金 田 一春 彦 著 作 集
第 三巻
玉川大学出版部
父 京助 と ( 春 彦 、大 学卒 業記 念)/昭 和十 二年
金 田 一春 彦 著作集 第三 巻 目次
日 本 語 のし く み は じ め に 1 ...
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金 田 一春 彦 著 作 集
第 三巻
玉川大学出版部
父 京助 と ( 春 彦 、大 学卒 業記 念)/昭 和十 二年
金 田 一春 彦 著作集 第三 巻 目次
日 本 語 のし く み は じ め に 1 発音
リズ ム ・メ ロディー ・ことば
発 音 か ら 見 た 日本 語 歌 謡 曲 と 日 本 語︱
1
29 59
76
語彙 日 本 語 の 語 彙
104 121
擬 音 語 と 擬 態 語 も の の 教 え 方
l44
12 8
楳 垣 実 氏 著 ﹃日 本 外 来 語 の研 究 ﹄
l4 7
15 8
辞 書 の話
流 行 語
文法 日 本 語 の 文 法
日 本 語 の 動 詞 日 本 語 動 詞 の 変 化︱ 助 詞 の 本 質
構 文 の研 究 法︱
時 ・態 ・相 お よ び法
三 尾 砂 氏 著 ﹃国 語 法 文 章 論 ﹄ 三 上 章 氏 著 ﹃日本 語 の構 文︱ 杉 山栄 一さ ん の 思 い出
﹄
210 235 255 264 270 272
277
* 國 語 動 詞 の 一分 類
303
主觀 的 表 現と 客觀 的表 現 の別 に つ いて︱
365
53
不 變 化 助 動 詞 の 本 質 ︱
時 枝 博 士 ・水 谷 氏 ・両 家 に 答 え て︱
不 變 化 助 動 詞 の本 質 、 再 論 3 ︱
日 本 語 動 詞 の テ ン ス と ア ス ペ ク ト *
日本 語 の特 質
一 世 界 の 言 語 と 日 本 語
序章
42 2
42 2
4 31
41 1
一 日 本 語 と 日 本 人
43 0
は し が き
二 日 本 語 の複 合 性
440
日 本 語 の性 格 を 知 る こ と は
三 日 本 語 の孤 立 性
一 日 本 語 の拍 の 数
46 0
4 51
4 51
二 母 音 と 子 音 の 組 み 合 わ せ
4 71
二 日 本 語 の発 音
三 ア ク セ ント の 問 題
4 83
4 83
一 文 学 の 使 い 分 け
4 9l
三 日 本 語 の表 記
二 漢 字 の 性 格
三 漢 字 の 用 法
502
一 語 彙 の 数 と 体 系
520
511
1 51
二 自 然 を 表 す 語 彙
53 0
四 日 本 語 の 語 彙
三 生 活 を 表 す 語 彙
547
539
五 家 と 社 会 に 関 す る 語 彙
557
四 人 間 に 関 す る 語 彙
六 単 語 の 出 来 方
68
568
一 日 本 語 と 精 密 な 表 現 5
78
五 日 本 語 の 文 法
二 日 本 語 と 言 葉 の能 率 5
86
604
595
三 日 本 人 の 物 の 見 方 5 四 日 本 語 の 規 則 性 五 敬 語 表 現 の 本 質
6l4
614
一 日 本 人 の 心 づ か い
6 23
1 3 6
二 日 本 語 と 勘
六 日 本 人 の 表 現
後記
金田 一春彦 著作集 第 三巻 国語学編 三
秋永
和昭
一枝
編集 委員
上野
倉島
茂治
節尚
上参郷 祐康
桜井
不 二男
綏
南
良洋
代表 芳 賀
装 釘 清 水
地 図 ジェイ ・マッ プ
日本 語 のしく み
は じ め に
一 発 音 の面 から 発 音 の上 か ら 日本 語 の第 一の特 色 は 、 音 韻 組 織 が単 純 だ と いう こ と であ る。
そ れ だ け は 必 ず 一息 に 発 音 さ れ 、 他 に妨 げ る も の の
か ら 成 り 立 って い る。 日本 語 も 同 様 で あ る 。 日 本 語 で は 、 俳 句 で 五 文
ど の 国 語 でも 、す べ て の語 句 は、 ﹁音 節 ﹂ と いう 単 位︱ な い限 り 同 じ 長 さ に 発 音 さ れ る 単 位︱
字 ・七 文 字 な ど と いう 時 の 一文 字 が 一音 節 で あ る 。 つま り いわ ゆ る ﹁仮 名 ﹂ は 、 原 則 と し て 一音 節 を 表 わ す わ け
だ。 日 本 語 の音 韻 組 織 が 単 純 だ と いう こと は 、 こ の音 節 の種 類 が 少 な いこ と によ る 。 いわ ゆ る ﹁五 十 音 図 ﹂ と い う も の が、 日本 語 の音 節 表 であ る 。
も っと も 、 ガ 行 音 ・ザ 行 音 の よ う な 濁 音 節 や 、 キ ャ行 音 ・シ ャ行 音 のよ う な 拗 音 節 も あ る か ら 、 た った 五 十 種
と いう わ け で は な い。 が そ れ でも 百 十 一、 二 種 であ る 。 こ んな 音 節 の 種 類 の少 な い言 語 と いう も の は ち ょ っと 類
が な い。 中 国 語 の北 京 官 話 も 少 な い方 であ る が、 そ れ で も 、 魚 返 義 雄 氏 に 従 え ば 、 四 百 十 一種 で あ る。 英 語 な ど は 、 楳 垣 実 氏 の勘 定 に よ る と 、 三 万 種 以 上 も あ る と いう 。
大 体 ロー マ字 の
の数 が 少 な い こと であ る 。 母 音 と 言 え ば ai u eoの 五 種 、 子 音 は k
な ぜ 、 日本 語 の音 節 の数 が 少 な い か。 そ の 理由 は 二 つあ る 。 一つは 、 音 節 を 構 成 す る 音素︱ 一つ 一つが 表 わ す 音 を ﹁音 素 ﹂ と 呼 ぶ︱
st⋮ ⋮な ど 十 幾種 であ る。 ほ か に、 は ね る 音 ・つめ る音 ・引 く 音 と いう 特 殊 な 音 素 が あ る が、 こ れ ら は、 他 の
音 素 と い っし ょ に な って 音 節 を 構 成 す る こ と を し な い か ら 、 音 節 の 数 を ふ や す 点 で は ほ と ん ど 問 題 に な ら ぬ 。
︱な お 、 日 本 語 の 音 素 の 中 で は 、 唇 を 用 い る も の が 少 な い 点 が 顕 著 で 、 p や w は あ って も そ の 使 用 は き わ め て
特 に 東 京 語 の uは 、 ほ と ん ど 唇 を 動 か さ な い で も 発 音 さ れ る と い う 特 色 が あ る 。 こ ん な こ と か ら 、 日 本 人
稀 で あ り 、 ヨ ー ロ ッ パ 語 に 多 い vや f は 全 然 使 用 さ れ な い 。 uと いう 母 音 も 、 英 語 の も の な ど と は ち が い 、 日 本 語︱
の発 音 で は 、 唇 を 動 か す こ と が 非 常 に 少 な い。 こ れ は 、 日本 人 は 表 情 に 乏 し いと いう こ と と 関 係 が あ り そう であ る。
と いう よ り も 、 そ れ よ り も さ ら に 、 音 素 が 組 合 わ せ ら れ て 音 節 を 構 成 す る 、 そ の 場 合 の
が 、 そ れ は と に か く と し て 、 日 本 語 の 音 節 の数 の少 な いこ と は 、 以 上 のよ う な 音 素 の 数 の少 な いこ と にも よ る が 、 そ れ と 同 時 に 、︱
一半 母 音+
一母 音 。 例 、カ ・
一母 音 。 例 、 キ ャ ・キ ュ ⋮ ⋮ 、 シ ャ ・シ ュ ⋮ ⋮ 。(ホ) 特殊 音素 一
一母 音 。 例 、 ヤ ・ヱ ・ヨ ・ワ 。(ハ) 一子 音+
組 合 わ せ ら れ る 型 が 、 単 純 な も の ば か り だ と い う こ と に よ る 方 が 大 き い。 即 ち 、 日 本 語 の 音 節 は 、 次 の 型 の いず れ か であ る。
⋮⋮。 (ニ)一子 音+
(イ)母 音 一箇 。 例 、 ア ・イ ・ウ ⋮ ⋮ 。(ロ) 一半 母 音+ キ ⋮⋮ 、 サ・ シ 個 。 例 、 ン ・ ツ ・ー 。
す な わ ち 、 他 の 国 語 に 多 く 見 ら れ る 、 母 音 の次 に 子 音 が 来 る 音 節 やai・au と いう よ う な 形 の 二 重 母 音 の音 節 な
ど は 一 つ も 見 ら れ な い 。 ﹁面 ﹂ ﹁鯛 ﹂ ﹁買 う ﹂ な ど は 日 本 語 で は 二 音 節 で 、 英 語 な ど のmen,tie,cと oは wち がう。
む こ う の メ ン 、 タ イ 、 カ ウ は 、 詩 に 出 て く れ ば 一律 に 数 え る 。 日 本 で は 二 律 だ 。 こ ん な ふ う で 、 英 語 に お け る
[stra ]jと kい s う よ う な 複 雑 な 組 織 の 音 節 は 、 薬 に し た く も な い 。 一方、 ン ・ ツ ・ー と い う よ う な 単 純 な 内 容 を
一母 音 が 標 準 的 な 型 で あ る 。 こ の よ う な 単 純 な 組 織 を も つ言 語 は ほ か に あ る か 。 詳
も つ 音 節 が あ る と いう の は 、 い か に も 日 本 的 特 徴 で あ る 。 日 本 語 の 音 節 で は 一子 音+
し い こと は 分 ら な い が、 日 本 語 のほ か に は 、 ハワイ 原 住 民 の言 語 と モ ル ッカ 諸 島 に 住 む ハ ル マ ヘラ種 族 の言 語 と
あ る の み だ と 言 った 人 が あ る 。 な お 、 日 本 語 で 一音 節 の は じ ま り に 二 つ の 子 音 が 並 ば な い と いう 点 は 、 ラ 行 の 音
節 が 語 頭 に 来 な いと いう こ と と と も に 、 朝 鮮 語 や ア ル タイ 諸 語 ( 蒙 古 語 ・ト ル コ語 等 ) と 関 係 の 深 い言 語 で あ る こと の、 証 拠 の 一つと さ れ て いる 。
さ て、 こ のよ う な 日 本 語 の 音 節 の単 純 さ は 、 日 本 語 に いろ い ろ の 副 次 的 な 性 格 を 与 え て い る。 第 一に は、 同 音
異 義 語 が 多 い こ と で あ る 。 辞 書 で、 例 え ば 、 コー シ ョー と か シ コー と か いう 項 目 を ひ いて み る と 、 二 、 三 十 の語
が 勢 ぞ ろ いし て いる 。 こ の た め 、 我 々 の日 常 生活 では 誤 解 や 不 通 が 起 こる こ と も 少 な く な い。 他 方 、 日本 語 は 、 し ゃれ や 掛 け 言 葉 の類 の言 語 遊 戯 に は 非 常 に便 利 であ る。 昼 か ら は ち と 蔭 も あ り 雲 の峰
( 虫 の名 、 ヒ ル ・カ ・ ハチ ・ト カ ゲ ・アリ ・ク モ ・ノ ミ の七 つを 読 み 込 ん だ 俳 句 ) 八 万 三 十 八 三 六 九 三 三 四 九 一八 二 四 五 十 二 四 六 百 四億 四 百 ( 数 字 で 表 記 し た 歌 。 山 里 は 寒 く 淋 し く 一つ家 に 夜 ご と に 白 く 百夜 置 く 霜 ) のよ う な 作 物 は 他 の国 語 で は 真 似 が で き ま い。
日本 語 の音 節 の単 純 さ は 、 第 二 に 日 本 語 に 多 く の音 節 が 集 ま って は じ め て ま と ま った 意 味 を 表 わ す と いう 性 格
を 与 え て い る。 す な わ ち 、 日 本 語 で は 、 一語 一語 の音 節 数 が多 いこ と にな る 。 英 語 のI 、 中 国 語 の ﹁我 ﹂ に対 し
て、 日本 語 の ワ タ ク シな ど は そ の 極端 な 例 で あ る 。 一語 が 多 音 節 だ と いう こ と は、 あ る 内 容 を 伝 え る のに 、 そ れ
だ け 時 間 を 要 す る こ と にな る 。 都 竹 通 年 雄 氏 の説 に よ る と 、 日本 語 で は 、 同 じ 内 容 を 伝 え る た め に、 中 国 語 の
一 ・五 倍 の時 間 が か か る と いう 。 俳 句 な ど で 、 季 語 と いう よ う な 、 複 雑 な 語 感 を も つ語 を 重 用 す る のは 、 自 然 の 結果 である。
さ て 、 こ こ で 話 が ち ょ っと 前 後 す る が 、 日本 語 の音 節 が 単 純 だ と いう こ と は 、 実 は 、 も う 一つ、 日本 語 の ア ク
例 え ば、 中 国 語、 ベト ナ ム ・タ イ な ど の東 南 ア
セ ント の性 格 に も 由 来 す る 。 日本 語 は 周 知 のと お り、 強 弱 ア ク セ ント を も た な い。 音 の高 低 の変 化 に よ る 高 低 ア ク セ ント だ けを も って いる 。 が、 他 の高 低 ア ク セ ント の言 語︱
ジ ア 語 、 ア メ リ カ イ ンデ ィ ア ン の言 語 、 南 ア フリ カ原 住 民 の 言 語 の ア ク セ ント に 比 べる と 甚 し く 単 純 で あ る。 メ
キ シ コ に 住 む マサ テ コ 族 の ア ク セ ン ト の ご と き は 、 パ イ ク に よ る と 、 高 低 は 四 段 階 か ら 成 り 、 し か も 音 節 の 途 中
で 声 の 高 さ が あ る 段 か ら 他 の 段 に 変 る と い う 。 だ か ら 、 例 え ば 、 ア ー な ら ば ア ー と いう 一箇 の 音 節 、 そ れ が4
×4=16と お り と い う た く さ ん の 型 の ア ク セ ン ト を 有 す る わ け で あ る 。 こ う い う 言 語 を 用 い る 社 会 で は 、 酋 長 は 、
舌 を 動 か し て も の を 言 う の を め ん ど う く さ が っ て 、 口 笛 に フ シ を つけ て ヒ ュー ヒ ュー ヒ ュー と や る 。 そ れ で 妻 妾
た ち は 、 そ の意 を 迎 え て 、 命 ぜ ら れ た ま ま に 動 く と いう 。 高 低 ア ク セ ント の発 達 が そ の極 に 達 し た も の であ る 。
つ ま り 、 第 一音 節 が 高
日 本 語 の ア ク セ ン ト は そ こ へ行 く と 、 高 さ の 段 階 は 、 た だ 高 低 の 二 種 だ け 、 し か も 音 節 の 途 中 で は 声 の 高 さ は 変
ら な い 。 そ の う え 、 例 え ば 、 共 通 語 で は 、 第 一音 節 と 第 二 音 節 と で は 必 ず 高 さ が 変 る︱
け れ ば 、 第 二 音 節 は 低 く な り 、 第 一音 節 が 低 け れ ば 、 第 二 音 節 は 高 く な る 、 と いう 窮 屈 な き ま り が あ る 。 だ か ら 、
ア ク セ ント に よ っ て 言 葉 の 意 味 を 言 い 分 け る と いう よ う な こ と は 、 き わ め て 少 な い こ と に な る 。
﹁橋 ﹂、 ﹁雨 ﹂ と
﹁飴﹂ の 区 別 は 人 の 知 る と お り で あ る 。 が 、 強 弱 ア ク セ ン ト に 至 って は 全 然 も た な い 。
と こ ろ で 、 日 本 語 は 、 高 低 ア ク セ ント の 方 は 、 以 上 の よ う に 心 細 い な が ら も も っ て い る 。 よ く 例 に 引 か れ る ﹁箸 ﹂ と
こと に 感情 を 抑 え た 会 話 に あ って は 強 弱
中 国 語 の 北 京 官 話 や 、 ス エ ー デ ン 語 の よ う に 、 高 低 ア ク セ ン ト を も っ て い る ほ か に 強 弱 ア ク セ ント を も っ て い る の と は 大 い に ち が う 。 こ の 結 果 ど う で あ る か 。 日 本 語 の 日 常 の 会 話︱
の 変 化 は ご く 少 な く 、 高 低 の 変 化 だ け が 流 れ る よ う に 続 い て 行 く 。 小 泉 八 雲 が 日 本 語 の会 話 は 歌 の よ う だ と 言 っ
た の は そ れ で あ る 。 と 同 時 に 、 日 本 語 の 各 音 節 は 、 日 常 の 会 話 で も 、 ほ と ん ど 同 じ テ ンポ で 続 い て い く 。 強 弱 ア
ク セ ン ト の 言 語 で は 、 ど う し て も 強 い 音 節 が 長 く 、 弱 い音 節 が 短 く 発 音 さ れ る 。 だ か ら 、 会 話 体 の 進 行 が 、 ダ ダ
ー ッ、 ダ ダ ー ッと な る 。 つま り 、 モ ー ル ス 信 号 式 で あ る 。 そ こ へ行 く と 、 日 本 語 の リ ズ ム は 単 調 だ 。 あ る 西 洋 人
が 日 本 語 を 評 し て 、 機 関 銃 の よ う だ と か 、 自 動 車 の エ ン ジ ン の よ う だ と か 言 った と いう 。 講 釈 師 の 、 合 戦 の 場 面
の 描 写 の よ う な と こ ろ を 聞 く と 、 タ ッ タ ッタ ッと い う 短 い音 節 一色 の 日 本 語 の リ ズ ム を は っき り 聞 き と る こ と が
出 来 る 。 こ れ は 全 く 強 弱 ア ク セ ント を 欠 く せ いで あ る 。
日 本 語 の音 節 は、 以 上 音 質 か ら 見 ても 、 音 調 か ら 見 ても 単 調 であ る 。 これ は 日 本 の詩 歌 の韻 律 が 簡 単 な 音 数 律
だ け にた よ って来 た 原 因 であ ろ う 。 が、 思 う に、 日本 語 の 一音 節 は 、 内 容 表 現 力 か ら 言 って も 他 国 語 の 一音 節 の
半 分 にし か 当 ら な い。 せ せ こま し く 、 一音 節 一音 節 を 韻 律 の 単 位 と す る のを や め て 二音 節 ず つを 韻 律 の単 位 と し た ら 、 雄 大 な 形 式 の 日本 語 の 詩 が 産 ま れ る の で はな か ろ う か。
と に かく 日 本 語 の 音 節 が単 純 であ る こ と は 日本 語 の発 音 の 最 大 特 徴 で あ る 。 他 の多 く の特 徴 は 、 大 体 これ に 関
連 し た 特 徴 であ る。 これ と 関 連 のな い特 徴 に つ い て、 詳 説 す る 紙 面 を 失 った が 、 今 、 名 目 だ け あ げ れ ば 、 (一同 )
じ 母 音 を も つ音 節 の連 絡 が比 較 的 多 いこ と ( 例 、 山 田 長 政 ・男 心 )。(二)同 じ 調 音 方 法 で 発 音 さ れ る 無 声 音 と有 声
音 と がし ば し ば 意 義 の上 で関 係 を も つこ と ( 例 、 サ ク ラ〓 ヤ マザ ク ラ 、 タ ケ〓 マダ ケ)。(三)リ エゾ ン の少 な い こ と、など である。
二 語彙 の面か ら
語 彙 の 面 か ら 見 た 日 本 語 の 研 究 は 、 あ ま り 進 ん で いな い。 思 い つき を 書 いた 労 作 が、 ば ら ば ら と 出 て いる だ け
で あ る 。 こ こ で は、 そ う いう も の に導 か れ て、 ど う いう 内 容 に つ いて 日 本 語 は 詳 し い区 別 を 立 て て いる か、 他 の
国 語 で名 前 を つけ て いな い内 容 で 日本 語 で 名 前 を つけ て いる も の はど ん な も の が あ る か 、 と いう こ と を 述 べて み た い。
は じ め に 注 意 す べき は 、 日本 語 を 構 成 す る 語 彙 に は 、 和 語 と 漢 語 と 外 来 語 と が あ り、 和 語 によ る 名前 の つけ 方
に は 、 渋 沢 敬 三 氏 の いわ ゆ る 一次 的 命 名 の 語 と 二 次 的 命 名 の 語 と が あ る こと で あ る 。 一次 的 の 語 と は 、 ﹁花 ﹂ を
例 え ば 、 ﹁纏 頭 ﹂ の意 に ハナ と
ハナ 、 ﹁片 ﹂ を ヒ ラと いう よ う な も の、 二次 的 の語 と は 、 ﹁花弁 ﹂ を 表 わ す の に 、 ハナ と いう 語 と ヒ ラ と いう 語 を 組 合 わ せ て ハナ ビ ラ と いう よ う な 類 で あ る。 他 の意 味 を 表 わ す 語 を 転 用 する︱
い う 類 も 二 次 的 の 語 の 一種 と 見 る 。 と こ ろ で 、 あ る 内 容 を 表 わ す の に 、 も し 和 語 の 呼 び 名 を も っ て い れ ば 、 漢 語
や 外 来 語 の 呼 び 方 を も つ も の よ り 、 日 本 人 に と っ て 早 く か ら 重 要 視 さ れ て い た も の で あ り 、 一次 的 名 を も つ も の
は 、 二 次 的 名 を も つも の よ り も 、 重 要 視 さ れ て い た も の と 見 て よ か ろ う 。 こ の 見 地 に 立 って 、 各 種 類 の 語 彙 に つ いて 、 日本 的 性 格 を 見 て 行 こう 。
ほ ど 、 金 星 .火 星 .北 極 星 な ど 、 主 な も の は た い て い 、 漢 語 で あ る 。 ス バ ル と いう よ う な 例 は 非 常 に 珍 し い。 そ
大 自 然 を 表 わ す 語 彙 に つ い て は 、 新 村 出 博 士 が 早 く 日 本 語 に は 固 有 の星 の 名 が 少 な い こ と を 指 摘 さ れ た 。 な る
の後 、 野 尻 抱 影 氏 、 内 田 武志 氏 によ って、 方 言 の中 か ら 和 語 によ る 星 の名 が 幾 つか報 告 さ れ た が 、 そ れ に し ても
少 な い。 す べ て 二 次 的 名 で あ る 。 日 本 人 は 過 去 に お い て 、 あ ま り 星 を 問 題 に し な か った ら し い 。
星 の 名 と と も に 、 固 有 名 が 少 な い の は 、 鉱 物 名 で あ る 。 和 語 の も の は 、 ス ズ ・ナ マ リ な ど 、 ほ ん の 少 数 で 、 キ
ン ・ギ ン・ テ ツ ・ド ウ の よ う な 重 要 な 鉱 物 ま で 漢 語 を 用 い て いる 始 末 で あ る 。 コ ガ ネ ・シ ロ ガ ネ ⋮ ⋮ と いう 名 は 、
金・ 銀 ⋮ ⋮ な ど の 訳 語 で 、 あ と か ら 出 来 た も の ら し い 。 磁 鉄 鉱 ・黄 銅 鉱 ・水 晶 ・方 解 石 と い っ た 鉱 物 の 類 も 、 ほ
と ん ど 漢 語 に よ っ て 占 め ら れ て い る 。 日 本 人 は 、 古 来 鉱 物 を あ ま り 利 用 し な か った の だ ろ う か 。 こ れ に 反 し 、 降
る も の の 種 類 と な る と 和 語 が 多 く 、 シ グ レ ・サ ミ ダ レ ・ ユ ウ ダ チ ・ム ラ サ メ ・ミ ゾ レ ⋮ ⋮ な ど あ る 。 天 候 の 変 り やす さ の反 映 であ ろう 。
ま た 、 植 物 と な る と 、 和 語 が き わ め て 多 く 、 こ と に 木 の 名 に お い て 然 り で あ る 。 マ ツ ・ ス ギ ・カ ヤ ・ マキ ・モ
ミ ・ク リ・ シ イ・ カ シ ・ナ ラ ・ブ ナ ・ム ク ・ク ワ ・ク ス ・ホ オ ・ナ シ ・ ツ ゲ ・カ キ ・キ リ ⋮ ⋮ な ど い く ら で も あ
る 。 こ れ に 次 い で 長 い葉 の 草 の 名 も 多 い 。 タ ケ ・サ サ ・シ ノ ・ア シ ・オ ギ ・カ ヤ ・ス ス キ ・チ ・ス ゲ ⋮⋮ 等 々 々 。
こ れ は 、 植 物 の 種 類 の 多 い 国 土 に 生 ま れ 、 木 造 家 屋 に 住 み 、 植 物 繊 維 を 身 に つ け て い る 日 本 人 に と って 自 然 の こ
( 今 は メ シ ) と 三 段 階 に 分 け る の は そ の 著 し い例 で あ る が 、 さ ら に イ ネ を ウ ル チ ・モ チ と 分 け 、
と で あ ろ う 。 穀 物 の う ち イ ネ に 関 す る 語 彙 が 豊 富 な の も 当 然 で あ る 。 英 語 でrice 一語 で 間 に 合 わ せ る と こ ろ を 、 イ ネ・ コ メ ・イ イ
あ る い は 、 ワ セ ・オ ク と 分 け て い る 。
動 物 で は 、 家 畜 の 類 の 名 が 少 な い こ と は 有 名 で あ る 。 日 本 人 は 英 語 に 接 す る と 、 向 う のbull( 牡 牛 )ox ( 同
上 ・去 勢 し た も の )cow ( 牝 牛 )calf (子 牛 )cattl ( 牛 e の 群 ) やram ( 牡 羊 )wether( 同 上 ・去 勢 し た も の )ewe
( 牝 羊 )lamb(子 羊 )floc( k 羊 の 群 ) の よ う な 複 雑 さ に 目 を ま る く す る が 、 日 本 語 で は普 通 こ の よ う な 言 い 分 け
が な い。 日 本 語 で 区 別 の や か ま し い の は 魚 で 、 と く に 、 ボ ラ は 成 長 過 程 に 応 じ て 、 ス バ シ リ ・イ ナ ・ボ ラ ・ト ド
と 名 を 変 え 、 ブ リ も 二 回 名 を 変 え る 。 家 畜 の名 が 乏 し く 、 魚 の名 が豊 富 な の は 、 言 う ま でも な く 、 日本 が 漁 業 国 で あ る こ とを 表 わ す 。
﹁鳴 く ﹂ と 言 え ば 、 英 語 で は 、 獣 の 鳴
な お 、 動 物 名 で は 、 虫 の 名 も 比 較 的 多 い ら し い。 と く に 、 コ オ ロ ギ ・ス ズ ム シ ・ マ ツ ム シ ・キ リ ギ リ ス ・ク ツ ワ ム シ ⋮ ⋮ の よ う な 、 鳴 虫 の 名 の 多 い こ と は 、 世 界 に 珍 し い と い う 。︱
( 小 鳥 )、 ツ ゲ ル
(ニ ワ ト リ )、 ナ ノ ル
(ホ ト ト ギ
き 方 が 分 化 し て い る の に 対 し て 、 日 本 で は 鳥 の 鳴 き 方 が 分 化 し て い る 。 例 え ば 、bray(ロ バ )low ( 牛 )bleat
(ク イ ナ ) ⋮ ⋮ 、 な ど 。
( 羊 )grunt (ブ タ )squeak(ネ ズ ミ ) ⋮ ⋮ に 対 し て 、 サ エズ ル ス )、 タ タ ク
(足 )、arm (腕 ) とhand ( 手 ) の よ う な 大 き な 区 別 を 日 本 語 は せ ず 、 前 者 は ア シ の 一点 ば り 、 後 者 は し ば し ば
自 然 か ら 人 体 に 移 る と 、 ま ず 身 体 部 位 の ち が い に つ い て 、 日 本 語 は き わ め て 大 ま か で あ る 。leg(脚 ) とfoot
テ だ け で 押 通 す 。 ク ビ は 、 首 と 頸 と 両 方 を 表 わ し 、 シ リ は 、 尻 と臀 と 両 様 に 用 い ら れ る 。 ヒ ゲ は 、 ヨ ー ロ ッ パ 語
で も 中 国 語 で も 、 そ の 場 所 に 応 じ て 、beard (髯)moustac( h 髭e)whiske( r鬚 s) と 一次 的 名 で 言 う が 、 日 本 語
で は 、 ア ゴ ヒ ゲ ・ク チ ヒ ゲ ・ホ オ ヒ ゲ と 二 次 的 名 で 呼 ぶ 。 ハ ナ や チ チ は 、 身 体 部 位 の ほ か に 、 分 泌 物 を も か ね 表 わす。
身 体 部 位 に つ い で 、 感 覚 の ち が い も 、 日 本 人 は は な は だ 大 ざ っぱ で 、 ミ ル 、 キ ク な ど の 語 は 、 他 の 国 語 で 非 常
に た く さ ん の 語 の 意 を 抽 象 し た も の で あ る 。 漢 和 辞 典 の ﹁見 ﹂ 字 の 部 首 を 開 い て み る と 、 そ こ に は 、 ミ ル と いう
訓 を も っ た 実 に 多 く の 字 が 並 ん で いる 。 味 に つ い て は 、 日 本 の 標 準 語 で カ ラ シ や ワ サ ビ の 味 に も 、 塩 水 の 味 に も
カ ラ イ を 使 って いる のが 注 意 さ れ る 。 た だ 、 色 のち が いに つ い ては 、 ア オ と ミ ド リ の混 同 のよ う な 例 外 も あ る が、
日 本 語 は 豊 富 な 語 彙 を 誇 っ て い い 。 特 に 、 ア オ ・ア イ ・ミ ズ イ ロ ・ソ ラ イ ロ ・ ル リ イ ロ ・ア サ ギ ・ ハナ ダ ・モ エ
ギ な どblue 系 統 の 語 が 多 く 、 こ の ほ か に 、 紺 ・紺 青 、 あ る い は ブ ル ー ・ コ バ ル ト ・プ ル シ ャ ン ブ ル ー な ど 新 し い語 彙 を ど ん ど ん 加 え て驚 く べき 包 容 力 を 見 せ て いる 。
人 間 の血 族 関 係 を 表 わ す 語彙 は 多 そ う な 気 がす る が 、 中 国 語 や 蒙 古 語 な ど ア ジ ア諸 語 に 比 べ る と 、 少 な い方 で
あ る 。 中 国 語 の よ う に 、 オ ジ サ ン ・オ バ サ ン を 伯 父 ・叔 父 ⋮ ⋮ 伯 母 ・叔 母 ⋮ ⋮ な ど 、 細 か く 言 い 分 け る こ と は し
(イ) 父 の 兄 弟 の 子 供 、(ロ) 父
な い 。 服 部 四 郎 博 士 に よ る と 、 蒙 古 語 で も 、 オ ジ ・オ バ ・イ ト コな ど の 言 い 分 け が こ れ に 劣 ら ず 複 雑 だ そ う で 、
こ れ は 同 姓 め と る べ か ら ず と いう 社 会 制 度 と 関 係 が あ る と いう 。 例 え ば 、 イ ト コは 、
の 姉 妹 の 子 供 お よ び 母 の 兄 弟 の 子 供 、(ハ) 母 の 姉 妹 の 子 供 と いう よ う に 三 つ に 分 け て 、 そ れ ぞ れ 呼 び 方 の 別 を 変
え る と いう 。 日 本 語 で は 、 自 分 の 肉 親 の 祖 父 ・祖 母 に 対 し て も 、 道 ば た の 乞 食 の 老 爺 に 対 し て も 、 同 じ く オ ジ イ
サ ン ・オ バ ア サ ン と 言 い 、 は な は だ 寛 大 で あ る 。 祖 父 ・祖 母 以 前 の 祖 先 の 呼 び 方 も 、 日 本 語 で は き わ め て 漠 と し
て い る が 、 こ れ は 、 ベ ネ デ ィ ク ト の 言 葉 、 ﹁日 本 人 の 祖 先 崇 拝 は 最 近 の 祖 先 に 限 ら れ て い る ﹂ を 思 い 起 こ さ せ る 。
さ て、 日本 人 が や か ま し く 区 別 し て言 い分 け る のは 、 身 分 のち が いで あ る 。 例 え ば 、 同 じ 地 位 に あ るも の でも 、
・令 夫 人 ・ダ イ コ ク ・オ
( サ ン )・カ カ ア ・ヤ マ ノ カ ミ 、 と いう よ う に 多 様 に わ た る 。 皇 后 ・ウ ラ カ タ の よ う に 、 非 常 に 特 殊 な 人 の
ツ マ ・夫 人 ・家 内 ・妻 ・細 君 ・女 房 ・ ヨ メ ・オ ク サ マ ・オ ク ガ タ ・キ サ キ ・妃 ・御 令閨 カミ
配 偶 者 の み を さ す 語 も あ る 。 そ し て 、 ワイ フ ・ マ ダ ム ・フ ラ ウ ・ベ タ ー ハー フ の よ う な 外 来 語 も 、 入 っ て 来 れ ば
微 妙 な 語 感 を も た せ て 、 ど ん ど ん 利 用 す る 。 日 本 人 は 一般 に 人 を ワ ク の 中 に 入 れ て 見 、 ま た 自 分 を も ワ ク の 中 に
入 れ て 生 活 す る こ と を 好 ん で 来 た 結 果 で あ る 。 英 語 でloveと い う 動 詞 は 、 ど ん な 人 に 対 す る 愛 情 で も 表 わ す こ
と が で き る 。 が 、 日 本 で は 、 愛 と い う 語 は 、 自 分 に 親 し いも の 、 自 分 より いく ら か 目 下 に あ る も の 、 に 限 って 用
いら れ る 。 ﹁恩 ﹂ と いう 語 は、 目 上 の人 か ら 受 け た も の に 対 し て の み 言 い、 ﹁親 の 恩 ﹂ と は 言 う が ﹁子 の恩 ﹂ と は
言 わ な い。 先 の ﹁見 る﹂ で も 、 見 る 人 見 ら れ る 人 の 種 類 か ら 見 れ ば 、 文 法 の条 で述 べる よ う に 、 幾 つか の言 い方
があ る 。 一般 に、 ﹁分 際 ﹂ ﹁身 分 ﹂ ﹁分 ﹂ な ど 、 身 分 に 関 す る 語 の多 い点 も 著 し く 、 ﹁過 分 の﹂ と いう 表 現 も 日本 人 に は愛 用 さ れ た 。
﹁恩 ﹂ と ﹁う ら み ﹂ は 日本 人 の多 く の行 動 を 規 定 す る と いう 。 事 実 、 こ れ に 関 係 し た 日 本 語 の語彙 は実 に 多 い。
物 の や り と り に 関 す る 語彙 の豊 富 さ は 驚 く べき も の があ る 。 ﹁や る ﹂ ﹁く れ る ﹂ ﹁与 え る ﹂ ﹁上 げ る ﹂ ﹁も ら う ﹂ ﹁く
だ さ る ﹂ ﹁いた だ く ﹂ ﹁さ し あ げ る ﹂ ﹁た てま つる ﹂ ﹁み つぐ ﹂ ﹁め ぐ む﹂ ﹁ほ ど こす ﹂ ﹁さ ず け る ﹂ ﹁ゆず る ﹂ ﹁わ た
す ﹂ ﹁う け る ﹂ ﹁こ う む る﹂ ﹁おさ め る ﹂ ﹁お 分 か ち す る ﹂ ﹁お す そ わ け す る﹂ 等 々。 英 語 で、Presは en 、t こ っち か
や る ﹂ ﹁︱
てく れ る ﹂ ﹁︱ さ れ る ﹂ ﹁︱ ても ら う ﹂ な ど の形 を 複 雑 に使
ら 先 方 へお く るも の にも 、 先 方 か ら も ら った も の にも 使 わ れ る と いう が 、 日 本 語 で は 、 ﹁オ ク リ 物 ﹂ と ﹁到 来 物 ﹂ と は は っき り ち が う 。 文 法 で 、 ﹁︱
い分 け る が 、 こ れ も 日本 人 が 恩 や う ら み に注 意 す る 気 持 の現 わ れ で あ ろ う 。 語彙 の 面 か ら 見 た特 色 と し て は 、 語
多く
構 成 の方 法 の上 か ら 見 た 特 色 も 問 題 に な り 得 る 。 日 本 語 の 語 彙 で は 、 自 然 の 花 鳥 風 月 を も と に し た 複 合 語 の類 が 多 い こと が 知 ら れ て い る。
三 文法 の面か ら
こ こ に は、 簡 単 に要 点 を あ げ て 行 こう 。
文 法 の部 面 か ら 見 た 日本 語 の特 色 は、 問 題 が甚 だ 多 岐 であ る 。 詳 し い こと は 、 先 学 の労 作 に ゆず り 、︱ の文 法 書 の中 で、 特 に 、 佐 久 間 鼎 博 士 ・三 上 章 氏 の著 書 を 推 す︱
日 本 語 の文 法 上 の特 色 の第 一は 、 セ ンテ ン ス の切 れ 目 が は っき り し て いる こ と であ る 。 これ は 、 ア ル タ イ 語 に
は 共 通 の性 質 であ る が 、 ヨ ー ロ ッパ諸 語な ど に比 べ て著 し い特 徴 であ る 。 こ の性 格 は 、 文 の多 く が動 詞 ・形 容 詞
の類 で終 り、 そ れ ら に 、 終 止 法 と いう 、 専 ら 文 の終 り に 用 いら れ る 語 形 があ る こ と に よ る 。 日本 で は 、 最 近 ま で、
正 式 の文 書 に お い て、 文 の 切れ 目 を 示 す 符 号 を 用 いな か った が 、 そ れ は 示 さ な いで も 、 日本 語 で は文 を 切 りあ や ま る 心 配 がな か った か ら であ ろう 。
次 に 文 の 切 れ 目 は、 は っき り し て い る が 、 単 語 の 切 れ 目 は、 は っき り し な いの が特 徴 で あ る 。 いわ ゆ る 助 詞 ・
助 動 詞 の類 は 、 単 語 と 見 る べき か 、 単 語 の 一部 と 見 る べき か、 文 法 学 者 の間 にも 、 さ ま ざ ま の学 説 が あ って 一定
し な い。 た し か に これ は 困 難 な 問 題 であ る。 日 本 語 に は 、 いま だ に 分 ち 書 き のき ま り が確 立 し て いな いが 、 こ れ は単 語 の 切れ 目 が は っき り し な いこ と によ る の であ ろう 。
さ て 、 日本 語 の単 語 の品 詞 分 類 を 行 う と 、 ど う いう こ と にな る か 。 ま ず 、 ヨー ロ ッパ語 な ど で重 要 な前 置 詞 は 、
日本 語 に は 存 在 し な い。 前 置 詞 の役 は 、 日本 語 では 大 体 助 詞 が果 た す 。 ま た 、 ヨ ー ロ ッパ 語な ど の代 名 詞 にあ た
る 語 は 、 日本 語 で は 一般 の名 詞 と ほ と ん ど 異な ら ず 、 名 詞 の 一種 と す る 方 が 学 問 的 に は 一貫 す る 。 ま た 冠 詞 は、
や やず れ る が、 連 体 詞 が相 当 し 、 形 容 詞 にあ た る 語 は、 名 詞 と は 大 き く ち が い、 動 詞 に近 い。 む こう の接 続 詞 の
意 味 は 、 日本 語 で は 、 助 詞 の 一種 が 担 当 し て表 わ し 、 ﹁接 続 詞 ﹂ と いう 名 の 日 本 語 の単 語 は 、 実 は む こう の副 詞 に 近 い。
今 、 品 詞 別 に 日 本 語 の単 語 の特 色 を の べ る な ら ば 、 ま ず 名 詞 は 、 語 形 変 化 を せ ず 、 格 のち が い は、 下 に つく
ガ ・ノ ・ニ ・ヲ⋮ ⋮ の よう な 助 詞 に よ って、 明 確 に表 わ さ れ る。 こ れ は 日本 語 の大 き な 長 所 で あ る 。 名 詞 には 、
ヨ ー ロ ッパ語 や ア フリ カ 語 に 見 ら れ る よ う な 性 の区 別 は な く 、 例 え ば ド イ ツ語 で は、 手 は 女 性 だ が 、 そ の指 は 男
性 、 足 は 男 性 だ が 、 そ の指 は 女 性 だ 、 と いう よ う な 話 を 聞 く と 、 日本 人 は、 一種 の いや ら し さ を 感 じ る。 他 の多
く の外 国 語 に見 ら れ る 数 に よ る 変 化 、 属 す る人 称 に よ る 変 化 も な い。 も っと も 時 に は 、 ミ ナ サ マガ タ ・オ ンナ タ
チ ・家 来 ド モ ・ソ レ ラ のよ う な 、 接 尾 語 を つけ た 形 を 用 いる が、 無 生 物 は複 数 を 表 わ す 形 がな い。
日本 語 の名 詞 の 積 極 的 特 色 は 、 人 称 変 化 の代 り に、 敬 譲 の変 化 が 語 彙 的 に 行 わ れ る こと で、 オ ト ウ サ マ (=ア
ナ タ の父 )、 貴 社 (=ア ナ タ の会 社 )、 オ ヤ ジ (=私 の 父 )、 弊 社 (=私 の 会 社 ) のよ う に いう 。 た だ し 、 中 国 語
な ど に 比 し て は 簡 単 であ る 。
二 人 称 を 表 わ す 語 彙 が夥 し い 数 に の ぼ り 、 ヨ ー ロ ッ パ 人 を お ど ろ か す 。 ワ タ ク シ ・ア タ シ ・ ワ シ ・ボ ク ・オ レ
ヨ ー ロ ッ パ 語 な ど の 代 名 詞 に あ た る 語 は 、 人 称 代 名 詞 と 指 示 代 名 詞 と に 別 れ る 。 人 称 代 名 詞 は 、 第 一人 称 ・第
⋮⋮ ア ナ タ ・キ ミ ・オ マ エ⋮ ⋮ の系 列 が そ れ で 、 これ が 適 当 に使 い分 け ら れ る 。 一般 に 人 称 代 名 詞 の使 わ れ 方 は
比 較 的 少 な く 、 た と え ば 家 庭 内 で 、 子 は 親 に 対 し て 第 二 人 称 の 代 名 詞 を 用 いな い 。 ま た 、 固 有 の 第 三 人 称 の 代 名
(コ レ ・ コ コ ⋮ ⋮ )、 中 称
(ソ レ ・ソ コ ⋮ ⋮ )、 遠 称
(ア レ ・ア ソ コ ⋮ ⋮ ) の 別 が あ る 。 近
詞 を 欠 き 、 ﹁彼 ﹂ ﹁彼 女 ﹂ は あ る が 、 す べ て の 人 を 自 由 に さ す と こ ろ ま で は 、 至 っ て いな い 。 指 示代 名 詞 は 、 近 称
称 は 、 話 し 手 自 身 の勢 力 範 囲 のも のを さ し 、 中 称 は 、 相 手 の勢 力 範 囲 にあ るも のを さ し 、 遠 称 は 、 話 し 手 に と っ
て も 相 手 に と っても 、 勢 力 範 囲 外 のも のを さ す 。 ヨー ロ ッパ 語 と ち が い、 関 係 代 名 詞 が な い こ と は 、 ア ルタ イ 諸
(書 き ・起 き )、 接 続 形
( 書 い て ・起 き て )、 条 件 形
( 書 き ・起 き )、
( 書 けば、起 きれ ば)な ど
( 書 く ・起 き る )、 中 止 形
つま り 活 用 を す る 。 そ の 変 化 に は 三 種 類 の も の が あ る 。
語 と 共 通 の 特 色 で あ る が 、 そ の た め に 、 日 本 語 で は セ ン テ ン ス が 長 く な る と 、 語 句 の つ づ き 方 が は っき り し な く なる欠点 がある。 次 に 、 日 本 語 の 動 詞 は 、 用 法 に 応 じ て 形 を 変 え る︱
(書 く ・起 き る )、 名 詞 形
一つ は そ の 動 詞 の 他 の 語 へ の 続 き 方 を 示 す も の で 、 こ れ に は 、 終 止 形 連 体 形
があ る 。 こ のう ち 、 中 止 形 が 終 止 形 と 別 で あ る の は 、 ア ル タイ 系 諸 語 と 共 通 の 性 格 で、 セ ン テ ンス の切 れ 目を 明
( 書 こ う ・起 き よ う )、 断 定 法
(書 く ・起 き る ) が そ れ で あ る 。 日 本 語 で は 、 ヨ ー
いわ ゆ る 法 の変 化 が あ る。 命
瞭 に す る 効 果 が あ る 。 連 体 形 が 終 止 形 と 同 一で あ る の は 、 日 本 語 の 珍 し い 特 色 で あ る が 、 し ば し ば 文 脈 を 不 明 に し 、 欠 点 た る を ま ぬ が れ な い。
( 書 け ・起 き ろ )、 意 志 法
次 に 、 動 詞 の 語 形 変 化 の う ち に は 、 話 し 手 の 主 観 を い っし ょ に 表 出 す る も の︱ 令法
ロ ッパ 語 と ち が い断 定 法 と 不 定 法 が 同 じ で あ る 。
心ニ 思 ツタ ト オ リ書 ク ト イ ウ コト ハ難 シ イ 。 ( 不定法 )
wrとiな tり e、 後 者 は 、writ とeなsる 。 ま た 、 こ の断 定 法 に 人 称 のち が いを 示 す
彼 ハ手 紙 ヲ日ニ 二、 三 十 通 ズ ツグ ライ 書 ク 。 ( 断定法 ) 英 語 に な お す と 、 前 者 は、to
変 化 のな い こ と は 、 朝 鮮 語 ・中 国 語 に似 、 他 の多 く の 外 国 語 に 対 立 す る特 色 であ る 。 そ し て 、 わ ず か に 、 ヤ ルと
ク レ ルな ど 、 物 の受 与 を 表 わ す 一連 の動 詞 に 、 ﹁自 対 他 ﹂ と いう 人 称 区 別 があ る こと は 注 意 す べき であ る。
ま た 、 日本 語 の動 詞 に は 、 複 雑 な 敬 譲 の 変 化 が あ り 、 これ が 人 称 の変 化 を 補 って いる 点 も 注 意 さ れ る 。 御 覧 ニ
ナ ル ・見 ラ レ ル ( 尊 敬 体 )・見 ル ( 普 通 体 )・拝 見 ス ル ( 謙 譲 体 )、 さ ら に、 見 ヤ ガ ル (軽 蔑 体 )、 の系 列 が そ れ で
あ る 。 これ が 文 体 の丁 寧 体 ・普 通 体 と から み あ って、 甚 だ 使 い方 の難 し い国 語 と な って いる 。 こ のよ う な 敬 譲 の
変 化 は 、 朝 鮮 語 ・中 国 語 ・ベト ナ ム 語 な ど 、 太 平 洋 を 囲 む 諸 語 に 見 ら れ 、 特 に ジ ャヴ ァ語 に 著 し い発 達 を 見 る と いう 。
さ て 、 動 詞 の 変 化 に は、 も う 一つデ ィク ト ゥ ム ( 客 観 体 ) に 関す る 変 化 と 称 す べ き も の があ る 。 打 消 形 、 使 役
形 、 過 去 形 ⋮ ⋮ な ど 多 く の形 が こ れ に 属 す る。 こ のう ち 、 動 詞 の否 定 が副 詞 で表 わ さ れ ず 、 書 カ ナ イ ・起 キ ナ イ
のよ う な 動 詞 の デ ィク ト ゥム の 一つで 表 わ さ れ る こと は 注 意 す べき であ る。 日 本 語 の文 章 に は 否 定 が 多く 用 いら れ る が 、 こ こ にも 原 因 があ ろ う 。
ま た テ ン ス は、 ﹁︱ タ ﹂ と ﹁︱ ﹂ の形 と の 二 元 で、 ﹁︱ タ﹂ の方 は、 以 前 の状 態 、 ま た は 以 前 に完 了 し た
意 を 表 わ す 。 例 え ば 、 ﹁ア シ タ勝 ッタ 組 ハ決 勝 ニ出 ル﹂ の ﹁勝 ッタ ﹂ は、 決 勝 に 出 る と いう 事 態 が 起 こ る 以前 に
った 形 で 言 い表 わ す が 、 日本 語 に は そ のよ う な こ と は な い。
﹁勝 つ﹂ と いう 事 態 が完 了 し て いる こと を 表 わ す 。 英 語 や フ ラ ン ス語 で は 、 現 在 に 近 い過 去 と 、 遠 い 過 去 を ち が
態 (vo) ic のe ち が い に は 、 日本 語 の動 詞 に は 、 受 身 態 と 使 役 態 と が あ り 、 こ のう ち 受 身 態 は 、 利 益 態 ・不 利
益 態 と 密 接 な 関 係 が あ る 。 日 本 語 で は 、 使 役 態 も 受 身 態 も 、 古 く は 、 無 生 物 を 主 語 と す る 場 合 に は 用 いら れ な か
った 。 が 、 最 近 は 、 そ の 動 作 を 行 っ た 者 が は っき り し て い な い 場 合 に は 、 用 い ら れ る に 至 った
( 例 、 ﹁会 場 に は 、
が あ り 、 写 真 屋 へ行 っ て 写 真 屋 に 写 真 を と っ て も ら っ た 場 合 に 、 ﹁私 は 写 真 を と ら し た ﹂ と 言 わ ず 、 ﹁私 は 写 真 を
幕 が は り め ぐ ら さ れ て い た ﹂)。 使 役 態 は 、 時 枝 博 士 の 指 摘 さ れ た よ う に 、 し ば し ば 他 動 詞 に と って 代 ら れ る こ と
と った ﹂ と 言 う 。
ま た 、 受 身 態 は 、 不 利 益 を 受 け た こ と を 表 わ す 場 合 に は 、 ヨ ー ロ ッパ 語 と ち が い 自 動 詞 に も 現 わ れ 、 ﹁妹ニ 先
ニ結 サ婚レ テ シ マ ッタ ﹂ の よ う に 言 う 。 利 益 態 は 、 ⋮ ⋮ テ ・ヤ ル 、 ⋮ ⋮ テ ・ク レ ル 、 ⋮ ⋮ テ ・ モ ラ ウ の よ う な 形
で 表 わ さ れ 、 ﹁ア ノ 男ニ 写 真 ヲ ト ッ テ モ ラ ッテ ヤ ッ テ ク レ マ セ ン カ ﹂ と い う よ う な 複 雑 き わ ま る 構 文 も 現 わ れ る 。
な お 、 日 本 語 に は 、 最 初 か ら 受 身 態 の意 味 を も つ 動 詞 、 煮 エ ル ・焼 ケ ル ・ ツ ブ レ ル ・ コ ワ レ ル の よ う な も の が 多
い こ と も 注 意 さ れ る 。 こ れ ら は 、 いず れ も 、 ⋮ ⋮ サ レ タ 状 態 ニナ ル 、 の 意 で あ る 。 ヨ ー ロ ッ パ 語 な ら ば 、 受 身 の 形 を 使 う と ころ であ る 。 驚 ク 、 失 望 ス ルな ど も 日 本 語 で は 自 動 詞 で あ る 。
形 容 詞 は 、 先 に ふ れ た よう に 、 日本 語 では 動 詞 に近 く 、 そ れ だ け で 述 語 を 作 る は た ら き があ る 。 そ し て 、 動 詞
に 並 行 し た 語 形 変 化 を お こ な う 。 こ の点 ヨ ー ロ ッ パ 語 な ど と 大 い に ち が う 。 一方 、 日 本 語 の 形 容 詞 は 、 最 上 級 ・
比 較 級 ・原 級 と いう 級 の 変 化 を し な い。 そ し て 、 ド イ ツ 語 ・フ ラ ン ス 語 の 形 容 詞 と ち が い 、 そ れ が 修 飾 す る 名 詞 の種 類 に応 ず る 変 化 を も しな い。
と こ ろ で 、 意 味 か ら い っ て 形 容 詞 と 同 じ 種 類 の 語 と し て 、 ﹁静 か だ ﹂ の よ う な 形 の 語 や 、 ハ ッキ リ ・シ ッ カ
リ ・キ ラ キ ラ ・ コ ロ コ ロ の 類 の 擬 音 語 ・擬 態 語 が あ る 。 ﹁困 った ﹂ ﹁あ き れ た ﹂ の よ う な 、 語 源 的 に は 動 詞 の 変 化
例 え ば かた い学 術 論 文 のよ う な も の にも 用 いら れ る 。 俳 句
形 で あ る 語 も 、 形 容 詞 的 意 義 を 表 わ す の に 用 い ら れ て い る 。 こ の う ち 、 擬 音 語 ・擬 態 語 の 類 は 、 日 本 語 で は き わ め て 豊 富 で あ り 、 し か も 、 使 い 方 が 自 由 で あ る 、︱
な ど を 翻 訳 す る 人 は 、 口 を そ ろ え て 、 日 本 語 で 一番 訳 し に く い の は 、 こ の 擬 態 語 だ と い う 。 同 じ 回 る に し て も 、
カ ラ カ ラ ・ガ ラ ガ ラ ・キ リ キ リ ・ク ル ク ル ・グ ル グ ル ・ コ ロ コ ロ ・ゴ ロ ゴ ロ 、 み ん な ニ ュ ア ン ス が ち が う 。
副 詞 で、 注 意 す べき も の は 、 二 つあ り 、 一つは 先 触 れ の副 詞 で あ る 。 日本 語 で は 、 文 の主 意 を 表 わ す 語 が文 末
に 来 る ので 、 こ の副 詞 は 、 そ れ を 逸 早く 聞 き 手 に 伝 え る役 を す る。 例 え ば 、 サ ゾ は 推 量 の語 句 、 ド ウ ゾ は 依 頼 の
語 句 の先 触 れ を す る 類 であ る 。 一般 に 日 本 語 で は 否 定 を 表 わ す 語 が 文 末 に 来 る の で、 カ ナ ラ ズ シ モ ・ケ ッシ テ ・
チ ット モ ・タ イ シ テ な ど 、 否 定 の先 触 れ を す る副 詞 は 数 が 多 い。 ﹁幸 に 成 功 のあ か つき に は ﹂ の幸ニ は 、 次 に述
べる 大 体 の意 味 を 、 批 評 的 に あ ら か じ め 伝 達 す る 役 割 を な す 。 こ れ も 一種 の先 触 れ の 副 詞 であ る 。
日本 語 の副 詞 でも う 一つ注 意 す べ き は 、 数 を 表 わ す 副 詞 であ る。 他 の国 語 で は 数 を 表 わ す 語 は 多 く 名 詞 の前 に
つけ ら れ る が、 日本 語 で は副 詞 と し て動 詞 の前 に つけ ら れ る 。 例 え ば 、 ﹁一人 の 子 供 が い る ﹂ と いう よ り も 、 日
本 語 で は、 ﹁子 供 が ひ と り いる ﹂ と 言 った 方 が、 し っく り し た 表 現 であ る 。 こ の数 を 表 わ す 語 の組 織 は 、 は な は
だ 複 雑 で、 他 の極 東 諸 言 語 と よ く 似 て いる 。 人 は ヒ ト リ ・フタ リ ⋮ ⋮ 、 鳥 類 は イ チ ワ ・ニワ ⋮ ⋮ 、 小 獣 や 虫 類 は
イ ッピ キ ・ニヒ キ ⋮ ⋮ 、 大 き い獣 は 、 イ ット ウ ・ニト ウ ⋮ ⋮ 、 と いう よ う な 別 があ る。
副 詞 のう ち 、 指 示 副 詞 、 す な わ ち 、 コウ ・ソ ウ ・ア ア の類 は 代 名 詞 のう ち の指 示 代 名 詞 と 同 様 、 近 称 ・中 称 ・
遠 称 の 別 を 有 す る 。 連 体 詞 のう ち の指 示 連 体 詞 、 コ ノ ・ソ ノ ・ア ノ ・ド ノ も 同 様 で あ る 。 英 語 な ど に は、 here' t herのeよ う な 場 所 を 表 わ す 副 詞 があ る が 日本 語 には な い。
日本 語 で 接 続 詞 と 呼 ば れ て いる 語 類 は 、 前 の セ ン テ ン ス の意 味 の受 け 方 を 示 す 語 で あ る 。 英 語 な ど に お け る よ
う な 、 そ のあ と に つづ く 語 句 の注 意 を 示 す も の は な い。 す な わ ち 、 そ の機 能 は 、 は な は だ 弱 い。 事 実 、 二 つ の セ
ン テ ン ス の卵 (セ ンテ ン ス に な る 素 質 のあ る 語 句 ) を つな ぐ こと は、 日 本 語 に お い て は 、 接 続 助 詞 と いう 一種 の 助 詞 、 ま た は 、 動 詞 ・形 容 詞 の活 用 形 の役 目 であ る 。
感 動 詞 は 、 日本 語 は 他 国 語 に 比 し て、 語彙 が 多 く 、 同 じ 心 理 状 態 を 表 わ す 場 合 にも 、 話 し 手 ・聞 き 手 ・場 面 の
ち が いな ど に よ って ち が った 語彙 を 使 う 。 驚 き を 表 わ す 語 の中 で、 オ ヤ は 男 性 用 、 ア ラ は 女 性 用 で あ る 。 問 掛 け
に 対 し て、 ハイ と イ イ エの使 い分 け は、 中 国 語 ・ロシ ア 語 な ど と 同 じ で、 相 手 の予 想 に そ って いる と 思 え ば ハイ
を 、 予 想 に反 し て い る と 思 え ば イ イ エを 使 う 。 西 ヨー ロ ッパ 式 のyes,n のo 使 い方 は 、 日 本 人 は は な は だ 不 得 手 であ る 。
最 後 に、 助 詞 ・助 動 詞 は 、 い つも 他 の 語 の下 に つけ て 用 いら れ る 語 で、 抽 象 的 な 意 味 を 表 わ し 、 日本 語 に 膠着
語 と いう 焼 印 を 与 え る重 要 な 語 類 で あ る 。 ヨー ロ ッパ 諸 語 に はな い語 類 で 、 日本 語 が 、 朝 鮮 語 や ア ルタ イ 諸 語 に
近 い関 係 を も つと 言 わ れ て いる こ と には 、 こ れ の存 在 が 大 き く 関 係 し て いる 。 そ の用 法 は、 ヨー ロ ッパ 諸 語 の前
いわ ゆ る 学 校 文 法 で ﹁助 動 詞 ﹂ と 言 わ れ て いる も の は、 多 く 、 単 語 の 一部 分 と 見 る べき も の で 、 真
置 詞 お よ び 接 続 詞 の役 を つと め る こ と が 多 い が、 時 に は 、 副 詞 の役 、 名 詞 ・動 詞 ・形 容 詞 の変 化 の役 を も つと め る。 助 動 詞︱
に 単 語 と 見 る べき も のは ダ ・ラ シイ の 二 語 ぐ ら いで あ る 。 こ のう ち 、 ダ は 論 理 学 で いう コプ ラ が 独 立 の 一語 と し
て 存 在 す る も のだ と いう 点 で お も し ろ い。 ま た 、 説 明 口調 のノ ダ は、 日 本 語 に 愛 用 さ れ る 語 で、 こ れ と ぴ った り あ う 語 は、 外 国 語 に は あ ま りな い。
助 詞 のう ち 、 格 助 詞 は 、 ド イ ツ語 な ど の名 詞 の格 変 化 や、 あ る 種 の前 置 詞 の役 を つと め る 。 そ の用 い方 は 規 則
的 で、 ガ は 主 格 、 ヲ は 対 格 、ニ は 場 所 格 ⋮ ⋮ と いう よ う に意 義 が 明確 に表 わ さ れ る 。 注意 す べ き事 項 に つ いて 述 べれ ば 、
( 1) 日 本 語 で は 、 一般 に 無 意 志 自 動 詞 を 用 いる のを 好 み、 ﹁私 は妻 を も つ﹂ と いう 代 わ り に、 ﹁私 に は 妻 があ る ﹂
と 言 い、 ﹁私 は 金 を 要 す る﹂ と いう 代 わ り に ﹁私 は 金 が い る﹂ と 言 う 。 好 悪 の感 情 や 欲 望 の対 象 を 主 語 と し て 、 ﹁リ ンゴ が好 き だ ﹂ ﹁ナ シ が食 べた い﹂ な ど と いう のも 同 類 であ る。
( 2) 宮 内 秀 雄 氏 が指 摘 さ れ た よ う に、 自 動 車 が突 進 し て来 て 、 人 に ぶ つか った 場 合 、 ﹁自 動 車 が ⋮⋮ ﹂ と は 言 わ
ず 、 ﹁あ の人 は自 動 車 に ぶ つか って け がを し た ﹂ と 言 う 。 こ の場 合 、 人 が 突 進 し て と ま って い る 自 動 車 に ぶ つか った 場 合 と 区 別 し な い。
(3ヲ )は 、 材 料 を 表 わす 語 に つく よ り も 、 出 来 上 った も のを 表 わ す 語 に つく こと が 多 い。 水 を 沸 か し て 湯 に な
った 場 合 、 ﹁水 を 沸 かす ﹂ と 言 わ ず 、 ﹁湯 を 沸 か す ﹂ と いう 。 ﹁飯 を た く ﹂ ﹁穴 を 掘 る ﹂ ﹁ズ ボ ンを 裁 つ﹂ 等 、 同 様 の言 い方 が 多 い。
言 った よ ﹂ と いう 文 で ﹁あ な た ﹂ は 話 者 を さす と も と れ る し 、 聞 き 手 を さす と も と れ る 。 日本 語 の間 接 話 法
(4ト ) ・テ の類 は 、 直 接 話 法 を 表 わ す と 同 時 に間 接 話 法 を も 表 わ す 。 ﹁彼 は き ょう あ な た のう ち へ行 こう な ん て
は、 英 語 の場 合 と ち が って、 テ ン スを 変 え な い。 そ の代 り に 、 鄭 重 体 を 普 通 体 に か え る 。 例 、 ﹁た だ 今 幹 事 の方 か ら 、 私 に 何 か し ゃ べれ と 言う 御 注 文 です が ⋮ ⋮ ﹂
(5所 )有 格 は 、 ノ で 表 わ さ れ る が 、 ガ ノ ・ヲ ノ ・ニノ と いう 助 詞 の連 続 が ゆ る さ れ な い の で 、 時 に 語 意 が 明 瞭
でな い場 合 が 起 こる 。 先 日 の新 聞 に ﹁清 盛 のタ イ 捕 状 現 わ る ﹂ と いう 見 出 し があ った が、 清 盛 が 出 し た タ イ 捕 状 の意 にも 、 清 盛 を タ イ 捕 す る た め の文 書 の意 に も と れ る 。
接 続 助 詞 カ ラ ・ガ ・シ の類 は 、 先 に の べ た よ う に英 語 の接 続 詞 の役 割 を な す 。 た だ し 、 文 頭 に 立 つこ と が で き
な いた め に、 英 語 の接 続 詞 と ち が い、 語 句 の主 意 を 先 触 れ す る こ と が でき ず 、 働 き が 弱 い。
副 助 詞 ハ ・モ ・コソ ・サ エ の類 は 、 複 雑 な 副 詞 的 な 意 味 を 一音 節 ・二 音 節 で 言 い表 わ す 助 詞 で、 例 え ば 、 ﹁甲
に は 見 せ な い﹂ の ハは ﹁乙 ・丙 ・丁 ⋮ ⋮ に は 見 せ る が﹂ の意 を も ち 、 ﹁甲 こ そ 秀 才 だ ﹂ の コ ソ は、 ﹁乙 ・丙 ・丁
⋮ ⋮ は 、 ほん とう の秀 才 で は な く て ﹂ の意 を 含 む 。 日本 語 の文 に 含 蓄 を も た せ る 注 意 す べき 助 詞 であ る 。 こ の 種
の語 は 、 し ば し ば 論 理 的 に は 不 適 当 と 思 わ れ る と こ ろ に 用 いら れ る 傾 向 が あ り 、 ﹁風 が 吹 いて 来 た。 雨 も 降 り は
じ め た ﹂ は 、 ﹁雨 が降 り も は じ め ﹂ と でも 言 い た いと ころ であ る 。 同 様 に、 ﹁飯 ば か り 食 って ろ く に働 か な い﹂ は 、
﹁飯 を 食 って ば か り いて ⋮ ⋮﹂ の意 であ る 。 副 助 詞 のう ち で、 特 に 注 意 す べき 助 詞 は ハで、 こ れ は し ば し ば ガ と
な ら ん で 、 セ ンテ ン ス の主 語 を 表 わ し 、 そ のち が い は、 相 手 の頭 の中 にあ る も のを さ す 時 に は 、 ハを 用 い、 な い
も のを さ す 時 に は ガ を 用 いる 。 昔 話 を 最 初 語 り 出 す 場 合 に は、 相 手 の頭 の 中 は 、 ま だ か ら っぽ ゆえ 、 ﹁昔 々 山 の
中 に 一匹 の狐 が 住 ん で いま し た ﹂ と ガ を 用 いる 。 こ こ で 相 手 の頭 の中 に は 、 ﹁狐 ﹂ が 入 った と 想 像 さ れ る。 そ こ
で次 に ﹁狐 ﹂ に つ い て物 語 る 時 は 、 ﹁そ の 狐 は ⋮ ⋮ ﹂ と な る 。 こ の区 別 は 、 朝 鮮 語 に は あ る が、 他 の 言 語 に は あ る と 聞 か な い。
see.""isn't
感 動 助 詞カ ・ネ ・ヨ ・ワ ・ゼ ⋮ ⋮ の類 は、 文 末 に つき 話 者 の主 観 を 直 接 表 現 す る 助 詞 で、 そ の性 質 は 感動 詞 に
近 い。 こ の種 の意 味 が、 助 詞 で表 わ さ れ る こ と は 注 目 す べき で あ る 。 英 語 な ら ば 、 さ し ず め"you
の よ う な 連 語を 文 末 に つけ る こ と に よ って、 あ る いは 、 特 定 のイ ント ネ ー シ ョ ンを く わ え る こ と によ って、 表 現
す る であ ろう 。 ダ グ ウ ッド の漫 画 な ど を 見 て いて、 英 語 と 日本 訳 と の大 き な ち が いを 感 じ る のは 、 日本 語 で は 多 く の言 葉 に は 、 こ の 種 の助 詞 が つ い て いる こと であ る 。
さ て、 日 本 語 の セ ン テ ン ス は 、 以 上 こ の節 にあ げ た よ う な 語 が 組 合 わ せ ら れ て 出 来 て いる が 、 ま ず 、 単 語 は 、
橋 本 進 吉 博 士 の いわ ゆ る ﹁文 節 ﹂ と いう 単 位 を 作 り 、 こ れ が集 ま って セ ン テ ン スを 作 る 。 ﹁文 節 ﹂ は 、 い つも ひ
と つづ き に 発 音 さ れ る 発 音 上 か ら 見 た単 位 であ る 。 文 節 の中 で、 文 の最 後 に来 る も の は 、 一定の種 類 のも の に 限 ら れ て お り 、 こ れ が 文 の種 類 を 決 定 す る 。
日本 語 の文 の 種 類 は 、 断 定 文 ・推 量 文 ・疑 問 文 ・感 動 文 ・志 向 文 ・問 掛 文 ・命 令 文 ・呼 答 文 の八 つに 分 か れ る 。
これ ら の文 は、 主 格+ 述 語 の形 を と る 場 合 が 少 な く な いが 、 い つも そ う だ と は 限 ら な い。 ま た は じ め の 六 種 の文
は 、 ﹁︱ は ⋮ ⋮ ﹂ の形 を と る 文 、 す な わ ち 主 題 を も つ文 と 、 然 ら ざ る 文 と に 分 け ら れ る。
文 末 に立 た な い文 節 は 、 直 接 にあ る い は間 接 に、 文 末 の文 節 に か か って ゆ く 。 か か り 方 に は 、 修 飾 ・補 足・ 接
続 ・半 独 立 の四 種 類 があ る 。 英 文 法 な ど で や か ま し い主 語 は 、 日 本 語 で は 特 に重 要 な 意 味 を も た ず 、 補 足 語 の 一
種 と 見 ら れ る。 ま た 文 節 の中 で、 名 詞 を 中 心 にす る文 節 へか か る 文 節 と 、 動 詞 ・形 容 詞 を 中 心 と す る文 節 へか か
る 文 節 と が、 は っき り ち が った 形 を と って いる の は、 日 本 語 の 一特 色 と 見 てよ い。 文 節 の 順序 に つ いて 言 え ば、
か か る 語 は原 則 と し て 受 け る 語 よ り 先 に 来 る と いう 鉄 則 があ り、 同 一の文 節 に か か る 語 の中 で は 、 半 独 立 語 が 最
i
も 先 に、 接 続 語 が次 に、 修 飾 語 、 補 足 語 と つづく 傾 向 が あ る 。 補 足 語 や 修 飾 語 が 先 に 来 る と いう こと は、 従 属 句
が 必 ず 主 句 よ り先 に 来 る と いう 性 格 と あ いま って 、 話 を 聞 く 人 、 文 章 を 読 む 人 を し て 、 中 核 の内 容 が な か な か わ
か ら ず に 、 じ り じ り さ せ る こと があ る 。 例 、 ﹁こ の本 を あ な た に 上 げ (コ レ ハア リ ガ タ イ ) た ら さ ぞ喜 ぶ だ ろ う
(ナ ンダ 、 ク レナ イ ノ カ ) と 思う か ら 上 げ ( オ ヤ、 ヤ ッパ リ ク レ ル ノ カ ) て も い い がま あ よ そ う (チ ェ ツ、 バ カ ニシ テ ラ ア )﹂
最 後 に 日 本 語 に お け る 語 句 の省 略 の傾 向 に つ いて 述 べ る と 、 自 立 語+ 付 属 語 の結 び つき で、 付 属 語 は し ば し ば
省 略 さ れ る 。 例 、 ﹁こ れ 、 な あ に﹂ ﹁あ た し 、 いや ﹂。 こ の 場 合 、 女 性 ら し い言 葉 つき 、 子 供 っぽ い言 葉 つき と な
来 た ! ﹂ のよ う な 文 で 、 何 か が 省 か れ た と いう 意 識 は 、 日本 人
る 。 日本 語 で は、 主 語 や 補 足 語 が省 か れ る こ と が 多 いと よ く 言 わ れ る が、 こ れ は 、 む し ろ 、 主 語 や 補 足 語 を 持 出 さ な い表 現 が多 いと いう べき で あ る。 ﹁あ っ!
雨 だ (=雨 が 降 ッテ 来 タ )﹂ ﹁傘 は ど こ だ (=ド コ ニア ル)﹂ な ど 、 漫 才 で よ く や る
は も って いな い。 特 に 日本 語 的 な 省 略 法 と し て は 、 あ る 語 句 を 、 そ の語 句 の中 心 を な す 名 詞 一語 で代 用す る 言 い 方 があ る 。 例 え ば 、 ﹁あ っ!
バ カ 貝 屋 ご っこ の対 話 ﹁ば か (=バ カ 貝 ヲ買 ウ 人 ) は ど っち だ (=ド コ ニイ ル)﹂ ﹁お う 、 こ っち だ (=コ コ ニイ ル)﹂ も こ の例 であ る 。
発
音
発 音 か ら 見た 日本 語
一
発 音 の面 か ら 見 た 日本 語 に は、 三 つ の大 き な 特 色 が あ る と いう の が私 の考 え で あ り ま す 。
一つは 日本 語 の発 音 の単 位 と 申 し ま す と い ろ い ろ あ りま す け れ ど も 、 ﹁音 節 ﹂ と 呼 ば れ る 単 位 で す 。 こ れ が 日
本 語 では 非 常 に 単 純 だ と いう こ と 、 そ う し て そ れ が原 則 と し て 母 音 で終 って いる と いう こ と 、 こ れ が 第 一の特 色 だ と 思 いま す 。
﹁音 節 ﹂ と 申 し ま す と 堅 苦 し い言 葉 であ り ま す け れ ど も 、 た と え ば 私 ど も が俳 句 を ひね って や ろう と す る 場合 に
五 ・七 ・五 と 数 え る。 あ る いは こ の歌 は 七 ・五 調 だ な ど と いう 、 あ の七 と か 五 と か いう あ のリ ズ ム の単 位 、 簡 単
に 申 し ま す と 、 カ と か サ と か いう か な で表 わ す も の、 これ が 音 節 と いう 単 位 であ り ま す 。
発 音 の単 位 と 申 し ま す と 、 そ の ほか にも っと 詳 し く 分 析 し た ﹁音 素 ﹂ と いう 単 位 、 ロー マ字 の 一字 ず つが 表 わ
す 単 位 も あ り ま す 。 た と え ば ﹁傘 ﹂ と いう 言 葉 は、 か な で書 け ば カ サ 、 こ の 一つ 一つが 音 節 です が 、 これ を ロー
マ字 で書 く と 、kasと aな る。 k と か sと か が 音 素 で す 。 かな で書 く より も ロー マ字 で 書 く 方 が 精 密 に な る 。 そ
う し ま す と 、 日本 人 と いう も のは 謙 虚 な 民 族 です か ら 、 ど う も 向 う の字 の方 が す ぐ れ て い て、 か な よ り は る か に
ロ ー マ字 の ほ う が 学 問 的 で あ る な ど と 感 心 し て し ま う 。 そ う い う 傾 向 が あ り ま す が 、 私 と し ま し て は k と か sと
か いう 単 位 よ り も カ と か サ と か いう 単 位 の方 が 客 観 性 が あ る と 思 いま す 。 ど う し て か と い いま す と、 音 素 の方 は 、
学 者 が カ と い う の を 分 析 し て 、 最 初 の と こ ろ は コと いう 音 の 最 初 の 部 分 と 同 じ だ か ら k だ 、 カ の 終 り の 部 分 は サ
の 終 り の 部 分 と 同 じ だ か ら aだ と いう よ う に 分 析 し て 考 え た 、 そ う い う 音 で す 。 こ れ に 対 し て カ と か サ と か は 日
常 の 生 活 で の単 位 で す 。 カ サ な ど と いう 言 葉 を 丁 寧 に発 音 し よ う と し て カ と サ に分 け て 言 う こ と は あ り ま す け れ
ど も 、 も っと 、 こ れ よ り さ ら に カ と い う の を k と aと に 分 け て 発 音 す る と い う こ と は 実 際 に は あ り ま せ ん 。 つま
り 、 こ の カ と か サ と か い う 単 位 は 、 日 本 人 な ら だ れ で も 一つ と 感 じ 得 る 単 位 で あ り ま す が 、 カ を さ ら に 小 さ く 分
と いう こ
け た も の は 、 学 者 が そ の よ う に 分 け る の で あ って 、 学 者 で も 学 説 が 違 い ま す と 、 分 け 方 が 違 っ て し ま い ま す 。
た と え ば カ と か サ と か な ら い い ん で す が 、 シ ャ と い う 単 位 が あ る 。 こ の シ ャ が 一 つ の 音 節 で あ る︱
と は 素 人 で も 玄 人 で も 一致 し て 認 め ま す け れ ど も 、 こ れ を 音 素 に 分 け た ら ど う な る か と い い ま す と 、 学 者 に よ っ
て 説 が違 いま す 。 有 坂 秀 世 博 士 と いう 言 語 学 者 があ り ま し て、 こ の方 は 故 人 にな ってし ま いま し た が 、 非 常 な 秀
と い う 部 分 と aと い う 部 分 と 、 こ の よ う に 分 け て い た も の です 。
才 で 、 私 の 父 、 金 田 一京 助 な ど は 、 百 年 に 一人 出 る 学 者 だ と 言 っ て い た も の で あ り ま す が 、 こ の 人 は 、 た と え ば シ ャ と い う の は∫
と こ ろ が 今 度 は こ の 有 坂 博 士 と い っし ょ に 東 大 を 出 ま し て 、 東 大 の 言 語 学 の 主 任 教 授 を な す った 服 部 四 郎 博 士 、
い う 音 に し て 、 そ れ と aが い っし ょ
( 笑 ) で し ょ う か 、 こ の 方 の ほ う は こ う い う 分 析 は さ れ ま せ ん 。 最 初 に s が あ って 、 次 に j と
こ の方 も 、 有 坂 博 士 と 同 じ よ う に 偉 い 学 者 だ と 言 いま す と 、 ち ょ っと 困 る こ と に な り ま す が 、 二 人 合 わ せ て 二 百 年 に 二 人 出 る学 者
いう 音 が あ っ て 、 そ れ か ら a が あ る 。 こ の j と いう の が sを 同 化 し て∫
に な って い る の だ と 分 析 す る わ け で あ り ま す 。 と に か く 、 二 人 の り っぱ な 学 者 の 間 で 、 す で に シ ャ を ど の よ う に 分 け る か が 違 って いる 。
こ の う ち ど っち の 説 が い い か と いう こ と は 、 ど っち が 日 本 語 の 発 音 の 性 質 を よ く 説 明 で き る か に よ っ て き ま る
わ け であ りま す の で、 簡 単 に は 言 え な い。 結 局 カと か シ ャと か を こ のよ う に分 け る と いう のは 、 実 際 の言 語 生 活
で は や ら な い、 言 葉 のも っと 奥 に あ る も の の分 析 で あ り ま し て 、 学 者 の 学 説 によ って変 り得 る わ け で あ り ま す 。
こう いう わ け であ りま す の で、 だ れ が 見 て も 一つ、 二 つと 数 え ら れ る単 位 の ほう が 客 観 的 な し っか り し た 単 位 で
あ る と いう のが 私 の考 え であ りま し て、 し た が って 、 こ の かな と いう 文 字 は ち ょ う ど そ れ を 表 わ し て いる わ け で、 私 は り っぱ な 文 字 であ る と 、 考 え て お りま す 。
こ の音 節 と いう の は わ れ わ れ が 俳 句 を ひ ね る よ う な と き に数 え る 単 位 であ りま す か ら 、 皆 さ ん に と って は何 で
も な いも ので 、 そ んな 単 位 の こ と は 子 ど も の時 か ら 知 って いる 、 き ょう わ ざ わ ざ 出 掛 け て 聞 き に来 る こと も な い
と お 考 え かも し れ ま せ ん が、 音 節 と いう も のは 一つ 一つの言 語 に と って 非 常 に大 切 な 単 位 で あ る と 思 いま す 。 そ
ここ
の言 語 そ の言 語 に音 節 が ど の よう な 組 織 を 持 って いる か と いう こと が、 そ の言 語 そ の言 語 の根 本 的 な 性 格 を 作 っ て いる か ら で す 。
た と え ば外 国 人 で、 ア メリ カ の人 な ん か でも 日本 語 を た い へん 上 手 に 使 う 人 が あ り ま す 。 漢 字 な ど は︱
に い ら っし ゃる 方 を 除 く いま の大 学 生 な ど よ り は る か に よ く お 書 き に な る 方 も あ り ま す し 、 ( 笑)敬 語 な ど で も
見事 に使 いわ け る 人 も あ り ま す が 、 日本 語 の発 音 と いう こ と に な り ま す と 、 な か な か う ま く いかな い。 日本 人 が
聞 き ま す と 伸 び 縮 み が う ま く な いん です 。 ﹁日本 の﹂ と、 こう いう 発 音 が で き な いん で す 。 ﹁ニ ッポ ン ノ ゥキ モノ
ワ ァキ ル レイ デ スネ イ﹂ と いう よ う な こ と を 言 う ん で す 。 つま り 、 わ れ わ れ 日本 人 は ﹁ニ ッポ ン﹂ と 、 こ れ をニ 、
ツメ ル音 、 ポ 、ハ ネ ル音 、 こ の四 つに 分 け て発 音 し ま す 。 そう し て こ れ は 四 つ の音 から 出 来 て いる と 意 識 し ま す
が 、 これ が 向 う の 人 に は な か な か でき な い。 ど う し て か と い いま す と、 向 う の 言 語 は そ のよ う なハ ネ ル音 を 一つ、 ツメ ル音 を 一つと いう ふ う に 数 え る 習 慣 が な いせ いで あ りま す 。
私 は以 前 ハワイ に 行 って お り ま し て、 ハワイ の大 学 で ﹁日本 語 と 日本 文 学 ﹂ の講 義 を し た こ と が あ りま す 。 そ
の中 で 日本 の古 典 の 話 を し ま し て 、 日本 に は ﹁俳句 ﹂ と いう も の があ る 。 こ れ は 世 界 で 一番 短 い詩 であ る 。 日本
人 な ら ば 普 通 の人 で も 作 る こ と が で き る の で、 諸 君 み た いな 人 でも そ の気 に な れ ば 、 作 る こ と が でき る ⋮ ⋮ 、 と
言 いま す と 、 向 う の 学 生 諸 君 、 目 を 輝 か せ て 聞 い て お り ま す 。 日 本 人 の 学 生 は そ う いう と き に 、 自 分 は で き そ う も な いと 尻 ご みし ま す が、 向 う の人 は決 し て いた し ま せ ん 。
ど う す れ ば い い か と い う と 、 五 つ、 七 つ 、 五 つ 、 こ う い った よ う に 音 節 を 組 合 わ せ て そ れ に 何 か 季 節 を 表 わ す
言 葉 を 一つ 入 れ れ ば い い ん だ と 言 っ て 幾 つ か 俳 句 の 例 を 示 し ま す と 、 さ っ そ く そ の 次 の 時 間 に 何 か 書 い て 持 っ て
ま い り ま す 。 ﹁セ ン セ ィ コ レ デ ケ ツ コ ゥ デ ス カ ﹂ と 言 う 。 ﹁こ れ で け っこ う で す か ﹂ と い う の は 変 で 、 ﹁け っ こ う ﹂
﹁村 雨 や ﹂ と 、 こ う く る 。 ハ ワ イ で 村 雨 は 変 で あ
と 言 う の は こ っち が ほ め る と き に 使 う 言 葉 で は な い か と 注 意 し た く な り ま す が 、 ( 笑)そ れ は ま あ あ と で 言 う こ と に し て、 ど ん な も のを 持 って き た か 見 て み ま す と 、 た と え ば
﹁討 論 会 か な ﹂ と あ る 。 ﹁村 雨 や 晴 れ て す ず
り ま す が 、 ス コ ー ル が あ り ま す か ら 、 こ れ を 村 雨 と 考 え る 。 そ の 次 に ﹁晴 れ て す ず め の ﹂ と 書 い て あ る 。 ど こ か で 聞 いた よ う な 文 句 です が 、 ( 笑 )こ れ も い いと し ま し て 、 そ の 次 は
め の 討 論 会 か な ﹂ で す 。 ﹁君 、 こ れ は だ め だ 。 ﹃討 論 会 か な ﹄ は 長 過 ぎ る 。 八 つ に な っ て い る じ ゃ な い か ﹂ と 言 い
ま す と 、 そ の 学 生 は 不 服 そ う な 顔 を し ま し て 、 ﹁ち ゃ ん と 五 つ で す ﹂ と 言 う 。 ﹁じ ゃ あ 君 、 数 え て み 給 え ﹂。 ど う
数 え る か と 言 いま す と 、 ﹁ト ウ 、 ロ ン 、 カ イ 、 カ ァ、 ナ ァ﹂ と 、 こ う 数 え る ん で す 。 ( 笑) これ が む こ う 流 の発 音
で す 。 ﹁討 ﹂ と いう の は 日 本 語 で ト 、 ー と 二 つ に 数 え る の だ と 言 ま す と 、 こ れ が 理 解 で き ま せ ん 。 ﹁論 ﹂ と い う の
も や は り 二 つだ 。 こ れ が な か な か で き ま せ ん 。 む こ う の 人 の 日 本 語 の 発 音 が へた な の は そ の た め で す 。
つま り 日 本 語 の 音 節 と いう も の は t と い う 子 音 が あ って 、 aと い う 母 音 が く れ ば 、 こ れ で 一 つ な ん で す 。 こ の
次 にハ ネ ル 音 、 ツ メ ル 音 が く る と 、 そ れ は 別 の 音 節 な ん で す 。 こ こ に 日 本 語 の 発 音 上 の 基 本 的 な 特 色 が あ り ま す 。
たとえ
私 ど も 日 本 人 は 謙 虚 で あ り ま す か ら 、 日 本 人 は 英 語 の 発 音 が へた だ と いわ れ る と 、 い か に も そ う だ ろ う と 思 う 。
確 か に へ た な 点 も あ り ま し て 、 私 な ど も そ の と お り で あ り ま す が 、 言 葉 の 最 後 が 子 音 で 終 り ま す と 、︱
ばdogと いう 単 語 一 つ で も そ う で す が 、g で 終 る こ と が で き な く て 、 uを つ け て ド ッグ ゥ と 言 い た く な り ま す 。
と こ ろ が 向 う の 人 は 母 音 で 終 え る こ と が へ た で あ り ま し て 、 た と え ば 先 ほ ど の キ モ ノ と いう 言 葉 は な か な か う
ま く 発 音 で き ま せ ん 。 キ モ ゥ ノ ゥ と い い ま し て 、 ノ の あ と に ウ を つ け な い と す ま な い。 つ ま りo だ け で 終 え る こ
と が で き な い。 こ れ は 向 う の ほ う が 音 節 が ケ イ と か コ ウ と か いう ふ う に な って い る 。 そ こ に 違 い が あ る わ け で あ
りま す 。 これ を 裏 返 し に し ま す と 、 日 本 の人 に は 向 う の発 音 が難 し い。 皆 さ ん も 経 験 が お あ り で は な いか と 思 い
﹁ほ
acquainta⋮ nc fo oし tとば とe書 b いe てあ るr 。gよ
ま す が 、 向 う の歌 を 原 語 で歌 って み よ う と 思 う と な かな か う ま く いか な い、 節 だ け は 大 体 覚 え る 。 た と え ば た る の 光 ﹂ の、 〓ド ソ・ ー ド ド ミ レー ド レ ⋮ ⋮ old
ol とd 節⋮を つ け て 歌 い 出 し ま す と 、 ち ょ っと の ん び り す る と も う だ め で 、 節 の ほ う が 先 に す す ん
と いう メ ロ デ ィ ー が あ り ま す が 、 歌 詞 を 見 ま す と 、Should か り にShould
でし ま って 、 歌 詞 が 余 って し ま う こと が あ る。 ( 笑 ) こ れ は 向 う の 人 はshoulと dあ り ま す と 、 そ れ が 一音 な ん で
す 。 オ タ マ ジ ャ ク シ 一 つ がshoulに dあ た る。oldと い う ほ う は ま た 一音 で オ タ マ ジ ャ ク シ 一 つ と いう わ け で 、 こ の点 が 日 本 語 と 非 常 に違 う と いう こ と が あ る わ け です 。
こ こ で 問 題 は、 皆 さ ん 方 のう ち に、 そ れ は 日本 の文 字 の影 響 で は な いか、 日 本 の か な があ る か ら そ う な る の で
今 はもう大学 を卒業 しました
は な いか と お 考 え の方 があ り は し な いか と 思 いま す が、 私 は これ は 文 字 を お ぼ え る よ り 前 か ら そ の性 質 が あ る よ う に 思 い ま す 。 と 申 し ま す の は 、 私 の う ち で 経 験 を し た の で す が 、 私 の 長 男 の︱
が、 こ れ が 小 学 校 に 上 が る前 の こ と で 、 ま だ 文 字 を 全 然 知 り ま せ ん で し た 。 そ のと き 私 のう ち に 小 犬 が 迷 い込 ん
で き た ん で す 。 お も し ろ い か ら 飼 って み よ う と い う こ と に な り ま し た が 、 た だ 飼 う だ け で は お も し ろ く な い か ら 、 ひ と つ 芸 を 教 え よ う と いう こ と に な った 。
芸 の 中 で 一番 や さ し い芸 か ら と いう わ け で 、 あ の 、 も の を 見 せ て ワ ン と 言 わ せ て 、 ワ ン と 言 った ら も の を や る 。
そ の ワ ン と い う のを 教 え よ う と し ま し た が 、 こ れ が な か な か う ま く い か な い。 朝 早 く 犬 が ま だ お 腹 が す い て い る
と き に 私 の 長 男 が 養 育 が か り で 、 安 い ビ ス ケ ット を 見 せ て 、 ワ ン 、 ワ ン、 と 言 っ て み せ る わ け で す 。 そ う し ま す
と 、 普 通 の 頭 脳 の 犬 な ら ば 真 似 し て ワ ン と 吠 え る よ う に な る は ず で す 。 覚 え れ ば 、 今 度 は こ っち が ワ ン と 言 え ば 、
向 う で ワ ンと いう は ず であ り ま す が 、 こ の犬 は 捨 てら れ る よ う な 犬 です か ら 、 何 と 申 し ま す か 、 知 能 指 数 が低 い
ん で し ょう か、 ( 笑) いく ら 私 の 長 男 が 大 き な 声 で ワ ン、 ワ ンと 言 っても 、 い っか な 吠 え よ う と し な い で、 ビ ス ケ ット を 取 る こ と ば か り考 え て いる ん です 。
私 、 わ き か ら 見 て いた ん で す が 、 そ の と き に 長 男 が 考 え た 。 こ の 考 え 方 が ま こ と に 日 本 人 だ と 思 った ん で す が 、
ど う 考 え た か と い う と 、 ワ ン と いう 言 葉 、 こ れ は 長 過 ぎ て 一ペ ン に 覚 え 切 れ な いだ ろ う と 思 った ら し い ん で す 。
ど う し た か と い い ま す と 、 大 き な 口 を 開 い て 、 ﹁ワ ァ 、 ン﹂ と 二 息 に 教 え た 。 ( 笑) これ は さ す が 日本 人 で す 。 つ
ま り ワ ン と いう 、 あ あ いう 言 葉 で は な い 、 鳴 き 声 を 聞 い て も 、 ワ と 言 っ て 、 ン と 言 う 、 二 つ の 音 だ と 意 識 す る わ け で あ り ま す 。 こ う いう こ と は 世 界 で 非 常 に 珍 し い こ と だ と 思 いま す 。
な ぜ こ う いう こ と が 起 こ る か と いう と 、 小 さ い 子 供 に 私 た ち が も の を 教 え る 。 ﹁坊 や い い か い 、 お ち ゃ わ ん だ
よ ﹂ と 言 う 。 そ の と き に 子 供 が 発 音 で き な い で 、 オ チ ャ ワ 、 オ チ ャ ワ な ど と 言 っ て い る と 、 ﹁オ チ ャ ワ で は あ り
ま せ ん 、 オ チ ャ ワ ン で す ﹂ と 言 っ て か ら 、 オ 、 チ ャ、 ワ、 ン と 切 って 教 え る 。 あ あ いう 習 慣 が あ る こ と か ら 、 日 本 人 は ン と いう の が 一音 だ な と いう よ う に 覚 え る も の と 思 い ま す 。
と に か く 日 本 語 で は ハネ ル 音 が 一 つ の 音 で す が 、 同 様 に ツ メ ル 音 、 引 ク 音 、 こ れ も 一つ の 音 に な っ て い る 。 そ
う い う こ と か ら 結 局 、 日 本 語 は す べ て 母 音 で 終 わ っ て い る 。 ﹁現 代 日 本 語 の 音 節 表 ﹂ ( 四〇 ペー ジ ) と い う の を ご 覧
く だ さ い 。 標 準 的 な 音 節 と い う の は 、 こ こ に 見 ら れ る よ う に 、 全 部 が 母 音 で 終 わ っ て お り ま す 。 一番 複 雑 な も の
で も キ ャ と か キ ョ と か い う ふ う な も の で す 。 せ い ぜ い 母 音 の前 に 子 音 が 一 つ と 、 j と い う 半 母 音 が つ い て い る 、
こ の程 度 で し て、 音 節 組 織 が 非 常 に単 純 であ る。 し か も 、 そ れ が原 則 と し て 母 音 で終 わ って いる と いう こ と が で きます。
イ ン ド国 歌
一体 世 界 の言 語 に は 二 種 類 のも の が あ り ま し て 、 英 語 な ど は さ っき ち ょ っと 申 し ま し た が
原 則 と し て子 音 で 終 わ って いる 言 語 で あ り ま す が 、 ヨー ロ ッパ 語 の中 にも 母 音 で終 わ る 傾 向
の言 語 が あ りま す 。 有 名 な の がイ タ リ ー 語 です 。 イ タ リ ー 語 の単 語 と いう のは 私 ど も は マカ
ロ ニと スパ ゲ ッテ ィぐ ら いし か 知 り ま せ ん が、 大 体 か た か な で書 け る よ う に な って いま す 。
イ タ リ ー 語 日本 語 辞 典 を 本 屋 さ ん の 店 先 でち ょ っと 開 いて ご ら ん に な り ま す と 、 そ こ に 出 て
く る単 語 は す べ て 母 音 で 終 わ って いて 実 に見 事 で あ りま す 。 も っと も イ タ リ ー 語 で は 、 ハネ ル音 や ツメ ル音 を 一音 節 と 数 え て いな い。
日本 語 は そ の 反 面 、 先 ほ ど 申 し ま し た よ う な ハネ ル 音 、 ツ メ ル 音 、 引 ク 音 、 これ が 一つ 一
つの 音 節 と し て 独 立 し て いる 。 こ れ が な か な か ほ か の国 の人 に は 理 解 さ れ ま せ ん 。
そ う す る と 、 そ う いう 音を 一音 節 と 数 え る 言 語 は 日本 語 だ け か と 言 いま す と 、 そ う で も あ
り ま せ ん 。 皆 さ ん方 のう ち に そ う い った ツ メ ル音 、ハ ネ ル音 を 一つと 考 え る の がお か し いと
ヒ ンド ス タ ニー 語 と 言 いま す が、 こ の言 語 は そ の点 日本 語 と ま さ し く よ く 似 て い
いう 方 が あ り は し な いか と 思 って、 お 手 元 にイ ンド の 国 歌 を 出 し て お いた ので す が、 イ ンド の国 語︱
ま し て 、 イ ン ド 語 は ハネ ル 音 、 引 ク 音 、 こ れ を 一 つと 数 え る ん で す 。
こ れ 、 ど う いう 意 味 か 存 じ ま せ ん が 、 発 音 は わ か り ま す 。 ﹁ジ ャ ナ ガ ナ マ ナ ア デ ィ ナ ー ヤ
カ ジ ャ ヤ ヘー ﹂ と 言 う ら し い 。 歌 詞 の ナ ー ヤ カ ジ ャ ヤ ヘー の ナ ー の と こ ろ 、 ヘー の と こ ろ に
長 く 引 っぱ る 印 が つ い て お り ま す 。 つ ま り 、 こ れ は 日 本 語 の ﹁お ば あ さ ん ﹂ の バ ア み た い に
長 く 引 っぱ る と こ ろ な ん で す 。 ち ゃ ん と そ こ は 音 符 が 倍 の 長 さ に な っ て お り ま す 。〓 ド レ ミ
ミ ミ ミ ミ ミ 、 ミ ー ミ ミ レ ミ フ ァ ー と な っ て お り ま し て 、 引 っぱ る と こ ろ が ち ゃ ん と 二 倍 の 長
さ に な って い る 。 そ の 次 の バ ハ ラ タ と か バ ハー ギ ャ ヴ ィ と い う と こ ろ の バー と いう と こ ろ が
二 倍 の 長 さ にな って いま す 。 これ は 日本 語 と 同 じ よ う な 音 節 組 織 を 持 った 言 語 であ る と 思 いま す 。
昔 の ギ リ シ ャ の言 語 と いう のも そ う いう も ので あ った ら し い。 ギ リ シ ャ の詩 の こ とを 書 いた 本 を 見 ま す と 、 ギ
リ シ ャで は 詩 を つく る と き に は 長 い母 音 と いう も のは 二 つ の音 と し て 数 え て いた と あ る 。 ド ウ ラ マと いう 単 語 が
あ り ま す が 、dra と いう の が 一つで、aを 引 っぱ る と こ ろ が 一つ で、maが 一つ で、 全 体 を 三 つに 数 え て 詩 を 作 っ
た よ う であ り ま す 。 これ も 日本 語 と 同 じ だ った と 思 いま す 。 こう いう こと は ど う も ヨ ー ロ ッパ、 ア メ リ カ の 学 者
に は な かな か 理 解 さ れ ま せ ん で 、 実 は 日本 の人 も 一般 の人 は ハネ ル音 、 ツ メ ル音 、 これ を 一つと 意 識 し て いた の で あ り ま す が 、 明治 の頃 の欧 米 文 化 に影 響 さ れ た 人 た ち は 理 解 し ま せ ん でし た 。
稲 田 出 身 の 金 井 英 雄 さ ん に聞 き ま し た が 、 春 四 月 早 稲 田 大 学 に 新 入生 が 入 って き ま す と 、 在 校 生 た ち が 入 学 を 祝
い い例 に 、 皆 さ ん 御 承 知 の 早 稲 田 大 学 の校 歌 があ り ま す 。 あ の ﹁都 の西 北 早 稲 田 の森 に ⋮ ⋮ ﹂ と いう あ れ 、 早
い歓 迎 し て校 歌 を 歌 い、 校 歌 を 教 え る集 ま り があ る そ う です 。 と こ ろ が 早 稲 田 大 学 を 志 望 す る く ら い の学 生 は 全
部 早 稲 田 フ ァ ン であ り ま す か ら 、 そ の校 歌 ぐ ら いみ ん な 知 って いま す 。 し か し 、 新 入 生 す べて が必 ず 間 違 って覚
え て いる と こ ろ が 一か 所 あ る 、 そ こを 訂 正す る の が そ の講 習会 の目 的 のよ う な も のだ そ う で す 。 ど こ を 間 違 え る
か と い いま す と 、 ﹁現 世 を 忘 れ ぬ 久 遠 の 理想 ﹂ と いう と こ ろ が あ る 、 あ そ こ です 。 あ れ は 正 し く は ど う いう 節 か
と いう と 、 ﹁久 遠 の理 想 ﹂ に 対 し て〓 ミ フ ァ ソ ー ミ ラ ソ ソ ー と つ い て いる 。 そ れ を 新 し く 入 って く る 学 生 は ど う
歌 う か と い いま す と 、〓 ク オ ン ー ノ リ ソ オ ー 、 と 歌 う 。 確 か に そ の ほう が 自 然 であ り ま す 。 と ころ が 正 し い校 歌
の歌 い方 は そう では な いそ う です 。〓 ク ー オ ンノ リ ソ オ ー と 歌 う よ う にな って いる と いう 。
ど う し て こう な って いる か 。 原 因 は 想 像 で き ま す 。 作 詞 者 の 相 馬 御 風さ ん は 典 型 的 な 日本 人 で いら っし ゃ いま
す か ら 、 ﹁久 遠 の 理 想 ﹂ と いう のを 七 つ の音 と意 識 し て お作 り に な った 。 と ころ が 作 曲 家 の 東 儀 鉄 笛 さ ん は 、 西
洋 の音 楽 理論 の影 響 を 受 け て いて ﹁久 遠 の 理 想 ﹂ を 数 え る の に 、 ク を 一つ、 オ ンを 一つ、 ノ を 一つ⋮ ⋮ と いう よ
う に し ま し た も の です か ら 、 一音 た り な い。 そ こ で ク を 伸 ば し た 。 そ こ で〓 ク ー オ ンノ 、 と な った にち が いあ り
ま せ ん。 し か し、 ど う でし ょ う か 。 ク ー オ ン ノ リ ソ オ ー と 歌 いま す と 、 ﹁む な し い音 の 理 想 ﹂ と 言 って い る よ う
で、 ( 笑)⋮ ⋮ 私 は 日本 人 と し て は 、 ﹁ク オ ンー ノ ﹂ と 言う べき だ った と 思 いま す 。 讃 美 歌 な ど は ほ と ん ど 全 部 は
ね る 音 を 前 の母 音 に く っ つけ て歌 う よ う にな って いま す が 、 あ れ も 洋 楽 理論 そ のま ま の適 用 の せ い です 。
そ う い った こ と を 考 え ま す と 、 ハネ ル音 を 一つと 意 識 し た 最 初 の 音 楽 家 はす ば ら し い音 楽 家 で 、 一体 だ れ が 初
め てや った の であ ろ う か 。 邦 楽 の ほう は 昔 から の 伝 統 で そう や って いま し た が 、 洋 楽 の ほ う で は も し かし ま し た
ら 、 た と え ば 滝 廉 太 郎 さ ん の ﹁荒 城 の 月 ﹂ と いう のは〓 ハル コー ロー ノ 、 と い って から〓 ハナ ノ エ ンー 、 と ン で
引 っぱ って い る。 こ れ な ど 模 範 的 な 日本 の作 曲 で あ り ま し て 、 も し か し た ら 、 あ の へん が 最 初 で は な い か と 思 っ た り す る わ け であ り ま す 。
日本 語 は 、 そう いう わ け で 母 音 で終 わ る 言 語 で 、 ハネ ル 音 、 ツ メ ル音 な ど が 一音 節 であ る こと 、 これ が特 色 で
あ る と し て 、 日本 語 の これ が 長 所 であ る か 、 短 所 で あ る か と いう こ と に な りま す が 、 ま ず 母 音 で 終 わ る と いう 言
語 を ほ め て い る人 が あ り ま す 。 私 がも って お り ま す これ は、 マリ オ ・ペイ さ ん と いう 人 のア メ リ カ で 出 た 言 語 学
の本 であ り ま す が 、 世 界 の言 語 の中 に は 、 多 く 母 音 で終 わ る 言 語 と 多 く 子 音 で 終 わ る言 語 と 、 二 種 類 の言 語 が あ
る が 、 母 音 で終 わ る 言 語 、 た と え ば イ タ リ ー 語 、 ス ペイ ン語 、 日本 語 は そ う であ る が、 こう いう 言 語 は 響 き が 美 し い、 音 楽 的 だ と 言 って いま す 。
ど う し て か と いう と 、 た と え ば 声 楽 家 が 歌 を 歌 う よ う な 場 合 には 母 音 が 多 いほ う が確 か に 歌 いやす い。 わ れ わ
れ 小 学 校 のと き か ら 音 楽 の時 間 に 音 階 の練 習 な ど す る と き に は 、〓 ア ア ア ア ⋮ ⋮ と 、 や る ん でし て、 母 音 の ア に
節 を つけ る。 sな ど に節 を つけ よ う と 思 いま し て 、 S S S Sと いく ら 力 ん で も 、 ( 笑)皆 さ ん の ほ う に 聞 こ え な
い。 つま り 母 音 の方 が 節 を つけ や す い。 こ と に ア と か オ と か に は き れ いな 節 が つく 。 そ う い った 傾 向 が あ りま す 。
イ タ リ ー 語 は オ ペ ラ に よ く 向 く 言 語 であ る な ど と 言 わ れ て お り ま す が、 確 か に 母 音 で終 わ る よ う な 音 節 を 持 った
言 語 の ほう が オ ペ ラ に 向 く であ ろ う と 思 いま す が、 そ う だ と し ま す と 、 マリ オ ・ペイ さ ん が 言 わ れ て いる 日本 語
が 世 界 の 最 も 美 し い響 き の言 語 の 一つで あ る と いう こと は 根 拠 があ る と いう こ と に な りま す 。
こと に 私 が お も し ろ いと 思 いま し た のは 、 大 西 雅 雄 博 士 と いう と 日本 音 声 学 会 の会 長 さ ん であ り ま す が、 こ の
方 が 戦 前 に ﹁語 音 頻度 よ り 見 た る 十 カ 国 語 の発 音 基 底 ﹂ と いう 論 文 を お 書 き にな った 。 そ れ に出 て お り ま す 表 を
抄 録 し た も のが 左 の表 で す が、 こ れ は 、 た と え ば 地 球 上 の 十 種 類 の言 語 を 選 びま し て、 ど の言 葉 で は ど の母 音 が
多く 使 わ れ る か と いう 研 究 であ り ま す 。 こ れ で見 ま す と 、 た と え ば 日本 語 は aが 一番 多 く 、 そ れ からO 、 i、 e、
と並 ん で いる 。 全 部 合 わ せ て百 に な ら な い のは 、 大 西 博 士 と いう 方 が ア イ と か ア ウ と か 、 そ う い った も のを 二 重
母 音 と お 考 えに な って 、 これ を 別 に 計 算 さ れ た か ら で あ り ま す 。 あ る いは 英 語 な ど は 母 音 が こ れ だ け で は あ り ま
十 カ 国 語 の 発 音 基 底 」 か ら抄 録
た ものの %)
(各国語 の 短 い母 音 を多 い順 に、5位 まで とっ
は っき り し な い 母 音 の ほ う が 多 い 。 こ れ は
に 少 な い。 む し ろ〓 と か 1と か い う あ ま り
ど で は 大 き く 口 を 開 け る αと い う の は 非 常
い 。 フ ラ ン ス 語 も aが 多 い で す が 、 英 語 な
お り ま す 。 イ タ リ ー 語 も や は り αが 一番 多
0 で あ って 、 そ れ か ら i 、 e、 uと な っ て
のよ う な 率 にな る に ち が いな い。 そ の次 が
タ 、 ナ の札 を 全 部 総 計 す れ ば 、 た し か に こ
始 ま る のが 十 六 枚 も あ る。 そ の他 カ 、 サ 、
だ と 思 い ま す 。 百 人 一首 の 歌 な ど で も ア で
で 一番 多 い 。 こ れ は 皆 さ ん も 日 ご ろ お 感 じ
が 、 こ れ で 見 ま す と 、 aと いう の が 日 本 語
せ ん で、 も っと た く さ ん あ り ま す のを 、 私 が 上 の五 つだ け を と った の で、 こ のよ う な 数 にな った わ け で あ り ま す
「 語 音 頻 度 よ り見 た る 大 西 雅雄
そ の と お り 受 取 っ て い い か ど う か わ か り ま せ ん が 、 マ リ オ ・ペ イ さ ん な ど は イ タ リ ー 語 の よ う な は っき り し た 母
音 が 多 い ほ う が 美 し く 聞 こ え る と 言 って お り ま す 。 そ う し ま す と 、 日 本 語 も た い へ ん け っ こ う だ と い う こ と に な ります。
こ と に 日 本 語 と イ タ リ ー 語 と 比 べ て み ま す と 、 日 本 語 で は aの 次 にO が 多 い 。 イ タ リ ー 語 の ほ う は eが 多 く な
っ て お り ま す が 、 こ れ は ど っち が 美 し い か と い い ま す と 、 東 京 芸 大 の 柴 田 睦 陸 さ ん あ た り に 聞 き ま す と 、 そ り ゃ
あ oの ほ う が い い で す よ と 言 わ れ る 。 こ れ は 歌 っ て み れ ば わ か る の だ そ う で あり ま し て 、 た と え ば 高 い 音 を 長 く
引 っぱ る と き に は aかO に 限 る 。 i と い う の は 非 常 に 引 っぱ り に く い そ う で す 。 た と え ば シ ュー ベ ル ト の ﹁野 ば ら ﹂ の歌 の最 後 のと ころ は、 日 本 の歌 で は 〓ば ら ば ら あ か ー き ー
と 言 って お り ま す が 、 あ の ﹁き ー ﹂ が 歌 い に く い ん だ そ う で す 。 原 語 で はRosleinと r なoっ tて い て 0だ か ら 歌 い
よ い が 、 な ぜ 日 本 語 で あ そ こ を aか 何 か で 、 た と え ば〓 あ ー か い ば ー ら ー と 言 っ て く れ な か った の か な と 言 って
お り ま し た が 、 日 本 語 で は aとO が 多 い わ け で す か ら 、 よ り に も よ っ て キ ー と i で 伸 ば さ な く て も よ か った わ け
で す 。 そ れ は と も か く と し て 、 日 本 語 は そ う い う わ け で aとO が 多 い と い う こ と 、 こ う いう こ と は 母 音 の 組 合 わ
せ か ら い き ま す と 、 日 本 語 の ほ う が イ タ リ ー 語 よ り も っと 音 楽 的 な 言 語 で あ る と い う こ と に な り ま す 。 た だ 、 ハ
ネ ル 音 を 伸 ば し て 歌 いま す と あ ま り 音 楽 的 で は な い。 ツ メ ル 音 な ど は の ば そ う に も の ば せ な い 。 こ の へん は 音 楽 的 で な い と いう こ と に な り ま す 。
二
第 二 章 に 入 り ま す 。 日 本 語 は 要 す る に 、 音 節 の 組 織 が 単 純 だ と いう こ と が 第 一の 特 色 で あ り ま す が 、 第 二 章 で
現代 日本 語 の音節表
は 音 節 の 種 類 、 数 と い う も の が 少 な い と いう こ と 、 こ れ を 二
番 目 の 特 色 だ と いう お 話 を い た し ま す 。 先 ほ ど の 音 節 の 一覧
表 に 戻 って いた だ き ま す が、 これ が私 が 無 理し て 見 つけ ま し
た 日 本 語 のす べ て の 音 節 を 集 め た も の で あ り ま し て 、 ア イ ウ
﹁お ば あ
エ オ か ら 始 ま り ま し て 、 最 後 は ハネ ル 音 、 ツ メ ル 音 、 R を 小
さ く 書 い て あ り ま す の は 引 っぱ る 音 で す 。 た と え ば
さ ん ﹂ と いう 場 合 の オ と 言 っ て 、 バ と 言 っ て 、 そ の 次 の 引 っ
ぱ る 音 、 さ っき イ ンド 語 や 昔 の ギ リ シ ャ 語 に あ っ た と 考 え る そ の 音 です 。
と に か く 日本 語 にあ る 音 節 を 全 部 集 めま す と 、 大 体 こ の よ
う に な り ま す 。 新 し い外 来 語 は 別 と し て 在 来 の も の は こ ん な
も の で す 。 こ の中 に は ず い ぶ ん 無 理 し て 見 付 け た の も あ り ま
し て 、 マ ミ ム メ モ と あ って 、 そ の 次 に ミ ャ 、 ミ ュ、 ミ ョと 出
と いう
て き ま す が 、 ミ ュと い う 音 は 滅 多 に 使 いま せ ん ね 。 ミ ュと い
う の は 何 と い う 言 葉 に 出 て く る か と 考 え つく ま で︱
よ り 、 発 見 す るま で 私 は 七 年 ぐ ら いか か り ま し た 。 が、 た っ
た 一つ見 つけ ま し た 。 皆 さ ん な ん だ か お わ か り に な りま す か 。
ミ ュ の つく 言 葉 は 私 の 見 つ け た こ の 言 葉 一 つし か な い と 思 う
の で す 。 ミ ュー ジ ア ム と いう 外 来 語 は 除 き ま す 。 固 有 の 日 本
語 で ミ ュ の つく 言 葉 、 そ れ は 人 の苗 字 で あ り ま し て 、 電 話 帳
で 見 る と 、 東 京 に は 二十 軒 ば か り あ り ま す が 、 ﹁大 豆 生 田 ﹂。 こ れ を 何 と 読 む か 。 オ オ マミ ュー ダ と 読 む そ う です 。
こ こ に 出 てき ま す 、 ミ ュと いう 音 が 。 そ う す る と 、 私 ど も 小 学 校 のと き か ら ミ ャ、 ミ ュ、 ミ ョと 練 習 し た の は、
こ のオ オ マミ ュー ダ さ ん の名 前 を 正 確 に呼 ぶ た め に練 習 し て い た こ と が わ か り ま す 。 ( 笑)随 分 、 苦 心 し て 探 し
ま し た が 、 これ だ け し か な い。 右 は 、 そ う いう 風 に し て集 め た 音 節 表 です 。 ウ ォと いう 音 は 、 ﹁弱 い﹂ と か ﹁こ
わ い﹂ と か いう 形 容 詞 に ﹁ご ざ いま す ﹂ を つけ よ う と す る と 、 ヨウ ォー ゴ ザ イ マス と いう よ う に 言 う 、 そ の時 に
出 ま す 。 助 詞 の ﹁を ﹂ を は っき り ウ ォと いう 人 も あ る。 あ れ を 正 し い言 い方 と す る と 、 そ の時 に も 出 て き ま す 。
皆 さ ん は こ の 音 節 表 を 御 覧 にな って 、 これ だ け あ れ ば た く さ ん だ と お 考 え か も し れ ま せ ん が 、 世 界 の 言 語 と し て は 非 常 に少 な いん です 。
英 語 に は 一体 音 節 の数 が ど のく ら いあ る か と い いま す と 、 向 う の人 は 音 節 を 数 え る と いう 気 持 ち が初 め か ら な
いん です 。 数 え る も ん じ ゃな いん だ と 思 って いる ら し い。 向 う の 言 語 学 の本 で 音 節 の数 を 数 え た 本 はあ り ま せ ん 。
これ を 数 え よ う と いう 人 は や は り 日本 人 であ り ま す 。 大 阪 の楳 垣 実 さ ん と いう 英 語 学 者 の方 が 、 向 う の 人 が 数 え
な いな ら ば 自 分 が 数 え て や ろ う と 勇 猛 心 を 起 こ さ れ ま し て 、 ド ッグ 、 これ が 一つ、 キ ャ ット 、 こ れ が 一つと いう
風 に数 え て いき ま し た 。 そう し ま し た ら 、 数 え る た び に 計 算 を 間 違 え そ う にな って、 一年 近 く か か った そう であ
り ま す が 、 ど う 少な く 見 積 っても 三 万 五 千 は く だ る ま いと いう 数 に な った そう です 。 そ う す る と これ は 日本 語 の
三 百 倍 あ る こと に な り ま す 。 ほか の 言 語 は ど う か 。 中 国 語 は ど う か 、 北 京 官 話 と いう のは 音 節 の数 が少 な い ほう
だ そ う で す が、 そ れ でも 中 国 語 学 者 の魚 返 善 雄 さ ん が数 え た と こ ろ に よ り ま す と 、 四 百 十 一あ る そ う であ り ま す か ら 、 や は り 日本 語 に比 べれ ば は る か に 多 い と いう こ と に な り ま す 。
要 す る に 日本 語 の音 節 は 非 常 に少 な い。 こ の よ う に申 し ま す と 、 日 本 人 は例 の持 ち 前 の謙 虚 な 性 質 か ら 、 日本
語 は ど う も 未 開 な 言 語 で はな いか と 思 ってし ま う の です が 、 これ が ま た 難 し いん です 。 ま ず 世 界 の言 語 の中 には
多 いも のか ら 少 な いも のま で あ り ま す が 、 日本 語 は 一番 少 な い言 語 か と いう と 、 そ れ ほ ど でも な い。 も っと 少 な
い のが あ る 。 私 が知 って い る中 で 一番 少 な い の は ハワイ の 言 語 です 。 ハワイ 語 の単 語 は 皆 さ ん も 幾 つか ご存 じ と
思 いま す が 、 全 部 そ れ を 思 い浮 か べ て み て いた だ いて も 発 音 の種 類 は 実 に少 な い。 全 部 カ ナ で書 け ま す 。 た と え
ば ハワイ と か ホ ノ ル ルと か 、 あ る いは フラ 、 ア ロ ハ、 リ リ オ カ ラ ニ⋮ ⋮ と 書 いて いき ま し ても 、 か な の方 が は る
か に 余 って しま いま す 。 ど のく ら い余 る か、 と いう と 、 アイ ウ エオ 、 こ れ は 全 部 使 いま す 。 カ キ ク ケ コ、 こ れ も
使 いま す が サ シ ス セ ソ は 全 然 いり ま せ ん 。 サ シ ス セ ソ の つく 言 葉 は な いん です 。 タ チ ツテ ト の つく 言 葉 も 一つも
あ り ま ん 。 ナ ニ ヌネ ノ か ら 後 はあ り ま す 。 サ シ ス セ ソ 、 タ チ ツテ ト がな く な りま す か ら 、 歯 が 抜 け て も も の が 言
えま す。 ( 笑)そ う い った 言 語 で あ り ま す 。 あ と は パ ピプ ペポ が あ って、 そ れ だ け で お し ま い で あ り ま し て、 こ れ が 私 の知 って いる 一番 音 節 の少 な い言 語 だ と 思 いま す 。
一番 多 い言 語 は 何 か。 さ ぞ これ は 文 明 国 の言 語 か と い いま す と 、 ど う も そ う で は な さ そう で あ り ま す 。 こ れを
ま だ 数 え た 学 者 は な いと 思 いま す が 、 た と え ば 私 の 見 る と こ ろ で は 世 界 で 一番 発 音 のむ ず か し い言 語 と し て 日本
の言 語 学 界 で有 名 であ った も の に、 ギ リ ヤ ー ク 語 と いう の があ る ん です 。 ど こ にあ る か と い いま す と 、 北 海 道 の
北 にあ る 、 昔 カ ラ フト と 言 った 島 が あ り ま す 。 いま サ ハリ ンと 言う よ う です が 、 こ こ に は アイ ヌ人 、 オ ロ ッ コ人 、
ギ リ ヤ ー ク 人 、 三 種 類 の 民 族 が住 ん で お り ま す が 、 こ のう ち で ギ リ ヤ ー ク 語 と いう のは 発 音 が ば か げ て 難 し い。
こ の 間 万 国 博 が大 阪 であ り ま し た が 、 昔 、 日露 戦 争 がす ん だ と き だ った か と 思 いま す が、 日本 で最 初 の博 覧 会
が 東 京 の上 野 で 開 か れ ま し た 。 そ の と き に、 新 た に 日本 の領 土 に は い った 民 族 が東 京 に 集 ま って 踊 り や 歌 な ど や
り ま し た が 、 ギ リ ヤ ー ク 人 も や ってき て 、 ギ リ ヤ ー ク 文 化 を い ろ いろ 見 せ た。 ギ リ ヤ ー ク 語 が 世 界 で難 し い言 語
だ と いう こ と は 当 時 の言 語 学 界 で有 名 で あ り ま す か ら 、 た く さ ん の 言 語 学 者 が こ こ に集 ま り ま し た 。 こ こ か ら あ
と は 私 の お や じ の受 売 り であ り ま す が 、 か れ も ま あ 出 掛 け て い った 。 み ん な そ こ へ行 って ギ リ ヤ ー ク 人 の発 音 を
そ のと き の ギ リ ヤー ク 人 の発 音 を 私 のお や じ が へた に ま ね を し た のを 四 十 年 た って 私 に教 え て、
勉 強 し よ う と 思 った ん だ そ う です が、 最 初 の単 語 か ら だ れ も ま ね が で き な か った そ う です 。 ど う いう 単 語 だ った か と いう と 、︱
私 が ま た へ た な ま ね を す る わ け で す か ら 、 お よ そ 似 て も 似 つ か な いも の だ ろ う と 思 いま す が 、 そ の 精 神 だ け 汲 み
﹁行 け ﹂ と い う 意 味 だ と い う 。 そ れ は い い
と っ て い た だ く と 、 ﹁さ よ う な ら ﹂ と い う の は ﹁ア ッ ハ ラ ン ク ス バ イ ナ ー ﹂ と い う よ う に 言 う ん だ そ う で す 。 ア ッ ハ ラ ン ク ス と い う の が ﹁よ く ﹂ と い う 意 味 で 、 バ イ ナ ー と い う の は
ん で す が 、 そ の 発 音 が 難 し い ん だ そ う で す 。 ア ッ ハ ラ ン ク ス と いう の は 長 過 ぎ る か ら 、 途 中 ま で ア ッ ハだ け 言 っ
てく れ と 言 っても だ め だ そう です 。 み ん な ズ ラ ズ ラと 続 い てし ま う ん だ そう で す 。
何 と も む ず か し い 言 語 で あ った と 私 の お や じ が 言 う わ け で あ り ま す が 、 切 れ な か った と いう の は 、 私 の 想 像 で
は 、 ア だ け 母 音 で 、 あ と xと いう 子 音 が あ って 、 rと いう の が あ っ て 、ngが あ っ て 、 k が あ って 、 sが あ っ て 、
こ れ だ け 一 つ の 音 節 と し て つ な が って い た の で は な い で し ょ う か 。 ち ょ う ど 英 語 のtext [ tek t ] sと い う の が 一 つ
の 音 節 で あ る よ う に 、 そ う い う 種 類 の 、 子 音 が た く さ ん 続 く 単 語 だ った の で は な い か と 私 は 想 像 す る 。 こ の 分 で
は 音 節 が 非 常 に 複 雑 で あ った ろ う と 思 い ま す 。 と す る と 、 そ の 種 類 は 非 常 に 多 く 、 そ の た め に 難 し い 言 語 と いう
こ と に な っ て い た の で は な い か と 思 い ま す 。 そ う いう わ け で 音 節 組 織 が 複 雑 な の は 必 ず し も 文 明 国 の 言 語 だ と い う わ け で はあ り ま せ ん。
そ う し ま す と 、 日本 語 は 世 界 で 非 常 に珍 し い音 節 の種 類 の少 な い言 語 で あ る と いう こ と に な り ま す が 、 さ て 、
こ れ か ら 長 所 、 短 所 に 入 る わ け で あ り ま す が 、 一体 こ れ は 日 本 人 に と って 喜 ぶ べ き こ と か 、 悲 し む べ き こ と か 。
い い ほ う か ら 申 し ま し ょ う 。 こ の 音 節 の 種 類 が 少 な い と いう こ と は 日 本 人 に 大 変 な 便 宜 を 与 え て く れ て お り ま す 。
と 申 し ま す の は 、 日 本 語 は 音 節 の 種 類 が 少 な い、 そ の た め に ア イ ウ エ オ 、 カ キ ク ケ コ ⋮ ⋮ と や れ ば 、 ど ん な 人 で
も 頭 の 中 で 全 部 の 音 節 が 暗 記 で き る 。 そ う す る と 文 字 に 書 く 場 合 に こ ん な や さ し い 言 語 は な いと い う こ と に な り ます。
た と え ば サ ク ラ と い う 言 葉 が あ る 。 小 さ い 子 供 で も 、 サ と ク と ラ に 分 け る こ と が で き ま す 。 サ イ タ と いう 言 葉
は サ と イ と タ に 分 け る こ と が で き る 。 そ う し ま す と 、 日 本 の 人 は サ と い う 音 は こ う 書 く の だ 、 ク と いう 音 は こ う
書 く のだ 、 ラ と いう 音 は こう 書 く のだ と 、 こ のよ う に 教 わ れ ば 、 百 十 二 の音 の書 き 方 さ え わ か れ ば 、 日本 語 の単
六 つか 七 つ で小 学 校 に 入 る 、 そ の年 の四 月 か ら 七 月 ま で で み ん な 覚 え
語 は 全 部 書 け る こと にな り ま す 。 こ う い った こと はす ば ら し い こと であ り ま し て 、 つま り 百 十 二 の書 き 方 ぐ ら い 日本 の子 供 な ら ば 小 学 校 の 一年 の時 で︱
てし ま いま す 。 ど ん な 単 語 でも 音 節 に 切 る こ と は 、 そ の国 民 で あ る 以 上 で き る わ け であ りま す か ら 、 百 十 二 の書
き 方 さ え 覚 え て し ま え ば 、 日 本 語 に 関 す る限 り 、 ど の よ う な 単 語 でも 書 け ま す 。 し た が って 日 本 人 の子 供 は 一年
生 の 二 学 期 にな り ま し た と き に、 書 き た いこ と は 何 でも 書 け る。 す ば ら し い こと で あ り ま し て 、 日本 人 の作 文 能 力 が こ こ で非 常 に 伸 びる わ け であ り ま す 。
り ま す が 、 一年 生 の 一学 期 で 出 てく る 単 語 と いう のは 限 り が あ りま す 。 そ う し ま す と 、 一年 生 の二 学 期 で は 自 分
英 語な ど は こう は いか な い。 ド ッグ は ド ッグ で 別 、 キ ャ ット は キ ャ ット で 別 、 一つ 一つみ ん な 別 々 の 音 節 であ
が 習 った 単 語 は 書 け ま す け れ ど 、 習 わ な いか ら 書 き 方 がわ か ら な いと いう 単 語 が た く さ ん あ る わ け であ り ま し て、
一年 の 二 学 期 で は実 に た わ い のな い こ と し か 作 文 の時 間 に書 く こと が でき ま せ ん 。 こ の点 は 日本 人 にと って 非 常 に あ り が た い こと で あ り ま す 。
も っと も 、 日 本 は仮 名 の ほ か に 漢 字 と いう 難 し い文 字 を 使 って いる。 そ れ を 使 って、 た と い当 用 漢 字 だ け に し
ても 、 そ れを 正 し く 使 い分 け て書 く と いう こ と は た い へん な こ と であ り ま す が、 書 き さ えす れ ば い いと いう な ら 、
日本 語 は 非 常 に 書 き やす い言 語 だ と いえ ま す 。 終 戦 直 後 の こ と です が、 情 報 教 育 局 に ア メ リ カ か ら教 育 学 者 が 来
ま し た が 、 こ の人 が 日本 人 か ら 漢 字 を や め さ せ よ う と 思 った こ と が あ る ん です 。 確 か に向 う の人 に は む ず か し く
思 わ れ た と 思 いま す 。 皆 さ ん は 子 供 のと き か ら 漢 字 を 見 馴 れ て いら っし ゃる か ら、 漢 字 を 見 ても そ れ ほ ど び っく
りな さ ら な か った と 思 いま す が、 は じ め て 見 る 向 う の 人 に と って 随 分 難 し く 見 え る よ う です 。
て いら っし ゃ いま す が、 前 に 中 国 に お ら れ た の で漢 字 な ど 非 常 に よ く お書 き に な る。 ﹃ 私 は 日本 人 に な り た い﹄
グ ロー タ ー ス さ ん と いう 方 が いら っし ゃ いま し て、 こ の方 は ベ ルギ ー 生ま れ の神 父 さ ん です 。 いま は 日 本 に来
と いう おも し ろ い本 を 書 い て いら っし ゃる 方 であ り ま す が 、 最 初 ベ ル ギ ー で東 洋 へ行 く と いう わ け で漢 字 を 習 っ
た 。 そ の と き に先 生 が 、 漢 字 は ま ず 数 字 か ら 覚 え る の が い いと いう わ け で、 黒板 に 一か ら 十 ま で書 い て み せ た そ
う です 。 そ のと き に 、 最 初 の 印 象 で は 一と 二 と 三 、 こ こま で は ま あ 書 け そ う だ 。 と こ ろ が 次 の 四 と 五 と で は 一体
字 画 が ど の よ う に違 う か 、 目 が ク ラ ク ラ っと し た そ う です か ら 、 わ れ わ れ 日本 人 は 相 当 む ず か し い こと を 、 む ず か し いと も 思 わ ず や って いた こ と にな り ま す 。
そ ん な 風 で あ りま す か ら 、 終 戦 直 後 、 日本 へ来 た ア メ リ カ の教 育 学 者 が 日本 の漢 字 を 見 て 恐 れ を な し た のは 当
然 で し ょう 。 ど う 思 った か と い いま す と 、 日 本 人 は 漢 字 の よ う な も の を 子 ど も に教 え よ う と す る か ら 、 だ か ら 日
私 は こう いう と こ ろ に ア メ リ カ 人 の偉 いと
本 人 は 頭 が よ け い悪 く な る のだ と 思 った ら し い。 ( 笑)親 切 な も の で あ りま し て 、 日 本 人 に漢 字 を や め さ せ て 、 ロー マ字 を 使 わ せよ う と し ま し た 。 そ こ で ど う し た か と いう と 、︱
こ ろ が あ る と 思 いま す が 、 も し 日 本 人 が よ そ の国 へ行 って占 領 し て文 字 を 改 革 し よ う と し た ら 、 ど う す る か 。 す
ぐ 命 令 を 出 し て 、 ﹁来 年 か ら ロー マ字 を 使 え ﹂ と でも 言 いそ う な と こ ろ です が、 ア メ リ カ 人 は そ う いう こ と は や
ら な か った 。 ど う し た か と いう と 、 ま ず 自 分 が指 令 を 出 す だ け の根 拠 ・資 料 を 得 よ う と し た 。 私 は ち ょう ど そ の
下 に 使 わ れ て いま し た が 、 あ の柴 田 武 君 な ん か も お 仲 間 で し た 。 上 に 石 黒 修 さ ん が いら し った 。 そ のと き ど う し
た か と 言 います と 、 平 均 日本 人 の読 み書 き 能 力 が ど の程 度 であ る か と いう こと を 統 計 的 に 調 べた ん で す 。 そ こ で、
柴 田 君 や 私 ど も が委 員 に な って 、 日 本 人 は か な 、 漢 字 を ど の 程 度 に書 け る か 、 読 め る か と いう 試 験 問 題 を 作 り ま し た 。 そ う し て 、 日を き め て こ れ を 全 国 一斉 に試 験 し た わ け で あ り ま す 。
昭 和 何 年 で し た か 、 ま だ わ れ わ れ ろ く に食 べ る物 も な いこ ろ で あ り ま し た 。 日本 全 国 の 人 を つかま え て調 べる
と いう こと も で き ま せ ん の で、 区 役 所 、 市 役 所 、 村 役 場 み た いな と こ ろ に 行 き ま し て戸 籍 台 帳 を 取 り 寄 せま し て 、
千 人 目 千 人 目 に マルを つけ て いく わ け です 。 誰 に当 た る か わ か り ま せ ん。 そ の マ ル の つ いた も の は 何 月 何 日 小 学
校 へ集 ま れ と いう わ け で す 。 私 ど も 試 験 問 題 を 作 る役 で、 一番 や さ し い問 題 は 、 た と え ば ハナ 、 ハト 、 マメ 、 マ
スと いう 風 に書 いて お いて 、 こ のう ち か ら ハト は ど れ か マルを つけ う と いう 問 題 、 こ れ が 一番 や さ し い問 題 です 。
そ の次 は か な の書 き 取 り で す 。 だ ん だ ん むず か し く な り ま し て、 最 後 は新 聞 の社 説 が 理 解 でき る か ど う か 、 そ こ
ま で や り ま し た が 、 問 題 を作 って お いて 、 一方 ○ を つけ ら れ た 人 は いや で も 何 でも 小 学 校 ま で 来 ま す 。 当 時 日本
人 は ア メ リ カ さ ん の言 う こ と に従 わ な いと 、 ど ん な こ と に な る か わ か ら な いと こわ が って お り ま す から 、 非 常 に お と な し く みん な 来 た も の で あ りま す 。
私 は当 時 、 小 田原 地 区 の試 験 官 を し て お りま し た が、 私 の受 け 持 った 教 室 に 、 一人 来 な い人 が いる ん で す 。 私 、
や は り 人 が 欠 け て は ま ず いと 思 いま し て 迎 え に 行 った ん で す 。 そ れ は 、 空 襲 で 家 を 焼 か れ て古 い日 当 た り の悪 い
二 階 の 六 畳 間 に親 子 四 人 ぐ ら い で 入 って いる 家 族 が いた ん で す が、 そ こ の家 のお ば あ さ ん に当 た ってし ま った 。
そ のお ば あ さ ん は 小 学 校 へも 行 か な か った か ら、 字 を 一つも 知 ら な いと 言 う ん です 。 こ の世 の中 で は も う 字 を 知
ら な く て も い い、 今 度 生 ま れ 変 わ った ら 字 を 覚 え る つも り で 、 こ の年 ま で き た 。 そ れ が 今 度 こ ん な 試 験 に当 た っ
て し ま った と いう わ け で熱 を 出 し て寝 て いる ん です 。 ( 笑)私 が 迎 え に 行 った ら 、 床 の 上 で 額 を 下 に つ け て ど う
か 勘 弁 し て く れ と 頼 む ん です 。 そ う し て こ こ に いる の が私 の娘 だ か ら 、 ど う か こ っち を か わ り に連 れ て い ってく
れ と いう 。 ま る で 人 身 御 供 です ね 。 ( 笑)か わ い い娘 さ ん で 、 き れ い に お 化 粧 し て 待 っ て いる ん で す 。 普 通 だ っ
た ら 、 私 そ っち の 手 を 引 い て いく と こ ろ で す が 、 ( 笑) こ の 際 そ れ で は ま ず いと 思 いま し て 、 無 理 に お ば あ さ ん
に 、 こ れ は く じ に当 た った ん で 、 別 に お ば あ さ ん が 出 来 な く ても 恥 に も な ら な いと いう わ け で、 く じ に当 た った
や は り そ う な る と お ば あ さ ん は覚 悟 は き め て お りま し て、 紋 付 に 着 かえ て 出
ん だ か ら、 お ば あ さ ん は く じ 運 が 強 いん で、 今 度 は き っと 宝 く じ が当 た る だ ろ う と か い い加 減 な こ と を 言 いま し て 、 そ の お ば あ さ ん を 起 こし て︱
てきた。 ( 笑)そ れ を 連 れ て いき ま し て試 験 を 受 け さ せ た ん です 。
そ の結 果 ど う だ った か 。 私 、 こ のお ば あ さ ん 、 0点 を と る か と 思 って心 配 し て い た ん です が、 そ う いう お ば あ
さ ん でも 0点 は と ら な い。 ち ゃ ん と わ か る ん で す 。 た と え ば ﹁は な ﹂ と いう 名 前 だ と し ま す と 、 ﹁は ﹂ と いう 字
と ﹁な ﹂ と いう 字 ぐ ら いは 漠 然 と 覚 え て いる 。 そ う す る と こ の う ち か ら ﹁は と ﹂ と 読 む の は ど れ か と 聞 か れ ま す
と、 そ う いう の は わ か る ん です ね 。 百 点 満 点 で 四 点 と って く れ た 。 ( 笑)そ の問 題 を 一つや った 後 は ポ ー ッと な
って お り ま し た が、 私 は 答 案 を のぞ き こ ん で0 点 じ ゃな いと 知 った と き は嬉 し か った な あ 。 背 中 を な ぜ て ほめ て
あ げ た か った が 、 そ のま ま 帰 し て し ま った。 と に かく そ う いう 試 験 を し て そ れ を ま と め た も のが ﹃日本 人 の読 み 書 き 能 力 ﹄ と いう 大 きな 本 にな って 出 て お り ま す 。
こ の結 果 は ど う だ った か と いう と 、 日本 人 の読 み書 き 能 力 は 決 し て低 く は な い。 こと に 0 点 が ほ と ん ど いな い
の は 驚 く べ き こ と だ と いう 結 果 が 出 てし ま った ん です 。 満 点 の人 は さ す が に少 な か った け れ ど も 、 文 盲 が ほ と ん
ど いな い。 こ れ が ほ か の国 です と 、 0点 が た く さ ん 出 る ん だ そ う です 。 向 う の人 は ﹁ニ ッポ ンノ キ ョウ イ ク タイ
ヘン ス バ ラ シ イ ネ ﹂ と 言 って、 結 局 、 ロー マ字 の ロ の字 も 言 わ な い で引 き 上 げ て いき ま し た 。
私 も す っか り う れ し く な りま し て 、 そ の次 に文 部 省 へ行 った と き に、 あ な た 方 の文 部 省 の政 策 が 非常 によ か っ
た と 、 お 愛 想 を 言 った わ け であ り ま す が、 考 え て み る と 文 部 省 が 偉 か った ん で はな いと 思 いま す 。 日本 人 が別 に
った と いう こと にな り ま す 。 こ れ は ほ か の言 語 に は で き な いこ と であ ろう と 思 いま す 。 つま り 音 節 の種 類 が 少な
偉 いん で は な く て、 日本 語 と いう 言 語 が 非 常 に文 字 に 書 き やす い言 語 で あ った 、 そ のた め に 読 み書 き 能 力 が高 か
いと いう こ と は 、 わ れ わ れ がう っか り し て いる と こ ろ で非 常 に 大 き な 恩 恵 を わ れ わ れ に与 え て く れ て いる わ け で す。
以 上 は 日本 語 の音 節 の種 類 が 少 な いこ と が 、 日本 人 に与 え た 恩 恵 の 一番 大 き な こ と であ り ま す が、 い い面 が あ
り ま す と 、 や は り ど う し ても 悪 い面 も 出 て ま い りま す 。 ど う いう こと か と い いま す と 、 少な い音 節 を 組 合 わ せ て
( 机 の 上 の雑 誌 を と り あ げ て ) こん な 雑 誌 が私 のと こ ろ にく る の です が 、 こ れ は 皆 さ ん お
世 の中 の森 羅 万 象 す べて のも のを 言 い分 け よ う と し ま す か ら、 ど う し ても 同 音 語 と いう も のが ふえ て ま いり ま す 。 同 音 語 と いう のは︱
わ か り にな り ま す か 、 平 がな で ﹁こう さ い﹂ と 書 いて あ る。 一体 何 の雑 誌 であ ろ う か 、 私 は じ め 考 え ま し て、 こ
﹁弘 済 会 ﹂ と い う の が あ っ て 、 そ
れ は き っと イ ン タ ー コ ー ス 、 人 と 交 際 す る こ と で も 書 い て あ る の で あ ろ う か と 思 った 。 し か し も し か し た ら 株 式 公 債 の ﹁公 債 ﹂ で あ ろ う か と 考 え た 。 お わ か り に な り ま す か 。 は い、 運 輸 省 に
﹁深 く 刻 む ﹂ と 書 く
い わ ゆ る 書 取 り と いう も の が あ り ま す が 、 う っか り す る と 間 違
こ の雑 誌 な ん だ そう です ね 。 こ う いう よ う に 仮 名 で書 いた の では 、 つま り 耳 に 聞 いた の で は わ か ら な い単 語 が 日 本 語 にはたくさんあ ります。 た と え ば 、 か な で 書 い た も の を 漢 字 に 直 す︱
え て し ま い ま す 。 い つ か う ち の 子 ど も が 学 校 で ﹁シ ン コ ク な 表 情 ﹂ と い う 問 題 が 出 た と き に
代 り に 税 金 申 告 の ﹁申 告 ﹂ と 書 い て き た 。 確 か に 私 の う ち で は 税 金 申 告 の 時 期 に な る と 深 刻 な 表 情 に な る 。 ( 笑)
こ れ は 案 外 い い ん じ ゃ な い か と 私 思 いま し た が 、 そ う も い か な い 。 要 す る に 同 音 語 が 多 い ん で す 。
も っと も 同 音 語 が 多 い こ と は い つも 困 る こ と ば か り で は な い 。 人 に よ っ て は し ゃ れ の 非 常 に 好 き な 人 間 が お り
ま し て 、 私 の 仲 間 に も お り ま す が 、 し ゃ れ を 一日 に 一回 言 わ な い と 気 が す ま な い と い う や つ が い る ん で す 。 い つ
か 、 な か な か 眠 れ な か った 。 き ょ う は 一度 も し ゃ れ を 言 わ な か った せ い だ と 思 った と こ ろ が 、 し ゃ れ を 思 い つ い
た そ う で す 。 そ こ で わ ざ わ ざ み ん な が 起 き て い る 部 屋 ま で お り て 行 っ て そ の し ゃ れ を 言 った ら 、 あ と は 眠 れ た そ う で す が、 ( 笑 ) そ う いう 男 の た め に は 日 本 語 は 非 常 に 便 利 で あ り ま す 。
こ の し ゃ れ が 言 い や す い と いう こ と は 決 し て ば か に な ら な い も の で あ り ま し て 、 こ れ は 皆 さ ん 方 も や っ て い ら
っし ゃ る と 思 い ま す が 、 日 本 人 ぐ ら い無 意 味 な 数 字 の 暗 記 に 強 い 民 族 は な い と 思 い ま す 。 電 話 の 番 号 な ど 、 た と
え ば 、 お 産 婆 さ ん の番 号 が三 五 四 四 だ と す る と サ ンゴ ヨ シ だ と 覚 え 、 本 屋 さ ん が 三 七 四 六 だ と す る と ミ ナ ヨム と
覚 え る 。 皆 さ ん き っと や っ て い ら っし ゃ る で し ょ う 。 あ る い は√2は ヒ ト ヨ ヒ ト ヨ ニ ヒ ト ミ ゴ ロ と か 、 円 周 率 は
π=3.1415926535897 ⋮93( 2 と3黒 8板 4⋮ に そ ら で書 い て み せ る ) これ は 私 相 当 書 け ま す が 、 こ れ を ア メ リ カ 人 に
書 い て み せ る と 驚 き ま す 。 な か な か 信 用 し ま せ ん 。 も う 一回 ラ イ ト ダ ウ ン し ろ と 来 ま す 。 で す か ら 、 も う 一回 書
き ま す と 、 疑 わ し そ う な 目 つき で 、 一 つ 一 つ 、 ス リ ー 、 ス リ ー 、 ワ ン 、 ワ ン と 言 い な が ら 比 べ て 見 て い る 。 そ う
し て 最 後 ま で 来 ま す と び っく り し ま す ね 。 む こう の人 は び っく り す る と 白 い目 の玉 のま ん中 に青 い玉 が 入 って し
ま う 。 そ う いう 目 つき を し て驚 き ま す 。 ( 笑) ﹁お前 ど う し て こ ん な の が書 け る の だ ﹂ と い いま す か ら 、 ﹁い や、
日 本 人 は 頭 が い いか ら こ のく ら い何 でも な いん だ ﹂ と 言 いま す が 、 実 に気 分 が い い。 ( 笑)皆 さ ん も 一度 や って
み ら れ る こ と を お 勧 め し ま す 。 こ れ は わ れ わ れ 日本 人 にと って は 何 でも な い こ と で あ り ま し て、 こ こ は ﹁才 子 異
国 に聟 さ 、 子 は 苦 な く 身 ふさ わ し ⋮ ⋮ 」 と 言 いな が ら 書 け ば い いん です 。 私 が 岩波 新 書 か ら 出 し た ﹃日 本 語 ﹄ に
は こ の倍 ぐ ら い の数 字 と そ の覚 え 方 が載 って お りま す か ら 、 ど う ぞ ご ら ん いた だ き た いと 思 いま す 。 ( 笑)
と は 思 いま す が 、 先 ほ ど 申 し ま し た よ う な 誤 解 と いう よ う な こ と を 起 こす 。 こ と に 、 声 を ひ い
こ う い った よ う な こ と は よ そ の国 の人 は ど う や る か 、 非 常 に 日 本 語 と 違 う と 思 いま す 。 こ う いう 点 で は 日本 語 は 便 利 であ る︱
て ゆ っく り 言 った り し ま す と 、 ま す ま す は っき り しな く な りま す 。 代 表 的 な の は歌 です 。 歌 と いう も のは 声 を 長
く 引 っぱ りま す 。 です か ら 、 た と え ば サ ク ラ と 言 おう と し ま し て サ ー と 引 っぱ りま す と 、 一体 何 にな る か 、 風流
な 人 な ら サ ク ラ と 言 う だ ろ う と期 待 す る か も し れ ま せ ん が、 お 酒 飲 み の人 だ った ら サ ケ と 言 う ん じ ゃな いか と 思
った り し ま す 。 そ の た め に 日本 語 の歌 と いう も の は意 味 が と り に く い、 こ れ は 定 評 であ りま す 。
オ ペ ラ と いう も の、 あ れ は 私 ど も の小 学 校 、 中 学 校 の こ ろ は 意 味 はわ か ら な いで 当 り 前 だ と 思 って いま し た。
いま ず い ぶ ん 改 良 さ れ た よ う であ り ま す が 、 子 ど も のと き に浅 草 へ連 れ て いか れ ま し て、 オ ペ ラと いう も の は何
こ れ は 私 が 直 接 聞 いた 話 で は あ り ま せ ん で、 私 の親 し い友 だ ち の 野 上
言 って い る か わ か ら な いも のだ と あ き ら め て 聞 い て いた も の です 。 当 時 、 H さ ん と いう 人 は 日 本 一のオ ペ ラ歌 手 であ り ま し た が 、 あ の人 の歌 は 難 し い︱
彰 さ ん と いう 人 が 森 正 さ ん と いう 指 揮 を さ れ る 方 か ら 聞 いた 話 を 私 に伝 え てく れ た ん で、 野 上 さ ん と いう の は 話
のお も し ろ 過 ぎ る 人 です か ら 、 話 半 分 に 聞 い て いた だ き た いと 思 いま す が 、 そ の森 さ ん が オ ー ケ ス ト ラ の指 揮 を
し な が ら Hさ ん の歌 の伴 奏 を し て いた こと が あ った そ う です 。 森 さ ん は 、 H さ ん の歌 は 昔 か ら わ か り に く いけ れ
ど も 、 き ょう 歌 って いる 歌 い方 は こと にわ か り にく いと いう わ け で、 ち ょ っと 耳を 傾 け た ん だ そ う で す 。 と こ ろ
が H さ ん 、 こ んな に
( と 胸 の と こ ろ に 両 の 親 指 を あ て て ) な り な が ら〓 ナ ア ン ダ ッ ケ ー ナ ン ダ ッ ケ ー と 言 っ て い
る ん だ そ う です 。 ( 笑 ) H さ ん 歌 詞 を 忘 れ て し ま った ん で す ね 。 ( 笑 ) そ こ で 森 さ ん 、 び っく り し ま し て 、 ﹁燃 ゆ る
﹁モ ー ユ ル オ モ イ ヲ ⋮ ⋮ ﹂ と 言 って 無 事 に 切 り 抜 け た ん だ そ う で す 。
思 いを 、 燃 ゆ る 思 い を ﹂ と 、 そ の 次 の 歌 詞 を ち ょ っと さ さ や い た ん だ そ う で す 。 そ う し ま す と 、 H さ ん 、 そ こ は 実 に う ま い 人 で 、 ち ゃ ん と す き を つく ら ず
そ の 間、 聞 いて いる 観 客 、 五 百 人 いた か 八 百 人 いた か み ん な 美 声 に 酔 え る が ご と く で 、 H さ ん が 途 中 で歌 詞 を 忘
れ た ら し い と い う こ と に 気 づ い た 人 が 一人 も い な か っ た と い う ん で す 。 ( 笑)お ま け に 翌 日 新 聞 に批 評 が 出 た そ
う で し て 、 そ こ で は H 氏 の 歌 は な か な か 力 演 で よ か った と 。 そ う い う ふ う な も の だ った そ う で す 。 ( 笑)そ う い
う ご ま か す と き に は 日 本 語 は 都 合 が い い け れ ど も 、 し か し 、 こ れ を は っきり 言 お う 、 正 し く 聞 こ う と し ま す と 、 日 本 語 は わ かり に く い 。
い ま す が 、 皆 さ ん お 感 じ に な った こ と が あ り ま す か 。 た と え ば 洋 楽 、 向 う か ら 来 た 歌 曲 と い う も の は 、 日 本 語 の
こ の点 で 、 た とえ ば 洋 楽 に 対 す る 日本 の伝 統 的 な 邦 楽 で の歌 の扱 いと いう も の、 こ れ は お も し ろ いも のだ と 思
訳 で も 平 気 で 最 初 の 音 節 を 伸 ば し ま す 。〓 ニ ー ワ ノ ー チ ー グ ー サ ー モ と や り ま し て 、 ニ ー と 引 っぱ る 。 チ ー と ひ
っぱ る 。 私 は 古 い人 間 な の で し ょ う か 、 こ う いう の は 本 当 の 日 本 の 歌 に な り き っ て いな い と い う 気 が し ま す 。 日
の寮 歌 と いう の は
﹁あ あ 玉 杯 に 花 う け て ﹂ あ れ を 楽 譜 で 言 い ま す と 、〓 ア ー ア ギ ョー ク ハー
本 の 歌 は そ う は いた し ま せ ん 。 楽 譜 と 違 っ て ど ん ど ん 変 化 す る 。 た と え ば 旧 制一高
イ ニー と な って い る の で す が 、 実 際 に 歌 う 人 は 、〓 ア ア ー ギ ョク ー ハイ ー ニー 、 と 二 つず つ く っ つ け て 歌 う 。 こ
のほ う が 日本 的 であ り ま す が、 こ れ が邦 楽 、 お 琴 でも 三 味 線 で も そ う で あ り ま し て 、 こ と に 内 容 を 聞 か せ る よ う
﹁箱 根 八 里 は 馬 で も 越 す が 、 越 す に 越 さ れ ぬ
(と 歌 う ) と 、 こ う い う ふ う に いき ま す と 、 こ れ が 非 常 に は っき り わ か る 。 追 分 節 、 あ れ
な 琵 琶 歌 と か 浪 花 節 と か いう も の は み ん な 二 つず つ つ け て 歌 っ て いく 。〓 タ ビ ー ユ ケ バ ー 、 ス ル ー ガ ノ ー ミ チ ー ニー チ ャノ ー カ オ ー リ
な ど 代 表 的 な 日 本 的 な 歌 い 方 を し ま す 。 追 分 と いう の は 、 た と え ば
大 井 川 ﹂ と い う 歌 詞 が あ る と 、 こ れ を 昔 の レ コー ド で 片 面 一ぱ い 、 つま り 、 三 分 ぐ ら い か か っ て 歌 っ て いた も の
で す 。 こ れ を も し 平 均 に 伸 ば し て 、ハ ー と 言 っ て か ら コー と や った の で は 、 こ れ は 何 を 言 っ て い る か 意 味 は 全 然
ハコネ エー エー エー 、 と や る ん で
﹁八 里 は ﹂ と 言 っ て か ら ア ー ア ー ア ー と 引
わ か ら な い は ず で す 。 あ れ は ど う 歌 っ て い る か と い う と 、 そ う は や ら な い 。〓 す 。 ﹁箱 根 ﹂ と 言 っ て か ら エ ー エ ー エ ー と 引 っぱ る ん で す 。 そ の 次 は
っぱ る の で す 。 こ れ は 日 本 人 の 知 恵 だ と 思 う 。 つ ま り 日 本 語 は い き な り ハ ァ ー と 引 っぱ った ん で は わ か り に く く
な る 。 そ こ で ま と ま り が つ い て か ら 引 っぱ る よ う に 歌 っ て い る ん だ ろ う と 思 う の で す 。
私 は こ ん な と こ ろ で宣 伝 す る つも り でも な いん で す が、 向 う の歌 を 日 本 語 に 訳 し て歌 う 場 合 にも 、 日 本 語 に 合
﹁庭 の 千 草 ﹂ の 歌 を 私 が 以 前 に 訳 し 変 え て み た の で す が 、 ど う
﹁ニ ワ ー ノ ー ﹂ こ れ で も い い ん で す が 、 あ れ は も と も と は 、 夏 の 終 わ り に 咲 き 残 っ て い る ば
う よ う にす べき で は な い かと 考 え ま す 。 た と え ば や る か と い いま す と
(と 歌 う ) と 言 った ほ う が わ か り が い い ん で は な い か 、 こ の ほ う が 日 本 の 歌 に な る の で は な い か と 思 う わ け
ら の 花 の 歌 で す か ら 、 歌 詞 を 変 え て バ ラ の 花 に す る 。 そ う し て 、〓 サ カ ー リ ー ヲ ー ス ー ギ タ ー ナ ゴ ー リ ノ ー バ ラ ー ヨ
で あ り ま し て 、 そ ん な よ う な 仕 事 を や って お り ま す 。
三
最 後 に 日 本 語 のも う 一つ の特 色 、 日本 語 の ア ク セ ント と いう 問 題 で あ り ま す が 、 日本 語 の ア ク セ ント は英 語 の
ア ク セ ント な ど と 違 いま す 。 英 語 の ア ク セ ント は スト レ ス のア ク セ ント で、 ど の音 節 を 強 く 発 音 す る か 、 こ れ が
単 語 ご と に き ま って い ま す 。 英 語 の 文 法 の 本 な ど に は 必 ず 書 い て あ る こ と で す が 、 た と え ばabstra( c アtブ ス ト
ラ ク ト ) と いう 単 語 が あ りま す と 、 最 初 の アブ と いう と こ ろ を 強 く 発 音 す る か 、 あ る いは 、 あ と の スト ラ ク ト と
い う と こ ろ を 強 く 発 音 す る か 、 こ れ に よ っ て 違 う 言 葉 に な る と 言 わ れ ま す 。 最 初 の と こ ろ を 強 く し ま す と 、 ﹁抽
象 的 な ﹂ と い う 形 容 詞 に な る 。 あ と の 部 分 を 強 く 発 音 し ま す と 、 ﹁抽 象 す る ﹂ と い う 動 詞 に な る 。 ど こ を 強 く 発 音す る か に よ って違 う 言 葉 にな る 。
こ う いう ふ う に 言 わ れ て お り ま す が 、 日 本 語 は そ う で は あ り ま せ ん 。 日 本 の 代 表 的 な 、 た と え ば カ キ と カ キ で
って ま い り ま す 。 世 界 の 言 語 の ア ク セ ン ト の 中 に は こ の 強 弱 の ア ク セ ン ト と 高 低 の ア ク セ ン ト と 二 種 類 が あ り ま
す が 、 カ を 高 く 言 え ば 貝 の 牡 蠣 、 キ を 高 く 言 え ば 果 物 の 柿 で し て 、 キ を 上 げ る か キ を 下 げ る か に よ って 意 味 が 違
で も な いで し ょう が 、 ど こを 上 げ る か 下 げ る か と い
し て 、 ヨ ー ロ ッパ語 は 英 語 を は じ め と し て ド イ ツ語、 イ タ リ ー 語 、 ロシ ア 語 な ど ア ク セ ント と 申 し ま す と 強 弱 の ほ う で す が 、 東 洋 の ほ う は 国 民 の 性 質 が お と な し い せ い︱ う 高 低 の ア ク セ ン ト が 栄 え て いま す 。
日 本 語 の ア ク セ ント に は い ろ いろ 問 題 が あ り ま す 。 と 申 し ま す の は、 方 言 に よ る 違 いが 非 常 に激 し い。 いま の
カ キ と カ キ と い った の は 東 京 で の 話 で あ り ま し て 、 京 都 ・大 阪 に 参 り ま す と 、 貝 の ほ う が カ キ イ と 言 っ て 高 く 言 いま す 。 柿 は カ キ と カ も キ も 高 く 言 う 。
京 都 ・大 阪 に は そ の ほ か に カ キ と 言 う の が あ っ て 、 こ れ は 垣 根 の こ と に な り ま す 。 そ う い う ふ う に な り ま し て 全国 まちまち である。
山 陽 本 線 の 広 島 は 牡 蠣 と 柿 が 名 物 で す 。 昔 、 秋 の こ ろ あ そ こ を 通 り か か り ま す と 、 売 り 子 の 人 が ﹁カ キ ー 、 カ
キ ー 、 カ キ ー 、 カ キ ー﹂ と 売 って お り ま し て 、 日 本 各 地 の人 が 買 お う と し ま す と 、 よ く ア ク セ ント を 間 違 え て し
ま って 、 貝 の ほ う を 買 お う と し て も 果 物 を 渡 さ れ た り し て 大 騒 ぎ し て い た こ と が あ り ま す が 、 つま り 方 言 に よ っ
て 違 い ま す か ら 、 簡 単 に ど う と いう こ と を 言 い に く い わ け で す 。 が 、 高 低 に よ る ア ク セ ント だ と い う こ と は 方 言
を 通 じ て 一致 し て お り ま す 。 こ の こ と か ら い ろ い ろ な 日 本 語 の 性 質 が 出 て ま い り ま す 。
ヨー ロ ッパ の ア ク セ ント は 強 弱 であ る 。 ど こ を 強 く 言 い、 ど こを 弱 く 言う 、 こ の 組合 わ せ が 自 然 に リ ズ ム にな
り ま す 。 で す か ら 向 う の ヨ ー ロ ッ パ の 詩 と いう も の は 強 ・弱 、 強 ・弱 ⋮ ⋮ と か 、 あ る い は 強 ・弱 ・弱 、 強 ・弱 ・
野ば ら
菩提樹
弱 ⋮ ⋮ と い う 風 に 音 節 が 並 ん で 、 そ れ に よ っ て 二 拍 子 の 詩 に な った り 三 拍 子
の 詩 に な った り し ま す 。 向 う で 発 達 し た 歌 の 中 に は 、 し た が っ て 、 や れ 二 拍
子 だ と か 三 拍 子 だ と か 四 拍 子 だ と か いう ち が い が自 然 に出 て く る わ け で す 。
ま た 、 音 節 に強 弱 のち が いが あ る こ と は 、 これ に は 歌 の作 曲 家 も 大 き く 規
Knab'ein
Roで sす le がi、 nこs れtが eh﹁ n ザ ア ・ア イ ン ・ク
﹁野 ば ら ﹂ の 一番 初 め の
制 を 受 け る わ け で あ り ま し て 、 楽 譜 に 移 す 場 合 に ど の 音 を 一小 節 の は じ め に
ein
お く か が 歌 詞 に よ って 違 っ て き ま す 。 ゲ ー テ の 詩 の と こ ろ はSah
ナ ー プ ・ア イ ン ﹂ と いう 風 に ザ が 強 く 、 ク ナ ー プ が 強 い ん で す 。 そ う す る と 、
Brunnen
vordem
こ こ を 一小 節 の 最 初 の と こ ろ に 持 っ て こ な け れ ば い け な い、 と こ う な り ま す 。 シ ュー ベ ル ト は そ う 作 曲 し て い る 。
同 じ シ ュー ベ ル ト の 曲 で も 、 ﹁菩 提 樹 ﹂ の 曲 で は 、Am
Tore こ こ で 、 ア ム は 弱 く 、 次 の ブ ル ンネ ン の ブ ル ン と いう の が 強 い ん で す 。
ア ム が 弱 いん で す 。 こう な り ま す と 、 ア ム と いう と こ ろ は 前 の小 節 に押 し 出
し て 、 ブ ル ンと いう と こ ろ を 小 節 のは じ め に 持 って こ な け れ ば いけ な い、 と
いう ふ う に き め ら れ て く る 。 そ の点 で 、 日 本 語 は ま った く ち が い ま す 。 ア ク
セ ン ト が あ り ま し て も 、 強 弱 の ア ク セ ン ト で あ り ま せ ん の で 、 一つ の 歌 詞 の
最 初 を 小 節 の ど こ へも って こ よ う と 一向 平 気 な わ け で あ り ま し て 、 そ れ よ り
そ も そ も 日本 人 は 拍 子 と いう こ と に のん き で あ り ま す 。 です か ら 私 た ち は 、
〓ニ ー ワ ノ ー チ ー グ ー サ ー モ ー と 歌 っ て いな が ら で も 何 拍 子 の歌 で あ る か あ
ま り 意 識 し て い な い ん じ ゃ な い で し ょ う か 。 あ れ は 向 う で す と 、 ﹁テ ィ ー
ズ ・ザ ・ラー スト ・ロー ズ ・オ ヴ ・サ マー ﹂ と 言 いま し て 、 弱 、 弱 、 強 にな ってお りま す か ら 、 三 拍 子 に な って
いる はず です 。 し か も ﹁テ ィ ー ズ ・ザ ・ラー ス ト ﹂ の ラ ー スト と いう と こ ろ が 小 節 の初 め にき て 歌 う よ う に 出 来
て い る はず であ りま す が 、 わ れ わ れ は ち ょ っと 反 省 し な け れ ば わ か ら な い。 そ ら であ あ いう 楽 譜 を 書 こう と いた
し ま す と た い へん 苦 労 いた し ま す 。 そ う いう 風 で 日 本 語 に は 拍 子 と いう も の が 発 達 し な か った 。 です か ら 、 邦 楽
で は 、 長 唄 で あ ろ う と あ る いは箏 歌 であ ろ う と 、 拍 子 を と って みま す と 、 ま ず 全 部 が 二拍 子 の曲 と いう こ と に な
って し ま いま す 。 あ る いは 中 に は 琵 琶 歌 み た いに全 然 拍 子 のな いと いう も のも 出 て き た り いた し ま す 。
要 す る に 日 本 語 は本 来 リ ズ ム の単 調 な 言 語 であ る 。 そ のた め に 日本 の詩 人 は ど う し た か と い いま す と 、 七 ・五
調 と いう よ う に 七 と か 五 と か いう も のを 重 ん じ ま し た 。 な ぜ、 これ を 重 ん じ るよ う にな った か 、 いろ いろ 議 論 が
あ る と 思 いま す が 、 私 に 言 わ せま す と 、 強 と 弱 と いう 、 こ の組 合 わ せ が 日 本 語 に あ り ま せ ん の で、 長 と 短 、 こ の
組 合 わ せ にし よ う と し た の で はな いか 。 つま り 、 二 つず つの音 節 を 組 にす る と 長 い単 位 が出 来 上 が る 。 偶 数 に し
ま す と 全 部 長 い単 位 ば か り 続 く か ら 平 板 にな る 。 そ こ で 、 一句 を 奇 数 の 長 い単 位 と 短 い単 位 の組 合 わ せ に す れ ば
リ ズ ム感 が生 じ る 、 こう い った こ と か ら 七 ・五 調 、 七 と か 五 と かを 重 ん じ る よ う にな った の で は な いか と 思 いま
す 。 つま り 七 と か 五 と か奇 数 を 重 ん じ る と いう のは 、 日 本 語 の よう な 強 弱 ア ク セ ント を も た な い言 語 にあ って初 め て必 要 にな って く る こ と で あ ろ う と 思 いま す 。
に は な って お りま せ ん 。 さ か ん に 四と か 六 と か が 現 わ れ る 。 む こう の歌 の直 訳 のせ いで す 。
ヨ ー ロ ッパ の歌 は 決 し て 七 と か 五 と か を 重 ん じ ま せ ん 。 日 本 でも 讃 美 歌 と いう よ う な も の は、 決 し て 七 ・五 調
メ ロデ ィー の違 いと いう こ と には た い へん 敏 感 で す 。 も っと も 中 に は メ ロデ ィー が 言 葉 に
と こ ろ で 日 本 語 に は 強 弱 の ア ク セ ント の代 り に 高 低 の ア ク セ ント が あ り ま す 。 です か ら 、 拍 子 のち が いに は の ん き です が 、 フ シ︱
対 し て少 し ぐ ら い合 わ な い で つ い てお り ま し ても 平 気 な 方 も いら っし ゃ いま す が 、 日本 語 が し いた げ ら れ た よ う
な 感 じ が ⋮ ⋮ 。 ど う で し ょう か 、 た と え ば 向 う に詩 が あ って 日 本 語 に 訳 し た 場 合 には 、 訳 す 人 がも と の メ ロデ ィ
お 山の大 将
ーを 見 な い で訳 し 、 あ と で 当 て は め た も の は何 か ち ぐ は ぐ な 感 じ が し ま せ ん か 。
﹁知 る や ﹂ と い う と こ ろ は ラ フ ァ レ と 歌 い ま す
﹁君 よ 汁 や ﹂ と 言 っ て い る よ う に な っ て し ま う 。〓 フ ー ケ ユ
﹁君 よ 知 る や 南 の 国 ﹂ と いう 歌 の か ら、 聞 いて いる と
ク ー ア ー キ ノ ヨ ー 、 と 言 っ て か ら 、〓 タ ー ビ ノ ソ ー ラ ー ノ ー 、 と 言 いま す と 、 空
に 足 袋 が ひ っか か っ て い る よ う な 、 そ ん な ふ う な 感 じ に な る 。 つ ま り メ ロデ ィ ー
が ど う な っ て い る か と いう こ と に つ い て 非 常 に 敏 感 な は ず で あ り ま す 。
も う 一つ ﹁お 山 の大 将 ﹂ と いう 楽 譜 があ り ま す が 、 これ は、 私 が 若 いこ ろ︱
実 は 私 、 言 語 学 を や る気 持 ち に な り ま し た のは だ いぶ 後 であ り ま し て、 若 い こ ろ
は作 曲 が 一番 や り た か った も の で し た 。 こ の歌 の作 曲 者 は本 居 長 世 さ ん と いう 人
で 、 も っとも 、 こ の人 の作 曲 が い いだ け で は な く て 、 こ の人 に き れ いな お 嬢 さ ん
が いた も ので す か ら 、 若 い こ ろ 足 し げ く 通 って お り ま し た が 、 こ の歌 を 非 常 に 自
慢 を さ れ たも の で し た 。 ア ク セ ント は どう いう も のか と いう こ と を 講 釈 さ れ る。
た と え ば 日本 語 の ア ク セ ント は 高 低 の ア ク セ ント だ か ら 、 歌 詞 が違 う と メ ロデ ィ
ー も 変 え な け れ ば いけ な いん だ と 、 いま か ら 思 え ば 非 常 な 卓 見 だ と 思 いま す が 、
そ う し た 今 では 多 く の作 曲 家 が そ う いう 風 に曲 を 作 って いま す が、 こ の人 が大 正
のは じ め に そ う いう こと を 言 い出 し た と き は 、 ま だ 誰 も そ う 言 う こ と は 言 って い
な か った の で、 こ の曲 は西 条 八 十 氏 の作 詞 に本 居 さ ん が作 曲 さ れ た も の で、 大 正 の終 わ り ご ろ 非 常 に は や った 童 謡 です 。
は じ め の方 の ﹁お や ま の 大 将 お れ ひ と り 、 あ と か ら く る も の つき お と せ﹂ これ
が 一番 で あ り ま す 。 ﹁お や ま の 大 将 つき ひ と つ、 あ と か ら く る も のよ る ば か り ﹂
は 四番 です 。 一番 と 四番 と で メ ロデ ィー がよ く 似 て お り ま す が、 少 し違 いま す 。 一番 の ほう は〓 お やま の大 将 お
れ ひ と り 、 あ と か ら く る も の つき お と せ 、 ﹁つき お と せ ﹂ ド レ ミ ソ レと 下 の ほ う か ら 上 って いく 。 と こ ろ が 四 番
の ほう は〓 お や ま の大 将 つき ひと つ、 あ と か ら く る も のよ る ば か り 、 ﹁よ る ば か り﹂ ソ ミ レド ド と 上 の ほう か ら
下 って 行 って いる 。 私 は 小 さ いと き に こ の歌 を 歌 いな が ら 歌 の最 初 と 最 後 だ か ら メ ロデ ィー を ち が え て 変 化 を つ
け た の か と 思 って お り ま し た が 、 本 居 さ ん の説 明 に よ り ま す と 、 ﹁つき お と せ ﹂ と いう 言 葉 と ﹁よ る ば か り ﹂ と
いう 言 葉 は アク セ ント が違 う 。 だ か ら 一番 と 四番 と こ の よ う に変 え た ん だ と いう こと を 聞 い て、 な る ほ ど そ う い
う も の か と 思 った わ け であ り ま す が 、 こ のよ う な 配 慮 は 日本 人 な れ ば こそ で、 ア メ リ カ 人 や ド イ ツ人 な ら ば 思 い
も 寄 ら な い こと だ と 思 いま す 。 これ は、 日本 語 の ア ク セ ント が 高 低 ア ク セ ント で あ る、 こ の こと に よ る も の であ ります。
そ う す る と 日 本 語 と いう も の は メ ロデ ィー のお も し ろ さ 、 と いう も のを 味 わ え る そ う いう 言 語 であ る は ず で あ
りま す 。 中 国 語 あ た り は ご 承 知 のと お り 平 上 去 入 と いう 四 声 、 つま り 日本 語 と 同 じ よ う な 高 低 アク セ ント があ り
ま す 。 これ は 日 本 語 よ り も も っと 複 雑 で、 日本 で は牡 蠣 と 柿 を 間 達 え て笑 い話 にな る く ら いで あ り ま す が 、 中 国
語 の 北京 官 話 で は 、 た と え ば 、 ﹁リ ー ﹂ と いう 果 物 が 三 つも あ る ん です 。 一つは 梨 で ﹁リ ー ﹂ と あ と を 上 げ る。
栗 、 こ れ は ﹁リ ー ﹂ と あ と を 下 げ ま す 。 も う 一つ ス モ モが あ り ま し て 、 こ れ は 非 常 に念 が 入 って ま し て 、 ﹁リ ー ﹂
と 低 く 引 っぱ って か ら 、 最 後 ぐ っと 上 げ る 。 三 つ違 う ん で す 。 つま り 果 物 屋 へ行 って は っき り 言 わ な いと 、違 う
も のを 渡 さ れ ま す か ら 、 中 国 語 で は高 低 アク セ ント が 日本 語 以 上 に大 切 であ り ま し て、 ご 承 知 のと お り 漢 詩 を 作 る と き に は こ の組 合 わ せ の お も し ろさ を ね ら って お り ま す 。
日 本 の歌 を 作 る人 と いう も のは そ の点 ど う でし ょう か 。 ア ク セ ント の組 合 わ せ のお も し ろ さ を ね ら って い いは
ず だ と 思 いま す が、 あ ま り や った 人 は あ り ま せ ん 。 全 然 や った 人 がな いか と い いま す と 、 そ う でも な いん です 。
私 の知 って いる 中 で は、 た と え ば 鎌 倉 時 代 の初 め に慈 円 と いう 坊 さ ん が あ り ま す 。 こ の人 が 作 った、 四 季 の お も
﹁春 の 弥 生 の あ け ぼ の に 、 よ も の 山 辺 を 見 渡 せ ば 、 花 盛 り か も 白 雲 の、
し ろ さ を 歌 った 今 様 歌 は 、 私 と し て は 日 本 文 学 作 品 の う ち で も 最 上 位 に 位 す る も の 、 日 本 の 詩 と し て は 最 高 の傑 作 の 一 つ だ と 思 っ て お り ま す が 、 一番 は
か か ら ぬ 隈 ぞ な か り け る ﹂、 二 番 に な り ま す と 夏 の 情 趣 で あ り ま す が 、 ﹁花 橘 も 匂 ふ な り 、 軒 の あ や め も 香 る な り 、
夕 暮 れ ざ ま の 五 月 雨 に 、 山 ほ と と ぎ す 名 乗 る な り ﹂ と いう 。 こ こ で ﹁な り ﹂ を 三 回 繰 り 返 し て い ま す が 、 こ れ は
意 識 的 に 中 国 の 漢 詩 の 韻 を 踏 む 、 あ の ま ね を し て い る と 思 いま す 。 そ う し て こ の ア ク セ ン ト を 考 え て み ま す と 、
当 時 の 鎌 倉 時 代 の ア ク セ ント が 本 当 に 正 確 に は わ か っ て お り ま せ ん の で 、 本 当 に こ う だ と い う こ と は 何 と も 言 え
ま せ ん が 、 か り に 、 い ま の 京 都 の 言 葉 で い い ま す と 、 ﹁ハ ナ タ チ バ ナ モ ニ オ オ ナ リ 、 ノ キ ノ ア ヤ メ モ カ オ ル ナ リ 、
ユ ウ グ レ ザ マ ノ サ ミ ダ レ ニ、 ヤ マ ホ ト ト ギ ス ナ ノ ル ナ リ ﹂ と な っ て い る 。 お そ ら く こ の ア ク セ ン ト の 組 合 わ せ も 考 え て出 来 て い る の では な いか と 思 います 。
こ の よ う な 、 ア ク セ ン ト の 組 合 わ せ を 考 え る と い う こ と 、 こ れ を 日 本 の 詩 人 が あ ま り 利 用 し て い な い と いう の
は 勿 体 な い と 思 いま す 。 いま の 歌 の 中 に 探 せ ば 、 皆 さ ん も ご 承 知 の 、 ﹁二 人 の た め に 世 界 は あ る の ﹂ と い う た い
﹁あ な た と 二 人 ﹂ と 言 う 。 ﹁愛 ﹂ と 言 っ て か ら ま
﹁あ な た と 二 人 ﹂ と 言 う 。 あ の と こ ろ の メ ロ デ ィ ー は〓 ミ ド 、 ド ド レ フ ァー 、 フ ァ フ ァ ー 、 レ フ ァ 、 シ シ ド レ
へん 利 己 的 な 歌 が あ り ま す 。 ( 笑 ) あ の 歌 は ﹁恋 ﹂ と 言 っ て か ら た
ミ ー ミ ミ ー で す が 、 ミ ド と い う と こ ろ に は 後 が 下 が る 単 語 が 一番 も 二 番 も 使 って あ り 、 レ フ ァ と い う と こ ろ は 一
番 も 二 番 も 後 が 上 が る 単 語 が 選 ば れ て 入 っ て い る 。 あ の 作 詞 者 、 山 上 路 夫 さ ん で し た か 、 あ の 方 は そ う い った こ
と を 意 識 し て 作 ら れ た の で は な い か と 思 い ま す 。 そ う い った お も し ろ さ を 私 た ち は 狙 う こ と が で き る は ず で す が 、
そ のあ た り の 日本 の詩 と か いう も の は ま だ いろ いろ 問 題 を 含 ん で いる よ う に 思 いま す 。
先 ほ ど ち ょ っと 申 し ま し た が 、 私 ど も は 、 向 う の 曲 に 日 本 語 の 訳 詞 を つ け る 場 合 で も 、 ち ゃ ん と メ ロ デ ィ ー が
あ る 、 そ れ に 訳 詞 を つけ る 場 合 に 、 そ の メ ロ デ ィ ー に 合 う よ う な ア ク セ ン ト を も っ た 歌 詞 が つ か な い も の で あ ろ
う か と い う 問 題 が あ り ま す 。 こ れ は ち ょ っと 工 夫 す れ ば 出 来 る わ け で あ り ま し て 、 先 ほ ど の 菩 提 樹 の 歌 で も 、 今
ま で の ま ま で は〓 イ ズ ー ミ ニ ソ イ ー テ ー シ ゲ ー ル ボ ダ イ ジ ュ、 で す か ら 、 ﹁イ ズ ミ ニ ソ イ テ シ ゲ ル ボ ダ イ ジ ュ﹂
で 、 あ ま り よ ろ し く な い 。 こ う い った 場 合 だ った ら 、〓 ボ ダ イ ー ジ ュ シ ゲ ー ル ー イ ズ ー ミ ノ ソ バ ニ ー 、 と 言 え ば 、
ち ゃ ん と ア ク セ ン ト に 合 った 歌 に な る わ け で あ り ま し て 、 こ れ で は 歌 詞 の 意 味 が 違 っ て し ま い ま す が 、 工 夫 す れ
ば も っと う ま く で き る 。 そ う い った よ う な 歌 の 作 り 変 え を ま じ め に 考 え て い る 人 た ち が あ る ん で す 。 ﹁波 の 会 ﹂
と 言 いま し て、 会 長 が 四家 文 子 さ ん と いう 昔 の歌 手 、 実 は 私 が副 会 長 にお さ ま って お り ま し て、 いろ いろ 野 心 的
な こ と を や っ て お り ま す が 、 興 味 の あ る 方 が あ り ま し た ら 、 仲 間 に お は い り く だ さ い ま せ ん か 。 先 の ﹁庭 の 千
草 ﹂ の 歌 の 作 り か え 、 私 の や った も の で す が 、 ﹁サ カ ー リ ー ヲ ー ス ー ギ タ ー 、 ナ ゴ ー リ ノ ー バ ラ ー ヨ ー 、 オ マー
エー ノ ー ト ー モ ワ ー 、 ミ ナ ー チ リ ー ハテ ー タ ー ﹂ こ れ で ア ク セ ン ト は ち ゃ ん と あ っ て い る つも り で す 。
歌 謡 曲 と 日 本 語︱
リ ズ ム ・メロ デ ィ ー ・こと ば︱
一 歌 詞 は や は り わ か った 方 が
日 本 の 歌 で 、 よ く 問 題 に な る の は 、 何 を 言 って い る の か 、 歌 詞 が 聞 き と れ な いと いう こ と で あ る 。
イ ン ド で は 、 イ ンド
一体 、 私 た ち 、 日 本 人 は 、 ほ か の 国 の 人 よ り 意 味 の わ か ら な い歌 に 馴 れ て い る か の よ う で あ る 。
キ リ ス ト 教 の 讃 美 歌 は 、 信 者 は 大 体 の 意 味 を 心 得 て 歌 っ て い る 。 が 、 仏 教 の 声 明 は 、︱
語 で あ る から 、 意 味 がわ か って 唱 え て いた で あ ろ う 。 ま た 、 中 国 でも 、 イ ンド 語 の ま ま のも のは と も か く 、 中 国
語 に 訳 し た も のは 、 理解 し て いた か と 思 う 。 が 、 日本 では 、 多 く の声 明 は そ のま ま 、 棒 読 み に し た 。 ウ ン ガ ー ト ク ジ ョー ⋮ ⋮
な ど と や っ て い る の は 、 そ れ で あ る が 、 こ れ は 聞 い て い る 一般 大 衆 は 勿 論 の こ と 、 唱 え て い る 坊 さ ん 自 身 で さ え 、 意 味 は わ か ら ず 唱 え て いる の で は な いか。
そ も そ も 、 コト バ と歌 と は、 人 間 の 音声 行 動 のう ち の 二 つ の違 った 源 流 か ら 発 達 し た 。
﹁騒 が し い そ 、 静 ま れ ! ﹂ の 意 味 で 、 シ ー ッ と い う 。 あ る い は 、 ﹁犬 よ 来 い! ﹂ と い う 意 味 で 、 チ ョ ッ チ ョ ッと
舌 打 ち を す る 。 こ の よ う な の は 、 相 手 に 行 動 を 求 め る た め のも の、 あ る いは 行 動 を 静 止 さ せ よ う と いう た め のも
の で 、 こ れ が 発 達 す れ ば 、 コ ト バ に な る 。 佐 久 間 鼎 博 士 の い わ ゆ る ︽表 情 音 声 ︾ で 、 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンを そ の 使 命 と し て いる 。
で、
人 間 に は 、 こ の他 に 音 を 出 す こと が楽 し く て、 音 声 器 官 を 動 か す こ と が あ る 。 赤 ん坊 が 機 嫌 の い い時 に、 一人
ブ ワ ワ ワ⋮ ⋮
と、 や って いる の が そ れ であ る が 、 大 人 でも 口笛 な ど は そ の例 で あ る 。 平 野 健 次 氏 は 、 佐 久 間 博 士 の表 情 音 声 を
︽表 情 音 ︾ と 呼び 、 こ の種 のも のを 、 ︽遊 戯 音 ︾ と 呼 ぶ 。 江 戸家 猫 八 氏 や、 桜 井 長 一郎 氏 が演 ら れ る 物 ま ね と か 、
声 帯 模 写 と かも 、 そ の類 で あ る 。 こ のよ う な 遊 び の音 は 、 進 展 し て 芸 術 的 な 美 し さ を 求 め る よ う にな る 。 人 間 の
場 合 も 、 口笛 な ど し ば し ば楽 器 の演 奏 な み に 扱 わ れ 、 歌 の伴 奏 の 一つと し て 、 用 いら れ て いる こと があ る 。 こう
な る と、 平 野 健 次 氏 の いわ ゆ る ︽芸 術 音 ︾ であ る 。 歌 と よ ば れ るも のは 、 コミ ュ ニケ ー シ ョ ンで は な い。 出 て 来 い 出 て 来 い 池 の鯉 と いう 唱 歌 は 、 鯉 の いな い学 校 の、 教 室 の中 でも 歌 わ れ 、 オーイ 中村君 と 呼 ば れ て、 中 村 君 は 一々応 答 す る 必 要 は な い。
い って も 楽 器 に 近 い。
そ れ は 歌 は 美 の創 造 で 、 芸 術 音 の延 長 に あ る も の だ か ら であ る 。 コ ロラ チ ュラ ・ソプ ラ ノ な ど は、 人 間 の声 と
わ れ わ れ には た し か にそ う いう 心 理 が あ る 。 よ く 外 国 の歌 は 、 原 語 で歌 う のを 聞 く 方 が い いと 言 わ れ る のは そ れ
歌 が 美 の創 造 だ と いう こ と は 、 美 し く さ え あ れ ば 歌 詞 は そ の た め には 犠 牲 に さ れ て も い いと いう こ と に な る。
であ る。 これ はち ょ っと キ ザ っぽ く 響 く 。 外 国 語 の苦 手 な 私 な ど は そ う 感 じ る が 、 た し か に原 語 の方 が い いと 思
う こと も あ る 。 ア イ・ ジ ョー ジ 氏 がよ く 歌 った 歌 に 、 マラ ゲ ー ニア と いう 歌 曲 が あ り、 レ コード に 入 って いる が、
彼 は そ の歌 を 、 初 め ス ペイ ン語 で歌 い、 あ と は 日本 語 に訳 し た 歌 詞 で歌 う 。 強 烈 な 恋 の歌 だ そ う で あ る が 、 私 達
家 族 のも のに は 、 そ の ス ペイ ン語 の半 分 は 、 さ っぱ り 意 味 が わ か ら な い。 レ コー ド で聞 き な がら 、
滑 った ら 損 転 ん だ ら 損 ⋮ ⋮
と いう よ う に し か 聞 こえ な い が、 そ の ス ペイ ン語 の部 分 の方 が、 意 味 の よく わ か る 日本 語 の部 分 よ り は る か に聞 いて い て見 事 だ と 感 じ る 。
﹁広 瀬 中 佐 ﹂ と い う 唱 歌 を 六 年 生 の 子 供 が 歌 っ
こ れ は 日 本 語 の 訳 を つ け た 人 も ヘタ だ った の だ ろ う と も 思 う が 、 歌 は 意 味 が わ か ら な く て も い い と い う 一 つ の 証 拠 にな る。 今 考 え る と 、 昔 の 唱 歌 は 難 し か った も の で 、 私 の 小 学 校 時 代 に て いた が、 旅 順 の 港 頭 キ ョー フ ー 叫 び ケ イ ラ ン 高 し ⋮ ⋮ と は じ ま った 。 キ ョ ー フ ー は 、 ﹁強 風 ﹂ か と わ か る が 、 ケ イ ラ ン は わ か ら な い 。
ま さ か 鶏 卵 の 値 が 上 った わ け で も あ る ま い と 思 っ て い た が 、 先 般 こ の 曲 の 原 典 を 見 て 、 は じ め て 知 っ た 。 ﹁ 驚
瀾 ﹂ と 書 い て 、 ケ イ ラ ン と 仮 名 が 振 っ て あ る 。 ﹁狂 瀾 ﹂ は あ る が 、 ﹁驚 瀾 ﹂ と い う 言 葉 も あ る の だ ろ う か 。 上 の
﹁強 風 ﹂ と ま ぎ れ て は 、 と い う こ と か ら 、 ケ イ と 読 ま せ た の で あ ろ う か 。 と に か く 難 し い 歌 で は あ った 。
恐 ら く 子 供 の 時 か ら こ う いう 歌 に 馴 れ て い る せ い で あ ろ う か 。 お と な に な っ て か ら 歌 う 歌 謡 曲 、 こ の 手 の 歌 謡 曲 に も 、 歌 詞 の難 解 な も の は 多 い。 戦 後 間 も な く の こ ろ 流 行 し た 、 江 利 チ エ ミ さ ん の 歌 った 歌 に 、 ベ ビ デ バビ デ ブ ⋮ ⋮
と 言 っ た 、 意 味 の さ っぱ り わ か ら な い歌 が あ っ た の な ど 、 代 表 的 な も の で あ る 。 あ る 人 が 、 あ れ は 、 ダ ビ デ が ビ
デ に 腰 を お ろ し て ブ ッと お な ら を し た 歌 だ ろ う と 言 った が 、 と に か く 難 し い歌 だ った 。
新 し い 歌 と し て は 、 荒 井 由 実 氏 作 詞 ・作 曲 で 、 か つ歌 う と こ ろ の 、 ﹁あ の 日 に 帰 り た い ﹂ の劈 頭 、 ダ ー パ パ パ ラ パ ラー パ ダ ダ パ ヤ パ ー
タ ーパタパ ヤパラー パヤパー⋮ ⋮ な ど 、 同 じ 趣 であ る 。
﹁ 夜 明 け の スキ ャ ット﹂ を 歌 って いる 。
ア メ リ カ で 、 ズ ビ ズ ビ ズ ビ ズ ビ ⋮ ⋮ と いう よ う な ス キ ャ ッ ト が は や る と 、 す か さ ず 日 本 で も 、 由 紀 さ お り さ ん は、早速
二 引 く 音 節 が 曲 者
日本 の藤 原 義 江 氏 の歌 は 、 何 を 歌 って いる のか わ か ら な い が 、 イ タ リ ー で は 、 オ ペラ の歌 は ち ゃ ん と わ か ると
いう 。 こ れ は 一 つ に は 歌 い 手 の 日 本 語 の 発 音 に も よ る 。 洋 楽 方 面 の 人 は 本 格 的 な 歌 手 に な る と 、 イ の 母 音 を エ に 近 く 、 ウ の 母 音 を オ に 近 く 発 音 す る 。 ﹁こ の 道 は ⋮ ⋮ ﹂ と いう 歌 は 、 コ ノ メ チ ェー ワ ー
と 、 聞 こえ る。 が 、 そ れ 以前 に 日本 語 と いう 言 語 体 系 が、 歌 に し た 場 合 に、 意 味 が 聞 き と り にく く な る性 格 を も って いる 。
ン サ イ ス辞 典 な ど で 引 く と 、 発 音 は
[r〓n ]〓と r表 記 し て い る 。 が 、 日 本 人 に は こ れ が ラ ン ナ ー と 聞 こ え る 。 ラ
そ れ に は 、 日 本 語 の 発 音 で は 、 子 音 が 弱 く 母 音 が 強 い と いう こ と が ま ず あ る 。 英 語 のrunneと rい う 言 葉 を コ
と ナ の 間 に ン が 入 っ て い る 。 同 様 にcutter[k〓t は〓日 r本 ]人 の 耳 に は つめ る 音 が 入 って カ ッタ ー と 聞 こ え る 。 そ
れ は 英 語 の nや t の 発 音 が 日 本 語 の ナ や タ の 子 音 の 部 分 よ り 長 い か ら だ 。 日 本 語 を 聞 き 馴 れ な い 欧 米 人 は よ く 日
(ン )、 つ め る 音
(ー) が 、 独 立 の 音 節 で あ る が 、 こ のう ち の 引 く 音 が 、 一音 節 だ と い う こ と が 、 日 本 語 の 歌 に 大 き
本 語 の カ や タ は ア と し か 聞 こ え な いと 批 判 す る。 が 、 そ れ と 同 時 に、 日 本 語 に は、 は ね る 音 (ッ)、 引 く 音
な 影 響 を 及 ぼ し て いる。
こ う いう 習 慣 は 、 イ ン ド 語 に あ り 、 昔 の ギ リ シ ャ 語 に あ った ら し い が 、 今 の 欧 米 語 に は 見 ら れ な い の で 、 日 本
﹁お ば
語 の 珍 し い 習 慣 と 映 る ら し い 。 す な わ ち 、 歌 で は 随 時 声 を 引 く 。 つま り 臨 時 に 引 く 音 節 の よ う な も の が で き る 。
﹁好 意 ﹂、 ﹁お ば さ ん ﹂ と
ア さ ん ﹂ な ど は こ う し て 、 ご っち ゃ に な る 。 歌 謡 曲 に は ﹁恋 ﹂ と い う 言 葉 が 多 く 出 て 来 る の は 当 然 で あ る が 、 コ
そ う す る と そ れ が 本 来 の 引 く 音 節 と い う も の と 紛 れ て し ま う の で あ る 。 ﹁恋 ﹂ と
の 音 節 が 長 く 引 か れ る と 、 コ ー イ と な り 、 ﹁好 意 ﹂ と い う 、 コ の 次 に 引 く 音 節 が 来 る 別 の 言 葉 に 聞 こ え る 。 ﹁長 崎 の女 ﹂ ( た な か ゆき を 氏作 詞 ・林 伊 佐緒 氏 作 曲 ) は 、 コ ー イ ノ ナ ミ ダ カ ソ テ ツ ノ ハナ ガ
﹁乙 女 の 祈 り ﹂ に も 似 た 箇 所 が あ る 。
と は じ ま り 、 コ ー イ の 部 分 が ミ レ ド と 下 っ て く る の で 、 ま さ か 歌 謡 曲 だ か ら 、 ﹁恋 ﹂ だ ろ う と は 思 う も の の 、 ﹁好 意 ﹂ と い っ て い る の か な と ち ょ っ と 迷 う 。 ﹁恋 の 季 節 ﹂ や
﹁橘 中 佐 ﹂ と い う 軍 歌
そ う か と 思 う と 、 こ の 引 く 音 節 は 、 そ れ が な い 言 葉 か と 誤 解 さ れ る こ と も あ る 。 歌 で は 、 一般 の 音 節 も 長 く 引
かれ て 、 引 く 音 節 が 次 に 来 て い る よう に 聞 こ え る か ら であ る 。 例 え ば 、 明治 時 代 に出 来 た が あ った が 、 こ れ の 歌 い 出 し は 、
﹁遼 陽 城 頭 ﹂ で 、 ト の 次 の 引 く 音 節 は 本 来 歌 詞 と し て あ る も の だ った 。 が 、
リ ョー ヨ ー ジ ョー ト ー 夜 は 更 け て と は じ ま る 。 リ ョー ヨ ー ジ ョー ト ー は 私 は こ れ を 歌 いな が ら 、 これ は シ ン シ ンと 夜 が 更 け る
﹁緒 を ﹂ と い
の よ う な 擬 態 語 で 、 ﹁り ょ う よ う じ ょ う ﹂ と い う 夜 が 更 け る こ と を 表 わ す 難 し い漢 語 が あ る の か と 思 っ て い た 。
一体 、 こ の引 く 音 は 、 実 は 日 常 の 日 本 語 を も わ か り に く い も の に し て い る 。 ﹁王 ﹂ と いう 言 葉 と
う 言 葉 は 、 オ ー 対 オ オ と いう 対 立 が あ る はず であ る が 、 ま こと に 紛 ら わ し い。 そ れ が 歌 にな る と 、 歌 の性 質 と し
て 声 を ど こ で も 自 由 に の ば す の で 、 一層 わ か り に く い も の に し て い る 。 ﹁鉄 道 唱 歌 ﹂ の 京 都 の 町 に 入 った 章 に 、 東 寺 の塔 を 左 に て
と いう と こ ろ があ る が、 こ の ﹁塔 を ﹂ は 歌 う と 、 トーーー
のよ う な 、 と め ど な い形 にな って しま い、 何 の事 か わ か ら な く な る 。 今 の歌 謡 曲 の ﹁シ ク ラ メ ン のか ほ り ﹂ に は、 ﹁頬を 染 め て﹂ と いう 箇 所 があ る が 、 こ こを 歌 い手 の布 施 明 君 は 、 ホホオー ソメテ
と 歌 って いる 。 ほ ん と う は、 ホ ー オ ー ソ メ テと 歌 う べき と ころ であ る が 、 意 味 が わ から な く な る こ と を 避 け た も のと 見 ら れ る 。
三 洒落 にも な らぬ
日 本 語 の 音 節 の以 上 のよ う な 性 格 が、 日 本 語 の歌 の歌 詞 を 聞 き と り に く いも のに し て いる が、 日本 語 の音 節 の 種 類 の少 な さ 、 これ が ま た 日本 語 の歌 詞 の意 味 を 聞 き と り にく く し て いる 。
日 本 語 の 音 節 の数 は 幾 つあ る か 。 私 の勘 定 では 、 外 来 語 を 除 け ば 、 百 十 二箇 であ る 。
こ の中 に は 、 ヒ ュと か ピ ュと か ミ ュと か 、 滅 多 に使 わ れ な いも のも あ る し 、 ウ ォと いう よ う な 、 一般 の人 は 認
め な いも のも 数 え て いる か ら 、 普 通 に使 わ れ て いるも のは も っと 少 な いこ と にな る 。 百 も あ った ら い いじ ゃな い
か、 な ど と 言 わ れ る む き も あ る か も 知 れ な い が、 こ れ は 世 界 の 言 語 の中 で は 、 驚 く べき 少 な い数 と いう こと にな る。
例 え ば 英 語 な ど は ど う か 。 英 語 学 者 の楳 垣 実 氏 が数 え は じ め ら れ 、 は じ め は 三 万 数 千 ぐ ら いだ ろう と 言 って お
ら れ た が 、 亡 く な ら れ る前 に は、 英 語 の音 節 の数 は、 ど う 少 な く 見 積 って も 、 八万 は く だ るま いと の こ と だ った 。
八万 と 百 十 二 と では 、 英 語 の音 節 数 は 日本 語 のそ れ の約 八 百 倍 だ 。 ウ ソ 八 百 と いう 言 葉 があ る が 、 こ れ は 正 真 正 銘 の 八 百 倍 だ そ う だ 。 こ れ では 巨 人 と 小 人 ぐ ら い のち が い があ る。
と に か く 日本 語 の音 節 の数 は少 な い。 す べて の 日本 語 の単 語 は 、 こ の少 数 の音 節 を 組 合 わ せ て 作 ら な け れ ば な
ら な い。 言 葉 で 表 わ し た いも の は無 限 にあ る 。 そ う いう 無 限 のも のを 、 少 数 の音 節 で 組 合 わ せ 表 わ し 分 け よ う と
す れ ば 、 ど う し て も 音 節 を た く さ ん繋 い で表 わ さ な け れ ば いけ な い。 日本 語 の単 語 は し た が って 、 英 語 の単 語 よ
り と か く 長 く な ってし ま う 。 これ を 防 ご う と す れ ば 、 ど う し ても 、 同 音 語 の数 が ふ え る こと に な る 。 国 立 国 語 研 究 所 報 告 20 同 音 語 の研 究 国 立 国 語 研 究 所 一九 六 一
と いう よ う な 、 国 立 の研 究 所 から 同 音 語 の研 究 と 銘 打 った 本 が 出 る と いう よ う な 国 は 、 日本 以 外 に な さ そ う だ 。
同 音 語 は 、 日本 文 学 の作 品 の上 に 、 か け 言 葉 、 そ の 他 の技 巧 を 発 達 さ せ た こと は広 く 知 ら れ て い る。 こ のよ う な も のは 、 歌 謡 曲 にも 例 が 見 ら れ な い でも な い。 戦 争 中 の ﹁隣 組 ﹂ の唄 ( 詞 ・岡本一平) で、 あ れ これ 面 倒 み そ醤 油 な ど は 品 がよ く 出 来 て いた が 、 ち ら と 三 葉 でほ う れ ん 草 ぜ ひ に 嫁 な と 口説 かれ て わ た し ゃ畑 の芋 娘 首 を 振 り 振 り 子 が 出 来 た と いう ト ン コ節 は 、 作 者 西 条 八 十 氏 のた め に 惜 し む 。
こ のよ う な こ と も あ る が 、 他 の意 味 にと ら れ て 、 あ る いは 誤 解 さ れ た り 、 お かし が ら れ た り す る 。 明 治 時 代 作 ら れ た 壮 大 な 合 唱 曲 、 石 倉 小 三 郎 の ﹁流 浪 の民 ﹂ に は 、 馴 れし故郷 を放たれ て
と いう と こ ろ が あ り 、 ﹁こ の放 た れ て ﹂ が ﹁鼻 汁 垂 れ て﹂ と 同 音 な の で 、 何 と な く お か し い。 そ こ は ま だ い いの
で、 暫 く 行 く と 、 ﹁東 の空 の白 み て は﹂ と いう と こ ろ が あ る が 、 こ こ は 、 ソプ ラ ノ 、 ア ルト 、 各 パ ー ト が、 しらみ し らみ し らみ し らみ
﹁街 の 谷 ﹂ だ そ う だ 。 先 年 の ﹁北 の 宿 か ら ﹂ で は
﹁着 て は も ら え
﹁ 星 の 界 ﹂ は つ け た 曲 が 美 し く 、 多 く の人 に と っ て 思 い 出 の 歌 の よ う で あ る が 、 最 後 の 、
と 繰 返 す 。 そ う す る と ど う 聞 い て も 、 虫 の虱 の 歌 の よ う に 聞 こ え る の を 、 防 ぐ こ と は で き な い 。 明 治 の 末 年 に 出 来 た唱歌 の い ざ棹 さ せ よ や 窮 理 の 船 に
と い う と こ ろ は 、 ﹁胡 瓜 の 舟 ﹂ と 聞 こ え て 、 厳 粛 な 詩 想 が 、 こ こ で 一ぺ ん に 消 え て し ま う 。
歌 謡 曲 に も 当 然 こ の よ う な こ と は 現 わ れ 、 ﹁川 は 流 れ る ﹂ ( 詞 ・横 井 弘) の 一節 は 、
﹁街 の 田 に ﹂ で は な く 、 正 し く は
わ く ら 葉 を 今 日も 浮 か べ て 街 の 田 に 川 は流 れ る と聞こえ るが
ぬ ﹂ と い う と こ ろ が 、 ﹁来 て は も ら え ぬ ﹂ と 聞 こ え る と いう こ と で 評 判 に な った 。
日 本 語 に同 音 語 が多 い こと は、 曲 を つけ る 人 が 、 ま ず 切 り方 に 注 意 す る 必 要 があ る 。 讃 美 歌 と いう も のは 、 呑
気 な も の で 、 恐 ら く 一番 多 く の 人 に 知 ら れ て い る と 思 わ れ る ﹁主 よ 、 御 許 に ﹂ の 中 に 、 ありともな ど
と は じ ま る 一句 が あ る 。 ﹁あ り と も ﹂? ま さ か 、 山 県 有 朋 で も あ る ま い が 、 と 私 は 不 思 議 に 思 っ て い た が 、 そ の 前 の 部 分 を 知 って は じ め て わ か った 。 十 字 架 に あ り とも な ど ⋮ ⋮ と 、 続 く の で 、 ﹁十 字 架 デ ア ッテ モ ﹂ と い う 意 味 だ った 。 私 は い つ か 、 娘 の 歌 って い た 、 ﹁美 し の ヴ ァ ー ジ ニ ア ﹂ を 聞 き 、 な ま ぐ さ か り つ血 の 匂 い と い う 歌 詞 か と 思 った 。 秣 刈 り 土 の匂 い
と いう 歌 詞 で あ る が 、 ﹁つ﹂ の あ と で 小 節 が 変 る の で ﹁血 の 匂 い ﹂ と 聞 こ え て し ま い 、 つ い 聞 こ え な い ナ の 音 を
加 え て 聞 いて し ま った も のだ った 。 と こ ろ が 、 そ の娘 は 、 最 近 の ﹁旅 の宿 ﹂ の中 の ﹁〓徳利 の首 ﹂ と いう と こ ろ は、 ﹁〓と 栗 の実 ﹂ と し か 聞 こ え な いと いう 。
四 アク セ ントを 旋律 の上 に
日 本 語 の同 音 語 は 、 ア ク セ ント のち が いに よ ってあ る 程 度 区 別 が 付 け ら れ る 。 こ れ を 応 用 し 、 ア ク セ ント にあ
ぞ れ 中 世 や 近 世 の ア ク セ ント 資 料 と し て重 用 さ れ る ほ ど であ る 。 長 唄 や 琵 琶 唄 な ど 、 現 代 の 邦 楽 諸 曲 も 、 か な り
う よ う に旋 律 を つけ る。 これ は邦 楽 の方 面 で は 早 く か ら 考 え ら れ て来 た 。 中 世 の平 曲 、 近 世 の義 太 夫 な ど は そ れ
ア ク セ ント に従 った 旋 律 が 付 けら れ て い る。 浪 曲 な ど も 、 模 範 的 な も の で 、 歌 詞 のア ク セ ント を 考 慮 し て 、 同 じ
旋 律 が つ いて然 る べき と ころ を 、 ち が った 旋 律 で歌 い分 け ら れ て いる と こ ろ を 指 摘 す る こ と が でき る。
同 音 語 の 一つが そ の ア ク セ ント と ち が った 旋 律 を 配 さ れ ると 、 意 味 が 取 り ち がえ ら れ る こ と は た し か で、 海 のあ な た に薄 霞 む 山 は上 総 か 房 州 か
の箇 所 は 、 房 総 方 面 の山 にウ ス と いう 怪 物 が 住 ん で いる よ う に 聞 こえ る と は 多 く の人 が 指 摘 し た 。
私 は 、 端 唄 ﹁香 に迷 ふ ﹂ の は じ め の ﹁香 に ﹂ と いう と こ ろ は 、 2 3 ⋮ ⋮ と 歌 わ れ る と こ ろ か ら 、 子 ど も の時 は 蟹 が 迷 って いる 歌 か と 思 って いた 。
さ っき の歌 謡 曲 、 ﹁川 は 流 れ る ﹂ の ﹁街 の谷 ﹂ が ﹁街 の 田 に ﹂ と 聞 こえ 、 ﹁北 の宿 か ら ﹂ の ﹁着 て はも ら え ぬ﹂
が ﹁来 ては も ら え ぬ ﹂ と 聞 こえ る のも 、 そう いう ア ク セ ント に合 う 旋 律 が つい て いる せ いで あ る 。
洋 楽 風 の歌 で 、 は じ め て ア ク セ ント を 守 った 曲 が つ いた のは 、 ﹁仰 げ ば 尊 し ﹂ であ ろ う と いう 藤 田 圭 雄 氏 の指
摘 は お も し ろ い。 明 治 四 十 年 代 の文 部 省 唱 歌 に は 、 アク セ ン ト に 忠 実 な 曲 が 多 く の って お り 、 ﹁朝 顔 ﹂ や ﹁虹 ﹂ な ど 、 そ れ であ る 。
大 正 以 後 と な る と 、 ア ク セ ント を 重 ん じ る作 曲 家 が輩 出 し 、 山 田 耕筰 ・本 居 長 世 ・中 山晋 平 ・藤 井 清 水 ・橋 本
国 彦 の諸 氏 の作 品 は 、 歌 詞 の アク セ ント を き れ い に反 映 し た 曲 に な って い る 。 山 田 の ﹁曼 珠 沙 華 ﹂ ﹁か ら た ち の
花 ﹂ や、 中 山 の ﹁雨 降 り お 月 さ ん ﹂ ﹁証 誠 寺 の 狸 囃 子 ﹂ な ど は 、 第 一節 ・第 二節 ⋮ ⋮ の歌 詞 の ア ク セ ント の ち が い に応 じ て 、 旋 律 を 変 え る 配 慮 を 見 せ て いる 。
俶 な ど の諸 氏 のも のは 、 す べて ア ク セ ント を 尊 重 し た 旋 律 が 配 さ れ て いる 。 ア ク セ ント を 無 視 し て 作 る 人 は 、 高
こ の こ と は 、 戦 後 は さ ら に 広 く 一般 の歌 曲 に 及 び 、 黛 敏 郎・ 團 伊 玖 磨 ・芥 川 也 寸 志 ・中 田 喜 直 ・湯 山 昭 ・磯 部
木東 六 氏 な ど 、 む し ろ 少 な い。
こ のよ う な こと は 、 当 然 歌 謡 曲 の類 に も 及 ぶ わ け で 、 ﹁今 日 は 赤 ち ゃん ﹂ ﹁見 上 げ て ご ら ん 夜 の 星 を ﹂ ﹁世 界 は
二 人 のた め に ﹂ な ど は 、 そ の 例 であ る。 が 、 これ ら は 歌 謡 曲 と い って も 、 ど っち か と 言 え ば かた い方 の作 品 で、
や わ ら か い作 品 に な る と ア ク セ ント ヘ の考 慮 は ほ と ん ど な さ れ な く な る こ と が 注 意 さ れ る 。 加 山 雄 三 君 の歌 う
﹁君 と い つま で も ﹂ な ど は ア ク セ ント に合 わ せ た 珍 し い作 であ る 。 一般 のも の で は 例 え ば 、 ﹁お 世 話 に な り ま し た﹂など 、歌詞 ( 山上路夫氏作)は 、 明 日 の朝 こ の街 を ぼく は 出 て ゆく の です 下 宿 のお ば さ ん よ お 世 話 に な りま し た
と い った 、 な だ ら か な 会 話 調 で あ る が、 曲 は 、 ア ク セ ント を ま った く 無 視 し た 旋 律 が つ いて い て、 聞 い て いて 外
国 人 の せ り ふ を 聞 いて いる 感 じ が す る。 ﹁結 婚 し よ う よ﹂ ﹁男 の子 女 の 子 ﹂ な ど も これ に 準 ず る 。 こ の点 、 外 国 人
が作 った ﹁ゆ う わ く ﹂ と 大 差 な い。 外 国 人 と 言 え ば 、 数 年 前 に 出 来 た ﹁ち ょ っと 待 ってく だ さ い﹂ と いう 題 の歌 謡 曲 があ って 、 そ のう ち の、 チ ョト マテ ク ダ サ イ
と いう 外 国 人 の セリ フ の旋 律 が外 国 人 の 言 葉 の調 子 に そ っく り だ った こ と を 思 い起 こす 。 ア ク セ ント よ り イ ント
ネ ー シ ョ ンを ま ね た と 言 う べき か 。 あ の よ う な 外 国 人 の言 葉 の調 子 を う つす 方 に む し ろ 熱 心 だ と いう のは 、 標準
日本 語 の学 習 よ り 、 外 国 語 の学 習 に血 道 を 上 げ る 日本 人 気 質 を 反 映 し て いる も ので あ ろ う か 。
日 本 の歌 謡 曲 が、 日 本 語 の ア ク セ ント を 無 視 し て作 曲 さ れ る のは 、 日本 人 が外 国 の曲 に 明 治 以 来 作 詞 し て来 た 、
そ れ が長 い間 日本 語 のア ク セ ント を 全 然 考 慮 に お か な か った こ と と 関係 が あ る と 思 う 。 オ ペラ の歌 詞 な ど 、 日本
人 に と って は な は だ奇 異 な 日本 語 が つ いて い ても 、 そ れ で 日本 人 は そう いう も のだ と 思 って いた 。 日 本 人 は そ う
いう も のを 反 って高 尚 な も の のよ う にさ え 思 って いた か も し れ な い。 歌 謡 曲 に お け る 日本 語 アク セ ント ヘの叛 逆 は こう いう 精 神 と 結 び 付 い て いる 。
し か し 、 今 、 訳 詞 の世 界 で は 、 日本 歌 曲 の世 界 同 様 、 日本 語 の ア ク セ ント 尊 重 の気 風 が高 ま って来 た こと を 注 意 し た い。 あ わ れ ゆ か し き 歌 の調 べ
と いう 、 ア ク セ ント を 無 視 し て歌 わ れ て いた グ ノ ー の セ レナ ー デは 、 閨 秀 詩 人 ・小 原 祥 子氏 に よ り、 ゆう べほ のか な 愛 の園 に 君 が 秘 か に歌 う 歌 は ⋮ ⋮
と い った 、 日 本 語 の ア ク セ ント に き わ め て 忠 実 な 歌 詞 が作 ら れ て 、 一部 の人 に よ って歌 わ れ て い る 。 ﹁波 の会 ﹂
は こ う いう 運 動 の中 心 で 、 こ こ で 、 野 上 彰 氏 の ロ ンド ン デ リ ー の歌 、 薩 摩 忠 氏 の シ ュー ベ ルト の セ レナ ー デ、 歌
の つば さ 、 中 山 知 子氏 の ロ ッホ ロー モ ンド な ど 、 次 々と 日本 語 の ア ク セ ント に 即 し た 訳 詞 曲 が 作 ら れ て お り、 そ
れ は 詞 章 か ら 見 ても 、 在 来 の 訳 詞 よ り も す ぐ れ て いる 。 聞 いて い てま こ と に聞 き よ い。 他 日 こ のよ う な も の が 標
準 的 な 訳 詞 と し て の座 を 占 め る よ う にな る と 、 ア ク セ ント に合 わ な い曲 は 格 に外 れ た 曲 と いう こと に な り 、 歌 謡 曲 の世 界 か ら も 力 を 失 って行 く の では な か ろ う か。
五 日 本 語 の音 節を 点と 見 て
日本 語 の ア ク セ ント は、 英 語 のよ う な 強 弱 の そ れ で はな く 、 高 低 のそ れ であ る 。 そ こ か ら 日本 語 の音 節 は 、 な
る べく 同 じ 長 さ で 発 音 さ れ る 傾 向 が 生 ま れ 、 さ ら に引 く 音 節 と いう も の が存 在 す る と こ ろ か ら 、 す べ て の音 節 は 点 のよ う な 、 ポ ッポ ッポ ッポ ッ⋮ ⋮ と 発 音 さ れ る と いう 結 果 が 生 じ て い る。 落 語 の ﹁牛 ほ め ﹂ な ど に 、 父 親 が与 太 郎 に、 左 右 の壁 は砂 摺 り で ご ざ いま す な 天井 は 薩 摩 の鶉 杢 で ご ざ いま す な
と いう よ う な 口上 を 口写 し す る 件 があ る が 、 一つ 一つ の音 節 が 同 じ 長 さ でポ ッポ ッ⋮ ⋮ と 続 き 、 聞 い て いて気 持 が よ い。 講 釈 師 が 一席 の講 談 を 張 り扇 で語 るく だ り も 同 様 であ る。 こう い った 傾 向 が 、 日本 の歌 に現 わ れ な いはず は な い。 よ く 、 謡 曲 の、 こ れ は こ のあ た り に住 む 女 に て候 ( ﹁ 紅葉狩﹂)
と いう よ う な 箇 所 を 五 線 譜 に 写 し た の を 見 る こ と が あ る が 、 ど こま で も 続 く 四 分 音 符 の 連 続 で、 何 と 単 調 な 、 ま
る で未 開 民 族 の音 楽 のよ う な 印 象 を 受 け る が、 あ れ は、 日本 語 の 日 常 の発 音 の、 ポ ッポ ッポ ッ⋮ ⋮ と いう 性 格 を そ のま ま 反 映 し た も のだ 。
明 治 以 後 の作 曲 家 でも 、 日本 語 の性 格 を よ く 反 映 さ せ る こ と に つと め た 山 田 耕 筰 氏 の作 品 に は そ のよ う な も の が 多 い。 ﹁待 ち ぼ う け﹂ や ﹁ペ チ カ ﹂ な ど は そ の適 例 で あ る 。
歌 謡 曲 に も 、 こう いう 傾 向 を も った も の は当 然 あ る 。 ﹁お よ げ ! た いや き く ん ﹂ ( 詞 ・高田 ひろお)は 、 と こ ろ ど こ ろ歌 詞 が つま って い る と ころ があ る が 、 は じ め て泳 いだ 海 の底
と っても 気 持 が い いも ん だ と いう あ た り 、 典 型 的 な 四 分 音 符 の連 続 だ 。
八 分 音 符 の連 続 の歌 は 、 こ の 四 分 音 符 の連 続 と 同 じ 性 格 であ る 。 ﹁荒 城 の月 ﹂ は 、 日本 の名 曲 と し て海 外 にま
で名 を 知 ら れ て いる が、 そ のも と の楽 譜 を 見 る と 、 音 符 は 八 分 音 符 の連 続 で、 はな は だ 単 調 であ る。 戦 後 の歌 謡 曲 で は 、 平 岡 精 二氏 作 詞 作 曲 の ﹁あ い つ﹂ な ど 典 型的 な 八 分 音 符 の連 続 で 、 ゆう べあ い つに 聞 いた け ど あ れ から 君 は 独 り き り 悪 か った のは 僕 だ け ど 君 のた め だ と 諦 め た と いう 歌 詞 が 、 き わ め て 明 瞭 に 聞 く 人 に伝 わ る 。 あ き ら め ら れ な いこ の願 い 泣 いて船 場 の こ いさ ん が ⋮ ⋮
と いう 、 ﹁お 百 度 こ いさ ん ﹂ ( 渡久地政信氏作曲 ・喜志邦三氏作 詞)も こ の例 にも れ な い。
日本 語 の歌 は や た ら に声 を ひ き のば す と 、 意 味 が は っき り し な く な る こと は前 に 述 べ た が 、 ま た 同 時 に 日本 語 そ のも のを 無 茶 苦 茶 に さ れ た よ う な 印 象 を 受 け る 。
明 治 時 代 の唱 歌 に 、 ﹁思 ひ出 づ れ ば ﹂ と いう の が あ った が 、 ス コ ット ラ ンド の 民 謡 へ歌 詞 を 無 理 にあ て は め た た め に、 カ シ ー ラナ ー デ ツ ゥー ツー マ サ ー キ ク ー ア レー エト ー
のよ う に 所 嫌 わ ず 引 き のば さ れ 、 そ れ が 上 った り 下 った り す る の で 、 歌 いな が ら 何 と も お か し く て し か た が な か った と は 、 私 の 母 の追 懐 だ った 。
倍 賞 千 恵 子 さ ん の歌 で、 よ く ラ ジ オ や テ レ ビ で も 聞 いた が 、 ﹁さ よ な ら は ダ ン ス のあ と で ﹂ ( 詞 ・横井弘)は 、 ナ ニ モイ ー ワナ ー イ デ ー チ ョー ダ イ ダ マ ッテー タ ダ ー オ ド ー リ ー マシ ョ
ダ ッテ サ ー ヨ ナ ー ラ ワ ー ツ ー ラ イ ダ ン ス ノ ー ア ト ニー シ テ ネ ー
で 終 り 、 多 少 リ ズ ム の 変 化 は つ く が 、 こ れ は 八 分 音 符 の 連 続 の 一変 形 だ った 。
の繰 返 し と いう も の が 著 し く 多 か った 。 歌 詞 は 大 抵 七 五 調 で あ った か ら 、一
と いう 曲 、 ア ク セ ン ト を 全 然 無 視 し た 旋 律 と いう こ と も あ った が 、 ど う も 頂 け な か っ た 。
カ 所 に〓 が ま じ り 、 一行 の 最 後 は〓
明 治 以 後 の 歌 の 中 に は 、〓〓〓〓
﹁鉄 道 唱 歌 ﹂ ﹁散 歩 唱 歌 ﹂ の よ う な 、蜒 々 と 歌 詞 の 続 く も の に 多 く 、 軍 歌 や 旧 制 高 校 の 寮 歌 で は 、 こ の 形 式 こ そ 一般 的 と い う 観 が あ った 。 子 供 の 唱 歌 も こ の 形 式 を 襲 い、 もしも し亀よ亀 さんよ ⋮⋮ 京 の 五条 の橋 の 上 ⋮ ⋮
な ど い ず れ も そ の 例 で 、 こ う な る と 、 日 本 人 の 中 に は 、 唱 歌 と い う も の は こ う いう 形 式 が 普 通 の も の 、 歌 と い う
も の は こ う い う 形 式 で あ る べ き も の 、 と い う よ う な 考 え を 頭 の 中 に も って い る 人 を 作 っ て し ま い は し な か っ た か と考 え ら れ る 。
日 本 人 に と って、 こ のよ う な 歌 は ま こ と に 歌 いよ い の で、 歌 謡 曲 の中 に も 当 然 こ のよ う な も の が た く さ ん あ る 。 雨 が降 る か ら 逢 え な い の 来 な いあ な た は 野 暮 な 人 ⋮ ⋮ と は じ ま る ﹁夢 は 夜 ひ ら く ﹂ ( 詞 ・中 村 泰 士) や 、 お さ な な じ み の想 い出 は
﹁お さ な な じ み ﹂ ( 詞 ・永 六輔 ) は そ の 典 型 的 な も の で 、 歌 詞 を 聞 か せ よ う と す る バ ラ ー ド 形 式 の も の
青 い レ モ ン の味 がす る では じま る
に多 く な る の は自 然 であ る。
﹁お 座 敷 小 唄 ﹂ や ム の影 響 で あ る 。
﹁女 心 の 唄 ﹂ も こ れ の ち ょ っと し た 変 種 で あ る 。 こ れ ら す べ て ポ ッポ ッポ ッ形 式 の 日 本 語 リ ズ
六 日 本 の 歌 は 第 一音 節 を 短 く ニー ワ ノ ー チ ー グ ー サ ー モ ム ー シ イ ー ノ ネ ー モ ⋮ ⋮
と 歌 う 、 ﹁菊 ﹂ は い か に も 西 洋 伝 来 の 唱 歌 だ と 感 じ る と い う と 、 反 対 の 向 き も あ ろ う か 。
在 来 の 邦 楽 諸 曲 で は 、 こ の よ う な 第 一音 節 を 引 く こ と は き わ め て 少 な く 、 第 一音 節 を 引 く の は 、 歌 謡 曲 で も 、
﹁知 り た く な い の ﹂ ( 訳 詞 ・な か に し 礼) の よ う な 外 国 人 の 作 曲 の も の に 多 い 。
ア ー ナ タ ノ カ ー コナ ド シ ー リ ー タ ク ナ イ ノ と歌う
日 本 で こ う いう 曲 が 著 し く 多 く 作 ら れ た のは 、 終 戦 直 後 のこ ろ で、
﹁憧 れ の ハ ワ イ 航 路 ﹂ ( 詞 ・石 本 美 由起 )、
ハー レタ ソ ラ ー ソ ー ヨグ カ ゼ ー とはじま る
﹁夜 の プ ラ ッ ト ホ ー ム ﹂ ( 詞 ・奥 野 椰 子夫 ) な ど が そ れ だ った 。 私 な ど は 異 質 の 曲 を 多 く 耳 に し て 、 日
ホ ー シ ワー マタ ー タ キ ヨー ル フカ ク とは じま る
本 語 が 伝 統 的 な 日 本 文 化 と と も に 破 壊 さ れ て いく 悲 し み を 感 じ た も の だ った 。
邦 楽 作 品 で は こ の よ う な 第 一音 節 を の ば す こ と は き わ め て 少 な く 、 浪 曲 な ど で は 、 タ ビ ー ユケ バ ア ∼ ス ルー ガ ノ ー ミ チ ニー チ ャノ ー カ オ リ
のよ う に 変 え て し ま う と 言 わ れ る 。 旧 制 一局寮 歌
﹁あ あ
の よ う に 、 第 一音 節 を 短 く 、 第 二 音 節 を 長 く 引 く 。 こ れ は 日 本 語 に は 同 音 語 が 多 い の で 、 早 く 第 二 音 節 ま で 聞 か
の リ ズ ム の 歌 を 、〓〓〓〓
せ て、 言 葉 の意 味 を わ か ら せ よ う と いう 民 族 の知 恵 であ ろ う と 思う 。 よ く 日 本 人 は 、〓〓〓〓
玉 杯 に ﹂ でも 、 旧 制 三 高 寮 歌 ﹁紅 燃 ゆ る ﹂ でも 、 そ の例 に 洩 れ な いが 、 あ れ は 、 ア ア ー ギ ョク ー ハイ ー ニー ハナ ー ウ ケ ー テ ー
と 歌 う こと によ って 意 味 の曖 昧 化 を 少 し でも 防ご う と いう 努 力 の 現 わ れ と 見 る 。 清 水 脩 氏 に よ る と 、 こ のよ う な
﹁白
リ ズ ムを 愛 す る のは 、 日本 人 の顕 著 な 傾 向 であ る と 言 う 。 軍 歌 ﹁討 匪 行 ﹂ な ど は 、 は じ め か ら そ のよ う な リ ズ ム で作 曲 し て あ った。
歌 謡 曲 に も こう いう 形 式 のも の は 現 わ れ る わ け で、 譜 面 で見 ると 、 そ う いう リ ズ ム のも の は少 な いが︱
譜 面 で は、 た だ の 八 分 音 符 の連 続 であ り な が ら 、 歌 い手
と な って いる が、 子 門 真 人 君 の歌 い方 は 、 行 儀 正 し い四 分 音
のリズ ムに変
の リ ズ ム に な って いる も のは 多 い。 前 に ♪ ♪ ♪ ♪ リ ズ ム の例 と し て 引 い
虎 隊 ﹂ は 、 そ う いう 譜 面 が出 来 て いる 稀 な 例 であ る︱ は そ の よ う に歌 って お ら ず 、〓〓〓〓
た ﹁あ い つ﹂ な ど も そ れ であ る 。 譜 面 に は 四 分 音 符 の連 続 と し て 出 て い る が 、 歌 い手 が〓〓〓〓 え て歌 って いる も の に 、 星 はな ん でも 知 って いる 夕 べあ の娘 が泣 いた のも ⋮ ⋮
た いや き く ん ﹂ も 、 譜 面 は〓〓〓〓
と いう ﹁星 は 何 でも 知 って いる﹂ ( 詞 ・水島哲) があ る 。 ﹁お よ げ !
