ う。 筆 順 を も含 め て正 確 に書 く こ との 出 来 る漢 字 の 学 習 は な るべ く少 な く して お い て,自
由 に 使 用 出来 る漢 字 の
量 を少 し で も多 くす る こ と を考 え る方 が 漢 字 文 化 を豊 か に す る こ とに な ろ う。 以 上 の よ うな こ と を考 え る と,漢 字 の な りた ち を考 え る こ とが,単
に歴史 的な
事 実 を知 識 と して 知 る こ と に と ど ま っ て は な らな い 。 現 代 日本 語 の漢 字 文 化 を支
注
え る た め の漢 字 の 構 造 を考 え る こ とで あ っ て ほ し い の で あ る。 漢 字 の 問題 を考 え る場 合 は,理 論 的 な整 合 性 に満 足 せ ず,実 際 の漢 字 使 用 に合 わ せ て,漢 字 文 化 の問 題 と して 考 え る必 要 が あ る。
● 5 日本 語 と して の 漢 字 の な りた ち
漢 字 の な りた ち を六 書 の 説 明 で 良 い とす る な らば比 較 的 単 純 で あ る。 中 国 にお け る 最 古 の 漢 字 に戻 っ て字 源 か ら考 え る とす る な らば,考
え る 方 向 は定 ま っ て く
る が,実 際 の 研 究 は今 後 に俟 つ と ころ が 多 い 。 しか し,こ れ らは 中 国 に お け る漢 字 の歴 史 の 問 題 で あ り,わ ざわ ざ 日本 語 の 問 題 と して考 え る必 要 は な い。 私 ど もに と っ て は,も
う一 度 日本 語 に お け る漢 字 の な りた ち とい う こ とに戻 っ
て 考 え る必 要 が あ る の で は な い か 。 そ の よ うな 視 点 で考 え る時 に文 字 論 ・文 字 史 論 の 確 立 は第 一 に必 要 で あ る。 また,日 本 に お け る漢 字 使 用 の 実 態 の 研 究 も遅 れ て お り,ど の よ う な字 体 ・字 形 の 漢 字 が,ど
の よ う に使 わ れ て い るか を明 らか に
す べ きで あ る。 漢 字 を書 く側 か ら漢 字 の な りた ち を考 え る の も一 つ の 方 向 で あ る。 しか し,現 代 日本 に お い て は,印 刷 字 体 が非 常 に大 きな位 置 を 占 め て お り, そ の 面 か ら漢 字 の な りた ち を考 え る こ とが 必 要 とな って きて い る。 こ こで は問 題 提 起 を した わ け で あ る。
1) こ とば を こ とばで 説 明 す る こ とは トー トロ ジ ー に な る。 こ とば を 説 明 す るた め の 言語 を メ タ言 語 と呼 び,説 明 の対 象 とな っ て い る言 語 と別 の もの と考 え る。 拙 論 「 意 味 記述 とメ タ 言語 」 ( 『日本 語 学』15‐11) を参 照 。 2)漢 字 の な りた ち を考 え る基 本 図 書 で あ る 『 説 文 解 字 』 を研 究 した もの に は,阿 辻 哲 次 『 漢 字学 『 説 文 解 字 』 の世 界 』 (1985,東 海 大学 出版 会 ) な どが挙 げ られ る。 3) 『 説 文解 字 』 で取 り上 げ られ た漢 字 よ り も古 い漢字 で あ る甲骨 文 字 の発 見 は,漢 字 の字 源 研 究 に大 き な影響 を与 え たが,そ れ ら を総 合 し よ う とす る試 み に は 白川 静 の一 連 の研 究 が 挙 げ られ る。 4) た とえ ば,加 納 喜 光 『 漢 字 の成 立 ち辞 典 』 (1998,東 京堂 出版 ) な どが あ る。 5) 以 下,注1に
挙 げた 阿 辻 哲 次 の著 書 を参 考 とす る。 また,阿 辻 哲 次 「 漢 字 の分 類―
を中心 と して」 (『 漢 字 講座1漢
字 とは』1988,明
六書
治 書院 ) を参 照 す る。
6) 甲 骨文 字 につ い て は,『 し にか 』 (1999)の特 集 「甲骨 文 字 の世 界 」 な ど,分 か りや す く知
注
る こ との 出来 る ものが 多 い。 甲骨 文字 を 中心 と しての 研 究 で は 白川静 の もの な どが あ る。 7) 甲骨文 字 以 前 の 文 字 として,西 安郊 外 の 半坡 遺 跡 か ら発 掘 さ れた 彩 陶 に刻 まれ た 陶文 が あ る。 た だ,こ れ らに つ いて は文 字 か ど うかが 問題 とされ て い る。 しか し,こ れ らを含 め て 漢 字 の起 源 を考 え よ う とす る饒 宗頤 ( 小早川三郎訳)『 古 代 文 明 と漢 字 の 起 源』 (2003,ア ル ヒー フ) の よ うな野 心 的 な著 作 もあ る。 8) 漢 字 の歴 史 を概 観 す る こ とで は,阿 辻 哲 次 『 図 説漢 字 の 歴史 』 (1989,大 修 館書 店 ) が写 真 や 図 が 多 く分 か りや す い。 9) 『 漢 字 講 座2漢
字 研 究 の歩 み 』 (1989,明 治 書 院) 参 照 。 な お,こ れ に は 拙論 「漢 字 研 究
史 」 「古代 ・中世 の 漢字 研 究」 が 所 収 さ れ て い る。 10) 拙 論 「国 語文 字 史 の可 能 性 」 (『甲南 国文 』35) を参 照 。 11) 注 9に 同 じ。 12) 注 9に同 じ。 13) 新 聞 ・雑 誌 そ の他 の 資料 の 漢字 の調 査 研 究 は枚 挙 に暇 が な い。 そ れ らの成 果 は国 立 国 語研 究 所 編 の 各種 刊 行 物 に発 表 され てい る。 14) この よ うな文 字 研 究 の遅 れ を痛 感 して,私 は1992年 とい う論 文 集 を刊 行 した。2004年 現 在,第
に 『 国 語文 字 史 の研 究 』 1 ( 和泉書院)
7集 の刊 行 に至 っ て い る。 そ の第 1集 に拙 論
「 国 語 文 字 史研 究 の 課題 」,第 2集 に拙 論 「 字 史 をめ ぐって 」 を載 せ て い る。 15) ラ テ ン文 字 の体 系 論 は単 純 で あ ろ う。 しか し,そ れ は文 字 の 図 形 的 形態 面 を中 心 とす る こ と とな り,意 味 の問題 は別 に扱 う こ と にな る。漢 字 の場 合 は形 態 面 を中 心 に して,意 味 や 音 の問 題 を単字 を中 心 に考 え る こ とが 出 来 よ う。 しか し,日 本 語 の場 合 の複 雑 さ を解 決 出 来 な けれ ば本 当 の意 味 の文 字 論 で は な い と思 う。 た だ漢 字 に限 定 して い えば,や は り形 態 面 を 中心 と して考 え るべ きで あ ろ う。 16) この こ とにつ い て,こ こで詳 し くは述 べ な い。 た だ現 代 日本 語 の 研 究 が 過 去 の 言語 を無 視 す る こ との 多 い こ とは問題 だ と思 っ て い る。 現 代 日本 語 の文 法 の 研 究 は きわ め て盛 ん で あ るが,そ の基礎 とな る文 法理 論 が正 しい もの で あ る とす れ ば,過 去 の 日本 語 の 文法 を も説 明 出来 る もの で な けれ ば な らな い と考 え る。 17) 特 に注10の
拙論 を参 照。
18) 本稿 の テ ーマ に 関わ らな いの で 詳 し く述 べ な い が,拙 論 「『 東 大 寺諷誦 文 稿』 の 片 仮名 の体 系― 片仮 名 字 体 史序 説 と して― 」 ( 『 奥 村 三雄 教授 退 官 記念 国語 学 論叢 』1989,桜
楓 社 ),拙
論 「『た け くらべ 』 にお け る平 仮 名 の 書 体 と字 体 」 ( 『国語 文 字 史 の研 究 』2,1994)
な どが
あ る。 先 に示 した用 語 の使 い方 につ い て は これ らを参 照 して ほ しい。 19) た とえ ば,"日"と"曰"と
の違 い を字 形 差 と見 る か字 体 差 と見 るか の場 合 に,両 者 の 意味
を文字 識 別 の 参 考 とす る必要 が あ る。 20) デ ザ イ ン差 に つ い て は,拙 論 「『 字体』 『 字 形』『 書 体 』 『デ ザ イ ン差 』」 (『SCIENCE of HUMANITY
BENSEI
人 文 学 と情 報 処 理 』 31,2004)
を参 照 。
21) 注20に 挙 げ た拙論 の載 って い る雑 誌 は,全 体 が 「どの よ うに 『 表 外 漢字 字体 表 』 は答 申 さ れ た か 」 とい う特 集 に な って い る。
① 漢字文化圏の成立
阿辻哲 次 ● 1 漢 字文化圏 とは
ユ ー ラ シア 大 陸 の東 端 に位 置 し,ヨ ー ロ ッパ で作 られ た 地 図 で は ふ つ う も っ と も右 端 に描 か れ る ゆ え に 「極 東 」(Far
East)と
呼 ば れ る地 域 に は,過 去 の 長 い
時 間 に わ た っ て,「 漢 字 文 化 圏 」 とい う名 の文 化 共 同 体 が 存 在 しつ づ け た 。 漢 字 文 化 圏 とは,簡 単 に い え ば 漢 字 を読 み 書 きで き る人 々 が 相 互 に 意 思 の疎 通 を は か る こ とが で きた 集 団 で あ り,そ れ は 国 家 や 王 朝 と い う政 治 的 な 枠,あ
るい
は 口頭 で話 され る音 声 言 語 に よ る差 異 を超 越 す る もの だ った 。 極 東 に位 置 す る い くつ か の 国 々 で は,古 代 か らご く近 年 に いた る まで,口 す 言 語 は 国 ご とに異 な って い て も,古 代 中 国 で の規 範 的 な文 体 で,漢
で話
字 を使 って
文 章 を綴 れ ば,自 由 に相 互 の意 思 を疎 通 さ せ る こ とが可 能 で あ る とい う状 態 が 存 在 し て い た 。 つ ま り異 国 人 ど う しの 間 で も,漢 字 で文 章 さ え書 け れ ば,通 訳 は不 要で あった。
● 2 朝鮮 通信使 の例
中 国 で生 まれ た 漢 字 が,中 国 国 内 だ け で な く日本 な ど周 辺 の国 家 で も使 わ れ る 国 際 的 な文 字 だ っ た こ との,も
っ と も典 型 的 で わ か りや す い 例 を江 戸 時 代 の 「 朝
鮮 通 信 使 」 に 見 る こ とが で き る。
朝 鮮 通 信 使 と は李 氏 朝 鮮 の 国 王 が 「日本 国 王 」 ( 天 皇 で は な く,日 本 の外 交 権 者 を 意 味 し て い た ) に 国 書 を渡 す た め に 派 遣 し た 使 節 で,日 使 」 と呼 ぶ こ と も あ っ た 。 そ の 最 初 は,応 永11(1404)
本では 「 朝 鮮 来聘
年 に足 利 義 満 が 日本 国
王 と して 朝 鮮 と対 等 の 外 交 関 係 を 開 い た 時 の こ と と され る。 や が て秀 吉 の朝 鮮 出 兵 に よ っ て使 節 の 往 来 が 途 絶 し,ま た徳 川 将 軍 は直 接 使 節 を送 らず,朝 鮮 側 も釜 山以 外 へ の 日本 人 の入 国 を禁 じた の で,近 世 で は朝 鮮 か ら使 節 が 来 日す るの み と な り,国 書 の交 換 もそ の 際 に ま とめ て お こ なわ れ る よ う に な っ た 。 近 世 の 使 節 は 慶 長12(1607) 信 使 一 行 は正 使 以 下300人
年 か ら文 化 8 (181 1) 年 ま で 計12回
来 日 し,通
か ら500人 で構 成 さ れ,大 坂 ま で は海 路,そ
れ以 東 は
陸 路 を と った 。 一 行 が 日本 国 内 を往 来 す る際 の宿 泊 費 や 饗 応 はす べ て 日本 側 の 負 担 で あ っ た が,通
信 使 来 日 は両 国 の威 信 をか け た外 交 行 事 で あ り,そ の接 待 は豪
奢 を極 め た 。 な お 近 世 中期 以 降 の 通 信 使 は,徳 川 将 軍 の 代 替 りご とに来 日 し,新 将 軍 就 任 を祝 した 国 書 を持 参 す る のが 慣 例 とな っ て い た 。 こ の通 信 使 の 最 大 の 目 的 は,朝 鮮 国王 か らの 国書 を徳 川 新 将 軍 に届 け る こ とに あ った の だ が,さ
て この 国 書 は い っ た い ど この 言 語 で,そ
して どん な文 字 で 書 か
れ て い た の だ ろ うか 。 そ れ はい う まで もな く,漢 字 を使 っ た 漢 文 で 書 か れ て い た ので ある。 通 信 使 の 時 代 に はす で にハ ン グル が 作 られ て い た が,し
か し当 時 の李 朝 は 中 国
の 政 治 体 制 を模 範 と して お り,儒 学 を教 え る学 校 が 全 国 各 地 に 設 置 され て い た 。 そ ん な国 柄 ゆ え,知 識 人 た ち は漢 字 を使 っ て 漢 文 の文 章 を書 い て い た。 だ か ら国 王 か らの 国 書 が 漢 字 で 書 か れ て い た の は 当 然 の こ とで あ る。 そ して通 信 使 一 行 を 出迎 えた の も,や は り漢 字 と漢 文 に精 通 して い た 日本 の儒 学 者 た ち だ った 。 日本 の知 識 人 は この使 節 一行 とさ ま ざ ま な場 で 漢 詩 文 を交 換 し た り,い っ し ょに 書 道 を楽 しん だ りす る交 流 の 中 で,当 時 の 国 際 社 会 に 関 す る最 新 の 知 識 を得 る こ とが で きた の だ が,両 者 の 交 流 は,基 本 的 に 漢 字 を使 っ て の筆 談 だ った 。 この 日朝 交 流 の 場 で は この よ う に漢 字 が 全 面 的 に使 わ れ た の だ が,し 場 に は漢 字 の 本 国 で あ る 中 国 か ら の人 は,ひ
か しそ の
と り も参 加 し て い な い 。 つ ま り漢字
は 中 国 か ら外 に む か っ て花 開 い た,国 際 的 な 文 字 だ っ た わ け で あ る。
● 3 中国最 古の記録
か つ て 東 ア ジ ア一 帯 で の 外 交 や 文 化 交 流 の 際 に使 わ れ た文 体 を,中 国 で は 「古 文 」 と呼 び,日 本 で は 「漢 文 」 とい う。 この 文 体 は,歴 史 の い つ の 時 代 で も,話 し言 葉 と は ま っ た くち が う もの だ っ た 。 中 国 で は お そ ら く文 字 に よ る記 録 を始 めた 当初 か ら,口 頭 の 言 語 と,文 章 に 書 か れ る書 面 語
(い わ ゆ る文 語 ) の 間 に,か
な り大 き な隔 た りが あ った と思 わ れ
る。 漢 字 の 起 源 につ い て は現 在 の 段 階 で は 未 詳 とい う ほか な い が,現 存 す る 中 国 最 古 の 記 録 と し て,商
(日本 で は 通 常 「殷」 と 呼 ん で い る が,正
「商 」 で あ る) の 時 代,具
体 的 に は紀 元 前1300年
しい王 朝 名 は
前 後 か ら紀 元 前1000年
く らい
まで に使 わ れ た 占 い の文 章 が あ り,そ れ に使 わ れ た 文 字 を 「甲骨 文 字 」 とい う。 また そ れ とほ ぼ 同 時 代 に始 ま り,そ の後,周 の 銘 文 が あ っ て,そ
代 を通 じて ず っ と記 録 され た 青 銅 器
の 文字 を 「金 文 」 とい う。
こ の 中 国 最 古 の 文 章 が記 録 され た の は,カ
メ の 甲 羅 や ウ シ な どの 動 物 の骨,あ
る い は 青 銅 器 とい う,世 界 的 に見 て も非 常 に特 殊 な 素 材 で あ っ て,そ れ らは常 識 的 に考 え て も,文 字 を書 きや す い もの で は な い。 また 文 字 を書 くの に もか な りの 努 力 と工 夫 を 要 求 され る書 写 材 料 で あ る 。 その た め 記 録 者 に は で き るだ け少 な い 字 数 で文 章 を書 こ う とい う意識 が 働 い た 。 これ が 結 果 と して,文 章 と口頭 に よ る 音 声 言 語 の 間 に 大 き な 隔 た りを生 じ させ る こ と とな った 。 中 国 で は書 写 材 料 の 制 約 が,文
語 と口語 の大 きな 乖 離 を もた ら した とい え るだ ろ う。
甲骨 文 字 や 金 文 で 書 か れ た 文 章 は,文 字 の 書 体 が 現 在 の漢 字 と大 き く異 な っ て い るか ら,一 般 の 人 に は通 常 の 漢 字 と も見 えず,と
うて い読 め る もの で は な い と
敬 遠 され が ち で あ る 。 しか し それ を通 常 の楷 書 の 字 形 に 置 き換 えた 釈 文 を作 れ ば,漢 文 の 読 め る人 な らそ れ ほ ど苦 労 せ ず その 文 章 を読 解 す る こ とが で きる。 つ ま り 甲骨 や 青 銅 器 の 文 章 は,今 か ら3000年
以 上 も前 の 記 録 で あ りな が ら,『 論
語 』 や 白 楽 天 の詩 文 な ど と同 じ よ うに,日 本 語 で 「訓読 」 す る こ とが 可 能 な の で あ る。 これ は実 に驚 くべ き事 実 で あ る。
● 4 「 漢文」文体 の成立 と普及 の要因
私 た ち が 一般 に 「漢 文 」 と呼 ん で い る,伝 統 的 な 中 国 の 文 語 体 の ス タ イ ル が で きた の は,だ い た い紀 元 前 5世 紀 か ら紀 元 前 3世 紀 あ た りと推 測 され る。 そ の 契 機 とな っ た の は,戦 国 時 代 に全 国 に展 開 して い た 王 た ち の 間 を遊 説 し て歩 い た 多 くの思 想 家 た ち が 自説 を述 べ る た め に著 した,「 諸 子 百 家 」 と概 括 され る一 群 の 書 物 で あ っ た。 『 筍 子 』 や 『韓 非 子 』 な どの 書 物 が そ れ だ が,し た 文 体 は,実
か し彼 らが 使 っ
は それ よ りは る か前 の 時 代 か らの伝 承 を受 け た もの で あ った に ち が
い な い。 戦 国 時 代 の 思 想 家 た ち が 使 っ た 文 体 は,甲 骨 や 青 銅 器 に記 録 さ れ た 文 章 とほ と ん ど同 じス タ イ ル で あ る。 そ して そ れ が 後 世 の 中 国 の 知 識 人 が 文 章 を 書 く標 準 ス タ イ ル とな っ た の に は,前 漢 の 武 帝 ( 前140− 前88在
位) の時 にお こなわ れ た
「儒 学 の 国 教 化 」 が 大 き な影 響 を与 え て い る。 山 東 省 西 南 部,現 は丘,字
在 の 地 名 で い え ば 「曲阜 」 に あ っ た魯 国 に生 まれ た 孔 子 ( 名
は仲 尼,前552−
前479) は,人 間 社 会 に お け る基 本 的 マ ナ ー や 音 楽 ・舞
踊 な どの 文 化 的 要 素 を整 備 し,ま た対 人 関 係 に お い て は相 手 を思 い や り,相 互 に 譲 りあ う美 徳 (これ を 「仁 」 とい う) を身 に つ け る こ とに よ っ て,社 会 を 円滑 に 運 営 す べ き こ と を主 張 した 。 孔 子 が 説 い た この よ うな 思 想 を 「儒 学 」 とい う。 儒 学 は秦 の始 皇 帝 の時 代 に お こな わ れ た 「焚 書 」 に よ っ て 激 し い 弾圧 を受 け, 一 時 は壊 滅 的 な状 況 に まで 追 い こ まれ た が ,や が て 漢 に な っ て 焚 書 令 が 解 か れ る と少 しず つ 勢 力 を回 復 しだ し,つ い に は漢 の 極 盛 期 を現 出 した 英 明 君 主 武 帝 に よ っ て,国 家 の 中心 思 想 と され る まで にい た っ た。 武 帝 は 「諸 子 百 家 」 の 中 で 儒 学 だ け を国 家 公 認 の 学 問 と定 め,首 都 長 安 に あ っ た 国 立 学 校 「太 学 」 に儒 家 の 経 典 を教 え る博 士 官
( 教 授 ) を任 命 して,各 地 の地
方 長 官 か ら推 薦 され て きた優 秀 な若 者 を そ こ で学 ば せ,成 績 優 秀 者 を側 近 に と り た て る とい う制 度 を創 始 した 。 これ を 「儒 学 の 国教 化 」 とい う。 皇 帝 の 側 近 とい う地 位 は将 来 の栄 達 を確 実 に約 束 され る もの だ か ら,全 国 の若 者 は この 学 校 に入 るた め に き そ っ て儒 家 の 書 物 を学 ぶ よ う に な り,こ う し て儒 学
の地 位 が 一 挙 に 高 ま る こ と とな っ た 。 この 儒 学 一 尊 の 体 制 は,武 帝 以 後 も ます ます顕 著 に な り,儒 学 は 国 家 の 支 配 原 理 と して 思 想 界 の 中心 を 占 め つ づ けた 。 そ れ は最 終 的 に は,ご
く短 期 の 例 外 的 な
時 代 を除 い て,清 朝 が 辛 亥 革 命 (1911年 ) に よ っ て倒 さ れ る まで,約2000年
間
に わ た って 継 続 す る こ と とな っ た 。 特 に隋 代 か ら高 級 官 僚 を採 用 す るた め の試 験 制 度 「科 挙 」 が 始 ま り,こ の試 験 の 問題 が か な らず 儒 学 の 経 典 か ら出 題 さ れ た 。 そ の た め,中 国 の知 識 階 級 の家 に 生 まれ た 男 の 子 は,3 ∼ 4歳 とい う ご く幼 い頃 か ら,一 定 の カ リキ ュ ラ ム に した が っ て 儒 学 の経 典 を徹 底 的 に た た き こ ま れ た 。 子供 た ち は成 長 す る につ れ て,文 字 通 り隅 か ら隅 まで 経 典 に通 暁 し,標 準 的 な 注 釈 に よ る経 典 の 解 釈 を ま る暗 記 す る こ とを 要 求 され た 。 こ う して 孔 子 や そ の 他 の 聖人 が 著 した とさ れ る儒 学 の 中 心 的 な思 想 を述 べ た 書 物 が,伝 統 的 な 中 国社 会 で は知 識 人 の必 読 文 献 とな っ た が,こ の 経 典 に使 わ れ て い た の は,ほ か で もな く 戦 国 時 代 の 思 想 家 た ち に よ っ て使 わ れ た 文 体 で あ った 。 だ か ら経 典 を読 み,そ れ に 通 暁 す る とい う こ と は,と
りもな お さ ず そ の規 範 的 な文 体 を使 って 文 章 を読 み
書 きす る,と
い う こ とで あ っ た。 紀 元 前1300年
頃 に カ メ の 甲 羅 の 上 に刻 ま れ た
文 章 と,20世
紀 の初 め に書 か れ た 文 章 が ほ とん ど同 じ文 体 を使 っ て い る とい う,
世 界 で も類 例 の な い希 有 な現 象 が,中 国 に お い て は随 所 に見 られ るの は,以 上 に 述 べ た 社 会 的 要 因 に よ る。
● 5 統治上 の意義
こ う し て,早 い 時 期 に基 本 的 な ス タ イ ル を確 立 され た 文 体 が,そ れ 以 後 長 い 時 間 にわ た っ て規 範 と して あ りつ づ け る こ と とな っ た 。 そ の た め に 中 国 の 知 識 人 は,ふ だ ん 口 で 話 す言 葉 とは大 き く異 な っ た 文 語 を習 得 せ ね ば な らず,あ で は二 重 言 語 生 活 を強 い られ る こ と とは な っ た が,し
る意 味
か し長 期 に わ た っ て 書 き言
葉 の規 範 が 揺 るが な か った お か げで,古 代 の 文 献 が 後 世 に そ の ま ま ス ム ー ズ に伝 承 され た し,さ
ら に は科 挙 の よ う に 何 百 年 と続 い た 学 術 文 化 界 の 事 象 に お い て
も,そ の 円滑 な 実 施 が 保 証 され た 。
そ して 文 語 文 の ス タ イ ル の確 立 は,も っ と現 実 的 に,広 い 中 国 の統 治 に関 して の 大 きな メ リ ッ トを もた ら した 。 中 国 は 広 く,そ の 広大 な 地 域 の 中 で 話 さ れ る言 語 で は,同
じ漢 語 (日本 で 「中
国 語 」 と呼 ん で い る 言語 ) で あ っ て も,方 言 の 違 いが 非 常 に大 き い。 現 在 の よ う に 道 路 や鉄 道 な ど の イ ン フ ラが 整 備 され た 時 代 で す ら,ま だ 方 言 に よ る 隔 絶 が 皆 無 で はない。 も ち ろん 現 在 で は 「普 通 話 」 と呼 ば れ る標 準 語 が 国 家 に よ っ て 制 定 さ れ て お り,学 校 教 育 や マ ス メ デ ィア な ど を 通 じ て,そ れ が ほ ぼ 全 国 的 に 普 及 して は い る。 しか しそ れ で も,も し も北 京 と上 海 と広 州 の 人 が それ ぞ れ 自 分 の 方 言 だ け を 使 っ て 会 話 を す れ ば,ほ
とん ど通 じ合 わ な い とい う事 態 が,現 在 で も珍 し くな い
の で あ る。 この よ う に 中 国 で は,広 大 な 国 土 を統 治 す る た め に,い
つ の時 代 で も地 域 ご と
の 方 言 に よ る格 差 を な るべ く小 さ くす る必 要 が あ っ た 。 そ し て この 方 言 の 格 差 を 克 服 す るた め の試 み が,は
る か 昔 か らお こな わ れ て い た 。 それ が規 範 的 な書 き言
葉 の文 体 と,漢 字 に よ る文 章 の表 記 で あ る。 広 大 な 中 国 で,多 種 多 様 の 方 言 の 違 い を乗 りこ え て,全 国 の 人 々 が意 思 の疎 通 を可 能 と して き た の は,共 通 の ス タ イ ル で 書 か れ る書 面 語 が 存 在 した か らで あ る,と い っ て も過 言 で は な い だ ろ う。 そ して そ の 文 字 と文 体 は 中国 国 内 だ けで な く,国 境 を越 え て,東 ア ジア 地 域 全体 の 共 通 の ツー ル と して の 地 位 を確 立 して い た の で もあ った 。
● 6 表意文字 と しての漢 字
中 国 を 中心 とす る東 ア ジ ア 諸 国 は,非 常 に早 い 時代 か ら中 国 の 高 度 な文 明 の 洗 礼 を受 け て きた が,そ れ は現 実 に は儒 学 の 文 化 を 受 容 す る とい う形 で 進 行 した 。 朝 鮮 半 島 に あ っ た 諸 国 で も,ま た 日本 で も,単 に 「学 問 」 とい えば 儒 学 の経 典 を 学 習 す る こ とを意 味 す る,と い う時 代 が千 数 百 年 間 に わ た っ て続 い た こ とは よ く 知 られ た 事 実 で あ る。 そ の こ と は,東 ア ジア 地 域 の これ ま で の歴 史 の 中 で もっ と も よ く読 まれ,ま
た も っ と も頻 繁 に出 版 され た 書 物 が 『論 語 』 で あ る,と い う こ
とか らだ け で も十 分 に理 解 で き るで あ ろ う。 『論 語 』 は 中 国 だ け で な く,朝 鮮 半 島 で も 日本 で も何 度 も出 版 され,多
数 の版
を 重 ね て きた 。 ア ジ ア 最 大 の ベ ス トセ ラ ー で あ る こ とは まち が い な い が,そ 『論 語 』 は,い
の
う まで も な く漢 字 で 書 か れ て い る。
そ も そ も 「漢 字 」 とは,も
と も と中 国 の 主 要 な 民 族 で あ る漢 民 族 の 言 語 で あ る
「漢 語 」 を表 記 す る た め に 発 明 され た 文 字 で あ っ た 。 だ か ら 「漢 字 」 とい う名 称 が 与 え られ て い る の で あ っ て,「 漢 字 」 の 「漢 」 は 王 朝 名 で は な く,民 族 の 名 前 で あ る。 そ して そ の 文 字 は 発 明 さ れ て 以 来 数 千 年 間 にわ た っ て,中 国 で は そ の 主 要 な 民 族 で あ る漢 民 族 の言 語 を表 記 す る た め に 一 貫 して 使 わ れ つ づ け て きた し, 今 も数 億 とい う人 々 に よ っ て 毎 日使 わ れ て い る。 しか し そ れ で は,漢 語 と は言 語 的 に ま っ た く異 な る 日本 語 を使 う 日本 人 が,な ぜ そ の 文 字 を 自由 に使 い こな す こ とが で きた の だ ろ う か。 こ れ は 日本 だ け で な く,朝 鮮 や ベ トナ ム な ど も と も と漢 字 で 自分 た ち の 言 語 を表 記 し て い た 国 に関 し て も問 題 とな り,そ れ ゆ え これ は漢 字 文 化 圏 が成 立 す るた め の 最 大 の 問題 と な る の だ が,そ
れ は 究極 的 に は漢 字 が 表 意 文 字 で あ っ た か らだ とい え るだ ろ う。
表 意 文 字 は そ の 背 景 に あ る音 声 言 語 と切 り離 して も,文 字 の字 形 だ け で 本 来 の 意 味 を伝 え る こ とが,あ
る程 度 は可 能 で あ る。 た と え ば こ こに 「川 」 とい う漢 字
が あ る と し て,こ の 漢 字 が どの よ うな意 味 で あ るか を知 る に は,別
にその字 を中
国 語 で ど う発 音 す るか を知 っ て い る必 要 は な い。 これ が 良 く も悪 し く も表 意 文 字 の 最 大 の 特 性 で あ っ て,漢 字1字 対 応 関 係 が,つ
ご とが もつ 意 味 と,そ れ ぞ れ の 言 語 で の 単 語 の
ま り上 の 例 で い え ば 「川 」 とい う漢 字 が,日 本 語 で の 「か わ 」 と
い う単 語 を 意 味 す る もの で あ る こ とが,た
や す く理 解 で き る し くみ に な っ て い
る。 こ う し て 「川 」 とい う漢 字 の 日本 語 で の 読 み 方 が 「か わ 」 と定 め られ た 。 こ れ が 訓 読 み で あ る。 そ して そ れ とは別 に,中 国 語 で の 発 音 を そ の ま ま 自国 の 言 語 内 に 導 入 して(む ろん この 時 に若 干 の 変 化 が 起 こ る が),そ
れ ぞ れ の 漢 字 の 読 み を定 め る こ と もで
きた 。 これ が 音 読 み で,こ れ に よ っ て さ ら に漢 字 を表 音 文 字 的 に使 う こ と も 自国 の 言 語 を表 記 す る こ と も 自 由 に で き た。 「万 葉 仮 名 」 とい う使 い 方 が ま さ に そ の
例 で あ る。 日本 や 朝 鮮 半 島 の 諸 国 家,そ
れ にベ トナ ム な ど の非 漢 語 圏 の 国家 は,こ の二 つ
の 方 法 を組 み 合 わ せ る こ とに よ って,漢 字 を 自国 の 言語 に適 用 で き る よ うに して きた の で あ り,表 意 文 字 と して の この よ うな 特 性 が,漢
字 が 中 国以 外 の 広 い地 域
に も伝 播 して い った もっ と も大 き な要 因 で あ った 。 こ う して この 文 字 体 系 は,単 に漢 語 が 話 され る 中 国 国 内 だ け で な く,儒 学 文 化 の 伝 播 と と もに 東 ア ジ ア地 域 一 帯 に広 く普 及 し,古 代 に お け る国 際 共 通 文 字 と し て の 役 割 を も兼 ね 備 え て い くこ と とな っ た 。 こ う して こ の地 域 に は漢 字 と古 代 中 国 の 規 範 的 文 体 を通 じて 交 流 で き る集 団 が 形 作 られ た 。 これ が 「漢 字 文 化 圏 」 で あ る。
● 7 カ ト リ ッ ク世 界 との 比 較
この 文 化 共 同 体 は 中 国 を中 心 と し,中 国 の周 辺 に あ っ て 中 国 と外 交 や 貿 易 の 関 係 を も っ て い た 国 々 で構 成 さ れ て お り,具 体 的 に は,東 諸 王 朝 と海 を隔 て た 日本,西
は朝 鮮 半 島 に建 て られ た
で は 「シル ク ロ ー ド」 と呼 ば れ た 東 西 交通 の 大 動 脈
上 に位 置 した い くつ か の 国,そ
れ に南 に あ っ た ベ トナ ム な どの 国 が,そ の 中 に含
まれ て い た 。 な お こ こ に 中 国 の北 方 に あ っ た遼 や 西 夏 とい った 国 々,ま た 中 国 の 西 で 仏 教 を 中 心 に独 自の 高 度 な文 化 を展 開 した チ ベ ッ トな どが 含 まれ て い な い の は,そ れ らの 国 々 で も中 国文 化 を受 容 し て漢 字 を使 用 した こ とが あ り,漢 字 を 自 由 自在 に使 い こ な す 人 々 もた くさん い た もの の,し
か し最 終 的 に は漢 字 を放 棄 し
て 独 自 の民 族 文 字 を制 定 し,そ れ に よ っ て 言語 表 記 や 書 物 の 出版 な どの 文 化 的営 為 をお こな っ て きた か らで あ る。 こ の 「漢 字 文 化 圏 」 は,中 世 以 後 の ヨ ー ロ ッパ で 中 心 に あ っ た,ロ ー マ法 王 を 中 心 とす る カ ト リ ッ ク の宗 教 社 会 が ラ テ ン語 に よ っ て 緊 密 に結 び つ い て い る の と,外 面 的 に は よ く似 た もの と見 え る か も しれ な い 。 しか しそ の歴 史 的 な時 間 の 長 さ と地 域 的 な 広 が りか ら考 えれ ば,漢 字 文 化 圏 はカ トリ ッ ク の世 界 に お け る ラ テ ン語 文 化 圏 の 比 で は な い 。 また 現 代 の ヨー ロ ッパ で は ラ テ ン語 を 日常 的 に使 う 人 は す で に お らず,ご
く限 られ た 特 定 の 宗 教 社 会 や,あ
るい は研 究 者 が 言 語 と古
典 を研 究 す る場 に お い て しか生 きた 存 在 と して 使 わ れ な い の に対 して,東
アジア
地 域 で は 漢 字 を 日常 的 に使 用 し,そ れ で 文 章 を 書 く人 が 今 も大 量 に存 在 す る の も,両 者 の相 違 の ひ とつ で あ る。
●8 漢 字文化 圏の時期
そ れ で は こ の漢 字 文 化 圏 とい う文 化 共 同体 は,い
った い い つ 頃 に 始 ま り,ま た
い つ 頃 に 終 息 した の だ ろ うか 。 中 国 が 国 家 の統 治 シ ス テ ム を確 立 し て 内政 を安 定 させ た あ と,日 本 や 朝 鮮 半 島 の 国 家 な ど周 辺 に 対 して大 きな 関 心 を い だ き,外 交 関係 を樹 立 しは じめ る よ うに な っ た の は,だ い た い 前 漢( 前206− 西 暦8 年) の 時 代 で あ り,漢 字 文 化 圏 もそ の 頃 に萌 芽 と もい え る もの が形 成 され た よ うだ 。 また そ の 文 化 共 同 体 が 強 大 な 勢 力 を失 い は じ め る の は,儒 教 が 中 国 にお け る唯 一 に し て絶 対 的 な価 値 観 を と もな って 思 想 界 に君 臨 しつ づ け て い た そ の 権 威 が し だ い に揺 ら ぎ だ した 時 期,す
な わ ち イ ギ リス か ら始 ま った 産 業 革 命 を経 験 した ヨ
ー ロ ッパ の ,近 代 的 思 考 と革新 的 で 優 秀 な 科 学 技 術 を と も な っ た新 しい 文 明 が東 洋 社 会 に 流 入 しは じ め た時 代,と そ れ は 具 体 的 に い え ば,中
考 え て よ い で あ ろ う。
国 が ア ヘ ン戦 争 の 敗 北(1842年)
を 契 機 と して 欧
州 列 強 に よ っ て半 植 民 地 化 さ れ,周 辺 諸 国 に対 す る影 響 力 を 失 い は じめ た 頃,そ して 日本 が 明 治 維 新 を経 験 して,欧 米 の 社 会 をモ デ ル と して 急 速 に新 た な 国 作 り を 始 め る よ う に な った 時 代,つ
ま り19世 紀 半 ば か ら と考 えて い い だ ろ う。
西 洋 か ら入 っ て きた 新 しい価 値 観 が 東 洋 に浸 透 し,そ れ が 主流 に な る まで は, 漢 字 を媒 介 と した文 化 共 同体 が 東 ア ジ ア地 域 に 厳 然 と して 存 在 しつ づ けた 。 だが 現 在 の 極 東 地 域 に は,過 去 に存 在 した 「漢 字 文 化 圏 」 と い う文 化 的 な 靱 帯 が,実 質 的 にす で に 存 在 しな い。 漢 字 は も はや この地 域 に お い て も全 面 的 に 使 わ れ る主 要 な 文 字 と し て の地 位 を失 っ て お り,東 ア ジ ア の 諸 国 で 今 も漢 字 を 主 要 な文 字 と して 日常 の言 語 表 記 の 中 で 使 用 して い るの は,中 国 と 日本 だ け で あ る。 現 代 に お い て は,種 々 の要 因 に よっ て,「 漢 字 文 化 圏 」 とい う集 団 が 過 去 の よ うに 強 力 な文 化 的 結 束 力 を もた な くな っ て い る。 しか し それ で もな お,こ
の文 化
共 同体 は現 在 の 国 際 関 係 の 中 で 有 機 的 に機 能 して お り,21世
紀 の文化 におい て
も無 視 で きな い も の で あ る こ と は ま ちが い な い事 実 で あ る。 た とえ ば これ か らの コ ンピ ュ ー タ社 会 で は,文 字 を機 械 で書 く とい う行 為 が ます ます 広 範 囲 に普 及 す る た め に,そ の 環 境 整 備 と して 漢 字 の コ ー ド体 系 を国 際 的 に 統 一 す る必 要 が 焦 眉 の 急 とな っ て い る が,こ の 問題 を解 決 す るに は漢 字 文 化 圏 の 諸 国 の協 調 が 絶 対 に 不 可 欠 な の で あ る。 この 地 域 で の 漢 字 を媒 介 と した 地 域 的 な 団 結 と,親 密 な交 流 は今 もな お 十 分 に可 能 で あ る こ とを忘 れ て は な らな い。
● 9 漢字文化 圏内の古代 日本
こ こで視 点 を変 えて,古 代 の 日本 が どの よ う に して 漢 字 文 化 圏 の 内部 に組 み こ まれ て きた か,そ
の 様 子 を漢 字 の伝 来 を中 心 と して考 え て み る こ と と し よ う。
日本 に漢 字 が 入 っ て きた 時 代 を考 え る時 に,最 初 に明 確 に して おか な けれ ば な ら ない 問 題 が 一 つ あ る。 そ れ は今 で も時 に一 部 の 「歴 史 愛 好 家 」 と称 す る人 々 か ら主 張 され る 「神 代 文 字 」 な る もの が,完 全 な で っ ち 上 げ の産 物 だ とい う事 実 で あ る。 「神 代 文 字 」 は江 戸 時 代 に興 っ た 国 学 が しだ い に 国 粋 主 義 的 思 想 に 変 わ りつ つ あ った 頃,そ
の 学 派 の 中 心 人 物 で あ った 平 田篤 胤 門 下 を 中 心 に存 在 が 主 張 さ れ た
も ので あ る。 また 昭 和 初 期 に は 神 道 の一 派 を標 榜 す る新 興 宗 教 に よ っ て,こ の文 字 で書 か れ た 文 献 な る もの が提 示 され た こ と も あ った 。 しか し この 「文 字 」 は一 見 し て す ぐに わ か る よ う に,あ
き らか に ハ ング ル を モ デ ル と して後 世 に偽 造 され
た もの で,そ の こ と は学 術 的 に も完 壁 に証 明 され て い る。 漢 字 が渡 来 す る 前 に は,日 本 に は文 字 が ま った く存 在 し な か っ た 。 日本 人 が は じ め て接 触 した 文 字 は,疑 い も な く中 国 の 漢 字 で あ っ た 。 し か し それ は い くつ か の 文 字 を対 象 と して,そ
の 中 か ら自発 的 に 選 択 した 結 果 で は な く,日 本 が 置 か れ
た 地 理 的状 況 に起 因 す る,い わ ば宿 命 で も あ っ た。 日本 のす ぐ近 くに は 中 国 とい う高度 な 文 化 を もつ 超 大 国 が あ り,そ して 近 年 に な って 産 業 革命 を経 験 した 西 洋 社 会 と出 会 う まで は,文 化 的 に学 ぶ べ き対 象 は ほ とん ど 中 国,及
び そ の 影 響 を強
く受 けた 百 済 な どか つ て朝 鮮 半 島 に建 て られ た 国 々 しか な い,と
い う状 態 が 続 い
て い た の で あ る。 この よ う に 日本 人 の 目の 前 に は,選 択 の 余 地 の な い もの と して 漢 字 が 存 在 して い た 。 しか しな ん ら か の 器 物 に書 か れ た 文 字 を 目に す る こ と と,文 字 を使 い こな して 言 語 を表 記 す る こ と とは,ま
った く別 の次 元 で 考 え られ な けれ ば な ら な い。
九 州 や 山 陰 な どの 沿 岸 地 方 に暮 ら して い た 日本 人 な ら ば,船 で 海 に漕 ぎだ し た時 に,中 国 大 陸 や朝 鮮 半 島 に暮 ら して い た 人 々 と接 触 す る こ とは頻 繁 に あ った だ ろ う し,そ の 時 に は 当然,漢
字 を書 き記 した 中国 の物 品 を 目 に す る こ と もあ った だ
ろ う。 しか し古代 の 日本 人 が そ れ を 「文 字 」 で あ る と認 識 で きた 可 能 性 は きわ め て薄 い 。 文 字 を使 用 す る よ うに な るに は,一 定 の社 会 的 成 熟 が 必 要 な の で あ る。 近 年 の 熱 狂 的 な 考 古 学 ブ ー ム の せ い で も な い の だ ろ うが,つ
い 最 近,日 本 各 地
の遺 跡 か ら 「日本 最 古 の 漢 字 」 とい わ れ る もの が続 々 と発 表 され た 。 た とえ ば 平 成10(1998)
年 2月 8 日付 け の 朝 日新 聞 に よ る と,福 岡 県 前 原 市
の三 雲 遺 跡 群 か ら出 土 した3世 紀 半 ば の甕 の 口 縁 部 に は,「竟 」(「鏡 」 の金 扁 を 省 い た省 文) と読 め る線 刻 が あ っ た とい う。 同記 事 に よ れ ば,こ の 文 字 は同 県 の 平 原 遺 跡 か ら出土 し た2世 紀 の 中 国 製 「方 格 規 矩 鏡 」 に鋳 出 さ れ た 文 字 や,5 世 紀 後 半 と推 定 され る京 都 市 幡 枝 1号墳 出 土 鏡 な ど に見 え る 「竟」 字 に近 似 して お り,鏡 の 銘 文 に あ った 「竟」 を視 覚 的 に と らえ て,不 確 か な 記 憶 の ま ま そ の字 を 土 器 に刻 ん だ の で は な い か とい う(平 川 南 ・歴 史 民 俗 学 博 物 館 教 授 の説 )。 さ らに は そ れ よ り も早 い,「 2世 紀 前 半 の漢 字 」 とい わ れ る もの まで 現 れ た 。 2 世 紀 前 半 とい えば 中 国 で は後 漢 の 時代,日
本 で は卑 弥 呼 が登 場 す る 前 で あ る。 こ
れ は三 重 県 安 濃 町 の 大 城 遺 跡 出土 の,長 い 柄 の あ る台( 高坏) の脚 と推 定 さ れ る 破 片 に刻 まれ た もの で,「 奉 」 とい う字 を草 書 体 で 刻 ん だ もの か とい う(平 成10 年 1月11日
付 け各 紙 に よ る。 な お 釈 読 に つ い て は,ほ か に 「幸 」 「年 」 「与 」 と
い う漢 字 に比 定 す る説 が あ る)。 この よ う に近 年 に続 々 と新 発 見 が あ った が,こ
れ らの 発 見 よ り前 で は,鹿 児 島
県 種 子 島 に あ る広 田 遺 跡 か ら発 見 され た 「山」 とい う字 が,日 本 最 古 の 漢 字 で あ る と され て い た。 広 田遺 跡 とは,種 子 島 の 鉄 砲 伝 来碑 の す ぐ近 くに あ る弥 生 中 期 の遺 跡 で,昭 和 30(1955) 年 9月 に台 風 が 種 子 島 を襲 った 時 に,砂 丘 が 崩 れ て 発 見 され た 。 こ こ
は大 規 模 な 墓 地 で あ った ら し く,遺 跡 か ら は多 数 の人 骨 が 発 見 され,そ
れに混 じ
っ て 土器 な どの 副 葬 品 が 発 見 され た。 そ し て そ の墓 に埋 葬 され た 副 葬 品 と して, イ モ ガ イ とい う貝 を加 工 して作 っ た横3.4セ ンチ メ ー トル,縦2.4セ
ンチメー ト
ル の 貝 札( ペ ンダ ン ト) が 埋 葬 され た人 骨 に着 装 され て お り,そ の 表 面 に 「山 」 と読 め る文 字 が 陰刻 で くっ き り と刻 ま れ て い た の で あ る。 これ を文 字 で あ る とす る立 場 に立 つ人 は,後 漢 末 期 か ら魏 に か け て流 行 した 隷 書 の書 風 で 刻 まれ て い る と考 え る。 そ して それ が 種 子 島 に お い て記 録 さ れ た の な ら ば,当 時 の 同 地 に はす で に隷 書 の 漢 字 を読 み書 きで き る人 が い た こ とに な る。 しか し も しそ れ が 文 字 で あ る と した ら,こ の 「山」 とい う字 は い った い な に を 意 味 した の で あ ろ うか 。 この問 題 を解 くに は,こ れ が 木 簡 や 竹 簡 の 上 に書 か れ た 文 字 で は な く,墓 に 埋 葬 され た死 者 の 首 に か け られ たペ ン ダ ン トに 刻 まれ た文 字 で あ っ た,と
い う事 実 を重 要 視 し な け れ ば な ら な い。
「山 」 とい う字 に ニ ンベ ン を つ け る と 「仙 」 と な る。 その こ とか ら私 は,こ の 「山」 が お そ ら く 「仙 」 とい う字 の つ も りで 書 か れ た もの だ と考 えた い。 「仙 」 と 書 くつ も りで 「山」 と書 いた ケ ー ス は古 代 中 国 で は そ れ ほ ど珍 し くな い 。 そ もそ も古 代 の 金 石 資 料 で は,あ
る文 字 を書 く時 に,そ
の字 の ヘ ン を省 略 して 書 か な い
こ とが しば し ば あ り,「 作 」 を 「乍 」 と書 い た り,「 紀 」 を 「己 」,「飢 」 を 「几 」, 「知 」 を 「矢 」 と書 くケ ー ス が 鏡 の 銘 文 な どで し ば し ば見 受 け られ る。 この よ う な 書 き方 か ら見 れ ば,「 仙 」 を 書 こ う とす る時 に ニ ンベ ン を省 略 して,「 山 」 と書 い て も まっ た く不 思 議 で はな い の で あ る。 お そ ら く この 時 代 に は す で に 中 国 か ら道 教 の 信 仰 が 伝 わ って い た の だ ろ う。 そ して 人 々 は埋 葬 され た死 者 が 仙 人 の世 界 に 生 まれ 変 わ る よ う に とい う願 い を こめ て,「 山 」 とい う形 を刻 んだ ペ ンダ ン トを首 にか け た の で は な い だ ろ うか 。 た だ こ こ で 明 確 に し て お か ね ば な ら な い の は,広 田 遺 跡 か ら こ の よ う な 「文 字 」 を刻 ん だ ペ ンダ ン トが発 見 さ れ て い る とい う理 由 で,弥 生 時 代 の この 地 域 に 漢 字 を読 み書 きで き る人 間 が いた,と
考 えるのに はいささか無理が あ るという こ
とで あ る。 た と え こ の文 字 を書 い た の が 日本 人 で あ った と して も,そ の 人 は この 字 を 宗 教 儀 礼 に使 う道 具 に書 い た の で あ っ て,口 頭 で 話 さ れ る 日常 的 な 言 語 を表 記 す る場 面 で書 い た の で は な か っ た。 だ か ら この 「山 」 を書 い た 人 物 は,墓
に埋
葬 さ れ る死 者 にか け るペ ン ダ ン トに 「山 」 と は書 け て も,そ の 辺 の あ ち こち に あ る い わ ゆ る 「や ま」,英 語 で は mountain
とい う単 語 で 表 され る土 塊 の 隆 起 の こ
と を,「 山」 とい う漢 字 で 表 す こ とが で きた とは 限 らな い。 む し ろ事 実 は逆 で あ っ て,そ そ,イ
の 人 は死 者 の 首 に か け る装 飾 品 で あ っ た か ら こ
モ ガ イ に この 形 を刻 ん だ の で あ った 。 こ うい う 日常 生 活 の 中 で 使 わ れ る道
具 で は,そ れ専 用 の 習 慣 が 固 定 す る 。 中 国 か ら こ うい う もの が伝 わ っ て くれ ば, そ の 当 時 種 子 島 に い た 日本 人 た ち は,死 者 の 首 に か け るペ ン ダ ン トに は こ うい う 「も の」 を書 くの だ と思 い こん で し ま う。 こ の場 合,文 字 はマ ー ク に す ぎ ず,道 具 と一 体 に な っ て い て,文 字 だ けが 切 り離 され て は い な い 。 だ か ら これ を書 い た 人 も,こ の 字 が 本 来 もつ 意 味 を ま った く理 解 す る こ とな し に文 字 を書 い て い る可 能 性 が 非 常 に強 い。 今 の私 た ち に は文 字 と見 え る もの で も,そ れ が 実 際 に は文 字 と し て ま った く機 能 して お らず,単 な る マ ー ク に す ぎな い こ とが し ば し ば あ る。 こ こで そ の 実 例 と して,将 棋 の駒 を取 り上 げ た い 。 将 棋 の駒 の 「歩 」 の 裏 に は平 仮 名 の 「と」 が 書 い て あ るが,あ
れ はいったい な
ぜ 「と」 な の だ ろ うか 。 もち ろん そ れ に は ち ゃ ん と した 理 由が あ るの だ が,し
か
し実 際 に将 棋 を す る人 は,そ れ が ひ らが な の 「と」 とい う文 字 で あ る こ とな ど, ま っ た く考 え もせ ず に,将 棋 を 指 し て い る。 その 「と」 は,格 助 詞 の 「と」 で も な く,「 戸 」 や 「都 」 や 「図 」 を表 す もの で も な い。 将 棋 の 駒 とい う領 域 で は , そ の 「と」 は文 字 と して ま っ た く機 能 し て お らず,単
な る記 号 か あ る い は図 像 と
い って よ い もの にす ぎ な い 。 ち な み に こ の 「と」 は 「金 」 の草 書 体 が 変 化 した 形 と考 え られ るそ うで,「 歩 」 が 相 手 の陣 地 に 入 る と 「成 り金 」 に な る か ら,「 歩 」 の裏 に は も と も と 「金 」 と書 か れ て い た の が,そ
の 草 書 体 が い つ の 間 に か ひ らが
な の 「と」 と書 か れ る よ うに な っ た との こ とで あ る。 広 田遺 跡 の 「山」 も,将 棋 の 駒 の 「歩 」 の 裏 に あ る 「と」 と まっ た く同 じで, それ は文 字 で は な く,そ
こに は そ う い う形 の 図 形 を描 くもの だ,と
の 認 識 か ら刻
まれ た 図像 だ,と 私 は考 え る。 道 具 とは本 来 そ う い う もの で,だ か らた と え こ の時 代 に竹 簡 や 木 簡 の よ うな 書 写 材 料 が あ った と して も,そ の 上 に 「や ま」 とい う 言 葉 に 相 当 す る文 字 と し て
「山 」 と書 くこ とが で きた とは 考 え られ な い 。 要 す る に 呪 術 的 な サ イ ンで あ り, た と え るな らば今 の 日本 で,赤 ん 坊 が 生 まれ て 1か 月 目 に お 宮 参 りに行 く時 に, 赤 ち ゃ ん の お で こ に赤 く 「大 」 と書 くの と同 じ こ とで あ る。 福 岡 や 三 重 な どで 近 年 に発 見 され て い る 「文 字 」 も,こ の広 田遺 跡 の 貝 札 と同 じ よ う に,い ず れ もす べ て漢 字 1字 分 に相 当 す る刻 文 で あ る。 か りに そ れが 正 真 正 銘 の漢 字 を書 い た もの で あ る と して も,土 器 に は 単 に漢 字 1字 だ けが 書 か れ て い る の だ か ら,そ れ が 漢 字 を使 っ て文 章 を 表 記 して い る もの で あ るか ど うか は わ か らな い 。 文 章 を表 記 す るた め に は,い
くつ か の文 字 が 集 まっ た 「文 字 列 」 が絶
対 に必 要 な の で あ っ て,1 文 字 だ け な ら,な に か の 記 号 と し て か , あ る い は装 飾 の 一 種 と し て,漢 字 を模 倣 した マ ー ク を器 物 に つ け た だ け の もの に す ぎ な か った の で は な い だ ろ うか 。 西 日本 の 各 所 か ら 出土 す る これ らの 遺 物 に記 さ れ た もの に は,文 字 列 が 存 在 し な い とい う理 由 で,私
は も う少 し慎 重 で あ るべ き だ と考 え る。 つ ま りそれ を文 字
だ とは考 え な い。 もち ろ ん弥 生 時 代 の 中期 か ら後 期 に か け て,漢 字 を記 した物 品 が 中 国大 陸 か ら 日本 に流 入 し,弥 生 人 の生 活 の 中 で は それ を 目 にす る機 会 が あ っ た こ とは 否 め な い 。 しか し彼 らが それ を文 字 と認 識 して,そ れ を使 って 文 章 を書 い て い た か とな る と,は な は だ疑 問 で あ る 。
●10 外 交 の た め の 漢 字
日本 の こ とが は じ め て 中 国 の文 献 に記 録 され る の は 『漢 書 』 の 「地 理 志 」 に お い て で あ り,そ の 「燕 地 」 の 条 の末 尾 に,「 夫 れ 楽 浪 海 中 に倭 人 有 り,分 か れ て 百 余 国 と為 る,歳 時 を以 て来 た りて献 見 す とい う」 とい う記 述 が 見 え る。 こ こに い う 「楽 浪 」 とは 前 漢 が 朝 鮮 半 島 を植 民 地 と し て建 て た 国 の ひ とつ で,現 在 の平 壌 あた り に あ っ た 。 そ して文 中 の 「倭 」 が 日本 を指 す の は確 実 だ か ら,当 時 「百 余 国 」 に分 か れ て い た 日本 の どれ か の国 の使 者 が,前
漢 の頃 に はす で に定 期 的 に
大 陸 に あ る国 を訪 れ て い た ら しい 。 『漢 書 』 の 記 載 は きわ め て簡 単 な もの だ が,後 漢 の歴 史 を 記 した 『 後 漢書』 に な る と も う少 し詳 し い記 載 が あ り,そ の 「東 夷 伝 」 に は,後 漢 の建 武 中元 2(西
暦57) 年 に,倭
の 「奴 国 」 か ら使 者 が や っ て き て,首 都 の 洛 陽 を訪 れ,光 武 帝
に謁 見 し て 「印綬 」 を授 け られ た,と 記 され て い る。 こ こで 奴 の使 者 が 印 章 を授 け られ た こ と は,大 変 に重 要 で あ る。 なぜ な ら古 代 に お け る印 章 は 身 分 を示 す もの で あ り,中 国 の 官 吏 は 自分 の 官職 名 を刻 ん だ公 印 を身 に つ け て 出仕 す る こ とが規 定 され て い た 。 この 時 に光 武 帝 が 「奴 国 」 の王 に 「印 綬 」 を与 え た と い うの は,ほ か で もな く,そ の王 に対 して 中 国 式 の官 位 を与 えた とい う こ とで あ り,こ う して 後 漢 は倭 の 「奴 国 」 の 王 を み ず か らの 支 配 下 に 取 り こん だ の で あ った 。 こ の 時 に 「奴 国 」 の 王 が 与 え られ た の は 金 印 で あ り,ま た ほ か の 文 献 に よ れ ば,つ
け られ て い た 綬 は 「紫 綬 」 だ っ た よ う で あ る。 印 に は 必 ず紐 が つ い て い
て,そ れ を 綬 とい う。 印 と綬 は必 ず ワ ン セ ッ トに な っ て お り,綬 も官 位 の ラ ン ク ご と に色 が 定 め られ て い た 。 現 在 の 日本 の勲 章 で 「紫 綬 褒 章 」 とか 「黄綬 褒 章 」 とい う よ うに,綬
の色 で 等 級 が 分 か れ る の は そ の 名 残 で あ る。
この 印 の 実 物 が,江 戸 時 代 の 天 明 4 (1784)年 に,福 岡 市 の 博 多 湾 に浮 か ぶ 志 賀 島 か ら発 見 され た。 綬 の 方 は お そ ら く地 中 で腐 っ て し ま った の だ ろ う,い ま だ に発 見 され て い な い の だ が,金 印 の 印面 に は 「漢 委 奴 国 王 」 とい う 5文 字 が 刻 ま れ ていた。 「委 」 は 「倭 」 の ニ ンベ ン を省 略 した 形 だ か ら,こ の 5文 字 は 「漢 の 属 国 で あ る倭 の奴 国 の王 」 とい う意 味 で あ る と解 釈 で き る 。 つ ま り この 印 は奴 国 の王 が そ の 土 地 の 支 配 者 で あ る こ と を中 国 の 皇 帝 か ら公 式 に認 め られ,ま た 後 漢 の属 国 の ひ と つ と し て承 認 され た こ と を示 す 「お墨 付 き」 で あ っ た。 「倭 」 は そ の 後 も使 者 を派 遣 した が,や
が て 倭 で は国 内 に大 き な混 乱 が 生 じ,
中 国 へ の 使 者 を 出 して い る余 裕 が な くな っ た ら し い。 よ うや く混 乱 が お さ ま っ て,次
に登 場 して くるの が 卑 弥 呼 で あ る。
邪 馬 台 国 の 女 王 で あ った 卑 弥 呼 は,景 初 3 (239)年 に は じ め て 中 国 に使 者 を 出 した 。 時 の 中 国 の 王 朝 は魏 で あ り,魏 の 明 帝 は倭 の 女 王 を 「親 魏倭 王 」 に任 じ て,や
は り紫 綬 の つ い た 金 印 を授 け,ま た大 量 の 錦 布 や 絹,銅 鏡,真
珠 な どを与
え た と い う。 卑 弥 呼 は その 後 も何 度 か使 者 を 送 り,ま た 彼 女 の後 を継 いだ 女 王 壱 与 も,魏 の後 を受 け た 晋 ( 西 晋 ) に対 し て使 者 を送 っ て い る。
こ こ に 日本 人 が 絶 対 に漢 字 を使 わ な けれ ば な ら な い 場 が 発 生 した 。 と い うの は,卑 弥 呼 が 中 国 へ 朝 貢 の 使 者 を派 遣 す る時 に は,単
に使 者 が さ さや か な 土 産 を
も って い くだ け で は な か っ た か らだ 。 朝 貢 は 国 家 対 国 家 の 正 式 な 外 交 関 係 だ か ら,厳 密 に し きた りが 決 ま っ て い て,正 式 な規 格 に の っ とっ た 漢 文 の文 章 を中 国 の皇 帝 に差 し出 さ な け れ ば な らな い 。 日本 人 が 漢 字 を使 い は じ めた の は,ま
さに
この 時 に使 者 が 中 国 に差 し出 す 「国 書 」 を作 成 す るた めだ っ た 。 『魏 志 』 「倭 人 伝 」 に よ れ ば,邪 馬 台 国 か ら の使 者 は 朝 鮮 半 島 を経 由 して 中 国 の 都 洛 陽 を訪 れ,国 応 えて,魏
書 の交 換 を お こな っ た 。 さ らに は卑 弥 呼 が 送 った 最 初 の使 者 に
で は正 始 元
(240)年 に建 中 校 尉 の 梯儁 を遣 わ せ,皇
を奉 じ て倭 に至 らせ た,と
い う。 こ の 時 に 届 け ら れ た 魏 の 皇 帝 の 詔 書 は もち ろ
ん,中 国 で の規 範 的 な文 語 文― 文 体―
帝 の詔 書 と印 綬
日本 で は後 に 「漢 文 」 と呼 ば れ る こ とに な った
で 書 か れ て い た に ちが い な い 。
卑 弥 呼 は魏 の皇 帝 が 直 々 に派 遣 した 使 者 が 自 国 を訪 れ た こ と に感 激 して,再
び
「使 い に よ っ て 上 表 し,詔 恩 を 答 謝 」 した 。 こ の 『 魏 志 』 の 文 章 を そ の ま ま に受 け取 るな ら ば,卑 弥 呼 の 朝 廷 に は,漢 字 を使 っ て 中 国 の 規 範 的 な文 語 文 に よ る文 章 を作 成 で き る者 が い た こ とに な る。 この 卑 弥 呼 か らの 国書 を作 成 した の が 日本 人 で あ った とい う証 拠 は ど こ に もな い 。 国 書 を い っ た い 誰 が 書 い た の か は非 常 に興 味 の あ る問 題 だ が,そ
れ に関 して
は 資料 に な ん の手 が か り も残 さ れ て い な い。 皇 帝 の詔 勅 は正 式 な漢 文 の 中 で も も っ と も格 式 の高 い もの だ か ら,そ れ は読 むだ け で も それ ほ ど簡 単 で は な い 。 ま し て や 外 国 人 が そ の よ うな 文 体 を使 っ て 「国 書 」 とい う重 要 な 文 書 を書 くに は,漢 字 と漢 文 に関 す る大 変 に 高 度 な知 識 が 必 要 で あ る。 だ か らそ れ を書 い た の は漢 字 の 読 み 書 き に相 当 習 熟 し て い た人 物 で あ る の は確 実 で,そ
れ は お そ ら く朝 鮮 半 島
か ら卑 弥 呼 の王 朝 に きて いた 渡 来 人 だ ろ う と私 は 想 像 す る 。 少 な く と も卑 弥 呼 は,漢 字 に よ る文 章 の作 成 を朝 鮮 半 島 か ら の渡 来 人 の 手 を借 りて お こ な い,中 国 の皇 帝 に対 す る答 礼 の上 書 を奉 っ た。 こ こ に 日本 人 が 漢 字 を そ の 本 来 の 用 途 に即 して 使 っ た とい う,も っ と も典 型 的 な ケ ー ス を 見 る こ とが で き る。 日本 人 が 漢 字 を使 い こ なす よ う に な っ た の は,こ の よ う に し て 中 国 を 中心 とす
る外 交体 制 に組 み こ まれ て い くプ ロ セ ス を通 じ て の こ とだ っ た 。 漢 字 は 当初,も っ ぱ ら中 国 との 国 交 を 維 持 す るた め の 外 交 文 書 だ け に使 わ れ た とい っ て い い だ ろ う。 これ が 初 期 の 漢 字 文 化 圏 で の漢 字 の典 型 的 な使 い 方 で あ っ た 。
●11 中 華 思 想 と朝 貢
か つ て の 中 国 の 周 辺 に は,東 は朝 鮮 半 島 や 日本,北 は チベ ッ ト,ま た 西 域 か ら中 央 ア ジ ア に か けて,い
はモ ン ゴ ル か ら満 州,西
に
わ ゆ る 「シ ル ク ロー ド」 上 に
位 置 した 国 々 や そ の 南 に あ る イ ン ド,ま た 南 に は タ イ ・ベ トナ ム と い う よ うに, 多 くの 国 が 中 国 を取 り巻 くよ う に存 在 し,そ れ ぞれ の地 域 で 比 較 的 小 さ な王 朝 が 興 亡 を繰 り返 して きた 。 だ が 古 代 の この地 域 にお い て は,中
国 だ けが 飛 び ぬ けて
文 明 の質 の 高 い 国 で あ っ た 。 だ か ら周 辺 の 国 家 は早 い時 代 か ら中 国 を文 化 的 先 進 国 と意 識 し,学 ぶ べ き対 象 と して きた 。 中 国 の 中 央 部 に 強 大 な勢 力 を も った 王 朝 が成 立 す る と,そ の王 朝 は国 内 の政 治 を安 定 さ せ た あ と周 辺 に勢 力 をの ば し,周 辺 国 家 を征 服 した り,あ る い は帰 順 さ せ,定 期 的 に使 者 を派 遣 させ た り して きた 。 過 去 の 中 国 で の 伝 統 的 な考 え方 で あ る 「中華 思 想 」 に よ れ ば, 「中 国 」 と は文 字 通 り世 界 の 中心 に位 置 し,周 囲 を取 り囲 む 「夷 秋 」 の 国 に対 して,文 化 的 ・精 神 的 に絶 対 優 位 に立 つ 国 で あ る とされ る。 また その 中 国 を統 治 す る王 は,単 に人 間 の 社 会 を軍 事 力 や 政 治 的 力量 で 勝 ち抜 い て きた だ け の 覇 者 で は な く,宇 宙 を支 配 す る最 高 の 絶 対 的 存 在 で あ る 「天 」 か ら地 上 を統 治 す る使 命 を 与 え られ た 者 で あ る と考 え,そ れ ゆ え に王 を 「天 子 」 と呼 ぶ。 そ も そ も 自国 の文 化 を価 値 観 の 中 心 に据 え,そ れ を至 上 の も の と して,隣 接 す る地域 に存 在 す る別 種 の文 化 に対 して 優 越 感 を もつ の は,大 通 す る一 般 的 な傾 向 で あ る とい え るが,し
な り小 な り人 類 に共
か し古代 の 中 国 の 場 合 は,そ れ が もっ
と も極 端 な形 で 発 露 した 。 中華 思 想 は 中国 の主 要 な 民 族 で あ る漢 民族 が 非 常 に早 い 時 代 か ら も ち つ づ け て き た 自民 族 中 心 の優 越 思 想 で,思
想 史家 の研 究 に よれ
ば,そ の 発 生 は戦 国 時 代 か ら秦 漢 時 代 にか け て,儒 学 が 理 想 とす る王 に よ る徳 治 主 義 の支 配 思 想 が 確 立 し て い った 時期 とだ い た い 平 行 す る もの と考 え られ て い
る。 も と も と東 ア ジア地 域 にお い て は,の ち に中 華 文 明 を 形成 した 漢 民 族 が もっ と も早 くか ら文 明化 した の は疑 い も な い事 実 で あ るが,そ
の 文 明 化 と と も に,漢 民
族 は政 治 的 に も軍 事 的 に も常 に周 辺 民 族 に対 し優 越 した 地位 を保 持 しつ づ け,そ れ は や が て文 化 的 な優 越 感 へ と進 ん で い っ た 。 そ して つ い に は 自国 に は 「中 華 」 とい う美 称 を与 え,周 辺 民 族 に対 して は 「東 夷 」・「西 戎 」・「南 蛮 」・「北狄 」 な ど とい う露 骨 な蔑 称 を 用 い て,国 家 対 国 家 で の対 等 の 関係 を認 め な い まで に い た っ た の で あ る。 中 華 思 想 に よ れ ば,「 夷 秋 」 が 「中 華 」 を 慕 うの は 当 然 の こ と で あ っ て,「 夷 狄 」 が 中 国 に 反 逆 す る こ と は絶 対 に許 され な い 。 こ の よ うな 意 識 は20世 紀 初 め ま で 中 国 の統 治者 階 級 の 中 に根 強 く残 り (あ る い は現 在 の 中 国 に もな お 残 存 す る と主 張 す る論 者 も あ る),科 学 的 な 思 考 と産 業 革 命 を経 験 して 近 代 化 し た イ ギ リ ス な どの 西 洋 諸 国 家 に対 して も,「 野 蛮 な属 国 」 との 外 交 とい う意 識 か ら抜 け き れ ず,キ
リス ト教伝 道 の た め に 中 国 に わ た った ヨ ー ロ ッパ の聖 職 者 な ど に対 して
も,宗 教 的 な使 命 感 や 国 際 的 な 背 景 な ど を ま っ た く考慮 で きず,一 使 者 が 「天 子 」 に謁 見 す る時 の 礼 法 を 要 求 す る な ど,多
方 的 に属 国 の
くの 問 題 を 引 き起 こ し,
つ い に は 中 国 の近 代 化 が 立 ち遅 れ る要 因 の ひ とつ と まで な った 。 近 代 の 話 は さ て お き,中 華 思 想 に よ れ ば,中 国 国 内 を統 治 す る 「天 子 」 の 恩 恵 は周 辺 の 「夷狄 」 の 国 々 に も及 ぶ もの だ か ら,周 辺 国 家 も世 界 の 中 心 に い る 「中 国 」 の 「天 子 」 の お か げ で,や
っ と文 化 的 な生 活 が 維 持 で きる わ け で あ る。 した
が っ て 「夷狄 」 の 国 家 で は定 期 的 に使 者 を派 遣 して,さ
さや か な が ら も自 国 の 産
物 を献 上 し,中 国 の 「天 子 」 の 恩 恵 に 浴 せ る こ とに 感 謝 しな け れ ば な らな い,と さ れ る。 この よ う に周 辺 国家 が 中 国 の皇 帝 に対 して 使 者 を定 期 的 に 派 遣 し,貢 物 を献 上 す る義 務 的 な 制 度 を 「朝 貢 」 とい う。
●12 朝 貢 とい う外 交 形 式
朝 貢 もま た,中 華 思 想 に よ っ て 「天 子 」 が 「夷狄 」 の 国家 に 与 えた 恩 恵 で あ っ た。 なぜ な らば も と も と 中 国 は 「地 大 物 博 」 ( 土 地 は 広 く,物 資 は豊 か ) の 国 で
あ るか ら自給 自足 が 可 能 で,「 夷狄 」 の 国 か ら取 り寄 せ る べ き物 資 や 産 物 な ど本 来 は な に もな い 。 しか る に 「夷狄 」 の 国 は生 産 力 が低 くて資 源 も少 な い もの だ か ら,中 国 と交 易 し な け れ ば文 化 的 な 生 活 を維 持 して い け な い 。 そ の た め に 「夷 狄 」 の 君 長 た ち は中 国 に使 者 を派 遣 して,彼
らに と って 必 要 不 可 欠 な物 資 を入 手
す るた め の 交 易 活 動 を お こな う の で あ る。 だ か ら外 国 との 貿 易 は,中
国側 に とっ
て み れ ば,皇 帝 か ら周 辺 の 国 家 に対 して 与 え る一 種 の 恩 恵 に ほ か な らな い,と
さ
れ る。 こ う し て 中 国 で は本 来 は相 互 に平 等 で 互 恵 で あ るべ き貿 易 活 動 に ま で 中 華 思 想 を はび こ らせ,朝
貢 し て くる周 辺 の 「夷狄 」 国 の 王 に中 国 式 の官 位 を与 え て 属 国
の王 に任 命 し,中 国 を至 上 とす る宇 宙 の 中 に取 り こん だ 。 一 方,中
国 の周 辺 に位 置 す る国 に と っ て は,中 国 か ら 「夷狄 」 と蔑 まれ る こ と
は もち ろ ん不 愉 快 で は あ っ た ろ う。 古代 日本 の王 族 の ひ と りで あ り,摂 政 と し て 天 皇 の 政 治 を代 行 し,古 代 日本 の政 治 的 基 盤 を確 立 した こ とで知 られ る聖 徳 太 子 が,当
時 の 中 国 の 王 朝 で あ った隋 の 皇 帝〓 帝 に あ て た 親 書 に,「 日出 づ る処 の 天
子,書
を 日没 す る処 の 天 子 に 致 す,恙 無 きや 」 と書 き,そ れ を読 ん だ〓 帝 が 「蛮
夷 の 書,は
な は だ無 礼 あ り」 と不 愉 快 に 感 じた とい う有 名 な説 話 は,こ の あ た り
の消 息 を物 語 る。 しか し周 辺 国家 に と っ て は,そ の よ う な不 名 誉 に もか か わ らず,朝
貢 は現実的
に は きわ め て有 利 な 制 度 で あ った 。 な ん と い っ て も,た えず 最 高 の 文 明 を維 持 し つ づ けた 中 国 と関係 を もつ こ と は非 常 に 大 き な利 益 を もた ら した 。 そ の 国 が も し 他 国 と な ん らか の対 立 関 係 に あ れ ば,中 国 とい う超 大 国 の 庇 護 を 受 け て,軍 事 的 援 助 まで 仰 ぐ こ とが で きた 。 さ ら に朝 貢 使 と して 中 国 に 派 遣 さ れ る使 者 に は宿 舎 や 食 糧 が す べ て 無 償 で提 供 さ れ た し,護 衛 つ きで 迎 賓 館 に 迎 え られ,皇 帝 へ の謁 見 も許 さ れ る とい う最 高 級 の もて な し を受 け た 。 まだ 発 展 途 上 に あ った 周 辺 諸 国 か らの 使 者 に とっ て は,中 国 の都 は 目 も く らむ ば か りの繁 栄 した 町 と思 われ た で あ ろ う し,ま た 使 者 は町 に 出 て民 間人 との 自 由 な 商 業 取 引 も許 可 され た 。 中 で も最 大 の メ リ ッ トは,自 国 か ら貢 物 を持 参 して きた 報 償 と して,中
国の官
位 と多 くの 特 産 品が 下 賜 さ れ た こ とで あ る。 この下 賜 物 が ど の よ う に素 晴 ら し い
もの で あ っ た か は,今
も 日本 の 奈 良 に残 る正 倉 院 の 御 物 を見 れ ば一 目瞭 然 で あ ろ
う。 朝 貢 とい う制 度 は,古 代 中 国 の周 辺 に位 置 した 国 に とっ て 経 済 的 に大 きな う るお い を もた らす もの だ った 。 秦 か ら前 漢 に か け て 中 国 と激 し く敵 対 した 北 方 の 騎 馬 民 族 「匈奴 」 の よ う に, 中 国 に対 す る朝 貢 を最 後 まで 拒 否 した 国 も歴 史 上 に ま っ た くな か っ たわ けで はな い が,し
か し中 国 に朝 貢 す る国 は,時 代 と と もに増 え る一 方 で あ っ た。
●13 漢 字文化 圏の発展
時 代 が 進 ん で 唐 代 (618‐907)に な る と,朝 貢 して く る国 は さ ら に増 え た 。 古 代 の 長 安,今
の 西 安 郊 外 にあ る 「乾 陵 」 は,唐 代 初 期 の黄 金 時 代 を作 っ た太 宗 の
子 で あ る高 宗 と,そ の皇 后 で あ り,中 国 史 上 唯 一 の 女 帝 とな った こ とで有 名 な 則 天 武 后 (武 照 ) を合 葬 した 広 大 な陵 墓 で あ るが,そ
の 参 道 の 一 角 に,首 の な い 人
物 が 整 然 とな らん で い る石 像 群 が あ る。 この 石 像 は合 計61体
あ るの だ が,不 思
議 な こ と に首 か ら上 が す べ て 切 り と られ る とい う奇 妙 な姿 を し て い る。 像 の 首 が 切 られ た こ との真 の 理 由 はわ か らな い が ( 偶 像 崇 拝 を否 定 す る イ ス ラ ム教 徒 に よ る破 壊 だ とい う説 が あ る ),そ れ は ともか く と し て,こ の61人
は,高 宗 の 葬儀 に
列 席 した 諸 外 国 か らの使 者 で あ っ た とい わ れ て い る。 現 在 で も外 国 の元 首 が 逝 去 す れ ば,各
国 は 弔 問 の使 者 を派 遣 して葬 儀 に参 加 す る のが 慣 例 とな っ て い るが,
そ れ と同 じ こ とが 唐 の高 宗 の葬 儀 に 際 し て お こ な わ れ た 。 そ の 人 数 が61人 だ か ら,唐 は そ の 頃 に は60以
なの
上 の 国 と の交 渉 を も っ て い た こ とが わ か る。 この
時代 に お い て 交 渉 を もっ て い た 国 の 数 が60と
い う の は,ま
こ とに驚 くべ き数 字
で あ る。 そ して の ち に 漢 字 文 化 圏 と呼 ば れ る文 化 共 同体 の ほ ぼ完 全 な姿 が 形 成 され た の は,だ い た い この 時 代 の こ とだ っ た と考 え られ る 。 文 岸 俊 雄 編 (1988)『日本 の 古代14こ
献
とば と文字 』 ( 中 央 公論 社 )
② 漢字 の受容
沖森卓 也 ● 1 文献 に記 され た漢字の伝来
漢 字 が 日本 列 島 に伝 来 す る以 前 に,固 有 の 文 字 が 存 在 して いた とい う こ とは現 在 で は信 じ る に値 し な い 。 日本 に 固 有 の 文 字 が あ る とい う考 え 方 は,卜 部 懐 賢 ( 兼 方 ) の 『釈 日本 紀 』 ( 文 永11(1274) ∼ 正 安 3 (1301)年 頃 成 る) に 見 え る の が 最 も古 い 。 そ の 記 事 に は,漢 字 の伝 来 は応 神 天 皇 の時 代 で あ り,そ れ以 前 の神 代 に 「和 字 」 が起 こ っ て い た と記 さ れ て い る。 そ の 「和 字 」 が 「伊 呂 波 」 ( 仮 名) と な っ た と も述 べ て い るが,そ
の 「和 字 」 が 具 体 的 に どの よ う な もの で あ るか に
つ い て は全 く触 れ られ て い な い 。 こ の よ う な,神 代 に あ っ た とす る文 字 の こ とを 「神 代 文 字 」 と称 す る が,そ れ らは す べ て 後 世 の 偽 作 で あ る。 そ の 理 由 と して い ろ い ろ と指 摘 で きる が,ま
ず 固 有 の 文 字 と され る現 物 の 資 料
と して 奈 良 時 代 以 前 の もの が な く,そ れ ら は江 戸 時代 中 期 以 降 に いた っ て,平
田
篤 胤 の 「日文 (ひ ふ み )」,鶴 峯 戊 申 の 「天 名 地 鎮 (あ な い ち)」 な どが よ う や く 見 え る に 過 ぎ な い。 こ の よ う な神 代 文 字 は,「 日文 」 が ハ ン グ ル に基 づ く偽 作 で あ る こ とが 一 目瞭 然 で あ る よ うに,多
く表 音 文 字 で あ っ て,文 字 の 発 達 段 階 か ら
見 て,表 音 文 字 は表 語 文 字 ( 表 意 文 字 ) よ りも後 の もの と認 め られ る。 そ して, そ こに 反 映 され て い る音 韻 は,イ ロ ハ47音
も し くは五 十 音 図 に よ る50音
を書 き
分 け る とい う域 を 出 な い も の で (これ ら に 「ん 」 が 加 わ る場 合 もあ る),奈 良 時 代 以 前 に 見 られ る 「上 代 特 殊 仮 名 遣 い」1) に 合 致 して い な い。 さ ら に,漢 字 伝 来
以 前 に 日本 に は固 有 の 文 字 が 存 在 し なか っ た ゆ え に,万 葉 仮 名 に よ って 日本 語 の 音 節 が 表 記 され,さ
ら に平 仮 名 ・片仮 名 が 作 り出 され た とい う こ と はす で に明 ら
か で あ る。 そ も そ も,数 多 くの相 異 な る神 代 文 字 が 唱 え られ て い る こ と自体,そ の 存 在 を疑 わ せ る もの で あ っ て,そ れ に よ って 記 述 され た 内 容 も顧 み る に値 しな い 。 した が っ て,漢 字 伝 来 以 前 に 日本 に 固有 の 文 字 が な か った と見 る以 外 に な い の で あ る。 と こ ろで,『 釈 日本 紀 』 に漢 字 の 伝 来 が 応 神 朝 で あ る と記 さ れ て い る の は,次 の よ うな記 事 に基 づ く もの で あ る。 『日本 書 紀 』 応 神15年
8月 丁 卯 ( 6日) 条 に
よ る と,百 済 の 王 が 阿 直 岐 を遣 わ して,良 馬 2匹 を貢 進 した 。 阿直 岐 は経 書 ・典 籍 を よ く読 む こ とが で き た の で,太 子 で あ る〓 道 稚 郎 子 が これ に 師 事 した。 この 阿 直 岐 に,あ
な た よ り秀 で た博 士 が い るか と質 問 した と こ ろ,王 仁 とい うす ぐれ
た 者 が い る とい うの で,使 者 を遣 わ して 王 仁 を 招聘 し よ う と した 。 そ して,翌 16年 2月 条 に は王 仁 が 来 朝 した こ と を記 し,太 子〓 道 稚 郎 子 が 師 事 し典 籍 を 習 った と こ ろ,通 暁 し な い こ とが なか っ た とい う ので あ る。 この 内容 は,『 古 事 記 』 中 巻 応 神 条 に も,百 済 の 照 古 王 が 和邇 吉 師 を遣 わ し,『 論 語 』 1巻,『 千 字 文 』10 巻 を も た ら した と記 さ れ て い る。 こ の 応 神16年
は 書 紀 の 述 作 に よれ ば,西 暦
285年 に相 当 す る。 しか し,「 照 古 王 」 と は 『三 国 史記 』 に近 肖古 王 (346‐375在 位 ) とあ る百 済 第13代
の 王 の こ とで,こ
れ で は年 代 が 照 合 しな い。 そ もそ も,
書 紀 の述 作 は干 支 を 2巡 繰 り上 げ る とい う操 作 を施 した も の と見 られ,応 神 朝 と は 4世 紀 末 か ら 5世 紀 初 め 頃 とす る の が穏 当で あ る。 その 理 由 とし て は い ろ い ろ と挙 げ られ るが,こ
の 前 後 の 出 来 事 で い え ば,『 日本 書 紀 』 で は応 神 3年 是 歳 条
に,百 済 の 辰 斯 王 が 倭 国 に友 好 的 で な か っ たた め,紀 角 宿 祢 ・羽 田八 代 宿 祢 な ど を 百 済 に遣 わ し た と こ ろ,百 済 は 辰 斯 王 を 殺 し て,阿 花 王 (『三 国 史 記 』 に は 「阿〓 王 」 とあ る) を即 位 させ た と記 す 記 事 が あ る。 この 応 神 3年 は干 支 を 2巡 繰 り下 げ る と,392年
に相 当 す る。 一 方,『 三 国 史 記 』 巻25・ 百 済 本 紀 ・辰 斯 王
8年 条 に,7 月 に 高 句 麗 王 談 徳 ( 好 太 王 ) が 兵 4万 を率 い て 百 済 を攻 め て きた こ と,11月
に 辰 斯 王 が 死 ん だ こ と,そ れ を受 け て 阿 花 王 が 即 位 し た こ とが 述 べ ら
れ て い る。 また,高 句 麗 好 太 王 (広 開 土 王 ) 碑 文 に も,倭 の 軍 隊 が 辛 卯 年 に海 を 渡 り,百 済 な ど を破 っ た と記 さ れ て い る。 辰 斯 王 8年 は392年,辛
卯 年 は391年
に相 当 す る こ とか ら,こ れ らの 比 定 の年 次 は ほ ぼ 一 致 し,互 い の 記 事 が 符 合 す る の で あ る。 した が って,応 神 朝 とは百 済 の 阿花 王,高 句 麗 の 好 太 王 とほぼ同 時 代 で あ り,そ の 5世 紀 初 頭 に漢 字 が 伝 来 した とい うの が 記 紀 の 記 す と こ ろ とな る。 古 代 文 献 に記 す 漢 字 の 伝 来 は この よ う な理 解 に基 づ くの で あ っ て,『 釈 日本 紀 』 の 記 述 もそ れ を反 映 す る もの で あ る。 た だ,こ て,も
の よ う な漢 字 伝 来 の記 事 は そ の 間 の 事 情 を 象 徴 的 に 示 す もの で あ っ
ち ろん 史 実 そ の もの とは信 じ られ な い 。 応 神 紀 で は,応 神14年
秦 氏 の 祖 で あ る弓 月 君,同15年 西 文 氏 の 始 祖 で あ る王 仁,同20年 い う記 事 が 続 くが,こ
是歳 条 に
に は阿 直 岐 史 の 始 祖 で あ る阿 直 岐,同16年
には
に は倭 漢 直 の 祖 で あ る 阿 知 使 主 が 渡 来 す る と
れ ら は百 済 な ど韓 半 島 か ら,高 い 技 能 を有 した 人 々 が この
時 期 に相 当 多 く渡 来 した こ と を物 語 る もの で あ る。 そ の 中 に文 章 作 成 を専 門 とす る,東 文
( 倭 漢 書 ) 氏 と西 文 ( 河 内書 ) 氏 とが 含 ま れ て い る こ と は,漢 文 に よ る
本 格 的 な文 章 作 成 が こ の 頃 に始 ま っ た こ と を裏 付 け る もの で あ ろ う。 ま た,『 日本 書 紀 』 履 中 4年 8月 戊 戌 ( 8 日) 条 に は諸 国 に 「国 史 」 を 置 い た とい う記 事 が 見 え るが,こ
れ は漢 籍 に よ る潤 色2)で あ っ て,国 々 に 記 録 を つ か さ
ど る書 記 官 が 実 際 に 置 か れ た か ど うか は不 明 で あ る。 た だ,次 第 に漢 字 漢 文 が 地 方 に広 が っ て い く こ と を示 唆 す る記 事 で あ る と言 う こ とは で き よ う。 さて,4 世 紀 末 か ら 5世 紀 初 頭 頃 に本格 的 な漢 文 作 成 が 開 始 され た こ と は ど の よ うな 背 景 に よ る もの で あ ろ うか。 それ は国 家 の形 成 に とっ て 文 書 や 記録 の 作 成 が 不 可 欠 で あ っ た か らで あ り,そ の た め に漢 字 が 本 格 的 に移 入 され ね ば な ら なか った とい う こ とで あ る。 313年 に 楽 浪 郡 が 高 句 麗 に よ っ て,翌314年
に は帯 方 郡 が 高 句 麗 ・百 済 に よ っ
て 滅 ぼ され る と,韓 半 島 で は諸 国 の動 きが 活 発 に な り,新 羅 は356年 を統 合 し,百 済 も369年
に周 辺 諸 国
に 高 句 麗 の 侵 攻 を阻 止 して 周 辺 諸 国 を平 定 し,さ
らに
371年 に は平 壌 に まで 勢 力 を 拡 大 した 。 これ らの 国 は そ れ まで 漢 字 圏 の埒 外 に あ っ た の で あ るが,新
た な緊 張 関 係 が 生 まれ た 4世 紀 の 韓 半 島 に お い て,中
心 とす る外 交 上,中
国 文 化 に通 じた 人 材 が求 め られ る 一 方,ま
国 を中
た 国 内 で も文 書 行
政 に お い て文 字 す な わ ち漢 字 の使 用 が 不 可 欠 にな っ て きた 。 高 句 麗 で は建 国 ( 紀 元 前37年
) 後 の 比 較 的 早 い 時 期 か ら漢 字 が 用 い られ て い て,そ
こで 定 着 した 字
音 が 韓 半 島 に お け る字 音 の 最 古 層 を な した もの と見 られ る が,そ れ で も安 岳 3号 墳 墨 書 銘 に 中 国 か ら亡 命 して 高 句 麗 に 仕 え た 冬 寿 が 永 和13(357)
年 に死 んだ 旨
が記 さ れ て い る よ うに (韓 国 古 代 社 会 研 究 所 編 『 訳 註 韓 国 古 代 金 石 文 』 1,駕 洛 国史 蹟 開 発 研 究 所,1992),当
代 の 最 新 の 漢 文 能 力 が 求 め られ て い る こ とが わ か
る。 この よ うに 4世 紀 の韓 半 島 で は外 交 上 ・政 治 上 の 要 請 に よ って,漢
字漢文 の
本 格 的 使 用 が急 速 に広 が り を見 せ る の で あ る。 百 済 は さ まざ まな 面 で 倭 国 に大 き な 影 響 を与 えた が,『 三 国 史 記 』 巻24・ 百 済 本 紀 ・近 肖 古 王30年
条 に よ れ ば,
そ の 百 済 に漢 字 が もた ら され た の は前 記 した 近 肖古 王 の時 代 で あ る と記 さ れ て い る。
古 記 云,百
済開国已来未 有文字記 事。至是得博 士高興。始有 書記。然 高興未
嘗顕於他書。 不知其何許人 也。
こ の 記 事 は,「 高 興 」 な る人 物 が 未 詳 と あ る な ど,こ の 記 述 自体 や や 信憑 性 に 乏 し く,唐 突 な感 を免 れ な いが,前
述 の 高 句 麗 と同 じ よ う な理 由 で,百 済 も また 同
じ頃 に 漢 文 に堪 能 な 人 材 を得 た とい う こ とを象 徴 す る もの と見 られ る。 この よ う に,百 済 に お け る漢 字 の 本 格 的 移 入 が 4世 紀 中葉 か ら第 3四半 世 紀 にか け て で あ る とす れ ば,漢 文 に よ る文 章 作 成 が 百 済 に定 着 して暫 く経 っ た 4世 紀 末 か ら 5世 紀 初 頭 に倭 国 に及 ん で い くの も 自然 な 流 れ で あ る。 漢 字 の 本 格 的使 用 が 政 治 的 な 背 景 に よ る文 章 作 成 の 必 要 性 か ら東 ア ジ ア を呑 み込 ん で い っ た瞬 間 で あ っ た 。
●2 漢 字 による 日本語表記
漢 字 が 日 本 列 島 で 本 格 的 に使 用 さ れ る よ う に な っ た 経 緯 に つ い て は前 述 した が,漢 字 の 受 容 とい うの で あ れ ば,そ
の本 格 的 で な い使 用 や,国 外 で の倭 国 語 に
対 す る漢 字 使 用 に つ い て も触 れ て お く必 要 が あ ろ う。 そ こで,ま
ず 後 者 に 関 して
述 べ て お こ う。 国 内 で倭 国 語 と漢 字 が 出会 う以 前 に,そ
の 出 会 い はす で に 見 られ る。 「漢 委 奴
国 王 」 と刻 まれ た 金 印 で あ る ( 図2.1) 。 これ は 『後 漢 書 』 東 夷 伝 に 「建 武 中 元
二 年,倭
の 奴 国,貢
を奉 じ て朝 貢 す 。 使
人 自 ら大 夫 と称 す 。 倭 国 の 極 南 界 な り。 光 武,賜
う に印 綬 を以 て す 」 と記 す と こ
ろの 「印綬 」 に相 当 す る と認 め られ る。 最 近 まで は この 金 印 に つ い て の 偽 造 説 も 根 強 くあ っ た が,今
日 で は 同時 代 の 金 印
との 比 較 な どか ら実 物 に相 違 な い とい う の が 定 説 とな った 。 した が っ て,こ
図2.1 金 印(福 岡市 博 物 館所 蔵) (沖森 卓 也 編 『 資 料 日本 語 史 』 お うふ う, 1989)
の金 印 は,建 武 中元 2(西 暦57) 年 に倭 国 の
使 者 に与 え られ,日 本 列 島 に持 ち 込 まれ た 実物 その もの と認 め られ る。 こ の奴 国 が 倭 国 の 極 南 界 で あ る とい う の は,『 後 漢 書 』 が これ よ り先 に成 立 した 『魏 志 』 東 夷 伝 を参 考 に し て書 い た か らで あ っ て,こ の 国 が 「儺県( な の あ が た)」(福 岡 市 博 多 区) に 相 当 す る もの で あ る こ と は 動 か な い。 国 名 で あ る固 有 名 詞 「ワ 」 「ナ」 が 「委 」 「奴 」 とい う よ う に字 音 を借 りて 記 され て い るの で あ っ て,倭
国語
と漢 字 の最 初 の 出 会 い とい う こ とに な る。 この よ うな倭 国 語 の漢 字 表 記 は,中 国 で外 国 語 の 固 有 名 を表 記 す る用 法 に基 づ くも の で あ る(有 坂 秀 世 『上 代 音 韻攷 』 三 省 堂,1955,174頁 例は 『 魏 志 』 東 夷 伝 の ほ か,宋 が,こ
)。 こ の よ う な 用
書 倭 国 伝 ・隋書 倭 国 伝 な ど に も見 え る の で あ る
こで は 漢 字 の 本 格 的 伝 来 以 前 に成 立 した,い わ ゆ る魏 志倭 人 伝 の 表 記 を 取
り上 げ て お きた い と思 う。 「伊 都 国 」 「末廬 国 」 「邪 馬壹 国 」 「卑 弥 呼 」 「壹與 」 「卑 狗 」 「卑 奴 母 離 」 な どの 地 名 ・人 名 ・官 名 が 記 され て い るが,従 来 か ら この 音 訳 の表 記 は 中 国人 ま た は 韓 人,そ
れ と も倭 国人 が 加 わ って い た の か ど うか とい う点 が 論 議 され て きた 。 有 坂
秀 世 『上 代 音 韻攷 』(193∼194頁 ) で は,「 卑 ・奴 ・狗 」 な ど の 用 字 か ら見 て, 倭 国 人 に よ る もの で は な く,中 国人 に よ る表 記 で あ る とさ れ た 。 これ に対 し て, 大 野 透 『万 葉 仮 名 の 研 究 』(明 治 書 院,1962,40∼42頁 用 い られ て い る とは 言 え ず,む
し ろ,暁 母[h](
) は,好
ま し くな い 字 が
喉 音 清 ) の 字 で あ る 「呼 」 で
コ( 甲 類 ) を表 して い る の は中 国 人( また は韓 人 ) で は な く,日 本 人 が音 訳 者 だ っ た か らで あ る と反 論 した 。 た だ,ヒ 力行 子 音 /k/ を暁 母[h]で
ミコ を 「卑 弥 呼 」 とい う よ う に,日 本 語 の
表 す こ と は母 国語 で あ る中 国人 に は な い と し て も,
はた し て 韓 人 に も そ れ が な い と言 え るの で あ ろ うか 。 そ こで,『 三 国史 記 』 の 次 の よ う な 地 名 表 記 を見 て み よ う。 日谿 県
本 熱兮 県 〈或 云 泥兮 〉 景 徳 王 改 名 今 未 詳 ( 巻34・ 雑 志 第3)
杞 渓 県
本〓兮 県 〈一 云 化〓 〉 景 徳 王 改 名 今 因之 ( 巻34・ 雑 志 第3)
新 羅 の三 国 統 一 後,757年
に景 徳 王 は 地 名 を漢 語 風 に改 め るが,そ
の新 旧の名 を
併 記 し た 一 部 が 上 の もの で あ る。 た とえ ば,「 日谿 」 は 「熱兮 」,そ して 「泥兮 」 と通 じ て 用 い られ て い る こ と を意 味 す る。 こ こで は,前 者 に よ っ て 「谿・兮」 が,後 者 に よ っ て 「渓 ・分 ・〓」 が 互 い に 相 通 じ て い て,結 局 「谿 ・兮 ・渓 ・ 〓 」 が 互 い に相 通 す る こ とに な る。 これ らは切 韻 で は い ず れ も斉 韻 に属 し3),同 韻 で あ る こ と が わ か る。 た だ し,「〓 」 は 見 母( 牙 音 全 清 ),「谿 ・渓 」 は 渓 母 (牙 音 次 清) で あ る の に対 して,「兮 」 は匣 母( 喉 音 濁) で あ る4) 。新 羅 にお いて 牙 音 と喉 音 とが 相 通 して い る と い う こ とは,先
の 暁 母[h]の
字 で 日本 語 の 力行
子 音 を音 訳 した 可 能 性 を示 す もの で あ り,お そ ら く高 句 麗 や 百 済 な どで も同 様 で あ っ て,古 代 韓 半 島 の 人 々 に 共 通 す る 表 記 法 で あ っ た と考 え られ る。 した が っ て,漢 字 に 習 熟 した 者 が 倭 国 人 に は皆 無 に近 い とい う状 況 で,倭
国人 が 『魏 志 』
東 夷 伝 の 地 名 表 記 に携 わ った とは 到底 考 え られ な い。 帯 方 郡( も し く は楽 浪 郡) の 役 所 に お い て 韓 人 が 倭 国 の地 名 表 記 に何 らか の 関 与 を し て い た と考 え る の が む し ろ 自然 で あ る。 また,『 魏 志 』 東 夷 伝 全 体 を 見 れ ば,韓 半 島 の記 事 が まず 書 か れ,そ
の 後 に 倭 人 条 が 記 され る とい う よ うに,そ れ らが 一 連 の記 述 で あ る こ とか
ら も,そ の よ う な推 測 が 補 強 され よ う。 韓 半 島 に お い て は紀 元 前108年 な どが 設 置 され,中
に楽 浪 郡
国 文 化 が 流 入 す る と と もに,文 書 に よ る行 政 も行 わ れ た で あ
ろ う。 そ れ は,釜 山郊 外 の茶 戸 里 遺 跡 か ら紀 元 前1 世 紀 後 半 頃 の,柄 の 両 端 に筆 毛 の あ る筆,な
らび に誤 字 な どを 削 り取 る鉄 製 環 頭 刀 子 が 出土 して い る こ とで も
明 らか で あ る。 そ して,3 世 紀 代 に は す で に一 部 の 韓 人 に漢 文 に よ る文 章 作 成 が 可 能 と な っ て い た と考 え られ る の で あ る。 と こ ろ で,前 記 の茶 戸 里 遺 跡 か らは 同 時 に 「〓」 や 「V」 な ど とい っ た記 号 が 付 さ れ た 土 器 も発 掘 され て い る( 国立 清 州 博 物 館 『韓 国 古 代 の文 字 と記 号 遺 物 』 通 川 文 化 社,2000) 。 加 耶 の地 域 が 古 来 か ら 日本 列 島 と密 接 な 関 係 に あ っ た こ と を考 え る と,土 器 に記 号 を付 す とい う こ と も また 韓 半 島 か ら伝 来 した 可 能 性 が 高
