● まえがき
心 が 脳 の 働 きに よ る とい う こ とは,今 に包 まれ た 容 積 約1.3リ の 生 命 維 持 装 置,情
ッ トル,重
報 処 理装 置,情
で は 常 識 とな っ て い る.た
さ13...
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● まえがき
心 が 脳 の 働 きに よ る とい う こ とは,今 に包 まれ た 容 積 約1.3リ の 生 命 維 持 装 置,情
ッ トル,重
報 処 理装 置,情
で は 常 識 とな っ て い る.た
さ1360グ
福,悲
ラ ム に す ぎな い 脳 が,わ
れわれ
報 貯 蔵 装 置 だ け で な く,実 用 的 で,高
抽 象 的 な も ろ もろ の 課 題 解 決 の た め の 装 置,新 愛 情,幸
だ,頭 蓋 骨
た な観 念 創 造 の 装 置,さ
度に らには
しみ と い っ た 情 動 感 知 や 表 出 の 装 置 と,お び た だ しい 心 の 働 き
を引 き受 け て い る こ と を 考 え る と,あ る種 の 不 思 議 さを 感 じる の で あ る. ま た,こ れ ら心 の 営 み が どの よ うに な さ れ て い る の か,ど
の よ う に して 生 ま
れ て くる の か につ い て は,科 学 技 術 が 高 度 に 発 達 した 現 在 も な お 十 分 な解 明 は され て い な い.そ
の た め,脳
と心 の 関 係 を 解 明 す る科 学 は,挑
魅 力 的 な研 究 領 域 と して,自 学,教 育 学,さ
戦 す る に値 す る
然 科 学 や 工 学 は い う に 及 ば ず 哲 学,心
理 学,文
らに は政 治,経 済 学 な ど さ ま ざ ま な研 究 者 達 の 関心 を 強 く引 き
つ け る の で あ る. 脳 科 学 と心 理 学 との ハ イブ リ ッ ド学 と し て20世 理 学 が,現
紀 の 後 半 に 確 立 した 神 経 心
在 の よ う な地 位 を獲 得 す る に至 る に は紆 余 曲 折 が あ っ た.ま
た,欧
米 で は,第 二 次 世 界 大 戦 後 の 早 い時 期 か ら 神 経 心 理 学 が 心 理 学 教 育 の な か に 位 置 づ い た が,わ が 国 で は,精 神 神 経 科 や 神 経 内 科 な ど医 学 領 域 の研 究 者 や 臨 床 医 に よ り発 展 して きた こ とか ら,神 経 心 理 学 が 心 理 学 教 育 の な か で か な り異 端 視 され て い た こ と も確 か で あ る.さ
ら に,欧 米 の 心 理 学 教 育 で は,脳
の問題に
ア プ ロ ー チ す る基 礎 知 識 と して 脳 の解 剖,生 理 学 の 記 述 が,心 理 学 の 概 論 書 の 最 初 の 章 に あ る の は 常 識 とな って い る.し
か し,わ が 国 で は,脳 が 心 の座 で あ
る こ と を 認 め なが ら も,心 理 学 の 基 礎 知 識 と して 時 間 を か け て脳 の構 造 や 機 能 に つ い て教 育 が され ない こ と も,神 経 心 理 学 が わ が 国 の 心 理 学 教 育 に 馴 染 まな か った 一 因 とい え る で あ ろ う. 現 代 の世 界 の 心 理 学 に か か わ る脳 研 究 の 事 情 を概 観 す る と,生 理 心 理 学 や 精 神 生 理 の研 究 領 域 で,古
くか ら動 物 を 対 象 とす る脳 破 壊 実 験 や 電 気 生 理 学 実験
が 行 わ れ 成 果 をあ げ て き た が,最 近 で は 人 間 の 脳 波 や 脳 機 能 画像 に よ る研 究 成
果 が,医
学 ・生 理 学 者 の み な らず 心 理 学 者 に よ っ て も 数 多 く報 告 され る よ う に
な っ て き た.ま 1981年
た,こ
れ ら の 研 究 領 域 を概 括 し た 心 理 学 の 専 門 書 と して は,
に 刊 行 さ れ た 『現 代 基 礎 心 理 学 講 座 第12巻
(東 京 大 学 出版 会)が,わ
「行 動 の 生 物 学 的 基 礎 」』
が 国 の神 経 心 理 学 専 門書 の さ きが け で あ る.
1980年 代 に な る と,大 脳 半 球 機 能 差 を発 見 した ス ペ リ ー や 特 徴 抽 出細 胞 を 発 見 した ヒ ュー ベ ル と ウ ィー ゼ ル らが ノー ベ ル 生 理 学 ・医 学 賞 を受 賞 し た こ と と も重 な っ て,神 っ た.も
経心理学 が第一次脳 科学 ブームの なかで注 目される ようにな
う 絶 版 と な っ た 編 者 の 書 「心 か ら脳 を 見 る―
(1987年 出 版,福
村 書 店)」 も,こ
の 第 一 次 脳 科 学 ブ ー ム 時代 の心 理 学 者 に よ
る最 初 の 神 経 心 理 学 の 本 と して,毎 今 日の 脳 科 学 は20年
日新 聞の 書 評 に取 り上 げ られ た.
前 の ブ ー ム と違 い,格 段 に 進 歩 した 科 学技 術 に よ る 数
多 くの 発 見 的 成 果 に 裏 づ け られ て,神 心 理 学,教 ち に,い
神 経心 理 学 の 誘 い
経 心 理 学 も,基 礎 心 理 学 の み な らず 臨 床
育 心 理 学,医 療 心 理 学 とい っ た応 用 領 域 の 専 門 基 礎 を志 向 す る 人 た まや 必 修 の 学 で あ る とい っ て も過 言 で な い.本
書 は,心 理 学 を専 門 に
学 ぶ 学 部 生 や 大 学 院 の 方 々 に,脳 理 解 の 基 礎 的 対 象 や ア プ ロー チ に 関 す る実 験 神 経 心 理 学 や,高
次 脳 機 能 障 害 に よ る 障 害 者 の 行 動 理 解 や ア セ ス メ ン ト法 な ど
の 臨 床 神 経 心 理 学 に 関 す る 基 礎 知 識 に つ い て,神 経 心 理 学 の 一 線 で 活 躍 す る研 究 者 の 手 に よ り著 され た もの で あ る. ま た,本 書 の表 題 を 「脳 神 経 心 理 学 」 と した の は,脳 理 解 の 心 理 学 で あ る こ と を 強 調 して,特
に 脳 の 器 質 的 障 害 や,そ
害 の 各 種 症 状,障
害 評 価 法,障
れ に か か わ る発 達 障 害 に 伴 う機 能 障
害 者 支 援 の 方 法 な ど具 体 に つ い て 述 べ て い る.
そ して,神 経 心 理 学 の 中心 的 課 題 が 何 で あ る か を,読 者 に 身 近 な 内 容 か ら理 解 して も らい た い と い う執 筆 者 一 同 の 共 通 の 願 い か ら表 題 に 「脳 」 を付 け 加 え 「脳 神 経 心 理 学 」 と した. 最 後 に,多 忙 な 中 で 本 書 の 企 画 に 応 じて い た だ い た 執 筆 者 の 方 々,遅
れ ぎみ
の 原稿 に 隅 々 まで 目 を通 して い た だ き,本 書 の 構 成 に 努 力 い た だ い た 朝 倉 書 店 関 係 者 の 方 々 に は ひ と か た な らぬ ご 支 援 を い た だ き,本 書 の 上 梓 に あ た り編 集 責 任 者 と して 厚 く感 謝 申 し上 げ る 次 第 で あ る.