符 の連 続 で は な い。 随 所 に ♪〓 ♪〓 の傾 向 を 示 し 、 日本 の伝 統 リ ズ ム に近 付 い て いる。
いわ ゆ る艶 歌 の傾 向 のも の に こ のよ う な も のが 多 いこ と は、 歌 詞 を は っき り 聞 か せ よ う と し て い る 努 力 の 現わ れ と 解 さ れ る。 ﹁信 濃 追 分 ﹂ の よ う な 民 謡 に な る と 、 ア サ ー マ∼ デ テー ミ ー ヨ ∼
のよ う に 、 各 区 切 れ の第 一音 節 は 短 く 、 第 二音 節 を 長 く 第 三 音 節 は さ ら に のば し 、 第 四 音 節 は最 も 長 く 引 い て コ
ブ シ を つけ る こと を や る 。 これ も ひ た す ら 歌 詞 を 伝 え る た め の努 力 と 伺 わ れ 、 鞭 声イ ∼ 粛 々 ウ∼ 夜 ウ河 ヲー 渡 る ∼
と いう 吟 詠 も そ の例 に 入 る 。 歌 謡 曲 の中 で こ のよ う な も の はな いか と 探 し て み る と 、 や は り あ る 。 ア ク セ ント の 保 存 の条 にあ げ た ﹁君 と い つま で も ﹂ ( 詞 ・岩谷時子)は こ の例 で、 フ タ リ ヲ ∼ ユー ヤ ミ ガ ∼ ツ ツム ∼ コノ マド ベ ニ∼ と や って お り 、 音 階 こ そ 西 洋 音 階 であ る が 、 こ の歌 詞 の扱 いは 追 分 式 で あ る 。
日本 の 歌 に は、 そ れ が進 ん で 七 五 調 の七 の最 後 の音 節 、 五 の最 後 の音 節 だ けを のば す も の があ り 、 も っと 極 端
にな る と 、 七 五 調 の終 り の五 の最 後 の音 節 だ け を のば す 形 式 のも のも あ る。 伝 統 的 な 邦 楽 の中 で は 、 琵 琶 唄 に そ
う いう も の が多 いが 、 歌 謡 曲 にも 七 の最 後 、 五 の最 後 を のば す も のが 戦 後 顕 著 に 多 いこ と は 注 意 し てよ い。 あ な た が噛 ん だ ∼ 小指 が 痛 い∼ 昨 日 の夜 の ∼ 小 指 が 痛 い
と いう ﹁小 指 の 想 い出 ﹂ ( 詞 ・有馬三恵子)な ど は そ の例 で、 比較 的 新 し いも のと し て は 、 私 バ カよ ね ∼ お バ カ さ ん よ ね ∼ う し ろ指 う し ろ 指 さ さ れ ても ∼ あ な た ひ と り に ∼ 命 を か け て ∼ 堪 え て 来 た のよ 今 日 ま で ∼
と いう ﹁心 の こ り ﹂ ( 詞 ・な かにし礼)な ど が あ る 。 こ のあ た り 、 歌 詞 を 聞 き と ら せ よ う と 懸 命 な 努 力 を し て い る 姿勢 が見 ら れ 、 伝 統 的 な 邦 楽 歌 曲 の精 神 が 息 づ いて いる 姿 を 見 る こ と が で き る 。
語
彙
日 本 語 の 語 彙
一 日本 語 の語彙 の数
単 語 の集 ま り を 語彙 と いう 。 日 本 語 は何 十 万 と いう 単 語 の集 ま り か ら で き て いる 。 日本 語 のそ う いう 語 彙 を 組
織 立 て て配 列 し 、 そ れを 解 説 し た も の が辞 典 であ る。 こ こ に ﹁何 十 万 と いう 単 語 ﹂ と は 漠 然 と し た 言 い方 だ と 思
わ れ る 方 があ る か も し れ な い。 が 、 これ は、 仕 方 がな い の であ る 。 日本 語 で は は っき り し た 単 語 の数 が 言 え な い のである。
と 言う の は、 日 本 語 は 自 由 に新 し い単 語 を ど ん ど ん 作 れ る 性 質 が あ る か ら で あ る 。 今 私 の卓 の上 に 届 いた ば か
は ぐ れ 狐 が泣 いて い る
私 し ゃ悲 し い山 里 育 ち
り の新 作 の歌 謡を 集 め た 本 が 置 いてあ る が、 こ れ を ち ょ っと 開 いて み る と 、
とか
とか お化粧道 具を のぞ いてみたら
とか い つま で 切 れ ぬ 未 練 綱
と か いう よ う な 例 が いく ら で も 見 つか る が 、 こ の〓〓〓 を つけ た と こ ろ は 、 そ れ ぞ れ 作 者 の創 作 に 相 違 な い。 手
も と の辞 書 を 引 いて み た ら み な 出 て こ な い単 語 ば か り であ る 。 が、 こ う いう 単 語 がわ か り にく いと いう 人 は いな
いだ ろう 。 そ の意味 では 一人 前 の単 語 で あ る 。 形 か ら 言 っても ハグ レギ ツネ や ミ レ ンヅ ナ な ど は 、 連 濁 を 起 こし
て いて 、 り っぱ な 一語 であ る 。 日本 語 で は こ のよ う な 単 語 が いく ら でも 新 造 で き る の であ る 。 ﹁山 里 育 ち ﹂ に な
ら え ば 、 荒 浜 育 ち 、 離 れ 小 島 育 ち 、 団 地 育 ち 、 ス ラ ム街 育 ち 、 等 、 等 。 ﹁は ぐ れ 狐 ﹂ は ﹁狐 ﹂ の部 分 を 、 ﹁千 鳥 ﹂
﹁燕 ﹂ ﹁兎 ﹂ ﹁子 鼠 ﹂ な ど いく ら で も 入れ 替 え て新 し い単 語 を 造 り う る 。 こう いう 言 葉 と 今 す で に 辞 書 に 載 って い
る単 語 と の境 界 は は な は だ は っき り し な い。 こ う いう 単 語 を 単 語 で な いと し た ら 、 今 辞 書 に載 って いる 単 語 も 一 人 前 の単 語 であ る か ど う か あ ぶな っか し い。
古 語 辞 典 を 開 い て み る と 、 ﹁傘 驚 き ﹂ と いう 項 目 が 単 語 と し て 載 って いる 。 そ う し て ﹁ 傘 な ど を 突 然 馬 の目 の
前 に 広 げ た 時 、 馬 の驚 く こと ﹂ と 解 説 が加 え ら れ て いる 。 傘 を いき な り広 げ た ら、 いか にも 馬 は 驚 く で あ ろ う が 、
こ のよ う な も のな ど 、 単 語 と し て は 随 分 影 の薄 いも の では な いか 。 あ る文 学 者 が ち ょ っと使 った た め に 、 そ れ が
日本 語 と し て 固 定 し て し ま ったも のも 多 か ろ う 。 ﹁夕 波 千 鳥 ﹂ と いう 単 語 は、 柿 本 人 麻 呂 の 淡 海 の海 夕 波 千 鳥 汝 が鳴 け ば 情 も し のに 古 思 ほ ゆ
と いう 千 古 の傑 作 に 使 わ れ て、 以 来 れ っき と し た 日本 語 の単 語 の 一員 と し て扱 わ れ て いる が 、 これ は 人 麻 呂 が そ の時 眼 前 の風 物 を 見 て 、 ふ っと 頭 に ひら め い て作 った 新 語 だ った にち が いな い。 明 治 の歌 人 、 与 謝 野 晶 子 は、 清 水 へ祇 園 を よ ぎ る 桜 月 夜 こよ ひ逢 ふ 人 みな う つく し き と いう 名 歌 を 詠 ん で ﹁桜 月 夜 ﹂ と いう 日本 語 を 遺 し た 。
要 す る に、 日 本 語 は、 簡 単 に新 造 語 が でき る 言 語 な の であ る。 ほ か の言 語 も 作 れ な いと 言 う こと はな い であ ろ
う が、 フ ラ ン ス語 な ど は な か な か作 り にく いだ ろ う と 思 う 。 エ ス ペラ ント 語 な ど は 一番 作 り に く く 、 新 造 語 を 作 ろ う と す れ ば、 そ れ は国 際 的 な 会 議 に か け て そ の承 認 を 得 な けれ ば い けな い。
あ る か ら 。 日本 語 は そ の点 辞 典 泣 か せ の言 語 で あ る 。 が 、 わ れ わ れ は そ れ を 嘆 く こ と は な い。 そ れ だ け 日本 語 は
そう いう 言 語 では 、 辞 典 な ど と いう も の は 、作 り や す い であ ろう 。 す べ て の単 語 を 集 め る こ と は 比 較 的 容 易 で
た く ま し い活 力 を そ な え て いて 、 新 し い事 態 に 対 し て、 ど ん ど ん 新 し い表 現を 考 え う る 言 語 だ と いう こ と に な る から。
二 日 本 語 の語 彙 と 辞 典
辞 典 は前 に述 べた よ う に、 単 語 を 配 列 し て そ の解 説 を 行 う 。 解 説 す る こと は 、 意 義 ・用 法 ・用例 ・発 音 ・正 書
法 な ど であ る 。 こ の う ち 、 重 要 な の は意 義 で、 多 く の人 が辞 書 を 引 く と いう の は 、 そ の意 義 を 求 め る こと が 多 い。
意 義 に比 す る と 、 他 の部 分 は 添 え 物 の観 が あ る 。 そ う いう わ け で 、 意 義 が お のず と わ か る単 語 は 、 か り に存 在 し
て も 辞 書 に 載 せ な いこ と が多 い。 先 に 述 べ た ﹁山 里 育 ち ﹂ ﹁荒 浜 育 ち ﹂ な ど の語 は そ の例 で 、 か り に そ う いう 単 語 が 存 在 す る と し ても 辞 書 で は普 通 扱 わ な い。
一体 、 単 語 に は そ の構 造 か ら 言 って、 二 つ の部 分 に 分 け ら れ る も の と、 そ れ 以 上 分 け ら れ な いも のと が あ る。
二 つ以 上 に 分 け ら れ るも のを 複 合 語 と 言 う 。 ﹁山 里 育 ち ﹂ 以 下 は ﹁山 里 ﹂+ ﹁育 ち ﹂ と いう よ う に分 け ら れ る 複 合
発音 の
語 で あ る 。 ﹁山 里 育 ち ﹂ のう ち の ﹁山 里 ﹂ だ け も 、 ﹁山 ﹂+ ﹁里 ﹂ と いう 形 で でき て いる か ら 複 合 語 であ る 。 と す る
と 、 ﹁山 里 育 ち ﹂ は 二 重 の複 合 語 であ る 。 そ れ に 比 べ て、 ﹁山 ﹂ や ﹁里 ﹂ は 、 そ れ 以 上 分 け ら れ な い。︱
上 だ け な ら ば 、 ヤ と マ、 サ と ト に 分 け ら れ る が 、 そ う す る と 意 味 が な く な って し ま う か ら 分 け ら れ な いと す る 。
︱
こ のよ う な 単 語 を 単純 語と 言 う 。
複 合 語 は 、 そ の 構 成 要素 ( 造 語 成分 と も 言 う ) の意 味 を も と に し て考 え る と 、 全 体 の意 味 が 推 測 で き る も の が
多 い。 そ こ で そ のよ う な 複 合 語 は 、 小 さ い辞 書 だ と 一々載 せな い こと に な る 。 単 純 語 の方 は そ う いう わ け に は 行
か な い か ら 一々載 せ る 。 これ が 大 き な 方 針 で あ る が 、 複 合 語 は 必 ず 分 析 す れ ば 意 味 がわ か る か と いう と そ う も 行
か な い。 ﹁虎 狩 り ﹂ は 虎 を 狩 る こ と 、 ﹁鹿 狩 り ﹂ は 鹿 を 狩 る こ と であ る 。 そう す る と 、 ﹁鷹 狩 り ﹂ は鷹 を 狩 る こ と
か と 思 う と そ う で は な い。 鷹 を 使 って小 鳥 を 狩 る こ と であ る 。 ﹁茸 狩 り ﹂ は 茸 を と る こ と で 、 これ は ま あ い いが 、
﹁紅 葉 狩 り ﹂ は 、 紅 葉 を 観 賞 す る こ と で、 紅 葉 を 折 り 取 る こと で は な い。 こ う いう わ け で、 ﹁︱ 狩 り ﹂ と いう 形
の複 合 語 で 意 味 の特 殊 な も の、 特 殊 でな く ても 、 使 用 頻 度 の高 いも のは 、 辞 書 に 載 せ る こ と にな る 。
な お 、複 合 語 の中 に は 、複 合 が古 く 、そ う し て そ の結 合 が 固 い た め に、単 純 語 のよ う に 見 え る も のが あ る。 こう
いう も のは 載 せ な け れ ば な ら な い。 ﹁酒 ﹂+ ﹁菜 ﹂ か ら でき た ﹁さ かな ﹂、 ﹁菜 ﹂+ ﹁へ﹂ か ら で き た ﹁な べ ( 鍋 )﹂ な ど は そ の代 表 的 な も の であ る 。
ち な み に 、 複 合 語 の前 の部 分 に つ いて 、 同 じ よ う な 構 成 の単 語 を 探 す こ と は 、 一般 の国 語 辞 典 で そ の 語 の付 近
を 探 せ ば いく ら で も 見 つけ る こ と が で き る。 た と え ば 、 ﹁さ く ら が り ﹂ の近 く に は ﹁さ く ら 何 々﹂ と いう 単 語 が
た く さ ん 並 ん で いる 。 し か し 、 複 合 語 の後 の部 分 に つ いて 、 同 じ よ う な 構 成 の語 を 探 す のは 、 例 え ば ﹁桜 狩 り ﹂
の ほ か に ﹁何 々狩 り ﹂ と いう ど う いう 単 語 が あ る かを 求 め る こと は 普 通 の辞 典 で は 不 可 能 であ る 。 これ は 、 学 研
の国 語 大 辞 典 で 池 田 弥 三 郎 氏 が 発 案 し て 出 来 た ﹁下 に 付 く 語 ﹂ を 見 て いた だ か な け れ ば な ら な い。
さ て 、 複 合 語 の中 に は 、 そ の構 成 要 素 ( 造 語 成 分 ) が 、 意 義 は も って いる が 単 語 で は 用 いら れ な いよ う な も の
があ る 。 ﹁薄 緑 ﹂ の ﹁薄 ﹂、 ﹁書 き 方 ﹂ の ﹁方 ﹂ の部 分 な ど が そ れ で 、 ﹁薄 ﹂ は 色 が う す い と いう 意 義 、 ﹁方 ﹂ は 方
法 と いう 意 義 を も って は いる が 、 そ う いう 意 義 で 独 立 の単 語 と し て 使 わ れ る わ け で は な い か ら 、 辞 書 に は ﹁薄
緑 ﹂ と か ﹁書 き 方 ﹂ と か いう 全 体 の形 が 載 せ ら れ る こ と にな る が 、 し か し ﹁薄 ﹂ と いう 部 分 は 、 ﹁薄 紅 ﹂ ﹁薄 青 ﹂
﹁薄 紫 ﹂ と いう よ う な 応 用 がき く し 、 ﹁ 方 ﹂ の方 も 、 ﹁読 み方 ﹂ を は じ め ﹁歩 き 方 ﹂ ﹁飛 び 方 ﹂ な ど いく ら で も 応 用
が き く か ら 、 特 に使 用 頻 度 の多 いも の、 意 味 の分 化 し たも のは 別 と し て、 ﹁薄 ﹂ だ け 、 ﹁方 ﹂ だ け を 掲 げ 解 説 を 施
す の が 好 都 合 と いう こと に な る 。 単 独 で は 用 いら れ な い構 成 要 素 (造 語 成 分 ) の中 に は 、 意 味 が き わ め て抽 象 的
な も の があ る 。 ﹁小 川 ﹂ の ﹁小 ﹂、 ﹁友 だ ち ﹂ の ﹁だ ち ﹂ な ど が代 表 的 であ る が、 ﹁薄 ﹂ ﹁方 ﹂ も こ れ に準 ず る 。 こ
れ は 接 辞 と 呼 ば れ 、 ﹁小 川 ﹂ の ﹁小 ﹂ のよ う に 単 語 の は じ め の部 分 に 立 つも のは 接 頭 語、 ﹁た ち ﹂ のよ う に単 語 の
終 わ り の部 分 にく る も の は 接 尾 語 と いう 。 これ ら も 辞 書 で は 然 る べ き 位 置 に 掲 げ ら れ る 。 これ に 対 し て、 漢 語 の
﹁山岳 ﹂ ﹁高 山 ﹂ な ど の ﹁山﹂ と いう 部 分 は ﹁サ ン﹂ と 読 ん で ﹁や ま ﹂ と いう 意 味 を も つ。 ﹁河 川 ﹂ ﹁大 河 ﹂ な ど の
﹁河 ﹂ と いう 部 分 は ﹁カ﹂ と 読 ん で ﹁か わ ﹂ と いう 意 味 を も つ。 こ れ ら は や は り 単 独 で は 用 いら れ な い構 成 要 素 ( 造 語 成 分 ) で あ る が 、 接 辞 で はな い。
ある構成 要索 ( 単 独 で用 いら れ る も の と 単 独 で 用 いら れ な いも のと が あ る ) に 接 頭 語 ・接 尾 語 が つ いた 形 は 、
派生 語 と いう 。 た だ し 派 生 語 に は 少 し ち がう も のも あ る 。 ﹁光 る ﹂ と いう 動 詞 に 対 す る ﹁光 ﹂ と いう 名 詞 、 ﹁近
い﹂ と いう 形 容 詞 か ら でき た ﹁近 く (=近 イ ト コ ロ)﹂ と いう 名 詞 な ど 、 本 来 の 品 詞 と し て の特 質 を 失 い、 他 の
品 詞 と し て の特 質 を 持 つよ う にな った (こ れ を 品 詞 の転 成 と いう ) も のが そ れ で、 特 に接 尾 語 は つ いて いな いが 、
広 い意 味 で は や は り 派 生 語 と 呼 ば れ る 。 こ れ ら 派 生 語 は 、 大 体 も と の語 に 並 行 し て 、 品 詞 だ け ち が った 意 義 を も
って いる の が原 則 であ る 。 が 、 実 際 に は ほ か の新 し い意 義 を も って い る こ と も あ る 。 例 え ば ﹁光 ﹂ に は ﹁光 る﹂
に並 行 し た 意 義 の ほ か に、 文 脈 に よ って は ﹁親 の 光 ﹂ の よ う に ﹁威 光 ﹂ の 意 義 に 用 いら れ た り 、 鮨 屋 で ﹁こ は
だ﹂ を さ す の に 用 いら れ た り す る 。 こう いう 派 生 語 で 、 新 し い意 義 を も って い るも のは 辞 典 に 載 る こと に な る。
他 の単 語 から 直 接 生 じ た と いう 点 で派 生 語 に 似 た も のに 略語 が あ る 。 ﹁隠 元 豆 ﹂ を ﹁隠 元 ﹂ と 言 った り、 ﹁ゴ ム
長 靴 ﹂ を ﹁ゴ ム 長 ﹂ と 言 った り 、 前 の方 を 残 し て 後 の方 を カ ット す る も の が 多 い が、 ﹁ア ル ミ ニウ ム﹂ を ﹁ニウ
ム﹂ と 言 った り、 ﹁警 察 ﹂ を ﹁サ ツ﹂ と 言 った り 、 前 の部 分 を 削 る も のも あ る 。 こ れ は 隠 語 の類 に 多 い。 さ ら に 、
﹁流 行 性 感 冒 ﹂ を ﹁流 感 ﹂ と 言 った り 、 ﹁ア フタ ー レ コー デ ィ ング ﹂ を ﹁ア フ レ コ﹂ と 言う よ う に、 二 つの構 成 要
素 の 頭 だ け を と る も の が 多 いが 、 ﹁高 等 学 校 ﹂ を ﹁高 校 ﹂ と 言 う よ う に、 最 初 と 最 後 を 残 す も のも あ る。 ﹁航空 母 艦 ﹂ を ﹁空 母 ﹂ と 言 う の は 中央 の部 分 だ け 残 し た 形 であ る 。
こ の場 合 、 漢 字 の部 分 の読 み 方 が変 わ る 場 合 も あ る。 ﹁日本 教 職 員 組 合 ﹂ の 略 ﹁日 教 組 ﹂ で は ﹁ク ミ ﹂ と いう
音 が ﹁ソ﹂ に変 化 し た 。 ﹁日本 放 送 協 会 ﹂ の略 称 ﹁N H K ﹂ は ロー マ字 書 き にし た も の の そ の頭 文 字 だ け を と っ
た も ので あ る 。 ﹁Poets,Essayis﹂tな sど ,を No 略v しeてli ﹁P sE ts N﹂ と し 、 そ う いう 人 た ち の集 ま り を 呼 ぶ ﹁ペ
ンク ラ ブ ﹂ は 、 最 も 手 の こ ん だ 省 略 語 の例 であ る 。 こう な る と 略 語 の意 識 はな く な って し ま う 。
一方 、 単 語 は 一定 の意 味 を も って、 然 る べき 文 脈 の中 に 用 いら れ 、 そ う し て で き た セ ンテ ン ス 全 体 は 個 々 の単
語 の意 味 の連 続 と 見 て、 大 体 い い はず であ る。 が 、 時 に単 語 が 二 つ以 上 集 ま って 、 そ れ ら の単 語 に 固 有 でな い別
の意 味 を 表 わ す こ と があ る 。 例 え ば 、 ﹁手 を 出 す ﹂ は 、 ﹁ポ ケ ット か ら 手 を 出 す ﹂ と いう 時 のよ う に 固 有 の意 味 に
(=取 リ 扱 イ ニ困 ル)﹂ な ど
使 わ れ る こと は勿 論 あ る が 、 ﹁株 に 手 を 出 す ﹂ と か ﹁つま ら ぬ 女 に 手 を 出 す ﹂ と か いう よ う に、 何 か 物 事 に 関 係
を も つと いう 意 味 を 表 わ す こ と があ る 。 ﹁手 を 打 つ (=手 段 ヲ講 ズ ル)﹂、 ﹁手 を 焼 く
も 同 様 で あ る 。 こ の類 を イデ ィオム と か 慣 用句 と か いう 。 こ れ ら も 特 別 の意 味 を 持 つか ら に は 、 辞 書 と し て は 別
に掲 げな け れ ば いけ な い。 英 語 や フラ ン ス語 な ど の辞 書 に は 数 多 く の慣 用 句 が 掲 げ ら れ て いる 。 日本 語 の 辞書 は
今 ま で慣 用 句 を 掲 げ る こ と が 少 な か った 。 そ の大 き な 原 因 は あ ま り 研究 が進 ん で いな か った こと に よ る 。
慣 用句 のう ち で の特 に長 大 な も の は 、 ﹁こ と わ ざ ﹂ で 、 こと わ ざ は 何 ら か の教 訓 を 含 む こ と が 多 い。
三 日 本 語 の語 彙 の素 性
日本 語 の語 彙 は 、 大 き く 見 て 、 和 語 と 漢 語 と 洋 語 お よ び そ れ ら の 混 成 語 の 四 つ に分 け ら れ る 。
和 語 と は 、 生 粋 の 日本 語 と 言 う べき も の で、 外 国 と 言 語 の上 で の交 渉 の行 わ れ る 前 か ら 日本 語 の中 にあ った も
( 川 )、 ひ と (人 )、 い の ち ( 命 )、 あ る い は 、 ゆ ( 行 ) く 、 く (来 ) る、 あ る、 な い⋮ ⋮ な ど 、 言 葉 と 言 っ
の、 お よ びそ れ の変 形 、 組合 わ せ、 ま た は そ れ に見 習 って新 造 し た 単 語 であ る。 あ め ( 雨 )、 か ぜ ( 風 )、 や ま ( 山 )、 かわ
てま ず 思 い浮 か ぶ 言 葉 が そ れ で、 形 は ﹁か ( 蚊 )﹂ の よ う な 一音 節 のも の か ら ﹁あ お ば あ り が た は ね か く し ﹂ と
言 った 長 大 な も の に 及 ぶ。 文 法 的 職 能 で言 う と 、 名 詞 ・動 詞 ・形 容 詞 ⋮ ⋮と 言 った す べ て の 品詞 に わ た って存 在
し 、 こ と に、 助 詞 ・助 動 詞 のよ う な 付 属 語 と 言 わ れ る 単 語 は 、 す べ て 和 語 ば か り と 言 って よ い。 動 詞 ・形 容 詞 の
よ う な 言 葉 も 、 複 合 語 に は、 漢 語 や洋 語 に 由 来 す る も の が あ る が、 そ れ でも ﹁⋮ ⋮ す る ﹂ と か ﹁⋮ ⋮ な ﹂ と か い
う 語 尾 の部 分 はす べて 和 語 に 由 来 す る も の であ る 。 使 用頻 度 数 から 行 く と 、 名 詞 な ど でも 頻 度 の高 いも の は 、 和
語 が 大 部 分 を 占 め る か ら 、 日 常 の言 語 生 活 でも 、 は な は だ 重 要 な 部 分を 占 め る と 言 わ な け れ ば な ら な い。 こ れ ら
は ま た 派 生 語 を 作 り 複 合 語 を 作 る が、 和 語 の複 合 語 は は じ め て 耳 に し て も 、 そ の意 味 が 明瞭 であ る の が特 徴 で あ
り 、 長 所 で あ る 。 先 の ﹁山 里 育 ち ﹂ ﹁は ぐ れ 狐 ﹂ な ど いず れ も そ の例 だ 。 意 味 が わ か り や す いた め に、 そ れ ら は 辞 書 に掲 載 さ れ な い のが 普 通 であ る 。
次 に 漢 語 は 字 音語 と も 言 い、 上 代 、 大 陸 と 交 際 が 開 け て以 来 、 中 国 か ら 、 直 接 に ま た は 間 接 に輸 入 さ れ た単 語 、
お よ びそ れを 真 似 て作 った 単 語 で あ る 。 中 国 か ら 入 って来 た 単 語 は す べ て漢 字 で 書 か れ る単 語 と し て 入 って来 た
も の で、 日本 出 来 の漢 語 も 漢 字 を も と に し て作 ら れ た 。 ﹁天 地 ﹂ と か ﹁太 陽 ﹂ と か 、 あ る い は ﹁立 春 ﹂ と か ﹁風
雨﹂ と か いう のは 、 中 国 か ら 来 た オ ー ソド ック スな 漢 語 であ る 。 こう いう も の は 、 中 国 で は 必 ず し も 単 語 で は な
いが 、 少 な く と も 中 国 人 に意 義 が 通 じ る単 語 であ る。 これ に対 し て 、 ﹁火 事 ﹂ ﹁油 断 ﹂ な ど は 、 日 本 で作 った 漢 語 で、 いわ ば和 製漢 語 で あ る 。
中 国 か ら 来 た 漢 字 は も と も と 中 国 語 で発 音 さ れ た も の で、 昔 の中 国 語 そ のま ま だ った は ず で あ る が、 日 本 に渡
来 し てか ら 、 日 本 化 し 、 ま た 日本 で ほ か の和 語 と 同 じ よ う に変 化 し た の で、 今 で は 口 で 発 音 し た の で は 多 く は 中
国 人 に は 通 じ な く な って いる 。 ﹁豆 腐 ﹂ や ﹁欄 干 ﹂ のよ う に、 ほ と ん ど む こ う と 発 音 の上 で 変 わ り が な いも のは
で は古 語 にな って し ま って いる も のも あ る が、 学 問 のあ る 人 は みな わ か る。 そ れ に対 し て 、 和 製 漢 語 は必 ず し も
珍 し い。 た だ し 、 口 で発 音 し ても わ か ら な いも の でも 漢 字 を 使 って 文 字 で書 け ば 通 じ る は ず であ る 。 中 に は 中 国
通 じ な い こと 、 ﹁テ ー ブ ル ス ピ ー チ ﹂ や ﹁オ ー ルド ミ ス﹂ が ア メ リ カ 人 に 通 じ な い のと 同 様 であ る 。 本 来 の 漢 語
と 和 製漢 語 の 区 別 は 、 一つ 一つの単 語 に つ いて も っと 明 ら か にす べき も の で あ る 。
和 製 漢 語 は 、 明 治 維 新 に 欧 米 の文 物 を 輸 入 し 、 た く さ ん の ヨ ー ロ ッパ系 の外 国 語 に 接 し た 時 に た く さ ん でき た 。
ヨー ロ ッパ語 の ま ま 取 り 入 れ た の で は 、 わ か り に く く 、 と 言 って、 和 語 に は 訳 し にく い。 と いう わ け で漢 字 の力
を 借 り て 、 漢 語 を 新 造 し た 。 ﹁哲 学 ﹂ ﹁科 学 ﹂ ﹁文 化 ﹂ ﹁社 会 ﹂ な どす べ て そう であ る。 こ の傾 向 は 以 後 も つづ き 、
﹁映 画 ﹂ ﹁放 送 ﹂ な ど も す べて 和 製 漢 語 であ る。 こ のよ う な 漢 語 は 朝 鮮 語 に輸 出 さ れ 、 ま た 、 中 国 に逆 輸 入 さ れ た も の も あ る。
こ のよ う に し て 数 多 く の和 製 漢 語 が でき た こと から 、漢 語 の 数 は 非 常 に 多 い。 日本 語 の 一般 の辞 典 を 見 る と 、
和 語 の数 を 遙 か に 超 過 し て い る。 日 常 使 わ れ て い る単 語 の延 べ 総 数 で は、 そ れ ほど の こと は な い が、 新 聞 そ の他
に 用 いら れ る も のは 相 当 の数 に達 す る 。 こ れ は 、 朝 鮮 語 ・ベト ナ ム語 そ の 他 、 中 国 語 の隣 に 位 置 し 、 中 国 文 化 の 影 響 を 大 き く 受 け た 民 族 の言 語 に 共 通 の性 質 であ る。
一般 の 日本 人 は 、 漢 語 を 和 語 同 様 固 有 の 日本 語 と 思 い こん で いる 傾 向 が あ る 。 片 仮 名 の単 語 の排 撃 を 叫 ぶ人 た
ち も 漢 語 は排 斥 す る のを 忘 れ て いた 。 第 二 次 世 界 大 戦 末 期 の こ ろ 、 何 で も 外 来 語 は いけ な いと 言 う こ と で、 野球
和 製 漢 語 であ る が 、 そ のも と は漢 語︱
と いう 外 来 語 であ る こ
用 語 も スト ラ イ ク と か ボ ー ル と か は す べ て 言 い換 え ら れ る 一幕 が あ った が 、 そ の 時 も スト ラ イ ク は ﹁正 球 ﹂、 ボ ー ルは ﹁悪 球 ﹂ と な って 、 これ ら が 実 は漢 語︱ と は 頭 にな か った よ う で あ る 。
漢 語 は 中 国 文 化 に 対 す る 尊 崇 の気 持 か ら 、 和 語 よ り 一段 高 いも の と 見 ら れ て 来 た 。 そ のた め に、 ﹁今 日﹂ は
﹁き ょう ﹂ よ り 、 ﹁昨 日﹂ は ﹁き のう ﹂ よ り 格 が 上 と いう わ け で、 ﹁今 日﹂ ﹁昨 日 ﹂ の方 は ﹁昨 日 は 参 り ま せ ん でし
た ﹂ と いう よ う な 丁 寧 体 の文 脈 だ け に 用 いら れ た 。 ﹁昨 日 は 行 か な か った よ ﹂ の よ う な 文 脈 に は ﹁き のう ﹂ の方
が 用 いら れ る 。 ﹁や ど や ﹂ よ り も ﹁旅 館 ﹂ の ほ う が立 派 そ う な 感 じ が し 、 ﹁ち か め ﹂ と いう よ り ﹁近 眼 ﹂ の方 が 言 わ れ ても 不 快 で はな いと いう よ う な のも そ の流 で あ る 。 失 念 と いえ ば 聞 き よ い物 忘 れ と いう 川 柳 も こ の 間 の消 息 を 物 語 る 。
漢 語 は、 漢 字 音 を 組 合 わ せ て いく ら でも 作 ら れ る が 、 漢 字 一字 は 二 音 節 のも のが 多 く 、 一音 節 のも の が こ れ に
次 ぐ の で、 これ を 組合 わ せ る こ と か ら 、 四 音 節 のも のと か 三 音 節 のも の が圧 倒的 に 多 く 、 漢 字 一字 の音 は、 現 在
で は 音 が 限 ら れ て いる の で、 同 音 語 が 多 い。 ﹁シ セイ ﹂ と か ﹁コウ ソ ウ﹂ な ど と いう 項 に は 、 二 十 幾 つ の単 語 が
並 ん で いて盛 観 であ り 、 ﹁礼 遇 ﹂ と ﹁冷 遇 ﹂ な ど は 意 味 が 正 反 対 、 ﹁令 兄 ﹂ と ﹁令 閨 ﹂ な ども 誤 解 を 起 こす 。
漢 語 の中 に は も と 中 国 で外 来 語 だ った も の があ る 。 目 立 つ のは 古 代 イ ンド か ら の転 来 語 で 、 ﹁菩 薩 ﹂ ﹁袈 裟 ﹂ の
よ う な 仏 教 関 係 の単 語 で あ る 。 ま た、 ﹁葡 萄 ﹂ や ﹁琵 琶 ﹂ のよ う な 西 域 地 方 か ら の外 来 語 も あ る 。 こ れ ら の 語 の 一つ 一つの漢 字 は 意 味 を も た な い。
漢 語 は、 そ の伝 来 の 時 期 のち が い に よ って 呉 音 ( 奈 良 時 代 以 前 ) のも の、 漢 音 (平 安 時 代 ) のも の、 唐 宋 音
(鎌 倉 時 代 ・室 町 時 代 ) のも の、 お よ び 明 治 以 後 の現 代 音 のも の があ る 。 ﹁極 楽 ﹂ ﹁人 形 ﹂ ﹁天 井 ﹂ な ど は 呉音 の漢
語 、 ﹁生 命 ﹂ ﹁成 功 ﹂ ﹁文 章 ﹂ ﹁明白 ﹂ な ど は 漢 音 の漢 語 で あ る 。 ﹁兄 弟 ﹂ のよ う な 単 語 に な る と ﹁キ ョウ ダ イ ﹂ と
いう 呉 音 の読 み方 と 、 ﹁ケイ テイ ﹂ と いう 漢 音 の読 み 方 と 二 つあ る。 ﹁強 力 ﹂ も ﹁ゴ ウ リ キ ﹂ は 呉 音 読 み、 ﹁キ ョ
ウ リ ョク ﹂ は 漢 音 読 み であ る 。 唐 音 の漢 語 の例 は ﹁蒲 団 ﹂ ﹁椅子﹂ ﹁普請﹂ な ど があ る 。 ま た ﹁面子﹂ や ﹁焼売 ﹂
﹁ 高 梁 ﹂ ﹁老 酒 ﹂ は 明治 以 後 渡 来 し た 中 国 語 であ る が 、 これ ら は 中 国 か ら 渡 来 し た 外 国 語 と 見 ら れ 、 仮 名 書 き の 場 合 、 片 仮 名 で書 か れ る点 で 異 彩 があ る 。
﹁兜 ﹂ な ど が 入 っ て き た と さ れ る 。 た だ し 、 漢 語 の う ち の 呉 音 読 み さ れ る も の
﹁ラ ッ コ﹂ の よ う な 北 海 の 産 物 類
東 洋 諸 民 族 か ら 入 って 来 た も の と し て は 、 中 国 語 の ほ か に ア イ ヌ語 や 朝 鮮 語 か ら の 輸 入 語 も あ る は ず で あ る が 、
﹁寺 ﹂ や
こ れ は 中 国 語 に 比 べ る と 著 し く 少 な い。 ア イ ヌ 語 か ら は わ ず か に ﹁こ ん ぶ ﹂ や があ り、朝鮮 語 からは
は 、 上 代 、 朝 鮮 語 を 通 し て 入 っ て き た も の が 大 部 分 で そ の 影 響 は 大 き い と 言 わ な け れ ば な ら な い。
こ れ に 対 し て 洋 語 の 方 は 、 一部 は 戦 国 時 代 以 来 、 ポ ル ト ガ ル 語 ・ ス ペ イ ン語 ・オ ラ ン ダ 語 か ら 、 大 部 分 は 明 治
維 新 以 後 、 英 語 を は じ め と し て ド イ ツ 語 ・フ ラ ン ス 語 ・イ タ リ ー 語 ・ ロ シ ア 語 な ど か ら 多 く の 語 彙 が 入 っ て き た 。
外来 語と 普 通 に呼 ば れ て いる が 、 漢 語 も 実 は 外 来 語 であ る か ら 洋 語 と 呼 ぶ 方 が 正 し い。
英 語 か ら 来 た も の は 、 そ の 数 が 最 も 多 く 、 明 治 の こ ろ は 新 し い 機 械 ・道 具 類 、 社 会 制 度 の 名 、 科 学 ・哲 学 上 の
思 想 な ど の 名 が 多 か った が 、 現 在 で は 諸 文 化 全 般 に わ た って い る と 言 っ て い い 。 戦 後 は ア メ リ カ か ら 入 った 米 語
も あ り 、 ﹁サ ッカ ー ﹂ ﹁カ ク テ ル ﹂ ﹁ナ ン セ ン ス ﹂ の よ う に 、o を aに 発 音 す る こ と で 著 し い 。 早 く 入 っ た 言 葉 で
は 、 ﹁ジ ャ ズ ﹂ ﹁ギ ャ ン グ ﹂ ﹁チ ュー イ ン ガ ム ﹂ ﹁リ ン チ ﹂ な ど は ア メ リ カ 色 が 濃 い。 ﹁エ レ ベ ー タ ー ﹂ な ど は 、 イ ギ リ ス で は 通 じ に く い米 語 で あ る 。
ポ ルト ガ ル 語 ・ス ペ イ ン 語 ・オ ラ ンダ 語 は 、 先 方 か ら 輸 入 さ れ た 文 物 の 名 前 ま た は キ リ ス ト 教 用 語 で 、 ﹁パ ン ﹂
﹁ボ タ ン﹂ は ポ ル ト ガ ル 語 、 ﹁メ リ ヤ ス﹂ は ス ペ イ ン 語 、 ﹁ガ ラ ス ﹂ ﹁ゴ ム ﹂ ﹁コ ップ ﹂ は オ ラ ン ダ 語 か ら の 外 来 語
だ った 。 一番 古 いポ ル ト ガ ル 語 か ら の 外 来 語 に は 、 ﹁き せ る ﹂ ﹁た ば こ ﹂ の よ う に 、 平 仮 名 で 書 か れ る ほ ど 和 語 の よ う に 帰 化 し て し ま った も の も あ る 。
﹁ゲ レ ン デ ﹂ ﹁シ ャ ン ツ ェ﹂ の よ う な 登 山 ・ス キ ー 用 語 、 ﹁ア ル バ イ ト ﹂ ﹁シ ャ ン﹂ の よ う な 学 生 用
ド イ ツ 語 は 、 ﹁ガ ー ゼ ﹂ ﹁ラ ッ セ ル ﹂ の よ う な 医 学 用 語 、 ﹁ゾ ル レ ン ﹂ ﹁ザ イ ン ﹂ の よ う な 哲 学 用 語 、 ﹁ザ イ ル ﹂ ﹁ピ ッ ケ ル ﹂ や
語 が 多 い。 フ ラ ン ス 語 は 、 ﹁ア ト リ エ﹂ ﹁ク レ ヨ ン ﹂ な ど の よ う な 芸 術 用 語 、 ﹁デ ビ ュー ﹂ ﹁ル ポ ル タ ー ジ ュ﹂ ﹁ピ
エ ロ ﹂ の よ う な 文 芸 ・演 劇 用 語 、 ﹁コ ロ ッ ケ ﹂ ﹁ア ラ カ ル ト ﹂ ﹁コ ニ ャ ッ ク ﹂ の よ う な 料 理 用 語 、 ﹁ル ー ジ ュ﹂ ﹁ネ
グ リ ジ ェ﹂ のよ う な 美 容 ・服 飾 用 語 に 多 く 、 古 く は ﹁ゲ ー ト ル﹂ ﹁マ ント ﹂ のよ う な 軍 隊 用 語 が 少 し あ った 。 イ
と 言う
タリ ー語 は 、 ﹁オ ペ ラ﹂ ﹁ソプ ラノ ﹂ のよ う な 音 楽 用 語 が 多 く 、ロ シ ア語 は 、 ﹁イ ン テ リ ゲ ンチ ャ﹂ ﹁カ ン パ﹂ のよ う な 思 想 用 語 が 多 い。
洋 語 は 日本 語 に 入 った 時 に 、 発 音 が 日本 語 式 にな る と 同 時 に 意 義 も 原 語 の場 合 と 変 わ る こ と があ る︱
よ り 変 わ る こ と が多 い。 ﹁ト ラ ンプ ﹂ は 英 語 で は ﹁切 り 札 ﹂ と いう 意 味 で あ る が 、 日本 語 で は ﹁切 り 札 遊 び を す
る カ ー ド ﹂ の こと に な った 。 ﹁タ ク ト ﹂ は ﹁拍 子 ﹂ の意 味 か ら ﹁指 揮 ﹂ ﹁指 揮 棒 ﹂ の意 味 に な った 。 そ のく ら いで
あ る か ら 、 洋 語 のう ち に は 、 も と は 同 じ で も ち がう 言 語 か ら輸 入 し た た め に形 も 意 義 も ち が った も のに な ったも
のも あ る。 ポ ルト ガ ル語 の カ ルタ 、 英 語 のカ ー ド 、 ド イ ツ 語 のカ ル テ は そ の例 であ る 。
洋 語 は、 片 仮 名 で書 か れ る のを 原 則 とす る 。 漢 語 に 、 転 来 の漢 語 があ った と 同 様 に洋 語 に も 転 来 の洋 語 があ る 。
﹁た ば こ ﹂ は も と ア メリ カイ ン デ ィ ア ン の単 語 がポ ルト ガ ル語 を 通 って 日本 語 に 入 った も の、 ﹁タ ブ ー ﹂ は ポ リネ シ ア 語 が英 語 を 通 って 日 本 語 に 入 ってき た も の であ る 。
漢 語 に和 製 漢 語 が多 か った よ う に、 洋 語 に も 和 製洋 語 が こ と に 近 ご ろ は 多 く 生 ま れ て お り 、 ﹁テ ー ブ ル スピ ー
チ﹂ ﹁サ ラ リ ー マ ン﹂ ﹁レ コー ド コ ンサ ー ト ﹂ ﹁ゴ ー スト ップ ﹂ な ど は イ ギ リ ス人 に も ア メ リ カ 人 にも 通 じ な い英
語 で あ る 。 中 に は ﹁カ フ スボ タ ン﹂ や ﹁テ ー マソ ング ﹂ のよ う に 国 籍 の ち が った も のを 組 合 わ せ た も のも あ る。
以 上 に述 べた 和 語 ・漢 語 ・洋 語 は 、 日本 語 の語 彙 を 構 成 す る 三 要 素 で あ る が 、 時 に は これ ら が 組 合 わ せ ら れ て
一語 を 作 る こ と も あ る 。 和 語 と 漢 語 の組 合 わ せ は こ と に 多 く 、 ﹁重 箱 ﹂ ﹁縁 組 ﹂ ﹁手 数 ﹂ ﹁結 納 ﹂ な ど いず れ も そ
の例 であ る が 、 一般 の人 は そ の 不 調 和 を 感 じ な い ほど で あ る 。 ﹁重 箱 ﹂ ﹁縁 組 ﹂ のよ う に 漢︱ 和 の構 成 の も のを 重
箱 読 み の単 語 と い い、 ﹁手 数 ﹂ ﹁結 納 ﹂ のよ う に 和︱ 漢 の複 合 語 を 湯桶 読 み の単 語 と いう 。 ﹁花 形 ス ター ﹂ は 和 語 と
洋 語 の複 合 語 、 ﹁シ ャ ン ソ ン歌 手 ﹂ は洋 語 と 漢 語 の複 合 語 、 ﹁貸 し ボ ー ト 業 ﹂ と な る と 、 和 語 と洋 語 と 漢 語 の複 合 語である。
四 日 本 語 の 語 彙 の 形 態
日本 語 の 語彙 は 、 短 小 な も の は 単 音 節 のも のか ら 、 長 大 な も のは 二 十 音 節 ぐ ら いな も の に 及 ぶ。 一番 長 いも の
は ﹁塩 酸 パ ラ ア ミ ノ ベ ンゾ イ ル=ジ=エチ ル=ア ミ ノ=エタ ノー ル﹂ だ そ う で あ る が 、 も っと 長 い のも 工夫 す れ ば作
ること ができよ う ( 右 の名 は普 通 ﹁ノ ボ カ イ ン﹂ ︹ 商標名︺と 呼 ば れ る 薬 の名 の 正 式 名 称 の よ し )。 日本 語 に 単音
節 語 が 少 な い こと は中 国 語 や 英 語 な ど と ち が う 。 こ れ は 音 節 の組 織 が簡 単 で (標 準 的 な 形 は 一子 音+ 一母 音 か ら
( 粉 ) と か カ イ コ (蚕 ) と か ナ マ コ ( 海 鼠 ) と か いう 形 で 発 音 さ れ て い る。 一つ
成 る )、 そ れ も 短 く 発 音 さ れ る こと に よ る 。 そ のた め に古 く コ (子 ・粉 ・蚕 ・海 鼠 ・此 ) と 呼 ば れ た 単 音 節 語 は、 後 世 、 コド モ (子供 ) と か コナ
の意 味 を も った 単 語 は 、 原 則 と し て ヤ マ ( 山 )・カ ワ (川 ) のよ う な 二音 節 であ り、 コ コ ロ (心 )・イ ノ チ (命 )
のよ う な 三 音 節 語 で も そ れ 以 上 切 れ 目 のわ か ら な いも のも あ る 。 一方 長 い形 の単 語 も 、 省 略 語 の形 で用 いら れ る
こ と が 多 い こと は前 に 述 べ た と お り であ る 。 漢 語 に 四 音 節 のも の が多 く 、 略 語 に 四 音 節 のも の が 多 い の で、 日 本
語 に は 四 音 節 語 が 猛 烈 に多 いこ と にな る 。 国 語辞 典 では ペー ジ によ っては 四音 節 語 が 肩を 並 べ て いる が、 日 本 語 な ら で は の奇 観 であ る 。
上 代 の日 本 語 に は 、 ラ行 音 で は じ ま る も の はな か った 。 し た が って 和 語 に は ラ 行 音 で は じ ま る も の は 皆 無 で、
﹁ら く だ ﹂ ﹁りん ご ﹂ ﹁ルビ ー ﹂ ﹁レ モ ン﹂ な ど は あ と から 入 ってき た漢 語 ま た は 洋 語 で あ る 。
ガ行 音 ・ザ行 音 ・ダ 行 音 ・バ行 音 で は じ ま る も のも な か った と いう の が定 説 であ る 。 た だ し 、 現 代 語 に は 、 和
語 でも そ う いう 音 では じ ま る も の が あ る 。 ﹁げ じ ﹂ ﹁じ ゃり ﹂ ﹁ど う ﹂ ﹁ぶ り ﹂ な ど が そ れ であ る 。 方 言 に は 古 く か ら そう いう も の が あ って、 そ れ が中 央 語 に 入 った も の と 思 う 。
はね る 音 ・つま る 音 ・引 く 音 は漢 語 渡 来 以 前 の 日本 語 に は 全 然 な か った と 考 え ら れ る 。 こ れ ら は 漢 語 の渡 来 と
と も に 入 って 来 た も の で、 今 でも 、 漢 語 に は 、 本 来 のも の和 製 のも のを 通 じ て こ の種 の音 節 が 多 い。 和 語 の ﹁と
ん ぼ﹂ ﹁切手 ﹂ な ど は 、 いず れ も 漢 語 の輸 入 以 後 、 日 本 語 の中 に 発 生 し た 単 語 で あ る 。 は ね る 音 ・つま る 音 ・引 く 音 は 、 洋 語 のう ち に も 多 く 現 わ れ る。
次 に 日本 語 では 同 音 の繰 り 返 し か ら で き て い る 語 が 多 いこ と がし ば し ば 指 摘 さ れ る 。 今 の ﹁し ば し ば ﹂ も そ の
例 であ る が 、 畳 語 と 呼 ば れ るも のが これ で あ る 。 そ の例 は至 る と こ ろ に 見 ら れ る 。 英 語な ど に は ほ と ん ど 見 ら れ
な いと こ ろ で 、 二 音 節 語 の繰 り 返 し は 、 朝 鮮 語 ・イ ンド ネ シ ア 語 な ど と 共 通 の性 格 であ る 。 畳 語 の中 には 和 語 の も のと 漢 語 のも の があ り 、 次 の よう な 種 類 に 分 け ら れ る 。 ( 1) 同 じ 種 類 のも のが 幾 つか あ る こ とを 表 わ す も の。 山山 人人
こ ろ り こ ろ り (言 いわ け を ) し いし い
( 2)繰 り 返 し を 表 わ す も の。
(3)動 作 の連 続 を 表 わす も の。 泣 く 泣 く ご ろ ご ろ (こ ろ が る ) (4 ) そ う いう 様 子 であ る こ と を 表 わ す も の。 つ る つる べと べ と ば ら ば ら 漢 語 に は こ の種 類 のも の が 多 い。 悠 悠 堂 堂 洋 洋 ( 5) ﹁いか にも ⋮ ⋮ ﹂ の意 味 を 表 わ す も の。 赤 赤 生き 生き しず しず ( 6)意 味 を 強 め るも の。
昔 昔 先先 平平凡 凡 畳 語 に 準 ず る も の で同 じ よ う な 形 を 繰 り 返す も のも あ る 。 あ け す け て き ぱ き む ち ゃく ち ゃ や き も き て ん や わ ん や
漢 語 でも 、 ﹁逍 遙 ﹂ ﹁蹌踉﹂ な ど は そ の 例 であ る 。 ﹁参差 ﹂ ﹁躊 躇 ﹂ ﹁流 離 ﹂ のよ う な も のも 、 元 来 こ れ と 同 じ 種 類 のも の であ る 。
日本 語 の語 彙 は 、 文 法 的 職 能 の上 か ら 、 名 詞 ・動 詞 ・形 容 詞 ・形 容 動 詞 ⋮ ⋮ な ど に 分 け ら れ 、 こ のう ち 動 詞 と
形 容 詞 と 形 容 動 詞 は 、 語 形 変 化 を す る と いう 形 態 の上 で 特 殊 な 形 を そ な え て い る。 こ れ ら のほ か に 形態 上 著 し い
特 色 を も つ語彙 に擬 声 語 ・擬 態 語 の類 があ る 。 擬 声 語 ・擬 態 語 に つ いて は 別 に述 べる 。
と こ ろ で 日 本 語 に は 単 音 節 語 に 限 ら ず 同 音 語 が 多 い こ と で 有 名 で あ る 。 ア ク セ ン ト を 無 視 す れ ば 、 ﹁箸 ﹂ と
﹁端 ﹂ と ﹁橋 ﹂ は 同 音 語 で あ り、 漢 語 を 例 に と るな ら ば、 ﹁関 心 ﹂ ﹁寒 心 ﹂ ﹁感 心 ﹂ ﹁歓 心 ﹂ な ど 意 義 も 似 て い て は
ョ ンに 支 障 を 来 す 。 明治 十 年 の 西南 の役 は、 中 央 政 府 か ら 、 鹿 児 島 県 に 視 察 に行 って いた も の に打 った 電 文 ﹁視
な は だ 紛 ら わ し い同 音 語 で 、 こ れ ら は ア ク セ ント も 同 一であ る。 同 音 語 の多 い こ と は 、 し ば し ば コミ ュ ニケ ー シ
察 を 遂 げ た ら 帰 れ ﹂ と 言 う のを 郵 便 局 員 が ﹁刺 殺 を 遂 げ た ら 帰 れ ﹂ と 受 け 取 り 、 騒 ぎ 立 て た こ と か ら 起 こ った と
伝 え る 。 し か し 一方 、 同 音 語 の 多 い こと は 種 々言 葉 の遊 戯 を 生 み 、 ま た幾 桁 も あ る 数 字 を こ じ つけ て 読 み、 暗 記 す る の に便 利を 与 え て いる 。 同 音 語 と は 行 か ぬ 類 音 語 な ら ば そ の数 はま す ま す 多 い。
次 に 日本 語 は 、 片 仮 名 ・平 仮 名 と いう 二 種 の仮 名 と 漢 字 で書 か れ る のが 表 記 法 の大 本 であ る 。
日本 人 は古 く 中 国 文 化 を 尊 崇 す る あ ま り 、 な る べ く 漢 字 を 使 って言 葉 を 書 き 表 わ そ う と 心 が け た 。 中 国 伝 来 の
漢 語 を 、 漢 字 で表 記 す る の はや む を え な い。 日本 で で き た 和 製 漢 語 も こ れ に準 ず る 。 し か し 、 固 有 の和 語 ま で 漢
字 で 書 こう と し た 。 ﹁ヤ マ﹂ を ﹁山 ﹂ と 書 き 、 ﹁カ ワ ﹂ を ﹁川 ﹂ と 書 く のは そ の例 で 、 漢 字 の 訓 読み と いう の は 、
漢 字 を あ て た 和 語 で読 む こ と であ る。
中 国 か ら 漢 字 を 輸 入 し た 国 は 日本 だ け で は な い が、 こ の訓 読 み は いか にも 珍 し いこ と であ る。 朝 鮮 も 漢 字 を 輸
入 し て 文 字 と し て 使 った が 、 漢 字 を あ て る の は中 国 か ら 来 た 、 いわ ゆ る 漢 語 だ け であ った 。 だ か ら そ の読 み 方 は 、
比 較 的 や さ し い。 日 本 語 は漢 字 を 固 有 の和 語 を 表 わ す の に も 使 った た め に、 た と え ば 、 ﹁山 ﹂ と いう 語 を ﹁サ ン﹂
と いう 漢 語 と し て読 む 場 合 のほ か に、 ﹁ヤ マ﹂ と いう ま った く 音 の ち が う 和 語 を 表 わ す た め にも 使 う に 至 った 。
同 一の文 字 を こ のよ う にま った く ち が った 音 の表 記 に使 う 民 族 は 世 界 中 日本 を お い て他 に は な い。
明 治 以前 は 女 性 は な る べく 平 仮 名 を 多 く 使 って 文 章 を 書 く 習 慣 があ った 。 一体 、 日本 語 は す べて 仮 名 で書 く こ
と が でき る は ず で、 事 実 、 和 語 は 仮 名 で 書 く こ と も 多 い。 そ のた め に 同 じ ﹁ヤ マ﹂ と いう 言 葉 は ﹁山 ﹂ と書 か れ
て も ﹁や ま ﹂ と 書 か れ ても 両 方 と も 間 違 い でな いと いう 性 質 を も つ。 戦 後 の 現 在 で は 当 用 漢 字 音 訓 制 定 以 来 、
﹁山﹂ と 書 く 方 を優 位 と し て は いる が 、 し か し ﹁や ま ﹂ と 書 い て は 間 違 いだ と は き め つけ ら れ な い状 態 にあ る 。
﹁山﹂ と ﹁や ま ﹂ と は 見 た 目 が ま った く ち がう 。 こ の よ う な ま った く ち がう 文 字 が 、 同 一の ﹁ヤ マ﹂ と いう 言 葉
を 表 わ す と いう こ と は 、 紀 元前 の バ ビ ロ ニア 、 あ る い は マヤ 王 朝 の メ キ シ コを 除 い て は ま れ な こと と さ れ る 。
以 前 に は 、 こ の漢 字 と 仮 名 の使 い分 け を有 効 に使 う 習 慣 が あ った 。 ﹁山 の あ な た ﹂ の詩 で は 、 山 のあ な た の空 遠 く ﹁幸 ﹂ 住 む と 人 の い ふ。 噫 、 わ れ ひ とゝ 尋 め ゆき て、 涙 さ し ぐ み か へり き ぬ 。 山 のあ な た にな ほ遠 く ﹁幸 ﹂ 住 む と 人 の いふ 。
で、 ﹁ヒト ﹂ と いう 語 を ﹁人 ﹂ と ﹁ひ と ﹂ と 書 き 分 け る こと に よ って 別 種 の ヒ ト であ る こ と を 表 わ す の は そ の類
である。
と こ ろ で 和 語 のう ち で当 て る べき 適 当 な 漢 字 のな い場 合 に は 、 日本 で 漢 字 の よう な 文 字 を 新 作 し た も のも あ る 。
いわ ゆ る 国字 と いわ れ る も の で 、 ﹁峠 ﹂ ﹁榊 ﹂ ﹁鰆 ﹂ ﹁躾 ﹂ な ど が こ れ で あ る 。 こ れ ら は 訓読 み は あ って も 、 音 読
み を し な い の が原 則 で あ る。 木 偏 の文 字 、 魚 偏 の 文 字 に国 字 が 多 いの は いか にも 日 本 民 族 の生 活 を 反 映 し て いて お も し ろ い。
し か し ま た 、 適 当 な 漢 字 が な いた め に 、 す で に 一つの和 語 を 表 わ す た め に使 用 し て いる 文 字 を 他 の和 語 の表 記
にも 流 用 し て いるも のも あ る。 ﹁上 ﹂ と いう 文 字 を ﹁ウ エ﹂ の ほ か に ﹁カ ミ﹂ と も 読 む の は そ の例 で あ る。 そ の
た め に 、 ﹁上村 ﹂ と いう 苗 字 に ﹁ウ エム ラ ﹂ か ﹁カ ミ ム ラ﹂ か 分 か ら ぬ と いう 不便 を 来 し た。
さ ら に 適 当 な 漢 字 がな い場 合 、 二 つ の漢 字 を 結 び つけ て 、 そ れ ら の漢 字 が表 わ す 音 と は 全 然 別 の単 語 を 表 わ す
場 合 が あ る 。 ﹁明 日 ﹂ と 書 いて ﹁ア シ タ﹂ と よ み、 ﹁海 苔 ﹂ と 書 いて ﹁ノ リ﹂ と よ み、 ﹁時 雨 ﹂ と 書 いて ﹁シ グ レ﹂
と よ む のは そ の類 であ る。 これ ら を 熟字 訓 と 言 う 。 熟 字 訓 の例 は 、 動 植 物 名 、 特 に海 産 物 の名 、 あ る いは 雨 の種
類 を 表 わ す のに 多 く 使 わ れ る の は 、 日 本 人 の 生 活 ぶ り の特 色 を よ く 表 わ し て い る。
以 上 のよ う な 様 々 の無 理 が原 因 で 、 日本 語 の単 語 の 漢 字 表 記 は き わ め て複 雑 な も の に な って いる 。 ﹁日 ﹂ と い
う 一つ の漢 字 は 、 ﹁ジ ツ﹂ ﹁ニチ ﹂ と いう 音 読 み 、 ﹁ヒ﹂ と いう 訓 読 み の ほ か に、 ﹁二 日 ﹂ ﹁三 日﹂ の場 合 は ﹁カ﹂
を 表 わ し 、 ﹁明 日 ﹂ と いう と き は 全 体 で ﹁ア ス﹂ と いう 音 に な り 、 ﹁日本 ﹂ と いう 時 は 全 体 で ﹁ヤ マト﹂ と いう 読
み 方 にな る 。 ﹁日 月 ﹂ と 書 いて ﹁タ チ モリ ﹂ と 読 む 苗 字 があ って 、 私 の 家 の 近 所 に も 日 月 紋 次 さ ん と いう 工 学 博
士 が住 ん で お ら れ る 。 ﹁日 ﹂ を ﹁タ チ ﹂ と は「一 日 ﹂ の ﹁タ チ ﹂ の活 用 であ る 。 ﹁月 ﹂ も モリ と 読 む の は、 ﹁つご
もり﹂を ﹁ 晦 月 ﹂ と書 く こと で も あ って 、 そ の ﹁月 ﹂ の読 み方 を 応 用 し た も の で あ ろ う か 。
一体 、 日 本 語 は中 国 語 と は は な は だ ち が った 言 語 であ った 。 た と え ば 中 国 語 は 語 形 変 化 を し な いが 、 日本 語 中
の動 詞 ・形 容 詞 な ど は 活 用 と いう 語 形変 化 を 行 う 。 そ れ を 漢 字 で表 わ そ う と す る か ら こ こ に大 き な 無 理 を 生 ず る 。
挙 句 の果 て、 動 詞 な ど の語 幹 の部 に は 漢 字 を 当 て、 活 用 す る 語尾 の部 分 は 仮 名 で書 く と いう 方 式 を 採 用 し た 。 い
わ ゆ る 送り仮 名 であ る が 、 ど の部 分 を 仮 名 で 表 わ す か に つ いて 一貫 し た法 則 を 立 て る こと が 困 難 で、 国 語 審 議 会 で の送 り 仮 名 の制 定 は難 渋 を き わ め た 。
べく 仮 名 で書 き 表 わ す よ う に と いう 方 針 が打 ち 出 さ れ て いる 。 助 詞 ・助 動 詞 ・感 動 詞 は いち おう 全 部 仮 名 、 形 式
と に か く 和 語 を 漢 字 で書 く こと に は い ろ いろ 無 理を 生 ず る 。 そ のた め に 、第 二次 世 界 大 戦 以 後 は 、 和 語 は な る
名 詞・ 補 助 動 詞 の類 も で き る だ け 仮 名 、 さ ら に副 詞 ・接続 詞 の類 、 代 名 詞 の類 ま で仮 名 書 き と いう こと に 一時 き
め ら れ た 。 ま た 名 詞 にお いて 熟 字 訓 は 一時 全 面的 に廃 止 さ れ 、 そ の他 、 植 物 名 ・動 物 名 な ど も 仮 名 書 き が原 則 と
な った 。 た だ し 仮 名 書 き があ ま り ふえ る と 、 かえ って読 み に く く な る こと か ら 、 最 近 、 熟 字 訓 の 一部 復 活 な ど 、 ち ょ っと 逆 コー ス ヘの道 を た ど って いる 。
和 語 は仮 名 のう ち 、 原 則 と し て 平 仮 名 を 使 う こ と に な って お り 、 片 仮 名 が書 か れ る の は 、 謡 曲 の ﹁シ テ ﹂ ﹁ワ
キ ﹂ そ の他 慣 用 のも のだ け に 限 ら れ て いる 。 一方 、 洋 語 はす べて 片 仮 名 で 書 か れ る のを 本 則 と す る。 洋 語 を 片 仮
名 で書 く と いう こと は 、 我 々 は ふ だ ん 見 馴 れ て いて 別 に異 と し な い が、 こ れ は 世 界 的 に 見 て ま た 珍 し い こと で あ
る。 こ れ ほ ど 自 分 の 固有 の言 葉 と 、 外 か ら最 近 入 って き た 言 葉 と を 別 な 文 字 で書 く と いう よ う にや かま し く 差 別 す る 民 族 は 、 は な は だ 珍 し い。
な お 洋 語 のう ち で、 P R と か P T A と か いう よ う な 類 は 、 ロー マ字 で書 か れ る の が 正 式 な 書 き 方 と し て き ま り つ つあ る 。
五 日 本 語 の 語 彙 の 意 義
一つ 一つ の単 語 は 意 義 を も った オト で あ る 。 た だ の オト で は 、 コミ ュ ニケ ー シ ョ ンの 用 を な さ な い、 言 葉 では
な い。 そ の意 味 で は意 義 こそ 単 語 の生 命 で あ る 。 辞典 では 、 意 義 の解 説 に 一番 主 力 を 注 ぐ 。
一つの単 語 の意 義 、 す な わ ち 語義 には 、 中 心 的 な 意 義 と 周 辺的 な 意 義 と が あ る 。 ﹁な の は な ﹂ と いう 単 語 は 、
も し 定 義 でも す る と 、 ﹁畑 に 栽 培 す る あ ぶ ら な お よ び そ の変 種 に 咲 く 花 ﹂ と な り 、 せ いぜ い、 春 に 咲 く 黄 色 の 花
だ と いう こ と にな る。 こ れ が こ の 単 語 の中 心 的 意 義 で あ る が、 我 々は こ の言 葉 に 接す る と 、 春 のう ら ら か な 時 候
を 思 い浮 か べ、 遠 く ま で 黄 色 のた た み を 敷 いた よ う に 咲 き 続 く 田 園 風 景 を 思 い浮 か べ、 花 に 遊 ぶ も ん し ろ ち ょう
の 姿 や 、 空 に さ え ず る ひ ば り の声 も 聞 こえ る よ う な 気 が す る。 これ は 周 辺 的 意 義 で あ る 。 そ う し た 明 る い楽 し い よ い感 じ を も つと す れ ば 、 これ は 語感 であ る。
わ れ わ れ が 文 学 作 品 を 味 わ う と き に は、 こ の周 辺 的 意 義 から 語 感 ま で 知 る こと が 必 要 であ る 。 菜 の花 や 小 学 校 の 昼 餉 時 ( 正岡子規) 遠 つあ ふ み 大 河 な が る る 国 な か ば 菜 の 花 さ き ぬ富 士 を あ な た に ( 与謝 野晶子) の よ う な 俳 句 や 短 歌 は 、 そ う いう 気 持 を も って よ ま れ た は ず であ る 。
国 語 の辞 典 に は こう いう 意 義 ま で 収 め る のが 理想 で あ る が、 こう いう こ と にな る と 個 人 に よ る ち が いも 多 いの
で、 一般 に で き る だ け 切 り つめ て 解 説 を 書 か ざ る を え な い の は 残念 であ る 。 個 人 に よ る と 言 え ば 、 会 田 雄 次 氏 に
よ る と 、 最 近 の大 学 生 のう ち に は 一面 に 咲 く 菜 の花 の黄 色 を 見 て 、 あ れ が 搾 取 の色 だ と 言 った も の が あ った と い う 。 と に かく 、 語 感 に 至 る 意 義 の 記 述 は 、 歳 時 記 の方 に ゆ だ ね る 。
一々 の単 語 は み な そ れ ぞ れ に意 義 は 一つず つと いう のが 理想 的 な 姿 であ る 。 そ う あ れ ば 意 思 の疎 通 は 誤 解 さ れ
ず に 行 わ れ る 。 理 想 的 な 言 語 エス ペラ ント な ど は そ う いう 言 語 体 系 を ね ら って作 ら れ て いる。 し か し 現 実 の言 語
で は 、 必 ず し も そ う は い って いな い。 多 く の単 語 は 二 つ の、 あ る いは そ れ 以 上 の意 義 を も って 使 わ れ て いる 。 日
常 頻 繁 に 使 わ れ る 単 語 ほ ど そ う で、 国 語 辞 典 で ① ② ③ と 項 目を 分 け て 解 説 を し て いる の は そ のよ う な 単 語 であ
る。 二 つ以 上 の意 義 を も つ単 語 を 多義 語 と 言う 。 こ れ は 一つの意 義 し か も た な い 一義 語 に対 す る 。 一義 語 は 科 学
上 の専 門 用 語 な ど に 多 い。
多 義 語 が で き る の は、 単 語 の意 義 が時 代 と と も に自 然 に 語義 変化 し て 新 し い意 義 に な る、 そ れ でも も と の意 義 にも 使 わ れ る こ と か ら 来 る 。
ま た 、 一つ の単 語 を 誰 か が 比 喩 的 に新 し い意 義 を も た せ て 転 用 し 、 そ れ が 固 定 し て 、 も と の意 義 と 共 存 し て い
﹁坊主 ﹂ は は じ め ﹁寺 の主 であ る僧 ﹂ の意 義 で あ った が 、 僧 一般 を さ す よう にな った も の。
る場 合 も 多 い。 こ こ に は 意 義 の変 化 は ど のよ う に行 わ れ る か に ち ょ っと 触 れ て おく 。 (一語 )義 の拡大
(二) 語 義 の縮 小 ﹁こ ろ も ﹂ は 元 来 衣 服 全 体 を さ し て いる が 、 今 は 僧 の 衣 服 だ け を さ す よ う に な った 類 。 ﹁車 ﹂
は 今 ﹁自 動 車 ﹂ の専 用 にな り か け て いる が 、 た だ し 、 も と の車 輪 の 回 転 で動 き 進 む 乗 物 の意 も 生 き て い る の で多 義 語 に な った 。
いる 。
( 三) 語義 の下落 ﹁おま え ﹂ は も と も と 相 手 に対 す る 敬 意 を 表 わ し て いた が、 現 代 で は 敬 意 を 表 わ さ な く な って
意 義 の転 用 に は 次 の例 が あ る 。
(一人 )間 に 関 す る 語彙 を 一般 の動 物 に、 ま た 、 人 間 ・動 物 に 関 す る 語彙 を 無 生物 に転 用。
た と え ば 、 ﹁あ し﹂ と いう 語 は 元 来 人 間 や 動 物 の ﹁足 ﹂ ﹁脚 ﹂ に だ け 使 って いた も のを 、 机 の足 のよ う に 無 生 物 に つ いて、 そ れ を さ さ え る 部 分 の意 義 に 転 用 し て いる 。
﹁種 ﹂ は も と も と 芽 を 出 し て新 し い植 物 体 に な る も のと いう 具 体 的 な 意 義 を も って いる が、 ﹁争 い の種 ﹂ ﹁心
( 二) 具 体 的 な 意 義 か ら 抽 象 的 な 意 義 に転 用 。
配 の種 ﹂ の よ う に、 あ る こと のも と にな る も の に使 った 例 。 こ のよ う な も のは 、 最 初 比喩 と 意 識 し て 使 って
いる 間 は 新 し い意 義 がま だ 生 じ た と は 言 いに く く 、 広 く 社 会 的 に 模 倣 し て 用 いら れ る よ う に な って は じ め て 新 し い意 義 が 生 ま れ た とす べき も の で、 そ の境 目 は難 し い。
ま た 、 単 語 の中 に は 、 形 の上 の省 略 が 行 わ れ る こと に よ って、 ほ か の単 語 と 同 じ 形 に な る こ と が あ り、 意 義 に
﹁首
果 物 の 一種 。 ②
色 の 名 。﹂ と い
(に す る )﹂ と だ け 言 う こ と も あ る
﹁だ い だ い﹂ と いう よ う に な った た め に 、 ﹁だ い だ い ﹂ と い う 単 語 が 、 ﹁①
共 通 点 が あ る 場 合 は 多 義 語 と 同 じ よ う な 結 果 に な る こ と が あ る 。 た と え ば 、 ﹁だ い だ い色 ﹂ と い う 名 前 の 色 を 、 ただ
﹁免 職 ﹂ と いう 新 し い意 義 が 増 加 し た 。
う 二 つ の 意 義 を も つ よ う に な った の は そ れ で あ る 。 ﹁首 を 斬 る ﹂ は 略 し て の で 、 ﹁首 ﹂ に も
﹁あ し た ﹂ と
﹁明 日 ﹂ の よ う な も の 、 ﹁み ち ﹂ と
﹁道 路 ﹂
意 義 の 面 に つ い て 述 べ る に あ た り 、 最 後 に 同 義 語 ・反 対 語 の 類 に つ い て 述 べ て お く 。 同 義 語 と は 、 形 は ち が う が 意 義 が 同 じ と い っ て も い い よ う な 語 で 、 ﹁あ す ﹂ と
の よ う な も の で あ る 。 も っ と も 意 義 は 同 じ と 言 っ て も 、 一方 の 代 わ り に 他 方 を 使 う こ と は 必 ず し も で き な い 。
﹁道 ﹂ の 方 が 一般 的 、 ﹁道 路 ﹂ は か た く 、 成 人 用 ・文
﹁あ す ﹂ ﹁あ し た ﹂ に 対 し 、 ﹁明 日 ﹂ は 改 ま った 感 じ が す る 。 ﹁あ し た ﹂ は も っと も 一般 的 で 、 子 供 も 女 性 も 使 う ﹁道 路 ﹂ で は
﹁落 っ こ ち る ﹂ は 俗 語 的
﹁お か あ さ ん ﹂ の 方 が 敬 意 と 親 し み が こ め ら れ て お り 、 ﹁活 動 写
﹁活 動 写 真 ﹂ の 方 が 古 い と い う 感 じ を 与 え 、 ﹁落 ち る ﹂ に 対 し て
﹁お か あ さ ん ﹂ で は
が 、 ﹁あ す ﹂ は 成 人 の 男 子 用 で あ る 。 ﹁道 ﹂ と
﹁映 画 ﹂ と で は
字 言 語 用 で あ る 。 ﹁母 ﹂ と 真﹂ と
﹁ う ら ﹂、 ﹁質 素 ﹂ と
﹁倹 約 ﹂、 ﹁笑 う ﹂ と
﹁ほ ほ え む ﹂、 な ど は そ の 例 で あ
で あ り 、 関 東 方 言 的 で あ る 。 同 義 語 に 似 て 狭 い 意 味 の 類 義 語 と いう も の が あ り 、 こ れ は 意 義 は 似 て い る が は っき り ち が う 二 つ の 語 を 言 う 。 ﹁う し ろ ﹂ と
る 。 も っと も ど の く ら い似 て い れ ば 類 義 語 と 言 え る か と い う き ま り は な い。 類 義 語 は 、 一方 の 語 の 意 義 の う ち の
﹁高 い ﹂ と
﹁低 い ﹂ の よ う な 、 ﹁上 る ﹂ と
﹁安 い ﹂ と 反 対 だ と い
﹁下 る ﹂ の よ う な 意 義 の 正 反 対 な 二 つ の 単 語 の こ と で あ る 。
一部 が 、 他 方 の 語 の 意 義 の 一部 と 同 義 で あ る こ と が 多 い。 反対語 は
﹁低 い ﹂ と も 反 対 で あ る が 、 値 段 の 場 合 に は
﹁涼 し い﹂ で は な い か 。 そ う し て ﹁暖 か い ﹂ の 反
﹁寒 い﹂ だ と普 通 に 言 わ れ る が 、 ﹁暑 い﹂ は 気 温 が 高 い と いう 意 義 の ほ か に 不
反 対 語 に も い ろ い ろ 問 題 が あ り 、 ﹁高 い ﹂ は う こ と も あ る 。 ﹁暑 い ﹂ の 反 対 語 は
快 だ と い う 意 義 も 加 わ っ て い る 。 と す る と 、 ﹁暑 い ﹂ の 反 対 は
対 が ﹁寒 い﹂ で は な いか 。
単 語 の意 義 に つ いて 見 る と 、 意義 の広 い単 語 と 意 義 の狭 い単 語 と いう 対 立 も あ る。 ﹁果 物 ﹂ は ﹁桃 ﹂ や ﹁梨﹂ に
く ら べ て 広 い意 義 を も って い る が 、 ﹁梨 ﹂ は ﹁長 十 郎 ﹂ や ﹁二 十 世 紀 ﹂ に比 べ て意 義 が広 い。 そ う し て ﹁果 物 ﹂
よ り ﹁実 ﹂ は も っと意 義 が広 い。 こ の よう に見 て 行 く と 一番 意 義 の狭 い単 語 は 、 個 々 の物 の名 と な り 、 人 名 ・地
名 のよ う な 固有 名 詞 が こ れ に あ た る。 意 義 が広 い 語 と し て は 、 ﹁も の﹂ ﹁こ と ﹂ ﹁と こ ろ ﹂ な ど が そ れ に あ た る 。
日本 語 の ﹁ な く ﹂ ﹁わ ら う ﹂ ﹁み る ﹂ ﹁き く ﹂ のよ う な 動 詞 は 、 中 国 語 や 英 語 な ど の同 じ よ う な 意 義 を も つ動 詞 に
比 べ て意 味 が 広 い傾 向 が あ る 。 固 有 名 詞 は 、 個 人 が 自 由 に創 作 でき る と いう 点 で 、 著 し い特 色 があ る 。 ま た 外 国
語 に 訳 す る こ と が で き な い の が普 通 であ る 。 固 有 名 詞 は 百 科 事 典 に は載 せ ら れ る が 、 一般 の国 語 辞 典 に は 載 せ ら
れ な い場 合 も あ る 。 固有 名 詞 に は 人 名 ・地 名 が 代 表 的 な も の で 、 ほ か に 団 体 名 ・建 物 名 ・乗 り 物 名 ・道 路 名 ・製
品 名 ・書 名 ・新 聞 雑 誌 名 な ど があ る 。 英 語 な ど で は 固有 名 詞 を 他 の名 詞 と 大 き く 区 別 し て考 え 、 大 文 字 で書 か れ
る。 日 本 語 で も 固 有 名 詞 は 一般 の 名 詞 よ りも 、 文 字 の使 い方 に つ い て特 別 の考 慮 が 加 え ら れ 、 地 名 ・人 名 は 当 用 漢 字 の枠 か ら は ず さ れ て いる 。
六 日本 語 の 語彙 の位 相
日本 語 の単 語 の種 類 に つ い ては 、 以 上 の各 章 で、 構 造 か ら 見 た 分 類 、 由 来 か ら 見 た 分 類 、 形態 か ら 見 た 分 類 、
意 義 か ら 見 た 分 類 に つ いて 述 べた 。 こ こ に は最 後 に残 った 位 相 か ら 見 た 分類 に つ いて 述 べ て おく 。 単 語 のう ち に
は 、 特 別 な 分 野 に お い て し か 使 わ れ な い、 あ る いは 特 別 の人 によ って し か使 わ れ な い、 あ る いは 特 別 の場 合 に お
い てし か 使 わ れ な いと いう よ う な 性 質 を も つも のが あ る。 そ れ は そ の単 語 の 位相 上 の性 質 で あ る と いう 。
単 語 の中 に は、 ま ず あ る 専 門 の分 野 に お いて のみ 使 わ れ る と いう も の があ る 。 これ は 専門 語 と 呼 ぶ 。 そ の数 は
す こ ぶ る 多 く 、 た と え ば 次 のも のが そ れ で あ る 。 ◎ 人文科学 用語
昇 華 ・知 能 指 数 ・二 重 人 格 ・フ ラ スト レー シ ョ ン ・劣 等 感
一元 論 ・プ ラ グ マテ ィ ズ ム ・ペシ ミズ ム ・方 法 論 ・唯 物 論
心 理学 用 語
四 姓 ・氏 族 制 度 ・守 護 ・摂 関 政 治 ・封 建 社 会
哲 学 用 語
歴 史 学 用 語
代 名 詞 ・接 頭 語 ・ア ク セ ント ・複 合 語 ・方 言
遺 伝 子 ・原 形 質 ・細 胞 ・染 色 体 ・プ ラ ンク ト ン
ア ミ ノ酸 ・イ オ ン ・塩 基 ・プ ラ スチ ック ・メ チ ルア ル コー ル
原 子核 ・相 対 性 原 理 ・電 磁 波 ・半 導 体 ・万 有 引 力
相 似 ・二等 辺 三 角 形 ・方 程 式 ・無 限 大 ・無 理数
ア ル カ リ 土 壌 ・カ ル デ ラ ・断 層 ・沖 積 土 ・フ ィ ヨ ルド
寒 波 ・蜃気 楼 ・成 層 圏 ・フ ェー ン現 象 ・不 連 続 線
銀 河 系 ・恒 星 ・自 転 ・日食 ・惑 星
言 語学 用 語 ◎自然科学 用語 天文 学 用 語 気 象 用 語 地 質 学 用 語 数 学 用 語 物 理 学 用 語 化 学 用 語 生 物 学 用語
・菌 類 ・ク ロ レラ ・地 下 茎 ・地 衣 類 原 生 動 物 ・候 鳥 ・再 生 ・天敵 ・夏 鳥
基 本 的 人 権 ・執 行 猶 予 ・上 告 ・治 外 法 権 ・黙 秘権
ア レ ルギ ー ・コ レ ス テ ロー ル ・脳 下 垂 体 ・免 疫 ・リ ハビ リ テー シ ョン
植 物 学 用語 萼 動 物 学 用 語 医 学 用 語
法 律 用 語
共 産 主 義 ・社 会 主 義 ・代 議 制 ・保 護 国 ・臨 時 国 会
◎社会 用語
政 治 用 語
教 育 用 語
労 働 用 語
株 式 用 語
経 済 用 語
軍 事 用 語
車 道 ・駐 車 ・停 車 ・配 車 ・ ユ ー タ ー ン
カ リ キ ュラ ム ・教 育 委 員 会 ・全 日 制 ・通 信 教 育 ・P T A
オ ル グ ・春 闘 ・ゼ ネ ス ト ・労 働 基 準 法 ・ ロ ッ ク ア ウ ト
オ プ シ ョ ン ・自 己 資 本 ・仕 手 ・成 長 株 ・配 当
イ ン フ レ ー シ ョ ン ・為 替 レ ー ト ・経 済 成 長 率 ・独 占 資 本 ・物 価 指 数
機 動 部 隊 ・師 団 ・除 隊・ミ
林 業 用 語
農 業 用 語
一本 釣 り ・遠 洋 漁 業 ・漁 礁 ・刺 し 網 ・は え 縄
枝 打 ち ・下 刈 り ・植 林 ・伐 木 ・保 安 林
一毛 作 ・温 床 ・施 肥 ・二 期 作 ・酪 農
サ イ ル ・レー ン ジ ャー
交 通 用 語
漁 業 用 語
電 子 計 算 機 ・ト ラ ン ジ ス タ ー ・反 射 炉 ・ベ ル ト コ ン ベ ヤ ・レ ー ダ ー
◎産業 用語
機 械 用 語
カ プ セ ル ・抗 ヒ ス タ ミ ン 剤 ・ペ ニ シ リ ン ニ ・ミネ ラ ル ・モ ル ヒ ネ
シ ャ ー マ ニ ズ ム ・呪 物 崇 拝 ・タ ブ ー ・ト ー テ ミ ズ ム ・ マナ
薬 品 用 語 ◎宗教 用語 一般 宗 教 用 語
讃 美 歌 ・三 位 一体 ・ピ ュー リ タ ン ・福 音 ・ミ サ 往 生 ・禅 ・大 乗 ・他 力 本 願 ・仏 陀
キ リ ス ト 教 用 語 仏 教 用 語
氏 神 ・産 土 神 ・権 現 ・祓 ・禊
私 小 説 ・純 文 学 ・デ カ ダ ン ス ・ ルポ ル タ ー ジ ュ ・浪 漫 主 義
鬼 門 ・三 隣 亡 ・先 勝 ・中 神 ・友 引
神 道 用 語 陰 陽 道 用 語 ◎文 芸用語
一般 文 芸 用 語
国 文 学 用 語
・枕 詞 ・連 歌
遠 近 法 ・ゴ シ ッ ク 式 ・抽 象 美 術 ・デ ッ サ ン ・バ ロ ック
浮 世 草 子 ・勅 撰 集 ・俳諧
美 術 用 語
ア ン ダ ン テ ・オ ブ リ ガ ー ト ・交 響 曲 ・シ ン コ ペ ー シ ョ ン ・フ ー ガ
◎芸術 用語
音 楽 用 語
出 版 用 語
帯 番 組 ・キ ュ ー ・サ テ ラ イ ト ス タ ジ オ ・C M・ネ
グ ラ ビ ア ・ゲ ラ ・コ ラ ム ・落 丁 ・ レイ ア ウ ト
◎ マスコミ用語
放 送 用 語
エキ ス ト ラ ・オ ー バ ー ラ ッ プ ・ス ー パ ー イ ンポ ー ズ ・パ ン ・ ロ ケ ー シ ョ ン
ット ワ ー ク
映 画 用 語 ◎ スポ ー ツ 用 語
ア ン ツ ー カ ー ・ア ン カ ー ・ト ラ ック ・バ ト ン タ ッ チ ・フ ィ ー ル ド
オ フ サ イ ド ・ コー ナ ー キ ッ ク ・ス ク ラ ム ・ト ラ イ ・パ ス
ク ロ ー ル ・ス ト ロ ー ク ・タ ー ン ・バ タ フ ラ イ ・ビ ー ト
陸 上 競 技 用 語 水 泳 用 語 サ ッカ ー ・ラ グ ビ ー 用 語
シ ュー ト ・ス パ イ ク ・ト ス ・ド リ ブ ル ・フ リ ー ス ロ ー
ス ト レ ー ト ・タ イ ト ル マ ッチ ・ダ ウ ン ・ノ ック ア ウ ト ・レ フ ェ リ ー
ウ イ ニ ン グ シ ョ ット ・カ ット ・ジ ュー ス ・ダ ブ ル ス ・ネ ット イ ン
バ ス ケ ッ ト ボ ー ル ・バ レ ー ボ ー ル 用 語 テ ニ ス ・卓 球 用 語
ボ ク シ ン グ ・レ ス リ ン グ 用 語
エ ッ ジ ・ゲ レ ン デ ・シ ャ ン ツ ェ ・ス ピ ン ・ボ ー ゲ ン
ク レ バ ス ・ザ イ ル ・シ ェ ル パ ・ベ ー ス キ ャ ンプ ・ ロ ッ ク ク ラ イ ミ ン グ
ス キ ー ・ ス ケ ー ト 用 語 登 山 用 語
ス ク イ ズ プ レ ー ・ド ラ フ ト ・ト レ ー ド ・ピ ン チ ヒ ッ タ ー ・ボ ー ク
ア イ ア ン ・グ リ ー ン ・テ ィ ー シ ョ ット ・パ ー ・ホ ー ル イ ン ワ ン
野 球 用 語
上 手 投 げ ・金 星 ・死 に 体 ・手 数 入 り ・弓 取
ゴ ル フ 用 語
相 撲 用 語
◎芸能 用語 演 劇 用 語 軽 演 劇 用 語 寄 席 用 語 ◎生活 用語
狂 言 ・世 話 物 ・ド ラ マ ツ ル ギ ー ・花 道 ・道 行 き
ア ト ラ ク シ ョ ン ・ コ メ デ ィ ア ン ・ボ ー ド ビ ル ・ラ イ ン ダ ン ス ・レ ビ ュー
公 団 住 宅 ・鉄 筋 コ ン ク リ ー ト ・ ベ ラ ン ダ ・ マ ン シ ョ ン ・リ ビ ン グ ル ー ム
色 物 ・落 ち ・高 座 ・真 打 ち ・前 座
住 居 ・建 築 用 語
イ ー ジ ー オ ー ダ ー ・タ ー タ ン チ ェ ック ・ピ ン タ ッ ク ・フ ラ ノ ・レ デ ィ ー メ ー ド
オ ー ド ブ ル ・会 席 料 理 ・香 辛 料 ・し ゃ ぶ し ゃ ぶ ・バ ー ベ キ ュー
衣 服 用 語
ア イ シ ャド ー ・ コ ス メ チ ッ ク ・シ ョー ト ヘア ー ・パ ック ・ボ ッブ
食 生 活 用 語
美 容 用 語 ◎ 趣味 用語
将 棋 ・囲 碁 用 語
懐 石 ・点 前 ・蹲 い ・投 げ 入 れ ・立 花
王 手 ・駒 組 み ・天 元 ・封 じ 手 ・布 石
ア サ 感 光 度 ・ 一眼 レ フ ・ソ フ ト フ ォ ー カ ス ・D P E ・フ ォ ー カ ル プ レ ー ン シ ャ ッ タ ー
茶 道 ・生 花 用 語
オ ッズ ・ダ ー ク ホ ー ス ・パ ド ッ ク ・ フ ォ ー カ ス ・本 命
写 真 用 語
ギ ャ ン ブ ル 用 語
一 荘 ・聴 牌 ・対 面 ・満 貫 ・立 直
エ ー ス ・オ ー ル マイ テ ィ ー ・切 り 札 ・ジ ョー カ ー ・ポ ー カ ー
麻 雀 用 語
当 た り ・入 れ 食 い ・こ ま せ ・友 釣 り ・ル ア ー
ト ラ ンプ 用 語
釣 り 用 語
こ れ ら の 位 相 語 は 、 そ れ ぞ れ の 専 門 社 会 で 作 ら れ る の で 、 ち が った 社 会 で は ち が った 意 味 に 用 い ら れ る こ と が
著 し い 。 た と え ば 、 ﹁袖 ﹂ と いう 単 語 は 、 元 来 、 衣 服 の 身 ご ろ の 左 右 に あ っ て 、 腕 を お お う 部 分 の 称 で あ る が 、
演 劇 の 用 語 と し て は 、 舞 台 の 両 脇 の部 分 を 言 い 、 建 築 用 語 と し て は 、 工 作 物 の 両 脇 の 部 分 を 言 い 、 書 誌 学 の 方 で
は 、 文 書 や 書 籍 の は じ め の余 白 の部 分 を 言 う が 如 く で あ る。 ﹁中 央 線 ﹂ と いう 語 は、 普 通 に は 、 新 宿 か ら 山 梨 ・
長 野 県 を 通 って名 古 屋 に至 る 鉄 道 の線 と し て知 ら れ て いる が 、 服 飾 の方 面 で は、 男 の背 広 の後 ろ にあ る 線 を 言 い、
交 通 用 語 と し て は、 車 道 の真 中 に引 いた 線 を 言 う 。 ﹁パ ス﹂ と いう 語 は 、 英 語 か ら 入 ってき て、 学 生 用 語 と し て
は 試 験 に 及 第 す る こ と を 言 い、 交 通 用 語 と し て は 、 そ れ を 見 せ れ ば 切符 を 買 わ ず に 改 札 口 を 通 れ る券 を 言 い、 ス
ポ ー ツ の バ ス ケ ット ボ ー ルや サ ッカ ー で は 味 方 に 球 を 送 る こと を 言 い、 ト ラ ンプ 競 技 で は 自 分 の番 を 飛 ば し て 次
の人 にま わ す こ とを 言 う 。 専 門 用 語 に 似 た も の に 隠 語 があ る 。 あ る 仲 間 同 士 の 間 だ け で使 わ れ 、 他 の人 に分 か ら
ぬ よ う に と の目 的 で 作 ら れ た 単 語 であ る 。 す り と か 泥 棒 と か 香 具 師 の 間 で生 ま れ た も の で、 ﹁警 察 ﹂ を ﹁サ ツ﹂ と 言 った り 、 ﹁新 聞 記 者 ﹂ を ﹁ブ ン ヤ﹂ と 言 った りす る も の が こ れ であ る 。
次 に 、 特 殊 な 人 だ け が使 う 単 語 があ る 。 女 性 が 使 う 女性 語、 幼 児 が使 う 幼 児語 が これ であ る。 驚 き を 表 わ す 感
動 詞 の ﹁あ ら ﹂ や 、 自 分 のこ と を ﹁ あ た し ﹂ と 言 う の は女 性 語 の例 で あ る 。 明 治 以 前 は 男 性 の言 葉 と 女 性 の言 葉
の間 に は 大 き な 開 き があ った が、 あ る 女 性 語 は 男 性 に も 用 いら れ る よ う に な り (お な か ・御 飯 な ど )、 一方 、 女
性 が ど ん ど ん男 性 の言 葉 を使 う よ う に な った ので 、 固 有 の女 性 語 と いう も のは 非 常 に 少 な く な った 。 幼 児 語 は 、
﹁わ ん わ ん (=犬 )﹂ ﹁ね ん ね (=寝 ル コト 、 眠 ル コト )﹂ な ど が 一般 的 で、 各 家 庭 ご と に ま た 特 殊 の幼 児 語 が あ る
を きわ め て
こ と が 多 い。 明 治 ・大 正 ご ろ ま で は 東 京 に 老 人語 と いう も の があ って 落 語 家 な ど が老 人 を 点 出 す る と き に使 った
が、 今 そ のよ う な も の は 実 際 に は ほ と ん ど な く な った 。 そ れ に変 わ って 学 生 語 と いう も の は 今猖獗 いる 。 ﹁ゼ ミ ﹂ ﹁バイ ト ﹂ ﹁最 低 ﹂ な ど が これ であ る 。
ま た 、 単 語 のう ち に、 特 別 の環 境 にお いて 用 いる こ と が 避 け ら れ 、 ほ か の単 語 を 代 用 す る と いう も の が あ る 。
忌み 詞 と いう のが これ で あ る 。 商 人 の間 で、 ﹁す り ば ち ﹂ を 忌 ん で ﹁あ た り ば ち ﹂ と 言 い、 ﹁す る め ﹂ を ﹁あ た り
め﹂ と 言 い換 え る 例 が こ れ であ る 。 養 蚕 業 や 漁 業 に従 事 す る人 の 間 に も こ う いう 例 が あ り 、 ﹁蛇 ﹂ を ﹁く ち な わ ﹂
と 言 った り 、 ﹁猿 ﹂ を ﹁え て﹂ と 言 った り す る の も 元 来 忌 み 詞 であ った 。 病 院 で ﹁シネ ラ リ ア ﹂ を ﹁サ イ ネ リ ア ﹂
と 言 い、 ﹁シ ク ラ メ ン﹂ を ﹁サ イ ク ラ メ ン﹂ と いう のも 忌 み 詞 であ ろ う 。
次 に、 単 語 の中 に は 、 特 別 の文 体 の中 に し か 用 いら れ な いと いう も のが あ る 。 そ のう ち 書 き 言 葉 に の み用 いら
れ る も の は 文章 語 で あ る 。 ﹁い いお 天気 でよ か った ﹂ と いう 意 味 を ﹁好 天 に 恵 ま れ た ﹂ と 言 う こ と も で き る が、
こ れ は 口 で 言 う 言 葉 で は な い。 ﹁好 天 ﹂ ﹁恵 ま れ る ﹂ は と も に文 章 語 の 言 い方 であ る 。 文 章 語 のう ち で 特 に詩 や 和
歌 だ け に使 わ れ る も のは 雅語 と 呼 ば れ る。 ﹁五 月 ﹂ を ﹁さ つき ﹂ と 言 い、 ﹁ゆり ﹂ を ﹁さ ゆ り ﹂ と 言 う 類 が こ れ で
あ る 。 雅 語 と あ と に 述 べる 古 語 と は 交 渉 が 激 し い。 一方 、 文 章 に用 いら れ る こ と が な く 、 話 し 言 葉 に 用 いら れ る
も のは 口頭語 で あ る 。 そ れ も 口 頭 語 だ け に 用 いら れ る も のは 俗語 と 呼 ば れ る 。 ﹁お っこち る (=落 チ ル)﹂ ﹁も う
せ ん (=以前 )﹂ な ど が こ れ であ る。 ま た 、 俗 語 に似 てあ る 時 期 に爆 発 的 に 行 わ れ る 語 を 流 行 語 と 呼 び、 新 し い
間 は 新 語 と も 呼 ば れ る。 ﹁いか す ﹂ と か ﹁か っこ い い﹂ は こ れ であ る。 これ ら のも の は原 則 と し て 一時 は や って
や が てす た れ る 運 命 に あ る 。 ﹁ぎ ょ ぎ ょ つ﹂ と か 、 ﹁シ ェー ﹂ と か いう 感 動 詞 は 一時 は 猫 も 杓 子 も 使 った が、 今 は
誰 も 口 に し な く な った 。 も っと も 流 行 語 が 定 着 す る 場 合 も あ る 。 ﹁彼 女 ﹂ や ﹁は り き る ﹂ は そ の例 であ る。 ﹁当 た り前 ﹂ な ど も 、 江 戸時 代 の流 行 語 だ った と いう 。
位 相 の ち が い のう ち の大 き いも のと し て 、 方 言語彙 があ る 。 共 通 語彙 に対 す る も の で 、 一つの 地 方 の人 同 士 が
話 す 場 合 に 用 いる 単 語 で、 共 通 語 のも の と ち がう も のを 言 う 。俚 言 と も 言 い、 俗 に は 方 言 と も 言 う 。 ﹁ 有 難う﹂
に 対 す る ﹁お お き に﹂、 ﹁いけ な い﹂ に 対す る ﹁あ か ん ﹂ な ど が そ の例 で あ る 。 日本 語 は 方 言 のち が いが 大 き く 、
北 の津 軽 方 言 や 南 の薩 摩 方 言 は そ のま ま し ゃ べ った の では 中 央 の人 に は 理 解 さ れ な い。 同 じ 東 京 都 の中 でも 八丈
島 の方 言 が そ う であ る 。 いわ ん や 奄 美 ・沖 縄 の方 言 は 、 そ の違 い方 か ら 言 って、 ヨー ロ ッパ あ た り だ った ら 、 り
っぱ な 外 国 語 であ る。 そ のく ら いだ か ら 、 方 言 語 彙 の数 は き わ め て 多 い。 ﹁な ん ば ん ﹂ と いう 語 は 、 東 日 本 で は
﹁と う が ら し ﹂ を 意 味 す る と こ ろ が 多 い が、 近 畿 と そ の 周 辺 では ﹁と う も ろ こ し ﹂ の こ と で あ る 。 東 京 都 下 の 西
部 か ら 埼 玉 県 に か け て は ﹁か ま き り ﹂ と ﹁と か げ ﹂ が 最 近 ま で 逆 の関 係 で 呼 ば れ て いた 。 共 通 語 と は 反 対 の意 識
に 使 わ れ て いる 方 言 語彙 を 特 に 入 間言 葉 と いう 。 三 重 県 員 弁 郡 北 勢 町 田 辺 と いう と ころ で は 、 大 き いも のを ﹁小
さ い﹂ と言 い、 早 いも のを ﹁お そ い﹂ と 言 う 。 近 畿 ・四 国 に は こ う いう 地 方 は 時 々あ る よう に 報 告 さ れ て いる。
こ の類 は 一々 一般 の国 語 辞 典 に は 載 せ き れ な い。 ﹁方 言 辞 典 ﹂ と いう よ う な 、 別 の辞 典 に載 る こ と にな る 。 方 言
語 彙 に似 て 、 共 通 語 と 同 じも と か ら 出 て 、 形 のち ょ っと ち が った 語 彙 が あ る 。 ﹁遊 ぶ﹂ を ﹁ア スブ ﹂ と 言 い、 ﹁威 張 る﹂ を ﹁エバ ル﹂ と いう 類 で あ る 。 こ れ は な ま りま た は訛 語 と いう 。
単 語 の地 理的 な 相 違 に 対応 し て、 単 語 の時 代 的 相 違 も あ る 。 現代 語 に対 す る 古 語 の 対 立 が そ れ で あ る。 ﹁いと
ど ﹂ と か ﹁いみ じ ﹂ と か、 古 典 に 用 いら れ て いる が、 現代 口 語 に 用 いら れ な い単 語 は古 語 であ る。 これ ら は そ の
古 典 が 書 か れ た 平 安 時 代 に は 生 き て 口 頭 で 用 いら れ た 単 語 で あ った。 古 語 の数 も き わ め て 多 く ﹁国 語 辞 典 ﹂ は 明
治 時 代 には 古 典 を 読 むた め に 作 ら れ た 。 そ の た め に ﹃言 海 ﹄ な ど の辞 書 で は、 古 語 が む し ろ 中 心 に 据 え ら れ て い
た が、 昭 和 ご ろ か ら 、 一般 の辞 書 は 現 代 語 を 中 心 と す る に 至 り、 古 語 は 特 別 のも の と し て 扱 わ れ る よ う に な った 。
古 語 に 似 て 廃 語 と いう も のが あ る。 以 前 用 いら れ た が 、 そ のも の の名 が変 わ った の で 今 は 用 いら れ な く な った 名
前 で あ る 。 戦 前 ま で ﹁文 化 の 日﹂ を ﹁明 治 節 ﹂ と 言 い、 戦 争 中 ﹁小 学 校 ﹂ を ﹁国 民 学 校 ﹂ と 言 って いた 。 これ ら が廃 語 の例 であ る 。
擬 音語 と 擬態 語
一 擬音 語 とは 乳 いろ お 月 さ ま 、 朝 の 月、 小 山羊 が 、 め う め う 、 乳 のみ に。
萌 葱 の お 月 さ ま 、 一重暈 、
﹁お 月 見 ﹂ の 、 右 の 歌 詞 の 。 。じ る し の と こ ろ は 、 そ れ ぞ れ 仔 山 羊 の 鳴 き 声 、 蛙 の鳴 き 声 を 写
蛙 が、 こ ろ こ ろ、 ラ ム ネ 喫 む 。 北原 白 秋 の童 謡
し た 言 葉 であ る 。 こ の よ う な 外 界 の音 を 写 し た 言 葉 を 擬音 語と 呼 ぶ 。
我 々人 間 は、 外 界 の音 を ま ね し て お も し ろ が る が、 そ う いう 音 を ま ね す れ ば 、 そ れ が す べ て 擬 音 語 と いう わ け
で は な い 。 江 戸 家 猫 八 さ ん と か 、 桜 井 長 一郎 さ ん と か いう 人 は 、 山 羊 の 鳴 き ま ね 、 蛙 の 鳴 き ま ね か ら 、 コ ル ク の
栓 を 抜 く 音 、 録 音 器 の リ ー ル が 早 く 空 回 り す る 音 ま で ま ね す る 。 そ れ は 真 に 迫 っ て い て 、 あ の 山 羊 の 声 のま ね を
﹁小 鳥 ﹂ の ﹁こ ﹂ と 同 じ で あ り 、 ro は 、 ﹁白 い ﹂ や
﹁黒 い ﹂ の ﹁ろ ﹂
﹁こ ろ こ ろ ﹂ は 、 k o + ro +
聞 いた ら 、 ほ ん も の の 山 羊 も ほ ん も の と 思 う だ ろ う と 思 わ れ る 。 あ れ は 擬 音 語 で は な い 。 な ぜ な ら ば 、 あ れ は 言 葉 では な いか ら だ 。
﹁子 供 ﹂ や
言 葉 と い う も の は 、 一定 数 の 、 音 単 位 の 組 合 わ せ で 出 来 て い る 。 蛙 の 声 の 擬 音 語 k o + ro だ。 こ の k oは 、 他 の 単 語
と 同 じ 音 で あ る 。 そ れ は 仮 名 で 書 け る 。 こ れ に 対 し て 、 猫 八 さ ん た ち の ﹁山 羊 ﹂ の 鳴 き ま ね は 、 仮 名 で 書 け る 音
で は な い。 仮 名 で 書 け る よ う な 音 で は 、 い く ら 上 手 に 組 合 わ せ て も 、 あ ん な 山 羊 の 声 に そ っく り な 音 は 、 出 る は
ず は な い。 そ う いう 意 味 で 、 あ れ は 言 葉 で は な い の だ 。 音 声 模 写 と で も 言 う べ き も の で あ る 。 口 笛 と か 、 舌 鼓 と か いう も の と 同 じ 性 質 の も の で 、 言 わ ば 遊 び の 一種 だ 。
人 間 は、 口、 鼻 、 のど を 使 って、 言 葉 を し ゃべ る こと も 出 来 れ ば 、 言 葉 でな い、 い ろ いろ な 音 を 出 し て遊 ぶ こ と も 出 来 る のだ 。 と こ ろ で 、 白 秋 の ﹁お 月 見 ﹂ に は 、 次 の よ う な 歌 詞 も あ る 。 肉 いろ お 月 さ ま 、 望 の 月 、 啄 木 鳥 、 こ つこ つ、 印 形 彫 る 。
こ れ は 啄 木 鳥 が 森 の 木 の 幹 を つ つ い て い る 音 を 、 印 形 を 彫 って い る よ う に 聞 い て 、 ﹁こ つ こ つ ﹂ と 表 現 し た も
﹁こ ろ こ ろ ﹂ は 、 こ れ に 比 す れ ば
の だ 。 啄 木 鳥 の 声 で は な い。 単 な る 音 だ 。 擬 音 語 に は 、 そ の よ う な 単 な る 音 を 表 わ し た も の も あ る 。 ﹁擬 音 語 ﹂ と いう 言 葉 は 、 も と も と こ う い う 言 葉 を 表 わ す に ふ さ わ し い。 ﹁め う め う ﹂ や 擬声 語 と いう こと が でき る。
(ble )aと t いう 。 蛙 の 声 の 擬 音 語 は 、 ク ロ ー ク
(cro )aと k いう 。 も し 、 音
擬 音 語 は 、 音 声 模 写 と ち が っ て 、 言 葉 の 一種 で あ る か ら 、 言 語 に よ っ て 表 わ し 方 が ち が う 。 例 え ば 、 英 語 な ら ば 、 山羊 の声 の擬 音 語 は 、 ブ リ ー ト
声 模 写 な ら ば 、 日 本 人 が や って も 、 ア メ リ カ 人 が や っ て も 、 同 じ 動 物 の 声 を 模 写 し た 場 合 、 同 じ に な っ て 然 る べ き であ る。
二 擬 態 語 と は 白 秋 の ﹁お 月 見 ﹂ に は 、 ま た 、 次 の よ う な 歌 詞 も あ る 。
空 いろ お 月 さ ま 、 昼 の 月 、 蝶 々が ひら ひ ら 、 繭 を 出 た 。
樺 いろ お 月 さ ま 、 十 三 夜 、 狐 が、 き ょ ろき ょろ 、 骨 盗 り に。
が 羽 を 動 か し て飛 ぶ 形 容 で、 そ の時 にhi ra hと i いr うa 音 が 出 る わ け で は な い。 狐 の ﹁き ょろ き ょ ろ ﹂ も 、 落
こ こ の 。 。じ るし のと こ ろ は 、 形 は 以 上 述 べた 擬 音 語 と そ っく り で あ る が 、 性 質 が ち がう 。 ﹁ひ ら ひ ら ﹂ は 蝶
ち 着 か ず に あ た りを 見 回 す 形 容 で あ って、kyo ro k とyいo う音 rを oた て る わ け で は な い。 つま り 音 を た てな いも のを 、 音 に よ って象 徴 的 に表 わす 言 葉 で、 こ れ は 擬 態 語と 呼 ぶ。
擬 音 語 に、 生 物 の声 を 表 わ す も のと 、 無 生 物 の音 を 表 わ す も のと があ る よ う に、 擬 態 語 に も 、 生 物 の動 作 容 態
を 表 わ す も のと 、 無 生物 の状 態 を 表 わ す も の と があ る 。 ﹁き ょ ろ き ょろ ﹂ は 、 も っぱ ら 生 物 の動 作 に 用 いら れ 、 ﹁ひら ひ ら ﹂ は 生物 ・無 生 物 の両 方 が ひ る が え り 飛 ぶ 様 子を 表 わ す 。 こ れ が、 星 がき ら き ら 輝 く 砂 がさ ら さ ら こ ぼ れ た
の よ う な も のな ら 、 純 粋 に 無 生 物 の状 態 の表 現 だ 。 名 前 を つけ るな ら ば 、 無 生 物 の 状態 を 表 わ す も の の方 は 、 正 統 の ﹁擬 態 語﹂ で、 生 物 の状 態 を 表 わ す も の は 擬容 語 と で も 言 う べ き も のだ 。
そう し て、 擬 態 語 の中 に は 、 さ ら に 進 ん で 、 人 間 の 心 の状 態 を 表 わ す よ う な も のも あ る 。 一人 でく よ く よ 悩 ん で いた さ っき から いら いら し て いた
の 。 。じ る し の も の が そ れ だ 。 こう な る と 、 無 生 物 に は 関 係 が な く な る 。 こ れ は 擬情 語 と 言 う べ きも の であ る 。
擬 音 語 が 言 語 によ って ち がう く ら いであ る か ら 、 擬 態 語 にな る と 一層 ち が う 。 同 じ 日本 語 の中 でも 方 言 で大 き く ち が い、 知 ら な い方 言 の擬 態 語 は 、 何 の形 容 か わ か ら な いこ と も あ る 。
働く 人
長 谷 川 二 葉 亭 は、 名 古 屋 の方 言 であ ろう か 、 よ く 働 く 人 のこ と を 、 襷 が け で、 クレ〓
と 言 って いる 。 同 じ 愛 知 県 で 知 多 半 島 へ行 く と 、 し た た か に 相 手 を 殴 り つけ る こ と を 、 ほ ん のり 打 つ と いう が 、 これ で は 軽 く 打 った 意 味 に 誤 解 さ れ そ う だ 。
右 の 擬 音 語 ・擬態 語 ・擬 情 語 三 つ の中 で、 擬 音 語 は 、 ど こ の言 語 に も あ る よ う であ る 。 サ ピ ア は 、 ア メ リ カ イ
ン デ ィ ア ン のう ち の アサ バ スカ 語 に は 擬 音 語 がな いと 言 った が、 こ れ は よ ほ ど 珍 し い言 語 であ る 。 擬 態 語 に な る
と 、 こ れ を 欠 く 言 語 も かな り あ る よう で 、 フ ラ ン ス語 は 擬 態 語 がな いと 聞 く 。 擬 情 語 に な る と 、 さ ら に少 な いは ず で 、 日 本 語 に あ る 擬 情 語 は 、 ヨ ー ロ ッパ人 が 不 思 議 が り 、 興 味 を も つ。
三 擬 音 語 ・擬態 語 の特 色 擬 音 語 ・擬 態 語 は 、 言 語 の中 で 幾 つか の特 殊 な 性 格 を も つ。
第 一に、 言 語 に は 一般 に ソ シ ュー ル の言 った よ う に、 そ の音 と 意 味 と が 非 必 然 的 な 性 格 が あ る 。 わ れ わ れ は
﹁山 ﹂ を ヤ マ、 ﹁川 ﹂ を カ ワ と いう が 、 山 のも って い る 内 容 と 、 yamaと いう 音 と の 間 に は、 何 ら 関 連 が な い。
﹁川 ﹂ の内 容 とkawa と いう 音 の 間 にも 、 何 ら 関 連 が な い。 何 と いう こ と な く 、 そ う いう 結 び 付 き が 出 来 て、 そ れを 利 用 し て いる と いう だ け のも の であ る。
が 、 擬 音 語 ・擬 態 語 で は 、 必 然 的 と 言 え な いま でも 、 音 と意 味 と の間 に あ る 程 度 合 理的 な 結 び 付 き が あ る 。 ソ
シ ュー ル は そう いう 点 か ら み て、 擬 音 語 ・擬 態 語 を 感 動 詞 と と も に、 言 語 の中 で特 別 のも のと し て いる 。
﹁米 ﹂ の 字 を 書 く そ う だ )、 朝 鮮 語 で は 、 コ ッキ ョー と い う 。 擬 態 語 で は 、 こ
( ク ク ミー の クは
し ば 似 た 音 の組 合 わ せ で表 現 さ れ る 。 例 え ば 、 鶏 の鳴 き 声 は 、 日本 語 で は 、 コ ケ コ ッ コー で あ る が 、 英 語 で は
こ の 、 意 味 と 音 と の間 の合 理 性 は、 擬 音 語 に お い て、 こ と に著 し い。 だ か ら 国 語 が ち が っても 、 同 じ 音 は し ば
﹁ 古 ﹂ の字 を 、 ミ は 口偏 に
cock-a-doodド le イ-ツ do 語oで ,はkikerik フiラ , ン ス 語 で はcoqueric 中o国 ,語 で は 、 ク ク ミ ー 口偏 に
のよ う に国 語 を 超 え て 類 似 す る こと は期 待 でき な いが 、 し か し 、 音 の性 質 のち が い から 、 母 音 のう ち 、 i は 明 る
い も の 、 小 さ い も の 、 時 間 的 に 短 い も の 、 距 離 的 に 近 い も の を 表 わ し 、 a o uな ど は そ れ に 反 す る 傾 向 が あ る こ と を 、 イ ェス ペ ル セ ンな ど は 述 べ て いる 。
第 二 に 、 こ と に 擬 音 語 は 、 外 の 音 に 少 し で も 近 い 音 を 求 め る と こ ろ か ら 、 ほ か の 単 語 に は 用 いら れ な いよ う な
特 別 の 音 を 、 用 い る こ と も な い で は な い。 例 え ば 、 日 本 語 で は 、 風 の 音 を 表 わ す 擬 音 語 、 ピ ュー ピ ュー
の ピ ュ の 音 は 、 ピ ュー リ タ ン の よ う な 、 外 来 語 で な け れ ば 用 い ら れ な い 音 で あ る 。
とを る も う
と を るも う
萩 原 朔 太 郎 の ﹁鶴 ﹂ と い う 詩 に は 、 鶴 の 声 と し て 、 と を てく う
と 、 あ る が 、 こ の ﹁を ﹂ で 表 わ さ れ る 音 はwoと 読 ま せ る の で あ ろ う か 。 こ う いう こ と も 感 動 詞 に 似 た 点 で 、 感 動 詞 に は 、 舌 打 ち の、 チ ェツ と いう も の が あ った り す る 。 先 年 、 驚 き を 表 わ す 感 動 詞 と し て 、 シ ェー と いう よ う な も の が あ っ た こ と も 、 記 憶 し て い る 人 が 多 か ろ う 。
第 三 に 、 こ れ は 第 一の 音 と 意 味 と の 関 係 が 、 比 較 的 合 理 的 に 結 ば れ て い る と こ ろ か ら 、 新 し い 音 の 組 合 わ せ で
も 意 味 が 理 解 さ れ や す く 、 そ のた め に、 新 作 が ど ん ど ん 許 さ れ る と いう 性 質 を も つ。 萩 原 朔 太 郎 の ﹁と を て く
う ﹂ も そ の例 と 見 ら れ る が 、 朔 太 郎 の他 に、 北 原 白 秋 ・草 野 心 平 ・宮 沢 賢 治 と い った 人 た ち の作 品 に は新 作 の擬
音 語 ・擬 態 語 の例 が多 い。 荻 原 井 泉 水 は、 ﹁初 夏 の奈 良 ﹂ と いう 作 品 の中 に 、 孟 宗 竹 の枝 葉 が 、 築 地 の瓦 の上 に 軽 く 豊 か に か ぶ さ って いる のを 、 わ っさ り
と いう 言 葉 で 表 現 し た が 、 彼 によ る と 、 こ の擬 態 語 は 非 常 に苦 心 し て作 った 単 語 で、 他 の人 が無 断 で こ の言 葉 を 使 用 し て いる こと を 憤 慨 に た え な いと 言 って いた 。
近 頃 で は、 漫 画 や 劇 画 や ド タ バ タ テ レ ビ劇 に、 刺 激 的 な 新 し い擬 音 語 が盛 ん に 登 場 し て いる が 、 そ れ が 一部 の 人 を 慨 嘆 さ せ て い る こ と 、 広 く 知 ら れ る と お り であ る 。
四 擬音 語 ・擬態 語 の由来
擬 音 語 ・擬 態 語 に は 、 も と も と 固 有 の日 本 語 、 す な わ ち 和 語 のも のと 、 中 国 か ら 渡 来 し た 漢 語 のも のと があ る 。 そ の他 に欧 米 か ら 渡 来 し た 洋 語も あ り 、 擬 音 語 に は 時 計 の音 、 チ クタク が あ り、 擬態 語 に は 電 光 形 に曲 が って進 む こと を 、 ジグザグ
と し た のは そ の例 で あ る が、 類 例 は少 な い。 和 語 のも の は あ と ま わ し に し て 、 ま ず 、 漢 語 の擬 音 語 ・擬 態 語 に つ い て ふ れ て お き た い。 漢 語 のも の は そ の形 か ら 見 て 、 次 の よ う にな る 。 一 漢 字 一字 の も の
燦 ( と して)
瞠 若
画然
愕然 騒然
奄 々
( とし て)
敢然
怏 々
欣然
悽 愴
呵 々
決 然
倉卒
峨 々
公然
赫 々
昂然
嬉 々
傲然
汲 々 炯
渾然
々
燦然
炎 々
参差
爾 (た る )
恬 (と し て ) 杳
卒 爾 渺
寂 (と し て )
二 漢 字 二 字 のも の
忽焉
( 1) ﹁︱焉 ﹂ の 形 の も の
溘 焉
断乎
( 2) ﹁︱乎 ﹂ の形 のも の 確 乎
( た り )
婉然
悄 然
営 々
淙々
颯爽 忸怩
瀟 洒
(た ら し め る )
卓 爾
( 3) ﹁︱爾 ﹂ の形 のも の 莞爾 ( と し て )
自 若
( 4) ﹁︱若 」 の形 のも の
躍如
(5) ﹁︱如 ﹂ の 形 の も の
突 如
宛然
粛 然
(6) ﹁︱然 ﹂ の 形 のも の
釈 然
唯 々
勿 々
( 7) 同 じ 語 根を 重 ね たも の 藹々
呱 々 煌 々
惚
(8) 同 じ 子 音 の 拍 を 重 ね た も の
佶屈 恍
蹌踉
洋 々乎
侃 々 諤 々
( 態度 )
虎 視 眈 々
小 心 翼 々
正 々堂 々
戦々兢
々
八面玲瓏
婀娜 靉靆 安閑 蜿蜒 宛転 混沌 索漠 蹉〓 惨憺 燦爛 蕭 条 従容
(9) 同 じ 韻 を も つ拍 を 重 ね た も の
嬋娟
欣 々然
0 () 1漢 字 三 字 のも の 鞠躬 如 ( 1l) 漢 字 四字 のも の 唯 々諾 々 意 気 揚 々 優々 閑 々
( 振 る舞 う ) 堂 々 た る
以上 ( 1)︱ ( 11) の も の は 日 本 語 の 中 に 入 る と 、 堂 々と
﹁堂 々 た り ﹂ ﹁堂 々 た れ ﹂ ﹁堂 々 た れ ば ﹂ ﹁堂 々 た ら ん ﹂ の よ う に も 用 い ら れ る 。 こ
﹁タ ル ト 型 の 形 容 動 詞 ﹂ と 呼 ば れ る 。 そ う し て ﹁堂 々 と ﹂ は 連 用 形 、 ﹁堂 々 た る ﹂ は そ の 連 体
のよ う に 用 いら れ 、 文 語 では れは学校 文法 では
た る﹂ の形 がな く て、 い つも
﹁と ﹂ し か つ か な い も の が あ る が 、 こ れ は 活 用 の 不 完 全 な 形 容 詞 と い う こ と
形 と さ れ る 。 こ こ に 、 ﹁形 容 動 詞 ﹂ と い う 言 い 方 は 元 来 ま ず い の で 、 一種 の ﹁形 容 詞 ﹂ と 見 て よ か ろ う 。 中 に は 、 ﹁︱ にな る。
五 擬 音 語 ・擬 態 語 の 形 態 和 語 の 擬 音 語 ・擬 態 語 は 次 の よ う な 形 を も つ。
ふ (と ) つ (と )
( 1) 一拍 語 の も の
ぷ い (と ) ぴ い
か っ (と )
ち ゅ う
わ ん
ぴよ
に ゃ あ
ぽ ん ( と )
(2) 一拍 の 語 根 + ﹁い﹂ ﹁ん ﹂ ﹁っ﹂ 引 く 音 の も の つ い (と ) き ゃ っ
に ゃ お
も う
じ っ (と )
ぴ た (と )
(3) 二 拍 の 語 根 の も の がば ( と )
ぼ い ん
ぽう っ
(4 ) 一拍 の 語 根 + ﹁い ﹂ ﹁う ﹂ ﹁ん ﹂ ﹁っ﹂ の う ち の も の が 二 個 こ う ん
ばさ っ( と )
かち ん ( と )
ぽ ち ゃん ( と)
こ つ ん (と )
そ よ ろ
ち ょ っ (と )
ぴ た っ (と )
さ っ (と )
ぴ か っ( と )
ぴ ょ こ ん (と )
とど ろ
む ん ず (と )
は っし ( と )
やんや ( と )
ぱ っぱ (と )
か っか (と )
や っき ( と )
き ゃ っき ゃ ( と )
に ゅ っ( と)
ぽ き っ( と)
さ っさ (と )
ぺ た ん (と )
ぽ か っ (と )
ぱたん ( と )
ぱ た っ (と )
ど き ん (と )
ぴかり ( と)
(5) 二 拍 の 語 根 + ﹁っ﹂ の 形 の も の ご ろ っ( と )
つ る り (と )
(6 ) 二 拍 の 語 根 + ﹁ん ﹂ の 形 の も の
ぽか ん ( と )
ご ろ り (と )
( 7) 二 拍 の 語 根 + ﹁り ﹂ の 形 の も の ぐる り ( と )
し と ど
( 8) (7の ) 一種 、 ﹁り ﹂ で な い も の 。 古 風 な 語 う ら ら
ざん ぶ ( と )
せ っせ ︵と )
( 9) 二 拍 の 語 根 の 中 間 に 、 つ め 、 は ね の 入 っ た も の
す っく ( と )
() 0 1(7) の 形 の 第 一拍 と 第 二 拍 の 間 に 、 は ね る 音 、 つ め る 音 の 入 っ た も の
あ っさ り
あ ん ぐ り
し っぽ り
う っと り
ぐ ん に ゃ り
す っか り
お っ と り
こ ん が り
し っか り
こ ん も り が っか り
ち ん ま り が っく り
(11 二) 拍 の 語 根 の 繰 り 返 し 、 こ と に 第 二 音 が ラ 行 の も の が 多 い
く る く る
さ っぱ り
やんわり
く っき り
さ らさら
ま ん じ り
き っち り
こ ろ こ ろ
ど ん ぶ り
こ り こ り
く し ゃく し ゃ
き ら き ら
が ら が ら
き び き び
ご と ご と ご
か り か り
か ら か ら じ ゃら じ ゃら
が ぶ が ぶ
こ ち こち
ど ぎまぎ
ぼごぼ
ぞろぞ ろ
と ろとろ か ち か ち
こそ こ そ
そ ろ そ ろ
ざ ら ざ ら つ る つる か た か た
ご し ごし
す る す る
た ら た ら か さ か さ げ ぶ げ ぶ
て き ぱ き
じ り じ り
いそ い そ く よ く よ
つ べ こ べ
ぱちく り
ぱ っか ぱ っ か
ち ょ こ ま か
の た り の た り
す た こ ら
ち ら ほ ら
ち ょ こ な ん (と )
か ら こ ろ
し ゃり し ゃり
ぐ ず ぐ ず
か た こと
む し ゃく し ゃ
か さ こ そ
() 2 1前 項 に 似 て類 音 のも のを 重 ね る も の あ た ふた ぺち ゃく ち ゃ
そ そ く さ (と )
() 3 1全 く 似 て いな い二 拍 を 重 ね た も の が た ぴ し
ご ろ ん ご ろ ん
け ろ り か ん (と )
ころりん
() 4 1 二 拍 語 + ﹁り ん ﹂ ﹁り っ﹂ の 形 く る り っ( と ) (1五 5) 拍 の も の こ ろ り んこ (と )
こ ろ り こ ろ り
() 6 1(7 (8) (9) の 繰 り 返 し ) ぐ で ん ぐ で ん
て ん や わ ん や
す っか ら か ん
のら り く ら り
つん つる て ん
や っさ も っさ
() 7 16 ) 1 ( に似 て あ と の も のは 、 多 少 形 の ち が う も の
し ど ろ も ど ろ
す って ん て ん
8 () 1そ の他 の六 拍 のも の こ けこ っこう ゆ っく り か ん
六 擬音 語 ・擬態 語 の分 布
と ん ち ん か ん
ほ う ほ け き ょう
擬 音 語 ・擬 態 語 ・擬 情 語 は 、 要 す る に 外 界 の音 、 外 界 の状 態 、 あ る いは 内 面 の心 理を 、 模 写 的 に ま た 象 徴 的 に
表 わ す 言 葉 であ る か ら に は、 いや し く も 音 のす る も の は何 で も 表 わ し 、 状 態 や 心 理 はど ん な も ので も 表 わ そ う と
し て い いは ず であ る 。 が 、 言 語 に よ って 豊 富 に表 現 し 分 け る 面 と 、 そ う でな い面 が あ る 。
擬 音 語 で は 、 欧 米 の言 語 で は 、 家 畜 の鳴 き 声 を 詳 し く 聞 き 分 け る。 こ れ は彼 ら が 牧 畜 民 族 で、 家 畜 に親 し ん で
き た せ いで あ る 。 ロ バ の鳴 き 声 、 羊 の鳴 き 声 な ど 、 向 う で は 擬 音 語 に ち ゃん と あ る が、 日本 語 に は な い。 そ の代
わ り 日本 語 に は 、 野 鳥 のさ え ず り と 昆 虫 の鳴 き 声 の擬 音 語 を 豊 富 にも つ。 スズ ム シ の リ ンリ ン、 マ ツ ム シ の チ ン チ ロリ ン、 な ど 詳 し く 聞 き 分 け る のは いか に も 日本 的 であ る。
擬 態 語 で は 、 日本 語 に は 触 覚 関 係 のも のが 著 し く 多 い。 ザ ラ ザ ラ、 ツ ル ツ ル、 ネ バネ バ 、 ベト ベト な ど 湿 気 と
の関 係 が こ と に 多 く 問 題 にな る。 板 坂 元氏 が か つて 日 本 人 を 触 覚 民 族 と 呼 ん だ こ と が あ る が 、 そ れ と 関 係 があ る
の で あ ろ う か 。 同 氏 に 言 わ せ る と 万 国 博 覧 会 の時 な ど 、 日本 人 は 著 し く 陳 列 物 に触 れ た が る 性 質 を 有 し た と いう 。
そ れ と も う 一つ、 日本 語 の擬 態 語 に は 、 人 の種 々の態 度 を 表 わ し 分 け る も の が 多 い。 キ ョ ロキ ョ ロ、 ソ ワ ソ ワ、
ボ ンヤ リ 、 ム ッツリ⋮⋮ な ど それ で あ る 。 日本 人 は他 人 が 、 ど う いう 態 度 を と って いる か に 、 特 別 に 関 心 が深 い
の で あ ろ う か ? 日 本 語 の人 間 を 表 わ す 動 詞 は 、 ﹁見 る ﹂ に し て も 、 ﹁聞 く ﹂ にし て も 、 意 味 が 漠 然 と し て い る の
が 多 い の で 、 こ う いう 擬 態 語 は き わ め て 有 用 で あ る 。
﹁ぷ ん ぷ ん ﹂
一方 、 日 本 語 の 擬 態 語 に は 、 匂 い を 表 わ す も の が 乏 し い 。 よ い 匂 い 、 悪 い 匂 いな ど 、 象 徴 的 に 表 わ し 分 け る こ
と が で き る は ず であ る が、 日本 人 は 擬 態 語 に よ る 呼 び 分 け を し な か った 。 匂 いを 表 わ す 擬 態 語 は
﹁つん と ﹂ の 二 つ が あ る が 、 こ れ は よ い 匂 い 、 悪 い 匂 い の 区 別 で は な く 、 匂 い が 盛 ん に 立 ち こ め る さ ま と 、 匂 い が強く鼻を 刺激す るさまを表 わしたも のである。
ま た 、 味 覚 に 関 す る 擬 態 語 も 日 本 語 に 乏 し い。 甘 さ や 辛 さ を 擬 態 語 で 言 い分 け る こ と を し な い 。 ソ リ ソ リ 、 ニ
チ ャ ニ チ ャ 、 モ ソ モ ソ 、 ホ コ ホ コ 、 な ど は 、 食 物 の受 け 取 り 方 を 表 わ す 擬 態 語 で あ る が 、 味 覚 を 表 わ す の で は な く 、 口 の中 に 感 じ る 触 覚 のち が いを 表 わ す 。
擬 情 語 で は 、 イ ソ イ ソ、 ソ ワ ソ ワ、 イ ラ イ ラ、 ヤ キ モキ な ど 落 ち 着 か な い心 理 を 表 わ す も の に集 中 し て いる 。
七 擬 音 語 ・擬 態 語 の 音 と 意 味 と の関 連
日 本 語 の 擬 音 語 ・擬 態 語 で は 、 ど の よ う な 音 が ど の よ う な 外 の 音 、 物 の 状 態 に 対 応 す る か 。 擬 音 語 の 方 は 、 な
u e
oの う ち 、 e の 音 は 著 し く 少 な い。 こ れ は 日 本 語 で e の 音 の 発 達 が 遅 れ た と い う
る べく 実 際 の音 に似 た よ う な 音 を 選 ん で いる か ら 、 特 に 言 う こと はな い。 注 意 す べき は 、 擬 態 語 の方 であ る 。 まず 母音 では、 a i
国 語 史 の 問 題 と 関 係 が あ る か も し れ な い 。 カ ラ カ ラ 、 キ リ キ リ 、 ク ル ク ル 、 コ ロ コ ロ ⋮ ⋮ と あ って ケ レ ケ レ だ け
は な い 。 そ う し て た ま に e の つく 擬 態 語 が あ る と 、 多 く は あ ま り 品 の い い 形 容 と は 言 い が た いも の で あ る 。 ゲ ン ナ リ ゲ ッ ソ リ ケ ラ ケ ラ セ カ セ カ ペ ッ タ リ ヘ ラ ヘラ ペ ロ ペ ロ
oの音 は これ に対 立 す る 傾 向 が あ る。 コ ロ
な ど 、 そ の 例 で あ る 。 メ キ メ キ は 、 現 在 、 上 達 の 意 を 表 わ す 意 味 に 用 い ら れ る が 、 も と は 、 ﹁メ キ メ キ 禿 げ て き た ﹂ の よ う に 使 う の が 、 本 筋 だ った も の で あ ろ う 。 そ の他 で は、 i の音 は 小 さ いこ と 、 運 動 が 速 い こ と を 表 わ し 、 a
z d b の よ う な 濁 音 は 、 鈍 い も の 、 重 い も の 、 大 き い も の 、 汚 いも の を 表 わ し 、 一方 、 清 音
コ ロと キ リ キ リ の 対 照 な ど に そ の ち が い が 見 ら れ る 。 子 音 では 、 g
は 、 鋭 い も の 、 軽 い も の 、 小 さ い も の 、 美 し い も の を 表 わ す 。 コ ロ コ ロと ゴ ロ ゴ ロ 、 キ ラ キ ラ と ギ ラ ギ ラ 、 サ ラ
﹁ ぱ ら ぱ ら ﹂、 ﹁ひ ら ひ ら ﹂ と
﹁ぴ ら ぴ ら ﹂、
サ ラ と ザ ラ ザ ラ の対 立 な ど にそ れ が 見 ら れ る。 h と p と は 、 と も に b に対 立 す る が、 h は 、 よ り 文 章 語 的 で品 が
﹁ぽ ろ ぽ ろ ﹂ な ど に 、 そ れ が 現 わ れ て い る 。
い い 感 じ が あ る の に 対 し 、 p は 俗 語 的 で 品 が 落 ち る 。 ﹁は ら は ら ﹂ と ﹁ほ ろ ほ ろ ﹂ と
Pは 抵
拗 音 も 、 一般 に 、 直 音 に 対 し て 俗 語 的 で 品 が 欠 け る 。 チ ャ ラ チ ャ ラ や シ ャ ラ シ ャ ラ は 、 サ ラ サ ラ に 比 べ て 、 ジ
t は 堅 い こ と を 表 わ し 、 sは 摩 擦 感 のあ る こ と を 、 r は 粘 っ て 滑 ら か な こ と 、 h
ャラ ジ ャ ラ は ザ ラ ザ ラ に 比 べ て そ の 趣 が あ る。 一般 の 子 音 で は 、 k
抗 感 の な い こ と を 、 mは や わ ら か い こ と を 表 わ す 。 rは 流 動 を 表 わ す が 、 同 時 に 他 の 形 態 素 と 組 合 わ さ れ て 、 種 々 の 状 態 を 表 わ し 、 擬 音 語 ・擬 態 語 で は 重 要 な 役 を 帯 び る 。
(1)︱(18) の 形 の 対 立 も 、 擬 態 語 に お い て 微 妙 な ち が い を 表 わ す 。 各 々 の 形 が よ く 揃
﹁こ ろ ﹂ に つ い て 言 う な ら ば 、 ﹁こ ろ つ﹂ は 転 が り か け る こ と を 、 ﹁こ ろ ん ﹂ は 弾 ん で 転
次 に、 前 項 に 述 べた よ う な って いる 、 反 転 を 表 わ す
が る こ と を 、 ﹁こ ろ り ﹂ は 転 が って 止 ま る こ と を 表 わ す 。 ま た 、 ﹁こ ろ こ ろ ﹂ は 連 続 し て 転 が る こ と を 、 ﹁こ ろ ん
こ ろ ん ﹂ は 、 弾 み を も っ て 勢 い よ く 転 が る こ と を 、 ﹁こ ろ り こ ろ り ﹂ は 転 が っ て は 止 ま り 、 転 が って は 止 ま る こ
と を 表 わ す 。 ﹁こ ろ り ん ご ﹂ は 、 一度 は 転 が り は し た が 、 最 後 に 安 定 し て 止 ま っ て 、 二 度 と 転 が り そ う も な い こ とを表わす 。
八 擬 音 語 ・擬 態 語 の 文 法
次 に 、 こ の 擬 音 語 ・擬 態 語 の 文 法 的 性 質 は ど う で あ る か 。 学 校 文 法 や 、 一般 の 国 語 辞 典 で は 、 こ れ ら は 一様 に
﹁や や ﹂ と か 同 じ く 、 い か に も 副 詞 で あ ろ う 。 が 、 多 く
副 詞 と し て 総 括 さ れ て い る 。 し か し 、 こ の 中 に は 、 い ろ い ろ の も の が 含 ま れ て い る 。 ﹁ず っと ﹂ と か 、 ﹁ち ょ っ と ﹂ と か いう 程 度 を 表 わ す も の、 こ れ は 、 ﹁大 層 ﹂ と か
﹁欣 然 ﹂ と か と 同 じ 種 類 の単 語 で あ る 。
﹁堂 々 た る ﹂ と い う 形 が あ る か も し れ な い が 、 ﹁堂 々 ﹂ と 類
﹁堂 々 ﹂ と か
のも の は 、 ﹁と ﹂ を つけ て 用 い ら れ る こ と か ら 言 っ て も 、 そ の 意 味 か ら 言 っ て も 、 前 に そ れ を 修 飾 す る 言 葉 を つ け る こと が出 来 る 点 か ら 言 っても 、 前 にあ げ た 漢 語 の 堂 々と 行 動 す る て き ぱ き と や って のけ る こ の 二 つ で 機 能 の ち が い は な い 。 ﹁堂 々 と ﹂ の 方 は
似 の 言 葉 で 、 ﹁悠 々 ﹂ な ど に は 、 ﹁た る ﹂ の 形 が な い。 が 、 そ れ も 、 連 用 形 だ け を も った 語 と 見 ら れ る 。 と す れ ば 、
こ の 「て き ぱ き ﹂ も 、 連 用 形 だ け を も った 形 容 動 詞 、 し た が っ て 一種 の 形 容 詞 と 見 る 方 が よ い と 思 う 。
注 意 す べ き は 、 幾 つ か の 、 ﹁つ る つ る ﹂ ﹁ふ ら ふ ら ﹂ の よ う な 、 重 ね 言 葉 の 擬 態 語 で あ る 。 こ れ は 、 つ る つ る よ く 滑 る⋮⋮(1) 頭 が 禿 げ て つ る つ る に な った⋮⋮(2)
﹁快 活 ﹂ が も って い る よ う な 、 いわ ゆ る ダ 型 形 容 動 詞 の 用 法 を も
って い る も の が あ る 。 こ れ は 、 一般 に は 、(1)は 副 詞 、(2)は 形 容 動 詞 と さ れ て い る け れ ど も 、 意 味 は 同 じ で あ り 、
の よ う に 、(1)連 用 的 な 用 法 と 、(2) ﹁静 か ﹂ と か
同 じ 単 語 の 二 つ の 用 法 と す べ き も の で あ る 。 興 味 あ る こ と は 、(1)と(2)と で は ア ク セ ン ト が ち が い 、(1)は ツ ル ツ
ル と 頭 高 型 で 、(2は ) ツ ル ツ ル の よ う な 平 板 型 だ 。 こ れ は ち ょ う ど 一般 の 形 容 詞 が 、 連 用 形 と 連 体 形 と で 、 シ ロク 対 シ ロイ と いう 対 立 を も って いる こ と を 思 わ せ る 。
形 容 詞 の 語 形 変 化 と いう 場 合 、 一般 に は 語 尾 の ク と イ の ち が い だ け を 言 う が 、 そ れ と 並 ん で 高 低 低 型 対 低 高 低
型 と い う ア ク セ ン ト の ち が い も 、 活 用 の 一種 と 考 え る べ き だ 。 と す る と 、 い ま 、 問 題 の
ツ ル ツ ル 対 ツ ルツ ル
と ﹂ ﹁︱
( 寺 の 鐘 の 音 ) と か いう よ う な も の は 、 い つ も 、 ﹁と ﹂ で
た る ﹂ の よ う な 活 用 こ そ な け れ 、 や は り 、 一種 の 活 用 す る 単 語 と い う こ と に な り 、 堂 々 と 形 容 詞
は 、 語 音 の 方 は 変 わ ら な い が 、 ア ク セ ン ト に は 変 化 が あ る 一種 の 活 用 と 見 る べ き こ と に な る 。 つ ま り 、 こ れ は ﹁︱ の仲 間 入 りす る こ と に な る 。 最 後 に 、 擬 音 語 の中 で 、 コ ケ コ ッ コ ー と か 、 ゴ ー ン 受 け る か、 あ る いは、 そ の 時 、 鶏 が 一声 高 く コ ケ コ ッ コ ウ
の よ う に 、 セ ン テ ン ス の 最 後 に 用 い ら れ る か で 、 こ の 形 の ま ま で 連 用 語 と な る こ と は な い。 ま た 、 そ れ を 修 飾 す
る 言 葉 を 前 に つけ る こ と も で き な い。 こ れ は 結 局 、 そ れ だ け 孤 立 的 に し か 用 い ら れ な い 言 葉 で 、 感 動 詞 や 、 ﹁さ
日 本 語 と 擬 音 語 ・擬 態 語
よ な ら ﹂ の よ う な 挨 拶 の 言 葉 と 一緒 に し て 、 ﹁孤 立 詞 ﹂ と で も 呼 ぶ べ き も の で あ る 。
九
﹃未 開 社 会 の 思 惟 ﹄ の う ち に 、 ウ ェ ス タ ー マ ン の 本 を 引
一般 に 擬 音 語 ・擬 態 語 は 、 未 開 人 の 言 葉 に 多 いと 言 わ れ る 。 ア フ リ カ の ス ー ダ ン 語 の う ち の エ ウ ェ 語 は 、 豊 富
﹁ 歩 く ﹂ と いう 意 味 の動 詞 で 、 あ と の畳 語 の部 分 が 、 歩 く 形 容
な 擬 態 語 を も つ 言 語 と し て 知 ら れ 、 レ ヴ ィ= ブ リ ュ ル は
ゾ、 バ フォバフォ
いて 、 歩 く 形 容 を 表 わ す 擬 態 語 と し て
ゾ プ ラ プ ラ ゾ 、 ホ ロイ ホ ロイ の よ う な 三 十 三 種 の も の を 数 え て い る 。 ﹁ゾ ﹂ が だ そう で あ る が、 日本 語 の
テク テ ク 、 ス タ スタ 、 ト コト コ、 シ ャナ リ シ ャナ リ
を 数 え ても 、 ち ょ っと こ れ に かな いそ う も な い。 極 北 民 族 も 豊 富 な 擬 音 語 を も つよ う で、 高 橋 盛 孝 氏 は ﹃北 方 言
語 概 説 ﹄ の中 で、 チ ュク チ 語 に は 眼 球 が い った ん はず れ て 、 ま た 眼 窩 の中 に 入 る 音 (ン ロ ック と いう そ う だ ) が あ る 、 と か 、 そ の他 いろ いろ 珍 し いも のを 採 録 し て い る。
日本 語 で は 、 中 央 語 よ り方 言 に お いて 種 類 が多 いよ う だ 。 例 え ば 、 能 田 多 代 子 の ﹃ 五 戸方言集 ﹄ に モ ツ モ ツ= パ ン に何 も つけ ず に食 べる 形 容 ゴ ッパ ゴ ッパ= 松 の皮 な ど を は が す 形 容 ジ ッポ ガポ= 人 馬 が浅 瀬 を 渡 る 音 な ど 、 面 白 いも のが 多 く 上 って お り 、 グ レガ レ ッと し て いる い い男 と いう よ う な 、 美 男 子 の形 容 ま で 出 来 て いる そ う だ 。
日 本 語 の古 典 に は、 擬 音 語 の 類 は あ ま り 多 く は 出 て 来 な いが 、 そ れ は 残 って いる の が、 行 儀 の良 い文 学 作 品 だ
か ら で、 一般 の民 衆 の日 常 の会 話 には も っと た く さ ん 用 いら れ て いた ろ う と 想 像 さ れ る。 こ のよ う に考 え る と 、
日 本 語 は将 来 こ のよ う な も の が 少 な く な って ゆく の で はな いか と 思 わ れ 、 あ る いは 少 な く す べき で は な いか と 思 わ れ る かも し れ な い。
に た っと 笑 う
にや に や 笑 う
げ ら げ ら笑 う
はゝゝ と 笑 う
ほゝ と 笑 う
し か し、 先 にち ょ っと ふれ た よ う に、 日 本 語 は 、 動 詞 が漠 然 と し た 意 味 を も つも の が 多 い の で、 に こ っと 笑 う
かんらから からと笑う
と いう よ う な ち が いを 表 わす 擬 音 語 ・擬 態 語 は有 用 であ る 。 ま た 、 日 本 語 は も と も と 音 節 の組 織 が 単 純 で 、 リ ズ
ム の変 化 に乏 し い。 それ を 救 う た め に 、 擬 音 語 ・擬 態 語 は 重 要 で あ る と いう こと は 、 童 謡 や 民 謡 の は や し 言 葉 を
考え ても明ら かである。
漫 画 な ど に見 ら れ る よ う な 品 のな いも の は 退 け て い いが 、 も っと 我 々 は こ の種 のも のを 大 切 に し て、 そ れ の活 用 を 図 る こ と を 考 え て 良 い。
も
の の 数 え 方
︹ 解 説 ︺ 私 た ち は 、 お 使 い に 出 掛 け る 場 合 に 、 よ く 自 転 車 と いう も の に 乗 り ま す 。 こ れ は な ぜ 乗 る の か 、 と 言 い
ま す と 、 早 く 、 疲 れ な い で 目 的 地 へ 行 く た め に 乗 る の で あ り ま す 。 つ ま り 、 自 転 車 と いう も の は 、 目 的 地 へ行 く た め の道 具 であ り ま す 。
コト バ と い う も の は 、 ち ょ う ど こ れ と 同 じ よ う な も の で 、 私 た ち が な ぜ コ ト バ を 使 う か 、 と 考 え て み ま す と 、
こ れ は 心 に 思 って い る こ と を ほ か の 人 に 知 ら せ る た め に 、 使 う の で あ り ま す 。 コ ト バ は つ ま り 一種 の 道 具 で あ ります 。
道 具 と いう も の は 、 使 う の に 便 利 で あ り 、 能 率 的 で あ る こ と が 必 要 で あ り ま す 。 自 転 車 と い う 道 具 に 対 し て
は 、 私 た ち の 先輩 は 、 少 し でも 便 利 な よ う に、 少 し でも 能 率 的 な よ う に、 さ ま ざ ま の工夫 を し て 来 ま し た 。 そ
れ な ら ば 、 コト バ に対 し て も 、 私 た ち は 、 何 か 不 便 な と ころ はな いか 、 改 良 す べき 点 は な いか 、 と 考 え て よ い と 思 いま す 。
さ あ 、 こ こ に 犬 が い ま す 。 ハリ ス さ ん 、 数 を 勘 定 し て 下 さ い。
ど う で し ょ う 。 私 た ち の コト バ で あ る 今 日 の 日 本 語 は 、 完 全 な も の で し ょ う か 。 ︹対 話 ︺ 先 生
で は 美 智 子さ ん 、 勘 定 し て 下 さ い。
ハリ ス ワ ン 、 ト ゥ ー 、 ス リ ー 、 フ ォ ア 。 先 生
で は 、 今 度 は 、 ニ ワ ト リ が い ま す 。 ハリ ス さ ん 、 数 え て く だ さ い 。
美 智 子 一匹 、 二 匹 、 三 匹 、 四 匹 。 先 生
美智子さ んは?
ハリ ス ワ ン、 ト ゥー 、 ス リ ー 、 フ ォア 。 先 生
で は 、 今 度 は 、 白 墨 で す 。 ハリ ス さ ん ?
美 智 子 一羽 、 二 羽 、 三 羽 、 四 羽 。 先 生
美 智子さ ん?
ハリ ス ワ ン 、 ツ ゥ ー、 ス リ ー 、 フ ォ ア 。 先 生 美 智 子 一本 、 二 本 、 三 本 、 四 本 。
︹解 説 ︺ 西 洋 の 人 は 、 も の を 数 え る 場 合 に 、 ど ん な も の で も 同 じ よ う に ワ ン 、 ツ ゥ ー 、 ス リ ー 、 フ ォ ア と 数 え ま
す 。 これ に 対 し て、 私 た ち 日本 の人 は、 そ の物 が 生 き 物 であ る か 、 品物 であ る か 、 ま た 、 同 じ 生 き 物 でも そ れ
が 獣 で あ る か 、 鳥 で あ る か と い う よ う な こ と に よ って 一 々数 え る コト バ を ち が え ま す 。
(明 る い 爽 や か な 雰 囲 気 の も の ) 上 ︱ 下
こ れ は 日 本 語 の 性 格 で す が 、 こ う い う 性 格 は 私 た ち の 生 活 の 上 に ど ん な 影 響 を 与 え て い る で し ょ う か 。 ︹対 話 ︺ 音楽
( 自 信 な さ そ う に ) サ ン ニ ン。
鉛 筆 が 何 本 あ って ?
若 い母 ( 熱 心 に ) ぼ う や 、 今 度 は ち ゃ ん と 覚 え た で し ょ う 。 じ ゃ あ も う 一度 お か あ さ ん が 聞 く わ よ 、 こ こ に
坊 や
若 い 母 ま ァ 三 人 だ な ん て 。 (き つく ) 一人 、 二 人 って 言 う の は ね 、 人 を 数 え る 時 言 う ん だ っ て 今 教 え た ば か
り じ ゃ あ り ま せ ん か 。 鉛 筆 は 一本 、 二 本 、 て 数 え る の よ 。 だ か ら 、 三 本 で し ょ う 。 三 本 っ て 言 っ て 御 覧 な さ い。
坊 や
(元 気 な く ) サ ン ボ ン 。
三 つと 四 つ の 区 別 も わ か ら な い の ね 、 坊 や は︱
(母 の 心 を 気 遣 いな が ら 、 小 声 で ) サ ン ボ ン か な 。
若 い母 そ う 、 わ か った わ ね 。 じ ゃあ 又 聞 く わ よ 。 こ の犬 は ? 坊 や
( 間 を お い て然 し や け 気 味 で ) シ ホ ン。
若 い母 ( 強 く 詰 問 的 に) え え 、 な あ に ? 坊 や 若 い母 ( あ き れ て ) ま あ 、 シ ホ ン だ っ て 。︱
(悲 し げ に )
い や に な っち ゃ う わ 、 来 年 は 六 つ に な る と 言 う の に 、 こ ん な こ と じ ゃ あ ⋮ ⋮ い つ に な っ た ら ち ゃ ん と 覚 える のかしら。
︹ 解 説 ︺ こ の 坊 や は 、 ま だ 、 三つ と い う 数 と 、 四 つ と い う 数 の 違 い も 、 ハ ッキ リ わ か ら な い よ う で す 。 然 し 、 こ
れ は 果 し て 坊 や の 頭 の 罪 で し ょ う か 。 坊 や の 頭 は 、 三 本 だ の 三人 だ の 、 三 匹 だ の 、 色 々 ち が っ た コ ト バ を 覚 、 え
る の に 忙 し く て、 か ん じ ん な 数 を 覚 え る の が後 れ て いる ので は な いで し ょう か 。 そ れ か ら 皆 さ ん に は 、 こう い う 経 験 は あ りま せ ん か 。 ( 入 学 試 験 場 の雰 囲 気 を 表 わ す ざ わ めき )
ど う だ 。 出 来 た か 、 し ま い の 問 題 は む ず か し か った ろ う 。
︹ 対 話 ︺ 効 果︱ 父 親
(元 気 に 声 を は ず ま せ て ) お と う さ ん 、 き ょ う は 全 部 出 来 た の よ 。 五 番 の 問 題 ね え 、 七 十 人 っ て 言 う
( は し ゃ い で ) そ う ? じ ゃ あ 、 あ た し 、 入 れ る か し ら 。 嬉 し い わ 。 (調 子 を 変 え て ) あ た し 入 った ら 、
出 来 る か ど う か と 思 って い た ん だ 。
( 嬉 し そ う に ) ほ う ! そ り ゃ よ か った 。 お と う さ ん も あ の 問 題 が 出 来 た ら 入 れ る が 、 お 前 に あ れ が
た の か し ら って 、 心 配 し た ん だ け ど 、 監 督 の 先 生 に 伺 った ら 、 七 十 人 で い い ん で す っ て 。 よ か った わ 。
の ね 、 七 十 人 って 書 い た 人 と 八 十 人 っ て 書 い た 人 と あ る の 。 あ た し 、 七 十 人 っ て 書 い ち ゃ っ て 間 違 っ
少 女
父 親
少 女
父 親 ( 嬉 しそう に)ええ。
お う 、 や る と も さ 。 よ か った な あ 。 も う こ れ で 試 験 も す ん だ し 、 一 つ銀 座 へ で も 行 って 見 よ う か 。
靴 を 買 って 下 さ る ?
少 女
﹁人 ﹂ の 字 を 書 い て
(不 安 そ う に 突 然 ) と こ ろ で 、 お 前 、 答 え と 言 う と こ ろ に
﹁七 十 人 ﹂ と チ ャ ン と
父 親
ア ッ!
来 た ろう な ? 少 女
ど う し た ん だ 。 忘 れ た の か 。 (不 快 げ に ) 馬 鹿 だ な あ 。 お 前 は そ そ っか し い か ら 、 よ く 注 意 し ろ って
( 調 子を か え てあ た た か く ) い いよ 、 い いよ 。 お 前 が 悪 いん じ ゃな い。 さ あ 、 デ パ ー ト へ でも 入 って
シ ク シク 泣 出 す )
( 元 気 を 失 って悲 し げ に )あ あ 、 ど う し よ う か し ら 。 あ た し 駄 目 か し ら 。 ( 父 親 の返 事 がな い の で漸 次
言 った の に 。
父 親
少 女
父 親 靴を 見よう。
︹ 解 説 ︺ こ の よ う に 、 私 た ち が こ ど も の頃 は 、 算 術 の 時 間 に は 、 答 え の 出 し 方 を 考 え る こ と 、 正 し い 計 算 を 行 う
こ と の ほ か に 、 ﹁何 人 ﹂ と か ﹁何 枚 ﹂ と か 、 一 々 下 に つ け る コ ト バ を 忘 れ な い で 書 く と い う こ と に も 頭 を 使 っ
し か し 、 こ の 、 物 の数 え 方 で苦 し む のは 、 決 し て 子 供 だ け で はあ り ま せ ん。
た も の であ りま し た 。
姪
え え 、 あ り が と う 。 お か げ さ ま で 、 私 も や っと 安 心 で き ま す よ 。
お ば さ ま 、 お 目 出 と う ご ざ いま す 。 春 子 さ ん の、 御 婚 約 お 整 い に な った ん で す って ね 。
( 婚 約 を 表 わ す 曲 。 明 る い雰 囲 気 ) 上︱ 下
伯 母
春 子 さ ん も さ ぞ お 喜 び で し ょ う 。 (フ ト 気 が つ い て ) 春 子 さ ん は ど こ に い ら っし った の ?
︹ 対 話 ︺ 音 楽
姪
伯 母
姪
伯 母
な あ に、 今 ね 、 私 達 だ け で は 先 方 さ ま へ送 る 結 納 の品 物 の 目 録 が 書 けな い の でね 、 書 き 方 を お じ いさ ま の と こ ろ へ伺 い に 行 った ん で す よ 。
﹁一着 ﹂ と か 何 と か 、 ﹁ 末
も く ろ く で す っ て ? も く ろ く 、 こ こ に 出 来 て る じ ゃ あ り ま せ ん の 。 袴 一、 末 広 一、 っ て 、 こ れ で し ょう 。
え え 、 そ れ な ん だ け ど 、 そ れ じ ゃあ ま だ いけ な いん で す よ 。 袴 は そ の 下 に
( 笑 っ て ) い え 、 知 り ま せ ん わ 。 で も こ れ で よ く わ か る じ ゃあ り ま せ ん か 。 ﹁末 広 一﹂ ﹁袴 一﹂ で 。
広 ﹂ も そ の 下 に ﹁ 一張り ﹂ と か 何 と か 、 字 を 書 か な く っち ゃ 。 澄 ち ゃ ん 、 あ ん た 書 き 方 知 っ て る ? 姪
( 気 を かえ て)おじ さま
﹁袴 一﹂ ﹁ 末 広 一﹂ だ け じ ゃ、 教 養 が な
え え 、 分 っても そ れ じ ゃあ ま だ 正 式 じ ゃな いん です よ 。 た だ
( 驚 い て ) ま あ 、 そ れ で わ ざ わ ざ お じ い さ ま の 所 ま で 聞 き に いら し っ た の ?
い っ て 、 先 方 の 御 両 親 に 笑 わ れ て し ま い ま す よ 。
伯 母
姪
( 笑 いな が ら ) そ の お じ さ ま が 駄 目 な の よ 。 大 学 でも 理 科 の方 です も の 。
に 伺 え ば い い の に 。 大 学 の 先 生 じ ゃあ り ま せ ん か 。 伯 母
ま あ 、 大 学 の 先 生 でも わ か ら な い こと な の? ( 独 り 言 のよ う に ) だ け ど 変 ね え 。 そ り ゃ、 も の に よ
っ て 、 一々 本 式 の 数 え 方 が あ る か も 知 れ な い け れ ど 、 そ ん な の 滅 多 に 使 わ な い ん で し ょ う 。 そ れ だ の
姪
に そ れ を 知 ら な け り ゃ、 笑 わ れ る な ん て 。 一体 そ ん な 数 え 方 の 区 別 を 知 って い て 何 に な る ん で し ょ う 。
︹解 説 ︺ い か が で す か 、 皆 さ ん 、 澄 子 さ ん の いう よ う に 、 一つ 、 二 つ と 数 え て よ い も の は む し ろ 一 つ 二 つ と 数 え
る の を 正 式 の 数 え 方 と し た 方 が、 私 達 の生 活 は 、 遙 か に 能 率 的 な 、 暮 し よ いも の に な る の で は な いで し ょう か。 次 は 、 あ る こ ど も 向 き の教 育 雑 誌 の編 集 室 で交 さ れ た 会 話 です 。 ︹対 話 ︺ 編 集 課 長 ど う だ ね 、 読 み 物 は み ん な そ ろ った か ね ?
婦 人 記 者 は あ 、 大 体 そ ろ いま し た 。 翻 訳 物 は 何 を 取 ろ う か と 迷 っ た ん で す け ど 、 結 局 グ リ ム の 童 話 集 か ら 、
課 長
あ の う 、 な ん で ご ざ いま す 。 年 を と った た め に 飼 主 に ひ ま を 言 い 渡 さ れ た ロ バ と 、 イ ヌ と 、 ネ コと 、
﹁ブ レー メ ン の 音 楽 師 ﹂? そ り ゃ あ ど ん な 筋 だ った け な 。
﹁ブ レー メ ン の 音 楽 師 ﹂ を 取 る こ と に い た し ま し た 。
記 者
ニ ワ ト リ が ご ざ いま し て ね 、 仕 方 な く 夜 道 を あ て も な く さ ま よ っ て い る と 、 野 原 に 、 一軒 家 が あ る ⋮ ⋮。
ふ ふ う ん 、 そ う す る と 、 中 に ど うぼ う が い て 、 宴 会 を や っ て い る 。 そ れ を 計 略 で 追 い 払 っ て 楽 し く く
そ う で ご ざ いま す 。
課 長
記 者
(そ の 返 事 を も 待 ち か ね て ) う ん 、 あ り ゃ い い 、 あ り ゃ あ 面白 い 読 み 物 だ 。 そ れ で 原 稿 は ? こ れ か 。
ら す 、 と いう 話 だ ろ う ?
課 長
﹁あ ら ﹂ と いう よ う に 、 嬉 し く て れ る 表 情 。 課 長 そ れ に か ま わ ず 読 む ) フ ン フ ン 、 ( 急 に
ち ょ っと み せ た ま え 。 (読 み な が ら ) フ ン、 フ ン 、 こ り ゃ う ま い 。 君 に し ち ゃ あ な か な か よ く 出 来 て いる 。 (こ の 間 記 者
記 者
こ こ だ 。 こ の ロ バ と イ ヌ と ネ コと ニ ワ ト リ と だ が ね 。 ﹁四 匹 の 動 物 は そ ろ っ て 出 掛 け ま し た ﹂ と あ る
ど こ で ご ざ いま す か ?
気 が つ い て ) お い 、 君 、 こ こ は ち ょ っと ま ず い ん じ ゃ な い か ?
課 長
が ね え 、 ロ バ と イ ヌ と ネ コ は 獣 だ か ら 、 一匹 、 二 匹 で い い が 、 ニ ワ ト リ は 一羽 二 羽 だ ろ う ? だ か ら
記 者
いや 、 口 調 は 悪 いか も し れ な いが 、 こ れ は 教 育 雑 誌 な ん だ か ら 、 正 し い 日本 語を 教 え な け れ ば いけな
彼 等 三 匹 と 一羽 は そ ろ っ て 出 掛 け ま し た 、 で ご ざ い ま す か ? な ん だ か 口 調 が 悪 い よ う で す け ど 。
こ こ は 、 ﹁彼 等 三 匹 と 一羽 は そ ろ っ て ﹂ と や ら な け れ ば な ら な い よ 。
課 長
いよ 。
そ う で し ょ う か 。 じ ゃ あ 、 そ う い た し ま し ょ う か 。 ﹁彼 等 三 匹 と 一羽 は そ ろ っ て ﹂ ( ま た 思 い つ い て)
記 者
課 長
記 者
課 長
ふ う む 。 ﹁彼 等 一頭 と 二 匹 と 一羽 は そ ろ って 出 掛 け ま し た ﹂ か 、 こ り ゃ 少 し ま ず いね 。
こ こ は 、 ﹁彼 等 一頭 と 二 匹 と 一羽 は そ ろ って ﹂ と い わ な け れ ば な ら な い わ け で す わ 。
そ う す る と ⋮ ⋮。
ロ バ は 獣 で す け ど 、 一匹 二 匹 は 正 式 な 数 え 方 じ ゃ ご ざ い ま せ ん わ 。 一頭 、 二 頭 で す わ 。
(お ど ろ い て ) ど う し て ?
記 者
課 長 ど う も む ず か し いも ので す わ ね 。
で も 、 課 長 さ ん 、 こ れ で も や っぱ り へん で す ね 。
記 者
( 少 し間 を お い て ) し か た が な い 。 思 い き っ て ﹁彼 等 は み ん な そ ろ っ て 出 掛 け ま し た ﹂ と や る さ 。 数
ま あ 、 オ ッ ホ ッホ 。
を 数 え な け れ ば 問 題 は 起 こ ら な い 。ハ ッ ハ ッ ハ。
課 長
記 者
ます。
﹁ウ マ﹂ は 一頭 二 頭 と 数 え る 、 そ れ は 確 か に 正 式 な 数 え 方
︹解 説 ︺ ど う も 、 こ の編 集 室 では 、 動 物 の種 類 が ち がう た め に、 数 を 勘 定 す る こと が 出 来 な く な った よ う であ り
し か し 、 み な さ ん 、 い か が で し ょ う 。 ﹁ウ シ ﹂ や
か も 知 れ ま せ ん 。 し か し 私 た ち は 、 一匹 二 匹 と 数 え て も 、 そ れ ほ ど お か し く 感 じ な い ん じ ゃ な い で し ょ う か 。
ニ ワ ト リ な ど も 、 今 の 子 ど も た ち な ん か は 、 一羽 、 二 羽 と は 数 え な い で 、 一匹 、 二 匹 と 数 え て お り ま す 。
そ う す る と 、 で す ね 、 私 た ち は む し ろ 、 こ う い う 傾 向 を 歓 迎 し て 、 少 し で も 、 ﹁数 え 方 の ち が い﹂ と い う も のを な く し て いこ う 、 と 、 こ う 考 え て は い か が でし ょう か 。
流 行 語
一 新 語 の ﹁硬 派 ﹂ と ﹁軟 派 ﹂
﹁歌 は 世 に つれ ﹂ と い う が 、 コ ト バ も ま た 世 に つ れ て 移 り 変 わ る 。 な か で も 、 と り わ け 浮 き 沈 み の は げ し い 、 気 ま ぐ れ な 存 在 が、 いわ ゆ る流 行 語 だ 。
﹁現 代 用 語
( 新 語 ) 早 わ か り ﹂ と い った 種 類 の 本
流 行 語 は 、 そ の 言 語 社 会 に と っ て のニ ュー ・ フ ェイ ス で あ る 。 そ う し て 、 す ぐ 姿 を 消 し て いく も の が 多 い 。 だ か ら 、 ほ と ん ど 辞 書 に も の せ ら れ な い運 命 を も つ。 そ の代 わ り に は いち は や く 収 め ら れ る。
﹁新 語 早 わ か り ﹂ に 登 場 す る コ ト バ と い う 中 に も 、 少 な く と も 二 種 類 の も の が あ る 。 た と え ば 、
﹁P T A ﹂ ﹁六 三 制 ﹂ ﹁コ ー ス ・オ ブ ・ス タ デ ィ ー ﹂ ﹁傾 斜 生 産 ﹂ ﹁レ ッド ・パ ー ジ ﹂ ﹁賃 金 ス ラ イ ド 制 ﹂ ﹁地 域 闘 争 ﹂
と ころで同じく
﹁硬 派 ﹂ で あ る 。 そ れ に 対 し て 、 も う 一種 類 は 、 ﹁竹 の 子 生 活 ﹂ ﹁さ か さ く ら げ ﹂ ﹁ギ ョギ ョ ﹂
﹁勤 務 評 定 ﹂ 等 。 い ず れ も カ ミ シ モ を つ け た 感 じ の も の で 、 ど う 見 て も 気 安 く 迎 え ら れ る と い う も の で は な い 。 新 語 の中 の、 いわ ば
﹁も て は や さ れ る ﹂ 新 語 だ 。
これ が いわ ゆ る 流 行 語 だ 。 硬 派 を 流 行 語 と 呼 ぶ の は普通 で は な
﹁た わ む れ ﹂ の気 分 が こ も っ て い る 。 い わ ば 新 語 の 中 の ﹁軟 派 ﹂ で あ る 。
﹁ア ジ ャ パ ー ﹂ ﹁ド ラ イ ﹂ ﹁よ ろ め き ﹂ ﹁マ ン ボ ・ス タ イ ル ﹂ 等 々 。 こ れ ら は 、 い わ ゆ る 使 用者 の心理には
硬・ 軟 両 派 のう ち 、 ﹁軟 派 ﹂ に 属 す る 新 語︱
いが 、 た だ し 、 た わ む れ の気 持 を こ め 、 な いし は 特 殊 の意 味 を 付 与 し て 使 わ れ る と き 、 そ れ が 喜 ん で 世 に迎 え ら れ れ ば 、 そ の 場合 は 流 行 語 の仲 間 入 り を し た も のと 認 め て よ い。
﹁勤 務 評 定 ﹂ は 硬 派 のチ ャキ チ ャキ だ が 、 そ れ が 、 ﹁御 主 人 の勤 務 評 定 は ? ﹂ ﹁ 横 綱 の勤 務 評 定 が 必 要 だ ﹂ ⋮⋮ な ど と ヒ ネ って使 わ れ る よ う に な れ ば 、 流 行 語 的 に な る と いう よ う な 具合 であ る 。
二 流 行語 は なぜ生 ま れる か さ て 、 流 行 語 は な ぜ生 ま れ る か ? (a ) 社 会 現 象 の反 映
す な わ ち ﹁コト バ は 世 に つれ ﹂ の見 本 た る ゆえ ん で あ る 。
第 一、 な ん と い っても 、 社 会 現 象 の流 動 ・変 遷 を 反 映 し て生 ま れ て く る 。 新 奇 な 事 物 、 流 行 の事 物 ・観 念 に対 応︱
社 会 現 象 の反 映 と いう 中 で も 、 戦 時 中 の流 行 語 に は、 ﹁生 命 線 ﹂ ﹁総 動 員 ﹂ ﹁○○部 隊 ﹂ と い った 類 の、 いわ ゆ
る時 局 の反 映 が 多 か った 。 戦 後 の も の にも 、 そ の種 の 例 は 少 な く な い。 終 戦直 後 に は 、 例 の ﹁一億 総 ザ ンゲ ﹂ が
あ り 、 米 ソ 間 の緊 張 は、 ﹁二 つ の世 界 ﹂ ﹁冷 た い戦 争 ﹂ ﹁鉄 の カ ー テ ン﹂等 々を 生 ん だ 。 ﹁鉄 の カ ー テ ン﹂ か ら は 、
﹁竹 の カ ー テ ン (‖中 国 )﹂、 ﹁ド ル のカ ー テ ン (‖ア メ リ カ )﹂、 ﹁菊 のカ ー テ ン (‖日本 の皇 室 )﹂ 等 々が 派 生 し た 。
﹁冷 た い戦 争 ﹂ が、 朝 鮮 に ﹁熱 い戦 争 ﹂ を 生 む や 、 ﹁三 十 八 度 線 ﹂ が 流 行 と な り 、 ﹁特 需 ﹂ ﹁糸 ヘン﹂ ﹁金 ヘン﹂ が
さ か ん な 勢 いを え た 。 国 内 政 治 で は ﹁逆 コー ス﹂ ﹁復 古 調﹂ が 言 わ れ 、 ﹁ワ ン マ ン﹂ ﹁フテ イ の ヤ カ ラ ﹂ ﹁書 記 長 個
人 ﹂ 等 が特 定 の政 治 家 に 関 し ても て は や さ れ た 。 政 界 ・官 界 に 横 行 す る ﹁汚 職 ﹂ 関 係 で は ﹁つま み食 い﹂ や ﹁リ
ベー ト ﹂ が 話 題 に の ぼ った 。 原 子 力 ・原 子 兵 器 や 宇 宙 科 学 の時 代 に即 応 し ては ﹁ 第 三 の火 ﹂ ﹁人 工 衛 星 ﹂ ﹁ミ サ イ
ル﹂ ﹁IC B M ﹂等 が つぎ つぎ と 流 行 語 界 にも ち 込 ま れ 、 さ ら に 政治 問 題 とも か ら ん で 、 ﹁オ ネ スト ・ジ ョ ン﹂ や ﹁濃 縮 ﹂ の名 が か まび す し か った 。
時 事 問 題 か ら 、 庶 民 生 活 の 反 映 と な る と 、 終 戦 直 後 の ﹁タ ケ ノ コ生 活 ﹂ ﹁タ マネ ギ 生 活 ﹂ ﹁栄 養 失 調 ﹂ の類 は い
か にも わ び し く 、 ﹁カ スト リ ﹂ ﹁カ ル メ焼 き ﹂ の類 に も タ メ息 の こも った 思 いがす る が、 そ のあ と の 時代 の ﹁う た
ご え ﹂ ﹁投 書 夫 人 ﹂ は 、 明 る さ と 希 望 が 感 じ ら れ る よ う に な った 。 医 学 の 進 歩 と 生 理 知 識 の 普 及 も 目 だ った 現 象
の 一 つ に 数 え て よ か ろ う 。 ﹁ノ イ ロー ゼ ﹂ ﹁ス ト レ ス ﹂ 等 の 流 行 は そ の 産 物 だ った 。
こ れ に 関 連 し た 流 行 語 は ま こと に多 い。
﹁戦
が 、 戦 後 の も の で 、 も っと も 応 接 に い と ま のな い も の は 、 な ん と い っ て も 風 俗 を 反 映 し た も の だ 。 な か で も 、
戦 後 の 性 の解 放 、 さ ら に混 乱︱
老 い ら く の 恋 、 ロ マ ン ス ・グ レ イ 、 オ ジ サ マ 族 、 ユ カ る 、 抵 抗 、 よ ろ め き ⋮ ⋮
﹁逆 三 角 形 ﹂ ﹁ボ デ ィ ー ・ビ ル﹂ で 対 抗 し た が 、
﹁ア ロ ハ﹂
等 々 は す べ て こ れ で あ り 、 ﹁パ ン パ ン ﹂ ﹁温 泉 マ ー ク ﹂ ﹁零 号 さ ん ﹂ ﹁オ ン リ ー さ ん ﹂ ⋮ ⋮ と 並 べ た だ け で も 後 ﹂ の空 気 がホ ウ フ ツと す る 。 女 性 の ﹁八 頭 身 ﹂ が も て は や さ れ れ ば 、 男 性 側 は
A ラ イ ン 、 H ラ イ ン 、 Y ラ イ ン 、 ヘ ップ バ ー ン 、 真 知 子 巻 き 、 カ リ プ ソ 、 怜 子 ス タ イ ル ⋮ ⋮
等 々 、 服 飾 関 係 の 流 行 語 が 、 圧 倒 的 に 女 性 関 係 の も の で あ る こ と は 無 理 も な い。 そ の 中 で 、 わ ず か に ﹁マ ン ボ ・ス タ イ ル ﹂ あ た り が 男 性 の た め に 気 を 吐 い (? ) た 。
と こ ろ で 、 新 し い事 物 ・観 念 に 対 応 す る と いう だ け な ら 、 硬 ・軟 を 問 わ ず 、 新 語 一般 に 通 ず る こ と で あ って 、
流 行 語 独 特 の こ と で は な い 。 ワ ッと と び つ か れ 、 も て あ そ ば れ る に は 、 そ れ だ け の 理 由 が な け れ ば な ら な い。 そ
﹁そ の も の ず ば り ﹂ ﹁何 々 の 何 ﹂ が さ か ん に 愛 用 さ れ 、 ﹁チ ョ ン マ ゲ 時 代 ﹂ だ の ﹁四 つ 足 ﹂
こ で 、 流 行 語 の 強 み は と な る と 、 な ん と い っ て も 印 象 が 強 い と い う こ と だ 。 手 っと り 早 く 飲 み こ め る 、 と いう こ とだ。 ﹁二 十 の 扉 ﹂ か ら 出 た
だ の も 同 様 に 流 行 し た が 、 あ れ の 強 み は 、 ま さ に ﹁ズ バ リ ﹂ と レ ッ テ ルを は った と こ ろ に あ る 。 ま わ り く ど い説 明 に ま さ って は る か に 手 っと り 早 い 。
﹁ド ラ イ と ウ エ ット ﹂ し か り 、 ﹁M + W ﹂ し か り 。 い ず れ も 、 印 象 的 な レ ッ テ ル に よ る 分 類 、 対 比 の 妙 で あ る 。
エ レ ガ ン ト 、 高 校 四 年 、 神 武 以 来 、 逆 コ ー ス 、 復 古 調 、 つ ま み 食 い、 糸 ヘ ン、 金 ヘ ン 、 サ ン ズ イ ⋮ ⋮
等 々 、 す べ て 説 明 を は ぶ いた レ ッ テ ル の 強 み で 売 れ た と い っ て よ い。
さ ら に 、 調 刺 や 批 判 の 気 持 が こ も っ て い る こ と も 肝 要 だ 。 ﹁ワ ン マ ン ﹂ ﹁イ エ ス ・ マ ン ﹂ や
﹁一辺 倒 ﹂ は ま さ に
﹁三 等
﹁恐 妻 家 ﹂ に い た る ま で 、 こ れ ら は み な諷 刺 的 に は も と よ り 、 と き に 自 嘲 の意 を も って 用 いら れ た 。
そ れ 。 ﹁ア メ シ ョ ン ﹂ が 流 行 し た の も そ の 心 理 の 反 映 だ 。 終 戦 ま も な い こ ろ の ﹁カ ス ト リ ゲ ン チ ャ﹂ か ら 重役 ﹂ を へて 太 陽 族 、 月 光 族 、 マ ンボ 族 等 は ヒ ン シ ュク の 気 持 を た わ む れ に 転 じ 、 サ ンズ イ 、 三 万 台 、 四万 台 、 社 用 族 、 公 用族 は 憤 り の 語気 も かな り あ ら わ に 使 わ れ た 。
吉 田 首 相 の ﹁ワ ン マ ン ﹂、 永 田 大 映 社 長 や 砂 田 大 臣 の ﹁ラ ッ パ ﹂ 等 、諷 刺 が ア ダ 名 化 し て し ま った の も あ る 。
ア ダ 名 と い え ば 、 ﹁シ ネ ス コ﹂ ﹁ワ イ ド ・ス ク リ ー ン ﹂ 等 の 新 語 を も っ て き て 、 オ デ コ の 広 い 人 を 呼 ぶ と いう テ も
用 い ら れ た 。 巨 大 な 人 を 、 ﹁ゴ ジ ラ ﹂ と 呼 ぶ こ と も は や った 。 こ れ も 一種 の レ ッ テ ル だ 。 ) ( b コト バ を た の し む 動 機
さ て 、 以 上 の よ う な も の に 対 し て 、 第 二 に 、 新 し い事 物 に 対 応 す る わ け で は な い が 、 コ ト バ 自 体 を た の し む と いう 動 機 か ら く る流 行 語 が あ る 。
バ ッカ じ ゃな か ろ か 、 ト ン デ モ ハ ップ ン、 ア ジ ャ パ ー 、 ム チ ャ ク チ ャ で ご ざ り ま す る が な 、 た よ り に し て ま っせ
﹁い う な れ ば ⋮ ⋮ ﹂、 小 西 得 郎 氏 の ﹁な ん と 申 し ま し ょ う か ⋮ ⋮﹂ も 同 様 の 心 理
等 の 類 は す べ て そ れ で、 陳 腐 な 表 現 に 対 す る 反 発 、 定 型 を 破 り た い意 欲 か ら く る コト バ のあ そ び であ る 。 ﹁三 等 重 役 ﹂ の 口 ぐ せ か ら 出 た
に 迎 え ら れ た も の 。 ﹁よ ろ め き ﹂ が 特 殊 の 意 味 を 与 え ら れ て 盛 行 し た の に も 、 こ の 心 理 と の 関 連 が 考 え ら れ る 。
今 で は 古 く な った が 、 ﹁心 臓 が 強 い﹂ ﹁神 経 が 太 い ﹂ ﹁メ ー ト ル を あ げ る ﹂ 等 も 、 こ う し た 比 喩 が 新 鮮 に 感 じ ら れ
て迎 え ら れ た も ので あ ろ う 。 相当 なもんだ、 どう かと思う
と い っ た 、 サ リ ゲ な い 、 消 極 的 な 表 現 に か え って 新 奇 さ が 感 じ ら れ て 喜 ば れ た こ と も あ った 。
だ 、 た の し み オ ン リ ー か 、 他 の役 目 と の か け も ち か 、 と いう ち が い で あ っ て 、 表 現 の 新 鮮 さ 、 と っ ぴ さ は 、 す べ
第 二 の も の は 、 コ ト バ 自 体 を た の し む こ と を 専 門 に す る が 、 第 一類 と し て の お も む き が な い わ け で は な い。 た
て の流 行 語 に 共 通 し て いな け れ ば な ら な い。
三 流 行 語 の 用 い ら れ 方 一体 、 流 行 語 は ど う 用 い ら れ る か ? 大 別し て三とおりあ る。
第 一は 、 何 か の 名 と し て 。 す な わ ち 、 命 名 し 、 レ ッ テ ル を は る た め 。 前 節 の 分 類 で 第 一の グ ル ー プ に 属 す る も の は 、 大 多 数 が これ にあ た る 。 ワ ン マ ン、 三 等 重 役 、 太 陽 族 、 Y ライ ン、 三 万 台 、 つま み食 い、 ス レ チ ガ イ
等 々。 文 法 上 の 形 式 か ら い え ば す べ て 名 詞 で あ る 。 名 の中 の 特 例 と し て は 、 ﹁⋮ ⋮ と いう 名 の ⋮ ⋮ ﹂ ﹁⋮ ⋮ に 関 す る十 二 章 ﹂ 等 、 題 名 に好 ん で 用 いら れ る 表 現 が 登 場 し た こ と があ げ ら れ る。 第 二 は 何 事 か を 述 べ る お も む き のも の 。 古 い と こ ろ で は 、 心 臓 が 強 い、 相 当 な も ん だ 、 ハリ キ ル 、 モ チ 、 ダ ン チ 近 く は、 最 低 ね 、 お 下劣 ね
と い っ た 類 が こ れ 。 二 ・二 六 事 件 直 後 に は 、 ﹁今 か ら で も お そ く は な い﹂ が は や り 、 マ ッ カ ー サ ー 解 任 帰 国 の の
ち に は ﹁老 兵 は 死 な ず﹂ が 迎 え ら れ た が、 いず れ も 、 な に か の 叙 述 のた め に借 用 し た も の だ った。 ﹁な ん と 申 し
ま し ょう か ﹂ ﹁いう な れ ば ﹂ や ﹁兵 隊 の 位 で いう と ﹂ 等 の言 いさ し の形 も 、 や は り 叙 述 の 一カ ケ ラ。 ﹁神 武 以 来
の﹂ は 主 と し て 名 詞 に か ぶ せ て 用 いら れ る 叙 述 語 の変 わ り 種 。 ﹁喜 び も 悲 し みも 幾 歳 月 ﹂ が、 結 婚 式 で、 な こう ど さ ん のあ いさ つに愛 用 さ れ る と いう 。
ふ ざ け た と ころ で は 、 そ の か み の ﹁わ し ゃ かな わ ん よ ﹂ か ら 、 ﹁さ い ざ ん す ﹂ ﹁バ ッカ じ ゃ ⋮ ⋮ ﹂ ﹁ム チ ャク チ ャで ⋮ ⋮ ﹂ ま で、 いず れ も 述 べ る 型 のも の 。
以 上 第 二 の ケー ス で は 、 セ ンテ ン スな いし セ ン テ ン スを 志 向 す る 語 句 か ら 成 り 立 ち 、 いわ ゆ る イ デ ィオ ムと な って いる 。 こ の ケ ー ス中 の特 例 と し て は、 ギ ョ ッ! ア ジ ャパ ー !
と いう 、 未 分 化 の セ ンテ ン ス。 す な わ ち 感 動 詞 一語 を も って文 相 当 の役 割 を 演 じ て いる も の が あ る。
流 行 語 の第 三 は 、 こ れ は 芳 賀 綏 氏 の創 説 であ る が 、 いさ さ か 特 殊 な も の で、 ロ マネ であ る 。 マネ る こ と 自 体 を 目 的 と し て 用 いら れ る も の であ る 。 第 二 に 属 し た も の の中 で、 わ し ゃか な わ ん よ な ん と 申 し ま し ょう か
の類 は 、 実 は こ の 語句 だ け を と って使 って み ても お も し ろ く な い。 前 者 は 笑 優 高 瀬 実 乗 の、 後 者 は 野 球 批 評 家 小
西 得 郎 氏 の、 声 色 、 節 ま わ し ま で ( 少 な く と も 節 ま わ し ) そ っく り の発 話 を し て た のし む、 と い った も の であ る 。
す な わ ち 、 特 定 個 人 の発 し た 具 体 音 声 を そ っく り そ のま ま 模 写 す る 目的 で用 いら れ る こ と の多 いも の であ る。 流
行 語 多 し と いえ ど も 、 こん な のは ち ょ っと 毛 色 が 変 わ って いる 。 ピヨ ピヨ 大 学 の河 井 坊 茶 か ら は じま った 残 念 で ご ざ いま し た ノ ド 自 慢 か ら はや った カ ネ の 音 の擬 音
カー ン も こ れ に 近 い。
四 流 行 語 の ﹁製 法 ﹂ いう な れ ば
﹁製 法 ﹂ い か ん 、 と いう こ と で あ る 。
(ダ ン)
﹁エ
﹁ハ ベ レ ケ レ ﹂ と ネ ジ マ ゲ
﹁ダ イ ジ ョ ー ビ ﹂ は 最 後 の 母 音 を 変 え て ネ
(ろん )﹂ 等 が 下 半 分 カ ット の 例 。 ﹁モ
( ー ル )﹂ が 分 断 省 略 の 例 で あ る 。 戦 後 の
(が い )﹂ ﹁モ チ
一部 を カ ット し た り 、 ネ ジ マ ゲ た り 、 つ け た し た り し て 、 表 情 を つ
次 に 、 流 行 語 は ど ん な カ ッ コ ウ に 作 ら れ る の か ? ︱ 第 一、 従 来 か ら あ った 語句 を 変 形 す る ︱ け る や り 方 であ る 。
(ー イ )﹂ ﹁モ (ダ ン) ガ
こ の 製 法 の 産 物 は 、 古 い と こ ろ で は 、 ﹁ダ ン チ ボ
(? ) を や っ て の け た 。
﹁エ チ ケ ット ﹂ が 一部 転 倒 を 起 こ し た
ジ マ ゲ た も の 。 ネ ジ マ ゲ 法 は ト ニ ー 谷 の お 手 の も の で 、 平 安 朝 以 来 の ﹁侍 り け り ﹂ も て更 生 利 用
バ ッカ ジ ャ ナ カ ロ カ 、 ネ チ ョ リ ン コ ン み た い に 、 音 の 挿 入 ・ つ け た し に よ っ て 表 情 を つ け た の も あ る 。︱
ケ チ ット ﹂ は 、 は や ら せ る 意 図 で 転 倒 さ れ た わ け で は な か った が 、 大 臣 が 舌 を す べ ら せ て の 転 倒 が お も し ろ が ら れ 、 さ か ん に 応 用 さ れ た も の だ った 。
第 二 に 、 在 来 の も の を 組 合 わ せ て 、 新 し い複 合 語 を 作 った り 、 新 奇 な 連 語 を 作 った り す る や り 方 。 ロ マ ン ス ・グ レ イ 、 温 泉 マー ク 、 三十 娘 、 真 空 地 帯
等 は そ の 所 産 。 な ん の 変 哲 も な い も の 同 士 を 組 合 わ せ て 、 両 者 の ひ び き 合 い で お も し ろ い 味 を 出 そ う と いう 方 法
で あ る 。 古 く は 、 ﹁ト ー チ カ 心 臓 ﹂ と い う 組 合 わ せ が あ った が 、 こ れ は 一方 に ト テ ツ も な い も の を も って き て 対
比 の お も し ろ さ を 出 し た も の 。 ﹁ダ イ ナ マ イ ト 打 線 ﹂ も 似 た お も む き で 、 こ れ は 一部 を 入 れ 代 え て ﹁水 爆 打 線 ﹂
と ス ゴ味 を 増 し た 。 ち ょ っと お も むき が ち がう が、 アジ ャパー!
二 文 連 結 と いう に似 た お も む き で あ る 。
も こ のケ ー ス に 入 れ てよ か ろ う 。 ﹁ア ジ ャー ! (ア リ ャ! )﹂ と いう 感 動 詞︱ と つけ 加 え た も の で、 文 + 文︱
﹁流 行 語 の モ ト ( 素 )﹂
文 相 当 語 のあ と へま た ﹁パー ! ﹂
複 合 語 と いえ ば 、 見 の が せ な い のは 、 ﹁ 流 行 性 複 合 語 ﹂ を 手 が る に製 造 でき る要 素 ︱
と で も い う べ き 存 在 で あ る 。 た と え ば 、 ひ と こ ろ 、 西 尾 末 広 氏 の ﹁書 記 長 個 人 ﹂ に は じ ま っ て 、 ﹁○○ 個 人 ﹂ が
﹁モ ト ﹂ と し て ち ょ う ほ う が ら れ た 。 ﹁日 曜 娯 楽 版 ﹂ で 陳 列 し て み せ た
﹁⋮ ⋮ 工 作 ﹂ ﹁⋮ ⋮ 戦 線 ﹂ ﹁⋮ ⋮
﹁宝 く じ バ カ ﹂ ﹁街 録 バ カ ﹂ ﹁ト ビ ラ バ カ ﹂ ⋮ ⋮ 等 は 、 ﹁集 合
﹁流 行 性 複 合 語 ﹂ を 即 製 で き る と い う 次 第 で あ る 。 戦 時 の 国 策 型 流 行 語 に は
し き り に 作 ら れ た が 、 こ の ﹁個 人 ﹂ の よ う な も の が そ れ だ 。 こ れ 一つ も っ て い れ ば 、 随 所 に 応 用 し て 、 タ チ ド コ ロに 部 隊﹂等 が 三 木 ト リ ロー が
﹁借 金 ノ イ ロ ー ゼ ﹂ ﹁税 金 ノ
見 合 バ カ ﹂ ﹁競 輪 バ カ ﹂ ⋮ ⋮ 等 と 応 用 さ れ た し 、 ﹁競 輪 マ ニ ア ﹂ ﹁マ ー ジ ャ ン マ ニ ア ﹂ ﹁ス キ ー マ ニ ア ﹂ ⋮ ⋮ 等 の
﹁マ ニ ア ﹂ も 同 類 に 数 え ら れ る 。 ﹁ノ イ ロ ー ゼ ﹂ と い う 新 語 が 現 わ れ る と 、 た ち ま ち
イ ロ ー ゼ ﹂ ﹁乗 物 ノ イ ロ ー ゼ ﹂ ﹁騒 音 ノ イ ロー ゼ ﹂ ⋮ ⋮ 等 々 、 あ ち こ ち に 応 用 さ れ て 、 複 合 流 行 語 界 の チ ョウ 児 の 観を 呈した。
(=駄 弁 家 )﹂ な ど と い う の ま で 出 現 し た 。 昨 今
(じ ん︶﹂ と い う の も 、 か
( ← 機 械 化 兵 団 、 機 械 化 部 隊 )、 規 格 化 、 法 制 化 、 重 大 化 、 弱 体 化 、 形 骸 化 、 表 面 化
﹁流 行 語 の モ ト ﹂ の 中 に は 、 独 立 性 の 弱 い 、 接 辞 的 な も の が 少 な く な い 。 た と え ば 、 ふ た 昔 ほ ど 前 、 機 械化
﹁雑 音 人
等 、 ﹁⋮ ⋮ 化 ﹂ と い う 語 が 乱 造 さ れ た 。 こ こ の ﹁化 ﹂ の よ う な も の が そ れ だ 。 ﹁⋮ ⋮ 人 つて は そ れ で、 文壇人、楽 壇人、舞 台人、野 球人、庭球 人 等 と い う の が ド ッと 現 わ れ 、 ﹁国 語 人 ﹂ ﹁知 性 人 ﹂ か ら
そ れ に と って 代 わ っ た の が
﹁⋮ ⋮ 族 ﹂ で 、 ﹁ゴ ル フ 族 ﹂ な ん か も 昔 流 に は
﹁ゴ ル フ 人 ﹂ と 呼 ば れ た こ と だ ろ う 。
そ の 他 、 ﹁族 ﹂ を モ ト に し た 造 語 例 が ザ ラ に あ る こ と 、 す で に あ げ た と お り で あ る 。 ﹁⋮ ⋮ 狂 ﹂ も こ の 同 類 に 数 え
ら れ よ う 。 ﹁⋮ ⋮ 的 ﹂ が 日 本 語 に ハ ン ラ ン し て い る こ と は 、 い ま さ ら 言 う に も お よ ば な い が 、 か つ て は こ れ も 流
行 語 的 な 性 質 の も の だ った と 言 え る だ ろ う 。 ﹁⋮ ⋮ 性 ﹂ と いう の も 、 は い て 捨 て る ほ ど あ り 、 ﹁⋮ ⋮ 的 ﹂ と 並 ん で
繁 殖 力 の 旺 盛 を 示 し つ つ あ る が 、 こ れ も 、 で き は じ め の こ ろ は 、 流 行 性 の も の だ っ た に ち が いな い 。
﹁斜 陽 ﹂ の 下 に ま ず く っ つき 、 そ れ が 転 じ て 、 ﹁社 用 族 ﹂ と
これら、 ﹁ 流 行 語 の モト ﹂ は、 不 規 則 と いえ る ほ ど 自 由 に、 いろ ん な 種 類 の 語 句 の 下 にく っ つく こ と の で き る も の ば か り で 、 た と え ば 、 ﹁族 ﹂ な ど も 、 小 説 の 題 名
モ ジ ら れ 、 も う ひ と ヒ ネ リ さ れ て ﹁車 用 族 ﹂ と な った し 、 ﹁太 陽 の 季 節 ﹂ の 一部 に 結 合 し て ﹁太 陽 族 ﹂ と な り 、
日 本 語 で 混淆 の も の 。 も っ と も 流 行 と な る の は 、 ﹁人 為 的 意 識 的
こ れ も さ ら に ヒ ネ ら れ て ﹁月 光 族 ﹂ が 生 ま れ た り 、 ﹁相 手 変 わ れ ど 主 変 わ ら ず ﹂ の テ イ で 、 ま こ と に 変 転 自 在 、 結 合 自 在 の妙 を 見 せ て い る。 第 三 、 言 語 学 で いう コ ン タ ミ ネ ー シ ョ ン︱ に 混淆 さ せ た ﹂ お も む き の も の で あ る 。 パ ン パ ン+ イ ン グ リ ッ シ ュ← パ ン グ リ ッ シ ュ ト ニ ー+ イ ン グ リ ッ シ ュ← ト ニ ン グ リ ッ シ ュ と いう 類 。 あ る いは 、 ト ン デ モ な い+ ネ バ ー ・ ハ ッ プ ン ← ト ン デ モ ハ ップ ン
(? ) さ れ た 、 と い う よ う な 転 成 の 例 も あ る 。
﹁ダ ブ る ﹂ と いう 動 詞 が 生 ま れ た と 同 じ よ う に 、 ﹁四 十 八 歳 の 抵 抗 ﹂ の 、 ユ カ ち ﹁ユ カ る ﹂ と いう 動 詞 に な っ て 愛 用
(dou) bl かeら
( ← ユカ リ ) が
か つてダブ ル ゃん
いう の は 、 な に も 新 し い 形 で も な く 、 新 奇 な 組 合 わ せ で も な い 。 ア リ キ タ リ の も の を 、 文 脈 に よ って お も し ろ お
第 四 に 、 在 来 の 語 句 に 全 然 テ を つ け ず 、 在 来 の 形 そ の ま ま 使 う も の が あ る 。 た と え ば 、 ﹁家 庭 の 事 情 ﹂ な ど と
か し く 使 った の で あ る 。 ﹁た よ り にし て ま っせ ﹂ も そ れ だ 。 ﹁ド ライ ﹂ ﹁ウ エ ット ﹂ も ち ょ っと 使 い方 を ヒ ネ った
だ け で グ ンと 新 味 を 帯 び た し 、 ﹁旅 情 ﹂ も 映 画 の題 名 以 来 、 新 し い意 味 を 付 与 さ れ た 。 一時 大 流 行 を 見 た ﹁よ ろ
め き ﹂ が ま た そ れ で、 三 島 由 紀 夫 の小 説 の題 名 が 、 ﹁美 徳 の よ ろ め き ﹂ と いう と り 合 わ せ に よ って、 ﹁よ ろ め き ﹂
に特 殊 な ニ ュア ン スを 与 え た こと か ら 、 そ の後 は 、 ﹁よ ろ め き ﹂ だ け き り は な さ れ て も 、 そ の ニ ュア ン スを 帯 び た ま ま 、 独 立 独 歩 す る に いた って いる 。
在 来 のも のそ のま ま 利 用 の 一種 だ が、 特 殊 な の は、 ﹁個 人 の発 言 を ナ ゾ る ﹂ と いう ケ ー ス。 西 尾 末 広 氏 の言 っ
た ﹁書 記 長 個 人 ﹂、 池 田 勇 人 氏 の ﹁貧 乏 人 は ムギ を 食 え ﹂、 吉 田茂 氏 の ﹁お 答 え いた し ま シ ェん ﹂ な ど は 、 そ のま
ま の形 で し ば し ば 使 わ れ た 。 つま り マネ て お も し ろ が ら れ た わ け であ る。 日 大 ギ ャ ング 事 件 の ﹁オ ー 、 ミ ス テイ
つま り 、 在 来 のも の そ のま ま や 、 変 形 に よ る応 用 で は な く て、 ﹁流 行 語 の た め の
ク ! ﹂ も 当 時 は し き り に 活 用 さ れ た も の だ った 。 最 後 に、 ま った く 新 造 語︱
新 造 ﹂ と いう 例 は な いも のだ ろう か ? 石 黒 敬 七 旦 那 の談 に よ る と 、 氏 は ト ンチ教 室 に 入学 す る や、 柳 橋 師 匠 か
ら 、 あ な た は フ ラ が あ る と 言 って ほめ ら れ た と か。 フ ラ があ る と は 、 落 語 人 仲 間 の術 語 で 心 に ユト リ が あ り、 お
こら れ ても 、 は じ を か か さ れ て も 、 他 人 が 特 に いた わ って や ら な く ても い いよ う な 、 よ く で き た 人 物 の こと で 、
一流 の落 語 家 にな る た め に は 、 重 要 な 性 格 的 要 素 だ と いう 。 こ の フラ の語 源 は 、 私 のよ く 明 ら か に す る と こ ろ で は な いが 、 あ る いは 流 行 語 のた め の純 粋 の新 造 の例 にな ろ う か 。
五 流 行語 の出 所
さ て、 こ れ ら 、 も ろ も ろ雑 多 な 流 行 語 は 、 ど こ で生 ま れ 、 ど こ か ら 世 間 に 登 場 し て き た か ?
昔 の 流 行 語 は ほ と ん ど そ う で あ った ろ う 。 久 し い間 、 こ う いう の が普通
の ケー スと し て、 数 のう え で も 圧 倒
ど こ か ら と も な く 、 だ れ 言 う と な く 言 い出 さ れ 、 そ れ が 口 か ら 口 へと 伝 え ら れ て 一世 を 風 ビ す る と いう 場 合 ︱
的 で あ った と 見 ら れ る 。
と こ ろ が 、 一方 に は 、 出 所 の は っき り し て い る も の が あ り 、 近 来 の 流 行 語 に は 、 が ぜ ん 、 こ の 種 の も の が ふ え てき た。
た と え ば 、 ﹁抵 抗 ﹂ ﹁よ ろ め き ﹂ ﹁挽 歌 ﹂ ﹁十 二 章 ﹂ ⋮ ⋮ 等 文 学 作 品 の 題 名 か ら 出 た も の 、 ﹁言 う な れ ば ﹂ ﹁ト ン デ
モ ハ ップ ン ﹂ 等 は 作 品 の 中 味 か ら 出 た も の だ 。 た だ し こ れ ら は 、 は じ め は 、 ﹁だ れ 言 う と も な く ﹂ 組 で 、 ご く 一
( ← ス レ チ ガ イ )﹂ ﹁旅 情 ﹂ 等 の 題 名 が 流 行
部 で使 わ れ て いた のを 、 そ れ ぞ れ 源 氏 鶏 太 、 獅 子 文 六 が拾 い上 げ て か ら 、 が ぜ ん流 行 し た 。 いわ ば 作 品 経 由 組 で ﹁⋮ ⋮ と い う 名 の ⋮ ⋮ ﹂ ﹁君 の 名 は
(? ) し た り 、 ﹁ギ ョ﹂ ﹁ア ジ ャ パ ー ﹂ ﹁サ イ ザ ン ス ﹂ ﹁ム チ ャ ク チ ャ で ⋮ ⋮ ﹂ ﹁た よ り に し て ま っせ ﹂ 等
あ る 。 映 画、 舞 台 、 ラ ジ オ か ら は 語に出世
が 迎 え ら れ た り し て い る 。 ﹁そ の も の ズ バ リ ﹂ ﹁な ん と 申 し ま し ょ う か ﹂ も こ の 類 だ 。
ボ ー ン ﹂ ﹁糸 ヘ ン ﹂ ﹁金 ヘ ン ﹂ ﹁ラ ッ パ ﹂ ﹁ワ ン マ ン ﹂ ﹁白 た び ﹂ ⋮ ⋮ 等 。 時 局 の も の が ほ と ん ど 新 聞 出 身 な の は 無
新 聞 記 事 か ら は じ ま った も の は す こ ぶ る 多 く 、 い ち い ち あ げ る い と ま も な い が 、 ﹁濃 縮 ﹂ ﹁リ ベ ー ト ﹂ ﹁バ ック
理 か ら ぬ と こ ろ 。 風 俗 も の の 製 造 と 売 り 出 し に か け て は 、 週 刊 雑 誌 を 見 の が す わ け に は い か な い。 ﹁ド ラ イ ﹂ ﹁ウ
エ ット ﹂ ﹁M+ W ﹂ ﹁エ レ ガ ン ト ﹂ ⋮ ⋮ の 類 は 、 み な こ こ か ら は じ ま った 。 ﹁神 武 以 来 ﹂ も た し か そ う だ った 。
(あ る い は 発 言 者 ) 個 人 ま で つ き と め ら れ る も の が 少 な く な い 。
小 説 そ の他 の作 品 出 身 の流 行 語 は も ち ろ ん そう だ 。 舞 台 や ラ ジ オ の コ メ デ ィア ン筋 か ら 出 た のも 、 か な ら ず
こ の よ う に 、 出 所 が は っき り し て い れ ば 、 作 者
︱
ト ニー 谷 、 ア チ ャ コ、 伴 ジ ュ ン、 ロ ッ パ そ の 他 の 個 人 の ネ ー ム が 結 び つ い て 記 憶 さ れ て い る 。 ﹁そ の も の ズ バ リ ﹂
﹁チ ョ ン マ ゲ 時 代 ﹂ は 塙 長 一郎 氏 の 発 案 だ っ た ろ う か 。 新 聞 出 身 の 中 に も 、 西 尾 ・池 田 ・吉 田 ・ マ ッ カ ー サ ー そ
の 他 、 そ も そ も の 発 言 者 の 明 瞭 な も の が あ る 。 そ の 他 、 新 聞 や 週 刊 誌 か ら 出 た も の に は 、 一般 に は 作 者 は だ れ と
﹃ 週 刊 朝 日 ﹄ の 扇 谷 正 造 編 集 長 の 創 説 に か か る と いわ れ 、 ﹁ロ マ ン ス ・グ レ イ ﹂ が 飯
知 れ て い な く て も 、 周 囲 の 人 や 消 息 通 に は 、 作 者 名 の は っき り 知 れ て い る も の が 少 な く な か ろ う 。 ﹁M+ W ﹂ ﹁ド ラ イ ﹂ ﹁ウ エ ット ﹂ ⋮ ⋮ 等 が
沢 匡 氏 の 作 と 伝 え ら れ る の も そ の 一例 で あ る 。
六 ﹁は や る ﹂ ﹁は や ら せ る﹂
と ころ で、 こ う いう 、 多 様 な ソ ー スか ら 出 て く る 流 行 語 には 、 そ も そ も 出 現 の と き 、 す で に
﹁は や ら せ る ﹂ 意
( 発言 者)な り出
図を も って 登 場 さ せら れ た も の と 、 そ ん な つも り は 別 に な く 、 のほ ほん と 出 てき たも の が、 流 行 語 にま つり 上 げ
口 か ら 口 へと いう 類 に は 、 こ の 、 の ほ ほ ん 組 が 多 か ろ う 。 ま た 、 作 者
ら れ て し ま った も の と あ る 。 だ れ 言 う と も な く︱
所 な り の は っき り し て い る も の に も 、 け っ こ う い つ の 間 に か 使 わ れ て し ま う の が あ る 。 ﹁今 か ら で も お そ く は な
い ﹂ ⋮ ⋮ 等 は 世 間 で か っ て に は や ら せ た 形 だ し 、 ﹁な ん と 申 し ま し ょ う か ﹂ が 、 か く も 一世 を 風 ビ し よ う と は 、
( 発 言 者 ) 当 人 に と っ て 、 ま ん ざ ら 悪 い気 は し な い に き ま って
御 本 尊 の 小 西 さ ん も 意 外 だ った に ち が い な い 。 作 品 の 題 名 か ら 出 た も の な ど も 大 部 分 は そ う で あ ろ う 。 が 、 と に か く 、 そ れ ら が流 行 す る 結 果 に な る こ と は 、 作 者 いる 。
政 治 家 連 の 失 言 ・放 言 が 流 行 語 と 化 す る の も そ も そ も は 御 当 人 た ち の 思 い も よ ら ぬ と こ ろ で 、 古 く は ﹁明 鏡 止
﹁戦力 な き 軍 隊 ﹂ の 類 に い た る ま で 、 こ の ほ う は 、 な か に は 、 御 当 人 に と っ て は さ ぞ か し 不 本意 ・
水 ﹂ ﹁複 雑 怪 奇 ﹂ か ら 、 ﹁フ テ イ の ヤ カ ラ ﹂ ﹁書 記 長 個 人 ﹂ ﹁エ ケ チ ット ﹂ ﹁貧 乏人 は ム ギ ⋮ ⋮ ﹂ ﹁お 答 え い た し ま シ ェン ﹂ を へ て
不愉 快 な 場 合 も あ る だ ろう 。
そ こ へ いく と 、 ﹁ギ ョ﹂ ﹁ア ジ ャ パ ー ﹂ ﹁サ イ ザ ン ス ﹂ ⋮ ⋮ 以 下 、 コ メ デ ィ ア ン 製 造 に か か る も の は 、 き わ め て
意 図 的 ・意 識 的 な 流 行 語 で あ る 。 か な ら ず し も す べ て が す べ て 、 流 行 を 意 図 し た と い え な い ま で も 、 少 な く と も 、
( 発 言 者 ) の意 図 に か な った も の と し て 、 御 本 尊 た ち は エ ツ に 入 る と いう
な に が し か の 反 響 は ネ ラ った も の に ち が い な い 。 そ れ が 彼 ら の 人 気 を 高 め 、 維 持 す る 手 段 に な る か ら だ 。 そ し て 、 それら が迎えられれ ば、それ だけ作者
つま り 製 造 と 販 売 を 一手 に や って いる 。 最 近 の週 刊 誌 の 一つの特 色 は こ の へん にも あ る と いえ る だ ろ う 。
こと にな る 。 週 刊 誌 筋 か ら 登 場 す る も の も 同 様 であ る 。 週 刊 誌 は 、 流 行 語 を 、 みず か ら 製 造 し 、 みず か ら 流 行 さ せ︱
舞 台 人 や ジ ャー ナ リ ズ ム の商 業 政 策 と し て流 行
語 が 生 み 出 さ れ て いく と いう 現象 は 、 戦 後 の、 そ れ も 最 近 の、 き わ め て特 徴 的 な 現 象 と いう こ と が で き る 。
と に か く 、 こ の、 意 図 的 に作 ら れ 広 め ら れ る 流 行 語 の増 加︱
こ と に戦 時 中 は 、 上 か ら の統 制 ・号 令 と いう 風 潮 にお お わ れ 、 ﹁バ ス に 乗 り お く れ る な ﹂ と いう 気 持 も 手 伝 って
そ れ と 表 裏 し て、 ﹁官 製 語 ﹂ が流 行 す る こと は め っき り減 ってし ま った 。 こ れ は 戦 前 戦 中 に く ら べて 対 照 的 だ 。
時 局 便 乗 型 の流 行 語 が多 か った 。 米 内 内 閣 が 、 ﹁総親 和 ﹂ を 唱 え る や 、 き ょう の 払 いは 総 親 和 で ゆき ま し ょう
と ﹁ワリ カ ン﹂ の意 味 に転 用 し て み た り 、 ﹁自 粛 ﹂ ﹁生 命 線 ﹂ ⋮ ⋮ か ら 、 万 事 ﹁翼 賛 型﹂ の名 を 冠 す る 時 代 を へて、
﹁ 決 戦 ○ ○ ﹂ 一色 と いう と こ ろま で い った。 こう いう 号 令 一下 型 な いし 便 乗 型 はす っか り影 を ヒ ソめ て し ま った 。
コ マー シ ャ リ ズ ム の所 産 が と って代 わ って ハバ を き か す 当 今 で は、 た と え ば ﹁勤 務 評 定 ﹂ と いう 官 製 語 が流 行 語
化 す る に し ても 、 ジ ャー ナ リ ズ ム が 先 に 立 って ヒ ネ って み せ 、 一般 大 衆 が右 へな ら え す る と いう 調 子 で あ る 。
﹁欲 し がり ま せ ん 勝 つま では ﹂ と いう 戦 時 中 の標 語 に 対 し て は 口 にす る こ と を 快 し と し て いな か った 人 た ち も 、
は じ め に ふれ た
戦 後 、 坂 口安 吾 が も じ って作 った "負 け ら れ ま せ ん 勝 つま で は " の流 行 語 を 喜 ん で 迎 え る と いう 心 理 も 、 同 じ 性 格 を も つ。
七 流行 語は ﹁消 え さる﹂
か よ う に 百 花 リ ョウ ラ ン の景 を 呈 す る流 行 語 は 、 流 行 のさ か り を す ぎ る と ど う な る か ? ︱
よ う に ほと ん ど が 、 や が て ﹁消 え 去 る の み﹂ の運 命 で あ る 。 そ の点 、 服 飾 の流 行 な ど が 、 い った ん す た れ ても な に か のは ず み で 、 ひ ょ っこ り ま た は や り 出 す と いう の と 、 大 き な ち が いであ る 。
流 行 語 が 生 ま れ 、 も て は や さ れ る こ と は 、 昔 か ら い つ の 世 に も 変 わ り が な か った で あ ろ う が 、 そ の か み の流 行
語 の ほ と ん ど は 、 今 で は 、 名 を 聞 く こ と は あ っ て も 、 ふ だ ん 大 衆 の 舌 頭 に 上 る こ と は な い。 ﹁角 袖 ﹂ ﹁官 員 ﹂ ﹁合
乗 俥 ﹂ ﹁ニ コポ ン ﹂ ⋮ ⋮ 等 、 明 治 大 正 の も の は い う も お ろ か 、 昭 和 に は い っ て の ﹁モ ボ ﹂ ﹁モ ガ ﹂ ﹁モ チ ﹂ ﹁ダ ン
チ ﹂ ﹁ス ・フ ﹂ ﹁今 か ら で も ⋮ ⋮ ﹂ ﹁ト ー チ カ 心 臓 ﹂ ⋮ ⋮ 等 も 、 ほ と ん ど 記 憶 か ら う す れ て し ま っ て い る 。 戦 後 あ
特 に名 づ け る 役 目を も った 流 行 語 は、 そ の名 に対 応 す る 当 の事 物 が消 え て し ま え ば 当 然 運 命 を と も に す る。
れ ほ ど 続 出 し た 流 行 語 も 、 十 年 と 命 を 保 った も の がど れ だ け あ ろう か 。 ほ と ん ど が泡 のよ う に消 え 去 って いる 。
︱
と ころ が、 中 には 長 い年 月 を 生 き 延 び て いく も の が あ る 。 そ う な れ ば も は や 流 行 語 では な く な って、 常 用 語 の
仲 間 入 りを し た と 認 め ら れ る わ け であ る。 加 茂 正 一氏 の ﹃新 語 の考 察 ﹄ に よ る と 、 土 左 衛 門 、 丹 前 、 は で、 のろ ま
な ど 、 日 常 の用 語 の中 にと け 込 ん でな ん の不 思 議 も 感 じ な いで お り 、 じ つは 江 戸時 代 の流 行 語 だ った と 聞 け ば む
し ろ 意 外 な 感 じ がす る 。 ﹁ピ ン から キ リ ﹂ ﹁お べ っか ﹂ ﹁お せ っか い﹂ ﹁いち ゃ つき ﹂ ⋮ ⋮等 も 江 戸 の流 行 語 の化 石
だ と いう 。 ﹁当 り 前 ﹂ な ん か も 今 は ご く ア タ リ マ エ の コト バ だ が 、 そ も そ も は 、 ち ょ っと し た 流 行 語 だ った ら し
い。 山 田 孝 雄 氏 の ﹃国 語 の中 にお け る漢 語 の研 究 ﹄ に よ れ ば ﹁当 然 ← 当 ゼ ン← 当前 ← 当 り前 ﹂ と 読 み のネ ジ マゲ によ って 新 奇 さ を 出 し た も のだ った と いう 。
ガ ッチ リ 、 チ ャ ッカ リ、 意 味 シ ン、 が ぜ ん、 相 当 な も ん だ 、 ど う か と 思う 、 心 臓 が 強 い、 ハリ キ ル、 メ ー ト ルを あ げ る
等 は 、 昭 和 初 期 の流 行 語 か ら 、 常 用 語 に 昇 格 し た も の の例 。 日 華事 変 最 中 の国 策 型 流 行 語 ﹁自 粛 ﹂ は 、 赤 線 業 者
にま で 使 わ れ て いた し 、 決 戦 さ な か の新 聞 が書 き た て た ﹁前 線 と本 土 を 直 結 せ よ ﹂ は、 戦 後 も ﹁お 台 所 と直 結 し
た 政 治 を ﹂ と いう 具 合 に 使 わ れ て、 ど う や ら 常 用 語 に定 着 し た 。 同 じ く 大 戦 中 の神 宮 体 育 大 会 の標 語 に 登 場 し た ﹁真 摯 敢 闘 ﹂ も 、 相 撲 や 野 球 の ﹁敢 闘 賞 ﹂ に生 き 残 って、 流 行 語 の域 を 脱 し た 。
﹁演 劇 人 ﹂ ﹁文 化人 ﹂ ⋮ ⋮ そ の他 、 ﹁⋮ ⋮ 人 ﹂ にも 生 き 残 った も の が多 く 、 今 で は ﹁喜 劇 人 協 会 ﹂ な ど と いう 看 板
も 、 ごく オ ダ ヤ カな 感 じ し か も た な い。 戦 後 の ﹁⋮ ⋮ 族 ﹂ の中 にも 、 昇 格 途 上 に あ ると 見 ら れ るも のが あ る が 、 どうな るであろう か。
﹁タ ナ 上 げ ﹂ ﹁横 す べ り﹂ 等 は ど う や ら 常 用 語 の地 位 を 確 保 し た よ う だ が、 そ の他 、 最 近 のも の の中 か ら 、 ど れ だ け 生 き 残 り 組 が出 る か、 興 味 のも た れ る と こ ろ で あ る 。
八 流 行語 の功 罪
南 博 氏 は 、 N H K の ﹁こと ば の 研 究 室 ﹂ (﹃日本人 の言語生活﹄講 談社刊) で、
最 後 に、 流 行 語 の功 罪 いか ん、 と いう 問 題 に つ いて 。 ま ず 、 社 会 生 活 の 面 に お いて。︱
こう 語 って いる 。 今 日 のよ う に、 社 会 生 活 の中 に階 級 や グ ル ープ の対 立 ・衝 突 があ り 、 互 い の間 に 了解 が 成 り立
ち に く い世 の中 では 、 お 互 い が共 通 の流 行 語 を 使 う こ と によ って 、 人 間 同 士 の気 持 の へだ た り を つな ぎ 合 わ せ る
こ と が でき る。 す な わ ち 流 行 語 は 知 ら ず 知 ら ず に ﹁心 理 的 セ メ ント ﹂ のよ う な 役 を し て い る 、 と 。 さ ら に 、 同 氏
は、 こ う いう 暗 い世 の中 で は 、 流 行 語 が 気 持 の上 の鎮 静 剤 にな って いる 、 と も い って いる 。 鎮 静 剤 だ け に と ど ま
ら ず 、 ゆ が ん だ 社 会 現 象 のも ろ も ろ に 対 す る積 極 的 な諷 刺 ・批 判 の役 目 を 流 行 語 に 託す る こ とも お こな わ れ て い るよう だ。
によ る諷刺 鎮 静 は 、 と か く 笑 い によ る 問 題 のす り か え 、 お き か え に と ど ま り が ち で あ る 。 流 行 語 に よ る ﹁ズ バ
これ ら は 、 いち お う 、 社 会 生 活 に 対 す る プ ラ スに 数 え て よ い であ ろ う 。 が ﹁功 ﹂ の 面 に は 限 界 が あ る 。 流 行 語
リ ﹂ 批 判 も い い が、 そ れ が ク セ にな る と 、 そ れ 以 上 に 問 題 を ほ り さ げ た り 分 析 し た り し よ う と せ ず 、 ﹁ズ バ リ 一
定 型 打 破 の欲 求 は 、 コト バ に 新 生 面 を 開 い て いく 。 流 行 語 のも
言 ﹂ で能 事 終 れ り と す る 態 度 を 生 みや す い。 こう な る と 、 む し ろ ﹁罪 ﹂ の面 に 数 え な け れ ば な ら な く な る だ ろ う 。 次 に、 日本 語 に対 す る プ ラ ス、 マイ ナ ス。︱
つ、 多 様 な 変 形 、 組 合 わ せ の 方 式 の 中 に 、 日 本 語 の 表 現 の マ ン ネ リ ズ ム を 破 る 、 若 返 り の モ ト が ひ そ ん で い る か
も し れ な い 。 将 来 の 国 語 の、 望 ま し い 姿 を 考 え る 場 合 に 、 参 考 と す べ き 資 料 を 少 し で も 多 く ふ く む な ら ば 、 そ こ に 流 行 語 の ﹁功 ﹂ を 数 え る こ と が で き る 。
が 、 こ れ も 度 が す ぎ る と 手 放 し で は 見 す ご せ な く な る 。 コ ロ リ 、 コ ロ ッ、 コ ロ ン 、 コ ロリ ン 、 コ ロリ ツ、 コ ロ
リ ン コ は 、 日 本 語 で そ れ ぞ れ ち が う 語 感 を も つ 語 で あ る 。 そ れ を 、 ト ニー 谷 の よ う に た だ そ の 響 き の お か し さ だ
け を ね ら っ て コ ロリ ン コ ン の 形 だ け に 統 一し て し ま う な ど と い う の は 、 微 妙 な ニ ュ ア ン ス を 殺 す 悪 用 と し か 思 わ
れ な い 。 こ と に お か し げ な 外 国 語 と の 野 合 を は か る ご と き ネ ジ ま げ は 、 ﹁日 本 語 ケ ガ シ 罪 ﹂ と し て 無 期 懲 役 ぐ ら
い に 処 す べ き だ 、 と いう 大 久 保 忠 利 氏 の 強 硬 意 見 も 、 ふ り 返 っ て み る べ き で あ る 。
参 考文 献
﹃ 新 語 論 ﹄ 刀 江 書 院 、 一九 三 六 。
一 加茂 正 一 ﹃ 新 語 の 考 察 ﹄ 三 省 堂 、 一九 四 四 。 二 柳 田国男
﹃ 隠 語 辞 典 ﹄ 隠 語 概 説 、 東 京 堂 、 一九 五 六 。
三 て る お か ・や す た か ﹃す ら ん ぐ ﹄ 光 文 社 、 一九 五 七 。 四 楳垣 実
五 大 久 保 忠 利 ﹃コト バ の 生 理 と 文 法 論 ﹄ 新 語 、 流 行 語 、 春 秋 社 、 一九 五 五 。
﹃こ と ば の講 座Ⅳ ﹄ 東 京 創 元 社 、 一九 五 六 。
﹁ 新 語 ﹂、 石 黒 修 ほ か 編 ﹃こと ば の 講 座Ⅱ ﹄ 東 京 創 元 社 、 一九 五 六 。
六 南 博 ﹁流 行 語 の 底 に 流 れ る も の﹂、 N H K 編 ﹃こと ば の 研 究 室Ⅱ ﹄ 講 談 社 、 一九 五 四 。 七 楳垣 実
八 森 岡健 二 ﹁ 名 前 の つけ か た ﹂、 石 黒修 ほ か 編
楳 垣実 氏 著
﹃日 本 外 来 語 の 研 究 ﹄
ク ー ラ ー・ ル ック 、 シ ョー ト ・ル ック 、 スポ ー テ ィー ・ル ック 等 、 等 、 等 、 あ る い は ア ル ペ ン ・カ ラー 、 ミ ュ
ー ジ カ ル ・パ ス テ ル ト ー ン、 メ デ ィ タ レ ニア ン ・ブ ルー 等 、 等 、 等 、 ち ょ っと デ パ ー ト の 売 場 を 通 って み る と 、 こ れ は ど こ の国 へ迷 いこ ん だ の か と 思 う 。
電 蓄 を 新 調 し よ う と 、 う っか り ﹁蓄 音 器 を み せ て ほし い﹂ と いう と 、 ﹁こ こ に は お い てあ り ま せ ん ﹂ と いう 。
﹁こ こ にあ る じ ゃな いか ﹂ と 目 の前 の品 を さ す と 、 ﹁こ れ は プ レー ヤー で ご ざ いま す ﹂ と や り こ め ら れ る 。 年 配 の
も のに と って は 、 ど う も 言 葉 の通 じ な い国 へ来 た よ う な 悲 哀 を あ じ わ う こ と は し ば し ば であ る 。
いま 、 新 し い外 来 語 が作 ら れ な い日 と てな い であ ろ う 。 新 聞 紙 上 に は外 来 語 の氾 濫 を いき ど お る 投 書 が よ く 見
ら れ る 。 本 屋 の店 先 に は 、ポ ケ ット 版 の外 来 語 辞 典 、 あ る い は新 書 版 の外 来 語 の解 説 書 が並 ん で い て、 よ く 売 れ るら し い。
外 来 語 に対 す る 一般 の 関 心 は 強 いよ う だ 。 こ こ に現 わ れ た オ ー ソ ド ック ス の外 来 語 の概 説 書 が こ の本 で あ る 。
著 者 は 同 志 社 大 学 出 身 の年 期 を 積 ん だ 英 語 学 者 であ る。 と 同 時 に 、 西 日本 の方 言 に 関 し て は 日 本 一の権 威 であ
り 、 隠 語 の研 究 に つ いて は 他 の人 の追 随 を 許 さ ぬ も のを も ち 、 む し ろ 国 語 学 者 と し て有 名 な 人 で あ る 。
日本 に は 、 英 語学 者 の数 は 多 く 、 国 語 学 者 の数 は 多 いが 、 両 方 の学 界 か ら、 こ の著 者 のよ う に ひ と し く 重 ん ぜ
ら れ て いる 人 は いな い。 最 近 、 日本 語 と 英 語 とを 比 較 し て 論 じ た 比 較 語 学 の 研 究 書 ﹃バ ラ と さ く ら ﹄ は 、 こ の人
な ら で は 書 け な い好 著 だ った 。 外 来 語 の研 究 にも 、 ま た ふ さ わ し い実 力 を も った 学 者 と いえ る。
し かも 、 こ の著 者 の外 来 語 研 究 の経 歴 は 古 い。 同志 の人 た ち と い っし ょ に ﹃外 来 語 研 究 ﹄ と いう 季 刊 誌 を 出 し
た のは 昭 和 五 年 と いう か ら 、 随 分 前 の こ と で あ る。 昭 和 十 八 年 には 、 そ れ ま で の研 究 の成 果 を ま と め て ﹃日本 外
来 語 の研 究 ﹄ と いう 、 本 書 と 同 じ 名 の本 を 大 阪 の青 年 通 信 社 出 版 部 と いう と こ ろ か ら 出 し て いる。 本 書 の 初 版 で ある。
こ れ は 、 当 時 の外 来 語 研究 の最 高 水 準 を ゆく も のと し て 、 岡 倉 賞 を 受 け た 。 あ の本 は 、 いま 古 本 屋 の店 頭 では
ベ ラ ボ ウ な 値 が つ い て いるも の であ る が 、 な に ぶ ん ア メ リ カ 文 化 の大 波 を か ぶ った 終 戦 後 二 十 年 の現 代 で は 、 ち
ょ っと古 す ぎ る。 今 度 そ の 一部 を 削 り 、 一部 を 補 って、 新 た な 装 いを つけ て 世 に ま みえ た の が本 書 であ る 。
こ の本 は 、 そう いう わ け で 、 し っか り し た 言 語 学 者 の書 いた 外 来 語 の概 説 で あ り 、 外 来 語 学 の 概 論 でも あ る 。
構 成 も 、 序 章 あ り 、 総 説 あ り 、 音 韻 ・表 記 法 ・語彙 ・形 式 的 借 用 の 各 説 あ り で 、 ま こ と に が っち り し て いる 。 そ
う し て 趣 味 家 の書 いた 随 筆 と は ち が い、 新 旧を 問 わ ず 、 先 人 の業 績 は よ く 消 化 し 、 重 要 な も の は そ の要 旨 を 紹 介
し て いる か ら 、 読 者 は こ の 一冊 に 目を 通 す こ と に よ って、 他 のた く さ ん の本 を 読 む こ と に な り、 便 利 であ る 。
著 者 自 身 も ま た 進 ん で新 し い資 料 の収 集 、 活 用 に つと め て お り、 こ と に横 浜 に 生 ま れ 、 横 浜 に 育 った 故 老 を た
ず ね 、 明 治 初 年 のア マ言 葉 ・車 屋 言 葉 ・チ ャブ 屋 言 葉 ・マド ロス言 葉 を 調 査 採集 し て いる と こ ろ は 手 柄 で あ る 。
叙 述 の苦 心 は、 材 料 を 歴 史 的 な 考 慮 で、 配 列 し て い る と ころ にあ る よ う で 、 同 じ オ ラ ンダ 渡 来 の外 来 語 に し て
も 、 享 保 の外 国 書 解 禁 以 前 に 、 は い って 来 た 通 商 関 係 用 語 と 、 それ 以 後 に は い った 蘭 学 関 係 用語 に 分 け て いる 。
フラ ン ス語 のな か にも 、 幕 末 時 代 ナポ レ オ ン の軍 隊 の残 党 が 日本 に 来 て軍 事 教 練 の教 官 と な って 日本 に 伝 え た
も のを 、 別 格 と し て あ げ て いる 。 ゲ ー ト ル、 ズ ボ ン、 マ ント のよ う な 語 は 、 そ のと き に は い って 来 た フ ラ ン ス語 だそう だ。
明治 以 後 の外 来 語 は 、 時 代 別 に、 カ タ コト 英 語 、 書 生英 語 、 マド ロ ス英 語 、 ハイ カ ラ 英 語 、 直 訳 英 語 、 術 語 英
語 、 画 家 フ ラ ン ス語 、 モ ダ ン英 語 、 冬 山 ド イ ツ語 ⋮ ⋮ と いう よ う に 分 け て いて 、 日本 の外 国 文 化 受 容 の歴 史 を そ のま ま た ど る 思 いが す る。
本 書 を 読 ん で全 般 的 に学 ぶ こと は、 第 一に は 、 日 本 語 に お け る外 来 語 は、 意 味 か ら いう と 、 原 語 に比 し て 意 味
がせ ばま り 、 特 殊 化 し て、 ち ょう ど 日本 語 の語 彙 の空 隙 を うず め て いる も の が 、 大 部 分 で あ る こ と であ る。
第 二 に は 、 発 音 の面 で は、radを io ラ ジ オ と いう よ う に 、 む こ う の 発 音 を 無 視 し て 日本 で 日 本 ふ う に綴 り 字 を 読 ん だ 形 で言 って いる も の が 、 少 な く な い こと で あ る 。
そ れ か ら 第 三 に は 、 わ れ わ れ が 外 国 か ら は い って 来 た と 思 っても 、 実 は 、 前 に 日 本 に は い って 来 て い る外 来 語 を 組 合 わ せ て作 った 熟 語 で外 国 に は通 じ な いも のが 、 予 想 外 に多 い こと であ る 。
こ れ か ら 思 う と 、 外 来 語 と いう も のは 、 外 国 語 と は 、 縁 が 遠 く 、 な ん と い って も 、 日本 語 の 一部 な のだ と いう
感 じ を 深 く す る。 ゴ ー ス ト ップ 、 ニ ュー フ ェー ス、 カ フ スボ タ ン、 マド ロ スパ イ プ 等 、 等 、 いず れ も 和 製 英 語 だ と いう 。
こ の本 は 、 先 に も 触 れ た と お り、 昭 和 十 八年 に 出 た 本 の新 訂 版 で あ る が、 ふ や し た 部 分 よ りも 削 った 部 分 の ほ
う が 多 い点 不 審 で あ る 。 出 版 者 の要 請 があ った の であ ろう か 。 こ のた め に、 外 来 語 と は な に か、 国 語 政 策 上 これ
を ど う 考 え た ら よ い か、 と い った よ う な こ と に つ い て の著 者 の考 え が 、 初 版 に 比 し て 簡 単 にし か 聞 か れ な く な っ て いる 点 残 念 で あ る 。
戦 後 の外 来 語 のイ キ の よ いと こ ろ に つ いて の叙 述 にも 、 も う 少 し 筆 を 進 め て ほし か った 。
著 者 の文 章 は 、 こう いう ま と も な 学 術 書 にあ り がち な 高 踏 的 な と ころ がな く 、 平 易 で 親 し み や す い。 ま た 、 こ
の種 の こと を 取 扱 った 最 新 の本 に あ り がち な 下 品 な ク スグ リ の 見当 ら な い点 も 、 こ こ ろ よ い。
辞 書 の話 国 語辞 典私 観
大 槻 文 彦 翁 の ﹃言 海 ﹄ は 明 治 時 代 に で き た 、 そ う し て後 世 のあ ら ゆ る 国 語 辞 典 に 直 接 ・間 接 の 影響 を 与 え た 、 最 も 国 語 辞 典 ら し い国 語 辞 典 だ った 。
と こ ろ で 、 のち の辞 典 と ち が い、 そ の 見 出 し 語 彙 は 和 語 が 大 部 分 を 占 め て いる が 、 今 、 ﹃言 海 ﹄ を 開 き 、 そ の
見 出 し 語 を 目 で追 って み る と 、 何 と 人 間 か ら 離 れ た 自 然 に 関 す る単 語 が 多 いこ と であ ろ う 。
あ き か ぜ ・あ さ ぎ り ・あ さ け ぶ り ・あ さ ひ ・あ さ や け ・あ ま あ し ・あ ま ぐ も ・あ をぞ ら ・あ を ば ⋮ ⋮
こう いう 単 語 が さす 対 象 は、 外 国 にも あ る であ ろ う が、 そ れ ら を 一々表 わ す 単 語 は な い の で はな いか 。 少 な く と
も 辞 典 に は 載 って いな い。 ﹁あ さ ひ ﹂ は た ま た ま 中 国 にも ﹁旭 ﹂ と いう 漢 字 が あ り、 同 じ 意 味 の 単 語 が あ る こと
lとeい aう v連 es 語が出 て
が知 ら れ る が、 ﹁あ き か ぜ ﹂ に相 当 す る ﹁ 秋 風 ﹂ は、 中 国 で は 単 語 で はあ る ま い。 ﹁秋 風 起兮 白 雲 飛 ﹂ で は、 一字
一字 が そ れ ぞれ 単 語 であ ろ う 。 英 語 で は な お さ ら で、 ﹁青 葉 ﹂ を 和 英 辞 典 で引 け ばgreen
く る 。 ほ か の単 語 も す べ て そ のよ う だ 。 これ は 日 本 語 の単 語 の大 き な 特 色 を 辞 書 が 反 映 し て いる も のだ 。
が 、 こう いう 自 然 の単 語 の中 で 、 特 に 日本 語 に 多 い のは 、 植 物 の名 であ る 。 ﹃言 海 ﹄ にも 、 あ り ど ほ し ・あ り のた ふ ・いぬ え ・いぬ び は ・いぬ ま き ⋮ ⋮
な ど 沢 山 の植 物 名 が載 って お り、 こ れ ら は実 物 に当 た って み る と 、 実 に つま ら な い雑 草 であ った り す る 。 と こ ろ
が、 そ の 一つ 一つを 大 槻 文彦 博 士 は 、 御 存 じ だ った よ う で、 そ の解 説 は懇 切 を き わ め る 。
こ こ で注 意 す べき は、 こう いう 一つ 一つ の植 物 に つ いて い る 日本 名 は、 す べ て和 語 であ る こ と であ る 。 これ が 鉱 物 の名 な ど で は 、 水 晶 ・方 解 石 ・黄 銅 鉱 ・磁 鉄 鉱 ・石 英 ・粘 板 岩⋮ ⋮
と いう よ う に 漢 語 が並 ぶ 。 こ れ は も と も と 日 本 語 に は 鉱 物 の名 が 少 な か った と こ ろ へ、 急 に 鉱 物 の 一つ 一つに 名
を つけ る 必 要 が でき 、漢 字 を 並 べ て作 った こと が 多 か った ろう 。 江 戸時 代 以 前 に も そ う いう こと を し た ろう が 、
明 治 の世 にな って急 製 し た も のも あ ろう 。 ﹁こ がね ﹂ ﹁し ろ が ね ﹂ な ど の名 も 、 固 有 の 日 本 語 では な く て 、 ﹁金 ﹂ と か ﹁銀 ﹂ と か いう 漢 語 が 入 って き た と き に 、 あ わ て て作 った 和 語 だ と いう 。
( 今 のサラ
実 は 植 物 の名 は 、 古 く か ら 日本 語 に 多 か った 。 ﹃和 名 抄 ﹄ のよ う な 平 安 朝 の辞 書 に し て、 す で に 、 数 多 く の日 本 名 が出 て いる 。 巻 二 十 の草 木 部 を 開 いて み る と 、
和 名 須 末 呂 久 佐 (今 のク サ スギ カ ズ ラ )・和 名 恵 美 久 佐 ( 今 のア マド コ ロ)・和 名 止 利 乃 阿 之 久 佐 シナ シ ョウ マ)・和 名 乃 世 利 ( 今 の ミ シ マサ イ コ) ⋮ ⋮
な ど 、 人 目を 引 く 草 で も な いも のに 一々名 前 が つ いて い る 。 ﹁桔 梗 ﹂ や ﹁龍 胆﹂ のよ う に、 今 で は 漢 字 音 で 呼 ん
で いる 草 に も 、 ち ゃん と 和 名 があ って、 ﹁桔 梗 ﹂ は 阿 里 乃 比 布 木 、 ﹁龍 胆 ﹂ は 衣 夜 美 久 佐 と 言 った 。 こ れ ら は決 し
て 、 漢 名 の 和 訳 で はな い。 ﹁桔 梗 ﹂ と いう 字 のど こを た た い ても 、 ア リ ノ ヒ フキ と いう 名 は 出 て 来 な い。 これ は 、
今 で も 田 舎 の子 ど も は 遊 ぶ が、 夏 の 日盛 り 、 蟻 が 沢 山 に群 れ て いる と こ ろ に、 花 の つ いた桔 梗 の枝 を も って た た
く と 、 あ れ は 蟻 酸 が作 用 す る ので あ ろ う か、 桔 梗 の花 がピ ンク に変 わ る 、 そ れ を 蟻 が火 を 吹 いた と考 え て つけ た 名 であ る。 ﹃言 海 ﹄ に植 物 名 が 多 いと いう こ と 、 や は り 根 源 は 深 いと こ ろ にあ る。
漢和字 典 私観
漢 和 字 典 は 、尨 大 な 、 あ り とあ ら ゆ る漢 字 を 形 の上 か ら 二 百 あ ま り に 分 類 し 、 部 首 に よ って並 べ た も の で 、 部
首 の創 設 や、 個 々 の 字 の所 属 に つ い て は、 康熙 字 典 の編 集 委 員 の間 でも 、 随 分 白 熱 し た 議 論 が展 開 さ れ た こ と と
思 わ れ る。 ﹁方 ﹂ と いう 部 首 のも と に並 ん で いる 文 字 は、 ﹁旗 ﹂ でも ﹁旋 ﹂ でも 、 別 に ﹁〓﹂ と いう 部 首 を 立 て て
そ こ に送 り 、 ﹁ 方 ﹂ は ﹁亠﹂ の部 に 送 り こ ん だ 方 がよ か った ろう し 、 ﹁輝 ﹂ と か ﹁耀 ﹂ と か いう 字 があ る の であ る
か ら ﹁光 ﹂ と いう 部 首 を た て る べき だ った 。 ﹁睾 丸 ﹂ の ﹁睾 ﹂ の字 が ﹁目 ﹂ と いう 部 首 に 入 って いる の は ど う 見
て も 無 理 で、 長 沢 規 矩 也 さ ん の漢 和 辞 典 で は ﹁血 ﹂ の部 に 送 って い る が 、 こ の方 が よ い。 あ る いは 、 ﹁報 ﹂ と か
﹁執 ﹂ と か いう よ う な 字 が あ る の で あ る か ら 、 ﹁幸 ﹂ と いう 部 首 を 新 設 し て、 こ こ にお さ め る の が、 実 際 的 で は な
か った か 。 し か し 、 ﹁勝 ﹂ と いう 字 を ﹁力 ﹂ の部 に 収 め た と こ ろ な ど 、 解 説 を 読 ん で み る と な る ほ ど と 思 わ れ 、 漢 字 に 対 す る 理解 を ま す 点 は あ り がた い。
と こ ろ で、 私 ど も 日 本 語 の特 質 を 研 究 し て いる 人 間 か ら 見 る と 、 こ の部 首 と いう も の に 出 て いる 文 字 の メ ン バ
ー が、 いか にも 中 国 式 であ り 、 非 日本 式 で おも し ろ い。 つま り ﹁牛 ﹂ と か ﹁馬 ﹂ と か ﹁ 羊 ﹂ と か ﹁豕﹂ と か いう
部 首 があ る と いう こと は、 牛 偏 と か 馬 偏 な ど の漢 字 が た く さ ん あ る か ら で 、 こ れ は ﹁牛 ﹂ に 関 す る 単 語 、 ﹁馬 ﹂
に関 す る 単 語 、 ﹁羊 ﹂ や ﹁豚 ﹂ に 関 す る単 語 が 多 いか ら であ る 。 試 み に ﹁牛 ﹂ の部 首 を 開 いて 見 ると 、 〓 お す の牛 の去 勢 さ れ た も の 〓 白 黒 ま だ ら の毛 を し た 牛 〓 ず っし り し た 大 牛
と い った 文 字 が次 か ら 次 へと 並 ん で いる 。 日本 語 に は、 こ う いう 牛 の種 類 に 対 し て いち いち 名 前 が な い。 中 国 語
に こう いう 単 語 が あ り 、 別 々 の漢 字 が あ る と いう の は、 いか にも 中 国 人 が牧 畜 民 族 で あ り 、 牛 の種 類 が 生 活 上 重 要 な 関 心 事 だ った こと を 思 わ せ る 。
馬 の種 類 がな お さ ら 多 い のは 当 然 で 、 こ れ は 日 本 語 に も 多 少 はあ る か ら い いが 、 羊 や 豚 に 関す る 単 語 な ど は 日
本 語 に は 一つも な い。 別 に 獣 のカ ワを 表 わ す 部 首 が ﹁皮 ﹂ ﹁革 ﹂ ﹁韋﹂ と 三 つも あ り、 そ れ ぞ れ た く さ ん の単 語 が
並 ん で いる のも 、 いか に も 中 国 ら し く 、 ﹁革 ﹂ と ﹁韋﹂ の使 い 分 け な ど 、 中 学 校 時 代 漢 文 の時 間 に 習 った が 、 覚 え にく か った も の であ る。
そ こ へ行 く と、 日本 人 か ら 見 て文 字 が 少 な す ぎ る 部 首 は 、 木 偏 と 魚 偏 であ る 。 日本 語 を 表 わ す た め に ほ し い漢
字 が な い。 そ の た め に 、 こ こ に は た く さ ん の 日 本 国 私 製 の 文 字 、 い わ ゆ る ﹁国 字 ﹂ と いう の が 出 来 た 。 ﹁榊 ﹂
﹁ 樫 ﹂ ﹁栂 ﹂ ﹁〓﹂ ⋮ ⋮ あ る い は、 ﹁鮗 ﹂ ﹁鱚 ﹂ ﹁鰯 ﹂ ﹁鯱 ﹂ ⋮ ⋮ と い った 字 が そ れ で 、 日本 語 に 木 の種 類 や 魚 の種 類 の 多 いこ と を 反 映 し て いる 。
し か し 、 何 と い っても 驚 く の は、 ﹁水 ﹂ と いう 部 首 であ る。 こ こ に は 水 一般 に 関 す る 文 字 のほ か に 、 ﹁川 ﹂ に 関
す る単 語 、 ﹁海 ﹂ に 関 す る 単 語も 入 って いる 。 こ れ は 漢 字 と いう 文 字 を 発 明 し た 人 た ち の 住 ん で い た と こ ろ が 、 少 な く と も 海 か ら 遠 い内 陸 地 であ った こと を 思 わ せ る。
﹁沖 ﹂ と いう 字 を オ キ と 訓 む の は国 訓 と い って 、 中 国 で は こ の字 は ち が う 意 味 を 使 う のだ そ う で あ る 。 も し 漢 字
が 日本 人 の発 明 だ った ら 、 ﹁海 ﹂ と いう 部 首 があ り 、 海 偏 に ﹁中 ﹂ と か ﹁奥 ﹂ と か 書 い て オ キ と いう 文 字 と し た ことであろう。
川 のカ ミ ・シ モを 表 わ す 特 定 の漢 字 も な く 、 そ のた め に ﹁上 村 ﹂ と いう 苗 字 は ウ エム ラ か カ ミ ム ラ かわ か ら ず 、
不 便 を す る が、 も し 日 本 人 が 漢 字 を つく れ ば、 ﹁川 ﹂ と いう 部 首 を 考 え 、 川 偏 に ﹁上 ﹂ を カ ミ と よ み、 川 偏 に ﹁下 ﹂ を シ モと 読 む こ と にし た で あ ろ う 。
英 和 辞 典 と いう と 、 第 一印 象 か ら ち が う 。 横 に 組 ん だ 活 字 、 ぎ っし り 並 ん だ ロー マ字 、 そ れ に、
英 語 の辞書 の印象 英 語 の辞 典︱
訳 語 と し て並 ん で いる 単 語 、 等 、 等 。 ど う み て も 国 語 辞 典 と ち が った 体 裁 を し て いる 。 そ こ に並 ん で いる漢 字 と かな の部 分 を 読 ん だ だ け で も 、 いか に も 英 語 の辞 書 だな あ と いう 感 を 深 く す る 。
英 和 辞 典 に並 ん で いる 訳 語 で、 いか にも 英 語 の辞 書 ら し い感 じ を 与 え る のは こう いう 語 彙 だ 。 利益。活動。 災難。事 件。機能 。能力。
と ど ま る。 欲 す る 。 控 え る 。 廃 止 す る 。 放 棄 す る。 完 成 す る。 随 伴 す る 。 調 節 す る 。 分 裂 す る。 獲 得 す る。 承 認 す る 。 蓄 積 す る 。 吸 収 す る 。 隣 接 す る 。 提 供 す る 。 乱 用す る 。 参加す る。付加す る。 完 全 な 。 絶 対 の。 積 極 的 な 。 実 際 的 な 。 不 合 理 な 。 豊 富 な。 正 確 な 。 有 能 な 。 外 へ。 を 横 切 って。 に 逆 ら っ て 。
英 語 に は 、 日 本 語 と ち が っ て 、 こ う い う 訳 語 で 説 明 し な け れ ば な ら な い 単 語 が 多 い の で あ ろ う 。 こ う いう 英 語 ら し い単 語 に は 、 ど う いう 特 色 が あ る の だ ろ う か 。
ま ず 第 一に 言 え る こ と は 、 抽 象 的 な 単 語 が 多 い こ と で あ る 。 日 本 語 の ど ん な 辞 書 に も 載 っ て い る ﹁青 葉 ﹂ ﹁秋
空 ﹂ ﹁朝 露 ﹂ ﹁浅 瀬 ﹂ ﹁雨 上 が り ﹂ ﹁荒 磯 ﹂ ⋮ ⋮ の よ う な 単 語 は 、 英 語 の 辞 書 で 見 つけ る こ と は な い 。 こ れ は 英 米 人
little
makes
a
mickele.
が 日 常 語 にも 、 日 本 人 よ り も 抽 象 的 な 表 現 を 愛 す る こ と と 関 係 があ ろ う 。 た と え ば 諺 に し て か ら が 、 日本 で は 、 塵も積れ ば山とな る
a
と いう と こ ろを 、 英 語 で は 、 Many
と いう そ う だ 。 泣き面 に蜂 と いう の は 、
Misfortunes
seldom
come
single.
と いう のだ そう だ 。 ﹁会 議 を も つ﹂ と か ﹁暇 を も つ﹂ と か いう 表 現 を 、 日本 人 は 何 と な く 毛 嫌 いす る の は 、 そう いう 抽 象 的 な も のを ﹁も つ﹂ と 表 現 す る の が 、 気 に そ ま な い のだ と 考 え る 。
次 に 、 これ ら の単 語 は 、 感 情 的 に無 色 で あ る こ と が 目 に つく 。 日 本 語 に は 、 ﹁さ ぞ ﹂ ﹁あ い に く ﹂ ﹁さ す が に﹂
﹁ど う せ﹂ と いう よ う な 副 詞 が 多 い が、 こ のよ う な意 味 の単 語 は 辞 書 に は 見 当 た ら な い。 ﹁さ ぞ ﹂ はPerhaに p似 s
て いる が 、 ﹁多 分 ﹂ と いう 意 味 のほ か に、 相 手 の気 持 を 思 いや って同 情 す る 気 持 が こも って いる 。 ﹁さ す が に ﹂ は
実 力 の あ る 人 に 対す る 賞 讃 の気 持 が こも り 、 ﹁ど う せ﹂ に は 捨 て 鉢 な 気 持 が あ る 。 こ う いう 副 詞 は し た が って、 た と え ば 幾 何 の 証 明 のよ う な と こ ろ に は 使 え な い。 さ す が に正 三角 形 だ けあ って ⋮ ⋮ とか、 どう せ不等 辺三角形だ から⋮ ⋮
と いう の は お か し い。 そ こ へ行 く と 、 先 に 並 べた 英 語 の訳 語 は 、 ど れ も 必 要 で あ った ら 科 学 の術 語 に 使 え そう で
あ る 。 ﹁表 ﹂ ﹁裏 ﹂ と か ﹁奥 ﹂ ﹁手 前 ﹂ と か いう 地 理的 な 関 係 を 表 わす 単 語 で も 、 日本 語 では ﹁表 ﹂ ﹁ 奥 ﹂ は い いも の、 ﹁裏 ﹂ ﹁手 前 ﹂ は 劣 った も のと いう 語感 が あ る 点 で 、 日本 的 な 単 語 で あ る 。
次 に、 英 語 に は 動 詞 の著 し い豊 富 さ があ る 。 日本 の ﹃言 海 ﹄ な ど は、 ほ と ん どす べ て の見 出 し 語 が ( 名) で、
時に ( 名・ 副 ) と いう のが 目 立 った も の だ った 。 あ れ は 漢 語 の類 を 載 せ る こと が 少 な か った か ら で、 今 の国 語辞
典 で は 、 ﹁維 持 ﹂ と か ﹁移 住 ﹂ と か いう ﹁︱ す る ﹂ の形 で 使 え るも のを 、 ど ん ど ん (名 ・他 サ) ( 名 ・自 サ ) な
ど と や って いる か ら 大 分動 詞 が ふ え た が、 そ れ に し て も 英 語 の 辞 書 に見 ら れ る 動 詞 の多 さ に は 及 ば な い。 これ は や は り 、 日常 の日 本 語 と 英 語 の表 現 のち が いを 表 わ し て いる の で 、 英 語 だ と 昼 か ら は 会 社 へ行 く
と 言 わ な け れ ば いけ な いと こ ろを 、 日本 人 は 、 昼から は会社だ です ま し 、 英 語 な ら ば、 ぼく は ウ ナ ギ を 注 文 す る と 言 う と こ ろ を 、 日本 語 で は、 ぼく は ウ ナ ギ だ です ま せ る こと と 関 係 が あ ろう 。
an
eel.
﹁ぼく は ウ ナ ギ だ ﹂ と いう 表 現 に つ いて は 、 も し 英 語 で こ のと お り I am
と 言 っ た ら 、 外 国 人 の 給 仕 さ ん は び っく り す る だ ろ う と 、 私 は か つ て
﹃日 本 人 の 言 語 表 現 ﹄ と い う 本 に 書 い た が 、
こ れ は 実 際 に や って み た こ と は な か った 。 そ の 後 、 ア メ リ カ へ夫 婦 で 行 く こ と が あ っ て 、 む こ う の 飛 行 機 へ乗 っ
た と こ ろ 、 ア メ リ カ 人 の ス チ ュ ワ ー デ ス が 、 紅 茶 か コ ー ヒ ー か の 注 文 を と り に 来 て 、 ど っち に す る か た ず ね て ま わ って いた 。
私 の 家 内 は 、 女 学 校 時 代 が 戦 争 に ぶ つ か り 、 英 語 を 習 い そ こ な った た め 、 会 話 は 全 然 で き な い 。 私 も へた だ が 、
私 よ り も っと 駄 目 な の だ 。 そ れ が ア メ リ カ へ行 く と い う の で 、 英 語 を 使 っ て み た が る 。 ﹁私 は 紅 茶 が ほ し い ﹂ と
tea.
い う の を 英 語 で 何 と いう の だ と き く の で 、 私 は 実 験 の つ も り で 、 Iam
だ と 教 え た 。 こ う い う 時 だ け は 家 内 は い つ に な く 従 順 で 、 ス チ ュ ワ ー デ ス に 向 か って 、 大 き な 声 で 、 ア イ ア ム テ ィ ー
と 言 った 。 私 は 、 ス チ ュ ワ ー デ ス が ど ん な 顔 を す る か 見 て い た が 、 彼 女 は 少 し も 驚 か ず 、 ﹁オ 、 イ エ ス ﹂ と 言 っ
てち ゃん と 紅 茶 を 持 って き た の に は あ て が はず れ た 。
手 に は 英 語 と は 聞 こえ てな か った の だ ろ う 。 最 後 の ﹁テ ィー ﹂ の と こ ろ で、 ど う や ら コー ヒ ー で は な く 紅 茶 を 望
あ れ は ど う し た のだ ろう 。 思 う に 、 愚 妻 の英 語 は カ タ カ ナ 英 語 で、 ﹁アイ ア ム﹂ と いう と こ ろ か ら す で に相
ん で いる ら し いと 判 断 し て 、 紅 茶 を 持 ってき た のだ ろ う と 思 う 。
そ の後 、 奥 津 敬 一郎 さ ん の ﹃ボ ク ハウ ナ ギ ダ の文 法 ﹄ と いう 本 を 読 ん だ ら 、 巻 頭 に ア メ リ カ へ行 って 牛 肉 に 食
fish.
傷 し た 日本 の選 手 が 、 Iam
と 言 っ て 、 給 仕 を 驚 か し た 話 が 出 て い た 。 私 の 想 像 は 当 た って い た 。
最 後 に も う 一 つ。 こ れ は ち ょ っと 気 付 か れ に く い が 、 英 語 の 動 詞 に は 、 日 本 語 の 動 詞 よ り も 他 動 詞 が 多 い 。 こ れ は 日本 人 だ と 、 私 には子ども が三人ある と いう と こ ろ 、 英 語 で は 、 私 は 三 人 の子 ど も を も つ と 表 現 す る類 で 、 さ き の 、
作 り手 の立 場 から︱
き ょう は会 議 を も つ も そ の例 だ 。
国 語辞書 管 見︱
今 、 書 店 の辞 書 の コー ナ ー は 、 にぎ や か な も の で あ る。 新 装 を こ ら し た 大 小 の辞 典 がう ず た かく 積 み上 げ ら れ
た前 で、 中 学 生 、 高 校 生 に教 育 マ マら し い人 ま でま じ って ゴ ッタ 返 し て いる 。 国 語 辞 典 の前 でも そう だ と いう こ
と は 、 こう いう 辞 書 が 次 か ら 次 へと 新 品 が 現 わ れ る こと 電 気 製 品 の ごと く で あ る 日本 に、 き わ め て ふ さ わ し い情
景 であ る。 外 国 で は 一つ の辞 書 の作 製 に、 四 十 年 か か った 、 八 十 年 か か った な ど と いう 話 が 伝 え ら れ て いる が、 日 本 で は 辞 書 も 、 速 製 速 売 の傾 向 があ る。
辞 書 を 作 る 時 に は 、 ど う いう 点 に苦 心す る か。 第 一は 誤 り のな いよう にと いう こと 。 活 字 の魔 力 と いう や つ で、
印 刷 さ れ た 本 、 特 に教 科 書 と 辞 書 に は 絶 対 にま ち が い がな いと いう 考 え が多 く の人 た ち の頭 にあ る 。 私 た ち は そ の期 待 を 裏 切 る ま いと 心 掛 け 、 こ と に 校 正 な ど は 五 校 も 六 校 も 重 ね る 。
間 違 いを し で か す の は 、 こち ら の浅 学 の せ い でも あ る が 、 日本 語 の難 し さ も つく づ く 感 じ さ せ ら れ る。 ま ず 見
出 し では 、 単 語 の構 成 要素 に 切 って 示 す 習 慣 があ る が 、﹁一衣 帯 水 ﹂ と か ﹁五 里 霧 中 ﹂ と か いう 言 葉 は ﹁一生︱
懸命 ﹂ ﹁予 想 ︱ 的 中 ﹂ と か の例 が 多 い の で、 つ い二 字 ず つに 切 り た く な る 。 が、 意 味 を 考 え る と 、 ﹁一︱ 衣 帯 水 ﹂
で あ り 、 ﹁五 里 霧︱ 中 ﹂ でな け れ ば な ら な い。 古 語 と も な れ ば 清 濁 に も 気 を つけ な け れ ば いけ な い。 ﹃万 葉 集 ﹄ に
﹁東 の 野 に か ぎ ろ ひ の ⋮ ⋮ ﹂ と いう 名 歌 があ って 、 ヒ ンガ シノ ⋮ ⋮ と ふ だ ん読 ん で いる。 ンを ム と 改 め て、 ﹁ひ む
が し ﹂、 今 の ﹁ひ が し ﹂ の こ と 。 と し て そ れ で い いよ う な 気 がす る が、 こ の 言 葉 は 、 第 二 音 をmu と 読 ん で い た
と き は 次 の ﹁か ﹂ は 濁 って いな か った。mu が ンに な って は じ め てkaがgaに な った と 考 え れ ば 、 こ れ は 、 ﹁ひ む か し ﹂ と 出 す べき 言 葉 であ る 。
個 々 の項 目 の解 説 で、 現代 語 で は ど う いう も の が 一番 難 し いか と いう と 、 ﹁も の﹂ と か ﹁こ と ﹂ と か 、 あ る い
は ﹁と き ﹂ と か ﹁お な じ ﹂ と か 、 日 常 最 も 普 通 に 用 いら れ る 単 語 だ 。 日本 人 な ら 恐 らく こん な 言 葉 の解 説 を 読 む
人 は いな いだ ろ う と 思 わ れ る が、 世 に は 辞 書 の批 評 家 と いう 人 間 が い て、 こ う いう と こ ろ を 見 て 評 価 す る か ら 手
は ぬ け な い。 ﹁と き ﹂ を 引 く と 、 ﹁時 間 ﹂ と 解 説 し てあ り 、 ﹁時 間 ﹂ を 引 く と ﹁と き ﹂ と 解 説 し て あ る 。 そ う いう
辞 書 は 落 第 で あ る 。 ﹁も の﹂ ﹁と き ﹂ ﹁関 係 ﹂。 こ の三 つ の言 葉 の 説 明 が行 き 届 い て いれ ば 、 私 は そ の辞 書 に 合 格 点 を 与 え て よ いと 思 う 。
② 南 北 の方 向 、 ぐ ら い にし か書 い てな いが 、 し か し ﹁一列 縦 隊 ﹂ と いう よ う な 時
私 は 見坊 豪 紀 氏 に 招 か れ 、 ﹃三 省 堂 国 語 辞 典 ﹄ を 手 伝 った 時 に ﹁縦 ﹂ と いう 単 語 の解 釈 に 苦 心 し た 。 そ れ ま で の辞 書 で は 、 ① 上 下 の方 向
の ﹁縦 ﹂ の意 味 は、 上 下 でも 南 北 でも な い。 前 後 の方 向 だ 。 そ う す る と 、 縦 の本 義 は 何 だ ろ う と 考 え て みた と こ
ろ 、 横 と いう の は、 人 間 の両 眼 を 結 ん だ 線 、 これ に 並 行 の方 向 が ﹁横 ﹂ で あ り 、 一方 こ の線 に 垂 直 に ま じ わ る方 向 が ﹁縦 ﹂ だ と 気 が 付 いた 。
古 語 辞 典 と も な れ ば 、 自 分 が ふ だ ん 使 わ な い言 葉 であ る か ら 、 そ の解 釈 には 昔 の文 献 にあ た り 、 用例 を 集 め て 考 え る わ け であ る が 、 ク イ ズ を 解 く よ う な 楽 し み が あ る。
﹁爪 印 ﹂ (つめ いん ) と か ﹁爪 判 ﹂ (つめ ば ん ) と か いう 言 葉 が あ って 、 これ を そ れ ま で の辞 書 は 、 ﹁ツメ に 印 肉
を つけ て押 す こと ﹂ と いう 意 味 の解 釈 が 出 て いた 。 し かし 、 こ の カ チ カ チ し た 骨 質 の ツメ に 印 肉 を 付 け る こ と が
あ る であ ろ う か と 疑 って み た が、 考 え 付 いた こ と は 、 ツ メ 何 々、 ま た は ツ マ何 々と いう 熟 語 の中 に は 、 ﹁指 先 ﹂
と 解 釈 で き る も の が 多 い こ と で あ る。 ギ タ ー を 取 り て つま び け ば 、 は 、 指 先 で ボ ロ ン ボ ロ ン弾 く こ と だ し 、 ﹃源
氏 物 語 ﹄ な ど に、間 の悪 い表 現 を 、 ﹁つめ を 食 ふ ﹂ と 言 って いる が 、 これ は ツ メ を噛 む の で は な く て、 指 先 を し ゃ ぶ る こ と であ ろう 。 だ とす る と 、 ﹁爪 印 ﹂ と は 今 の拇 印 の こ と に ち が いな い。
と こ ろ で 、 日本 で 一般 に人 が 国 語 辞 書 を 引 く の は ど う いう 時 か と いう と 、 わ か ら な い言 葉 の意 味 を 知 ろう と す
る と き 、 も う 一つは 、 書 こう と し て いる 言 葉 の漢 字 の書 き 方 を 知 ろう と す ると き だ 。 が 、 辞 書 はも っと 役 に 立 っ
て い いは ず で、 文 章 を つづ ろ う と す る時 に、 適 当 な 語 句 を 探 す の に役 に立 って い い はず だ 。
国 語 辞 書 は 、 あ ま り そ う いう 役 に は立 た な い。 そ れ は第 一に用 例 が 少 な いか ら だ 。 こ の 点 にな る と 、 和 英 辞 典
の方 が有 能 で、 こ と に大 正 のこ ろ 出 た斎 藤 の和 英 大 辞 典 と いう も の は 、 私 は 用 例 を 探 す のに 今 でも 役 立 って いる 。
国 語 辞 典 では 、 あ ま り 評 判 が 高 く はな い が、 中 教 出 版 社 の ﹃例 解 国 語 辞 典 ﹄ と いう の が 、 用 例 の点 では 出 色 であ
る 。 ま た 、 類 語 が いろ いろ集 ま って いる 辞 典 があ る と い い のだ が 、 い い の がな い。 明治 末 期 に志 田義 秀 博 士 ら が
編 集 し た ﹃日 本 類 語 大 辞 典 ﹄ と いう 尨 大 な の が あ る が 、古 語 や 漢 語 ば か り で 、 ほし い言 葉 は 出 て こな い。
今 、 日本 の辞 書 は 、 は じ め に述 べた よ う に 各 種 の辞 書 の競 争 ・氾 濫 であ る 。 買 わ れ る 人 は、 ど の辞 書 を え ら ぶ
か 迷 わ れ る で あ ろ う 。 え ら ぶ 規 準 は 三 つあ る 。 序 文 で 対 象 を ど こ に お いて いる か 見 る こと 。 三 省 堂 の辞 書 で言 え
ば 、 ﹃三 省 堂 国 語﹄ は 学 生向 き 、 ﹃新 明 解 国 語 辞 典 ﹄ の方 は 一般 向 き だ 。 つ い で に、 ﹃新 明 解 古 語 辞 典 ﹄ は 高 校 生
向 き で、 ﹃岩 波 古 語 辞 典 ﹄ の方 は 専 門家 向 き のよ う だ 。 第 二 に、 同 類 の辞 書 が 二 つあ った ら 、 名 の 通 った 出 版 社
の、 名 の 通 った 編 者 のも の のう ち 、 版 の新 し い方 を え ら ぶ こ と 。 辞 書 は お 互 いに せ り 合 って 、 改 版 ご と によ く な ろ う と し て 行 く も の であ る か ら 、 研 究 家 は 別 と し て 新 し い方 が い いに相 違 な い。
最 後 に 、 自 分 の 好 み に ぴ った り のも のを え ら ぶ こと 。 自 分 に し っく り し な い辞 書 を 買 って し ま う と 、 そ の 辞 書 を 引 く のが 億 劫 にな る も の で あ る 。
文
法
日 本 語 の 文 法
一 文 体 の別
日 本 語 の 文 法 で最 初 に注 意 す べき こと は 、 日本 語 に は 、 幾 つか の文 体 が あ って、 そ れ が会 話 にお いて も 文 章 に お い ても 、 場 合 に応 じ て 使 い分 け ら れ る こ と であ る。
代 表 的 な 文 体 に は、 普 通 体 のダ 調 と 丁寧 体 の デ ス調 が あ り 、 さ ら に 特別 丁寧 体 と し て ゴ ザ イ マス調 があ り 、 さ ら
に 文 章 語 体 と し ては 、 こ の ほ か に 、 普 通 体 の デ ア ル調 と 丁 寧 体 の デ アリ マス調 があ る 。 これ ら の文 体 の特 徴 は、
も っと も 顕 著 に は 、 いわ ゆる 指 定 の助 動 詞 の終 止 形 で 文 を 止 め る 場 合 に 現 わ れ 、 そ れ ぞ れ 、 ダ ・デ ス ・デ ゴ ザイ
マ ス ・デ ア ル ・デ ア リ マ ス が 用 いら れ る 。 そ し て これ に 応 じ 、 動 詞 の終 止 形 にも 、 普 通 体 は 、 ア ル ・ス ル の形 、
丁寧 体 は ア リ マ ス ・シ マ ス の形 が 用 いら れ る と いう よ う な 対 立 が あ る 。 特 別 丁 寧 体 で は 、 さ ら に 、 連 体 形 や 中 止
形な ど にも 、 ∼ マス ・∼ マ シ テを 用 いる と いう よ う な ち が い が 現 わ れ る。 これ ら の 文 体 はま た 、 語 彙 の部 面 でも
多 少対立を 示し、動 詞 のオ ル ( 存 在 す る )・参 ル ・イ タ ス、 副 詞 のイ カ ガ ・サ ヨウ ・タ ダ イ マ、 名 詞 の昨 日 (サ
ク ジ ツ)・明 日 (ミ ョウ ニチ) な ど は、 丁 寧 体 あ る いは 特 別 丁寧 体 に 用 いら れ る 語 であ る。
こ れ ら の文 体 は 、 同 一の文 章 の中 で は 用 いら れ な い のを 原 則 と し 、 も し 混 用 さ れ れ ば 、 そ れ は 何 か 混 用 に よ る
効 果 を ね ら った 場 合 で あ る。 例 え ば 丁 寧 体 の文 章 の中 に普 通 体 の文 が交 って いれ ば 、 そ の次 の区 切 れ は コ ン マに
近 いピ リ オ ド の気 持 であ り、 普 通 体 の 文 章 の中 に 丁 寧 体 の 文 が あ れ ば 、 そ こだ け は 読 者 に 話 し 掛 け る よ う な 気 持
を 表 わ し て いる が ご と き であ る 。 な お、 丁 寧 体 と特 別 丁 寧 体 と の間 に は 、 普 通 体 と 丁 寧 体 の間 ほ ど は 明 瞭 な ち が い がな い。 さ て、 こ れ ら の文 体 の 用法 は 次 の よ う であ る。( 1)
談 話 で は 、 普 通 体 は 、 ひ と り 言 や 親 し い人 た ち への言 葉 に用 いら れ る 。 目 下 のも のに 対 し ても 一般 に 用 いら れ
る はず であ る が 、 終 戦 後 は 、 目 下 へ の言 葉 づ か いと いう よ う な も のが な く な り つ つあ り 、 普 通 体 は 、 親 し いも の へ の会 話 の文 体 と 言 え そ う であ る。
丁 寧 体 は、 や や 目 上 の人 に 対 し て 、 ま た、 そ れ ほ ど 親 し く な い間 柄 の 一般 の人 に 対 し て 用 いら れ 、 談 話 に お い
て は 、 大 体 こ れ が標 準 的 文 体 と いう 観 があ る 。 も っと も 親 し いも の に 対 し て、 丁寧 体 や 特 別 丁 寧 体 を 用 いる と 、
わ ざ と へだ て た 感 じ 、 乃 至 は皮 肉 な 口調 に 聞 こえ る ( 例 、 温 泉 ヘ行 キ タ イ ッテ ? ケ ッ コウ ナ ゴ 身 分 デ ゴ ザイ マ スネ )。 特 別 丁寧 体 は 、 目 上 の、 遠 慮 の い る 人 に 対 し て 用 いる 。
な お 、 女 性 は 一般 に男 性 に 比 べ て、 よ り 丁 寧 な 文 体 を 用 い、 親 し い女 性 同 士 のふ だ ん の談 話 に は 、 普 通 体 と 丁
寧 体 と の中 間 の よう な 文 体 が 用 いら れ る ( 例 え ば 、 ⋮ ⋮ ダ ワ ・⋮ ⋮ ノ ヨ、 な ど に、 デ シ ョウ ・オ ⋮ ⋮ ナ サイ を ま
じ え る )。 若 い女 性 の中 に は 、 こ の文 体 を 、 親 し く な い人 に 対 し て も 、 使 う 傾 向 が 見 ら れ 、 甘 え た 感 じ を 出 す 。
ま た 講 義 ・会 議 な ど 公 け の 場 面 で は、 丁 寧 体 が ふ つう に 用 いら れ 、 デ アリ マ ス調 が 用 いら れ る こと も あ る 。
文 字 言 語 で は 、 普 通 体 のデ ア ル調 一本 が 一般 であ る が 、 場 面 そ の他 の制 約 を 受 け て 、 ダ 調 や 丁 寧 体 も 用 いら れ る。
( 1) 三尾砂 ﹃ 話言葉の文法﹄ ( 言葉遣篇︶に詳し い考察があ る。
終 戦 前 に お け る 手 紙 文 な ど︱
では 、 句 読 点 な し で書 か れ る こと が あ る が、 そ
(sent) en のc切 eれ 目 の は っき り し た 言 語 で あ る 。 日 本 語 の 正 書 法 で は 、 文 の 初 め の 文 字 を 変 え
二 日本 語 の 文 法 的 単 位 日本 語は、文 る こ と は せ ず 、 あ る 種 の 文章 ︱
れ で も 文 の 切 れ 目 は 大 体 見 当 が つけ ら れ る。 これ は、 一つに は 漢 字 と 仮 名 と が混 用 さ れ て いる た め でも あ る が、 そ の ほ か に 、 文 の 終 り に 用 い ら れ る 文 節 が 大 体 き ま って い る こ と に も よ る 。
日 本 語 の文 は 、 橋 本 進 吉 博 士 ( 1)に よ り 文 節 と 呼 ば れ て い る 単 位 に 分 け ら れ る 。 次 の ︱か ら ︱ま で が 文 節 で あ る。 │ ツ ト メ ノ│ カ エ リ ニ│ ボ ク ハ│ 丸 善 ヘ│ 本 ヲ│ 買 イ ニ│ 寄 ッタ│
文 節 は 、 切 れ 切 れ に 文 を い う 時 に 、 切 る こ と の で き る 一つ な が り で あ って 、 例 え ば 、 小 さ い 子 供 に わ か り や す
く 物 を い う よ う な 場 合 に は 文 節 ご と に 切 っ て 発 話 さ れ る こ と が あ る 。 ま た 、 文 節 の 最 初 に 来 る 音 は 一 疋 の範 囲 内
の も の に 限 ら れ て お り 、 そ の ア ク セ ン ト も 二 つ 以 上 の 中 核 を も た な い と いう 傾 向 が あ る 。 助 詞 の う ち の 間 投 助 詞 は 、 こ の 文 節 の あ と に は 原 則 と し て す べ て つ き 、 文 節 の内 部 に は つ か な い。 例 、 ツ ト メ ノ ネ エ、 帰 リ ニネ エ、 ボ ク ハネ エ 、 ⋮ ⋮ 。
﹁ツト メ ノ
文 節 に つ い て注 意 す べき は 、 これ は あ く ま でも 音 韻 の 面 か ら 見 た 単 位 であ る こと であ る 。 す な わ ち 、 意 義 の面
か ら 見 た 場 合 は 、 必 ず し も 、 文 節 が単 位 を な さ な い こと で あ る 。 例 え ば 、 前 の 例 でも 、 二 文 節 の 連 合
﹁丸 善 ヘ⋮ ⋮ 寄 ッ﹂+ ﹁タ ﹂ と 見 る
﹁ツ ト メ ノ ﹂+ ﹁カ エ リ ニ ﹂ と は 切 れ ず 、 ﹁ツ ト メ ノ カ エ リ ﹂+ ﹁ニ﹂ と 切 れ る 。 ﹁本 ﹁本 ヲ 買 イ ﹂+ ﹁ニ﹂ で あ り 、 さ ら に 、 ﹁丸 善 ヘ ⋮ ⋮ 寄 ッ タ ﹂ は
カ エリ ニ﹂ は 意 味 の 上 か ら は ヲ 買 イ ニ﹂ は
(=努 力 ス ル )﹂ の よ う に 二 文 節 で は じ め て 一 つ の 意 味 に な っ て い る も の も あ る 。
べ き で あ ろ う 。 も っと も 、 ﹁ボ ク ハ﹂ の よ う に 意 味 か ら 言 っ て も 一つ の 単 位 を な し て い る 文 節 も あ る こ と は あ る 。 が 、 他 方 、 ﹁骨 ヲ 折 ル
次 に 、 単 語 は 、 あ ま り は っき り し な い単 位 で あ る 。 日 本 語 に お い て 、 ど れ だ け を 一単 語 と 見 る か は 、 学 者 に よ
って 説 が ち が っ て お り 、 助 詞 と 呼 ば れ る 一群 の 語 、 助 動 詞 と 呼 ば れ る 一群 の 語 は 、 単 語 と 認 め る 学 者 と 単 語 の 一
部 に す ぎ な いと す る学 者 と があ る 。 橋 本 進 吉 博 士 ( 2)は す べ て 単 語 と 見 ら れ る が 、 山 田 孝 雄 博 士 ( 3)は そ の 半 数
を単語と見 られ、松 下大三郎博 士 ( 4)は ほ と ん ど す べ て を 単 語 の 一部 と 見 ら れ る 。 ひ ろ く 諸 言 語 を 通 じ て ど の よ
う な 単 位 を 単 語 と 認 め る べ き か に つ い て は 、 服 部 四 郎 博 士 (5) が 明 確 な 規 準 を 立 て ら れ た 。 こ れ に よ れ ば 、 一般
に 助 詞 と い わ れ て い る 語 の 大 部 分 ・助 動 詞 と いわ れ て い る 語 の 一部 は 、 英 語 の 前 置 詞 や 冠 詞 に 比 し て 、 独 立 性 は
さ ら に 弱 い が ま ず 単 語 の 一種 で あ り 、 助 詞 と いわ れ て い る 語 の 一部 、 助 動 詞 と い わ れ て い る 語 の 大 部 分 は 、 単 語 の 一部 で あ る と いう こ と で あ る 。
日 本 語 の 単 語 に は 、 そ れ だ け で 一 つ の 文 節 を 作 る も の と 、 他 の 単 語 と い っし ょ に な っ て は じ め て 文 節 を 作 る も
(以 後
ー のよ う
﹁独 立 す る 語 ﹂ を こ う 呼 ぶ 。 独 立 語 と い う 術 語 は 別 の 意 味 に 用 い ら れ る
のと があ る 。 橋 本 博 士 ( 6)は 前 者 を 独 立 す る 語 、 後 者 を 付 属 す る 語 と 呼 ば れ た 。 こ の 二 者 は 立 つ 位 置 の 上 に 厳 重 な き ま り が あ り 、 付属 語 は 自立 語
か ら ) の 必 ず 後 に 来 る 。 ま た 、 付 属 語 は 、 時 に 、 花 ナ ド ・マ デ ・ガ 、 あ る い は 、 散 ル ・ダ ロー ・カ・ネ に 、 二 つ 以 上 つく こ と も あ る 。
三 単 語 の 種 類
日 本 語 の 単 語 は 、 名 詞 ・動 詞 ・形 容 詞 ・副 詞 ・連 体 詞 ・接 続 詞 ・感 動 詞 ・助 動 詞 ・助 詞 と す る 。 こ の う ち 名 詞
(1) ﹃ 国 語学 概 論 ﹄ ( 橋本 進 吉博 士著 作集 第 一巻 ) の二 三 ペー ジ。 ( 2) ﹃ 国 語 法 研究 ﹄ 八 五 ペー ジ以 下。
(3) ﹃ 日本 文 法 学 概論 ﹄ 二九 一ペー ジ以 下。 ( 4) ﹃ 改 撰標 準 日本 文法 ﹄ の二 三 ペ ー ジそ の他。 (5) ﹁附 属語 と 附 属 形式 ﹂ (﹃ 言 語研 究 ﹄ 第 一五号 )。 ( 6) ﹃ 国 語 法 研究 ﹄ 五 三 ペー ジ。
以 下 感 動 詞 ま で は 、 自 立 語 に 属 し 、 助 動 詞 ・助 詞 は 、 付 属 語 に 属 す る 。
詞 書 ク、 読 ム、 喜 ブ 、 驚 ク 、 ( 雨 が )降 ル 、 ア ル 。
山 、 川 、 春 、 夏 、 親 、 子 、 学 校 、 社 会 、 コト バ 、 話 、 コ レ 、 ソ レ 。
こ れ ら の 品 詞 に 属 す る 語 例 を あ げ れ ば︱ 名 詞
コウ 、 ソ ウ 、 非 常ニ 、 少 シ 、 マダ 、 モ ウ 、 モ シ 、 ド ウ モ 。
動
副
コ ノ、 ソ ノ 、 コ ンナ 、 ソ ンナ 、 ア ラ ユ ル、 イ ワ ユ ル。
白 イ 、 赤 イ 、 嬉 シ イ 、 淋 シ イ 、 多 イ 、 ナ イ 、 静 カ ナ 、 ニギ ヤ カ ナ 。
連 体 詞
シ カ シ 、 ソ レ カ ラ 、 オ ヨ ビ 、 ア ル イ ハ。
形 容 詞
接 続 詞
ア ア 、 ウ ン 、 モ シ モ シ 、 ハイ 。
詞
感 動 詞
ガ 、 ノ 、 ニ 、 ヲ 、 ハ、 モ 、 ト 、 カ ラ 、 ネ 、 ヨ 。
ダ 、 ラ シイ 。
詞
助 動 詞 助
学 者 に よ っ て は 、 コ レ ・ソ レ を 名 詞 か ら 分 け て 代 名 詞 と し 、( 1)静 カ ナ ・賑 ヤ カ ナ を 形 容 詞 か ら 分 け て 形 容 動 詞
詞
と す る 。( 2)次 節 以 下 、 名 詞 、 動 詞 、 形 容 詞 ⋮ ⋮ の 順 に 、 注 意 す べ き 点 に つ い て 述 べ よ う 。
四 名
名 詞 は 、 事 物 の 名 で あ る 。 日 本 語 の 名 詞 は 、 語 形 変 化 を し な い 。 外 形 は 、 き わ め て 自 由 で 、 一音 節 以 上 、 多 音
節 に お よ ぶ 。 ア ク セ ン ト に つ い て も 、 各 種 類 の 型 のも の が 存 在 す る 。 単 独 で 文 節 を 作 る こ と が で き る が 、 現 実 に
﹁性 ﹂ の 区 別 を も た な い。 そ の 代 り 、 日 本 語 で は 、 人
は 、 助 詞 や 助 動 詞 の 類 を と も な って 、 用 い ら れ る こ と が 多 い 。 日 本 語 の名 詞 は ド イ ツ語 や フ ラ ン ス語 な ど に あ るよ う な
間 ・動 物 を 含 め て 感 情 を も って いる も の︱
有 情 物 を 表 わ す 語 と、 感 情 を も た ぬ も の︱
非情物 を表わす 語と が
種 々 の点 で別 扱 いさ れ 、 さ ら に、 有 情 物 の中 で も 、 人 格を も つも のと 、 そ れ 以 外 のも の が区 別 し て 扱 わ れ る 。 例
え ば 、 存 在 の動 詞 は 、 有 情 物 を 主 語 と す る場 合 に はイ ルを 用 い、 非 情 物 を 主 語 と す る 場 合 に は ア ルを 用 いる が ご
と き 。 ま た 、 非 情 物 を 主 語 と し た 語 句 に受 動 態 や 使 役 態 を 用 いる のは ふ つう では な い、 な ど の 類 であ る 。 数 詞 の 用 い方 に関 し て は 、 名 詞 は さ ら に 細 か い区 別 が な さ れ る ( 副 詞 の 条 を 見 よ )。
次 に 、 日本 語 の名 詞 は 、 英 語 そ の他 に お け る よ う に 、 数 のち が いを 一々表 わ さ な い。 有 情 物 の場 合 に は 、 ∼ド
モ ・∼ タ チ のよ う な 複 数 を 表 わ す 接 尾 語 を つけ た 形 が あ る が、 そ れ は 、 二 つ以 上 多 数 だ と いう こと に特 に 注 意 し
た 場 合 に の み 用 いる 。 ま た 人 々 ・国 々 ・山 々 ・木 々と いう よ う な 言 い方 が あ り 、 こ れ は 非 情 物 の場 合 に も 用 いら れ る が 、 す べて の語 が こ う いう 形 を と る わ け では な い。
日 本 語 の名 詞 には 敬 譲 の変 化 と いう べき も の が あ る 。 接 頭 語 オ が つ いた 形 が そ れ で、 ﹁オ ∼ ﹂ と いう 形 は 本 来
尊 敬 す べき 人 に 関 す る事 柄 を 表 わ す 。 例 え ば 、 コト バ は 敬 譲 意 識 を も た な い語 で、 オ コト バ は 、 尊 敬 す べき 人 の こ と ば を さ す 。 も っと も 、 こ れ に つ いて は次 の点 が注 意 さ れ る 。
(イ) ﹁オ 手 紙 ﹂ のよ う な 語 は 、 尊 敬 す べき 人 の書 いた ﹁手 紙 ﹂ だ け で はな く 、 尊 敬 す べき 人 に あ て る手 紙 に対 し
ても 転 用 さ れ る。 つま り 結 果 か ら 見 れ ば 、 謙 譲 の気 持 を 表 わ し て いる こと にな る 。
(ロ ) ﹁オ ∼﹂ の形 は、 さ ら に転 じ て 単 に 言葉 づ か いを て いね いに す る た め にも 用 いら れ る。 オ チ ャ ワ ン ・オ ハシ の ごと き は 、 何 人 に 対 す る尊 敬 の気 持 も 敬 譲 の気 持 も 表 わ さ な い。
) ( ハ 漢 語 に お いて は 、 御 (ゴ ∼ ︶を 接 頭 語 と し て尊 敬 や 謙 譲 の気 持 を 表 わ す も のが 多 い。 御 機 嫌 ・御 無 沙 汰 等 々。
な お、 尊 顔 ・貴 店 ・愚 弟 ・弊 社 のよ う な 、 敬 譲 の意 を 表 わ す 他 の 語 に よ って表 わ し て いる も のも あ る 。
( 1) 例えば、時枝誠記博 士など。 ( 2) 例えば、橋本進吉博 士など。
鶴 田常吉氏 ( 1)の いう 結 合 機 能 を 有 し な い。 名 詞 の格 は す べ て 次 に つく 助 詞 の 一種︱
格 助 詞 に よ って
日 本 語 の名 詞 は、 そ れ 自 身 ﹁格 ﹂ の ち が いを も たな い。 す な わ ち 、 そ れ 自 身 で は ど う いう 語 に か か る か と いう 機 能︱ 示 さ れ る。 名 詞 に属 す る 単 語 のう ち で 注意 す べ きも の に、 代 名 詞 と 形 式 名 詞 があ る 。
日 本 語 の 代名 詞 は 、 ふ つう の名 詞 に 対 し て 、 意 義 以 外 に は ほ と ん ど ち が いは な い故 、 通 説 では 特 別 の 一品 詞 と
し て 立 てず 、 名 詞 の 一種 と 見 て いる 。 す な わ ち 、 名 詞 と 同 じ よ う に そ の下 には 格 助 詞 が つき 、 そ の 上 に は 連 体 的
arm. e" r で 、Taorrmer は Ti oc rh の同 格 語 で あ る 。
な 語 句 が つく 。 フ ァウ スト の有 名 な モ ノ ロー グ の箇 所 を 、 森鴎 外 は 、 ﹁気 ノ毒 ナ バ カ ナ オ レダ ナ。﹂ と 訳 し た 。 原 文 は 、"Ich
代 名 詞 は 、 ふ つう 人 称 代 名 詞 と 指 示 代 名 詞 と に 分 け ら れ る。 ま た 、 不 定 代 名 詞 は 、 人 称 代 名 詞 ・指 示 代 名 詞 に ま た が って存 在 し 、 一類 を 形 成す る 。 関係 代 名 詞 は な い。
人 称代名 詞 は 、 第 一人 称 ・第 二 人 称 ・第 三 人 称 ・不定 称 に分 け ら れ 、 特 殊 な も の と し て自 称 と 他 称 が あ る 。 第
一人 称 (例 、 ワ タ ク シ ・ボ ク ・オ レ ⋮ ⋮ ︶、 第 二 人 称 ( 例 、 アナ タ ・キ ミ ・オ マ エ ⋮ ⋮ ) は お び た だ し い語 彙 を
有 し 、 そ れ が 話 し 手 や 相 手 の性 別 ・年 齢 ・身 分 な ど のち が いに 応 じ て いろ い ろ ち が った 形 が え ら ば れ る 。 し かも 、
そ の使 用 法 は 英 語 な ど に 比 し て 非 常 に低 く 、 こと に第 二人 称 代 名 詞 は避 け ら れ る こ と が 多 い。 例 え ば 、 東 京 のふ
つう の家 庭 では 、 子 供 は 親 に、 弟 妹 は 兄 姉 に 対 し た 場 合 、 第 二 人 称 の代 名 詞 を 用 いず 、 オ カ アサ ンと か オ ニイ サ
ンと か名 詞 を 用 いる 。 ま た 一般 に 多 少 遠 慮 の いる 目 上 の人 に 対 し て 用 いる 代 名 詞も 、 現 在 欠 け て いる 。
第 三 人 称 代 名 詞 は 、 本 来 のも の がな い。 明 治 以 来 、 翻 訳 語 のカ レ ・カ ノ 女 が 一般 的 にな った が、 た だ し 、 多 少
ハイ カ ラな 匂 い があ って 、 ﹁彼 ﹂ は 一人 前 の 人 格 を そ な え た 男 性 に 対 し て主 と し て 用 いら れ 、 ﹁彼 女 ﹂ は 、 一人 前
の人 格 を そ な え て いる ほ か に、 若 い女 性 的 魅 力 を も った 女 性 に 用 い ら れ る こと が 多 い。 ま た 、 尊 敬 意 識 を も って 言う場合 にも避けら れる。
な お 、 代 名 詞 は 一般 の名 詞 に 比 べ て単 数 ・複 数 の 区 別 が や や は っき り し て お り 、 ワタ ク シ ド モ ・オ レタ チ ・ボ
ク ラ ・ア ナ タ ガ タ ・キ ミタ チ ⋮ ⋮ のよ う な 語 が複 数 形 と し て 用 いら れ る 。 ま た 英 語 な ど に お け る 再 帰代 名 詞 に 相
当 す るも のと し て は、 自 称 の ジ ブ ン ・ジ シ ン (オ ノ レ) があ る が 、 使 用 度 は 少 な く 、 第 一人 称 と 混 同 さ れ る。 自
称 に対 す る 他 称 の代 名 詞 と いう べき も のに ヒト と いう 語 が あ って 、 ﹁ヒ ト ノ フ ンド シ デ 相 撲 ヲ 取 ル﹂ の よ う に 用 いら れ る 。
所
物
近
称
中
称
遠 レ
称
ド
不定 称 レ
ア
コ
ド ッチ
{
ド チ ラ
ド
レ
ア ッチ
{
ア チ ラ
ア ス コ
︷
ア ソ コ
ソ コ
ソ ッチ
{
ソ チ ラ
ソ
レ コ
コ ッチ
コ チ ラ
コ
コ
指 示代名 詞 は 、 副 詞 や 連 体 詞 のう ち の指 示 的 な 意 を も つも の と 関 係 を も ち 、 次 の よう な 体 系 を な す 。
事 場
方 向︷
こ の 近 称 ・中 称 ・遠 称 の 使 いわ け に つ い て は 、 話 し 手 か ら 近 いも の 、 中 位 の も の 、 遠 い も の と す る の が 通 説 で
あ った が 、 松 下 大 三 郎 博 士 ( 2)・佐 久 間 鼎 博 士 ( 3)等 が 、 話 し 手 に 近 い も の 、 相 手 に 近 い も の 、 両 方 か ら 遠 い も
の を さ す 、 と 見 ら れ た 。 こ の 方 が い い 。 話 の中 に 出 て 来 る も の に 対 し て は 、 相 手 が 直 前 に 言 及 し た も の は 中 称 で
さ し 、 自 分 が これ から 言 及 す るも のは 近 称 で さ し 、 自 分 が 今 言 及 し た ば か り のも の は 、 中 称 を 使 う 場 合 と 、 近 称
( 1) ﹃ 日本 文法 原 論 ﹄ ( 前 篇 ) 九 六 ペー ジ。 ( 2) ﹃ 改 撰 標準 日本 文 法﹄ の 二三 三 ペー ジ以 下 。 ( 3) ﹃ 現代 日本 語 の表 現と 語 法 ﹄ の ﹁ 近 称 ・中 称 ・遠 称 の別﹂ の章。
を 用 い る 場 合 と が あ る 。 遠 称 は 、 自 分 も 相 手 も 知 って い る も の を 、 相 手 に 思 い起 こ さ せ よ う と い う 時 に 使 う 。
な お 、 方 向 を 表 わ す 代 名 詞 は 、 二 者 の う ち の 一方 を さ す こ と も あ り 、 コ チ ラ ・ ソ チ ラ ⋮ ⋮ の 系 列 は 場 所 を 表 わ す 代 名 詞 の代 り に用 いる こと も あ る 。 例 、 ド コ ニオ 住 イ デ ス カ 。/ド チ ラ ニオ 住 イ デ ス カ 。 コ チ ラ ・ソ チ ラ ⋮ ⋮ の 系 列 は 丁 寧 体 に 用 い ら れ る 。
不 定 代 名 詞 は 、 人 称 代 名 詞 ・指 示 代 名 詞 を 通 じ て 存 在 し 、 次 の よ う な 用 法 を も ち 、 用 途 が 広 い 。 (イ) 問 い 掛 け に 用 い る 。 例 、 誰 ダ !