い 。 た と え ば,高 句 麗 好 太 王 壷〓( 図2.2) の 上 部 に記 さ れ た 「〓」 は韓 半 島 で 出 土 す る 土 器 に も見 え る ほか,日 本 で も数 多 く確 認 で き る( 平 川 南 『墨 書 土 器 の 研 究 』 吉 川 弘 文 館,2000) 。 これ は魔 除 け の 記 号 で あ っ て, 韓 半 島 か ら,さ ら に限 定 す れ ば高 句 麗 か ら 日
図2.2 高 句麗 好 太 王 壺〓( 嶺南 大 学校 博 物 館 所蔵 )
本 に も た ら さ れ た もの と見 ら れ て い る。 ま た,広
く一 般 に 土 器 に記 号 を付 す 発 想 その も
(国 立 歴 史 民 俗 博 物 館 編 『 古 代 日本 文 字 の あ る風 景』―金 印 か ら正 倉 院
の も韓 半 島 か ら伝 来 した と も考 え られ る。 そ して,そ
の よ うに 土 器 に付 さ れ る記 号 の 中 に は,あ
文 書 まで―,朝
日新 聞社,2002)
る種 の漢 字 また は それ に類 似
した 記 号 が 含 まれ て い た場 合 もあ ろ う。 しか し,そ れ らは漢 字 文 化 とい う観 点 か ら見 れ ば 断 片 的 な も の に過 ぎず,言 語 記 号 と して分 節 性 を有 す る も ので は な い 。 先 に述 べ た 通 り,漢 字 の本 格 的 な 使 用 は 4世 紀 末 に始 ま る の で あ る。
●3 「形 」 を中 核 とす る受 容
次 に,具 体 的 に 日本 国 内 の漢 字 資 料 に つ い て述 べ る こ とに す る。 日本 国 内 で 発 見 され た 漢 字 資料 の 中 で,製 作 年 代 が 古 い と認 め られ る もの に, 前 漢( 紀 元 前202− 西 暦8) の 舶 載 鏡 の 銘 文 や 五銖 銭,そ
れ に続 く新(8‐23) の
「貨 泉 」 「貨 布 」 な どが あ る。 これ らは大 陸 か ら伝 来 した り下 賜 され た り した もの で あ るが,そ
れ らの伝 来 時 期 は特 定 しが た い。 これ ら に対 して,前 述 の 「漢 委奴
国王 」 の 5文 字 が篆 書 で 印 刻 され た 金 印 が 伝 来 時 期 の 確 定 す る 最 も古 い もの で あ る。 それ は西 暦57年 倭 国 が 外 交 上,漢
とい うの が 一 応 の 目安 で あ る。 字 を読 み 書 きで き る人 物 を擁 して いた こ と は想 像 に か た くな
い。 後 漢 や 魏 へ の使 者 の 派 遣 か ら見 て,そ
う考 え るの が 自然 で あ る。 そ の意 味 で
言 え ば,1 世 紀 後 半 の 日本 列 島 に お い て 漢 字 が 使 わ れ る こ とは あ っ た で あ ろ う。 た だ し,そ れ は倭 国 に中 国語 を理 解 で き る者 が い た と い う こ とで あ っ て,い わ ば 中 国 語 の世 界 が 倭 国 に 「飛 び地 」 と して存 在 して い た とい う こ とに過 ぎ な い 。 そ の 時 点 で 漢 字 は,中 国 語( 漢 語 ) が 理 解 で き な い,一 般 の 倭 国 の 人 々 に とっ て,
「線 で構 成 さ れ た,描
か れ た もの 」 に過 ぎ な い の で あ っ て,ま
とまった伝達 内容
を書 き記 す 「文 字 」 と して 意 識 さ れ る こ と は な か っ た で あ ろ う。 た と え ば,「 景 初 三 年 」(239年) 銘 の 三 角 縁 神 獣 鏡( 島 根 県 神 原 神 社 古 墳 出 土) や,「 景 初 四 年 」 「正 始 元 年 」(240年) の 銘 を もつ 中 国 鏡 な どが 各 地 で 出 土 して い るが,そ
の よ うな銅 鏡 に は銘 文 を も つ もの が あ る。 日本 で 渡 来 の 鏡 を模 し
て製 作 され た 鏡 を 「〓製 鏡 」 と呼 ぶ が,こ の 中 に は,奈 良 県 広 陵 町 新 山 古墳 出 土 の放 格 四 神 鏡 や,東
京 都 狛 江 市 亀 塚 古墳 出 土 の 人 物 画像 鏡 な どの よ う に,銘 文 の
文 字 が漢 字 の 体 裁 を な して い な い もの も多 い。 この こ と は,一 般 の 倭 国 の人 々 に とっ て 漢 字 は一 種 の 模 様 の よ う な も の と して 意 識 さ れ て い た こ との 証 左 と な ろ う。 た だ,そ れ らは 単 な る装 飾 と して の模 様 とい う だ け で な く,政 治 的 も し くは呪 術 的 な権 威 を象 徴 す る もの と して も意 識 され て い た可 能 性 が 高 い 。 そ れ ゆ え,多 くは 怠 りな く模 倣 され て い るの で もあ る。 この よ うな 意 識 は,次 の よ う な銘 文 を有 す る刀 剣 に お い て も,漢 字 を読 み 書 き で き る,ほ ん の わ ず か の人 々 を除 い て は 同様 で あ っ た で あ ろ う。 ◎ 金 錯 銘 花 形 飾鐶 頭 大 刀( 奈 良 県 天 理 市 東 大 寺 山 古墳 出 土) 中平□年 五月丙午 造作文刀百練清 剛上応星宿 □□□ □ (下 辟 不 祥) 24字 が金 象 嵌 さ れ て い る もの で,「 中平 」 は後 漢 の 年 号 で,184∼189年 る。 それ 以 外 の 表 現 は定 型 的 で あ っ て,月
そ して 干 支 を 記 した後,吉
とい う銘 文 で あ る 。 渡 来 の 時 期 は不 明 で あ るが,中 もの で あ る とす れ ば,そ
に相 当 す 祥 句 が続 く
国 か ら倭 国 の 王 へ 下 賜 され た
の銘 文 は一 種 権 威 の 象 徴 で あ っ た こ とは 疑 い な い。 ち な
み に,東 大 寺 山 古 墳 は4 世 紀 後 半 の もの と見 られ て い る。 これ に 対 し て,次 の 「七 支 刀 」 の 銘 文 は文 言 に具 体 性 を備 えて お り,そ の 意 義 は さ らに 明確 に な る。 ◎ 七 支 刀( 奈 良 県 天 理 市 石 上 神 宮) (表) 泰 和 四 年 □ 月 十 六 日丙 午 正 陽造 百練 鋼 七 支 刀 □ 辟 百 兵 宜 供 供 侯 王 □ □ □□作 (裏) 先 世 以 来 未 有 此 刀 百 慈 王 世 子 奇 生 聖 音 故 為 倭 王 旨造 伝 示 後 世 (済)
図2,3 七 支刀( 石 上神 宮所 蔵) ( 平 凡社 教育 産 業 セ ン ター 編 『 書 の 日本 史 』1,平 凡 社,1975)
刀 身 の左 右 そ れ ぞ れ に 3本 ず つ 互 い違 い に枝 刃 が 出 て い る剣 で,合
わ せ て61文
字 が 金 象 嵌 さ れ て い る (図2.3) 。 「百 慈 王 」 の 「慈 」 に 相 当 す る字 は お そ ら く 「済 」 の 異 体 字 で あ ろ う。 『日本 書 紀 』 巻9・ 神 功 摂 政52年
9月 丙 子 (10日) 条
に,百 済 の 王 が久〓 た ち を遣 わ し て,「 七 枝 刀 一 口 ・七 子 鏡 一 面 」 な ど を献 上 し た と い う記 事 が 見 え,ま た,『 古 事 記 』 中 巻 ・応 神 条 に も百 済 の 照 古 王 が 横 刀 ・ 大 鏡 を献 上 した と記 して い る。 そ の 「七 枝 刀 」 に 相 当 す る の が 上 記 の 刀 で あ ろ う。 前 述 し た よ う に,百 済 の照 古王 とは近 肖古 王 の こ とで,ま よれ ば,神 功 摂 政52年 る。 一 方,銘 で,そ
は252年
で あ るが,干
た,書 紀 の述 作 に
支 を 2巡 繰 り下 げ る と372年
とな
文 の 「泰 和 」 は 東 晋 の 年 号 で あ る 「太 和 」 に音 を 通 じ さ せ た も の
の 4年 は369年
に あ た る。 これ らの 年 代 お よび こ の銘 文 の 意 義 につ い て は
次 の よ う に 考 え られ る。 前 述 した よ う に,369年
は 百 済 が 高 句 麗 の 侵 攻 を 阻 止 し た 年 (『三 国 史 記 』 巻
24・ 百 済 本 紀 第2・ 近 肖古 王24年9月
条 ) で あ り,そ の 2年 後 の371年
には高
句 麗 領 で あ っ た 平 壌 に ま で攻 め 入 っ て い る( 同上 ・近 肖古 王26年
条)。 これ らの
軍 事 行 動 に あ た っ て は,百 済 に 対 して倭 国 が 軍 事 協 力 を し て い た よ う に思 わ れ る の で あ る。 『日本 書 紀 』 巻9・ 神 功 摂 政49年
3月 条 に 軍 を 派 遣 した と記 す 記 事
は,百 済 側 の資 料 に基 づ く書 紀 の 述 作 と見 られ る。 この よ う な一 連 の 軍 事 協 力 に よ る勝 利 を記 念 した の が 七 支 刀 の 銘 文 で あ ろ う。 そ の た め,そ の 起 点 とな る369 年,す
な わ ち東 晋 の 年 号 で あ る 「泰 和( 太 和) 四年 」 を銘 文 表 面 の 冒 頭 に記 し,
月 ・干 支 そ して吉 祥 句 を続 け た と解 釈 され る。 一 方,裏
面 に は,百 済 の 王 家 が そ
の 協 力 関 係 を後 世 に まで 伝 え示 す べ く,倭 王 に刀 を造 っ た 旨 を記 した と考 え られ る( 川 口勝 康 「七 支 刀 銘 」 『書 の 日本 史 』1,平 凡 社,1975) 。 そ して,高 再 度 撃 退 した371年
句麗 を
の 翌 年 に この 刀 を倭 国 に送 っ た とす れ ば,書 紀 の 述 作 もあ な
が ち架 空 の もの で はな く,そ れ が む し ろ史 実 に近 い の で は な い か と見 られ る。 こ の よ う に,七 支刀 が 戦 勝 記 念 に ち な ん だ 百 済 か らの贈 り物 で あ る と い う状 況 証 拠 に よ って,銘 文 の 意 味 が 理 解 で き な く と も,「 漢 字( の形)」 が 政 治 外 交 上 の 権 威 に か か わ る もの と し て 意 識 さ れ た こ と は明 らか で あ ろ う。 た だ,こ
の銘文
は,そ の 記 され た 内 容 が 単 な る吉 祥 句 か らな る 東 大 寺 山 古 墳 出 土 の 銘 文 と違 っ て,特
に その 裏 面 に お い て具 体 的 な 記 述 を踏 ま え て い る 点 で 注 目 す べ きで あ る。
記 述 内容 が 普 遍 的 抽 象 的 な 鏡 や 刀 の 銘 文 に対 し て は興 味 が 湧 か な い が,自 績 と密 接 に か か わ る,し か も誇 る べ き 内容 が 記 され て い る と なれ ば,そ
らの事
の内 容 を
詳 し く知 りた い,銘 文 自体 を読 み た い,ま た 人 々 に読 ませ た い と思 うの も自然 で あ ろ う。 そ の よ うな個 別 的 具 体 的 な 記 述 内容 に対 す る興 味 を引 き起 こ した とい う 点 で,七 支 刀 は 日本 列 島 へ の 漢 字 の 本 格 的 な伝 来 を もた らす 先 駆 け とな った の で は な か ろ うか 。 王 仁 の渡 来 説 話 に先 立 つ だ け に,日 本 に お け る漢 字 の 受 容 を考 え る上 で この銘 文 の 意 義 は 改 め て強 調 し て お か な けれ ば な らな い。 こ う して,百 済 との 緊 密 な 関 係 の 中 で,本 格 的 な 漢 字 使 用 の機 運 が い よ い よ盛 り上 が っ て きた の で あ る。 以 上 の よ う な国 外 か ら持 ち込 まれ た 漢 字 史 料 とは別 に,次
に倭 国 に お い て弥
生 時 代 後 期 か ら古 墳 時 代 に か け て刻 書 ・墨 書 が な され た 史料 を見 る こ と にす る。 大 城 遺 跡( 三 重 県 安 芸 郡 安 濃 町 内 多) 出 土 土 器 に 「奉」 も し くは 「年 」 と読 め る 刻 書 が 見 え る( 図2.4) 。 土 器 の年 代 は2 世 紀 中 頃 の もの と推 定 さ れ て お り,
高坏 の 表 面 に へ らの よ うな 道 具 で刻 ん だ もので あ る。 三 雲遺跡 ( 福 岡 県 前 原 市 ) か ら 出土 した3世 紀 中 頃 の もの とさ れ る甕 型 土 器 の 口縁 部 に は, 線 刻 で 記 され た 刻 書 が 見 え る。 平 川 南 は,ほ か の 古 墳 か ら出 土 し た 5世 紀 代 の 銅 鏡 な どを参 考 に し て,こ れ を 「竟 (鏡 )」 と判 読 し た 。 中 国 で 製 作 さ れ た銅 鏡 の 銘 文 の 一 部 を,漢 字 と理 解
図2.4 大 城遺 跡 刻 書 土 器 ( 三重県 安 芸郡 安 濃 町 教 育委 員 会 ) ( 埼 玉 県立 さ き た ま資 料 館 編 『 古代 金 石 文 と倭 の 五 王 の 時 代 』 埼 玉 県 立 さ きた ま資料 館 刊,1998)
す る こ とな く,た だ そ の ま ま模 写 した もの か と 考 え られ る。 貝 蔵遺跡 ( 三 重 県 嬉 野 町 中 川 ) 出土 の,3 世 紀 頃 の も の と推 定 され る壺 型 土 器 に,「 田」 の よ う な形 の 墨 書 が 見 られ る。 現 存 最 古 の 墨 書 史 料 と され る も の で あ る。 これ に隣 接 す る 片 部 遺 跡 (嬉 野 町 ) か ら も,土 器 の 口縁 部 外 面 に 「田 」 の よ う な符 号 を墨 書 し た,4 世 紀 前 半 の も のが 出土 して い る。 根塚 遺跡 ( 長 野 県 下 高 井 郡 木 島 平 村 ) か ら出 土 し た3世 紀 後 半 の 土 器 片 に は 「大 」 と刻 まれ て い る。 平 川 南 に よ れ ば,「 一 」 を終 画 とす る筆 順 は加 耶 の 6世 紀 代 の 刻 書 土 器 と共 通 す る と い う。 柳 町遺 跡 ( 熊 本 県 玉 名 市 河 崎 ) の 井 戸 跡 か ら 出 土 した 木 製 短 甲 留 具 墨 書 に 「田 」 の よ う な符 号 が 見 え る。 4世 紀 初 頭 の 国 内産 と推 定 さ れ る木 製 短 甲 の棒 状 留 め具 の 裏 側 に書 か れ て い て,ほ か に 4ヶ所,判 読 で き な い文 字 ら し い墨 の 跡 が 付 い て い る。 この よ う な刻 書 ・墨 書 の史 料 が 近 年 続 々 と発 見 され,日 本 で の漢 字 使 用 の 時 期 を遡 らせ よ う とす る向 きが あ る。 しか し,そ れ は 文 章 の体 裁 を な す も の で は な く,漢 文 を綴 る 「文 字 」 と い う意 識 に は達 して い な い段 階 で あ る。 単 な る記 号 ・ 符 号 の 域 を 出 な い もの で,前 述 した よ う に,土 器 に付 され た 記 号 や 符 号 の 中 に は 漢字 に近 い もの,も
し く は一 部 の 漢 字 が 含 まれ て い た か も しれ な い が,そ れ ら は
呪 的 な 意 識,予 祝 と して の意 味 が 色 濃 く付 与 され た も の と考 え られ る。 言 語 記 号 た る漢 字 を含 め,記
号 ・符 号 の か た ち だ け の 模 写 とい う段 階 で あ っ て,倭
人々 に は呪 力 や 権 威 の 象 徴 と して,ま
国の
ず その か た ち が もて はや され て い た に過 ぎ
ない。 そ もそ も,漢 字 の 有 す る三 つ の 側 面 を古 くか ら 「形 音 義 」 と呼 ぶ 。 つ ま り,漢 字 は,字 形 ・字 音 ・字 義 を もつ と い う もの で あ る。 言 語 体 系 を 異 にす る 日本 語 が 日本 列 島 に お い て 漢 字 とめ ぐ りあ い,そ れ が どの よ う に受 容 され た か とい う こ と を整 理 す る場 合,こ に思 わ れ,そ
の 「形 音 義 」 とい う要 素 が 段 階 的 に深 くか か わ っ て い る よ う
の まず 最 初 の段 階 が 「形 」 の 受 容 で あ った の で あ る。
● 4 「音 」 を 中核 とす る受 容
漢 字 は 中 国 語 の文 章 (漢 文 ) を書 き記 す もの で あ る。 前 に漢 字 を読 み 書 きで き る人 が 倭 国 にい た で あ ろ う と述 べ た が,そ
の段 階 で 漢 文 を読 む とは,中 国 語 で 発
音 して 文 章 を理 解 す る とい う こ とで あ り,漢 字 を 中国 語 音 で 読 ん だ とい う こ とに ほ か な らな い 。 そ れ は,あ
く まで も中 国 語 と して の漢 字 の 使 用 で あ っ て,中 国 語
の能 力 を除 外 して漢 字 の 使 用 を想 起 す る こ と はで きな い 。 そ して,中 国 語 を話 す こ と は で き て も,漢 字 で そ れ を書 け る識 字 層 は ほ ん の 一 部 に 限 られ て い た 。 372年 に舶 来 した と見 られ る七 支 刀 の,倭
国 と実 際 にか か わ る よ う な 記 述 内容
は,漢 字 表 記 に対 す る興 味 を高 め た に違 い な い。 また 同 時 に,倭 国 内 に お い て も 政 治 上 の必 要 性 か ら銘 文 の作 成 が そ の頃 に は求 め られ る よ うに な って い た と見 ら れ る。 4世 紀 末 か ら 5世 紀 初 頭 に か け て第1次 が,そ
の渡 来 人 が 大 挙 日本 に渡 っ て きた
の 中 に は,東 文 氏 と西 文 氏 とい う漢 文 作 成 を専 門 とす る人 々 の祖 先 もい る
こ とは記 紀 の記 す と こ ろで あ る。 こ う して,国 が 本 格 的 に始 ま った の で あ るが,そ 「稲 荷 台1号
内 にお い て 渡 来 人 に よ る漢 文 作 成
の後 ま もな くの 5世 紀 前 半 に製 作 され た の が
墳 鉄 剣 銘 」 (千 葉 県 市 原 市 ) で あ る (図2.5) 。
(表 ) 王 賜 久 □敬 □ (裏 )
( 王,久
此 廷 □ □ □ □
□ を賜 ふ 。 敬 して (安 ) んぜ よ) (此 の廷
( 刀) は□□□)
漢 文 の 体 裁 を有 す る 日本 国 内製 作 の も の と して は現 存 最 古 で あ る。 全 体 の文 意 は解 しが た い が,お
そ ら く畿 内 の 「王 」 が 奉 仕 の 賞 与 と し て鉄 剣 を授 け る 旨 を記
した もの か と見 られ る。 漢 字 を 介 して 王 権 の 発 露 を具 体 的 に看 取 で き る。 そ の 後,『 日本 書 紀 』雄 略7(463)
年 是 歳 条 に よれ ば,新
た に 百 済 か ら陶 部 ・
図2.5 稲 荷 台1号 墳 鉄 剣 銘 ( 千 葉 県市 原 市 埋 蔵 文化 財 セ ンタ ー保管 )
図2.6 稲 荷 山 古墳 鉄 剣銘(埼 玉
( 国立 歴 史 民俗 博 物 館編 「 古 代 日本 文
県 さ きた ま資 料館 所 蔵) (国立 歴 史 民俗 博 物 館 編 『 古 代 日本
字 の あ る風 景 』− 金 印 か ら正倉 院 文書 ま で −,朝 日新 聞社,2002)
文 字 の あ る風 景 』− 金 印 か ら正 倉 院 文 書 まで−,朝 日新 聞 社,2002)
鞍 部 ・画 部 ・錦 部 な どの 工 芸 技 術 者 や 通 訳 な どが 渡 来 し,「 今 来 の 才 伎 」 と呼 ば れ た こ とが 記 され て い る が,漢 文 に よ る文 章 の作 成 に も少 なか らぬ影 響 を及 ぼ し た に違 い な い 。 そ れ か らす ぐの 時 期 に 製 作 さ れ た の が 「稲 荷 山 古 墳 鉄 剣 銘 」 ( 埼 玉 県 行 田 市 ) で あ る (図2.6) 。
( 表 ) 辛 亥 年 七 月 中記 乎〓 居 臣 上 祖 名 意 富 比〓 其 児 多加 利 足 尼 其 児 名弖 已 加 利〓 居 其 児 名 多 加 披 次〓 居 其 児 名 多 沙 鬼〓 居 其 児 名 半弖 比 ( 裏 ) 其 児 名 加 差 披 余 其 児 名 乎〓 居 臣 世 々 為 杖 刀 人 首 奉 事 来 至 今〓 加 多 支鹵 大 王 寺 在 斯 鬼 宮 時吾 左 治 天 下令 作 此 百錬 利 刀 記 吾 奉 事 根 原 也 《釈 文 》 辛 亥 年 七 月 中 記 す 。 乎〓 居 臣,上 祖,名 足 尼,そ 児,名
の 児 名 は弖 已 加 利〓 居,そ
は多 沙 鬼〓 居,そ
そ の児,名
の 児,名
は乎〓 居 。 臣,世
は意 富 比〓,そ
の 児,名
は半弖 比,そ
の児 多 加 利
は 多 加 披 次〓 居,そ の 児,名
の
は加 差 披 余,
々 杖 刀 人 の 首 と して奉 事 し来 りて今 に至
る。〓 加 多 支鹵 大 王 の 寺,斯 鬼 宮 に在 りし時,吾,天
下 を左 治 す 。 こ
の 百 錬 利 刀 を作 ら しめ,吾 が奉 事 れ る根 原 を記 す 。
冒頭 の 「辛 亥 年 」 は471年
に あ た る こ と,「〓 加
多 支鹵 」 が 雄 略 に 比 定 で き る こ と,「 大 王 」 号 が 用 い られ て い る こ とな ど,古 代 史 に大 き な波 紋 を広 げ た 史 料 で あ る こ とは 贅 言 を要 し な い。 この 漢 文 で 書 か れ た 文 章 は渡 来 した 文 章 作 成 の 専 門 家 に よ っ て作 成 され た も の で,書
風 の 上 で も次 の 「有 銘 環 頭 大
刀」 ( 伝 大 韓 民 国 昌 寧 出 土 ) の 銀 象 嵌 に よ る銘 文 と 極 め て 似 て い る こ と は 改 め て 注 目 に値 し よ う ( 図 2.7)。 図2.7 有 銘 環 頭 太 刀 ( 東京
……不畏 也□令此 刀主富貴 高遷 財物多也
国立 博 物 館所 蔵) ( 埼 玉 県 立 さ き た ま資 料 館 編 『 古 代 金 石 文 と倭 の五 王 の 時
と こ ろで,先
の 銘 文 に は次 の よ う に,日 本 固 有 語
代 』 埼 玉 県 立 さ き た ま資 料 館刊, 1998)
を反 映 す る人 名 ・地 名 が 表 音 的 に 表 記 され て い る。 乎〓 居
(ヲ ワ ケ ) 意 富 比〓
弖已 加 利〓 居
(オ ホ ヒ コ) 多 加 利 足 尼 (タ カ リ ス ク ネ) カハ シ ワケ)
多 沙 鬼〓
居 (タサ キ ワ ケ) 半弖 比 (ハ デ ヒ) 加 差 披 余 (カ サ ハ ヤ) 〓
加 多 支鹵
(ワ カ タ ケ ル )
(テ ヨカ リワ ケ) 多 加 披 次〓 居(タ
斯 鬼(シ
キ)
国 内 資料 で 日本 固 有 語 が 音 訳 さ れ て い る現 存 最 古 の も の で あ るが,表 音 的 な漢 字 の 用 法 は す で に 『魏 志 』 東 夷 伝 条 に も見 られ た も の で,そ
も そ も中 国 に 由 来 す
る。 これ ら は 『 万 葉 集 』 に多 く見 られ る こ とか ら,日 本 で は ふ つ う 「万 葉 仮 名 」 と呼 ばれ て い る。 そ して,こ
の よ う な万 葉 仮 名 の う ち,字 訓 を 借 りる の で は な
く,字 音 を固 有 語 の 音 節 表 記 に借 りる もの を 「音 仮 名 ( 借 音 仮 名 )」 と呼 ぶ5) 。 た だ,字 音 とい っ て も,中 国 語 の発 音 も時 代 と と も に か な り変 化 して お り,ま た 地 方 に よ っ て 同 じ漢 字 の 読 み方 も異 な る。 さ らに,そ
もそ も中 国 語 と 日本 語 と
で は音 韻 体 系 に相 違 が あ り,中 国語 の 発 音 そ の ま まで は 日本 語 と して 用 い る こ と
は で きな い。 そ の た め,日 本 語 の発 音 に合 わ せ た字 音 が 用 い られ る こ と にな り, これ を 「日本 漢字 音 」 と呼 ん で い る。 しか し,こ の 日本 漢 字 音 もな か な か 複 雑 で あ る。 た と え ば,「 行 」 は 「修 行 」 で は ギ ョウ と読 む が,「 孝 行 」 で は コ ウ と読 む。 この よ う に,一
つ の 漢 字 が 複 数 の字 音 を もつ場 合 も少 な くな い。 そ れ は 日本
に伝 来 した 時 期 な どの違 い に起 因 す る もの で あ っ て,広
く用 い られ て い る字 音 体
系 に は呉 音 と漢 音 が あ る。 呉 音 は漢 音 が伝 来 す る以 前 に 韓 半 島 を経 由 して伝 来 し た も の で,中 国 の 南 方 系 の 発 音 に 由来 す る もの で あ る。 一 方 , 漢 音 は遣 唐 使 や 中 国 か らの渡 来 人 た ち が 主 と して 奈 良 時 代 か ら平 安 時 代 初 期 ま で に もた ら した もの で,唐
の都 で あ る長 安 ( 現 在 の 西 安 ) 辺 りの 黄 河 中 流 域 の 発 音 に 基 づ く もの を 指
す 。 前 掲 の 「行 」 で い え ば,ギ 山 古 墳 鉄 剣 銘 で は,た
ョウ が 呉 音,コ
ウが 漢 音 に あ た る6) 。 た だ,稲 荷
とえ ば オ に 「意 」,ホ に 「富 」,ヨ に 「已 」 が 用 い られ て い
る。 この よ う な字 音 は呉 音 伝 来 以 前 の もの で あ っ て,「 古 音 」 と称 さ れ て い る。 古 音 は,5 世 紀 以 前 の韓 半 島 に お い て 用 い られ て い た 字 音 で,中
国 語 の音 韻 史 上
で は漢 代 以 前 の 音 に 由 来 す る もの と見 られ る。 当 時,百 済 で 用 い られ て い た字 音 が 渡 来 人 に よ っ て 漢 字 の 本 格 的 な使 用 に際 して もた ら さ れ た の で あ る。 こ の よ う な古 音 を反 映 す る音 仮 名 字 母 は 多 く 『百 済 記 』 『百 済 新 撰 』 な ど に も そ の使 用 が 見 られ る こ とか ら,韓 半 島 で 常 用 的 に音 訳 字 と して 用 い た字 母 体 系 が そ の ま ま 日 本 列 島 に持 ち込 まれ た と考 え られ る。 次 に,字 音 を どの よ うに 借 りる か とい う点 に つ い て 見 る こ と に し よ う。 古 代 日 本 語 の 音 節 は,た
とえ ば カ (ka) は子 音 のkと
一 つ の子 音 と一 つ の 母 音 か ら構 成 さ れ て い た 音
母 音 のaに
分 解 で き る よ う に,
。 今 日 と大 き く違 っ て い る点 は,拗
(キ ャ ・シ ュ の 類 ) が 存 在 しな い こ と,「 ん」 に 相 当 す る撥 音 や 「つ」 で 書 か
れ る促 音 が な い こ とで あ る 。 す な わ ち,「 子 音 +母 音 」 とい う,極 め て単 純 な 音 節 構 造 で あ った 。 これ に対 して,中
国語 の音 節構 造 は複 雑 で あ っ て,隋
・唐 時代
の 中 国 語 で は次 の よ うで あ っ た 。 た と え ば 「官 」 はkwan( 音a,韻
尾nか
声 調 は 平 声 ) で あ っ て,頭 子 音k,介
音w,中
核母
ら成 り立 っ て い て,日 本 漢 字 音 で は古 く これ を ク ワ ン と発 音 して
い た。 そ も そ も 日本 語 は中 国語 と音 韻 体 系 に お い て 子 音 や 母 音 の 数 が 異 な る。 し た が っ て,も
っ と も類 似 し て い る音 に反 映 さ せ る しか な い 。 た と えば,喉 頭 摩 擦
音[h]は
「呼 」 「 許 」 な ど の頭 子 音 で あ るが,日
反 映 して い る ( 先 に 暁 母[h]で
本 漢 字 音 で は こ れ ら を 力行 で
カ 行 子 音 を表 した 例 を示 した が,こ
れ も言 語 間
に お け る音 韻 体 系 の相 違 を反 映 す る もの で あ る)。 そ して,母 音 で終 わ る 「開 音 節 」 しか もた な い 日本 語 と,子 音 で 終 わ る 「閉 音 節 」 を も有 す る 中国 語 とで は,韻 尾 を め ぐっ て 決 定 的 な違 い が 見 られ る。隋 ・唐 時 代 に お い て,韻 尾 に は母 音 韻 尾 の i,u (これ を副 母 音 と も い う) の ほ か,子 音 韻 尾 の m,n,〓
(ng),p,t,k が あ っ た 。 こ れ ら の 韻 尾 は 日 本 漢 字 音 で は
m, n韻 尾 は ン (古 くm韻
尾 は ム ),〓 韻 尾 は ウ,p 韻 尾 は ウ ( 字 音仮 名 遣 い で
は フ ),t韻 尾 は チ ・ツ,k 韻 尾 は キ ・クで 書 き記 さ れ て い る。 た と え ば,ホ
ウ
( 法 ),イ チ ( 一 ),ヤ ク ( 薬 ) な ど の類 で あ る。 そ こで,こ の 子 音 韻 尾 を中 心 に 音 仮 名 用 法 を分 類 す る と,次 の よ うに な る。 無 韻 尾 で 一 音 節 表 記 す る もの ( 全音仮名 ) 字 音 の 韻 尾 を省 い た もの ( 略 音仮名) 字 音 の 韻 尾 を後 続 音 節 の 頭 子 音 に よ っ て解 消 す る もの ( 連合仮名 ) 字 音 の 韻 尾 に母 音 を添 え て 2音 節 相 当 に す る もの ( 二 合仮 名 ) ( 春 日政 治 『仮 名 発 達 史 序 説 』 岩 波 書 店,1933) こ の分 類 に 従 っ て 「稲 荷 山 古 墳 鉄 剣 銘 」 所 用 の 音 仮 名 を見 る と,多 名,す
く は全 音 仮
な わ ち無 韻 尾 の漢 字 が 用 い られ て い る こ とが わ か る。 開 音 節 とい う 日本 語
音 節 の特 質 にふ さわ しい 仮 名 字 母 と し て選 ば れ て い る の で あ る。 そ の一 方 で,字 音 に韻 尾 を 有 す る漢 字 も用 い られ て い る が,そ の 例 は 次 の 通 りで あ る 。 二 合 仮 名 … …多 加 利 足 尼 連 合 仮 名 … …乎〓 居 臣 〓 加 多 支 略 音 仮 名…… 半弖 比 ( ハ テ ヒ と読 む な らば,「 半 」 は n韻 尾 を省 い て い る こ とに な る) まず,「 足 尼 」 の 「足 」 は古 音 で は sukの よ う な音 で あ っ て,そ
の 韻 尾 k に母 音
を 添 え て ス ク に あ て た もの で あ る。 この 「足 尼 」 の 用 例 は ほ か の 資 料 に も見 え る。 巷 奇 大 臣 名 伊 奈 米 足 尼 新 川 臣 児 斯 多 々 弥足 尼
(天 寿 国繍 帳 銘 ) (山名 村碑681年
)
「稲 荷 山古 墳 鉄 剣 銘 」 の 出 現 に よ っ て二 合 仮 名 は 5世 紀 に ま で 遡 れ る こ と とな っ た が,固
有 名 詞 の表 記 に は この 用 法 が 多 く見 え,「 信 濃(シ
ミ)」 「丹 波(タ 麻(タ
ニハ)」 「讃 岐(サ
ヌ キ)」 「播 磨(ハ
ナ ノ)」 「相 模(サ
リマ)」 「平 群(へ
ガ
グ リ)」 「当
ギ マ)」 な ど,韻 尾 を有 す る漢 字 1字 に 日本 語 の 2音 節 が あ て られ た もの
は少 な くな い。 それ は,漢 語 が複 合 す る場 合 2字 を基 本 とす る こ とか ら,日 本 語 の 3音 節 以 上 の 語 の もの につ い て は必 然 的 に 二 合 仮 名 を用 い ざ る を え な い た め で あ る。 特 に 地 名 に つ い て は,『 続 日本 紀 』 和 銅 6(713)年
5月 2 日条 に 「 郡郷の
名 に は好 字 を つ け る」 と い う官 命 が 見 え る よ う に,2 字 表 記 で な け れ ば な ら な い 。 そ の た め,借 音 表 記 の 場 合 に は二 合 仮 名 の 出 番 が 多 くな るの で あ る。 次 に連 合 仮 名 に つ い て述 べ る 。 「〓」 は 古 い字 音 の ワ ク に 由 来 す る もの で,ワ の 音 を表 す が,そ
れ は そ のk韻
尾 が 後 続 の 「居 」 お よ び 「加 」 の 頭 子 音kに
よ
っ て 解 消 され た か らで あ る。 す な わ ち連 合 仮 名 も同 じ く 5世 紀 に確 認 で き る。 た だ,こ
の よ うな 二 合 仮 名 ・連 合 仮 名 とい う用 法 は 日本 語 で 初 め て 試 み られ た もの
で は な く,ま た 渡 来 人 に よ る発 明 で もな い。 た と え ば,漢 訳 仏 典 で,梵 ス ク リ ッ ト)のnaraka(地
獄 の 意)を
「奈 落 」,Sakyaを
た の は,そ れ ぞ れ 「落 」 の 韻 尾 に母 音 a を添 えてrakaと
語(サ
ン
「釈 迦 」 と書 き 表 し い う 2音 節 相 当 に させ
た二 合 仮 名 で あ り,「釈 」 の k韻 尾 を後 続 の 「 迦 」 の 頭 子 音kで
解 消 した 連 合 仮
名 で あ る。 『魏 志 』 東 夷 伝 倭 人 条 に も,「 末 盧 国」 の 「末 盧 」 は マ ツ ラ(松 浦)を 表 す もの で,「 末 」 は二 合 仮 名 で あ り,「 弥 馬 獲 支 」 の 「獲 」 は ワ を表 す が,子 音 韻 尾 k を後 続 の 「支(キ)」
の 頭 子 音 に よ って 解 消 した 連 合 仮 名 で あ る。 この よ
う に 韻 尾 に は特 別 の 配 慮 が な され て い る こ とは留 意 す べ き で あ る。 これ らに 対 して,略 音 仮 名 か と見 られ る例 と して,「 半弓 比 」 が あ る。 これ を か りに ハ テ ヒ と読 む な らば,「 半 」 の韻 尾 nが 省 か れ た こ とに な る が,こ
のよう
に韻 尾 を省 い た用 法 は古 く類 例 が な く認 めが た い 。 後 に はt韻 尾 の 「吉 」 を 「吉 備(キ
ビ)」,n 韻 尾 の 「安 」 を 「安 芸(ア
キ)」 な ど と も用 い る が,そ
例は 『 万 葉 集 』 の柿 本 人 麻 呂歌 集 に見 え る,た
紐鏡 能登香 山誰故 君来座在紐 不 開寐
の最 古 の
と えば 次 の よ うな もの で あ る。
(『万 葉 集 』 巻11・2424)
「能 」 「登 」 は い ず れ も〓 韻 尾 で,そ い る こ とか ら,こ
れ が そ れ ぞ れ タ行,力
行 の 音 仮 名 に続 い て
こで は〓 韻 尾 が 省 略 され て ノ ・ トの 音 節 表 記 に用 い られ て い
る こ とが 明 らか で あ る。 この よ うに略 音 仮 名 は,7 世 紀 第 4四 半 世 紀 頃 以 降 に し か 確 認 で きな い の で あ る。 そ こ で,「 半 」 の 用 法 に つ い て で あ る が,こ 迦 如 来 及 脇 侍 像 銘 」628年)と は〓 韻 尾 を 有 す る が,そ (硬 口蓋 音)で
れ は ソ ガ(蘇 我)を
「嗽加 」(「釈
記 した 表 記 と等 し い もの と見 る べ きで あ る。 「嗽」
の 鼻 音 性 に よ っ て 後 続 の 「加 」 の 頭 子 音 を同 じ調 音 点
あ るが ゆ え に,濁 音 に 相 当 させ た 表 記 で あ る。 こ の よ う な表 記 の
背 景 に は,日 本 語 の 濁音 が 古 く鼻 音 性 を有 して い た 事 実 も あ る と見 られ る。 現 代 で も広 く知 られ て い るガ 行 鼻 音(力 行 鼻 濁 音)は
ガ 行 音 の 古 い発 音 で あ り,ま た
ダ は 「ン ダ 」 に相 当 す る よ うな発 音 で あ っ た の で あ る。 この よ うに前 接 す る漢 字 の,鼻 音 性 を も つ韻 尾 に よ っ て,後 続 の濁 音 節 の 表 示 が な さ れ て い る の で あ っ て,そ
の韻 尾 が 後 続 子 音 に よ っ て 解 消 され た もの と して連 合 仮 名 に通 じ る用 法 と
認 め られ る 。 「稲 荷 山 古 墳 鉄 剣 銘 」 の 「半 」 もそ の n韻 尾 を,後 続 の 「弓」 の, 同 じ調 音 点(舌
音)で
あ る頭 子 音 に よ っ て 解 消 し た も の で,「弓 」 を デ と読 ませ
る た め の 用 法 で あ っ た と見 られ る。 した が っ て,「 半弓 比 」 の 「半 」 は略 音 仮 名 で は な く,ハ デ ヒ と読 む べ き連 合 仮 名 の 用 法 と解 釈 され る の で あ る。 この よ う に,渡 来 人 た ち は韓 半 島 で 行 っ て い た の と全 く同 じ音 訳 の 手 法 を 日本 語 表 記 に対 して も実 行 し,音 仮 名 の 用 法 も中 国 で 行 わ れ て い た ま ま にか な り忠 実 に 踏 襲 され て きた こ とが 明 らか で あ る。 「稲 荷 山 古 墳 鉄 剣 銘 」 は漢 文 で 書 か れ て い る もの で あ る が,こ
の 5世 紀 代 で は
こ の よ う な 漢 文 を 中 国 語 の 発 音 に よ っ て読 み,文 章 を理 解 し て い た と見 られ る (後述 参 照)。 そ の 意 味 で,音 仮 名 表 記 を 除 く部 分 は 中 国 語 そ の もの で あ っ て,日 本 語 に お け る漢 字 の 受 容 とい う観 点 か ら見 る と,そ れ は 日本 語 の 音(音 節)と
の
み 出 会 っ て い た と い う段 階 で あ る こ とに な る。 もち ろ ん全 体 を意 訳 的 に 日本 語 に 翻 訳 した こ とは あ っ た で あ ろ うが,日 本 語 と直 接 に関 係 す るの は 「音 」 の側 面 が 中 心 で あ っ て,し か もそ の音 訳 とい う手 法 も 中 国語 に既 存 の もの で あ っ た 。
● 5 「義 」 を 中 核 とす る受 容
漢 文(中
国 語 文)を
書 き記 す 漢 字 は それ が 語 その もの を表 す とい う こ とか ら,
表 語 文 字 とい う名 称 で分 類 され る。 表 意 文 字 と呼 ぶ 場 合 もあ るが,漢 字 は 単 に意 味 を有 す る文 字 と い うの で はな く,字 音 も有 して 語 そ の もの と対 応 す る点 で 表 語 文 字 と称 す る の が ふ さわ しい 。 こ の よ う に,漢 字 は 中 国 語 の 語 (word) と結 び つ く もの で あ る。 これ に対 して,「 山 」 を ヤ マ,「 田 」 を タ と読 む よ う に,そ の 字 義 を介 して 日本 語 の 語 と結 び つ くよ う に もな る。 これ が 「訓 」 と呼 ば れ る もの で あ るが,そ
の 由来 と成 立 時 期 に つ い て は従 来 曖 昧 な ま まで あ っ た感 が 否 め な い 。
そ こで,こ
の 問 題 と深 くか か わ る 「稲 荷 山 古 墳 鉄 剣 銘 」 とほ ぼ 同時 代 に製 作 さ れ
た 二 つ の金 石 文 を次 に 見 て お く こ と にす る。 一 つ め は 「江 田 船 山 古 墳 太 刀 銘 」(熊 本 県 玉 名 郡 菊 水 町 出土)で
あ る。
治 天 下〓 加 多 支鹵 大 王 世 奉 事 典 曹 人 名无 利弖 八 月 中 用 大 鐵 釜并 四 尺 廷 刀 八 十 練 九 十 振
三寸上好 刊刀服此刀者 長寿子孫 洋々得三恩 也不失其所統 作刀者
名伊 太和書 者張安也 《訓 読 文 》 天 下 治 しめ し し〓加 多 支鹵 大 王 の世 に奉 事 れ る典 曹人,名
は无 利
弖,八 月 中,大 鐵 釜 を 用 ゐ て 四 尺 の廷 刀 を并 は す 。 八 十 た び練 り,九 十 た び 振(う)つ 洋 々,三
。 三 寸 上 好 の 刊 刀 な り。 此 刀 を 服 す る 者 は,長 寿 に し て 子 孫 恩 を得 。 そ の統 ぶ る所 を失 は ず 。 刀 を作 る者,名
は伊 太 和,書
する
者 は張 安 そ。
冒頭 部 分 が判 読 不 明 で あ って,旧 説 で は 「蝮 宮 弥 図 歯 大 王 」 な ど とい う訓 が 推 定 さ れ て い た 。 しか し,「稲 荷 山 古 墳 鉄 剣 銘 」 の 出 現 に よ っ て,こ れ が 「〓加 多 支鹵 大 王 」 と解 読 す べ き こ とが 明 らか に な り,ワ カ タ ケ ル 大 王(雄 略)の
治世
で あ る 5世 紀 後 半 頃 の 製 作 で あ る こ とが 確 定 した 。 つ ま り,「 歯 」 とい う訓 仮 名 も,そ の訓 仮 名 と 「弥 図 」 とい う音 仮 名 との 交 用 表 記 も,そ して 「蝮宮 」 とい う 訓 に よ る表 記 もす べ て 否 定 され た の で あ る。 これ に よ っ て,固 有 名 は 「无利弖 ・
伊 太 和 」 な ど音 仮 名 の み に よ っ て表 記 され て い る こ とが 明 らか とな り,上 記 の文 章 は 漢 文 そ の もの で あ っ て,そ
こ に訓 の使 用 を
想 定 す る根 拠 を失 った の で あ る。 も う一 つ は 「隅 田 八 幡 宮 人 物 画 像 鏡 銘 」 (和 歌 山 県 橋 本 市 隅 田 町)で
あ る(図 図2.8 隅 田八 幡宮 人 物 画 像 鏡銘(和 歌 山県橋 本市 隅 田八 幡 宮所 蔵)
2.8)。
(国立歴 史 民 俗 博 物 館 編 『 古 代 日本 文
癸未 年八月 日十 大王 年男弟王在意 柴沙
字 の あ る風 景 』− 金 印 か ら正 倉 院 文 書 ま で―,朝 日新 聞社,2002)
加宮 時斯 麻念長 泰遣 開中費直穢人 今州 利二人 等取 白上 同二百旱 作此竟 《訓 読 》 癸 未 年 八 月,日 麻,長
十 大 王 の 年,男
弟 王,意
柴 沙 加 宮 に在 し し時,斯
く泰 らか な る こ と を念 じ,開 中 費 直,穢 人 今 州 利 二 人 等 を遣 して,白
上 銅 二 百 旱 を取 り この鏡 を作 ら しむ 。
「斯 麻 」 は百 済 の 武 寧 王 の諱 で あ ろ う。 『日本 書 紀 』 巻16・ 武 烈 4(502)年
是
歳 条 に所 引 の 『百 済 新 撰 』 に そ の 即 位 が 記 さ れ て い る(た だ し,『 三 国 史 記 』 で は501年
と す る)。 冒 頭 に 記 され た 「癸 未 年 」 は そ の 即 位 の 翌 年(503年)で
あ
り,武 寧 王 斯 麻 が 即 位 に あ た って 倭 と百 済 の 両 国 関 係 の末 長 い 友 好 を祈 念 し,使 者 を遣 わ して 鏡 を作 らせ,倭
国 の 大 王 に献 上 した とい うの が そ の 内 容 で あ ろ う。
と ころ で,「 男 弟 王 」 は 文 字 通 り,兄 弟 の うち 年 下 の 男 を言 う漢 語 で あ って, ヲ ホ ド王(継
体)を
表 記 した もの で は な い。 また,「 開 中費 直 」 は 通 説 で は カ ハ
チ の ア タ ヒ(河 内 直)と 百 済 本 記)の
訓 読 し,「 加 不 至 費 直 」(『日本 書 紀 』 欽 明27年
条所 引 の
こ と と して い る。 しか し,こ の倭 人 で あ ろ う 「河 内 直 」 に対 して 斯
麻 が 命 令 を与 え る立 場 に あ った か は疑 わ し く,「 開 中 費 直 」 は む し ろ百 済 の 人 と 見 る の が 穏 当 で あ ろ う。 した が っ て, 「開 中 」 は借 音 表 記 と見 るべ きで あ り,ケ チ ウ な ど と読 ま れ よ う。 ま た,「 費 直 」 も 「発 鬼 」(『日本 書 紀 』 敏 達 4年 条 。 「発 」 は ホ ツ を表 す 二 合 仮 名),「 弗 知 鬼 」(推 古 8年 条 。 「弗 」 は t韻 尾 を も つ が, これ を 「知 」 の 頭 子 音 で 解 消 した 連 合 仮 名)に
等 し く,「 費 」 は古 音 で ホ,「 直 」
は 二 合 仮 名 と し て チ キ(呉 音 ヂ キ)で あ る こ と に よ っ て ホ チ キ を音 訳 した 表 記 と考 え られ る。 「開 中 」 を カ ハ チ,「 費 直 」 を ア タ ヒの 訓 と見 る 通 説 は再 考 の余 地 が あ り,こ の銘 文 にお い て は 固 有 名 が す べ て字 音 で表 記 され て い る こ と に な るの で あ る。 す な わ ち,こ
の 三 つ の 金 石 文 を通 し て 見 る
と,6 世 紀 極 初 期 まで は,事 柄 は 中 国 語 の 文 章 と して 記 さ れ,そ
の 中 で 中国 か ら見 れ ば外 国 語
に相 当 す る 日本 固 有 語 の 名(後 世 の姓 と な る ス ク ネ ・ワケ な ど を含 む)が 音 訳 さ れ る とい う文 章 表 記 の段 階 で あ っ た こ とが わ か る。 そ して, この 段 階 で は訓 が い ま だ普 及 し て い な い と認 め 図2.9 岡 田山1号 墳 鉄 刀 銘(島 根
られ るの で あ る。 そ こで,字
義 と和 語 との結 び つ きで あ る訓 に
つ い て で あ る が,そ
の 最 古 の確 例 は現 在 の と こ
県松 江 市 六所 神 社 所蔵) (国立 歴 史 民俗 博 物 館編 『 古 代 日本 文 字 の あ る風 景 』―金 印 か ら正 倉 院 文 書 ま で―,朝
日新 聞 社,2002)
ろ 「岡 田 山 1号 墳 鉄 刀 銘 」(島 根 県 松 江 市 大 草 町)に 見 え る次 の も の で あ る(図2.9)。
各 田卩臣□□ □素伯大利 刀
古 墳 の築 造 年 代 は 6世 紀 第 3四半 世 紀 頃 で,円 頭 大 刀 の製 作 は 6世 紀 第 3四半 世 紀 頃 以 前 か と見 られ て い る。 銀 象 嵌 に よ る銘 文 は 欠 損 や 剥 落 が あ っ て,そ しか 確 認 で き な い が,18字
の一 部
以 上 あ っ た と考 え られ て い る。 そ こ に 「各 田卩 臣」
と読 め る表 記 が あ る。 この 「各 」 は 「額 」 の 省 文(漢 字 の字 画 の 一 部 を省 い た も の)で 訓 の ヌ カ を,「 田 」 は訓 の タ を,「卩 」 も 「部 」 の 省 文 で,訓
のべ を表 し,
「額 田部 臣 」 で ヌ カ 夕べ ノオ ミ とい う固 有 名 を表 した もの と認 め られ る。 『出 雲 国 風 土 記 』 の 大 原 郡 の 条 に 「額 田部 臣 押 嶋 」 「額 田 部 臣 伊 去 美 」 な どの 人 名 が 見 え る が,こ
れ ら は 銘 文 に 記 す 「各 田 部 臣 」 の 末裔 で あ ろ う。 「素 伯 」 の 「伯 」 は
「白 」 に通 じ る こ とか ら,照
り輝 く意 の 吉 祥 句 と考 え られ るが,全 体 の 文 意 を と
る こ と は困 難 で あ る。 しか し,「 稲 荷 山古 墳 鉄 剣 銘 」 な ど に見 え る よ う な 音 仮 名 に よ る の で は な く,漢 字 の 訓 に よっ て固 有 名 や 姓 が書 き表 され て い る こ との意 義 は 極 め て大 きい 。 そ れ は 漢 文 脈 に あ りなが ら も,少 な く と も そ の一 部 は,本 来 の 中 国 語 で読 まず に,そ の 字 義 に対 応 す る訓 す なわ ち和 語 で 読 ま な け れ ば な らな い 文 章 とな っ て い る。 間違 い な く訓 で あ る と確 認 で きる例 の う ち,年 代 の 推 定 で き る 現 存 最 古 の も の で あ る。 さ て,6 世 紀 初 め,百 済 は 高 句 麗 ・新 羅 と対 抗 す る た め に倭 国 に外 交 的 軍 事 的 な 支 援 を要 請 し,そ の見 返 りに,新 た な文 物 の 倭 国へ の移 入 を積 極 的 に押 し進 め た 。 『日本 書 紀 』 巻17に
よ れ ば,継 体 7(513)年6
月 条 に,百 済 が 五 経 博 士 の
段 楊 爾 を派 遣 した とい う記 事 が 見 え,継 体10(516)年9
月 条 に は,五 経 博 士 と
して 段 楊 爾 に代 え て漢 高安 茂 を派 遣 した と記 され て い る。 この よ うな 博 士 の派 遣 に よ っ て百 済 の 儒 学 が 日本 で も行 わ れ る よ う に な り,本 格 的 な学 問 研 究 が 始 ま っ た と見 られ る。 さ ら に,『 日本 書 紀 』 巻19の 済 の 聖 明 王 が釈 迦 仏 金 銅 像1〓,幡
蓋 若 干,経
欽 明13(552)年10月
条 に は,百
論 若 干 巻 を献 上 し た こ とを記 す 。
た だ し,仏 教 の 公 伝 は 『上 宮 聖 徳 法 王 帝 説 』 『 元 興 寺 縁 起』 に よ れ ば 宣 化 3(538)年
の こ と と して い るが,個
人 の 信 仰 は そ れ よ り も早 く,5 世 紀 初 頭 に は
私 伝 が あ っ た と も考 え られ る。 そ の 後,欽
明15(554)年2
月 条 に は,百 済 が 五
経 博 士 と して王 柳 貴 に代 えて 固 徳 馬 丁 安 を,ま た 僧 と して 道 深 らに代 えて 曇 慧 な ど を派 遣 した 旨 を記 す と と もに,医 博 士 ・易 博 士 ・暦 博 士 ・採 薬 師 ・楽 人 な ど も 百 済 か ら来 朝 した 記 事 が 見 え る。 この よ うに,継 体 朝 に お け る儒 学 の 移 入 に 始 ま り,そ の 後 欽 明 朝 まで に仏 教 や 医 学 な どの分 野 にお い て も文 化 移 入 が 行 わ れ た の で あ るが,そ
の よ うな 渡 来 文 化
との 接 触 が 日本 の 表 記 活 動 に も大 きな 影 響 を与 え た こ と は間 違 い な い 。 ま た,韓 半 島 に お け る緊 張 した 国 際 関 係 も新 た な文 化 の 摂 取 を一 段 と加 速 さ せ た に違 い な い。6世 紀 中 葉 に は訓 が 成 立 して い た 背 景 に は,学 問 ・仏 教 の 移 入,そ
してその
定 着 が あ っ た と見 るべ きで あ ろ う。 話 し こ とば で 中 国 語 を 日本 語 へ翻 訳 す る とい う レベ ル で は訓 は成 立 しな い。 漢 籍 ・仏 典 も伝 来 当 初 は 漢 文 す な わ ち 中 国 語 の ま ま読 まれ 理 解 され て い た で あ ろ
う。 しか し,次 第 に 漢 字 を介 し て理 解 され る こ とが 多 くな る に従 って,字
義 と対
応 す る和 語 が 意 識 され,や が て 字 義 に対 応 す る和 語 で読 み を置 き換 え て い くよ う に な るの も 自然 で あ る。 そ して,そ
の 結 び つ き が 個 別 的 な 一 回 性 の もの で は な
く,次 第 に 社 会 に共 通 す る もの とな り,さ らに 固 定 化 す る よ う に な る。 こ の よ う に,漢 文 を理 解 す る過 程 に お い て,漢 字 そ の もの を介 して字 義 と和 語 とが 固 定 的 に結 び つ い た と こ ろ に訓 の成 立 が あ る。 そ の契 機 は 6世 紀 初 頭 以 降 の,漢 籍 ・仏 典 を本 格 的 に解 釈 し よ う とす る文 化 的状 況 お よ び社 会 的 要 請 に あ る と見 られ,し か も時期 的 に も 『日本 書 紀 』 所 載 の一 連 の 記 事 と符 合 して い る。 た だ,訓
とい う用 法 は倭 国 に お い て創 出 され た もの で はな く,古 代 韓 半 島 にお
い て,そ の 字 義 に対 応 す る朝 鮮 固有 語 を あ て た こ とに 由来 す る もの で あ る。 た と え ば,『 三 国 史 記 』 巻36・ 雑 志 第 5地 理 3に 次 の よ う な地 名 記 事 が 見 え る。
石 山 県,百
済 珍 悪 山 県 。 景 徳 王 改 名,今 石 城 県 。
李 基 文 『韓 国 語 の 歴 史 』(藤 本 幸 夫 訳,大 「石 」 を意 味 す る百 済 語turakが
修 館 書 店,1975,47頁)に
よ れ ば,
「珍 悪 」 と表 記 さ れ て い る も の で,中 世 語tork
に対 応 す る と い う。 この よ うな 「珍 」 を t urに あ て る の は朝 鮮 固 有 語 の 訓 に よ る もの と見 て い る(「 悪 」 は akの 音 訳)。 これ に よれ ば,百 済 に は訓 の 用 法 が す で に あ っ た こ とに な る。 また,『 日本 書 紀 』 の 百 済 関 係 資 料 に も次 の よ う な例 が 見 え る。
新羅 王波沙寐錦即 微叱 己知 波珍干 岐
(神功紀摂 政前紀)
この 「波 珍 」 は新 羅 の 官 位 「波 珍〓 」 な い し 「海 干 」(『三 国 史 記 』 に よ る)に
あ
た り,「 海 」 の朝 鮮 古 訓patar に相 当 す る(日 本 古 典 文 学 大 系 『日本 書 紀 』 上 , 岩 波 書 店,611頁)。 音 訳),上
す な わ ち,「 波 珍 」 の 「珍 」 はtarに あ た り(「 波 」 はpaの
に同 じ く訓 に よ る表 記 と見 て よか ろ う。
言 う まで もな く,訓 の 用 法 は中 国語 以 外 の外 国 語 に お い て生 じた もの で あ る。 中 国 と陸続 き の韓 半 島 で は か な り古 くか ら訓 の 用 法 が 行 わ れ て い て,そ
れ によっ
て 固 有 名 が 表 記 され る と と も に,借 訓 に よ る上 の よ う な表 記 も行 わ れ て い た の で あ ろ う。 そ の よ うな 訓 の 用 法 が 渡 来 した人 々 に よ っ て 日本 列 島 に も持 ち込 まれ た の で あ る 。 渡 来 人 も し くは そ の 末裔 が 日本 語 表 記 に お い て 訓 を 用 い る際 に,あ
る
い は朝 鮮 固 有 語 の 訓 を介 在 させ て いた 可 能 性 も捨 て きれ な い。 す な わ ち,古 代 韓 半 島 で 行 わ れ て い た 訓 と して の 朝 鮮 固 有 語 を和 語 に 置 き換 え る と い う過 程 を経 て,日 本 にお け る訓 が 成 立 した と も考 え られ る。 漢 字 と和 語 とが 固 定 的 に結 び つ き,そ れ が 社 会 に 共 通 の もの と して 認 め られ る に は,そ れ な りの 時 間 が 必 要 で あ る。 ま た,普 通 の 漢 文 に は用 い られ な い用 法 で もあ る わ けだ か ら,認 知 され るた め に は大 多 数 の 同 意 も必 要 で あ る。 訓 が そ れ以 前 に一 部 行 わ れ て い た 可 能 性 を全 くは否 定 で き な い が,書 記 活 動 に お け る訓 の本 格 的 な使 用 は漢 籍 ・仏 典 の理 解 行 為 が 増 大 して い く6 世 紀 前 半 に始 ま る と見 る の が穏 当 で あ ろ う。 こ う して み る と,日 本 語 そ の も の が 漢 字 を受 容 した 第3の 段 階 は 「義 」 で あ り,ま た こ れ に よ って 漢 字 の 基 本 的 な 用 法 が 出 そ ろ っ た こ と に な る。
● 6 漢字 の受容 か らの広が り
単 純 化 して 言 え ば,日 本 列 島 に お け る漢 字 は 4世 紀 以 前 で は もっ ぱ ら 「形 」 が 重 ん じ られ,5 世 紀 に は 「音 」 を 中 核 と し た 受 容 が 始 ま り,6 世 紀 に い たつ て 「義 」 を も本 格 的 に 日本 語 に 同 化 さ せ て,こ
こ に 日本 語 と漢 字 との 基 本 的 な 結 び
つ きが 完 了 した とい っ て よか ろ う。 本 稿 で は,漢 字 を 日本 列 島 に受 け容 れ た,そ
の 極 初 期 の 段 階 を述 べ た に と ど ま
る。 「漢 字 の 受 容 」 とい う テ ー マ で 述 べ るべ き 点 は 実 に厖 大 で あ る。 た と え ば, 「形 」 で 言 え ば,書 体 ・書 風,そ を含 め,論
し て字 体 に 関 して は異 体 字 ・略 字 ま た 国 字 な ど
じる べ き点 は 多 岐 に渡 る。 「音 」 の面 で は 日本 漢 字 音 の 形 成,と
け呉 音 の 伝 来,そ
りわ
れ と古音 との関 係,漢 音 の さ ま ざ ま な側 面 な ど字 音 体 系 にか か
わ る問 題 の ほ か に も,個 々 の 字 音 に つ い て,ま
た 声 調 を め ぐる受 容 に関 して もさ
ま ざ ま な 問 題 点 が あ る。 「義 」 に 関 して 言 え ば,主
と し て虚 字(助 字)と
か かわ
る文 法 的 な 問 題 と し て 特 に 『 万 葉 集 』 や 『古 事 記 』 の 表 記 に注 目 す べ き点 が あ
り,さ
らに語 彙 の 面 で は漢 語 の使 用 と その 形 成,漢
化 な ど,漢 字 を語 彙 とか か わ らせ れ ば,そ
語 に 影 響 され た和 語 の 意 義 変
の一 語 一 語 に論 ず べ き 問題 が あ る とい
っ て も よ い。 しか し,そ れ らの 問 題 を 扱 う に は紙 面 が 尽 きて し ま っ た。 そ の 一 部 に つ い て は拙 著 『日本 語 の誕 生― 古 代 の文 字 と表 記― 』(吉 川 弘 文 館,2003)を 参 照 して い た だ けれ ば幸 い で あ る。 最 後 の む す び に あ た っ て,一 言 す べ きは,漢 字 の 受容 は単 に文 字 とい う レベ ル で の 受 容 だ けで は な か った とい う こ とで あ る。 漢 字 を通 して理 解 で き る 内容,言 う な れ ば 「中 国 の知 」 その もの を受 容 した とい う点 で,希
に見 る大 き な文 化 移 入
で あ った の で あ る。
1)奈 良 時 代 以 前 の文 献 だ けに見 られ る万 葉仮 名 の使 い 分 け を言 い,平 安 時 代 以 降 は同 じ音 に
な って し まっ た,キ ヒ ミケヘ メコ ソ トノ ヨロ(『 古 事 記』 で はモ も)と ギ ビゲべ ゴ ゾ ド,そ
して エ(ア 行 ・ヤ行)が 発 音 の違 い に よっ て 2種 類 に書 き分 け られ てい る もの。 2)た と えば,杜 預 の春秋 左 氏 伝 序 に 「諸 侯亦 各 有 国 史 」 な ど と見 え る。 3)韻 鏡 で は い ずれ も外転 第13開 平 声 4等 に属 す る。 4)趙 大 夏 『 古 代 日本 漢字 音 の研 究 』(2000年 度 立 教 大学 博 士 論 文)に よ る。 5)「 音仮 名 」 に対 して,字 訓 を借 りる もの を 「訓 仮 名(借 訓仮 名)」 と呼 ぶ 。訓 仮 名 の現 存 最 古 の 例 は 7世 紀 中葉 頃 の もの で あ るが,そ の 成 立 はそ れ をさ らに遡 る もの と見 られ,6 世 紀 代 の可 能 性 もあ ろ う。 詳 し くは拙 稿 「訓仮 名 の成 立」(『言 語 』2004年 店,2004)を 6)こ
8月号,大 修 館 書
参 照 され た い。
の ほ か,「 行 」 は 「 行脚」「 行 灯 」 な どで は ア ン と も読 まれ るが,こ れ は鎌 倉 時 代 以 降 に
伝 来 した 字 音 で 「 唐 音 」 また は 「 唐 宋 音 」 な ど と も呼 ばれ る もの で あ る。
注
③ 漢 字 か ら仮 名 へ
内 田 賢 徳
●1 倭 語 を写 す こ と
大 陸 の 東 縁 に位 置 する島嶼 の 言 語 が 文 字 と出 会 う時,そ
の文 字 は選 び よ う もな
く漢 字 で あ っ た。
日本 語 を 記 し た 最 初 の 文 献― 『 魏 志 』 倭 人 伝(以
と言 っ て も,現 在 た ど り う る 限 りで の それ は
下 単 に 「倭 人 伝 」 と示 す)で
あ る。 地 名,人
漢 字 の 表 音 機 能 に 従 って 記 され て い る。 しか し,「邪 馬臺,卑 とい っ た音 連 鎖 が,実
名,官 職 名 が, 弥 呼,卑
奴母 離」
際 に どの よ う な 日本 語音 を写 して い る か,定 か で な い 。 そ
もそ も,そ れ らが 日本 語 音 で あ る こ と の 証 左 も そ の 内 部 に しか な い。 従 っ て ま た,ど
の よ う な語 で あ る か も確 定 し難 い。 想 定 し う る正 当 な扱 い 方 は,文 献 上 3
世 紀 とさ れ る この文 章 の うち,仮 借 に よ って 音 の み を 表 記 して い る 日本 語 部 分 の 個 々 の字 が,当 時 の 中 国 語 と して どの よ うな音 価 を もつ か とい う こ とに 出発 しな けれ ば な らな い。 尾 崎(1980),森(1985)に
お い て,そ
れ は,体 系 的 に 整 っ て
知 られ て い る中 国 中 古 音 に,古 代 音 を勘 案 す る こ とに よ っ て示 され て い る。 しか し,そ れ ら も述 べ る よ う に,そ れ が 日本 語 音 と して ど う い う音 節 を写 した もの か と い う こ とに つ い て は,7,8 世 紀 の 日本 語 を手 掛 か り に推 定 す る し か な い 。 た だ,そ れ らの 使 用 字 母 の音 韻 的 特 徴 か ら,3 世 紀 の 日本 語 音 節 に つ い て,閉 音 節 を もた な い な ど,後 世 の 日本 語 の 特 徴 に共 通 す る要 素 が 指 摘 さ れ て い る。 また,
8世 紀 の音 韻 体 系 か らそ こ に合 理 的 に溯 る試 み も,森 山(1971)な
ど見 られ る。
3世 紀 に 写 さ れ た こ の 日本 列 島 の言 語 と 8世 紀 の 日本 語 との 間 の 同 質 性,連
続
性 に つ い て は疑 問 とす る見 方 もあ る。 尾 崎(1980)は,力
行 相 当 の音 節 を写 す の
に,口 蓋 音 の 字 母(k−)だ
用 い ら れ る こ とか ら,
けで な く喉 音 の 字 母(h‐)も
「倭 人 伝 」 の 写 した 言 語 は,朝 鮮 半 島 語 の あ り方 を もつ もの で,そ
の 倭 語 は後 世
の 日本 語 と異 な る質 の 言語 で は な か っ た か と し,邪 馬臺 国 と卑 弥 呼 に つ い て の独 自 の想 像 を導 き出 し て い る。 言 う まで もな く,古 代 日本 語 の ハ 行 音 は両 唇 音(Φ −)で あ り ,従 に よ っ て,よ
っ て喉 音 は存 在 しな か った 。 た だ し そ の喉 音 の 問 題 は,森(1985) り合 理 的 に 解 釈 さ れ て い る。 森 は,日 本 書 紀 歌 謡 の 字 母 の 分 布 か
ら,忠 実 に 中 国 語 音 か ら見 て 日本 語 音 を写 した α 群 と,対 応 の 緩 い β群 の 区 別 を見 出 し(森1991,初1977),そ
れ を こ こ に適 用 して,喉 音 字 母 の 存 在 は,写
さ
れ た 倭 語 の事 実 に即 す る の で は な く,書 記 者 の 事 情 に基 づ く こ と とす る。 即 ち, 「倭 人 伝 」 の倭 語 は,中
国 人 以 外 の書 記 者(半
島 か らの 渡 来 人 が 有 力 か)に
よっ
て表 記 され て あ っ た もの か と推 定 され る。 「倭 人 伝 」 の 内 容 に関 説 す る こ とは,本 稿 の任 とす る と こ ろ で は な い。 た だ, 上 の よ う な こ とを 踏 ま え つ つ,次
の 問 い を検 討 して お きた い 。 「そ れ は万 葉 仮 名
で あ っ た か 」。 3世 紀 の 外 国資 料 「倭 人 伝 」 に 見 られ る倭 語 が,8 世 紀 日本 語 の音 節 や 語 彙 とい っ た 言 語 事 実 と連 続 的 で 同 質 で あ るな らば,そ
こに 用 い られ た倭 語
の 表 記 法 は,万 葉 仮 名 と同 質 で,そ れ の 前蹤 を な す と判 断 され よ う。 問 題 は表 記 の 態 度 に 関 わ る と思 わ れ る。 こ こに見 られ る倭 語 の解 明 を困 難 に して い る第 1の 理 由 は,む
ろ ん 比 較 し うる
資 料 と時 間 的 に 隔 た り孤 立 した 資 料 で あ る こ とで あ る。 誰 で も専 門 家 にな れ,そ して そ の誰 もが 素 人 で あ る とい う特 異 な 文 献 的 性 格 も そ こか ら生 じる 。 困 難 さ の 理 由 と して,次
い で あ げ るべ き は,記
され る倭 語 が,唯 一 例 を除 い て い ず れ も固
有 名 で あ る こ とで あ る。 一 般 に固 有 名 詞 は普 通 名 詞 を基 盤 と して 作 られ るが,そ の 基 盤 た る普 通 名 詞 で 構 成 され る一 般 語 彙 は,こ の場 合,全 明 と は,こ
こで,こ
く知 る術 が な い。 解
れ らの 固有 名 を,音 節 的 に も語 彙 的 に も,一 般 語 彙 の 中 に溶
か し こむ こ とで あ ろ う。 一 つ の徴 証 は,後 世 と連 続 しな い こ と を示 す 。 尾 崎(1980)に
よれ ば,「 倭 人
伝 」 の倭 語 表 記 の異 な り字 数 は65字 書 にお け る同 音 字 群 の代 表 字)な
と な り,そ れ らの 多 くは 「小 韻 の首 字 」(韻
い しは そ れ に次 ぐ字 で あ る とい う。 つ ま り,倭
語 の 個 々 の 音 節 に最 も近 似 して い る と漢 人 に感 じ られ た 中 国 語 音 の,最 き易 い 字 が 選 ば れ て い る と言 え る。 外 国 の 固 有 名 を表 記 す る場 合 の,極 便,合
も思 い つ め て簡
理 的 な方 法 が と られ て い る と判 断 され よ う。 表 音 文 字 で あ る こ とに尽 き る
こ の表 記 に,意 義 へ の 顧 慮 は な い 。 「卑,狗
」 と い っ た 字 面 が,そ
の 意 義 に即 し
て 対 象 を規 定 して い る とい っ た想 像 は,恣 意 で しか な い 。 倭 国 の 「倭 」 が どん な 意 義 で あ るか とい う,『 漢 書 』 地 理 志,魏
如 淳 注 の よ うな 態 度(「 如 墨 委 面 」)は
そ こに な い 。 た だ,純 粋 に 中 国語 音 を も って 倭 語 音 を写 し た とは 限 定 で きな い か も知 れ な い 。 先 の 喉 音 字 母 の 問題 が あ り,そ の解 釈 は そ こに示 した よ うに 分 か れ る。 これ が 日本 書 紀 α 群 の よ う に は中 国 語 音 に 直 接 せ ず,朝
鮮半 島式 の表記 を
交 じえ る も ので あ る にせ よ,固 有 名 とは 言 っ て も,こ れ らの表 記 は倭 語 を 意 義 を も っ た語 と して記 そ う とす る態 度 を 欠 い て い る。 この 時 期,文 字 は漢 文 を記 す た め に あ り,倭 王 が 魏 献 帝 に奉 っ た 上 表 文 が そ う で あ る よ う に,外 交 の た め の 具 で あ り,そ れ を書 くこ との可 能 な 者 は渡 来 者 に限 ら れ,そ
し て そ れ は あ くま で も外 か らの 表 記 で あ った 。
た だ,「 倭 人 伝 」 に は,倭 人 の 発 す る こ と ば が 1語 記 さ れ て い る 。 下 戸(身 の 低 い 者)が 大 人(身
分 の 高 い 者)に
道 で 会 っ た 時,地
分
に伏 して 恭 敬 の 態 度 を示
し,「噫 」 と発 声 す る とい う。 応 答 の語 で あ っ て,単 に 表 音 的 で な い と も見 う る。 森(1985)は,「
オ ー 」(〓:)に 近 い とす る。
そ こ に倭 語 を 記 そ う とす る こ と は ほ の 見 え るが,「 倭 人 伝 」 に欠 け るの は,倭 語 をそ の 内 側 か ら記 そ う とす る動 機 で あ る。 固 有 名 とは 言 え,意 義 へ の お よそ無 関 心 な 態 度 とそ れ は見 合 っ て い る。 必 要 な こ と は,例 え ば邪 馬臺 と発 音 す る 国 が あ っ て,卑 弥 呼 と発 音 す る名 の 女 王 が,異 様 な方 法 で君 臨 した とい う,い か に も 東 夷 ら し い 出来 事 の検 分 を 報 告 す る こ とで あ る。
● 2 倭 語 を 記 す こ と
「倭 人 伝 」 に見 た こ と を逆 に 言 え ば,仮 名 とは 表 音 文 字 に尽 き な い とい う こ と
で あ った 。 そ の条 件,言
い 換 えれ ば,「 そ れ は万 葉 仮 名 で あ るか 」 とい う問 い は,
次 の 時 代 に は どの よ う に見 られ る で あ ろ う か。 稲 荷 山 古 墳 出土 鉄 剣 の銘 文 は,5 世 紀 後 半 に史 実 を与 えた 史 料 と し て,諸 分 野 の注 視 す る と ころ で あ っ た。 (表)辛 亥 年 七 月 中記 。 乎 獲 居 臣 。 上 祖 名 意 富 比〓 。 其 児 多加 利 足 尼 。 其 児 名弓 已加 利 獲 居 。 其 児 名 多加 披 次 獲 居 。 其 児 名 多 沙 鬼 獲 居 。 其 児 名 半 弓比 (裏)其 児 名 加 差 披 余 。 其 児 名 乎 獲 居 臣 。 世 々 為 杖 刀 人 首 。 奉 事 来 至 今 。 獲 加 多 支鹵 大 王 寺 。 在 斯 鬼 宮 時 。 吾 左 治 天 下 。 令 作 此 百 練 利 刀 。 記 吾 奉 事根原也。 115文 字 の 中 に は,乎 獲 居 臣 に 至 る 8代 の 系 譜 上 に載 る 人 名 と,大 王 獲 加 多 支 鹵の名 が 表 音 的 に記 さ れ て い る。 銘 文 が 文 章 と して ど う機 能 した か,誰 た め の もの か , 議 論 は あ るが,前
に見せ る
提 的 に一 致 す るの は,こ れ が 国 内 で 象 嵌 さ れ,
国 内 で 機 能 した とい う こ とで あ る。 文 字 は,外 交 文 書 を記 す,『 宋 書 』 倭 国 伝 に 残 る倭 王 武 の 上 表 文 の よ う な漢 文 を対 外 的 に記 す た め の み な らず,国
内 にお ける
大 和 朝 廷 の 王権 を誇 示 す るた め の も ので あ った 。 その 表 音 文 字 が 「倭 人 伝 」 に な か った 要 素 を もつ こ と は,上 の 位 置 づ け か ら予 想 され て よい 。 記 され るの が,人 名 と後 の姓 と思 し き名,つ
ま りは 固 有 名 で あ る
ことにおいて は 「 倭 人 伝 」 と異 な る と ころ が な い 。 しか し 「 倭 人伝」 の固有名 が 基 本 語 彙 と の 連 絡 に 乏 し く,例
え ば 「卑 奴 母 離 」 に 「鄙 守 」 の 意 義 を想 定 して
も,7,8 世 紀 の言 語 事 実 と必 ず し も整 合 せ ず,解
明 を絶 た れ て し ま う。 一 方,
この 銘 文 の 固 有 名 に は,基 本 語 彙 に還 せ る も の が 散 在 し,そ 象,つ
こには興味 深 い現
ま りは 7,8世 紀 へ の つ な が りを考 え させ る例 が 観 察 され る。 今 そ れ らの
表 音 部 分 を記 す と,次 の よ う に な る 。
乎 獲 居,意 居,半弓
富 比〓,多
加 利 足 尼,弓
比,加 差 披 余,獲
已 加 利 獲 居,多
加 多 支鹵,斯
加 披 次 獲 居,多
沙 鬼獲
鬼
表 記 の 上 で 注 目 さ れ る の は,「 足 尼 」 で あ ろ う。 ス ク ネ の よ み を動 か ぬ もの と
す れ ば,一 般 に宿 祢 と表 記 され る姓 に一 致 し,か つ こ の 「足 尼 」 の 表 記 も 『 続日 本 紀 』 に見 られ る。 こ こ で は 後 の 姓 へ とつ な が る尊 称 と し て,原 義(少
兄 か)
に 近 く用 い られ て い る と見 る の が 穏 や か で あ ろ う。 「足 尼 」 の 表 記 に つ い て, 「足 」 を 二 音 節 ス ク に使 う,上 代 の 用 法 と等 価 な も の を こ こ に見 る な ら ば,こ の 銘 文 の 倭 語 表 記 は,「 倭 人 伝 」 と異 質 とな る。 「倭 人 伝 」 に も類 似 の 現 象 は あ っ て,「 末 盧 」 が 後 の 松 浦 に対 応 し て い る な ら,開 音 節 語 倭 語 の マ ツ の 音 節 を 「末 」 で写 して い る こ とに な る。 しか し,こ れ は もち ろん,倭 語 の ウ列 表 記 の 方 法 とし て と られ た,入
声 韻 尾(‐t)を
生 か した 写 し方 で あ る。 「足 」 も音 の 写 し方 と し
て は 類 似 した もの で あ る。 た だ,こ の 場 合,倭
語 の 音 節 が 近 似 的 に写 され て い る
に尽 き な い 質 を見 て お か ね ば な らな い 。 「足 尼 」 は,『 続 日本 紀 』 に よれ ば,宝 亀 4(773)年
に 公 式 に は排 され る もの の,そ
れ ま で は行 わ れ た 表 記 で あ り,「 足 」
は万 葉 仮 名 と して は 二 音 節 仮 名 と して あ る。 そ れ を そ の ま ま 5世 紀 の銘 文 に は溯 らせ られ な い に して も,こ の表 記 自体 が 5世 紀 に倭 語 と して 国 内 に 通 用 し て いた こ と の意 味 は大 きい 。 倭 語 の音 節 を写 す の で は な く,倭 語 を,即 ち 然 々 の意 義 を も った 語 を表 記 す る こ とに お い て,「 足 」 は半 ば音 訳 文 字 か ら脱 し て い る 。 そ の 関 心 の あ り方 は,こ
こ に,少 数 なが ら上 代 日本 語 に共 通 す る語 彙 が そ の 固
有 名 の構 成 要 素 と し て見 出 され る こ と と通 う。 解 読 の確 実 な もの か ら あ げ る と, 意 富(大),半弓(泊),加 (高),披
次(梯)も
差(風),獲
加(若
),多 支鹵(猛
あ る。 多 加
加 え られ る。 こ れ ら の語 彙 の 一 般 性 は,「 倭 人 伝 」 に は見 ら
れ な い。 7世 紀 へ,百 数 十 年 しか 隔 た らな い こ と と400年 差 と共 に,国
ル)で
も隔 た っ て い る こ との
内 資 料 で あ る こ と と外 国 資 料 で あ る こ との 差 か ら生 じた もの で あ ろ
う。 そ して こ こ に は,「 倭 人 伝 」 に お い て は仮 定 的 に しか 適 用 で き な か っ た 上 代 特 殊 仮 名 遣 が,或
る確 か さ を もっ て適 用 され る とい う こ とが あ る。 獲 加 多 支鹵 大 王
即 ち 雄 略 の 都 し た と い う斯 鬼 は,磯 城(紀),師
木(記)と
表 記 され る 大 和 の 地
名 で あ ろ う。 キ は キ 乙 で あ り,鬼 字 は人 名 以 外 の例 を欠 くが,尾 韻 で あ って,キ 乙 に該 当 す る。 銘 文 中 同 一 字 母 は 同一 音 節 を表 す とい う前 提 に立 て ば,多 沙 鬼 獲 居 の タサ キ は,タ
サ キ 乙と い う音 節 に な る。 『日本 書 紀 』 皇 極 紀 の歌 謡 に,
向つ峰 に 立 てる夫 らが 柔手 こそ 我が 手 を取 らめ 誰が裂手 裂手 ぞ も や 我 が 手 取 らす もや
とい う例 が あ る。 女 が,柔
(紀108)
手 の 男 な ら 自分 の 手 を取 っ て も よい が,裂 手 な ら とん
で もな い と言 う,歌 垣 風 の 歌 謡 。 裂 手 の 表 記 は 「佐 基 泥 」 で あ って,基 仮 名 で あ る。 裂 ク は下 2段 に 活 用 し,上
2段 連 用形 に相 当 す るの は この 例 の み で
あ る。 異 形 両 存 は,籠 ム に も見 られ る。 「妻 籠 メ乙に 」(紀1)に に 」(記1)が
見 られ,い
ず れ も上2段
はキ乙の
対 して 「妻 籠 ミ乙
形 が 孤 例 で あ る。 この 形 は活 用 を 整 え な
か っ た,動 詞 と して は萌 芽 的 な 用 法 しか もた な い形 だ が,多
沙 鬼 の 沙 鬼 を これ に
考 え る こ とが で き な い か 。 た だ 「手 裂 キ 乙」 と分 析 す る こ と は,上 の 紀108の の 通 行 解 釈 に 障 る。 「裂 き手 」 は,柔 手(や
わ ら か な 手)に 対 して,ひ
例
び割れ た
手 と解 され て い る(土 橋1976)。 乎 獲 居 の祖 な らず と も,人 名 と して ふ さわ し く な い 。 しか し,こ こ は紀108の
方 こ そ考 え直 す べ きで は な い の か 。
手 裂 キ と裂 キ手 は,口 裂 ケ と裂 ケ 口 の違 い と了 解 して 同 意 とす れ ば,裂 る の は皮 膚 で あ る よ り手 そ の もの で あ っ て,つ
ま り指 が 大 き く裂 け て い た,野 球
の グ ロ ー ブ 形 状 の大 き な手 を言 う と考 え られ る。 傍 証 は,菊 を サ キ ナ(裂 と称 した こ と に あ る。 『新 撰 字 鏡 』 「〓〓菊 」 に 「左 支 奈 」(享 和 本)と そ れ は 当然,杖
けてい
き菜)
見 え る。
刀 人 即 ち武 官 と して の 力 強 さ を具 現 した 手 で あ ろ う。 歌 垣 で 女 に
嫌 わ れ て い る の は,武 骨 な手 で あ って,あ
か切 れ で あ るか ど う か で は な い 。 あ か
切 れ は柔 手 をや わ らか い,す べ す べ した 手 と解 した こ との 結 果 で あ る。 ニ コ は穏 や か な,品
の よ さ を形 容(「 和 炭 ニ コ ス ミ,一 云 カ チ ス ミ」 観 智 院 本 『類 聚 名
義 抄 』)す る か ら,柔 手 は上 流 出 身 の 男 の 上 品 な 手 を 言 い,武 骨 な手 が そ れ と対 照 的 で あ る。 記 紀 歌 謡 に 見 られ る古 形 とつ な が る 点 が あ る とす れ ば,多 加 利 獲 居 の 多 加 利 (た だ し多 を 名 の 誤 り と し な い場 合)は,古 ル,広
ル(記101)は
語 高 ル の 名 詞 形 と も考 え られ る。 高
記 歌 謡 に の み 例 を 見 る。
他 に も意 義 をた どれ そ う な例 は あ る が,仮 こ こ の 固 有 名 の命 名 は足 尼 や 獲 居 同様,上
に 意 義 が か な りた どれ る とす る と,
代 の例 に通 う,つ ま りは上 代 語 と連 続
的 な様 相 に見 られ う る こ と に な る。 そ こ に は,前 代 と異 な る倭 語 の音 節 へ の,内
側 か らの把 握 が 存 す る と考 え られ よ う。 倭 語 の 音 節 は外 側 か ら近 似 的 に写 さ れ る の で は な く,同
じ く近 似 的 な文 字 を字 母 と して 表 記 さ れ るの で あ る 。 た だ し,そ
の 音 は 「倭 人 伝 」 同 様,朝
鮮 半 島 を経 由 した 跡 が 見 られ,意
富 比〓 の 比〓 は,
『日本 書 紀 』 神 功 紀 に見 え る,千 熊 長 彦 を 「職 麻 那 那 加 比〓 」 とす る 「百 済 記 」 の 引 用(他
に1例)を
援 用 して,倭
音 で は ヒ コ(コ 甲)に 該 当 す る と され て い
る。 音 の観 察 と用 字 に窺 え る朝 鮮 半 島 の影 響 は い わ ゆ る推 古遺 文 に も見 られ,そ れ を通 して しか 倭 語 の記 録 が あ り えな か っ た の も歴 史 的 事 実 で あ ろ う。 表 音 表 記 に よ る部 分 に つ い て の上 の 特 徴 は,銘 文 全 体 の枠 を なす 漢 文 中 の用 語 の あ り方 に相 関 す る。 この 銘 文 に つ い て は,個 々 の 人 物 名 を記 紀 な どの 文 献 に載 る人 物 に比 定 す る こ とに 主 眼 が 注 が れ,文 体 的 な質 につ い て の 言 及 に 乏 し い き ら い が あ った 。 しか し,こ の 文 体 と語 彙 の 質 を分 析 す る こ とが まず 必 要 で あ ろ う。 例 え ば 「上 祖 」 は 「祖 を上 る」 の 意 が 古 く,先 祖 の 意 で 用 い る例 は六 朝 ま で 降 る。 語 法 的 に も この 銘 文 は六 朝 の文 章 ら し い箇 所 を もち,異 論 も あ る 「獲 加 多 支 鹵寺 在 斯 鬼 」 の 文 型 も,『 漢 書 』 巻19「 上 百 官 公 卿 表 」 の 「衛 尉 」(宮 門 の 衛 屯 兵 を つ か さ どる)に
つ い て の 初 唐 顔 師 古 注 に,「 漢 旧儀 曰,衛 尉 寺 在 二宮 内一」 と
見 え る の が,用 語 に つ い て も等 しい 。 「〓子 躬 有 二廃 疾一甚 知 レ名,家 号 二城 西 公 府一」(世 説 新 語 ・賞 誉)は晉
の時 代(4世
紀)の
在 二城 西一,
例 。 また,「 奉 事 来 至
今 」 の 「来 」 の用 法 は,「 而 来 」 な ど と使 う時 の 意 − この か た − で,単 独 で 用 い る の は六 朝 か ら で あ る。 『世 説 新 語 』(方 正)に,「 二 人一」(二 流 の 家 柄 の 者 が 用 い られ て い る)と も,「 其 女 適 二与 劉 元 祥 一為 レ妻,已
自 レ過 レ江 来,尚
書 郎 正 用 二第
あ る。 こ の 用 法 は,敦煌
早 死 来 三 年 」(捜 神 記)の
変文 に
よ うに 用 い られ る 口
語 的 な 用 法 で あ る。 こ の 銘 文 の 場 合,「 世 々 杖 刀 人 の 首 と為 り,事 を奉 じ て この か た,今
に至 る 」 と よめ る。 「世 世 」 は各 代 ご と に とい う こ と だ か ら,代 々 杖 刀
人 首 を務 め て,仕
え は じ め て以 来,世
々 を経 て 今 に至 る とい う文 意 で あ ろ うか 。
や や ぎ こち な い 続 き 方 だ が,「 来 」 の 用 法 は,「 上 祖 」 と同様 和 習 で は な い。 以 上 の よ う に,こ の 銘 文 は 5世 紀 に書 か れ た 漢 文 と して,一 般 に倭 の人 た ちが 目 に した で あ ろ う,口 語 を交 じ えた 当 代 の文 章 の 形 式 を も っ て い る。 しか し,す べ て が 漢 文 で あ る こ とに 尽 き るの で は な い 要 素 が あ る。 「斯 鬼 宮 」 と書 か れ た 時, これ は シ キ キ ユ ウ と発 音 す べ く書 か れ て い た で あ ろ う か。 同 じ こ と は,繰
り返 さ
れ る 「其 児 名 」 に も言 え る。音 読 み に す る こ と を念 頭 に 置 く よ りは,字 面 で意 味 を了 解 す る こ とを 前 提 と して い る と考 え る べ きで あ ろ う。 了 解 され る意 味 は,一 旦 は書 き手 と して の 渡 来 人 の朝 鮮 半 島 語 で あ って もよ い 。 しか し,刀 の所 有 者 た る乎 獲 居 臣 が この 銘 文 の意 味 を理 解 す る時,宮
はみ や と して,児
は こ と して の字
面 を もつ こ と に な る。 そ の こ と 自体 は 3世 紀 に 更 に溯 つ て 漢 字 との 出 会 い そ の こ と に も あ っ て よ い。 しか し,そ れ が 単 に想 念 の も とに の み あ っ て,文 字 が 端 的 に は 単純 な図 様 とし て あ る こ と と,こ の 場 合 は 異 な る。 宮 な り児 な り は,そ の倭 語 と して の 意 義 を文 の 中 で 構 造 的 に 了 解 され る の で あ る。 そ れ は,こ
こ に既 に契 機
と して の 倭 文 が 出 発 して い る こ と を意 味 して い る。 漢 文 の規 則 的 な翻 訳 方 法 が 成 立 す る以 前 に あ っ て,並 ん だ表 意 の 文 字 列 を た ど りなが ら文 の 意 味 が 理 解 され る こ と を通 し て,逆
に 「宮 = みや,児
字 が そ こ に成 立 し,そ
= こ」 とい っ た 個 々 的 な 対 応 が成 立 す る。 訓
して それ を媒 介 とし て,改 め て 「斯 鬼 」 は地 名 シキ の 表 記
と して あ る こ と に な る。 単 に 表 音 文 字 で あ る こ とか ら仮 名 へ の 過 渡 が そ こに あ る。
● 3 訓字 の多様 と仮名
訓 字 の意 識 は,鉄 剣 銘 文 で 2種 に分 か た れ る。 一 つ は 「宮,児 名 詞 で,ミ
ヤ,コ
」 とい っ た普 通
とい う倭 語 と漢 字 の字 義 が 対 応 して い る こ とか ら成 立 す る 自然
な 意 識 の も と に あ る も の で,今 一 つ は 「上 祖,杖
刀 人 」 とい っ た 用 語 で あ る。
「上 祖 」 は訓 読 す れ ば カ ミ ツオ ヤ が 想 定 さ れ,か
つ 「上 = カ ミ,祖 =オ ヤ 」 は
第 1の 場 合 の よ う な 結 び つ きで あ ろ うけ れ ど も,上 祖 とい う語 は 漢 語 と して の も の で あ る。 「上 祖 名 意 富 比〓 」 と記 す 時,格 別,訓
は意 識 され な い と も言 え るが,
祖 と仰 ぐ古 人 を 指 す 倭 語 が あ っ た と した ら,「 上 祖 」 は ま さ に そ れ にふ さわ しい 語 で あ った だ ろ う。 「上 祖 」 の 語 が 降 っ て 現 れ る の は,「 遠 祖 」 の 語 の 方 が 古 く, 一 般 で あ っ た か らで
,ち な み に 『日本 書 紀 』 で は,巻
1 と巻 2に 2語 が24例
い られ るが,「 上 祖 」 は巻 2 「一 書 第 一 」 に 5例 見 え る の み で,訓(兼 両 語 と も トホ ツ オ ヤ で あ る。 「上 祖(ト
用
夏 本)は
ホ ツオ ヤ)」 は 「遠 祖 」 と同意 で あ る こ と
か ら生 ま れ た 訓 で あ る。 「杖 刀 人 」 とい う官 職 名 の 場 合,よ
り明 らか で,例
えば
タ チハ キ と い う名 称 が あ った と して も,そ れ 自体 に訓 字 表 記 の 契 機 は な い。 しか し,刀 剣 を帯 び て近 侍,警
護 す る その 職 掌 に ふ さわ しい 内 容 を文 字 で表 し て い る
の は,「 杖 刀 」 とい う語 で あ ろ う。 『蜀 志 』(巻 6馬超 伝),斐
松 之 注 の 引 く,晉 楽
資 撰 「山 陽 公 載 記 」 に 言 う,関 羽 と張 飛 が 劉備 の 側 に杖 刀 して − 刀 を杖 つ い て― 馬 超 を威 嚇 した とい う条 に見 え る語 で あ る。 その よ うな警 護 の あ り方 を こ の語 に 託 した職 名 で あ ろ う。 この 用 字 は,仮
に タ チ ハ キ とい う称 で あ っ た とす る な ら,
それ と字 義 的 に直 接 しな い,装 飾 的 な訓 字 で,8 世 紀 の 用 字 法 を先 取 りす れ ば, 義 訓 の一 種 で あ ろ う。 「人 」 を付 す の は,後 述 の 「 典 曹 人 」(江 田船 山 古 墳 出土 鉄 刀 銘 文)同
様 に,既 に制 度 に定 着 した 称 で あ った か らか。 そ し て,こ の 漢 語 と し
て の 意 義 の 顕 わ な あ り方 は,他 の 漢 語 部 分 に つ な が る。 「左 治,百
練,利
刀,根
原 」 とい った 語 は,格 別 倭 訓 を 予 想 さ せ な い 。 特 に倭 語 訳 を求 め な くて よ い,漢 語 の ま まに 倭 語 の 中 に 入 っ て ゆ く類 の 語 で あ る。 後 の概 念 で 言 え ば,字 音 語 へ と 展 開 す る要 素 で あ る。 この 銘 文 と同 時 代 の 作 と さ れ る江 田 船 山 古 墳 出 土 鉄 刀 の 銘 文 は,典
曹 人无
(利)弖 が 作 らせ,張 安 な る人 の 手 に な る文 で あ る。
治 天 下 獲加多支鹵
大 王 世 。 奉 事 典 曹 人 名无利弖
。 八 月 中。 用 大錡 釜并
四 尺 廷 刀 。 八 十 練九 十 振 。 三 寸 上 好利 刀 。 服 此 刀 者 長 寿 。 子 孫汪 々 得王 恩 也 。 不 失 其 所 統 。 作 刀 者 伊 太加 。 書 者 張 安 也 。
文 章 と し て は こち らの 方 が 漢 文 と して の 風 を もっ て い る。 「服 二此 刀一者 長 寿, 子 孫汪 々 得 二王 恩一也 。 不 レ失 二其 所一レ統 」 の 「汪々 」 の 箇 所,標
準 的 な解読 で は
「注 々 」 と され て い るが,「汪 々 」 と解 す べ きで あ ろ う。 「汪汪」 は,水 が 深 く広 い さ ま を表 し,後 漢蔡〓 の 「郭 泰 碑 」(藝 文 類 聚 ・隠 逸 下)に,「 姿 度 広 大,浩
浩 焉,汪汪
焉,奥
夫 其 器 量 弘 深,
乎 不 レ可レ測 已」 と見 え る な ど,碑 文 や 銘 文 に よ
く用 い られ て人 格 の 豊 か さ を形 容 す る。 「王 恩 」 の 箇 所 は 「三 恩 」 と解 読 さ れ て い る が,三 恩 とい う語 は見 当 た らず,東 野(1993)が 王 を補 う と文 意 が 通 る。 『孟 子 』(梁 恵 王)の
仮 定 す る よ う に字 形 の 似 る
後漢趙 岐 注 に 「 王 恩 及 二禽 獣一」 と
あ る な ど,散 見 す る語 で あ る。 次 の 「所 統 」 が,所 領 と同 じよ うに 自己 の 支 配,
管 轄 す る所 とい う意 味 で 史 書 に頻 出 す る表 現 で あ る こ と を加 えれ ば,こ
この部 分
は,こ の 刀 を帯 び る者 は長 寿 で,そ の 子 孫 は度 量 も広 く,王 恩 を得 て,ま た そ の 統 べ る所 を失 わ な い とい う文 意 で あ る。 も と よ り 「王 恩 」 は文 飾 で,雄 略 朝 で の 具 体 的 な何 か を指 す の で は な い。 な か なか 凝 っ た 文 章 で あ る。 張 安 とい う人 名 は 中 国 の人 名 と して 史 書 に も見 え る か ら,筆 者 は 中 国 人 で あ ろ う。 稲 荷 山 鉄 剣 銘 と の 文 章 上 の差 は典 曹 人(曹
は役 所,典
はつ か さ ど るの 意 だか ら行 政 官 の こ とか 。
「其餘 令 史,各 典 二曹 文 書一」 後 漢 書 ・百 官 志)と
杖 刀 人(武
官)の
差 によるのか
も知 れ な い。 鉄 刀 銘 の 方 に 先 述 の倭 訓 の 要 素 が 見 え に くいの も,そ の 文 章 上 の 性 格 に よ る の で あ ろ う。 二 つ の 銘 文 の編 年 的 な前 後 は明 らか で な いが,倭 語 へ の 近 さ とい う点 か ら は, 鉄 剣 銘 の 方 に新 しい 印 象 が あ る。 指 摘 した よ う な訓 字 の 契機 は,一 方 に仮 名 の 可 能 性 を胎 む と言 え よ う。
● 4 訓字 と仮名 の共 存へ
江 田船 山 古 墳 出 土 鉄 刀銘 の よ うな 漢 文 が 書 け るた め に は,そ れ な りの 教 養 が 必 要 で,ま
た そ の 能 力 は,典 籍 の十 分 に備 わ らな い 倭 国 内 で は培 う こ とが で き な か
っ た で あ ろ う。 と い う こ と は,倭 王 武 の 上 表 文 の よ う な漢 文 を書 け る有 能 な書 記 者 は,各 世 代 に新 た に求 め な けれ ば な ら な か っ た こ と を示 唆 す る。 6世 紀 初 頭 の もの とされ る 隅 田 八 幡 宮 人 物 画 像 鏡 銘 は,字 体 も鏡 文 字 が あ るな ど稚 拙 で,ま
た
銘 文 の 文 意 も定 か で な い。
癸 未年八 月 日十 大王年男弟 王在意柴 沙加宮時斯麻 念長奉遣 開中費直穢 人今州 利 二人等所 白上 同二百旱所 此竟
比 定 し う る人 物 も 「(男 ・幼・ 孚)弟 され る程 度 で,確
王 」 と さ れ る の が継 体 天 皇 で あ ろ う か と
実 な こ とが ら は 何 も明 らか で な い 。 た だ,用 字 法 の 観 点 か ら
は,「 開 中費 直 」 と解 読 さ れ て い る箇 所 が カハ チ ノ ア タ ヒを 意 味 す る とす れ ば, 姓 の 一 つ ア タ ヒが 「費 直 」 の表 記 で 見 られ る こ とに な る 。 「費 直 」 は 「築 倉 治 船,
費 直 二 萬 萬餘 」(漢 書 ・食 貨 志,「 服虔曰,萬
萬 億 也 」)の よ う な例 が あ り,費 用
の 意 の語(「 起 二八 風臺 於 宮一,臺 成 二萬 金一」 漢 書 ・郊 祀 志,顔 師 古 注 「費 直 萬 金 ' 也 」),そ れ を ア タ ヒ に用 い て い る とす れ ば,姓 の名 称 に先 の 「足 尼 」 の表 音 表 記 と異 な っ た,訓 字 表 記 が 既 に 見 られ る こ と に な る。 とす れ ば,こ と も漢 文 そ の もの で は な い。 倭 語,こ
の場 合 ア タ ヒが 漢 文(中
の銘 文 は少 な く
国 語 文)に
現れ る
た め に は,表 音 的 に記 され る他 は な い で あ ろ う。 この 銘 文 は,製 作 上 の ミス か ら 鏡 文 字 に な る な ど,字 体 認 識 が 粗 雑 で,従
っ て解 読 の 精 度 も前 述2銘 文 に比 し て
低 く,上 の よ み に異 説 も当 然 あ り,山 尾(1989)の
よ うに,朝 鮮 半 島 の 地 名 な ど
が あ げ られ る と見 る 向 き もあ る。 この銘 文 に も漢 文 的 な潤 色 は あ っ て,「 念 長 奉 」 の 句 は,「 朕 以レ啓 二人 誠一長 奉レ国 」(北 史99突厥 指レ答レ所レ問 」(晉 書50庚
純 伝)な
伝)や
「不 レ念レ奉 二憲 制一,不レ
ど に見 られ る語 句 と通 う もの で あ っ て,「 奉 」
を 「壽 」 の誤 と見 て 「 長 寿 を念 ず 」 とい う 目 的 を読 み取 ら な い 方 が よい 。 「奉 事 」 の 略 と とっ て,長
く仕 え る こ と を表 明 した 文 と考 え た 方 が よ い 。 そ して,「 事 」
が 略 され て い る とす る と,2 箇 所 の 「所 」 字 の後 の 動 詞 が 欠 け て い る こ と と同 種 の,む
し ろ 欠 字 で あ ろ う。 い っ そ この 銘 文 の歪 さ に立 て ば,冒 頭 の 「八 月 日十 大
王 年 」 は,「 八 月 十 日大 王 年 」 と も考 え られ,よ
み の確 定 は な お 困 難 と な る。 こ
れ を 5世 紀 と見 る か,6 世 紀 初 頭 と見 るか で 位 置 づ け も異 な ろ うが,十
分で ない
漢 字 の 措 辞 は,単 に 工 程 上 の誤 りで な けれ ば 文 章 能 力 の 不 足 を意 味 す る。 こ う し た 場 合,既
に あ る型 を不 十 分 に適 用 した と見 た 方 が よい の で は な い の か 。
6世 紀 は,朝 鮮 半 島 にお け る倭 国 の 軍 事 的 劣 性 の 記 録 さ れ る世 紀 で あ る こ と も 関 わ る の か,こ 理 由 で,国
れ と い っ た 出土 資 料 が,今
の とこ ろ見 られ な い 。 そ の間,先
述の
内 で 文 章 を書 く こ とが 広 が っ て,倭 人 の 中 に漢 文 を書 け る人 材 が 多 く
育 っ て い っ た と考 え る こ とに は無 理 が あ ろ う。 む し ろ あ っ た の は,渡 来 人 で 文 章 の起 草 に 当 た っ た 者 の 子 孫 た ち の 能 力 低 下 で あ ろ う。 「敏 達 紀 」 元 年 の 高 麗 国 書 を読 め な か った 史 部 の記 事 は,烏
の羽 に書 い て あ っ て よ め な か った とい う技 術 上
の 問 題 で あ る以 上 に,漢 文 に つ い て の,要 す る に学 力 の低 下 を意 味 して い る と考 え るべ きで あ ろ う。 しか し,そ の こ との 内 部 で 進 行 し て い た,裏 面 の事 態 も また 見 られ ね ば な らな い 。 書 記 し記 録 す る こ と 自体 が 続 い て い た の は 当然 で あ ろ うか ら,漢 文 を書 こ う とす る 営 為 は あ っ た だ ろ う。 しか し,言