2005年12月
吉日 利島
保
執筆者一覧 利 島 堀
保 忠 雄
広島大学名誉教授 広島大学総合科学部
田 谷 勝 夫 高齢 ・障害者雇用支援機構障害者職業総合セ ンター 柴 崎 光 世 明星大学人文学部 吉 畑 博 代 県立広島大学保健福祉学部 宮 森 孝 史 東海大学文学部 鈴 木 伸 一 早稲 田大学人間科学学術院 近 藤 武 夫 東京大学先端科学技術研究セ ンター 橋 本優 花 里
福 山大学人間文化学部 (執筆順)
●目
次
1. 神 経 心 理 学 の 潮 流
[利 島
1.1 脳 と心 の 関係 を考 え る研 究 史 1.2 現 代 脳 研 究 の 展 開
1
5
1.3 神 経 心 理 学 とは 何 か
7
1.4 これ か らの 神 経 心 理 学
16
2. 脳 の 構 造 と機 能 2.1 脳 の 構 造
[堀
忠 雄] 20
20
2.2 大 脳 半 球 の 構 造 2.3 脳 幹 の 構造
保] 1
21
36
3. 感 覚 ・知 覚 の 神 経 心 理 学 的 障 害 3.1 感 覚 ・知 覚 の機 能 と は 3.2 視 覚 の神 経 学 的 基 盤
46 48
3.3 視 覚 の 神 経 心 理 学 的 障 害 3.4 聴 覚 の 神 経 学 的 基 盤
51
54
3.5 聴 覚 の 神 経 心 理 学 的 障 害
57
3.6 体 性 感 覚 の神 経 学 的 基 盤
60
3.7 体 性 感 覚 の機 能 障 害
62
3.8 味覚 の 神 経 学 的 基 盤 と機 能 障 害 3.9 嗅覚 の 神 経 学 的 基 盤
4.2 種 々の 注 意 障 害
80
63
66
4. 認 知 と注 意 の 神 経 心 理 学 4.1 種 々の 対 象 認 知 障 害
[田 谷 勝 夫]46
[柴 崎 光 世] 71 71
5. 言 語 の 神 経 心 理 学
[吉 畑 博 代] 90
5.1 脳 と言 語 シ ス テ ム
90
5.2 失 語 症 状 と脳 の 損 傷 部 位 5.3 失 語 症 検 査
92
101
5.4 失 語 症 と リハ ビ リテ ー シ ョン
107
6. 記 憶 と高 次脳 機 能 の神 経 心 理 学 6.1 記 憶 の 神 経 心 理 学
[宮森 孝 史] 114
114
6.2 遂 行 機 能 障害 と前 頭 葉 の 機 能
122
6.3 日常 活 動 に現 れ る 行 為 の 障 害
129
6.4 "高 次 脳 機 能"と
い う用 語 に つ い て
136
7. 情 動 の 神 経 心 理 学
[利 島 保 ・鈴 木 伸 一] 139
7.1 情 動 にか か わ る脳 の構 造 と機 能
139
7.2 気 分 ・感 情 の 障 害 と神 経 心 理学
145
7.3 脳 機 能 障 害 へ の 臨 床 心 理 学 的 ア プ ロ ー チ
149
8. 発 達 と老 化 の 神 経 心 理 学 8.1 発 達 神 経 心 理 学 とは
[近藤 武 夫] 153 153
8.2 心 の 成 長 と老 化 の 基 盤 と して の 脳 8.3 心 の 発 達 を 支 え る脳
157
8.4 脳 機 能 の 障 害 と発 達
160
8.5 発 達 の 神 経 心 理 学 的 評 価(発 8.6 脳 の 老 化 と心 理 機 能
達 検 査)
164
165
8.7 痴 呆 の 神 経 心 理 学 的 検 査 8.8 お わ りに
154
169
170
9. 神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ン 9.1 は じめ に
[橋 本 優 花 里] 173
173
9.2 神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ン と は
174
9.3 神 経 心 理 学 的 リハ ビ リ テ ー シ ョン を実 施 す る 前 に 9.4 神 経 心 理 学 的 リハ ビ リ テ ー シ ョンの 実 際
176
180
9.5 心 理 学 的 手 法 を取 り入 れ た 神 経 心 理 学 的 リハ ビ リ テ ー シ ョ ン
事 項索 引 人 名 索 引
187 193
185
1. 神経心理学の潮 流
1.1 脳 と心 の 関 係 を 考 え る研 究史
● 心 の 座 を 脳 に求 め る起 源 脳 に心 の 座 が あ る と い う 考 え 方 は 決 して新 しい もの で な く,紀 元前5世 半 頃,頭
部 障 害 に よ り精 神 症 状 が 現 れ る こ とか ら,医 学 の 祖 ヒ ポ ク ラ テ ス
(Hippocrates;B.C.459-370)は,心 ま た,ギ
紀後
の 座 が 脳 に あ る と書 物 に 明 記 して い る.
リ シ ャ の哲 学 者 プ ラ トン(Platon;B.C.427-347)も,哲
も とづ き心 の 座 を脳 と脊 髄 に 求 め て い る.し (Aristoteles;B.C.384-322)は,脳
学 的思索 に
か し,弟 子 の ア リ ス トテ レ ス
を無 視 して 心 の 座 を心 臓 に 求 め た.こ の 考
え方 は 彼 の 哲 学 的 影 響 力 の大 き さ もあ っ て,中 世 まで 根 強 く残 っ た. 紀 元 前 の 哲 学 的 思 索 を超 え て,再 紀 元2世
び心 の 座 を脳 に 求 め る よ う に な っ た の は,
紀 ご ろ古 代 ロ ー マ 時 代 に解 剖 学 の 祖 と して 君 臨 した ガ レ ヌ ス
(Galenos;131-201)の
力 に よ る もの で あ っ た.彼
は 脳 室 に 注 目 し,そ こ に心
の 座 と し て の 生 命 の 気 が 満 た され て い る とす る脳 室 精 気 説 を 唱 え た.彼 を三 区 分 し,前 脳 室 に 感覚 経 験,中 脳 室 に理 性,後 れ ぞ れ 当 て は め た.さ
は脳 室
脳室 に反応制御の役割 をそ
らに,中 世 ヨー ロ ッパ で キ リ ス ト教 会 の 権 力 が 強 大 に な
り,魂 と 身体 の 不 可 分 の 教 義 に よ り人体 解 剖 が 禁 じ ら れ た た め,ガ 神 機 能 の 局 在 教 義 は,そ の 後1000年
レヌ ス の精
以 上 に わ た っ て信 奉 され た.
● 脳 と心 の 関係 を考 え る科 学 思 想 15世 紀 後 半 の イ タ リ ア で は,中
世 の 暗 黒 の 中 で 学 問 復 興 の 光 と して ル ネサ
ンス の 波 が 押 寄 せ,心
の 座 の 思 想 に大 きな 変 革 が 起 きた.そ の さ きが け とな っ
た 一 人 に,天 才 レ オ ナ ル ド ・ダ ・ヴ ィ ンチ(Leonardo が い た.彼
da Vinci;1452-1519)
は,当 時 禁 忌 で あ っ た 人体 解 剖 を行 った ば か りで な く,脳 室 に ワ ッ
ク ス を注 入 して そ の形 状 を 調 べ る こ と に成 功 した.ま た,16世 学 者 ヴェ サ リ ウス(Vessalius,
A.;1514-1564)は,科
紀 初 頭 の解 剖
学 の権 威 主 義 を排 して ガ
レヌ ス の 教 義 を否 定 す る と と も に,脳 の実 質 が心 の 座 に あ る と主 張 した. こ の よ う な実 証 的 検 証 と と もに,16世
紀 か ら17世 紀 の ヨー ロ ッパ で は,演
繹 的 推 理 に も とづ く存 在 論 が 起 こ っ た.そ (Descartes, R.;1596-1650)で
あ る.彼
の 代 表 的 な 哲 学 者 は,デ
カル ト
は,存 在 を 疑 って も主 体 で あ る 自 己 自
身 の 存 在 は 疑 え ない とい う確 信 か ら,自 著 「方 法 序 説 」 の 中 で"わ れ 思 う,ゆ え に わ れ あ り"と 表 現 し,心 の存 在 は,物 質 あ る い は 身 体 の 存 在 と は別 の意 味 で確 実 に 存 在 して い る と い う心 身二 元 論 を唱 え た(デ
カ ル ト,1997な
ど).こ
の こ と は,中 世 の キ リ ス ト教 的 教 義 で あ る心 身 の不 可 分性 に対 す る哲 学 的 反 ば くで あ る と同 時 に,人
間 の 心 と切 り離 して,物
と して の 脳 を対 象 とす る実 証 的
心 身 二 元 論 を 唱 え た デ カ ル ト自身 で さえ,ガ
レ ヌ ス以 来 の 根 強 い精 気 説 を信
研 究 に道 を ひ らい た.