﹁ス べ テ ﹂ の意 を 表 わ す 。 例 、 ド コ ヘ モ 行 カ ナ イ 。
) ( ロカ を つ け 、 疑 問 を 放 任 し て 不 定 な ま ま に し て お く 意 を 表 わ す 。 例 、 誰 力 来 タ 。 ) ( ハモ を つ け て
(ニ代 ) 用 的 用 法 。 例 、 キ ョ ウ ハド コ ヘ行 ッ テ 何 ヲ 買 ツ タ ト チ ャ ント 日 記 ニ ツ ケ テ オ ク 。
事 物 を 表 わ す 語 の う ち 、 ナ ニ は 本 や 机 の よ う な 一般 名 詞 を 受 け る 故 、 松 下 大 三 郎 博 士 ( 1)は 不 定 代 名 詞 と 呼 ば
ず 不 定 名 詞 と 呼 ば れ る 。 ド レ は 、 コ レ や ア レ に 対 す る が 、 ダ レ ・ド コな ど は 両 方 の 用 法 を か ね る 。
数 詞 は 、 日本 語 では 名 詞 的 な 性 質 も あ る が、 む し ろ副 詞 的 であ る 故 、 副 詞 の条 で述 べる 。 序 数 詞 は 、 こ れ に 対
(量 数 詞 ) と ツ イ タ チ
( 序 数 詞) と
し て 明 瞭 な 名 詞 で あ っ て 、 第 一 ・第 二 ⋮ ⋮ 、 一番 ・二 番 ⋮ ⋮ 、 の よ う な 形 の も の が あ る 。 序 数 詞 と し て は 、 し ば し ば 、 量 数 詞 と 同 一の 語 形 が 用 い ら れ る 。 例 え ば 、 日 の 数 え 方 で 、 イ チ ニ チ
は 言 い 分 け ら れ て い る が 、 フ ツ カ ・ミ ッカ 以 下 は 、 いず れ も 量 数 詞 と 序 数 詞 と を 兼 ね て い る 。
ヲ 考 エ ル ガ イ イ 。/ ソ ン ナ コ 卜
形 式 名 詞 は 、 何 か 上 に 補 足 語 を 伴 わ な け れ ば 用 いら れ な い 名 詞 で 、 そ の 意 味 は 一般 に き わ め て 抽 象 的 で あ る 。
ヲ言 ウ ワ ケ ガ ナ イ 。
一人 グ ラ イ ハ成 功 ス ル 者 モ ア ロ ウ 。/思 ッ タ マ マ ヲ 書 ク 。/少 シハ 子 供 ノタメ
次 の傍 線 の 語 は いず れ も 形 式 名 詞 で あ る 。
形 式 名 詞 の中 に は 、 常 に 一定 の文 脈 の中 に 用 いら れ 、 前 後 の語 句 と と も に 、 一つの 助 動 詞 ま た は 助 詞 の よ う に
ウ ホ ド ヒ ッパ タイ タ 。/落 スナ ト イ ウ ソ バ カ ラ モウ 落 シ テ イ ル。/ア ノ 男 ハ知 ラ ナ イ ハズ ダ 。
今 ツイ ダ ト コ ロダ。/遠 慮 シナ イ 方 ガ イ イ ヨ。/ヨ ク イ ッシ ョ ニ魚 ナ ド 釣 ッタ モ ノ ダ 。/私 ノ コト ヲイ ヤ ト イ
用 いら れ る も のも あ る 。
そ の動 作 を 行 う 、そ の状 態 にあ る、の意︱
な お 、 日本 語 の名 詞 に は 、 意 味 上 、 固 有 名 詞 ・抽 象 名 詞 ・物 質 名 詞 にあ た る も のが あ る に は あ る が、 一般 名 詞
詞
に 対 し て文 法 上 異 る点 は な い。
五 動
日 本 語 の動 詞 は、 原 則 と し て 動 作 ・作 用 な ど の意 味 と 、叙 述性︱
と を 一語 の 中 に 具 え た 語 で あ る 。( 2) 名 詞 と ち が い 語 形 変 化 を 行 い 、 語 尾 の 母 音 が 変 った り 、 ま た 新 た な 音 節 が
加 わ った り す る 。 名 詞 を 修 飾 す る 形 に つ い て いう と 、 す べ て 二 音 節 以 上 で あ りu,eru,iま ru た はureに 終 る 語 形
( 例 、 デ キ ル ・白 ス ギ ル )、 存 在
(例 、 ア ル ) な ど
( 例 、 行 ク ・書 ク )、 心 理 作 用
を も つ。 ア ク セ ン ト は 、 原 則 と し て 平 板 型 か 、 最 後 か ら 二 音 節 目 の あ と に 滝 を も つ 型 か で あ る 。
( 例 、 降 ル ・死 ヌ )、 状 態 や 属 性
動 詞 の 意 義 は 、 上 に 述 べ た よ う にX+ 叙 述 性 で あ る が 、 こ のX の 中 に は 、 行 動 (例 、 思 ウ ・喜 ブ )、 自 然 現 象
が 含 ま れ る 。 こ の う ち 状 態 を 表 わ す も の は 、 日 本 語 に は 比 較 的 少 数 で 、 英 語 の have に あ た る モ ツ、livに eあ た
る住 ムは 、 日本 語 で は単 に 状 態 の発 端 を 表 わす 語 であ る 。 す な わ ち ∼ テイ ル の形 で 、 初 め てあ る 状 態 に あ る こ と
を 表 わ す 。 日本 語 の動 詞 の中 に は 、 こ のよ う な 、 ∼ テ イ ル の形 で 初 め てあ る 状 態 に あ る こと 、 あ る いは あ る 属 性
( 1) ﹃ 改撰 標準 日本 文法 ﹄ の二 三 八 ペー ジ以 下。 (2) 橋本 進 吉 博 士 の ﹃ 国 語 法 研究 ﹄ の六 六 ペー ジ に見 え るお 考 え に従 う 。
を も って いる こと を 表 わ す 動 詞 が 多 い。聳 エ ル ・スグ レ ルな ど 、 そ の代 表 的 例 で あ る。
日 本 語 の動 詞 に は、 他 の言 語 に お いて 見 ら れ る よ う に、 他 動 詞 と 自 動詞 と があ る が、 佐 久 間 鼎 博 士 ・三 上 章 氏
は 、 第 三 の も のと し て 所動 詞 と いう も のを 立 て ら れ た。( 1)書 ク ・読 ム ・見 ル ・聞 ク ⋮ ⋮ は 他 動 詞 、 行 ク ・来
ル ・起 キ ル ・寝 ル ⋮ ⋮ は 自 動 詞 、 見 エ ル ・聞 コ エ ル ・要 ル ・似 合 ウ ⋮ ⋮ は 所 動 詞 であ る 。
所 動 詞 は 、 非 情 物 を 主 語 と し 、 自 動 詞 ・他 動 詞 は 有 情 物 を 主 語 と す る のを 原 則 と し 、 他 動 詞 は 、 特 に他 に 直 接
の影 響 を 与 え る 動 作 ・作 用を 表 わ す 動 詞 であ る。 こ の三 者 は 、 書 カ レ ル ・行 カ レ ル の よ う な 受 動 態 の作 り方 に お い て次 の よ う に対 立 す る 。 他動 詞⋮⋮動作を 直接受 ける意を表 わす。 自 動 詞 ⋮ ⋮ 他 の動 作 によ って 迷 惑 を こ う む る意 を 表 わ す 。 所動 詞⋮⋮受動態 を作 らぬ。 ま た 、 所 動 詞 に は使 役 態 も な く 、 命 令 形 や 志 向 形 も な い。
日本 語 で は 、 以 上 述 べ た よ う に、 非 情 物 を 主 語 と す る 文 に は 、 所 動 詞を 用 いる の が 本 体 で、 ﹁雲 ガ 月 ヲ隠 ス﹂
﹁月 ガ 地 上 ヲ照 ラ ス﹂ な ど と いう のは 有 情 物 に擬 し た 表 現 と 見 ら れ る。 ま た 、 ﹁波 ガ 寄 セ ル (=寄 ル)﹂ ﹁波 ガ 返 ス
(=返 ル)﹂ のよ う に 、 主 語 が 非 情 物 の場 合 に は 、 他 動 詞を 用 いて、 自 動 詞 的 表 現 を す る こと が あ る こと も 注 意 さ れ る。
一般 に 所 動 詞 を 多 く 用 いる こと は 日 本 語 の特 色 で、 ﹁豆 ガ 煮 エ ル﹂ ﹁家 ガ 焼 ケ ル﹂ な ど 、 いか に も 日本 的 表 現 で
あ る。 ﹁私 ハ三 人 ノ 子 供 ヲ モ ツ﹂ は 近 代 的 ・西 欧 的 な 表 現 で 、 ﹁私 ニ ハ子 供 ガ 三 人 ア ル﹂ が 日本 語 ら し い響 を も つ。
日本 語 の動 詞 の中 の変 った も の と し て 、 松 下 大 三 郎 博 士 ( 2︶に よ って、 無 活 用 の動 詞 と 呼 ば れ るも の が あ る。
﹁六 時ニ 起 床 、 七 時ニ 出 発 ﹂ な ど に お け る ﹁起 床 ﹂ ﹁出 発 ﹂ がそ れ で あ る 。 こ れ ら は 、 元 来 、 ﹁起 床 ﹂ と か ﹁出 発 ﹂
と か いう 名 詞 で 、 助 動 詞 ﹁ス ル﹂ を つけ て 一般 の動 詞 と 同 じ よ う に 用 いら れ る も の であ る。 ハ ッキ リ ス ル ・ビ ッ
クリ
ス ル ・坊 チ ャ ン 坊 チ ャ ン ス ル に お け る 傍 線 の 部 分 も こ れ に 準 ず る 。 橋 本 進 吉 博 士 は 、 こ れ ら の 語 に 対 し 、
( 運 動 ・勉 強 ) と 叙 述 性 を 表 わ す 部 分
乃至 は、他 の実質的
(ス ル ) と の間 に 分 節 が あ る 動 詞 と いう こ と に な る 。
﹁運 動 ス ル ﹂ ﹁勉 強 ス ル ﹂ 全 体 を 一 つ の 動 詞 と 見 ら れ た が 、 そ う す る と 、 こ れ ら の 動 詞 は 、 動 作・ 作 用 を 表 わ す 部 分
ま た 、 日 本 語 の動 詞 の 中 に は 、 他 の 、 実 質 的 な 意 義 を も つ 補 足 語 を 伴 っ て 用 い ら れ る︱
ノ デ ・書 イ テミル
・書 カ ナ イ デオク
・行 ッ テ ヤ ル ・行 ッ テ シ マ ウ な ど が こ れ で あ
な 意 義 を も つ動 詞 に そ え て 用 い ら れ る 動 詞 、 い わ ゆ る 補 助 動 詞 が あ る 。 咲 イ テ イ ル ・掛 ケ テ ア ル・ 静 カ デ ア ル・ 行 キ ハスル ガ ・値 モ 高 イ シスル
る 。 こ れ ら は 、 一般 に 意 味 が 稀 薄 で 、 特 に 、 ミ ル ・オ ク ・ヤ ル ・シ マ ウ な ど は そ え て も そ え な い で も 意 味 は あ ま
り 変 ら な い 。 が 、B.H.Chamberl のa指 i摘 nし た ( 3)よ う に 、 日 本 人 は 、 こ う いう 語 を 添 え て 、 そ の 文 を 角 ば ら せ な いよ う に 言 い 回 す こ と が 好 き で あ る 。
さ て 、 日 本 語 の 動 詞 は 語 形 変 化 を お こ な う が 、 そ の 場 合 三 つ の 類 型 に 分 か れ 、 書 ク ・起 キ ル ・ ス ル は 、 日 本 語
( 五 段 活 用 の動 詞 と 呼 ば れ る ) の変 化 を す る 語 彙 は 最 も
(∼iru ま た は ∼eru の 形 の動 詞 が こ の 変 化 を す る 。 前 者 を 上 一段 活 用 動 詞 、 後
動 詞 の変 化 の三 種 類 の様 式 を そ れ ぞ れ 代 表 す る 。 書 ク式 多 く 、 起 キ ル式 の変 化 を す る 語 彙
(ス ル は サ 行 変 格 活 用 の 動 詞 、 来 ル は 力 行 変 格 活 用 の 動 詞 と 呼 ば れ る )。 ま た 、 愛 ス ル・ 略 ス ル
者 を 下 一段 活 用 動 詞 と 呼 ぶ ) が こ れ に 次 ぐ 。 ス ル式 の 動 詞 は 、 基 本 的 な も の は 、 ス ル 一語 で あ る が 来 ル が こ れ に 似た 活用をす る
の よ う な 複 合 動 詞 は 、 書 ク 式 と ス ル 式 の 中 間 の よ う な 変 化 を な し 、 信 ズ ル ・応 ズ ル の よ う な 複 合 動 詞 は 、 起 キ ル 式 と ス ル式 の 中 間 のよ う な 変 化 を す る 。
お られ る が 、佐 久 間 博 士 は ﹃ 現 代 日本 語 の表 現 と 語法 ﹄ ( 改 訂版 ) 二〇 九 ペー ジ 以 下 に こ の見 方 を 取 り 入れ ら れ 、 全 部 の動 詞 を こ
( 1) 所 動 詞 は三 上 章 氏 の創 説 で ﹃現代 語 法序 説﹄ の 一〇四 ペー ジ 以 下 に所 説 が 見え る。 氏 は そ こ で所 動 詞 を 自 動 詞 の 一種 と し て
Handbook
of
colloquial
J .apanese.
こ に 見 ら れ る よ う に、 所動 詞 ・自 動 詞 ・他 動 詞 に 三 分 さ れ た。 (2) ﹃改 撰 標 準 日本 文 法 ﹄ の 一九 九 ペ ー ジ 以 下。 宮 田 幸 一氏 は ﹃日本 語 文 法 の輪郭 ﹄ で ﹁ 動 詞基 ﹂ と 呼 ん で、 考察 を 進 め て おら れ る 。 ( 3) A
さ て、 動 詞 の変 化 形 に は、 次 の よう な も の が あ る 。
( 起き る)
(す る )
siio
yoo
seyo
{
︹A ︺ 形 の 固 定 し て い る も の 。 こ れ は 動 詞 自 身 の 変 化 形 と 見 ら れ る 。 二 種 類 に 別 れ る 。 (イ ) 文 の 切 れ 目 に 用 い ら れ る も の ( 書 く)
oki yo
一 終 止 形 kaku okiru suru
二 命令形 ka ke ︷ 三 志 向 形 kakoo okiyoo si
四 制 止 形 kakuna okiruna suruna
a
五 拒 否 形 kakumai okimai simai 六 感 歎 形 kakaa okiraa sura
七 連 体 形 kaku okiru suru
(ロ文 の途 中 に 用 いら れ る も の )
八 連 用 形 kaki oki si 九 接 続 形 kaite okite site 十 条 件 形 kakeba okireba sureba 十 一 同 時 形 kakinagara okinagara sinagara 十 二 進 行 形 kakicucu okicucu sicucu 十 三 例 示 形 kaitari okitari sitari
o
十 四 反 覆 形 kakikaki okioki siisii
okisaseru
sareru
saseru
︹B ︺ 形 が 再 変 化 す る も の。 こ れ は 宮 田 幸 一氏 (1)の 述 語 を 借 り れ ば 派 生 動 詞 ・派 生 形 容 詞 ⋮ ⋮ と な る。 派 生 形と か り に 呼 ぶ 。
kakaseru (okisa) s u
{
(イ) 全 体 が 一つ の動 詞 の よう な 性 格 を も つも の
(kaka) s u
一 使役 態 { 二 受 動 態 kakareru okirareru
三 可 能 態 kakeru okirareru [dek]iru ( ) ロ全 体 が 一つの形 容 詞 のよ う な 性 格 を も つも の 四 否 定 態 kakanai okinai sinai 五 希 望 態 kakirai okitai sitai ( ) ハ全 体 が ∼ナ 型 形 容 詞+ 指 定 の助 動 詞 ダ のよ う な 性 格 を も つもの 六 完 了 態 kaita okita sita (ニ全 )体 が ∼ナ 型 形 容 詞 の語 幹 の よう な 性 格 を も つも の 七 推 想 態 kakisoo okisoo sisoo 八 敬 譲 態 okaki ooki (osi) ︹C︺ 異 な る文 体 に属 す る も の。 一 丁 寧 体 kakimasu okimasu simasu
(1)﹃日本語文法 の輪郭﹄ の六八 ページ以下。
二 文 語 体 kaku
oku
su
三 候 文 体 kakisooroo 今 、 こ れ ら の 用 法 を 掲 げ る と︱ ︹A ︺ 変 化 形 一 終 止形 a話 し 手 の 断 定 を 表 わ す 。
okisooroo
例 、 彼 ハ毎 日 新 聞 ヲ 読 ム 。/ボ ク モ 行 ク 。
sisooroo
こ の 形 に は 、 接 続 助 詞 ガ ・ケ レ ド モ ・シ ・カ ラ が つ く 。 b 動 詞 の 変 化 形 の 代 表 と し て 用 い ら れ る 。 例 、 毎 朝 五 時ニ 起 キ ル ト イ ウ ヨ ウ ナ コト ハ⋮ ⋮ 。 読 ム 、 書 ク 、 話 ス 、 聞 ク 、 コ ノ 四 ツ ノ モ ノ ハ⋮ ⋮ 。
こ の b の 用 法 は 、 英 語 な ら ば 、infiniの t形 iv をe と る と こ ろ で あ る 。 あ る い は 、 七 の 連 体 形 の 一用 法 と す べ
き か も し れ な い 。 い な 、 終 止 形 と 連 体 形 と は 、 三 尾 砂 氏(1)の よ う に 同 一 の基 本 形 と し て 、 そ れ が 、 文 の
途 中 に も 最 後 に も 用 い ら れ る と す る の が 、 最 も 適 当 か と も 見 ら れ る が 、 こ こ は 一応 従 来 の 取 扱 い 法 に 従 っ た。 二 命 令 形 相 手 に 対 す る 命 令 を 表 わ す 。 例 、 字 ヲ 書 ケ 。/早 ク 起 キ ロ。 三 志 向 形 ∼ ウ 、 ∼ ヨ ウ a話 者 の そ の 行 動 に 対 す る 意 志 を 表 わ す 。 例 、 本 ヲ 読 モ ウ 。/ ソ ロ ソ ロ寝 ヨ ウ 。
b 話 者 の 推 量 の 気 持 を 表 わ す 。
こ の 形 は 、Iwill⋮の 意 の 意 図 の 表 明 に も 、let ⋮uの s 意 の 誘 い か け に も 用 いら れ る 。
そ の他 、 志 向 形 は ⋮ ⋮ ト ス ル の 形 で、 そ れ が 起 こ る 寸前 の事 態 に な る こ と を 表 わ す 。
例 、 サ ゾ誤 リ モ ア ロウ 。
例 、 時 計 ガ 十 時 ヲ 打 ト ウ ト シ テ イ ル。 四 制 止 形 ∼ ナ 相 手 に 対 す る 制 止 を 表 わ す 。 例 、 イ タ ズ ラ ヲ ス ルナ 。 五 拒 否 形 ∼ マイ a話 者 の 否 定 的 な 意 志 を 表 わ す 。
(=ナ イ ダ ロウ )。
例 、 ア ン ナ 所 ヘ ハ 二 度 ト 行 ク マイ 。 b 話 者 の 否 定 的 な 推 量 を 表 わ す 。
∼ (ア )ア
例 、 コ ンナ 機 会 ハ 又 ト ア ル マイ 六 感 歎 形
話 者 の 感 動 の 気 持 を 表 わ す 。 会 話 に は よ く 用 い ら れ る が 、 文 章 に は ほ と ん ど 用 い ら れ な い。 例 、 ボ ク ダッ テ ソ ノ ク ラ イ 出 来 ラ ア 。 七 連 体形 a名 詞 を 修 飾 す る 。 例 、 書 ク 人 。/読 ム 本 。
( 1) ﹃ 話 言葉 の文 法﹄ の 八 一ペー ジを 見 よ。
b 名 詞 に つけ る 助 詞 を つけ 、 名 詞 のよ う に 用 いる 。 例 、 早 ク 行 ク ガ イ イ 。/上 手ニ 書 ク ニ ハド ウ シ タ ライ イ カ 。 こ れ は も っと 普 通 に は 助 詞 ノを 伴 って 用 いら れ る 。 例 、 ヒ ト リ デ 行 ク ノ ハイ ヤ ダ。/ボ ク ガ ス ル ノ ヲ見 テイ タ マ エ。
語 は 別 々 の形 を も って いた 。
連 体 形 は 、 現 在 の 口語 で は 、 終 止 形 と 同 じ に な ってし ま った が、 古 く は 、 起 キ ル式 ・ア ル式 の活 用 を す る
八 連 用 形 a 文 を 中 止す る の に 用 いる ( 中 止 法 と 呼 ぶ )。 例 、 兄 ハ字 ヲ書 キ 、 弟 ハ絵 ヲ書 ク。
こ の場 合 、 連 用 形 の部 分 に は 、 断 定 の意 が こめ ら れ て いな い こと に 注意 。 連 用 形 の部 分 に 対 し て は、 話 者
の態 度 は無 色 であ る故 、 文 の 終 り が命 令 形 にな れ ば 全 体 が命 令 の意 にな り 、 文 の終 り が推 量 形 な ら ば 全 体
が 推 量 の意 と な る 。 中 止 法 は 、 現 代 の会 話 では 、 次 第 に用 いら れ な く な り つ つあ る 。 b 補 助 動 詞 ス ル の補 足 語 と し て 用 いる 。 例 、 ロク ニ読 ミ モ シ ナ イ 。/ 一言 ウ ント言イ サ エ ス レ バ ⋮ ⋮ 。
目的 を 表 わ す ﹁∼ニ 行 ク ( 来 ル、 ⋮ ⋮ )﹂ と いう 言 い方 の ∼部 分 にも こ の形 が 用 いら れ る。 九 接続 形 ∼ テ a 叙 述 を 動 詞 で中 止 す る の に 用 いる 。 例 、 顔 ヲ洗ッ テ 歯 ヲ磨 ク 。
のと こ ろ と〓
のと ころ を 取 り 換 え る と 悪 文 に な る 。
上 の中 止 法 の場 合 と よ く 似 て いる が、 中 止 法 よ り も 次 の句 への続 き 方 が 緊 密 で あ る 。 即 ち 次 のよ う な 例 に お い て、︱
例 、 山 ヘ登 ッテ タ キ ギ ヲ折 リ、 川 ヘ降 ッテ水 ヲ汲 ム 。 b aの場 合 と 似 て いる が 、 次 の句 に 従 属 す る 語 句 を 作 る 。 例 、 親 ニ ム カ ッテ口 答 エヲ ス ル。/去 年ニ 比 べ テ少 シ涼 シイ 。
押
ス
押 シ テ
立
ツ
立 ツテ
漕
グ
漕 イ デ
死
ヌ 死 ン デ
買
ウ 買 ッテ
読
ム
読 ン デ
ブ
飛 ンデ
飛
ル
取 ッテ
取
c イ ル ・シ マウ ・ア ル ・オ ク な ど 、 多 く の補 助 動 詞 の 補 足 語 を 作 る 。 こ れ ら の補 助 動 詞 は 、 し ば し ば ∼ テ と いう 形 と 融 合 し て 一文 節 と な る 。 例 、 咲 イ テイ ル← 咲 イ テ ル。 散ッ テ シ マウ ← 散 ッチ マウ ←散 ッチ ャウ 。
ク
書 ク 式 の動 詞 の接 続 形 と 、 終 止 形 そ の 他 と の間 は 、 や や 不 規 則 な 関 係 に あ り、 書 書 イ テ のよ う に な る。 十 条 件 形 ∼ バ
a そ の動 作 ・作 用 が 次 に述 べ る 事 実 の成 立 のた め の条 件 であ る こと を 表 わ す 。 例 、 電 車ニ 乗 レ バ五 分 デ 行 ケ ル。/ア シ タ 雨 ガ 降 レ バ ヤ メ マ ス。
す で に 完 了し た 事 実 に つ い て言 う こ と も 以 前 は 盛 ん であ った が、 近 ご ろ はす た れ た 。
例 、 ワ ザ ワザ 行 ケ バ 留 守 ダ ツタ 。 (現 在 で は ﹁ワザ ワ ザ 行 ッタ ラ﹂ の方 が ふ つう な 言 い方 。) b 二 つ の動 作 ・作 用 が と も に 行 わ れ る こと を 表 わ す 。 例 、 歌 モ歌 エ バ、 踊 リ モ踊 ル。 十 一 同時 形 ∼ ナ ガ ラ そ の動 作 ・作 用 が次 に 述 べる こ と と 同 時 に 行 わ れ る こ と を 表 わ す 。 例 、 本 ヲ読 ミ ナ ガ ラ歩 ク 。/寝 ナ ガ ラ 本 ヲ読 ム 。
十 二 進 行形 ∼ ツ ツ
同 時 形 と 同 じ 用法 を も ち 、 ほ か に、 補 助 動 詞 ア ルと 共 に 用 いて 、 そ の動 作 ・作 用 が 進 行 中 であ る こ と を 表 わす。 例 、 今 ヤョ ウ ヤ ク 反 撃 ヲ受 ケ ツ ツア ル。 十 三 例 示形 ∼ タ リ
補 助 動 詞 ス ルと 共 に 用 い て、 そ の動 作 ・作 用 が似 た 動 作 ・作 用 の 一例 で あ る こ と を 表 わ す 。 例 、 ア ゲ ク ノ ハテ ハ喧 嘩 ニナ ッタ リ ス ル。 ち が う 意 味 を 表 わ す 動 詞 を 二 つ重 ね る 場 合 も あ る。 例 、 空 ッ茶 ヲ飲 ミ 飲 ミ 見 タ リ 見 ラ レ タ リ ( 川柳︱見合 の場面) 十 四 反覆 形 ∼ ∼
そ の動 作 ・作 用 が何 回 か く り 返 し 行 わ れ る こと を 表 わ す 。 た だ し 動 詞 に よ り 用 いら れ な いも のも あ り 、 原 則 と し て、 他 の動 作 ・作 用 に 対 し て副 次 的 に 行 わ れ る 時 に 用 いら れ る。
例 、 鉛 筆 ヲ ナ メナ メ 書 イ テイ ル (=ナ メ テ ハ書 キ ナ メ テ ハ書 キ シ テイ ル)。 ク ド イ ヤ ツ、 ア タ リ 見 イ 見 イ ソ バ ヘ寄 リ ( 川柳) ︹B ︺ 派生 形 一 使役 態 ∼ (サ )セ ル
主 格 に 立 つも のが 、 そ の力 で他 のも の に動 作 ・作 用 を 行 わ せ る意 味 を 表 わす 。 例 、 子 供ニ 字 ヲ書 カ セ ル。
対 格 の意 志 を 尊 重 し 、 そ れ が 希 望 す る 動 作 を す る こ とを 許 す 場 合 に も 用 いら れ る 。 例 、本 日 ハコ レ デ休 マセ テ イ タ ダ キ マス。
ま た 、 使 役 態 は 、 そ れ が 相 当 す る 他 動 詞 に 置 き 換 え ら れ る こ と が あ る。 例 、 チ フ ス デ愛 児 ヲ死 ナ セ タ (‖チ フ ス デ愛 児 ヲ 殺 シ タ)。 二 受 動態 ∼ (ラ)レ ル a 主 格 が他 の動 作 ・作 用 を 直 接 に あ る いは 間 接 に受 け る こと を 表 わ す 。 例 、 不 良 ニナ グ ラ レ ル。/先 生 に ホ メ ラ レタ 。 (以 上 直 接 の例 ) 時 計 ヲ盗 マ レ ル。/妹ニ 先ニ 嫁ニ 行 カ レ タ。 ( 以 上 間 接 の例 )
間 接 受 動 は いず れ も 不 利︱ 迷 惑 を こ う む る 場 合 に の み 用 いら れ る。 こ の 条 に つ い て は 、 所 動 詞 の条(一 六
八 ペー ジ)を 見 よ 。 な お、 日本 語 で は 、 非 情 物 を 主 格 と す る 文 にお い て は 受 動 態 を 作 ら ぬ の が古 く か ら の
こ と に後
習 慣 で あ った が 、 現 在 で は 、 そ の動 作 を お こな った も のが 誰 であ る か は っき り し な い場 合 、 重 要 でな い場 合 に は 、 受 動 態 の表 現 が普 通 にな った 。
例 、 場 内 ニ ハ白 イ 砂 ガ 敷 キ ツメ ラ レ、 紅 白 ノ 幕 ガ ハリ メグ ラ サ レ テイ タ。 (敷 き つめ た 人 、 は り め ぐ ら し た 人 が誰 で あ る か は 重 要 でな い。) b 可能 であ る こ と を 表 わ す 。 例 、 ア シ タ 五 時ニ 起 キ ラ レ ルカ 。
書 ク 式 の 変 化 を す る動 詞 の書 カ レ ルと いう 形 、 ス ル式 の変 化 を す る 動 詞 の セ ラ レ ルと いう 形︱
者 は 、 漸 次 用 いら れ な く な り つ つあ り 、 次 項 の 可能 態 の形 が 多 く 用 いら れ て いる 。 c 自 然 に そ のよ う な 事 態 が 実 現 す る 意 味 を 表 わ す 。 例 、 昔 ノ コト ガ 偲 バ レ ル。 d そ の動 作 が 尊 敬 す べき 動 作 で あ る こと を 表 わ す 。 例 、 ア ノ 方 ハ上 手ニ 本 ヲ 読 マレ ル。
アナ タ ハ七 時ニ 起 キ ラ レ レ バケ ッ コウ デ ス。 三 可能 態 ∼ (エ)ル そ の動 作 ・作 用 が 可 能 で あ る こと を 表 わ す 。 例 、 仮 名 ガ ツイ テイ レ バ、 ボ ク デ モ読 メ ル。
起 キ ル式 の動 詞 に も 起 キ レ ルと いう 形 の可 能 態 が生 ま れ 、 漸 次 広 く 行 わ れ つ つあ る。 動 詞 ス ルは 、 可 能 態 を も た ず 、 デ キ ルと いう 動 詞 がそ の代 り を つと め て いる 。 四 否定 態 ∼ ナ イ 動 作 ・作 用 が 打 消 さ れ る べき 事 態 であ る こ とを 表 わ す 。 例 、 ナ マケ テイ テ原 稿 ヲ書 カ ナ イ 。/イ ク ラ呼 ンデ モ起 キ ナ イ 。
否 定 態 の語 形 変 化 は 、 形容 詞 に似 て いる が、 中 止 形 に ﹁∼ ズ ﹂ と いう 形 、 接 続 形 に ﹁∼ ナ イ デ﹂ と いう 形
を 用 いる 。 日本 語 で動 詞 の打 消 の意 味 は 、 す べ て こ の ﹁∼ ナ イ ﹂ の形 で表 わ さ れ 、 そ れ だ け で打 消 し の意
を 表 わす 副 詞 や連 体 詞 は存 在 し な い。 ま た 、 ﹁∼ナ イ カ ﹂ の 形 で、 誘 引 の気 持 を 表 わ す こ と が あ る。 例 、 散 歩 ニデ モ行 カ ナ イ カ 。 五 希 望態 ∼ タ イ
語 形 変 化 は 一般 の形 容 詞 に 同 じ 。 そ の動 作 ・作 用 が 希 望 さ れ る こ と を 表 わ す 。 例 、 一度 パ リ ヘ行 キ タイ 。
希 望 の 対 象 を 表 わ す 語 は 主 格 の位 置 に 立 つ の が 日本 語 本 来 の言 い方 で あ る が 、 近 ご ろ は 対 格 の位 置 に 立 つ 言 い方 も 多 く な った 。 例 、 リ ンゴ ガ食 ベタ イ (=リ ン ゴ ヲ食 ベ タイ )。 六 完 了態 ー タ ( ダ)
次 に述 べ ら れ る事 柄 あ る いは 話 し て いる 時 よ り 以前 であ る こ と を 表 わ す 。
例、 去年ナ クシタ時計ガ出 テ来タ。 ( 出 て来 た よ りも な く し た方 が 以 前 で あ る こ と を 表 わ す 。)
ア シタ 試 合 に 勝 ッタ 組 ハ決 勝ニ 出 ル。( 決 勝 に 出 る よ り も 試 合 に 勝 つ方 が 以 前 であ る こと を 表 わ す 。)
オ 金 ガ ア ッタ ラ 君ニ 融 通 シ ョウ モ ノ ヲ。 ( 融 通 す る よ り も 、 お 金 が あ る 事 態 の方 が 以 前 で あ る こと を 表 わ す 。)
ア ッ! 月 ガ 出 タ ! (月 の出 が発 言 よ り 以 前 で あ る こ と を 表 わ す 。)
去 年 京 都 カ ラ帰 ッテ 来 タ 。 ( 帰 京 が 発 言 よ り 以前 であ る こ と を 表 わす 。)
コ コ ニ ハ、 昔 本 陣 ガ ア ッタ。 ( 話 し て い る時 よ り も 本 陣 の存 在 が 以前 であ る こと を 表 わ す 。)
﹁∼ タ ﹂ の形 の語 形 変 化 は 、 後 に述 べる 助 動 詞 ﹁ダ ﹂ の そ れ に似 て いる 。 が 、 変 化 形 は 少 な い。 す な わ ち 、
終 止 形 ・連 体 形 は 、 ∼ta,条 件 形 は 、 ∼tara 志,向 形 は ∼tarで oあ o る。 接 続 形 は も た ぬ 。 七 推想態 ∼ ソ ウ
以 後 に お いて そ の動 作 ・作 用 が実 現 す る 可 能 性 が 強 い事 態 にあ る こ と を 表 わ す 。 例 、 ソ ロソ ロ来 ソウ ナ モノ ダ 。/雨 ガ降 リ ソ ウ ダ 。 八 敬譲 態 オ ∼ 元 来 、 尊 敬 す べき 人 の動 作 ・作 用を 表 わ す 。 例、何 ヲオ読ミ デスカ。 コ コ ヘオ 坐 リ ニナ ッタ ライ カ ガ デ ス カ 。
そ の他 、 助 動 詞 ナ サ ル ・遊 バ ス ・ク ダ サ ル と 共 に 用 いら れ る。 動 詞 のう ち に は 、 上 のよ う に 変 化 し て 出 来
た 敬 譲 態 が活 発 に 用 い ら れ ぬ も のも あ り、 例 え ば 、 ス ルは オ ヤ リ 、 見 ルは 御 覧 (ゴ ラ ン)、 イ ル ・来 ル ・
行 ク は オ イ デ 、 知 ル は 御 存 ジと いう 形 を ふ つう 敬 譲 態 と し て 用 い て いる。 ま た 、 次 に つく 助動 詞 によ って
は 尊 敬 で は な く 謙 譲 の意 味 を 表 わ す 場 合 が あ る。 例 、 私 ガ オ 切 リ シ マシ ョウ。 助 動 詞 イ タ ス、 申 シ 上 ゲ ル が つ いた 形も 同 様 であ る 。 ︹C ︺ 異 る 文 体 に属 す る も の
丁寧 体 は 、 一五 八 ペー ジ以 下 で 述 べ た よ う に、 目上 の人 ・遠 慮 の お か れ る 人 に 対 し て 用 いる 文 体 で 、 次 の
よう な 語 形 変 化 を 行 う 。 これ ら は す べ て同 じ 程 度 の 丁 寧 さ を 意 味 す る と は 限 ら ず 、* じ る し は 普 通 の丁 寧 体
( 起 き る )
( す る)
の会 話 や 文 章 に は 現 わ れ ず 、 デ ゴ ザ イ マ ス調 の会 話 や 文 章 に の み 現 わ れ る 。 ( 書 く )
終 止 形 kakimasu okimasu simasu 命 令 形 (okaki) na( so ao iki) n asa (i osin )asai 志 向 形 kakimasyoo okimasyoo simasyoo
(推 量 形 kakudesyoo okirudesyoo) surudesyoo *連 体 形 kakimasu okimasu simasu *接 続 形 kakimasite okimasite simasite
*条 件 形 kakimasureba okimasura eba simasureb 否 定 態 kakimasen okimasen simasen 完 了 態 kakimasita okimasita simasita 文 語 体 ・候 文 体 に つ いて は 、 省 略 す る 。
次 に、 日本 語 の補 助動 詞 に は 、 主 な も のと し て 次 のよ う な も の があ る 。
一 イ ル 動 詞 の接 続 形 に つく 。 何 ら か の状 態 に あ る、 ま た は 何 ら か の属 性 を も って いる こ とを 表 わ す 。
動 作 ・作 用 を あ る時 間 継 続 す る も のと し て 捕 え た 動 詞 に つく 時 には 、 進 行 中 であ る こと を 意 味 し 、 時 間 を 無
視 し て捕 え た 動 詞 に つく 時 に は 、 そ の動 作 ・作 用 が 完 了 し た 状 態 にあ る こと を 表 わ す 。 例 、 彼 ハ今 本 ヲ読 ン デイ ル (=読 書 中 )。 コノ 男 ハ死 ン デイ ル (=ス デ ニ死 亡 )。
も し 、 動 詞 が 単 に 状 態 の発 端 を 表 わ す も のな ら ば 、 ∼ テイ ル全 体 で、 あ る 状 態 に あ る 、 ま た は 、 あ る 属 性 を も って いる こと を 表 わ す 。 例 、 顔 ガ 猿ニ 似 テ イ ル。 二 ア ル
a 名 詞 ・∼ ナ 型 の 形 容 詞 の 語 幹+ デ の 形 に つく 。 後 に 述 べ る 助 動 詞 ダ と 同 じ 意 味 を 表 わ す 。 主 に文 字 言 語 に お い てダ に代 って 用 いら れ 、 そ う いう 文 体 を デ ア ル調 と 呼 ぶ。
ま た 、 ダ と ち が い、 ⋮ ⋮ デ ハア リ 、 ⋮ ⋮ デ サ エア レ バ のよ う な 言 い回 し が でき る の で、 時 に ダ に代 って 用 いら れ る 。 連 体 形 デ ア ルも 、 ダ の連 体 形 よ り 多 く 用 いら れ る 。
例 、 モ ット リ ッパ デ ア ル ハズ ダ 。/コンナ ニ元気 デ ア ルト コ ロヲ ミ ルト ⋮ ⋮ 。
b aと よ く 似 た 用 法 であ る が 、 形 容 詞 の連 用 形 に つき 、 形 容 詞 に モ ・サ エ のよ う な 副 助 詞 の意 を つけ 加 え る 場 合 に 用 いら れ る 。
例 、 考エ 方 ニ ヨッ テ 、 ヨ ク モ アリ 、 悪 ク モ ア ル。/大 キ ク サ エア レ バイ イ カ ト 思 ッテ イ ル。
c 動 詞 の接 続 形 に つく 。 あ る 動 作 ・作 用 が完 了 し た 結 果 の状 態 にあ る こ とを 表 わ す 。 例 、 窓 ガ ア ケ テ ア ル。 こ の場 合 、 そ の動 作 ・作 用 を 受 け た 対 象 を 主 格 に 立 てる 。
窓 ヲ明 ケ ル︱
窓 ガアケテ アル
三 オ ク 動 詞 の接 続 形 に つく 。 あ る 動 作 ・作 用 を 他 の準 備 と し て 、 ま た は 一時 的 な 処 置 と し て行 う こ と を 表 わす。
例 、 忘 レナ イ ヨウ ニ書 キ ト メ テ オ ク 。/読 メ ヌ字 ヲ何 ト イ ウ 字ニ 読 ン デ オ キ ( 川柳)
四 シ マウ 動 詞 の 接 続 形 に つく 。 あ る動 作 ・作 用 が 本 格 的 に 行 わ れ る こと を 表 わ す 。 例 、 ス ッカ リ 読 ンデ シ マウ。/サ ク ラ ノ花 ガ散 ッテ シ マ ッタ 。 五 ミ ル 動 詞 の接 続 形 に つく 。 あ る 動 作 が 試 み に行 わ れ る こ と を 表 わ す 。 例 、 ボ ク モ食 べ テ ミヨ ウ カ ナ。 六 ス ル 動 詞 の連 用 形 を 受 け て 、 そ の動 詞 を さ す の に 用 いら れ る 。 例 、 ロク ニ読 ミ モ シ ナ イ デ/ 一言 ウ ント 言 イ サ エ ス レ バ
こ れ は 、 読 マナ イ 、 言 エ バ のう ち ﹁読 ﹂ ﹁言 ﹂ の部 分 に副 助 詞 的 な 意 味 を そえ る 場 合 に 行 わ れ る 表 現 であ る 。 次 のよ う な 場 合 の ス ルも こ の 用法 に近 い。 例 、 右 ヘ行 ッタ リ、 左 ヘ行 ッタ リ ス ル/ 家 ハ狭 イ シ 、 体ニ 悪 イ シ ス ルノ デ
七 ク レル ・クダ サ ル 動 詞 の接 続 形 に つく 。 他 のも のか ら 話 し 手 の方 に 恩 恵 が 及 ぶ こと を 表 わ す 。 例 、 ワ ザ ワザ 家 マデ 送 ッテ ク レタ 。
八 ヤ ル ・アゲ ル 動 詞 の 接 続 形 につ く 。 話 者 か ら 他 のも の へ ( あ る いは 他 のも の か ら 他 のも の へ) 恩 恵 が 及 ぶことを表わ す。 例 、 私 ガ教 エ テ ア ゲ マシ ョウ。
九 モラウ 動 詞 の接 続 形 に つく 。 文 の主 格 に 立 つも のが 他 のも のか ら 恩 恵 を 受 け る こ と を 表 わ す 。 例 、 白 状 ヲ ム ス メ ハ乳 母 ニシ テ モラ イ ( 川柳)
補 助 動 詞 の う ち に は 、 常 に あ る 変 化 形 や 派 生 形 し か 用 い な いも の が あ り 、 そ の 中 に は 、 意 味 か ら いう と 、 助 動 詞 や 助 詞 に 近 く な って いる も のも あ る 。 例 え ば 、 ︵一) い つも 否 定 態 ま た は そ れ に準 ず る 形 が 用 いら れ るも の。
例 、 行 カ ナ ケ レ バ ナ ラ ナ イ 。/行 ク カ モ シ レ ナ イ 。/ ワ ザ ワ ザ 来 ル ニ ハ及 バ ナ イ 。/心 配 ス ル ニ ハ当 ラ ナ イ 。 ︵二) い つも 接 続 形 ・連 体 形 の 類 が 用 い ら れ る も の 。
例 、 コ レ ハ名 誉ニ 関 ス ル 問 題 ダ 。/ コ レ ニ関 シ テ ハ君 ト 同 意 見 ダ 。/品 質 ニオ イ テ 数 等 マ サ ル。/
欠 勤 イ タ シ マ シ タ 。/ソ ノ 筋 ノ オ 達 シ ニヨ リ ⋮ ⋮ 。
教 室 ニ オ ケ ル 態 度 ガ ヨ ロ シ ク ナ イ 。/ コ レ ヲ 以テ 挨 拶ニ 代 エ マ ス 。/ ソ レ ニ ツイ テ ハ疑 問 ガ ア ル 。/ 病 気ニツキ
(二の )種 類 の 動 詞 は 、 ふ つう デ ス 調 を も な い 。
六 形 容 詞
日 本 語 の 形 容 詞 に は 語 形 か ら 言 っ て 二 種 類 の も の が あ る 。 一 つ は 、 名 詞 に か か る 形 が 白 イ・ 美 シ イ の よ う な
﹁∼
﹁∼ ナ ﹂ で 終 る も の で あ る 。(1 )こ の 二 つ は 全 く 同 種 類 の 意 味 を 表 わ し 、 用 法 も よ く 似 て い る 。 が 、
﹁∼ イ ﹂ の 形 の も の で 、 こ れ は ふ つ う 文 典 に も 形 容 詞 と 呼 ば れ て い る も の で あ る 。 他 の 一 つ は 、 シ ズ カ ナ・ 元 気 ナ のような
大 き く ち が う 点 は 、 白 イ ・美 シ イ の 方 は 、 多 く の 変 化 形 を も っ て い る の に 対 し て 、 静 カ ナ・ 元 気 ナ の 方 は
(1)橋 本博 士 以 来 、 こ の種 のも の は ﹁形 容動 詞 ﹂ と いう 一種 の品 詞 で、 ∼ダ ・∼ デな ど の形 も そ の変 化 形 と 見 る のが定 説 に な っ
て いる 。 形容 詞 の 一種 と 見、 ∼ナ ・∼ニ の形 だ けを 変 化 語尾 と 見 る考 え は、 三 尾 砂 氏 ( ﹃話 言葉 の文 法 ﹄ 一六 一︲ 一六 二 ペー ジ ) に従 った 。無 活 用 の形容 詞と 見 る 見方 ( 宮 田幸 一氏 ・三 上章 氏 な ど )も あ る 。
ナ ﹂・﹁∼ ニ﹂ と いう 形 が あ る だ け で 、 あ と は 、 助 動 詞 ダ を つけ て 用 いら れ る 点 であ る 。 静 カ ナ ・元 気 ナ は 連 体 形 であ り 、 静 カ ニ ・元 気ニ は 、 副 詞 形 であ る。
日本 語 の形 容 詞 のう ち 、 ﹁∼ イ ﹂ の形 の方 は 、 語彙 が 今 後 あ ま り 殖 え る 見 込 み は な いが、 他 方 、 ﹁∼ナ ﹂ の形 の
形 容 詞 は 、 新 し い漢 語 や 外 来 語 を 取 入 れ て、 語 幹 を 作 る こ と に よ り 、 新 し い語 彙 が 日 々 に殖 え つ つあ る。
∼ イ型 の形 容 詞 は 、 取 り 得 る ア ク セ ント の 型 は 限 ら れ て お り 、 連 体 形 で言 え ば 、 動 詞 と 同 じ く 二 種 類 で あ る 。 ∼ ナ型 の方 の 取 り 得 る ア ク セ ント の 型 は 、 か な り 自 由 で あ る 。
日本 語 の形 容 詞 は 、 叙 述性 を もっ て いる と いわ れ る 。つ ま り 、 他 の補 助 動 詞 を 伴 わ な い で述 語 に な れ る。 が 、
つま り 、 ﹁そ のよ
これ は、 ∼ イ 型 の 形 容 詞 に つ い て の み 言 え る こ と であ る。 ∼ナ 型 の 形 容 詞 の方 は 助 動 詞 ダ と い っし ょ にな っては じ め て述 語 にな る故、 こ っち は 英 語 な ど のも の と よ く 似 て いる 。
さ て、 日 本 語 の 形 容 詞 の意 味 は 、 属 性 ・状 態 ・精 神 状 態 ・数 量 ・有 無 と 、 プ ラ ス叙 述 性︱
う であ る﹂ と いう 意 味 と から 出 来 て いる 。 こ のう ち 、 日本 語 に は 、 多 イ ・少 ナ イ のよ う な 分 量 を 表 わ す 形 容 詞 や 、
こ と に無 イ のよ う な 意 味 の形 容 詞 があ って 、 他 の 形 容 詞 と 同 じ よ う な 機 能 を も って 用 いら れ る こ と は お も し ろ い。 こ の こと か ら 、 例 、 春 花 ノ 咲 ク 木 ガ 多 イ 。/町 内 デ 知 ラ ヌ モノ ハナ イ 。 のよ う な 、 西 欧 語 に はな い表 現 が 行 わ れ る 。
日 本 語 の 形 容 詞 の中 に は 、 単 独 では 用 いら れ ず 、 常 に補 足 語 と 共 に 用 いら れ るも のが あ る 。 動 詞 に お け る 補 助
動 詞 と 似 た も の で、 補 助 形 容 詞と 呼 ぶ の が ふ さ わ し い。 形 容 詞 の連 用 形 に つけ て、 打 消 さ れ る事 態 に あ る 、 あ る
いは 、 打 消 さ れ る 属 性 を 有 す る、 と いう 意 を 表 わ す ナ イ と いう 語 は 代 表 的 な も の で あ る 。 例 、 白 ク ナ イ 。/静 カ デ (ハ)ナ イ 。
そ の他 で は、 書 イ テ モ イ イ のイ イ 、 書 イ テ ホ シ イ の ホ シ イ 、 書 ク ニチ ガイ ナ イ の チ ガ イ ナ イ な ど も 補 助 形 容 詞
と見られ る。
da
次 に、 形 容 詞 の 語形変 化 を 動 詞 に 準 じ て掲 げ れ ば 、 次 のよ う にな る 。 ( 静かな) s izaka
( 白 い)
一 語 幹 形 (si )r o [sizuk ]a
︹A ︺ 変 化 形
二 終 止 形 siroi
三 志 向 形 siroka r[ os oizuka] daroo 四 連 体 形 siroi sizakana
六 連 用 形 siroku [sizuk ]a
de
de
五 副 詞 形 siroku sizukani
七 接 続 形 siroku t[ esizuk ]a
八 条 件 形 s iroker e[bsaizuka ] nara ︹B ︺ 派 生 形 九 完 了態 siroka t[ ts aizuka] datta 十 推 想 態 sirosoo sizukasoo 十 一 敬 譲 態 osiroi osizuka
形 容 詞 に は、 動 詞 に 見 ら れ るよ う な 命 令 形 ・制 止 形 ・使 役 態 ・受 動 態 な ど が な い。 否 定 態 は、 次 のよ う に 補 助
静 カ デナ イ 。
形容 詞 ナ イ を つけ て表 わ す 。 例、白 クナイ。
∼ イ 型 の 形 容 詞 は 丁寧 体 も 欠 き 、 助 動 詞 ダ の丁 寧 体 の デ スを つけ て、 白 イ デ ス のよ う に 言 う 。 上 に か か げ た 変 化 形 ・派 生 形 のう ち 注 意 す べ き も の に つ いて 述 べ れ ば 、
一 語幹 形 ∼ ナ 型 の形 容 詞 の語 幹 形 は 比 較 的 多 く 用 いら れ 、 助 動 詞 ダ ・ラ シ イ ・ダ ロウ な ど に 続 く ほ か 、 次 のよ う に 単 独 でも 、 ま た 感 動 助 詞 を つけ ても 用 いら れ る。 例 、 マア、 静カ !/ ヤ ア 、 素 敵 !/ ズ イ ブ ン静 カ ネ 。/ト テ モ素 敵 ヨ。 多 く は 女 性 的 表 現 で あ る。
二 志 向 形 白 カ ロウ の 形 は 推 量 の意 を 表 わ す 。 も っとも 、 多 く は 用 いら れ ず 、 ダ ロウ と いう 助 動 詞 を つ け た 白 イ ダ ロウ の形 が 代 って 用 いら れ る。
三 連 体 形 語 に よ って は ﹁∼ ノ﹂ と いう 形 を も つと 言 いた いも のが あ る 。 ホ ント ウ ノ ・当 然 ノ の類 が そ れ で
あ る。 も っとも これ ら は 、 名 詞+ 助 詞 、 副 詞 +助 詞 と 見 る べき も のか も し れ な い。 四 副詞 形 動 詞 に は な い変 化 形 で 、 白 ク 塗 ル ・静 カ ニ歩 ク のよ う に 用 いる。
五 連 用形 動 詞 の連 用 形 と 同 様 に 文 を 中 止 し 、 ま た 、 補 足 語 と し て 用 いら れ る 。
例 、 花 ハ白 ク美 シイ 。/白 ク ア リ マセ ン。/静 カ デ気 持 ガヨ イ 。/静 カ デ ハア ルガ ⋮ ⋮。
日本 語 の形 容 詞 は 、 ド イ ツ語 や フ ラ ン ス語 の形 容 詞 と は ち が い、 そ れ が 関 係 を も つ名 詞 の数 ・性 ・格 に応 ず る
変 化 を し な い。 た だ 、 簡 単 な 敬 譲 の変 化 を 行 う 。 尊 敬 体 は オ ∼ ・御 ∼ の形 を と る 。 例 、 オ 小 サ イ オ 坊 チ ャ ン。/ミ ナ サ ン、 御 元 気 デ ス カ 。
日本 語 の形 容 詞 は 、 英 語 そ の他 に お け る よ う な 級 (deg)rの e変 e化 を し な い。 いわ ゆ る 比 較 級 は 、 前 後 の文 脈
によ って表 わ さ れ、 最 上 級 は 、 モ ット モ ・イ チ バ ン のよ う な 副 詞 を つけ て 表 わ さ れ る 。 最 近 、 比 較 級 が独 立 に用 いら れ る 時 に、 ヨリ ∼と いう 形 が用 いら れ る よ う に な った 。
七 副
詞
副 詞 は 、 形 容 詞 ・動 詞 の前 に つき 、 そ の意 味 を 修 飾 す る 語 であ る。
語 形 に は 、 特 に制 限 は な いが 、 助 詞ト ・ニが つ いて 出 来 た も の が か な り あ り 、 ま た 、 擬態 語 ・擬 音 語 と 呼 ば れ る も の は 、 一群 を な し て同 じ よ う な 語 形 を も って いる 。 語 形 変 化 を し な い。
日本 語 の副 詞 は、 意 義 ・職 能 か ら いう と 、 程 度 ・数 量 を 表 わ す も の、 実 質 的 な 内 容 を も つも の、 名 詞 に お け る
指 示 代 名 詞 に似 たも の、 文 や語 句 の重 要 な 意 味 を 先 触 れ す る も のな ど に 分 け ら れ る 。
程度 ・数 量 を 表 わ す 副 詞 は 、 形 容 詞 ・動 詞を 修 飾 す る のを 本 体 と す る が、 時 に名 詞 や 他 の副 詞 を 修 飾 す る こ と
も あ る。 た だ し 、 名 詞 は 位 置 ・方 角 を 表 わ す も の に、 副 詞 は 擬 音 語 ・擬 態 語 ・数 量 を 表 わ す も の に 限 る 。 例 、 スグ 隣 ヲ 見 タ 。/モ ット ハ ッキ リ書 ケ 。
一ツ ・二 ツ の よう な いわ ゆ る 量 数 詞 は 、 名 詞 の 一種 と す る の が ふ つう であ る が 、 三 上 章 氏(1) は、数 量を表 わ
す 副 詞 の 一種 と す べき も の だ と 説 か れ た 。 こ れ ら の副 詞 は 、 ﹁一羽 ノ烏 ガ 飛 ンデ イ ル﹂ のよ う に、 原 則 と し て ノ
を つけ て 、 名 詞 の修 飾 語 と な る。 も っと も 、 こ の意 味 は 、 ﹁烏ガ 一羽 飛 ン デイ ル﹂ と 言 った 方 が 、 よ り 日 本 語 的 であ る。
人間
日本 語 の 数詞 は 、 数 え ら れ る も の に よ って 種 々 のち が った 形 のも のを 用 いる 点 、 他 の 東 南 ア ジ ア 諸 言 語 と 似 て いる 。 例 え ば 、 ヒ ト リ ・フ タ リ ・サ ン ニ ン⋮⋮⋮
イ ッピ キ・ニ ヒ キ ・サ ンビ キ⋮⋮⋮ 動 物 類
(1 ) ﹃現代語法序説﹄ の五四 ページ。
イ ッポ ン ・ ニ ホ ン ・サ ン ボ ン
イ チ マイ ・ ニ マイ ・サ ン マイ⋮
ヒ ト ツ・ フ タ ツ ・ミ ッ ツ
⋮細 ⋮⋮ 長 く てた ば ね ら れ るも の
⋮平 ⋮たく て重 ね ら れ る も の
⋮⋮一 ⋮ 般事 物
な お 動 物 の う ち で も 、 馬 ・牛 の よ う な 大 き な も の は イ ット ウ ・ ニト ウ ⋮ ⋮ 、 鳥 は イ チ ワ ・ ニ ワ ⋮ ⋮ の よ う な 区 別
が あ り 、 琴 や 鏡 は 一面 ・二 面 ⋮ ⋮ 、 三 味 線 ・た ん す は ヒ ト サ オ ・ フ タ サ オ ⋮ ⋮ と 数 え る と い う よ う な 、 ご く 特 殊 な 数 え 方 を す る も のも あ る。
こ れ ら の 数 詞 は 、 日 本 固 有 の も の の 上 に 、 漢 語 系 の も の が 入 っ て 来 て い る の で 、 ヒ ト リ ・フ タ リ ・サ ン ニ ン ・
ヨッ タ リ・ ゴ ニ ン の ご と く 、 時 に 、 複 雑 を き わ め る 。 な お 、 数 そ の も の の 組 織 は 十 進 法 を と り 、 さ ら に 万 進 法 を とる。
実 質 的 意 義 を 有 す る 副 詞 は 、 意 味 か ら 言 っ て 形 容 詞 に 近 い も の を 多 く 含 み 、 ﹁結 婚 ハ マダ デ ス カ ﹂ の よ う に 、
多 く は 助 動 詞 ダ を つ け て 述 語 と し て も 用 い ら れ る 。 杉 山 栄 一氏 (1) の よ う に 、 活 用 の な い 形 容 詞 の 一種 と 見 る こ と も でき る。 こ れ ら は程 度 を 表 わ す 副 詞 の修 飾 を 受 け る こ と があ る 。 例 、 非 常 ニ ハッ キ リ 見 エ ル 。/ モ ッ ト テ キ パ キ オ 答 エナ サ イ 。
コ ロ ット
カ ラ リ ント
ゴ ロリ ント
コ ロリ ント
ク ル リ ット
カ ラ リ ット
ゴ ロリ ット
コ ロリ ッ ト
ク ル ク ルト
カ ラ カ ラ ト
ゴ ロ ゴ ロト
コ ロ コ ロト
ク ルリ ク ルリ ト
カラ リカラリト
ゴ ロ リ ゴ ロリ ト
コ ロ リ コ ロリ ト
ク ル リ ント
こ の う ち 擬 音 語・ 擬 態 語 は 一類 を な す 語 類 で 、 次 の よ う な 著 し い 語 形 を 具 え 、 き れ いな 体 系 を 作 って い る 。 コ ロリ ト
ゴ ロ ット
ク ル ット
カ ラ ット
ゴ ロリ ト カラリト ク ルリ ト
一般 にカ 行 .サ 行 ・タ 行 ・ ハ行 ・パ 行 音 な ど 、 無 声 子 音 を も つも の は 、 澄 ん だ 感 じ 、 鋭 い 感 じ 、 小 さ く 愛 ら し
い 感 じ を 表 わ す の に 用 い ら れ 、 ガ 行 ・ザ 行 ・ダ 行 ・バ 行 音 な ど 有 声 子 音 を も つも の は 、 濁 った 感 じ 、 鈍 い 感 じ 、
粗 大 な 感 じ を 表 わ す の に 用 いら れ る 。 キ ラ キ ラ は 星 や 宝 石 が き ら め く 感 じ 、 ギ ラ ギ ラ は ト タ ン 屋 根 に 西 日 で も 照
って いる 感 じ で あ る 。 同 じ 寝 転 ん で も 、 小 さ い 子 供 な ら ば 、 コ ロリ 、 大 き な 大 人 が 寝 転 べ ば 、 ゴ ロ リ で あ る 。 ま
た 右 の表 で 、 コ ロ ット の類 は転 び か け る感 じ 、 コ ロリ ト の類 は 完 全 に転 ん で安 定 し た 感 じ 、 コ ロリ ント は 完 全 に
(ト ) は 転 ん で は と ま り 転 ん で は と ま る 感 じ 、 コ ロ ン コ ロ ン は は
転 が っ て さ ら に は ず み を も って い る 感 じ 、 コ ロ リ ット は 完 全 に 転 が っ て さ ら に 転 が り か け る 感 じ 、 コ ロ コ ロ ( ト) は 二、 三 回 連 続 し て 転 が る感 じ 、 コ ロリ コ ロリ
ず み を も っ て 勢 よ く 転 が る 感 じ 、 コ ロ コ ロ ット は 二 、 三 回 転 が り 、 さ ら に 転 が り か け て 途 中 で と ま った 感 じ を も
つ。 日 本 人 は こ の 種 の 擬 音 語 ・擬 態 語 を 愛 用 し 、 ハ ッキ リ ・ス ッ カ リ の 類 は 、 か た い論 文 体 の 文 章 に ま で 用 い る 。
指 示 副 詞 コ ウ ・ソ ウ ・ア ア ・ド ウ は 、 名 詞 に お け る 指 示 代 名 詞 の よ う な も の で 、 近 称 ・中 称 ・遠 称 ・不 定 称 の
別 が あ る 。 英 語 に お け るhere,thの er よe う な 場 所 を 表 わ す 副 詞 は 、 日 本 語 に は な い。 イ ツ ・ナ ゼ は 不 定 称 の 指 示 副 詞 であ る が 、 これ にあ た る 定 称 は な い。 先触 れ の副 詞 は 二種 類 あ る 。 例 、 幸ニ 成 功 ノ 暁 ニ ハ⋮ ⋮ 。/ ア イ ニク 品 切 レ デ ゴ ザ イ マ ス 。
は 、 ﹁成 功 ヲ ス ル ト イ ウ 幸 ナ コ ト ガ 起 ッ タ ラ ﹂ ﹁品 切 レ ト イ ウ ア イ ニ ク ナ 事 態 デ ⋮ ⋮ ﹂ の 意 味 で あ っ て 、 次 に 述 べ
ら れ る事 態 の大 体 の 意 味 を 批 評 的 に伝 達 す る 役 割 を つと め る。 渡 辺 実 氏 ( 2)は 、 こ の 副 詞 を 註 釈 の 副 詞 と 呼 ん で お ら れ る 。 これ に 対 し 、 例 、 モ シ 彼 ガ 帰 ッ テ 来 タ ラ ⋮ ⋮/ タ ト イ 彼 ガ 帰 ッ テ 来 テ モ ⋮ ⋮
に お け る モ シ ・タ ト イ は 、 次 に 来 る ∼ タ ラ ・∼ テ モ と いう 仮 定 の 意 味 を 暗 示 す る も の で 、 そ の 叙 述 の 中 心 的 な 意
(1) ﹃ 国 語法 品 詞 論﹄ 一六 四 ペー ジ以 下 。も っと も 杉 山氏 は 形 容 詞を 動 詞 の 一種と 見 られ る ゆえ 、 これ ら も 一種 の動 詞 と さ れ る。 (2) ﹁陳 述副 詞 の機能 ﹂ (﹃ 国 語 国 文﹂ 第 一八巻 第 一号 )
味 を 伝 達 す る役 割 を 務 め て い る。 日 本 語 の文 のよ う に 、 中 心 的 な 意 味 が そ の最 後 に 来 て 初 め て 明 ら か に さ れ る よ う な 場 合 に は、 甚 だ 有 用 な 副 詞 で あ る 。
八 連体 詞
連 体 詞 は 、 名 詞 の前 に つき 、 名 詞 を 修 飾 す る こと を 本 来 の使 命 と す る 語 であ る 。 語 形 に は 特 殊 な 制 約 がな く 、
ま た 語 形 変 化 も し な い。 現在 連 体 詞 に 属 し て いる 語 は 、 す べ て、 他 の品 詞 に属 す る 語 か ら 転 来 し て 出 来 た も のか 、
あ る いは 他 の 品 詞 に 属 す る 語 が複 合 し て 出 来 たも のば か り であ る。 他 の語 を 修 飾 す る のを 本 体 と す る 点 、 副 詞 と
よ く 似 て お り 、 そ のち が いは 、 た だ、 修 飾 さ れ る 語 が 名 詞 であ る点 に あ る 。 安 田 喜 代 門 氏(1)な ど は 、 副 詞 を ひ ろ く 考 え 、 連 体 詞を そ の中 に 入 れ ら れ た 。
連 体 詞 の中 で、 最 も 重 要 な のは 、 コノ ・ソ ノ ・ア ノ ・ド ノ ・コ ンナ ・ソ ンナ ・ア ンナ ・ド ンナ で 、 これ ら は 指
示 的 な 意 味 を 有 し 、 指 示 代 名 詞 と 同 様 、 近 称 ・中 称 ・遠 称 ・不 定 称 の 別 を 有 す る 。 ま た 、 コノヨ ウ ・ソ ノ ヨウ の
よ う な 用 法 、 コ ンナ ダ ・ソ ンナ ダ のよ う な 用 法 を も つ。 後 者 は 、 ナ 語尾 の形 容 詞 の 一種 と いう べ き か も し れ な い。
ま た 、 ソ ノ は 、 英 語 の定 冠 詞the の訳 語 と し て、 ア ルは 英 語 の不 定 冠 詞a の訳 語 と し て よ く 用 いら れ る が 、 そ の
使 用 はず っと 少 な い。 他 に、 重 要 な 語 彙 と し て は 、 ア ラ ユ ル ・イ ワ ユ ル ・サ ル ・当 ノ ・ホ ンノ な ど が あ る 。
九 接 続 詞
日 本 語 の 接 続 詞 は 、前 の文 や 語 旬 の意 味 の受 け 方 を 示 す 語 で あ る 。 語 源 的 に は、 他 の 品 詞 か ら 転 用 さ れ た も の
か 、 他 の 品 詞 の語 が複 合 し て出 来 た も の ば か り で、 語彙 も 少 な く 、 一個 の独 立 の 品 詞 と し て 独 立 性 に 乏 し い。 こ
の点 を 重 視 し て 山 田孝 雄 博 士 ( 2)や 松 下 大 三 郎 博 士 ( 3)は 、 副 詞 の 一種 に 編 入 さ れ た 。 英 語 な ど で は 、 前 の 文 の
意 を 受 け る も の以 外 に 、 接 続 詞 に よ って導 か れ る文 の中 心 的 な 意 味 を 明 ら か にす る 機 能 を も つも の、 いわ ゆ る従
属 接 続 詞 が あ る が、 日 本 語 で は そ のよ う な 機 能 を も つも の がな く 、 そ の機 能 は 、 は な は だ物 足 り な い。 わ ず か に 、
モ ット モ ・タ ダ シ の 語 が 従 属 接 続 詞 的 で あ る 。 英 語 な ど の 従 属 接 統 詞 が も つ役 割 は 、 日 本 語 で は 、 動 詞 ・形 容 詞 の 変 化 形 か 、 助 詞 の 一種 で あ る 接 続 助 詞 が 務 め る 。
接 続 詞 に は 、︵イ)文 を 受 け て 他 の文 に つ づ け る も の と 、(ロ)語 句 を 受 け て 他 の 語 句 に つ づ け る も の と が あ る 。
ダ カ ラ言 ワ ナ イ コ ッチ ャナ イ ンダ 。
カ ラ フト ハ、 タ イ ヘ ン 寒 イ 。 シ カ シ 住 メ バ 住 メ ナ イ コ ト ハナ イ 。
(イ) の 例 は 、 次 の よ う で あ る 。
失 敗 シ タ ッテ?
こ の 一種 に 、 文 章 の 冒 頭 に 用 い ら れ る も の が あ る 。
(=準 備 モ ト ト ノ イ 時 間 モ 来 タ ノ デ )。 (=コ レ カ ラ 話 ヲ ハ ジ メ ル ガ ⋮ ⋮ )。
ソ レ デ ハ、 コ レ カ ラ 、 キ ョ ウ ノ 講 演 会 ヲ ハ ジ メ マ ス ソ モ ソ モ 単 語 ト イ ウ モ ノ ハ⋮ ⋮
( ) ロ の 、 語 句 を つな ぐ も の に は 、 次 の よ う な も の が あ る 。
講 師 ノ 諸 先 生 ナ ラ ビ ニ 聴 講 者 各 位ニ 慎 ン デ 御 礼 申 シ 上 ゲ マ ス 。/台 湾 コ ト ニ ソ ノ 南 部 ハ非 常ニ 暑 イ 。/病 気
ッタ 。
ノ タ メ 、 ア ル イ ハ、 事 故 ノ タ メ ニ 欠 勤 ス ル モ ノ ガ 多 イ 。/彼 ニ ト ッ テ モ 、 マ タ 、 私 ニト ッ テ モ 好 都 合 デ ア
( 1 ) ﹃ 国 語 法 概 説﹄ ( 中 興 館、 一九 二 八年 刊 ) の副 詞 の条 。 ( 2 ) ﹃日本 文 法学 概 論 ﹄ の副 詞 の章。 ( 3 ) ﹃改撰 標 準 日本 文 法 ﹄ の三 〇五 ペー ジ ﹁ 接 続 詞﹂ の条 。
十 感動 詞
感 動 詞 は 、 本 来 単 独 で 一つ の文 を 構 成 す る 語 で、 か り に 他 の 語 と い っし ょに 用 いら れ ても 、 独 立 語 と し て 用 い
ら れ る 語 であ る 。 ア ア ・ヤ ア のよ う な 、 他 の 国 語 と 類 似 し た 語 形 の語 も 多 く 、 ア ク セ ント は 簡 単 に イ ント ネ ー シ
ョ ンの た め に破 壊 さ れ る。 意 義 か ら い って、 話 し 手 の主 観 を 直 接 に 表 現 す る 語 であ る点 で、 他 のす べ て の自 立 語 に対 立 す る 。
二 種 類 あ り 、 一つは 、 オ ヤ ・ア ラ ・ヤ ア の よう な 驚 き や 喜 び の よ う な 感 情 を 表 現 す る 語 であ る 。 二 つは、 モ シ
モ シ・ ネ エ・ ハイ ・イ ヤ のよ う な 他 人 への呼 び か け や 答 え に 用 いら れ る 語 であ る 。 日本 では 、 いず れ も 話 し 手 の
年 齢・ 性 別・ 身 分・ 相 手 の身 分 に応 じ て 使 い 分 け が 見 ら れ 、 他 の国 語 に比 し て 多 く の 語彙 を 有 す る 。 例 え ば 、 驚
き を 表 わ す 語 の中 で 、 オ ヤ は 男 性 用、 マ ア ・ア ラ は 女 性 用 で、 そ の う ち マア の方 が 老 人 用 であ る 。 呼 び掛 け の語
では 、 モシ モ シ が最 も て いね い で、 ネ エ ・オ イ の順 に乱 暴 に な り、 答 え の 語 で は 、 ま ずyes の意 を 表 わ す 語 のう
ち ハイ は 最 も て いね い で、 ハア が これ に つぎ 、 エ エ ・ア ア ・ウ ン の 順 に ぞ ん ざ いに な る。 ま た 、 ハイ ・エ エ の類
と いう 同 じ 文 でも 、 相 手 が 、Let
us
go
t のo 意 味sでc聞 hい oた ol と. 解 し た 場 合 に は 、 ﹁ハイ 、 イ
と 、 そ の 反 対 を 表 わ す イ イ エ ・ウ ウ ンは 、 相 手 の意 向 に合 致す る か 反す る か に よ って選 ば れ る 。 例 え ば 、 学 校 ヘ 行 キ マセ ンカ ?
キ マシ ョウ ﹂ ま た は ﹁イ ヤ、 私 ハヤ メ マ ス﹂ と 答 え 、 相 手 が ﹁アナ タ ハ行 カ ナ イ ツ モ リ カ ﹂ の意 味 で 聞 いた と と った 場 合 に は 、 ﹁イ エ、 行 キ マス﹂ ま た は 、 ﹁エ エ、 イ キ マセ ン﹂ と 答 え る 。
十 一 助動 詞
助 動 詞 は、 付 属 語 のう ち で語 形 変 化 を す る も の の称 で、 学 校 文 典 で助 動 詞 と 呼 ば れ る も のは 、 二 十 語 内 外 あ る 。
が 、 服 部 四 郎 博 士 の 創 唱 の 規 準(1)に よ れ ば 、 そ の 中 に は 、 語 の 一部 と は 認 め ら れ ぬ も の が 多 く 入 っ て お り 、 真
に 、 単 語 と 認 め ら れ る も の 、 す な わ わ ち 、 助 動 詞 と 呼 ぶ の に ふ さ わ し いも の は 、 ダ ・ラ シ イ の 二 語 に す ぎ な い。
も し 、 これ 以 外 に 加 え る と す れ ば 、 ダ ロウ を 加 え 得 る。 ま た 、 有 坂 秀 世 博 士 ( 2)に 随 っ て 、 勉 強 ス ル ・運 動 ス ル
な ど の ス ルを 加 え る こ と も 許 さ れ よ う 。 ま た 、 連 語 で 、 一箇 の 助 動 詞 と 同 様 に 用 い ら れ る も の に は 、 ノ ダ ・ソ ウ
ダ ・ヨ ウ ダ な ど が あ る 。 こ れ ら 助 動 詞 は 、 そ れ が 自 立 語 に つ い た 場 合 、 全 体 が 一種 の 動 詞 ・形 容 詞 の よ う な 機 能
を 帯 び る も の で、 橋 本 博 士 ( 3)は 、 そ の 点 か ら 、 こ れ ら と 、 助 詞 の う ち の 準 体 助 詞 そ の 他 を 加 え て 、 準 用 辞 と い う 品 詞 を 立 て ら れ た。
ダ は 名 詞 に つ け ば 、 そ の も の に 一致 す る こ と 、 そ の も の に 属 す る こ と を 表 わ し 、 ∼ ナ 型 の 形 容 詞 の 語 幹 に つ け
﹁雨 ダ ! ﹂ と 言 い 換 え る
ば 、 そ う い う 属 性 を 有 す る こ と 、 そ う いう 状 態 に あ る こ と を 表 わ す 。 ダ の 用 法 中 、 注 意 す べ き も の は 、 長 い 句 を 、
﹁意 味 の 上 で 根 幹 を な す 名 詞 + ダ ﹂ で 表 現 す る 手 法 で 、 ﹁雨 ガ 降 ッ テ イ ル ! ﹂ と い う 文 は
こ と が で き 、 ﹁君 ハ何 ヲ 食 ベ ル ? ﹂ に 対 し て 、 ﹁ボ ク ハウ ナ ギ ヲ 食 ウ ﹂ と 答 え る 代 り に 、 ﹁ボ ク ハウ ナ ギ ダ ﹂ と 短 く言え るが ごときである。
(連 体 形
志 向形
終止形
∼de
∼na )
∼ daroo(こ の 形 は 一方 、 独 立 の 助 動 詞 と し て 、 動 詞 や ∼ イ 型 の 形 容 詞 の 連 体 形 に つ く 。)
∼ da
ダ の 語 形 変 化 は 、 動 詞 ・形 容 詞 に 準 じ て 表 示 す れ ば 、 次 の よ う に な る 。
連用形
( 1) ﹁ 附 属 語と 附 属 形 式﹂ ( 前 出 ) に 見え る 。 ( 2 ) 昭 和 十 四年 ごろ筆 者 に直 接 も らさ れ た お 考 え。 ( 3) ﹃ 国 語 法研 究 ﹄ 七 九 ペー ジ。
丁寧体
否定態
完 了態
条件 形
∼desu
欠 。 補 助 形 容 詞 ナ イ を 連 用 形 に つけ、 ∼ デ (ハ) ナ イ のよ う にす る 。
∼datta
∼nara
な お 、 ダ は、 感 動 助 詞カ の前 で は 省 か れ る 。 例 、 オ前 ノ 斧 ハ コ レカ 。
ソ レ ハスイ ート ピ ー 。
ま た 、 女 性 語 と し て は、 省 略 さ れ る こと が し ば し ば あ る 。 例 、 コ レ ハナ ア ニ?
ダ の連 体 形 のナ は 次 のよ う な 場 合 に 用 いら れ る 。
友 人 ッテ 誰 ナ ノ ?/ 同 ジ気 持 ナ ノ デ ダ マ ッテイ タ 。/平 常 ハオト ナ シイ 娘 ナ モ ノ デ スカ ラ ⋮ ⋮ 。
た だ し 、 普 通 は 格 助 詞 ノ に 取 って代 ら れ 、 ま た 、 デ ア ルと いう 形 で代 用 さ れ る こ と も あ る。 例 、 家 ガ本 郷 ノ 人 ハ近 ク テイ イ ナ ア。 条 件 形 ナ ラ は 、 ナ ラ バ と も いう 。
丁 寧 体 の デ ス は 重 要 な 語 句 で、 ∼ イ 型 形 容 詞 の連 体 形 にも つき 、 丁 寧 体 の形 容 詞 を 作 る役 を す る。 デ スは 、 次 のような語 形変化をす る。 desu( 終 止 形 )、desy( o志o向 形 )、desi( ta 完 了態)
ダ ロウ は、 ダ と は ち が い、 動 詞 ・形 容 詞 に直 接 つく こと が で き 、 そ の 場合 に は、 ダ の有 す る 意 味 を 含 ま な い。
そ の点 で、 独 立 の助 動 詞 と 見 な し 得 る 。 意 味 は 、 話 し 手 の単 純 な 推 量 であ る 。 そ の ダ ロウ の 丁 寧 体 は デ シ ョウ で あ る。
ラシ イ は、 そ のよ う に 推 定 さ れ る 状 態 にあ る こと を 表 わ す 語 で 、 名 詞 に も 動 詞 ・形 容 詞 に も つく 。 語 形 変 化 は
形容 詞に似る。
ノダ は、 動 詞 ・形容 詞 の連 体 形 に つき 、 元 来 、 ﹁事 態 ハ⋮ ⋮ ト 説 明 サ レ ル﹂ と いう よう な 意 味 を も つ。 例 、 彼 ハモ ウ 抵 抗 シ ナ カ ッタ 。 諦 メ タ ノダ 。 し か し 、 転 じ て、 断 定 そ の他 種 々 の話 し 手 の気 持 を 表 わ す の にも 用 いら れ る 。
例 、 ボ ク ハド ウ シ テ モキ ョウ 行 ク ノ ダ 。 ( 決 意 )/モ ウ オ 前 ハ帰 ルノ ダ 。 ( 命令 )
ソウダ は 、 動 詞 ・形 容 詞 な ど の 終 止 形 に つ い て伝 聞 す る 内 容 を 表 わ し 、 ヨウダ は、 動 詞 ・形容 詞 な ど の連 体 形 、
詞
助 詞 ノ のあ と に つき 、(イ類 )似 シ テ イ ル、 (ロ ⋮)⋮ト 推 定 サ レ ル、 そ の他 種 々 の意 味 を 表 わす の に 用 いら れ る 。
十 二 助
助 詞 と は、 付 属 語 のう ち 、 語 形 変 化 を し な いも の の称 であ る 。 そ の 形 は 短 小 で 、 一音 節 の も の が多 く 、 長 いも
ので も 三 音 節 を 越 す も のは 稀 であ る 。 そ の種 類 はき わ め て雑 多 で、 英 語 に す れ ば 、前 置 詞 の役 割 、 接 続 詞 の役 割 、
代 名 詞 の 格 変 化 の役 割 、 あ る 種 の副 詞 の役 割 な ど を 果 た す 。 日 本 の文 典 で ふ つう 行 わ れ て いる 分 類 に よ れ ば 、 格
助詞 ・接続 助 詞 ・副 助詞 ・感動 助 詞と な る。 格 助 詞 は 、 名 詞 ま た は 名 詞 に 準 ず る 語 に つき 、 格 を 表 わ す も の、 接 続
助 詞 は、 動 詞 や 形 容 詞 に つき 、 他 の動 詞 や 形 容 詞 への関 係 のち が いを 表 わ す も の、 副 助 詞 は 、 種 々 の語 に つき 、
副 詞 句 を 作 る も の 、 感 動 助 詞 は 、 主 と し て 文 の最 後 に つき 、 話 者 の態 度 を 表 わ す も の であ る 。
格 助詞 に は 、 ガ、 ノ 、ニ 、 ヲ、 デ、 ト 、 ヘ、 カ ラ 、 ヨ リな ど が あ り 、 そ れ ぞ れ 次 のよ う な 意 味 を 表 わ す 。 一 ガ 主 格 を 表 わ す 。 例 、 山 ガ ア ル。/雨 ガ 降 ッテ イ ル。 日本 語 で は、 能 力 ・希 望 ・好 悪 を 表 わ す のに 、 そ の対 象 を 主 格 に す え る 。
例 、 試 験 ガ 受 ケ ラ レ ナ イ 。/水 ガ 飲 ミ タ イ 。/犬 ガ 嫌 イ ダ 。
ま た 、 助 詞 ハ ・モ の 意 味 が 加 わ る 場 合 に は 、 助 詞 ハ ・ モ だ け を 用 い 、 ガ を そ え な い。 例 、 私 ハ行 カ ナ イ 。/雨 モ 降 リ 出 シ タ 。 二 ヲ 対 格 を 表 わ す 。 例 、 手 紙 ヲ 読 ム 。/月 ヲ 見 ル 。
作 り 出 す 意 を 表 わ す 動 詞 の前 で は 、 し ば し ば作 り 出 さ れ る 対 象 に ヲを つけ る 。 例 、 湯 ヲ 沸 カ ス 。/飯 ヲ 炊 ク 。 ま た 、 移 動 す る 場 所 ・分 離 の 対 象 を 表 わ すこ と も あ る 。
ハ角 ガ ア ル 。
帰 着 点 ・変 成 の 結 果 ・目 標 を 示 す も の 、
(=庭 ノ ゴ ミ ヲ 掃 ク )。
例 、 廊 下 ヲ 走 ッ テ ハイ ケ ナ イ 。/学 校 ヲ 卒 業 ス ル 。
( 川柳 )
ガ と 同 様 、 ハと い っし ょ に は 用 い ら れ な い。 例 、 大 仏 ハ見 ル モ ノ ニ シ テ 尊 マ ズ
(=頭 ノ 髪 を 刈 ル )。/庭 ヲ 掃 ク
次 の よ う な 例 に も 注 意 。 例 、 頭 ヲ刈 ル
三 ニ 種 々 の 意 味 が あ る が 、 a 場 所 ・時 ・範 囲 を 示 す も の 、 b
c 作 用 を 受 け る 由 来 ・出 所 を 示 す も の 、 な ど に 分 け る こ と が で き る 。
a の 例 、 学 校 ハ神 田 ニ ア ル 。/毎 朝 六 時 ニ起 キ ル 。/猫 ニ ハ黒 イ ノ モ 白 イ ノ モ ア ル 。/牛ニ
b の 例 、 東 京 駅ニ 着 イ タ 。/ド イ ツ 語ニ 訳 ス 。/ ア ナ タ ニ ハ言 エ ナ イ 。/岩 ニブ ッ カ ル 。/山 ノ イ モ ガ ウ ナ ギ ニ ナ ル 。/稽 古ニ 通 ウ 。 c の 例 、 先 生ニ 叱 ラ レ ル 。/電 車 ニ ヒ カ レ タ 。/夏 ノ 暑 サ ニ弱 ル 。
四 ノ 名 詞 を 修 飾 す る 語 を 作 る も の で 、 広 く 、 ⋮ ⋮ニ 関 係 シ タ と いう 意 を 表 わ す 。
例 、 犬 ノ 耳/ 山 ノ 上/ 彼 ノ 母 親
ノ は 格 助 詞 の う ち で 、 デ ・ト ・カ ラ ・ へと は 重 な り 得 る が 、 ガ ・ヲ ・ニ と は 重 な り あ わ な い た め に 、 ガノ ・ ヲノ ・ニノ の意 味 は、 す べ て た だ ノだ け で表 わ さ れ る 。
例 、 東 大デノ 講 義/ ア メ リ カトノ 戦 争/ 故 郷 カ ラ ノ 手 紙/ 明 日 ヘノ 希 望/ 彼 女 ノ 結 婚/ イ ンキ ノ 使 用 な お、 そ の他 種 々 の語 句 も ノ を 伴 って 名 詞 に か か る 修 飾 語 を 作 る。
例 、 ワ ズ カノ 時 間/ ス べ テノ 計 画/ 行 ッ テ 見 テ ノ コ ト/ 昔 ナ ガ ラ ノ 状 態/ モ ウ チ ョ ット ノ 辛 抱 そ の 他 、 連 体 的 な 句 の 中 に あ っ て は 、 ガ に 代 って 主 格 を 表 わ す 。 例 、 心 ノ ア タ タ マ ル 思 イ/ 蚊 ノ 鳴 ク ヨ ウ ナ 声
ノ は 、 ま た 、 動 詞 ・形 容 詞 の 連 体 形 に つ い て 、 全 体 を 一 つ の 名 詞 相 当 句 に す る 働 き が あ る 。
例 、 ヒ ト リ デ 帰 ルノ ハイ ヤ ダ 。/ 濃 ク 書 ケ ルノ ヲ ク ダ サ イ 。/ モ ット 小 サ イ ノ ガ イ イ 。/ 色 ノ 白 イ ノ ガ 自 慢 ダ 。/ 元 気 ナ ノ ニ 安 心 シ タ 。
( 比 較 の基準 を 表わ す)な ど が
( 相 手 、 変 成 の結 果 、 言 葉 や 思 考 の内 (出 発 点 を 表 わ す )、 ヨ リ
( 動 作 の 場 所 ・道 具 ・原 因 を 表 わ す )、 ト
橋 本 進 吉 博 士(1 )は 、 こ の 用 法 に あ る ノ を 、 職 能 が 変 化 し た も の と 見 て 、 準 体 助 詞 と 呼 ば れ た 。 そ の他 、 主 な 格 助 詞 に は 、 デ
容 を 表 わ す )、 へ ( 方 向 お よ び 帰 着 点 を 表 わ す )、 カ ラ あ る。
接 続 助 詞 の 主 な も の は 、 カ ラ ・ガ ・ケ レ ド モ ・シ で あ る 。
ガ ・ケ レド モ は 、 矛 盾 す る が 問 題 と す る に 足 り な い事 実 や 、 次 の 発 言 の た め に 準 備 に な る よ う な 事 実 を 表 わ す 。 例 、 一寸 オ 伺 イ シ マ ス ガ 、 学 校 ハ コ ノ 道 ヲ 行 ケ バ イ イ ン デ シ ョ ウ カ 。
( 1) ﹃ 国 語 法 研究 ﹄ 七 二 ペー ジ。
シは 同 類 の事 実 を 並 べ てあ げ る 場 合 に 用 いら れ る 。 例 、 朝 ハ早 イ シ 、 夜 ハ遅 イ シ 、 タ イ ヘ ン ダ 。
フ ト 気 ガ ツ ク ト ⋮ ⋮ の 卜 も 、 接 続 助 詞 と 認 め ら れ て い る が 、 ∼ タ と いう 完 了 態 な ど に つ か な い 点 で 特 色 が あ る 。
一般 に 接 続 助 詞 は 、 連 体 句 の 中 で は 用 い ら れ な い の を 本 体 と し 、 ま た 、 接 続 助 詞 が 用 いら れ た 文 で は 、 そ の 最
﹁カ ツイ デ イ ル ⋮ ⋮ ﹂ 以 下 だ け で あ っ
後 の 語 句 の 性 格 が 、 接 続 助 詞 の 前 ま で を 決 定 す る と い う こ と は ふ つう で は な い 。 例 え ば 、 ﹁死 ン デ イ ル 男 ハオ レ ダ ガ 、 カ ツ イ デ イ ル オ レ ハダ レ ダ ロウ ﹂ と い う 文 に お い て 、 推 量 の 気 持 は
て 、 ガ よ り 前 の 部 分 、 ﹁死 ン デ イ ル 男 ハオ レ ダ ﹂ に は 働 か な い 。 ﹁死 ン デ ⋮ ⋮ オ レ ダ ﹂ は 話 し 手 の 断 定 で あ る 。
﹁雨 ハ降 ル シ 、 寒 ク ハア ル シ 、 外 出 ハヤ メ ヨ ウ ﹂ で も 、 意 志 を 表 わ す の は 、 ﹁外 出 ハ⋮ ⋮ ﹂ 以 下 だ け で あ る 。
ノ ニ ・ノ デ は 意 味 か ら い う と 、 そ れ ぞ れ ガ ・カ ラ に 似 て い る が 、 副 詞 句 を 作 る だ け で あ る 点 で む し ろ 副 助 詞 で
あ る 。 上 の 文 例 の ﹁死 ン デ イ ル 男 ハ⋮ ⋮ ﹂ で 、 ガ の 位 置 に ノ ニ を 代 入 す る こ と は で き な い。 ﹁モ ウ 夜 モ フ ケ タ カ ラ 帰 ロ ウ ﹂ の カ ラ の 代 り に ノ デ を 入 れ る こ と も で き な い。
な お 日 本 語 の 助 詞 の 中 に は 卜 ・ヤ ・カ の よ う に 、 名 詞 と 名 詞 と を 結 ぶ も の が あ り 、(1)こ れ も 、 一種 の 接 続 助 詞 と考 えられる。
副 助 詞 は 、 種 々 の 語 句 に つ け て 、 そ の 部 分 に 副 詞 的 な 意 味 を 添 え る 語 で 、 ハ ・モ ・サ エ ・ マ デ ・ コ ソ ・デ モ 、 な ど が代 表 的 な も の であ る。 これ ら は 次 のよ う な 意 味 を 言 外 にた だ よ わ せ る 。 例 、 彼 ニ ハヤ ラ ナ イ (=ホ カ ノ 人 ニ ハヤ ル ガ ⋮ ⋮ ) 彼 ニ モ ヤ ラ ナ イ (=ホ カ ノ 人 ニ モ ヤ ラ ナ イ ガ ⋮ ⋮ ) 彼 ニ サ エ ヤ ラ ナ イ (=ホ カ ノ 人 ニ ハ モ チ ロ ン ヤ ラ ナ イ )
一 つ の 名 詞 に 、 格 助 詞 と 副 助 詞 と が つ く 場 合 、 格 助 詞 が 先 に つき 、 副 助 詞 が あ と に つ く 。 副 助 詞 の 中 で 、 特 に
﹁全 部 ﹂ と
と いう 文 と は ち がう 。 な お 、 ハ
﹁花 ガ 咲 イ タ ﹂ と いう
注 意 す べき も のは 、 ハ で、 他 のも のと 対 比 す る 意 味 か ら 進 ん で 、 文 の 題 目 を 表 わ す の に 用 いら れ る。 例 え ば 、
こ こ で は 花 が 、 単 に ﹁開 花 ﹂ と いう 作 用 を し た 主 体 で あ る を 表 わ す︱
﹁花 ハ 咲 イ タ ﹂ は 、 ﹁花 ﹂ と い う も の を 題 目 に し て そ れ に つ い て 叙 述 し て い る 文 で 、 そ の 点 文、︱
は 打 消 し の か か る 範 囲 を 限 定 す る 用 を も す る 。 例 え ば 、 ﹁全 部ハ 見 ナ イ ﹂ に お い て 、 打 消 さ れ る の は
い う ハ の 直 前 の 語 で あ っ て 、 け っきょく 、 こ の 句 は 、 ﹁少 シ ハ見 ル﹂ の 意 に な る 。 ま た 、 ﹁私 デ ハナ イ ﹂ と いう 文
の ハや 、 静 カ デハ ア ル ガ ⋮ ⋮ の ハは 、 そ の 句 が 、 否 定 の 意 味 、 あ る い は 接 続 助 詞 ガ の 意 味 を 伴 う 句 で あ る こ と を 明示す る。
次 に 、 モ は 用 法 の 広 い助 詞 で あ る が 、 元 来 感 動 を 表 わ す 助詞 か ら 転 じ た も の で 、 現 在 で も い く ら か 感 動 を 表 わ す 場 合 に 用 いら れ る こ と が あ る 。
例 、 君モ ナ カ ナ カ 心 臓 ガ 強 イ ナ 。/勇 敢ニモ 体 当 リ ノ 戦 死 ヲ 遂 ゲ タ 。/ ア ノ 夫 婦 ニ ハ ア キ レ タ 。 亭 主 モ 亭 主 ダ ガ 、 女 房 モ 女 房 ダ 。/食 イ モ 食 ッ タ リ 。 十 二 杯 。 な ど が これ であ る 。
オ レ 、 天 下 ノ 大 勢 ニ ハ通 ジ テ イ ル ﹂ は
﹁田 舎 ニ ハイ ル ガ ﹂ と 同 じ
コ ソ は 、 そ の 語 にprominen のc強 e調 が 置 か れ る こ と を 表 わ す 語 で 、 ﹁私 コ ソ 失 礼 シ マ シ タ ﹂ は 、 失 礼 シ タ ノ ハ ア ナ タ デ ハナ ク 私 ダ の意 で あ る 。 ﹁田 舎ニコソ で 、 そ れ よ り 意 味 が 強 い。
ま た 、 副 助 詞 の う ち で 、 ダ ケ ・バ カ リ ・グ ラ イ ・ナ ド ・ホ ド な ど は 名 詞 に つ き 、 つ い た 全 体 が 一 つ の 別 の 名 詞
に な っ て い る 観 が あ る 。 山 田 孝 雄 博 士 (2) は 、 こ の 種 の も の の み を 副 助 詞 と 呼 ば れ 、 上 に あ げ た ハ ・モ・ コ ソ
( 1 ) 橋本 博 士 は こ れを 一括 し て並 立 助 詞 と呼 ば れ た。 ﹃ 国 語 法 研究 ﹄ の四 七︲七 五 ペー ジ。 ( 2 ) ﹃日本 文 法 学 概論 ﹄ 四 〇 四 ・四 三 九 ペー ジ。
( 終助 詞 と いう ) や 、 文 節 の末 尾 ( 間 投助 詞 と いう ) に つけ て、 話 し 手 の態 度 を 表 現 す
⋮ ⋮ の類 は 、 係 助 詞と 呼 ば れ た 。 感 動助 詞 は、 文 の末 尾
る も の で 、 話 し 手・ 聞 き 手・ 場 面 のち が い によ り 、 ち が った も の がえ ら ば れ る の で、 語彙 は な かな か 多 い。 感 動
助 詞 のう ち 、 ゾ ・ゼ・ サ は 男 性 用 、 ワ ・コト や 、 名 詞 や ∼ ナ 型 の 形 容 詞 の 語 幹 に す ぐ つけ る ヨ は女 性 用 の語 であ る。
終 助 詞 のう ち 、 最 も し ば し ば 用 いら れ る も の は、 カ ・ナ ・ヨ ・ネ な ど で 、 カ は 話 し 手 の 疑 い の気 持 を 表 わ し、
ナ は 話 し 手 の感 動 を 表 わ し 、 ヨ は 呼 掛 け の意 と 、 相 手 に対 す る 告 示 の意 を 表 わ し 、 ネ は 相 手 に 対 す る同 意 の表 明 、 あ る いは 同 意 を 求 め る表 明 に 用 いら れ る 。
間 投 助 詞 に は 、 ネ・ ナ ・サ な ど が あ り 、 文 節 の 切 れ 目 に随 時 挿 入 す る こ と が でき 、 文 がま だ 続 く 意 を 表 わ し 、
あ る いは 次 に述 べら れ る 語 に 、 特 に 注 意 を 呼 ぶ た め に 用 いら れ る 。 これ ら は 、 文 字 言 語 には 、 ほ と ん ど 用 いら れ ず 、 反 面 、 方 言 方 言 によ る 顕 著 な 相 違 が あ る。
十 三 文 節 の種 類
⋮ ⋮ 感 動 詞 の文 節 。
(ロ他 )と 複 合 し ても 文 を 作 る も の ⋮ ⋮ 名 詞 だ け 、 名 詞 +感 動 助 詞 の 形 、 動 詞 ・
るも の
(イ単 )独 で文 を 作 る のを 本 体 と す
文 節 (一六〇 ページ参照) は 、 文 を 構 成 す る 上 か ら 次 のよ う に 分 け ら れ る 。
︵1単 )独 で文 を 構 成 し 得 る も の{
形 容 詞 の終 止 形 ・命 令 形 な ど 。
︵2単 )独 で は 文 を 構 成 し 得 ぬも の
(ハ常 )に そ の前 に 他 の文 節 が 来 て 文 を 作 るも の⋮⋮
文を作 るも の
補 助 動 詞 ・補 助 形 容 詞 の終 止 形 ・命 令 形 など。
詞 、 接 続 詞 な ど。
(ニ常 )に そ の次 に 他 の文 節 が 来 て ⋮⋮ 名 詞 + 格 助 詞 ・副 助 詞 の 形 、 連 体 詞 、 副 {
な ど。
(ホ) 常 にそ の前 に も そ の次 にも 他 ⋮⋮補 助 動 詞 ・補 助 形 容 詞 の連 体 形 ・接 続 形 の文 節 が 来 て文 を 作 る も の
こ のう ち 、 (イ () ロ () ハの )文 節 は 、 文 の最 後 に 来 る が 、 日 本 語 で は 文 の種 類 は 、 文 の最 後 に来 る 文 節 に よ って 決 定
す る の で、 (イ () ロ の)と (ハ () ニ () ホの )区 別 は 重 要 な 意 味 を も つ。 も っと も 、 現 実 の会 話 に は、(ニ)が (ホ 最) 後 に来 る 文 も 現
わ れ る が 、 そ れ ら は 下 に (イ () ロ () ハの)文 節 を 補 う こ と が でき 、 そ の文 の種 類 は、 そ の補 わ れ る 文 節 の種 類 に よ って 決定す る。
(d被 )補 足 語
(c補 ) 足 語
( ) a修 飾 語 (b被 )修 飾 語
オ ソイ カ ラ 帰 ル/ 小 サ イ ガ 甘 イ/ 犬 ト 猫/ ダ カ ラ 好 キ ダ 。
オ ソ イ カ ラ 帰 ル/ 小 サイ ガ 甘 イ/ 犬 ト 猫/ ダ カ ラ好 キ ダ 。
町 カ ラ 帰ル/ 月 ヲ見ル/ 花 ガ散 ッタ/ 咲イ テイル/ 行 キ モ シ ナ イ/ 大 キ ク ハナイ
町 カ ラ帰 ル/ 月 ヲ見 ル/ 花 ガ 散 ッタ/ 咲 イ テ イ ル/ 行 キ モ シ ナ イ/ 大 キ ク ハナ イ 。
白 イ 花/ 早 ク 起 キ ル/ 読 ミナ ガ ラ 歩 ク 。 白 イ花/ 早 ク 起 キ ル/ 読 ミナ ガ ラ歩ク 。
次 に 、 現 実 に 文 を 構 成 し て いる 文 節 を 、 そ の 職 能 によ って 分 類 す れ ば 、 次 のよ う にな る 。
(e ) 接 続 語
先 生 、 チ ガイ マ ス。/エ エ、 ソ ウ デ ス。
。
(f) 被接 続 語
雪 ガ 降 ッタ 。/地 震 デ 家 ガ ツブ レタ 。
(g独 ) 立 語
(h状 ) 況 語 ケサ
(i題 ) 目 語 (j)叙 述 語
語?
コ レ ハ フシ ギ ダ 。/山 ハ見 ナ カ ッタ。/彼 ナ ラ出 来 ルダ ロウ 。 コ レ ハフ シ ギ ダ 。/山 ハ見 ナ カ ッタ。/彼 ナ ラ出 来 ルダ ロウ 。
被 状 況 語 ? ) も あ る は ず であ る が 、 現 実 に は 名 前 を も た な い。 いわ ゆ る 主 語 は、 日本 語 に お いて は、 特 に
す な わ ち 、 (aと)(b 、) (cと)(d 、) (eと)(f 、) (iと)(jと)は そ れ ぞ れ 相 対 関 係 に あ る 。 (g()hに)対 す る 文 節 ( 被 独立
立 て て 一類 と す る ほ ど のも ので は な く 、 す な わ ち 、 動 作 ・作 用 の主 体 を 表 わ す 語 は 、 三 上 章 氏(1)の言 わ れ る よ
う に、 補 足 語 の 一種 ぐ ら い の意 味 し かも た な い。 いわ ゆ る客 語 も これ に 準 ず る。 代 り に、 題 目 語 お よ び そ れ に応
ず る 叙 述 語 が 日 本 語 に お い て 重 要 な 位 置 を し め る。 題 目 語 は 、 同 時 に補 足 語 でも あ り 得 、 修 飾 語 でも あ り 得 る。
状 況 語 は鈴 木 重 幸 氏 の創 唱 で、 場 所 ・時 ・原 因 ・目 的 を 表 わ す 部 分 を いう 。 ま た、 独 立 語 は 、 そ れ だ け で元 来 文 を 作 り 得 るも の が、 次 のポ ー ズ が 短 く て文 の 一部 にな って いる も の であ る 。
こ れ ら のう ち 、 修 飾 語・ 補 足 語 ・接 続 語 は 二 種 に 別 れ 、 それ ぞ れ 、 動 詞 や 形 容 詞 を 中 核 と す る 文 節 に つづ く も
の と 、 名 詞 を 中 核 と す る 文 節 に つづ く も の と に な る。 例 え ば 、 同 じ 修 飾 語 の中 でも 、 モ ノ ス ゴ ク 早 イ 、 超 人 的ニ
走 ルは前 者 であ り 、 モ ノ スゴ イ 早 サ 、 超 人 的 ナ 走 リ方 は後 者 であ る 。 動 詞 ・形 容 詞 に つ づく も のと 、 名 詞 に つづ
く も のと は 、 日本 語 に お いて 著 し く ち が った 形 を と り、 例 え ば 、 形 容 詞 の連 用 形 、 副 詞 、 名 詞+ 格 助 詞 (ノ を 除
く ) な ど は 常 に前 者 であ って 、 後 者 の役 を な さ ず 、 代 り に 、 動 詞 ・形 容 詞 の連 体 形 、 連 体 詞 、 名 詞 +格 助 詞 ノ の
形 な ど は 、 常 に後 者 であ って 、 前 者 の役 を な さ ぬ 。 一般 に 、 名 詞 に つづ く 文 節 は 、 形 容 詞 ・動 詞 に つづ く 文 節 に 比 し て、 次 への つづ き 方 が緊 密 で、 間 投 助 詞 な ど の挿 入 が稀 であ る 。
い。 多 く の場 合 に は 、 甲 の文 節 と 乙 の文 節 と が密 接 に 結 び つき 、 全 体 が 丙 の文 節 に 対 す る と いう よ う な 関 係 にあ
文 節 が 幾 つか 集 ま って文 を 作 った 場 合 に は 、 一つ 一つの 文 節 が必 ず し も 対 等 の関 係 で互 い に結 び 付 い て は いな
る 。 密 接 に 結 び つ いて いる 文 節 群 を 句 (ま た は 部 ) と いう 。 例 え ば 、 ﹁玉 ヲ コ ロバ ス ヨ ウ ナ 声 ﹂ で は ﹁玉 ヲ﹂ と
﹁コ ロバ ス ヨ ウ ナ﹂ が 一つに な って、 声 と いう 次 の文 節 に 対 す る が ご と き であ る 。 こ の場 合 ﹁玉 ヲ⋮ ⋮ ヨウ ナ ﹂
が 句 で あ る。 そ し て そ れ は ﹁声 ﹂ を 修 飾 し て い る。 つま り 、 修 飾 す る 句 で あ る 。 句 に は、 文 節 と 同 様 に 、 修 飾 句 ・補 足 句 ・接 続句 ・状 況 句 ・独 立 句 ・題 目 句 ⋮ ⋮な ど があ る 。
十 四 文 の種 類
日本 語 に お け る文 の種 類 に は 、 芳 賀 綏 氏 ( 2)に よ れ ば 、 次 のよ う な も のが あ る。 (1相 )手 に 対 す る 持 ち 掛 け の表 示 。 命 令文 動 詞 の命 令 形 や 制 止 形 で 終 る 。 例 、 コ コ ヘ来 イ 。/ウ ソ ヲ ツ ク ナ 。 呼 掛 文 名 詞 で 終 る 。 ま た は 感 動 詞 。 例 、 モ シ モ シ。/エリ 子 サ ン! 応答 文 応 答 の感 動 詞 だ け か ら 成 る。 例 、 ハイ 。 ) ( 2話 し 手 自 身 の態 度 の表 示 。 断 定 文 大 体 、動 詞 ・形 容 詞 ・助 動 詞 の終 止 形 で 終 る。 例 、 雨 ガ降 ル。 疑問 文 多 く 助 詞カ で 終 る 。 例 、 雨 ハ降 ラ ナ イ カ 。
推 量 文 多 く 動 詞 ・形 容 詞 の志 向 形 あ る いは 助 動 詞 ダ ロウ で終 る 。 例 、 雨 ガ 降 ルダ ロウ 。/雨 ハ降 ル マイ 。 志 向 文 多く ∼ ウ 、 ∼ ヨウ の形 で 終 る 。 例 、 ヨ シ、 行 ッテ ヤ ロウ 。
感 動 文 感 動 詞 だ け で 成 立 つ、 又 は 感 動 の助 詞カ ・ナ アそ の他 で終 る。 例 、 オ ヤ。/ズ イ ブ ン降 ルナ ア。
芳 賀 氏 は そ の他 に、 (1 () 2を)総 合 し た 文 と し て、 (3話)し 手 自 身 の態 度 と 相 手 への持 ち 掛 け と 両 方 を 表 示 す る 文
を 立 て ら れ た。 告 知 を 表 わ す も の ( 例 、 雨 ガ降 ッテ来 タ ヨ)、 問 掛 け を 表 わ す も の ( 例 、 行 ク カ イ )、 念 押 し を 表
(1 ) ﹃現代語法序説﹄ の第二章を見よ。 ( 2) ﹁ 陳述とは何も の?﹂ ( ﹃ 国語国文﹄第 二三巻第 四号所載) 。
わす も の
( 例 、 涼 シ ク ナ リ マシ タ ネ ) な ど が これ であ る 。
同 時 に 一箇 の
文 節 か ら 成 って いる も のが 多 い。 命 令 文 は 比 較 的 複 雑 な 構 造 を も つが 、 そ れ でも 題 目 語 を 有 せ ず 、 主 格 補 語 も な
こ のう ち 、(1は ) 一般 に単 純 な 構 造 を も ち 、 特 に、 呼 掛 文 ・応 答 文 に は、 一箇 の単 語 か ら 、︱
( 例 、 ソ バ ヘ寄 ルナ ) が あ る 。
い のが 普 通 であ る 。 オ前 ハ コ コ ニイ ロは 、 ホ カ ノ 人 ハ行 ケと いう 裏 の意 味 を 含 ん で い て、 こ の ハは 対 比 を 表 わ す ハであ る 。 命 令 文 の 一種 に 、 制 止 文
(2 の) 文 は 、 最 も ふ つう の文 で、 こ と に 文 字 言 語 の大 部 分 は 、 こ の文 の連 続 であ る。 断 定 文 と 疑 問 文 ・推 量 文 ・
志 向 文 と は 相 対 し 、 ダ ブ る こ と は な いが 、 推 量 文 と 疑 問 文 、 志 向 文 と 疑 問 文 は 重 な りあ う こと が あ る ( 例 、書ク
ダ ロウ カ 。/書 コウ カ )。 感 動 文 は 、 常 に 同 時 に断 定 文 ・推 量 文 ・疑 問 文 ・志 向 文 の いず れ か であ る ( 例 、 ヨク 降
ルナ ア。/サ ゾ オ イ シ イ ダ ロウ ナ ア 。/食 ベ ラ レ ルカ ナ ?/ 早 ク 起 キ ヨウ ナ ア )。 ∼ ナ イ ・∼ ラ シ イ は、 特 別 のも の では な く 、 断 定 文 の 一種 で あ る 。
(3 の) 総 合 の文 は文 末 のintonaが t重 i要 oな n 意 味 を 有 し 、 多 く は 上 昇 調 か、 そう でな け れ ば せ い ぜ い不 十 分 な 下
降 調 であ る 。 感 動 助 詞 ヨは 、 告 知 文 の標 識 であ り、 ナ・ネ は念 押 し 文 の標 識 であ る 。 こ れ ら は 、 いず れ も 、 ︵2 の)
文 に 、 聞 き手 への伝 達 の表 現 がプ ラ スさ れ た も の で、 例 え ば、 雨 が降 ルヨ〓 は 、 断 定 の告 知 、 雨 ガ 降 ルカ〓 は、 疑 問 の問 掛 け 、 ア ス モ降 ルダ ロウ ネ〓 は 、 推 量 の念 押 し であ る 。
日 本 語 の文 は ま た 構 成 の上 から 、 単 文 と 重 文 と に 分 け ら れ る 。 重 文 は、 二 つの文 に 分 かれ 得 る も の が 、 し ば ら
く い っし ょ の文 に な って いる も の で あ る 。 次 のよ う な も の が こ れ で、 主 観 の表 出 、 つま り 、 陳 述 が 二 回 行 わ れ る 。 皆 サ ン、 今 晩 ハ。 私 ハ鈴 木 デ スガ 、 ア ナ タ サ マ ハド ナ タ デ スカ 。
次 の よ う な 文 は 、 重 文 のよ う に 見 え る が、 バ のと こ ろ に 陳 述 がな く 、 陳 述 は 最 後 の ダ ロウ の と こ ろ 一箇 所 にし か な いか ら 、 随 って 単 文 であ る 。
春 ガ 来 レ バ、 花 ガ 咲 ク ダ ロウ 。
な お、 日 本 語 に お け る 文 の種 類 と し て 、 佐 久間 鼎 博 士 (1 )は 、 物 語 り の文 と 品 定 め の 文 と いう 二 種 類 を 立 て ら
れ た 。 品 定 め 文 は 、 題 目 語 と 叙 述 語 か ら 成 る も の、 つま り ﹁∼ハ⋮⋮ ﹂ ﹁∼ ナ ラ ⋮ ⋮ ﹂ の 形 の文 、 物 語 り 文 は 然
ら ざ るも の であ る。 た と え ば 、 ﹁雨 ガ 降 ッテ 来 タ ﹂ は物 語 り 文 で 、 ﹁キ ョウ ハ雨 降 リ ダ ﹂ は 品 定 め 文 と いう こ と に なる。
十 五 語 句 の順 序
日本 語 の文 節 は 、 自 立 語 の み、 ま た は 、 自 立 語 プ ラ ス付 属 語 から な る が、 後 の場 合 、 自 立 語 は 、 ア ル タイ 語 の
鉄 則 に従 って常 に 先 行 し 、 そ の順 序 は 金 輪 際 ひ っく り 返 ら ぬ 。 例 え ば 、 花 ハは 、 常 に花 ハであ って ハ花 と は な ら
ぬ 。 次 に 、 文 節 が 配 列 さ れ て 文 や 句 を 作 る 場 合 の順 序 は、 これ ま た ア ルタ イ 諸 語 一般 に よ く 似 て いる 。 す な わ ち 、
修 飾 語 は 被 修 飾 語 に 先 ん じ、 補 足 語 は 被 補 足 語 に 先 ん じ 、 接 続 語 は 被 接 続 語 に 先 ん じ 、 独 立 語 は 他 の部 分 に 先 ん
じ る が ご と き であ る 。 現 実 の会 話 で は 、 時 に は 倒 置 さ れ る こと があ る が 、 そ れ は 、 何 か 意 味 があ って 倒 置 さ れ た
も の で、 例 え ば 、 あ る 文 節 に 強 調 を 加 え た と か、 あ る 文 節 を 特 に早 く 相 手 に伝 え た いと 思 った と か 、 の場 合 であ
る 。 こ のよ う な 場 合 、 発 話 者 は 、 明 ら か に倒 置 の感 を いだ く 、 英 語 な ど に お い て は 、if.と .. い, う ク ロー ズ が 主
文 の前 に 来 ても あ と こ来 て も よ いが、 そ う いう 関 係 は 、 日本 語 に お いて は 見 ら れ な い。 接 続 語 は 、 被 接 続 語 に 先
行 す る と いう の は こ の意 味 で あ る。 要 す る に 上 の各 要 素 相 互 の位 置 は 、 日本 語 では 頗 る 厳 格と いう べき であ る 。
強 いて 言 え ば 、 独 立 語 が他 の部 分 ( す な わ ち 被 独 立 語 ) よ り も あ と に 来 る こ と が 比 較 的 自 由 であ る こと が指 摘 さ
( 1) ﹃日本語 の特色﹄ ( 目黒書店、 一九四〇年刊) の 一五 二ページ。
れ る 程 度 であ る 。 例 、 今 晩 ハ、 皆 サ ン。
つま り そ の文 節 が 、 被 独 立 語
三 つ の部 分 が 倒 置 さ れ る こ と は 、 よ ほ ど 稀 な 場 合 で、 現 実 の会 話 に 絶 無 と は 言 え ぬ が 、 ま ず 言 い間 違 いと 判 定 さ れ る。 例 、 咲 イ タ ヨ。 花 ガ 、 ボ タ ン ノ。 と こ ろ で 、 一つの 文 節 に対 し て 、 独 立 語 、 接 続 語、 修 飾 語、 補 足 語 が つく 時︱
で あ り 、 被 接 続 語 であ り 、 被 修 飾 語 であ り 、 被 補 足 語 であ る時 に は 、 ど う な る か。 こ の時 に は 、 あ ま り や か ま し
いき ま り はな いよ う で あ る 。 独 立 語 は ま ず 先 に立 つ。 次 に 接 続 語 が 来 る のが ふ つう であ る。 そ の次 に は 状 況 語 が
つま り あ と に 立 つの が 普 通 であ る 。
来 る 。 修 飾 語 と 補 足 語 と は 、 いず れ が 先 に 来 る か は 一定し た き ま り がな いが 、 も し 補 足 語 が 被 補 足 語 に 対 し て 不 可欠 の気 持 が 強 け れ ば 、 被 補 足 語 に 近 く 置 か れ る︱
例 、 エ エ (独 )、 晴 レ タ ラ (接 ) ス グ (修 ) 出 掛 ケ テ ( 補 ) ミ マシ ョウ 。
し か し 、 接 続 語 、 修 飾 語、 補 足 語 のあ た り の順序 にな る と 、 あ と のも の が 先 に 来 ても 、 特 に倒 置 と いう 感 じ が
起 こ らな い。 た だ し 、 被 接 続 語 であ り 被修 飾 語 で あ り 被 補 足 語 であ る 文 節 が、 名 詞 を 中 核 と す る文 節 であ る場 合 には 、 接 続 語 が断 然 先 行 す る 。 例、 犬ト白イ猫 。
のが あ と に来 る 。
いわ ゆ る主 語 は 、 多 く の補 足 語 のう ち で 、 先 に立 つ こと が多 く 、 他 の も の はあ と の動 詞 に 密 接 な 関 係 を も つも
十 六 語句 の省略
日 本 語 で は 、 一つ の文 節 のう ち 、 自 立 語 だ け 省 か れ て、 付属 語 だ け残 る こ と は な い。 自 立 語 が省 か れ れ ば 付 属
語 も い っし ょ に除 か れ る 。 こ れ は 第 一法 則 であ る。 ﹁コ レ デ夏 休 ミ ハア ル ンデ シ ョウ カ 。﹂ ﹁デ シ ョウ ナ ア。﹂ のよ う な 例 は な いでも な い が、 特 殊 であ る 。
次 に、 付 属 語 は し ば し ば 省 か れ る。 例 え ば 格 助 詞 の ガ と ヲ、 副 助 詞 の ハ、 感 動 助 詞 の カ 、 助 動 詞 のダ な ど は 省
かれ る こと が 多 い。 こ の 場合 、 女 性 ら し い言 葉 つき 、 子供 ら し い言 葉 つき に な る 。 特 に 、 ハと 共 に 用 いら れ る は
ず のガ ・ヲ や 、 モと 共 に 用 いら れ る は ず の ガ は 必 ず 省 か れ る 。 ガ ノ 、 ヲ ノ、 ニノと な る べき 時 のガ ・ヲ・ニ も 省 か れ る こ と は前 に述 べた 。
ま た、 日 常 の会 話 で は、 文 節 の中 で、 言 わ な い で も 意 味 の 明 瞭 な も の は ど ん ど ん 省 か れ る 。 ﹁チ ョ ット 待 ッ
テ ! ﹂ ﹁ド ウゾ オ 静 カ ニ﹂ ﹁誰 ガ ? ﹂ ﹁君 ガ サ ﹂ ﹁ド ウ モ ソ レ デ ハネ エ﹂ な ど 。 ﹁少 シ困 ル ンダ ガ ネ エ﹂ な ど は 、 下
に ﹁マア 何 ト カ シ ヨウ ﹂ が省 略 さ れ た と も と れ る が、 ﹁ソ レ デ ハ困 ル ﹂ と 断 定 す る のを は ば か った 言 い方 と 見 る べき かも し れ な い。
そ の他 、 日本 語 で は 主 語 や 客 語 が 省 か れ た と 言 わ れ る も の があ る が 、 こ れ は む し ろ 主 語 ( 主 格 補 語) や 客 語
(対 格 補 語 ) ぬ き に表 現 し た も の と 見 ら れ る。 事 実 、 ﹁降 ッテ 来 タ カ ナ ﹂ と いう 発 話 を 耳 に し て 、 日 本 人 は ﹁雨 ガ﹂ と いう よ う な 文 節 が 省 か れ た と いう 感 じ は 全 然 受 け な い。
︹ 参 考 書︺
こ こ に 述 べ た と 同 様 な 日 本 語 と いう ラ ン グ に 関 す る 文 典 と し て 次 のも の が あ る 。 こ の 中 で 特 に 橋 本 博 士 のも の は 学 校
橋 本 進 吉 ﹃国 語 法 研 究 ﹄ 岩 波 書 店 、 一九 四 八 年 刊 。
文 典 の基 礎 に も な って お り 、 定 説 の 観 が あ る 。
一 ﹃ 国 語 法 品 詞 論 ﹄ 三 省 堂 、 一九 四 三 年 刊 。
( 岩 淵 悦 太 郎 ・林 大 補 註 ) ﹃新 文 典 別 記 ﹄ ﹁口 文 二 篇 ﹂ 冨 山 房 、 一九 四 八 年 刊 。
杉 山 栄
一 ﹃日 本 語 文 法 の輪 郭 ﹄ 三 省 堂 、 一九 四 八 年 刊 。
同
宮 田 幸
鶴 田 常 吉 ﹃日 本 文 法 原 論 ﹄ ﹁前 後 二 篇 ﹂ 関 書 院 、 京 都 、 一九 五 三 年 刊 。
同
﹃現 代 日本 語 の 文 法 ﹄ 教 育 出 版 、 一九 七 八 年 刊 。
﹃日本 文 法 教 室 ﹄ 東 京 堂 、 一九 六 二 年 刊 。
﹃現 代 語 法 新 説 ﹄ 刀 江 書 院 、 一九 五 五 年 刊 。
章 ﹃現 代 語 法 序 説 ﹄ 刀 江 書 院 、 一九 五 三 年 刊 。
﹃国 語 法 文 章 論 ﹄ 三 省 堂 、 一九 四 八 年 刊 。
砂 ﹃話 言 葉 の文 法 ﹄ ﹁言 葉 遣 篇 ﹄ 帝 国 教 育 会 、 一九 四 二 年 刊 。
﹃現代 日本 語 法 の 研 究 ﹄ 同、 一九 四 〇 年 刊 、 一九 五 一年 改 版 刊 。
鼎 ﹃現代 日本 語 の表 現 と 語 法 ﹄ 厚 生 閣 、 一九 三 六 年 刊 、 一九 五 一年 改 版 刊 。
﹃ 標 準 日本 口 語 法 ﹄ 中 文 館 、 一九 三 〇 年 刊 。
松 下 大 三 郎 ﹃改撰 標 準 日 本 文 法 ﹄ 中 文 館 、 一九 二 八 年 刊 。
個 々 の 語 形 や 助 詞 ・助 動 詞 の 用 法 ・意 義 に つ い て は 次 のも の に く わ し い。
同 佐久 間 同 三 尾 同
芳 賀綏
三 上
同
﹃日本 文 法 研 究 ﹄ 大 修 館 、 一九 七 三 年 刊 。
鈴 木 重 幸 ﹃日本 語 文 法 ・形 態 論 ﹄ む ぎ 書 房 、 一九 七 二 年 刊 。 久 野暲
同
﹃ボ ク ハウ ナ ギ ダ の 文 法 ﹄ く ろ し お 出 版 、 一九 七 八 年 刊 。
奥 津 敬 一郎 ﹃生 成 日本 文 法 論 ﹄ 大 修 館 、 一九 七 三 年 刊 。
南
不 二 男 ﹃現 代 日 本 語 の構 造 ﹄ 大 修 館 、 一九 七 四 年 刊 。
国 際 文 化 振 興 会 ﹃日 本 語 表 現 文 典 ﹄ 国 際 文 化 振 興 会 、 一九 四 四 年 刊 。
章 ﹃象 は 鼻 が 長 い﹄ く ろ し お 出 版 、 一九 六 〇 年 刊 。
﹃日 本 語 の 文 法 ﹄ ( 上 ・下 )、 大 蔵 省 印 刷 局 、 一九 七 八 ・ 一九 八 一年 刊 。
国 立 国 語 研 究 所 ﹃現 代 語 の 助 詞 ・助 動 詞 ﹄ 秀 英 出 版 、 一九 五 一年 刊 。 同 ︹補 遺 ︺
﹃日本 語 の 論 理 ﹄ 同 、 一九 六 三 年 刊 。
﹃日本 語 の 構 文 ﹄ 同 、 一九 六 三 年 刊 。
三 上 同
﹃三 上 章 論 文 集 ﹄ 同 、 一九 七 五 年 刊 。
﹃文 法 小 論 集 ﹄ 同 、 一九 七 〇 年 刊 。
同 同 同
日 本 語 の 動 詞
一 動 詞 の本 質 動 詞の重 要性
世 界 の 言 語 は 種 々様 々 であ る。 だ か ら、 あ る 言 語 に と って は 重 要 な 品 詞 が 他 の言 語 に は影 も 形 も な いと いう こ
と は ザ ラ で あ る 。 英 語 に は 日本 語 にあ る よ う な 助 詞 が な く 、 日 本 語 に は 英 語 にあ る よ う な 前 置 詞 や 冠 詞 が な い。
いわ ゆ る代 名 詞 も 、 英 語 では 一般 の名 詞 と はな は だ し く 異 な る が 、 日 本 語 のは 全 く 名 詞 の 一種 に成 り 下 が って いる 。
こ のよ う な 、 品 詞 の種 類 異 同 は 、 時 代 に よ っても ま た ち がう 。 いわ ゆ る 連 体 詞 は 、 古 い時 代 の 日本 語 に は な か
った も の の よ う だ 。 今 の コノ ・ソ ノ な ど は 、 古 い時 代 に は ﹁こ ﹂+ ﹁の﹂、 ﹁そ ﹂+ ﹁の﹂ と いう 二 語 だ った 。 イ ワ
ユ ル ・ア ラ ユ ルは 、 古 く は 動 詞 ﹁いふ ﹂ ﹁あ り ﹂ の変 化 形 だ った 。 同 様 に、 今 あ る 接 続 詞 も 、 も と を 正 せ ば 派 生
語ま た は 複 合 語 ば か り で あ る と こ ろ を み る と 、 古 い時 代 の 日本 語 に は 接 続 詞 も な か った よ う だ。
の ﹃言 語 ﹄ に よ れ ば 、 ア ルゴ ンキ ン語 族 に 属 す る フ ォ ック ス語 で は 、 ﹁そ れ か ら 彼 ら は 一緒 に な って ( 彼 らを)
ア メ リ カイ ンデ ィ ア ン の言 語 は 、奇 妙 な 言 語 で、 ず いぶ ん 複 雑 な 内 容 を た った 一語 で 表 現 し て し ま う 。 サ ピ ア
彼 ら のも と か らず っと 追 払 って いた﹂ と いう 意 味 を 、 eh︲ kiwi-n-a-m-oht-ati-wa-ch(i)
と いう 長 大 な 一語 で 表 わ す そ う だ 。 こ う いう 風 に 全 体 を 一つの長 い動 詞 で表 現 し てし ま う の が特 徴 だ と いう 。 こ
う いう 言 語 では 副 詞 と いう よ う な 品 詞 も な い の で は な いか。 こ う 考 え て ゆ く と 、 数 あ る 品 詞 のう ち で ど の言 語 に
も 普 遍的 な も の は感 動 詞 と名 詞 と いう こ と にな り そ う だ 。 そ う し て そ の次 は 動 詞 ら し い。 サ ピ ア は 、 以 上 の よ う
な 考 察 を し て か ら、 ﹁ど ん な 言 語 で も 名 詞 と 動 詞 と を 全 く 区 別 し え な いと いう も のは な い﹂ ( 泉井訳、一一四ペー ジ) と 結 ん で い る。
も っと も こ こ に いう ﹁動 詞﹂ と は、 日 本 語 に あ て は め れ ば 、 動 詞 と 形 容 詞 を い っし ょ に し た 、 い わ ゆ る ︿用
言 ﹀ に 該 当 す る のか も し れ な い。 し か し 、 ︿用 言 ﹀ の中 で、 動 詞 は 、 よ り代 表 的 な も のと し て認 め て い いで あ ろ う 。 動 詞 が、 重 要 な 単 語 の 一類 で あ る こ と は 争 いが た い事 実 で あ る 。
二 動 詞 の特 色 と 職 能 品 詞分 類と 動詞
日本 語 の単 語 を 品 詞 に 分 類 し て動 詞 に 到 達 す る 場 合 に、 動 詞 は 、 ま ず 形 容 詞 と と も に 用 言 と いう 一類 を 形 作 る 。
そ う し てそ の中 を 再 区 分 し て 、 動 詞 と いう 種 類 が 取 り 出 さ れ る 。 こ れ は 多 く の学 者 の 説 を 通 し て 一貫 し て いる 。
た だ し 、 用 言 の特 色 を ど う 見 る か、 動 詞 の特 色 を ど う 見 る か と いう こと にな る と 、 学 者 に よ り、 いろ いろ な ち が
いが 出 てく る。 大 げ さ に 言 う と 、 百 人 百 説 で あ る 。 そ の中 に は 形態 によ って 分 類 す る も の、 職 能 によ って 分 類 す
るも の、 意 味 に よ って 分 類 す るも の があ る。 さ ら に、 水 谷 静 夫 氏 が 手 き び し く 批 判 し た よ う に 、 そ れ ら を 混 用す る も の があ る 。(﹁日本語 の品詞分類﹂ 、﹃ 講座 ・現代 の国語学Ⅱ﹄所載)
私 は 右 のう ち 、 品詞分 類 は 、 職 能 によ る と いう 行 き 方 が い いと 思 う 。 と いう よ り も 、 そ れ で な け れ ば いけ な い
と 思 う 。 そ う で はな いか 。 品詞 は 文 法 的 な 見 地 か ら 見 た 単 語 の種 目 であ る 。 文 法 に お け る 単語 論 と は 、 一つ 一つ
の語 が ど う いう 文 脈 に 用 いら れ る か を 論 ず る こ と で あ る 。 と す れ ば 、 形 態 に よ る 分 類 と か 意 義 に よ る 分 類 と か は 、
あ く ま でも 便 宜 的 な も の で、 原 則 は あ く ま で も 、 職 能 本 位 で いか な け れ ば な ら な い。 鶴 田 常 吉 氏 が 、 ﹃日 本 文 法
学 原 論 ﹄ で 言 って いる のは 正 論 で あ る 。 ﹁文 法 学 上 の単 語 分 類 は 専 ら そ の組 織 性 能 の異 同 に 基 づく べき であ り 、
そ の他 の事 項 を 基 準 と し て の 分 類 は 無 意 味 不 要 であ る ﹂ ( 前篇九〇︲九 一ページ) こ の意 味 で徹 頭 徹 尾 職 能 によ る 品
詞 分 類 を 試 み た 文 法 学 者 と し て、 私 は ﹃ 国 語 法 品 詞論 ﹄ の著 者 、 杉 山 栄 一氏 を 推 す 。 細 か い具 体 的 内 容 には 問 題 も あ る が、 全 体 の趣 旨 は す ば ら し い。
動 詞 の職能
活 用 す る 、 活 用 し な いと いう よ う な こと は 形態 のち が い であ る 。 これ は 目 に つき や す い性 格 であ る が 、 これ を
品 詞 分 類 の基 礎 に 立 て る こ と は ど う か と 思 う 。 阪 倉 篤 義 氏 が、 用 言 が 用 言 た る 事 の意 味 は そ の 職 能 にあ る と し て 、 次 の よう に の べ た こと は あ じ わ う べ き で あ る 。
結 果 的 に見 て、 活 用 す る と 認 め 得 る と いう こ と は 、 そ の語 が 用 言 であ る こ と のな に よ り も 大 き な 徴 表 で あ ろ
う 。 し か し な が ら 、 本 来 両 者 は、 ﹁活 用 す る か ら 用 言 であ る ﹂ と いう 関 係 にあ る の み で は な く て、 ﹁用 言 であ
る か ら 活 用 す る ﹂ と いう 関 係 にあ る と 見 る べき も ので あ る 。 一つ の語 が 用 言 であ る か 否 かを 決 定 す べき 契 機
は 別 に 存 す る の であ って 、 そ の よ う な 用 言 と し て種 々 の機 能 を 果 た す た め に語 形 が 交 替 す る 、 そ れ が 活 用 と 呼 ば れ る 現 象 な の であ った 。
実 際 、 も し 、 日本 語 の動 詞 が す べ て の語 形 変 化 を 失 った と す る。 し か し 、 そ れ でも 文 法 学 者 は、 終 止 ・連 体 ・
連 用 と いう よ う な 職 能 を も つこ と によ って、 動 詞 と 認 め る に ち が いな い。 長 崎 県 五 島 列 島 の方 言 では 、 ﹁取 る ﹂
と いう 動 詞 は 、 ト ッ ・ト ッテ ・ト ッバ ・ト ッ マス のご と く 変 化 し 、 否 定 態 のト ラ ンな ど 少 数 のも の を 除 いて 、 語
尾 は ほと ん ど す べ て ト ッと な って いる 。 こ う いう 方 言 を 見 る と 、 活 用 語 尾 の変 化 のな い方 言 が生 ま れ な いと も 限 ら な い。
動 詞 の特色
橋 本 四 郎 氏 が 、 ﹃日 本 文 法 講 座 ﹄ ( 明治書院) の総 論 で 職 能 に よ る 品 詞 分 類 の優 秀 さ を 論 じ 、 用 言 の 用 言 た る ゆ
え ん 、 動 詞 の動 詞 た る ゆ え ん を 、 そ の職 能 に よ って 規定 し て いる の には 、 全 幅 の 敬意 と 賛 意 を 表 す る 。 橋 本 氏 の
考 え ら れ る動 詞 の特 色 は 、 同 書 に 述 べら れ て い る。 私 の言 葉 で 述 べか え れ ば こう な る 。
用 言 と は、 主 格 そ の他 の連 用 修 飾 語 を 受 け る こと が でき 、 文 を と め る こ と が で き 、 ま た 単 独 で、 ま た は 助
詞 ・助 動 詞 を 伴 って、 さ ら に、 種 々 の 語 に続 い て いく こ と の でき る 語 で あ る 。 動 詞 と は 、 用 言 の中 で、 デ
ス ・マス体 に お け る 形 を も ち 、 命 令 形 ・制 止 形 ・使 役 態 ・受 動 態 ・始 動 態 ・終 結 態 の類 を も つ (た だ し、 意 味 上 矛 盾 し な いか ぎ り ) 語 であ る 。
三 動 詞 の形態 動 詞 の音 韻上 の形態
日 本 語 の動 詞 は 、 他 の品 詞 に属 す る 語 に 対 し て著 し い形 態 を も つ。 特 殊 な 語 形変 化 を す る と いう こ と が そ れ で
あ る が、 そ れ に つ いて は 後 に の べる 。 言 い切り の形 を と って み ても 、 動 詞 と し て 共 通 の 形 を も って い る。 す な わ ち 、 ∼ u, ∼u i, r ∼u e, r∼uruで 終 る と いう の が そ れ だ 。
世 界 の 言 語 の中 に は 動 詞 の 語 尾 がき ま った 形 を も つも の とも た な いも のと があ る 。 英 語 や 中 国 語 は 、 き ま って
いな い方 だ。 ﹁顔 ﹂ と か ﹁手 ﹂ と か いう 意 味 の 名 詞facや ehand は 、 そ のま ま の形 で ﹁面 ス ル﹂ と か ﹁渡 ス ﹂ と
か いう 動 詞 にな る 。 日本 語 の動 詞 はド イ ツ語 や フラ ン ス 語 と と も に き ま った 語 尾 を も つ部 類 に 入 る 。 ど う し て こ
のよ う な こと にな る の か。 こ れ は 、 日 本 語 の動 詞 が 語 形 変 化 を す る こと と 関 係 が あ る。
そ も そ も 、 語 形 変 化 と いう こ と は そ の言 語 の使 用者 に と って 記 憶 上 の負 担 であ る。 そ れ な ら ば 語 形 変 化 は な る
べ く 規 則 的 で あ る こと が 望 ま し い。 そ のた め に 同 じ 職能 を も つ語 は 同 じ よう な 形 を と る こ と が 要 求 さ れ る 。 ド イ
ツ語 の動 詞 の 語 尾 が 、 ∼en, ∼ern∼,elnで 終 り、 フ ラ ン ス 語 の 動 詞 の 語 尾 が 、 ∼e' r∼ir∼ ,o, ir ∼re で終 る の は そ れ だ 。 日本 語 の動 詞 で言 い切 り の語 尾 が き ま った 形 で終 る のも そ れ だ。
動詞 の音 調上 の形態
日本 語 の動 詞 が 特 殊 な 形 態 を も って いる のは そ う いう 音 韻 の上 だ け の こ と では な い。 ア ク セ ント の上 で も そ う だ。
○ ○型 ○ ○ ○ 型
○ ○ ○ 型
○○○○ 型
○○○○ 型
た と え ば 、 東 京 方 言 の動 詞 は 次 のよ う な 型 の いず れ か に 属 す る 。
○ ○型
元 来 、 ○ ○ ○ 型、 ○ ○ ○ ○ 型 と いう よ う な 型 に 属 す る単 語 は 東 京 語 に は 少 な い。 動 詞 と 形 容 詞 が そ の代 表 的 な も
の だ と 言 っても い いく ら いだ 。 こ れ は 動 詞 の 語 尾 が 、u やer 信u で終 って いる と いう のと 並 行 的 な 事 柄 であ る 。 こ
の意 味 で 林 大 氏 が、 ﹁ア ク セ ント 私 見 ﹂ ( ﹃跡見学 園紀要﹄ 一九五四年)で 動 詞 の ア ク セ ント の 変 化 は 、 一種 の活 用 と
見 る べき だ と 説 いた の は正 し い。 ま た 南 不 二男 氏 が ア ク セ ント の 種 類 に よ って動 詞 の 種 類 を 分 け 、 全 体 の動 詞 を 三 段 活 用 と 二段 活 用 と に 分 け た のも お も し ろ い。(﹃ 国語学﹄第二七輯)
た だ し 、 こ のよ う に見 て く る と 、 ガ ラ ガ ラ ・グ ルグ ル のよ う な 、 いわ ゆる 擬 音 語 ・擬 態 語 の類 も 活 用 す る と い
う こと に な る 。 こ れ ら の ア ク セ ント は 、 副 詞 形 は ガ ラ ガ ラ (ト ) であ り 、 終 止 形 は ガ ラ ガ ラ (ダ) だ か ら だ。 こ
れ は、 杉 山 栄 一氏 が こ の類 を 副 詞 か ら は な し て動 詞 や 形 容 詞 と 同 類 の語 に摂 す る 立 場 を 支 持 す る こ と にな り、 及 ぼ す 影 響 は 小 さ く な い。
四 動 詞 の意 味 用 言 の意 味
動 詞 を 含 め て 用言 とい う も の の意 味 に つ い て の 画 期 的 な 見 解 を 発 表 さ れ た の は、 山 田 孝 雄博 士 だ った 。
も と も と動 詞 の意 味 は と いう と 、 ︿動 作 ・作 用 を 表 わ す ﹀ と いう 考 え があ った 。 た と え ば 、 ﹃日本 文 学 大 辞 典 ﹄
の動 詞 の条 の解 説 も 、 こ の考 え に よ って 書 か れ て いる 。 が、 こ れ では 無 造 作 にす ぎ た 。 動 作 ・作 用 を 表 わ す と い
う な ら ば 、 ﹁釣 リ ﹂ と か ﹁眠 リ ﹂ と か いう よ う な こ と ば でも 、 り っぱ に 動 作 ・作 用 を 表 わ す こと ば で あ る 。 ﹁釣
リ ﹂ と ﹁釣 ル﹂と は ち が う 。 ﹁眠 リ ﹂ と ﹁眠 ル﹂ と は ち が う 。 ﹁釣 ル﹂ の意 味 は ﹁釣リ ﹂ に 対 し て 、 プ ラ ス α で あ る 。 こ のプ ラ スα が 用 言 を 用 言 た ら し め る も の で あ る 。 こ のプ ラ ス α は何 か 。
山 田 博 士 は こ の プ ラ ス αを 説 い て ︿陳 述 の 力 ﹀ だ と さ れ た 。 博 士 は 動 詞 ・形 容 詞 を 総 括 し た 用 言 の意 味 を 、 こ う 説 明 し て いる。(﹃ 日本文法学概論﹄ 一四三 ページ)
用 言 と は 、 陳 述 の力 を 寓 せ ら れ てあ る 語 にし て 多 く の場 合 に事 物 の属 性 を 同時 にあ ら は せ り。
博 士 の こ の 陳述 の説 明 は 、 哲 学 的 でな か な か 難 し い。 これ に つい て議 論 が 百 出 し た こ と は 芳 賀 綏 氏 の ﹁陳 述 と は
何 者 ? ﹂ (﹃ 国語国文﹄二 三ノ四)と いう 論 文 に よ く ま と め ら れ て いる。 山 田 博 士 も 時 に信 念 がぐ ら つか れ て、 花 ノ咲ク樹 人 ノ住 マヌ家
のよ う な 連 体 形 の例 に 対 し て は 、 ﹁厳 密 に いは ば 陳 述 を な す も のに あ ら ず し て﹂ ( 同六九二 ページ)な ど と 言 って お ら れ る。 こ れ で は動 詞 の本 質 と し て の陳 述 の力 の存 在 を 否 定 し た に等 し い。
用 言 のプ ラ ス α の本 質 を も っと す っき り 説 いた の は、 橋 本 進 吉 博 士 だ 。 橋 本 博 士 は 、 ひ ろ く 用 言 の 意 味 を 属
性 プ ラ ス叙 述性 だ と 説 いた。(﹃ 国語法研究﹄六六ペー ジ) 叙 述 性 と は ﹁そ の属 性 が あ る ﹂ ま た は ﹁あ る も の が そ の属
性を ( 有 す る )﹂ と いう 意 味 の こと だ 。 こ の説 き 方 は 、 動 詞 のす べ て の 活 用 形 にわ た って いえ る 点 で非 常 に都 合
が い い。 私 は こ の 見 解 に従 う 。 つま り、 用 言 の 用 言 た る ゆ え ん は 叙 述 性 にあ る と いう こ と にな る。
な お 叙 述 と 陳 述 と の問 題 に つ い て は、 文 法 学 界 に 説 が 多 い。 こ れ に つ いて は、 渡 辺 実 氏 の ﹁ 叙 述 と 陳 述 ﹂ (﹃ 国
語学﹄第 一三・一四輯所載)・杉 山 栄 一氏 の ﹁副 詞 の境 界 線 ﹂ ( ﹃国語学﹄第二四輯所載)を 参 照 さ れ た い。
動 詞 の意 味
以 上 のよ う に し て 、 用 言 の意 味 は 一応 解 答 が 出 た と し て、 用 言 に は 動 詞 と 形 容 詞 と があ る 。 形容 詞 に 対 し て 、
動 詞 は ど のよ う な 意 味 を も って いる か。 よ く 言 わ れ る の は、 動 詞 は動 作 ・作 用 を 表 わ し 、 形 容 詞 は事 物 の有 様 を
表 わ す と 言 う の で あ る が、 実 際 は こ ん な 簡 単 な も の で は な い。 ﹃ 国 立 国 語 研 究 所 報 告 ﹄一三 所 載 の ﹁総 合 雑 誌 の
用 語 ﹂ に、 林 大 氏 が 動 詞 の意 味 に つ いて の詳 密 な 研 究 を 発 表 し て いる が、 そ れ を 私 な り に 簡 単 化 し て も 、 いわ ゆ る 動 詞 に は 次 の よう な 意 味 を も つも のが あ る 。
値 ス ル。
ガ ウ。
動 作 を 表 わ す と 言 え る のは 次 のう ち の(7 、) 作 用 を 表 わ す と 言 え る のは 次 のう ち の(9だ)。 ほ か に(1 ∼) (6お)よ び
消 エ ル。
イ ル。
︵ 8) の( よ1う0な )も のが あ る。 (1)ア ル。
(2)現 ワ レ ル。
ヨル。
大 キ スギ ル。
( 私 ノ 伯 父ニ ) ア タ ル 。チ
チ ナ ム。
赤 スギ ル。
対 ス ル。
(3 )関 ス ル 。
話 セ ル。 ナ オル。 ト トノウ。
(4 )(⋮⋮ ガ ) デ キ ル 。 (5)成 ル。
ソ ビ エ ル。
ガ タ ガ タ ス ル。
(6 )似 ル 。
(7 ) 話 ス。 書 ク 。 読 ム。 歩 ク。 売 ル。 買 ウ 。 働 ク 。 (8 ) 喜 ブ。 悲 シ ム。 愛 ス ル。 キ ラ ウ 。 願 ウ。 ア キ ラ メ ル。 ( 9) 見 エ ル。 聞 コ エ ル。 痛 ム 。 生 マレ ル。 死 ヌ。 (1 0( ) ガ ) 降 ル。 (風 ガ ) 吹 ク。 雨
こ のう ち 、︵1の ︶意 味 は 存 在 だ 。(2は)存 在 の変 化 だ 。(3は)関 係 と 言 う べき だ 。(4は)状 態 ま た は 属 性 で 、(5は)状 態
の変 化 だ 。(6は)属 性 ・状 態 を 帯 び る こ と と いう べき だ ろ う 。(8は)心 理 作 用 であ り、(1 は0自)然 現 象 で あ る。 と す
る と 、 動 詞 の意 味 は 、 非 常 に 雑 多 な も のプ ラ ス叙 述 性 と いう こ と に な る 。 ま た 、 こ のよ う に 見 て く る と 、(1)(3)(4) は 、 形 容 詞 と 意 味 上 の区 別 が な いこ と にな る。
こ こ で 、 山 田孝 雄 ・松 下 大 三 郎 両 博 士 の見 方 が 振 り 返 ら れ て く る。 山 田 博 士 の 説 は 、 ﹃日本 文 法 講 座 ﹄ の第 二
巻 に、 北 条 忠 雄 氏 が 紹 介 し て お ら れ る 。 こ こ に は 、 松 下 博 士 の 説 を 引 く 。 博 士 は ﹃標 準 日本 口語 法 ﹄ に 言 う 。
作 用 の観 念 は そ の認 識 のさ れ 方 が 二 つ有 る。 時 間 的 と 超 時 間 的 と の 二 つ であ る 。 ﹁鳥 が 飛 ぶ﹂ の如 く 時 間 の
経 過 の中 に 働 く 作 用 は 之 を 動 作 と い ふ 。 ﹁景 色 が 佳 い﹂ の如 く 時 間 の経 過 に関 係 な し に認 識 さ れ た 作 用 は 之 を 形 容 (状 態 ) と いふ 。
( 状
し か し動 作 の中 に は 、 ﹁飛 ぶ ﹂ ﹁鳴 く ﹂ ﹁走 る ﹂ の様 な 運 動 的 な 動 作 と 、 ﹁居 る ﹂ ﹁有 る ﹂ の様 な 静 止 的 の動 作
と が あ る。 前 者 は 時 間 中 に於 け る 変 化 で 、 後 者 は 時 間 に於 け る 不 変 化 で あ る 。 こ の 静 止 的 動 作 と 形 容
態 ) と は 違 ふ。 静 止 的 動 作 は 不 変 化 で も 時 間 の中 に存 す る が、 形 容 は 時間 を 超 越 し て ゐ る。 こ の道 理 が 分 ら
な い為 に ﹁有 り ﹂ を 形 容 詞 だ な ど と いふ 人 が あ る の で あ る 。 動 作 詞 と 形 容 詞 と の区 別 は そ の観 念 の 認識 のさ れ 方 に 在 る 。( 二九︲三〇ページ)
こ の 見 方 は 、 山 田 博 士 ・橋 本 博 士 のも てあ ま し た ﹁あ る ﹂ の性 格 を 説 いて 出 色 であ る 。 た と え ば 、 キ ノ ウ 欠 席 者 ハア ッタ カ ?
私 の言 う 以 前 態 で 言 う 。 ﹁ア ル﹂ と 非 以 前 態 で いう こ と は で き な い。 が、 否 定 の 場 合
と いう 問 が出 た と す る 。 答 が 肯 定 の場 合 に は、 ア ッタ。
のよ う に 、 必 ず 過 去 態 ︱ に は、 ﹁ナ カ ッタ ﹂ と も 言 え る が 、 ナイ 。
と 非 以前 態 で い って も い い。 これ な ど 同 じ 存 在 を 表 わ す 語 な が ら 、 形 容 詞 の ﹁ナ イ ﹂ の方 は 時 を 超 越 し て いる の
に対 し て ﹁ア ル﹂ の方 は 、 時 間 中 に お け る 変 化 で あ る た め と 解 釈 さ れ る 。 ち な み に 、 来 ナ カ ッタ カ ? に対 し て も 、 来 タ。/来 ナ イ (又 は 、 来 ナ カ ッタ )。
と 、 肯 定 の場 合 と 、 否 定 の場 合 に ち が いが 出 てく る と ころ を 見 る と 、 否 定 態 は、 一種 の 形容 詞 にな って い るも の と 思 わ れ る。
五 動 詞 の変 化 形 動 詞 の変 化形 とは 日本 語 の動 詞 は 語 形 変 化 を す る 。 いわ ゆ る 活用 が そ れ だ。
現在 、 中 学 校 の国 語 教 科 書 にお け る 文 法 論 は 、 大 体 文 部 省 の文 法 教 科 書 に 従 って いる 。 そ こ で 説 か れ る 文 法 は
﹃日 本 文 法 講 座 ﹄ の中 の高 橋 一夫 氏 の記 述 のと お り で あ る 。 が 、 も し 、 日本 語 を 世 界 の ほ か の言 語 と 比 べた 場 合 、
日本 語 の動 詞 は ど ん な 語 形 変 化 を す る と 見 ら れ る か 。 服 部 四 郎 博 士 は 、 一般 言 語 学 的 な 立 場 から 独 自 の単 語 の 切
り方 を 提 唱 さ れ た 。( ﹃ 言語研究﹄第 一五号) そ の内 容 に つ いて は 、 同 じ 講 座 の総 論 に、 佐 久 間 鼎 博 士 が 紹 介 し て お
ら れ る か ら こ こ で は 省 略 す る が、 いま 、 そ れ を 適 用 す る と 、 動 詞 の活 用 形 のう ち 単 独 で 用 いら れ な いも の はす べ
て単 語 の一 部 と な る 。 未 然 形 や 音 便 形 、 い わ ゆ る 口語 の仮 定 形 な ど は そ う だ 。 いわ ゆ る ﹁助 動 詞﹂ は 、 多 く の場
合 上 の語 と 全 体 で 一語 と な り 、 つま り 動 詞 の変 化 形 と いう こと にな る 。 つま り 、 そ の結 果 を 見 る と 、 山 田 文 法 の 切 り方 と 大 体 一致 す る 。
こ のよ う な 見方 に 従 う と 、 動 詞 の変 化 形 に は ど ん な も の があ る こ と にな る か 。 そ し て 、 そ れ は ど のよ う に 分 類 され るか。 そ の形 態 ・職 能 を 基 準 に し て分 類す る と 次 のよ う にな る 。
(aの )最 後 文 に 用 いら れ るも の
( 終 止 形 の ) 行 ク 。 行 ケ 。 行 ク ナ 。 行 コ ウ 。 行 ク マイ 。 行 カ ア 。 (bの )途 中 文 に 用 いら れ る も の
行 ッ テ 。 行 キ 。 (連 体 形 の ) 行 ク 。 行 ケ バ 。 行 ッタリ 。 (c 詞)の 類 助 を つ け て 用 いら れ る も の
レル 。 行 キ タ イ 。 行 カ ナ イ 。 行 ケル 。
行 キ ソ ウ。 行 キ カ ケ。 行 ッ タ 。 行カ セ ル 。 行 カ
(1そ )れ 以 上 変 化 し な い形 (=一つしか職 能を も たな い形 ){
(2さ ) ら に変化す る形⋮⋮ ⋮ (=二 つ以 上 の職 能 を も つ形 )
以 上 の ほ か に 、 普 通 動 詞 プ ラ ス 助 動 詞 と 言 わ れ る も の に 、 書 キ マ ス ・行 キ マ ス の 類 が あ る が 、 こ れ は ち が う 文
体 に 用 い ら れ る 形 で 、 右 の い ず れ に も 入 ら な い 。 こ の 形 は 一般 に は 敬 譲 表 現 の 一種 に 含 ま せ て い る が 、 そ の 行 き
方 は 三 尾 砂 氏 の 説 か れ る よ う に 、 ち ょ っと お か し い 。( ﹃話し こと ば の文 法﹄ 改訂 版 、 三一 八 ペー ジ ) こ れ は こ れ で 、 行
キ マ ス・ 行 キ マセ ン ・行 キ マ シ タ ⋮ ⋮ ・行 カ レ マ ス⋮ ⋮ のよ う に変 化 す る 別 の文 体 の 形 であ る。 これ はち ょう ど
﹁起 キ ル﹂ に 対 し て ﹁起 ク ﹂ と いう 、 いわ ゆ る 文 語 と いう 文 体 の形 が あ って 、 別 に 変 化 す る のと 同 じ よ う な も の であ る。
変 化形 の種 類
前 ペー ジ に あ げ た 二 類 四種 の変 化 形 は 、 形 の 上 で 対 立 す る ば か り でな く 、 意 味 の上 でも 対 立 す る。 す な わ ち 、
︵1の)︵a は)、 そ の動 詞 固 有 の意 味 の ほ か に 、 話 し 手 の主 観 を も 込 め て 表 現 す る 形 であ る 。 た と え ば 、 ﹁書 ク ﹂ と い
う 動 詞 は 、本 来 ﹁書 写 ﹂ と いう 意 味 と ﹁ソ ウ イ ウ 動 作 ガ 行 ワ レ ル﹂ と いう 叙 述 性 と の複 合 だ 。 ﹁書 ケ﹂ は 、 さ ら
に そ の上 に ﹁ソ レ ヲ 我 ハ今 命 ジ ル ﹂ と いう 主 観 を プ ラ スし た 意 味 を も つ。 つま り 、 こ の(1の )(aの)形 は、 意 味 か
ら 言 って、 書 ク ヨ ・書 ク ネ ・書 ク ワな ど 、 書 ク 動 詞 に いわ ゆ る 終 助 詞 が つ いた 形 と 同 等 のも の であ る と 言 って い
い。 書 カ ア は 語 源 的 に動 詞 +終 助 詞 であ り 、書 ケも 大 野 晋 氏 の 説 ( ﹃ 国語と国文学﹄昭和二八年六月号) に よ る と そ う
だ と 言 わ れ る 。 三 上 章 氏 は(1の )(a の)形 を シ ャル ル ・バイ イ の術 語 で いう 動 詞 の モド ウ ス (mod)uの s表 現 であ る
と し 、 こ れ を ﹁陳 述 形﹂ と 呼 ん だ 。(﹃ 現代語法新説﹄一三四 ページ) いわ ゆ る 終 止 形 の ﹁ 書 ク ﹂ も 陳 述 形 の 一つ で、 動 詞 ﹁書 ク ﹂ の原 形 であ る ﹁書 ク ﹂ と は ち がう 。 (イ心 )ニ 思 ッタ ト オ リ 書 ク ト イ ウ コト ハ難 シイ 。 ( 原 形)
writは e( (h ロe ))wrと i言 tes 分 け る と こ ろ で あ る 。(ロは)、(イに) ﹁断 定 ﹂ と いう 主 観 的 な
) ( ロ 彼 ハ手 紙 ヲ 日ニ 二 、 三 十 通 ズ ツ グ ラ イ書ク 。 ( 終止 形) 英 語な ら ば 、(イは)to
意 味 が加 わ って いる 。(イは)デ ス ・マ ス体 にな ら な いが 、(ロは)デ ス ・マス体 にな る 。 ︵2 に) あ げた形 は、
書 イ テ シ マ ウ 書 イ テ イ ル 書 ク カ モ シ レナ イ 書 キ カ ケ ル 書 コウ ト ス ル 書 ク ツ モ リ ダ 書 ク ハズ ダ
書 カ ナ ケ レ バ ナ ラナ イ 書 ク ト コ ロダ
ト イ ウ 作 用 ガ 行 ワ レ ル﹂ ﹁〓
ノ 状 態 ニナ ル﹂ の よ う な 意 味 が 加 わ る 。 こ の〓
の部 分 が い ろ いろ
のよ う な 、 動 詞 に 補 助 動 詞 ・補 助 形容 詞 の類 が つ いた も のに 似 て いる 。 これ ら は 動 詞 の表 わ す 属 性 の意 味 に 、 そ れ は ﹁〓
に変 る の であ る 。 新 し い意 味 が 付 加 さ れ る と いう 点 で は 、(1の )(aと)同 じ であ る が、 付 加 さ れ た 意 味 が 客 観 的 な
意 味 であ り、 全 体 が 動 詞 の原 形 と 同 じ く 叙 述 性 を も って いる 点 で(1の )(aと)は ち がう 。 詳 し い こ と は 、 小 稿 ﹁不 変 化 助 動 詞 の本 質 ﹂ ( ﹃国語国文﹄巻二二ノ二 ・三)を 御 覧 いた だ け る と あ り が た い。
こ の こ と か ら 、 三 上 章 氏 は 、(2に )属 す る 語 形 は、 バイ イ の いわ ゆ る デ ィクト ゥム (dic) tを um 表 わ す 語 形 であ る と し 、 非 陳述 形 と命 名 し た。
書 ク ノ ニ 書 ク マデ 書 キ モ 書 キ 書 キ
次 に(1の )(cの )形 は 、 形態 ・用 法 と も に
のよ う な 、 動 詞 に副 助 詞 ・係 助 詞 の類 が つ いた 形 に 似 て いる 。 意 味 も ま った く 同様 であ る。 これ ら は 、
動 詞 の意 味 プ ラ ス 付 加 的 な 副 詞 的 な 意 味 プ ラ ス 次 に 来 る 他 の 語 に 対 す る こ の動 詞 の関 係
テ﹂ の形 と で あ る。 こ の 二 つは 、 接 尾 語 の 類 や 、 補 助 動 詞 の
を 表 わす 。 話 し 手 の主 観 の要 素 を 欠 く と いう 点 で は 、(2の )語 句 と 同 じ であ る。 こ のう ち で注 意 す べき も の は 、 連 用 形 と、 ﹁︱
類 を つけ て動 詞 の非 陳 述 形 の諸 表 現 を 表 わ す のに 用 いら れ る 。
最 後 に︵1の ︶︵bは︶、 次 の助 詞 ・助 動 詞 の 類 が つき 、 そ の助 詞 ・助 動 詞 の助 け を か り て 、 や は り 、 非 陳 述 形 の諸 表 現を表わす。
以 上 を 総 合 す る と 、 二 一九 ペー ジ に あ げ た 表 の中 で、︵1の ︶(aだ)け が ひ と り 異 な って 、 モ ド ゥ スを 表 わ し 、( ︶1 の(b)と (、 c( )2と)は 、 ひと しく デ ィ クト ゥ ムを 表 わす 言 い方 と いう こ と に な る。
私 は 、 ﹃日本 文 法 講 座 ﹄ の総 論 で、 日 本 語 の動 詞 の時 ・態 ・相 お よ び 法 に つ いて 述 べ た 。 そ れ ら は いず れ も 意
味 の上 で関 連 のあ る デ ィク ト ゥ ム の変 化 を そ れ ぞ れ 一括 し て 呼 ん だ 呼 び名 で あ った 。
六 形 態 に よ る 動 詞 の 分 類
日本 語 の動 詞 の分 類 は いろ いろ な 立 場 か ら で き る 。 も し 形態 によ って 分 け る と 、 た と え ば 音 節 の 数 に よ って 二
音 節 の動 詞・ 三 音 節 の動 詞 ⋮ ⋮ のよ う に な り 、 活 用 の種 類 か ら み て、 四 段 活 用 の動 詞 ・上 下 一段 活 用 の動 詞 ⋮ ⋮ な ど にな る 。 活 用 に よ る 分類 は 、 高 橋 一夫 氏 の説 か れ ると こ ろ に 詳 し い。
単純 動 詞と複 合動 詞
こ れ を 文 部 省 文 法 のよ う に 一語 と 見 る と 、 こ れ は 複 合
形 態 によ る 分 類 を 少 し 立 場 を 変 え て、 職能 と 関 連 さ せ て 分 け る と 単純動 詞 と 複合 動 詞 にも 分 れ る 。 書 ク ・読 ム 等 が 単 純 動 詞 であ り、 勉 強 ス ル ・運 動 ス ル のよ う な 語︱ 動 詞だ。
こ の 二 つ の動 詞 の間 に は 、 切 り 離 し が き く ・き かな い のち が いが あ る。 勉 強 ス ル ・運 動 ス ルは 、 必 要 に応 じ て、
﹁ス ル﹂ を ﹁サ セ ル﹂ ﹁デ キ ル﹂ ﹁ナ サ ル﹂ な ど に 取 り 換 え て 使 う こ と が でき る 。 書 ク ・読 ム の類 は こ れ が で き な
い。 書 ク・ 読 ム の類 を ワ ンピ ー ス とす れ ば 、 勉 強 ス ル ・運 動 ス ル の方 は ト ゥー ピ ー スだ 。 こ の 関 係 は 、 形 容 詞 と
呼 ば れ る ﹁白 イ ﹂ ﹁赤 イ ﹂ ﹁ 大 キ イ ﹂ ﹁小 サ イ ﹂ 対、 形 容 動 詞 と 呼 ば れ る ﹁静 カ ダ ﹂ ﹁賑 ヤ カ ダ ﹂ ﹁元 気 ダ ﹂ ﹁活 溌 ダ ﹂ の関 係 に似 て い る。 複 合 動 詞 を 作 る 語 根 は、 右 にあ げ た 漢 語 の熟 語 に は 限 ら な い。 ク シ ャ ミ ス ル イ タ ズ ラ ス ル ダ ッ コス ル エ ン コス ル 青 々 ス ル 寒 々 ス ル
オ 呼 ビ ス ル オ 誘 イ ス ル 御 招 待 ス ル ハ ット ス ル シ ャ ント ス ル ( 頬 が )カ ッカ ス ル グ ラグ ラ ス ル テ キ パ キ ス ル ハ ッキ リ ス ル ピ ッタ リ スル
シ テ の形 で 用 いら れ る ) レ
ド タ ン バ タ ン ス ル シ ンネ リ ム ッツリ スル 寂 ト ス ル 杳 ト ス ル ( 主 に︱ 坊 チ ャ ン坊 チ ャ ン スル 子 供 子供 ス ル 十 円 ス ル 三 年 ス ル
ッキ ト ス ル
な ど 種 々 のも のが あ る。 こ れ ら の動 詞 の性 格 に つ い て は 、 ﹃日 本 文 法 講 座 ﹄ 第 五 巻 の 芳 賀 綬 氏 の 文 章 が 説 き 尽 し て ヨウ ンが な い。
複 合 動 詞 と いう と 、 普 通 に は 、 ﹁思イ 出 ス﹂ と か ﹁咲 キ カ ケル ﹂ と か を 連 想 す る 。 こ れ ら は、 平 安 朝 時 代 に は
た し か に 複 合 動 詞 だ った 。 と いう よ り も 二 つ の動 詞 の接 続 し た も ので 、 二 語 だ った 。 こ れ は 、 間 に 助 詞 が 飛 び 込
み 得 る こ と か ら も 知 ら れ る が、 こ れ に 関 し て は 、 吉 沢 典 男 氏 に考 証 ( ﹁複合動詞 に ついて﹂、 ﹃ 日本文学論 究﹄第十 冊)
が あ る 。 が 、 中 世 以 降 密 着 し て 一語 に な って し ま った 。 平 安 朝 語 と し ては 二 語 、 文 語動 詞 と し て は 一語 で 、 平 安
朝 語 と 現 代 文 語 と がち が う こと を 示 す 一例 で あ ろ う 。 現 代 語 で こ の 種 の 複 合 動 詞 に 近 いも の に は 、 ﹁相助 ケル ﹂ ﹁マカ リ間 違 ラ ﹂ ﹁乞イ 願 ウ ﹂ な ど 少 数 のも の が あ る。
完 全動 詞と 不完 全 動詞
それ も 一つか 二 つぐ ら いし か な いも の があ る 。 これ が 不 完 全 動 詞 であ る。
日本 語 の動 詞 は ま た 完 全動 詞と 不完 全動 詞と に 分 け ら れ る 。 動 詞 の中 で、 活 用 形 のそ ろ わ な い︱
(⋮ ⋮ シ テ ハ) タ マ ラ ナ イ
(⋮ ⋮ カ モ ) シ レ ナ イ
の形 のも の が そ
(⋮ ⋮ ス ル ニ) 及 バ ナ
)︱
次 にあ げ る の が そ れ であ る が 、 こ の中 に は 用 法 は 不 整 であ る が 、 使 用 頻 度 は け っこう 高 く 、 日常 重 要 な も のも 多
(=興 味 が な い)
(⋮ ⋮ シ ナ ケ レ バ ) ナ ラ ナ イ
ツ マラナ イ
い。 ま た 、 不 完 全 動 詞 であ る と 同 時 に 、 あ と に述 べる 補 助 動 詞 であ る も の が 多 い。 ( れ であ る 。 (イ) 否 定 態 だ け の も の (=不 可 だ )
(⋮ ⋮ ス ル ニ) 堪 エ ナ イ
イ ケナイ イ
( 仲 ノ ヨ サ ニ) ア テ ラ レ ル
(コ レ ニ ) 対 シ
(テ )
( ア ナ タ ニ ) 関 シ テ ・関 ス ル
こ れ ら は 、 形 容 詞 の 一種 に な って い る が 、 イ ケ マ セ ン ・ツ マ リ マ セ ン ・タ マ ル モ ノ カ と いう よ う な 言 い 方 が あ り 、
ツ マサ レ ル
や は り 動 詞 の 性 格 を 完 全 に は 失 っ て いな い 。 (ロ) 受 動 態 だ け のも の (ワ ガ 身ニ︶
(ソ レ ニ) ツキ ・ツ イ テ
て ﹂ や 中 止 形 ・連 体 形 な ど 特 殊 な 形 だ け の も の
ウ ナ サ レ ル (ハ﹁ )︱ (コ コ ニ) オ イ テ ・オ ケ ル
﹁愛 敬づ く ﹂ ﹁ あ い だ る ﹂ な ど が い つも
こ れ ら は 上 の 格 助 詞 と 一緒 に な り 、 ほ と ん ど 助 詞 の よ う に 用 い ら れ る が 、 オ キ マ シ テ ・ツ キ マ シ テ な どと 、 デ ス ・マ ス 体 を も っ て お り 、 や は り 動 詞 性 を 失 っ て い な い。 昔 の 動 詞 で は ﹁て ﹂ ﹁た り ﹂ と と も に 用 い ら れ る 不 完 全 動 詞 だ った 。
七 意 味 に よ る 動 詞 の分 類
自 動 詞と他 動 詞
動 詞 の 分 類 の 中 で いち ば ん 一般 的 な も の は 自 動 詞 ・他 動 詞 の 分 類 で あ る 。 日 本 に お け る こ の 分 類 の 萌 芽 は 、 富
士 谷 成 章 ・本 居 春 庭 な ど の国 学 者 に さ か の ぼ る 。 が 、 広 く 行 わ れ る よ う に な った のは 、 明治 以 後 、 西 洋 の文 法 論
を 輸 入 し て、 日 本 語 に あ ては め る よ う にな って か ら で あ る 。 た だ し 、 西 洋 語 の自 動 詞・ 他 動 詞 の 分 類 が、 日本 語
の動 詞 に ぴ った り しな い点 があ る と こ ろ か ら 、 山 田 孝 雄 博 士 のよ う に、 日本 語 に こ の分 類 を 認 め る こと に 反 対 の
学 者 も あ る。 西 洋 語 の自 動 詞 は 受 動 相 が作 ら れ な いと いう が 、 日本 語 の自 動 詞 に は 受 動 相 が あ る 。 し た が って、
そ の区 別 は は っき り し な い、 と いう の が そ の趣 旨 であ る。 し か し ﹁並 ブ ﹂ 対 ﹁並 ベ ル﹂、 ﹁ハジ マ ル﹂ 対 ﹁ハジ メ
ル﹂ の よ う な 、 明 瞭 な 語 形 の対 立 の例 が あ る こ と を 考 え る と 、 日本 語 にも 自 動 詞 ・他 動 詞 の区 別 を 考 え た 方 が好 都 合 と 思 わ れ る。 ま た 、 窓 ガ 明 ケ テ ア ル。 窓 ガ 明イ テ イ ル。
のよ う な 二 つ の言 い方 の説 明 にも 、 自 動 詞 ・他 動 詞 の別 に言 及 し な けれ ば な ら な い。
じ る し が︱
の動 詞 の客 体 で あ る 。
松 下 博 士 は 、 す べ て の動 詞 を 、 帰着 性動 詞 と 非帰 着性 動 詞 と に 分 け た 。 帰 着 性 動 詞 と は 、 そ の動 詞 の表 わ す 動 作 ・作 用 が 帰 着 す る客 体 を 有 す る 動 詞 で 、 次 のよ う な も の が そ う だ とす る 。
依 拠性
他動 性 私 は 東 京 に と ど ま る⋮⋮⋮
一致 性
人 が本 を 読 む⋮⋮⋮
父 母 が 故 郷 に いる
白 馬 は 馬 に 非 ず⋮⋮⋮
風 が花を散らす
桜 が 青 葉 にな った
生産性
与同性 よ いと 思 う⋮⋮⋮
出発性
人 と 争 う⋮⋮⋮
知らずと言う
日 は東 よ り いず⋮⋮⋮
朋友 と 交 わ る
悲風千里 より来 る
こ こ で 注 意 す る こと は、 帰 着 性 と 非 帰 着 性 は 動 詞 の本 性 であ る が 、 実 際 に 用 いら れ る 場 合 に は 帰 着 性 動 詞 も 、 非
帰 着 態 に な る こと も あ り 、 非 帰 着 性 動 詞 も 、 臨 時 に 帰着 態 に な る こ と も あ る と いう こ と で あ る。 た と え ば ﹁飲
む ﹂ は他 動 性 の 帰着 性 動 詞 であ る が、 昨 日 ハ大 イ ニ飲 ンダ 。
と いう 時 は 非 帰 着 態 に な った も の であ り、 ﹁泣 ク ﹂ は 本 来 は 非 帰 着 性 動 詞 であ る が 、 無情 ヲ泣ク。 と 言 う 場 合 に は 、 他 動 性 の帰 着 態 にな った も の、 空 房ニ 泣 ク 。
と 言 え ば 、 依 拠 性 の 帰着 態 と な った も の と いう 。 こ の説 は 、 英 文 法 で いう 他 動 詞 ・不 完 全 動 詞 を 一緒 に し て、 帰
着 性 動 詞 と 呼 ん だ も ので 、 そ の内 部 の 分類 そ の他 に は 問 題 も あ る が 、 帰着 性 動 詞 と 非 帰 着 性 動 詞 の 帰着 態 と を 分
ヲ﹂ と いう 形 の客 体 を と る も のす べ て と いう こ と に な る。 そ う し て、 そ れ 以 外 の 帰 着 性 動 詞 と す べ て の非
け て 考 え たあ た り 融 通 性 があ り 、 尊 重 す べ き 見 解 と 考 え る 。 こ の立 場 に立 つと 、 他 動 詞 は、 帰 着 性 動 詞 の 一種 で ﹁ ︱
帰 着 性 動 詞 と は 、 一緒 に な っ て 自 動 詞 と い う 類 を 形 作 る こ と に な る 。
次 に 三 上 章 氏 の 説 で は 、 す べ て の 動 詞 は 、 ま ず 所 動 詞 と 能 動 詞 と に 分 れ 、 能 動 詞 の 一種 に 他 動 詞 が あ る の だ と
いう 。 自 動 詞 と は 所 動 詞 お よ び、 能 動 詞 の う ち の他 動 詞 な ら ざ る も の の併 称 で、 す な わ ち 、 こ の三 つは次 の関 係 に あ る と す る 。(﹃ 現 代 語 法序 説 ﹄ 一〇六 ペー ジ 以下 ) 所 動 詞 で 自 動 詞 (1)ア ル ・デ キ ル ・要 ル ・見 エ ル ・聞 エ ル 。 能 動 詞 で 自 動 詞 (2) イ ル ・行 ク ・来 ル ・泣 ク ・立 ツ ・坐 ル ・死 ヌ。 能 動 詞 で 他 動 詞 (3) 殺 ス ・打 ツ ・聞 ク ・見 ル ・ホ メ ル ・叱 ル 。
こ の う ち 、(1は )受 動 相 を 作 る こ と の で き な いも の 、(2)( は3受 )動 相 を 作 る こ と の で き る も の で あ る が 、 そ の う ち
(3の )方 は ま と も な 意 味 の 受 動 相 を 作 る こ と の で き る も の 、(2)の 方 は 、 は た 迷 惑 を こ う む る 意 味 の 受 動 相 を 作 る も の だ と いう 。 こ の 説 の 強 み は 、
( 誰 ソ レ ニ) 傍 ニイ ラ レ テ ウ ッカ リ 軽 口 モキ ケ ナ イ 前ニ 立 タ レテ 相 撲 ガ 見 エナ イ の よ う な 、 自 動 詞 の受 動 相 と いう も のを た く み に解 釈 し て いる 点 にあ る 。
三 上 氏 の立 場 に従 う 場 合 と 、 松 下 博 士 の立 場 に従 う 場 合 と で は 、 分 類 の基 準 のち が いに応 じ て、 他 動 詞 と 言 わ
( 先 生ニ ) オ 辞 儀 ス ル。
れ る 範 囲 に ち が いが 出 る 。 た と え ば 、 ( 犬 ガ 人ニ ) 吠 エ ル。
の吠 エ ル ・オ 辞 儀 ス ルは 、 松 下 説 で は 自動 詞 であ ろ う が、 三 上 説 で は ま と も な 受 動 相 が作 れ る と いう わ け で 、 他 動 詞 にな る 。 ど ち ら の見 方 が い い か は 、 今 後 の 研 究 の進 展 に ま つ。
な お ヨー ロ ッパ 語 の他 動 詞 のう ち に は 、 直 接 目 的 ・間接 目 的 の 二 つを 有 す る 動 詞 と 呼 ば れ るも の があ る が 、 日 本 語 で は 、 松 尾 捨 治 郎 博 士 に よ り、 友ニ 近 著 ヲ 贈 ル。 我 ニ ハ許 セ 敷 島 ノ道 。
の ﹁贈 ル﹂ ﹁許 ス﹂ のよ う な 語 が そ れ だ と さ れ て いる 。( ﹃ 国文法概論﹄ 一七 ペー ジ以下) 意 味 は す べ て授 与 の意 味 を 表 わ す 動 詞 で 、 間 接 目的 語 は 人 ま た は 人 に 準 ず べき も の であ る 。
波 ガ寄 セ ル ( 返 ス )。
潮 が引 ク (サ ス)。
ま た 、 日本 語 では 、 し ば し ば 他動 詞 が自 動 詞 の代 り に用 いら れ る こ と が 注 意 さ れ て いる。 夜 ガ 明 ケ ル。 風ガ 吹ク。
な ど がそ れ で あ る 。 一般 に自 然 現 象 を 表 現 す る場 合 に こ の 言 い方 が え ら ば れ る 傾 向 があ る 。
これ と 同 時 に、 古 い 日本 語 では 非 情 物 を 主 語 と す る 表 現 では 、 所 動 詞 を 用 いる の が本 体 で、 雲 ガ 月 ヲ隠 ス。
月 ガ 地 上 ヲ照 ラ ス。 のよ う な の は 、 擬 有 情 物 化 的 表 現 だ った こ と も 注 意 し て よ い。
意 志 動詞 と無意 志 動 詞 金 田 一京 助 博 士 の ﹃新 国 文 法 ﹄ で は 動 詞 を こ の 二 種 に 分 け る。 倒 レ テ膝 ヲ打 ツ。 の打 ツは 、 ヤ レ打 ツナ 蝿 ガ手 ヲ ス ル足 ヲ ス ル
の打 ツと ち が う 。 ヤ レ打 ツナ の打 ツは 意 志 に よ る 動 作 を 表 わ し 、 膝 ヲ打 ツ の打 ツの方 は 意 志 に よ ら な い動 作 を 表
意志動 詞
無意志動 詞
意 志動 詞
わ す と いう 。 こ の区 別 は お も し ろ い。 日本 語 で 次 の よう な 語 は 二 つ の動 詞を 兼 ね て いる 。 棒 デ柿 ノ 実 ヲ落 シ タ 。 電 車 デ蟇 口 ヲ落 シ タ 。
{
猫 イ ラ ズ ヲ シカ ケ テ 鼠 ヲ殺 シ タ 。
バ ント 失 敗 デ無 死 ノ ラ ンナ ー ヲ殺 シ タ。 無 意 志 動 詞
{
こ の 分 類 は 、 動 詞 に つく いわ ゆ る助 動 詞 の意 味 を 説 明す る 場 合 に都 合 が い い。 動 詞 + ウ ト ス ルと いう 形 に は 、 (1)
に つ いた 場 合 に は(1の )意 味 にな り 、 無 意 志 動 詞 に つ いた 場 合 に は(2の )意 味 にな る 。
そ う いう 意 図 を も つ こと を 表 わす 場 合 と 、(2そ)う いう 事 態 に 近 付 く こと を 表 わ す 場 合 と が あ る 。 が 、 意 志 動 詞
猟 師 ガ キ ジ ヲ打 ト ウ ト シ テイ ル。 時 計 ガ二 時 ヲ打 ト ウ ト シ テイ ル。
大 野 晋 氏 は 、 中 古 以 前 の助 動 詞 ヌ と ツ のち が いを 、 一方 は 意 志 動 詞 に つく こ と が 多 く 、 一方 は無 意 志 動 詞 に つく
こ と が 多 いと 断 ぜ ら れ た 。(﹃ 国語学﹄第八輯、八八︲八九 ページ)
意 志 動 詞 ・無 意 志 動 詞 の区 別 を 、 方 言 に よ って は ち が った 形 で 言 い分 け よ う と し て いる と こ ろ があ る。 た と え
ば 、 名 古 屋方 言 で ﹁オ ト ス﹂ ﹁切 ル﹂ のよ う な 語 は、 意 志 的 に落 し た り 切 った り す る 場 合 に使 い、 財 布 を 落 し た り 、 剃 刀 で 指 を 切 った り す る 場合 には 、 財 布 ヲ落 ト ラ カ イ タ
・カ ス ﹂ と いう 形 を 使 う 。 都 竹 通 年 雄 氏 は 、 東 京 方 言 で 、
指 ヲ 切 ラ カイ タ の よ う に 、 ﹁︱
ト ンダ 失 敗 ヲヤ ラカ シ タ と いう 時 の ヤ ラ カ スは 、 こ の形 の輸 入 か 残 存 か で あ ろ う と 見 立 て た 。
意 志 動 詞 ・無 意 志 動 詞 の分 類 を 、 自 動 詞 ・他 動 詞 の 分 類 と 比 較 し て み る と 、 同 じ 語 根 か ら 派 生 し た 動 詞 のう ち
で、 他 動 詞 の方 が 意 志 動 詞 に、 自 動 詞 の方 が無 意 志 動 詞 に な る傾 向 が見 ら れ る 。 キ メ ルと キ マ ル、 見 ル と 見 エル な ど 例 は 多 い。
継続 動作 動 詞 ・瞬 間動 作動 詞 そ の他
動 詞 の ﹁⋮ ⋮ テイ ル﹂ と いう 形 を 考 え て み る と 、 日 本 語 の動 詞 は 四 つに 分 か れ る 。
(イ状 )態 動 詞 ﹁⋮ ⋮ テ イ ル﹂ の形 を も た な い。 例 、 ア ル ・イ ル ・デキ ル ・泳 ゲ ル ・赤 ス ギ ル。
(ロ継 )続 動作動 詞 ﹁⋮ ⋮ テイ ル﹂ の形 を も ち 、 動 作 の 進 行 中 を 表 わ す 。 例 、 読 ム ・書 ク ・歩 ク ・走 ル・ 降 ル。
(ハ瞬 )間 動作 動 詞 ﹁⋮ ⋮ テイ ル﹂ の形 を も ち 、 動 作 の完 了 後 を 表 わ す 。 例 、 ハジ マ ル ・終 ル ・死 ヌ・ 結 婚 ス ル。
(ニ状 )態 を帯 び る意 味 の動 詞 い つも ﹁⋮ ⋮ テ イ ル﹂ の 形 で使 わ れ 、 あ る 状 態 に あ る こ と を 表 わ す 。 例 、 似 ル ・ 聳 エ ル ・才 気 走 ル ・坊 チ ャ ン坊 チ ャ ン ス ル。
こ のう ち 、(ニ を)追 加 し た の は 、 私 案 (﹃ 言語研究﹄第 一五号 ﹁ 国 語動詞 の 一分 類﹂) で あ る が 、(ロ)の (区 ハ) 別 は す で に、
松下博 士 ( ﹃標準 日本文法﹄)・佐 久 間 鼎 博 士 (﹃ 現代日本 語の表現と語法﹄)が 説 い て いる 。
こ の分 類 は 、 動 詞 の いわ ゆ る 助 動 詞 ・補 助 動 詞 が つ いた 場 合 に効 力 を 発 揮 す る 。 た と え ば ﹁︱ テ イ ル﹂ と い
う 形 に つ い て は上 に 述 べ た が 、 ﹁︱ タ ﹂ と いう 形 を 考 え て み る と 、 ﹁︱ タ﹂ が 回 想 を 表 わ す と 言 わ れ る の は 、 す べ て(イの)動 詞 の場 合 であ る 。 オ レ ニハ オ前 ト イ ウ 強 イ 味 方 ガ ア ッタ 。( 国定忠治 のセリ フ)
ま た 、 ﹁︱ タ ﹂ が 属 性 所有 の意 味 を も つと 言 わ れ る のは 、 次 の よ う に(ニの )種 類 の動 詞 に つ いた 場 合 で あ る 。 尖 ッタ (=尖 ッテ イ ル) 帽 子 。 私ニ 似 タ (=似 テ イ ル) 人 。
こ の尖 ッタ・ 似 タ の 形 は 、 現 在 で は 、 文 の末 尾 に は 用 いら れ な く な って いる が、 前 代 に は次 のよ う に そ う で はな か った 。
テ シ マウ ﹂ と いう 形 にお け る 意 味 の ち が い にも 関 係 を も つが 、 こ れ に つ いて は 、 ﹃日 本 文 法
笠 がよ う 似 た (=似 テイ ル) 菅 笠 が ( 小歌) こ の分 類 は 、 ﹁︱
講 座 ﹄ 第 五 巻 の芳 賀 綏 氏 の説 明 に ゆ ず る 。
こ の ア ス ペク ト によ る 分 類 を 、 前 の分 類 と 対 照 す る と 、(イ状 )態 動 詞 、(ハ瞬)間 動 作 動 詞、(ニ状 )態 を 帯 び る 意 味
の動 詞 に は自 動 詞 ・無 意 志 動 詞 が 多 く 、(ロの )継 続 動 作 動 詞 に は し ば し ば 他 動 詞 が あ り、 意 志 動 詞 が 多 いと い う関係 が認め られる。 (1) ジ ャ ン ケ ンデ鬼 ヲキ メ ル。 (2) ジ ャ ンケ ンデ鬼 ガ キ マル 。
(1 は) 、 他 動 詞 ・意 志 動 詞 で あ る が 、 こ れ は 継 続 動 作 動 詞 に 属 し 、(2は)自 動 詞 に属 し 、 瞬 間 動 作 動 詞 に属 す る 。
ジ ャ ンケ ン の動 作 を は じ め れ ば 、 す で に キ メ ル過 程 に 入 って いる が、 キ マ ルと いわ れ る のは 最 後 の 一瞬 の こ と で あ る。
補 助動 詞と 本動 詞
動 詞 の中 で、 常 に 他 の 文 節 の下 に 用 いら れ 、 し た が って 語 頭 に は 用 いら れ な い動 詞 が あ る 。 こ れ ら は 補 助 動 詞
と 呼 ば れ 、 一般 の 本動 詞 に 対 す る 。 補 助 動 詞 は意 味 が お お む ね 稀 薄 ・抽 象 的 で 、 チ ェ ンバ レ ン の表 現 を 借 り る と 、
上 の語 だ け で止 め て かど ば った 言 い方 に な る のを 防 ぐ 役 を す る も のが 多 い。 ど ん な 文 節 に 付 く か に よ って次 のよ う に分かれる。 (イ各 )種 類 の文 節 に つく も の
スル ( 例 、 書 キ サ エス レ バ 書 キ モ シナ イ 書 キ ハシ タ ガ 狭 イ シ寒 イ シ ス ル ノ デ 行 キ ツ戻 リ ツ ス ル 行
ッタ リ 来 タ リ ス ル ヤ メ ニス ル 早 ク ス ル 私 ト シ テ モ 行 ク ト シ タ ラ 書 コウ ト ス ル、 等 。 ナ サ ル ・イ タ
スも これ に 準 じ て 用 い ら れ る。) ア ル ( 例 、 猫 デ ア ル 静 カ デ ア ル 高 ク ハア ルガ 開 ケ テ ア ル 書 キ ツ ツ
テ ﹂ の 形 に つく も の
ア ル 古 く は ﹁︱ に ﹂ のあ と に も つ いた 。 ゴ ザ ルも これ に準 ず る 。) ( ) ロ ﹁ ︱
イル ( 例 、 書 イ テイ ル 似 テイ ル) シ マウ (例 、 書 イ テ シ マウ ) ミ ル (例 、書 イ テ ミ ル) オク ( 例 、書 イ
テ オ ク) ク ル ・イ ク ( 例 、フ エテ ク ル イ ク) ク レ ル ・ヤ ル ・モ ラ ウ ( 例 、助 ケ テ ク レ ル ヤ ル モ ラ ウ) (ハ格 )助 詞 の つ いた 形 そ の他 に つく も の
イウ ( 例 、 何 々 トイ ウ 人 ソ ノ 味 ト イ ッタ ラ 色 ト イ イ 形 ト イ イ ) ク ル (例 、 アイ ツト キ タ ラ ) ナル ( 例、
静 カ ニナ ル オ ト ナ ニナ ル 早 ク ナ ル 御 覧 ニナ ル) 思ウ ( 例 、 イ マイ タ カ ト 思 エバ ⋮ ⋮ )
こ れ ら の動 詞 は 、 文 法 上 重 要 な も の であ る が 、 詳 し く そ の意 味 ・用 語 を 説 いた 文 典 は 少 な い。 松 下 大 三 郎 博 士
の文 典 、 佐 久 間 鼎 博 士 の ﹃現代 日 本 語 の表 現 と 語 法 ﹄ は こ の意 味 で尊 重 す べき であ る。
八 特 殊 な 意 味 を あ わ せ も つ動 詞 に つ いて
最 後 に、 日本 語 の動 詞 には 他 の動 詞 に 付 属 的 な 意 味 を プ ラ スし 、 そ れ ぞ れ グ ルー プ を な す も の が あ る 。 次 に 主 な も のを あ げ る 。
可能相 動 詞
読 ム に対 し て 読 メ ル、 書 ク に 対 し て書 ケ ルと いう 動 詞 は、 ﹁⋮ ⋮ ス ル コト ガ デ キ ル﹂ と いう 意 味 が 加 わ って い
る。 いわ ゆ る 可能 動 詞 で あ る 。 こ の種 の動 詞 は 、 有 情 物 の動 作 を 表 わ す 動 詞 のう ち 、 五 段 活 用 のも の か ら そ れ ぞ れ 、 動 詞 ︱ u +eru の公 式 で 作 ら れ る 。
語 彙 的 に ち が った 出 来 方 を し た も のと し て は 、 ス ル に 対 し て デ キ ル があ り、 や や 変 則 的 な 出 来 方 を し た も のと し て は、 負 ケ ル (=値 ヲ引 ク ) に 対す る 負 カ ル、 勤 メ ルに 対 す る勤 マル があ る 。 十 日 勤 マ ッタ ラ 大 シ タ モノ ダ 。
受 ケ ルに 対 す る受 カ ル は、 ﹃ 東 京 方 言 集 ﹄ の永 田 吉 太 郎 氏 以 来 、 こ の 種 の動 詞 の 一つに 数 え ら れ て い る が 、 意
味 が ず れ て 、 パ ス ス ル の意 味 に な って いる か ら 、 可 能 動 詞 で は な い。 独 立 の 一箇 の自 動 詞 であ る 。
中 相 動 詞
﹃日 本 文 法 講 座 ﹄ の 総 論 に触 れ た が、 ﹁⋮ ⋮ シ タ 結 果 ニナ ル﹂ の意 味 を も つ動 詞 で あ る。 日本 語 に は こ の 種 の 中
相動 詞が 多 い の で、 欧 米 人 は び っく り す る 。 煮 エ ル ・売 レ ル ・ク ズ レ ルな ど す べ て そ う だ 。 中 国 語 の
悠然 見南山
は 、 日本 人 は 返 点 を 付 け て、 南 山 ヲ見 ルと 訓 む が、 中 国 人 の意 識 で は 、 南 山 見 ユと いう と こ ろ ら し い。 処 々聞 鳥 声
も 正 し く は 処 々ニ 鳥 声 聞 コ ユで あ る 。 こ れ も 中 相 動 詞 であ ろう 。 メイ エ ・コー ア ン編 の ﹃世 界 の言 語 ﹄ を 見 る と 、
イ ンド ネ シ ア 語 に は、 受 身 の言 い方 が多 いと 言 って いる が、 こ れ も 実 は中 相 動 詞 が 多 い の で は な い か。 こ の種 の
( 腰 ガ) スワ ル
( 木 ガ ) 植 ワ ル カ タ マ ル 合 ワ サ ル
動 詞 は 、 東 洋 語 に 多 く 聞 か れ る 言 い方 のよ う な 気 がす る 。 右 に は 、 下 一段 活 用 の 例 を あ げ た が 、 五 段 活 用 を な す も のも 多 く 、 助 カ ル モ ウ カ ル
な ど があ る 。 西 尾 寅 弥 氏 ( ﹃国語学﹄第 一七輯) によ る と 、 こ の 種 のも の は古 く は 少 な か った ら し い。 ま た 授 与 の意 味 を 表 わ す 動 詞 の場 合 に は ア ズ カ ル 授 カ ル 教 ワ ル 言 イ 付 カ ル
のよ う な ﹁を ﹂ 格 の 補 足 語 を と る 中 相 動 詞 が 出 来 上 が る 。 モ ラ ウ も こ の種 の動 詞 で あ る 。
使 役相 動詞 使役 相 の意 味 を あ わ せ 有 す る動 詞 に は 、 次 のよ う な も の があ る 。
サ セ ル (ス ル に 対 す る ) 見 セ ル (見 ル に対 す る ) 聞 カ セ ル (聞 ク に対 す る ) 着セル ( 着 ルに 対 す る )
ヲ﹂ の格 を 取 ら ず ﹁ ︱ニ
﹂ の格 を 取 る点 が 使
古 く は 、 頼 ミ ニ思 ワセ ル の意 味 の ﹁た の む ﹂ (下 二段 活 用 ) が あ った 。 こ の類 は 、 動 ク に対 す る 動 カ ス、 喜 ブ に 対 す る喜 バ セ ル の よ う な 動 詞 に 似 て いる が 、 補 足 語 と し て ﹁ ︱
役 相 で あ る こ と を 示 す 。 似 セ ル ・寝 カ セ ル は 、 こ こ に あ げ る 動 詞 に 似 て い る が 、 他 動 詞 の よ う だ 。
受 動相動 詞 そ の他
受動 相 の意 味 を 併 せ も つ動 詞 の例 は少 な い。 ス ルに 対 す る サ レ ル、 知 ル に対 す る 知 レ ル が こ れ であ る 。 も っと も 、 知 レ ルは 、 春 の 野 に あ さ る雉 の妻 恋 ひ に お の があ た り を 人 に 知 れ つ つ ( 万葉集)
な ど では 、 知 ラ セ ル の意 味 だ と いう 。 自 然 可能相 の意 味 を 含 む 動 詞 も 例 は 少 な いが 、 泣 ク に 対 す る 泣 ケ ル が あ る。
敬 譲 相動 詞
ャル ( 言 ウ に対 す る )、 ク ダ サ ル ( ク レ ルに 対 す る )、 ナ サ ル ・遊 バ ス (ス ルに 対 す る) な ど があ る 。 これ ら に つ
動 作 者 に対 す る 尊 敬 相 の意 味 を 含 む 動 詞 は 数 が 多 く 、 イ ラ ッ シ ャ ル (=行 ク ・来 ル ・イ ル に対 す る )、 オ ッシ
い て は 、 ﹃日本 文 法 講 座 ﹄ に、 石 坂 正 蔵 ・辻 村 敏 樹 両 氏 の詳 し い解 説 が あ る か ら 特 に 言 う こと は な い。 た だ し 、
これ ら は 、 次 のも の に比 べる と 、 尊 敬 相 動 詞 のう ち の、 と く に 、 主 格尊 敬相 動 詞 と 呼 ぶ べき も の で あ る こ と は 注 意 し て よ い。
主 格 尊 敬 相 動 詞 は 、 客格 尊敬 相動 詞 に対 す る も の で、 客 格 尊 敬 相 動 詞 に は、 差 上 ゲ ル (=ヤ ルに 対 す る)、 拝 見
ス ル (=見 ル に対 す る )、 イ タ ダ ク (=モ ラ ウ に 対 す る )、 ウ カ ガ ウ (=聞 ク に対 す る ) な ど が あ る。 こ れ ら は ふ
つう に は 謙 譲 相 の動 詞 だ と 説 か れ て い る が 、 よ く 考 え て み る と 、 謙 譲 相 動 詞 と いう べき も のは 別 に あ り 、 参 ル
(=行 ク に 対 す る )、 イ タ ス (=ス ル に 対す る ) な ど が これ だ 。 差 上 ゲ ル ・拝 見 ス ル の類 は、 動 作 の対 象 が 尊 敬 す
べき 人 でな け れ ば 使 わな い こ と、 四 百 年 の昔 に ロド リ ゲ ス が ﹃日本 大 文 典 ﹄ で道 破 し た と お り で あ る。 参 ル ・致
ス の方 は 、 自 分 の動 作 に 広 く 使 わ れ る 。 三 上 章 氏 が、 ﹃現代 語 法 序 説 ﹄ で こ の 二 つを 区 別 し て 、 ﹁差 シ上 ゲ ル﹂ の
類 を ﹁持 ち 上 げ ﹂ の動 詞 、 ﹁参 ル﹂ の類 を ﹁へり 下 る ﹂ の動 詞 と 言 いす え た の は 見 事 であ った 。
時 ・態 ・相およ び法︱
(テ ン ス ) の い ろ い ろ
日 本 語 動 詞 の 変 化 ︱
一 時 テ ンスとは
テ ン ス (日本 語 訳 ﹁時﹂)の変 化 と は、 時 の流 れ のう ち のあ る 一点 を 標 準 と し て 、 ︵一そ )れ よ り 以 前 の 動 作 ・状
態 、(二)そ の 時 現 在 の動 作 ・状 態 、(三)そ れ よ り 以 後 の動 作 ・状 態 を 、 そ れ ぞ れ ち が う 語 形 を 使 って 表 現 し 分 け る
方 式 を いう 。 エ ス ペ ラ ント 語 の動 詞 で 、amasと 言 え ば 、 現 在 愛 ス ル意 味 で あ り 、amiと s言 え ば 、 過去 に お い て
愛 シ タ意 味 であ り 、amosと 言 え ば未 来 に お いて愛 ス ル意 味 で あ る 。 こ れ は 模 範 的 な テ ン ス の変 化 で あ る 。
wrが ot 過e 去 形 、I
will
write
will はw 、rite
wrが i現 t在 e 形 、I
現 実 の言 語 で は 、 こ のよ う な 整 った 三 つの テ ン スを そ ろ え ても って いる も のは 探 し に く い。 学 校 で習 う 英 文 法 な ど で は 、 テ ン ス の種 類 に は 、 過 去 ・現 在 ・未 来 の区 別 が あ り 、I
が未 来 形 、 な ど と 説 明 し て いる が 、 こ のう ち ﹁未 来 形 ﹂ は あ や し い。 三 上 章 氏 の いう よ う に 、I
would が wr ﹁書 iく te こ と を 過 去 に お いて意 図 し た ﹂ と いう 過 去 形 であ る のと 同 じ で あ る 。 だ と す る と、
﹁書 写 す る こ と を 現在 意 図 す る ﹂ の 意 味 と 見 る べき か も し れ な い。 と す る と 、 一種 の ﹁現 在 ﹂ で あ る。 これ は ち ょう どI
英 語 は 過 去 形 と 非 過 去 形 と の二 元 で あ る 。
日本 語 の テ ン ス の変 化 は 、 ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ の形 と 、 ﹁⋮ ⋮ ス ル﹂ の 形 と の 二 元 で あ る 。 フラ ン ス 語 に は 、 近 い過 去
を 表 わ す 形 と 遠 い過 去 を 表 わ す 形 と が あ る。 太 平 洋 西 北海 岸 の ア メ リ カイ ンデ ィ ア ン の文 語 で は 、 近 い過 去 と 遠
い 過 去 の ほ か に 、 神 話 的 過 去 を 表 わ す 形 が あ る と い う 。(マリ オ ・ペイ ﹃言 葉 の話﹄ 一二 八 ペー ジ)
日本 語 で も 、 方 言
の中 に は、 ﹁⋮ ⋮ タ ッタ﹂ の形 で遠 い以 前 を 表 わ す も の が あ る 。 標 準 的 な 日本 語 の テ ン スは 簡 単 で あ る 。
以前 と非 以前
大 槻 文 彦 博 士 は 、 日本 語 の テ ン スと し て、 ﹁⋮ ⋮ シタ ﹂ を 過 去 を 表 わ す 形 と し 、 ﹁⋮ ⋮ ス ル﹂ と いう 、 現 在 を 表
わす 形 に対 立 す る も の と 見 た 。 こ れ に 対 し 、 山 田 孝 雄 博 士 から 、 テ ン スと 見 る の はあ や ま り と し て 、 ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ は、 回 想 ・決 定 ・確 認 を 表 わ す 語 だ と 横 槍 が 出 た 。 こ の意 見 に よ る と 、 (1チ ) ョ ット 待 ッタ ! (2尖 ) ッタ 山 は 、 決 定 を 表 わ す と いう 。( ﹃日本文法学概論﹄三五四 ページ) (3五 )年 前ニ 東 京 ヘ来タ 。
の ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ は 回 想 を 表 わ す と 見 る ら し い。 が 、 こ のう ち(1 () 2 を) 例 に と って ﹁⋮ ⋮ シ タ﹂ の例 とす る のは ま ず
い。(1の) ﹁待 ッタ﹂ は 終 止 法 し か な く 、 (2 の)﹁尖 ッタ ﹂ は 連 体 法 し かな い。 いわ ば 、 ﹁⋮ ⋮ シ タ﹂ の特 例 だ 。
性 格 が大 き く ち がう 。(イ)﹁書 ケ﹂ と いう 命 令 法 と 、(ロ)﹁書 カ ナ ケ レ バナ ラ ナ イ ﹂ と いう 拘 束 を 表 わ す 言 い方 と 比
一般 に 、動 詞 の変 化 形 のう ち に は 、 終 止 法 し かな いも の があ る 。 こ れ は 、 そ れ 以 外 の 用法 を も つも のに 対 し 、
べて みる と、(イの)方 は、 話 し 手 が 目 の前 の相 手 に対 す る気 持 を 表 わ す の に 対 し 、(ロ は)、 あ るも の がそ う いう 拘 束
さ れ た 状 態 に あ る こと を 表 わ す 。(イ は)、 主 観 的 な 言 い方 で、 三 上 章 氏 は こ れ を ﹁陳 述形 ﹂ と 呼 ん で いる 。( ﹃現代 語
法新説﹄ 一三四 ページ) 動 詞 の変 化 のう ち 、 終 止 法 や 命 令 法 のよ う な 文 の終 止 に 用 いら れ る も の は す べ て 陳 述 形 に
属 す る が 、 し た が って終 止 法 し か な い変 化 形 は 、 や は り、 陳 述 形 だ と いう こ と に な る。 動 詞 に終 助 詞 の つ いた 形
と 同 種 類 のも の だ 。(ロ は)、 こ れ に対 し て客 観 的 な 言 い方 で、 氏 の いわ ゆ る ﹁非 陳述 形 ﹂ だ 。 ﹁オ 前 ハ書 カ ナ ケ レ
バ イ ケ ナ イ 。﹂ と 断 言 し て 言 え ば
(ピ リ オ ド の 存 在 に 注 意 )、 こ れ は 陳 述 形 に な る が 、 そ れ は 、 ﹁⋮ ⋮ シ ナ ケ レ バ
イ ケ ナ イ ﹂ の 終 止 法 を 用 い た か ら で 、 ﹁⋮ ⋮ シ ナ ケ レ バ ナ ラ ナ イ ﹂ (ピ リ オ ド の 欠 如 に 注 意 ! ) と い う 原 形 は 非 陳 述 形 だ 。 つま り 終 止 法 以 外 の 形 を も つ 変 化 形 は 、 こ の 類 に 属 す る 。
と こ ろ で こ こ に 問 題 の(1の ) ﹁待 ッ タ ﹂ は 、 終 止 法 し か な く 、 正 し く(イの )陳 述 形 の 一種 で あ る 。 つ ま り 、 非 陳 述
形 で あ る は ず の テ ン ス を 表 わ す 形 と は 別 の も の だ 。(2)の ﹁尖 ッ タ ﹂ は 、 非 陳 述 形 で は あ る が 、 語 形 変 化 が 欠 け て
﹁尖 ッ テ イ ル ﹂ と 同 じ 意 味 で 、 ﹁そ う いう 属 性 を も
﹁決 定 ﹂ だ と い う の も し っく り し な い 。(1)の ﹁待ッ タ ﹂ は 、 ﹁待 テ ﹂ と 同 じ 意 味 、 つま り 、
い る 点 で 、 正 常 の ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ の 用 例 と は 見 ら れ な い。 ま た 、(1)( の2 意)味 を
﹁待 ツ ﹂ プ ラ ス 命 令 の 意 味 だ と い う べ き だ 。(2)の ﹁尖 ッ タ ﹂ は
っ て い る ﹂ の意 味 、 す な わ ち 属 性 所 有 の 意 味 を も つ と い う べ き だ ろ う 。 (4) ソ ウ ソ ウ 。 キ ョウ ハ オ レ ノ 誕 生 日ダ ッ タ 。
の よ う な 例 が あ れ ば 、 こ れ は 回 想 を 表 わ す と い っ て ま こ と に 適 切 で あ る が 、 こ れ も 終 止 法 だ け し か な い。 こ れ も
﹁陳 述 形 ﹂ だ 。 ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ の 標 準 的 な 使 い 方 と は 言 え な い 。 ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ の 標 準 的 な 例 は 、 先 の(3の )み で あ る 。
そ う し て 、 こ れ は 、 た し か に 回 想 を 表 わ す と も と れ る が 、 過 去 と と っ て も ち っと も 差 支 え な い も の で あ る 。 そ う し て 、 も し 、 こ れ が、 (3私 ) ハ五 年 前ニ 東 京 ヘ来 タ 。 の意 味 な ら ば、 回 想 と 言 っても 、 過 去 と 言 っても 難 は な い が、 (5彼 ) ハ五 年 前ニ 東 京 ヘ来 タ 。
﹁過 去 ﹂ と 言 っ て 説 明 し き れ る か と い う と 、 そ う で は
と ハ う 意 味 な ら ば 、 む し ろ 過 去 と 言 う 方 が ふ さ わ し い 。 つま り 、 ﹁⋮⋮ シ タ ﹂ と い う 形 は 、 テ ン ス を 表 わ し 、 し かも そ のう ち の過 去 を 表 わ す と いう 方 が い い。 た だ し 、 大 槻 博 士 の よ う に 、 ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ の 用 法 全 部 を
な い。 こ ん な 例 があ る 。 ) ( 6ジ ャ ン ケ ン デ 勝 ッ タ モ ノ ガ 取 ル コ ト ニ シ ヨ ウ 。 (7) モ シ ボ ク ガ 負 ケ タ ラ 君 ニ ユズ ル。
﹁取 ル ﹂ に 比 べ て 、 勝 つ こ と が 以 前 に 行 わ れ る こ と を 表 わ す 。
こ れ は 、 ま だ 勝 負 が 付 い て い な い の だ か ら 、 過 去 と 言 う わ け に は い か ぬ 。 こ れ を 説 く た め に は 、 ﹁以 前 ﹂ と い う 術 語 が 必 要 に な っ て く る 。 右 の ﹁勝 ッ タ ﹂ は 、 下 の
﹁負 ケ タ ラ ﹂ は 、 負 け る こ と が 、 ﹁ユ ズ ル ﹂ こ と よ り も 以 前 で あ る こ と を 表 わ す と いう わ け で あ る 。 こ の考 え を 、前 の (3私 ) ハ五 年 前ニ 東 京 ヘ来 タ 。
﹁非 以 前 ﹂
﹁以 前 ﹂ を 表 わ す 語 法 で
﹁東 京 ヘ来 ル ﹂ が 以 前 に 行 わ れ た こ と を 表 わ す と い
﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ は 、 ﹁過 去 ﹂ と い う よ り
﹁非 以 前 ﹂ だ 。 と す る と 、 日 本 語 の 動 詞 の テ ン ス は 、 ﹁以 前 ﹂ と
﹁以 前 ﹂ で 説 明 で き る 。 つ ま り
に 流 用 す る と 、 こ の ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ は 、 話 し て い る 瞬 間 よ り も う ふ う に、 や は り
あ る 。 こ れ に 対 し て ﹁⋮ ⋮ ス ル ﹂ は の 二 元 組 織 で あ る と いう こ と に な る 。
﹃現 代 語 の 助 詞 ・助 動 詞 ﹄ で は 、 次 の(8は ) ﹁過 去 ﹂ の 意 味 、(9は ) ﹁完 了 ﹂ ま た は
﹁実
日 本 語 の ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ の 形 に 対 し て 、 こ れ は 過 去 と 完 了 と の 二 つ の 意 味 に 用 い ら れ る と す る 説 が あ る 。 た と え ば、国 立 国語 研究 所 編 の 現 ﹂ の意 味 だ と い う 。 (8新 ) 行 政 長 閻 錫 山 将 軍 ハ新 内 閣 ノ 方 針 ヲ 次 ノ ヨ ウ ニ 語 ッ タ 。
﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ の 区 別 は 認 め な い で よ さ そ う だ 。 た し か に(8は )英 語 に 訳 す と 、 過 去 形 に 、(9は )現
(9) コ ノ 新 制 大 学 ヲ 法 的ニ 裏 付 ケ ル 国 立 学 校 設 置 法 モ 国 会ニ 提 出 サ レ タ 。 が 、 こ の二 つの
在 完 了 形 に な る か も し れ な い。 し か し 、 日 本 語 と し て は 、 現 在 に 結 果 の 残 存 し て い る 事 実 も 、 し て い な い 事 実 も
ひ と し く 、 ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ と い う 形 で 表 現 す る と い う べ き で あ る 。 用 例 の 中 に 、 過 去 ま た は 以 前 と い う よ り も 、 完
了 と 言 った 方 が し っく り す る も の は あ る こ と は あ る 。
﹁読 ン ダ ﹂ で も そ う だ 。 一方 、 以 前 や 過 去 を 表 わ す と 見 る 方 が し っく り す
一般 に 動 詞 の 中 で 、 動 作 ・作 用 を 表 わ す 動 詞 に つ い た も の は 、 動 作 ・作 用 の 完 了 を 表 わ す と 言 った 方 が 適 切 で は あ る 。 こ の 点 で は 、 ﹁書 イ タ ﹂ で も
る の は 、 ﹁ア ル ﹂ と か ﹁イ ル ﹂ と か 存 在 や 状 態 を 表 わ す 動 詞 の 場 合 に 限 ら れ る 。 が 、 こ れ は 、 ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ が 環 境
の ち が い に 応 ず る 変 異 現 象 の 例 で あ る 、 だ か ら 、 ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ は 以 前 態 ま た は 完 了 態 を 表 わ す と 言 う こ と は い い
と 思 う 。 し か し 、 そ れ は 二 つ の も のを 表 わ す の で は な く 、 一 つ の も の を 表 わ す 、 た だ し 適 当 な 術 語 が な い た め に そ う い う 表 現 に な った も の と 見 る べ き だ と 思 う 。
﹁⋮ ⋮ シ キ ﹂ ﹁⋮ ⋮ シ ケ リ ﹂ の 二 つ は 、 現 在 に か か わ
過 去 の 日 本 語 で は 、 以 前 ・過 去 ・完 了 を 表 わ す 言 い 方 に は 、 ﹁⋮ ⋮ シ キ ﹂ ﹁⋮ ⋮ シ ケ リ ﹂ ﹁⋮⋮ シ ツ ﹂ ﹁⋮ ⋮シ ヌ ﹂ ﹁⋮ ⋮ シ タ リ ﹂ ﹁⋮ ⋮ セ リ ﹂ の 六 つ が あ っ た 。 こ の う ち
﹁⋮ ⋮ シ キ ﹂ と
﹁⋮ ⋮ シ ケ リ ﹂ は 、 同 時 に 一種 の
り の な い 以 前 ・過 去 ・完 了 を 表 わ し 、 あ と の 四 つ は 現 在 に か か わ り の あ る 以 前 ・過 去・ 完 了 を 表 わ す 。 こ の 関 係 は 、 英 語 に お け る過 去 形 と 現在 完 了 形 の 対 立 を 思 わ せ る 。 な お
﹁以 後 ﹂ を 表 わ す 言 い 方 は な い か 。
﹁陳 述 形 ﹂ を も 表 わ す 。 ﹁⋮ ⋮ シ ツ ﹂ ﹁⋮ ⋮ シ ヌ ﹂ ﹁⋮ ⋮ シ タ リ ﹂ ﹁⋮ ⋮ セ リ ﹂ の 四 形 は 、 テ ン ス の ほ か に 一種 の 動 作態をも 表わす。
以後を 表わ す 形 日 本 語 に 、 ﹁以 前 ﹂ を 表 わ す 形 が あ る こ と に な った と し て 、 そ れ に 対 す る
﹁⋮ ⋮ ウ ﹂ ﹁⋮ ⋮ シ ヨ ウ ﹂ は 、 以 後 を 表 わ す と 言 え る 。 た だ し 、 いず れ も 連 体 法 し か な い 。
﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ が 以 前 を 表 わ す よ う な 、 は っき り し た も の は な い。 し か し 全 然 な い こ と は な く 、 次 の よ う な 場 合 の ﹁⋮ ⋮ ス ベ キ ﹂ や
(10 坐)ル ベ キ 場 所 ガ ナ イ 。 (11 モ) ウ ジ キ 春 ニナ ロ ウ ト イ ウ ノ ニ⋮⋮ 。
これ ら は 、 ﹁坐 ル場 所 ガ ナ イ ﹂ ﹁春 ニモ ナ ルト イ ウ ノ ニ﹂ と 言 っても 差 支 え な い。 こ の意 味 では 、 は っき り し た
(ア ス ペ ク ト ) の い ろ い ろ
﹁以 後 を 表 わ す 形 ﹂ と は 言 え な い。 テ ン ス の 形 は ほ か の動 詞 で言 いか え ら れな いと いう 特 色 があ る 。
二 様 態 アスペク ト
動 詞 の テ ン スを 問 題 に す る 時 、 い つも 引 合 い に出 さ れ る も のに 、 動 詞 の アスペ クト ( 日 本 語 訳 様態 ) が あ る。 ア ス ペク ト は 広 狭 二義 を も つ。
狭 義 に ア ス ペク ト と いう と き は 、 動 詞 の表 わ す 動 体 が 、 あ る 時 間 内 継 続 し て 行 わ れ る こ と を 頭 に お いた 表 現
( 井 桁 貞 敏 氏 の いう 未 完 了体 ) と 、 時 間 と いう こ と を 度 外 視 し た 表 現 ( 同 じ く 完 了体 ) と の 対 立 を いう 。 ロ シ ア
語 ・ギ リ シ ャ語 にあ るも の が有 名 であ る。 日 本 語 の動 詞 は 、 こ のア ス ペク ト の区 別 に 対 応 す る 語 形 変 化 を し な い
が、 一つの動 詞 に、 こ の二 つの 用 法 の対 立 が あ る こと に は 考 慮 を 払 う 必 要 が あ る 。 た と え ば ︵1原 2稿 ) ヲ書 イ テ イ ル。
と いう 表 現 が あ る と す る 。 も し 、 ﹁現 在 執 筆 中 であ る ﹂ と いう 意 味 の時 は 、 ﹁執 筆 ﹂ と いう 行 動 を 継 続 的 な 行 動 と
見 て いる わ け で 、 こ の ﹁ 書 ク ﹂ は未 完 了的 な 用 法 であ る 。 これ に 対 し て ﹁あ の人 は著 作 が 多 い﹂ と いう 意 味 で、 (1ア 3ノ ) 人 ハ (ス デ ニ) タ ク サ ン本 ヲ書 イ テイ ル。
と いう 時 の ﹁書 ク ﹂ は、 ﹁著 述﹂ と いう 行動 を 継 続 的 な 行 動 と 見 な い で表 現 し て いる の だ か ら 、 完 了 体 の方 に 入
る。 こ の場 合 、 ﹁⋮ ⋮ テ イ ル﹂ と いう 同 じ 形 が、 ア ス ペク ト のち が いに応 じ て意 味 を 異 にす る わ け であ る 。
日本 語 の動 詞 の中 に は、 原 則 と し て 完 了 体 と し て用 いら れ る 一群 の動 詞 が あ る 。 ﹁死 ヌ﹂ ﹁結 婚 ス ル﹂ な ど の状
態 の 変 化 を 表 わ す 動 詞 、 ﹁到 着 ス ル﹂ ﹁出 発 ス ル﹂ のよ う な 、 動 作 の は じ ま り 、 終 り を 意 味 す る 動 詞 が そ れ だ 。
﹁既 婚 ﹂ と い う 意 味 を 表 わ す 。 な お 、 日 本 語 の ア
﹁ウ ツ ロ フ﹂ の よ う な 形 が あ って 、 動 作・ 作 用 の 継 続 を 表 わ し た と い
﹁国 語 動 詞 の 一分 類 ﹂ ( ﹃言 語研 究 ﹄第 一五 号 ) を 披 見 い た だ け れ ば 幸 で あ る 。
﹁死 ン デ イ ル ﹂ ﹁結 婚 シ テ イ ル ﹂ は 、 原 則 と し て 、 ﹁死 亡 後 ﹂ や ス ペク ト に 関 し て は、 小 稿 上 代 の 日 本 語 に は 、 ﹁ウ ツ ル ﹂ に 対 す る
﹁動 作 態 ﹂) を も さ す 。
わ れ る 。(山田 孝 雄 博 士 ﹃奈 良 朝 文 法 史﹄ 三 二三 ペー ジ) も し 、 そ の 言 の と お り な ら ば 、 こ の ﹁⋮ ⋮ フ ﹂ は 未 完 了 体 の
(Aktion) s特 ar にt 静 止性 動作 態
動詞 と言う ことができる。
動 作態
広 義 の ア ス ペ ク ト と いう 時 に は 、 ド イ ツ 語 の い わ ゆ るAktionsa (小 rt 林 好 日博 士 の訳
こ れ は 、 あ る動 作 の進 行 過 程 を 、 種 々 の段 階 に お いて と ら え た 、 ま た いろ いろ な 角 度 か ら 眺 め た ち が いを あ ら わ
す 、 動 詞 の 語 形 変 化 で あ る 。 こ れ に 進 行 態 ・既 然 態 ・終 結 態 ・始 動 態 な ど の 別 が あ る 。
進 行 態 と し て は 、 英 語 で の"be+∼ing"の 形 が 有 名 で あ る 。 日 本 語 で の 進 行 態 は 、 (14) 私 ハ今 原 稿 ヲ 書 イ テ イ ル 。 の 、 ﹁⋮ ⋮ テ イ ル ﹂ で 表 わ す 。
と こ ろ で こ の ﹁⋮ ⋮ テ イ ル ﹂ に は 進 行 態 を 表 わ す 以 外 に 、 次 の よ う な 例 が あ る 。 (1 5) コ ノ 魚 ハ死 ン デ イ ル 。 6) ( 1コノ 肉 ハヨク 焼 ケ テ イ ル。
dead""be
ro とaな st るed"
こ こ で は 、 ﹁死 ヌ ﹂ ﹁焼 ケ ル ﹂ と いう 作 用 が す で に 行 わ れ 、 そ の 結 果 が 残 存 し て い る 状 態 を 表 わ す 語 で 、 松 下 大 三
英 語 な ら ば 、"be
﹁⋮ ⋮ テ イ ル ﹂ の 形 が 、 ど ん な 時 に 進 行 態 に な る の か 、 ど ん な 時 に 既 然 態 に な る の か は 、 前 項 で
郎 博 士 の い わ ゆ る ﹁既 然 態 ﹂ で あ る 。(﹃ 標 準 日本 文 法 ﹄ 四 二 九 ペー ジ) ところだ。同 じ
述 べ た よ う に そ の 動 詞 が ど う いう ア ス ペ ク ト を 表 わ す か と いう ち が い に よ る 。
日 本 語 でも 方 言 に よ って 、 進 行 態 を
﹁⋮ ⋮ ヨ ル ﹂、 既 然 態 を
西 の諸 方 言 が そ れ で、 こ こ の方 言 で は 、 (1雪 7) ガ 降 リ ヨ ル 。
﹁⋮ ⋮ ト ル﹂ と 言 い わ け る 地 方 も あ る 。 兵 庫 県 以
と 言 え ば 、 今 空 か ら 雪 が チ ラ チ ラ 落 下 し つ つ あ る 状 態 を 言 い 、 遠 く の 山 の 積 雪 を いう 場 合 に は 、 (1雪 8) ガ 降 ット ル 。 と 表 現 さ れ る。
﹁⋮ ⋮ シ ヲ リ ﹂ が 進 行 態 を 表 わ し た 。 ﹁⋮ ⋮
標 準 日 本 語 の 新 し い 形 に 、 ﹁⋮ ⋮ シ ツ ツ ア ル ﹂ が あ り 、 こ れ は も っぱ ら 進 行 態 を 表 わ す 。 ﹁⋮ ⋮ シ テ イ ル ﹂ も ﹁⋮ ⋮ テ イ ル ト コ ロ ダ ﹂ と な れ ば 、 進 行 態 を 表 わ す 。 古 い 日 本 語 で は
セ リ ﹂ は 進 行 態 と 既 然 態 と を 表 わ す 意 味 で 、 ﹁⋮ ⋮ シ テ イ ル ﹂ に 似 て い る 。 一方 、 既 然 態 の 方 は 、 次 の ﹁⋮ ⋮ テ ア ル﹂ の形 でも 表 わ さ れ る。 (1窓 9) ガ ア ケ テ ア ル 。=窓 ガ ア イ テ イ ル 。
た だ し 、 こ の 場 合 に は 、 ヴ ォ イ ス の 条 に 述 べ る 中 相 態 の 表 現 に 、 既 然 態 の 表 現 の く わ わ った も の で あ る 。
bego
と こ ろ で 、 以 上 の進 行 態 と 既 然 態 と を 、 テ ンス の各 種 類 に 対 照 し て み る と 、 進 行 態 は 現 在 形 に相 当 し 、 既 然態
は 過 去 形 に 対 応 す る 。 そ う す る と 、 テ ン ス の 未 来 形 に 対 す る 動 作 態 は 何 だ ろ う か 。 こ れ は 、 英 語 な ら ば"
ing+不 定 形" で 表 わ さ れ る 語 形 で あ る 。 日 本 語 で こ の 形 は 、 ﹁⋮ ⋮ シヨ ウ ト シ テ イ ル ﹂ と いう 形 で 表 わ さ れ る 。 ﹁将 然 態 ﹂ と 呼 ぶ べ き も の だ ろ う 。
﹁⋮ ⋮ス ル ト コ ロダ ﹂ と い う 形 で も 表 わ さ れ る 。 ﹁ト コ ロダ ﹂ と い う 語 句 は 、 ﹁⋮ ⋮ シ テ イ ル ト コ
(2時 0) 計 ガ 十 二 時 ヲ 打 ト ウ ト シ テ イ ル 。 将然態は、ま た
ロ ダ ﹂ ﹁⋮ ⋮ シ タ ト コ ロダ ﹂ ﹁⋮ ⋮ ス ル ト コ ロ ダ ﹂ と 三 つ 並 ん で 、 進 行 態 ・既 然 態 ・将 然 態 と 三 種 の 動 作 態 を 表 わ す 点 でお も し ろ い。
次 に
﹁⋮ ⋮シ テ イ ル ﹂ に は 次 の よ う な 用 例 も あ る 。
﹁⋮ ⋮テ イ ル ﹂ は 、 進 行 態 で も な く 、 既 然 態 で も な い 。 ﹁ ⋮⋮ テ イ ル ﹂ 全 体 で 、 あ る 状 態 に あ る 、 あ る い は 、
(2前 1ニ ) 高 イ 山 ガ ソ ビ エ テ イ ル。 この
﹁⋮ ⋮ テ イ ル ﹂ を つけ な け
あ る 属 性 を も っ て い る こ と を 表 わ す 言 い 方 で あ る 。 元 来、 ソ ビ エ ル と い う 動 詞 が 妙 な 動 詞 で 、 状 態 ・属 性 の 発 端
を 表 わ す 動 詞 と で も 言 う べ き も の だ 。 こ れ は 動 作 態 の 一種 で は な い。 こ う い う 動 詞 は
れ ば 、 ち ょ っと 使 い み ち が な い 。 こ の よ う な 動 詞 に は ほ か に 、 ﹁似 ル ﹂ ﹁マ セ ル ﹂ ﹁才 気 走 ル﹂ な ど が あ る 。 (21 コ' ノ)道 ハ曲 ッ テ イ ル 。
﹁
⋮⋮ タ ﹂ の形 も 、 こ の
﹁⋮ ⋮ テ イ ル ﹂ は 、 進 行 態 と も 言 え ず 、 既 然 態 と も 言 え ず 、
と いう と き の ﹁曲 ル ﹂ も 、 元 来 真 直 だ った 道 が 、 グ ニ ャ ッ と 曲 った の で は な い か ら、 状 態 ・属 性 の 発 端 を 表 わ す 動 詞 と し て 用 い ら れ た も の で あ る 。 こ の ︵2 ︵1 2の ) 1よ 'う )な
﹁尖 ッ タ 山 ﹂ の
( ⋮ ⋮ シオ ワ
(⋮ ⋮シ ⋮ ⋮ シ ス ル) な ど が あ る 。 こ れ ら は、 同 じ 動 作 態 で も、 前 項 に
( ⋮⋮シ ハ ジ メ ル )、 終 結 態
﹁ ⋮⋮シ テ イ ル ﹂ と 同 じ 意 味 を 表 わ す 。 古 い 日 本 語 で は お、 ﹁⋮⋮ シ タ リ ﹂ ﹁ ⋮ ⋮ セ リ ﹂ の形 が こ の単 純 な 状 態
単 な る 状 態 ・属 性 を 表 わ す と い う ほ か は な い。 テ ン ス の と こ ろ で 触 れ た 種 の を 表 わ す 用 法 を も って いた。
活 動性 動作態
(⋮ ⋮ シ ツ ヅ ケ ル)、 反 復 態
動 作 態 の 種 類 を 云 々す る 時 に ふ つ う 例 に あ げ ら れ る も の に 、 始 動 態 ル )、 継 続 態
述 べ た 、 ﹁ ⋮ ⋮シ テ イ ル ﹂ ﹁⋮⋮ シ テ ア ル ﹂ ﹁ ⋮⋮ ス ル ト コ ロ ダ ﹂ の 類 と は ち が った 点 が あ る 。 そ れ は 、 ﹁ ⋮ ⋮シ テ
(ま た は あ る 属 性 を も っ て い る ) こ と を 表 わ す 言 い 方 で あ る が 、 こ れ ら は 、 あ
( 作 用 ) が 行 わ れ る こ と を 表 わ す 点 で あ る 。 前 の 動 作 態 が 静 止 性 動 作 態 で あ る の に 対 し て、 こ れ は 活 動 性
イ ル﹂ そ の 他 は 、 あ る 状 態 に あ る る動作
動 作態 であ る。
始 動 態 は、 日 本 語 で は
﹁⋮ ⋮ シ カ ケ ル ﹂ と い う 形 で も 表 わ さ れ る 。 終 結 態 は 、 日 本 語 で は
と いう 形 でも 表 わ さ れ る 。 次 のよ う に。 (22原 ) 稿 ヲ 書 キ カ ケ タ 時ニ 電 話 ガ カ カ ッ テ キ タ 。 ( 32 ) 原 稿 ハ 二 十 日 マ デ ニ ハ書 イ テ シ マ ワ ナ ケ レ バ イ ケ ナ イ 。 始 動 態 の 名 は 佐 久 間 鼎 博 士 の 創 案 、 終 結 態 の 名 は 宮 田 幸 一氏 の 創 案 で あ る 。
﹁⋮ ⋮ シ テ シ マ ウ ﹂
﹁原 稿
た だ し 、 ﹁⋮ ⋮ カ ケ ル ﹂ は 、 ﹁あ る 動 作 が 行 わ れ る 寸 前 の 状 態 に 達 す る ﹂ の 意 に も 用 い ら れ る 。 右 の(2の 2意 )味 を 、
﹁電 話 が か か っ て 来 た の は 原 稿 を 二 、 三 枚 書 いた 時 だ ﹂ の 意 と す れ ば 、 ﹁書 キ カ ケ ル ﹂ は 始 動 態 だ が 、 も し
﹁⋮ ⋮ シ テ シ マ ウ ﹂ も 、 ﹁⋮ ⋮ し 終
は 一 字も 書 い て い ず 、 ま だ 机 に 向 って 万 年 筆 を 手 に 持 った と き だ った ﹂ の 意 と す れ ば 、 こ の 、 寸 前 の 状 態 に 達 す る の 意 味 と な る 。 こ の 用 法 は 、 ﹁将 現 態 ﹂ と 呼 ぶ こ と が で き る 。 こ れ に 対 し て
る ﹂ の 意 味 以 外 に 、 と う と う そ の 動 作 が 行 わ れ る 、 と いう 意 味 を 表 わ す こ と が あ る 。 ﹁原 稿 ヲ 書 イ テ シ マ ッタ ﹂
﹁既 現 態 ﹂ と 呼 ぶ 。
と い う セ ン テ ン ス で も 、 ﹁自 分 は 先 輩 に タ テ を 突 く こ と は 書 く ま い と 思 っ て い た が 、 騎 虎 の 勢 で つ い 書 い て し ま った ﹂ と い う よ う な 時 に は 、 こ の 意 味 に な る 。 こ れ は 4 () 2 愛 チ ャ ン ハオ 嫁ニ 行 ッ チ ャ ッタ 。 の ﹁行 ッチ ャ ウ ﹂ も 既 現 態 の 例 で あ る 。
古 い 日 本 語 に は 、 ツ ・ ヌ と い う い わ ゆ る 完 了 の 助 動 詞 が あ っ た 。 こ れ は 、 ﹁⋮ ⋮ シ タ ﹂ と い う テ ン ス を 表 わ す ほ か に 、 こ の 既 現 態 の動 作 態 を も 表 わ す 。
三 相
(ヴ ォ イ ス ) の い ろ い ろ
ヴ ォイ スとは
動 詞 の ヴ ォイ ス (相 ) と は、 主 語 が そ の動 詞 の表 わ す 動 作 ・作 用 に 対 し てど のよ う な 関係 に立 つか を 表 わ し 分
け る 語 形 変 化 で あ る 。 ふ つう に は 、 能 動相 と 受動 相と 使 役 相、 さ ら に 中 相を 設 け る 。
⋮ 中相
日本 語 の動 詞 に お いて は、 ヴ ォイ スは よ く 発 達 し て な り 、 そ のち が いは 明 確 に 区 別 さ れ る。 ﹁書 ク ﹂ と いう 動 詞 に 関 し て、 各 相 の 形を 示 せ ば 能動相
⋮ ⋮使 役 相
⋮⋮
( 26)書 カ セ ル ⋮ ⋮受 動 相
5 () 2書 ク
(2書 7カ ) レル
8 () 2書 ケ ル (コ ンナ 字 ガ 書 ケ テ シ マ ッタ の書 ケ ル) ⋮
と な る 。 古 代 の中 国 語 な ど は ヴ ォイ ス の区 別 が は っき り せ ず 、 た と え ば、 ﹁漁 父 の辞 ﹂ に 9 () 2屈 原 既 放
se (こ ll のs 本 はwよeく l売 lれ " る ) と いう よ う に 、 中 相 が能 動 相 と 同 じ 形 を も つ。
p( a 能s 動s受i動v) eと 呼 ん で いる 動 詞 が あ
と あ る 。 これ は 屈 原 が何 か を 放 つ のか と 思う と 、 ﹁屈 原 既ニ 放 タ レ⋮ ⋮ ﹂ と いう 受 動 相 の意 だ と いう 。 こ れ では 、
book
能 動 と 受 動 と が ごち ゃご ち ゃ だ。 英 語 に は、 イ ェ ス ペ ル セ ンがactive り 、"The
受動 相
日 本 語 の受 動 相 は、 いわ ゆ る未 然 形 + レ ル ・ラ レ ル の形 で作 ら れ る。 日 本 語 の受 動 相 に つ い てよ く 言 わ れ る こ
と は 、 次 の 二 条 だ 。 一つは 、 主 格 が 非 情 物 の場 合 に 受 動 相 を 用 い る こ と は 本 来 のも の で な い こと で あ る 。
0 () 3彼 ハ先 生ニ 叱 ラ レ タ 。
(3彼 1) ハ犬 ニ 吠 エラ レタ 。 2 () 3式 場 ニ ハ白 砂 ガ シ キ ツ メ ラ レ、 紅 白 ノ幔 幕 ガ ハリ メ グ ラ サ レテ イ タ 。
のう ち 、(3の2よ)う な 言 い方 は 、 明 治 以 後 、 ヨー ロ ッパ 式 の言 い方 の輸 入 の影 響 で 発 生 し た も のだ 。
のよ う な 例 も 、 な いで も な い が、 これ は、 擬有 情 物 的 な 表 現 で あ る 。
(3可 3愛 ) ガ ラ レタ タ ケ ノ コガ 斬 ラ レテ 割 ラ レテ ⋮ ⋮ (俚 謡 ﹁三階節﹂)
日 本 語 の動 詞 の受 動 相 に つ いて、 も う 一つよ く 言 わ れ て いる こ と は 、 自 動 詞 にも 受 動 相 があ る こと であ る 。 (3子 4供 )ニ 死 ナ レ ル。 ( 35)雨 ニ 降 ラ レ テ カ ンカ ン娘 。
の類 が こ れ だ 。 し か し 、 こ の受 動 相 は 、 ﹁先 生ニ 叱 ラ レ ル﹂ ﹁幔 幕 ガ ハリ メ グ ラ サ レ ル﹂ な ど の受 動 相 と 、 少 し 意
味 が ち が う 。 ﹁叱 ラ レ ル﹂ ﹁ハリ メ グ ラ サ レ ル﹂ の方 は、 主 語 が そ の動 作 ・作 用 を 直 接 受 け る が、 ﹁死 ナ レ ル﹂ ﹁降
( 直 接 の受 動 相 )
ラ レ ル﹂ の方 は 間 接 に受 け る 。 対 照 し て か かげ る と こう な る 。 (3空 6地 )ニ 家 ガ 建 テ ラ レタ 。
(3( 7 私)ハ ) 空 地ニ 家 ヲ建 テ ラ レ タ。 ( 間 接 の受 動 相 )
間 接 の受 動 相 の方 は、 何 か 迷 惑 を 受 け る意 味 を 表 わ す 。 新 村 出 博 士 は、 日 本 語 の受動 相 の特 色 を 、 こ の被 害 の気
持 を 表 わ す 点 にお いて いる 。( ﹃言語学序説﹄ 一二〇 ページ以下) 右 の例 文 で も 、 ﹁今 ま で空 地 が あ る の で広 く て気 持 が
よ か った が、 家 が建 った た め に窮 屈 にな った ﹂ のよ う な 意 味 を も つ。 こ の意 味 で 間 接 の受 動 相 だ 。 す な わ ち 、 こ
う いう の は 、 純 粋 の 受 動 相 で は な く し て 、 む し ろ ﹁被 害 相﹂ と 言 う べき も の であ る 。 こ れ は 次 のよ う な ﹁受 益 相 ﹂ に対 す る も の だ。 8 () 3家 ヲ建 テ テ モ ラ ッタ。
使 役相
日本 語 動 詞 の使 役 相 は 、 いわ ゆ る未 然 形 + セ ル ・サ セ ル の 形 で作 ら れ る 。 文 章 語 に は、 ほ か に ﹁⋮ ⋮ セ シ メ ル﹂ と いう 古 風 な 言 い方 も 残 って いる 。
日本 語 の使 役 相 に は 、 意 味 か ら 見 て 二 つのも のが あ る 。 一つは 、(イ)を 力も って他 のも のを 動 か す 意 味 のも の で ある。 たとえば ( 93 )学 生 ニ ハ、 必 ズ 清 書 サ セ ル。
も う 一つは 、(ロ他 )のも の の意 志 を 尊 重 し て そ の意 志 ど お り の行 動 を 許 す 意 味 のも の で、 0 () 4図 書 館 ヲ立 テ テ 自 由ニ 本 ヲ 読 マセル 。 が、 これだ。よ く話題 にのぼる (4本 1日 ) ハコ レ デ休 マセ テイ タ ダ キ マ ス。 も 、 こ の(ロ の) 例 だ 。 英 語 で は 、(イ と) (ロ を) 、 ち が う 助 動 詞 を 使 って 表 わ し 分 け る 。
日本 語 の使 役 相 に つ いて は 注 意 す べき こと が 三 つあ る 。 一つは 、 受 動 相 の場 合 と 同 じ よ う に 、 非 情 物 を 主 語 と す る場 合 に は用 いら れ な い こと だ 。 ︵4ソ 2ノ )知 ラ セ ハ彼 女 ヲ悲 シ マ セ ルダ ロウ 。
は いか に も 、 ヨー ロ ッパ語 直 訳 体 で あ る 。 元 来 日 本 語 で は 、 非 情 物 を 主 語 と す る 場 合 には 、 動 詞 は 三 上 章 氏 の い
わ ゆ る 所 動 詞 し か 使 わ な か った 。 受 動 相 がな い、 使 役 相 が な い、 な ど と いう のは 、 こ れ と 関 連 を も つ日 本 語 の性 格 であ る 。
次 に 日 本 語 の 使 役 相 は、 他 動 詞 に よ る 表 現 で 代 用 さ れ る 。 ﹁彼ニ 芝 居 ヲ見 サ セ ル﹂ の意 味 は (4彼 3ニ ) 芝 居 ヲ見 セ ル。
で 言 い 表 す こ と が で き る 。 ﹁ 一人 子 ヲ チ フ ス デ 死 ナ セ タ ﹂ と い う セ ン テ ン ス は ( 44) 一人 子 ヲ チ フ ス デ 殺 シ タ 。
と 言 って 、 西 洋 人 を 驚 かす こ と があ る 。
日本 語 の使 役 相 で も う 一つ注 意 す べき こと は 、 時 枝 誠 記 博 士 が 注 意 し て いる よ う に 、 理論 的 には 使 役 相 を 用 い
る べき と こ ろ を 、 能 動 相 で いう こと があ る 点 であ る 。 た と え ば 、 医 者 に注 射 を し て も ら って、 ( 45)キ ノ ウ注 射 ヲ シ マシ タ 。 と い い、 大 工 に 家 を 建 て さ せ な が ら 、 ( 46) 今 度 彼 ハ新 築 シ タ 。
(﹃ 左 伝﹄)
と 言 う が ご と き が こ れ で あ る。 古 い中 国 語 に は ( 47) 飲 馬 拾 溜
のよ う な 表 現 が あ り 、 馬 を 飲 む か と 思 う と さ にあ らず 、 馬 に 水 を 飲 ま せ る 意 味 で あ ると いう のと 、 ち ょ っと 似 て いる。
ま た 受 動 相 に 対 し て、 受 益 相 が あ った よ う に 、 使 役 相 に対 す る も の と し て、 与 益 相 があ る 。 ( 48)本 ヲ読 ン デ上 ゲ ル。 ( 49)本 ヲ 見 セ テ ヤ ル。 のよ う な 表 現 が そ れ だ 。 被害 相 に 対す る 特 別 の形 は な く て (50)憎 ラ シイ カ ラ引 ッパ タ イ テ ヤ ッタ 。 のよ う に 与 益 相 の 形 を 借 り て 表 現 す る 。
中 相 そ の他
中 相 は 、 イ ンド ・ヨ ー ロ ッパ語 で 、 受 動 相 が 発 達 す る 以 前 の 形 と し て、 著 名 であ る。 ラ テ ン語 な ど で、 一見 受
動 相 と 見 ら れ る も の は、 実 は す べ て 中 相 だ と いう 。( 泉井久之助博 士 ﹃ 言語 の構造﹄ 一一七 ページ) 中 相 と は 、 ﹁受 動 的
な 意 味 を も った 、 受 動 相 な ら ざ る 自動 詞 ﹂ と いう 意 味 で 、 さ っき の英 語 の ﹁売 れ る ﹂ と いう 意 味 に 用 いたsel なl ど は 、 こ の例 だ と 言 う 。
日 本 語 で は 、 こ の中 相 の言 い方 が 好 ま れ 、 動 詞 の中 に は ﹁中 相動 詞 ﹂ と いう べ き も の が た く さ ん存 在 す る。
煮 エル (=煮 た 状 態 に な る )、 売 レ ル (売 った 状 態 にな る)、 ク ズ レ ル (=く ず れ た 状 態 にな る)、 キ マ ル (=き め た 状態 にな る ) な ど いず れ も そ の例 で あ る 。
も と の動 詞 が 授 与 の意 味 を 表 わ す 動 詞 の場 合 に は、 ﹁に﹂ 格 の 語 を 主 語 と す る 特 別 の 言 い方 が 日本 語 に は 発 達 し て いる 。 これ も 一種 の中 相 動 詞 だ ろ う 。
つま り 中 相 動 詞 で あ り な が
授 カ ル (授 け た 状 態 にな る )、 教 ワ ル ( 教 え た 状 態 にな る )、 ア ズ カ ル (あ ず け た 状 態 にな る )
これ ら は 、 ﹁福 ヲ授 カ ル﹂ ﹁ピ ア ノ ヲ教 ワ ル﹂ のよ う に、 ﹁を ﹂ 格 の補 足 語 を と る︱ ら 、 一種 の他 動 詞 で あ る 点 、 注 意 さ れ る 。 受 益 相 に相 当 す る 中 相 の表 現 に は 、 (5英 1語 ) ヲ教 エテ モ ラ ウ ( あ る いは イ タ ダ ク ) と いう 形 があ る 。 ま た 、 中 相 に 似 た も のに 、 日本 語 では 自 然 可能相 と 呼 ば れ て い るも のが あ る。 (5心 2な ) き 身 にも あ は れ は知 ら れ け り ( 西行) (5朝 3浜 ) 辺 を さま よ へば 昔 の こと ぞ し のば る る ( 林古渓 ﹁浜辺の歌﹂)
こ れ は 、 そ の動 作 ・作 用 が自 然 に 行 わ れ る と いう 点 に 特 色 が あ る も の で 、 そ の意 味 は可 能 相 と いう よ り も 、 受 動
相 に 近 い。 松 下 大 三 郎 博 士 が、 ﹁自 然 動 的 被 動 ﹂ と 呼 ん だ の にな ら え ば 、 自 然 受動 相 と いう べき だ ろう 。 中 相 は
﹁状 態 の変 化 ﹂ と いう 意 味 が 加 わ る が 、 こ の 自 然 受 動 相 に は 、 そ の意 味 がな い。 そ の代 り 、 ﹁心 な き 身 に ⋮ ⋮﹂ と か ﹁私 にし のば れ る﹂ と か 、 ﹁に﹂ 格 の補 足 語を と る 点 が特 色 であ る 。 自 然 可能 相 と 言 わ れ る も の の 一つに、 (5見 4送 ) リ マン ョト テ浜 マデ 出 タ ガ 、泣 ケ テ サ ラ バ が 言 エナ ンダ (俚 謡)
の ﹁泣 ケ ル﹂ のよ う な 例 があ る 。 ﹁自 然 に ⋮ ⋮ な る ﹂ と いう 意 味 を も つ点 で、 自 然 受 動 相 に 似 て い る が 、 こ れ は
受 動 の意 味 が な い点 で 、 こ れ こ そ 自 然 可能 相 の名 に ふ さ わ し いも の であ る 。 こ れ は 後 世 の発 達 で あ ろ う 。 昔 の
﹁音 のみ し 泣 か ゆ ﹂ の ﹁泣 か ゆ ﹂ は 、 ﹁音 ﹂ の格 が は っき り し な い が、 も し 主 語 な ら ば、 自 然 受 動 相 にな る 。
付、 可能 相 と敬譲 相
日本 語 の ﹁相 ﹂ と いう 術 語 は 、 大 槻 文 彦 ・三 矢 重 松 両 博 士 以 来 のも の であ る が、 両 博 士 によ って 相 の 一種 と 見
な さ れ るも の に は 、 上 にあ げ た 以 外 に ま だ 可能相 と 敬 譲相 と があ る 。 これ ら は 、 意 味 の上 から 、 ヴ ォイ スと は か な り 性 格 が ち がう 。
可 能 相 と は 、 書 ク に対 し て 書 ケ ル (=書 ク コト ガ デ キ ル)、 見 ルに 対 し て 見 ラ ノ ル (=見 ル コトガ デキ ル) の 形
を いう が、 これ は、 全 体 が 一種 の状 態 性 動 詞 であ る 点 で、 ま ず 前 項 の諸 相 と ち がう 。 状 態 であ る か ら 、 これ ら は 、
﹁書 ケ テイ ル﹂ ﹁見 ラ レ テイ ル﹂ と いう よ う に は 用 いら れ な い。 こ の可 能 相 は 、 テ ン ス の条 で ふ れ た ﹁⋮ ⋮ シナ ケ
レ バナ ラ ナ イ ﹂ や ﹁⋮ ⋮ シ テ モ ヨイ ﹂ な ど と いう 形 と 同 じ 種 類 のも の で、 そ の動 作 に 関 す る外 的 な 制 約 のち が い を 表 わ す 変 化 と いう べき も の の 一種 で あ る 。
現代 日 本 語 の 可 能 相 で 注 意 す べき こと は、 第 一に そ の可 能 相 を 表 わ す 専 門 の動 詞 が あ る こ と であ る。 ﹁書 ケ ル﹂
﹁読 メ ル﹂ の類 が そ れ だ。 ﹁ス ル﹂ の 可 能 相 に は、 ﹁デ キ ル﹂ と いう 動 詞 が あ り 、 ﹁勉 強 ス ル﹂ ﹁運 動 ス ル﹂ ⋮ ⋮ な
ど の いわ ゆ る サ 行 変 格 漢 語 動 詞 に 対 し て は、 ﹁勉 強 デ キ ル﹂ ﹁運 動 デキ ル﹂ と いう 形 が あ る 。 ほ か に、 ﹁書 ク コト
ガ デキ ル﹂ ﹁書 キ 得 ル﹂ な ど の 形 が あ り 、古 い時 代 に は ま た さ ら にち が った も の が あ った 。
糸 井 寛 一氏 に よ る と 、 日本 語 でも 、 大 分 県 の方 言 な ど で は 、 煙 草 ヲ吸ワ レ ンと 煙 草 ヲ吸 イ キ ラ ンと は 両 方 と も
不 可 能 を 表 わ す 言 い方 であ る が、 吸イ キ ラ ンはま だ そ う いう 能 力 を 身 に つけ て いな い意 味 、 吸 ワ レ ンは 禁 煙 と 書 い てあ る よ う な 場 合 に使 う と いう 。
大 槻・三 矢 両 博 士 によ って も う 一つ の相 と 見 な さ れ て いる 敬 相 、 す な わ ち 、 敬 譲 変 化 は 、 そ の動 詞 の 主 語 ま た
は 目 的 語 の種 類 のち が いに 応 ず る 語 形 変 化 の 一種 であ る 。 これ は 、 外 国 語 に 多 い 人 称変 化 と似 た 性 質 のも の で、
受 動 相 ・使 役 相 な ど と い っし ょ に ﹁相 ﹂ に 入 れ る の は 適 当 で はな い。 敬 譲 変 化 と 人 称 変 化 の ち が い は、 人 称 変 化
にお いて は 、 動 詞 の主 語 ・目 的 語 が 、 話 し 手 か、 話 の相 手 か、 第 三 者 か、 と いう ち が い であ る の に対 し 、 敬 譲 変
化 は 、 主 語 ・目 的 語 が、 敬 意 を 表 す べき 人 間 か、 表 す る 必 要 のな い人間 か のち が いを 問 題 と す る 点 であ る 。 英 語
や フラ ン ス語 の 人 称 変 化 は 、 主 語 の ち が いだ け を 問 題 にす る が、 ハン ガ リ ー 語 の動 詞 で は、 目 的 語 を 問 題 にす る
(
〃
〃
)
)
(目 的 語 に 対 す る 敬 意 )
(
( 主 語 に対 す る 敬 意 )
の で 、 そ の変 化 は 複 雑 で あ る 。 日本 語 の敬 譲 変 化 も 、 主 語 の ほ か に目 的 語 を 問 題 に す る 。 ( 55)オ 会 イ ニナ ル ( 56)会 ワ レ ル ( 57)オ 会 イ ス ル (5オ 8会 ) イ 申 シ上 ゲ ル
日本 語 の敬 譲 変 化 に は、 ﹁敬﹂ と ﹁平 ﹂ と の 対立 で 、 ﹁卑 ﹂ や ﹁謙 ﹂ は な い。 し いて 言 え ば、 ﹁見 ヤ ガ ル ﹂ ﹁行 キ ヤ ガ ル﹂、 京 都 ・大 阪方 面 の ﹁見 ヨ ル﹂ ﹁行 キ ョ ル﹂ の類 が そ れ だ 。
四 法
(ム ー ド ) の い ろ い ろ
ムード とは
と いう 点 で 、 話 し 手 の主 観 を 示す いわ ゆ る ﹁陳 述 形﹂ に似 て いる 。 こ の意 味 で ム ー ド は 、 非 陳 述 形 のう ち で最 も
ムード は 、 動 詞 の意 味 す る動 作 ・作 用 の事 実 性 に 対 す る 話 し 手 の確 信 の種 類 を 表 わ す 。 話 し 手 の確 信 を 表 わ す
陳 述 形 に 近 いも の であ る 。 が、 陳 述 形 はあ く ま でも 主 観 を そ のま ま の 形 で ぶ ち ま け る 。 これ に 対 し て 、 ムー ド の
方 は 、 客 観 的 な 事 実 を 述 べる よう な 形 で述 べる 点 がち が う 。 時 枝 博 士 流 に 表 現 す る と 、 ム ー ド は 主 観 的 意 義 を 客 観 的 表 現 で お お い包 ん だ 語 法 であ る 。
叙 実 法と 叙想 法
ム ー ド の種 類 に は、 英 語 な ど に お け る 、 叙 実 法 (indica 細t 江i逸v記 e氏 の 訳 ) と、 叙想 法 (subjun細 ct 江ive
氏 の訳 ) と の 対 立 が あ る。 叙 実 法 は 、 叙 述 内 容 を 事 実 界 のも の と し て述 べ る 述 べ方 で、 叙 想 法 は 、 叙 述 内 容 が た
だ 脳 裡 に 浮 べ ら れ て いるも のだ と いう こと を 示 す 述 べ方 で あ る 。 古 い日 本 語 で は 、 叙 想 法 を 示す 方 法 と し て 、 甲斐 な く 立 た ん 名 こ そ 惜 し け れ
な ど の ﹁⋮⋮ ン﹂ の形 が あ った こ と が 細 江 氏 に よ って 指 摘 さ れ て い る。( 細江 ﹃ 動 詞叙法 の研究﹄五四 ペー ジ) ﹁⋮⋮
ン﹂ の現 代 語 形 ﹁⋮ ⋮ ウ ﹂ に も 、 そ の連 体 形 に は 、 多 少 こ の叙 想 法 的 な 用 法 が あ る 。 ( 95 )大 臣 ト モ ア ロウ モ ノ ガ 、 酔 ッパ ラ ッテ 、 婦 人 代 議 士 ニダ キ ツ コウ ト ハ。
経験 回想 法 と伝聞 回想 法
ム ー ド の他 の種 類 のも のと し て は 、 ト ル コ語 に お け る ﹁経 験 回 想 法 ﹂ と ﹁伝 聞 回 想 法 ﹂ と の別 があ る 。 これ は 、
と も に 過 去 の事 実 を 述 べる 述 べ方 であ る が 、 経 験 回 想 法 は、 自 分 の直 接 の経 験 を 述 べ る 形 式 であ り 、 伝 聞 回 想 法
と は 、 他 か ら 聞 いた 事 実 を 述 べ る 様 式 であ る 。 ト ル コ語 で は、 一々 の動 詞 の過 去 形 が こ の 二 つ の 形 を も って お り、
ま ち が いな く 使 い分 け ら れ る と いう 。 古 い日 本 語 で は 、 ﹁⋮⋮ シ キ ﹂ ﹁⋮ ⋮シ ケ リ ﹂ と いう 二 つの 過 去 形 があ った
が、 細 江 氏 は、 ﹁⋮ ⋮ シキ ﹂ を 経 験 回想 を 表 わ す 語 形 、 ﹁⋮ ⋮ シ ケ リ ﹂ を 伝 聞 回 想 を 表 わ す 語 形 であ る と 論 じ て 、
で は 伝 聞 事 実 を 表 わ す 言 い方 に は 、 ﹁⋮⋮ ソ ウ ダ ﹂ があ る。
国 語 学 者 の 目 を 開 いた。(﹃ 動詞時制 の研究﹄四九 ページ) し か し こ の区 別 は 、 早 く 乱 れ た も の ら し い。 現 在 の 日本 語
ノダ と ナリ
と こ ろ で 日 本 語 に 顕 著 な ムー ド と し て 注 意 す べ き も の に、 ﹁⋮⋮ ノ ダ (ノ デ ア ル と も )﹂ と いう 形 式 があ る 。
(6路 0で ) 出 会 ふ 老 幼 は 、 み な 輿 を 避 け て ひ ざ まづ く 。 輿 の中 で は、閭 が ひ ど く 好 い心 持 に な つて ゐ る 。 牧 民 の
職 に ゐ て 賢 者 を 礼す る と いふ の が、 手 柄 の や う に 思 は れ て 、閭 に 満 足 を 与 へる の で あ る 。(鴎 外 ﹃ 寒山拾得﹄)
(6正 1道 ) は ひ どく 哀 れ に 思 つた 。 そ のう ち 女 の つぶ や いて ゐ る こ と ば が 、 次 第 に 耳 に 慣 れ て 聞 き 分 け ら れ て 来
た 。 そ れ と 同 時 に 正 道 は お こり 病 の や う に身 内 が ふ る つて 、 目 に は 涙 がわ い て来 た 。 女 は かう 云 ふ こ と ば を 繰 り 返 し て つぶ や い てゐ た の であ る 。(〓 外 ﹃山椒大夫﹄)
﹁ノ ダ ﹂ は、 日 本 語 に 特 有 と いえ る かど う か 未 詳 で あ る。 が 、 日本 語 では き わ め て重 要 で あ り、 し か も 外 国 人 が
日 本 語 を 使 う 時 に、 非 常 に使 いに く が る 形 式 であ る こと は 確 か だ 。 こ れ は 、 そ の動 詞 に よ って 述 べら れ て い る こ
と が 話 者 の 陳 述 の根 拠 であ る と いう 意 味 を 示 す 形 であ る。 日 本 人 は自 分 の気 持 を 率 直 に 表 出 す る こ と を 忌 む 。 そ
の結 果 、 自 分 が 判 断 す る 根 拠 だ け を あ げ て、 自 分 の気 持 を 言 外 に匂 わ せ る 言 い方 を 発 達 さ せ 、 こ の ﹁ ⋮ ⋮ノダ﹂
と いう 形 を 愛 好 す る に 至 った の であ ろう 。 こ の ﹁⋮ ⋮ノダ ﹂ は 、 た だ 根 拠 を 示 す に と ど ま る 表 現 か ら 発 展 し て、
現 在 で は 、 オ レ の主 張 に は り っぱ な 根 拠 が あ る ん だ ぞ と いう 強 圧 的 な 匂 いを も つ に 至 って い る。 こう な る と 、
﹁陳 述 形 ﹂ の 一種 に 変 質 し て い る 。 ﹁⋮ ⋮ ノ ダ ﹂ に 似 た 言 い 方 に 、 ﹁⋮ ⋮ ワ ケ ・ダ
(ワ ケ デ ア ル )﹂ が あ り 、 同 じ よ
﹁ナ リ ﹂ だ った 。 と こ ろ で 、 古 い
﹁ナ リ ﹂ と いう の が あ る 。 そ の 意 味 が 何 で あ る か に つ い て 、 文 法 学
﹁⋮ ⋮ ノ ダ ﹂ の 古 い 形 は 、 いわ ゆ る 動 詞 ・形 容 詞 の 連 体 形 に つ く
う に 使 わ れ る。 日本語 では ﹁ナ リ ﹂ に は こ の ほ か に 動 詞 の 終 止 形 に つく
(﹃ 国 語 学 ﹄第 二三 輯 ) を 推 し た い 。 だ と す
界 が に ぎ わ った の は 周 知 の事 実 で あ る 。 提 出 さ れ た 意 見 の 中 で 、 ﹁⋮ ⋮ メ リ ﹂ が 目 に 見 た 事 実 を 述 べ る の に 対 し て ﹁⋮ ⋮ ナ リ ﹂ は 耳 に 聞 いた 事 実 を 述 べ る も の と す る 春 日 和 男 氏 の 意 見
ver (叙 b法 動 詞 ) と いう も の を 設 定 し 、
る と 、 ﹁⋮ ⋮ メ リ ﹂ ﹁⋮ ⋮ ナ リ ﹂ も 当 時 の 日 本 語 の ム ー ド を 表 わ す 一種 の 表 現 だ った 。
叙 法動 詞相 当 の語句 最 後 に 、 オ ラ ン ダ の 文 法 学 者 ポ ー ツ マは 、 英 文 法 を 説 く 上 に 、modal
may,mus なtど を そ の 例 と 見 た 。 ﹁⋮ ⋮ カ モ シ レ ナ イ ﹂ の 意 味 のmay な ど は 、 た し か に 話 者 の 確 信 の ほ ど を 表 わ
す 動 詞 で あ っ て 、 ム ー ド の ち が いを 表 わ す と 言 え る 。 現 代 の 日 本 語 で こ の よ う な 言 い 方 を 探 す と 、 ﹁⋮ ⋮ ニ チ ガ イ ナ イ ﹂ ﹁⋮ ⋮ ラ シ イ ﹂ ﹁⋮ ⋮ カ モ シ レ ナ イ ﹂ な ど が あ げ ら れ る 。
助 詞 の本 質
一
助 詞 は 虫 み た いな も のだ と 言 った 人 があ る 。 足 立 高 校 の国 語 の先 生 加 藤 武 之 助 さ ん だ 。 私 は 感 心 し た 。︱
早
ま って は いけな い。 助 詞 に は 、 文 語 の助 詞 に は 、 カ ・ノ ミ ・ダ ニ⋮⋮ と いう よ う な 語 があ る 。 な る ほ ど 助 詞 は 虫
だ 、 と いう 意 味 では な い。 そ れ で 助 詞 が 虫 な ら 、 タ イ だ の マ スだ の が 属 す る助 動 詞 は 、 さ し ず め 魚 だ 。 加 藤 さ ん の言 わ れ る 意 味 は こう で あ る 。
昔 の人 間 は 、 人 間 以 外 の動 物 を 、 ケ モ ノ ・ト リ ・サ カ ナ ・ム シ ⋮ ⋮ と 分 け た 。 こ のう ち 獣 ・鳥 ・魚 は 、 大 体 さ
さ れ る 外 延 が は っき り し て いる 。 が 、 虫 だ け は 、 茫 洋 と し た も のだ 。 カ タ ツ ム リ は 虫 のよ う だ 。 ミ ミ ズ も? し
か し 、 ヘビも? カ エ ルも? と 見 て行 く と 、 随 分 雑 多 な も のが 虫 の中 に 含 ま れ て い る こ と に気 が 付 く 。 実 際 、
生 物 学 の研 究 が 進 む と 、 そ れ ま で虫 と 呼 ば れ て いた範 囲 のも のは 、 節 足 動 物 ・軟 体 動 物 ・環 形 動 物 な ど 、 た く さ
ん の部 門 に 分 割 所 属 す る こと に な った 。 獣 や 鳥 が、 脊 椎 動 物 のう ち の哺 乳 類 と か 鳥 類 と か いう 一類 の中 に、 行 儀
よ く 収 め ら れ た のと は 、 大 き く ち が う 。 結 局 、 地 の表 面 にう ご め いて いる 小動 物 す べ て の総 称 、 そ れ が 虫 だ った 。
二
それは
助 詞 が虫 と似 て いる点 は 、 こ こ であ る。 助 詞 は いず れ も 小 形 だ 。 大 体 二 音 節 以 下 であ り 、 し かも 一音 節 のも の
が 多 い。 そ う し て、 き わ め て雑 多 な 種 類 のも の が 含 ま れ て いる 。 いか に雑 多 な 種 類 が含 ま れ て いる か︱
杉 山 栄 一氏 の著 ﹃ 国 語 法 品 詞 論 ﹄ の巻 末 の付 表 を 一目 見 れ ば 明 ら か だ。 左 のよ う な も の だ。
こ こ で 、 自 立 語 と 付 属 語 に お い て、 分 類 の手 続 き が ま ったく 平 行 的 で あ る こ と が 注 意 さ れ る 。 す な わ ち 自 立 語
に お い て は 、 名 詞 ・副 詞 ・連 体 詞 ・接 続 詞 ・感 動 詞 と 言 った 五 品 詞 に 分 類 さ れ て いる 。 そ れ と 全 く 同 種 類 の 語彙
これは当然 である。
群 が 、 助 詞 に お い て は 、 た だ 付 属 語 だ と いう こ と の た め に 、 つ ま り 、 単 独 で は 文 節 を 構 成 し な いと い う こ と の た め に 、 助 詞 と い う 名 のも と に 一括 さ れ て い る 。
助 詞 に は 文 法 上 の 問 題 が 山積 し て いる と いう こ と︱
三
助 詞 が虫 に 似 て いる と いう こ と 、 これ は、 以 上 に述 べた の に は と ど ま ら ぬ 。 虫 は 小 形 でし か も 、 至 る と こ ろ に
いる 。 そう し て人 生 に 大 き な 関係 を も た ぬ よ う に 見 え る 。 中 に は 重 要 な も のも あ る が 、 し か し 、 牛 や馬 は 言 う に
及 ば ず 、 小 鳥 でも 魚 でも 人 間 は売 った り買 った り す る が 、 虫 を 買 う と いう こと はき わ め て稀 だ 。 ね う ち のな い取
る に足 りな いも の、 と いう 意 味 の語 ﹁ム シ ケ ラ﹂ は こ う し て出 来 た 。 こ の、 虫 に 対 す る 一般 の人 た ち の態 度 、 こ れ が 助 詞 を 目 す る態 度 と よ く 似 て いる 。
助 詞 は前 に 述 べた よ う に形 が 短 小 であ る 。 そ し て 非 常 に頻 繁 に 用 いら れ る 。 先 年 国 立 国 語 研 究 所 で は 、 綿 密 き
わ ま る 方 法 で 婦 人 雑 誌 の語 彙 調査 を 行 った が 、 そ の時 に助 詞 を 他 の自 立 語 な み に使 用 頻 度 を 数 え る こ と は し な か
った 。 助 詞 の使 用 度 数 が け た はず れ に多 いた め に 別 扱 いを し な け れ ば な ら な い か ら だ 。 ﹃平 家 物 語 索 引 ﹄ と いう
よ う な 本 が 出 来 ても 、 と かく 助 詞 は 除 か れ る 。 こ の よ う な 掃 いて 捨 て る ほ ど ど こ に も 見 ら れ る と いう こ と 、 こ れ
は 、 助 詞 が 軽 ん ぜら れ る 理由 に な る 。 が、 助 詞 が軽 ん ぜ ら れ る 一番 大 き な 理 由 は、 意 味 が 一般 に稀 薄 で 、 中 に は
取 外 し ても セ ン テ ン ス全 体 の意 味 の ほ と ん ど 変 ら な いも の があ った りす る か ら だ。 我 々 が電 報 を 打 つ場 合 、 最 初 に 省 かれ る のは 助 詞 だ 。 六 ジ (ニ) ナ ゴ ヤ (ヘ) ツク ﹂ ム カ エ (ヲ) タ ノ ム
欧 米 人 が 話 す 片 言 の 日本 語 、 ワ タ シ ・キ モー ノー ・スキ デ スも 、 助 詞 な し でけ っこ う 我 々 に 通 じ る 。 中 国 人 に 聞
が 、 ど う も 、 これ は 、 いや しく も 、 こ と ば に対 し て 、 特 に文 学 作 品 に
つま り 助 詞 は 無 視 し て も 意 味 が 通 じ る と いう わ け で 、 これ で は ま す ま す 助 詞 が 軽 ん じ ら れ る のも 無
い て み る と 、 日本 語 を 全 然 知 ら な い でも 、 日 本 ノ新 聞 ノ意 味 、 大 体 ワ カ リ マス と いう 。 漢 字 ダ ケ拾 ウ ト 意 味 大 体 取 レ マス︱ 理 は な い。 いわ ば 助 詞 は ム シ ケ ラ 扱 いだ った 。︱
対 し て 、 本 当 に 関 心 を も つも の の と る べき 態 度 で は な い。 生 物 学 者 か ら 見 れ ば 、 虫 は獣 ・鳥 ・魚 と ち が った 意 味 で重 要 であ る。
四
英 語 に は 助 詞 に あ た る も の がな いと 言 う 。 こ れ は 文 字 ど お り 受 け 取 る の は 正 し く な いが 、 少 な く と も 、 ガ に当 る助 詞 、ヲ に当 る 助 詞 はな い。 猫ガ 鼠 ヲ捕 エ ル 鼠 ヲ猫ガ捕 エ ル
日本 語 では 、ガ とヲ と の働 き のた め に 、 捕 え る も の、 捕 え ら れ るも の、 が そ れ ぞ れ 何 で あ る か、 猫 と 鼠 の位 置 を
cat
catches
a
rat.