う な れ ば稚 拙 な 漢 文 し
か 書 け な い とす る時 の その 稚 拙 さ と は,言
う まで もな く倭 語 に よ む部 分 が 交 じ っ
て し ま う こ とで も あ っ た 筈 で あ る。 倭 語 風 の措 辞 は,積 極 的 な意 図 に基 づ く と言 う よ りは,ひ す れ ば,そ 田 マ(額
とた び は不 正 確 な 漢 文 の 中 に存 す るの で あ り,述 べ て きた こ とか ら
れ は 訓 字 と して 現 れ る。 現 在 確 認 さ れ て い る もの で最 古 の 訓 字 例 「各
田 部)」(岡 田 山 1号 墳 鉄 刀 銘)の
「額 ヌ カ,田
タ」 が 6世 紀 後 半 の もの
で あ る こ と は,そ の 見 通 し と整 合 す る。 そ し て,訓 字 と い う現 象 が側 にあ っ て は じめ て,表
音 文 字 は仮 名 とな る。 倭 語 と して の 語(固
有 名 で も)が 中 国語 か ら表
音 的 に で は な く,ま さ し く倭 語 と し て,意 識 的 に 内部 か ら表 音 的 に 表 記 さ れ る 時,そ
の 文 字 は現 象 と して は漢 字 で あ っ て も,倭 語 の音 節 を一 義 的 に表 して い る
と い う こ とに お い て,狭 義 に漢 字 な の で は な い。 訓 字 と並 ん で 倭 語 を表 す 文 字 , そ れ こそ 万 葉 仮 名 と呼 ば れ る仮 名 文 字 で あ る。
倭 語 風 の 措 辞 が漢 文 的 な全 体 に 混 入 して,全 体 が倭 語 の 文 と して の よみ 方 を 前 提 的 に有 し て い る と され る文 章 と し て,「 法 隆 寺 金 堂 薬 師 仏 光 背 銘 」 が あ げ られ て きた 。 そ れ を い わ ゆ る推 古 遺 文 の代 表 格 と して あ げ る こ と に,今 定 的 で あ る。 東 野(1977)は,そ
日の 学 説 は否
こに 記 され る 「天 皇 」 の称 号 が 推 古 朝 で は早 す
ぎ る と し て,こ の 銘 文 を天皇 号 の 使 用 され る文 武 朝 以 後 の仮 託 と見 る。 推 古 朝, 即 ち 6世 紀 末 か ら7世 紀 前 半 にか け て の 時 期 に,日 本 語 の語 順 に漢 字 を並 べ て 文 章 を 綴 る こ とは ま だ 難 しか っ た,と
言 う よ り,そ の 必 要 性 に つ い て は疑 問 で あ
る。 この 銘 文 の み な らず,日 本 語 的 な語 順 を もつ,こ の 時 期 の作 と され て きた も の は そ の 年 代 を下 げ るべ き と され,こ
の時 期 の もの と して 残 る 資料 は,漢 文 で あ
ろ う。 次 の よ う に象 徴 的 に要 約 して も よ い 。 聖 徳 太 子 は 自 らの思 惟 す る と ころ を 倭 文(原
日本 語 文)で
綴 る こ とが な か っ た し,お そ ら く意 図 す る こ と も な か っ
た 。 思 惟 は漢 文 に表 され るの で あ り,例 え ば 「憲 法 十 七 条 」 は,太 子 一 人 の 述 作 で な い か も知 れ ず,後 世 の補 入 な どが あ りえ た に して も,基 本 的 に太 子 の 周 辺 で 書 か れ た も の と判 断 さ れ(小 島1986),ま
た それ を なす に十 分 な 典 籍 も身 近 に あ
っ た で あ ろ う。 初 期 の 倭 文 が,漢 い,そ
文 を 書 い て い る つ も りで つ い 語 順 が 日本 語 風 に な っ て し ま
の混淆 か ら次第 に それ ら し くな っ た とい う想 定 は,混淆
を変 体 漢 文 或 い は
和 化 漢 文 と い う範 疇 と して 与 え る こ と を伴 っ て通 行 して い る。 しか し,漢 文 を書 こ う と意 図 して い る に も拘 わ らず,語 順 が 日本 語 風 に 乱 れ て し ま う とい う事 態 は 書 記 者 の 能 力 の低 さ を示 して い る に過 ぎず,ま
た意 図 と して 中 国 語 の文 を書 い て
い る の か,日 本 語 の 文 を書 い て い る の か 曖 昧 な書 記 形 式 とい う事 態 は お よ そ考 え に くい。 た だ し,小 島(1986)が
指 摘 す る よ う に,倭 人 に とっ て 漢 文 を 正 確 に記
す とい う こ とは基 本 的 に 困難 で あ り,い わ ゆ る和 習 は 現 象 と して 避 け難 いで あ ろ うか ら,和 習 を含 む 漢 文 は存 在 した で あ ろ う。 た だ,そ の 誤 用 に,い わ ば 居 直 っ て倭 語 の文 が 出来 る とい う漸 次 成 立 論 は,倭 文 体 と して あ る 7世 紀 後 半 か ら8 世 紀 に か け て の 文 が,否 定 表 現 な どに部 分 的 に漢 文 と して の 語 順 を含 む こ とか ら帰 納 的 に仮 想 され る 過 程 で あ り,論 証 が難 し いの は資 料 の 不 足 に よ る の で は な い。 倭 語 の文 の 成 立 と漢 文 との 関 わ りは,倭 訓 とい う こ と に求 め られ よ う。 先 に 5 世 紀 後 半 の 鉄 剣 名 に つ い て見 た よ う に,「 其 児 名 乎 獲 居 臣 」 と い う部 分 で,児
と
名 が 訓 読 み に な る こ とは容 易 く,ま た こ こで 意 味 を 了解 す る こ と と とは そ の 置 き 換 え を す る こ と に 他 な ら ず,そ の 理 解 が,辛
巳 年(天 武10(681)年)の
「山 ノ
上 碑 」 碑 文 の 「健 守 命 孫 黒賣 刀 自」 の よ うな倭 文 の構 成 に つ な が っ て ゆ く。 訓読 と い う行 為 が,漢 文 を定 まっ た 形 式 の 日本 語文(訓
読 文)に
置 き換 え る こ と にな
るの は,平 安 時 代 か らで あ る。8世 紀 よ り更 に溯 れ ば,語 単 位 に よ ん だ もの をた ど りなが ら全 体 を理 解 す る,そ の 限 りで は 全体 的 と して の 文 体 をな さ な い形 式 の 段 階 を訓 読 文 に考 え て よ い で あ ろ う。 滋 賀 県 北 大 津 遺 跡 出 土 の,通 称 音 義 木 簡 は,7 世 紀 後 半 の もの と され る が,そ こ に見 られ る状 況 は,ま (1994)に 従 っ て,そ を あ げ る と,①
さ し くそ う した 段 階 を 示 す よ う に 思 わ れ る。 今,東 野
こ に 記 さ れ て い た(或
い は記 さ れ て い た と見 られ る)内 容
「釆 取 」 ② 「披 開 」 ③ 「賛
加 ム移 母 」 ⑤ 「〓(精)久
皮 之 」 ⑥ 「□
る。⑥ ⑦ につ い て は不 確 実 で,⑤
田 須 久 」 ④ 「〓(誣)阿
参 須 羅 不 」 ⑦ 「體
佐ム
ツ 久 羅 不 」 とな
も こ の字 を 「精 」 の 異 体 と す る の は,む
しろ
ク ハ シの 訓 の 方 か らの 推 定 で あ る。 これ らの音 義 は,何 か の 文 献 を よ む た め の心 覚 え と考 え られ るが,文 献 を特 定 す る こ とは 困難 で あ る。 た だ,学
習 の 跡 とす れ
ば,経 籍 の どれ か で あ ろ う。 心 覚 え は恣 意 的 に 記 され る の で は な い 。 何 か の 注 が ノ ー トさ れ て い る と い う観 点 か ら,少
し見 て お く必 要 が あ ろ う。 ① ② は,原 文
が そ の ま ま引 か れ て い る と見 ら れ る。① は,「 釆 , 取 也 」 と し て 『毛 詩 』 毛 伝 に 見 ら れ る。 ② は 『篆隷萬 象 名 義 』 に 「披 開(也)」
補 寄 反,周
也 , 折 也,散
と見 られ 『 玉 篇 』 に あ っ た こ と は確 か だ が,訓詁
也 , 張 也,
の 実 例 は 『文 選 』 琴
賦 李 善 注 文 ま で 降 る 。③ は 「 賛 佐 也 」 と あ る もの の訓 義 を倭 語 表 記 した もの で あ ろ う。 『春 秋 左 氏 伝 』 杜 預 注 な どに見 られ る 。④ は 文 節 単 位 で 記 さ れ る,つ ま りは単 な る語 で は な い 一 字 一 音 表 記 の倭 語 表 記 と して は現 在 の と ころ最 古 の確 例 と言 え,そ の評 価 は重 要 だ が,ヤ (工 藤1994)と
モ が 已 然 形 に続 か な い点 で は異 例 の反 語 表 現
な る。 た だ し,終 止 形 に続 くヤ モ は,例 え ば 『 萬 葉 集 』 の 「吾 将
恋 八 方 」(10・2265)を,紀
州 本 と京 大 本 に ワ レ コ ヒム ヤ モ と よん で い る な ど,
後 世 に も見 られ は す る。 何 らか の語 句 を こ う よ む に は,「誣 , 欺 也 」 の 注 が 手 掛 か り と な ろ うか ら,そ れ に つ い て 『 経 籍〓詁 』 をた よ りに検 索 し て み る と,『 春 秋 左 氏 伝 』 杜 預 注 の2例
が あ が る。 学 習 が 経 籍 に つ い て の こ とな ら,こ の ど ち ら
か に つ い て の 手 控 え で あ る可 能 性 が高 い。 ち な み に 最 近 の 電 子 検 索 に よ っ て も, この 2例 しか 見 られ な い。 そ の うち,「 定 姜曰,無レ 神 何 告,若 有,不レ 可レ誣也 」 (襄 公14年
伝,杜
預 注 「誣,欺 也 」)を 考 えて み た い。 一 節 は,衛
姜 が 息 子 の 非 を あ げ る箇 所,宗
の 献 公 の母 定
廟 の神 霊 が あ る もの な ら,息 子 に罪 は な い な ど と
告 げ て偽 っ て は な ら な い と神 官 に告 げ る。 「神 無 く ば何 ぞ 告 げ ん,若
し有 らば誣
くべ か らず 」 とい う後 句 を前 句 の反 語 形 に 引 か れ て,ア ザ ム カ ム(メ)ヤ
モ と反
語 に よん だ の で あ ろ う。 ⑥ は,サ ス ラ フ に対 す る標 出 字 が 不 明 だ が,サ
スラ フ
は上 代 の確 例 を欠 く。 また ⑦ の ツ ク ラ フ は,同 一 語 形 の 語 が 存 在 せ ず,⑥
と共
に解 読 自体 が 問 題 に な ろ う。 こ の資 料 に現 れ て い る の は,訓 字 と倭 訓 の 明 らか な対 応 で あ り,か つ そ の対 応 自体 を示 す た め に,倭 訓 が仮 名 表 記 さ れ て い る こ とで あ ろ う。 確 実 な例 に即 し て 言 え ば,「 賛,佐
也 」 の 訓 義 を 「田 須 久 」 と仮 名 表 記 され た 倭 訓 は,口 頭 で た ど
られ る漢 文 の 訓 読 の 跡 を示 す こ とに な る。 た だ し,前 述 の よ う に,こ れ は 定 ま っ た文 体 を な す の で は な い。 と い う こ とは また,仮 名 の み で 文 を 書 く とい う こ と を 背 景 に こ れ が あ る の で もな い こ と も示 す。 固有 名 の表 記 に しか 用 い られ な か った 表 音 文 字 が,倭 語 の 内 側 か ら その 音 節 を記 す 文 字 へ と展 開 した こ と に よ っ て,倭 語 の 一 般 語 彙 を表 記 す る 契機 が 成 立 す る。 それ は,し か し,直 ち に倭 語 を直 接 表
記 す る こ と に 向 か うの で は あ る まい 。 この 資 料 自体 が そ うで あ る よ う に,漢 字 に 対 す る倭 語 の よ み,即 ち 倭 語 で の音 と意 義 を記 す と こ ろ に まず は見 られ た で あ ろ う。 そ こ に訓 字 と仮 名 が 同 時 に成 立 す る 。倭 語 で の よみ を も つ漢 字,訓
字 と倭 語
の 音 を示 す 漢 字,仮 名 と は,漢 字 漢 文 を倭 語 に翻 訳 す る,そ の 過 程 の 中 に相 対 的 に 成 立 す る ので あ る。 意 義 を訓 字 に預 け る こ と に お い て,こ
の仮 名 文 字 列 は,一
義 的 に は意 義 を指 示 しな い 。 例 えば 「田須 久 」 は文 字 「 賛 」 を,外 示 的 に指 示 す る とい う点 で,表 音 表 記 され た 固有 名 に似 る。 意 味 す る こ と に よ っ て で は な く, 存 在 を記 号 的 に示 す 固 有 名 の 性 格 と合 う の で あ る 。 そ の点 か ら見 れ ば,「誣 阿 佐 ム 加 ム移 母 」 の対 応 は,中 国 語 文 にお け る述 語 を倭 語 の 述 語 文 節 へ とう つ す こ とで あ っ て,文 が 文 と して さ な が ら に原 文 を外 示 し て い る こ と,つ ま りあ る漢 文 の 一 文 を倭 語 の 音 連 鎖 に 置 き換 え た こ とを示 唆 す る。 先 述 の よ う に,そ れ は まだ 文 体 を な す ほ どに定 まっ た 形 式 で は な い。 臨 時 的 で恣 意 的 な その 倭 語 の 文 の性 格 は,反 語 形 式 と し て の異 例 に現 れ て もい る。 か つ そ の一 方 で,そ れ が 倭 語 の文, 更 に は文 体 へ の 志 向 を 内包 す る こ と も見 て お か な けれ ば な ら な い。 この 資 料 の あ る こ と自体 が,漢 文 の倭 語 で の よ み 方 が 学 習 とい う場 で伝 え られ る ほ どの 固定 性 を有 して い た こ と を示 して し ま う。 た だ し,仮 名 の み で倭 語 の 文 を書 くこ との, 少 な く と も可能 性 は,こ の 時 期 に既 に あ っ た と見 な け れ ば な ら な い。 た だ こ の 資料 に記 され る の が す べ て述 語 部 分 で あ る こ とは 注 意 しな けれ ば な ら な い 。 文 単 位 で 言 え ば,主 語 部 分,語
と して は名 詞 に つ い て 注 記 す る必 要 が 少 な
か っ た とい う こ と は容 易 に推 察 さ れ る。 漢 文 の 注 が 多 く述 語 に施 され る こ と も関 わ るが,名 詞 が その 性 格 上 置 き換 え や す い語 で あ る こ とが 主 た る要 因 で あ ろ う。 資 料 は あ ま りに 断 片 に過 ぎ な い が,述 語 部 分 の 注 記 とい う限定 は,広 え て よ いで あ ろ う。 そ して,そ
こ に 言 わ ば選 び 出 され る注 記 が,よ
く亙 る と考
み を得 に くい
もの に限 られ る こ とに も注 意 した い。 例 え ば 「誣 ア ザ ム ク 」 は,『 類 聚 名 義 抄 』 (観 智 院 本)に
は見 られ(「〓 」 の字 体 も俗 字 と して あ げ られ る),ま
に は散 見 す る もの の,ま
た訓点 資料
ず は得 に くい倭 訓 で あ り,先 述 の よ う に 「誣 欺 也 」 の
注 な くして は置 き換 え不 可 能 と言 っ て よい 組 み合 わ せ で あ る。 そ れ に関 連 して,こ
の資 料 の 示 す こ とが も う一 点 あ る。 そ れ は,「 賛 タ ス ク」
「誣 ア ザ ム ク」 が 「賛 佐 也 」 「誣 欺 也 」 の 注 を 媒 介 と し て 成 立 す る 限 り,
「 佐 タ ス ク」 「欺 ア ザ ム ク」 は 自明 の 倭 訓 で あ らね ば な らな い とい う こ とで あ る。 難 し い,学 習 す べ き訓詁 とい う図 に対 して地 で あ る易 しい 訓詁 の語 彙 群 は, 言 わ ば 常 用 訓 字 の群 を な しつ つ あ っ た と考 え られ る。 この 見 方 に立 っ な ら ば,「 采 取 」 「披 開 」 の 二 つ は,取,開 ル,ヒ
が それ ぞれ ト
ラ クの 平 易 な訓 字 で あ る とす る こ と もで きる。 「孝 徳 紀 」 白雉 元(650)年
條 を た よ りに,白雉 元 年 と さ れ る 「法 隆 寺 二 天 造 像 銘 」 に,「 山 口大 口 費 上 而 次 木〓 二 人 作 也 」 とあ る文 は,倭 語 で しか よ み よ う の な い 文 で あ る が,固 有 名 も含 め て 「山,口,大,費,上,次,木,〓,作 は ニ ニ ン と も よめ る か)こ
」 とい う訓 字 が 見 られ る(「 二 人 」
と を傍 証 に で き よ う。 「〓」 を除 け ば常 用 訓 字 が 記 さ
れ て い る と言 え る。 訓 字 と仮 名 の相 互 的 な成 立 の も と に,訓 字 に仮 名 を交 じ えた 文 の表 記 が 準 備 さ れ る。 しか しな が ら そ の形 式 が 直 ち に実 現 す る の で は な い。 それ を遮 る制 約 が, お そ ら く二 つ あ る と考 え られ る。 一 つ は,仮 名 が 述 語 的 な分 節 を ま る ご と記 して 訓 字 に対 応 し た と して も,そ の 方 法 自体 が 固 有 名 を記 す こ と と変 わ らな か っ た こ とに見 られ る よ うに,仮 名 自体 は まだ 固 有 名 か ら自 由 で なか っ た こ とで あ ろ う。 しか し,そ の 制 約 は,次 の 碑 文 中 の 固有 名 を見 る限 り,7世
紀 後 半 に は緩 くな っ
て い る と言 え よ う。
辛 巳歳 集月三 日記。 佐野三 家定賜健守命 孫黒売刀 自。此新川 臣児斯多 々弥足 尼孫大 児臣娶生児長利 僧。母為 記定文也 。放光寺僧 。 (群馬 県 上 野 国 山名 村 碑 文 ・天 武10(681)年)
固有 名 が 「佐 野,健 放 光(寺)」
守 命,黒
売 刀 自,新 川,斯
多 々 弥 足 尼,大
児,長
利(僧),
とあ げ られ る。 末 の 二 つ は仏 教 に関 す る名 で あ る か ら音 読 み で あ ろ
う。 顕 わ な仮 名 表 記 は 「斯 多 々 弥 」 の み で あ っ て,「 佐 野 」 は 地 名,「 足 尼,刀 自」 は慣 用(刀
自 に つ い て は 複 雑)で
あ っ て,そ の 表 記 上 の価 値 は 「命 」 と変 わ
ら な い 。 そ れ は 「黒 売 」 とい う訓 と音 の 組 み 合 わ せ の あ る こ と と 並 ぶ 現 象 で あ る。 シ タ タ ミ は,後 に は 「細 螺 」 とい う訓 字 を得 る が,「 黒 」 と同 列 で あ ろ う は ず もな く,仮 名 で しか綴 りよ うの な い語 で あ っ た。 固 有 名 に お け る この分 化,即
ち 記 しや す い訓 字 は それ で示 し,記
しえ な い もの は仮 名 で とい う分 化 は,そ の ま
ま述 語 文 節 の分 節 され た 機 能 分 担 的 な表 記 と い う こ と に現 れ るで あ ろ う。
乙酉 年 二 月 … …以 御 調矣 本 為 而 私 マ 政 負 故 渥 沽 支 □ 者老 天 … …不 患上 白
(伊場遺跡 木簡)
冒頭 を 「乙酉 年 」 と解 読 す る こ と に従 え ば,天 武14(685)年 「沽 支 」 の 「沽 」 は,う
る,か
う どち ら も言 う が,私 部(大
つ く人 物 が 何 か を 御 調 の た め に う っ た(木
簡 学 会1990)と
支 」 は 「う り き」 を表 記 した もの で あ ろ う。 た だ,ウ 「田 宇 利 」(田 売 り カ)と あ る の が そ れ ら し い が,上
の 資料 で あ る。
后 の部 民)の
政務 に
解 さ れ る か ら,「 沽
ル は 「正 倉 院 仮 名 文 書 」 に 代 に 確 例 が な く,「 か ひ き」
か も知 れ な い。 いず れ に せ よ,ウ ル な りカ フ な り と先 の音 義 木 簡 の よ うに して 対 応 す る訓 字 「沽 」 が あ っ て,そ
の残 余 と し て の キ が 仮 名 で 補 助 的 に記 され て い
る。 「老 天 」 が 「老 て 」 な ら これ も同 じで あ る。 これ が 「御 調矣 」 の ヲ に も及 ぶ 。 「御 調 ヲ以 て 本 と為 て 」 よ りは 「御 調 ヲ本 と為 て」 の 順 に 考 え た い が,こ
の ヲは
「沽 り支 」 「老 い 天 」 と異 な る面 を もつ 。 格 表 示 が あ る とい う こ とは,分 節 に お け る訓 字 と仮 名 の 機 能 分 担 が 文 単 位 に及 ぶ こ と に な る。 た だ し この 場 合,「矣 」 を 文 末 助 字 と して,「 御 調 を以 て す 。」 と単 に返 読 す る こ と も考 え られ,助 詞 ヲの表 記 と見 る こ と に は慎 重 で あ らね ば な らな い。 助 詞 ヲが仮 名 書 きさ れ て い る とす れ ば,仮 名 使 用 の 自 由 度 は進 ん で い た と判 断 され よ う。 そ し て,ま
さ に右 の 「矣」 を文 末 助 字 と見 る こ とに 如 実 な,漢 文 的 要 素 が,訓
字 ・仮 名 文 実 現 の た めの,今 一 つ の 制 約 で あ る。 文 章 の 範 が,と 言 う よ り書 き こ と ば 自体 漢 文 を措 い て 他 に な か った 時 期,記
され る と した ら,倭 語 は漢 文 の文 形
式 の 枠 内 で 与 え られ るの が 自然 で あ ろ う。 従 っ て倭 語 で 文 を書 く とい う意 識 と動 機 は,漢 文 を訓 読 す る 中 か ら生 まれ て く る も の で あ った だ ろ う。 そ こ に成 立 して い る,文 以 下 の句 読 的 な単 位 を倭 訓 よ み の 訓 字 ぐ るみ に綴 る こ と,そ の単 純 な 和 と して しか 初 期 倭 文 の形 式 は な か っ た 。 上 の 資 料 で,「 不 患 」 と い う漢 文 式 の 語 序 が 交 じ る の は そ の故 で,「 うれ へ ず 」 とい う否 定 概 念 自体 が 「不 患 」 と対 応 し て,従
って ズ は残 余 と し て仮 名 で 記 され な い の で あ ろ う。 『古 事 記 』 で 「不 平 」
が ヤ クサ ム の 表 記 とな っ て い るの は,「 不 平 」 とい う否 定概 念 を ヤ ク サ ム とい う 負 性 の概 念 に置 き換 え る こ とを背 景 と して い る。 7世 紀 後 半 の 木 簡 で 最 も文 章 ら しい整 い を もつ 森 ノ 内 遺 跡 出 土 木 簡 の 文 が,漢 文 的 語 序 を含 む 倭 語 の文 で あ る こ とは,そ
の観 点 か ら見 られ る 必 要 が あ る。
( 表)椋 直□之我 □□稲 者馬不得 故我反来 之故 是汝 卜部 ( 裏 ) 自舟人 率而可行 也其稲在処者衣 知評平留 五十戸旦波博 士家 (滋賀 県森 ノ 内遺 跡 出 土 木 簡 ・7世 紀 後 半 天 武 朝 の 頃)
地 名 を 除 け ば仮 名 表 記 は な く,訓 字 との分 節 の 分 担 は な い 。 一 方,「 之 」 は動 詞 に つ い て 語 調 を整 え る助 字 で あ って よ まれ ず,「 不 得 」 「可 行 也 」 は 漢 文 の 語 序 で あ る。 漢 文 の語 序 は,あ る残滓 な の で は な く,訓 読 とい う営 為 の 中 で倭 語 の文 に積 極 的 に取 り入 れ られ た語 序 − 文 章 ら し い それ − で あ ろ う。 こ の う ち,「 馬 不 得 」 を 「馬 を得 ぬ」,「舟 人 率 而 」 を 「舟 人 を率 て」 の よ う に,助 詞 ヲを 表 記 しな い 書 記 法 と見 る こ とに は,単
に 「馬 得 ぬ 」 「舟 人 率 て 」 の 語 法 も あ るか ら一 概 に
は従 え な い。 末 尾 も 「其 の 稲 の在 処 は… … 博 士 の 家 そ」 の よ う に ソ を読 み 添 え て よ い とは 限 らな い 。 「 博 士 の 家 」 で終 わ っ て も よ い。 つ ま り付 属 語 類 を極 力 使 わ な い文 で あ る可 能 性 もあ る。 しか し,そ の よ う に倭 語 的 な分 節 の 表 記 を故 意 に避 け る 書 記 法 で あ れ ば な お の こ と,か え って そ の表 記 は可 能 で あ った の で あ り,か つ 部 分 的 にせ よな され て もい た こ とを 前 提 に して い る こ とに な る。 漢 文 的 な語 序 の 採 用 と付 属 語 類 の 無 表 記 は,こ の文 章 が,お 頭 に 記 さ れ て い る(小 谷1999)こ
そ ら く口頭 語 に還 元 す る こ と を念
とに 関 わ る。 た だ しそ の 口 頭 語 は 漢 文 訓 読 式
の そ れ で あ っ た と思 わ れ る。 読 み 手 は,ヲ
を読 み 添 え て も読 み添 え な くて も よ
い 。 そ の差 は実 用 とい う限 りに は支 障 の な い こ とで あ ろ う。 こ の 資料 との前 後 は定 か で な い が,飛
鳥 池 遺 跡 出土 木 簡 に,「 世 牟 止 言 而 」とい
う宣 命 書 大 書 体 形 式 の 断 片 の見 られ る こ とが 考 え合 わ され る。 断 片 の 限 りだが, 「言 而 」 とい う内 容 が 仮 名 で 記 さ れ て い る。 音 訓 交 用 の よ う に見 えて,こ
れ は引
用 内 容 を一 字 一 音 で とい う分 化 を も っ て い る。 あ る こ とが らを伝 え るだ け で な く 発 言 そ の もの を形 に残 し,読 み手 に こ とば を伝 え る とい う働 き を もっ て い る。
● 5 人 麻 呂 歌 集,古
事記
仮 名 の成 立 を,訓 字 と相 互 的 に あ っ た とい う視 点 か ら考 え て きた 。 仮 名 書 きで 歌 を書 く可 能 性 は,「 な に は つ の 歌 」 とい う仮 名 書 き され た 歌 謡(内
田2001)か
ら も明 らか で あ る。 しか し,「 柿 本 朝 臣 人 麻 呂 之 歌 集 」 で人 麻 呂の と っ た 方 法 は それ で は なか っ た 。 略 体,非 そ して そ の 内部 に略 体,非
略 体 を通 して それ が訓 字 に傾 く形 式 で あ っ た こ と,
略 体 とい う偏 差 を もつ こ と は広 く知 られ る。 そ の 略 体
を,倭 語 の 文 の語 序 を分 節 され て い る は ず の 付 属 語 を音 仮 名 表 記 し な い 形 式 の故 を も っ て 先 の 森 ノ 内 遺 跡 木 簡 と相 似 す る性 格 の も の と す る こ と が あ る(稲 岡 1987)が,訓
字 の あ り方 の差 と歌 の音 律 と い う異 質 の 面 も考 慮 す る必 要 が あ ろ
う。
路辺壹 師花灼然人 皆知恋〓
「灼 然 」 は,『 毛 詩 』(周 南 ・桃夭)の
(萬 葉11・2480)
「灼 灼 其 華 」 が盛 りの 乙 女 を比 喩 す る こ
と をふ ま え て い よ う し,「〓 」 とい う難 し い字 を用 い る の は,美
し さ を含 意 す る
か らで あ る 。 「壹師 」 とい う音 仮 名 表 記 も好 字 め い た 選 択 に よ る か と考 え られ る。 文 字 の選 択 とい う こ とは先 の 木 簡 に は な か った 。 工 夫 し て は な ら な い,最
も通 行
的 な文 字 で 記 す こ とが,選 択 と言 え ば そ れ で あ る よ う な文 書 で あ る 。上 の 略 体 歌 の 訓 字 の 連 な り は よ み 方 を他 に委 ね な い 。 短 歌 の音 律 の も と に,一 定 の 読 み添 え を もつ形 式 で あ り,そ して 何 よ り意 味 の 表 現 で あ る。 た だ音 律 とは 言 え,こ の表 記 が 何 が しか を 口頭 語 に 委 ね て い る とは言 え る か ら,木 簡 の 文 と類 似 す る条 件 を 負 っ て はい よ う。 こ の書 記 法 が
君不来者形 見為等我 こ二 人殖松 木君乎待 出牟
とい う よ う な 非 略 体 に先 行 す るか 否 か,議 論 は続 くが,高 た形 式 で あ る こ とは 確 か で あ ろ う。
(萬 葉11・2484)
い 自覚 の も とに 選 ばれ
歌 に比 して 『古 事 記 』本 文 の 書 記 法 は述 べ て きた 訓 字 と仮 名 の 関 係 に沿 う よ う にあ る。 仮 名 表 記 され る部 分 は,訓 字 を得 に くい場 合 で あ り,そ れ に 「此 三 字以 音 」 の よ うな 注 を つ け て訓 字群 と区別 し,ま た 訓 字 の よ み方 を 限 定 す る場 合 に は 「訓 高 下 天 云 阿麻 」(高 に続 く天 字 は ア メ で な くアマ と よ む)と い う よ う な注 を付 して,倭 語 と して の 限 定 を行 う。 多 く含 まれ る漢 文 の語 序 が 漢 文 の 崩 れ た 結 果 の 形 で な く,む し ろ 求 め て倭 文 脈 に 採 用 され た もの で あ ろ う こ とは,そ
こで も言 え
よ う。
仮 名 は,万 葉 仮 名 と し て多 様 に展 開 す る(川 端1975)。
その中 に契機 としてあ
る整 理 の 方 向 の延 長 に 次 の 時 代 の仮 名 が あ る。 と概 言 は し え て も,そ の 内 実 は ま だ 課 題 と し て残 る。 本 稿 は,仮 名 と い う現 象 の成 立 面 を粗 描 して み た 。 文
献
稲 岡耕 二(1987)「
国 語 の 表 記 史 と森 ノ内遺 跡 木簡 」(『木 簡 研 究 』 第 9号)
内 田賢 徳(2001)「
定 型 と その 背景 − 短歌 の 黎 明期 − 」(『国語 と国 文 学』78‐11)
尾 崎 雄 二 郎(1980)『
中国 語 音韻 史 の研 究 』(創 文 社)
川 端 善 明(1975)「
萬 葉 仮 名 の成 立 と展相 」(『文字 』 社会 思 想 社)
工 藤 力 男(1994)「
人 麻 呂の 表記 の 陽 と陰 」(『萬葉 集 研究 第21集
小 島 憲 之(1986)『
萬 葉 以 前 』(岩 波書 店)
小 谷 博 泰(1999)『
上 代 文 学 と木 簡 の研 究 』(和 泉 書 院)
土 橋 寛(1976)『
古 代 歌謡 全 注 釈 日本 書紀 編 』(角 川 書 店)
東 野 治 之(1977)『
正 倉 院文 書 と木簡 の研 究』(塙 書房)
東 野 治 之(1993)東
』塙 書 房)
京国立博物館編 『 江 田船 山 古墳 出 土 国宝 銀 象 嵌 銘 大 刀 』Ⅳ 章(吉 川 弘 文
館) 東 野 治之(1994)『
書 の 古代 史 』(岩 波 書 店)
木簡 学会(1990)『
日本 古代 木 簡選 』(岩 波 書店)
森 博 達(1985)「
『 倭 人 伝 』 の 地 名 と人 名 」(森 浩 一編 『日本 の古 代 1 倭 人 の 登場 』 中 央 公
論 社) 森 博 達 ・杉 本 憲 司(1985)「
『 魏 志 』倭 人 伝 を通読 す る」(同 上 書)
森 博 達(1991)『
古 代 の音 韻 と 日本 書 紀 の成 立』(大 修 館 書店)
森 山 隆(1971)『
上 代 国語 音 韻 の研 究』(桜 楓 社)
山尾 幸 久(1989)『
古 代 の 日朝 関係 』(塙 書 房)
④ あ
て
字
木村 義 之 ●1 あて字 の 自覚 と認識
あ て字 は 日本語 と漢 字 の 間 に発 生 す る関 係 で あ る。 そ の関 係 が ど の よ うな もの で あ るか を見 極 め る こ とが あ て 字 を考 え る こ とに な る。 日本 語 は,音 韻 体 系 も文 法 体 系 も異 な る中 国 語 の文 字 で あ る漢 字 を― 条 件 の 中 で必 然性 が あ っ た と は い え―
地理 的,政 治 的 その 他,お
かれ た
選 択 し,長 い 間 そ れ を書 記 活 動 の 中 心 に
す えて き た。 もち ろ ん,平 安 時 代 に は漢 字 の運 用 法 か ら発 して仮 名 を創 造 し,日 本 語 の 文 章 表 現 に仮 名 文 とい う 自立 した 様 式 を加 えて い く こ と に な るが,仮
名の
成 立 に よ っ て 漢字 と決 別 した わ け で は な く,正 式,公 的 な記 録 文 に は漢 字 を尊 重 す る と い う慣 習 が 受 け継 が れ る。 そ の こ とは逆 に 日本 語 に お け る漢 字 の 存 在 を強 く意 識 す る こ とに も つ な が っ た の で は な いか と考 え る。 〈訓 〉 の 成 立,仮
名 の成
立 は相 対 的 に あ て 字 の 問 題 を強 く自覚 す る う え で大 き な 出 来 事 で あ っ た だ ろ う (峰岸1994な
ど)。 こ う した 日本 語 と漢 字 との長 い つ き あ い の 中,使
用者層 のす
そ野 が 広 が る こ と に と もな っ て,漢 字 本 来 の意 味 や 音 の知 識 が 忘 れ 去 られ た り, 誤 解,ず
れ な どが 生 じた り も した は ず で あ る。 必 要 に迫 られ て辞 書 を た よ りに読
み書 き を行 う こ とが 盛 ん に な れ ば,そ の 辞 書 が どの よ うな漢 字 表 記 を掲 げて い る か も あて 字 に 関連 す る大 きな 問 題 で あ る。 そ の意 味 で,あ
て字 は 日本 語 表 記 の複
雑 さ を語 る の に 象 徴 的 な 存 在 で あ る。 そ こ に あ て字 の お も し ろ さ も難 解 さ も あ り,あ て 字 とは何 か,と
い う定 義 と分 類 もや っ か い な もの とな って い る 。
こ う した 漢 字―
と りわ け あ て 字―
に 対 す る 日本 人 の 認 識 に つ い て 新 村 出
は,
日本 に は 当 字 が 非 常 に 多 い。(中 略)其
の 他軈,倩
等 と色 々 無 理 な 当 て 方 を
して い る。 そ れ も容 易 い の は可 い が,軈 等 は難 しい の で 困 る。 そ して 何 う か して 漢 字 を 当 て た い とい ふ 場 合,字 る。 今 日で は,多
引 で 引 い て 当 て るの は常 に有 勝 の 事 で あ
くの人 は,何 々 し度 い とわ ざ わ ざ 度 を書 く と云 ふ 風 に漢 字
に 捉 は れ て ゐ る。 度 は ド と云 ふ 音 もあ る が,支 度 の タ ク で,入 る。手 紙 等 で は 出 来 る丈 漢 字 を書 くの で,此
声 の音 が あ
の度 を 用 ゐた の で あ るが,其
れ
が俗 語 の 書 方 に 応 用 さ れ て ゐ て,中 々 抜 け切 らぬ の で あ る。
と指 摘 す る(新 村1941)。
か つ て に く らべ れ ば,当 用 漢 字 表 に 代 表 さ れ る よ う な
国 語 施 策 に よ っ て,あ て 字 表 記 は減 少 して い る とは い え,漢 字 尊 重 の 風 潮 は現 在 も根 強 く残 って い る と考 え られ る。 あ て字 に 関 す る考 察 は す で に す ぐれ た 論 考 が い くつ か提 出 され て お り,個 別 の あ て字 表 記,個 も進 み つ つ あ るが,あ
別資料 につい ての実態調査 な ど
て 字 を支 え る背 景 を も視 野 に入 れ た研 究 も必 要 で は な い だ
ろ うか 。 本 稿 で は あ て字 の もつ複 雑 な側 面 を 先行 研 究 と資 料 に よ りつ つ,日 本 語 の 中 で あ て字 が どの よ う に考 え られ て きた の か を素 描 して み る こ と とす る。
● 2 日本語表 記 にお けるあて字 の位置
(1)あ て 字 とは―
山 田 忠 雄 に よ る定 義 と考 察 −
あ て 字 とい う用 語 は,一 般 語 と して も多 義 的 に使 わ れ る た め,そ
の定 義 は専 門
辞 書 で も広 義 ・狭 義 に分 けて と ら え る こ とが 多 い 。 山 田(1955)は
専 門 辞 典 で あ て 字 を 定 義 し た 早 い もの で あ る。 そ の 定 義 は,
〈漢 字 の あ る種 の 用 法 を さす が,す
こぶ る 多 義 で あ る〉 で あ り,〈 最 も広 義 に釈 す
れ ば,国 語 を表 記 す る に用 い られ るす べ て の 漢 字 は あ て 字 で あ る〉 とな っ て い る。 後 の 専 門辞 書 で も定 義 に 関 して は ほ ぼ 同 じ 見 解 と な っ て い る(酒 井1977, 峰 岸1980な
ど)。 通 時 的 に も共 時 的 に も,最
も広 くあ て字 を カ バ ー す る記 述 を行
お う とす れ ば上 の よ うに な ら ざ え る を え な い か ら,と い う こ と もで き るが,日 本 語 と漢 字 と の 関 係 そ の もの が あ て 字 の本 質 だ か らで あ ろ う。 あ て 字 の 定 義 と して は上 の 言 に尽 き る とい え る。 しか し,そ れ で は広 範 にす ぎ るた め,山
田は
① 〈い わ ば誤 字 ・う そ字 と同 義 〉,す な わ ち 〈小 は筆 画 の 誤 りか ら大 は社 会 的 に認 め られ な い種 類 の個 人 的 用 字 〉, ② 〈主 と して 二 音 節 以 上 の 日本 語 を漢 字 二 字 以 上 で 書 く際 に,た
とえ社 会 的慣
習 が 久 しい もの で も言語 と文 字 との 間 に何 か 不 均 衡 あ るい は異 常 な 関係 が認 め られ る〉 もの とに 大 別 す る。① は 日常 語 の 中 で 用 い られ る 通 俗 的 な あ て 字 の認 識 で あ る。 ② は今 日 の あ て 字 に 対 す る認 識 と し て は 最 も穏 当,平 均 的 な もの で あ る。 た だ, 〈不 均 衡 〉 や 〈異 常 〉 は,そ
こに 正 則 な り,規 準 な りが あ って,初
もの で あ る か ら,正 字 に よ る表 記,定 て,こ
めて 生 まれ る
訓 な ど との 相 対 的 な位 置 づ け とな る。 そ し
れ は 時 代 に よ っ て 変 化 す る も の で あ り,〈 言 語 と文 字 との 間 〉 に起 こ る
〈何 か 不 均 衡 あ る い は 異 常 な 関 係 〉 は 時 代 に よ っ て 変 化 す る もの で あ る こ と を押 さ えな け れ ば な らな い 。 山 田 の 記 述 は あ て 字 の定 義 か ら分 類 へ と移 り,②
を 6分 類 す る。 こ の と き,
観 点 と し て は 〈観 察 的 立 場 〉 と 〈主 体 的 立 場 〉 を設 定 す る。 〈観 察 的 立 場 〉 と は 〈読 み 手 の 立 場 〉,〈主 体 的 立 場 〉 と は 〈書 き手 の 立 場 〉 と言 い 換 え る こ とが 可 能 で あ ろ う。 さ らに 言 い 換 え る な らば,〈 漢 字 表 記 語 を解 読 す る立 場 〉 と,〈 漢 字 表 記 語 で 表 現 す る立 場 〉 とで もい え よ うか 。 〈観 察 的 立 場 〉 か ら は,1)〈 漢 字 の 正 字 法(音
訓 に わ た る)に
も と る も の。 仮
借 ・音 訳 の ほ か,日 本 的 用 法 に従 っ た も の〉(『塵 袋 』 が 指 摘 す る 「末 醤 」 を正 字,「 味〓 」 を あ て 字 とす る例),2)〈 陀 ・釈 迦 の 類)を
中 国 に お い て も慣 用 の 久 し い 音 訳(阿〓
除 いた もの 。 す な わ ち,中 国 人 が見 た の で は 理 解 し得 な い 日本
的 な用 法 〉(万 葉 仮 名 の 「言 端 」 を正 字,「 言 葉 」 をあ て字 とす る例),と 〈主 体 的 立 場 〉 か ら は,今
日カ タ カ ナ 書 き さ れ る例 の 多 い,1)〈
す る。
幕 末 ・明 治 初
期 にか けて 流 行 した 外 来 語 の 語 訳 〉(「莫 大 小 」 「金 平 糖 」 な どの例),2)〈
前 時代
か らの慣 用 も久 し く,こ と に候 文 の 用 字 と して長 い 間 民 衆 生 活 とな じ み が 深 か っ た 〉 もの(「 目 出 度 い 」 「急 度 」 な どの例),3)〈
創 始 の 当 初 に お い て は 日本 語 と
漢 語 との 緊 密 に対 応 した 気 の き い た 用 字 と考 え られ た で あ ろ うが,現 在 に お い て は,国 語 の 音 節 の 配 列 と字 面 とが 一 致 しな い と い う理 由 で 異 常 感 を う え つ つ あ る 〉 もの,4)〈 当用 漢 字 の 整 理 に従 って,熟 字 の 一 字 も し くは両 方 が 表 に な い字 で あ る場 合,同
音 の他 の文 字 で 代 置 す る〉 もの,と
な っ て い る。
こ の よ う に,あ て 字 と は何 か を 端 的 に 言 い 当 て よ う と して 広 義 の 立 場 に立 て ば,日 本 語 の表 記 全 体 の 中 で そ の位 置 づ け を考 察 す る こ と とな る。 ま た,狭 義 の 立 場 に立 て ば,自 ず と分 類 の 視 点 が 必 要 に な る。 しか も,結 果 と して の あ て 字 表 記 を詳 細 に分 類 で き た と して,そ れ らの 所 属 す る個 別 の事 例 は必 ず し も峻 別 され る もの で は な く,重 な り合 う部 分 も生 じ る こ とで あ ろ う。 そ こに あて 字 を 考 え る 際 の難 しさ が あ るの で あ る。
(2)杉 本 つ とむ の あ て字 論 これ まで の あ て 字 に関 す る論 考 は決 して 少 な くな い が,日 本 と中 国 の漢 字 を対 比 させ つ つ,か
な を含 め た 日本 語 の 表 記 全体 の 中 に あ て字 を位 置 づ け よ う とす る
代 表 的 な論 考 と して,杉 本 つ とむ の あ て 字 論(杉 本1998)1)を は広 範 な資 料 に 目 を通 しな が ら,約80ペ れ を簡 単 に紹 介 す る こ とは難 しい が,そ
取 り上 げ る。 杉 本
ー ジ に お よ ぶ あ て字 論 を展 開 す る。 こ の 論 の性 格 を端 的 に い え ば,あ
て字 を中
心 に す えな が らの 言 語 文 化 史 的 な 色 彩 の 強 い 論 考 とな って い る。 そ こ に は あ て 字 の 本 質 を考 え る 際 に 有 益 な発 言 が 多 い。 こ こで は杉 本 の あ て字 論 に関 す る基 本 的 態 度 に 注 目 して み る こ とにす る 。 杉 本 の あ て字 論 に はい くつ か の 前 提 と術 語 の 設 定 が あ る。 一 つ は 漢 字 が ヨー ロ ッパ 言 語 学 にみ られ る よ う な音 標 文 字 で は な い こ と,す な わ ち漢 字 が 〈字 =語 〉 で あ る こ との 確 認 で あ る。 これ は,音 声 よ りも文 字 を優 先 して こ とば を考 え る傾 向 の強 い,平 均 的 日本 人 の 言 語 観 に も つ な が っ て お り,あ て 字 を生 成 す る素 地 と して も忘 れ られ が ち な部 分 で あ る。 〈ヨー ロ ッパ 的 文 字 論 で は絶 対 に 〈宛 字 〉 の メ カニ ズ ム は 説 け な い 。 文 字 は 意 味,な
い し観 念 そ の もの
で あ る と考 え ね ば な ら な い 〉 とそ の 意 味 を強 調 し,〈 い わ ば コ トバ が 文 化,同 く漢 字 が 文 化 で あ る こ と を理 解 して お か ね ば な らな い〉(p298)と もの べ て い る。
じ
自身 の 文 字 観
二 つ 目 は,日 本 語 の 漢 字 を 中 国 の 漢 字 と 区別 し て 〈真 字 〉 と し,〈 真 字 〉 に よ る 日本 語 を 〈真 字 語 〉 とす る。 そ の う えで,中
国 製 の 〈漢 語 〉 と 日本 製 の〈 真 字
語 〉 を総 称 して 〈漢 字 語 〉 とす る。 この こ とは,日 本 語 と中 国 語 の 漢 字 を峻 別 す る た め の術 語 的 な配 慮 で あ る。 池 上 禎 造 の 用 語 で い え ば,〈 本 国 主 義 〉 の傾 向 を 排 す るた め と考 え られ る(池 上1984; p13)2)。 三 つ 目 は漢 字―
杉 本 の用 語 で い えば〈 真 字 〉―
の形 ・義 の部 分 と,日 本 語
と して 対 応 す る 〈音 〉,す なわ ち音 ・訓 を 包 括 して 〈語 音 〉 と呼称 す る こ とで あ る。 この 〈語 音 〉 とい う概 念 は,日 本 語 の 漢 字,と
りわ け あ て 字 を 考 え る際 に有
効 な もの と思 う。 い った ん 日本 語 の仲 間 入 りを して し まっ た 〈漢 字 語 〉 は音 ・訓 の 区別 はむ し ろお お らか で あ り,そ れ らの 混 用(重 箱 読 み,湯 桶 読 み が 典 型 で あ る よ う に)も 珍 し く はな い。 そ う した 漢 字 の 読 み に対 す る お お らか さ につ いて, 杉 本(1999;pp67-70)で
は 〈江 戸 時 代 で は音 が 通 じ る こ とか ら同 一 人 名 で も別
表 記 の漢 字 が使 用 さ れ る こ とが ご くふ つ うで あ る〉 面 に ふ れ,〈 名 前 に も音 通 と い う単 純 な もの か ら,後 人 を迷 わ す意 図 的 な改 名 まで あ り,要 注 意 で あ る〉 との べ て,そ の 歴 史 的 事 実 に つ い て コ メ ン トす る。 とす れ ば,固 有 名 で さ え,漢 字 表 記 に対 して あ る意 味 で お お らか だ っ た わ けで あ る か ら,た
とえば 『 三 河物語』 で
固 有 名 詞 以 外 の一 般 語 彙 につ い て種 々 の あて 字 を使 用 す る こ と も,と 異 な表 記 態 度 と は言 い 切 れ な い3)。逆 に い えば,あ こ こで も杉 本 の 設 定 した 〈語 音 〉 は有 効 とな るが―
りた て て特
くま で も 日本 語 の 〈音 〉― と して の 固 有 名 が メ イ ンで
あ っ て,少
な く と も江 戸 時 代 ま で漢 字 は 共 時 的 に も語 との 関 係 が 固定 的 な もので
は な い,と
い う こ との一 端 を示 す 事 例 と考 え られ る。 さ か の ぼ っ て,万 葉 仮 名 の
用 法 で も音 仮 名,訓
仮 名,そ
の混 用,が
あ る よ うに,日 本 語 の 中 の漢 字 の 読 み は
む し ろ そ れ が 本 質 的 な部 分 で あ ろ う と思 わ れ る。 した が っ て,日 本 語 表 記 の一 部 と し て の あ て字 も例 外 で はな い。 この よ う に,あ て字 論 は独 自 の用 語 を も って 展 開 され る 。 日本 語 の 漢 字 ・真 字 の用 法 に つ い て は 〈正 則/ 変 則 〉 を設 定 す る。 こ れ は先 の 山 田 の い う 〈正 字/ あ て 字 〉 の 対 立 に 相 当 す る と考 え られ るた め,〈 変 則 〉 は狭 義 の あ て 字 に あ た る ので あ る。 また,分 類 に お い て は〈 読 み手 の 立 場 〉 と 〈書 き手 の 立 場 〉 とに分 け てお り,山 田 の 〈観 察 的 立 場 〉 と 〈主 体 的 立 場 〉 に 重 な る と こ ろが あ る。
用 法 お よ び あ て 字 の 構 造 に つ い て は,〈 宛 字 A(表 意 的 用 法 :表 語 意 的 と も)〉,〈宛 字 B(表 音 的 用 法:表 れ ま で に も試 み て い るが,杉
語 音 的 と も)〉 に 分 け る 。 杉 本 は あ て 字 分 類 を そ
本(1994;
p477)で
は[A 借 義 法 / B借 音 法(こ
の 場 合 の 〈音 〉 は杉 本 の い う 〈語 音 〉)/C借 音 ・義 混 用 法]と て い る。 杉 本(1998)の
分 類 は,杉 本(1994)を
い うか た ち で 示 し
基 本 と して,さ
らに豊 富 な 用 例
を も っ て 細 密 に し た も の と思 わ れ る。 〈宛 字 A〉 は 〈A 借 義 法 〉,〈宛 字 B〉 は 〈B 借 音 法 〉 に相 当 す る と考 え られ る。 以 下,そ
れ ら が細 分 化 し て い くの で,例
を省 略 して 杉 本 の構 造 図 の み を引 用 す る(p312)。
宛 字 A(1)に
は従 来,定
訓 ・正 字 と呼 ば れ て き た 〈桜 ・泣 く ・産 業 ・手 紙 〉
な どの例 を示 す 。 これ は最 も広 義 の あ て 字 で あ るが,一
般 に は変 則 の 意 識 が 生 ま
れ な い た め,狭 義 の あ て 字 に は含 め な い とい う。 宛 字 A(2)a は 〈寒 る ・沼 ・話 く〉 な どの 定 訓 か らは ず れ た もの,読 み 手 と して は1字 の あ て字 と意 識 しや す い 例 が 並 ぶ 。 た だ,こ
う した1字
の あ て字 は一 般 俗 称 で は難 訓 と呼 ば れ る こ とが あ
り,あ て字 の範 疇 に入 れ るか ど うか は読 み 手 の漢 字 に対 す る知 識 量 に も左 右 さ れ る場 合 も あ る だ ろ う。 宛 字 A(2)a'は 〈熟 字 法 〉 と い う呼 称 を与 えて い るが,現 在,熟
字 訓 と呼 ば れ る もの と同 義 で あ ろ う。 これ を さ らに二 分 して 〈漢 字 ・真 字
(二 字 連 結)と
対 応 〉 に 〈海 月 ・水 母 ・白 雨 ・風 流 〉 な ど の 例 を,も
〈解 釈 的 用 法(戯
書 な ど も 含 む)〉 と し て 〈校 書 ・石 流 ・恋 水 ・太 田 道 灌 ・
山 上 復 有 山 〉 な ど,振 ん,解
う一 方 は
り仮 名 が な け れ ば ま ず 読 め な い あ て字 を 掲 げ る。 も ち ろ
釈 的 用 法 は 読 み 手 の 立 場 か ら の 呼 称 で あ る。 書 き 手 の 立 場 に立 て ば 〈戯
書 〉 と な る も の も あ る だ ろ う。 宛 字 A(3)に 老 鳥 兎(天〓
絨)〉 とい う例 が み え る。
は 〈養 歯(楊
子)・ 河椁(豚)・
尺
宛 字 B(1)の 例 は漢 字 の根 本 義 か ら転 じた 転 注 の 一 種 と考 え,〈西(か
ご ・鳥
の巣)〉 か ら転 じた 〈方 角 の 西 〉 と,日 本 で 漢 字 の 本 義 を離 れ た 用 法 〈∼ の 折 〉 とい っ た 例 を示 す 。 この 部 分 は,日
・中両 語 にわ た る部 分 で あ る。 宛 字 B(2)の
字 音 に よ る もの は,〈 音 訳 〉 な ど と呼 び 慣 わ さ れ て きた 外 国名(亜 語(珈琲)の
米 利 加),外
来
ほ か に 〈旦 那 〉 な どの 漢 訳 梵 語 も み え,〈 瓦 落 々 々 〉 とい っ た オ ノ
マ トぺ の 漢 字 表 記 な ど も並 ぶ 。 字 訓 に よ る もの に は,〈 ∼ 丈 ・矢 張 ・浅 墓 ・混 々 〉 な どが み え る。 また,宛
字 A ・B の 境 界 線 上 に(4)を
して 〈先 斗 ・夕 立 ・末(真)那
設 定 し,A・Bの
混用 と
板 〉 とい った,文 字 列 の い ず れ か が 正 則 的 な 〈語
音 〉 を もつ もの を想 定 し て い る。 杉 本 が 狭 義 の あ て 字 と し て い る の は,上
図 の 上 下 両 端,す
な わ ち,宛
字A
(1),宛 字 B(3)を 除 い た もの で あ る。 こ う した 杉 本 の論 考 は,あ
て字 の史 的 考 察 とい う立 場 を基 本 姿 勢 と し,主
とし
て 中 近 世 の大 量 の 文 献 か ら用 例 を豊 富 に 提 示 す る とい う方 法 に特 色 が あ る。 用 語 の 定 義,分 類 の細 か さ な ど に未 だ一 般 に は浸 透 して い な い部 分 も あ っ て,入
り組
ん だ よ うに もみ え る。 しか し,前 提 と用 語 を理 解 した う え で読 み 進 め れ ば,杉 本 の あて 字 論 も基 本構 造 の 把 握 と分 類 の 手 法 に つ い て は,ほ か の研 究 と共 通 点 が み られ る。 同 時 に 資 料 に対 峙 す る とい う基 本 の積 み 重 ね に よ っ て 論 が 成 立 し て い る こ とを確 認 させ られ る。
(3)柳 田 征 司 の あ て字 分 類 杉 本 の よ う に歴 史 的存 在 と して の あ て字 を分類 しよ う とす れ ば,実 例 とあ い ま っ て ど う して も複 雑,細
分 化 して し ま う。 この よ うな 多層 性 を もつ あ て 字 を よ く
整 理 し,一 つ の モ デ ル を提 示 し た の が 柳 田 征 司 の 論 考 で あ る(柳 田1987)。 下,柳
田 の 分 類 に つ い て 要 約 しな が ら紹 介 す る こ とに す るが,ま
以
ず,そ れ ぞ れ の
位 置 づ け を図 式 化 した も の を 引 用 す る。 ①
正 字 表 記 と借 字 表 記
柳 田 は 日本 語 を漢 字 表 記 す る際 の 方法,す
なわ ち 日本 語 に お け る漢 字 の運 用 に
つ い て 大 き く 〈正 字 表 記 〉4)と 〈借 字 表 記 〉5)に分 け,後 者 を あ て 字 とす る 。 これ を語 種 との対 応 を視 野 に入 れ な が ら整 理 し て い る 。
漢 語 の場 合(日 記 と な るが,漢
本 製 も含 め て),本
来 表 記 す べ き漢 字 を もつ わ け だ か ら正 字 表
字 制 限 な ど に よっ て 書 き換 え られ た 〈交 叉 点 → 交 差 点,萎
縮→委
縮 〉 な ど は漢 語 の 借 字 表 記 とす る 。 和 語 の 場 合 は,本 来 対 応 す る漢 字 が な いわ け だ か ら,漢 字 表 記 され た和 語 はす べ て借 用 表 記,す
な わ ち,あ
て 字 とい え る。 しか し,漢 字 1字 の 場 合 は,〈 山 〉
の よ うに,中 国 の漢 字 と 日本 語 〈や ま〉 が う ま く対 応 した 結 果,以
後 の 〈山 =や
ま〉 は 緊密 な 関 係 を保 ち,正 訓 と な っ て定 着 し,正 字 表 記 に含 め られ る。 これ を 柳 田 は 〈単 字 正 字 表 記 〉 とす る。 また,定 着 とい う こ とで い え ば,現 代 の い わ ゆ る熟 字 訓 は 2字 以 上 の文 字 列 で は あ るが,正 訓 を獲 得 した こ と と して ,正 字 表 記 に含 め る。 これ を 〈熟 字 正 字 表 記 〉 と し て い る。 た だ し,熟 字 正 字 表 記 は言 語 使 用 者 に と って は,漢 字 表 記 語 が 中 国製(田
舎 ・土 産 ・紫 陽 花 ・女 郎 花 な ど)か 日
本 製(足 袋 ・飛 鳥 ・大 和 な ど)か を 区別 す る こ とに意 味 を もた な い た め,こ れ を あ て 字 に含 め る こ と もで き る とい う。 柳 田 は,こ れ ら を程 度 の 差 は あ る もの の,漢 字 表 記 か ら 日本 語 が復 元 で き る も の と して み て い る よ う に思 う。 これ に対 して,漢 字 表 記 と 日本 語 との 関 係 が 希 薄 で,振
り仮 名 が な けれ ば成 立 しな い 表 記 を 〈振 り仮 名 不 可 欠 表 記 〉 と して 別 に分
類 して い る(亡 母 ・遠 航 く ・火 星 ・赤 面 ・極 道 関 係 者 な ど を挙 げ る)。 杉 本 の い う解 釈 的 用 法 に相 当 す る。 杉 本 は この 例 と し て,『 当世 書 生 気 質 』(1885-1886) か ら く太 田 道 灌 〉 を挙 げ る。 太 田道 灌 が にわ か 雨 に遭 遇 して 賎 女 に雨 具 を乞 うた エ ピ ソ ー ドを 背 景 に した 判 じ物 的 解 釈 訓 で あ る。 筆 者 も この 類 と して 『西 洋 道 中 膝栗 毛 』(1870-1879)の 当時 の 遊 廓 が 午 前2時
〈二 字 〉 を指 摘 した こ とが あ る(木 村1994)。
こ れ は,
で店 じ まい す る こ とを 〈大 引 け〉 とい い,そ の 音 か ら く二
時 → 二 字 〉 とな った もの で あ る。 そ の漢 字 を選 択 した 書 き手 の 常識 や 教 養,意
図
が 色 濃 く現 れ る用 字 法 で もあ ろ う。 た だ し,臨 時 的 な 例 が 多 く,定 訓,正 字 表 記 に は な りえ な い類 で あ る。 さ ら に,い わ ゆ る誤 字 ・誤 用 につ い て は く借 字 誤 用 表 記 〉 と名 づ け,そ れ らの 一 部 は社 会 的 に 認 め ら れ て い く こ と も付 け加 え て い る 。 お そ ら く,社 会 的 に は [誤 用 ・誤 字 <借 字 <慣 用]と
い う順 で受 け入 れ られ て い く と思 うが,柳
田はそ
れ らを連 続 的 な もの と考 え て い るの だ ろ う。 こ う した 誤 字 とあ て字 の境 界 に つ い て は,田 島 優 も 〈適 確 ・不憫 〉 な ど の例 を挙 げ て指 摘 す る よ うに,そ の 境 界 線 は 必 ず し も明 確 で は な い(田 島1994)。 (ゆ か た)・ 五 味(ご
田 島 は〓 外 の 語 源 主 義 に基 づ く <湯 帷 子
み)〉 な ど も取 り上 げて,〈 作 家 個 人 の 意 識 的 な 用字 法 を,誤
字 と して 処 理 し て し ま っ て よ い の で あ ろ うか 〉 との べ る。 そ し て,〈 あ て 字 か 誤 字 か の 違 い は,池 上 禎 造 氏 の こ と ば を 借 りれ ば,有 意 か 過 失 か で 〉 あ り,〈 あ て 字 は個 人 的 な も の まで 認 め るべ きで あ 〉 つ て,〈 誤 字 は,個 人 の レ ベ ル の 問 題 で あ る〉 と い う立 場 を とっ て い る。 筆 者 も そ の考 え に 賛 同 す る の だ が,〈 有 意 〉 か く過 失 〉 か に つ い て も読 み 手 の 立 場 か らは簡 単 に 判 別 が つ か な い こ との ほ うが 多 い の で は な い だ ろ うか 。 先 の〓 外 の例 で い え ば,〓 外 が 学 識 豊 か な人 物 と して知 られ て い る か ら こ そ,そ
の個 人 的 表 記 が 尊 重 され る が,『 三 河 物 語 』 の 大 久 保 彦
左 衛 門 の よ う に,〈 元 来 そ う した 文 字 の こ とに は造 詣 が 無 い〉(注4参
照)と
いわ
れ る よ うな人 物 の場 合 は ど う で あ ろ う。 文 字 の 知 識 が 不足 し て い る こ と を前 提 に そ の 人 物 の 用 字 を観 察 す る とき,読 み 手 は変 則 表 記 を 〈過 失 〉 に よ る 〈誤 字 〉 と 認 識 す る の で は な い か と思 う。 また,彦 左 衛 門 が 〈村 ガ ツ テ(= 群 が っ て)〉 と 書 くの は た しか に文 字 に対 す る知 識 の 欠 如 か ら とい え る。 しか し,一 方 で は慣 用 と し て 〈村 雲 ・村 雨 〉(章 末 資 料 参 照)が 存 在 して い る。 こ う な る と,個 人 が 特 定 され る と き は 〈誤 字 〉,さ れ な い とき は 〈慣 用 〉 と し て 区別 され る こ と とな る。 そ れ は テ ク ス ト外 の人 的 要 素 に よ る情 報 が 優 先 され る こ とで もあ り,あ て 字 か 誤 用 か の 区別 は い よ い よ混 沌 と し て く る。 あ て 字 の構 造 を考 え るた め に モ デ ル 化 す る場 合 に は,あ て 字 と誤 字 を吟 味 し て 区別 す べ きか と思 うが,実
際 の表 記 を正 用 か 誤 用 か と判 断 す る こ とは非 常 な 困 難
が つ き ま と う もの だ と覚 悟 し な け れ ば な ら な い だ ろ う。
②
代用表記 と補 欠表記
一 方,視 点 を漢 字 表 記 の 意 図―
山 田 流 に い え ば,主 体 的 立 場―
の 違 い に移
し,熟 字 正 字 表 記 を除 い た あ て 字 表 記 を 〈代 用 表 記 〉 と 〈補 欠 表 記 〉 に 二 分 す る。 柳 田 は論 考 の 中 で,こ
の二 つ を重 視 して い る。
代 用 表 記 は,〈 正 字 表 記 が あ る に もか か わ らず,別
の漢 字 を 用 い る表 記 の こ と〉
で,補 欠 表 記 は 〈正 字 表 記 が 確 立 し な か っ た 語 を漢 字 で表 記 した もの 〉 で あ る と い う。 した が っ て,漢 語 の あ て字 は代 用 表 記 とな る。 また,和 語 の場 合 は,正 字 表 記 が確 立 した もの につ い て は代 用 表 記 とな るが,確 立 し えな か っ た もの に つ い て は補 欠 表 記 と して 分類 で き る。 外 来 語 は補 欠 表 記 の み,と い う こ とに な る。 さ ら に,代 用 表 記 を 〈省 力 表 記 >6)〈 語 源 解 表 記 〉7)〈 懸 字 表 記 >8)に下 位 分 類 し て い る。 特 に,語 源 解 表 記 と懸 字 表 記 に つ い て い え ば,書 景 と文 芸 的 な表 現 性 を も っ て現 れ る と考 え られ,そ
き手 の 意 図 が 文 化 的 背
う した 意 図 を探 る こ とが,日
本 語 の 中 に お け る漢 字 を介 し た 言 語 観 を 明 らか に す る こ と に もな ろ う。 も ち ろ ん,柳
田以 前 に もあ て字 表 記 を行 お う とす る背 景 に あ る意 識 を探 っ た論 は あ っ た
だ ろ う が,そ れ を術 語 化 した 点 や,代
用 表 記 と補 欠 表 記 を 語種 とあ て字 の 対 応 関
係 と と もに 整 理 した こ とが こ の考 え方 を受 け入 れ や す い もの に して い る。
● 3 あて字へ の関心 と用語の成立
これ まで,い
くつ か の あ て 字 の論 考 を取 り上 げた が,い
ず れ もあ て字 は 日本 語
表 記 全 体 の 中 で 位 置 づ け る必 要 が あ る と説 い て い る。 あ て字 が 日本 語 表 記 の本 質 部 分 で あ る とす れ ば,そ
の実 態解 明 に は文 献 時 代 の
ス タ ー トか ら漢 字 表 記 の検 討 を 始 め る べ きで あ る こ と は い う ま で もな い。 中 で も,『 万 葉 集 』 の 用 字 に つ い て は これ まで も多 数 の論 考 が あ る。 『万 葉 集 』 それ 自 体 の 用 字 法 研 究 は もち ろ ん の こ と,そ の 書 き様 を先 学 が どの よ う に と ら えて きた か,と
いう 『 万 葉 集 』 の 用字 研 究 史 は あ て字 との 関 連 が 極 め て 密 接 で あ る。
仙 覚 『万 葉 集 註 釈 』(1269)に
み え る 〈四 種 書 様 〉,す な わ ち 〈真 名 仮 名 ・正
字 ・仮 字 ・義 読 〉 とい っ た分 類 や,江
戸 後 期,春
登上人が 『 万 葉 用 字 格 』(1818)
で 行 った 〈正 音 ・略 音 ・正 訓 ・義 訓 ・略 訓 ・戯 訓 〉 な どの整 理,分
類 はあて字 に
と ど ま らず,日 本 語 の漢 字 表 記 を史 的 に考 察 す る際,今
後 検 討 を重 ね る べ き よ き
素 材 と して 挙 げ て お か な けれ ば な らな い。 一 部 で は早 くか ら注 目 され て い た よ う だ が(た
とえ ば 岡 田1929),春
い る。 近 くは乾(2003)に
登 の 業 績 の 見 直 し は杉 本(1998)で
も指 摘 さ れ て
『万 葉 用 字 格 』 研 究 の 成 果 を含 み,武 田 祐 吉 の用 字 分
類 をふ ま えた うえ で の万 葉 用 字 法 研 究 史 に 関 す る堅 実 な 論 考 が あ る9)。それ らの 成 果 に つ い て もあ て字 の史 的 展 望 に立 つ た めの 成 果 と し て取 り入 れ るべ きで はあ るが,こ ち,そ
こで は そ の 余 裕 が な い の で,割 愛 す る。 た だ,古 代 的 な 表 記 に 関心 を も
の 解 明 に 向 か っ て い く中 世 は,あ て 字 が 自覚 的 な も の と して 全 盛 を迎 え る
時 代 で もあ る。 一 般 に は識 字 層 の 広 が る時 代 と もい わ れ る。 とす れ ば,中 世 の あ て 字 観 か ら出 発 す る こ とは,あ な が ち間 違 っ た 方 向 で は な い だ ろ う。 これ まで,杉 本,柳
田 の あ て 字 に関 す る考 察 を み て きた わ け だ が,こ
の 成 果 も視 野 に入 れ つ つ,あ
こで は そ
て字 へ の 関 心 の 深 ま り,そ れ に と もな う用 語 の成
立 , 同 時 に あ て字 以 外 の用 語 の 位 置 づ け な ど につ い て,い
くつ か の 文 献 を取 り上
げ な が らみ て い くこ と とす る.
(1)あ
て 字 と義 読
そ も そ も 〈あ て字 〉 とい う語 は いつ ご ろ か ら使 わ れ始 めた の か に つ い て探 っ て み よ う。 『日本 国 語 大 辞 典 第 二 版 』(2001-2002)で は 経 尊 の 『名 語 記 』(1275)で
〈あ て字 〉 の初 出 例 と し て い る の
あ る。 同 辞 典 に示 され た 用 例 を含 め て,そ
れ以外
に も次 の よ う に くア テ 字 〉 を見 い だ す こ とが で き る。 オ モ ト如 何 答御 許 トカ ケ ル ハ ア テ字歟 大 本歟
(巻第 8 21オ)
ム ツ カ シ如 何 六 借 トカ キ ア ヒ タル ハ ア テ 字歟 実 ニ ハ 咽 ノ 義 也
(巻第9 36ウ)
人 ノ フ ル マ ヒ如 何 振 舞 トカ ケ リ ア テ字歟
ア サ マ シ ヲ浅 猿 トカケ ル如 何 浅 猿 ハ ア テ字 也
『 名 語 記 』 は 語 源 解 釈 の 書 で あ る か ら,こ
(巻第 9 51ウ) (巻第 9 58オ)
こで い う くア テ 字 〉 は,日 本 語 に ど う
漢 字 を対 応 させ る か につ い て,漢 字 の 字 義 と語 源 とが 合 致 す る もの で あ るか ど う か に よ っ て い る と考 え られ る 。 た とえ ば 〈浅 〉 〈猿 〉 は と も に 〈ア サ マ シ〉 の語
源 と無 縁 の 漢 字 表 記 で あ る と し て 〈ア テ 字 〉 と呼 ん で い る。 〈ア テ字 〉 と い っ て 取 り立 て る こ とは,語 源 とい う規 準 に照 ら して,規 準 か ら はず れ た 変 則 表 記 で あ る とい う意 識 を うか が う こ とが で き る。 林 義 雄 は 『名 語 記 』 か ら,『 万 葉 集 』 の 用 字 〈背 児 〉 〈四 付 〉 に 関 す る編 者 経 尊 の コ メ ン トな ど を取 り上 げ て,〈 編 者 に とっ て の 「ア テ 字 」 とは,「 当 時 ノ コ ヱ ヲ トル バ カ リノ文 字 」 で あ り 「音 バ カ リ ヲ ト リテ義 理 ニ ハ カ ナ ハ ザ」 る文 字 とい う こ と に な ろ う〉 との べ る(林1994)。 りか と思 うが,漢
しか し,〈 六 借 〉 に つ い て い え ば そ の と お
字 を あ て た 側 の 意 識 と して は,語 源 説 の 当否 にか か わ らず,語
の意 味 か ら漢 字 を連 想 した 跡 が う か が え る。 た とえ ば,〈 ア サ マ シ〉 と い う 日本 語に 〈 浅 い 考 え → 猿(= られ,全
マ シ ラ)〉 とい っ た 連 想 が は た らい て い た もの と も考 え
く <義 理 ニ カ ナ ハ ザ 〉 る もの と も思 え な い。
『名 語 記 』 と ほ ぼ 同 じ こ ろ,『 塵 袋 』 に も 〈ア テ 字 〉 が み え る 。 ①
一
去 々 年 ノ サ キ ヲ サ イ ト〓 シ ト云 フ ハ 正 字 如 何 。 先 年 トカ キ テ,サ ル 事 ナ レ ハ,ツ
イ ツ ト シ ト ヨ ム へ シ 。 サ イ ト、ハ ヲ ト、云
ア ヤ マ リ也 。 カ ヨへ
ナ セ リ。 去 々 年 ヲ ヲ ト ト シ ト云 フ 義 読 也 。 (巻1
②
一
御 寝 ヲ ヲ トノ コ モ ル ト云 フ ハ,御 サ モ 申 シ ツ へ キ 事 ナ リ。(中 略)ソ
18オ)
御 ニ籠 ル心如何。 ラ ノ, ク モ リテ , ア メ ノ フ ル オ リ ノ
河 水 マ サ リ テ , ナ ミ ノ シ ケ キ ヲ , イ ハ ム トテ , モ シ 天 ノ 戸 ノ ク モ ル 義 歟 。 雲 入 トカ キ テ,ク
モ ル ト ヨ メ レ トモ,コ
レ ハ ア テ 字 ノ 義 読歟 。 (巻6
③
15ウ ∼16オ)
一 味 曾 ト云 フ ハ 正 字歟 。 ア テ 字歟 正 字 ハ 末 醤 ナ リ 。 ソ レ ヲ カ キ ア ヤ マ リ テ 未 醤 トカ キ ナ ス 。 末 ハ搗 抹 ノ 義 ナ リ。 末 セ サ ル ハ 常 ノ ヒ シ ホ 末 シ タ ル ハ ミ ソ ナ リ。 コ ノ ユ へ ニ 米 ヲ 用 ル へ キ ヲ, 字 ノ 相 似 タ ル ユ ヘ ニ 末 ヲ 未 トカ ケ リ
。 今 ノ 世 ニ ハ 未 ノ 字 ニ 口篇
ヲ ク ハ へ テ 味 トカ キ,醤
ヲ ハ 曾 トナ シ テ ア テ 字 ニ ナ リ タ ル 様 ナ リ。 醤 ノ
字 ヲ ハ ヒ シ ホ トモ ア エ モ ノ トモ ヨ ム 。 『塵 袋 』 は 成 立 年 代 の 推 定 に 幅 が あ る た め(1264∼1288)10),『
(巻98ウ
∼9オ)
名 語記 』 をさか
の ぼ る こ と が で き る か ど う か は 疑 問 だ が,〈 あ て 字 〉 の ほ か に 〈正 字/義
読 〉が
対 立 的 に み え,あ て 字 を め ぐ る 当時 の 用 語 意 識 を探 る に は よ い材 料 とな る。 上 の ② に み え る 〈ア テ字 ノ義 読 〉 な ど は,経 尊 の こ とば で い え ば,〈 コヱ ヲ ト ル バ カ リ ノ文 字 〉(= 雲 入)と もの とな っ た―
して 成 立 した 漢 字 表 記 が,結 果 的 に字 義 に み あ う
〈コヱ 〉 と 〈義 〉 が 重 ね 合 わ さ った―
こ と を義 読 と呼 ん だ も
の と考 え られ る。 同 様 に 語 源 意 識 と あ て 字 と い う語 の 結 び つ き を み る 例 と し て は,『 河 海 抄 』 (1362か)に
〈東 を あ つ ま と云 也 。 我 つ ま とい ふ 心 也 。 吾 嬬 とか きて あ つ ま と よ
む也 。 東 は 宛 字 也 〉(巻 6 41ウ)11)を 挙 げ る こ とが で き,こ
こ に は 〈宛 字 〉 の
表 記 が み え る12) 。 い ず れ もそ こ に うか が う こ との で き るの は,何
と し て も漢 籍 に
典 拠 を見 いだ そ う とす る 〈語 源 主 義 〉 で あ る。 漢 字 表 記 に対 す る認 識 と して は, 〈本 国 主 義 〉 に流 れ て い る と こ ろ で あ る。 そ れ は 中 世 以 降 の 識 字 層 の 広 が り,漢 字 使 用 者 層 の拡 大,そ
れ に と もな う漢 字使 用 の通 俗 化 を背 景 に して の こ とで あ ろ
う13) 。 そ の裏 返 しで 本 源 的 な もの を求 め る傾 向 が 強 くな っ て い くの で は な い か と 想 像 され る。 た だ,そ
れ を進 め る あ ま り,い っ た ん 成 立 した 漢 字 表 記,す
なわ ち
あ て 字 に よっ て 本 来 の語 源 が み え な くな っ て し ま う こ と もあ る。 こ う した 漢 字 表 記 尊 重 の風 潮 と それ を 支 え る語 源 中 心 主 義 は後 々 まで 続 き,根 深 い もの が あ る。 森〓 外 が 著 述 家 の 主 人 と客 との対 話 に仮 託 して,編 集 者 の漢 字 に対 す る無 知 に怒 っ て 自 らの 漢 字 表 記 観 を語 る 「鸚鵡 石 」(1909)14)で も語 源 主 義 が 主 張 さ れ て い る。 ま た,谷 崎 潤 一 郎 も〓 外 流 に 一 時 賛 意 を 示 し て い た こ と を 『文 章 読 本 』 (1934)で
〈私 な どは,こ
の〓 外 の 書 き方 に 多 大 の 暗 示 を受 け,及
ばず な が ら 自
分 もそ れ を学 ぶ つ も りに な り ま し て,し ば ら く実 行 して い た こ とが あ り ま した 〉 (p145)と
の べ る部 分 が あ る こ とで もわ か る。
語 源 説 とあ て字 の 関 係 に つ い て,新 村 出 が,
語 源 的 自覚 の 中 に は往 々 に して,的 確 な場 合 ば か りで な く して 誤 解 に出 た場 合 も存 す る の で あ り ま す。 即 ち そ の 一 つ は 当 字 か ら来 る誤 解 で あ り ま す。 (中 略)外 国 の 地 名 人 名 な どの 当 字 は,そ れ と意 味 と を連 絡 して 考 へ る必 要 が な い の で あ り ます が,普 通 の 言 葉 に於 け る随 分 妙 な 当 字 は,一 般 に 自 覚 さ れ て ゐ る もの もあ るが 自覚 され て 居 らぬ もの もあ つ て,時
に は それ か らめ ん
だ う な誤 解 が 起 つ た り し ます 。(中 略)こ
ん な風 に 当 字 が 禍 して 語 源 意 識 を
晦 冥 にす る こ とが 相 当 に あ り ます 。 これ は 明 治 以 後 の漢 語 の跋扈 よ り も もつ と もつ と古 い根 を持 つ て 居 り,出 来 るだ け避 け た い と思 ひ ます が,一
寸 した
字 を変 へ る とい ふ こ と も,一 つ の難 を払 っ て他 に 新 し い難 を造 る や う な こ と に な つ て い け な い か ら,暫
く古 い慣 例 に従 つ て 当 分 これ で行 き な が ら,そ れ
に対 す る語 源 意 識 を持 つ て ゐ る とい ふ こ とが 必 要 で あ ら う と思 ひ ます 。
との べ て い るの が 穏 当 な見 解 か と思 う(新 村1942)。
あ て 字 が 中世 以 来 長 く命 脈
を 保 っ た 一 つ の 要 因 と し て,日 本 人 の 知 識 階 層 が 漢 字 そ の もの に 対 し て 本 国 主 義,語
源 主 義 に傾 い て い た こ と を挙 げ る こ とが で き る の で は な い だ ろ うか 。
(2)あ て 字 と世 話 字 こ う した 中世 に 発 す る あ て 字 意 識 は,江 戸 時 代 初 期 に い た って あ て字 の 記 述, 収 集 の情 熱 とな っ て,い
っ そ う関 心 の深 ま りが み られ る よ うに な っ た とい え る。
中 世 か ら近 世 初 頭 に か け て は,そ れ ら を ま と まっ た か た ち で収 載 す る書 籍 も多 く な る。 そ の 背 景 に は 連 歌,俳諧
に代 表 され る よ うな俗 語 尊 重 の 文 芸 が 隆 盛 を き わ
め る時 代 で あ った こ と と連 動 して い る。 俗 語 へ の 関 心 の 深 ま りが,俗 語 に 対 応 す る漢 字 表 記 を求 め た と い う こ とが で き る だ ろ う。 もち ろん,『 下 学 集 』 『 節 用集』 とい った 中世 末 か ら刊 行 さ れ た辞 書 類 に も多 数収 載 さ れ るが,通 俗 的 辞 書 が あ て 字 の 盛 行 に大 き な役 割 を果 た した と もい え る だ ろ う。 そ う した 通 俗 辞 書 と して,『 下 学 集 』 『節 用 集 』 の 類 と性 格 を異 に す る永 井 如 瓶 子 『邇言 便 蒙 抄 』(1682)を
挙 げ て お こ う15)。当 時 の俗 語 と漢 字 表 記 を 結 び つ け
て解 説 す る 『邇言便 蒙 抄 』 は,臍 巻 之 末 冒頭 で 〈難 字 出所 評 論 〉 と記 して い るた め,い わ ゆ る難 解 な 読 み を意 図 的 に 集 め た 箇 所 と了 解 され る。 また,〈 義 読 〉 も, 一 大 語 口論 な どに て 詞 の高 くな る を いへ り。 遊 仙 窟 に 見 え た り。 か や う の義読 多 し。 こゝ に つ らぬ 。(p141) と,『 万 葉 集 註 釈 』 『 塵 袋 』 な ど,中 世 以 来 の 用 語 と して 受 け継 が れ て い る。 義 読 の例 と して,内 容 を知 る う え で も参 考 と な る の で,そ 引 用 す る。
の 項 目67語
の一 部 を次 に
私言 耳語 可 憎 可笑 可 惜 可 愛 仏〓 浮雲 寵 愛 最愛 難面 片 時 何時 往時 少 壮 若栄 散靡 分〓 周章 (中略) 方便 声花 〓心 無 二人 望一 一 見 して わ か る よ うに,こ
こ に は 2字 以 上 の 漢 字 が 取 り上 げ られ て い る。 中 に
は,訓 点 が ほ ど こ さ れ た 漢 文 式 の 〈無 二人 望-〉 や,〈 可 憎 可 笑 可 惜 可 愛 〉 の よ う に 「可 − 」 を含 ん で い る語 も連 な っ て い る。 書 き手 の 立 場 か ら は,日 本 語 に,意 味 上 対 応 の あ る よ うな −
あ るい は意 味 上 の対 応 を見 い だ せ る −
熟字 を
結 び つ けた こ と と な る。 読 み 手 の立 場 か らす れ ば,漢 字 の 意 味 を解 釈 した 結 果 が 振 り仮 名 と して 日本 語 に た ど りつ い た もの と い え る。 ま た,〈 私 言 ・耳 語 ・可 惜 ・浮 雲 ・難 面 〉 な ど は そ れ 以 前 の 『 易 林 本 節 用 集 』(1597)な こ ろで あ り,そ れ らの 中 に は 〈死 な れ ぬ 命 の 難 面 くて,さ
どにみ え る と
り とは悲 し く,あ さ ま
し き事 共 〉(『好 色 一 代 男 』)16)と,同 時 代 作 品 に 使 用 さ れ る例 や,後
世 〈寧 ろ
難 面 く さ れ た な ら ば〉(『新 編 浮 雲 』二)と み え る寿 命 の 長 い も の も 多 く,あ て 字 が凝 縮 さ れ て 示 さ れ て い る。 〈義 読 〉 が あ て字 の うち,借 義 に よ る もの で あ る とす る と,次 の 〈世 話 字 〉 と して 収 集 した 語 が 〈世 に い ひ な ら はせ る世 話 字 見 及 ひ 聞 覚 へ た る 分 こ 〉につ ら ぬ 〉(p171)と
し て216語
に わ た り列 挙 さ れ て い る。 そ し て,〈跋
・吃 ・思 ・
貰 ・〓 ・… 〉 な ど の よ うに 1字 の例 は別 と し て,2 字 以 上 の 語 は 多 くが 分 節 的 に 漢 字 の 語 音 と対 応 す る もの が 多 い こ と も特 徴 的 で あ る。 次 に 2字 以 上 の例 を一 部 引 用 す る。
真先 素戻 透許 四度路 覿面 仰 天 突鼻 頭 顛倒 酔 潰 素面 左 礼 口不レ劣 居 坐 入レ身 距 果 虚戯 成 踊 散 槌レ杖 濘 転 胸 衝 〓 取 撰 勝 捻 合 破落 離 浮 腫 口 説 流石 無二遣 瀬− 矢 場 咄 笑 皮束 浮和〓〓 (中略)愚駑〓〓 如狐〓〓 如 鷺〓〓 敏 乍〓〓 美〓 敷 思 度 計 手〓 手 伝(中
略)真
味 理 目一 時 間 掉 頭 点 頭
桃尻 心 無レ懲 自堕 落 職 掌 漸〓 陰 気 成 事 節 猟 敷 仕済 成レ害 差理無 理 偏 迫 卒 骨(中 略)手 筒 看〓 天 晴 求食 回嶋 弥 上 時行 世 智弁 去来 破家(中 略)無 左 口作 無ニ斗柄一 意地 不 慈 情 強 疎籠(中 略)潰レ 胆 出レ我 発〓 都詰 上句終
著 者 は大 阪 の 狂 歌 師 で あ っ た との こ とで あ るか ら,知 的遊 戯 や 文 芸 創 作 の 素 材 と し て の世 話 字 収 集 が 結 果 的 に は あ て 字 の 集 積 に な っ た の だ ろ う。 〈世 話 〉 は 当 時 の 俗 語,日
常 語 を 意 味 す る か ら,本 来 対 応 す べ く も な い 〈破 落 離 浮 和〓〓
巨 多〓〓
愚 乱〓〓 瓦 堕〓〓
瓦 落〓〓 遅 微〓〓 虚 労〓〓 知 分〓〓 散
乱〓〓
雑 乱〓〓
狐 尾〓〓
義 屈〓〓
敏 乍〓〓 愚 弱 理 動 下〓〓
愚駑〓〓
如 狐〓〓
如 鷺〓〓
我 多 彼 此 〉 の よ う な音 象 徴 語 の 類 が 一 群 とな っ て
み え る の も う な づ け る。 ま た,<長
敷 美〓 敷 阿 房 敷 怒 ケ 間敷 節 猟 敷
愛 相 敷 〉 の よ う に,形 容 詞 活 用 語 尾 に 「− 敷 」 を あ て る群 もみ え る17)。た しか に,俗 語 あ るい は 日常 語 の 中 に は語 源 未 詳 の もの も多 く,対 応 す べ き漢 字 が な け れ ば,代 用 に よ っ て補 う しか な い。 また,識 字 層 が 広 が れ ば,そ
の よ うな 語 源,
字 義 に頓 着 せ ず,漢 字 を あ て る こ と も起 こ りえ た で あ ろ う。柳 田 の 〈補 欠 表 記 〉 が 多 くみ え るの も 当然 で あ る。 た だ し,一 面 で,表 語 文 字 で あ る漢 字 で 表 記 さ れ る わ け だ か ら,書 き手 の 立 場 か ら は何 らか の 意 図 を漢 字 に 託 した と考 え られ る し,読 み 手 の 立場 か らは与 え られ た 漢 字 表 記 と語 義 の連 想 を はた らか せ る こ とが あ ろ う。 そ の た め,意 味 と は全 く無 縁 とい うわ けで は な さそ うで あ る。 『邇言 便 蒙 抄 』 で は あ て 字 意 識 に関 わ る次 の 記 述 が あ る。
味 噌 和 名 集 に は 末 醤 とか き て 美 蘇 の 訓 也 。 本 説 不 レ 詳
。 末 は搗 末 の
義 也 。 つ き くだ き細 に 末 した る心 に て末 醤 とい ふ 。 末 せ ざ る は常 の 醤 な り。 此 故 に末 を用 ゆへ きを,字
の相 似 た る ゆ へ に誤 りて未 の 字 を か き,又 其 音 を
引 て 合}オ味の字を 書,醤を
曾と 書な して あ て字 の始 に な れ ると い へ り.(p33)
こ れ は先 に引 用 した 『塵 袋 』③ と同様 の記 事 で あ る。 この 部 分 の 記 事 は 『塵 袋 』 か ら 『〓〓抄 』 『塵 添〓〓 抄 』 に もみ え,近 世 まで た ど りつ い て い る こ と を知 ら せ て くれ る。 著 者 が 『塵 添〓〓 抄 』 な ど に よ っ た か ど うか に つ い て は不 明 で あ る が,字
形 の誤 認 識 を <あ て字 の 始 〉 と して い る部 分 が あ て字 の も う一 つ の 側 面 を
言 い 当 て て い る よ う に考 え られ る。 まず,類 字 字 形 の 〈末 〉 と 〈未 〉 が取 り違 え られ,そ
こか ら 〈未 → 味 醤 → 曾 〉 と,そ れ ぞ れ <音 を 引 て 〉 い る。 そ こ に は い
わ ば 〈音 通 〉 とい う意 識 が あ った と読 み取 れ る。 実 際,六 書 の仮 借 は そ の方 式 に よ る もの で,し
か も,そ
う した 音 通 の意 識 は,先 の〓 外 と対 照 的 に,夏 目漱 石 に
は 〈兎 に 角 明 る くて 此 間 お さん の三 馬 を偸 ん で 矢 張 是 は 六 づ か し く感 ず る 成 程 詐 りの な い 処 だ 切 角 主 人 が 險 呑 だ と思 つ た か ら あ れ は 出 鱈 目 だ よ (『吾 輩 は猫 で あ る 』)/胡 魔 化 して 矢 つ張 り 馬 鹿 馬 鹿 し い 先 祖 代 々 の 瓦 落 多 を〉(『坊 つ ち ゃ ん 』)と,容
易 に見 い だ せ る と ころ で あ る。
漱 石 が 俗 に あ て字 の 多 い作 家 と称 され る の は,こ
う した世 話 字 の類 をふ つ うに
使 う こ とに よ る の で あ ろ う18)。た だ,そ れ は 〈語 源 主 義 〉 に対 す る 〈音 通 主 義 〉 と も い うべ き もの で あ る。 主 義 とい う語 感 が 強 い とす れ ば,〈 音 通 意 識 〉 と言 い 換 え て もよ い 。 加 え て その 〈音 通 意 識 〉 に音 ・訓 の 区別 は な く,一 見 粗 雑 の よ う に思 わ れ るが,杉
本 つ と むの 〈語 音 〉 の概 念 を取 り入 れ れ ば,別 段 奇 妙 な こ とで
は な い 。 こ う した 世 話 字 的 表 記 は漱 石 の俳諧 趣 味 と無 縁 で は な い よ うに も思 わ れ る。 こ う した 音 通 意 識 が あ っ た れ ば こ そ,『 易 林 本 節 用 集 』 で くヒ タ ス ラ→ ヒタ ソ ラ〉 の 語 形 が 〈平 天 浸 空 〉 とみ えた りす る の で は な い か 。 〈ム ズ カ シ〉 で は な く 〈ム ツ カ シ→ 六 借 〉,〈シ カ ツべ ラ シ〉 で は な く くシ カ ツ メ ラ シ→ 鹿 爪 ら し〉 とい っ た あ て 字 も,近 代 まで 生 き残 っ た の はそ う した音 通 意 識 に よ る も の で は な い の か と考 え た い 。 もち ろん,そ れ は語 構 成 を正 確 に 把 握 す る もの ばか りで は な く,異 分 析 も珍 しい こ とで は な い 。 や は り 〈語 音 〉 を優 先 させ て い る。 先 の 〈− 敷 〉 も同 様 で あ ろ う。 こ う した 音 通 意 識 は〓 外 流 とは逆 の 方 向 で あ て 字 を支 え て きた と考 え られ る。 世 話 字 の一 部 は その 典 型 で あ っ た とい え る。
(3)あ
て字 分 類 意 識 の め ば え
『邇言 便 蒙 抄 』 と同 じ こ ろ,松 浦 交 翠 『 斉 東 俗 談 』(1685)に
はあて字の分類が
み え る。 凡 例 を立 て,例 語 を示 して い る点 か らみ て,分 類 意 識 が 明確 に あ った こ とが わ か る。 あ て 字 と い う用 語 こそ み えな いが,お
そ ら く,あ て字 を意 識 的 に分
類 した もの と して は早 い もの で あ ろ う。 そ こで は 〈義 読 〉 と く仮 借 〉 とい う用 語 が 使 わ れ て い るが,前
者 は 〈ギ ヨ ミ〉 を音 読 み で統 一 して い る こ と,後 者 は六 書
の 〈カ シ ヤ〉 の転 用 と思 わ れ る。 松 浦 交 翠 が 漢 学 者 で あ っ た こ とを考 え れ ば 当 然
の 命 名 で あ るが,後
に新 井 白石 が 漢 字 の 研 究 書 と し て 著 した 『同 文 通 考 』(1760
刊)19)に先 だ つ成 果 と評 価 で き るだ ろ う。 『同 文 通 考 』 に は,
借用 本朝ノ俗 書努テ要シ二 簡便ヲ一 ,凡ソ字画多キ者,有下 借テ二 或方音相近シテ 而字 画極テ少キ者ヲ一 以テ為スコト 用ヲ上レ 其義蓋 取ル二 仮借ニ一 而 己世儒概シテ 以為レ誰ト亦 非二 通論ニ一 今定テ以為 二 借 用ト一
と して,仮
( 巻4 12オ )
借 の考 え方 が 示 され,個 別 の漢 字 に関 す る記 述 の 中 で,
〇 六 ロ ク 六 録 音 相 近 借 作 二録 ノ字ト‐ 如 下目録 ヲ作 二目六ニ一 之 類 上ノ (巻 4 12ウ) ○ 木 キ 借 作 二藝 ノ字 議 ノ字一如 下安 藝 ヲ作 二安 木ニ一 参 議 ヲ作 二三 木一ニ 之 類 上ノ (巻 4 13オ) の よ う に,〈 目六 安 木 三 木 〉 の よ う な例 を挙 げ て お り,『 斉 東 俗 談 』 「仮 借 ノ 部 」 と基 本 的 に は 同 じ尺 度 で漢 字 表 記 を分 類 して い る と考 え られ る。 長 くな るが,次
[凡 例]本
に 凡 例 と所 属 す る見 出 し語 を あ わせ て 掲 げ る。
其 ノ字 無 シ。 義 ヲ借 テ コ レニ 名 クル 者 有 リ。 小 端 ト云 ヒ,皆 悉 ト
云 フ ノ類 ナ リ。 字 義 相 兼 ヌ ル 時 ハ 則 チ 愚 人 ト云 ヒ,匹 如 ト云 フ ノ語 有 リ。 併
蓄 テ 義 訓 ノ部 ト為 ス。
[見 出 し語]愚
人 醜 物 匹如 片 輪 直 也人 若 干 皆 悉 小 端 清 々
四 垂 入風 一 二 月代 耳言 家〓 悒 憤 率 爾 精 進 随 意 〓〓
不 意 無レ超 差是 形 勢 溟涬 初 穂 塩 垂 黄泉 端 正 声花 人 望 頽 堕 求食 武夫 影 護 黄昏 禁 圧 冷眼 衡 黒 取 次 一入 白 地
花 心 受 張 長閑 列 卒 東 風 宿直 褻 晴 首途 解除 云 云
時 勢 粧 分 野 方便 販 女 挙 動 鬱悒 努力 伴嗔
周 章 荒猿 中々 乞児 目安 遠近 仮 名 日和 出葉
[凡 例]震
動 雷 電 ノ字,物
彼 是 ノ 音,人
ノ騒 動 ニ 渉 テ,転
ノ毒鬧ニ 象 リテ,呼
心 操 徒然
ジ テ 志 多 羅〓 ノ声 ト為 リ,我 多
シ テ軽 重 清 濁 之 響 ト為 ル 。 然 モ 或 ハ 其 ノ
音 義 ヲ暁 ザ ル 者 有 リ。 偽 ヲ宇 曾 ト曰 ヒ,危 キ ヲ比 阿伊 ト曰 フ。今,其
ノ音 義
ノ近 ク似 タ ル 者 ヲ取 テ, 以 テ コ レニ 名 ク。聊 力 文 字 ノ妙 用 ヲ観 ン ト欲 ス。 彼 レ是 レ兼収 テ仮 借 ノ部 ト為 ス
[ 見 出 し語]嶢
々 徳々 非 愛 墓 無 鳴 呼 起 請 兎 角 誣 言 且 暮 勘
横 逆 卑 怯 失 礼 進 退 憂 悲 中夭 礼 地 色 代 相 場 臨 時 白 衣 岩 乗 迂詐 破志 封 袋 震 動 丹 青 堕 落 我 多彼 是 右 流左 死 自堕 落 威儀堂 々 渇 々 混雑 回心 不請 愛立 義 訓 ノ部 , 仮 借 ノ部 に は,必 ず し も分類 方 針 に合 わ な い例 もみ え るが,原
則と
実 態 にず れ が あ っ て も凡 例 の価 値 は 失 わ れ な い と思 う。 「仮 借 ノ部 」 は ま さ し く 世 話 字 に通 じる もの で あ ろ う。 上 に掲 げた の は俗 語 に 関 す る書 で あ るが,漢 字 表 記 の典 拠 を挙 げ よ う とす る態 度 は中 世 とか わ らず,根
強 い く本 国 主 義 〉 が 貫 か れ て い る。 もち ろ ん,漢 籍 だ け
で は な く,記 紀 万 葉 も引 用 され る こ とが 多 い 。 この 後,別
の 系譜 と して,読 本 な どで代 表 され る よ うな 中国 白話 の 影 響 を受 け
る文 学 作 品 が 盛 ん に 出 版 され る よ う に な る。 そ こに み られ る漢 字 表 記 が 日本 語 と 結 び つ い て い くの も,同 様 に,範
を 中 国 に 求 めて い た か らで あ ろ う。 しか し,漢
字 表 記 を望 ん で も,万 人 が 広 く深 く漢 籍 の こ と ば を 理 解 で き る わ け で は な い か ら,こ の よ う な一 種 独 特 な俗 語辞 書 の 需 要 も高 ま っ て い た の で は な い か と考 え ら れ る。 そ れ は漢 字 使 用 者 の す そ野 が 広 が っ た こ との あ か しで もあ る。 そ れ とは対 照 的 に,〈 音 〉 が 通 じ て い れ ば い い,と い う 〈音 通 意 識 〉 は一 面 で 自由 に 漢 字 を 選 択 す る こ とが で き るた め,臨 時 的 な もの まで 含 め て漢 字 表 記 へ の 欲 求 は高 か っ た と考 え られ る。 現 代 で た と え る な らば,英 語 と和 製 英 語 の 関 係 とい え る か も知 れ な い。 カ タカ ナ 語 と称 され る こ と ば に英 語 本 来 の意 味 を厳 し く求 め よ う とい う レベ ル が あ る一 方 で,原 義 は と も あれ,見
か け上 が 英 語 的 で あ れ ば よい,と
いう
レベ ル が あ るの と似 て い る。 そ れ ぞれ が 混 在 す る こ と も し ば し ば あ る。 中世 か ら 近 世 に か け て の膨 大 な あ て字 の 資 料 は,使 用者 層,作 整 理 す る こ とが 必 要 か と思 うが,同 い う―
レベ ル の使 用 者 層 で あ って も,正
異 体 字 の レベ ル 分 け 同様 の―
き課 題 で は な い か と思 わ れ る。
品 の ジ ャ ン ル特 性 な どか ら ・俗 ・通 と
場 面 別 使 用 意 識 に つ い て も検 討 さ れ る べ
● 4 近代 とあて字
3節 で は,中 世 か ら近 世 に か け て み え る あ て 字 は,文 学 作 品 は も と よ り,辞 書,語 彙 集 な ど に豊 富 な例 が盛 り込 まれ て い た こ とを み た 。 ま た,そ
う した作 品
に親 しみ,辞 書 を愛 用 し,広 い 意 味 で教 養 の 源 泉 と した 明 治 の作 家 た ちが そ れ ら の あ て字 を 受 け継 い だ こ との 実 証 的 な論 考 もす で に い くつ か あ り,筆 者 も若 干 の 報 告 を行 っ た こ とが あ る。 広 く近 代 の漢 字 連 結 の 表 記 を対 象 と した 田 島(1998) も あ て字 研 究 とは密 接 に関 連 す る。 物 珍 し くみ え る あ て字 も長 い 時 間 の試 練 に た えた もの は 多 い 。
(1)明 治 前期 の あ て 字 こ こ で,少
し く例 を 補 う意 味 か ら も,国 語 施 策 が 本 格 的 に 始 動 す る以 前 の状 況
に つ い てふ れ て お きた い 。 江 戸 の名 残 が 色 濃 く残 り,『東 海 道 中 膝 栗 毛 』 の エ ピ ゴ ー ネ ン で あ る 『西 洋 道 中 膝 栗 毛 』 9編 上 に は,ト
ツ チ リチ ンの 節 に乗 せ て 外 国名 が 織 り込 ま れ た 部 分 が
あ る。
ゆ き の 普 魯 西 も さ て 亜 墨 利 加 も,馬 車 で 通 ふ て 英 吉 利 。 僕 は こ れ ほ ど 葡 萄 牙 。 きみ は い つ で も仏 蘭 西 か 。 浮 世 の希臘 と只 印度 。 床 を土 耳 古 の ひ と つ 夜 着 。 埃 及 こち らへ よ ら し ゃん せ 。 支 那〓〓 と と りす が り。 魯 西 亜 に見 へ るが 恋 の み ち,ハ
ア トツ チ リ トン。
い ず れ も音 訳 に よ る もの だ が,古
い 革 袋 に盛 られ た 新 酒 の よ うで,当
時の文学作
品 の性 格 を象 徴 す る か の よ うで もあ る。 ほ か に は 〈孛漏 生 白耳 義 南 北 日耳 蔓 聯 合 州 澳 斯 多 利 魯 西 亜 米 利 堅 伊 太 里 荷 蘭 瑞 西 墨 是 可 西 班 牙 都 児 格 葡 萄 牙 希臘 丁 抹 埃 及 巴社 亜 弗 利 加 ( 十三下)〉 と,ま る箇 所 もあ るが,全
と まってみ え
体 的 に み れ ば,固 有 名 以 外 の音 訳 例 は 多 くな い。 これ は く英
語 仏 語 は,片 仮 名 を以 て し る し,長 言 は そ の下 條 に二 行 の仮 名 を添 て,云 々 と訳
を ほ ど こ し,短 言 は 其 左 に 真 字 を もて 解 せ り(四 上 総編 本文読例)〉 と,当 初 の 方 針 の よ うで あ る。 この 方 針 か らい け ば,〈 洋 酒 伝 信 機(初下)/ 旅 宿(三下)/主 人(十三下)〉な ど の漢 字 は 解 釈 に 相 当 す る,い わ ば振 り漢 字 と も い え よ う。 外 来 語 を 含 め て 借 音 ・音 訳 に よ る あ て 字 は確 実 に 減 少,消 亭四迷 『 新 編 浮 雲 』(1887-1889)で