●機 能局在説の勃 興
奉 して い た 時 代 にあ っ て,精
気 説 に 反 論 した の は,18世
した ウ ィ ー ンの 医 師 ガ ル(Gall, F. J.;1758-1828)で の 頭 蓋 学 と よん だ が,そ
紀 も終 わ る こ ろ 登 場
あ っ た.彼
の 後 弟 子 に よ り骨 相 学(phrenology)と
今 日ま で 骨 相 学 の 名 が 通 っ て い る.ガ
ル は,人 間 の 知 的,道
自身 そ れ を脳 名 づ け られ,
徳 的,心 理 的 な 特
性 が 脳 に よ り営 ま れ,そ れ ぞ れ の 能 力 が 大 脳 表 面 の 特 定 領 域 と結 び つ い て い る と考 え た.そ
して,大 脳 の あ る 領域 が 発 達 す る と頭 蓋 が 隆 起 す る の で,そ
の頭
蓋 の 形 か ら,そ の 人 の 人 格 や 運 勢 な ど を推 し量 る こ とが 可 能 で あ る と考 え た. 現 在,大 脳 の 発 達 領 域 が 隆 起 す る とか,頭 蓋 形 状 か ら心 理 的 特 性 を評 価 す る こ とは 邪 説 と され て い る.し か し,大 脳 表 面 に精 神 の座 が あ る と す る ガ ル の発 想 を き っか け に,大 脳 皮 質 と心 理 的機 能 の 関 係 を探 る研 究 は,動 物 や ヒ トの 脳 を 対 象 に行 わ れ る よ う に な っ た.こ 史 的 意 義 を もっ て い る.
の 点 で,ガ
ル の考 え方 は,脳 研 究 に お け る歴
ヒ トの 脳 と 高 次 精 神 機 能 の 関 係 を最 初 に 科 学 的 な形 で 示 し た の は,1861年 フ ラ ンス の 医 師 ブ ロー カ(Broca,
P. P.;1824-1880)で
あ っ た.彼
は,他 者 の
発 話 内 容 の 理 解 は 可 能 で あ るが,「 タ ン」 とい う言 葉 以 外 に 発 話 で き な い 患 者 の 死 後 脳 解 剖 の 所 見 か ら,左 半 球 第 三 前 頭 回 に脳 梗 塞 病 巣 が あ る こ と を発 見 し,こ の 部 位 が 発 話 の 中 枢 で あ る と し た.ま た,こ の ブ ロ ー カが 発 見 した 失 語 症 は,発 1874年
話 困 難 が 中 心 症 状 で あ る た め 運 動 性 失 語 と よ ば れ て い る.続 ドイ ツ の病 理 学 者 ウ ェ ル ニ ッケ(Wernicke,
は可 能 だ が,聴
い て,
C.;1848-1904)は,発
話
覚 的 理 解 が 支 離 滅 裂 な症 状 の患 者 で は,側 頭 葉 第1側 頭 回 に病
巣 が あ る こ と を 発 見 した.そ
して,こ
の部 位 が 言 語 的 聴 覚 理 解 の 中枢 で あ る と
して,こ の よ うな 失 語 症 状 は 感 覚 性 失 語 と よば れ てい る.大 脳 皮 質 に 損 傷 の あ る患 者 に,こ
の よ う な特 異 的 な失 語 症 状 が 認 め られ た こ とか ら,言 語 を含 む高
次 精 神 機 能 は,大 脳 皮 質 の 特 定 部 位 に 局在 す る と い う大 脳 機 能 局 在 説 が,ガ
ル
の邪 説 を 超 え て 台 頭 して きた.
●局在論 の アンチ テーゼ 独 特 の 能 力 観 か ら脳 機 能 地 図 を大 脳 表 面 に描 こ う と し た ガ ル の 試 み に対 し, 恣 意 的 観 点 で な く,脳 機 能 の 客 観 的 評 価 は実 験 的 方 法 に よ るべ きだ と主 張 した の は,フ た.彼
ラ ンス の 生 理 学 者 フ ル ー ラ ンス(Flourens,
P.;1794-1867)で
あっ
は,動 物 を使 っ た 脳 損 傷 実 験 か ら,大 脳 皮 質 に高 次 機 能,小 脳 に運 動 機
能,延 髄 に 生 命 維 持 機 能 が そ れぞ れ あ る こ とを示 した.さ
らに,神 経 系 の各 領
域 は 固 有 の は た ら き を もつ だ け で な く,ほ か の 領 域 に影 響 を 及 ぼ す 共 通 作 用 が あ る こ とを 強 調 し,神 経 系 の相 対 的 統 合 活 動 を重 視 した.こ
の 考 え方 は,そ の
後 の 脳 機 能 の 全 体 論 的 理 解 の端 緒 とな っ た.し か し,当 時 次 々 と発 表 さ れ る 脳 損 傷 患 者 の 特 異 的 な症 状 の 局在 研 究 が 強 烈 で あ っ た の で,フ
ルー ラ ンス の 全 体
論 的 見 解 は,機 能 局 在 論 を批 判 す る に は あ ま りに も脆 弱 で あ っ た.
● 新 しい全 体 論 本 来 の 意 味 で,全 体 論 が そ の 地 位 を得 る よ う に な っ た の は,20世
紀初 頭第
一 次 世 界 大 戦 で 脳 損 傷 を負 っ た傷 病 兵 の 認 知 障 害 研 究 を 行 っ た ,ド イ ツの 精 神 病 学 者 ゴ ー ル ドシ ュ タ イ ン(Goldstein,
K.;1875-1965)ま
で 約100年
を要 し
た.こ の 研 究 にか か わ っ た の は,当
時 の ベ ル リ ン大 学 を 中心 に 台頭 して きた ゲ
シ ュ タ ル ト心 理 学 派 の ゲ ル プ(Gelb, 1886-1941)で
あ っ た.彼
A.;1887-1936)や
コ フ カ(Koffka
,K.;
らは ゴ ー ル ドシ ュ タ イ ン との 共 同研 究 に お い て ,心
理 学 的 研 究 法 を 適 用 して 障 害 症 状 の 客 観 的 評 価 を 行 う と と もに,脳 損 傷 に よ る 認 知 障 害 が,局
在 的 な機能 欠損 だ け で は説 明 で きない こと を示 した
(Galdstein,1939). 第 二 次 世 界 大 戦 前 ナ チ ズ ム に よ り ドイ ツ を 追 わ れ ア メ リ カ に渡 っ た ゴ ー ル ド シ ュ タイ ンや コ フ カ をは じめ とす る 全 体 論 者 の 影 響 は,ア 者 ラ シ ュ レー(Lashley,
K. S.;1890-1933)の
レー らの 行 っ た 有 名 な研 究(Lashley た ネ ズ ミの 脳 の 除 去 量 を 操 作 して,再
メ リ カ育 ち の心 理 学
等 能 説 に 引 き継 が れ た.ラ
& Fanz ,1917)で
シュ
は,迷 路 学 習 が 成 立 し
度 迷 路 に 入 れ て 遂 行 状 態 を み た と ころ,
脳 の 除 去 量 に 応 じて 遂 行 成績 が 悪 くな る 結 果 を得 た.こ
の こ とか ら,全 体 論 の
現 代 版 で あ る 等 能 説 で は,感 覚 入 力 は 局 在 して い る もの の,知 覚 は 脳 全 体 と関 係 が あ り,脳 損 傷 の 影 響 は 損 傷 部 位 で は な く,そ の 広 が りに 依 存 す る と さ れ た.す
な わ ち,ど
傷 して い るか が,等
うい う細 胞 が 損 傷 した か で な く,ど の く らい 多 くの細 胞 が 損 能 説 で は 問題 と さ れ た の で あ る.
ラ シ ュ レー の 弟 子 プ リブ ラ ム は,位 置 記 憶 の 学 習 を させ た サ ル の運 動 野 の 皮 質 を切 除 した だ け で は,遂 行 時 間 は 長 くな る が,反 応 そ の もの に何 ら障 害 が 認 め ら れ な い こ とか ら等 能 説 を支 持 した(Pribram
,1971).そ
体 あ る い は 皮 質 の 一 部 も し く は,細 胞 の ひ とつ ひ とつ が,1つ
して,大 脳 皮 質 全 の 機 能 パ ター ン
を 蓄 え る こ との で き る生 物 学 的 ホ ロ グ ラ ム で あ る と仮 定 して,あ
る一 定 の参 照
刺 激 が 加 わ る と,記 憶 痕 跡 が 浮 か び 上 が る とす る 記 憶 の ホ ロ グ ラ ム 説 を唱 え た.こ
の 説 は,一 定 の参 照 光 が あ た る と,受 光 面 の 画 像 が 浮 き出 して 見 え る物
理 的 ホ ロ グ ラ フ の よ う な状 態 を 想 定 して,皮 質 を受 光 面,あ
る手 が か りや 場 面
を参 照 光 と考 え て い る.し か し,こ の 現 代 の 全 体 論 も,脳 損 傷 の よい 指 標 を 見 つ け る こ とが で きな か っ た た め,脳 損 傷 の症 状 の 説 明 に は 不 十 分 とい わ れ て い る.