ど の よ う に 変 え て も 、 明確 に 示 さ れ て いる 。 英 語 では そう は いか ぬ 。 A
ネ コの 位 置 、 ネ ズ ミ の位 置 は 、 動 詞 の前 後 に 釘 付 け にさ れ て い る。
と いう
ラ テ ン語 に は 、 日本 語 のよ う な 助 詞 は な いが 、 名 詞 が 格 変 化 を す る か ら 、 名 詞 の位 置 が 動 か せ る と いう 。 し か
し 名 詞 が お こな う 格 変 化 は 、 は な は だ 不 規 則 だ 。 日本 語 で、 ど んな 名 詞 でもガ を 付 けれ ば 主 格 に な る︱
の と は 大 分 ち が う 。 中 に は 対 象 格 を 表 わ す 格 変 化 を し な いな ま け も のも あ る 。Patr( e 親sた ち ) と いう 語 は 、 こ
のま ま で ﹁親 た ち を ﹂ と いう 対 象 格 を も 表 わ す 。Consu( l 役e人 sた ち ) と いう 単 語 も 、 こ のま ま で ﹁役 人 た ち を ﹂
consules
amant.
と いう 対 象 格 を 表 わ す 。 し た が って 、amant(﹁愛 す る ﹂ の現 在 三 人 称 複 数) を 付 け て 、 Patres
と いう セ ン テ ン スを 作 った 場 合 、 親 た ち が、 役 人 た ち を 愛 す る 意 味 に も と れ、 役 人 た ち が 親 たち を 愛 す る意 味 に も とれる。
そ こ へ行 く と 日本 語 は 明快 無 比 だ 。 親 タ チ ガ 役 人 タ チ ヲ愛 ス ル。 役 人 タ チ ガ 親 タ チ ヲ愛 ス ル。
愛 す るも の、 愛 さ れ る も の は 一目 で 明 ら か だ 。 日本 語 の助 詞 のは た ら き は 大 き い。 た と い形 が短 小 でも 軽 視 でき ぬゆえん である。
こ の場 合 特 に注 意 す べき は、 日 本 語 に お け る、 主 格 を 表 わす ガ と いう 助 詞 の存 在 だ 。 一体 、 名 詞 の主 格 を 表 わ
mein
Hund.
Hund
Hu はn 、d日本 語 にあ て
す 言 い方 と いう も の が 日 本 語 以 外 のど こ にあ る の だ ろ う か 。 よ く 語 学 の本 を 見 る と 、 ド イ ツ語 の、mein
と いう よ う な 形 の 語句 は 、 ﹁男 性 名 詞 の主 格 ﹂ だ な ど と 書 いて いる。 ま ち が いだ 。mein
ist
Huのn部d分 は 、 ﹁私 の犬 ﹂ だ 。 日 本
は め れ ば 、 ﹁私 の犬 ﹂ だ 。 ﹁私 の犬 が﹂ で は な い。 そ の証 拠 に 、 ﹁こ れ は 犬 だ ﹂ と いう と き に、 Das
と いう 。 これ は 、 ﹁これ は 犬 が だ ﹂ の意 味 で は な い。isが t ﹁だ ﹂ で、mein
語 以 外 に、 た だ の ﹁犬 ﹂ と ﹁犬 が ﹂ と の区 別 を も つ言 語 と い った ら 、 朝 鮮 語 に は あ る 。 ビ ル マ語 に も あ る と いう
が 少 し あ や し い。 あ と は ち ょ っと 見 当 が つか ぬ 。 と に か く き わ め て寥 々た る も のだ 。 こ れ は 、 日本 語 の世 界 に 誇
る論 理 的 明確 さ を 表 わ す も の と 思 う が、 と に か く 日 本 人 は も う 少 し 助 詞 に注 意 し て い い。
五
日本 語 を 批 評 す るも のは 、 口を 揃 え て 日本 語 は非 論 理 だ と 言 う 。 た し か に西 洋 で 発 達 し た 論 理学 の知 識 で 日 本
語 を 眺 め る と 、 は っき り し な いと ころ だ ら け だ 。 し か し 、 西 洋 語 以 上 に 論 理 的 な と ころ も 、 日本 語 に あ る 。 前 節
の主 格 助 詞 ガ の存 在 な ど そ れ だ 。 何 々 ガ と 何 々 ハの 区 別 が 可能 だ な ど と いう 点 は 、 日本 語 が 大 いに自 信 を も って
い い点 だ 。 ガ は 次 に述 べる 動 詞 が 表 わ す 動 作 ・作 用 の主 体 を 表 わ す 。 ハは 、 そ の発 話 の主 題 を 表 わ す 。 英 米 人 に
と って 、 い か に こ の 二 つ の助 詞 の使 い分 け が難 し い か、︱
これ は ヴ ァ ッカ リ ーニ の 日本 語 会 話 文 法 で、 エ ン エ
ン数 ペー ジ を 使 って 、 特 に こ の 二 つ の助 詞 の使 い分 け を 説 明 し て いる と こ ろを 見 て も よ く わ か る。 難 し いのも 道
理、 主 体 も 主 題 も 、 英 語 で は、subjと ec いt う 。 こ の 二 つは 、 し か し 、 論 理 的 に は 別 な も の であ る。 こ れ に つ い て は 三 上 章 氏 の ﹃現 代 語 法序 説 ﹄ の 七 三︲九 八 ペー ジ の参 照 を わ ず ら わ す 。
日 本 語 の セ ンテ ン ス は、 最 後 に 来 る 語 によ って 全 体 の意 味 が決 定 す る 。 岩 淵 悦 太 郎 氏 な ど は、 こ の性 格 を 、 日
本 語 の 文 法 上 の最 大 の特 性 だ と 言 って よ いと 極 言 し て いる 。 こ こ に は 大 分 誇 張 が は い って いる 。 が 、 こ の性 質 が 、
日本 語 の文 章 を 理 解 し た り 、 ま た 書 き 綴 った りす る と き に 重 要 な 性 質 であ る こ と は ま ち が いな い。 雨 ニモ負 ケ ズ 、 風 ニ モ負 ケズ ⋮ ⋮
と いう 宮 沢 賢 治 の詩 があ る 。 し ば ら く 読 ん で いる と 一人 の男 に つ いて 述 べ ら れ た 詩 であ る こと は わ か る 。 一体 そ
の男 が ど う だ と いう の か は 、 詩 の最 後 へ行 かな け れ ば わ か ら な い。 そ う いう 男 が いた 、 と いう の か 。 そ う いう 男
で私 は あ る 、 と いう の か。 そ う いう 男 に私 が会 った と いう のか 。 あ の詩 は 、 そ れ が最 後 の ﹁そう いう 男 に 私 は な
りた い﹂ ま で行 か な け れ ば わ か ら な い所 にお も し ろ さ の 一つが あ る の であ る が 、 あ れ は 、 そ の意 味 で 日 本 語 のセ
ン テ ン ス の こ の 性 格 を 遺 憾 な く 利 用 し た 詩 であ る 。 詩 は こ れ でさ し つか え な い が、 実 用 的 な 文 章 で は 、 こ の こと
は し ば し ば コミ ュ ニケー シ ョン にさ し つか え る 。 が、 日本 語 の助 詞 は し ば し ば セ ン テ ン ス の種 類 を 予 示 す る 性 格 を も って、 こ の日 本 語 の 弱 点 を 補 う こと があ る こ と は 注 意 し てよ い。
副 詞 のう ち に 、 陳 述 の副 詞 と いう一 類 があ って 、 セ ンテ ン ス の 種 類 を 予 告す る こと が あ る 。 こ の こと は 、 山 田
孝 雄 博 士 以 来 注 意 さ れ て いる 。 ﹁ち っと も ﹂ ﹁必ず し も ﹂ が 来 れ ば、 否 定 表 現 が 予 想 さ れ 、 ﹁さ ぞ ﹂ ﹁さ し ず め ﹂ が
来 れ ば 、 推 量 表 現 が 予 想 さ れ 、 ﹁も し ﹂ が く れ ば 仮 定 表 現 が 予想 さ れ 、 ﹁ど う ぞ ﹂ が 来 れ ば 懇 願 表 現 が予 想 さ れ る など 。
同 様 な こ と は 助 詞 にも 見 ら れ る 。 疑 問 詞 の 次 に ﹁も ﹂ が く れ ば、 や が て 否定 表 現 が 来 る こ と が 予 想 さ れ る 。 誰
モ知 ラナ イ な ど 。 ﹁は ﹂ が く れ ば 、 そ れ は 受 け る 動 詞 が セ ン テ ン スを 終 止 す る力 を も って い る こ と を 予 想 さ せ る 。
﹁の で ﹂ ﹁のに ﹂ ﹁な ど ﹂ な ど が来 れ ば 、 推 量 や命 令 の意 味 で は 文 が終 ら な い こと を 予 想 さ せ る 。 こ のよ う な こ と
は前 代 語 に も あ った 。 コソ ・ゾ は 、 有 名 な か か り む す び の法 則 に従 う 終 止 のし 方 を す る 用言 と 呼 応 し 、 随 って そ
の文 は 命 令 の文 で はな い こと が 告 げ ら れ る 。 ダ ニ の用 いら れ た セ ン テ ン スは 、 否 定 ・命 令 ・仮 定 ・反 戻 な ど の意
味 を も つ のが ふ つう で あ り 、 バ シ の用 いら れ た セ ンテ ン ス は、 疑 問 ・禁 止 の意 を も つも の に 限 ら れ て いる 。
ま た 、日 本 語 の文 の文 末 決 定 性 と 結 び 付 い て、文 末 の打 消 し の語 句 がど こ ま で打 消 し て いる か 不 明 の 場合 があ る。 全 部 食 ベナ カ ッタ
は 、 全 然 箸 を 付 け な か った 意 味 に も と れ 、 一部 分 だ け箸 を 付 け た 意 味 にも と れ る。 こ のよ う な 場 合 、 ハ ・ト な ど の助 詞 が、 効 力 を 発 揮 し て意 味 を 決 定 す る 。 全 部 ハ食 ベナ カ ッタ= 一部 分 ダ ケ食 ベタ 二度 ト 顔 ヲ見 セ ナ カ ッタ= 一度 ダ ケ顔 ヲ見 セ タ
こ れ と 同 じ よ う な こ と は前 代 の助 詞 にも あ った 。 田 中 健 三 氏 であ った か の指 摘 し た よ う に シ モが こ の働 き を す る。
死 は 前 よ り し も 来 ら ず= 死 ハ前 カ ラ来 ルト ハ限 ラ ナ イ= 死 ハ後 カ ラ襲 ウ カ モ シ レナ イ ( ﹃徒然草﹄)
古 への人 も 誠 に 犯 し あ る に て し も 、 か か る こと に当 ら ざ り け り= 昔 ノ人 ノ 中 ニモ 、 無 実 ノ 罪 デ コ ンナ 目 ニア ッタ 人 ガ ア ル ( ﹃源氏物語﹄須磨)
今 の ﹁必 ず し も ﹂ の ﹁し も ﹂ の意 味 も これ だ。 助 詞 が 日 本 語 の非 論 理 性 と 言 わ れ るも のを い か に 救 って いる か が
知 ら れ よ う 。 同 時 に前 代 の文 章 の解 釈 に助 詞 に 対 す る注 意 が 必 要 で あ る こと も う か が わ れ る 。
六
助 詞 に は 、 右 に 述 べ た ほ か に、 一語 が き わ め て 複 雑 な 内 容 を も つ場 合 も あ る 。 犬 ヤ猫 と いう ヤ に 相 当 す る 単 語
は 、 英 語 な ど に は な い。 犬ト 猫 のよ う に は っき り 列 挙 す るも のを 限 定 で き な い場 合 に 用 い る 助 詞 で 、and
so
のよ う な 連 語 を 用 いな け れ ば な ら ぬ 。 コー ヒ ー デ モ飲 モ ウ の デ モ も 、 も し 、 ア ナ タ ガ コー ヒ ー ガ 嫌 イ ダ ッタ ラ必
ズ ン モ コー ヒ ーニ 固 執 シナ イ ガ の意 味 を も ち 、 いか にも 日 本 語 ら し い含 み のあ る 表 現 であ る。
kimono
to
school.
英 語 で は 、 前 置 詞 と いう も の があ って 、 こ れ が 形 は 短 小 で あ る が 、 複 雑 な 内 容 を 表 わ す と 言 って し ば し ば 宣 伝
wear
され る。 I
これ で、 ﹁着 物 を 着 て 学校 へ行 く ﹂ の意 味 だ そ う だ 。宮 内 秀 雄 氏 の ﹃英 語 問 題 の考 え 方 ﹄ に は こ れ に似 た 言 い方
が いく つか 上 げ て あ る 。 し か し 日本 語 の助 詞 に は ま さ し く これ と 同 じ よ う な 妙 用 があ る 。 追 剥 を 弟 子 に 剃 り け り 秋 の旅 ( 蕪村) 副 助 詞 ・係 助 詞 と い った 助 詞 は 特 に こ う いう は た ら き を も つ。 ﹁い いで し ょう ﹂ ﹁う ん 、 い いに は い いな ﹂ 亭 主も亭主 だが、女房 も女房 だ。 ﹁御 迷 惑 です か﹂ ﹁迷 惑 も 大 迷 惑 さ ﹂
一語 のも つ意 味 は 、 は な は だ 味 わ いが 深 い。 こ う いう 例 は 、 前 代 の助 詞 に も し ば し ば 見 ら れ る 。 助 詞 の尊 重 せ ざ る べ か らざ る ゆえ ん であ る。
on
三 尾砂 氏 著 一
﹃国 語 法 文 章 論 ﹄
三 尾 砂 氏 の ﹃国 語 法 文 章 論 ﹄ が、 三 省 堂 の国 語 叢 書 の 一部 と し て 出 た 。
と いう
文 章 論 と は 、 文 法 論 のう ち 、 単 語 の 分 類 ・用法 を 論 ず る単 語 論 ( ま た は 品 詞 論 ) に対 し て 、 単 語 の つな が り 、
つま り 文 節 と か 文 と か の構 造 や 職 能 を 論 ず る 部 面 で あ る。 元 来 、 文 章 論 は 単 語 論 と と も に 重 要 であ る︱
よ り も 実 は 単 語 論 は主 と し て 文 章 論 のた め に 必 要 で あ る 、 と考 え ら れ る の に対 し て 、 従 来 の日 本 語 の文 法 書 は、
大 部 分 を 単 語 論 に終 始 し 、 文 章 論 は ほん の申 し 訳 的 に 巻 末 に添 え ら れ る に す ぎ な か った 。 こ れ は 何 と し ても お か
し な こと であ る 。 こ の意 味 に お いて 、 三 尾 氏 に よ って 、 ﹁文 章 論 ﹂ だ け を 独 立 さ せ た 詳 し い研 究 が お お や け にさ れ た こと は 、 ま こと に喜 ば し いこ と と 言 わ な け れ ば な ら な い。
二
こ の書 は 、 今 述 べた よ う に 、 文 法 論 のう ち 、特 に文 章 だ け を 論 じ た も の であ る 。
従 来 、 こ の種 の著 作 と し て は 、 す で に 木 枝 増 一氏 によ って ﹃高 等 国 文 法 新 講 ・文 章 篇 ﹄ が 世 に 送 ら れ て いる 。
そ れ は菊 判 四 百 ペー ジを 越 え る 堂 々 た る 大 著 であ った 。 今 度 の三 尾 氏 のも の は B 6 判 百 八 十 四 ペ ー ジ の小 冊 子 に
す ぎ な い。 然 ら ば、 木 枝 氏 のも の は、 文 章 論 を 精 密 に 論 述 し た 研 究 者 向 き のも の で、 三 尾 氏 のも の は そ れ を 簡 約
に 要 約 し た 初 学 者 向 き のも の であ ろう か 。 いな 、 三 尾 氏 のも のは 木 枝 氏 のも のを 越 え て、 全 く 新 し い分 野 を 開 拓
し た 労 作 で あ る 。 木 枝 氏 のも のは 、 そ れ 以 前 の諸 家 の説 を 総合 大 成 し た 点 を 特 色 と す る も の で、 そ のゆ え に 一般
に 重 ん ぜ ら れ て いた も の であ った 。 三 尾 氏 のも の は、 未 墾 の地 に 、 し か も そ れ は 将 来 沢 山 の収 穫 の予 想 さ れ る未
墾 の地 に新 し く く わ を 入 れ た も の で、 大 いに 同 学 の 士 を 誘 発 し 、 新 し い研 究 に資 料 を 提 供 す る 点 に特 色 を も つも
の で あ る 。 全篇 中 、 た だ ﹁第 六 章 ・文 の 類 型 ﹂ の 二 十 余 ペー ジ の みは 、 こ の書 と し て は 珍 し く 諸 家 の説 の紹 介 に
で、 こ の点 著 者 の精 励 ぶ り に対 し て 、 慎 ん で敬 意 を 表 さ な け れ ば な ら な い。
終 始 し 、 も っと 圧 縮 し て は 、 と 思 わ れ る と こ ろ で あ る が 、 他 の百 五 十 ぺー ジ は 殆 ど 全 部 独 自 の考 察 と 言 え る も の
三
私 は 、 上 に こ の著 書 を 称 し て 文 章 論 の 全く 新 し い分 野 を 開 拓 し た 述 作 であ る と い った 。 そ れ は ど う いう 意 味 に
お いて であ る か 。 いわく 、一 言 にし て言 え ば 、 こ の書 は 日本 語 の パ ロー ル の文 章 論 であ る 、 と いう こと であ る 。
今 、 こ こ に ﹁ぼく は ウ ナ ギ だ ﹂ と いう セ ン テ ンス が あ ると す る 。 こ のセ ン テ ン ス の使 わ れ る 場 合 を考 え る と 、
全 く ち が った 二 つ の場 合 を 考 え 出 す こと が でき る 。 一つは 擬 人 的 な 言 い方 で、 即 ち 、 ﹁我 が 輩 は 猫 で あ る﹂ の 口
吻 を ま ね て ﹁ぼ く は ウ ナ ギ だ ﹂ と い った 場 合 で あ る 。 も う 一つは 、 例 え ば 食 堂 へ連 れ 立 って 入 り、 ﹁お 前 は 何 を
食 べる ?﹂ ﹁あ た し は オ ス シ が い い ワ。 あ な た は? ﹂ に 対 し て、 ﹁ぼく は ウ ナ ギ だ ﹂ と 言 った よ う な 場 合 であ る 。
あ と の場 合 は 、 本 来 ﹁ぼ く は ウ ナ ギ を 食 べる ﹂ と か ﹁ぼく は ウ ナ ギ が い い﹂ と か 言 う べ き も のを 簡 略 に ﹁ぼ く は
ウ ナ ギ だ﹂ と 言 った と 説 明出 来 る も ので あ る が、 前 の場 合 は 、 特 にも っと 長 く 言 う べ きも のを 略 し た と いう よ う な も の で は な いと 言 え る 。
こ の、 二 つ の ﹁ぼ く は ウ ナ ギ だ ﹂ は 、 明 ら か に ち が った 言 い方 で あ る 。 然 し 従 来 の 文 章 論 で は 、 こ の 二 つは 別
のも の と は 説 明 で き な か った。 両 方 とも 、 ﹁ぼ く は ﹂ が 主 語 で、 ﹁ウ ナ ギ だ ﹂ が 述 語 だ と いう ほ か に は な か った の
であ る。 何 故 か ? そ れ は 従 来 の文 章 論 は、 言 わ ば ラ ング の 文 章 論 であ った 。 ﹁ぼ く は ウ ナ ギ だ ﹂ と いう セ ン テ
ン スを 、 文 脈 と か場 面 と か か ら 切 り 離 し てど こ に も 当 て はま る ﹁ぼく は ウ ナ ギ だ ﹂ を 論 じ て いた か ら であ った 。
そ う いう 見 方 も 勿 論 必 要 で あ る 。 然 し そ れ と 同 時 に 、 こ の二 つの区 別 が出 来 る よ う な 見 方 も 必 要 であ る こ と 、 言
う ま でも な い。 こ れ が 即 ち 、 場 面 ・文 脈 を 重 視す る 文 章 論 (つまり パ ロー ル の文 章 論 ) であ る。
ラ ング の 文 章 論 は木 枝 氏 の 著 述 のあ と 、 杉 山 栄 一氏 の研 究 、 林 大 氏 の 研 究 な ど が 出 て、 か な り のと こ ろ ま で行
った 観 があ る 。 他 方 パ ロー ル の文 章 論 は 、 松 下 博 士 ・佐 久 間 博 士 に示 唆 的 な 考 察 が あ る ば か り 、 出 る べ く し てま
だ 殆 ど 出 て いな い の であ る 。 三 尾 氏 の新 著 の特 色 は、 こう い った パ ロー ル の文 章 論 で あ る こ と であ って 、 待 望 の
書 で あ った と 言 ってよ い。 本 書 の意 義 は 、 実 に パ ロー ル の文 章 論 のパ イ オ ニア であ る こ と にあ る 。 た だ惜 し いこ
と に は 、 三 尾 氏 自 身 で は 、 パ ロー ル の文 章 論 であ る こ と を 深 く 自 覚 し てお ら れ な い模 様 であ る。 本 書 の物 足 り な い点 は ま た 実 に こ こ にあ る 。
四
三 度 く り 返 せ ば 、 本 書 は パ ロー ル の文 章 論 であ る 。 パ ロー ル の文 章 論 であ る 以 上 は、 場 面 と か 文 脈 と かを 重 ん
ず る こ と は 当 然 であ る 。 随 って、 本 書 の第 一章 ・第 二章 で 、 文 脈 を 説 き 、 話 の 場 を 説 いて いる の は当 然 であ る 。
た だ 次 の第 三 章 ﹁文 ﹂ の条 で 、 ラ ング と し て見 た 文 の説 明 に 終 始 し て いる の は 残 念 であ る 。 こ こ は も っと イ ント
ネ ー シ ョン の他 パ ロー ル に初 め て 現わ れ る も のを 活 用 し て 論 じ た 方 が よ か った の であ ろう 。 た だ し、 四 三 ペー ジ
に見 ら れ る ﹁文 節 が そ の前 に 結 合 す る 文 節 を も って いな いと き 、 そ こ に 文 が初 ま り 、 文 節 が そ の次 に 結 合 す る 文
節 を も た な いと き 、 そ の文 は 終 って いる ﹂ と いう 著 者 の創 見 は 、 す ぐ れ た も の であ る と 思う 。
ま た 、 こ の著 書 は 、 全 篇 に わ た って、 コト バ の使 い方 が的 確 で文 章 も キ ビ キ ビ し て い て、 著 者 の言 を か り れ ば 、
著 者 の言 お う と し て いる つも り が よ く 理解 で き る 点 、 大 変 結 構 であ る が 、 特 に こ の初 め のあ た り は、 文 例や譬 喩 が 適 切 で、 ま こ と に こ こ ろ よ い。
五
然 し 、 本 書 の山 は 、 何 と い って も第 四 章 ・第 五 章 の ﹁文 の類 型﹂ そ の 一 ・そ の 二 であ ろ う 。 こ こ で、 著 者 は 、
場 面 ・文 脈 を 契 機 と し 、(一現 )象 文 、 (二判)断 文 、 (三未)展 開 文 、( 四)分節 文 と いう 文 の 四 つ の類 型 への 分 類 を 提 唱 し
て おら れ る が、 こ のあ た り は 未 墾 の広 野 に新 し いす き を 入 れ た と こ ろ ゆ え 、 至 る と こ ろ新 見 に満 ち 、 啓 発 さ れ る
こと 多 大 であ る 。 特 に、 雨 の降 る のを 見 て いき な り ﹁雨 だ! ﹂ と 叫 ん だ 場 合 の ﹁雨 だ ﹂ (著 者 の未 展 開 文 ) と ﹁あ
れ は何 だ ? ﹂ に 対 し て答 え た ﹁雨 だ ﹂ (著者 の 分 節 文 ) と が、 性 質 の 全 く ち が った も の であ る こ と を 指 摘 さ れ た
(一〇︲二五 ページ) の は す ば ら し い。 ま た 、 い き な り ﹁雨 が 降 って い る ! ﹂ と 叫 ん だ 場 合 の ﹁雨 が 降 って い る ﹂
(著 者 の 現象 文 ) と 、 ﹁降 って いる の は 雪 で は な く て 雨 だ ﹂ と いう 意 味 で発 言 し た ﹁雨 が 降 って いる の だ﹂ ( 著者
の 判断 文 の 一種 。 ﹁雨 が ﹂ にプ ロミ ネ ン ス が お か れ る ) の区 別 も 、 従 来 の ラ ング の 文 章 論 で は、 う ま く 説 明 し に
く か った と こ ろ で、 著 者 が 場 面 と 音 調 を 持 ち 出 し て説 明 し た と こ ろ、 ま こ と に 見 事 であ る 。
六
た だ し 、 第 四 章 ・第 五 章 にお け る 著 者 の結 論 で あ る 四 つ の類 型 への分 類 の標 準 、 お よ び ﹁文 を 四 つの類 型 に分 け る﹂ と いう 四 つと いう 数 には ま だ考 え る べ き 余 地 があ り は し な いか と 思 う 。
ま ず 、 著 者 の(一 の) 現 象 文 を ﹁場 の 文 ﹂ と 呼 び 、(三 の) 未 展 開 文 を ﹁場 を 志 向 す る 文 ﹂ と 呼 ぶ 場 合 の ﹁場 ﹂ と いう
術 語 と 、(二の)判 断 文 を ﹁場 を 含 む文 ﹂ と 呼 び 、( 四) の分 節 文 を ﹁場 を 相 補 う 文 ﹂ と 呼 ん で お ら れ る が 、(一)と((三二 ︶ ))(四
と で は ﹁場 ﹂ と いう 術 語 の意 味 がち が って い る と 思 う 。 す な わ ち(一 お)よ び(三の)場 合 は 、 ﹁場 ﹂ は ま だ 話 し 手 の頭
の中 に あ って、 聞 き 手 の 頭 の中 に は ま だ 入 って いな い内 容 を 意 味 し 、 (二 お) よ び(四 の)場 合 は、 ﹁場 ﹂ は 話 し 手 の頭
の中 に も 、 聞 き 手 の頭 の中 に も共 通 に宿 って い る内 容 を 意 味 し て いる 。(一の) ﹁場 ﹂ は(二へ) 持 って 来 れ ば 、 ﹁あ れ
は雨だ﹂ の ﹁ あ れ は ﹂ に よ り も ﹁雨 だ ﹂ に近 いも のだ と 思 う 。 そ こ で私 は、 む し ろ、 著 者 の ﹁場 ﹂ を 二 つに 分 け 、
︵一 に) お け る よう な 聞 き 手 の頭 に宿 って いな いも のを ﹁次 の場 ﹂ と 名 付 け 、(二の) ﹁あ れ は ﹂ のよ う に 聞 き 手 の頭 の
中 にも 宿 って いる も の は ﹁現 在 の場 ﹂ と 名 付 け た 方 が よ いと 思 う 。 そ う す る と 、(一)︱の (各 四文 )を 次 のよ う に 説 明
する ことになる。
(一現 )象 文 (次 の場 の み を 含 み、 現 在 の場 を 全 然 含 ま ぬ 文 。) 例 、 ﹁雨 が降 って いる。﹂
(二判 )断 文 (次 の場 を も 現 在 の場 を も 含 む文 。) 例 、 ﹁そ れ は 梅 だ。﹂ ﹁あ れ は 雨 だ 。﹂
例 、 ﹁あ ッ! 雨 だ! ﹂
(三未 )展 開 文 ( 次 の場 の みを 含 み、 現 在 の場 を 全 然 含 ま ぬ 文 。 た だ し 次 の場 も そ の 一部 分 の みを 含 む 。)
も っと も 、 こう す る と 、(一)と(は 三大 )と 変 近 いも の にな って(一)(二と )( 四 () 三) 者 を( 対四等)に 対立 さ せ る こ と は ど う か と 思
(四分 )節 文 ( 表 面 に は 次 の場 の みを 含 み 、 現在 の 場 は 裏 面 に 含 ま れ て いる 文 。) 例 、 ﹁考 え て いる ん だ 。﹂
わ れ て 来 る が、 然 し 、 事 実(一 と) (三 と)に 相 当 す る 対 立 は(二の)中 にも( 四) の中 にも あ る と 私 は考 え る。 例 え ば ﹁あ な た
は何 に な さ る ?﹂ と いう 問 に 対 し て 、 も し ﹁ぼく は ウ ナ ギ を 食 べ る ﹂ と 言 え ば 、 これ は 典 型 的 な(二の)判 断 文 であ
る 。 こ れ は 問 題 は な い が、 前 にあ げ た よ う に簡 単 に ﹁ぼく は ウ ナ ギ だ! ﹂ と 言 った ら、 こ れ は 何 だ ろ う 。 現 在 の
場 ﹁ぼく は ﹂ を 含 む か ら や は り 判 断 文 で あ ろ う が 、 ﹁ぼ く は ウ ナ ギ を 食 べ る ﹂ は 次 の場 を 完 全 に 表 わ し て い る の
に 対 し て 、 ﹁ぼ く は ウナ ギ だ ﹂ の方 は 、 次 の 場 を 不 完 全 に し か 表 わ し て いな い。 つま り 単 に 著 者 の いわ ゆ る 志 向
す る にと ど ま る 文 だ と 思 う 。 つま り ﹁ぼ く は ウ ナ ギ を 食 べる ﹂ は 、(二 判)断 文 のう ち の(一 で) あ る に 対 し 、 ﹁ぼ く は ウ ナ ギ だ ﹂ の方 は(二の) う ち の(三 で) ある、 と思う。
同 様 に(四 の) 分 節 文 に 関 し ても 、 も し 、 ﹁お 前 は 何 を 食 べ る ? ﹂ に対 し て 、 ﹁オ ス シを いた だ く ワ﹂ と 言 え ば 、 こ
れ は(四 の) う ち の(一 で) あ り 、 も し 単 に 、 ﹁オ ス シ﹂ と 言 え ば(四の)う ち の(三 だ) と いう 風 で 、 や は り こ の中 に も(一 に)相
当 す る も のと 、(三 に) 相 当 す る も の と が あ る と 思 う 。 以 上 を 総 合 す れ ば 、 文 は 、 私 考 に よ れ ば 、 次 のよ う に 分 類 し た 方 が よ く はな いか と 思 う 。 ︹A︺ 現 象 文 (現 在 の場 を 含 ま ぬ 文 。) (イ ) 完 全 現 象 文 。 例 、 ﹁雨 が 降 って いる 。﹂
( ) ロ不完 全 現 象 文。 例 、 ﹁あ ッ! 雨 だ !﹂ ︹B ︺ 判 断 文 (現 在 の場 を 表 に含 む 文 。) (イ完 )全 判 断 文 。 例 、 ﹁ぼく は ウ ナ ギ が い い。﹂ ﹁そ れ は 梅 だ 。﹂
( 現 在 の場 を 裏 に 含 む 文 。)
(ロ不 )完 全 判 断 文 。 例 、 ﹁ぼく は ウ ナ ギ だ 。﹂ ︹C ︺ 分 節 文
(イ完 )全 分 節 文 。 例 、 ﹁考 え て い る のだ 。﹂ ﹁オ スシ を いた だ く ワ。﹂ (ロ不 )完 全 分 節 文 。 例 、 ﹁オ ス シ。﹂
言 う ま で も な く 、 不 完 全 何 々と は 次 の 場 を 単 に志 向 す る だ け に と ど ま る 文 の称 であ る。
七
さ て 、 三 尾 氏 の こ の著 書 は 、 第 五 章 の次 に 、 前 に チ ョ ット 触 れ た ﹁第 六 章 ・文 の類 型 (そ の三 )﹂ を 経 て 、 ﹁第
七章 ・文 の構 造 ﹂、 ﹁第 八 章 ・文 の構 造 的 見 方 ﹂ と 続 く の であ る が 、 こ の 辺 へ来 る と 、 第 四章・ 第 五章 あ た り に 比
べ て 、 説 明 が 届 い て お ら ず 、 著 者 の意 気 込 み も ち がう よ う で、 や や 見劣 り がす る。 恐 ら く 、 限 ら れ た ス ペ ー スに
無 理 に盛 ろう と し て いる こと が大 き な 原 因 で あ ろう が 、 根 本 的 な 原 因 と し て は 構 想 がま だ 十 分 に ま と ま って いな
い こと 、 そ し て 更 に原 因 は 第 四 章 ・第 五 章 あ た り ま で に見 ら れ た パ ロー ル の文 章 論 の立 場 と 古 いラ ング の文 章 論 の立 場 と の間 を 去 就 し て いる た め だ と考 え る 。
例 え ば 、 著 者 は こ こ で橋 本 博 士 の文 節 の構 造 論 や 松 下博 士 の文 の成 分 の 分 解 法 な ど を 引 いて お ら れ る が 、 これ
ら は 、 ラ ング の文 章 論 であ る か ら 、 一往 目 を つぶ った 方 が よ か った 。 そ し て 、 一七 二︲ 一七 五 ペー ジ に 論 じ て お
ら れ る よ う な 題 目 語 の問 題 を も っと つき 進 め て ほ し か った 。 こ れ に 佐 久 間 博 士 によ って 唱 導 さ れ て い る ﹁誘 導
部 ﹂ の概 念 を 取 り 入 れ 、 プ ロミネ ン スや イ ント ネ ー シ ョンを 考 慮 に入 れ ら れ た な ら 、 面 白 いも の が出 来 た であ ろ
う 。 こ の 辺 に関 し て、 最 も 進 ん だ 考 察 を 遂 げ て いる のは 、 私 の知 って いる 範 囲 で は 新 鋭 学 徒 三 宅 鴻 君 の 未 定 稿 ﹁文 章 論 の再 建 ﹂ であ る 。
とま れ 、 こ のあ た り は ま だ 殆 ど 未 開 の分 野 であ る。 精 励 な 三 尾 氏 の こと で あ る か ら 、 将 来 こ のあ た りも 必 ず や
研 修 を 進 め ら れ 新 し い業 績 を 示 さ れ る こと と 思 う 。 或 いは 今 頃 は も う 幾 つか 新 果 を 得 て お ら れ る か も 知 れ な い。
八
最 後 に、 以 上 述 べた こ と を 総 合 す る な ら ば 、 こ の文 章 論 は 、 パ ロー ル文 章 論 の草 分 け であ る と こ ろ に大 き な 意
義 があ る が 、 考 察 が 文 の 種 類 ま で で 終 り 、 文 の成 分 にま で 至 ら な か った 点 が 惜 し ま れ る 。 終 り に 近 づ いて考 察 が
不 十 分 にな って 龍 頭 蛇 尾 のき ら いが あ る が、 人 み な 尻 ご み を し て 容 易 に手 を 下 さ な か った 分 野 に 分 け 入 って 、 収
穫 を あ げ 、 後 進 を 誘掖 す る 手 柄 は高 く 買 わ れ る べき で あ ろ う 。 と ま れ 、 国 語 の研 究 に 従 事 し て お ら れ る 人 々、 特
﹃日 本 語 の 構 文︱
構 文 の研 究 法︱
﹄
に国 文 法 に 関 心 を も た れ る 人 々 に は 、 必 読 の書 と し て 広 く 推 薦 す る 次 第 で あ る 。
三 上 章 氏 著
﹁行 く ﹂ と いう よ り ﹁行 き ま す ﹂ と いう 方 が 言 葉 づ か いは 丁 寧 だ 。 動 詞 に マ ス が つけ ば 、 相 手 に 対 す る 敬意 を 表
わ す と いう のは 常 識 であ る 。 と こ ろ が 、 時 に よ って は 、 マスを つけ て 反 って 敬 意 を 失 す る こと も あ る 、 と こ の本
の 著 者 は いう 。 例 え ば、 次 の(a)の(中bで )、 マスを つけ た(bの )方 が相 手 に対 し て 失 礼 だ と あ る が、 そ う いわ れ れ ば な るほどそう だ。 (a京 )都 へ行 って 、 都 踊 り を 御 覧 に な った そう で す ね 。 (b京 )都 へ行 き ま し て、 都 踊 り を 御 覧 に な った そ う です ね 。
著 者 は 、 こ の理 由 を 説 明 し て、 (a の) 場 合 に は 、 ﹁御 覧 に な った ﹂ の部 分 に こ め た 尊 敬 の気 持 が、 前 の ﹁京 都 へ
行 って ﹂ ま で に 及 ぶ が、(bの)よ う に ﹁行 き ま し て ﹂ と や る と 、 ﹁行 き ま し て ﹂ の 次 に意 味 の ち ょ っと し た 切 れ 目
が でき る 。 そ こ で、 ﹁御 覧 にな った ﹂ の部 分 の 敬 意 が 中 断 さ れ ﹁行 き ま し て﹂ に 及ば な く な る。 そ こ で そ う いう
場 合 に は 、(b 京)都 へお 行 き になり ま し て、 都 踊 り を⋮⋮ と や ら な け れ ば いけ な い。 つま り 、 マスを つけ る な ら ば 、
ま ず 動 詞 を 尊 敬 表 現 の形 に し て から に し ろ 、 と いう の が、 著 者 の結 論 であ る。 こ の本 は 、 こ のよ う に 、 日本 語 の 文 法 と いう も のを 、 実 際 の言 語 生 活 に 役 立 て よ う と し た と ころ に手 柄 があ る。
著 者 は 、 元来 、 東 大 の 工 学 部 建 築 学 科 出 身 、 人 生 の中 途 か ら 文 法 研 究 を は じ め た 人 で あ る 。 著 者 の説 く 文 法 学
説 に は 、 いた る と こ ろ新 説 創 見 が満 ち て いる のは そ の た め であ る が 、 オ ー ソ ド ック ス の国 語 学 界 ・言 語 学 界 の仲
間 か ら 、 不 当 に 重 ん じ ら れ な か った のも そ の た め だ った。 し か し 、 三 上 章 の名 は 、 い つか 海 を 渡 り 、 ド イ ツ第 一
の 日本 語 学 者ヴェン ク博 士 か ら 、 日本 の国 立 国 語 研 究 所 話 し こと ば 研 究 室 に勤 務 の一 所 員 に来 た手 紙 に よ る と 、 日本 第 一の文 法 研 究 家 と し て、 三 上 章 を 推 称 し て いた と いう 。
元 来 、 著 者 の文 法 論 は 、 鶴 見俊輔 氏 が か つて 批 評 し た よ う に、 ヨー ロ ッパ 語 至 上 主 義 か ら 解 放 さ れ た 日本 式 文
法 で あ る こ とを 特 色 と し て いる が、 そ れ が却 って 外 国 の 学 者 から 認 め ら れ た と は 興 味 深 い こと で あ る。
著者 が従 来 最 も力 を 入 れ て 来 た 文 法 論 の主 張 は 、 主 語 抹 殺 論 だ った 。 ﹁日 本 語 で は 、 主 語 と いう も のを 、 連 用
修 飾 語 と 言 わ れ る も の の中 で特 別 扱 いに す る 必 要 は な い﹂ と いう こと だ った 。 先 年 出 来 た ﹃象 は 鼻 が 長 い﹄ ﹃日
本 語 の論 理﹄ ﹃文 法 教 育 の革 新 ﹄ は 大 体 そ う いう 論 旨 の、 様 々 の観 点 か ら の展 開 で あ った の で、 読 者 のう ち に は 、
(syn )tの a骨 x子 を 述 べた も ので あ る か ら 、 今 ま で出 た 文 法 論 の総 ま と め の観 があ り、
何 と か の 一つお ぼ えの よ う な 印 象 を も った 向 き も あ った か も し れ な い が、 今 度 の こ の 著 書 は 、 日本 語 の句 論 、 文 論 で 、 三 上 文法 の構 文 論
け っこ う であ る 。 日本 文 法 に関 心を も つ人 々に 対 し 、 こ と に 旧 日本 文 法 にあ き た ら な い学 界 以 外 の人 々に ひ ろ く 推 称 し た い最 新 の 日本 語 文 典 であ る 。
杉 山 栄 一さ ん の 思 い 出 杉 山栄 一さ ん が、 こ の正 月 に 亡 く な ら れ た 。
と し て評 判 の高 い三 上 章 氏 が 、 そ の著 ﹃文 法 教 育 の革 新 ﹄ の中 で、 特 に ﹁先 駆 者 た ち ﹂ と いう 一章 を 設 け、 三 人
杉 山さ ん と 言 って も 、 若 い人 に は御 存 じ な い人 が 多 いか も し れ な い。 今 、 海 外 の文 法 学 界 で 日 本 一の 文 法 学 者
の学 者 の 名 を あ げ て い る 、 そ の 一人 で あ る。 杉 山 さ ん は、 昭 和 十 一年 に 、 ﹁花 が 咲 く ﹂ と ﹁花 を 折 る ﹂ の構 造 上
の同 一性 を 論 じ て お り 、 こ の こ と か ら 、 三 上 氏 は ﹁杉 山 氏 は主 語 抹 殺 論 で も 私 の先 輩 に当 る ﹂ ( ﹃三上章論文集﹄一 二七 ページ) と 敬 慕 し て いた 。
杉 山 さ ん は 明 治 四 十 四 年 四 月、 東 京 の麻 布 に生 ま れ た 。 麻 布 の小 学 校 か ら 、 東京 高 校 の尋 常 科 ・高 等 科 を 経 て、
東 京 帝 大 の国 文 学 科 に進 ん だ 人 で 、 終 始 東 京 で育 ち 、 爽 や かな 標 準 語 の使 い手 だ った 。 東 大 国 文 学 科 で は厳 密 を
も って聞 こえ る 橋 本 進 吉 博 士 のも と に国 語 学 を 専 攻 、 現 代 語 の文 法 に つ い て論 文 を 書 いて 昭 和 九 年 卒 業 し た 。 卒
業 間 も な く 、 昭 和 十 一年 十 月 の ﹃国 語 と 国 文 学 ﹄ の国 文 法 特 輯 号 に発 表 し た ﹁品 詞 分 類 論 ﹂ は 、 先 の三 上 章 氏 を
感 歎 さ せ た 労 作 であ る が 、 純 粋 に 文 法 的 職 能 だ け を 基 準 にし て 試 み た 品 詞 分 類 論 で あ った 。 橋 本 博 士 は そ れ を 批
評 し て 、 私 た ち に ﹁私 の や ろ う と し た 品 詞 分 類 論 は、 徹 底 的 に 推 し 進 め た ら 、 あ あ な る の だ よ ﹂ と 言 わ れ た 。 当
時 、 橋本 博 士 は滅 多 に他 人 の論 文 を ほ め な い人 と し て 聞 こえ て いた の で 、 私 た ち 学 生 は そ れ を 聞 いて 、 あ あ いう 言 葉 を 橋 本 博 士 に か け ら れ た ら 死 ん で も 本 望 だ と 思 った も の で あ る 。
杉 山 さ ん は そ の後 も 同 じ よ う な 行 き方 で、 昭 和 十 六 年 、 岡 本 千 万 太 郎 氏 の 編 集 す る ﹃現 代 日本 語 の 研 究 ﹄ に
﹁文 章 法 に つ い て﹂ を 発 表 し 、 昭 和 十 八 年 に は た った 一つ の単 行 本 ﹃国 語 法 品 詞 論 ﹄ を 世 に送 ら れ た 。 ほ か に大
月 書 店 の ﹃講 座 日 本 語 ﹄ の中 に書 か れ た も の、 雑 誌 ﹃ 方 言 ﹄ ﹃国 語 学 ﹄ ﹃国 語 研 究 ﹄ に 発 表 さ れ た 論 文 が 幾 つかあ
った 。 が、 実 は 杉 山 さ ん の 一生 にと って これ ら は 余技 と いう べき も の であ った こと は 知 ら な い人 が 多 そ う だ 。
杉 山 さ ん が東 大 を 卒 業 し た 昭 和 九 年 は 、 日本 が 不 景 気 のド ン底 に あ った 年 であ る。 文 学 部 の 国 文 学 科 を 卒 業 し
て も 就 職 のあ て は 皆 無 だ った 。 杉 山 さ ん は国 文 法 の研 究 に 強 い執 心 を も ち な が ら、 生 活 は ま った く 別 の方 面 で立
て よ う と志 さ れ た。 そ こ で 改 め て東 大 の法 学 部 に 再 入学 し 、 見 事 在 学 中 に 高 文 の試 験 に パ スし て 、 卒 業 後 、 鉄 道
省 に 入 ら れ た 。 杉 山 さ ん の趣 味 の 一つに 乗 物 に 乗 る こ と が あ り、 そ れ も ど こ でも い い、 汽 車 や 電 車 に乗 って は じ
め て の と ころ を ぐ る ぐ る 回 って 帰 る と 、 頭 が は っき り し て 勉 強 が 出 来 る と 言 って いた 、 そ んな こと が原 因 と な っ て 勤 務 先 と し て鉄 道 省 を 選 ば れ た も のと 思 わ れ る 。
そ う いう わ け で 、 杉 山 さ ん は 学 校 に 勤 め る こ と も な く 、 ま た 勤 務 が 忙 し か った の で あ ろ う 、 学 会 へ顔 を 見 せ る
こ と も ほ と ん ど な か った 。 学 界 でも 知 って いる 人 が少 な い のは そう いう 関 係 であ る 。 杉 山 さ ん と 一番 親 し か った
国 語 学 者 は 東 大 で 同 期 の 堀 田 要 治 さ ん であ ろ う が 、 年 少 の人間 と し て は私 あ た り が 一番 接 触 し た 方 で は な か ろう
か 。 杉 山 さ ん は 鉄 道 省 へ入 って は じ め は ど こ か の駅 の 改 札 口 で 切符 切 り の 経 験 を さ せ ら れ た り し た が、 秀 才 の こ
と であ る か ら 昇 進 は 早 い。 ち ょう ど 私 が 名 古 屋 大 学 に教 師 と し て 勤 務 し て いた 昭 和 三 十 年 前 後 には 、 名 古 屋 駅 の
副 支 配 人 と いう 役 に つ いて お ら れ た 。 そ の こ ろ 名 古 屋 駅を た ず ね る と 、 大 き な 机 の 置 いて あ る り っぱ な 部 屋 に ひ
と り悠 然 と 坐 って いた こ と を 思 い出 す 。 名 古 屋 と いう と ころ は国 文 学 者 は 多 い けれ ど も 、 国 語 学 を や る 人 は 至 っ
て 少 な い。 私 は そ ん な 淋 し さ か ら よ く 杉 山 さ ん の部 屋 を お た ず ね し て は 、 いろ い ろ教 え を 受 け て 帰 って 来 た が、 一番 親 し く し た のは そ の前 後 の こと だ った 。
私 が杉 山 さ ん を 慕 った の は 、 そ の 頭 の 切 れ る の に魅 惑 さ れ た か ら であ る。 杉 山 さ ん の、 ﹃国 語 法 品 詞 論 ﹄ の中
で、 時 枝 誠 記 博 士 の文 法 論 に 対 し て 、 これ は お か し いと 批 評 し て いる 。 当 時 、 時 枝 博 士 と いえ ば 、 東 大 の国 語学
の主 任 教 授 で、 国 語 学 界 に 君 臨 し て お り 、 博 士 の ﹁国 語 過 程 説 ﹂ を 批 評 す る 人 は いな か った 。 私 は 、 そ の文 法 論
を 読 み、 理 解 でき な い の は こ ち ら の頭 が 悪 い か ら だ と 心得 て いた 。 そ こを ず ば り と ﹁お か し い﹂ と いう 言 葉 で 批
判 し 去 った の であ る か ら 、 私 は そ こを 読 ん で、 梅 雨 空 に久 し 振 り の 青 空 を 仰 ぎ 見 た よ う な 爽 快 さ を 味 わ った 。 そ
ん な こ と が あ った の で私 は名 古 屋 駅 に あ の大 き な ﹃国 語 学 原 論 ﹄ を か か え て行 って は 、 杉 山 さ ん に 解 釈 を お 願 い
し た も ので あ る 。 杉 山 さ ん に こ こ の説 明 は ま ず い、 こう 言 え ば い い、 と 言 わ れ る と ほ ん と う にそ う だ と 思 った も
の であ る 。 一体 に、 杉 山 さ ん の書 かれ た 文 章 は、 品 詞 分 類 論 で も 、 文 章 論 でも 明 快 至 極 で あ る 。 国 語 学 者 多 し と
いえ ど も 、 あ のよ う な 風 通 し の い い文 章 を 書 く 学 者 は ほ か に いな いの で は な いか 。 杉 山 さ ん は 、 あ のよ う な 言 葉
で時 枝 国 語 学 を 解 釈 し てく れ た のだ か ら有 難 か った 。 こ こ は ど う し て も わ から な いと 杉 山 さ ん が 言 わ れ る と こ ろ
は 、 私 も わ か ら な い で い いと し た 。 私 が 時 枝 学 説 を 批 評 し た ﹁不 変 化 助 動 詞 の本 質 ﹂ と いう よ う な 論 文 が書 け た のも 、 杉 山 さ ん の学 恩 に負 う と ころ が 少 な く な か った 。
杉 山 さ ん と いう 人 は 頭 の 回転 の早 い人 で 、 そ の 理 解 は 文 法 だ け に と ど ま ら な か った 。 私 が 専 攻 し て いる ア ク セ
ント に つ いて も 、 迷 って いる 問 題 に つ いて 的 確 な 判 断 を し て く れ た 。 私 の、 ア ク セ ント は 語 音 に相 当 す る も ので
あ って、 音素 に 相 当 す る も の で は な いと いう 考 え 、 調 素 こ そ 音 素 に相 当 す る も ので あ る と いう 考 え な ど 、 いず れ も杉 山 さ ん の判 断 を 仰 い で原 稿 に 書 いた考 え だ った。
ま た 杉 山 さ ん の知 識 が 日本 語 だ け に 限 ら れ て いな か った こ と も 、 教 え ら れ る と こ ろ が多 か った 。 フラ ン ス 語 で
は 、 雄 蘂 が 女 性 名 詞 で 、 雌 蘂 が 男 性 名 詞 だ と いう よう な 話 、 ポ ルト ガ ル語 には 、 人 称 変 化 のあ る 不定 法 が あ る と
いう よ う な 話 な ど 、 私 の論 文 や 著 書 に引 か せ て頂 いた が 、 あ あ いう 話 題 を いく ら で も も って いる 人 だ った 。 そう
か と 思 う と、 赤 帽 の 正 式 名 称 は手 荷 物 運 搬 人 だ と いう よ う な こ と 、 駅 のと ころ で鉄 道 路 線 が〓 のよ う な 形 にな っ
て いる こ とを ヤ ナ ギ と 呼 ぶと いう よ う な こ と 、 私 の随 筆 に引 か せ て い た だ いた よ う な こと も 、 た く さ ん教 わ った 。
私 は 杉 山 さ ん が副 支 配 人 と いう 役 で、 鉄 道 のど う いう 仕 事 を し てお ら れ た の か全 然 知 ら な い。 し か し 、 国 語 学
の問 題 に 対 す る よ う に敏 腕 に ど ん ど ん 処 理し て いた の だ ろ う と 推 測 す る 。 名 古 屋 駅 の副 支 配 人 室 は い つ行 っても
き れ い に片 付 い て いた 。 あ あ いう へや の大 き な 机 は 、 大 抵 未 決 の書 類 が山 積 み さ れ て いる も の で あ る が、 そ ん な
も のを 見 た こ と が な か った。 杉 山さ ん は そ う いう 書 類 を ひ と 目 見 る と 、 採 否 な ど 立 ち ど こ ろ に きま った のだ ろ う と思う 。
い つか 副 支 配 人 室 で時 枝 文 法 を 論 じ合 って いる 時 に外 か ら 電 話 が か か って 来 た 。 長 い電 話 で こ み 入 った 話 のよ
う だ った が 、 杉 山 さ ん は 、 う ん う ん と 応 答 し て い る。 そ の間 何 分 、 む こう が 途 切 れ た 時 に 、 杉 山 さ ん は一 言 、 二
言 し ゃ べ った 。 解 決 策 で あ ろ う 。 と 、 そ れ が 終 る や 、 こ っち を 向 いて 、 時 枝 さ ん の零 記 号 は ね え 、 と さ っき の話
の続 き を 話 し 出 さ れ る。 今 の電 話 は何 か と 質 問す る と 、 な あ に、 悪 質 の 不 正 乗 車 の集 団 が 見 付 か って、 ほ か に人
が いな い の で ヒ ト の と こ ろ に処 理を 問 合 せ に 来 た のだ と いう 。 私 は 人 相 の 悪 い男 が何 人 か こ の部 屋 に押 掛 け てく
る ので は な いか と 緊 張 し た が 、 杉 山 さ ん は 全 然 気 にと めな い様 子 であ る 。 暫 く し て電 話 が あ り、 先 刻 の事 件 が解
決 し た と いう 報 告 が来 た が 、 私 は杉 山 さ ん の 判 断 と 指 示 が 適 切 で あ った た め に う ま く 行 った のだ ろ う と 感 心 し た も のだ った 。
杉 山 さ ん は名 古 屋 で の成 績 が認 め ら れ た か 、 ま だ 早 す ぎ る と 思 う 時 期 に 大 阪 へ栄 転 し て行 か れ た 。 三 上 章 さ ん
が杉 山 さ ん と 親 し く つき 合 わ れ た の は そ の時 期 であ る。 奇 想 天 外 な こと を 考 え つく 三 上 さ ん と 、 即 時 解 決 の杉 山
さ ん と 対 談 し た ら 、 さ ぞ お も し ろ い会 話 が展 開 さ れ た ろ う と 思 う が 、 速 記 録 な ど 残 って いな い のは 残 念 で あ る。
そ の後 、 三 十 五 年 ご ろ に は 、 杉 山さ ん は 東 京 に 舞 戻 り、 亡 く な るま で 、 鉄 道 の沿 革 を 本 に す る 仕事 を し て お ら れ た。
杉 山 さ ん は 、 ほ か に似 た 人 を 探 す と 、 国 文 学 者 の近 藤 忠 義 さ ん に 似 た ス マー ト な 体 格 と 風貌 だ った。 顔 の輪 郭
を 言う な ら ば 、 満 州 国 皇 帝 の令弟 の溥 傑 さ ん の、 若 いこ ろ に似 て いた 。 頑 健 と いう 印 象 は 受 け な か った が 、 無 病
息 災 で、 病 気 を し た と いう 話 を 聞 いた こ と が な か った 。
いう 。 そ う し て ま だ ま だ 人 生 を 楽 し ま れ そ う だ った と いう 。
一昨 年 は 、 古 稀 の お 祝 いで、 三 人 の お嬢 さ ん が 競 ってお 宅 に 招 き 、 御 馳 走 を し 、 ほん と う に楽 し そ う だ った と
と ころ が、 八 月 ご ろ鼠蹊 部 に淋 巴 腺 の 肉 腫 が出 来 た の が悪 性 のも の だ った よ う で、 九 月 十 五 日 に ト イ レ で 出 血
し 、 九 月 十 八 日 、 杏 林 病 院 に 入 院 さ れ た。 そ こ で コバ ルト で治 療 さ れ た が 、 癌 だ った の だ ろ う か、 す で に手 後 れ
だ った よ う で 、 止 む を 得 ず 大 腸を 切 って人 工 肛 門 の生 活 を さ れ 、 別 に痛 み を 訴 え る こと も な か った の で、 こ のま
ま 平 癒 す る か と 思 わ れ た が 、 一月 四 日 に腹 痛 を 訴 え 、 翌 日夫 人 、 三 人 のお 嬢 さ ん に 見 取 ら れ て他 界 さ れ た 。 最 後 の診 断 は 直 腸 癌 だ った と いう 。
一月 五 日自 宅 で通 夜 が 行 わ れ た が 、 弔 問 客 に は さ す が に 鉄 道 関 係 の人 が 多 く 、 前 鉄 道 副 総 裁 の井 上 邦 之 氏 ほ か
大 勢 の人 の に ぎ や か な 影 が 見 え た 。 私 は 玄 関 先 で遺 影 に 香 を 手 向 け 、 御 無 沙 汰 を わ び 、 学 恩 を 謝 し た だ け で 退 去 した。
國 語 動 詞 の 一分 類
はしがき 第 一章 國 語動 詞 に於 け る 四 類 型 の存 在 第 二 章 現 存 諸 動 詞 の 四 類 型 への 所屬 状 況 第 三 章 活 用 形 の 用法 に 見 ら れ る 各 類 動 詞 の差違 第 四 章 連接 附屬辭 の 意義 に見 ら れ る 各 類 動 詞 の差違 第 五 章 他 の標 準 によ る 動 詞 分 類 と の關 係 第 六 章 本 分 類 の再 検 討
はし がき
中 華 語 の ﹁我 明 白 ﹂ を 日 本 語 に譯 す と 、 ﹁私 は 分 り ま す ﹂ であ り、 中 華 語 の ﹁我 知 道 ﹂ を 日本 語 に譯 す と、 ﹁私
は 知 って いま す ﹂ であ る 。 ﹁私 は 知 って いま す ﹂ の代 り に ﹁私 は 知 り ま す ﹂ と い った ら 如 何 に も變 で あ り 、 ﹁私 は
分 りま す ﹂ の代 り に ﹁私 は 分 って いま す ﹂ と 言 った ら 威 張 って いる よ う に感 じ る。 こ れ は 我 々日 本 人 に と って は
極 く 明 ら かな こ と であ る が 、 然 ら ば ﹁知 る﹂ も ﹁分 る ﹂ も 同 じ よ う な 意 味 の語 であ る の に、 何 故 こ のよ う な ち が
いが 出 て來 る のか、 と外國 人 に聞 か れ た ら そ の答 え は 必 ず し も 容 易 で はな い。 小 稿 は 、 中 華人 の留學 生 に こ の問
題 を ど う 教 え よ う か と苦 し ん で いる う ち に考 え つい た と こ ろを ま と め て 見 た も の で あ る が、 未 熟 な 考 察 ゆえ 、 私 に は 分 って いる つも り で も 、 一向 分 って いな いと こ ろ が あ る かも 知 れ ま せ ん 。
第 一章 國 語 動 詞 に 於 け る 四 類 型 の 存 在
て は獨 立 動 詞 と 補 助 動 詞 と に 分 け る 方 法 、 完 全 動 詞 と 不 完 全 動 詞 と に 分 け る 方 法 な ど が 行 わ れ て い る が 、 こゝ に
國 語 動 詞 の分 類 と し て は 、 現在 、 自 動 詞 と 他 動 詞 と に分 け る 方 法 、 意 志 動 詞 と無 意 志 動 詞 と に分 け る 方 法 、 さ
は從 來 あ ま り深 く 突 込 ん で 考 察 さ れ た こ と のな い 一つ の分 類 に つ い て考 察 を 進 め て 見 た い。 こ れ は 、 動 詞 が 動
作・ 作 用 を 表 わ す と す る な ら ば 、 ﹁時 間 的 に 見 た 動 作 ・作 用 の 種 類 に よ る 分 類 ﹂ と 言 いた いも の で、 強 いて 名稱
を 附 け る な ら ば 、 ﹁アク ぺク ト の觀點 か ら觀 た 國 語 動 詞 の分 類 ﹂ と 言 う べき も の か と 思 う 。 たゞ し こ の名稱 の適 否 に つ いて は 識 者 の敎 示 を 乞 う こ と と す る 。
さ て、 今 、 こ の觀點 に立 つと 、 國 語動 詞 は そ の中 に 四 つ の類 型を 立 てる こ と が 出 來 る 。
第 一種 の動 詞 は 、 ﹁動 作・ 作 用 を 表 わ す ﹂ と 言 う よ りも 寧 ろ ﹁状態 を表 わす ﹂ と 言 う べ き 動 詞 で 、 通 常 、 時 間 を
超 越 し た觀 念 を 表 わ す 動 詞 で あ る。 例 え ば 、 ﹁机 が あ る﹂ ﹁我 が 輩 は 猫 で あ る ﹂ の ﹁あ る ﹂、 ﹁英 語 の會 話 が 出 來
る ﹂ な ど が こ れ に屬 す る 。 一般 の動 詞 は 下 に ﹁︱ て いる﹂ を つけ て いわ ゆ る 現 在 の状 態 を 表 わ す も の であ る が 、
( ﹁言語四種論﹂) のご と く 形 容 詞 の中 に 入 れ た 人 も あ った 。
こ の種 の動 詞 は ﹁︱ て いる﹂ を つける ことが な い のを 特 色 とす る 。即 ち 、 動 詞 と は 言 う も の の動 詞 ら し か ら ぬ、 形容 詞 に近 い動 詞 であ って、 過 去 の學 者 の中 には 鈴 木朖 これ を 状態 動 詞と 呼 ぼ う 。
第 二種 の動 詞 は 、 明瞭 に 動作・ 作 用 を表 わす動 詞 であ る が 、 但 し そ の動 作 ・作 用 は 、 あ る時 間内續 いて行 われ る種
類 のも の で あ る よ う な 動 詞 で あ る 。 ﹁本 を讀 む ﹂ の ﹁讀む ﹂、 ﹁字 を 書 く ﹂ の ﹁書 く ﹂ な どが こ れ に屬 す る 。 ﹁讀
む ﹂ ﹁書 く ﹂ が 動 作 を 表 わ す こ と は 言 う ま で も な い が、 そ れ ら の動 作 は 五 分 間 と か 十 分間 と か、 或 いは 一時 間 と
て いる﹂ を つけ る こ と が 出 來 、 若 し つけ れ ば 、 そ の動作 が 進行中 であ る こと 、即 ち 、 そ の動 作
か 二時 間 と か 、 あ る 時間 内續 く のを 常 と す る動 作 であ る。 こ の點 が 次 に述 べ る 第 三 種 の動 詞 と は 異 る點 で あ る 。 此 等 の動 詞 は ﹁︱
が 一部 行 わ れ て、 ま だ殘 り が あ る こ とを 表 わ す 。 此 等 を ﹁繼續動詞 ﹂ と 呼ぼ う 。 自 然 作 用 を 表 わ す 動 詞 のう ち の、
﹁雨 が 降 る ﹂、 ﹁風 が 吹 く ﹂ な ど も こ れ に 入 り 、 普 通 、 動 詞 と し て 思 い浮 べる 動 詞 は 多 く こ の類 の中 に集 って いる 。
第 三種 の動 詞 は第 二 種 の動 詞 と 同 じ く 動 作 ・作 用を 表わ す 動 詞 であ る が、 そ の動 作 ・作 用 は 瞬 間 に終 って し ま う
動 作 ・作 用 で あ る動 詞 であ る。 例 え ば 、 ﹁人 が 死 ぬ ﹂ の ﹁死 ぬ﹂、 ﹁電 燈 が點 く ﹂ の ﹁點く ﹂ な ど が こ れ に屬 す る 。
﹁死 ぬ ﹂ は 人 が 息 を 引 取 る 瞬 間 を 言 う の で、 息 を 引 取 る 瞬 間 に ﹁死 ぬ ﹂ が 初 ま り、 途 端 に ﹁死 ぬ﹂ は 終 る 。 ﹁う ち
の親 爺 は中 風 を 七年 患 って 死 ん だ ﹂ と 言 う 場 合 にも 、 七 年間 は ま だ ﹁死 ぬ ﹂ と いう 現 象 は 初 ま って いな い。 ﹁死
に 初 め て いる ﹂ と は 言 わ な い。 七 年 間 の最 後 の 一瞬 に ﹁死 ぬ ﹂ が 初 ま り、 同 時 に 終 る の で あ る。 ﹁(電 燈 が) 點
て いる 最 中 だ ﹂ と 言 う こ と は 出 來
て い る ﹂ を つ け る と そ の 動 作 ・作 用 が 終 っ て そ の結 果 が殘 存 し て いる こ と を 表 わ す 。 此
く ﹂ が瞬 間 の作 用を 表 わ す こ と は 言 う ま でも な か ろ う 。 こ の種 の動 詞 は ﹁︱ な い。 こ の 種 の 動 詞 に ﹁︱
等 を ﹁瞬 間動 詞﹂ と 呼ぼ う 。
て いる最 中 だ ﹂ と 言 う こ と の出 來 な いも の が あ る 。 ﹁結 婚 す る ﹂ ﹁卒 業 す る ﹂ な ど が 此 で
動 作 ・作 用 を 表 わ す 動 詞 の中 に は 、 そ の動 作 ・作 用 が 何 時 初 ま って何 時 終 った のか 分 ら な い が、 何 時 の間 に か 終 って いて 、 ﹁現 在︱
あ る。 何 時 何 分 に 結 婚 し た 、 と 言 う こと は出 來 な いが、 あ る 個 人 は 結 婚 前 か 結 婚 後 で あ って 、 何 時 間 かゝ って 結
婚 し た と 言 う こ と は な い。 此 も いろ いろ な 性 質 か ら 考 え る と 瞬 間 動 詞 に 入 れ る の が 便 利 ゆえ こ の中 に 入 れ る こ と とす る。
最 後 に 第 四種 の動 詞 と し て擧 げ た いも の は 、 時 間 の觀 念 を 含 ま な い點 で 第 一種 の動 詞 と 似 て いる が 、 第 一種 の
動 詞 が 、 あ る 状 態 にあ る こ と を 表 わ す の に 封 し て、 あ る状態 を帯 び る こと を表 わす 動 詞 と 言 いた いも の であ る。 例
て いる﹂ の形 で状態 を 表わ す
﹁聳え る ﹂ だ け の單獨 の 形 で動 作 ・作 用 を 表 わ す た め に 用 いる こ と が な いの を 特 色 と す る 。 ﹁聳
え ば ﹁山 が聳 え て い る﹂ の ﹁聳え る ﹂ が こ れ であ る 。 こ の種 の動 詞 は 、 い つも ﹁︱ のに 用 い、 たゞ
え る﹂ の意 義 は、 ﹁(一つ の 山 が 他 の 山 に對 し て) 高 い状 態 を 帯 び る﹂ の意 であ る が、 ﹁帯 び る ﹂ と 言 ってし ま っ
て は 、 以 前 低 か った も の が 新 た に高 く 成 るよ う でま ず い。 他 の 山 よ り 高 い状 態 にあ る 、 そ れ を ﹁い る﹂ と いう 概
念 と 、 も う 一つχ と 言 う 概念 と に 分析 し て表 わ し た 、 そ のχ が ﹁聳え る﹂ であ る。 甚 だ 説 明 し が た い意 義 を も つ
動 詞 であ る が、 皆 様 には 既 に 分 って頂 け て い る こ と と 思 いま す 。 こ の よ う な 動 詞 と し て は 、 ま だ 、 ﹁あ の人 は 高
い鼻 を し て いる ﹂ の ﹁す る﹂ な ど があ る 。 こ れも ﹁︱ て いる ﹂ を つけ な い形 は 用 いら れ な い。 こ の種 の動 詞 は 適 當 な 名稱 が 思 い浮 ば ぬ ゆえ 、 第 四種 の動 詞と 呼 ぶ こと とす る 。
私 は 國 語 の動 詞 を 以 上 の 四 種 類 に 分 け て見 よ う と 思 う の であ る が 、 但 し こ こ にお斷 り し て おく こと は こ の こと
全 部 が 私 の 創 案 と いう わ け で は な い こ と であ る 。即 ち 、 第 一の状 態 動 詞 が 他 の動 詞 と 異 って い る こ と は 、 早 く
一ペ 一ージ)・佐 久 間 鼎 博 士 ( ﹁現代 日本語 の表現と語法﹂ 三二〇ページ
[大槻 文彦 ] ﹁廣 日本 文 典 ﹂ に お いて 認 め ら れ て いる と こ ろ であ り 、 第 二 の繼續 動 詞 と 第 三 の 瞬 間 動 詞 の 封 立 に つ いて は 、 松 下 大 三 郎 博 士 ( ﹁改撰標準 日本 文法﹂ の四
以下)・服 部 四郎 先 生 ( ﹁ 蒙古とそ の言語﹂ の 一七六 ページ)が既 に論 及 し て お ら れ る と こ ろ であ る 。 唯 、 別 に第 四 種 の
動 詞 を 立 て た こ と 、 個 々 の動 詞を 四 類 へ振 分 け て 見 た こと 、 活 用 形 や こ れ に つく 附屬辭 の類 の封 立 を 詳 し く 吟 味
し た こと 、 な ど が 私 の創 案 と 言 え ば 創 案 、 つま り獨斷 であ って 、 要 す る に 皆 様 に存 分 に たゝ い て頂 き た いと こ ろ であ る 。
第 二 章 現 存 諸 動 詞 の 四 類 型 へ の 所屬 状 況
﹂ のよ う な 成 立 を 表 わ す ﹁出 來 る ﹂ は ︹三 ︺ の 瞬 間 動 詞
﹂ ﹁行 く こ
︹一︺ 状 態 動 詞 ﹁あ る ﹂ (﹁机 が あ る ﹂ ﹁本 箱 が あ る ﹂ の ﹁あ る ﹂)、 同 じ く ﹁あ る ﹂ (﹁我 輩 は猫 で あ る﹂ な ど に お
先 づ 現 在 の國 語 に 存 在 す る 一般 の動 詞 を 前 章 に の べ た 四 類 型 の中 に振 分 け て 見 る と 次 のよ う であ る。
﹂ ﹁お で き が︱
け る )、 ﹁ご ざ る﹂ ( 例 ﹁次 は 銀 座 四 丁 目 で ご ざ いま す ﹂)。 可能 を 表 わ す ﹁出 來 る﹂ (﹁英 語 の會 話 が︱ と が 出 來 な い﹂ は こ の例 、 ﹁戀人 が︱
﹁親 爺 な か な か︱
﹂)。 最 初 に舉 げ た
﹁切 れ る ﹂ ( 例
﹁こ の ナ イ フ は よ く︱
﹂)、 ﹁値 す る ﹂ ( 例
﹂)、 ﹁話 せ る ﹂
て い る ﹂ を つけ
﹂)。 形 容 詞 の 語 幹 に
﹂)、 ﹁言 う ﹂ ( 但 し 、 ﹁秀 吉
﹁注 目 に︱
﹁如 何 に も 強 そ う に︱
﹁理 解 で き る ﹂ の 意 の ﹁分 る ﹂ も こ の 類 に 入 り 、 ﹁︱
に屬 す る )。 所 謂 可 能 相 動 詞 は 全 部 こ の 中 に 入 る 。 例 え ば (例
﹁三 時 間 を︱
﹁大 き す ぎ る ﹂ ﹁小 さ す ぎ る ﹂、 等 。
人 ﹂ な ど の ﹁言 う ﹂)、 ﹁要 す る ﹂ ( 例
ず に そ の まゝ で 現 在 の 状 態 を 表 わ す 。 そ の 他 、 ﹁見 え る ﹂ (例 と︱ ﹁過 ぎ る ﹂ が つ い て 出 東 た 動 詞 、 例 え ば
﹁讀む ﹂ ﹁書 く ﹂ の 他 、
﹁い る ﹂ は 意 義 か ら 言 っ て 状 態 動 詞 に 屬
英 語 で は"have""live""kな no どwは "孰 れ も 向 う の 状 態 動 詞 で あ る が 、 日 本 語 で は 状 態 動 詞 の數 が 少 く 、 ﹁も つ ﹂ ﹁住 む ﹂ ﹁知 る ﹂ は孰 れ も 瞬 間 動 詞 に屬 す る 。 ﹁あ る ﹂ と 併稱 さ れ る
す る は ず で あ る が 、 以 下 に 述 べ る よ う な 種 々 違 う點 が あ っ て 、 注 意 す べ き 動 詞 で あ る 。
︹二 ︺ 繼續 動 詞 ま ず 人間 の 動 作 を 表 わ す も の 。 こ れ に屬 す る も の と し て は 、 上 に 掲 げ た
﹁歩 く ﹂ ﹁駈 け る ﹂ ﹁滑 る ﹂ ﹁泳 ぐ ﹂、 ﹁刈 る ﹂ ﹁剃 る ﹂ ﹁縫 う ﹂ ﹁拭 く ﹂ ﹁掃 く ﹂、 ﹁働 く ﹂ ﹁考 え る ﹂ ﹁勉 強 す る ﹂
﹁笑 う ﹂ ﹁泣 く ﹂ ﹁ 喋 舌 る ﹂ ﹁歌 う ﹂。 又 、 ﹁見 る ﹂ ﹁聞 く ﹂ ﹁食 う ﹂ ﹁飲 む ﹂ ﹁舐 め る ﹂ ﹁吸 う ﹂、 ﹁押 す ﹂ ﹁引 く ﹂ な ど 、 さ ては
﹁工 夫 す る ﹂ な ど 枚擧 に た え な い 。 自 然 現 象 を 表 わ す も の と し て は 、 ﹁散 る ﹂ ( 花 な ど が )、 ﹁降 る ﹂ ( 雨 な ど が )、 ﹁搖 れ る ﹂ (地 な ど が )、 ﹁燃 え る ﹂ ( 火 が ) な ど總 て こ れ に屬 す る 。
﹁死 ぬ ﹂ ﹁點く ﹂ ( 電 燈 が ) の 他 に 、 ﹁消 え る ﹂ (電 燈 が )、 ﹁觸る ﹂ ﹁屆く ﹂ ﹁離 れ る ﹂
﹁入 學 す る ﹂、 ﹁殘る ﹂ ﹁盡き る ﹂ ﹁失 う ﹂
﹁知 る ﹂ も 瞬 間 動 詞 に屬 し 、 唯 、 ﹁知 る ﹂ と いう 時 は そ の
﹁離 婚 す る ﹂、 ﹁卒 業 す る ﹂ 及 び
﹁初 ま る ﹂ ﹁終 る ﹂ ﹁出發 す る ﹂ ﹁到 着 す る ﹂、 ﹁癒 る ﹂ ( 病 氣 が )、 ﹁止 む ﹂ (雨 な ど が )、 ﹁止
﹁遠 ざ か る ﹂ の 意 の 時 は繼續 動 詞 )、 ﹁き ま る ﹂ ﹁見 つ か る ﹂ ﹁覺め る ﹂ (眼 が )、 ﹁止 ま る ﹂ ( 時 計 が ) な ど。
︹三 ︺ 瞬 間 動 詞 前 に擧 げ た ( 但 し
抽 象 的 な 意 義 のも のは
める﹂ ( 煙 草 な ど を )、 ﹁結 婚 す る ﹂ 及 び
﹁忘 れ る ﹂ な ど そ の數 は 決 し て 少 く な い 。 最 初 に舉 げ た
﹃知 る ﹄ と いう體驗
を し た そ の 結 果 が 現 在殘
っ て い る ﹂ の 意 で 表 わ す 。 ﹁分 っ て い る ﹂
こ と を 知 識 と し て も つ 瞬 間 を 意 味 す る 。 そ れ ゆ え 現 在 知 識 と し て も っ て い る 状 態 を 表 わ す 場 合 に は 、 ﹁知 っ て い る ﹂、即 ち 、 ﹁過 去 に お い て
の場 合 の ﹁分 る﹂ は 、 ﹁理 解 出 來 る ﹂ の意 の ﹁分 る﹂ と は 別 語 で 、 ﹁知 識 と し て も つ﹂ の意 の自 動 詞 で、 こ れ ま た 瞬 間 動 詞 であ る。
︹ 四 ︺ 第 四 種 の動 詞 こ の中 に屬 す る 動 詞 の數 は 甚 だ 少 いが 、 上 記 ﹁聳え る﹂ の他 、 ﹁す ぐ れ る﹂ ﹁お も だ つ﹂
﹁ず ば ぬ け る﹂ ﹁あ り ふ れ る﹂ な ど は こ れ に 入 ると 思 う 。 又 、 ﹁才 氣 走 る﹂ ﹁才 は じ け る ﹂ ﹁に や け る ﹂ ﹁ば かげ る ﹂
な ど 。 ﹁富 む﹂ ﹁似 る ﹂ の 二動 詞 も 瞬 間 動 詞 と し て 用 いら れ る こ と も 少く な い が 現 在 で は第 四 種 の動 詞 と し て 用 い
ら れ る こ と が 多 い。 ﹁高 い鼻 を す る﹂ ﹁丸 顔 を す る﹂ と 同 様 に ﹁紳 士 然 と す る ﹂ ﹁坊 ち ゃん 坊 ち ゃん す る ﹂ ﹁し ん ね り む っ つりす る ﹂ ﹁のん べ ん だ ら り とす る ﹂ な ど 。
づ き の こ と と 思 う が、 ﹁國 語 に 存 在 す る總 て の動 詞 が 必 ず 右 の分 類 の 一つに う ま く お さ ま る ﹂ と 言 う わ け で は な
以 上 、 私 は 各 類 型 に 属 す る 動 詞 の語 例 を あ げ た が、 此處 に 一言 し な け れ ば な ら ぬ こと は、讀 者 各 位 も既 に お氣
いこ と であ る 。 否 、 二 つ以 上 の項 目 に ま た が る も の が 非 常 に多 い こと であ る 。
先 ず 、 第 二 の繼續 動 詞 と 第 三 の 瞬 間 動 詞 と に ま た が るも のは 殊 に 多 く 、 例 え ば 所 謂 場 所 の移 動 を 表 わ す 動 詞 は
總 て こ の 二類 の動 詞 を 兼 ね て いる。 ﹁來 る﹂ は 向 う か ら 此 方 へ移 動 す る 途 中 の動 作 全體 を 意 味 す る こ と があ り 、
こ の時 は繼續 動 詞 で あ る 。 然 し ま た此 方 へ到 着 し た 瞬 間 を 意 味 す る こと も あ り 、 こ の時 は 瞬 間 動 詞 であ る 。 だ か
ら 此 方 へ近 づき つゝ あ る 人 を 指 し て 、 ﹁今 此 方 へ來 て い る﹂ と も 言 え る し 、 同 時 に ﹁ま だ 此處 ま で來 て いな い﹂
と も 言 え る 。 ﹁行 く ﹂ ﹁入 る﹂ ﹁出 る ﹂ ﹁上 る﹂ ﹁下 る ﹂ な ど も 同樣 に運 動 の 途 中 を も 表 わ し 得 る し 、 到 着 の瞬 間 を も表わし 得る。
第 三 の瞬 間 動 詞 と 第 四 種 の動 詞 と を 兼 ね て い る も のも 少 く な い。 釘 や 火 箸 の よ う な も の に 封 し て 、 ﹁こ の 釘
( 火 箸 ) は 曲 って いる ﹂ と 言 う 時 は、 そ の釘 や 火 箸 は 曾 て直 ツ眞 だ った の が 、 あ る時 に曲 った の であ る か ら こ の
﹁曲 る﹂ は 瞬 間 動 詞 であ る が 、 ﹁こ の道 は曲 って い る ﹂ と 言 う 時 は 、 初 め か ら 曲 って いる の で あ る か ら 第 四 種 の動
詞 の例 で あ る 。 ﹁い つま で も 火 鉢 に く っ つ い て いる ﹂ と 言 う 時 は 、 あ る 時 に く っ つ いた の であ る か ら 、 ﹁く っ つ
く ﹂ は 瞬 間 動 詞 であ る が 、 ﹁西 洋 人 は 眼 と 眉 毛 と がく っ つ い て い る﹂ と 言 う 時 は 、 最 初 か ら く っ つ い て いる の で あ る か ら 、 こ の ﹁く っつく ﹂ は第 四 種 の動 詞 であ る 。
第 一の状 態 動 詞 と第 四 種 の動 詞 と を 兼 ね て いるも のも あ る。 ﹁違 う ﹂ は、 下 足 番 に 封 し て 、 ﹁こ の下 駄 は 違 う ﹂
と も 言 え る し 、 ﹁こ の下 駄 は 違 って いる ﹂ と も 言 え る 。 唯 、 ﹁違 う ﹂ と だ け いう 時 は 状 態 動 詞 であ り 、 ﹁違 って い
る ﹂ と いう 時 は 第 四 種 の動 詞 で あ る。 ﹁あ の人 は 私 の叔 父 に 當 る ﹂ と ﹁あ の人 は 私 の叔 父 に 當 って いる ﹂ と は 同 じ 意 味 を も つ。 ﹁當 る﹂ も 状 態 動 詞 と 第 四 種 の動 詞 と を 兼 ね て いる の であ る 。
こ の章 の初 め に あ げ た 動 詞 は 、 そ れ ぞ れ 各 類 に屬 す る代 表 的 な も のを擧 げ た の であ る が、 此 等 も い つも た った 一類 だ け にお さ ま って いる わ け で は な い。
例 え ば ﹁讀む ﹂ は 状 態 動 詞 の 一例 と し て舉 げ た が、 ﹁あ の人 の 本 の讀 み方 の早 い の に は 驚 いた 、 今讀 み 初 め た
と 思 った ら も う讀 ん で いる ﹂ の場 合 の、 下 の ﹁讀む﹂ は ﹁讀み 終 る ﹂ の意 で瞬 間動 詞 と し て 用 いた も の であ る 。
﹁こ の 子 は 相 當 難 し い本 でも讀 む ﹂ と 言 う 場 合 は 、 ﹁讀む﹂ を ﹁こ の 子 ﹂ の屬 性 と 考 え た も の で ﹁讀む ﹂ は状 態 動
詞 と し て 用 いた も の だ と 思 う 。 ﹁死 ぬ ﹂ は瞬 間動 詞 の代 表 的 な も のと 言 った が 、 ﹁こ の頃 は 榮 養 失 調 のた め に 都 會
の人 がど ん ど ん 死 ん で い る﹂ と 言 う 場 合 の ﹁死 ん で い る﹂ は ﹁死 ぬ ﹂ の進 行 形 で、 こ の場 合 の 死 ぬ は繼續 動 詞 と し て 用 いら れ た 例 と 見 る こ と が 出 來 る 。
こ の よ う に考 え て 來 る と 、 二類 以 上 の動 詞 を 兼 ね て いる 動 詞 の數 は 非 常 に 多 く 、 た った 一類 だ け の中 にお さ め
得 る動 詞 は 非 常 に 少 いの で は な いか 、 否 、 全 然 な い の では な いか 、 と さ え 疑 わ れ 、 こ のよ う な 分 類 は 果 し て 可能
であ る か、 と 言 う 根 本 問 題 にも 突 當 る の であ る が、 こ の問 題 に つ い て は後 にま た觸 れ る こ と と し て、 以 下 に は暫
く こ の分 類 の 國 語 文 法 の研 究 に 與 え る効果 と も 言 う べき も の に つ いて所 見 を の べよ う と 思 う 。
第 三 章 活 用 形 の 用 法 に 見 ら れ る 各 類 動 詞 の差 違
私 は 小 稿 に述 べる 動 詞 分 類 は、 國 語 動 詞 の 各 活 用 形 の用 法 を 述 べる 場 合 に 、又 、 各 種 類 の 附屬辭 の類 が つく 、
そ の附屬辭 の意 義 を の べる 場 合 に 、 從 來 よ り 一層 精 密 な 説 明 を 可能 な ら し め る こと に役 立 つと考 え る 。 そ れ は こ
の方 式 に よ って 分 け た 各 種 の動 詞 は 、 各 活 用 形 に お いて 、 又 、 各 種 類 の附屬辭 の つ いた 形 に お いて 、屡〓 明 瞭 な
封 立 を 示 す から で あ る 。 こ の章 で は 、 先 ず 、 各 活 用 形 が單獨 に 用 いら れ た 場 合 に見 ら れ る 各 類 動 詞 の相 違 を 述 べ よう。
先 ず 最 初 に 終 止 形 の用法 。 動 詞 の終 止 形 の 用 法 と し て は 、 普 通 、 ﹁現 在 の状 態 を 表 わ す ﹂ と か 、 ﹁現 在 の習 慣 的
な 事 實 を 表 わ す ﹂ と か 、 そ の他 幾 つか の用 法 が あ げ ら れ て いる 。 し か し て私 の分 類 に よ る 四 類 の動 詞 各〓 の終 止 形 が此 等 の用 法 を 有 す る わ け では な い。
例 え ば ﹁現 在 の状 態 を 表 わ す ﹂ と いう 用 法 は、 状 態 動 詞 だ け がも つ用 法 であ る 。 ﹁机 があ る ﹂ ﹁英 語 の會 話 が 出
來 る ﹂ ﹁こ のナ イ フ は よ く 切 れ る﹂ な ど孰 れ も 状 態 動 詞 の終 止 形 が 現 在 の 状 態 を 表 わ し て いる 。 こ れ に 反 し て 繼
續 動 詞を 用 い て、 ﹁彼 は 今 字 を 書 く ﹂ と 言 った の で は、 ﹁彼 は 今 机 の前 に 坐 って筆 を 執 って いる ﹂ と いう 現 状 を 表
わ す と は 言 え な い。 近 い未 來 に 起 る事 實 を 表 わ す と 見 る か、 或 いは ﹁彼 は 昔 字 を 書 く よ う な こと は大 嫌 いだ った
が 、 現在 で は 字 を 書 く よ う に な った ﹂ の よ う な 意 、 即 ち 現 在 の習 慣 を 表 わ す と 見 ざ る を 得 な い。 瞬 間 動 詞 を 用 い て ﹁彼 は 今 死 ぬ ﹂ と 言 った の で は 、 現 在 の状 態 を 表 わ す 、 と は 更 に言 いが た い。
に結 婚 す
又 、 現 在 の習 慣 的 事 實 を 表 わす のは 、 状 態 動 詞 の終 止 形 、繼續 動 詞 の終 止 形 に お い て は普 通 の こ と で あ る が、
瞬 間 動 詞 の中 に は 終 止 形 が こ の用 法 を も た な いも のが 比 較 的 多 いよ う で あ る 。 例 え ば ﹁私 は い つも︱
る ﹂ の ﹁︱ ﹂ の條 に 適 當 な 語を 入 れ る こ と は 難 し い。 これ は 後 に 又述 べる が瞬 間 動 詞 な る も の は瞬 間 的 に終 る
動 作 ・作 用 を 表 わ す と 同 時 に、 一度 起 った ら 二度 と は 起 り がた い、 いわ ば 重 大 な 動 作 作 用を 表 わ す も のが 多 いた
め のよ う であ る。 ﹁死 ぬ ﹂ が 二度 と 起 り が た い現 象 であ る こ と は 言 う ま で も な い。 な お 現 在 の習 慣 的 事 實 を 表 わ す 場 合 は 、 そ の動 詞 が状 態 動 詞 と し て 用 いら れ た も の と考 え る こ と も 出來 る。
第 四 種 の動 詞 は い つも ﹁て いる ﹂ を つけ て 用 いら れ る ゆ え 、 終 止 形 の用 法 は な いと い っても よ い。
次 に 連體 形 の用法 。 連體 形 の用 法 は 終 止 形 の用 法 に似 て いる が、 全 く 同 じ で は な い。即ち 、 終 止 形 に お いて は 、
現 在 の 状 態 を 表 わ し 得 る の は 状 態 動 詞 だ け であ った 。 然 し 連體 形 に お いて は繼續 動 詞も ま た 現 在 の状 態 を 表 わ し
﹂ の意 で 、 ﹁鳴 く ﹂ ﹁打 つ﹂ は 現 在 の状 態 を 表 わ し て いる と 見 ら れ る 。 尤 も こ の 言 葉
得 るよ う であ る 。 ﹁庭 に鶯 の鳴 く聲 が 聞 え る﹂ ﹁畠 を 打 つ農 夫 の姿 が 見 ら れ る﹂ な ど 、 ﹁鳴 い て いる 聲 が 聞 え る ﹂ ﹁畠 を 打 って いる 農 夫 の︱
遣 いは 文 章 語 め いた響 を も つ。 し か し て瞬 間 動 詞 の連體 形 は 決 し て 現 状 を 表 わ す こ と は 出來 な い。 尤 も 瞬 間 動 詞
な るも の の表 わ す 現 象 は 瞬 間 的 のも の であ って 、 現 在 そ の現 象 が 起 って いる 途 上 にあ る と 言 う こ と は 不 可 能 であ る か ら 、 瞬 間 動 詞 が 現状 を 表 わ し 得 な い こ と は 極 め て當 然の こと で あ る 。
次 に 命 令形 に ついて。 命 令 形 に關 し て は 、 状 態 動 詞 が 第 四種 の動 詞 と と も に 大 き な 特 色 を も つ。 そ れ は 状 態 動
詞 と第 四 種 の動 詞 と は原 則 と し て命 令 形 がな い こ と であ る 。數學 の 出來 な い 子 供 に 封 し て、 ﹁も っと數學 が 出 來
ろ﹂ と 言 う こ と は 出來 な い。 弱 々し く 見 え る 子 供 に 封 し て、 ﹁強 そ う に 見 え ろ﹂ と 言 う こ と も な い。 近 頃 は ﹁女
性 よ、 淑 や か で あ れ ﹂ と 言 う よ う な こと を 言 う よ う に な った が、 ﹁讀め﹂ ﹁書 け ﹂ な ど に 封 し て 如 何 にも 作 った 言 葉 だ と いう 感 じ が強 い。
此 に關 連 し て 思 い起す のは 、 いわ ゆる ﹁可 能 の助 動 詞 には 命 令 形 がな い﹂ と いう こ と であ る 。 思 う に 一つ の動
詞 に 可 能 の 助動 詞 が つ いた 場 合 に は 、 全體 が 一つの 可 能 相 動 詞、即 ち 一種 の状 態 動 詞 にな る、 と 見 て よ い。 然 ら
ば 、 ﹁可 能 の助 動 詞 に は 命 令 形 がな い﹂ と 言 う のは 、 ﹁状 態 動 詞 に 命 令 形 が な い﹂ と いう 一段 上 位 の法 則 の 一部 を な す も のと 言 ってよ いと 思 う 。
な お 状 態 動 詞 の中 で ﹁居 る ﹂ は ﹁いろ ﹂ と いう 命 令 形 を 立 派 に も って いる 。 こ の語 は 状 態 動 詞 の中 、繼續 動 詞
に 一歩 近 いも の であ る 。繼續 動 詞 ・瞬 間 動 詞 は原 則 と し て 命令 形 を 有 し 、 特 に 言 う べき こと はな い。
ら こ こ に は 省畧 す る 。 次 に は 、 こ の章 に あ げ る のは稍〓 不 適 當 かと も 思 わ れ る が 、 連 用 形 に 接 頭 語 ﹁お ﹂ の つ い
以 上 の諸 活 用 形 の他 に、單獨 に使 用 さ れ 得 る活 用 形 と し て は ま だ 連 用 形 があ る が 、 こ れ は 事 情 が 複雜 であ る か
た 形 に 見 ら れ る 各 類 動 詞 の 封 立 を 取 上 げ て見 る。
先 ず ︹状態 動 詞 の 連 用 形 +﹁お ﹂︺ の形 、 例 え ば ﹁お 有 り ﹂ ﹁お 出 來 ﹂ は 現 在 の 状 態 と本 來 の状 態 を 表 わ す の に
用 い る。 ﹁御 子 様 は お 有 り です か﹂ は 現 状 を 表 わ す 。 誰 か を 訪 問 し よ う と し て 、 ﹁明 日御 用 が お 有 り で す か ﹂ は未
來 の状 態 を 表 わ す 。 然 し 過 去 の状 態 を 表 わ す こと は な いよ う で あ る 。 例 え ば 、 知 人 の訪 問 を 受 け た が 生 憎 留 守 に
し た 、 翌 日 逢 って、 ﹁昨 日 何 か 御 用 が お 有 り です か ﹂ は變 で あ る。 ﹁お有 り でし た か ﹂ と しな け れ ばな ら な い。
︹繼續動 詞 の連 用 形 + ﹁お﹂︺ の 形 は これ と 異り 、 例 え ば ﹁お讀 み ﹂ ﹁お 書 き ﹂ は 現 在 ・過 去 ・未 來 を 通 じ 、 そ の
動 作 ・作 用 を 表 わ す のに 用 いら れ る 。 他 人 が 側 に 置 いた 新 聞 を 借 り よ う と し て、 ﹁も う お讀 み です か ﹂ は 過 去 を
表 わ し 、 他 人 が 今讀 ん で いる新 聞 を 覗 き込 ん で ﹁今 何處 を お讀 み です か ﹂ は 現 在 を 表 わ す 。 又 、 明 日讀 む の か 明
後 日讀 む の か を 知 り たく て、 ﹁何 時 お讀 み です か ﹂ と 尋 ね る 場 合 も あ る 。 此 は未 來 を 表 わ す 。
︹瞬 間 動 詞 の連 用 形 + ﹁お﹂︺ の 形 は ま た 異 り 、 過 去 と 未 來 と を 表 わ す よ う であ る。 地 方 から や って來 た 人 に封 し
て ﹁何 時 お立 ち です か﹂ は 過 去 を 表 わ し 、 こ れ か ら 出發 し よ う と いう 人 に對 し て ﹁何 時 お 立 ち です か﹂ は 未 來 を
表 わ す 。 し か し て現 在 を 現 わ す こ と が 出 來 な い の は連體 形 の條 で の べた の と 同 様 で あ る 。
いよ う だ 。 ﹁似 る ﹂ な ど ﹁お 母 さ ん によ く お 似 だ ﹂ な ど 普 通 で は な い。 ﹁高 い鼻 を し て い る ﹂ も ﹁高 い鼻 を お し
最 後 に第 四 種 の動 詞 は 、 以 上 の諸 動 詞 と 根 本 的 に異 り 、 これ は ︹連 用 形 +﹁お ﹂︺ の形 を も た な いと 言 っても よ
だ﹂ な ど と は 一寸 言 わ な い。 同 じ 内 容 は ﹁高 い鼻 を し て いら っし ゃる ﹂ と 言 う の が普 通 のよ う であ る。
第 四 章 連 接 附屬辭
の 意 義 に 見 ら れ る 各 類 動 詞 の差 違
小 稿 で 述 べ る 四 類 動 詞 の對 立 は、 そ れ ら の動 詞 の下 に 助辭 が つ いた 場 合 の 意義 を 考 察 す る 場合 に 一層 明 瞭 に 現 れ る。 以 下 に未 然 形 ・連 用 形 ⋮ ⋮ の順 に各 種 類 の助辭 が つ いた 場合 を 考 察 す る 。 ︹一︺ ︹ 未 然形 +助辭 ︺ の 場合
動 詞 の未 然 形 に つく 助 動 詞 と し て い つも 第 一にあ げ ら れ るも のは 、 使 役 の ﹁せ る ﹂ ﹁さ せ る ﹂、 受 身 の ﹁れ る ﹂
﹁ら れ る﹂ であ る が 、 此 等 の助 動 詞 が連 接 し た 場 合 に は、 状 態 動 詞 と 第 四 種 の動 詞 と が 他 と 異 る 性 質 を 呈す る 。
即 ち 、 状 態 動 詞 ・第 四 種 動 詞 に は 此 等 の助 動 詞 は つき にく い。 ﹁ 泳 げ る﹂ に ﹁さ せ る ﹂ を つけ て ﹁泳 げ さ せ る ﹂
な ど 、 言 いそ う で いわ な い。 ﹁見 え る﹂ に ﹁ら れ る ﹂ の つ いた ﹁見 え ら れ る ﹂ な ど 理 論 的 に は 成 立 す る が 實 際 に
は 言 わ な い。繼續 動 詞 ・瞬 間 動 詞 に は ﹁せ る ﹂ ﹁さ せ る ﹂ も ﹁れ る ﹂ ﹁ら れ る﹂ も よ く つく 。 ﹁本 を讀 ま せ る ﹂ ﹁他
人 に 手 紙 を讀 ま れ る ﹂ ﹁成 る べく 樂 に 死 な せ る ﹂﹁一人 息 子 に 死 な れ る ﹂ な ど孰 れ も 普 通 の言 い方 で あ る 。
次 に否 定 の助 動 詞 ﹁な い﹂ が つく 場 合 。 こ の助 動 詞 は各 類 動 詞 の執 れ にも つく が、 意 義 に違 いが 出 て來 る 。 先
ず 状 態 動 詞 に つく と 、 現 在 ま た は未 來 の 状 態 の否 定 を 表 わ す 。 例 え ば ﹁寒 そ う に 見 え な い﹂ は ﹁寒 そ う に 見 え
る ﹂ の 否 定 で現 状 の否 定 、 ﹁明 日 は 用 事 が あ って 出 席 が 出 來 な い﹂ は 未 來 の事 實 に 關 す る 否 定 であ る 。 し か し て
過 去 の事 實 の否 定 は 表 わ し 得 な い。 昨 日 用 事 があ って 出 席 不 可 能 に な った 場 合 、 ﹁昨 日 は 出 席 出 來 な い﹂ と は 言 え な い。 ﹁出席 出 來 な か った ﹂ と 言 わ な け れ ば な ら な い。
︹繼續動 詞 + ﹁な い﹂︺ は 、 過 去 の事 實 及 び未 來 の事 實 に 封 す る 否 定 を 表 わ す 。 ︹讀む+ ﹁な い﹂︺ を 用 いて、 ﹁私 は
こ の 新 聞 を讀 ま な い﹂ と 言 った な ら ば 、 ﹁私 は ま だ こ の 新 聞 を 讃 ん で いな い﹂ の意 、即ち 、 過 去 の事 實 の否 定 を
表 わ し て いる か 、 或 いは 、 ﹁私 は 將 來 に お いて讀 む 意 向 がな い﹂ の 意 、即 ち 、 未 來 の事 實 の 否 定 を 表 わ し て いる
か で あ る 。 し か し て 現在 の事 實 に 封 す る 否定 を 表 わす こと は 出 來 な い。既 に新 聞 を讀 み 終 り 、 窓 の 外 を ぼ ん や り
眺 め て いる 人 が ﹁貴 君 は 何 を し て いる ん です か 、新聞 を 讀 ん で いる ん です か 。﹂ と 問 わ れ た 場 合 、 ﹁いや 、 新 聞 は
讀 み ま せ ん ﹂ と は 答 え な い。 ﹁︱ て いな い﹂ の 形 を 用 いて 、 ﹁いや 、 新 聞 は 讀 ん で いま せん ﹂ と 答 え る で あ ろ う 。
尤 も 次 の よう な 場 合 に は ︹繼續動 詞 + ﹁な い﹂︺ が現 在 の事 態 を 表 わ す と 見 ら れ そう で も あ る。 例 え ば ﹁貴 君 は
何 新 聞 を お 讀 み です か、 朝 日 です か ﹂ と 問 わ れ て 、 ﹁いや 、 私 は 朝 日 は 讀 み ま せ ん ﹂ と 言 う よ う な 場 合 が こ れ で
あ る。 然 し これ は單 に現 在 の事 實 を 表 わ す と 言う よ り も 現 在 の習 慣 を 表 わ す と 見 る べき も の で、 若 し 第 二章 の終
り に 述 べた よ う に 習 慣 を 表 わ す ﹁讀 む ﹂ は 状 態 動 詞 と し て 用 いた も のと 見 るな ら ば 簡單 に 解 決 は つく 。
︹ 瞬 間動 詞 + ﹁な い﹂︺ の 形 は繼續 動 詞 の場 合 と 同 じ く 過 去 又 は 未 來 の事 實 に 封 す る 否 定 を 表 わ す 。 ﹁あ の人 は ま
だ 死 な な い﹂ は 、 ﹁あ の人 は ま だ 生 存 中 であ る ﹂ の意 、即 ち 過 去 に お いて ﹁死 ぬ ﹂ と 言 う 事 實 が 起 ら な か った 意
を 表 わ す と 同 時 に、 ﹁あ の 人 は ま だ ま だ 生 存 し そ う であ る ﹂ の意 、即 ち 、 ﹁近 い將 來 に ﹃死 ぬ ﹄ と 言 う 事 實 が起 ら な い﹂ の意 を 表 わ す 。
︹ 第 四 種 動 詞 +﹁な い﹂︺ は 現 在 の状 態 の否 定 を 表 わ す こと があ る 。 ﹁あ の子 は 一寸 も 親 に似 な い﹂。 然 し こ の言 い
方 は 文 章 語的 な 言 い方 で ﹁︱ な い﹂ の 代 り に ﹁︱ て いな い﹂ を 用 いる の が 普 通 で あ る 。 ﹁一寸 も 親 に似 て い な い﹂ ﹁高 い鼻 を し て いな い﹂。
未 然 形 に つく 助 動 詞 に は 他 に未 來 の助 動 詞 と 言 わ れ る ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ が あ る。 これ は 状 態 動 詞 に つけ ば 推 量 を
表 わ す のを 原 則 と す る 。 ﹁あ ろう ﹂ は ﹁あ る だ ろ う ﹂ の意 、 ﹁水 泳 が 出 來 よ う ﹂ は ﹁出 來 る だ ろう ﹂ の意 であ る 。
意 志 を 表 わ し て、 ﹁私 も 一つ水 泳 が 出 來 よ う ﹂ と 言 う こ と は な い。 こ れ に 封 し て繼續 動 詞 に つく 場 合 に は 意 志 を
表 わ す こ と が 多 い。 ﹁書 こう ﹂ ﹁讀 も う ﹂ な ど 。 瞬 間 動 詞 に つく 場 合 に は ﹁死 のう ﹂ ﹁結 婚 し よ う ﹂ な ど 意 志 を 表
わ し 得 る 場合 も あ る が 、 ﹁三 時 に 到着 し よ う と 思 う ﹂ ﹁分 ろ う と 努 力 す る ﹂ な ど 意 志 を 表 わ し が た い動 詞 も 少 く な い 。
こ う 考 え る と 、 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ は 各 種 の動 詞 の區 別 を 反 映 す る と 言 え そ う であ る が 、 これ は 状態 動 詞 と 瞬 間 動 詞
に は無 意 志 動 詞 が 多 く 含 ま れ て い る と いう 事 實 か ら 結 果 と し て生 ま れ る 事 實 に 過 ぎ な い。 此 等 四 類 動 詞 の分 類 と 意 志 動 詞 ・無 意 志 動 詞 と の關 係 に つ いて は 次 章 に觸 れ る と ころ があ ろ う 。
︹二︺ ︹ 連 用形 +附屬辭 ︺ の場合
動 詞 の連 用 形 に は 多 く の動 詞 が 接 尾辭 化 し て つく 。 先 づ 動 作 の初 機 を 表 わす ﹁か け る ﹂ ﹁かゝ る ﹂ が あ る 。
﹁か け る ﹂ は状 態 動 詞 に は つか な い。 ﹁あ り か け る ﹂ な ど 言 わ な い。 ﹁出 來 か け る ﹂ も 、 ﹁ 家 が出 來 か け る﹂ と は
言 う が 、 こ の場 合 の ﹁出 來 る ﹂ は 瞬 間 動 詞 で あ る 。繼續 動 詞 に は つく 。 そ の場 合 は 動 作 が 途 中 ま で 行 わ れ た こと
を 表 わ す 。 例 え ば ﹁本 を一二 ぺー ジ 讀 み かけ た と ころ へ客 が 來 た ﹂。又 動 作 を半 ば で 中 止 し た 意 を も 表 わ す 。 ﹁地
震 で ご 飯 を 食 べか け で往 來 へ飛 出 し た ﹂ な ど 。 尤 も 動 作 が 行 わ れ る 寸 前 の 状態 に達 し た こと を 表 わ す よ う に 見 え
る こ と も あ る。 例 え ば ﹁小 説 を 讀 み か け て止 め た ﹂ が、 最 初 の ぺー ジ を め く り、 第 一行 目 に眼 を 注 ぐ ば か り に成
って 思 い止 った 場 合 に 用 いら れ た のは こ の例 であ る が 、 これ は ﹁讀む﹂ を 臨 時 に瞬 間動 詞 と し て 用 いた 例 と 考 う べき で あ ろ う 。
︹瞬 間 動 詞 + ﹁か け る ﹂︺ の形 は、 常 に動 作 が 行 わ れ る 寸 前 の状 態 に 達 し た こと を 表 わ し 、 動 作 が 途 中 ま で 行 わ れ
る意 を 表 わ さ な い。 尤 も これ は動 詞 の性 質 上 當 然 で はあ る 。 例 、 ﹁危 く 死 にか け た ﹂ ﹁電 氣 が何 度 も消 え か け た ﹂。 第 四 種 動 詞 に は ﹁か け る ﹂ は つか な い。
﹁かゝ る ﹂ は ﹁か け る﹂ に 似 て いる が 、 用途 が狹 く 、 状態 動 詞 に つか な いと 同 時 に 、繼續 動 詞 に も つき に く い傾
向 が あ る 。 ﹁讀 み かゝ る ﹂ ﹁書 き かゝ る ﹂ な ど變 であ る 。 瞬間 動 詞 に は つく こと が多 い。 ﹁死 に かゝ る ﹂ ﹁電 氣 が消
え かゝ る﹂ な ど 。 これ は や は り そ の動 作 作 用 が 行 わ れ る 寸前 の状 態 に達 す る こと を 表 わ す 。 ﹁か け る ﹂ と似 て い
る が 、 ﹁か け る ﹂ は 主 に寸 前 に 達 し て 又 も と の状 態 に 復 し た 場 合 に 用 いる が、 ﹁かゝ る ﹂ は あ と でも と の状 態 に復 す る 意 を も た な い。
﹁初 め る ﹂ と いう 語 があ る が 、 こ れ は繼續 動 詞 に は よ く つく が、 状 態 動 詞 ・瞬 間 動 詞 及 第 四 種 の動 詞 に は つかな い 。
﹁完 全 に ﹂ の意 を 有 す る ﹁き る ﹂ ﹁あ げ る﹂ と いう 動 詞 があ る 。 状 態 動 詞 には つか な い。 ﹁あ り き る ﹂ ﹁出 來 き る ﹂ ( 但 し 可 能 の ﹁出 來 る﹂) な ど 言 わ な い。
繼 續 動 詞 に は つく こ と があ る 。 ﹁本 を 讀 み 切 る ﹂ ﹁繪を 書 き 上 げ る ﹂ な ど 。孰 れ も ﹁全 部 ﹂ ﹁終 ま で ﹂ を 意 味 す
る 。 ﹁切 る ﹂ は 瞬 間 動 詞 に は あ ま り つか な いが 若 し つけ ば繼續 動 詞 に つく 場 合 と 多 少 異 った 意 味 を も つ。 ﹁終 り ま
で﹂ の意 では な く て 、 ﹁十 二 分 に ﹂ の 意 であ る 。 ﹁知 り き って いる ﹂ ﹁分 り き った こ と ﹂ な ど 。 第 四 種 の動 詞 に は つか な い。 ﹁終 る﹂ と いう 語 は 、 ﹁初 め る﹂ と いう 語 と 同 様 に繼續 動 詞 のみ に つく 。
﹁再 び行 う ﹂ の意 を 表 わ す ﹁な お す ﹂ と いう 動 詞 が あ る。 これ も 状 態 動 詞 に は つか ず 、繼續 動 詞 には 盛 ん に つく 。
﹁讀 み な お す ﹂ ﹁書 き な お す ﹂ 等 。 瞬 間 動 詞 に は つか な いこ と も な いが 、 ﹁結 婚 し な お す ﹂ な ど 冗 談 め いた 言 い方
で あ る 。 こ れ は 前 に觸 れ た よ う に瞬 間 動 詞 は 一度 行 った ら 二 度 と は 行 い にく い動 作 作 用 を 表 わ す も の が多 いか ら で あ ろ う 。 ﹁死 ぬ ﹂ な ど は そ の最 た る も の で あ る 。
習 慣 化 を 表 わ す ﹁つけ る ﹂ と いう 動 詞 、 これ も繼續 動 詞 だ け に 多 く つく 。 ﹁ふ だ ん 書 き つけ て いる か ら う ま い
も のだ ﹂ ﹁見 つけ て 眼 が 肥 え て いる ﹂ な ど 。 状態 動 詞 ・瞬 間 動 詞な ど に は つか な い。
連 用 形 に つく 助 詞 に は ﹁な が ら ﹂ が あ る 。 こ れ は 状 態 動 詞 に つく と 反 戻 を 表 わ す 。 例 え ば 、 ﹁人 間 で あ り な が
ら そ の振 舞 は 畜 生 に劣 る ﹂ ﹁近 く に 見 え な が らな か な か 行 着 か な い﹂ は ﹁あ る にも 拘 ら ず ﹂ ﹁見 え る に も 拘 ら ず ﹂ の意 であ る。
︹繼續動 詞 + ﹁な が ら ﹂︺ の形 は、 動 作 が進 行 中 であ る こと を 表 わ す のが 原 則 であ る 。 ﹁歌 を 歌 いな がら 歩 く ﹂ ﹁ま
あ 食 べな が ら 話 そ う ﹂ な ど 。 但 し ﹁︱ に も 拘 ら ず ﹂ の意 に 用 いら れ た 例 、 ﹁自 分 で は 食 べな が ら 他 人 に は食 べ
さ せ な い﹂ の よ う な も のも あ る が 、 これ に つ い ては あ と に の べ る 。
瞬 間 動 詞 に は稍〓 つき に く いが 、 つけ ば 反 戻 の 意 を 表 わ す こ と が 多 い。 ﹁大 學 を 卒 業 し な が ら 手 紙 一本 ろ く に
書 け な い﹂ ﹁惡い こと と は 知 り な が ら ﹂ な ど 。 な お ︹ 瞬 間 動 詞 + ﹁な が ら﹂︺ は ﹁そ の 動 作 作 用 が 終 り 、 そ のま ゝ
の状 態 を 存續 し て いる ﹂ と 言 う 意 を 表 わ す こと があ る 。 ﹁生 き な が ら 埋 め ら れ た ﹂ ﹁立 ち な が ら 物 を 食 う ﹂ な ど こ
の例 と 見 ら れ る 。 尤 も ﹁生 き る ﹂ ﹁ 立 つ﹂ と も に繼續 動 詞 と 見 ら れ な い こと も な い。 そ う す れ ば 、 動 作 の進 行 中 を表わ した例と見 られる。
第 四種 の動 詞 に は ﹁な が ら ﹂ も あ ま り つか な い が、 若 し つけ ば 反 戻 の 意 を 表 わ す 。 ﹁體力に 勝 れ な がら ⋮ ⋮﹂ など。
連 用 形 に つく 助 動 詞 に は 先 ず 希 望 を 表 わ す ﹁た い﹂ が あ る。 これ は 状 態 動 詞 に は つき に く い。 ﹁か く あ り た い
と 願 う ﹂ な ど は 言 わ な い こと も な い が、 ﹁私 も 水 泳 が 出 來 た い﹂ な ど 言 え そ う で 言 わ な い。繼續 動 詞・ 瞬 間 動 詞
に は 自 由 に つき 、 特 に 言 う べき こ と は な い。 ﹁讀 み た い﹂ ﹁書 き た い﹂ ﹁卒 業 し た い﹂ ﹁結 婚 し た い﹂ な ど 。
鄭 重 の助 動 詞 ﹁ま す ﹂。 こ れ は 状 態 動 詞 ・繼續 動 詞 ・瞬 間 動 詞 に は 極 め て 自 由 に つく が、 第 四 類 動 詞 に は例 に
よ って 一寸 つき にく い。 ﹁似 ま す ﹂ ﹁す ぐ れ ま す ﹂ な ど は 用 いら れ る が、 ﹁高 い鼻 を す る ﹂ や ﹁ば か げ る ﹂ な ど に は つ かな い。
連 用形 に つく 助 詞 と し て は ま だ 推 量 を 表 わ す ﹁そ う だ ﹂ が あ る。 各 類 動 詞 に つく が、 状 態 動 詞 に つく 場 合 には 、
現 在 に 封 す る 推 測 を 表 わ す のが 原 則 で あ る 。 ﹁如 何 に も お 金 が あ り そ う だ ﹂ ﹁此 のナ イ フは 切 れ そ う だ ﹂ は 現 在 に
封 す る 推 量 で、 ﹁五 月頃 食 糧 危 機 が あ り そ う だ ﹂ は 未 來 に 封 す る 推 量 で あ る が 、 實 は こ れ は ﹁あ る ﹂ が ﹁起 る﹂ と いう 意 味 で 臨 時 に 瞬 間 動 詞 と し て 用 いら れ た と 見 る こ と も 出 來 る 。
繼續 動 詞 に つく 場 合 に は未 來 に 封 す る推 量 を 表 わ す のが 原 則 で あ る。 ﹁泣 き そ う な 顔 ﹂ ﹁雨 が 降 り そ う だ ﹂ な ど 。
尤 も 非 常 に泣 き 上 戸 だ と 言 う 評 判 の人 に逢 って、 ﹁如 何 にも 泣 き そ う な 顔 を し て いる ﹂ と 言 った 場 合 に は 現 在 の
状 態 に 封す る 推 量 だ と 言 え る が 、 これ は單 な る 現在 の事 實 を 推 測 す る の では な く、 現 在 の 習 慣 的 な 事 實 に 封 す る 推 測 であ って、 ﹁泣 く ﹂ が 状 態 動 詞 と し て 用 いら れ た のだ と いう こ と も 出 來 る 。
︹瞬 間 動 詞 + ﹁そう だ ﹂︺ は や は り 未 來 に 封 す る 推 量 を 表 わ す 。 ﹁電 氣 が消 え そ う だ ﹂ ﹁忘 れ そ う で仕 方 が な い﹂ な ど 。 第 四 種 動 詞 に は ﹁そ う だ ﹂ は つか な い。
︹三︺ 四段 活用 なら ば音 便形 に連 接す る附屬辭 に ついて
先 ず 過 去 を 表 わ す 助 動 詞 ﹁た ﹂。 こ の 助 動 詞 は 各 類 動 詞 に つく が、 先 ず ﹁た ﹂ が 過 去 を 表 わ す のは 、 状 態 動 詞
に つく 場 合、繼續 動 詞 に つく 場 合、 瞬 間 動 詞 に つく 場 合 を 通 じ て見 ら れ 、 こ の例 は舉 げ る に は 及ば な い であ ろ う 。
こゝ に注 意 す べき は第 四 種 動 詞 に つく 場合 で、 こ の場 合 は 過 去 の事 實 を 表 わ さ ず 、 現 在 の状 態 を 表 わ す こと で あ
る 。 例 え ば ﹁向 う に聳 え た 山 ﹂ ﹁高 い鼻 を し た 人 ﹂ ﹁す ぐ れ た 著書 ﹂ な ど、 これ ら は ﹁聳え て い る 山 ﹂ ﹁高 い鼻 を
し て いる 人 ﹂ ﹁す ぐ れ て いる 著 書 ﹂ と 全 く 同 じ 意 味 で、 過 去 に お いて ﹁聳え る ﹂ ﹁高 い鼻 を す る ﹂ と 言 う よ う な 動
作 作 用 が あ って、 現 在 そ の結 果 が殘 存 し て いる 、 と 言 う の で は な い。 あ く ま で 現 在 の 状 態 であ る 。即 ち 助 動 詞
﹁た ﹂ の用 法 と し て は、 普 通 の文 典 にあ げ ら れ て いる 以 外 に、 ﹁現 在 の状 態 を 表 わ す ﹂ と 言 う 項 目 を 掲 げ る こ と が
﹁た ﹂ は 過 去 か ら 現在 ま で引續 いて い る 状 態 を 表 わ す こと が あ る が、 此 は 状 態 動 詞 に つ いた 場 合 に の み 見
必 要 で、 なお そ れ は 第 四 種 動 詞 に つく 場 合 に限 る む ね の 註 を 附 す べ き であ る。 なお
ら れ る も の であ る 。 例 え ば ﹁こ の椅 子 は 先 刻 か ら 此處 にあ った ﹂ ﹁こ の子 は 小 學 校 の 時 か ら 算 術 が よ く 出 來 た ﹂
な ど 。 又 、 ﹁た ﹂ は よ く 、 現 在 の事 實 ・未 來 の事 實 を 新 た に 想 起 し た 場 合 に 用 い ら れ る と 言 わ れ る が、 此 も ︹状
態 動 詞 + ﹁た ﹂︺ の場 合 に 限 る よ う であ る 。 新 國 劇 で よ く や る 國 定 忠 治 の セ リ フ、 ﹁お れ に は お 前 と いう 強 い身 方
があ った ﹂ は 現 在 の事 實 を 想 起 し た例、 ﹁で は 何 時お 會 いし ま し ょう 。 明 日 に し ま し ょう か 。 いや 明 日 は 駄 目 で
す 。 明 日 は 研究 會 が あ り ま し た 。﹂ は 未 來 の事 實 に つ い て 用 いた 例 であ る 。繼續 動 詞 ・瞬 間 動 詞 に は こ のよ う な
用 法 がな い。
音 便 形 又 は そ の相 當 形 に助 詞 ﹁て﹂ を 介 し て 補 助 動 詞 が つく 例 は 頗 る 多 い が、 ﹁て い る﹂ の形 は 第 一章 に の べ た か ら 省畧 す る こ と と し 、 そ の否 定 、 ﹁て いな い﹂ の形 に つ いて 一言 す る 。
こ の 形 が つく のは、繼續 動 詞 ・瞬 間動 詞 及 び第 四 種 の動 詞 であ って 、 いず れ も 現 在 の状 態 を さす が、 こ の三 動
詞 の間 に差 違 があ り 、 ︹繼續動 詞 + ﹁て いな い﹂︺ は 過 去 に そ の動 作 が 行 わ れ て 今 は 行 わ れ な い場 合 に も 、 未 來 に
﹁ま だ ︱
﹂ と も 、 ﹁も う ︱
﹂ と も 言 え る が 、 ﹁結 婚 し て い な い ﹂ は
﹁ま だ ︱
﹂
そ の動 作 が 行 わ れ る が、 ま だ 行 わ れ な い場 合 に も 用 いら れ る が、 ︹瞬 間 動 詞 + ﹁て いな い﹂︺ は 後 の場 合 だ け を 表 わ す 。 ﹁本 を 讀 ん で いな い ﹂ は
と し か 言 え な い。
﹁てし ま う ﹂ と いう 形 、 こ れ も 各 類 動 詞 の差 違 を 明 瞭 に 示 す 。 先 ず 状 態 動 詞 に は つか な い。 ﹁あ って し ま う ﹂ ﹁出
來 てし ま う ﹂ は 言 わ な い。 ﹁物 も ら い が出 來 て し ま った ﹂ の ﹁出 來 る ﹂ は 瞬 間 動 詞 で あ る 。
︹繼續動 詞 + ﹁て し ま う ﹂︺ の形 は多 く 用 いら れ 、 こ の 場 合 は ﹁完 全 に ﹂ ﹁終 ま で ﹂ の意 味 を 表 わ す 。 ﹁昨 日 買 った
本 は 一日 で 讀 ん で し ま った ﹂ ﹁答 案 を 書 いて し ま った 人 は 出 て よ ろ し い﹂ な ど 。 ほ か に そ の動 作 作 用 が 行 わ れ て 、
も と の 状 態 に返 る あ て がな い、 取 返 し の つか な い事 態 を 招 く、 意 を も 表 わ す 場 合 が あ り 、 例 え ば ﹁答 案 に大變 な
間 違 を 書 い てし ま った ﹂ が これ であ る よ う で あ る が、 こ れ は し か し て ︹ 瞬 間動 詞 + ﹁てし ま う ﹂︺ は こ の 後 の方 の
意 味 、即 ち ﹁そ の動 作 作 用 が行 わ れ て ⋮ ⋮﹂ の意 に の み 用 いら れ る 。 例 え ば ﹁あ の 人 も と う と う 死 ん でし ま っ た ﹂ ﹁電 氣 が消 え て し ま った ﹂ な ど 。 第 四 種 の動 詞 に は ﹁て し ま う ﹂ が つか な い。
﹁て來 る ﹂ ﹁て 行 く ﹂ と いう 形 も あ る 。 こ れ は 各 類 動 詞 に つく が 状 態 動 詞 に つけ ば 次 第 に そ の よ う な 状 態 に變 化
す る意 を 表 わ す 。 ﹁こ の子 も 一時 は隨 分 心 配 し た が こ の頃 は 段 々出 來 て 來 た ﹂ ﹁富 士 山 が ハッキ リ 見 え て 來 た ﹂ な
ど 。繼續 動 詞 に つく と 全 く 異 り 、 そ う いう 事 態 が繼續 す る こと を 表 わ す 。 例 え ば ﹁こ れ ま で は 子 供 の雜 誌 ば か り
讀 ん で來 た ﹂ ﹁以 上 し ゃ べ って來 た こ と を 約 言 す れ ば ﹂ な ど 、 此 等 は徐 々 の變化 を 意 味 し な い。 し か し て 瞬 間 動
詞 に は ﹁て來 る ﹂ は つか な いよ う で あ る 。 ﹁結 婚 し て 來 る ﹂ ﹁死 ん で 來 た ﹂ な ど孰 れ も 無 意 味 であ る 。
﹁て 行 く ﹂ は ﹁て 來 る ﹂ ほ ど 自 由 に 用 いら れ な いが 、 若 し 動 詞 に つけ ば 、 ﹁て來 る ﹂ と 同 じ よ う に 用 いら れ る。
︹四︺ 終止 形 ・連體 形 に連接 す る附屬辭 に つ いて
終 止 形・ 連體 形 に 連 接 す る 助 動 詞 と し て は 推 量 の意 を 表 わ す ﹁だ ろ う ﹂ ﹁ら し い﹂ が あ る 。 これ が 各 類 動 詞 に
つく 時 の 状 況 は 先 に 述 べた ﹁そ う だ ﹂ の 場 合 と 全 く 同 じ であ る 。即 ち 、 状 態 動 詞 に つけ ば 現 在 の事 實 ・未 來 の事
實 を 推 測 し 、繼續 動 詞・ 瞬 間 動 詞 に つけ ば たゞ 未 來 の事 實 だ け を 推 測 す る 。 ﹁船 橋 に は 魚 が あ る だ ろ う ﹂ ( 現在 )
﹁明 日 行 っても ま だ あ る だ ろ う ﹂ ( 未 來 ) に對 し 、 ﹁今 に 食 べる だ ろ う ﹂ (未 來 ) ﹁そ ろ そ ろ 結 婚 す る だ ろ う ﹂ ( 未
來 )。 若 し ︹繼續動 詞+ ﹁だ ろ う ﹂ ﹁ら し い﹂︺ が 現 在 の事 實 に對 す る 推 測 を 表 わ す と 見 ら れ るも の があ れ ば 、 それ は 現 在 の習 慣 に 關 す る推 測 であ る 。 ﹁成 程 あ の體 格 な ら ば 澤 山 食 べ る だ ろ う ﹂。
﹁か も 知 れ な い﹂ ﹁に違 いな い﹂ ﹁か し ら ﹂ も ﹁だ ろ う ﹂ ﹁ら し い﹂ と 同 様 であ る。
詞 に つけ ば 意 志 及 び 推 量 の否 定 を 表 わ す 。 此 は ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ の 場 合 と 同 様 に 、 こ の分 類 と 意 志 動 詞 ・無 意 志 動
次 に ﹁ま い﹂ は 推 量・ 意志 の否 定 を 表 わ す が 、 状 態 動 詞 に つけ ば 原 則 と し て 推 量 を 表 わ し 、繼續 動 詞 ・瞬 間 動
詞 の 分 類 と の關 係 に 基 づく も の で 問 題 は な い。 但 し 推 量 を 表 わ す 場 合 、 ︹ 状 態 動 詞 + ﹁ま い﹂︺ は 現 在 の事 實 と 未
來 の事 實 に對 す る 推 量 を 表 わ す こと は ﹁だ ろ う ﹂ と 同 じ で あ る が 、 ︹繼續動 詞 ・瞬 間 動 詞 + ﹁ま い﹂︺ は 過 去 の事
實 と 未 來 の事 實 に對 す る 推 量 を 表 わ す 。 例 え ば 、 ﹁あ の人 は こん な 本 を 讀 む ま い﹂ は ﹁ま だ 讀 ん で いま い﹂ の意
の過 去 の事 實 の否 定 推 量 と も な り 、 ﹁將 來 ⋮ ⋮﹂ の意 の未 來 の事 實 の否 定 推 量 と も 成 る 。 ﹁あ の人 はま だ 結 婚 し ま い﹂ も 同樣 で あ る 。
最 後 に禁 止 を 表 わ す 助 詞 ﹁な ﹂。 此 は 状 態 動 詞 に は つか な い。 ﹁だ ら し な く 見 え る な ﹂ な ど 言 いそ う で 言 わ な い。
繼續 動 詞・ 瞬 間 動 詞 に は 同 じ よ う に つく が 、 多 少 差 異 が 見 ら れ る 。即 ち 、 ︹繼續動 詞 +﹁な ﹂︺ は 未 來 の動 作 を 禁
止 す る 場 合 の他 に 、既 往 を咎 め る 場合 に も 用 いる 傾 向 が あ る。 ﹁君 にだ け敎 え る が 誰 にも 言 う な ﹂ は 前 者 の 例 、 何 か 隠 し ご と を 素 破 ぬ か れ て ﹁オ イ オ イ變 な こ と を 言 う な ﹂ は 後 者 の例 であ る 。
︹ 瞬 間 動 詞 + ﹁な ﹂︺ は、 未 來 に封 す る 禁 止 の意 だ け を 表 わ し 、 過 去 の動 作 を 抑 え る 意 を 表 わ さ な い傾 向 があ る 。
﹁そ ん な に 早 く 結 婚 す る な ﹂ は 未 婚 の人 に 封 す る 言 葉 で 、既 婚 の人 に 封 し て は 用 いな い。
の標 準 に よ る 動 詞 分 類 と の 關 係
第 四 種 の動 詞 の終 止 形 ・連體 形 に は 、 助辭 の類 が殆 ど つか な い。
第 五 章 他
以 上 私 は 、 そ の表 わ す 動 作 ・作 用 が 時 間 的 に 如 何 な る 性 質 を も つか と 言 う觀點 か ら 見 て國 語動 詞 を 四 つ の類 型
に 分 類 し 、 そ の 異 同 を 考 察 し て來 た が 、 然 ら ば こ の分 類 は 、 從 來 行 わ れ て いる 、 他 の觀點 に立 つ分 類 法 と 如 何 な る關 係 を 有 す る であ ろう か 。
從 來 行 わ れ て いる 動 詞 分 類 の中 で 最 も 普 通 のも のは 、總 て の動 詞 を 自 動 詞 と 他 動 詞 と に 分 類 す る 方 法 であ る 。
小稿 の分 類 を こ の分 類 に 比 較 し て 見 る と 、 先 ず 私 の状 態 動 詞 は 殆 ど 例 外 な く 自 動 詞 であ る 。 ﹁あ る﹂ 然 り 、 ﹁出 來
る﹂ 然 り 、 等 、等 。 唯〓 第 二章 に あ げ た 中 で ﹁要 す る﹂一 語 は ﹁三 十 分 を 要 す る﹂ のよ う に 用 いら れ、 他 動 詞 の
一種 と 見 ら れ る が、處 置 す る 意 を 有 す る わ け では な く 、 他 動 詞 の中 でも 甚 だ 他 動 詞 ら し か ら ぬ 他 動 詞 であ る 。
次 に 繼續 動 詞 は 、 人 間 の行 爲 を 表 わ す も のに つ いて 見 る と 、 ﹁ 書 く ﹂ ﹁讀 む﹂ 或 いは ﹁見 る﹂ ﹁聞 く ﹂ ﹁食 う ﹂ ﹁飲
む﹂ 等 他 動 詞 の數 が 頗 る 多 い。 然 し 自 動 詞 も 、 ﹁笑 う ﹂ ﹁泣 く ﹂ 或 い は 自 然 現 象 を 表 わ す ﹁降 る ﹂ ﹁吹 く ﹂ な ど そ
の數 は 少 く な い。 他 動 詞 ・自 動 詞 の混 在 と 言 う こと に な る が、 然 し 次 の瞬 間 動 詞 に 比 べ ると 他動 詞 に富 む と斷 言
出 來 る と 思 う 。即 ち 、 瞬 間 動 詞 は ﹁死 ぬ ﹂ ﹁結 婚 す る ﹂ ﹁電 燈 が點 く ﹂ ﹁電 燈 が消 え る ﹂ な ど孰 れ も 自 動 詞 であ る 。
﹁卒 業 す る ﹂ ﹁離 婚 す る ﹂ な ど は ﹁學 校 を 卒 業 す る ﹂ ﹁女 房 を 離 婚 す る ﹂ と 用 いる が、 こ の ﹁を ﹂ は 分 離 を 表 わ す
﹁を ﹂ で必 ず し も 他 動 詞 た る こと を 示 し て は いな い。 但 し ﹁忘 れ る ﹂ ﹁知 る ﹂ な ど は 他 動 詞 と 見 ざ る を 得 な いか ら 、 結 局 瞬 間 動 詞 は 大 多數 が 自 動 詞 、 少數 が 他 動 詞 と 言 う こと に 成 る。
か 、 意 義 上密 接 な 關 係 を も つ二 つ の動 詞 のう ち 、 他動 詞 の方 は繼續 動 詞 に屬 し 、 自 動 詞 の方 は瞬 間 動 詞 に屬 す る 、
以 上 の よう で、 繼續 動 詞 に は 他 動 詞 が 多 く 、 瞬 間 動 詞 に は 自 動 詞 が 多 い、 と 見 ら れ る が 、 こ の 傾 向 を 反 映 し て
と 見 ら れ るも の が少 か ら ず 存 す る こと は 興 味 あ る こ と と 思 う 。 例 え ば ﹁き め る ﹂ と ﹁き ま る ﹂ に つ い て考 え る の
に 、 今 三 人 の子 供 が隠 れ ん 坊 の鬼 を き め る べく ジ ャ ン ケ ンを し て いる と す る 。 第 一回 は 石 、 紙 、 鋏 が 出 てき ま ら
な か った 。 第 二 回 は 石 ば か り 出 て き ま ら な か った 。 こ の場 合 、 こ の第 一回 、 第 二 回 の ジ ャ ン ケ ンを し て いる 間 、
﹁鬼 を き め て いる﹂ と 言 う こ と は 出 來 る が 、 ﹁鬼 が き ま って いる ﹂ と 言 う こ と は 出 來 な い。 ﹁鬼 が き ま る ﹂ の は 、
第 三 回 の ジ ャ ン ケ ンを し て 二人 が 鋏 を 出 し て 一人 が 紙 を 出 し た と す る、 そ の瞬 間 で あ って、 つま り ﹁き め る﹂ の
方 は繼續 動 詞 で あ る が、 ﹁き ま る ﹂ の方 は 瞬 間 動 詞 だ と 見 ら れ る の で あ る 。 ﹁(魚 を ) 焼 く ﹂ と ﹁( 魚 が ) 焼 け る﹂
と に し ても 、 ﹁( 木 を ) 植 え る ﹂ と ﹁( 木 が ) 植 わ る ﹂ と に し て も 、 他 動 詞 の ﹁焼 く ﹂ ﹁植 え る ﹂ の方 は繼續 的 な 意 義 を 有 し 、 自 動 詞 の ﹁燒け る ﹂ ﹁植 わ る ﹂ の方 は 瞬 間 的 な 意義 を 有 す る と 思 う 。
最 後 に 第 四 種 の動 詞 は原 則 と し て 自 動 詞 であ り 、 時 に ﹁高 い鼻 を す る﹂ の ﹁す る ﹂ のよ う な も の が 混 入 し て い る が、 こ れ も 他 動 詞 ら し か ら ぬ 他 動 詞 と 言 って よ い。
次 に 文 典 に よ って は總 て の動 詞 を 意 志 動 詞 と 無 意 志 動 詞 と に 分 類 し て いる 。 主體 の意 志 に よ って行 わ れ る 動 作 を 表 わす 動 詞 が意 志 動 詞 で、 然 ら ざ る 動 詞 が無 意 志 動 詞 で あ る 。
今 こ の 分 類 と 小 稿 の分 類 と を 封 照 す る と 、 先 ず 状 態 動 詞 は 全 部 が無 意 志 動 詞 で あ る 。 ﹁机 が あ る ﹂ ﹁椅 子 が あ
る ﹂ の よ う に主 語 が 無 生 物 の場 合 に 用 いら れ た 場 合 は 、 そ の動 詞 は 無 意 志 動 詞 であ る こ と 當 然 で あ る ゆ え 、 こう
いう 例 を 省 き 、 ﹁あ の人 は マラ イ 語 が 出 來 る ﹂ の ﹁出 來 る ﹂、 ﹁あ の人 は 立 派 に 見 え る﹂ の ﹁見 え る ﹂ な ど に つ い
て 考 え て 見 る の に 、 これ ら は孰 れ も 無 意 志 動 詞 で あ る 。 先 に これ ら の動 詞 に 意 志 を 表 わ す ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ を そ え
る こと の 出 來 な か った のは 、 これ ら が無 意 志 動 詞 であ る が た め に他 な ら な い。 但 し 、 状 態 動 詞 の 中 にあ って ﹁居
る ﹂ 一語 は 意 志 動 詞 で あ る 。 ﹁居 る ﹂ 一語 が 状態 動 詞 の中 に あ って兔 角 異 彩 を發 揮 し て いた のは こ の邊 と 關 連 を も つと 思 わ れ る 。
次 の繼續 動 詞 は意 志 動 詞 が斷 然 多 い。 ﹁讀 む ﹂ ﹁ 書 く ﹂ ﹁食 う ﹂ ﹁飲 む ﹂孰 れ も 然 り であ る 。 無 生 物 を 主 語 と す る
﹁降 る ﹂ ﹁燃 え る ﹂ な ど は 無 意 志 動 詞 で あ る こ と當 然 であ る が 、 人 間 を 主 語 とす る 動 詞 は 大 部 分意 志 動 詞 と 言 って
よ い。 こ れ に 引 換 え 瞬 間 動 詞 に は 無 意 志 動 詞 又 は 之 に 準 ず る 動 詞 が 多 いよ う で あ る 。 ﹁(眼 が)覺 め る ﹂ ﹁( 病氣
が ) 癒 る ﹂ な ど 人 間 に關 す る 動 詞 であ る が無 意 志 動 詞 であ る 。 ﹁眠 る ﹂ ﹁忘 れ る ﹂ な ど 、 ﹁眠 ろ う ﹂ ﹁忘 れ よう ﹂ と
す る こ と は 出 來 る け れ ど も 、 な か な か 思 う よ う に 成 ら ぬ こ と 日常經驗 し て いる と お り で 、 純粹 の意 志 動 詞 と は 言 い が た い。 ﹁死 ぬ ﹂ も 同樣 であ る こ と 東 條 元 首 相 の例 を俟 た ず し て明 ら か であ る。
即 ち 、 繼續 動 詞 は 意 志 動 詞 に富 み、 瞬 間 動 詞 は 無 意 志 動 詞 に偏 す る か、 と 見 ら れ る が 、 こゝ に 、 全 然 同 一の動
詞 であ り な がら、 意 志 動 詞 と し て 用 いた 場 合 に は 繼續 的 な 意 味 を も ち、 無 意 志 動 詞 と し て用 いた 場 合 に は 瞬 間 的
な 意 味 を帶 び る 動 詞 を 拾 う こ と が出 來 る こと は注 意 す べ き こと と 思 う 。 例 え ば ﹁落 す ﹂ は ﹁棒 で 柿 の實 を 落 す ﹂
の場 合 は 明 ら か に 意 志 動 詞 で あ る が 、 こ の場 合 の ﹁落 す ﹂ は 、 柿 の實 のよ く 熟 し た のを 探 す と こ ろ から 、 サ ン マ
タ に枝 を 引 ッ掛 け て 枝 ご とも ぎ 落 す と こ ろ ま で の、 あ る時 間 内 行 わ れ る 動 作 を 表 わ す 。 此 に對 し て ﹁人 込 み で蟇
口を 落 す ﹂ の ﹁落す ﹂ は無 意 志 動 詞 と 推 定 さ れ る が、 こ の時 の ﹁落 す ﹂ は抽 象 的 な 瞬 間 動 詞 と し て 用 いら れ て い ると考 える。 な お第 四 種 の動 詞 は こ れ ま た 原 則 と し て無 意志 動 詞 で あ る 。
小稿 の分 類 と 關係 を 有 す る 他 の部 分 は ま だ 存 在 す る よ う であ って 、 例 え ば第 三 章 ・第 四 章 で 考 察 し た と こ ろ に
よ れ ば 、 瞬 間 動 詞 は 一度 行 わ れ た ら 二 度 と は 行 わ れ が た い、 そ し て 試 み に や って見 る と 言 う よ う な こ と の難 し い
動 作 を 表 わ す 動 詞 が多 く 、 繼續 動 詞 は こ れ に 反 す る、 と 言 う よ う な 事 實 が 認 め ら れ た 。 こ れ は 何 を 意 味 す る も の
で あ ろ う か 。 こゝ に お いて 小 稿 の分 類 に對 す る 根 本 的 な 再檢 討 が 必要 にな って 來 た 。
第 六 章 本 分 類 の再 検 討
私 は 最 初 に こ の分 類 を 試 み る 場 合 に 、 分 類 の標 準 を 、 時 間 的 に 見 た 動 作 ・作 用 の 性 質 と 言 う點 に お いた 。
然 し 改 め て考 え て 見 る と 、 こ の中 第 四 種 の動 詞 は ﹁あ る 状 態 を帶 び る こ と を 表 わ す 動 詞 ﹂ で あ る 。 第 三 の動 詞
瞬 間 動 詞 は そ の よ う に 見 て 來 る と 、 ﹁状 態 の變 化 を 表 わ す 動 詞 ﹂ と 言 換 え る こ と は 出 來 な いだ ろ う か 。 ﹁死 ぬ ﹂
﹁結 婚 す る ﹂ な ど孰 れ も そ う 見 る こ と の出 來 る も の であ る。 同 じ 見 方 を 第 二 の動 詞 に も 及 ぼ す と 、繼續 動 詞 は
﹁状 態 の 一時 的 な變 化 を 表 わ す 動 詞 ﹂ と 見 ら れ な いだ ろ う か 。 ﹁本 を 讀 む ﹂。 讀 む 間 だ け そ の人 が變 った 状 態 にあ
る 。 讀 終 れ ば ま た も と の状 態 に戻 る と 見 る の であ る。 第 一の状 態 動 詞 は ﹁状 態 の 不變 化 を 表 わ す 動 詞﹂ でよ い。
繼續 動 詞 を 一時 的 な 状 態變 化 を 表 わ す 動 詞 と す る な ら ば 、 瞬 間 動 詞 は 永續 的 な状態變 化 を 表 わ す 動 詞 と 言 え る。 こ の關 係 を 表 示す れ ば 次 の よ う であ る 。 状 態 動 詞= 状 態 の 不變 化 を 表 わ す 動 詞 繼續 動 詞= 状 態 の 一時 的變 化 を 表 わ す 動 詞 瞬 間 動 詞= 状 態 の永續 的變 化 を 表 わ す 動 詞 第 四 類 動 詞= 状 態 の發 端 を 表 わ す 動 詞
尤 も こ の よう に見 る た め に は、繼續 的 な 動 作 を 表 わ す 動 詞 は 必 ず 状 態 の 一時 的變 化 を 意 味す る と 見 ら れ る か 、
瞬 間 的 な 動 作 を 表 わ す 動 詞 は 必 ず 状 態 の永續 的變 化 を 意 味 す る と 見 ら れ る か 、 と 言 う こと が 問 題 と な ってく る。
實 際 に 當 って 見 る と 、繼續 的 な 動 作 を 表 わ し な がら 永續 的 な 状 態變 化 を 表 わ す 動 詞 は 實 は な いわ け で は な い。 例
え ば 、 ﹁延 び る ﹂ ﹁縮 ま る ﹂ ﹁清 む ﹂ ﹁濁 る ﹂ な ど が此 で あ る 。 一寸 のゴ ム 紐 が 一時 間 かゝ って 一寸 五 分 に 延 び る こ
と が あ るわ け で、 こ の ﹁延 び る ﹂ は繼續 動 詞 で は あ る が、 状態 の永續 的變 化 を 表 わ す と 見 ざ る を 得 な い。 ﹁縮 む﹂
﹁淸む﹂ ﹁濁 る ﹂ も 同 様 で あ る。 又 、 瞬 間 的 な 動 作 を 表 わ し な が ら 一時 的 な 状 態變 化 を 表 わす と 見 ら れ る 動 詞 は な
いか と 言 う と 、 此 は 極 め て少 いよ う であ る が 皆 無 と は 言 わ れ な い。 例 え ば ﹁瞬 く ﹂ ﹁瞥 見 す る﹂ な ど が 此 であ る。
瞬 いた 前 と 後 と で は 状 態 が變 った と は 思 わ れ な い。 これ は 瞬 間 動 詞 で あ り な が ら 状 態 の 一時 的變 化 を 表 わ す も の と 見 ざ る を 得 な いと 考 え ら れ る。
以 上 のよ う に 考 え る 時 は、 我 々は 動 詞 の分 類 に 關 し 次 の よ う な 問 題 に 到 達 す る 。即 ち 、 小 稿 の最 初 に の べた よ
う に 全 動 詞 を ︹一︺ 状 態 を 表 わ す も の、 ︹二 ︺繼續 的 な 動 作 を 表 わ す も の、 ︹三 ︺ 瞬 間 的 な 動 作 を 表 わ す もの、
︹四 ︺状 態 を 帯 び る こと を 表 わ す も の、 の 四 類 に 分 け る のが よ いか 、 そ れ と も こ こ に新 し く 考 え つ いた よ う に 全
動 詞 を ︹甲 ︺ 状 態 の 不變 化 を 表 わ す も の 、 ︹乙 ︺ 状 態 の 一時 的變 化 を 表 わ す も の、 ︹丙 ︺ 状 態 の永續 的變 化 を 表 わ
﹁延 び る ﹂ ﹁縮 ま る﹂ ﹁淸む ﹂ ﹁濁
す も の、 ︹丁︺ 状態 の發 端 を 表 わ す も の、 の 四 類 に 分 け る の がよ いか 、 と 言 う 問 題 で あ る 。 ︹一︺ ︹二︺ 式 、 ︹甲 ︺ ︹乙︺ 式 、孰 れ の 分 類 法 を と って も 、 所屬 語 彙 に は 大 き な 差 違 は な い が、 唯〓
る ﹂ のよ う な 語 は 、 ︹一︺︹二︺ 式 分 類 を と れ ば ︹二 ︺ の中 に 入 り 、 ︹甲 ︺ ︹乙︺ 式 分 類 を と れ ば ︹ 丙 ︺ の中 に 入 る 。
又、 ﹁瞬 く ﹂ ﹁瞥 見 す る ﹂ は、 ︹一︺ ︹二︺ 式 分 類 を と れ ば ︹三 ︺ の中 に 入 り 、 ︹甲 ︺ ︹乙︺ 式 分 類 を と れ ば ︹乙 ︺ の 中 に 入 る こ と と な る。
右 の ︹一︺ ︹二 ︺ 式、 ︹甲︺ ︹乙 ︺ 式 二種 の分 類 の中 で 、孰 れ が勝 れ て いる だ ろ う か 。 こ の優 劣 は 、 各 活 用 形 の
用 法 や、 連 接 附屬辭 の意 義 に お い て、孰 れ の 分類 に よ った 方 が 整 然 と し た對 立 が よ り多 く 現 れ る か 、 に よ って決
定 す る は ず で あ る。 次 に は當 然 そ の比 較 を 試 み る べき であ る が 、 筆 者 は ま だ 十 分 な 考 察 を遂 げ て お ら ず 、 又 あ ま り に長 く な る こと ゆ え 、 こ の 度 は こゝ で 一應筆 を お く こ と と す る 。
︹ 追 記 ︺ こ の稿 は、 昭 和 二十 年 二月 十 日 に東 大 言 語 學 研 究 室 會 で發 表 し 、 後 、 同 年 十 一月 三 十 日 に 言 語 文
化 研 究 所 で 開 か れ た 研究 會 で重 ね て發 表 し た 卑 見 の草 稿 に 修 訂 を 施 し た も ので あ り ま す 。 こ の卑 見 に つ いて
は、 服 部 四 郎 、 時 枝 誠 記兩 博 士 、 林 大 、 大 野 晋 、 池 上 二良 、 三 根 谷 徹、 和 田實 、 川 上蓁 等 の諸 君 か ら 有益 な
教 示 、 忠 言 を 受 け ま し た が、 今囘 の 改 訂 は 特 に 誤 解 の 起 り そ う な 箇 所 の字 句 に 手 を 入 れ る だ け に と ど め ま し
た 。諸 氏 の示 さ れ た 見 解 の中 で、 林 君 のは 、繼續 動 詞 は ﹁あ る 時 間 内繼續 す る 動 作 を 表 わ す 動 詞 ﹂ では な く
て、 ﹁あ る動 作 を あ る 時 間 内繼續 す る動 作 と し て捉 え た 動 詞 ﹂ で あ ろう 、 瞬 間 動 詞 は ﹁あ る 瞬 間 に完 了 す る
動 作 を 表 わ す 動 詞 ﹂ では な く て、 ﹁あ る 動 作 を あ る 時 間 内 繼 續 す る と いう觀 念 を 離 れ て捉 え た 動 詞﹂ で あ ろ
う と いう の であ り ま す が、 五 六 頁 に ふ れ た ﹁讀み な が ら ﹂ の ﹁な が ら ﹂ が 進 行 中 を 表 わ す か 、 反 戻 の意 を 表
わ す かも こ のよ う に 見 る と ハ ッキ リ 分 れ 、 す ぐ れ た な 考 え と 敬 服 し ま し た 。 特 にこゝ に披 露 いた し ま す 。
( 昭和二十 二年七月十六日)
主觀 的表 現と客觀的表 現 の別 に つ いて︱
不 變 化 助 動 詞 の本 質 ︱
あ らす じ
第 一節 意 志 ・推 量 を 表 わ す ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ は、 助 動 詞 と 言 わ れ な が ら 形 が變 ら な い。 な ぜ だ ろ う 。
第 二節 連體 形 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ は、 終 止 形 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ と 意 義 が 少 し ち が う 。 つま り 、 意 志 ・推 量 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ は 終 止 形 し か な い のだ 。
第 三 節 終 止 形 し かな い助 動 詞 は 、 ほ か に も いく つか あ る 。 こう いう 助 動 詞 があ る こと は、 何 を 意 味す る のだ ろう。
第 四 節 そ れ ら の助 動 詞 に終 止 形 し かな いと いう のは、 そ れ ら の意 義 が 感 動 助 詞 に 似 て いる か ら で は な か ろう か。
第 五 節 私 は 疑 う 。 終 止 形 し か な い助動 詞 は感 動 詞 ・感 動 助 詞 の よう に主觀 的 表 現 を な し 、 他 の 活 用 形 を 具 え た助 動 詞 は 客觀 的 表 現を な す の で は な か ろう か 。 一つ 一つあ た って みよ う 。
第 六節 終 止 形 し か な い助 動 詞 、 こ れ は た し か に主觀 的 な 表 現を な す も のと 認 め ら れ る 。
第 七 ・八 節 活 用 形 を 具 え た 助 動 詞 は 、 動 詞 ・形 容 詞 と 似 た 性 格 を も つも の に相違 な い。 と こ ろ で、 動 詞・ 形 客 詞 は 、 事 態 の客觀 的 表 現 に 用 いら れ る も のと 認 め ら れ る 。
第 九 節 活 用 あ る 助 動 詞 の ひと つ ﹁た ﹂ は 、 ﹁過 去 ニオイ テ ソ ウイ ウ 状 態 ダ ッタ ﹂ と か 、 ﹁動 作 ガ 完 了 シタ ﹂ と か いう 、 事 態 の客觀 的 な 表 現 に 用 いら れ る も の と 認 め ら れ る 。
第 十 節 活 用 あ る 助動 詞 の ひ と つ ﹁だ ﹂ は 、 ﹁⋮ ト イ ウ屬 性 ヲ モ ッテ イ ル﹂ ﹁ ⋮ ト イ ウ状 態 ニア ル﹂ ﹁⋮ニ屬 ス
ル﹂ ﹁⋮ ⋮ ト イ クォ ー ルノ 關 係 デ 結 バ レ ル﹂ と いう よ う な 、 事 態 の客觀 的 な 表 現 に用 いら れ るも のと 認 め ら れ る 。
第 十 一節 活 用あ る 助 動 詞 の ひと つ ﹁な い﹂ は 、 ﹁⋮ガ 否 定 サ レ ル状 態 ニア ル (マタ ハ屬性 ヲ モ ッテ イ ル)﹂ と いう よ う な 、 事 態 の客觀 的 な 表 現 に 用 いら れ る も の と 認 め ら れ る 。
第 十 二節 活 用あ る 助 動 詞 の ひと つ ﹁ら し い﹂ は 、 ﹁ ⋮ ト 推 測 サ レ ル状 態 ニア ル (マタ ハ屬 性 ヲ モ ッテ イ ル)﹂ と いう よ う な 、 事 態 の客觀 的 な 表 現 に 用 いら れ る も の と 認 め ら れ る 。
第 十 三 節 活 用 あ る 助 動 詞 の う ち の ﹁です ﹂ ﹁ま す ﹂ は 、 ﹁で す ﹂體 と いう ち が った 文體 に 用 いら れ る 助 動 詞お
よ び接 尾辭 で、 ﹁です ﹂ は ﹁だ ﹂ と 同 じ く ﹁⋮ト イ ウ 状 態 ニア ル﹂ な ど の意 を も ち 、 ﹁ま す ﹂ は 上 の動 詞 と い
っし ょ に な って、 あ る 動 作 ・作 用 が行 わ れ る と いう 意 を 表 わ す も のと 言 って よ く は な いか 。
第 十 四 節 第 六 節︱ 第 十 三 節 のよ う に考 え てく る と 、 第 五 節 に 提 出 し た 私 の假 説 は いち お う 筋 が とお った も の と 見 て よ いか と 思う 。
第 十 五 節 文 語 の助 動 詞 や、 文 中 に用 いら れ る 助 詞 に つい て は機 會 を 改 め て考 察 し た い。
一
﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂。 こ の三 つ の助 動 詞 は 、 日 本 語 助 動 詞 中 で の變 り 種 で あ る 。 何 よ り の特 徴 は 、 ほ か の 助 動
詞 と ち が って、 ︽語 形 が 變 ら な い︾ と いう こ と であ る 。 か つて岡 澤 鉦 治 教 授 は 文 語 の文 法 を 説 く にあ た り、 ﹁じ ﹂
﹁ら し ﹂ と いう 助 動 詞 を ︽形 が 變 ら な い︾ と いう 理 由 で 助 詞 の方 に 繰 入 れ ら れ た 。(1) も し 、敎 授 が 口 語 文 法 を
説 か れ た ら 、 き っと ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ も 助 動 詞 か ら 閉 め 出 さ れ て し ま った に 相 違 な い。 山 田 [孝 雄 ] 博 士 は 、
︽助 動 詞 の う ち で 活 用 形 の缺 け て ゐ る も の に は 、 そ れ 相 當 の 理 由 が あ る︾ と 言 わ れ た 。( 2) が、 こ の ﹁ う ﹂ ﹁よ
う ﹂ ﹁ま い﹂ の 三 つ に つ いて は 別 に 變 化 し な い理 由 を 述 べて は な ら れ な い。 ︽な ぜ、 ﹁う ﹂ ﹁よ う﹂ ﹁ま い﹂ の 三 つの 助動 詞は 同じ 語形 し かもた な いのか︾ 私 は こ の問 題 に つ い て考 え て みた いと 思 う 。
二
︽﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ は な ぜ 形 を 變 え な い の か ︾ こ の 問 題 を 考 え る に あ た り 、 ま ず 注 意 す べ き こ と は 、 い わ ゆ
︽意 志 や 推 量
(およ び勸 誘 ) を 表 わ す ︾ と 言 わ れ てお り 、 ﹁ま い ﹂ は そ れ に 打 消 し の 要
る 終 止 形 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い ﹂ と、 い わ ゆ る 連體 形 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ と は 、 全 然 意 義 が ち が う と い う こ と であ る。 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ は 、 ふ つう
素 が 加 わ った も の と 言 わ れ て い る 。 が、 こ れ は 注 意 し て み る と、 終 止 形 の 方 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い ﹂ の 用 法 で あ
る こ と に 氣 が 付 く 。 連體 形 の 方 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ の 意 義 は 、 大體 次 の よ う な も の で あ る 。( 3) (1假 ) 想 の事 實 を 表 わ す 。
(=ソ ノ 人 以 外 ニ モ 人 ハ ア リ 得 ル ノ
(=カ リ ニ モ 校 長 先 生 デ ア ル 人 ) が パ チ ン コ ご と き に こ る と は ⋮ ⋮ ﹂
例 ﹁う っか り ワ イ シ ャ ツ に 口 紅 で も つ い て い よ う も の な ら ﹂ ﹁行 こ う が 行 く ま い が こ っち の 勝 手 だ ﹂ ﹁校 長 先生ともあ ろう人
(=ア リ 得 ル ハズ ) が な い じ ゃな い か ﹂ ﹁人 も あ ろ う に
(2可 ) 能性を 表わす。 例 ﹁あ ろ う は ず
ニ) 口 説 い た 相 手 が婦 警 さ ん だ った と は ⋮ ⋮ ﹂
つ ま り 、 現 代 語 に 關 す る 限 り 、 終 止 形 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ と
(=ア ッ テ ヨ イ コ ト カ ) あ る ま い こ と か ⋮ ⋮ ﹂ ﹁な ろ う こ と な ら 一生お そ ば に ⋮ ⋮ ﹂
(3⋮ ) ⋮ ⋮ ス ル コト ガ 許 サ レ テイ ル、 の意 。 例 ﹁あ ろ う こ と か
こ れ ら の 用 法 は 、 終 止 形 に は ま ず な い と 思 う 。( 4)
連體 形 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ と は 、 用 法 も 意 義 も ち が う も の で あ る 。 極 言 す れ ば 、 別 の 語 で あ る 。 ﹁ま い ﹂ に つ い て も
﹁ま い ﹂ で あ る 。(5)
(あ る い は 連 髄 形 だ け ) し か な
全 く 同 様 で 、 ︽打消 し の 意 志 や 推 量 を 表 わ す ︾ と 言 わ れ て い る の は 、 す べ て 終 止 形 の 方 の そ ん な わ け で 、 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い ﹂ が 形 を 變 え な い と い う の は、 終 止 形 だ け
い と いう こ と に な る 。 今 、 こ こ で、 よ り 一般 的 と 思 わ れ る 終 止 形 の
﹁ う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い ﹂ を と っ て 考 え て ゆ こ う 。
﹁ う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ は 、 な ぜ 終 止 形 だ け し か な い の か︾
そ う す る と 、 こ の節 の は じ め に 掲 げ た 問 題 は 、 次 の よ う に 言 い 改 め ら れ る こ と に な る 。 ︽意 志 ・推 量 を 表 わ す
[ 誠 記 ] 博 士 等 に よ っ て 、 ﹁だ ろ う ﹂ と い う 語 も 、 一箇 の獨 立 し た 助 動 詞 と し て 取 り 扱 わ
﹁だ ろ う ﹂ に 關 す る 限 り 、 た し か に 一箇 の 助 動 詞 と 見 て よ い と 思 わ れ る ゆ え 、 こ
なお 、 最 近 は、 時 枝 れ て い る 。 動 詞 ・形 容 詞 に つ く れ も い っし ょ に 論 じ て ゆ こ う 。( 6)
三
﹁う ﹂
な こ と が 頭 に 浮 か ぶ 。 第 一に 、 終 止 形 だ け し か な い助 動 詞 は 、 は た し て こ の 四 つ だ け だ ろ う か と いう こ と
︽意 志 ・推 量 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁だ ろ う ﹂ ﹁ま い﹂ に は 、 な ぜ 終 止 形 し か な い の か ︾ こ の 問 題 を 考 え る に 當 り、 い ろ〓 であ る。
前 節 で 、 私 は 、 意 志 ・推 量 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ は 終 止 形 だ け し か な い と 推 論 し た 。 こ れ は 、 從 來
﹁よ う ﹂ ﹁ま い ﹂ に は 連體 形 も あ る と 見 ら れ て い た の を、 連體 形 は 、 ち が う 意 義 を 表 わ す と 見 た 結 果 こ う な った の
︽終 止 形 だ け し か な い 助 動 詞 ︾ と
で あ る 。 そ う す る と 當 然 次 の よ う な 疑 問 が 生 ず る 。 ︽他 の 助 動 詞 の う ち に も 、 調 べ て み る と 終 止 形 だ け が 特 別 の 意 義 を も って い る も の が あ る の で は な か ろ う か ︾ も し 、 あ れ ば 、 そ の 語 も 當 然 いう べき こ と にな る 。
も っと も 、 私 が ひ と と お り檢 討 し た と こ ろ で は 口 語 ( 7)に 關 す る限 り、 そ う いう 例 は な い よ う で あ る 。 が 、 そ
の代 り ︽そ の 助 動 詞 を そ の 意 義 に 用 い る 場 合 に は い つ も 終 止 形 を 用 い る ︾ と いう よ う な 例 が 見 出 だ さ れ る 。 そ の 例 は 、 ﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ ﹁な い﹂ に 見 ら れ る 。
ト イ ウ コト ニ ナ ッ テ イ タ ﹂ と いう 意 味 を 表 わ す
ま ず 、 ﹁た ﹂ の 用 法 の う ち で は 、 次 の よ う な 命 令 の 意 味 を 表 わ す も の が こ れ で あ る 。 お い 、 ち ょ っと 待 った 。
﹁忘 レ テ イ タ ガ 、︱
さ あ 、 ど いた 、 ど いた 。 ま た、 次 の よ う な
﹁た ﹂ で あ る 。
き ょ う は ぼ く の 誕 生 日 だ った 。
な い よ う で あ る 。( 8) そ う〓、 いわ ゆ る 想 起 を 表 わ す
﹁た ﹂ も 終 止 形 だ け し か
次 に 、 ﹁だ ﹂ の う ち で は 、 次 の よ う に 間 接 助 詞 的 に 用 い る も の が 、 い つも終 止 形 で 現 れ る 。
( 映畫﹁三 等 重 役 ﹂ か ら)
媒 酌 人 を す る こ と は だ 、 言 う な れ ば 、 ホ ル モ ン劑 の よ う な も の じ ゃ よ 。 そ こ で だ 、 あ ん た に 頼 み が あ る の だ が⋮⋮
こ の ﹁だ ﹂ の意 味 は 、 ﹁コ コ デ 言 葉 ハ切 レ ル ガ マダ續 キ ガ ア ル ン ダ ゾ ﹂、 あ る い は 、 ﹁次 ノ 言 葉 ハ大 切 ダ カ ラ 注 意 シ テ 聞 ケ ﹂、 と い った よ う な 、 話 者 の 意 志 表 示 で あ る 。
﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ ﹁な い﹂ と は ち が う
﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ ﹁な い ﹂ と 見 て よ い と 思 う 。 も し 、 助
﹁な い ﹂ の 例 と し て は、 永 野 賢 氏 が 報 告 さ れ た 、 誘 い か け に 用 い る も の が そ れ で あ る 。 あ な た 、 も う 寝 な い? こ れ ら は いず れ も 、 ふ つ う の
動 詞 だ と す る な ら ば 、( 9) 終 止 形 だ け の 助 動 詞 と す べ き も の だ と いう こ と に な る 。
す な わ ち 、 終 止 形 だ け の 助 動 詞 と い う も の は 前 節 に 判 定 し た 意 志 ・推 量 の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁だ ろ う ﹂ ﹁ま い ﹂ だ
け で は な く て 、 ﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ ﹁な い﹂ の 一種 も そ う だ と い う こ と に な る 。 こ の 節 の 最 初 に 掲 げ た 問 題 は、 次 の よ う に書 き 改 め ら れ る こ と に な る。
︽意 志 ・推 量 を 表 わ す ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ ﹁だ ろ う ﹂ や 想 起 ・命 令 を 表 わ す ﹁た ﹂、 注 意 を 促 す ﹁だ ﹂、 誘 い か け に 用 い
る ﹁な い ﹂ は 、 な ぜ 終 止 形 だ け し か な い の か ︾
こ の 解 決 の た め に は、 こ れ ら の 助 動 詞 の 意 義 や 用 法 の 上 に 共 通 な 性 格 が 見 出 だ さ れ 、 そ の 性 格 と 、 終 止 形 だ け し
﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ ﹁だ ろ う ﹂︾ と い う 代 り に 、 簡單 に ︽﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま
か な い と いう 形 態 上 の 性 格 と の 間 に、 合 理 的 な 關 係 が 見 出 だ さ れ る こ と が 望 ま し い わ け で あ る 。 そ の 性 格 と は ど ん な も の であ ろ う か 。 な お 、 以 後 、 ︽意 志 ・推 量 を 表 わ す
︽感 動 助 詞 ︾( 10)と の 關 係 で あ る 。
﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ ﹁な い﹂ に は 、 な ぜ 終 止 形 だ け し か な い か ︾ 先 の 問 題
い﹂ ﹁だ ろ う ﹂︾ と 呼 ぶ こ と を 許 し て い た だ き た い 。
四
︽﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ ﹁だ ろ う ﹂お よ び 一部 の
を こ う 改 め て 考 え る に あ た り、 次 に 頭 に 浮 か ぶ の は 時 枝 博 士 の いわ ゆ る
︾ であ る 。 と こ ろ で、 今 問 題 に し
感 動 助 詞 と は 、 ﹁よ ﹂ ﹁わ ﹂ ﹁さ ﹂ の よ う な、 主 と し て 文 の 末 尾 に の み 用 い ら れ る 助 詞 の稱 で あ る 。 つ ま り 、 そ [進 吉 ] 博 士 の 術 語 で 言 え ば 、 ︽主 と し て の 文 の 末 尾 に 來 る 付屬辭
︾ だ と いう こ とを 意 味 す る。 そ う す る と 、 感 動 助 詞 と 、 こ れ ら
﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ⋮ ⋮
の 類 と の間 に は 、
﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ⋮ ⋮ の 類 の 助 動 詞 が 終 止 形 し か も た な い と い う こ と は 、 そ れ が や は り 、 ︽主 と し て 文 の 末 尾
れ は、 橋 本 ている に 來 る 付屬辭
そ の 意 義 の 上 に も 似 た 性 格 は な い だ ろ う か と い う こ と が 疑 わ れ て く る 。 も ち ろ ん 、 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ の 類 に は 、 あ る
種 類 の 接續 助 詞 が つ き 得 る と い う點 で 、 感 動 助 詞 と の 間 に 一線 を 書 し 、 他 の 助 動 詞 と 似 て は い る 。 が 、 調 べ て み
に は つ か な いも の が か な り 見 出 だ さ れ る 。( 11) そ し て 、
﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い ﹂ の 類 に は 、 ほ と ん ど 接續 助 詞 は つ か な い
る と 、 一般 の 助 動 詞 に つ く 接續 助 詞 で 、 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ⋮ ⋮ 同 じ 、 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い ﹂ で も 、 意 志 を 表 わ す
と 言 って よ さ そ う で あ る 。 つま り 、 ︽﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ の 類 の 助 動 詞 に は 、 そ の 意 義 の 上 に 、 何 か 他 の 助 動 詞 と ち
が い、感 動助 詞 に近 い點が あ る のではな いか︾ と 疑 わ れ て く る の であ る 。
付屬辭 と いう こと を 離 れ て 、 ひろ く單 語 一般 を 見 渡 し て み る と 、 主 と し て文 の末 尾 に 用 いら れ る單 語 と し ては
︽感 動 詞 ︾ があ る こと に氣 付 く 。單獨 で 用 いら れ る こ と が 多 いか ら 、 ︽文 末 に 用 いら れ る ︾ と いう のは ち ょ っと 變
な よ う だ が 、 と に か く 下 に何 も つか な い こと が 多 い のだ か ら 、 文 末 に 用 いら れ る 語 の 一種 と 見 て よ い。 そう す る
と 、 今 度 は ︽﹁う﹂ ﹁よ う﹂ ⋮⋮ の類 の助動 詞 と感 動 助 詞 と に共通 に見 られ る 性格 は 、感 動 詞 にも 共通 に見ら れ は しな い か︾ と いう 疑 問 が 生 じ て く る の で あ る 。
感 動 詞 ・感 動 助 詞 、 そ れ か ら ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁だ ろ う ﹂ ﹁ま い﹂、 一部 の ﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ の よ う な 助 動 詞 。 こ れ ら の
語 の意 義 の上 に共 通 に見 ら れ る 性 格 と は 何 だ ろう か 。 私 は そ の性 格 は 、 ︽話 者 のそ の時 の心 理内容 を主觀 的 に表 示す
る︾ と いう こ と だ と 思う 。 これ は 同 時 に、 ︽他 の活 用 の あ る助動 詞 は客觀 的 表現 を す る助 動 詞だ ︾と いう こ と を 意 味
す る 。 つま り、 助 動 詞 のう ち 、 活 用 形 が あ る かな いか に よ って、 表 わ す 意 義 が ち がう と 考 え る ので あ る 。 以下、
そ の事情 を 具體 的 に 論 究 し よ う 。 なお 、 私 は 、 ﹁命 令 形 ﹂ と 呼 ば れ て いる 動 詞 の活 用 形 の 一つも、 こ の點 に 關 す
る 限 り 、 感 動 助 詞、 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ⋮ ⋮ の類 の 助動 詞 と 共 通 の性 格 を も って いる と 考 え る 。( 12)
五
元 來、單 語 の中 に は 、 主觀 的 な 表 現 に 用 いるも のと、 客觀 的 な 表 現 に 用 いる も の と が あ る。 こ の こと を 日本 で
最 初 に は っき り 問 題 にさ れ た 學 者 は 松 下 大 三 郎 博 士 で あ ろ う か。 す な わ ち 、 博 士 は 、 博 士 の いう ﹁感 動 詞 (こ の
中 に は 一般 に いう 感 動 詞 と 感 動 助 詞 と が 含 ま れ て い る )﹂ を 、 ︽説 話 者 の自 己 の 心 意 の 状 態 を 主觀 的 に 表 示 す る
詞 ︾ であ る と さ れ 、 これ が 、 名 詞 ・動 詞 ・形 容 詞 ・副 詞 ・接續 詞 な ど 、 ほ か のす べて の單 語 と 異 る 大 き な 特 色 だ と 論斷 さ れ た の で あ る 。( 13)
こ の 點 に關 し て 、 よ り 詳 密 な 意 見 を 出 さ れ た のが 時 枝 博 士 で、 ︽言 語 過 程 説 ︾ の 立 場 か ら、 いわ ゆ る ﹁詞 ﹂ と
﹁辭﹂ に つ いて の新 し い分 類 を 提 唱 さ れ 、 そ の規 準 と し て、 ﹁話 し 手 の立 場 の直 接 的 表 現 ﹂ で あ る か 、 ﹁ 事 物 ・事
態 の客體 的 表 現 ﹂ で あ る かを採用 さ れ た の は、 著 名 な 事 實 であ る。( 14) す な わ ち 、 博 士 によ って、 助 動 詞 の大 部
分 が、 助 詞 の ほ と ん ど 全 部お よ び接 續 詞 と と も に 主 觀 的 な 表 現 を お こ な う 部 類 であ る ﹁辭 ﹂ の 中 に 繰 入 れ ら れ た
の であ る 。 これ に對 し て は、 幾 つか の批判 が 提 出 さ れ て い る が 、( 15)中 で、 大 野 晋 氏 が 、 いわ ゆ る動 詞 ・形 容 詞
の類 は、 ﹁陳 述 作 用 ﹂ と いう ﹁主體的 な も のを 直 接 に 表 現 す る﹂ 性 格 と、 ﹁屬性概 念 ﹂ と いう ﹁客體 的 な も のを 表
現す る ﹂ 性 格 と 、 両 方 の性 格 を 兼 ね て いる も の で あ って、 純粹 の ﹁詞 ﹂ と 見 る のは 當 って いな いと いう 一部 修 正 案 を 出 さ れ 、( 16)こ れ が 多く の人 の賛 同 を 得 て いる 模 様 で あ る 。( 17)
表 現 に用 いら れ る 語 だ と 考 え る と 申 し 述 べた が 、 こ の見 方 は諸 家 の 見方 に對 し て ど う いう點 に差 違 を も つで あ ろ
さ て、 私 は 前 節 の 終 り に、 感 動 詞 ・感 動 助 詞 、 終 止 形 だ け し か な い助 動 詞 、 そ れ から 動 詞 の命 令 形 が 、 主 觀 的
う か 。 ま ず 感 動 詞・ 感 動 助 詞 に對 し て は 松 下 博 士 以 下 す べ て の人 々と 同 意 見 で あ る。 助 動 詞 のう ち 、 ﹁う ﹂ ﹁よ
う ﹂ ﹁ま い﹂ ⋮ ⋮ な ど 一部 の も の に つ い て は 時 枝 博 士 以 後 の人 々 に對 し て 同 意 見 で あ る 。 が、 動 詞 ・形 容 詞 に つ
いて は 、 命 令 形 を の ぞ いて 主 觀 的 な 要 素 を 認 め な い の であ る か ら 、 大 部 分 は 時 枝 博 士 と 同 意 見 であ り、 一部 は 反
對 に大 野 氏 以 後 の人 々と 同 意 見 だ と いう こ と に な る。 そ し て、 最 後 に、 助動 詞 のう ち の活 用 のあ るも の、 例 え ば
﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ ﹁ら し い﹂ ﹁な い﹂ ﹁で す ﹂ ﹁ま す ﹂ の類 に つ いて は 、 こ れ を 客 觀的 表 現 と 見 る の であ る から 、 時 枝 博 士
以 後 の人 た ち す べて に對 し 、 全 く 反 對 な 立 場 に 立 つと いう こ と にな る 。 要 す る に 、 私 は 、 ︽助 動 詞 のう ち、 活 用し
な い、 あま り助動 詞 らし から ぬも のだ けが 、主 觀的 表 現の語 で あり、 一般 の助動 詞は 、動 詞 ・形容 詞 な どと と も に、純 客
の線ま で引 き戻 そうと
觀的 表現 の語 で ある︾ と 考 え る の であ る 。 も し 、 大 野 氏 の 提 案 が、 ︽時 枝 博 士 の説 を そ の方 向 に向 って 一層進 展 さ
せ よ う と し た も の︾ と す るな ら ば 、 私 の考 え は 、 ︽時 枝 博 士 の説 を 、 松 下 博 士 と す れ〓 す る も の︾ と 言 え る か も し れ な い。
今諸 家 の説 を 見 渡 す と 、 私 の に 最 も 近 い説 は 、 阪倉 篤 義 氏 が ﹃日本 文 法 の話 ﹄ に 述 べ てお ら れ る も の であ る。
す な わ ち 、 氏 は 、 助 動 詞 の う ち 、 ﹁だ﹂ ﹁な い﹂ ﹁ら し い﹂ ﹁よ う だ ﹂ ﹁た ﹂ を 客觀 的 な 事 態 を も 表 現 を す るも のと
考 え てお ら れ る む き で あ る。( 18) こ れ ら の語 は いず れ も 活 用 す る 助 動 詞 で 、 私 が客觀 的 な 表 現 の語 だ と 考 え るも
の ば か り であ る 。 私 は 氏 の論 文 を 讀 み、 非常 な 心 強 さ を覺 え た 。 が 、 私 と の間 の大 き な ち が いは 、 氏 は これ ら の
助動 詞 は ︽客 觀 的 な 事 態 を も 表 わ し て いる︾ つま り、 ︽主觀 的 意 義 を も 表 わ し て いる ︾ と 見 て おら れ る 點 で あ る 。
私 は 、 これ ら 活 用 のあ る 助 動 詞 は ︽客觀 的 な 意 義 だ け を 表 わ す ︾ と 考 え て いる 次 第 であ る。 も し 、 時 枝 博 士 ・大
野 氏 ・阪倉 氏 な ら び に 私 の見 方 を 表 に し て 比 較 す れ ば 次 の よ う に な ろう か と 思 う 。 客觀 的 な 表 現 を な す も のを
大野氏 説
客 +主
阪倉 氏説
客 +主
客
﹁客 ﹂、 主觀 的 な 表 現を な す も のを ﹁主﹂ と いう 文 字 で 表 わ す 。
時枝博 士説
客 +主
客 +主
客
見 客
客 +主
客 +主
客
私
動 詞 ・形 容 詞 ( た だ し 命 令 形 を のぞ く )
客
客 +主
客 +主
主
類
動 詞 の命令 形
客
主
主
種
﹁れ る ﹂ ﹁せ る ﹂ ﹁た い﹂ ⋮ ⋮
主
主
の
助動 詞
﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ ﹁な い ﹂ ﹁ら し い﹂ ⋮ ⋮
主
語
助動 詞
﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い ﹂ ⋮ ⋮ と 感 動 助 詞
﹁ 主 ﹂ と いう よ う に 分 け ら れ る 。
助動 詞
*た だ し ﹁起 き よ ﹂ の よ う な も のは 、 ﹁ 起 き ﹂ を ﹁客 ﹂、 ﹁よ ﹂ を
さ て、 私 は 私 の考 え を 主 張 す る た め に は 次 の 二 つ の假説 を證 明 し な けれ ば な ら な い。
現 す る の に 用 いら れ る も の で あ る︾
︽助 動 詞 の う ち 、 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い ﹂ ﹁だ ろ う ﹂ な ど 終 止 形 だ け し か な い も の は 話 者 の そ の 時 の 心 理 を 主觀 的 に 表
〔A〕
そ し て 、 こ の た め には 次 の こと が證 明 でき れ ば 有 力 な 傍證 と な ろ う 。
動 詞 ・形 容 詞 と 同 じ く 、 諸 種 の 事 實 ・事 態 を 客觀 的 に 表 現 す る の に 用 いら れ る も の で あ る ︾
︽助 動 詞 の う ち 、 ﹁な い﹂ ﹁ら し い﹂ ﹁ま す ﹂ ﹁で す ﹂、 ふ つ う の ﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ な ど 、 い ろ い ろ の 活 用 形 を も つ も の は 、
〔B〕
﹁⋮ ⋮
( す る ) つも り だ ﹂ と いう 語 で あ る 。
私 は 富 士 山 へ登 る つも り だ
私 は 富 士 山 へ登 ろ う
﹁う ﹂ を と る な ら ば 、 そ の 比 較 の對 象 と し
こ の 二 つ を 比 べ た 場 合 、 上 に ﹁私 は ﹂ を つ け た の で は ち ょ っと わ か り に く い 。
富 士 山 へ 登 る つも り だ
富 士 山 へ登 ろ う
て 選 ば れ る のは
觀 的 な 表 現 を す る 語 を も っ て き て 比 較對 照 し て み よ う 。 意 志 を 表 わ す
︽﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ ﹁だ ろ う ﹂ な ど が 、 主觀 的 な 表 現 を す る ︾ と は ど う い う こ と か 。 今 、 似 た 意 義 を も つ 語 で 、 客
六
し、 個 々 の 助 動 詞 に つ い て 、 そ れ が 事 實 、 事 態 を 客觀 的 に 表 現 し て い る こ と を證 明 し て い こ う と 思 う 。
さ れ て い る か ら で あ る 。 が、︹B︺の證 明 の た め の 便 宜 上 、 ご く 簡單 に觸 れ てお こ う 。 そ し て 、 專 ら 力 を︹B︺ に集 中
今 、︹ A︺ の證 明 は 省 略 し て も よ い か と 思 う 。( 19) な ぜ な ら ば︹ A︺ の こ と は 、 時 枝 博 士 に よ っ て じ ゅ う ぶ ん 論 じ つく
︽主觀 的 表 現に 用 いられ る語 は文 の末 尾以 外 には立 ち得 な い。客觀 的表 現 に用 いら れ る語 は種 々の位 置 に立 ち 得 る︾
〔C〕
ど っち も ﹁登 ろ う ﹂ の方 に は
﹁た ﹂ が つ か な い 。 他 方
﹁登 る つ も り だ ﹂ の 方 に は 簡
﹁私 ﹂ の 現 在 の 氣 持 を 言 っ て い る か ら で あ る 。 が 、 下 に 、 ﹁た ﹂ を つ け て 過 去 の敍 述 を し よ う と す る 。
と 、 途 端 に ち が いが 現 れ る 。 す な わ ち 單 に つく か ら で あ る 。 私 は 富 士 山 へ登 る つ も り だ った
つ ま り 、 ﹁う ﹂ の方 は 過 去 にお け る 意 志 を 表 わ さ ず 、( 20) ﹁つ も り だ ﹂ の 方 は 過 去 の 意 志 を も 表 わ す こ と が で き る
と いう こ と に な る 。 ﹁つ も り だ ﹂ が 表 わ し 得 る の は 、 現 在 ・過 去 に 限 ら な い 。 現 在 と も 過 去 と も つ か ぬ 、 時 を 超 越 し た 事 態 でも 表 現 可 能 であ る 。 富 士 山 へ登 る つ も り の 人 は ⋮ ⋮
こ れ は 下 に 來 る 語 に よ っ て 現 在 の こ と に も 過 去 の こ と に も な る 。 ﹁う ﹂ に は こ う いう 性 質 は 全 然 な い。
﹁あ な た は ﹂ で も
﹁彼 は ﹂ で も つき 得 る し 、 あ る い は 全 然 誰 と も つ か ぬ 人 の 場 合 に も 用 い ら れ る 。
次 に 、 上 の ﹁私 は ﹂ を と り か え て み る 。 ﹁登 ろ う ﹂ の 方 は 、 ほ か の 人 に 取 り か え る こ と は で き な い 。 が 、 ﹁つも り だ ﹂ の方 は
あ な た は 富 士 山 へ登 る つ も り だ そ う で す ね 。 彼 は 富 士 山 へ登 る つも り だ った ん だ が ⋮ ⋮ 富 士 山 へ登 る つ も り の 人 は ⋮ ⋮
﹁⋮⋮ 登 ろ う ﹂ と 言 って み た 場 合 我 々 が 感 じ
これ は 、 自 分 がも って い
つ ま り 、 ﹁う ﹂ の 方 は 、 意 圖 す る の は 常 に ﹁私 ﹂ で あ る が 、 ﹁つ も り だ ﹂ の 方 は ど ん な 人 が 意 圖 す る 場 合 に も 、 用 いる こ と が でき る の であ る。
と 見 てよ いと 思 う 。 こ の こと は
こ れ を 要 す る に 、 ﹁う ﹂ の方 は 、 現 在 話 者 が 意 圖 し て い る 場 合 に し か 使 え な い。( 21) る 意 志 を 主觀 的 に 表 示 し て い る證據
と る こ と が で き る と 思 う 。 他 方 、 ﹁つも り だ ﹂ の 方 は 、 誰 の い つ の 意 圖 で も 表 現 で き る 。 こ れ は 、 そ の 人 が そ の
時 に 意 圖 を も っ て い る と いう 事 實 を、 客觀 的 に敍 述 し て い る か ら と 考 え て ま ち が い な さ そ う で あ る 。 す な わ ち 、
も し、 ﹁つも り だ ﹂ を ﹁私 は 登 る つも り だ ﹂ と 言 った 場 合 、 そ れ は 述 べら れ る對 象 は 自 分 の 意 圖 で あ る が 、 そ の
自 分 の意 圖 を 客觀 的 に敍 述 し て いる と 考 え ら れ る こ と にな る。 こ のう ち ﹁對象 は自 分 の意 圖 であ って も ﹂ と いう
と こ ろ に 注 意 を 要 す る 。 客 觀 表 現 であ る か ど う か の ち が い は、 材 料 が客觀 的 な も の で あ ろう と、 主 觀 的 な も の で あ ろ う と 、 いち お う 客 觀 的 な も のと 考 え 、 そ う し て敍 述 す る か し な い か に あ る 。
﹁登 ろ う と 思 って いる ﹂ のよ う な ﹁⋮ ⋮ て いる ﹂ の形 に言 い換 え ら れ る 。 こん な と ころ も 、 ﹁つも り だ ﹂ が 客 觀 的
な お 、 ﹁登 ろ う ﹂ の方 は、 ﹁⋮⋮ て いる ﹂ と いう 形 に 言 い換 え る こと が で き な いが 、 ﹁登 る つも り だ ﹂ の方 は 、
な 表 現 であ る こ と を 示し て い ると 思 う 。
推量を表 わす
﹁う ﹂ が 主 觀 的 表 現 であ る と いう こ と は 以 上 のよ う な わ け であ る が、 推 量 を 表 わ す ﹁だ ろ う ﹂ に つ い ても 似 た こ
と が 言 え る 。 客 觀 的 表 現 に 用 いら れ る 助 動 詞 で ﹁だ ろ う ﹂ と對 照 さ れ る も の は 、 や は り 、 し ば〓
助 動 詞 と 言 わ れ る ﹁そ う だ﹂ ﹁よ う だ ﹂ であ る 。 今、 ﹁だ ろ う ﹂ と ﹁そ う だ ﹂ の 用 法 を 比 べる と 次 のよ う にな る 。 ﹁よ う だ ﹂ も だ いた い ﹁そ う だ ﹂ に 準 じ る。
(1﹁ ) だ ろ う ﹂ は 現 在 の推 量 し か 表 わ さ な い が、 ﹁そ う だ ﹂ は 過 去 の推 量 を も 表 わ す 。 例 彼 は 最 後 のど た ん 場 で う っち ゃり を 食 って いか にも殘 念 そ う だ った 。
どう です 。戰爭 は 起 り そ う です か (=ア ナ タ ニ ハ起 ルト 推 量 サ レ マス カ )。
(2)﹁だ ろう ﹂ は 話 者 自 身 の推 量 し か 表 わ さ な いが 、 ﹁そ う だ ﹂ は 他 の人 の推 量 を も 表 わ す 。( 22) 例
彼 に 聞 い て み た ら 、 彼 女 は あ ま り 幸福 でな さ そ う な (=幸福 デ ナ イ ト 彼ニ 推 量 サ レ ル ヨウ ナ ) 生 活 を し て いた そ う だ 。
は、 推 量 さ れ る事 柄 を 、 ﹁⋮ ⋮ト 推 量 サ レ ル状 態 ニア ル﹂ と いう よ う に客 觀 的 な 事 實 と し て敍 述 す る 語 であ る と
こ れ によ って 、 ﹁だ ろ う ﹂ は 話 者 に 現 在 推 量 さ れ る こと を 主觀 的 に表 示 す る 語 で あ る の に對 し 、 ﹁そ う だ ﹂ の方
見ら れると思う。
か つて、 松 尾 捨 次 郎 博 士 は、﹁降 り そ う だ ﹂ の ﹁そう だ ﹂ に對 し て 、 ︽推 量 を 表 わ す ︾ と し た 文 典 があ る が 、 正
し く は、 ︽状 態 を 表 わ す ︾ と 言 う べき であ る 、 と いう 意 味 の こ と を 言 わ れ た が 、( 23)そ れ は 、 ﹁そ う だ ﹂ が ﹁⋮ ⋮
ス ルト 推 量 サ レ ル状 態 ニア ル﹂ と いう 意 味 に 用 いら れ る 語 で あ る こ と を 言 って いる の だ と 思 う 。 こ れ は、 ま こと
に そ のと お り であ って、 ﹁そ う だ ﹂ が 客觀 的敍 述 に 用 いる 助 動 詞 で あ る こ と を 注 意 さ れ た も の であ る 。 つま り 、
﹁だ ろ う ﹂ は い つも 現 在 の 話 者 の推 量 を 主 觀 的 に 表 現 し て いる の に 對 し て、 ﹁そ う だ ﹂ の 方 は 、 た と い話 者 の現 在
の推 量 を對 象 にし て 述 べ る場 合 にも 、 いちお う ﹁ ⋮ ⋮ ト 推 量 サ レ ル状 態 ニア ル﹂ と いう 形 に客 觀 化 し て敍 述 し て いる わ け で あ る 。
例 雨 が降 って いそ う だ= 事 態 ハ雨 ガ 降 ッテ イ ル ダ ロウ ト 推 測 サ レ ル 状態 ニア ル
大體 、 以 上 によ って主 觀 表 現 の助 動 詞 と 、 客 觀 表 現 の 語 句 と のち が いが は っき り し た と 思 う が 、 前 に 主觀 表 現
の助 動 詞 と し てあ げ た 、 ﹁ま い﹂ や そ の他 の語 も 同 様 に し て、 そ の主觀 表 現 であ る ゆ え ん を 説 明 で き る と 思 う 。
次 節 以 下 に、 客觀 的 表 現 と 見 る 個 々 の助 動 詞 の性 格 を 論證 す る わ け であ る が 、 最 初 に 動 詞 ・形 容 詞 に つ い て考 察を試 みよう。
七
︽動 詞 ・形 容 詞 は客觀的 表 現 の ほ か に 主觀 的 表 現 を も 兼 ね る ︾ こ の考 え 方 は 山 田 博 士 に始 ま る も の で、 動 詞 ・形
容 詞 の中 に ﹁陳 述 作 用 ﹂ の存 在 を 認 め る こと に よ る も の で あ る 。 陳 述 作 用 と は 、 山 田博 士 にあ って は 話 手 の行 う
判斷 又 は斷 定 の作 用 を いう 。( 24) が 、 私 は、 ︽動 詞 ・形容 詞 の意 義 の中 には 、判 断 と か斷 定 と か いう 要 素 は存 在 しな い︾ と 思 う 。 こ の梅 の花 は白 い
こう 言 った 時 、 な る ほ ど 私 た ち は 梅 の花 の色 を 判斷 し た 、 あ る いは斷 定 し た こと を 表 現 し て いる よ う な 氣 が す る 。
が、 動 詞 がど う 、 形 容 詞 が ど う 、 と いう 場 合 に は 、 動 詞 ・形 容 詞 の活 用 形 のす べ て に そ う いう 意 義 が含 ま れ て い な け れ ば な らな い。 が、 實 際 に は ど う だ ろう か 。 こ の白 い梅 の花 こ の梅 の花 が 白 けれ ば 梅 の花 が白 く咲 いた
こ の よ う な 場 合 、 ﹁白 い﹂ の部 分 に 話 し 手 の判斷 や斷 定 の語 氣 は 感 じ ら れ な い の で は な か ろう か 。 事 實 、 ﹁用 言 の
用 言 た る 特 徴 は、 實 に陳 述 の作 用 を あ ら は す點 に あ り ﹂( 25)と 言 わ れ た 山 田 博 士 自 身 で さ え 、 ﹃日本 文 法 學 概 論 ﹄
の六 九 二 ペー ジ で ﹁花 は咲 く 樹 ﹂ ﹁人 は 住 ま ぬ 家 ﹂ の ﹁咲く ﹂ ﹁住 ま ぬ ﹂ を さ し て 、 ﹁概 念 を 限 定 し て 陳 述 を 十 分
にあ ら は さ ず ﹂ と 呼 ば れ 、 六 九 三 ペー ジ で ﹁勢 よ く 走 る ﹂ の ﹁よ く ﹂ を さ し て、 ﹁述 格 の力 全 く な し と い ふ に あ
ら ね ど 、 十 分 の 陳 述 を な せ る も の にあ ら ね ば ⋮ ⋮ ﹂ と 呼 ん でお ら れ る ほ ど であ る 。 こ の意 味 で、 三 宅 武 郎 氏 が 、
︽陳 述 の意 義 は 、 動 詞 ・形 容 詞 の連體 形 に は 全 然 宿 って いな い︾ と 言 わ れ た ( 26)の はま さ に そ の と お り だ と 思 う 。
大 野晋 氏 も 、 連體 形 や 連 用 形 な ど に は ﹁判斷﹂ の意 味 の 陳 述 の力 が あ る と は 認 め て お ら れ な いよう であ る 。 が 、
文 の最 後 の終 止 形 や 、 いわ ゆ る 中 止 法 に 用 いら れ た 連 用 形 に は 、判斷 の意 があ る こ と を 認 め て お ら れ る 。( 27) 氏 のあ げ ら れ た の は次 のよ う な 文 語 の例 で あ る 。 (1湊 )風 寒 く 吹 く ら し 奈〓 の江 に 妻 呼 び か は し 鶴 さ は に鳴く (2梅 )は 咲 き 櫻 は咲 かず 。
こ こ に判斷 の意 味 が 宿 って いる か ど う か。 これ は ﹁判斷﹂ と いう 語 の意 味 を ど のよ う に考 え る か に よ ってち が っ
て 來 る が 、( 28)今 、 慣 用 の意 味 に と る 。 そ し て、(2 を) 判斷 の文 と し て 用 い る場 面 を 考 え れ ば こん な 場 合 であ ろ う 。
庭 が 廣 いの で 、 ひと つ花 樹 でも 植 え よ う と 、 梅 の苗 木 と 櫻 の苗 木 を 買 って 來 た 。 こ の冬 ふと 見 る と 、 梅 に は つぼ
み がた く さ ん つ いて いる が櫻 に は い っこ う そ れ ら し いも の は 見 え ぬ 。 こ の時 、 梅 は咲 き 櫻 は咲 か ず 。 ⋮ ⋮ (a) と 言 っ た と す る 。 そ れ は 、 ま さ し く 判斷 の 表 現 で あ る 。
が 、 實 際 に は こ う い う こ と は 、 限 ら れ た 場 合 で あ る 。 す な わ ち 、 こ の 文 は 、 ほ か に、 見 聞 し た 事 態 を 報 告 す る
場 合 にも 、 あ る い は 、 知 って いる こと を 解 説 す る場 合 に も 用 いら れ る 。 例 え ば 、 三 月 ご ろ 野 外 に出 た 。 ま だ 遠 山
に は 雪 が あ る こ ろ で、 梅 は ま さ に滿 開 で あ る が 、 櫻 は ま だ つ ぼ み が 固 い 。 そ の 時 見 聞 し た 事 實 を 文 章 に 書 く 。
﹁咲き ﹂ は
﹁梅 ﹂ と いう 植 物 の 状 景 を 伝 え た の で あ っ て 、 ﹁梅 ﹂ に つ い て 判斷 し た と
午 後 打 連 れ て 西 郊 に 遊 ぶ 。 日 ざ し は 暖 か な れ ど も 風 強 し 。 梅 は咲 き 、 櫻 は咲 か ず ⋮ ⋮ 。 ⋮ ⋮(b) こ のよ う な 場 合 、 こ の文 の
は 言 え な いと 思 う 。 ま た 、 あ る いは 植 木 の栽 培 方 法 を 説 明す る と す る。 梅 は 鋏 を 入 れ る ほ ど い いが 櫻 は そう で な い 、 と いう こ と を こ う い う で あ ろ う 。
﹁梅 ﹂ と
で は な く 、 ﹁鶴 ﹂ の 動 作 を 描寫 し て い る と い う こ と に な る 。
﹁ 櫻 ﹂ に つ い て 性 格 を 説 明 し た も の で 、 や は り 、 判斷 と は 言 え な い と 思 う 。 同 様 に し て 、 先 の
花 樹 の 性 格 種 々 な り 。 例 え ば 新 枝 を 切 る 時、 梅 は咲 き 、 櫻 は咲 か ず 。 ⋮ ⋮(c) これ は
﹁湊 風 寒 く ⋮ ⋮ ﹂ の 歌 の ﹁さ は に 鳴 く ﹂ は 、 や は り判斷
﹁梅 は咲 き ﹂ と 述 べ た 場 合 を 考 え て み よ う 。 こ れ は も し 、
﹁咲き ﹂ の 部 分 、 ﹁鶴 さ は に 鳴 く ﹂ の ﹁鳴 く ﹂ の 部 分、 ﹁花 は 白 い ﹂ の ﹁白 い ﹂ の
形 容 詞 の 場 合 も 全 く 同 様 で、﹁ こ の 梅 の 花 は 白 い ﹂ は 判斷 の 時 ば か り で な く 、 告 示 の 場 合 に も 、 驚 愕 の 場 合 に も發 言 さ れ 得 る の で あ る 。 そ れ で は 、 ﹁梅 は咲 き ⋮ ﹂ の
部 分 は 何 を 意 味 し て い る の だ ろ う か 。 今 、 判斷 の 結 果 詳 し く 表 現 す る な ら ば こう な る は ず であ る 。
こ う な る。
梅 は咲 き 、 櫻 は咲 か ず 。 ソ ウ 私 ハ判斷 ス ル 。 ⋮ ⋮(a) 他 の 場 合 は そ れ〓
梅 は咲 き 、 櫻 は咲 か ず 。 ソ ン ナ 状 景 ダ ッ タ ヨ 。 ⋮ ⋮(b) 梅 は咲 き 、 櫻 は咲 か ず 。 ソ ウ イ ウ モ ノ ダ ト 知 レ 。 ⋮ ⋮(c)
ふ だ ん は こ の 片 假 名 の 部 分 を 言 わ な い の で あ る 。つ ま り、 話 し 手 の判斷 を 表 わ す 部 分 は 、 い わ ゆ る ラ ン グ の 外
に 隠 れ て し ま う 。 ﹁梅 は咲 き ⋮ ⋮ ﹂ は たゞ 判斷 さ れ た、 そ の 内 容 を敍 述 し て い る と 見 る べ き で あ る 。
﹁梅 は咲 き ﹂ の ﹁咲き ﹂ は 何 を 意 味 し て い る か 。 私 は 、 こ こ で 、 か の 橋 本
﹁敍述 性 ﹂ の 考 え を よ く あ じ わ い た い と 思 う 。
そ れ な ら ば 、 (a)(b の) 三(者 c) に共 通 な 博士 の唱えられた
八
性 を あ ら は し た も の で あ る が 、 唯 々屬 性 だ け を あ ら は し た も の で は な く、 そ の屬 性
橋 本 博 士 は 、 ﹁敍述 性 ﹂( 29)と い う こ と に つき、 ﹃國 語 法 要 説 ﹄( 30)の 中 で こ う 述 べ て お ら れ る 。 用 言 に屬 す る 諸 語 は、屬
が あ る と い ふ 事 、 又 は 或 物 が そ の屬 性 を 有 す る と い ふ 事 を 示 す も の で あ る 。 用 言 に敍 述 性 が あ る と い は れ る の は 、 こ の事 を さ す の であ る 。
﹁咲く ﹂ と いう 動 詞 の 意 義 は 、 ﹁開 花 ﹂ と いう 意 義 と 、 ﹁ソ ノ 作 用 ガ 行 ワ レ ル ﹂ あ る い
⋮﹂の 代 り に、 ﹁ソ ノ 動 作 ヲ ス ル ﹂ ﹁ソ ノ 現 象 ガ 起 ル ﹂ ま た は 形
﹁ソ ノ 状 態 ニ ア ル ﹂ と い う 意 義 と の 複 合 で あ る と い う こ と に な る 。 な な
﹁ソ ノ 作 用 ヲ ス ル ﹂ と いう 意 義 と の 複 合 で あ る 。 形 容 詞 で い う な ら ば 、 ﹁ 白 い ﹂ の 意 義 は 、 ﹁白 色 ﹂ と いう 意 義
こ の考 え に 從 え ば 、 例 え ば は
と 、 ﹁ソ ノ屬 性 ヲ モ ッ テ イ ル ﹂ あ る い は
(ヲ ) ⋮
﹁ソ ノ 状 態 ニ ア ル﹂ な ど を 考 え る 必 要 が あ る 。
動 詞 の 場 合 に は 語 に よ っ て ﹁ソ ノ 作 用 ガ 容詞と同 様に
こ の 考 え 方 を 前 節 の 例 に あ て は め れ ば 、 ﹁梅 は咲 き ﹂ の 意 味 は 、 ﹁梅 ハ ︽咲く ︾ ト イ ウ 作 用 ヲ 行 イ ﹂ で あ る 。 そ
の ほ か に 、 ﹁ソ レ ハ正 シ イ ﹂ と か 、 ﹁ソ ウ 私 ハ思 ウ ﹂ と か いう 意 味 は 入 って い な い こ と に な る 。 こ う 解 け ば 、 そ れ
が見 聞 し た 事 實 の報 告 の 場合 でも、判斷 の結 果 の發 言 の場 合 でも 、 解説 の場 合 でも 、 す べ て 適 合 す る 。 ﹁こ の梅
の花 は白 い﹂ は ﹁コノ 梅 ノ 花 ハ ︽白 色 ︾ ト イ ウ屬 性 ヲ モ ッテ イ ル﹂ の 意味 であ る 。
こ の見 方 は、 終 止 法 ・中 止 法 以 外 の場 合 に も ひ ろ く應 用 で き る 。 ﹁咲く 花 ﹂ は ﹁︽開 花 ︾ ト イ ウ屬 性 ヲ モ ッタ
花 ﹂ あ る いは ﹁︽開 花 ︾ ト イ ウ 作 用 ヲオ コナ ウ 花 ﹂ であ る 。 ﹁花 が咲 いた ﹂ は ﹁︽開 花︾ ト イ ウ 作 用 ヲ完 了 シ タ ﹂ であ る 。 ﹁白 い﹂ の方 も 次 のよ う に す べ て あ て は ま る。 白 い花 ⋮ ⋮ ﹁白 色 ﹂ ト イ ウ屬 性 ヲ モ ッタ花
白 く な る ⋮ ⋮ ﹁白 色 ﹂ ト イ ウ屬 性 ヲ モ ツ ヨウ ニナ ル= 變 化 シ テ ﹁白 色 ﹂ ト イ ウ屬 性 ヲ モ ツ。
白 そ う だ ⋮ ⋮ ﹁白 色 ﹂ ト イ ウ屬 性 ヲ モ ッテイ ルダ ロウ ト 推 測 サ レ ル状 態 ニア ル。
動 詞 ・形 容 詞 の意 義 は 以 上 で 明ら か だ と 思 う が、 そ れ で は 、 ︽﹁⋮⋮卜 イウ 作 用 ヲオ コナウ ﹂﹁⋮⋮ トイ ウ 動作 ヲ行
ウ﹂ ﹁⋮⋮卜 イウ 状態 ニア ル﹂ ﹁⋮ ⋮卜 イウ屬 性 ヲモ ッテイ ル﹂ と いう 語句 の意義︾で あ る が、 こ れ は 事 態 を 主觀 的 に表
現 し て いる の か、 事 態 を 客觀 的 に表 現 し て い る のか と いう と 、 ︽す べて客觀 的 な敍 述 法 であ る︾ と 考 え ら れ る 。 け
っき ょく ︽動 詞 ・形容 詞 は、 動作 ・作用 と か屬性 ・状態 とか いう ような 客觀 的 に捕 えら れた意 義 と右 に のべた 敍述 性と の
複合 ︾ で あ る 。 そ う す れ ば、 ︽動 詞も 形容 詞 も、 とも に事態 を純 客觀 的 に表 現し て いる語 だ︾ と 結 論 さ れ る こ と に な る 。
時 枝 博 士 は ﹁形 容 詞 構 成 の ﹃し ﹄ は、 そ れ だ け で極 め て 抽 象 的 な 概 念 を も つ詞 と 考 へる こ と が 出 來 る ﹂( 31)と
述 べ て な ら れ る が、 こ の 意 味 では は な は だ 賛 成 で あ る 。 こ れ に對 し て 永 野 氏 は ︽形 容 詞 の語 尾 は 陳 述 を 表 わ す ︾
と 言わ れ た が、( 32)私 は も し 言 う な ら ︽形 容 詞 の語 尾 に は ﹁⋮⋮ ト イ ウ屬 性 ヲ モ ッテ イ ル (マタ ハ状 態 ニ ア ル )﹂ と いう 意 の敍 述 性 が 宿 って いる ︾ と 言 いた いと 思 う 。
以 上 のよ う で 、 動 詞 ・形 容 詞 に は判斷 の意 は 全 然 入 って いな い( 33)と 考 え ら れ る が、 大 野 氏 の意 味 さ れ る ﹁陳
述 ﹂ は、 判斷 の作 用 ば か り では な い。 命 令 の 意 な ど も、 そ の 一種 と し てお ら れ る 。 假定 條 件 と か 中 止 の よ う な 、
他 の語 への關 係 のよ う な も のは 、 陳 述 と 見 ら れ る かど う か 不 明 で あ る が、 主觀 的 な 要 素 と 見 て お ら れ る こと は確
か で あ る 。( 34) これ を ど う 考 え る か 。
こ のう ち で、 ﹁命 令 形 ﹂ に つ い ては 大 野 氏 の意 見 ( 35)に贊 成 す る 。 命 令 形 にお け る 命 令 の表 わ し 方 は 正 に主 觀
的 で あ る 。 そ れ は 話 者 の命 令 、 そ れ も 現 在 の命 令 だ け し か 表 わ せ な い。 も し 、 客 觀 的 に命 令 に 近 い意 義 を 表 現 し
よ う と す る な ら ば 、 ﹁⋮⋮シ ナ ケ レ バ ナ ラナ イ ﹂ ﹁⋮⋮ ス べキ ダ ﹂ と でも 云 う べ き で あ ろ う か 。 これ ら は 活 用 を す
る。 そ れ に對 し て命 令 形 が い つも 文 の終 り に 用 いら れ る 。 こ の性 格 は ﹁ う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁だ ろう ﹂ と よ く 似 て いる 。
私 は 命 令 形 は 、 用 言 の活 用 形 中 主 觀 的 要 素 を も つ唯 一の形 だ と 思 う 。 も っと も 命 令 形 に は 他 の活 用 形 に含 ま れ
る客 觀 的 要 素 も 含 ま れ て いる こ と を 無視 し て は な らな い。即 ち 、 命 令 形 は 、 動 作 ・作 用 の 意 義 と敍 述 性 と 命 令 と 、 三 つ の意 義 を も った 、 欲 張 った 形 だ と 思 う 。
命 令 形 以 外 の活 用 形 は ど う であ る か 。( 36) 私 は 現 代 國 語 に關 す る 限 り主 觀 的 表 現 を す るも のは な いよ う に 思 う 。
體 言 に つづ く と か 、 用言 に か か って いく と か いう 性 格 は あ る が、 そ れ は そ の形 が そ う いう ふ う に使 わ れ る と いう
だ け で あ って、 主 觀 的 な 表 現 と は 見 な し にく いと 思 う 。 これ に つ い て詳 し く 論 じ る と 、 格 助 詞 や 接 續 助 詞 は 主 觀
的 表 現 か 客 觀 的 表 現 か の 問 題 に 入 る こと にな り 、 長 く な る の で こ の辺 で助 動 詞 の論 へ歸 ろう 。
九
前 號 にお いて、 私 は 、 ︽語 形 の變 化 す る 助 動 詞 は 、 す べ て 客觀 的 表 現 に 用 いら れ るも の だ︾ と斷 定 し た 。 こ の
號 で は、 箇 々 の助 動 詞 に つ い て、 そう 考 え る所 以 を 申 し 述 べ て み た い。 最 初 に ﹁た ﹂ を 取 り 上 げ る 。
助 動 詞 ﹁た ﹂ の意 義 に つ い ては 、 ︽過 去 あ る いは 完 了 を 表 わ す ︾ と す る の が 代 表 的 な 見 方 で あ る。 詳 し く 言 え
ば、 ︽過 去 ニオ イ テ ⋮ ⋮ ト イ ウ 状 態 ニア ッタ ( ま た は屬 性 ヲ モ ッテイ タ )︾ と か ︽ソ ノ動 作 ・作 用 ハス デ ニ完 了 シ
タ ︾ と か いう 意 味 を 表 現 す る と いう こ と に な る。 こ う 見 る な ら ば 、 ﹁た ﹂ は 客 觀 的 な 表 現 に 用 いら れ る 語 と 見 て
よ い はず であ る 。 が、 こ れ に 封 し て、 山 田 博 士 ( 37)・細 江 逸 記 博 士 ( 38)・時 枝 博 士 ( 39)な ど か ら 、 ﹁た ﹂ は 過 去 や
完 了 を 表 わす の で はな く て、 實 は ︽回 想 ︾ と か お ︽決 定 ︾ と か、 ︽確 認 ︾ と か いう 、 話 し 手 の 心 的 態 度 を そ のま ま
表 わ す 語 だ 、 と いう 説 が 出 て いる 。 も し 、 そ う な ら、 ﹁た ﹂ は 主 観 的 表 現 に 用 い ら れ る 助 動 詞 と 見 な け れ ば な ら な い。 實 際 は ど う で あ る か。
私 は、 ﹁た ﹂ の用 法 の中 に 、 主觀 的 表 現 に 用 いら れ る も の があ る こ と は 認 め る。 が そ れ は ﹁た ﹂ と し て は特 殊
な 、 いわ ば 、 非 助 動 詞 的 な 用 法 だ と 思 う 。 代 表 的 な 用 法 は 、 完 了や 過 去 を 表 わ す こと だ と 思 う 。
ま ず 、 山 田 博 士 が ﹃日本 文 法 學 概 論 ﹄ に ﹁決 定 ﹂ を 表 わ す 例 と し て あ げ ら れ た 中 で 、 ち ょ っと 待 った 。
は、 た し か に主觀 的 な 表 現 であ る。 が 、 こ れ に つ いて は 第 三 節 に 述 べた とお り 、 終 止 形 だ け し か な い ﹁た ﹂ であ
る か ら 、 私 の理 論 から す る と 、 例 外 的 な ﹁た ﹂ でお 主觀 的 な 表 現 を す る のが 當 然 であ る 。 なお 、 こ の ﹁た ﹂ の意 義 は 、 ﹁決 定 ﹂ と名 付 け る よ り も 、 ﹁命 令 ﹂ と 呼 ぶ べ き だ と 思 う 。 ま た 、 細 江 博 士 のあ げ ら れ た 用 例 のう ち 、 今 度 の上 り は 何 時 でし た 。 さ あ 、 何 時 だ った っけ。
は 、 私 が 第 三 節 に の べた ﹁想 起 ﹂ の 用 例 で、 た し か に主觀 的 な 表 現 と 見 ら れ る が 、 これ も 終 止 形 だ け し かな いと 見 ら れ る か ら 、 私 の論 に は支 障 がな い。
こ れ に對 し て、 山 田 博 士 の ﹃日本 文 法 學 概 論 ﹄ にあ げ ら れ た 他 の用 例 は、 す べ て、 客觀 的 表 現 の例 だ と 思 う 。
即 ち、 同 書 の 三 五 三︲ 五 ペー ジ に 見 え る次 の例 は 、 す べ て、 ︽ソ ノ 状 態 ニア ッタ ノ ハ過 去 ノ コト デ ア ッタ︾ あ る いは ︽ソ ノ動 作 ・作 用 ハ完 了 シ タ︾、 の 意 と 解釋 し た 方 が よ いと 思 う 。(4 )0 ︵イ︶ 遊 んだら歸 れ 。 そ の他 す べ て の ﹁た ら ﹂ と こ れ に準 ず る 。
(ロ五 )年 前 に 東 京 へ來 た 。 (ハ昨 )日 紹 介 し て お いた 人 が來 た か 。 (ニ昨 )日 行 った れ ば 居 な か った 。
例 え ば 、 ﹁五 年 前 に﹂ の例 な ど 、 回 想 し て こう 述 べた のだ と 言 え る か も し れな い。 し か し 、 こ の文 は 、 回想 し た 、
そ の内 容 を 、 ﹁そ れ が完 了 し た ﹂ と いう 客觀 的事 態 と し て 述 べ て いる のだ と 思 う 。 そ れ は 五 年 前 に東 京 へ來 た っけ。
と いう よ う な 文 と 比 較 す れ ば 明 ら か で あ る 。 ﹁け ﹂ は た し か に 回 想 の 心 理 を 主觀 的 に 表 わ し て いる 。 そ し て ﹁東
京 へ來 た ﹂ の部 分 は 、單 に完 了 し た 事 實 を 客觀 的 に の べ て いる と 思 う 。 同 様 に、 時 枝 博 士 が ﹃日本 文 法 ﹄ 二 〇 〇
ペー ジ に あ げ ら れ た す べ て の 例 も 、( 41)客觀 的 な ﹁過 去 ﹂ ま た は ﹁完 了 ﹂ を 表 わ す も のと し て解繹 で き る と 思 う 。
そ れ か ら ま た 、 山 田 博 士 が 決 定 の意 を 表 わ す と 言 わ れ た ﹁尖 った 山 ﹂ ﹁曲 った 道 ﹂ の類 は 、 時 枝 博 士 は 、 客觀
的 な 表 現 の例 と 見 て お ら れ 、 そ れ にま ち が いは な いか ら 問 題 な い。 も っと も、 そ の ﹁た ﹂ の意 義 は、 時 枝 博 士 の
よ う に、 状態・ 存 在 と いう よ りも 、 ﹁⋮⋮ ト イ ウ屬 性 ヲ モ ッテイ ル﹂ の意 だ と 言 った 方 が 適 當 だ と 思 う 。 つま り 、
前 節 に 述 べ た 形 容 詞 がも って い る ﹁敍述 性 ﹂、 あ れ と 同 じ も の を 、 こ の ﹁た ﹂ は も って い る と 私 は 思 う 。 ﹁︱
た ﹂ の形 の語 と 、 形容 詞 と の 間 に は 、 次 のよ う に、 同 意 語 が 見 出 だ さ れ る が 、 こ の事 實 は、 こ の こ と を證 明し て いる であ ろ う 。 隔 た った 地 方= 遠 い地 方 ま せ た表 情= お と な っぽ い表 情 か ど 張 った か っこ う= いか つ いか っこ う 最 後 に、 細 江 博 士 のあ げ ら れ た 例 のう ち 、 こ り ゃ驚 いた
の ﹁た ﹂ も 、 ﹁尖 った 山﹂ の ﹁た ﹂ と 同 じ よ う な も の で 、 ﹁驚 いた ﹂ 全體 で一 つ の形 容 詞 のよ う に 用 いら れ て いる
( ボ ー イ ズ )﹂ ﹁困 った ( 厄 介 者 )﹂ な ど
も のと 思 う 。 ﹁驚 いた ﹂ の ﹁た ﹂ は 、 終 止 形 を も って いる點 、 ﹁尖 った﹂ な ど と ち が う が、 こ れ は 、 こ のよ う な 、 心 理 状 態 を 客觀 的 に 表 示 す る 語 には し ば し ば 見 ら れ る 傾 向 で、 ﹁あ き れ た
の同 類 であ る 。 三 尾 砂 氏 は 、 か つ て、 日本 語 に は 形 容 詞 が 少 い、 そ の た め に動 詞 が 形 容 詞 に 代 って 用 いら れ る こ
と が 多 い、 と いう こ と を 述 べ ら れ た が 、( 42)先 の ﹁尖 った ﹂ も 、 今 の ﹁驚 いた ﹂ も 、 こ の例 だ と 思 う 。
の活 用 が 用 いら れ る 一般 的 な 場 合 には、
以 上 、 こ の節 で述 べた こと を 要 約 す れ ば 、 ﹁た ﹂ と いう 助 動 詞 は、 主觀 的 表 現 に も 用 いら れ る こと も あ る が 、 そ の場 合 は、 終 止 形 だ け し か 用 いら れ な い特 殊 な 場 合 であ り、 い ろ〓
︽﹁た﹂ は ﹁過去 ﹂とか ﹁完 了﹂と か ある いは ﹁屬性﹂ と か いう 、客觀 的 に受取 られ た内容 を 表現 す る︾と いう こと に な る 。
十 ﹁た ﹂ に續 い て、 ﹁だ ﹂ は ど う であ ろ う か。
﹁だ ﹂ に は 、 ﹁靜か だ ﹂ ﹁元 氣 だ ﹂ な ど の ﹁だ ﹂、即 ち 、 形 容 動 詞 語 尾 の ﹁だ ﹂ と 言 わ れ て いる も の と 、 ﹁日 本 人
だ ﹂ のよ う な 名 詞 に つく も の と 、 二種 類 のも の が あ る 。 ま ず 、 形 容 動 詞 の語 尾 の ﹁だ ﹂ に つい て考 え よ う 。
形 容 動 詞 の語 尾 の ﹁だ ﹂ は 、 か な り 多 く の學 者 に よ って、 ︽判斷︾ や ︽斷定 ︾ を 表 わ す と 見 ら れ て いる よ う で
あ る 。( 43) が 、 私 は そ う で はな く て、 客顴 的 な 事 態 の表 現 に 用 いら れ る も の だ と 思 う 。 ﹁靜か だ ﹂ と か ﹁元 氣 だ ﹂
と か いう、 いわ ゆ る 終 止 形 の場 合 に は 、 ち ょ っと判斷 や斷 定 を 表 わ し て いる よ う にも 思 わ れ る が、 これ は、 前 々
節 に考 察 し た 形 容 詞 の終 止 形 が 、 それ だ け で判斷 や斷 定 を 表 わ し て いる よ う に 思 わ れ る のと 同 様 で、 幻覺 だ と 思
う 。 ﹁靜か に勉 強 す る﹂ と か、 ﹁元 氣 な 若 者 ﹂ と か いう よ う な 場 合 を 考 え る と、 判斷 や斷 定 を 表 わ す と 考 え が た い
こと が知 ら れ るし 、 ま た 、 終 止 形 でも 、 ﹁こ の部 屋 は 静 か だ ﹂ ﹁子供 は みな 元 氣 だ ﹂ な ど、 い つも 判斷 の 結 果 を發
表 す る と は 限 ら ず 、 説 明 に 用 いら れ る こ と が 非 常 に多 い こ と に氣 付 か れ る 。即 ち 、 ﹁靜か だ ﹂ ﹁元 氣 だ ﹂ は 、 ﹁あ
る も のが靜 か と いう屬 性 を も って いる ﹂ ﹁あ る も の が 元 氣 と いう屬 性 を も って い る﹂ と いう 客觀 的 表 現 に 用 いら
れ る 語 だ と 思 う 。 私 は、 形容 詞 の意 義 は 、 ﹁屬性 ﹂ と 、 ﹁⋮ ⋮ ト イ ウ屬 性 ヲ モ ッテイ ル (あ る いは ⋮ ⋮ト イ ウ 状 態
ニア ル、 以 下 も 同 じ )﹂ と いう 意 味 の ﹁敍述 性 ﹂ と か ら な って いる 、 と 述 べ た が 、 形 容 動 詞 も ま さ し く そ う であ
って、 語 幹 の部 分 が屬 性 を 表 わ し、 ﹁だ ﹂ の部 分 が ﹁敍述 性 ﹂ を も って い る と 思 う 。 形 容 詞 と 形 容 動 詞 と が 、 ま
った く 同 じ 種 類 の 意 義 ・識 能 を も って いる と は よ く 言 わ れ て い る こ と で、 永 野 賢 氏 が上 げ ら れ た 次 のよ う な 例 は 、
ま ん ま る い= ま ん ま る だ
薄 赤 い= 薄 赤 だ
あ た た か い= あ た た か だ
す べ て こ の事 實 を 裏書 き す る も のと 考 え る 。( 44)
いじ わ る い= いじ わ る だ
す な わ ち 、 形 容 詞 が、 前 々節 に 述 べた よう に 客觀 的 な 表 現 を す る 語 だ と す る な ら ば 、 當 然 、 形 容 動 詞 全體 も 客觀 的 な 表 現 を す る 語 だ と 言 わ な け れ ば な ら な い。
私 は ま た 前 節 の ﹁た ﹂ の條 で、 ﹁尖 った 山 ﹂ の ﹁た ﹂ は 、 ﹁⋮ ⋮ ト イ ウ屬 性 ヲ モ ッテイ ル﹂ の意 を も って いる 、
と 述 べた が 、 つま り 、 ﹁尖 った ﹂ の ﹁た ﹂ と 、 形 容 動 詞 の 語 尾 の ﹁だ ﹂ と は 、 同 じ 意 義 を も つも のだ と 思 う 。 次
のよ う な 、 形 容動 詞 と 、 ﹁︱ た ﹂ の 形 の語 と の間 に 、 同 じ 意 義 を も つ語 が 多 数 見 出 だ さ れ る 事 實 、 そ れ は こ の 推 論 を 立證 す る も のと 思う 。
て いる ﹂ の 形 の三 者 で 、 同 様 な 意 義 を も つ語 を 探 し 出 す こ と が でき る 。 ( 身 振)
ま た、形容 詞、形容動 詞、 ﹁ ︱ お か し ・い= こ っけ い︱ な = お ど け ︱ た
(服 装 )
( 表 情)
み す ぼ ら し ・ い= 不 景 氣 ︱ な= し け ︱ た 暗 ・い = 沈鬱 ︱ な = 沈 ん ︱ だ
﹁だ ﹂ は ど う で あ ろ う か 。 こ れ に つ い て は 、 ︽判
﹁た ﹂ が つく こ と が で き る が 、 こ の 事 實 も 、 形 容 動 詞 の 語 尾 は 、 客觀 表 現 に 用
以 上 の よ う で 、 ︽形 容 動 詞 の 語 尾 の ﹁だ ﹂ は 、 ﹁ト イ ウ屬 性 ヲ モ ッ テ イ ル ﹂ と いう 意味 を も ち 、 客觀 的 に 受 取 ら れ た 事 柄を 表現 し て いる︾ と 思 う 。 形 容 動 詞 の下 に は 過 去 を 表 わ す
いら れ る も の であ る こと を 表 わ し て いる と 思 う 。 以 上 で 、 形 容 動 詞 の 語 尾 の ﹁だ ﹂ を 終 り 、 次 に 、 名 詞 に つ く
いな 、 そ れ が定
﹁だ ﹂ に は 二 種 類 の も の
斷 ︾ や ︽斷定 ︾ を 表 わ す 、 從 っ て 主觀 的 な 表 現 に 用 いら れ る 語 と 見 る 學 者 が 非 常 に 多 い ( 45)︱
説 で あ る と 思 わ れ る が 、 私 は こ れ も 客觀 的 な 表 現 を す る も の と 思 う 。 元 來 、 名 詞 に つ く が あ る 。( 46) 一 つ は 形 容 動 詞 の 語 尾 の ﹁だ ﹂ と 似 た も の で 、
︵イ︶ ぼ く は日本人 だ。 (ロ人 )間 は 萬 物 の靈 長 だ 。
な ど の ﹁だ ﹂ が こ れ であ る 。 ま ず (イ の) よ う な ﹁だ ﹂ は 、 ﹁⋮ ⋮ニ屬 ス ル ﹂ と いう よ う な 意 を も つ。 論 理 學 で いう
と 、 こ れ は ヴ ント の いわ ゆ る ﹁包攝判斷 ﹂ を 言 葉 に 表 わ し た 形 であ る 。 が、 だ か ら と 言 って、 け っし て ﹁だ ﹂ が
判斷 を 表 わ す と 考 え ては いけ な いと 思 う 。 ﹁ぼ く は 日本 人 だ ﹂ の ﹁日 本 人 だ ﹂ の部 分 の意 義 は 、 ﹁ぼ く ﹂ と いう 人
間 の國 籍 が 何 であ る か を 客觀 的 に述 べ て いる にす ぎ な い。 こ れ は、 前 々節 に の べた 動 詞 ・形 容 詞 の場 合 と 全く 同 じ こと だ と 思 う 。
一體、 ﹁日本 人 だ ﹂ の ﹁だ ﹂ に判斷 の心 理 が 宿 って いる と いう のは 、 次 のよ う な 推 論 によ るも のと 思 わ れ る 。
(1︽ )﹁日 本 人 だ ﹂ と いう パ ロー ル (正 確 に いう と神 保 [ 格 ]先 生 の ﹁具體 言 語 ﹂( 47)であ る ) を發 す る の は、 判 斷 と いう 作 用 を 行 った 結 果 で あ る ︾
(2︽ ) そ う す る と ﹁日本 人 だ ﹂ と いう ラ ング ( 正 確 に いう と ソ シ ュー ル の いわ ゆ る ﹁言 語 記 號 ﹂( 48)の 連 結 で あ る ) の中 に、 す で に判斷 の意 味 が宿 って い る に ち が いな い︾ が 、 こ の考 え は あ や ま って いる 。
第 一に ﹁ぼ く は 日本 人 だ ﹂ が、 判斷 の結 果發 言 せ ら れ る こと は 、 よ ほ ど特 別 の場 合 であ る。戰爭 の犠 牲 で出 來
た 私 生 見 が、 父 母 の素 性 を 知 ら ず に 成 長 し、 大 き く な って か ら 医學 の書 物 を讀 ん で 日 本 人 の體 質 的 特 徴 を 知 り、
自 分 の體 質 と 引 き 比 べ て 思 い當 た った よう な 場 合 の發 言 は 正 に こ れ で あ る。 が 、 實 際 に は 、 ﹁ぼ く は 日 本 人 だ ﹂
と いう ﹁具體 言 語 ﹂ は、 例 え ば、 見 知 ら ぬ 相 手 に國 籍 を 訊 問 さ れ た よ う な 場 合 にも 用 いる であ ろ う 。 こ の場 合 は、 ち っと も 判斷 の氣 持 は 働 いて いな いと 思 う 。
も っと も 、 中 島 文 雄 博 士 のよ う に、( 49)﹁判斷﹂ と いう 語 を 廣 く 解 せ ら れ 、 ︽存 在 や 事 實 に關 す る 承 認 ︾ と いう
意 味 に 用 いら れ る 場 合 も あ る 。 博 士 の引 い て お ら れ る、 マ ル テ ィ の 言 語 學 説 は 、 私 に は、贊 成 し か ね る幾 多 の點
を 藏 し て い る が、( 50)か り に そ の説 に從 い、 ﹁判斷 ﹂ と いう 語 の 意 味 を そ のよ う に解 す る と、 す べ て の場 合 の ﹁ぼ
く は 日 本 人 だ﹂ は ︽判斷 の結 果 の發 言 だ ︾ と 言 って 言 え な いこ と は な い、 が、 そ の場 合 に は 第 二 の 關 門 に ひ っか
か る 。 す な わ ち 、 ﹁ぼ く は 日本 人 だ ﹂ と いう こ と を 前 か ら 確 認 し て お り 、 そ の事 實 を 相 手 に告 示す る た め に、 ﹁ぼ
く は 日 本 人 だ ﹂ と 言 った と す る。 そ う す る と 、 そ の時 の ﹁具體 言 語 ﹂ の上 には 、 た し か に 、 そ の確 認 を 表 わ す 要
素 が 現 れ る と は 思う 。 し か し 、 そ れ は、 ︽最 後 ま で き っぱ り發 音 す る發 声 法 ︾ と か 、 ︽下 降 調 のイ ン ト ネ ー シ ョ
ン︾ と か 、 そ ん な よ う な 臨 時 的 な 音 声 的 な 特 徴 と な って 現 れ る の で は な か ろ う か 。 ﹁日 本 人 だ ﹂ と いう 言 語 記 號
の連 結 のも つ意 義 と し て は、 話 し 手 の確 認 と いう 要素 は 含 ま れ て いな いと 私 は 思う 。( 51) ﹁日 本 人 だ ﹂ と いう ﹁言
語 記 號 ﹂ の 連 結 のも って い る 意義 は 、 ﹁日本 人 ﹂ と いう 名 詞 のも って い る 意 義 と、 ﹁⋮ ⋮ に屬 す る﹂ と いう敍 述 の
意 義 と のプ ラ ス であ って、 ﹁だ ﹂ は 、 そ の ﹁⋮ ⋮ に屬 す る ﹂ と いう 意 義 を擔 って いる も のと 考 え る 。 つま り 、 も
し、 ﹁私 は 日本 人 だ ﹂ と いう ﹁具體 言 語 ﹂ を 文 字 で表 記 し 、 そ し て ﹁承 認 ﹂ の心 理を も 含 ま せ た いと す る な ら ば 、 時 枝 博 士 が動 詞 ・形 容 詞 に對 し て 試 みら れ た よ う に 、 ゼ ロ記 號 を 用 いて 、 私 は 日本 人 だ■ とす べき も の であ ろう 。 も っとも そ れ が 必 要 な こ と は 、 ご く 稀 であ ろ う が 。
以 上 のよ う に考 え る 時 は、 ﹁日本 人 だ ﹂ は 、 形 容 詞 や 形 容 動 詞 の 場 合 と 同 じ よ う に、 あ る 人 の 國 籍 が ど こ に屬 す る か と いう こと を 客觀 的 に敍 述 し た 語 だ と いう こと にな る 。
以 上 で前 ペー ジ の(イ の) 場 合 を 終 る が、 次 に 、 (ロ の) 場 合 は 、 ﹁⋮⋮ ト イ ク ォー ル ノ關 係 ニア ル﹂ と いう 意 であ る 。
ヴ ント の いわ ゆ る ﹁同 一判斷 ﹂ の形 と 見 ら れ る が 、 これ と て 、 い つも 判斷 の結 果 を 述 べて いる と は 限 ら ず、 ま た
判斷 作 用 そ のま ま が こ れ だ と いう わ け で は な い。 よ く 考 え て み れ ば 、 ﹁⋮ ⋮ ト イ ク ォー ルノ 關 係 ニア ル﹂ と いう
客觀 的 な 事 實 を 報 告 し て い る に 過 ぎ な い こ と が わ か る と 思う 。(イの)例 に せ よ 、 (ロ の) 例 に せ よ 、 ﹁日 本 人 だ った ﹂
﹁靈 長 だ った ﹂ と いう よ う に、 ﹁た ﹂ を つけ て過 去 の こと と し て敍 述 す る こ とも 出 來 る が、 こう いう 事 實 は 、 これ
ら が 客觀 的 な 事 柄 と し て の べ て いる證據 に な る と 思う 。
あ っ、 お 客 様 だ 。
名 詞 に つく ﹁だ ﹂ に は 、 も う 一種 類、 別 のも の が あ り、 例 え ば 、 玄 關 に 呼 び 鈴 の鳴 る のを 聞 いて 、
と 叫 ん だ 場 合 のも の、 デ パ ー ト の食 堂 へ入 って、 ﹁こち ら さ ま は 何 に な さ いま す ? ﹂ と 聞 か れ て 、 ぼくはうな ぎだ。
と 答 えた 場 合 の ﹁だ ﹂ な ど が これ で あ る 。 こ れ に つ いて は 三 尾 砂 氏 の ﹃國 語 法 文 章 論 ﹄ の中 に、 明快 な 説 明 が 見
え る が 、( 52)す な わ ち 、 ﹁お客 様 だ ! ﹂ は、 完 全 に 言 え ば 、 ﹁お 客 様 が 入 ら っし ゃ った ﹂ と な る と こ ろ を 簡 潔 に は
し ょ った も の であ る 。 ﹁ぼく はう な ぎ だ ﹂ も 同 様 に考 え れ ば 、 ﹁ぼ く は う な ぎ を 食 べる ﹂ の簡 潔 表 現 で あ る と 見 な
さ れ る。 こ の場 合 、 いず れも 、 ﹁だ ﹂ は 客觀 的 な 表 現 を 簡單 に 言 った も の であ る か ら 、 ﹁だ ﹂ そ のも の も 、 や は り 客觀 的 な 表 現 の例 と 見 る べ き だ と 思 う 。( 53)
以 上 こ の節 に述 べた こと を 要 約 す れ ば 、 ﹁だ ﹂ には幾 つか の種類 のも のが あ るが、結 局 、 いず れ も客觀 的な 内容 の表
現と 見 る ことが でき る。 ﹁だ ﹂ が そ う だ と す れ ば、 同 類 の ﹁で あ る ﹂ そ の他 も 、 こ れ に 準 じ て 客觀 的 な 内 容 の 表 現
と 見 てよ いは ず であ る 。 も し 、 ﹁だ﹂ は 何 を 表 わ す 助 動 詞 か と 問 わ れ るな ら ば 、 私 は ︽﹁だ﹂ は ﹁ 指 定 の助 動 詞﹂ で はなく て、 ﹁靜的屬 性を も って いること を表 わす 助動 詞﹂ だ︾ と 言 おう と 思 う 。
十 一
﹁た ﹂ ﹁だ﹂ の次 に、 問 題 に し た い の は 、 ︽否定 の助 動 詞 ︾ と 言 わ れ る ﹁な い﹂ で あ る 。 こ れ が 客觀 的 な 内 容 を 表 わす と言える かどうか。
時 枝 博 士 は 、 多 く の場 合 、 ﹁な い﹂ を 主觀 的 な 表 現 を つと め る 語 の部 類 に 入 れ てお ら れ る が 、( 54)し か し 、 時 に 、
それ の上 の語 と い っし ょ にし て ﹁詞 ﹂ と 見 る こ と も でき る と 言 ってお ら れ る 。 例 え ば、 ﹃日本 文 法 ・口 語 篇 ﹄ 二 〇 一ペー ジ に次 のよ う な 記 述 があ る。
形 容 詞 と 見 る こと も 出 來 る 。
﹁手 紙 が來 な い﹂ ﹁風 は 寒 く な い﹂ と いふ やう な 否 定 判斷 は 、 同 時 に、 ﹁手 紙 ﹂ ﹁風 ﹂ に つ いて の 状 態 を 表 現 し て ゐ るわ け であ る か ら 、 ﹁來 な い﹂ ﹁寒 く な い﹂ を そ れ〓
これ は、 こ の ﹁ な い﹂ を ﹁詞 ﹂ の 一種 と 見 る こ と が でき る こと を 述 べた も の で 、 も し、 そ う 見 る方 が 正 し いなら、
﹁な い﹂ は 客觀 的 表 現 の語 と いう こと に な る 。 こ れ に つ いて は 、 阪 倉 氏 ( 55)・永 野 氏 ( 56)も 同 じ よ う な 疑 問 を 提 出
し 、 ︽﹁な い﹂ を 客觀 的 な 表 現 と 見 ら れ る の で は な いか︾ と 言 って お ら れ る が、 私 は も ち ろ ん贊 成 で あ る 。
私 は 、 ﹁來 な い﹂ ﹁寒く な い﹂ に は 、 主觀 的 表 現 の要 素 は 全 然 入 って いな い と 思 う 。 ﹁來 な い﹂ は ﹁未 着 だ ﹂ と
﹁な い﹂ の意 義 は、 否定 や 否 定 判斷 で は な い。 ﹁⋮⋮ ガ 否 定 サ レ ル屬 性 ヲ モ ッ
も 言 え る し 、 ﹁寒く な い﹂ は ﹁暖 か い﹂ に 置 き 換 え る こ と が で き る が、 ﹁未 着 だ ﹂ も 、 ﹁暖 い﹂ も 主觀 的 要 素 を 含 ん で いな い から で あ る。 そ も〓
テイ ル﹂ ﹁⋮⋮ ガ否 定 サ レ ル状 態 ニア ル﹂ と いう のが ﹁な い﹂ の意 義 だ と 思 う 。 ﹁な い﹂ に は、 ﹁來 な か った ﹂ ﹁寒
く な か った ﹂ の よ う に 過 去 の助 動 詞 を つけ る こ と が で き る が、 これ も 、 ﹁な い﹂ が、 ﹁⋮ ⋮屬 性 ヲ モ ッテ イ ル﹂
﹁⋮ ⋮状 態 ニア ル﹂ と いう 意 を 表 わ す 、 と 見 る のに 好 都 合 で あ る 。 ﹁⋮ ⋮ ガ 否 定 サ レ ル⋮ ⋮ ﹂ と いう 語 句 の中 に、
全 然 主觀 的 表 現 の要 素 が 含 ま れ て いな いこ と 明 ら か で あ る。 そ ん な わ け で、 ﹁な い﹂ は 客觀 的 な 事 實 の表 現 に 用 いら れ る 語 だ と 思 う 。
時 枝 博 士 は、 上 のよ う な 考 え を も た れ な が ら 、 な ぜ、 ﹁な い﹂ を 主觀 的 表 現 の助 動 詞 だ と 見 な さ れ る に至 った か と いう と 、 次 のよ う な 考 慮 に よ る も の と 見 ら れ る。
︽﹁な い﹂ は 否 定 の助 動 詞 だ 。 と こ ろ で、 ﹁彼 は 答 え な い﹂ のよ う な 例 で 、 ﹁な い﹂ と 否 定 す る のは 、 主 語 の
﹁彼 ﹂ では な く て ﹁話 し 手 ﹂ だ 。 一般 に ﹁な い﹂ は 話 し 手 の 否 定 の 氣 持 の みを 表 わ し て、 そ の文 の主 語 の否 定 の氣 持 は 表 わ す こ と は でき な い︾
期 の國 學 者 が 名 付 け た 呼 び 名 を 尊 重 し す ぎ て お ら れ る と 思 う 。
し か し 、 私 の考 え で は 、 これ は 全 然 考 慮 す る 必 要 のな か った こ と だ と 思 う 。 博 士 は、 ﹁否 定 ﹂ と いう 、 近 世 末
も の で、 例 え ば ︽話 し 手 が 指 定 し た か ら︾ と 見 て そ う 名 付 け た ﹁指 定 の 助 動 詞 ﹂ は そ れ で あ る 。 ﹁推 量 の助 動
そ も そ も 今 行 わ れ て いる 助 動 詞 の呼 び名 に は、 二種 類 のも の があ る 。 一つは 、 話 し 手 の表 現態 度 を 中 心 に し た
詞 ﹂・﹁尊 敬 の助 動 詞 ﹂ な ども そ の例 で あ り 、 ﹁否 定 の 助 動 詞 ﹂ も こ の類 に屬 す る 。 こう いう 助 動 詞 を 用 いた 文 を
取 り 上 げ て、 ﹁指 定 の助 動 詞 ﹂ と いう が 、 さ て そ の ﹁指 定 ﹂ を し て い る のは 誰 だ 、 と いう よ う に た ず ね た ら 、 そ の答 え は い つも 話 し 手 だ と いう こ と に な る 。
こ れ に對 し て、 も う 一つ、 そ の文 の主 語 の動 作 ・状 態 を 中 心 に し た も の が あ り 、 ︽主 語 が 他 のも の に使 役 さ せ
る か ら ︾ と 見 て そう 名 付 け た ﹁使 役 の 助 動 詞 ﹂ は そ の例 で あ る。 ﹁受 身 の助 動 詞 ﹂・﹁可 能 の助 動 詞 ﹂・﹁希 望 の助
動 詞 ﹂ な ど も そ の例 であ る。 こ う いう 助動 詞 を 用 いた 文 を 取 り 上 げ て 、 ﹁使 役 の助 動 詞 ﹂ と いう が 、 そ の ﹁使 役 ﹂ を す る の は 誰 だ、 と た ず ね て い った ら、 そ の答 え は い つも そ の文 の主 語 であ る。
と こ ろ で ど う だ ろう か 。 ︽こ の ﹁指 定 ﹂ と か ﹁推 量 ﹂ と か いう 助 動 詞 の 呼 び 名 は 、 愼 重 な 考 慮 を經 て つけ ら れ
た も のだ ろう か ︾ と いう と 、 どう も そ う で は な いと 思 う 。 命 名 者 は ﹁ら し い﹂ ﹁れ る﹂ ﹁な い﹂ そ の他 の ひと つひ
と つ の助 動 詞 に對 し て 、 これ は 話 し 手 の氣 持 を 表 わ す も のだ ろ う か 、 そ れ と も こ れ は ⋮ ⋮な ど と 考 慮 し て き め た
も の では な いと 思 う 。 時 枝 博 士 は 、 尊 敬 の助 動 詞 に つ い て 、 次 の よ う に 述 べ て お ら れ る が 、( 57)正 に そ の と お り であ る 。 宮 は琵 琶 を彈 か せ 給 ふ 。 師 は喜 ば れ る 。
右 の 用 法 は 話 手 の敬 意 の表 現 であ つ て、 第 三 者 の敬 意 でな い こ と は 明 か で あ る 。 し て 見 れ ば、 右 の ﹁せ ﹂
﹁れ る﹂ は これ を 詞 と 見 る こ と が 不穩 當 であ つて 、辭 と 見 る べき で は な い かと 考 へら れ る 。 これ に つ い て は 、
猶 後 に 詳 か に 述 べ る つも り であ る が 、 右 の様 な 敬 語 は 、 話 手 の敬 意 に基 いた 語 に は 違 ひな いが 、 語 と し て は 、
客體 的 な 事 物 の 特 殊 な 把 握 を 表 現 し て ゐ る の で あ つ て 、 か か る 把 握 を 通 し て 敬 意 を 表 現 し て ゐ る こ と に な る
﹁話 し 手 ﹂ の 尊 敬 で あ る こ と を 一往 は 認 め ら れ な が ら も、
の で あ る か ら 、 語 と し て は や は り 客體 的 な も の の 表 現 と 考 へ て よ い の で あ る 。 博 士 は 、 こ こ で 、 ﹁尊 敬 ﹂ の 助 動 詞 に對 し て 、 ﹁箪 敬 ﹂ は
﹁推 量 ﹂ と か いう 呼 び 名 は、
そ の 内 容 を 吟 味 さ れ る こ と に よ って 、 語 と し て は 客觀 的 表 現 に屬 す る も の で あ る と斷 定 さ れ た の で あ る 。 私 は こ
の 行 き 方 を 、 す べ て の 助 動 詞 に對 し て 試 み る べ き だ と 思 う 。 つ ま り 、 ﹁指 定 ﹂ と か
﹁な い﹂ も 、 ﹁否 定 ﹂ の 助 動 詞 と 言 う の を そ の ま ま 認 め て 、 否 定 し て い る の は 誰 だ 、 話 し
こ の 際 す べ て そ の妥 當 性 に つ い て 再檢 討 を 行 う べ き 時 だ と 思 う の で あ る 。 こ ん な わ け で 私 の 考 え で は 、 こ の 節 で 問 題 に し て いる 助 動 詞
手 だ 、 そ れ な ら 、 と 簡單 に 考 え て は い け な い と 思 う の で あ る 。 先 に 述 べ た よ う に 、 ﹁な い ﹂ は 、 客觀 的 な屬 性 や
状 態 を 表 わ し て い る と 見 る べ き 、 多 く の證據 を も っ て い る 。( 58) 私 は 、 そ こ で 、 ︽﹁な い﹂ は 、 ﹁⋮ ⋮ ガ 否定 サ レ ル
﹁ら し い ﹂ を 取 り 上 げ よ う 。 ﹁ら し い ﹂ は 、 普 通 に は 、 ︽推 量 の 助 動 詞 ︾ と 呼 ば れ、 「う ﹂ ﹁よ
屬 性 ヲ モ ッテ イ ル ( ま た は 、 状 態 ニ ア ル )﹂ と いう こ と を 表 わ す 助 動 詞 で 、 客觀 的 な 表 現 に 用 い ら れ る 助 動 詞 だ ︾ と 思 う の であ る 。
十 二 ﹁な い ﹂ の 次 に は
う ﹂ ﹁だ ろ う ﹂ と の差 違 は 、 ﹁う ﹂ は單 な る 推 量 で あ る が 、 ﹁ら し い﹂ は 客觀 的 な 根據 を も って 推 量 す る 語 だ 、 と
﹁辭﹂ の 方 に屬 さ せ て お ら れ
言 わ れ て い る も の で あ る 。( 59) こ の 見 方 に 從 う な ら ば 、 客觀 的 な 根據 は あ る と し て も 、 推 量 を 行 う の は 話 者 自 身 で あ る か ら 、 主觀 的 表 現 を な す 語 だ と い う こ と に な る 。 事 實、 時 枝 博 士 等 (6 )0 も る 。 が 、 私 は こ れ は ち が う と 思 う 。( 6 1)
う 意 義 を 表 わ す 助 動 詞 で、 客觀 表 現 に 用 いら れ る 助 動 詞 だ と 述 べた 。 が、 ﹁ら し い﹂ に對 し ても 、 そ れ と 全 く 同
私 は、 第 六 節 で、 ﹁そ う だ ﹂ を ﹁だ ろ う ﹂ と 比 較 し な が ら 、 ﹁そ う だ ﹂ は ﹁⋮ ⋮ト 推 量 サ レ ル状 態 ニア ル﹂ と い
じ こと が 言 え る と 思 う 。( 62) す な わ ち 、 ﹁ら し い﹂ は 推 量 を 表 わ す 助 動 詞 で あ る よ り 先 に、 あ る も の があ る 状 態
にあ ること ( あ る いは あ る屬 性 を も って いる こ と )、 を 表 わ す 語 だ と 思 う 。 ど う いう 状 態 にあ る こ と を 表 わ す か
と 言 え ば 、 ﹁ア ル モ ノ ガ ⋮ ⋮ ト 推 定 サ レ ル状 態 ニア ル (屬性 ヲ モ ッテ イ ル)﹂ と いう こと を 表 わ す 語 だ と 言 いた い。
と こ ろ で 、 前 節 で 、 私 は ﹁な い﹂ に關 し て 、 否 定 す る の は誰 だ と 考 え る のは 無 意 味 だ 、 と 述 べた が 、 こ の こ と
は ﹁ら し い﹂ に つ いても 全 く 同 様 であ る。 状 態 にあ る こと を 表 わ す 語 であ る 以 上 は ︽そ う 推 量 す る の は 誰 か ︾ と
問 う べき で は な く て、 ︽そう いう 状 態 に あ る のは 誰 か ︾ と 問 わ な け れ ば な ら な い こと に な る 。 そ の答 え は 、 そ の
文 の主 語 であ る こと ま ち が いな い。 も っと も 、 強 いて 話 者 以 外 の推 量 を 表 わ す 例 を あ げ よ と な ら ば 、 彼 も 行 く ら し い か い?