滅 の 方 向 へ と向 か う。 約10年
後,二 葉
も 第 1回 冒 頭 に 近 い 部 分 に,〈拿 破崙 髭
比 斯 馬 克 髭 仏 蘭 西 皮 亀 甲洋 袴 〉 な どが ま と まっ て 出 現 す る程 度 で,全 体 的 に は多 い と は言 い難 い 。 『浮 雲 』 で は む し ろ 「―敷 」 が,〈 宜 敷 な い が(一)/欝 陶 敷 よ そ よ そ 敷 待 遇 し て 心 淋 敷 か ツ た が 押 々 敷 嬉 敷 もな い が 苦 敷 な ツ て(二)/折 目正 敷 居 す ま ツ て(三)/恥 ケ敷 事 は な い 緊 敷( 四)/ 悪 々 敷(五)〉の よ う に み え る こ とが 注 目 さ れ る(漢 数 字 は 回 を表 す 。 以 下 同 )。 一 度 成 立 した 形 容 詞 活 用 語 尾 の 「―敷 」 は 漢 字 の 意 義 が全 く とい っ て い い ほ ど関係 な く,世 話 字 以 来 の慣 用 とし て息 の 長 い こ と を う か が わ せ る か ら で あ る。 また,副
詞 的 な 語 で は 「―然 」 〈儼然 と し た
悄然 と 全 然(一)/勃 然 莞 然(二)/駭然 と して 慄 然 と 蕭 然 と な つ て 慄 然 ママ と 莞 然 と 蹶 然 と(三)/茫然(四) / 当 然 サ 憤 然 と な り 嫣 然(五)/ 徒 然 と(六) 〉 とい う表 記 も指 摘 で き る が,オ
ノ マ トぺ,畳 語 の 類 で 借 音 表 記 は ほ とん どみ え な
い 。 傾 向 と して は,〈 可 笑 しい 矢 張 仮 令 ひ 不 図 四 辺 回 顧 は し(一)/東 道 とす る 難 面 く(二) / 五 月蠅 ツ て 狼 狽 て(三)/〓〓 周 章 て 子 舎(五) 〉 な どの よ う に,こ れ まで 引 用 した よ う な伝 統 的 あ て 字 が 多 い とい え るだ ろ う。 た だ,中 に は 『雑 字 類 編 』(1786),『 魁 本 大 字 類 苑 』(1889刊)20)と
い っ た唐 話 辞 書 の 系 譜
に あ る もの に 〈東 道 〉 〈子 舎 〉 な どが み え るか ら,読 本 な どの影 響 も考 慮 した い 。 『小 説 神 髄 』 を 引 く まで もな く,こ の 期 の 作 家 た ち は 多 か れ 少 な か れ 江 戸 後 期 の 文 学 に親 しん で い た こ と は誰 もが知 る と こ ろで あ る。
(2)巖 谷 小 波 を例 に 江 戸 期 の 読 本 に影 響 を受 け た とい わ れ る作 家 は 多 い が,尾 崎 紅 葉 も そ の 1人 で あ る。 紅 葉 が 用 字 に関 心 の あ っ た こ とは,死 後 発 見 され た 「畳 字 訓 」 とい う畳 語 を漢 字 で 表 記 す る 際 の 手 控 えが 未 定 稿 な が ら発 見 され て い る こ とで も知 られ て い る。 これ ら に つ い て は早 くか ら注 目 さ れ て い た と こ ろで,玉 村 文 郎 に一 連 の論 考
(玉 村1972,1973,1974,1987)が 瑞 子 の 成 果 も あ る(近 ね 丸 』(1891)を
あ り,近
藤2001)。
例 に,先
の
こ こ で は,紅
くは 紅 葉 の 用 字 傾 向 を 調 査 し た 近 藤 葉 と 同 じ 硯 友 社 の巖 谷 小 波
『こ が
『 魁 本 大 字 類 苑 』 とつ きあ わ せ て み る こ と に し よ う。
以 下,『 こ が ね 丸 』 か ら 『魁 本 大 字 類 苑 』 に 載 る あ て 字 を 抽 出 す る 。
呵々 と 驀 地 に 耳語 しが(一)/〓 宿 周章狼狽 旦暮 嬰児 在 命 る(二)/ 敦圉 霎時 胡 慮21)(三)/ 肚饑 き 感 謝 し 稜威 し(四)/ 挙 動 紹 介 棲 居 (五)/鬱 陶(七)/ 吾 曹(九)/ 白 地 に 冷 笑 ひ て(十)/点 頭 き(十三)/猜 疑(十四)/ 俊〓 き 早 晩 澡叫
ん で(十五)
全 数 調 査 で は な い も の の,容
易 に 拾 い 出 す こ と が で き る。 割 合 か ら い え ば 『浮
雲 』 の 比 で は な い 。 『こが ね 丸 』 が 凡 例 に 〈わ ざ と例 の 言 文 一 致 も廃 しつ 〉 と の べ る よ う な方 向 は 『浮 雲 』 が 言 文 一 致 を志 向 す る の と は逆 で,そ
の文体差 が用字
面 で も差 を もた ら した とい うべ き で あ ろ うか 。 『こが ね 丸 』 の あ て 字 で 『魁 本 大 字 類 苑 』 の 収 録 語 と一 致 し な か った もの で も,〈 東 道 せ よ(一)〉は先 に 『浮 雲 』 で み た ように
〈アルジ 〉 と し て は み え,〈一
伍一什
〉 は 〈一吾一什 的 〉 で み え る 。
ま た,〈 連 忙 し く(九)〉 は 〈連 忙 説 道 〉 の よ う に 関 連 が 求 め ら れ よ う。 〈怎麼 に 〈怎麼
トウ ジ ヤ イカヤウデ
怎生,怎
地 作麼 生 〉 や 〈怎生
ナン ト シタ カ
怎麼怎 様
如 何 〉 の よ う な ル ビで み え る の は 『魁 本 大 字 類 苑 』 が 俗 語 を注 記 す る性 格 に よ る もの で あ ろ う。 こ の こ と は唐 話 語 彙 との直 接 的 関 連 で は な い に し て も,読 本 との 関 連 を強 く予 想 で き る も の で あ る。 た と え ば 『南 総 里 見 八 犬 伝 』(1814−1842 刊)22)な ど とつ き あわ せ て み る。 『八 犬 伝 』 の 肇 輯 数 回 を なが め た だ けで も, 阿 容 々 々 と脱 るゝ こ と は 辞 せ わ し く敦圉 給 へ ば(一)/無 垢 二 が 首 級 を も た し(*左に〈 クビ〉 のルビ)(二)/霎 時 見 送 り つ 義 実 う ち 点 頭 冷 笑 ひ つゝ(三)/ 呵 々 と
う ち笑 へ ば 只 嬰 児 が 垂 乳 母 を(四)/これ は什麼何 事ぞ)(五)/佻々 し く これ を 扶 けず(六)/義 実 は,焦 燥 給 へ ば(七)/有〓 に悍 き武 夫 も(七) な ど,容 易 に 共 通 す る あ て 字 が 見 い だ せ る。 また,『 こが ね 丸 』 に み え る 〈阿
(一)〉が
容 々 々 〉 の ほ か に,〈 呵 々 と(一)/潸然 と(九)〉は紅 葉 の 「 畳 字 訓 」 で も書 き留 め ら れ て い る。
『こが ね 丸 』 に は,そ の ほ か に も,〈 娑 々 と(四)/虚 々(六)/呵 々 と(九)/寸 留 々 々 と(十)/哦嗟 々 々 と 寸 断 々 々 に(十二)〉 な ど の 副 詞,〈 果 敢 々 々 敷(二)/ 委 敷 く(十三)〉
な ど の形 容 詞 で世 話 字 的 な もの や,〈 強 面 き(七)/求 食 り(十 一)〉な どの,ま
さ に慣
用 久 しい あ て字 もみ え る。 以 上,点
描 な が ら この 期 の 用 字 に 関 す る教 養 的 背 景 を改 め て 確 認 した の だ が,
念 の た め に記 して お けば,上
の よ うな比 較 対 照 は 『こが ね 丸 』 を は じめ とす る そ
れ ぞ れ の 作 家 の 特 殊 性 を い う た め の もの で は な く,ま た 当 該 作 家 が そ れ ら作 品 や 辞 書 を直 接 参 考 に した と い う意 味 で もな い 。 二 葉 亭 は ロ シ ア 文 学,巖 イ ツ文 学,引
谷小波 は ド
用 は しな か った が 坪 内逍 遙 は英 文 学 と,そ れ ぞれ 異 な る専 門 を もち
なが ら,共 通 す る教 養 の 源 泉 は や は り江 戸 後 期 の 文 芸 で あ った か とい う点 に注 目 した い の で あ る。 明 治 前 期 ま で は,多 か れ 少 な か れ,そ
れ ぞれ の興 味 と教 養 の程
度 に よ っ て そ れ 以 前 の あ て字 を創 作 活 動 に生 か して い た。 そ の ご く一端 を垣 間 見 た わ けで あ るが,日 本 語 を漢 字 で ど う書 くか, とい う 問題 は,慣 用 と い う,ゆ る や か な規 範 に則 っ て お り,あ る部 分 で は個 人 に 委 ね られ て い た とい え る。 し か し,明 治 後 期 以 降 は 漢 字 の取 り扱 い につ い て,制 度 化 され た 指 針 が 示 され る こ と とな っ た 。 そ れ は と りも な お さず,あ
て字 に と って 終 焉 に向 か っ て い く時 代 と も
な っ た 。 この こ とは 国 語 施 策 か らみ た あ て 字 の 扱 わ れ 方 を み て い く と よ くわ か る。
●5 国語施 策 とあて字
(1)一 元 統 一 の時 代 へ 周 知 の よ う に,前 島 密 が 建 議 した 「漢 字 御 廃 止 之 儀 」(1886)は
明治 以降 のい
わ ゆ る国 語 国 字 問 題 が 社 会 的 な 広 が りを もつ き っ か け とな っ て―
もち ろ ん,前
島 以 前 に も 日本 語 の 文 字 表 記 に 関 す る論 は存 在 し た の だ が― 語)に
以 後 の 日本 語(国
対 す る議 論 は 活 発 に な って い く。 前 島 の よ うな仮 名 専 用 論 にせ よ,ロ ー マ
字 専 用 論 に せ よ,あ
る い は漢 字 擁 護 論 に せ よ,福 沢 諭 吉,矢 野 文 雄 の漢 字 制 限 論
にせ よ,こ れ らは い ず れ も当代 の 識 者 が 日本 語 の表 記 に つ い て 論 じて い た こ とで あ る。 し か し,政 治 体 制 の変 化 に と もな い,中 央 集 権 化 を 目指 す 政 府 の 方 針 に よ り,さ
らに それ に と もな う教 育 制 度 の整 備 も手 伝 っ て,そ
い わ ば制 度 と し て の 国 語,標
の よ う な識 者 の 声 は,
準 語 を指 向 す る よ うに な り,組 織 的,公
的な性格 を
も っ て 調 査,公
表 さ れ る よ う に な っ て い く。 また,明
と して 起 こ った,書
治20(1887)年
前 後 を境
き言 葉 の標 準 も 口語 文 へ と向 か お う とす る流 れ は,日 本 語 の
表 記 を体 系 的,合 理 的 に ど の よ うに構 築 す る か とい う問 題 を解 決 す る 方 向 へ と向 か わ せ る 刺 激 に もな っ た に違 い な い。 した が っ て,日 理,統
本 語 の 表 記 に 関 し て も整
一 され た も の を 目指 す 傾 向 は ま す ま す 強 くな る。 安 藤 正 次 い う と こ ろ の
〈一 元 統 一 の 時 代 〉 で あ る(安 藤1936)。
こ う した 動 き は,教 育 現 場 にお け る い
わ ゆ る読 み 書 きで,初 学 者 の 負 担 を軽 減 し よ う とい う配 慮 に も現 れ て くる し,使 用 漢 字 の 数 的 な 問題 だ けで な く,あ て 字 の もつ 多 様 性 も その 存 在 を許 され な い も の と な っ て い くの は む し ろ 当然 で あ った だ ろ う。 あ て字 は国 語 施 策 の進 展 に と も な い,少
な く と も公 的 な 場 面 か らは排 除 され る よ う に な っ て い く。 これ は ,あ て
字 と制 度 た る国 語 施 策 と は基 本 的 に相 容 れ な い もの で あ り,明 治 前 期 まで の ゆ る や か な 表 記 の枠 組 み の 中 で 醸 成 され て きた あ て字 の 世 界 は終 焉 を迎 え る こ とに な るの で あ る。 こ こで は,近 代 にお け る あ て字 の様 相 と あ て字 に対 す る意 識 の変 化 に つ い て,国 語 施 策 と の か か わ りの 中 で 観 察 す る こ と と した い23)。
(2)国 語 調 査 会 とあ て 字 へ の対 処 まず,明
治30年
代 を国 語 施 策 の本 格 的 な 始 動 期 とみ て,国 語 施 策 と あ て 字 の
関 係 を み て み よ う。 明 治30(1897)年1月
「教 育 時 論 」 で,上
題 す る演 説 を載 せ て い る が,そ
田 万 年 は 「国 語 会 議 に 就 き て 」 と
こ に は言 語 学 上 の知 識 が 欠 乏 した と き に生 じ る教
育 上 の欠 点 を説 き,〈 帝 国教 育 の基 礎 を 固 め し め ん に は,国 語 会 議 な る学 者 の一 団 体 を設 け て,こ
れ に附 す る に相 当 の 権 力 を以 て し,一 方 に 図書 検 定 の 最 高 顧 問
とな り,一 方 に国 語 統 一 の 中枢 機 関 と な りて,全 国 の 国語 学 者 に其 仰 ぐ所 を知 ら し む る に あ り〉 との べ る(上 田1897)。
これ は実 質 的 に 後 に成 立 す る国 語 調 査 会
の 設 立 を 促 して い る 。 こ れ が は ず み に な っ た の か,明
治32(1899)年
に は帝国
教 育 会 に 国 字 改 良 部 が 設 置 され る(部 長 前 島 密)。 仮 名 調 査 部 ・羅 馬 字 調 査 部 ・ 新字 調 査 部 ・漢 字 節 減 調 査 部 が あ り,そ れ ぞ れ の部 門 で 調 査 に 向 か う方 向 づ けが な され た 。 そ し て,国 字 改 良 部 か らは 「国字 国 語 国 文 ノ改 良ニ 関 ス ル 請 願 書 」 が 衆議 院 ・貴 族 院 の 両 議 長,お
よ び各 大 臣 に提 出 さ れ た(明
治33(1900)年1月
26日)。 そ こ に は,請 願 の 理 由 と して,〈 熟 ら我 邦 の 言 語 文 字 文 章 を検 す る に, 何 れ も複 雑 多 様 に して,之
を分 別 識 得 せ ん こ と決 し て容 易 の 業 に あ らず,其
の言
語 に は 同一 意 義 の 語 に して,和 語 な る あ り,漢 語 な る あ り,和 漢 語 な る あ り,之 を適 宜 に使 用 せ ん こ と実 に容 易 の事 に あ らざ る な り,其 の文 字 に は,仮 字 あ り, 漢 字 あ り,仮 字 は総 数 五 十 許 に して,一 字 毎 に 片仮 字,平 仮 字 の 両 体 あ り,平 仮 字 に は又 変 体 と称 す る 異体 の もの数 体 あ り,さ れ ば 仮 字 の総 実 数 は殆 ど二 百 余 箇 に及 ぶ と謂 ひ 得 べ し〉 と,日 本 語 に お け る使 用 字 種 の 複 雑 性 か ら説 き起 こ す。 〈仮 字 〉 に関 して で さ え,こ の 程 度 の 字 数 を費 や し て お り,漢 字 に つ い て の 記 述 部 分 とな る と,通 用 す る漢 字 字 数 の 多 さだ け で はな く,音 訓 の 存 在,楷
・行 ・草
と い った 書 体 の違 い,呉 音 ・漢 音 ・唐 音 とい う漢字 音 の 別 な ど に もお よ び,文 章 体 の 変 遷,方
言 の 多 様 性 に ま で ふ れ,〈 処 に依 り,場 合 に 応 じ て,適 切 な ら し め,
剴 切 な ら しめ ん こ と,碩 学 老 儒 た りと も豈 に容 易 の こ とな らん や 〉 とい う,い わ ば 日本 語 の歴 史 そ の もの を すべ て 引 き受 け る よ うな 観 点 を提 示 す る。 そ こか ら漢 字 を使 用 す る こ との 弊 害 を説 くの で あ る。 た だ し,こ の よ うな 強 い決 意 を こ め た 書 きぶ りが み え る一 方 で,漢 字 節 減 を提 言 す る もの の,種
々の議論 が存在す る こ
と をふ ま え た うえ で,ま ず は調 査 を精 密 に行 う こ と を優 先 す べ き で あ る,と す る 主 張 は きわ め て穏 当 だ った とい え よ う。 先 に も記 した が,こ
う し た調 査 ・研 究 を
急 い で い る背 景 に は,や は り国家 の基 盤 整 備 とい う強 い動 機 づ け が あ り,〈 列 強 の 間 に介 在 して只 管 国 運 の 隆 盛 を期 す る我 邦,亦
当 に猛 省 して,画 策 す る と ころ
な か るべ か ら ざる な り〉 と い う理 由 づ けが あ っ た の で あ る。 請 願 の翌 月,2月22日
に,帝 国 教 育 会 漢 字 改 良 部 漢 字 部 で は,漢 字 節 減 の 方
針 を示 し,翌 年 に あ た る 明 治34(1901)年6月4日
開 催 の 国 字 改 良 部 総 会 で,
「漢 字 節 減 の 標 準 」 を示 す 。 こ こ に は,〈 仮 名 で わ か る 言 葉 に は 漢 字 を 用 ひ ぬ こ と〉 と し て,以 下 の よ うな あ て字 が 例 と して示 され て い る24)。 ① わ が 国 音 の 動 詞,形
② 固有名 詞
容 詞,助
動 詞,副
詞,感 嘆 詞,後
置詞 な ど
義経,弁 慶,富 士,浅 間,倫 敦,巴 里,牛 津 な ど
③ 普 通 の外 国 語
莫 大 小,喞 筒,洋
燈,洋
刀,彎 画,百
斯 篤(百
思 土)
など ④ そ の 他 流 行,蘿蔔,胡蘿蔔,蕓薹,百
足(娯蚣),杜鵑(
郭 公,
時
鳥)な
ど
この よ う な情 熱 が 実 を結 ぶ こ とに な る の は,明 治35(1902)年3月24日
に勅 令
に よ っ て設 置 され た 国 語 調 査 委 員 会 で あ る。 そ こで は調 査 方 針 も示 され た 。 これ が 有 名 な 「国 語 調 査 委 員 会 決 議 事 項 」 で,音 韻 文 字(フ と した 仮 名 ロ ー マ 字 の 調 査,言 の 調 査,標
ォ ノ グ ラ ム)採 用 を前 提
文 一 致 体 採 用 を前 提 と した 調 査,国 語 の 音 韻 組 織
準 語 選 定 を前 提 と した 方 言 調 査,の4
項 目 で あ る が,〈 普 通 教 育ニ 於
ケ ル 目下 ノ急ニ 応 セ ン カ タ メ左 ノ 事 項ニ 就 キ別ニ 調 査 ス ル所 ア ラ ン トス 」 とい う の は,や
は り教 育 界 の 要 請 に応 え た措 置 で あ った ろ う。 そ の 1項 に,〈 一 漢 字
節 減ニ 就 キ テ 〉 が あ っ た 。 これ に 基 づ い て 漢 字 節 減 の 調 査 が 進 み,そ 『漢 字 要 覧 』(1908)に
の成 果 は
盛 り込 まれ て い る(章 末 資料 参 照)。
(3)臨 時 国 語 調 査 会 に よ る あ て 字 排 除 そ の 後,大
正 時 代 に 入 っ て は大 正10(1921)年
6月 設 置 の 臨 時 国 語 調 査 会 が
国 語 国 字 問 題 の 解 決 に 向 か う こ と とな り,大 正12(1923)年 漢 字 表 」(1962字)と
略 字 表(154字)の
5月 2日 に 「常 用
議 決 を行 っ て,国 家 機 関 に よ っ て 初 め
て漢 字 制 限 の 具体 案 が 示 さ れ た の で あ る。 しか し,大 正 期 の 常 用 漢 字 表 は新 聞 で 実 施 され る予 定 で あ っ た ら し い が,関 東 大 震 災 の た め に立 ち 消 え とな っ た との こ とで あ る。 そ れ で も臨 時 国 語 調 査 会 は大 正15(1925)年
に 「当 字 の 廃 棄 と外 国
語 の写 し方 」 を公 表 し,〈 尚委 員 会 で は次 ぎの よ うな 固 有 の 意 味 と無 関 係 な 漢 字 の用 法(俗
に 言 う当 字)を
や め て こ れ を仮 名 で 書 く こ と に す るが よ い と決 定 し
た〉 と官 報 に発 表 し,65項
目 の 〈当字 〉 を例 示 して い る(章 末 資 料 参 照)。 これ
に よ っ て も 当時 通 用 して い た 代 表 的 な あて 字 を うか が い 知 る こ とが で き る。 こ う した動 き を受 け て,大 正15年,大
阪 毎 日新 聞 社 発 行 の 『漢 字 制 限 に伴 ふ 新 用 語 』
とい う小 冊 で 社 長 山 本 彦 一 が 記 す序 文 をみ る と,
漢 字 制 限 は,時 代 の 進 化 を促 す 当 然 の 運 動 で あ る。 時 代 の 向 上 に 伴 ふ 必 然 の 要 求 で あ る。 議論 の 時 は,も は や 過 ぎて,実 行 の 急 に迫 られ て ゐ る。 それ は 先 づ新 聞 紙 所 載 の 用 字 か ら発 足 せ ね ば な らぬ。(略)記 当 つ て,す
者諸 君 は筆 を とるに
べ か ら く こ の革 新 期 の 到 来 に,直 面 順 応 せ ね ば な らぬ 。 誓 っ て時
代 の 錯 誤 者 とな つ て は な らぬ(略)新
定 常 用 版 の み に よつ て,新 聞 記 事 を 草
す る こ と,そ れ を社 則 の一 つ と して,厳 守 して い たゞ きた い。
と い う,新 聞 界 の歓 迎 ム ー ド と決 意 の ほ ど を知 る に十 分 な 宣 言 が 行 わ れ て い る 。 こ う した 漢 字 制 限 を と も な う表 記 の 整 理 は 新 聞 界 を筆 頭 に,出 版 業,校
正関係者
な どに も次 第 に好 意 的 に迎 え られ て い く よ うで あ る25)。
(4)書 簡 文 と あ て字 とこ ろ で,書 簡 文 の作 法 書 の よ う に― のの―
あ て 字 に関 す る扱 い は否 定 的 で あ る も
まだ ま だ個 人 の 書 記 活 動 で は あ て 字 の 扱 い に つ い て 規 範 性 が ゆ るや か で
あ り,あ る程 度 の幅 を も って 使 用 され て い た とい う書 記 活 動 の 場 の違 い に よ る こ と も指 摘 して お く必 要 が あ ろ う。 た と え ば,大 正 時 代 ご ろの 文 範 集 な ど に は,
とに か く在 来 の 書 翰 文 を 出 来 るだ け 普 通 の 文 体 と統 一 し,(第 一)漢 返 字 を廃 す る事(第
二)漢
字 に送 仮 名 を 付 け る事,(第
三)文
文風 の
法 を正 し,又
ひ どい宛 字 を改 め る事 等 の教 育 が 学 校 方 面 か ら有 力 に 実行 され た結 果,今
日
で は大 分 書 き流 しが 多 くな り,用 語 文 法 も極 少 許 の例 外 を除 くの外 普 通 文 と 略 同様 にな つた 。 これ と同 時 に 文 壇 に於 け る言 文 一 致 の運 動 で,近
年 に至 つ
て 口語 文 の 手 紙 が 日々盛 に行 は れ る様 に な つ た 。
(芳賀 ・杉 谷 ・前 田1929; p216)
とみ え る。 しか し,そ の 許 容 範 囲 は今 日 の 目 か らみ れ ば か な り広 く,実 際 に は 〈国 語 教 育 の 統 一 上,学 校 方 面 で は早 くか ら議 論 が あ つ て,是 非 と も一 般 の 文 章 同様 に し て し ま はね ば な らぬ と,読 本 な どで は 二 十 年 前 か ら既 に之 を実 行 し て ゐ るの で あ る が 〉,〈社 会 の 方 で は又 旧来 の 習 慣 と実 際 の 便 利 とに 離 れ る こ とが 出来 ぬの で あ る〉(P117)と た,そ
い うか ら,現 実 は そ の とお りで あ っ た と考 え られ る。 ま
う し た慣 習 と合 理 性 との 妥 協 点 と して示 す 解 決 案 も,
(一)最
も広 く行 は れ る慣 語 に は 送 仮 名 を 省 く。
申候
申 上 候
仕 候
致 候
存 候
尤 千 万
罷 在
等 。 (二)最
も広 く行 はるゝ 少 数 の返 字 を許 す。
被下
被成
く)可
被成下
申
可 致
被 遊(「 被 遊 御 座 」 の 如 き は「 御 座 遊 ば さ れ 」 と 書 不 致不仕不申上(「
不存 」 「不 残 」 「不一 方 」 等 は
「存 ぜ ず 」 「残 ら ず 」 「一 方 な ら ず 」 と 書 く) 乍憚
乍 恐 縮 乍 延 引
乍 御 手 数(「 乍去 」 「乍 存 〕 の 如 き は 「さ り な が ら」 「 存 じ な が ら」 と 書
く)(以
下 略)奉
奉 感 謝
存 奉
願 奉 賀 奉
謝 奉 願 上
無之 無御座 有 之 被為入 被為在(「 被為在 御座 」 は
「御 座 在 らせ られ」 と書 く) 為 念 為 後 日 等 。 の よ う な示 し方 で あ る。 これ ら を狭 義 の あ て字 と して 考 え る こ とに は抵 抗 が あ る も の の,先
に引 用 した 「漢 字 節 減 の標 準 」 の ① に 分 類 さ れ,仮 名 書 きの 奨 励 が
行 わ れ た助 詞,助 動 詞,補 助 動 詞,形 ―,乍 −,奉―,為
式 名 詞 な どの類 が 「− 候,被
−,可
−,不
− 」 とい っ た ま と ま りを もっ て許 容 さ れ て い る。 こ う した 候
文 の 流 れ に あ る書 簡 用語 は連 綿 体 で 書 か れ た た め に,省 画 が 進 み,符 号 的 に用 い られ た 連 語 もあ る。 そ う した 実 用 性 の高 さ ゆ え捨 て きれ な か っ た 表 記 だ っ た とい う事 情 は あ った だ ろ う。 しか し,連 綿 体 が す た れ た後 の 漢 字 表 記 が ど の よ う に推 移 す る の か につ い て は解 明 す べ き問 題 が 残 され て い る と思 う。 た だ,あ が 日常 生 活,こ
て字 表 記
とに個 人 の 書 記 活 動 に は深 く根 づ い て い た 一 端 を知 らせ て くれ る
材 料 で あ る こ と に は注 目 して お きた い 。 対 照 的 に と らえ れ ば,手 紙 の 口語 文 化 に よ る書 簡 用 語 が 上 の よ うな表 記 を な くし て い くか を う か が い 知 る こ とが で きる 。 ま た,そ
う した 文体 の 変 化 と あ い ま って,後
の 当 用 漢 字 表 が い か に指 導 力 を発 揮
した か を知 る材 料 と もな る か と思 う。
(5)仮 名 書 きへ の趨 勢 とル ビの 廃 止 そ の後,昭
和 9(1933)年
の 国 語 審 議 会 設 置,そ
「漢 字 字 体 整 理 案 」,昭 和17(1942)年
れ に よ る昭 和13(1938)年
の
の 「標 準 漢 字 表 」 の 議 決 な ど,様 々 な 漢
字 制 限 案 が 出 され る。 吉 田澄 夫 は先 の臨 時 国 語 調 査 会 報 告 に 関 連 して,そ
れ 以 降 に み え る あ て字 の 使
用 状 況 を観 察 し,〈 以 来 時 勢 の 進 展 に伴 っ て あ て 字 の慣 用 は 余 程 少 な くな っ て 来
た 。 殊 に 外 国 の 地 名 人 名 に対 す る あ て 字 は ほ と ん ど見 られ な い や う に な つ た 。 日々 の新 聞 紙 上 に お い て もほ とん ど悉 く仮 名 書 と い っ て よ い 〉 と の べ る(吉 田 1931)。 ま た,〈 物 資 名,病
気 名 の 如 き も内 閣 資 源 局 の 標 準 用 語 集 を は じめ 次 第 に
仮 名 書 が行 は れ て 来 て ゐ る〉 と し,地 名 で は く仏 蘭 西 伊 太利 瑞 典 諾 威 丁 抹 維 也 納 紐 育 華 盛 頓 市 俄 古 吟 爾 賓 新 嘉 波 〉,人 名 で は 〈亜 歴 山 那 破崙 路 易 〉 を 示 す 。 物 資 名 で は 〈護謨 曹 達 安 質 母 尼 安 母 屋 亜 瓦 斯 加 里 〉 を,病 名 で は 〈加 答 児 窒 扶 斯 虎 刺 刺 麻 拉 里 亜 実 扶 的 里 亜 僂 麻 質 斯 虎 眼 〉(以 上,原
文 ル ビ な し)を 挙 げ,分 野 に よ っ て 多 少 の遅 速 は あ る もの の,
仮 名 書 きが 定 着 しつ つ あ る とみ て い る。 同 じ外 国 語 で も 〈意 味 に よる あ て 字 も相 当 多 い。 然 し これ 等 の用 法 は歴 史 が 浅 い こ とで も あ り次第 に仮 名 書 に移 りつ つ あ る と見 て よ い 〉 と の べ る.最 後 の 〈意 味 に よ るあ て 字 〉 にわ ず か な が らそ の 残 存 を 認 め,〈 莫 大 小 短 胴衣 衣〓 襟飾 麦 酒 燐寸 昇 降 機 把手 洋盃〉 の 例 を挙 げ る。 残 存 が 認 め られ る の は,可 視 的 ・具 体 的 な 外 国 産 の モ ノ を漢 字 の表 意 性 か ら どん な モ ノ で あ るか を注 記 す る機 能 を果 た して い た か らだ ろ う。 この こ ろ,外 国 語 の あ て字 が,少
な く と も新 聞 な どの 公 的 な場 面 で は,ま ず借 音 法 か ら
消 滅 し,借 義 法 の あ て字 も次 第 に そ の 生 命 が 絶 え つ つ あ る こ との観 察 で あ る。 日 本 語 と対 応 す る あ て字 で も 〈一 寸,丁
度,兎
角,呑 気,の
如 きは仮 名 書 に した ら
却 っ て 多 少 異 様 に感 ず る人 もあ るか も知 れ な い 〉 と,当 時 の 一 般 人 の 用 字 意 識 を 代 弁 す る よ うな 例 も挙 げて い る。 もち ろ ん,こ れ は吉 田 個 人 の観 察 だ が,当 時 の 意 識 を知 る う え で は 参 考 とな る。 吉 田 自身 は これ らを仮 名 書 きす べ き もの と考 え て い るが,こ
の 中 に は先 の 臨 時 国語 調 査 会 報 告 で 仮 名 書 きす べ き もの と して退 け
ら れ た 〈兎 角 呑 気 〉 も含 まれ て い る。 これ ら は答 申 と一 般 社 会 で の あ て字 意 識 で は,規 範 と実 態 に ず れ が あ っ た こ とを うか が わ せ る興 味 深 い観 察 で あ る。 この 間 の 出 来 事 と して あ て字 減 少 を加 速 させ る に影 響 を与 えた と考 え られ るの は 山本 有 三 の ふ りが な 廃 止 論 で あ る26)。ふ りが な廃 止 に対 して は種 々 の 意 見 が 出 さ れ た が,世
論 もそ れ を支 持 し,内 務 省 保 管 局 の通 達 も手 伝 って,児 童 向 けの 文
章 か ら発 し て,次
第 に 出 版 物 の 振 り仮 名 が 減 少 す る 傾 向 は 広 が っ た(大
石
1955)。 こ う した 流 れ は あ て 字 の 中 で も 〈振 り仮 名 不 可 欠 表 記 〉 を一 掃 す る よ う な 動 き とな った こ と は明 白 で あ ろ う。
(6)当 用 漢 字 表 以 後 の あ て 字 第 二 次 世 界 大 戦 に よっ て 中 断 さ れ た もの の,そ の 蓄 積 を生 か しつ つ,国 語 政 策 も新 た な 出 発 を 迎 え る。 そ し て,昭
和21(1946)年
に 内 閣 訓 令 ・告 示 に な る
「当 用 漢 字 音 訓 表 」 が 実 施 さ れ る に い た り,強 い影 響 力 を もっ た こ とは 周 知 の と お りで あ る。 こ と に,各 官庁 の 公 文 書 が 当 用 漢 字 表 を尊 重 す る こ とが 求 め られ, 新 聞 社 も それ に賛 同 す る か た ち で 普 及 した 。 もち ろん 教 育 現 場 も例 外 で は な く, 学 校 教 育 で は 当然 の よ うに 強 い 指 導 力 を発 揮 した。 当 用 漢 字 表 に は 「使 用 上 の 注 意 事 項 」 と して,〈 あて 字 は,か な 書 き に す る〉 と う た わ れ て お り,〈 ふ りが な は,原 則 と し て使 わ な い 〉 こ とが 明 記 され た。 当 用 漢 字 表 は,そ の後,何 実 施 され,そ な ど,主
度 も手 直 しが 行 わ れ た が,昭 和48(1973)年
に は 改 訂,
の付 表 と し て 〈漢 字 2字 以 上 で構 成 さ れ る いわ ゆ る熟 字 訓 ・当 て字
と し て 1字 1音 の 音 訓 と して 挙 げ得 な い もの を掲 げ た〉 とい う枠 組 み の
106語 が 示 され た 。 これ は,昭 和56(1981)年 父 ・伯 父),お
ば(叔 母 ・伯 母),さ
の 常 用 漢 字 表 付 表 で,〈 お じ(叔
じ き(桟 敷),で
こ ぼ こ(凸 凹)〉 の4語
を加
え た もの の,原 則 踏 襲 され て い る。 これ ら付 表 は音 訓 表 との 整 合 を欠 く表 記 を ま とめ た も の で あ るが,当
用 漢 字 表 は そ れ ま で の 漢 字 整 理 案 よ り も強力 な 指 導 力 を
発 揮 し,そ の影 響 も多 大 で あ っ た だ け に,消 滅 す る運 命 にあ った あ て字 は一 部 容 認 され る こ と とな り,合 理 的 な 日本 語 の 表 記 を 目指 す 立 場 か ら い え ば,そ れ は時 計 の 針 を逆 転 させ る と と ら え られ て も仕 方 の な い と ころ で あ る。
な お,章 末 に 『漢 字 要 覧 』 『誤 用 便 覧 』27)「 当 字 の 廃 棄 と外 国 語 の 写 し方 」 『ス タ イ ル ブ ッ ク』28)の4点 で あ て字 と認 識 さ れ,仮 名 書 き が 望 ま し い と され る例 語 を一 覧 と して ま とめ て あ る。 明 治 後 期 か ら昭 和 初 期 にか け て,取
り上 げ られ るあ
て字 が 大 まか な傾 向 と して は増 加 して い る。 こ とに新 聞 社 の ス タ イル ブ ック は そ れ 以 前 の もの と比 べ る と き び し く,あ て 字 が 排 除 さ れ る状 況 の 参 考 とな る だ ろ う。
●6
コ ン ピ ュ ー タ とあ て 字
1980年 代 後 半 か らの ワ ー プ ロ専 用 機 の普 及,現 在 で は パ ソ コ ン の 飛 躍 的 な 普 及 に よ って,ワ
ー プ ロ ソ フ ト全 盛 の時 代 と な っ た。 こ う した 文 房 具 の劇 的 な 変 化
に よ っ て,内 蔵 辞 書 に は す で に常 用 漢 字 表 の 枠 組 み を は るか に超 え る漢 字 数 が 搭 載 さ れ て い る。 そ れ ばか りか あ らか じめ あ て字 表 記 も多 数 盛 り込 まれ て い る。極 端 に い え ば,漢 字 の 知 識 が な く と も容 易 に あて 字 表 記 を行 う こ とが 可 能 とな った の で あ る。
(1)ワ ー プ ロ の 進 化 筆 者 の 使 用 す るATOK
16で,試
み に い くつ か の 単 語 を 入 力 す る と,〈 此 処 ・
如 何 に ・兎 角・ 矢 張 ・屹 度 ・一 寸 ・天 晴 ・可 哀 想 ・可 愛 そ う ・… 〉 な どは容 易 に 変 換 され る。 〈秋 刀 魚 ・海 月 ・水 母 ・蟋蟀 ・百 足 ・守 宮 ・向 日葵 ・蒲 公 英 ・女 郎 花 ・…〉 な ど の 動 植 物 名,〈 阿 蘭 陀 ・和 蘭 ・露 西 亜・ 仏 蘭 西 ・独 逸 ・桑 港 ・紐 育 ・倫 敦 ・… 〉 な どの 国 名 ・都 市 名 も指 1本 で い と も簡 単 に漢 字 に変 わ る。 現 在 の 漢 字 表 記 に対 す る理 念 論 争 以 前 に,パ
ソ コ ン の進 化 に と もな って 常 用 漢字 表 は
形 骸 化 さ れ て し まっ た 感 が あ る。 こ う した 機 能 は漢 字 表 記 に対 す る根 強 い 志 向性 が 貫 かれ て い るか らで あ ろ う。 し か し,一 方 で パ ソ コ ン に代 表 され る電 子 メ デ ィ ア な しの文 字 生 活 は 将 来 に わ た っ て考 え られ な い状 況 に あ る。 この 種 の話 題 で は 異 体 字 の処 理 に つ い て 取 り上 げ られ る こ とが 多 いが,ワ
ー プ ロ辞 書 に登 録 され て
い る あ て字 も同 様 の 問 題 を抱 えて い る は ず で あ る。 過 去 に お い て,あ
て字 の 存 在
はた しか に弊 害 で も あ っ た が,一 面 で漢 字 の 教 養 と豊 か な 連 想 に支 え られ た 文 化 的 存 在 で もあ った 。 それ が,漢
字 に対 す る認 識 が 極 端 に 浅 い ま ま,安 易 にあ て字
を用 い る こ とが 可 能 な 時 代 と な っ て い る。
(2)ネ ッ ト社 会 とあ て 字 現 代,情 報 収 集 の 手 段 と して 大 きな位 置 を 占 め る イ ンタ ー ネ ッ トに つ い て も, あ て字 を これ ま で と違 っ た意 味 で 用 い る傾 向 が あ る。 匿 名 性 の 高 い イ ン ター ネ ツ
ト掲 示 板 な ど で は,単
な る誤 変 換 か ら発 して,あ
て 字 が 集 団 語 とな っ て い くケー
ス も あ る。 ま た,検 索 ソ フ トに よ る ヒ ッ トを さ け る た め か, 隠 語 同 様 の あ て 字 が 頻 繁 に 使 用 さ れ て い る。 有 名 な ネ ッ ト掲 示 板 「2ち ゃ ん ね る」 の 用 語 辞 典 (htt p://www.med
ia−k.co.j p/jite n/)か ら拾 い あ げ る と,
A 香 具 師 【や し 】 奴 の意 。
奴 → ヤ ツ → ヤ シ→ 香 具 師 。 IMEで
「や し」 で 変 換 す る こ と に よ っ て 「香
具 師 」 と変 換 出 来 るた め 。
B 厨 房 【ち ゅ うぼ う】[名]
「中 坊 」 の 隠 語 。 中学 生 → 中 坊 → 厨 房 。 本 当 の 中 学 生 とい う意 味 だ け で は な く,程 度 の低 い人 に 向 けて も使 わ れ る。 本 当 の 中 学 生 は 「リア ル厨 房 」 と呼 ば れ る。 程 度 の低 い順 に,消 防 <厨 房 <工 房 。 な か で も厨 房 が一 番使 わ れ る頻 度 が 高 い。
C 須 磨 【す ま】[名](ス
マ ッ プ,ジ
ャニ ー ズ)
ジ ャニ ー ズ の グ ル ー プ 「SMA P」 の こ と。 類 義 語:素 な どが み え る(ABCは
便 宜 上,付
地図
し た)。 A の カ タ カ ナ の 類 字 字 形 〈ツ/シ 〉
の 取 り違 え は手 書 きな ら ば と もか く,ワ ー プ ロ上 で は あ り え な い 。 これ を遊 び と し て用 い,変 換 した 結 果 が 用 語 と して 定 着 して い る よ うで あ る。 ま さ に書 き手 の 立 場 か ら は 〈戯 書 〉 で あ り,事 情 を知 ら な い読 み手 の立 場 か らは 〈判 じ物 〉 とな る例 で あ る。 同 様 に,B
は音 通 に よ る連 想 の 鎖 で,〈 消 防 ← 小 坊 <小 学 生/工 房
← 高 坊 < 高 校 生 〉 と関 連 語 が 生 産 され る。 また 〈厨 〉 が 造 語 成 分 とな っ て派 生 し た 語 もあ る ら しい 。 C の類 義 語 〈素 地 図 〉 な ど は 〈地 図 → マ ップ 〉 と,異 分 析 で は あ る が借 音 ・借 義 混 用 の 例 で,〈 剣 橋 〉 と同 工 の もの で あ ろ う。 こ う した あ て字 は,変 換 キー に よっ て 瞬 時 に画 面 上 に漢 字 を 出現 させ られ る ワ ー プ ロ辞 書 な らで は の遊 び と考 え られ る。 た しか に,あ
て字 生 産 の構 造 と して は
過 去 の 方 法 を出 る もの で は な く,こ とば 遊 び は豊 か な文 化 の 一 面 で はあ る。 しか し,こ
と,あ て字 の 面 か ら観 察 すれ ば,文 字 に対 す る認 識 が ネ ッ ト文 化 な ど と称
さ れ る ほ ど深 み の あ る もの と は思 え な い 。 コ ン ピ ュー タ ー と あ て字 の 関 係 は,情 報 処 理 技 術 の 向 上 と 日本 語 表 記 全 体 の 問 題 とし て今 後 議 論 され な け れ ば な らな い 課題 で ある。
● 7 あて字研究 の課題
あ て 字 は 広 く 日本 語 と漢 字 表 記 に 関 わ る根 本 の 問 題 で あ る。 用 語 の 面 で い え ば,や
は り 日本 語 が 主 で あ っ て,漢 字 を 〈あ て る〉 の で あ る。 た だ し,そ の意 味
か らい え ば,あ て字 は書 き手 の 立 場 に偏 った,用 語 と して の不 十 分 さ は否 定 で き な い。 や は り,書 き手,読
み手 双 方 の立 場 か らは漢 字 表 記 語 とい う視 点 で と ら え
るべ きで あ ろ う。 あ て 字 に は そ の よ うな両 面 が あ る こ と を再 確 認 し,そ れ ぞ れ の 問 題 の所 在 を峻 別 して研 究 す る こ とが 望 ま し い と考 え る。 そ の 際,読 み 手 と書 き 手 の立 場 の 違 い に よ る漢 字 表 記 と読 み また は意 味 の対 応 に関 わ る構 造 的 把 握,そ の 際 の資 料 の 性 格,と
い った 面 か ら の考 察 が 必 要 とな るだ ろ う(陳2003な
ど)。
そ れ に と も な っ て,あ
て字 とい う用 語 の 適 切 性 を も再 検 討 す べ きで あ る と考 え
る。 一 方,本
国 主 義 と音 通 意 識 に 支 え られ て きた あ て字 も,明 治 中期 以 前 と以 後 を
比 べ て み る と,漢 字 表 記 と読 み,な
い し は意 味 との結 び つ きが,社
会 の 中 で比 較
的 ゆ る や か な 〈慣 用 〉 と い う規 範 の 中で は ぐ く まれ て きた 時 代 か ら,明
らか に制
度 と して あ て 字 を排 除 し よ う とす る時 代 へ と変 質 した とい え る。 近 代 以 降 に比 較 的 字 数 を費 や し て し まっ た の は,国 語 施 策 と い う制 度 が 生 まれ た こ と を重 くみ た か らで あ る。 た だ,筆 者 は そ う した 近 代 的 な 制 度 を否 定 し て い る わ けで は な い 。 書 き手 の立 場 か らす れ ば,や
は り 〈規 範 〉 な り,〈 制 度 〉 な りが あ った ほ うが,
ゆ れ る こ と な く書 記 活 動 を行 う こ とが で き る。 た だ,現 状 は 国語 施 策 とい う制 度 も,コ
ン ピ ュー タ ー の技 術 発 達 とい う方 面 か ら崩 壊 しつ つ あ る よ う に思 う。 この
こ とを ど う と らえ る か は,あ て字 と い う切 り口 だ け か らみ て も深 刻 で あ る 。 読 み手 の 立 場 に立 て ば,あ え るが,そ
て字 を言 語 的遺 産 と して 尊 重 す る こ とが 必 要 だ と考
れ は万 人 に求 め られ る も の で はな い。 書 き手 の 立 場 に立 つ と き,漢 字
に対 す る認 識 を深 くして あ て字 表 記 を行 うか,こ
れ まで 以 上 に 「か な 」 とい う 日
本 語 の 中 で 醸 成 さ れ た記 号 に誇 りを もっ て活 用 す るか が 問 わ れ る と こ ろ だ ろ う。
章 末資料 こ こ で,明
治 時 代 の 『漢 字 要 覧 』 『 誤 用 便 覧 』 「当 字 の 廃 棄 と外 国 語 の 写 し方 」 『ス タ
イ ル ブ ッ ク』 の 中 で あ て 字 と考 え られ て い た 表 記 例 の 一 覧 を ま と め,参
考 に掲 げる。
凡例
1 各 文 献 で か な づ か い が 異 な っ て い るが,現 2 形 容 詞 は各 文 献 で 文 語 ・口語,連
代 仮 名 遣 い で 統 一 した 。
用 形 ・終 止 形 が 混 在 す る が,文
語 の連 用形 で
代 表 させた。
3 副 詞,畳 ()に 4
語,オ
連 語 は 各 文 献 で 掲 出 の 方 法 が 異 な る た め,
「ス タ イ ル ブ ッ ク 」 で 漢 字 1字 の み を挙 げ て い る例 語 は 紙 幅 の 関 係 で 割 愛 し た 。 ま た,「 荒,粗
5
ノ マ トぺ の 類,関
よ っ て 適 宜 ま とめ た 。
方 」 の よ う な 掲 出 は 「荒 方,粗
『 漢 字 要 覧 』 で /*/
を付 し た の は,あ
示 され て い る も の で あ る。
方」 の よ うに改 めた。
て 字 の 中 で も そ れ ら を許 容 す る例 と して
ツ、
注 1)初 出 は杉 本(1992)だ
が,大 幅 な加 筆 訂正 が み られ る。 杉 本 の あ て 字 に 関 す る論 考 は数 多
く,あ て字 を タ イ トル と して 掲 げ た もの だ け で も,杉 本(1991,1994)な す る文 献 と して は,杉 本(1958,1966,1971)な
どが あ り,関 連
どが あ る。
2)池 上 は,日 本 に お け る漢字 研 究 の 遅 れ つ い て 〈そ の一 つ は本 国 主 義 とで もい うべ き傾 向 で あ る。 漢 字 はあ ち らか ら借 りた もの で あ るか ら,そ の本 国 を規 準 とし て扱 う〉 こ とに疑 問 を呈 し,〈 長 年 の経 過 の 中 に は 日本 だ けの 用 法 が 生 じて い る〉 に もか か わ らず,〈 本 国 の例 ば か りを典 拠 とす る態度 が 普 通 で あ った 〉 と指 摘 して い る。 また,〈 本 国 主義 は いわ ば語 源 中心 主 義 で もあ り,あ りの ま まの現 象 観 察 で な く規 範 的 要 素 が 加 わ って い る よ うで あ る〉 とい う こと もの べ て い る(初 出 は1949年9 3)中 田 編(1970;
月 『ア ジア文 化 』11−2)。
p49)「 国 語 史 料 「 三 河 物 語 」 の た め に」 で 〈漢 字 の 本 義 に 全 く拘 ら な い
で,同 音 で あ れ ば,― 字音 ・字 訓 の場 合 を 問 わず― い か な る文 字 で も 自由 に宛 て る特 異 な 表 記 で,読 む者 を一 驚 させ る〉 とあ る。 4)あ る漢 字 を,そ の漢 字 が 本 来 有 す る意 義 と音 形 態(音)に
よ って 用 い る表 記,た だ し,和
語 を表 記 す る場 合 は,そ の 漢 字 が本 来 有 す る意義 と,そ の 意 義 に対応 して与 え られ た音 形 態(訓)に
よ っ て用 い る表 記(柳 田1987; p237)。
5)正 字 表 記 で な い 漢 字 表 記 。 す な わ ち,あ
る漢 字 を,そ の 漢 字 が 本 来 有 す る意 義 と音 形 態
(ただ し,和 語 の場 合 は意 義 に対 応 して 与 え られ た 音形 態)に
よっ てで は な く,主 と して そ
の一 方 を借 用 す る表 記(柳 田1987; p237)。 6)正 字 表 記 の漢 字 が 画 数 が多 か った り,難 解 で あ っ た りす る た め,同 音 の簡 単 で や さ しい別 の漢 字 で 代 用 した 表記(柳 田1987; p241 .)。 7)語 形 や 語 義 の変 化 に対応 させ た り,い わ ゆ る民衆 語 源解 を行 った りして,正 字 表 記 の漢 字 とは別 の 漢字 を代 用 した表 記(柳 田1987; p241)。 8)正 字 表 記 の漢 字 と同 じ音 で,異 な る意 義 を表 す別 の 漢字 を用 い て,そ の語 に特 別 の意 義 や ニ ュ ア ンス を付 加 した表 記(柳 田1987; p241)。 9)「 第 二 部 第 二章 『 万 葉集 』 の 「 書 き様 」万 葉 用 字 法 研 究史 」 に詳 しい。 10)山 崎(1998;
p415)に,木
11)石 田校 訂(1968;
p320)に
村(1981)の
考 証 をふ まえた 解 説が あ る。
よ る。 な お,天 理 図 書 館 善 本 叢 書(1985)も
当該部分 は 〈 宛
字 〉 の 表 記 で み え る。 12)新 井 白石 『同文 通考 』 「 誤 用 」 の項 に は く 宛
アテ
俗 ノ充 ノ字 〉(巻4
14ウ)と
み え る か ら,
〈宛 字 〉 は 本 来 〈充 字 〉 と な る 。 13)池
上(1984)所
収 の
「日 本 に お け る 漢 字 」 「識 字 層 の 問 題 」 「真 名 本 の 背 後 」 な ど に は あ て
字 と識 字 層 に 関 す る 有 益 な 論 考 が あ る 。 14)明
治42(1909)年
5月 1 日 『昴 』 第 5号 に 発 表 。 後 に,大
町 ・佐 伯(1911)に
序 文 と して
再 掲 す る。 15)杉
本 編(1975)に
16)近
世 文 学 書 誌 研 究 会 編(1981;
よ る 。 所 在 表 示 は 同 書 の ペ ー ジ 。 ま た,同
17)菊
田(1987)に,〈
18)た
と え ば,有
世話字
「− 敷 」〉 の 考 察 が あ る 。
名 な 〈三 馬 〉 に し て も,『 言 海 』(1893)で
記 は み え ず,〈 小 隼 ・三馬
は,む
よ る 。 所 在 表 示 は 同 書 の ペ ー ジ 。 ま た,同
20)杉
よ る 。 解 説 に よ れ ば,本
多 く,子 て,唐
し ろ 現 代 の 〈秋 刀 魚 〉 の 表
・秋 光 魚 〉 の 表 記 が み え る。
19)杉 本 編(1973)に 本 編(1994)に
解題 参 照 。
p136)。
解題 参 照 。
書 の成 立 は谷 口松 軒 の 生 涯 と と も に不 明 な点 が
息 安 定 が 明 治 に 入 っ て か ら原 著 を 編 集 し,刊
行 し た もの で あ る とい う。 した が っ
話 辞 書 の 系 譜 で は 最 後 の も の に あ た る。
21)『 こが ね 丸 』 で は 〈胡 慮 〉 とな って い るが,『 魁 本 大 字 類 苑』 で は 〈胡 盧 〉 と な っ て い る ほか に も 〈冷笑 嘲 笑 胡 盧 微 晒 〓>と 22)日 本 名 著 全 集 刊 行 会(1925)に 1941)と
み え るか ら,『 こが ね丸 』 の 誤 植 で あ ろ う。
よ る。 た だ し,複 製 の 不 鮮 明 な 部 分 は 小 池 校 訂(1937‐
つ きあわ せ の うえ確 認 した。 漢 数字 は回 を表 す。
23)国 語 施 策 の歴 史 につ いて は,平 井(1948),井 24)引 用 は 日下 部(1933;
p270)に
之 口(1982)に
よる と ころが 大 きい。
よ る。
25)そ れ で も新 聞界 は当 初 か ら漢 字 制 限 と表 記 の整 理 統 一 に対 して は積 極 的 で あ り,も ち ろ ん あて 字 排除 に も積 極 的 で あ った 。 次 は,新 聞 の校 正 に関 わ る著 者 の あ て字 観 で あ る。
今 日 い ふ と こ ろ の あ て 字 に,二 す る 正 確 な 知 識 が な く,出
種 あ る。 そ の 一 は,一
公 認 さ れ て ゐ る も の で あ る 。 こ の あ て 字 の う ち,あ け は な れ て ゐ て,を 与 へ,ま
時 の 誤 記,す
た ら め に 書 く もの で あ る 。 そ の 二 は,古
か し い 。 あ る も の は,を
る も の は,そ
な は ち,文 来,あ
の 言 葉 とあ ま りに懸
か し い だ け で は な く,読
じ め な 文 章 を う ち こ は す 。 あ て 字 は,な
字 に対
て 字 と し て,
者 に不快 の念 を
る べ く仮 名 で あ ら は す が よ い。
(平 野1935;pp
121−122)
と 否 定 的で あ る。 26)山 本(1928)の る。 また,ふ
あ とが き に 「国 語 に対 す る一 つ の意 見 」 と して その 見 解 が ま とめ られ てい りが な廃 止 論 に対 す る種 々 の意 見 は,『 ふ りが な廃 止 論 とそ の批 判 』(1928)
に86名 が 執 筆 して公 刊 され た 。 27)大 町 ・佐 伯(1911)の
序 文 を 森 林 太 郎(〓 外)の
「鸚鵡 石 」 で 代 え る。 凡 例 に は 〈所 謂
「あて字 」 な る もの の うち,慣 用 の広 く久 しき もの は,用 ゐ るに妨 げ な きの み な らず,却 つ て便 利 な る こ と少 な か らず,さ れ ば本 書 に は,甚 しき誤 用 と,附 会 に過 ぎた る もの と,又 余 りに無 知 の 用 法 に過 ぎた る もの との外 は,一 々 穿鑿 せ ざ る こ と とせ り〉 とあ って,基 本 的 に は実 用 性 と慣 用 を尊 重 す る立 場 を とっ て い る と思 わ れ る。 28)な お,本 書 に つ い て,谷 崎(1934)で
は くあれ は なか なか 実 際 的 で,穏 当 な 意見 で あ った
と思 い ま す か ら〉 と の べ て お り,活
用 を勧 め て い る。
文
献
引用 に あた っ て,漢 字 は原則 と して通 用 字 体 に改 め,仮 名 遣 い は そ の まま と した 。 ル ビの あ る もの は関係 箇 所 以 外 省 略 した と こ ろが あ る。 また,踊 り字 は そ の ま ま と した が,く の 字点 は 開 い て示 した。 著 者 未 詳(1264∼1288?)『 仙 覚(1269)『
塵 袋 』:山崎(1998)に
よ る。
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⑤ 国
字
佐藤 稔
● 1 国 字 とは 何 か?
「国 語 」 や 「国 字 」 とい う用 語 に見 え る字 音 語 前 項 の 「国 」 は,一 般 に は 〈わ が 国 の 〉 とい う意 味 で 用 い られ て い る。 日本 人 が 国 語 を 日本 語,国 字 を 日本 語 表 記 の た め の仮 名 や 和 製 漢 字 とい った 意 味 で 用 い る場 合 は これ で 問 題 は な い が,日 本 人 以 外 の人 間 が そ れ を 国 語,国 字 と呼 んで 使 用 す る とな る と,一 種 違 和 感 を生 じ る。 人 々 の 交 流 が 活 発 に行 わ れ る よ う に な った 今 日,国 語 や 国 字 とい う用 語 も 無 神 経 に使 えな くな っ た と言 わ ざ る を得 な い。 と は言 え,こ 従 来 の 国 語,国
こで は,ひ
と まず,
字 とい う国 内 向 け の使 い 方 に 沿 っ て述 べ て行 くこ とに す る。
この 用 語 に従 っ て も,国 字 と呼 ん だ り,あ るい は和 字 と呼 ん だ りす る もの は, 単 一 で は な い 。 日本 語 の 書 記 用 の文 字 の 謂 で あ る に は違 い な いが,平 仮 名 や 片 仮 名 だ け を意 味 す る場 合 もあ れ ば,そ れ に 日本 製 の 漢 字 を加 えた もので あ る場 合, さ ら に は,日 本 製 の 漢 字(和
製 漢 字)の
み を 指 して 用 い る場 合 も あ る。 本 稿 で
は,最 後 に挙 げ た 和 製 漢 字 に限 っ て これ を国 字 と呼 ん で論 を進 め る こ とに す る。 漢 字 は,も
と も と 日本 語 とは類 型 の 異 な る 言 語 で あ る 中 国 語(漢 語)を
め に 生 み 出 され た 文 字 で あ るが,こ
記す た
れ を 日本 で は 日本 語 を表 す た め に転 用 した の
で あ る。 漢 字 で 日本 語 を表 記 す る方 法 は お も にふ た つ あ る。 ひ とつ は,漢 字 が 表 す と こ ろ の意 味 を 日本 語 の 当 該 の語 に対 応 させ て 用 い る や り方 で あ る 。 訓 に よ る 表 記 と い う こ と に な る が,こ の こ とが あ る程 度 自在 に行 え る に は,定 訓 と して普
通 に そ の 字 と不 可 分 の 関係 を結 ぶ に至 っ て い る もの が 存 在 す る こ とが 前 提 とな る。 い まひ と つ は,日 本 語 に固 有 の 文 法 要 素(助
動 詞 ・助 詞 な ど)や 人 名 ・地名
な ど を,仮 借 の方 法 に よっ て 記 す もの で あ る。 漢 字 が 本 来 有 して い る意 味 の部分 を捨 象 し,音 の形 だ け を利 用 して語 を表 記 す る表 音 文 字 と して の 行 き 方 で あ る。 これ は,多
くは,万 葉 仮 名 ・真 仮 名 を経 て,仮 名 文 字 と して定 着 した 。
日本 に漢 字 が 伝 来 しそ れ が 馴 致 され る道 筋 を見 渡 して言 え ば,お お む ね 以 上の よ う に解 され るが,今 受 容 以 来,抜
日で も漢 字 に対 す る高 い価 値 意 識 は軽 視 で き な い。 伝 来 ・
き差 しな らな い ほ どの 漢 字 尊 重 の 気 風 が,連 綿 と して 保 持 され て き
た こ とは,か つ て の公 文 書 が 日本 語 の シ ン タ ク ス が あ らわ な形 で 記 さ れ る文体で は な く,漢 文(=
擬 漢 文)で
維 持 され た とい う伝 統 に も反 映 して い る し,「 字を
知 ら な い」 とい う発 言 が 《教 養 が な い 》 とい う非 難 に もな っ て い る事 実 と も密接 に 関 わ っ て い る。 漢 字 を本 字,真 名 な ど と呼 ぶ の も これ と無 縁 で は な い。 近代ま で,日 本 人 の 書 記 活 動 の 中 で,漢 字 で 書 く とい う こ とは,か な り重 要 な営 み であ つ た し,書 記 能 力 で,漢 字 を操 れ る とい う こ と もか な り評 価 され る領 分 に 属 して い た の で あ る。 こ う して,漢 字 で 書 くこ とが と りあ えず は よい こ とだ とい う考 え に支 配 され て い る と,日 本 語 固 有 の,漢 字 で は書 き に くい 要 素 まで を無 理 して 漢 字 表 記 し よ う とす る,あ
るい は本 来 の漢 字 に な い もの を あ え て 漢 字 に似 せ た文 字 と して 創 作 し
て 用 い る とい う事 態 ま で生 じ る こ と にな る。 一 方 で は,日 本 語 に 対 応 した 漢 字が 存 在 す る と見 られ る に もか か わ らず,日
本 の側 で 新 た に文 字 を創 出 す る とい う例
も存 す る の で あ る。 国 字 とは,漢 字 の 受 容 ・馴 致 の歴 史 の 中で,日 本 人 が 行 う書 記 に有 用 な文 字の 創 出 と言 っ て よい 産 物 で あ る。 中 国 の側 の字 彙 に そ の 姿 を見 る こ とが な く,漢字 に似 せ て新 た に作 られ た と こ ろ の擬 製 漢 字 で あ る。 これ は漢 字 とい う文 字 体 系を 作 り出 し た 中 国 に は な ん ら責 任 の な い文 字 で あ る。 この 擬 製 漢 字 と い う点 で は,ふ た つ の 点 に触 れ て お き た い。 ひ とつ は,日 本に 限 らず,漢 字 を使 用 す る別 言語 の書 記 体 系 に 同様 に 存 在 し う る こ とで あ る。 朝 鮮 半 島 に も,朝 鮮 の 国 字 とさ れ る もの が存 在 す る。 ベ トナ ム の字喃(チ
ユ ー ノム)
に も同様 の可 能 性 が 考 え られ る。 国 を 単 位 に考 え れ ば それ ぞ れ は個 別 の 国字 であ
るが,そ
れ を文 字 の あ り方 の ほ う か ら呼 べ ば,擬 製 漢 字 とい う語 で 括 られ る こ と
に な る の で あ る。 い まひ とつ は,い わ ゆ る国 訓 に つ い て で あ る。 漢 字 全 体 を見 渡 して 国字 に論 及 した 最 初 の 人 物 と思 わ れ る新 井 白石 は,中 国 に 同 じ字 形 が 認 め ら れ る の に 意 義 が 異 な る和 用 法 を もつ もの を 国 訓 と呼 び,国 字 と区 別 して い る が, 中 国 で の 字 の存 在 と無 関 係 に 日本 で作 り出 した もの の あ る こ と も十 分 に考 え られ る。 そ の 意 味 で は,国 字 に は,白 石 の い う国 訓 の一 部 が 包 摂 さ れ るの で あ る。 ち な み に,彼
の説 を載 せ た 『同 文 通 考 』(宝 暦10(1760)年
刊)に
は次 の よ う に あ
る。 ○ 国 字 トイ フハ,本
朝 ニ テ造 レル,異 朝 ノ字 書ニ 見 へ ヌ ヲイ フ。 故ニ 其 訓 ノ
ミア リテ,其 音 ナ シ。
○ 国 訓 トイ フハ,漢
字 ノ中,本 朝 ニ テ 用 ヒ キ タ ル 義 訓,彼
(巻4)
国 ノ字 書ニ 見 ヘ シ
所ニ 異 ナ ル ア リ。 今 コ レ ヲ定 メ テ,国 訓 トハ 云 フ也 。
(同上)
国 訓 と呼 ば れ る用 法 に 見 られ る字 体 ・字 形 は既 存 の 漢 字 と一 致 し て い るの で, その 漢 字 の 日本 語 の側 で の 事 情 に よっ て生 じた 転 用 と し て理 解 され て い る。 しか し,日 本 で 漢 字 に 擬 して 文 字 を作 り出 す場 合,全
く新 し く字 形 ・字 体 を作 り出 す
こ とを 試 み る か , 既 存 の 漢 字 に部 分 的 に手 を加 え て作 るか で あ り,そ の結 果 は, 全 く新 し い字 形 ・字 体 を実 現 す る か, 既 存 の 漢 字 と一 致 す る か で あ る。 転 用 した の か 創 出 した の か とい う動 機 が 解 明 で きな い と,国 字 と国 訓 を 峻 別 す る こ と はあ ま り意 味 が な い 。 国 訓 の 一 部 を国 字 に 含 め るの は この た め で あ る。
●2
『漢 字 要 覧 』 にお け る 「本 邦 製 作 字 」
林 泰輔 が担 当 執筆 した国 語調 査委 員 会編 の 『 漢 字 要 覧 』(明 治41(1908)年 刊)に
は 「本 邦 製 作 字 」 につ い て の具 体 的 な記 述 が 見 られ る。 国 字 の す べ て をカ
バ ー した もの と は言 い 難 いが,新 井 白 石 の 『同 文 通 考 』 と と も に,こ の 分野 の よ き ガ イ ド とさ れ て き た もの で,さ
す が に国 字 の 種 類 を的 確 に 整 理 して あ る。 次 に
そ の記 事 の 要 点 を示 す こ とに す る。
第 1 「本 邦 人 ノ 漢 字ニ 倣 ヒテ 新 ニ ソ ノ字 体 ヲ作 リシ モ ノ」 例俤(お
も か げ 〈人 ノ弟 ハ 兄 ノ 面 影 ノ 存 ス ル モ ノ〉) 働(は
た らく
〈人 動 ク〉) 凩(こ ム 〉)
峠(と
が ら し 〈風
木 ヲ 吹 ク〉)
うげ 〈山 ノ上 リ下 ル 処 〉) 叺(か
ヲ入 ル ル モ ノ〉)
噺(は
(と ち 〈未 詳 〉) 榊(さ
な し 〈口 ヨ リ新 シ ク出 ス モ ノ〉) 栃 ・杤 か き 〈神 事ニ 用 ヰ ル 木 〉) 樫(か
ま 〈山 ノ材 木 ヲ取 ル 処 〉) 梺(ふ
ノ 処 〉) 毟(む
し る 〈毛 ヲ少 ク ス 〉) 畑(は
つ け 〈身 ヲ美 ク ス 〉) 軈(や
が て 〈身ニ 応 ジ テ ナ ス 〉) 辷
ヘ バ 明 ラ カ ナ ル ノ意 ニ テ天 晴 ト同 ジ〉) 迚(と モ トイ ヒ テ 中 間ニ 往 来 ス 〉) 込(こ
ノ 中ニ 送 リ込 ム 〉) 鑓(や
て も 〈トテ モ カ クテ
す が い 〈金 ヲ ツ ボ
か え る 〈門 ノ 前ニ 山 ア リテ妨 ト
も 〈革ニ 火 ノ模 様 ヲ書 キ タ ル モ ノ 〉) 颪(お
〈山 ヨ リ吹 下 ス風 〉) 鱈(た
ら 〈雪 候 ノ 魚 〉) 鰯(い
わ ら く春ニ 多 キ 魚 〉) 鳰(に
ぎ 〈田ニ 居 ル 鳥 〉)
じ
り 〈金 ニ テ 作 リ タ ル 突 キ 遣 ル モ ノ 〉)
ょう く兵 ノ字 ノ音 〉) 〓(つ
鴫(し
っ ぱれ 〈南 方ニ 向
む 〈送 リ入 ル 〉) 辻(つ
〈十 ノ字 ノ如 ク路 ノ縦 横ニ 通 ジ タ ル 処 〉) 鎹(か
魚 〉) 鰆(さ
た く草 ヲ焼 キ テ種 ヲ
か と 〈タ シ カ ニ 定 ム 〉)
(す べ る 〈一 ノ字 ノ 如 ク障 リナ ク行 ク〉) 遖(あ
ナ ル 〉) 鞆(と
も と 〈山 林 ノ下
う じ 〈米 ノ 花 ノ 如 ク ナ ル モ ノ〉)
襷(た す き 〈衣 ヲ 挙 グ ル モ ノ 〉) 聢(し
鋲(び
し 〈堅
畠(は た ・は た け 〈白 ク乾 キ タル 田〉) 怺(こ
ら え る 〈心 ヲ 永 ク ス 〉) 糀(こ
躾(し
ぎ 〈風 止
ます 〈口 ア リテ物
キ 木 〉) 杣(そ
蒔 キ ツ ク ル 田 〉)
凪(な
枡(ま
(も く)「 木 工 」 の合 字 麿(ま
ろし
わ し 〈弱 キ
お 〈水 中ニ 入 ル 鳥 〉)
す <木 ニ テ 作 リ タ ル 升 〉) 杢
ろ)「 麻 呂」 の合 字
これ らの 字 は大 概 会 意 に よ っ て で きた もの で,訓
の形 はあ るが,音
を欠 く。 中
に,『 字 鏡 集 』 に 「 杣 」 に ヘ ン,「 畠 」 にバ ク,「軈 」 に ヨ フ,「 鴫 」 に デ ン の音 が 示 され て い る が,世
間 に通 用 した もの で は な い と し,ま た 「鋲 」 が兵 の音 を とっ
て い る の は 字 の 成 立 が 新 しい か らだ ろ う と言 い,「 働 」 の 字 も,も
と は音 が な か
っ た もの に 近 時 音 が 加 え られ る よ うに な った の だ と説 く。 第2「
漢 字 ニ ソ ノ 体 ア リテ,支 那 ノ書 ニ モ 見 エ タ ル モ ノ ナ レ ドモ,其 ノ 有 無,意 二類
ノ字
義 ノ如 何ニ 拘 ラ ズ,本 邦 ニ テ 別ニ 意 ヲ以 テ定 メ タル モ ノ」
(1)偲(相
責 ム― しの ぶ 〈人ノ思フ コ ト〉)伽
(伽藍ノ伽― と ぎ 〈人ノ加ハル コ ト〉)咄 (呵 ル― は な し 〈口ヨリ出ヅル モ ノ〉) 嘘(フク―
う そ 〈口ヨリ 出ヅル 虚 言 〉)
嘸(精明 ナ ラズ― さ ぞ 〈他ニ 言フベキ コ トナ シ〉) 娵 (美 女― よ め 〈呼 ビ取 ル 女 〉) 粂(齋
ト同 ジ― くめ 〈久 米 〉)
扠(挟 ミ取 ル― さて 〈叉 手 〉) 掟(揮
ヒ張 ル― お き て 〈手 ヲ以 テ定 メ タ ル コ ト〉)
柾(柩
ト同 ジ― ま さ き 〈正 木 〉)
榎(ヒ
サ ギ― え の き 〈初 夏ニ 芽 ザ ス木 〉)
沖(虚
シ,深 シ― お き 〈水 ノ中 〉)
狆(苗人 ノ名― ち ん 〈中 ノ 字 ノ唐 音 ニ ヨル 〉) 萩(ヨ
モ ギ― は ぎ 〈秋 ノ草 〉)
錆(精
シ― さ び 〈銅 ノ青 クナ レル モ ノ 〉)
鎬(温器,又 鵯(鴉
ハ 地 名― しの ぎ 〈刀 ノ高 ク起 レル 線 〉)
ノ類― ひ え ど り 〈稗 鳥 〉)鵺
(雉ニ 似 タ ル 鳥― ぬ え 〈夜 出 デ テ鳴 ク鳥 〉) (2)蚫(ヒ
ョ ウ― あ は び 〈一 ツ殻 ニ テ包 メ ル 虫 〉)
諚(ハ ン― ぢ や う 〈言 ノ定 マ レル モ ノ 〉) 雫(ダ―
しづ く 〈雨 ノ下 リ落 ツル モ ノ 〉)
(1)は 漢 字 の 原 義 と本 邦 制 定 の 義 とが 異 な る もの,(2)は
漢 字 に は音が あ る
が,意 義 不 詳 の もの で本 邦 で は た だ そ の 制 定 の 義 を用 い るべ き だ とい う も の。 「喰 」 も この類 だ とい う。 この 2類 の 文 字 に つ い て は,「 漢 字 ニ ソ ノ体 ア ル コ トヲ 知 ラ ズ シ テ作 リ シモ ノ モ ア ル べ ク, 又 漢 字 ニ ソノ体 ア ル コ トヲ知 レ ドモ,別ニ
意
ヲ以 テ ソ ノ義 ヲ定 メ タル モ ノモ ア ル べ シ」 と,国 字 と国 訓 との 境 界 の 曖 昧 な こ と を 自覚 して い る。 第 3 「支 那 ノ書ニ 見 エ タ ル 字 ナ レ ドモ,或 ノー 部 分 ヲ改 作 シ テ,他
事 物 ノ性 質ニ 本 ヅ キ テ,ソ
ノ意 義ニ 用 ヰ シモ ノ」
ノ字
例坏
〈陶 瓦 ノ未 ダ焼 カ ザ ル モ ノ 〉― つ き 〈モ ト杯 ノ字 ナ レ ドモ,古 ハ 土 器 ヲ用 ヰ タル ガ 故ニ,土
偏ニ 従 フ〉
鋺 〈鋤 ノ 頭ニ 著 キ タ ル 曲 鉄 〉― わ ん 〈モ ト椀 又 ハ〓 ノ字 ナ レ ドモ,金 ニテ椀 ヲ作 リタ ル ガ 故ニ,金
偏ニ 従 フ〉
桙 〈木 ノ 名 〉― ほ こ 〈モ ト鉾 ノ字 ナ レ ドモ,木 ニ テ 作 リタ ル ガ故ニ, 木 偏ニ 従 フ〉 詫 〈ホ コ ル 〉― わ ぶ 〈モ ト侘 ノ字 ナ レ ドモ,侘
ビ テ 免 シ ヲ請 フ ガ 故
ニ,言 偏ニ 従 フ 〉 溶 〈水 ノ盛 ナ ル ナ リ〉― と く,と か す 〈モ ト鎔 ノ字 ナ レ ドモ,水ニ ゼ テ解 キ,又 ハ トカ シ テ水 トナ ス ガ 故ニ,三
水ニ 従 フ 〉
鮹 〈海 魚 〉― た こ 〈漢 名 海 蛸 子 ヨ リ誤 リテ,た
こ ヲ蛸 ト書 セ シ ヨ リ,
〓蛸 (ア シ タ カ グ モ)ト 別 ナ キ ガ 故ニ,魚 第 4 「近 来,西 例
雑
腺(セ
洋 ノ医 学,数
ビテ,新ニ
製作 セ シモノ」
ン)〈 ス ジ ノ 水 ヲ 含 ミタ ル モ ノ〉 膣(チ
ル モ ノ〉
膵(ス
ンチ) 呎(フ 粍(ミ
学等 ノ入ルニ
偏ニ 従 フ コ トア リ〉
イ)〈 腺 ノ大 ナ ル モ ノ 〉
ィー ト)
リ メ ー トル)
糎(サ
粁(キ
ツ)〈 肉 ノ ウ ツ ロ ナ
哩 (マ イ ル) 吋(イ
ン チ メ ー トル =セ ン チ メ ー トル)
ロ メ ー トル) 瓩(キ
ロ グ ラ ム) 瓱
(ミ リグ ラム) この 第 4の字 は翻 訳 語 あ る い は外 来 語 の た め に特 に製 作 され た近 代 とい う時 代 の 要 請 の しか ら し む る と こ ろ で あ るが,原 理 的 に は,第
1と同 様,語
源 意 識 に基
づ い た 合 成 字 で あ る。 以 上 に よ っ て,国 字 と い う もの の 概 略 は ひ と まず 示 さ れ て い る と考 え られ る 。 一 般 的 に,国 字 が 漢 字 の 偏旁 冠 脚 を用 い て,見 か けの 上 で既 存 の漢 字 の 作 り替 え とい う形 を と っ て い る とい う事 実 が 窺 え る。 〈 〉 内 に 示 さ れ た 造 字 の 説 明 は必 ず し も製 作 上 の動 機 を納 得 させ るに 足 る もの ば か り とは言 えな いが,こ れ る まで の 国 字 研 究 に お い て も事 情 は さ ほ ど変 わ ら な い。
の書 が現
● 3 国字 の製作 動機 と機能
国 字 は造 語 力 が 乏 しい。 これ は普 通 一 般 の漢 字 が 造 語 力 に 富 ん で い る とい う評 価 を受 け る の と対 照 的 な特 徴 で あ る。 また,音
・訓 両 成 分 が 完 備 して い る とい う
こ とが 極 端 に 少 な い こ と も国 字 の 特 徴 と言 っ て よ い。 この よ う な,漢 字 が 本 来 具 備 して い る特 徴 か ら逸 れ た性 質 で あ るに もか か わ らず 漢 字 に 準 じた 文 字 と して 用 い られ る不 思 議,こ
れ は何 に由 来 す るの で あ ろ うか 。
江戸 時代 の随筆類 『 耳 ぶ くろ』(根 岸 鎮 衛 著),『 難 波 江 』(岡 本 保 孝 著),『 な ゐ の 日並 』(笠 亭 仙 果 著)な れ て い て,そ
ど に は 「怪 我 を せ ぬ ま じ な い の札 」 と い う話 が 掲 載 さ
こ に 「〓拾〓〓 」 とい う 目馴 れ な い字 が 示 さ れ て い る。 読 み 方 も,
ま ち ま ち(「 サ ンバ ラ サ ン バ ラ」 「シ ヨ ウ ヨ ウ シ ヤ ウ カ ク」 「ジ ヤ ク カ ウ ジ ヤ ク カ ク」 「カ ンタ イ カ ンキ 」 な ど)で,こ
れ とい っ た確 か な もの が あ るわ けで は な い 。
臨 時 に 作 っ た もの が 伝 来 の 過 程 で唱 え方 が 変 わ った とか,唱
え方 の さ ま ざ まあ る
呪 言 に ひ とつ の 形 を 当 て は めた とか,そ れ な りの 事 情 は あ った の で あ ろ うが,要 す るに 文 字 とい う よ り は符 号(呪 符)と
呼 ぶ にふ さ わ しい 。 これ に接 した 人 々 の
関 心 は符 号 の音 声 喚 起 力 で は な く,呪 的 機 能 の ほ う で あ った で あ ろ う。 民 衆 宗 教 の 文 献 の 中 に見 い だ さ れ る 創 作 文 字 も,呪 符 に近 い 性 格 を 認 め て よ い。 例 え ば 幕 末 維 新 期 に展 開 した 富 士 講 の 『角 行 藤 仏〓 紀 』 に は,「〓(く
う―
苦 行 を重 ね る こ とで 至 上 の 存 在 に達 した とい う尊 称)」 「〓(ふ う)」 「〓(ち ち)」 「〓(は は)」 「〓(こ う)」 な ど,部 外 者 に は理 解 で き そ う に な い独 特 の 文 字 が ち りば め られ て い る。 語 を表 記 す る とい う効 率 的 な点 か ら言 え ば,学 習 しに くい, 書 き に くい,読
み に くい とい う欠 点 が あ る に もか か わ らず,教
団 内 で 使 用 され た
の は,こ の 字 の 使 用 者 た ち が ほ か か ら区 別 で き る こ と(差 別 化),ひ
い て は集 団
の結 束 を 固 め る役 割 を果 た す意 味 が あ っ た とい う こ とで あ ろ う。 神 秘 性 を感 じ さ せ る あ りが た さ とい う点 で は呪 符 と同 様 と見 られ る。 遊 び 感 覚 に よ っ て 作 り出 した字 形 に は往 々 これ と似 た 非 能 率 的 な性 質 が顕 著 に 認 め られ る 。例 え ば,ブ な ど に見 え るが,魚
リザ ー ドを意 味 す る字 と し て,「〓 」 が 『国 字 の 字 典 』
の ブ リ(〓)の
語 音 形 を契 機 と して 嵐 の 一 種 た る ブ リザ ー ド
を 引 き出 そ う とした 座 興 の産 物 で,実 際 に これ を 日常 的 に使 用 して い る とい う こ と は考 え られ な い。 江 戸 時 代 の 遊 戯 的 産 物 『廓〓 3(1783)年
刊)『 小 野〓〓
字 尽 』(式 亭 三 馬,文
費 字 尽 』(恋 川 春 町,天 化 3(1806)年
刊)に
明
は金 偏
に 「死 」 「生 」 「番 」,ワ 冠 に 「酒 」 「薦 」 と い う字 を 共 通 して 掲 げ て い る。 そ れ ら は順 に 「や ぼ(て ん)」 「つ う(じ ん)」 「お や ぢ」 「の た ま く」 「か ん ど う」 の意 と し て 示 され,連 想 の 一 致 とい う よ りは,三 馬 が 春 町 の二 番 煎 じを演 じた とい う こ とで あ ろ う。 これ ら は,国 字 以 前 の 遊 戯 と して,個 人 の レベ ル に と ど ま る もの で あ っ た と解 す べ きで あ る。 製 作 者 以 外 の多 数 の 受 け手 を意 識 し た遊 戯 的 文 字 は,近 世 の 浄 瑠 璃 ・歌 舞 伎 の 外 題 に見 え る。 「〓(け しき)」 「〓(い へ つ と)」 「〓(ち ひ ろ)」 「〓(か れ き)」 「〓(ね らひ)」 「〓(わ か や ぎ)」 な ど,合 字 が 目 に つ くが,「〓(く (し ぐれ)」 「〓(さ ざれ い し)」 の よ うな 珍 奇 な字 も あ り,振
つ わ)」 「〓
り仮 名 つ きで の 使 用
で か ろ う じて 用 を な して い る。 製 作 ・使 用 の 動機 を,視 覚 的効 果 や 縁 起 担 ぎ に求 め る よ りは,単
に漢 字 ら し くあれ ば よい とす る一 種 の漢 字 信 仰 の 心 理 に根 ざす も
の と見 る ほ うが 当 を え て い る よ うで あ る。 遊 戯 性 が 特 に顕 著 な の は近 世 の もの と考 え られ そ うで あ る が,比 較 的 早 くか ら 例 を見 る。 そ も そ も,会 意 の 手 法 に よ る と,読 み 解 く側 で は,字 謎 を解 くよ う な 字 源 俗 解 が 行 わ れ るの が 普 通 で あ る。 例 え ば,「 栃(と
ち)」 字 も も と は と言 え ば,「杤 」 で,「 万 =十 ×千(と
ち)」
を意 味 した 洒 落 に よ る(す で に 中 古 の代 表 的 漢 字 字書 『類 聚 名 義 抄 』 に見 え る)。 集 団 と い う観 点 か ら注 意 し た い の は,『 文 教 温 故 』(山 崎 美 成 著,文 (1828)年)や
『楓 軒 偶 記 』(小 宮 山 昌秀 著,文 化 4(1807)年
序)に
政11
引 かれ て い
る刀 剣 目利 き書 の 「作 リ字 」 で あ る。 こ こ に は刀 剣 関 係 の 語 彙 が 次 の よ う に書 か れ て い る。 「〓(か た な)」 「〓(わ き さ し)」 「〓(き た ひ)」 「〓(い た め)」 「〓 (の た れ)」 「〓(ち は た)」 「〓(に え)」 「〓(に ほ ひ)」 「〓(ま さ め)」 「釼(す くば)」 「〓(に え)」 「〓(に ほ ひ)」 「〓(は)」。 後 の 5字 は漢 字 の 構 成 要 素 に よ っ て 作 っ て い るが,ほ
か は片 仮 名(ま
れ に漢 字 も利 用)の 組 み 合 わ せ に よ っ て い
る 。 こ う した 語 彙 の表 記 は,難 度 が 高 い漢 字 と判 断 した場 合,仮 名 文 字 で 書 くほ うが はや い し,能 率 的 で も あ る。 に もか か わ らず,こ
の世 界 で 「作 リ字 」 が 使 用
され た の は,職 能 集 団 が 採 用 した 符 丁 と して の 役 割 を認 識 し,そ の 集 団 へ の帰 属 意識 を もた せ る もの で あ っ た か らで あ ろ う。 書 か れ た 内容 が 局 外 者 が 容 易 に判 読 で き な い よ う に との 秘 匿 意 図 が あ った とい う こ と も考 え られ る。 そ れ は一 般 社 会 で 用 い る文 字 で 書 記 を実 現 す る の と は別 個 の 価 値 で あ っ た と も見 られ る の で あ る。 『文 教 温 故 』 に は ほ か に,「 連 歌 の 懐 紙 の 為 に 造 れ る 文 字 」(新 在 家 文 字)や 「作 事 修 理 方 に て用 ふ る文 字 」 とい う あ る種 の集 団 に 出 自 を有 す る字 を 紹 介 して い る。 前 者 の 例 と し て は,「鵆(ち (も み ぢ)」 「 杜(も
ど り)」 「雫(し
づ く)」 「凩(こ が ら し)」 「〓
り)」 「俤(お もか げ)」,後 者 の 例 と して は,「 杁(は
め)」 「圦
(か ます)」 「〓(つ か へ)」 「〓(か す が ひ)」 を挙 げ て い る。 新 在 家 文 字 の 場 合,懐
紙 とい う限 られ た 書 字 環 境 で,文 字 を書 き込 む スペ ー ス
を効 率 よ く活 か す とい う こ とや,見
た 目 に あ る種 の セ ン ス を感 じさ せ る美 的 効 果
を与 え る こ と を 目的 と し て用 い られ た で あ ろ う。 公 卿 の 位 署 書 き に は種 々 の合 字 が 見 られ る。 朝 臣 で は 「 朝 」 字 の 中央 に 「臣 」 字 を割 り込 ませ る よ う な形 が と られ るの で あ る。 1行 に 一 気 に 書 き込 ま な けれ ば な らな い情 報 量 とス ペ ー ス との兼 ね 合 い に よ り生 み 出 さ れ た 合 字 で あ る。 1字 を 左 右 に分 割 し ほか の 字 を 中央 に挟 み 込 む とい う方 式 さ え の み 込 ん で お け ば,読 解 に 困 難 は来 さな い。 この 書 き方 は奈 良 時 代 の文 書 以 来,比
較 的 永 く維 持 さ れ た。
符 丁 に 近 い性 格 の もの は ほ か に もあ る。17世 紀 後 半 の 成 立 とさ れ る 『 源 氏清 濁 』 『源 氏 詞 清 濁 』 に 見 え る巻 名 の 略 記 で あ る 。 「〓(乙 女)」 「〓(賢 木)」 「〓 (松風)」 は 2字 を合 した もの で 比 較 的 わ か りや す い が,「〓(若
紫)」 「〓(末 摘
花)」 「〓(紅 葉 の 賀)」 「〓(花 の 宴)」 「〓(花 散 里)」 な ど に な る と,『 源 氏 物 語 』 に 日常 接 して い な い人 に は即 座 に理 解 で き な い もの で あ ろ う。 「蕓(薄 雲)」 「〓(玉〓)」 「〓(藤 の 裏 葉)」 「〓(初 音)」 な ど は,巻 名 を知 っ て い る者 に と っ て は苦 に な らな い か も知 れ な いが,局 外 者 に とっ て は 何 の こ とで あ る か わ か る ま い。 「〓(〓 火)」 「〓(な で し こ)」 「〓(明 石)」 「〓(須 磨)」 「〓(朝 顔)」 な ど も同 様 で あ る。 これ らは 刀 剣 鑑 定 者 た ち が 作 り用 い た 字 の性 格 に近 似 して いて, 源 氏 学 の 伝 授 書 とい う限 られ た 場 面 で使 用 され た よ うで あ る。 これ らの 字 は,篇 名 表 記 に 限 られ て お り,そ れ も見 出 し部 分 に用 い られ る に と どま り,注 解 の文 中
に は 用 い られ な い 。 省 筆 と見 出 し の た め に創 出 され た 通 用 範 囲 の狭 い も の で あ る。 以 上,遊
び ・秘 匿 ・神 秘 化 ・当座 の 用 ・スペ ー ス の 創 出 な ど とい った 多 彩 な 国
字 の 製 作 の動 機,使
用 上 の機 能 に つ い て一 瞥 した 。 要 す る に,国 字 製 作 の 動 機 は
一 色 で は な い とい う こ と に尽 き る。 こ の よ う な動 機 に よ っ て 作 り出 され た 国 字 は,音 訓 ふ た つ な が らの 具 備 や一 定 の 語 形 で の 固 定 維 持 とい っ た こ とは 問 題 に は な らな か っ た で あ ろ う。 い わ ん や それ を語 基 と して 造 語 力 を強 め るな ど とい う こ と も考 慮 の外 で あ った で あ ろ う。 本 来 の 「漢 字 」 との大 き な相 違 が そ こ に存 す る と言 え る の で あ る。
● 4 造
字
法
国 字 が 作 られ た事 情 を あ る程 度 知 る に は,現 在 知 られ て い る 国 字 の 部 首 に お け る分 布 を調 べ て み る必 要 が あ りそ うで あ る。 しか し,現 在 国 字 と認 め られ る もの の 総 数 は明 確 で な い。 何 を もっ て 国 字 とす る か と い う定 義 上 の 問題 もあ るが,国 字 と認 定 す る際 に 中 国 側 に字 形 ・字 義 が 見 い だ せ る か否 か とい う点 で,探 求 や 考 察 が 不 十 分 で あ る とい う こ とに も よ る。 手 も との漢 和 辞 典(『 大 字 源 』)の 附 録 の 「国 字 一 覧」 に従 っ て,部 首 で の 分 布 で,多
い もの に つ い て 見 て み よ う。字 数10以
上 を擁 す る部 首 は,人
女 ・山 ・心 ・手 ・木 ・水 ・火 ・玉 ・瓦 ・禾 ・竹 ・米 ・糸 ・肉(月)・ 虫 ・衣 ・言 ・足 ・之繞(し
・口 ・土 ・ 草 冠(艸)・
ん に ょ う)・ 金 ・門 ・革 ・魚 ・鳥 で あ る。 これ ら は人
間 ・動 植 物 か ら身 体 ・自然 ・財 物 ・諸 道 具 な どに 及 ん で お り,万 人 の 生 活 の 中 で 欠 く こ と の で き な い もの を表 す普 遍 的 な性 格 もな い で は な い が,あ
る個 人 の 偏 っ
た 関 心 を表 す もの が 主 で あ る と見 られ る。 特 定 領 域 の語 の た め に 新 た に字 が 作 ら れ る とい う こ とで あ る。 儒 学 や 本 草 学 な ど とい った 教 養 と は別 の 営 み で,既 存 の 漢 字 と は無 関 係 に字 を作 り出 した り,字 形 に対 して 俗 な 解 釈 を施 した り,あ る種 自 由 な 製 作 態 度 が 窺 え るの で あ る。 こ れ らの 字 に は,和 訓 を表 示 す る もの,も た は訓 で 表 す タ イ プ な どが あ る。
との 熟 字 訓 を示 す もの,語 形 を音 ま
国 字 を作 る方 法 の ひ とつ と して 2字 を合 わ せ て 1字 とす る方 法 が 古 くか ら見 ら れ,「 麻 呂 」 「久 米 」 「采 女 」 「兵 士 」 「忌 寸 」 「日下 」 「〓登 」 を 合 した 「麿 」 「粂 」 「〓」 「〓」 「〓」 「〓」 「〓」 な どが 正 倉 院 文 書 に見 い だ さ れ る し,ま た 「菩 薩 」 「涅〓」 を略 記 した 「〓」 「〓」の よ うな,後 世 抄 物 書 き と称 され る 合 字 の タ イ プ も同 じ資 料 に見 られ る。 した が っ て,こ の 合 字 に よ る字 は決 して 新 し い タ イ プの もの で は な い。 伴 直 方 の 『国 字 考 』(文 化15(1818)年)に で,あ
は,所 出文 献 資 料 を示 し て い る の
る程 度,当 該 の 字 が ど の 時 代 に存 し た か に 見 当 を つ け る こ とが で き る。
「白 田」 を 「畠(は
た け)」(延 喜 式),「 田 鳥 」 を 「鴫(し
手 」 を 「扠(さ て)」 と し 「然 て 」 の 意 に 転 用 し た(太 「槇(ま き)」(『新 撰 字 鏡 』),「堅 魚」 を 「鰹(か 「樫(か
し)」(『万 葉 集 』)と し た な ど,多
ぎ)」(『名 義 抄 』),「叉 秦 牛 祭 文),「 真 木 」 を
つ を)」(『和 名 抄 」),「堅 木 」 を
くの 例 を示 す の は容 易 で あ る。 近 世 以
降 に も同様 に この 方 法 に よ った もの は少 な くな い と考 え られ る。 省 画 を施 した 字 を含 ん だ 合 字 に は 次 の よ う な もの が あ る。 「凩(こ が ら し)」 「凪(な
ぎ)」 「笹(さ
さ)」。 前 2例 は 「風 」 の 省 画,後
者は 「 竹 葉 」の 合 字 で
「葉 」 の 中 心 に あ る 「世 」 とい う部 分 を利 用 して い る。 会 意 の方 法 に よ っ た字,す
な わ ち,ふ た つ以 上 の 部 分 の意 味 的 な結 合 か らひ と
つ の概 念 を表 そ う とす る も の も,原 理 的 に は合 字 の 一 種 で あ る と認 め られ る。 例 え ば,「 杣(そ ば/も
ま)」 「毟(む し る)」 「峠(と
み じ)」 「噺(は
な し)」 「糀(こ
う げ)」 「 丼(ど
う じ)」 「颪(お
ん ぶ り)」 「椛(か
ろ し)」 「〓(し ゃ ち)」 な
ど,国 字 の 多 くは基 本 的 に は この 造 字 法 に 従 っ て い る と見 られ る。 「杣 」 は 『 和 名 類 聚 抄 』 に よ る と,山 田福 吉 の 製 作 に か か る もの とあ るが,実 くか ら あ る字 の よ うで あ る。 「毟」 は,毛 典 』),「峠 」 は,「 山 嶺ニ 字,山
際 に は も っ と古
を む し り と り少 な くす る義(『 国 字 の 字
路 ヲ上 下 ス ル ニ 当 タ ル,会 意 」(『和 漢 三 才 図 会 』)
と説 か れ る こ とが普 通 か も知 れ な い が,実
は そ れ は 結 果 か ら考 えつ い た字 源 俗 解
に と ど ま る と言 うべ き で は な い か と考 え られ る。 例 え ば,「毟 」 は,『 国字 考 』 に 「古 本 節 用 集 に見 え た り。 毛 を少 意 に て 作 れ るな る べ し」 とあ り,諸 書 これ に漫 然 と従 っ て い るが,「〓 」 の 字 形 変 化 に よ る可 能 性 が 考 え られ る 。 草 冠 を 4画 で 実 現 す る際,「 少 」 に 近 い形 で 書 か れ た り読 み と られ た りす る こ と は容 易 で あ る。
「〓」 字 な ら ば 「む し る」 の 訓 で 『字 鏡鈔 』(天 文 本)な
どに はや くか ら存 す る。
「毛 を少 な くす る」 の は俗 解 で,「 草 を む し る」 とい う,対 象 を示 す もの で あ った と考 え るべ きで あ ろ う。 「丼 」 も 「容 器 の 中 に食 べ 物 が 入 っ て い る象 形 文 字 で あ る」 とす る もの も 目 に つ くが,当 初,「 井 」 は 「井戸 」 を 意 味 し て い た と見 るべ き で あ ろ う。 『 江 談 抄 』(第5,詩
事)に
「井 木 ノ ツ ブ リ丸,井 石 ノ サ フ リ丸 」 と
い う記 事 で,「〓 」 「〓」 そ れ ぞ れ,「 つ ぶ り(≒ どん ぶ り)」 「ざ ぶ り(≒ ざ ん ぶ り)」 の 訓 を紹 介 し,渤 海 国 の 使 節 が もた らし た 「異 国 作 字 」 と し て い る。 なお, 『字 彙 』(明,梅鷹祚)に
「丼 」 字 を掲 出 し,「 都 感 」 「丁 紺 」 の 2反 切 を挙 げ た上
「投 物 井 中 声 也 」 と の 注 記 が あ る か ら,日 本 の オ リジ ナ ル と は言 い 難 い。 今 日食 物 の容 器 とし て の 「どん ぶ り」 に 当 て るの は 2次 的 な 用 法 で あ る と考 えな けれ ば な らな い の で あ る 。 先 に新 在 家 文 字 の例 と して挙 げ た 「〓」 も,字 そ の もの は 中 国 に存 在 す る(『 字 彙 』 に は 「小杙 」 とあ る)。 「椛 」 字 が 2様 の語 に対 応 して い る の も,来 歴 を異 に す るふ た つ の 国字 が偶 然 同 形 で一 致 した とい う にす ぎな いが,国 字 に は こ う した字 形 の問 題 を歴 史 的観 点 か ら押 さ え る必 要 の あ る もの が ま ま あ る の で あ る。 『 漢 字 要 覧 』 で 見 た キ ロ メ ー トル や ミ リメ ー トル な どの 新 造 字 は,日 本 語 化 し た外 国 語(= 外 来 語)に
当 て る文 字 を用 意 した もの で,こ
れ また 会 意 の 方 法 に よ
っ て い る。 形 声 の 原 理 に よ る も の を 次 に見 て み よ う。 偏 や 勇 を義 符 と し,字 音 を 声 符 と し て製 作 さ れ た もの は,「 腺(せ 膣(ち
つ)」 「 膵(す
い)」 「癌(が
ん)」 「癪(し ゃ く)」 「鋲(び
ん)」 「腟/
ょ う)」 「錻(ブ /
ブ リ キ)」 「〓(ぼ く)」「狆(ち ん)」 「鷭(ば ん)」 「鱇(こ う)」 「諚(じ ょ う)」 「〓(う ん)」 「〓(あ い)」 「〓(き ょ う)」 な ど,数
は さ ほ ど多 い と は 言 え な い
が,時 代 の 新 し さ を感 じ させ る もの に特 色 が あ る よ う で あ る。 特 に,人 体 の器 官 名 に つ い て は近 世 末 に製 作 さ れ た こ とが 知 られ,中 国 側 で も受 容 す る に至 っ た も の で あ る。 病 名 ・症 状 の 「癌 」 「癪」 に つ い て も近 世 あ る い は近 代 の使 用 が 後 づ け られ る。 「癌 」 は も と 「嵒」 で 通 用 した し,「癪 」 は,中 古 の 医 書 に 「積(し
ゃ
く)」 と出 て い る もの で,五 臓 の 気 が 結 滞 して か らだ 具 合 が 不 調 に な る症 状 を称 した が,次 第 に 各 種 の 病 に転 用 され,近 世 に は 胃痛 ・腹 痛 を指 す も の とな った の
で あ る。「狆」 に は 中 国 側 に も同 字 形 が 認 め られ るが,犬
の 種 類 を 表 す 日本 側 の
事 情 は 中 国 近 世 音 の 反 映 と して説 明 され る。 す な わ ち,古
くか ら愛 玩 犬 と して珍
重 さ れ,家
の 中 で 飼 わ れ た こ と を含 意 し て 「犬 」 と 「中 」 を組 み 合 わ せ,「 中 」
の 唐 宋 音 チ ユ ン の変 化 した チ ンで 呼 んだ とい う次 第 で 会 意 と形 声 とを兼 ね た文 字 で あ る。 また,「鮟〓 」 「饂飩」 「〓〓(魚
名)」 の 字 音 語(め
か し た 語)の
一部
を こ の手 法 に よ っ て 示 して い る もの が あ る こ と は注 意 し て よ い。 「鸚鵡 」 「邂逅」 「慇懃」 「繧繝 」 「纐 纈 」 な どの 一 方 の 字 が,こ
の 組 み合 わ せ 以 外 に セ ッ トを もた
な い とい う点 で,上 記 の 語 は共 通 す る の で あ る。 「〓(ぼ く)」 は 「隅 田 川(= 墨 田 川)」 を意 味 す る。 漢 詩 製 作 に 当 た っ て は字 数 や 平仄 に 縛 られ るの で,短
く 「墨 水 」 と も表 現 して い た が,そ
れ を さ ら に 1字
に した の で あ る。 この 字 は製 作 者 が 知 られ て い る。 江 戸 時 代 後 期 の儒 官,林 述 斎 が 個 人 的 に 使 用 した の に始 ま り,明 治 以 後 の 文 人 た ち の 間 で 使 用 が拡 大 し,遂 に 一 般 化 した も の で あ る。 こ う した個 人 の使 用 に発 し一 般 化 を遂 げ た例 は,蘭 医 宇 田 川 榛 斎 に よ る 「腺 」 や 「膵 」 を挙 げ る こ とが で きる 。 偏 や旁 を 義 符 と しつ つ,訓 る 。 例 え ば,「 柾(ま
の形 を い わ ば声 符 の よ う に し た 形 声 字 の 一 種 も あ
さ)」 「裃(か み し も)」 「裄(ゆ き)」 「褄(つ
ま)」 「働(は
た ら く)」 「俥(く る ま)」 な どが そ れ に 該 当 す る。 「か み し も」 は も と は 「上 下 」 で あ っ た もの が,近 世 末 に 「裃」 の 字 形 を 実 現 した が,中
に は 「〓」 「〓」 の 2
字 で 書 か れ る こ と もあ り,そ の 合 字 と も見 られ る 。 また,「 は た ら く」 の 語 表 記 に,『 色 葉 字 類 抄 』 に 「動 」 字 が しめ され て い て,『 拾 篇 目 集 』(倭 玉 篇 の 一 種) に 「跳 」 の 訓 「ハ タ ラ ク」 が あ る こ とな どか ら,も
と も と虫 な どの小 動 物 が パ タ
パ タ と動 くこ とを 言 っ た と考 え られ るの で あ るが,意 義 変 化 に伴 い人 間 活 動 に つ い て 言 う よ う に な っ た 中 世 以 後,人
偏 を加 え る に至 っ た もの と考 え られ る(「 働 」
字 は キ リシ タ ン版 『 落 葉 集 』 な どに 見 え る)。 ま た,古 れ る 「鰯(い
わ し)」 字 も,「 よ わ し(弱)」
くか ら の 国 字 と して 知 ら
に 引 っ か けた 造 字 だ と考 え る と,こ
の 形 声 字 の 中 に入 る こ と に な る。 「鑓 」 も,「 遣 」 に 「や る」 の訓 が あ る こ とに よ っ て武 器 の 名 の字 と した も の で あ る。 『書 言 字 考 節 用 集 』 に は,『 太 平 記 』 「三 井 寺 合 戦 の 巻 」 に 出 づ と して,「 或 ハ 云 此 物 日本 ノ制 也 文 和 三 年 楠 正 儀 用 之 得 〓 ― 字 亦 従 楠 家 ノ所 制矣 」 とあ っ て,物
も字 も楠 家 に 関 係 が あ る と して い る。
「〓(う つ ぼ)」 「〓(う つ ぼ)」 も 『塵 添 埃〓 抄 』 に は楠 正 成 の 作 とす るが 真 偽 の ほ ど はわ か らな い 。 国字 で あ ろ う と考 え られ る が,意 味 も語 形 も不 明 に な って し まっ て い る もの も あ る。 例 え ば,『 倭 訓 栞 』(谷 川 士 清 著,安
永 6(1777)年
前 編 刊)の
「大 綱 」 に