1.2 現 代 脳 研 究 の展 開
● 脳 の 仕 組 み とは た ら きの 発 見 史 19世
紀 後 半 は,脳
の 生 理 学 的,病
1870年
ド イ ツ の 生 理 学 者 フ リ ッチ ュ(Fritsch,
(Hitzig,F.;1838-1907)は,左
理 学 的 ア プ ロ ー チ の 開 花 時 代 で あ っ た. G. T.;1838-1929)と
右 の 四 肢 の 運 動 を 司 る 中 枢(運
ヒチ ッヒ
動 野)が,反
側 の 半 球 の 限 局 さ れ た 部 位 に あ る こ と を イ ヌ の 脳 を 使 っ て 実 証 し,最 生 理 学 的 実 験 を 確 立 し た.1877年 1839-1912)は,視
か ら1880年
対
初の脳の
に か け て ム ン ク(Munk,H.;
覚 機 能 と 後 頭 葉 と 関 係 づ け る イ ヌ の 脳 の 損 傷 実 験 を 行 い,
視 覚 の 下 位 接 近 領 域 の 損 傷 が,感
覚 性 の 障 害 で は な く対 象 の 失 認 を 起 こ す こ と
を 示 し た. 18世
紀 の 顕 微 鏡 や 組 織 染 色 の 発 明 は,脳
た し た.1880年
の 細 胞 構 築 研 究 に 大 きな 貢 献 を果
代 に イ タ リ ア の ゴ ル ジ(Golgi,
C.;1843-1926)が
個 々の細胞
を 染 色 す る 渡 銀 法 を 開 発 し,顕
微 鏡 下 で細 胞 組 織 の構 造 を 調 べ る こ と を可 能 に
し た.そ
ペ イ ン の カ ハ ー ル(Cajal,S.R.y;1852-1934)
は,個
の 技 術 を 応 用 し て,ス
々 の 独 立 し た 神 経 細 胞 か ら伸 び る 軸 索 と い う線 維 か ら 構 成 さ れ て い る こ
と を 発 見 し た.そ
し て,神
経 系 の 最 小 単 位 を ニ ュ ー ロ ン と よ び,ニ
軸 索 ど う し の 接 触 に よ り神 経 信 号 が 伝 達 さ れ る と い う,神
ュー ロ ンの
経構 成のニ ューロ ン
説 を 唱 え た. イ ギ リ ス の 神 経 反 射 学 の 祖 シ ェ リ ン ト ン(Sherrington,C.S.;1875-1952) は,細
胞 の興 奮 はニ ュ ー ロ ン間で 一 定 の 潜 時 を もっ て 一 方 向 的 に 伝 達 す る こ と
を 発 見 し,神 た.さ
ら に,シ
経 細 胞 の 軸 索 と接 触 す る 次 の 細 胞 と の 間 隙 を シ ナ プ ス と 名 づ け ナ プ ス 間 隙 で の 神 経 伝 達 信 号 の 受 け 渡 しが 化 学 信 号 に よ る こ と
が 明 ら か に さ れ て か ら は,こ し,心
こでの神経 伝 達物 質の種 類や作 用 の研究 が 発展
理 的 機 能 に 及 ぼ す 神 経 伝 達 物 質 の 効 果 に つ い て 明 らか に さ れ る よ う に な
っ た. ス イ ス の 生 理 学 者 ヘ ス(Hess,W.R.;1881-1973)に
よ り 開 発 さ れ た,個
の 脳 細 胞 活 動 を 測 定 す る 微 小 電 極 を 差 し 込 む 方 法 は,与
え られ た 刺 激 の 弁 別 や
々
学 習 に対 す る細 胞 の 活 動 を測 定 す る こ とが 可 能 な動 物 実 験 で盛 ん に適 用 され る
よ う に な っ た.こ
の 方 法 は,高 次 精 神 活 動 と脳 細 胞 の 活 動 の 関 連 を明 らか にす
る う え で も有 力 で あ り,大 脳 後 頭 部 の 視 覚 領 域 の細 胞 に 特 徴 抽 出 機 能 が あ る こ と を発 見 して1981年 の研 究(Hubel
ノ ー ベ ル生 理 学 ・医 学 賞 を 得 た ヒ ュ ーベ ル と ヴ ィー ゼ ル
& Wiesel,1962)は,近
年 の 代 表 的研 究 で あ る.こ の よ う な最
近 の研 究 の 成 果 の 蓄積 は,高 次 認 知 機 能 障 害 の メ カニ ズ ム を細 胞 レベ ル の 機 能 特 性 か ら理 解 す る 近 年 の 認 知 神 経 科 学 を発 展 させ て い る.
● ヒ トの脳 の機 能 地 図 を描 く 1909年
ブ ロ ー ドマ ン(Broadman,O.)は,顕
細 胞 の 形 状 の 異 な る 層 か ら構 成 さ れ,そ
微 鏡 に よ り ヒ トの大 脳 皮 質 が の 層 の 構 成 の 違 い か ら大 脳 皮 質 を52
の 領 域 に 区 分 し,大 脳 の細 胞構 築 図 をつ く りあ げ た.こ の 細 胞 構 築 図 は,現 在 で も脳 の構 造 と 機 能 との 関 連性 を推 定 す る うえ で 広 く利 用 され て い る. 脳 機 能 地 図 を 臨床 の 場 か ら描 い た の は,カ ナ ダの 脳 神 経 外 科 医 の ペ ン フ ィー ル ド(Penfield,
W.;1891-1976)で
あ る.彼
は,脳 内 に て ん か ん の 病 巣 が あ
り,そ れ を外 科 的 に 摘 出 せ ね ば重 篤 な脳 障 害 や 生 命 危 機 に 陥 るお そ れ の あ る 患 者 に 対 し,彼
らの 健 常 な 脳 機 能 を で き る だ け損 な う こ と な く手 術 す る 目 的 か
ら,開 頭 した 大 脳 皮 質 に 直 接 電 気 刺 激 を与 え て,患 者 の 健 常 な 脳 部 位 と機 能 を 特 定 す る電 気 刺 激 法 を 開 発 した. 1930年 か ら1950年
にか け て ペ ンフ ィー ル ドが 行 っ た検 査 結 果 か ら,大 脳 皮
質 の 各 部 位 に整 然 と した 機 能 分 業 体 制 が あ る こ と を 示 し,新 た な 機 能 局 在 論 の 道 を ひ らい た(Penfield
& Roberts,1959).ま
た,カ
ナ ダの脳外科 医 ワダとラ
ス ム ッセ ン は,脳 外 科 手 術 に よる 言 語 障 害 を防 ぐた め,術 前 に ア ミ ター ル ・ソ ー ダ を一 側 半 球 に 静 注 す る こ とに よ り ,左 右 い ず れ か の 半 球 を麻 痺 させ て 言 語 半 球 を特 定 す る ワ ダ法 を 開発 した(Wada
& Rasmussen,1960).
脳 外 科 手 術 に よ る 後 遺 症 を最 小 限 に 抑 え る技 法 の 発 達 は,半 球 機 能 の 局 在 地 図 を 描 くこ とで,脳 外 科 手 術 を さ らに 容 易 に した.特 ダ は,術 前 術 後 にWAIS知 心 理 学 者 ヘ ッ ブ は,1941年 ち 会 っ た)実 た.こ
に,ペ
ン フ ィー ル ドや ワ
能 検 査 や検 査 中 の 心 理 検 査 を(た
と え ば,カ ナ ダの
ペ ン フ ィー ル ドの 手 術 に 心 理 検 査 の 助 手 と して 立
施 し た こ とで,手
の こ とが,そ
術 の 成 否 や 患 者 の状 態 把 握 の 評 価 を可 能 に し
の 後 の 臨 床 神 経 心 理 学 にお け る 神経 心 理 学 的 評 価 研 究 を発
展 さ せ る 契機 と な っ た.