のよ う な 質 問 を あ げ る こ と が でき る と 思 う 。 こ れ は 、 相 手 にと って そ う 推 測 さ れ る か ど う か を た ず ね て いる も の と 解釋 す る。 ﹁だ ろう ﹂ を 用 いた 彼も行く だろうか ?
と いう 言 い方 を 比 べ て み る と 、 こ っち は 、 話 者 の推 量 を 相 手 に た ず ね て い る と いう ち が いが あ る と 思 う 。
こ のよ う な 、 ﹁ら し い﹂ が 話 者 以 外 の人 の推 量 を 表 わ し て いる 例 は 、 次 のよ う に、 いく ら で も 集 め る こ と が で
き る 。 こ れ ら の文 で 推 量 を し て い る の は 、 作 者 の 芥 川 龍 之 介 で は な く 、 そ の場 そ の場 で、 あ る い は襌 智 内 供 で あ
り 、 あ る いは 五 位 の 周圍 の人 で あ り、 あ る いは 信 子 であ り 、 あ る いは 金 花 であ る 。 ﹁ら し か った ﹂ と いう 言 い方 が あ る點 も、 ﹁ら し い﹂ が客觀 表 現 の語 であ る こ と を 表 わ し て いる と 思 う 。
(1或 )夜 の事 で あ る 。 日 が 暮 れ て か ら 急 に 風 が 出 た と 見 え て、 塔 の 風 鐸 の 鳴 る 音 が、 う る さ い程 枕 に通 つ て 來
た 。 そ の上 、 寒 さ も め つき り 加 は つた の で、 老 年 の内 供 は寝 つかう と し ても 寝 つか れ な い。 そ こ で床 の中 で
ま じ ま じ し てゐ る と、 ふ と 鼻 が 何 時 にな く 、 むず 痒 い の に氣 が つ いた 。 手 を あ て て見 る と 少 し 水 氣 が來 た や
う にむ く ん でゐ る。 ど う や ら そ こだ け、 熱 さ へも あ る ら し い。( 芥川 ﹁鼻﹂︹ 全集Ⅰ の八 一ページ︺)
(2五 )位 は これ ら の揶揄 に對 し て、 全 然 無 感覺 で あ つた 。 少 く も わ き 眼 に は 、 無 感覺 であ る ら し く 思 は れ た 。
彼 は 何 を 云 は れ ても 、 顔 の色 さ へ變 へた 事 がな い。默 つて例 の薄 い口 髭 を 撫 で な がら 、 す るだ け の事 を し て す ま し て ゐ る 。( 芥川 ﹁芋粥﹂ ︹ 全集Ⅰ の 一四 ページ︺)
(3だ ) ん だ ん 秋 が深 く な つて 來 た 。 信 子 は 何 時 か 机 に 向 つて、 ペ ンを 執 る 事 が稀 にな つた 。 そ の 時 に は も う 夫
の方 も 、 前 程 彼 女 の文 學 談 を 珍 し が らな いや う に な つて ゐ た 。 彼 等 は 夜 毎 に 長 火 鉢 を 隔 て て、瑣 末 な 家 庭 の
經 濟 の 話 に 時 間 を 殺 す こと を覺 え 出 し た 。 そ の上又 か う 云 ふ 話 題 は 、 少 く とも 晩 酌 後 の夫 にと つ て最 も 興 味 が あ る ら し か つた。( 芥川 ﹁ 秋﹂ ︹ 全集Ⅲ一一 ペー ジ︺)
(4金 ) 花 は 思 は ず 立 ち 上 つて 、 こ の 見 慣 れ な い外 國 人 の 姿 へ、 呆 氣 に と ら れ た 視 線 を 投 げ た 。 客 の年 頃 は 三 十
五 六 でも あ ら う か。 縞 目 のあ る ら し い茶 の背 廣 に 、 同 じ 巾 地 の鳥 打 帽 を か ぶ つた、 眼 の大 き い、顋 髭 の あ る 、 頬 の 日 に焼 け た 男 で あ つた 。( 芥川 ﹁ 南京 の基督﹂ ︹ 全集Ⅲ 二〇三 ページ︺)
要 す る に ︽﹁ら し い﹂ は ﹁⋮⋮卜推定 サ レ ル状態 ニア ル﹂ ( ま たは屬 性 ヲ モ ッテイ ル)と いう意 を も つ助 動 詞 であ って、
客觀 的 な敍 述 に用 いら れ る語だ︾ と 思う 。 時 枝 博 士 は ﹁よう だ ﹂ と いう 語 の ﹁よ う ﹂ の部 分を ﹁詞 ﹂ の 一種 と 見 て
お ら れ る よ う であ る が、( 63) ﹁ら し い﹂ は そ の ﹁よ う だ﹂ と 性 質 を 同 じ く す る 。 博 士 が ︽﹁ら し い﹂ は ﹁よ う だ ﹂ に 置 き 換 え ら れ る ︾ と 言 ってお ら れ る の は、( 64)當 た って いる と 思う 。
十三
最 後 に殘 った 助 動 詞 は、 ﹁で す ﹂ と ﹁ま す ﹂ と であ る 。 こ れ は、 一般 に は ︽丁 寧 の 意 を 表 わ す 助 動 詞 ︾ だ と 言
わ れ て いた が、 時 枝 博 士 に よ って 、 特 に ︽話 の聽 手 に對 す る 敬 意 の表 現 ︾ と 規 定 さ れ、( 65) こ れ が 現 在 最 も 有 力
な 説 で あ る 。 そ う 見 る 以 上 、 當 然 主觀 的 表 現 の語 と な る わ け であ って、 博 士 も これ を ﹁辭﹂ の 一種 と さ れ、 ﹁敬
辭 ﹂ と 呼 ん でお ら れ る 。 由 來 、 時 枝 文 法 に お いて、 敬 語 論 は す ぐ れ た 論 考 と し て 定 評 のあ る と こ ろ で あ る。( 66)
そ の ﹁です ﹂ ﹁ま す ﹂ に し て、 活 用 のあ る こと は 見 逃 が せな い事 實 で あ る 。( 67) 然 ら ば 、 ︽主觀 的 表 現 を な す 助 動
詞 は 活 用 を せず ︾ と いう 私 の論 は 、破 れ ざ る を 得 な い のだ ろう か 。 これ に對す る私 見 を 述 べて み よ う 。
第 一に、 私 は 、 ﹁です ﹂ ﹁ま す ﹂ に對 し て 諸 家 の學 説 と は 非 常 に ち が った 考 え を も って い る。 す な わ ち 、 私 は
﹁で す ﹂ も ﹁ま す ﹂ も 、 丁 寧 の 意 味 の助 動 詞 と も 考 え な いし 、 聞 手 に對 す る 敬 意 を 表 わ す 助 動 詞 と も 考 え な い の
であ る 。 ﹁です ﹂ の方 は ま だ よ い。 ﹁ま す ﹂ に 至 って は 一つの助 動 詞 と 見 る こと に疑 問 を も って いる 。 こ う 言 う と 、 い か にも 突 飛 であ ろ う が 、 ま あ 、 聞 いて 頂 こう 。
私 は 、 ﹁です ﹂ ﹁ま す ﹂ に は 、 他 の 助 動 詞 に た え て見 ら れ な い、 著 し い特 色 が あ る のを 見 逃 が し 得 な いと 思 う 。
そ れ は、 いく つか の セ ンテ ン ス か ら な る 文 章 にお いて、 最 初 の セ ンテ ンス の文 末 そ の他 に ﹁で す ﹂ か ﹁ま す ﹂ を
用 いた ら 、 最 後 ま で そ う 言 った 類 の表 現 で押 し 通 す よ う にな って いる と いう 事 實 であ る 。 そ のた め に 、 ﹁です ﹂
や ﹁ま す ﹂ を 用 いた 文 章 に は 、 特 に ﹁で す ﹂體 と か ﹁です ・ま す ﹂體 と か いう 文體 と し て の名稱 が つ いて い る ほ ど であ る 。( 68) こ れ は 重 要 な 事 だ と 思う 。 これ は 何 を 表 わ す か 。
これ は 、 ﹁日 本 語 ﹂ と 言 う ラ ング の中 に、 ︽文 語體 ︾ と いう 文體 が あ って、 いわ ゆ る ︽口語體 ︾ に對 立 し て いる
事 實 を 思 い起 さ し め る も の だ と 思 う 。 私 た ち は、 文 章 を 書 く 場 合 、 第 一の セ ン テ ン スを 文 語體 で ﹁⋮⋮な り ﹂ と
と め た ら 、 以 下 の文 章 も す べ て これ に 準 じ て文 語 式 な 表 現 を し な け れ ば な らな い こ と に な って いる 。 ﹁です ﹂ ﹁ま
す ﹂ の性 格 は 正 に こ の事 實 を 思 い起 さ せ る も の と 思 う 。 つま り 、 日本 語 の文體 には 、 口 語體 と 文 語體 と が あ る が、
口 語體 の中 に ま た 文體 が 分 れ て いて、 そ の 一つが 、 ﹁だ ﹂體 で あ り、 も う 一つが ﹁です ・ま す ﹂體 だ、 と 解 す べ き だ と 思う 。
﹁ま す ﹂
﹁だ ﹂體 の ﹁起 き る ﹂ に 相 當 す
﹁な り ﹂ で あ る よ う な も の で あ る 。 そ れ で は
そ う す る と 、 ﹁で す ﹂ は ︽﹁で す ・ま す ﹂體 に お け る 、 ﹁だ ﹂ の 役 割 を す る 助 動 詞 だ ︾、と い う こ と に な る 。 そ れ は ち ょ う ど 、 文 語體 にお い て、 ﹁だ ﹂ の役 割 を す る 助 動 詞 が
﹁だ ﹂體 に は な い 。 ﹁起 き ま す ﹂ と な って は じ め て
﹁起 き ま す ﹂ で あ る 。 ち ょ う ど、 そ れ は 、 口 語 の ﹁起 き
﹁起 く ﹂ で あ る よ う な も の で あ る 。 こ う 考 え る と、 ﹁ま す ﹂ は 動 詞 の 一部 と な っ て し
﹁で す ・ま す ﹂體 の 動 詞 が
は ど う か 。 ﹁ま す ﹂ に 當 る 語 は る 。即 ち、 ﹁起 き る ﹂ に 當 る る ﹂ に當 る 文 語 の 言 い方 が
ま う 。 助 動 詞 と は 見 な し が た い と 言 った の は そ の 意 味 で あ る 。
さ て 、 そ れ で は、 ﹁で す ﹂ ﹁ま す ﹂ の 意 味 は ど う か 。 そ こ に 聞 き 手 に對 す る 敬 意 と い う 主觀 的 な 要 素 が 入 っ て い な いか ど う か。 こ こ で次 の こと を 考 え 合 せ た い。 我 が 稻 荷 大 明神 の靈 な る ぞ 。
こ う い う 表 現 が あ った と す る 。 こ れ は 、 ﹁お れ は 稻 荷 大 明神 の靈 だ ぞ ﹂ に 比 べ て 、 荘 重 な 語 氣 が 感 じ ら れ る こ と
﹁だ ﹂ に 荘
は た し か だ と 思 う 。 そ の 力 は ど こ か ら 來 る か 。 そ れ に は 、 ﹁だ ﹂ が ﹁な り ﹂ に な っ て い る こ と が あ ず か っ て 力 が
あ る に ち が い な い 。 が、 こ う いう 事 實 に對 し 、 一般 の 文 典 で 、 ﹁ な り ﹂ の 意 義 を 説 明 し て 、 ﹁な り ﹂ は
重 の 意 義 が 加 わ った も の だ、 と 述 べ て い る も の が あ る だ ろ う か 。 恐 ら く あ る ま い 。 そ れ は 文 語體 と い う も の が そ
﹁だ ﹂ に 當 た る 助 動 詞 だ 、 と 解繹 し て い る
﹁で す ﹂ ﹁ま す ﹂ に 及 ぼ し て よ い と 考 え る 。即 ち こ
う い う 荘 重 な 場 面 に 用 い ら れ 、 ﹁な り ﹂ は そ う い う 文體 で 用 い ら れ る わ け で あ る 。 私 は 、 こ れ に 異 論 は な い 。 そ し て、 こ の 見 方 を
﹁で す ﹂ で あ り 、( 69) ﹁起 き る ﹂ に 當 る 助 動 詞 が
﹁起 き ま す ﹂ で あ る︾( 70)
﹁敍述 ﹂
う な る 。 ︽﹁で す・ ま す ﹂體 は 、社 交 的 な 場 面 に 用 い ら れ る 文體 で あ る 。 そ し て そ の 文體 に 用 い ら れ る 、 ﹁だ ﹂ に 當 る 助 動 詞が
時 枝 博 士 が、 ﹁敬 語 論 ﹂ の 中 で、 次 の よ う に 述 べ てお ら れ る の は 、 正 し い と 思 う 。 ﹁陳 述 ﹂ と いう 語 を
﹁で す ﹂ ﹁で ご ざ いま す ﹂ の對 立 は 、 夫 々 に 陳 述 の 場 面 的 變 容 で あ る 。 そ し て 、 陳 述 の 内 容 そ れ 自
と いう 語 に 換 え れ ば 、 私 は 全 面 的 に贊 成 で あ る 。 ﹁だ ﹂ と
體 は 少 し も 増 減 はさ れ て ゐ な い。( 71)
こ の よ う に考 え れ ば 、 ﹁です ﹂ は ﹁だ ﹂ と 同 じ 意 義 の語 であ り 、 ﹁ ま す ﹂ は 上 の動 詞 に つ い て 一つ の動 詞 を 形 成 す
るも のと 認 め ら れ る 。 ﹁だ ﹂ と 同 じ であ り 、 も し く は 、 一箇 の動 詞 であ る な ら ば 、 客觀 的 な 事 態 を 表 現 す る も の
ゆえ 、 活 用 す る のは 當 然 であ る。 だ か ら 、 ﹁です ﹂も ﹁ま す ﹂ も 活 用 し て 不 思 議 は な い。
十四
以 上、 私 は 、 第 九 節︱ 第 十 三 節 にお い て 、 助 動 詞 ﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ ﹁ら し い﹂ ﹁な い﹂ ﹁で す ﹂ (およ び ﹁ま す ﹂) が、
客觀 的 な 表 現 に 用 いら れ る も の で あ って、 主觀 的 な 表 現 を す るも の では な い こと を 立證 し た つも り であ る 。 も し 、
私 の立 證 に重 大 な あ や ま り が な いな ら ば、 第 五 節 に立 て た 假説 、即 ち 次 の二 條 が證 明 さ れ た こ と にな る 。
そ の 時 の 心 理 の主觀 的 表 現 を す る の に 用 い ら れ る も の で あ る︾
︽助 動 詞 の う ち 、 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ ﹁だ ろ う ﹂ あ る 場 合 の ﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ な ど 、 終 止 形 だ け し か な いも の は 、 話 者 の
〔A〕
な お 、 私 は 同 じ 箇 所 で 次 の こと を 立 證 す る こ と を 約 束 し た 。
詞 ・形 容 詞 と 同 じ く 、 事 態 ・屬性 な ど を 客觀 的 に 表 現 す る の に 用 いら れ る も の で あ る ︾
︽助 動 詞 の う ち 、 ﹁な い﹂ ﹁ら し い﹂ ﹁ま す ﹂ ﹁で す ﹂ ふ つう の ﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ な ど 、 い ろ い ろ の 活 用 形 を も つ も の は 、 動
〔B〕
る。
そ れ が 過 去 の こ と で あ る と か いう こ と を 示 し た り 、 そ う いう 事 態 に あ る も の が 何 であ る か を 示 し た り す る こ
︽客觀 的 な 事 態 にあ る こ とを 述 べ る助 動 詞 は 、 そ の事 態 に あ る こと が 打消 さ れ る 状 態 に あ る と か 、 あ る いは 、
が、 これ は 以 上 述 べ て來 た 間 にお のず か ら 明 ら か にな って來 て いる よ う に 思 う 。即 ち 、 簡 單 に 述 べれ ば こう であ
︽主觀 的 表 現 に 用 いら れ る 語 は 、 文 の 末 尾 以 外 に立 ち 得 な い。 客觀 的 表 現 に 用 いら れ る 語 は 、 種 々 の 位 置 に 立 ち 得 る︾
〔C〕
と が で き る はず で あ る 。 そ れ ゆえ 、 客觀 的 表 現 の助 動 詞 は 、連 用 形 や ら 連體 形 や ら、 あ る いは未 然 形 や ら 假
定 形 や ら を 具 え て い る の であ る。 これ に引 き 換 え 、 主觀 的 表 現 の助 動 詞 の方 は、 そ れ の過 去 と か 、 そ れ の打
消 し と か、 そ れ の對 象 と か いう こ と は 、 意 味 を な さ な い。 そ のた め に、 終 止 形 以 外 の形 はな い の であ る ︾
以 上 、 私 は 、 以 前 か ら 諸 家 に よ り 問 題 にさ れ て いた 、 主觀 的 な 意 義 を も つ語 と、 客觀 的 な 意 義 を も つ語 と に關 す
る 、 私 と し て の分 類 の案 を 提 出 し て み た の であ る が、 最 後 に、 大體 類 似 の意 義 を 表 わ す 語 (あ る いは 連 語 ) で 、 相 對 立 す るも のを 掲 げ 、 一覽に供 し た いと 思う 。
﹁︱ (し ) ま い﹂
(し ) よ う ﹂
﹁ ︱
﹁ ︱
﹁︱
( あ る ) ら し い﹂
( し ) な い つも り だ ﹂
( す る ) つも り だ ﹂
︹客觀 的 表 現 ︺
﹁︱
( あ ろ)う﹂
( あ る)よう だ﹂
︹主觀 的 表 現 ︺
﹁ ︱
﹁ ︱
( あ る ) よ う に 見 え る﹂
志
否定 の意志
意
量
(し ) よ う ﹂
﹁︱
推 ﹁︱
(あ る ) だ ろ う ﹂
( あ り ) そう だ ﹂
﹁︱
﹁︱
( し ) な いそ う だ﹂
(し ) な い ら し い﹂
﹁︱
( し ) な け れ ば な ら な い﹂
﹁︱
﹁︱
( し ) て は いけ な い ﹂
(し ) ま い ﹂
( し ) ろ ﹂( 72)
﹁ ︱
( し ) て も よ い﹂
﹁
(せ ) よ ﹂ ﹁︱
否定 の推量
﹁︱
(す る ) な ﹂ ( 72)
( し) ろ﹂
﹁ ︱
(し ) な い よ う だ ﹂
義 務 ・命 令
﹁︱
(せ ) よ ﹂ ﹁︱
﹁︱
止
﹁︱
( し ) な いだ ろ う ﹂
禁
可
﹁︱
許
問
性
﹁ ︱
﹁︱
﹁︱
(す る ) も の か ﹂
(あ る ) か ﹂
(あ る ) か し ら ﹂ ( 73)
﹁︱
﹁︱
ナイ
﹁︱
(だ っ) た ﹂
( し ) な い﹂
文 語 デ ハ ﹁︱
( あ り ) な ん ﹂、 口 語 ニ ハナ イ
(せ ) ぼ や ﹂、 口 語 ニ ハナ イ
﹁︱
﹁︱
( あ っ) て ほ し い ﹂
(し ) た い ﹂
( あ る ) か も し れ な い﹂
疑 定 (だ っ) け ﹂
望 文 語 デ ハ ﹁︱
能
否 ﹁︱ (だ っ) た ﹂
希 文
可
過 去 ・追 想 ﹁︱
注
こ の 表 に よ り 、 次 の よ う な 事 實 を 看 取 す る こ と が で き る 。 ︽主觀 的 表 現 の 語 句 は 、 活 用 せ ず 、 大體 文 の 最 後 に 用 い
て い る﹂ ま た は ﹁ ︱
す る﹂ ﹁ ︱
た ﹂ の 形 を 有 す る か 、 あ る い は そ う いう 形 に 言 い換 え る こ と が で き る 。
ら れ る 。 これ に 對 し て 、 客觀 的 表 現 の 方 は 、 活 用 を 行 い、 文 の 中 の 種 々 の 位 置 に 立 ち 得 る 。 客觀 的 表 現 の 語 句 は 、 ﹁︱ であ る﹂ ﹁ ︱
主觀 的 表 現 の 語 句 に は そ の よ う な こ と が な い︾
ま た 、 以 上 の よ う に 分 類 し て み る と 、 ︽主觀 的 表 現 の 語 句 に は 、 助 詞 の う ち の 感 動 助 詞 全 部 の ほ か に 、 助 動 詞 ら し か
ら ぬ 助 動 詞 と 、 動 詞 の 命 令 形 が ふ く ま れ る ︾ こ と に な り 、 ︽客觀 的 表 現 の 語 句 の 方 に は 、 代 表 的 な 助 動 詞 が 、 動 詞 ・補 助
﹁辭 ﹂ と 呼 び 、 客觀 的 表 現 の 語 句 を
主觀 的 表 現 の 語 句 を ﹁辭 ﹂ と 呼
﹁辭 ﹂ の 分 類 と 衝 突 す る と こ ろ が 少 か った か ら、
﹁詞 ﹂ ﹁辭 ﹂ の 分 類 に お い て は 、 主觀 的 表 現 の 語 句 を
動 詞 ・補 助 形 容 詞 な ど と と も に屬 す る︾ こ と に な る 。 さ て、 時 枝 博 士 の
﹁詞 ﹂ と 呼 ば れ た 。 こ れ は 、 博 士 の 分 類 で は 、 從 來 の ﹁詞 ﹂ と
そ れ であ ま り 支 障 は な か った 。 が 、 私 が 今 度 提 唱す る 分 類 で は 、 も は や 一方 ︱
び 、 他 方 の客觀 的 表 現 の語 句 を ﹁詞 ﹂ と 呼 ぶ こ と は、 種 々 の不 都 合 を 生 じ る。 そ こ で、 も し 、 私 の こ の 分 類 が 一
つ の見 方 と し て認 め ら れ る場 合 を 考 え る と、 他 の呼 び 名 を 用 意 し て な く 必 要 を 感 じ る 。 小 林 英 夫 博 士 は 、 ﹁文 法
の 原 理 ﹂ の 中 で、 ﹁雨 が 降 る で し ょ う ﹂ のよ う な 文 に お い て 、 ﹁雨 が 降 る ﹂ の部 分 をdictu( 博 m 士 の譯 語 で は
﹁理 ﹂)、 ﹁で し ょう ﹂ の部 分 をmodus (博 士 の譯 語 で は ﹁論 ﹂) と 呼 ん で な ら れ る 。( 74) こ の方 式 に 從 い た い。 つ
ま り 、 も し 私 の分 類 が文 法 的 事 實 の研 究 に 引 用 さ れ る 場 合 に は 、 主觀 的 表 現 の 語句 を ﹁主觀 表 現 ﹂ の語 、 あ る い
はmodusと 呼 び、 客觀 的 表 現 の語 句 を ﹁客觀 表 現 ﹂ の 語 、 あ る いはdictu とm 呼 ん で いた だ き た いと 思 う 。
十五
私 は 、 こ の稿 で 、 私 の 提 唱 す る主觀 表 現 と 客觀 表 現 と の別 に つ い て長 々と 述 べ て 來 た が、 述 べた か った こ と は ま だ ま だ 多 い。 例 え ば 、 (1文 )語 の助 動 詞 に つい て は ど う 思 う か 。 (2文 ) の中 途 に來 る 助 動 詞 の類 に は こ の別 はな いか 。
と いう よ う な こ と は 、 ぜ ひ 述 べ る 必 要 があ った が 、 與 え ら れ た 紙 面 も と う に超 過 し た し 、 〆 切 時 間 も 切 れ てし ま って いる の で 、 今 回 は こ れ で筆 を お く こ と に す る 。
あ と が き
は じ め は 先 先 號 の雜 誌 の 豫 告 の よ う な 、 こ れ と は 全 然 ち が った 内 容 の も の を 投 稿 す る は ず で あ った と こ ろ 、 急
に 豫 定 を 變 更 し た た め に、 ま だ 十 分 想 を 練 って い な いも の を 活 字 に す る こ と に な っ た こ と を 恐 縮 に 思 う 。 山 田 博
士 ・時 枝 博 士 は じ め 先 輩 各 位 の 研 究 に對 し て 妄 評 を 試 み た が 、 も し讀 み ち が え の點 は き つくお 叱 り い た だ き た い 。
⋮ 以 下 が 客觀 的 表 現 で あ る こ と に は ま ず 自 信 が あ る が 、 そ れ に對 す る
﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い ﹂ を 主觀 的 表 現
こ の考 え は 、 一昨 年 の 二 月 ご ろ 、 東 大 の 國 語 學 研 究 室 の 集 ま り で發 表 し た も の で 、 私 と し て は、 ﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ ﹁な い﹂ ⋮
と 見 る こ と に は ち ょ っと 自 信 を缺 く 。 少 く と も 客觀 的 表 現 の 場 合 も あ る よ う に 思 う 。 あ る い は 、 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂
﹁か ﹂ な ど も ) ⋮ ⋮ も 、 ﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ ﹁な い ﹂ ⋮ ⋮ も と も に 客觀 的 表 現 で あ って、
﹁⋮ ⋮ で あ る ﹂ ﹁⋮ ⋮ て い る ﹂ の 意 に敍 述 し て い る の に對 し 、 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂
﹁た ﹂ も 含 め る ) は 、 そ う いう 意 に敍 述 し な い こ と に あ る の か 、 と も 思 う が、 は っき り し な い 。
﹁だ ﹂ ﹁な い ﹂ ﹁ら し い﹂ は
﹁ま い ﹂ (およ び 感 動 助 詞 の 中 で は そ の相 違 は ﹁ま い ﹂ (こ れ に
と に か く い ろ い ろ な點 に つ き、 各 位 の 存 分 な 御 批 正 を 賜 わ り た い と 思 う 。
︹注 ︺ (1 ) ﹃言 語 學 的 日 本 文 典 ・靜辭 篇 ﹄ 二 一七 ペ ー ジお よ び 二 四 五 ペー ジ 。 (2 ) ﹃日 本 文 法 學 概 論 ﹄ 三 〇 五 ペー ジ 。
(3 ) ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ に は こ の ほ か に ﹁夜 が 明 け よ う と す る ﹂ のよ う な 用 法 が あ る 。 こ れ は 、 下 の ﹁と す る ﹂ と い っし ょ
に な って 、 ﹁⋮⋮ ノ 寸 前 ノ 状 態ニ 達 ス ル ﹂ の 意 を 表 わ す も の であ る 。 ﹁ う ﹂ ﹁よ う ﹂ の 部 分 は 未 來 を 表 わ す と い う べ
き だ ろ う か 。 ﹁も う 春 に な ろ う と いう の に ﹂ の ﹁ う ﹂ も 同 じ も の で あ る 。 こ れ は 終 止 形 か 連體 形 か 定 め か ね る 。
が 、 こ の節 の結 論 に は か か わ り が な い の で 、 いちお う 無視 す る こと と す る 。
( 4 ) た だ し 全 然 な い か ど う か は 疑 問 で あ る 。 ﹁そ う も あ ろ う か ﹂ の ﹁う ﹂ は 、 ス ル 可 能 性 ガ ア ル の意 の よ う で も あ る 。
( 5 ) 連體 形 に つく ﹁ ま い﹂ は 次 の よ う な 意 義 を も つ。 (イ反 )對 を 假 想 す る 意 。 例 、 ﹁行 こ う と 行 く ま いと ⋮ ⋮ ﹂
(ロ⋮ ) ⋮ ス ル可 能 性 ガ ナ イ の 意 。 例 、 ﹁あ る ま いも の で も な い (=ア ル 可 能 性 ガ ナ イ ワ ケ デ ハナ イ )﹂ (ハ⋮ ) ⋮ シ テ ハナ ラ ナ イ 。 例 、 ﹁あ ろ う こ と か あ る ま い こ と か ﹂
( 6 ) 名 詞 に つく ﹁だ ろ う ﹂ は ﹁だ ﹂ の 意 味 を 含 ん で い る ゆ え 、 ﹁だ ろ ﹂+ ﹁う ﹂ と いう 二 箇 の 助 動 詞 の 結 合 と 見 る 。 動
終 止 形 で は な く て 終 止 法 だ け が 特 殊 の 意 義 を も って 用 いら れ る も の が す こ ぶ る
﹁け ﹂ を 助 動 詞 と 見 れ ば 、 や は り こ の 例 に な る 。 文 語 に つ い て 調 べ て み る と 、 ﹁終 止 形 だ け し か な
詞 ・形 容 詞 に つく ﹁だ ろ う ﹂ は 文 語 の ﹁ら ん ﹂ に相 當 し 、 名 詞 に つく ﹁だ ろ う ﹂ は 文 語 の ﹁な ら ん ﹂ に 相 當 す る 。 ( 7 ) 追 想 を 表 わ す い ﹂ と いう の は な いが、 終 止 法 ︱
多 い こ と に 氣 付 く 。 ﹁ん ﹂ ﹁ ら ん ﹂ ﹁け ん ﹂ ﹁ら し ﹂ ﹁べし ﹂ ﹁じ ﹂ ﹁ま じ ﹂ ﹁き ﹂ ﹁け り ﹂ ﹁ な り ﹂ な ど いず れ も そ う で あ る 。 こ れ ら に つ い て 述 べ る 余 裕 が な い の は殘 念 で あ る 。
﹁た ﹂ と 言 わ れ て いる が 、 想 起 さ れ た 事 實 を 客觀 的 な 事 實 と し て の べ る
( 8 ) 時 に ﹁き ょう が ぼ く の誕 生 日 だ った こ と を 忘 れ て いた ﹂ の よ う に 連體 形 も 用 いら れ る が 、 用 例 が 稀 な の で 、 こ こ に あ げ て な いた 。 こ れ は ﹁ 想 起 ﹂を 表わす
の に 用 い る ﹁た ﹂ と いう べき か も し れ な い。
( 9 ) こ こ に あ げ た ﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ の 例 の 中 に は 、 感 動 助 詞 と 見 る べ き も の が ま じ っ て い る か も し れ な い。 そ う 見 て も よ い 。 そう 見 て も こ の 稿 の 趣 旨 に變 更 は 起 ら な い。
( 10 ) 文 部 省 文 法 で い う ﹁終 助 詞 ﹂ に相 當 し 、 山 田 文 法 ・橋 本 文 法 で いう ﹁終 助 詞 ﹂ と ﹁間 投 助 詞 ﹂ と を い っし ょ に し た も のに相 當す る。
( 11 ) 終 止 形 以 外 の形 に つく 助 詞 が つか な い こ と は 當 然 で あ る が 、 他 の助 動 詞 に對 し て は 終 止 形 に つく 助 詞 で も 、 つか な いも の が あ る 。 ﹁雨 が 降 ら な いと 困 る ﹂ の よ う な 場 合 の ﹁と ﹂ な ど 。 ( 12 ) 第 八 節 を 参 照 。
(13 ) ﹃改 撰・ 標 準 日 本 文 法 ﹄ 二 一五︲六 ペ ー ジ 、 ﹃ 標 準 日本 口 語 法 ﹄ 四 九︲五 〇 ペー ジ に 見 え る 。 こ の引 用 は 後 者 に よ った 。
(14 ) 動 詞 の ﹁あ り ﹂、形 容 詞 の ﹁な し ﹂ が 用 法 に よ って ﹁辭 ﹂ の側 に 編 入 さ れ 、 助 動 詞 の う ち 受 身 ・可 能 ・使 役 ・敬
譲 ・希 望 の助 動 詞 が﹁ 詞 ﹂ の側 に 編 入 さ れ た よ う な 例 外 が 若 干 あ る 。 詳 細 は ﹁心 的 過 程 と し て の 言 語 本 質觀 ﹂ (﹃ 文
學 ﹄ 五 の六 ・七 )、 ﹃國 語 學 原 論 ﹄ のう ち の ﹁文 法 論 ﹂、 ﹃日 本 文 法 口 語 篇 ﹄ そ の 他 を參 照 。
注 目 す べ き 反對 論 が 出 て い る 。 ﹁時 枝 誠 記 氏 の 文 の概 念 に 就 て ﹂ ( ﹃國 語 と 國 文 學﹄ 一五 の五 )參 照 。 こ れ は 松 下 博 士
(15 ) 早 く 昭 和 十 三 年 に 菊 澤 季 生 氏 に よ って ﹁話 者 の 立 場 を 表 わ す 語 は、 感 動 詞 と 感 動 助 詞 の 一部 に す ぎ な い﹂ と いう
の 見 方 に 近 いも の で あ る 。 ( 16 ) ﹁言 語 過 程 説 に 於 け る 詞 ・辭 の 分 類 に つ い て ﹂ (﹃ 國 語 と 國文 學 ﹄ 二 七 の五 所載 )
( 17 ) 例 え ば 、 永 野 賢 氏 の ﹁言 語 過 程 説 にお け る 形 容 詞 の 取 り 扱 い に つ い て ﹂ (﹃ 國 語 學 ﹄ 第 六輯)・阪 倉 篤 義 氏 の ﹃日 本
文 法 の 話 ﹄ 一五 一︲三 ペ ー ジ ・福 田 良 輔 氏 の ﹁文 の 陳 述 性 に つ い て ﹂ (﹃ 國 語 國 文﹄ 二 一の九 ) (18 ) ﹃日本 文 法 の 話 ﹄ の ﹁文 の構 造 に つ い て ﹂ の う ち の八 四︲八 五 ペー ジ 、 そ の 他 。 (19 ) こ の 論 文 の 一番 最 後 の斷 り 書 き の御參 照 を 乞 う 。
(20 ) ﹁私 は 入 か ら 誘 わ れ て 去 年 も 登 ろ う と 思 った ﹂ と 言 え ば 、 過 去 の こ と が 言 え る の で は な いか 、 と いう 反 問 が 出 る
か と 思 う が 、 こ れ は 時 枝 博 士 が す で に注 意 さ れ た よ う に、 正 し く は ﹁私 は 人 か ら 誘 わ れ て 去 年 も ﹃登 ろ う ﹄ と 思 っ
い。 時 枝 博 士 の ﹁ 菊 澤 氏 に 答 へて ﹂ ( ﹃ 國 語 と 國 文學 ﹄ 一五 の九 )參 照 。
た ﹂ で あ る 。 こ の よ う な 引 用 形 式 の 表 現 を と れ ば 、 誰 のど ん な 場 合 の 心 理 で も 表 わ せ る か ら 、 こ れ は 標 準 に な ら な
(21 ) ﹁彼 は 登 ろ う と 思 った ﹂ と いう 文 が あ る な ら ば 、 こ れ は ﹁彼 は ﹃登 ろ う ﹄ と 思 った ﹂ で あ って 、 ﹃登 ろ う ﹄ の 部 分 は 彼 自 身 か ら 見 て自 分 の 意 志 であ る 。 (1 ) と 比 較 。
﹁つも り だ ﹂ の方 が 、 一々は っき り 話 し 手 の意 圖 、 相 手 の 意 圖、 第 三 者 の意 圖 と いう
な り で あ る が 、 語 と し て は 、 ﹁そ う だ ﹂ は ﹁⋮⋮ ト 推 量 サ レ ル 状 態 ニア ル ﹂ の 意 であ って 、 推 量 す る 人 間 は 實 は 不
(22 ) ﹁殘念 そ う だ ﹂ ﹁あ り そ う だ ﹂ ﹁な さ そ う だ ﹂ と 推 量 し て いる の は 、 文 脈 に よ っ て ﹁私 ﹂ な り ﹁あ な た ﹂ な り ﹁彼 ﹂
定 と 見 る べ き で あ る 。 こ の點
よ う に 變 化 す る のと は ち が う 。 こ れ は ﹁つも り だ ﹂ の方 は ﹁⋮ ⋮ ス ル意 向 ヲ モ ッテ イ ル﹂ の よ う に 能 動 的 の 意 義 で
あ る の に對 し 、 ﹁そ う だ ﹂ の 方 は ﹁ ⋮ ⋮ト 推 量 サ レ ル状 態 ニ ア ル﹂ のよ う に 所 動 的 な 意 義 を も って いる こ と に よ る 。 客觀 的 表 現 で あ る こ と は 問 題 は な い。 第 十 一節 で 改 め て ふ れ る 。 ( 23 ) ﹃ 國 語 論 叢 ﹄ のう ち の ﹁ 降 り さ う だ 降 る さ う だ ﹂ の章 。
ー ジ 、 二 八 ペ ー ジ に 述 べ て お ら れ る あ た り が 最 も 明 解 であ る 。 ま た 、 三 尾 砂 氏 に、 ﹁文 に 於 け る 陳 述 作 用 と は 何 ぞ
( 24 ) ﹃日 本 文 法 論 ﹄ ﹃日 本 文 法 學 概 論 ﹄ な ど の中 の隨 所 に 用 例 が あ る が 、 そ の 説 明 と し て は 、 ﹃日 本 文 法 要 論 ﹄ 二 〇 ペ
や ﹂ (﹃ 國 語 と國 文 學 ﹄ 一六 の 一)と いう 、 山 田博 士 の ﹁陳 述 ﹂ と いう 用 語 に 關 す る精 細 な 考 察 が あ る 。 ( 25 ) ﹃日 本 文 法 學 概 論 ﹄ 一四 八︲九 ペ ー ジ
( 26 ) ﹁動 詞 の 連體 形 に 關 す る 一つ の疑 ひ に つ い て ﹂ ( ﹃ 國 語 と 國 文學 ﹄ 一四 の一一 ) 五 一︲ 五 二 ペー ジ 。 ( 27 ) ﹁言 語 過 程 説 に 於 け る 詞 ・辭 の分 類 に つ い て﹂ ( 前 出 ) 五一︲ 五 二 ペー ジ 。
( 28 ) 中 島 文 雄 博 士 ( ﹃意 味 論 ﹄第 一章 ︱ 第 三章 ) は 、 ブ レ ンタ ー ノ や マ ル テ ィ の 設 を參 照 さ れ て ﹁判斷 ﹂ を 非 常 に 廣 い
( ﹃國 語法 文 章 論﹄ 第 五 章 ) は 、 ﹁本 が あ る ﹂ の よ う な 文 は、
意 味 に 解 さ れ ﹁本 が あ る ﹂ と 言 え ば ﹁私 は 本 が あ る と 判斷 し て い る ﹂ と いう こ と を 表 現 し て い る の だ と 言 わ れ る 。 佐 久 間 鼎 博 士 (﹃日本 語 の特 質 ﹄ 第 八章 ︱ 第 九 章 )・三 尾 砂 氏
﹁こ れ は ペ ンだ ﹂ の よ う な 文 と は ち が い、 判斷 を 表 現 す る も の で は な い と さ れ る 。 あ と の 考 え の 方 が精 密で 、 事 實 に よ く 合 う 。 第 十 節 でま た ふ れ る 。
と 解 鐸 し て お ら れ 、 ち ょ っと 從 い が た い。
( 29 ) ほ か に 松 下 大 三 郎 博 士 ・湯 澤 幸 吉 郎敎 授 な ど も こ の術 語 を 用 いら れ る が ﹁判斷 ﹂ の作 用 を 別 の 面 か ら 眺 め た も の
( 30 ) ﹃ 國 語 法 研 究 ﹄ 六 六 ペー ジ に よ る 。 (31) ﹃ 國 語 學 原 論﹄ の ﹁文 法 論 ﹂ のう ち の 三 〇 八 ペー ジ 。 ( 32 ) ﹁ 言 語 過 程 説 にお け る 形 容 詞 の取 り 扱 い に つ い て﹂ ( 前出)五 八 ペー ジによ る。
( 33 ) 動 詞 ・形 容 詞 に は 、 ﹁斷定 ﹂ の意 味 も 入 っ て いな いと 思 う 。 ﹁咲く ﹂ や ﹁白い﹂ に 何 と な く斷 定 の 意 が 感 じ ら れ る
の は、 ﹁だ ろ う ﹂ と か ﹁か ﹂ と か いう よ う な 語 が つ い て い な い こ と に よ る も の で あ る 。 だ か ら 、 パ ロ ー ル に 用 いら
れ た ﹁咲く ﹂ や ﹁ 白 い﹂ の 下 に 、 必 要 に應 じ て ゼ ロ記 號 を つ け、 こ れ が ﹁斷定 ﹂ を 表 わ す と す る こ と は で き る と 思
う 。 た だ し 、 そ れ は ﹁必 要 に應 じ て ﹂ で あ る 。 ほ か の 必 要 に應 じ れ ば 、 ﹁咲く ﹂ や ﹁ 白 い﹂ の 下 に 過 去 で な い こ と
を 表 わ す ゼ ロ記 號 や 、 否 定 さ れ な い こ と を 表 わ す ゼ ロ記 號 が 、 つけ ら れ る 場 合 も あ る と 思 う 。
( 34 ) ﹁は じ め て文 法 を敎 へる 時 に ﹂ (﹃國 語 學 ﹄ V ) 九 六 ・ 一〇 〇 ペー ジ 。 次 の (35 ) と 同 じ 論 文 の と こ ろ ど こ ろ 。 ( 35 ) ﹁言 語 過 程 説 に 於 け る 詞 ・辭 の 分 類 に つ い て ﹂ ( 前 出 ) 五 四︲五 五 ペ ー ジ。
件 を も 表 わ す こ と を 指 摘 し て お ら れ る 。 私 は そ れ は 客觀 的 に と ら え ら れ た 意 義 と 見 て よ いと 思 う 。
( 36 ) 大 野 氏 は 萬 葉 集 の例 を 引 き 、 上 代 の未 然 形 ・已 然 形 に は、 他 の活 用 形 と 共 通 の意 義 の ほ か に 假 定 条 件 や ら既 定 条
( 37 ) ﹃日本 文 法 學 概 論 ﹄ 三 五 三︲五 ペー ジ 、 そ の他 。 ( 38 ) ﹃動 詞敍 法 の 研 究 ﹄ 五 一︲五 二 ペー ジ 、 そ の他 。 ( 39 ) ﹃日本 文 法 口 語 篇 ﹄ 一九 八︲二 〇 一ペー ジ 、 そ の 他 。
(40 ) こゝ に 転 載 し た 以 外 に 、 博 士 は ﹁ 美 し い花 が咲 いた り 、 う ま い實 が な った り ﹂ の ﹁た り ﹂ のよ う な 例 を あ げ てお
ら れ る が 、 私 は こ れ は 橋 本 博 士 に從 って 並 立 助 詞 と 見 る。 ま た ﹁犬 見 た よ う な も の ﹂ は ﹁見 た よ う な ﹂ 全體 で ﹁の よ う な ﹂ ﹁に似 た ﹂ と いう 意 を 表 わ し 、 客觀 的敍 述 の 例 だ と 思 う 。
﹁ 勝 利 は確 實 だ﹂ とも
﹁き ま ら な い﹂ と も 言 え る か ら ﹁た ﹂
(41 ) 時 枝 博 士 は ﹁勝 負 は き ま った ﹂ の ﹁た ﹂ は ﹁確 認 ﹂ を 表 わ す と 解釋 さ れ た が、 私 は 、 こ れ も ﹁完 了 ﹂ を 表 わ す 例 だ と 思 う 。 博 士 の 言 わ れ る よ う に 、 同 一の 事 態 に對 し て 、 ﹁き ま った ﹂ と も
は 話 し 手 の主觀 の表 現 だ と も 考 え ら れ る が 、 そ う す る と 、 同 一事 態 に對 し て 、 人 が ち が え ば
﹁ 勝 負 の決 定 が 完 了し
﹁勝 利 は 未 定 だ ﹂ と も 言 え る 、 だ か ら 、 ﹁確 實 ﹂ と い う 語 、 ﹁ 未 定 ﹂ と いう 語 も 話 し 手 の 主觀 の 表 現 だ 、 と な って し
ま う 。 あ る 人 が あ る 事 態 に ﹁勝 負 が き ま った ﹂ と 言 った と す れ ば 、 そ の 人 は 、 そ の事 態 を
た ﹂ と 考 え た 。 そ こ で、 そ の人 は 、 ﹁勝 負 の決 定 が 完 了 し た ﹂ と いう 客觀 的 表 現 で敍 述 し た の だ と 思 う 。
(42) ﹃話 言 葉 の文 法 ﹄ 九 〇︲ 九 一ペー ジ によ る 。 喜 ん だ 時 や 恐 ろ し く 感 じ た 時 に ﹁こ り ゃ 喜 ん だ ﹂ ﹁こ り ゃ 怖 れ た ﹂ と
言 わ な い の は 、 ほ か に ﹁嬉 し い﹂ と か ﹁恐 ろ し い﹂ と か いう レ ッキ と し た 語 が あ る せ い だ ろ う 。 も し ﹁ギ ョギ ョ
だ ﹂ と いう よ う な こ と ば でも 一般 化 し て いた ら 、 あ る いは ﹁驚 いた ﹂ は 使 わ れ な か った か も し れ な い。 古 く は ﹁あ
さ ま し ﹂ と いう 形 容 詞 が あ った 。 なお 、 柳 田 國 男 先 生 の ﹁形 容 詞 の 近 世 史 ﹂ (﹃ 國 語 の将來 ﹄ 所 載 )を參 照 。
(43 ) 代 表 的 な 説 は 、 山 田 孝 雄 博 士 の ﹃日本 文 法 學 概 論 ﹄、時 枝 博 士 の ﹃日 本 文 法 口 語 篇 ﹄ な ど に う か が わ れ る 。 (44 ) ﹁ 言 語 過 程説 に お け る 形 容 詞 の 取 り 扱 い に つ い て ﹂ ( 前 出) 五 七 ページ から 。
(45 ) 形 容 動 詞 の 語 尾 の ﹁だ ﹂ を 判斷 ・斷定 を 表 わ す と 見 ら れ る 山 田 博 士 ・時 枝 博 士 の著 書 で は 、 終 始 一貫 し て 、 こ の
見 方 を と っ てお ら れ る こ と は 當 然 で あ る が、 橋 本 進 吉 博 士 ﹃新 文典 別 記 ・口 語 篇 ﹄ (一三八 ペー ジ ) や 國 立 國 語 研 究
所 報 告 3 ﹃現 代 語 の助 動 詞 ・助 詞 ﹄ ( 二 五五 ペー ジ) な ど に も 、 こ の見 方 が採 用 さ れ て お り 、 定 説 と いう觀 が あ る 。
木 枝增 一氏 の ﹃ 高等 國 文法 新講 ﹄ ( 六 二 三︲四 ペー ジ) は 、 名 詞 に つけ て敍 述 性 を 付 與 す る も の、 と 見 る と 同 時 に、 話
( 例 ﹃口語 法 精 説﹄ 一七 六 ペ
し 手 の判 定 の 氣 持 を 表 わ す 、 と 見 てお ら れ 、 佐 久 間 鼎 博 士 の ﹃ 現 代 日 本 語 法 の 研 究 ﹄ (五九 ペ ー ジ 以 下 )、 三 尾 砂 氏
の ﹃話 言 葉 の 文 法 ﹄、 阪 倉 篤 義 氏 の ﹃日 本 文 法 の 話 ﹄ な ど も こ れ に 近 い。 湯 澤 幸 吉 郎 氏
﹁ 文 の 定 義 ﹂ の 中 に 述 べ ら れ た ﹁﹃見 る﹄ ﹃行 く ﹄ が ﹃思 想 の客體 化 さ れ た
い がす る が 、 そ れ で も、判 定 の 心 理 を 表 わ す と いう 見 方 も 捨 て て は お ら れ な いよ う に 見 受 け ら れ る 。 私 の 見 方 に 最
ー ジ) は 、 多 く の場 合 、單 に敍 述 性 を 付 與 す る も の、 と いう 見 方 に よ ってお ら れ 、 ま こ と に 知 己 に め ぐ り あ った 思
も 近 いも のと し て は 、 大 岩 正 仲 氏 が 論 考
では ある ま いか﹂ ( ﹃ 國 語 學 ﹄第 三 輯 ・七 ペー ジ) と いう 意 見 で あ る 。
側 面 の み を 表 出 し て ゐ る ﹄ と す る な ら ば ﹃山 だ ﹄ ﹃見 た ﹄ も ﹃概 念 の み の言 論 表 現 ﹄ と し て 考 へる こ と が で き る の
(46 ) こ の ほ か に 、 い わ ゆ る 形 式 名 詞 に つく も の で 、 形 式 名 詞 + ﹁だ ﹂ で 、 一種 の 助 動 詞 の よ う に な る も の が あ る 。
﹁⋮ ⋮す る つも り だ ﹂ ﹁⋮ ⋮ す る は ず だ ﹂ な ど 。 ﹁⋮ ⋮ す る つも り だ ﹂ に つ い て は 第 六 節 に の べ た 。 ﹁⋮ ⋮ す る は ず だ ﹂ も 同 様 に し て 、 客觀 的 表 現 の例 であ る こ と が 論斷 で き る 。
﹁コト バ の 旋 律 ﹂ (﹃ 國 語學 ﹄ 第 五 輯 ) の三 八 ペ ー ジ 下 段 の註
﹃コト バ の旋 律 ﹄ ( 前
(2 ) を參 照 い た だ け れ ば 幸 甚 で あ る 。 ソ シ ュー
(47 ) ︽パ ロー ル︾ と いう 行 爲 の結 果 生 じ た 、 意 味 を も った 音 声 の こ と で、 橋 本 博 士 の ﹁現 實 の 言 語 ﹂ に あ た る 。 金 田 一春 彦
ル に は こ の觀 念 を 表 わ す 術 語 を缺 く 。
出 ) の 三 八︲三九 ペ ー ジ の註 の參 照 が 願 わ し い。
(48 ) ﹁言 語 記 號 ﹂ と は神 保 先 生 の ﹁言 語 材 料 ﹂ に あ た り 、 ラ ング を 形 成 す る 要 素 で あ る 。 こ れ も
(49 ) 例えば ﹃ 意 味 論 ﹄ の第 一章・ 第 二 章 な ど 。
( 50 ) 小 林 智 賀平 氏 の ﹃マ ル テ ィ の 言 語 學 ﹄ (一七 四 ペー ジ 以 下 そ の他 ) に よ れ ば 、 例 え ば 、 マ ル ティ は ﹁A は B だ ﹂ ﹁A
が B す る ﹂ と い う よ う な 文 を ﹁二 重 判斷 の文 ﹂ と 呼 び 、 ︽こ の 種 の判斷 が 下 さ れ る 前 に 、 話 し 手 に よ って 、 A の存
﹁ 形 式﹂ と 呼 ば れ、 い
は 、 そ れ は あ て は ま る が 、 ﹁鬼 は ⋮ ⋮ ﹂ と か ﹁地 獄 は ⋮ ⋮ ﹂ と いう 文 に は あ て は ま ら ぬ 。 文 の主 語 に お か れ る と い
在 が 確 認 さ れ て い る ︾ と 述 べ て いる そ う で あ る が 、 變 だ と 思 う 。 中 島 博 士 のあ げ ら れ た ﹁こ の 犬 は 吠 え る ﹂ の例 に
う こ と と 、 存 在 が 確 認 さ れ て い る と いう こ と は 無 關 係 だ と 思 う 。
(51 ) 服 部 四 郎 博 士 は 、 具體 言 語 を 一次 的 に 抽 象 し た も の を ﹁文 ﹂、 文 を さ ら に 抽 象 し た も の を
わ ゆ る ﹁ラ ング ﹂ や ﹁單語 ﹂ と 呼 ば れ る も のは 、 こ の ﹁形 式 ﹂ の 段 階 の抽 象 度 に あ る も の と さ れ た 。 こ の 見 方 に 從
いう こと に な る 。 ﹁メ ン タ リ ズ ム か メ カ ニズ ム か ﹂ ( ﹃言 語 研究 ﹄ 一九 ・二〇 ) の 一 一ペー ジ 以 下 。
う と 、 ﹁判斷﹂ の 心 理 は、 具體 言 語 や ﹁文 ﹂ の 段 階 に は 宿 って い る が 、單 語 や ラ ン グ の段 階 に は 宿 って い な い、 と
參 照 いたゞ け れ ば 一層好 都 合 で あ る 。 時 枝 博 士 が し ば〓
問 題 に し てお ら れ る ﹁明 日 か ら 學 校 だ ﹂ の ﹁だ ﹂ も、 こ
(52 ) ﹁文 の 類 型 ﹂ の 章 の 七 〇︲ 七 一ペ ー ジ 。 金 田 一春 彦 の書 評 ﹃國 語 法 文 章 論 ﹄ (﹃ 國 語 と 國文 學 ﹄ 二 五 の 八) を も あ わ せ
だ ﹂ の 形 の セ ン テ ン スを ﹁判斷 を 表 わ す も の ﹂ と 見 な す
の類 のも のと 考 え る ﹃中 等 國 文 法 別 記 ・口 語 編 ﹄ 一六 八︲九 ペ ー ジ を參 照 。 (53 ) 一般 に 言 論 學・ 文 法 學 で 、 セ ン テ ン ス の類 、 特 に ﹁︱
のは 、 論 理 學 に 毒 さ れ て い る も のと 思 う 。 こ の意 味 で 三 尾 砂 氏 が ﹃國 語 法 文 章 論 ﹄ の 八 六 ペ ー ジ の 二 行︲五 行 に 述 べ
て お ら れ る 言 葉 に會 心 の 拍 手 を送 る 。 と こ ろ が 、 そ の 三 尾 氏 自 身 が ﹁A は B だ ﹂ の 形 の 文 を す べ て ﹁判斷を 表 わ す
も の﹂ と 見 ら れ た の は殘 念 に 思 わ れ る 。 私 な ら ば ﹁A は B だ ﹂ の文 は ﹁有 題敍 述 の文 ﹂ と 呼 び た い。 ま た ﹁だ ﹂ が
﹁斷定 ﹂ を 表 わ す と も 考 え が た い こ と は 、 前 々 節 の 最 後 に 述 べた 、 動 詞 ・形 容 詞 の 場 合 と 同 様 で あ る か ら 省 略 す る 。 ( 54 ) ﹃國 語 學 原 論 ﹄ 二 七 二 ペ ー ジ 、 ﹃日本 文 法・ 口 語 篇 ﹄ 六 二 ペ ー ジ 、 そ の 他 。 ( 55 ) ﹃日本 文 法 の 話 ﹄ 八 四 ペー ジ 。 (56 ) ﹁助 動 詞 と 接 尾 語 ﹂ ( ﹃ 解釋 と 鑑 賞 ﹄ 一七 の 一二所 載 ) 四 五 ペ ー ジ 。 (57 ) ﹃國 語 學 原 論 ﹄ の 二 八 二︲三 ペ ー ジ。
(58 ) ﹁そ う だ ﹂ は 、 ﹁推 量 の 助 動 詞 ﹂ と も 、 ﹁様 態 の助 動 詞 ﹂ と も 呼 ば れ る 。 も し 、 ﹁推 量 の助 動 詞 ﹂ と いう 呼 び 名 か ら 、
﹁推 量 ﹂ し て い る の は 誰 だ 、 と 問 う た ら 、 そ の 答 え は ﹁話 し 手 ﹂ に な る 。 ﹁ 様 態 の 助 動 詞 ﹂ と いう 呼 び 名 か ら 、 ﹁様
態 ﹂ を 呈 し て いる の は 何 か 、 と 問 う た ら 、 そ の答 え は そ の文 の ﹁主 語 ﹂ に な る 。 こ れ を ﹁な い﹂ に あ て は め る な ら
ば 、 ﹁彼 は 來 な い﹂ と いう よ う な 文 に お い て 、 か り に 、 ﹁な い﹂ は ﹁無 爲 の 助 動 詞 ﹂ だ と 呼 ば れ て い た と す る 。 そ う
す る と 、 こ の 文 にお いて ﹁無 爲 ﹂ な の は 誰 だ 、 と 問 え ば、 ﹁彼 ﹂ だ 、 と い う こ と にな る 。 そ う す る と 、 ﹁な い﹂ は 主
﹃高 等 國 文 法 訂 講 ﹄ 五 一七︲八 ペ ー ジ 、 橋 本 博 士 ﹃新 文 典 別 記 口 語 篇 ﹄ 一二 五︲六 ペ ー ジ 、 な ど 。
語 の 行 爲 、 状 態 を 表 わ す 助 動 詞 だ と いう こ と に な った は ず で あ る 。 (59 ) 木 枝 増 一氏
(60 ) ﹃國 語 學 原 論 ﹄ 二九 三 ペー ジ 、 ﹃日本 文 法 口 語 篇 ﹄ 二 〇 六 ペ ー ジ以 後 。
(61 ) 多 く の學 者 が ﹁ら し い﹂ の 意 味 の 説 明 に 用 い てお ら れ る ︽客觀 的 な 根據 を も っ て 推 量 す る ︾ と いう 意 は 、 日 本 語 で は ほ か の 語 で表 わ さ れ る と 思 う 。 す な わ ち ﹁のだ ろ う ﹂ が そ う で あ る 。 (イ彼 )女 はお 嫁 に 行 く だ ろ う 。 (ロ彼 )女 は お 嫁 に 行 く のだ ろ う 。
(イ は) 單 な る 推 量 で あ る が 、 (ロ の)方 は 、 彼 女 は こ の ご ろ 急 に お 化 粧 が 入 念 に な った 、 と か 、 我 々同 僚 の 男 ど も に よ
そ よ そ し い素 振 り を す る よ う に な った 、 と か 、 そ う いう 根據 を も って の 推 量 で あ る 。 こ れ な ら 主觀 的 表 現 の 語 と 見
て よ い。 こ のあ た り の事 實 に 關 し て は 、 松 本龜 次 郎 翁 の ﹃漢譯日 本 口語 文 法敎 科 書 ﹄ の 説 明 が 最 も す ぐ れ て いる 。
こ の書 は 、 形 式 名 詞 ・補 助 動 詞・ 助 詞 な ど の 用 法 の 説 明 な ど 、 な か な か す ぐ れ た 文 典 で あ る の に 、 多 く の學 者 か ら そ の価 値 を無視 さ れ て いる こ と は 不 思 議 で あ る 。
﹁⋮ ⋮ ト 推 量 サ レ ル 状 態 ニ ア ル ( ま
た は 、屬 性 ヲ有 ス ル)﹂ の意 の助 動 詞 だ と 思 う 。 も っと も 意 味 は 多 少 ず れ て い る 。
( 62 ) ﹁そ う だ ﹂ と ﹁ら し い﹂お よび あ と に 出 てく る ﹁よ う だ ﹂ は 、 私 は いず れ も
雨 が 降 って いそ う だ 。
こ れ は 、 外 の 様 子 は 全 然 知 ら な い が 、 先 刻 自 分 が 外 か ら 入 って 來 た 時 に 雨 が 降 って い た 。 そ ん な こ と か ら 、 ま だ 降
って いる だ ろ う 、 と 推 量 さ れ る 、 そ う いう 事 態 に 用 い る 語 で 、 事 態 は 推 量 さ れ る 事 實 に對 し て 弱 い力 し か も って い な い。
雨 が 降 っ て いる ら し い。
こ れ は 窓 か ら 外 を 見 る と 、 外 を 行 く 人 が み な 傘 を さ し て いる 。 そ れ を 見 て、 あ れ は 雨 が 降 って いる ん だ 、 と 推 量 す
る 。 そ う いう 事 態 に 用 い る 語 で、 事 態 は 推 量 さ れ る 事 實 に對 し て か な り 強 い力 を も って いる 。 雨 が 降 っ て いる よ う だ 。
こ れ は 、 ガ ラ ス の 窓 越 し に 見 る と 、 霧 雨 だ と見 え て雨 の實體 は は っき り 見 え な い が 、 向 う の 家 の黑 い塀 のあ た り を
見 る と 、 ど う や ら 細 か い雨 の 糸 が 見 え る よ う な 氣 が す る 。 そ う いう 事 態 に 用 い る 語 で 、 事 態 は 推 量 さ れ る 事 實 に對 し て も っと も 強 い力 を も って い る 。
(辭) に 現 れ た 敬 語 法 ﹂ の節 を參 照 。
( 63 ) ﹃中 等 國 文 法 別 記 ・口 語 編 ﹄ 六 二 ペ ー ジ に 、 ﹁彼 の言 って い る よ う に ﹂ の ﹁よ う ﹂ を ﹁詞 ﹂ と 見 てお ら れ る 例 があ る 。 ( 64 ) 同 書 の 一七 四 ペ ー ジ。 ( 65 ) ﹃國 語 學 原 論 ﹄ の ﹁ 敬 語 論 ﹂ の う ち の ﹁言 語 の主體 的 表 現
( 66 ) 例 え ば 阪 倉 篤 義 氏 の ﹁時 枝 文 法 の 特 質 ﹂ (﹃ 解釋 と鑑 賞 ﹄ 一七 の 一二) 二 六 ペ ー ジ な ど 。 ( 67 ) ﹃ 國 語學 原論 ﹄ 四 九 一ペ ー ジ。
﹁で す・ ま す ﹂體 の存 在 を 認 め て い る 。
( 68 ) 橋 本 博 士 の ﹃國 語 學 原 論 ﹄ の よ う な 概 論 の 書 、 谷 崎 潤一 郎 氏 の ﹃文 章讀 本 ﹄ の よ う な 作 文 指 導 の 書 、 三 尾 砂 氏 の ﹃話 言 葉 の 文 法 ﹄、 日 本 語 教 育 振 興 會 ﹃現 代 敬 語 法 ﹄ の よ う な 文 典 、 いず れ も
が、 三 尾 氏 のも のを 除 き 、 多 く の 日本 の 文 典 で は 、 文體 の 種 類 を 論 ず る 場 合 だ け に こ の 問 題 に 言 及 し 、 助 動 詞 と し
Japaneの se 語 彙f表 oで r 、b 重e要 g語 i彙 nn のe用 r例 sを あ げ る 場 合 に 、 ﹁だ ﹂體 、 ﹁で す ・ま
て の ﹁で す ﹂ ﹁ま す ﹂ を 論 ず る 時 に は 、 こ の問 題 を 全 然 忘 れ 去 っ て い る よ う に 見 え る の は も の た り な い 。A.Rose I nnesのConversational
す ﹂體 、 ﹁で ご ざ い ま す ﹂體 の ち が いを 明 記 し て い る こ と は 注 意 す べ き で あ る 。 こ の區 別 は 日 本 人 に と っ て は 、 ご
く ふ つう の こ と であ る が、 ヨー ロ ッパ 人 な ど か ら 見 れ ば 、 非 常 に 珍 し いも の と し て冩 る に ち が い な い。
( 69 ) ﹁で す ﹂ の 新 し い用 法 と し て 、"ぼ く は 大 辻 司 郎 で あ る です 。 飛 行 機 で墜 落 と は ち ょ っと 情 な か った で す " と い う
よ う な 、 ﹁だ ﹂體 の文 の 文 末 に ﹁で す ﹂ を つ け る 行 き 方 が あ る こ と が 注 意 さ れ て い る 。 こ れ は ﹁ま す ﹂ は 用 いず 、
そ の代 り ﹁です ﹂ (およ び ﹁で し ょう ﹂) の終 止 形 を 、 文 末 に と こ ろ き ら わ ず つけ る 行 き 方 で あ る 。 こ れ は 、 ﹁で す ﹂
を 相 手 に對 す る 尊 敬 の念 の直 接 的 表 現 と し て 用 い た 例 と 思 う 。
( 70 ) 同 様 に 、 次 のよ う な對 立 が 認 め ら れ る こ と に な る 。 上 は ﹁だ ﹂體 の 形 、 下 は ﹁で す ・ま す ﹂體 の 形 。 だ ろ う ︱ で
( す る ) な ﹂ の ﹁︱
( し ) て は い け な い﹂ に對 す る 關
( し ) て は い け な い﹂ の 用 法 のう ち の主 語 が 第 二 人稱
( し ) な け れ ば な ら な い﹂ の 用 法 の う ち 、 主 語 が 第
(し ) な け れ ば な ら な い﹂ ﹁︱
し ょう、 起 き な い︱ 起 き ま せ ん 、 起 き ろ ︱ お 起 き な さ い、 赤 い︱ 赤 です 、 等 、 等 。
( せ ) よ ﹂ ﹁︱
( 71 ) ﹃ 國 語 學 原 論 ﹄ 四 九 一ペ ー ジ。 ( 72 ) ﹁︱
(せ ) よ ﹂ は ﹁ ︱ ﹁ ︱
( す る) か 知 ら ぬ ﹂ で 客觀 的 表 現 の語 句 で あ った 。 こ の よ う な 、
( す る)な ﹂も
係 は 、 他 のも の と ち ょ っと ち が う 。 ﹁︱ 二 人稱 で あ る 場 合 に相 當 す る 。 ﹁︱
( す る) かし ら﹂ は、起 源的 には ﹁ ︱
であ る場合 に相 當す る。 ( 73 ) ﹁︱
客觀 的 表 現 の 語 句 が 主觀 的 表 現 の語 句 に轉 化 す る 例 は 少 く な い。 ﹁た ﹂ ﹁だ ﹂ ﹁よ う ﹂ ﹁ま い﹂ な ど の主觀 的 表 現 の 用
﹃國 語 學 原 論 ﹄ 二 八 七 ペー ジ 以 下 。 も っと も 、 主觀 的 表 現 か ら 客觀 的 表 現 へ の例 は 少 いと 思 う 。 ﹁も う け る ど こ ろ か
法 は 、 いず れ も 客觀的 表 現 の 用 法 か ら轉 來 し た も の と 思 う 。 時 枝 博 士 の いわ ゆ る ﹁詞・ 辭 の轉 換 ﹂ の 説 を參 照 。 例 、
( = デ ハナ ク )、 元 手 ま で す って し ま った ﹂ の よ う な も の が あ る に は あ る が。
(74 ) ﹃言 語 學 方 法 論 考 ﹄ 一七 九︲ 一八 〇 ペ ー ジ に 出 て い る 。 一九 七 ペ ー ジ の、 菓 子 を 食 べ る 眞 似 の 項 を も參 照 。 用 例 が
少 い の で 、 博 士 のdictと umodusの例 が 、 完 全 に 私 の客觀 的 表 現 ・主觀 的 表 現 の 例 に 合 致 す る か ど う か は未 詳 で あ る。
不 變 化 助 動 詞 の 本 質 、 再 論 ︱ 時枝博士 ・水谷氏・兩家に答えて︱
一
小 稿 ﹁不 變 化 助 動 詞 の 本 質 ﹂ に つ い て、 時 枝 [ 誠 記 ]博 士 ・水 谷 ﹁靜夫 ]氏 のお ふ た り か ら 、 本 誌 五 月 號 に さ
解釋 に 迷 わ れ た あ と が 伺 わ れ 、 恐縮 に た え な い。 こ と に 、 水 谷 氏 のも の は 、 私 が 自
っそく 御 批判 を いた だ いた 。兩 家 の御 熱 意 に 敬 意 と 謝 意 を 表 す る 次 第 であ る 。兩 家 の書 か れ た も のを讀 む と、 私 の原 稿 の不 備 か ら 、 いろ〓
明 の こ と と し て いた 中 に 、 種 々 の 問 題 が含 ま れ て いる こと を 指 摘 さ れ 、 有益 であ った 。讀 者 各 位 のう ち にも、兩
家 の よ う に受 取 ってお ら れ る方 も あ る か と 思 う し 、 ま た 、 水 谷 氏 は、 私 の返 答 を 求 め る こ と 甚 だ 急 な る も のが あ
る ゆ え 、 以 下 、 私 の述 べた りな か った と こ ろ を 補 いな が ら、釋 明 と お答 え を 書 き 連 ね る こ と にし た 。
二
時 枝 博 士 は、 ﹁﹃不 變 化 助 動 詞 の本 質 ﹄ を讀 ん で﹂ の中 で 、 私 が、 博 士 の ﹁主體 的 ﹂ と いう 術 語 、 ﹁客體 的 ﹂ と
いう 術 語 を、 博 士 の ﹁主觀 的 ﹂ と いう 術 語 、 ﹁客觀 的 ﹂ と いう 術 語 と 混 同 し て、 博 士 の詞 ・辭 の論 を 批 議 し た こ
と を 戒 め ら れ た。 これ は、 私 が ﹁主觀 的 ﹂ ﹁客觀 的 ﹂ と いう 術 語 を 詳 し く 説 明 し て お かな か った こ と に よ る 誤 解
であ って、 申譯 な く 思 う 。 博 士 は さ ぞ 妙 な 氣 持 で 拙 稿 を讀 ま れ た こと と 思 う が 、 私 の ﹁主觀 的 ﹂ ﹁客觀 的 ﹂ は 、
小 稿 の第 五 節 の最 初 に 引 いた 松 下博 士 の受繼 ぎ であ った 。
松 下 博 士 は 、 ﹃標 準 日 本 文 法 ﹄ ( 改撰本、二 一三︲六 ページ)・﹃標 準 日本 口 語 法 ﹄ ( 四八︲六〇 ペー ジ)にお いて、 こ の
術 語 を 用 いて 、 感 動 詞 (お よ び感 動 助 詞 ) を 他 の單 語 か ら區 別 さ れ た 。 私 は こ の 創説 を 高 く 買 う 。 私 は 、 時 枝 博
士 の ﹁主體 的 ﹂ ﹁客體 的 ﹂ の 別 は 、 松 下博 士 の ﹁主觀 的 ﹂ ﹁客觀 的 ﹂ の別 と 、 同 一の分 類 を 意 圖 し た も のと 見 、 た
だ 實 際 の語 へ の適 用 に 關 し て の み ち が いが あ る と 見 た 。 (こ の點 いか が であ ろ う か 。) そ こ で 、 創 始 者 であ る松 下
博 士 に敬 意 を 表 し て 、 ﹁主觀 的 ﹂ ﹁客觀 的 ﹂ の 術 語 を 用 い た の であ る 。 私 の ﹁主觀 的 ﹂ の 内 容 は 、 博 士 の ﹁主體
的 ﹂ に 、 私 の ﹁客觀 的 ﹂ の内 容 は 、 博 士 の ﹁客體 的 ﹂ に 、 一致 し て いる つも り で あ る 。 そ れ であ え て 、 ﹁主觀 的 ﹂
﹁客觀 的 ﹂ の術 語 に よ って、 博 士 の ﹁詞 ﹂ ﹁辭 ﹂ の 分 類 に つ いて 愚 見 を 述 べた の で あ る 。 そ れ ゆ え 、 ﹁嬉 し い﹂ ﹁悲
し い﹂對 ﹁白 い﹂ ﹁寒い﹂ の 別 は 、 私 は ﹃廣 日 本 文 典 ﹄ [ 大 槻 文 彦] 以 來 の ﹁心 理 内 容 を 表 わ す 形 容 詞 ﹂、﹁屬性 を
表 わす 形 容 詞 ﹂ の 呼 び 方 で い い つも り で いた 。 なお 、 こ の稿 (=再 論 ) で は、 私 の ﹁主觀的 ﹂ ﹁客觀 的 ﹂ の語 を
( 松 下 )﹂ ﹁客觀 的 (松 下 )﹂ と 注 記 す る こ と と す る 。
﹁主體 的 ﹂ ﹁ 客體 的 ﹂ と いう 語 に 改 め て 論 述 す る こ と にす る。 も し 、 前 文 の引 用な ど の關 係 で 、 ﹁主觀 的 ﹂ ﹁客觀 的 ﹂ の術 語 を 用 いる 場 合 に は 、 特 に ﹁主觀 的
そ ん な わ け で 、 私 が ﹁﹃な い﹄ は 客觀 的 な 事 實 の表 現 に 用 いら れ る 語 だ ﹂ と 言 った のは 、 時 枝 博 士 の 用 語 に 改
め れ ば 、 ﹁﹃な い﹄ は、 客體 的 な 事 實 の表 現 に 用 いら れ る 語 だ ﹂ と いう 意 味 であ った 。 け っし て ﹁客體 的 な 事 實 に
對應 し て 用 いら れ る 語 だ ﹂ と いう 意 味 で は な か った 。 ︽客體 的 な 事 實 は 、 客體 的 に し か 表 現 で き な い。 主體 的 な
( 松 下 ) な 事 實 を 表 わ す 語 だ ﹂ と 考 え た 。 そ こ で、 ﹁客觀 的 (松
事 實 は、 主體 的 に も 客體 的 にも 表 現 でき る け れ ど も 。︾ こ の假 説 は 、 正 し い つも り であ る が、 い か が であ ろ う 。 私 は、 ﹁な い﹂ と いう よ う な 助 動 詞 を、 ﹁客觀 的
下 ) な 表 現 に 用 いら れ る 語 だ ﹂ と結 論 し た ので あ る 。 で あ る か ら 、 時 枝 博 士 にた た い て いた だ き た いと こ ろ は 、
﹁な い﹂ や ﹁だ ﹂ ﹁ら し い﹂ な ど を 果 し て客體 的 表 現 の語 と 認 め て よ いか どう か 、 と いう 點 で あ った 。
博 士 のあ げ ら れ た ﹁三 笠 の山 に 出 でし 月 か も ﹂ の ﹁か も ﹂ そ の他 の見 方 は、 そ れ ゆ え、 博 士 に對 し て 特 に異 論
は な い。 そ れ ら は 、 主體 的 な 事 實 を 主體 的 に表 現す る 語 だ と 、 私 も 考 え る 。 た だ 、 最 後 の ﹁猫 が鼠 を 食 ふ﹂ の例
だ け は、 私 は 、 客體 的 事 實 を 客體 的 に表 現 す る 語 だ と 思 う 。 こ れ に つ い ては 、 後 に 述 べ る。
三
次 に、 水 谷 氏 は 、 ﹁﹃不 變 化 助 動 詞 の本 質 ﹄ に質 す ﹂ の中 で 、 ま ず 、 私 の論 旨を 氏 の言 葉 で 要 約 し て 掲 げ 、 次 に 、
四 類 十 二 條 の問 題 を 提 出 し て 返 答 を 求 め てお ら れ る 。 は じ め に 氏 の要 約 に つ いて 解釋 の當 否 を た ず ね てお ら れ る か ら 、 そ れ か らお 答 え しよ う 。
私 は 氏 の要 約 を讀 み、 こ れ では 私 の論 旨 の最 も 重 要 な 部 分 が 誤 解 さ れ て いる と 感 じ た 。 そ れ は 、 氏 の五 〇 ペー ジか ら 五 一ペ ー ジ に 移 る 六行 であ る。
私 の氣 持 で は、 小 稿 で 一番 大 切 な 部 分 は 第 九︱ 十 三 節 で あ る 。 他 の部 分 は 例 え ば 氏 が 九 行 も 費 し て大 意 を と っ
てお ら れ る 第 六節 のご と き は、 時 枝 博 士 も 論 じ てお ら れ 、 別 に 大 き な 反對 意 見 も 出 て いな い部 分 で あ る 。 そ れ に
引 き 換 え 、 第 九︱ 十 三 節 は最 も 新 し い考 え を 盛 り 込 ん だ 野 心 的 な 部 分 であ る。 こ の部 分 こそ 、 最 も 多 く の 反 響 を 期 待 し て いた 部 分 で あ る 。 そ れ を 、
活 用 す る 助 動 詞 を こ れ と 等價 の他 の言 ひ方 に 言 ひ換 へる こと に よ つ て、 活 用 す る助 動 詞 は ⋮ ⋮ と 結 論 し た 。 ( 傍 點筆 者 ) と いう た った 二、 三 行 で 片 付 け る と は 。 ち ょ っと 氣 が ぬ け た 。
いや 、 行數 は と も か く と し て、 問 題 は ﹁等價 の他 の 言 ひ 方 に 言 ひ 換 へる こ と に よ つて ﹂ と いう 言 葉 であ る 。 私
な角度 から、そ れが客
は 決 し て 、 そ んな 安 易 な 方 法 で、 こ の部 分 を 論 證 し て は いな い。 私 は 、 ﹁た ﹂ のあ た り は、 ほ か の人 の論 も あ る
の で 、 あ ま り 詳 し く は 論 じ て いな い が、 ﹁な い﹂ ﹁ら し い﹂ ﹁ま す ﹂ のあ た り は、 いろ〓
體的 表 現 の語 であ る こと を 論 じ て い る つも り であ る 。 少 く とも 、 こ れ ら の助 動 詞 を 主體的 な 表 現 だ と す る 考 え 方 の、 主 要 な 論據 に つ い て は いちお う 愚 見 を 述 べ て いる と 思 う 。
例 え ば、 ﹁な い﹂ は 、 時 枝 博 士 にあ って は ﹁否 定 ﹂ と いう 主體 的 表 現 の 語 で あ る 。 が 、 ﹁な い﹂ が 主體 的 表 現 で あ る こ と の重 要 な 證據 と し て 博 士 があ げ て おら れ る のは 、
﹁る ﹂ ﹁ら る ﹂ な ど は 主 語 の動 作 を 表 は す が、 ﹁ず ﹂ は 話 し 手 の 否 定 し か 表 は し 得 な い。(﹃[ 國語學]原論﹄二八 三︲四ページの摘意)
と いう 一條 に歸 す る と 思 う が いか が で あ ろ う か。 そ の條 に對 す る私 の考 え 方 は 、 一五 九︲ 一六 〇 ペー ジ [ 本書三三
二︲三頁] に 述 べた と お り であ る。即 ち 、 私 の考 え で は 、 ﹁な い﹂ は ﹁否 定 さ れ る屬 性 を も って いる ﹂ こ と を 表 わ
す も の で 、 動 詞 に つけ ば、 そ の現 象 や 作 用 が 現 れ な い こ と 、 行 動 が な さ れ な い こと 、 を 表 わ す 助 動 詞 であ る 。 形
容 詞 の類 に つく も の は、 私 は 後 述 の よ う に 助 動 詞 と は 認 め な いが 、 こ こ に つ い で に 意 義 を 述 べれ ば 、 ﹁反對 の
(あ る いは 、 ち が った )、屬 性 を も って いる ( あ る い は、 状 態 に あ る )﹂ と いう 意 義 を 表 わ す 語 と 考 え る 。 時 枝 博
士 は、 ﹁來 な い﹂ ﹁寒く な い﹂ を 形 容 詞 と 見 る こ と も で き る、 と 言 って お ら れ る が、 こ れ は 、 ﹁な い﹂ を 客體 的 表
現 の 語 と も 見 ら れ る 、 と 述 べら れ たも のと と る 。 博 士 は こ のよ う な 事 實 に氣 付 か れ な が ら 、 な ぜ そ の考 え に 徹 せ ら れ な か った の か 、 惜 し いと 思 う 。
さ て 、 私 は、 小 稿 を讀 み 返 し て み た が、 助 動 詞 ﹁だ ﹂ の條 は 、 水 谷 氏 の 言 わ れ る と お り 、 ほ と ん ど 言 い換 え に
﹁だ ﹂ の用 法 は 、 小 稿 に 述 べた よ う に 三 つあ る 。 いわ ゆ る 形 容 動 詞 の語 尾 と 言 わ れ る も の 、 ﹁⋮⋮ニ
終 始 し て い て 説 明 不 十 分 で あ る こ と に 氣 が つ いた ゆえ 、 こ こ で少 し 補 説 し て お く 。 そも〓
屬 ス ル﹂ ﹁⋮ ⋮ ト 同 ジ ダ ﹂ の意 味 を 表 わ す も の、お よ び 、 長 く な る べ き 語 句 を 簡 潔 に は し ょ った も ので あ る 。 今 、 代 表 と し て、 ﹁⋮ ⋮ ⋮ニ屬 ス ル﹂ ﹁⋮ ⋮ト 同 ジ ダ ﹂ の 意義 の ﹁だ ﹂ を と ろ う 。
私 は 、 こ の ﹁だ ﹂ の表 わ す 意 義 は、 つき つめ て 言 え ば 、 あ るも のが 他 のも の に對 し て 所屬 の關 係 、 ま た は 一致
の關 係 に あ る こ と だ と 思 う 。 そ こ で 、 ﹁だ ﹂ が 主體 的 な 表 現 の 語 か、 客體 的 な 表 現 の語 か、 を 論 じ る た め に は、
﹁關係 にあ る ﹂ と いう 事 實 が、 客體 的 な 事 實 か 、 主體 的 な 事 實 か を 明 ら か にし な け れ ば な ら な い。
時 枝 博 士 は、 一般 に ﹁關 係 ﹂ と いう も のを 主體 的 な 認 識 によ る も のと 考 え て お ら れ る よ う に 見 え る。 そ れ は博
士 の格 助 詞 の論 な ど に伺 わ れ る。 が 、 私 は そ れ に贊 成 し か ね る 。 例 え ば 、 先 に あ げ た 、 ︽猫 が 鼠 を 食 う ︾ に お け
る猫 と 鼠 と の關 係 は、 主體 の認 識 に 先 立 って實 在 し て いる と 私 は 思 う 。 猫 が 鼠 を 食 って い る か 、 窮 鼠 が 反 って猫
に か み つ い て いる か 、 そ のち が い、 つま り 、 猫 と 鼠 と の關 係 のち が いは 、 主體 の認 識 に 先 立 って 實 在 し 、 主體 は
あ と か ら そ のち が いを 認 識 す る の だ と 思 う 。 私 は 、 こ の意 味 で ウ イ リ ヤ ム ・ジ ェー ム ス が、 カ ント の 説 を 批 判 し 、
空 間 的 關 係 ・時 間 的 關 係 ・類 似 關 係 な ど 、 私 た ち が ﹁關係 ﹂ と 呼 ん で いる 多 く の事 實 を、 我 々 の思 考 か ら獨 立 の
實 在 だ と 論 じ た と いう の に贊 成 す る 。 と 同 時 に 、 格 助 詞 な る も の は 、 三 上 章 氏 が ﹃現 代 語 法 序説 ﹄ の 二 二︲ 二 三 ペー ジ に 喝 破 さ れ た よ う に 、 り っぱ な 客體 的 表 現 の語 だ と 思 う 。
と こ ろ で問 題 の ﹁所屬 の關 係 ﹂、 ﹁同 一の關 係 ﹂ であ る が 、 こ れ ま た 主體 の認 識 に 先 立 って 實 在 す るも の であ る
こと 、 他 の關 係 と 變 り な いと 思 う 。 例 え ば 、 吉 田 茂 と いう 個 人 が 日 本 人 の ひ と り であ る こと は 一般 の人 が そ う 認
め る の に 先 立 って事 實 であ る 。 エヴ ェレ スト 山 と いう 個 物 と 、 ﹁世 界 最 高 の 山 ﹂ と いう 概 念 が さ す 個 物 と が 一致
の關 係 に あ る こ と も 、 一般 の人 の 認識 に 先 立 って事 實 で あ る。 ﹁だ ﹂ は そ のよ う な 所屬 や 一致 の 關 係 に あ る こ と
を さ す 。 す な わ ち、 客體 的 な 事 實 を 表 わ す 助 動 詞 であ り、隨 って 客體 的 表 現 に 用 いら れ る助 動 詞 だ と 思 う の であ る。
以 上 は 水 谷氏 の五 〇︲ 五 一ペ ー ジ に 亙 る部 分 に對 す る 私 見 であ る が 、 氏 の要 約 に は そ れ 以 外 にも 、 私 の意 圖 か
ら 外 れ た 部 分 があ る 。 例 え ば 、 五 〇 ペー ジ の、 氏 が私 の論 を 三段 論 法 の 形 に 改 めら れ た 箇 所 が そ れ であ る 。
( 松 下 ) 表 現 の語 であ る︾ と いう こ と の證 明 に 用 いた 事 實 は 、 氏 のさ さ れ る
氏 の 文 を讀 む と 、 私 が、 中 世 哲 學 者 の論 理學 で いう ︽第 一格 A E E ︾ の 誤 謬 を 犯 し た こ と に な る が、 そ れ は ち がう 。 私 が ︽動 詞 ・形 容 詞 は 客觀 的
命 題 6 の事 實 では な い。 ︽動 詞 ・形 容 詞 の意 義 は 、 動 作 ・作 用 と か屬 性 と か いう 意 義 プ ラ ス敍 述 性 だ と考 え ら れ
る︾ と いう、 そ こ にあ る 。 ︽動 詞 ・形容 詞 は 判斷 を 表 わ す ︾ と いう こ と を 論 じ た 條 は、 そ う いう 説 が 學 界 に 出 て
いる の で 、 敬 意 を 表 し て 言 及 し た にす ぎ な い。 私 は 七 九 ペー ジ 下 段 [ 本書 三 一七頁] で、 ︽動 詞 ・形 容 詞 に は 主觀
的 (松 下 ) 要 素 あ り や ︾ の問 題 を 提 出 し た が 、 そ れ は 橋 本 博 士 の見 解 を參 照 す る こ と によ り 、 山 田博 士 等 が ﹁陳
述 ﹂ と 呼 ば れ て いた も のは 、 ﹁敍述 性 ﹂ と いう 客觀 的 な も の と 解釋 さ れ る こ と が 分 った 、 そ こ で こ の問 題 は 解 決 でき た と 考 え た の であ る。
こ ん な わ け で、 こ の條 に 關 し て は 、 私 の 意 圖 は 水 谷 氏 に 傳 わ ら な か った の であ る が 、 氏 が そ う と ら れ た の は、
私 の 八 二 ペー ジ 上 段︲ 八 三 ペー ジ 下 段 二 行 [ 本書三二〇頁 一四︲ 一五行] の説 明 では 、 不 十 分 だ と 思 わ れ た の か と 思
う 。 私 が ﹁敍述 性 ﹂ と 言 わ れ る部 分 を と く に 取 り 上 げ て ﹁⋮ ⋮ト イ ウ 作 用 ヲ 行 ウ﹂ と か ﹁⋮⋮ ト イ ウ 状 態 ニア
ル﹂ の意 味 だ と か いう よ う に 説 明 し た た め に、 は っき り し な く な った か と 思 う が、 そ れ な ら ば、 ﹁敍述 性 ﹂ と い
う よ う な こ と に は じ め か ら ふ れ な いで 、 直 接 に動 詞 の意 義 を 言 って み よ う 。 こ う な る。 ︽﹃咲く ﹄ と いう 語 の意 義
は 、 ﹃開 花 ﹄ と いう 、 時 間 的 推 移 を 含 む 作 用 を 、 そ の推 移 す る ま ま の姿 で 捕 え て 表 現 す る 語 で あ る︾。 ( それ に引
換 え 、 ﹁咲き ﹂ と いう 名 詞 は 、 ﹁開 花 ﹂ と いう 作 用を 時 間 的 推 移 と いう 面 を 捨 象 し て 捕 え て 表 現 す る 語 と 考 え る 。)
こ れ は 客體 界 の事 實 の表 現 であ り 、隨 って 客體 的 表 現 に用 いら れ る 語 だ と いう こ と にな る 。 他 の動 詞 や 形 容 詞 も こ れ に 準 じ て 解釋 でき る と 思 う 。
なお 氏 は こ の へん に 、 多 く の符 號 を 用 い、 古 め か し い論 理學 の術 語 で つめ よ って お ら れ る が 、 私 は 不 思 議 に 思
う 。 こう いう ﹁ 大 概 念 不當 周 延 ﹂ と いう よ う な 問 題 は 、 ︽裏 は 必 ず し も 眞 な ら ず ︾ と いう ご く 簡 單 で し か も ﹁生 産 性 ﹂ のあ る 法 則 であ っさ り 論 じ 去 る こと が で き る の で は な いか し ら 。
なお つ いでな が ら 、 氏 の引 か れ た中 の文 字 、 ﹁﹃咲く ﹄ ト イ ウ作 用 ⋮ ⋮﹂ は 、 ﹁﹃開 花 ﹄ ト イ ウ作 用 ﹂ と 訂 正 さ れ
た い。 氏 は八 二 ペー ジ 下 段 第 七 行 [ 本書三二〇頁末二行]を 引 か れ た が、 こ こ は 他 の箇 所 と 同 様 に、 ﹁﹃開 花 ﹄ ト イ
ウ 作 用 ﹂ と す べき であ った 。 筆 者 の粗 漏 の誤 謬 であ る 。
四
さ て、 水 谷 氏 の文 で は 、 氏 の解釋 さ れ た 要 旨 にあ や ま り が な け れ ば 、 次 の 設 問 の答 え を 聞 き た いと あ る 。 氏 の
論 法 を 借 り る と 、 も し あ や ま り があ れ ば 、 答 え る に 及 ば ず と いう こ と にな る 。 私 は、 氏 の要 旨 に 前 述 の よ う な あ
や ま り があ る と 認 め る 。 そ う す る と ﹁∴答 え る に 及 ぼ ず ﹂ と いう こ と にな り そ う だ 。 が、 論 理 に 合お う と 合 う ま
と いう の は、 氏 の 設問 を讀 む と 、 氏 は 私 の考 え を
必 要 と 思 わ れ る 條 項 に つ い て、 紙 面 の 與 え ら れ て いる 範 園
いと 、 氏 に 幾 分 で も 私 の考 え を わ か って も ら いた い の で 、︱ 到 る と こ ろ で 誤 解 し て いら れ る こと が わ か る の で︱
で 答 え を 述 べる こ と と し た 。 こ れ は 多辯 の誤 謬 と でも 言 いま す かな 。
ま ず 、 疑點 一 ・ 一︱ 一 ・三 は 、 前 項 の後半 に 述 べた こ と で答 え に變 え る。 一 ・二 の第 五︲ 七 行 の ﹁も し 右 の敍
述 性 が ⋮ ⋮ 表 現 な ら ば ﹂ は、 時 枝 博 士 への な 答 え の中 に 述 べた よ う に 誤 解 で あ る。 小 稿 の中 に は 、 ﹁對應﹂ と い
は、
う 語 は 全 然 出 て來 な い こ と に 御 注 意 あ り た い。 一・三 は 、 私 が動 詞 の活 用 形 にど んな 意 義 が宿 って いる か は っき
り 述 べな か った た め の疑 問 か と 思 う が 、 も し そ う な ら ば 答 え る。 ︽現 代 語 に 關 す る 限 り 、 活 用 形 の 一つ〓
職 能 の ち が いを 表 わす も の であ って 、 意 義 は命 令 形 を 除 き 、 皆 同 じ であ る︾。 大 野 氏 は 、 ﹁鶴 が 鳴 き お 芦 邊 を さ し
て ⋮ ⋮ ﹂ のよ う な 中 止 法 に 、 肯 定 判斷 の意 が宿 って いる よ う に と ら れ た が、 そ の論 法 で いく と、 ﹁よ く 學び、 よ
く 遊 べ ﹂ では 、 中 止 法 に命 令 の意 が あ る こと に な る 。 つま り 、 そ の考 え はま ち が いだ と 思 う 。
疑點 一 ・四 の前半 は 、 時 枝 博 士 への釋 明 の中 に述 べた と お り であ る 。 し た が って、 後半 の答 え は、 ︽過 程 説 の
首 唱 者 が 辭 の外 延 を あ や ま った と 考 え る︾ で あ る が、 だ か ら と 言 って 、 私 は 、 ﹁な い﹂ や ﹁ら し い﹂ を ﹁辭 ﹂ と
見 る な、 と は 言 わ な い。 私 は 、 ﹁な い﹂ や ﹁ら し い﹂ を 主體 的 表 現 と 見 る こ と に 反對 であ る が 、 同 時 に、 主體 的
表 現 の 語= 辭 、 客體 的 表 現 の 語= 詞 と 見 る こと に も 反對 で あ る 。 こ の點 、 林 和 比 古 氏 の書 評 ﹃日 本 文 法 の 話 ﹄ (﹃ 語文﹄第八輯)や、 三 上 章 氏 の ﹃現代 語 法 序 説 ﹄ ( 二〇ページ) の説 に贊 成 す る 。
疑點 二 ・ 一は す で に答 え た。 二・ 二 の答 え 、 つま り 命 題 4 の證 明 は 、 一六 六︲ 七 ペ ー ジ [ 本書三三八頁、三四〇
例 え ば 一五 三 ペー ジ 下 段 の第 一五 行︲ 一七 行 [ 本書三 二七頁 一三︲ 一四行]、一五 五 ペー
頁] の ︽ ︾ の中 の文 字 のと な り で 、 私 は 、 水 谷 氏 の命 題 8 か ら 命 題 2 や 4を證 明 し た つも り で は な い。 こ の 説 明 は 、 小 稿 のと こ ろ〓︱
ジ 下 段 の第 一四︲ 一七 行 [ 本書三二九頁末三行]、 な ど に 、 少 しず つ出 し た つも り で あ った が 、 不 完 全 で あ った か も し れ な い。
疑點 二 ・三 は、 前 項 の前半 に 述 べた こ と ゆ え 答 え に は 及 ぶ ま い。 疑點 三 で は 、 疑 が插 ま れ る と いう 考 え の方 を
私 は 聞 き た い。 水 谷 氏 は 、 連體 形 の ﹁う ﹂ に も 意 志 や勸 誘 の意 が あ る と 考 え る の です か。 そ れ とも 、 他 の 一般 の
語 の終 止 形 と 連體 形 の間 に も、 ﹁う ﹂ の終 止 形 と 連體 形 と に平 行 す る 意 義 のち が いが あ る と 言 う の です か 。
疑點 四 ・ 一で は 、 私 の理 論 は、 今 ま で の文 法體 系 に ど れ だ け の統 一性 と 生 産 性 と を 増 す か に關 し て 問 う、 と 前
置 き さ れ て、 次 に四 つ の問 いを 掲 げ てお ら れ る 。 が、 こ の問 い方 には 異議 があ る 。 ど れ だ け の統 一性 と 生 産 性 を
増 す か が 知 りた け れ ば 、 直 接 に そう 問 う て ほ し い。 こ のよ う な 問 に答 え て いる と、 何 か 文 法體 系 に統 一性 と 生 産
性 を 増 す か ど う か が 、 氏 の 出 さ れ た 四 つ の問 に よ って判 定 さ れ て し ま いそ う で、 不 安 であ る。 四 ・ 一︱四 ・四 の
答 えを 望 ま れ るな ら、 ﹁ 統 一性 と 生 産 性 とを 増 す ﹂ 云 々 の言 葉 は 撤 回 し て く れ た ま え 。
さ て、 四・ 一の問 であ る が 、 私 の根 本 的 な 立 場 を ま ず 述 べる と 、 私 は 、 主觀 的 ( 松 下 ) 表 現 と 客觀 的 表 現 ( 松
下 ) の差 異 に よ って、 根 本 的 な 品 詞 分類 を や る意 志 は 全 然 な いと いう こと であ る 。 私 は 、 橋 本 博 士 や 服 部 四 郎 博
士 (﹃ 言語研究﹄第十五號) [ ﹁附屬 語 と附屬 形式﹂]な ど の ﹁職 能 に よ る 品 詞 分 類 ﹂ で 十 分満 足 し て いる 。 ﹁助 動 詞 ら し
い助 動 詞 ﹂ と いう 語 は 、 橋 本 文 法 の立 場 か ら 言 った も の で、 そ の本 質 は、 つま り、 ﹁單獨で は 文 節 を 形 作 ら な い
こ と ﹂ と ﹁動 詞 そ の他 に 規 則 的 に つく こ と ﹂ と、 ﹁つ いた 全體 は 一つ の用 言 のよ う な も の に な る こ と ﹂ な ど で あ
る。 ﹁ 補 助 動 詞 ﹂ は 動 詞 の一 種 、 ﹁補 助 形 容 詞 ﹂ は 形容 詞 の 一種 で、 助 動 詞 と は 別 のも のと 見 る 。
私 は單 語 を いち おう 橋 本 文 法 で 分 け 、 そ れ で説 明 で き な い事 實 を 説 明 す る た め の、 意 義 に よ る 一つ の分 類 と し
て 、 主觀 的 ( 松 下 ) 表 現= モ ド ゥ ス、 客觀 的 ( 松 下 ) 表 現= デ ィク ト ゥム と いう 分 類 を 主 張 し て いる の であ る。
意 義 に よ る單 語 分類 に は 、 ほ か に、 そ れ だ け で 明瞭 な 意 義 を 表 わ す か 、 他 の部 分 と 結 合 し て は じ め て 明 瞭 な 意義
を 表 わす か 、 あ る いは そ の二 つ の結 合 と 見 ら れ る か 、 と いう 分 類 も あ る 。 ヴ ァ ンド リ エ ス の いわ ゆ る セ マ ンテ ー
ムと モ ル フ ェー ム の別 は そ れ だ と 解釋 す る 。 あ る いは 、 三 上 氏 の提 唱 さ れ る ﹁境 遇 性 ﹂ の有 無 に よ る 分 類 も あ れ
ば 、 固有 名 詞 を 他 のす べ て の語 か ら 分 け る分 類 も あ る。 私 は そ れ ら も す べ て 認 め る 。 私 の分 類 は 、 そ う いう 分 類
と並 ん で、 ち がっ た 立 場 か ら 、單 語 を 分 類 し よ う と す る も の で あ る 。 だ か ら 、 例 え ば 、 いわ ゆ る 非 存 在 を 表 わ す
﹁な い﹂ は 、 形 容 詞 で あ り、 セ マ+ モ ル であ り、 デ ィク であ る 。 ﹁咲か な い﹂ の ﹁な い﹂ は、 助 動 詞 であ り 、 モ ル
で あ り 、 デ ィ ク であ る 。 ﹁白 く な い﹂ の ﹁な い﹂ は 、 形 容 詞 であ り、 モ ル で あ り 、 デ ィ ク で あ る 。 誘 いか け の ﹁行 か な い ?﹂ の ﹁な い﹂ は 、 助 動 詞 で あ り、 モ ル であ り 、 モド ゥ ス であ る。
そ れ で、 も し 、 氏 が 私 の 理 論 の ﹁統 一性 ﹂ ﹁生 産 性 ﹂ を 云 々さ れ る な ら ば 、 私 の 提 唱 は 橋 本 文 法 の品 詞 分 け を
く ず さ な いも の、 そ れ の及ば な い點 を 詳 し く し よ う と いう も のだ 、 と いう點 に 御 注 意 あ り た い。 時 枝 文 法 が 橋 本
文 法 の體 系 を 御 破 算 にし 、 全 然 新 し いも のを 作 ろ う と し て いる の と は 、 性 格 を 全 く 異 に す る の であ る 。
次 の四 ・三 は、 い か にも 水 谷 氏 の 言 わ れ る と お り であ る 。 不變 化 助 動 詞 のう ち にも 客觀 的 ( 松 下 ) 表 現を な す
も のが あ る と 言 わ な けれ ば な ら な い。 そ う す る と 、 私 の いう ﹁不變 化 助 動 詞 ﹂ と いう 語 は、 ﹁文 末 に 用 いら れ る 不變 化 助 動 詞﹂ と 改 めま し ょう 。
四 ・四 は最 後 の質 問 で 、 ま ず ﹁陳 述 は 文 が 成 り 立 つた め の必 要 條 件 でな く な る のか ﹂ と いう 問 であ る が 、 これ
は 難 問 であ る 。 ﹁陳 述 ﹂ と いう 多 義 の術 語 が出 て く る が、 そ れ はま あ 一種 の主體 的 意 味 要 素 と 考 え る とし て ﹁⋮ ⋮
な く な る のか ﹂ と いう 問 にう っか り 返 事 を す ると 、 今 ま で は 文 にお いて 陳 述 が 必 要 條 件 で あつ た 、 と いう こ と を
私 が 認 め て しま う こ と に な り そ う だ 。 昔 の論 理 學 で は 、 こう いう 問 い方 を ﹁何 と か の誤 謬 ﹂ と いつ た の と ち が い
ま す か 。 そ こ で 、 問 を ﹁筆 者 は 主體 的 意 味 要 素 が 文 の 成 立 のた め の必 要 條 件 では な いと 見 る の か ﹂ と變 え 、 そ れ に答 え る こと にす る 。 曰 く 、
︽﹁文 ﹂ と いう も のを 、 服 部 博 士 (﹃ 言語研究﹄第十九 ・二十號) [ ﹁メ ンタ リズ ム か メカ ニズ ムか﹂] の よう に、 パ ロ
ー ル の單 位 と 見 る な ら ば、 そ こ に は 主體 的 な 要 素 は 必 ず 存 在 す る 。 し か し 、 大 岩 正 仲 氏 (﹃ 國 語學﹄第 三輯)
[﹁文 の定義 ﹂] のよ う に、 ラ ング の上 の單 位 と し て の文 を 考 え るな ら ば 、 そ こ に は主體 的 な も のは あっ て も な く ても よ い︾
文 の例 と し てあ げ て いる よ う に 思 う 。 ま た 、 服 部 博 士 の ﹁文 ﹂ の場 合 、 そ こ に 必 ず 存 在 す る 主體 的 要 素 は ご く範
私 は 現行 の諸 文 典 は 、 山 田 文 典 ・橋 本 文 典 ・時 枝 文 典 な ど 、 いず れ も 、 パ ロー ル の文 と ラ ング の 文 を 混 ぜ て 、
の狹 いも の で、 芳 賀 綏 氏 が ﹁ 第一 種 の 陳 述 ﹂ と 呼 ん でお ら れ る も の に 相 當 す る と 思 う 。 こ れ の内 容 は 、 今 年 秋 の東 京 で の 國 語 學 會 研 究發 表 會 で 公 表 さ れ る 豫 定 であ る 。
あ と の問 も 、 ﹁ 文 字 言 語 ﹂ と いう も のを 比 喩 的 に し か 認 め な い私 に は 、 何 と も 答 え ら れ な い。
五
以 上 、 十 分意 を つく さ ぬ う ち に指 定 の枚數 を 超 過 し て し ま った。 私 の豫 定 で は 、 水 谷 氏 の問 に 答 え た あ と で、
こち ら か ら も 問 題 を 出 し て答 え を 求 め る つも り で あ った が 、 ま た の機 會 を 待 た な け れ ば な ら な い のは 、殘 念 であ
る 。 最 後 に 、 三 上章 氏 か ら 寄 せ ら れ た 注 意 す べき 見 解 を 紹 介 し て お く 。 そ れ は 、 ︽用 言 の終 止 形 は デ ィ ク で あ る と し ても 、 終 止 法 は モド ゥ ス では な いか ︾ と いう の であ る 。
これ は 、 ﹁法 ﹂ と ﹁活 用 形 ﹂ の別 を 頭 に お い て な か った 私 に は 適 切 な 御 注 意 で、 こ の見 方 に從 え ば 、 私 が デ ィ
ク + モ ド ゥ ス と し た 動 詞 の ﹁命 令 形 ﹂ も ﹁命 令 法 ﹂ と 改 稱 す べき こ と にな り、 用 言 は 、 本 來 デ ィ ク であ る が 、 終
止 ・命 令 二 法 に か ぎ り 、 デ ィク + モ ド ゥ スだ 、 と な る 。 こ の考 え を さ ら に進 め れ ば 、 私 が デ ィ ク と 見 な し た 助 動
詞 も 、 そ の終 止 法 (と 命 令 法 ) は デ ィク + モド ゥ スと な り、 他 方 私 が モド ゥ ス と 見 た ﹁う ﹂ ﹁ま い﹂ ﹁だ ろう ﹂ は 、
終 止 法 を 主 と し て考 え た の で、 そう な った のだ と 説 明 さ れ る 。 こ の 見 方 は 、 換 言 す れ ば 、 ︽あ ら ゆ る 活 用 語 の活
用 形 は デ ィ ク で あ る が、 終 止 ・命 令 二 法 と いう 文 末 に立 つ用 法 は モド ゥ ス だ︾ と いう 二 行 に收 ま り お も し ろ い。
山 田博 士 ・時 枝 博 士 ・大 野 氏 ・阪 倉 氏 の考 え 方 の特 色 も 、 こ の説 で 解釋 でき そ う だ 。 こ の説 に轉 向 し よ う か と 考 慮中 である。
日 本 語 動 詞 の テ ン スと ア ス ペク ト
︹摘 要 ︺
テ ン スお よ び ア ス ペ ク ト の態 と 言 わ れ て いる も のを 整 理 ・分 類 し 、 一つ 一つの各 態 に つ いて 日 本 語 の動 詞 はど
のよ う な 表 現 法 を も って いる のか を 考 察 し て み た 。 内 容 の大 体 は 、 十 三 節 と 十 四 節 を 、 特 に 十 三 節 のう ち の ︻ 第 一表 ︼ を 御 覧 いた だ け ば 、 了 解 し て いた だ け る であ ろう 。
︹も く じ ︺
二 状 態 相 のテ ンス そ の 一 ︱
境 遇 性 のな い過 去 態 に つ いて︱
過 去 態 と 非 過 去態 に つ いて︱
一 プ ロ ロー グ 問 題 のあ り か
三 状 態 相 のテ ン ス そ の 二 ︱
七 状 態 相 のア ス ペ ク ト そ の 二 ︱
六 状 態 相 のア ス ペ ク ト そ の 一 ︱
将 然 態 に つ い て︱
進 行 態 附反 復 進 行 態 に つ い て︱
既 然 態 に つ い て︱
了態 に つ いて︱
八 状 態 想 のア ス ペク ト そ の 三 ︱
単 純 状 態 態 に つ いて︱
完
九 状 態 相 のア ス ペ スト そ の 四 ︱
終結 態 と 既 現 態 に つ いて︱
四 動 作 相 のテ ン ス そ の 一 ︱
十 動 作 相 のア ス ペ スト そ の 一 ︱
始 動 態 と 将 現 態 に つ い て︱
︱ 未 発 態 そ の他 に つ い て︱
十 一 動 作 相 のア ス ペクト そ の 二 ︱
単 純 動 作 態 と 継 続 態 附反 復 継 続 態 に つ いて︱
五 動 作 相 のテ ンス そ の 二
十 二 動 作 相 のア ス ペ ク ト そ の 三 ︱ 十 三 テ ン ス ・ア ス ペ ク ト の諸 態 の関 係
十 四 エピ ロー グ 何 を テ ン ス と言 い、 何 を ア ス ペ ク ト と 言 う か
一 プ ロ ロ ー グ
問 題 のあ り か
日本 語 の動 詞 の アス ペクト の問 題 に つい て論 じ た も の は 少 な く な い。 中 で も 、 松 下大 三 郎 博 士 ︹ 文献 5︺・小 林 好
日博 士 ︹ 文献 7、8︺・佐 久 間 鼎 博 士 ︹ 文献 14︺ のも のな ど は 、 最 も 進 ん だ 説 き 方 を 示 さ れ た も の で 、 啓 発 さ れ る と
こ ろ 多大 であ る。 が 、 明快 に こ の問 題 を 説 明 し お お せ た 文 献 と いう も の は、 ま だ な いよ う な 気 がす る 。 そ れ は 、
原 因 は いろ いろあ ろ う が、 ア スペク トと いう 体系 を構 成 す る 一つ 一つの態 の関 係 がま だ は っき り し て いな い こと に よ る と 思う 。
昨 年 、 国 語 学 会 第 四 回研 究 発 表 会 で 公 開 さ れ た 風 間 力 三 氏 の ﹃動 作 態 の性 格 と そ の表 現 形 態 ﹄ は 、 ア ス ペク ト
に 関 す る さ ら に新 し い分 野を 切 り 開 か れ た 興 味 あ る 発 表 で あ った 。 が 、 こ の点 に つ いて は 、 や は り物 足 り な い点
が あ った 。 例 え ば 氏 は 、 次 のよ う な 三 つ の種 類 のも のを 含 め て これ を ﹁完 了態 ﹂ と 呼 ば れ 、 そ の完 了 態 を ア ス ペ ク ト の一 つ の態 に立 て ら れ た。 (1﹁ ) き ょう は 雪 が降 った 。﹂ の ﹁た ﹂ (2﹁ ) 外 に は 雪 が積 って いる。﹂ の ﹁て い る﹂ (3﹁ ) 雪 がす っか り消 え てし ま う 。﹂ の ﹁てし ま う ﹂
これ は、松尾 捨治郎 博士 ︹ 文献9︺あ た り の考 え を 尊 重 ・踏 襲 さ れ た も の と 思 わ れ る 。 松 尾 博 士 の 見 方 は 次 の
︽(1 は)、 ﹁降 雪 ﹂ と いう 作 用 が 完 了 し た こと を 表 わ す か ら ﹁完 了 態 ﹂ であ る 。 (2の) ﹁て い る﹂ は ﹁積 雪 ﹂ と
よ う であ る。
いう 作 用 が 完 了 し て 、 そ の 結 果 が 残 って いる こ と を 表 わ す か ら ﹁完 了 態 ﹂ で あ る 。 (3の) ﹁て し ま う ﹂ は
﹁雪 の消 失 ﹂ と いう 作 用 が 完 了 す る こ と を 表 わ す か ら 、 や は り ﹁完 了 態 ﹂ で あ る 。︾
が、 私 の考 え で は、 こ の、 ﹁ ︱
た ﹂ と い う 形 、 ﹁︱
て い る ﹂ と い う 形 、 ﹁︱
﹁完 全 に
﹃消 失 ﹄ と い う
て し ま う ﹂ と いう 形 は 、 そ れ
ぞ れ 全 く ち が っ た 意 義 を 表 わ す も の だ と 思 う 。 即 ち 、 ま ず 、 (3の ) ﹁消 え て し ま う ﹂ は
作 用 が 行 わ れ る ﹂ と い う 意 味 で あ る 。 ﹁て し ま う ﹂ は 、 作 用 が 行 わ れ る こ と を 表 わ す 言 い 方 で あ る 。 他 の 言 葉 に 例
﹃積 雪 ﹄ と い う 作 用 が 行 わ れ た 、 そ の 結 果 が ま だ 存 続 し て い る 状 態 に
を と れ ば 、 ﹁降 る ﹂ と か 、 ﹁積 る ﹂ と か い う の と 同 じ 性 格 の も の で 、 て っと り 早 く 言 え ば 、 ﹁ す る ﹂ の 一種 で あ る 。 次 に 、 (2の )、 ﹁積 っ て い る ﹂ は 、 ﹁以 前 に
あ る ﹂ と いう 意 味 で 、 即 ち 、 ﹁て い る ﹂ は 、 あ る も の が あ る 状 態 に あ る こ と を 表 わ す 言 い 方 で あ る 。 つま り 、 ﹁降 り
﹁ あ る ﹂ の 一種 で あ る 。 こ の
す る ﹂ の 形 で 言 い 表 わ す こ と も で き な い。 ま た 、 (1の ) ﹁降 った ﹂
あ る ﹂ の形 で 言 い表 わ す こと は で き
そ う だ ﹂ と か 、 ﹁雪 ら し い﹂ と か いう の と 同 じ 性 格 の も の で 、 て っと り 早 く 言 え ば
﹁︱
二 つ は 全 く 種 類 の ち が った も の で 、 (3の ) ﹁消 え て し ま う ﹂ の 意 味 は 、 ﹁︱ ず 、 逆 に (2の ) ﹁積 っ て い る ﹂ の 意 味 を
す る﹂ とも、 ﹁ ︱
あ る ﹂ と も 言 い 換 え ら れ な い も の 、 ﹁状 態 に あ る こ と を 表 わ す ﹂ と も 言 え ず 、 ﹁作 用 が 行
は 、 ﹁﹃降 雪 ﹄ と いう 作 用 が 完 了 し た ﹂ と い う 意 味 を 表 わ す 、 と い う 以 外 に は 説 明 し よ う の な い も の で 、 こ れ ま た 、 ﹁︱
わ れ る こ と を 表 わ す ﹂ と も 言 え ず 、 こ れ こ そ 、 ﹁完 了を 表 わす ﹂ と し か 言 え な いも の であ る 。 で、 こ れ は 、 ﹁積 っ
た ﹂ と か ﹁消 え た ﹂ と か いう 形 と 同 じ 類 に属 す る も の で、 ﹁﹃し た ﹄ の類 であ る ﹂ と いう べき も の と 思 う 。
即 ち、 上 にあ げ た 見 方 は 、 こ の、 (1)﹁完 了 し た こ と を 表 わ す ﹂ ( 以 下 こ れ を 短 く ﹁完 了 を 表 わ す ﹂ と いう ) と
し か 言 え な い言 い方 、 (2)﹁あ る も のが あ る 状 態 にあ る こ と を 表 わ す ﹂ (以 下 これ を 短 く ﹁状 態 を 表 わ す ﹂ と いう )
言 い方 、 (3﹁ ) あ る作用 が行われ る ことを表 わす﹂ ( 以 下 これ を ﹁動 作 を 表 わ す ﹂ と いう ) 言 い方 、 と いう 三 つの
も のを 混 同 し て いる と こ ろ に、 考 う べ き 余 地 があ る と 思 う 。 こ の稿 で は 、 私 の考 え る ﹁ア スペ クト の態 の種 類﹂
と ﹁それ ら 相互 の関 係﹂ を 論 じ 、 そ の 一つ一 つ の態 を 言 い表 わ す た め に、 日本 語 は ど う いう 形 を も って いる か を 述 べ て み た い。
二 状 態 相 の テ ン ス そ の 一︱
過 去態 と非 過去態 に ついて︱
は じ め に、 ﹁ア ス ペク ト の 一つ 一つの態 ﹂ と 呼 ば れ て い る も の の内 容 を 検 討 す る に先 立 ち 、 ア ス ペク ト と 密 接 な 関 係 を も って いる ﹁テ ンス﹂ に つ いて 論 じ て お き た い。
日本 語 の テ ン ス に つ いて は 、 最 近、 三 上 章 氏 が ﹃現代 語 法 序 説 ﹄ に明 快 な 説 を 提 出 さ れ た 。 そ も そ も 、 テ ン ス
は 、 ﹃英 語学 辞 典 ﹄ に は 、 ﹁動 詞 に お け る 時 間的 関 係 を 示 す 文 法 範 疇 ﹂ だ 、 と あ る 。 こ れ は ︽あ る 現 象 が 、 話 し 手
が そ れ に つ いて 話 し て いる よ り も 、 時 間 的 に前 の事 柄 で あ る か 、 あ と の事 柄 で あ る か、 (あ る いは ち ょう ど 話 の
行 わ れ て いる 時 に 起 こ って いる 事 柄 で あ る か ) を 、 言 葉 の上 に し め す し る し であ る︾ と 解 し て よ いか と 思 う 。 今 、
こ の見 地 か ら 日本 語 を 眺 め て みる と 、 日本 語 に は ま ず 、 ﹁過 去 を 表 わ す ﹂ と 言 え そ う な 言 い方 が 見 出 さ れ る 。 す なわち、 昨 日 は 十 日だ った 。
た ﹂ の 形 が これ で あ る 。 こ れ は ﹁過 去態 ﹂ と 呼 ぼ う 。 助 動 詞 ﹁た ﹂ は 過 去 を 表 わ す 積 極 的 な
私 は 以前 大 阪 に いた 。 と いう 場 合 の ﹁ ︱
し る し で あ る 。 こ れ に 対 し て 、 ﹁未 来 態 ﹂ ﹁現 在 態 ﹂ を 表 わ す 積 極 的 な し る し を も った 形 は な い か と 探 し て み る と 、 ど う も な い よ う で あ る 。 即 ち 、 ﹁現 在 ﹂ の 事 実 は 、 今 日 は 十 一日 で あ る 。 と いう 何 も つか な い形 で表 わ し 、 ﹁ 未 来 ﹂ の事 実 は 、 同 じ く 、 明 日は十 二日である。
で 表 わ す か ら で あ る 。 又 、 過 去 ・現 在 ・未 来 の 別 を 超 越 し た 事 実 、 即 ち 、 超 時 の 事 実 も 、 十 日 の次 は 十 一日 で あ る 。
た﹂
と い う 同 じ 形 で 表 わ さ れ る 。 松 下 大 三 郎 博 士 の いわ ゆ る ﹁超 時 態﹂ の表 現 であ る 。 た だ し 、 こう いう 場 合 、 ﹁積
﹁た ﹂ の つ か な い 形 で 表 わ さ れ る ︾
た ﹂ で あ り 、 ﹁非 過 去 態 ﹂ の し る し は 、 た だ の ﹁ ︱
﹂ ( 時 枝博 士
︹ 文 献 17︺ の 用 語 を ま ね
﹁非 過 去 態 ﹂ と が あ り 、 ﹁過 去
極 的 な し る し を も った 形 がな い﹂ と いう こと は ﹁ど ん な 形 で も と れ る ﹂ と いう 意 味 で は な い。 例 え ば 、 ﹁ ︱
︽現 在 の 事 実 、 未 来 の 事 実 、 超 時 の 事 実 は
と いう 形 を と る こ と は 許 さ れ な い。 つ ま り 、 正 確 に は 、
﹁︱
と いう べ き で あ る 。 即 ち 、 こ の 見 方 に 立 て ば 、 日 本 語 の テ ン ス に は 、 ﹁過 去 態 ﹂ と 態 ﹂ のしる しは
れ ば ゼ ロ記 号 ) であ る と いう こと にな る 。
と こ ろ で 、 私 は、 過 去 を 表 わ す 助 動 詞 は ﹁た﹂ だ と 述 べ た が 、 あ ま ね く 認 め ら れ て い る と お り 逆 に 、 ﹁た ﹂ は
い つも 過 去 を 表 わ す と いう わ け で はな い。 ﹁た ﹂ は、 ほ か に、 完 了 や ら 回 想 を も 表 わ す 助 動 詞 であ る 。 ﹁た ﹂ が過
去 を 表 わ す と いう の は、 限 ら れ た 場 合 で、 す な わ ち 状 態 を 表 わ す 動 詞 ︹ 文献 21︺・形 容 詞 、 お よ び 指 定 の助 動 詞
﹁だ﹂ に つく 時 で あ る 。動 作 動 詞 ︹ 文献 21︺ に つく 場 合 は 、 次 節 に の べ る よ う に 、 ﹁過 去 ﹂ を 表 わ す と いう よ り
﹁完 了 ﹂ を 表 わ す と いう べき であ る 。 た だ し 、 松 下 博 士 ︹ 文 献6︺ の よ う に、 ﹁た ﹂ の意 味 を す べ て ﹁完 了﹂ だ と
き め こ む のは 、 正 し く な いと 思 う 。 状 態 動 詞 や 形 容 詞 に つ いた 場合 、 ﹁完 了 を 表 わ す ﹂ と いう の は 意 味 を な さ な いと 思 う 。
私 は ﹁過 去 ﹂ の意 味 を 表 わ す も の と 、 ﹁完 了﹂ を 表 わ す も のと は 、 同 じ テ ン ス の中 でも 、 種 類 のち が った も の
と 見 て、 過 去 の意 味 を 表 わ す も のを ﹁状態 相 のテ ン ス﹂ と 呼ぼ う と 思 う 。古 代 の 日本 語 で は 、 動 作 相 の過 去 態 に
は ﹁き ﹂ と ﹁つ﹂ が 用 いら れ た。 ﹁た り ﹂ と ﹁ぬ ﹂ は、 動 作 相 の過 去 態 に は 用 いら れ た が、 状 態 相 の 過 去 態 に は 用 いら れ な か った 。 な お、 日 本 語 の状 態 相 の テ ン ス に つ い ては 、 次 の事 実 が 注 意 さ れ る 。
(1﹁ ) ︱ た ﹂ の形 は 、 過 去 を 表 わ す こ と 以 上 の と お り であ る が 、 こ れ は け っし て同 時 に ﹁現 在 は そ う で は な
い﹂ と い う 意 味 を 表 わ す わ け で は な い 。 こ の 椅 子 は き の う こ こ に あ った 。
と い う 場 合 、 そ の 椅 子 は 現 在 そ こ に は な い か も し れ な い が 、 あ る か も し れ な い。 こ の、 あ と の場 合 は、 こ の 椅 子 は き の う か ら こ こ に あ った 。
﹁た ﹂ を つけ な い で も 表 現 さ れ る 。
︹ 文 献 20 ︺ の 説 か れ る よ う に 、 ﹁き の
have を b使 ee うnと こ ろ で 、 ﹁た ﹂ の 一用 法 と 見 る べ き で あ ろ う 。
と も 言 え る 。 こ の よ う な 場 合 は 、 ﹁た ﹂ は 、 き の う か ら 現 在 ま で の 長 い 期 間 に お け る 事 態 を 表 わ す わ け で あ る 。 英 語 な ら ば 、to な お 、 こ の事 態 は こ の椅 子 は き のう か ら こ こ にあ る 。 こ の よ う な 場 合 、 ﹁あ る ﹂ と い う か 、 ﹁あ っ た ﹂ と いう か は 、 三 上 章 氏
う か ら ﹂ の ﹁き の う ﹂ と いう と こ ろ に 重 点 が お か れ る か ど う か に よ っ て き ま る 。
(2﹁ ) ︱ た ﹂ が、 ﹁状 態 ﹂ を 表 わ す 動 詞 ・形 容 詞 お よ び ﹁︱ だ ﹂ の 形 に つ いた 時 に は ﹁過 去 態 ﹂ を 表 わ す と 述 べ た が 、 時 に ﹁想 起 ﹂ を 表 わ す 場 合 が あ る 。 例 え ば 、 そ う そ う 、 き ょ う は ぼ く の 誕 生 日 だ った 。
﹁た ﹂ の 特 殊 用 法 で あ る 。 何 と な れ
﹁た ﹂ と 言 わ れ て い る の は 、 ま さ し く こ れ で あ る 。 が 、 学 者 に
﹁想 い つ く べ き で あ った こ と を 今 想 い つ い た ﹂ と い う 気 持 を 主 観 的 に 表 わ す も の で あ る 。 山 田 博 ﹁回 想 ﹂ を 表 わ す
﹁た ﹂ の 代 表 的 な 用 法 と し て い る の は 正 し く な い 。 こ れ は
︹ 文 献 4︺ な ど に よ っ て
の ﹁た ﹂ は 士
よ って こ れ を
ば 、 こ れ は い つ も 終 止 法 と し て 用 いら れ る 。 い わ ば 活 用 の な い も の で あ る 。 つ ま り 、 助 動 詞 と い う よ り も 感
動 助 詞 に 近 い も の で あ る 。 こ れ は 、 テ ン ス を 表 わ す も の で は な い。 と 言 っ て 、 ア ス ペ ク ト の一 種 で も な い 。
テ ン スや ア ス ペク ト は 、 話 し 手 に と って客 観 的 な 事 柄 を 言 い表 わ す のに 対 し て 、 これ は 話 し 手 に と って は 主
観 的 な 事 柄 を 表 わ す も の であ る 。 これ は 小 林 英 夫 氏
︹ 文 献 13 ︺・三 上 章 氏
︹ 文 献 20 、 22︺ に な ら って 、 モ ド ゥ ス
﹁よ う ﹂ ﹁う ﹂ は 、 文 典 に よ っ て は 、 未 来 を 表 わ す と 言 っ て い る も の が あ る
と 呼 ぶ べ き も の の一 種 だ と 考 え る 。 テ ン ス や ア ス ペ ク ト は 、 そ れ に 対 し て 、 デ ィ ク ト ゥ ム で あ る 。 (3) ﹁大 き す ぎ よ う ﹂ ﹁赤 か ろ う ﹂ の
が 、 あ や ま り で あ る 。 こ れ も 話 し 手 の 推 量 の 気 持 を 主 観 的 に 言 い表 わ す も の で 、 す な わ ち 一種 の モ ド ゥ ス で
境遇性 のな い過去態 に ついて︱
あ る 。 だ か ら 、 こ れ も 、 終 止 法 し かな い。
三 状 態 相 の テ ン ス そ の 二︱
前 節 に お い て、 ﹁た ﹂ が 状 態 動 詞 や 形 容 詞 に つく 場 合 は 、 過 去 の助 動 詞 だ と 言 った が 、 今 、 少 し 、 考 え を 進 め
て 、 ﹁た ﹂ に次 のよ う な 用 法 があ る こと に 思 い至 る と 、 ﹁た ﹂ を 無 造 作 に過 去 を 表 わ す 語 だ と 主 張 す る の が 不 安 に な ってく る 。 す な わ ち 、 来 年 受 け て だ め だ った時 は 、 来 来 年 受 け る さ 。 も し 食 べ て苦 か った ら お 捨 てな さ い。
のよ う な 場 合 、 ﹁だ め だ った ﹂ ﹁苦 か った ﹂ の 示 す 事 態 は 、 話 の 行 わ れ て いる 時 にく ら べれ ば 未 来 の こ と に属 す る 。 こ の よ う な 場 合 の ﹁た ﹂ の意 味 は 、 何 か。
こ れ は 、 だ め であ る事 態 や 、 に が い事 態 が 、 次 に 来 る ﹁来 来 年 受 け る ﹂ ﹁捨 て る ﹂ 動 作 よ り も 以 前 であ る こ と
を 表 わ す も ので あ る 。 す な わ ち ﹁た ﹂ は 過 去 を 表 わ す も の で は な く て、 以前 を 表 わす と いう こ と にな る 。 今 、 こ の見 方 を 、 先 の、 き のう は 十 日だ った 。
の例 に流 用す る な ら ば 、 こ の ﹁た ﹂ は 、 ﹁十 日 と いう 日 が 話 の 行 わ れ て いる よ り も 以 前 であ る こ と を 表 わ す ﹂ と
言 え る 。 そ う す る と 、 ﹁過 去 を 表 わ す ﹂ と さ れ た
﹁た ﹂ も
﹁以 前 を 表 わ す ﹂ で 説 明 が つく こ と に な る 。 つ ま り 、
﹁た ﹂ は 過 去 を 表 わ す と い う べ き で は な く て 、 ﹁以 前 ﹂ を 表 わ す と い う べ き か と も 考 え ら れ る 。 が 、 恐 ら く こ れ は こ う 解 す べき で あ ろ う 。
︽﹁た ﹂ は 状 態 動 詞 や 形 容 詞 に つく 場 合 、 二 種 類 の 意 味 を も つ こ と が で き る 。 (甲 ) 話 の 行 わ れ て い る 時 よ り
も以前 、すな わち過去 である ことを示 す場合 、と、 ( 乙 ) 次 に述 べら れ る 事 実 よ り も 以 前 で あ る こ と を 示 す 場 合 、 と で あ る 。︾
I
were⋮"
︽話 し 手 が 話 し て い る よ り も ⋮ ⋮ ︾ と い う 定 義 か ら は は ず れ る こ と に
こ こ で 、 問 題 は 、 (乙 ) の 場 合 を も 、 果 し て テ ン ス と い う べ き か ど う か に あ る 。 こ れ を テ ン ス と す れ ば 、 そ の 場 合 テ ン スは 、 私 が こ の節 の 最 初 に掲 げ た
な る 。 が 、 英 語 な ど の 例 を 見 る と 、 こ の 乙 種 の よ う な 場 合 も テ ン ス に 入 れ て い る よ う だ 。 例 え ば 、"If
の よ う な 例 が こ れ だ と 思 う が 、 こ れ も テ ン ス の 一種 と 見 、 過 去 態 と し て い る よ う で あ る 。 そ こ で 慣 用 に し た が っ
て 、 これ を も 、 テ ン ス の過 去 態 に 入れ て お く こ と に す る。 そ う す る と 、 テ ン ス の意 味 は 当 然 修 正 さ れ る こ と にな る 。 こ れ は 先 に 行 って 述 べ よ う 。
﹁今 年 ﹂ ﹁来 年 ﹂ ﹁き の う ﹂ ﹁き ょ う ﹂ の 類 、 動
三 上 章 氏 ︹文献 20︺ は 、 話 し 手 と の 関 係 が そ の 語 の 意 義 の 一部 と な って い る よ う な 単 語 を 名 付 け て 、 ﹁境 遇 性 の あ る 語 ﹂ と 名 付 け ら れ た 。 す な わ ち 、 一切 の 代 名 詞 、 名 詞 の う ち
詞 の う ち の ﹁来 る ﹂ ﹁行 く ﹂ ﹁や る ﹂ ﹁く れ る ﹂ な ど は い ず れ も 境 遇 性 の あ る 語 で あ る 。 今 、 こ の 用 語 を 借 り る と 、
﹁一般 名 詞 ﹂ 的 で あ り 、 甲 種 の 方 は
﹁代 名 詞 ﹂ 的 で あ る 。
甲 種 の 過 去 態 は 、 ﹁境 遇 性 ﹂ を も った 使 い方 で あ る 。 乙 種 の 過 去 態 は 、 ﹁境 遇 性 ﹂ を も た な い使 い 方 で あ る 。 乙 種 の ﹁た ﹂ は 、 よ り
こ のよ う な 、 境 遇 性 を も た な い過 去 態 を 認 め る と す る と 、 これ は 、 境 遇 性 を も た な い非 過 去 態 に 対 立 す る も の と考えら れる。
四 動 作 相 の テ ン ス そ の 一︱完 た﹂ は
﹁完 了 態 ﹂ と
﹁完 了 を 表 わ す と い う よ り 他 に 言 い 方 の な い 形 だ ﹂ と 言
了態 に ついて︱
私 は 、一 節 に お い て 、 ﹁雪 が 降 った ﹂ の ﹁︱
った 。 こ れ は 、 ﹁あ る 動 作 な り 作 用 な り が 、 す で に実 現 ず み だ ﹂ と い う 事 態 を 表 わ す 形 で あ る 。 こ れ を 呼 ぼう と 思 う 。
英 語 な ど で は 、 こ の 完 了 態 は テ ン ス の う ち の 一 つ の 形 式 と さ れ て い る 。︹ 文 献 2︺ こ こ で も そ れ に従 お う 。 こ の
た﹂
完 了 態 と 、 前 節 の 過 去 態 と の ち が い は 、 ﹁動 作 な り 作 用 な り が ⋮ ⋮ ﹂ と い う 一句 に あ る 。 そ う い う 以 上 は 、 こ の
テ ン スは 状 態 を 表 わ す 動 詞 や 一般 の 形容 詞 な ど に つ い て は 現 れ な いこ と に な る 。 て っと り 早 く 言 え ば 、 ﹁ ︱
の 形 が 、 も し 状 態 を 表 わ す 動 詞 や 形 容 詞 な ど に つ いた 場 合 に は 、 そ れ は ﹁過 去態 ﹂ で、 動 作 ・作 用 を 表 わ す 動 詞
に つ いた 場 合 に は ﹁完 了 態 ﹂ だ 、 と いう わ け であ る 。 こ の完 了 態 およ び そ れ と 同 類 のも のを 、 ﹁動作 相 の テ ンス﹂ と 呼 ぼう 。
と こ ろ で動 作 動 詞 に つ いた ﹁た ﹂ は、 従 来 の文 典 の中 に (a () b 二)つ の種 類 のも の があ る と さ れ て いる 。 (aき ) のう 彼 に 逢 った。 (bあ ) っ! 月 が 出 た !
こ のう ち 、 (bの)方 は 、 現 在 そ の 結 果 が 存 続 し て いる 、 こ れ が ﹁完 了態 ﹂ であ って 、 (a の)方 は 、 単 に 過 去 の 出
来 事 と し て述 べ て い る か ら 、 ﹁過 去 態 ﹂ だ と 説 明 さ れ て き た 。︹ 文献 10、 20︺ す な わ ち 、 (a の)方 は 、 二節 に 述 べ た
﹁月 が 出 た ﹂ の ﹁︱
た﹂も
﹁あ った ﹂ ﹁いた ﹂ の類 と 同 類 と 考 え ら れ て いた 。 こ れ ら は 英 語 に 訳 せ ば 、 な る ほ ど 、 (1 は)過 去 形 にな り、 (2 は)
た﹂も
﹁逢 う ﹂ と い う 動 作 、 ﹁出 る ﹂ と い う 作 用 が 完 了 し た こ と を 表 わ す も の で あ る 。
い わ ゆ る 現 在 完 了 の 形 に な る 。 が 、 考 え て み る と 、 ﹁彼 に 逢 った ﹂ の ﹁ ︱ 話 を し て いる 時 か ら 見 て 、 と も に
そ の点 で は 区 別 が な い 。 こ れ は ち ょ う ど 、 二 節 に の べ た 、
(a) こ の 椅 子 は き の う は こ こ に あ った 。 (b) こ の椅 子 は き の う か ら こ こ に あ った 。
の二 つに 対 応 す る も の であ る。 こ の区 別 を 立 て る こ と は も ち ろ ん 差 支 え な い。 が 、 私 は、 そ れ よ り も 、 完 了態 の ﹁た ﹂ の 中 の 次 の 二 つ の 区 別 を 重 要 視 す べ き だ と 思 う 。
月 が出 た !
(甲 ) き の う 彼 に 逢 った 。 あ っ!
(乙 ) こ の お 薬 は 、 御 飯 を 食 べ た あ と で お 飲 み な さ い 。 あ す 雨 が 降 った ら 行 く のを よ そ う 。
こ の う ち 、 (乙 ) の ﹁食 べ た ﹂ ﹁降 った ﹂ は 完 了 の事 態 を 表 わ す が 、 話 を し て い る 時 を 標 準 と す れ ば 、 ま だ 完 了
(甲 )、 (乙 ) は 、 状 態 相 の テ ン ス の う ち の 次 の
(甲 )、 (乙 ) に 対 応 す る も の で あ る 。
以 前 で あ る 。 ﹁薬 を 飲 む ﹂ ﹁よ す ﹂ が 表 わ す 動 作 が 行 わ れ る 時 を 標 準 と し た 場 合 に 、 す で に 完 了 し て い る こ と を 表 わ し て いる の であ る。 こ の (甲 ) き の う は 十 日 だ った 。 (乙 ) 来 年 受 け て だ め だ った 時 は ⋮ ⋮
つ ま り 、 甲 種 は 、 ﹁境 遇 性 を も った 完 了 態 ﹂ の ﹁た ﹂ で あ る 。 な お 、 次 の よ う な ち が い 方 に 注 意 。 (甲 ) 昨 日 逢 った 人 に ま た 逢 っ た 。 ⋮ ⋮ 境 遇 性 あ り 。 (乙 ) 前 に 逢 った 人 に ま た 逢 う こ と は ⋮ ⋮ 。 ⋮ ⋮ 境 遇 性 な し 。
︹ 文 献 19︺ の い わ ゆ る、 時 を 超 越 し た
﹁た ﹂
英 語 に 改 め る と 、 (甲 ) は た だ の 過 去 形 を 用 い 、 (乙 ) は 完 了 形 を 用 い る と こ ろ で あ ろ う 。 境 遇 性 の な い完 了 形 は 、 終 止 法 に 用 いら れ る こと は 少 な い が、 あ る こ と は あ る 。 三 上 氏
こ れ が い わ ゆ る 筆 が 枯 れ た と いう の で し ょ う か 。
の用 法 と いう の が こ れ だ と 思う 。
な お 、 完 了 態 に つ いて 注 意 す べき こ とを 述 べれ ば︱
(1さ )き に、 ﹁状 態 動 詞 ﹂プ ラ ス ﹁た ﹂ の形 が い つも ﹁過 去態 ﹂ を 表 わ す と は 限 ら な か った が、 そ れ と 同 時 に 、
﹁動 作 動 詞 ﹂ プ ラ ス ﹁た ﹂ の 形 も 、 い つも 完 了態 を 表 わ す と は 限 ら な い。 例え ば ﹁よ し 、 買 った ! ﹂ は ﹁﹃買
う ﹄ と いう こ と を 決 定 し た ﹂ と いう 意 味 の モド ゥ スを 表 わ し 、 ﹁さ あ 、 ど いた !﹂ は ﹁ど け ! ﹂ と 同 じ く 命
令 の意 味 の モド ゥ スを 表 わ す 。 これ ら は 終 止 法 だ け し か な い、 と いう 点 で 、 二 節 に か か げ た 想 起 を 表 わ す
﹁た ﹂ と 同 じ よ う な も ので あ る 。 いわ ば 、 助 動 詞 の ﹁た ﹂ と し て は 特 殊 用 法 であ る。 な お 、 ﹁た ﹂ は 確 認 を 表
わ す と いう 見 方 ︹ 文献11︺も あ る が、 賛 成 でき な い。 そ の 理 由 は 別 の 場 所 で述 べた 。︹ 文献 22︺
(2過 )去 態 の ﹁た ﹂ と 完 了態 の ﹁た ﹂ と のち が い の 一つに 、 完 了態 の ﹁た ﹂ は つけ る と つけ な いと で意 味 が は っき り ち が う 傾 向 が あ る 。 これ は特 に 境 遇 性 のな い ﹁た ﹂ に お いて 著 し い。 も し 来 年 受 け てだ め だ った ら ⋮ ⋮ ( 過 去態) こ れ は ﹁だ め な ら ﹂ と 言 いか け て も 同 じ 事 実 を 言 う こ と にな る。 あ し た 雨 が 降 った ら ⋮ ⋮ (完 了 態 )
こ れ は 、 実 際 にあ し た にな って 空 模 様 を 見 た 時 の こ と を 考 え て の発 言 で あ る 。 ﹁雨 が 降 る な ら ﹂ と 言 いか え る と 、 夕刊 の天 気 予 報 でも 見 て の発 言 と いう こ と に な る 。
︵3" )a broken のw 意a味 tで ch﹁" 壊 れ た 時 計 ﹂ と いう 時 の ﹁た ﹂ は 、 ﹁て いる ﹂ と 同 じ 意 味 で あ る か ら 、 こ こ に
述 べ る ﹁た ﹂ と は ち が う 。 次 の節 に 述 べ る状 態 相 の ア ス ペク ト の 一種 、 即 ち ﹁既 然 態 ﹂ を 表 わ す も の であ る 。
watch
which
was の b意 ro 味kでe、n﹁昨y日e壊 sれ terday
こ の種 の も の は 、 次 の 名 詞 に 対 す る 述 語 と し て 言 い表 わ せ ば 、 ﹁時 計 が 壊 れ て いる ﹂ と な る。 ﹁時 計 が 壊 れ た ﹂ と は 言 え な い。 同 じ よ う な 形 であ る が 、"the
た 時 計 ﹂ と い った 時 の ﹁た ﹂ は 、 ﹁て い る ﹂ の意 味 で は な いか ら ﹁完 了 態 ﹂ の ﹁た ﹂ であ る 。 こ の 種 の も の は 、 名 詞 の位 置 を 変 え ても ﹁た ﹂ のま ま で あ る 。
継 続 的 な 動 作 ・作 用 を 意 味 す る 動 詞 ︱
す な わ ち 継 続 動 詞 であ る か、 瞬 間 的 な 動 作 ・作 用 を 意 味 す る 動 詞︱
(4あ )と に 述 べ る ア ス ペク ト の諸 態 に お いて は、 そ の態 を と り 得 る 動 詞 が 動 作 動 詞 であ る 場 合 、 そ の動 詞 が 、
︱ す な わ ち 瞬 間 動 詞 であ る か を 一々問 題 に す る 。 そ こ で 、 こ の 際 完 了 態 の ﹁た ﹂ が つく 動 詞も 、 た だ 動 作 動
詞 だ と 言 って お かず に 継 続 動 詞 であ る か 、 瞬 間 動 詞 であ る か を 考 え て お き た いと 思 う 。
ち ょ っと考 え ると 、 ﹁た ﹂ は 継 続 動 詞 に も 瞬 間 動 詞 にも つく と 見 て よ いよ う に 思 う 。 例 え ば 、 ﹁読 ん だ ﹂ ﹁書
いた ﹂ は 継 続 動 詞 に つ いた 場 合 だ 、 ﹁死 ん だ ﹂ ﹁消 え た﹂ は 瞬 間 動 詞 に つ いた 場 合 だ 、 と いう よ う に。 が 、 も
っと 考 え て み る と 、 こ のう ち ﹁読 ん だ ﹂ ﹁書 いた ﹂ に は 問 題 があ る 。 と いう のは 、 ﹁読 む ﹂ ﹁書 く ﹂ は な る ほ
ど 継 続 的 な 動 作 を 表 わ す 動 詞 であ る が 、 ﹁読 ん だ﹂ ﹁書 いた ﹂ と いう 時 は そ の ﹁継 続 的 ﹂ と いう 意 味 を 無 視 し
て 用 いて いる こ と に 気 付 か れ る か ら で あ る 。 書 写 中 の意 味 で ﹁書 いて いる ﹂ と いう と き は 、 ﹁書 く ﹂ を 継 続 動 詞 と し て用 いて いる の で あ る が、 ﹁著 述 が あ る﹂ の意 味 で、 あ の人 は た く さ ん の 小説 を 書 いて いる 。
と いう 場 合 に は 、 ﹁書 く ﹂ は 、 継 続 動 詞 と し て の意 味 を 無 視 し て使 って いる よ う な も の で あ る 。 こ のよ う な 場
合 ﹁書 く ﹂ は 臨 時 に 瞬 間 動 詞 と し て 用 いら れ て いる と 言 って よ いと 思 う 。 ﹁書 い た ﹂ や ﹁読 ん だ﹂ に お け る
﹁書 く ﹂ や ﹁読 む ﹂ の意 味 も 、 ち ょう ど こ れ と 同 じ よ う な も の であ る。 し た が って 、 ﹁た ﹂ は 瞬 間 動 詞 に つく 、 と 言 って よ く 、 ﹁完 了 態 ﹂ は 瞬 間 動 詞 のも つ態 だ と 言 って よ さ そ う で あ る 。
(5英 )語 な ど で 現 在 完 了 と 呼 ば れ る 形 は 、 上 に ち ょ っと ふ れ た よ う に、 し ば し ば こ の ﹁完 了 態 ﹂ にあ た る こ と
s、 aと wか .、 "
diと eか d" いう よ う な 、 動 作 動 詞 の過 去態 も 、 完 了 態 の中 に 入 って し ま う 。 つま り 英 語 には 完 了 態 が 二
が あ る 。 も っと も 、 私 の呼 び方 を も と にす れ ば 、 英 語 に お け る いわ ゆ る ﹁過 去 態 ﹂ のう ち 、 "I "He
つあ り 、 近 い以 前 に 行 わ れ た 事 実 を 表 わ す 完 了 態 と 、 遠 い以 前 に 行 わ れ た事 実 を 表 わ す 完 了態 と が異 な る 形 を 用 いる と いう こ と にな る 。
五 動 作 相 の テ ン ス そ の二︱未
た ﹂ の形 を ﹁完 了 態 ﹂ であ る と し て 、 次 に考 え て み た い こと は、
発 態そ の他 に ついて︱
前 節 に の べ た よ う な 、 動 作 動 詞 に つく ﹁︱
これ は 何 に対 立 す る も のか と いう こ と であ る 。 思 う に、 も し 、 ﹁こ れ か ら あ る 動 作 ・作 用 が起 る ﹂ と いう 意 味 を
表 わ す 形 が あ った ち 、 そ の形 は ﹁完 了 態 ﹂ に 対 立 す るも の であ ろ う 。 も し 、 完 了態 を 、 状 態 相 テ ン ス に お け る 過
去 態 に 対 応 す る も のと す る な ら ば 、 そ の 形 は 状 態 相 テ ン ス に お け る 未 来 態 に 対 応 す る も の であ る 。 こ れ は ﹁未 発
態 ﹂ と 呼 ぶ こと にす る 。 そ れ か ら ま た、 ﹁完 了 す る ﹂ と か ﹁起 る﹂ と か いう 意 味 か ら 全 然 か け 離 れ た 意 味 を も つ
形 があ った ら こ れ は 第 三 の形 と 考 え る べき だ と 思 う 。 こ れ は ち ょう ど 状 態 相 テ ン スに お け る 超 時 態 の よ う な も の であ る 。 これ を ﹁不定 時態 ﹂ と 呼 ぼ う と 思 う 。
今 、 日本 語 の体 系 の中 に 、 こ の ﹁未 発 態 ﹂ ﹁不 定 時 態 ﹂ を 表 わ す 形 が あ る か と 考 え て み る と 、 ﹁べ き ﹂ と いう 助 動 詞 が 時 に未 発 態 を 表 わす の に使 わ れ る こ と が あ る こ と を 思 い つく 。 例 え ば 、 坐 る べき 椅 子 がな い。
は 、 ま さ し く 未 発 態 を 表 わ す も の と 思 う 。︹文献 19︺ ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂
の ﹁べき ﹂ が こ れ であ る 。 ﹁べき ﹂ に は ﹁当 然 だ ﹂ と いう 意 味 し か な いよ う に 書 い て あ る 文 典 が 多 い が 、 そ れ は あ や ま り であ る 。 ﹁坐 る べき ﹂ な ど の ﹁べき と いう 助 動 詞も 、 時 計 が 十時 を 打 と う と し て いる 。 も う 春 が 来 よ う と いう の に ⋮ ⋮ 。
と いう 時 に は未 発 態 を 表 わ す と も 言 え る。 これ は完 了 態 の ﹁た ﹂ の 用 法 に 比 較 す る と 、 私 が 乙 種 と し てあ げ た 、
次 に 述 べる 事 実 よ りも 以前 であ る こと を 表 わ す ﹁た ﹂ に対 応 す る 意 味 を も つこ と が 知 ら れ る 。 な ぜ な ら ば 、
坐 る べ き 場 所 が な か った。
と いう よ う な 文 は、 話 を し て いる 時 か ら 見 て過 去 の時 に お い て、 坐 り そ こな った 場 合 に も 用 いら れ る か ら で あ る 。
甲 種 の 、 話 の 行 わ れ て いる よ り も 以前 で あ る こ と を 表 わ す ﹁た ﹂ に 対 応 す る場 合 に は 用 いら れ な い。 す な わ ち
﹁べき ﹂ は ﹁境 遇 性 のな い未 発 態 ﹂ を 表 わ す 語 であ る。 た だ し 、 ﹁べき ﹂ も ﹁う ﹂ も 、 助動 詞 と し て 未 発 態 以 外 の
も のを 表 わ す 方 が は る か に 多 く 、 ま た、 未 発 態 自 体 も 、 ﹁べき ﹂ ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ を つ けな い で 表 わ す こ と の方 が ふ
つう であ る 。 さ き の ﹁す わ る べき 椅 子 ﹂ も ﹁す わ る 椅 子 ﹂ と 言 え る。 こ の点 、 完 了態 に お け る ﹁た ﹂ に 比 べる と、
﹁べき ﹂ も ﹁う ﹂ も 安 定 し た 地 位 を も た な いと 言 え る。 不 定 時 態 を 表 わ す 助 動 詞 は 、 日本 語 に は な い。
﹁︱
た ﹂ に よ って 表 わ さ れ 、 ﹁ 未 完 了態 ﹂ は
﹁︱
﹂ の形 で 表 わ さ れ る こと に な る 。 な お 、
け っき ょく 、 日本 語 の動 作 相 テ ン スに は 、 明 瞭 な 態 と し て は、 完 了 態 と 、 完 了 で は な い事 態 を 表 わ す 未 完 了 態 と が あ り、 完 了態 は そ ろ そ ろ 行 こう か な 。 さあ、 起き よう。
﹁あ ろ う ﹂ ﹁赤 す ぎ よ う ﹂ の ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ と 同 じ
な ど の 、 ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ の つ い た 形 は 、 決 意 ・勧 誘 と いう よ う な 、 主 観 的 な 内 容 を 表 わ す 語 で 、 一種 の モ ド ゥ ス で あ る。 テ ン スを 表 わ す も の では な い。 ち ょう ど 、 二 節 に 述 べた
既 然態 に ついて︱
﹁ん ﹂ は 終 止 法 で は モ ド ゥ ス で あ った が 、 連 体 形 は 未 発 態 を 表 わ す た め に か な り 一般 的 に 用 い ら れ た 。
よ う な も の であ る。 昔 の
六 状 態 相 の ア ス ペク ト そ の 一︱
﹁あ る ﹂ の 一種 で あ る 、 と 述 べ た 。 こ れ は 、 小 林 好 日 博 士
︹ 文 献 7、 8︺ 以 来 ア ス ペ ク ト の一 態 と さ れ
一節 に お い て 、 私 は 、 ﹁雪 が 積 っ て い る ﹂ の ﹁て い る ﹂ は 、 あ る 状 態 に あ る こ と を 意 味 す る も の で 、 て っと り 早く言 えば
て い る か ら 、 こ の 稿 で も こ の 見 方 に 従 い 、 ア ス ペ ク ト の 一態 と 数 え よ う 。 こ の 言 い方 は 、 何 か が あ る 状 態 に あ る
﹁状 態 相 の ア ス ペ ク ト ﹂ と 呼 ぶ こ と
tense, eな xp どa とn呼 dん ed で、 te テnン sス eの中 に 入
こ と を 表 わ す 言 い 方 で あ る 。 こ の よ う な ア ス ペ ク ト の 一種 と 考 え ら れ る も の を に す る 。 こ の 類 の ア ス ペ ク ト は 、 英 文 法 な ど で はperfective
れ る こ と が 多 い。︹ 文 献 2 、 3︺ が、 十 四 節 に 述 べ る よ う に こ れ は ア ス ペ ク ト に 入 れ た 方 が 便 利 で あ る 。
さ て 、 私 の考 え で は、 状 態 相 の ア ス ペ ク ト に は 基 本 的 な も の と し て 四 つ のも の が あ る と 思 う 。 こ れ は ち ょう ど
goな ne ど.に "見 ら れ る
﹁以 前 起 っ た 動 作・ 作 用 の 結 果 が ま だ 存 続 し
﹁既 然 態 ﹂ と 呼 ぶ も の に つ い て 述 べ よ う 。 他 の 三 つ に つ い て は 次 の 節 以 下 に 説 く 。
﹁テ ン ス ﹂ の 中 の 四 つ の 態 、 ﹁過 去 態 ﹂ ﹁現 在 態 ﹂ ﹁未 来 態 ﹂ ﹁超 時 態 ﹂ に 対 応 す る も の で あ る 。 こ の 節 に は 、 そ の う ち の 一つで あ る
is
﹁"to
bプ e" ラ ス 自 動 詞 の 過 去 分 詞 ﹂ の 形 に よ って 表 わ さ れ る 態 で
﹁雪 が 積 って い る ﹂ の ﹁て い る ﹂ は ち ょ う ど こ の 形 で あ って 、 英
﹁既 然 態 ﹂ と は 、 松 下 大 三 郎 博 士 ︹ 文 献 5︺ の 命 名 で あ る 。 こ れ は
"He
て い る﹂ と いう 状 態 を 表 わ す も の であ る 。 先 の 語 に お い ては
︹ 文献 8︺ は
﹁存 在 態 ﹂ と 呼 ば れ た が 、 松 下 博 士 の ﹁既 然 態 ﹂ の方 が 内 容 に ふ さ わ し い 。
あ る 。 こ の 形 は 、 も し テ ン ス の 四 つ の 態 に 比 較 す る な ら ば 、 そ のう ち の 過 去 態 に 対 応 す る と い う こ と が で き る 。 小林博 士
さ て 、 こ の 既 然 態 に つ い て 注 意 す べ き こ と は 、 単 に ﹁既 然 態 ﹂ と い う 時 に は 、 ﹁以 前 の 動 作 ・作 用 の 結 果 が 現
﹁積 っ て い る ﹂ が
在 残 っ て い る ﹂ と いう よ う な 、 ﹁現 在 ﹂ と いう 観 念 は 決 し て 含 ん で い な い こ と で あ る 。 な る ほ ど 、 雪 は ど の く ら い積 っ て い て ?
﹁積 っ て い る ﹂ の
﹁て い る ﹂ が ﹁過 去 態 ﹂ で は な く 、 ﹁非 過 去 態 ﹂ に な っ て い る か ら で あ る 。 も し
﹁て
﹁た ﹂ と い う 助 動 詞 が つ い て い な い こ と に よ る も の で あ
﹁積 っ て い る ﹂ が 現 在 の 状 態 を 表 わ し て い る こ と は 事 実 で あ る 。 然 し 、 こ の
三 寸 ぐ ら いだ よ 。 と いう 時 に 、 こ の
る。 即ち
﹁た ﹂ を 伴 っ て 、
現 在 の 状 態 を 表 わ し て い る の は 、 ﹁い る ﹂ と い う 動 詞 に
い る﹂ が
て いる ﹂ の形 は 過 去 の 状態 を 表 わ す わ け であ る 。 即 ち 、 既 然 態 の中 に は 、 非 過 去 態 の既 然
雪 は 三 、 四 寸も 積 って いた 。
と な れ ば 、 こ の ﹁︱
態 と 過 去 態 の既 然 態 と があ って、 ﹁積 って いる ﹂ は非 過 去 態 の 既 然 態 であ り 、 ﹁積 って いた ﹂ は 過 去 態 の 既 然 態 で あ る 、 と いう わ け で あ る 。
る﹂ の形 は こ の態 を 表 わ す が、 た だ し 動 詞 プ ラ ス ﹁て いる ﹂ の形 は 常 に 既 然 態 を 表 わ す わ け で は な い。 次 の節 で
さ て、 日本 語 に お け る 既 然 態 の表 わ し 方 は ど う であ る か 。 ﹁積 って いる ﹂ に 見 ら れ る よ う に動 詞 プ ラ ス ﹁て い
述 べる よ う に 、 進 行 態 や ら 、 そ の他 のも のや ら を も 表 わ し 得 る 。 動 詞 のう ち で動 作 ・作 用を 表 わ す 動 詞 、 そ れ も 、
起 って 瞬 間 的 に 終 る よ う な 動 作 ・作 用 を 表 わ す 動 詞 、 或 い は動 作 ・作 用 の経 過 に要 す る 時 間 を 無 視 し て 用 いた動 作 ・作 用 を 表 わす 動 詞 に ﹁て いる﹂ が つ いた 形 に限 る 。 さ き の 、 雪 が 積 って いる 。 の ﹁積 る ﹂ も 元来 は 継 続 動 詞 であ って 、 戸 外 に 降 って いる 雪 を 眺 め な が ら、 ど ん ど ん 雪 が 積 って いる 。
と いう 時 に は 、 次 の 節 に の べ る 進 行 態 を 表 わ す 。 ﹁雪 が 積 って い る ﹂ が 既 然 態 を 表 わ す の は 、 も う 雪 が や ん でし
例えば
ま って いる 、 そ の時 の積 雪 を 見 て、 ﹁雪 が 積 って いる ﹂ と いう よ う な 場 合 で あ る。 そ れ は ﹁積 る ﹂ が 瞬 間 動 詞 と し て 用 い ら れ た 例 であ る 。 な お
てあ る ﹂ の形 や 、
壁 に 絵 が 掛 け てあ る 。 など におけ る ﹁ ︱
た と こ ろ だ ﹂ の 形 も 、 大 体 既 然 態 を 表 わ す も の であ る 。 ま た 、 助 動 詞 ﹁た ﹂ も 、 あ る 場 合 ︱
御 飯 を 食 べた と こ ろ だ 。 の ﹁︱
て いる ﹂ よ りも 動 作 ・作 用 があ った こと が 直 前 だ と いう 気 持 を 表 わ す 。 ﹁ ︱
た ば か り だ ﹂ も ﹁︱ た
﹁壊 れ た時 計 ﹂ と いう よ う な 場 合 に は、 既 然 態 を 表 わ し 得 る こと 四節 に 触 れ た と お り で あ る 。 ﹁︱ た と こ ろ だ ﹂ は ﹁︱
進 行 態 附反 復 進 行 態 に つて︱
と こ ろ だ ﹂ に近 い。 又、 西 日 本 地 方 に お いて は 、 ﹁︱ と る ﹂ の 形 で 既 然 態 を 表 わ し て いる 。
七 状 態 相 の ア ス ペ ク ト そ の 二︱
既 然 態 の次 に 、 状 態 相 ア ス ペ ク ト の第 二 と し て挙 げ る も の は 、 松 下 博 士 ︹ 文献 5︺ によ って ﹁進 行態 ﹂ と 呼 ば れ
reading
a
book.
be+∼in 形gで "表 のわ さ れ るも の が こ れ で あ る 。 "to
be
re はad ﹁読 i書 nと g" いう 動 作 を
て いる も の で あ る 。 こ れ は あ る動 作 ・作 用が それ 以前 から 始 ま ってお り、 そ の時 も 継続 中 であ り、更 にそれ が後 にま で
is
持 ち越 さ れる べき ことを 表 わす 言 い方 であ る 。 英 語 な ど に お いて 、 He な ど と いう 、 あ の "to
実 施 中 であ る﹂ の意 味 で 、 ﹁読 書 と いう 動 作 を 実 施 す る ﹂ の意 味 で は な い。 だ か ら 、 状 態 相 の ア ス ペク ト と いう
も のを 建 て る 以 上 は、 これ も 状態 相 の ア ス ペク ト の 一種 と す べき であ る 。 そ し て 、 も し 既 然 態 を テ ン ス に お け る
過 去 態 に対 応 す る も のと す れ ば、 こ の進 行態 は 、 テ ン ス に お け る 現 在 態 に 対 応 す る も の で あ る 。 日 本 語 に お い て
は、 テ ン ス に お け る 現在 態 は 存 在 し な いが 、 状 態 相 ア ス ペク ト に お いて そ れ に 対 応 す る態 、 進 行 態 は 立 派 に存 在 す る。
さ て 、 こ の進 行 態 は、 テ ンス に お け る 現在 態 に 対応 す る と は いう も の の、 進 行 態 そ の も のは ﹁現 在 ﹂ と いう も
is
reading
a
book.
の と は 無 関 係 な も の で あ る こ と は 注 意 す べき であ る 。 な る ほ ど 、 He
を 訳 し て、 日本 語 で 、
彼 は 本 を 読 ん で いる 。
と いう 場 合 、 こ の セ ン テ ン スは 、 現 在 の 状 態 を 表 わ し て い る に ち が いな い。 が、 然 し 、 そ れ は こ の ﹁読 ん で い
る﹂ の ﹁いる﹂ に、 過 去 を表 わ す ﹁た ﹂ と いう 助 動 詞 が つ い て いな い こ と に よ る も ので あ る 。 彼 は 本 を 読 ん で いた 。
と いえ ば 、 こ れ は 過 去 の進 行 態 を 表 わ し て お り 、 進 行 態 自 身 は決 し て現 在 の状 態 を 表 わ す と は 限 ら な い の であ る 。
これ は 、 前 の節 に 述 べた 既 然 態 が 常 に 現 在 を 表 わ す と は 限 ら な か った のと 全 く 同 様 であ る 。 即 ち 、 既 然 態 に過 去
の 既 然 態 と 非 過 去 の既 然 態 と があ った よ う に 、 進 行 態 に も 過 去 の進 行 態 と 非 過 去 の進 行 態 と があ り 、 ﹁読 ん で い た﹂ は 過 去 の進 行 態 であ り 、 ﹁読 ん で いる ﹂ は非 過 去 の進 行 態 であ る 。
さ て 、 日本 語 に お け る 進 行 態 の表 わ し 方 は ど う かと いう の に、 上 の ﹁本 を 読 ん で いる ﹂ の例 で明 ら か な よ う に 、
て いる と こ ろ だ ﹂ と いう 形 にし て、
動 詞 プ ラ ス ﹁て いる ﹂ の形 が標 準 的 な 形 であ る 。 こ の形 は 前 に 述 べた 既 然 態 と 同 じ 形 な の で 、 大 変 ま ぎ れ や す い。 そ のた め か ど う か 知 ら な い が、 ﹁本 を 読 ん で いる と ころ だ﹂ のよ う に 、 ﹁︱
中 だ ﹂ と いう 言 い方 も 進 行 態 を 表 わ す 形 と し て 用 いら れ る。 更 に近 頃 は 、 ﹁本 を 読 み
特 に 進 行 態 を 表 わ す こ と があ る 。 又、 ﹁本 を 読 ん で いる 最 中 だ ﹂ の よ う な ﹁︱ て い る 最 中 だ ﹂ と いう 言 い方 、 ﹁読 書 中 だ ﹂ の よう な ﹁︱
つ つあ る ﹂ と い う 形 で 、 こ の 進 行 態 を 表 わ す こ と が 多 く な っ て 来 た 。 た だ し 、 こ の
つ つあ る ﹂ と いう 形 は、 瞬 間 動 詞 に つく 時 に は 、 次 の節 に の べる 将 然 態 を 表 わ す よ う であ る 。
つ つ あ る ﹂ の よ う に 、 ﹁︱
﹁︱
な お 進 行 態 に つ いて 注 意 す べ き こと を 述 べれ ば ︱
(1進 )行 態 を と り 得 る動 詞 は 動 作 ・作 用 を 表 わ す 動 詞 の中 で 、 更 に そ の動 作 ・作 用 が あ る 時 間 の間 、 継 続 す る
よ う な 動 作 ・作 用 であ る 動 詞 、 即 ち 継 続 動 詞 に 限 る 。 ﹁読 む ﹂ ﹁書 く ﹂ な ど は 総 てそ の よ う な 動 作 で あ る か ら
進 行 態 が あ る。 ﹁( 人 が) 死 ぬ ﹂ や ﹁( 電 気 が ) 消 え る﹂ のよ う な 瞬 間 的 な 作 用 を 表 わ す 動 詞 では 、 ﹁︱ て い
る ﹂ を つけ ても 進 行 態 に な ら な い。 ﹁死 ん で い る﹂ ﹁消 え て いる ﹂ と いえ ば 、 そ れ は 進 行 態 で はな く 、 前 節 に
西 日本 の多 く の地 方
述 べた 既 然 態 で あ る 。
よ る ﹂ の形 で 区 別 し て 表 わ す 。
( た だ し 近 畿 中 部 を 除 く ) で は 、 既 然 態 を 、 ﹁︱
る ﹂ ﹁読 み よ る﹂ のよ う に ﹁ ︱
と る ﹂ で表 わ し、 進 行 態 は ﹁ 書きよ
(2進 )行 態 の 一種 と も いう べ き も の、 ﹁反復 進 行態 ﹂ と でも い いた いも の が あ る。 これ は あ る 動 作 ・作 用 が く り
返 し 行 わ れ て いる こ と を 表 わ す も の であ る 。 これ は 川 上 シ ン氏 の創 説 で あ る が、 こ の態 も 動 詞 プ ラ ス ﹁て い る ﹂ の形 で 表 わ さ れ る 。 こ の頃 は 栄 養 失 調 で人 がど ん ど ん 死 ん で いる。
て いる ﹂ の形 が こ れ で あ って 瞬 間 動 作 動 詞 に ﹁て いる ﹂ が つ いた 場 合 に こ の態 が 作 ら れ る 。 こ れ は
彼 は毎 朝 バイ ブ ルを 読 ん で いる 。 の ﹁ ︱
そ の瞬 間 動 詞 が く り 返 し と いう 現 象 を 表 わ す た め に 用 いら れ た 結 果 、 継 続 動 詞 化 し て 用 いら れ た も の と 見 ら れる 。 彼 は毎 朝 バイ ブ ルを 読 ん で いる 。
で は 、 ﹁読 む﹂ に 要 す る時 間 が無 視 し て 用 い ら れ て い て、 元 来 は 継 続 動 詞 であ る ﹁読 む﹂ が臨 時 に 瞬 間 動 詞
将然態 に ついて︱
化 し 、 そ れ が 再 び継 続 動 詞 化 し て用 いら れ た も のと 考 え ら れ る 。
八 状 態 相 の ア ス ペ ク ト そ の 三︱
六 節 に述 べ た 既 然 態 は テ ンス の過 去 態 に 対 応 し 、 七 節 に述 べた 進 行 態 は テ ン ス の現 在 態 に対 応 す る 。 そ のよ う
に 見 た 場 合 、 テ ン ス の未 来 態 に 対 応 す る 状態 相 の ア ス ペ クト は 何 か。 そ れ が、 こ こ に 述 べよ う と す る ﹁将 然態 ﹂
だ と 思 う 。 こ れ は ﹁あ る動作 ・作 用が まだ 起 ら な いが起 る前 の 状態 に あ る﹂ と いう こ と を 意 味 す る 言 い方 で あ る 。
﹁︱
book.
う と し て い る ﹂ と いう 形 で あ る 。 も っ と も
﹁︱
う と し て いる ﹂ に は 元 来 二 つ の場 合 があ
to の︱ 形"で 表 わ さ れ る の が 、 こ の 態 で あ る 。
to read
going
going be
a
状 態 にあ る ﹂ と いう こと を 意 味 す る ので あ る か ら ま だ 正 式 に 認 め た 人 こ そ な いよ う であ る が、 状 態 相 の ア
is
ス ペ ク ト の 一つと 見 る べき だ と 思 う 。 英 語 で、
He な ど と い う 、 あ の"to 日本 語 にお いて 、 こ の態 を 表 わ す 言 い方 は 、
﹁︱
本 を 読 も う と し て いる 。 におけるよう に
た と ころ だ ﹂ や 、
り 、 何 者 か の 意 図 を 示 し て い る こ と と 、 示 し て い な い こ と と が あ る 。 ﹁本 を 読 も う と し て い る ﹂ と い う 場 合 に は そ のう ち いず れ と も 取 れ る 。 そ こ へ ゆ く と 、
と こ ろ だ ﹂ の形 や 、
と ころ だ ﹂ は 、 既 然 態 を 表 わ す ﹁ ︱
う と し て いる﹂ は 意 志 の存 在 を 示 さ ず 、 純 粋 な 将 然 態 で あ る 。
時 計 が 三時 を 打 と う と し て いる 。
の ﹁ ︱
将 然 態 を 表 わ す 言 い方 と し て は 、 な お 、
﹁︱
本 を 読 む と こ ろだ 。 における
た ﹂ の 形 に つく か、 ﹁︱
て いる ﹂ の 形 に つく か、 た だ の ﹁︱ ﹂ と いう 形 に つく か 、
て い る と ころ だ ﹂ に 対 応 す る も の であ る 。 つま り 、 日本 語 には ﹁と ころ ﹂ と いう 形 式 名 詞
ば か り だ ﹂ の形 が あ る。 こ のう ち の ﹁ ︱
二 時 を 打 つば か り だ 。 に お け る ﹁︱
進 行態を表 わす ﹁ ︱ が あ って、 そ れ が ﹁ ︱
つ つあ る ﹂ の 形 や 、 西 日 本 方 言 に あ る 、 ﹁︱
よ る ﹂ の形 は 、 瞬 間 動 詞 に つく と 、 進 行 態 を 表 わ さ ず 、 こ の
に よ って、 状 態 相 の三 つの ア ス ペク ト を 表 わ し 別 け て いる こ と を 示す も の であ る 。 な お、 七 節 に触 れ た よ う に 、 ﹁︱
将 然 態 を 表 わ す よ う であ る 。 ﹁死 に つ つあ る ﹂ ﹁死 によ る ﹂ な ど 。
そ れ か ら 、 既 然 態 、 進 行態 にそ れ ぞ れ 過 去 態 と 非 過 去 態 と があ った と 同 様 に 、 こ の将 然 態 にも 過 去 の将 然態 と 非 過 去 の将 然 態 と が あ る こと は当 然 であ る。 二 時 を 打 と う と し て いた 。 とあ れ ば 過 去 態 の将 然 態 であ り、 単 に 、 二 時 を 打 とう と し て いる 。 な ら ば 、 非 過 去態 の将 然 態 であ る。
う と す る ﹂ と いう 形 が あ る 。 例 え ば 、
又、 先 の進 行 態 は 継 続 動 詞 だ け に作 り 得 た が 、 こ の将 然 態 は 瞬 間動 詞 、 又 は 瞬 間 動 詞 的 に 用 いら れ た 継 続 動 詞
う と し て いる ﹂ に似 た 形 に、 ﹁ ︱
だ け に 作 り得 る 。 これ は 例 を あ げ る ま でも な か ろ う 。 も う 一 つ、 ﹁︱
二時を打 とうとす る。
な ど 。 これ は 形 も 意 味 も 将 然 態 と 似 て いる が、 全 く 別 のも の で、 状 態 相 の ア ス ペク ト に は 属 さ ず 次 に の べる 動 作
単純状態態 に つ いて︱
相 のア ス ペ ク ト に属 す る 。 す な わ ち これ は ﹁あ る ﹂ の 一種 では な く て ﹁す る ﹂ の 一種 で あ る 。
九 状 態 相 の ア ス ペ ク ト そ の 四︱
状 態 相 の ア ス ペク ト と し て は 、 以 上 あ げ た 既 然 態 ・進 行 態 ・将 然 態 で、 代 表 的 な も のは 網 羅 さ れ た と 思 う が、
も う 一つ基 本 的 な も の と し てあ げ な け れ ば な ら な い も の が あ る 。 ﹁単 純 状態 態﹂ と 呼 ぼ う とす る も の が そ れ であ
る。 上 の、 既 然 態 ・進 行 態 ・将 然 態 は 、 いず れ も 動 作 ・作 用 が起 る と か 終 る と か に 対 し てそ れ ぞ れ 関 係 を も って
いた 。 これ に 対 し て こ の単 純 状 態 態 は そう いう 動 作 ・作 用 の起 り に 全 く 無 関 係 であ る こと を 特 色 と す る 。 随 って
こ れ を ア ス ペク ト の 中 に 入れ る こと は いか がか とも 思 わ れ る が 、 他 の態 と 対 照 し て 説 く のが 便 利 であ り 、 も し 入
れ る と す る な ら ば 、 状 態 を 表 わ す も の で あ っ て 、 ﹁あ る ﹂ の 一種 で あ る こ と が 明 ら か で あ る ゆ え 、 こ こ に 説 こ う
と 思 う 。 こ の 行 き 方 は 、 数 学 で い った ら 、 ゼ ロを 数 の 一 つ と 見 る よ う な も の で あ る 。 テ ン ス の 四 つ の 態 に 比 較 す る な ら ば 、 こ れ は 超 時 態 に対 応 す る も の と 言 え よ う 。 然 ら ば 、 単 純 状 態 態 と は いかな る も の か 。 そ れ は 、
﹃彎曲 ﹄ と い う 運 動 を 起 し つ つあ る ﹂ と い う 意 味 な ら ば 、 こ の
﹁ ︱
て いる ﹂ は 前 に
て い る ﹂ の 形 に よ って 表 わ さ れ る も の が こ れ で あ る 。 今 、 こ の 意 味 を 考 え て 見 る と 、 も
こ の道 は 曲 って いる 。 と い う よ う な 時 の ﹁︱ し か り に 、 こ れ が 、 ﹁道 が
あ げ た 進 行 態 を 表 わ す わ け であ る 。 又 ﹁道 が 以 前 は真 直 であ った が 何 か の事 情 で曲 った 。 そ の結 果 、 曲 った 状 態 にあ る ﹂ と いう 意 味 な ら ば 、 こ の ﹁︱ て いる ﹂ は 既 然 態 であ る。 然 し 、
﹁曲 る ﹂ は
﹁ 真 直
﹁真 直 だ ﹂ の ﹁だ ﹂ の 部 分 に 相 当 し て い る 。 つ ま り 、 ﹁曲 る ﹂ と い
﹁て い る ﹂ と いう 語 と 二 つ の 語 に 分 け て 表 わ し た の で あ る 。 つ ま り
て いる ﹂ は そ の いず れ の意 味 でも な い こと が 明 ら か であ る 。 即 ち 道 が ﹁非 ・真 直 ﹂ と いう 状 態 に あ る こ
こ の道 は 曲 って いる 。 の ﹁ ︱ と を 、 ﹁曲 る ﹂ と いう 語 と
だ ﹂ の ﹁真 直 ﹂ の 部 分 に 相 当 し 、 ﹁て い る ﹂ は
﹁曲 っ て い る ﹂ 全 体 は 、 あ る 状 態 に
う 動 詞 は 、 こ こ で は 全 然 動 作 と か 作 用 と か を 表 わ さ ず 、 いわ ば 形 容 詞 的 な 意 味 を 表 わ し て い る。 形 容 詞 的 な 意 味 を 表 わ し て い る の で あ る か ら 、 起 り 終 り と いう こ と は 考 え ら れ な い 。 し か も
﹁単 純 状 態 態 ﹂ と 言 お う と 思 う の で あ る 。
あ る こ と を 表 わ し て い る。 こ のよ う な 、 現 象 の 起 り 終 り と いう こと を 考 え ず に 、 あ る 状態 に あ る こ と を 表 わす 形 、 これ を
さ て 、 こ の ﹁道 が 曲 っ て い る ﹂ の よ う な 例 は 、 決 し て 珍 し い 例 で は な い。 次 の よ う に い く ら で も 例 を 集 め る こ と が でき る 。
山 が 後 に聳 え て い る 。 秀 吉 の顔 は 猿 に似 て いる 。 あ の 男 は ガ ッチ リ し て い る 。
こ れ ら は 、 連 体 法 の場 合 に は ﹁︱ 曲 った道= 曲 って いる 道 猿 に似 た 顔= 猿 に 似 て いる 顔
こ の箱 は 大 き す ぎ る。
本 がある。
た ﹂ の形 でも 表 わ さ れ る のが 特 徴 で あ る 。 即 ち 、
さ て こ のよ う に考 え て来 る と 、 こ こ に考 え 合 せ ら れ る の は 、
私 は 四節 で 、 ﹁た ﹂ のう ち に ア ス ペク ト の 一種 を 表 わす も の が あ る 、 と 言 った が、 そ れ は こ の ﹁た ﹂ で あ る。
とか
と か いう 時 の ﹁あ る ﹂ と か ﹁大 き す ぎ る ﹂ と いう 形 であ る 。 これ は 極 く あ り ふ れ た 言 い方 で、 や は り 状 態 を 表 わ
す も ので あ る が、 これ も 動 作 ・作 用 の起 り 終 り と は 全 然 無 関 係 であ る 。 そう す る と、 こ れ も こ の単 純 状態 態 の中 に入 れ る こと が で き る と 思 う 。
そう す る と 、 ﹁白 い﹂ と か ﹁ 美 し い﹂ と か いう 形容 詞 の単 独 の形 や、 ﹁静 か だ ﹂ と か ﹁人 間 だ ﹂ と か いう ﹁︱
だ ﹂ の形 も 、 こ の単 純 状 態 態 に 属 す る と いう こ と が 出 来 る し 、 又 ﹁花 のよ う だ ﹂ の ﹁よ う だ﹂ と か、 ﹁花 か も し
れ な い﹂ の ﹁か も し れ な い﹂ と か いう よ う な 、 動 作 ・作 用 の起 り 終 りと は 無 関 係 な 、 し かも 何 か あ る 状 態 にあ る
こ と を 表 わ す 助動 詞 相 当 句 で終 る 形 も 、 単 純 状 態 態 に 属 す る と い って よ いだ ろう と 思 う 。 た だ し 、 そ の場 合 に 、
﹁のよ う だ ﹂ や ﹁か も し れ な い﹂ と いう 語 句 が単 純 状 態 態 を 表 わ す と 言 って は ま ず い。 ﹁のよ う だ ﹂ そ れ 自 体 は 、
﹁と 類 似 の状 態 にあ る ﹂ と いう こと を 表 わ す の で あ って、 ﹁類 似 の状 態 に あ る ﹂ と いう こ と は 、 ア ス ペク ト の 見 地
か ら 見 る と 、 ﹁一種 の単 純 状 態 態 であ る ﹂ と いう の であ る 。 だ か ら 、 先 の例 道 が 曲 って いる 。
でも 同 じ こと で あ る 。 こ の ﹁て いる ﹂ が単 純 状 態 態 を 表 わ す と いう よ り も 、 ﹁て い る﹂ は 単 に ﹁あ る も の が あ る
状 態 に あ る ﹂ と いう こ と を 補 助 的 に 表 わ し て お り 、 ア ス ペク ト の見 地 に立 て ば 、 こ のよ う な ﹁︱ て いる ﹂ の 形 は 、 単 純 状 態 態 の中 に 入 れ ら れ る、 と いう に 過 ぎ な い ので あ る。 な お こ の単 純 状 態 態 に つ い て言 い残 し た こ と を 書 き つけ てお く 。
(1動 )作 ・作 用 を 表 わ す 動 詞 に は 単 純 状 態 態 がな い。 単 純 状 態 態 を も って いる のは 状 態 を 表 わ す 動 詞 、 形 容 詞 、 及 び ﹁︱ だ ﹂ の 形 で あ る 。
だ ﹂ の 形 は 、 そ れ だ け で単 純 状 態 態 を 表 わ す 。 状 態 を 表 わ す 動 詞
て い る ﹂ 又 は ﹁た ﹂ を つけ て初 め て 単 純 状 態 態 を 表 わ す 。 私 の いわ ゆる 第 四 種 の動 詞 が こ れ
(2状 )態 を 表 わ す 一部 の動 詞 、 形 容 詞 、 ﹁ ︱ の 一部 は ﹁︱ であ る 。︹ 文献2 1︺
な お 既 然 態・ 進 行 態 ・将 然 態 に過 去 態 と 非 過 去 態 と が あ った が 、 そ れ と 同 様 に、 単 純 状 態 態 にも 、 過 去 態 と
非 過 去態 と が あ る 。 ﹁あ る ﹂ ﹁白 い﹂ ﹁似 て いる ﹂ な ど は 、 非 過 去 態 の単 純 状 態 態 で あ り、 ﹁あ った﹂ ﹁白 か っ た ﹂ ﹁似 て いた ﹂ な ど は 、 過 去態 の単 純 状 態 態 で あ る 。
(3精 )神 作 用 を 表 わ す 動 詞 の中 に は 、 ﹁た ﹂ を つけ て 、 単 純 状 態 態 を 表 わ す も の が 少 数 あ る 。 ﹁困 る ﹂ ﹁お ど ろ く ﹂ ﹁あ き れ る ﹂ な ど が そ れ で こ れ には 困 った よ 。 困 った 連 中 だ な 。
な ど のよ う に使 う 。 これ は 元 来 形 容 詞 で言 い表 わ さ れ る べき 内 容 を 、 動 詞を 用 いて表 わ し て いる も の で あ る 。
昔 は 、 こう いう 意 味 は 、 ﹁わ りな し ﹂ と か ﹁あ さ ま し ﹂ の よ う な 形 容 詞 で表 わ し て い た が 、 そ う いう 形 容 詞
が 使 わ れ な く な った。 そ の た め に 、 動 詞プ ラ ス ﹁た ﹂ の 形 で 代 用 し て い るも の であ る 。 細 江 逸 記 博 士 は、 か
つて こ の 種 の ﹁た ﹂ が 過 去 を 表 わ す と は考 え ら れ な い事 実 を 例 にと って、 ﹁﹃た ﹄ は過 去 を 表 わ さ ず ﹂ と いう
結論を出 された ︹ 文献11、 12︺ が、 そ の考 え は 、 例 外 的 な も のを 資 料 と し て 論 ぜら れ た 観 が あ る 。 二 節 、 三 節
終 結 態 と 既 現 態 に つ い て︱
に の べた よう に ﹁過 去 ﹂ や ﹁以 前 ﹂ を 表 わ す ﹁た ﹂ は 健 在 であ る。
十 動 作 相 の ア ス ペ ク ト そ の 一︱
私 は 一節 に お い て、 ﹁( 雪 が ) 消 え て し ま う ﹂ の ﹁て し ま う ﹂ は 、 一種 の ﹁動作 ・作 用 ﹂が 行 わ れ る ことを 表 わ す
あ る ﹂ の形 に換 言 で き る のに 対
言 い方 であ る と 述 べた 。 こ の種 の ア ス ペク ト を 動 作相 の ア スペク ト と 呼 ぶ こと に す る 。 動 作 相 ア ス ペ ク ト は 、 六 節︱ 九 節 に述 べた 状 態 相 ア ス ペク ト に対 す る も ので 、 状 態 相 ア ス ペ ク ト が ﹁︱
し て 、 動 作 相 ア ス ペ ク ト は ﹁︱ す る ﹂ の 形 に 換 言 でき るも の であ る。 動 作 相 の ア ス ペ ク ト は 、 ア ス ペク ト のう
ち で 最 も 典 型 的 な ア ス ペク ト と し て 、 多 く の学 者 の 間 に みと め ら れ て いる も の で あ る 。
てしまう﹂ はそ
﹁完 了 す る ﹂ と い う 意 味 を も つ。 即 ち 、 ﹁消
さ て 、 動 作 相 ア ス ペク ト に は ど ん な も の があ る か 。 一節 に 出 て い た ﹁消 え て し ま う ﹂ の ﹁ ︱ の 一つ で あ る 。 こ れ は 、 ﹁あ る 動 作 ・作 用 が 完 全 に 行 わ れ る ﹂ つま り
え て し ま う ﹂ は 、 ﹁消 え 終 る ﹂ と 言 い 換 え ら れ る 。 ﹁完 了 す る ﹂ で あ る か ら 、 ﹁あ る ﹂ の 一種 で は な く て ﹁す る ﹂
た ﹂ の 形 と は 明 ら か に 別 の も の で あ る か ら 、 特 に ﹁終 結 態 ﹂ と 呼 ぶ こ と に し た い 。 終 結 態 の 名 は 、 ︹ 文 献 18 ︺ の 提 唱 で あ る 。
﹁︱
の 一種 で あ る こ と 明 ら か で あ る 。 こ れ を 、 ﹁完 了 ﹂ を 意 味 す る か ら と い って 、 ﹁完 了 態 ﹂ と 呼 ぶ 人 が あ る が 、 四 節 に の べた
宮 田 幸 一氏
一冊 の 本 を 五 分 で 読 ん で し ま う 。
私 は 原 稿 を 書 い て しま った 。
てし ま う ﹂ の ほ か に 、 ﹁ ︱
しおわる﹂ ﹁ ︱
いず れ も 終 結 態 の例 で、 ﹁読 ん で し ま う ﹂ は ﹁全 部 読 む ﹂ の意 味 であ る 。 日本 語 の終 結 態 を 表 わ す 形 に は、 ﹁︱ ( 例 、 ﹁全 部 読 み き った ﹂) な ど が あ る 。
し お え る﹂ ﹁︱ し き る ﹂
さ て こ の終 結 態 は 、 上 に 述 べた よ う に ﹁す る ﹂ の一 種 であ る。 つま り動 作 ・作 用を 表 わ す 語 句 であ る 。 動 作 ・
作 用 を 表 わ す 語 句 で あ る か ら 、 二節 に 述 べた よう に 、 過 去 態 と か 現 在 態 と か いう 別 は な いわ け であ る。 そ の代 り
に 、 四 節 に 述 べた よ う に、 完 了 態 ・不 完 了 態 の 別 が あ る わ け であ る 。 例 え ば 、 ﹁消 え てし ま う ﹂ ﹁読 ん で し ま う ﹂
は 不 完 了 の終 結 態 で あ り 、 ﹁消 え て し ま った﹂ ﹁読 ん でし ま った ﹂ は完 了 の 終結 態 であ る 。
ん な動 作 を 表 わ し て いる か と いう と 、 そ れ は 、 瞬 間 的 な 動 作 ・作 用 で あ る 。 な ぜ な ら ば 、 た と い ﹁読 む ﹂ と いう
次 に 、 ﹁読 ん で し ま う ﹂ ﹁消 え てし ま う ﹂ 全 体 は そ れ ぞ れ 動 作 ・作 用 を 表 わ す と いう が 、 動 作 ・作 用 のう ち 、 ど
継 続 動 詞 に お い ても 、 ﹁読 み 終 る ﹂ と いう のは そ の最 後 の 一瞬 だ け だ か ら で あ る。 つま り こ の 場 合 ﹁ 読 む﹂ は 瞬
間 動 詞 と し て使 わ れ て いる 。 そ こ で ﹁読 ん で し ま う ﹂ は 、 六 節 に あ げ た よ う な 既 然 態 や 、 八 節 にあ げ た よ う な 将
然 態 を も って いる こ と に な る 。 そ し てそ の既 然 態 と 将 然 態 に は前 に の べた よ う に 過 去 態 と 非 過 去 態 と が あ る 。 つ ま り、 読 ん でし ま う 。 は 終 結 態 の不 完 了態 、 読 ん で し ま った 。 は 終 結 態 の完 了態 で あ り 、 読 ん で し ま って いる 。 は終結態 の既然態 の非過去態 であり、
読 ん で し ま お う と し て いた 。 は 終 結 態 の 将然 態 の過 去 態 であ る 。
そ れ か ら 、 又 、 ﹁終 結 態 はあ る 動 作 ・作 用 が完 全 に行 わ れ る こと を 表 わ す 態 であ る﹂ と い った 。 ﹁あ る 動 作 ・作
用 が ﹂ と いう 以 上 は 、 終 結 態 を と り 得 る動 詞 は 、 状 態 を 表 わ す 動 詞 で は な く て、 動 作 ・作 用 を 表 わ す 動 詞 でな け
れ ばな ら な い。 又 、 ﹁完 全 に 行 わ れ る ﹂ と いう 以 上 は 、 そ の動 作 ・作 用 は あ る 時 間 の間 継 続 す る も の で な け れ ば
な ら な い。 即 ち 、 終 結 態 を と り 得 る の は 、 継 続 動 詞 に限 る は ず であ って 、 瞬 間 動 詞 に は 終 結 態 はな いは ず で あ る 。
さ き に あ げ た ﹁(雪 が ) 消 え る ﹂ や ﹁ 書 く ﹂ は 、 いず れ も 継 続 動 詞 で あ る か ら 、 終 結 態 を も って い ても 不 思 議 は な い。
と こ ろ で 、 ﹁瞬 間 動 詞 に は 終 結 態 がな い﹂ と 言 って 来 る と 、 問 題 にな る のは 、 瞬 間 動 詞 にも ﹁て し ま う ﹂ が つ
く で は な いか 、 と いう こ と であ る 。 例 え ば ﹁死 ん で し ま う ﹂ な ど が こ れ であ る。 然 し 、 今 、 こ の意 味 を よ く 考 え
て 見 る と 、 こ れ は 継 続 動 詞 に つ いた ﹁て し ま う ﹂ と 同 じ も の で は な い。 松 下 博 士 ︹ 文献 5︺ が 既 に指 摘 さ れ た よ
う に 、 これ は ﹁そ の動 作 ・作 用 が か り そ め でな く 本 当 に行 わ れ る ﹂ と いう こ と、 つま り ﹁そ の動 作 ・作 用 が実 現
す る ﹂ と いう こと を 表 わ し て いる の で あ る 。 ﹁本 当 に 行 わ れ る ﹂ と いう 意 味 で あ る か ら 、 裏 に は ﹁も と に 返 る 望
み は な い﹂ と か ﹁残 念 だ ﹂ と か いう 意 味 が 宿 る こ と が 多 い。 ﹁死 ん で し ま う ﹂ と いう 例 を 味 わ って 見 る と 、 そ の
て し ま う ﹂ は 何 と 呼 ぶ べ き か 。 ﹁実 現す る﹂ は ﹁す る ﹂ の 一種
し ま う ﹂ は ﹁電 気 が消 滅 を 実 現 す る ﹂ の意 味 であ る 。
意 味 は よ く わ か る 。 ﹁消 え る ﹂ も 、 ﹁電 気 が 消 え る ﹂ と いう 時 の ﹁消 え る ﹂ は 瞬 間 動 詞 で あ って 、 ﹁電 気 が 消 え て
さ て、 こ の ﹁本 当 に 実 現 す る ﹂ の意 味 の ﹁︱
で あ る か ら 、 も し 、 ア ス ペ ク ト のう ち の 一つの態 と す る な ら ば 、 動 作 相 の ア ス ペク ト に属 す る こ と いう ま で も な
てし ま う ﹂ と いう 形 に は、 ﹁終 結態 ﹂ と ﹁既 現 態 ﹂ と の 二 つ の態 があ り 、
い。 か り に ﹁既 現態﹂ と 呼 ぼう と 思 う 。 以 上 述 べ た こと を 総 括 す れ ば 、 ﹁︱
﹁終 結 態 ﹂ は 継 続 動 詞 に 現 れ 、 ﹁既 現 態 ﹂ は 瞬 間 動 詞 に 現 れ る 、 と いう こ と にな る。
な お 、 既 現 態 は終 結態 と 同 様 に 一つの 瞬 間 動 詞 と 同 じ 性 格 のも の であ る か ら 、 そ の中 に、 完 了 態 と 不 完 了態 、
始動態 と将現態 に ついて︱
既 然 態 と 将 然態 と があ り 、 そ の 既 然 態 と 将 然 態 と に は 、 更 に 過 去 態 と 非 過 去 態 と が あ る わ け で あ る 。 即 ち 、 死ん でしまう。 は 既 現 態 の 不 完 了 態 であ り 、 死 ん で し ま った 。 は 既 現 態 の完 了 態 であ り 、 死 ん で しま お う と し て いる 。 は 既 現 態 の将 然 態 の非 過 去 態 であ り 、 死 ん でし ま って いた 。 は 既 現態 の既 然 態 の過 去 態 であ る。
十 一 動作 相 のア スペクト そ の二︱
前 節 に お い て、 私 は ﹁終 結 態 ﹂ は テ ン ス の過 去 態 に相 当 す る 動 作 相 ア ス ペク ト だ と い った 。 そう す る と 、 テ ン
ス の未 来 態 に相 当 す る 動 作 相 ア ス ペ ク ト は 何 だ ろ う と いう こ と に な る 。 考 え て み る と 、 ﹁動 作 ・作 用 が 終 る こ と
を 表 わ す も の﹂ に対 し て、 ﹁動 作 ・作 用 が始 ま る こ と を 表 わ す も の﹂ が あ る な ら ば 、 こ れ が そ れ に 当 る は ず で あ
る 。 動 作・ 作 用 が 始 ま る こ と を 表 わ す 態 と し て は、 ﹁降 り 始 め る﹂ ﹁読 み 始 め る ﹂ と いう よ う な 形 が 思 い浮 ぶ。
と いう 動 作 ・作 用 を 開 始 す る ﹂ と いう 意 味 を も ち 、 ﹁開 始 す る ﹂ は ﹁す
﹁降 り 始 め る ﹂ は ﹁降 り 出 す ﹂ と も い い、 ﹁読 み始 め る ﹂ は ﹁読 み か け る﹂ とも いう 。 こ の ﹁︱ は じ め る ﹂ ﹁︱ だす ﹂ ﹁︱ か け る ﹂ と いう 形 は 、 ﹁ ︱
る ﹂ の 一種 であ る か ら 、 動 作 相 の ア ス ペク ト の 一種 と 見 て よ い こと 当 然 で あ る 。 佐 久 間 鼎 博 士 ︹ 文献1 4︺ は こ れ
を す で に ア ス ペク ト の 一つと 数 え て 、 ﹁始動 態﹂ と 呼 ん で お ら れ る。 こ の用 法 に 従 う 。
さ て 、 始 動 態 は 、 あ る動 作 ・作 用 が始 ま る こと を 表 わ す 。 そ れ ゆえ 、 始 動 態 は動 作 ・作 用 を 表 わ す 動 詞 に 限 っ
て存 在 す る はず であ る。 そ し て ﹁始 ま る ﹂ と いう 以 上 は 、 そ の動 作 ・作 用 は あ る 時 間 だ け 継 続 し て 行 わ れ るも の
で な け れ ば な ら な い。 即 ち 、 そ の動 詞 は 、 継 続 動 詞 で な け れ ば な ら な いと いう こ と に な る。 ﹁降 る ﹂ ﹁読 む ﹂ は 継
続 動 詞 であ る か ら ﹁降 り 始 め る ﹂ ﹁読 み か け る ﹂ と いう よ う な 始 動 態 があ る こ と は 当 然 で あ り 、 そ う し て ﹁死 に
始 め る ﹂ と か ﹁電 気 が消 え 出 す ﹂ と か いう 言 い方 がな い ( も し 言 え ば 反 復 進 行 態 ) のは 当 然 だ と いう こと にな る 。 こう いう 点 で 、 始 動 態 は 、 前 節 に 述 べた 終 結 態 と よ く 似 て いる 。
又 、 始 動 態 は 終 結 態 と 同 じ よ う な も の で 、 始 動 態 を と った 動 詞 は 、 全 体 が 又 一種 の動 作 ・作 用 を 表 わ す 動 詞 で
あ り 、 し かも 瞬 間 的 な 動 作 ・作 用 を 表 わ す 動 詞 であ る 。 そ こ で こ れ に は 完 了 態 と 不 完 了態 と が あ り 、 既 然 態 と 将
然 態 と があ り 、 更 に既 然 態 と 将 然 態 と に は 過 去 態 と 非 過 去 態 と が あ る は ず であ る 。 実 際 に作 って 見 る と 、 ( 雨 が)降 り出す。 は 始動 態 の 不 完 了 態 、 ( 雨 が)降 り出した。 が始動態 の完了態、 書 き か け て いる 。 は始 動 態 の 既 然 態 の非 過 去 態 、 書 き か け よ う と し て いた 。 は 始動 態 の 将 然 態 の過 去態 であ る 。
さ て、 以 上 、 始 動 態 は 継 続 動 詞 だ け が と り 得 る と い った が 、 こ こ に 注 意 さ れ る のは 、 上 に始 動 態 を 表 わ す と 述
べた ﹁︱ か け る﹂ と いう 形 が 、 瞬 間 動 詞 にも 現 れ る と いう こと であ る 。 即ち ﹁死 に か け る ﹂ ﹁(電 気 が )消 え か
け る ﹂ な ど が 、 そ の例 であ る。 そ う す る と ﹁か け る ﹂ は ﹁始 め る﹂ の意 味 で は な いと 言う べき だ ろ う か と 疑 わ れ
て く る 。 も し そ う な ら 、 ﹁か け る ﹂ は 始 動 態 を 表 わ す と は 言 え な く な る 。 が 、 考 え て み る と 、 ﹁読 み か け る ﹂ の
﹁か け る ﹂ と ﹁死 にか け る ﹂ の ﹁か け る ﹂ と は 意 味 が ち が う こ と に 気 が付 く 。 即 ち 、 ﹁死 に か け る﹂ は ﹁死 に 始 め る ﹂ と いう 意 味 で は な く て、 ﹁死 ぬ 寸 前 の 状態 に達 す る ﹂ の意 味 で あ る 。
﹁⋮ ⋮ 状 態 に 達 す る ﹂ は ﹁す る ﹂ の一 種 であ る こ と いう ま で も な い。 即 ち ﹁死 に か け る﹂ の ﹁か け る ﹂ は始 動 態
て し ま う ﹂ と いう 形 が
と は ち が った 、 又 別 の動 作 相 の ア ス ペク ト を 表 わ す 形 であ る 。 即 ち 、 ﹁か け る ﹂ は そ の動 詞 が 継 続 動 詞 であ る か 、
瞬 間 動 詞 で あ る か に よ って、 二 つ の動 作 相 ア ス ペク ト を 表 わ す ので あ る 。 こ れ は 、 ﹁ ︱
つく 動 詞 の種 類 に よ って、 終 結 態 と 既 現 態 と いう 二 つの ア ス ペク ト を 表 わ す のと 全 く 同 様 であ る。
こ の ﹁死 にか け る ﹂ の ﹁か け る ﹂ が表 わ す ア ス ペク ト は何 と 呼 ぶ べき か。 思 い つく ま ま に ﹁将 現態﹂ と 呼 ぼ う
と 思 う 。 実 は さ っき 始 動 態 の例 と し てあ げ た ﹁読 み かけ る ﹂ と いう 語 も 、 始 動 態 と し て 用 いら れ る ほ か に、 将 現 態 と し ても 用 いら れ る こと があ る 。 即 ち 、 本 を 読 みか け て や め た 。
と いう 文 が あ れ ば 、 こ れ は 、 一部 分 を 読 ん でや め た 意 味 にも な る が、 全 然 目を 通 さ な いう ち に や め た 意 味 に も な
る 。 あ と の場 合 は、 ﹁読 む ﹂ と いう 動 詞 を 瞬 間 動 詞 的 に 用 いた 例 で 、 こ の方 の ﹁読 み か け る﹂ は 、 ﹁将 現 態 ﹂ であ る。
﹁将 現 態 ﹂ は ﹁︱ か け る ﹂ のほ か に、 ﹁︱ か か る ﹂ の形 でも 表 わ さ れ る 。 例 え ば 、 ﹁死 にか か る (=死 に か け
る )﹂、 ﹁消 え か か る (=消 え か け る )﹂ な ど 。 又 、八 節 に ち ょ っと 触 れ た ﹁死 の う と す る ﹂ ﹁消 え よ う と す る ﹂ も こ の将 現態 を 表 わす も の であ る 。
動 詞 が、 こ の将 現態 を と った 形 は 、 全 体 が 一つ の瞬 間 動 詞 と な る。 だ か ら 、 こ れ に は 又 、 完 了態 と 不 完 了 態 、
既 然 態 と 将 然 態 と が あ り、 更 に既 然 態 と 将 然 態 と には 、 過 去 態 と 非 過 去 態 と が あ る はず であ る 。 実 例 を 探 せ ば 次
将 現態 の不 完 了 態
のと お り で あ る。 消 え か け る。︱ 将 現態 の完 了態 将現態 の既然態 の非過去態
消 え か け た 。︱ 消 え か け て いる 。︱ 将現態 の既然態 の過去態 将現態 の将然態 の非過去態
消 え か け て いた 。︱ 消 え か け よ う と し て いる 。︱
将 現 態 の将 然 態 の過 去 態
単純動 作態と継 続態 附反 復継続態 に ついて︱
消 え か け よ う と し て いた 。︱
十 二 動 作 相 の ア ス ペク ト そ の三︱
以 上 六 節 ︱ 十 一節 で、 大 体 ア ス ペク ト と し て 知 ら れ て いる も の 、 及 び、 そ れ ら と 同 じ 性 質 だ と 考 え ら れ る も の
を 網 羅 し て来 た が 、 ま だ ア ス ペ ク ト の 一つと し てし ば し ば あ げ ら れ る も の で触 れな か ったも の が 二 つあ る 。 即 ち 、
動 作 ・作 用 があ る 時 間 継 続 し て行 わ れ る こ と を 表 わ す ﹁継続 態﹂ と 、 動 作 ・作 用 が く り 返 し 行 わ れ る こ と を 表 わ
す ﹁反復 継続態 ﹂ と で あ る 。 が 、 これ を 述 べる 前 に ﹁単純 動作 態﹂ と 言 う べき も の に 触 れ て お こう 。 単 純 動 作 態 と は ど んな も の か。
十 節 では 、 動 作 相 テ ン スに お け る 完 了 態 に 対 応 す る動 作 相 ア ス ペク ト は ﹁終 結 態 ﹂ であ る と 述 べ、 十 一節 で は 、
動 作 相 テ ン スに お け る未 発 態 に 対 応 す る 動 作 相 ア ス ペク ト は ﹁始 動 態 ﹂ で あ る と 述 べた 。 そ れ な ら ば 、 動 作 相 テ
ン ス に お け る 不 定 時 態 に 対 応 す る 動 作 相 ア ス ペク ト は な いだ ろ う か と 考 え ら れ る。
私 は あ る と 思 う 。 そ れ が 、 こ こ に の べる ﹁単 純 動 作 態 ﹂ な る も の で あ る。 これ は 、 ﹁始 ま る ﹂ と か ﹁終 る﹂ と
か いう こと を 全 然 離 れ て た だ 動 作 ・作 用 を 表 わ す 形 で、 つま り ﹁読 む ﹂ と か ﹁書 く ﹂ と か、 或 は ﹁死 ぬ﹂ と か
﹁消 え る﹂ と か 、 動 作 ・作 用を 表 わ す 動 詞 単 独 の形 が、 こ の態 を 表 わ す 。 こ れ は 先 の 状 態 相 ア ス ペク ト に お け る 単 純 状 態 態 に 対 応 す るも の であ る 。
だ ﹂ ﹁︱
です ﹂ の形 と であ った 。 こ れ に対 し 、 今 度 の単 純動 作 態 を と り 得 るも のは 、 動 作 ・作
と こ ろ で 、 さ き に の べた よ う に 、 単 純 状 態 態 を と り 得 る も の は 、 動 詞 の中 で は状 態 を 表 わ す 動 詞 と 、 そ れ か ら 形容 詞 と 、 ﹁ ︱
用を 表 わ す 動 詞 だ け であ る 。 即ち 、 単 純 状 態 態 を 取 り 得 る 語 は単 純 動 作 態 を 取 り得 ず 、 単 純 動 作 態 を 取 る 語 は 、 単 純 状 態 態 を 取 り 得 な いと いう こ と にな る。
さ て 、 こ の単 純 動 作 態 と いう も のは あ る動 作 ・作 用 が 行 わ れ る と いう こ と た だ そ れ だ け を 表 わ す も ので あ る。
と こ ろ で十 節 と 十一 節 と に 論 じ た 他 の動 作 相 ア ス ペク ト に は 、 瞬 間 的 な 動 作 ・作 用を 表 わ す 語 に 関 す る も のと 、
継 続 的 な 動 作 ・作 用 を 表 わ す 語 に 関 す る も のと 、 二 種 類 のも のが あ った 。 例 え ば 、 始 動 態 は 継 続 動 詞 に 関 す るも
の で、 将 現 態 は 瞬 間 動 詞 に関 す る も の であ った 。 そ こ で、 こ の、 単 純 状 態 態 に相 当 す る 動 作 相 ア ス ペク ト にも 二
種 類 のも の があ っても よ さ そ う に 思 わ れ る。 が 、 然 ら ば 、 こ の単 純 動 作 態 な る も の は そ の いず れ であ る か と 考 え
て 見 る と 、 ﹁死 ぬ﹂ ﹁( 電 気 が) 消 え る﹂ な ど は 明 ら か に 瞬 間 動 詞 に 関 す るも の で あ る と 考 え ら れ る 。 そ こ で、 そ
う いう 単 純 動 作 態 の ほ か に、 何 か 継 続 的 な 意 義 を も つ動 作 ・作 用 を 表 わ す 形 が あ って よ い はず だ と 考 え ら れ て来
る。 こ れ が 即 ち 、 ﹁継 続 態﹂ で あ る。 か の、 ロ シ ヤ 語 に お いて は 、 一つ 一つ の動 詞 ご と に ﹁完 成 体 ﹂ と ﹁不 完 成
体﹂ の対 立 が文 法 上 や か ま し い の で 知 ら れ て い る ︹ 文献 15︺ が、 こ のう ち の完 成 体 は こ こ の単 純 動 作 態 に 当 り、 不 完 成 体 は 継 続 態 に当 る も の の よ う であ る。
然 ら ば 日本 語 に お いて は 継 続 態 は ど ん な 形 を と る か 。 ち ょ っと 考 え る と ﹁書 く ﹂ ﹁読 む﹂ に 対 す る ﹁書 い て い
る﹂ ﹁読 ん で いる﹂ の形 が こ れ か と 思 わ れ る 。 事 実 、 佐 久 間 鼎 博 士 ︹ 文献 14︺は そ のよ う に考 え ら れ た 。 が 、 こ れ
は ま ず いと 思う 。 何 故 な ら ば 、 ﹁ 書 い て い る﹂ ﹁読 ん で いる ﹂ は、 ﹁あ る ﹂ の一 種 で 、 状 態 相 ア ス ペ ク ト の一 つで
あ り 、 動 作 相 ア ス ペ ク ト の 一種 と 見 る こ と は で き な い か ら で あ る 。
然 ら ば 日本 語 にお け る 真 の継 続 態 の表 わ す 形 は 何 か と いう と 、 そ の候 補 者 の 一つは ﹁︱
つ づけ る﹂ であ ろう 。
即ち 、 ﹁三 時 間 読 み つ づけ る﹂ ﹁先 刻 か ら 書 き つづ け て いる が﹂ な ど 。 た だ し 注 意 す べき は 、 日 本 語 で は 、 動 詞単
て来 る﹂ ﹁︱
て行く ﹂ の
て行 く ﹂ も 継 続 態 を 表 わ す と 考 え ら れ る が、 これ は 、
独 の ま ま でも 継 続 態 を 表 わ し 得 る こ と で、 例 え ば 、 掲 示 板 に よ く あ る ﹁二 時 ま で待 った 、 先 へ行 く ﹂ の ﹁待 つ﹂ な ど は そ の例 で あ る 。 又 、 次 の よ う な ﹁︱
前 に 述 べた 動 作 相 テ ン スと 密 接 な 関 係 があ って、 ﹁︱ て来 る ﹂ の方 は 多 く 完 了 態 に 用 いら れ 、 ﹁︱ 方 は 多 く 未 発 態 に用 いら れ る 。 以 上 いろ いろ お 話 し て来 ま し た が⋮ ⋮。 読 ん で 行く う ち に 分 り ま し ょう 。
な お 、 上 代 の 日本 語 に は ﹁︱ ふ ﹂ と いう 継 続 態 の形 があ った こと が知 ら れ て いる 。
さ て 、 こ のよ う な 継 続 態 は、 動 作 ・作 用 の継 続 を 表 わ す 点 で 、 状 態 相 ア ス ペ ク ト のう ち の進 行 態 と よ く 似 て い
る。 事 実 、 ド イ ツ語 や ロシ ヤ 語 で は 、 こ の継 続 態 を も って進 行 態 に かえ て いる よう であ る。 日 本 語 で も ﹁昨 日 は
一日 本 を 読 ん で いた ﹂ と いう よう な のは 、 元 来 継 続 態 に言 う べき も のを 進 行 態 を 以 て言 い表 わ し た も のと 考 え ら れる。
と ころ で、 進 行 態 に お い て は 、 そ れ に準 ず る も のと し て 反復 進 行 態 と いう も のが あ った 。 そ こ で 、 継 続 態 に も 、
こ れ に 準 ず る も のは な いか 、 と いう と 、 そ れ は た し か に存 在 す る 。 そ れ が 即 ち 、 こ の章 の初 め に名 を あ げ た ﹁反
つづ け る﹂ は 反 復 継 続 態
復 継続 態 ﹂ であ る 。 これ はあ る 動 作 ・作 用 がく り 返 し 行 わ れ る こと を 表 わ す 態 で あ る と 言 え る。
日 本 語 で は 、 こ の 反 復 継 続 態 の表 わ し 方 は ど う か 。 ま ず 先 に 継 続 態 を 表 わ し た ﹁︱ を も 表 わ す よ う であ る 。 例 え ば 、 将 軍 連 が 死 に つづ け た 。
な ど 。 又 ﹁︱ て 来 る﹂ ﹁︱ て 行 く ﹂ も 反 復 継 続 態 を 表 わ す よ う で あ る 。 例 え ば 、 あれ これ本を読 んで来た が⋮⋮。
な ど 。 そ れ か ら 又 、 継 続 態 と 同 じ く 、 単 独 の 形 が 反 復 継 続 態 を も 表 わ す こ と が 多 いよ う で あ る。 例 え ば 、 ﹁ 毎日 毎 日 本 を 読 む ﹂ な ど 。 本 来 反 復 継 続 態 を も 表 わ す 形 と し て は、 字を書 き書きす る。
と いう よ う な 連 用 形 を 重 ね た も の に ﹁す る ﹂ を つけ た 形 が あ げ ら れ よ う 。 が、 こ の形 を と り 得 る動 詞 は 限 ら れ て お り 、 又標 準 語 と は 言 い にく い感 じ があ る 。 最 後 に、 単 純 動 作 態 ・継 続 態 ・反 復 継 続 態 に つ い て注 意 す べき 事 柄 を あ げ る 。
だ ﹂ の形 に は つ かず 、動 作 ・作 用 を 表 わ す 動 詞 だ け に つく 。 これ は 、 これ
(1単 )純 動 作 態 は 、 状 態 動 詞 ・形 容 詞 、 ﹁︱ だ ﹂ の形 に は つか な いと 前 に述 べた 。 継 続態 ・反 復 継 続 態 も 同 様 に状 態 動 詞 ・形 容 詞 、 及 び ﹁ ︱
ら の ア ス ペク ト が 特 に動 作 ・作 用 の 行 わ れ 方 を 示 す も の であ る こ と か ら の 当 然 の 帰 結 であ る 。
(2継 )続 態 は 継 続 動 詞 だ け が も って い る。 瞬 間 動 詞 に は 継 続 態 が な い。 単 純 動 作 態 は 瞬 間 動 詞 ・継 続 動 詞 と も
にも って い る こ と 、 上 に 述 べた と お り であ る が 、 反 復 継 続 態 は 、 瞬 間 動 詞 、 及 び時 間 を 考 慮 の外 に お い て用 いら れ た 継 続 動 詞 が と も に 取 り 得 る 。
(3動 )詞 の単 純 動 作 態 ・継 続 態 ・反 復 継 続 態 は 、 いず れ も一 種 の動 作 ・作 用 を 表 わ す 。 随 って 、 こ れ ら に は 完
了態 と 不 完 了態 と が あ る 。 又 単 純 動 作 態 に は 既 然 態 と 将 然 態 と が あ り 、 そ れ ら に は 、 更 に、 過 去 態 と 非 過 去
反 復 継 続 態 の将 然 態 の過 去 態 。
継 続 態 の進 行 態 の非 過 去 態 。
単 純 動 作 態 の完 了 態 。
態 と が あ る 。 継 続 態 と 反 復 継 続 態 と には 、 進 行 態 があ り 、 これ に も 更 に 過 去 態 と 非 過 去 態 と が あ る。 例 、 死 ん だ 。︱
二 時 間 も 書 き 続 け て いる 。︱
いろ いろ の本 を 読 ん で行 こう と し て いた 。︱
十 三 テ ン ス ・ア ス ペ ク ト の 諸 態 の 関 係
以 上 六 節︱ 十 二 節 に 亘 って、普 通 に ア ス ペク ト の態 と 認 め ら れ て いる も の、 お よ び そ れ と 同 種 類 と 考 え ら れ る
も のを あ げ 、 そ れ ら のも つ意 味 を 考 え て き た 。 最 後 に 、 ア ス ペク ト 全 体 の体 系 を 考 え る た め に、 改 め て、 一つ 一
つの態 の性 質 を 比 較 し て み る と次 のよ う で あ る 。 参 考 のた め に 二 節︱ 五 節 に論 じ た テ ン ス の諸 態 を も 併 せ 掲 げ る 。 ︹A状 ︺態 相 テ ン ス に属 す る も の。
これ に は 、 理 論 的 に は 過 去 態 、 現 在 態 、 未 来 態 、 超 時 態 な ど が あ る は ず であ る 。 が、 日 本 語 に は 現 在 態 と 未
来 態 と 超 時 態 と が 一緒 にな って非 過 去 態 と な って いる 。 こ の中 に は 境 遇 性 のあ る も のと な いも のと があ る 。
った 場 合 、 そ の全 体 は 状 態 動 詞 と も 動 作 動 詞 と も つかな いも の であ る 。
形 容 詞 、 ﹁︱ だ ﹂ の 形 、 及 び 動 詞 のう ち で は 状 態 動 詞 に 限 って こ の テ ン ス が あ る 。 あ る 動 詞 が 過 去 態 を と
︹B動 ︺作 相 の テ ン スに 属 す る も の。
これ に は 理 論 的 に は 完 了 態 、 未 発 態 、 不 定 時 態 な ど があ り 得 る 。 が 、 日本 語 では 未 発 態 と 不定 時 態 と は 一緒
に な って 不 完 了 態 と な って いる 。 そ し て そ の中 に 、 境 遇 性 のあ るも のと な いも のと が あ る 。 こ れ は 動 詞 のう
ち 、 動 作 動 詞 に 限 って 存 在 し 、 そ し て 動 作 動 詞 のう ち でも 、 瞬 間 動 詞 及 び時 間 を 無 視 し て 用 いた 継 続 動 詞 に
存 在 す る 。 あ る 動 詞 の完 了態 そ のも の は 、 状 態 動 詞 と も 動 作 動 詞 と も つかな いも の であ る。
(こ の 一種 に 反 復 進 行 態 が あ る )、 (3将 )然 態 、 (4単 )純 状 態 態 の四 つが あ
︹C状 ︺態 相 の ア ス ペク ト に 属 す る も の。 これ に は 、(1)既 然 態 、 (2進 )行 態
る 。 (1 () 3 は)瞬 間 動 詞 の み に あ り 、 (2 は)継 続 動 詞 に あ り 、 (4 は)状 態 動 詞 、 形 容 詞 、 及 び ﹁︱ だ ﹂ の 形 に か
ぎ り 存 在 す る 。 いず れ も 境 遇 性 は も た な い。 あ る 動 詞 が こ れ ら の態 を と った 全 体 は 一つの状 態 動 詞 で あ る 。
【第 一 表 】
これ に は (1既 )現 態 、 (2)終 結 態 、 (3始 )動 態 、 (4将 )現態 、 (5単 )純 動 作 態 、 (6継 )続 態
︹D動 ︺作 相 の ア ス ペク ト に 属 す るも の。
(こ の 一種 に反 復 継 続
態 が あ る ) の 六 つ があ る。 これ ら は動 作 動 詞 の み にあ り 、 いず れ も 境 遇 性 を 欠 く 。一 つ 一つ の動 作 動 詞 が こ
れ ら の態 を と った 全 体 は 一つの動 作 動 詞 で あ り、 (1 () 2 () 3 () 4は)一種 の 瞬 間 動 詞 で あ り 、 (6 は)一種 の継 続 動 詞 であ る 。 以 上 の︹A ︱︺ ︹Dを︺表 示す れ ば ︻ 第 一表 ︼ のよ う であ る 。
ま た、 も し テ ン ス ・ア ス ペク ト の諸 態 の 間 の近 縁 関係 を 表 示 す れ ば 、 ︻ 第 二表 ︼ のよ う に な る 。
以 上 の ︻ 第 一表 ︼ と ︻ 第 二 表 ︼ と を 総 合 す れ ば 、 次 のよ う な 事 実 が導 き 出 さ れ る 。
︹C と︺︹D と︺は 、動 詞 が そ の態 を と った 全 体 が 一つの新 し い動 詞 のよ う な も の にな る 点 で互 に 似 て い る。 即 ち 、
︹I︺︹Aと︺︹Bと ︺は 、 そ の態 を と った 全 体 が 一つの動 詞 相 当 のも のを 作 ら な い点 で 互 に似 て いる 。 そ れ に 対 し て
︹A︺対 ︹︹ BC ︺︺と ︹い Dう ︺対立 が認めら れる。
︹Ⅱ ︺ ︹A と︺ ︹Cと ︺は、 状 態 動 詞 に 関 係 し て いる 点 で 似 て お り 、 現 在 態 に 対 応 す る 態 を も って いる点 でも 互 に似 て
いる。 そ れ に 対 し て ︹B と︺︹D と︺は 、 動 作 動 詞 に 関 係 し て お り 、 現 在 態 に 対 応 す る 態 を も た な い点 で も 互 に似 て いる 。 即ち 、 ︻ 第 三 表 ︼ のよ う な 二重 の対 立 関 係 が 認 め ら れ る 。
と こ ろ で︹A︺に ︹は B境 ︺ 遇 性 のあ る も のと な いも のと が あ り 、︹C︺は ︹す D︺ べ て境 遇 性 を も た な か った 。 そ の点 を 考 慮 に入れると ︻ 第 四表︼を 得る。
【 第二表 】
【第 三 表 】
【第 四 表 】
十 四 エ ピ ロー グ
何 を テ ン スと 言 い、 何 を ア ス ペク ト と 言う か
さ て、 この辺で、そ ろそろ結論 に入ろう。
即 ち 、 我 々は 、 以 上 のよ う な 考 察 か ら 次 のよ う な 事 実 を 導 き 出 す こと が で き る。
(1従 )来 、 (B は)そ の一 部 を テ ン ス と 呼 ん で︹Aと ︺ 一緒 に し 、 そ の 一部 を ア ス ペ ク ト と 呼 ん で︹C︺と ︹D 一︺ 緒 にし て
来 た 。 然 し も し (B を)テ ン ス と ア ス ペク ト に 分 け る な ら ば 、 甲 種 を テ ン ス に、 乙 種 を ア ス ペク ト に 入 れ る べ
き も ので あ る 。 そ し て そ の場 合 は︹Aも ︺甲 種 を テ ン スに 、 乙 種 を ア ス ペ ク ト に入 れ る べき であ る 。
(2し )か し︹Bは ︺全 体 と し てま と ま り を 有 し 、 こ れ 全 体 を テ ン スと 呼 ぶ こ と も で き る 。 そ の場 合 は 、 当 然︹Aの ︺全
体 も テ ン スと 呼 ぶ こと と な り 、︹A︺の ︹二 B︺ つが︹C︺の ︹D 二︺ つに 対 立 す る こと にな る 。 こ の場 合 は︹C︺が ︹D ア︺ スペ クト と 呼 ば れ る こと に な る 。
(3)は ︹ しC ば︺ し ば そ の 一部 が テ ン ス と 呼 ば れ 、 一部 が ア ス ペク ト と 呼 ば れ て いた 。 が 、 そ れ は 不当 であ る 。 も
し 、 二部 を テ ン スと 呼 ぶ な ら ば 、 全 部 を テ ン ス と 呼 ぶ べき で あ り、 そ う す れ ば 、︹Dを︺も テ ン ス と 呼 ん だ 方
が 合 理的 に な る 。 こ れ で は ア ス ペク ト と いう も の は 存 在 し な い こと に な る 。 こ れ も 一つ の行 き 方 であ る が 、
そ れ で は ア ス ペ ク ト と いう 名 が いら な く な る 。 せ っか く あ る の だ か ら︹Dは︺ア ス ペク ト と 呼 び た い。 そ う す る と 、 ︹C も︺ 全 部 を ア ス ペク ト と 呼 ぶ こと と な る 。
(4し )か ら ば 、 問 題 は 、︹A︺の ︹乙 B︺ 種 を テ ン スと 見 る か、 ア ス ペク ト と 見 る か と いう 点 に 集 中 す る。 も し 、 テ ン
ス の定 義 を 二節 に 述 べた よ う にと り 、 テ ンス で あ るた め には 、 話 し 手 と の 関 係 、 即 ち ﹁境 遇 性 ﹂ が必 要 だ と 考 え る な ら ば 、︹A︺の ︹乙 B種 ︺ は ア ス ペ クト に 属 す る こ と と な る 。
(5し )か し 、 従 来 の慣 習 で は、︹A︺の ︹乙 B︺ 種 のも のは 、 甲種 と と も に テ ン ス の方 に 属 せ し め て いた 。 乙 種 の も の
は 甲 種 のも のと 似 て︹C︺と ︹D 異︺ る 点 も あ る ゆ え 、 こ れ は 不 合 理 な や り 方 では な い。 そ こ で、 こ の 稿 でも こ の
行 き 方 に従 お う 。 そう す る と 、︹A︺が ︹テ B︺ ン ス、︹C︺が ︹ア D︺ スペクトとなる。
(6そ )う す る と 、 テ ン ス の方 は 従 来 の定 義 と は 多 少 ち が った 定 義 を 与 え な け れ ば な ら な く な る 。 さ し あ た り 、 こう な る 。
︽テ ン ス と は 、 あ る動 詞 そ の他 用 言 の意 味 す る 状 態 ・動 作 ・作 用 が 、 あ る 標 準 か ら 眺 め た 場 合 、 時 間 的 に そ
れ よ り 以 前 で あ る か、 同 時 であ る か、 以 後 であ る か を 示 す 形態 のち が い であ る。 そ し て テ ン ス の 一つ 一つの 態 は 、 他 の動 詞 でお お う こと が で き な いよ う な 意 味 を有 す る。︾
(7こ )れ に応 じ て ア ス ペク ト の 方 の定 義 も 決 定 し て く る 。 即 ち 、 次 のよ う に規 定 でき よ う 。
︽ア ス ペ クト と は 、 動 詞 そ の他 用 言 の意 味 す る 動 作 ・作 用 の進 行 の相 を 示 す 形 態 のち が いで あ る 。 そ し て、
ア ス ペク ト の 一つ 一つ の態 は 、 他 の動 詞 で 置 き 換 え る こと が で き る よ う な 意 味 を 有 す る 。︾
引 用書 目
of
Grammar"
︹ 文献 1︺ 藤 村作 編 ﹃日本 文学 大 辞典﹄ の ﹁動 作態 ﹂ の条 ( 神保 格執 筆 )
"Philosophy
︹ 文献 2︺ 市 河 三喜 編 ﹃英語 学辞 典﹄ の'aspe のc 条t' ︹ 文献 3︺ O.Jespersen ︹文献 4︺ 山田孝 雄 ﹃日本 文 法論﹄
上 ﹃標準 日本 口語法﹄
︹文献 5︺ 松 下大 三郎 ﹃ 標 準 日本文 法﹄ ︹文献 6 ︺ 同
上 ﹃国 語学 の諸問 題﹄ ( 特 に ﹁上代 に於け る助動 詞 ﹃ぬ﹄ ﹃つ﹄ の本 質﹂、 ﹁文 法的範 疇 と論 理 的範 疇 ﹂)
︹文献 7︺ 小 林 好日 ﹃国 語国文 法要 義﹄ ︹文献 8 ︺ 同
︹文 献 10 ︺ 湯 沢 幸 吉 郎
︹ 文 献 9 ︺ 松 尾 捨 治 郎 ﹃ 解 説 日本文 法﹄
﹃ 国 語 法 論攷 ﹄
上 ﹃動 詞 叙 法 の 研 究 ﹄
︹ 文 献 11 ︺ 細 江 逸 記 ﹃動 詞 時 制 の 研 究 ﹄ ︹文 献 12 ︺ 同 ︹文 献 13 ︺ 小 林 英 夫 ﹃文 法 の原 理 ﹄ ︹文 献 14 ︺ 佐 久 間 鼎 ﹃現 代 日本 語 の表 現 と 語 法 ﹄ ﹃露 語 動 詞 の体 ﹄
︹ 文 献 16 ︺ 三 尾 砂 ﹃話 言 葉 の 文 法 ﹄
︹文 献 15 ︺ 井 桁 貞 敏
︹文 献 17 ︺ 時 枝 誠 記 ﹃日 本 文 法 ・口 語 篇 ﹄
﹃ 現 代 語 の助 詞 、 助 動 詞︱
︹ 文 献 18 ︺ 宮 田 幸 一 ﹃日本 語 文 法 の輪 廓 ﹄ ︹文 献 19 ︺ 国 立 国 語 研 究 所 編 ︹ 文 献 20 ︺ 三 上 章 ﹃現 代 語 法 序 説 ﹄
用 法 と 実 例︱
﹄
﹁ 国 語 動 詞 の 一分 類 ﹂ (﹃言 語 研 究 ﹄ 第 一五 輯 所 載 )
上 ﹁不 変 化 助 動 詞 の 本 質 ﹂ (上 ) ( 下 ) (﹃ 国 語 国 文 ﹄ の 二 二 の 二 ・三 所 載 )
︹文 献 21 ︺ 金 田一 春 彦 ︹ 文 献 22 ︺ 同
初校 刷 りを 手 にし て︱
脱 稿 し て か ら 一年 余 も た って 読 み 返 し て み る と 、 書 き な お し た い点 が 目 に つく 。 こと に こ の秋 、 服 部 四 郎 博
士 か ら 、 文 法 論 に も 、 音 論 に お け る 音 声 学 に あ た る も のと 音 韻 論 に あ た る も の と の別 があ る こと を 教 え ら れ 、
目 を 覚 ま さ れ た 思 いが し た が 、 そ の頭 で読 む と 、 こ の論 文 は 、 そ の両 者 が ご た ご た に な って いる こ と に気 付 き 、
は な は だ 気 に な る 。 し かし 将 来 訂 正 の機 会 があ る こと を 期 待 し 、 記 述 は 変 え な いこ と にし た 。
ま た 、 ﹁た ﹂ ﹁う ﹂ ﹁よ う ﹂ の 類 を 独 立 の 単 語 、 す な わ ち 、 一種 の 助 動 詞 と 称 し て い る 類 は 、 私 の 素 志 で は な いが 、 か り に 文 部 省 文 法 の行 き 方 に 妥 協 し て叙 述 し た 。
(昭和 二十 九年 十 二月 二 十 日)
日本 語 の特 質
は し が き
本 書 は 、 私 が 昭 和 五 十 五 年 四 月 か ら 九 月 ま で、 半 年 に 亘 って N H K教 育 テ レビ の N H K 大 学 講 座 のヒ ト コ マと
し て 、 ﹁日本 語 の特 質 ﹂ と いう 題 で放 送 し た も のを 活 字 化 し た も の であ る 。 一回 き り で消 え て し ま う は ず の 話 が 、
ま ず 日本 放 送 出 版 協 会 の 好 意 で N H K ﹁市 民 大 学 叢 書 ﹂ の 一冊 と し て 残 り、 さ ら に今 度 N H K ブ ック ス のシ リ ー ズ に 入 れ ら れ て再 度 お 目 見 え す る こ と は 、 嬉 し い こと であ る 。
は じ め に こ の講 座 の題 で あ る が、 私 は 、 日本 語 で見 ら れ る 注 意 す べき 性 格 を 、 部 門 別 にし ゃ べ って い った も の
だ った 。 ﹁日 本 語 の特 質 ﹂ と いう 題 は、 本 来 ﹁日 本 語 だ け に 見 ら れ る性 質 ﹂ と いう 意 味 で 、 お こ が ま し い感 じ が
す る が 、 放 送 のと き に N H K の担 当 者 か ら こ の題 を 与 え ら れ 、 こ の本 でも そ の題 が い いと 言 わ れ る 。 羊 頭 を 掲 げ て狗 肉 を 売 る罪 は 慎 し ん で お わ びす る 。
と こ ろ で、 こ の本 の内 容 は 、 紙 幅 を 是 非 こ の程 度 で と め てと いう 出 版 社 の懇 請 で 実 際 の放 送 のと き よ り 大 分 減
ら し て あ る 。 ﹁日本 語 の近 代 性 ﹂ ﹁縦 書 き と 横 書 き ﹂ ﹁日 本 人 の愛 用 語 句 ﹂ の 三 回 分 は 全 面 的 に 割 愛 し 、 そ の他 の 回 の も のも 具 体 的 な 例 な ど 一部 を 削 った 。
放 送 し た と き に は 、 不 注 意 ・不勉 強 か ら 間 違 った こ とを し ゃ べ って、 お 叱 り を 受 け た こと も 多 い。 こ の本 で は
極 力 注 意 し て 訂 正 し た 。 そ のう ち の 一つ、 今 の 日本 語 に あ る 無 生 物 を 主 語 と し た 受 動 態 と いう のは 、 欧 文 脈 の影
響 に よ る も の だ と 述 べ た と こ ろ、 玉 名 市 に お 住 ま いの後 藤 克 巳 氏 か ら 、 古 典 に かな り の例 が発 見 でき る こと を 教 え ら れ た の は有 益 だ った 。
と いう 苗 字 し か な い、 と 言 った と き で、 多 く の か た か ら 、 ど こ ど こ の方 言 に は こう いう 単 語 があ る と いう お教 え
話 題 のう ち で 一番 た く さ ん の反 響 のあ った のは 、 発 音 の話 の中 で 、 日 本 語 で ミ ュの つく 言 葉 は オ オ マミ ュウ ダ
を 受 け た 。 が 、 あ の 折 は 、 私 は 日 本 の 標 準 語 に つ いて 述 べ た の で、 方 言 は 考 慮 の外 だ った。 も し 方 言 を 考 え る な ら ば 、 日本 語 の母 音 は 五 つだ とも 言 え な いは ず であ る 。
も う 一つ、 こ れ も 発 音 のと き に 述 べた 円 周 率 の覚 え 方 に つ いて 、 大 牟 田 市 に お住 ま い の松 尾 清 氏 か ら 次 のよ う な のを 教 わ った 。 ま こ と に見 事 な 出 来 な の で こ こ に紹 介 し て お く 。 産 医 師 異 国 に 向 う 。 産 後 厄 無 く 、 産 婦 御 社 に 。 虫 散 々闇 に鳴 く 。 ⋮ ⋮
一体 私 は テ レビ で歌 や 音 楽 の放 送 を し た と き は 、 多 く のお 手 紙 を いた だ き 、 新 聞 でも ほめ て いた だ く こ と があ
った が 、 言 葉 、 日 本 語 に つ い てし ゃ べ って、 今 度 のよ う に 評 判 を と った の は 初 め て であ る 。 ま こ と に 冥 利 に 尽 き た こ と で あ る 。 お 聞 き 下 さ った か た が た に衷 心 御 礼 申 し 上 げ る 。
ま た 、 最 後 にあ た り 、 こ のよ う な 本 が 出 来 る こ と に つ いて 、 放 送 の折 お 世 話 頂 いた N H K 社 会 教 育 部 の立 松 昭
子 さ ん ほ か の かた が た 、 私 の 放 送 を テ ープ にと って 提 供 し て 下 さ った 武 蔵 野 市 の宮 本 恵 都 子 さ ん 、 速 記 を 仕 上 げ
ら れ た 松 下 邦 子 さ ん、 本 の形 に ま と め ら れ た 佐 藤鐐 二 さ ん 、 そ れ か ら N H K ブ ック ス の 一冊 に御 採 用 いた だ いた 品 川 高 宣 さ ん にも 深 甚 の感 謝 の意 を 表 す る 。 平 成 二年 十 一月 御 即 位 式 の 日 に
金 田 一春 彦
序 章 日 本 語 の性 格 を 知 る こ と は
ど う いう効 果が あ るか
私 の 勤 め て い る 上 智 大 学 と い う の は 私 に と って 大 変 あ り が た い大 学 で 、 こ こ に は た く さ ん の 外 人 の 言 語 学 者 が
い ら っし ゃ る 。 そ の か た が た が ま た 日 本 語 が ペ ラ ペ ラ な の で 、 私 は 外 国 語 は 何 も で き な い の で す が 、 ち っと も 恥
ず か しく な く そ う いう か た が た と お 話 が でき ま し て、 いろ いろ 外 国 語 に つ いて お 話 を 聞 か せ て いた だ く 。 そ う し
ま す と 、 日 本 語 と い う も の は ど う いう 言 語 か と い う こ と 、 そ の 性 格 と い っ た も の が わ か っ て き た よ う な 気 が す る
の で す 。 こ こ で は 、 ま ず 日 本 語 の 性 格 を 知 る こ と は 、 ど う い う プ ラ ス が あ る か を お 話 し し た い と 思 いま す 。
﹁ね ﹂ を 書 き 、 ﹁こ ﹂ を
第 一に 、 日 本 語 を じ ょ う ず に 使 う 方 法 を 勉 強 す る こ と に な り ま す 。 た と え ば 、 小 学 校 の 国 語 の 授 業 で は 、 ﹁犬 ﹂
と い う 言 葉 が あ り ま す と 、 ﹁い﹂ と 書 き 、 ﹁ぬ ﹂ と 書 く よ う に 教 え ま す 。 ﹁猫 ﹂ と い う の は
書 く と 教 え ま す 。 こ れ は 日 本 人 に と って は 何 で も な い こ と で す が 、 こ の よ う な 教 え 方 が で き る こ と は 、 日 本 語 の 大 き な 特 色 です 。
﹁ド ﹂ と 言 って 、 ﹁ッ﹂ と つ め て 、 ﹁グ ﹂ と 言 っ て い る よ う に 思 え て し ま う 。 し か
英 語 で す と 、 犬 の こ と は ド ッグ と 言 い ま す が 、 こ のdogと いう 言 葉 は 一息 に 言 っ て し ま い ま す 。 私 た ち が 英 語 を 聞 き ま す と 、 向 こう の人 は
﹁イ ﹂ と い う 音 と
﹁ヌ ﹂ と い う 音 か ら で き て い る 、 と い
し 、 そ れ は 日 本 人 が そ う 聞 く だ け で あ っ て 、 向 こ う の 人 は 、 犬 はdogと い う 全 体 が 一 つ の 音 で あ っ て 、 こ れ を
﹁犬 ﹂ と いう 言 葉 は
そ れ 以 上 こ ま か く 分 析 し て 考 え る こ と を いた し ま せ ん 。 日本 語 は そ れ に 対 し 、 子 ど も でも
カキ ク ケ コ ザジズ ゼゾ
ガギグ ゲ ゴ
ア イ ウ エオ
サ シ スセソ
う こ と が わ か り ま す 。 ﹁い ぬ ﹂ を さ か さ ま に す る と 、 ﹁ヌ イ ﹂ と な る 、 こ う 思 っ
﹁五 十 音 図 ﹂ と い う 名 前 で 小 学 校 の と き に お 習 い に
て お り ま す 。 英 語 で は そ う は い き ま せ ん 。 ド ッグ を さ か さ に し た ら グ ッド に な る と 思 って い な い。 皆 さ ん は 上 のよ う な 表 を
な った と 思 い ま す 。 実 際 に は こ の ほ か に キ ャ ・キ ュ ・キ ョと か ン ・ ッ の よ う な
音 も あ り ま す か ら 、 全 部 の数 は 五 十 で は な く て 、 私 の 勘定 では 一 一二にな り ま す が 、 日 本 語 のす べ て の単 語 は そ
う いう 音 の組 み合 わ せ で で き て いる わ け です 。 そ う し ま す と 、 こう い った 音 の書 き 表 し 方 を 覚 え てし ま いま す と 、
日本 語 は 何 でも 書 け る わ け で す 。 日本 語 ぐ ら い、 文 字 で書 き や す い言 葉 は ち ょ っと な い、 と いう こと に な り ま す 。
英 語 の方 は 、 ド ッグ でも 、 あ る い はキ ャ ット で も 、 そ う い った 単 語 ご と に書 き 方 を 覚 え て いかな け れ ば な ら な い。 これ は 日本 語 と 英 語 と の大 き な 違 いで あ り ま す 。
日本 語 の効果 的な 使 用法 がわ か る
そ の次 に、 日本 語 は 、 自 然 に書 い て い った 場 合 に 意 味 が は っき り わ か り にく い、 と いう こと が あ り ま す 。 た と
知 事 は自 分 に所 属 す る す べて の局 のす べ て の部 のす べ て の課 の職 員 が いま 何 を し て いる か を 常 に 承 知 し て い
え ば 、 こう いう 文 章 が あ った と し ま す 。
な け れ ば な ら な い⋮ ⋮
⋮ ⋮ 承 知 し て いな け れ ば な ら な いわ け で は な い。
こう 読 ん でく る と 、 知 事 と いう の は 大 変 だ な と 思 いま す 。 と こ ろ が 、 最 後 ま で読 み ま す と、
governor
neの eよ dう n にo nt o⋮ t と"いう の
な ん て書 い てあ る こと があ り ま す 。 なァ ん だ、 と いう こ と にな る。 これ は 、 日本 語 では 、 そ の文 の 肝 心 の打 消 し の言 葉 が 最 後 に あ る か ら で す 。 英 語 だ と こ う いう こ と は な い。 " A
が 早 く き ま す の で、 知事 は ﹁⋮ ⋮ す る 必 要 が な い﹂ と 、 打 消 し の表 現 だ と す ぐ わ か りま す 。
日 本 語 に は こ のよ う な 性 質 があ り ま す ので 、 最 後 に 打 消 し が く る よ う な 場 合 に は 、 早 く 、 打 消 し が く る のだ ぞ 、
﹁知 事 と い っても 必 ず し も ⋮ ⋮ ﹂
と いう 予 告 を し てお く こ と が必 要 に な りま す 。 こ れ は 、 し よう と 思 え ば でき る わ け で、
﹁知 事 の仕 事 と い っても そ れ ほ ど 大 変 な も の で は な く て ⋮ ⋮ ﹂
と か 、 あ る いは も っと 親 切 に、
と か いう 注 意 を し て お け ば 、 あ と に な って ﹁常 に 承 知 し て いな け れ ば な ら な いわ け では な い﹂ と 言 っても 、 読 み 手 を が っか り さ せ る こ と は あ り ま せ ん 。
日 本 語 に は そ う いう 性 質 があ る も の です か ら 、 日本 語 であ ま り 長 い文 を 書 き ま す と 、 一体 、 何 を 言 いた い のか 、
は っき り わ か ら な い。 と い った こ と が起 こ り ま す 。 た と え ば 、 久 保 栄 さ ん の ﹃火 山 灰 地﹄ と いう 作 品 は 、 こ のよ
先 住 民 族 の原 語 を 翻 訳 す る と/ ﹁河 の岐 れ た と こ ろ ﹂ を 意 味 す る こ の市 は / 日 本 第 六 位 の大 河 と そ の支 流 と
う に は じ ま りま す 。
が/ 真 二 つ に裂 け た 燕 の尾 のや う に そ の 一方 の尖 端 で合 流 す る/ 鋭 角 的 な 懐ろ に抱 き か か へら れ て ゐ る 。
格 調 の高 い文 で宇 野重 吉 さ んな ど じ ょう ず に朗 読 さ れ ま す が 、 書 いた のを 見 て 一体 こ れ は 何 を 言 いだ し た のか と いう こと がち ょ っと わ か り に く いと 思 いま す 。
つま り 、 こ のよ う な 場 合 に は、 ﹁こ の市 は ﹂ と いう 言 葉 を 一番 先 に 出 し た 方 が よ さ そ う です 。 そ のあ と で ﹁先
住 民 族 の原 語 で は 河 の岐 れ た と こ ろ を 意 味 す る が ⋮ ⋮ ﹂ と 言 った 方 が、 わ か り やす い。 そう い った 配 慮 が、 日 本 語 の場 合 に 必 要 であ りま す 。
日本 語 の書 き 表し 方 日 本 語 の大 き な 特 色 と し ま し て 、 日 本 の 文 字︱
漢 字 と 仮 名 で書 か れ た 新 聞 の記 事 は 、 大 変 理 解 し やす い、 と
いう こと があ り ま す 。 こ れ は 、 つま り 、 漢 字 と 仮 名 の使 い分 け が 、 日本 語 の場 合 、 そ の性 質 が 絶 妙 な の です 。 た と え ば 皆 さ ん が ご 承 知 の ﹁知 床旅 情 ﹂ は 、 知 床 の岬 に ハ マナ ス の咲 く こ ろ 思 い出 し てお く れ 俺た ち の こと を ⋮ ⋮
と いう 。 こ こ で は ﹁知 床 ﹂ と か ﹁岬 ﹂ と か 意 味 のう え で重 要 な 言 葉 は漢 字 で書 か れ て いる 。 です か ら 、 漢 字 を た
ど って いけ ば 意 味 が 早 く わ か る 、 と いう こと があ り ま す 。 次 のよ う な も のは 、 一層 そ れ が は っき り し ま す 。 十一 時 に 京 都 に着 く から 迎 え を 頼 み ま す
これ を 電報 で打 つ場 合 ど う す る か 。 少 し でも 倹 約 し よ う とす る 人 は、 仮 名 の部 分 を 略 し ﹁十 一時 京 都 着 、 迎 え
頼 む ﹂ と いう 文 にし ま す 。 つま り 、 そ れ ほ ど 重 要 で な いと こ ろ は 仮 名 で 書 か れ て いる と いう こと にな る 。 こ のよ
う な こと か ら 、 わ れ わ れ は 、 新 聞 を ま ず 開 いた 場 合 に 、 そ の漢 字 だ け 拾 って い け ば 大 体 の意 味 が わ か る 。
りと れ な く な り ま す 。 た と え ば 、 こ ん な 例 が あ り ま す 。
﹁ど ん な さ ﹂ と いう 言 葉 は あ り ま せ ん
日本 語 に は 、 こう いう よ う な 性 格 が あ りま す か ら 、 漢 字 と 仮 名 の使 い方 が ち ょ っと く る いま す と 意 味 が は っき
ど ん な さ 細な こと でも 親 切 が感 じ ら れ る。 こ のと き に ﹁さ ﹂ と 平 仮 名 で書 い て あ り ま す と 、 ﹁ど ん な さ ⋮ ⋮﹂︱
が 、 上 の言 葉 にく っ つい て いる よ う に 思 わ れ る 。 です か ら こ のよ う な 書 き 方 は 望 ま し く な いわ け で ﹁ど ん な 小 さ
な こと で も ﹂ と か 、 ﹁ど ん な つま ら な い こ と でも ﹂ と 言 い換 え た方 が い いわ け です 。
﹁天 下 を 征 服 し て は 者 にな る ﹂ は一 層 わ か り に く い。 ﹁天 下 を 征 服 し て は 、 者 に な る ﹂ で は な い の です 。 こ れ は
﹁天 下 を 征 服 し て 覇 者 にな る ﹂ と 書 こ う と 思 った の に、 ﹁覇 ﹂ と いう 漢 字 は 当 用漢 字 にな か った も ので す か ら 、 こ
う 書 か ざ るを 得 な い の です が、 こ う な り ま す と 、 ﹁覇 者 ﹂ と いう 言 葉 は よ く な い言 葉 な の で し ょ う か。 し か し 、
﹁ 覇 ﹂ と いう 字 は、 ﹁制 覇 ﹂ と か ﹁覇 権 ﹂ と いう 言 葉 が あ り ま す か ら 、 漢 字 を 生 か し た 方 が い いよ う で す 。 今 度 の 常 用漢 字 に 入 れ よ う と し て い る のは 、 結 構 な こと で す 。
外国 語 の勉強 に役 立 つ
こ のよ う に 、 日本 語 を じ ょう ず に使 う 方 法 を 考 え る 場 合 に 、 日本 語 の特 質 を 明 ら か に す る こ と が 必 要 で す が、
同 時 に 日本 語 の性 格 を 知 る こ と は 外 国 語 の勉 強 に役 に 立 つ の です 。 これ が 日 本 語 の性 格 を 知 る こ と の第 二 の目 的
です 。 つま り 、 日本 語 と 外 国 語 と は いろ い ろな 点 で性 質 が 違 う 。 う っか り、 日 本 語 のと お り に外 国 語 を し ゃ べ っ
is とw言 ar った m. の で は 英 語 にな ら な い。
て し ま う と 、 これ が いけ な い。 た とえ ば 、 ﹁き ょう は あ た た か い です ね ﹂ と 言 いま す が、 こ れ を そ の ま ま 英 語 に し てToday
よ く 、 こん な こ と があ り ま す 。 私 ど も が食 堂 に 行 き ま す と 、 給 仕 の人 が ﹁こち ら 何 にな さ いま す か ﹂ と 言 う 。
そ う しま す と 、 ﹁ぼく は ウ ナ ギ だ ﹂ な ん て こと を 言 いま す 。 これ は 元 来 お か し い言 い方 です 。 そ の 人 は ウ ナ ギ を
食 べ に 来 た の であ って、 ウ ナ ギ そ のも の で は あ り ま せ ん 。 し か し 、 給 仕 の人 は 笑 いま せ ん ね 。 か し こま りま し た
と 言 って 、 ち ゃん と ウ ナ ギ 飯 を 運 ん で 来 て、 ﹁ウ ナ ギ は ど な た で し ょう か ﹂ と 言 って い る。 そ う す る と 、 注 文 し た 人 は 、 ﹁お う 、 お れ だ ﹂ と か 言 っても ら って食 べ て いる 。
eとe言 l. った ら 、 お か し いか 、 驚 く か 、 ど っち か にな る でし ょう 。
こ のよ う な 言 い方 は 、 論 理 的 でな いと 言 わ れ ま す 。 短 縮 し た 言 い方 であ り ま す 。 こ れ を 英 語 に し ま し て Iam an
民 放 の コ マー シ ャ ルに こん な の があ り ま し た 。 ﹁缶 ご と ぐ っと お 飲 み 下 さ い﹂。 そ う し た ら 文 句 を つけ た 人 があ
りま し た 。 ﹁缶 ご と 飲 ん だ ら ノ ド へ つか え て し ま う じ ゃな いか﹂。 し か し こう いう 言 い方 は 日本 語 に普 通 です 。 こ
の間 も 私 の家 族 のも のが 、 ﹁あ そ こ のお ス シ屋 さ ん お い し いわ よ ﹂ と 言 いま し た 。 私 は 早 速 ﹁お ま え は ス シ 屋 の 店 を かじ る のか ﹂ と 言 って や り ま し た が 、 相 手 は 妙 な 顔 を し て いま し た 。
日本語 の教 授 にも
こ れ を 逆 に 解 し ま す と 、 今 度 は 、 日本 人 が 外 国 人 に 日本 語を 教 え る 場 合 、 や は り 、 日本 語 の性 質 を わ き ま え て
いな け れ ば な ら な い。 た と え ば 、 日 本 語 に は 、 ﹁山 が見 え る ﹂ と いう 言 い方 と 、 ﹁山 は 見 え る ﹂ と いう 言 い方 と が
あ り ま す 。 主 格 を 表 す 助 詞 が 二 つあ る 。 こ の違 い は 非 常 に 難 し い の で す 。 ﹁が﹂ と ﹁は ﹂ の区 別 は 、 韓 国 の 人 は
でき ま す が、 中 国 人 に と って は や や 難 し い。 ヨー ロ ッパ の人 に は な お さ ら です 。 こ の区 別 が 理解 で き な いた め に、
よ く 誤 解 が起 こ り ま す 。 た と え ば 、 日 本 人 は こう い った 言 い方 を す る こ と があ る 。 電 車 が遅 れ て い るよ う だ け れ ど も 、 も う 来 る で し ょう 。
﹁も う 来 る ﹂ の は 誰 が で し ょう か。 外 国 人 に 尋 ね ま す と 、 ヨー ロ ッパ人 は 、 ま ず ﹁電 車 が 来 る の だ ろ う ﹂ と 思 っ
てし ま いま す 。 と こ ろ が、 そ う で は あ り ま せ ん ね 。 日 本 人 の場 合 は、 ﹁待 って い る人 が 、 も う 来 る で し ょう ﹂ と
の意 味 に 解 釈 しま す 。 つま り 、 日本 語 の場 合 に は 、 ﹁電 車 が﹂ と いう 言 葉 は ﹁遅 れ て いる よ う だ け れ ど も ﹂ ま で
し か 続 い て行 く 力 を 持 って いな い ので す 。 です か ら 、 も し ﹁も う 来 る で し ょう ﹂ と いう のが 、 電 車 が 来 る で し ょ
う 、 と いう 意 味 だ った ら 、 は じ め か ら ﹁電 車 が ﹂ と は 言 いま せ ん 。 ﹁は ﹂ を 使 って ﹁電 車 は 遅 れ て い る よ う だ け れ ど も 、 も う 来 る で し ょう ﹂ と 言 わ な け れ ば いけ ま せ ん 。
こう い った 微 妙 な 使 い方 は ヨー ロ ッパ の言 葉 に は あ り ま せん 。 これ は 水 谷 修 さ ん と いう 日本 語 教 育 で 権 威 のか
た の本 に あ が って いる 例 を いた だ き ま し た が、 こ う い った こと は、 日本 語 の重 要 な 性 格 の 一つ であ り ま す 。
日本 語 の短 所を矯 め 、長 所を のば す
日 本 語 に は 、 長 所 と 同 時 に 短 所 があ る に違 いな い。 そ の短 所 を 矯 め て、 日 本 語 を よ り 使 いよ い言 語 に し た い、
と いう こ と を わ れ わ れ は 考 え て い いと 思 いま す 。 そ れ に は 外 国 語 と 比 較 し て 日 本 語 の性 格 を 知 る こと が大 切 です 。
日 本 語 に つ い てよ く 言 わ れ る 批 評 は 、 日 本 語 は 難 し す ぎ る、 と いう こ と です 。 こ れ は 、 外 国 の人 が 習 う の に 難
し いば か り で は な く 、 日 本 人 に と っても や っか いな の です 。 た と え ば、 石 黒 修 さ ん と いう か た が 統 計 を お 出 し に
な り ま し た が 、 そ の 国 の人 が ひ と 通 り読 み 書 き 能 力 を 身 に つけ る の に 何 年 か か る か と いう 問 題 です 。 イ タ リ ア で
は 短 く て 二 年 で い いそ う です 。 ド イ ツは 三 年 、 イ ギ リ ス で は 五 年 か か る そう で す 。 そう し て 日本 は ど う か 。 八 年
か か る、 と 言 って お ら れ ま す 。 が、 果 た し て、 ど う で し ょ う か ⋮ ⋮ 。 当 用漢 字 を マ スタ ー す る の にも 、 義 務 教 育
の期 間 だ け で は と う て い無 理 です し、 大 学 を 出 て も 十 分 に 使 いこな す ま で に は いき ま せ ん 。
私 な ど は 、 国 語 の先 生 だ と 偉 そう に 言 って お り ま す が 、 漢 字 の使 い方 と いう の は や っか いで 、 と ま ど う こと が
し ば し ば です 。 た と え ば ﹁ツイ キ ュウ ス ル﹂ と いう 言 葉 が 三 つあ り ま す が、 ﹁利 潤 を ツイ キ ュウ す る ﹂ のと き は
﹁追 求 ﹂ が 正 し い、 ﹁真 理 を ツイ キ ュウ す る ﹂ と 言 った 場 合 は ﹁追 究 ﹂ が 正 し いと辞 書 に書 い てあ りま す 。 さ ら に 、
﹁追 及 ﹂ と いう 言 葉 が あ って ﹁責 任 を 追 及 す る﹂ と 言 う よ う に使 い分 けろ と書 い てあ って ま こ と に ま ぎ ら わ し い。
ま た ﹁ロテ ン﹂ と いう も の があ り ま す ね。 今 は ち ょ っと 少 な く な りま し た け れ ど も 、 お も て の通 り な ど に並 ぶ ア
レで す 。 あ れ は ﹁露 店 ﹂ と 書 いて い いわ け です が、 と こ ろ が そ の露 店 を 開 いて いる 商 人 の こと は ﹁露 天 商 ﹂ と 書
き ま す 。 こ れ は ﹁露 店 商 ﹂ で よ さ そ う で す が 、 露 天 で商 う 人 と いう 意 味 で、 露 天 商 と 書 か な けれ ば いけ な い のだ
そ う です 。 こう な り ま す と 、 ほ ん と う に 日 本 語 の正 書 法 は 難 し す ぎ る の です が 、 こう いう こ と は ど う し た ら よ い か 、 考 え な け れ ば な ら な い重 要 な 課 題 で す 。
日本語 の起 源 ・系統 を 明ら か にす る
日本 語 の性 格 を 知 ると いう こと は 、 こ の ほ か に、 日本 語 の起 源 ・系 統 を 知 る う え でも 、 や は り 役 に 立 つは ず で す。
日 本 語 の系 統 は 一体 ど う いう 系 統 であ る か 、 ど こ の言 語 と親 類 の言 語 で あ る か、 と いう よ う な こ と は 、 学 者 も
研 究 し て お り ま す し 、 一般 の か た に も 関 心 の 深 い 問 題 で す 。 し か し 、 こ
れ を 知 る には 、 た と え ば、 日 本 語 の性 格 のな か で、 変 わ り にく い性 格 は
何 か 、 ほ ん と う に 日 本 語 ら し い性 格 は 何 であ る か を 極 め て 、 同 じ よ う な
性 格 を 持 った 言 語 が ほ か に あ る な ら ば 、 そ の 言 語 と 系 統 が 近 い だ ろ う 、
と いう よ う に考 え る の がよ いと 思 わ れ ま す 。
よ く 言 語 学 に素 人 の か た は 、 単 語 が 似 て いる 、 だ か ら こ れ は 関係 があ
る 、 と 結 びつ け て し ま う こ と が あ り ま す 。 イ タ リ ア 語 な ど は 日 本 語 と 発
﹁た ん と ・だ な あ
音 全 体 が 似 て い ま す 。 た と え ば 、 ﹁た く さ ん の ﹂ と い う こ と を イ タ リ ア
語 で tan to( た ん と )、 ﹁た く さ ん の お 金 ﹂ と い う の は
ろ ﹂ と い う ふ う に 言 いま す 。 あ る い はcun et ta ( く ねっ た ) と い う 言 葉
が あ り 、 私 ど も は ま る で 日 本 語 の よ う に 聞 い て し ま いま す が 、 こ れ は 掘
割 と いう 意 味 で 、 掘 割 の な か に は まっ す ぐ の 掘 割 も あ り ま す が く ねっ た
掘 割 も あ る わ け で 、 こ れ な ど は 日 本 語 を 聞 い て い る よ う に 思っ て し ま う 。
( ? ) と いう の があ り ま
イ ンド ネ シ ア の 言葉 な ど も 、 耳 に は ほ ん と う に 日 本 語 と 同 じ よ う に聞
こ え ま す 。 イ ンド ネ シ ア の単 語 の覚 え 方 の和 歌
す が 、 ﹁人 はoran( お ら ん )、 魚 はikan(い か ん )、 飯 はnasi(な し )、
死 ぬ は mate ( 待 て )、 菓 子 は kueh( 食 え )﹂ と 言 い ま し て 、 ま る で 日 本
語 の 単 語 を 並 べ た よ う で す 。 し か し 、 ど う も 、 こ う いっ た 言 葉 が い く ら
あっ て も 、 同 じ 系 統 と み る こ と は で き ま せ ん 。
一か ら 十 ま で の 数 を ど の よ う に 各 国 語 で 言 う か 、 比 較 し た の が 上 の 表
です 。 日 本 語 で は ﹁いち ﹂ ﹁に﹂ ﹁さ ん ﹂ ⋮ ⋮ と も 言 いま す が、 これ は中 国 か ら 来 た 言 葉 で、 ﹁ひ と つ﹂ ﹁ふた つ﹂
﹁み っ つ﹂ ⋮ ⋮ がも と も と の言 い方 です 。 英 語 で はone,two,t でh すrが e、 e フラ ン ス語 と ス ペイ ン語 と イ タ リ ア
語 と は そ っく り で す 。 一を 表 す 単 語 が 、 フラ ン ス語 、 ス ペイ ン語 と イ タ リ ア 語 と で 二 つず つあ る の は 、 男 性 名 詞
のと き と 女 性 名 詞 のと き と で 違 った 言 い方 を す る か ら です 。 そ ん な 区 別 を す る と いう 凝 った と こ ろま で よ く 似 て お り ます 。 英 語 と ド イ ツ語 は そ れ と 違 いま す が 、 や は り 似 て いま す 。
こ れを よ く 見ま す と 、 2 と 10 は 英 語 ではtwo,tの eよ n う に 、 子 音 が t です が 、 ド イ ツ語 で はzwei,zと eh いう n
よ う に揃 って zに な って いる 。 フラ ン ス語 ・ス ペイ ン語 ・イ タ リ ア 語 で は 、 す べ て d にな って い る。 こ のよ う な 、
2 と 10 のよ う な 、 関 係 のな い数 がち ょう ど 同 じ よ う に 子 音 が入 れ か わ って いる こと は 、 偶 然 と 見 る こ と が でき ま
せ ん で 、 比 較 言 語 学 と いう 学 問 で は 、 これ は 同 じ も と か ら 分 か れ 出 てき た と いう 強 い証 拠 と 考 え るわ け です 。
日本 語 の系 統 と いう の は 非 常 に難 し い問 題 で 、 ど の 言 語 が 日本 語 と 同 じ 系 統 か を 明 ら か にす る た め に は 、 日本 語 の重 要 な 性 質 を み る こ と が 必 要 で す 。
日本 語 の、 数 を 表 す 言 葉 で ﹁み っ つ﹂ に対 し て ﹁む っつ﹂、 ﹁よ っつ﹂ に 対 し て ﹁や っ つ﹂ と いう よ う に 、 倍 の
関 係 の言 葉 は 発 音 が 似 て いま す 。 こう い った 言 語 が ほ か に あ れ ば、 これ は 日 本 語 と 同 じ 系 統 の言 語 であ ろ う と い
う 有 力 な 手 が か り に な り ま す が 、 な か な か 見 つか り ま せ ん 。 昔 、 市 河 三 喜 博 士 と いう か た が 、倍 数 関 係 で似 た 発
音 を も って いる 言 語 は 、 太 平 洋 に 面 し て い る と こ ろ に住 ん でお りま す ア メ リ カ イ ンデ ィ ア ン の ハイ ダ 族 の言 語 が
これ と よ く 似 て いる こと を 明 ら か にさ れ た こ と が あ り ま す が 、 そ のよ う な こ と は 大 変 重 要 な の です 。 も っと ほ か
に、 日本 語 と 数 の数 え 方 な ど が近 い言 語 があ り ま す と 、 こ れ は 日本 語 と 同 系 か と 疑 って い いこ と にな る は ず です 。
最 後 に 、 日本 語 の性 格 を 知 る と いう こと は 、 日 本 人 の言 葉 と いう も の は そ の文 化 を 背 負 って い るわ け であ りま
す か ら 、 日 本 文 化 の特 色 、 過 去 か ら の 日本 人 の生 活 、 あ る いは 、 日 本 人 のも の の見 方 のよ う な こと を 明 ら か にす る た め に も 必 要 な こ と にな り ま す 。
一
世 界 の言 語 と 日本 語
一 日本 語 と 日本 人 日本語= 日本 人の 言語= 日本
日本 語 を 全 般 的 に み た場 合 、 第 一に 注 意 す べき こ と は 、 日本 語、 日本 、 日 本 人 の こ の三 つが等 式 の 関 係 で つな が れ る こ と です 。 日本 語= 日本 人 の言 語= 日本 で 行 わ れ る 言 語
皆 さ ん が これ を ご 覧 にな り ま し ても 、 これ は 当 た り前 じ ゃな いか 、 と お 思 い でし ょう 。 他 の言 語 でも こ う な っ
て い る だ ろ う 、 と 思 わ れ る か も し れ ま せ ん 。 が 、 実 は、 日本 語 のよ う に、 日本 人 が 話 す 言 語 は 日 本 語 であ る 、 日
本 と いう 国 土 で行 わ れ て いる 言 語 は 日本 語 であ る 、 こ の よ う な も の が 等 式 で つな がれ る と いう こ と は 非 常 に少 な い例 な の です 。
上 智 大 学 の講 師 で あ る グ ロー タ ー ス さ ん と いう 神 父 さ ん のお 話 に よ り ま す と 、 こ の か た は ベ ルギ ー の か た です
。 私 も 一応 高 等 教 育 を 受 け た わ け で あ り ま す か ら 、 英 語 を 話
が 、 ベ ル ギ ー の国 勢 調 査 に は ﹁あ な た は何 語 を 使 う か ﹂ と いう 質 問 条 項 があ る そ う です 。 日 本 の 国 勢 調 査 で そ う いう こと を 聞 か れ た ら 、 私 な ん か ど う 考 え る か︱
す のは は な は だ へタ ク ソ であ り ま す け れ ど も 、 や は リ ﹁英 語 ﹂ と 書 かな け れ ば いけ な いか な と 、 大 変 心 を 悩 ま せ
る と 思 いま す 。 ベ ルギ ー の国 勢 調 査 で は そ のよ う な こと を 聞 い て いる の では な い のだ そう で す 。
図1 世 界 各国 の国 語一 覧図
ベ ルギ ー と いう 国 は 、 フ ラ ン スと オ ラ ンダ の間 に あ って、 フ ラ ン ス語 を 話 す 人 、 オ ラ ンダ 語 を 話 す 人 、 両 方 話
す 人 、 の 三 種 類 の 人 が 住 ん で い る 。 そ れ で 、 あ な た が い つも 使 っ て い る の は そ の う ち の ど れ か 、 と い う こ と を 聞
い て い る の だ そ う で す 。 こ う い った よ う な こ と は 日 本 で は ま ず 起 こ ら な い こ と で す ね 。 つ ま り 、 ベ ル ギ ー で は 、
フ ラ ン ス 語 も オ ラ ン ダ 語 も 両 方 と も 国 語 な の だ そ う で す 。 カ ナ ダ は 英 語 と フ ラ ン ス 語 、 ス イ ス で は ド イ ツ 語 ・フ
ラ ン ス 語 ・イ タ リ ア 語 に も う一 つ ロ マ ン 語 と いう 四 つ の 言 葉 が 国 語 だ そ う で す 。 で す か ら 、 国 語 と 民 族 と の 間 は 等 式 で 結 ば れ て いな い の です 。 一体 、 世 界 各 国 の 国 語 は ど う な っ て い る の で し ょ う か 。
﹁世 界 各 国 の 国 語 一覧 図 ﹂ ( 図 1) に よ る と 、 一 つ の 国 で 二 つ 以 上 の 国 語 を も っ て い る と こ ろ は 、 ベ ル ギ ー 、 カ ナ
ダ 、 ス イ ス 、 ア フ リ カ の 国 ぐ に で す 。 ア フ リ カ で は 、 た い て い が 英 語 か フ ラ ン ス 語 を 国 語 と し て い ま す 。 一方 、
英 語 を 国 語 と し て い る と こ ろ は 、 ア メ リ カ 合 衆 国 、 オ ー ス ト ラ リ ア な ど 非 常 に 広 範 囲 に わ た って い ま す 。 ス ペ イ
ン 語 は メ キ シ コ か ら 南 米 の チ リ 、 ア ル ゼ ン チ ン に 至 る 広 い 地 域 で 国 語 に な っ て い ま す 。 こ う いう 中 に あ って 、 日
本 は 、 日 本 語 だ け を 国 語 と し て お り 、 日 本 語 を 国 語 と し て い る 国 は ほ か に あ り ま せ ん 。 こ れ は 一つ の 注 目 す べ き 性 格 だ と いう こ と に な り ま す 。
公 用語
国 語 の ほ か に 、 ﹁公 用 語 ﹂ と いう も の が あ り ま す 。 各 国 の ラ ジ オ ・テ レ ビ ・新 聞 な ど で は 公 用 語 を 使 っ て お り
ま す 。 公 用 語 に つき ま し て は 、 ﹃言 語 生 活 ﹄ と い う 雑 誌 の 昭 和 三 九 年 六 月 号 に 徳 川 宗 賢 さ ん と い う 人 が 報 告 し て
い ら っし ゃ い ま す が 、 こ れ を 見 ま す と 、 驚 く べ き こ と に は 、 ー つ の 国 で た く さ ん の 公 用 語 を 使 っ て い る 国 が 多 い のです。
ア ジ ア の地 城 で言 え ば 、 タ イ では 、 タ イ 語 、 中 国 語 、 フラ ン ス 語 、 マライ 語 、 ラ オ 語 の五 つ の言 語 が 、 ス リ ラ
ンカ で は 、 英 語 、 シ ン ハリ 語 、 タ ミ ル語 の三 つが 公 用 語 です 。 多 く の公 用 語 を 使 う 代 表 的 な 国 は イ ンド であ り ま
す 。 イ ンド の 二 ルピ ー (日本 の貨 幣 価 値 で は 六 ○ 円 ぐ ら い) の 紙幣 では 、 ま ず 裏 の 下 方 に ﹁ト ゥー ・ルピ ー ズ ﹂
と 英 語 で 書 いてあ り ま す 。 これ も 公 用 語 の 一つな の です が 、 そ の次 に ﹁ド (二・)ロ ペ ア﹂ とあ る 、 こ れ は ヒ ンデ ィ
ー 語 であ り 、 こ れ が イ ンド の国 語 です 。 表 の方 を 見 ま す と も っと 複 雑 で、 珍 し い文 字 が た く さ ん 書 いて あ り ま す 。
イ ンド の東 の方 で 行 わ れ て
です 。 一番 下 に は ア ラ ビ ア の文 字 のよ う な も の があ り ま す が 、 これ は ウ ルド ゥー 語 です 。 こ の ほ か
これ が 一つ 一つみ ん な 公 用 語 な の だ そ う です 。 上 から 二 番 目 の も のは ベ ンガ ル語︱ いる 言 語︱
に、 こ のご ろ、 系 統 論 の方 で や かま し い タ ミ ル語 も あ り 、 イ ンド の公 用 語 は 十 五 と か 十 七 と か 言 わ れ て いる ほ ど 、 たくさ んあります。
日本 で は 国 語 だ け でな く 、 公 用 語 も 日 本 語 一つ です 。 公 用 語 が た だ 一つだ と いう こと は、 日 本 の 著 し い特 色 で あ り 、 同 時 に 日本 語 の特 徴 の 一つであ る と いう こ と にな り ま す 。
アメリ カ の公 用語
boy.