「〓」 「〓」 の 2字 を 『 神 鳳 抄 』 に見 え る字 と して 挙 げて い るが,「 訓 例 詳 な らず 」 と い う。 これ は不 幸 に して はや くに通 用 しな くな り,字 義 を失 い,後 世 字 源 を 解 くこ とに成 功 しな か っ た例 で あ る。 す た れ て し ま っ た もの は,結 果 と して 存 在 す る字 の 形 か ら説 明 を試 み て も,恣 意 的 な 思 い つ き に終 わ っ て し ま う お そ れ が あ る 。 どの よ うな 語 のた め に どの よ うな 方 法 で 製作 され た の か , 功 を焦 る こ とな く じ っ く り と調 査 と考 察 を重 ね て 行 く必 要 が あ る 。
● 5 字形 の問題
中 国側 に字 が な くて 日本 に の み 存 在 す れ ば,そ の字 は国 字 で あ る可 能 性 が 高 い が,も
っ と厳 密 に 観 察 す れ ば,そ
の字 形 が,あ
る字 の 異 体 字 で あ る場 合 もあ れ
ば,誤 字 ・〓字 で あ る場 合 もあ る。 字 形 の類 似 に よ る誤 認 に端 を発 した 用 法 や, ほ か の字 で 認 め られ る略 字 を構 成 要 素 の部 分 に置 き換 え て で きた 形 と い う の も考 え られ る。 「饂飩(う どん)」 は 「うん どん 」 の約 音 で,中 「雲 呑 」 な どで,小 麦 粉 を捏 ね,肉 食 物,す
国 で の 表 記 は 「〓〓」 「〓〓」
・野 菜 な どの餡 を包 み,蒸
した り煮 た りし た
な わ ち ワ ン タ ン ・ギ ョー ザ の 類 を言 った 。 日本 で も中 世 まで はそ う した
点 心 を意 味 して いた ら しい 。 近 世 に 冷 や 麦 に対 す る温 熱 の 汁物 の〓 が 出現 し,そ れ を 「温飩 」 の よ う に書 く こ とが 行 わ れ,さ 「椙(す
らに 食 偏 に改 め られ た 。
ぎ)」 は 「榲」 と の 関 係 で 考 え ら れ る。 中 国 の 字 書 に 登 載 さ れ て い る
「榲」 が,日 本 で 「〓」 に 書 か れ る こ と は 『古事 記 』 『日本 書 紀 』 な ど の時 代 か ら あ り,「 椙 」 とい う形 も,『 古 事 記 』 や 『万 葉 集 』 の 古 写 本 に は や くか ら見 え る。 字 形 の類 似 に よ る もの と言 っ て よ い で あ ろ う。 「栃 」 は 先 に も触 れ た よ う に,「 十 ×千(と
ち)」 の 含 意 で 製 作 さ れ た 「杤」 字
に 基 づ くが,「〓 」 字 の 存 在 を無 視 す る こ と は で き な い。 この 字 は 『書 言 字 考 節
用 集 』 に 「とち」 と して掲 出,「 和 俗 所 用 」 の 注 記 が あ る。 お そ ら く,「蠣 」−「蠣 」 「勵」− 「励 」 の 異 体 字 の セ ッ トが 成 立 す る こ とに支 え られ た類 推 に よ る新 しい 字体 で,近 世 の 滑 稽 本 『東 海 道 中 膝 栗 毛 』 な ど に見 え,後
に は 県 名 表 示 の字 とも な っ
た。 「癪」 に つ い て も先 に触 れ た とこ ろ で あ る が,「 積 」 が も との 字 で あ り,病 気 の 一 種 とい う意 識 で や まい だ れ を加 えて で き た字 で あ る。 この 方 法 を増 画 と呼 ぶ 。 と こ ろが 一 方 で は 「〓」 の よ う に一 部 省 略 に 及 ん だ もの も見 られ る(『 春色 梅 児 誉 美 』 な ど)。 俗 字 と呼 ばれ る領 域 に は こ う した 改 変 が働 い て い る こ と を し ば し ば 目 に す る。 「搾(し
ぼ る/ さ く)」 は,「 搾 乳 」 「搾 取 」 の 熟 語 もあ るが,も
とは と言 え ば,
〈絞 め 木 =原 料 か ら油 や 酒 を し ぼ り と る道 具 〉 の 意 で,「〓 」 で あ っ た 。 「窄 」 の み で も 〈しぼ る〉 意 で あ るか ら,手 で 締 め つ け る こ と を意 識 して 手 偏 に した もの で あ ろ う。 手 偏 と木 偏 の 交 替 の 例 は ほか に も指 摘 で き る。 「拵」 の 本 義 は 〈据 え る〉 で あ って,「 こ し ら え る」 と対 応 し な い。 「栫」 の ほ う は 「か こ う」 の 訓 を も ち,〈 木 組 み を す る ・城 の 柵 を組 む 〉 意 で あ っ た 。 中 世 に至 っ て 2字 の 混 同 が 起 こ った の で あ る 。 「さや か / さや け し」 を表 す 国 字 は,〈 月 の光 が 明 る い〉 こ とを イ メ ー ジ し て, 「〓」(『同 文 通 考 』の1本),「〓
」(『伊 京 集 』),「〓 」(『同文 通 考 』宝 暦10年
「〓」(『書 言 字 考 節 用 集 』),「〓」(『大 全 早 引 節 用 集 』 文 化 8年 版)な
版),
どの 字 形 が
知 られ て い る 。 これ ら は互 い に異 体 字 の 関 係 に あ る と考 え られ るが,も
とは ひ と
つ の形 で あ っ た もの を変 形 した結 果 で あ る。 「鴇(と
き)」 を 「〓」(『吾 妻 鏡 』 寛 永 版),「〓 」(『易 林 本 節 用 集 』),「〓」
(『類 聚 名 義 抄 』 観 智 院 本),「〓 」(『頓 要 集 』),「〓 」(『運 歩 色 葉 集 』 元 亀2年
本)
の よ う に異 な る形 で 実 現 して 各種 の文 献 に 見 え る の も,字 形 を ど の よ うに読 み と っ た か とい う こ と に起 因 す る。 「俣(ま
た)」 字 の場 合,「俟 」 の 草 書 体 か ら の 変 化(リ
ラ イ トで 生 じた 異 形)
と 「ま つ 」 の 活 用 形 の よ う に見 せ た名 詞 形 の 産 出 で,人 体 の 〈股 〉 に 関 連 づ けた 造 字 で あ る。 は や く 『 古 事 記 』 に 実例 が認 め られ る。 「梁 」 か ら 「簗(や
な)」,「旗 」 か ら 「籏(は
た)」 を 生 じた の は,増 画 とい う
手 法 に よ る が,梁
や旗 を竹 を材 料(の
一 部)と
して 利 用 して い る とい う意 識 に基
づ い た も の で あ ろ う。 中 国 側 に そ の増 画 字 は見 い だ せ な い とは言 え,異 体 字 とい う字 体 改 造 の 実 態 か ら見 る とあ りふ れ た 行 き方 で あ る と言 え る。 「曙 」 を 「〓」(『吾 妻 鏡 』 寛 永 版 な ど),「膣 」 を 「腟」 で 実 現 した りす る の は, 字 形 を似 通 っ て い る あ る字(の 字 ・〓字 と異 体 字 とは,実 もの か ら,多
一 部)へ
誤 認 した こ と に よ る と考 え ら れ る。 誤
は線 引 きが む つ か しい 。 個 人 の使 用 レベ ル に とど まる
くの 人 に 採 用 され 流 通 す る よ うに な る もの まで と,存 在 の あ りよ う
は さ まざ まで あ り,一 概 に評 価 は で きな い 。 す で に 存 在 す る漢 字 の形 に手 を加 え た り,字 形 を誤 認 して 再 現 した りす る場 合 や,当 事 者 が 新 字 を製 作 した と思 い込 ん で い る場 合 で も,異 な る時 代,異 処 で,同
な る方
じ形 の字 が 用 い られ て い る こ とが あ る。 国 字 の認 定 に,中 国側 の 存 否 を
問 題 に す るの は こ の た め で あ るが,国 字 ど う しの 間 に も こ う した 字 体 の 一 致 とい う問 題 が 存 在 す る。 そ もそ も漢 字 を構 成 して い る要 素 た る点 画 の種 類 に は 限 りが あ り,そ の構 成 の バ ラエ テ ィ 自体,人
間 の想 像 力 の 枠 内 に収 ま っ て い る の で,む や み に多 い わ けで
は な い。 文 化 と して 共 有 す る こ と の多 い人 々 の 間 で は,意 図 す る と否 と にか か わ らず,実 現 す る文 字 の形 が た また ま一 致 して し まっ て い る とい った こ とが あ るの で あ る。 一 字 多 義 の 国 字 も,こ の 点 か ら考 え られ な けれ ば な ら ない で あ ろ う。 「〓」 は 『新 撰 字 鏡 』(小 学 篇 字)に
「足 万 豆 比 」 とあ り,『 色 葉 字 類 抄 』 に も
「ア シ マ ツ ヒ」,『字 鏡鈔 』(天 文 本),『 字 鏡 集 』 な ど に 「ア シ マ ト ヒ」 と見 え る が,『 下 学 集 』(元 和 本)な
どに は全 く別 の コオ ロ ギ の 意 と して 「コ ウ ロ ギ 」 が 掲
出 され て い る。 この 字 は 『説 文 解 字 』,宋 本 『 玉 篇 』,『広 韻 」 な どの 古 い 中 国 側 の 字 書 に見 え な い字 で あ る か ら,先 に 日本 で 作 られ た 字 で あ る と考 え られ るが, 『 集 韻 』 に 「〓〓 蟲 名 如 蜆 而 大 通 作 車 」 と見 え る の は,「 大 蛤 」 の 意 と し て,日
本 と は独 立 に作 られ た 形 声 字 で あ る。 『下 学 集 』 登 載 の コオ ロ ギ を意 味 す
る 「〓」 は,「 あ し ま とい」 「大 蛤 」 の 字 義 の い ず れ を も知 らず に 創 作 した と考 え ら れ る。 中 国 側 の 造 字 に先 行 す る ア シ マ トイ の 意 の 「〓」 は 国 字 で,「 大 蛤 」 の 字 義 に 後 れ る 「コ オ ロ ギ」 は 国 訓 で あ る とい う よ うな議 論 は虚 しい 。 字 体 に偶 然 の 一 致 を見 た,一 字 多 義 の 国字 と して 理 解 す べ きで あ ろ う。
「椛 」 は 国字 と して は,会 意 の 手 法 に よ り 「もみ じ」 と し て 作 られ た もの で, 地 名 や 人 名(姓)に 置 換 して,同
用 い られ る。 と こ ろ が 一 方 で,「 樺 」 の旁 「華 」 を 「花 」 に
じ字 体 の 「椛(か
ば)」 が 作 ら れ る。 字 典 に は 「椛 」 の 掲 出 字 に対
して 「もみ じ」 と 「か ば 」 の 両 訓 が 並 記 され る こ とに な る。 こ の字 につ い て の詳 しい報 告 はな いが,お
そ ら くふ た つ の訓(字
義)は 無 関係 で あ ろ う。 時 代 ・方処
を異 に して 生 み 出 さ れ た もの と考 え られ る。 こ の よ うな例 が,多 義 字 と呼 ば れ る もの の一 隅 を 占 め る の で あ る。
● 6 国字 と位相
国 字 の 使 用 は個 人 に発 し,そ れ が 周 囲 に受 け入 れ られ る こ とで 社 会 性 を帯 びて 行 く。 社 会 は複 雑 多 岐 に わ た り,決 して 単 純 な もの で はな い。 個 人 と して の 所 属 に関 して も,老 若 ・職 業 ・性 別 ・学 問 教 養 ・主 義 信 条 ・地 域 な ど,多 数 の 要 素 ご とに考 え る こ とが で き る。 文 字 の使 用 も,用 い る人 ・受 け入 れ る人 が どの よ う な 集 団 ・階 層 ・地 域 に 属 して い るか とい う こ と と無 縁 で は な い。 学 者 や学 生 とい う 縄 張 りの 中 で 用 い られ る もの もあ れ ば,職 人 専 用 の もの もあ る し,不 良 と呼 ばれ る集 団 にの み維 持 され る よ う な もの も あ る。 こ う した 社 会 的 な 相 違 を 反 映 した こ とば の様 相 を位 相 と呼 ぶ 。 す で に 3節 で触 れ た よ う に,遊 戯 ・符 丁 の性 格 を帯 びた 字 の 使 用 に は,芝 居 の 世 界 や 刀 剣 目利 きの 職 分,宗
教 教 団,伝 授 を こ と とす る家 学 な どに,そ れ が 認 め
られ た。 い ま少 し例 を加 え る と,〓(ト
ラ ッ ク)」 「〓(カ ッ タ ー)」 「〓(ラ ン
チ)」 「〓(艦 載 水 雷 艇)」 「〓(右 舷)」 が 自衛 隊 で 用 い られ,「〓(と 「〓(と し ょか ん)」 が,人
に よ っ て採 用 す る字 は 異 な るが,図
し ょか ん)」
書 館 関係 者 の 間 で
通 用 し て い る もの と して 挙 げ られ る。 画 数 の 多 い 同 じ字 が 何 度 も繰 り返 し用 い ら れ る労 を厭 っ た 結 果,あ
る 「業 界 」 に限 っ て定 着 した もの で あ る。
一 般 の 人 々 の 用 語 か ら遠 く,耳 慣 れ な い な が ら も,あ る 業 界 で用 い ら れ る語 詞 に 字 を 当 て た もの も あ る。 「〓(ず り)」 「鍰(か らみ)」 は 鉱 山 用 語 で あ る。 「ず り」 とは,掘
り出 し て坑 外 に 運 び 出 す土,あ
鉱 石 の製 錬 に伴 って 生 じ るか す,か
る い は鉱滓 の 意,「 か らみ 」 とは,
な くそ の 意 で あ る。 後 者 の 字 は 『康 煕字 典 』
に も見 え,「 わ(環
/〓)」 の意 と され る が,直 接 の 関 係 はな さ そ うで あ る 。 これ
らの比 較 的 古 い も の と して は江 戸 初 期 の 『 梅 津 政 景 日記 』 に実 例 を拾 う こ とが で き る。 国字 の 中 で常 用 漢 字 表 や 人 名 用漢 字 別 表 に あ る字 は き わ め てわ ず か で あ る。 現 代 の文 字 政 策 の も とで は,制 限 の な い 固 有 名 の表 記 に しか,表 外 漢 字 の生 き残 る み ち は な い。 した が っ て,固 有 名 の,特
に姓 氏 や 地 名 に用 い られ る字 と い う偏 り
が 現 代 の 国 字 に は認 め られ る。 固有 名 は それ ぞ れ の 地 域 と結 び つ い た も の で あ る か ら,結 局,地 域 的 に偏 って い る とい う分 布 上 の 特 徴 を もっ て い る とい う こ とに もな る。 地 域 に偏 りが あ る とい っ て も,全 国 に通 用 す る語 の 表 記 で あ る場 合 と, 方 言 を そ の ま ま文 字 に した 場 合 とが あ る こ と に 注 意 し な け れ ば な ら な い 。例 え ば,「 くさ な ぎ」 姓 は,全 国 に 普 通 に 見 られ る の は 「草 薙 」 で あ る が,秋
田県 の
南 半 分 の 地 域 や岩 手 県 の一 部 に 「草彅 」 姓 が 見 られ る。 「く さ な ぎ」 とい う こ と ば が 方 言 で あ るわ け で は な く,「彅 」 字 の 分 布 が 地 域 的 特 色 を 示 して い る の で あ る。 雪 が 降 る か 否 か で 親 疎 の 感 じか た が 分 か れ る道 具 名 の 「轌(そ り)」 も,同 様 で あ る。 これ に対 して,「乢(た 緩 い 峠 の意),「嵶(た
わ)」(鳥 取 県 岩 美 郡 = 峠 の 意,岡
お)」(岡 山県 =低 い 山 と山 との 合 間 の一 番 高 い と こ ろ を峠
と言 う の に対 し て,一 方 の低 い と ころ の 意)は,方 で あ る。 秋 田 県 内 の 地 名 に も,「掵(は (大 曲 市)と
山 県 英 田 郡 =勾 配 の
言 を そ の ま ま文 字 化 した もの
ば)」(平 鹿 郡 十 文 字 町),「〓(は
ば)」
い う字 が 用 い られ た例 が あ る。 「は ば」 は,崩 落 を起 こ しや す い川 沿
い の 急 傾 斜 地 を意 味 し,そ の狭隘 な空 間 を通 る とき は 緊 張 して伝 い歩 きに な る と い うの で,「 手 が 命(綱)」
とい う洒 落 に近 い 会 意 字 で あ った の で あ ろ う。 それ が
命 綱 に相 当 す る のが 木 で あ る と して 作 り替 えた か,手 偏 と木 偏 の 単 な る交 替 形 か 明 瞭 で は な い が,い
ず れ に して も こ のふ た つ の 字 は無 縁 で は な い と見 られ る。
以 下,地 域 的 に特 色 が あ る と見 られ る地 名 国 字 を並 べ て み る。 ① 「萢(や
ち)」
青 森 県 内 の 地 名(小 字 な ど)に 用 い られ る。 青 森 県 は旧 藩
領 で は津 軽 領 と南 部 領 に分 か れ るが,こ
の 字 の用 い られ る 「や ち」 は 津 軽 に
属 して い る 。 「や ち/ や つ 」 は一 般 に 「谷 地 」 「谷 」 と書 か れ,湿
地 を意味す
る 。 「萢 」 の 字 は,草 の 生 え て い る水 の 泡 とい うイ メー ジ を表 して い る。
②
「〓(は け)」
赤 土 の 崖 を意 味 して,崖
素 に 「赤 」 と 「土 」 を用 い る こ とで,上 い る 。 埼 玉 県狭 山 市 の 「〓下(は ③ 「垈(ぬ た)」
の 方 言 「は け 」 と,文 字 の構 成 要 に挙 げた 例 同様 の 表 現 効 果 を上 げ て
け した)」 とい う地 名 で 知 られ る。
山 梨 県 に多 く見 られ る 湿 地 を 意 味 す る名 で あ る。 「岱 」 字
の 「山 」 の 部 分 を 「土 」 と入 れ替 え て作 った もの か。 ④ 「峅(く ら)」
富 山 県 の地 名 に あ る 。 「く ら」 は断 崖 や 岩場 の 意 味 で あ る。
この 字 が使 用 され た 「岩峅 寺(い
わ く ら じ)」 「芦峅 寺(あ
し く ら じ)」 は立
山信 仰 に関 係 が あ る とされ る 。 ⑤ 「〓(ほ き)」
崖 の 方 言 を 「山 」 と 「川 」 の 合 字 の形 で 表 した もの で,岡
山 県 苫 田 郡 か ら鳥 取 県 の 因 幡 地 方 に か け て の 小 字 地 名 に用 い られ て い る字 で あ る。 い っ た い に地 名 国 字 と して工 夫 され た字 は,地 形 ・地 層 に関 係 す る 自然 地 名 が 多 く,歴 史 的 な 出来 事 と関 係 づ け られ た もの は少 な い よ うで あ る。 そ の 中 で,宮 城 県 名 取 市 の 「〓上(ゆ
りあ げ)」 は珍 し い。 「ゆ りあ げ 」 は も と 「淘 上 」 で,風
波 や 土 地 の 隆 起 で砂 が 揺 り上 げ られ た と こ ろ を意 味 す る地 名 で,地 ふ れ た もの で あ るが,名 り,水 門(み
名 自体 は あ り
取 市 で は,江 戸 時 代 初 期 に 火 事 が う ち続 い た こ と に よ
な と)神 社 の 「水 」 「門 」 の 2字 を頂 戴 し て この 国 字 を用 い て きた
と い う こ とで あ る。 国 字 の 生 き残 れ る 領 分 が,「 漢 字 制 限 」 とい う状 況 下 で は 固 有 名 の 表 記 に な ら ざ る を 得 な い こ と は明 らか で あ る。 丹 念 に 検 討 ・収 集 を積 み重 ね て 行 け ば,豊 か な実 りが 期 待 で き る はず で あ る。
● 7 残 され た課題
古 代 の 国 字 を調 べ る上 で欠 か せ な い もの とさ れ るの が 『新 撰 字 鏡 』 に収 載 され て い る 「国 字 」 で あ る。400を 超 え る数 の 字 が 該 当 す る よ うで あ るが,特
に 「小
学 篇 字 」 出 自 の もの は,字 音 が 掲 げ られ る こ とが な く,国 字 の 可 能 性 が 高 い が, そ の す べ てが そ うで あ る と断 定 す る こ と は現 段 階 で は勇 気 が い る。 中 国 に 当 該 の 字 が な い とい う こ とを証 明 す る こ とが 困 難 だ か らで あ る。 また,仮
に中国の字書
な どに例 が 見 られ な い か ら とい って,即 座 に 日本 独 自の もの で あ る と推 断 す るわ け に は行 か な い。 あ る文 脈 の 中 で 文 字 が 実 際 に使 用 さ れ た 許 多 の文 献 資 料 の現 実 を で き るだ け発 掘 す る必 要 もあ る。 見 か け は 日本 だ け に見 られ る字 で あ っ て も, 過 去 の あ る時 期 に存 在 し,亡 び て し ま っ た字 とい う可 能 性 を も探 る必 要 もあ る。 今 後,徹 底 した 検 討 が加 え られ,国 字 で あ るか 国 字 で はな い か の 区別 が つ け られ る こ とが望 まれ る。 そ の た め に は,国 字 の候 補 を広 く と り,そ れ ぞ れ の 字 誌(字 史)を
充 実 させ,造 字 に 影響 を与 えた 可 能 性 の 考 え られ る近 似 した 字 形 や 字 義 の
研 究 を も深 め る必 要 が あ る と言 わ な けれ ば な らな い。 文 乾 善 彦(1992)「
献
同形 異 字小 考− 西 本願 寺 本 万 葉 集 を資 料 として − 」(『国語 文 字 史 の研 究 1』
和 泉書 院) 乾 善 彦 ・森 田亜 也子(2002)「
国 字 「〓(さ や け し)」 の周 辺 」(『国語 語 彙史 の研 究21』 和 泉
書 院) エ ツ コ ・オバ タ ・ラ イマ ン(1990)『
日本 人 の 作 った漢 字 』南 雲 堂
鏡 味 明 克(1984)『
地 名 学入 門 』 大 修館 書 店
河野 六郎(1994)『
文 字 論』 三 省 堂
笹 原 宏 之(1990)「
国字 と位 相 − 江 戸 時 代 以 降 の例 に見 る 「 個 人 文 字 」 の,「 位 相 文 字 」,「狭 義
の 国字 」 へ の展 開 − 」(『国語 学 』163集) 笹原 宏 之(1993)「
位 相 文字 の性 格 と実態 」(『早稲 田 日本 語研 究 』 創刊 号)
笹 原宏 之(1994)「
地 位 文字 の考 察 −地 名 に現 れ た 日本 語 表記 の時代 差 と地 域差 の一 例 − 」(『文
化 女子 大 学 紀要 人文 ・社 会 科 学研 究 』 第 2集) 笹 原 宏 之(1997)「
字体 に生 じる偶 然 の 一 致 − 「JISX 0280」と他 文 献 に お け る字 体 の 「 暗 合」
と 「 衝 突 」− 」(『日本 語 科 学 』 1) 佐 藤 喜 代 治(1987∼1988)『 佐 藤 稔(1999)「
漢 字講 座 』 全12巻,明
治書院
擬 製漢 字(国 字)小 論 」(『国語 と国 文 学』 第76巻 第 5号)
柴野 耕 司(1997)『JIS漢 菅原 義 三(1990)『
字 字 典 』 日本 規 格 協 会
国 字 の字 典 』 東 京堂 出版
杉 本 つ とむ(1973∼1975)『 杉 本 つ とむ(1992)『
異体 字 研 究 資 料 集成 』 第 1期 全10巻,別
巻 2,雄 山閣 出 版
文字 史 の構 想 』 萱 原 書房
高橋 忠 彦 ・高橋 久 子(2001)「
国訓 考 五 則 」(『国語 文 字 史 の研 究6』 和 泉 書 院)
前 田富祺(1992)「
国 語文 字 史研 究 の課 題 」(『国語 文 字 史 の研 究 1』和 泉 書 院)
前 田富祺(1994)「
字 史 を め ぐっ て」(『国 語文 字 史 の研 究 2』 和 泉 書院)
峰 岸 明(1987)「
「国字 」 小 考 」(『横 浜 国 大 国語 研 究 』第 5号)
山 田 俊 雄(1975)「
国 字 の 歴 史 とい ふ こ と」(『言 語 生 活 』NO.289,『
店)に 再 収)
詞 林 間 話 』(1987角 川 書
⑥ 漢 字 と送 り仮 名
近 藤 尚子
● 1 送 り仮 名 と は
送 り仮 名 に 限 らず 日本 語 の 書 記 の 問題 は多 く読 み 手 の側 に起 こ る。 書 き手 の 中 に は常 に音 声 言 語 が 先 行 して い る の で,ど
う読 む か は書 き手 に と っ て は 自明 の こ
と で あ る。 これ に対 し読 み 手 が 目 の前 の 文 字 列 を ど う読 む か は必 ず し も 1通 りに は定 ま らな い。 読 み手 に と って 音 声 言語 へ の 還 元 を容 易 に す るた め に は,書
き手
が 読 み 手 の 立 場 に立 っ て 文 字 を選 び表 記 を考 え な けれ ば な らな い の で あ る。 漢 字 仮 名 交 じ りで 日本 語 を表 記 す る場 合,漢
字 の よ み は一 定 で は な い。 これ は 一 つ の
漢 字 に 対 応 す る 日本 語 の よ み が 一 つ で は な い た め で あ る。 多 くの場 合,「 音 」 や 「訓 」 と呼 ば れ る複 数 の よみ の 可 能 性 が あ る。 ま た,活
用 に よ っ て表 され る用 言
の 種 々相 が 漢 字 だ け で は わ か りに くい。 そ こ で仮 名 を添 え て 漢 字 に対 応 す る 日本 語 を特 定 す る た め の手 当 が 行 わ れ る。 漢 字 の 右 傍 や 左 傍 に 添 え ら れ る もの は,よ み 全 体 を示 す 「振 り仮 名 」 や 「迎 え仮 名 」 や 「捨 て仮 名 」 で あ る。 活 用 す る語 や そ れ か ら派 生 した 名 詞 に つ い て,そ の よみ の 一 部 を添 え た もの を 「送 り仮 名 」 と 呼 ぶ 。 後 述 す る よ うに送 り仮 名 を規 則 化 す る こ と は困 難 で あ る。 そ れ は音 声 言 語 に 還 元 す る こ と を意 識 す る必 要 の な い書 き手 が,読
み手 を思いや ってい ろいろな
場 合 を 想 定 しな けれ ば な ら な い こ との 困難 さ に起 因 す る と考 え られ る。 送 り仮 名 の 源 流 は す で に 万 葉 集 に み られ る。 今,巻 ば 1),
1,2 か ら例 を 挙 げ る な ら
置 而 曾 歎 久(お
き て そ な げ く)(1・16)
(1・27)
我 恋 流(あ
(1・38)
弦 作 留 行 事 乎(を
芳 野 吉 見 与(よ
が こふ る)(1・35)
し の よ くみ よ)
依弓奉 流(よ
は くるわ ざ を)(2・97)
りて つ か ふ る)
恋 礼 許 曾(こ
ふれ
こ そ)(2・118) な ど は動 詞 の 活 用 形 を明 示 す る た め に添 え られ た も の で あ る。 また, 底 深 伎(そ 見 者 悲 寸(み 37)
こ ふ か き)(1・12)
曾 許 之 恨 之(そ
れ ば か な し き)(1・32)
去 過 難 寸(ゆ
こ し う ら め し)(1・16)
絶 事 無 久(た
ゆ る こ と な く)(1・
きす ぎが た き)(2・106)
な どは 形 容 詞 の 活 用 語 尾 を添 え て い る。 万 葉 集 は も ち ろ ん 漢 字 の み を 用 い て 表 記 さ れ て お り,漢 字 が この 時 代 の唯 一 の 表 記 手 段 で あ っ た。 よ く知 られ る よ う に そ こ に は戯 書 を は じ め と した 様 々 な 日本 語 の書 き表 し方 が み られ る。 万 葉 集 の 表 記 は漢 字 の み を用 い て 日本 語 を ど う書 き表 す か とい う枠 組 み の 中 で と ら え るべ きで あ り,一 方 の 「送 り仮 名 」 とい う問 題 は,漢 字 と仮 名 とい う 2種 の文 字 の使 用 が 前 提 とな っ て い る。 した が って 万 葉 集 に み られ る上 に挙 げ た よ う な事 象 を,後 世 の 漢 字 仮 名 交 じ り表 記 と同 じ よ うに扱 う こ とに は慎 重 で な けれ ば な らな い で あ ろ う。 万 葉 集 の表 記 全 体 を見 渡 した う えで 考 え て い くべ き こ とが らで あ る2)。しか し少 な く と も上 に挙 げ た よ う な,正 訓 字 に添 え られ た 「音 仮 名 」 は後 世 の 送 り仮 名 と発 想 の う えで は一 致 して い る。 そ こ に は 当然 現 代 の 「送 り仮 名 法 」 の よ う な 規 範 や 規 則 は存 在 せ ず,そ れ だ け に この よ う な表 記 形 態 が 漢 字 を用 い て 日本語 を 表 記 し よ う とす る とき の 根 源 的 な問 題 を含 ん で い る こ とを うか が わ せ る。
● 2 送 り仮名 の変遷
こ こ で は送 り仮 名 とい う観 点 か ら表 記 の 変 遷 を概 観 す る。1節 で 万 葉 集 の例 を 挙 げ た が,平 安 中期 の仮 名 書 き初 期 の文 献 にお い て は逆 に漢 字 を交 え る こ とが ま れ で あ り,送
り仮 名 の問 題 は起 こ ら な い。 こ こで 取 り上 げ る 「お もふ 」 に つ い て
い え ば,『 青谿 書 屋 本 土 左 日記 』 で は漢 字 で表 記 さ れ て い る例 は な い。 こ こで は 方法 と して は粗 い と い う こ と を承 知 の う えで,『 正徹 本 徒 然 草 』 と 『 好色 一代男』 と を資 料 と し,「 お もふ 」 の 表 記 につ い て 報 告 す る 。 他 の 資 料 に つ い て す で に 報
告 さ れ て い る こ とが ら を援 用 しつ つ 述 べ て い きた い 。
(1)『正 徹 本 徒 然 草 』 「お もふ 」 を 漢字 表 記 す る もの は41例
み られ る。 活 用 形 別 に示 す と次 の よ うに
な る。
これ に よれ ば,漢 字 「思 」 につ い て活 用 語 尾 を仮 名 で添 え る も の は41例 例 と半 数 を超 え る。 しか し添 え な い17例
を活 用 形 で み る と連 用 形 が15例
て い る。 連 用 形 以 外 で 「思 」 の み で 表 記 され て い る の は 終 止 形(思 形(思
や う に)の
中24 とな っ
へ し)・ 連 体
2例 の み で あ る。
こ こで 掲 げた 数 値 は 「お もふ 」 を漢 字 表 記 した 場 合 の送 り仮 名 の 有 無 で あ り, 一 方 に は 当 然 仮 名 表 記 さ れ た 「お もふ 」 が 存 在 す る。 た と え ば 「お も ふ 」 は 8 例,「 お もひ 」 は16例,「
お もへ 」 は12例 が み られ,漢 字 表 記 と半 ば す る とい っ
て よい 。 漢 字 表 記 を と る か仮 名 表 記 を と るか を まず は 問題 に しな けれ ば な らな い の で あ るが,こ
こで は漢 字 表 記 の場 合 の み をみ る こ と と し,そ れ以 前 の 問 題 に は
触 れない。 さて,佐 々 木(1989)に
古 代(院 政 ・鎌 倉 期)の 送 り仮 名 に つ い て の 報 告 が あ
る。 この 中 で 氏 は 『却 廃 忘 記 』 の送 り仮 名 法 につ い て 調 査 し,「 頻 出 す る 「思 ふ」 は,未 然 形 で は す べ て語 尾 を送 り,連 用 形 ・終 止 形 及 び 次 項 の連 体 形 の場 合 で も 一 例 も送 らな い 点 が 興 味 深 い 」 と して い る3)。 今,掲 ふ 」 を拾 う と次 の よ う に な って い る(〈
げ られ て い る用 例 か ら 「思
〉 内 は 小 書 を表 す)。
思 〈ハ ン〉 人 〈ハ 〉 思 ハ セ 思ヰテ
思タチ シ ヨ リ 思 タチテ
思 べ キ也
思 べ シ
思 ヤ ウ ニハ
思候也 思 也
『却 廃 忘 記 』 は鎌 倉 初 期 の 成 立 ・書 写 で あ る が,約100年 わ せ た とき,そ
後 の正 徹 本 と比 べ あ
こに は一 つ の 流 れ が 看 取 で き る よ うに 思 わ れ る 。 す な わ ち 『却 廃
忘 記 』 で は未 然 形 の みが 語 尾 を送 っ て い た の に対 し,正 徹 本 で は 連 用 形 の み が 送
って い な い。 単 純 な比 較 は で きな い に して も語 尾 を送 る活 用 形 が 広 が った とい え そ うで あ る。
(2)『好 色 一 代 男 』 上 方 板 に よ って,漢
字 表 記 さ れ た 「お もふ 」 を活 用 形 別 に整 理 す る と次 の よ う
で あ る。
全55例 ()に
中 活 用 語 尾 を送 らな い の は 未 然 形 「思(お
もハ)ず
」 1例 の み で あ る。
入 れ て 示 した の は漢 字 の右 傍 に添 え られ た 振 り仮 名 で あ る。 この 1例 を
除 く54例 に つ い て は す べ て の活 用 形 で 活 用 語 尾 を送 っ て い る こ とが わ か る。 資 料 と した 上 方 板 は 全 体 に振 り仮 名 をふ る箇 所 が 多 く,「 思 ず 」 以 外 で も 6例 は 振 り仮 名 の ふ られ た例 で あ る。 そ の 内 訳 は,未 然 4,連 用 2と な っ て お り,用 例 の 多 さ に比 例 し て い る と考 え られ る。 転 成 名 詞 に も 「思 ひ 」 「思 ひ 出」 「思 ひ ざ し」 の よ うに 「ひ 」 を送 るが,興
味 深 い の は 「思 日」 とす る例 が 固有 名 詞 の 「思 日川
染 之 介 」 を 含 め て 6例 み られ る こ とで あ る。 この う ち半 数 の 3例 に は 「お もひ 」 と振 り仮 名 もふ られ て い る。 「日」 に も振 り仮 名 が あ る と こ ろ か ら考 え て 「日」 に は漢 字 とい う認 識 が あ っ た とみ る こ とが で き る で あ ろ う。 とこ ろ で 『一 代 男 』 に は江 戸 板 が あ り,上 方板 を も とに し なが ら表 記 に はか な りの 改 変 を加 え て い る。 上 方 板 で 漢 字 表 記 され た 「思 ふ 」 を江 戸 板 で み る と,そ の ほ とん ど は 改 変 を加 えず 同 じ形 に な っ て い る こ とが わ か る。55例 中 異 な りが み られ る の は 次 の 7例 で あ る。
思 ハ れ た き と→ 思 わ れ た き と も)ハ れ ず → 思 ハ れ ず もハ)ず → 思 ハ ず
思(お
思(お
も) ひ し に → 思 ひ し に
も)ハ しか らぬ → 思 ハ しか らぬ
思 ハ れ て → 思 ハ せ て 思(お
思(お 思(お
も) ハ れ ず → 思 ハ れ ず
7例 中 5例 が 「思 」 に添 え られ て い た 振 り仮 名 を と っ て し ま っ て い る 例 で あ る。 しか も上 方 板 で 活 用 語 尾 を送 らな い 唯 一 の 例 で あ っ た 「思(お が,振
もハ)ず 」
り仮 名 を と った う え に他 の 「思 ふ 」 と同 じ よ う に 「思 ハ ず 」 と活 用 語 尾 を
送 っ て い る こ とに は注 目 す べ きで あ ろ う。 す な わ ち 「表 記 に意 を用 い た 」4)とさ れ て い る江 戸 板 に お い て,「 思 ふ 」 は す べ て 「 振 り仮 名 な しで 活 用 語 尾 を送 る」 とい う表 記 に統 一 さ れ て い る とい え る の で あ る。 こ の よ う に み て くる と,大
きな 流 れ と して は送 り仮 名 を多 く送 る方 向 へ 向 か っ
て き た こ と は明 らか で あ る。 そ の 変 化 の根 底 に あ る の は書 き手 の読 み 手 に対 す る 意 識 の変 化 で あ ろ う。 1節 で述 べ た よ う に送 り仮 名 の源 流 は す で に万 葉 集 に み られ る。 しか し一 方 で 万 葉 集 に は い わ ゆ る難 訓 歌 が 存 在 し,有 名 な 額 田王 の 歌 に は40種 以 上 の 試 訓 が あ る とい う。 そ こ まで で は な い に して も細 か い と こ ろで 訓 が一 つ に定 ま らな い 歌 は万 葉 集 に は少 な くな い。 これ は万 葉 集 が 必 ず し も よ みや す さ(音 声 言 語 に 還 元 す る こ と)を 重 視 して歌 を表 記 し て は い な い こ と に よ る。 古 い 時 代 に お い て 書 記 言 語 は開 か れ た もの で は な い 。 正 徹 本 に み られ る姿 勢 は どち らか とい え ば 閉 じ ら れ た も の で あ る。 い い か えれ ば 「文 字 社 会 」(池 上1955)が
狭 い,と い う こ とに
な ろ う。 そ こで は表 記 も含 め て 自分 と同 等 の 読 み 手 を想 定 す れ ば よ く,そ の た め に 読 み 手 に 対 し て特 別 の 配 慮 を必 要 とし な い 。 捨 て仮 名 につ い て で あ るが,今 昔 物 語 集 の 日本 古 典 文 学 大 系 の 補 注 は 「全 訓 す て が な の施 し て あ る語 は 予 想 に反 し て,難 読 の語 とい う よ り は基 本 語 彙 に 多 い 。 この こ と は か か る表 記 が 書 写 主 体 の,何
等 か の心 覚 え と し て,も
と附 せ られ た で あ ろ う こ とを想 定 さ し め る に十 分
で あ る 」 とす る 5)。 よ み を確 定 す るた め に添 え られ る捨 て 仮 名 が,実 手 で は な く書 き手 自身(こ
は 別 の読 み
こで は書 写 主体 とい う こ と に な る)の た め の もの だ と
い うの で あ る。 一 方,西 鶴 は い わ ゆ る職 業 作 家 で あ り,そ の著 作 に は 出版 の 盛 行 と も相 ま っ て 不 特 定 多 数 の 読 者 が 想 定 され て い る。 『一 代 男 』 上 方 板 に お け る多 くの 振 り仮 名 や,「 思 ふ 」 の 活 用 語 尾 を 1例 を除 い て す べ て 送 っ て い る の も,そ れ を裏 付 け る こ とが らで あ ろ う。 江 戸 板 が また 独 自の 立 場 で 表 記 に手 を加 え て い る こ と はす で に 述 べ た とお りで あ る。 「文 字 社 会 」 が 広 が り開 か れ て,出 版 が 利 益 を追 求 す る こ とに な っ た 結 果,読 者 へ の 配 慮 が 必 要 とな った の で あ る。 送 り仮 名 へ の 言 及 が み られ る よ う に な る の も近 世 に な っ て か らで あ っ た 。 江 戸 初 期 の笑 話 集 『醒 睡 笑 』 の調 査 で は,版 本 に豊 富 な振 り仮 名 が施 され て い るの に対 し,書 写 本 で は振
り仮 名 が 少 な い こ とが 報 告 され て い る(細 川1989)。
そ れ につ い て 細 川 氏 は 「特
定 の読 者 の た め の 本 文 読 解 の 便 とい う理 由か らで は な く,不 特 定 の読 者 層 へ の サ ー ビ ス と い う観 点 か ら板 行 さ れ た こ と を示 す もの で あ る」 と し
,「 こ こ に写 本 と
版 本 との 根 本 的 な 差 異 が認 め られ る」 と して い る。
● 3 送 り仮名法 の変遷
先 述 の とお り送 り仮 名 へ の言 及 が み られ る よ う に な るの は近 世 に 入 って か らの こ とで あ る 。 本 居 宣 長 の 『玉 勝 間 』 巻 7 「物 か くに 心 す べ き事 」 の 記 述 は し ば し ば引 用 され るが,こ
こで も そ の一 部 を掲 げ て み る6)。
あ れ ば 、 ゆ け ば 、 き け ば、 さ け ば、 ち れ ば、 な ど い ふ た ぐひ の 言 を、 た れ も、 有 ば 、 行 ば 、 聞 ば 、 咲 ば 、 散 ば 、 と 書
〈ク 〉 事 な れ ど も 、 し か 書 て は 、
あ る は と も 、 あ ら ば と も よま れ 、 其 外 も そ の で う に て 、 ま ぎ るゝ 故 に 、 語 の 意 し ら ぬ 人 は 、 よ み 誤 り て 、 写 す と て は 、 ゆ け ば な る を 、 ゆ く は と も、 ゆ か ば と も、 仮 字 に もか き な す 事 有
〈リ〉、 さ れ ば か くた が ひ に よ み ま が ふ べ き
言 は 、 み な 仮 字 に か くべ き わ ざ也 、 又 霞 契 な ど を 、 用 言 に か す み け り、 か す む 月 、 ち ぎ ら ぬ 、 ち ぎ る 言 の 葉 、 な ど や う に い ふ を 、 霞 け り、 霞 月 、 契 ぬ 、 契 言 の 葉 、 な ど か く は わ う し 、 用 言 に い ふ 時 は 、 霞 み け り、 霞 む 月 、 契 ら ぬ 、 契 る 言 の 葉 、 な どや う に、 は た ら く も じ を そへ て 書
〈ク 〉 べ し 、
(文 化 7(1810)年
版 本 に よ る)
文 意 を理 解 で きな い 人 は 「よみ 誤 」 っ て し ま う の で 「よ み まが ふ べ き言 は み な 仮 字 に 」 書 くこ と,「 用 言 に い ふ 時 は」 「は た ら く も じ を そへ て書 く」 こ と,な ど を 「心 す べ き事 」 と して 掲 げ て い る。 この 他,送
り仮 名 の 問 題 で は な い が,例
え
ば 「もみ ち ば」 を 「紅 葉 」 と書 く と 「もみぢ との み い ふ と、 ま ぎ るゝ 故 に 、(中 略)も
み ち葉 と書 」 くべ きで あ る と も述 べ る。 こ こ に み られ る の は書 記 され た 形
が 正 し く音 声 言 語 に還 元 で き る よ うに とい う読 み手 へ の配 慮 で あ る。 近 代 に入 っ て か ら は さ らに 官 報 や 教 科 書 の 編 集 の た め に送 り仮 名 法 の必 要 が 認
め られ,そ
れ に類 す る も のが い くつ か 考 案 さ れ て い る。 しば し ば指 摘 され る こ と
で あ る が,そ れ ぞ れ の 送 り仮 名 法 に示 さ れ る表 記 の 形 は必 ず し も同 一 で は な い。 先 に 2節 で は 「お もふ 」 を取 り上 げ た が,動 詞 「お もふ 」 1語 だ け な らば 送 り仮 名 の 問 題 は 生 じ な い で あ ろ う。 し か し 「お もは く」 「お もひ で 」 を ど う書 くか と い う よ う に,派 生 した り複 合 した りす る語 の様 々 な場 合 を想 定 しな けれ ば な らな い と こ ろ に送 り仮 名 の統 一 を図 れ な い難 し さが あ る。 そ れ ぞれ の送 り仮 名 法 に よ っ て 異 な るか た ち を対 照 さ せ た 資 料 も作 られ て い る。 こ こで は 「送 りが な の つ け 方 の語 例 審 議 の参 考 資 料 と して 作 成 」 され た 「各 種 送 りが な の つ け方 の語 例 比 較 一 覧 表 」 を 参 考 に し て 送 り仮 名 が 問 題 と な る 語 を 選 び ,一 覧 と して み た(表 3.1)。 こ の 資 料 は 昭 和48(1973)年
告 示 の 「送 り仮 名 の 付 け 方 」 を検 討 す るた
め に作 成 され た も の で,『 送 り仮 名 法 資 料 集 』 の 「送 り仮 名 対 照 表 」 に基 づ き次 の 1∼ 8の 資 料 に よ って 構 成 され て い る7)。 1 昭 和34(1959)年
内 閣 告 示 「送 りが な の つ け方 」
2 明 治22(1889)年
内 閣 官 報 局 「送 仮 名 法 」
3 明 治40(1907)年
国 語 調 査 委 員 会 「送 仮 名 法 」
4 昭 和21(1946)年
文 部 省 国語 調 査 室 「送 りが な の つ け 方(案)」
5 昭 和22(1947)年
総 理 府 ・文 部 省 「公 文 用 語 の 手 び き」
6 昭 和23(1948)年
文 部 省 著 作 教 科 書 「中等 国 語 」 の 送 りが な
7 昭 和39(1964)年
版 朝 日新 聞 社 「新 聞 用語 の 手 び き」
8 日本新 聞協 会 「 新 聞用語集 」
0 昭 和48年
内 閣 告 示 「送 り仮 名 の付 け方 」
を加 え て あ る。 この 表 に み られ る よ う な送 り仮 名 の揺 れが 生 じた 理 由 の い くつ か に つ い て考 察 し て み る。
(1)対 象 とす る言 語 の 異 な り まず は対 象 とす る言 葉 の違 い が 考 え られ る。 明 治 期 の 送 り仮 名 法 は主 に文 語 文 を基 調 とす る 「普 通 文 」 を対 象 と して い た 。 しか し,口 語 文 が 普 及 す る の に 伴 っ
こ
表3.1 送 り仮 名 対 照表 ○ は 0の 資 料 に 一 致 す る こ と を,()は さ る こ と を,/は
省 く こ とが で き る こ と を,〈
〉 は送 る こ とが で
そ の語 が な い こ とを表 す 。類 推 等 の 印 は省 い た。
て 口語 文 を対 象 と した 送 り仮 名 法 の必 要 が 意 識 さ れ る よ うに な った 。 表 に は入 れ て い な い が,昭 和11(1936)年
に 出版 され た服 部 嘉 香 の 『 正 し い使 ひ 方 仮 名 遣
と送 仮 名 』 に は,「 第 三 章 送 仮 名 に つ い て 」 で 「『法 』(筆 者 補 :明 治40年
「送
仮 名 法 」 の こ と)は 早 急 に大 改 訂 を加 へ ね ば な ら ん の で あ るが 」 と述 べ,そ
の理
由 を 6項 に わ た っ て挙 げ る。 そ の三 に 「口語 並 び に 口語 文 の 大 い に発 達 し た今 日 で は,当 然 そ れ に応 じた 大 改 訂 を加 へ ね ば な らん 筈 で あ る 」 とす る。 例 え ば,ア ツ ム は 「メ メ ム ム ル ム レ メ ヨ」 と活 用 し,ア
ツ マ ル は 「ラ リ ル
ル レ レ」 と活 用 す る。 した が っ て この 二 つ の 動 詞 は 「集 ム 」 「集 ル 」 と書 く こ とに よ っ て 区別 で き る。 と こ ろが 口語 で は ア ツ メ ル ・ア ツ マ ル とな り,ア ル は 「メ メ メ ル メ ル メ レ メ ロ(メ
ツメ
ヨ)」,ア ツ マ ル は 「ラ (ロ) リ
ル ル レ レ」 と活 用 す る 。 「集 ま る」 「集 め る」 で あ っ て,終 止 形 に お い て集 め る と集 ま る と を 区別 す る必 要 が 生 じた 。 もち ろん 文 語 に準 じ て 「集 め る」 「集 る」 で 区 別 す る こ とは 可 能 で あ る 。 「集 め-ま す」 「集 り‐ます 」 で あ れ ばわ か らな い こ とは な い。 しか し 「集 め る −集 ま る」 とい う対 応 を考 え つ く者 で あ れ ば な お さ ら 「‐ め る」 と 「‐ ま る」 とで 語 を 区別 し よ う と考 え る方 が 自然 で あ ろ う。
文 語 で は形 容 詞 の終 止 形 は 「美 し」 「激 し」 「清 し」 で あ るが,口 語 で は 「美 し い 」 「激 しい 」 「清 い 」 とな っ た 。 形 容 詞 の 活 用 も,ク 活 用 ・シ ク活 用 の別 を な く し,一 本 化 した 。 活 用 語 尾 を送 る とい う原 則 か らす れ ば,「 美 い 」 「激 い 」 で も よ さ そ う で あ る 。 1節 で挙 げ た 万 葉 集32の
例 「見 者 悲 寸 」 は 「き」 の 部 分 の み を
「寸 」 で 示 そ う と して い る。 しか し こ れ は現 行 の 「送 り仮 名 の 付 け 方 」 で も通 則 1で, 例 外(1)語
幹 が 「し」 で 終 わ る形 容 詞 は,「 し」 か ら送 る。
と あ り,「 美 しい 」 「激 しい」 とす る こ と に な っ て い る。 「集 め る ・集 ま る」 の 場 合 に は,言 語 の 変 化 に応 じ て 表 記 を変 化 させ た の で あ るが,形 化 さ せ て い な い 。 武 部(1981)は
容 詞 シ ク活 用 は変
「「送 りが な の 付 け 方 」 に お い て わ ざ わ ざ付 記
が 必 要 に な っ た の は,形 容 詞 の 送 り仮 名 の 付 け方 が 変 わ っ た か らで は な く,品 詞 論 に お い て,文 語 の 形 容 詞 の場 合 と異 な る扱 いが 行 わ れ た か らに ほか な らな い」 と して い る。
(2)使 用 す る字 種 の 異 な り 次 に,問 題 とな る語 を漢 字 で 書 くか仮 名 で 書 くか とい う問 題 が あ る。 1節 で も 述 べ た よ う に送 り仮 名 の 問 題 は ひ と り送 り仮 名 だ けの 問 題 で はな い 。 漢 字 仮 名 交 じ り表 記 を前 提 と して,あ
る語 を漢 字 を 用 い て書 こ う と す る と き に仮 名 を ど う添
え るか が 問 題 に な るの で あ る か ら,そ の語 を仮 名 書 きす れ ば送 り仮 名 の 問題 は生 じ な い こ と に な る。 どの 語 を漢 字 で 書 き,ど の語 を仮 名 で書 くか と い う表 記 全 般 に 対 す る見 渡 しが必 要 に な る。 3.3 項 に掲 げ る よ う に 「送 りが な の つ け方 」 で は 品 詞 別 に送 り仮 名 の規 則 を掲 げ るが,そ
こで は接 続 詞 ・感 動 詞 ・助 動 詞 ・助 詞 は
立 て られ て い な い。 当 用 漢 字 表 にお い て,感 動 詞 ・助 動 詞 ・助 詞 の た め の もの を 取 り上 げ ず,代 名 詞 ・副 詞 ・接 続 詞 は広 く使 用 され る もの を取 り上 げ て い た た め で あ る。 この 方 針 は 当然,常
用漢 字 表 に も受 け継 が れ て い る。 した が っ て,明 治
期 の 送 り仮 名 法 で問 題 とな っ て い た 語 の う ち で 当用 漢 字 表 や常 用 漢 字 表 に取 り上 げ られ て い ない もの に つ い て は仮 名 書 きす るの で あ るか ら問題 が 生 じ な い と い う ことになる。
(3)送 り仮 名 法 の 原 則 明 治 以 来 の送 り仮 名 法 の ほ と ん どが,語
を品 詞 別 に分 類 し て送 り仮 名 の規 則 を
定 め よ う とす る もの で あ っ た 。 一 例 と して 先 述 の 「送 りが な の つ け方 」 を み る と 次 の よ う な構 成 で あ る。 通 則 第 1 動 詞(1 ∼ 6) 第 2 形 容 詞(7 ∼11) 第 3 形 容 動 詞(12∼15) 第 4 名 詞(16∼21) 第 5 代 名 詞(22) 第 6 副 詞(23∼26) 以 上,合
計26則
か らな っ て い る。 それ ぞ れ の 品 詞 に つ い て,ま ず
1 動 詞 は,活 用 語 尾 を送 る。 7 形 容 詞 は,活 用 語 尾 を送 る。 語 幹 が 「し」 で 終 わ る も の は,「 し」 か ら 送 る。 16 名 詞 は,送
りが な を つ けな い。
な ど と原 則 を示 した う えで, 10 活 用 し な い部 分 に 形 容 動 詞 の 語 幹 を含 む 形 容 詞 は,そ の 形 容 詞 動 詞 の送 りが な に よ っ て送 る。 14 活 用 しな い 部 分 に形 容 詞 の 語 幹 を含 む形 容 動 詞 は,そ の 形 容 詞 の 送 りが な に よっ て 送 る。 の よ う に記 述 す る。 話 し手 や 書 き手 が 自分 の 発 す る語 につ い て 品 詞 を意 識 す る こ とは通 常 あ ま りな い 。 ま して や 形 容 詞 派 生 の 形 容 動 詞 で あ る とか,形 容 動 詞 派 生 の 形 容 詞 で あ る と考 えて 送 りが な を決 定 す る こ とは考 え に くい で あ ろ う。 品 詞 の 別 を基 準 と した 送 り仮 名 法 に お い て は書 き手 が 国 文 法 の知 識 を もっ て い る こ とが 運 用 の前 提 とな る。 この こ とに つ い て 築 島(1970)は
「これ ら の語 源 は,個 々 に
判 断 しな け れ ば な らな い もの だ か ら,極 端 に 言 へ ば 「一 億 総 語 源 学 者 」 た る こ と を 要 求 す る規 則 だ とい は な けれ ば な ら な い」 と述 べ て い る 。 これ に対 し,運 用 の しや す さ を考 えた 送 り仮 名 法 も考 案 され た 。 例 えば,野 信 夫 「「送 り仮 名 法(案)」
に つ い て 」(『国 語 運 動 』 昭 和14(1939)年
田
3月 号)
で は 「一 字 二 音 の 方 式 」 を と っ て い る8)。この 中 で 野 田 は この 方 式 を と っ た 理 由 と して (1)漢 字 は単 に借 りも の に過 ぎな い と考 えた た め (2)か く定 め る こ とに よ つ て(中 略)誰
れ で も機 械 的 に送 り仮 名 を送 れ る こ と
に な り,規 則 が 極 め て簡 単 に な る た め と い う二 つ を掲 げ て い る。 また,仮 名 書 き を積 極 的 に 勧 め,二 つ の 方 向 か ら送 り 仮 名 の煩 わ しさ を解 消 し よ う と した 。
● 4 現 行 の 「送 り仮 名 の付 け方 」
(1)構
成
昭 和48年,新
し い 「送 り仮 名 の 付 け方 」 が 告 示 さ れ た 。 「前 書 き」 に 全体 の 構
成 が 示 さ れ て お り,次 の よ う に な っ て い る。
単独 の語 1 活 用 の あ る語 通 則 1 (活用 語 尾 を送 る語 に関 す る もの) 通 則 2 (派生 ・対 応 の 関 係 を 考 慮 して,活
用 語 尾 の 前 の 部 分 か ら送 る
語 に関 す る もの) 2 活 用 の な い語 通 則 3 (名詞 で あ って,送
り仮 名 を付 けな い語 に 関 す る もの)
通 則 4 (活 用 の あ る語 か ら転 じた 名 詞 で あ っ て,も
との 語 の 送 り仮 名
の付 け 方 に よ っ て送 る語 に関 す る もの) 通 則 5 (副 詞 ・連 体 詞 ・接 続 詞 に 関 す る もの)
複 合 の語 通 則 6 (単 独 の語 の送 り仮 名 の付 け方 に よ る も の) 通 則 7 (慣 用 に従 っ て 送 り仮 名 を 付 け な い語 に関 す る もの)
付表 の語 1 (送 り仮 名 を付 け る語 に関 す る もの) 2 (送 り仮 名 を付 け な い 語 に 関 す る もの)
前 掲 の 「送 りが な の つ け方 」 に比 べ,格 段 に整 理 さ れ て い る こ とが 明 ら か で あ ろ う。 先 述 の とお り,ま ず 活 用 の有 無 が 第 1の 基 準 と して 立 て られ て お り,そ れ ま で の 主 流 だ っ た 品 詞 別 の 送 り仮 名 法 とは一 線 を画 して い る。 そ れ ぞ れ の 通 則 は さ ら に 本 則 ・例 外 ・許 容(こ
の 他 に(注 意)が
付 く こ と もあ る)か
らな って お
り,こ れ に つ い て も 「前 書 き」 で 説 明 され て い る。 3.1項 で 触 れ た 形 容 詞 シク活 用 につ い て は通 則 1で 本 則 活 用 の あ る語(通
則 2を適 用 す る語 を除 く。)は,活
用語 尾 を送 る。
(〔 例 〕 省 略) 例 外(1) 語 幹 が 「し」 で 終 わ る形 容 詞 は,「 し」 か ら送 る。 〔 例〕 著 しい 惜 しい 悔 しい 恋 し い 珍 しい の よ うに 「例 外 」 と し て,や は り 「し」 か ら送 る方 法 を保 存 して い る。 また,自
動 詞 と他 動 詞 とに つ い て は通 則 2で示 され た
本 則 活 用 語 尾 以 外 の部 分 に 他 の語 を含 む語 は,含
ま れ て い る語 の 送 り仮 名
の 付 け 方 に よ っ て送 る。(含 まれ て い る語 を 〔
〕 の 中 に示 す 。)
の 〔例 〕 中 の 動 か す 〔動 く〕
照 らす 〔照 る〕
積 も る 〔積 む 〕
聞 こ え る 〔聞 く〕
る〕
暮 らす 〔暮 れ る〕
る 〔終 え る〕
生 まれ る 〔生 む 〕
連 な る 〔 連 ね る〕
起 こる 〔 起 き る〕
冷 やす 〔 冷 え る〕
変わ る 〔 変 え る〕
押 さ え る 〔押 す〕 落 とす 〔落 ち
当た る 〔当 て る〕
集 まる 〔 集 め る〕
終わ
定 まる 〔 定 め る〕
交 わ る 〔交 え る〕
な どが これ に 当 た る。 た だ し許 容 が あ り, 許 容 読 み 間 違 え る お そ れ の な い場 合 は,活 用 語 尾 以 外 の 部 分 に つ い て,次 の()の
中 に示 す よ う に,送
で 資 料 0の欄 に()で
り仮 名 を省 く こ とが で き る。 左 記 の 表
示 した も のが これ で あ る。
と し て い る。 この 〔例 〕 の 中 に 浮 か ぶ(浮
ぶ)
(積 る)
聞 こ え る(聞
らす(暮
す)
生 ま れ る(生
れ る)
押 さ え る(押
え る)
積 もる
え る)
起 こ る(起
る)
落 と す(落
す)
当 た る(当 る)
終 わ る(終
る)
変 わ る(変
る)
暮
とあ る。 この よ うに許 容 を設 け た こ とが 「送 り仮 名 の 付 け方 」 の大 き な特 徴 で あ
る。 「送 りが な の つ け方 」 で は複 合 名 詞 を除 い て 送 り仮 名 の 省 略 を認 め ず,そ
の
た め に全 体 と して 送 り仮 名 を多 く送 る こ と に な った 。 これ に 対 し,「 送 り仮 名 の 付 け方 」 で は多 くの 許 容 を設 け,送
り仮 名 の省 略 を認 め て い る。
また 逆 に,通 則 1の 許 容 で は 許 容 次 の 語 は,()の
中 に 示 す よ う に,活 用 語 尾 の 前 の 音 節 か ら送 る こ
とが で き る。 表 す(表 わ す)
著 す(著
わ す)
断 る(断 わ る)
賜 る(賜 わ る)
現 れ る(現 わ れ る)
行 う(行 な う)
と して 本 則 で 読 み 誤 る可 能 性 の あ る もの を 多 く送 る こ と を認 め て い る。 し か し 「読 み 間 違 え る お そ れ の な い 場 合 は」 や 「送 る こ とが で き る」 と い うあ い まい な 条 件 を設 けた た め に か えっ て 「ゆ れ 」 を生 じ る こ とに な っ た9)。
(2)新 た な 問 題 点 一 方,常 用 漢 字 表 が新 た に漢 字 の 訓 を認 め た た め に生 じた 問 題 もあ る。 昭和21年
に公 布 され た 当 用 漢 字 並 び に 昭 和23年
制 限 す る色 彩 の 強 い もの で あ った 。 昭 和48年 と付 表 が 追 加 され,制
の 当用 漢 字 音 訓 表 は,漢 字 を
の 「改 定 音 訓 表 」 に400近
限 的 色 彩 は 改 め られ た 。 昭 和56(1981)年
い音訓
公布 の常 用漠
字 表 で は さ ら に漢 字 使 用 の 「目安 」 とな る こ と を 目指 して 制 限 的 色 彩 を弱 め よ う と して い る。 そ こ で 新 た に認 め られ た 訓 が,送
り仮 名 に新 た な 問 題 を生 み 出 し
た 。 例 え ば, 脅(お
ど)か す ・脅(お
開(あ)く は,送
す 行(い)く
ら) く 尊(た
っ と)ぶ
・行(ゆ)く
・尊(と
う と)ぶ
り仮 名 を 含 め た 漢 字 表 記 が 全 く同 じか た ち に な っ て し ま う の で あ る。 「栄
(さ か)え が,先
・開(ひ
び や)か
る ・栄(は)え
る」 は,文 脈 に よっ て読 み 分 け る こ とで き そ うで あ る
に挙 げた 例 は いず れ も意 味 が 近 く,文 脈 に よ っ て 読 み分 け る こ と も容 易 で
は な い と考 え られ る。
● 5 現代 にお ける送 り仮名法 とその問題点
昭 和34年
7月11日
に,「 送 りが な の つ け 方 」 が 公 布 さ れ た 。 送 り仮 名 に 関 す
る資 料 を一 覧 す る と,そ の前 後 に送 り仮 名 に つ い て の言 及 が 多 い こ と に気 付 く。 雑 誌 『言 語 生 活 』 が そ の 中 心 で,い も第36号(昭
和34年
3月)に
くつ か の 特 集 を組 ん で い るが,『 国 語 学 』 で
「◎ 国 語 審 議 会 の建 議 した 「送 りが な の つ け方 」
に つ い て」 とい う小 特 集 を組 ん で い る。 「 送 りが な の つ け方 」(資 料)と,時
枝誠
記 氏 の 「利 用 者 の立 場 か ら見 た 「 送 りが な の つ け方 」」 とい う毎 日新 聞 「私 の意 見 」 欄 の転 載,水
谷 静 夫 氏 の 「国 語 審 議 会 「送 りが な の つ け方 」 の 分析 」 の 3編
を掲 載 す る。 こ うい った 動 きに つ い て は,こ の 「送 りが な のつ け 方 」 が 統 一 化 の 実 を 挙 げ る に 至 らず 「これ を きっ か け と して,そ れ ま で 次 第 に高 ま りつ つ あ っ た 戦 後 の 国 語 施 策 に対 す る批 判 ・反 対 の 声 が に わ か に高 まっ た 」 とす る評 価 が あ る (『日本 語 百 科 大 事 典 』 大 修 館 書 店1988)。
と こ ろ が,昭 和48年
の 「送 り仮 名 の
付 け方 」 の 前 後 に は と くに 目立 った 動 き は み られ な い。14年 間 の 実 績 を踏 ま え て打 ち 出 さ れ た 新 し い 送 り仮 名 法 で あ っ た が,資
料一 覧 をみ るか ぎ りにお いて
は,「 送 りが な の つ け方 」 前 後 ほ どの 熱 気 は感 じ ら れ な い の で あ る。 もち ろ ん 日 本 語 か ら送 り仮 名 の 問 題 が 消 滅 して し ま っ た わ けで は な い 。 逆 に常 用 漢 字 表 で よ み の 幅 を広 げ た た め にか え っ て新 た な 問 題 が 生 じた こ とに つ い て は 4節 で 述 べ た とお りで あ る。 常 用 漢 字 表 を 「漢 字使 用 の 目安 」 とし た こ とに示 され て い る よ う に,政 府 が 批 判 を避 け よ う と した とい う こ と もそ の 要 因 の 一 つ で あ るか も しれ な い10) 。 これ ま で み て き た よ う に,送
り仮 名 は一 つ の 語 が 活 用 し派 生 や複 合 に よ っ て か
た ち を変 え る 日本 語 を,漢 字 を用 い て 表 記 す る 際 に は切 り離 す こ との で き な い問 題 で あ る。 しか し これ を 規 則 化 し統 一 す る こ と は 困 難 で あ る と言 わ ざ る を 得 な い。 まず は,漢 字 仮 名 交 じ り表 記 にお け る漢 字 を ど う と ら え る か が 問題 とな る。 先 に 引 用 した 野 田(1939)の
よ う に 「漢 字 は借 り もの に過 ぎ な い」 と考 えれ ば漢
字 を仮 名 と同様 に音 を表 す た め だ け に用 い る とい う こ とに な る。 あ ら ゆ る場 合 を 網 羅 的 に考 え るの を や め,あ
る程 度 の 関 係 の 中 で よみ を確 定 で きれ ば よ い とす る
の も一 つ の 考 え 方 で あ ろ う。 も ち ろ ん 「あ る程 度 」 が 問 題 な の で あ る が 。 大 野 (1958)は
「送 りが な の つ け方 」 の 前 年 に,送
りが な の 問 題 に残 さ れ て い る こ と
と して す で に次 の 4点 を掲 げ て い る。 ①
複 合 語 の 語 尾 を ど うす る か , あ との に も先 の に もつ け るか 。 「売 り出 す 」 か 「売 出 す 」 か 。
②
品 詞(特
に活 用 あ る語,動
詞)が 変 って で き た語 の送 りが な を どの 程 度 送
るか 。 「 光 り」 か 「光 」 か 。 「組 み合 わ せ 」 か 「組 合 せ 」 か 。 ③
動 詞 の 派 生 か ら認 め られ る 語 尾,内 書 き表 わ す か。 「生 まれ る
田氏 の い われ る不 変 化 語 尾 を どの 程 度
代 わ る 変 わ る
起 こる
落 とす」等 のか な
が 多 す ぎ る とは感 じ な い か。 ④
右 の う ち,例 外 を認 め る か。 認 め る と した ら どの程 度 か 。
こ れ ら は現 行 の 「送 り仮 名 の付 け方 」 で もい まだ に問 題 点 と し て残 っ て い る と 言 わ ざ る を得 な い。 規 則 化 す る と,そ れ を運 用 す る側 の意 識 や 知 識 に差 が あ る た め に,意 図 的 で あ る に し ろ な い に し ろ 「ゆ れ 」 が 生 じ る11)。この 「ゆ れ 」 を防 ぐ こ とは お そ ら く不 可 能 で あ ろ う。 結 局 送 り仮 名 は,「 用 言 は活 用 語 尾 を送 る 」 「名 詞 は送 り仮 名 を付 け な い 」 と い う二 つ の 原 則 を 確 認 した うえ で,個 々 の 語 に つ い て は規 則 化 す るの で は な く,送 り仮 名 を定 め た もの を一 覧表 に し,書
く際 に は そ
れ を参 照 す るの が 運 用 とい う点 か らみ れ ば もっ と もわ か りや す い と考 え る。 注 1)万 葉 集本 文 と よみ は新 日本 古 典 文 学 大 系 に よ った 。佐 竹 昭 広 ・山 田 英雄 ・工 藤 力 男 ・大 谷 雅 夫 ・山崎 福 之校 注,1999年 2)奥 田(2000)は,万
。 岩 波書 店 刊 。
葉 集全 体 の 表 記 を見 渡 した う えで この 問題 に つ い て考 察 す る。 氏 は万
葉 集 の なか で 「 単 独 で使 用 され る活 用 語,な
らび に複 合 語 の 語 構 成 要 素 と して 使 用 され る
活 用 語 を,そ の表 記 に着 目 して」 Ⅰ 語 全体 が 仮 名 で表 記 され る活 用 語 Ⅱ 語 全体 が 訓 字 で表 記 され る活 用 語 Ⅲ 語 尾(語 幹 の 一部 も含 む)が 仮 名 で 表記 され,訓 字 に 下接 す る活 用語 と分類 す る。本 稿 で 例 と して挙 げた もの は この うち のⅢ に あ た るが,氏 に よれ ば この よ う な 表記 の例 は192語,延
べ640例 み られ る。
3)『 却 廃忘 記 』 に つ いて佐 々木 氏 に よる概 要 を引 用 してお く。 文 暦 二(1235)年
写 本 。 高 山寺 蔵 。 高 山 寺 典 籍 文 書 調査 団(代 表,築 島 裕 博 士)か
ら,『明恵 上 人 資料 集 第 二 』 として,他 の明 恵上 人 関係 文 献 と併 せ て,影 印 本 文 ・翻 字 本 文 ・索 引 等 と と もに公 刊 さ れた(昭 和53(1978)年 4)近 藤(1998)。
また 原 口(1989)に
3月,東 京 大 学 出版 会)。
『 好 色 一 代 男』 上 方 板 の振 り仮 名 に つ い て の 調 査 が あ
る。 こ こで氏 は振 り仮 名 と送 り仮名 との 関係 に注 目 し,「振 り仮 名 が付 さ れ ない 漢字 表 記 の 語 で は,「 思 ふ,給 ふ,侍
り」 の 語 尾 は丁 寧 に送 られ」 て い る と述 べ る。
5)山 田 孝雄 ・山 田 忠雄 ・山 田 英 雄 ・山 田俊 雄 校 注 。1959年 第 1刷 の1980年
第 9刷 を使 用 し
た。 岩 波 書店 刊 。 6)こ の他,石 川 雅 望,山 崎 美 成 の 記述 が 知 られ てい る。 7)本 文 で はそ れ ぞれ の送 り仮 名 法 に触 れ る余 裕 が な い の で,こ こで 本 文 中 で 言 及 した 1と新 聞用 語 集 とを除 く 2 ∼ 6に つい て簡 単 に述 べ てお く。 2 明 治22年 内 閣官 報 局 「送仮 名 法 」 明 治22年
に成 立 し,明 治27(1894)年
5月 に刊行 され た。
総 則 と して まず二 大 原 則 を掲 げ る。 第 一 原則 語尾 変 化 セ サ ル モ ノハ 送仮 名 ヲ附 セ ス 第 二 原則 語尾 変 化 スル モ ノハ 其 変化 スル 所 ニ ヨ リ写 シテ送 仮 名 トス そ して,「 間 々 古来 ヨ リノ慣 用 ト便 宜 トニ依 リ左 ノ如 キ変則ニ 従 フ」 として 第 一変 則 語尾 変 化 セ サ ル モ ノ ト雖モ慣 用 ト便 宜 トニ従 ヒ送 仮 名 ヲ附 スル コ トア リ 第 二 変則 語尾 変 化 スル モ ノ ト雖モ罕 ニ ハ 慣 用 ト便 宜 トニ従 ヒ送 仮 名 ヲ附 セ サル コ ト ア リ とい う変 則 2項 を立 て る。 以 下,8 品 詞(名 詞 ・代 名 詞 ・形 容 詞 ・動 詞 ・副 詞 ・接 続 詞 ・ 後 置 詞 ・咏嘆 詞)に 従 い23則 に わ た って述 べ る。
3 明 治40年 国語 調 査 委 員 会 「 送 仮 名 法」 「従来 世ニ 出 タ ル送 仮 名 法 」十 数種 を参照 して規 定 した もので あ る。 「送仮 名 法 ノ 四綱 領 」 と して, (1)活 用 語 ノ語 尾 変 化 ヲカ キ ア ラハ ス コ ト (2)語 ノ末ニ 附 属 スル助 詞,助 動 詞 ヲカ キア ラハ ス コ ト (3)語 ノ末ニ 含 マル ル 接 尾語 ヲ カキ ア ラハ ス コ ト (4)漢 字 ヲ音 読 スル モ ノハ漢 字 以 外 ヲカ キア ラハ ス コ ト を立 て る。 以 下,15則
を立 て るが,品 詞分 類 よ り も活 用 の 有 無 を第 1の分 類 基 準 と して い
る こ とに注 目す べ きで あ ろ う。 この送 り仮 名 法 は,「(も ち ろん 十 分 で はな い が)相 当 に よ く整 っ た もの で あ る。 十 五 の 規 則 を もっ て 様 々 な場 合 を律 し得 た 功 績 は,認 め な けれ ば な らな い」(『送 り仮 名 法 資 料 集 』)と 評 価 され て い る。 また,本 文 に 引 用 した服 部 嘉 香 の批 判 の 対象 とな って い るの もこ の 『法 』 であ る。
4 昭和21年 文 部 省 国 語調 査 室 「送 りが なの つ け方(案)」 文部 省 で作成 す る教 科 書 ・文 書 な どの 表 記 を統 一 す る 「基 準 」 と して 「現 代 の 口語 文 に 適 す る や うに」 定 め られ た 。通 則 と用 例 とか らな っ て お り,通 則 は第 1動 詞 の 送 りが な
(1∼8)以 下,第2
形容 詞(1 ∼8),第3 副 詞 ・接続 詞(1 ∼7),第4 名詞(1 ∼5)と 品 詞 別
に示 す 。 用例 は そ れ ぞ れ に50音 順 で掲 げ られ る。 〔 注 意 〕 をお い て 「誤 読 ・難 読 の お それ の ない もの」 は 「送 らな い」 あ るい は 「 送 り仮 名 を省 くこ とが で き る」 とし て適 用 に柔 軟 性 を もた せ て い る点 は新 「送 り仮 名 の付 け方 」 に通 じる もの で あ る。 また,最 後 に 「 備考」 として 「以上 に掲 げ た以 外 の品 詞,代 名 詞,連 体 詞,感 動 詞 並 び に助 動 詞,助 詞 は,字 を 用 ひ ない の を原 則 とす る」 とい う1項 を立 て て い る。
5 昭 和22年 総 理 府 ・文 部 省 「 公 文 用 語 の手 び き」 基 本 的 に は4 を踏 襲 して い るが,4 で 「 省 く こ とが で きる」 と され た送 り仮 名 を少 な く 送 る方 を採 用 して い る。 したが って,比 較 的少 な く送 る もの とな っ て い る。 6 昭 和23年
文部 省 著 作教 科 書 「中等 国語 」 の送 りが な
「中 等 国語 」 は昭 和23年 度 使 用 に向 け て,昭 和22年 る。昭 和21年
度 か ら改 訂 され た 国 定 教 科 書 で あ
以来 の 「現代 か なづ か い」 「当 用漢 字 表 」 同 「 音 訓 表 」 に基 づ く もの で あ る。
な る べ く仮 名 を多 く送 り,一 つの漢 字 に一 定 の音 節 を あて る方 針 を とって い る。 8)池 上(1982)は
,近 世 後 期 の 出版物 に関 して 「 表 記 に注 意 が払 わ れ て い る」 と し, 「送 り仮
名 とは 言 わ な いが, 漢 字 一 字 に二 音 節 の 規 準 をお いた ら し い もの もあ る。 これ は名 詞 に も 及 ぶ 」 と指 摘 す る。 近 世 の版 本 に つ い て の調 査 で は同 様 の傾 向 が 報 告 され て い る。 原 口 (1989)に
も報 告 が あ る。
9)安 部(1989)で
は 「 本 則 自体 は体 系 的 に整 理 され た もの で あ った が , そ れ に加 え られ た 例
外 ・許 容 の方 は, 現 実社 会 で 慣 用 と して行 わ れ て い る個 々 の事 情 に よ る もの で あ り, 整 え られ た 理 論的 法 則 とは全 く別 の もの, いわ ば全 く異 質 の もので あ る。本 則 で 規 定 した もの を その 後 の例 外 ・許 容 とい う異 な っ た規 準 で, 部 分 的 にで は あれ か き混 ぜ る こ とに な る。 使 用 者 が 混乱 し判 断 に迷 うの は その よ うな とこ ろで あ ろ う」 と述 べ てい る。 10)白 石(1985)で
は 「 送 りが な の つ け 方」 につ いて , 「これ が, 同 日, 「 今後,各行政機関 に
お いて は, この 方針 に よる もの と し, あわ せ て広 く各 方 面 に その 趣 旨が徹 底 す るよ うに努 め る こ と を希 望 す る。」 と訓 令 され るや , 国語 論 争 が 激 し くな り,戦 後 の 国語 施 策 の見 直 し とい う こ とに な った 。 送 り仮 名 の 取 り決 め は命 取 り ・鬼 門 とい う言 い伝 えが , 現 実 とな っ た」 として い る。 11)土 屋(1970)は
送 り仮 名 の 「ゆれ 」 を様 々 な面 か ら調 査 し, 「個 人 の 表 記 行 動 の 中 の 「ゆ
れ」 が 大 き く, か つ重 要 で あ る ら しい」 こ とを明 らか に して い る。
文 野 野 田信 夫(1939)「 池 上 禎造(1955)「 大 野 弥穂 子(1958)「 築島
裕(1970)「
「 送 り仮名 法(案)」
献
につ い て 」(『国 語 運 動』 昭 和14年3
月 号)
文 字論 の た め に」(『国語 学 』 第23輯) 送 りが なの諸 問 題 」(『言 語 生活 』80) 現代 語 の正 書 法 につ い て―『
つ け 方 を 中心 に』― 」(『言語 生 活 』228)
当用 漢 字 改 定 音 訓 表 』 及 び 『 改 定 送 りが なの
土 屋 信 一(1970)「
送 りが なの 「ゆれ 」 を考 え る」(『言語 生 活』228)
武部 良 明(1981)『
日本 語 表 記 法 の課題 』 ( 三省堂)
池上 禎 造(1982)「
表 記 の歴 史 か ら見 た 現代 語 表 記 法 」(『講 座 日本 語 学』6 「現 代 表記 との史 的
対 照」 明 治 書 院) 白石 大 二(1985)「
新 しい国 語政 策 」(『言 語 生 活 』400号 記念 臨 時 増刊 号)
安部 清 哉(1989)「
常 用 漢 字 の送 り仮 名 」(『漢 字講 座 』11「 漢 字 と国語 問題 」 明治 書 院)
佐 々木 峻(1989)「
古 代 の送 り仮 名 」(『漢 字 講 座 』4 「 漢 字 と仮 名 」 明 治書 院)
原口
裕(1989)「
近 代 の送 り仮 名 」(『漢 字 講座 』4 「漢 字 と仮 名 」 明治 書 院)
細 川 英 雄(1989)「
近 代 の 振 り仮 名」(『漢 字講 座 』 4 「漢 字 と仮 名 」 明治 書 院)
近藤 尚子(1998)「
二つの 『 好 色 一代 男 』」(『文化 女 子 大 学紀 要 人 文 ・社 会科 学 研 究』 6)
奥 田俊 博(2000)「
『 万 葉 集 』 にお け る活 用 語 の語 尾 表 記 」(『国 語 文字 史 の 研究 』 五 和 泉 書 院)
神 作 晋 一(2001)「
本 居 宣 長 の送 り仮 名 意 識―
字 史 の 研 究』 六 和 泉書 院)
寛 政 期 の板 本 三 作 を対 象 と して―
」(『国 語 文
⑦ 振 り 仮 名
矢 田
勉
●1 日本 漢字 の特殊 性 と振 り仮 名の要請
漢 字 とい う文 字 の 第1 の特 質 は, 言 う まで もな く, 「形(視 覚 的 形 態)― 音(置 換 され るべ き音 声 的 形 態)― 義(表
す意 味 内 容)」 の 3要 素 の 結 合 か ら な る表 意 文
字 とい う こ とで あ る。 漢 字 は , 日本 語 とは種 々 の 点 で 異 質 な中 国語 とい う言 語 に 対 応 し て生 成 ・発 展 した 文 字 で あ り, 漢 字 を 受 け入 れ るに 当 っ て , 当 然 の こ とな が ら古 代 日本 人 は, その 性 質 に対 し て様 々 な 変化 を施 しつ つ 利 用 しな けれ ば な ら な か っ た。 それ を具 体 的 に言 う な らば , 第 1に, 漢 字 を中 国 語 の単 語 ・形 態 素 に対 応 す る 文 字 と して そ の ま ま受 け入 れ つ つ , 必 要 に応 じて 「義 」 の 部 分 を 日本 語 的 な カ テ ゴ リー に す り替 え て い く作 業 で あ る。 そ れ は 恐 ら くは 多 く無 意 識 下 に進 行 さ れ た の で あ ろ うが , そ の 過 程 で 同 時 に, 中国 語 音 の 日本 的 転訛 も進 行 して , 所 謂 「 漢 字 の音 読 み の 語 =字 音 語 」 が 日本 語 の 中 に定 着 して い く。 更 に これ に関 して, 漢 字 を受 容 した 東 ア ジ ア 諸 地 域 の 中 に あ っ て特 に 日本 の場 合,依 拠 す る原 中 国語 音 につ い て, 時 代 ・地 域 が 異 な る複 数 の もの を重 層 的 に存 続 せ しめ た こ とが 特 徴 的 で あ る点 も, 周 知 の 通 りで あ る。 重 層 的 漢 字 音 の 各 層 ,即 ち呉 音 ・漢 音 ・唐 音 な ど の字 音 体 系 はや が て , 一 熟 語 の 中 で も混淆 し, 日本 語 に お け る字 音 語 の読 み を 更 に複 雑 化 させ て い く。 第2 に 「義 」―
そ れ は 多 く日本 語 的 に す り替 え られ た 後 の もの で あ っ た ろ う
―に対 応 す る和 語 の そ の 音 声 的 形 態 を, 新 た に 当該 漢 字 の 「音 」 に指 定 す る方 式 , 即 ち 「訓 読 み 」 の成 立 で あ り, これ の 非 常 に広 汎 な 形 で の成 立 はや は り漢 字 文 化 圏 の 中 で 日本 特 有 の現 象 で あ った 。 この場 合 , 漢 字 は本 来 中 国 語 的 な意 味 カ テ ゴ リー に従 っ て 作 られ て い るか ら, 当然 の よ う に, 字 に よ っ て は対 応 す る 日本 語 的 意 味 カ テ ゴ リー を有 しな い もの もあ る一 方 , 1字 が 結 果 と し て複 数 の 日本 語 的 意 味 カ テ ゴ リー に跨 る こ と も普 通 で あ った 。 訓 読 み に 関 して は, 「当 用 漢 字 音 訓 表 」(昭 和23(1948)年2
月16日
内 閣 告 示 第 2号)以
前 に は 「定 訓 」 な ど と
呼 ば れ る習 慣 が 一 応 の 中心 線 を示 して はい た が , そ の あ り方 を強 く規 制 す る もの は な く, 音 読 み 以 上 に その あ り方 は複 雑 に な らざ る を得 な か った 。 そ して そ こ に は, 中 国 語 と 日本 語 の 意 味 構 造 の相 違 以 外 に も, 漢 字 に は所 謂 辞 書 的 意 味 の他 に 文 脈 に よ って 与 え られ る意 味 が あ る とい う こ と, また 漢 字 の 日本 へ の定 着 度 が 高 ま る に つ れ て , 即 ち そ れ は漢 字 の学 習 を外 国 語 学 習 と捉 え る認 識 が 薄 れ る こ とで も あ る が , 本 来 の 中 国 語 的 意 味 カ テ ゴ リー か ら よ り大 き くず れ た 訓 も与 え られ 得 る よ う に もな っ た こ とな どの 事 情 も関 与 し て い る。 そ れ らの 背 景 に よ っ て , 「当 用 漢 字 音 訓 表 」 以 前 に あ っ て訓 は, 常 に新 た に 生 産 さ れ 得 る もの で も あ っ た。 古代 日本 人 の 日本 語 的 な漢 字 受容 の方 法 に は も う一 つ , その 「義 」 を完 全 に捨 象 した 用 法 ,即 ち万 葉 仮 名 が あ るが , それ は振 り仮 名 の 問題 に直 接 関 わ ら な いか ら今 措 く と して , 漢 字 を 日本 語 に対 応 す る表 意 文 字 と して 受 容 した 第 1, 第 2の 方 式 は, 結 果 と し て 日本 の 漢 字 に 多 くの音 声 的 形 態 を 付 与 す る とい う事 態 を 招 き, 結 果 と し て 日本 の 漢 字 は極 め て 表 音 性 の 能 力 に 乏 し い記 号 と な っ た。 そ れ が , 日本 語 に お け る漢 字 の 最 も大 きな特 徴 の 一 つ で あ り, 本 稿 が 説 こ う とす る と こ ろ の振 り仮 名 が , 日本 語 表 記 にお い て 要請 され る理 由 と もな った の で あ る。 当 該 漢 字 が音 読 み す べ き もの で あ る の か訓 読 み す べ き もの で あ るの か , また ,音 読 み で あ る に せ よ訓 読 み で あ る にせ よ, そ れ ぞ れ 複 数 あ り得 る そ れ らの 中 の どれ が こ こで 用 い られ る べ き で あ るの か , それ を指 定 す る の が振 り仮 名 の 本 質 的 ・本 来 的 な機 能 で あ る。
●2 振 り仮名 の用途 と表 記的機能
しか しな が ら, 過 去 ・現 在 の振 り仮 名 を観 察 す れ ば, 実 際 の 振 り仮 名 の 用 途 ・ 機 能 が , そ の よ う な, 複 数 の 置 換 可 能 な音 形 か ら一 を指 定 す る働 き に 留 ま らな い こ と は直 ち に 明 らか で あ る。 そ う した , 振 り仮 名 の 働 きの分 類 は先 行 研 究 に よっ て 繰 り返 し行 わ れ て 来 た と こ ろ で あ るが(細
川1989, 進 藤1982な
ど), 改 め て
確 認 して お きた い。 振 り仮 名 の働 きが 様 々 に広 が っ て い る様 相 を正 確 に 把 握 す る た め に は , 用 途(実際
の運 用 上 の 分 類)と 機 能(表
記 原 理 上 の 分 類)と
を峻 別 し
て 捉 え る べ きで あ る と考 え られ る の で , 以 下 , そ の そ れ ぞ れ につ い て概 観 して お く。
(1)用 途 上 の 分 類 振 り仮 名 の 用 途 に は,大
き く分 け て以 下 の3 種 類 が認 め られ る。
① 啓 蒙 ・学 習 的用 途 ② 読 み 指 定 の 用途 ③ 臨 時 的 な読 み を与 え る用 途 ① は,典 型 的 に は 児 童 ・少 年 向 け,ま た 日本 語 学 習 者 向 け の 文 章 に見 ら れ る 振 り仮 名 が それ に 当 た る。 多 くは,読 者 に 対 して,当 該 文 章 を読 ん で い る時 点 で は読 め な い・ 書 け な い こ とが想 定 され て も,今 後 読 み 書 き出 来 る よ う に な る こ と が 期 待 され る漢 字 に付 け られ る も の で あ るが,同 時 に,ま だ 漢 字 習 熟 の十 分 で な い読 者 に とっ て も読 み や す い テ キ ス トを提 供 す る働 き を も兼 ね る。 また,特
に広
く漢 字 制 限 の行 わ れ て い る現 代 表 記 に あ っ て は,分 節位 置 や 意 味 の 表 示 が 曖 昧 に な りか ね な い弱 点 を有 す る 「 仮 名 交 ぜ 書 き」 を避 けて,表 外 字 を使 用 す るた め に 用 い られ る手 段 で もあ る。 な お,同 様 の 用 途 の た め に,関 係 性 が 逆 転 して 振 り漢 字 が 用 い られ る こ と も あ り得 る。 ② は,使 用頻 度 の 低 い 読 み を指 定 す る場 合 や,文
脈 な どか ら必 ず し も一 つ の
読 み が 決 定 さ れ ず,か つ 決 定 され な けれ ば意 味 伝 達 に支 障 を来 しか ね な い 場 合 な どに使 用 され る振 り仮 名 が これ に 当 た る。 この うち で は前 者 が 主 た る役 目で,後
者 の働 きは , か な りの 部 分 が 送 り仮 名 に よ っ て も実 現 さ れ る(細い― ど)。 但 し, そ れ で は必 ず し も十 分 で な い場 合(自 行 っ て― イ ッテ?オ
コナ ッ テ?な
ど)に
ら― ミズ カ ラ?オ
細かいな
ノズ カ ラ? ,
も効 力 を発 揮 す る こ と もあ り, 言 うな れ
ば 「迎 え仮 名 」 に近 い 役 割 を果 た す もの で あ る。 実 際 , 過 去 の 日本 語 表 記 で は, 振 り仮 名 は必 ず し も漢 字 部 分 に該 当 す る全 て の読 み を示 す と は限 らず , 語 頭 部 分 の み を示 す よ うな こ とが 見 られ た 。 ③ は, 慣 用 の 音 訓 に 属 さ な い 特 殊 な読 み を, 文 脈 に応 じ て 臨 時 的 に与 え る役 割 で あ る。 特 に文 学 的 な要 請 な どに よ り, 一 回的 に訓 を創 出 す る よ う な場 合,ま た , 音 の 中 で も極 め て 使 用 頻 度 の 低 い もの,或
い は近 現代 中 国 語 音 な どを 示 す 場
合 に用 い られ る こ とが 考 え られ る。 方 言音 形 や 口頭 言 語 に お け る ラ フ な発 音 を示 す とい っ た , 一 般 的 な文 章 表 記 に比 して よ り口頭 言 語 の音 形 に忠 実 な 表 記 を志 向 す る場 合 な ど も こ こ に含 まれ る。 この 場 合 , 次 の 例 の よ うに(ゴ
チ ッ ク部 分 , 以
下 同様), 仮 名 書 き の 語 に対 して 振 り仮 名 が 振 られ る こ と も可 能 で あ る。
・本 棚 か ら本 ば 抜 い て パ ラ コパ ラ コ て頁 コめ くっ て居 だ ら,
・キ ャ ッ プ の 縁 ア欠 げ 落 ちで 鋸 の 歯 み て え だ。
(井 上 ひ さ し 『吉 里 吉 里 人 』1983)
以 上 , 振 り仮 名 の 用 途 を 3分 類 し た が , そ れ ぞ れ , ① と ② ,② と ③ の 境 界 は連 続 的 で あ る。 そ れ は書 き手 の 意 図 の 問題 とし て も連 続 的 で あ る と同 時 に, 同 じ漢 字 に 同 じ振 り仮 名 が 振 られ た場 合 で あ って も, そ の テ キ ス トが ど う い っ た 読 者 を想 定 して い るか , 受 け手 の相 違 に よ っ て も線 引 きが 移 動 し得 る もの で あ る。
(2)機 能 上 の分 類 次 に , 表 記 上 あ るい は言 語 表 現 上 の機 能 か らは, 振 り仮 名 は以 下 の2 種 に分 類 で き る。 A 音形表示機 能 B 二 重 イ メー ジ喚 起 機 能 A は , 振 り仮 名 の本 来 的 機 能 で あ り, こ の 場 合 の 振 り仮 名 は 本 体 で あ る漢 字 表 記 に密 着 して用 い られ , 当 該 漢 字 か ら置 換 され るべ き音 形 を示 す機 能 を持 つ も の で あ る。
そ れ に対 して , B は A か ら派 生 した 後 発 の機 能 で あ るが , 当 該 漢 字 と振 り仮 名 に よ っ て 与 え られ た 語 形 と を合 致 させ る こ とが 目的 で は な く,寧 ろ そ の 間 に あ る距 離 を 表 現 の 多 層 化 に生 か す もの で あ る。 以 下 に例 を示 す。
・王 家 統 流 腹 の 君 とて, 母 も な き御 女 お は す ,
・守 らへ 馴 ひ て , 甚 心 ぐ る し けれ ば, 常 に入 居 れ ば, 切 な む事 か ぎ りな し,
・い か で思 ふ や うな る人 に偸 ませ 奉 らん と,明 暮 痛 惜 もの にい ひ思 ふ,
(上 田 秋 成 校 訂 本 『落 窪物 語 』 寛 政11(1799)年
刊)
これ らの 例 は, 漢 字 表 記 で読 者 に 意 味 を示 しつ つ , 振 り仮 名 で古 典 語 の 音 形 とそ の 雰 囲気 を伝 え よ う と した もの と解 釈 で き る。
・閲 者 理 外 の幻 境 に遊 ぶ と して 可 な り。
・話 両 頭 に分 る。
・あ ま りに不 審 けれ ば, 店 官 人 を呼 び て ,
・美 女 は叮嚀 に迎 請 じて 莞尓 と うち 笑 み,
(曲亭 馬 琴 『 椿 説 弓 張 月 』 前 編 ・文 化 4(1807)年
これ は , 漢 字 表 記 に よ って 「唐 山 の 演 義 小 説 に做 」 っ た(序
文)と
刊)
い う雰 囲 気
を 表 しつ つ , 振 り仮 名 が 意 味 を表 示 して い る もの と解 釈 で き る。 また , 近 年 の小 説 , コ ミ ック な どで は, 漢 字 表 記 語 に外 来 語 の振 り仮 名 を 当 て る用 法 や , 固 有 名 詞 ・普 通 名 詞 に代 名 詞 や そ の 属 性 を表 す 名 詞 な ど を振 り仮 名 と して 振 る, あ る い は その 逆 の用 法 な どが 多 用 され て い る。
・「で は行 こ う じゃ な い か , 同 士 」 (矢作 俊 彦 『ス ズ キ さ ん の休 息 と遍 歴 』1990) ・都 で 評 判 の 交 野 少 将 の話 を, 姫 の 耳 に い れ て い ます か らね 。 (氷室 冴 子 『落 窪 物 語 』1993)
これ ら B の 機 能 の 場 合 , 書 き手 の 意 図 す る と こ ろ は , そ の 漢 字 を振 り仮 名 の よ う に 読 め, と指 定 す る こ とで は な い。 振 り仮 名 は 本 行 に対 す る 補 助 で は な く て, 寧 ろ本 行 と同等 か そ れ 以 上 の 資 格 を 持 っ て い る点 で ,A と異 な るの で あ る。 この 機 能 の場 合 , 本 行 の 表 記 と振 り仮 名 が 示 す 音 形 とが 密 着 して い な い わ け で あ る か ら, 本 行 の 表 記 が 漢 字 で あ る必 要 性 は, 用 途 ① の場 合 よ り更 に低 ま り得 る。 従 っ て , や は り 「振 り漢 字 」 が 用 い られ る こ と も あ る。
こ の二 つ の 機 能 と先 に列 挙 した 用 途 とに は, あ る程 度 の 対 応 関係 が 見 られ る こ と は勿 論 で あ る。A は概 ね 用 途 ① ② に 対 応 し, 時 と し て ③ に対 応 す る。 B は 専 ら ③ に対 応 す る。 しか し, 現 代 とは 異 な り, 訓 を新 た に生 産 し得 た 時 代 の 場 合,A が ③ に対 応 す る こ と も普 通 で あ っ た 。 そ の よ う に, 振 り仮 名 を通 時 的 に 把 握 す る場 合 に, 用途 と機 能 との 峻 別 は特 に必 要 で あ る。
●3 振 り仮 名 の成立
振 り仮 名 の 淵 源 が, 漢 文 の 訓 点 の 一 種 と し て の 仮 名 点 に あ る こ とは 疑 い が な い。 訓 点 と し て の仮 名 点 と振 り仮 名 との 間 に は, 必 ず し も明 瞭 に線 を引 きに くい 面 す らあ る。 本 稿 で は一 応, 仮 名 交 り文 の 中 の 漢 字 に 付 され た もの を第 一 義 に考 え, 広 義 に は, 明 らか に 日本 語 を 背 景 に持 つ 変 体 漢 文 や, 文 脈 を有 しな い辞 書 な どに お い て付 され た もの を加 え て, 振 り仮 名 と呼 ぶ こ とに して お く。 仮 名 点 が振 り仮 名 へ と変 化 した 事 情 は,一 面 に は や は り訓 点 由来 の 声 点(及 そ の 後 身 で あ る濁 音 点)や
句 切 点 が仮 名 文(本
び
稿 で は 片 仮 名 文 ・片 仮 名 交 り文 と
平 仮 名 文 ・平 仮 名 交 り文 の 総 称 とす る)の 世 界 に取 り入 れ られ て い っ た 経緯1)と 軌 を 一 に す る もの で あ る と考 え られ る。 即 ち, 仮 名 文 の 成 立 の後, 漢 文 訓 読 の 方 法 か ら仮 名 文 に援 用 され た と考 え られ る の で あ る。 この 見 方 に 対 し て, 声 点 や 句 切 点 の漢 文 訓 読 か ら仮 名 文 へ の導 入 とは異 な り, 振 り仮 名 の成 立 の 本 源 は,そ
もそ も片 仮 名 交 り文 の成 立 に関 わ る と こ ろ に あ るの
で は な い か と想 定 す る こ と もあ り得 よ う。 即 ち, 片 仮 名 交 り文 は そ の起 源 に, ① 漢 文 に 加 点 され た 仮 名 点 が 本 行 に昇 格 す る こ と に よ っ て 成 立 した もの, ②(恐
ら
くは 平 仮 名 文 を手 本 と して)片 仮 名 主 体 表 記 と して 成 立 した も の, ③ 宣 命 体 の 小 書 き部 分 が 万葉 仮 名 か ら片 仮 名 に変 化 して成 立 した もの, とい っ た 複 数 の場 合 が 想 定 され る2)。 そ して 実 際 の片 仮 名 交 り文 は これ らが 複 合 した 形 で 出 来 上 が っ て い る もの と考 え られ る。 この う ち ① が そ の ま ま, 振 り仮 名 発 生 の 起 源 な の で は な い か,つま
り,片 仮 名 交 り文 が 成 立 し て い く中 で,漢 文 に加 点 され た 仮 名 点
の う ち, 活 用 語 尾 部 分 ・付 属 語 部 分 な ど は, 本 行 に昇 格 され, そ の 残 りの 部 分 (自 立 語 語 幹 部 分 な ど)が 振 り仮 名 に な って い った の で は な い か, とい う想 定 で
あ る。 しか し, その 想 定 が 成 り立 つ ほ ど振 り仮 名 成 立 の過 程 は 単 純 で は な い ら し く思 わ れ る。 と い う の も,そ れ が 事 実 な らば, ① の起 源 に よ っ て 生 じた と思 わ れ る 片仮 名 交 り文 の 初 期 の 例 に は振 り仮 名 が 密 に見 られ な け れ ば な らな い が, 実 際 の 資料, 例 え ば 西 大 寺 本 『金 光 明最 勝 王 経 』 書 入 片仮 名 交 り文 ・飯 室 切 『金 光 明 最 勝 王 経 註 釈 』・『東 大 寺諷誦 文 稿 』(い ず れ も830年 頃)と
い っ た 資 料 で は, 振 り
仮 名 の例 が 極 め て 少 な い の で あ る。 そ の 中 で は, 『東 大 寺諷誦 文 稿 』 は振 り仮 名 と指 摘 さ れ る例 の比 較 的 多 い資 料 で あ るが, そ れ で も 自立 語 語 幹 部 分 な どの 読 み を示 す 方 法 は, 以 下 の よ う に語 尾 ・付 属 語 な ど と同様 に宣 命 書 きに す る方 が 通 例 で あ り,傍 書 は例 外 的 で あ る(以 下 の 例 で は, ヲ コ ト点 は省 略 した)。
・青 蓮 之睛 オホミメハ垂 二引 接 之 悲睫一オホ ミマナ
・道 ミチノへニ伏 リ乞匈カタ〓疥 ハタケ〓カキテ无ク目所 モ腫 合 テ…
(115行) (169行)