● 脳 活 動 を非 侵 襲 的 に と ら え る技 術 の 開 発 100億 を 超 え る細 胞 の 集 ま りで あ る ヒ トの脳 が,秩
序 を もっ た統 合 的活 動 を
維 持 す る シス テ ム と して 働 い て い る こ と,そ の脳 の 活 動 と心 理 的 事 象 との 関 連 を探 る こ とは,脳
研 究 に と っ て 重 要 な 意 味 を も っ て い る.1929年
脳 の電気 的
活 動 を記 録 す る方 法 と して ヒ トの 頭 蓋 表 面 か ら脳 波 を取 り出 す こ と に成 功 した の は,ド
イ ツの ベ ル ガー(Berger,
H.;1873-1941)で
あ っ た.こ
の発 見 以 後,
ヒ トの 睡 眠,覚 醒 状 態 の 脳 波 形 状 の変 動 パ タ ー ンが 知 られ る よ う に な っ た.以 後,脳
波 研 究 は,人 間 の 脳 過 程 を探 る 手 段 と して 生 理 学 の み な らず 心 理 学 研 究
に お い て も重 要 な位 置 づ け を もつ よ うに な っ た.さ
らに,近 年 の コ ン ピュ ー タ
ー技 術 は ,人 間 の 心 理 的 は た ら きに対 応 し た脳 領 域 の活 動 状 態 を と らえ る 機 器 の飛 躍 的 発 達 を もた ら した.そ れ に よ り,大 脳 表 面 か らの 脳 波 記 録 に と ど ま ら ず,大
脳 皮 質 細 胞 の代 謝 状 態 や 脳 血 流 の 動 態 を 測 定 す る ポ ジ トロ ン ・エ ミ ッ シ
ョ ン ・ トモ グ ラ フ(PET),機 (NIRS)な
能 的核 磁 気 共 鳴 装 置(fMRI),近
赤外線 分 光法
ど脳 活 動 の 非 侵 襲 的 測 定 機 器 の 登 場 は,損 傷 脳 の機 能 障 害,機
能発
達 な ら び に リハ ビ リテ ー シ ョ ンの有 効 な 評 価 手 段 と な り,臨 床 場 面 で 活用 され る よ う に な って い る.こ れ らの 機 器 に つ い て は,第2章
で 詳 し く述 べ る.
1.3 神 経 心 理 学 とは何 か
● 脳 損 傷 の 臨 床 例 か らの 示 唆 脳 外 科 手術 は ヒ ポ ク ラテ ス の時 代 か ら行 わ れ た 医 学 的技 法 で あ る が,脳 外 科 手 術 の技 法 が,脳
が 心 の 座 で あ る こ と を 強 烈 に 示 唆 した の は,1949年
その功
績 に よ り ノー ベ ル 生 理 学 ・医学 賞 を 受 賞 した 精 神 外 科 医 の モ ー ニ ッツ(Moniz, E.;1874-1955)で
あ る.彼 の 功 績 は,ロ
ボ トミー とい わ れ る錯 乱 症 状 の 激 し
い 精 神 病 患 者 の 鎮 静 を 行 う た め の脳 外 科 手 術 法 の 考 案 で あ っ た.ロ は,前 頭 葉 と視 床 を 結 ぶ 神 経 線 維 を切 断 す る 手 術 で,前
ボ ト ミー
頭 葉 白 質切 載 術 と もよ
ば れ て い る. この ロ ボ トミー を 受 けた 患 者 は,錯 乱 症 状 が な くな り,お とな し く な る とい
う こ と で,1950年
ご ろ ま で に世 界 中 で約2万
人 が この 手 術 を受 け た と い わ れ
て い る.し か し,ロ ボ ト ミー が 人 間 の 人 間 ら しい 精神 機 能 を制 御 す る前 頭 葉 の は た ら き を低 下 させ,術 後 の 患 者 が 廃 人 同 様 の 状 態 に な る とい う こ とで,そ の 効 果 が 否 定 さ れ て 以 後,現
在 で は ま っ た く行 わ れ な くな っ た.た だ,前 頭 葉 が
ヒ トの 精神 生 活 に お い て重 要 な は た ら き を もつ こ と を示 す の に,医 学 上 の 倫 理 に違 反 した ロ ボ ト ミー が 一 役 買 っ た こ と も否 定 で きな い. この ロ ボ トミー の 悲 劇 を ま つ ま で も な く,1848年
に ア メ リ カで 起 こ っ た フ
ィ ネア ス ・ゲ ー ジ の 事 故 に よ り,前 頭 葉 が 人 格 と深 い つ なが りを もつ こ とを す で に わ れ わ れ は 知 って い た.す
な わ ち,ア
メ リカ の バ ー モ ン ト州 の 鉄 道 敷 設 工
事 で,火 薬 詰 め 込 み 作 業 中 に暴 発 した 鉄 パ イ プが,現
場 監 督 フ ィ ネ ア ス ・ゲ ー
ジ の左 眼 の 下 か ら前 額 を貫 通 した事 故 で,一 命 を と りとめ た彼 が,以 前 は 穏 や か で信 望 の 厚 か っ た 人 物 か ら,気 性 の 荒 い 移 り気 な 人 物 に一 変 した の は,前 頭 葉 の損 傷 に よ る もの で あ っ た. ゲ ー ジの 事 故 か ら約150年
を経 て,ポ
ル トガ ル 生 ま れ の 神 経 学 者 ア ン トニ
オ ・ダマ シ オ は,ハ ー バ ー ド大 学 に 残 る ゲ ー ジ の頭 蓋 骨 か らパ イ プの 貫 通 部 位 を コ ン ピ ュー ター ・グ ラ フ ィ ク ス に よ り再 構 築 し,ゲ ー ジ の前 頭 葉 の 損 傷 が 前 頭 前 ・腹 内 側 領 域 にあ る こ と を推 定 した.そ 的 展望 か ら の計 画 能 力,学
して,ゲ ー ジの 精 神 症 状 が,時
習 した社 会 ル ー ル に従 っ て 行 動 す る 能 力,自
間
分の生
存 に と っ て 最 も 有 利 な 行 動 決 定 を す る 能 力 の 欠 如 で あ る と推 論 した (Damasio,2000). ダマ シオ は,こ の 推 論 と彼 の 臨 床 的 デ ー タか ら,こ れ ま で の 脳 科 学 者 が 「脳 だ け」 を議 論 の対 象 と して き た こ とを 批 判 し,心 は生 物 が 自 らの 生 存 の た め に 発 達 させ た 機 能 で あ り,身 体 の 構 造 や 内 臓 の 反 応 に よ って コ ン トロー ル され る とい う ソマ テ ック ・マ ー カ ー 仮 説 を提 唱 した.さ 物 学 的 ア プ ロー チ は,心 い る.こ
の 主 張 は,脳
らに 彼 は,こ
れ か らの心 の 生
と脳 と 身体 を 統 合 して 考 え る べ きで あ る,と 主 張 して と心 の 関 係 を 究 明 す る科 学 の 新 た な 方 向 を 示 唆 し て い
る.
●高次脳機 能障害 の理論 ブ ロー カ以 後,脳
損 傷 に よ る高 次 脳 機 能 障 害 を解 釈 す る領 域 を 脳 病 理 学 と よ
ん で い た.ま
た,ウ
ェ ル ニ ッケ は,彼 の 発 見 した 感 覚 性 失 語 以 外 に,運 動 性 発
話 を 支 え る領 域 と聴 覚 的 言語 理 解 を支 える 領 域 の 神 経 連 絡 の 損 傷 に よ り起 こる も うひ とつ の 失 語 症 を 発 見 し,そ れ を伝 導 失 語 と名 づ け た.こ
の発 見 は,大 脳
表 面 の 特 定 部 位 が 担 う役 割 だ け で な く,各 部 位 間 の 連 絡 が 高 次 機 能 を 支 え て い る こ と を示 唆 し た.こ の よ うな神 経 連 絡 障 害 か ら脳 機 能 障 害 を説 明す る 古 典 的 コ ネ ク シ ョニ ズ ムが 生 まれ た. 古 典 的 コ ネ ク シ ョニ ズ ム の代 表 的 な理 論 家 と して,失 語 症 図 式 を描 い た リ ヒ トハ イ ム(Lichthaim,L.;1845-1928)や,観
念運 動失 行や観 念失行 を コネク
シ ョニ ズ ム か ら説 明 し た リー プ マ ン(Liepmann,H.;1863-1925)が らは,い
い る.彼
ろ い ろ な 機 能 や 障 害 に 関 す る新 た な機 能 部 位 を 仮 定 し,限 られ た 少 数
の 中 心 的 な部 位 間 の 連 絡 離 断 か ら障 害 を 説 明 す る こ とに 重 点 を置 い た.一 方, ア メ リ カ の神 経 学 者 ゲ シ ュ ヴ ィ ン ト(Geschwind,N.;1926-1984)を る現 代 の コ ネ ク シ ョニ ズ ム の理 論 は,失 語,失 行,失
中 心 とす
読 な どいろいろな脳機能
障 害 を包 括 的 に説 明 す る新 しい モ デ ル を創 出 した 点 で,古 典 的 コ ネ ク シ ョニ ズ ム と は一 線 を画 して い る. 高 次 能 機 能 障 害 に 関 す る説 明理 論 は,古 典 的 な 脳 病 理 学 の 機 能 局 在 説 か ら発 展 した コ ネ ク シ ョニ ズ ム,全 体 論 を発 端 とす る 等 能 説,そ の 祖 ジ ャ ク ソ ン(Jackson,J.H.;1835-1911)の
相 互 作 用 説 が あ る.特
典 的 コ ネ ク シ ョニ ズ ム は,失 語 症,失 認 症,失 を,脳
し て イ ギ リス 神 経 学 に,古
行 症 な どの 特 異 的 高 次 精 神 障 害
の特 定 部 位 に 限 定 した損 傷 にそ の 原 因 を帰 す こ とで 説 明 して い た.し
か
し,相 互 作 用 説 は,高 次 機 能 が 比 較 的 局在 して い る多 くの 基 本 的 成 分 技 能 か ら な っ て い る と考 え て,高 次 で 複 雑 な機能 に な る ほ ど成 分技 能 が 階 層 的 に構 成 さ れ,皮
質 の 特 定 の 領 域 に完 全 に 依 存 せ ず,脳
の各部位 は異 なった機能で異 なっ
た 役 割 を演 じて い る と仮 定 して い る.こ の 立場 の 代 表 的 理 論 家 に,現 代 神 経 心 理 学 の祖 の 一 人,ロ に つ い て は,後
シ ア の ル リア(Luria,A.;1902-1977)が
の 項(P.13)で
い る.彼 の 理 論
詳 し く述 べ る こ と に す る.