私 は、 以 前 、 ア メ リ カ の中 学 校 一年 生 の国 語 の教 科 書 を 見 た こ と が あ り ま す が、 こん な 問 題 が 練 習 問 題 に 出 て いま し た 。
I ︷am ︸na or te a
と 書 い てあ って amが 正 し いか 、areが 正 し いか 、 正 し い方 に○ を つけ よ 、 と いう 問 題 です 。 私 は こ れ を 見 て び
っく り し た 。 Iと あ った ら 、am が 正 し い こ と は 、 日 本 で は 中 学 生 が 一番 は じ め に 習 う こ と です 。 ア メ リ カ 人 の
中 学 生な ら 、 子 ど も のと き か ら 英 語 ば か り 使 って いる は ず です 。 こん な こ と を 間 違 え る 人 は 、 いる はず がな いと
私 は 思 いま し た 。 し かも 、 これ と 同 じ 問 題 が 、 二 年 生 の教 科 書 に も 三 年 生 の教 科 書 にも 繰 り 返 し 出 て く る の で す 。
こ れ は、 "My
Engと li いs うh教"科 書 で、 向 こ う でも す ぐ れ た 教 科 書 な の だ そ う です 。 私 は 終 戦 後 、 来 日 さ れ て
いた ク ラ ー ク さ ん と いう ア メ リ カ 人 の英 語 の先 生 に 、 こん な 問 題 を 出 し て、 一体 、 間 違 え る 中 学 生 が い る のか と
聞 き ま し た。 と ころ が、 いる 、 と いう の で す 。 こ れ は 、 ふ だ ん " 、 I am no ⋮t "な ど と 言 わ な いで 、 " Iait n⋮'"と い
う 俗 語 の言 い方 を す る か ら か も し れ ま せ ん が 、 ア メ リ カ 人 の家 庭 で は、 両 親 と も フ ラ ン ス系 の人 で あ る と い った
よ う な 場 合 に は 、 中 学 校 へ入 って も 英 語 が 満 足 に話 せ な い ア メ リ カ の 子 ど も が いる 、 そ う い った こ と か ら こ のよ う な 問 題 を 中 学 校 の国 語 の教 科 書 で や る 必 要 が あ る のだ そ う です 。
慶應 義 塾 大 学 の言 語 学 の先 生 、 鈴 木 孝 夫 さ ん によ り ま す と 、 昭 和 三 十 一年 度 の 調 査 で は、 ア メ リ カ に は 外 国 語
の放 送 局 が一 ○ ○ 五 あ り ま し て、 こ れ が国 内 向 け の放 送 局 な の です 。 そ れ が 年 々ふ え る 傾 向 にあ る そ う です 。 こ
のよ う な こと か ら も 、 ア メ リ カ で は、 た く さ ん の公 用 語 が 行 わ れ て い る、 と 言 わ ざ る を 得 な い の です 。
日本 の 公用 語
た と き 、 日本 人 は あ そ こ のた ば こ 屋 さ ん で は は た し て 日本 語 が 通 じ る だ ろう か と 心 配 す る こ と は な い、 と お っし
鈴 木 さ ん は も う 一つお も し ろ い こと を 書 い て お ら れ ま す が 、 日本 の町 を 歩 い て い て 、 た ば こを 買 いた いと 思 っ
ゃる 。 これ は 当 た り前 で す ね 。 私 ど も が 日 本 で暮 ら し て いて 、 あ の 店 で 日本 語 が 通 じ た ら い いが 、 な ど と 心 配 す
る こ と は 全 然 あ り ま せ ん 。 日本 語 は 通 じ る も のだ と 信 じ き って いる 。 し か し 、 そ う い った こと を 心 配 し な が ら 町
を 歩 いて いる のが 世 界 の多 く の国 の実 情 だ そ う です 。 日本 人 に は そ う いう 話 はう そ のよ う に 聞 こ え る で は あ り ま せん か 。
明治 維 新 の直 前 であ り ま す が、 日本 の国 が あ ぶ な く 二 つに割 れ そ う に な り ま し た 。 イ ギ リ ス が後 押 し を す る 勤
皇 方 と フ ラ ン スが 力 を 貸 そ う と す る 佐 幕 方 と の 二 つに 。 が 、 割 れ な いです み ま し た 。 と いう こと は、 いろ いろ 原
因 があ り ま し た が 、 や は り 、 日本 人 全 体 が 日本 語 と いう 一つの国 語 を 話 す と いう こ と も 大 き な 支 え に な った と考
えます。
言 語か ら見 た 日本 人 の外 人観
日本 に も 外 国 のか た がた が た く さ ん 住 ん で いら っし ゃ いま す 。 し か し 、 そ の人 数 は 、 少 な いよ う です 。 日本 在
住 の外 国 人 の統 計 が あ り 、 そ れ を 見 ま す と 、 韓 国 ・朝 鮮 の人 が 一番 多 い。 そ れ か ら 中 国 人 、 ア メ リ カ人 、 イ ギ リ
ス人 、 フ ィリ ピ ン人 そ の他 と な って お り ま す が 、 全 体 で 七 十 何 万 で す 。 そう す る と 、 日 本 人 の数 は 一億 以 上 であ
り ま す ので ○ ・七 % ぐ ら いで す 。 し か も ○ ・六 % が、 ち ょ っと 見 た だ け で は 全 然 日本 人 と 区 別 の つかな い韓 国 人
で、 そ れ も 多 く は 日 本 語 を 使 い、 日本 語 の方 が う ま いと いう 人 が 多 い。 で す か ら 、 日 本 と いう 国 は 、 大 体 住 ん で
いる 人 のほ と ん どす べ て が 日 本 人 ま た は 日本 人 と 同 じ よう な 顔 を し た 人 た ち であ り 、 ど こ へ行 っても 日 本 語 を 話
日本 に 住 む 外 国人 の 数 と そ の 国 籍
り)
す が 、 あ あ い った よ う な こと は ほ か の国 の人 は 感 じ な いかも
す と 、 ポ カ ンと し て いる 。 な に か お か し いよ う な 感 じ が し ま
か り ベ ラ ベラ し ゃ べ って い て、 こち ら が 日 本 語 で 話 し か け ま
顔 形 な ど 一般 の日 本 人 と 変 わ ら な い、 そ の二 世 の 人 が英 語 ば
思 って し ま う 。 ア メ リ カ へ行 き ま す と、 二 世 の人 が お り ま す 。
方 を いた し ま す 。 日本 人 な ら ば 日 本 語 を 話 す は ず だ と 、 つ い
そ こ で、 日本 人 は、 いろ いろ 、 日 本 人 ら し い、 勝 手 な 考 え
いよ う です 。
を 単 位 に考 え て も 、 大 変 珍 し いこ と だ と 言 わ な け れ ば い けな
こ れ は 、 ほ か の国 に比 べて も 、 あ る い は 、 日本 語 と いう 言 葉
す 人 ば か り です 。 北 海 道 に は お よ そ 一五 、 ○ ○ ○ 人 の アイ ヌ人 が いま す が、 ア イ ヌ 人 で も す べて 日 本 語 を 話 す 。
出入 国管理統 計年報」 よ 省 「 第17次
末 国籍 別 外 国 人 登録 法 務 (昭和52年
日本 国籍 を持 つ永 住 者 昭 和54年10月 統計 」 よ り)
1日 現 在 外 務 省 「 海 外 在 留 邦 人数 調 査
し れ ま せ ん。 い つか、 ア メ リ カ へ渡 った 代 議 士 さ ん が、 二
世 の人 が英 語 ば か り使 って いる の に大 変腹 を 立 て ま し て、
﹁日本 人 な ら 日本 語 で し ゃ べれ ﹂ と 怒 鳴 った と いう 話 が あ
りま す が 、 そ の気 持 は よ く わ か り ま す ね。
そ れ と 裏 表 の関 係 に あ り ま す が 、 日本 の人 は 、 青 い目 の
外 国 人 が 日本 語 を ベ ラ ベラ 話 し ま す と 、 な にか 不 思 議 な 感
じ を いだ き ま す 。 目 の 玉 や 髪 の毛 の色 の違 った 人 は 、 日本
語 を 話す は ず が な いと 思 って いる き ら いが あ り ま す ね 。 さ
き ほ ど のク ラ ー ク さ ん は 、 日 本 に 来 た て の ころ 福 島 県 に住
ん で お ら れ ま し た が、 そ の と き に 、 ﹁私 が ニ ッポ ン 語 で 話
一体 に 日本 人 は 日本 以 外 に 住 ん で いる 人 た ち が 非 常 に 少 な い。 右 の表 を み ま す と 、 外 国 に住 ん で い る 日 本 人 の
比 べ ると 特 殊 な こ と です ね 。
も う 外 国 語 の世 界 で し て、 日本 語 は通 じ にく い。 これ は 一般 の 日本 人 は 当 然 だ と 思 って いま す が 、 ほ か の国 語 に
そ の よ う な こ と で、 日本 の国 土 ど こ へ行 って も 日本 語 が 通 じ るわ け です が 、一 方 、 日 本 か ら 一歩 外 へ出 ま す と 、
外 地 の日本 語
ま せ ん。
し ま す 。 ア メ リ カ 人 は、 自 分 た ち と は 全 然 風 貌 も 背 か っこう も 違 う 人 が 英 語 を し ゃ べ っても ち っと も 不 思 議 が り
った か た に ﹁そ れ は そう だ け ど も ね ェ﹂ と い った よ う な 、 いか に も 日本 語 ら し い日 本 語 で 言 わ れ ま す と び っく り
し ま す と 、 み ん な こ っち を 見 ま す ﹂ と 、 不 服 そ う な 顔 で訴 え ら れ ま し た け れ ど も 、 日本 人 と いう も のは 、 あ あ い
外 国 に住 む 日本 人 の 数(滞 在 者 お よび
数 は 、一 番 多 い のは ブ ラ ジ ル で、 そ の次 が ア メ リ カ (ハワイ 州 を 含 む ) で す 。 あ と は ぐ っと減 って、 ア ル ゼ ンチ
ン、 西 ドイ ツ、 ペ ルー と な って お りま す が、 全部 合 わ せ て 四 三 万 人 ぐ ら い、 これ は ほ か の国 の人 に比 べて と ても
少 な い数 です 。 そ れ です か ら 、 日本 を ち ょ っと 出 離 れ る と 、 も う 日 本 語 は 全 然 通 じ ま せ ん 。 た と え ば 英 語 を 国 語
と す る 人 た ち 、 フラ ン ス 語 を 国 語 と す る 人 た ち に 比 べま す と 、 大 変 損 であ り ま す が 、 これ が 現 実 で認 め ざ る を 得 ま せ ん。 こ のよ う な こと は 、 日 本 語 の 一つの 性 格 にな り ま す 。
図 1を 見 ま す と 日 本 語 の 通 じ る の は わ ず か な 部 分 で、 英 語 の通 じ る と こ ろ は 世 界 各 地 にあ り ま す 。 ス ペイ ンな
ど は本 国 は 小 さ い の です が 、 ス ペイ ン語 は中 米 か ら 南 米 にか け て 広 く 使 わ れ て いる 。 これ はう ら や ま し いと 思 い ます が、残念な がら、現実 で、し かたがあ りません。
望 まれ る 日本語 の教 育
こ れ に 対 し て 、 私 た ち は ど う 考 え た ら よ いか 。 や は り 、 日本 人 と し て は 、 日本 語 が 外 国 で 少 し で も 通 用 す る よ
と 言 っても 政 治 的 な 意 味 では あ り ま せ ん。 日 本 文 化 が 世 界 の人 々 に魅 力 のあ る も の にな って、 外 国 の
う であ って ほし いと 願 って も い い の では な い でし ょう か 。 そ の た め に は 日 本 が世 界 で 有 力 な 国 にな る こと が 望 ま し い、︱
人 が こ ぞ って 日本 語 を 勉 強 す る よ う にな る と いう よ う な こと が 望 ま し い の です が 、 そ れ 以 外 に 、 日本 語 の教 育 と
いう こ と も 考 え ら れ ま す 。 今 、 幸 い に ア ジ ア 各 地 、 ヨー ロ ッパ 各 地 、 ア メ リ カあ る いは オ ー スト ラ リ アと いう よ
う な と ころ で は 、 こと に 中 国 で は 、 日 本 語 の教 育 ・研 究 が盛 ん であ り ま し て、 私 た ち は こ れ を 大 歓 迎 し た いと 思
いま す 。 日本 語 で外 国 旅 行 が で き る よ う に な った ら 、 ず いぶ ん 、 私 た ち は 幸 せ だ と 思 いま す 。
こ こ で心 配 な のは 、 今 外 国 で行 わ れ て いる 日本 語 が 、 放 って お き ま す と 、 だ ん だ ん 、 衰 え て消 え てし ま いそ う
に 思 わ れ る こ と です 。 私 は 、 ハワイ や ロサ ン ゼ ル ス で 見 て来 ま し た が、 日 本 人 や 中 国 人 の 二 世 の人 、 三 世 の人 に な り ま す と 、 ど ん ど ん 日 本 語 や 中 国 語 を 使 わ な く な ってき て いる 。
も ち ろ ん 、 そ う いう と こ ろ でも 、 有 志 の人 が 日本 語 の教 育 は や って お り ま す が、 これ が、 何 と いう の でし ょ う 、
お 母 さ ん た ち が 働 き に 行 く 際 の 託 児 所 の よう な も の と 考 え て 、 日 本 語 の先 生 の と ころ へ子 ど も を 預 け て いる のが
実 情 で す 。 先 生 た ち は 一所 懸 命 教 え て いら っし ゃ いま す が、 や は り 設 備 な ど 貧 し いと 言 わ ざ る を 得 な い。 こ れ は 、
日本 の文 部 省 あ た り が も っと も っと 援 助 す べき で は な い かと 思 う の です 。 中 国 語 な ど は活 力 は あ り ま す が、 日 本
語 の方 は 、 な に か 影 が薄 いと い った よ う な こ と 、 こ れ は 、 日本 人 と し て 、 ど う し た ら い いか と いう こ と を 考 え て みな け れ ば いけ な い問 題 だ 、 と いう ふう に 思 いま す 。
二 日本 語 の複 合 性 言葉 の違 い
日本 入 は 語学 がダ メ で 、 外 国 語 が へた だ と よ く 言 わ れ て お り ま す 。 日本 人 自 身 そ う 思 って い る。 と こ ろ が 、 日
本 人 こ そ 語 学 の天 才 だ と 言 った 人 が い る の です 。 こ れ は 、 さ き に ご紹 介 し ま し た グ ロー タ ー ス神 父 です 。 グ ロー タ ー スさ ん に 言 わ せ ます と 、
日 本 人 が、 電 話 を か け て いる のを 聞 いて い る と 、 故 郷 の 親 に 対 し て 話 し て いる 場 合 、 親 し い友 だ ち に 対 し て
話 し て いる 場 合 、 上 役 に 対 し て話 し て い る場 合 、 こ の言 葉 の違 いは 、 ヨ ー ロ ッパ へ行 った ら 三 つぐ ら い の外 国 語 を 使 い分 け て いる よ う だ ⋮ ⋮ 。
そ れ で ﹁日本 人 は 語 学 の天 才 だ ﹂ と いう こと にな る のだ そう です が、 た し か に 、 イ タ リ ア 語 ・ス ペイ ン 語 ・ポ ル
ト ガ ル語 な ど は 、 ごく 似 通 った 言 語 で、 相 手 がた と え ば イ タ リ ア 語 で 話 を し て いる のを ス ペイ ン人 が 聞 いた 場 合 、
別 に 勉 強 し て いな く て も 意 味 が大 体 わ か る のだ そう です 。 こう な る と 、 国 語 の違 いと 言 っても 、 方 言 の違 いぐ ら いし か 違 いがな い こ と に な りま す 。
そ こ へ いき ま す と 、 日 本 語 と いう も の は 、 た と え ば 鹿 児 島 県 の生 の 言 葉 は 隣 の熊 本 県 の人 にも 通 じ な い、 と よ
く 言 わ れ ま す 。 昔 は 身 分 が 違 っても 言 葉 が 通 じ な か った こ と があ った よ う で 、 ﹃垂 乳 根 ﹄ と いう 落 語 に 出 て く る
八 百屋 の八 つ あん のと こ ろ に新 し いお 嫁 さ ん が 来 る こ と に な る。 そ の お 嫁 さ ん の 方 は 、 ﹁わ ら わ こ と の 姓 名 を 問
いたも う や ﹂ と いう よう な 言 葉 を 使 う 。 そ こ で八 つぁ ん は 何 が 何 だ か わ か ら な く ま ご ま ご す る ば か り と いう の が
あ りま す が、 同 じ 日本 語 の中 でも た く さ ん の違 った言 葉 があ る こ と 、 こ れ は 日本 語 の著 し い特 色 の 一つと 言 う こ と にな り ま す 。
日本語 の方言
日本 語 の 言葉 の違 いが 一番 激 し く あ ら わ れ ま す の は 、 何 と 言 っても 、 地 域 に よ る 方 言 の違 い であ り ま す 。 た と
え ば東 北 の方 言 は 、 シ と ス が一 緒 に な った り 、 言 葉 の途 中 の 音 が 濁 った り 、 発 音 が あ ま り き れ いな 言 葉 と は 言 え な い。
関東 地 方 は 言 葉 が 荒 く 、 ﹁ツ ッぱ ね る ﹂ と か ﹁ブ ッた ぎ る ﹂ と か 、 さ か ん に 言 う 。 そ し て 、 べ エ べ エ言 葉 を 使
う 。 こ の中 で 東 京 は ち ょ っと 違 い、 べ エ べ エ言 葉 は 使 いま せ ん で、 言 葉 が 丁 寧 で す 。 こ れ は 西 日本 的 な 要 素 が 入
ったも の です 。 た と え ば 、 ﹁し ま す ﹂ と か ﹁し ま せ ん ﹂ と か いう 言 い方 が東 京 にあ り ま す が、 ﹁ま せ ん ﹂ な ど と い う 打 消 し は 、 西 日本 的 な も の です 。
同 じ 関 東 地方 でも 、 伊 豆 の島 の言 葉 が 違 って いて 、 こと に 南 の端 の 八 丈 島 は 違 い が激 し いと こ ろ で、 た と え ば 、
﹁居 た ﹂ と いう 言 葉 は ﹁ア ラ ラ ー ﹂ と 言 いま す 。 驚 いた 叫 び 声 のよ う です が 、 ア ラ がイ にあ た り、 ラー が タ に あ
た り ま す 。 ﹁雨 が降 った ﹂ と いう の は ﹁雨 ン降 ラ ラー ﹂ と 言 いま す 。 ﹁高 い 山﹂ な ど と いう のは ﹁高 ケ山 ﹂ と 言 い
ま す 。 これ は 昔 の ﹃万 葉 集 ﹄ の 東 歌 の言 い方 が残 って い る。 た と え ば ﹁筑 波 嶺 に 雪 か も 降 ら る ⋮ ⋮ ﹂ と い った 歌
があ り ま す が 、 ﹁雪 か も 降 ら る ﹂ の ﹁ 降 ら る ﹂ と いう の は ﹁降 った ﹂ と いう こ と で、 こ れ が ﹁降 ラ ラ ー ﹂ と な っ
図2 方 言 区 画 図(『 日本 の 方言 区 画 』 よ り)
て残 った の です 。
関 西 方 言 は 、 言 葉 が や わ ら か い。 東 日本 と よ く 対 立 し て考 え ら れ てお り ま す 。 楳 垣 実 さ ん と いう 人 が お も し ろ
落 と し て し ま った 人 が い る そう だ。 な く さ な いよう に気 を つけ ろ。
い文 例 を お 出 し に な り ま し た が、 東 日 本 の 言 い方 で は 、
落 と いて し も う た 人 が お る そう や 。 失 わ ん よ う に 気 ィ つけ て ェな 。
と いう 。 これ を 関 西 で は 、
と な る と 言 いま し た 。 こん な ふ う に は っき り 違 いま す 。
中 部 地 方 の言 葉 は、 前 の関 東 地 方 の言 葉 と 近 畿 地 方 の言 葉 の中 間 のよ う な も の です が 、 東 海 道 ・東 山道 の言 葉 は 大 体 関 東 に 近 く 、 北 陸 の言 葉 は 、 反 対 に 近 畿 寄 り だ と 言 え ま す 。
中 国 地 方 は 、 言 い方 は 関 西 地 方 と 大 体 同 じ な ので あ りま す が 、 ア ク セ ント の面 で は こ れ ら は む し ろ 東 日 本 的 で
愛 知 県 以 東 と よ く 似 て いま す 。 そ のた め に 中 国 地 方 の か た は 、 東 京 へ出 てき ま す と 、 ア ク セ ント の矯 正 と いう 点
に は あ ま り 苦 労 し な いと いう こと が言 わ れ ま す 。 そ れ に 対 し て 四国 の言 葉 は 、 近 畿 の言 葉 と よ く 似 て いま す 。
ャ アナ ロタ イ と か キ ャ ア メ グ ロと か いう 言 葉 が あ り ま す が 、 こ の キ ャア は カ イ と いう 接 頭 語 か ら 変 わ った も の で 、
九 州 地 方 は 、 語 気 が 強 いと ころ があ って、 関 東 地 方 と ち ょ っと 似 て来 ま す 。 熊 本 の民 謡 ﹁お て も や ん ﹂ に、 キ
関 東 の方 のカ ッ ツ ァ ラ ウな ど のカ ッと 同 じ 語 源 です 。 さ ら に、 九 州 のう ち で も 鹿 児島 と 五 島 列 島 の言 葉 は 違 って
( ク ビ )﹂ ﹁釘 (ク ギ )﹂ ﹁屑 (ク ヅ)﹂ と いう のは み ん な ﹁ク ッ﹂ と な ってし ま いま す 。 ﹁ク ッガ ア ッ﹂ と
いま す 。 こ れ は 、 ち ょう ど 奥 羽 地 方 の よ う に 発 音 の変 化 が 激 し い地 方 で す 。 た と え ば 、 ﹁口 (ク チ )﹂ ﹁靴 (ク ツ)﹂ ﹁ 首
言 いま す と 、 こ れ は 、 ﹁口 があ る ﹂ と いう 意 味 か、 ﹁釘 が あ る﹂ と いう 意 味 か 、 区 別 でき ま せ ん 。
方言 の違 いの激 しさ
も っと 南 の方 の奄 美 、 沖 縄 へ行 き ま す と 、 さ ら に 違 って いて 、 昔 は 一般 の人 は沖 縄 の言 葉 は 外 国 語 だ と 思 って
お り ま し た。 し かも 、 沖 縄 本 島 と 一番 西 のは ず れ の与 那 国 島 の言 葉 の違 いは 、 日 本 本 土 の方 言 で いう と 、 青 森 と 鹿 児 島 ぐ ら い違 う と 言 わ れ て お り ま す 。
ア メ リ カ は 大 国 で あ り ま す が 、 英 語 に 関 す る 限 り 、 東 の方 の大 西 洋 岸 と 西 の方 の太 平 洋 沿 岸 の方 で 、 あ ま り 言
葉 が 違 わ な い。 あ る いは 、 ソ連 で も 、 北 海 沿 岸 の ロシ ア人 の漁 民 と 南 の端 の ウ ク ライ ナ 地 方 の ロシ ア 人 の農 民 が、 方 言 で話 し て も ち ゃん と 通 じ る そ う です 。
一般 に、 方 言 の違 い が激 し いと いう のは 、 ど ち ら か と 言 いま す と 文 化 のあ ま り 高 く な い地 方 、 国 に 多 い ので す 。
これ はイ ェス ペ ル セ ンと いう デ ン マー ク の学 者 が書 い て いま す け れ ど も 、 ア マゾ ン川 の 上 流 の地 域 で 舟 に のる と 、
十 人 の船 頭 のう ち で 三 人 ぐ ら いが 口を き い て、 あ と の七 人 はポ カ ン と し て いる と いう 。 そ の七 人 のう ち 一人 が 口
を き く と 、 ま た 三 人 ぐ ら いだ け が そ の 男 と 口を きく 。 何 か ケ ンカ でも し た の か と 思 って いた ら 、 そう では な く て、 互 い に言 葉 が 通 じ な い のだ そう です 。
そ う いう こと か ら考 え ま す と 、 日本 も ま る で未 開 国 の よう で す け れ ど も 、 し か し 、 や は り 違 う と ころ があ る 。
日 本 の場 合 に は 共 通 語 と いう のが あ って 、 これ は ど こ へ行 って も 通 じ る 。 こ の へん は 、 ブ ラ ジ ル のそ う い った 未
開 人 と は 大 変 違 う わ け で、 や は り 日本 語 は 文 化 国 家 の言 葉 で あ る 、 と 言 わ な け れ ば な りま せ ん 。
身 分 によ る言葉 の違 い
日本 語 と いう の は こ のよ う に 方 言 の違 い が非 常 に 激 し いけ れ ど も 、 そ れ に つ い で、 職 業 ・身 分 に よ る 言 葉 の違
いも あ り ま す 。 今 は 身 分 に よ る 言 葉 の 違 いは な く な って お り ま す が、 歌 舞 伎 な ど を 見 ま す と 、 江 戸 時 代 以 前 は 、 士 農 工商 と いう 身 分 の違 いに よ って使 う 言 葉 が 違 って いた こ と がわ か り ま す 。
こ う いう 点 で有 名 な のは 昔 のイ ンド で し た 。 昔 は イ ン ド に は 、 梵 語 (サ ン スク リ ット ) と プ ラ ー ク リ ット と い
う 二 つの 言 葉 があ った 。 梵 語 の方 は 、 貴 族 、 僧 侶 と 舞 踊 教 師 が 使 って いた と いう の です 。 一方 、 プ ラ ー ク リ ット
と いう 言 葉 の方 は 、 商 人 や 警 察 官 や 風 呂 屋 や 漁 師 な ど の使 う 言 葉 で あ った と 言 わ れ て お り ま す 。
中 村 芝 鶴 さ ん が書 い て いら っし ゃ いま す が、 日 本 の歌 舞 伎 で は いろ い ろな 言 葉 を 使 い分 け な け れ ば な ら な い。
自 分 が何 の役 を 演 ず る か に よ って違 う 言 い方 を いち いち お ぼ え な け れ ば いけ な い、 そ う いう 苦 労 があ る そ う です 。
私 ど も は 、 お か げ で歌 舞 伎 を 見 て お り ま し て も 大 変 わ か り や す いわ け で あ り ま す が 、 た と え ば 、 ﹁い つ江 戸 へ来 た か ﹂ と い った こ と を 言う の に十 ぐ ら い変 化 が あ る の で す 。
武 家 も 使 え る が 町 の町 家 の主 ら し い。/ ﹁い つ江 戸 へお こ し で ご ざ いま
﹁い つ 江 戸 へ 来 や
父 親 が息 子 に 言 う 場 合 。 母 親 の場 合 に
武 士 。/
飯 焚 。(﹃ 言語生活﹄第一〇四号参 照)
僧 侶 ・医 者 。/ ﹁い つ江 戸 へお い
遊 女 のな か でも 位 のあ る太 夫 で重 々し く な る 。/ ﹁い つ
﹁い つ江 戸 へ参 ら れ た ﹂︱
武 家 の女 性 、 ま た 町 家 の女 房 。/ ﹁い つ江 戸 へご ざ った ﹂ ︱
﹁い つ江 戸 へお い でな さ れ ま し た ﹂︱ し た ﹂︱
遊 女 。/ ﹁い つ江 戸 へご ざ ん し た ﹂ ︱
は も う 少 し 丁 寧 に な り 、 ﹁い つ 江 戸 へ ご ざ ら し ゃ った ﹂。/
し ゃん し た﹂ ︱
芸 者 で 粋 な 口 調 。/ ﹁い つ江 戸 へご ざ り ま し た ﹂︱
職 人 と か 鳶 。/ ﹁い つ江 戸 へご ざ ら っし ゃり ま し た ﹂︱
江 戸 へ来 な さ ん し た ﹂︱ で な せえ ま し た ﹂︱
職 業に よ る違 い
戦 争 前 は 、 職 業 のな か で僧 侶 の言 葉 に特 色 が あ り ま し た 。 た とえ ば 、 お寺 で は ﹁朝 ﹂ な ど と は いわ な い で ﹁晨
朝 ﹂、 ﹁夕 方 ﹂ は ﹁晩 景 ﹂、 ﹁夜 ﹂ は ﹁午 夜 ﹂ と 言 いま し た 。 し かも 、 仏 教 と いう も の は宗 派 に よ ってま た 言 い方 が
違 って い て、 た と え ば ・ ﹁和 尚 さ ん ﹂ と い、 つのは 、 元 来 こ れ は 浄 土 宗 と か 禅 宗 の言 葉 で あ り ま す 。 律 宗 では 、 鑑
真 和上 のよ う に 同 じ ﹁和 尚 ﹂ と いう言 葉 を ﹁和 上 ﹂、天 台 宗 で は ﹁和 尚﹂ と 言 った り し ま し て 、 こう い った 違 い が激 し い。
軍 隊 の 言 葉 、 こ れ は 有 名 で し た ね 。 私 も 以 前 軍 隊 に 入 り ま し た け れ ど も 、 いき な り こ わ い顔 を し た 上 等 兵 か ら 、
﹁オ レ のグ ン カを 持 って来 い﹂ と 言 わ れ て 困 った こ と が あ り ま す 。 グ ンカ ? 何 を 持 って 行 った ら い い の か ⋮ ⋮
﹁軍 隊 の歌 ﹂ の こ と か と 思 いま し た が 、 ど こ にあ る の か わ か ら な い、 ぼん や り し て いま し た ら 、 ﹁貴 様 、 グ ンカ を
知 ら ん の か、 ヘン ジ ョウ カ の こ と だ ﹂ と 言 わ れ ま し た が、 こ れ で はま す ま す わ か ら な く な り ま し た 。 あ と で 聞 く
と、 グ ン カ は ﹁軍 靴 ﹂、 ヘ ン ジ ョウ カ は ﹁編 上 靴 ﹂ で結 局 靴 の こ と で あ りま し た 。 軍 隊 でも お も し ろ か った の は 、
謝 る あ いさ つ のな か った こと です 。 私 ども は そ そ っか し いも の です か ら 、 夜 召集 な ど が か か る と 、 つ い隣 に寝 て
いる 上 等 兵 の足 な ど を 踏 ん でし ま った りす る の です が 、 謝 る こ と が で き ま せ ん。 黙 って いな け れ ば いけ な い。 う
っか り ﹁あ わ てま し た ﹂ な ど と 言 う と ﹁貴 様 は 弁 解 す る か ﹂ と 言 わ れ て よ け い叱 ら れ る。 別 に弁 解 す るわ け では あ り ま せ ん が 、 軍 隊 と は そ う い った よ う な 社 会 で し た 。
男女 によ る言 葉 の違 い
日本 語 でも う ひと つ重 要 な の が 、 男 性 と 女 性 で言 葉 が 違 う こ と です 。 これ が や は り 外 国 に は 少 な い。 も っと も 、
あ る こと は あ り ま す 。 有 名 な の は 、 カ リ ブ海 の東 の方 に 小 ア ンチ ル諸 島 と いう の が あ り ま す が 、 そ こ では 、 男 と
女 の 言 葉 は 全 然 違 う 国 語 を 使 う と 言 わ れ ま す 。 女 と 子 ど も は ア ラ ワ ク語 と いう 元 か ら あ る 言 葉 を 使 いま す が、 男
の方 は カ リブ 語 と いう 大 陸 の言 葉 を 使 う の だ そ う です 。 これ は、 伝 説 が あ って、 昔 大 陸 か ら ほ か の 民 族 が押 し 寄
せ て き て 、 男 を 全 部 殺 し て 、 残 って いた 女 と 外 か ら 来 た 男 と が結 婚 し た た め に そう な って いる のだ と いう こ と で す。
日本 の流 行 歌 に ﹁二人 は 若 い﹂ と いう の が あ って 、 そ の 中 に ﹁あ な た ﹂ ﹁ な ん だ い﹂ と いう 会 話 が 入 って いま
す が、一 方 が女 で 、 一方 が 男 だ と す ぐ わ か り ま す 。 外 国 の小 説 で は 、 男 と 女 の対 話 に な って い て、 一行 お き に 男
の言 葉 と 女 の言 葉 と が出 て く る と こ ろ が あ りま す が、 そ う いう 時 に 一ペ ー ジ ぐ ら いめ く った ら ど ち ら が 男 の言 葉
か わ か ら な く な って し ま う こ と が あ る よ う です 。 そ う す る と 、前 へ戻 って 、 一番 は じ め か ら 、 ワ ン、 ト ゥー 、 ス
リ ー 、 フ ォア ⋮ ⋮ と数 え ま し て 、 これ は偶 数 番 目 だ か ら こ っち が女 の言 葉 だ ろう と 見 当 を つけ て読 ん で いま す 。
日 本 のも のに は そ の よ う な こ と は 起 こ りま せ ん 。 ど れ が男 の言 葉 か 女 の言 葉 か ひ と 目 見 て わ か る わ け です 。
こ の男 の言 葉 と 女 の言 葉 に つき ま し て は 、 よ く 、 女 の 人 か ら 、 女 の方 が丁 寧 な 言 葉 を 使 って損 だ 、 と 言 わ れ ま
す 。 あ る場 合 には 、 た し か に、 言 葉 が違 って いて は 不 便 だ と いう 場 合 も あ り ま す が、 こ れ に つ いて は 、 いろ い ろ 考 え た いこ と があ り ま す 。
た し か に 不 便 な こ と も あ る と は 思 いま す 。 国 会 な ん か で 、 いま に 女 の総 理 大 臣 も お 出 にな る か も し れ ま せ ん が、
質 問 を 受 け た 場 合 に 、 ﹁あ た し 、 いや だ わ ァ、 そ ん な こ と 聞 か れ た って。 あ た し 、 答 え ら れ な いわ ﹂ と か 何 と か
言 った ら 、 これ は いけ な いで す よ ね 。 そ う いう ふう な と こ ろ は 男 女 の言 葉 の違 いは な く て 結 構 な の で し て、 ﹁そ
の点 に つ い て は いず れ 取 調 べま し て か ら お 答 え いた し ま す ﹂ で い い の です 。 問 題 は、 た と え ば 私 が家 へ帰 った 場
合 、 女 房 に ﹁お お 、 帰 って き た か、 一本 つけ と いた ぞ﹂ と 言 わ れ た の で は 、 や は り 興 ざ め です 。 ご馳 走 な ん か ど
う でも い いの で、 ﹁き ょう は お茶 漬 で ご め ん な さ いね ﹂ と 言 わ れ た 方 が よ ほど 嬉 し い。
女 の人 が、 ﹁そ う だ ろ う ﹂ と 言 え な いで ﹁そ う でし ょう ﹂ と 丁 寧 な 言 葉 を 使 う の は 損 だ と お考 え に な る か も し
れ ま せ ん 。 し か し 、 女 の 人 が 丁 寧 な 言 葉 を 使 わ な いです む こと も あ る の です 。 た と え ば 私 の 家 内 が隣 の奥 さ ん と
し ゃ べ って いる のを 聞 いて いま す と 、 ﹁ず い ぶ ん あ った か く な った わ ね ﹂ ﹁ほ ん と ね ﹂ な ど と し ゃ べ って いる。 そ
れ に 対 し て私 が 隣 の家 の主 人 と いき な り逢 った 場 合 、 も う 二 十 年 も 隣 同 士 で 住 ん で お りま す が 、 ﹁あ った か く な
った な ア﹂ と は 言 え な い。 ﹁あ った か く な り ま し た ね ェ﹂ と 言 わ な け れ ば いけ な い。 女 の人 の方 が よ ほ ど 得 で あ りま す 。
文体 の違 い
最 後 に、 日 本 語 に は 文 体 の違 いが あ りま す 。 こ れ は 何 か と 言 いま す と 、 ま ず 口 語 体 と 文 語 体 と の違 い があ る 。
これ は 日本 語 以 外 の国 語 に も あ り ま す から 、 別 に珍 し いも ので は あ りま せ ん が、 日 本 語 に は そ の ほ か に普 通 体 と 丁 寧 体 と 特 別 丁 寧 体 と いう も の が あ り ま す 。 これ は 世 界 で珍 し いも の で す 。
イ ェス ペ ル セ ンと いう デ ン マー ク の学 者 は 、 ﹃人 類 と 言 語 ﹄ と いう 本 を 書 い て いま す が 、 そ の中 に 世 界 の言 語
に お け る 珍 し い現 象 を 取 り 扱 って いる 章 があ り ま す 。 そ こ でた と え ば ア メ リ カ イ ンデ ィ ア ン の言 葉 を 観 察 し て い
ま す が 、 随 分 変 わ った 現象 が あ る。 た と え ば、 小 さ いも のを いう 場 合 、 サ シ ス セ ソ と いう 音 を 使 わ な い で シ ャシ
シ ュシ ェシ ョと いう 音 を 使 う のだ そ う で す 。 ス ズ メ が いま す 、 な ど と いう のは 、 ス ズ メ は 小 さ い です か ら 、 ﹁シ
ュジ ュメ が いま シ ュ﹂ と いう ふ う に 言 う わ け で す 。 と こ ろ が 子 ど も に対 し て 言 う と き は 、 大 き いも の で も シ ャシ
シ ュ⋮ ⋮ で言 う 。 た と え ば 、 カ ラ ス は 大 き い鳥 です が、 相 手 が 子 ど も の とき は ﹁カ ラ シ ュがイ マ シ ュネ ﹂ と 言 う 。
そ の次 に 、 相 手 が 背 の低 い人 の場 合 も 、 子 ど も に 対 す る と き と 同 じ よ う に サ を シ ャと 言 う の だ そ う です 。 これ は、
背 の高 い人 に そ う 言 わ れ た ら 侮 辱 と 感 じ そ う です 。 が、 そ の部 族 の 間 で は そ れ が 習 慣 に な って いる のだ そ う であ ります。
こ の本 に は そ う い った 世 界 の言 語 の珍 し い習 慣 を いろ いろ 述 べ て いま す が、 そ の最 後 の方 に行 って ﹁ビ ル マ語
に お い て は﹂ と 断 って 、 動 詞 に ﹁タ ウ ニ ン﹂ と いう 言 葉 を 使 う と 、 途 端 に言 葉 が 丁 寧 にな る 、 と いう こと を 言 っ
て いる 。 私 は 漠 然 と こ こを 読 ん で い て、 ビ ル マ語 って特 別 に 珍 し い言 葉 か な と 思 って いた の であ り ま す が、 考 え
て み ま す と こ れ は 日本 語 に も あ り ま す 。 つま り 、 日本 語 で ﹁す る ﹂ と いう 代 り に ﹁し ま す ﹂ と いう 。 途 端 に 丁 寧
な 言 い方 にな る 。 ビ ル マ語 の タ ウ ニンと いう のは 日本 語 の ﹁ま す ﹂ に当 た る も のな の です ね 。 と す る と 、 日本 語
も ビ ル マ語 と 並 ぶ 世 界 の珍 し い言 語 と いう こ と にな り ま す 。 イ ェス ペ ルセ ン に よ る と 、 こ う いう 現象 は ビ ル マ語
の ほ か に ジ ャ ワ語 にも あ る そ う です 。 私 の 知 って いる と こ ろ で は 、 日本 語 の ほ か に 朝 鮮 語 に あ り ま す 。 が、 同 じ
﹁だ ﹂ に 対 し て も 丁 寧 さ の 段 階 が あ っ
﹁致 し ま す ﹂ も あ り ま す 。 文 語 で す
東 ア ジ ア の言 語 で も 中 国 語 や タ イ 語 な ど に はあ り ま せ ん か ら 、 た し か に 珍 し い 現象 な の で し ょう 。
﹁す ﹂ ﹁し 候 ﹂ ﹁仕 り 候 ﹂ と い った 言 い方 が あ り ま す 。 ま た 、 日 本 語 で は
日 本 語 で は 、 ご 承 知 の と お り 、 ﹁す る ﹂ ﹁し ま す ﹂ に 対 し て 、 さ ら に 丁 寧 な と
﹁⋮ ⋮ な
文 体 の違 い、 いろ い ろ な 地 域 に よ る 方 言 の
て ﹁⋮ ⋮ だ ﹂ と 言 え ば 普 通 体 、 ﹁⋮ ⋮ で す ﹂ ﹁⋮ ⋮ で ご ざ いま す ﹂ と いう の が 丁 寧 体 で す 。 文 語 の 方 で は り ﹂ ﹁⋮ ⋮ に 候 ﹂ ﹁⋮ ⋮ に 御 座 候 ﹂ と いう 違 い が あ り ま す 。
日本 語 の豊 かな表 現
日本 語 と いう も のは 、 そ のよ う な わ け で、 言 葉 の バ ラ エ テ ィ ー︱
違 い と か 、 身 分 ・職 業 に よ る 違 いと か 、 あ る いは 、 性 に よ る違 いと か 、 そ う い った 違 い が た く さ ん あ る 言 語 です 。
これ は 小 説 家 の か た な ど に は 大 き な 便 宜 を 与 え て いる と 思 いま す 。 一つ 一つの セ リ フを いう だ け で、 発 言 者 が ど う いう 人 であ る か と いう こと がよ く わ か る か ら です 。
た と え ば 、 川 柳 に ﹁よ う ご わ す 、袂 の 石 は 捨 てな せ え ﹂ と いう の があ り ま す が 、 これ は 、 相 撲 取 り の セ リ フと
わ か り ま す 。 横 綱 級 の関 取 で し ょう 。 両 国 に 住 ん で いま し た が 、 当 時 の両 国 橋 は 下 の隅 田 川 に 飛 び 込 む 人 が あ り 、
自 殺 の名 所 だ った 。 自 殺 者 は沈 む た め に袂 に 石 を 入 れ る。 そ の日 も 主 人 か ら 預 か った 大 切 な お 金 を な く し て 、 生
き て いら れ な い、 飛 び 込 も う と す る 若 い男 が いた 。 そ れ を 関 取 が 見 つけ 、 そ の金 は な ん と か 自 分 が 心 配 し て や る
か ら 死 ぬ のは や め な さ いと 言 って いる、 そ う いう 状 況 を 写 し た 川 柳 で あ る こ と がわ か り ま す 。
永 野 賢 さ ん の ﹃に っぽ ん 語 考 現 学 ﹄ と いう お も し ろ い本 の中 に、 こう いう 物 語 が あ り ま す 。
ライ オ ンと ク マと オ オ カ ミ と キ ツネ と サ ル と ウ サ ギ とハ ツ カネ ズ ミ が出 て き て、 こ れ が 一緒 にピ ク ニ ック に 行 って、 同 じ 気 持 を 言 う の で す が 、 そ れ ぞ れ 言 い方 が違 う の です 。
ま ず 、 ラ イ オ ンが ク マに 命 令 す る 。 ﹁わ が 輩 は昼 寝 を し よ う と 思う 。 そ ち は、 見 張 り を し て お れ 。﹂ ク マは オ オ
カ ミ に 対 し て 言 い ま す 、 ﹁お れ は ち ょ っと 昼 寝 を す る 。 貴 様 は よ く 見 張 っ て い ろ 。﹂ と 。 オ オ カ ミ は キ ツ ネ に 対 し
て 、 ﹁わ し は ち ょ っと 昼 寝 を し た い。 お ま え 、 見 張 り を し て い て く れ な い か ね 。﹂ キ ツ ネ は サ ル に 対 し て 、 ﹁あ た
し は ち ょ っ と 昼 寝 を す る よ 。 あ ん た 、 す ま な い が 見 張 っ て い て お く れ 。﹂ と 言 う 。 サ ル は ウ サ ギ に 対 し て 、 ﹁ぼ く
は ち ょ っと 昼 寝 す る か ら ね 。 き み 、 見 張 って い て ね 。﹂ と 言 う 。 ウ サ ギ は ハ ツ カ ネ ズ ミ に 対 し て 、 ﹁わ た し 、 ち ょ
っと 昼 寝 す る わ 。 あ な た 、 見 張 り を し て く だ さ ら な い ? ﹂ と 言 っ て お り ま す 。 最 後 の ハ ツ カ ネ ズ ミ も 眠 く な っ た
が 、 ﹁あ た い に は 見 張 り を 頼 む 相 手 が な い 。﹂ と 、 こ こ で お し ま い に な る 話 で す 。 と に か く こ う い った よ う な バ ラ
これは 二七九四あ ると言わ れております︱
を 比 較 し ま し て 、 お互 い に似
エ テ ィ ー 、 言 葉 の 違 いと い う も の は 、 日 本 語 な れ ば こ そ で き る 表 現 で あ る 、 と いう こ と に な り ま す 。
三 日 本 語 の孤 立 性 世 界 の言語 分布
世 界 の言 語 学 者 は 、 世 界 の言 語︱
( 図3)で す が 、 これ に よ
て い る も の 、 こ れ と こ れ と は 同 じ 祖 先 か ら 分 か れ た 言 葉 だ 、 と い った よ う な こ と を 研 究 し て お り ま す 。 そ の 研 究
って主 な 語 族 に つ い てお 話 を いた し ま す 。
の 成 果 を 地 図 に し た も の が 言 語 分 布 概 観 図 で す 。 こ れ は 和 田 祐 一氏 の 作 成 さ れ た 地 図
ヨ ー ロ ッ パ の 大 部 分 に は イ ン ド ・ ヨ ー ロ ッ パ 語 族 と い って 、 英 語 ・ド イ ツ 語 ・フ ラ ン ス 語 ・イ タ リ ア 語 ・ス ペ
イ ン 語 、 北 欧 の ス ウ ェー デ ン 語 ・ノ ル ウ ェー 語 、 東 の ロ シ ア 語 あ る い は ギ リ シ ア 語 な ど が み な 入 って い ま す 。 さ
ら に これ が ア ジ ア の方 に 進 出 し て き て いて イ ラ ン語 、 イ ンド の大 部 分 の言 語 も こ れ に属 し ま す 。 こ の言 語 の特 色
は 、 英 語 で は そ れ ほ ど 性 質 が は っき り し て い ま せ ん が 、 ド イ ツ 語 ・ フ ラ ン ス 語 な ど を 見 て お り ま す と 、 名 詞 が す
べ て 男 性 の 名 詞 、 女 性 の 名 詞 と い う ふ う に 分 か れ て い ま す 。 ドイ ツ 語 で は 、 た と え ば 、 鼻 は デ ィ ー ・ナ ー ゼ と い
っ て 女 性 で あ る 。 口 は デ ア ・ム ン ト と い っ て 男 性 で す 。 ﹁手 ﹂ は デ ィ ー ・ ハ ン ト と い っ て 女 性 、 し か し 、 指 は デ
ア ・フ ィ ン ゲ ルと い って 男 性 だ そう です 。 な にか 、 わ れ わ れ に は 少 し 気 持 が悪 く な る よ う な 話 であ り ま す が 、 そ
の よ う な 名 詞 が 、 所 有 格 で は ど う 、 目 的 格 で は ど う 、 さ ら に 複 数 に な った ら ど う と い って い ろ い ろ に 変 化 を い た
し ま す 。 動 詞も ま た 、 時 制 の変 化 で あ る と か 、 人 称 の変 化 であ る と か、 い ろ いろ 複 雑 な 変 化 を す る 。 ロシ ア 語 ・
(図 で は ア フ リ カ ・ア ジ ア 語 族 ) で 、 代 表 的 な の は ア ラ ビ ア 語
ギ リ シ ア語 な ど は こ と に 難 し い変 化 を いた し ま す 。 そ の 次 は セ ム 語 族 ・ ハム 語 族 と い う 言 語 の 領 域
で す 。 ア フ リ カ の 北 方 一帯 に ひ ろ が っ て い る 、 昔 の エ ジ プ ト の 言 語 も そ の 一種 だ った と 言 わ れ て お り ま す が 、 こ
れ ら は ど う いう 性 質 を も っ て い る か と 言 い ま す と 、 ほ と ん ど の 単 語 は 子 音 三 つ が 基 本 に な っ て い て 、 た と え ば 、
k tb と 並 び ま す と 、 ﹁ 書 く こ と ﹂ に 関 係 の あ る 言 葉 に な る 。katab とa言 う と 、 ﹁ 書 く ﹂ と いう こ と の過 去 完 了
﹁ 本 ﹂と か い
﹁書 く ﹂ に 関 す る 言 葉 に な る の で す 。 ま た 、 イ ン ド ・ヨ ー ロ ッパ 語 族 と 同 じ よ う に 、 男 性 ・女 性 と い っ
で す 。 母 音 を い ろ い ろ 取 り 換 え る と 、 ﹁書 く ﹂ と か 、 ﹁書 き 手 ﹂ と か 、 ﹁書 く こ と ﹂ と か 、 あ る い は う よう な た よ う な 名 詞 の性 別 も あ り ま す 。
そ の次 は 、 ヨー ロ ッパ の ハンガ リ ー 、 フ ィ ン ラ ンド な ど の国 語 、 こ れ が ウ ラ ル語 族 と い いま し て 、 元 来 ア ジ ア
中 国 の東 北 部 であ り ま す が、
か ら 出 て行 った も のだ そ う です が、 これ と そ の次 の ア ジ ア の 北 方 の ア ルタ イ 語 族 と いう のは 、 よ く 似 た 言 語 で す 。
﹁清 ﹂ と いう 国 を つく った 民 族 の 言 語 で す 。
ア ル タ イ 語 族 の 代 表 的 な の が 、 ト ル コ語 ・モ ン ゴ ル 語 、 そ れ か ら 、 昔 の 満 州 地 方︱ そ こ に 住 ん で いて
日本 語 の 助 詞 のよ う な も の で 表 し 、 動 詞 は
ウ ラ ル語 旅 と ア ル タイ 語 族 の 言 語 は 、 日本 語 に似 た 言 語 で 、 ヨー ロ ッパ の言 語 のよ う な 複 雑 不 規 則 な 語 形 変 化
や 名 詞 の性 の 区 別 は あ り ま せ ん 。 名 詞 の格 は そ のあ と に つく 言 葉︱
日本 語 のよ う に 語 尾 の方 が 規 則 的 に 変 わ って 、 細 か い意 味 の 違 いを 表 し ま す 。
一方 ア ジ ア の東 南 部 に は 、 シ ナ ・チ ベ ット 語 族 、 そ れ と オ ー スト ロ アジ ア語 族 と いう 言 語 が ひ ろ が って いる 。
図3 世 界の 言語 分布概 観 図(和 田祐一氏作成)
こ れ ら は 、 文 法 が 簡 単 な 言 語 で、 よ そ の言 語 に あ る動 詞 の変 化 と か 、 名 詞
の格 変 化 と か、 単 数 ・複 数 のや かま し い区 別 と か 、 そう いう も のは ま った
く あ り ま せ ん 。 助 詞 の数 も 少 な く て 、 中 国 語 な ど で は 、 漢 文 で ご 承 知 の よ
う に、 単 語 の並 べ方 の違 いが 、 意 味 の違 いに大 き く 関 係 す る 言 語 で す 。
太 平 洋 に は 、 オ ー スト ロネ シ ア語 族 と いう のが あ って、 代 表 的 な も の が
イ ンド ネ シ ア語 であ り ま す が 、 一番 遠 いと こ ろ で は 、 マダ ガ スカ ル島 にま
で 行 って いる 。 そ のほ か 、 ま だ ア フ リ カ や ア メ リ カ 大 陸 に いろ い ろ の言 語
が あ り ま す が 、 ど れ と ど れ が は っき り同 じ 系 統 だ と いう 証 明 が でき て いま
せ ん の で、 何 々語 族 と いう よ う に は 呼 ば れ て いま せ ん 。
同系統 の証拠
そ れ では一 体 ど う し て そ う い った 言 語 が同 族 だ と 考 え ら れ た か と いう こ
と は 、 冒 頭 でお 話 し た よ う に 数 詞 の比 較 ( 四二○ ページ参 照) か ら も わ か り
ま す が 、 さ き ほ ど のオ ー スト ロネ シ ア 語 族 に つ い て言 いま す と 、 た と え ば 、
イ ンド ネ シ ア語 ・フ ィ ジ ー 語 ・マオ リ 語 ・ ハワイ 語 は 太 平 洋 の各 地 に ひ ろ
が って いる 言 語 です が 、 1 2 3 ⋮ ⋮ 10 を 表 す 言 葉 が お 互 いに よ く 似 て いま
す 。 これ は 同 じ も と か ら 分 か れ た 言 語 だ と 考 え ら れ る 。 イ ンド ネ シ ア 語 の
7 以 上 の 数 詞 だ け は 少 し 違 いま す が、 こ れ は 何 か事 情 があ って 、 個 別的 に 変 化 し た の で し ょう 。
注 目 す べき は 、 メ リ ナ 語 と いう 言 語 で、 こ れ は イ ンド 洋 の西 の マダ ガ ス
カ ル島 の土 着 民 の言 語 で す 。 こ ん な 遠 い地 方 の言 葉 ま でそ っく り です 。 こ れ は 、 昔 イ ン ドネ シ アあ た り の土 着 民 が 航 海 し て マダ ガ ス カ ル に至 り、 そ こ に住 み つ いたも の で し ょう 。
同 系統 の言 語 を探 る
こ のよ う に 見 て いき ま す と 、 わ が 日 本 語 で は 数 詞 は 、 ヒ ト ツ ・フ タ ツ ・ミ ッ ツ ・ヨ ッ ツ⋮ ⋮ と 言 いま し て 、 似
て いる も の は全 然 あ りま せ ん 。 朝 鮮 語 で はhana,tul ⋮,⋮sと e言 t い、 アイ ヌ語 で はshine,t⋮ u⋮ ,r でe 、近 くに
いな が ら 似 た 形 を し て いな い。 そ れ で、 世 界 の言 語 の中 で は、 ど う も 、 日 本 語 は 孤 立 し た 言 語 だ 、 と いう ふう に
な る わ け です 。 これ に つき ま し て は 、 日本 語 に似 た 言 語 がな い のは ど う も 残 念 だ と いう わ け で、 何 と か 同 じ 系 統
の 言 語 を 見 つけ よ う と し た 人 が、 た く さ ん いま し た。 太 平 洋 の島 々 の言 葉 と 日本 語 を 比 較 し て み た 人 、 南 米 の方
の言 葉 と 比 較 し た 人 も あ る の です が 、 ど う も う ま い証 明 は でき ま せ ん で し た 。 今 ま で で こ れ が 同 系 だ と いう こ と
が は っき り 証 明 でき た のは 、 沖 縄 の言 葉 です 。 沖 縄 の言 葉 は 耳 に 聞 いた だ け で は 、 ち っと も わ か り ま せ ん の で、
明治 ご ろ ま で は ﹁琉 球 語 ﹂ と い って 外 国 語 のよ う に 思 って いた 。 し か し、 これ は、 今 にな って みま す と 、 同 系 の
言 語 と いう よ り も 日本 語 の方 言 の 一つであ る と 考 え る 方 が適 当 で す 。 沖 縄 の数 詞 は ど う な って いる か と 言 いま す
と 、 1 、 2 、 3 、 4 ⋮ ⋮ が 、tiici,taaci,m⋮ ii ⋮c とiな,っ yて uu いc まiす 。 こ れ は 首 里 の言 葉 で あ り ま す が 、
首 里 と いう のは 長 いこ と 王 様 の お 城 のあ った 土 地 で 、 沖 縄 の 標 準 語 です 。 これ は 日 本 語 と 同 じ 系 統 であ る と いう こ と は 文句 な く ど な た で も 言 え る と 思 いま す 。
沖 縄 語 以 外 で 、 日本 語 に類 似 し た 形 が 見 つか った のは 、 明 治 時 代 に 新 村 出 博 士 が 発 見 報 告 さ れ た 昔 の朝 鮮 半 島
に国 を 立 て て いた 高 句 麗 の 言 葉 で す 。 そ こ に、 ﹁三〓 縣 ﹂ ﹁七 重 縣 ﹂ ﹁十 谷 縣 ﹂ と いう 言 葉 が 出 て き ま す が、 こ れ
は高 句 麗 の 地 名 で、 漢 字 で書 い て あ る の です 。 と こ ろ がそ の と こ ろ に そ の読 み 方 を 説 明 し て い て、 これ が高 句 麗
語 に よ る 読 み方 であ る と 見 当 が つき ま す 。 ど のよ う に 説 明 し てあ る か と 言 いま す と 、 ﹁三〓 縣 ﹂ の ﹁三 ﹂ に 対 し
て ﹁密 ﹂ と いう 字 が書 い てあ る 。 これ は ミ ッと いう 字 で す 。 そう し ま す と 、 ﹁三 ﹂ と いう 言 葉 を 高 句 麗 の言 葉 で
ミ ッと 言 った ら し い。 日 本 語 の ミ ッ に似 て いま す 。 ﹁七 重 縣 ﹂ の ﹁七 ﹂ に 相 当 す る と こ ろ に は ﹁難 ﹂ と 書 いて あ
る。 そ う し ま す と 、 ﹁七 ﹂ と いう の は、 高 句 麗 語 で ナ ンと 言 った ら し い。 こ れ も 日 本 語 のナ ナ ツ と いう の に似 て
いま す 。 ﹁十 谷 縣 ﹂ に 対 し て は ﹁徳 頓 忽 ﹂ と 書 いて い る。 ﹁十 ﹂ は ト ゥ と 言 った よう で、 こ れ も 日本 語 のト ヲ に 似
て いま す 。 こ ん な こと か ら 、 高 句 麗 の言 葉 は ど う や ら 日本 語 と 同 じ 系 統 だ った ので は な いか と 疑 わ れ て 来 ま す 。
こ の 言 語 がも っと 詳 し く わ か る と い い の です が 、 あ い にく 、 資 料 が 少 な く て、 そ のく ら いし か わ か ら な い。
戦 後 、 京 都 産 業 大 学 の村 山 七郎 さ ん が いろ いろ 探 さ れ て、 以 上 あ げ た も の の ほ か にも う 少 し 例 を 見 つけ ま し た 。
さ ら に村 山 さ ん は 百 済 の 国 の言 葉 も 日 本 語 と 近 か った の で はな いか と いう こと ま で 言 って お ら れ ま す が 、 ま だ決 定 的 な こ と は 言 え な いよ う です 。
現 在 のと こ ろ学 界 で は、 文 法 の性 質 が似 て いる と いう こと で、 朝 鮮 語 が 一番 近 い関 係 を も って い る よ う だ 、 そ
れ か ら そ の次 に ア ルタ イ 語 と 結 び付 く の で はな いか と いう の が定 説 のよ う です 。 た だ し 発 音 の点 で はポ リ ネ シ ア
族 の言 語 と 似 て いる の で、 ポ リ ネ シ ア 系 の民 族 が 日本 に いた 、 日本 語 の基 盤 に は 、 そ う いう 言 語 があ った の で は な い か と いう 考 え も 有 力 にな って いま す 。
し か し 、 学 者 の 中 には 、 ま だ い ろ いろ な 説 を お 出 し にな る か た が いら っし ゃ って、 た と え ば、 京 都 大 学 の西 田
龍 雄 さ ん は 、 日本 語 と ビ ル マ ・チ ベ ット 語 が似 て いる の で は な いか と いう こ と を 唱 え て お ら れ る 。 パプ ア の高 地
族 言 語 と 関 係 があ る の で は、 と ま じ め に考 え て お ら れ る か た も あ る 。 最 近 、 学 習 院 大 学 の大 野晋 さ ん が、 日 本 語
は イ ンド の南 の方 の ド ラ ヴ ィ ダ 族 の タ ミ ル語 と 似 て い るよ う だ 、 と 言 って いら っし ゃ いま す 。 こ れ は タ ミ ル語 の
単 語 に 日本 語 と 似 たも の がた く さ ん あ る と いう わ け で、 将 来 お も し ろ い こと に な り そう です が、 ド ラ ヴ ィダ 語 族
と いう の は古 い歴 史 を も った 大 き な 言 語 で 、 そ の 全 容 が 明 ら か にな って いま せ ん の で、 何 と も 私 に は 判 断 が つき
か ね ま す 。 し か し 、 ど こ か に親 戚 に当 た る 言 語 が 見 つか れ ば い いと 、 私 ど も も 衷 心 思 いま す 。
日本語 の孤 立性
日本 語 と いう も のは 、 そ う いう わ け では っき り わ か った 同 族 の言 語 がな い、 孤 立 し た 言 語 だ と いう こと にな り
ま す 。 そ う いう 孤 立 し た 言 語 は 、 何 か ほ か にあ る か と 言 いま す と 、 ヨー ロ ッパ で は バ ス ク語 と いう のが 有 名 です 。
これ は 非 常 に文 法 が 難 し い。 単 語 がす な わ ち 一つ の セ ンテ ン ス に な って いる と いう 。 そ れ か ら 、 イ ンド の北 方 に
プ ル シ ャ スキ ー と いう 、 ご く 少 人 数 の人 た ち が 使 って いる 言 語 が あ り ま す 。 次 に、 ア ンダ マ ン語 と いう のは 、 ミ
ャ ン マー の南 方 に 島 があ り ま す が 、 こ こ の言 語 が ア ンダ マン語 で 、 や は り 周 囲 のど こと も 似 て いな い。 そ れ か ら
日本 語 が あ り 、 北 に アイ ヌ語 、 ギ リ ヤ ー ク語 と 並 ん で いる 、 こ れ ら が代 表 的 な 孤 立 し た 言 語 で あ りま す 。 日本 語
も そ の 一つだ と 言 わ れ ま す と 、 日本 語 は 、 何 か 身 よ り を も た な い天 涯 の孤 児 の よう な 、 寂 し い気 が いた し ま す が 、 し か し 、 これ は考 え 方 に よ り ま す 。
た と え ば さ き ほ ど 述 べ た ウ ラ ル 語 族 は 、 ハンガ リ ー 語 と か フ ィ ン ラ ンド 語 と か、 いく つか の言 語 を集 め て 系 統
図 が で き て いる。 いか にも 整 然 と し て いま す 。 し かし 、 これ に 対 し て 日本 語 も 関 東 語 と 関 西 語 と 八 丈 島 語 と 沖 縄
語 と が 日 本 語 を 形 成 し て いる と 言 う こと も で き る 。 日 本 語 の方 言 と いう も のは 、 お 互 いに 違 い が激 し い から そ う 言 って お か し く は な い。
そ のよ う に組 立 て て み ま す と 、 ウ ラ ル語 族 の方 は全 部 一緒 に し ても 使 う 人 の数 は せ いぜ い二 千 万 、 日本 語 の方
は一 億 一千 万 あ り ま す か ら 、 人 口 は 五 倍 以 上 あ る わ け で、 こち ら の方 が は る か に 立 派 です 。 し かも 、 日 本 語 に は 、
全 体 に 共 通 す る 共 通 語 と いう も のが あ って、 これ は決 し て悪 いこ と で は あ り ま せ ん 。 大 き な 長 所 です 。 日本 語 は 天涯 の孤 児 であ る と 思 わ な く ても よ さ そ う で あ り ま す 。
他 の言語 から 受け た影 響
日本 語 は、 そ う いう わ け で、 全 体 と し て 見 る 場 合 、 系 統 的 に み て他 の言 語 か ら 孤 立 し て いま す が 、 も う 一つ、 日本 語 は ほ か の 国 の言 語 と 交 渉 が 少 な か った 、 と いう こと が言 え る と 思 いま す 。
と 言 いま す と 、 皆 さ ん のう ち に は 、 じ ゃあ 中 国 から た く さ ん の漢 語 が 入 ってき た では な いか 、 あ る いは 、 近 ご
ろ ま ち で 見 か け る 英 語 の横 行 ぶ り は ど う であ る か 、 た く さ ん の 言 葉 が 入 ってき て いる で はな いか 、 と お っし ゃる
か も し れ ま せ ん。 が 、 こ れも 、 よ そ の国 の国 語 が 、 外 か ら 受 け た 影 響 に 比 べれ ば 小 さ いと 思 いま す 。
であ りま す が 、 そ こ では 、 ヨー ロ ッパ 語 にあ る よ う な 冠 詞 と い った も の が あ る 。 ハンガ リ ー 語 は 、 元 来 、 言 葉 の
た と え ば 、 ハ ンガ リ ー 語 は 、 ヨ ー ロ ッパ のま ん 中 に 孤 立 し て いる ウ ラ ル語 族 の 一つ で、 も と も と ア ジ ア の言 語
順序 と いう も の は 日 本 語 と同 じ で、 一つ の セ ンテ ン ス の動 詞 が 一番 最 後 にく る は ず で す が、 ゲ ル マ ン語 の影 響 を
ト が 全 部 、 一番 前 の音 節 にく る のだ そう です 。 そ う いう 点 に ま で影 響 が 及 ん で いま す 。 日本 語 は 発 音 の 上 で は ほ
う け て疑 問 文 のと き に は 動 詞 が前 の方 に 行 って し ま って いる 、 あ る いは 、 発 音 の面 ま で影 響 が あ って 、 ア ク セ ン
と ん ど 影 響 を 受 け て いな いし 、 言 葉 の 順序 な ど と いう 文 法 の根 本 的 な 性 格 のう え で は 少 し も 影 響 を 受 け て お り ま
せ ん 。 フ ィ ン ラ ンド 語 では 、 従 来 も って いな か った 前 置 詞 と いう 品 詞 を も って いる と いう よ う な こと 、 こ れ は い
か に 周 囲 の ヨー ロ ッパ の言 語 の影 響 を 受 け た か と いう こと を よ く 示 し て お りま す 。
中 国 語か ら の影響
日本 語 も 、 昔 は た し か に 中 国 語 の大 き な 影 響 を 受 け ま し た 。 た と え ば 、 文 章 は す べ て中 国 語 で書 いた 時 代 が あ
り ま す 。 た と え ば 、 聖 徳 太 子 の ﹁十 七 条 の憲 法 ﹂ の第 一条 は ﹁以 和 為 貴 ⋮ ⋮ ﹂ と 書 い てあ る 。 こ れ は 今 こ そ 返 り
点 、 送 り がな を つけ て、 ﹁和 を も って 尊 し と な す ﹂ な ど と 読 ん で いま す が 、 返 り 点 、 送 り が な と いう も の は、 平
安 朝 にな って で き た も の で 、 聖 徳 太 子 の こ ろ は そ ん な ふ う に は読 ま な か った 。 お そ ら く 当 時 は ﹁イ ー ホ ウ ウ ェイ
ク イ ⋮ ⋮ ﹂ と い った よ う な 中 国 語 で読 ん だ の で あ ろ う と 思 いま す 。 つま り 、 あ れ は中 国 語 で書 か れ て いた の です 。
爾 時 仏 告 長 老 舎 利 弗 従是 西 方 過 十 万 億 仏 土 有 世 界 名 日 極 楽 ⋮ ⋮
ち ょう ど そ れ は、 仏 教 の経 文 みた いな も の です 。 お経 は 返 り 点 、 送 り が な を つけま せ ん 。
た と え ば 右 の も の は、 ﹃阿 弥 陀 経 ﹄ と いう 経 文 で最 初 の部 分 です が 、 も し、 返 り 点 、 送 り がな を つけ た ら 、 ﹁そ
のと き 、 仏 長 老 舎 利 弗 に 告 ぐ ⋮ ⋮ ﹂ と 読 む の でし ょう け れ ど 、 これ を 実 際 に お 経 で 唱 え る と き は そ う は 言 わ な い
で す ね 。 ﹁ジ ー シ ー フ ー コ ウ チ ョー ロー シ ャ ー リ ー フ ー ﹂ と 上 か ら 順 々 に 読 ん で い き ま す 、 こ れ ら は 一種 の 中 国
語 です。
年 賀 状 で ﹁謹 賀 新 年 ﹂ と 書 いて 、 キ ンガ シ ンネ ンと 読 ん で お りま す 。 これ は ﹁謹 し ん で新 年 を 賀 す ﹂ と は 読 み
ま せ ん 。 こう いう と き は 皆 さ ん も 立 派 に 中 国 語 の文 章 を 書 い て いら っし ゃ る こ と にな り ま す か ら 、 中 国 語 の影 響
も 今 に及 ん で い る と は 言 え ま す が 、 し か し そ れ は 特 例 で し ょう 。 以前 は ﹃日本 書 紀 ﹄ な ど も 中 国 語 で書 い てあ っ
た し 、 徳 川 光圀 の ﹃大 日本 史 ﹄ も 中 国 語 で書 こう と し た も の です 。 し かし 、 現 代 は 、 こと に 終 戦 後 な ど は 仮 名 を
た く さ ん 使 いま し て 、 ま す ま す 日本 の文 学 も 日本 的 にな ってき つ つあ ると 言 え るわ け です 。
そ う いう わ け で、 日本 語 は よ そ の 国 の国 語 か ら 決 定 的 な 影 響 は 受 け て いな い。 発 音 の体 裁 で も そ う で す し 、 あ
る いは、 文 法 の 面 で も そ う で す 。 私 は 、 と き に は も う 少 し ほ か の国 の影 響 を 受 け て 変 わ った 方 が い いと 思 わ な い
でも な い の です が 、 日本 語 の文 法 と か 、 日本 語 の発 音 と か の根 底 は 、 昔 の 日本 語 のま ま の 姿 で、 大 き く 受 け た 影
響 と し て は 語 彙 を た く さ ん 取 り 入 れ た こと で す が、 発 音 ・文 法 の点 で は ほ ん の 少 し です 。
他 の言語 への影響
こ のよ う に 日 本 語 は ほ か の言 語 の影 響 を 大 変 受 け に く いわ け であ り ま す が、 同 時 に、 日 本 語 は、 ほか の言 語 に あ ま り 大 き な 影 響 を 与 え て いな いこ と は 確 か であ り ま す 。
朝 鮮 語 と い った よ う な も の︱
こ れ は 、 日 本 の隣 人 であ りま す か ら 、 や は り 単 語 の面 で は 影 響 を 与 え て お り ま
す 。 郭 永 哲 さ ん と いう か た か ら いた だ いた ﹃韓 国 語 に お け る 日 本 渡 米 の外 来 語 ﹄ と いう 本 を 見 て みま す と 、 日 常
生 活 で は、 た と え ば ﹁型 ﹂ を ﹁カ ダ﹂、 着 物 の ﹁柄 ﹂ も ﹁カ ラ﹂ と 言 う そ う で す 。 あ る い は ﹁飾 り ﹂ を ﹁カ サ
った 点 でか な り 影響 があ る こと は 確 か であ り ま す 。
こ れ にも 、 第 二次 世 界 大 戦 の結 果 、 日本
リ ﹂、 食 物 関 係 で は ソ バ、 カ マボ コな ど 、 日 用 品 で は、 カ ミ ソ リ と か ケ ダ (下 駄 ) と い った も の が あ る 。 こう い
ま た ﹃言 語 ﹄ と いう 雑 誌 に報 告 し た 人 があ り ま す が 、 南 方 の言 語︱
語 の 単 語 が 大 分 ひ ろ ま った 。 イ ン ド ネ シ ア 語 に は 、 ﹁ 労 務者 ﹂ ﹁ 義 勇 軍 ﹂ ﹁兵 法 ﹂ な ど と い う 言 葉 が 入 っ て い る 。
ミ ク ロネ シ ア のプ ロアナ 語 にも こ れ と 類 似 の単 語 があ り ま す が 、 日 本 語 は ま だ ま だ 、 残 念 な が ら 多 く の影 響 を ほ か の国 の国 語 に 与 え て いな いよ う に 思 わ れ ま す 。
ヨ ー ロ ッ パ や ア メ リ カ に 渡 っ て 国 際 語 に な った 日 本 語 に つ い て は 、 ロイ ・A ・ミ ラ ー さ ん が 集 め て い ら っ し ゃ
い ま す が 、kimono ( 着物 )t at ami ( 畳 )shoj( i 障 子 ) saque( 酒 ) moxa( も ぐ さ )urush( i 漆 ) な ど 、 日本 の文 物 を 表 す 単 語 が主 な も の の よ う です 。
二 日 本 語 の 発 音
拍
一 日 本 語 の拍 の数 発 音 の単位︱
日本 語 を 発 音 の面 から 眺 め ま す と 、 発 音 の単 位 が少 な いと いう こと がま ず 言 え ま す 。 た と え ば 、 日本 語 に ﹁桜
が 咲 く ﹂ と いう 言 葉 があ る 。 こ のよ う な 言 葉 を わ れ わ れ 日本 人 は ど ん な 人 でも 、 仮 名 で ﹁サ ・ク ・ラ・ ガ・ サ ・
ク﹂ と 書 く 、 こ の仮 名 一つ ひ と つで 切 って発 音 す る こ と が で き ま す 。 小 さ い子 ども でも ﹁さ く ら ﹂ と いう 言 葉 は
﹁サ ﹂ と ﹁ク ﹂ と ﹁ラ ﹂ か ら 出 来 て いる こと を 心 得 て いま す 。 サ ク ラと いう 言 葉 は サ の つく 言 葉 で あ る と 言 え る
ラ ジ オ と いう ふ う に 答 え る。
し、 サ ク ラ を さ かさ ま に す る と 、 ラ ク サ と な る。 あ る い は、 尻 取 り で 、 一人 が サ ク ラと 言 いま す と 、 次 の 子 ど も は ラ の つく 言 葉︱
こう いう こと は 日本 人 誰 で も わ か る当 た り 前 の こと です が 、 こう いう 一つひ と つの単 位 を 学 者 は 堅 苦 しく ﹁音
節 ﹂ と 言 いま す 。 も っと も ﹁音 節 ﹂ と 言 いま す と 、 違 った 意 味 に解 釈 す る 学 者 も あ り ま す の で、 ﹁拍 ﹂ と いう 言
葉 で話 し て いき た いと 思 いま す 。 つま り 、 ﹁桜 ﹂ と いう 言 葉 が あ り ま す と 、 サ ・ク ・ラ と 数 え る 。 サ ク ラ は 三 拍 の言 葉 と いう こ と に な りま す 。
発 音 の単 位 と 言 いま す と 、 よ く 学 者 は も っと 小 さ な ﹁音 素 ﹂ と いう 単 位 を 口 にし ま す 。 た と え ば 、 サ は ロー マ
字 で書 く とsa と な る 。 つま り こ の sの部 分 と aの部 分 に 分 け て、 こ の sと か aと か が 発 音 の単 位 だ と 言 う 。 た し
か に ロー マ 字 で は そ う な っ て お り ま す け れ ど も 、 実 際 の 日 常 生 活 で は サ ク ラ を sと a に 切 っ て 言 う こ と は あ り ま
﹁五
せ ん 。 サ を一 番 小 さ い単 位 と し て 扱 っ て お り ま す か ら 、 サ と いう 単 位 、 ク と い う 単 位 を 一番 小 さ い 単 位 と 考 え ま
す 。 私 が は じ め に 日 本 語 は 発 音 の 単 位 が 少 な い と 言 った 、 そ れ は こ の 拍 の 種 類 が 少 な い と いう こ と で す 。
日 本 語 の拍 の数
日 本 語 に 、 一体 、 拍 の 単 位 が いく つあ る か と 言 い ま す と 、 ま あ 、 次 ペ ー ジ の よ う な 表 が 出 来 ま す 。 こ れ は
十 音 図 ﹂ を 組 替 え て み た も の で 、 昔 の入 は単 位 は 五 ○ し か な いと 思 った のか も し れ ま せ ん が 、 実 際 はも う 少 しあ
﹁ぎ ﹂ の 音 、 鼻 へ 声 を ぬ い て や わ ら か く 発 音 す る 、 あ れ で す 。
﹁鍵 ﹂ の よ
り ま す 。 私 が 数 え ま す と 、 一一 二 に な り ま す 。 外 来 語 や 感 動 詞 に は 、 こ の ほ か に テ ィ と か デ ィ と か い う よ う な も
﹁が ﹂ や
の が あ り ま す が 、 こ れ は 今 、 省 き ま す 。 カ キ ク と い う の は 、 ガ 行 鼻 音 と 言 わ れ る も の で 、 ﹁眼 鏡 ﹂ や う な 言 葉 の途 中 に来 る
﹁ヒ ュ﹂ の つ く 言 葉 な ど と い う の は 、 九 州 に
﹁誤 謬 ﹂ と 申 し ま す が 、 そ う い っ た と き に し か 使 い ま
﹁日 向 ﹂ と い う 国 名 が あ る 、 そ の と き ぐ ら いし か 使 わ な い 。
一 一二 と い う 数 は ほ か の 国 語 に 比 べ る と 随 分 少 な い 数 で す 。 し か も こ の 中 に は 滅 多 に 出 て 来 な い拍 も あ る 。 た とえば
﹁ビ ュ﹂ の つく 言 葉 と 言 い ま し た ら 、 間 違 い と い う こ と を
せ ん 。 ﹁ピ ュ﹂ に な り ま す と 、 ま す ま す 使 う こ と が 少 な い 。 ﹁ピ ュ ー ピ ュ ー 風 が 吹 く ﹂ と 言 う と き に 使 い ま す 。
﹁ミ ャ・ ミ ュ ・ミ ョ﹂ を 使 う 言 葉 な ど と いう も の は 、 も っと 大 変 で す 。 ミ ュー ゼ ア ム と い っ た よ う な 外 来 語 は ダ
﹁ミ ュ﹂ の つく 言 葉 は 人 の 苗 字 で
メ で す 。 固 有 の 日 本 語 で ﹁ミ ュ﹂ の つく 言 葉 は い った い何 が あ る か 。 お わ か り の 方 は あ り ま す か 。 私 は 実 は 、 こ
オ オ マ ミ ュウ ダ さ ん と 読 む の だ そ う で す 。 こ こ
れ を 探 す ま で 三 年 か か り ま し た 。 三 年 目 に や っ と 一 つ見 つ け た 。 私 の 見 つ け た す 。 東 京 の 電 話 帳 に 三 ○ 軒 ば か り あ り ま す け れ ど 、 大 豆 生 田︱
﹁ミ ャ ・ミ ュ ・ミ ョ﹂ と 発 音 の 練 習 を な さ っ た 。 あ れ は 何 の た め か と い う と 、 こ の 大 豆
に ミ ュ の 音 が 出 て 来 る 、 ミ ュ の つく 言 葉 と い う の は 私 は こ れ 一つ だ と 思 い ま す 。 皆 さ ん は 、 小 学 校 の と き に 、 ﹁五 十 音 図 ﹂ を 勉 強 し て
日本 語 の拍 の 一 覧表
生 田 さ ん の苗 字 が 正 し く 読 め るよ う に お稽 古 な さ った のだ と いう こ と にな り ま す 。
こ のほ か に も ﹁ヲ﹂ と いう 音 な ど は 、 ほ か の学 者 は お 認 め
にな ら な いよ う です が ﹁ヲ﹂ と いう 拍 は り っぱ にあ る と 私 は
思 いま す 。 ど う いう 場 合 か と 言 う と ﹁強 い﹂ に ﹁ご ざ い ま
す ﹂ が つき ま す と ﹁強 う ご ざ いま す ﹂ と な り ま す 。 そ の反 対
の ﹁弱 い﹂ に ﹁ご ざ いま す ﹂ を つけ ま す と ど う な り ま す か 。
私 だ った ら ﹁よwoー ご ざ いま す ﹂ と ﹁よ ﹂ の 次 に ﹁を ﹂ と
いう 音 が 出 て く る。 皆 さ ん は いか が で す か 。 普 通 、 漢 字 を 書
き ま す か ら いち いち こん な 仮 名 を 書 き ま せ ん け れ ど も 、 こ ん
な も のを 数 え ても 固 有 の 日本 語 の拍 は 一 一二 し か な い ので す 。
外 国語 の拍
皆 さ ん は 、 一 一二 の拍 が あ った ら い いじ ゃな い か と お 思 い
か も し れ ま せ ん が 、 これ が いか に 少 な い か と いう こ と は 外 国
今 、 北 京 語 と い い、 中 国 語 の 標 準 語
語と 比 べてみるとわ かります。
は 、 魚 返善 雄 さ ん と いう 中 国 語 の学 者 が お 数 え に な りま
中 国 の北 京 官 話 ︱ ︱
し た 。 そ れ に よ る と 四 一一あ る と いう 報 告 が 出 て いま す か ら 、
日本 語 の 三 倍 以 上 あ り ま す 。 こ の北 京 語 は 、 中 国 語 全 体 の中
で は 拍 の種 類 の少 な い言 語 だ そう で す 。
で は 、 よ く 日 本 語 と 比 較 さ れ る 英 語 は ど う で し ょ う か 。 実 は 向 こ う の か た は 拍 の 種 類 な ど 数 え て い ら っし ゃ ら
な い の です 。 多 す ぎ る の で諦 め て いる の で は な いか 。 こ れ を 数 え よ う と し た 人 は 日本 人 で、 大 阪 の帝 塚 山 短 期 大
学 の 英 語 の 先 生 だ った 楳 垣 実 さ ん と い う か た が 、 向 こ う の 人 が 数 え な い な ら 自 分 が 数 え て や ろ う と ば か り に 張 り
﹁ど う 自 分 が 数 え て も 八 万 以
き り ま し て 、 お 数 え に な った の で す が 、 全 部 数 え き ら な い う ち に 亡 く な って し ま わ れ た の で す 。 た だ 、 亡 く な る
直 前 に 、 帝 塚 山 短 期 大 学 の 紀 要 に ご 発 表 に な った も の が あ る 。 そ こ に 、 楳 垣 さ ん は
下 と い う こ と は な いだ ろ う ﹂ と 書 い て お ら れ る 。 そ う い た し ま す と 日 本 語 の 八 百 倍 に な り ま す 。 ﹁ウ ソ 八 百 ﹂ と
いう 言 葉 が あ る 、 そ の シ ャ レ で は な い と 思 い ま す が 、 つ ま り 、 比 較 に な ら な い く ら い 多 いわ け で あ り ま す 。
こ れ は ど う い う こ と か と 言 い ま す と 、 た と え ば 、 日 本 人 は 向 こ う のdogと かc atと い う 言 葉 を 聞 き ま す と 、 ド
と 言 っ て 、 つ め て 、 グ と 言 う 、 と い う よ う に 分 析 し て し ま いま す が 、 向 こ う の 人 は そ う じ ゃ な い の で す 。dogと
い う 全 体 が 一 つ の 拍 で す 。 catと い う のも 全 体 が 一つ の 拍 で す 。 あ る い は 、monkey,こ れ は monとkeyに 分 か れ
ま す か ら 二 拍 の単 語 で あ り 、 t igeな rど と いう の はtiとgerに 分 か れ ま す か ら こ れ も 二 拍 の 単 語 で す が 、dogと か
catと か は 一拍 の 単 語 で あ って 、 こ う いう の を 全 部 数 え ま す か ら 、 拍 の 数 が 非 常 に 多 い こ と に な る と い う わ け で す 。
そ れ で は 日 本 語 は 世 界 で 一番 拍 の 種 類 が 少 な い か と い う と 、 そ う で も あ り ま せ ん 。 拍 が 少 な く て 有 名 な 言 語 は 、
ハ ワ イ 語 で す 。 皆 さ ん も お そ ら く ハ ワ イ 語 の 単 語 を い く つか ご 存 じ と 思 い ま す が 、 ハ ワ イ 語 の 単 語 は い く ら た く
さ ん 集 め て み ま し て も 、 だ いた い 仮 名 で 書 け て し ま い ま す 。 ハ ワ イ 、 ホ ノ ル ル 、 ワイ キ キ 、 ウ ク レ レ 、 フ ラ 、 ア
ロ ハ、 カ メ ハメ ハ (王 さ ま の 名 前 )、 リ リ オ カ ラ ニ ( 女 王 さ ま の 名 前 ) と い った 調 子 で す 。 し か も 仮 名 の 方 が あ
ま り ま す 。 サ 行 の 音 、 タ 行 の 音 が 一 つも あ り ま せ ん 。 ハ ワ イ 語 は 、 も し か し た ら 歯 が 全 部 抜 け て も 発 音 で き る か も しれま せん。
拍が 少な いこと の利 点
こう いう 言 語 は 拍 の数 が 日 本 語 よ り も 少 な い こと にな り ま す が 、 日本 語 は 世 界 の文 明 国 のう ち で は 非 常 に少 な
い言 語 で あ る と いう こと が でき ま す 。 これ はど う いう こ と か 。 日 本 人 は 謙虚 な 人 間 であ り ます の で、 拍 が 少 な い
言 語 と いう と 、 何 か 、 未 開 の言 語 のよ う な 気 が し て しま いま す 。 し か し 、 こ のた め に 日本 人 は 大 き な 恩 恵 を 受 け
て いる と いう こ と があ り ま す 。 そ れ は 、 日本 語 ぐ ら い文 字 で書 き 表 し やす い言 語 は 少 な いと 言 え る こ と です 。
こ れ は 最 初 に も 申 し ま し た が、 た と え ば 、 小 学 校 で 一年 生 のと き に ﹁さ く ら ﹂ と いう 言 葉 の書 き方 を 教 わ る と
し ま す 。 ﹁さ ﹂ と いう 音 は こう 書 く 、 ﹁く ﹂ と いう 音 は こう 書 く 、 と 習 いま す 。 つま り 、 ﹁さ く ら ﹂ と いう 言 葉 で
す と 、 ど んな 子 ど も で も 、 ﹁さ ﹂ と ﹁く ﹂ と ﹁ら ﹂ か ら で き て いる こと は わ か りま す 。 です か ら 、 ﹁桜 が 咲 く ﹂ と
いう と き の ﹁咲 く ﹂ は ﹁さ く ﹂ と 書 け ば い い。 あ る い は ﹁さ く ﹂ を さ か さ ま に し ま す と ﹁く さ ﹂ にな る。 そ う い
う こと は 誰 でも 知 って いま す か ら ﹁草 ﹂ と いう 言 葉 が書 け る 。 ﹁倉 ﹂ と いう 言 葉 も 、 ﹁暗 さ ﹂ と いう 言 葉 も 書 け ま
す 。 日本 人 の 子ど も の知 能 な ら ば 、 一年 の 一学 期 ぐ ら いで 一 一二 の音 の書 き 分 け を 覚 え る の は わ け な い こと で す 。
そ ん な わ け で 日本 人 の 子ど も は 、 一年 の 二学 期 にな りま す と 、 自 分 の知 って い る 言 葉 は 何 で も 自 由 に 書 け る。 こ れ は大 き な 幸 せ で す 。
英 語 では こう は い かな いよ う です 。 英 語 で は 、一 つ ひと つ単 語 ご と に 書 き 方 を 教 わ る わ け です ね 。 そ ん な ふ う
です か ら 学 校 で 習 った 単 語 は 書 け ま す が、 習 わ な い単 語 は 書 く こと は で き な い。一 年 の 二 学 期 の ころ の 日 本 の子
ど も と ア メ リ カ の 子 ど も の書 いた 作 文 を 比 較 し ま す と 、 子 ど も と お と な ぐ ら い違 いま す 。 も っと も 日本 に は 、 漢
字 と いう 難 し い文 字 が あ り ま す か ら 、 漢 字 で書 か な け れ ば いけ な いと いう こ と にな りま す と 話 は 別 にな り ま す が 、
と に かく 、 人 にわ か る よ う に書 き さ え す れ ば い いと いう こ と な ら ば 、 日本 人 は 非 常 に 恵 ま れ て い ると いう こ と に なります。
日 本 に は文 盲 の数 が 少 な いと い った よう な こ とを よ く 申 し ま す 。 私 は 、 最 初 、 そ れ は 日 本 の教 育 がす ば ら し い
か ら だ と 考 え てお りま し た 。 そ れ も た し か に 一つ の原 因 で は あ り ま す が 、 そ れ 以 上 に 日 本 語 と いう も の が 拍 の種
類 が 少 な く 、 文 字 で書 き や す い言 語 だ と いう こと 、 こ れ が大 き な 力 にな って いる と 思 いま す 。
拍 が 少な いこと の不利 な点
日本 語 と いう も の は拍 の種 類 が 少 な いこ と か ら 、 短 く 表 現 し ま す と、 意 味 は 違 う が発 音 の同 じ 言 葉 がた く さ ん
出 来 て し ま う の です 。 一般 に 日本 語 で表 現 し よ う と し ま す と と か く 長 く な って し ま いま す 。
た と え ば 、 英 語 です と 、 "Itmay ⋮" のmayと いう 単 語 は 向 こ う で は 一拍 だ そ う です が、 日 本 語 に 訳 し ま す と
﹁か も し れ な い﹂ と いう 大 変 長 い言 葉 にな って し ま う 。 "I mus t⋮、 、のmustと いう 単 語 も 向 こう で は一 拍 だ そ う
です が 、 日本 語 に し ま す と ﹁し な け れ ば な らな い﹂ と 、 これ は さ ら に長 く な って し ま う 。
中 国 語 は 短 い表 現 で有 名 であ りま し て、 日本 語 で ﹁ あ り がと う ご ざ いま す ﹂ と 長 な が と 言 う と こ ろ を 、 ﹁多 謝 ﹂
と 言 って そ の意 味 が 表 せ る そ う であ り ま す が 、 日本 語 と いう も のは ど う し て も 長 く な って し ま う 。 こ れ は や む を
得 な いこ と のよ う です 。 日 本 語 以 外 で 長 い単 語 の多 い言 語 は ロシ ア 語 、 そ れ から ド イ ツ語 が 有 名 です ね 。 ロシ ア
語 に は 、 ち ょ っと 本 を 開 け ば 、internacion( a国l際 i化 zす ir るo )vとaか t、 'celovekonenav ( 人i間 s嫌 ti いc )nとost'
か いう 言 葉 が、 す ぐ 目 に 入 る 。 ド イ ツ語 で ﹁天 然 色 写 真 ﹂ は N aturfarbenphoとt言 oう gそ rう ap でh すi。e﹁発 展 の
可 能 性 ﹂ は Entwicklungsm とo言 gう l。 ic こh れk らeはi、 t英 語 な ど で し た ら 二 語 で表 記 で き ま す か ら 、 長 く な ら な いか も し れ ま せ ん が 、 ド イ ツ語 で は長 く な る。
日本 語 で これ に 対 抗 す る 長 い単 語 は 、 植 物 の 品 種 の名 に シ ロバ ナ ヨー シ ュチ ョー セ ン アサ ガ オ ( 白 花洋種朝 鮮
朝 顔 ) と いう の が あ る そ う で す 。 次 に 、 これ は 斎 賀 秀 夫 さ ん と いう か た か ら 教 わ り ま し た が 、 ﹁禁 酒 運 動 撲 滅 対
策 委 員 会 設 立 阻 止 同 盟 反 対 協 議 会 ﹂ と いう の が 実 際 にあ った そ う で す 。 さ ら に そ のあ と に ﹁促 進 委 員 会 ﹂ と か何
と か 続 け れ ば も っと 長 く な る かも し れ ま せ ん 。
たく さん あ る同音 語
長 く な る のを 避 け よ う と し ま す と 、 ど う し て も 同 音 語 が 多 く 出 来 て しま いま す が 、 日本 語 の同 音 語 の例 は 、 皆
さ ん も ご 承 知 と 思 いま す が 、 ﹁橋 ﹂ ﹁箸 ﹂ ﹁端 ﹂ と か 職 業 名 の ﹁製 靴 業 ﹂ ﹁製 菓 業 ﹂ ﹁青 果 業 ﹂ ﹁生 花 業 ﹂ と か が 有 名
です 。 ﹁令 閨 ﹂ と ﹁令 兄 ﹂ は 間 違 え る と ま ず いこ と にな りま す し 、 ﹁礼 遇﹂ と ﹁冷 遇 ﹂ と で は 意 味 が 反 対 にな り ま す。
私 のと こ ろ に 以 前 か ら ﹃こう さ い﹄ と いう 雑 誌 が送 ら れ てく る 。 初 め て いた だ いた と き に、 こ れ は 、 人 と の交
わ り の ﹁交 際 ﹂ だ と ば か り 思 って お り ま し た が 、 中 を 読 ん で み た ら ど う も そ う で は な い。 そ れ な ら ば ﹁株 式 公
債 ﹂ と いう 言 葉 が あ り ま す か ら そ の意 味 か と 思 った ら そ う でも な い の で す 。 こ れ は 何 か と 読 ん で み ま し た ら 、
﹁鉄 道 弘 済 会 ﹂ と いう のが あ り ま し て、 そ の ﹁弘 済 ﹂ な ので す け ど 、 こう な る と わ か り に く い。
こ ん な ふ う で 、 同 音 語 が 多 い こ と は い ろ いろ と め ん ど う な 問 題 を 起 こし ま す が、 し か し こ れ は ま た 使 いよ う に よ るも の で、 同 音 語 の多 い言 語 は 言 葉 遊 び が いろ いろ でき ま す 。
中 国 語 や タイ 語 も 同 音 語 が 多 い言 語 です が 、 同 音 語 だ け で 一つ の文 章 が でき ま す 。 タイ 語 の例 で、 " mai(木 )
mai( 新 し い)mai(∼ な い)mai( 燃 え )"と いう と ﹁新 し い 木 は 燃 え な い﹂ と いう 意 味 の諺 に な る そ う で す 。
shi
shi
s ⋮h "と i. いS うh よi うに s、 hs ih sば i hか iり s でh 言i え るsそ hう iです 。
shishi
﹃言 語 ﹄ と いう 雑 誌 に 橋 本 万 太 郎 さ ん が載 せ て お ら れ た も のに よ る と 、 中 国 語 で 、 ﹁詩 人 の 石 室 さ ん は 姓 を 施 と い
shi shi
う が 、 シ シ が 大 好 き で、 十 頭 の シ シ を 食 べ て み せ る こ と を 誓 った ﹂ と いう 意 味 の こ と を 、 "Shishi shi
日本 語 で つく り ま す と 、 ﹁貴 社 の記 者 は 汽 車 で 帰 社 す る ﹂、 あ る いは ﹁歯 科 医 師会 司 会 ﹂ と で も 言 う こと にな る でし ょう か 。
Shi-
同音 語 の活 用
こ の性 質 は た だ 遊 ぶ た め に 利 用 す る のは 勿 体 な い こ と で 、 これ は 無 意 味 な 数 字 の覚 え 方 に 利 用 でき ま す 。 た と
え ば 、 電 話 の番 号 な ど を こじ つけ て覚 え た り 、 あ る い は、 年 号 、 た と え ば コ ロンブ スが ア メ リ カ を 発 見 し た の は
一四 九 二年 で す が、 こ れ を ﹁石 国 ( イ シ ク ニ) だ った ﹂ と 覚 え る こ と が でき ま す 。 ま た 小 の 月 は ﹁西 向 く 士 ﹂ と
いう ふう に憶 え る 。 こ う し ま す と 、 二、 四 、 六 、 九 、 十 一が 小 の月 だ と いう こ と が わ か りま す 。√2 は ﹁一夜 一
夜 に 一見 頃 ﹂ と 覚 え て 、 日本 人 は1 .41421 と3い 5う 6数 字 を そ ら で書 く こ と が で き ま す 。 円 周 率 も 同 じ よ う に 書
けま す 。3.14159265358 ⋮9⋮7と 9外 3人 23 の8 前4で書 く と 、 目 を 丸 く し て ビ ック リ す る 。 ど う し て お ま え さ ん こ
ん な のが 書 け る ん だ 、 と 言 いま す か ら 、 いや 、 日本 人 は 頭 が い いか ら こ ん な も のは 誰 でも ひ と 晩 で 覚 え る 、 と 言
いま す と 、 あ ら た め て 日本 人 に対 す る 敬 意 を 表 す よ う であ りま す け れ ど も 、 こ れ は ﹁才 子 異 国 に聟 さ (聟に い っ
( 炉 に 入 って いて 耳 の 病 気 に な って泣 いた )﹂ と いう 。 こ の よ う に や
た と さ ) 子 は 苦 な く (子 は 苦 労 がな く ) 身 ふ さ は し ﹂ と 覚 え る わ け です 。 相 応 な 暮 ら し を し た いと いう 意 味 に な り ま す 。 こ のあ と は ﹁炉 に 蒸 し 耳 病 に 泣 く
れ ば 、 いく ら でも 日 本 人 は 暗 記 が で き る わ け で 、 これ は 日 本 人 の特 技 と いう べき です 。
Ocean
hundred
and
Bと lあ ue る. あ"たtり w、 o詩 ,B にl なuっ eて い る と いえ ば詩 にな って お り ま す が 、 こ の詩 を 覚 え
fourteen
これ を 、 ヨー ロ ッパ の人 た ち は ど ん な ふう に 覚 え て いる のか 。 た と え ば 、 ﹁コ ロ ンブ ス が一 四 九 二 年 に ア メ リ
the
カ 大 陸 を 発 見 し た ﹂ と いう のは 次 のよ う に 覚 え る のだ そう です 。 "In sailed
ninety
る だ け でも 大 変 で、 こ れ な ら 初 め か ら﹁一 四 九 二 ﹂ と いう 数 字 を 覚 え た 方 が 早 いよ う な 気 が いた し ま す 。 つま り 、 日 本 人 の同 音 語 の量 は 、 世 界 で 珍 し い 一つ の特 色 で あ ろう と 考 え ま す 。
日本 語 の歌 の特 色
し か し 、 同 音 語 が 多 いこ と は 、 支 障 も 多 く 、 こと に歌 の場 合 に 困 り ま す 。 と いう のは 、 歌 と いう も のは 、 と に
か く 声 を 引 っぱ る 。 いき な り ﹁サ ー ﹂ と 引 っぱ り ま す と 、 これ は 何 にな る のか ⋮ ⋮ 風 流 な 人 は 桜 の歌 と か 思 いま す け れ ど も 、 お 酒 の好 き な 人 は 酒 と な る の で は な いか と 思 った り し ま す 。
向 こ う から き た 歌 は、 と に かく 最 初 引 っぱ る 歌 が 多 い。 ﹁に ー わ の ち ー ぐ ー さ も ﹂ と いう よ う な 歌 は 、 皆 さ ん
は 日本 の歌 の よ う に思 う でし ょう け れ ど 、 私 な ん か は や は り 向 こ う か ら き た 節 に 日 本 語 を つけ た 歌 と いう 感 じ が
いた し ま す 。 終 戦 直 後 な ど に は 、 ﹁は ー れ た 空 、 そ ー よ ぐ 風 ﹂ と いう よ う な 、 最 初 を や た ら に 引 っぱ る歌 が 出 来
し か った のだ と 思 いま す 。
ま し た 。 いか にも 日本 の歌 の味 わ い で はな か った。 だ か ら こ そ ﹁憧 れ の ハワイ 航 路 ﹂ と いう 内 容 な ど に は ふ さ わ
日 本 古 来 の歌 は、 皆 さ ん お気 づ き か ど う か、 最 初 二 つ の拍 を く っつけ て、 そ れ から 声 を 引 き ま す 。 お箏 の歌 な
ど と いう も の は 一番 のん び り う た う 歌 で あ り ま す が 、 あ あ い った 歌 でも 最 初 は 引 っぱ って は いな い ん です よ 。
﹁い つー ウ ー ウ ー ま ー で ー エーも ー ﹂ ( 八千代獅子)と いう よう に ﹁い つ﹂ だ け は 続 け る の で す 。 浪 花 節 な ん て も の
は 意 味 が と に かく 相 手 に わ か っても ら わ な け れ ば いけ な い。 だ か ら 、 最 初 を 伸 ば す こ と を いた し ま せ ん 。 ﹁た び
ー ゆ け ー ば ー ァす る ー が のー 国 に ー ィ茶 の ォ香 ー り﹂ と な りま し て 、 いき な り ﹁た ー ﹂ と は いか な い の です 。
終 戦前 ﹁箱 根 馬 子 唄 ﹂ と いう 歌 の レ コー ド が あ った の です が 、 レ コー ド です か ら 三 分 間 か か り ま す 。 こ の 三 分
間 に ﹁箱 根 八 里 は 馬 で も 越 す が、 越 す に越 さ れ ぬ大 井 川 ﹂ と いう 七 七 七 五 の 二 六 拍 を 言 う の です が 、 これ は 、 平
均 に 伸 ば し た ら 一拍 ず つが 長 く 伸 び て と て も 意 味 が わ か ら な く な る 。 実 際 に は ﹁箱 根 ェ ェ ェ⋮﹂ と ﹁八 里 は ァ ァ
ア⋮ ﹂ と 言 ってか ら そ のあ と を 伸 ば す 。 こ のあ た り に や は り 日 本 人 の日 本 語 に 即 し た 知 恵 が あ った と 思 いま す 。
二 母 音 と 子 音 の組 み 合 わ せ 日本 語 の音素
拍 と いう も のは 、 普 通 いわ れ る 母 音 と 子 音 の組 み 合 わ せ で 出 来 て お り ま す 。 と こ ろ が そ の組 み合 わ さ り 方 が 日 本 語 では 独 特 な 性 質 を も って いる 。
次 ペー ジ の表 は 、 ﹁拍 の 一覧 表 ﹂ で 発 音 記 号 で 子 音 と 母 音 に 分 け た も の です 。 前 の表 ( 四五三 ページ参照) で は 、
外 来 語 に だ け 使 わ れ る の は 数 え ま せ ん で し た が、 今 度 は ( ) の 中 に 入 れ て 補 ってお き ま し た 。 ( ) に 入 って
いる (hwa) は フ ァの 音 、 (hw )i は フ ィ の音 です 。 フ ァ ッシ ョ ンと か フ ィ ル ム と か いう 外 来 語 に 用 いら れ ま す ね 。
(d) ju と いう のは 、 プ ロデ ュー サ ー の時 の デ ュです 。 (ca)・(c) e・(c)oは 、 ツ ァ ・ツ ェ ・ツ ォ です 。 こ の よ う にし ま す と 、 一三○ ぐ ら い の拍 から 日 本 語 は 出 来 て いま す 。
母音 で終 わ る性 格
hi
hu
he
ho,gaの よ gう iにg 一u つ のg子e音 と go 一つ の母 音 か ら 出 来 て いる 。 そ の ほ か に hja
h のj よo う に 、 間 に 半 母 音 が 入 った も の が あ り ま す が 、 ど っち に し て も 母 音 で終 わ って い る。 これ が や は り
多 く のも のはha
これ を 見 て お り ま し て、 日本 語 の拍 は 、 ほ か の言 語 の拍 と 違 う 大 き な 特 色 が あ り ま す 。 そ れ は 、 日本 語 の場 合 、
hju
日本 語 の大 き な 特 色 で す 。 わ れ わ れ は 慣 れ て お り ま す か ら 、 ﹁ハ﹂ と か ﹁ヒ ﹂ と か ﹁カ﹂ と か ﹁キ ﹂ と か いう の
が 一つ ひと つ の音 の単 位 で、 す べ て の言 葉 は そ れ の 組 み 合 わ せ で あ る、 と い っても 、 別 に 、 ご く 当 た り 前 のこ と
で はな いか と 思 いま す が、 これ は 世 界 の言 語を 広 く 見渡 し て みま す と 、 珍 し いこ と な の です 。
つま り 、 日本 の隣 の韓 国 と か 中 国 の言 葉 でも 、 そ う で は あ りま せ ん 。 私 た ち は 国 の名 前 を ニ ッポ ンと 言 って お
り ま す が 、 これ は 元 来 、 中 国 でnit-と pe 二n 拍 で 言 って い た 言 葉 です 。 や か ま し く 言 いま す と nの音 が 多 少 違 い
日本 語 の拍 の一 覧表
ま す が 、 大 体 そ ん な も の です 。 向 こう で は こ のnitと いう 部
分 が 一つ の拍 で、pen と いう の が ま た一 つ の拍 な の です 。 韓
国 でも 大 体 そ の よ う でし て 、 今 はil-b とo言nって お り ま す が、
il が 一つ の拍 でbonが 一つ の 拍 です 。 そ う す る と 、 第 一拍
と 第 二 拍 も 子 音 で 終 わ って いる。 ま あ 、 そう いう 構 成 の言 語 な ので す 。
これ は 日本 語 の系 統 を 論 じ る よ う な 場 合 には 非 常 に重 要 な
こ と です 。 日 本 の 周囲 には 、 日 本 語 の よ う に全 部 の拍 が 母 音
で 終 わ って いる 言 語 は あ り ま せ ん 。 全部 の拍 が 日 本 語 の よ う
に 母 音 で 終 わ る言 語 は 、 日本 の近 く で は ポ リネ シ ア の 言 語 が
そ う です 。 こ の こ と か ら 、 日 本 語 が で き る と き には 、 ポ リ ネ
シ ア 民 族 が 日本 に いた の で は な いか と いう 説 も 出 る く ら い で す。
母音 終わ りと 子音 終わ り
世 界 の言 語 の中 に は 、 日本 語 のよ う にす べ て の拍 が母 音 で
終 わ る 言 語 と 、 そ れ に 対 し て 子 音 で終 わ る 言 語 と 二 つあ り ま
す 。 母 音 で 終 わ る 言 語 と し て有 名 な も のに イ タ リ ア 語 が あ り
ま す 。 イ タ リ ア語 の辞 書 を 開 い て みま す と 、 母 音 で終 わ る 単
語 が勢 揃 いし て いる 。 これ は 見 事 です 。 た と え ば 、 表 紙 に あ
る 名 前 か ら し て そ う です 。"Nuovo
Dizionario
Italと i書 an いo て-あGる i。 a私 pp どo もnのe知sっ eて ⋮" おります イ
タ リ ア 語 は ピ ア ノ と か マカ ロ ニと か いう 少 数 のも の です が 、 こう いう のは 片 仮 名 で書 け ま す 。 こ ん な こ と か ら ヨ ー ロ ッパ では 母 音 で 終 わ る有 名 な 国 語 に な って お り ま す 。
し か し、 イ タ リ ア 語 も 稀 に は 子 音 で 終 わ る 拍 も あ る 。 徹 底 し て母 音 で終 わ る 拍 を も って いる 言 語 は 、 今 述 べた
Kalikimaka
Kekeは mじ apa
太 平 洋 のポ リ ネ シ ア 民 族 の言 語 です 。 ハワイ 語 は そ の 一つで あ り ま す が 、 ハワ イ に い る 私 の知 り 合 いか ら こ の前 ク リ ス マ スカ ー ド を も ら いま し た 。 そ れ に こ んな ふ う に書 いて いる 。 M ele
め は わ か り ま す ね 。 メ レ カ リ キ マカ と いう のは メ リ ー ク リ ス マス で す ね。 つま り Chrtm ia ss。と いう ふ う に 子 音 で
終 わ る 言 葉 が 、 向 こう の人 は カ リ キ マカ と いう よ う に 母 音 で 終 え る 言 葉 に な って いる 。 ケ ケ マ パと いう のは ち ょ
っと わ か り ま せ ん で し た が、 考 え て みま す と 、 こ れ は デ ィ セ ン バー です ね 。 つま り 、 ハワイ 語 の拍 は 日 本 語 以 上
に は っき り 一つ の 子 音 +母 音 か ら 出 来 て いま す か ら、 は ね る と こ ろ も maと いう よ う な 一子 音 + 一母 音 で代 用 す る こ と にな り ま す 。
一方 、 拍 が 子 音 で 終 わ る 代 表 的 な 言 葉 は 英 語 です 。dog,catな ,l どiみoなnそ う です 。 monke なy ど と いう の は
最 後 が イ と いう 母 音 で 終 わ って いる よ う す が 、 や は り 、 詳 し く 音を 調 べま す と 、 キ イ と いう 部 分 でキ の 母 音 のi
よ り も 、 イ の部 分 の i の方 が 狭 い音 に な って 終 わ って いる 。 や は り 一種 の 子 音 で終 わ って いる と 見 ら れ ま す 。 ド
が 四 つも 並 ん で 終 わ って いる 。 スウ ェー デ ン語 な ど に は 、 こ れ は 野 元 菊 雄 さ ん の ご 本 か ら 拝 借 し ま し た が 、
イ ツ語 や ス ウ ェー デ ン語 は 、 母 音 で終 わ る 単 語 も あ り ま す が、 ド イ ツ語 の Herbs ( 秋t) と いう 言 葉 な ど は 子 音
skalm( sいkたtず ら っぽく ) と いう 単 語 な ど は 子 音 が五 つも 並 ん で いま す 。 これ ら は 代 表 的 な 子 音 で 終 わ る 言 語 です 。
世 界 の言 語 に は、 こ の よう に母 音 で 終 わ る 言 語 、 子 音 で 終 わ る言 語 、 さ ら に 中 間 の言 語 が あ り、 さ き ほど の中
国 語・ 朝 鮮 語 と い った 言 語 は 、 子 音 で も 母 音 でも 終 わ る言 語 に な りま す 。 そ う し て 日本 語 は 、 こ と に 太 古 の 日本
25,19
語 は 典 型 的 な 母 音 で 終 わ る 言 語 だ と いう と こ ろ か ら 、 朝 鮮 語 な ど と 違 う 。 そ う す る と 、 日本 語 が 出 来 る 基 盤 と し
てポ リ ネ シ ア 語 のよ う な も の が あ った の で は な いか と いう 考 え が生 ま れ てく る わ け です 。
日本 語 は美 し い言語
Story
of とLいaうn本 gの u中 ag にeお"
日本 語 は そ のよ う な わ け で 母 音 で 終 わ る 代 表 的 な 言 語 で あ り ま す け れ ど も 、 こ の こ と は 日本 語 に ど の よ う な 影 響 を 与 え て いる か。 これ に つ い て は 、 マリ オ ・ペイ さ ん と いう 人 の "The
も し ろ い こと が書 い てあ り ま す 。 こ の本 の中 に ﹁言 語 の審 美 学 ﹂ と いう 章 が あ りま す が 、 言 語 の中 に は 耳 に聞 い て美 し い言 語 と そ う でな い言 語 が あ る 、 と いう こと を 言 って いる 。
日 本 語 は ど う だ ろ う か 。 日本 人 は 謙 虚 です か ら 、 き っと き た な い言 語 だ と 言 わ れ は し な いか と 、 私 な ど は ハラ
ハラ し な が ら 読 ん だ ので す が、 ペイ さ ん は 日 本 語 を 代 表 的 な 美 し い言 語 の 一つに 数 え て いま す 。 美 い言 語 の 例 と
し て イ タ リ ア 語 、 ス ペイ ン語 、 そ れ か ら 日本 語 と 数 え 立 て て いる の です 。 ど う し て 美 し いか と 言 う と 、 ペイ さ ん
に よ り ま す と 、 母 音 で 終 わ る と ころ が い い のだ そう です 。 拍 が す べ て 母 音 で終 わ る と な る と 、 母 音 を 使 う こ と が
多 い こと に な る 、 そ のた め 日 本 語 は 美 し い言 語 に な る の だ そ う です 。 では 、 ど う し て 母 音 は 美 し いか と 言 いま す
と 、 歌 に し てう た お う と す る 場 合 、 子 音 の sな ど には フ シ が つかな いと 言 う 。 ま た sの発 音 で は 声 の い い人 も 悪
い人 も 区 別 さ れ な いと 言 う 。 た し か に そ のと お り です ね。 母 音 の と こ ろ で美 し い声 が 聞 か れ る。 だ か ら 、 日 本 語
のよ う に 母 音 が 多 い言 語 は 美 し い言 語 だ と 言 う 。 一方 、 英 語 の asksと か、 ド イ ツ 語 の Knechtsと cか ha いf うtよ う な 単 語 は 、 最 高 に き た な い単 語 だ と 言 って いま す 。
こ の説 き 方 に は 問 題 も あ る と 思 いま す が、 一理 はあ る と 思 いま す 。 私 の知 り 合 い の声 楽 家 、 四 家 文 子 さ ん か ら
伺 いま し た が、 歌 を う た って いて高 いと こ ろ に、 あ る 音 がく る。 そ の音 に よ って歌 いや す い場 合 と 歌 い にく い場
合 があ る と いう の です 。 ど う いう 場 合 が歌 いや す いか と 言 いま す と 、 aと か oと か は 歌 いや す い。 そ れ に反 し て
まで とっ た もの の% 各 国語 の短 い母 音 を多 い順 に,5位
主要 な 国語 の母 音の頻 度数
(大西 雅 雄 「 母 音 頻 度 よ り見 た る十カ 国 語 の発 音 基底 」 か らの抄 録 。 『 声 音 の 研 究』 よ り)
i は 歌 い に く い 。 eと uは 中 間 だ そ う で す 。 シ ュー ベ ル ト の
﹁野 ば ら ﹂ と
﹁ば ら 、 ば ら 、 赤 き ﹂ と 歌 う こ と に な っ て い る 。 こ れ が 実
いう 曲 が あ り ま す が 、 最 後 の と こ ろ の レ レ ミ フ ァ ソ ラ シ ・ド ー と いう と こ ろを 昔 の訳 で は
に 歌 い に く い そ う で す 。 ど う し て 歌 い に く い か と いう と 、 最 後 の 一番 高 い
と こ ろ が 、 i の 母 音 で ﹁キ ー ﹂ と 長 く 引 く こ と に な って い る 。 バ ラ バ ラ ア
カ と そ こ ま で は み ん な 母 音 が aで あ り な が ら 、 一番 肝 心 な と こ ろ が i で 終
﹁ラ ー ﹂ に 比 べ れ ば 、 ﹁キ ー ﹂ と い う の は き れ い じ ゃ あ り ま せ ん
わ って い る 。 随 分 バ カ な 歌 詞 を つ け た 人 も い る も ん だ と い う こ と で し た 。 た しか に ね。
母 音 が ア ・イ ・ウ ・ エ ・オ と 五 つ あ り ま す が 、 イ と い う の は 一番 き れ い
じ ゃな い 音 だ と い う 、 こ の イ は 母 音 の 中 で 一番 子 音 に 近 い 性 質 を も った 音
で す 。 つ ま り 、 子 音 は そ の 性 質 の さ ら に 延 長 上 に あ る も の で す か ら 、一 層 き れ い で な いと 言 え る か も し れ ま せ ん 。
日本語 の母音 のかた よ り
と こ ろ で 今 こ のよ う な 目 で 日 本 語 を 見 て みま す と 、 おも し ろ い こ と に は
日 本 語 は 、 イ タ リ ア 語 な ど よ り も っ と き れ いな 言 語 だ と も 言 え は し な い か
と 思 わ れま す 。 と いう の は、 こ こ に大 西 雅 雄 博 士 と いう か た が 以 前 、 世 界
・ e ・uの
の諸 言 語 に つい て、 ど う いう 母 音 を 多 く 使 う かと いう 統 計 を 出 さ れ ま し た 。
上 表 が そ の 結 果 で す 。 こ れ に よ り ま す と 、 日 本 語 は a ・ o・i
順 序 に な っ て い る 。 き れ い な 母 音 が 上 に 来 て い る 。 英 語 な ど は む し ろ〓 と い う よ う な 、 つ ぶ や き の 母 音 が 多 く て 、
i の 一種 が そ の 次 で す 。 αは 大 分 下 の 方 に あ る 。 こ れ で は き れ い な 言 語 と は 言 え ま せ ん 。 イ タ リ ア 語 は さ す が に αが 一番 多 く て 日 本 語 と 似 て お り ま す が 、 次 の 順 位 は e ・ o ・i と な っ て い る 。
そ う し ま す と 日 本 語 は 世 界 で 発 音 か ら み て す ば ら し い言 語 で は な い か 、 と いう ふ う に 思 い ま す 。 も っと も 、 日
本 人 が 話 を し て い る のを 聞 いた感 じ は そ れ ほ ど 美 し い感 じ を 受 け ま せ ん 。 こ れ は 確 か です 。 これ は 、 日本 人 の発
声 が 悪 い ので は な いか 。 日本 語 は も と も と 響 き か ら い って き れ いな 言 語 な の で は な いか 、 と 思 わ れ ま す 。
も っと も 日 本 語 に は 、 イ タ リ ア 語 に は 少 な いga,gi,g ⋮u⋮ の 口 腔 の 奥 の 音 が た く さ ん あ り ま す 。 マ リ オ ・ペ
ダ イ ガ ク と か ゲ ン ゴ ガ ク ガ イ ロ ン な ど と い う 単 語 が あ る こ と を 述 べ て い る も の と 思 いま す 。
﹁N T R ﹂ と いう の が 出 て お り ま す 。 こ れ は 何 か と 言 う と 、 N は
﹁ッ﹂ と 書 か れ る ツ メ ル
﹁ン ﹂
イ さ ん も 、 こ れ を 認 め て 、 日 本 語 に は 、 惜 し い こ と にgutturな al 音eが 多 い と 言 っ て い る 。 こ れ は 、 ガ イ コ ク ゴ
ハ ネ ル音 、 ツ メ ル 音 、 引 く 音 さ き ほ ど の ﹁拍 の 一覧 表 ﹂ の一 番 下 に
( 田 圃 ) と か いう と き の 音 で す 。 T は
( 薄 荷 ) と か い う と き に 使 い ま す 。 R は 引 っぱ る 音 で す 。 引 っぱ る 音 と い
( 今 度 ) と か タ ンボ
( 勝 った ) と か ハ ッ カ
と い う ハネ ル 音 で す 。 コ ンド 音 で す 。 カ ッタ
( 空気 )と かサトー
(砂 糖 ) と か い う 場 合 の ﹁ー﹂ の 音 で す 。 ク ー キ は 、 ク の次 に ウ が あ る よ う
う のは 、 ク ー キ
で す が 、 ﹁好 悪 ﹂ と か ﹁呼 応 ﹂ と い う 例 で 見 て み ま す と 、 好 悪 の と き に は コ ー オ で 引 っぱ る 音 の 方 が オ よ り 先 に
来 て い る 。 ﹁呼 応 ﹂ と いう 方 は コ オ ー で オ の 方 が 先 に 来 て い て 、 引 っぱ る 音 と オ と は 違 う と い う こ と が お わ か り
(通 っ た ) と か 、 ア リ マ セ ン ッ テ ⋮ ⋮
﹁あ り ま
と 思 いま す が 、 こ う い う ハネ ル 音 ・ ツ メ ル 音 ・引 ク 音 が 日 本 語 に は あ っ て 、 こ れ が一 つ ず つ の拍 を つく って い る 。 こ う いう こ と は な か な か ほ か の 外 国 語 に は あ り ま せ ん 。 ト ー ッ タ
せ ん っ て 言 った ﹂ と い う よ う な 言 葉 が あ り ま す が 、 こ う い う と き に は ツ メ ル 音 が 引 く 音 や ハネ ル 音 の 次 に 来 て い
ま す 。 ウ ィ ー ン ッ子
( オ ー ス ト リ ア の 首 府 、 ウ ィ ー ン で 生 ま れ た 男 ) と い う 言 葉 が あ れ ば 、 引 く 音 ・ ハネ ル 音 ・
ツ メ ル 音 が 並 ん で い る 。 一 つ ひ と つ が 拍 だ と いう こ と は 、 わ れ わ れ は ウ ・イ ・ー ・ ン ・ツ ・ コ と 数 え て 知 っ て い ま す 。 こ う い う こ と は 日 本 語 の大 変 珍 し い 性 格 で す 。
た と え ば 英 語 な ど に は 、 こう いう も の が な い の です 。 です か ら 、 ア メ リ カ の か た がた な ど が 日本 語 を お 話 に な
り ま す と 、 日 本 語 の 文 法 の 点 で 満 点 の 人 で も 発 音 は あ ま り 得 意 で な い か た が あ る 。 そ れ は 、 結 局 、 ハネ ル 音 ・ツ
メ ル 音 ・引 く 音 が ど う し て も 短 く な る 。 前 の 拍 と い っし ょ に な っ て し ま う 傾 向 が あ る こ と が わ か り ま す 。 た と え
ば 、 ﹁ニ ッポ ン ノ ﹂ と い う よ う な の が 難 し い の で す 。 ﹁ニポ ン ノ ゥ ﹂ の よ う に な っ て し ま う 。 ﹁ニポ ン ノ ゥ キ モ ノ
ゥ ワ ア ト テ ィ モ ゥ ケ コ ゥ ネ ィ ﹂ と い う よ う な 言 い 方 に な っ て し ま う 。 つ ま り ニ ッ ・ポ ン ・ノ ゥ は 三 つ に な り キ ・
モ ・ノ・ ワ ァ は 四 つ で あ る が 、 ケ ッ ・コ ゥ ・ネ ィ も 三 つ に な っ て し ま う 。 そ う いう 発 音 が う ま く い か な い と いう の は 、 や は り 、 日 本 語 の ハネ ル 音 、 ツ メ ル 音 、 引 く 音 が 独 特 の せ い で あ り ま す 。
日本 人 の外国 語
は こ う いう ご 経 験 が な い で し ょ う か 。 中 学 生 ぐ ら い の と き に 少 し 生 意 気 に な り ま し て 、 外 国 語 の 歌 を う た っ て や
逆 に、 日本 人 は外 国 語 の発 音 が へタ で す ね 。 私 な ん かも 代 表 的 な そ う いう 人 間 であ り ま す け れ ど も 、 皆 さ ん に
﹁蛍 の 光 ﹂ の 原 歌 を 調 べ ま す と"Should
auld
﹁シ ュ ッド ・オ ー ル ド ﹂ と 読 ん で い る と 、 ふ し
acquaintance be forgot ⋮"と 書 い て あ る 。 ソ ・ド ー ド ド ー
ろう 、 は じ め か ら ふ し と 言 葉 と両 方 覚 え る のは 大 変 だ か ら ふ し だ け わ か って いる のを 歌 ってや ろ う と いう わ け で、 た とえば
ミ レ ー ド レ ー ⋮⋮ に 合 わ せ よ う と し ま し て 、 う っ か り の ん び り と
だ け 先 に 言 って し ま って 文 句 が 余 っ て し ま う こ と が よ く 起 こ り ま し た 。
こ れ は 、 日 本 人 は シ ュ ッド と 聞 き ま す と 、 シ ュと 言 っ て 、 ツ メ て ド と 言 っ て い る よ う に 思 え る 。 オ ー ル ド と 聞
き ま す と 、 オ と 言 っ て 引 っぱ っ て ル と 言 って ド と 言 って い る 。 つ ま り 、 シ ュ ッド は 三 拍 で オ ー ル ド は 四 拍 の よ う
譜 例1 主 よ み許 に 近 づ か ん(讃 美 歌320番) 日本基督 教団讃美歌委員会著作権使用許諾 第3102号
な 気 が す る。 向 こう で はshouは l一 d 拍 で あ り ま す か ら 一つ の オ タ マジ ャク シ に
そ れ 全 体 が つ いて い る 。aulもd 一拍 な の です 。 向 こう の拍 と 日本 の拍 と は 性 格
が 全 然 違 って いて 、 ハネ ル 音 と ツ メ ル音 のよ う に 聞 こえ る 音 が向 こ う で は 一拍 に
な って いな い。 似 た も の は前 の方 へく っ つ いて 全 体 が 一拍 にな って い る、 と いう
こと を 表 し ま す 。 数 年 前 民 放 の コ マー シ ャ ルに 、 坊 屋 三 郎 さ ん と 背 の高 いア メリ
カ 人 が 冷 蔵 庫 の 名前 を 言 って いた 、 そ の食 い違 い が おも し ろ く 出 来 て いま し た が、
あ れ も 日 本 人 が 日 本 流 に英 語 を 発 音 し た お か し さ でし た 。
日本 語 で は、 要 す る に ハネ ル音 も 引 く 音 も 立 派 な 一拍 な の です 。 こ れ は 、 明治
の こ ろ は そ の認 識 が は っき り し て いな か った よ う です 。 た と え ば 讃 美 歌 に ﹁主 よ
み許 に 近 づ か ん ﹂ と いう 曲 があ りま す 。 こ れ は き れ いな メ ロデ ィー の歌 であ りま
﹁チ カ ズ カ ン ﹂ と な っ て し ま う 。
﹁チ イ カ ズ カ ン ﹂ と いう の は 、 日 本 人 と し て 非 常 に 歌
す が、 た と え ば ﹁主 よ み 許 に﹂ と 言 って か ら︹A の︺ よ う に ﹁チイ カ ズ カ ン﹂ と 歌 う こ と に な って いる 。 し か し
い に く い 。 私 た ち が も し 自 然 に 歌 う と︹Bの ︺よ う に
つま り 、 ハネ ル 音 が 日 本 で は 一拍 で す か ら 、 こ れ に 一 つ の オ タ マ ジ ャ ク シ を 与 え る のが 自 然 な の です 。
と こ ろ が、 讃 美 歌 を つく った ころ の人 は そ の よう な 考 え 方 が でき ま せ ん で、 英
語 流 に ン を 前 の 母 音 に 付 属 し た 、 拍 の 一部 の よ う に 考 え て い た 。 そ の た め に 、
﹁チ ﹂ を 伸 ば し 、 ﹁カ ﹂ ﹁ズ ﹂ と や って 、 ﹁カ ン ﹂ を 一 つ の 語 に し て し ま った わ け で あ ります。
ハネ ル音 を 覚 え る ま で
こ の よ う に 、 日 本 語 で は ハネ ル 音 ・ツ メ ル 音 が 一拍 ず つ あ る 。 こ れ は 一体 な ぜ で あ る か と いう こ と を 考 え て み た いと 思 いま す 。
普 通 、 こ れ は 、 字 で 書 く 場 合 に ハネ ル 音 ・ ツ メ ル 音 が あ る か ら一 拍 と 数 え る の だ ろ う と 思 い た く な り ま す が 、 な に か 、 そ う で は な さ そ う で す ね 。 も っと 根 本 的 な も の が あ る よ う で す 。
﹁オ チ ャ ワ ﹂ ﹁オ チ ャ ワ ﹂ と 言 う 。 ﹁オ チ ャ ワ じ ゃ あ り ま せ ん 、 オ チ ャ ワ ン。 言 っ て ご ら ん な さ い 、 オ ・
た と え ば 、 母 親 が お 茶 わ ん を 見 せ て 、 ﹁坊 や 、 言 っ て ご ら ん な さ い、 オ チ ャ ワ ン 、 オ チ ャ ワ ン﹂ と 言 いま す と 、 子ども が
チ ャ ・ ワ ・ン ﹂ と 言 う 。 つま り 、 ハネ ル 音 に 一拍 分 の 音 を 持 た せ て 教 え る わ け で す 。 そ う い った こ と か ら 子 ど も
は 、 ハネ ル 音 も 一拍 な ん だ な 、 と 知 る 。 す べ て の 単 語 に つ い て 教 わ る わ け で は あ り ま せ ん が 、 そ う い う 言 葉 を 何 度 も 何 度 も 聞 け ば 、 ハネ ル 音 も ツ メ ル 音 も 立 派 な 一拍 だ と 思 う わ け で あ り ま す 。
子 ど も た ち は、 尻 取 り と か 、 あ る いは 、 さ か さ ま に言 う と ど う な る 、 と か いう 遊 び を し て お り ま す が 、 や は り 、
引 く 音 、 ハネ ル 音 を 一拍 と 数 え て お り ま す ね 。 た と え ば 、 コー ヒ ー と か コ ップ と いう 言 葉 、 こ れ は コ の つく 言 葉
だ と い っ て 疑 いま せ ん 。 コ ン ビ ー フな ん て いう の は や は り コ の つく 言 葉 で あ っ て 、 コ ン の つ く 言 葉 だ と 思 っ て お り ま せ ん 。 子 ど も た ち に と っ て も 立 派 な 一拍 な の で す 。
方 言 の ハ ネ ル音
と こ ろ が 、 日 本 全 国 で ハネ ル 音 、 ツ メ ル 音 が 一拍 で は な い の で す 。 私 の 知 っ て い る と こ ろ で は 青 森 県 ・秋 田
県 ・岩 手 県 ・山 形 県 の 北 の 方 、 北 海 道 の 入 口 あ た り で は 引 く 音 、 ハネ ル 音 、 ツ メ ル 音 が 前 の 音 と 合 体 し て い ま す 。
無 着 成 恭 さ ん と い う か た が い ら っし ゃ い ま す が 、 私 、 い つ か あ の か た の 小 さ い と き の 国 語 の 授 業 の お 話 を 伺 いま
し て 、 非 常 に 感 銘 を 受 け た こ と が あ り ま す 。 こ ん な こ と を 話 さ れ ま し た 。 自 分 は 山 形 の 山 の 中 で 育 った け れ ど も 、
﹁シ ﹂ ﹁ン ﹂ と 二 つ に 書 く の だ 、 ブ ン と いう の を
﹁ブ ﹂ と
﹁シ ﹂ と
﹁こ ん な こ と ⋮ ⋮ ﹂ と い う よ う な 場 合 に 、 ﹁コ ナ コ ト ﹂ に 近
﹁ン ﹂ と に 切 る こ と が で き る 。 こ れ は 実 に 羨 し い こ と だ 、 と お っし ゃ いま し
﹁シ ン﹂ を ち ゃ ん と
﹁ン﹂ と 二 つ に 書 く の だ と い う こ と 、
﹁新 聞 ﹂ な ど と いう 言 葉 は ﹁ス ンブ ン﹂ と い っ て 、 ス ン と か ブ ン と か い う の が 一 つ だ と 数 え た 。 だ か ら 、
東 京 の 言 葉 と は 発 音 の 組 み 立 て が 違 う か ら 、 東 京 の 子 ど も と 同 じ よ う に 国 語 を 勉 強 す る こ と が で き な か った 。 た とえ ば ﹁ス ン﹂ と い う の を
﹁ブ ﹂ と
そ う い う こ と の一 つ ひ と つ が 勉 強 す る こ と だ っ た 。 と こ ろ が 、 東 京 の 子 ど も は ﹁ン ﹂ と に 切 り 、 ﹁ブ ン﹂ を た 。 無 着 先 生 のお 話 を 伺 って お り ま す と 、 た と え ば
く 聞 こ え る 。 た し か に ハネ ル と こ ろ が 前 の コと い っ し ょ に な っ て い る 。 ﹁こ な こ と 、 ち っと も こ わ く な ィ の よ ﹂
﹁ 弥 三 郎 節 ﹂ と い う 民 謡 が あ り ま す 。 数 え 歌 で す が 、 弥 三 郎 と い う 家 が あ っ て 、 お 嫁 さ ん を も ら った
と いう よ う に お っし ゃ い ま す ね 。 青森 県 に
け れ ど 、 お し ゅ う と さ ん が 気 に 入 ら な い で 追 い 出 し た 。 村 の 人 が 同 情 し て こ う い う 歌 を つ く った と い う の で す が 、
﹁ひ と つ ア エ ー ﹂ と は じ ま り ま し て 、 ﹁木 造 新 田 の 下 相 野 の ﹂ と な る の で す 。 こ れ は 随 分 数 が へん な 感 じ が し ま す 。
﹁キ ヅ ク リ シ ン デ ン ノ ﹂ と いう と こ ろ は 音 が 九 つ で す 。 ﹁し も あ い の の ﹂ と いう と こ ろ は 六 つ で す 。 ﹁む ら の は ず
れ こ の ﹂ と いう の は 八 つ で あ って 、 ﹁や し ゃ ぶ ろ え え ﹂、 こ れ は ど う で し ょ う か 。 ﹁ふ た つ ア エ ー ﹂ の 方 は 、 ﹁二 人 と 三 人 と ﹂ ﹁人 頼 ん で ﹂ と 、 九 つ、 六 つ で す 。
と こ ろ が 、 こ れ が 青 森 の 地 域 で は ち ゃ ん と 七 五 調 な の で す 。 ど う 数 え る か と 言 い ま す と 、 キ ・ズ ・ク ・リ ・シ
ン ・デ ン ・ノ と 数 え る の で す 。 シ ・モ ・ア イ ・ノ ・ノ 。 ム ・ラ ・ノ ・ ハ ン ・ジ ェ ・ コ ・ノ と い き ま す 。 あ る い は 、
フ ・タ ・リ ・ト ・サ ン ・ ニ ン ・ト 。 ヒ ・ト ・タ ・ノ ン ・デ と や り ま す 。 つま り 、 ハネ ル 音 、 ツ メ ル 音 が 前 の方 へ く っ つく 。 こ れ は い か に も 青 森 県 ら し い 言 葉 で す 。
譜 例2 イ ン ド国歌
外 国 語 の ハネ ル音 、 ツ メ ル音
こ の よ う に見 て いき ま す と 、 日 本 語 と いう の は ほ ん と う に特 殊 な 言 葉 のよ う に 見 え ま す が 、
そ れ で は 世 界 に こう いう 言 語 が ほ か に は な い の か 。 実 はあ る の です 。 た と え ば中 国 の上 海 語 や
広 東 語 で は 、 ﹁五 ﹂ と い う 数 字 を ン と 言 う そ う で あ り ま す け れ ど も 、 こ れ は 日 本 語 の ハネ ル 音
と 同 じ も の です 。 そ れ か ら メ キ シ コに マヤ 語 と いう 言 語 があ り ま す が 、 これ は 、 昔 、 文 字 を 発
﹃新 言 語 学 問 答 ﹄ と い う 本 に よ り ま す と 、 た と え ば 、 ﹁私 た ち の 村 へ﹂ と
明 し 立 派 な 文 化 を つ く っ た マ ヤ 民 族 の 言 語 で 、 今 で も そ の マヤ の 子 孫 が 残 って お り ま す が 、 ナ イ ダ さ ん と いう 人 の
いう 言 葉 が t'kaaと h書 o い て あ って 、 こ のt'の と こ ろ が一 つ の シ ラ ブ ル だ と 言 っ て い る 。 こ れ は 日本 語 の ツ メ ル音 と ま さ し く 同 じも のだ 思 いま す 。
Bharata ⋮bで hポ agツ yン a ・v ポiツ dh ンa とt短 aい音 符 が並 ぶ 中 に、 時 々 二
そ れ か ら イ ン ド の 国 語 を ヒ ン デ ィ ー 語 と 言 い ま す が 、 イ ン ド の ﹁国 歌 ﹂ は 、Janaganamanaadhina-yaka,jayahe
倍 の 長 さ の 語 が ま じ っ て いま す が 、 こ れ は や は り 、 言 葉 の 伸 び る と こ ろ が そ の よ う に な っ て い
る 。 結 局 、 イ ン ド の 国 語 は 日 本 語 と 同 じ よ う な 引 く 音 が あ る と いう こ と に な り ま す 。
調 べて みま す と 、 紀 元 前 ヨー ロ ッパ に 輝 かし い文 化 を つく り 出 し た あ のギ リ シ ア語 も ま さ し
く 日 本 語 と よ く 似 た 言 語 で あ った よ う で 、 プ ラ ト ン と いう 人 が いま す け れ ど も 、 こ れ は ギ リ シ
ア 人 の 当 時 の 感 覚 で は Pl a ・to・nと 三 拍 で し た 。 n が 正 に 日 本 語 の ハネ ル 音 で す 。 ド ラ マ
(芝 居 ) はdrama と 書 き ま し た が 、 こ れ は dra が 一 つ、 次 は 引 く 音 で そ れ が一 つ、 m a が も う
一 つ で し た 。logo とsいう の は 、lo・go・s・と 三 拍 に な って い る 。 普 通 、 sと いう の は 子 音 だ と
いう こ と に な っ て お り ま す が 、 ギ リ シ ア 語 時 代 は 半 母 音 と 言 わ れ て い た 。 そ れ は s は sophia
(知 恵 ) と い う よ う な と き に は 子 音 で し た が 、logo とsいう よ う に 言 葉 の 最 後 に 来 る と き は 母 音
な み にそ れ だ け で 一つ の拍 を 作 る こ と が で き た か ら です 。 ギ リ シ ア 語 で sの字 が 言 葉 の は じ め に あ る と き と 、
最 後 にあ る と き で 字 体 が ち が う の は そ のた め で 、 今 ドイ ツ語 の 文 字 が そう いう 習 慣 を 伝 え て いま す ね 。 も っと も ド イ ツ語 で は 言 葉 のは じ め でも 、 最 後 でも 、 子 音 です け れ ど も 。
三 ア ク セ ン ト の問 題 アク セ ントと は
今 は ど う で し ょう か 、 以 前 、 広 島 は 、 果 物 の柿 と 貝 の カ キ ( 牡 蠣 ) の両 方 が 名 物 で、 秋 こ ろ 山 陽 本 線 の広 島 の
駅 に つき ま す と 、 駅 で 柿 と 牡 蠣 を 売 って お りま し て 、 ﹁カ キ ー ﹂ ﹁カ キ ー ﹂ と や って お り ま し た。 そ れ で お 客 さ ん
が 果 物 を 買 お う と す る と 貝 の方 を 渡 さ れ て みた り 、 そ の反 対 にな って み た り 、 大 騒 ぎ し て いたも の です 。 そ れ か
ら 、 これ は 戦 争 後 に でき た 小 学 校 の 唱 歌 の よ う で あ り ま す け れ ど も 、 ﹁垣 に 赤 い 花 咲 く ⋮ ⋮ ﹂ と いう 歌 が あ り ま し て、 柿 の木 に は 赤 い花 が 咲 く の だ と 思 った 子 ど も が いた そ う であ り ま す 。
前 に お 話 し し ま し た よ う に 、 日本 語 には 同 音 語 が多 い。 そ れ で こ う いう 混 同 が起 こ る の です が 、 そ う いう 混 同
を 少 し で も 防 ぐ のに 役 立 つよ う に、 日 本 語 の単 語 に は ア ク セ ント と いう き ま り があ り ま す 。
ア ク セ ント と は 何 か。 こ れ は、 学 者 が定 義 し ま す と 、 一つひ と つの単 語 に つ いて の高 さ ま た は 強 さ の配 置 のき
ま り で す 。 高 さ ま た は強 さ と 定 義 づ け ま し た のは 、 言 語 によ って 違 う か ら です 。 日 本 語 のア ク セ ント は "高 さ "
のき ま り であ り ま す 。 た と え ば 、 同 じ ア メ で も 、 降 る 方 の ﹁雨 ﹂ は ア メ で メ が ア よ り も 低 い。 な め る 方 の ﹁飴 ﹂
す べ て、 ど こ を 高 く 発 音 す
は ア メ で メ が 高 い。 柿 と 牡 蠣 と で は、 ﹁柿 ﹂ の方 は カ キ と キ が 上 が り 、 貝 の方 の カ キ は キ が 下 が り ま す 。 ア サ
( 朝) とアサ ( 麻 )、 食 事 を す る と き の ハシ ( 箸 ) と 川 に か か って いる ハシ ( 橋 )︱
る か 、 低 く 発 音 す る か に よ って そ の 違 いが 出 て お り ま す 。 ﹁垣[ の カ キ は 、 そ れ だ け 言 え ば ﹁柿 ﹂ と 同 じ で カ キ
です が 、 助 詞 が つく と違 い が で き て 、 ﹁柿 ﹂ の方 は カ キ ガ と 助 詞 ま で高 い。 ﹁垣 ﹂ の方 は カ キ ガ と 助 詞 が 下 が り ま す。
英 語 は これ と 違 いま す 。 これ は 英 語 の文 法 の本 に必 ず 出 て お り ま す が 、abstr とaい cう t単 語 が あ って 、 こ れ を
も しabstrとa前 cの t方 を 強 く 発 音 す る と ﹁抽 象 的 な ﹂ と いう 形 容 詞 に な る 。 と ころ が、 あ と の方 を 強 く 発 音 し ま
し て abstと ra 言cいtま す と ﹁抽 象 す る ﹂ と いう 動 詞 にな る そ う です 。 つま り 、 英 語 の方 は、 ど こを 強 く 発 音 す る か と いう の で 、 強 さ のア ク セ ント の言 語 であ ると 言 わ れ ま す 。
強 さの アク セ ント と高 さ の アクセ ント
ア ク セ ント に つ いて 言 う と 、 世 界 の言 語 は 二種 類 に 分 か れま す 。 英 語 、 ド イ ツ語 、 ス ペイ ン語 、 ロシ ア 語 な ど
の よ う な ヨー ロ ッパ の言 語 は 強 さ の ア ク セ ント を も った 言 語 であ り、 そ れ に 対 し ま し て 、 日本 語も そ う で あ り ま
す が 、 中 国 語 、 ベト ナ ム 語 、 タイ 語 、 ビ ル マ語 な ど は 高 さ の ア ク セ ント を も った 言 語 です 。
こ の場 合 に 注 意 し て いた だ き た い こと は 、 じ ゃあ 日本 語 は ど こも 強 く 弱 く 言 わ な い のか 、 や は り ど こ か 強 く 言
う こ と も あ る の で はな いか 、 と いう 質 問 が 出 ま す 。 これ はま さ に そう でし て、 わ れ わ れ は い つも 一つの言 葉 の 一
つひ と つの拍 を 同 じ 強 さ で発 音 し て いる わ け で は あ り ま せ ん 。 あ る場 合 に はあ る 拍 が 強 く な り ま す 。 た と え ば 野
球 の放 送 を 見 て お りま し て、 自 分 の ひ いき のチ ー ム の打 者 が 三 振 し た り し ま す と 憤 慨 し ま す 。 ﹁ば っ か な や つ だ
な 、 こん な と き 三振 な ん か し や が って﹂ と いう よ う な こと を 言 う 。 そ う いう 場 合 に は ﹁三 振 ﹂ のサ と か ﹁し や が
って ﹂ の し と か が 強 く な りま す。 これ は 憤 慨 し て 言 った か ら そ う な る の で、 ﹁三 振 ﹂ と いう 言 葉 を い つも サ を 強
そ んな ば か な こ と は あ り ま せ ん 。 そ の場 合 は お だ や か に いう 。 つま り ﹁三 振 ﹂
く 言 う わ け では あ り ま せ ん 。 ア ナ ウ ンサ ー が そ の 日 の野 球 のゲ ー ムを 紹 介 し た 場 合 に、 両 軍 の サ ン シ ン の数 は 同 数 でし た 、 と 、 サを 強 く 言 う ︱
と いう 言 葉 に は 必 ず サ ン シ ンと 言 う と いう き ま り は あ りま せ ん 。
譜例3 野 ば ら
譜例4 菩提樹
英 語 の方 は 、 こ れ に 対 し て、 ど こを 強 く 言 う か が き ま って い
る の で す 。 ﹁抽 象 的 な ﹂ と い う 意 味 の と き は 、abstrと ac 、tど
う し ても 前 を 強 く 言 う 。 別 に 向 こう の人 は い つも 憤 慨 し て そ う
言 っ て い る わ け で は な い の に 、 単 語 と し て 第 一拍 を 強 く 言 う よ
う に き ま っ て い る 。 つま り 、 英 語 の ア ク セ ン ト は 強 さ が 固 定 し
た ア ク セ ント であ る 。 日本 語 の方 は そ れ に 対 し てど こ を 高 く 言
う か と い う よ う に 、 高 さ の 配 置 が き ま っ て い る 。 そ う いう 違 い があ る わ け です 。
歌 の リ ズ ム と メ ロデ ィ ー
﹁野 ば ら ﹂ で す 。 こ れ は 、 ゲ ー テ の ド イ ツ 語 の 詩
ア ク セ ント の違 いは 歌 の作 曲 の場 合 に 非 常 に よ く あ ら わ れ ま す 。たと えば
"Sah
ein
Knab
に シ ュー ベ ルト と ウ ェルナ ー と 二人 の人 が作 曲 し て お り ま す 。
こ れ を 見 て お り ま す と 、 シ ュー ベ ル ト の 方 で
Rosle ⋮i "nの ザ ア と い う と こ ろ が 一 つ の 小 節 の 一番 前 に き て
い る 。 ウ ェ ル ナ ー の 方 も ま った く 同 じ く ザ ア と いう の が 一 つ の
小 節 の一 番 前 に き て い る 。 ク ナ ー プ が 両 曲 と も 第 三 番 目 に き て
いて 、 レ ー スラ イ ン の レー ス が両 曲 と も 第 二 節 の は じ め に き て
い る 。 つま り 、 音 楽 の方 で 一 つ の 小 節 の 中 で 一番 強 く 歌 う と こ
ろ は 最 初 の拍 で、 そ の次 は 三 番 目 の拍 で す 。 そ こ には 必 ず 、 ザ
ein
譜 例5 か っ こ鳥
譜 例6 曼珠 沙華
ア と か ク ナ ー プ と か いう 音 が く る こ と に き ま っ て い る のです。
も し 、 外 国 の曲 で 最 初 が 弱 く 発 音 す る よ う に は じ
﹁菩
Brunnen
ま る 歌 詞 の 詩 が あ った ら ど う な る か 。 た と え ば
提 樹 ﹂ の 詩 な ん か が そ う で す が 、"A m
dem Tore"の 、 こ の A m が 弱 い の で す 。Brunne のn
Brunは 強 い 。 そ う し ま す と 、 Am は 小 節 を 前 に 押 し
出 し て し ま い、Brunne のnと こ ろ か ら 小 節 を は じ め
る よ う な 配 慮 を し て いま す 。 こ れ は 日本 人 に は あ ま
り ピ ンと き ま せ ん が、 そ れ は 強 さ の ア ク セ ント を も
た な い 日本 語 に は そ の必 要 がな いか ら で す 。
﹁か っ こ 鳥 ﹂ と い う 曲 が あ
﹁山 で か っ こ か っ こ か っ こ 鳥啼
野 口雨 情 さ ん の作 詞 に り ま す が 、 第 一行 は
い た ﹂ と は じ ま る 。 こ れ を 中 山 晋 平 さ ん (イ と)山 田
﹁山 で ﹂ の ヤ を 一 つ の 小
耕筰 さ ん (ロの )二 人 が 作 曲 し て い ら っ し ゃ る 。 そ う
し ま す と 、 中 山 さ ん の方 は
節 の最 初 に お いて いる 。 つま り 強 いと こ ろ に お いて
﹁山 で か っ こ か っ こ ﹂ と し て い る 。 ﹁や ﹂ を 弱
お り ま す 。 と こ ろ が 、 山 田 耕筰 さ ん は 、 一拍 休 ん で か ら
いと こ ろ に お いて は じ め て いる 。 こ う い った よ う な
vor
こと は 、 ヨー ロ ッパ の歌 で は ま ず 起 こ り 得 な いこ と です 。
と こ ろ が 、 日 本 語 の 歌 の 方 は ヨ ー ロ ッパ の 歌 に な い よ う な 事 情 が あ り ま す 。 ヨ ー ロ ッパ の 曲 で は リ ズ ム が 大 切
﹁ヤ マ デ ﹂ と マ が 一番 高 い 。 そ の 次 は
、 ﹁か っこ 鳥 ﹂
﹁カ ッ コ カ ッ コ﹂ と カ か ら コ ヘ下 が る。 こ れ は 、 日 本 語 の ア ク セ ン ト が
で す が 、 日 本 の 曲 の 場 合 は 、 メ ロ デ ィ ー が 物 を 言 っ て き ま す 。 た と え ば 、 中 山 晋 平 さ ん の 曲 も 山 田 耕筰 さ ん の 曲 も
これ は カ ッ コカ ッ コと 言 って も い い︱
﹁カ ッ コ ド リ ﹂ と い う 高 さ の ア ク セ ン ト に な っ て い る の で 、 そ こ で 全 体 の メ ロ デ ィ ー は 作 曲 者 が 違 っ て も 同 じ
﹁山 で ﹂ は ヤ マ デ 、 ﹁か っ こ か っ こ ﹂ は カ ッ コ カ ッ コ︱ は
よ う にな る 傾 向 があ る の です 。 こう いう こと は ヨー ロ ッパ の方 の曲 に は た え て 見 ら れ な い こ と で す 。
メ ロデ ィー の つ け 方 か ら
﹁街 の 谷 、 川 は 流 れ
﹁街 の 田 に 川 が 流 れ る ﹂ と 解 し て い た 。 ど う し て そ う 解 し た か と
﹁川 は 流 れ る ﹂ と い う 歌 謡 曲 が あ り ま し た が 、 途 中 に
こ の よ う な こ と か ら 、 も し 、 曲 の つ け 方 が ち ょ っと 違 っ て いま す と 意 味 が は っき り わ か ら な い こ と が あ り ま す 。 た と え ば 、 桜 田 誠 一さ ん の作 曲 で 以 前
る ﹂ とあ り ま す が、 私 は こ の部 分 を 聞 い て いて
﹁街 の 田 に ﹂ と い う 意 味 に な
﹁垣 に ﹂ の 意 味 だ った な ら ば カ キ ニ と し な け れ ば い け
ゴ ン
﹁ 柿 に﹂ と 取 ら れ た の です 。 そう いう こ と か ら 、 日 本 の良
﹁垣 に 赤 い 花 咲 く ﹂ が 、 も し
い う と 、 ﹁街 の 谷 ﹂ は マ チ ノ タ ニと いう ア ク セ ン ト を も っ て い る 。 マ チ ノ タ ニ で は るか らです。 最 初 に ち ょ っと あ げ ま し た
な か った 、 そ れ を カ キ ニ と い う 節 が つ い て い る た め に
心 的 な 作 曲 家 た ち は 、 歌 詞 の ア ク セ ント に注 意 し て メ ロデ ィ ーを つけ て いま す 。
﹁曼 珠 沙 華 ﹂ で す が 、 ﹁ゴ ン シ ャ ン ・ゴ ン シ ャ ン 何 本 か ﹂︱
﹁血 ﹂ は ア ク セ ン ト が 違 い ま す が 、 曲 は チ ニ、 チ ノ と な っ て そ う い う 配 慮 が ち ゃ ん
"お 嬢 さ ん " と い う 意 味 で 、 ひ が ん ば な の 数 を 聞 い て い る わ け で す 。 そ の 次 に ﹁地 に は 七 本 血
山 田 耕筰 さ ん が 北 原 白 秋 の 詩 に 曲 を つ け た シ ャ ンと いう の は
の よ う に ﹂ と あ る 。 ﹁地 ﹂ と
譜例7 お 山の大将
と し てあ り ま す 。 作 曲 家 に よ っては 、 歌 詞 の違 いに 応 じ て 一番 と 二番 の メ ロデ ィ ーを変え る人もあ ります。
﹁お 山 の大 将 ﹂ は 西 条 八 十 さ ん の作 詞 に本 居 長 世 さ ん が 作 曲 さ れ 、 昔 よ く 歌 わ れ
た 童 謡 です が 、 これ は 、 本 居 さ ん が 最 初 に そ う い った 試 みを し た 作 品 と し て有 名
です 。 歌 詞 が 、 は じ め の方 は ﹁お 山 の大 将 オ レ 一人 あ と か ら 来 る も の突 き 落 と
せ﹂ と な って いる 。 う し ろ では ﹁お 山 の大 将 月 ひと つ あ と か ら 来 る も の夜 ば か
り ﹂ で す 。 ア ク セ ント が ﹁ツキ オト セ ﹂ と ﹁ヨ ル バ カ リ ﹂ と 違 いま す 。 そ のた め
に そ こ は 節 を 変 え て譜 例 7 のよ う に な って いる 。 こ の よ う な 言 葉 のア ク セ ント が
違 う た め に節 を 変 え る と いう 、 こう い った 苦 心 は ヨー ロ ッパ の音 楽 家 に は お そ ら く 想 像 も つかな いこ と であ ろ う と 思 いま す 。
アジ ア諸 国 の アクセ ント
こ のよ う に 見 て いき ま す と 、 日 本 語 の ア ク セ ント は 高 さ のア ク セ ント と な り ま
す が 、 で は 日 本 語 の ア ク セ ント の特 色 は 高 さ の ア ク セ ント だ 、 と 、 こ れ だ け で い
いか と 言 う と 、 そ れ だ け では も の足 り な い。 と 言 う のは 、 世 界中 には 高 さ の ア ク
セ ント を も った 言 語 は 日 本 語 以 外 に も た く さ ん あ る か ら です 。 強 さ の ア ク セ ント を も った 言 語 の方 が む し ろ 少 な いく ら い です 。
し か し 、 中 国 語 な ど も 高 さ の ア ク セ ント を も った 言 語 であ りま す が 、 日本 語 と
は だ い ぶ違 いま す 。 た と え ば 、 中 国 語 は 日本 語 以 上 に 同 音 語 が 多 く て、 ﹁イ ー ﹂
(y) iと いう 言 葉 が あ り ま す が 、 これ が ア ク セ ント に よ り ま し て 、 高 く 平 ら に イ
﹁牡 蠣 ﹂ ど こ ろ の 騒 ぎ で は あ り ま せ ん 。
﹁疑 う ﹂ と い う 動 詞 に な る 。 低 く 平 ら
﹁李 ﹂、
﹁リ ー ﹂ な ん て う っか り 言 う と 何 を 渡 さ れ る か わ か り ま
﹁梨 ﹂、 低 い 平 ら の リ ー は
﹁以 って ﹂ と いう 意 味 で あ っ て 、 高 か ら 低 に 下 げ て イ イ と 言 え ば 、 ﹁意 ﹂ と い う 意 味 に な る
イ と 言 え ば 、 ﹁一﹂ と いう 数 詞 に な り ま す 。 あ と を 高 く イ イ と 言 い ま す と に イ イ と 言 いま す と
﹁柿 ﹂ と
﹁栗 ﹂ の 意 味 に な り ま す 。 果 物 屋 へ い って 簡 単 に
そ う で す 。 ま ぎ ら わ し い こ と に は 、 リ ー と い う 果 物 が 三 つも あ っ て 、 リ ー は リー は せん。 日本語 の
﹁馬 ﹂ の 意 味 、 少 し 低 く 言 い ま す と
﹁ 美 し い﹂ と い う 形 容 詞 に な る そ う で す 。 で す か ら 、
﹁手 が ﹂ と か
﹁火 が ﹂ と か い う 言 葉 は 、 東 京 で は テ ガ 、 京 都 で
は テ ガ 。 ﹁火 が ﹂ は 東 京 で は ヒ ガ 、 京 都 で は ヒ ガ 。 ﹁日 が ﹂ は そ の 反 対 で 東 京 で
です 。 た と え ば
京 都 ・大 阪 の ア ク セ ント と 東 京 の ア ク セ ン ト が 正 反 対 だ と いう こ と は 、 有 名
の ア ク セ ン ト と いう も の は 地 方 に よ って 非 常 に 違 い ま す 。
き ま し た け れ ど も 、 こ れ は 実 は 、 東 京 の 言 葉 に つ い て 言 って いた の で 、 日 本 語
と こ ろ で 、 私 は 、 い ま ま で 一口 に "日 本 語 の ア ク セ ント " と 言 って お 話 し て
京 都 ・大 阪 の アク セ ン ト
ン スに な って いる そ う で す 。
が 、 そ う で は な く て 、 ﹁美 し い 馬 が 来 る ﹂ と い う 、 ち ゃ ん と し た 一 つ の セ ン テ
﹁マア マ ア マ ア ﹂ と 言 い ま す と 、 日 本 人 が 聞 け ば 、 何 か 驚 い た の か と 思 い ま す
ら 低 に マア と 言 いま す と
﹁犬 ﹂ に な り 、 逆 に 高 か
﹁来 る ﹂ と い う 意 味 、 一番 低 く
タ イ 語 は も っと 複 雑 で す 。 と 言 う の は 、 高 い 発 音 、 低 い 発 音 、 中 ぐ ら い の 発 音 と 三 段 の 区 別 が あ る の で す 。 マ
( )は あ とに つ く助 詞 を表 す
﹁ひ た す ﹂ と い う 意 味 に な り ま す 。 も し 低 か ら 高 へ上 げ て マ ア と 言 い ま す と
ア と いう 同 じ 音 を も し 高 く 平 ら に 言 いま す と 言 いま す と
東 京 語 と京 阪 語 と の ア ク セ ン トの 対 応 表
は ヒ ガ 、 京 都 で は ヒ ガ で す 。 ﹁碑 が ﹂ に な り ま す と 、 東 京 で は って ま た 違 い ま す 。
﹁日 が ﹂ と 同 じ で あ り ま す が 、 京 都 で は ヒ ガ と な
﹁橋 が ﹂ に な り
﹁橋 が ﹂ で あ り ま し て 、 ﹁ハ シ ガ 流 れ て い る ﹂ と い う と
二 音 節 の 言 葉 、 ﹁雨 が ﹂ ﹁朝 が ﹂ な ど と いう の は 、 京 都 ・大 阪 は ア メ ガ 、 ア サ ガ 、 東 京 の 方 は ア メ ガ 、 ア サ ガ と 、 上 が り 下 が り が 反 対 で す 。 東 京 で は ハ シ ガ と いう の は
﹁こ れ は え ら い こ っち ゃ な ﹂ と い う こ と に な り ま す 。
﹁ 箸 が 流 れ て い る ﹂ で 、 た いし た こ と は な い こ と に な り ま す が 、 京 都 ・大 阪 で 同 じ に 言 いま す と まし て
ア ク セ ント の 違 いを 全 国 的 に見 て ま いり ま す と 、 こ れ は 平 山 輝 男 さ ん と か 多 く の か た が調 査 さ れ た 地 図 があ り
ま す が 、 東 と 西 で 対 立 が あ る と いう 意 味 で は あ り ま せ ん で 、 京 都 ・大 阪 式 の ア ク セ ン ト と いう も の は 四 国 の 方 に
れんげ
広 が っ て お り 、 北 陸 の 方 に 伸 び て いま す 。 そ れ よ り も っと 西 の 方 へ い き ま す と 、 広 島 や 山 口 の ア ク セ ン ト は む し ろ 東 京 あ た り と そ っく り だ と い った よ う な こ と が あ り ま す 。
﹁ひ ー ら い た ひ ー ら いた
の は ー な が ひ ー ら い た ﹂ と 言 い ま す 。 愛 知 県 あ た り ま で そ う 言 い ま す が 、 木 曽 川 を 渡 って 三 重 県 に 入 る と 違 う の
これ は 、 わ ら べ 唄 な ど を 比 べ ても 違 いが あ りま し て、 た と え ば 、 東 京 の人 は
で す 。 ﹁ひ ー ら い た ひ ー ら い た れ ん げ の は ー な が ひ ー ら い た ﹂ と 歌 い、 こ れ は 京 都 ・大 阪 式 で す 。
他 の 方 言 の ア ク セ ント
﹁釜 ﹂ の 区 別 も あ り ま せ ん し 、 ﹁箸 ﹂ と
﹁橋 ﹂ の 区 別 も な い と い う 地 方 が あ
と こ ろ で 、 東 京 式 と も 京 都 ・大 阪 式 と も 違 う 地 域 が あ り ま す 。 ア ク セ ン ト の 区 別 が 全 然 な い と い う 、 大 変 さ っ ぱ り し た 地 方 が あ り ま し て 、 ﹁鎌 ﹂ と
﹁ひ ら いた ひ ら いた ⋮ ⋮ ﹂ を ど う 歌 う か 調 べ た こ と が あ り ま す 。 そ う
り ま す 。 東 京 付 近 で 言 い ま す と 、 茨 城 、栃 木 か ら 宮 城 県 の あ た り ま で 、 九 州 で は 佐 賀 県 か ら 熊 本 県 、 宮 崎 県 に か け てです。 私 は 、 若 いこ ろ 、 茨 城 県 に ま いり ま し て
図4 近 代 日本 語 ア ク セ ン ト分 布 図(『 国 語 ア クセ ン トの史 的研 究』 よ り)
﹁何 の 花 が ﹂ と
﹁れ ん げ の 花 が ﹂ で は ア ク セ ン ト に よ っ て メ ロ デ ィ ー が 違 う の で す 。 と こ ろ が 、 茨 城 県 で は
し ま す と 、 ア ク セ ン ト の 区 別 が あ り ま せ ん の で 歌 詞 が 違 っ て も メ ロデ ィ ー が 同 じ な の で す 。 東 京 で す と 、 た と え ば
﹁ひ ー ら い た ひ ー ら い た 、 な ん の は ー な が ひ ー ら い た 、 れ ん げ の は ー な が ひ ー ら い た ﹂ と 言 いま し て 、 同 じ 節 で
歌 う 。 こ れ は 、 大 変 お も し ろ い と 思 った こ と が あ り ま す 。 と 言 い ま す よ り も 、 私 は 、 こ の 辺 へ行 っ て 、 ア ク セ ン
ト の区 別 が 全 然 な いと いう こ と を 、 は じ め は わ か り ま せ ん で し た 。 調 べな がら 、 果 た し て す べ て の 言 葉 が全 部 同
じ な の か ど う か と いう こと を 決 め る 際 に わ ら べ唄 を 教 わ りま し て、 そ れ が みん な 同 じ メ ロデ ィー だ と いう こ と を
知 っ て 、 は じ め て そ の 違 い が な い の だ と い う こ と に 気 が つ い た と いう の が ほ ん と う で す 。
﹁ハナ ガ タ カ カ ﹂ ( 鼻 が 高 い ) と 言 い ま す 。 つま り 、 ど こ か 一か 所 を 上 げ ま し て 、
( 花 が 咲 いた ) と い う よ う に 、 さ か ん に 言 葉 の 切 れ 目 を 上 げ ま す け れ ど も 、 す べ て ハナ ガ と い う わ け で は
が ポ ツ ポ ツ と ほ う ぼ う に あ り ま す が 、 代 表 的 な の は 長 崎 か ら 鹿 児 島 に か け て の 地 点 で す 。 鹿 児 島 の か た は 、 ハナ
ま た 、 東 京 式 と も 京 都 式 と も 違 う が 、 と い っ て 、 型 の 区 別 は ち ゃ ん と あ る 地 域 が あ り ま す 。 そ う い った と こ ろ
ガセタ あ り ま せ ん 。 ﹁鼻 ﹂ の 場 合 に は
そ れ が な か な か 東 京 式 と も 京 都 ・大 阪 式 と も 一致 し な い と いう こ と に な り ま す 。
日 本 語 の ア ク セ ン ト の特 色
以 上 、 い ろ いろ な 地 方 のア ク セ ント に つ いて 話 し てま いり ま し た 。 日本 語 の ア ク セ ント は そ のよ う に 地 方 地 方
で いろ いろ に 違 いま す け れ ど 、 外 国 語 の高 低 ア ク セ ント と 比 べ て み ま す と、 や は り 、 日 本 語 のア ク セ ント に は 共
こ れ は 言 語 に よ り ま す と 四 段 階 あ る も のも あ る そう です が、 日 本 語 は高 いと こ ろ と 低 いと こ ろ の
通 な 性 格 が 見 ら れ ま す 。 そ れ は 第一 に 、 日 本 語 の ア ク セ ン ト は 比 較 的 単 純 だ と い う こ と で す 。 タ イ 語 み た い な 三
段 階 があ る︱
二段 階 し か あ りま せ ん 。 中 国 語 も 二段 階 であ り ま す が、 さ き ほ ど の 北京 語 で も 、 た と え ば ﹁疑 ﹂ の意 味 の と き は
﹁イ イ ﹂ と あ と が 上 が る 。 ﹁意 ﹂ を 表 す ﹁イ イ ﹂ と いう の は あ と が下 が って お り ま す 。 つま り 、 拍 の途 中 で 上 が っ
た り 下 が った り す る。 日 本 語 に は 東 京 語 に は 、 そ のよ う な も のは あ りま せ ん 。 一つ ひと つ の単 語 は 、 ハナ と い っ
て み た り 、 ア メ と い って みた り 、 高 い平 ら な 拍 、 低 い平 らな 拍 、 そ れ の組 み合 わ せ で出 来 て いる。 これ が 日本 語
のア ク セ ント の 一つ の特 色 です 。 つま り、 日本 語 は アク セ ント か ら みま し て 全 体 が 単 純 で あ る 。 こ れ は、 ち ょう
ど 日 本 語 は 標 準 的 な 拍 と いう も の が子 音 と 母 音 の組 み合 わ せ で出 来 て い て簡 単 だ と いう のと よ く 似 てお り ま す 。
そ れ か ら も う 一つ、 日本 語 のア ク セ ント の性 格 に は 、 こう いう こ と が あ りま す 。 上 の 表 は 、 東 京 語 と 大 阪 語 の
三 拍 の言 葉 の型 の 種 類 です が 、 これ を 見 て いた だ く と 、 大 阪 の サ ク ラ と いう 言 葉 は 高 い平 ら です が 、 東 京 には 高
考 え ま し た 。 ﹁カ ブ ト ガ﹂ と ブ 以 下 が 下 が り ま す と カ が 言 葉 の は じ ま り だ と わ か る 。
が、 結 局 、 東 京 の ア ク セ ント は 、 こ こ が言 葉 のは じま り だ と いう こと を 示 し て いる と
な ぜ こう いう 性 質 があ る か 。 こ れ を 考 え た 人 は 有 坂 秀 世 博 士 と いう か た であ り ま す
いう のが 東 京 のア ク セ ント の法 則 で す 。
い。 最 初 が 低 いも のは 必 ず 上 が る の で す 。 そ の次 は 下 が っても 下 が ら く て も い い、 と
す と 、 最 初 が高 け れ ば そ の 次 は 低 く な り ま す 。 一回低 く な った ら 二 度 と 高 く は な ら な
東 京 に あ る 型 は ﹁高 低 低 ﹂ ﹁低 高 高 ﹂ ﹁低 高 低 ﹂ の三 種 類 な の です 。 こ れ を 見 て み ま
に言えます 。
類 が多 い。 そ の点 で は 大 阪 のア ク セ ント の方 が発 達 し て いる のだ と いう こ と は た し か
れ が ス ズ メ ガ と 最 後 だ け 高 い型 があ りま す 。 東 京 には な い。 結 局 、 大 阪 の方 が 型 の 種
阪 には な い の です 。 大 阪 の カ ブ ト 、 こ れ は 東 京 の コ コ ロと 一致 し ま す 。 大 阪 に は 、 そ
いう のも そ う です 。 東京 の サ ク ラ 、 こ れ は あ と の二 つが高 い、 こう いう 型 の言 葉 は 大
ま せ ん 。 大 阪 の コ コ ロは 最 初 だ け 高 い。 こ の 型 は 東京 にも あ り ま す 。 カ ブ ト (兜 ) と
い平 ら と いう も の が あ り ま せ ん 。 ア タ マ ( 頭 ) は 大 阪 で は 最 初 の 二 つ の拍 が 高 い。 こ のよ う な も のも 東 京 にあ り
東 京語 と大 阪語 との三拍語 の 型の 一覧表
サ ク ラ ガ のよ う に ク 以 下 が 上 が り ます と 、 や は り こ こ が 言 葉 の は じ ま り だ と いう こ と にな る 。 大 阪 で は ﹁庭 の桜
が散 って し ま う ﹂ と いう のは ﹁ニ ワノ サ ク ラ ガ チ ッテ シ マウ﹂ で み ん な ま っ平 ら で す 。 そう す る と ア ク セ ント か
ら み て 、 ど こ が 言 葉 の 切 れ 目 か は っき り し な い。 東 京 では ﹁ニ ワノ サ ク ラ ガ チ ッテ シ マウ﹂ と な りま し て、 切 れ
目 のは じ ま り ご と に いち いち 低 い です か ら 、 言 葉 の は じ ま り が は っき り す る。 つま り 、 東 京 語 の ア ク セ ント は
﹁ 箸 ﹂ と ﹁橋 ﹂ と か、 ﹁雨 ﹂ と ﹁飴 ﹂ のよ う な 言 葉 の 区 別 にも ち ろ ん 役 立 って お り ま す け れ ど も 、 働 き は そ れ だ け
で は な い の です 。 言 葉 のは じ ま り を 示 し て いる と いう こと があ り ま す 。 こ れ は大 き な 働 き で あ り ま す が 、 実 は 、 これ は 強 さ の ア ク セ ント が も って いる 働 き で あ りま す 。
強 さ の アクセ ント ヘ
英 語 の ア ク セ ント は 、 さ き ほど のよ う なabstract,a のb 区s別tが rあ aり ct ま す が 、 こん な 区 別 は た いし た 意 味 を
も って いま せ ん ね 。 ﹁抽 象 す る ﹂ と ﹁拍 象 的 な ﹂ と を 間 違 え ても そ れ ほ ど 問 題 は 起 こ り ま せ ん 。 で は な ぜ そ う い
った ア ク セ ント のき ま り が あ る か と 言 いま す と 、 英 語 では 一つ の単 語 で は 一か所 が 必 ず 強 い。 そ れ に よ って こ れ
が 一つ の単 語 だ と いう ま と ま りを 示 し て いる と 言 う こ と が でき ま す 。 日本 語 の東 京 語 で は、 最 初 が低 く は じま れ
ば 次 は 高 く な り 、 高 く は じ ま れ ば 次 は 低 く な って、 言 葉 の は じ ま り を 示 し て い る 。 これ は、 結 局 、 東 京 の ア ク セ
ント は 強 さ の ア ク セ ント の性 質 に 一歩 近 づ いた 働 き を 持 って いる と 言 う こと が で き ま す 。
ヨー ロ ッパ の言 語 も 、 昔 のギ リ シア 語 や ラ テ ン 語 は 高 さ の ア ク セ ント を も って いた と 言 いま す 。 そ れ が今 の英
語 や ド イ ツ語 は 強 さ のア ク セ ント に な って いる 。 日本 語 の ア ク セ ント も 、 高 いと こ ろ を 段 だ ん 強 く 発 音 す る よ う にな って 将 来 は 強 さ の ア ク セ ント に な る の か も し れ ま せ ん 。
三 日 本 語 の 表 記
一 文 字 の 使 い分 け 日本 の文字 の複 雑 さ
日 本 語 を 文 字 の面 か ら 眺 め て み ま す と、 一番 大 き な 特 色 は、 日本 語 は さ ま ざま の文 字 を 使 う 言 語 だ と いう こ と です 。 調布市柴崎二︲13︲3 つつじが丘ハイムA206
漢 字 、 ﹁二 ﹂ は 漢 数 字 です が、 ﹁13 と 3 ﹂ は ア ラ ビ ア数 字 、 ﹁つ つじ が 丘 ﹂︱
平 仮 名 と漢 字 、 ﹁ハイ
これ は、 私 の勤 め 先 の同 僚 で あ るち ょ っと き れ いな 人 の住 所 な の で す が 、 こ れ を 見 て いた だ き ま す と 、 ﹁調 布 市 柴 崎 ﹂︱
ム﹂ は片 仮 名 、 ﹁A20 ﹂6 に は ロー マ字 ま で使 って い る。 皆 さ ん が た にと って は 何 でも な い、 ご く 普 通 な 文 字 使 い
と お 思 いか も し れ ま せ ん け れ ど も 、 こ う い った 複 雑 な 文 字 を 使 い合 わ せ て いる 国 は、 地 球 上 ほ か に はな いと 思 い
︱ま ず こ の題 に は漢 字 と 平 仮 名 がま じ って お り
ま す 。 日 本 人 は、 子 ど も のと き か ら こ う いう 文 字 の使 い方 に慣 れ て お り ま す 。 小 学 校 の音 楽 の教 科 書 に 出 てく る ﹁山 び こ ご っこ﹂ と いう 歌
ま す 。 歌 詞 は ﹁ヤ ッホ ー ヨホ ホ ホ ホ ﹂ のあ た り は片 仮 名 です 。 仮 名 と 漢 字 だ け か と 思 いま す と 、 楽 譜 には〓=
12 と ア ラ ビ ア数 字 が 出 て来 、 し かも そ の下 に はmf (メ ゾ フ ォ ル テ ) と ロー マ字 が 使 って あ る。 小 学 校 の 二 年
生 で 、 す で に こ れ だ け の文 字 に接 す る わ け で あ り ま し て、 こう い った 国 は 世 界 にな いと 思 いま す 。
表音 文字 と 表意 文字
世 界 の文 字 は、 大 き く 分 け て、 表 音 文 字 と 表 意 文 字 の二 つに 分 か れ ま す 。 表 音 文 字 と い いま す と 、 文 字 が 音 だ
け を 表 す も の で、 た と え ば 、 仮 名 な ど は代 表 的 な も の です 。 ﹁キ ﹂ と いう 文 字 は ﹁キ ﹂ と いう 音 だ け を 表 し ま す
か ら 、 ﹁キ ﹂ と いう 音 が使 わ れ る 言 葉 な ら 何 に でも 使 え ま す 。 ﹁キ ジ ﹂ でも ﹁キ イ ロ﹂ で も ﹁キ ﹂ が 書 けま す 。
そ れ に 対 し て、 表 意 文 字 と いう の は 、 発 音 と 一緒 に 意 味 を 表 す 文 字 で、 漢 字 は そ の代 表 です 。 た と え ば ﹁木 ﹂
と いう 文 字 は ﹁キ ﹂ と いう 発 音 も 表 し ま す が、 同 時 に 草 木 の ﹁木 ﹂ を 表 し ま す か ら ﹁キ ジ (雉)﹂ を ﹁木 地 ﹂ と
書 く わ け に は いか な い。 そ れ で は ﹁木 の地 ﹂ と いう 意 味 に な ってし ま う 。 も し ﹁黄 色 ﹂ を ﹁木 色 ﹂ と 書 いた ら こ
れ は 木 の色 に な って し ま いま す か ら 、 こう いう こ と は 許 さ れ な い。 つま り 、 漢 字 と いう も のは 、 発 音 だ け で は な く て 、 一緒 に 意 味 も 表 す と いう 特 殊 な 文 字 だ と いう こ と にな り ま す 。
世 界 の文 字 は 、 多 く は 、 仮 名 、 ロー マ字 、 ハング ル ( 韓 国 の文 字 )、 あ る いは 昔 のギ リ シ ア の文 字 な ど 表 音 文
字 で す 。 発 音 だ け し か 表 し ま せ ん 。 こ の ほ か に、 イ ンド の文 字 、 ア ラ ビ ア の文 字 な ど も 表 音 文 字 です 。
、 2 、 3 ⋮ ⋮ が そ う で す 。 ﹁1 ﹂ は
﹁ イ チ﹂ と読 み、数 のイチを 表す とき にし か使え な
漢 字 は そ の 点 大 変 珍 し い文 字 です 。 発 音 のほ か に意 味 も 表 す 表 意 文 字 と いう のは 漢 字 のほ か に は、 強 いて 言 え ば 、 ア ラ ビ ア 数 字 ︱1
いか ら 、 ﹁位 置 ﹂ の代 り に使 って 、 ﹁横 浜 は 東 京 の南 に1 す る ﹂ と 書 く こ と は でき な い。 ﹁位 置 す る ﹂ は 表 意 文 字
だ か ら で あ り ま す 。 こ の 間 、 私 の と こ ろ へ来 た 手 紙 に ﹁金 田 1﹂ 様 と いう の があ り ま し て、 妙 な 感 じ が いた し ま
し た 。 こ れ は 表 意 文 字 の 一種 であ り ま す か ら 、 や た ら に 使 え な い の です 。 も っと も 数 字 は 数 し か 表 せ ま せ ん か ら 表 意 文 字 のう ち で も 特 殊 な も の です 。
表意 文字 の いろ いろ
し かし 、 古 い時 代 に は 漢 字 以 外 にも 、 広 く 使 わ れ た 表 意 文 字 があ り ま し た 。 代 表 的 な も の は エジ プ ト の 文 字 で
す 。 絵 の よ う な 、 大 変 お も し ろ い文 字 です ね 。 左 の 一番 上 は ﹁口﹂ と いう 字 だ そ う です 。 次 の字 は 、 目 か ら 何 か
さ が って いま す が ﹁涙 ﹂ と いう 字 だ そ う です 。 一番 下 は左 に パピ ル スと いう 草 の茎 を 割 った と こ ろ があ り 、 右 に
つい て いる の がイ ンキ 壺 だ そ う で、 こ れ は ﹁書 く ﹂ と いう 動 詞 な のだ そ う で す 。 こ れ は 正 し く 表 意 文 字 で す 。
現 在 こ う いう 文 字 は 全 然 ど こ にも な いか と いう と 、 こ の間 、 京 都 大 学 の 言 語 学 教 授 で あ る 西 田 龍 雄 さ ん の ﹃生
き て いる 象 形 文 字 ﹄ ( 中公新書)を 読 ん で お り ま し た ら 、 モ ソ 文 字 と いう 大 変 お も し ろ い文 字 の こ と が 書 いて あ り ま し た 。 中 国 の雲 南 省 で今 で も 使 わ れ て いる のだ そ う です 。
た と え ば 、(1 は) ﹁人 ﹂ と いう 字 だ そ う です 。 人 の 形 を し て お り ま す ね 。(2 は)息 を し て いる線 を 書 き ま す と 生 き
て いる 証 拠 だ そ う で、 こ れ は ﹁生 き る ﹂ と いう 意 味 の字 だ そう です 。(4の)よ う に息 のし る し を 書 いて 、 倒 れ た 姿
を し ま す と 、 生 き て倒 れ て いる こ と にな って、 こ れ は ﹁眠 る ﹂ だ そう です 。 ﹁死 ぬ ﹂ の場 合 には 、 霊 魂 の意 味 を
モ ソ文 字
日本 で は 、 そ う いう わ け で 、 仮 名 、 漢 字 、 さ ら に、 ア ラ ビ ア数 字 、 ロー
同 じ言 葉に対 し て の違 った表 記
り 珍 し いこ と です 。
て 使 って生 活 し て いる のは 、 日本 の ほ か に 韓 国 が そ う です 。 これ は と び き
わ れ て お り ま す の は漢 字 だ け で 、 そ れ か ら 表 意 文 字 と 表 音 文 字 と 両 方 併 せ
に広 く 通 用 し て いる ので は な さ そ う です 。 結 局 、 表 意 文 字 の 中 で今 広 く 使
残 念 な が ら、 こ の文 字 は 、 宗 教 関 係 の人 だ け が使 って いる そ う で、 社 会
も つ長 髪 を つけ て(3 の) よ う に表 す の です 。 こ のよ う な 文 字 は大 変 珍 し い。 エ ジプ ト文 字
マ字 を 使 って お りま す が 、 こ のよ う な 違 った 種 類 の文 字 を 混 用 す る こ と か ら 、 日本 語 に 限 ってあ ら わ れ る 特 殊 な 現 象 があ り ま す 。 ま ず 同 じ 言 葉 が い ろ んな 文 字 で書 か れ る 習 慣 です 。
た と え ば ﹁ア メ ガ フ ル﹂ ﹁あ め が ふ る ﹂ ﹁雨 が降 る﹂ ﹁ア メ が 降 る﹂。 こ のう ち 一番 標 準 な のは 三 つ目 の漢 字 ・平
仮 名 ま じ り で す が、 ほ か のよ う に 書 いても 間 違 いと は 言 え な い。 英 語 で は こう いう こ と はあ り ま せ ん 。 英 語 で は 、
"It raiと ns い. う"の が 正 し い形 で 、 これ を 変 え て書 こ う と し て も 、 せ いぜ い全 部 を 大 文 字 に し て"IT RAIN .S " と書 く ぐ ら いし か 方 法 が あ り ま せ ん 。 日本 で は 、 以 上 のよ う に 、 同 じ 言 葉 が ず いぶ ん 違 った 形 の文 字 で書 か れ る こ と が あ りま す 。
ト ルと いう 字 が 、 最 初 は 平 仮 名 、 あ と の方 は 漢 字 。 ﹁ 靴 足 袋 も も ら った 。 鉛 筆 も 貰 った ﹂︱
モ ラ ウ と いう
夏 目 漱 石 の ﹃坊 っち ゃん ﹄ の中 に こん な 書 き 方 が で て き ま す 。 ﹁そ の中 で半 日相 撲 を と り 続 け に 取 った ら ⋮ ⋮ ﹂ ︱
ナ ル に は 平 仮 名 、 漢 字 両 方 を 使 って お り ま す が、 漱 石 は な ぜ こ
と こ ろ が 平 仮 名 に な った り漢 字 にな った り し て お り ま す 。 あ る いは ﹁然 し 清 が な る な る 、 と 云 ふ も のだ か ら 、 矢 っ張 り 何 か に成 れ る ん だ ろう と 思 って 居 た ﹂︱
う 使 い分 け た か と いう こ と は わ か りま せ ん です ね 。 し かし 、 わ ざ と 同 じ 言 葉 に 対 し て違 った 書 き 方 を し て楽 し ん だ と いう こと も あ る よ う です 。
は 漢字 ﹁赤 蜻 蛉 ﹂ と書 い てあ る の です が 、 ﹁夕 焼 小 焼 の あ か と ん ぼ﹂ と いう と こ ろ は 平 仮 名 で書 い てあ る 。 最 後
三 木 露 風 の作 品 に ﹃赤 蜻 蛉 ﹄ と いう 有 名 な 童 謡 が あ り ま す 。 これ を 、 岩 波 文 庫 ﹃日本 童 謡 集 ﹄ で 見 ま す と、 題
の方 へ いき ま す と ﹁夕 や け 小 や け の赤 と ん ぼ ﹂ と、 漢 字 ・平 仮 名 ま じ り で書 い て あ り ま す 。 な ぜ こ のよ う に し た
のか と 聞 け ば 、 三 木 さ ん は 、 ま あ 、 違 え て 書 い て み た と いう だ け の こと か も し れ ま せ ん 。
こ う い った 習 慣 は、 実 は 、 日本 に古 く か ら あ って、 よ く 、 色 紙 に 短 歌 な ど を 書 く 人 が、 ﹁花 ﹂ と いう 言 葉 が 二
回出 てき ま す と 、 最 初 の ﹁ハナ ﹂ を 漢 字 で書 いた ら 二 回 目 は平 仮 名 で書 か な け れ ば いけ な い、 と いう こ と にな っ
て いま し た 。 あ る い は 、 同 じ 平 仮 名 を 使 って も 、 最 初 を 普 通 の ﹁は ﹂ を 書 いた ら そ の次 は 変 体 仮 名 を 書 く と いう
こと も あ った よ う です 。 こ れ が 、 固 有 名 詞 な ん か です と 、 困 る こ と が あ る の です 。 つ い、 間 違 え てし ま う 。 た と
え ば 、 お 相 撲 さ ん の ﹁若 乃 花 ﹂ ﹁貴 ノ 花 ﹂ ﹁隆 の里 ﹂ と、 三 人 とも 二 子 山部 屋 のか た だ そ う です が ﹁ノ﹂ の字 が み
ん な 違 う 。 これ は や は り、 間 違 って 書 か れ た ら ご 当 人 は 不 愉 快 だ ろ う と 思 いま す か ら 気 を つけ て書 か な け れ ば い け な い。
こ の間 、 私 は 神 田 の お茶 の水 へ参 り ま し た が 、 同 じ オ チ ャノ ミ ズ と いう 地 名 が随 分 いろ いろ に書 か れ て いる 。
神田
へ行 って み た と こ ろ が 、 一方 の袂 に は ﹁お 茶 の水 ﹂ と あ り 、 一方 の袂 へ行 き ま す と 、 今
ま ず 、 国 鉄 の駅 に は ﹁御 茶 ノ 水 ﹂ と あ り 、 地 下 鉄 の駅 に は ﹁御 茶 の水 ﹂ と あ り ま し た 。 次 に お 茶 の水 橋︱ 川 に か か って いる 橋︱
度 は全 部 平 仮 名 で ﹁お ち ゃ の みず ﹂ と 書 いて あ り ま し た 。 こう い った よ う な こと は 、 よ そ の国 には ち ょ っと な い こ と だ と 思 いま す 。
巧み な種 々 の文字 の併 用
た だ し と き に は 、 人 に よ って は書 き 分 けを 有 効 に使 う 人 があ り ま す 。 私 が 感 心 いた し ま し た の が、 例 の ﹃山 の
こ の と き の ヒ ト と いう 言 葉 は 漢 字 で書 か れ て い る 。 と こ ろ が、 そ
あ な た ﹄ と いう 詩 の こ と で す 。 カ ー ル ・ブ ッセ の詩 で、 上 田 敏 が 訳 し て 名 訳 だ と いう こ と に な って い る。 ﹁山 の あ な た の空 遠 く/ ﹃ 幸 ﹄ 住 む と 人 の いふ ﹂︱
の次 の ﹁噫、 わ れ ひと と 尋 め ゆ き て ﹂ の と ころ は 平 仮 名 で書 い て あ る の です 。 ﹁涙 さ し ぐ み か へり き ぬ/ 山 の あ
な た に な ほ遠 く/ ﹃ 幸 ﹄ 住 む と 人 の いふ ﹂ と 、 最 後 のと こ ろ は も う 一回 、 漢 字 で 書 いて あ り ま す 。
こ れ は 、 どう し て こ のよ う に書 き 分 け て いる か と 言 いま す と 、 つま り ﹁﹃幸 ﹄ 住 む と 人 の い ふ﹂ の ﹁人 ﹂ は 、
世 間 一般 の大 衆 と いう 意 味 です 。 そ の次 の ﹁噫、 わ れ ひ と と 尋 め ゆき て ﹂ の ﹁ひ と ﹂ は、 自 分 と 志 を 同 じ く す る
人 間、 友 だ ち、 あ る いは 恋 人 か も し れ ま せ ん ね 。 こ の ﹁ひ と ﹂ は ﹁﹃幸 ﹄ 住 む ﹂ と 言 った 人 と 違 う ヒト な ん だ 、
と いう こと を 表 す た め に 平 仮 名 で書 い て いる 。 最 後 の ﹁﹃幸 ﹄ 住 む と 人 の い ふ﹂ は ま た 最 初 の ヒ ト だ 、 と いう こ
と を 表 し て いる のだ と 思 いま す 。 こ の よ う な こ と は 、 耳 か ら 聞 い た ので は さ っぱ り わ か り ま せ ん が 、 目 で は 読 み 分 け ら れ る と いう しく み にな って いて、 こ れ は おも し ろ いこ と だ と 思 いま す 。
志賀 直哉 の苦 心
昔 、 こう いう 経 験 を いた し ま し た 。 私 の大 学 時 代 には 、 谷 崎 潤 一郎 さ ん の ﹃文 章 読 本 ﹄ が、 いや し く も 文 章 に
志 す 者 は ぜ ひ 読 ま な け れ ば いけ な い、 コー ラ ン のよ う な 力 を 持 って 君 臨 し て お り ま し た 。 そ の中 で谷 崎 さ ん が、
志 賀 直 哉 の ﹃城 の崎 に て﹄ と いう 作 品 を 絶 賛 し て いま し た 。 ﹃城 の崎 に て ﹄ と いう 作 品 は 、 神 経 衰 弱 に な った 人
が 、 自 殺を 考 え て 城 の崎 温 泉 に 行 く 、 そ こ で、 ネ ズ ミと ハチ と イ モ リ が 死 ぬ と こ ろを 見 て い る う ち に 死 ぬ 気 持 が
な く な って く る と いう 話 であ り ま す 。 こ れ が 、 谷 崎 さ ん に よ り ま す と 、 短 編 小 説 の模 範 的 な 、 一字 の ム ダ も な い 作 品 な の だ そ う です 。 そ の中 に こう いう と こ ろ が あ り ま す 。
二階 の部 屋 にお りま す と 、 下 の部 屋 の瓦 屋 根 のと ころ に ハチ が巣 を つく って い る。 そ こ から ハチ が 外 へ飛 び 出
す と こ ろ を 描 写 し て いる の です が、 こ こ で、 作 者 は ﹁直 ぐ 細 長 い羽 根 を 両 方 へし っか り と 張 って (ハチ が ) ぶ ー
ん と 飛 び立 つ﹂ と 書 い て いま す 。 谷 崎 さ ん は 、 こ の ﹁ぶ ー ん ﹂ と いう の は こ れ でな け れ ば いけ な い、 こ れ では じ
め て、 例 の ニブ い響 き を 持 った 鈍 重 な ハチ が飛 び 立 って いく 姿 が 出 る のだ 、 と 言 って いる 。 私 は 、 大 学 時 代 に こ
れ を 読 み ま し て、 さ っぱ り、 そ う い った 感 じ が し ま せ ん で し た 。 片仮 名 でブ ー ン と書 いて も い いじ ゃな いか と 思
った り しま し て、 こ れ がわ か ら な いの で は 、 自 分 は 文 学 の道 へ進 む こと が で き な い の では な いか と 自 信 を 失 った
思 い出 が あ り ま す け れ ど も 、 今 思 う と ﹁ぶ ﹂ と いう と こ ろ に は ハチ の太 った 感 じ があ って、 そ の次 の ﹁ー ん ﹂ と
いう と こ ろ は ま っす ぐ に飛 ん で行 く 気 持 が 出 て いる と いう の でし ょ う か 。 そ のよ う に 、 い ろ いろ と 表 現 に 凝 る よ
う な 人 に と って は 、 漢 字 、 平 仮 名 、 片 仮 名 の使 い分 け と いう も の は 便 利 だ と 思 いま す 。
現 代 の 日 本 で は、 こ の仮 名 、 漢 字 の ほ か に ア ラ ビ ア数 字 、 ロー マ字 が 入 って 来 て お り ま す 。 た と え ば 、 D D T
と かkios とk か 。 X光 線 や Y シ ャ ツぐ ら いな ら い い の です け れ ど 、 O X 主 義 と 書 い て マ ルク ス主 義 と いう の が あ
る そ う です ね 。 場 末 の レ スト ラ ン へ行 く と 、 ハムχ と いう 文 字 が壁 に 貼 ってあ る のを 見 ま し た が、 こ れ は ハム エ
ッグ スと 読 む のだ そ う で す 。 慶應 大 学 へ行 き ま す と、〓〓 大 学 と いう 文 字 が盛 ん に 使 わ れ て お りま す が 、 た し か に こ う 書 いた 方 が簡 単 で す 。
文字 の併 用 の長所
こ のよ う に 、 日本 で は 種 々 の文 字 を 併 せ て 用 いて い る。 こ の こ と は た し か に い い点 も あ り ま す 。 文 字 を 見 た 場
合 、 そ の 内 容 を 早 く 理 解 でき る か ら です 。 た と え ば 、 ロ ンド ンあ た り へ行 って 、 本 屋 さ ん に と び 込 ん だ と し ま す 。
of
L ﹄aな nど gと ua 書gいeて あ る の です が 、 こ れ が 小 さ く てな か な か わ か り にく い。 大 き な 文 字 で 書 い て
そ こ で 、 自 分 の ほ し い本 が な い か と 探 す の で す が 、 見 つけ る の に 苦 労 し ま す 。 と いう の も 、 ロー マ字 で ﹃The Story
あ る こ と も あ り ま す が 、 顔 を 横 に曲 げ て 見 な け れ ば 正 しく 読 め な いよ う にな って いる。 こう いう と こ ろ で 自 分 の
ほ し い本 を 探 し ま す と な かな か 見 つか り ま せ ん で、 キ ョ ロキ ョ ロし て い る う ち に 本 屋 の店 員 が寄 って き て 、 ﹁何
か あ な た のた め に 私 は 役 立 つ こと が で き る か ﹂ な ん て質 問 を さ れ る 。 も う 、 邪 魔 で し か た がな い。 そ こ へいく と
日本 の本 屋 で本 を 探 す の は ら く です ね 。 日本 の漢 字 、 仮 名 の使 い分 け と いう のは 、 ま こと に有 難 いも のだ と 思 い ます。
こ の本 の冒 頭 で も ち ょ っと 述 べま し た が、 そ う いう わ け で 日本 の文 字 で書 いた 文 章 は 馴 れ れ ば 実 に読 み や す い。
これ は 加 藤 周 一さ ん が書 いて いら っし ゃ いま し た が、 日 本 の本 は 非 常 に速 く 読 め る 。 つま り 、 そ の ペー ジを 開 け
て み て 漢 字 を 探 せ ば い い。 た く さ ん 出 てく る 漢 字 だ け を 覚 え て サ ッサ ッと 読 め ば 、 そ の本 に 書 い てあ る 大 体 の意
味 が わ か る と いう わ け です 。 これ は 柳 田 国 男 先 生 も い つか 同 じ よ う な こ と を お っし ゃ って お ら れ ま し た 。
日本 語 は そう いう 点 で いろ い ろ な 文 字 を 併 せ 用 いる こと が で き 、 便 利 な 点 があ り ま す 。 た と え ば 、 分 かち 書 き
の必 要 が な い。 これ は 、 漢 字 、 仮 名 に よ って大 体 ど こ で セ ン テ ン ス が 切 れ る か わ か る か ら で す 。 ﹁七 色 の 谷 を 越
え て 流 れ て ゆ く 風 のリ ボ ン﹂ と いう 詩 の場 合 、も し 、こ れ が平 仮 名 ば か り だ った ら ﹁な な いろ の た に を こえ て
な が れ て ゆ く ⋮ ⋮﹂ と 余 白 を あ け て書 か ざ る を 得 な い。 さ ら に、 ロー マ字 の場 合 に はも っと こ れ を こま か く 分 け な け れ ば 、 と ても わ か り にく いと 思 いま す 。
ま た 、 日本 語 に は 句 読 点 や ﹁ ﹂ の し る し が発 達 し な か った と 言 わ れ ま す が 、 日本 語 の場 合 に は 句 読 点 が 、 ま
あ 、 な く て も す む の で す 。 つま り 、 漢 字 ・平 仮 名 の組 み合 わ せ によ って、 切 れ 目 は 平 仮 名 の次 に 漢 字 が来 て い て、 そ こ にあ る と 見 ら れ る か ら で す 。
こ こ で 片 仮 名 のよ さ も ち ょ っと お 話 し ま す と 、 片 仮 名 が あ る た め に 、 日本 人 は ど の単 語 が外 来 語 であ る か 簡 単
に わ か る 。 つま り、 そ こ の と ころ は、 急 ぐ と き は 意 味 が わ か ら な く て も 読 み進 ん で い っても い い。 これ が 中 国 あ
た り で す と 、 外 来 語 を す べ て漢 字 で 書 き ま す か ら 、 大 変 で す 。 チ ョ コ レ ー ト は ﹁巧 克 力 ﹂ と 書 き ま す 。 バ スは
﹁巴 士 ﹂、 タ ク シ ー は ﹁的 士 ﹂ と 、 何 か 兵 隊 の 種 類 のよ う です 。 ケ ネ デ ィ は ﹁肯 尼 迪 ﹂、 マル ク ス は ﹁馬 克 思 ﹂ と いう よ う に 、 み な そ の音 を 漢 字 で表 し ま す か ら 難 し く な り ま す ね 。
文字 併 用 の短 所
し かし 、 い い面 が あ り ま す と ど う し て も 悪 い面 が あ って 、 そ れ は 日 本 語 で書 いた も のは 印 刷 が 大 変 め ん ど う だ
と いう こ と が あ りま す 。 欧 米 では 、 机 の上 に載 る 程 度 の活 字 箱 があ れ ば 、 ど ん な 文 章 で も 自 由 に 印 刷 で き る そ う
です 。 日本 では そ う は いき ま せ ん 。 小 さ い印 刷 所 で も 一時 代 前 ま で は 一つの部 屋 の三 方 の壁 に活 字 を ギ ッシ リ 詰
め て 、 五 千 種 類 ぐ ら い の漢 字 は 必 要 だ った そ う です 。 今 は 、 活 字 棚 を 十 段 と か 並 べ て や って いて 、 少 し 簡 単 にな
り ま し た が 、 そ れ で も 座 って 印 刷 す る と いう わ け に は いき ま せ ん 。 昔 は 壁 に活 字 を 全 部 置 いた も の です か ら 、 文
選 一里 と か 言 って、 つま り 、 文 選 と 言 って 必 要 な 活 字 を 箱 に 拾 う だ け でま ず 時 間 が か か る 。 次 に は 活 字 を 並 べる
植 字 と いう 作 業 を 繰 り 返 す 。 欧 米 では 植 字 だ け です む わ け です 。
さ ら に 日本 では 、 一回 使 った活 字 を も と へ戻 す 作 業 も あ る わ け で し て 、 日本 の印 刷 は大 変 です ね。 ヨー ロ ッパ 、
ア メ リ カ で は 、 タイ プ ラ イ タ ー で 打 つ方 が 字 を 書 く よ り も 時 間 が短 いそ う です が 、 日本 は そ う で は な い。 こ れ は 日本 の文 字 の使 い分 け の難 し さ が 原 因 に な って いる の です 。
二 漢 字 の性 格 漢字 の珍し さ
わ れ わ れ 日本 人 は 漢 字 と いう 文 字 に 馴 れ て いま す が、 欧 米 人 の目 には 随 分 珍 し い文 字 と 映 る よ う です 。 神 秘 的 な 呪 文 のよ う に 思 わ れ る そう です 。
こ れ は 、 い つか ﹃週 刊 朝 日 ﹄ に 出 て いた こ と です が 、 欧 米 人 に と って は 、 ﹁東 ﹂ と いう 字 は 、オ ー ケ スト ラ の譜
面 台 に 見 え る そ う です 。 ﹁合 ﹂ の字 は、 掲 示 板 の向 こう に富 士 山 が そ び え て いる 形 に 見え る そ う で す 。 ﹁映 ﹂ と い
オー ケ ス トラ の
掲示板の向 こう に富 士 山が
人が ス トー ブ に シ ャベ ル で 石 炭
を入 れ てい る と ころ
漢 字 は 意 味 も 表 す と いう こ と で、 漢 字 は 強 い印 象 を 与 え る と いう こ と があ り ま す 。
を 表 す と 同 時 に意 味 も 表 す と いう こ と です 。 仮 名 、 ロー マ字 は発 音 し か表 さ な い。
漢 字 の第 一の重 要 な 性 質 は 、 表 意 性 、 つま り 、 ほ か の 文 字 と 違 いま し て、 発 音
漢字 の表 意 性
せ ん 。 以前 は ベト ナ ム でも 使 ってお りま し た が、 や め て し ま いま し た 。
漢 字 と いう 文 字 は、 今 で は、 世 界 で 日 本 、 中 国 、 韓 国 の三 国 し か使 って お り ま
う 字 に 至 って は 人 が スト ー ブ に シ ャ ベ ル で 石 炭 か 何 か を 入 れ て いる 形 に 見 え る そう です が、 これ はう ま いです ね。
譜面台
た とえ ば 、 街 を 歩 いて いて 、 ト ラ ック に 、 硫 酸 でも 積 ん で あ る の か、 ﹁危 ﹂ と いう 漢 字 が 書 い てあ り ま す と 、
ち ょ っと 見 て いか に も あ ぶ な い感 じ が し ま す 。 こ れ が 平 仮 名 で ﹁あ ぶ な い﹂ と 書 い て あ った り 、 ロー マ字 で
﹁abunと ai 書 いて あ った の で は 、 そ れ ほ ど 危 険 と いう よ う な 印 象 を 受 け ま せ ん 。 作 家 の 三 島 由 紀 夫 さ ん は カ ニ
が 嫌 いだ った そ う で す 。 料 理 屋 へ行 って お 膳 の上 に カ ニが 出 てき ま す と 、 し り ご みを し た 、 顔 色 が 変 わ った そ う
で す。 ﹁蟹 ﹂ と いう 文 字 を 見 て も と り 肌 が立 った と いう の で す 。 こ れ は 、 お そ ら く 漢 字 で書 い て あ った か ら で、
平 仮 名 で ﹁か に ﹂ と 書 い てあ れ ば 、 そう いう 気 持 に は な ら な か った の では な い でし ょう か 。 漢 字 と いう も のは 、 そう いう 特 別 の効 果 ・力 を 持 つも の です 。
あ り ま す 。 た と え ば 、 ﹁脆 弱 ﹂︱
誇 り と いう 意 味 で す ね。 キ ョウ ジ が 正 し い そ う です が、 今 は キ ン ジ と 言 う 人
も ろ い こ と 。 ゼイ ジ ャク が 正 し い読 み方 です が 、 う っか り し ま す と キ ジ ャク
第 二 に、 漢 字 は 意 味 を 表 す た め に、 読 み 方 がと かく 犠 牲 に な る 。 そ のた め に 読 み 方 が 難 し く な る と いう こ と が
と 読 み た く な り ま す 。 ﹁矜 恃 ﹂︱
今 は シ ョウ モ ウ と し か 読 ま な
私 た ち が 中 学 校 の ころ 使 った ﹃字 淵 ﹄
が ふ え て 、 な に か そ れ で も い いよ う に今 の字 引 に は書 い て あ りま す 。 ﹁消 耗 ﹂︱ く な り ま し た が 、 本 来 こ れ は シ ョウ コウ だ そう です 。 ﹁欺 瞞 ﹂ ﹁惨 敗 ﹂︱
と いう 古 い字 引 で は 、 キ マン、 サ ン パ イ と 書 いて あ った も の です 。 今 で は ﹁欺 ﹂ は ギ 、 ﹁惨 ﹂ と いう 字 の 読 み方
は ザ ンと な って し ま いま し た 。 そ う い った よう な 読 み方 の難 し い字 がど う し て も 出 て ま いりま す 。
第 三 に 、 漢 字 は 意 味 を 表 す と いう こ と で、 時 に は 読 めな く ても 実 際 に 用を 果 た す と いう こ と が あ る。 そ のた め
に 簡 潔 に 書 け る と いう 性 質 が あ り ま す 。 代 表 的 な のは 、 新 聞 な ど で 見 ま す 野 球 の テ ー ブ ル ( 次 ペー ジ参照)で す 。
﹁広 島 ﹂ と か ﹁近 鉄 ﹂ と か の チ ー ム 名 の右 の方 に ﹁打 ﹂ ﹁得 ﹂ ﹁安 ﹂ ﹁点 ﹂ ﹁振 ﹂ ﹁球 ﹂ と書 い てあ って、 下 に 35 4 10
⋮⋮ と 数 字 が 書 い て あ る 。 こ の 漢 字 は 一体 ど う 読 む の か 。 ト ク 、 ア ン ⋮ ⋮ で い い の か 、 ﹁安 ﹂ と 書 い て ヒ ッ ト と
﹁得 点 ﹂
﹁打 点 ﹂ で し ょう ね 。 以 下 、 三 振 、 四 球 の 意 味 だ と わ か る 。
読 む の か 、 私 に は わ か り ま せ ん が 、 意 味 は そ れ で わ か り ま す ね 。 ﹁打 ﹂ は 打 数 の 意 味 、 そ の 次 の ﹁得 ﹂ は の意 味 だ と か 、 ﹁安 ﹂ は ヒ ット の 意 味 だ と か 、 ﹁点 ﹂ は
これ は漢 字 の力 で あ り ま す 。
こ の漢 字 の性 質 を 有 効 に 使 った も のは 、 新 聞 の求 人 広 告 です 。 た と え ば ﹁事 務 経 理 多 少 。 高 卒 年 32 迄 ﹂︱
こ
れ は 事 務 員 を 求 め て いる わ け です が 、 経 理 の多 少 でき る 人 、 高 校 卒 業 程 度 、 年 は 三 二 歳 ま で の人 。 次 に ﹁固 給 15
万 ﹂ と あ る の は、 固 定 給 一五 万 円 と いう こ と でし ょう か 。 ﹁隔 土 休 ﹂ は 隔 週 の 土 曜 日 が 休 み 。 そ の次 の ﹁歴 持 ﹂
と いう のは 、 履 歴 書 持 参 と いう 意 味 で し ょう ね 。 ﹁細 面 ﹂ と いう のは 、 べ つ に 細 お も て の 人 と いう 意 味 じ ゃな い
よう で、 ﹁ 委 細 面 談 ﹂ と いう 意 味 。 こ れ だ け の意 味 を こ ん な に 簡 単 に 書 け る と いう こ と は 漢 字 な れ ば こ そ であ り ま し て 、 仮 名 や ロー マ字 では と て も 書 け るも の で はあ り ま せ ん。
漢 字 のそ の よ う な 性 格 か ら 、 新 し い言 葉 が でき た 場 合 に漢 字 で書 いて あ り ま す と 意 味 がす ぐ に わ か る 、 と い っ
た よ う な こ と が あ りま す 。 た と え ば ﹁失 語 症 ﹂ を 英 語 で apha siと aいう そ う であ り ま す 。 加 藤 弘 樹 さ ん と いう か
た に よ り ま す と 、 apha siと aいう のは ギ リ シ ア 語 か ら き た 言 葉 で、 イ ギ リ ス の中 学 生 に は 説 明 さ れ な け れ ば 、 意
味 は わ か ら な い そう です 。a︲ と いう のは ﹁何 か が 欠 如 し て いる ﹂ と いう 意 味 、 pha sと いう のは ﹁話 す ﹂ と いう
求 人広 告 の一例
意 味 、ia は名 詞 であ る こ と を 表 す 接 尾 辞 で 、 ギ リ シ ア 語 を 知 って い れ ば わ か りま す が、 中 学 生 ぐ ら い で は意 味 が
野球 の テーブ ル
と れ な い。 と ころ が、 漢 字 で書 いた ﹁失 語 症 ﹂ の方 は ﹁話 す こ と を 失 う 病気 だ ﹂ と 見 当 が つく 。 何 か、 も の が言
え な く な る病 気 だ ろう 、 と 小 学 生 でも わ か り ま す 。 こ れ が も し 、 仮 名 で書 い てあ った り ロー マ字 で書 いて あ った り し た の で は 、 わ か ら な い。 や は り これ は漢 字 の大 き な プ ラ ス で す 。
新語 を作 る働 き
漢 字 は 表 意 文 字 であ る と こ ろ か ら 、 それ を 組 み合 わ せ ま す と 新 語 が いく ら でも で き ま す 。 も っと も こ れ ら の 語
は、 耳 で 聞 いた の で は さ っぱ りわ か り ま せ ん が 、 意 味 の面 から はす ぐ 理解 で き る と いう 長 所 が あ り ま す 。
会 社 に出 る こ と 、 ﹁退 社 ﹂︱
会社
四︱ 一 ( 五 一三ペー ジ)で ﹁車 ﹂ と いう 字 の いろ い ろな 熟 語 を お 目 に か け ま す が、 同 じ よ う に、 会 社 の ﹁社 ﹂ の 字 を "会 社 " と いう 意 味 で使 う と 、 い ろ いろ な 言 葉 が で き ま す 。 ﹁出 社 ﹂︱
を 退 く こと 、 そ の ほ か ﹁入 社 ﹂ ﹁来 社 ﹂ ﹁帰 社 ﹂ ﹁在 社 ﹂ ⋮ ⋮ こう い った こと は 、 英 語 の単 語 で は 言 え な いと 思 い
ま す 。 ﹁本 社 ﹂ ﹁支 社 ﹂ ﹁貴 社 ﹂ ﹁当 社 ﹂ ﹁ 弊 社 ﹂ ﹁自 社 ﹂ ﹁他 社 ﹂ あ る いは ﹁社 内 ﹂ と か ﹁社 告 ﹂ と か 、 い ろ いろ な
言葉 が でき る と いう の は 漢 字 な れ ば こそ であ り ま し て 、 これ は、 仮 名 や ロー マ字 を 使 って いた の では 、 こ のよ う な 芸 当 は でき ま せ ん 。
言語 ・時 代を超 え て理解 可能な 漢字
次 に 、 漢 字 が 意 味 を 表 す 文 字 と いう こと か ら 、 書 か れ た も の は、 時 代 を 超 え 、 方 言 ・国 語 を 超 え て 理解 が可 能
だ と いう 大 き な 働 き があ り ま す 。 た と え ば 、 中 国 で は方 言 の違 いが 地 域 に よ って大 変 激 し い。 そ のた め に 耳 で聞
いた の で は遠 い地 方 の 人 は お 互 いに 言 葉 が通 じ な いそう で あ り ま す が、 漢 字 で書 いて あ れ ば 、 発 音 が わ か ら な く
ても お 互 いに意 思 が通 じ合 う そ う です 。 こ れ は いか にも そ う だ ろう と いう こ と は 、 日 本 の人 でも 、 中 国 の新 聞 を 見 て大体意味 がわ かることからも 伺われます。
「人 民 日報 」1980年9月29日
﹃人 民 日報 ﹄ と いう 向 こう の新 聞 を 開 い て見 ま す と 、 上 の写 真 、 こ れ は 一九
八 〇 年 九 月 二 九 日 のも の です が 、 ま ず 大 き な 見 出 し の最 初 の字 は ﹁ 両 ﹂ であ
ろう 、 ﹁伊 朗 ﹂ は イ ラ ン、 小 さ な 見 出 し の ﹁伊 拉 克 ﹂ は イ ラ ク で あ ろ う 、 ﹁両
伊 ﹂ は そ の 二 つ の総 称 で あ ろ う と 見 当 が つき ま す と、 大 き な 見 出 し は、 両 国
の国 境 間 で戦 争 が は じ ま った こと で あ ろ う と 漠 然 と わ か り 、 小 さ な 見 出 し の
方 にイ ラ ク 軍 がイ ラ ン の最 大 の石 油 の基 地 に進 撃 し た のだ ろ う 、 イ ラ ンの方
は イ ラ ク の首 都 と 石 油 の施 設 を 爆 撃 し て いる ので あ ろ う と 見 当 が つき ま す 。
も し これ を 中 国 語 で ペ ラ ペ ラ 読 ま れ た ら 私 ど も は 何 を 言 って い る か さ っぱ り
わ か り ま せ ん が 、 字 を 見 てわ か る と いう のは 、 漢 字 のお 陰 で あ り ま す 。
と 、 一番 大 き な 記
だ け た ど って いく
す が 、 漢 字 の部 分
分はわ かりかねま
ま す ので 、 そ の部
特 別 の文 字 を 使 い
は ハング ルと いう
ふう です 。 韓 国 で
そ の 目録 は こ んな
た 週 刊 誌 です が 、
韓 国 でも 漢 字 を 使 いま す 。 左 の写 真 は 、 私 が 韓 国 に 行 った と き に 買 って き
韓 国 の週刊 誌 の 目録
事 は 、 意 志 の力 で 闘 病 生 活 を し て いる 銃 士 を 見 舞 った 話 であ ろ う と 見当 が つき ま す 。 そ の下 の方 のは 、 誰 か 偉 人
が 死 ん だ 記事 でし ょう し 、 次 の次 の ﹁広 島 原 爆 ユ秘 話 ﹂ と あ る のは 、 ユは ﹁の ﹂ にあ た る 文 字 だ ろ う と そ のま ま 理解 が いきま す 。 こ れ も 漢 字 の力 によ るも の です 。
総 是 玉 関情
万 戸擣 衣 声
一体 わ れ わ れ は 、 唐 の時 代 の中 国 の詩 な ど も 読 む こ と が で き ま す 。 長 安 一片 月 秋風吹 不 盡
こ れ は 李 白 の詩 で、 今 か ら 千 何 百 年 前 のも の であ り ま す が、 これ を 見 て ﹁長 安 一片 月 ﹂ つま り 、 長 安 の都 の空
に は 月 が か か って いる 。 ﹁万 戸擣 衣 声 ﹂ です べ て の家 で は 、 女 た ち が 布 に つや を 出 す の で し ょう か 、 砧 を う って
国 境 の 玉 関 の戦 地 の夫 の方 を し の ん で い ると いう 意 味 が 、 漢 字 な れ ば こ そ わ か る ので 、 大 し た も の です ね 。
いる 、 そ の音 が 聞 こえ て いる 。 ﹁秋 風 吹 不 盡 ﹂ 秋 風 が い つま でも 吹 き 続 け て いる 。 ﹁総 是 玉 関 情 ﹂ す べ て の人 は 玉 関︱
これ は や は り 表 意 文 字 の偉 大 さ だ と 思 いま す 。
漢 字 の神 秘性
こう い った よう な 漢 字 の表 意 性 と いう こ と は 、 さ ら に 進 みま す と 、 漢 字 は 、 芸 術 的 な 文 字 であ ると 思 わ れ 、 さ
ら に神 秘 的 な 文 字 であ る 、 と いう 印象 を 与 え ま す 。 た と え ば 、 書 道 と い った よ う な も の が発 達 す る と 、 これ は や
は り、 文 字 の 形 が い いと いう こと だ け で はあ り ま せ ん で 、 一つ 一つ が豊 か な 連 想 を 起 こす 、 と い った こ と が働 い
て いる と 思 いま す 。 日本 の人 は よ く 姓 名 判 断 と いう のを や り ま す ね 。 自 分 の名 前 の 字 画 がよ く な いと い った よ う
な こ と か ら 、 気 に し ま し て 字 を 改 め た り し ま す が 、 こ れ な ど も 漢 字 に神 秘 性 が感 じ ら れ る と こ ろ か ら く る も の で は な いで し ょう か 。
よ く 、 自 分 の名 前 の字 を 間 違 え ら れ ま す と 、 腹 を 立 て る 人 が いま す 。 た と え ば、 芥 川龍 之 介 は 、 ﹁介 ﹂ と いう
字 を ﹁助 ﹂ と 書 い てき た 手 紙 は封 を 切 ら な い で捨 て た 、 と 言 いま す 。 福 田 恒 存 さ ん︱
こ れ は ツネ ア リ さ ん が 正
し い の でし ょ う が 、 ﹁恆﹂ と いう 字 が 難 し い。 ご く 普 通 の ﹁恒 ﹂ と いう 字 を 書 い た の で は ご機 嫌 が 悪 いそ う で す
ね 。 コウ ソ ンさ ん と 読 ん でも 怒 り ま せ ん が 、 こ の ﹁恆 ﹂ を 違 った 字 で書 か れ ま す と ど う も よ く な いそ う であ り ま
す 。 徳 冨蘆 花 は 、 苗 字 を ﹁徳 冨﹂ と 書 き ま し た が こ の 「冨 ﹂ は ﹁富 ﹂ と いう 字 の上 の点 がな いの です ね 。 点 を つ
け た のは 自 分 の兄 の ﹁徳 富 蘇 峰 ﹂ の ﹁富 ﹂ で、 自 分 のは 違 う ん だ と 頑 張 って い た そ う です 。 そ う い った よ う な こ と は 、 漢 字 の表 意 性 か ら く る も のだ と 私 は 思 いま す 。
漢 字 の多 数性
以 上 述 べた こと は漢 字 の表 意 性 か ら 直 接 導 か れ る 性 質 であ り ま す が、 今 度 は 、 間 接 に 生 ま れ る 重 要 な 性 質 を 述 べま す 。
ま ず 第 一は 漢 字 の 多 数 性 と いう こと 。 つま り 漢 字 は 一つ 一つ が別 々 の意 味 を 持 って お り ま す か ら 、 発 音 が 同 じ
で も 意 味 が 違 え ば 違 った 字 が 必 要 で あ り 、 そ こ で漢 字 の数 は 非 常 に 多 く な り ま す 。 諸 橋 轍 次 博 士 の ﹃大 漢 和 辞
典 ﹄ には 約 五 万 の文 字 が 載 って お り ま す 。 日本 の当 用 漢 字 で も 一、 八 五 〇 字 あ り ま し て 、 仮 名 に 比 べま す と 四 〇 倍 、 ロー マ字 二六 字 に 比 べま す と 七 〇 倍 で す ね 。
こ の こ と か ら 、 た と え ば 、 漢 字 の中 に は め った に 使 わ れ な い字 が出 て き ま す 。 埼 玉 県 の ﹁埼 ﹂ と か 、 岐 阜 県 の
﹁阜 ﹂ と いう 字 な ど は 、 ほ か に は め った に 使 いよ う が あ り ま せ ん 。 大 阪 の ﹁阪 ﹂ は 、 今 で こ そ ﹁阪 急 ﹂ ﹁阪 神 ﹂
⋮ ⋮ いろ いろ 使 いま す け れ ど も 、 元 来 こ れ は 使 い方 が 少 な い字 でし た 。 昭 和 の ﹁昭 ﹂ は 皆 さ ん に と って は ご く 普
通 の字 と お 思 い で し ょう が、 大 正 から 昭 和 と 改 元 さ れ た と き に 、 み ん な 、 こ の字 を ひ と 目 見 て、 こん な 字 が 日 本
に あ る の か と 言 った も の であ り ま す 。 こ の下 に点 が 四 つ つ いて いれ ば ﹁照 ﹂ だ け れ ど も 、 な に か ヘンな 字 だ と 思 った も の です 。
文字 の新 作
人 によ って は 漢 字 を 新 し く つく る 人 が いま す 。 た と え ば 、 ﹃〓東 綺 談 ﹄ と いう 永 井 荷 風 の作 品 が あ り ま す が 、
こ の ﹁〓﹂ と いう 字 は伊 藤 述 斎 と いう 近 世 の漢 学 者 が 、 墨 田 川 だ か ら サ ンズ イ 偏 に ﹁墨 ﹂ だ と い って 強 引 に つく
って し ま った 字 だ そ う で す 。 名 古 屋 に いき ま す と 、 ﹁名 鉄 ﹂ と いう 私 鉄 があ り ま す が 、 戦 前 、 こ の テ ツと いう 字 、
カネ 偏 に ﹁矢 ﹂ と いう 字 を 書 い て いた こ と が あ る 。 ﹁失 ﹂ と いう 字 で は あ り ま せ ん 。 こ れ は ﹁失 ﹂ と 書 く と 、 お
金 を 失 って縁 起 が 悪 いと いう わ け で、 こう いう 字 を つく った のだ そ う で あ り ま す 。
一体 、 名 古 屋 には 、 昔 か ら おも し ろ い習 慣 が あ りま し た 。 私 の知 って いる 名 古 屋 の人 に ﹁伊 藤〓 夫 ﹂ と いう 名
前 の 人 が お り ま す が 、 名 古 屋 で は 、 男 の 子 が 庚 の年 あ る い は庚 の日 に生 ま れ た 人 は 泥 棒 にな る 、 と いう 俗 信 が あ
りま し て 、 そ れ を 防 ぐ た め に は 名 前 に カ ネ 偏 を つけ れ ば い いん だ そ う です ね 。 そう す れ ば そ れ で満 足 す る 。 ﹁〓﹂
の字 の意 味 を こ の人 に聞 いた の です 。 ﹁先 生 は 国 語 学 者 で し ょう け れ ど も 、 これ は お わ か り に な り ま す ま い﹂ と
言 う 。 私 は 残 念 で し た が 、 ﹁初 め て 見 る 字 で、 わ か ら な い﹂ と 言 って降 参 し た と ころ が 、 ﹁そ れ は も っと も です 。
これ は 私 の父 親 が つく った 字 です ﹂ と 言 う の で す 。 何 と 読 む か と 言 う と 、 金 が 豊 か だ か ら こ れ は ト ミ オ と 読 む の
だ 、 と 言 わ れ ま し た が、 こう いう 新 し い字 を つく る と いう こと は、 ロー マ字 、 仮 名 の世 界 に は考 え も つか な いこ と と 思 いま す 。
形 の似 た字 があ る
木 偏 と 手 偏︱
な どはお そらく外人 が見たら 、
そ れ か ら 漢 字 は た く さ んあ る と いう こ と から 、 ど う し て も 似 た 漢 字 も 出 て く る 、 と いう こ と が 起 こ り ま す 。 た と え ば 、 ヨウ と いう 二 つの字 。 ヤ ナ ギ の ﹁楊 ﹂ と 抑 揚 の ﹁揚 ﹂︱ ど こ が違 う か ち ょ っと わ から な いく ら いよ く 似 て いま す ね 。
祇 園 の ﹁祇 ﹂ と 祭 り の意 味 の ﹁祗﹂。 侯 爵 の ﹁侯 ﹂ と 気 候 の ﹁候 ﹂。 ﹁咽 喉 ﹂ と いう と き は ど っち を 書 く ん だ っ
け と 迷 った り し ま す 。 傳 説 の ﹁傳 ﹂ と 、 お守 り を す る と いう 意 味 の ﹁傅 ﹂。 あ る いは ﹁鳴 ﹂ と ﹁嗚呼 ﹂ と いう と
き の ﹁嗚﹂。 こ ん な 字 が た く さ ん あ りま す が 、 最 も よ く 似 た 字 は 、 ﹁冑 ﹂ と ﹁冑 ﹂ の 二 字 だ と 思 いま す 。 ﹁冑 ﹂ は
甲 冑 の ﹁冑 ﹂ で 、 鎧 兜 と いう 意 味 で す 。 ﹁冑 ﹂ は ﹁華 冑 ﹂ の ﹁冑 ﹂ で、 血 筋 と いう 意 味 で 、 発 音 も 同 じ チ ュウ で
あ り ま す が 、 こ れ は 字 引 を 見 ま す と 別 の字 だ そ う で 、 ﹁ 冑 ﹂ は 下 部 の 二 と いう 画 が 縦 線 か ら 両 方 離 れ て いる 、 ﹁胄﹂ は く っつ い て いる のだ そう で す 。
漢 字 が た く さ ん あ る こ と か ら 、 ど う し ても 間 違 え て書 く こと も 多 く 、 書 き 分 け に 心を つか う 。 よ く 書 取 り と い
う の があ り ま し て 大 学 の 入学 試 験 にま で出 ま す け れ ど も 、 な か な か 難 し い です ね 。 ﹁専 モ ン﹂ の モ ンと いう 字 な
ど 、 こ れ は ﹁専 門 ﹂ ﹁専 問 ﹂ のど ち ら が 正 し い か。 ﹁門 ﹂ が 正 し い の です ね 。 ﹁細 君 ﹂ と いう の は 、 つ い ﹁妻 君 ﹂
と 書 き た く な りま す が 、 細 君 が 正 し い。 し か し 、 夏 目 漱 石 の ﹃吾 輩 は 猫 であ る ﹄ な ど を 読 みま す と 、 両 方 か わ る
が わ る使 って お り ま す 。 ﹁寺 子屋 ﹂ が 正 し い の です が ﹁寺 小 屋 ﹂ と 書 き た く な る 。 そ う い った よ う な も の が いく ら でも あ り ま す 。
固有 名 詞 の漢 字
こと に 固 有 名 詞 が 難 し い。 京 都 へ行 き ま す と 、 同 じ 読 み 方 の地 名 を ﹁上 賀 茂 ﹂ ﹁下 鴨 ﹂ と 使 い分 け ま す ね 。 東
京 へ参 り ま す と 、 川 の名 前 の ﹁多 摩 川 ﹂ は ﹁摩 ﹂ を 書 き ま す が、 ﹁多 磨 墓 地 ﹂ にな り ま す と 、 墓 地 は 石 が あ る と
いう わ け な の で し ょう か 、 ﹁磨 ﹂ と 書 き ま す 。 ﹁ア べさ ん﹂ と いう 苗 字 は ﹁阿 部 ﹂ と ﹁安 倍 ﹂ の二 通 りあ る 。 サ カ イ さ ん は ﹁酒 井 ﹂ ﹁坂井 ﹂ ﹁境 ﹂ ﹁堺 ﹂ な ど た く さ んあ り ま す 。
日本 の古 典 的 な 歌 曲 に ウ タ ザ ワ と いう も の が あ り ま す が 、 流 派 に よ って 字 が 違 い ﹁歌 沢 ﹂ と ﹁哥沢 ﹂ と あ る。
い つか、 邦 楽 学 者 の吉 川 英 史 さ ん が、 こ の ウ タ ザ ワを 集 め た レ コー ド を つく り ま し た 。 と こ ろ が 、 ウ タ ザ ワと 書
こ う と し て ハタ と 困 った 。 一方 の字 を 使 ってし ま う と も う 一方 の流 派 の人 に 叱 ら れ る。 そ こ で、 さ ん ざ ん考 慮 の 末 ウ タ と いう と こ ろ を 平 仮 名 に し て ﹁う た 沢 ﹂ と書 いた そう です 。
と に かく 、 漢 字 に は いろ いろ の種 類 があ って、 こ と に固 有 名 詞 は 難 し い。 そ の こと か ら や は り 制 限 が必 要 だ と
いう こと が 出 てま いり ま す 。 文 部 省 で戦 争 直 後 当 用 漢 字 一、 八 五 〇 字を 決 め た と いう の も 、 や は り そ の精 神 であ
りま す が、 と に かく 、 あ ま り 多す ぎ た ので は 、 わ れ わ れ の 言 語 生 活 、 文 字 生 活 が ど う し て も 不 便 だ と いう こ と か
ら 、 あ れ は当 然 の措 置 だ った と 思 いま す 。 地 名 ・人 名 な ど に いろ いろ な 新 し い字 を 使 う こ と があ り ま す が 、 あ れ は よ く な いと 思 いま す 。
甘 い草 と いう 意 味 な ん です ね 。 ﹁あ ま く さ ﹂ と いう 島 の北 の方 だ か ら 苓 北 だ と 考 え て
った と こ ろ で 、 私 は富 岡 と いう 地 名 の方 が よ ほ ど い いと 思 いま す が、 ﹁苓 北 ﹂ にな って し ま った 。 ﹁苓 ﹂ と いう 字
た と え ば、 熊 本 県 の天 草 島 へ行 き ま す と 、 苓 北 と いう 町 が あ り ま す ね 。 こ れ は 天 草 の 一番 北 の、 昔 は富 岡 と 言
は 、 も と も と カ ン ゾ ウ︱
お つけ にな った の で し ょう が、 こう いう 字 を 探 し て つけ る と いう こ と は 望 ま し く な いこ と だ と 思 いま す 。
漢字 の多 画性
最 後 に、 これ は 漢 字 の多 数 性 と いう こ と か ら き ま す が、 ど う し ても 画 が 多 い字 が 出 来 て し ま う 。 ﹁漢 字 の 多 画 性 ﹂ と いう こと に つ い てや は り 述 べな いと いけ ま せ ん 。
ロー マ字 な ど は ひ と 筆 で書 け る よ う な 文 字 が たく さ ん あ り ま す が、 漢 字 にな り ま す と そ う は いき ま せ ん 。 今 は
書 か な け れ ば な ら な い漢 字 が当 用 漢 字 だ け にな って 、 幸 せ で あ り ま す が 、 戦 前 の中 学 生 は 書 取 り に は 随 分 苦 労 し
た も の です 。 ﹁穿 サ ク す る ﹂ の サ ク 、 ﹁憂 ウ ツな ﹂ のウ ツ、 ﹁飯 合 炊 サ ン﹂ のサ ン、 ﹁雑 ノ ウ ﹂ の ノ ウ な ど 、 画 数 が
多 く 、 ち ょ っと 簡 単 に は 書 けな い文 字 が あ り ま し た 。 親鸞 上 人 の ﹁鸞﹂ と いう 字 も 画 の多 い字 で 楷 書 で サ イ ンし ろ と 言 わ れ た ら 、 上 人 も こ の 名前 が いや に な った か も し れ ま せ ん 。
多 画 性 を 防 ぐ た め に、 日 本 で は 略 字 や 草 書 体 があ り 、 中 国 に も 簡 体 字 が あ り ま す が 、 ど う し て も そう いう も の が必 要 にな って ま い り ま す 。
草 書 体 と いう の は、 た と え ば ﹁楽 ﹂ と いう 字 は、 上 の こ み い った と こ ろ が 点 一つに な って し ま いま す か ら 随 分
思 い切 った 略 し 方 です 。 よ く 使 う ﹁事 ﹂ と か ﹁州 ﹂ に は 書 き よ い草 書 体 が あ りま す か ら 、 一度 覚 え た ら い つで も
使 いた く な り ま す 。 何 千 と いう 漢 字 が 草 書 体 を 持 って お り ま し て 、 昔 の 人 は これ も 一所 懸 命 覚 え た わ け です 。 草
書 体 と いう の は 、 大 変 便 利 な も の で、 ニ ン偏 も サ ンズ イ 偏 も 、 コザ ト 偏 も サ ッと 一つ の タ テ の棒 一本 です みま す
略 字 で す ね 。 あ ま り に 画 の多 い字 は 煩 わ し いと いう の で略 字 と いう も のが 生 ま れ、 戦 後 の 日 本
か ら 、 書 く のは や さ し いも の です け れ ど も 、 し かし 読 む 方 は大 変 だ った わ け です ね 。
略 字簡 体 字 次 に簡 体 字︱
で は そ の略 字 の方 を 正 字 に し た も の が あ り ま す 。 いわ ゆ る 新 字 体 が そ れ で、 ﹁體﹂← ﹁体 ﹂、 ﹁灣﹂← ﹁湾 ﹂、 ﹁臺﹂
← ﹁台 ﹂ な ど 、 いず れ も そ の 例 で す 。 古 い時 代 に は ﹁春 ﹂ と いう 字 は 艸 冠 に ﹁ 屯 ﹂ と いう 字 を 書 き 、 そ の 下 に
﹁日﹂ を 書 いた 字 だ った そう であ り、 ﹁秋 ﹂ と いう 字 な ど は ﹁〓﹂ と いう こ み い った 字 だ った そ う です 。 そ れ が 今
のよ う な 字 に な り ま し た 。 思 え ば 便 利 にな った も ので す 。 今 の新 字 体 に 対 し て は いろ いろ 批 判 的 な か た があ り ま
す け れ ど も 、 ﹁春 ﹂ や ﹁秋 ﹂ の字 が は じ め て出 来 た と き も 品 が な いと か 感 じ が 起 こ ら な いと か 言 って 非 難 し た 人
が あ った で し ょう が、 お そ ら く 何 年 か た て ば 、 今 の新 字 体 は 簡 単 にな ってあ り が た い、 と いう よ う に な る だ ろ う と 思 いま す 。
中 国 の 簡 体 字 も 、 思 い 切 って 日 本 と は 別 の方 向 に 、 略 し て し ま いま し た 。 ﹁滅 ﹂ は ﹁灰 ﹂ にす る 。 つま り火 の
上 に フ タを し ま す と 火 は 滅 び ま す よ ね 。 ﹁影 響 ﹂ の ﹁響 ﹂ は 私 た ち は 難 し が り ま す が、 中 国 で は ﹁響﹂ と 書 く 。
こ れ は ﹁向 ﹂ と ﹁響 ﹂ が 発 音 が シ ア ン でま った く 同 じ だ そ う です ね 。 ﹁飛 ﹂ と いう 字 は ﹁〓﹂ と 書 い て し ま う 。
こ の方 が チ ョウ チ ョが飛 ん で いる よう な 気 がす る か も し れ ま せ ん が 、 ど う し て も こ のよ う な も の が必 要 だ と いう こと に、 漢 字 はな ってく る わ け であ り ま す 。
三 漢 字 の用法 漢字 の読 み分 け
元 来 、 漢 字 と いう も のは 中 国 の文 字 で あ り ま す か ら 、 中 国 語 を 表 す に は ごく 自 然 であ り ま す 。 日 本 でも 、 いわ
ゆ る 漢 語 と 呼 ば れ る単 語 は 、 も と も と 中 国 か ら 渡 って き た 単 語 であ り ま す か ら 、 漢 字 で書 け ば ぴ った り です 。 た
と え ば ﹁愛 ﹂ ﹁挨 拶 ﹂﹁哀願 ﹂ ﹁悪 夢 ﹂ ⋮ ⋮ と い った も の は 、 も と も と 中 国 語 であ り ま す か ら 、 漢 字 で 書 い ても ご く 自 然 であ り ま す 。
も っと も 、 日 本 に 入 って き た 中 国 語 と いう も の は 、 時 代 に よ り 違 いが あ り ま す 。 そ の 入 ってき た 時 代 に応 じ て
日本 では 読 み方 を 変 え た り し ま す の で、 こ れ が ち ょ っと 難 し い こと にな り ま す 。 た と え ば ﹁行 ﹂ と いう 一字 は 、
﹁修 行 ﹂ と いう と き は ギ ョウ と 読 み、 ﹁旅 行 ﹂ と いう と き は コウ と 読 み、 ﹁行 灯 ﹂ で は ア ンと 読 み ま す 。 ﹁修 行 ﹂ と
いう 単 語 は 一番 古 く 、 飛鳥 時 代 以 前 に 日本 に 入 って き た 言 葉 で 、 そ れ に 比 べる と ﹁旅 行 ﹂ と いう の は 奈 良 朝 以後 、
﹁行 灯 ﹂ の ア ンと いう のは 鎌 倉 時 代 以 後 入 ってき た も の です 。 日 本 人 は そ れ を 一つず つ違 え て 読 む と こ ろ か ら 、 日本 の漢 字 の読 み 分 け と いう こと が 起 こり ま し た 。
ンと も 読 む 。 ﹁西 ロー マ帝 国 を サ イ ケ ンす る ﹂ と 言 いま す が、 お 寺 な ど を 建 て な お す 場 合 に は サ イ コ ンと 言 いま
と き に は 、 同 じ 単 語 にも そ のよ う な こ と が 起 こ り ま し て 、 ﹁ 再 建 ﹂ と いう のは 、 サ イ ケ ン と も 読 む し 、 サ イ コ
す 。 ﹁和 尚 ﹂ と いう 言 葉 は 、 禅 宗 と か 浄 土 宗 では オ シ ョウ と 読 み ま す が、 天 台 宗 で は カ シ ョウ と 読 む こ と に な っ
て い る。 鑑 真 和 尚 のと き は 、 ワ ジ ョウ と 読 み ま す 。 こ のよ う に 日 本 に 入 って か ら 変 わ った も の が あ る の で、 ﹁九
郎 判 官 (ホ ウ ガ ン)﹂ と ﹁小 栗 判 官
(ハ ンガ ン)﹂ と は 読 み 分 け な け れ ば いけ ま せ ん 。 ﹁大 夫 ﹂ と 書 き な が ら 、 ダ
イ ブ と読 む か、 タ イ フと 読 む か、 タ ユウ と 読 む か 、 こ れ は 国 文 学 者 を わ ず ら わ せた 話 題 でし た 。
訓読 み の特殊 性
と ころ が、 こ の問 題 は 序 の 口 で 、 次 にも っと 難 し い問 題 があ り ま す 。 日 本 で は 、 漢 字 を 中 国 語 式 に 読 む ほ か に、
日本 語 式 に読 む の があ り ま す 。 こ れ は 、 日 本 人 が古 く か ら 日本 語 を 単 語 の意 味 を 表 す 漢 字 で 表 記 し た こと か ら 起
こ る も の で 、 そ のた め に 、 た と え ば ﹁間 ﹂ と いう 字 は 、 元 来 、 ケ ンと か カ ンと か 読 め ば 中 国 式 で あ り ま す が 、 ア
イ ダ と か マと か 読 み ま す ね 。 相 手 (ア イ テ )、 合 間 (ア イ マ)、 逢 (ア ) う ⋮ ⋮ 。 こう いう 言 葉 は 全 部 、 日本 語 で 漢 字 を 読 ん で いる。 ﹁訓 読 み ﹂ と いう の が そ れ です 。
こ の よ う な 、 日本 語 で漢 字 を 読 む と い った こ と か ら 、 た と え ば ﹁私 ﹂ と いう 字 は ワタ ク シ と読 み 、 こ れ は 四 拍
ウ ケ タ マ ワる は
セ ンチ メ ー ト ルに 至 って は 七 拍 の 読 み 方 であ り ま す 。 こう い った こと は 、 日本 だ け の 現象 で、
です 。 一つ の字 を 四 拍 で読 む な ど と いう こ と は、 世 界 のど の 言 語 にも あ り ま せ ん 。 ﹁承 る ﹂︱ 五 拍 、 ﹁糎 ﹂︱
韓 国 で は や は り漢 字 を 使 いま す が、 漢 字 はも っぱ ら 漢 語 の表 記 に使 い、 固 有 の朝 鮮 語 を 漢 字 で 書 き 表 す こと はな い 。
日本 では ﹁春 風 ﹂ と 書 い て ハ ルカ ゼと も 読 む し シ ュンプ ウ と も 読 む ので す が、 韓 国 で は ﹁チ ュ ン フ ォ ン﹂ と 読
みま し て、 こ れ は 中 国 か ら 韓 国 へ入 った 読 み 方 です 。 ﹁春 ﹂ と いう 字 は 、 日本 で も ハルと 読 みま す が、 ﹁ハ ル﹂ と
いう 日 本 語 は仮 名 で書 い ても い いで す ね 。 韓 国 で は ハル の こ と を ポ ム と 言 いま す が 、 こ れ は〓 と 韓 国 の字 で 書 く
の で す 。 ﹁春 ﹂ を 書 い てポ ム と 読 む こ と は 、 韓 国 に は 絶 え て な いこ と であ り ま す 。
日 本 語 の漢 字 の使 い方 は そう いう 点 で 大 変 難 し いわ け で 、 こ のよ う な こと は 世 界 的 に み ても 類 が あ り ま せ ん 。
強 い て探 し ま す と 、 小 ア ジ ア で 紀 元 前 の昔 、 シ ュメ ル人 と いう す ぐ れ た 文 化 を 誇 った 民 族 が あ って 、 楔 形 文 字 と
い う 文 字 を 使 っ て お り ま し た が 、 ア ッ カ ド 帝 国 と い う と こ ろ で こ の文 字 を 借 り て 国 語 の
﹁イ ル ﹂
表 記 に 使 った の が そ の 例 で す 。 そ の 場 合 に 上 図 の よ う に 、 上 の 文 字 は シ ュ メ ル 語 で ﹁ア
ン ﹂ と 言 って 、 神 と いう 意 味 だ った そ う で す が 、 ア ッカ ド で は こ の 神 の こ と を
﹃言 語 生 活 ﹄ ( 第 二 四 四号 ) に 佐 伯 功 介 さ ん の 書 か れ た も
﹁馬 ﹂ と いう 意 味 の 文 字 で し た が 、 こ れ を ク ル と 言 った り 、 シ ス と
と 言 った 。 と こ ろ が こ の 一 つ の 同 じ 文 字 を 、 ア ン と も 読 ん だ し 、 イ ル と も 読 ん だ り し た 。 下 の文 字 は も と も と 読 ん だ り し た そ う です 。 これ は
の で 知 り ま し た け れ ど も 、 結 局 、 日 本 で 漢 字 を 音 読 ・訓 読 す る の と ま った く 同 じ も の で
し て 、 こ う い っ た こ と は 、 こ の ア ッ カ ド 語 に あ った と いう こ と 以 外 に 私 は そ う いう 例 を 知りま せん。
﹁上 ﹂ と か
﹁ 苦 ﹂ と いう 漢 字 を 、 日 本 語 で は ク ル シ イ と 読 ん だ り 、 ニ ガ イ と 読
﹁下 ﹂ と か い う 字 で 、 こ の 字 の 読 み 方 は 実 に 多 い 。 ﹁上 ﹂ は ウ ェ 、 ア ガ ル 、 ア ゲ ル 、
の方 が 中 国 語 よ り も 、 こ う いう 漢 字 に関 し て は 意 味 が 詳 し いと いう こ と が でき ま す 。
サ ガ ル、 サ ゲ ル、 ク ダ ル、 ク ダ サ ル、 オ リ ルと いろ いろ な 読 み 方 を いた し ま す け れ ど も 、 こ れ は 、 結 局 、 日本 語
ノ ボ ル 、 カ ミ と いう よ う に 、 日 本 語 で い ろ い ろ な 読 み 方 を し ま す 。 ﹁下 ﹂ の方 は さ ら に 多 く 、 シ タ 、 シ モ 、 モ ト 、
そ の極 端 な 例 は
と か 一つの 単 語 で表 さ れ るも のが 、 日本 語 で は 二 つ の別 々 の言 葉 で 表 さ れ る こ と か ら く る も の で す 。
ん だ り す る 。 ﹁重 ﹂ と い う 漢 字 は 、 オ モ イ と も 読 み 、 カ サ ネ ル と も 読 む 。 こ れ は 結 局 、 中 国 語 で は ク と か チ ョ ン
どうし ても無 理が起きます。 たとえ ば、同じ
漢 字 は も と も と 中 国 語 を 表 す 文 字 で 、 日 本 語 に 合 う よ う に は 出 来 て いま せ ん の で 、 漢 字 で 日 本 語 を 表 す 際 に 、
読 み 方 の多 い漢 字
意味 シ ュメル 語 ア ッカ ド語
漢 字 の読 み の複 雑 さ
こ ん な こと か ら 、 当 然 知 って いる漢 字 で も 読 み 方 が わ か ら な いと いう 場 合 が 出 て き ま す 。 ﹁白 魚 ﹂ は シ ラ ウ オ
コウ ベと 普 通 読 み ま す け れ ど も 、 地 域 に よ って は カ ン ベ と
と 普 通 は 読 ん で し ま いま す が 、 シ ロウ オ と 読 む こと も あ る の です 。 これ は魚 の種 類 が 違 う のだ そ う で 、 西 日本 に いる 、 五 セ ンチ ぐ ら いの魚 だ そう で す 。 ﹁神 戸 ﹂︱
言 う 。 カ ン ベ のナ ガ キ チ と いう 、 講 談 に出 て く る ヤ ク ザ 者 があ り ま す が 、 群 馬 県 の方 で は ゴ ウ ド と 読 む と こ ろ が
あ り ま す 。 人 の名 前 の ﹁美 子 ﹂ は ヨ シ コさ ん と 読 む のが 普 通 で す が、 昭 憲 皇 太 后 (明 治 天皇 の皇 后 さ ま ) は ハル
コさ ま と お読 み し ま し た 。 音 楽 の評 論 家 で コ ジ マト ミ コ (小島 美 子 ) さ ん と いう 人 も いら っし ゃ いま し て、 た し
か に 、 三 条 実 美 のト ミ で す け れ ど も 、 こう な り ま す と 一つ の漢 字 の読 み 方 が大 変 難 し く な り ま す 。
一つ の漢 字 を 、 中 国 式 に音 読 し 、 日本 式 に 訓 読 す る こと か ら 、 ま た 難 し い読 み方 が いろ いろ 行 わ れ ま す 。 た と