一 方振 り仮 名 の 例 は 次 の よ うな もの で あ る。
・青 珠 赤〓 タマヲハ共 二沙 土 一齊
・所 設 供 具 事 々清 浄 堪 諸 仏 摂 受 所 修 善 業 物 々 美 麗 足 二リ薬 師 影 向一
(99行)
(121行) (※121行
の 例 , 原 本 で は補 入 線 が有 るた め な どに よ り, 左 傍 に記 入 。)
121行 の例 が , 補 入 を示 す 線 を避 け て左 傍 に書 か れ て い る こ とで 分 か る よ う に, これ らの 例 は, 後 の 段 階 で 書 き加 え られ た も の で あ る。 本 行 に 隙 間 が な か った た め に傍 書 と な っ て 振 り仮 名 の よ うに見 え るが , 志 向 と し て は宣 命 書 きの例 と差 異 が な い の で は な い か と考 え られ る。 この よ う に, 仮 名 点 が 本 行 に昇 格 して 片 仮 名 交 り文 を形 成 して い くに 当 た って は, 自立 語 語 幹 部 分 な ど は, 宣 命 書 き され るか 切 り捨 て られ るか の い ず れ か の 処 理 が 行 わ れ, や が て は切 り捨 てが 一 般 化 した もの の よ うで あ り, 直 接 振 り仮 名 に は発 展 しな か っ た と考 え られ る。 下 っ て 院 政 期 以 降 の 片 仮 名 交 り文 資 料 で も, 鈴 鹿本 『 今 昔 物 語 集 』 は振 り仮 名 を含 まな い 。 これ ほ ど大 き な 言 語 量 を持 つ 片 仮 名 交 り文 資 料 で の そ の よ うな 実 態 が , そ の事 情 を物 語 っ て い よ う。 しか し一 方 , 院 政 期 以 降 の 片 仮 名 交 り文 資 料 で は , 疎 ら な形 な が ら, 振 り仮 名 を含 む もの が 出現 す る。 片仮 名 交 り文 が 一 定 の完 成 を見 せ て後 , この 頃 か ら, 改
め て訓 点 の 方 法 か ら示 唆 を得 て, 振 り仮 名 とい う表 記 方 式 が 始 め られ た と考 え ら れ る の で あ る。
・達 磨 和 尚 止无
聖人 也 必 法 縁 スへキ人 也
(京都 国 立 博 物 館 本 『打 聞 集 』 院 政 期 写)
・小 野 宮 関 白 実 頼 御 子 敦 敏 少 将
・急 テ仏 ヲ念 法 ヲ聞 僧 ヲ敬 ム事 只 近 来 耳ノミナリ
(書 陵部 本 『宝 物 集 』1230年 頃 写)
(観 智 院 本 『 三 宝絵 』 文 永10(1273)年
書 写 奥 書)
(※ 但 し, 振 り仮 名 は 冒頭 の み ,別 筆 。)
そ し て, これ と さほ ど時 期 を 隔 て ず , 振 り仮 名 は平 仮 名 交 り文 に も波 及 す る の で あ る。
・そ の こ と は万 代(左 傍 ヨロツヨ)に くちす
(藤原 俊 成 自筆 本 『古 来 風 躰 抄 』 建 久 8 (1197)年 成) ・お い のゝ ち は しめ て 生 遅 とい ふ 子 い て き て む ま るゝ
(大橋 家 本 『 奥 入 』 鎌 倉 時 代 初 期 写)
これ ら の例 に お け る 振 り仮 名 の , 本 文 と同 筆 ・別 筆 の 認 定 は な か な か 難 し い が , い ず れ も時 期 は本 文 の 書 写 と大 き く隔 た る もの で は な い で あ ろ う。 定 家 書 写 本 『古 今 和 歌 集 』 に は声 点 が 付 され た例 が 見 え る な どの 周 辺 的事 情 が , この 時 代 の平 仮 名 交 り文 へ の 振 り仮 名 の 導 入 が 訓 点 に 倣 っ た もの で あ る こ とを窺 わ せ る。
●4 振 り仮 名 の展 開
次 に , 振 り仮 名 の発 生 以 降 , そ れ が どの よ うに 展 開 した か を通 時 的 に概 観 した い 。
(1)写 本 段 階 の 振 り仮 名 前 節 に挙 げ た諸 資 料 で も見 え る通 り, 振 り仮 名 成 立 の初 期 にお い て は, 本 文 中 にお け るその密 度 は大変低 く ( 活 版 印 刷 時 代 以 降 の 所 謂 パ ラ ル ビ に相 当 す る状 態), しか も固 有 名 や 引 用 な ど, 特 定 の 種 類 の 語 句 に偏 る傾 向 が 強 い 。 や は り句 切 点 や 声 点 と同 様 , 振 り仮 名 が , 書 写 行 為 の レベ ル の も の と して で は な く, 読 解
行 為 の痕 跡―
読 解 者 が 書 写 者 そ の人 と同 一 で あ る場 合 を含 め て―
と して 残 さ
れ る もの で あ った とす れ ば , 読 解 者 に とっ て読 み に くい語 , 読 み 違 え て はな らな い 語 , とい った 一 定 の基 準 に合 致 す る もの だ け に振 り仮 名 が振 られ る こ と は, 当 然 の 結 果 で あ る。 写 本 の世 界 の振 り仮 名 は ,後 代 に至 る まで概 ね そ の よ う な性 質 を保 ち つ つ 推 移 して い くが , 中 に は活 版 印刷 時 代 の 総 ル ビに も近 い 状 態 を示 す 資 料 も存 す る。 具 体 的 に そ の 例 を挙 げ る な らば , 『 平 家 物 語 』 の写 本 の 一 部 , また 仮 名 書 き仏 典 な どが あ る。 以 下 に 例 を示 す 。
・祇 園 精 舎 の 鐘 の声 諸 行 無 常 の 響 あ り(高 野 本 『平 家 物 語 』 近 世 中期 写)
・ほ とけ ,王 舎 城耆〓 堀 山 の な か に, 住 し た ま へ りき, 大 比 丘 衆 万 二 千 人 と, と もな り,
( 妙一 記念館本 『 仮 名 書 き法 華 経 』 鎌 倉 初 期 写)
高 野 本 『平 家 物 語 』 は テ キ ス トそ の もの の 成 立 か らは 隔 た った 写 本 で あ る が , 「語 り」=音 声 へ の置 換 に密 接 に 関 わ る テ キ ス トが , 受 容 の 過 程 で 総 ル ビ的 に振 り 仮 名 を振 られ た例 と して , 振 り仮 名 の通 時 的 観 察 の上 で興 味 深 い もの で あ る 。 ま た , 本 資 料 と本 文 系統 的 に殆 ど差 の な い, 龍 谷 大 学 蔵 覚 一 本 『平 家 物 語 』 に は殆 ど振 り仮 名 が な い こ と は, 振 り仮 名 が 受 容 者 に よ っ て 要 請 され , 残 され て い た こ との一 つ の証 左 で もあ る。 妙 一 記 念 館 本 『仮 名 書 き法 華 経 』 の 場 合 , 字 音 語 を漢 字 表 記 の ま ま に し た 上 で , 総 ル ビ的 に振 り仮 名 を与 えて い る 。 女 性 を受 容 者 に想 定 しそ れ に併 せ て 平仮 名 を用 い て読 み下 す 過 程 で, 意 味 の取 りや す さ と読 み や す さ を両 立 す る手 段 と し て取 られ た方 法 で あ る と考 え られ る。 平仮 名 交 り文 に あ っ て, 句 切 点 を網 羅 的 に 付 して い る こ と も, 振 り仮 名 との 関係 の 面 か ら注意 され る。
(2)古 活 字 版 ・整 版 印 刷 段 階 の振 り仮 名 日本 の非 宗 教 的 印 刷(寺
院 に よ る開 版 で な い 印刷)は
, 朝 鮮 半 島 か ら導 入 され
た 活 字 印 刷 に よ って 本 格 的 に始 ま るが , 所 謂 古 活 字 版 の印 刷 で は技 術 的 な問 題 も あ るた め か , 振 り仮 名 は基 本 的 に は印 刷 さ れ な い 。 但 し, 日本 人 の 手 に よ る活 字 印 刷 で は な く, キ リシ タ ン版 で は, 広 汎 に振 り仮 名 の 印 刷 を行 っ た 『落 葉 集 』 (慶長 3(1598)年
刊)の
例 が あ る。 また , 古 活 字 版 で も ご く稀 に は振 り仮 名 を
付 刻 した 活 字 が 用 い られ る こ とが あ る。
・誠 に な け き て も あ ま りあ る は
(天 理 図 書 館 蔵 『 七 人 ひ くに』 元 和 寛 永 頃刊)
振 り仮 名 の 印 刷 が 盛 ん とな る の は, 後 に整 版 印 刷 に よ っ て 商 業 的 出版 が 隆 行 す る よ うに な って か らで あ る。 商 業 的 な出 版 で は, 当 然 なが ら,作 成 の手 間 を省 く こ とよ り も読 者 に とっ て 読 みや す い テ キ ス トを実 現 す る こ とが 要 請 さ れ るか ら, そ の 段 階 で初 め て,句 切 点 や 濁 音 点 と同 様,書 写 者(作 者 あ るい は筆 耕)に
よっ
て か な り密 に振 り仮 名 が 予 め付 さ れ,印 刷 さ れ る とい う こ とが起 こる の で あ る。 整 版 印 刷 に お け る振 り仮 名 の 資 料 は文 字 通 り枚 挙 に 暇 が な い が,初 職 業 作 家 の例 と して,井
めての大衆的
原 西 鶴 の場 合 の み を一 例 挙 げ て お く。
・春 の海 しづ か に宝 舟 の浪 枕 室 津 は に きわ へ る大 湊 な り
(『 好 色 五 人 女 』 貞 享 3(1686)年
刊)
(3)片 仮 名 の 振 り仮 名 と平 仮 名 の 振 り仮 名 今 日,振
り仮 名 に は,外 来 語 を当 て る よ う な場 合 を 除 い て,平 仮 名 が 用 い られ
る の が通 例 で あ る。 即 ち,本 行 の 用 字 法 に準 ず る形 で,字 種 の 選 択 が 行 わ れ るの で あ る。 しか し,振
り仮 名 の 由 来 が 訓 点 の仮 名 点 に あ っ た 以 上,本
来,振
り仮 名
の 用 字 は 片仮 名 で あ るの が 理 の 当 然 で あ っ た 。 振 り仮 名 の 主 た る機 能 が,対 応 す る漢 字 の音 形 の 標 示 で あ る こ とか ら して も,よ
り表 音 性 の傾 向 が 強 い 文 字 で あ る
片 仮 名 が選 択 され る の が 自然 で あ る。 実 際,片 仮 名 交 り文 資料 で は勿 論,平
仮名
交 り文 資 料 で あ って も,写 本 時 代 に は振 り仮 名 は主 と して 片仮 名 で あ った(前 掲 の 『古 来 風 躰 抄 』・『奥 入 』,高 野 本 『 平 家物 語 』)。 一 方 で,先 に も述 べ た仮 名 書 き仏 典 の 例 が,平 仮 名 に よ る振 り仮 名 の 早 い例 と して 挙 げ られ る。 本 文 に お い て敢 えて 平 仮 名 交 り文 を選 択 した 当 該 資 料 が,振
り
仮 名 に 関 し て も伝 統 を崩 し て平 仮 名 を 選 択 した 理 由 は納 得 しや す い こ と で あ る が,更
に言 うな らば,仮 名 文 に お け る振 り仮 名 が 一定 の 歴 史 を 経 て き た 中 で,既
に訓 点 との 関 係 性 に対 す る意 識 が 弱 まっ て お り,平 仮 名 に よ る振 り仮 名 を 可 能 に し た とい う事 情 が あ る の で は な か ろ う か。 また,字
音 語 の 平 仮 名 表 記 と い う点
で,字 音 直 読 仏 典 を その ま ま全 て 平 仮 名 に よ っ て表 記 した 恵 信 尼 仮 名 写 経 な ど と も共 通 す る,こ の時 代 に通 行 して い た一 種 の 用 字 意 識 を窺 う こ と も出 来 よ う。
室 町 時 代 以 降 にな れ ば,写 本 の 世 界 で も平仮 名 文 献 にお け る平 仮 名 の 振 り仮 名 は仮 名 書 き仏 典 以 外 に も拡 が り,例 え ば今 野(1996)は
連 歌 書 の場 合 を報 告 して
い る。 そ の様 相 を受 け継 い で,整 版 印 刷 時 代 に入 って は,平 仮 名 交 り文 に よ る文 学 書 の振 り仮 名 は,平 仮 名 で あ る のが 既 に通 例 で あ る。 先 に も述 べ た 通 り,本 行 と同様 の 用 字 選 択 が 行 わ れ る(片 仮 名 交 り文 版 本 で は片 仮 名 が 用 い られ る)よ う に な った こ と は,整 版 印 刷 が,振
り仮 名 を書 記 行 為 の 側 に近 い もの と位 置 づ け,
写 本 時 代 に比 較 して本 行 に近 い地 位 を与 え た こ と を示 す と言 え よ う。 と は言 え,片 仮 名 に よ る振 り仮 名 が 滅 び た訳 で は な く,例 え ば,特 に 本 居 宣 長 以 降 の,国
学 者 に よ る研 究 書 の場 合,本
文 が平 仮 名 交 り文 で あ っ て も,片 仮 名 に
よ る振 り仮 名 が 多 く見 られ る3)。
・十 二 柱 の成 坐 る 由縁 は如 何 と云 に,
(本居 宣 長 『 古 事 記 伝 』 巻 3・寛 政 2(1790)年 ・故 これ に依 りて。 す べ て の 字 に。 片 仮 名 を そ へ つ 。
刊)
(平 田 篤 胤 『 神 字 日文 伝 』 文 政 7(1824)年
頃 刊)
・誰 聞 つ, な ど も 「誰 聞 つ る,「 い か な る こ と読 て は却 に宜 らず,
(東條 義 門 『玉 緒 繰 分 』 嘉 永 4(1851)年
刊)
(4)活 版 印刷 と振 り仮 名 ・ル ビ 活 版 印 刷 にお い て は,振 の 呼 称 は英 国 で5.5ポ
り仮 名 は特 に 「ル ビ」 と呼 ば れ る。 周 知 の よ う に,こ
イ ン ト活 字 を 「Ruby」 と呼 ん で い た こ と に 由 来 す る。 活
版 印 刷 で は標 準 的 に は 本 行 は 5号 活 字,振 相 当)が
り仮 名 は 7号 活 字(=5.25ポ
イン ト
用 い られ て い た と ころ か ら,そ れ に 最 も近 い ポ イ ン トの 呼称 が 活 版 印 刷
に お け る振 り仮 名 の 呼 称 に変 わ った もの で あ る。 活 版 印刷 に よ って,振
り仮 名(= ル ビ)は 使 用 の頻 度 を よ り増 す 。 即 ち,啓 蒙
的 な意 図,商 業 的 な 意 図 な どに よ っ て,総 ル ビ的 な テ キ ス トが様 々 な場 面 で生 産 され る に 至 る の で あ る。 以下 は その 一 例 で あ る。 ・天 は 自 ら其 己 れ を助 くる人 を助 く と云 へ る諺 は,ま
さ し く実 地 に経 験 した
る,世 に 動 き な き格 言 に て, (中村 秋 香 『 西 国立 志 編 仮 名 読 改 正 』 明 治15(1882)年
刊)
明 治 初 期 の 文 学 界 で は,近 代 的 な文 体 の確 立 が ま だ成 し遂 げ られ ず,一 欧 か らの 新 た な 語 彙 の爆 発 的 な 流 入 とい う事 情 を抱 え て,ル
方 で西
ビ に 「依 存 し」 て辛
う じ て 文 章 が 成 立 す る よ う な状 況 が あ っ た と さ れ る ( 紀 田1995) 。 紀 田 氏 は ま た,「 樋 口一 葉 の原 稿 な ど を見 る と,初 期 に は作 家 み ず か らが ル ビ を ふ っ て い た こ とが わ か る が,や が て編 集 者 の 作 業 と な っ て い った 」 と も指 摘 す る。 ま た新 聞 の場 合,所 謂 小 新 聞 で は,読 者 と して の 庶 民 層 の獲 得 の た め,初
めか
ら総 ル ビ に よ る印 刷 が 行 わ れ た 。
・行 幸 行 啓 とい ふ は 皇 帝 さ ま皇 后 さ ま な どの 御 通 の 事 に て 御 通 の と き の 礼儀 は これ まで 公 布 も出 た の に 中 に は心 得 ぬ もの が あ っ て 失 礼 を す る ゆ ゑ (『読 売 新 聞 』 第 1号 ・明 治7(1874)年
)
大 新 聞 は,漢 字 廃 止 論 者 で あ る前 島 密 が 関 わ っ た郵 便 報 知 新 聞 は 例 外 と して,パ ラ ル ビの 方 針 で あ っ た が,や の 総 ル ビ は,1944年,戦 終 戦 後1946年
が て総 ル ビ にな って い く ( 以 上,小
林2002,新
聞
時 下 の 物 資 不 足 な どの 影 響 も あ っ て パ ラ ル ビ に な り,
に は各 紙 ル ビ を廃 止 した とされ る)。
この よ う に,活 版 印 刷 は,一 時 的 にせ よ,ル
ビを 日本 語 表 記 の 重 要 な要 素 へ と
押 し上 げ る効 果 を もた らした 。 整 版 印 刷 時代 よ り一 歩 進 んで,平 仮 名 に よ る振 り 仮 名 が 固 定 的 に な っ た こ と も,活 版 印 刷 が振 り仮 名 に もた ら した 影 響 と見 る こ と が 出 来 よ う。 しか し,活 版 印 刷 に よ っ て,振
り仮 名 と関 係 の 深 か った 句 読 点 や濁 点 が 本 行 や
仮 名 本 体 の一 部 へ と変 貌 し て い く中 で,振 印 刷 は,句 読 点 や 濁 点 の よ う に は,振 れ ば,表 記 本 体 へ 昇 格 させ る―
り仮 名 は 「傍 書 」 で あ り続 けた 。 活 版
り仮 名 を根 本 的 に 変 質 させ る―
言 い換 え
こ とは な か った の で あ る。 そ の こ とが,後
り仮 名 廃 止 論 を生 み 出 す 背 景 に あ る 。 先 に紹 介 し た紀 田 (1995)の 指 摘―
の振 近代
の 黎 明 期 に あ っ て は作 者 み ず か らが 振 り仮 名 を全 て振 る こ とが 行 わ れ て い た― と は,そ
の時 代,振
り仮 名 が 印 刷 物 制 作 の手 続 き上,ま
され て い な か っ た こ と を示 す が,や
が て,振
り仮 名 が 作 者 の 創 作 行 為 か ら切 り離
され て編 集 作 業 の 一 部 とな って い っ た と い う こ とは,寧 の 表 記 要 素 の 中 に あ っ て,振 て いる。
だ 句 読 点 や濁 点 と異 質 化
ろ活 版 印刷 が,訓 点 由 来
り仮 名 だ け を取 り残 し て い った こ と も如 実 に物 語 っ
●5 振 り仮名 廃止論 と擁護論
(1)振 り仮 名 廃 止 論 の 展 開 とそ の 論 拠 最 後 に,国 字 問 題 の側 面 か ら見 た振 り仮 名 に つ い て ま とめ て お き た い 。 前 節 に 述 べ た よ う に,活 版 印刷 時 代 に入 って 日本 語 表 記 の 中 に お け る重 要 度 を増 した 振 り仮 名 に対 し て,「 振 り仮 名 廃 止 論 」 を突 きつ け る き っ か け と な っ た の は,周 知 の通 り,作 家 山 本 有 三 の 『戦 争 と二 人 の 婦 人 』 ( 岩 波 書 店1938) は この 書 の 中 で ル ビ無 し の表 記 を 実 践 す る と と もに,あ す る に 当 っ て― た(よ
国 語 に対 す る一 つ の意 見―
り正 確 に 言 え ば,振
で あった。山本
とが き(「 この 本 を出 版
」)で,振
り仮 名 廃 止 論 を表 明 し
り仮 名 を廃 止 し て も成 立 し得 る よ う な 日本 語 表 記 へ と
改 革 す る こ と,即 ち 漢 字 制 限 の 提 案 だ っ た こ と を理 解 して お く必 要 が あ る)。 そ の 反 響 は 大 き く,同 年 中 に は こ れ に対 す る 反 響 の 文 章 を編 纂 した 書(白
水 社編
1938)が
出版 され る。 振 り仮 名 廃 止 論 の 論 拠 は ほ ぼ そ の 中 に尽 きて い る と思 われ
るが,纏
め るな らば,次 の よ うな諸 点 が 挙 げ られ て い る。
① 二 重 の 表 記 を行 う こ と 自体,表 ② 印 刷 な どの 処 理 上,手
記 シ ス テ ム の 不 全 を 示 し て い る。
間 が か か る。
③ 見 た 目 に う る さい 。 視 力 を害 す る恐 れ が あ る。 但 し,言 う まで もな い こ とで あ るが,こ
れ ら の論 拠,特
に ② ③ は 当 時 総 ル ビが
隆 行 して い た こ とを 前 提 に挙 げ られ た もの で あ る こ とを理 解 し て お か な けれ ば な らな い 。
(2)振 り仮 名 擁 護 論 の 論 拠 これ に対 し,振
り仮 名 の 効 用 を説 く者 もあ っ た 。 特 に橋 本 進 吉 は それ を4 点 に
纏 め て い るが(「 ふ りが な論 覚 書 」 白水 社1938,『 文 字 及 び 仮 名 遣 の 研 究 』 岩 波 書 店1941所
収),概
ね こ こに擁 護 論 の 論 拠 は集 約 され て い る と言 って 良 い で あ ろ
う。 以 下 に 引 用 す る の が そ の 内容 で あ る。 Ⅰ 漢 字 に 種 々 の よ み方 の あ るの を,い か に 読 むべ きか を 明 示 し て,著 者 の 欲 す る通 り に読 者 に読 ませ る。 即 ち,著 者 の 言 葉 を最 正 確 に伝 へ る方法
で あ る。 Ⅱ
通 読 を容 易 な ら し め る。(ふ りが な の あ る 方 が 早 く読 め る事 は,心 理 学 の 実 験 で証 明 せ られ た と記 憶 す る 。)
Ⅲ
同 一 の漢 字 を人 に よつ て色 々 に よ ん で 言 語 が不 統 一 に な るの を防 ぐ。
Ⅳ
知 ら な い もの に漢 字 の よ み 方 を知 らせ,又,言
葉 を どん な漢 字 で 書 くべ
きか を教 へ る。 この うち,Ⅰ
・Ⅳ は本 稿2 節 で 纏 めた 振 り仮 名 の 用 途 ② ① に 当 た る も の で あ
り,首 肯 され 得 る も の で あ る。Ⅰ は 日本 の 漢 字 の 表 音 能 力 の 脆 弱 さ を補 う効 用 を,Ⅳ は 国 語 教 育 上 の 効 用 を説 く もの で あ る。 しか し,Ⅲ は,Ⅰ
に重 な るが,そ
れ が 更 に 国 語 の 乱 れ を防 ぐ こ と に繋 が る とい う議 論 で あ ろ う。 振 り仮 名 論 と して は や や 大 袈 裟 な議 論 に思 わ れ る。 また,Ⅱ
は そ の 当 否 が 判 断 しに くい 。 筆 者 が 以
前 大 学 の講 義 にお い て 行 っ た簡 単 な 調 査4)では,本 を読 み 慣 れ て い る人 は 漢 字 含 有 率 の 多 い 文 章 の 方 が 早 く読 め , 逆 に本 を読 み慣 れ て い な い 人 は漢 字 含 有 率 を下 げ た 方 が 早 く読 め る とい う結 果 が 出 た 。 これ は習 熟 して い る 漢 字 数 の 違 い に加 え,本
を読 み慣 れ て い る人 ほ ど視 覚 情 報 か ら直 接 意 味 を読 み 取 る傾 向 が 強 い の に
対 し,読 み慣 れ て い な い人 ほ ど視 覚 情 報 を い っ た ん 音 声 記 号 に置 換 す る過 程 を経 て読 み 取 る傾 向 が 強 い た め,表 音 文 字 の 方 が 早 く読 め る の だ と も考 え られ る。 正 確 な調 査 で は な い が,こ
れ に妥 当性 が 認 め られ るの な らば,振
り仮 名 が読 解 速 度
に与 え る影 響 も,個 々 人 の 能 力 に よ って 左 右 さ れ る部 分 が大 き い と考 え られ る。
(3)漢 字 制 限 ・音 訓 制 限 時 代 以 降 の振 り仮 名 山本 の 振 り仮 名 廃 止 論,ま
た,逆
に橋 本 の 纏 め た擁 護 論 を 理 解 す る に は,当 時
の 総 ル ビ隆 盛 の状 況 と と も に,各 種 の漢 字 制 限 が 提 案 さ れ,新 聞 社 な どで は独 自 の 制 限 案 が 実 行 され て は い た もの の,社 会 一 般 や 教 育 の 分 野 で 通 用 す る もの に な り得 て い な か っ た とい う背 景 を考 慮 す る必 要 が あ る 。 従 っ て,一 応 の漢 字 制 限 が 政 策 と して 実 行 さ れ た 現 代 表 記 に あ っ て は,振
り仮 名 の 問 題 も別 の方 面 か ら議 論
され る必 要 が あ る 。 昭和21(1946)年
告 示 「当 用 漢 字 表 」 及 び 昭 和23年
は,国 字 政 策 上 の 画 期 を成 し た こ と は勿 論 で あ る が,日
告 示 「当 用 漢 字 音 訓 表 」 本 語 に お け る漢 字 の 用
法 ・機 能 の歴 史 とい う点 で も重 要 な転 換 点 で あ っ た 。 それ は使 用 字 種 及 び音 訓 の 制 限 とい う こ とに よ って 日本 語 の 中 に お け る漢 字 に表 音 の 能 力 を 回復 させ る手 段 で もあ った 訳 で あ る(そ れ と同 時 に,新 た な訓 の創 造 力 を喪 わ せ た こ とは前 述 の 通 りで あ る)。 従 っ て,そ の 理 念 が 貫 徹 さ れ た な ら ば,振
り仮 名 も そ こで 一 定 の
役 割 を終 え る道 理 で あ っ た は ず だ が,「 常 用 漢 字 表 」(昭 和56(1980)年10月1 日内 閣 告 示 第1 号)へ
の 改 訂 に象 徴 さ れ る よ う に,そ の 後 の 世 論 は,寧
ろ漢 字 を
「 制 限 」 さ れ る こ とを全 面 的 に は望 まな い方 向 へ と進 ん だ。 「漢 字 の 制 限 」(「当 用 漢 字 表 」 ま え が き)を 行 い そ の 「趣 旨 の徹 底 す る よ う に努 め る こ と を希 望 す る」 (昭 和21年
内 閣訓 令 第7 号 「当 用 漢 字 表 の 実 施 に関 す る件 」)も の か ら,「 漢 字使
用 の 目安 」 を示 し 「各 種 専 門 分 野 や 個 々人 の 表 記 に まで 及 ぼ そ う とす る もの で は な い 」(「常 用 漢 字 表 」 前 書 き)も の へ と変 化 した の で あ る。 さ て確 か に,漢 字制 限 に よ って,今 後,一 は殆 ど閉 ざ さ れ た と言 え る で あ ろ うが,し
般 向 け の 文 章 に総 ル ビが 復 活 す る道
か し,そ こ に逆 に新 た な 意 味 で の 振 り
仮 名 の 要 請 が 発 生 した の で あ る。 即 ち,「 常 用 漢 字 表 」 が 遵 守 さ れ る こ とが 求 め られ る場 面 に お け る,同 音 字 に よ る 書 き換 え や 「す い臓 」 「ヨ ウ 素 」 とい っ た 仮 名 交 ぜ 書 き表 記 と同様 に,表 外 字 ・表 外 音 訓 の 使 用 に 必 須 の 要 素 と して の振 り仮 名 で あ る。 漢 字 制 限 の 方 向性 を考 え る と,そ の よ うな 新 た な役 割 を 与 え られ た 振 り仮 名 が 急 速 に 消 滅 に向 か う こ と は考 えに くい5)。 漢 字 制 限 の トー ンダ ウ ン は,大
き く見 れ ば,言 語 の 統 制 に対 す る反 発 に発 し て
い る と言 え よ うが,勿 論 言 語 の 統 制 の 問題 は漢 字 に は 限 ら な い。 例 え ば 方 言 の 問 題 も こ こ に関 わ っ て くる こ とが ら で あ る。 日本 語 に 限 らず,文 章 ・表 記 の世 界 は 中 央 語 が 覇 権 を握 るの が 通 例 で あ る。 平 仮 名 ・片 仮 名 は表 音 文 字 で あ る が,そ の 正 書 法 が 対 応 す るの は東 京 方 言 を 中心 とす る有 力 諸 方 言 の 音 に他 な らな い。 本 稿 で も例 を挙 げ た井 上 ひ さ し 『吉 里 吉 里 人 』 の 振 り仮 名 多 用 は,そ れ に対 す る一 つ の 抵 抗 の 試 み で あ ろ う。 方 言 に限 らず,今 語 に対 す る優 越 性 が 揺 ら ぐ中― の 伸 張 な ど―
で も,振
や 言 語 生 活 にお け る書 記 言 語 の 口頭 言
例 え ば,小 説 文 化 の 衰 退 に対 す る コ ミ ッ ク文 化
り仮 名 は新 た な 役 割 を期 待 され つ つ あ る。
最 後 に,現 代 に お い て,振
り仮 名 の性 格 を変 え つ つ あ る要 素 と し て も う一 つ,
ワ ー ドプ ロ セ ッサ の 普 及 が 挙 げ られ る。 既 に述 べ た 通 り,振 り仮 名 の発 生 は声 点
や 句 切 点 の そ れ と同様,漢
文 の 訓 点 の世 界 か ら,仮 名 交 り文 の世 界 へ の表 記 方 法
の浸 透 の 歴 史 で あ っ た の だ が,決 定 的 な 違 い と して,声 点 の後 身 で あ る濁 点 や 句 切 点 が,活 版 印 刷 時 代 の 文 字 意 識 に お い て,文 字 本 体 の 付 属 物 か ら文 字 本 体 の 一 部 若 し くは文 字 本 体 と同 格 の も のへ と昇 格 した の に対 して,振
り仮 名 は あ くまで
も付 属 物 で あ り続 けた こ とが あ る。 活 版 印 刷 は,そ の 圧倒 的 な生 産 力 に よ って, 手 書 きの 文 字 を も支 配 下 に 入 れ,「 印刷 す る よ う に書 く」 よ う に 要 求 した の で あ るが―
そ の結 果 が,先
滅 な ど を導 いた―,そ
に述 べ た 濁 点 や 句 読 点 の変 質,そ
し て平 仮 名 の連 綿 の 消
れ で も あ く まで 振 り仮 名 は 印刷 の 世 界 に の み 存 在 す る も
の で あ って,手 書 き文 字 に浸 透 す る こ と は殆 ど な か っ た 。 即 ち,振 の 制 作 物 が 活 字 とな っ て 公 表 され る こ とが 見 込 ま れ る,限
り仮 名 は,そ
られ た 書 き手 に よ って
の み使 用 され る も の で あ り続 け た の で あ る。 それ は,振 す るが,し
り仮 名 が本 質 的 に 文 字 本 体 と同 列 に は な り得 な い とい う こ とに 由 来
か し,ワ ー ドプ ロ セ ッサ は,そ れ まで 手 書 き とい う方 法 しか あ り得 な
か った,手 紙 や 日記 とい った あ くまで 個 人 的 な書 字 の場 面 に まで 活 字 的 な文 字 を 持 ち込 む役 割 を果 た し,ま た そ の機 能 上,書 もの で あ っ て,そ
う した 影 響 に よ っ て,少
個 人 的 な書 字 行 為,例
字行 為 の 時 系 列 的 線 状 性 を揺 る が す しず つ で は あ るが,振
り仮 名 は次 第 に
えば 手 紙 な ど に まで 姿 を現 しつ つ あ る。 た だ,こ の 影 響 が
固 定 的 な もの と な っ て振 り仮 名 の本 質 的 な部 分 に まで 浸 透 す るの は今 後 の こ とで あ ろ う か ら,本 稿 で は そ の 可 能 性 を指 摘 す る に留 め る。 注 1)拙 稿(1998)「
印 刷 時 代 に お け る国 語書 記 史 の 原理 」(『東京 大 学 国語 研 究 室 創設 百 周 年 記 念
国 語研 究 論 集』 汲 古 書 院)を 参 照 頂 きた い。 2)片 仮 名 文 成立 の複 数 の起 源 に つ いて,本 稿 の 筆者 は,基 本 的 に築 島裕(1969)『
平安時代語
新 論』(東 京大 学 出 版 会)第 二 編 第 三章 「変 体 漢文 と漢字 片 仮 名 交 り文 の 世界 」 の考 え に従 う。 3)本 居宣 長 自身が,片 仮 名 に よ る振 り仮 名 を方 針化 した の は 『 古 事 記伝 』 出版 以 降 か 。 それ 以 前 の刊 本,例 えば 『詞 の玉 緒 』(天 明5(1785)年
刊)な
どで は平 仮 名 の 振 り仮 名 を用 い
て い る。 『古事 記 伝 』 で片 仮 名 に よ る振 り仮 名 を用 いた の は,研 究 の世 界 で 多 く片 仮 名 が 用 い られ て きた伝 統 に加 え,稿 本 が 片 仮 名 交 り文 で あ っ た こ と,万 葉 仮 名 や 漢 文 の 引 用 に対 して振 るた め といっ た複 数 の 事 情 が絡 んで い るので はな いか と考 え られ る。 4 )難 度 が 同 程度 の同 じ著 者 に よ る随筆 3編 を用 意 し,一 つ は 原文 の ま ま,一 つ は訓 読 み の 漢
字 を仮 名 に書 き換 え,一 つ は全 文 を仮 名 に書 き換 えて,一 定 の時 間 を 区切 って 読 ませ,何 語 まで読 めた か ,速 度 を集計 した。併 せ て普 段 の読 書 量 を ア ン ケー ト調 査 して そ の 量 に よ って 3層 に分 類 した結 果,全 文 仮 名 書 きで は全 て の 層 に わ た っ て読 解 速 度 が 下 が っ た が, それ以 外 の 2種 類 の文 章 に関 しては,読 書量 の多 い層 で は原 文(= 最 も漢字 含 有 率 が 多 い) の 方 が早 く読 め, 読書 量 の 少 な い層 ほ ど訓 読 み の 語 を仮 名 に置 き換 え た文(= 漢 字 含 有 率 を下 げ て あ る)の 方 が早 く読 め る とい う結 果 に な った 。 5)文 化庁 文 化 部 国 語 課 の行 った 「平 成15年 度 国語 に関 す る世 論 調 査」(報 告書 は2004年
国
立 印刷 局 発 行)で は,表 外字 を含 む 「 愕然」「 闇 夜 」「〓製」 「破 綻 」 「 玩具」「 刺 繍 」 の 6語 につ い て,①
仮 名 交 ぜ書 き,② 漢 字 +振 り仮 名,③
漢 字 の み の う ち,ど の 表 記 が 最 も好
ま しい か ア ン ケ ー ト調 査 して い る。 その 結 果,「 玩 具 」 を除 く 5語 に つ い て,②
が好 ま し
い とす る割 合 が 最 も多か った。
文
献
振 り仮 名(傍 訓 ・ル ビ)に 関す る論 文 な どの うち,管 見 に入 った もの を列 挙 した。 但 し,傍 訓 を資 料 と した研 究 につ い て は基 本 的 に取 り上 げ な か っ た。 辞 ・事典 類 の項 目 も省 略 した 。 ま た,『 ふ りが な廃 止 論 とそ の批 判 』 に収 載 の論 文 につ い て は個 別 に掲 げ る こ とを して い ない 。 同 書 「 ふ りが な 問題 記 事 目録(昭 和 十 三 年 十一 月 十 日現 在)」 に掲 げ られ た もの も同様 で あ る。 白水 社 編(1938)『
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再 録)
③ 漢 字 と語彙
田 中 章 夫
●1 日本人 の表 記意識
わ れ わ れ 日 本 人 は,耳 で,ど
う 書 くの?」
な れ な い コ トバ や,は
と 問 い た だ す こ と が 多 い 。 「シ ョ オ ロ ク ? ど ん な 字 書 く ん
だ い ?」 「ニ ッ ポ リ?
ち ょ っ と書 い て み て !」 と い っ た 具 合 で あ る 。 「抄 録 」
「日暮 里 」 と漢 字 表 記 を 知 っ て,ひ 逆 に,漢
じ め て の 名 ま え を 聞 く と,「 漢 字
と安 心 す る。
字 表 記 さ え わ か っ て い れ ば,「 難 し い 」 は
カ シ イ 」 で も,ど
「ム ツ カ シ イ 」 で も 「ム ズ
っ ち で も い い し,「 行 く」 は 「イ ク 」 で も 「ユ ク 」 で も,あ
ま
り気 に し な い 。 柴 田 武 さ ん の エ ッ セ イ に,つ
ぎ の よ うな 一 節 が あ る 。
先 日,イ ギ リスか ら来 て い る語 学 教 育 家 の B 博 士 と話 し た と き,「 お 国 の 名 前 は ニ ッポ ンで す か? ニ ホ ンで す か?」 持 っ て い る知 識 を フ ル に 動 員 して 答 えた 。― て い ませ ん が(略)昭
とい う質 問 を 受 け た。 わ た し は 法 律 的 に は ど ち ら と も決 ま っ
和 十 四 年 か ら三 回 にわ た っ て 議 会 な どで この こ とが 問
題 に な っ て い ます が,結
論 は 出 て お りませ ん 。(略)
わ た した ち の 祖 国 の名 が は っ き り して い な い と は,考
えて み る と妙 な こ と
だ。 古 い 日本 人 の 感 覚 で い う と,こ れ は 日本 の恥 とさ え言 え る。 で は,い た い,い
ま まで 決 ま らな か っ た の は な ぜ か 。 そ して,わ
っ
た した ち が 現 実 に そ
ん な に 困 ら な い の は な ぜ か 。 そ れ は 「日 本 」 と書 く こ と だ け は 一 定 し て い て,疑
い が な い か らだ と思 う。 (『柴 田 武 に ほ ん ご エ ッ セ イ 』 大 修 館 書 店 ・1987)
最 近,「 国 語 学 会 」 の 学 会 名 を 「日 本 語 学 会 」 に し た ら ど う か,と 題 が 議 論 さ れ て い る 。 し か し,ロ か , 「Nippongo
Gakkai」
い 。 漢 字 さ え 決 ま れ ば,ど い う ま で も な く,コ る か は,二
ー マ 字 書 きが
トバ は,発
にな るの
と ん ど話 題 に な っ て い な
自由に !
と い う わ け で あ る。
音 と意 味 が 結 び つ い た も の だ か ら,ど
の 次 の は ず で あ る 。 し か し,わ
う 書 くか に,大
「Nihongo Gakkai」
に な る の か に つ い て は,ほ う 発 音 す る か は,ご
い う改 称 問
れ わ れ 日 本 人 の 意 識 で は,漢
う書 か れ 字 で ,ど
き な ウ エ イ トが か か っ て い る よ う で あ る。
●2 字音 ・和 訓 と語彙
「 魅 せ る八 番 打 者 」 とか 「強 肩 魅 せ た 外 野 陣 」 とか,最 近 の ス ポ ー ツ 紙 に は, こ ん な 見 出 しが,よ
く出 て くる。 「魅 力 あ る見 せ 場 を作 る… … 」 とい っ た 意 味 合
い を こ め た もの で あ ろ うが,「 見 せ る」 の 「み」 に,「 魅 す る」 の 「魅 」 を 当 て た わ け で,な か な か 凝 っ た 用 字 法 で あ る。 古 く 「 好 き 者 」 の 「す き」 に,「 ス ウ キ の人 生 」 の 「数 奇 」 を当 て た 「数 奇 者(ス 古 来,日
本 人 は,中
キ もの)」 を思 い お こ させ る。
国 か ら移 入 した 漢 字 を 自在 に使 い こな し て きた 。 「大 学 」
「将 軍 」 「佛 教 」 「椅 子 」 な ど,単 語 そ の もの を借 り入 れ た ばか りで な く,「 女 中」 「 会 社 」 「写 真 」 「自転 車 」 な ど,漢 字 音 を組 み 合 わ せ て,独
自 の 単 語 を 数 多 く作
り出 して きた 。 直 輸 入 に し ろ 自作 に し ろ,漢 字 音 の組 合 せ で作 られ た単 語 は 「字 音 語(漢
語)」 と呼 ば れ る が,日 本 語 本 来 の 単 語 「和 語 」 と音 読 み の 漢 字 と を結
び つ けた 「て(手)+
帳 」 「あ ら(荒)+
行 」 「気 + もち(持)」
「台 + と こ ろ(所)」
の 「手 帳 」 「荒 行 」 「気 持 」 「台 所 」 の よ う な もの もあ る 。 い わ ゆ る 「湯 桶 読 み 」 「重 箱 読 み 」 で あ り,身 も と(出 自)の 異 な る要 素 の 結 合 な の で,「 混 種 語 」 の一 種 とみ る こ と もで き る。 一 般 に 「音 読 み 」 とか 「漢 字 音 」 「字 音 語 」 とい う場 合 の 「音 」 は 「漢 音 」 「呉
音 」 「唐(宋)音
」 を さ す 。 そ の た め,近
代 中 国 語 か ら移 入 さ れ た 「面 子 」 「麻
雀 」 「雲 呑 」 「姑 娘 」 「苦 力 」 な ど の語 は,中 国 語 か らの 借 用 語(外
来 語)と
して
扱 わ れ る。 とこ ろ で,は
じ め に あ げ た 「魅 せ る」 や 「数 奇 者 」 の よ うな,い わ ゆ る当 て 字
も また 日本 語 の 語 彙 に大 きな 影 響 を 与 え続 け て きた 。 た とえ ば,「 非 常 識 な さ ま」 を い う 「を こ」 に 「尾籠 」 の 漢 字 を当 て て 「ビ ロ ー」 とい う字 音 語 を作 り出 した り,「 こ こ ろ くば り」 「で ば る」 「もの さ は が し」 な ど の和 語 に 漢 字 を 当 て て 音 読 し た こ とか ら,「 心 配 」 「出 張 」 「物 騒 」 な どの 語 が 生 み 出 さ れ た り した 。 この よ う な方 法 に よ っ て,日 本 語 の語 彙 の 中 に,多
くの字 音 語 が 生 れ て きた 。
そ も そ も,「 訓 読 み」 「和 訓 」 とい う もの は,す べ て 「当 て 字 」 で あ る。 「ひ と」 な ら 「ひ と」,「く さ」 な ら 「く さ」 とい う和 語 の 意 味 に 当 て は ま る 漢 字 を 当 て て,「 人 」 「草 」 を 「ひ と」 「く さ」 と読 ん だ の が 和 訓 だ か ら,和 語 の 意 味 が 2通 り,3 通 りに な れ ば,「 うみ 」 に 「海 」 と 「湖 」 を 当 て た り,「 た つ 」 を 「立 つ / 建 つ / 発 つ 」 と書 き分 け た りす る。 逆 に,和 語 の 方 に,意 味 の 分 化 が な くて も,中 国 語 の 方 に似 た 意 味 の語 が 複 数 存 在 し て い る とき に は,「 き」 に 「木 」 と 「樹 」 を 当 て た り,「 の む」 を 「飲 む/ 呑 む」,「うむ 」 を 「生 む/ 産 む」 と書 い た りす る。 こ う し た こ とが,和 (も の)」 と 「者(も
語 の漢 字 表 記 を複 雑 に す る ば か りで な く,た
の)」 や,「 早 い 」 と 「速 い」 は,同
と え ば 「物
じ一 つ の 語 と し て 扱 う
か , 別 の語 と して扱 うか とい う 「同 語 ・異 語 の 問 題 」 を もた らす 。 小 さ な辞 書 な ど で は,上
の 「物 / 者 」 「早 い / 速 い 」 や 「下 り る/ 降 り る」 「暑 い / 熱 い 」 な
ど,漢 字 表 記 に よ る意 味 の 分 化 が 認 め られ る場 合 は,別 立 て(別 見 出 し)と して 扱 う こ とが 多 い 。 し か し,「 小 父 / 叔 父 / 伯 父 」 や 「計 る/ 測 る/ 量 る/ 図 る/ 謀 る/ 諮 る」 あ るい は 「固 い/ 堅 い/ 硬 い 」 の類 に つ い て,同 語 扱 い ・別 語 扱 い とい った 基 準 を立 て る の は容 易 で な い 。 これ は,索 引 作 りや デ ー タベ ー ス の 作 成 な どで は,悩
ま し い問 題 で あ る。
特 に,計 量 語 彙 論 の使 用 語 彙 の統 計 調 査 や,作 品 の用 語 調 査 な どで は,調 査 結 果 に重 大 な影 響 を与 え か ね な い。 そ こで,漢
字 に よ る書 き分 け は,単 な る 「当 て
字 」 で あ っ て,表 記 上 あ る い は 用字 上 の 問題 にす ぎ な い と し て,す べ て 無 視 して
し ま う とい うの も,一 つ の立 場 で あ る。 しか し,長 い 年 月 にわ た っ て つ ち か わ れ て きた,漢 字 表 記 と単 語 との 結 び つ き は,漢 字 表 記 の違 い に よ る意 味 の分 化 を,す べ て無 視 で き る ほ ど単 純 で は な い。 「お上 / お 女 将/ お 内儀 」 「掛 け る/ 架 け る/ 懸 け る/ 賭 け る」 あ る い は 「荒 い/ 粗 い 」 とな る と,一 語 と して く くっ て し ま う の は た め らわ れ る 。 は じ め に あ げた 「好 き者/ 数 奇 者 」 も,元 来 は 当 て 字 で あ りな が ら,プ レー ボ ー イ は 「好 き者 」, 風 流 人 は 「数 奇者(数 る」 も,ひ
寄 者)」 とな って くる と,別 語 と して扱 い た くな る。 「魅 せ
ょ っ とす る と,将 来 は,「 見 せ る」 か ら離 れ て,ひ
と り立 ち し て い く
か も しれ な い。
●3 同音語 と同表記語
「バ ケ ガ ク の カ ガ ク 」 とか 「サ イ エ ン ス の カ ガ ク」 とか,わ れ わ れ は,と
きど
き,こ う し た言 い 方 を し な くて は な らな くな る。 「イ チ リツ の 高 校 」 「ワ タ ク シ リ ツ の 高 校 」 な ど と言 い 分 け る こ と もあ る。 同音 語 に よ る話 の行 き違 い を 防 ぐた め の 「生 活 の知 恵 」 とい え るだ ろ う。 放 送 な どで も,「 製 菓 業 」 を 「カ シ製 造 業 」, 「製 靴 業 」 を 「ク ツ製 造 業 」 と した り,「 憲 法 の前 文 」 を 「マ エ ガ キ 」 と言 い か え て 「全 文 」 と区別 す る な ど,同 音 語 に よ る混 乱 を 防 ぐた め の手 だ て を ほ ど こ して いる。 日本 語 に 同音 語 が 多 い の は,日 本 語 の 語 彙 に字 音 語(漢 語)が
多 い う え,そ
こ
に用 い られ て い る字 音 の バ ラ エ テ ィー が 乏 し い か らだ と され て い る。 国 立 国 語 研 究 所 の 「同音 語 集 」1)に は,7803組
の 同 音 語 が 収 め られ て い る が,そ
の ほ とん ど
は 字 音 語 で あ る。 「キ コ ー 」 の 項 目 に は 「寄 港/ 寄 航/ 帰 港/ 帰 航/ 起 工/ 帰 校/ 紀 行/ 奇 行/ 起 稿/ 気 候/ 貴 校/ 貴 公/ 機 構/ 気 孔/… …」 な ど27語
があ
が っ て い る。 ま た 「セ イ シ」 に は 「製 糸/ 製 紙/ 正 史/ 誓 詞/ 生 死/ 聖 旨/ 静 止/ 精 子/ 制 止/ … … 」 な ど18の 語 が 収 め られ て い る。 これ らの 中 に は,「 貴 公 (キコ オ)/ 機 構(キ
コオ)」 あ るい は 「精 子(セイ
シ/ 制 止(セ
イ シ)」 の よ う に
ア ク セ ン トで 区別 し う る もの も な くは な い 。 「国 会 の審 議 を チ ュ ー シ(中 止/ 注 視)す
る」 「シ ェ ー ク ス ピ ア劇 の ヤ ク シ ャ
(訳 者/ 役 者)」 な ど も,ひ とた び発 音 す れ ば,ア 川 端 康 成 の名 作 「山 の音 」 の 中 に,ひ
クセ ン トで 区別 で きる 。
ま を とっ た 女 中 の思 い 出 を語 る,つ
ぎの
よ う な一 節 が あ る。
「 加 代 が ね 帰 る二 三 日前 だ った か な 。 わ た しが 散 歩 に出 る時,下 駄 を は こ う と して,水 虫 か な と言 う とね,加 代 が ね 『お ず れ で ご ざ い ます ね 』 と言 った もん だ か ら,い い こ と を言 う,わ た し は え ら く感 心 し た ん だ よ。 そ の前 の散 歩 の 時 の 鼻 緒 ず れ だ が ね,鼻 緒 ず れ の"ず れ"に
敬 語 の"お"を
つ け て"お
ず れ"と 言 った 。 気 が きい て 聞 え て,感 心 した ん だ よ。 と こ ろが,今 気 が つ い て み る と,"緒 ず れ"と 言 った ん だ ね 。 敬 語 の"お"じ "緒"な
ん だね
ゃ な くて,鼻 緒 の
。 な に も感 心 す る こ と は あ りゃ し な い 。 加 代 の ア ク セ ン トが
変 な ん だ 。 ア ク セ ン トに だ ま され た ん だ 。 今 ふ っ とそ れ に 気 が つ い た」 と信 吾 は 話 して,「 敬 語 の"お ず れ"を 言 っ て み て くれ な い か」 「お ず れ」 「鼻 緒 の方 は ?」 「お ず れ 」 「そ う。 や っ ぱ りわ た しの 考 え て い るの が 正 し い。 加 代 の ア クセ ン トが 間 違 っ て い る。」 (
主 人 公 の 方 は,お
そ ら く 「オ ズ レ(緒 ず れ)/ オ ズ レ(お ず れ)」 の ア ク セ ン ト
な の だ ろ うが,「 緒 ず れ 」 の ア ク セ ン トが,そ ア クセ ン トは,人
『山 の音 』 新 潮 文 庫 ・6ペ ー ジ)
に よ っ て,あ
れ ほ ど安 定 して い る と も思 えな い 。
るい は単 語 に よ っ て,必 ず し も安定 し て い な い
うえ,地 域 に よ る 違 い も あ る の で,同 音 語 判 別 の 手 が か り と して の 有 効 性 は,あ ま り期 待 で き な い。 宮 地 裕 は,上 つ い て,ア
に述 べ た,国 立 国語 研 究 所 の 「同 音 語 集 」 記 載 の 同 音 語 セ ッ トに
クセ ン トの 異 な る 同音 語 を調 べ て,つ
国 立 国 語 研 究 所 報 告20「 お き に,ペ
同 音 語 の 研 究 」154総
ー ジ の 左 半 分 を 調 べ た 範 囲 で は,同
ク セ ン トの 語 を 全 く含 ま な い も の が,269組 う ち ア ク セ ン ト に よ っ て,そ 1 組 の も の ば か り で26組
ぎ の よ う に述 べ て い る2)。
ペ ー ジ の う ち,10ペ
音 語417組
の う ち,異
に お よ ぶ 。 ま た,同
ー ジ なるア
じ417組
の
の 組 に 属 す る 語 が 区 別 さ れ て い る も の は,2 語
に す ぎ な い 。 つ ま り,ア
ク セ ン トに よ る同 音 語 の
"言 い 分 け"は あ る 。(「
,決
し て 多 く は な い 。 む し ろ,非
常 に す くな い と言 え そ うで
イ ン トネ ー シ ョ ン 論 の た め に 」 『国 語 国 文 』30巻11号
特 に,字 音 語 で は,ア ク セ ン トの 型 に バ ラエ テ ィー が 乏 しい の で,ア
・1961)
クセ ン ト
に よ っ て 判 別 し う る もの は,き わ め て少 な い 。 結 局,漢
字 の字 音 を組 み合 わ せ る造 語 法 に た よ る以 上,日
本 語 は,同 音 語 に よ
る コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン の混 乱 か ら ま ぬが れ る こ とは な い 。 と こ ろで,だ
い ぶ 前 の 話 に な るが,誇
大 広 告 を とが め られ た 不 動 産 業 者 が,
「○ ○ 駅 徒 歩 十 分 」 は 「トホ ジ ュ ー ブ ン」 と読 む の だ と言 い の が れ を し よ う と し た,と
い う話 が 伝 え られ た こ とが あ る。
話 し こ とば で は,上
に述 べ た よ う に,「 私 立 / 市 立 」 や 「科 学 / 化 学 」 あ る い
は 「神 / 髪 / 紙 」 とい っ た 同音 異 義 語 が,コ れ て い る が,こ
ミュ ニ ケ ー シ ョ ンの 障 害 に な る と さ
の 「ジ ュ ー ブ ン/ ジ ュ ップ ン(十 分)」 の よ う に,別 の こ と ば が
同 じ漢 字 表 記 に な る 「同表 記 語 」 は,コ
ン ピ ュ ー タ に よ る情 報 検 索 や,機 械 翻 訳
の さ また げ に な る。 そ れ で も,「 ゲ ン ゴ/ ゴ ン ゴ(言 語)」 「ジ ョセ イ / ニ ョ シ ョ ウ(女
性)」 あ る い は 「コ ー バ / コ ー ジ ョ ウ(工
場)」 「フ ー フ/ ミ ョー ト(夫
婦)」 の よ うに,意 味 の へ だ た りの な い もの は,そ れ ほ ど問 題 に な ら な い が,「 ク フ ー / コー フ(工 夫)」 「チ ュ ー カ ン/ チ ュ ー ゲ ン(中 間)」 や 「サ イ チ ュ ー / モ ナ カ(最
中)」 「カ ン キ/ サ ム ケ(寒
気)」 「ゴ テ / ウ シ ロ デ(後 手)」 「ガ イ メ ン/
ソ トヅ ラ(外 面)」 の 類 は,入 力 デ ー タ に ヨ ミガ ナ を つ け て お か な い と,正 し い 検 索 や 照 合 あ る い は辞 書 引 きが で き な い。 「同 表 記 別 語 」 と もい うべ き も の で あ り,同 音 異 義 語 は,発 音 に 基 づ く同 名 異 人(同
姓 同 名),こ
ち ら は,漢 字 表 記 に
基 づ く同名 異 人 とい う こ とに な る。
●4 外来 語の漢字 表記
江 戸 時 代 の 安 永4(1775)年 チ ャ 」 につ い て,次
に越 谷 吾 山 が 著 した 方 言 書 『 物 類稱 呼』 に 「カ ボ
の よ う な記 述 が あ る。
南 瓜 ぼ うふ ら ○西 国 に て ○ほ うふ ら ○備 前 に て ○ さつ ま ゆ ふ が ほ 津 国 に て ○な ん きん 東 上 総 に て ○ と う ぐハ ん 大 坂 に て ○ な ん きん う り 又 ぼ うぶ ら 江 戸 に て先 年 ハ ○ぼ うふ ら とい ひ ○今 ハ か ぼ ち や と 云
(巻3)
や や お くれ て 文 化10(1813)年
に刊 行 さ れ た,式 亭 三 馬 の 『 浮 世 風 呂』 に 登
場 す る,江 戸 っ子 の 八 百 屋 と,客 の 上 方者 の 「け ち兵 衛 」 の や り と りに は
商人 「白瓜 は ど うだ ネ。 唐 茄 子 十 六 大 角 豆,冬
瓜 丸 漬,(略)」
けち 「ソ レ能 か ナ。 唐 茄 子 が 十 三 文 に,今 の が 二 ツ で 三 文 五 トぢ や が,(略)」 (4編 ・巻 之 中)
とあ り,「 トオ ナ ス」 が 出 て くる。 同 じ式 亭 三 馬 の著 『浮 世 床 』(文 化11(1814)年)に
は
竹 「蕃 南 瓜 と東埔 塞 程 違 ふ の は,新 田 の兄 の 色 恋 か 」(2
編 ・巻 之 下)
と,「 トオ ナ ス」 と 「カ ボ チ ャ」 が並 ん で 出 て くる 。 した が っ て,当 時,江 い た とみ られ るが,こ
戸 で は,「 ボ ー ブ ラ ・ トオ ナ ス ・カ ボ チ ャ」 が 使 わ れ て の う ち,各 地 に広 く分 布 し て い る の は,「 ボー ブ ラ」 で あ
り,こ れ が,江 戸 時 代 の 標 準 的 な 呼称 だ っ た と推 定 され て い る3)。 国 立 国 語 研 究 所 の 「日本 言 語 地 図 」 に よ る と,現 代 で は,「 カ ボ チ ャ」 が 全 国 的 に分 布 し,「 ボ ー ブ ラ」 は 九 州 と能 登 に,「 トオ ナ ス」 は 関 東 ・青 森 ・岡 山 な ど にみ られ,近 畿 地 方 に は 「ナ ンキ ン」 が 分 布 して い る。 この 果 実 は,南 蛮 貿 易 に よ っ て,ポ
ル トガ ル 語 の 「Cambodia abobor(カ
ン
ボ ジア の瓜)」 と して もた ら され,「 カ ボ チ ャ 」 や 「ボー ブ ラ 」 の 語 が 生 れ た わ け だ が,当 時,外
国 か ら移 入 され た もの に は,「 唐 が ら し ・唐 きび 」 の よ う に 「唐
∼ 」 を つ け た り,「 南 京 豆 ・南 京 米 」 の よ うに 「南 京 ∼ 」 を つ けた り した と こ ろ か ら,「 唐 ナ ス」 や 「ナ ン キ ン瓜 」 の 呼 称 が生 れ た も の とみ られ る。 杉 本 つ とむ は,「 南 瓜 」 の 表 記 は,こ の 「南 京 瓜 」 か ら生 じた とす る4)。 また,楳 垣 実 は,「 オ ッ トセ イ」 の 漢 字 表 記 で あ る 「膃肭臍」 に つ い て,そ
の
由来 を
ア イ ヌ語 の オ ン ネ ッ プ(onnep)を
中華 で 「膃肭」 と音 訳 し,そ れ か ら造
った 「膃肭臍」 と呼 ぶ ホ ル モ ン剤 が 輸 入 さ れ,そ れ を漢 音 読 み に した もの が獣の名とな
と説 明 し て い る5)。 多 くの 雌 を し た が え て,ハ 「へ そ(臍)」
レ ム 社 会 に君 臨 す る,この獣の
に ち な ん だ,若 返 りの 強壮 剤 の 名 が,日
本 語 名 と な り,漢 字 表 記 と
な った わ けで あ る 。 「カ ボ チ ャ」 の 「南 瓜 」 に しろ,「 オ ッ トセ イ 」 の 「膃肭臍」 に し ろ,外 来 語 の 漢 字 表 記 は,思
い が け な い経 緯 を経 て成 立 して い る もの が あ る。
も っ と も普 通 に 行 わ れ て い る の は,「 カ ル タ(歌 留 多)」 「コ ー ヒー(珈琲)」 「バ ケ ツ(馬 穴)」 「ク ラ ブ(倶 楽 部)」 の よ うな漢 字 音 を 当 て た 表 記 で あ る。 中 に は 「セ ビ ロ(背 広)」 「カ タ ロ グ(型 録)」 「カ ッパ(合
羽)」 な ど訓 を使 っ た も の
もあ る 。 「ビ ー ル(麦 酒)」 「タバ コ(煙 草)」 「マ ッ チ(燐 寸)」 「ハ ン カ チ(手 巾)」 「サ ー ベ ル(洋 刀 ・洋 剣)」 な ど は ,原 語 の 意 味 に 当 る漢 字 を 当 て た 表 記 で,意 訳 と もい うべ き もの で あ る。 この 種 の もの の 中 に は 「ラ ンプ 」 の 「洋 燈 」 や 「ア ル コ ー ル 」 の 「酒 精 」 の よ う に音 読 み の漢 字 を組 み 合 わ せ て
,「 ヨ ウ ト ウ」 「シ ュ セ
イ」 と し て,翻 訳 語 と して も使 わ れ る もの が あ る。 漢 字 表 記 か ら,別 の一 つ の単 語 が 生 じて い るわ け で あ る。 この よ う な形 で,外 来 語 の漢 字 表 記 が,日 本 語 の語 彙 に影 響 を与 え る こ とが あ る。 「オ リ ン ピ ッ ク大 会 」 「オ リ ン ピ ック旗 」 の 表 記 と し て生 れ た 「五 輪 大 会 」 「五 輪 旗 」 の 「五 輪 」 か ら 「ゴ リン」 が 生 れ た り,「 ワ ー ル ド ・カ ッ プ」 の 表 記 と して 考 え 出 さ れ た 「W杯 」 が ,「 ダ ブ リ ュ ー ・ハ イ」 と 読 まれ た りす る の も,そ の例 とい え よ う。 外 国 地 名 の 漢 字 表 記 も,「 イ ギ リス(英 吉 利)」 「ア メ リ カ(亜 米 利 加)」 「オ ー ス トラ リア(濠 太剌 利 亜)」 の よ うな,原 地 名 に漢 字 を 当 て た だ け の もの は,単 に表 記 上 の 問題 に と ど ま る が,「 英 国 」 「米 国 」 「豪 州 」 な どの 名 称 が 生 じ る と, 語 彙 の 面 で の 問題 とな っ て く る。
●5 基本漢 字 と基本語彙
メル ボ ル ンの モ ナ シ ュ 大 学 に滞 在 し て い た お り に,2 度 ば か り,オ ー ス トラ リ ア の 大 学 入 学 資 格 試 験 の 外 国 語 を,日 本 語 で 受 験 す る高 校 生 に,大 学 側 が 出題 レ ベ ル を知 らせ る基 準 案 の 作 成 に参 加 す る機 会 を得 た 。 これ は,語 彙 ・文 法 ・表 記 (漢字)な
どに つ い て,こ
の程 度 の こ とは 勉 強 して お い て ほ し い とい う レベ ル を
知 らせ る た め の もの で,単 語 に つ い て は,1000語
ぐ ら い だ っ た か を,国 立 国 語
研 究 所 の 雑 誌 や 新 聞 の 語 彙 調 査6)など を手 が か り に何 人 か で 選 ん で い っ た。 と こ ろ が,基 準 単 語 を1000語
な ら1000語
選 ん で み る と,そ れ を書 き表 す の に 必 要 な
漢 字 と,「 頻 度 順 漢 字 表 」 な どか ら,別 途 に選 定 した 基 準 漢 字 との 間 に,か な り の ギ ャ ップ が生 じて しま う。 これ は,ひ
と つ に は,語
の フ レ キ ュ エ ン シ ー(頻 度)と,漢
字 の使 用頻 度 と
は,必 ず し も相 関 関 係 が な い た め で あ る。 しか し,漢 字 の 重 み と語 の重 み とを 関 連 づ け る よ うな 統 計 的 な 尺 度 は,考
え られ て こな か っ た。
い う まで もな く,漢 字 の 中 に は,同
じ程 度 の 使 用 頻 度 で あ っ て も,多 種 多 様 な
単 語 の表 記 に用 い られ る もの と,用 法 の きわ め て限 られ て い る もの とが あ る。 い ま,国 立 国 語 研 究 所 の 新 聞 の 漢 字 調 査7)の使 用 度 数30の の 漢 字 が 並 んで い るが,そ
と こ ろ を み る と,12個
の 中 の 「酢 」 は 「す 」 と 「酢 酸 」 の2 語 の 表 記 に しか
用 い られ て い な い 。 そ れ に 対 し て,同
じ頻 度 で も,「 偽 」 は 「い つ わ る ・偽 作 ・
偽 証 ・偽 善 ・偽 造 ・偽 名 ・虚 偽 ・真 偽 」 と,実 に8 種 類 の単 語 の 表 記 に使 用 され て い る。 した が って,も
し 「酢 」 とい う字 が な くて も,そ の影 響 は2 語 に しか 及
ば な い が,「 偽 」 の場 合 は8 語 に及 ぶ とい う こ とに な る。 こ こ に,使 用頻 度 あ る い は,そ れ に基 づ く使 用 率 とい っ た 尺 度 だ け で は カバ ー し きれ な い 問題 が 浮 か び あ が っ て くる。 従 来,漢
字 の 基 本 度 を 測 る統 計 的 な尺 度 と し て は,そ
そ れ に基 づ く 「漢 字 使 用 率(P)」
の 「使 用 度 数(F)」
とが 用 い られ て きた(表8.1・
と,
式 ①)。
しか し,漢 字 の度 数 分 布 の特 性 と して,多 数 の漢 字 が 同 一 度 数 で集 ま りや す い た め,使 用 率 は,漢 字 の ウ エ イ トを測 る有 効 な尺 度 とな りえ な い場 合 が 少 な くな
表8.1
計算式
い。 その う え,使 用 率 は,調 査 デ ー タの 中 の漢 字 の み を対 象 とす る尺 度 で あ る た め に,そ れ に よっ て 表 記 され て い る単 語 群 との 関連 性 が 失 わ れ,大 量 語 彙 調 査 に よっ て 得 られ て い る重 要 な 情 報 が,漢
字 調 査 の う え に反 映 さ れ て こな い 。
そ こで,漢 字 の 統 計 的処 理 の面 に,語 彙 調 査 の 調 査 結 果 を反 映 させ て,漢 字 の 基 本 度 を測 定 す る方 法 を考 え て み る8)。 さ き に も述 べ た よ う に,同
じ程 度 の 使 用 度 数 で あ って も,用 法 の広 い 漢 字 と,
狭 い 漢 字 とが あ る。 国 立 国 語 研 究 所 の 現 代 雑 誌 九 十 種 の 漢 字 調 査9)の,使 用 度 数 9 ・使 用 率0 .032パ ー ミル(‰
:千 分 比)の
と ころ を み て み る と,こ こ に は61の
漢 字 が 並 ん で い る。 この 中 の 「瘍 」 と い う漢 字 は 「腫 瘍 」 とい う単 語1 語 の表 記 に し か 使 わ れ て い な い の に 対 し て,「 筒 」 と い う字 は 「円 筒 ・筒 型 ・筒 抜 け ・ … … 」 な ど8語 の 表 記 に 用 い られ て い る。 した が っ て,同 率 の 漢 字 で は あ る も の の,も
じ使 用 度 数 ・同 じ使 用
し 「瘍 」 とい う活 字 が な くて も,そ の 影 響 は 「腫
瘍 」1語 に しか 及 ば な いが,「 筒 」 の 場 合 は8 語 に及 ぶ とい う こ とに な る。 漢 字 と い う もの が,語 に つ い て,そ れ が,ど
の 表 記 の さい に現 れ る もの で あ る以 上,一
つ 一 つ の漢 字
れ だ け の範 囲 の 語 を表 記 し う るか を調 べ,そ
れ に基 づ い て
各 漢 字 の ウ エ イ トを統 計 的 に測 定 す る こ とは 可能 な はず で あ る。 これ を 「漢 字カ
バ ー 率(C)」
と名 づ け る な らば,そ れ は,あ
が,語 彙 の 総 量 に 対 して,ど を,式 の 形 で 表 す と,表8.1・
れ だ けの 比 率 に な る か を示 す もの とな る。 この概 念 式 ② の よ う に な る。
こ の式 で わ か る よ う に,漢 字 カバ ー 率 は,そ の,ど
る漢 字 を用 い て表 記 さ れ る語 の量
れ ぞ れ の 漢 字 の 影 響 が,語 彙 集 団
れ だ け の 範 囲 に及 ぶ か , その 影 響 の 広 さ ・狭 さ を測 る尺 度 だ とい う こ とが
で き る。
(1)延 べ 語 カバ ー 率 と通 算 延 べ 語 カバ ー 率 延 べ語 の総 量 に対 して,あ
る漢 字 を 用 い て表 記 され る語 の 量 が,ど れ だ けの 比
率 に な る か を 表 す もの を 「延 べ 語 カ バ ー 率(C η)」 と呼 ぶ な ら ば,そ の 計 算 式 は,表8.1・
式 ③ の よ う に表 さ れ る。
試 み に,現 代 雑 誌 九 十 種 の 漢 字 調 査 にお け る,使 用 度 数150の6 延 べ 語 カ バ ー 率 を求 め る と,表8.2の に な った,現
よ う に な る。 これ は,こ
の漢 字 調 査 の 対 象
代 雑 誌 九 十 種 の 語 彙 調 査 に お け る延 べ 語 数291910に
あ る 。 こ の表 で 「個 」 の 「全 体 」 の延 べ 語 カバ ー 率 が,他
字 に つ い て,
対 す る比 率 で
の 字 よ り も,や や 低 い
の は 「個 々 」 が4 例 あ った た め で あ る。 現 代 雑 誌 九 十 種 の 漢 字 調 査 で は,お
どり
字 「々 」 を先 行 漢 字 に変 換 し て数 えて 「個 」 の 使 用 度 数 を8 と して延 べ 字 数 に算 入 して い る が,語 数 と して は4 語 な の で,
150-4 =146
表8.2 使 用 度 数150の 漢字 の延 べ 語 カバ ー率(単 位 は‰)
*個 々4 例 あ り 全 体 の 漢字 使 用 率 =0.536‰
で,こ
の146語
が,こ
の 漢 字 で 表 記 さ れ た 延 べ 語 数 と い う こ と に な る。 そ の 結
果,こ
う し た 用 法 の な か っ た,他
の 漢 字 よ り も,延
べ 語 カ バ ー 率 が,や
や 低 く算
出 さ れ た わ け で あ る。 こ の 表8.2を
み て み る と,「 座 」 の 「全 体 」 の 延 べ 語 カ バ ー 率 は,0.514パ
ミル で あ る 。 こ の こ と は,こ
の 漢 字 の 用 い ら れ る 語 が,延
割 合 で 現 れ る こ と を 示 し て い る 。 ま た,こ れ る 語 は,人 に 対 して
ー
べ1 万 語 当 り5 語 強 の
の 表 か ら 「個 ・申 ・追 」 な どで 表 記 さ
名 ・地 名 を 除 い た 一 般 語 に お い て 高 い 延 べ 語 カ バ ー 率 を 示 し,そ
「阪 ・英 」 は,人
っ た 割 合 で,か
名 ・地 名 に お い て1000語
当 り7.5語
れ
強 ・6語 強 と い
な り頻 繁 に 現 れ て く る こ と を 示 し て い る 。
当 然 の こ とで あ る が,延
べ 語 カ バ ー 率 の 増 減 は,漢
字 の 使 用 度 数 の そ れ と,ほ
ぼ 一 致 す る。 とい う こ とは漢 字 使 用 率 の増 減 と もほ ぼ パ ラ レル で あ る。 した が っ て,延
べ 語 カ バ ー 率 順 の 漢 字 表 を作 成 す れ ば,順
表 と,大
用 率 順 の漢 字
体 の と こ ろ は一 致 す る。
表8.3は,現 位30字
位 に お い て は,使
代 雑 誌 九 十 種 の 漢 字 調 査 の デ ー タ で,延
べ 語 カ バ ー 率(全
体)上
に つ い て 漢 字 使 用 率 の 順 位 と 対 照 し た も の で あ る。 順 位 第1 位 の 漢 字
「一 」 の 延 べ 語 カ バ ー 率 は,291910語 わ ち 延 べ 語 数1000語
当 り15.5語
な る 。 漢 字 使 用 率 の 順 位 と,延 「上 」 と 第13位
強 が,こ
体)の
の 「本 」 の と こ ろ で 入 れ か わ っ て い る が,こ
本 」 の そ れ は1643な
ー ミ ル,す
な
の 漢 字 で表 記 され て い る とい う こ と に
べ 語 カ バ ー 率(全
(上 上)」 「上 池 上 」 の 表 記 が,各1 は1644,「
の 延 べ 語 数 全 体 の15.539パ
順 位 と が,第12位
の
れ は 「上 」 に 「上 々
例 存 在 し て い た た め で あ る。 「上 」 の 使 用 度 数 の で,漢
字 使 用 率 の 順 位 は 「上 → 本 」 の 順 と な
る が,「 上 」 で 表 記 さ れ た 語 の 数 は 1644-2
=1642(2
語 差 し 引 き)
と な り,「 本 」 の 語 数1643を
下 ま わ っ て,順
表8.3で
名 ・地 名 に お け る 延 べ 語 カ バ ー 率 の 順 位 と,人
目 に つ く の は,人
位 の 逆 転 が起 った わ け で あ る。
地 名 以 外 の 一 般 語 に お け る そ の 順 位 と が,大 名 ・地 名 で は
「子 ・本 ・日 ・… … 」 な ど が,き
き く食 い 違 っ て く る こ と で あ る 。 人 わ め て 高 い 延 べ 語 カ バ ー 率 を示
し,「 子 」 は5 パ ー セ ン トを 上 ま わ っ て い る が,一 トを示 す に す ぎ な い。
名 ・
般 語 に お い て は0.3パ
ーセ ン
つ ぎ に,延 べ 語 カバ ー 率 を最 上 位 の 漢 字 か ら,あ る順 位 まで の 漢 字 全 体 につ い て計 算 す れ ば,そ
の範 囲 の 漢 字 を用 い て 表 記 され た語 の 集 団 が,延 べ 語 総 量 に対
して,ど れ だ けの 比 率 を 占 め て い る か を,示 す こ とに な る。 試 み に,表8.3に
表8.3 延 べ語 カバ ー率(全 体)上 位30字
*上 々 ・上 池上 が 各1 例 あ り
と漢 字 使 用 率(単 位 は‰)
掲
げ た30字
に つ い て,こ
延 べ 語 カ バ ー 率(全 延 べ 語 総 量 の16.5パ い て は,例
の 計 算 を し て み る と,表8.4の
体)上
位30位
よ う に な る 。 す な わ ち,
ま で の 漢 字 群 が 用 い ら れ て い る 語 の 集 団 は,
ー セ ン ト弱 を 占 め て い る と い う 結 果 に な る 。 こ の 計 算 に お
え ば 「一 人 」 と 表 記 さ れ て い る 「ひ と り」 と い う語 は,第1
表8.4 延 べ語 カバ ー率(全 体)上 位30字
位 の漢 字
の通 算 延 べ語 カバ ー 率 と累積 漢 字使 用 率(単 位 は‰)
「一 」 に つ い て の 計 算 の さ い に,す で に 算 入 ず み な の で,「 人 」 の 計 算 の さ い に は,こ の語 は算 入 しな い た め,延 べ 語 カバ ー 率 の 単 純 な累 計 に は な らな い 。 これ を 「通 算 延 べ 語 カ バ ー 率(ECη)」
と名 づ け る と,そ の 計 算 式 は,表
8.1・ 式 ④ の よ う に な る。 こ の計 算 を,延 べ語 カ バ ー 率 順 位 の 最 下 位 の 漢 字 まで 行 う と,そ の 演 算 結 果 は,延 べ 語 総 量 に対 す る,漢 字 表 記 語 の総 体 を比 率 の 形 で 表 した もの とな り,語 彙 全 体 に お け る漢 字 表 記 語 全体 の ウ エ イ トを測 る 一 つ の 尺 度 とな る。 漢 字 の使 用 度 数 を,頻 度 順(使
用 率 順)第1
で 累 算 して 算 出 す る 「累 積 漢 字 使 用 率(Σ
位 の 漢 字 か ら,あ る順 位 の 漢 字 ま
P)」 は,そ
の範 囲 の 漢 字 が,漢 字 の
総 量 に対 して,ど れ だ け に 当 るか を比 率 の 形 で表 した もの で,そ 8.1・ 式 ⑤ の通 りで あ る。 表8.3に 185.406パ
ー ミル す な わ ち18.5パ
最 下 位 の 度 数1 まで 行 っ た場 合,そ
あ げ た,上 位30字
の 計 算 式 は,表
までの累積 漢字 使 用率 は
ー セ ン ト強 と算 出 され て い るが,こ の結 果 は,い
の計 算 を,
う まで も な く100パ ー セ ン トと
な る。 した が っ て,漢 字 使 用 率 や 累 積 漢 字 使 用 率 は,漢 字 相 互 間 の ウエ イ トを測 る尺 度 で あ っ て,語 の 表 記 と は,直 接 の か か わ りの な い 尺 度 で あ る 。
(2)異 り語 カ バ ー 率 と通 算 異 り語 カ バ ー 率 漢 字 カ バ ー 率 の考 え方 を,異
り語 に適 用 す れ ば,「 異 り語 カバ ー率(Ck)」
あ る漢 字 を用 い て表 記 され る語 の,異 そ の計 算 式 は,表8.1・
は,
り語 総 量 に対 す る比 率 を表 す こ と に な り,
式 ⑥ の よ う に な る。 た だ し,こ の 計 算 の場 合,表 記 が1
通 りに統 一 され て い る語 につ い て は問 題 な い が,か つ い て は,ま ず,表8.5に
な書 きや別 の 表 記 が あ る語 に
示 す よ うな 計 算 法 を と らな くて はな らな い 。 か な書 き
や 別 の表 記 を もつ 語 の場 合 に は,そ の 語 の 表 記 全 体 の 中 に お け る,当 該 漢 字 の ウ エ イ トを算 定 す るわ け で あ る。 別 の 言 い方 を す れ ば,異 そ の 漢 字 の活 躍 す る範 囲,広 語 数(Wk)
り語 全 体 の 中 に お け る,
さ を 算 定 す る とい う こ とで あ る。 これ を 「修 整 漢 字
」 と呼 ぶ 。
現 代 雑 誌 九 十種 の 漢 字 調 査 に,使 用 度 数9 ・使 用 率0.032パ た 漢 字61字
に つ い て,そ
ー ミル と して 現 れ
の異 り語 カバ ー 率 を計 算 す る と,表8.6の
よ うに な る。
この 表 を み て み る と,同 じ度 数9 の漢 字 で あ っ て も,そ の異 り語 カバ ー 率 に は大
表8.5 異 り語 カバ ー 率 の修 整 漢字 語 数 の計 算 法
き な違 い が 認 め られ る。 前 に あ げた 「瘍 」 の 異 り語 カ バ ー 率 は0.029パ す ぎ な い が,同
じ漢 字 使 用 率 で あ りな が ら,「 筒 」 の それ は0.235パ
ー ミル に
ー ミル を 示
し て い る。 異 り語 カ バ ー 率 か ら み た 場 合,同
じ度 数9 の 漢 字 で あ っ て も 「筒 ・鼠 ・幽 ・
… … 」 な どの 漢 字 は表 記 の 対 象 とな る語 の範 囲 が 広 く,そ れ に比 べ て 「陛 ・椀 ・ 蛋 ・… …」 な ど は著 し く狭 い とい う こ とが で き る。 また,表8.6の
人 名 ・地 名 の欄 と,そ れ 以 外 の 一 般 語 の欄 と を比 べ る と,「 柏 」
は 人 名 ・地 名1 万 語 当 り7.3語 強 を カ バ ー し,「 敦 」 は約5 語 の 表 記 に み られ る 割 合 に な る が,一 般 語 の 表 記 に は全 く影 響 を 与 え な い。 一 方,「 鼠 」 は一 般 語1 万語 当 り2.6語 弱 を カ バ ー し,「 渦 」 は2.3語
強 の 表 記 に 現 れ る 割 合 だ が,人
名 ・地 名 の 表 記 に は 全 く影 響 を与 え な い 。 こ の よ うに,異 度数(同
一 使 用 率)で
さ き に,表8.3に いて,異
り語 カ バ ー率 は,同 一
並 ぶ漢 字 の 間 の ウエ イ トの違 い を示 す 尺 度 に な る。
示 し た延 べ 語 カ バ ー 率 の 全 体 順 位 上 位30位
り語 カバ ー 率 を計 算 す る と,表8.7の
までの漢字 につ
よ うに な る。 この 表 の 「全 体 」 の
欄 を み て み る と 「子 ・大 ・出 ・一 ・上 ・… … 」 が 上 位 に並 び,漢 字 使 用 率 や 延 べ 語カ バ ー 率 の 順 位 と は,か は人 名 の 影 響 だ ろ うが,従
な り様 相 を異 に し てい る。 「子 」 が 第1 位 を 占 め た の 来,漢
字 使 用 率 の順 位 で は,常
に上 位 を 占 め て い る
「一 ・二 ・三 ・十 ・… … 」 とい った 漢 数 字 が,全 般 に順 位 の 低 落 を 示 して い る。 特 に,人 名 ・地 名 を除 い た 一 般 語 の表 記 に お い て,そ 数 値 情 報 は そ の 表 記 に お い て,常
表8.6
の傾 向 が 著 し い。 これ は,
に算 用 数 字 と競 合 関 係 に あ るた め で あ る。 た と
使 用 度 数9 ・使 用 率0.032の61字
の 異 り語 カ バ ー 率(単
位 は‰)
え ば,「 ツ イ タ チ 」 と い う 語 の 表 記 は,現
代 雑 誌 九 十 種 の 漢 字 調 査 で は 「一 日 」
が16例,「1
計 算 法 に よ っ て修 整 漢 字 語 数 を算 出 す
る と,22分
日 」 が6 例 な の で,表8.5の の6 で0.273と
な り,漢
字 表 記 の
表8.7 延 べ語 カバ ー率(全 体)上 位30字
「ツ イ タ チ(一
日)」 は,4 分 の1
の異 り語 カバ ー 率(単 位 は‰)
語 強 の資 格 しか な い 。 こ の よ う に,数 値 情 報 を表 す 語 の 表 記 に お い て は,漢 数 字 は,常 に 算 用 数 字 の 強 い 圧 迫 を受 け て,修 整 漢 字 語 数 へ の 算 入 値 が 伸 び て こな い 。 そ の 結 果,異
り語 カバ ー 率 が,特
に一 般 語 に お い て 低 くお さ え られ,「 大 ・
出 ・上 ・人 ・手 ・… … 」 な どが 上位 に進 出 して くる こ と にな る。 一 般 に,漢 数 字 は,き わ め て 高 い頻 度 で繰 り返 し現 れ や す い数 値 関 係 の語 の表 記 に使 用 さ れ るた め に,漢 字 使 用 率 や 延 べ 語 カ バ ー 率 は 当然 高 くな る。 しか し, その 出 現 領 域 が 主 と し て数 値 情 報 に限 られ,そ 合 が起 こ る の で,異
こで 上 述 の よ う に 算 用 数 字 との競
り語 の 表 記 に お け る漢 数 字 の活 躍 領 域 は,漢 字 使 用 率 が 示 す
ほ ど広 い もの で は な い とい う結 果 に な る。 表8.7の
人 名 ・地 名 の 欄 で は,第1
位 の 「子 」 が,圧 倒 的 に他 を 引 き は な し,
4.7パ ー セ ン トにの ぼ る異 り語 カバ ー 率 を示 して い る 点 が 印 象 的 で あ る。 い う ま で もな く,調 査 時 点 に お け る女 性 の 名 ま えが もた ら した結 果 で あ る 。 つ ぎ に,さ
きの 延 べ 語 カバ ー 率 の 場 合 と同様 に,最 上 位 の 漢 字 か ら,あ る順 位
まで の 漢 字 全 体 に つ い て 異 り語 カ バ ー 率 を 計 算 す れ ば,「 通 算 異 り語 カ バ ー 率 (ΣCk)」 とい っ た もの が 算 出 し う る。 こ れ は,い
う ま で もな く,最 上 位 か らそ
の 順 位 まで の 範 囲 の 漢 字 群 を 用 い て 表 記 され た 語 の 集 団 が,異
り語 総 量 に 対 し
て,ど れ だ け の 割 合 に な るか を示 す もの で あ る。 そ の計 算 式 は 表8.1・ 式 ⑦ の 通 りで あ る。 表8.3に
掲 げ た,30字
の 漢 字 群 に つ い て,通 算 異 り語 カ バ ー 率 の 計 算 を し て
み る と,そ の 結 果 は,表8.8の い られ る語 は,異
り語 全 体 の127.824パ
る と い う結 果 に な る(こ い う単 語 は,第2
通 りで あ る。 この 上 位30字
の漢 字群 の漢字 が用
ー ミル す な わ ち13パ
ー セ ン ト弱 を 占 め
の 計 算 に お い て は,「 大 人 」 と表 記 され た 「オ トナ」 と
位 「大 」 ま で の修 整 漢 字 語 数 の 累 計 に算 入 され て い るの で,第
6位 「人 」 の 計 算 の さ い に は 算 入 し な い。 した が っ て 通 算 異 り語 カ バ ー 率 の 値 は,異
り語 カバ ー 率 の 単純 な累 計 で は ない)。
この通 算 異 り語 カバ ー 率 を,異 な り語 カ バ ー率 最 上 位 の漢 字 か ら,順 次,最 下 位 の漢 字 に い た る ま で計 算 した な らば,そ
の最 終 的 な 計 算 結 果 は,異
り語 総 量 に
対 す る,漢 字 表 記 語 の総 体 を比 率 の 形 で 表 した もの と な り,語 彙 集 団 にお け る漢 字 表 記 語 群 の 重 み を測 る一 つ の尺 度 と な る。
表8.8 延 べ 語 カバ ー率(全 体)上 位30字 の 通 算 異 り語 カバ ー 率(全 体)と 通 算 延 べ 語 カバ ー率(全 体)(単 位 は‰)
(3)漢 字 カ バ ー 率 の 性 格 簡 単 に い え ば,異
り語 カバ ー率 は,個 々 の漢 字 が 表 記 し う る語 の バ ラ エ テ ィー
を表 示 し,延 べ語 カバ ー 率 は各 漢 字 が 影 響 を及 ぼ す 語 彙 の 広 さ を示 す とい う こ と
に な る 。 前 者 は 漢 字 の 用 法 の 豊 か さ ・乏 し さ を 表 し,後
者 は 影 響 の 強 さ ・弱 さ を
示 す と い っ て も よ か ろ う 。 同 じ く カ バ ー 率 と呼 ん で も,こ 異 に し て い る 。 そ の 違 い が も っ と も は っ き り現 れ る の は,順 が,こ
れ ま で 扱 っ て き た30字
ー 率(Cn)・ と,表8.9(a)の 関(ス
の 漢 字 群 に つ い て,漢
異 り語 カ バ ー 率(Ck)の
の 二 つ は か な り性 格 を 位 で あ る。 重 複 す る
字 使 用 率(P)・
延 べ語 カバ
順 位 だ け を抜 き 出 して 対 照 表 を作 成 す る
よ う に な る 。 こ れ に 基 づ い て,表8.9・
ピ ア マ ン の 順 位 相 関 係 数 :γ)を 計 算 す る と,そ
式 ⑧ に よ って順位 相 の 結 果 は,つ
ぎ の 通 りで
あ る。
P
とCn
(全 体)0.9996
(一 般)
0.9929
CnとCk
(全体)0.6449
(一 般)
0.1472
P
(全 体)0.6476
(一 般)
0.2940
とCk
性 格 は 全 く違 っ て も,順 一 致 し
,き
位 に お い て は,漢
字 使 用 率 と延 べ 語 カ バ ー 率 と が ほ ぼ
わ め て 高 い 相 関 を 示 す こ と は,さ
き に述 べ た通 りで あ る。 漢 字 使 用 率
の 順 位 と,異 合 は,あ
り語 カ バ ー 率 の そ れ と の 間 に は,人
る 程 度 の 相 関 が 認 め ら れ る が,人
名 ・地 名 を 含 め た 全 体 順 位 の 場
名 ・地 名 を 除 い た 場 合 は,ほ
表8.9 順 位 の 相関
と ん ど相
関 は な い とい っ て よい 。 注 目 され る の は,延 べ 語 カ バ ー 率 と異 り語 カバ ー 率 の 相 関 で あ る。 人 名 ・地 名 を含 め た 場 合,両
者 の 順 位 の 間 に は,あ る程 度 の相 関 が み
られ る が,そ の 影 響 を排 除 した 一 般 語 の場 合,相
関 は ほ とん どな い 。 こ こ に,人
名 ・地 名 に用 い られ る漢 字 群 の 強 い 影 響 が認 め られ る と とも に,異
り語 カバ ー 率
に基 づ く漢 字 の 段 階 づ けの 特 異 な 性 格 が うか が わ れ る 。 そ こ で,異 の30字
り語 カバ ー 率 と延 べ 語 カバ ー率 との 間 の 関係 を と らえ るた め に,こ
に つ い て,表8.9・
(全体)〓=0.4734
式 ⑨ に よ って 相 関 係 数 を算 出 して み る と, (一般)〓=0.3027
とい う結 果 に な る。 一 般 に使 用 度 数 が 高 く,延 べ 語 カ バ ー 率 の 高 い 漢 字 の場 合 は,そ 記 さ れ る語 の範 囲 も広 く,バ ラエ テ ィー が 豊 か で あ り,当 然,異 値 も高 くな る と考 え られ る。 した が っ て,こ
れ に よ っ て表 り語 カ バ ー 率 の
の種 の 漢 字 に つ い て は,延 べ 語 カバ
ー 率 と異 り語 カバ ー率 との 間 に は
,か な り高 い相 関 関 係 が 予 想 され る。 そ れ に も
か か わ らず,延
べ 語 カ バ ー 率 の きわ め て 高 い 上 位30字
の 漢 字 に お い て す ら,こ
の 程 度 の 相 関 しか 認 め られ な い と い う こ と は,延 べ 語 カ バ ー 率 と異 り語 カ バ ー 率 は,互 い に か な り独 立 した 尺 度 で は な い か と考 え られ る。
●6 漢字 の基本度
これ ま で述 べ て きた よ う に,各 漢 字 の 漢 字 カ バ ー 率 を計 算 す れ ば,延 べ 語 カバ ー 率 に よ っ て,語 彙 全 体 の表 記 に及 ぼ す,そ の漢 字 の 影 響 力 を 推 測 す る こ とが で き,異
り語 カバ ー 率 に基 づ い て そ の漢 字 で 表 記 し う る語 のバ ラ エ テ ィー を測 定 し
う る。 現 代 雑 誌 九 十 種 の 漢 字 調 査 に 現 れ た3328字
の 漢 字 に つ い て,1 字 当 りの 平 均
的 な カ バ ー率 を計 算 す る と,延 べ 語 カバ ー率 ・異 り語 カ バ ー 率 の い ず れ も,0.3 パ ー ミル 前 後 と な る。 こ れ は,延 べ 語 に つ い て は1 字 当 り平 均87 .8語 程 度 の 語 の表 記 を カ バ ー す る こ と を 示 し,異
り語 につ い て は10.2語
前 後 の 語 の 表 記 を担
当 す る計 算 に な る。 そ こで,こ
の平 均 的 な カバ ー 率0.3パ
ー ミル を境 に,デ ー タ の3328字
の漢 字
を分 け て み る と,延 べ 語 カバ ー率 ・異 り語 カ バ ー 率 と も,こ の平 均 を超 え る漢 字 数 は,ほ ぼ2 割 程 度 と推 定 され る。 本 来,漢
字 の 使 用 度 数 の分 布 は,度 数1 な ど頻 度 の 低 い漢 字 が きわ め て 多 く,
頻 度 の 高 い 漢 字 は きわ め て 少 な い,い わ ゆ る L字 型 の 分 布 を 示 す 。 ち な み に 現 代 雑 誌 九 十 種 の デ ー タ の場 合,度
数1 は473字
ー セ ン トに 当 る 。 これ らの漢 字 は,無 論,漢
もあ り,こ れ は3328字
の14.2パ
字 カ バ ー 率 も きわ め て低 い わ けで あ
るが,平 均 的 な カ バ ー 率 に は,比 較 的 数 の 少 な い 高頻 度 ・高 カ バ ー 率 の漢 字 が, 強 い 影 響 力 を もち や す い。 そ の 結 果,平
均 的 な カ バ ー 率 は,上 記 の よ うに,か
な
り高 く出 て し ま う。 しか し,漢 字 表 記 に お け る,各 漢 字 の ウ エ イ ト ・重 要 度 を観 察 す る う え で は,度 数1 とか2 とか い っ た,頻 度 の 低 い漢 字 は,あ
ま り問 題 に な
ら な い と も い え る。 そ う した 観 点 に立 っ て,こ 一応
,認
こ で は,さ
き の平 均 的 な カバ ー 率0.3パ
め た う え で,そ れ 以 下 に つ い て は0.1パ
ー ミル を,
ー ミル 間 隔 で 分 割 し,表8.10
に示 す よ う に,延 べ 語 カ バ ー 率 ・異 り語 カバ ー 率 の 各 々 につ い て3 段 階 の 段 階 づ け を試 み た 。 この 表8.10の
A グル ー プ は,い
う ま で も な く語 彙 全 体 の 表 記 に対 す る影 響 力
も強 く,用 法 も広 い もの で,当 然,基
本 漢 字 と され る もの の 多 くは,こ れ に属 す
る。 延 べ 語 カ バ ー率 を柱 の 高 さ に,異
り語 カ バ ー 率 を柱 の太 さに な ぞ らえ る な ら
ば,こ
の A グ ル ー プ は太 くて高 い柱 と い う こ とに な る。
そ れ に対 し て,I グ ル ー プ は,低
くて細 い柱 に 当 る もの で,語
彙全体 の表記 に
対 す る影 響 力 も弱 く,用 法 も きわ め て限 られ て い る漢 字 群 で あ る。 い わ ゆ る制 限 漢 字 の 多 くが,こ 一 方,G
の グ ル ー プ に 属 す る の は 当 然 とい え よ う。
グ ル ー プ は,広
く多 種 類 の語 の 表 記 に 用 い られ るが,そ
れ らの 語 の 頻
度 が い ず れ も低 い グル ー プ で あ る。 頻 度 よ り も用 法 の広 さの 注 目 さ れ る漢 字 群 で あ り,そ の意 味 で,低
くて 太 い 柱 に た と え ら れ る。 逆 に C グ ル ー プ の もの は,
きわ め て 限 られ た 種 類 の語 の 表 記 に 用 い られ る漢 字 群 で あ るが,そ
れ に よ っ て表
記 され る語 の頻 度 が い ず れ も高 いわ け で あ る。 た とえ ば,頻 繁 に 出 て くる特 定 の 代 名 詞 や 接 続 詞 ・副 詞 ・助 数 詞 な どの 表 記 に も っ ぱ ら用 い られ る もの な どが,こ の グ ル ー プ に属 し,高
くて 細 い柱 に た と え られ る漢 字 群 で あ る。
表8,10 カバ ー 率(全 体)に よ る漢 字 の段 階 づ けの例(単 位 は‰)A
∼I 各 欄 の()内
の 数値 は度 数
また,E
グル ー プ は,こ れ ら に よ っ て表 記 され る語 の 種 類 も,そ れ らの 語 の頻
度 も多 か らず 少 なか らず とい っ た,平 均 的 な漢 字 群 で あ り,高 く,太
く も な く低 く もな
く も細 くも な い柱 に な ぞ ら え う る もの で あ る。
漢 字 に ウ エ イ トを つ け る場 合,使 尺 度 の み に た よ って い て は,た
用 度 数 や,そ れ に基 づ く漢 字 使 用 率 とい っ た
と えば,表8.10の
G グル ー プ や C グ ル ー プ の漢
字 の 特殊 な性 格 が 把 握 で き な い。 外 国人 や 児 童 生 徒 に 学 習 させ る漢字 の提 出順 序 を決 め る場 合 や,ワ
ー プロ ソフ
トの収 容 漢 字 の 配 列 を決 め る場 合 な ど に,一 つ一 つ の 漢 字 につ い て,ど
の く らい
の語 彙 の 表 記 に 影 響 力 を もっ て い るか,用 法 は広 い か 狭 い か とい っ た 情 報 を得 る こ と は有 効 で あ ろ う。 こ う し た観 点 か ら,各 漢 字 の 性 格 が,使
用度 数や漢字使用
率 よ り も,多 角 的 に と ら え う る点 で,漢 字 カバ ー 率 に よ る,漢 字 の ウエ イ トづ け は,一 つ の 有 効 な 方 法 で は な い か と考 え る。 注 1 )国 立 国 語研 究所 報 告20「 同音 語 の研 究 」1961・136∼290ペ 2 )宮 地
ー ジ 「同音 語 集 」
裕 「イ ン トネー シ ョン論 の た め に」(『国語 国 文』30巻11号
・1961)
3 )佐 藤 亮 一 『方言 の地 図 帳 』 小学 館 ・2002・168ペ ー ジ 4 )杉 本 つ とむ 『 江 戸 語― 東 京語118話 』 早 稲 田大 学 出版 部 ・1988・98ペ ー ジ 5 )楳 垣 実 『 増 補 外 来 語 辞典 』東 京 堂 出版 ・1986・93ペ ー ジ 6 )国 立 国 語 研 究 所 報 告21「 現 代 雑 誌 九 十 種 の 用 語 用 字 ・第1 分 冊― 総 記 お よ び 語 彙 表 」 1962/国 立 国語 研 究 所 報 告48「 電 子計 算 機 に よ る新 聞 の語 彙 調 査Ⅳ
」1973
7 )国 立 国 語研 究所 報 告56「 現代 新 聞 の漢 字 」1976 8 )田 中章 夫 「漢字 の重 み を測 る尺 度 」(『計 量 国 語 学 』75号
・1975)/「 漢 字 調 査 に お け る統 計
的尺 度 の 問題 」(国 立 国 語研 究 所 報 告50「 電 子計 算 機 に よ る国 語研 究 ・Ⅶ」1976) 9 )国 立 国 語研 究所 報 告22「 現代 雑 誌 九十 種 の 用字 用 語 ・第2 分 冊― 漢字 表 」1963
⑨ 文 章 と漢 字
白藤 禮 幸
●1 は じ め に
「文 章 」 と 「漢 字 」 とは,単 純 に助 詞 「と」 で結 び 付 け る こ との で き る よ う な, 同 じ レベ ル の語 で は な い。 「文 章 」 は文 法 論 ま た は文 体 論 で の 用 語 で あ る。 他 方, 「漢 字 」 は 文 字 の 種 類 の 一 で あ り,日 本 語 の 文 章,特
に 書 き言 葉 を構 成 す る文 字
の 一 種 と い う こ とに な ろ う。 「文 章 」 は,そ れ 自 身 完 結 し統 一 あ る言 語 表 現 と され る。 多 く は二 つ以 上 の文 の 集 合 で あ り,文 脈,段
落 に よ っ て,複 雑 な 内容 や 展 開,発 展 す る言 語 表 現 を実
現 させ て い く もの で あ る。 形 と して は,一 つ の文 学 作 品,一 編 の論 文,一 冊 の論 著,短
くは一 首 の 和 歌,俳
句 一 句 も一 つ の 文 章 とい う こ と に な る。 しか し,い わ
ゆ る,作 品 集 ・論 文 集 で は,そ の冊 全体 が 一 つ の 文 章 とな る の で あ ろ うか 。 文 学 者 ・評 論 家 が,そ
の著 全 体 が 一 つ の 主 題 に貫 か れ て い る と認 め るか 否 か,に
よる
と い う こ とに な る の で あ ろ う か。 さ て,文 章 と漢 字 と い う テ ー マ で は,ど の よ うな こ とが 問 題 と な るで あ ろ う か 。 日本 語 の 表 現 に お い て は,先 ず 語 が 意 識 さ れ,そ 選 択 さ れ た,と
の 語 の 表 記 の た め に漢 字 が
い う こ とで あ ろ う。 そ こで は,漢 字 表 記 され る語 と,仮 名 表 記 さ
れ る語,と
い っ た 整 理 が な され よ う。 そ こで は更 に異 字 同 訓 字,同 音 異 義 語,類
義 漢 語,音
訓 別 単 字 表 な どが 提 出 さ れ よ う。 そ の 上 に,書
ぬ,表 現 漢 字 が デ ー タ と し て与 え られ,そ
き手 の 表 現 語 彙 な ら
の表 現 者 の 個 性,文
体 的 な 要 素 と して
の 漢 字 の 有 様 が あ き らか に な るは ず で あ る 。 そ の表 現 にお い て,表 現 者 が 文 字 に つ い て どの よ う な選 択 を した か に よ っ て, 日本 語 文 で は,仮 名 文,漢
字 平 仮 名 混 じ り文,漢
字 片 仮 名 混 じ り文,漢
文,と
い
った 文 体 を生 み 出す 。 ま た,漢 字 に関 し て制 限 が あ る場 合 が あ る。 か つ て,当 用 漢 字 の 時 代 は,表 外 漢 字 の使 用 を抑 制 され た こ と もあ る。 人 名 ・地 名 な ど を除 き,普 通 語 に は当 用 漢 字 表 の音 訓 内 の 字 を用 い,表 外 字 は仮 名 書 き に す る とい う い わ ゆ る 「混 ぜ 書 き」 が お こ な わ れ て い た 。 小 学 校 の教 科 書 も,教 育 漢 字 の 学 年 配 当表 に 規 制 され て, 仮 名 書 き,混 ぜ 書 き,漢 字 表 記,と