● 左右大脳 半球機 能差の発見 わ れ わ れ の 大 脳 は 同 形 の左 右 半 球 か らな り,こ れ ら2つ は脳 梁 と よ ば れ る 約 2億 本 の神 経 線 維 に よ りつ な が っ て い る.か つ て 精 神 物 理 学 の 祖 フ ェ ヒ ナ ー
(Fechner,G.;1801-1887)が こ る と 予 想 し た.そ
大 脳 半 球 を 左 右 に分 け られ た ら,別 個 の 意 識 が 起
れ を 聞 い た イギ リ ス社 会 心 理 学 の 祖 マ ック ドゥ ガル
(McDougall.W.;1871-1938)は,脳
を分 割 して も2つ に は な らな い と反 論 し
た(Blakemore,1977). こ の 対 立 的 疑 問 に 答 え た の は,1960年 (Sperry,R.;1913-1994)で
あ っ た.彼
代 に アメ リカの神 経学 者 スペ リー は,重
篤 な て んか ん 患 者 の左 右 大 脳 半
球 を つ な ぐ神 経 の 束 の 脳 梁 を切 断 した 離 断 脳 患 者 に実 施 した実 験 心 理 学 的 認 知 検 査 か ら,左 右 の 半 球 が そ れ ぞ れ 異 な る認 知 機 能 を司 っ て い る こ と を 明 らか に した.す
な わ ち,ス ペ リ ー の研 究 に よ り,左 右 半 球 機 能 差,す
側 性 化(半 た.ス
球 機 能 の ラ テ ラ リテ ィ,hemispheric
ペ リー の研 究 は 第2章
なわち半球機能
laterality)の 存 在 が 実 証 さ れ
に 詳 し く述 べ る が,離
断 脳 患 者 の 反 応 か らす る
と,左 右 半 球 が 別 個 の 意 識 が あ る と い う フ ェ ヒ ナ ー の考 え 方 が 支 持 さ れ る.し か し,左 右 半 球 機能 に違 い が あ っ て も,一 人 の 人 間 と して 統 一 的 反応 をす る よ う左 右 半 球 機 能 が 相 互 補 完 をす る とい う点 で は,脳 れ な い とす る,マ
を分 割 して も意 識 は 分 割 さ
ック ドゥ ガ ル の考 え 方 を支 持 して い るの で あ る.
大 脳 半 球 機 能 の ラ テ ラ リテ ィ につ い て,視 覚 以外 の 感 覚 モ ダ リテ ィ に よ る 半 球 機 能 差 を 明 らか に し た の は,カ 1961).彼
ナ ダ の 心 理 学 者 キ ム ラ で あ る(Kimura,
女 は,左 右 の 耳 に 同 時 に 異 な る 音 刺 激 を 呈 示 した と き,そ れ ぞ れ の
刺 激 は左 右 半 球 に 別 々 に入 力 さ れ る こ とか ら,各 入 力 刺 激 の 半 球 処 理 成 績 の 差 を み る両 耳 分 離 聴 法(dichotic
listening)を 使 用 した.そ
して,一
側半球損 傷
患 者 や 健 常 を対 象 とす る研 究 か ら,言 語 刺 激 は左 半 球 で,音 楽 刺 激 の よ う な非 言 語 刺 激 は右 半 球 で,そ れ ぞ れ優 位 に処 理 され る こ とを 明 らか に した.
● 実 験 神 経 心 理 学 の 誕 生 と成 果 スペ リー の 離 断 脳 患 者 研 究 や,キ ラ リ テ ィ研 究 が 契 機 とな り,脳
ム ラの 両 耳 分 離 聴 法 な ど の半 球 機 能 の ラ テ
と心 の 学 際 研 究 は 新 た な 転 換 期 を迎 え た.す な
わ ち,脳 損 傷 患 者 だ け で な く健 常 者 を対 象 に,半 球 機 能 の ラ テ ラ リテ ィの研 究 が 急 激 に増 えて き た.こ の こ とは,脳
を ブ ラ ッ クボ ック ス とす る 行 動 主 義 の く
び きか ら解 か れ た心 理 学 者 た ち を,脳 機 能 研 究 に 向 か わせ る こ と と な っ た.こ う して,20世
紀 後 半 か ら,健 常 者 を 対 象 とす る脳 機 能 研 究 で あ る実 験 神 経 心
理 学 が 生 まれ た の で あ る. 現 在 の実 験 神 経 心 理 学 は,健 常 者 の 情 報 処 理 シ ス テ ム を反 応 処 理 時 間 との対 応 で 解 明 し よ う とす る認 知 心 理 学 と呼 応 して 発 展 し,認 知 心 理 学 が 提 唱 す る認 知 モ デ ル に も とづ く脳 内 機 構 との 対 応 仮 説 を検 証 す る形 で 研 究 が 進 め られ て い る.さ
らに,微 小 電 極 法 の 発 達 に よ り,個 々の 脳 細 胞 の ふ る ま い が 検 出 で きる
よ う に な っ て か らは,脳 細 胞 の 特 徴 抽 出 か らそ れ らを統 合 し対 象 認 知 に 向か う 脳 内 過 程 が 研 究 され る よ うに な っ た.こ の よ う な動 向 は,近 年,認
知神経科学
とい う神 経 科 学 と認 知 心 理 学 の 学 際 研 究 と して 展 開 され る よ う に な っ た. また,脳 が は た ら くと きの 細 胞 動 態 を と らえ る医 用 機 器 の 発 達 は,脳 が 局 在 的 で な く複 数 の 局在 部 位 の連 携 を と る こ とを,脳
イ メ ー ジ と して 示 す こ と を可
能 に した.こ の 脳 イ メー ジ ン グ研 究 の 発 達 は,脳 損 傷 患 者 の 脳 過 程 と心 理 学 的 検 査 の 結 果 の 関 連 性 を明 確 に す る と い う意 味 で,今 後 有 力 な 臨 床 的評 価 法 と し て定 着 す るで あ ろ う.