え ば 、 ﹁青 物 市 場 ﹂ は ア オ モノ イ チ バと 読 み ま す が、 一字 だ け 字 が 違 う ﹁青 果 市 場 ﹂ と な る と 、 セ イ カ シ ジ ョウ
と 読 みま す 。 ﹁大 鼓 ﹂ と ﹁ 太 鼓 ﹂ は 形 が 似 て お り ま す が 、前 者 は オ オ ツ ヅ ミ 、 後 者 は タ イ コと ま った く 違 った 読
み 方 を し ま す 。 ﹁富 士 山 ﹂ は フ ジ サ ンと 誰 で も 読 み ま す が 、 私 が 愛 媛 県 の大 洲 のま ち へ行 った と こ ろ が 、 同 じ 字
で書 く 山 が あ り ま し て 、 私 が フジ サ ンと い った ら 通 じ な か った 。 ト ミ ス ヤ マと 読 む と は 随 分 凝 った も の であ り ま
飛車 を 王 さ ま の上 へ持 ってく る戦 法 を 言 いま す が、 野 球 を す る 人 な ら ば こ れ は セ ンタ ー
す 。 と き に は 洋 語 で 読 む こ と も あ りま す か ら 、 一層 こ み 入 って い て ﹁中 飛 ﹂ は 、 将 棋 を 指 す 人 な ら ば ナ カ ビ シ ャ の音 読 み で チ ュウ ヒ︱ フ ライ と 読 む で し ょう 。
同 じ読 み方 をす る漢字
中 国 の漢 字 を 、 日 本 で いろ いろ な 読 み 方 を す る 例 を あ げ ま し た が 、 逆 に 二 つ以 上 の漢 字 が 日本 語 で は 一つの読 み方 に な る も のも あ り ま す 。
主 な 例 と し て、 ﹁オ サ メ ル﹂︱
﹁国 を 治 め る﹂ ﹁身 を 修 め る﹂ ﹁税 金 を 納 め る ﹂ ﹁刀 を 鞘 に 収 め る ﹂。 日本 語 で
は ﹁オ サ メ ル﹂ と いう 同 じ 音 の言 葉 で あ り ま す が 、 これ が 中 国 語 で は いち いち 違 う 単 語 であ る と こ ろ か ら漢 字 の
方 が 多 いこ と にな り ま す 。 こ う い った 字 にな る と 、 そ れ を 書 き 分 け る の に わ れ わ れ は 苦 労 し ま す 。 ﹁ハカ ル﹂ と
いう 字 な ど は 、 ﹁計 ﹂ ﹁量 ﹂ ﹁測 ﹂ ﹁謀 ﹂ ﹁図 ﹂ な ど た く さ ん あ り ま す か ら 、 ど のよ う に使 い分 け た ら い いか と いう こ と を 考 え な け れ ば いけ な い。
こ のよ う な も の は 、 一般 に動 詞 に多 い の で す が 、 ﹁ミ ル﹂ と いう 字 な ど 漢 和 辞 典 に 、 そ う いう 部 首 が あ る く ら
い です か ら ﹁ミ ル﹂ と いう 訓 を 持 った 字 は 驚 く ほ ど た く さ ん 載 って いる 。 これ は そ れ ぞ れ 意 味 が 違 う の で し ょう
が 、 中 国 の人 は 見 方 を いろ いろ 区 別 いた し ま し て、 こう い った 字 を 使 い 分 け る わ け で す 。 幸 い、 日 本 で は ﹁ミ
ル﹂ と いう のは 一番 や さ し い ﹁見 ﹂ 一つ書 け ば 間 に 合 いま す か ら い いわ け です が 、 これ を 使 い 分 け て 書 く よ う な
き め があ った ら め ん どう な こ と であ り ま す 。 同 じ ワ ク で も 、 清 水 が わ く 場 合 は 、 ﹁湧 ﹂ と 書 き 、 お 湯 が沸 騰 す る
場 合 には ﹁沸 ﹂ と 書 く 。 これ な ど や さ し い例 です が 、 そ れ でも う っか り す る と 間 違 え ま す 。
漢 字 で 日本語 を表 す苦 心
以 上 は 、 日本 語 の単 語 に相 当 す る 単 語 が 中 国 にあ る 場 合 で、 こ の場 合 に は そ の漢 字 を 書 け ば い いわ け であ り ま
す が 、 日本 語 に あ っても 中 国 語 に そ れ にあ た る 単 語 が な い場 合 も あ りま す 。 そ う いう 場 合 に 書 く べ き 漢 字 が あ り ま せ ん 。 こ の場 合 ど う し て いま す か 。
日本 人 は昔 か ら 漢 字 と いう も のを 非 常 に尊 重 いた し ま し て、 漢 字 で書 け る も のは 片 っ端 か ら 全 部 漢 字 で書 こ う
私儀 六 月 七 日 風 邪 之 為 欠 席 仕 候 間 ⋮ ⋮
と し た 。 戦 前 は 勤 め を 休 む よ う な 場 合 に は 、 欠 勤 届 と いう も の を 書 い て 出 し た も の であ りま す 。
こ れ は 仮 名 が 一つも あ り ま せ ん 。 ﹁仕 候 ﹂ と いう と こ ろ に は 当 然 ﹁つ かま つり さ う らふ ﹂ のよ う に、 あ る いは
﹁仕 り 候 ふ ﹂ のよ う に 仮 名 を 使 って い いわ け です が、 仮 名 を 使 う ま い と し た と こ ろ は 、 漢 字 で 書 く の が正 式 だ と
いう 気 持 のあ ら わ れ であ り ま す 。 こ ん な こ と か ら 、 た ま た ま 日本 語 にあ た る 漢 字 が な い場 合 に は 、 日本 人 は苦 心 し て 漢 字 の特 殊 な 使 い方 を いた し ま す 。
熟字訓
そ れ に は 三 つば か り の 方 法 が あ り ま す が 、 そ の第 一が ﹁熟 字 訓 ﹂。 ﹁五 月 雨 ﹂ と 書 い て サ ミ ダ レと 読 ん だ り 、
﹁時 雨 ﹂ と 書 いて シグ レと 読 ん だ り す る 例 で す 。 ﹁紅 葉 ﹂ が モ ミ ジ で あ り 、 ﹁土 産 ﹂ が ミ ヤ ゲ であ る 。 ど う し て こ
う いう こ と が 起 こ る か と 言 いま す と 、 シグ レ に あ た る 中 国 語 が な い の で、 意 味 を 考 え て 、 と き ど き 降 る 雨 だ か ら
と いう わ け で時 雨 と 書 いて シ グ レ と読 む の です 。 あ る いは 、 旧 暦 五 月 に降 る 雨 だ と いう わ け で ﹁五 月 雨 ﹂ と 書 い
てサ ミ ダ レと 読 む わ け です 。 別 に ﹁時 ﹂ を シ グ と 読 ん だ り ﹁雨 ﹂ が レと 読 ま れ る と いう も の で は な いの で す 。
梅 雨 に入 ります と
山 が な け れ ば 月 が よ く 見 え る 里 と いう こ と で、 ヤ マナ
旧暦 四 月 一日 にな り ま す と 綿 入 れ を ぬ ぐ と いう と こ ろ か ら ワタ ヌ キ さ ん 。 ﹁栗 花 落 ﹂︱
熟 字 訓 の中 に は 、 随 分 難 解 な の があ り ま し て、 東京 の電 話 帳 に こ ん な 珍 し い苗 字 が で て き ま す 。 ﹁四 月 朔 日﹂ ︱
栗 の 花 が 散 る と いう 意 味 で、 ツイ リ さ ん 。 ﹁月 見 里﹂︱ シさ ん 、 と いう こと にな り ま す 。
借訓 と国 字
第 二 の方 法 は 、 ほ か の意 味 を 持 った 漢 字 を 強 引 に そ の意 味 に 使 って し ま う 。 た と え ば ﹁サ ク ﹂ と いう 日本 語 に
対 し て ﹁咲 ﹂ と いう 字 を 書 き ま す が、 ﹁咲 ﹂ と いう 漢 字 は も と は 、 中 国 で は ワ ラ ウ と いう 意 味 な のだ そ う で す 。
と こ ろ が 、 日 本 で は ﹁サ ク﹂ と いう 言 葉 が 重 要 な 言 葉 であ って、 花 が 開 く 意 味 のサ ク に あ て る字 が 欲 し く て た ま
ら な い ので 、 そ う いう 無 理を し て いる 。 ﹁稼 ぐ ﹂ も 、 日 本 人 は働 く 虫 であ り ま す か ら 、 大 切 な 言 葉 で あ り ま し て 、
何 か 漢 字 が 欲 し い。 ﹁稼 ﹂ と い う 字 は 、 も と は
﹁実 の つ い た 稲 ﹂ と い う 意 味 だ そ う で す が 、 そ れ を 強 引 に か せ ぐ
﹁借 訓 ﹂ と 言 っ て お り ま す 。
﹁ 鮎 ﹂ と か も 元 来 は ほ か の植 物 、 ほ か の 魚 を 表 す 字 だ そ う です が 、 日本
﹁カ シ ワ ﹂ ﹁ア ユ﹂ の 代 り に 使 って い る 。 こ の よ う な や り 方 を
と い う 意 味 に 使 って い ま す 。 ﹁柏 ﹂ と か 人は
ので 、 サ カ キ は 神 さ ま に 供 え る木 だ と いう わ け で
﹁峠 ﹂ と 書 く 。
﹁榊 ﹂ と 書 く 。 ﹁シ キ ミ ﹂ の方 は 仏 に 捧 げ る 木 と い う こ と か ら
第 三 に 、 ﹁国 字 ﹂ と い って 、 日 本 で 新 し く 漢 字 ま が い の 字 を つく る の で す 。 ﹁サ カ キ ﹂ と い う 漢 字 が あ り ま せ ん
﹁〓 ﹂、 ﹁ト ウ ゲ ﹂ と い う の は 山 を 上 が った り 下 り た り す る と こ ろ だ と い う わ け で
多 い か と いう 、 日 本 語 の 語 彙 の 特 色 が わ か り ま す 。 一般 に 国 字 で も 借 訓 で も 魚 偏 や 木 偏 の 字 が た く さ ん あ り ま す 。
こ のよ う な も のを 見 て ま い りま す と 、 こ う いう 国 字 と か 借 訓 と か 熟 字 訓 な ど は 、 日本 語 に は ど のよ う な 単 語 が
や は り 、 日 本 は 魚 の 国 で あ り 木 の 国 で あ る 、 と い う こ と を よ く 表 し て い ま す 。 熟 字 訓 の方 で は 、 ﹁雨 ﹂ の 名 の ほ
か に 海 に 関 す る も の が た く さ ん あ り ま す 。 ﹁海 ﹂ の 字 は ア イ ウ エ オ と 読 ま れ る と 言 わ れ る 。 ﹁海 人 ﹂ は ア マ、 ﹁海 豚 ﹂ は イ ル カ 、 ﹁海 胆 ﹂ は ウ ニ 、 ﹁海 老 ﹂ は エ ビ 、 ﹁ 海 髪 ﹂ は オ ゴ 、 が そ の例 です 。
と に か く 、 日本 で漢 字 は 、 いろ いろ な 読 み方 を 強 いら れ る と こ ろ か ら 、 昔 か ら ク イ ズ が た く さ ん 出 来 ま し た 。
﹁閑 日 月 ﹂ は カ ガ ミ と 読 む 。 ﹁閑 ﹂ は 長 閑 の カ 、 ﹁日 ﹂ は 春 日 の ガ 、 ﹁月 ﹂ は 五 月 雨 の ミ な の だ そ う で す 。 ﹁日 日 日 ﹂
は 相 撲 取 り の 名 前 と し て 読 ん で く れ と い う 。 昔 、 常 陸 山 と い う 相 撲 取 り が お り ま し た 。 最 初 は ヒ 、 そ の 次 は 一日
﹁晦 月 ﹂ と 書 い て ツ ゴ モ リ と 読 み 、 そ の モ リ な の で し ょ う か 。 あ る 週 刊 誌 で 見 ま し た が 、 ﹁網
の タ チ 、 最 後 は 日 本 の ヤ マ で す 。 ﹁日 月 ﹂ と い う の は 実 際 に あ る 苗 字 で 、 タ チ モ リ さ ん と 読 む の で す 。 一日 の タ チ 、 月 と いう の は
走 逃 走 ﹂ は 俳 優 さ ん の 名 前 だ そ う で 、 ア ラ ン ・ド ロ ン と 読 む の だ そ う で す 。 ﹁網 走 ﹂ の ア 、 ﹁走 ﹂ は ラ ン 、 逃 げ 出
す こと を ド ロンを き め こ む と 言 いま す か ら 、 た し か に そ う 読 め と 言 わ れ れ ば 読 め な い でも あ り ま せ ん ね 。
振 り仮名 の問題
こう い った こ と か ら 、 ま た 日 本 に は これ も 世 界 に類 のな い書 き 方 の習 慣 が 生 じ ま し た 。 難 し い読 み方 を す る漢
字 のわ き に仮 名 を つけ て、 そ の読 み方 を 示 す や り 方 で、 振 り 仮 名 と か ル ビ と か 言 わ れ る も の が そ れ です 。 戦 前 の
新 聞 や雑 誌 な ど は 一、 二、 三 のよ う な 数 字 を 除 い ては 振 り 仮 名 を つけ る の が 原 則 で し た か ら 、 皆 さ ん に も 親 し い も の で し ょう 。
と き に は 、詩 や 歌 な ど で、仮 名 や 普 通 の漢 字 で書 いた の で は 、誤 解 さ れ る と か 、イ メ ー ジ が湧 か な いと か いう 理
こ の 題 も ﹁な ら や ま ﹂ と いう 振 り 仮 名 が いり ま す が︱
由 のも と に、 普 通 は 使 わ な い漢 字 を あ て、 そ れ で は 正 し く 読 め な いだ ろ う と いう 配慮 のも と に 振 り仮 名 を す る こ と も 盛 ん で し た 。 歌 曲 ﹁平 城 山 ﹂ ( 北見志 保子作 詞)︱
の第 二 コー ラ ス で、 ﹁い に し え も つま に 恋 い つゝ越 え し と う ﹂ の ﹁つま ﹂ の部 分 に ﹁夫 ﹂ と いう 字 を あ て て ﹁つ
ま ﹂ と 振 り仮 名 を し た の な ど そ の 例 です 。そ の ほ か 、青 春 と書 い て ﹁は る ﹂ と 振 り 仮 名 し た り 、 ﹁生命 ﹂ と 書 いて
﹁い のち ﹂ と 振 り仮 名 し た り、 ﹁戦 友 ﹂ と 書 いて ﹁と も ﹂ と 振 り 仮 名 し た り 、 と い った 例 が た く さ んあ り ま し た 。
戦 後 は 、 原 則 と し て廃 止 さ れ 、 そ の代 り 難 し い読 み 方 を す る 漢 字 は使 わ な い こ と にな りま し た 。 そ れ でも 今 で も 難 し い漢 字 を 使 わ ざ る を 得 な いよ う な と き には 、 振 り 仮 名 が 使 わ れ て いま す 。
送 り仮 名 の問 題
日 本 語 を 漢 字 で書 く と いう こ と か ら 起 こ る 困 難 に は 、 も う 一つ、 中 国 語 の動 詞 ・形 容 詞 は 語 形 変 化 を し ま せ ん
が、 日本 語 で は 変 化 を す る た め に 、 漢 字 だ け では 表 せ な いと いう こ と が あ り ま す 。 た と え ば ﹁来 る ﹂ にあ た る 中
国 語 は ﹁ライ ﹂ と いう 形 だ け です が 、 日本 語 では ﹁来 る ﹂ と いう 動 詞 は ﹁ク ル﹂ と か ﹁コナ イ ﹂ と か ﹁キ タ ﹂ と
か 語 形 変 化 を す る 。 そ こ でそ う いう 変 化 を 表 す た め に 、 日本 人 は 一部 を 漢 字 で 、 一部 を カ ナ で表 す と いう 便 法 を 編 み 出 し ま し た 。 いわ ゆ る ﹁送 り 仮 名 ﹂ で す 。
し か し 、 こ れ は 難 し い こと で 、 ど こ か ら 活 用 語 尾 と す べき か は っき り し な いも の が あ り ま す 。 ﹁着 る ﹂ や ﹁見
る﹂ な ど は キ・ ミ の部 分 な ど を 漢 字 で表 しま す が、 ﹁起 き る ﹂ の場 合 は 、 ﹁オ キ ﹂ のキ の と こ ろ が ﹁キ ル﹂ の キ に
あ た る よ う です が 、 文 語 体 です と ﹁起 く る﹂ と も いう し 、 あ る いは ﹁起 こ す ﹂ と いう 言 い方 も あ る の で、 キ も や
は り書 いた 方 が い い こ と に な り ま す 。 ﹁上 が る ﹂ は ﹁上 が ら な い﹂、 ﹁上 が り ま す ﹂ と ﹁アガ ﹂ のと こ ろ が 変 わ り
ま せ ん か ら ﹁上 ﹂ だ け を 書 け ば ア ガ と 読 み そ う で す が 、 ﹁上 げ る ﹂ と いう 動 詞 を 考 え ま す と 、 ア ガ ル の ガも 仮 名 で書 いた 方 が い いよ う な 気 も し てき ま す 。
昔 は、 今 のよ う に は 送 り仮 名 を 使 わ な か った た め に、 昔 のも の は な か な か読 み にく い こと があ り ま す 。 た と え
ば 、 芭 蕉 の有 名 な 俳 句 に ﹁風 吹 ぬ 秋 の 日 瓶 に酒 な き 日 ﹂ と いう の が あ り ま す が 、 こ の ﹁吹 ぬ ﹂ の読 み方 が わ か ら
な い の です 。 ﹁塚 も 動 け 我泣 声 は秋 の 風 ﹂ は ﹁わ が 泣 き 声 ﹂ で は お か し い の で ﹁わ が 泣 く 声 は秋 の 風 ﹂ と 読 ん で
いま す が、 は じ め の 俳句 は ﹁風 吹 か ぬ ﹂ が い い の か ﹁風 吹 き ぬ ﹂ が い い の か。潁原 退 蔵 さ ん は ﹁風 吹 か ぬ﹂ と 読
みま し た 。 し か し 、 幸 田 露 伴 は ﹁風 吹 き ぬ ﹂ と 読 み ま し た 。 ど ち ら が い いか 難 し い問 題 です 。
戦 後 は 、 送 り 仮 名 はな る べく た く さ ん送 った 方 が読 み 誤 ま り が 少 な いと いう わ け で、 たく さ ん 送 る 趣 旨 で し た 。
﹁ト リ シ マ ル﹂ な ど と いう の は ﹁取 り締 ま る ﹂ と 書 く こ と に な って お り ま し た が 、 そ う し ま す と ﹁ト リ シ マリ﹂
と いう のは ﹁取 り 締 ま り﹂ と 書 かな け れ ば いけ な いこ と に な りま す 。 し か し 会 社 の ト リ シ マリ に な った 人 は 、 こ
のよ う に 平 仮 名 を ど ん ど ん書 いた ので は し ま ら な いよ う な 気 がす る 、 こ こ は 漢 字 だ け 二 つ並 べて 書 き た いと いう ふ う に言 ってお り ま す 。
そ ん な こ と か ら 、 送 り 仮 名 は 戦 前 の よ う に自 由 に し た 方 が い い、 政 府 がき め る の は け し か ら ん と いう 意 見 も 出
て いま す が 、 き ま り が な い方 が い いと いう のは 間 違 い でし ょう 。 な る べく 規 則 が 簡 単 で 、 多 く の人 が よ いと 思 う よう な 送 り仮 名 が出 来 た ら ほ ん と う に い いと 思 いま す 。
四
日 本 語 の語 彙
一 語 彙 の数 と 体 系 日本 語 の語彙 は多 いか少 な いか
日 本 語 で も 英 語 で も ど の言 語 でも 、 言 語 は た く さ ん の単 語 の集 ま り です 。 そ の単 語 の集 ま りを 語彙 と 言 いま す
が 、 こ こ で は 日 本 語 の語 彙 の 面 か ら み た特 色 、 そ れ も こ こ で は 基 本 的 な 問 題 に ふ れ よ う と 思 いま す 。
こ れ に つき ま し て は、 日 本 語 の語彙 は 少 な いと 言 った 人 が あ り ま す 。 ﹃文 章 読 本 ﹄ を お 書 き に な った 谷 崎
第 一に、 言 語 によ って 、 語 彙 の多 い言 語 と 少 な い言 語 と あ り ま す が 、 日本 語 は 語 彙 が 多 い言 語 か 、 少 な い言 語 か︱ 潤 一郎 さ ん です 。
﹃文 章 読 本 ﹄ の中 に こう いう 一節 があ り ま す 。 ﹁元 来 、 わ れ わ れ の国 語 の欠 点 の 一つは 言 葉 の数 が 少 いと い ふ点
であ りま す 。 た と へば 、 独 楽 や 水 車 が 転 る のも 、 地 球 が太 陽 の周 囲 を 回 る のも 、 等 し く わ れ わ れ は ﹃ ま はる﹄も し く は ﹃め ぐ る ﹄ と 云 いま す 。 ⋮ ⋮﹂
し か し 、 現 在 の日 本 語 は和 語 の ほか に、 中 国 か ら 入 って 来 た 漢 語 と か 、 欧 米 か ら き た 洋 語 と でも 言 う べき も
の が たく さ ん あ って 、 そ れを 使 って いま す 。 た と え ば 、 同 じ ﹁家 ﹂ と いう 言 葉 でも 、 ﹁家 庭 ﹂ と い いま す と漢 語 、
﹁ホ ー ム﹂ と いう のは 洋 語 にな り ま す 。 ﹁知 ら せ ﹂ に 対 し て も ﹁報 道 ﹂ と も ﹁ニ ュー ス ﹂ と も 言 え る 。 ﹁誂え ﹂ と
昔 は 和 語 で 言 いま し た が、 ﹁注 文 ﹂ と いう 漢 語 があ り 、 さ ら に こ の 頃 は ﹁オ ー ダ ー ﹂ と 洋 語 で も 言 いま す 。 こう
どれ だ け の 単 語 を 覚 え れ ば 、 どれ だ け の 会 話 が で き るか
い った も のを 全 部 日本 語 と 数 え ま す と 、 日 本 語 の語 彙 の数 は 非 常 に 多 い こ と にな り ま す 。
世 界 の 各 国 語 を マ ス タ ーす る 場 合 に 一体 ど のく ら い の単 語 を 知 った ら
い い か、 と いう 研 究 が 出 来 て お り ま す 。 上 表 は 岩 淵 悦 太 郎 さ ん の ﹃現 代
日 本 語 ﹄ と いう 本 か ら の引 用 で あ り ま す が 、 た と え ば 、 フラ ン ス語 は 一
千 語 を 覚 え る と 、 会 話 のう ち の八 三 ・五 % が 理 解 でき る そ う です 。 と こ
ろ が 、 日本 語 の方 は 一千 語 を 覚 え ても 、 会 話 は 六 〇 % し か 理 解 でき な い。
こ のよ う な 統 計 を と って みま す と 、 日本 語 と いう のは 英 語 や ス ペイ ン語
に 比 べ ても た く さ ん の言 葉 を 覚 え な け れ ば いけ な い国 語 だ と いう こ と に
な り ま す 。 フ ラ ン ス語 は 、 五 千 語 の単 語 を 覚 え る と 九 六 % 理 解 でき る 。
英 語 ・ス ペイ ン語 も 大 体 同 じ よ う な も ので す が、 日 本 語 は 、 五 六 〇 の言
葉 を 覚 え ま す と や っと 五 〇 % が わ か り 、 九 六 % 理解 す る た め に フラ ン ス
語 は 五 千 語 覚 え れ ば よ か った の で す が、 日 本 語 は 二 万 二千 語 の単 語 を 覚
え な け れ ば いけ な い、 と いう 数 字 が 出 て お り ま す 。
い つか サイ デ ン ス テ ッカ ー さ ん が 、 た と え ば 萩 原 朔 太 郎 ・北 原 白 秋 と
い った 人 の歌 や 詩 に は、 ど の字 引 に も 出 て いな い単 語 が 使 わ れ て いる と
言 って 不 思 議 が ってお ら れ ま し た 。 これ は 小 説 でも そ う であ り ま し て、
川 端 康 成 さ ん の ﹃伊 豆 の踊 り 子﹄ は や さ し い言 葉 ば か り で出 来 て いる作
品 のよ う で あ り ま す が 、 ﹁旅 馴 れ た ﹂ ﹁風 呂 敷 包 み﹂ ﹁四 十 女 ﹂ ﹁退 屈 凌
ぎ ﹂ と いう よ う な 言 葉 が次 々 に出 て き ま す 。 ま あ わ か る 言 葉 で は あ りま
す が 、 こ う いう 日本 語 は 、 た と え ば ﹃広 辞 苑 ﹄ な ど に は出 てお りま せ ん 。
日本 語 の造 語 の豊 かさ
日本 語 は そ う いう ふう で単 語 の数 が 非 常 に多 い。 一番 大 き な 字 引 と 言 わ れ ま す 平 凡 社 の ﹃大 辞 典 ﹄ と いう 字 引
では 、 日 本 語 の単 語 が七 二 万 語 載 って いま す 。 私 は 以 前 中 学 生 用 の国 語 の字 引 を 編 集 し よ う と し た こ と が あ りま
す が、 そ れ でも 五 万 ぐ ら い の単 語 が集 ま って し ま いま し た 。 出 来 上 が って み る と 、 ﹁カ ム フ ラ ー ジ ュ﹂ と いう 言
葉 と ﹁禿 ﹂ と いう 単 語 が 並 ん で いる 。 ﹁狩 衣 ﹂ と いう 古 色 豊 か な 単 語 のす ぐ 隣 に ﹁カ リ キ ュラ ム﹂ と 舌 を か み そ う な 洋 語 が 並 ん で いる 。 実 に 多 彩 な も の にな って し ま いま し た 。
ど う し て 日本 語 の単 語 は 多 いか と申 し ま す と 、 た と え ば 漢 字 の ﹁車 ﹂ を シ ャと 読 ん だ と し ま す と 、 こ れ を も と
on
the
oと pい pう o長 si いt 言eい方 lに aな ne って し ま う 。
empty
にし て た く さ ん の言 葉 が で き る の です 。 ﹁発 車 ﹂ ﹁乗 車 ﹂ ﹁停 車 ﹂ ﹁ 空 車 ﹂ ⋮ ⋮ これ を 英 語 の場 合 、 単 語 で は な かな
car
か 言 え な い。 ﹁発 車 ﹂ はstartとiあ nり gま す け れ ど も 、 こ れ は 車 に 限 り ま せ ん。 ﹁空 車 ﹂ な ど と いう の はan car ﹁対 ,向 車 ﹂ な ど と いう のはa
こう い った こ と は 漢 語 だ け で はな く て、 和 語 の方 でも 日 本 語 は た く さ ん の新 し い言 葉 を 生 む 力 を も って いま す 。
le﹁ a 青v葉e﹂ sは ,
﹁若 葉 ﹂ ﹁青 葉 ﹂ ﹁春 雨 ﹂ ﹁秋 風 ﹂ ⋮ ⋮ 。 ﹁若 葉 ﹂ な ど は ﹁ハ﹂ が ﹁バ﹂、 ﹁春 雨 ﹂ な ど は ﹁ア メ﹂ が ﹁サ メ﹂ と 発 音
l﹁ e 春a雨v﹂ eは ss ,pring とr 二aつ iの n単 語 にな って し ま いま す 。
が 変 わ って お り ま す か ら 、 こ れ ら は ど う 見 て も 単 語 で す ね 。 英 語 な ら ば ﹁若 葉 ﹂ はyoung green
未 開人 ほ ど語彙 が 多 い
単 語 の数 が 多 い こと で 、 表 現 が 豊 か にな り 、 そ の点 日 本 の文 学 者 は 大 変 恵 ま れ て いる と よ く 言 わ れ ま す が、 単
語 の 数 が 多 いこ と と 、 そ の国 の文 化 的 な 程 度 の高 さ は ど う いう 関 係 にあ る か 、 こ れ に つき ま し て は 昔 か ら 二 つ の
説 が出 ております。
文 化 の程 度 の低 い民 族 の言 葉 は 、 単 語 の 数 が 少 な いは ず だ、 と いう 説 。 私 ど も が 学 校 で 言 語 学 を 教 わ った と き
は、 ナ ント カ いう ア メ リ カ イ ンデ ィ ア ン の言 葉 で は単 語 の数 が 少 な い ので 身 振 りを ま じ え て し ゃ べ ら な け れ ば い
け な い、 そ の た め に暗 いと こ ろ で は 十 分 話 が 通 じ な い、 と いう よ う な 話 を 聞 いたも の です 。 常 識 的 に 考 え て こ れ は自 然 だ と 思 いま す ね 。
と こ ろ が、 そ れ に対 し て 、 フラ ン ス の文 化 人 類 学 者 レヴ ィ= ブ リ ュ ルさ ん の ﹃ 未 開 社 会 の思 惟 ﹄ が 戦 前 に 出 て
文 化 人 類 学 の古 典 にな って お りま す が 、 こ の人 は 未 開 人 と いう も の は単 語 の数 を た く さ んも って いる のだ と いう
こと を 発 表 いた し ま し た 。 南 ア フリ カ の バ ヴ ェンダ 族 では 各 種 の雨 に そ れ ぞ れ 名 前 が あ る。 地 理 的 特 徴 も 彼 ら の
注 目 か ら 逃 れ て いな い。 彼 ら は各 種 類 の地 形 、 各 種 類 の石 、 岩 に 対 し て み ん な 名 前 を つけ て いる 。 あ ら ゆ る 種 類
こ れ も 評 判 に な った 本 で、 戦 後 出 版 さ れ た も の︱
の木 、 灌 木 、 植 物 の種 類 ど れ 一つと し て名 前 を 持 た な いも の は な い、 と い った よ う な 報 告 を し て いる 。 次 に ク ロー ド ・レ ヴ ィ= スト ロー ス の ﹃野 生 の思 考 ﹄︱
は、 いろ い ろ な 点 でブ リ ュル に反 対 し て お り ま す が、 未 開 人 の 言 語 は単 語 が 多 いと いう こ と だ け は、 スト ロー ス
も 反 対 し て お り ま せ ん 。 た と え ば 、 フ ィ リ ピ ン に住 ん でお りま す ピ ナ ト ゥボ 族 の言 語 で は、 男 は た いて い誰 でも
容 易 に 少 な く と も 植 物 四 五 〇 種 、 鳥 類 七五 種 、 ヘビ ・昆 虫 ・魚 ・哺 乳 類 のほ と ん ど す べ て、 さ ら に ア リ の種 類 二
〇 種 、 食 用 キ ノ コ の種 類 四 五 種 の 名 称 を 言 う こと が で き る 、 と いう の です 。 驚 く べき こと で す ね 。
も う 一つ、 こ の本 の中 に 、 フィ リ ピ ン南 部 に 住 ん で いる 部 族 の こと が書 い てあ り ま す が、 そ のう ち の ス バ ヌ ン
族 の植 物 の語 彙 は 一千 語 を 超 え て いる 、 ハヌ ノ ー 族 の は 二 千 語 に 近 い、 と いう こ と を 言 って お り ま す 。 こ の よう
に み ます と 、 た だ 単 語 の 数 が 多 い、 少 な いと いう こと で 文 化 と のか か わ り を 論 ず る こと は簡 単 に は で き な いこ と にな り ま す 。
未 開 人 の言語 の特 色
こ こ でイ ェス ペ ル セ ンと いう デ ン マー ク の言 語学 者 が 言 って いま す こ と を 考 え に 入 れ る 必 要 があ る 。 イ ェス ペ
一つは 、 未 開 人 の言 語 に は 、 狭 い意 味 の 言葉 が た く さ ん あ る け れ ど も 、 そ れ
ルセ ン に よ り ま す と 、 未 開 人 の言 語 に は 二 つ の特 色 が あ る そう です 。 (1) 広 い意 味 の言 葉 に 欠 け る︱
を 総 括 す る広 い意 味 の言 葉 が 不 足 し て いる と いう こ と を 言 って お り ま す 。 た と え ば 、 彼 は オ ー ス ト ラ リ ア の南 の
島 タ ス マ ニア の部 族 の言 葉 の例 を 引 いて いま す が、 そ の部 族 の言 語 で は 各 種 類 のゴ ム の木 に そ れ ぞ れ 名 前 が あ る が、 ﹁木 ﹂ と いう 意 味 を 表 す 単 語 はな い のだ そう です 。
そ れ か ら、 ア メ リ カ イ ン デ ィア ン に チ ェ ロキ ー 語 と いう のが あ る そう です が、 こ の言 語 は ま た 奇 抜 であ り ま し
て、 た と え ば ﹁自 分を 洗 う ﹂ ﹁ほ か の人 の顔 を 洗 う ﹂ ﹁私 の着 物 を 洗 う ﹂ ﹁皿 を 洗 う ﹂ ﹁子 ど も の体 を 洗 う ﹂ ﹁肉 を
し ょう か 。 と ころ が、 全 部 を 総 括 し た ﹁ 洗 う ﹂ と いう 抽 象 的 な 単 語 はあ る か と 言 う と 、 こ れ がな い のだ そう です 。
洗 う ﹂、 こ れ が み ん な そ れ ぞ れ 別 の単 語 にな って いる のだ そ う で す 。 よ っぽ ど 洗 う こ と に関 心 の 深 い部 族 な の で
つま り 、 総 括 し た 広 い意 味 の 言 葉 がな い。 これ が未 開 人 の 多 く の言 語 に みら れ る こと だ と あ り ま す 。
日 本 語 を こ の点 で 眺 め て み た ら ど う な る か 。 和 語 に 関 す る 限 り 、 古 い時 代 に は ど う も 広 い意 味 の言 葉 が 不 足 し
て いた と いう こと が 言 わ れ ま す 。 た と え ば 、 狐 や 狼 を ひ っく る め た ﹁獣 ﹂ と か 、 あ る いは 、 烏 や 雀 を ひ っく る め
た ﹁鳥 ﹂ と か 、 ﹁ 魚 ﹂ ﹁虫 ﹂ と い った 言 葉 は あ りま し た 。 し か し 、 そ れ ら 全 体 を ひ っく る め て いう ﹁動 物 ﹂ と いう
言葉 があ った か 、 な か った か。 ﹁生 き も の﹂ と いう 言 葉 は あ りま し た が、 生 き も のと いう の は 植 物 を も ひ っく る
め て いう とす れ ば 、 動 物 と いう 単 語 は な か った こ と に な り ま す 。 ﹁植 物 ﹂ の方 は ど う か 。 昔 ﹁草 木 ﹂ と いう 言 葉
が あ り ま し た け れ ども 、 草 木 に 入 る の は、 文 字 ど お り 草 と 木 だ け で、 キ ノ コと か 海 藻 と か いう も のは 入ら な か っ
た の では な い でし ょう か 。 と し ま す と 、 や は り ﹁ 植 物 ﹂ にあ た る よ う な 総 括 的 な 言 葉 も な か った こと にな り ま す 。
そ う いう わ け で、 広 い意 味 の言 葉 は 少 な か った 。 た だ 、 日本 語 に は 、 ﹁生 き も の﹂ と いう 語 に も 含 ま れ て いま
す が、 ﹁も の﹂ と いう 言 葉 があ り ま し た 。 こ れ は 非 常 に 広 い意 味 を も って いた 。 ﹁こと ﹂ も そ う です 。 ﹁も の﹂ は
目 に見 え る 形 のあ る も の、 存 在 す べ て を 言 いま す し 、 ﹁こ と ﹂ と いう のは 抽 象 的 に考 え た こ と す べ て を 言 う わ け
です か ら 、 ず い ぶ ん 広 い意 味 を も って いる 。 こ の二 つの単 語 が 昔 か ら 日 本 語 に あ った と いう こ と は 、 和 辻 哲 郎 博
イ ェス ペ ル セ ンは 、 も う 一つ、 未 開 人 の言 語 の特 色 は、 以 上 あ げ た 総 括
士 が ﹃続 日本 精 神 史 研 究 ﹄ と いう 本 の中 で述 べ て お ら れ ま す が 、 日本 語 は哲 学 的 な こ と を 考 え る 場 合 に 非 常 に有 利 であ る 、 と 言 え そ う です 。 (2) 抽 象 的 な 意 味 の単 語 に 欠 け る︱
的 な 意 味 の言 葉 が な いほ か に 、 抽 象 的 な 意 味 の 単 語 が 少 な いと いう こ と を 言 って お りま す 。 これ に つき ま し ては 、
さ き ほど の スト ロー ス の書 物 の中 に、 言 語 によ って は 抽 象 的 な 言 い方 が あ る の だ と いう こと を いく つか例 を 引 い
て あ り ま す の で、 簡 単 に そ う 言 い 切 る こ と は で きな いよ う です が、 や は り 大 き く 見 て抽 象 的 な 単 語 は 未 開 人 の言 語 に は 少 な いも の の よ う であ りま す 。
ブ ッシ ュ マ ン の言 葉 に は 、 抽 象 的 な 言 い方 が非 常 に 少 な い。 た と え ば、 ブ ッシ ュ マン族 は ﹁白 人 か ら 親 切 に 遇 さ
有 名 な のは 、 ﹃民 族 心 理学 ﹄ を 書 き ま し た ヴ ント の文 章 が あ り ま す が、 ア フ リ カ の南 の方 に 住 ん で いる 民 族 、
れ た ﹂ と いう のを 、 ﹁白 人 は 彼 に た ば こ を 与 え る 。 彼 は こ れ を 袋 に 詰 め て 吸 った 。 白 人 は 彼 に肉 を 与 え 、 彼 は こ
れ を 食 し て幸 福 であ った ﹂ と いう よ う に、 大 変 具 体 的 な 表 現 で 言 う の だ そ う です 。
こ の点 、 日本 語 はど う でし ょう か 。 今 の日 本 語 に は も ち ろ ん 抽 象 的 な 表 現 が た く さ ん あ り ま す が 、 し か し 昔 の
和 語 に は や は り 少 な か った と 思 いま す 。 も ち ろ ん 全 然 な いわ け で は な く 、 た と え ば ﹁こ と ﹂ ﹁と き ﹂ ﹁ま こ と ﹂
﹁み さ を ﹂ な ど 、 抽 象 的 な 言 葉 が ち ゃん と あ った わ け です が 、 全 体 と し て少 な か った と 言 わ ざ る を え ま せ ん 。
そ の後 、 日本 語 に抽 象 的 な 表 現 が 生 ま れ た と いう のは 、 中 国 か ら 漢 語 が 入 って き た お 陰 で あ り ま し て、 た と え
ば ﹁運 ﹂ ﹁勘 ﹂ ﹁根 ﹂ あ る いは ﹁現 在 ﹂ ﹁過 去 ﹂ ﹁未 来 ﹂ な ど は、 仏教 と と も に 入 って ま い りま し た 。 そ う し て ﹁知
識 ﹂ と か ﹁自 然 ﹂ と か と い った た く さ ん の抽 象 的 な 言 い方 も 学 ん だ わ け で す 。 さ ら に 、 明治 のは じ め に ヨ ー ロ ッ
パ 、 ア メ リ カ の言 葉 に 接 し た と き に、 漢 語 で そ れ を 訳 し ま し て 、 抽 象 的 な 意 味 の言 葉 を た く さ ん つく りま し た 。
た と え ば ﹁主 義 ﹂ ﹁社 会 ﹂ ﹁科 学 ﹂ ﹁哲 学 ﹂ ﹁本 能 ﹂ と い った 言 葉 が で き た わ け で あ りま し て 、 日本 語 は そ う いう 点
では 、 具 体 的 な 表 現 、 抽 象 的 な 表 現な ど 、 た く さ ん あ り 、 不 自 由 が な いと 言 う こと が で き る わ け です 。
語彙 の問 の相関 性
日本 語 の語 彙 は 、 以 上 述 べた よ う に 、 た く さ ん あ るわ け です が、 そ の語 彙 の中 の体 系 は ち ゃん と 整 って いる か、
違 った単 語 の間 の関 係 が合 理 的 であ る か ど う か 、 こ の問 題 に つ いて考 え よ う と 思 いま す 。
こう いう こ と に つき ま し て は 、 ドイ ツ語 と いう 言 語 が 自 慢 さ れ ま す 。 ド イ ツ語 と いう 言 語 は、 実 に論 理 的 な 言
語 あ る いは 合 理 的 な 言 語 だ と 言 う 。 ﹁仕 事 ﹂ は ド イ ツ 語 で は Arbeitを,つ eけ n てarbeiと t言 eう n と 、 ﹁仕 事 を す
る ﹂ と いう 動 詞 にな り ま す 。 日本 で は こ れ を 別 の 言 葉 で ﹁働 く ﹂ と 訳 し ま す 。 ド イ ツ語 はerが つく と 人 に な る
と いう 規 則 があ り ま す か ら 、 ド イ ツ語 で は Arbeiとt言 eい rま す と ﹁働 く 人 ﹂ と な り ま す 。 日本 語 で は ﹁働 き 手 ﹂
と 言 わ な いでも あ り ま せ ん が 、 ﹁労 働 者 ﹂ と 別 の 言 葉 で言 う の が普 通 です 。 Arbeをi与 tえ る 人 (ge) be をr 、 日本
語 で は ﹁雇 い主 ﹂ と 言 いま す が、 こ れ を ド イ ツ語 で は Arbeitg﹁仕 eb 事e をr与 え る人 ﹂ と そ のま ま 言 う わ け で す 。
日本 で は そ の 場合 に、 ﹁働 き 与 え ⋮ ⋮﹂ な ん て言 いま せ ん ね 。 ﹁雇 い主 ﹂ と 全 然 別 の 言 葉 を 使 う 。
Arbeitnehm こe れrは ︱ ﹁仕 事 を と る 人 ﹂。 日本 語 で 言 いま す と ﹁使 用 人 ﹂ で す ね 。 Arbeitslo﹁ s 仕e事 rを ︱
失 う 人 ﹂ であ り ま し て、 これ が 日本 語 の ﹁失 業 者 ﹂ に な り ま す 。 こ のよ う に 、 ド イ ツ語 の方 は す べ て わ か り やす
く 、 ま た 合 理 的 に でき て いる 。 Arbeitsteilungは ︱T ﹁分 ei けl るuこnと g﹂ であ り ま す が、 日 本 語 でし た ら ﹁分
業 ﹂ と いう と こ ろ で す が 、 ド イ ツ語 で は Arbeitst とeな iり lま un すg 。Einkomm はeドnイ ツ語 で ﹁収 入﹂ です 。
﹁仕 事 の収 入 ﹂ は そ のま ま Arbeitseinとk言 oえ mm ばe いnいわ け で す が 、 日本 語 で は ﹁勤 労 所 得 ﹂ と な り ま す 。
Arbeitsstrei﹁ t 労i働g争 k議 e﹂ it に︱ あ た る ド イ ツ語 で す が、 こ のStreiti はg﹁ k 争eい i﹂ tです 。 日 本 で は ﹁労 働
争議 ﹂ と いう と こ ろを 、 ド イ ツ語 では ﹁ 労 働 ﹂ と いう 言 葉 と ﹁争 い﹂ と いう 言 葉 を そ のま ま つな げ れ ば 言 葉 が で
き る と いう わ け で、 こ う いう 言 語 にな り ま す と 、 新 し い単 語 を 覚 え る 場 合 に は大 変 能 率 が い い、 と いう こ と に な りま す 。
日 本 語 は そ れ に比 べま す と 、 ﹁働 く ﹂ と か ﹁ 労 働 ﹂ と か ﹁勤 労 ﹂ と か 、 いろ いろ な 言 葉 を 使 わ な け れ ば い け ま せん。
英 語 な ど に な る と 、 ド イ ツ語 のよ う に は う ま く い って いな い と 言 わ れ ま す 。sonは ﹁息 子 ﹂ で す が 、 ﹁息 子 の﹂
﹁子 ど も の﹂ と いう 意 味 の形 容 詞 に な る とfilと ia いl う 別 の形 に な り ま す 。sun は ﹁太 陽﹂ です が、 ﹁太 陽 の﹂ と
いう 場 合 に はsola とr な り ま す 。hous﹁家 e ﹂ であ り ま す が 、 ﹁家 庭 の﹂ と いう 場 合 に はdomesと ti いc う全 然別 の
言 葉 を 使 う 。sea ﹁海 ﹂ で す が、 ﹁海 の﹂ と いう 場 合 に はmarin とe 別 の言 葉 を 使 う 。 つま り、 形 容 詞 の 方 は ラ テ
ン系 の言 葉 で あ り ま し て 、 ち ょう ど 日 本 で 和 語 と 漢 語 を 使 い分 け て いる のと 同 じ よ う に、 英 語 で は本 来 の英 語 と ラ テ ン語 と を 使 い分 け て いる 。
理屈 に合 わな い単 語
英 語 の な か に は 奇 抜 な 単 語 が あ り ま し て、 全 く 同 じ 形 で あ り な が ら 意 味 が 反 対 な も の が あ る と 言 い ま す 。
defe とaいtう 言 葉 は 、 ﹁負 け る こ と ﹂ と ﹁勝 つこと ﹂ の両 方 の 意 味 があ る そ う です 。clea とvい eう 言 葉 を 字 引 で 引
く と 、 ﹁割 れ る ﹂ と いう 意 味 と ﹁く っ つく ﹂ と いう 全 く 反 対 の意 味 に 使 う と 書 い て あ りま す 。 ま たinhabit とable
いう 言 葉 が あ りま す が 、 字 引 を 引 き ま す と 、 ﹁住 居 に 適 し た ﹂ と いう 意 味 と ﹁住 め な い﹂ と いう 意 味 で、 全 く 反
対 に な り ま す 。 こ れ はinhab とiいtう の が ﹁住 む ﹂、 そ れ にablが eつ け ば ﹁住 む こ と が で き る ﹂ で す が 、in とい
う の は打 消 し を 表 す こと も あ り 、 全 体 が ﹁住 め な い﹂ と いう 意 味 に な る も のと 想 像 さ れ ま す 。
実 は、 日 本 語 と 関 係 の深 い中 国 語 も 、 同 じ 単 語 で意 味 が ま った く 反 対 にな る も の が あ る と 言 わ れ ま す 。 た と え
ば 、 ﹃論 語 ﹄ に ﹁予 、 乱 臣 十 人有 り ﹂ とあ る 。 こ れ は 国 を 乱 す 大 変 な 家 来 が あ る、 と いう 意 味 か と 思 いま す と 、
そう で は な く て ﹁乱 臣 ﹂ と いう の は ﹁国 を 治 め る 忠 臣 ﹂ だ そ う で す 。 ﹁孔 子春 秋 を つく り て 乱 臣 賊 子 も お そ る ﹂。
これ は ﹃孟 子 ﹄ の 一節 です が 、 こ のと き に は ﹁乱 臣 ﹂ は 国 を 乱 す 家 来 に な り ま し て、 ﹁乱 臣 ﹂ に は ま った く 対 立 す る 意 味 があ る 。
ま た ﹁離 ﹂ と いう 漢 字 は ﹁離 世 ﹂ と 言 え ば 俗 世 を 離 れ る こ と 、 ﹁離 職 ﹂ は 職 を 離 れ る こ と です 。 と こ ろ が ﹁離
憂 ﹂ と いう こ と にな り ま す と 、 憂 いか ら 離 れ る の で は な く て、 ﹁憂 い に と り憑 か れ る こ と ﹂ だ そ う です 。 あ る い
は、 ﹁離 立 ﹂ と いう 言 葉 を 漢 和 辞 典 で 引 いて み ま す と 、 ﹁並 ん で 立 つこ と ﹂ と 書 いて あ りま し て、 離 れ て立 つ こと で は な いそう です 。
日 本 語 にも や は り こ のよ う な 現 象 があ り ま し て、 た と え ば ﹁先 ﹂ と いう 言 葉 の使 い方 が お も し ろ い です ね 。
こ のと き は 以 前 の こ と を 表 し ま す 。 と こ ろ が ﹁着 い て か ら 先 の こ と は ま
﹁地 方 か ら 都 へ行 く こ と ﹂ と
こ の と き は 以 後 の こと を 表 し ま す 。 ま た ﹁出 郷 ﹂ と いう 言 葉 があ る 。 こ れ は ど う いう 意 味
﹁着 いて み る と 彼 は 先 に 来 て いた ﹂︱ だ 決 め て いな い﹂︱
か 字 引 で 見 る と 、 二 つの意 味 が書 い て あ って 、〓 ﹁都 を 出 て 地 方 に行 く こ と ﹂、〓
あ る 。 こ れ で は意 味 がま る っき り 反 対 に な って し ま いま す 。 ﹁入 郷 ﹂ と いう 言 葉 も あ り ま す が 、 こ れ は ﹁都 へ行
く こ と ﹂ です 。 つま り 、 ﹁出 郷 ﹂ の 二番 目 の使 い方 は ﹁入郷 ﹂ と 同 じ 意 味 だ と いう こと に な り ま す 。
打 消 し を し て も 意 味 が 変 わ ら な い例 があ り ま す 。 中 世 の幸 若 舞 の ﹁烏 帽 子 折 ﹂ に ﹁牛 若 な な め に 思 し 召 し ﹂ と
いう 言 葉 が出 て き ま す が 、 ﹁な な め ﹂ と いう の は こ こ で は ﹁普 通 でな く ﹂ の意 味 で、 ﹁大 変 感 激 し た ﹂ と いう 意 味
にな り ま す 。 と ころ が ﹃平 治 物 語 ﹄ に は ﹁勢 の つく こ と な な め な ら ず ﹂ と いう のが あ り ま す が、 ﹁な な め な ら ず ﹂
全 体 で ﹁普 通 で は な い﹂ の意 味 で 、 特 別 に た く さ ん の勢 が味 方 し た 、 と いう こ と に な り ます 。
現 在 の 日 本 語 にも そ う いう 例 が あ り ま す 。 た と え ば 、 ﹁と ん だ こ と だ ﹂ と 言 いま す が 、 そ う か と 思 いま す と
﹁と ん でも な いこ と だ ﹂ と いう 言 い方 も し ま す 。 こ れ は ﹁と ん で も な い﹂ と いう の は ﹁と ん だ ﹂ を 打 消 し ま す か
ら 反 対 にな って いそ う です が 、 意 味 は 同 じ です ね 。 そ う いう 点 で は 日 本 語 は や は り 論 理 的 で はな い面 が た く さ ん あ り そ う です 。
二 自 然を 表す 語彙 雨 ・天候 に関 す る語彙
日本 語 に は 自 然 を 表 す 語 彙 が大 変 多 いと 言 え ま す が 、 こ れ は 日本 の 自 然 が変 化 に 富 ん で いる こ と と 、 も う 一つ 日本 人 が 自 然 に 親 し ん で 強 い関 心 を も って き た こ とを 意 味 し ま す 。
自 然 を 表 す 語彙 のな か で こと に 目 立 つの が 雨 に関 す る 語 彙 で 、 た と え ば ﹁春 雨 ﹂ ﹁五 月 雨 ﹂ ﹁夕 立 ﹂ ﹁時 雨 ﹂ ﹁菜
種 梅 雨 ﹂ ﹁狐 の嫁 入 り (日照 り 雨 の こ と )﹂、 最 近 は ま た 、 ﹁集 中 豪 雨 ﹂ と か ﹁秋 雨 前 線 ﹂ と か いう のも あ る 。 こ れ は 日本 が 雨 の よく 降 る 国 だ か ら と いう こと に よ り ま す 。
こ のう ち の﹁春 雨 ﹂ は ま だ い いで す が、 ﹁五 月 雨﹂ な ん て いう の は 大 変 難 し い漢 字 の 使 い方 を し ま す。 ﹁時 雨 ﹂
も そ う です 。 こ れ は ﹁五 月 雨 ﹂ ﹁時 雨 ﹂ に ピ ッタ リ の 中 国 語 が な い の で、 そ の意 味 を 考 え て 、 ﹁さ み だ れ ﹂ と は
﹁五 月 に降 る 雨 ﹂ と か ﹁し ぐ れ ﹂ と は ﹁時 ど き 降 る 雨 だ ﹂ と か 解 釈 し て漢 字 を あ て た か ら です 。
こう いう ふ う で す か ら 、 一般 に雨 に 関 す る 語彙 も 日本 語 には 豊 富 です 。 た と え ば ﹁雨 合 い﹂ ﹁雨 脚 ﹂ ﹁雨 宿 り﹂
shelterとf なr るo、m﹁雨tかhらe
﹁雨 ご も り ﹂ ﹁雨 曇 り ﹂ ﹁雨 垂 れ ﹂ ⋮ ⋮ と いう よ う な 単 語 があ り ま す が、 こ れ を 英 語 で言 おう と し ま す と 、 み ん な 、 単 語 で は 言 え な い。 ﹁雨 宿 り ﹂ は 、 日 本 で は ご く 普 通 の言 葉 で す が 、taking 避 け て隠 れ 家 を と る こと ﹂ と な ってし ま いま す 。
﹁雨 男 ﹂ ﹁雨 女 ﹂。 そ の男 と 一緒 に いく と 必 ず 雨 が降 る 男 の こ と を 雨 男 と 言 いま す が 、 こ う い った 言 葉 は 他 の国 の
言 語 の発 想 に は あ りま せ ん 。 和 英 辞 典 にも 載 って お り ま せ ん ね 。 明 治 頃 に歌 人 の佐 佐 木 信 綱 と いう 人 は有 名 な 雨
rain
男 、 も う 一人 尾 崎 紅 葉 も 有 名 な 雨 男 だ った そ う です が 、 あ る 新 聞 社 で そ の 二 人 を 講 師 に た のん で 講 演 会 を 企 画 し
た そ う です 。 さ ぞ こ の夜 は 大 雨 が 降 る か と 思 って いた と こ ろ が 、 案 に 相 違 し て カ ラ ッと し た 上 天気 だ った 。 そ う
し た ら 早 速 翌 日 の新 聞 に そ の こ と が記 事 に 出 た そう で、 こ れ は 、 陰 と 陰 と 相 和 し て陽 に な った のだ ろ う 、 と 大 ま
じ め に述 べ立 て て いた と いう 話 が あ り ま す が、 こ う いう 単 語 は 、 日本 人 でな け れ ば ち ょ っと 考 え つか な いで し ょ う ね。
postponed
till
the
first ﹁雨 の f場 ii 合n にeは最d初 aの y晴i れn た日 cま aで s延 e 期o さfれ る r﹂ ain︱
わ れ わ れ が 何 でも な く 使 って い る言 葉 に ﹁雨 天 順 延 ﹂ と いう 言 葉 が あ りま す 。 こ れを 英 語 に し ま す と、 大 変 長 be
た し か に そ のと お り です が 、 こう 言 わ な け れ ば いけな い。 ふ だ ん は ち っと も 使 わ な い言 葉 な の で し ょう 。
く な る。to ︱
四季 の雨
さ き ほ ど の ﹁五 月 雨 ﹂ や ﹁梅 雨 ﹂ と いう 言 葉 に も 注 意 し て いた だ き た い。 両 方 同 じ 雨 を さ す の です が、 ﹁五 月
雨 ﹂ の方 は ﹁五 月 雨 が降 る﹂ と か ﹁五 月 雨 が や む ﹂ と か 言 いま す 。 そ れ に 対 し ま し て 、 ﹁梅 雨 ﹂ の方 は ﹁梅 雨 に
入 る ﹂ ﹁梅 雨 が あ け る ﹂ と 使 う 。 つま り ﹁五 月 雨 ﹂ の方 は 雨 そ のも のを さ し ま す が 、 ﹁梅 雨 ﹂ の方 は、 五 月 雨 が降
る時 季 を 言 う 言 葉 な の で す ね 。 こ れ は や は り 雨 が、 こ と に五 月 雨 が 日本 人 にと って 重 要 だ と いう こ と を 表 し て い ます 。
前 節 で レ ヴ ィ= ブ リ ュル の説 を 引 き ま し て 、 未 開人 の言 語 に は 語 彙 が た く さ ん あ る 、 ど こ か の 言 葉 に は雨 に 関
す る 単 語 が多 い、 と い った こ とを お 話 しま し た 。 日本 人 も そ の点 で は未 開 人 の 語彙 と よ く 似 てお り ま す が、 スト
ロー スは そ のよ う な こ と は 生 活 上 の必 要 性 か ら き て いる も のだ 、 と いう こ と を 言 ってお り ま す 。 日本 人 に と り ま
し て 、 ﹁五 月 雨 ﹂ と か ﹁梅 雨 ﹂ と か いう のは 、 田 植 え の時 季 と か かわ って大 切な も の で す 。 こ の よ う な 田 植 え の
と き に降 る 雨 が ﹁五 月 雨 ﹂ だ と いう よ う に 、 日本 語 の雨 の 名前 は 季 節 と 結 び つ い て いま す 。 こ れ が 重 要 な こ と で
あります 。
と こ ろ で 日 本 語 で は "春 の 雨 は シ ト シ ト 降 る " と か、 "夏 の雨 は ザ ー ッと 降 る " と か 言 いま す ね 。 秋 か ら 冬 に
か け て降 る ﹁時 雨 ﹂ と い った よう な 雨 は "シ ョボ シ ョボ 降 る " と 言 いま す 。 つま り 降 り方 が そ れ ぞ れ 違 いま す 。
﹁時 雨 ﹂ と いう 言 葉 は 字 引 で 引 き ま す と 、 ﹁秋 か ら 冬 に か け て降 った り や ん だ りす る 雨 ﹂ と だ け し か 書 い てあ り ま
せ ん が 、 わ れ わ れ が こ の言 葉 を 聞 き ま す と 、 雨 の降 り 方 以 外 に 、 肌 寒 い感 じ 、 山 の木 の葉 が 紅 葉 す る こと を 連 想
し ま す 。 昔 の 人 でし た ら "奥 山 で 雄 の鹿 が 雌 の鹿 を 慕 って鳴 く 声 " と 一緒 に連 想 し た は ず で 、 そ う い った こ と か ら 一つ 一つの 雨 の名 前 な ど も わ れ わ れ に豊 か な 連 想 を 呼 び 起 こ し ま す 。 こ の こ と か ら 俳 句 と いう 、 世 界 で 一番 短
い形 の詩 が 日本 に 出 来 て お り ま す 。 ﹁春 雨 や 傘 さ し て見 る 絵 草 子 屋 ﹂ ( 子規) 春雨 であります からあま り寒くな い
わ け です ね 。 い い気 分 で 、傘 を さ し て 、 の ん び り 店 に か か って いる 絵 な ど を 見 て いら れ る。 ま こと に 春 雨 に ふ さ
わ し い。 ﹁さ み だ れ や 仏 の花 を 捨 に 出 る﹂ ( 蕪村) 五 月 雨 が 降 り続 く 、 な に か う っとう し い気 分 が よ く 出 て いま す 。
あ る いは 、 芭 蕉 の ﹁初 時 雨 猿 も 小 蓑 を 欲 し げな り ﹂ は 肌 寒 い感 じ で 猿 も 元気 が な く て 小 さ な 蓑 を ほし そ う な 顔 を し て いる 。 時 雨 に ぴ った り の情 感 です 。
風 や月も 季節 により
俳 句 と いう も の は 、 日 本 の自 然 の移 り 変 り が 変 化 に 富 ん で い る か ら こ そ 日本 に生 ま れ ま し た 。 こ の よう な こと
か ら 俳 句 に は 季 題 と いう も の が あ って、 季 題 を 集 め た ﹁歳 時 記 ﹂ と い った も の を 日本 人 は 作 って お り ま す 。 これ
は春・ 夏・ 秋・ 冬 に 分 か れ て いて 、 風 に し ても 、 た と え ば ﹁春 の 風﹂ ﹁夏 の風 ﹂ ﹁秋 の 風 ﹂ が あ って 、 こ れ ら は や は り そ れ ぞ れ 違 った 趣 を も って いま す 。
こ う いう こ と は ﹁雨 ﹂ ﹁風 ﹂ だ け で は あ り ま せ ん 。 ﹁月 ﹂ のよ う な あ の冷 た い天 体 でも 、 日 本 で は 四 季 に応 じ て 変 化 し ま す ね 。 ﹁お ぼ ろ 月 ﹂ と いえ ば 春 の月 、 ﹁名 月 ﹂ と いえ ば 秋 の 月 で す 。
本 多 勝 一さ ん に ﹃ 極 限 の民 族 ﹄ と いう 著 書 が あ り ま す が、 本 多 さ ん が ア ラ ビ ア の遊 牧 民 族 の間 に 入 って 生 活 し
た と き の こ と が 書 かれ て あ り ま す 。 あ ち ら は 砂 漠 地 帯 です が、 本 多 さ ん は 、 む こ う へ行 って 、 子 ども のと き に 歌
った 童 謡 ﹁月 の砂 漠 ﹂ ( 加藤まさを作詞)を 思 い出 し た の だ そ う で す 。 ﹁月 の 砂 漠 を は る ば る と ⋮ ⋮ ﹂ と 歌 う あ れ で
す が 、 あ の歌 詞 は 月 の夜 、 白 いお 揃 い の上 着 を 着 た 王 子 さ ま と 王 女 さま が ラ ク ダ に 乗 って 、 砂 漠 を 越 え て 地 平 線
のか な た へ旅 し て行 く と いう 、 ロ マ ンテ ィ ック な 詩 であ りま す 。 こ の歌 の最 後 のと こ ろ に ﹁お ぼ ろ に煙 る 月 の夜
を 対 の ラ ク ダ は ト ボ ト ボ と ﹂ と あ り ま す が、 ﹁お ぼ ろ に 煙 る ﹂ です か ら 季 節 は 春 であ る 。 作 者 の 意 図 と し て は 、
砂 漠 も 、 暑 か ら ず 寒 か ら ず で ち ょう ど い い季 節 で あ る と し て あ の詩 を 作 った も のと 思 わ れ ま す 。
と こ ろ が 本 多 さ ん が こ の歌 の こと を ア ラ ビ ア 人 に 話 し た と こ ろ が 、 び っく り し た と いう の です 。 ど う し て び っ
く り し た か と 言 いま す と 、 砂 漠 地 帯 で は 月 は煌 々と 照 って お り ま し て 、 春 が 来 た と い っては 、 砂 漠 全 体 を 襲 う つ
む じ 風 が 吹 き ま す と 、 砂 は い っせ いに 空 に舞 いあ が る 。 そ う す る と 、 空 全 体 が 赤 く な り ま し て 月 がお ぼ ろ に な る
と いう 。 そ のよ う な と き は、 白 いお揃 い の上 着 な ど を 着 て ア ベ ック で砂 漠 を 歩 く ど こ ろ の騒 ぎ じ ゃな い のだ そ う
です 。 本 多 さ ん は そ れ を 知 り ま し て 、 あ の詩 は 、 日本 以 外 の自 然 に 対 し てま った く 無 知 の詩 人 が 勝 手 な 想 像 で つ
く った詩 であ る こ と がわ か った 、 と書 い て いら っし ゃる 。 私 も そう に違 いな いと 思 いま す 。 が 、 そ の よ う な 空 想
が で き る 日本 人 と いう の は 、 な ん と 幸 せ な 民 族 な の で は な いか と 、 読 みな が ら 思 った わ け で あ り ま す 。
日本 の暦 の特色
日本 の 一年 と いう の は そ のよ う に 変 化 し て お り ま す が 、 日本 の暦 と ア メ リ カ の暦 の違 いを 比 べ て み ま す と 、 お
も し ろ いと 思 いま す 。 次 ペー ジ のア メ リ カ の暦 を みま す と 、 ﹁聖 燭 節 ﹂ と か ﹁聖 ヴ ァ レ ンタ イ ン の祭 日﹂ ﹁ワ シ ン
ト ン誕 生 記 念 日 ﹂ と いう よ う に 、 実 に こ れ は 人 間 的 な 暦 だ と 思 いま す 。 ﹁キ リ ス ト 受 難 の 日﹂ で も ﹁復 活 祭 ﹂ で も 、 人 間 に 関 す る も ので す 。
日本 の暦 は こう で は あ りま せ ん ね 。
日 本 の暦 に は 、 こう いう こ とも あ り
ま す が、 そ れ 以 外 に、 ﹁立 春 ﹂ ﹁春
分 ﹂ ﹁八 十 八 夜 ﹂ ﹁梅 雨 の 入 り ﹂ ﹁夏
至 ﹂ ﹁二 百 十 日﹂ と いう よ う な も の
が 並 ん で い る。 これ は季 節 の移 り 変
り を 表 し て いる 。 や は り 日 本 人 の生
活 を よ く 表 し て いる と 思 いま す 。
こ の よう に 日本 語 には 季 節 の移 り
変 り を 表 す 言 葉 が た く さ んあ り ま す 。
た と え ば ﹁春 め く ﹂。 何 で も な い言
葉 で し ょ う が、 ほ か の国 の 言 葉 で
comi︱n来gるs 春pのring
show
は 一語 で は 言 え な い。 た と え ば 、 和
of
英 辞 典 を 引 いて み ま す と 、 to
signs
し る し を 示 す と あ る 。 そ れ に達 いな
色 が 薄 いと いう 感 じ で 、 こ のあ た り に 日本 人 の自 然 観 賞 のす ぐ れ て いる 点 を 認 め ざ るを 得 な いと 思 いま す 。 し た
では 、 冬 な ど は 色 が な い季 節 であ る 。 こ れ が春 ・夏 に な って い ろ いろ な 色 が つ いて く る 。 ﹁早 春 ﹂ は 、 ま だ 春 の
日本 語 に は ま た ﹁早 春 ﹂ と か ﹁春 浅 し ﹂ と い った 、 美 し い言 葉 が あ る 。 ﹁春 浅 し ﹂ と いう のは 、 日本 人 の感 覚
い です が 、 大 変 長 い。 中 国 語 でも ﹁有 春 意 ﹂ と な る そう で す 。 ﹁春 の意 あ り ﹂ です 。
ア メ リカ の 暦(1980年)
が って、 ﹁浅 い﹂ と いう 言 葉 は 春 に は 使 いま す が 、 夏 に は 使 いま せ ん ね 。 そう いう 細 か い配 慮 が あ る の です 。
少な い天体 の語彙
季 節 の 移 り 変 り に 比 べ 日本 人 は 天体 に 対 し て は 、 こと に 星 に 対 し て は 冷 淡 で あ り ま す 。 これ は 、 世 界 のほ か の
国 に 比 べ ま す と 随 分 違 う 。 た と え ば 、 万 国 旗 を 見 てみ ま す と 、 ア メ リ カ の に は ま ず 星 が た く さ ん つ い て お り ま す
ね 。 中 華 人 民 共 和 国 、 シ リ ア ・ア ラ ブ 共 和 国 、 さ ら に ミ ャ ン マー と か 、 ト ル コと か ブ ラ ジ ル の国 旗 な ど に も 星 が 見 ら れ ま す 。 海 のむ こう の人 た ち は星 に大 変 関 心 が深 いこ と がわ か り ま す 。
﹁星 座 ﹂ と いう も の があ りま す が、 日 本 人 は 昔 か ら あ ま り そ う いう こと を 考 え な か った 。 私 な ど も 星 に は ま こ と
に無 知 で 、 す ぐ に わ か る のは 北 斗 七 星 と 宵 の 明 星 ぐ ら い です 。 こ れ が、 ギ リ シ アと か 中 国 あ た り で は 、 大 昔 か ら
空 に 見 え る 星 を き れ いに 区 分 し て、 何 座 、 何 座 と 星 座 を 呼 ん で いま す 。 日本 語 に は 星 の名 前 が 少 な いと いう こ と
に、 早 く 新 村 出博 士 が注 意 し て お ら れ ま す が 、 これ は 、 日 本 人 に と りま し ては 、 星 以 外 に 目 を 向 けさ せ る 自 然 が
今 でも そ のよ う です が 、 地 理 の時 間 に ﹁地 理付 図 ﹂ と いう のを 使 いま し た 。 そ の中 に 地 勢
た く さ ん あ った わ け で、 代 表 的 な も の が植 物 です 。
植 物 の語彙 私 の小 学 校 の頃︱
図 と いう も のが あ り ま す が、 そ の書 き 方 が ど う も 私 は 気 に 入 ら な か った 。 と いう のは 、 そ の地 勢 図 では 高 いと こ
ろを 茶 色 に 塗 ってあ って 、 低 いと ころ は 緑 色 に塗 って あ る ので す が、 私 は 、 こ れ は お か し いじ ゃな いか 、 山 は み
ん な 緑 じ ゃな い か、 人 間 の住 ん で い る 平 地 こそ 茶 色 じ ゃな いか と いう わ け で、 教 室 でわ ざ と 反 対 に 、 山 を 緑 に、
低 いと こ ろ を 茶 色 に染 め た 。 そ う し た ら 先 生 か ら書 き 直 せ と 言 わ れ ま し て、 私 は 大 変 不 満 だ った の です が、 そ れ が 三 、 四 十 年 た って 、 は じ め て わ か り ま し た 。
日 本 か ら離 れ ま す と 、 自 然 はま さ にあ の通 り な ん で す ね 。 韓 国 へ行 き ま し て も 山 は 大 体 木 が少 な い。 中 国 は も
っと そ う です 。 これ が ア ジ ア の方 は ト ル コ の端 ま で 全 部 そ う で し て、 高 いと こ ろ は た いて い茶 色 で 、 低 いと ころ
に わ ず か に緑 が あ る 。 ア メリ カも 、 カ リ フ ォ ル ニア のあ た り は 日本 と よ く 似 て いま す が、 ロ ッキ ー 山 脈 の上 を 飛
行 機 で飛 ん で み ま す と、 山 は 大 体 茶 色 です ね 。 私 ど も は ﹁南 国 ス ペイ ン﹂ な ど と いう 言 葉 を 聞 き ま す と 、 緑 豊 か
な 国 土 を つ い連 想 し ま す 。 と こ ろ が 、 実 際 に 行 って み る と 、 飛 行 機 の上 空 か ら 見 た ス ペイ ン の国 土 は 、 山 は 全部
ハゲ 山 、 岩 山 、 つま り、 茶 色 、 白 、 黒 、 灰 色 、 そ んな 色 です ね 。 つま り 、 地 勢 図 と いう も のは 、 日本 以 外 の ヨー
ロ ッパ あ る いは ア メ リ カ あ た り の 自 然 を も と に し て つく ら れ た も のだ 、 と いう こ と を 、 私 は つ い最 近 に な って 知
った わ け です 。 これ は、 日 本 の自 然 は 特 別 で 、 植 物 が 多 い、 こ と に木 が 多 いと いう こと が わ か り ま す 。
そ のた め に 、 日 本 語 に は 植 物 に 関 す る 言 葉 が 非 常 に 多 い。 た と え ば ﹁咲 く ﹂ ﹁散 る﹂ ﹁枯 れ る﹂ ⋮ ⋮ 。 ﹁咲 く ﹂
は英 語 で はblooで mす 。blooとmいう のは も と も と ﹁花 ﹂ と いう 単 語 で す ね 。 中 国 に は ﹁咲 ﹂ と いう 漢 字 が あ り
ま す か ら 、 中 国 語 に は サ ク と いう 意 味 の動 詞 が あ る か と 思 う と 、 思 い の ほ か ﹁咲﹂ と いう 字 は ﹁わ ら う ﹂ と いう
意 味 の字 だ そう で す 。 日本 語 に は ﹁咲 く ﹂ と いう 重 要 な 言 葉 があ る の で 、 中 国 で は これ にあ た る 漢 字 が ほし いと
いう こと か ら 、 強 引 に ほ か の意 味 の字 を 花 が 開 く 意 味 に 使 って し ま って い る。 中 国 語 で は 、 マー ジ ャ ン に 言 う ﹁ 嶺 上 開 花 ﹂ と いう と き の ﹁開 花 ﹂、 あ れ が ﹁花 が 咲 く ﹂ で あ りま す 。
﹁枯 れ る ﹂ も そう でし て、 英 語 で は 枯 れ る こ と をdie(死 ぬ ) と 言 いま す ね 。 フラ ン ス の シ ャ ン ソ ン に ﹁枯 葉 ﹂
と いう の があ りま し た が、 フ ラ ン ス語 では ﹁死 ん だ 葉 ﹂ と 言 って いま す 。 日 本 人 と し て は ﹁枯 れ る﹂ と ﹁死 ぬ﹂
と は ち がう と 感 じ ま す 。 日本 語 に は こ と に芽 が 出 る こと を 言 う た く さ ん の単 語 が あ り ま す 。 ﹁芽 ぐ む ﹂ ﹁芽 ば え
る ﹂ ﹁芽 だ つ﹂ ﹁芽 ぶ く ﹂ ﹁萌 え る ﹂ ⋮ ⋮。 こ う いう 語彙 を 使 う の が 日本 人 は 好 き な よ う です 。
日本人 の詩 情
毎 年 三 月 に は大 学 の 入 学 試 験 が 行 わ れ 、 合 否 通 知 を 地 方 の受 験 生 に対 し て 電 報 で 知 ら せ る 習 慣 があ り ま す 。 合
格 し た 子 ど も に は ﹁ハナ サ ク ﹂、 落 ち た 子 に は ﹁ハナ チ ル﹂ と 通 知 し ま す 。 上 智 大 学 の前 の学 長 さ ん 、 ピ タ ウ さ
ん と い ってイ タ リ ア の か た であ り ま す が、 こ れ に 感 心 さ れ ま し て 、 日本 人 は そ う いう と き に も こ の よ う な 言 葉 を 使 う と は 何 と 詩 的 な 民 族 であ る か 、 と お っし ゃ った こ と が あ り ま す 。
前 に 申 し ま し た が 、 ﹁榎 ﹂ と か ﹁榊 ﹂ と か 木 偏 の文 字 が 多 いこ と は 、 日本 に 木 の種 類 が 多 い こ と 、 ま た 木 に 関
心 の深 い こと を 示 し て いま す 。 ま た 、 前 に ご 紹 介 し ま し た レヴ ィ= スト ロー ス の本 の中 に お も し ろ い 一節 があ り
ま し た 。 ス ミ ス ・バ ウ エ ルさ ん と いう 学 者 の こ と ば と し て、 こん な こ と を 言 って お り ま す 。 ﹁ベ ゴ ニア と か ダ リ
ア と か ペ チ ュニ アと か いう も のを 見 分 け る 自 信 は 自 分 は あ ま りな い﹂。 ど う でし ょう か 、 日本 人 だ った ら こう い
う も のを 見 分 け る の は何 でも な い こと です ね 。 つま り 、 向 こう の人 は こ ん な ふう に 植 物 に つ い て は 実 に の ん き で あ ります。
日 本 人 は雑 草 の 一つ 一つにも 名 前 を つけ て 親 し ん で いま す 。 ﹃千曲 川 旅 情 の歌 ﹄ の 一番 初 め のと こ ろ に 、 ﹁小 諸
な る 古 城 の ほ と り/ 雲 白 く 遊 子 悲 し む/ 緑 な す は こ べは 萌 えず ⋮ ⋮﹂ と あ りま す が 、 こ こ の ﹁は こ べ﹂ と いう の
が 実 によ く 効 い て いる と 思 いま す 。 ハコ ベ、 何 で も な い草 で す け れ ど も 、 春 、 一番 先 に 青 々と 萌 え 出 て 地 面 に繁
る 草 です 。 そ の ハコ ベさ え ま だ 出 て いな いと いう こと で、 ま だ 冬 と 同 じ 信 州 の お そ い春 の景 色 を よ く 表 し て いま す。
虫 の語彙
植 物 に 対 し て そう であ る と 同 時 に、 虫 に も 日本 人 は 大 変 詳 し い。 こ れ は 、 池 田 摩 耶 子 さ ん と いう か た の本 に出
て いま す が 、 池 田さ ん が、 ア メ リ カ で 、 川 端 康 成 さ ん の ﹃山 の音 ﹄ を テキ スト と し て 日 本 語 を 勉 強 す る学 生 に教
え て い ら っし ゃ った そ う で す 。 そ の
﹃山 の 音 ﹄ の 中 に こ ん な 一節 が あ る 。 ﹁八 月 十 日 前 だ が 虫 が 鳴 い て い る ﹂。 ア
メ リ カ の 学 生 た ち は 、 ﹁虫 が ﹂ と い う と こ ろ を 、 何 か ノ ミ か シ ラ ミ が 鳴 く の か と 思 った と い う の で す 。 こ れ は 秋
の 虫 が 鳴 く の だ と 教 え て や った ら 、 み ん な キ ョト ン と し た 顔 を し て い る 。 そ の と き 、 池 田 さ ん が 耳 を す ま し て み
た と こ ろ が 、 教 室 の 外 で 何 か 虫 が 鳴 い て い た 。 そ こ で 学 生 に 対 し て 、 ﹁今 、 聞 こ え る で し ょ う 。 あ の 虫 、 あ れ が
こ こ で い う 虫 で す ﹂ と 言 った 。 そ う し た ら 、 学 生 た ち は 初 め て そ れ に 気 が つ い て 、 ﹁な る ほ ど 、 そ う い え ば そ の
よ う な 音 が 聞 こ え る ﹂ と 言 った 、 と いう こ と を 書 い て いら っし ゃ る 。 向 こ う の 人 に と って は 、 虫 の 声 と いう の は
雑 音 と 同 じ よ う に 聞 こ え る 、 脳 の 片 側 で 聞 く ん だ 、 と いう 学 説 が 出 た こ と が あ り ま す が 、 日 本 人 と は よ ほ ど 特 別 な 民 族 な の でし ょう 。
ド イ ツ人 は 、 日本 人 が スズ ム シ と マ ツム シ を 聞 き 分 け る こ と に感 心す る そう で す ね 。 よ く おま え は そ んな 小 さ
スイ ッチ ョ
い 虫 の 声 が 聞 き 分 け ら れ る な 、 と い う そ う で す 。 そ う いえ ば 、 ス ズ ム シ 、 マ ツ ム シ 、 コ オ ロギ 、 み ん な 和 独 辞 典
で 引 き ま す と 、 グ リ レ と い う 同 じ 単 語 し か 出 て ま い り ま せ ん 。 つ ま り 日 本 人 は 、 飛 ん で 跳 ね る 虫︱
で も キ リ ギ リ ス で も イ ナ ゴ で も い ち いち 細 か く 区 別 い た し ま す 。ア メ リ カ 人 に 言 わ せ ま す と 、ト ン ボ はdragonfly
で 、 む し ろ グ ロ テ ス ク な 気 持 の 悪 い 動 物 だ と 思 っ て い る の だ そ う で す ね 。 わ れ わ れ に と って ト ン ボ と い う の は 親
し い 虫 の 名 前 で し て 、 ア カ ト ン ボ 、 オ ニ ヤ ン マ、 ギ ン ヤ ン マ、 ム ギ ワ ラ ト ン ボ な ど 、 た く さ ん 区 別 し て 知 って い ます 。
水 の語 彙
﹁湯 ﹂ で す 。 日 本 は 水 の 国 ・湯 の 国 で し て 、 実 に 豊 富 で あ る 。
"ケ チ ケ チ 大 事 そ う に 使
﹁湯 水 の ご と く 使 う ﹂ と いう 諺 で 惜 し 気 も な く 水 を 使 い 捨 て る 習 慣 を 示 し て い ま す け れ ど も 、 見 坊 豪 紀
日 本 の 自 然 の な か で 特 色 の あ る も の が ﹁水 ﹂ と 日本 で は
さ ん の ﹃こ と ば の く ず か ご ﹄ と い う 本 に よ り ま す と 、 こ れ が ア ル ジ ェ リ ア の 言 葉 で は
う " と いう 意 味 だ そう です 。
﹁お 湯 ﹂ と いう 言 葉 、 これ があ る こと が 日 本 的 で し て、 た と え ば ﹁湯 ﹂ と いう 漢 字 があ り ま す か ら 中 国 に も そ う
終戦直後 、
いう 単 語 があ る の か と 思 いま す と 、 中 国 の ﹁湯 ﹂ は スー プ のこ と だ そう で、 ﹁お 湯 ﹂ と いう 単 語 は な いよ う です 。
wa とt言eい rま す ね 。 日本 人 か ら み る と ヘンな 感 じ が し ま す が︱
﹁開 水 ﹂ ﹁白 水 ﹂ と いう の が ﹁お 湯 ﹂ の こと だ そ う です 。 英 語 でも ﹁お 湯 ﹂ の こと はhot
ア メ リ カ の人 が 日 本 に や ってま いり ま し て 、 日本 の ホ テ ル に 泊 り ま し た 。 朝 、 顔 を 洗 おう と 思 いま し て水 道 を ひ
ね った と こ ろ が 、 当 時 は ま だ ホ テ ルが よ く 整 備 さ れ て お り ま せ ん で、"H" を 回 し て も" C" を 回 し ても 水 し か
出 て こな い。 お 手 伝 いさ ん を 呼 び ま し て お湯 を も ら お う と し た 。 と こ ろ が ﹁お湯 ﹂ と いう 単 語 があ る と は 夢 に も
想 像 し ま せん の で ﹁ア ツイ ミズ ヲ ク ダ サ イ ﹂ と 言 った そ う です 。 相 手 の 女 性 は び っく り いた し ま し て 、 あ つ い水
と は無 理 な こ と を 言 う も ん だ 、 水 が 熱 け れ ば お 湯 に な ってし ま う じ ゃな いか と 、 さ ん ざ ん考 え て か ら ﹁そ の よ う
な も のは こ の ホ テ ル にあ い にく ご ざ いま せ ん ﹂ と 言 った と いう 話 が あ り ま す 。 向 こう の人 のwate とrいう の は ち
ょう ど H2 O であ りま し て、 水 も お 湯 も 両 方 含 む の で す 。 こ れ は 英 語 に 限 り ま せ ん で、 た と え ば フラ ン ス語 で は
eauと 言 いま す が 、 こ の中 に は ず いぶ ん いろ いろ な も のを 含 み ま す 。 水 、 お湯 を 含 む ほ か に、 雨 も ヨダ レも 汗 も そ う だ そ う です 。
日本 人 が 水 と い いま す のは 、 む し ろ 、 天 然 自 然 にあ る 、 し かも 、 お 湯 と違 いま し て 冷 た いも の であ る と いう 感
じ を 持 って お りま す 。 日本 の水 はき れ いな も の であ り清 潔 な も の で す 。 山 へ行 き ま す と 、 谷 川 を 水 が流 れ て いる 。
思 わ ず 立 ち ど ま って そ れ を 掬 って飲 む こと があ り ま す が 、 あ の光 景 に は 外 国 の人 は し ば し ば び っく り いた し ま す 。
わ れ わ れ は ﹁滝 ﹂ と いう 言 葉 を 聞 き ま す と 、 き れ いな 水 が 高 いと こ ろ か ら サ ー ッと 落 ち て いる 、 あ れ を 滝 だ と 思
いま す が 、 た と え ば 、 有 名 な 世 界 の大 き な 滝 、 南 米 のイ グ ア ス の 滝 、 ア フリ カ の ビ ク ト リ ア の滝 な ど は 、 な ん か
み そ 汁 み た いな 水 が ダ ボ ダ ボ 、 ダ ボ ダ ボ 、 だ ら し な く 流 れ て い る だ け でし て 、 そ れ は 雄 大 で は あ り ま す が 、 き れ
いな も の で は 決 し てあ り ま せ ん 。
﹁水 ﹂ に関 す る 単 語 を いく つか あ げ て み ま す と 、 ﹁水 玉 ﹂ ﹁水 鏡 ﹂ ﹁水 晶 ﹂ ﹁水 盤 ﹂ ﹁水 滴 ﹂ ⋮ ⋮ 。 いず れ も き れ い
し い単 語 です 。 ﹁湯 帰 り ﹂ と いう の は 、 森鴎 外 の ﹃雁 ﹄ の は じ め に 出 て ま いり ま す ね 。 ﹃雁 ﹄ の女 主 人 公 、 お 玉 さ
な 感 じ がし ま す 。 ﹁湯 ﹂ と いう 言 葉 も ﹁湯 あ み ﹂ ﹁湯 帰 り ﹂、 あ る いは ﹁湯 疲 れ ﹂ ﹁湯 冷 め ﹂ ⋮ ⋮ い か に も 日 本 語 ら
ん の銭 湯 帰 り の姿 に ほ れ た 、 そ こ か ら 物 語 が始 ま り ま す が、 ﹁湯 帰 り ﹂ と いう の は いか に も 日 本 語 で な け れ ば 生 ま れ な か った 言 葉 であ る 、 と 言 う こと が で き ま す 。
三 生 活 を 表 す 語彙 家畜 に関 す る語彙
中 学 校 の英 語 の時 間 によ く こ う いう こ と を 先 生 に 言 わ れ た も の です 。 英 語 と いう の は大 変 、 精 密 な 言 葉 で、 ウ
シ な ん て こ と を 簡 単 に は 言 わ な い。 た と え ば 、 オ ス のウ シ、 メ ス の ウ シ 、 子 ど も のウ シ と いち いち 区 別 す る。 そ
う し て メ ス のウ シ は カ ウ 、 子 ど も のウ シ は カ ー フ、 オ ス の ウ シ は 、 自 然 のも と も と の オ ス のウ シな ら ブ ル と言 い、
オ ック ス と いう の は 去 勢 し た オ ス のウ シ だ 、 と 言 わ れ る 。 私 た ち は ば か に詳 し い こと を 言 う も ん だな と 感 心 し て 聞 い て いた も の です 。
日 本 語 に も オ ウ シ と か メ ウ シ と か いう 言 葉 は あ り ま す が、 オ ウ シ と いう の は オ と ウ シ か ら 出 来 て いる 。 メ ウ シ
と いう の は メ と ウ シ か ら 出 来 て いる 、 いわ ば 二次 的 な 単 語 で す 。 英 語 のオ ック スや カ ウ は も と も と 一次 的 な 単 語
であ る。 こ う い った こと は ウ シ だ け で は あ り ま せ ん で、 ヒ ツジ の場 合 も そ う な って いる と 言 わ れ たも の です 。 た
と え ば 、 オ ス の ヒ ツジ 、 や は り これ も 去勢 し て いる か し て いな いか で 区 別 す る。 メ ス の ヒ ツ ジ、 子 ヒ ツ ジ。 私 ど
も が こ れ を 習 った と き 、 オ ス のヒ ツジ のramと 子 ヒ ツ ジ のlamb と 違 う 単 語 だ そ う で す が 、 な か な か 、 rとl の
区 別 が でき な か った 。 さ ん ざ ん 悩 ま さ れ た も の でし て 、 と に かく 厳 密 な 区 別 があ る も のだ と いう こ と を 勉 強 し た 記憶 があります。
そ れ か ら ま た ﹁群 れ ﹂ と い った 言 葉 が動 物 に よ って 違 う のだ そう です ね 。 た と え ば 、 ウ シ ・ウ マな ど の群 れ は
ハー ド 、 ヒ ツジ の群 れ は フ ロ ック 、 オ オ カ ミ や 猟 犬 な ど の群 れ は パ ック 、 追 わ れ る家 畜 の群 れ は ド ゥ ロー ヴ と い う よ う に いち いち 違 う 言 葉 で 言 い表 す と いう 。
和 英 辞 典 な どを 見 て いて よ く 感 じ た こ と です が 、 ﹁ナ ク ﹂ と いう 単 語 を 引 き ま す と 、 こ れ が 実 に詳 し い の で す
ね 。 た と え ば 、 ウ シ が鳴 く のはlow'ウ マはneigh ロ, バ がbleaブ tタ ,ま で ち ゃん と き ま って お り ま し てgrunとt
いう 。 日 本 語 にも 、 ウ マが イ ナ ナ ク と か 、 イ ヌ が吠 え る と か 、 こ のく ら いは あ りま す が 、 ヒ ツジ がど う 、 ブ タ が
ど う 、 な ん て こ と は 、 と て も 考 え て お り ま せ ん 。 これ は ヨー ロ ッパ 語 一般 の傾 向 な の であ り ま す 。 ヨー ロ ッパ 人
た ち は、 日本 人 と 違 って古 く か ら 牛 や 豚 の肉 を 食 べ、 羊 の毛 の衣 服 を 身 に つけ て いた 、 つま り 牧 畜 が 生 活 の上 に 重 要 であ った か ら に 違 いあ り ま せ ん。
東 洋 で は 、 ア ラ ビ ア語 で は 、 ラ ク ダ を 表 す 言 葉 が豊 富 で 、 パ ー マー と いう 人 の ﹃現 代 言 語 学 紹 介 ﹄ に よ り ま す
と 、 ち ょ っと し た 違 いを 言 い分 け て 五〇〇 以 上 も あ る と いう か ら び っく り し ま す が、 そ れ だ け ラ ク ダ が 重 要 な の
でし ょう 。 お 隣 の中 国 語 も や は り 大 変 家 畜 を 詳 し く 区 別 し て言 い分 け ま す 。 私 ど も が 漢 和 辞 典 を 見 ま す と 、 ﹁牛 ﹂
馬 の青 黒 き も の。〓
〓 (バ ウ )︱
(テ キ )︱
馬 の長 き 毛 。
白 き 額 の馬 。
と か ﹁馬 ﹂ と か いう 部 首 が あ って、 た と え ば 馬 偏 のと こ ろ を 見 ま す と 、 わ れ わ れ が初 め て見 る よ う な 字 が た く さ
〓 (カ ン)︱
馬 行 いて 相 及 ぶ。
ん並ん でおります 。
〓 (サフ )︱
これ も 、 中 国 で は 日 本 と 違 って ウ マを 重 要 視 し た 、 生 活 のう え で 大 切 な も の であ った こと が わ か り ま す 。
中 国 の お 隣 の モ ンゴ ルも 、 や は り そう です 。 服 部 四 郎 博 士 が 昔 お 出 し にな り ま し た ﹃ 蒙 古 と そ の言 語﹄ と いう
本 が あ り ま す が、 こ の本 の中 に こう いう こと が書 い てあ り ま す 。 モ ンゴ ル語 では ウ マ の種 類 に つ い て は た い へん
詳 し い。 た と え ば 、 雄 の馬 、 雌 の馬 、 乗 馬 用 の 馬 、 仔 を 産 む 前 の雌 の馬 、 仔 馬 、 歯 のは え た 馬 、 二歳 の馬 、 三 歳
の馬 、 四 歳 の馬 な ど 、 みな 別 の名 前 を も つと あ り ま す 。 馬 が 大 切な 家 畜 であ る こ とを 表 し て いま す 。 奇 抜 な の は、
こ の本 に よ り ま す と 、 ウ シ の糞 が 四通 り 、 五 通 り に区 別 さ れ て いる 。 そ れ は 状 態 や 用 途 が違 う か ら だ と 説 明 があ
り ま す が 、 と に か く 、 日本 語 以 外 の言 語 で は家 畜 に関 す る 語 彙 が非 常 に発 達 し て いる こ と が わ か り ま す 。
私 ど も は 子 ど も のと き ﹃イ ソ ップ 物 語 ﹄ を 読 ん だ も の で す が 、 物 語 で活 躍 す る も のが 、 ヒ ツジ であ る と か 、 ロ
バ であ る と か 、 オ オ カ ミ、 キ ツネ な ど で、 あ れ は い か に も 牧 畜 民 族 の間 に 生 ま れ た お 話 だ と いう こと を 感 じ ま し た。
日本 は 稲 田の国
私 ど も は 大 正 ご ろ 小 学 校 に 入 り ま し た が 、 そ の頃 の絵 本 に出 て く る お 話 と いう の は こ ん な も の で し た 。 ﹁ダ イ
コンさ ん と ニ ンジ ンさ ん と ゴ ボ ウ さ ん と お 湯 屋 に 行 き ま し た 。 ゴ ボ ウ さ ん は 遊 ん で ば か り いま し た の で真 っ黒 に
な り ま し た 。 ニ ンジ ンさ ん は お 風 呂 に ば か り 入 って いま し た の で真 っ赤 にな り ま し た 。 ダ イ コ ンさ ん は よ く 洗 い
ま し た の で真 っ白 に な りま し た 。 皆 さ ん も お 風 呂 へ入 った ら よ く 洗 いま し ょう ね ﹂。 い か に も 日 本 は 農 業 の国 で あ る 、 野 菜 の国 で あ る 、 と いう こと を 感 じ ま す ね 。
こと に 、 日 本 の農 業 は中 心 が 米 です か ら 、 米 に 関 す る こ と は 日本 では 大 変 や か ま し い。 た と え ば 、 私 ど も は中
学 校 の と き 、 英 語 の先 生 に ﹁お 米 って いう の は 英 語 で何 と 言 う ん で す か ﹂ と 質 問 し た も の です 。 そ う す る と 先 生
は ﹁riで cす e﹂ と 言 う ので す 。 私 ど も は お か し い気 が し ま し て 、ric とeいう のは 御 飯 じ ゃな いか 、 お 米 って 単 語
は 別 にな い のだ ろ う か と 思 った も の で し た が、 英 語 で は 、 お 米 、 と か 御 飯 と か と い った も の は 重 要 じ ゃな い の で
す ね 。 で す か ら な ま でも 炊 いて あ って も 同 じ よ う に言 う 。 日 本 で は 、 ま ず 田 圃 に植 物 と し て 生 え て いる と き か ら 、
﹁稲 ﹂ と い っ て 名 前 が 違 いま す 。 そ れ か ら 穀 物 と し て は お 米 で 、 出 来 上 が った 、 食 料 に な る も の は メ シ と か 御 飯
と か 言 いま す 。 中 国 や イ ンド ネ シ アも 米 を 大 切 に し ま す か ら 、 こ のよ う な 区 別 が あ る よ う で す 。 日本 で は そ のほ
か に ラ イ ス と 呼 ば れ る も の ま で あ っ て 、 こ れ は 、 お 皿 に 入 って い て 、 わ き に 福 神 漬 が ち ょ っと つ い た も の で す ね 。
﹁ラ イ ス で す か ﹂ と 言 わ れ ま す ね 。 あ る 人 が 、 シ ャ ク だ と
﹁い や 、 御 飯 だ ﹂ と 頑 張 った ら 、 給 仕 の 人 が び っく り し ま し て お 鉢 を 抱 え て 出 て 来 た そ う で す 。 つま り 、
よ く 、 食 堂 へ ま い り ま し て 、 ﹁御 飯 を く れ ﹂ と い う と 思 って
﹁田 ﹂ と い う 単 語 が 重 く み ら れ ま す 。 日 本 語 で は
お 給 仕 の 人 に し て み れ ば 、 ラ イ ス と 御 飯 は 別 物 だ と 思 って いた こ と に な り ま す 。 日 本 で は 、 お 米 を つく る 田 と いう も の が 重 要 で 、 日 本 語 で は
﹁田 ﹂ と いう 文 字 は 日 本 の ハ タ ケ を 表 す 文 字 だ そ う で す 。 で す か ら 、 特 に ハ タ ケ を 表 す 文 字
こ の ほ か に ﹁畑 ﹂ と いう 字 が あ り ま し て 、 こ れ は 日 本 で つく った 字 だ そ う で す 。 ど う し て そ う な っ て い る か と 言 いま す と 、 中 国 で は
を 日 本 で は つく ら ざ る を 得 な か っ た 。 ﹁田 ﹂ と いう 字 が 重 要 で あ り ま す こ と は 人 の 苗 字 で 一番 多 い の が 田 の つく
苗 字 だ と い う こ と で わ か り ま す 。 田 中 ・田 村 ・吉 田 ・上 田 ・山 田 ・前 田 ⋮ ⋮ と 、 い か に も 日 本 が 稲 田 の 国 で あ る こと を よ く 表 し て いる と 思 いま す 。
漁業 に関す る語彙
( 国 字 ) が 多 い 。 た と え ば 、 ﹁鰯 ﹂ ﹁鱈 ﹂ ﹁鱚﹂ ﹁鯱 ﹂ ﹁鯰﹂ ﹁ 鮗﹂ ⋮ ⋮ 。 こ
と こ ろ で 、 日本 の産 業 のう ち で いか に も 日本 ら し いも のは 漁 業 で す 。 こ の こと から 魚 偏 の字 が 日 本 語 に 多 く 使 わ れ る。 し か も 、 日本 で つく った 文 字
う い う 字 は 中 国 に は あ り ま せ ん 。 日 本 で 新 し く 日 本 語 の た め に つく った 漢 字 で す 。
私 は ハ ワ イ で 半 年 ば か り 生 活 し た こ と が あ り ま し た が 、 ハ ワ イ の 市 場 へ参 り ま す と 、 魚 屋 で マ グ ロと カ ツ オ と
並 ん で 売 って い ま す 。 ハ ワ イ 語 で は 区 別 が あ り ま し て 、 マ グ ロ の こ と は ア ヒ 、 カ ツ オ の こ と は ア キ と 言 いま す 。
わ れ わ れ 日本 人 は す ぐ 区 別 が わ か り ま す か ら ア ヒく れ 、 アキ に し よ う 、 と 言 って 買 って 帰 る の です が 、 ア メ リ カ
人 は 両 方 と もtunafiと s言 h っ て 区 別 を し な い よ う で し た 。tunafi のs あhぶ ら の 多 い と こ ろ と い う と マグ ロ、 あ ぶ ら の少 な いと ころ と いう と カ ツオ に な る。
一般 に ア メ リ カ 人 は 、 た と え ばfishと い う 言 葉 そ の も の で も 、 日 本 語 と 違 って ず い ぶ ん 内 容 が 雑 然 と し て い る
よ う で す 。 た と え ばcuttleと fi いsう h の は イ カ で す が 、 ク ラ ゲ の こ と をjellyfi ヒs トhデ , の こ と をstarfと isい hう 。
ク ラ ゲ や ヒ ト デ ま でfishの う ち に 入 って い る 。 つ ま り 、 海 の 中 に い る も の は 、 形 の か な り 違 う も の で もfishの な
か に 入 って い る 。 そ の 点 日 本 は 漁 業 の 国 で あ る た め に 、 魚 に 対 し て 大 変 や か ま し い 限 定 を 設 け て い る と 思 いま す 。
日 本 で は 、 カ ズ ノ コ と い う の は ニ シ ン の卵 で 、 シ ャ ケ の 卵 を わ ざ わ ざ ス ジ コと い った り し ま す が 、 ち ょ う ど こ れ
は 、 さ き ほ ど お 話 し し ま し た 、 ヨ ー ロ ッパ で オ ス の ウ シ は こ う 、 メ ス の ウ シ は こ う 、 子 ど も の ウ シ は こ う と い う よ う に 、 い ち いち 区 別 す る の と 同 じ よ う な も の だ と 思 いま す 。
日 本 で は さ ら に 魚 を 成 長 過 程 に 応 じ て い ろ い ろ 詳 し く 言 い 分 け る 習 慣 が あ り ま す 。 た と え ば 、 セ イ ゴ と いう の
は スズ キ の子 ど も だ そ う です 。 イ ナ ダ と いう 魚 は、 大 き く な る と ワ ラ サ にな り、 最 後 に ブ リ にな る。 これ は 関 東
﹃日 本 魚 名 の 研 究 ﹄ と い う の が あ り ま す が 、 そ の 中 に 、 四 条 流 と いう 名 の
式 で 、 関 西 で は ま た 違 い ま し て 、 ツ バ ス、 ハ マ チ 、 メ ジ ロ と 変 わ る そ う で す ね 。 渋 沢 敬 三 先 生 が お 出 し に な った 本 に
料 理 の流 儀 で魚 の 体 の部 分 を ど のよ う に 区 別 し て いる か と いう こと を 図 解 し て説 明 し てあ る と こ ろ が あ り ま す が 、
そ れ で 見 ま す と 、 一匹 の 鯉 の 体 に 一番 か ら 五 十 何 番 ま で 番 号 を 打 っ て あ っ て 、 そ れ ぞ れ 名 前 が つ い て い る 。 よ く
見 る と 、 背 の 鰭 だ け で も 、 前 の 方 か ら 順 々 に ヒ ヤ コ ノ ヒ レ 、 諸 神 之 ヒ レ 、 諸 人 之 ヒ レ 、 ミ サ コノ ヒ レ 、 ス マ シ ノ
ヒ レ 、 隠 痒 ノ ヒ レ 、 ア マ タ カ 之 ヒ レ と 分 け て 名 前 が つ い て い る の で び っく り し ま す が 、 い か に も 日 本 ら し い と 思
い ま す 。 私 の 子 ど も の こ ろ の 思 い 出 に 、 親 戚 に 祝 い 事 が あ って 、 口 取 り の 鯛 な ど を も ら って き ま す と 、 私 の 母 は
箸 で鯛 の頭 の骨 を ほ ぐ し 、 こ れ が何 と か これ が何 と か 、 と 三 つ の農 具 に 似 た 骨 を 並 べ て 見 せ てく れ た も の です が、 あ あ いう の も 専 門 家 の間 で は 、 そ れ ぞ れ 名 前 が あ った の か も し れ ま せ ん 。
離岸較遠 的海上 磯︱
灘︱ 石頭 多的海浜
波 濤洶 涌 的 海 面
﹁沖 ﹂ ﹁灘 ﹂ ﹁浦 ﹂ ﹁磯 ﹂ と い った 言 葉 が 中 国 語 にな
漁 場 の種 類 な ど に つい ても 日 本 語 で は 詳 し い言 い分 け が あ り ま す 。 望 月 八 十 吉 さ ん の ﹃中 国 語 と 日本 語 ﹄ と い う 本 によ り ま す と 、 日 本 で は 何 でも な く 使 って いる 言 葉︱
沖︱ 波浪平静 的湾
いそ う で す ね 。 こ ん な ふう に 説 明 し て あ り ま す 。
浦︱
衣食 住 関係 の語彙 次 に衣 食 住 と 日本 語 に つ い てち ょ っと 触 れ て み た いと 思 いま す 。
ま ず 、 ﹁衣 食 住 ﹂ のう ち の ﹁食 ﹂ です が、 日本 の食 に つ いて 著 し い の は 、 煮 る 料 理 が 発 達 し て い る こ と です 。
お そ ら く こ れ は 、 水 が 豊 富 で あ る こ と 、 そ れ か ら 、 野 菜 な ど を 食 品 と し て食 べる こ と が 多 いこ と によ る と 思 いま す。
た と え ば 、 英 語 のboi とlいう 言 葉 は 、 日 本 で は 、 御 飯 な ら ば ﹁炊 く ﹂、 み そ 汁 な ら ば ﹁煮 る ﹂、 卵 は ﹁ゆ で る ﹂、
お 湯 な ら ば ﹁わ かす ﹂ と 言 い分 け ま す 。 ど う 違 う か と 言う と ﹁ゆ で る ﹂ と いう の はあ と で お湯 を こ ぼし て 、 そ れ
は 飲 ま な い。 ﹁煮 る ﹂ と いう の は お 湯 の部 分 を こ ぼ さ な い で食 べ て し ま う 。 そ う いう こ と を いち いち や かま し く 区 別 す る わ け です 。 英 語 で は こう い った 区 別 がな い。
そ れ に 対 し 日本 語 は ﹁焼 く ﹂ と いう 言 葉 に は大 変 の ん き です 。 英 語 で は 、roaと sb troi とlいう 区 別 な ど が あ り
ま す し 、bakと etoas にtつ いて も 、bakeの方 は パ ンを つく る 過 程 、toaと st いう の は ト ー ス タ ー な ん か に 入 れ て
食 パ ンな ど に こ が し を つけ る こ と です が、 こ の 区 別 に 日 本 人 は 大 変 お お ざ っぱ です 。 ﹁牛 肉 のす き 焼 き ﹂ と か
﹁サ ザ エ の つぼ 焼 き ﹂ と か 言 って お り ま す が 、 あ れ は ほ ん と う に焼 い て いる のか ど う か 。 ア メ リ カ 人 だ った ら 両 方 と も ボ イ ルし て いる ん じ ゃな い か と 言 いそ う で す 。
日 本 語 の ﹁衣 ﹂ は 着 る 生 活 を 表 す 言 葉 です が、 特 徴 的 な のは 、 体を 上 半 身 、 下 半 身 に 分 けま し て、 上 半 身 に つ
いて は 非 常 に 詳 し い の です 。 ど う いう も のを 身 に つけ る か に よ って み ん な 違 いま す 。 帽 子 や お 面 、 昔 だ った ら カ
ブ ト 、 これ は ﹁か ぶ る ﹂ です ね 。 メ ガネ や マス ク は ﹁か け る ﹂、 着 物 と か 洋 服 は ﹁ 着 る ﹂、 手 袋 、 指 輪 の 類 は ﹁は
め る ﹂ と 申 し ま す 。 羽 織 、 印 ば ん てん な ど は ﹁羽 織 る ﹂ と 言 いま す ね 。 シ ョー ルや ベ ー ルは ﹁ ま とう﹂ と言うよ う で す 。 こ のよ う に 上 半 身 に つ いて は 、 や か ま し い。
と こ ろ が、 下 半 身 にな り ま す と 簡 単 で し て 、 袴 、 ズ ボ ン、 スカ ート 、 足 袋 、 靴 下 、 下 駄 、 靴 ⋮ ⋮ 全 部 ﹁は く ﹂
で統 一さ れ て いる 。 こ れ は 一体 ど う いう こ と であ ろう か 。 考 え て みま す と 、 こ れ は 日本 人 は 、 体 の上 半 身 と 下 半
身 を 区 別 し ま し て、 下 半 身 の方 は あ ま り き れ い でな いと 思 って い る こ と に よ る と 思 いま す 。 下 半 身 に つ いて は な かな か 口 に いた し ま せ ん 。
﹁足 ﹂ と いう 言 葉 で は、 英 語 で す とfooと tleg の区 別 が あ り 、foo とtいう の は 靴 の中 に 入 って い る 部 分 、legと
いう の は 腰 から 下 全 体 です 。 中 国 で も ち ゃん と 区 別 が あ って、fooのt方 は ﹁足 ﹂、legの方 が ﹁脚 ﹂ であ り ま す 。
こ の頃 、 短 足 類 と いう 言 葉 が 出 来 て 、 私 な ど いや な 言 葉 が でき た と タ ンソ ク し て お り ま す が 、 考 え て み る と 、 こ
れ は ﹁足 ﹂ が短 い の では な く て ﹁脚 ﹂ が 短 い の では な いか 、 短 脚 類 と いう べき で は な い で し ょう か。
と いう のはkneeとlapの二 つに な り ま す 。kneeの方 は 曲 が る 部 分 です が、lapは そう じ ゃな い の です 。 ﹁ひ ざ ま
ま た ﹁ひ ざ ﹂ と いう 言 葉 も あ って、 脚 の曲 が る 部 分 を ひ ざ だ と 心 得 て お り ま す が 、 英 語 に し ま す と 、 ﹁ひ ざ﹂
く ら を す る ﹂ の ﹁ひ ざ ﹂ です 。 た し か に ゴ リ ゴ リ し た と こ ろ を ま く ら にし た って は じ ま ら な いわ け です か ら 。
私 は、 山 口県 の萩 に あ る松 下 村 塾 に 行 った こ と が あ りま す が、 あ そ こ の 間 取 り は お も し ろ か った 。 私 の記 憶 で
は 、 た と え ば 教 室 が あ る 、 生 徒 の居 間 が あ って、 先 生 の部 屋 があ る 。 そ う いう も の は大 体 普 通 に 並 ん で いま す が 、
一つだ け 斜 め に 設 計 さ れ て いる 部 屋 があ り ま し て 、 そ こ が 吉 田 松 陰 先 生 の寝 室 だ と 言う の です 。 これ は 随 分 無 駄
な 空 間 を 作 った こと に な り ま す が 、 な ぜ そ う な って い る か と 言 う と 、 吉 田 松 陰 と いう か た は 大 変 礼 儀 正 し い かた
で、 東 に 向 け る と 天 子さ ま に 足 を 向 け る こ と に な る、 西 の方 へ向 け る と 先 祖 の お 墓 に足 を 向 け る こ と に な る 。 北
の方 は ⋮ ⋮ 、 南 の方 はと 考 え た ら 、 足 を 向 け て い い のは 一か所 西 北 の方 だ け だ った の で こ のよ う な 設 計 を し た 、 と いう 話 を 聞 き ま し た が 、 欧 米 の 人 な ど 思 い つき も し な い こ と で し ょう 。
私 は 一度 、 パ リ に 行 き ま し た 。 凱 旋 門 の 下 のと こ ろ に ﹁無 名 戦 士 の墓 ﹂ と いう の があ り ま す 。 私 は ﹁無 名 戦 士
の墓 ﹂ と いう の は 、 何 か 高 い石 で も 建 って いて 、 それ に ﹁無 名 戦 士 の墓 ﹂ と いう 字 が彫 って あ る の か と 思 って い
た 。 と ころ が、 そ う いう も の は見 つか ら な い の です 。 そ こ で 、 往 来 の フラ ン ス の 人 に 聞 いた ら 、 ﹁いま あ な た が
踏 ん で いる そ の 足 の下 が そ う だ ﹂ と 言 う の で す 。 び っく り し ま し た ね 。 日 本 人 で は 足 で ズ カ ズ カ踏 ん で歩 く よ う な 墓 と いう の は と ても 考 え つき ま せ ん 。
日本 人 は 、 ﹁土 足 ﹂ と か ﹁下 足 ﹂ と か いう よ う な こ と を 申 し ま す が、 これ な ど も い か にも 日 本 人 ら し い造 語 だ
と 思 いま す 。 日本 の家 と いう のも そ う い った こと と 関 係 があ り ま す 。 今 、 日本 人 は 欧 米 の 文 化 を さ か ん に輸 入 し
て いま す け れ ど 、 最 後 ま で 向 こう のと お り に な ら な い のは 、 床 へあ が る と き に 土 足 のま ま あ が ら な い、 と いう 習
慣 じ ゃな い か と 私 ど も は 思 いま す 。 ハワイ に いる 日本 人 た ち は 、 いろ いろ な 点 で ア メ リ カ 化 さ れ て いま す が 、 履 物 を ぬ い で家 に 入 る 習 慣 だ け は守 ってお りま し た 。
ハレとケ
日本 人 の生 活 のう ち で よ く 問 題 に な り ま す の が、 柳 田 国 男 先 生 以 来 の ハレと ケ の違 いで あ り ま す 。 ハレ と いう
の は よ そ ゆき 、 ケ と いう のは 普 段 で す 。 こ の違 いは 日 本 人 の 場 合 激 し いと 言 いま す が、 た し か に衣 食 住 す べ て に わ た って あ りま す ね 。
衣 生 活 で言 いま す と 、 た と え ば 紋 付 ・袴 は ハレ のも の です 。 食 生 活 の方 で は ﹁赤 飯 ﹂ や ﹁お モ チ ﹂ が ハ レ のも の、 住 生 活 で は ﹁お 座 敷 ﹂ と か ﹁客 間 ﹂ が ハレ のも の です 。
当 然 こ の 区 別 は 日 本 語 と いう 言 葉 に も あ て は ま る わ け で し て 、 ダ 体 、 デ ス マ ス 体 、 ゴ ザ イ マ ス 体 と いう 文 体 の
違 い を 言 い 分 け る と いう の は 、 ハ レ の 文 体 、 ケ の 文 体 の 違 い を 使 い 分 け る 例 で す 。
こ の こ と は 単 語 の 方 に も 影 響 が あ り ま し て 、 ﹁き ょ う ﹂ と い う の と 、 ﹁今 日 ﹂ と い う の と で は 、 意 味 は ま った く
同 じ で す が 、 使 い 方 は 違 っ て い て 、 ﹁き ょ う 行 く よ ﹂ と 言 っ て も 、 ﹁今 日 行 く よ ﹂ と は 決 し て 言 わ な い 。 つま り 、
﹁明 日 ﹂ の 対 立 も そ う で す し 、
﹁こ の た び ﹂ の 対 立 も そ う で す 。 こ う い う こ と は 、 日 本 人 の 生 活 に ハ レ と ケ の 区 別 が は っき り し て い
﹁き ょ う ﹂ は フ ダ ン 用 で 、 ﹁今 日 ﹂ と い う 方 は ヨ ソ 行 キ 用 な の で す 。 ﹁あ し た ﹂ と ﹁今 度 ﹂ と る こ と を 表 し て いる と 思 いま す 。
﹁ 働 く ﹂ と ﹁遊 ぶ ﹂
日本 人 の生 活 で 顕 著 な ひ と つ の特 色 と し て 言 わ れ て お り ま す の が 、 日本 人 の勤 労 精 神 です 。 私 は 、 昔 、 芳 賀 矢
一博 士 の ﹃国 民 性 十 論 ﹄ と い う 本 を 読 ん だ こ と が あ り ま す が 、 ﹁忠 君 愛 国 ﹂ で あ る と か 、 ﹁清 潔 ﹂ で あ る と か 、 十
か 条 の こ と が 書 い て あ った 。 と こ ろ が 、 ﹁働 き 者 ﹂ だ と い う こ と は 書 い て な い の で す 。 つ ま り 、 芳 賀 矢 一博 士 は 、
日 本 人 が 今 の よ う に 働 い て い る こ と は 当 然 だ と 思 っ て い た ら し い。 い か に も こ こ に 日 本 人 の 勤 労 を 愛 す る 精 神 が 表 れ て い る と 思 いま す 。
戦 後 、 日本 人 の国 民 性 に つ いて は いろ いろ 言 わ れ ま し て、 い つか、 ﹃ 知 性 ﹄ と いう 雑 誌 で 日本 人 の 国 民 性 を 論
じ て い た こ と が あ り ま す 。 口 の 悪 い 人 、 大 宅 壮 一さ ん 、 宮 城 音 弥 さ ん ⋮ ⋮ と い った 人 が 揃 った も の で す か ら 、 日
を 得 ま せ ん で し た 。 こ の勤 勉 さ と いう こ と は や は り 日 本 語 に表 れ て いま し て、 た と え ば 日本 語 の
﹁ 働 く ﹂ と いう
﹁働 く ﹂ と い う
本 人 は コ テ ン コ テ ン に や ら れ た も の で あ り ま す が 、 た った 一つ 、 日 本 人 は 勤 勉 だ 、 と いう こ と は 誰 も が 認 め ざ る
﹁遊 ぶ ﹂ に 対 す る も の で あ り ま す が 、 日 本 人 の
言 葉 は そ れ で す 。 日 本 語 の ﹁働 く ﹂ と い う 単 語 は
の は 英 語 のworkと 違 い ま す ね 。work と い う の は 、 た と え ば 机 に 向 か っ て 勉 強 し て もworkで あ り ま す が 、 日 本
﹁働 ﹂ と いう 字 が あ り ま す が 、 こ れ は 国 字 で 、 日 本 で
人 は そ う は 言 いま せ ん 。 ﹁ う ち の 娘 は 勉 強 ば か り し て 、 ち っ と も 働 か な い﹂ な ど と 言 う 。 つま り 、 日 本 語 の ﹁働 く ﹂ の方 が 英 語 の ワ ー ク よ りも 意 味 が厳 密 です 。 日 本 に は
﹁何 か す る ﹂ こ と で あ り ま す が 、 日 本 の ﹁遊 ぶ ﹂ と
つ く った 字 だ と いう の は 、 や は り 、 い か に も 日 本 ら し いと 思 い ま す 。 ﹁遊 ぶ ﹂ と い う の も 、 英 語 のplay と は 違 い ま す ね 。playは
﹁何 も し な い ﹂ こ と で 、 悪 い こ と で す 。play に は 悪 い意 味 が あ り ま せ ん が 、 日 本 語 の ﹁遊 ぶ ﹂
﹁ム ダ な こ と を し て い る ﹂ の 意 味 で し て 、 悪 い 意 味 に 使 っ て し ま っ て い る 。 や は り 勤 労 を 愛 す る 日 本
いう 方 は 、 む し ろ と いう のは
﹁働 ﹂ と 結 び つけ ま し て 、 い か に も 日 本 語 ら し い 言 葉 と し て
﹁い そ し
﹁い そ し む ﹂ と い う 言 葉 を あ げ た い と 思 いま
人 ら し い こ と だ と 思 いま す 。 "北 の 湖 の 右 手 が 遊 ん で い る " と い った こ と は 、 よ く な い例 に 引 か れ ま す 。 私 は
す 。 和 英 辞 典 を 引 き ま す と 、 ﹁い そ し む ﹂ は イ コ ー ル ﹁励 む ﹂endeavと o書 r い て あ り ま す が 、 ﹁励 む ﹂ と
む ﹂ は 違 い ま す ね 。 ﹁励 む ﹂ と い う の は ガ ム シ ャ ラ に 働 く こ と で す が 、 ﹁い そ し む ﹂ と い う の は 、 働 き な が ら 、 働
﹁い そ し む ﹂ と いう よ う な 言 葉 が で き る わ け で 、 こ こ に も や は り 日 本 人 の 勤 労 精 神 を 愛 す る こ と が よ く 表 れ
く こ と に 喜 びを 見 いだ し て い る、 いか にも 日本 語 ら し い単 語 だ と 思 いま す 。 日本 人 は 働 く こ と を 愛 す る 。 だ か ら こそ て いる と 思 いま す 。
四 人 間 に 関 す る 語 彙
人体 を表 す語 彙
﹁頸 ﹂ を
﹁首 ﹂ と
﹁頸 ﹂ と 二 つ言 い 分 け ま す が 、
﹁ク ビ ﹂ と 言 う と 同 時 に 、 く び れ た と こ ろ か ら 上 全 体 、 ﹁首 ﹂
﹁ク ビ ﹂ と い う よ う な 言 葉 に な り ま す と 、 漢 字 で は
日 本 語 で は 人 間 の 体 に つ い て の 語 彙 が 大 変 大 ざ っぱ で す 。 ﹁目 ﹂ ﹁鼻 ﹂ ﹁口 ﹂ ﹁耳 ﹂ あ た り は 日 本 語 に も ち ゃ ん と あ り ま す が 、 これ が
日 本 語 で は く び れ て い る と こ ろ 、 つま り
にあ た る と こ ろ も
﹁咽 頭 ﹂ と
﹁喉 頭 ﹂ の 区 別 が あ り ま す 。 ﹁咽 頭 ﹂ と
﹁ク ビ ﹂ と 言 って 区 別 し ま せ ん 。 英 語 で もneckとheadと いう よ う に 区 別 が あ り ま す 。
﹁ノ ド ﹂ と わ れ わ れ は 無 造 作 に 言 っ て お り ま す が 、 中 国 で は
い う の は 口 を 大 き く あ け た と き に 外 か ら 見 え る と こ ろ 、 ﹁喉 頭 ﹂ と いう の は 声 帯 が あ る 、 声 の 出 る と こ ろ で す 。 日本 人 は 両 方 と も ノ ド と 言 って区 別 を し ま せ ん 。
﹁ヒ ゲ ﹂ に な り ま す と 、 中 国 で は や か ま し い 区 別 が あ っ て 、 ﹁鬚﹂ は あ ご ひ げ 、 ﹁髭 ﹂ は 口 ひ げ 、 ﹁髯 ﹂ が ほ っ ぺ
た の ひ げ で す 。 英 語 で も 区 別 が あ り ま し て 、 ち ょ う ど こ れ に 対 応 し てbeard,moustache,w とh 言iい sk まe すr。 s日 本 語 は す べ て ﹁ヒ ゲ ﹂ と 総 称 し て い る 。
﹁つ め い た い ﹂ こ れ が
﹁ギ タ ー を 取 り て つま び け ば ﹂ の よ う に 指 先 で 弾 く こ と で す ね 。
﹁ツ メ ﹂ と いう 言 葉 は 、 今 カ チ カ チ し た と こ ろ を 言 い ま す が 、 ﹁つ め ﹂ の つ く 言 葉 を 見 て ま い り ま す と 、 ﹁つ ま む ﹂ は 指 先 で も の を 持 つ こ と で 、 ﹁つ ま び く ﹂ は
﹁つめ た い ﹂ と 言 い ま す の は 、 冬 、 氷 な ど に さ わ り ま す と 指 先 が 痛 い感 じ が す る 。 つま り
﹁つ め ﹂ と 言 って いた ら し い 。 い ま の カ チ カ チ し た と こ ろ は 、
﹁つ め の 甲 ﹂ と 言 った も の の よ う で す 。
﹁つめ た い ﹂ の 語 源 で す か ら 、 昔 の 人 は 指 先 全 体 を ﹃和 名 抄 ﹄ と い う 字 引 で 見 ま す と 昔 の人 は
﹁肺 ﹂ ﹁心 臓 ﹂ ﹁胃 ﹂ ﹁腎 臓 ﹂ と い う 言 葉 が あ り ま す が 、 全 部 こ れ は 漢 語 、 つ ま り 古 い 中
こ の よ う に 日 本 語 で は 体 の 部 分 の 名 前 が ご く 単 純 で あ り ま す が 、 特 に 体 の 中 の部 分 、 見 え な い部 分 に な る と 、 い っそ う そ う で す 。 今 は
﹁き も ﹂、 も う 一 つ は
﹁は ら わ た ﹂ の
国 語 で す 。 と いう こ と は 、 日 本 人 は 、 中 国 と 交 際 す る ま で は こ う い う 名 前 を も って い な か った の で は な い か と 考 え ら れ ま す 。 も し 名 前 を も って いた と す れ ば そ れ は 二 つだ け です 。 一つは
﹁わ た ﹂、 こ れ だ け し か 日 本 人 は 区 別 し て い な か った か の よ う で し て 、 こ れ を 見 ま す と 、 日 本 語 と い う の は ず い ぶ
ん 文 化 の 遅 れ た 言 語 だ った 、 と 思 い た く な る の で あ り ま す が 、 こ こ に は 非 常 に お も し ろ い 問 題 が あ り ま す 。
アイ ヌ語 の肉 体 の表 現
知 里 真 志 保 さ ん と いう 、 ア イ ヌ人 の 偉 い学 者 が作 ら れ た ﹃分 類 ア イ ヌ語 辞 典 ﹄ があ り ま す が、 そ のう ち の 一冊 、
三 セ ンチ ば か り の 厚 い本 全 部 が 人 間 の 体 に つ いて の言 葉 か ら な って いま す 。 ア イ ヌ 語 に は 人 体 に つ いて 言 葉 が非
常 にた く さ ん あ る の でし て、 こ の本 で は ア イ ヌ 語 の単 語 が A B C順 に 並 ん で い て、 そ れ に 日本 語 の説 明 が つ いて
いま す 。 日 本 語 の は 長 った ら し い 訳 に な って いる 。 た と え ば 、 アイ ヌ語 でraremp とoい xう の は 、 日本 語 に す る
と 眉 と 目 の間 だ そ う で す 。 ア イ ヌ 語 のkisanと ni いn う の は 耳 の付 け 根 の 少 し 突 起 し た と こ ろ だ そ う で 、 随 分 妙 な と こ ろ に ま で名 前 を つけ た も のだ と 感 心 さ せ ら れ ま す 。
こ の本 は 、 そう いう 具 合 に 出 来 て いま す が、 し ま いに は 、 日本 語 では 説 明 でき な く な った と こ ろ があ って、 そ
こ は 図 解 を し て いま す 。 小 指 の付 け 根 の と こ ろ 、 て の ひ ら の横 の と こ ろ をtek-pi とsい oう y。tek と いう の は
﹁手 ﹂ の こ と です か ら た だpiso とy 言 って も い いそ う です が 、 わ れ わ れ は 日本 語 で は こ こ は何 と 呼 ん だ ら い い の
でし ょう か 。 こ のよ う に ア イ ヌ の人 は 人 間 の体 に いろ い ろ 名 前 を つけ て いま す 。 そ のよ う な 調 子 で 、 ﹁胃 ﹂ でも
﹁腸 ﹂ でも ﹁肺 臓 ﹂ でも ﹁心 臓 ﹂ でも 、 ア イ ヌ語 で は 名 前 が 呼 び 分 け ら れ て お り ま し て、 ま る で こ の 本 は 医 学 書 を 読 む よ う な 気 が いた し ま す 。
獣 の 肉 を 食 べな か った の です が、
ど う し て 日本 語 では 人 間 の体 に 関 し て の言 葉 が 単 純 な の に アイ ヌ語 は こ のよ う に 詳 し いか と 言 いま す と 、 こ れ には 食 べも の の違 い があ る の です ね 。 日本 人 は ほと ん ど 肉 食 を し な か った︱
アイ ヌ の人 た ち は 、 昔 は ク マを 食 べて いま し た 。 ク マ の肉 でも お いし いと ころ と ま ず いと こ ろ が あ り ま す 。 ク マ
の肉 で 一番 お いし いと こ ろ は ど こ か ご 存 じ です か 。 中 国 料 理 に 三 種 の美 味 と いう の が あ りま す ね 、 一つは ツ バ メ
の巣 、 二 番 目 は サ ル の脳 み そ 、 も う 一つは ク マ の掌 と いう こと に な って お り ま す が 、 こ の掌 と いう の が 小 指 の つ け 根 、Pisな oy の です 。
ク マと いう 動 物 は 冬 眠 を し ま す が、 そ の前 に 、 ク マはpiso をy 使 いま し て ア リ を す り つ ぶ し ま す 。 そ こ でそ こ
に ア リ の血 が ベ ット リ つく わ け です が 、 ア リ を 間 違 って噛 ん だ か た は 記 憶 が お あ り か と 思 いま す が 、 甘 酸 っぱ い
味 がす る 。 ク マは 冬 眠 の 途 中 で目 が さ め ま す と 、 こ こ を ベ ロ ベ ロな め る のだ そ う で す 。 そう いう 関 係 で ク マ の肉
はpiso のy 部 分 が 一番 お い し い。 ク マを 一頭 と り ま す と 、 昔 の アイ ヌ の人 は そ の小 指 の つけ 根 を 酋 長 に捧 げ た そ
う です 。 こ のよ う に アイ ヌ の人 は ク マを 肉 食 と す る 生 活 のな か で 、 ク マの 体 の各 部 に 対 し て 名前 を つけ た 。 こ れ
を 人 間 に 応 用 し た か ら 、 人 体 の各 部 分 にそ れ ぞ れ 名 前 が つ いた わ け です 。 英 語 ・ド イ ツ語 と い った ヨー ロ ッパ の
言 語 でも 内 臓 の名 前 が 大 変 詳 し いと いう の は、 や は り 、 向 こう の人 た ち が 先 祖 代 々 肉食 を し た こ と の表 れ であ り
ま す が、 日本 人 は 肉食 でな か った た め に 日 本 語 で は 体 の臓 腑 を 表 す 言 葉 が大 変 少 な か った 、 と いう こ と に な り ま す。
生理 衛生 に関 す る語彙
肺 か ら 血 が 出 る こ と 、 ﹁吐 血 ﹂︱
胃 か ら 出 る こ と 、 と は っき
そ れ か ら 、 生 理 的 な 言 葉 、 た と え ば ﹁血 を 吐 く ﹂ と い った よ う な 言 葉 に つ いて も 、 日本 語 で は お お ま か で あ り ま す が 、 これ が 中 国 語 に な り ま す と 、 ﹁喀 血 ﹂︱ り違う 。
ま た 、 ﹁キ ズ ﹂ と い った よ う な 言 葉 も 、 中 国 語 で は ﹁疵 ﹂ ﹁傷 ﹂ ﹁痍 ﹂ ﹁創 ﹂ ⋮ ⋮ のよ う に た く さ ん の字 があ り 、
意 味 が 違 う よ う です 。 英 語 で も 、wounと dいう の は 刀 と か 銃 のキ ズ 、cu tは 切 り キ ズ、bruiはs打 e撲 傷 、scratch は ひ っか いた キ ズ だ そ う で す 。
病 気 の名前 も そ う で し て、 ﹁結 核 ﹂ ﹁癌 ﹂ ﹁心 臓 病 ﹂ ⋮ ⋮ な ど 、 今 、 日本 語 と し て使 って いま す が、 す べ て こう
い った も のは 漢 語 で す 。 そう でな け れ ば 、 ﹁チ フ ス﹂ ﹁コ レラ ﹂ のよ う な 洋 語 です 。 つま り 、 固有 の 日本 語 の病 気
の名 前 は 少 な か った こ と が わ か る わ け で 、 要 す る に 日本 語 で は 生 理 衛 生 に関 す る 呼 び 分 け は 、 き わ め て単 純 であ
った と いう こ と にな り ま す 。 考 え て みま す と 、 一体 に 日本 人 は 体 に 関 し て モ ノ を いう こ と を いや が る 傾 向 が あ り
ます 。
F とiい nう gの eで r" す 。 "女 性 の指 "︱
た し か に 女 性 の指 に 似 た き ゃし ゃな お菓 子
私 は 以 前 ア メ リ カ の人 か ら お菓 子 を も ら いま し た 。 チ ョー ク ぐ ら い のピ ンク色 を し た お菓 子 で、 セ ロ フ ァ ン の
袋 を か ぶ って い て、"Lady's
で し た が 、 日本 人 だ った ら そ う いう 名 前 は 夢 に も つけ な い の で は あ り ま せ ん か 。 ﹁コ レ、 女 性 の 指 ネ ﹂ と 言 って
ム シ ャ ム シ ャ食 べ る神 経 は な いと 思 う の で す 。 日本 人 だ った ら ア ユか何 か に 見立 て て、 "多 摩 川 " と か "長 良 川 " と か 言 わ な け れ ば 名 前 に な ら な か った と 思 いま す 。
文学 作品 に みる身 体表 現
私 は お も し ろ い経 験 を し ま し た 。 私 の友 だ ち に絵 か き が いる の です が 、 こ の絵 か き があ る と き 電 話 を か け て来
ま し て、 ﹁オ レ は こ の頃 、 光 源 氏 の絵 を か こう と 思 って いる 。 光 源 氏 って 男 は ヒ ゲ が は え て いた か なァ ﹂ と 聞 く
ので す 。 私 は 困 り ま し て 、 ﹁さァ 、 そ れ は ⋮ ⋮ ﹂ と 言 った と こ ろ が、 そ の 男 は ﹁お 前 は 国 文 学 を 四 十 年 や って い
てま だ そ んな こと が わ か ら な い の か﹂ と 言 う の です 。 私 は 残 念 に 思 いま し て、 ﹃源 氏 物 語 ﹄ ば か り 四 十 年 や って
いる 友 だ ち に 電 話 で 聞 いた の で す 。 ﹁光 源 氏 は ヒ ゲ が は え て いた か ナ ﹂ と 。 そ の男 、 一言 に し て 言 いま し た ね 、
﹁そ ん な ば か な こ と わ か るも ん か﹂ と 。 紫 式 部 は ﹃源 氏 物 語 ﹄ 五 十 四 帖 書 き ま し た が 、 そ の中 で 光 源 氏 が ど のよ
う な 顔 を し て いた か と いう こ と は 、 一行 も 書 いてな いそ う です ね 。 光 源 氏 は絶 世 の美 男 子 だ と いう こと に は な っ
て お り ま す が 、 し か し 、 目 が大 き いと か、 鼻 が高 いと かと いう こと は 、 全 然 書 いて な い。 た だ 、 光 源 氏 は 全 体 と
し て 光 り 輝く よ う な 人 と いう 、 抽 象 的 な 書 き 方 、 あ る いは 光 源 氏 に会 う 女 の 人 が ポ ー ッと な った 、 と いう よ う な 間接的な表 現だそう であります。
私 は そ う 聞 いた と き 、 これ は 紫 式 部 が女 性 だ か ら 肉 体 の こ と を 直 接書 か な か った と 考 え ま し た 。 け れ ど も 、 実
際 は そ う じ ゃな い の で す ね 。 男 の作 者 で も ま った く 同 様 です 。 た と え ば 、 ﹃平 家 物 語 ﹄ と いう 血 な ま ぐ さ い戦 争
物 語 は 、 男 が書 いた 作 品 です が、 同 じ こと で 、 那 須 与 一の登 場 の場 面 を ど のよ う に書 い て いる か 。 与 一は 屋 島 の
戦 いで 扇 の的 を 見 事 射 と め た 英 雄 で あ り ま す が 、 ﹁与 一そ の頃 は 廿 ば か り のお のこ な り﹂ と ま ず 年 齢 を 言 いま す 。
そ の次 は ﹁か ち (褐 ) に、 赤 地 の 錦 を も つて お ほ く び は た ( 大 領 端 ) 袖 艶 え た る 直 垂 に、 萌 黄 お ど し の鎧 着 て
⋮ ⋮﹂ と 、 す ぐ 服 装 に 入 って し ま って 、 そ の描 写 が 長 い の です 。 そ う し て ど のよ う な 矢 や 弓 を 持 って、 と いう こ
と を 述 べ て いる。 容 貌 の こ と は 全 然 言 って いな い。 こ れ は いか にも 日本 人 的 だ と 思 いま す 。
ア メ リ カ の 小 説 の ﹃風 と 共 に去 り ぬ ﹄ を 見ま す と 、 一番 初 め に、 主 人 公 スカ ー レ ット ・オ ハラ に つ いて 両 親 、
お じ いさ ん 、 お ば あ さ ん の詳 し い紹介 が あ りま す ね 。 お じ いさ ん は ナ ニ人 で 、 髪 の毛 は ど ん な 色 を し て、 皮膚 は
ど う で、 目 の 玉 が ど う だ と 詳 し く 書 く 。 私 な ど は あ あ いう と こ ろ は 読 ま ず に と ば し ま す が 、 あ れ が ア メ リ カ 式 な
の でし ょう 。 これ は ア メ リ カ 人 と 日本 人 の相 違 だ と 思 いま す 。 日本 人 は 服 装 に む し ろ 重 き を おく の です 。
た と え ば ﹁す が た ﹂ と いう 言 葉 が 日本 語 にあ り ま す 。 ﹁花 嫁 姿 ﹂ と か ﹁あ で姿 ﹂ ﹁う し ろ 姿 ﹂ と か 、 私 は と て も
き れ いな 言 葉 と 感 じ ま す 。 英 語 に し た ら ど う な る か。figu とrい eう 言 葉 が あ り ま す が 、 英 語 のfigu のr 方e は人 間
を は だ か に し た か た ち です ね 。 日 本 語 の ﹁す が た ﹂ は そう で は あ り ま せ ん 。 日本 の着 物 は 世 界 でも っと も 美 し い
衣 服 だ と 聞 い てお り ま す が、 そ の着 物 を 着 た 全 体 のか た ち 、 これ が 日本 語 の ﹁ す がた ﹂ で あ って、 日 本 語 の美 し さ と いう ふ う な も のは や は り こ ん な と こ ろ にも あ る の で はな いか と 思 いま す 。
体 の動き を表 す 語彙
体 の動 き を 表 す 言 葉 に つ いて も 、 日本 語 では 単 純 です 。 こ の点 でも 、 中 国 語あ る い は英 語 と は 大 変 違 いま す 。
た と え ば、 漢 和 辞 典 の ﹁見 ﹂ と いう 部 首 を 見 て み ま す と 、 ま ず ﹁見 ﹂ と いう 部 首 を 代 表 す る 文 字 が あ り ま す 。
そ こ には 実 に た く さ ん の漢 字 が並 ん で お り ま し て、 ﹁視 ﹂ ﹁覩﹂ ﹁観 ﹂ ﹁覧 ﹂ ⋮ ⋮な ど み ん な ﹁ミ ル﹂ と 読 む こと に な って お りま す が 、 日本 語 で は 違 った 動 詞 で は 言 い分 け ま せ ん 。
ま た
﹁ト ブ ﹂ と い う 言 葉 が あ り ま す が 、 英 語 で はjumpとfly で 言 い 分 け る 。 ﹁ハネ ル ﹂ と い う 言 葉 も あ り ま す
が 、 や は り ﹁ト ブ ﹂ と も 言 い ま す ね 。 つま り 、 ﹁鳥 が 飛 ぶ ﹂ ﹁ウ サ ギ が と ぶ ﹂ と 、 同 じ よ う に 表 現 し ま す 。 こ の ほ
か に 、 地 方 へ 行 き ま す と 、 早 く 駆 け る こ と ま で ﹁と ぶ ﹂ と いう こ と が あ り ま す 。 中 学 校 の 体 操 の 時 間 に 、 先 生 に
﹁も つ﹂ と い う 言 葉 に つ い て 、 た く さ ん の 文 字 が あ り ま す 。 手 偏 の字 が た く さ ん あ り 、 一 つ 一つ 意
﹁と べ ﹂ と 言 わ れ 、 と び は ね て 叱 ら れ た 生 徒 が あ り ま し た 。 中 国語 では
味 が 違 う の だ そ う で す 。 ﹁所 有 す る ﹂ ﹁ヒ ジ に 引 っ掛 け て 持 つ﹂ ﹁手 で 持 つ﹂ ﹁両 手 で 捧 げ 持 つ ﹂ ﹁身 に つ け て 持 つ﹂
﹁ 両 手 で 挟 む よ う に し て 持 つ﹂ ﹁手 で ぶ ら さ げ る ﹂ ﹁手 の ひ ら に の せ て 持 つ﹂、 こ う い った 言 い 分 け を す る と いう の
は 、 日本 語 と た し か に違 いま す 。 そ う だ と し ま す と 日本 語 と いう も の は 不 便 な 言 葉 で、 こ のよ う な 表 現 が で き な いか と 言 いま す と 、 そ う で は な い の です 。
﹁チ ラ ッと 見 る ﹂ ﹁ジ ッと
日 本 語 は 、 動 詞 に つ い て は お お ま か で す が 、 動 詞 の 前 に 擬 態 語 と いう い ろ い ろ な 修 飾 語 を つ け る こ と に よ って
さ ま ざ ま の 状 況 を 詳 し く 説 明 す る こ と が で き る の で す 。 た と え ば 、 ﹁見 る ﹂ に 対 し て は
﹁シ ャ ナ リ シ ャナ リ 歩 く ﹂ と い っ た よ
見 る ﹂ ﹁ジ ロジ ロ見 る ﹂、 こ の よ う な も の が あ り ま す ね 。 ﹁歩 く ﹂ に つ い て は も っと 複 雑 で 、 ﹁テ ク テ ク 歩 く ﹂ ﹁ス タ ス タ 歩 く ﹂ ﹁ブ ラ ブ ラ 歩 く ﹂ ﹁ト ボ ト ボ 歩 く ﹂、 あ る い は 美 人 の と き に は う な 表 現 も あ りま す 。
も っと も こ れ は 、 考 え て み ま す と 、 た だ の 動 作 の 違 い で は な い の で す ね 。 そ の 動 作 を し て い る 人 が ど の よ う な
態 度 で いる か と いう こと 、 ど のよ う な 気 持 で いる か、 を 表 し て いる 。 こ ん な 点 にも 日 本 語 の大 き な 特 色 があ る と 思 いま す 。
感 覚 ・感 情 の 違 いを 表 す 表 現
日 本 語 に は 、 擬 態 度 が さ ら に 進 み ま し て 、 こ れ は 私 が つく った 言 葉 で す が 、 ﹁擬 情 語 ﹂ と いう べ き も の が あ り
ま す 。 た と え ば ﹁ク ヨク ヨ心 配 し て い る﹂。 ﹁ク ヨク ヨ﹂ と いう の は、 心 配 し て いる 人 間 の気 持 で す ね 。 ﹁ク ヨ ク
ヨ﹂ と いう よ う な 音 で人 間 の気 持 を 表 す と いう の は お も し ろ いと 思 いま す 。 ﹁イ ラ イ ラし な が ら 待 って いる ﹂ ﹁ム
カ ムカ し て き た ﹂ ⋮ ⋮ これ が ま た た く さ ん あ りま し て、 こ のよ う な 言 葉 は 、 日 本 語 に親 し く な い外 人 に は お 手 あ げ だ と 思 いま す けれ ど も ⋮ ⋮ 。 擬 情 語 を も つ言 語 は 世 界 に 少 な いと 思 いま す 。
私 の勤 め 先 の上 智 大 学 に カ ンド ー 神 父 さ ん と いう ス ペイ ン の かた が いら っし ゃ いま し た 。 こ のか た が い つか 言
って お ら れ ま し た が 、 日本 語 に は ﹁気 ﹂ と いう 言 葉 があ って、 こ れ が 実 に 難 し いと 言 わ れ ま し た 。 ﹁気 が重 い﹂
﹁気 が め い る﹂ ﹁気 が き く ﹂ ﹁気 が と が め る ﹂ ﹁気 を か ね る ﹂ ﹁気 を ま わ す ﹂ ⋮ ⋮。 こ の よ う な こま か い使 い分 け は ス ペイ ン の人 に はと て も でき な い。 日本 語 に は そ う いう 単 語 が 多 いと 思 いま す 。
い つか 、 これ は高 橋 義 孝 さ ん が 言 って お ら れ ま し た が、 自 分 の仕 事 は ド イ ツ の作 品を 日 本 語 に 訳 す こ と で あ る 。
こ れ は 大 変楽 し いこ と であ る 。 と いう の は 、 日本 語 に は 豊 か な 心 の動 き を 表 す 言 葉 があ る 。 だ か ら 、 自 分 は 、 ド
イ ツ の作 品 を 読 ん で 、 ど のよ う な ド イ ツ人 の こま か い心 の動 き でも 日本 語 で ピ タ ッと 訳 す こと が で き る 、 と いう
こ と を お っし ゃ って いま し た が 、 い か に も そ う で あ ろ う と 思 いま す 。 も っと も 、 恋 愛 の 描 写 だ け は 難 し いそ う で
す が 、 そ れ 以 外 の 心 の動 き は、 的 確 に 日本 語 に訳 す こと が で き ると いう お 話 で し た 。
日 本 人 は 、 昔 から 、 恥 を 知 る 民 族 だ と 言 わ れ て いる 。 そ のた め に、 た と え ば ﹁恥 ず か し い﹂ と いう 言 葉 に 関 係
のあ る 言 葉 が た く さ ん あ り ま す 。 ﹁恥 ず か し い﹂ ﹁き ま り が 悪 い﹂ ﹁間 が悪 い﹂ ﹁て れ く さ い﹂ ⋮ ⋮ 大 変 微 妙 で あ り
ま す 。 さ ら に 、 ﹁恥 じ ら う ﹂ と いう 女 性 の態 度 を 表 す 美 し い言 葉 や ﹁てれ る ﹂ と い った よ う な 言 葉 も あ り ま す が 、 こ れ ら は 、 や は り 外 国 のか た に 説 明 す る のは な かな か 難 し いよ う です 。
こ のよ う に 日 本 語 は 、 生 理作 用 の方 は のん き であ り な が ら、 心 理作 用 の方 は 詳 し く 規 定 す る言 語 であ る、 と い う こ と にな り ま す 。
五 家 と社 会 に関す る 語彙 ﹁家﹂ と密 接 な語彙
日 本 の社 会 では 、 ﹁家 ﹂ と いう も のが 非 常 に 重 要 で 、 個 人 に 比 べ て大 き な 力 を 持 って いま す 。
た と え ば 、 今 は ち ょ っと 少 な く な り ま し た が 、 結 婚 式 の 通 知 な ど に は 、 ﹁鈴 木 太 郎 ﹂ と ﹁田 中 花 子 ﹂ と が 結 婚
す る と いう よ り も 、 ﹁鈴 木 家 と 田 中 家 と の間 に ご 婚 儀 相 整 い⋮ ⋮ ﹂ と いう あ いさ つが あ り ま し た 。 そ う し て披 露
の宴 にな りま す と 招 か れ た お 客 さ ま は 、 ﹁ご両 家 の ご繁 栄 ⋮ ⋮﹂ と いう 祝 辞 を 述 べ た り し ま す 。
今 でも そ のよ う な こ と が み ら れ る の は、 お 墓 です 。 ア メ リ カ あ た り で す と ﹁ジ ョン ・スミ ス の 墓 ﹂ でし ょ う け
ど、 日 本 です と ﹁先 祖 代 々 の墓 ﹂ と か ﹁渡 辺 家 の墓 ﹂ です ね。 宗 教 な ど も 、 個 人 に よ って と いう よ り 家 に よ って き ま って いて 、 お 嫁 に 来 た 人 は忽 ち 宗 旨 が え を す る のが 普 通 で す 。
ち ょ っと 考 え ま す と 、 こ れ は ﹁夫 ﹂ ﹁妻 ﹂ と いう 語 と 同 じ よ う です が 、 違 いま す 。 夫 は 妻 に 対す る
こ のよ う に家 単 位 にな って いる こ と か ら 、 日本 語 に は ﹁ 家 ﹂ と 密 接 な 語 彙 が あ り ま す 。 た と え ば ﹁婿 ﹂ と か ﹁嫁 ﹂ と か︱
も の であ り、 妻 は 夫 に 対 す る も の です が 、 ﹁婿 ﹂ と いう の は ﹁そ の家 に あ と つぎ と し て よ そ か ら 入 って き た 男 ﹂
と いう 意 味 で あ り 、 ﹁嫁 ﹂ は ﹁そ の家 のあ と つぎ を 産 む た め に よ そ か ら 入 って き た 女 ﹂ と いう 意 味 です 。 です か
ら 、 婿 に 対す る 言 葉 は 嫁 で は な く て 、 ﹁舅 ﹂ です ね 。 嫁 は ﹁姑 ﹂ に対 す るも の で す 。 こ う いう ﹁婿 ﹂ と か ﹁嫁 ﹂
と か に あ た る単 語 は 、 英 語 ・ド イ ツ語 ・フラ ン ス語 に は な いが 、 ス ペイ ン語 と ポ ルト ガ ル 語 に は あ る そ う です か
i をn 使 うlく aら w" い です 。
ら 、 ヨー ロ ッパ で も 南 の方 は 日本 に 似 た 家 族 制 度 があ る の かも し れ ま せ ん 。 英 語 に は ﹁舅 ﹂ と いう 言 葉 にあ た る 単 語 も 特 定 のも の では な く ﹁義 父 ﹂ と 同 じ 意 味 の言 葉"father
日本 人 ど う し のあ いさ つで 、 欧 米 人 が不 思議 に思 いま す の に、 よ そ の奥 さ ん に向 か って ﹁お 子 さ ん は ま だ です
か ﹂ と いう の があ り ま す 。 失 礼 で はな いか 、 と よ く 言 わ れ る の です が、 日本 人 と し て は あ と つぎ が で き た か で き
な いか 、 そ れ を 心 配 し て の言 葉 です ね 。
幕 末 に 、咸 臨 丸 に 乗 って 勝 安 房 そ の 他 の 幕 臣 が 大 勢 ア メ リ カ に 渡 り ま し た 。 そ の と き の 話 で す が 、 ア メ リ カ で
見 る も の 聞 く も の み ん な び っく り し た よ う で す が 、 一同 、 ジ ョー ジ ・ ワ シ ン ト ン の 墓 に 詣 で た 。 そ の と き に 一人
﹁ワ シ ン ト ン の お 子 さ ん は ど う し ま し た か ﹂ と 聞 いた ら 、 ま た そ れ も わ か ら な か った 。 幕 臣 一
の 幕 臣 が 、 ﹁今 、 ワ シ ン ト ン の 子 孫 は 何 を し て い ま す か ﹂ と 聞 い た の だ そ う で す 。 と こ ろ が 誰 も 知 っ て い る 人 が いな か った 。 で は
同 び っく り し て 、 自 分 た ち だ った ら 、 た と え ば 戦 国 時 代 の 武 田 の 子 孫 は ど う な った か 、 上 杉 は ⋮ ⋮ 、 毛 利 は ⋮ ⋮
と 大 体 わ か る のに 、 ア メ リ カ 人 は家 に 対 し て な ん と 無 関 心 な 人 だ ろ う と 批 判 し た 、 と いう 話 が あ りま す 。
家 族 関係 を表す 語彙
父 の姉妹
舅母︱
伯母︱
母 の兄弟 の妻
父 の兄 の妻
叔母︱
父 の弟 の妻
﹁お ば ﹂ と 言 っ て い る も の が 、 中 国 語 に は 次 の よ う に い ろ い ろ に 分
と こ ろ が、 日本 語 で は 、 家 族 の 間 の関 係 を よ ぶ呼 び方 は そ れ ほ ど 詳 し く は あ り ま せ ん 。 こ れ は 大 家 族 制 度 で な いた め で す が 、 複 雑 な の は 中 国 で 、 日 本 語 で
姑 母︱ 母 の姉妹
化 し て いま す 。
姨母︱
今 、 日 本 に来 て い る厳 安 生 さ ん の話 で は、 中 国 の 子 ど も は、 小 さ いと き に 、 あ の 女 の人 は 何 母 だ 、 と いう こ と を いち いち 親 か ら 細 かく 教 わ る の だ そ う です 。
日本 語 の ﹁姉﹂ に対 す る 言 葉 で も や は り 二 つあ り ま し て、 ﹁姐 姐 ﹂ と ﹁大 姨 子 ﹂ と を 言 い分 け ま す 。 自 分 の 姉
さ ん であ る か 、 妻 の姉 さ ん で あ る か の区 別 を し ま す 。 ﹁いと こ﹂ と な り ま す と 、 中 国 語 は も っと や っか い です 。
母 親 の 姉 妹 の息 子 の年 上 の
ま ず 、 お じ 、 つま り 日本 式 に 言 う と 、 父 親 の兄 弟 の息 子 で年 上 の者 が ﹁堂 兄 ﹂ で ﹁堂 姐 ﹂ は そ れ の娘 の方 です 。
年 下 な ら ば ﹁堂 弟 ﹂ ﹁堂 妹 ﹂ です 。 次 に ﹁姨 兄 ﹂ ﹁姨 姐 ﹂ と いう のが あ って 、 姨 母 ︱
者 と 娘 の年 上 の者 です 。 年 下 の 場 合 は ﹁姨 弟 ﹂ ﹁姨 妹 ﹂ で す 。 さ ら に ﹁表 兄 ﹂ ﹁ 表 姐 ﹂ と いう の があ っ て、 姑 母
︱父 親 の姉 妹 の 子 ど も た ち です 。 あ る いは 、 ﹁表 弟 ﹂ ﹁表 妹 ﹂ と いう のも あ り、 こ れ は 母親 の兄 弟 の息 子 ・娘 で あ り ま し て、 結 局 全 部 で 十 二種 類 の区 別 を す る そう で す 。
な ぜ こ んな 区 別 があ る か と 言 いま す と 、 日 本 と 違 って、 中 国 では 同 じ 苗 字 の親 戚 は お 互 い に結 婚 し な い、 と い
う こ と が あ り ま す 。 です か ら 、 いと こ が父 親 の兄 弟 の子 であ る か、 父 親 の姉 妹 の 子 ど も であ る か の区 別 が 、 非 常
に重 要 な の です 。 父 親 の 兄 弟 の 子 ど も な ら ば 結 婚 で き な い。 一方 父 親 の 姉妹 な ら ば 苗 字 が必 ず 変 わ って い る は ず で、 結 婚 でき る、 と い った よ う な こ と があ る わ け です 。
イ ンド 人 は 元 来 ヨー ロ ッパ
にも や は り こう いう 区 別 が あ りま す 。 父 方 の祖 父 ・祖 母 と 母方 の祖 父 ・祖 母 は違 う 、 さ ら
こ れ は 東 洋 の言 語 に は 一般 的 な こ と で、 モ ンゴ ル 語 で も そ う です し 、 イ ンド 語︱ 民 族 だ そ う です が︱
に、 姉 の夫 、 夫 の兄 な ど いろ いろ 兄弟 関 係 の者 が 違 う 言 葉 で呼 ば れ 、 父 の 兄 と か 、 父 の弟 と か、 と に か く い ろ い
ろ な 区 別 が あ るわ け です 。 日 本 は こ の点 大 変 簡 単 でし て 、 む し ろ ヨー ロ ッパ に 似 て いま す 。
日 本 は 、 大 体 夫 婦 と 子 ど も が 中 心 で 、 こと に 、 子 ど も が 中 心 だ と いう こ と は お も し ろ いと 思 いま す 。 た と え ば
夫 婦 だ け のと き に は夫 は ﹁あ な た ﹂ と いう ふう に奥 さ ん か ら 呼 ば れ る 。 そ れ が 子 ど も が でき ま す と い つ の間 に か
﹁お 父 ち ゃん ﹂ と 呼 ば れ 、 私 みた いに 孫 が で き ま す と 今 度 は 、 家 内 か ら ﹁お じ いち ゃ ん﹂ と 言 わ れ ま し て、 いさ
さ か お も し ろ く な い の です が、 一番 小 さ い子 ど も を 中 心 と し て 呼 び名 が 変 わ る と いう の は 、 日本 的 だ と 思 いま す 。
﹁ウ チ﹂ と ﹁ソト﹂ を へだ て る表現
﹁家 ﹂ を 離 れ て 、 社 会 全 体 を み て ま い りま す と 、 日本 の社 会 と いう も のが ま る で 一つの ﹁家 ﹂ の よう にな って い
る。 川 島 武 宜 さ ん に ﹃日本 社 会 の家 族 的 構 成 ﹄ と いう 名 著 が あ り ま す が 、 こ の 本 の 中 に、 ﹁国 鉄 一家 ﹂ と か ﹁う
ち の 会 社 で は ﹂ と いう 日本 独 自 の 言 葉 や 表 現 が で て き ま す 。 よ そ の会 社 の こと を ﹁お 宅 で は ﹂ と いう ふ う に使 い
分 け し て、 いか にも 、 自 分 の勤 め 先 を 一軒 の家 の よ う に考 え て いる 傾 向 が あ り ま す 。
そ れ か ら中 根 千 枝 さ ん が ﹃タ テ 社 会 の人 間 関 係 ﹄ と いう 本 の中 で触 れ てお ら れ ま す が、 日 本 人 は 自 分 を 自 己 紹
介 す る 場 合 に 自 分 の 職 種 を 言 わ な い で、 会 社 の名 前 を 言 いま す 。 た と え ば 、 自 分 は 事 務 関 係 を や って いる と か 、
あ る いは 技 術 関 係 を や って いる と か は 言 わ な い。 運 転 手 さ ん で も 門 衛 の人 でも 、 自 分 は 何 と いう 会 社 に勤 め て い る 、 と 言 いま す 。 こ れ な ど も 会 社 に対 す る ﹁家 ﹂ 意 識 と いう も の の表 れ です 。
( し た )﹂ な ど の
日 本 の家 も そ う で あ り 、 社 会 も そ う です が、 自 分 の仲 間 と 外 の者 の区 別 が は っき り し て い る、 と いう こ と が あ
り ま す 。 た と え ば ﹁他 聞 ( を は ば か る )﹂ ﹁他 見 ( を 許 さ ぬ )﹂ ﹁内 談 ﹂ ﹁内 分 (にす ま す )﹂ ﹁内定
国 に も ﹁他 人 ﹂ と いう 言 い
言 葉 に み ら れ ま す 。 漢 字 を 二 つ並 べま し て 音 で読 み ま す か ら 、 中 国 の言 葉 の よう に思 いま す が、 中 国 語 に は こう いう 言 葉 は な いの だ そ う です 。 す べ て 日本 で つく った 漢 語 で す 。 わ れ わ れ は ﹁他 人 ﹂ と か ﹁よ そ﹂ と か い った 言 葉 を よ く 使 いま す 。 ﹁他 人 ﹂︱中
方 は あ りま す が、 日本 語 の ﹁他 人 ﹂ の よう な よ そ よ そ し い響 き は な いそ う です 。 ﹁よ そ ﹂ と いう 言 葉 を も し 英 語
に 訳 し ま し た ら 、another でp しlょaうcが e、 これ に は ﹁よ そ ﹂ と いう 言 葉 に 感 じ ら れ る 冷 た い響 き は な い、 つま
り ﹁他 人 ﹂ と か ﹁よ そ ﹂ と いう の は、 自 分 の外 のも のだ と いう 気 持 が は っき り 表 れ て いる 。
﹁世 間 ﹂ と いう の は 、 これ は ﹁社 会 ﹂ と 似 て いま す が 受 け る感 じ は 違 いま す ね 。 ﹁世 間 に 出 て 笑 わ れ る ﹂ と い っ
た 使 い方 を いた し ま す 。sociと eい tう y 言 葉 が ヨ ー ロ ッパ か ら 明 治 の と き に入 って き た と き に 、 何 と 訳 そ う か ⋮ ⋮。
﹁世 間 ﹂ と いう 言 葉 があ る け れ ど こ れ は ダ メ だ 、 と いう わ け で結 局 ﹁社 会 ﹂ と いう 言 葉 を つく った と 聞 い て お り ます。
日本 のも のと外 国 のも の
日本 人 は 自 分 の 仲 間 や 郷 土 と いう も のを は っき り 意 識 し て い る。 そ う い った こと か ら 日本 独 特 の県 人 会 と い っ
た よ う な も の があ り ま す ね 。 ま た 夏 の甲 子 園 の高 校 野 球 の試 合 が 非 常 に人 気 を 博 す る と いう こ と は、 や は り 、 郷
土 と の 結 び つき が 強 いせ い です 。 お 相 撲 さ ん が テ レ ビ に 登 場 し ま す と き も 、 ○ ○ 部 屋 所 属 と い う こ と の ほ か
に × ×県 出 身 と いう 紹 介 を す る 。 こ れ は や は り 日 本 人 の好 み であ り ま し て、 これ を も っと 広 い範 囲 に と り ま す と 、
日本 と そ れ 以 外 の国 の区 別を は っき り さ せ る こ と にな る。 ﹁和 食 ﹂ ﹁和 服 ﹂ と いう よ う に ﹁日本 の﹂ と いう こと を
いち いち 区 別 す る 傾 向 があ り ま す 。 ﹁邦 楽 ﹂ ﹁邦 舞 ﹂ ﹁国 史 ﹂ ﹁国 語 ﹂ ⋮ ⋮ こ の ﹁国 語 ﹂ と いう 言葉 は 日本 で は 小 さ
l とaなnる gは uず ag でe す が 、 向 こう では 大 変 カ タ イ 言 葉 だ そう で し て、 こ う い った 言 葉 が出 て く る
い子 ど も でも 使 う く ら い ごく 普 通 の言 葉 です 。 こ れ は 、 佐 々木 達 博 士 の お 話 に よ り ま す と 、 も し これ を 英 語 で訳 せ ばnational よ う な 本 は よ ほど 専 門 的 な 本 だ そ う です 。
日 本 で は 、 よ く 、 外 来 語 を 片 仮 名 で表 記 し ま す 。 つま り 、 外 来 語 は よ そ か ら き た 言 葉 だ と いう こと で、 わ ざ わ
ざ 違 った 字 で 書 く 習 慣 が あ り ま す が、 こう いう 習 慣 も 日本 的 でし て 、 ち ょ っと ほ か の国 では そ のよ う な こ と は し て いな いだ ろ う と 思 いま す 。
日本 人 の ﹁旅 ﹂意 識
こ のよ う に 日 本 人 は 内 と 外 を は っき り 区 別 す る、 内 のも のを 親 し み、 外 のも のに 対 し て は へだ て る 。 そ の た め
に、 日本 人 の ﹁旅 ﹂ と いう 言 葉 に は 特 別 の感 情 が表 れ ま す 。 つま り 、 よ そ へ行 く ん だ 、 外 の世 界 へ出 る ん だ 、 と
いう 感 じ であ り 、 淋 し い、 心 細 い、 特 別 の味 わ い が あ り ま す 。 私 は い つか ハワイ 大 学 に行 ってお りま し て、 そ こ
でたまたま、 芭蕉 の ﹃ 奥 の細 道 ﹄ の話 を し ま し た 。 芭 蕉 の旅 立 ち のと こ ろ で、 芭 蕉 は 物 凄 く 別 れ を 悲 し ん で お り
ま す ね 。 門 人 た ち も みな 悲 し ん で いる 。 オ イ オ イ 泣 き な が ら 芭 蕉 は 旅 立 って いく よ う です が 、 ア メ リ カ の学 生 が
手 を あ げ ま し て 、 ﹁先 生 、 ナ ゼ コ ノ人 ハ旅 行ニ 出 ナ ケ レ バ イ ケ マ セ ンカ ﹂ と き く の です 。 別 に 旅 立 た な け れ ば い
け な いわ け で は な いん で 、 旅 に出 た く て行 く のだ 、 と 言 いま し た ら 、 そ れ な ら な ぜ そ ん な に 悲 し ん で いる の か 、
と いう わ け です 。 日 本 人 は 、 旅 に出 て 淋 し い心 細 い気 持 を 味 わ う 、 そ こ に 旅 の楽 し み が あ る のだ と 言 いま し た が 、
半 信 半 疑 のよ う で し た 。 あ と で聞 きま す と 、 ア メ リ カ 人 の旅 と いう のは 二 つし か な く て 、 一つは 楽 し い旅 であ り 、
一つは いや い やな が ら 出 か け る 事 務 的 な 出 張 で あ る 。 こ の 二種 類 し か な い、 心 細 さ を 味 わ う 旅 と いう の は な いそ
う です が 、 日本 で 書 か れ た 旅 の文 学 と いう の は 、 違 いま す ね 。 ﹃ 奥 の 細 道 ﹄ のよ う な 、 よ そ を 回 って 歩 く 淋 し さ 心 細 さ 、 これ が旅 の文 学 の基 調 を な し て いま す 。
こ のよ う な こ と で ﹁旅 ﹂ は いか にも 日本 的 だ と 思 いま す 。 旅 に 出 れ ば 家 を 思 い、 ﹁懐 か し い﹂ と いう 思 いを い
だ き ま す が 、 こ の ﹁懐 か し い﹂ と いう 言 葉 がな か な か ヨー ロ ッパ の言 葉 にな い。 ド イ ツ人 の ク ラ ウ ス ・フ ィ ッシ
ャー さ ん と いう か た が ﹃こ と ば ﹄ と いう 雑 誌 に 書 い て いら っし ゃ いま し た が 、 も し ﹁ 懐 か し い﹂ と いう 言 葉 を ド
イ ツ語 で 訳 そ う と す る な ら ば 、 ﹁そ れ に つ い て喜 ぶ﹂ と いう 言 葉 と ﹁思 い出 す ﹂ と いう 言 葉 の 二 つを 組 み合 わ せ
な け れ ば 、 日本 の ﹁懐 か し い﹂ と いう 言 葉 を 表 現 す る こ と は でき な いと 言 って お り ま し た 。 も し 、 日本 人 が 今 後 、
日 本 語 を 使 って は いけ な い、 ヨー ロ ッ パ語 を 使 え 、 と いう 命 令 が出 た 場 合 、 ﹁懐 か し い﹂ な ん て こと は 一番 使 い た く てた ま ら な い言 葉 の 一つだ ろ う と 思 いま す 。
映 画 の か た から 聞 き ま し た が 、 日本 では 外 国 の映 画 を 輸 入 し て題 を つけ る 、 そ の題 の つけ 方 に は コ ツが あ る そ
郷 里 を 慕 う︱
と いう よ う な 題 を つけ た こと で グ ッと 観 客 の 入 り が よ か
う です 。 た と え ば ﹃望 郷 ﹄ と いう 映 画 、 元 来 こ の映 画 のも と の 題 は ﹃ペ ペ ル モ コ﹄ で し た 。 ﹃ペ ペ ル モ コ﹄ で は 日 本 人 に あ ま り 訴 え な い。 ﹃望 郷 ﹄ ︱
った そ う で す 。 ま た ﹃サ マー タ イ ム﹄。 こ れ も あ ま り に も ド ライ であ る か ら ﹃旅 情 ﹄ と 題 を つけ た の で、 や は り
多 く の人 を 集 め た と いう こ と です 。 いか に も 日本 人 好 み の言 葉 であ る と 感 じ ま す 。
上 下の階 層 から生 ま れ る語彙
これ も 日本 の社 会 の 一番 大 き な 特 色 と し てよ く 言 わ れ て き た と こ ろ で あ り ます が 、 上 下 の階 層 が は っき り し て
いる こと です 。 これ は 封 建 的 だ と 非 難 さ れ 、 随 分 今 日 では 緩和 さ れ ま し た け れ ど も 、 や は り 、 一部 に は 残 って お
りま す 。 こ のた め に 日本 語 に は いろ ん な 特 色 が出 て いる 。 著 し いも の は 例 の敬 語 のや かま し い使 い分 け であ り ま
す が 、 これ は 文 法 の問 題 のと き に お 話 し し た いと 思 いま す 。 こ こ で は、 上 下 の 階層 か ら 生ま れ てく る 語 彙 に つ い
si年 s上 te のr 女︱ の姉妹
broつtまhり er﹁年 , 上 の﹂ と いう 言 葉 と
て お 話 し しま す が、 ま ず 家 族 関係 に つい て の言 葉 で は 、 ﹁親 に仕 え ﹂ ﹁男 女 別 あ り ﹂ ﹁兄 弟 序 あ り ﹂ のよ う に ﹁兄 ﹂ ﹁弟 ﹂ と い った 言 葉 が そ の 例 に な り ま す 。 こ れ は 、 英 語 です とelder
﹁男 の 子 の兄 弟 ﹂ と いう 言 葉 と を 組 み合 わ せ て は じ め て ﹁兄 ﹂ と いう 意 味 に な る 。elder
です ね 。 こ の二 つの 組 み 合 わ せ で 表 さ ざ る を 得 な い。 日本 語 で す と ﹁兄 ﹂ と か ﹁姉 ﹂ と か は 、 年 上 、 年 下 と いう
要 素 が は じ め か ら 入 って し ま って お り ま す 。 ヨー ロ ッパ の家 族 関 係 の 言 葉 は 、 そ う いう 点 で 日本 よ り も 年 上 、 年
下 と いう 観 念 が 少 な い のだ と 思 いま す が、 中 国 です と 、 や は り こう い った 言 葉 が 出 てま いり ま す 。
br にo 対t すhるe言 r葉 だ け でも た く さ んあ り ま す 。 ﹁お 兄 さ ま ﹂ ﹁兄 さ ん ﹂
日 本 で は 、 年 上 の人 に は ﹁仕 え る﹂ ﹁甘 え る ﹂、 一方 、 年 下 の人 には ﹁か わ いが る﹂ と か ﹁命 令 す る ﹂。 こう い った こと を 反 映 し て、 た と え ば、elder
﹁兄 ち ゃん ﹂ ﹁兄 上 ﹂ ﹁兄 貴 ﹂ ⋮ ⋮ いく ら でも あ り ま す ね。 よ そ の 人 な ら ば ﹁ご 令 兄 ﹂ と いう こ と も あ り そ う です 。
﹁お 姉 さ ん ﹂ に 対 し ても 、 ﹁お 姉 さ ま ﹂ ﹁姉 ち ゃん ﹂ ﹁姉 上 ﹂ ⋮ ⋮ と ず いぶ ん バ ラ エテ ィー に富 ん で いる 。 中 国 あ た
り で も 日本 と 同 じ よ う で 、 ﹁哥哥﹂ が 兄 貴 、 ﹁姐 姐 ﹂ と いう のは 姉 貴 、 姉 ち ゃん に あ た る ので し ょう 。
よ く 、 日本 の人 が ヨー ロ ッパ の人 に自 分 の家 族 を 紹 介 す る 場 合 に、 ﹁こ れ が長 男 で ご ざ いま す 、 これ が 次 男 で
ご ざ いま す ﹂ と 言 いま す 。 外 国 の人 は 、 いち いち そ ん な 長 男 だ 、 次 男 だ と 言 わ な く ても よ さ そ う な も のだ と 不 思
議 が る そ う で す が 、 日本 人 と し て は 、 年 上 か 、 年 下 か、 と いう こと は 非 常 に重 要 な の です 。
土居健郎さ ん の ﹃ 甘 え の構 造 ﹄ は す ば ら し い本 です が、 いろ いろ な 言 葉 が詳 し く 考 証 さ れ てお り ま す 。 た と え
ば ﹁甘 え る﹂ ﹁す ね る ﹂ ﹁ひ が む ﹂ ⋮ ⋮ と いろ いろ な 言 葉 が出 てま い り ま す 。 ﹁ひ ね く れ る ﹂ ﹁ね だ る ﹂ ﹁せ び る ﹂
⋮ ⋮ これ は いか にも 日本 的 な 言 葉 であ る、 や は り 日本 の兄 弟 、 姉 妹 の 関 係 か ら 生 ま れ た 言 葉 であ ろう と 思 わ れ ま
す 。 土 居 さ ん に よ り ま す と 、 あ る ア メ リ カ の 人 が 日 本 人 に 話 す と き に 、 ﹁こ の子 は ち っと も 甘 え ま せ ん で し た ﹂
と いう こ と を 言 う と き に、 ほ か の と こ ろ は 英 語 で 言 いな が ら ﹁甘 え る ﹂ と いう 言 葉 だ け 日本 語 で言 った 、 と いう
こと を 言 ってお ら れ ま し た が 、 や は り 、 ﹁甘 え る ﹂ と いう 言 葉 は 日本 語 で な け れ ば 表 現 で き な い、 いか にも 日 本 の家 族 、 あ る い は社 会 が 生 ん だ 日本 語 で す 。
﹁分際 ﹂ に かかわ る語 彙
日 本 の 社 会 は 、 よ く 言 わ れ る よ う に 永 いあ いだ 、 上 下 の 階層 差 別 が や か ま し か った 。 昔 は ﹁士 農 工 商 ﹂ と い っ
た 階 層 があ り ま し た し 、 軍 隊 な ど では こ と に 上 下 の階 層 差 が激 し か った 。 いま で も お 相 撲 さ ん の 社 会 な ど は き び
し そ う です ね 。 横 綱 ・大 関 ・関 脇 、 あ る いは 、 幕 内 か 十 両 か に よ って いち いち 待 遇 が違 う と いう こ と が あ る 。
こ の こ と を 反 映 す る も のと し て、 日本 語 で はwifに eあ た る 語 彙 が 豊 富 な こ と を あ げ る こ と が で き ま す 。 ﹁女
房 ﹂ ﹁家 内 ﹂ ﹁細 君 ﹂ ﹁ 奥 さ ま ﹂ ﹁お か み さ ん ﹂ ﹁奥 方 ﹂ ﹁か か あ ﹂ ﹁山 の神 ﹂、 そ れ か ら ﹁う ち のか あ ち ゃん ﹂ と 言う
人 も いま す ね 。 あ る いは 、 日 本 語 だ け で は 足 り な く て 、 ﹁う ち の ワイ フ が﹂ と か 、 ﹁う ち の フ ラウ が﹂ な ん て言 う 人 も あ り ま す の で 、 いく ら でも ふ え そ う です 。
日本 語 と し て は ご く 普 通 な 言 葉 に 、 ﹁先 輩 ﹂ ﹁後 輩 ﹂ と いう 言 葉 が あ りま す 。 これ は 他 国 の 言 語 に はな いそ う で
coming と a言 ft っe てrいま tす h。 em た し か に ﹁彼 ら のあ と か ら 来 る 人 た ち ﹂ であ り ま す けれ
す ね 。 長 谷 川 潔 さ ん に ﹃日本 語 と 英 語 ﹄ と いう 本 があ り ま す が、 そ の中 で ﹁後 輩 ﹂ と いう 言 葉 を 訳 す の に 苦 労 な さ いま し て、those
ど も 、 こ のよ う な 長 な がと し た 言 葉 で な け れ ば ﹁後 輩 ﹂ と い った 言 葉 が表 し に く いよう であ り ま す 。
ア メ リ カ の女 流 社 会 学 者 ルー ス ・ベネ デ ィ ク ト さ ん は ﹃菊 と 刀 ﹄ と いう 本 の中 で、 日 本 人 は "分 " を 守 る 、 ど
の階 層 に 自 分 は 位 置 し て いる か を 考 え 、 そ れ ら し く ふ るま う こと を よ し と す る 、 と 言 って いま す 。 ﹁分 ﹂ ﹁分 際 ﹂
⋮ ⋮ いか に も 日本 語的 な 単 語 だ と 言 わ れ て お り ま す 。 ﹁さ す が に﹂ と いう の は、 そ の 分 を 守 った のを ほ め た 言 葉
で、 た と え ば 、 横 綱 と いう のは 強 いこ と に な って いま す が 、 そ の横 綱 が 強 さ を 発 揮 し た そ のと き に、 ﹁さ す が に ﹂
と か ﹁横 綱 だ け あ って ﹂ と 言 って ほ め る わ け です 。 も し 、 横 綱 が 分 を 守 り ま せ ん で負 け て し ま いま す と 、 ﹁横 綱
のく せ に ﹂ と 言 って 非 難 す る 。 も し 分 か ら い って う ん と 下 の者 が上 の人 と 同 じ よ う に ふ る ま いま す と 、 こ れ は 芳
賀 綏 さ ん が お っし ゃ って いま す が ﹁な ま いき ﹂ と いう 日本 語 的 な 単 語 を 使 って 非 難 しま す 。 ﹁年 甲 斐 も な く ﹂ ﹁い
い年 を し て﹂ と いう のは 、 人 は 年 齢 に ふ さ わ し い行 動 を す べき だ と いう 考 え が 底 にあ り ま す 。 日 本 人 が よ く 使 う
﹁は で ﹂ と か ﹁じ み﹂ と か いう 言 葉 も 、 そ の陰 に こ のぐ ら い の年 齢 の人 は 、 こ の程 度 のも のを 着 る べ き だ と いう 考 え があ る よ う で す 。
交 際関 係 の語彙
日本 の社 会 の特 色 の 一つと し て、 日 本 人 が交 際 のう え で 物 の や り と りを 重 ん じ る と いう こ と が 言 わ れ ま す 。 恩
の精 神 のあ ら わ れ で し ょう 。 日本 に は 、 や り と り に関 す る 語 彙 が 実 に多 い。 ち ょ っと あ げ て み ま す と 、 物 を ﹁や
る ﹂ ﹁く れ る ﹂ ﹁も ら う ﹂ ﹁あ た え る ﹂ ﹁ゆ ず る ﹂ ﹁よ こ す ﹂ ﹁う け と る﹂ ﹁あ げ る﹂ ﹁さ し あ げ る ﹂ ﹁お く る ﹂ いく ら
でも あ り ま す 。 ま た ﹁た て ま つる ﹂ ﹁み つぐ ﹂ ﹁献 上 す る ﹂ と いう と 相 手 が 上 の場 合 で、 相 手 が 下 の場 合 は ﹁さ ず
け る ﹂ ﹁ほ ど こす ﹂ ﹁め ぐ む ﹂ と 言 い分 け ま す 。 そ う し て ど のよ う な 場 合 の物 のや り と り か と いう こ と に よ って こ
れ が ま た 違 いま す 。 ﹁み や げ ﹂ ﹁見 舞 ﹂ ﹁チ ップ ﹂ ﹁お 年 玉 ﹂ ﹁お 中 元 ﹂ ﹁お 歳暮 ﹂ ﹁つけ と ど け ﹂ ﹁お し る し ﹂ ⋮ ⋮ こ れ に も 、 いく ら でも 新 し い言 葉 が 出 て ま いり そ う です ね 。
し か も 、 お も し ろ いと 思 いま す の は 、 話 し 手 の 関 係 の仕 方 に よ って違 う こ と です 。 ﹁自 分 ﹂ か ら ﹁他 人 ﹂ へ物
が いき ま す と 、 私 が あ の人 に物 を ﹁あ げ た ﹂ あ る いは ﹁や った ﹂ と 言 いま す ね 。 相 手 か ら こ っち に物 が く る 場 合
に は 、 あ の人 が 私 に物 を ﹁く れ た ﹂ と か ﹁下 さ った ﹂ と か 言 う 。 な ぜ こ のよ う に 区 別 す る か 。 日本 語 に は 、 主 語
によ って動 詞 を 区 別 す る こと は、 フ ラ ン ス 語 や ド イ ツ語 と 違 って あ ま り な い の です が、 物 のや り と り を 表 す 動 詞
に 限 っ て こ の よ う に 変 化 を し ま す 。 ち ょ っと 考 え ま す と 、 日 本 人 と い う の は ま こ と
に ケ チ な 人 間 で 、 よ そ へ物 が 行 った の は 損 し た の だ 、 こ っち へ物 が 来 た の は ト ク し
﹁他 人 B ﹂ か
た の だ 、 と い ち いち ソ ロ バ ンを は じ い て 言 う の か 、 と 言 い た く な り ま す が 、 そ う で はあ り ま せ ん 。
﹁他 人 B ﹂ へ物 が 行 く 、 あ る い は
﹁他 人 A ﹂ に 行 く 場 合 に ど う 言 う か と い い ま す と 、 ﹁A さ ん が B さ ん に 果 物 を あ
と 言 い ま す の は 、 ﹁他 人 A ﹂ か ら ら
げ た ﹂ ﹁B さ ん は お 返 し と し て A さ ん に お 菓 子 を あ げ た ﹂ と い っ て 、 自 分 が 損 を し
﹁下 さ っ た ﹂ ﹁く れ た ﹂ と い っ て 区 別 す る 。 こ れ は お も し ろ い こ と で 、
た の と 、 ほ か の人 ど う し が や り と り し た の と 、 区 別 を し な い の です 。 他 人 か ら 来 た も のだ け を
こ れ に つ い て ベ ネ デ ィ ク ト さ ん が う ま い 説 明 を し て お り ま す 。 ﹁ 一人 の 日 本 人 を 苦
し め る こ と は ごく 造 作 のな い こと で あ って、 縁 も 何 も な い人 に も のを 与 え れ ば い い、
す る と そ の人 は い つま でも 苦 し む で あ ろ う ﹂ と 。 これ が 日 本 人 の特 色 だ そ う であ り ます。
そ れ を や わ ら げ る た め には 、 他 人 に物 を 贈 る 場 合 に 、 日本 人 ら し いあ いさ つが 生 ま れ ま す 。 た と え ば ﹁ま こ と
う だろう﹂ と思う のです。
は 人 に物 が 簡 単 にあ げ ら れ な い の です 。 ﹁こ れ を あ な た に あ げ た な ら 、 あ な た は お 返 し し な け れ ば い け な いと 思
安 心 し た よ う な 顔 を な さ る 。 つま り 、 人 に 物 を も ら いま す と 、 た い へん 日本 人 は 苦 し む 。 こ の こ と か ら 、 日 本 人
ま す ね 。 あ と で、 自 分 は 何 も 用 も な い のに 次 の 駅 でお 団 子 な ん か買 って、 一つ私 に 下 さ った り し ま す と 、 あ と は
嬢 ち ゃん が ほ し そう な 顔 を す る 。 つ い 一つあ げ ま す と そ のお 子 さ ん は う れ し そ う な 顔 を し ま す が 、 親 は 困 って い
た し か に 、 私 ど も は 汽 車 に 乗 って、 昔 だ った ら 三 等 車 に 乗 って、 ミ カ ンを 食 べ て いま す と 、 前 に いる 小 さ いお
日本 語 の ヤ ル と ク レ ル
に つま ら な いも の です が ﹂ と いう よ う な 。 ア メ リ カ の人 は 、 な ぜ、 つま ら な いと 知 って 持 ってき た か 、 と 言 う そ
う です が 、 日 本 人 と し て は、 こ れ を あ な た にさ し あ げ る け れ ど も 、 つま ら な いも のだ か ら お 返 し し よ う と し な く
て も い い のだ 、 と いう 意 味 です 。 ﹁何 も ござ いま せ ん が 召 し 上 が って 下 さ い﹂ と いう 言 い方 も 、 こ れ を 食 べ て も
何 も 食 べな か った と 同 じ だ と 思 って ほ し い、 と いう 日 本 人 のや さ し い心 のあ ら わ れ だ と いう こ と に な りま す 。
六 単 語 の出 来 方 擬音 語と 擬態 語
こ こ で は 日 本 語 で新 し い単 語 が 出 来 る 場 合 に ど のよ う な 出 来 方 を す る か、 ま た そ の点 か ら みた 日 本 語 の特 質 を お 話 し し た いと 思 いま す 。
第 一に 言 え る こ と は 、 概 念 的 で な く 直 観 的 に表 現 し よ う とす る こ と。 代 表 的 な も の が、 以 前 に ち ょ っと お 話 し
た 擬 音 語 ・擬 態 語 と 言 わ れ る も の です 。 擬 音 語 と 言 いま す の は 、 外 界 の 音 、 た と え ば 雨 の 音 を ﹁ザ ア ザ ア と 降
る﹂ と 形 容 す る 、 あ る いは 雷 が ﹁ゴ ロゴ ロと 鳴 る﹂ と 形 容 す る も の で、 擬 態 語 と いう の は 、 音 の し な いも の を 音
がす る よ う に 表 し た 言 葉 です 。 た と え ば星 が ﹁キ ラ キ ラ光 る﹂ と か 、 あ る いは新 し い金 貨 が ﹁ピ カ ピ カ 光 る﹂ と か いう よ う な も の です 。
こ う いう 擬 音 語 ・擬 態 語 は 、 も ち ろ ん ほ か の国 に も あ り ま す 。 東 南 ア ジ ア の 言 語 に こ と に た く さ ん あ り ま す が 、
ヨー ロ ッパ の 言 語 に も あ り ま す 。 た と え ば 英 語 で イ ヌ の吠 え る 音 を ﹁バ ウ ワウ ﹂ と 言 った り 、 時 計 の進 む 音 を
﹁テ ィ ック タ ック﹂ と 言 う の は 、 擬 音 語 の例 で す 。 こ れ に 対 し て 擬 態 語 は 少 な いよ う で す が 、 し か し 稲 光 のよ う
な も のを ﹁ジ ッグ ザ ッグ ﹂ と 言 う のは り っぱ な 擬 態 語 です 。 独 協 大 学 の霜 崎 實 さ ん か ら 教 わ り ま し た が、 ﹁デ ィ
ング ルダ ング ル﹂ と いう のが あ って 、 これ は 物 が揺 れ る 様 子 だ そ う です ね 。 た だ し 、 フ ラ ン ス語 に は 擬 態 語 は 一
つも な いそ う です 。
し か し 、 日本 語 の擬 音 語 ・擬 態 語 と いう の は 用 途 が広 く 豊 富 であ り ま し て 、 こと に 、 か た い文 章 に も 使 え る点
で、 英 語 な ど と は 違 いま す 。 た と え ば 、 ﹁ハ ッキ リ 区 別 す る ﹂ と か 、 ﹁シ ッカ リ し た 考 え ﹂ と い った よ う な こと も
言 え ま す 。 ま た、 日 本 語 で は 新 し い擬 態 語 を ど ん ど ん 発 明 でき る と いう こ と が 、 お も し ろ いこ と だ と 思 いま す 。
新作 でき る
﹃ 富 士 登 山 ﹄ と いう 文 章 が い い と 思 いま し て 、 そ れ を 教 科 書 に 頂 いた の で す 。 そ れ で 教 師 用 参 考 書 を つく ろ う と
私 は、 以 前 中 学 校 の国 語 の教 科 書 を 編 集 し て いた こ と が あ り ま す 。 そ の と き に俳 壇 の元 老 の荻 原 井 泉 水 さ ん の
し た と こ ろ が、 意 味 の不 明な 言 葉 に ぶ つか り ま し た 。 富 士 山 の 頂 上 か ら 朝 日 を 見 る 場 面 で、 ﹁日 が の ぼ る 寸 前 に
東 の空 が か ん が り と 赤 く な った ﹂ と いう 一句 が あ る の です 。 こ の ﹁か ん が り ﹂ は 辞 書 を 引 いても 出 て お り ま せ ん 。
そ こ で荻 原 先 生 に直 接 手 紙 で 伺 いま し た 。 そう し ま し た ら 長 文 の お 手 紙 を 頂 き ま し て ﹁実 に い い こと を 聞 い てく
だ す った 、 あ の ﹃か ん が り﹄ と いう の は 、 ﹃こん が り ﹄ よ り は 熱 く な く 、 ﹃ほ ん のり ﹄ よ り は 明 る いと こ ろ を 表 そ
う と し て 、 私 が考 え て 創 作 し た 言 葉 だ ﹂ と の こ と で し た 。 そ う し て つ い で に 、 ﹁私 は 以前 に ﹃ 初 夏 の奈 良 ﹄ と い
う 文 章 を 書 いた 。 そ の中 に お 寺 の築 地 に 孟 宗 竹 の枝 が 垂 れ て い ると こ ろ を ﹃わ っさ り﹄ と 表 現し た 。 と こ ろ が、
自 分 が 発 明 し た のだ け れ ど も 、 ほ か の人 が 自 分 に 断 り な し に ど ん ど ん そ れ を 使 う の で 自 分 と し て は 憤 慨 し て い る ﹂ と い った よ う な こと も 書 い て いら っし ゃ いま し た 。
こう いう こ と は 新 し い擬 態 語 を 聞 いても わ れ わ れ は す ぐ に 理 解 で き る と いう こと で、 これ は注 目 す べき こ と だ
と 思 いま す 。 も と も と 、 日本 語 では 、 一つ 一つの 音 が ど う いう 意 味 を 表 す か と いう こ と が 約 束 さ れ て いる 傾 向 が
あ り ま す 。 た と え ば 、 カ 行 と い いま す と 乾 いた 感 じ 、 か た い感 じ 、 カ サ カ サ 、 カ ラ カ ラ 、 キ チ ヅと 、 と いう 感 じ
がす る 。 サ 行 は 、 さ わ や か な 感 じ 、 湿 った 感 じ 、 サ ラ サ ラ、 シ ト シ ト 、 と い った 感 じ が し ま す 。 こ れ がナ 行 です
と 、 な め ら か な 感 じ 、 ね ば っ こ い 感 じ が 出 ま す ね 。 ヌ ル ヌ ル 、 ネ バ ネ バ 。 ハ行 の 音 で す と 、 軽 い 感 じ が し ま す 。 ヒ ラ ヒ ラ 、 フ ワ フ ワ。
こ れ が さ ら に 清 音 と 濁 音 の 違 い で 効 果 が 違 いま す 。 清 音 の方 は 、 小 さ く き れ い で 速 い 感 じ 。 コ ロ コ ロ と 言 い ま
す と ハス の 葉 の上 の 水 玉 が こ ろ が る よ う に 、 小 さ いも の が こ ろ が る感 じ です 。 ゴ ロゴ ロと 言 いま す と 、 大 き く 荒
く 遅 い 感 じ 。 私 な ん か が 芝 生 の 上 に こ ろ が った ら ゴ ロゴ ロ と し か こ ろ が れ な い。 キ ラ キ ラ と 言 い ま す と 、 こ れ は 、
宝 石 の輝 き で す が、 ギ ラ ギ ラ と 言 いま す と 、 マム シ の目 玉 でも 光 って いる と き の形 容 に な り ま す 。
﹁ホ ワ ン ・ ハ ダ ﹂ ︱
﹁ハダ ﹂ と い う の は
﹁ド ン グ ド ン グ ﹂ と 言 い ま
﹁す る ﹂ と い う 意 味 で す が 、 ﹁ホ ワ ン ・ ハダ ﹂ と 言 い ま す と 、
こ れ が お 隣 の 韓 国 で は 、 朝 鮮 語 に 同 じ よ う な 音 の感 じ 方 が あ る の で す 。 た だ し 向 こ う で は 母 音 で や り ま す 。 た とえば
パ ッと 明 る い 。 ﹁ホ ヲ ン ・ ハダ ﹂ と 母 音 を 変 え ま す と 、 ぼ ん や り と 明 る い 。 あ る い は
ッ と ﹂ ﹁チ ン マ リ ﹂ と か
﹁ア ﹂ の 母 音 は 大 き い も の 、 荒 い も の を 表
す と 、 比 較 的 小 さ く て 軽 い も の が 浮 い て い る 様 子 。 ﹁ド ウ ン グ ド ゥ ン グ ﹂ と 言 い ま す と 、 大 き な 重 い も の が 浮 い て いる 様 子 だ そ う で し て 、 これ は 日 本 語 と 同 じ よ う な 趣 があ り ま す 。 日 本 語 でも 母 音 を 使 う こと も な いわ け で は あ り ま せ ん で、 た と え ば
し ま す 。 ﹁ザ ー ッ と ﹂ ﹁ガ バ ッと ﹂ と か いう 場 合 に 調 和 す る 。 ﹁イ ﹂ は 小 さ い 感 じ 。 ﹁チビ
いう の が あ り ま す ね 。 ﹁エ﹂ に な り ま す と 、 こ れ は ど う も 人 気 が あ り ま せ ん で 、 品 の な い 感 じ 。 ﹁ヘナ ヘナ ﹂ と か
﹁セ カ セ カ ﹂。 エ の 段 の 擬 態 語 に ほ め る と き に 使 う 言 葉 は な か な か あ り ま せ ん で 、 い つか ヒ マ な 時 に 何 か な い か と
﹁メ キ メ キ
﹁メ キ メ キ 禿 げ て き た ﹂
一所 懸 命 考 え ま し た が 、 二 つし か 見 つ か ら な か った 。 そ の う ち の 一 つ は 何 だ か 忘 れ ま し た が 、 一 つ は
上 達 す る ﹂。 こ れ は ほ め る 意 味 の 言 葉 で す が 、 し か し こ れ も よ く 考 え て み ま す と 、 も と は
と か い う 場 合 の 言 葉 だ った の か も し れ な い と 思 い ま す 。 ﹁メ ッキ リ ﹂ と な る と 、 ﹁メ ッキ リ ふ け こ ん だ ﹂ と いう よ う な 使 い方 が普 通 です 。
日 本 語 の 擬 態 語 と いう の は 実 に こ ま か い 配 慮 の も と に つ く ら れ て お り ま し て 、 た と え ば 同 じ こ ろ が る こ と の 形
こ れ は こ ろ が り 続 け る こ と 。 ﹁コ ロ リ ﹂︱
一回 こ ろ が っ
一回 こ ろ が っ て 止 ま り 、
こ ろ が って は 止 ま り 、 こ ろ が っ て は 止
は ず み を つ け て こ ろ が って 行 く さ ま 。 ﹁コ ロリ ン コ ﹂ ︱
こ ろ が り か け る さ ま 。 ﹁コ ロリ コ ロ リ ﹂︱
容 で も い ろ い ろ な 言 い方 が あ り ま す 。 ﹁コ ロ コ ロ﹂︱ て 止 ま る 様 子 。 ﹁コ ロ ツ﹂︱ ま る さ ま 。 ﹁コ ロ ン コ ロ ン ﹂︱
あ と は動 き そ う も な い。 以前 、 ト ニー 谷 さ ん が 、 ﹁コ ロリ ン コ﹂ と か ﹁ペ ッタ リ コ﹂ と か 言 って 笑 わ せ て いま し
た が、 あ れ は 何 で も かん で も 同 じ よ う に表 現す る の で 、 や は り あ のよ う に し て使 った の で は 、 せ っか く の 日本 語 のお も し ろ み は な く な って し ま う と 心 配 し て お り ま し た 。
具 象性 をも つ日本 語
次 に、 日本 語 の単 語 の 出 来 方 と し て 言 え る こ と は、 抽 象 的 で は な く て 具 象 的 に単 語 を つく ろ う とす る 傾 向 が あ る ことです。
お お よ そ 表 現 の中 で 一番 抽 象 的 な も の は 数 字 であ り ま す が、 日 本 人 は 数 字 が嫌 い です 。 た と え ば 、 本 が 二 冊 ま
た は 三 冊 と そ ろ って いる 場合 、 ヨー ロ ッパ です と 、 第 一巻 、 第 二 巻 、 第 三 巻 と 番 号 を つけ て 数 え ま す ね 。 日本 で
は 上 巻 ・中 巻 ・下 巻 と し て 数 詞 を さ け ま す 。 こ れ は 数 字 よ りよ ほ ど 具 体 的 であ りま す が、 も っと い い例 は 、 う な
ぎ 屋 さ ん な ん か に 行 く と 、 お 重 の 一番 い い の が ﹁松 ﹂ で 、 そ れ か ら ﹁竹 ﹂ ﹁梅 ﹂ と な って いま す 。 こ のよ う に植 物 で表 す のは ま こ と に 日本 的 だ と 思 いま す 。
旅 館 な ど も そう で す ね 。 洋 式 の ホ テ ル の部 屋 です と 、201,2⋮0⋮ 2の番 号 で呼 び ま す が、 日 本 式 の旅 館 で は、
藤 の 間 と か 芙 蓉 の間 と いう よ う な 具 体 的 な 言 葉 で表 す 。 これ は ち ょう ど 日本 の花 札 と ヨ ー ロ ッパ のト ラ ンプ の違
い に 対応 す る わ け で 、 ト ラ ンプ に は 数 字 が 必ず つ いて お り ま す が 、 花 札 は 、 元 来 、 二 十 点 の札 、 十 点 の札 ⋮ ⋮ と 、
数 字 に 関 係 は あ る は ず です が 、 全 然 、 数 字 と いう も の が 札 に は書 い てあ り ま せ ん。 こん な こ と も 日本 で は 数 字 を 嫌 う こ と のあ ら わ れ だ と 言 え ま す 。
た だ 一つ例 外 があ り ま し て 、 日 本 の 男 の子 の 名前 に はよ く 数 字 が つき ま す 。 長 男 は 一郎 、 次 男 は 二郎 、 三 男 は
三 郎 と 。 こ れ は 、 ﹁家 ﹂ と いう も の を 大 切 に し 、 "長 幼 序 あ り " を 重 ん じ る 日本 人 の気 持 が あ ら わ れ た も のと 思 い
ま す 。 野 球 の背 番 号 な ど と いう のは いか に も ア メ リ カ の 発 明 で し て、 日 本 で 横 綱 北 の 湖 の 背 中 に 1 と 書 く と い う よ う な こ と は 、 ま ず 想 像 で きな いこ と で す ね 。
a
pickle
mak つe まs り、a小 さ mi いも ck のl がeた.く "さ ん 集
そ う い った こ と と 同 じ 精 神 だ と 思 いま す が、 日 本 の諺 は向 こう のも の に 比 べ て 総 体 に 具 象 的 で す 。 た と え ば ﹁チ リも 積 も れ ば 山 と な る﹂ は 、 英 語 で す と 、"Many
his とtい aう sよ te う. に"大 変 抽 象 的 です 。
ま る と 大 き く な る 、です が 、日 本 の諺 の方 が 目 に 見 え る よ う です 。﹁た で食 う 虫 も 好 き ず き ﹂も 英 語 で は"Everyone to
動 植物 名 や自然 か ら の語彙
日本 語 に は ﹁ミ ミ ズ バ レ﹂ (ミ ミ ズ の よ う に 赤 く 細 長 く は れ る )、 ﹁ゴ ボ ウ 抜 き ﹂ (ゴ ボ ウ の よ う に 無 雑 作 に 抜
く ) と い った 、 形 のあ るも の にた と え た お も し ろ い言 い方 が多 く あ り ま す 。 畑 で ゴ ボ ウ を 抜 い て みま す と 、 ほ か
のも のと 違 って、 ゴ ボ ウ は 葉 っぱ が 大 き いわ り に 実 に無 雑 作 に 抜 け る わ け で、 例 と し て は 大 変 い い。 あ る い は ﹁目 白 押 し ﹂ ﹁鵜 呑 み ﹂ な ど 、 状 況 を よ く 表 し た 言 葉 が た く さ ん あ り ま す 。
植 物 の名前 にも お も し ろ いも の があ り ま す ね 。 た と え ば ﹁サ ル ノ コ シ カ ケ﹂、 サ ルは 実 際 に 腰 掛 け な い でし ょ
う け れ ど も 、 い か に も サ ル が 腰 掛 け そ う だ と いう こ と で、 想 像 か ら 名 前 を つけ る わ け で す 。 ﹁キ ツネ ノ タ イ マ
ツ﹂。 キ ツネ に は た いま つは いら な い でし ょ う が 、 これ は 、 多 少 有 毒 であ り そ う な グ ロテ スク な 感 じ が す る と い
う こと を よ く 表 し て いま す 。 あ る いは ﹁オ ニノ ヤ ガ ラ﹂。 こ れ は 寄 生 植 物 で、 あ る 日 突 然 こ れ が 山 の 中 に 現 わ れ
る の です 。 地 中 か ら ヌ ッと 出 て き ま す か ら 、 鬼 が こう い った ヤ ガ ラ を こ こ へさ し た のだ ろ う と いう ふう な 想 像 を
し た と 思 いま す 。 あ る いは 、 普 通 にイ グ サ と 言 わ れ て いる も の です が 、 これ を 地 方 に よ り ま し て は ﹁サ ギ ノ シ リ
サ シ ﹂ と いう のが あ りま す 。 サギ が よ く お り て い る沼 沢 地 に直 立 し て 生 え て いる、 サ ギ がう っか りす る と お 尻 を
刺 す の では な いか と いう 想像 であ り ま す 。 そ れ か ら ﹁ジ ゴ ク ノ カ マノ フタ ﹂ と いう 異 名 を も った 植 物 も あ りま す が、 こ れ は 、 ひ ろ が って 生 え て いて な か な か 引 き 抜 き に く いと いう 意 味 で す 。
ま た 、 日本 語 の単 語 は 一般 に自 然 か ら 多 く と る と いう こ と が 言 え る と 思 いま す 。 日本 の お菓 子 は 、 ﹁ あ ら れ﹂
ピ ンク 色 の お菓 子 であ り ま す が 、 波 が海 岸 に寄 せ て いる よ う な 感 じ に 見
﹁も な か ﹂ と いう の は、 元 来 、 最 中 の月 (十 五 夜 ) で す 。 です か ら 、 も と も と ま ん
﹁ あ わ 雪 ﹂ ﹁時 雨﹂ ﹁鹿 の子 ﹂ ﹁洲 浜 ﹂︱ え る。 ﹁松 風 ﹂ ﹁ も な か﹂︱
丸 いも のだ った の でし ょ う が、 今 は 四 角 いも な か も あ る よ う にな り ま し た 。 あ る いは ﹁春 雨 ﹂ と か ﹁白 滝 ﹂ ﹁落 雁 ﹂ な ん か も こ の中 に 入 り ま す ね 。
お 相 撲 さ ん の 名 前 で も 自 然 のも の を 名 前 の 一部 に 使 って 、 ﹁北 の湖 ﹂ ﹁三 重 の 海 ﹂ ﹁増 位 山 ﹂ ﹁天 ノ 山 ﹂︱
flower
o とfで も y英 o訳 ut しh た ら 、 ア メ リ カ 人 は 力 士 の名 前 と は 想 像 し な いで し ょう 。
﹁山 ﹂ と か ﹁海 ﹂ と かを 名 前 に す る 。 ﹁若 乃 花 ﹂ ﹁貴 ノ 花 ﹂ な ど と いう の は、 いか に も 日 本 人 好 み の名 前 で、 こ れ をA
こ のよ う に 日本 人 は 自 然 か ら 名 前 を と って く る の が 好 き です が 、 反 面 、 人 間 を 名 前 の材 料 に 使 う こ と を あ ま り
好 みま せ ん 。 スイ ス に は 山 の名 に ユ ング フラ ウ と いう のが あ り 、 日 本 でも 箱 根 に 乙 女 峠 と いう の があ り ま す が、
ヨー ロ ッパ で は そ の山 そ のも の が女 性 だ と 言 って いる のに 、 乙女 峠 の場 合 は 、 別 に 、 峠 を 乙 女 だ と 思 って いる の
では な い。 あ る孝 行 な 娘 が い て、 こ の峠 を 越 え て 親 の た め に薬 を と り に い った 、 と いう よ う な 伝 説 か ら と った の
です 。 ま た 、 戦 後 間 も な く の、 日本 に ま だ 進 駐 軍 の人 た ち が いる 頃 でし た が 、 日本 に 台 風 が押 し よ せ て 来 た と き 、
ア メ リ カ の人 はキ ャサ リ ン台 風 と か キ テ ィ台 風 と か 、 女 性 の名 前 を つけ た 。 これ は や は り、 日 本 人 の好 み に合 わ
ず 、 そ の後 は 狩 野 川 台 風 と か 伊 勢 湾 台 風 と か つけ る よ う に な り ま し た 。 姉妹 都 市 ・姉 妹 言 語 と い った 言 い方 も 日
本 的 で は あ り ま せ ん ね 。 ﹁処 女 林 ﹂ と か ﹁処 女 詩 集 ﹂ と い った も の は 、 な に か 、 女 であ る は ず が な い、 と いう 気
持 が 日本 人 の頭 の中 にあ りま し て、 そ う い った 名 前 の つけ 方 は 日本 人 は あ ま り 好 ま な いと いう こと が 言 え ま す 。
カタ イ 日本語
上 の人 が つけ た 名 前 と いう の があ り ま し て 、 今 ま で の名 前 と は 随 分 性 質 が
以 上 あ げ た よ う な 名 前 の つけ方 と いう のは 、 日本 人 の間 か ら 自 然 に 起 こ った 名 前 であ り ま す け れ ど も 、 そ の ほ か に 、 実 は、 日 本 語 に は 官 庁 用 語︱
違 う の です 。 これ は、 難 し く 、 か た い の で す 。 一般 の人 が ﹁赤 帽 ﹂ と 呼 ん で いる 人 は 、 官 庁 用 語 で は ﹁手 荷 物 運 搬 人 ﹂、 ﹁古 本 屋 ﹂ は ﹁古 書 籍 商 ﹂ と 言 いま す 。
い つか 、 私 の家 の電 話機 が 故 障 し 、 ダ イ ヤ ル が 回 ら な く な り ま し た 。 そ こ で電 話 局 へお願 いし ま し て、 故 障 し
ま し た が と 言 った の です が 、 故 障 の部 分 の名 前 がわ か ら な い。 ダ イ ヤ ル の台 です と 言 いま し た と こ ろ が 、 電 話 局
のか た が 、 ﹁あ あ 、 キ ョウ タイ の故 障 です か ﹂ と 言 う の です 。 キ ョウ タ イ ⋮ ⋮ ﹁狂 態 ﹂ と いう 言 葉 が あ り ま す け
れ ど も 、 これ が ど う し て ﹁狂 態 ﹂ な のか 。 あ と で聞 いて み る と 、 ほ ん と う は ﹁筐 体 ﹂ と 書 く のだ そう です が、 自
分 の家 で毎 日厄 介 に な って いる も の が こん な 難 し い名 前 を 持 って いる と は夢 にも 想 像 いた し ま せ ん で し た 。
私 の小 学 校 の こ ろ 、 丸 太 が 吊 ってあ って、 そ の上 へ乗 って落 ち な いよ う に 向 こう へ渡 る の が あ り ま し た が、 簡
単 に ﹁吊 り 丸 太 ﹂ と でも 言 った ら よ さ そ う な も のを ﹁遊 動 円 木 ﹂ と いう かた い名 前 を も って いま し た 。 あ る いは 、
体 操 で、 か か と を あ げ て膝 を な か ば 曲 げ る こ と を ﹁挙 踵 半 屈 膝 ﹂ と 言 った も の です 。 二年 生 ぐ ら い のと き でし
た か 、 先 生 が ﹁お ま え 、 こ こ へ来 て 号 令 を か け ろ ﹂ と 言 わ れ ま す か ら 、 ﹁挙 踵 ﹂ と 言 いま し て か ら 、 間 違 え て
﹁半 ク ツ シタ ﹂ と 言 って笑 わ れ た こ と が あ りま し た が、 ﹁半 屈 膝 ﹂ と いう のは 何 の こと か ほ ん と う に よ く わ か ら な か った 。
ラ ジ オ 放 送 でよ く 話 題 に な る のが 農 業 用 語 です け れ ど も 、 こ の農 業 用 語 こ そ ほ ん と う に 難 し い。 朝 農 家 の時 間
な ど に 私 ど も が 聞 いて お り ま す と 、 ち っと も わ か ら な い言 葉 が 出 て き ま す 。 た と え ば 、 ハシ ュと いう の が 種ま き 、
﹁ 播 種 ﹂ と書 く そ う で す 。 施 肥 と いう のは こ や し を や る こ と 。 こ の ご ろ は 農 業 が 発 達 し て、 こ や し を や り な が ら
種 を ま く 機 械 が あ る の だ そ う です 。 そ う し ま す と そ れ は ﹁施 肥播 種 機 ﹂ と 舌 を か み そ う な 呼 び 方 で そ れ を 表 し ま
す 。ヒ コー と いう の は ﹁肥 効 ﹂ で 肥 料 の効 き め 、 分蘗 と 難 し い字 を 書 く の は 株 分 か れ 。 ﹁割 当 ﹂ な ど は カ ット ー と 読 ん だ りし ま し て、 大 変 難 し い。
言葉 はわ から なく ても
林 業 用 語 の方 も 同 じ です 。 私 は 、 夏 、 東 京 が 暑 いも の です か ら 、 山梨 県 の北 のは ず れ のと こ ろ に 山 小 屋 を つく
って 、 そ こ で 暮 ら し て お り ま す 。 そ の 辺 で 林 業 を や って いる 人 た ち と 話 し て いま し た ら 、 突 如 、 ﹁こ の辺 は セ キ
ア ク リ ンチ だ か ら な あ ﹂ と 言 わ れ る 。 セ キ アク リ ンチ って何 の こと だ ろ う か、 何 か 悪 い こと を し て リ ンチ を 受 け
る こと でも あ る ま いと 思 った と こ ろ が 、 字 を 聞 い て み ま す と ﹁瘠悪 林 地 ﹂ と 書 く の だ そ う です 。 ﹁じ ゃあ 、 ハゲ
山 って こ と じ ゃな いで す か﹂ と 言 った ら、 ﹁そ れ は ハゲ 山 だ け れ ど も 、瘠 悪 林 地 って 言 う のだ ﹂ と 教 わ り ま し た 。
わ れ わ れ は枝 を 切 り 落 と す と 言 いま す が、 土 地 の 人 は そ う は 言 わ れ な い。 ﹁ 枝 条 を 伐 採 す る﹂ と 言 って、 大 変 か た い。 日本 の人 は、 そ う い った か た い言 葉 がど う も 好 き な 傾 向 にあ る よ う で す 。
医 学 用 語 な ど も 難 し い で す ね 。 ニキ ビ は ﹁尋 常 性〓 瘡 ﹂ と 言 った り、 オ タ フク カ ゼ は ﹁流 行 性 耳 下 腺 炎 ﹂。 ム シ バ は ﹁齲歯 ﹂、 ミ ミ ア カ な ど は ﹁〓聹﹂ と いう いず れ も か た い言 葉 に な り ま す 。
西 田幾 多 郎 博 士 の著 書 に 出 てく る ﹁絶 対 矛 盾 の自 己 同 一﹂ と いう よ う な 、 大 変 難 し い言 葉 、 あ る いは 、 戦 争 中
に盛 ん に 使 わ れ た ﹁八 紘 一宇 ﹂ と いう よ う な 言 葉 は 、 こ れ も や は り 日本 的 な 言 葉 だ ろ う と 思 いま す 。
漱 石 の ﹃坊 っち ゃん ﹄ を 読 ん で お り ま す と、 あ の坊 っち ゃん と いう 人 は 、 言 葉 が わ か ら な く ても 使 って い る 。
って いる の で はあ り ま せ ん 。 あ る いは 、 赤 シ ャ ツと いう 教 頭 を 指 し て、 ﹁あ れ は 湯 島 のか げ ま の 子 ど も だ ろう ﹂
た と え ば 、 英 語 の先 生 に ﹁う ら な り﹂ と いう 名 前 を つけ ま し た が 、 あ れ も 別 にう ら な り と いう 意 味 が わ か って 使
と 言 う 。 山 嵐 に ﹁湯 島 の か げ ま って 何 だ ﹂ と 聞 か れ て 、 説 明 で き ま せ ん で し た 。
姓 名 の つけ方
最 後 に 、 日本 人 の名 前 に つ いて お 話 し し た い。 姓 名 のう ち の 名 の方 で 言 いま す と 、 日本 で は 自 由 に無 制 限 に つ
け ら れ る と いう こ と があ り ま す 。 こ れ が ヨー ロ ッパ です と 、 模 範 例 がき ま って お り ま し て 、 キ リ スト 教 の バイ ブ
ル や暦 に 出 てく る 聖 人 の言 葉 を と り ま す の で 、 ジ ョ ンと か 、 ピ ー タ ー と か 、 大 体 き ま って し ま う 。 と こ ろ が、 日
本 人 の方 は ま った く 自 由 で あ り ま し て 、 た と え ば 、 園 田 外 相 は直 と 書 いて スナ オ さ ん と い い、 ち ょ っと 珍 し いお
名 前 で す が、 奥 様 の園 田 天 光 光 さ ん 、 これ は ミ ツ コさ ん と お 読 み す る そ う です 。 こ のよ う に ど ん な 難 し い名 前 を
つけ て も 自 由 で あ り ま す 。 京 都 の 造 園 家 で 重森 さ ん と いう か た が いら っし ゃ いま す が 、 五 人 お 子 さ ん が あ って、
名 前 を 、 長 男 が 完 途 さ ん、 次 男 が 弘淹 さ ん 、 以 下 由 郷 さ ん 、 執 氏 さ ん 、 貝崙 さ ん と 、 外 国 の 哲 学 者 や 詩 人 の苗 字 を つけ た と は 凝 った も ので す ね 。 こ う い った こ と も 日本 人 に は 許 さ れ る。
た だ 、 日本 で は 、 ヨー ロ ッパな ど の人 か ら み れ ば 不 思 議 と 思う か も し れ ま せ ん が 、 男 でも 女 でも 同 じ 名 前 があ
りま す 。 た と え ば 、 馨 君 と か 、 操 さ ん と か、 こ れ は 両 方 に使 いま す ね 。 馨 さ ん と いう か ら ど ん な き れ いな 女 の 人
が来 る か と 思 う と 、 ヒ ゲ っ面 が出 て き て が っか り す る よ う な こ と は ヨー ロ ッパ で は 起 こら な いと 思 いま す 。 ロシ
ア です と 、 奇 抜 な こと に は 、 夫 と妻 で 苗 字 が 変 わ り ま す 。 た と え ば 、 亭 主 の方 が パ ブ ロフ さ ん な ら 奥 さ ん の方 は
パ ブ ロバと 、 違 う の です 。 夫 が セ ミ ョー ノ ブと い いま す と セ ミ ョー ノ バ。 日 本 で し た ら 、 金 田 一の家 内 は キ ンダ イ チ ャと か いう と ころ で し ょう が、 あ れ に は び っく り し ま す 。
名 前 の つけ 方 で 変 わ って いる の が 中 国 です 。 中 国 は大 家 族 制 度 を と って お り ま す が 、 ま ず 兄 弟 同 士 同 じ 字 を つ
け ま す 。 周 作 人 のお 兄 さ ん は 周 樹 人 さ ん 、 弟 さ ん は 周 健 人 さ ん と いう 具 合 で す 。 こ れ が 大 き な 家 族 にな り ま す と 大変 です。
﹃京 江 郭 氏 家 乗 ﹄ と いう 本 を 見 て み ま し た ら こ ん な 系 図 が 出 て いま し た 。 こ れ で 見 る と 、 家麒 さ ん と 鳳 苞 さ ん と
中 国(右)と韓 国(左)の家系 図 の例
字 が違 う のは 例 外 で す が、 家麒 さ ん の子 の中 孚 さ ん に ﹁中 ﹂ の 字
が つく と 、 そ の従 兄 弟 た ち は みな ﹁ 中 ﹂ の字 が つく 。 そ の子 の代
にな る と 、 みな ﹁良 ﹂ の字 が つく 。 恐 ら く 本 家 の人 が 字 を き め る
と 、 分家 が みな 真 似 を す る の でし ょう が、 よ く 気 が そ ろ う も の だ と感 心します。
家 と名
韓 国 へま いり ま す と 、 ま す ま す 複 雑 です 。 島 村 修 治 さ ん の ﹃外
国 人 の姓 名 ﹄ ( ぎょう せ い刊) と いう 本 に 韓 国 の人 の 系 図 が あ り ま
す が、 こ れ は 中 国 と 同 じ よ う に兄 弟 同 じ 字 を 使 いま す 。 ほ か に 、
よ く 見 ま す と 、 こ れ が ﹁木 火 土 金 水 ﹂ と いう 順 序 にな って いる の
です 。 ﹁東 吉 ﹂ の ﹁東 ﹂ と いう 字 は 木 です ね 。 次 の 仁 煕 さ ん と 慶
煕 さ ん の ﹁煕 ﹂ は 、 火 の部 首 にあ る 文 字 です 。 そ の次 の子 ど も の
在 寿 さ ん た ち の ﹁在 ﹂ と いう 字 に は ﹁土 ﹂ と いう 字 が つき 、 次 の
成鉉 さ ん た ち の ﹁鉉﹂ は カ ネ ヘン、 最 後 の泰 英 さ ん と いう 字 の
﹁泰 ﹂ の字 は 、 下 の と こ ろ が 水 を 表 す も の で、 木 火 土 金 水 で 進 ん
で お り ま す 。 あ る 家 で は こ れ を ﹁甲 乙 丙 丁 戊 ⋮﹂ と いう 順 序 に 代 々 つけ て いま す 。
こ こ で は ﹁時 ﹂ と いう 字 を つけ
日本 で は、 た と え ば 北 条 氏 の系 図 を 見 る と 、 時 政 ・義 時 ・泰 時 ⋮ ⋮ と いう ふう に 代 々同 じ 字︱
て いき ま す 。 こ れ は いか にも 日本 的 だ と 思 い
ま す 。 と いう の は 日 本 で は ﹁家 ﹂ と いう こ と
を 重 ん じ る 。 そ のた め に ﹁ 家 ﹂ の字 を 守 る 傾
向 があ る わ け です 。
と か ﹁伊 藤 ﹂ と か 苗 字 の方 に つけ て そ の子 孫 で あ る こと を 表 し て いま す 。
勘 太 郎 と か いう よ う な 人 が いま し た が 、 そ の例 で す 。 藤 原 氏 の ﹁藤 ﹂ は 少 な いよ う で す が 、 そ のか わ り、 ﹁佐 藤 ﹂
て 、 橘 家 の子 孫 であ る こと を 表 す は ず で す 。 そ れ か ら ﹁勘 ﹂ と いう 字 が あ り ま す が、 こ れ は 菅 原 の子 孫 。 伊 那 の
いう 字 が よ く つき ま す ね 。 三 人 吉 三 と いう の が あ り ま す が 、 これ は 、 元 来 ﹁橘 ﹂ と いう 字 を 書 く は ず であ り ま し
いは 杉 浦 明 平 さ ん と か 草 野 心 平 さ ん は 平 家 の 子 孫 ⋮ ⋮。 元 来 そ う いう 意 味 で つけ た 名 前 です 。 そ れ か ら ﹁吉 ﹂ と
日 本 で は、 源 平 藤 橘 と 言 いま す け れ ど も 、 吉 野 源 三 郎 さ ん 、 これ は 源 氏 の 子 孫 だ と いう こと を 表 し て いる 。 あ る
日 本 で は 、 そ れ と 同 じ よ う な こと で あ り ま す が 、 先 祖 が 何 であ る か と いう こと で名 前 を つけ る 傾 向 があ り ま す 。
北 条氏 の系 図
五 日 本 語 の 文 法
一 日本 語 と精 密な 表 現 日本 語に 文法 はな いのか
文 法 と いう も のは ど う も 評 判 が 悪 いよ う で し て、 戦前 、 谷崎 潤 一郎 さ ん が ﹃ 文 章 読 本 ﹄ で ﹁い い文 章 を 書 く に
は 日本 語 の文 法 な ど は 知 ら な いほう が い い のだ ﹂ と 書 い て おら れ ま し た 。 ま た 、 戦 後 は 、 哲 学 者 の森 有 正 さ ん が ﹁日 本 語 に は 文 法 がな い﹂ と いう こと を お っし ゃ って ま し た 。
し か し 、 私 の考 え で は 日 本 語 に は 立 派 な 文 法 があ り ま す し 、 そ の文 法 を 心 得 る こ と によ って正 し い日 本 語、 よ い 日本 語 を 書 いた り 話 し た り でき るも のだ 、 と 思 って お り ま す 。
etud とiい aう n言 t葉 が入
s⋮ uと i言 sい、 ﹁お ま え が ⋮ ⋮ であ る﹂ はtu
森 さ ん が 日本 語 に文 法 が な いと 言 わ れ た のは ど う いう 点 か と 申 し ま す と 、 これ は 、 人 称 の変 化 と いう 問 題 を 取 り 上 げ て いる の で す 。 た と え ば 、 フラ ン ス語 で は 、 ﹁私 は ⋮ ⋮ であ る ﹂ と いう と き にJe
と 言 い、 いち いち 動 詞 が 変 わ る。 こ の あ と に 、 た と え ば ﹁学 生 だ ﹂ と いう の な ら ばun
る わ け です 。 これ に 対 し て、 日本 語 の方 は ﹁私 は 学 生 ﹂ の次 に ﹁です ﹂ と 言 った り 、 ﹁で ご ざ いま す ﹂ と 言 った
り す る。 ﹁あ な た は ﹂ と いう 場 合 も 同 じ こ と で、 二 つ の違 った 形 が あ る 。 こ ん な こ と を 理 由 と し て、 日 本 語 の方 に は 文 法 が な い、 と お っし ゃ って おら れ る 。
es
し か し 、 日 本 語 にも 人 称 に よ って変 化 す る 動 詞 が あ り ま す ね 。 た と え ば 、 も の のや り と り に使 う 動 詞 は 、 ﹁私
があ な た に﹂ の場 合 に は ﹁あ げ る ﹂ と な り 、 ﹁あ な た が 私 に ﹂ と いう 場 合 に は ﹁下 さ る﹂ と な り ま す 。 あ る いは
﹁私 が いた し ま す ﹂ と か ﹁あ な た がな さ いま す ﹂ と 言 う 。 これ を と り 違 え て ﹁私 が な さ いま す ﹂ と は言 わ な いし 、
﹁あ な た が いた しま す ﹂ と 言 っても お か し い。 つま り 、 こ のよ う な 場 合 に は 、 フラ ン ス語 に あ る よ う な 人 称 の変 化 が あ る わ け で、 こ れ は や は り 日 本 語 の大 切 な 文 法 だ と 思 いま す 。
日本 語 の人称 によ る変 化
s﹁ a あdな.た "は ﹂ のと き は"You
is と s、 ad み. ん"な 同 じ 形 で 言 いま す 。 と こ ろ が 日 本 語 は そ う は いか な い。 ﹁私
am
日 本 語 の文 法 で は 、 人 称 に よ って使 う 言 葉 が 達 う も の の例 と し て 、 心 理状 態 を 表 す お も し ろ い言 い方 が あ りま
sa﹁ d彼 .は "﹂ のと き も"He
す 。 た と え ば ﹁悲 し い﹂ と 言 う と き に は 、 英 語 で す と ﹁私 は﹂ のと き は"I are
は 悲 し い﹂ は い い の です 。 し か し 、 ﹁あ な た は 悲 し い﹂ と か ﹁あ の人 は 悲 し い﹂ と いう のは へン です ね 。 も し 強
い て 言 う な ら ば 、 ﹁あ な た は 悲 し い? ﹂ と 尋 ね る 形 に し た り 、 あ と に 言 葉 を つけ て 、 ﹁あ の人 は 悲 し いら し い﹂ ﹁あ の人 は 悲 し い の だ﹂ と 言 った り す る 。 そ れ は で き ま す ね 。
これ は な ぜ か と 言 う と 、 日 本 人 にす れ ば 、 ﹁あ な た ﹂ と か ﹁あ の人 ﹂ と か いう のは 自 分 じ ゃな いわ け です か ら 、
ほ ん と う に悲 し い のか 悲 しく な い のか わ か ら な い。 だ か ら ﹁あ な た は 悲 し い﹂ ﹁あ の人 は 悲 し い﹂ と は 言 わ な い
の です 。 例 外 は 小 説 の文 章 の場 合 な ど で ﹁彼 は 悲 し か った ﹂ と 表 現 す る こ と が あ り ま す が、 普 段 の言 葉 では こう
は 言 いま せ ん 。 ﹁悲 し いら し い﹂ と ﹁ら し い﹂ が つけ ば こ れ は 言 え ま す 。 ﹁あ の人 は 悲 し い の だ ﹂、 こ の方 は ち ょ
っと 説 明 が 微 妙 で 、 普 通 、 欧 米 の人 に は 理 解 し に く い日 本 語 の表 現 だ と 言 わ れ ま す 。 ﹁あ の 人 は 悲 し い のだ ﹂ と
いう のは 、 ど う いう 意 味 か と いう と 、 あ の 人 は 別 に ﹁悲 し い﹂ と 言 って いる わ け で は な いが 、 な に か 口 数 が 少 な
い、 食 べる も のも 少 な い、 あ の人 は 心 の中 で 悲 し く 思 って いる のだ ろう と 解 釈 さ れ る 、 こ の場 合 が ﹁彼 は 悲 し い
のだ ﹂ と いう ﹁のだ ﹂ の つい た 形 にな りま す 。 こ のよ う に、 や た ら に ﹁彼 は悲 し い﹂ な ど と 言 わ な い点 、 日本 語
はな か な か論 理 的 で や か ま し いわ け です 。 こ れ は り っぱ に 日本 語 の文 法 では あ り ま せん か 。
日本 語 に は ま た 、 次 のよ う な 言 い方 も あ り ま す ね 。 ﹁あ な た は 悲 し そ う だ﹂。 こ れ は ﹁悲 し いら しく み え る ﹂ と
いう 意 味 です 。 ﹁彼 は 悲 し が って いる ﹂ の ﹁悲 し が る ﹂ と いう のは ﹁悲 し いと いう 素 振 り を 外 に 表 す ﹂ と いう 意 味 です 。
です か ら ﹁私 は 悲 し そ う だ ﹂ と か、 あ る いは ﹁私 は 悲 し が る ﹂ と か は 言 え ま せ ん 。 そ れ は 、 自 分 が ど う いう 素
振 り を 見 せ て いる か と いう こ と は 、 自 分 に は わ か ら な いわ け です か ら 、 そう いう 言 い方 は 日本 語 で は し な い。 こ れ も 日本 語 の文 法 の 一部 です 。
外国 語 の人称 によ る変 化
と こ ろ で 、 こ の人 称 の変 化 と いう も のは 、 ド イ ツ語 や フラ ン ス 語 では 複 雑 で す 。 英 語 では そ れ ほ ど 難 し く あ り
lと i言 eb いe 、 ﹁お ま え が ﹂ の と き はdu
lと i、 eb いt ち いち ﹁愛 す る﹂ と いう 部 分 が 、 形 を 変 え ま す 。
ま せ ん が 、ド イ ツ語 で す と 、同 じ ﹁愛 す る ﹂ で も ﹁私 が﹂ の と き はich lieb ﹁彼 sが t﹂ の と き は er
aim ﹁わ eれ sわ れ が愛 す る ﹂
aiと m、 on いs ろ いろ 言 い方 が 違 いま す 。 私 た ち は 、 こう いう 言 語 に 接 し ま す と 、 ヨ ー ロ ッパ の言 語 は 難
フラ ン ス 語 も 同 様 で ﹁私 が愛 す る ﹂ はj'aiとm言 eい、 ﹁お ま え が 愛 す る﹂ と き はtu はnous
し いも のだ と 思う の です が 、 言 語 学 者 の書 いた 本 を 見 ま す と、 地 球 上 に は 、 こ のよ う に誰 が ⋮ ⋮す る か に よ って いち いち 言 い方 が 違 う 言 語 の方 が む し ろ多 いそ う です 。
am⋮と かYou
a⋮ rと eか が あ り ま す か ら 、 違 う 方 に 入 り ま す 。 ハンガ リ ー と か ト ル コと か の言 葉 は 元
ヨ ー ロ ッパ の言 語 は 大 体 ﹁誰 が ⋮ ⋮ す る﹂ か によ って 動 詞 が 形 を 変 え ま す 。 英 語 は あ ま り 変 化 し ま せ ん が、 そ れ でも 、I
来 ア ジ ア 系 統 の言 葉 です が 、 こ の点 は ヨー ロ ッパ の言 語 と 同 じ よう に、 人 称 によ る 違 い があ り ま す 。 こ れ は ア フ
リ カ の言 語 も ま た そ う で し て 、 北 の方 の言 語も 南 の方 の言 語 も す べ て人 称 に よ って動 詞 の形 が 違 う そ う です 。 そ
う いう わ け で、 人 称 が違 って も 動 詞 の形 が違 わ な い言 語 と いう のは 、 日本 語 ・朝 鮮 語 ・中 国 語 ・タイ 語 ・ベト ナ
ム語 ・イ ンド ネ シ ア語 と いう よ う に主 に東 南 ア ジ ア に集 中 し て お り ま す 。 これ が ア イ ヌ語 に な り ま す と や かま し
い人 称 の区 別 が あ り ま す 。 さ ら に ア メ リ カ大 陸 に いき ま す と 、 ア メ リ カ イ ン デ ィ ア ン の言 葉 が 広 く 分 布 し て いま す が 、 これ も 大 体 、 人 称 に よ る動 詞 の変 化 を 持 って いる よ う です 。
谷 崎 潤 一郎 さ ん の随 筆 で読 みま し た が、 あ の人 の作 品 に ﹃ 愛 す れ ば こ そ ﹄ と いう 戯 曲 があ り ま す 。 これ を ソ 連
の作 家 の コ ンラ ッド と いう 人 が大 変 感 心 いた し ま し て 、 是 非 あ の作 品を ロシ ア 語 に 訳 し た いと 谷 崎 さ ん の と こ ろ
に 言 ってき た 。 谷 崎 さ ん は 喜 ん で ﹁ど う ぞ ﹂ と 言 った そ う です が 、 し ば ら く し て か ら 質 問 が き た そ う です 。 ﹃愛
す れ ば こ そ﹄ と いう 題 を ロシ ア 語 に 訳 さ な け れ ば いけ な いが、 これ を ロシ ア 語 に 訳 す 場 合 に は ﹁愛 す る ﹂ と いう
の は 誰 が 愛 す る か を 決 め な け れ ば いけ な い。 これ は 一体 私 が愛 す る と いう 意 味 で す か 、 彼 女 が愛 す る 意 味 です か 、
誰 が 愛 す る意 味 です か 、 と 聞 いて き た そう です 。 こ れ には 谷 崎 さ ん の方 が む し ろ 困 り ま し て 、 いや 別 に自 分 と し
て は ど う でも い い の で 、 要 す る に 人 が愛 す る ん だ 、 と 答 え ま し た と こ ろ が、 コ ンラ ッド の方 で は 、 そ ん な 言 い方
は と ても ロシ ア語 に は で き な い、 日本 語 で は そ う いう 言 い方 が でき る と は 、 日本 語 はな ん と 神 秘 的 な 言 語 で あ ろ う 、 と 言 った そ う です 。
単数 形 と複数 形
eと gg いう の は 一つ の卵 で あ り 、 二 つ
英 語 か ら み て 日本 語 の表 現 が 不 完 全 のよ う に 思 わ れ ま す のは 、 名 詞 の数 に つ い ても 言 え ま す 。 英 語 で は 、 た と え ば 卵 が 一つあ る か 、 二 つ以 上 あ る か に よ っで 言 い方 が 違 いま す ね 。an
以 上 あ る と き は eggsと sを つけ て言 わ な け れ ば いけ な い。 こ れ は ど の ヨー ロ ッパ の言 語 でも 同 じ で す 。 日 本 語
では 、 た と え ば ﹁学 生 ﹂ と いう 言 葉 な ら ば 、 一人 の と き は ﹁学 生 ﹂、 二 人 以 上 の と き は ﹁学 生 た ち ﹂ と いう 区 別
が な い こ と は な いが 、 ﹁た ち ﹂ と いう 接 尾 語 は つけな く ても い い の です 。 ﹁き ょう は学 生 が大 勢 や ってき た ﹂ と 言
って 別 に 間 違 いと は 言 え ま せ ん 。 つま り 、 日 本 語 では 単 数 か 複 数 か を や か ま し く 言 わな い言 語 だ と いう こ と が で きま す 。
ア メ リ カ のブ ロ ック と いう 言 語 学 者 が 日 本 語 の こ の性 質 を み ま し て、 日 本 人 は 数 の観 念 が な い のじ ゃな いか 、
と 言 った そう で す が 、 日 本 語 の場 合 、 数 の観 念 を いち いち 言 葉 に表 現 し な いだ け です 。
thief
or⋮と t書 he iば eな ve か なtけhれ らs な いそ う で す 。 そ の点 、 お
英 語 な ど は こ の点 大 変 や っか い です 。 新 聞 な ど で泥 棒 の 記事 を 扱 う と き に、 あ る 家 に 泥 棒 が何 人侵 入 し た か 不 明 の 場 合 、 ﹁泥 棒 は ⋮⋮ ﹂ と いう と き にthe
も し ろ い の は ハンガ リ ー 語 です 。 ハンガ リ ー と いう の は ア ジ ア か ら 行 った 民 族 です が、 ヨー ロ ッパ の言 語 と 同様
に、 単 数 .複 数 の区 別 は あ り ま す 。 た だ ﹁三 人 の泥 棒 ﹂ のよ う に ﹁三 人 の﹂ と いう 修 飾 語 が つき ま す と ﹁泥 棒 ﹂
と いう 言 い方 は単 数 のか た ち を 使 う のだ そ う で す 。 こ れ は ﹁三 人 の﹂ と い った 以 上 は 複 数 だ と いう こ と が 明 ら か
だ か ら 、 も う それ 以 上 複 数 のか た ち を 使 わ な いで も い いと いう 理 屈 です 。 つま り 日本 の ﹁大 勢 の学 生 ﹂ と 同 じ 理 屈 です ね 。
英 語 な ど で は 単 数 .複 数 の 区 別 があ る た め に、 と き に大 変 難 し い問 題 が起 こ る よ う で す 。 こ れ は イ ェ ス ペ ル セ
my
one are
is
arと e⋮ 複" 数 にす べきも のだ そう です
t ﹁お hろ em かe 者.た"ち ︱は 私 の テ ー マで あ る ﹂、 こ れ は 、 テ ー マと す れ ば お ろ か 者 を 一つ
and﹁十n はi一 nたeす .九 "︱ で あ る﹂、 こ れ は"Ten
ンと いう 人 の ﹃文 法 の原 理﹄ と いう 本 の中 に紹 介 さ れ て お り ま す が 、有 名 な 作 家 に こう い った 間 違 い があ る そ う です 。"Ten ね 。"Fools
und
eと i言 nう e そN うaで cす h。 tN "achと いう の は 単 数 です 。 元 来 ﹁千 一
に扱 って いる わ け です か ら 単 数 にす べき な の でし ょ う ね 。 ド イ ツ語 な ん か でも 難 し い の が あ り ま す ね 。 た と え ば ﹃千 夜 一夜 ﹄ を ド イ ツ語 で"tausend
の夜 ﹂ で す か ら 複 数 にす べき です が、 tause のn 次dに ﹁一つ の﹂ と いう ein がe あ る の で、 そ れ に 引 か れ て 単 数 の か た ち を 使 う 。 こ の へん は ど う も 論 理 的 で はな いよ う に 思 いま す 。
こん な こ と か ら 日本 の文 学 作 品 を 英 語 に な お す 場 合 に いろ いろ め ん ど う な こ と が起 こ り ま す 。 千 野 栄 一さ ん と
いう 人 の本 か ら と り ま し た が、 た と え ば 、 ﹁ 枯 枝 に烏 のと ま り け り 秋 の暮 ﹂ と いう 芭 蕉 の句 が あ り ま す 。 ﹁烏﹂ と
いう 言 葉 は 英 語 で は 単 数 か複 数 か と 考 え て 表 現 し な け れ ば な り ま せ ん が 、 一体 こ こ で烏 は 一羽 で し ょう か 二 羽 以
上 でし ょう か 。 は っき り し ま せ ん が、 ま あ 一羽 と み て い い でし ょう 。 ﹁古 池 や 蛙 飛 び 込 む水 の音 ﹂、 こ れも 、 蛙 は
一匹 で あ りま し ょう か らfroで gい いと 思 いま す が、 石 川 琢 木 の有 名 な 短 歌 ﹁東 海 の小 島 の磯 の白 砂 に 我 泣 き
ぬ れ て蟹 と た は む る ﹂、 こ の蟹 は 一匹 であ ろう か 二 匹 以 上 であ ろ う か 、 困 り ま す ね 。
大 野 晋 さ ん は 、 日本 語 にも 昔 は 単 数 ・複 数 の 区 別 が あ った の で は な い か と 言 って いま す 。 た と え ば 、 日 を 数 え
る 場 合 に 、 コ 日﹂ の場 合 は ﹁ひ と ひ﹂ と 言 いま す が 、 二 日 以 上 は ﹁ふ つか ﹂ ﹁み っか ﹂ ﹁よ っか ﹂ ⋮ ⋮ と 全 然 違
った かた ち を 使 う 。 ﹁か ﹂ と いう のはdaysの意 味 で は な か った か と 言う わ け です が、 おも し ろ いと 思 いま す ね 。
日 本 語 に も 、 古 く は そ う いう 区 別 があ った が、 複 雑 で大 変 だ と いう わ け で 複 数 を 言 い分 け る こ と を や め て し ま っ た の かも し れ ま せ ん 。
双数 をも つ言語
言 語 学 者 によ り ま す と 、 世 界 の言 語 の中 に は 風 変 りな 言 語 があ り ま し て 、 単 数 ・複 数 の ほ か に 双 数 と いう のを
区 別 す る 言 語 があ る そ う です 。 つま り 、 指 さ れ る も の が 一つの場 合 、 二 つ の場 合 、 三 つ以 上 の場 合 を いち いち 言
い分 け る 言 語 です 。 こう いう 双 数 を 区 別 す る 言 語 で有 名 な の は ア ラ ビ ア 語 です 。 ほ か に 、 ヨー ロ ッパ の言 語 の中 の ス ロ ベ ニ ア語 や リ ト ワ ニア 語 な ども そ う いう 区 別 があ る そ う です 。
さ ら に 言 語 の中 に は 、 三 数 、 四 数 を も つと いう の があ って、 つま り 、 そ のも の が 三 つあ る と き はど う 言 う 、 四
つあ る と き は ど う 言 う 、 と いち いち 区 別 し て 言 い表 す そ う です 。 例 は 少 な いが 、 オ ー スト ラ リ ア や ニ ュー ギ ニア
の原 住 民 の言 葉 に そ う いう 例 が あ る と 聞 き ま す 。 大 変 精密 だ と 言 え ば 、 ほ め た こ と に な りま す が 、 実 際 に使 う の
は さ ぞ 不 便 だ ろ う と 想 像 いた し ま す 。
テ ン スの区別 と ﹁た﹂ の問題
英 語 の文 法 な ど で や か ま し いも の に、 も う 一つ動 詞 の テ ン スと いう も の があ り ま す 。 人 間 の動 作 や 自 然 現 象 が
upと 現 a在 t のs 形eをv使 en い. ま" す 。 こ れ が ﹁き のう
up と 違aっ tた 形 sで i表 x. し" ま す。
gets
現在 の こ と で あ る か 、 過 去 の こ と であ る か 、 そ れ を いち いち 区 別 し て 表 す 、 こ れ を テ ン ス の区 別 と 言 って 、 た と
got
え ば 、 英 語 で は ﹁か れ は 毎 日 七 時 に 起 き る ﹂ は 、"He 六時 に起 き た ﹂ と いう 場 合 な ら 、"He
日本 語 にも こ の区 別 は あ る わ け で、 ﹁彼 は い つも 七 時 に起 き る﹂ と 言 う と 、 現 在 の 習 慣 を 表 し ま す 。 き のう の
こ と な ら ば ﹁彼 は き のう 六 時 に起 き た ﹂ と 言 って ﹁た ﹂ の つ いた 形 で 過 去 の こ と だ と いう こと を 表 す 。 そう いう
わ け で日 本 語 に も 立 派 に テ ン ス の区 別 があ る と 思 いま す が、 こ れ に 対 し て 日本 語 の ﹁た ﹂ は 過 去 を 表 さ な い、 と 言 って 反 対 す る 人 が いま す 。
そう いう 人 に 言 わ せ る と 、 こう いう 言 い方 が あ る と 言 う の です 。 他 人 にあ る 場 所 か ら 退 か せ る 場 合 、 ﹁ど け ﹂
と も 言う が、 ﹁さ あ 、 ど いた 、 ど いた ﹂ と も 言 う 。 ま だ そ の人 は ど い て いな いか ら こ の ﹁た ﹂ は 過 去 じ ゃな いだ
ろ う 、 と 言 う の で す 。 あ る いは 日本 人 は ﹁そ う そ う 、 あ し た は ぼ く の 誕 生 日だ った ﹂ と 言 う 。 ま だあ し た にな っ
て いな い の に ﹁た ﹂ を 使 う 。 こ の場 合 も 、 ﹁た ﹂ は 過 去 を 表 し て いな い で は な い か。 さ ら に ﹁鼻 のと が った 人 ﹂
と いう よ う な 言 い方 も あ る が 、 整 形美 容 でも し て 鼻 が あ る 日と が った の な ら 、 こ の ﹁た ﹂ は 過 去 を 表 す が、 最 初
か ら 鼻 が と が って いる 人 、 と いう 意 味 で ﹁と が った 人 ﹂ と 言 う のな ら ば 、 過 去 と は 言 え な いと 言 う ので す 。
し か し 、 これ は ち ょ っと考 え 直 さ な け れ ば いけ ま せ ん 。 これ ら の ﹁た ﹂ は 特 殊 な も の です 。 な ぜな ら 、 た と え
ば ﹁そ こ を ど いた 、 ど いた﹂ と いう と き の ﹁た ﹂ は 、 そ の意 味 を 変 え な い で ﹁そ こ を ど いた 人 ﹂ と は 言 え な い。
﹁ど いた 人 ﹂ のと き の ﹁た ﹂ は、 過 去 の意 味 に な って し ま い、 命 令 の意 味 は 消 え て し ま いま す ね 。 これ が、 ﹁六 時
に 起 き た ﹂ と 言 う よ う な 普 通 の 言 い方 の 場 合 に は
﹁六 時 に 起 き た 人 ﹂ と 自 由 に 使 え る わ け で す が 、 ﹁そ こ を ど い
た 、 ど い た ﹂ と いう と き の ﹁た ﹂ は 、 い つも セ ン テ ン ス が 切 れ る と こ ろ で し か 使 わ れ な い 。 ﹁そ う そ う 、 あ し た
は ぼ く の 誕 生 日 だ った ﹂ の ﹁た ﹂ も 同 様 で 、 ﹁ぼ く の 誕 生 日 だ った あ し た ﹂ と は 言 え ま せ ん 。
﹁た ﹂
beと tt 言eい rま ⋮" し て、 こ の
﹁た ﹂ も
﹁ 鼻 の と が った 人 ﹂ と い う の は 、 こ れ と は ち ょ う ど 逆 で 、 ﹁あ の 人 の 鼻 は と が っ た ﹂ と いう よ う に 文 の 切 れ 目 に
had
使 う こ と は で き な い で す ね 。 ﹁あ の 人 の 鼻 は と が っ て い る ﹂ と し な け れ ば い け な い 。 つま り 、 こ の の中 で特 別 のも の だ と 言 う こ と が でき ま す 。 英 語 で も 、 た と え ば 、 ﹁あ な た は ⋮ ⋮ す る ほ う が い い ﹂ と 言 う 場 合 に 、"You
ha d は ち っと も 過 去 の 意 味 に な っ て お り ま せ ん が 、 向 こ う の 人 はhadは 過 去 の 形 で な い 、 な ど と ヤ ボ な こ と は 言
﹁き の う ぼ く
﹁き の う ぼ く は 六
﹁た ﹂ は は
﹁ど い た 、 ど い た ﹂ の ﹁た ﹂ は 命 令
﹁た ﹂ を 使 わ な け れ ば な ら な い 。 そ う す る と
﹁六 時 に 起 き た ぼ く ﹂ と も 言 え る 。 こ の 場 合
﹁た ﹂ の 意 味 を 考 え る と き に は 、 一番 標 準 的 な 使 い方 を み る の が い い の で す 。 た と え ば
わな いのです。 日本 語も
は 六 時 に 起 き た ﹂ と いう の は そ れ で し て 、 こ れ は
時 に 起 き る ﹂ と は 言 え ま せ ん 。 ﹁六 時 に 起 き た ﹂ と ぜ ひ
っき り し た 過 去 と い う テ ン ス を 表 す し る し だ と い う こ と に な り ま す 。 そ し て
を 表 す 特 別 の 例 、 ﹁誕 生 日 だ った ﹂ は 想 い起 し た こ と を 表 す 特 別 の 例 、 ﹁鼻 の と が った ﹂ は 状 態 を 表 す 特 別 の 例 と し て 片 づ け る こと に す る ので す 。
以 前 を 表 す ﹁た ﹂
特 別 と い う と 、 ﹁た ﹂ に は も う 一 つ特 別 の も の が あ り ま す 。 こ れ も や は り 、 文 の 途 中 だ け に 使 わ れ ま す が 、 ﹁ジ
﹁た ﹂ で は あ り ま せ ん 。 こ の 「た ﹂ は お ご る
ャ ン ケ ンポ ン を し て 負 け た 人 が お ご る こ と に し よ う じ ゃな い か ﹂ と い う 表 現 が あ り ま す 。 こ の よ う な 場 合 は 、 ま だ ジ ャ ン ケ ン を し て い な い わ け で す か ら 、 こ の ﹁た ﹂ も 過 去 を 表 す
( と いう よ り も 非 過 去 ) と 過 去 の 二 種 類 し か あ り ま せ ん が 、 ﹁た ﹂ が 以 前 を 表
こ と と 、 ジ ャ ン ケ ンを す る こ と と 、 二 つ比 べ て、 お ご る よ り も ジ ャ ンケ ンを し て負 け る 方 が先 だ と いう わ け で、 ﹁以 前 ﹂ を 表 す ﹁た ﹂ です 。 日 本 語 の テ ン スは も と も と 現在
す ことから、 英語 の過去完 了 ( 大 過 去 とも 言 う ) の意 味 を 表 す こと も でき ま す 。 た と え ば ﹁せ っか く 覚 え た こと
を 忘 れ てし ま った ﹂ と いう こ と が 日本 語 で 言 え ま す ね 。 つま り 、 忘 れ る こと よ り 覚 え る こと の方 が 以 前 です か ら
﹁覚 え た ﹂ と いう の は 現 在 か ら み れ ば 過 去 完 了 で す ね。 英 語 だ った ら ﹃h+ a過 d 去 分 詞 で表 さ れ る か た ち を 、 日 本
語 で は ﹁た ﹂ だ け で表 す こと が で き る わ け で す 。 ﹁いま 泣 いた カ ラ ス がも う 笑 った ﹂。 よ く 、 子 ど も を か ら か う 言
葉 と し て昔 か ら 言 わ れ て お り ま す け れ ど、 こ の ﹁ 泣 いた ﹂ の ﹁た ﹂ も 以 前 を 表 す わ け で 、 結 局 、 英 語 の 過 去 完 了 の役 を し て お り ま す 。
﹁た﹂ の不都合 な点
﹁た ﹂ に つき ま し て問 題 な の は、 む し ろ ﹁た ﹂ を 使 ってそ の意 味 で 言 葉 を 途 中 で止 め る こと が で き な いこ と で、 これ は 不 便 な 点 だ と 思 いま す 。
打 消 し の言 葉 は ﹁降 ら な い﹂ と いえ ば 、 そ こ で セ ン テ ン ス が 終 わ り ま す 。 セ ンテ ン ス の 途 中 な ら ば 、 ﹁雨 も 降
ら ず 、 風 も 吹 か ず ﹂ と いう よ う な ﹁ず ﹂ と いう 言 い方 が あ り ま す 。 ﹁ず ﹂ と 言 え ば 、 打 消 し の意 味 を こめ 、 し か
も セ ン テ ン ス が ま だ 続 く と いう 意 味 を も 表 す こと が で き ま す が 、 日本 語 の ﹁た ﹂ に は こ の形 がな い の です 。 これ は残 念 な こと で す 。
昔 は そ う いう 意 味 を 表 す 言 葉 があ り ま し た 。 ﹁て﹂ と いう 言 葉 です 。 と こ ろ が、 現 在 の ﹁デ パ ー ト へ寄 って﹂
の ﹁て ﹂ は過 去 の こと を 言 う と は 限 ら な い。 た と え ば ﹁会 社 の帰 り 、 デ パ ー ト に 寄 って 屋 上 の小 鳥 売 場 へ行 って
ハト の エサを 買 ってき て 下 さ いね ﹂ と 、 ご 主 人 が奥 さ ん に頼 ま れ た 。 ご 主 人 が 帰 宅 し て奥 さ ん が ﹁頼 ん だも の買
って 来 て 下 さ った ? ﹂ と 聞 いた と し ま す 。 そ う す る と ご 主 人 が ﹁ウ ン、 き ょう 、 お ま え の いう 通 り デ パ ー ト へ寄
って、 屋 上 ま で 上 が って 、 小 鳥 売 場 へ行 って ⋮ ⋮ ﹂ と 言 いま す と 、 これ を 聞 い て、 買 って来 て く れ た のか ど う か
わ か ら な い です ね 。 これ が も し ﹁行 って﹂ に ﹁行 った ﹂ と いう 意 味 があ れ ば 、 途 中 ま で聞 いた だ け で 行 ってき て
く れ た ん だ な と いう こと が わ か り ま す 。 日本 語 は そう いう 点 で ﹁た ﹂ の使 い方 は 不 便 です 。
動 作 の進行態
し か し 、 日本 語 に は 日本 語 で、 ま た 、 誇 る べき 点 があ り ま す 。 英 語 に は 、 た と え ば動 作 の進 行 態 と いう の があ
raと in いう s."