い う具 合 の様 相 を示 し て い た。
文 章 は,そ の 内 容 ・目 的 に応 じた表 現 を とる。 文 芸 的 創 作 作 品 で は,用 語 用 字 に つ い て作 者 は極 め て個 性 的 な傾 向 を示 す で あ ろ う し,論 理 的 な学 術 論 文 で は, 曖 昧 さ を排 した客 観 的 な表 現 を 目指 す こ とに な る。 そ こ に漢 字 に 関 す る態 度 の 差 が 出 て くる で あ ろ う。 こ の よ う に,文 章 と漢 字 とに は,一 つ 一 つ の 文 章 ご と に特 徴 的 な漢 字 の 出現 が あ る,と 言 え よ う。
●2 仮 名文学 と漢 字
平 安 時 代 の 仮 名 文 学 に お け る 漢 字 は ど う で あ ろ う。 『土 佐 日 記 』 に お け る 漢 字 に つ い て,小
林 芳 規 氏 の 論 文 が あ る(「 平 安 時 代 の 平 仮 名 文 の 表 記 様 式 」 『国 語
学 』44,1961)。
そ れ に よ る と,青谿
書 屋 蔵 本 で は次 の よ う な漢 字 表 記 の語 が あ
る とい う。
(一)①
願,元
日,京,白
散,病
者,明
応 寺,不
用,院
②
日記
③
郎 等 , 講 師,相
④
イ 二 月 一 日,二 九 日,十
日,三
日,十
神,中
日,四
一 日,十
日,五
二 日,十
将
日,六
日,七
三 日,十
四 日,十
十 六 日,十
七 日,十
八 日,十
九 日,廿
日,廿
廿 三 日,廿
四 日,廿
五 日,廿
六 日,廿
七 日,廿
日,卅
日,五
色
日,八
一 日,廿
日,
五 日, 二 日,
八 日,廿
九
ロ 一 文 字,十 文 字
⑤
故
⑥
宇多
⑦
子日
⑧
人,子,日,千
( 二)
とせ
これ ら は異 本 に お い て も同様 に漢 字 で 表 記 され て い る語 で,原 本 に お い て も漢 字 で 表 記 さ れ て い た も の と され る。(一)の れ,且
つ,①
は拗 音 ・撥音 を,②
① ② ③ ⑤ ⑥ は音読 み の語 と目さ
は 入 声 を,③
は 喉 内撥 音 尾 を 含 む も の で あ
る。 そ れ らの 国 語 音 に は な い音 は,当 時 の 国 語 の 音 節 に対 応 す る形 で成 立 し て 間 の な い仮 名 で は,表 記 す る こ とが ま だ で きな い もの で あ っ た の で あ ろ う。 それ ゆ え に,中 国 語 の ま まの 漢 字 表 記 に よ らざ る を得 な か った の で あ ろ う。 今 日 に お い て,ま
だ外 来 語 に は な って い な い 語 を原 綴 の ま まで 引 用 す る よ う な もの で あ る。
紀 貫 之 は女 性 に扮 して仮 名 で 日記 を書 こ う と した が,こ
れ らの 語 は仮 名 で は書 け
な い もの で あ った 。 そ の た め漢 字 を用 い な けれ ばな らな い,と い う必 然 性 が あ っ た 。 ④ の 日付 は,音
読 み か訓 読 み か は直 ち に は決 め が た い。旅 立 ち の 日 こそ
「そ れ の と しの し は す の は つ か あ ま りひ とひ の ひ 」 と仮 名 書 き さ れ て い るが,以 後,「 廿 二 日」 か ら 「(二月)十
六 日」 まで,1 日 も落 とす こ と な く,漢 字 に よ る
日付 が 並 ん で い る。 も し これ らが 行 を変 え て の 表 記 で あ っ た な ら ば,貫 之 は漢 字 表 記 に よ っ て あ る種 の 句 読 法 を 実施 し て い た こ と に な る。 他 方,漢
語 で あ りな が ら仮 名 で 表 さ れ て い る もの が あ る(前 記 小 林 論 文59ペ
ー ジ の例 に 若 干 付 加 した) 。
①
さうじもの
②
か いぞ く,せ ち み,け
③
す は う,や
④
ぜ に,と
⑤
む ま,む め, ゑ,れ
しき
う
に に,て
い け,て い,げ
け,ゑ ず,ゑ ゆ,と
これ らは,仮 名 で 書 か れ て は い るが,先
じ,も
じ
うそ に挙 げた 国 語 の音 韻 に は な い 音 を含 む
もの もあ る。 ① は 「さ う じ(精 進)」 で あれ ば,拗 音 の直 音 化 と撥 音 の 省 記 とい う形 で 仮 名 表 記 が 実 現 した もの,②
は k ・t入 声 が 開 音 節 化 した もの,③
は喉
内撥 音 尾 が の,ま
「う 」 と写 さ れ た も の,④
た は 省 記 さ れ た も の,⑤
は 舌 内撥 音 尾 が
「に 」 「い 」 と写 さ れ た も
は 字 音 が 開 音 節 的 に 捉 え ら れ,そ
れ 故 に仮 名 表
記 が 可 能 に な っ た も の と考 え ら れ る 。 先 の 漢 字 表 記 の 語 と併 せ て,仮
名 文 の創 成
期 の 様 子 を見 て とる こ とが で き る。 今,仮
名 文学 の もう一 つの例 と して
壺 」 の 巻 に つ い て,用
『 源 氏 物 語 』 の 場 合 を 「大 成 」 本 の 「桐
い られ て い る漢 字 漢 語 を 出現 順 に異 な り形 に限 っ て列 挙 す
る と次 の よ う で あ る 。 御 時,女
御 , 更 衣,給,時,我,思,御
御 , 也 , 楊 貴 妃,御 上 ず(上
心,大
方,下
納 言,北
の 方,事,所,御
衆),方,坊,猶,身,中,物
宮,殿
, 夏,心
使,宣
命,位,秋,弘
日,宮
木,風,松,許,年
四 五 人,長
地,日,五
子 院,伊
正 じ,世
下,弁,句,春
宮,無
卿,世
の 宮,十
の 人,日
蔵 卿,く
ら 人 所,宮
こ の う ち,漢
六 日,宣
中,春
中,女
婦,葉,草,月
房,内,三
影,露,内
大 納 言,今,御
侍,侍,月
返,月,哉,虫,雲,
月,大
液 芙 蓉 未 央 柳,花,枝,程,火,
坊,世
人,宇
多,右
二,御
大 弁,子,相
尺,源
氏,先
帝,四
元 服,南
殿,火
ん ざ,御
人,少
将,四
の 君,二
の 位,勅
勢,年
品 親 王,外
内,蔵
大 臣,君,
涼 殿 , 本,怨,年,一
旨,女,道,夜
比,返,故
右 近,申,大
覧,一,右
思,又,後
徽 殿 , 野,命
恨 歌,亭
ら う,宮,人,心,物,世,
人,帝
の 宮,后,三 座,大
王,天 代,兵
部
臣,御
前,大
大 臣,上
ず(上
三 日,山,池,名
語で あるのは
女 御 , 更 衣,下 衆),坊,後
ら う(下〓),楊
涼 殿 , 宣 旨,女
故 大 納 言,長
恨 歌,亭 宮,無
御 元 服,南
ん ざ(冠
殿,火
で あ る 。 ま た,先
房,三
子 院,右
天 下,弁,句,春
貴 妃,大
近,大
品 親 王,外 者),御
の 漢 字 の う ち,和
位,勅
納 言,御 使,宣
命,弘
正 じ(大 尺(外
座,大
覧,右
徽 殿 , 命 婦,内
床 子),右
戚),源 臣,御
大 弁,相
氏,先 前,少
帝,三
侍,
人,帝 代,兵
王, 部 卿,
将
語 表 記 か と 思 わ れ る も の に つ い て,単
字 ごと
に頻 度 を見 る と 給 191 御 156 人 76 心 62 思 32 事 32 宮 28 方 26 世 24 物 23 侍 22 女 18 所 17 内 12 時 11 月 10 殿 10
が2 桁 以 上 の もの で あ る。 この 巻 の漢 字 率 は約9%で
あ る。 この 物 語 の 漢字 表 記
は,漢
語 ば か り で な く,和
「御 」 が 多 用 さ れ て お り,句
語 に も用 い ら れ て い る。 特 に 敬 語 の 読 点 も な く,行
替 え も な く,び
「給 」 や 接 辞
っ し り並 ん で い る 仮
名 の 文 字 列 に 語 や 句 と し て の ま と ま りが こ れ ら の 漢 字 に よ っ て 示 さ れ て い る の で あ ろ う。 ま た,仮
名 書 き さ れ た 漢 語 の 例 を 拾 う(今,私
ぎ し き,め
だ う,ざ
こ , ほ い,ゆ し,は さ う,は
い ご ん,さ
い ぜ ん,だ
う,た
う(奏)す,れ
うぞ く,て
う り,た
か せ,け
う ゐ ん,は
う し,そ
い,さ
う ど,せ
い だ い し,が
い め む,す
い(拝)す,せ
に 濁 点 を補 っ て 示 す)。
む じ,ろ
し き,せ
ん ざ い,ゑ,ね
く も ん,さ
く え う,か く,ぶ
ほ う,け
む(念)ず
う に む,こ
う い,せ
た う,い
ち,き
し,と
うそ , ゑ
う ろ くわ ん, や う,こ
くさ
む じ き,し
げ い
さ, す り し き 『土 佐 日 記 』 の 頃 に 比 べ る と,仮
名 表 記 も か な り 自 由 に な っ て い た の で は,と
思 わ れ る 。 『土 佐 』 で は 無 理 で あ っ た撥 音 ・入 声 音 の 表 記 も 「む ・ん 」 「く ・き ・ ち 」 な ど とあ る。 合 拗 音 が
「火 ん(冠)」
ろ く わ ん 」 と 「く わ ん(館)」
と字 音 を 借 りた よ う に 見 え る が,「 こ う
の 仮 名 書 き 例 も 見 え る 。 た だ,開
拗音 の直 音化 の
例 か と 目 さ れ る, 火 ん ざ(者),さ
うぞ く(装
束),す
く(宿)え
う,し
げ い さ(舎),す(修)
りしき が 目 に 付 く。 「 大 正(床)じ し て の 拗 音 は あ る が,仮
」 「外 尺(戚)」
が 借 音 表 記 を と っ て い る の も,音
と
名 に よ る表 記 法 は 未 成 立 で あ っ た と い う こ とで あ ろ う
か 。 し か し,「 き や う(饗)」
は 拗 音 形 で 現 れ て お り,サ
・ザ 行 に 限 ら れ た こ と で
あ ろ うか とも思 わ れ る。
●3 漢文 体歴史書 と漢字
漢 字 ば か りで 書 か れ た 上 代 の文 献 も一 つ の 表 現(文
章)と 見做 し う る。 今,六
国 史 の 第1 と第2,『 日本 書 紀 』 と 『続 日本 紀 』 と に つ い て,そ
の漢字 の 用 い ら
れ 方 の 差 を 探 り,両 者 の 異 同 を考 察 す る こ と にす る。 両 者 は,『 書 紀 』 で は歌 謡 と訓 注,『 続 紀 』 で は宣 命 と歌 謡 の部 分 に 若 干 の 国 語
を直 接 に表 した 万 葉 仮 名 の部 分 が あ る が,全 体 は漢 文 で 表 され て お り,意 字 と し て の漢 字 が 働 い て い る。 漢字 の 表 意 性 が,語
とし て働 い て い る の で あ る。 言 語 表
現 が 語 に よ っ て 果 た さ れ る よ う に,漢 文 で は漢 字 に よ って 果 た され る の で あ る。 そ の 内容 に応 じて 語 が 用 い られ る の で あ るか ら,漢 文 に お い て は選 ばれ た漢 字 に そ の 姿 を求 め る こ とが で き よ う。 『書 紀 』 は養 老 4(720)年 は,巻
に撰 進 され た もの で,全30巻,神
3神 武 紀 か ら巻30持
『 続 紀 』 は全40巻,文
統 紀 まで の41代
代 紀 の 2巻 以 後
の 天 皇 紀 を 範 囲 と す る。 対 し て,
武 天 皇 よ り延 暦10(791)年
桓 武 天 皇 代 まで を範 囲 とす
る。 両 者 に は,『 日本 書 紀 総 索 引 』(国 学 院 大 学 日本 文 化 研 究 所 編,1964‐1968, 角 川 書 店 刊),『 続 日本 紀 総 索 引 』(星 野 聰 ・村 尾 義 和 編,1992,高
科 書 店 刊)の
漢 字 総 索 引 が あ り,便 利 で あ る。 以 下 の数 値 も筆 者 が そ れ ぞれ に つ い て計 数 した もの で あ る。 そ れ ぞ れ の 文 字 量 は,『 書 紀 」 が 異 な り字3534字,延 紀 』 が異 な り字3313字,延
べ字 数 は318176字
の文 字 量 とな る。
以 於
子 而 月 人 國 臣 不 也
3954 2752 2306 2282 2222 1990 1928 1853 1797 1756 1557 1511 1478 1390 1325 1215
其
上 の字 を列 挙 す る と次 の よ うに な る。
是
之 皇 大 天 日
続
とあ る。 異 な り字 数 で は 『 書紀』
が 多 く,延 べ 字 数 で は 『 続 紀 』 は 『書 紀 』 の1.7倍 今,『 書 紀 』 で 頻 度 数200以
べ 字 数 は182566字,『
1207
十 1135 為 1125 等 1113 神 1098 者 1060 日 1058 有 1006 一 927 朔 910 二 894 時 882 年 880 百 876 使 829 王 825 羅 798 于 7 此 739 三 730 女 717 所 700 田 697 遣 693 云 667 連 663 上 595 自 592 則 588 部 576 命 560 宮 556 中 553 尊 549 山 549 下 527 新 520 能 502 乃 497 故 484 五 480 本 478 高 470 生 469 名 463 今 462 濟 449 八 442 太 438 彦 435 與 434 四 431 及 426 言 421 夾 415 我 411 将 403 小 402 己 397 至 397 那 396 即 389 見 383 詔 375 諸 374 野 368 多 367 亦 366 朝 357 伊 355 春 354 津 353 焉 353 無 351 造 351 吾 349 内 343 賜 342 未 341 后 339 阿 336 海 335 軍 333 事 330 甲 330 入 328 麻 328 令 327 可 325 當 322 矣 322 知 321 物 317 得 315 汝 310 謂 310 兄 309 因 309 後 309 奉 307 君 304 城 302 然 298 壬 295 欲 295 直 294 祢 294 出 292 位 291 聞 291 宿 288 夫 287 如 286 波 285 何 280 申 280 七 275 任 275 長 274 御 273
戊 273 道 272 武 269 馬 269 姫 268 立 266 丁 265 秋 265 還 264 問 262 乙 261 吉 261 火 261 地 260 辛 260 弟 259 丙
次 257 主 254 六 254 正 254 又 250 庚 250 行 247 進 245 午 244 復 241 従 238 祖 238 卯 236 酉 236 媛 232 居 230 別 229 癸 226 若 226 乎 225 島 224 紫 223 兵 222 遂 219 河 218 九 217 廣 216 寅 214 麗 213 家 212 冬 211 辰 211 船 210 群 209 安 208 由 207 處 207 男 204 難 204 既 203 都 203 金 203 始 202 奏 201 徳 201 石 200 以 上199字,異
な り字 率5.6%で,延
紀 』 に つ い て,頻 度400以
べ 字 数 の57.1%を
占 め る。 同 様 に 『続
上 の字 を列 挙 す る と次 の よ う に な る。
位 10928 従 7253 下 6881 五 6501 臣 5587 朝 5027 人 4774 上 4731 大 4719 為 4510 正 3246 之 3013 国 2966 麻 2578 四 2569 呂 2335 以 2222
王 2135 等 1905 天 1882 三 1806 守 1705 外 1683 不 1577 賜 1550 一 1546 月 1536 原 1526 六 1519 宿 1503 真 1441 禰 1437 二 1381 部 1363 百 1361 者 1306 子 1291 中 1275 年 1254 十 1247 有 1205 日 1184 藤 1180 田 1174 其 1153 使 1130 並 1106 内 1081 皇 1079 授 1074 官 1067 於 1041 諸 946 宮 904 是 897 多 856 姓 850 已 847 無 829 石 828 郡 823 連 811 八 807 今 806 道 794 野 794 自 783 神 772 比 771 七 770 少 764 言 746 所 745 御 732 事 722 勅 705 紀 703 未 698 令 691 治 683 後 674 止 672 高 663 伊 658 佐 656
也 652 司 652 曰 652 左 651 足 650 太 646 乙 642 山 637 主 633 而 627 詔 627 広 624 安 624 前 612 及 609 女 604 兼 588 宜 582 右 576 造 575 如 567 長 567 又 564 乎 562 美 562 川 559 丁 556 成 556 物 555 在 552 波 551 衛 551 久 543 遣 539 京 528 勢 527 庚 527 己 521 申 513 奉 511 此 509 壬 508 甲 508 名 505 行 505 家 503 辛 501 将 499 輔 496 伴 494 兵 492 毛 492 尓 488 給 488 東 486 癸 484 故 480 公 478 丙 472 介 471 寺 469 文 469 乃 463 養 456 夫 454 奈 454 戊 454 小 453
河 452 倍 447 午 446 各 442 備 441 本 441 海 436 差 435 伯 434 嶋 431 忌 428 卯 427 平 424 依 422 師 421 納 419 至 419 出 417 頭 415 亥 410 〓 408 寅 404 阿 403 巳 402 良 401 軍 400 『続 紀 』 は異 な り字179字,異 頻 度200と400と
な り字 率5.7%で
延 べ 字 数 の63.4%を
に 基 準 の線 を引 い た ので あ るが,異
占 め る。
な り字 率 は よ く似 た数 字
とな っ て い る。 『 続 紀 』 の 方 が,1 字 当 た りの 出 現 度 数 が 高 い とい う こ と で あ る。 この 2書 は,と
もに 日本 の古 代 の 歴 史 を記 述 した もの で あ る筈 で あ るが,今,
10位 まで に あ る字 を並 べ る と,共 通 す る字 は 「大 」1字 しか な く,そ れ ぞ れ の 内 容 ・主 題 の 違 い を暗 示 して い る。 「大 」 は 『書 紀 』 で は,「 天 照 大 神 」 「大 山祇 神 」 「大 日〓 貴 」 「大 己 貴 命 」 「大 物 主 神 」 な ど の 神 名,「 大 日本 」 とい う美 称 表 記,
「大鷦鷯 」 「大 足 彦 」 「大 伴 」 「大 磐 」 「大 三 輪 」 「大 春 日」 「大宅 」 の人 名,「 大 臣」 「大 連 」 「大 使 」 の 官 名 や 「大 兄 」 「大 唐 」 「大 華 下 」 「大 山上(中 (中 ・下)」 「大 乙上(中 大肆 」 「 務 大肆(参)」
・下)」 「大 錦 上
・下)」 「大 織 冠 」 「大 紫 上 」 「直 大 参(肆)」
「勤 大壹 」 「浄
な どの 官 位 名 に 用 い られ る。 『続 紀 』 も ほ ぼ 同 傾 向 で 「左
右 大 臣 」 「大 納 言 」 「左 右 大 弁 」 「∼ 大 夫 」 「大 臣 」 「大 輔 」 「大 丞 」 な どの 官 名 ・位 名 が 多 く見 られ,人 名 で は 「大 伴 」 が 多 い。 一 般 的 に 「大 」 は形 容 詞 と して そ の 偉 大 さ な ど を表 す もの で あ ろ う。 そ の 他 で は,『 書 紀 』 に は 「之 ・以 ・於 ・而 」 な ど助 字 が 多 い が,『 続 紀 』 に は な い 。 上 位10位
内 の 字 で で き る熟 語 を 考 えれ
ば,『 書 紀 』 で は 「天 皇 」 で あ り,『 続 紀 』 で は 「従 五 位 下(上)」
「朝 臣 」 で あ
る。 こ れ は 両 者 の 性 格 を顕 著 に代 表 し て い る。 「天 皇 」 につ い て は,『 書 紀 』 に は 1377回,『 続 紀 』 で は616回
出 現 す る。 『書 紀 』 は 神 武 よ り持 統 ま で41代
の,
『続 紀 』 で は文 武 よ り桓 武 まで 9代 の天 皇 代 が そ の 内容 で あ る。 『書 紀 』 で の 多 さ は,そ の 歴代 の 多 さ と も言 え るが,こ
の書 が,大 和 朝 廷 の正 統 性 を神 代 か らの連
続 とし て 主 張 す る もの で あ った こ と も思 い あ わ され る。 対 して 『続 紀 』 の 語 は, 大 宝 元(701)年
3月 に 大 宝 令 に よ っ て 官 名 ・位 号 が 改 制 さ れ た,そ
の 官 位,そ
れ も公〓 に 列 し,殿 上 人 た り うる 「五 位 」 と,姓 の 「朝 臣 」 で あ り,と も に朝 廷 に仕 え る者 に つ い て の も の で,本 書 は官 人 の 記 録 と も言 え よ う。 『続 紀 』 で は成 立 し た律 令 体 制 の下 で の 臣 下 の人 事 記 録 が 主 とな っ て い る。 登 場 す る人 物 の ほ と ん どが,そ
の 時 点 の官 位 を冠 して 現 れ,叙 位 記 事 で は 旧 の 官位 と新 し く授 け られ
た 官 位 が 並 んで 記 録 され て い る。 『続 紀 』 で の漢 数字 の 出 現 を見 る と, 一 1546 二 1381 三 1806 四 2569 五 6501 六 1519 七 770 八 807 九 326 十 1247 と 「五 」 が 飛 び 抜 け て 多 い 。 年 ・月 を表 す た めで あ れ ば,も な る か と思 わ れ るが,三
・四 ・五 ・六 の 多 さ は多 分 に 官位 が 関 係 し よ う。
『書 紀 』 と 『続 紀 』 の 字 数 比 は 約 1対1.7で 紀 』 の10倍 う。 今,そ
っ と平 均 した もの に
あ る。 そ の 割 合 か ら言 え ば,『 書
以 上,『 続 紀 』 に お い て 増 加 し て い る字 群 は そ れ な りの 理 由 が あ ろ の字 を挙 げ る と,次 の よ うで あ る。
下 527→6881 辨 12→316 五 480→6501 冊 2→115 亮 4→130 勲 8→124 介 34→471 呂 193→2335
位 291→10928 品 14→189 兼 27→588 員 1→256 准 14→179 外 57→1683 奥 12→244 督 6→156
守 145→1705 租 8→204 式 13→216 税 10→119 従 238→7253 給 47→488 朝 357→5027 〓 7→15 止 46→672 継 15→347 正 254→3246 藤 37→1180 渤 1→110 衛 42→551 監 13→151 賑 1→210 真 125→1441 輔 16→496 量 10→109 陸 26→349 銭 5→198 亀9→107 鋳1→101 この う ち,「 下 ・五 ・勲 ・位 ・品 ・外 ・従 ・正 」 は叙 位 に関 す る字 で あ る。 「 上 (595→4731)」
も7.9倍
と か な り の 増 加 で あ る。 「辨 ・亮 ・介 ・督 ・守 ・衛 ・
監 ・輔 」 は官 職 に 関 わ る字 で 新 しい 官 制 の 制 定 と関 連 し よ う。 「兼 ・員 ・准 」 も これ に関 連 す る動 詞 や 名 詞 で ろ う。 「並(114→1106,9
.7倍)」 も叙 位 記 事 に見
られ,副 詞 的 に用 い られ て い る。 「朝 ・真 」 は天 武 朝 に定 め られ た 姓 「朝 臣 」 「真 人 」 に関 わ る字 で あ る。 「租 ・税 」 は律 令 国家 の 税 制 に関 連 し,「 給 ・賑 」 は朝 廷 の福 祉 事 業 で あ る 。 「銭 ・鋳 」 は貨 幣 経 済 の始 ま りを物 語 る。 「渤 」 は 「渤 海 国 」 で あ り新 しい 外 交 関係 の誕 生 を反 映 し,「 藤 」 も藤 原 氏 の活 躍 の 故 で あ る。 国 名 の 「總」 は 「上總 」 「下總 」 と分 割 され た た め で あ り,「奥 ・陸 」 の両 字 が 多 い の は,当 時 の 東 国経 営 に 問 題 が 多 か っ た こ と を意 味 し よ う。 「亀 」 は 「神 亀 」 「霊 亀 」 「宝 亀 」 の年 号 の 故 で あ ろ う。 「止 」 は宣 命 の部 分 に助 詞 「ト」 と して 用 い ら れ る例 が 五 百 余 あ るた め,「 呂」 も 「麻(328→2578,7
.9倍)」 と と も に 人 名 に
多 用 され た た め で あ る。 詔 以 大 納 言 従 二 位 石 上 朝 臣 麻 呂為 右 大 臣,无 位 長 屋 王 授 正 四位 上,无
位大市
王 ・手 嶋 王 ・気 多 王 ・夜 須 王 ・倭 王 ・宇 太 王 ・成 会 王 ・並 授 従 四 位 下 。 従 六 位 上 高 橋 朝 臣 若 麻 呂(22人
略),正
六 位 上臺 忌 寸 八 嶋 並従 五 位 下 。 ( 続 紀 巻 3・慶 雲 元(704)年
と あ る よ うに,任 官 記 事 に は動 詞 「為(1125→4510,約4倍)」
正 月 癸 巳 条) を用 い る。 この
動 詞 の 場 合 は,列 記 さ れ て い て も原 則 的 に省 か れ な い。 対 して叙 位 記 事 に は動 詞 「授(122→1074,約8.8倍)」
を用 い,先
の例 文 に 見 た よ うに,第3の
叙 位記事
で は動 詞 は省 略 さ れ て い る 。第 2・第 3の 記 事 の よ う に複 数 の 人 に官 位 を与 え る 場 合 は,先 あ る。
に挙 げ た 「並 」 を用 い る。 これ が 『続 紀 』 の 任 官 ・叙 位 記 事 の 方 式 で
他 方,『 続 紀 』 に お い て 『書 紀 』 の 3分 の 1以 下 しか 現 れ な い 字 に 次 の もの が あ る。
云 667→166 児 168→33 于 754→245 吾 349→28 姫 268→15 媛 232→2 尊 589→67 彦 435→23 曰 2222→652 崩 117→30 朔 910→ 291 歌 184→39 汝 310→62 火 261→45 稚 143→4 羅 798→215
蘇 146→30 那 396→46 謂 310→38 「云 ・曰 ・謂 」 は 発 話 の 動 詞 で あ るが,「 言 」 を 除 い て,い ず れ も減 少 し て い る。 「問(262→155)」
「號(199→83)」
も同類 で あ ろ う。 「申 」 は十 二 支 の 一 の
字 で あ り 日付 を 干 支 で 表 して い る。 他 の 十 二 支 字 の 平 均 か ら言 え ば,『 書 紀 』 で 約80,『 続 紀 』 で 約110ほ
ど の 動 詞 と し て の 用 例 が あ る と推 定 さ れ る。 な お,
『 続 紀 』 の 「言 」 に つ い て は謙 譲 動 詞 的 用 法 の あ っ た こ と を先 に論 じた(「 上 代 漢 字 文 研 究― 2001,武
「言 」 を め ぐっ て― 」 『日本 語 史 研 究 の 課 題 』 所 収,日 本 語 研 究 会 編,
蔵 野 書 院)。 これ は,「 吾 ・汝 」 とい う代 名 詞 字 の 減 少 と も関 連 が あ ろ
う。 「我(411→170)」
も同 類 で あ る。 『 書 紀 』 に比 べ て 『 続 紀 』 で は,発 話 文 を
直 接 話 法 的 に表 現 す る こ とが 少 な くな っ て い る と い う こ と で あ ろ う。 た だ 「 朕 (177→361)」
と増 え て い るの は,宣 命 や 詔 勅 を多 く収 め て い るか らで あ ろ う。
「姫 ・媛 」 が 激 減 して い るの も 「皇 女 」 「女 王 」 とい う新 しい語 に押 され て で あ ろ う。 「彦 ・稚 ・兄 」 も 『書 紀 』 時 代 は若 々 し さ,力 強 さ を 示 す 語 と して 人 名 ・神 名 に愛 用 され た が,そ
の流 行 も 『続 紀 』 の 頃 に は も う過 ぎ た,と い う こ とで あ ろ
うか 。 「尊 」 も 『書 紀 』 の神 代 紀 で神 名 の 接 尾 語 と して 「命 」 と 区別 され て い た が,『 続 紀 』 で は 神 代 と は直 接 に は 関 わ らな い。 「崩 」 も天 皇 代 の 差,「 朔 」 もそ の 間 の 月 数 の 差 を 考 え れ ば 納 得 で き る。 表 に は 「羅 」 し か 出 て い な い が,「 済 (449→271)」
「 麗(213→93)」
と と もに 百 済 ・新 羅 ・高 麗 に 関 す る もの で,こ
の 数 は,年 月 の 差 に よ る の で あ ろ う。 な お 「任 那 」 は 『続 紀 』 に は見 え な い。 「歌 」 も 『 書 紀 』 に は128首
の歌 謡 が あ るが,『 続 紀 』 に は 8首 の み で,歌
る関 心 の 変 化 に よ る もの で あ ろ う。 「火 」 は 『 書 紀 』 の巻 2神 代 下 に158例
に対 す あ り,
その ほ と ん どが神 名 に用 い られ る もの で あ る。 『続 紀 』 に は こ の よ うな 例 は な い。 神 話 とは 直 接 関 わ ら な い 『続 紀 』 の 性 格 を位 置 付 け る。
漢 字 は語 で あ り,表 され る 内容 を荷 っ て い る。 そ の 内 容 を示 す 字 が 選 ば れ,用 い られ る。 以 上 に挙 げ た,い
くつ か の 漢 字 の 場 合 も,両 書 の 目的 ・内容 の 違 い を
反 映 した も の で あ る。 『書 紀 』 『続 紀 』 を そ れ ぞ れ 独 立 した〃 文 章 〃 と捉 え た 場 合,そ
れ ぞ れ の 主 題 ・方法 が 漢 字 に 示 され て い る,と い う こ とで あ る。
● 4 説話集 の漢字
古 代 の 同 じ く漢 文 体 の文 章 の 一 に,『 日本 霊 異 記 』 が あ る。 この 書 に は 藤 井 俊 博 氏 の 労 作 『日本 霊 異 記 漢 字 総 索 引 』(笠 間 書 院,1999)が る と,総 漢 字 数43128字,異
な り漢 字 は2317字
あ る。 そ の 凡 例 に よ
で あ る。 同 書 に基 づ い て の私 の
調 査 に よ る と,頻 度 順 漢 字 表 は次 の よ う に な る。
之 1311 而 636 人 551 不 523 也 451 者 389 有 348 大 340 其 336 於 332 以 306 天 297 言 296 我 278 子 277 時 274 見 270 一 268 経 249 国 246 日 238 是 231 為 222 得 221 法 218 師 215 知 211 無 210 故 209 皇 209 曰 202 年 197 彼 192 寺 187 生 186 三 178 女 178 如 177 矣 160 家 157 二 153 行 152 縁 151 来 150 所 148 郡 148 十 146 報 146 心 145 聞 142 後 130 然 128 僧 128 願 127 死 126 母 123 第 123 王 122 自 120 上 119 山 119 汝 119 身 117 往 116 何 115 食 113 像 111 此 111 物 111 中 110 作 109 即 109 白 109 于 107 入 107 世 106 仏 105 答 105 現 104 出 102 道 102 音 102 善 101 令 99 名 99 今 98 宮 97 七 96 徳 96 悪 96 云 95 受 95 居 95 猶 95 問 93 月 91 聖 88 信 87 因 86 至 86 五 86 奉 85 将 85 事 85 還 84 長 83 斯 82 養 82 使 82 衣 81 非 81 従 80 修 80 内 80 多 79 八 79 神 79 下 77 与 77 四 77 妻 77 殺 77 応 76 等 76 往 74 観 74 命 73 宝 73 未 73 罪 73 唯 72 語 72 部 72 乞 71 当 70 欲 70 以 上,頻 136字
で,延
度 数70以
上 の 字 は136字,異
べ21602字,総
『日 本 霊 異 記 』 は 全3巻 39の
な り 漢 字 の 約5.9%に
漢 字 数 の50.1%に で,各
あ た る。 こ の
あ た る。
巻 頭 に 序 を お き,上
巻 は35,中
巻 は42,下
巻 に
説 話 を 収 め た 仏 教 説 話 集 で あ る 。 「縁 ・第 」 は 各 説 話 の 題 に 現 れ る 字 で あ
る。 そ の 字 群 を 見 る と,上
位10位
内 に
「之 ・而 ・不 ・也 ・者 ・於 」 の 助 字6字
が
占 め る 。 仏 教 説 話 集 と さ れ る 本 書 で あ る が,助
字 の使 用 が 多 い 。 そ の他 の 字 で は
「人 有 」 と い う 主 題 提 示 ら し い 文 が 成 り立 つ 。 「大 」 は 紀 ・続 紀 に も 多 か っ た 。 助 字 の う ち で は,「 不 」 字 が 4位 に あ る の が 注 目 さ れ る 。 今,前 併 せ て 出 現 率 を 見 る と次 の よ う に な る(単
日本 書 紀
1325字
続 日本 紀
1571字
4.9‰
日本 霊 異 記 523字
に 見 た 2書 と
位 は 千 分 率)。
7.2‰
12.1‰
『霊 異 記 』 で は 否 定 表 現 が 多 い と言 え よ う。 そ の 他 の 字 で は 「経 ・法 ・師 ・寺 ・生 ・報 ・僧 ・往 ・像 ・仏 」(頻 度100以 が 見 ら れ,そ
の 内 容 を 反 映 し て い る 。 ま た,代
名詞
上)
「我 ・汝 」,動 詞 字 と し て は
「言 ・見 ・為 ・得 ・知 ・曰 ・行 ・来 ・聞 ・願 ・死 ・食 ・作 ・入 ・答 ・現 ・出 」 が 多 い 。 名 詞 字 で は,「 天 ・皇 」 は 時 代 を 示 す た め に,「 国 ・郡 」 は 話 の 起 っ た 地 を 示 す た め に 用 い ら れ る 。 「子 ・母 」 は 母 子 の つ な が り を 述 べ た 説 話 が 多 い と い う こ と で あ ろ う。 「女 」 は あ る が
「男 」(29)は
多 く な い 。 「父 」(64)も
「母 」 に 比
べ る と少 な い。 仏 教 で の 女 性 観 と関 係 す る の で あ ろ う か 。
文 章 とし て は,例 外 的 な仮 名 文,漢 文 に つ い て 見 た だ けで,日
本 語 の漢 字 仮 名
混 じ り文 に つ い て は論 者 は用 意 が な い。 この種 の 文 章 は,内 容 と形 式,成
立 した
時代 も多 様 で あ り,そ れ こそ 一 つ 一 つ の文 章 につ い て,多 様 な視 点 が 漢 字 に対 し て設 定 され るで あ ろ う と思 わ れ る。
⑩ 字書 と漢 字
高梨信博 ● 1 は じ め に
標 題 中 に,現 在 で は 〈辞 書 〉 に比 べ て や や な じ み が うす い か と思 わ れ る 〈字 書 〉 が 用 い られ て い る。 〈字 書 〉 とは何 か を確 認 す る こ とか ら は じ め た い と思 う。 現 在,〈 字 書 〉 と い え ば,い わ ゆ る漢 和 辞 書 を 思 い うか べ る とい う こ と に な る で あ ろ う。 漢 字 を部 首 と画 数 に よっ て 分 類,配 列 し,そ の音 や 意 味 や 字 源 な どに 関 す る 説 明 を し る し,さ ら に そ の漢 字 を含 む熟 語 を あ げ て語 釈 を加 え た も ので あ る。 見 出 し とな る漢 字 の検 索 の た め に,別
に音 訓 や総 画 数 に よ る索 引 な どが そ え
られ て い る こ と も,ほ ぼ共 通 の イ メ ー ジ の う ち に含 まれ る とい っ て よ い か も しれ な い 。 語 の 意 味,用
法 を知 るた めの 〈辞 書 〉 に対 して,漢 字 の音 や 意 味 や 用 法 を
知 るた め の 〈字 書 〉 が 存 在 し,そ れ ぞれ を国 語辞 書 と漢和 辞 書 が代 表 す る とい う 役 割 分 担 が 定 着 して い る とい え よ う。 しか し,こ れ は く字 書 〉 と く辞 書 〉 とを 区別 し て用 い るな らば,と
い う前 提 の
も とで の こ とで あ り,現 代 に お い て は,実 際 に は 〈辞 書 〉 が 総 称 と して 用 い られ る の が 普 通 で,漢 和 辞 書 を さ す ば あ い で も 〈字 書 〉 が 用 い られ る こ と は 多 くな い 。
日本 語 に お け る 〈字 書 〉 と 〈辞 書 〉 の 語 史 を ふ りか え っ て み る と,〈 字 書 〉 は 平 安 時 代 か ら使 用 例 が み られ るの に対 し,〈 辞 書 〉 が 登 場 す る の は江 戸 時 代 後 期, オ ラ ン ダ語 辞 書 や 蘭 日対 訳 辞 書 な どを さす 語 と して で あ っ た と考 え られ る1)。そ
れ まで の 辞 書 の ほ とん どが 漢 字 の 音 や 意 味 を調 べ,語
を漢 字 で どの よ う に書 き あ
らわ す か を知 る た め の も の,す な わ ち 〈字 書 〉 で あ っ た の に対 し,そ う い っ た 漢 字 との か か わ りを もた な い ヨー ロ ッパ の 言 語 の対 訳 辞 書 な どを さす も の と して, 文 字 の 書 で は な い,こ
とば(辞)の
書 を 意 味 す る 〈辞 書 〉 が 必 要 に な っ た とい う
こ とで あ ろ う。 〈辞 書 〉 とい う語 が 必 要 と さ れ,ま
た そ れ が 一 般 的 な 総 称 と して 広 く用 い られ
る よ う に な る以 前 の 時代 に お い て,わ
が 国 の 辞 書 の ほ とん どは,漢 字 の音 や 意 味
を知 り,語 に あ て る漢 字 を知 るな ど の,漢 字 との か か わ りに も とづ い て成 立 す る 〈字 書 〉 で あ っ た。 漢 字 との か か わ り を成 立 の 要 件 と しな い 辞 書 と して,歌
語辞
書 ・雅 語 辞 書 ・俗 語 辞 書 ・方 言辞 書 な ど も あ った が,全 体 と して は少 数 で あ り, 〈字 書 〉 の優 勢 は動 か な い 。 日本 語 の 歴 史 の な か で,漢 字 との で あ い は 辞 書 を生 み だ す 大 き い原 動 力 とな り,そ の 辞 書 は 漢 字 との か か わ りの も とで 成 立 して い る も の で あ るが ゆ えに 〈字 書 〉 な の で あ っ た 。 そ の 流 れ は,〈 辞 書 〉 で あ る は ず の 現 代 の 国 語 辞 書 に もひ きつ が れ て い る。 国 語 辞 書 の 見 出 しの あ とに は表 記 欄 が 設 け られ,ど
の よ う な漢 字 が あ て られ るか が
示 され る。 国 語 辞 書 を利 用 す る ば あ い の 多 くは,常 用 漢 字 表 に含 まれ る漢 字 や 音 訓 で あ るか とい っ た こ との確 認 を含 め て,そ
の表 記 欄 に示 さ れ た情 報 を得 るた め
な の で あ り,そ の ば あい,国 語 辞 書 は く字 書 〉 と して 利 用 さ れ て い る とい って も よ い で あ ろ う。 本 稿 で は,わ が 国 の辞 書 の う ち,漢 字 の 音 や 意 味 を知 り,あ るい は語 に あ て る べ き漢字 を求 め るな ど,漢 字 との か か わ りを成 立 の 要 件 とす る もの を 〈字 書 〉 と し,わ が 国 に お け る漢 字 使 用 が どの よ う な 〈字 書 〉 を生 み だ して き た の か , そ の お もな もの を概 観 した い 。 語 を一 定 の順 序 に配 列 して これ に あ た る漢 字 表 記 を示 す とい う形 式 の もの は,語
を見 出 し とす る と こ ろ か ら辞 書 と さ れ る こ とが 多 い
が,近 代 以 前 で は漢 字 表 記 の 形 が 目標 と な っ て お り(語 義 な どの 説 明 は な い こ と も多 い),そ
れ が 一 書 と して 成 立 す る た め の 不 可 欠 の要 件 で あ る点 か ら す れ ば,
こ れ も 〈字 書 〉 の一 種 とみ る こ とが で き る。 な お,本 稿 で と りあ げ る の は,原 則 と して江 戸 時 代 まで と し,明 治 以 降 に は及 ぼ な い 。 ま た,江 戸 時 代 に つ い て も,そ れ 以 前 と比 べ て 〈字 書 〉 は い ち じ る し く
多 様 化 して い るの で あ るが,本 稿 に 書 名 を あ げ て 言 及 で きる もの は,そ の ご く一 部 で あ る こ と をお こ とわ りし て お きた い 。
● 2 字書 の分類
漢 字 は,形
・音 ・義 の 3つ の 要 素 か ら な る とい わ れ る。 字 書 に お い て,漢 字 を
まず 何 らか の基 準 に も とづ い て 分 類,配
列 し よ う とす る とき,そ の 基 準 と され る
の は この 形 ・音 ・義 で あ り,字 書 の 分 類 もそ れ に 応 じ て な さ れ る の が 普 通 で あ る。 近 年 の もの と して,大
島 正 二 『〈辞 書 〉 の 発 明―
中国言 語学 史入 門』 に よ
れ ば,中 国 の もの に つ い て,こ れ らの形 ・音 ・義 に も とづ く字 書 の分 類 と して, 次 の 3種 が あ げ られ て い る2)。
字 書3) 字 の 形 や 構 造 に よ っ て 分 類,配
列 された辞典 。 『 説 文 解 字 』 『玉 篇 』
『 類 篇 』 『字 彙 』 『 康 煕 字 典 』 な ど。
韻 書 作 詩 の参 考 書 と して編 纂 され た韻 引 き字 典 。 『切 韻 』 『 広 韻 』 な ど。
義書
義 す なわ ち 意 味 の分 類 に よ る辞 典 。 『 爾 雅 』 『方 言 』 『釈 名 』 な ど。
形 ・音 ・義 に も とづく 文 献 の分 類 と して あ げ られ て い る うち で,字 る もの は以 上 の とお りで あ るが,こ
書 に該 当 す
の ほ か に 次 の もの が あ げ られ て い る。
字 様 書 文 字 の 筆 画 の 標 準 を 示 す 書 。 『干 禄 字 書 』 『五 経 文 字 』 『九 経 字 様 』 な ど。
これ は,形
・音 ・義 の 分 類 で い え ば 〈形 〉 に よ る もの とい う こ とに な るが,大
島 氏 の 分 類 に い う 〈字 書 〉 は漢 字 の字 音 や 意 味 な ど を知 る こ と を 目的 とす る の に 対 し,こ ち らは字 体 上 の対 応 関 係 を知 るた め の もの で あ る。 以 上 は中 国 の字 書 の 基 本 的 な分 類 で あ る。 日本 の字 書 に つ い て も,上 記 の 〈字 書 ・韻 書 ・義 書 ・字 様 書 〉 の 4類 を まず 認 め る こ とが で き る。 形 ・音 ・義 とい う要 素 か らみ た と き,日 本 に お け る漢 字 使 用 が 中 国 に お け る漢 字 使 用 とこ とな る点 は さ ま ざ ま あ る が,そ の なか で も っ と も大 きい の は,字 訓 の 存 在 で あ る。 字 訓 は,漢 字 の よ み と して その 漢 字 の意 味 に あた る和 語 を対 応 させ た もの で あ り,形
・音 ・義 の 分 類 で い え ば 〈音 〉 に あ た る と考 え るべ き もの で あ
る。 中 国語 音 に も とづ く字 音 と は別 系 統 の,字 訓 とい う 〈音 〉 の対 応 が 生 じ る こ
と に な った わ け で あ る。 前 記 の 〈字 書 ・韻 書 ・義 書 〉 な どで も,字 訓 を示 す こ と は 日本 の 字 書 の 大 き な柱 の一 つ にな っ て い く。 い ま一 つ,日 本 の 字 書 で は,和 語 で あ れ漢 語 で あ れ,そ の 語 に対 して あ て るべ き漢 字 を求 め るた めの もの が作 りだ され た 。 中 国 の字 書 で は,形 の 〈音 〉 を分 類 基 準 とす る もの は,韻 書,す
なわ ち字 音 の う ち頭 子 音 を除 いた 部
分 の 同 じ もの を 集 め る と い う形 式 を と る も の で あ っ た が,日 に,語
・音 ・義 の うち
本 で は韻 書 と は別
形 に よ っ て 分 類 し,対 応 す る 漢 字 表 記 を 示 す 字 書 が 生 み だ され た の で あ
る。 本 稿 で は,こ の 種 類 の もの を 〈語 書 〉 と よぶ こ とに す る。 こ の 〈語 書 〉 と さ き の 〈字 書 ・韻 書 ・義 書 ・字 様 書 〉 を あわ せ た5類 が 本 稿 に お け る 日本 の字 書 の 分 類 とい う こ とに な る。 日本 の字 書 の なか に は複 合 的 な性 格 の もの も あ り,必 ず し も上 の 5類 に截 然 とわ か れ る わ けで は な い 。 そ れ ら に つ い て は そ の つ どふ れ る こ と と して,以 下,上
の 5類 に従 っ て,具 体 的 に字 書 を紹 介
して い く。
● 3 字
書
こ こで い う 〈字 書 〉 は狭 義 の字 書,す
な わ ち漢 字 を部 首 な どの 字形 に よ っ て分
類,配 列 し,そ れ ぞれ の漢 字 に つ い て字 音 や 意 味 な ど を注 記 した もの で あ る。 現 存 す る わ が 国 最 古 の字 書 は 『篆隷 万 象 名 義 』 で あ る4)。空 海 が 天 長7(830) 年 ご ろ に編 ん だ もの で,全30巻,約
1万6000の
漢字 を部 首 分 類 し,漢 文 で注 記
を加 え て い る。 書 名 の とお り,見 出 しの漢 字 は,篆 書 と隷 書(こ 書 の意)で
示 され て い るが,篆
こで は現 在 の楷
書 が 付 さ れ て い る の は,現 存 本 で は巻 頭 近 く を中
心 とす る一 部 の み で あ る。 わ が 国 に お け る字 書 の歴 史 か らみ る と,本 書 に つ い て 二 つ の こ とを指 摘 して お く必 要 が あ る。 一 つ は,本 書 が 空 海 の撰 述 で あ る と はい う もの の,実 質 的 に は中 国 の 『玉 篇 』 の 抄 出 に よ っ て で きて い る こ と,二 つ は,本 書 で は字 義 の説 明 も漢 文 の み で な さ れ て お り,対 応 す る和 訓 を示 す とい う こ とが お こな わ れ て い な い こ とで あ る。 い ず れ も,字 書 の歴 史 か らみ て,わ が 国 の 初 期 の字 書 が 中 国 の もの に 大 き く依 拠 し,日 本 に お け る漢 字使 用 の 独 自性 を 具体 的 に字 書 の 内 容 に反 映 させ
る に は至 っ て い な い こ と を あ らわ し て い る。 『篆隷 万 象 名 義 』 か ら約60年 昌 泰 年 間(898‐901)に,和
後,
訓 を付
した 字 書 と し て は 現 存 最 古 と な る 『新 撰 字 鏡 』(図10.1)が
編 まれた。
編 者 の 昌住 は奈 良 の学 僧 で あ っ た と 思 わ れ る。 見 出 し 漢 字 は 約 2万 1000字,こ
れ を160部
首 に 分 類,
配 列 し,漢 文 で 注 記 を加 え て い る が,そ
の な か に万 葉 仮 名 で しる され
た和 訓 が 約3700,あ
げ られ て い る。
序 文 に よれ ば,本 書 は,は
じめ に
玄応の 『 一 切 経 音 義 』5) を改編 して
図10.1 『 新 撰 字 鏡』 (京都大 学 文学 部 国語 学 国文 学研 究 室(1973) 『新 撰字 鏡 』(増 訂 版)臨 川 書店)
三 巻 本 と し て 成 立 し,そ の 後,『 切 韻 』 『玉 篇 』 そ の 他 の 文 献 に よ って 増 補 を加 え,12巻
と し た もの と され て い る。
中 国 で 撰 述 され た字 書 類 に も とづ い て 編 纂 さ れ て い る点 は 『篆隷 万 象 名 義 』 と同 様 で あ る が,こ
こで は,字 書 編 纂 が音 義 を改 編 す る こ とか ら出 発 して い る こ とが
明 記 さ れ て い る点 に も注 目 し て お く必 要 が あ る。 本 書 の 和 訓 に は,『 文 選 』 や 『日本 霊 異 記 』 な どか ら と られ て い る とみ られ る もの が あ り,漢 文 訓 読 が 字 書 に と り こ まれ る様 相 を 反 映 して い る。 一 方 で,本 来,対
応 す る和 語 を もた な い漢 字 に対 し て そ の 意 味 を とっ て あ らた に造 語 さ れ た
とみ られ る和 訓 もあ り,漢 字 の訓 読 が 新 しい 語 を生 み だ す とこ ろ も うか が え る。 本 書 の 内容 に つ い て,あ の部 首 に お い て,そ
と二 つ の こ とを指 摘 し て お きた い 。 一 つ は,い
の 末 尾 に 〈小 学 篇 字 〉 と して,わ
た,い わ ゆ る国 字 と考 え られ る もの が 約400字
くつ か
が 国 で 漢 字 に擬 して 作 られ
あ げ られ て い る こ とで あ る。 す で
に こ う した 国 字 が 多 く作 られ,字 書 に登 録 さ れ て い る の で あ る。 も う一 つ は,巻 末 の 〈臨 時 雑 要 字 〉 と題 す る部 分 で,舎 宅 章,農 業 調 度 章 な ど の意 義 分 類 の も とに,漢 字 で 表 記 され た 語 形 とそ れ に対 応 す る和 語 が 示 され て い
る こ とで あ る。 これ は,あ
とに と りあ げ
る 『 和 名 類 聚 抄 』 な どに 先 だ つ漢 語 字 書 に も とづ く もの と思 わ れ,『 和 名 類 聚 抄 』 以 前 に作 られ て い た 漢 語 字 書 の類 の一 端 を具 体 的 に う か が わ せ て い る。 平 安 時 代 末 期 まで の 和 訓 の 集 成 と もい うべ き字 書 と し て 『 類 聚 名 義 抄 』(図 10.2)が
あ る。 『 類 聚 名 義 抄 』 に は原 撰
本 系 と改 編 本 系 とい う,字 書 と して の 性 格 を 大 き く こ と に す る二 つ の 系 統 が あ り,原 撰 本 系 は図 書 寮 本 とよ ば れ る宮 内 庁 書 陵 部 蔵 本(零
本)で,11世
紀末 ご
ろ の成 立 とみ られ る。 改 編 本 は観 智 院本 とよ ば れ る天 理 図 書 館 蔵 本 で 代 表 され る が,こ
ち ら は原 撰 本 系 か ら100年
ほ どの
ち,鎌 倉 幕 府 成 立 前 後 の こ ろの もの と考 え られ る。 前 者 は 法 相 宗,後
者 は真 言 宗
図10,2 『 類 聚 名義 抄(観 智 院本)』 (天理 図 書 館 善 本 叢 書 編 集 委 員 会(1976) 『 類 聚 名 義抄 観 智 院本 』 八 木 書店)
の 系 統 の僧 侶 の手 に な る もの と推 定 さ れ て い る。 『類 聚 名 義 抄 』 は改 編 本 系 で あ る観 智 院 本 が 早 くか ら 日本 語 史 の 資 料 と して 用 い られ て きた が,戦 後,書
陵部 蔵 本 が 紹 介 され て,は
じめ て 原 撰 本 系 の 存 在 とそ
の 内 容 が 確 認 され た。 それ に よっ て,観 智 院 本 が 原 撰 本 系 と は明 確 に こ とな る方 針 の も と に改 編 され た もの で あ る こ と も明 らか にな っ た の で あ る。 観 智院本 『 類 聚 名 義 抄 』 は,約
3万2000字
の 見 出 し漢 字 を120部
首 に分 類 し,
片 仮 名 に よ る和 訓 を 中 心 に,字 音 と字体 な どに 関 す る注 記 を加 え て い る。 これ を 原 撰 本 系 の 書 陵部 蔵 本 と比 較 す る と,書 陵 部 蔵 本 で は,単 字 よ り も語 句 を見 出 し とす る こ とが 多 く,梵 語 の 見 出 し もあ り,注 記 は 出典 を含 め や や くわ しい 引 用 を と もな うな ど の 方 針 で あ るの に対 し,改 編 本 系 で は,見
出 し は原 則 と して 単 字 と
し,梵 語 の 見 出 し を除 き,注 記 も和 訓 を中 心 と して,漢 文 に よ る注 記 な ど は大 は
ば に 削 除 して い る。 か わ っ て改 編 本 系 で は,多 数 の 和 訓 を集 め,見 出 し漢 字 と し て異 体 字 も多 くの せ る な どの増 補 をお こ な っ て い る。 つ ま り,改 編 本 系 は,和 訓 の 収 集 を柱 と した 大 規 模 な単 字 字 書 と して 広 く用 い られ る も の を め ざ す とい う, 明 確 な 方 針 の も とに作 りか え られ た もの と考 え られ る。 字 体 や 字 音 に 関 す る点 を 含 め,『 類聚 名 義 抄 』 は 平 安 時 代 末 期 の 漢 字 使 用 を知 る う え で,欠
くこ との で き
な い資 料 で あ る。 こ こ ま で,『篆 隷 万 象 名 義 』 『 新 撰字 鏡』 『 類 聚 名 義 抄 』 を と り あ げ て き た が, これ らの 3種 の 字 書 に 共 通 す る こ と と して,編 者 が いず れ も僧 侶 で あ る,ま た は そ の よ う に推 測 され る とい う こ とが あ る。 これ らの 字 書 は,漢 文 で書 か れ た 経 典 を,お
も に訓 読 を とお して 理 解 して い くと い う仏 教 の 学 習 の 場 を背 景 とす る もの
で あった。 『 類 聚 名 義 抄 』 の の ち,同 様 の字 書 と して 『字 鏡 』 『 字 鏡 抄 』 『字 鏡 集 』 な どが あ っ た が,室
町 時 代 に 至 っ て 『和 玉 篇 』(『倭 玉 篇 』 と も。 図10.3)が
この 書 名 は,い
生 まれ た 。
う まで もな く 〈和 〉
の 〈玉 篇 〉 の意 で,中
国の代表的 な
字書 であ る 『 玉篇 』 になぞ らえた も の で あ るが,室
町 時 代 か ら江 戸 時 代
に か け て,実 質 的 な 内容 の こ とな り を含 み つ つ,多 数 の 『和 玉 篇 』 の写 本 や 刊 本 が 作 られ,こ
の 〈玉 篇 〉 と
い う名 称 は,部 首 分 類 され た 単 字 の 見 出 しに 字 音 や和 訓 を そ えた 字 書 の 総 称 の よ う に して 用 い られ た 。 『 和 玉 篇 』 は 編 者 未 詳 で あ るが, 僧 侶 以 外 の 俗 人 が 関 与 した こ との確 認 で き る 伝 本 が あ る。 慶 長 年 間 (1596-1615)に
は版 本 もあ らわ れ,
字 書 が 仏 書 の 漢 文 訓 読 か ら よ り広 範 な 漢 字 使 用 の 世 界 で の 需 要 に こた え
図10.3 『 和 玉 篇(夢 梅 本)』 (中田祝 夫 ・北 恭 昭(1976)『
倭 玉篇 夢梅
本篇 目次 第 研 究 並 びに総 合 索 引 』勉 誠 社)
る べ き もの に な って い る こ とが し られ る。 キ リ シタ ン版 とよ ば れ る文 献 の う ち, 慶 長 3(1598)年
刊 の 『落 葉 集 』 の一 部 分 を な す 『 小 玉 篇 』 も 『和 玉 篇 』 の 一 本
とみ な し う る組 織 を もつ もの で あ り,日 本 語 学 習 の た めの 基 本 的 な 字 書 と して と り こ まれ て いた 。 さ て 江戸 時 代 に入 る と,規 模 や 内 容 の こ と な る多 数 の 字 書 が 出版 され,識 字 層 の 拡 大 に と もな う需 要 の 増 加 と多 様 化 に応 じた 。 こ こで は,具 体 的 に それ らの 字 書 を一 つ一 つ と りあ げ て い く余 裕 は な い が,そ の なか で生 じた 見 出 し漢 字 の検 索 に か か わ る大 き な変 化 に つ い て は ふ れ て お か な くて は な らな い 。 本 節 で と りあ げて きた 日本 の字 書 は,い ず れ も漢 字 を部 首 に よ っ て分 類 して い る 。 これ は 『 説 文解 字 』 や 『玉 篇 』 以 来 の 中 国字 書 の 構 成 に な ら っ た もの で,部 首 の 種 類 や そ の 数 に違 い は あ っ て も,部 首 に応 じて 漢 字 を分 類 す る点 で は 変 化 は なかった。 この とき,部 首 に 応 じ て分 類 さ れ た漢 字 を それ ぞ れ の 部 首 内 で どの よ う に配 列 す る か とい う こ とに つ い て は,特
に一 定 の 基 準 は な か った 。 した が っ て,含
まれ
る漢 字 の 多 い部 首 に お い て求 め る漢 字 を さが す の は負 担 の 大 き い こ とで あ った 。 さ らに,部 首 そ の もの の 配 列 に つ い て も,字 形 上 の類 似 や 意 味 上 の類 縁 関係 とい った,明
示 的 とは い い が た い基 準 ら し き もの が あ る の み で,整 理 を はか っ た もの
で も100を
こす 部 首 の な か か ら,め ざす 部 首 をみ つ け るの はて まの か か る こ とで
あ った 。 こ う した検 索 上 の 問 題 に こた え るた め に考 えだ され た の が分 類 基 準 と し て画 数 を 導 入 す る こ とで あ った 。 まず 部 首 自体 を画 数 順 に配 列 し,さ ら に 同 じ部 首 内 の 漢 字 も画 数 順 に配 列 す る とい う,現 在 の 漢 和 辞 書 で お こな わ れ て い る漢 字 配 列 で あ る。 い くつ か の先 行 の こ こ ろみ は あ った が,画 数 に よ っ て漢 字 を配 列 す る とい う この 方 法 を字 書 に 採 用 し,定 着 さ せ た の は,明 代 の 万 暦43(1615)年,梅膺 祚に よっ て 編 纂 さ れ た 『字 彙 』 で あ っ た。 中 国 の字 書 は,こ の の ち,画 数 に よ る 検 索 を もっ ぱ ら とす る こ と に な り,清 代,康
煕55(1716)年
には字 書 の集大 成
と もい うべ き 『康 煕 字 典 』 が 編 まれ た 。 『 字 彙 』 が わ が 国 に もた ら され た 年 は 確 定 で き な い が,当 況 か らみ て,中
時 の 書 籍 の舶 載 の 状
国 で の 出 版 か ら さ ほ ど時 をへ だ て て は い な い で あ ろ う。 寛 文
11(1671)年
に は和 刻 本 が 出 版 され,規
が 多 くな った(安 永 7(1778)年
模 の 大 きな字 書 とし て は これ に よ る こ と
には 『 康 煕 字 典 』 の和 刻 本 も出版 され た)。
こ う した 流 れ の も とで,『 字 彙 』 以 外 の字 書 につ いて も,こ れ を画 引 き に改 め, 検 索 の便 を はか る こ とが お こ な わ れ る に至 っ た 。 『 和 玉 篇 』 で は,寛 文 4(1664) 年 刊 の 『袖 珍 倭 玉 篇 』 が 本 文 を 画 引 き に改 編 し,以 後,『 和 玉 篇 』 の 多 くが これ に な ら って い る。 『 字 彙 』 な ど に も とづ い て あ らた に編 纂 さ れ る字 書 に つ い て も 画 引 きが優 勢 とな り,そ の代 表 的 な もの とし て,毛 利 貞 斎 編 の 『 増 続 大 広 益会 玉 篇 大 全 』(図10.4)が
あ った 。 元 禄 5(1692)年
て 明 治 に まで 及 び,明 治36(1903)年
の 刊 行 以 後,多
数 の版 を か さ ね
に近 代 的 な 漢 和 辞 典 と し て 『漢 和 大 字 典 』
が 登 場 す る まで,『 和 玉 篇 』 の 諸 本 と と もに,字 書 の 普 及 の 中 心 を な した 。 さ て,こ るが,字
こ ま で に と りあ げ て きた 字 書 は,総 合 的 な字 書 と もい うべ き もの で あ
書 の なか に は,特 定 の 範
囲 の漢 字 に か ぎ っ て作 ら れ た もの が あ る。 扁旁 の 一 部 分 の み が 同 じ で,ほ
か の部 分 の こ と な る漢 字 数
文 字 を くみ あ わ せ,歌
の よ うな 文
句 を そ えて相 互 の 違 い を覚 え や す く した 『 小 野篁哥 字 尽 』 な ど も, 一 種 の 字 書 とい え よ う
。 ま た,人
名 に用 い るべ き漢 字 を集 め て そ の よみ を示 した 『名 乗 字 引 』 の類 も 多 数,作
られ て い る。
そ う した な か で,江 戸 時 代 に 漢 文 の 読 解 の参 考 と して あ らわ さ れ た 書 籍 で,助 辞 を中 心 に その 用 法 を 詳 説 し,同 訓 の 漢 字 に つ い て, そ の 意 味,用 法 の 違 い を説 明 した もの にふ れ て お きた い。 これ は, 江 戸 時 代 に お け る漢 文 読 解 の 深
図10.4 『 増続 大 広 益 会玉 篇 大 全 』(家蔵)
化,特
に古 義 学 や古 文辞 学 に お け る漢 文 読 解 の 姿 勢 に も とづ く もの で,荻 生徂徠
の 『訓 訳 示 蒙 』(元 文 3(1738)年 年 序),松
刊),伊
藤 東 涯 の 『操觚 字 訣 』(宝 暦13(1763)
本愚 山の 『 訳 文 須 知 』(文 化 5(1808)年
(文 化10(1813)年
刊)な
ど,多
刊),皆
川淇 園 の 『助 字 詳 解 』
くの もの が あ っ た6) 。 これ ら の 多 く は,漢 字 を
一 般 的 な字 訓 に よ っ て分 類 して お り
,そ の 点 で も部 首 な ど に よ っ て分 類 す る字 書
とは 異 質 で あ るが,個
々 の 漢 字 の意 味,用
法 を記 述 した,特 色 あ る字 書 の一 類 と
して こ こに あ げ て お く。
● 4 義
書
広 義 の 字 書 の う ち,意 味 に よ っ て語 を 分 類 した もの で あ る。 字 書 で あ る か ら, と りあ げ られ る語 は漢 字 で 表 記 さ れ る こ とを前 提 とし て い る。 歌 語 や 方 言 を意 味 分 類 した もの な ど,漢 字 で 表 記 さ れ た語 形 を必 ず し も前 提 と し な い もの は こ こ に は含 め な い。 意 味 に よ る分 類 は,特 定 の 漢 字 や 語 を 目前 の必 要 にせ ま られ て さが そ う とす る と きに は,効 率 的 とは い い が た い方 法 で あ る。 意 味 に よ る分 類 は,そ う した検 索 上 の効 率 性 とい う こ とよ り も,わ れ わ れ を と り ま く事 物 が どの よ う に分 類,整 で きる か を示 す もの とい う性 格 を もつ。 知 識 の整 理 で あ り,ひ
理
くた め とい う よ り
は,読 む こ とが 前 提 とさ れ て い る とい っ て も よ い 。 意 味 分 類 体 の 字 書 と して 現 存 最 古 の もの は 『 和 名 類 聚 抄 』(『倭 名 類 聚 抄 』 と も。 図10.5)で
あ る。 『和 名 類 聚抄 』 は,承 平 4(934)年
ご ろ,梨 壺 の 五 人 の う
ち の 1人 と して 名 高 い源 順 が醍 醐 天 皇 の皇 女 で あ る勤 子 内親 王 の依 頼 を う け て作 成 した もの で あ る。 天 地 部,人
倫 部 な どの大 分 類 の も とに景 宿 類,風
雨 類 や 男 女 類,父
母 類 な どの
小 分 類 をた て,そ れ ぞれ の分 類 ご とに漢 語 を見 出 し と し,出 典 と用 例,字 音 な ど を注 記 し,対 応 す る和 名 を示 す 。 出 典 の 多 くは漢 籍 で あ る。 つ ま り,見 出 し と さ れ て い る漢 語 の 多 くは,漢 籍 にお い て,漢 文 の 文 脈 の なか で 用 い られ て い る もの とい う こ と に な る。 これ は,序 文 中 に勤 子 内 親 王 の依 頼 の こ と ば として 引 か れ て い る 「令 二我 臨 レ文 無 一レ所 レ疑 焉 」 の 〈文 〉 が どの よ う な範 囲 の もの で あ った か を
図10.5 『 和 名 類 聚抄(二 十 巻本 ・元 和3年 古 活字 版)』 (中田 祝 夫(1978)『
倭 名類 聚抄 元 和 三 年古 活 字版 二 十 巻本 』 勉 誠社)
示 して い る。 な お,同
じ く序 文 中 に,先 行 の 同 類 の 書 と して 『楊 氏 漢 語 抄 』 や そ の他 の 『漢
語 抄 』 の 存 在 す る こ とが述 べ られ,本 文 中 に そ れ らか ら引 用 さ れ て い る記 事 もあ る。 これ は,『 和 名 類 聚 抄 』 以 前 に 同 様 の 漢 語 字 書 が 作 られ て い た こ と を示 す も の で あ るが,現 在 は,佚 文 が残 され て い るの み で,伝 本 は知 られ て い な い。 平 安 時 代 中 期 に い ろ は歌 が作 られ,こ
れ が い ろ は順 と して語 の配 列 の 基 準 に 用
い ら れ る まで に普 及 す る と,意 味 分 類 体 の 字 書 で も こ う した 語 形 分 類 を併 用 す る もの が 多 くな る。 しか し,語 形 に よ る分 類 に は事 物 の名 称 が もつ意 味 的 な 関連 性 を遮 断 させ ざ る を えな い とい う側 面 もあ る 。 読 む こ とに よ っ て,分 類,整
理 され
た 知 識 を 得 る とい う 目的 の た め に は,意 味 分 類 体 の字 書 が や は り有 効 で あ っ た 。 室 町 時 代,意 元(1444)年,東
味 分 類 体 の 字 書 と して 『下 学 集 』(図10.6)が
麓 破衲 と称 す る人 物 に よ って 編 纂 さ れ た も の で,こ の 人 物 は 京
都 東 山 の いず れ か の 寺 院 の 僧 と考 え られ て い る。 天 地 門,時 た て,約3000語
編 纂 された。文 安
節 門 な ど の18門
を
を分 類,立 項 し て い る。 平 安 時 代 前 期 の 『和 名 類 聚 抄 』 が 漢 語
と和 名 との 対 応 を示 す もの で あ っ た の に対 し,『 下 学 集 』 の 項 目 は,た
とえそれ
が 漢 籍 に典 拠 を もつ もの で あ っ て も,日 本 語 そ の もの の な か に位 置 を し め る もの とな っ て い る。
意 味 分 類 体 の 字 書 に は,こ の ほ か,南 北 朝 時 代 末 期 か ら室 町 時 代 初 期 に か け て の成 立 とみ られ る 『頓 要 集 』 や,享 徳 3 (1454)年 たが,普
成 立 の 『撮 壌 集 』 な ど が あ っ 及 の 点 で は 『下 学 集 』 に及 ぼ な
か っ た 。 一 方,江
戸 時 代 以 降,意 味 分 類
体 の字 書 は,普 及 の点 で は語 形 引 き を併 用 した 『節 用 集 』 の類 に は及 ば な か っ た が,寛
文 9(1669)年
に は 『増 補 下 学
集 』 な ど も作 られ,検 索 の 便 を む ね と し た 字 書 類 とは こ と な る存 在 理 由 を た もち 続 け た。 永 井 如 瓶 子 編 の 『邇言 便 蒙 抄 』 (天 和 2(1682)年
刊),榊
原篁 洲 編 の
『書 言 俗 解 』(貞 享 2(1685)年
刊),伊
図10.6 『下学 集(元 和3年 版)』 (山田忠 雄(1968)『 板』 新 生 社)
下 学 集 元 和 三年
藤 宜 謙 編 の 『和 漢 初 学 便 蒙 』(元 禄 8(1695)年
刊,正
徳4(1714)年
に 『 和 漢 新 撰 下 学 集 』 と して 改 題 刊 行)な
ど
が 意 味 分 類 体 の 字 書 とし て編 纂 され た の も,や は り読 む 字 書 とい う性 格 に よ る と こ ろが 大 きい で あ ろ う。
● 5 韻
書
韻 書 は,漢 字 の 字 音 を頭 子 音 を 除 い た 韻 母 の部 分 と平 ・上 ・去 ・入 の 四 声 とに よ っ て 分 類 し,同 韻 の 漢 字 を あ げ,注 解 を加 え た もの で あ る。 中 国 で は,字 音 の 歴 史 的,地 理 的 な 変 化 に対 す る標 準 を 示 す こ と と,作 詩 に お い て押 韻 の 規 則 にか な う文 字 を求 め る こ との 二 つ の 必 要 に応 じ る もの と して 編 纂,利 が 国 で は,も
っ ぱ ら後 者,す
用 され た が,わ
な わ ち作 詩 の 参 考 に資 す る もの と して作 成 され た 。
『懐 風 藻 』 や 『凌 雲 集 』 『 経 国 集 』 な どに よ って 代 表 され る奈 良 時 代,平
安時代 は
い う ま で もな く,中 世 の五 山 文 学 や 近 世 の 漢 学 者 らの 活 動 な ど,わ が 国 の 知 識 層 の 人 々 に と っ て,漢 詩 文 は 各 時 代 を通 じて きわ め て重 要 な表 現 手 段 で あ った 。
狭 義 の字 書 の ば あ い と同様 に古 くは 『 切 韻 』 な どの 中 国 の韻 書 を そ の ま ま用 い た もの と思 わ れ るが,ま
ず それ ら を改 編 した もの が 作 成 さ れ た 。 9世 紀 な か ば,
菅 原 是 善 は伝 来 の 『切 韻 』10種 あ ま りを 集 成 して 『東 宮 切 韻 』 を編 ん だ が,こ れ は 『和 名 類 聚 抄 』 な どに佚 文 が残 され て い るの み で,伝 本 は知 られ て い な い。 『詩 苑 韻 集 』 は 『本 朝 書 籍 目録 』 に そ の 名 が み え,11世
紀 は じめの成 立 で あ
る。 現 在,天 理 図 書 館 に 『平 安 韻 字 集 』 の 名 で所 蔵 され て い る もの が これ で あ る と さ れ る。 韻 に よ る分 類 の あ とに意 義 分 類 を た て て 漢 字 をあ げ,さ を語 末 に 含 む 熟 語 を示 して い る。 こ の ほ か,12世
らに そ の 漢 字
紀 は じめ に は,同 韻 の 漢 字 4
字 を つ らね て句 を な し,こ れ を読誦 す る こ と で韻 字 の 記 憶 を はか ろ う と した 三 善 為康 の 『 童 蒙頌 韻 』 も作 られ て い る。 鎌 倉 時 代 に入 り,正 安 元(1299)年 抄 』 が あ る 。 全 3巻 で,巻 平 声 と他 声(仄
ご ろの 成 立 と考 え られ る韻 書 に 『平 他 字 類
に よ って 組 織 を こ と にす るが,基 本 的 に は漢 字 の韻 の
声 と も。 平 声 以 外 の 上 ・去 ・入 声 を さ す),意
味 分 類,和
訓の頭
字 の い ろ は分 け に よ っ て 漢 字 を わ か ち,作 詩 の 参 考 と した もの で あ る 。 声 調 の 別 を平 声 と他 声 に 二 分 す る に と ど ま る こ とや, 和 訓 の 頭 字 の い ろ は分 け を 分 類 基 準 と して併 用 す る こ とな ど, 日本 化 した韻 書 の 姿 を み る こ と が で き る。 わ が 国 の韻 書 を代 表 す る の は,14世
紀 は じ め,虎
関師錬
に よ っ て 編 ま れ た 『聚 分 韻 略 』 (図10.7)で
あ る。 虎 関 は臨 済
宗 の 禅 僧 で,京 都 五 山 の一 つ で あ る東 福 寺 や,五
山 の別 格 と さ
れ る 南 禅 寺 な ど に住 し,博 学 を
図10.7 『 聚 分韻 略(慶 長17年 本)』 (奥村 三雄(1973)『 聚 分韻 略 の 研究 付 古本 四種
もっ て き こえ た 。 そ の 虎 関 が詩
影 印 慶 長版 総 索 引 」風 間書 房)
作 の た め の韻 書 を編 纂 して い る わ け で あ る。 そ の 内 容 は,113の
韻 目 を も と に,乾 坤 ・時 候 ・気 形 ・支 体 な ど の12門
味 分 類 をた て,約8000字
の意
を各 韻 に 配 し,片 仮 名 で 音 訓 を付 し,ま た熟 語 を あ げ
る な ど して い る。 全 体 と して 『広 韻 』 に よ る と こ ろが 大 き い もの と考 え られ て い る。 各 韻 の 示 しか た は,も た が,室
と も とは 平 ・上 ・去 ・入 の 四声 を巻 をお っ て あ げ て い
町 時代 なか ご ろ,1 ペ ー ジ の な か で 平 声 ・上 声 ・去 声 を 3段 に対 照 して
示 し,入 声 の み を そ の あ とに 置 く と い う,『 三 重 韻 』 と よ ばれ る形 式 に改 編 さ れ た もの もあ らわ れ た 。 『聚 分 韻 略 』 は,や や お くれ て 室 町 時代 に成 立 した 『和 玉 篇 』 『下 学 集 』 『節 用 集 』 と と も に,そ れ ぞ れ,韻 世,さ
書 ・字 書 ・義 書 ・語 書 を 代 表 す る もの と し て,中
らに は江 戸 時 代 まで 広 く世 に むか え られ た 。 仏 書 以 外 の 出版 が 限 られ て い
た 中世 に あ って,『 聚 分 韻 略 』 に は,薩 摩 ・美 濃 ・周 防 な どの 地 方 版 を含 め て 多 数 の 版 本 が残 され て お り,需 要 の 多 さ と広 さ を うか が う こ とが で き る。 江 戸 時 代 に 入 る と,見 出 し漢 字 や 音 訓 な ど を増 補 した も の が 多 くあ らわ れ る が,形
式 を改 め た もの と し て,同 韻 の な か で 字 訓 の 頭 字 に よ っ て い ろ は 分 け を
し,次 に意 味 分 類 を お こ な う もの が 作 られ た 。 こ の形 式 の もの は 『以 呂波 韻 』 と よ ばれ る。 は じ め に漢 字 1字 ず つ を韻 に よ って 分 類 して い る点 を別 にす れ ば,頭 字 の い ろは 分 け と意 味 分 類 を くみ あ わ せ て い る点 で は 『 節 用 集 』 と同様 で あ る。 字 訓 の い ろ は分 け を検 索 に と りい れ て い るの は,漢 詩 が訓 読 を前 提 と し て作 られ る とい う事 情 に対 応 す る も の で あ る。 江 戸 時代 に は,『 聚 分 韻 略 』 や これ を改 編 した 『三 重 韻 』 『以 呂波 韻 』 の ほ か に も,通 俗 化 した もの を含 め て,多 数 の作 詩 用 の参 考 書 が作 られ た。 毛 利 貞 斎 編 元 禄 4(1691)年
刊 の 『新 編 類 字 箋 解 』 は,同 訓 の 漢 字 を ま と め た う え で 字 訓 の
頭 字 に よっ て い ろ は分 け した あ と,『 聚 分 韻 略』 と同 じ12門
に意 味 分 類 し,各 字
に小 さ くそ えた 韻 目の 漢 字 と,四 隅 に付 した 圏 点 に よ って,韻
の 区 別 と四 声 を示
し て い る。 これ は,形 式 の うえ か らは,漢 字 を韻 に よ って 分 類 して い る わ けで は な い の で,通 常 の韻 書 とは異 質 で あ る が,訓 読 を前 提 と し て漢 詩 を作 る の に は, 本 書 の よ う な形 式 も それ な りの 有 効 性 を も ち え た の で あ ろ う。 また,安 藤 由越 編 , 享 保 5(1720)年
刊の 『 詩 法 掌 韻 大 成 』 は,見 出 し字 ご と
に,そ の 漢 字 を末 尾 に もつ 熟 語 の例 を多 く列 挙 して い る。 この形 式 の もの と して は,清 の 康〓55(1716)年
に 編 纂 さ れ た 『佩文 韻 府 』 が 著 名 で あ る が,同 様 の
もの が 作 られ て い るわ け で あ る。
● 6 語
書
こ こ で い う語 書 は,語 形 引 きの字 書 で あ る。 この ば あ い の語 形 は,あ
る語 が ど
の よ う な音 の つ ら な り と して 構 成 され て い る か とい う こ とを さ し て い る。 意 義 分 類 の 義 書 と同様 に,語 書 に つ い て も漢 字 との 対 応 関係 を示 す こ と を要 件 と し な い もの も あ るが,本 稿 で は そ れ ら は と りあ げ な い。 日本 語 にお い て語 形 引 き が 可 能 に な るた め に は,ま ず 表 音 文 字 で あ る仮 名 の 成 立 が 前 提 とな る。 そ の う え で,仮 名 を網 羅 し,一 定 の順 序 を与 え た もの が 社 会 に お こ な わ れ,仮 名 の順 序 に関 す る共 通 の基 準 が形 成 さ れ る こ とが 必 要 で あ る。 日 本 語 の な か で この 役 割 を はた した の は,平 安 時 代 の な か ごろ に作 られ た と考 え ら れ る五 十 音 図 とい ろ は歌 で あ っ た。 辞 書 に関 して い え ば,近 代 以 降,五 十 音 図 に も とづ いた50音
順 が 一 般 的 に な る が,そ
れ以 前 は も っ ぱ ら い ろ は歌 が 仮 名 の 順
序 の基 準 と して用 い られ て お り,こ れ に 少 数 の50音 順 が 加 わ る程 度 で あ っ た 。 語 形 引 き に お い て,語 頭 か ら語 末 ま で 完 全 に50音 順 を あ て は め て配 列 を確 定 す る とい う現 在 の よ うな や りか た が 一 般 的 に な る の は もっ ぱ ら近 代 以 降 の こ とで あ る。 江 戸 時代 まで は,語 頭 の 1字 目 に よ っ て い ろ は順 に わ か つ の み とい うの が 普 通 で あ り,2 字 目 以 下 に つ い て まで い ろ は順 や50音 順 を 適 用 して 配 列 を定 め る とい う もの は,ご
く少 数 で あ っ た 。 また,語 形 引 き の み に よ る の で は な く,意
味 分 類 を併 用 す る も のが 多 い こ と も,現 在 の 語 形 引 き とは大 き くこ とな る点 とい っ て よい で あ ろ う。 わ が 国 で 最 初 の語 形 引 きの 字 書 は 『色 葉 字 類 抄 』(図10.8)で
あ る。 院 政 期 の
12世 紀 な か ご ろ,橘 忠 兼 に よ っ て編 纂 され た 。 見 出 し語 を仮 名 で 書 い た と きの 1 字 目 に よ っ て い ろ は別 の47部
に分 け,つ い で 天 象 ・地 儀 ・植 物 ・動 物 な ど の21
の意 味 分 類 に応 じて 語 を 分 類 して い る。 仮 名 書 きの 見 出 し語 が 右 横 に し る さ れ , 中央 に そ の語 に あ た る漢 字 表 記 の形 が 示 さ れ る。 意 味 や 漢 字 の 音 訓 な どが 注 と し
て そ え られ る こ と もあ る。 『色 葉 字 類 抄 』 が 作 られ る 以 前 の 『 新 撰 字 鏡 』 な どの 字 書 や 『和 名 類 聚 抄 』 な ど の義 書 は,基 本 的 に は読 解 の た め の も の で あ っ た 。 韻 書 は 表 現 の た め の もの で あ るが,こ
れ は押 韻 を必 要 とす る漢 詩 と
い う特 別 の 分 野 に 限 定 され て い た。 平 安 時 代 の 僧 侶 や 貴 族 な どの 知 識 層 の 男 性 が 日常 生 活 の なか で も っ と も普 通 に用 い る 表 現 方 法 は変 体 漢 文 で あ り,書 状 や 日記 や 文 書 類 な ど,い ず れ も これ で あ った 。 日本 語 を変 体 漢 文 とし て し るす に あた っ て,ど
の よ う な 用 語,用 字 が ふ さわ しい
か,そ
れ を知 るた め の字 書 が 『色 葉 字 類
抄 』 で あ っ た 。 1語 に対 して 複 数 の 漢 字 表 記 を あ げ る ば あ い,当 時 にお い て も っ と も一 般 的 な もの を先 頭 に お く とい う配
図10.8 『 色 葉 字類 抄(三 巻本)』 (中田祝 夫 ・峰岸 明(1964)『
色葉 字 類
抄研 究 並 びに 索 引』 風 間書 房)
慮 を し て い る点 な どに,日 常 の 実 用 の 字 書 とい う性 格 を うか が う こ とが で き る。 な お,『 色 葉 字 類 抄 』 は成 立 か ら ま もな く項 目 の増 補 が はか られ,原 形 と み ら れ る二 巻 本 の ほか に三 巻 本,十 巻 本 な どが あ るが,十 巻 本 は 『 伊 呂波 字 類 抄 』 と し る され る。 『色 葉 字 類 抄 』 と同 じ く,頭 字 の い ろ は 分 け と意 味 分 類 と に よ って 項 目 を わ か ち,室
町 時 代 か ら江 戸 時 代 に か けて,わ
『節 用 集 』(図10.9)で
が 国 の 辞 書 の 代 表 的 な地 位 を しめ た の が
あ っ た 。15世 紀 後 半,京 都 東 山 の 僧 に よ っ て 編 纂 さ れ た
もの と考 え られ る。 『 節 用 集 』 の写 本 は きわ め て 多 い が,単 義 分 類 の た て か た や 項 目の配 列,さ
に 項 目 の 増 補 や 削 除 に と ど ま らず,意
らに 巻 末 の付 録 の 内容 な ど も伝 本 に よ る違 い
が 大 きい 。 日常 の なか で生 きて 用 い られ る字 書 とし て,書 写 者 の手 に よ って あ ら た な 内 容 が も りこ まれ て い る とい え よ う。 近 世 に は,そ
う した 内容 の 違 い をせ お
っ て,多 種 多 様 な 『節 用 集 』 が 『真 草 二 行 節 用 集 』 『早 引 節 用 集 』 とい っ た 個 別 の 名 称 の も とに 出版 され,近 世 に お け る 〈書 く〉 言 語 生 活 の 一 端 を に な った 。 江 戸 時 代 以 前 の語 形 引 きの 字 書 と し て は,ほ
か に 『温 故 知 新 書 』 と 『運 歩 色 葉
集 』 を あ げて お か な けれ ば な らな い。 『温 故 知 新 書 』 は,文 明16(1484)年
に
大 伴 広 公 な る人 物 に よ っ て編 まれ た。 頭 字 の50音
順 と12門 の意 味 分 類 に よ っ て
項 目 を 分 類 して い る。50音 順 の 字 書 と し て 現 存 最 古 の も の で あ る。 『運 歩 色 葉 集 』 は,天
文16(1547)年
か ら 天 文17
年 に か けて 作 られ た 。 頭 字 の い ろ は に よ
図10.9 『 節 用 集(易 林 本)』 (天理 図書 館 善本 叢 書 編 集委 員 会(1974) 『節 用集 二 種 』八 木 書 店)
っ て 項 目 をわ か つ が,そ の 下 位 分 類 と し て 意 味 分 類 はお こな わ ず,そ
の か わ りに漢 字 表 記 形 の 字 数 に応 じて項 目 を ま とめ
て い る。 語 形 引 き と はい っ て も先 頭 の 1字 の み の 分 類 で は検 索 に不 便 で あ り,も う1種 類 の 下 位 分 類 が併 用 され る こ とが 多 か った 。 そ の 下 位 分 類 と して 代 表 的 な もの が 意 味 分類 だ っ た わ けで あ る が,江 戸 時 代 にか け て,こ の 下 位 分 類 の しか た に つ い て さ まざ ま の こ こ ろ み が な され た 。 『 運 歩 色 葉 集 』 は,そ
う した こ こ ろ み
の一 つ とい う こ とが で き る。 さ て,江 戸 時 代 に入 る と,多
くの近 世 『節 用 集 』 が 編 纂,出
の 日常 実 用 の字 書 と して 中心 的 な役 割 を に な うが,そ
版 され,語
形引 き
の他 に,所 収 項 目 の性 格 な
ど の点 で 『節 用 集 』 とは異 質 の も の も作 成 され た 。 こ こで は,そ の 一 つ と して, 唐 話 辞 書 とよ ば れ る もの の な か か ら 『雑 字 類 編 』(図10.10)を
あ げ て お きた い。
『雑 字 類 編 』 は,寛 政 の 三博 士 の ひ と り と して知 られ る柴 野 栗 山 の草 稿 を も とに, そ の 弟 貞 穀 や 門 人 が 整 理 を加 えた もの で,天 明 6(1786)年 ろ は分 け と,天 文 ・地 理 ・時 令 ・宮 室 な どの18門 は 『節 用 集 』 と同様 で あ るが,収
刊 で あ る。 頭 字 の い
の 意 味 分 類 を併 用 し て い る 点
め られ て い る項 目 は 大 き く こ とな る。 漢 字 表 記
の 語 形 と し て あ げ ら れ て い る もの は, 唐 話 と よ ばれ る近 世 中 国 語 とし て の漢 字 語 形 で あ る。 唐 話 辞 書 は,江 戸 時代 に お け る中 国 語 学 習 の成 果 を反 映 す る も の で,『 唐 話 纂 要 』 『小 説 字 彙 』 『中 夏 俗 語 藪 』 な ど,多
くの もの が 編 纂 さ
れ て い る7)。項 目検 索 の 方 法 とい う 点 か らみ る と,唐 話 辞 書 は,漢 字 の字 数 や 総 画 数,ま
た は意 味 分 類 に よ る もの
が 多 く,『 雑 字 類 編 』 の よ う な 語 形 引 き は,む
し ろ少 数 と もい え るが,代
表
的 な もの として こ こに と りあ げて お く。 図10.10
● 7 字
様
『雑 字 類 編 』(家 蔵)
書
こ こ まで に と りあ げて き た字 書 ・義 書 ・韻 書 ・語 書 の類 は,日 本 の 辞 書 の歴 史 を述 べ る ば あ い,そ
の 中 心 を な す もの と して あ つ か わ れ る も の で あ るが,こ
こに
あ げ る字 様 書 は,従
来,辞 書 の歴 史 の なか に と り こん で 言 及 さ れ る こ とは,多
く
は な か った か と思 わ れ る。 字 書 ・義 書 ・韻 書 ・語 書 が 漢 字 や 語 の 意 味,用 法 に ふ れ るの に対 し,字 様 書 で は漢 字 の 文 字 と して の形 の み が 対 象 と され,直 接,個 の漢 字 の意 味,用 で は,そ
々
法 に ふ れ る こ と は な い た め,〈 辞 書 〉 とい う と ら え か た の も と
の範 囲 内 に 含 め に くい とい う こ とが あ った の で あ ろ う。
漢 字 の文 字 と して の 形 を あ つ か う字 様 書 は,大 別 し て 二 つ に わ か れ る。 一 つ は,楷 書 体 とい う書 体 の な か で,正 体 ・異 体 とい っ た 字 体 の対 応 関 係 を 問題 にす る もの で あ り,も う一 つ は,楷 書 体 と行 書 体 ・草 書 体 と い っ た 書 体 間 の対 応 を と りあ つ か う もの で あ る。 前 掲 の 大 島 正 二 氏 の 『〈辞 書 〉 の 発 明―
中国言語 学史
入 門 』 で は,〈 隷 書 か ら楷 書 に 転 化 す る間 に は,字 形 に混 乱 が 生 じ て 字 画 や偏 ・ 旁も定 ま らず,多 種 乱 雑 な字 体 が 通 用 して い た ら し い。>8)とし て,異 体 字 発 生 の
背 景 にふ れ つ つ,字 様 書 を楷 書体 の な か で の 字 体 の対 応 を示 す もの に限 定 して い る。 書 体 間 の 対 応 を あ つ か う もの は,こ れ と は異 質 の もの で あ るが,や
は り一 種
の字 様 書 と し て と りあ げ て お く必 要 が あ る もの と考 え る。 異 体 字 を と りあ げ,字 体 の標 準 を示 した もの と して は,ま ず,唐 代,顔
玄孫 に
よ っ て作 られ た 『 干 禄 字 書 』 を あ げ な け れ ば な らな い 。 『干 禄 字 書 』 の名 は 『 新 撰 字 鏡 』 や 『類 聚 名 義 抄 』 の な か に も み え て い る。 江 戸 時 代 に は 官版 を含 む和 刻 本 も出 版 さ れ て お り,わ が 国 に お い て も,字 体 に関 す る も っ と も基 本 的 な よ り ど ころ とさ れ て いた 。 室 町 時 代 の 『下 学 集 』 に 付 さ れ た 〈点 画 少 異 字 〉 や,『 節 用 集 』 に付 さ れ た 〈分亳 字 様 〉 な ど は,字 形 の類 似 す る別 字 の対 を あ げ て そ の違 い を と い た もの で, 異 体 字 を あ げ て い る わ けで は な い が,字 体 の弁 別 を と く点 で は字 様 書 に 隣 接 す る 性 格 を も っ た もの とい え よ う。 わ が 国 で 独 自 に字 様 書 に相 当す る もの が 作 られ るの は,お とで あ る。 初 期 の もの と して,雲 石 堂 寂 本 編,元 や,中 根 元 圭 編 , 元 禄 5(1692)年
くれ て江 戸 時代 の こ
禄 3(1690)年
刊 の 『異 字 篇 』
刊 の 『異 体 字 弁 』(図10.11)が
あ る。 特 に後
者 は 〈好 異 門 ・帰 正 門 〉 と して,正 体 か ら異 体 を求 め る ば あ い と,異 体 か ら正 体 を 求 め る ぼ あ い と の,両 方 向 の 利 用 に こた え る よ う に構 成 され,さ
らに個 々 の 字
体 の 検 索 につ い て も,総 画 数 と第 1筆 の起 筆 方 向 と に よ る とい う きわ め て具 体 的 な 方 法 を 用 い て い る。 この の ち,江 戸 時 代 の 中期 か ら後 期 に か け て,太 宰 春 台 編,宝
暦 3(1753)年
刊 の
『 倭 楷 正訛』,新 井 白石 編,宝 暦10(1760)年
刊 の 『同 文
通 考 』,松 本 愚 山 編,享 3(1803)年
和
刊 の 『省 文 纂攷 』
な ど の 異 体 字 字 書 とい うべ き も のが 多 く作 られ た。 それ ら
図10.11 『異体 字 弁 』 (杉本 つ とむ(1974)『 異 体 字研 究 資 料 集成 』 雄 山 閣 出
は 『異 体 字 研 究 資 料 集 成 』9)
版)
に収 録 され て い る。 こ れ まで に と りあ げ て きた字 書 の漢 字 は,図 版 に よ って も知 られ る とお り,い ず れ も楷 書体 で しる され て い る。 これ は,そ れ らが 字 書 と して学 問 的 な著 作 と位 置 づ け られ て い る こ とに よ る もの で あ る。 一 方,近 代 以 前 にお い て は,私 的 な文 書 や 手 紙 な どの 日常 的 な 文 字 の使 用 を は じめ と して,行
書体 や 草 書 体 が 用 い られ
る こ とが む し ろ一 般 的 で あ っ た 。 キ リシ タ ン版 の 字 書 『 落 葉 集 』 に お い て漢 字 の 書 体 が 行 書 体 で 示 され て い る の は,日 常 的 な文 字 使 用 の 実 態 に即 す る とい う意 図 を反 映 した もの と い え よ う。 室 町 時代,作
成 の 当 初 に お い て は楷 書 体 が 用 い られ
て い た 『節 用 集 』 『 下 学 集 』 『和 玉 篇 』 な どで も近世 に入 る と,行 書 ・草 書 に 改 め た り,あ る い は楷 書 と行 書 ・草 書 を並 記 す る真 草 二 行 とよ ば れ る形 式 を とっ た り した もの が 多 くな る。 一 方,書 れ,ま
道 の 世 界 か らは,行 書 や 草 書 の 集 字 が お こ な わ
た篆 刻 な どの た め に篆 書 と楷 書 の 対 応 を示 す もの も一 書 と して ま とめ られ
て く る。 行 書 ・草 書 を ま とめ た も の と し て は,井 出 臥 渓 編 , 延 宝3(1675)年 の 『 草 書 淵 海 』,中 村 立 節 編,宝 寛 政10(1798)年
永 2(1705)年
序
刊 の 『草 露 貫 珠 』,脇 田 赤 峰 編,
刊 の 『草 書 法 要 』(『草 字 彙 』),関 思 亮 編,文
刊 の 『行 書 類 纂 』,瀬 尾〓 斎 編 , 安 政 2(1855)年
政12(1829)年
刊 の 『草 叢 』 な ど が あ り,篆
書 を 集 め た もの と し て は,細 井 広 沢 編,享 保16(1731)年
序 の 『奇 文 不 載 酒 』
な どが あ っ た 。 な お,字 書 とは い い が た い が,『 千 字 文 』 を さ ま ざ まの 書 体 で し るす こ とに よ っ て 書 体 間 の対 応 を示 し た も の と し て,『 真 草 千 字 文 』 『漢篆 千 字 文 』 『古篆 千 字 文 』 『画 引 十 体 千 字 文 』 とい った もの が 広 くお こな わ れ て い た こ と も付 記 して お きた い。
注 1)『 日 本 国 語 大 辞 典 』 第2版
に よ れ ば,〈 字 書 〉 の 初 出 は 『将 門 記 』,〈辞 書 〉 の 初 出 は 『和蘭
字 彙 』 と さ れ て い る 。 〈辞 書 〉 は,『 和蘭 字 彙 』 に 先 だ つ 化13(1816)年)な
ど に も み え,蘭
『ド ウ ー フ ・ハ ル マ 』 の 緒 言(文
学 の 世 界 でwoordenboekの
訳 語 と して定 着 した語 か
と思 わ れ る。 2)三
省 堂,1997年
刊 。 な お,以
下 の 〈字 書 ・韻 書 ・義 書 ・字 様 書 〉 な ど の 説 明 と し て 引 く と
こ ろ は 同 書 の 記 述 を 要 約 し た も の で あ る。 3)こ
れ まで に用 いて きた
〈字 書 〉 は 広 義 の そ れ で あ る の に 対 し,こ
の 〈字 書 〉 は 広 義 の
く字
書〉 に対 す る下 位 分 類 の名 称 と して の狭 義 の 〈字 書 〉 で あ る。以 下,〈 字書 〉 は この 広狭 二 義 のい ず れ か として 用 い られ る。 4)文 献 上 の記 録 として は,『 日本 書 紀』 天 武11(682)年
の 条 に,境 部 連 石 積 ら に命 じて 『 新
字 』44巻 を作 らせ た とい う記 事 が あ り,こ の 『新 字 』 は字 書 の 一 種 か と考 え られ て い る が, その 内容 は不 明 で あ る。 な お,近 年 の 調査 で は,木 簡 の な か に字 書 に類 す る記述 を含 む もの が あ る こ と も知 られ て い る。 5)〈 音 義 〉 は,仏 典 な どに 用 い られ た漢 字 や 語句 に対 して字 音 や意 義 な どの 注解 を加 えた もの で あ る。特 定 の典 籍 ご とに作 られ た音 義 は,字 書編 纂 の重 要 な材 料 とな った。 6)こ れ ら は 『 漢 語 文 典 叢 書』(汲 古 書院,1979∼1981)に
影 印 が お さ め られ て い る。
7)こ れ ら は 『 唐 話 字 書類 集』(汲 古 書院,1969∼1977)に
影 印 が お さ め られ て い る。
8)同 書92ペ
ー ジ。
9)雄 山 閣 出版,1973∼1975年
刊 。1995年 に増補 再 刊。
献
文
わ が国 の字 書 の 歴 史 を知 るた めの 基 本 的 な文 献 と,論 文 中 に と りあ げ た 字 書 の 影 印本 な どの お もな もの をあ げ る。 少 数 に限 定 し,ま た注 に あ げた もの は省 略 す る。
沖森 卓 也 ・加 藤 知 己 ・倉 島 節 尚 ・牧野 武 則(1996)『
日本 辞 書 辞典 』(お うふ う)
川瀬 一 馬(1955)『