● 臨 床 神 経心 理 学 と神 経 心 理 学 的 評 価 法 脳 損 傷 者 の 高 次 精 神 活 動 障 害 評 価 を 主 目的 とす る臨 床 神 経 心 理 学 は,第 次,第
二 次 世 界 大 戦,ベ
一
トナ ム 戦 争 や 西 ア ジ ア の 武 力 紛 争 な どの,人 類 に と っ
て 不 幸 な で き ご と に よ り,飛 躍 的 な 発 展 を遂 げ た 領域 で あ る.す
な わ ち,戦 傷
の 兵 士 に み られ る限 局 した 外 傷 性 脳 損 傷 症 例 に よ り,臨 床 神 経 心 理 学 の 発 達 に 弾 み が つ い た とい っ て も過 言 で な い. そ れ は,高 次 脳 機 能 障 害 に対 す る 神 経 心 理 学 的 評 価 に,心 理 学 的 検 査 が 貢 献 した こ と と関 係 して い る.古 典 的脳 病 理 学 の 時 代 に は,限 局 性 の脳 器 質 障 害 特 有 の 高 次 精 神 活 動 障 害 を記 述 す る検 査 は,検 査 者 が 独 自に 考 案 し,患 者 の症 状 評 価 に用 い て い た.こ れ に 対 し近 年 で は,心 理 学 が 開 発 し,標 準 化 し た広 範 囲 の行 動 機 能 評 価 の テ ス ト ・バ ッテ リー を 複 数 組 み 合 わせ て,高 次 脳 機 能 障 害 の 神 経 心 理 学 的 評 価 法 と して 使 用 す る よ うに な った. 戦 争 の 世 紀 と い わ れ る20世
紀 に あ っ て,脳 損 傷 の 心 理 学 的 記 述 や 神 経 心 理
学 的概 念 の 発 展 に貢 献 した 研 究 者 と して は,ア 1916-1977),前 1987)な
メ リカ の トイ バ ー(Teuber,H.;
出 の ル リ ア,イ ギ リス の ザ ン グ ビ ル(Zangwill,O.L.;1913-
どが い る.現 在,神
経 心 理 学 的 評価 の た め に利 用 され て い る の は,ハ
ル ス テ ッ ト(Halstead,W.C.;1908-1968)が Wolfson,1993)に
考 案 し,ラ
イ タ ン ら(Reitan
&
よ り改 良 が 加 え ら れ た 神 経 心 理 学 的 評 価 バ ッ テ リ ー
(Halstead-Reitan
Neuropsychological
Battery:HRB),ル
リ ア の 使 用 して い た
テ ス ト を バ ッ テ リ ー に 組 み 上 げ た ゴ ー ル デ ン ら(Golden,Purisch,& Hammeke,1985)の
ル リ ア ・ネ ブ ラ ス カ 神 経 心 理 学 的 検 査(Luria-Neburaska
Neuropsychological
Battery:LNNB)な
ど が あ る.そ
の ほ か に,脳
損傷患者 の
症 状 記 述 と し て 臨 床 の 場 で そ の 有 効 性 が 評 価 さ れ て い る 検 査 に は,日 るWAIS知
能 検 査,ウ
ェ ク ス ラ ー 記 憶 検 査,ボ
ス ト ン 退 役 軍 人 病 院 の グ ッ ドグ
ラ ス ら に よ り標 準 化 さ れ た ボ ス ト ン 失 語 症 検 査(Boston Examination,3rd
ed.)(Goodglass
神 経 心 理 学 的 評 価 法 は,認
本 版 もあ
& Kaplan,1983)な
Disgnostic
Aphasia
ど が あ る.
知 機 能 を 中心 とす る 高 次 脳 機 能 障 害 の 評 価 を対 象
と し て 開 発 が 進 ん で い る が,脳
機 能 障 害 と い う 観 点 か ら す る と,知
的障害のみ
な ら ず 情 動 障 害,発
達 障 害 な ど に か か わ る 評 価 法 の 開 発 も急 務 と な っ て い る.
後 者 に つ い て は,行
動 障 害 の 評 価 で は と ら え き れ な い 問 題 も あ り,脳
機能障害
の 神 経 基 盤 に つ い て の 基 礎 研 究 と 組 み 合 わ せ た 臨 床 研 究 が 急 務 で あ る.
● 臨床神 経心理学 の鍵概念 神 経 心 理 学 が 学 問 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ を も つ と い う こ と は,神 機 能 の 理 解 に 関 し て,独 る.神
自の 鍵 概 念 を つ く りあ げ た とい う こ と と 関 係 して い
経 心 理 学 の 鍵 概 念 の 源 流 は,20世
に あ る と い っ て も 過 言 で な い.現 ば,臨
経心 理学が脳
紀 後 半 か らの 臨 床 神 経 心 理 学 の 発 展
代 神 経 心 理 学 の 祖 の 一 人 で あ る ル リア に よれ
床 神 経 心 理 学 の 第 一 の 目 的 は,早
期 診 断 の た め に 特 異 な 行動 障 害 の 責 任
病 巣 の 正 確 な 局 在 診 断 を す る こ と で あ り,第
二 の 目 的 は,脳
の 各 部 が は た らい
て 成 立 して い る複 雑 な心 理 的機能 の 構 成 要 素 を理 解 す る こ と で あ る と され て い る.こ
の こ と は,適
切 な 手 段 と概 念 を 用 い て,脳
と行 動 の 関 係 を調 べ る こ と
で,心
理 的 過 程 の 神 経 基 盤 の 確 立 を 示 唆 し て い る.現
在 の と こ ろ,臨
床神経心
理 学 的 評 価 で 重 要 な 鍵 概 念 と さ れ て い る も の は,「 症 候 群 概 念 」,「 機 能 系 概 念 」,「 二 重 解 離 概 念 」,「離 断 症 候 群 概 念 」 の4つ
で あ る.以
下 に,こ
れ ら を詳
し く述 べ る. 症候 群概 念
「症 候 群 概 念 」 は,脳
損 傷 の 単一 障 害 概 念 に 対 す る 症 候 群 概
念 で,脳
損 傷 を適 切 に 測 定 す る心 理 テ ス トが 欠 如 して い る た め,神 経 心 理 学 者
た ち は,脳 機 能 障 害 を 症 候 群 と して 記 述 す る 方 向 に向 か っ た の で あ る.こ の概 念 か らす る と,患 者 の 行 動 異 常 は,統 計 的 正 常 値 か ら どの 程 度 逸 脱 して い る か らで は な く,確 立 さ れ た症 候 群 に どの 程 度 近 似 して い るか とい う観 点 か ら記 述 す べ き とい う こ と に な る.こ れ に対 して,症 状 や徴 候 の 集 合 と病 気 の 存 在 との 関 連 は確 率 的 で あ り,不 変 で は な い との 批 判 が あ り,脳 損 傷 の鑑 別 分 類 も,一 次 元 的 に で は な く,多 次 元 的 に 行 うべ きで あ る とい わ れ て い る.そ の 意 味 にお い て,症 候 群 の 確 率 的記 述 の 信 頼 性 を 高 め る こ とが,今
日 の神 経 心 理 学 の 課 題
で あ る. 機 能系概 念
「機 能 系 概 念 」 は,ル
み 上 げ 培 っ て きた 概 念 で,種
リ アが 長 年 の 神 経 心 理 学 的 臨 床 例 を積
々 の 心 理 機 能 が 複 雑 な神 経 学 的 基 盤 か らな って い
る こ と を意 味 す る 概 念 で あ る.機 能 の 意 味 に は,特
定の器官や細胞 のはた らき
と い う意 味 と,複 数 の器 官 や 細 胞 組 織 の協 力 関係 に よ りは た ら く過 程 とい う2 通 りが あ る.機
能 系 概 念 で の 機 能 は,後 者 の 意 味 で 考 え られ て い る.す
なわ
ち,一 定 の 心 理 的 課 題 を実 行 す る 際 に,最 終 的 結 果 は一 定 で あ っ て も,そ こ に 至 る過 程 は,い ろ い ろ な変 化 に富 ん で い る とい う こ とが,機 能 系 概 念 に とっ て 重 要 な の で あ る. ま た,こ の 概 念 は,局 所 診 断 に と って も有 益 な 概 念 で あ る.た
と え ば,あ
る
複 雑 な心 理 過 程 を構 成 す る機 能 系 の ど こ を損 傷 して も破 綻 は生 じ るが,機 能 系 の構 成 部 位 の 損 傷 に応 じて,出 現 す る 症 状 が 異 な る.た
とえ ば,左 半 球 大 脳 皮