raと i言 ni いn まg し.て "、
り ま し て 、 フ ラ ン ス語 、 ドイ ツ語 にな いす ば ら し い言 い方 であ る と 自 慢 いた し ま す 。 た と え ば"It
のは 現在 形 で ﹁雨 が 降 る ﹂ と いう こ と です ね 。 いま 現 在 降 って いる 状 態 のと き は"It's
re e tg がn﹁雨 が降 る ﹂ ﹁雨 が降 って いる ﹂ と 両 方 の言 い方 に な る そ う です が 、 日本 語 は
区 別 を す る 。 と こ ろ が フ ラ ン ス語 や ド イ ツ 語 に は こ の 言 い方 がな いそ う です 。 両 方 と も 現 在 形 を 使 わ な け れ ば い け な い。 ド イ ツ 語 で はes
り っぱ に こ の区 別 を 持 って いま す 。
﹁雨 が降 る ﹂ と 言 いま す と 、 これ は 現 在 の 一般 の傾 向 を 表 す こと にな り 、 ﹁雨 が降 って い る﹂ と 言 いま す と 、 現
在 の状 態 を 表 す こ と に な りま す 。 そ の点 、 日本 語 は な かな か い い線 を 行 って いる 。
た だ 、 残念 な が ら 、 日 本 語 の ﹁雨 が降 って いる ﹂ と いう 言 い方 は 、 現 在 降 って いる意 味 にも 使 いま す が 、 今 は
そ の雨 が や ん で いる 、 そ の結 果 が 残 って いる 、 と いう 意 味 に も 使 いま す ね 。 朝 起 き た ら 雨 は や ん で いる け れ ど も
庭 に 、 水 たま り が で き て いる 。 そ のと き に ﹁あ 、 雨 が 降 って い る﹂ と いう こ と が でき ま す 。 こ れ が 、 日本 で も 中
国・ 四 国 ・九 州 地 方 な ど へ参 り ま す と 、 ち ゃん と 区 別 があ り ま し て、 いま 雨 が 降 って いる 最 中 のと き は ﹁雨 が降
り よ る ﹂、 雨 は も う や ん だ け れ ど も 降 った 痕 跡 が あ る と き に は ﹁雨 が 降 っと る ﹂ あ る いは ﹁雨 が 降 っち ょ る ﹂ と
言 いま す 。 こ れ は 大 変 す ば ら し い 日本 語 の言 い方 です ね 。 残 念 な が ら 東 京 の 言 葉 に は こ の 区 別 が あ りま せ ん 。
﹁あ の人 が着 物 を 着 よ る ﹂ と 言う と 、 な ん か 、 前 を 合 わ せ た り 帯 を 締 め た り し て いる 最 中 だ 、 ﹁ 着 物を着 とる﹂ と
言 う と、 和 服 姿 だ と いう 意 味 にな りま す が、 今 の共 通 語 に な いと いう の は、 欠 点 だ と 言 わ ざ る を 得 な い です ね 。
二 日 本 語 と 言 葉 の能 率 能 率 の悪 い日本 語
戦 前 の こと です が 、 京 浜 東 北 線 の赤 羽 の 駅 で 大 宮 の方 へ いく 電 車 を 待 って お りま す と 、 次 のよ う な ア ナ ウ ン ス
が聞 こ え てき ま し た 。 ﹁新 潟 行 き 急 行 がま いり ま ァす ﹂ と ま ず 言 って か ら 、 ﹁こ の 列車 は 途 中 、 大 宮 、 熊 谷 、 高 崎
⋮ ⋮﹂ と 駅 の名 前 を 並 べ る の です 。 ホ ー ム に 待 って いる 人 は 、 一体 ど う な る か と 耳を 傾 け て お り ま す と 、 最 後 に
﹁以 外 は 止 ま り ま せ ん﹂ と 来 る の です 。 そ こ で、 た と え ば 群 馬 県 の渋 川 あ た り へ行 く 人 は び っく り し ま し て、 い
った い自 分 の いく 渋 川 駅 に は 止 ま る のか 止 ま ら な いの か 、 改 め て 駅 長 室 へ飛 び 込 ん で 聞 いて いる 情 景 を 見 か けま
し た が 、 た し か に 、 最 後 を ﹁止 ま り ま せ ん ﹂ と 打 消 し の形 で言 わ れ ま す と 、 不 安 に な る わ け で す 。
こ のよ う な こ と は いろ いろ な 面 に あ り ま し て 、 や は り 戦 前 は学 校 で式 が あ る と き に い つも 校 長 先 生 が教 育 勅 語
と いう も のを お 読 み にな った も の です 。 そ の中 に こう いう 一節 が あ り ま し た 。 ﹁爾 汝 臣 民 ﹂ と 言 って か ら 、 ﹁父 母
に孝 に 、 兄 弟 に 友 に 、 夫 婦 相 和 し ⋮ ⋮ ﹂ と く る 。 ち ょ っと 聞 いて お り ま す と 、 お ま え た ち 臣 民 は 父 母 に 孝 行 であ
る 、 夫 婦 は 仲 が い い、 と いう わ け で ほ め ら れ て いる よ う な 感 じ がす る の です 。 と こ ろ が 、 実 際 は そ う で は な い の
です ね。 最 後 の方 ま で読 ん で いき ま す と ﹁以 て 天 壌 無 窮 の皇 運 を 扶 翼 す べ し ﹂ と あ り 、 こ の ﹁べし ﹂ と いう 言 葉
によ って 、 ﹁孝 行 であ れ 、 仲 よ く せ よ ﹂ と いう 、 す べ て こ れ が 天 皇 陛 下 の ご命 令 だ と いう こと にな る 。
戦 後 に は 、 平和 憲 法 と いう も の が あ り ま す が 、 これ が や は り問 題 にな り ま す ね 。 ﹁わ れ ら は ﹂ で は じ ま り 、 ﹁い
づれ の国 家 も 、 自 国 の こ と の み に 専念 し て 他 国 を 無 視 し て は な ら な い の で あ って ⋮ ⋮ ﹂ と く る 。 最 初 は ﹁わ れ わ
れ ﹂ は 一体 ど う な る の か と 心 配 にな り ま す が 、 ず っと 読 ん で 行 って 最 後 に ﹁各 国 の責 務 であ る と 信 ず る ﹂ と 、
﹁信 ず る ﹂ に か か る と いう こ と が わ か り ま す 。 文 法 上 か ら 言 って、 日 本 語 と し て は 間 違 い のな い文 章 です が 、 こ れ では 能 率 が よ ろ し く な い。
宮 沢 賢 治 の石 碑 に刻 ま れ て いる 有 名 な 詩 ﹁雨 ニ モ マケズ 風 ニモ マケ ズ 雪 ニモ夏 ノ 暑 サ ニモ マ ケ ヌ ⋮ ⋮ ﹂ を
聞 い て いる 人 は 、 珍 し い特 別 な 人 に つ いて の話 であ る こと は わ か り ま す け れ ど、 一体 そ の人 は 誰 で あ る の か 、 作
者 が そ う いう 人 間 だ と 言 って いる のか 、 作 者 が そう いう 人 間を 知 って いる と 言 って いる のか 、 わ か ら な いです ね 。
最 後 に ﹁サ ウ イ フ モ ノ ニ ワ タ シ ハナ リ タ イ ﹂ と いう 一句 に 至 って今 ま で言 った こ と は 、 す べ て自 分 の 理想 の人
間 の こと であ る 、 と いう こと が わ か る の で す が 、 そ のと き は前 の方 を 忘 れ て いそ う です 。 こ れ な ど は 、 宮 沢 賢 治
と いう 人 は お も し ろく 工 夫 し て作 詩 し た も のだ と 思 いま す 。 つま り こ のよ う な 日 本 語 の言 葉 の並 べ方 を 活 か せ ば 使 いみ ち があ り ま す が 、 実 用 的 な 文 章 で は あ ま り望 ま し く な いと 思 いま す 。
冒 頭 にあ げ た 駅 の ア ナ ウ ン スな ど も 、 現 在 で は、 あ のよ う な 、 人 を イ ラ イ ラさ せ る よ う な 言 い方 を し て お り ま
せ ん 。 ま ず ﹁新 潟 行 き 急 行 が 参 り ま アす ﹂ と 言 って か ら 、 ﹁こ の 列 車 の 途 中 止 ま る 駅 は大 宮 、 熊 谷 、 高 崎 ⋮ ⋮ ﹂
と いう ふ う に 言 って いる 。 こう な れ ば 乗 客 は 安 心 し て 聞 い て いる こと が で き るわ け でし て、 これ は、 日 本 語 の性 質 を 理 解 し て、 一般 の人 に わ か り やす いよ う に 言 い改 め た い い例 です 。
平 和 憲 法 の場 合 も 、 ﹁わ れ わ れ の信 ず る と こ ろ では ﹂ と 、 は じ め に 言 って し ま え ば い い。 そ う し て か ら ﹁いず
れ の国 家 も 自 国 の こと の み に ⋮ ⋮﹂ と す れ ば、 ハ ハア、 書 き 手 の信 念 を 述 べ て いる ん だ な 、 と いう こ と が わ か り
ま す 。 も っと も 、 そ う な り ま す と 最 後 の ﹁責 務 であ る と 信 ず る ﹂ の ﹁信 ず る ﹂ は 削 って ﹁責 務 であ る﹂ と 言 い切 る ことになります 。
日本 語 の語 順
こ のよ う に 動 詞 が 文 の最 後 に く る 日本 語 の順 序 は 、 な に か 特 殊 のよ う に 思 わ れ る かも し れ ま せ ん 。 た と え ば 、
英 語 や フラ ン ス語 な ど に は こ のよ う な こと があ り ま せ ん。 し か し 、 世 界 の言 語 を 広 く み て みま す と 、 日本 語 と 同
じ よ う な 順序 を 持 った 言 語 は た く さ ん あ る のだ そ う です 。 お 隣 の朝 鮮 語 が そ う です し 、 モ ン ゴ ル語 ・ト ル コ語 も
ィー 語 も 、 す べ て 日 本 語 と 同 じ 順 序 で す 。 ヨ ー ロ ッパ に渡 り ま す と 、 昔 の ギ リ シ ア 語 や ラ テ ン語 も そ う いう 順 序
全 部 そう です 。 ヨー ロ ッパ の言 語 と 同 じ 系 統 だ と 言 わ れ て お り ま す イ ラ ン語 ・ア ル メ ニ ア語 と か イ ンド のヒ ンデ
が 正 規 の順序 だ った そ う で し て、 決 し て 日本 語 は 珍 し い言 語 で はな いよ う で あ り ま す 。
た だ 、 日 本 語 の 場 合 に は、 打 消 し の言 葉 が動 詞 と く っつ い て いる 。 ほ か の言 語 で は 打 消 し の意 味 を 副 詞 で表 し
﹁必 ず し も ﹂ と か ﹁決 し て ﹂ と か いう 言 葉 が いろ いろあ って、 そ れ を 早
て 早 く 前 に 出 す 。 打 消 し が最 後 に来 る 点 は 日本 語 の特 色 のよ う です が 、 そ れ を 補 って 日 本 語 の場 合 に は 打 消 し が あ と から 来 る と いう こと を 表 す 副 詞 ︱
く前 に使 って お け ば 人 を 迷 わ せ な いこ と が でき ま す 。
次 に 日本 語 で は 名 詞 を 説 明 す る 言 葉 が あ りま す と 、 こ れ が 名 詞 よ り 前 に き ま す 。 つま り 、 名 詞 の方 が修 飾 す る
言 葉 よ り も あ と か ら ノ コノ コや ってく る 、 そう いう 性 質 が あ り ま す 。 そ の た め に 日本 語 で長 い修 飾 語 を 聞 い て お
り ま す と 、 ど う いう こと が言 いた い のか さ っぱ り わ か らな い。 最 後 ま で聞 いて 、 は じ め てな ん だ こ の こ と を 言 い た い の か と 思 う こ と が あ りま す 。
芳 賀 綏 さ ん の ﹃日本 文 法 教 室 ﹄ に、 長 い修 飾 語 の つ いた 例 と し て こう いう 例 があ が って いま す 。 ﹁一九 三 六 年 、
一体 これ は 何 がは じま る の だ ろ う と 思 いま す ね 。
ベ ル リ ン ・オ リ ンピ ック 大 会 水 上 競 技 平 泳 ぎ 決 勝 にお いて 、 わ が 日 本 代 表 選 手 前 畑 秀 子 嬢 がド イ ッ の ゲ ネ ン ゲ ル 嬢 を 、 接 戦 のす え つ い に これ を破 って優 勝 し た と き に ⋮ ⋮ ﹂︱
何 の話 か と ず っと 読 ん で お り ま す と 、 ﹁河 西 三 省 ア ナ ウ ンサ ー が 、 前 畑 ガ ン バ レ、 前 畑 ガ ン バ レと 、 興 奮 の あ ま
り 思 わ ず 踏 み つぶ し た スト ップ ウ ォ ッチ ﹂ と こ こ ま で読 ん で、 な ん だ ﹁スト ップ ウ ォ ッチ ﹂ のこ と か と 思 う わ け
sto とp言-っ wて at かc らh whicとhい って 長 い修 飾 語 を 言 う わ け で し て 、 ス ト
ップ ウ ォ ッチ の話 だ と いう こと は は じ め に わ か りま す 。 日 本 語 は こう いう 点 は お も し ろ いと 言 え ば お も し ろ い の
です 。 も し こ れ が英 語 で し た ら 子the
です が 、 わ か り にく いと 言 え ば わ か り にく いと いう こ と にな り ま す 。
言 葉 の自然 な 順序
こ のよ う な 日本 語 の性 質 を 知 る た め に は、 以 前 、 N H K の番 組 で や って お り ま し た ﹁ジ ェスチ ャー ﹂ が お も し
ろ か った と 思 いま す 。 問 題 を 出 す 人 が いて、 こ れ を 相 手 のチ ー ム か ら 選 ば れ た 一人 が 演 技 を し て 自 分 のチ ー ム の
人 にあ て さ せ る と いう も ので し た が 、 た と え ば 、 こ う い った 問 題 が 出 た と す る 。 ﹁た ら い で行 水 を し て いる 美 人
を フシ 穴 か ら のぞ こう と し て 溝 へ落 ち た 男 ﹂。 そ う す る と 、 演 技 を す る 人 は、 こ の 順 序 で は 演 技 を し ま せ ん ね 。
は じ め に ﹁た ら い﹂ を 出 し て 、 そ れ か ら ﹁行 水 を し て いる 美 人 ﹂ と いう 順序 には 演 技 し ま せ ん 。 ど う や る か と 言
いま す と 、 ま ず ﹁男 ﹂ を 出 し ま す よ ね 。 ネ ク タ イ の身 振 り を し ま し て ﹁男 ﹂ を 出 し ま す 。 そ の次 に、 そ の男 を 別
に置 いて 今 度 は ﹁美 人 ﹂ と いう も のを 出 し 、 そ れ が ﹁行 水 を し て いる ﹂ 様 子 を 出 し ま す 。 そ れを ま た 別 に し て お
い て、 フ シ穴 から のぞ く し ぐ さ を や り ま す ね 。 最 後 に ﹁溝 へ落 ち る ﹂ を 演 技 す る わ け で あ り ま す 。
当 て る 人 た ち は 、 これ に 対 し てど う 答 え る か と 言 いま す と 、 は じ め は 演 技 の順 序 に ﹁男 が、 美 人 が行 水 し て い
る のを フ シ穴 か ら のぞ い て溝 へ落 ち る ⋮ ⋮ ﹂ と いう よ う な こ と を 申 し ま す 。 そ う し ま す と 、 演 技 を す る人 が 、 そ
う で はな い、 順 序 が 違 う 、 順序 が 違 う と いう 身 振 り を し ま し た ね 。 そう し て、 最 後 に ﹁た ら いで 行 水 を し て い る
美 人 を フシ 穴 か ら のぞ こう と し て 溝 へ落 ち た 男 ﹂ と いう 順序 に 変 え る わ け です が 、 ど う し て はじ め に あ の よ う な 、
問 題 と は 違 った 順 序 に 演 技 を す る か と 言う と 、 こ れ は 結 局 ﹁フ シ穴 か ら のぞ こう と し て溝 へ落 ち た 男 ﹂ と いう 場
合 に 、 ﹁男 ﹂ と いう 方 を 先 に 出 す 方 が 頭 に 理 解 し や す いか ら です 。 つま り 、 人 物 と そ の動 作 や 状 態 を 言 う 場 合 、
人 物 を 先 に 出 し て そ の動 作 や 状 態 は あ と か ら 言 う 方 が 自 然 な の です 。 そ う し ま す と 、 日本 語 の順 序 は こ の自 然 の
順序 に反 し て いる わ け で し て、 そ のた め に ジ ェス チ ャー ・クイ ズ で は苦 労 す る こ と にな り ま す 。
こ のよ う な 点 か ら 見 ま す と 、 よ く 、 英 語 や ド イ ツ語 には 関係 代 名 詞 と いう の が あ って、 そ のた め に わ か り や す
いと 言 わ れ ま す が 、 別 に 関 係 代 名 詞 の せ い では あ り ま せ ん 。 名 詞 を 修 飾 す る 言 葉 が 前 にく る か 、 あ と にく る か の 問 題 であ って 、 関 係 代 名 詞 が名 詞 の前 に来 た の で は ど う にも な り ま せ ん 。
一体 ﹁ジ ェスチ ャー ﹂ で、 身 振 り で や り ま す 順 序 と いう のは 非 常 に わ か り やす い自 然 の順 序 の よう です 。 口 の
き け な い か た が た が ジ ェスチ ャー で自 分 の意 思 を 示す と き に は 、 日 本 語 の 順 序 に は か ま わ ず 、 ﹁ジ ェ スチ ャー ﹂ で や る よ う な 順 序 にな る そ う です 。
こ のよ う な 順 序 を 持 った 言 語 が 世 界 にあ る だ ろう か と いう こ と を 、 言 語 学 者 が 探 し ま し た と こ ろ 、 ビ ル マ語 と
チ ベ ット 語 が 、 ジ ェ スチ ャー ・ク イ ズ とま った く 同 じ 順 序 に し ゃ べ る そ う です 。 し か し こう い った 言 語 は 大 変 珍 し いよ う です 。
日本 語 の順序 に みら れる便 利 さ
そ う し ま す と 、 日本 語 の順 序 は そ う いう 順 序 と違 って いて、 理 解 さ れ にく い順 序 を 持 った 言 葉 、 能 率 の 悪 い言
名 詞 と そ れ に 関 係 のあ る 動 詞 がく る 場 合 に 、 日 本 語 で は 名 詞 が い つも 先 にき ま す 。
葉 と いう こ と にな りま す が 、 そう と ば か り も 言 え ま せ ん 。 日本 語 の順 序 が 自 然 に 叶 って いる と いう 点 を いく つか あ げ てみ た いと 思 いま す 。 (1) 名 詞 と 動 詞 の位 置︱
into と 言aって di ﹁落 tc ちh た ﹂ 方 を 先 に言 いま す 。 こ れ は ど ち
が、 これ は自 然 の順 序 に 叶 って いま す 。 先 の ﹁溝 へ落 ち た ﹂ と いう よ う な 言 い方 で 、 日本 語 では ﹁溝 ﹂ の方 を 先 に出 し ま す が 、 英 語 は そ う で はな い です ね 。fell
ら が い い か と 言 いま す と 、 ジ ェスチ ャー を や って み ま す と 、 ﹁溝 ﹂ と いう 名 詞を 先 に 出 し ま し て 、 あ と か ら ﹁落
ち た ﹂ と いう 動 詞 のし ぐ さ を す る と 思 いま す 。 それ か ら ﹁フシ 穴 か ら のぞ く ﹂ と いう のも 同 じ で し て 、 ま ず ﹁フ
シ 穴 ﹂ を 先 に 出 し て お い て ﹁のぞ く ﹂ し ぐ さ を そ のあ と か ら や る 。 英 語 で し た ら こ れ は 、peep
througとh
言 う でし ょう が 、 日本 語 では ﹁フ シ穴 ﹂ の方 を 先 に 言 う 点 は 、 日本 語 の方 がわ か り や す い順 序 であ る と いう こと ができます。
こ う いう 点 か ら 考 え ま す と 、 日 本 語 で は 、 な に か わ ざ わ ざ わ か り にく い順 序 に 変 え て し ま って いる こと が あ る
の で は な い か。 た と え ば 、 ニ ュー ス の 放 送 な ん か で ﹁三 人 の男 の子 と 二 人 の女 の子 が 道 端 で 遊 ん で いま し た が
⋮ ⋮ ﹂ と いう 文 章 を こ のご ろ よ く 聞 き ま す が 、 元 来 、 日本 語 で は 、 ﹁男 の 子 が三 人 、 女 の子 が 二 人 道 端 で遊 ん で
いま し た が﹂ と いう のが 本 来 の順 序 で し た 。 これ は そ の方 が 誰 が考 え て も 耳 に 聞 い てわ か り や す い順 序 であ った と考 え ま す 。
日 本 で は ﹁一人 の息 子 ﹂ と 言 う のと ﹁ 息 子 が 一人 ﹂ と 言 う の では 、 元 来 意 味 が 違 う 言 葉 でし た 。 ﹁息 子 が 一人 ﹂
s がon ﹁一人 の息 子 ﹂ で、 ﹁息 子 が 一人 ﹂ と いう のはa
so とnな る 。 日
と 言 いま す と 、 息 子 が何 人 か いる そ のう ち の 一人 で し て、 ﹁一人 の息 子 ﹂ と いう と き に は は じ め か ら 一人 し か い な い息 子 の意 味 です 。 英 語 で 言 った らthe
日 本 語 の順 序 で便 利 な のは 、 時 間 や 年 月 の 表 し 方 で す 。 時 間 で言 いま す と 、
本 語 に は こ の違 い が本 来 あ る はず であ りま し て、 こ れ を 今 、 日 本 人 が ゴ ッチ ャに し て いる の はも った いな い話 だ と 思 いま す 。 (2) 時 間 ・年 月 日 の表 し 方 ︱
paそ sれ t かs らix ﹁午 前 o﹂ 'c をl 表oすcak.m.が 最 後 に
﹁午 前 六時 四 十 五 分 ﹂ と いう の が 日本 語 の順 序 で す ね 。 こ れ が英 語 だ った ら ど う な る か 。 ﹁四 十 五 分 ﹂ が 一番 先 に 立 ち ま す ね 。 そ う し て ﹁六 時 ﹂ は あ と に続 く 。forty-five
く る 。 こ れ は ど ち ら の言 い方 が い いか と 言 いま す と 、 も し ラ ジ オ な ど の予 告 を 聞 く よ う な 場 合 を 考 え ま す と 、 大
き く ﹁午 前 ﹂ と 言 っても ら って、 そ れ か ら ﹁六 時 四 十 五 分 ﹂ と 、 だ ん だ ん 小 さ い方 へ順 々 に言 って も ら った 方 が わ か り や す いと 思 いま す 。
年 月 日を いう 場 合 も ま った く 同 様 で、 日 本 語 の 順序 は ﹁昭 和 五 十 五 年 八 月 二 十 九 日﹂ と いう 順 序 で大 き い方 か
a
hole
ら 小 さ い方 に 進 み ま す 。 英 語 で は こ う で は な い で す ね 。 ア メ リ カ と イ ギ リ ス で は 違 う そ う で、 ア メ リ カ で は
Augu tと s いう の が 最 初 にき て 、 それ か ら29,198 の0 順 序 に 進 み ま す が 、 イ ギ リ ス で は ﹁二 十 九 日﹂ が 最 初 で、
﹁八 月 ﹂ ﹁一九 八 〇 年 ﹂ と だ ん だ ん 大 き い方 へ進 む。 これ は 日本 式 が い い。 こ れ が も っと 大 き く な って 、 ﹁紀 元 前
五 世 紀 ﹂ と いう 場 合 、 英 語 で は"fifth を cは en じt めuにrお yいて 、B.C.(紀 元 前 ) を あ と で 言 いま す が 、 これ は や
forの tよ yう -f にi﹁ v六e時 ﹂ を 先 に言 う 習
は り 、 日本 語 の言 い方 のよ う に ﹁紀 元 前 ﹂ を 先 に 言 って、 あ と から ﹁五 世 紀 ﹂ と 言 った 方 がわ か り や す いこ と は 明 ら か です 。 ア メ リ カ で も こ の頃 は ﹁六 時 四 十 五 分 ﹂ と いう のを 、six
場 所 、 手 紙 の宛 名 を 表 す 日本 語 の順 序 は 、 広 いと ころ を 先 に 狭 いと こ ろ を
慣 も 出 来 た よ う です ね 。 や は り こ の方 が 向 こう の 人 も 便 利 だ と 思 って いる に違 いな いと 思 いま す 。 (3) 場 所 ・宛 名 ・姓 名 の表 し方 ︱
あ と に順 序 を 追 って並 べま す 。 た と え ば 、 私 の家 の宛 名 です と 、 郵 便 の宛 名 を 書 く 場 合 ﹁東 京 都 杉 並 区 松 庵 二丁
目 八 番 地 二 十 五 号 ﹂ と、 広 い方 か ら 狭 い方 に 移 り ま す 。 英 語 の宛 名 の書 き 方 は こ う で は あ り ま せ ん ね 。 ﹁八 番 地
二 十 五 号 ﹂ と 最 初 に き ま し て 、 ﹁松 庵 二 丁 目 ﹂、 そ れ か ら ﹁杉 並 区 ﹂ ﹁東 京 都 ﹂ 最 後 に ﹁ジ ャパ ン﹂ と 、 狭 い方 か
ら 広 い方 に並 べま す 。 ど ち ら が便 利 か と 言 いま す と、 お そ らく 、 郵 便 局 で ハガ キ の宛 名 を 整 理す る よ う な 場 合 に、
苗 字 と 名 前 の 順序 であ り ま し て、 日 本 で は 姓 を 先 に 名 前 を あ と に し て ﹁鈴
や は り 、 広 いほ う が先 に 書 い てあ った 方 が い いと 思 いま す 。 ヨー ロ ッパ で も 、 ド イ ツで は 地 名 の書 き 方 は 日 本 と 同 じ よ う な 書 き 方 を す る そ う です 。 こ れ と 同 じ よ う な も のが 、 姓 名 ︱
木 一郎 ﹂ と いう よ う に 申 し ま す が 、 ヨ ー ロ ッパ で は 、 英 語 ・ド イ ツ 語 ・フ ラ ン ス 語 あ た り は 、 名 前 を 先 に 苗 字 を
あ と に し て ﹁ジ ョ ン ・ス ミ ス ﹂ と い う ふ う に 言 い ま す 。 こ の 苗 字 と 名 前 の 順 序 は 、 ア ジ ア の 方 は 大 体 苗 字 が 先 に
き ま す が 、 ヨ ー ロ ッ パ で も 、 ハ ン ガ リ ー と か ト ル コ と い った ア ジ ア 民 族 で は 苗 字 を 先 に 言 っ て い る そ う で す 。 日
本 人 は 、 ロー マ 字 で 書 く 場 合 に は 名 前 を 先 に 書 く 習 慣 が あ り ま す が 、 ハ ン ガ リ ー 人 は ロ ー マ 字 を 使 い な が ら 苗 字
を 先 に 書 い て い る よ う で す 。 こ れ は ど う も 苗 字 を 先 に 書 く 方 が い い よ う で 、 日 本 人 は ち ょ っと 向 こ う の 習 慣 に 遠
慮 し す ぎ て いる よ う に 思 いま す 。
苗 字 を 名 前 よ り 先 に書 く 方 が便 利 であ る 証 拠 に、 も し 電 話帳 で名 前 が 先 にあ った ら 随 分 引 き にく い こと で し ょ
う 。 いち いち そ の家 族 の代 表 者 の名 前 を 考 え て探 さ な け れ ば な ら な い。 ヨー ロ ッパ でも 電 話 帳 で は 苗 字 の方 を 先 に 出 し て並 べて いま す 。 そ の方 が 便 利 な ので す 。
日本 語 の語順 の乱 れ?
日 本 語 の 言 葉 の並 べ方 は 、 以 上 のよ う に 不 便 な 点 も あ り 、 便 利 な 点 も あ る と いう こと に な り ま す が 、 長 い歴 史
の間 にも ほ と ん ど 変 わ って いな い点 は 注 意 す べき です 。 さ き ほ ど の ﹁子 ど も が 二 人 ﹂ を ﹁二 人 の 子 ど も ﹂ と 言 う
よ う に な った のは 珍 し い例 です 。 そ れ とも う 一つ、 こ の ご ろ ホ テ ル の名 前 や 書 名 な ど に新 し い傾 向 が 生 ま れ ま し
た ね 。 ﹁東 京 ホ テ ル﹂ と いう 普 通 の 順序 を 逆 に し て ﹁ホ テ ル東 京 ﹂ と い った よ う な 言 い方 が ふ え て き て お り ま す 。
本 の名 前 で ﹁日 本 語 講 座 ﹂ な ど と いう も のも 、 こ のご ろ は ﹁講 座 日本 語 ﹂ と い った 名 前 の つけ 方 を す る 。 こう い
う のは 日本 語 を 乱 す 言 い方 だ と いう 考 え 方 も あ る か も し れ ま せ ん 。 し か し 、 ﹁ホ テ ル何 々﹂ や ﹁講 座 何 々﹂ と 言
う 方 が 、 種 類 が ひと 目 で わ か って 便 利 な ので は な いか と 思 いま す 。 大 学 を 調 べ る の には 電 話 帳 で ﹁大 学 何 々﹂ の
と こ ろ を 引 け ば い いわ け です し 、 果 物 屋 さ ん な ら ば ﹁果 実 店 何 々﹂ の と こ ろ を 、 八 百 屋 さ ん は ﹁青 果 店 何 々﹂ の
と こ ろ を 見 れ ば す む わ け です から 。 も し か し た ら 職 業 別 の電 話 帳 は いら な く な る か も し れ ま せ ん ね 。
一体 日本 で 誰 が こ んな 言 い方 を は じ め た か と 考 え て み ま す と 、 明 治 のと き に文 部 省 で 小学 校 の教 科 書 を つく っ
た 。 そ のと き に 、 た と え ば ﹁小 学 算 術 書 ﹂ の下 に ﹁巻 一﹂ と書 い てあ り ま す が、 こ のあ た り が 最 初 で は な いで し
ょう か 。 日本 語 の古 い言 い方 な ら ば﹁一 の 巻 ﹂ と す る は ず であ り ま す が 、 ﹁巻 一﹂と ひ っく り 返 し て書 いて いる 。
これ が ど う も 今 ま で 日本 語 の順 序 を 変 え た 最 初 の例 で は な いか と 思 う 。 そ う す る と 、 日本 語 を 乱 し た 張 本 人 は 、
文 部 省 で、 年 配 の皆 さ ん に と って 思 い出 懐 か し いあ の教 科 書 だ った と いう こと にな る か も し れ ま せ ん 。
日本語 の語 順 にみ る文学 性
最 後 に 、 日本 語 の順 序 が 文 学 的 だ と いう お 話 を し た いと 思 いま す 。 こ れ は 佐 佐 木 信 綱 博 士 の名 歌 で す が 、 ﹁ゆ
piece
oと f ﹁c 一l ひo らuのd雲"﹂ が 最 初 に 来 ま す ね 。 そ れ か ら ﹁塔 の上 な る﹂ と いう の が 来 ま
く 秋 の大 和 の国 の薬 師 寺 の 塔 の 上 な る 一ひ ら の雲 ﹂ と いう の が あ り ま す 。 これ を も し 英 語 に 訳 し た ら ど う な る でし ょう か 。"a
し て ﹁薬 師 寺 の﹂ ﹁大 和 の国 ﹂ のと 並 び 、 最 後 に ﹁ゆ く 秋 の﹂ が 来 る と いう ふ う に 、 順 序 が 完 全 に ひ っく り 返 る
は ず であ り ま す 。 こ れ は 一体 ど ち ら が い い か と考 え て み ま す と 、 私 は 、 日本 語 の順 序 は 、 さ な が ら 映 画 の手 法 だ
と 思 う ので す 。 こ の名 歌 を 、 映 画 の画 面 と し て 写 し た ら ど う す る で あ ろ う か。 これ は 、 ま ず 、 行 く 秋 の情 景 、 た
と え ば 刈 り 取 ら れ た 田 ん ぼ と か 、 山 の紅 葉 し て いる モ ミ ジ と か を 写 し ま す ね 。 そ の次 に 、 大 和 の国 を 象 徴 す る お
寺 であ る と か 、 古 墳 の跡 であ る と か、 そ う い った も のを 見 せ て大 和 の国 であ る こと を う か がわ せ る 。 そ れ を だ ん
だ ん し ぼ って 古 いお 寺 であ る薬 師 寺 にも って ま いり ま す ね 。 薬 師 寺 と 言 いま す と 有 名 な の が三 重 塔 です 。 そ の三
重 塔 を 捕 え る 。 し かも そ の塔 を 下 の方 か ら だ ん だ ん に 写 し て ま い りま し て、 最 後 に あ の塔 の て っぺん の飾 り を 大 写 し にし て 一緒 に 一片 の白 い雲 を 写 し 出 す のだ ろう と 思 いま す 。
こ のよ う に 日 本 語 の ﹁ゆく 秋 の﹂ と 言 って か ら ﹁大 和 の国 の薬 師 寺 の⋮ ⋮ ﹂ と追 って いく 順 序 は 、 文 学 的 な 表 現 で あ ろ う 、 と 私 は 思 いま す 。
三 日 本 人 の物 の 見 方 男 性名 詞 と女性 名 詞
私 た ち が 、 昔 高 等 学 校 へ入 り ま す と 、 は じ め て ド イ ツ語 や フラ ン ス語 の時 間 があ り ま し た が 、 外 国 語 を 習 って
(Toch) te はr女 性 名 詞 。 こ の あ た り は い い の
び っく り す る こ と は 、 名 詞 の 中 に 男 性 名 詞 と 女 性 名 詞 と が あ る 、 と い う こ と で し た 。 た と え ば ド イ ツ 語 で は 父 親 (Mutt )eと rか 娘
(Wace h ) は 女 性 名 詞 だ と 聞 か さ れ て び っく り し ま す 。
(Soh )nは 男 性 名 詞 、 母 親
(Madch )eは n中 性 、 番 兵
(Vat) er とか、息 子 です が 、 少 女
( ordonne a )nと c い う の は 女 性 名 詞 で す 。 し た が っ て 、 ﹁伝
﹁彼 女 が ﹂ と 言 う の が 正 し い の だ と 言 わ れ て 驚 き ま す 。 つま り 、 代 名 詞 を ど の よ う に 使 う
フ ラ ン ス語 に も 同 じ よ う な こ と が あ り ま し て 伝 令 令 が ﹂ と いう 場 合 に は
か、 ど のよ う な 形 の 形容 詞 を つけ る か 、 と いう と こ ろ にま で影 響 し て き ま す 。 同 じ よ う な こ と が ロシ ア 語 な ど に
も あ り ま し て 、 ﹁叔 父 さ ん ﹂ は ジ ャ ー ジ ャと 言 っ て 、 こ れ は 男 性 名 詞 な の で す が 、 女 性 名 詞 と 同 じ よ う に 活 用 す
る と い う こ と で や や こ し い 。 ﹁死 ん だ 人 ﹂ と い った よ う な も の は 男 性 名 詞 だ そ う で し て 、 し た が っ て 女 性 も 死 ぬ と 男 性 に な る 、 と いう 。 私 ど も に は ほ ん と う に ま ご つ き ま す 。
さ ら に、 ド イ ツ語 や フ ラ ン ス語 では 、 生 き て いな いも の でも す べ て男 性 、 女 性 と 呼 び 分 け ま す 。 た と え ば 、 フ
﹁手 ﹂ と
﹁足 ﹂ は フ ラ ン ス 語 と 同 じ よ う で す け れ ど も 、 ﹁鼻 ﹂ のNase
ラ ン ス 語 で 、 ﹁鼻 ﹂ はnezと 言 っ て 男 性 で す 。 ﹁口 ﹂ はboucheと 言 っ て 女 性 、 ﹁手 ﹂ はmainで 女 性 、 ﹁足 ﹂ はpied で男性 だ そう です。 ドイ ツ語は、 やは り
は 女 性 、 ﹁口 ﹂ のMund は 男 性 で あ る 。 こ の よ う な こ と か ら 、 外 国 の 書 物 な ん か を 読 ん で お り ま し て 、 ﹁彼 女 が ﹂
と 出 て 来 る と 誰 か 女 の 人 が 来 た か と 思 う と そ う で は な く て 、 鼻 の 話 で あ った り し て 、 ま ご つく こ と が あ り ま す 。
﹁俳 優 ﹂ と い う 場 合 に 、 こ れ は 男 で も 女 で も い い の で す が 、 英 語 で す と
英 語 は 比 較 的 そ う いう こ と を 言 わ な い 言 語 で あ り ま す が 、 そ れ で も 一般 に 日 本 語 よ り は 男 性 か 女 性 か と い う 区 別 を す る よう です 。 た と え ば 、 日 本 語 で
﹁恋 人 ﹂ と 、 女 か ら み た 男 性 で あ る
﹁恋 人 ﹂ を 区 別 す る 、 と い った こ と が あ り ま
acto とrい う の が 男 性 で 、 女 優 に 対 し て はactreと ss い う 別 の 言 葉 で 表 し ま す 。 ﹁恋 人 ﹂ と い う 場 合 も 同 様 で 、 英 語 で は 、 男 か ら みた 女 性 であ る す 。
英 語 で は 、heとsheと いう 二 つ の 人 称 代 名 詞 が あ り ま し て 、 こ れ を 使 い 分 け な け れ ば い け な い。 芥 川 龍 之 介
に ﹃羅 生 門 ﹄ と いう 作 品 があ りま す が、 そ れ を グ レ ン シ ョー さ ん が 翻 訳 さ れ た 。 そ の作 品 の中 に死 人 の髪 の毛 を
抜 く 老 婆 の 話 が 出 てま いり ま す が 、 最 初 のう ち は 老 婆 が 男 であ る か 女 で あ る か わ か ら な い。 そ れ で グ レ ン シ ョー
って ﹁彼 女 が ⋮⋮ ﹂ と し て いま す 。 こ れ な ど は、 人 を さ す 場 合heかsh eか に決 め な け れ ば いけ な いと いう 英 語
さ ん は、 は じ め はheを 使 って ﹁彼 が ⋮ ⋮ ﹂ と し て お り ま す が 、 の ち に 老 婆 と いう 正 体 が わ か って か らsh eを 使
の悩 み があ る の では な いか と 思 いま す 。 そ れ か ら 、 英 語 で は、 ﹁船 ﹂ と か ﹁自 動 車 ﹂ と か の無 生 物 に た いし て も 、 ﹁彼 女 が﹂ と 受 け た り す る こ と も あ りま す 。
性 の区別 の意味 す るも の
こ のよ う な 性 の区 別 と いう の は 、 日 本 人 か ら み ま す と 大 変 珍 し い こと の よ う です が、 世 界 の言 語 のな か に は こ う いう 区 別 を 持 った 言 語 は か な り た く さ ん あ る のだ そ う で す 。
た と え ば 、 ヨー ロ ッパ の言 語 は す べ て男 性 名 詞 、 女 性 名 詞 の区 別 を 持 って いる 。 例 外 は 、 ハンガ リ ー 語 と フ ィ
ンラ ンド 語 で、 こ れ は ア ジ ア 系 です か ら 、 区 別 は あ り ま せ ん 。 ア ジ ア の方 で も イ ラ ンか ら イ ンド のヒ ン デ ィー 語 、
これ も や は り ヨ ー ロ ッパ系 で 性 の区 別 が あ りま す 。 ア ラ ビ アか ら ア フリ カ の 北 の方 に は 、 これ は ヨー ロ ッパ 系 と
言 え な い の です が 、 セ ム 語 ・ハム 語 が 行 わ れ て い て、 こ こ に や は り 男 性 、 女 性 の区 別 が あ り ま す 。 さ ら に ア フリ カ の南 の方 の ホ ッテ ント ット の言 語 に も 区 別 が あ る のだ そ う です 。
こう い った 性 の区 別 と いう も の は、 一体 何 に 基 づ く か と いう こと は 、 お も し ろ い問 題 で あ り ま す が 、 こ れ に つ
き ま し て は 、 日本 の新 村 出 博 士 の ﹃ 言 語 学 概 論 ﹄ に お も し ろ い説 明 が書 い てあ り ま す 。 こ こ には いろ いろ な 例 が
集 め てあ り ま し て 、 た と え ば ホ ッテ ント ット の言 葉 の例 です が 、 ﹁水 ﹂ と いう 言 葉 が あ る 。 こ れ が 水 一般 の場 合
に は 中 性 名 詞 な の だ そ う です が 、 洪 水 と か 河 や 湖 の水 、 つま り 水 が たく さ ん 集 ま って いる と き は 男 性 名 詞 、 洗 い 水 ・飲 み水 ・台 所 で使 う よ う な 水 は 女 性 名 詞 と し て 使 う の だ そ う です 。
も う 一つ、 イ ェス ペ ルセ ン に よ る と 、 ベタ ウ ヨ語 と いう 言 語 、 これ は ハム言 語 族 と 言 いま す か ら ア フリ カ の北
方 に あ る 言 語 だ と 思 いま す が 、 人 間 と か、 大 き な も の、 大 切な も の が男 性 名 詞 にな って いる 。 一般 の物 と か、 小
さ な も の、 つま ら な いも のは 女 性 名 詞 と な って いま す 。 た とえ ば 、 男 の乳 と いう のは 役 に立 た な いで す か ら こ う
いう も の は女 性 名 詞 にな り ま し て 、 反 対 に 女 の乳 、 こ れ は 立 派 で有 用 で あ り ま す の で男 性 名 詞 な の だ そ う です 。
こう いう こと か ら 考 え て 、 何 か、 昔 の人 の 価 値 観 、 価 値 のあ る も の は男 性 で、 価 値 のな いも のは 女 性 と い った そ
の名 残 り が ヨー ロ ッパ の言 語 にあ る の で は な いか 、 と いう ふう な こと を 新 村 さ ん は 述 べ て お ら れ ま す 。 フ ラ ン ス
語 で は 、 花 の ﹁め し べ﹂ が 男 性 名 詞 で、 逆 に ﹁お し べ﹂ は 女 性 名 詞 だ そ う です が、 これ も 、 め し べ の方 が花 の場 合 に 立 派 であ る か ら そ のよ う にな る の で は な いか と 思 わ れ ま す 。
名 詞を 性 別す る難 しさ
こ のよ う な 、 名 詞 に男 性 ・女 性 の区 別 が あ り ま す と 、 と き に は これ が 困 る こ と が あ る ら し い。 つま り 、 す べて
のも のを 男 性 か 女 性 か に 片 付 けな け れ ば いけ な い と し ま す と 、 新 し い単 語 が入 って き た 場 合 に困 る ので す ね 。 渡
辺 紳 一郎 さ ん と いう か た の随 筆 に あ り ま し た が、 渡 辺 さ ん が パ リ に いら っし ゃる 頃 に 、 パ リ の 町 にautと o呼 ば
れ た 乗 合 自 動 車 が 生 ま れ た のだ そ う で す 。 と こ ろ が こ のautと o いう も の が 男 性 であ る か 女 性 で あ る か 、 新 聞 を
読 み ま す と 、 あ れ は 男 性 だ 、 女 性 だ 、 と いう 議 論 が む し か え さ れ て いる 。 そ の結 着 が つかな いう ち に 渡 辺 さ ん は
ス ウ ェー デ ンに いら し た そ う です が 、 三 年 後 ま た パ リ に帰 って 来 て、 何 気 な く ホ テ ル で新 聞 を 開 いて み ま す と 、
ま だ 、autが o男 性 だ 、 女 性 だ 、 と いう 議 論 が 続 いて いた そ う で し て 、 こう いう こと は 日本 で は ま ず 想 像 も つか な いこ と です 。
son
and
d でaい uい gわ he けr です が、ド イ
ま た 、 男 性 名 詞 、 女 性 名 詞 によ り ま し て 形 容 す る言 葉 ( 形 容 詞 ) が違 う の で、 や は り 、 そ れ な り の悩 みも 生 じ ま す 。 た と え ば 、 ﹁私 の息 子 と 娘 ﹂ と いう 言 葉 。 も し 英 語 な ら ばmy
ツ語 です と 、 ﹁私 の﹂ と いう の はmeinとmeinの e二 つあ る 。meiと n いう 方 は男 性 名 詞 に 、mein とeいう 方 は 女 性
名 詞 に つく 。 息 子 は 男 性 で娘 は 女 性 であ り ま す か ら 、 ﹁私 の それ は 男 性 で あ る 息 子 と 、 私 のそ れ は 女 性 であ る娘 ﹂
と 言 わ な け れ ば いけ な い の で 、 ど う も 、 ド イ ツ語 の方 がな に か 能 率 が 悪 いよ う であ りま す が 、 し か し 、 ヨー ロ ッ
パ のか た は 、 男 性 名 詞 、 女 性 名 詞 の区 別 が あ る た め に 文 章 は 活 気 が 出 る 、 と いう ふう に 言 って いる こと を 読 ん だ こ と があ りま す 。
東 アジ アの言 語と 部類 別
東 ア ジ ア の言 語 に は こ のよ う な 男 性 名 詞 、 女 性 名 詞 の区 別 が あ り ま せ ん 。 そ れ に 代 わ るも のと し て 、 日本 語 も 代 表 的 な 言 語 で あ り ま す が 、 ﹁部 類 別 ﹂ の存 在 が あ り ま す 。
こ れ は 何 か と 言 いま す と 、 ﹁も の ﹂ を 、 生 き て 活 動 す る も の ( 心 のあ る も の) と 活 動 し な い普 通 のも の (心 の
な いも の) に 分 け 、 こ の区 別 を や か ま し く 考 え る 、 と いう こ と です 。 代 表 的 な 例 は 、 日本 語 では 、 存 在 を 表 す 動
詞 が ﹁い る﹂ と ﹁あ る ﹂ と 二 つあ り ま す が、 ﹁私 が ﹂ ﹁イ ヌ が ﹂ ﹁虫 が﹂ と 、 生 き も の の場 合 は ﹁いる ﹂ を 使 い、
無 生 物 の場 合 は ﹁机 があ る ﹂ ﹁木 が あ る ﹂ ﹁マイ ク があ る ﹂ と ﹁あ る ﹂ を 使 う 。 そ ん な こと は 小 さ い 子 ど も でも 知
って いて 、 ち っと も 珍 し い こと で は な い、 と お 思 いかも し れ ま せ ん け れ ど も 、 服 部 四 郎 博 士 (東 大 の 言 語 学 の名
誉 教 授 ) が、 たく さ ん の 言 語 を 調 べて みた が、 日 本 語 以 外 に こ の区 別 があ る も のを ま だ 自 分 は 知 ら な い、 と 言 っ
てお ら れ る 。 です か ら 、 世 界 の言 語 と し て は、 こ の区 別 は 非 常 に珍 し い区 別 だ と いう こ と にな り ま す 。
日本 語 では 、 ほ か の場 合 に も 生 物 と 無 生 物 の区 別 は 、 は っき り し て お りま し て、 生 き も の の場 合 は ﹁連 れ て ゆ
く ﹂ ﹁連 れ てく る ﹂ と 言 い、 生 き て いな いも のは ﹁持 って ゆく ﹂ ﹁持 ってく る ﹂ と 、 違 う 動 詞 を 使 いま す が 、 英 語
my 袋 sを o背 n, 負 って いく 場 合 もwith
a でb あag
では 、 ﹁連 れ て ゆく ﹂ も ﹁持 って ゆ く ﹂ もtakeで す ね。 ﹁持 って く る ﹂ ﹁連 れ てく る ﹂ も 区 別 し な い でbrin をg 使 いま す 。 自 分 の 子 ど も の手 を 引 い て連 れ て いく 場 合 に もwith
りま し て、 つま り 、 自 分 のか わ い い息 子 と 、 全 然 血 の通 って いな い袋 を 同 じ よ う に 扱 いま す け れ ど も 、 日本 語 で は ち ゃん と区 別 し て表 し ま す 。
英 語 で、 た と え ば 代 名 詞 が おも し ろ いと 思 いま す が 、 ﹁彼 ﹂ ﹁彼 女 ﹂ と いう ふう に 男 性 ・女 性 の区 別 が あ り ま す
ね 。 と こ ろ が 、 そ れ に 対 し 、 複 数 にな りま す と ﹁彼 ら ﹂ ﹁彼 女 ら ﹂ は 同 じtheyに な る 、 こ れ は 生 き て いな いも の の複 数 ﹁そ れ ら ﹂ と いう 意 味 にも 使 う こ と が あ って驚 き ま す 。
ヨー ロ ッパ人 が 理 想 的 な 言 語 と し て 考 え 出 し た 言 語 が、 エ ス ペ ラ ント 語 で す が 、 そ の言 語 で も ﹁彼 ﹂ と ﹁彼
女 ﹂ は 区 別 が あ り ま す が 、 ﹁彼 ら ﹂ と ﹁そ れ ら ﹂ と は 区 別 が あ り ま せ ん 。 ヨー ロ ッ パ 人 の間 では 男 性 、 女 性 の 区
別 は 重 要 視す べき も ので あ り 、 人 と 物 と の 区 別 は そ れ ほ ど でも な い、 と い った よう な 気 持 を こ こ に み る こと が で きま す。
主 語 が無 生物 のと き の表現
一体 に、 昔 か ら 日本 語 では 、 無 生 物 が主 語 にな った 場 合 は受 身 の形 を 使 わ な い、 と いう のが 本 来 の性 格 だ った
の で す 。 今 で は ﹁机 が置 か れ る﹂ ﹁幕 が 張 り め ぐ ら さ れ た ﹂ と 言 いま す が、 昔 の 日本 人 は あ ま り 言 わ な か った 。
﹁机 が 置 か れ た ﹂ と 言 いま す と 、 机 が置 か れ て困 って い る よ う な 、 そ ん な 語 感 が あ りま す 。 ﹁机 を 置 か れ た ﹂ と い
う のは い い ので す よ 。 た と え ば 、 こ の部 屋 を 自 由 に使 お う と 思 って いた と ころ が、 隣 のや つが 大 き な 机 を デ ンと
据 え た 。 自 分 は 迷 惑 し た 。 これ は ﹁机 を 置 か れ た ﹂ で 、 置 かれ た の は人 間 です ね 。 こ の意 味 な ら い い の です が、 ﹁机 が置 か れ た ﹂ と いう 言 い方 は 、 普 通 では あ り ま せ ん で し た 。
こ れ は 受 身 の言 い方 に は 限 りま せ ん で、 使 役 の表 現 も 無 生 物 が 主 語 の 場 合 に は 使 い にく い の です 。 ﹁風 が 私 の
心 を 悲 し ま せ る ﹂ のよ う な 言 い方 は 、 古 く は あ り ま せ ん でし た 。 昭 和 の は じ め 藤 森 成 吉 は ﹃何 が 彼 女 を そ う さ せ
た か﹄ と いう 戯 曲 を 発 表 し 、 評 判 を と り ま し た が 、 こ れ な ど も 当 時 の新 し い表 現 で あ り ま す 。 日 本 語 の普 通 の言
い方 でし た ら 、 ﹁こ ん な 女 に 誰 がし た ﹂ と 言 った 方 が 日本 的 です 。
こ れ は 、 横 光 利 一が新 感 覚 派 の 文 学 を 唱 え た
ま た 無 生物 を 主 語 と し た 場 合 、 他 動 詞を 使 う こ と も 原 則 と し て な か った わ け です 。 ﹁ 特 別 急 行 列 車 は満 員 のま ま 全 速 力 で駆 け てゐ た 。 沿 線 の小 駅 は 石 のや う に 黙 殺 さ れ た﹂︱
my
letter
has
found
you
anと d書your
と き に書 いた 小 説 ﹃頭 な ら び に 腹 ﹄ の 一句 で す が 、 や は り 、 無 生 物 を 主 語 に し ま し て 、 ﹁黙 殺 す る ﹂ と いう 他 動
hope
詞を 使 った 、 こ れ が新 し か った のだ と 思 いま す 。 い つか ア メ リ カ の知 人 か ら の 手 紙 に 、"I
こ う い った 書 き 方 は 日 本 人 は ち ょ っと 普 通 に は や ら な い 、 と い う こ と に な り ま す 。
いて あ り ま し た 。 つま り ﹁私 の手 紙 が、 あ な た と あ な た の家 族 が 健 康 で あ り 幸 せ で あ る こ と を 見 つけ た こと を 望 む﹂ ︱
終 戦 直 後 の こ と で あ り ま し た が 、 三 遊 亭 歌 笑 さ ん と い う 、 当 時 非 常 に 人 気 の あ った 落 語 家 が お り ま し た 。 こ の
人 が N H K で 放 送 し た 帰 り だ っ た と 思 いま す が 、 一杯 入 っ て い た の で し ょ う か 、 ジ ー プ に バネ ら れ て 亡 く な った
の で す 。 そ の 頃 、 日 本 語 の ご く 普 通 の 言 い 方 と し て 、 ﹁歌 笑 は か わ い そ う に ジ ー プ に ぶ つ か っ て 死 ん だ ﹂ と 言 っ
Kasho
dat shed
た も の で あ り ま す 。 あ る 人 が そ れ を 英 語 に そ の ま ま 訳 し て ア メ リ カ 人 に 言 った と こ ろ が 、 ア メ リ カ 人 が び っく り
し て 、 な ぜ そ の 人 は そ ん な に 恐 ろ し い こ と を し た の か 、 と 言 っ た そ う で す 。"Sanyurei
aj eep."と 言 った の で し ょ う か 。 英 語 で ﹁ぶ つ か っ て 死 ん だ ﹂ と 言 った ら 、 ジ ー プ が 止 ま っ て い て 、 そ こ へ三 遊
こ れ は 、 ジ ー プ と いう も の は 無 生 物 で あ る 。 そ れ に 対 し て ぶ つ か る 。 ﹁⋮ ⋮ に ぶ つ か る ﹂ と 言 い ま す か ら
﹁に ﹂
﹁ぶ
亭 歌 笑 と い う 人 が タ ッ タ ッと 駆 け て い っ て 体 当 り を 遂 げ て 死 ん だ 、 と いう 意 味 に な り ま す ね 。
つ か る ﹂ は 自 動 詞 の よ う に 思 いま す が 、 ﹁ぶ つ か ら れ る ﹂ と い う 受 身 の 形 が あ って 、 そ の 意 味 を 考 え ま す と
を と る 他 動 詞 で す 。 ﹁⋮ ⋮ に ほ れ る ﹂ と か 、 ﹁⋮ ⋮ に か み つ く ﹂ と か 、 そ う い った も の と 同 じ よ う な 他 動 詞 で 、 結
局 、 ジ ー プ の よう な 無 生 物 を 主 語 と し た 場 合 に は 他 動 詞 を 使 う 習 慣 がな いと こ ろ か ら 歌 笑 を 主 語 にし た も のだ と 思 いま す 。
fam
again
物 によ る数 え方 の違 い
﹁一人 、 二 人 ⋮⋮ ﹂、 大 き い 獣 は
﹁一頭 、 二 頭 ⋮ ⋮ ﹂、 小 さ い 獣 や 虫 は
﹁ 一羽 、
﹁一面 、 二 面 ⋮ ⋮ ﹂、 た ん す と 三 味 線 は ﹁ 一さ お 、 二 さ お ⋮ ⋮ ﹂ な ど と 、 言 い 分 け る
﹁一枚 、 二 枚 ⋮ ⋮ ﹂、 鏡 や 碁 盤 あ
﹁一匹 、 二 匹 ⋮ ⋮ ﹂、 鳥 は
日 本 語 の 生 物 ・無 生 物 の 違 い は 、 さ ら に 、 物 を 数 え る 場 合 に も や は り モ ノ を 言 いま す 。 ふ つう 、 人 間 を 数 え る 場 合 は 二 羽 ⋮ ⋮ ﹂ と 言 いま す 。
る いは お 琴 み た いな も の は
こ れ が 日本 語 で は、 いろ いろ 難 し い問 題 を は ら ん で い て 、 ざ る そ ば や 看 板 は
と 言 い ま す か ら 大 変 で す 。 終 戦 前 の N H K ア ナ ウ ン サ ー の 採 用 試 験 に は こ れ は ど う 数 え る か と いう よ う に 問 題 が
﹁一羽 、 二 羽 ⋮ ⋮ ﹂ と 数 え る と い う 有 名 な 話 が あ り ま
出 た も の で 、 ア ナ ウ ン サ ー の 志 願 者 は 一所 懸 命 に 勉 強 し た も の で す 。 イ カ な ど は 、 こ れ は 動 物 で は あ り ま す が ﹁ 一ぱ い 、 二 は い ⋮ ⋮ ﹂ と 数 え 、 ウ サ ギ は 獣 で あ り ま す が
﹁一頭 、 二 頭 ⋮ ⋮ ﹂ と 数 え る の だ そ う で す ね 。 ゾ ウ か ウ
す 。 N H K の ﹁ホ ン ト に ホ ン ト ﹂ と い う 番 組 を 見 て お り ま し た ら 、 チ ョ ウ を ど う 数 え る か と い う 問 題 が 出 ま し て 、 私 は ほ ん と に び っく り し た の で す が 、 専 門 家 は チ ョ ウ を シ み た いに 数 え る と は はじ め て 知 りま し た 。
条
狗﹂と
こ れ が 本 場 と 言 う べ き も の か も し れ ま せ ん が 、 ビ ル マ 語 ・タ イ 語 ・ベ ト ナ ム 語 に も あ り 、
こ う い った 数 え 方 は 、 日 本 だ け で は な い の で す 。 こ れ は 東 南 ア ジ ア 的 な 性 格 で あ り ま し て 、 お 隣 の 朝 鮮 語 に も あ り ま す 。 中 国 語︱
イ ン ド ネ シ ア か ら ミ ク ロネ シ ア の 島 の 言 語 に ま で あ り ま す 。
中 国 語 で は 日 本 語 以 上 に 複 雑 で 、 た と え ば 、 イ ヌ は ﹁ 一条 、 二 条 ⋮ ⋮ ﹂ と 数 え 、 ﹁一 条 狗 ﹂ ﹁両
と い う よ う な 言 葉 に な り ま す と 、 数 え 方 に よ っ て 指 す も の が 違 う 。 ﹁三 条 手 巾 ﹂ と 言 い
言 い ま し て 、 道 と 同 じ よ う に 数 え る 。 人 間 の 方 は ﹁ 一箇 人 、 両 箇 人 ⋮ ⋮ ﹂ と 言 い ま し て 、 こ れ は 何 か 物 の よ う に 数 え ま す ね。﹁手巾﹂
ま す と こ れ は タ オ ル の こ と だ そ う で し て 、 ﹁三 塊 手 巾 ﹂ と 言 い ま す と ハ ン カ チ の こ と だ そ う で す 。
数 え方 の難 し さ
こ のよ う な 物 に よ る 数 え 方 の違 いが 複 雑 に な り す ぎ る と 、 日本 語 も そう であ り ま す が 、 難 し い問 題 が 起 こ り ま す。
こ れ は 中 央 大 学 の中 村 通 夫 さ ん か ら 伺 った 話 であ り ま す が、 中 村 さ ん が 大 学 を 出 た て で、 終 戦 前 、 文 部 省 の役
人 を し て い ら っし ゃ っ た 。 文 部 省 で は 、 戦 争 が 激 し く な る 頃 、 国 語 の 教 科 書 の 中 に 、 今 の 子 ど も た ち の た め に 、
桃 太 郎 の 話 が い い か ら あ れ を 採 用 し よ う と し た 。 中 村 さ ん が 一番 は じ め に そ の 原 稿 を 書 い た の だ そ う で す が 、 う
﹁一人 と 三 匹 ﹂ と し な け れ ば い け な い の じ ゃな い か 、 と 言 い
﹁そ れ は い け な い﹂ と 早 速 異 議 が 出 た 。 桃 太 郎 は 人 間 で あ る か ら 一人
っ か り さ れ た の で し ょ う か 、 こ う 書 い た そ う で す 。 ﹁桃 太 郎 と イ ヌ と サ ル と キ ジ の 四 人 は 船 に 乗 って 島 へ向 か い ま し た ﹂ と 。 そ う し た と ころ が、 委 員 会 で
で い い が 、 イ ヌ ・サ ル ・キ ジ は 動 物 だ か ら 、 こ れ は
出 し た の だ そ う で す 。 そ う し た ら 、 ま た も う ひ と り の 人 が 、 い や イ ヌ や サ ル は 獣 だ か ら 一匹 、 二 匹 で い い け れ ど
﹁一人 と 二 匹 と 一羽 ﹂ と 言 わ な け れ ば い け な い 、 と 言 った 。 と こ ろ が さ ら に ま た 一人 が 文句 を つ け ま し て 、
も 、 キ ジ は 一羽 、 二 羽 と 数 え る の が 正 解 で あ る 、 文 部 省 の 教 科 書 と いう も の は 正 し い 日 本 語 を 教 え る べ き だ か ら 、 これは
﹁い や 、 イ ヌ は 、 小 さ いイ ヌ な ら 一匹 、 二 匹 で い い け れ ど も 、 桃 太 郎 が 連 れ て 行 く よ う な イ ヌ な ら ば 大 き な イ ヌ
だ か ら 、 一頭 、 二 頭 と 言 う べ き だ ﹂ と 。 そ う か と 言 っ て ﹁ 一人 と 一頭 と 一匹 と 一羽 は ﹂ と 言 う わ け に い か な い 。
さ ん ざ ん 悩 ん だ す え 、 最 後 に 土 岐 善 麿 先 生 が、 諸 君 のよ う に み ん な 数 え よ う と し た ら そ れ は 大 変 な こと に な る 、
こ こ は い っ さ い 数 え な い こ と に し て 、 ﹁み ん な 一緒 に 船 に 乗 り ま し た ﹂ と 言 え ば 簡 単 じ ゃ な い か 、 と お っ し ゃ っ
て や っと お さ ま っ た そ う で す 。 英 語 ・ド イ ツ 語 ・ フ ラ ン ス 語 あ た り で は 、 生 き も の を 数 え る と き で も 品 物 を 数 え
る と き で も 、 ま た 、 生 き も の が イ ヌ で あ ろ う と ネ コ で あ ろ う と 、 何 で も 、 ワ ン ・ツ ー ・ス リ ー で 数 え る よ う な と こ ろ では 、 こ のよ う な 悩 み は ま ず 起 こ ら な いと 思 いま す 。
日 本 語 では 、 数 え る も のに よ って数 え 方 が違 う 。 何 か、 これ は、 ち ょう ど ド イ ツ、 フ ラ ン ス の人 が無 生 物 にも
性 の 区 別 を わ き ま え て お り ま し て 、 こ れ を 正 し く 使 い 分 け る こ と が 教 養 の 一つ に な って い る 、 そ れ と 同 じ よ う な
こ と で す が 、 日 本 人 は そ う い った 悩 み を 持 っ て い る と いう こ と は し か た が な い こ と か と 思 わ れ ま す 。
う な 日 本 語 を 使 った ら い い か と い う こ と を 検 討 し て お り ま す が 、 あ る と き 、 マ ネ キ ン人 形 を ど う 数 え た ら い い か 、
N H K で は 、 放 送 用 語 委 員 会 と い う の が あ り ま し て 、 そ こ で ア ナ ウ ン サ ー が ニ ュー ス を 放 送 す る 場 合 に ど の よ
と い う 議 論 が 起 こ り ま し た 。 人 間 で は あ り ま せ ん か ら 一人 、 二 人 と 数 え る の は ま ず い と し ま し て 、 ど う 数 え た ら
い い か 。 パ チ ン コ の 台 み た い な も の だ か ら 、 一台 、 二 台 と 数 え る の は ど う か と 一人 の 人 が 言 え ば 、 あ る 人 は 石 燈
籠 の よ う な も の だ か ら 一基 、 二 基 と 数 え た ら ど う か と い う 意 見 も 出 ま し た 。 最 後 に 、 仏 像 の よ う な も の と み な し
て 一体 、 二 体 と す る の は ど う か 、 と い った よ う な 議 論 が 出 て 、 結 局 、 一体 、 二 体 が 一番 い い と い う こ と に 決 ま っ
た よ う で し た 。 ち ょ う ど 、 こ れ は 、 さ き ほ ど の 、 フ ラ ン ス でauto と いう も の は 男 性 か 女 性 か と 迷 う と い った よ う な 話 と 、 ま った く 同 じ だ と 思 いま す 。
四 日本 語 の 規 則 性 ヨ ー ロ ッパ 言 語 の 不 規 則 性
世 界 の 言 語 の な か に は 複 雑 な 、 不 規 則 な 言 語 と いう の が あ る も の で 、 た と え ば 、 皆 さ ん が 大 学 へお 入 り に な っ
﹁人
Manと ne 、n
Bank とeな nる 。 そ の 他 い ろ い ろ 例 外 が あ って 難 し い 。
﹁銀 行 ﹂ と 二 つ の 意 味 が あ り ま す が 、 腰 掛 け と い う と
﹁家 来 ﹂ と 二 つ の意 味 が あ り ま す が 、 人 の と き に は 複 数 がManner と な る 。 家 来 の と き は die
て ド イ ツ 語 、 フ ラ ン ス 語 を お 習 い に な る と 、 ド イ ツ 語 の 名 詞 の 変 化 な ど 、 大 変 難 し い で す ね 。Mannに は 間﹂ と
﹁腰 掛 け ﹂ と Banと kな e り 、 銀 行 と い う と き はdie
違 っ た か た ち に な り ま す 。Bankと い う の は き に は 複 数 がdie
フ ラ ン ス語 で は動 詞 が大 変 です 。 ﹁あ る ﹂ と いう 存 在 の 意 味 を 表 す 動 詞 が 、 一人 称 ・二 人 称 ・三 人 称 で変 わ る
だ け で はな く て、 現 在 と か 過 去 に よ って も 変 化 し ま す 。 ま た 過 去 に も 、 いろ いろ な 過 去 のか た ち が あ りま し て、 と に かく 大 変 複 雑 で す 。
ロシ ア 語 に な り ま す と 、 名 詞 が 不規 則 に 変 化 す る う え に 、 動 詞 が ま た いろ いろ 変 化 し ま す か ら いよ いよ いけ ま
せ ん 。 ヨー ロ ッパ の言 語 は 一般 に こ の よ う に複 雑 であ り ま し て、 昔 の ラ テ ン語 ・ギ リ シ ア語 な ど を 勉 強す る 人 は ほ ん と う に そ う いう 点 で苦 し む わ け で す 。
昔 の ヨー ロ ッパ の人 は、 そ のよ う な 不 規 則 な 複 雑 な 文 法 の方 が高 尚 であ って、 た と え ば 英 語 の文 法 のよ う な 比
較 的 簡 単 な の は 堕 落 し た 姿 で あ る 、 と いう ふう に考 え て いた よ う で あ り ま す 。 し か し 、 そ の後 地 球 上 の い ろ いろ
な 言 語 を 調 べ て み ま す と 、 結 構 、 未 開 人 と 言 わ れ て いる よ う な 人 た ち の 言 語 の方 が 文 法 は 難 し いと いう こと が わ
か って き ま し た 。 た と え ば エ スキ モ ー の言 語 で は 、 一つ の名 詞 が 千 以 上 に 変 化 し た り 、 中 米 のグ ア テ マラ に住 む
ア メ リ カ イ ン デ ィア ン の言 語 は 、 動 詞 が 何 千 と 変 化 し た か た ち を 持 つそ う で 、 こ れ も ま た 大 変 な こ と です 。
ヨ ー ロ ッパ で 昔 か ら 難 し い言 語 と し て有 名 だ った の が バ スク 語 で あ り ま す 。 フラ ン スと ス ペイ ン の国 境 付 近 の
民 族 の言 語 です が 、 十 六 世 紀 頃 、 ヨー ロ ッパ のカ ソ リ ック の神 父 さ ん が、 世 界 各 地 に カ ソ リ ック 教 を ひろ め よ う
と し た。 当 然 バ スク の間 に も ひ ろ め よ う と し た の です が 、 そ の た め に はま ず バ ス ク 語 を 勉 強 し な け れ ば いけな い。
ラ ッラ マ ン デ ィと いう 神 父 さ ん があ り ま し て 初 め て バ スク 語 の 文 法 を 本 に 書 いた のだ そ う で す 。 そ の本 の名 前 を
﹁バ スク 語 文 法 ﹂ と は つけ な いで 、 ﹃わ れ 不 可 能 事 に 打 ち 勝 て り ﹄ と いう 題 を つけ た そ う です 。 こ れを 見 た 人 は び
っく り し ま し て 、 何 か、 神 父 さ ん が 悪 魔 の誘 惑 に打 ち 勝 った と いう 体 験 でも 書 いた 修 養 の本 か と ば か り 思 って 開
いて み ま す と 、 そ う で は な く て、 中 身 は 、 大 変 難 し い、 ど こ の 言 語 だ か わ か ら な い言 語 の文 法 が書 い てあ って び っく り し た 、 と いう 話 が 伝 わ って お り ま す 。
ど ん な ふう に 難 し いか と 申 し ま す と 、 普 通 、 日本 語 でも ほ か の言 語 で も 、 単 語 を 並 べ て 言 葉 を 伝 え る わ け であ
り ま す が 、 バ ス ク 語 で は 、 単 語 も あ る の で し ょ う が 、 一つ の 長 い 言 葉 が 複 雑 な 意 味 を 持 っ て い る の だ そ う で す 。
た と え ば 、 ponetekilakと oa いrう e言 ki 葉nが あ り ま し て 、 全 体 が ﹁帽 子 を か ぶ った 人 と 一緒 に ﹂ と い う 意 味 な の
﹁カ サ を 持 った 人 と 一緒 に ﹂ な ど と い う と き は 、 ま た 違 っ
だ そ う で す 。 ponetと い う の が 帽 子 と い う 意 味 の と き に こ う い っ た か た ち を 使 う と い う も の の 、 こ れ を 離 し て ﹁帽 子 ﹂ と い う 意 味 に な る わ け で は な い ら し い。 ま た
た 不 規 則 な か た ち を 使 う の で し ょう 。 こ れ は た し か に難 解 な 言 語 だ と いう こ と に な り ま す 。
﹁私 は 彼
サ ピ ア と い う ア メ リ カ の 言 語 学 者 が お り ま す が 、 こ の 人 の本 に よ り ま す と 、 も っと 難 し い 言 語 が ア メ リ カ イ ン
デ ィ ア ン の な か に あ り ま し て 、 た と え ば チ ヌ ー ク 語 と い う 言 語 で は 、inialud とa 言mい ま す と 、 こ れ が
女 に そ れ を 与 え る た め に 来 た ﹂ と い う 意 味 に な る そ う で す 。 つ ま り 、 一つ の セ ン テ ン ス が 、 途 中 で 切 る こ と の で
き な い 、 ひ と つな が り に な っ て お り ま す 。 ﹁私 は 彼 に ⋮ ⋮ ﹂ と い う 表 現 の と き は 、 ま た ど こ か を 変 え る わ け で す が、 こ う いう のは さ ぞ 難 し い こと で し ょう 。
フ ォ ッ ク ス 語 と い う の が あ る そ う で す が 、 こ れ な ど は ehkiwinamohta とtい iw うaの cが h ﹁そ れ か ら 彼 ら は 一緒
に な って 、 彼 を 彼 ら の も と か ら ず っと 追 っ払 って い た ﹂ と い う 意 味 な の だ そ う で す 。 こ う い う 言 語 で す と 、 新 し い言 葉 を 覚 え る の が さ ぞ 大 変 だ ろ う と 思 わ れ ま す 。
ヨ ー ロ ッパ の 人 た ち も 、 や は り 、 こ う い う 難 し い 言 語 が い い と 思 った わ け で は な い よ う で し て 、 理 想 的 な 言 語
と し て発 明 し た エス ペ ラ ント と いう 言 語 は 、 法 則 に 対 し て例 外 のな い言 語 にな ってお りま す こと は 、 皆 さ ん よ く ご 承 知 と 思 いま す 。
日本 語文 法 の規則性
こ う い った ヨ ー ロ ッ パ の 言 語 に 比 べ ま し て 、 ア ジ ア の 言 語 は 、 規 則 が 大 変 簡 単 で あ り ま す 。 ヨ ー ロ ッパ の う ち
に も 、 ア ジ ア 系 の ハ ン ガ リ ー 語 あ る い は ト ル コ 語 と い った よ う な 言 語 は 簡 単 で す が 、 こ と に ト ル コ語 な ど は ほ と
ん ど 例 外 が な いと 言 わ れ て お り ま す 。 私 の知 って いる と こ ろ で は 、 ﹁水 ﹂ と いう 単 語 と 、 外 来 語 だ け が 規 則 的 で
皆 さ ん が 学 校 で お 習 い にな った と き は 、 動
は な い そう で す が、 あ と は 全 部 、 一つの 規 則 にあ て は め ら れ る 、 と 言 いま す か ら 実 に み ご と な 言 語 で あ りま す 。 こ のよ う な 視 点 か ら 日本 語を 見 た ら ど う な る か。 日本 語 の文 法︱
詞 は 六 つ の活 用 形 を 持 って いま し た 。 未 然 形 と か連 用 形 と か いう の が そ れ です が 、 あ れ は 、 文 語 、 昔 の 日本 語 を
も と に し た 文 法 の き ま り で、 現 代 語 で し た ら 、 た と え ば ﹁咲 か な い﹂ な ど と いう の は 一つの新 し い単 語 と 言 った
方 が い いし 、 ﹁咲 か な か った ﹂ と いう のも ま た 新 し い単 語 、 つま り ﹁咲 く ﹂ の 変 化 形 と み て い いと 思 いま す 。 そ
のよ う に 見 て いき ま す と 、 日本 語 の動 詞 と いう も のは 、 私 の勘 定 で は 大 体 一八 〇 ぐ ら い に変 化 す る よ う に 思 いま
す 。 し か し 、 変 化 のし かた は 、 日本 語 は む し ろ 単 純 のよ う です 。 サ 行 変 格 活 用 と か カ 行 変 格 活 用 と か の例 外 も あ
り ま す が 、 日本 語 を 全 体 と し て み る 場 合 に は、 そ れ ほど 例 外 が多 く な い。 京 都 大 学 の言 語 学 の主 任 教 授 を つと め
ら れ 名 誉 教 授 で いら っし ゃ った 泉 井 久 之 助 博 士 は 日本 語 は 世 界 の 言 語 のな か で文 法 の規 則 が簡 単 な 方 だ 、 と いう こと を お っし ゃ って お ら れ ま す 。
助 詞 の使 い方
日本 語 の文 法 は 規 則 的 で あ る と いう 、 こ の代 表 的 な 例 は 助 詞 の使 い方 です 。 た と え ば 、 名 詞 に つく 助 詞 。 ﹁山 ﹂
と か ﹁川 ﹂ と か いう 名 詞 に いろ いろ 助 詞 が つき ま す ね。 ガ 、 ヲ、 ニ、 ト 、 デ 、 ヘ、 ヨ リ、 カ ラ と いろ いろ あ り ま
す が 、 こう い った も のは 大 変 規 則 的 で あ りま し て 、 つま り 、 ガ は 主 語 を 表 す と し ま す と ﹁山 ﹂ と いう 単 語 に も
﹁川 ﹂ と いう 単 語 に も ﹁人 ﹂ に も ﹁イ ヌ﹂ にも 、 同 じ よ う に 規 則 的 に つき ま す 。 こ れ が 日 本 語 のす ば ら し い点 で あ ります。
日本 語 で は 一つ の名 詞 と 、 そ の 次 にく る動 詞 の関 係 を 、 こ のよ う な 助 詞 で表 す わ け です が 、 こ れ が ヨー ロ ッパ
の 言 語 で は、 多 く は名 詞 の格 変 化 で表 し ま す 。 目的 格 であ る と か 、 所 有 格 であ る と か 、 いろ いろ 変 化 し ま す が 、
そ れ が な か な か 規 則 的 に い って お り ま せ ん 。
consulと es いうaの ma はn 、t."
ラ テ ン 語 な ど と いう も の は 、 複 雑 な 格 変 化 を し ま す が 、 そ う いう 変 化 を す る か ら と 言 っ て 、 意 味 の 違 い が は っ
き り し て い る か と 思 う と 、 そ う で も な い よ う で す 。 た と え ば ラ テ ン 語 で 、"Pateres
﹁役 人 ﹂ と いう 言 葉 は 、 ﹁親 た ち が ﹂ と い う と き と
﹁親 た ち を ﹂ と い う と き と で 、
﹁親 た ち が 役 人 を 愛 す る ﹂ と い う 意 味 に も 解 さ れ 、 ﹁親 た ち を 役 人 が 愛 す る ﹂ と い う 意 味 に も 解 さ れ る そ う で あ り ま す 。 つま り 、 ﹁ 親 たち﹂ とか
﹁子 ど も た ち が 親 た ち を 愛 す る ﹂ と な ら ば 、 形 が 変 わ って 意 味 が わ か り ま す が 、 ﹁親 た ち ﹂ と
﹁役 人 ﹂ の と き
か た ち が 変 わ ら な い、 ﹁役 人 が ﹂ と ﹁役 人 を ﹂ も 同 じ 形 な の で す ね 。 も し こ れ が ﹁親 た ち が 子 ど も た ち を 愛 す る ﹂ と
は あ い に く 変 わ ら な い。 日 本 語 で は こ う いう 点 は 大 変 明 確 で 、 ﹁親 た ち が 役 人 を 愛 す る ﹂、 こ れ を 順 序 を 変 え て
こ の 点 は 、 日 本 語 に は 、 ﹁が ﹂ と か
﹁を ﹂ に あ た る 前 置 詞 が あ り ま し て 大 変 重 宝 で あ り ま す け れ ど も 、 一般 の ヨ
﹁を ﹂ と か い う 助 詞 が あ る と い う こ と は 大 き く モ ノ を 言 って お り ま す 。 ヨ
﹁ 役 人 を 親 た ち が 愛 す る ﹂ と 言 い ま し て も 、 ど っち が ど っち を 愛 す る か 明 瞭 で あ り ま す 。
ー ロ ッパ で は ス ペ イ ン 語 に は 珍 し く
﹁が ﹂ で は な
﹁が ﹂ を 持 って い る 言 語 と いう の
ー ロ ッパ 語 で は そ う い った も の が な い と いう こ と で す 。 こ れ が 、 日 本 語 と 同 じ 系 統 と い わ れ ま す 朝 鮮 語 と か 、 あ
﹁が ﹂ で す 。 主 格 を 表 す
る い は 、 モ ン ゴ ル 語 ・ト ル コ 語 に は 一律 に ヲ と か ト と い う 助 詞 が あ り ま す 。 し か し 、 助 詞 の な か で 日 本 語 で 一番 自 慢 で き る の は
は 、 ち ょ っと あ り ま せ ん 。 モ ン ゴ ル 語 に も ト ル コ 語 に も あ り ま せ ん 。
よ く 、 ビ ル マ語 や レ プ チ ャ 語 に は 主 語 を 表 す 助 詞 が あ る 、 と 聞 き ま す が 調 べ て み ま す と 、 ど う も
く て ﹁は ﹂ に あ た る 助 詞 が あ る ら し い 。 ﹁は ﹂ な ら ば モ ン ゴ ル 語 に も ト ル コ語 に も あ り ま す 。 ﹁が ﹂ を 持 っ て い る
﹁春 ﹂ と い う の をpom と 言 い ま す が 、 ﹁春 が ﹂ と い う の はpom-i と 言 い ま す 。 ﹁船 ﹂ は
言 語 と いう の は 、 日 本 語 の ほ か に 、 朝 鮮 語 ぐ ら い で は な い で し ょ う か 。 朝鮮 語 では、た とえば
peと 言 い ま す が 、 ﹁船 が ﹂ と い う と き に はpe-gaと 言 っ て 、 ち ょ う ど 日 本 語 の ﹁が ﹂ と 同 じ よ う な 助 詞 を 使 い ま
す 。 両 方 と も ガ で す か ら 、 よ く 、 こ れ が 、 日 本 語 ・朝 鮮 語 の同 系 を 表 し て い る と 言 わ れ ま す が 、 そ れ は 別 に し ま
scと hl 言aい fま t. す"と
ein"と H言 un うdと . ﹁そ
﹁そ れ が 眠 っ て い る ﹂ と 言 っ て い る の だ と 思 い ま す 。 日 本 で も
﹁イ ヌ﹂ で す 。 つ ま り 、"Ein
ist
Hun とdか い う 言 葉 は 、 ﹁イ ヌ が ﹂ に あ た る の だ と 言 い ま す 。 た し か に
﹁イ ヌ ﹂ と 言 っ て か ら
﹁イ ヌ が ﹂ で は な く
﹁イ ヌ が 眠 っ て い る ﹂ に な り ま す が 、 し か し"Es
Huと nd か der
し て 、 こ の ﹁が ﹂ に あ た る 言 葉 は 他 の 言 語 に は な さ そ う で す 。
Hund
ド イ ツ 語 な ど の ein "Ein
sc" hと la いf うtの .は
れ は イ ヌ で あ る ﹂ と いう こ と に な り ま す か らHund だ け で は Hund
平 安 朝 時 代 に は 、 ﹁が ﹂ と い う 助 詞 が あ り ま せ ん で 、 ﹁イ ヌ 眠 る ﹂ と いう ふ う に 言 った も の で す が 、 ド イ ツ 語 の こ の 言 い 方 は 平 安 朝 の 日 本 語 と 変 わ っ て いな い と いう こ と が で き る と 思 い ま す 。
ガ と ハの区別
﹁は ﹂ の 区 別 が あ っ て 難
区 別 が あ る と いう よ りも 、 主 語を 表 す 同 じ 用 法 に ﹁が ﹂ と ﹁は ﹂ を 使 い分 け る 、 これ は 大 変 難 し いと 言
日 本 語 の 助 詞 に つき ま し て は 、 よ く ヨ ー ロ ッ パ の か た か ら 言 わ れ ま す の が 、 ﹁が ﹂ と
し い︱
いま す 。 こ れ は 実 は両 方 と も 主 語 を 表 す と いう の は 不 正 確 で主 語 を 表 す と 言 え る の は ﹁が ﹂ の方 です ね 。 ﹁イ ヌ が 眠 って いる ﹂ ﹁イ ヌ は 眠 って いる ﹂
﹁イ ヌ が眠 って い る﹂ と いう のは 、 何 が眠 って いる か と 言 え ば 、 そ れ は ﹁イ ヌ ﹂ であ る と いう こ と です 。 ﹁イ ヌ
は 眠 って いる ﹂ と いう 方 は ﹁イ ヌと いう も の に つ いて いう と ﹂ と いう 意 味 で、 話 題 を さ す 言 葉 で す 。 ﹁は﹂ が つ
し て 見 る も の にし て尊 ば な い のは 一般 の人 間 が そ う す る の で す 。 大 仏 は 主 格 で は な く 、 目 的 格 で す ね 。 ﹁大 仏 に
く のは 主 語 と は 限 りま せ ん 。 た と え ば 、 川 柳 に ﹁大 仏 は 見 る も の に し て 尊 ま ず ﹂ と いう のが あ り ま す 。 大 仏 に対
つ い ては ど う す る か と いう と ﹂ と いう のが ﹁大 仏 は ﹂ の意 味 であ りま す 。 わ れ わ れ が会 話 を す る と き に、 題 材 に
は 多 く 主 語 であ る も のを 選 ぶ 、 そ のこ と か ら 話 が や や こ し く な る の です 。
﹁き ょ う ﹂ ﹁こ こ ﹂ に は し た が っ て
﹁は ﹂ が つ く こ と が 多 い 。 ﹁私 は 暑 が り で す ﹂ と か ﹁あ な た は 暑
﹁き ょ う は い い お 天 気 で す ね ﹂ ﹁こ こ は 静 岡 県 で す ﹂
一般 に 、 話 題 と し て は 、 相 手 の 頭 の 中 に あ る も の を 選 ぶ の が 好 都 合 で す 。 と いう よ う な
﹁は ﹂ を つ け る 。
﹁は ﹂ を 使 う わ け に は い き ま せ ん 。 た と え ば 、 二 人 で 道 端 を 歩 い て
く あ り ま せ ん か ﹂ と 言 う の も 、 ﹁私 ﹂ と い う の は 相 手 か ら 見 え ま す し 、 ﹁あ な た ﹂ と い う の も 相 手 自 身 の こ と で す から 一方 、 相 手 の 頭 に 浮 か ん で いな い こ と に は
﹁あ そ こ に 鳥 が
﹁は ﹂ を 使 って 、 ﹁あ の 鳥 は セ
いて、 そ のと き に 鳥 が いた と し ま す 。 そ の 際 、 相 手 は ま だ それ に 気 づ いて いな いよ う な 場 合 には
is
aと 言 biっ rて d、 ." 名 詞 に 不 定 冠 詞 の aを つ け ま す 。
﹁は ﹂ と が あ る 、 と いう こ
a と pa 言rっ aて ke 、e今 t度 ." は 定 冠 詞 のtheを 使 う 。 つ ま り 、 英 語 で は こ の 二 つ の 使 い 分 け
is
﹁あ の 鳥 は ど こ か の 家 で 逃 が し た ん だ ﹂ と 言 え る わ け で す 。
い る ﹂ の よ う に 、 ﹁が ﹂ を 使 い ま す 。 し か し 、 相 手 に も 鳥 の こ と が わ か った あ と は キ セイ イ ン コだ ﹂ と か、 あ る いは
bird
こ れ は ち ょ う ど 英 語 で 言 い ま す と 、 は じ め に は "There 次 に は "The
﹁が ﹂ と
﹃ 秋 ﹄ は 、 ﹁信 子 は 女 子
﹁そ の キ ツ ネ は た い へん
﹁が ﹂ を 使 い ま す ね 。 ﹁昔 む か し 、 あ る と
が難 し いと よ く 言 わ れ ま す が 、 日本 語 にも そ れ と 同 じ よ う な 使 い分 けを す る と になります。 で す か ら 、 子 ど も に 昔 ば な し を す る よ う な 場 合 に も 、 一番 は じ め は
こ ろ に 一匹 の キ ツ ネ が お り ま し た ﹂ と 。 キ ツ ネ が 子 ど も の 頭 に 入 った な と 思 え ば 、 次 は 賢 いキ ツネ で し た ﹂ と な り ま す 。
ガ と ハの用法
も っと も 、 お と な 相 手 の 小 説 で す と こ う は い き ま せ ん 。 た と え ば 、 芥 川 龍 之 介 の 名 作
大 学 に い た 時 か ら 、 才 媛 の 名 声 を 担 って いた 。﹂ と い う 書 き 出 し で 始 ま っ て お り ま す 。 も し 不 断 の 会 話 な ら 、 い
﹁そ の 信 子 は 女 子 大 へ ⋮ ⋮ ﹂ と な る は ず で あ り ま す 。 小 説 は 極 力 き り つ め た 言 い方 を す る の で 、
き な り こ ん な 言 い 方 を し ま せ ん 。 ﹁ぼ く の 知 って い る 女 に 信 子 って い う の が い る ん だ が ﹂ と 言 っ て 、 ﹁が ﹂ を 使 い ます 。そう して こう いう こ と に な り ま す 。
﹁は ﹂ と いう 字
柳 田 国 男 先 生 と い う 民 俗 学 者 は 、 大 変 な 名 文 家 だ と 思 いま す 。 た だ 、 あ の か た の 文 章 は ち ょ っ と わ か り に く い 。
ど う し て わ か り に く いか と 申 し ま す と 、 ひ と つこう いう 特 色 が あ る の で す 。 柳 田 先 生 の文 章 では
"霊 山 と 神 話 " と いう 題 で 私 の 放 送 し た の は ⋮ ⋮ ﹂ と は じ ま り 、 こ ん な と こ ろ に
﹁は ﹂ が
が 大 変 あ と に き ま す 。 ﹃昔 話 と 文 学 ﹄ と い う 単 行 本 の 最 初 の 文 章 の巻 頭 の と こ ろ は 、 ﹁去 ん ぬ る 七 月 二 十 四 日 の 夕 べ、 富 士 山 の頂 上 か ら
﹁去 ん ぬ る 七 月 二 十 四 日 の 夕 べ ﹂ と
﹁⋮ ⋮ と い う 題 で 放 送 し た が 、 そ の 話 は ⋮ ⋮ ﹂ と な る は ず で す 。 ﹁は ﹂ が あ と
き ま す 。 普 通 の 人 で し た ら 、 こ う は 言 い ませ ん ね 。 ﹁私 は ﹂ と ま ず 言 い 出 し いう ふ う に い き ま す ね 。 そ れ か ら
の ほ う に く る 文 章 と い う の は わ か り に く い。 こ の よ う な こ と は 、 ラ ジ オ の ニ ュ ー ス な ど を 聞 い て お り ま し て も 感 じ る こ と が あ りま す 。
敬 語 と 物 の数 え 方 に み る 不 規 則 性
﹁お っ し ゃ る ﹂、 謙 遜 の意 味 は
﹁申 し 上 げ る ﹂、 ﹁見
日 本 語 の 文 法 は 、 こ の よ う に 大 体 規 則 的 な の で す が 、 不 規 則 的 な も の と し て 二 つ のも の が あ り ま す 。 一 つ は 敬 語 で す 。 た と え ば 、 ﹁言 う ﹂ に あ た る 尊 敬 の 意 味 は
﹁言 う ﹂ に 対 し て ﹁言 わ れ る ﹂ と 言 い 、 ﹁見 る ﹂ に 対 し
﹁見 ら れ る ﹂ と 言 う と 決 ま って いた ら 、 も っと も っと 敬 語 は 、 今 よ り 使 い や す い も の に な る で し ょ う 。
る ﹂ に 対 し て は 、 ﹁ご 覧 に な る ﹂ ﹁拝 見 す る ﹂。 こ れ が も し て
﹁み た り 、 よ た り ﹂ と な り そ う で す
も う 一 つ 不 規 則 な の は 、 物 の 数 え 方 で す 。 た と え ば 人 間 を 数 え る 場 合 に ﹁ひ と り 、 ふ た り ﹂ そ の 次 に ﹁さ ん に ん 、 よ に ん ﹂ と 全 然 違 った 形 の 言 い 方 を す る 。 ﹁ひ と り 、 ふ た り ﹂ だ った ら
が、 そ う は 言 わ な い。 日 の 数 え 方 も
﹁い ち に ち 、 ふ つ か 、 み っか 、 よ っ か ﹂ と 言 う わ け で 、 こ う い う こ と は 日 本
﹁一ぽ ん 、 二 ほ ん 、 三 ぼ
﹁に ほ ん ﹂
﹁一わ 、 二 わ 、 三 ば ﹂ と 言 う 、 こ れ は 私 た ち は わ か り や す い と 思 って い ま す が 、 そ れ は 日 本 人
人 は 慣 れ て お り ま す が、 外 国 人 に は 難 し いよ う です 。 筆 を 数 え る 場 合 に 、 わ れ わ れ は ん ﹂ と 言 い、 鳥 は
は 漢 字 で 読 ん で い る か ら で 、 外 国 の 人 に と っ て は 、 子 音 の 部 分 が ﹁い っぽ ん ﹂ の よ う に p に な った り で h に な った り 、 そ の よ う な こ と で 結 構 難 し い と 感 じ る よ う で す 。
や さ し い 日本 語 の 数 詞
﹁一、 二 、 三 、
﹁ワ ン 、 ツ ー 、 ス リ ー 、 フ ォ ア ⋮ ⋮ ﹂。 十 ま
し か し 、 日 本 語 の数 詞 と いう も の は 、 基 本 的 に は 非 常 に 規 則 的 で あ り ま す 。 た と え ば 、 私 ども は 四 、 ⋮ ⋮ ﹂ のよ う に 基 本 的 な 数 詞 を 使 い ま す が、 これ は 英 語 な ら ば
で は ど ち ら も 同 じ よ う な も の で す が 、 十 の 先 が 、 日 本 語 は 十 に 一を 足 す 場 合 、 そ れ を 並 べ て ジ ュー イ チ 、 十 に 二
を 足 す と き は ジ ューニ と 言 え ば い い。 英 語 は こ う は い か な い 。 テ ン ワ ン と か テ ン ト ゥ ー と 言 った ら よ さ そ う な も
の で す が 、 全 然 別 の 言 葉 を 使 い ま し て 十 一がeleven 十,二 がtwelv でeす 。 十 を 二 つ集 め た 場 合 は 、 日 本 語 で は ニ
ジ ュー 、 三 つ 集 め れ ば サ ン ジ ュ ー で 、 こ れ も 簡 単 で す が 、 英 語 で はtwentと yかthirt とyか の 別 の 言 葉 を 使 い ま す 。 そ の う え 十 三 のthirteenと三十thと ir はt耳 yに ま ぎ ら わ し い 。
﹁に に ん が し 、 に さ ん が ろ く ⋮ ⋮ ﹂ と 九 九 を や って い た の を 見 て 、 む こ う の 人 は
﹁こ ん
終 戦 直 後 の こ と で あ り ま し た が、 ア メリ カ の教 育 学 者 が 来 日 し て 、 日本 の小 学 校 の算 数 の 時 間 を 見 学 し ま し た 。 小さな 二年生 の子ども が
った そ う で す 。 日 本 人 は 素 直 で す か ら 、 ほ ん と う に そ う か と 思 って 、 掛 け 算 の 方 は 三 年 に あ げ 、 二 年 ま で は 百 ま
な 小 さ い 子 ど も に こ ん な 難 し い こ と を や ら せ る か ら 、 日 本 人 は 頭 が 悪 く な って 戦 争 に 負 け て し ま う の で す ﹂ と 言
で の 足 し 算 ・引 き 算 を や ら せ る よ う に し た 。 し か し 、 英 語 こ そ 百 ま で の 加 減 が 難 し い の で す 。 フ ァ イ ブ と シ ック
ス を 足 す と 、 イ レ ヴ ン と い う ま った く 違 っ た 言 葉 の 数 に な る ⋮ ⋮ 。 百 ま で の 足 し 算 、 引 き 算 で ど う し て も 二 年 生
の三 学 期 ま で か か って し ま う のだ そ う です 。
フ ラ ン ス語 で は 英 語 よ り も っと 大 変 です 。 六 十 はsoixaと n言 te いま す が 、 七 十 はsoixant でe六-十 dた ix す 十と
言 って お り ま す 。 七 十 二 はsoixanteで -、 dこ ou れz はe、 六 十 た す 十 二 で す 。 八 十 に な り ま す とquatre-と v言 ingt
いま し て 、 これ は 四 か け る 二 十 。 九 十 に な り ま す とquatre-viとn言 gい tま -d すi かxら 四 か け る 二 十 た す 十 です 。
九 十 二 と いう の は 四 か け る 二 十 た す 十 二。 こ のよ う な 数 詞 を も って いた ら 、 九 十 か ら 七 十 二 を 引 く 計 算 な ど は 、
ち ょ っと 時 間 が か か り ま す ね 。 よ く 海 外 へ出 掛 け る 日本 人 が向 こ う で買 物 を し て大 き な お札 を 出 す と 、 お 釣 り が
な か な か も ら え な か った な ど と 言 いま す 。 向 こ う の人 は 数 詞 が 難 し い の で 引 き 算 が 大 変 な の で す 。
イ ンド 語 と な る と 、 一か ら 百 ま で の数 詞 が 全 部 バ ラ バ ラ な の だ そ う です 。 つま り 九 十 五 ま で 覚 え ても 、 九 十 六
は 何 と 言 う か 、 九 十 七 は 何 と 言 う か は 別 に覚 え な け れ ば いけ な い。 百 一へ行 っては じ め て、 今 ま で覚 え た 数 詞 の
組 み 合 わ せ で言 え る のだ そ う で す が、 こう いう 数 詞 を も って いた ら さ ぞ 毎 日 が 大 変 で し ょう 。 私 た ち は や さ し い 日本 語 の 数 詞 を 持 って い る こ と を 感 謝 し た いと 思 いま す 。
五 敬 語 表 現 の 本 質 敬 語 は日本 語 だけ でな い
日本 語 の特 色 と 言 いま す 場 合 に、 よ く 人 が 話 題 にす る こと に 敬 語 の問 題 が あ りま す 。
敬 語 と いう のは 、 話 題 に 出 てく る 人 に対 す る 敬 意 、 あ る い は、 話 の相 手 に 対 す る 敬 意 を 表 す 言 葉 です 。 敬 語 は
日 本 語 だ け にし か な いと 思 って い る人 も あ る か も し れ ま せ ん が、 地 上 の言 語 の中 に は た く さ ん 敬 語 を も って いる
も の があ り ま す 。 朝 鮮 語 の 敬 語 は 日本 語 と 同 じ よ う に複 雑 で、 中 国 語 ・ベト ナ ム語 ・タ イ 語 ・ビ ル マ語 に も 軒 並
み あ り、 そ れ か ら イ ンド 語 は 元 来 ヨー ロ ッパ系 の言 語 で あ り ま す が 、 敬 語 を も って お り ま す 。 イ ンド ネ シ ア へ行
き ま す と ジ ャワ 語 の敬 語 が 非 常 に複 雑 で、 戦 前 は 、 ジ ャ ワ語 の 敬 語 には 七 つの階 層 が あ って 、 そ れ を いち いち 言
い分 け る と 言 わ れ た も の で す 。 そ れ か ら 、 太 平 洋 の島 のな か で、 ミ ク ロネ シ ア のポ ナ ペ島 の言 語 と サ モ ア諸 島 の 言 語 は や は り 敬 語 を も って いる と 崎 山 理 さ ん と いう か た が 言 って お ら れ ま す 。
そ のよ う な こ と で 、 敬 語 は 日本 語 だ け が持 って いる も の で は あ り ま せ ん が 、 た し か に 日本 語 の敬 語 は 複 雑 で 難 し いも の です か ら 、 一往 、 敬 語 の お 話 を いた し ま す 。
人 を呼 ぶ場 合 の敬 称
さ ん ﹂ ﹁︱
君 ﹂ と な り ま す が 、 英 語 で は 性 別 によ り 、 ま た 女 性 な
Mr.Smi とtい hう ." よう な ことを 言う こと があ
" "Mrs.︱ " "Miss︱"と か 言 う 。 た だ し 、 こ の 敬 語 と い う の が 、 日 本 語
さ ま ﹂ ﹁︱
敬 語 の表 現 のな か で最 も 一般 的 な のは 、 人 に 対 す る 呼 び か け の言 葉 です 。 こ れ は ヨー ロ ッパ の 言 葉 に も あ り ま す 。 日 本 語 で 言 い ま す と 、 ﹁︱ ら ば 、 既 婚 ・未 婚 に よ っ て "Mr.︱
am
様 ﹂ と 書 く 人 は いま せ ん で 、 そ う い う 点 は 違 いま す 。 も う 一 つ、 日 本 人 の 場 合 に は 、 苗 字 だ け で は
と 自 分 の 名 刺 にMiss を 付 け て いる 人 も いる。 日本 人 は 、 ま さ か 自 分 の
と 英 語 で は ち ょ っと 違 い ま す 。 英 語 の 方 で は 、 た と え ば 、 "I
﹁ ︱
り ま す 。 名 刺 を も ら いま す と "Mis ︱s " 名刺 に
な く て 、 職 業 あ る い は 地 位 に も ﹁さ ん ﹂ と か ﹁さ ま ﹂ と か を 付 け る こと が で き ま す 。 た と え ば ﹁駅 長 さ ん ﹂ ﹁助
役 さ ん ﹂、 こ れ は 英 語 に は な い です ね 。 駅 長 さ ん はstation で mす aが st 、e Mr r.Stationとm はa 言sわtな eい r。
川 端 康 成 さ ん の名 作 ﹃雪 国 ﹄ を サ イ デ ン ス テ ッカ ー さ ん が英 語 に訳 し て いら っし ゃ る。 ト ンネ ルを 抜 け て 雪 国
に出 て 、 最 初 の 駅 に 着 く 。 そ の と き に 、 島 村 と 一緒 に 乗 り 合 わ せ た 葉 子 と いう 女 性 が、 窓 か ら 半 身 を 乗 り出 し て
﹁駅 長 さ あ ん ﹂ と 呼 ぶ と こ ろ が あ り ま す 。 そ の声 が 夜 空 に 美 し く こ だ ま し た、 と いう よ う に描 写 さ れ て いま す が 、
そ の箇 所 を サ イ デ ン ス テ ッカ ー さ ん が ど う 訳 し て いる か と 言 いま す と 、 ﹁葉 子 は 駅 長 を 呼 ん だ﹂ と 、 こ れ し か 書
いてな い。 ﹁駅 長 さ あ ん ﹂ と いう の は英 語 に訳 し てな い の で す 。 ど う し て 訳 し てな い の か と ア メ リ カ の 人 に 聞 き
m とaい st うe言 r葉 は あ る が 、 い く ら ア メ リ カ 人 で も
s" aと y. い った ら 、 自 分 こ そ そ
saと y言 ." う か 、 そ れ し か な いそ う です 。
ma とs呼 tん er で!は "失 礼 な の だ そ う で す 。 と い っ て 、 人 の 姓 に 対 し て し か 付 け な いMr.を 付 け る こ と は
ま し た ら 、 そ う い う 言 葉 は な い、 と 言 う の で す 。 station "Station
で き な い。 実 際 に は そ う いう 場 合 に ど う 言 う か 。 "Hellと o! 言"う か 、 "I
こ れ は 不 便 な も の で し て 、 大 勢 の 人 が い る 場 合 に 、 駅 長 さ ん だ け を 呼 ぶ と き に "I
の女 性 に呼 ば れ た か と 思 って み ん な 振 り 返 って み る か も し れ な い。 し か し 、 呼 ば れ た の は 駅 長 だ け であ りま し て、
﹁ご 愁 傷 さ ま ﹂ と か 、 つ ま り 、 相 手 の 動 作 、 相 手 の 状 態 に も
兄 ﹂ ⋮ ⋮ と 、 いく ら でも あ り ま す 。 ﹁ご ち そ う さ ま ﹂ と か
殿 ﹂ ﹁︱
﹁さ
ち ゃ
ほ か の人 は み ん な 振 り 返 り 損 であ り ま す 。 日 本 人 の場 合 は 、 大 勢 の人 のう ち に 、 特 に駅 長 さ ん だ け を 敬 意 を 表 し て 呼 ぶ こ と が で き る の は 、 日 本 語 の い い 点 だ と 思 いま す 。
氏﹂ ﹁ ︱
日 本 語 に は そ の ほ か に 、 敬 称 を 表 す 言 葉 が た く さ ん あ る 。 こ れ も 英 語 な ど と は 違 いま す 。 ﹁︱ ん﹂ ﹁ ︱ ま た日本語 の場合 には
ま ﹂ を つ け る こ と が で き 、 こ れ も 変 わ っ て いま す 。 こ の よ う な こ と は ま ず ヨ ー ロ ッ パ の 人 た ち に は 想 像 も つ か な いことであると 思われます。
二 人 称 代 名 詞 の敬 語
敬 語 の 言 い方 で 、 次 に世 界 の言 語 に普 遍 的 な のは 、 第 二 人 称 の代 名 詞 です 。 これ も 実 は ヨー ロ ッパ の 言 語 にも
﹁お ま え ﹂ で 、 ﹁あ な た ﹂ と いう 場 合 に はvous を 使 いま す 。 フ
あ り ま す ね 。 た と え ば 、 ド イ ツ 語 でdu と 言 い ま す と 、 ﹁お ま え ﹂ に あ た り 、 ﹁あ な た ﹂ と 言 う と き はSieと い う 別 の 言 葉 を 使 う 。 フ ラ ン ス 語 で はtu と い う の が
ラ ン ス の 映 画 を 見 て お り ま し て 、 若 い男 女 が は じ め はvous と 言 っ て い た の が 、 途 中 か らtu に 変 わ っ た と し ま す
と 、 フ ラ ン ス 語 を 知 って いる 人 は 、 は は あ 、 あ そ こ で こ の 二 人 は 肉 体 的 な 関 係 を 結 ん だ ん だ な 、 と い う こ と が わ
か る のだ そう でし て、 私 ど も は ぼ ん や り 見 て いま す が 、 ま あ 、 重 宝 な も のだ と 思 いま す 。
﹁あ な た ﹂ に も 使 わ れ る よ う に な っ た の だ そ う
英 語 に はyou 一 つ し か な い よ う で あ り ま す が 、 昔 はdu や tuに あ た るthou と いう の が あ っ た そ う で 、 こ れ が ﹁お ま え ﹂ で あ り ま し た が 、youと いう の が 結 局 、 ﹁お ま え ﹂ に も です 。
日 本 語 で は 、 こ の 相 手 を さ す 代 名 詞 は 、 ﹁あ な た ﹂ ﹁き み ﹂ ﹁お ま え ﹂ ﹁貴 様 ﹂ ⋮ ⋮ と た く さ ん あ り ま す 。 ﹁あ な
﹁お ま え 百 ま で わ し ゃ 九 十 九 ま で ﹂ と い う の が あ り ま す 。 こ れ は 一体 男 が 言 っ て
た さ ま ﹂ な ど と いう 程 度 の 高 い 敬 語 も あ り ま す が 、 日 本 語 の 場 合 、 ど う い う も の か 、 相 手 を 指 す 代 名 詞 は ど ん ど ん 格 が 下 が って き ま す 。 俗 謡 に
い る の か、 女 が 言 っ て い る の か 。 今 の 人 が 考 え ま す と 、 ﹁お ま え ﹂ と い う か ら 男 が 女 に 言 っ て い る よ う で す が 、
そ う じ ゃ な い の で す 。 ﹁お ま え ﹂ と い う の は 、 元 来 、 目 上 の 人 に 言 う 言 葉 で す が 、 こ こ は 女 の 人 の 言 葉 で す 。 つ
ま り 、 女 の 方 が 大 体 年 が 若 い で す か ら 、 相 手 は 百 ま で 生 き て も ら わ な け れ ば い け な い、 自 分 の 方 が 九 十 九 ま で 、
﹁あ な た ﹂ と い う の も 相 手 に よ って は 失 礼 に あ た
﹁貴 様 ﹂ は 降 り 方 が 一番 烈 し い も の で 、 ﹁君 ﹂ も 大 分 昔 よ り 降 り ま し た 。 学 生 に 、 ﹁お い 君 、
と 言 って いる わ け であ り ま す 。 そ う いう 中 で も
君 ﹂ と 呼 び か け た り し ま す と 、 叱 ら れ て し ま いま す ね 。 現 在 は
る と い う わ け で 、 日 本 人 は 苦 労 し て い ま す 。 ﹁あ な た さ ま ﹂ と い う 言 葉 は あ り ま す が 、 そ れ で は ち ょ っと 変 だ と
いう よ う な と き に 代 名 詞 が 使 い に く い 。 ﹁こ ち ら さ ま ﹂ と 言 っ て み た り 、 ﹁お た く ﹂ と 言 って み た り し て いま す が 、 こ れ は 新 し い代 名 詞 を い ま 発 明 し つ つあ る わ け で す 。
も し 相 手 が 学 校 の 教 師 で あ っ た り 、 お 医 者 さ ん で あ った り し ま す と 、 ﹁先 生 ﹂ と いう 言 葉 が 使 え ま す 。 し か し 、
﹁お 母 さ ま は ⋮ ⋮ ﹂ と か 言 っ て ゴ マ 化 し て お り ま す が 、 大 変 苦 し い。 こ れ は 日 本 人 だ け が 悩 ん
相 手 が 先 生 の お 母 さ ま で あ る 場 合 に 困 り ま す ね 。 ﹁先 生 ﹂ と 言 え な い 。 ﹁あ な た さ ま ﹂ と いう の は 何 か し っく り し な い感 じ で 、 結 局
で い る よ う な ひ と つ の 事 柄 で は な い で し ょ う か 。 ほ か の 国 の 人 は 、 あ ま り こ う いう 悩 み を 持 た な い だ ろ う と 思 い ます。
命 令 文 の表現 と敬 語
敬 語 の問 題 の第 三 に 、 命 令 文 の表 現 と いう 問 題 が あ りま す 。 つま り 、 相 手 に 何 か 頼 む 、 命 令 す る 場 合 に 、 た と
え ば 、 ﹁教 え ろ ﹂ と いう 段 階 で は 全 然 敬 意 を も って お り ま せ ん が 、 ﹁教 え てく れ ﹂ ﹁教 え てく れ な いか ﹂ ﹁ 教 え て下
さ い﹂ と 言 う と 、 だ ん だ ん 敬 意 を 表 し て ま いり ま す ね 。 ﹁教 え て 下 さ いま せ ん か﹂ ﹁教 え て 下 さ いま せ﹂ ﹁教 え て
いた だ け な いで し ょう か ﹂、 さ ら に ﹁お 教 え いた だ け た ら あ り が た い の で す が﹂ と いう よ う に言 い か え ま す と 、 いく ら でも 敬 意 を 含 め た う え の段 階 の表 現 を 用 いる こ と が で き ま す 。
wonder
こ れ も 実 は 英 語 に あ り ま す 。 た と え ば 、 "Tele l⋮" mに 対 し てpleaをsつ eけ て "Please ⋮ t" e とl言lう と m、 eち
you⋮"p aは s、 e"Wouldn'⋮ あl るeい t"もyっ oと u丁 重 な 言 い方 は、 "I
could e⋮" tと eな lる l のm だ そ う です か ら 、 こ の言 い方 も ヨー ロ ッパ の言 葉 にあ る と いう こ と が でき ま す 。
ょ っと 敬 意 を 表 し ま す ね 。 "Will you
敬 意と 表 現の敬 語
敬 語 の問 題 の第 四 、 こ れ は 東 南 ア ジ ア的 な 敬 語 にな り ま す が 、 相 手 に 関 係 す るも の に は 敬 意 を 含 め た 表 現を 用
い、 自 分 に関 係 す る 事 物 は 謙 遜 し た 言 い方 を す る 。 日本 語 で は 、 相 手 に 関 す る 言葉 には ﹁お ﹂ を つけ ま す ね 。 相
手 の名 前 は ﹁お名 前 ﹂ であ り 、 相 手 の顔 は ﹁お 顔 ﹂ で あ り ま す 。 あ る いは 、 相 手 の子 ど も な ら ば ﹁お 子 さ ま ﹂ で
あ り 、 相 手 の年 齢 な ら ば ﹁お 年 ﹂ と 言 いま す 。 これ は何 でも 付 け れ ば い いか と いう と そ う で も な いわ け で、 こ こ
か ら 難 し い こと が いろ いろ 起 こ って き ま す 。 水 谷 修 さ ん と い つか テ レ ビ で お 話 し て い て 話題 にな りま し た が、 相
。 これ は ど う も いけ な いよ う です ね 、 な に か お か し い。 言 わ れ た 方 は か ら か わ れ た よ う な 気 が し ま す
手 の顔 に ニキ ビ が で き て いた と す る と 、 そ の場 合 、 そ の ニキ ビも 相 手 の も のだ か ら ﹁お ニキ ビ ﹂ と 言 って い いか ど う か︱
ね 。 ﹁お ﹂ を つけ さ え す れ ば 、 い いと いう わ け で はあ り ま せ ん。 ど う し て いけ な い か と いう と 、 つま り、 敬 語 の
if
精 神 と いう の は 、 相 手 の顔 に ニキ ビ が あ って も 、 それ を 話 題 に し て は いけ な い ので す 。 も し ニキ ビ のよ う に 見 え
る も のが あ った ら 、 自 分 の目 が悪 いん だ 、 と 思 う の が 敬 語 の精 神 であ り ま す 。 し た が って、 ニキ ビを 話 題 にす る こと が失 礼 であ って 、 ﹁お ﹂ を つけ ても は じ ま ら な い、 と いう こと に な り ま す 。
名 詞 に ﹁お ﹂ を つけ る のが 日本 語 に 一般 の 行 き 方 であ り ま す が 、 こう いう 点 で は 日本 語 以 上 に 中 国 語 が 発 達 し
て お り ま す 。 た と え ば 、 日 本 で は ﹁お﹂ か ﹁御 ﹂ さ え つけ れ ば い い こ と に な って い て 、 相 手 の 苗 字 を 日 本 人 は
﹁ご 苗 字 ﹂ と 言 って お り ま す 。 中 国 で は ﹁〓貴 姓 ﹂ と 言 って 相 手 の苗 字 を 聞 き ま す 。 あ る い は、 名 前 を 聞 く 場 合
に は ﹁〓尊 名 ﹂、 年 を 聞 く 場 合 に は ﹁〓高 齢 ﹂、 も し 相 手 が 女 性 な ら ば ﹁〓芳 齢 ﹂ と 言 う 。 ﹁貴 い﹂ と か ﹁高 い﹂ と か いう 修 飾 語 を 上 に つけ る の です 。
兄 (お 兄 さ ん の こと )﹂ ﹁厳 父
( 相 手 の父 親 )﹂ ﹁慈 母 ( 相 手 の母 親 )﹂ な ど と いう の は そ れ で 、 相 手 か ら き た 手 紙
日 本 語 も 中 国 語 の 影 響 を 受 け ま し た か ら 、 そ のよ う な 敬 語 表 現 が 早 く か ら 伝 わ り ま し た 。 ﹁令 兄 ﹂ ﹁ 令 弟 ﹂ ﹁賢
に 対 し て は ﹁玉 簡 ﹂ と か ﹁朶 雲 ﹂ な ど と 敬 意 の表 現 を し ま す が 、 いか に も 中 国 ら し い表 現 であ り ま す 。
謙 譲表 現 の敬 語
ま た 、 中 国 で は 、 日本 と 違 って 謙 遜 の意 味 の言 葉 も 発 達 し て お り ま す 。 た と え ば ﹁私 の 国 ﹂ と いう 場 合 に は
﹁弊 国 ﹂、 つま り、 や ぶ れ た 国 と 、 こう いう 字 を 使 う 。 ﹁私 の国 は 日本 です ﹂ と いう 場 合 に は 、 ﹁ピ イ ク オ ・シ イ ・
リ ィ ベ ン﹂ と 言 う わ け です 。 自 分 の苗 字 の と き には ﹁賤 姓 ﹂ を 使 いま す 。 こ れ な ど は、 日本 語 にも 入 ってき て 、
﹁愚 妻 ﹂ ﹁豚 児 ﹂ ﹁拙 稿 (自 分 の書 いた 原 稿 )﹂ ﹁卑 見 (自 分 の意 見 )﹂ な ど と 言 う 。 こ れ は 中 国 の影 響 で し た が、 日
本 に は こ のよ う な も の はあ ま り 発 達 し ま せ ん で 、 文 章 に し か 使 いま せ ん で し た 。 日本 語 に ﹁お や じ ﹂ と か ﹁せ が
れ ﹂ と いう 言 葉 も あ り ま す が 、 別 に こ れ に は ﹁私 の﹂ と いう 意 味 は な い です ね 。 ﹁あ そ こ に い る よ そ の お や じ は ﹂ と 言 え ま す か ら 、 ﹁私 の 父 ﹂ と いう 意 味 で は あ り ま せ ん 。
中 国 に お け る こ のよ う な 謙 譲 表 現 の 発 達 に つき ま し て は 、 ス ウ ェー デ ン の人 で中 国 語 を 勉 強 し た カ ル ルグ レ ン
と いう 人 の本 に おも し ろ い例 が あ が って お りま す 。 あ る 人 が 立 派 な 礼 装 を し て知 人 を 訪 問 し た 。 応 接 間 に 通 さ れ
て 待 って お り ま し た と こ ろ が 、 そ の家 に ネ ズ ミ が いた 。 梁 の上 を チ ョ ロチ ョ ロと 歩 いた は ず み に 、 梁 の上 に油 の
い っぱ い入 った壺 が 置 い てあ った のを ひ っく り 返 し てし ま った 。 そ のた め に 、壺 に 入 って いた油 がち ょう ど 下 に
いた お 客 さ ん の 一張 羅 の服 装 に ひ っか か って し ま った 。 そ こ へ主 人 が 入 って き た 。 そ の場 合 、 そ の お客 は 何 と あ
いさ つす べき かと いう と 、 こ う 言 う のだ そ う で す 。 ﹁私 は や ぶ れ た 着 物 を 着 て あ な た の尊 い家 に 来 た と こ ろ が、
尊 い家 の尊 い梁 に 住 ん で いる 尊 いネ ズ ミ が (ネ ズ ミ にも 敬 意 を 表 す の です ね ) 尊 い油 の入 った尊 い壼 を ひ っく り
返 し ま し た た め に 、 私 は こ のよ う に み っと も な い姿 で、 尊 いあ な た の前 に いる こ と を 私 は 恥 じ ま す ﹂ と いう の だ
と 書 いて あ り ま す 。 現 代 の中 国 で は こ う いう 表 現 は しな いよ う です が、 革 命 前 の中 国 に は 、 こ う い った 言 い方 が あ った と み え ま す 。
動 作を す る人 への敬 語表 現
し か し 日本 語 の敬 語 は、 全 体 と し て 中 国 語 以 上 に複 雑 な も の です 。 そ れ は 相 手 の動 作 、 あ る い は、 自 分 の動 作 の表 現 に 対 す る 敬 語 に み ら れ ま す 。
た と え ば ﹁す る ﹂ と いう 動 詞 。 相 手 の 場 合 に は ﹁な さ る ﹂ と か ﹁遊 ば す ﹂ と か 申 し ま す 。 あ る いは 、 ﹁行 く ﹂
﹁来 る ﹂ ﹁居 る﹂ と いう 動 詞 があ り ま す と 、 ﹁いら っし ゃ る﹂ ﹁お い で に な る ﹂ と いう 表 現 を と り ま す 。 ﹁言 う ﹂ に
対 し て は ﹁お っし ゃ る﹂、 あ る いは ﹁仰 せ に な る ﹂ と いう よ う な 言 葉 も あ りま す 。 ﹁見 る ﹂ は ﹁ご 覧 に な る ﹂。 ﹁着
る ﹂ ﹁食 べ る ﹂ ﹁呼 ぶ﹂ ﹁求 め る ﹂、 こ れ ら は 一緒 にな って ﹁お 召 し に な る ﹂。 ﹁く れ る ﹂ と いう のは ﹁下 さ る ﹂ と な
りま し て 、 み ん な こ の よ う に 不 規 則 で 大 変 難 し い。 な か に は 規 則 的 な も のも あ って、 ﹁動 く ﹂ に 対 し て ﹁動 か れ
る﹂ ﹁お 動 き に な る ﹂、 ﹁歌 う ﹂ に 対 し て ﹁歌 わ れ る ﹂ ﹁お 歌 い に な る ﹂、 つま り ﹁れ る ﹂ を つ け た り 、 あ る い は
﹁お ⋮ ⋮ に な る ﹂ と いう も のも あ りま す が 、 日常 頻 繁 に使 う 言 葉 は大 変 不 規 則 です 。
こ の動 詞 の 変 化 も 朝 鮮 語 で は、 日本 語 と 同 じ よ う な 難 し い表 現 を し ま す が 、 中 国 語 では 動 詞 が 語 形 変 化 し な い
の で 日本 語 よ り単 純 で す 。 た だ 、 相 手 の御 出 と いう 場 合 に は ﹁光 臨 ﹂ と か ﹁降 臨 ﹂ と い った 字 が あ り ま す 。 ま
た 、 こ れ は 日本 に 入 り ま し た け れ ども 、 身 分 の高 い人 の御 出 と いう 場 合 に は ﹁枉駕 ﹂ と いう 言 葉 があ り ま す 。
動作 を受 ける人 への敬語
た と え ば ﹁言 う ﹂ は ﹁申 し 上 げ る ﹂、 これ は 言 わ れ る 人 に 対 す る 敬 意 で、 言
これ ま で お 話 し ま し た 敬 語 は 、 動 作 を す る人 に 対 す る 敬 語 の表 現 でし た が 、 動 作 を 受 け る 人 に 対 す る 敬 語︱ 謙 遜 の表 現 と 言 って お り ま す が︱
う 人 に対 す る 敬 意 は ﹁お っし ゃる ﹂ で す 。 ﹁見 る ﹂ は ﹁拝 見 す る ﹂。 ﹁ご 覧 にな る ﹂ と 言 いま す と 、 見 る 人 に 対 す
る 敬 意 と な り ま す 。 ﹁聞 く ﹂ は ﹁伺 う ﹂、 ﹁や る ﹂ は ﹁上 げ る ﹂ と か ﹁差 し あ げ る ﹂ と いう 言 い方 があ り ま す 。 ﹁も
﹁お 伝 え す
﹁お 教 え す る ﹂ と い った よ う な 規 則 的 な も のも あ り ま す が、 不 規 則 な も の が 多く 、 日本 語 の
ら う ﹂ は ﹁いた だ く ﹂、 ﹁見 せ る ﹂ は ﹁お 目 に か け る ﹂ と 、 複 雑 であ りま す 。 な か には ﹁伝 え る ﹂︱ る ﹂、 ﹁教 え る ﹂︱
敬 語 は 使 いに く いと 言 わ れ る の は こ の点 で あ り ま す 。
す の で 、 動 作 を す る 人 が 二 人 同 時 の場 合 は 大 変 困 り ま す 。 た と え ば 、 社 長 さ ん と 一緒 にど こ か へ出 か け る こ と に
ま た 、 謙 遜 す べき 人 の場 合 に は そ う いう 言 い方 、 尊 敬 す べ き 人 の場 合 に は こう いう 言 い方 、 と き ま って お り ま
な って 、 車 を 待 って いる。 そ う し て 車 が来 た。 そ の と き にど う 言 う か 。 ち ょ っと 考 え ま す と 、 ﹁車 が 参 りま し た 、
そ れ で は 参 り ま し ょう ﹂ と お っし ゃる か た が 多 いと 思 いま す 。 こ う いう 言 葉 は 丁 寧 で よ さ そう です が、 これ で は
ほ ん と う は い けな い。 ど う し て か と 言 う と 、 社 長 さ ん も 行 く わ け で す か ら 、 ﹁参 り ま し ょう ﹂ と いう 謙 遜 の言 い
方 で は社 長 さ ん に 対 し て失 礼 に な る 。 そ れ では ど う 言 う べ き か 。 ﹁車 が 参 り ま し た 、 お 乗 り 下 さ い (これ は 社 長
さ ん に 対す る 敬 意 )、 私 も お 供 を さ せ て いた だ き ま す ﹂ と 言 わ な け れ ば 正 し い使 い方 にな ら な いわ け です 。
文体 の違 いによ る敬語 表現
日本 語 の敬 語 に はも っと 難 し いも の があ り ま し て 、 そ れ は 文 体 の違 い によ って 表 す 敬 意 で あ り ま す 。 た と え ば
しま す ﹂ は 多 少 改 ま った 敬 意 を 表 し た 言 葉 遣 い、 ﹁ ︱
で ご ざ いま す ﹂ ﹁ ︱
いた し ま す ﹂ は 特
だ ﹂ や ﹁︱ す る﹂ は 親 し い遠 慮 のな い人 に 対す る 言 葉 遣 い、
﹁山 だ ﹂ に 対 し て 、 ﹁山 です ﹂ ﹁山 で ご ざ いま す ﹂ と 、 だ ん だ ん 丁 寧 の度 が 強 く な り ま す 。 あ る いは ﹁勉 強 す る ﹂
です﹂ ﹁ ︱
に 対 し て、 ﹁勉 強 し ま す ﹂ ﹁勉 強 いた し ま す ﹂。 ﹁︱ ﹁ ︱ 別 に 改 ま り、 特 別 に 敬 意 を 表 し た 言 葉 遣 い です 。
こ のよ う な 文 体 の違 いと いう も のは 、 日 本 人 に と って は ご く 普 通 の こと であ り ま す が 、 これ が 外 国 人 に と って
は 非 常 に 難 し いよ う で す 。 と いう のは 、 世 界 で こ のよ う な 丁 寧 さ の度 合 を 表 す 表 現 を 持 って いる 言 語 と いう の は
非 常 に少 な いか ら です 。 敬 語 が 発 達 し て いる 東 南 ア ジ ア諸 国 でも 、 中 国 、 ベト ナ ム、 タ イ 、 イ ンド に は こ の言 い
方 が あ りま せ ん 。 こ のよ う な 丁 寧 さ の段 階 を 持 って い る 言 語 は 、 日本 語 の ほ か 、 朝 鮮 語 ・ビ ル マ語 ・チ ベ ット 語 と ジ ャワ 語 だ そ う です 。
日 本 語 の こ の使 い分 け は、 動 詞 に限 り ま せ ん 。 た と え ば ﹁今 ﹂ と いう 言 葉 を ﹁た だ 今 ﹂、 ﹁き ょ う ﹂ と いう 代 り に ﹁今 日﹂、 ﹁あ し た ﹂ を ﹁明 日 ﹂ と 言 いま す と 、 丁寧 の度 合 が 強 く な り ま す 。
話 題 の人と話 し 相手 を考慮 し た敬 語表 現
日 本 語 の敬 語 の 一番 難 し い点 は も っと ほ か に あ り ま す 。 これ は誰 に つ いて 話 し て いる か と いう こと 、 そ の ほ か
に 日 本 人 は 、 誰 に向 か って 話 し て いる か 、 両 方 を 考 え に 入 れ な け れ ば い けな い点 であ り ま す 。
た と え ば ﹁お 父 さ ん ﹂ と いう 人 、 こ れ は 尊 敬 す べき 人 で あ り ま す か ら 、 お 父 さ ま に 直 接 向 か って言 う 場 合 に は、
﹁お 父 さ ま 、 いら っし ゃ いま す か ﹂ と 言 う こ と が でき る し 、 相 手 が 母 親 な ら ば ﹁お 父 さ ん は いら っし ゃる よ う で
す よ ﹂ と 言 って い い はず です 。
と こ ろ が、 相 手 が 自 分 の社 長 さ ん であ る よう な 場 合 に は 、 こう は 言 え な い の です 。 社 長 さ ん に 対 し て は 、 自 分
の父 親 を 尊 敬 さ せ る こと は でき ま せ ん 。 です か ら 、 そ のよ う な 場 合 には ﹁父 も 行 く と 申 し て お り ま す ﹂ と いう の
が正 し い言 い方 に な り ま す 。 社 長 さ ん の動 作 に つ いて、 ほ か の会 社 の人 に 言 う 場 合 に は 、 社 長も 自 分 の身 内 にな
り ま す の で、 も し 社 長 が鈴 木 と いう 苗 字 な ら ば ﹁鈴 木 が申 し て お り ま し た ﹂ と な り ま す 。 が、 い つ でも 自 分 の社
の社 長 さ ん に対 し て は 敬 語 を 使 わ な い のが い いか と 言 う と 、 そ う で は あ りま せ ん ね 。 社 長 に他 の社 の人 か ら 電 話
が か か って き た 場 合 、 ﹁いま 、 社 長 は ⋮ ⋮ ﹂ と か ﹁鈴 木 は ⋮ ⋮ ﹂ と 言 って も かま いま せ ん が 、 電 話 の相 手 が 社 長
の奥 さ ん であ った り し ま す と 、 ﹁鈴 木 が﹂ と は 言 え な い。 や は り そ の と き は ﹁社 長 さ ま は﹂ と 言 う こ と に な り ま
す 。 つま り 時 によ って は 、 受 話 器 を と った 途 端 に 、 こ の相 手 は 誰 であ る か 判 断 し な け れ ば いけ な い。 これ は 日 本 語 の敬 語 の 一番 難 し い点 です 。
朝 鮮 語 で は 自 分 の 父 親 の こ と は 、 誰 に 対 し ても 敬 語 でし ゃ べ って い いと 言 いま す 。 こ れ な ら ば 日本 語 よ り大 分 やさしくな ります。
日本人 の心 づ か い
六 日 本 人 の 表 現
一 会話 に み る ﹁和﹂ の精神
聖 徳 太 子 は 十 七条 の憲 法 の第 一条 に ﹁和 ヲ以 テ貴 シト 為 ス﹂ と 言 わ れ ま し た 。 日本 人 は 和 を 大 切 にし ま す 。 会 話 を し な が ら も お互 いに 気 持 が 一致 し て いる と いう こと を 喜 び ま す 。
ア メ リ カ の人 な ど は 、 ﹁⋮ ⋮だ ね え﹂ ﹁⋮ ⋮ です ねぇ ﹂ と盛 ん に 日本 人 は ﹁ね え﹂ を つけ る が、 あ れ は 一体 ど う
いう 意 味 な ん だ 、 と 質 問 し ま す 。 日本 人 は 一般 に ﹁ね え﹂ に 限 ら ず 、 ﹁い いお 天気 だ よ ﹂ と か ﹁い いお 天 気 だ わ ﹂
と 言 って 、 さ か ん に ﹁よ ﹂ と か ﹁わ ﹂ と か いう 助 詞 を つけ て 会 語 を 交 わ し て いる 。
そ れ ら に は 微 妙 な 違 い があ って、 ﹁⋮ よ ﹂ と いう の は 相 手 の知 ら な い こと を 伝 え る 。 た と え ば 、 相 手 は ま だ 床
に い る。 そ のと き 先 に起 き て 外 の様 子 を 見 た 人 は ﹁き ょう は い いお 天 気 だ よ ﹂ と ﹁よ﹂ を 使 って 教 え て や り ま す ね。
﹁い いお 天 気 だ わ ﹂ と いう のは 軽 い感 動 。 も し こ れ を ﹁だ わ ﹂ とあ と を 上 げ ま す と 、 女 ら し い、 相 手 に 訴 え ると いう 気 持 があ ら わ れ ま す 。
そ れ に 対 し て、 ﹁い いお 天 気 だ ねぇ ﹂ と いう の は、 自 分 は 相 手 と 同 じ 気 持 だ 、 と いう こ と の確 か め で、 共 感 を
求 め る意 味 で使 う 言 葉 です 。 ﹁ね え﹂ を 多 く 使 う と いう こ と は 、 日 本 人 が 始 終 相 手 と 同 じ 気 持 で いる こ と を 、 絶
え ず 確 か め 合 いな が ら 会 話 を し て いる こと にな り ま す 。
ま た 、 日 本 語 に は 、 相 手 に 対 す る賛 意 を 表 す 言 葉 があ り ま す 。 代 表 的 な も の が ﹁な る ほど ﹂ と いう 言 葉 です 。
漱 石 の ﹃吾 輩 は猫 で あ る ﹄ の中 に、 鈴 木 の藤 さ ん と いう 人 が出 て き ま す 。 こ の人 は 、 苦 沙 弥 先 生 のあ ま り 好 き で
な い金 田 と いう 実 業 家 に盛 ん にゴ マを す って お り ま す が 、 そ の ゴ マを す って いる 最 中 に こう いう 言 葉 を 使 って い
な る ほ ど 、 よ い思 い つき で︱
な る ほ ど ﹂ と いう ふう で ﹁な る ほ ど ﹂ と いう 言 葉 を 三 度 も 繰 り 返 し て 言 って
ま す 。 ﹁な る ほ ど 、 あ の男 ( 苦 沙弥 先 生 ) が 水 島 さ ん (寒 月 と いう 若 い理 学 士 ) を 教 え た こ と が ご ざ いま す の で ︱
いる 。 こ れ は 言 わ れ る 方 と し て は 少 々く す ぐ った い気 持 のは ず です が 、 一向 、 相 手 は気 にせ ず い い気 分 で 聞 いて おります 。
応 答 を期 待す る
こ れ は 水 谷 修 さ ん の ﹃日本 語 の生 態 ﹄ と いう 本 の中 に出 て き ま す が 、 日 本 人 と 外 人 が 電 話 で 話 を し て いる のを
わ き か ら 聞く と こん な ふ う だ 、 と 言 って いま す 。 日本 人 が ﹁も し も し ﹂ と 言 いま す と 、 外 国 人 が ﹁も し も し ﹂ と
受 け ま す 。 日 本 人 が ﹁え え 、 こ ち ら 、 あ のう 、 山本 で す が﹂ と 言 いま す と 、 相 手 が 黙 って いる 。 と 、 日 本 人 は 心
配 に な り ま し て 、 ま た ﹁も し も し ﹂ と 言 う 。 外 国 人 が ﹁は い﹂ と 受 け る 。 日本 人 が ﹁こ ち ら 、 山 本 で す が、 ジ ョ
ンソ ンさ ん は ⋮ ⋮ ﹂。 外 国 人 が 黙 って お り ま す と 、 日 本 人 は ま た 不 安 にな り ま し て ﹁も し も し ﹂ か ら は じ め る の
で、 な か な か 話 が 進 展 し な い、 と あ り ま す 。 日 本 人 は 絶 え ず 相 手 に何 か 応 答 し ても ら いた い、 相 手 が あ いづ ち を 打 つこ と を いか に 期 待 し て い る か 、 と いう こ と を よ く 表 し て いる と 思 いま す 。
﹃東 海 道 中 膝 栗 毛 ﹄ で、 弥 次 郎 兵 衛 、 喜 多 八 の コ ンビ が 、 東 海 道 を 歩 いて京 都 の方 へ上 って 行 き ま す が 、 た だ 歩
いて いて は お も し ろ く な いと いう わ け で、 二 人 が 相 談 し て、 主 人 と お 伴 の役 を 演 じ よ う で は な い か と いう こ と に
な る 。 弥 次 郎 兵衛 が 年 上 です か ら 主 人 の役 にな り ま す 。 そ こ で ど う いう 会 話 が は じ ま る か と 言 いま す と 、 喜 多 八
が ﹁も し 、 旦 那 え﹂ と 言 いま す と 、 弥 次 郎 兵 衛 が ﹁な ん だ ﹂ と 答 え る。 喜 多 八 が ﹁暖 か で ご ざ いま す ﹂ と 言 いま
す と 、 弥 次 郎 兵 衛 が ﹁お お さ 、 風 も 凪 い で 暖 か だ ﹂ と 言 いま す 。 そ う す る と 、 喜 多 八 が ﹁さ よ う で ご ざ いま す ﹂
と 受 け る 。 こ の場 合 、 暖 か だ と いう の は、 元 来 、 喜 多 八 が初 め に言 った 言 葉 です か ら 、 別 に 、 弥 次 郎 兵 衛 が 同 じ
よ う な こと を 言 っても ﹁さ よ う で ご ざ いま す ﹂ と 受 け な く ても よ さ そう な も の で ﹁そ れ は 私 の方 が 先 に 申 し ま し
た ﹂ と 言 いた く な る と こ ろ です が 、 決 し て そ う いう こ と は 言 わ な い。 ひ た す ら 相 手 の言 う こ と を 受 け て 賛 成 し て いる 。 い か に も これ は 日本 人 の主 従 ら し い会 話 だ と 思 いま す 。
﹁は い﹂と ﹁い いえ﹂
日本 人 の質 問 に 対 す る 返 事 のし か た が英 語 な ど と 違 う 、 と いう こ と が よ く 問 題 に な り ま す 。
日本 語 で は 質 問 を 受 け た と き の答 え に ﹁は い﹂ と ﹁い いえ ﹂ の 二種 類 が あ って 、 これ は 英 語 のイ エ スと ノ ー に
似 て いま す が、 違 う 点 が あ り ま す 。 英 語 のyesとnoに は そ ん な こ と は あ り ま せ ん が 、 日 本 語 で は ﹁は い﹂ の 方
が好 ま し い言 葉 であ り、 ﹁い いえ ﹂ の方 は 好 ま し く な い言 葉 だ と いう 違 い があ り ま す 。 ど う し て か と 言 いま す と 、
英 語 のyesとnoは 、 た だ そ の セ ン テ ン ス が 肯 定 の意 味 であ る か 、 否 定 の意 味 であ る か の違 い です が 、 日 本 語 の
﹁は い﹂ の方 は 、 あ な た の お考 え は 正 し い です と いう 意 味 が あ り 、 ﹁い いえ ﹂ の方 は あ な た のお 考 え は 違 いま す 、
と いう 意 味 に な る 。 そ のた め に 日本 語 で は ﹁い いえ ﹂ と いう 言 葉 は 、 使 い にく い の です 。
た と え ば 人 か ら ﹁コー ヒ ー を お 飲 み に な り ま せ ん か ﹂ と 言 わ れ た 場 合 に、 ﹁い いえ 、 私 は 眠 れ な く な る と いけ
ま せ ん か ら 私 は 飲 み ま せ ん ﹂ と は 言 い にく い。 そ う いう こと を 言 いま す と 、 何 か相 手 に つ っか か って い るよ う な
印 象 を 与 え る。 です か ら 、 コー ヒ ー を 飲 みた く な く ても ﹁は い、 あ り が と う ご ざ い ま す ﹂ と 言 って 、 そ れ か ら
﹁し か し 、 ち ょ っと 私 は 眠 れ な く な る た ち な も の で す か ら ⋮ ⋮﹂ と 言 って お も む ろ に 断 る 。 こ れ が 日 本 人 ら し い 言 い方 であ り ま す 。
﹁ど ん な と き で も 一往yesと 言 っ て か ら 答 え る ﹂ と お も し ろ そ う に 書 い て い ま す 。 お そ ら く 、 乙 吉 さ ん は 典
小 泉 八 雲 の ﹃乙 吉 の ダ ル マ ﹄ と い う 短 編 の 中 に 、 乙 吉 と い う 魚 屋 の 主 人 公 が 出 て き ま す が 、 八 雲 は 、 そ の 主 人 公を
﹁あ な た は 東 京 へ 行 った こ と が あ る か ね ﹂ と 尋 ね ま す と 、 行
﹁へえ 、 て め え ど も 、 一回 は 行 き て え と 思 っ て お り や す が 、 何 分 行 か れ ま せ ん で ﹂ と 言 う よ
型 的 な 日本 人 か た ぎ の人 で、 た と え ば 、 小 泉 八 雲 が った こ と が な く て も う な 返 事 を し て いる の でし ょう 。
﹁い いえ ﹂ と 言 う の は 、 二 つ の 場 合 ぐ ら い し か な い そ う で す 。
﹁あ な た は 英 語 が よ く お 出 来 に な り ま す ね ﹂ と 言 う と 、 ﹁い い え 、 と ん で
水 谷 さ ん に よ りま す と 、 日本 人 が 不 断 の会 話 で 一つ は 、 へ り く だ り の 場 合 、 た と え ば
﹁い い え ﹂ と 言 い ま す 。 も う 一つ は 、 相 手 を 励 ま し た り 慰 め た り
﹁い いえ 、 あ な た は ほ ん と う は 力 が あ る ん
mind
wi ﹁窓 nd をo開 wけ ?" て も い い か﹂ と 言 わ れ ま す と 、 窓 を 開 け て も い い、 と 言 う と き に は 、 つ い、 私
you
﹁い い え ﹂ と い う 言 葉 を 言 い ま す け れ ど も 、 不 断 は な か な か こ う いう こ と
﹁私 は や っぱ り ダ メ な 女 な の ね ﹂ と で も 言 い ま す と
も な い 。 私 な ど ⋮ ⋮ ﹂ と 、 こ の と き は は っき り する場合 。相手 が です よ ﹂ と 、 こう いう 場 合 に は 力 強 く
は 言 い に く いと 言 う 。 い か に も 日 本 人 ら し い行 き 方 だ と 思 いま す 。
答 え方 の難 しさ
the
こ の た め に 、 私 ど も は 、 英 語 な ど のyes とno の 使 い 分 け が 難 し い。 た と え ば 、 向 こ う の 人 か ら "Do opening
な ど は "Yesと ." 言 い た く な り ま す が 、 "Yesで ." は い け な い の で す ね 。mind( 気 に か け る ) の 反 対 で す か ら "No."
と 言 わ な け れ ば い け な い 。 そ れ を や っと 覚 え た と し ま し て も 、 今 度 ま た 相 手 が 念 を 押 し て "No.? と"聞 い て き ま
す と 、 つ い 私 な ど "Yesと ." 返事 を し て し ま う 。 こ れ では 相 手 を 混 乱 さ せ て しま いま す 。
よ く 似 た 言 い方 です が、 答 え 方 が 違 いま す ね 。 自 分 が行 く 意 志 を 表 す 場 合 ど う 答 え る か。 ﹁行 き ま
一方 、 日 本 語 も 向 こ う の 人 に す れ ば な か な か 難 し い こ と が あ り ま す 。 た と え ば 、 ﹁行 き ま せ ん か ﹂ ﹁行 か な い ん
です か﹂ ︱
せ んか﹂と 聞か れた場合 には
﹁は い﹂ を 使 っ て
﹁え え 、 行 き ま し ょ う ﹂ と 言 い ま す 。 し か し
﹁行 か な い ん で す
﹁行 き ま し ょ う ﹂ と 同 じ 意 味 で す か ら 、 ﹁え え 、
か ﹂ と 尋 ね ら れ た 場 合 に 、 ﹁い いえ 、 行 く ん で す ﹂ と 答 え る こ と に な っ て い る 。 な ぜ か と 言 い ま す と 、 ﹁行 き ま せ ん か ﹂ と 聞 く 人 は 、 こ ち ら が 行 く と 思 って 誘 っ て い る 。 つま り
行 き ま し ょ う ﹂ と な り ま す が 、 ﹁行 か な い ん で す か ﹂ と 言 う 方 は 、 相 手 は こ ち ら が 行 か な い と 察 し て 聞 い て い る 。
﹁は い ﹂ と
﹁い いえ ﹂ が 日 本 と 同 じ で す 。 ヨ ー ロ ッ パ
﹁い い え ﹂ は 英 語 と 反 対 で あ る 、 と いう こ と に な り ま す が 、 こ れ が 、 ほ か の 国 で は
﹁い い え 、 行 く ん で す ﹂ と 答 え な け れ ば い け な い 。
﹁は い ﹂ と
そう 解 釈 し ま す から 日 本 語 の よう な
どう な って いる か と 申 し ま す と、 朝 鮮 語 、 中 国 語 あ た り は
の 諸 言 語 で は 、 大 体 英 語 と 同 じ で す が 、 た だ し そ の中 に あ って ロ シ ア 語 は 日 本 語 と 同 じ よ う に な って い る そ う で
す 。 こ れ は や はり ア ジ ア に 近 い と こ ろ の 言 語 だ か ら で し ょ う か 、 お も し ろ い こ と だ と 思 い ま す 。
感 謝 の表 現
momこ en れt を!こ " のま ま 訳 し た ら
﹁ち ょ っと 待 て ﹂。 も し 、 相 手 に 対
次 に 、 日 本 語 で は 恩 に 着 て 感 謝 す る 表 現 が 多 い 。 ﹁し て 下 さ る ﹂ と い う 言 い 方 を 多 く 使 い ま す 。 ﹁ち ょ っと 待 っ a
﹁ち ょ っ と お 待 ち 下 さ い ﹂ と 言 っ て 、 相 手 が 待 つ こ と に よ
﹁ち ょ っと お 待 ち な さ い ﹂ で す が 、 こ の 言 い 方 で は 、 相 手 は い く ら 敬 意 を 表 さ れ て も 威 張
て く れ ﹂ と いう 場 合 に 、 英 語 で は "Wait す る 敬意 を 加 え る な ら
ら れ て いる よ う な 感 じ が し て 快 く あ り ま せ ん 。 こ れ は
﹁ち ょ っと 待 って ﹂ な ら ば ま だ い い と いう こ と で す 。 ﹁ち ょ っ と 待 っ て ﹂ に は 敬 意 が 全 然 こ も っ て い な い の
っ て こ ち ら は 恩 恵 を 受 け る こ と を 表 す の が い い。 こ こ で お も し ろ い の は 、 ﹁ち ょ っ と お 待 ち な さ い ﹂ は い け ま せ んが
に な ぜ い い の か と 言 う と 、 そ の 次 に ﹁下 さ い ﹂ が 省 か れ て い る 感 じ が あ る 、 こ の ﹁下 さ い ﹂ に 敬 意 と 感 謝 の 気 持 が 含 ま れ て いる の が感 じ ら れ る か ら だ 、 と いう た め です 。
﹁し て い た だ く ﹂ と いう 言 い方 も 、 日 本 人 の 好 き な 言 い方 の 一つ で す 。 街 を 歩 い て お り ま し て 、 理 髪 店 さ ん な ど
自 分 が 閉 店 で き る こと は 、 自 分 の希 望
に よ く ﹁本 日 は これ に て 閉 店 さ せ て いた だ き ま す ﹂ と 書 い てあ り ま す 。 ま あ ﹁こ れ に て﹂ と 文 語 を 使 った と こ ろ も 礼 儀 正 し い言 い方 な の でし ょう け れ ど も 、 ﹁さ せ て いた だ き ま す ﹂︱
を 通 す こ と、 そ れ を 許 し て いた だ く の はあ り がた いこ と であ る 、 と いう こ と を 意 味 し て いる わ け で、 いか にも 日 本 語 ら し い表 現 の 一つで あ る と 思 いま す 。
と き に は ﹁し て いた だ く ﹂ と か ﹁し て 下 さ る ﹂ と か が、 二 重 に重 な る こ と があ り ま す 。 野 口雨 情 が 作 詞 し て よ
く 歌 わ れ た ﹁青 い眼 の人 形 ﹂ と いう 童 謡 が あ り ま し た が、 最 後 のと こ ろ で ﹁や さ し い日本 の嬢 ち ゃん よ 、 仲 よ く
遊 ん でや っと く れ ﹂ と 言 う 、 ﹁や っと く れ ﹂ は 、 丁 寧 な 言 い方 で は あ り ま せ ん が 、 も し これ を 丁 寧 な 表 現 にす れ
ば ﹁あ げ て 下 さ い﹂ と な りま す ね 。 ﹁仲 よ く 遊 ん であ げ て 下 さ い﹂ そ の う ち ﹁あ げ て ﹂ は 遊 べば そ の人 形 が喜 ぶ
であ ろう と いう こと を 表 し ま す 。 それ か ら あ と の ﹁下 さ い﹂ は 、 お嬢 ち ゃん が 人 形 と 遊 ぶ と 私 が あ り が た い、 と
いう こ と を 意 味 す る 。 つま り 、 日本 の お嬢 ち ゃん が 人 形 と 遊 ぶ こと に よ って、 お 人 形 さ ん も 感 謝 し 自 分 も 感 謝 す る 、 と いう 意 味 で、 いか にも 日 本 語 ら し い表 現 で あ り ま す 。
終 戦 後 、 ア メ リ カ の人 た ち を 日本 の家 に泊 め て いろ いろ 世 話 し た 人 が いま す が 、 そう いう 人 の話 を 聞 きま す と 、
向 こう の人 は 礼 儀 を 知 ら な いと 批 判 す る 人 が あ り ま す 。 た と え ば 、 食 事 を 出 す 。 と、 ﹁いた だ き ま す ﹂ と も 言 わ
な いし、 ﹁御 馳 走 さ ま ﹂ と も 言 わ な いと 。 た し か に、 日 本 人 は 、 そ う いう 場 合 にあ いさ つす る の が普 通 で ﹁いた
だ き ま す ﹂ と 言 う のは 、 御 飯 を 食 べ る と いう こ と 以 外 に 、 自 分 は ﹁御 飯 を 頂 戴 す る﹂ と いう 感 謝 の意 味 が こも っ て いて 、 や は り 日本 人 ら し い表 現 です 。
陳 謝 の表現
と こ ろ で 、 日本 人 は、 感 謝 す る 以 上 に あ や ま る の が 好 き のよ う です 。 た と え ば 、 人 か ら 好 意 を う け た 場 合 に
﹁あ り が と う ご ざ いま す ﹂ とも 言 いま す が 、 ﹁す み ま せ ん でし た ﹂ と いう こ と を 多 く 使 いま す ね 。 バ スな ど に乗 っ
て いて 席 を 譲 ら れ た 場 合 、 ﹁あ り が とう ござ いま す ﹂ と 言 ってよ さ そ う な も の です が 、 ﹁ど う も す み ま せ ん ﹂ と 言
って 腰 を 掛 け る 方 が 多 い。 そ れ は ﹁自 分 が こ こ に立 って いた た め にあ な た は 立 た ざ る を 得 な い、 申 し わ け な い﹂ と いう 意 味 で、 言 わ れ る 方 は た し か にそ の方 が 気 分 が い い かも し れ ま せ ん 。
日本 人 同 士 は 平 気 で使 って お り ま す が 、 ち ょ っと 以前 にあ った 人 に対 し て ﹁先 日 は 失 礼 いた し ま し た ﹂ と いう
表 現 を す る 。 こ のあ いさ つを 外 国 人 に 対 し て も 言 いま す が 、 欧 米 の人 は び っく りす る そ う で す ね 。 こ の人 は 自 分
が知 ら な いう ち に 、 自 分 に 対 し て と ん でも な い こと を し て く れ た のだ ろう か 、 と 思 って 不安 に な る そう です 。 こ
れ に は 、 心 理学 者 の堀 川 直 義 さ ん が 見 事 な 分 析 を し て いら っし ゃ いま し た 。 自 分 は 別 に 気 づ か ず に行 動 し て いる
が、 何 分 自 分 は は な は だ 不 注 意 人 間 で あ る 、 だ か ら 自 分 が 知 ら な いう ち にも し か し て あ な た に 対 し て 不 都 合 な こ
と を し て いる の で は な いか。 も し そう だ と し た ら お 許 し 願 いた い、 と いう 気 持 で ﹁先 日 は 失 礼 いた し ま し た ﹂ と
いう 表 現 を と る のだ 、 と いう こと を 言 ってお ら れ ま し た が 、 そ の通 り だ と 思 いま す 。
谷 崎 潤 一郎 さ ん の ﹃細 雪 ﹄ を サ イ デ ン ス テ ッカ ー さ ん が 英 訳 さ れ ま し た 。 そ の中 に ﹁失 礼 で ご ざ いま す け ど 、
相 良 さ ん は ど ち ら に お 住 ま ひ で いら っし ゃ いま す の﹂ と いう と こ ろ が あ り ま す 。 こう いう 表 現 は 、 英 語 に 訳 す 場
I ask
wherと e訳 し yo てu 、 live?"
合 に 非 常 に 苦 心 す る のだ そ う です 。 向 こう では 住 所 を 聞 く ぐ ら い は ち っと も 失 礼 に あ た ら な い か ら ﹁失 礼 で ご ざ いま す け れ ど ﹂ は 英 語 に 訳 せな い。 そ こ で 、 サ イ デ ン ス テ ッカ ー さ ん は "May
こ れ でピ ッタ リ のは ず だ 、 と いう こと を 言 ってお ら れ ま し た。 こ のよ う な と こ ろ に 、 日本 人 と ア メ リ カ 人 と の気 持 の違 い が よ く 出 て いま す 。
本 多 勝 一さ ん の ﹃極 限 の民 族 ﹄ と いう 本 の中 に こ ん な 話 があ り ま す 。 外 人 を 家 へ泊 め た。 と こ ろ が そ の家 の ス
ト ー ブ が こわ れ て し ま った 。 そ の 場 合 に、 外 人 は ﹁スト ー ブ が こ わ れ ま し た ﹂ と 言 う のだ そ う です ね 。 日本 人 と
し て は ど う も お も し ろ く な い。 日本 人 な ら ば ﹁スト ー ブ を こわ し ま し た ﹂ と 言 う の です 。 そう す る と 、 こわ さ れ
た 方 で ﹁い いえ 、 そ の ス ト ー ブ は も と も と ⋮ ⋮ ﹂ と 言 って そ れ を 弁 護 す る。 これ が 日本 人 ら し い言 い方 です ね 。
外 国 へ行 って 自 動 車 事 故 を お こ し た と す る 。 そ う し た 場 合 に、 あ や ま る と 損 を す る 、 あ や ま る と 自 分 が悪 いこ と
を 認 め る こ と にな る か ら だ と いう こと だ そ う です が 、 ど う も あ ま り い い習 慣 で は な いよ う に 思 いま す 。
あ やまり さえ すれ ば
落語 に ﹃ 垂 乳 根 ﹄ と いう の があ り ま す ね 。 八 つあ ん と いう 人 のと こ ろ へ思 いが け な く 、 お 屋 敷 に 奉 公 し て いた
鶴 と いう 娘 さ ん が お嫁 に き ま す 。 ひと 晩 た った 翌 日 の こと です が 、 こ の鶴 女 と いう 女 性 が ﹁一旦偕 老 同 穴 の契 り
を 結 ぶ う え は 、 百 年 千 年 も 経 る と も 、 君、 心 を 変 ず る こと な か れ ﹂ と大 変 難 し い言 葉 であ いさ つを す る 。 八 つ あ
ん、 ち っとも わ か りま せ ん 。 そ こ で何 と 言 う か と いう と ﹁え え 、 な ん だ か 知 ら ね え が、 お気 にさ わ る こと が あ っ
た ら ご 勘 弁 願 いま す ﹂。 あ や ま り さ え す れ ば い いと いう 気 持 が よく あ ら わ れ て いま す 。
人 の家 を 訪 問 す る場 合 に ﹁ご 免 下 さ い﹂ と い って 入 って いき ま す が、 これ も 陳 謝 の表 現 と 言 え ま す 。 相 手 の平
静を 邪 魔 す る と いう 気 持 な の で し ょう か。 ま た 相 撲 の番 付 表 を 見 る と、 真 中 に大 き く ﹁蒙 御 免 ﹂ と あ る 。 誰 に あ
やま って いる か わ か り ま せ ん が、 こう いう 場 合 にも や は り あ や ま る と いう 日本 人 の精 神 が で て いて 、 お も し ろ い と 思 いま す 。
長 い日本 人 のあ いさ つ と ころ で 日 本 人 のあ いさ つは大 変 長 いと 言 わ れま す 。
グ ロー タ ー ス神 父 さ ん の話 です が、 あ のか た が、 方 言 研 究 に 秋 田 県 の花 輪 と いう 町 に いら っし ゃ った こ と が あ
る そ う です 。 こ こ は、 細 い町 で 一本 の道 の両 側 に家 が あ る のだ そ う です 。 そ う し て 駅 が 一番 西 の端 に あ りま す か
ら、 町 の東 の端 に家 のあ る 人 は 駅 へ行 く 場 合 に はま っす ぐ の道 を 行 け ば い いわ け で す が、 ち ょう ど 町 のま ん 中 あ
た り に 、 な ん と か と いう 有 名 な お 婆 さ ん が 住 ん で いる そ う で、 そ の お婆 さ ん は 暇 な も の です か ら よ く 家 の前 に 出
て立 って いる 。 東 の人 が途 中 ま で来 ま し て、 お 婆 さ ん が立 って いる のを 見 ま す と 、 わ ざ わ ざ 見 つか ら な いよ う に
回 り 道 を し て駅 の方 へ行 く のだ そ う で す 。 こ れ は 別 に こ のお 婆 さ ん が 悪 い人 と いう の では な い の です が 、 た だ あ
いさ つが 長 い の だ そ う です 。 お 婆 さ ん に つかま った ら 最 後 、 去 年 のお 彼 岸 に は 御 馳 走 に な った 、 お 盆 の と き は ど
う し た 、 か ら は じ ま って、 自 分 の息 子 が 病 気 に な った と き は 心 配を か け た 、 孫 が転 ん だ と き は ど う し た ⋮ ⋮ と な
が な が と 続 け て、 一〇分 や 二 〇 分 で は 放 し てく れ な い。 か か わ って い て は汽 車 に乗 り お く れ る と いう わ け で 、 逢
わ な いよ う に す る と いう の で す が 、 いか に も 日本 人 の長 った ら し いあ いさ つを 象 徴 す る お も し ろ い エピ ソ ー ド で す ね。
N H K で 以 前 編 集 さ れ ま し た ﹃話 し こ と ば の魅 力 ﹄ と いう 本 の中 に 、 岩 井 弘 融 さ ん が 昔 のや く ざ のあ いさ つの
見本 を 出 し て お ら れ ま す が、 そ の長 いこ と 、 長 いこ と 、 た と え ば ﹁こ れ はご 当 家 の上 さ ん で ご ざ ん す か さ っそ
く 自 分 よ り 発 し ま す お ひ か え を 願 いと う 存 じ ま す ﹂ と 言 いま す と 、 ﹁ど う つか ま つ り ま し て 、 自 分 よ り 発 し
ま す ﹂ と 、 し ば ら く お 互 いの譲 り 合 いがあ り ま し て 、 そ の本 で 三 ペ ー ジ ぐ ら いえ ん え ん と 続 いて いま す 。
私 は 昔 、 軍 隊 に お り ま し た が、 そ こ で た と え ば 編 成 替 え のと き のあ いさ つが や は り 長 か った も の です 。 ﹁陸 軍
歩 兵 一等 兵金 田 一春 彦 は 、 歩 兵 四 十 九 連 隊 所 属 の と こ ろ ⋮ ⋮﹂ と か な ん と か 、 長 な がと 口 上 を 述 べさ せ ら れ た も
の で す が、 こ う い った 習 慣 は 現代 でも 行 わ れ て お り ま す ね 。 結 婚 式 の披 露 パ ー テ ィー の時 な ど 御 馴 走 がさ め る の も 構 わ ず 長 な が と ス ピ ー チ を や り 、 最 後 に 簡 単 です が 、 と 言 う 人 が あ り ま す 。
あ いさ つ が 長 い方 が い いと 考 え る のは 、 元 来 、 話 が 短 い方 が い いと 考 え て いる 日本 人 の気 質 ( 次節参 照) か ら み る と 、 おも し ろ い こ と です 。
二 日 本 語 と 勘 日本語 の省 略表 現
山 下 秀 雄 さ ん の ﹃日本 語 の こ こ ろ ﹄ にお も し ろ い話 が 出 て いま す 。 ア メ リ カ 人 の 学 生 に 日本 語 を 教 え る 教 室 へ 出 て、 こ の前 の授 業 でち ょ っと 触 れ た 敬 語 の 話 を し よ う と す る。 復 習 の意 味 で、 ﹁あ な た が た は 敬 語 と いう こ とを 知 って いま す か﹂ と 尋 ね た と し ま す 。 彼 ら は何 と 答 え る か 。 先 生 ハソ レ ヲ先 週 私 タ チ ニ教 エ マ シタ カ ラ 、 私 タ チ ハソ レ ヲ知 ッテイ マ ス と いう 答 え が かえ ってく る そ う です 。
これ を 文 法 の 面 か ら 言 う と 、 間 違 いは な ん に も あ り ま せ ん ね 。 主 語 と 述 語 は ち ゃん と 整 って いる し 、 助 詞 の使
い方 も 完 全 です 。 し か し ﹁先 週 教 エ マ シタ カ ラ ﹂ は 日本 人 な ら 決 し て言 わ な い言 い方 で す ね 。 そ う 言 った ら そ の
あ と に ﹁お 陰 で私 た ち は 迷 惑 し ま し た ﹂ と 続 き そ う です 。 ま た ﹁知 ッテイ マ ス﹂ と 言 う と 、 威 張 って いる よ う な
印 象 を 与 え 、 ﹁だ か ら 教 わ ら な く て も い い﹂ と 言 って いる 感 じ に な り か ね ま せ ん 。 で は 、 日 本 人 だ った ら ど う 言 う か。 ﹁先 週教 わ りま し た ﹂
こ れ で い い の です 。 あ る いは も っと 丁寧 に言 う な ら ば 、 ﹁先 週、 教 え て いた だ き ま し た ﹂。 これ が 日本 式 で す 。
こ のよ う な 言 い方 が 日 本 語 で は 標 準 的 な 言 い方 だ 、 と いう こ と を 教 え る こと は 、 難 し いと 述 べ て お ら れ ま す 。
日 本 人 は、 初 対 面 の人 へのあ いさ つで ﹁は じ め て お 目 に か か り ま す ﹂ と 言 う が 、 これ で お し ま い です ね 。 外 人
は、 そ れ はあ た り 前 じ ゃな いか、 そ れ で ほ ん と う に あ いさ つに な る か と 言 いま す 。 た し か に 、 こ の次 に ﹁で は 、
ど う ぞ よ ろ し く ﹂ と いう の がな け れ ば あ いさ つにな り そ う も あ り ま せ ん 。 し か し 、 日本 人 の間 で は そ れ は 言 外 の
方 に 含 ま れ て いる の です 。 ﹁私 は 夜 一人 で 音 楽 堂 へ行 って み た 、 そ こ に は 誰 も いな か った ﹂︱
日 本 人 は こ れ でち っと も 不 完 全 な 文 と は 思
いま せ ん ね 。 と ころ が、 ド イ ツ語 で は 、 こ う 言 った の では 不 十 分 だ そ う です 。 ﹁私 以 外 に は 誰 も ﹂ と 言 わ な け れ ば 論 理 的 で はな い⋮ ⋮間 違 って聞 こ え る そう です 。
電 話 な ど で は よ く こう いう こと が あ り ま す 。 ﹁も し も し ﹂ と 言 いま す と 、 相 手 は ﹁田 中 です け れ ど も ﹂ と 言 う 。
﹁田 中 です け れ ど も ﹂ と 、 な ぜ ﹁け れ ど も ﹂ を つけ る の か と いう こ と に な り ま す が、 こ れ は 、 そ のあ と に ﹁ど う
いう ご 用 でし ょう か ﹂ と いう 言 葉 が 省 略 さ れ て い る の で す 。 そ のた め に ﹁田 中 です ﹂ と 切 る よ り も そ の方 が 丁寧 だ 、 と いう こ と に な り ま す 。
本 屋 さ ん に行 き ま す 。 山 下 秀 雄 さ ん の ﹃日本 語 の こ こ ろ ﹄ はな い か、 と 尋 ね ら れ て、 本 が な い場 合 に 、 本 屋 さ
ん は ﹁ご ざ いま せ ん でし た ﹂ と 言 う こと が 多 い です ね 。 ﹁ご ざ いま せ ん ﹂ で十 分 は な ず で す が、 ﹁ごさ いま せ ん で
し た ﹂ と ﹁で し た ﹂ を つけ ま す 。 理 屈 を 言 う 人 は 、 現 在 の こと を 言 って いる のだ か ら ﹁ご ざ いま せ ん ﹂ と 言 え ば
い い ので は な いか 、 な ぜ ﹁で し た ﹂ を つけ る か 、 と 言 いま す が、 こ れ は や は り 、 言 外 に言 葉 が 省 かれ て いる ので
す 。 つま り ﹁私 ど も と し て は 、 当 然 、 そ の本 を 用 意 し て お く べ き で し た け れ ど も 、 不 注 意 で 用 意 し て お り ま せ ん でし た﹂ と いう 意 味 で ﹁ご ざ いま せ ん でし た﹂ と 言 う ので す 。
外 国 人 が 難 し が る 日本 語 の表 現 に ﹁私 、 知 ら な いん です ﹂ と いう の があ り ま す 。 これ と 似 た 表 現 の ﹁私 は 知 り
dton'
ま せ ん﹂ は 、 事 実 を 言 った だ け の単 純 な 表 現 で 、 ア メ リ カ 人 にも わ か り ま す が ⋮ ⋮。 日 本 語 では ﹁私 は 知 り ま せ
ん ﹂ ﹁私 、 知 ら な いん で す ﹂の両 方 と も 打 消 し であ りま す が、意 味 が 違 いま す 。 ﹁私 は 知 り ま せ ん ﹂の方 は "I
knowそ .れ " だ け の意 味 です 。 ﹁私 、 知 ら な いん です ﹂ と いう のは ﹁知 ら な い の で ﹂ を 丁 寧 に し た 言 い方 で、 ﹁私 、
知 ら な い の で教 え て いた だ き た い と 思 って いま す ﹂ と か ﹁私 、 知 ら な いの で 不 注 意 な こと を し て 申 し わ け あ りま
せ ん ﹂ と か 言 いた い気 持 のと ころ を 、 あ と の方 を 省 いて、 途 中 で 止 め た 言 い方 が ﹁知 ら な いん です ﹂ と な る 。 そ
のた め に 、 日 本 人 は 、 相 手 が ﹁私 、 知 り ま せ ん ﹂ と いう よ り も ﹁私 、 知 らな いん です ﹂ と 言 わ れ た 方 が 受 け る感
じ が い い、 と いう こ と に な り ます 。 こ のよ う な 点 に も 、 や は り 日本 語 ら し い表 現 があ り ま す 。
打 消 し の表現
こ のよ う に 、 日 本 人 は 、 略 し て 短 く 言 う 方 が い いと いう 気 持 が 至 る と ころ に あ ら わ れ て いま す 。 これ は そ も そ
is
tとo
live."
allこ れ Iが c 私a のnで do."
want
も 物 を 言 わ な い方 が い いん だ 、 と いう と こ ろ か ら 、 結 局 、 打 消 し の表 現 と か 、 漠 然 と し た 表 現 を 喜 ぶ 、 と いう 結 果 が出 て き ま す 。
な り ま す 。 ま た ﹁私 は こ れ だ け し か で き ま せ ん ﹂ と いう 表 現 は 、 英 語 で は "This
た と え ば ﹁私 は 死 にた く な い﹂ と いう 打 消 し の 表 現 は 、 日本 語 で は 普 通 です が 、 英 語 で は "I
き る す べ て で あ る、 と いう 言 い方 を し ま す 。 英 語 の方 が 偉 そ う で い い です が 、 日本 人 は そ う い った 場 合 に 打 消 し の方 か ら 言 いま す 。
こ れ は 終 戦 直 後 の 話 であ りま す が 、 ア メ リ カ の教 育 使 節 団 が 日本 の教 育 を 民 主 的 に し よ う と し 、 日本 の国 語 の
教 科 書 な ど に も い ろ いろ 指 示 を 与 え た 時 代 が あ りま し た 。 そ のと き に島 崎 藤 村 の ﹃千 曲 川 旅 情 の歌 ﹄ の英 訳 し た
も のを 持 って行 って見 せ た と こ ろ 、 顔 を し か め て読 ん で いた そ う です が 、 最 後 ま で読 ん で な ん と 言 った か と いう と 、 ﹁これ は 何 も 書 いて な い詩 で す ねぇ ﹂ と 言 った そ う で す 。 と いう のは 、 英 訳 し て は じ め て 日本 人 は気 づ いた
そ う です が 、 こ の詩 の各句 の末 尾 に は 打 消 し が 多 い。 ﹁緑 な す は こ べは 萌 えず ﹂ ﹁若 草 も 籍 く に よ し を レ ﹂ ﹁野 に
満 つる 香 り も 知 ら ず ﹂ と 。 そ う し ま す と 、 ア メ リ カ 人 が こ の詩 を 読 み、 何 か 頭 の中 に 思 い浮 か べよ う と す る と 、
⋮⋮ な い、⋮⋮ な いと いう 表 現 です か ら 、 結 局 、 最 後 ま で いき ま し て何 も 頭 に残 らな か った のだ そ う です 。 私 ど も は ﹁は こ べは 萌 え ず ﹂ と 聞 いた だ け で 、 反 射 的 に 、 ハコ ベさ え 萌 え 出 て いな い、 く ろ ぐ う と し た 、 ま だ 春 と は 名 のみ の信 州 の風 土 を 思 い浮 か べる こ と が でき る わ け です が ⋮ ⋮ 。
打 消 し の多 い歌 も あ りま す 。 私 ど も 子 ど も の と き に、 父 親 ( 金 田 一京助 ) に唱 歌 を 習 いま し た が、 そ のな か に
﹁勇 敢 な る水 兵 ﹂ と いう 、 明 治 時 代 の軍 歌 が あ りま し た 、 ﹁煙 も 見 え ず 雲 も な く 、 風 も 起 こ ら ず 浪 立 た ず ⋮ ⋮﹂ と
打 消 し が 随 分 多 い。 何 も な いん です ね 。 こ のよ う な 表 現 が 日本 語 に た く さ ん あ り ま す 。
小 説 で は 、 た と え ば 、 徳 冨蘆 花 の ﹃不 如 帰 ﹄ の 一節 に ﹁然 れ ど 二 人 が 間 は 、 顔 見 合 せ し 其 時 よ り、 全 く 隔 て な
き 能 は ざ る を 武 男 も 母 も 覚 え し な り 。 浪 子 の事 を ば 、 彼 も 問 はず 、 此 も 語 ら ざ り き 。 彼 の問 は ざ る は 問 ふ こ と を
欲 せ ざ る が為 め に あ ら ず し て、 此 の語 ら ざ る は 彼 の 聞 か む こ と を 欲 す る を 知 ら ざ る が為 め に は あ ら ざ りき ﹂ と あ
りま す が 、 何 回 でも 打 消 し がき ま す 。 彼 が 黙 って いた の は、 多 少 聞 き た い気 持 も あ った のだ け ど こら え て いた 、
と い った よ う な 反 対 の意 味 にな る わ け です が 、 な か な か 意 味 が と り に く い。 や は り 日本 語 ら し い表 現 かも し れ ま せん。
土 居 重 俊 さ ん と いう か た は、 高 知 県 の方 言 の権 威 です が、 そ の か た の ﹃ 土 佐 言 葉 ﹄ と いう 本 に よ りま す と 、 高
知 県 高 岡 郡窪 川 町 の奥 津 と いう と ころ で は 、 形 容 詞 を む や み に反 対 の意 味 に 使 う 習 慣 が あ る そ う で、 大 き い盃 を
コ マイ 杯 と 言 った り 、 値 が高 い こと を ヤ スイ ナ ア と 言 った り す る。 荷 物 が軽 い場 合 に オ モイ ニモ ツジ ャと 言 い、
映 画 は オ モシ ロカ ッタ ゼ ヨと 言 う と 、 つま ら な か った と いう 意 味 に な る そう です 。 こ う いう と こ ろ で は 、 よ ほ ど カ ンを は た ら か せ な け れ ば 通 じ ま せ ん 。
漠 然と した 表現 と カ ン
私 が前 に東 京 外 国 語 大 学 に 勤 め て いた と き の話 です が 、 そ の大 学 に 一人 、 ア メ リ カ の先 生 がお ら れ た の で す が 、
そ の か た が 日本 人 と 交 際 し て いて 困 る こと は 、 日本 人 は ﹁ぼつぼ つ﹂ と いう 言 葉 を 使 う が、 こ の 言 葉 は難 し く て
わ か ら な い、 と 言 わ れ ま し た 。 ﹁ぼ つぼ つ出 か け ま し ょう か ﹂ と 言 わ れ ても 、 何 分 た って か ら な のか さ っぱ り わ
から な い。 日本 人 です と 、 相 手 の顔 つき 、 あ る いは 自 分 の状 態 、 いろ ん な こ と を 考 え ま し て、 ま あ 、 ぼ つぼ つ出
か け る こ と が でき る わ け です 。 こう い った 言 葉 が 日本 人 に 多 い と いう の は、 お 互 いに カ ンを は た ら か し 合 って 生
活 し て いる 、 こ の あ ら わ れ だ と 思 いま す ね 。 私 が 留 守 の と き 、 誰 か 私 の知 人 が 訪 ね て き た と し ま す と 、 家 族 は、
た ぶ ん こ のよ う に応 対 す る で し ょう 。 ﹁今 ち ょ っと 出 か け て お り ま す が、 も う そ ろ そ ろ 帰 ってま い り ま す か ら 、
し ば ら く お 待 ち 下 さ いま せ ん か ﹂。 こ れ は は な は だ 無 責 任 な 言 い方 であ って、 何 分 た った ら 帰 ってく る 、 と は 言
って お り ま せ ん 。 こ れ に 対 し て ﹁じ ゃあ 何 分 待 て ば い いん です か ﹂ と 言 う よ う な 人 は 日本 人 の 風 上 に お け な い の で、 自 分 で判 断 し な け れ ば い けな い の です 。 何 で判 断 す る の か 。
ま ず 、 相 手 の表 情 です 。 い そ いそ と 出 迎 え て い る か 、 ち ょ っと 迷 惑 そ う な 顔 を し て いる か 、 そ の辺 の散 ら か り
ぐ あ いな ん か も 見 る わ け で す ね 。 あ る いは 、 不 断 の金 田 一春 彦 の行 状 を 考 え る。 そ う し て こ の分 で は 中 に 入 って
待 って いよ う か と か 、 あ る いは 、 外 を 一回 散 歩 し て こ よ う か と か考 え る わ け です 。
る か 、 八 分 ゆ で る か、 ま た は 十 分 ゆ で る か ﹂ と 聞 く と 言 いま す 。 そ う 聞 か れ ても 大 変 困 る 。 ﹁適 当 に ゆ で てく れ ﹂
ア メ リ カ に行 った 人 から よ く 聞 き ま す け れ ど も 、 ア メ リ カ の レ ス ト ラ ン へ入 って 卵 を 注 文 す る と 、 ﹁七 分 ゆ で
と 言 う と 、 ﹁適 当 じ ゃ困 る か ら 何 分 と は っき り 言 って く れ ﹂ と 言 わ れ る そ う です が 、 日本 人 だ った ら ど う す る か 。
ま ず 、 お 客 さ ん の態 度 を 見 る わ け です ね 。 急 いで食 べ て 早く 帰 り た いと 思 って い る か 、 あ る いは 、 人 を 待 つ の で 時 間 を も て余 し て いる か 、 それ に よ って 七 分 で ゆ で た り 、 十 分 か け た り す る 。
小 説 家 の菊 池 寛 が初 め て 東 京 に 来 た こ ろ 、 そ ば 屋 へ入 った 。 そ の こ ろ 、 あ ま り 経 済 的 に 豊 か でな か った ので し
ょう ね 。 そ ば 屋 へ入 りま す と、 ﹁も り か け 三 銭 ﹂ と 書 い て あ った の で、 菊 池 寛 は ﹁オ イ 、 も り か け く れ﹂ と 言 っ
た そう で す 。 そう し ま す と 小 僧 さ ん が ち ゃ ん と う ど ん か け を 持 って き た と いう の で す 。 か れ は い つも そ こ へ行 っ
て は ﹁も り か け﹂ と 言 って ﹁う ど ん か け ﹂ を 食 べ て いた 。 そ ば 屋 は ﹁も り か け ﹂ と いう も の は あ り ま せ ん 、 な ど
と ヤ ボな こ と は 言 わ な か った 。 だ か ら 、 う ど ん か け を 東 京 で は ﹁も り か け﹂ と いう も のだ と 思 って いた そ う です 。 こ れ は どう し た の か 。 そ ば 屋 の方 で は 、 ﹁も り か け ﹂ と いう 意 味 を 知 ら な い と こ ろ を 見 る と 、 こ の人 は 東 京 の人
じ ゃ な い の だ ろ う と 判 断 し た 。 そ う す る と 、 こ う いう 人 は も り よ り も か け の 方 が い い だ ろ う と 思 った 。 し か も 、
﹃ 半 自 叙 伝 ﹄ と いう 本 の 中 で書 いて お りま す 。
言 葉 つき から 、 こ の人 は 関 西 方 面 の人 ら し い。 と す る と 、 そ ば のか け よ り う ど ん のか け の方 が い いだ ろ う 、 と 思 って う ど ん か け を 出 し た の だ ろ う と 、 菊 池 寛 は
こ のよ う に 、 日本 人 は カ ンを 尊 ぶ 、 これ は 重 要 な 日 本 語 の 精 神 の 一つ であ りま す 。
私 は 初 め て タ イ の バ ン コク に 行 き ま し た と き 、 バ ン コク のホ テ ル で は 英 語 は 通 じ る と いう わ け で 、 ヘタ ク ソな
﹁イ エ ス ﹂ と か 言 っ て 向 こ う へ去 っ て 行 っ て 私 の 靴 な ん か 持 っ て く る 。 ﹁違 う ﹂ と 言 う と 、 び っ
英 語 で や り と り を し て い る と 、 タ イ の 給 仕 の 少 年 と い う の は 、 目 を 輝 か し て こ っち の 口 も と を 見 て い る 。 そ れ で ﹁オ ー ラ イ ﹂ と か
く り し て 向 こ う へ 飛 ん で 行 って カ バ ンな ん か 持 って く る 。 私 は 町 を 散 歩 し た い 、 そ の た め に 町 の 地 図 は な い か と
聞 いた ん で す が、 全 然 通 じ な い。 し か し 、 そ の態 度 は 何 と も 言 え ず 、 ほ ほえ ま し く 、 か わ いら し いも のに 感 じ ま した。
﹁イ エ ス ﹂ ﹁イ エ ス ﹂ と 答 え た そ う で す が 、 そ の く せ 命 じ る よ う に し て く れ な か った 日 本 人 は 口 だ け 調
明 治 の ころ 、 ヨー ロ ッパ の人 か ら 、 日 本 人 は イ エス マ ンだ と 言 わ れ た 。 つま り 、 日 本 人 は 英 語 の意 味 が わ か ら な く ても
子 が い いと 非 難 さ れ た 。 こ れ は 思 う に 日本 人 は ひた す ら カ ン に た よ って 行動 し た 。 です から と き に は ほ ん と う に
﹁ イ エ ス ﹂ と 言っ て カ ン が 当 た っ て そ の 通 り や った こ と も あ る で し ょ う 。 け れ ど も 、 当 た ら な い こ と も あ っ た 。
そ の 場 合 に 、 日 本 人 は ア テ に な ら な い 、 と 言 った の だ ろ う と 思 い ま す 。 私 は 、 日 本 人 が わ か っ て も わ か ら な く て
も 相 手 の 言 う こ と を 理 解 し よ う と し た と いう こ の 気 持 を 貴 いも の と 思 い ま す 。 同 じ 気 持 が タ イ 人 に も あ り ま し た 。
あ と で も っと ま わ っ て み ま す と 、 イ ン ド ネ シ ア の 人 に も 、 ネ パ ー ル の 人 に も ス リ ラ ン カ の 人 に も あ る こ と が わ か
り ま し た が 、 こ れ は 、 い か に も 東 ア ジ ア 的 な 精 神 で あ る 、 と い う ふ う に 思 いま し た 。
こ れ ま で 私 は 日本 語 に つ いて いろ いろ お 話 し し て き ま し た。 発 音 の面 で は 音 節 の種 類 が 少 な く 同 音 語 が 多 い こ
と、 文 法 の 面 では 人 称 や 数 な ど は っき り言 わ ず 、 大 ざ っぱ な 漠 然 と し た 表 現 が多 い こと 。 そ れ は こう いう 日本 語
の表 現 は 、 相 手 の勘 に た よ る こと が 多 い言 葉 だ と いう こと を 意 味 し ま す が 、 これ が 日 本 語 の 全 般 に亘 る 特 色 と 言 う こ と が でき ま す 。
後
記
一、 本 巻 に は 単 行 本 と し て刊 行 さ れ た ﹃日 本 語 セ ミ ナ ︱ 2 日本 語 のし く み ﹄、 ﹃日本 語 の 特 質 ﹄ の 二 冊 と 、
が 、 いわ ば 私 の 現 代 日 本 語 概 説 で あ る 。 た だ 、 文 字
はじめに
論 を 欠 いた の は 残 念 で 、 他 日 何 か の機 会 に 補 いた い。
助 動 詞 の本 質 ﹂、 ﹁不 變 化 助 動 詞 の本 質 、 再 論 ﹂、 ﹁日
学 会 誌 に 発 表 さ れ た ﹁國 語 動 詞 の 一分 類 ﹂、 ﹁不 變 化
本 語 動 詞 の テ ン ス と ア ス ペク ト ﹂ の 四 論 文 を 収 め た 。
一、 本 書 に は 今 日 の 視 点 か ら 差 別 表 現 と さ れ る 用 語 が
い、 画 一的 な 統 一は と ら な か った 。
原 稿 の 二 倍 ぐ ら い の 分 量 のも のを 書 いて し ま って 、
も の に 依 頼 さ れ た 最 初 な の で大 い に は り き り 、 こ の
特 色 ﹂ と いう 題 で 発 表 し た も の。 お よ そ 講 座 と いう
成 ﹄ と いう 巻 に 、 乞 わ れ て ﹁言 語 と し て の 日 本 語 の
﹃ 文 章構
使 用さ れ て いる が、本 書所 収 の著書 が執 筆 され た当
に よ って 編 集 さ れ た ﹁文 章 講 座 ﹂ の第 二 冊
昭 和 二 十 九 年 八 月 、 波 多 野 完 治 氏 ・吉 田 精 一氏 ら
時 の時 代 状 況 、 お よ び 著 者 が 差 別 助 長 の 意 図 で使 用
半 分 を 削 った 。 こ の よ う な 題 目 で書 い た 最 初 の も の
一、 本 書 の表 記 法 は 原 則 と し て、 そ れ ぞ れ の底 本 に 従
し て いな い こ と を 考 慮 し 、 発 表 時 の ま ま と し た 。
で 、 書 き な が ら 、 書 いて いる こ と が あ た って いる の
か い な い のか 、 は な は だ 自 信 が な か った 。
*
﹁ あと
﹃日 本 語 セ ミ ナー 2 日本 語 のし く み ﹄ は 昭 和 五 十 七 (一九 八 二) 年 十 二 月 、 筑 摩 書 房 よ り 刊 行 。 同 書
発 音 から 見 た 日 本 語
座 が あ った 。 そ こ で 講 演 し た も のを 、 同 年 十 二 月 に
がき ﹂を 掲げ ておく。
こ の 巻 に は 、 私 が 日 本 語 の音 韻 ・語 彙 ・文 法 に つ
雑 誌 ﹃図 書 ﹄ の 二 六 八 号 に 活 字 化 さ れ た も の 。 原 題
昭 和 四 十 六 年 、 岩 波 書 店 の企 画 に よ る こ と ば の講
いてま とも に書 いたも のを集 め た。 不完 全 ではあ る
は ﹁日 本 語 の 長 所 と 短 所 ﹂ と いう 題 で あ った 。 岩 波
書 とし て刊 行さ れた
昭和 五十 三年 四月 、角 川書 店 から 浅野鶴 子 氏 の著
擬 音 語 と 擬 態語
歌 謡 曲 の特 集 を し た 、 そ こ に求 め ら れ て 書 いた も の 。
昭 和 四 十 二年 十 二 月 、 ﹃言 語 生 活 ﹄ の 三 一五 号 が
歌 謡 曲 と 日本 語
ち ょ っと 申 し わ け な く 思 う 。
が 書 け ず 、 結 局 こ っち の本 に掲 載 し て し ま う こ と は
氏 の 推 薦 で 昭 和 二 十 四 年 十 二 月 、 雑 誌 ﹃コト バ ﹄ の
究 室 ﹂ で 放 送 し た 際 の ス ク リ プ ト であ った 。 石 黒 修
昭 和 二 十 三 年 十 二 月 、 N H K の 番 組 ﹁こ と ば の 研
も の の数 え 方
語 ﹂ は 私 の新 造 語 で あ る 。
に 揚 げ た 解 説 文 。 こ の 中 に 使 った ﹁擬 容 語 ﹂ ﹁擬 情
﹃ 擬 音 語 ・擬 態 語 辞 典 ﹄ の巻 頭
言 って く れ て いた が 、 こ れ と 見 合 う よ う な 他 の 原 稿
書 店 で は 、 こ れ を も と と し て、 単 行 本 を 出 し た い と
こ こ に 述 べた こ と は 特 に 歌 謡 曲 に 限 定 し て 言 え る こ
復 刊 二巻 十 二 号 に 掲 載 さ れ た 。 こ の こ ろ は 終 戦 間 も
日 本 語 の語 彙
正 し く な か った 。 本 来 ﹁文 法 ﹂ の 章 に 収 め る べ き も
ん な こと を 言 って み た が 、 今 に な って み る と 決 し て
な く で、 日本 語 を 批 判 的 に 眺 め る 傾 向 が さ か ん で こ
と で は な く て特 集 のね ら いに は ず れ て し ま った 。
昭 和 五 十 三 年 四 月 、 私 と 池 田 弥 三 郎 氏 の共 編 と い
のだ った が 、 語 彙 の方 に 紛 れ て 入 って し ま った 。
牲 に し て 、 十 年 か か って 編 集 し た も の で 、 そ の努 力
治 義 氏 ・大 村 奈 保 美 氏 以 下 の数 名 の 社 員 が 青 春 を 犠
ま た 一部 の 原 稿 を 閲 読 し た だ け で 、 実 際 に は 、 大 山
の 編 と な っ て いる が 、 私 な ど は 数 項 の原 稿 を 書 き 、
ち の 一部 は 、 他 と だ ぶ る の で 削 除 し た 。 同 辞 典 は 私
昭和 三十 三年 八 月に刊 行さ れ た。
を 書 く 場 合 、 芳 賀 綏 君 の世 話 に な る こ と が 多 か った 。
バ と 社 会 ﹄ に 題 を 与 え ら れ て 書 い た も の。 こ の 文 章
た ﹁コ ト バ の 科 学 ﹂ ( 全 八 巻 ) の う ち の 一冊 ﹃コト
遠 藤嘉 基氏 ら が編集 し て、中 山書 店 から 刊行 され
流行語
の 巻 末 の付 録 に 載 せ た 原 稿 だ った 。 た だ し 、 そ のう
う こと で学 研 から 出 版さ れ た、 ﹃ 学 研 国 語 大 辞典 ﹄
に は 謹 し ん で頭 を 下 げ る 。
日 号 に 書 い た も の。
著者 が昭 和三 十 八年 研究 社か ら刊 行し た著書 の書
楳 垣 実 氏 著 ﹁日本 外 来 語 の 研究 ﹂
であ る。
が 、 一度 単 行 本 でも や って み た いと 思 っ て いた 流 儀
集 刊 行 し た 中 学 校 の国 語 の教 科 書 で 試 み た 形 で あ る
か わ か ら な い。 こ の文 章 の 注 の 体 裁 は 、 三 省 堂 で 編
日 本語 の動 詞 ・日本 語 動 詞 の変 化
評 を 求 め ら れ 、 ﹃朝 日 ジ ャ ー ナ ル ﹄ 同 年 九 月 二 十 九
辞 書 の話
題 を 与 え ら れ て 書 いた も の。 次 の ﹁日 本 語 動 詞 の 変
行 の ﹁続 日本 文 法 講 座 ﹂ の第 一冊 ﹃文 法 各 論 ﹄ 編 に 、
﹁日 本 語 の 動 詞 ﹂ は 昭 和 三 十 三 年 五 月 、 明 治 書 院 刊
く れ っと ﹄ の 二 六 号
化 ﹂ の方 は 昭 和 三 十 二年 十 一月 、 そ れ に 先 立 って 出
( 昭和 五 十五 年 四 月 号 )・二 七 号
( 同 六 月 号 )・二 八 号 ( 同 八 月 号) に 連 載 し た も の 。
は じ め の 三 つは 三 省 堂 刊 行 の 小 冊 子 ﹃三 省 堂 ぶ っ
最 後 の は 分 量 を ま ち が え て つ い規 定 の 倍 の 長 さ だ け
﹃総 論 ﹄ に ﹁時 ・態 ・
た ﹁日本 文 法 講 座 ﹂ の第 一冊
日 本 語 の文 法
月十 日 の読書 欄 に掲載 さ れた。
心 境 を と 聞 か れ て 書 いた も の。 同 紙 の 昭 和 五 十 年 三
私 の 書 き た いよ う な こ と を の び の び と 書 いた 。 な お 、
ら で あ る 。 こ れ ら は 前 の ﹁日本 語 の文 法 ﹂ よ り も 、
も のな ど へ の参 照 を 求 め て いる の は そ う いう 関 係 か
﹁格 ・人 称 ﹂ に つ い て は 柴 田 武 氏 が 、 ﹁敬 語 法 ﹂ に つ
他 の文 法 範 疇
﹁国 語 辞 書 管 見 ﹂ は 、 読 売 新 聞 か ら 辞 典 を 編 修 す る
書 い て し ま った 。
昭 和 三 十 年 五 月 、 市 河 三 喜 ・服 部 四 郎 両 博 士 編 で
﹁態 ﹂ と ﹁相 ﹂ は 、 諸 家 のう ち で 逆 に 使 う 人 も あ る
助 詞 の本 質
いては 石坂 正蔵 氏 が執筆 し て いる。文 中 に高橋 氏 の
﹁ 活 用 ﹂ に つ い て は 高 橋 一夫 氏 が 、
研究 社 から刊 行さ れ た ﹃ 世 界言 語 概説 ﹄下 巻 の日本
相 お よ び 法 ﹂ と いう 題 を 与 え ら れ て 執 筆 し た も の 。
語 の条 の ﹁文 法 ﹂ と いう 章 に書 い た も の。 服 部 四 郎
こ と に注 意 さ れ た い 。
そ の 分 は 同 書 を 参 照 さ れ た い。 私 自 身 書 き た い こ と
昭 和三 十 四年 六月、 雑 誌 ﹃ 国 文 学 ﹄ の助 詞 特 集 号
そ れ で も 、 た く さ ん の 監 修 者 注 と いう 叱 正 を 受 け た 。
博 士 の監 修 であ った の で コチ コチ に な っ て書 い た が 、
を 書 いた ら ど のく ら いた く さ ん の監 修 者 注 が つ いた
る 加 藤 武 之 助 氏 は 、 そ の こ ろ 国 語 学 会 の例 会 へよ く
著者 が 昭和 三十 八年 十 二月、 くろ しお 出版 か ら刊
三上章 氏 著﹄ 日本 語 の構 文
に求 め ら れ て そ の巻 頭 に 書 いた も の。 こ こ に出 て く
出席 し て奇 矯な 研究 発表 など し て いた人 であ る が、
行 し た 本 の 紹 介 文 。 日本 読 書 新 聞 に た の ま れ て 書 い
た も ので、 昭和 三 十九年 二月三 日号 に掲 載。
︱構 文 の 研究 法︱﹄
永 いこと消息 を 聞か な い。
杉 山栄 一さ ん の 思 い出
三尾 砂 氏 著﹃ 国 語 法 文章 論 ﹄
く 、 自 分 で 題 目 を え ら ん で書 い た 原 稿 で あ る 。 杉 山
これ は私 が三 省堂 に推薦 し て出 版さ せた 本 であ っ
当 時 編 集 委 員 を し て いた
さ ん の 早 逝 は 何 と も 残 念 であ る が 、 そ の 死 を 悼 む 記
こ の 巻 で の書 き お ろ し 原 稿 で あ る 。 前 々稿 と 同 じ
八 号 に進 ん で 書 いた 書 評 で 、 こ の 巻 に 載 せ た 中 で は
事 も 見 当 た ら な い の で、 粗 雑 で は あ る が 、 こ の稿 を
た が 、 少 し で も 売 れ る よ う に と 、 昭 和 二十 三 年 八 月 、
数 少 な い、 自 分 で 題 目 を え ら ん で 書 いた 文 章 で あ る 。
書 いて、手 向 けとし た。
﹃ 国 語と 国文 学﹄ の二九巻
こ こ で 三 尾 氏 の こ の論 を ﹁パ ロー ル の 文 法 ﹂ と 書 い
刊 の ﹃言 語 研 究 ﹄ 第 一五 号 に発 表 。 昭 和 五 十 一年 四 月
*
刊
た のは、 今 から 見れ ばま ち が いで、も し服 部 四郎博
いう べく 、 ラ ン グ と パ ロー ル の中 間 の 文 法 論 だ った 。
﹁國 語 動 詞 の 一分 類 ﹂ は 昭 和 二 十 五 (一九 五 〇︶年 四 月
中 に 触 れ た 三 宅 鴻 氏 の未 定 稿 は 最 近 の ア メ リ カ 言 語
三 録 さ れ た 。 本 書 の底 本 は ﹃日 本 の 言 語 学 5 ﹄ で あ る 。
和 五 十 四 年 一月 刊
士 の 術 語 を 借 り る な ら ば 、 ﹁セ ン テ ン ス の文 法 ﹂ と
学 界 で 話 題 と な って い るfocuの s論 を 含 む も の で、
さ い本 の中 か ら 四 か 所 ば か り が 復 刻 さ れ て 学 界 に お
学﹄ ( 大修館刊) ﹁ 文 法 編 ﹂ では 高 く 買 われ 、 こ の小
た が 、 先 年 の 服 部 四 郎 氏 ら の 編 集 の ﹃日 本 の 言 語
三 尾 氏 の こ の本 は 、 出 版 当 時 は さ ほ ど 騒 が れ な か っ
の言語 学 3﹄ ( 大 修 館書 店) に 再 録 。 昭 和 五 十 四 年 二 月
は 同 巻 九 号 に発 表 さ れ た 。 昭 和 五 十 三 年 六 月 刊 ﹃日本
月 刊 ﹃国 語 国 文 ﹄ 第 二 二 巻 の 二︲三号 に 発 表 。 ﹁ 再 論﹂
﹁不 變 化 助 動 詞 の本 質 ﹂は 昭 和 二 十 八 (一九 五 三 )年 二
*
﹃日 本 の 言 語 学 5 ﹄ ( 大修館書店)に
﹃日 本 語 動 詞 の ア ス ペ ク ト ﹄ ( むぎ 書 房 ) に 再 録 。 昭
活 字 に す る よ う に 勧 め れ ば よ か った と 悔 や ま れ る 。
目見 えし た。
刊
﹃ 論 集 日本 語 研 究 7
助 動 詞﹄ ( 有 精堂) に三 録 さ
れ た 。 本 書 の底 本 は ﹃日 本 の言 語 学 3 ﹄ であ る 。 *
房 版 であ る。
*
(一九
﹃日 本 語 の 特 質 ﹄ は ﹁ 新 N H K市 民 大 学 叢 書 一〇 ﹂ と
九 一) 年 二 月 ﹁N H K ブ ック ス六 一七 ﹂ と し て 再 刊 さ
し て 昭 和 五 十 六 (一九 八 一) 年 六 月 刊 。 平 成 三
れ た 。 本 書 の底 本 は N H K ブ ック ス 版 で あ る 。
﹁日本 語 動 詞 の テ ン ス と ア ス ペ ク ト ﹂ は 昭 和 三 十 (一 九五五)年 三月 刊
﹃ 名 大 文 学 部 研 究 論 集 ﹄ 10 文 学 4 号
に 発 表 。 昭 和 五 十 一年 四 月 刊 ﹃日 本 語 動 詞 の ア ス ペ ク ト ﹄ (む ぎ 書 房 ) に 再 録 さ れ た 。 本 書 の 底 本 は む ぎ 書
金 田 一春 彦 著 作 集 第 三 巻
者 金 田 一春 彦
二〇〇 四年 三月 二十 五 日 第 一刷
著
発 行 者 小 原 芳 明
振 替 〇 〇 一八 〇︲七︲二 六六 六 五
2004
printed
in
TE L 〇 四 二︲七 三 九︲八九 三 五 F A X 〇 四 二︲七 三 九︲八九 四〇 http://www.tamagawa.ac.jp/sisetu
〒 一九 四︲八六 一〇 東 京 都 町 田市 玉 川 学 園 六︲一︲一
発 行 所 玉 川 大 学 出 版 部
印 刷 所 図 書 印 刷 株 式 会 社
落丁本 ・乱丁本 はお取り替え いたします。
Kindaichi
C3380
0315642︲301
4︲472︲01473︲4
出
〓Haruhiko
ISBN
JASRAC