に雄 松 堂 よ り増 訂 版)
古 辞 書 の研 究 』(講 談 社,1986年
西崎 亨(1995).『 日本 古辞 書 を学 ぶ人 のた め に』(世 界 思想 社) 山 田俊 雄(1978)『
日本 語 と辞 書 』(中 央 公 論社)
京都 大 学 文学 部 国 語 学 国 文学 研 究 室(1973)『 正 宗 敦 夫(1970)『
中 田祝 夫 ・北 恭 昭(1976)『
川 書 店)
倭 玉 篇 夢 梅 本 篇 目次 第 研 究 並 び に総 合 索 引 』(勉 誠 社)
京都 大 学 文学 部 国 語 学 国文 学 研 究 室(1968)『 中 田祝 夫 ・林 義雄(1971)『 奥 村 三 雄(1973)『
新撰 字 鏡』(増 訂版)(臨
類 聚 名義 抄 』(風 間書 房 〉 諸本 集 成倭 名 類 聚抄 』(臨 川 書 店)
古 本 下学 集 七 種研 究 並 び に総 合 索 引』(風 間 書 房)
聚 分 韻略 の研 究 付 古 本 四種 影 印 慶長 版 総 索 引』(風 間 書 房)
中 田祝 夫 ・峰 岸 明(1964)『
色 葉 字類 抄 研 究 並 び に索 引』(風 間 書房)
中 田祝 夫(1968)『
古 本 節用 集 六種 研 究 並 び に総合 索 引』(風 間 書 房)
藁 科 勝 之(1981)『
雑 字類 編 影 印 ・研 究 ・索 引』(ひ た く書 房)
⑪ 日本 語 と漢 字政 策
安 田敏 朗 ● 1 漢字政 策の背景
本 章 で は,近 代 日本 に お け る漢 字 を め ぐる言 語 政 策 につ い て論 じ る。 漢 字 だ け で 日本 語 を表 記 す る こ とは,普 通 は な され な い。 一 方 で 漢 字 な しで 日 本 語 を表 記 す る こ と も,現 在 で は一 般 化 して い る とは い え な い。 つ ま り,無 制 限 の 使 用 も,完 全 不 使 用 も,現 実 に は な され て い な いわ け で あ る1)。した が っ て, 漢 字 で は 表 記 しな い 要 素 をふ くみ,な
ん らか の 条 件 の も とで 漢 字 の字 数 や 音 訓 が
制 限 さ れ た もの が,現 今 の 日本 語 表 記 で あ る と い え る。 この よ うに い う と,い か に も 当然 の よ う で は あ るが,な い か,と
に を,ど の よ う に制 限 して い くか,あ
い う問 題 は,近 代 日本 語 の 表 記 問 題,ひ
般 に は国 語 国 字 問 題 と称 され る)に
るい は しな
い て は 日本 語 へ の言 語 政 策(一
と っ て,標 準 語 の制 定 な ど と と もに,き わ め
て重 要 な事 案 に属 す るの で あ る。 制 限 す る漢 字 の 多 寡 は こ こで は 関係 な い。 明 治 期 に 国民 皆 学 の 理 念 の も とで 実 施 さ れ た 教 育 に とっ て,あ っ て,あ て,一
るい は 国民 大 多 数 に 流 通 させ よ う とす る メ デ ィア に と
る い は 法 律 制 度 や そ の 他 国 民 化 の た め の諸 制 度 の効 果 的 な 運 用 に と っ
定 数 で 漢 字 を 制 限 し,そ れ を確 実 に実 行 す る こ とは,不 可 欠 と な る2) 。こ
こ に漢 字 政 策 の 登 場 す る余 地 が 生 じる。 国 語 国 字 問 題 と い う問 題 系 の な か で,漢 す る か と い う議 論 は,よ
字 を ど こ まで,そ
して どの よ うに制 限
りお お き な 観 点 に た て ば,日 本 の 「伝 統 」 「文 化 」 「歴
史 」 な ど をい か に と ら え るか , また 「漢 字 文 化 圏 」 を視 野 にい れ れ ば,中
国や 朝
鮮 を い か に認 識 す るか (こ う した 地 域 に 日本 語 が 侵 略 して い く際 の介 入 の てが か りに もな っ た こ と もわ す れ て は な らな い),そ
して あ る文 脈 に あ っ て 「国 体 」 を
い か に 解 釈 す る か , とい っ た 問題 と も む す び つ く もの で あ る。 し たが って,漢 字 政 策 そ れ 自体 が,政
治 的 ・思 想 的 問 題 を は らむ こ とに もな る。
漢 字 政 策 とい う単 語 につ い て は,た
とえ ば それ を書 名 に冠 した 『明 治 以 後 の 漢
字 政 策 』 で の 定 義 は,「 漢 字 か な ま じ り文 に お い て,表 語 文 字 で あ る漢 字 を表 記 法 上,ど
う位 置 づ け るべ きか 。 漢 字 の字 種,字
数,字 体,音
訓 等 に い か な る整 理
を加 え るべ き か」 とい う問 題 を 「国 家 的 機 関 で 調 査 審 議 して,漢 字 使 用 の 標 準 を 示 し,そ の 成 果 を行 政 的 に措 置 す る」 とい う もの で あ る(井 之 口1982:ii)。
こ
の 定 義 自体 に 問題 が あ るわ け で はな い。 字 体 ・字 種 の選 定 と い っ た そ れ 自体 重 大 な問 題 お よ び具 体 的 な 資 料 に つ い て は 『明 治 以 後 の漢 字 政 策 』 に ゆ ず るが,漢
字
政 策 とは,以 上 の よ う な文 脈 の な か で と ら え る こ との で き る問 題 で あ る3)。 あ た りま え の よ うで は あ る が,漢 字 政 策 が 国 語 国 字 問題 の なか に ふ くま れ る も の で あ る こ とを確 認 して お く。 現 に近 代 日本 の 種 々 の政 府 系 言 語 政 策 機 関 が 「国 語 」 の 「整 理 改 良 」 をお こ な う際 に,か な らず 漢 字 の 問題 を と りあ げ て い る。 国語 国 字 問 題 とい う と,従 来 は無 色 無 臭 の きわ め て技 術 的 な問 題 系 と して,あ る い は そ れ をせ い ぜ い 「伝 統 」 と 「革 新 」 と い っ た単 純 な構 図 に ひ きの ば して 解 釈 して きた 観 が あ る。 もち ろ ん そ れ で 一 面 の 把 握 は で き るが,子 細 に 検 討 す れ ば,こ の 問 題 が近 代 日本 の 歴 史 的 あ ゆ み と密 接 に か か わ る こ と,つ ま り,国 民 国 家 形 成 時 にお け る諸 問 題 や 帝 国 的 展 開 期 に お け る異 言語 との 対 峙 ・多 言 語 状 況 の 管 理 とい った 政 治 的 な 諸 問 題 と も無 縁 で は な い こ とは,か つ て指 摘 した と こ ろで あ る(安 田2001)。 漢 字 政 策 も こ う した 状 況 と密 接 に連 関 す る4)。 国語 国 字 問 題 と い う こ とば が頻 繁 に あ らわ れ る よ う に な る の は,1900年
を前
後 す る時 期 で あ っ た 。 この 時 期 に問 題 が つ よ く認 識 され る よ うに な っ た の は,日 清 戦 争 に よ る,脱 中華 へ の う ご きの 加 速 化,お
よ び そ れ と併 行 して,国 民 国家 日
本 の確 立 の た め に 自律 した 「国 語 」 とい う言 語 体 系 が必 要 とされ て い た た め で あ る(長1998,安
田1997)。
よ くし られ る よ う に,明 治 初 期 に も,日 本 語 表 記 を根 本 的 に変 更 し よ う とす る
う ご きが あ った(詳
細 は平 井1948,古
田1989な
ど を参 照)。 日本 語 表 記 の 脱 漢
字 化 を め ざ した もの も あ っ た が,基 本 的 に は失 敗 に お わ っ て い る。 そ の 原 因 は 種 々 あ ろ うが,直 接 的 に は 「西 洋 文 明 」 の効 率 的 な吸 収 を め ざ した脱 漢 字 化 の 主 張 とい う,要
は知 識 人 の あ い だ だ け で 流 行 した現 象 に と ど ま っ て し まっ た こ とが
お お きい5)。い い か えれ ば,い か な る 内 容 を表 現 す る た め に,い か な る形 態 の 日 本 語 を,い
か よ う に,ど の よ う な 「国 民 」 に ひ ろ め るの か , と い っ た確 固 た る視
野 を もち あ わ せ て い な か った こ とが 決 定 的 だ った とい え る だ ろ う。 こ の 時 点 で の 議 論 は,「 文 明 開化 」 と 「大 衆 啓 蒙 」 の た め に ど う い っ た 文 字 で 表 記 す れ ば よ い の か が 主 要 な 論 点 で あ っ た 。 つ ま り,い か に効 率 よ く 「文 明 」 の 発 信 元 で あ る 「世 界 」=西 洋 の 諸 文 物 を受 容 し,そ れ を い か に効 率 よ く 「大 衆 」 へ と伝 達 して い くか,い
か に効 率 よ く識 字 化 で き るか , と い っ た論 点 で あ る。 こ
こに 議 論 が収斂 して いた と もい え るだ ろ う。 この こ と は,別 の 角 度 か らい え ば,日 本 語 に お け る,漢 語 お よ び 漢字 表 記 の浸 透 度 へ の 認 識 が,論
者 に 欠 如 し て い た とみ る こ と もで き る6)。た と え ロ ー マ 字 や
か な 表 記 に よ り漢 字 を使 用 しな い よ う に して も,漢 語 の問 題 を処 理 しな けれ ば, 同 音 異 義 語 の視 覚 的 区別 が 可 能 な漢 字 か な ま じ り表 記 の効 率 性 に は か な わ な い。 「大 衆 性 」 を付 与 す る に し て も,漢 文 訓 読 体 の 「文 語 」 文 で は な く,は な し こ と ば に よ り接 近 した 文 体 を模 索 しな い と効 果 は う す い 。 さ らに歴 史 的 仮 名 遣 をわ ざ わ ざ ロ ー マ 字 や か な だ け で 表 記 して も,「 大 衆 性 」 を そ ぐ方 向 に む か う。 も ち ろん,わ
か ちが き に注 意 す れ ば,た
と え ば ひ らが な だ けで の 表 記 も可 能 で
あ り,漢 語 を い い か え る な どの 文 体 意 識 が よ り強 力 に作 用 す れ ば,現 在 に お い て も十 分 通 用 す る こ と は,み や け ・よね きち7)な どの 実 践 で あ き らか で は あ る。 要 は,み ず か ら の使 用 す る文 体 へ の 意 識 の問 題 で も あ る の だ が,文 体 意 識 の た か い 人 間 の孤 立 的 な 営 為 で,浸 透 し き っ た 漢 語 ・漢 字 の 問 題 を の り こ え よ う と して も,限 界 は ど う して も生 じる の で あ る。 この時 期,確
た る文 体 意 識 が あ った みや
け な ど を除 外 す る と,日 本 語 を,ど の よ う な もの とし て と ら え た か った のか が, 不分 明 で あ っ た の で はな いだ ろ うか 。 その 結 果 と し て,た 摘 の よ う に,1880年
と え ば飛 鳥 井 雅 道 の指
代 に お い て も思 想 を 発 表 す る文 体 は,従 来 の 「漢 文 な い し
は漢 文 書 き下 し体 」 が 唯 一 の もの と して 使 用 され つ づ け,「 俗 語 に は思 想 を と り
こむ こ とが で き な い 〔… 〕。 す こ しで も抽 象 度 の レ ベ ル の 高 い言 葉 は,漢 語 に た よ ら ざ る を え な い 」 とい う江 戸 期 の状 態 を そ れ と して ひ き う け つづ けね ば な らな か っ た の で あ る。 「言 文 一 致 」 とい う思 想 が 登 場 す るの に は,い
ま し ば ら く時 間
が 必 要 な の で あ っ た(飛 鳥 井1959)。 そ う し て み る と,日 本 語 表 記 の一 環 と して漢 字 政 策 が 問 題 に な っ て くるの は, 近 代 国 民 国 家 日本 が,抽
象 度 の た か い議 論 も で き,諸 制 度 の運 用 を に な う 「国
語 」 をい か に 確 立 し よ う と したか とい う議 論 の な か に お い て で あ る と もい え る。 い い か えれ ば,漢 字 政 策 論 が 成 立 す るの は 「国 語 の 独 立 」 が 前 提 とな っ て い る の で あ る。 つ ま り,政 策 を立 案 し遂 行 す る政 策 主 体 の 確 立 は も ち ろ ん だ が,政 策 の 対 象 とな る 「国 語 」 の 成 立 を前 提 と し な け れ ば,漢 字 政 策 は論 じ られ な い。 そ して 「国 語 」 を い か に設 定 す るか とい う こ と と漢 字 政 策 の あ りか た は密 接 に 関 連 して く る こ と を わ す れ て は な らな い。 「日本 語 と漢 字 政 策 」 とい う章 が な り た つ ゆ え ん で あ る。 本 章 で は,「 国語 の 独 立 」 を と な え る際 に漢 字 が ど の よ うに あ つ か わ れ た の か (2節),政 策 と して,と う に あ つ か わ れ た か(3,4節)を
りわ けか な づ か い と の 関 連 で どの よ
簡 単 に紹 介 す る こ と に し た い 。
● 2 「国 語 の 独 立 」 と漢 字
(1)漢 字 を 排 除 す る 「国 語 」― 共 時 的 現 在 の 重 視― 齋 藤 希 史 は 明 治 中期 の文 学 史 記 述 を分 析 し,そ の記 述 が,「 和 漢 」 とい う概 念 か ら 「支 那 」 を析 出 して い く こ とで 「日本 」 とい う ナ シ ョナ ル な もの を確 立 さ せ る もの で あ っ た こ とを あ き らか に して い る(齋 藤2001)。 お な じ よ う に い え ば,「 国 語 」 を確 立 さ せ る に は,漢 字 との 距 離 を明 確 に す る 必 要 が あ っ た 。 漢 字 政 策 の 前 提 と して,こ
の こ と をわ す れ て は な らな い 。 森 有 礼
の 著 名 な 「英 語 国 語 化 論 」 を ひ く まで もな く,国 民 の は な す べ き もの と し て設 定 した い 「国 語 」 と,「 文 語 」 との 距 離 が お お き く,そ の 障 害 に な っ て い る の が 漢 字 ・漢 語 で あ る とい う認 識 は あ っ た で あ ろ う。 明 治 後 期 以 降 の 国語 政策 の 中心 的位 置 に い た 上 田 万 年 が 漢 字 の廃 止 を とな え て い た こ とは 有 名 で あ る。 上 田 が 主 事 とな った,1902年
に 官 制 が しか れ た 国 語 調
査 委 員 会 の 基 本 方 針 の な か に 「文 字 ハ 音 韻 文 字(フ
オ ノグ ラム)ヲ
採用 スル」 と
あ る 。 この 方 針 か ら理 解 で き る こ と と して,そ れ が 西 洋 言 語 学 の知 識 の 応 用 で あ り,か つ 国 民 教 育 の効 率 を考 慮 した もの で あ る と い う以 上 にあ き らか な の は,上 田 が 漢 字 と距 離 を と ろ う と して い た こ とで あ る。1909年 時 点 で も,か
りに 今 後
「支 那 帝 国 が 非 常 に 発 達 し て,東 洋 に於 て の覇 権 を握 るや う に な つ た 時 」 に は, 漢 字 とい う 「支那 と 日本 との 両 国 民 の 間 に共 通 の 思 想 交 換 の器 械 を有 つ と云 ふ こ と は,是 は余 程 危 険 な こ と」 だ とい っ て い る。 漢字 を通 じ て 「支 那 」 の 「覇 権 」 の 傘 下 に は い っ て し ま う とい うの で あ る。 そ の た め に 「一 国 の 言 語 文 章 と云 ふ も の は,成
るべ く其 の 独 立 の地 位 を保 つ て,其 の 上 で 国 民 全 体 の 思想 感 情 の 独 立 を
保 つ 」 べ き な の だ(上 田1909:4‐5)。
そ れ は,「 日本 の 普 通 教 育 と云 ふ もの を確
立 さ せ る と云 ふ 必 要 を認 め ま して,此
日本 の 普 通 教 育 か ら漢 学 を外 に置 」 き,そ
れ を 「支 那 学 」(現 在 の 「支 那 」 を し る た め に歴 史 ・地 理 な ど を考 究 す る もの) と して,あ
ら た に 設 置 す べ き だ とい う主 張 と通 底 し て い る。 「普 通 教 育 」 か らの
「漢 」 の 排 除 で あ る(上
田1907)。
第 一 次 世 界 大 戦 の さ な か,対 華21箇
条 の 要 求 を の ませ た 翌 年 の1916年
になっ
て も,「 国 語 の 独 立 」 とい う一 文 を草 し,「 い や し くも一 等 国 を以 て任 じて を る 国 の 国 語 は,必 ず一 定 の標 準 を維 持 して,話 す に も書 くに も標 準 の 文 法 を 有 し,標 準 の 語 彙 を 有 して ゐ る」(上 田1916b:6)も
の で あ る が,日
本 の ば あ い,言 語
文 字 が複 雑 で 標 準 が な く,「 国語 の 独 立 を唱 へ て,欧 羅 巴 の 一 等 国 に於 て認 め る が 如 き,言 語 文 字 の独 立 を 図 り,そ の権 威 を主 張 し,国 家 教 育 の 上 に各 種 の 施 設 を し よ う と い ふ こ と は,甚 だ 困 難 な 事 業 で あ る」(上 田1916a:9)と,あ
いか
わ らず 嘆 息 して い る。 こ こに お い て も,漢 字 と距 離 を と るべ き こ とが く りか え さ れ て い る。 つ ま り,
支 那 と 日本 とは 東 洋 の二 大 国 で 最 も親 密 にす べ き 間柄 で あ る が,そ れ は交 際 上 親 密 に す べ きで あ つ て,言 語 文 字 ま で も共 通 に す べ き筈 の もの で は な い 。 日本 人 は 日本 人 の い る だ け の 漢 字 を知 つ て ゐ れ ば よ い の で あ る,支 那 人 の 用 ふ る漢 字 を こ と ご と く知 る必 要 は な い。 日本 人 は 日本 人 の古 来使 ひ 来 つ た文 字 を書 き な らへ ば よい の で あ つ て 何 も一 々 の模 範 を康 煕 字 典 に取 る必 要
は な い 。 また 日本 人 は 古 来 使 用 した 漢 呉 音 を標 準 と し て 進 め ば よ い の で, 一 々 現 代 の 支 那 音 に よ る必 要 はな い の で あ る。(上
これ は上 田 にか ぎ っ た こ とで は な い。1932年 せ て 日 中戦 争 開 始 後 の1938年
と1936年
田1916b:8)
に公 表 した 論 文 を あわ
に 『支 那 思 想 と 日本 』 と し て公 刊 した,東
史 家 津 田 左 右 吉 は,「 まへ が き」(1938年10月)で
「わ た く しは,近
洋思想
ご ろ,支 那
文 字 を つ か ふ こ とを で き る だ け 少 くす る や う に心 が け て ゐ る」 と の べ る(津 1938ま
へ が き:1)。
田
この 「まへ が き」 は所 収 論 文 の梗 概 を し め した もの で も あ
る が,日 本 の知 識 人 が 受 容 し た 「支 那 思 想 」 が い か に 日本 の 実 生 活 とは 関 係 の な い も の で あ り,日 本 の 歴 史 ・文 化 は 「支 那 」 の そ れ とは ま っ た く こ とな る もの で,文 物 は と りい れ た が 「支 那 の文 化 の 世 界 に つゝ み こ まれ た の で は な」 く,し た が って 「一 つ の 東 洋 と い ふ 世 界 は な りた つ て ゐ 」 な い こ と が 主 張 さ れ て い る (同 前:2-3)。
そ して 「日本 が 世 界 性 を 有 つ て ゐ る現 代 の 日本 文 化 」 を た か め て
こ そ 「支 那 人 を して ほ ん と う に 日本 を理 解 させ 日本 を尊 敬 させ る こ とが で き る」 と い う。 そ う し た 文 化 の 発 達 を さ ま た げ る最 大 の 「じや ま もの 」 と し て 津 田 は 「支 那 文 字 」 を あ げ,そ と して,ゆ
れ は 「日本 の こ と ば の そ の 発 達 を も ひ ど く妨 げ る もの 」
くゆ くは そ の廃 止 が な され る べ き こ とを主 張 して い る。 さ ら に 「現 代
支 那 語 を 学 ぶ こ とは,日 本 人 に とつ て は何 の教 養 に も な らぬ 」 と し,「 今 日 で は 日本 が 支 那 か ら学 ぶ べ き もの は何 も無 い 」 と断 言 す る(同 前 :9-11)8)。 上 田 の ば あ い は,日 清 戦 争 や 第 一 次 世 界 大 戦(「 一 等 国 」 へ),津 は,日
中戦 争(「 東 亜 の 盟 主 」 へ)と
田 の ば あい
い っ た 状 況 の ち が い は あ る が,日 本 あ る い
は 日本 語 の 位 置 の 確 認 が 必 然 的 に要 求 さ れ る事 態 が 生 じ る ご とに,確 認 の 要 具 と し て も ち だ さ れ る の が 漢 字 で あ る こ と に 留 意 し た い。 と く に津 田 は 「支 那 文 字 」9)とい うお そ ら くは 「Chinese character」 の 訳 語 を 印 象 づ け る 用 語 を 積 極 的 に もち い て,「 漢 字 」 とい う 「伝 統 」 的表 現 か ら も距 離 を とる こ とで,「 他 者 の文 字 」 性 を よ り強 調 して い る とみ る こ と もで き る。 この よ うに 上 田 や津 田 は漢 字 か ら距 離 をお き た か った の で は あ るが,こ
う した激 烈 な 調 子 は,そ
て も保 持 で き な い こ との う らが え し とみ る こ と もで き る。
の距 離 が ど う し
(2)漢 語 を 「同化 」 す る 「国語 」― 通 時 性 の 重 視― これ らの 議 論 は,あ
くまで も漢 字 との距 離 で あ っ て,漢 語 との距 離 で は な い こ
と に,注 意 しな くて はな ら な い。 漢 語 そ の もの は,山 田孝 雄 『国語 の 中 に於 け る 漢 語 の研 究 』 な ど に い う よ うに,「 わ が 国 語 は そ の 十 分 四 若 くは そ れ 以 上 の 漢 語 を 包 含 して あ り」 と歴 史 的 に き わ め て ふ か く定 着 して い る。 山 田 は漢 語 に よ っ て 「国 語 」 の 純 正 が 害 せ られ た とい うが,し
か し 「わ れ らの 祖 先 が そ れ らを輸 入 同
化 す る に努 力 した 」 こ とに 留 意 し,「 国 語 の 寛 大 さ と国 語 の 同 化 力 と国 語 の 厳 粛 さ とを 認 め ざ る を得 」 な い と い う(山
田1940:533-534)。
こ こで 意 識 さ れ る の
は 「国 語 」 の 通 時 的 ・「歴 史 」 的 な 一 体 性 で あ る。 この よ う に 「国 語 」 が 異 言 語 ・文 字 の 影 響 を う けつ つ も,「 独 立 」 を保 持 し て き た とい う論 調 は,つ
い に は奇 妙 な 言 説 を う み だ す。 上 田 と お な じ 「国 語 の 独
立 」 とい う論 文 を1943年
に公 表 した 広 島 文 理 科 大 の稲 富 栄 次 郎 は 「我 が 国 語 」
は 「印 度 及 び 支 那 の 言 語 文 字 を輸 入 し,〔 … 〕 摂 取 同 化 して 自家 薬 籠 中 の もの と な し」 て きた とす る(稲 富1943:311)。
明 治 以 降 は漢 語 よ り も英 語 の 影 響 を う
け,「 死 活 」 問 題 とな る こ と も あ っ た が,結
局 「国 語 が 英 語 を包 容 し同 化 して,
こ れ に よつ て栄 養 を 摂 り これ に よ つ て 輸 血 を行 ひ つゝ 飛 躍 的 な 発 展 を遂 げ て 来 た 」 と い うが,こ れ が なぜ か 「英 語 を支 配 して来 た 」 こ とに な る。 こ の 経 験 こ そ が,「 八 紘 一 宇 の大 理 想 を 地 上 に 実 現 す る た め に 」 必 要 な 通 過 儀 礼 で あ っ た とい う の で あ る。 そ し て,「 か く英 語 を完 全 に包 容 す る こ とに よつ て 先 に漢 字 漢 文 を 摂 取 して 大 な る成 長 発 展 を遂 げ ま した 国 語 が,正
し く世 界 の 日本 語 へ と躍 進 し た
とい ふ こ とが 出 来 や う と思 ふ の で あ りま す 」 と こ の 論 文 は お わ る(同 前:321‐ 322)。 や や 理 解 不 能 だ が,「 英 語 の 影 響 =逆 支 配 」 とい う構 図 が,「 漢 字 漢 文 」 の 「摂 取 同 化 」 と同 型 の もの,つ
ま り 「国 語 」 の 「歴 史 」 の パ タ ー ン に一 致 す る と
し て正 当 化 して い る点 が 興 味 ぶ か い。 漢 語 が 「同 化 」 され て いれ ば,当 然 漢 字 も 「国 語 」 に 「同化 」 され て い る こ と に な る。 そ う した観 点 か らは,漢 字 制 限 ・廃 止 論 は 「国 語 」 とい う体 系 を破 壊 す る もの で あ っ て,「 す べ て の 国 民 の 教 養 を低 下 さ せ て,最
も低 い民 衆 層 に あ ら ゆ
る国 民 の 階 層 を 同化 させ よ う とす る,一 種 の 左 翼 的 な 民 衆 解 放 思想 が 根柢 に なつ て ゐ る の で あ る」 とみ な さ れ る(藤 田1943:178)。
現 に,ロ ー マ 字 論 者 に は漢
字 を封 建 制 の遺 制 とみ て,そ
こか らの解 放 を と く もの もい た 。 そ れ が 唯 物 論,プ
ロ レ タ リア ・エ スペ ラ ン ト論 とむ す び つ い た とき,弾 圧 が な さ れ る10)。 漢 字 の共 有 が 「国語 の 独 立 」 を さ また げ か ね な い とい う議 論 は,共 時 的 現 在 へ の め くば りが つ よ い もの で あ っ て,上
田 や津 田 の よ うに時 代 状 況 に敏 感 に な ら ざ
る を え な くな る。 と き に よ っ て は,1930年
代 の プ ロ レ タ リア ・エ ス ペ ラ ン ト論
の よ う に,世 界 的 に流 行 して い た 「左 傾 」 思 想 との 連 関 を と くなか で漢 字 廃 止 を う った え る 議論 に もな っ て い く。 一 方 で,通 時 的 な側 面 へ の め くば りが な さ れ る と,漢 字 と と も に流 入 して き た 漢 語 が 日本 語 の なか にふ か く定 着 して い る こ とは 否 定 で き な くな る。 そ の ば あ い で も,定 着 を 「国 語 化 」 とみ なす こ とで,た
とえ 漢字 を共 有 して い て も 「国 語 の
独 立 」 はた もた れ る とい う議 論 に な る。 そ して漢 語 に よ っ て増 大 した 同音 異 義 語 の お お さ は 「国語 の 豊 富 さ」 へ とよ み か え られ る。 そ う な る と,妥 当 な,あ が な で,と
る い は妥 協 的 な 表 記 法 は,漢 語 を漢 字 で,和 語 をひ ら
い う こ と にな る だ ろ うか 。 つ ま り,漢 字 は 音 の み の使 用 にか ぎ る,と
い う もの で あ る。 これ はた と え ば高 島(2001)が,原
則 と して提 唱 して い る もの
で あ る が,す で に佐 久 間 鼎 が 「元 来 は,音 読 をす る もの だ け漢 字 で書 い て,そ の 他 は す べ て 「か な」 を つ か ふ 方 が いゝ 」(佐 久 間1935:118)と
のべ て い るよ う
に特 異 な 主 張 で は な い。
(3)漢 字 共 有 の 是 非 と 「国 語 」― 「 東 亜 」 へ― さ き の 齋 藤 の 議 論 を さ らに お う と,「 支 那 」 を析 出 す る こ とで 確 立 さ れ る 「日 本 」 は,こ れ ら を包 含 す る 「東 亜 」(「日本 」 は 「東 亜 」 の 盟 主 とな る わ け で あ る)の 発 想 を有 す る に い た る(齋 藤2001:178)。 う議 論 は ナ シ ョナ ル な もの の 確 立 を う なが すが,そ
とす れ ば,「 国 語 の 独 立 」 とい れ は決 して孤 立 主 義 的 で は な
く,「 国語 」 に よ る 外 部 膨 張 の 議 論 を も招 来 す る の で あ る。 そ れ は 近 代 日本 の 帝 国 的 展 開 に よ る必 然 で も あ る が,西 洋 「文 明 」 を東 ア ジ アで い ち は や く摂 取 した 「国 語 」 が,そ
の 「文 明 」 を 東 ア ジ ア に つ た え るべ きだ とす る議 論 で もあ っ た 。
そ う な る と,中 国 語 や 朝 鮮 語 とい う,表 記 上 漢 字 を共 有 す る諸 言 語 とむ きあ う こ と に な る が,こ
の共 有 を い か に あ つ か うか と い っ た 問題 が 生 じ る。 す で に み た よ
う に,「 一 国 一 国 語 」 をの ぞ ま し い形 態 とす れ ば,漢 字 を共 有 す る こ とは 「国 語 の 独 立 」 上 の ぞ ま し くな い とい う主 張 が あ った 。 一 方 で そ れ を利 用 して 「国語 」 の 勢 力 圏 を拡 大 し よ う とい う論 調 もあ っ た 。 日本 の 漢 字 で も って 「文 明 」 を伝 播 し よ う とい う もの で あ る。 こ こ で も通 時 性 と共 時 性 の どち ら を重 視 して い るか と い う整 理 が で き る。 た と え ば井 上 円 了 は 「漢 字 は千 百 年 の 久 き,国 語 の 基 礎 と な りた る もの 」 で あ る と し 「漢 字 を用 れ は,国 内 に於 て 日本 の 特 性 を維 持 す るの 益 あ る の み な らず, 国 外 に対 し て は,東 亜 の 勢 力 を 占領 す る の 益 あ る こ と,又 疑 な い と考 」 え て い る。 また 「支那 は今 日尚 ほ世 界 の文 明 を入 れ さ る有 様 な れ と も,数 年 の 後 に は必 す 開 国 革 新 を 実 行 す る に相 違 な い,其 時 我 々 日本 人 は,支 那 人 の先 輩 な れ は,彼 れ が教 師 とな り,導 者 とな る こ とが 出 来 る,且 つ 支 那 人 は己 れ と全 く文 字 文 章 を 異 に す る西 洋 人 よ りも,之 を 同 ふ す る 日本 人 を 歓 迎 す る は疑 あ り ませ ぬ 」 の で, 「東 洋 に あ りそ は,台 湾 人 を し て 永 く我 に 帰 依 せ しめ,朝 鮮 人 を して 永 く我 に心 服 せ し め,支 那 人 を して 永 く我 を歓 待 せ し む る に は,漢 学 を興 し,儒 教 を盛 ん に す る よ り外 に 良 策 は な い,又 将 来 支 那 四 百 余 州 を して,我 版 図 に 帰 せ し む る も, 此 外 に名 案 は な い 」 と して い る(井 上1900:29,44,46,47)。 共 有 を の ぞ ま し くな い とす れ ば,上 田 な どの よ うに,廃 止 も視 野 に いれ た漢 字 制 限 を お こ な い,か
なづ か い も表 音 的 な も の と し,「 国語 」 を よ り簡 便 にす る こ
とで 国 内 は も と よ り国 外 で の普 及 を容 易 に す る とい う主 張 が で て く る11)。国語 調 査 委 員 会 に は こ う した 志 向 が つ よか っ た。 一 方 で,共 有 を活 用 し よ う とす れ ば,制 限 も廃 止 も不 適 当 な こ と とな る。 そ し て か な づ か い,と
くに 字 音 仮 名(よ
み が な)に つ い て は,「 国 語 」 の 「歴 史 」 性
を表 象 す る ば か りで な く,「 清 韓 語 」(中 国 語,朝 鮮 語)と
の 連 関 を た もち,そ の
学 習 を容 易 に す る た め に,歴 史 的 仮 名 遣 を遵 守 す る こ と を主 張 す る。 あ る漢 字 音 を歴 史 的仮 名 遣 で 表 記 す れ ば,そ の漢 字 の 中 国 語 や 朝 鮮 語 で の発 音 が 容 易 に推 測 で き る とい う論 理 で あ る。 こ の論 は伊 沢 修 二 の もの が 代 表 的 で あ る(伊 沢1905 な ど)。 具 体 的 に伊 沢 は1906年
に漢 字 統 一 会 を組 織 す る が,そ
の章 程 に は 「本 会
之 旨 。 在 整 一 日清 韓 三 国 所 通 行 漢 字 。 以 図教 育 経 済 政 治 実 業 等 諸 般 利 便(第 条)」 とあ る12)。そ して1909年
一
に 『同 文 新 字 典 』 を刊 行 す る。 伊 沢 の 「序 」 で は
「夫 漢 字 者 。 於 交 通 東 亜 五 万 々 生 民 之 思 想 。 不 可 欠 之 利 器 也 」 とい う認 識 が し め され,金
子 堅 太 郎 会 長 の 「序 」 で は 「自今 千 五 百 年 前 。 漢 字 流 播 我 朝 以 来 。 其 已
変 成 我 国 語 言 者 。」 との べ,「 我 邦 応荅萃 東 西 之 文 化 。 融 和 新 旧 。 鋳 成 一 新 文 化 之 要素。更 宜 向亜東大陸。播伝我 之文化。為 拡充通商 恵工之資者 。舎漢学不知有 何 良 策 也 。」 とい う よ う な,東 西 新 旧 の 「文 化 」 を融 合 させ た 日本 の 「新 文 化 」 を 漢 字 に よ って 「亜 東 大 陸 」 に ひ ろ め る べ きだ とい う意 見 を しめ して い る の で あ る (漢字 統 一 会1909)。
歴 史 的仮 名 遣 の 維 持 と い う と 「伝 統 」 を固 守 す る保 守 的 な
イ メ ー ジ を も つ が,通 時 性 を重 視 した 東 ア ジア で の 「 普 遍 性 」 を獲 得 し よ う と し て い た とみ る こ とが で き る。 漢 字 を もち い る に し ろ もち い な い に し ろ,「 国 語 」 を 中 軸 と し て 中 華 文 明 圏 の 言 語 地 図 の ぬ りか え を は か る議 論 が 登 場 し,東 ア ジ ア へ の 「侵 出 」 の 要 に 「国 語 」 が す え られ て い くの で あ る。 要 は,漢 字 との 距 離 の と りか た の差 異 は,国 境 を こ えた 「国 語 」 普 及 の た め の 「普 遍 性 」 を ど こ に設 定 す るか とい う きわ め て 現 実 的 な 問 題 へ の対 処 法 の差 異 にす ぎ な い。 ま た,植 民 地 と した 朝 鮮 や 台 湾 で の 「国 語 」 教 育 で は,多 少 の ゆれ は あ るが 漢 字 は,日 本 語 よみ ・表 音 表 記 を基 本 に して い た 。 これ は漢 字 は 日本 語 の 一 部 で あ る こ とを し め す た め で あ る が,そ れ と連 動 す る よ う に漢 文 教 育 も徐 々 に 「国 語 」 化 され て い く。 朝 鮮 に お い て,教 育 漢 字 数 は 「内地 」 よ りお お か っ た が,そ 普 通 学 校(朝
鮮 人 生 徒 の た め の初 等 教 育 学 校)の
れは
規 程 に 「朝 鮮 語 及 漢 文 」 が あ っ
た た め で あ る。 しか し この普 通 学 校 の 「朝 鮮 語 及 漢 文 」 は1922年
の 第2次
朝鮮
教 育 令 に よ り 「朝 鮮 語 」 と 「漢 文 」 と に分 離 し,「 漢 文 」 は 随 意 科 目 と な り, 1938年 に は 「朝 鮮 語 科 」 が 随 意 科 目 とな る。 一 方 で 高 等 普 通 学 校 で は1937年 で 「朝 鮮 語 及 漢 文 科 」 は存 続 した が 同 年 8月 の朝 鮮 総 督 府 令131号
ま
に よ り 「朝 鮮
語 科 」 とな り,朝 鮮 語 に よ る漢 文 教 育 は 廃 止 さ れ,漢 字 の よみ は 日本 語 の音 訓 に 一 元 化 さ れ る(朴1982な 台 湾 で は,1900年
ど)
。
に 『教 育 時 論 』,『台 湾 教 育 会 雑 誌 』 で お こ な わ れ た 「漢 文
科 廃 止 論 争 」 をへ て,1904年
の 新 公 学 校 規 則 か ら は,従 来 の 「読 書 ・作 文 ・習
字 」 が 「国 語 科 」 とな り,「漢 文 科 」 が 別 に 設 置 され た 。 そ の 一 方 で 「漢 文 科 」 は 「土 地 ノ情 況 二 依 リ 〔… 〕闕 ク コ トヲ得 」 と な っ た(陳2001な
ど)。
● 3 漢字政策 と国語政 策
こ こ まで で み た よ うに,漢 字 へ の距 離 の と りか た は,表 記 文 字 と して の 機 能 だ けで は な く,そ れ に い か な る 「ふ りが な」 を あ て るか とい うか なづ か い の 問 題 も 包 含 す る こ と に な り,「 国 語 」 の 問 題 と き りは な せ な い こ とが 確 認 され る。 そ し て また,漢 字 字 数 の 積 極 的 な制 限 が,「 国語 」 な る もの を簡 易 化 ・「大 衆 化 」 し よ う とす る 意 図 と密 接 に連 関 し,反 対 に積 極 的 な 制 限 に 異 議 を と な え るが わ は, 「国 語 」 そ の もの を簡 易 化 し よ う とす る こ とに も同 様 に異 議 を と な え る とい う特 徴 もみ られ る。 明 治 政 府 が は じ め て 大 規 模 な漢 字 政 策 を お こ な っ た の は,1900年
の小 学校 令
改 正 の と きで あ った 。 こ こで は,か な の 字 体 の統 一,教 育 す る漢 字 数 を1200字 に制 限,そ
し て字 音 仮 名 遣 の 表 音 表 記(棒
び き仮 名 遣 と よ ば れ た)化
が うた わ れ
て い た。 これ は漢 字 にだ け別 の 表 記 原 理 を適 用 した もの で あ り,生 徒 が わ に混 乱 を もた ら した 。 「 棒 び き」 表 記 を 国 語 仮 名 遣(和 語 や 訓)に
ま で お よ ぼ して い る
例 は,調 査 結 果 に 顕 著 に み られ る(文 部 大 臣 官 房 図書 課1905)。 こ う した こ と もあ り,「 棒 び き」 表 記 を 国語 仮 名 遣,さ ま で お よ ぼ す 意 図 の も とで,文 部 省 は1905年
らには中等教 育課 程 に
に 『国 語 仮 名 遣 改 定 案 』 を国 語 調
査 委 員 会 ・高 等 教 育 会 議 に諮 問 した。 漢 字 字 数 の制 限 と 「国 語 」(と りわ け表 記) の 簡 易 化 とが,政 策 実 施 上 連 関 し て い る こ とが み て とれ る。 上 記 諮 問 案 に関 す る諸 議 論 で は,特 定 の 専 門 家 の た め に あ る よ う な,実 際 の 発 音 とは乖 離 した 歴 史 的 仮 名 遣 で は な く,普 通教 育 に お い て よ り簡 便 に習 得 で き る 表 音 的 仮 名 遣 が の ぞ ま し い とい う 「大 衆性 」 を主 張 す る もの が あ った 。 文 部 省 は 諮 問 案 に対 す る各 府 県 の 師 範 学 校 の 反 応 を調 査 し た が,師 範 学 校 全 国59校
の意
見 の なか で完 全 に反 対 す る の は 2校 だ け で,賛 成 も し くは修 正 をす れ ば賛 成 とい う学 校 は51校
で あ っ た(文 部 省1906:8‐9)。
雑 誌 ・新 聞 紙 上 に お け る 諮 問 案 に
対 す る知 識 人 た ち の賛 否 は ほ ぼ伯 仲 して い た こ と と比 較 す る と,簡 易 化 ・表 音 化 の必 要 性 は教 育 の 場 で つ よ く認 識 され て い た と い え る だ ろ う。 一 方 で,簡
易 化 に反 対 す る が わ は,伯 爵 東久 世 通 禧 を会 長 に した,国 学 者 の 多
い 「国 語 会 」 を1905年
に設 立 し,文 部 省 の 諮 問 は 「言 語 を乱り,延
の 消 長 に も 関 す る」 とい う意 見 書 を提 出 し た(同 前:11)。
い て は 国運
こ の会 の議 論 は,歴
史 的仮 名 遣 の 廃 止 は 歴 史 上 の人 名 ・地 名 か ら疎 遠 に な る こ とを意 味 し,天 皇 の名 前 の 区 別 も不 分 明 と な り,古 書 古 文 も解 せ な くな る とい う も の で あ り,「 国語 」 の醇 正 を た もち,古
来 の 「国語 」 を尊 重 せ よ とい う主 張 で あ っ た。 簡 易 化 に賛 成
す るが わ の主 張 とて 「国 体 」 を否 定 す る もの で は な い の だ が,こ
ち らの 主 張 に な
る と,「 国 語 」 の醇 正 = 「国体 」 の 神 聖 とい う こ と に な り,簡 易 化 に 圧 力 を か け る 絶 対 的 正 当性 を獲 得 して い っ た の で あ る。 と こ ろが,こ
の 問 題 を解 決 す るた め に設 置 され た 臨 時 仮 名 遣 調 査 委 員 会 は答 申
を だ す こ とな く廃 止 され,初
等 教 育 の か な づ か い お よび 漢 字 の制 限 は1900年
以
前 の もの に も ど る こ と に な っ て し ま った 。 内 閣 が か わ り文 部 大 臣 ・事 務 次 官 が 交 代 し,簡 易 化 に 反 対 す る 岡 田良 平 が 事 務 次 官 とな っ た こ とが 原 因(保 47-49)と
科1949:
の 解 釈 が あ る よ う に多 分 に政 治 的 な力 学 が はた らい て いた が,「 国語 」
の あ りか た と漢 字 政 策 との連 動 を こ こ に もみ る こ とが で き る。 国語 調 査 委 員 会 は1913年
に廃 止 され るが,1921年
に は臨 時 国 語 調 査 会 が 発 足
す る。 そ こ で あ つ か わ れ た 諸 種 の 問題 の な か に も,漢 字 制 限 が ふ くまれ て い た。 1923年 に常 用 漢 字 表(1962字)を で の 実施 が 予 定 され て い た が,関
発 表 し,漢 字 制 限 の 必 要 を 実 感 して い た 新 聞 東 大 震 災 に よ っ て さ また げ ら れ て し ま う13)。こ
の よ うに 実 施 が な さ れ な か っ た もの で あ っ て も,ひ
とた び 「基 準 」 と し て設 定 し
た もの は,参 照 され る運 命 に あ る。 た と え ば この 常 用 漢 字 表 は,満 洲 帝 国民 生 部 が,「 満 洲 国 」 の 教 育 の な か で 日本 語 を もち い る際 の表 記 基 準 を さ だ め た 『日語 表 記 法 』14)(1940年)の
な か で1938字
を選 定 す る際 に 参 照 され て い る。 そ の 後
も,臨 時 国 語 調 査 会 は常 用 漢 字 表 の修 正 や 漢 語 整 理 案 を発 表 し て い る。 臨 時 国 語 調 査 会 は1934年
に廃 止 され,国
語 審 議 会 が 設 置 され た 。1935年
のは
じ め て の 文 部 大 臣 の 諮 問 が 「一 、 国語 ノ統 制 二 関 ス ル 件 二 、 漢 字 ノ調 査 二 関 ス ル 件 三 、 仮 名 遣 ノ 改 定 二 関 ス ル 件 四 、 文 体 ノ改 善 二 関 ス ル 件 」(文 部 省 教 科 書 局 国 語 課1949:120)で
あ った こ とが しめ す よ う に,「 国 語 」 と漢 字 政 策 と の
連 動 も確 認 で き る。 この 国 語 審 議 会 の構 成 メ ンバ ー は 「国語 」 の簡 易 化 とい う点 で 大 同 団結 を した 国 語 協 会 で も重 要 な 地 位 に あ る もの が お お く,た と え ば審 議 会
会 長 の 南 弘 は 国 語 協 会 副 会 長(会
長 は 近 衛 文 麿)で
も あ った 。 諮 問 に あ る 「統
制 」 とい う語 は 時代 の キ ー ワー ドで もあ っ た が,日 本 語 普 及 とい う 目 的 もふ くめ た 「統 制 」 で あ っ た 。 時 代 の 要 請 に した が っ て 大 胆 な簡 易 化 も可 能 だ っ た の だ が,そ
れ を阻 止 した の は 「伝 統 」 を重 視 し て い た 時代 の風 潮 で あ っ た。
つ ま り,こ うい う こ とで あ る 。1930年 代 以 降,「 国 語 」 と 「日本 精 神 」 との 結 合 が 過 度 に 強 調 され る よ う に な っ た 。 そ こか ら,「 国 語 」 の 醇 化 を は か る こ とが 「日本 精 神 」 を よ り醇 化 す る こ と に つ な が る と い う志 向 が 当 然 の よ う に生 じ る。 帝 国 日本 の場 合,「 日本 精 神 」 は 究 極 的 に は天 皇 ・皇 室 に表 象 され る も の で あ っ た の で,「 国 語 」醇 化 の解 釈 ひ と つ で 「日本 精 神 」 擁 護 論 者 か らの 容 赦 な い 攻 撃 が くわ え られ た の で あ る。 諮 問 に し た が っ て 国 語 審 議 会 は1942年 た の だ が,こ 字,準
6月 に標 準 漢 字 表 を文 部 大 臣 に答 申 し
こ に も思 想 的 力 学 が は た らい た 。 標 準 漢 字 表 と は,常 用 漢 字1134
常 用 漢 字1320字,特
別 漢 字74字
の計2528字
で構成 され てい た。選択 基
準 は,審 議 会 の 基 礎 漢字 表 に 関 す る中 間報 告 に よ れ ば,常 用 漢 字 は 「国 民 ノ 日常 生 活 二 関 係 深 ク,一 般 ノ使 用 ノ程 度 ノ 高 イ モ ノ」,準 常 用 漢 字 は 「常 用 漢 字 ヨ リ モ 国 民 ノ 日常 生 活 二 関係 ガ薄 ク,マ は 「皇 室 典 範,帝
ター 般 二 使 用 ノ程 度 モ低 イ モ ノ 」,特 別 漢 字
国憲 法,歴 代 天 皇 ノ御 追 号,国 定 教 科 書 二 奉 掲 ノ詔 勅,陸
軍 人 二 賜 ハ リタ ル勅 諭,米
海軍
国 及 英 国 二 対 ス ル 宣 戦 ノ詔 書 ノ文 字 デ,常 用 漢 字,準
常 用 漢 字 以 外 ノ モ ノ」 で あ っ た(平
井1948:342-343)。
臨時 国語 調査 会 の常 用
漢 字 に く らべ る と,常 用 漢 字 自体 は制 限 が す す ん だ こ と に な る が,準 常 用 漢 字 ・ 特 別 漢 字 な ど とい う範 囲 を も うけ た た め に 議 論 が 紛 糾 す る。 た と え ば,頭
山満 な ど12名 の 連 署 に よ る文 部 大 臣宛 の 標 準 漢 字 表 反 対 の 建 白
書 で は,「 国 語 の 問 題 は鞏 固 な る 国 体 観 念 に照 ら して 講 究 」 す べ きで あ る と した う えで,反 対 の 理 由 を 「国 語 審 議 会 決 定 答 申 案 に いふ 特 別 漢 字 七 十 一 字 を以 て 畏 き辺 の 御 事 を も限 定 し奉 」 る こ と に な る点,常
用 漢 字 で は な く準 常 用 漢 字 の な か
に 「国 民 が 日常 奉 体 す べ き教 育 勅 語 を 始 め 皇 室 典 範,帝
国 憲 法,歴
号,勅
名 遣 の 変 革 」 を くわ だ
諭,詔
書 の 文 字 多 数 を 含 む」 点,「 漢 字 の否 定,仮
代 天皇 御 追
て る団 体 で あ る国 語 協 会 に国 語 審 議 会 が 「私党 化 」 さ れ て い る点 な ど を あ げ て い る。 そ し て 「エ スペ ラ ンチ ス ト,ロ ー マ 字 論 者,カ
ナ モ ジ 論 者 の過 去 及 び現 在 の
思 想 言 動 を調 査 し国 語 運 動 に名 を籍り て行 は れ た る非 国 家 思 想 の 有 無,思
想謀 略
の 存 否 如何 を明 確 にせ ん こ とを 要 す 」 とい う よ う に思 想 問題 に ま で発 展 させ て こ の 答 申 の廃 棄 を も とめ て い る(平 井1948:354-357)。 こ の標 準 漢 字 表 は,答 申 を う けた 文 部 省 が 修 正 を くわ え,1942年12月4日 閣 議 決 定 を み た 。 そ の 漢 字 表 を 『週 報 』(情 報 局 編 輯)12月23日
に
号 に 掲 載 した
際 の文 部 省 の 解 説 で は 「義 務 教 育 で 習 得 せ しむ べ き漢 字 の標 準 」 とい う位 置 づ け が な さ れ て い る。 「本 表 は,国 語 審 議 会 が,本 年 六 月 答 申 した標 準 漢 字 表 を基 礎 と し て,さ
ら に検 討 審 議 を加 へ た もの で,漢
ゐ ます 」 とい う こ とは,答
字 の 総 数 二 千六 百 六 十 九 字 とな つ て
申 の 「常 用 漢 字,準
常 用 漢 字,特
別 漢 字 」 と い う区 別
を な く し,す べ て を 「標 準 漢 字 」 と し て,実 質 的 に は漢 字 制 限 の 緩 和 をお こな っ た の で あ る(平 井1948:358-359)。
この 文 部 省 の 方 針 転 換 に,頭
山 満 らの 建 白
書 が どの程 度 影 響 を あ た え て い る の か は 明 確 で は な い が,「 畏 き辺 の 御 事 を も限 定 」 して い る と指 弾 さ れ て し まえ ば,と
り う る選 択 肢 は か ぎ られ て くる。 漢 字 政
策 以 前 に,日 本 語 の な か に お け る漢 字 が もつ 最 大 の タ ブ ー が こ こ に あ き らか に な っ た とい う こ と もで き るだ ろ う。
● 4 「 国語民主化」 と漢字政 策
こ こで は敗 戦 後 の 議 論 か らみ え て くる もの を 指 摘 した い。 戦 前 まで は,漢 字 へ の た ち ば は,い や お う な く日本 語 の 「外 部 」 へ の 普 及 とい う問 題 と き りは な せ な か った 。 「国 語 」 をい か な る形 態 に し,そ れ に と も な っ て い か な る漢 字 政 策 を と る べ き か とい っ た 議 論 は,植 民 地 を ふ くん だ 「外 部 」 へ の視 線 が 前 提 と して あ っ た。 戦 中 の 「国 語 」 改 革 に 批 判 的 な 書 物 を刊 行 す るた め に結 成 され た 日本 国語 会 が 刊 行 した 『国語 の 尊 厳 』(1943年)に
寄 稿 し た 論 文 の な か に お い て も,「 大 東
亜 共 栄 圏 」 との 精 神 的 連 絡,「 外 地 」 の 特 殊 事 情 な ど を勘 案 しつ つ,「 文 化 的 開 発 」 を遂 行 せ ね ば な らな い な ど,「 内 地 」 の 国語 問 題 ・漢 字 政 策 が 「内 地 」 の み で 完 結 し な い こ とが く りか え し主 張 さ れ て い る(藤
田1943)。 一 方 的 な ま な ざ し
で しか な か っ た が,「 他 者 」 の 存 在 が 意 識 され て は い た わ け で あ る。 敗 戦 後,そ
う した 観 点 は きれ い に う し な わ れ る。
国 語 審 議 会 が 答 申 した 現 代 か な づ か い と 当 用 漢 字 表(1850字)な 年11月
どが,1946
に 内 閣 訓 令 ・告示 と して 公 布 実 施 さ れ た 。 「国 語 民 主 化 」15)とい う理 念 の
も とで の改 革 で あ り,か つ 「現 代 か なづ か い 」 もふ くめ て 広 範 で効 力 の あ る改 革 で あ っ た こ とが,こ 新 字 体(答
こ まで の論 議 と こ とな る点 で あ る。 漢 字 の字 体 も,い わ ゆ る
申で は,「 現 在 慣 用 され て い る もの の 中 か ら採 用 」 した 「簡 易 字 体 」)
を 採 用 した た め,漢 字 と して の シス テ ム や そ の 歴 史 を 混 乱 させ る よ う な改 革 とな っ て し まっ た 。 そ して,漢 語 の 一部 が 当 用 漢 字 表 に な い とき に,そ れ をか な で ひ ら く 「まぜ が き」 が め だ つ よ うに な り,現 在 まで 継 続 す る種 々 の論 争 の タ ネ に な っ て い る。 メ デ ィア の 遵 守 に よ って,あ
る種 の 「ほ こ ろび 」 が め に つ くこ とに な
っ た わ け で あ る が,う
れ ほ ど大 規 模 で 効 力 を も った 改 革 が そ れ
らを か え せ ば,こ
まで な さ れ て い な か った こ とを意 味 す る。 つ ま り,漢 字 の制 限 数 か らす れ ば,そ れ まで の もの と比 較 して も,極 端 に す く な い わ け で は な い の に,論 争 が継 続 して い る と い うの は,影 響 の お お き さ もさ る こ とな が ら,新 字 体 と と も に,「 現 代 か な づ か い」 と い う 「国 語 」 の 表 記 シ ス テ ム の 抜 本 的 な 改 革 を と もな っ て い た た め で あ ろ う。 そ れ は1900年
の小学 校令改
正 の と き よ り も,衝 撃 の お お きな もの で あ っ た 。 きわ め て 印 象 的 な 構 図 を しめ して み るが,新 の 採 用 は,当
字 体 の 採 用 と 「現 代 か なづ か い 」
時 の 「国 語 民 主 化 」 の 理 念 に か な っ た もの で あ っ た。 しか し な が
ら,新 字 体 の採 用 は,漢 字 の通 時 性 を視 覚 的 に 否 定 す る 印 象 を あ た え,「 現 代 か な づ か い 」 の 採 用 は,国 語 仮 名 遣 も字 音 仮 名 遣 も区別 し な い表 音 表 記 化 を意 味 す る の で,こ
の 改 革 は 「国 語 」 が 歴 史 的 に 「同 化 」 して きた 漢 語 や 漢 字 の 「伝 統 」
を 無 視 す る こ とで あ り,ひ い て は 「国 語 」 の 「伝 統 」・通 時 性 を無 視 す る と い う 反 発 を か う こ とに な る。 こ う した 「断 絶 」 が 意 識 さ れ る ほ どに,こ の 改 革 は 「清 新 さ」 を も っ て い た とい う こ とが で き る。 した が っ て,こ
う した 改 革 に反 対 す る
が わ は 「復 古 主 義 」 で あ る とい う位 置 づ け が な さ れ て い く。 こ こ に,う め よ うの な い 対 立 が 生 じ る。 国 語 審 議 会 にお け る こ う した 意 見 の対 立 は,1961年 史 的 仮 名 遣 を主 張 す る5委 員 の 退 席 と い う事 態 に ま で い た る(く 1983な
ど を参 照)の
の,歴
わ し く は杉 森
で あ る。
津 田 左 右 吉 が 漢 字 か ら距 離 を と ろ う と して いた こ と はす で に の べ た 。 そ の津 田
は,「 現 代 か な づ か い 」 に は否 定 的 で あ っ た 。 そ れ は表 記 とは か な らず し も正 確 に音 を あ らわ す も の で は な い とい う理 由 か らで あ っ た が,制 定 が わ の 「伝 統 を破 壊 し よ う とす る そ の態 度 」 を批 判 して い る よ う に,か な づ か い の 「歴 史 」 へ の顧 慮 が あ っ た こ と も,重 要 な 理 由 で あ る(津 田1961)。 簡 単 で あ る こ と と,合 理 的 で あ る こ と と と は,か な らず し も一 致 しな い 。 た と え ば例 外 や 不 徹 底 な と こ ろ は あ るが,「 現 代 か な づ か い」 は発 音 どお りの表 記 で あ る と され て い る。 この 一 点 を とっ て み れ ば,原 則 と して きわ め て簡 単 で あ る。 し か し なが ら,漢 字 の も との 音 との 接 合 や 「国 語 」 の通 時 的 体 系 を か ん が えた と き に,よ
り合 理 的 な の は歴 史 的 仮 名 遣 で あ る こ と も また事 実 で あ る。 通 時 性 を重
視 した いた ち ばが 依 拠 す るの は こ う した 論 拠 で あ る。 と はい え,あ る種 のペ ダ ン テ ィ ッ ク さ をぬ ぐい さ る こ とは,で
きて い な い 。
● 5 ま とめ にか え て
以 上,「 日本 語 と漢 字 政 策 」 と い うテ ー マ を不 十 分 に 展 開 す る な か で 提 起 した い くつ か の視 点 を ま とめ る。 漢 字 政 策 は 「国 語 」 の 確 立 と不 可 分 な こ とで あ り,「 国 語 」 の 問 題(た
とえば
か な づ か い)と 漢 字 政 策 の か んが え か た と も不 可 分 の 関係 に あ る こ と,そ
して漢
字(漢
語)を
そ の 「国語 」 の 「歴 史 」 と して と ら え るか,共 時 的 現 在 の 問 題 と と
ら え るか で,漢 字 政 策 へ の 態 度 が 左 右 さ れ て きた,つ
ま りは 「国 語 」 を ど うい っ
た 観 点 か ら と ら え る か で,漢 字 政 策 の 方 向 も左 右 さ れ て い た とい う こ と,そ
して
こ の 共 時 性 の 範 囲 は近 代 日本 の 帝 国 的 展 開 の な か で 拡 大 し,敗 戦 後 に縮 小 して い っ た,と
い う こ と。
最 後 の点 に関 し て い えば,敗 戦 後 の 新 字 体 の 採 用 は,字 体 の面 で の 東 ア ジ ア 通 用 性 ・連 動 性 と い っ た戦 前 期 の 主 張 を切 断 す る も の で あ った 。 つ ま り漢 字 の視 覚 的 な 日本 化 の 達 成 で あ り,や や 皮 肉 の よ うで あ るが,か
つ て 上 田万 年 が 帝 国膨 張
期 に と な え た 「国 語 の独 立 」 の 達 成 で あ る と もい え るだ ろ う。 か つ て の 「漢 字 文 化 圏 」 に め を む けれ ば,中 華 人 民 共和 国 で の簡 体 字 の 採 用, 朝 鮮 民 主 主 義 人 民 共 和 国 で の漢 字 廃 止,ベ
トナ ム 語 の ロ ー マ 字 表 記(ク
オ ック ・
グー ) の定 着,大
韓 民 国 で のハ ン グル 専 用 とそ の緩 和,台 湾 や 香 港 で の 「母 語 」
表 記 の た め の独 自の 漢 字 の 活 用 な ど とい った 事 態 が,す で に生 じ,ま た 現 在 進 行 しつ つ あ る。 これ は,そ れ ぞれ の お もわ くの な か で 「国 語 の独 立 」 が な され て き た こ と を意 味 す る。 この よ う に,そ れ ぞ れ 「独 立 」 した 表 記 が 模 索 され る一 方 , 近 年 の文 字 コ ー ドの 議 論 の な か か らは,東 ア ジ アで の漢 字 の 視 覚 的 共 有 とい う こ と もさ け ば れ る よ う に な る や も しれ な い。JIS規 格 や 文 字 コ ー ドの 問 題 は別 の 巻 で あ つ か わ れ る テ ー マ で あ る が16),そ う した現 状 を うけ た 国 語 審 議 会 の 最 後 の答 申 の ひ とつ が,「 表 外 漢 字 字 体 表 」(2000年12月)で (勉成 出 版 編2001)。
あった ことは象徴 的で ある
今 後 継 続 す る で あ ろ う議 論 に お い て,か
つ ての議 論が どの
程 度 参 照 され るの か な ど,興 味 の あ る と こ ろで あ る。 注 1)と
くに 戦前 ・戦 中 期 の 「国語 」 改 革 に 「 国 体 論 」 か ら反対 して い た 国語 学 者 山 田孝 雄 で あ
って も,無 制 限 な漢 字 使 用 につ い て は,「国 語 」 の 自律 性 とい った側 面 か ら否 定 的 で あ った (山田1940な
ど)。 また 国文 学 者 藤 田 徳 太郎 も,「漢字 廃 止論 は,断 乎 とし て否 定 せ られ な
けれ ば な らな い が,併 し又,無 制 限 の使 用 も,あ らた め て考 へ られ な けれ ばな らぬ。 〔 …〕 漢字 の正 しい使 用 を導 くとい ふ考 へ 方 の方 が,正 当 な の で あ る」 と して い る(藤 田1943: 177)。 2)過 剰 に漢 語 を もち い る代 表 は法 律 文 で あ ろ うが,た とえ ば法 学者 穂 積 陳 重 は,
〔 … 〕 法文 の難 易 は国民 文 化 の程 級 を標 示 す る もので あ る。 難 解 の 法文 は専 制 の表 徴 で あ る。 平 易 な る法 文 は民 権 の保 障 で あ る。 故 に概 し て之 を言 へ ば,法 律 の 文章 用語 は 社 会 の進 歩 に連 れ て難 解 よ り平 易 に赴 き,随 つ て 法 の認 識 可 能性 は文 化 と共 に上 進 す る もので あ る。
(穂積1924:300,傍
点 原文)
とい う認 識 を しめ し,社 会 の 進 歩 を,ど れ だ けの 国 民 が 法律 を 理解 で きる か, とい う点 で と らえ て い る。 したが って 「 低 級 文 化 の国 」 に あ って 法文 が 難 解 な の は,「 法 を秘 密 にす る こ と」 「法 は治民 の具 で あつ た こ と」 「 難 文 は法規 に威 厳 を保 つ もの と した こ と」 とい う理 由 に よ る と断 言 す る(同 前:340)。
こ う した 見解 の 影響 を う け て,現 場 の 判 事 た ち が 判 決
文 の 口語 化 の実 践 や 法 律文 の簡 易化 を提 唱 して い くの は1930年 代 前 後 か らの こ とで あ った (安田2002)。 3)井 之 口(1982)の
ほ か に,佐 藤 編(1989)に
お さ め られ て い る諸 論 考 や 同 書 中 の 「漢 字 を
中心 とす る国 語 問題 年 表」 も参 照。 4)本 章 の2.3項,3節 って お きた い。
は安 田(2000:8章,2001)と
記 述 が 重複 す る部 分 が あ る こ と を こ とわ
5)1869年,南
部 義籌
「 修 国 語 論 」(ロ ー マ字 採 用 論,当 初 大 学 頭 山 内 容 堂 に建 白,1871,
1872年 文 部 省 に建 白),前 島密 「国 文 教育 の儀 に付 建 議 」 「国 文 教 育 施 行 の 方 法」 「廃 漢 字 私 見 」(仮 名 採 用 論,集 議院 に提 出)な どを は じ め,森 有 礼 の簡 易 英 語 採 用論(1873年), 福 沢 諭 吉 『文字 之 教 』(1873年)で て か なの くわ い(1883年),羅 6)む
の漢 字制 限 論,『 明六 雑 誌 』 で 展 開 され た 諸議 論,そ
馬字 会(1885年)の
し
結成。
ろ ん,こ う した欠 如 は明 治初 期 の 論 者 だ け に か ぎ られ た もので は な い。 高 島俊 男 の よ う
に,日 本 語 と漢 字 とはの が れ られ な い 「腐 れ 縁 」の 関 係 に あ り,こ れ まで つ か わ れ て きた よ うに今 後 もつ きあ って い く しか な い,と い う一 見 ひ ら き な お り と もみ られ る認 識 す ら, 明 確 に提 示 され て こな か った よ うに お もわ れ る(高 島2001ほ
か)。 そ のか わ りに,本 文 中
で み る よ う に 「国 語 」 に漢 語 を 「同化 」 した とい う議 論 が な され て い た。 あ るい は 「 漢字 受 容 の歴 史 」 を 「 漢 字 格 闘史 」 とす る見 解 も同様 だ ろ うか(湯 澤2001)。 7)「 い ま わ が と もが ら が か ら も じ を し りぞ け て ひ ろ く よ に か な ぶ み を お こな わ させ ん と す る に,こ こ の こ とば か し こ の こ とば, か れ これ た が い に こ とな りて わ , お もい を の べ こ こ ろ を つ くす こ と の で きが た き を いか に や すべ き。」(み や け1884)。 また,漢 字 表 記 シ ス テ ム の 排 他 性 を論 じて,バ
リア フ リー な どの 現代 的 課題 へ とつ な げた論 考 に,ま し こ(2001)が
あ る。
8)津 田 は また 「支那 の文 化 」 は 「 長 い 間,滞 っ て居 」り,「 あ る場 合 に は む し ろ退 歩 して居 る と さえ考 え られ ます」 と,と あ る講 演 で のべ て い る(津 田1939:5)。
そ こで は 「日本 の こ
とば を支 那 人 の 間 に ひ ろ め る に は,支 那 文 字 をつ か う こ と は,却 っ て大 きな妨 げ にな」 る か ら,「 日本 人 は支 那 文 字 をつ かわ な い よ うに」 す べ きで あ る と主 張 して い る(同 前:19)。 また,津 田 の 『支那 思 想 と 日本 』 が1947年
に増 刷 され た とき に,初 版 の 「まへ が き」 は 削
除 さ れ,書 名 もふ くめ て 「支那 」 は 「シ ナ」 に あ らた め られ て い る。1947年
「まへ が き」
で は初 版 の 傲 岸 な 表現 は な くな って い る もの の,「 今 日かへ つて 強 く主張 す べ き こ と」 との ひ とつ に 「ニ ホ ン人 は,ニ ホ ンの こ とば を よ くす るた め に,で き るだ け早 く,シ ナ 文字 を つ か ふ こ と をや め て ゆ く」 こ とを か か げ て い る。津 田 の 思 想 の 批 判 的 研 究 と して 家 永 (1972)が
あ る。 そ こ で は 津 田 の 「支 那 」観 へ の批 判 が 展 開 さ れ て い るが(同 前:362―
369),「 支 那 文 字 」 に 関す る言及 はな い。 また津 田 は国語 問題 に も関 心 を有 し,そ う した小 論 を あ つ め て,最 後 の著 作 で あ る津 田(1961)を
刊 行 して い る が,津 田(1939)は
未収 で
あ る。 9)「 支那 文 字 」 と い う用語 は;た とえ ば前 島密 の建 白 「漢 字御 廃 止 之 議 」 に もみ られ る。現 存 の テ ク ス トが1866年
当時 の もの で あ る保 証 は な い が,前 島 が こ う した 文 書 を1866年 に も
の した こ とは,た しか な よ うで あ る。 くわ し くは阿 久 澤(2000)を 10)1938年
(2000:9章)を 11)た
参 照。
の斎 藤秀一 検挙 か らは じまる 「 左 翼 ロ ー マ 字 運 動 事 件 」 な ど。 くわ し く は安 田 参照。
とえ ば大 槻 文 彦 は,「 どう して も朝 鮮人 の教 育 に は 日本語 を どし ど し仕 込 まね ば な らぬ の
で あ り ますが,し か し朝 鮮 語 も一概 に潰 せ る もの で は ない 。 且 つ朝 鮮 人 もな ま じ ひ漢 字 の 形 だ け を知 て居 り,漢 字 を使 ふ か ら に は,そ れ も一 朝 一 夕 に は捨 て られ ぬ 。 そ こで 教 育 上 非 常 に 困難 が 多 か ら う と思 ひ ます 。 これ を防 ぐに は ロー マ 字 の 如 き,分 り易 い文 宇 を用 ひ る こ とが必 要 で あ る と思 はれ ます」(大 槻1910:40)と 12)章 程 は 『台 湾 教 育 会 雑 誌 』61号(1907年4月25日)の
主 張 して い る。 漢 文 版 に掲 載 さ れ て い る もの を参
照 した 。 漢字 統 一会 と伊 沢 修二 に つ いて は,李(2002)も
参 照。
13)各 新 聞 社 が漢 字 制 限 に協 力 的 で あ った の に は,ル ビ の問 題 が あ った 。漢 字 を制 限 す れ ば そ れ だ けル ビを省 略 で き るか らで あ る。 ル ビ の 問題 は,字 音 仮 名 遣 の 問題 と も関 連 して い く の で あ るが,本 章 で は あ つ か わ な い 。 こ れ が お お き な注 目 を あ つ め る よ う に な るの が, 1938年 の 山本 有三 に よ る廃止 論 か ら は じま る論 争 と,児 童 書 を対 象 に した 禁止 で あ る。 こ の点 に 関 しては仲 矢(2002)を
参照。
14)『 日語 表記 法 』 は岡 島 昭 浩氏 所 蔵 の もの を参 照 で き た。 感 謝 申 し上 げ た い。 15)「 国 語 民 主化 」 にか ぎ らな い が,「 民 主 化 」 の 「 賦 与 」 性 が 濃厚 な こ とは,敗 戦 後 の憲 法 制 定 の 議論 な どを みて もあ き らか で あ る。 ダ ワー (2001),渡 辺(2001)な 16)と はい え,ひ とつ だ け あ げ る とす れ ば,小 池 ・府 川 ・直 井 ・永 瀬(1999)だ
文 阿 久 澤佳 之(2000)『
ど を参 照 。 ろ うか 。
献
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*本 稿 は,す で に 安 田 敏 朗 『 脱 「日 本 語 」 へ の 視 座― 近 代 日 本 言 語 史 再 考Ⅱ 』(三 元 社, 2003)の 一部 と して 公 表 して い る。
● 索 引
『異体 字 弁 』 237 一 元統 一 の時 代 103
大 久保 彦 左衛 門 88
『〓〓抄』 95
稲 富 栄次 郎 246
大野 透 39
飛 鳥 井雅 道 242
稲 荷 台 1号 墳 鉄剣 銘 46
大橋 家 本 『 奥入』 171
「朝 臣 」 214
稲 荷 山古 墳 鉄 剣銘 47,63
岡 田 山1号 墳 鉄 刀 銘 55
阿 直岐 36
井上 円了 248
「 送 りが な の つ け方 」
あ て字 81
伊 場 遺 跡 木 簡 76
152,155,159 「 送 り仮名 の付 け方 」
【ア 行 】
―の始 95 ア テ字 90 ―ノ義読 92
意符 4 今来 の才 伎 47 『 伊 呂波 字 類抄 』 234
大 島正 二 221
156,159 「 送 りが な の つ け方(案)」
宛 字 83,92
『 色 葉 字 類 抄』 233
当 て字 1
巖谷 小 波 101,102
「 送 仮 名 法」(1889年)
152
あ て字 意 識 95
韻 書 221,230
「 送 仮 名法 」(1907年)
152
「当字 の廃 棄 と外 国 語 の写 し
イ ン ター ネ ッ ト 110
「「 送 り仮 名 法(案)」 て」 155
方 」 105,109,113
152
につ い
天 名 地 鎮 35
上 田秋 成 168
『 送 り仮名 法 資 料 集』 152
新 井 白石 97,128
上 田万 年 103,243
尾 崎 紅 葉 100
有 坂 秀 世 39
う そ字 82
『 落 窪 物語 』 168
安 藤 正 次 103
宇 田川 榛斎 138
『 小 野篁 寄 字 尽 』227
ト部 懐 賢 35
音 仮 名 48
『 運 歩 色 葉集 』 235
音 義 木簡 72
ATOK 16 110
音 声 言語 7
伊 沢 修 二 248
『 易 林 本 節 用 集 』 94,96
音 通 意識 96,98,112
『 異 字 篇』 237
恵 信 尼仮 名 写 経 173
音 通 主義 96
位 署 書 き 134
江 田 船 山古 墳 鉄 刀 銘 53,68
音 符 4
飯 室 切 170 「 云 」 216 池 上 禎 造 84,88
『 温 故 知新 書 』 235
位 相 142
音 訳 55,82
異 体 字 139
「御 」
『 異体 字研 究 資 料 集成 』 237
「鸚鵡 石 」 92
211
音 読 み 21
【力 行 】
訓 字 の 意識 67
82,82 漢 字 文化 圏
『 訓 訳 示蒙 』 228
会 意 4,129,136
訓 読 み 21
開音 節 化 209
漢 字 擁 護 論 102
15,22,23,34,241,255
解釈 的 用 法 85
『漢 字 要 覧 』
形 音義 46
『 魁 本 大 字 類 苑』 100,101
形 声 137
『河海 抄 』 92
簡 体 字 6
『 下 学 集 』 93
観 智 院本
書 き手 の 立場 82,84
漢 委 奴 国 王 29,38
言 語文 化 史 11
柿 本 朝 臣 人麻 呂 之歌 集 78
漢 文 17,18
懸 字表 記 89
譌字 139
105,109,113,128
『三 宝 絵 』 171
計 量語 彙 論 184 『 言 語生 活 』 159
慣 用 88
『 源氏 物 語 』 210
仮 借 3,82,127
『干 禄 字書』 237
現代 か なづ か い 254
仮 借(か
『漢 和 大 字 典 』 227
しゃ く) 96
春 日政 治 50
「 五 位 」 214
貨 泉 41
「亀」 215
『 康 煕字 典 』 226
仮 名 の 成 立 80
戯 訓 89
高句 麗 好 太王 壷〓 41
仮 名 表 記 73
義 訓 89
高句 麗 好 太王 碑 文 36
仮 名 文 学 208
『魏志 』 東 夷伝 39,48
高興 38
仮 名 文字 列 74
戯書 85
甲骨 文 字 5,17
貨 布 41
義書 221,228
孔子 18
仮 字 89
『魏志 』 倭人 伝 30,60
合字 136
西 文氏 37,46
擬製 漢 字 127
『 好 色 一代 男』 94,147
漢 音 49,183
義読(ぎ
漢 語 20
『 奇 文 不 載酒 』 238
観 察 的立 場 82,84
『 却 廃 忘 記』 148
「 公 文 用語 の手 び き」 152
漢 字 21
教育 漢 字 208
高 野 本 『平家 物 語 』 172
―の正 字 法 82
『 行 書 類 纂』 238
合 拗 音 211
―を あて た側 の意 識
経尊 90
古 音 49
京都 国 立博 物 館本 『 打 聞 集』
呉 音 49,183
漢字 音 183
語 音 84,86,96
「 漢 字 御 廃 止 之 儀」 102
曲亭 馬 琴 168
『こが ね丸 』 101,102
漢字 カバ ー 率 191
義読 89,93
五 経博 士 56
漢 字 語 84
金印 29,38
国 訓 128
「 漢 字 字 体 整 理 案」 107
金錯 銘花 形 飾鐶 頭 大 刀 42
国 語会 251
漢 字 使 用 の 通俗 化 92
近 肖古王 36,43
「国 語会 議 に就 きて」 103
漢 字 制 限 177
『 百 済記 』 49
国 語協 会 251
『 漢 字 制 限 に伴 ふ新 用 語 』
『 百 済新 撰 』 49
国 語 国字 問 題 240
訓 53,57
国 語施 策 81
91
ど く) 96
171
漢 字 使 用 率 190
105 漢 字 制 限 論 102
『 好 色 五 人 女』 173 喉 内撥 音 尾 209
『 国 語 学』 159
―の成 立 80
国 語審 議 会 107,251,254
「 漢 字 節 減 の標 準 」 104,107
訓仮 名 59
国 語調 査 委 員会 243,251
漢 字 統 一 会 248
訓義 73
「国語 調 査 委 員会 決 議 事項 」
漢 字 表 記 語 で表 現 す る立場
訓字 と倭 訓 73
105
『 国 語 の尊 厳 』 253
『 字 彙 』 226
春 登 89
『 国 語 の 中 に於 け る漢語 の研
JIS漢 字 6
省 画 136
『 詩 苑韻 集 』 231
小 学校 令 改 正 250
国 語 民 主化 254
字 音 7
象形 4
国 史 37
字 音 語 183
畳 字 訓 100
国 字 1,126
字 義 7
字 様 書 221,236
『 国 字考 』 136
字 形 7
使 用 上 の注 意 事項 109
「国 字 国語 国 文 ノ改 良 二関 ス ル請 願 書 」 103
字 源 5
『 小 説神 髄 』 100
字 源俗 解 133
正 倉 院文 書 136
刻書 44
『邇言便 蒙 抄 』 93,95,230
小篆 2
語源 解 表 記 89
示 差性 6
使 用度 数 190
語源 主義 88,92,93,96
指 事 4
使 用頻 度 190
語源 説 とあて 字 の 関係 92
四種 書様 89
省 文 55
誤 字 82,88,139
字 書 219,221,222
『 省 文纂攷 』 237
辞 書 219
抄物 書 き 136
究 』 246
―とあて 字 の境 界 88 古事 記 78 『 古事記伝』 174
『 〈 辞 書 〉 の 発 明―
中国言
語 学 史 入 門』 221
常 用漢 字 表 6,11,105,154,158,178
語 書 233
字体 8
省 力表 記 89
個 人 的 用 字 82
七 支刀 42
書簡 文 106
異 り語 カバ ー 率 196
『七人 ひ くに』 173
書簡 用 語 107
小 林 芳 規 208
『支那 思 想 と 日本 』 245
『 続 日本 紀 』 211
古文 4
『詩法 掌 韻大 成 』 232
『書 言俗 解 』 230
小 宮 山 昌秀 133
社会 的 慣 習 82
助字 214,217
『 誤用便覧』 109,113
借 音 仮 名 48
『 助字詳解』 228
『 金 光 明 最勝 王経 註 釈 』 170
借音 ・義 混 用法 85
諸子 百 家 18
混 種 語 183
借 音 表 記 211
書 陵部 本 『 宝 物 集』 171
近 藤 瑞 子 101
借 音 法 85,108
新在 家 文 字 134
借 義 法 85,108
『 神 字 日文伝 』 174
借 訓 仮 名 59
『 新 撰 字 鏡』 144,223
借 字 誤 用表 記 88
神代 文 字 24,35
『 西 国 立 志編 仮 名 読 改 正』
借 字 表 記 86
『 塵 添〓〓 抄 』 95
『 釈 日本 紀』 35
「 新 聞 用語 集 」 152
西大寺本 『 金 光 明 最勝 王経 』 170
借 用 語 184
「 新 聞 用 語 の手 び き」 152
修 整 漢字 語 数 196
『 新 編 浮雲 』 94,100
齋 藤 希 史 243
集 団 語 111 重 箱 読 み 84,183
新 村 出 81,92
『 撮 壌 集』 230
『 聚 分 韻 略』 231
人 名 用 漢 字 1
『 雑 字類 編 』 100,235
儒 学 の 国教 化 18
『 三 重 韻』 232
熟 字 訓 85
「 為 」 215
熟 字 正字 表 記 87
杉 本 つ とむ 83,96
「止 」 215
主 体 的立 場 82,84
鈴鹿本 『 今 昔 物 語集 』 170
字 5
呪 符 132
『ス タイ ル ブ ッ ク』 109,113
字 彙 8
順 位 相 関 202
隅 田八 幡 宮人 物 画像 鏡 銘
【サ 行 】 174
「授 」 215
『 新 編 類字 箋 解 』 232
54,69
多 義 字 142
同 語 ・異 語 の 問 題 184
武 田祐 吉 90
冬 寿 38
正 音 89
田島優 88
『当 世 書 生 気 質 』 87
正 訓 89
『 正 しい使 ひ 方 仮 名 遣 と送
唐 宋 音 59
正字 89
仮 名 』 153
『東 大 寺諷誦 文 稿 』 170
正字 / 義 読 91
谷 川士 清 139
同 表 記 語 187
正字 表 記 86
谷崎 潤 一 郎 92
同 表 記 別 語 187
『 醒 睡笑 』 150
『 玉 勝 間』 151
『同 文 通 考 』 97,128,237
正則 / 変則 84
『 玉緒繰分』 174
『童 蒙頌 韻 』 231
『 斉 東 俗 談』 96
「 給 」 211
頭 山 満 252
『 西 洋 道 中膝 栗 毛 』 87,99
玉 村 文 郎 100
当 用 漢 字 83
舌 内撥 音尾 210
単字 8
当用 漢字 音 訓 表
『 説 文 解 字』 2
単 字 正 字表 記 87
『 節 用 集』 93,234
109,165,177 当 用漢 字 表
世 話 95
地 名 国 字 143
世 話 字 94,98,100
中 華 思 想 31,32
唐 話 辞 書 100
全 音仮 名 50
「「中 等 国 語 」 の 送 りが な 」
時 枝 誠 記 159
仙 覚 89
152
6,81,154,177,254
読 本 100
『 千 字文 』 36,238
朝 鮮 通 信 使 16
『土 佐 日 記 』 208
『 戦 争 と二人 の婦 人 』 176
『塵 袋 』 82,91,93,95
『土 左 日 記 』 147
『椿 説 弓 張 月 』 168
『頓 要 集 』 230
増画 140 相 関 係 数 203
通 算異 り語 カバ ー 率 200
『 操觚 字 訣』 228
通算 延 べ 語 カバ ー 率 196
造 語 力 132
通 俗 的 なあ て字 の 認識 82
永 井 如 瓶 子 93
『 草 書 淵海 』 238
津 田左 右 吉 245
夏 目漱石 96
『 草 書 法 要』 238
坪 内逍 遙 102
なに は つ の歌 78
『 草叢 』 238
鶴 峯 戊 申 35
『 名 乗 字 引』 227
『 増 続 大広 益 会玉 篇 大 全 』
『 徒然草』 147
難 字 出所 評 論 93
227
【ナ 行 】
『 南総 里 見 八 犬伝 』 101
『 増 補 下学 集 』 230 総 ル ビ 174
定 家 書写 本 『 古今 和 歌 集』 171
二 合仮 名 50,51
『草 露貫 珠 』 238
デザ イ ン的 な差 10
2ち ゃ んね る 111
促音 49
転 注 3
日本 言 語 地 図 188
俗 語 辞 書 98
「天皇 」 214
日本 語 音 60
俗 語 尊 重 の文 芸 93
篆文 4
日本 国 語 会 253
『篆隷 万 象 名義 』 222
『日本 国 語 大辞 典 第 二版 』 90
唐 音 59,184
『日本 書紀 』 211
【タ 行 】 「 大 」 213
同音 異 義 語 187
『日本 霊 異記 』 217
対 華21箇 条 の 要求 244
同音 語 185
入 声 209
代 名 詞 216
「同音 語 の研 究 」 186
代 用 表記 89
『 東 海 道 中膝 栗 毛 』 99
延 べ語 カバ ー 率 192
文 5
文 字 特 徴 8
『 文 教 温故 』 133
文 字 論 6
舶載 鏡 41
『 文 章 読 本』 92
森 有 礼 243
橋 本 進 吉 176 パ タ ー ン認 識 9
「並 」 215
【ハ 行 】
撥音 49,209 ―の省 記 209 服部 嘉 香 153
森〓 外 92 森 ノ内 遺跡 出土 木 簡 76
偏旁 冠 脚 10
【ヤ 行 】
〓製 鏡 42
林述 斎 138
墨 書 44
『 訳文須知』 228
林泰 輔 128
補 欠 表 記 89,95
柳 田征 司 86
林義 雄 91 パ ラ ル ビ 175
『坊 っ ち ゃ ん 』 96
矢 野 文 雄 102
本 国 主 義 84,92,93,98,112
山崎 美 成 133
伴直 方 136
本 邦 製 作 字 128
山 田孝 雄 246
翻 訳 語 189
東 文 氏 37,46 山名 村 碑 文 75
日文 35 卑 弥 呼 29,30
【マ 行 】
表 意 的 用法 85 表外 漢 字 字 体 表 6,11
山本 彦 一 105 山本 有 三 108,176
前 島 密 102,103
標 準漢 字 表 107,252
混 ぜ 書 き 208
遊 戯 的文 字 133
『 平 他字 類 抄』 231
松 浦 交 翠 96
遊 仙 窟 93
平 川南 41
真 字 84
郵便 報 知 新 聞 175
平 田篤 胤 35
真 名 仮 名 89
有銘 環 頭 大 刀 48
頻 度順 漢 字 表 190
真 字 語 84
湯桶 読 み 84,183
万 葉 仮 名 48,63,82
「不 」 218
『 万 葉 集 』 89,91,146
『 楓 軒偶 記 』 133
『万 葉 集 註 釈 』 89,93
福 沢諭 吉 102
『万 葉 用 字 格 』 89,90
藤 原俊 成 自筆 本 『 古来風躰 抄 』 171 部 首 分類 12 二 葉 亭 四迷 100,102 仏 教 の 公伝 56
拗 音 49,209 ―の 直 音 化 209,211 吉 田 澄 夫 107 『読 売 新 聞 』 175
『 三 河物 語 』 84,88
読 み 手 の 立 場 82,84
水 谷静 夫 159 妙 一記 念 館 本 『 仮 名 書 き法
【ラ 行 】
華経』 172
『 物 類稱 呼 』 187
『 名語 記 』 90,91
「羅 」 216
部 分 字体 8 ふ りが な廃 止 論 108
明 朝体 活 字 11
『落 葉 集 』 172,226
振 り仮 名 廃 止 論 176
『 明 治以 後 の 漢字 政 策 』 241
振 り仮 名不 可 欠 表 記
メ タ言 語 1
ラ テ ン語 22
87,108
六 書 2 略 音 89
振 り仮 名 擁 護 論 176
文 字 5
略 音仮 名 50,51
「ふ りが な論 覚 書 」 176
文 字形 態 素 8
略 訓 89
振 り漢 字 100 プ ロ レタ リア ・エ ス ぺ ラ ン
文 字言 語 7
臨 時仮 名遣 調 査委 員 会 251
文 字社 会 150
臨 時 国 語調 査 会
ト論 247
文 字史 論 6
105,107,251
『 類 聚名 義 抄 』 224
【ワ 行 】
累積 漢 字 使 用 率 196 ル ビ 174
和 字 35 和 習 72
『 倭 楷 正訛 』 237
和 製 漢 字 126
『 吾 輩 は猫 で あ る』 96
王 仁 36
隷書 2
『 和 漢 初 学便 蒙 』 230
ワ ー プ ロ 辞 書 110,111
連 合 仮 名 50,51
『 和 玉 篇 』 225
倭 文 67,71
連 綿 体 107
倭 訓 73
『和 名 類 聚 抄 』 228
和 訓 184 ロ ー マ 字 専 用 論 102
『 倭 訓 栞 』 139
『論 語 』 20,36
倭 語 61
編集者略歴
前田 富祺
野村雅昭
1937年 北海 道 に生 まれ る 1965年 東北 大学大 学院文 学研 究科
1939年 東 京都 に生 まれ る 1962年 東京 教育大 学文 学部卒 業
現
博士課程修了 在 神戸女子大学文学部教授 大阪大学名誉教授 文学博士
現
在 早稲田大学文学部教授 国立国語研究所名誉所員
朝倉漢字講座 1
漢 字 と 日本 語 2005年3月25日
定価 はカバ ーに表示
初版 第1刷
編集者 前
田
富祺
野
村
雅
昭
発行者 朝
倉
邦
造
発 行所
株式 会社
朝
倉
書
店
東 京 都 新 宿 区 新 小 川 町6‐29 郵 便 電
番 号
話
FAX
〈 検 印省 略〉
ISBN
4‐254‐51531‐6
03(3260)0180
http://www.
〓 2005〈 無 断 複 写 ・転 載 を禁 ず 〉
C3381
162‐8707
03(3260)0141 asakura.
co. jp
新 日本 印刷 ・渡辺 製本
Printed in Japan
Ⅱ
Ⅰ 語 言
朝 倉 日本 語 講座 筑波大学長 北 原 保 雄 監修 A5判
全10巻
20世 紀 に お け る 日本 語 研 究 の 成 果 を総 括 し,日 本 語 の 全 領 域 に わ た り, 日本 語 の 諸 相 を解 明 す る と と も に,最 新 の 研 究 成 果 に 基づ く高 度 な 内 容 を 平 易 に 論 述 。 学 会 第一 線 で 活 躍 す る執 筆 陣 に よ る構 成 で,日
本語 に関
心 を もつ 読 者 の た め の待 望 の 本 格 的 な 講 座 。
第1巻 世
界
の
中 の
日 本
語
〔 近刊 〕
大東文化大学教授 早 田輝 洋 編
第 2巻 文
字
筑波大学教授 林
第 3巻 音
声
・
書
記
音
韻
304頁 本 体4600円
意
味
304頁 本 体4400円
史典 編
・
東京大学教授 上 野 善 道 編 第 4巻 語
彙
・
東北大学教授 斎 藤 倫 明 編 第 5巻
法
文
288頁 本 体4200円
筑波大学長 北 原保 雄 編 第 6巻
文
法
320頁 本 体4600円
東京大学助教授 尾 上 圭 介 編 第 7巻
文
章
・
談
話
320頁 本 体4600円
早稲 田大学教授 佐 久 間 まゆ み 編 第 8巻
敬
304頁
本 体4600円
東京大学教授 菊 地 康 人 編 第 9巻
言
語
行
動
280頁 本 体4500円
東京都立大学教授 荻 野綱 男 編 第10巻
方 広島大学教授 江 端 義 夫 編
280頁 本 体4200円
シ リー ズ 〈日本 語 探 究 法 〉〈 全10巻 〉 小池 清治 編集 宇都宮大小 池清 治著 シ リー ズ 〈日本 語 探 究 法 〉1
現 代 日 本 語 探 究 法 A5判
5l50l‐4 C3381
160頁 本 体2800円
宇都宮大 小 池 清 治 ・宇都宮大 赤 羽根 義 章 著 シ リー ズ 〈日本 語 探 究 法 〉2
文
法
探
究
A5判
5l502‐2 C3381
法
168頁 本 体2800円
筑波大 湯 澤 質 幸 ・広島大 松 崎 寛 著
声 ・音
韻
探
A5判
5l503‐0 C3381
究
法
176頁 本体2800円
愛知県大 犬 飼 隆 著
5l505‐7
字
・表
記
C3381
探
A5判
究
164頁
法
本体2800円
広島大柳 澤 浩 哉 ・群馬大 中 村 敦 雄 ・宇都宮大 香 西 秀 信 著 シ リー ズ 〈日本 語 探 究 法〉7
レ 5l507‐3
ト
リ
ッ
ク
探
A5判
C3381
究
168頁
法
本 体2800円
前鳥取大 森 下 喜 一 ・岩手大 大 野 眞 男 著 シ リー ズ 〈日本 語 探 究 法 〉9
方 5l509‐X
言
探
究
A5判
C3381
144頁
法 本 体2800円
国語教育学会 倉 澤 栄 吉 ・前広島大 野 地 潤 家 監 修
朝倉国語教育講座 1
国 5l54l‐3
語
教
育 A5判
C3381
入 220頁
門
本 体3500円
国語教育学会 倉 澤 栄 吉 ・前広島大 野地 潤 家 監 修
朝 倉国語教育講座 3
話
し 言
5l543‐X
C3381
葉 A5判
の 212頁
教
育
本体3200円
国語教育学会 倉 澤 栄 吉 ・前広島大 野 地 潤 家 監修
朝倉 国語教 育講座 5
授
業
5l545‐6
C3381
〔内容 〕与 謝 野 晶子 は文 法 を知 ら なか っ た の か?/ 「言 文 一 致体 」は言 文 一 致 か?/『 夢 十 夜 』(漱 石 )は 一 つ の 文 章 か?/飛 ん だ の は シャ ボ ン玉 か?屋 根 か?/真 に文 を完 結 させ る もの は な にか?/日 語 で一 番 短 い文 は な に か?/他
本
国 人 に と っ て 日本 語 の発 音 は 難 しい か/五 十 音 図 は 日本 語 の 音 の 一 覧 表 か/「 バ イ オ リン 」か ,「ヴ ァ イオ リン」か/他 〔内容 〕「『あ 』とい う文 字 」と「『あ』と い う字 」は 同 じ こ とか/漢 字 は 表 意 文 字 か , そ れ と も表 語 文 字 か
シ リー ズ 〈日本 語 探 究 法 〉5
文
/父 親 は い つ か ら「オ トウサ ン 」に な っ た の か/夏 目漱 石 は なぜ 「夏 目嗽 石 」と署 名 し た の か/他
〔内容 〕音 声 と意 味 とは ど うい う関 係 に あ る の か/ 美 しい 日本 語 と は何 か/オ ノマ トべ と は何 か/外
シ リー ズ 〈日本 語 探 究 法 〉3
音
基礎 か ら論 文 まで 。〔内 容 〕「日本 」は 「に ほ ん 」か 「に っ ぽ ん 」か/ラ 抜 き 言 葉 が 定 着 す る の は な ぜ か/ 「そ れ で い い ん じ ゃ な い?」 は な ぜ 肯 定 に な るの か
と 学 A5判
力 228頁
評
価
本 体3200円
/漢 字 の部 首 は 形 態 素 か/「 世 界 中 」は 「せ か い じ ゅ う」か 「せ か い ぢ ゅ う」か/横 書 き と縦 書 き は ど ち らが効 率 的 か/他 〔内容 〕事 実 は 「配 列 」され て い るか/グ い か に して 読 者 を魅 了 し て い るか/人 て 説得 され るか/環
ル メ記 事 は は何に よっ
境 問 題 は なぜ 注 目 され るの か
/感 情 は 説 得 テ ー マ と ど う か か わ るか/言 「文 字 通 りの 意 味 」を伝 達 す るか/他
葉は
〔内 容 〕方 言 は どの よ うに と ら え ら れ て きた か/標 準 語 は どの よ うに 誕 生 した か/「 か た つ む り」の 方 言 に は どん な もの が あ るの か/方 言 もア イ ウエ オ の 5母 音 か/「 橋 」「箸 」「端 」の ア ク セ ン トの 区 別 は /「 京 へ 筑 紫 に 坂 東 さ」とは 何 の こ とか/他
国語科 教育 の基礎 基本 をQ&A形 式で 国語教 師の 自立 に役立つ よ う実践例 を解 説。 〔 内容 〕 教 室へ よ うこそ/話 したが りや,聞 きたが りや の国語教 室 /書 く喜 びを分 かち合 う国語教室/文 学 に遊 ぶ国 語教室/説 明 ・論 説に挑む国語教室/他 相手 との コ ミュニケー シ ョンを取 る上 で必須 の話 し言葉の学習 を実践例 を示 し解 説。 〔 内容 〕 話 し言 葉学習の特質/話 し言葉 の教 育の歴史的展望/話 し言葉学習の機会 と場/話 し言葉 学習の 内容 ・方 法 ・評価/話 し言葉教育 を支 え る教 師の話 し言葉 国語科教育の進め方 と学力評価 の方法 を実践例 を 通 じて具 体的に解説。 〔 内容 〕国語科 授業構築 ・研 究の基本課題/国 語科授業 の成果 と試行/原 理 と 方法/構 築 と展開/集 積 と深化/評 価研究の意義 と方法/学 習者把握 をめ ざす評価 の開発/他
朝倉漢字 講座 [編集]神 戸女子大学教授 ・大阪大学名誉 教授
前
田 富祺
早稲田大学教授 ・国立国語研究所 名誉 所員 野 村 雅 A5判
昭
全5巻
漢 字 は 日本 文化 を支 える もの と して様 々な変 化 を遂 げ て きた。 近年 の情報 化 社会 にお いて漢字使 用 は ます ます多様 化 し,一 層重 要 な位置 を占め るに 至 って い る。本 講座 は,こ れ まで の漢 字 を考 え る基 本 を整理 す る と と も に,今 後 の漢字 の未 来 を見 通 す もの と して,各 分 野 での最 適 な執 筆者 によ り解説 された,日 本語 ・漢 字 に関心 を寄 せ る読者 待望 の講座 であ る。 第1巻
漢 字
と 日 本 語
280頁
漢字 の な りた ち/漢 字文 化圏 の成 立/漢 字 の受容/漢 字 か ら仮 名 へ/あ て字/ 国字/漢 字 と送 り仮 名/振 り仮 名/漢 字 と語 彙/文 章 と漢字/字 書 と漢字/日 本 語 と漢 字政 策 第2巻
漢 字 の は た ら き
表 語 ・文字 と して の漢字/漢 字 の音/漢 字 と表記/意 味 と漢字/漢 字 の造 語機 能/字 体 と書体/漢 字 の使用 量/漢 字 の認識/漢 字 文化 論/漢 字 の位置 第3巻
現
代
の
漢
字
264頁 本体4800円
文学 と漢字/マ ンガ の漢字/広 告の 漢字/若 者 と漢 字/書 道 と漢 字/漢 字 のデ ザ イ ン/ル ビ と漢 字/地 名 と漢 字/人 名 と漢字/漢 字 の クイ ズ 第4巻
漢
字
と
社
会
〔 続 刊〕
常 用 漢字 と国語政 策/漢 字 の工業 規格/法 令 ・公用 文 と漢字/新 聞 と漢 字/放 送 と漢 字/学 術情 報 と漢字/古 典 デー タベ ース と漢字/現 代社 会 にお ける漢字 表現/漢 字 と国語教育/漢 字 と日本 語教育 第5巻
漢
字
の
未
来
264頁 本体4800円
情 報化 社会 と漢字/イ ンタ ーネ ッ トと漢 字/多 文 字社 会 の可能 性/現 代 中国 の 漢 字/韓 国 の 漢字/東 南 ア ジア の漢 字/出 版 文 化 と漢 字/こ とば の差 別 と漢 字/漢 字 に未来 はあ るか 上 記 価 格(税
別)は2005年2月
現在