質 領 域 の 損 傷 部 位 の違 い に よ っ て起 こ る感 覚 性 失 語 と運 動 性 失 語 の 違 い は,失 語 症 状 の 違 い を示 す よい例 で あ る.す な わ ち,心 理 テ ス トに よる 測 定 結 果 が 質 的 差 異 を 反 映 し に くい とい う批 判 か ら もわ か る よ う に,テ ス ト成 績 に ばか り注 目 した 鑑 別 で は な く,質 的 差 異 の 意 義 に 注 目す る こ とが,臨 床 神 経 心 理 学 で は 重 要 な意 味 を もつ の で あ る. 特 に,カ プ ラ ン を 中心 とす るボ ス トン過 程 分 析 的 ア プ ロー チ は,こ の 点 を 強 調 し た神 経 心 理 学 的 診 断 を 行 う こ と を主 張 し て い る(Kaplan,1988).す
なわ
ち,心 理 テ ス トの 遂 行 中 の 患 者 の 活 動 や 誤 り内 容 を 多 面 的 に 記 録 す る こ とで, そ れ ら と損 傷 部 位 との 関 連 性 を 検 討 す る こ とが で き,障 害 の 質 的特 徴 を明 らか に で きる と い うの が,こ の 学 派 の 神 経 心 理 学 的 診 断 法 で あ る.特 に,機 能 系 概
念 に も とづ く神 経 心 理 学 的 評 価 は,限 局 さ れ た 損 傷 部 位 障 害 とい う機 能 局 在 的 評 価 に 比 べ て,解 剖 学 的 基 盤 と して皮 質 部 位 や 皮 質 下 の構 造 の 連 絡 経 路 を考 慮 す る 点 で,多
様 な神 経 学 的 基 盤 の損 傷 に か か わ る,高 次 精 神 機 能 の 質 的 障 害 の
特 徴 を理 解 す る こ とが 特 徴 で あ る. 二重解 離 概念 1955),彼
「二 重 解 離 概 念 」 は トイバ ー が 提 唱 した 概 念 で(Teuber,
は,「 症 状Aが
い こ と,ま た,症 状Bが
あ る ひ とつ の 病 巣 で 出現 し,他 の 病 巣 で は 出現 しな 他 の 病 巣 で 出現 し,症 状Aの
病 巣 で は 出 現 しな い 場
合 」 に,特 定 の損 傷 部 位 に よ る症 状 の特 異性 が 規 定 で き る と考 え,こ の よ う な こ とが 成 立 す る場 合 を 二 重 解 離 要 件 と した.こ の 概 念 は,複 数 の 心 理 テ ス トの 実 施 成 績 に も とづ い て,神 経 心 理 学 的評 価 を行 う う え で 有 効 な概 念 で あ る.た とえ ば,図1.1に
示 す よ う に,aの
と きの 成 績 が,bの
損 傷 部 位 を もつ 患 者 に テ ス トAを 実 施 した
損 傷 部 位 を もつ患 者 の 成 績 よ り有 意 に悪 い 場 合,そ れ ぞ れ
の患 者 に対 し別 の テ ス トBを
実 施 した と き,bの
損 傷 部 位 の 患 者 の 成 績 が,a
の損 傷 部 位 の患 者 よ り有 意 に悪 け れ ば,二 重 解 離 が 成 立 した と考 え る こ とが で きる.し か し,単 純 に テ ス ト間 の 成績 の 差 だ け で,二
重解 離 に も とづ く神 経 心
理 学 的 評 価 を す る こ とは 危 険 で,心 理 テ ス トが 測 定 して い る機 能 因 子 の 妥 当性 や信 頼性 を,事 前 に確 定 して お く必 要 が あ る. ル リア に よれ ば,あ る 局 在 性 病 巣 を もつ 患 者 にお い て,こ 系 は 障 害 さ れ る が,こ
の病 巣 を含 む機 能
の 病 巣 を含 ま な い 機 能 系 は正 常 な機 能 を保 つ と され て い
る.こ の こ と は,「 二 重 解 離 概 念 」 と 「機 能 系 概 念 」 とが 密 接 に 関連 して い る こ と を意 味 して い る.し た が っ て,互 い に接 近 した異 な る損 傷 部 位 を もつ 複 数 の患 者 に つ い て,数
図1.1
回 の 二 重 解 離 が 繰 り返 して 認 め られ る と,責 任 病 巣 の 正 確
トイ バ ー の 二 重 解 離 の 原 理 の 模 式 図(山
鳥,1985)
な 局 在 が 可 能 と な るの で,二 に,妥
重 解 離 の確 認 をす る こ とは,単 独 の 検 査 結 果 以 上
当性 の あ る神 経 心 理 学 的 評 価 を した こ と に な る.
離断症 候群概 念
「離 断 症 候 群 概 念 」 の 起 源 は,伝
導失語症状 が皮 質間の
伝 導 路 の離 断 に よ る こ とを 発 見 した ウ ェ ルニ ッケ に遡 る こ とが で きる.結 局 の と こ ろ,ウ ェ ル ニ ッケ の伝 導 路 説 は 間 違 って い た が,運 動 性 と感 覚 性 の 両 言 語 野 に病 巣 が な く,そ の 間 の 伝 導 路 に損 傷 が あ り,復 唱 な ど に障 害 の あ る伝 導 失 語 が 確 認 され た.さ
らに,リ
ー プ マ ンが,失 行 症 の 生 起 因 を大 脳 半 球 内 や 半 球
間 の神 経 連 絡 の 離 断 に よ る と説 明 した こ とか ら,離 断 概 念 が い っ そ う説 得 的 な も の に な っ た. 一 般 に離 断 症 候 群 が 想 定 され る 典 型 的 な 条 件 と して,図1.2に つ の場 合 が 考 え られ る.(a)は
示 す よ う に2
大 脳 半 球 を切 断 した 離 断 脳 患 者 の 場 合 で,各
球 は独 立 に入 出力 を有 し正 常 に 機 能 す る系 を保 って い るが,全 系 の 連 絡 が な く並 列 的 で あ る た め,離 伝 導 失 語 症 状 の場 合 が 典 型 で あ る.す
半
体 と して 相互 の
断 症 状 が 発 現 す る 条 件 で あ る.(b)は な わ ち,言 語 に か か わ る 入 力 機 能 の 感 覚
野 と出 力 機 能 系 の 運 動 野 は正 常 に 機 能 して い て も,各 機 能 系 の 連 絡 が 断 た れ る と,両 機 能 系 の 直 列 的 な連 絡 に よ り保 障 され て い る言 語 活 動 に 異 常 が 生 じ,伝 導 失 語 が 発 生 す る の で あ る.こ れ らの離 断概 念 は きわ め て 単 純 で,複
数の機能
系 に 神 経 連 絡 が 想 定 され る 高 次 脳 機 能 障 害 の 症 状 説 明 に は 説 得 力 を もつ が,高 次 機 能 を支 え る 下 位 機 能 系 の 階 層 性 が 明 確 で な い こ とか ら,す べ て を この 概 念
図1.2 離 断症 候 群 の典 型 的 な2つ の条 件(山 鳥,1985)
で 説 明 で きな い. 19世 紀 の 離 断概 念 は,20世 て,一
紀 初頭 に台 頭 して きた 全 体 論 に よ る批 判 を浴 び
時 期 支 持 を失 っ て い た.そ
リー らが 行 っ た,脳 見 で あ る.ス
れ を復 活 させ た の は,1950年
代 後 半 に スペ
梁 切 断 患 者 の 認 知 研 究 に よ る 半 球 機 能 の ラ テ ラ リテ ィの 発
ペ リー らの 仕 事 に触 発 さ れ て,1960年
ゲ シ ュ ヴ ィ ン ト は,高 (Geschwind,1965).さ
代 に ア メ リカ の 神 経 学 者
次 機 能 障 害 患 者 の 臨 床 例 の 再 検 討 を 行 った らに,自
分 の 臨 床 例 で,脳 梁 部 位 の 梗 塞 で 半 球 切 断 と
同 じ状 態 の 患 者 に お い て,両 側 四肢 が バ ラバ ラ に は た ら く とい う特 異 的 反 応 の 発 見 し,離 断症 候 群 を確 信 した.こ
う して,高 次 脳 機 能 障 害 の 離 断 概 念 に よる
理 解 は 復 活 し,離 断 症 候 群 概 念 が 以 後 の 神 経 心 理 学 に お い て,重 要 な概 念 と し て の 地 位 を もつ よ う に な っ た.
1.4 これ か らの 神 経 心理 学
● 文 理 融 合 科 学 と して の 神 経 心 理 学 20世 紀 後 半 か ら現 在 に 至 る科 学 的 な 最 大 の 関 心 は,こ きた 人 間 の脳 の は た ら きだ け で な く,脳 を育 て,脳 の 歩 を 進 めつ つ あ る.特
に,臨 床 医 学 や,そ
れ まで 未 知 と され て
を守 る こ との解 明 へ と研 究
の基 礎 科 学 で あ る神 経 科 学,そ
れ
に こ れ ら を支 え る 医 用工 学 は,生 体 を侵 襲 す る こ と な く,脳 の 構 造 や 生 理 的 機 能 を 明 らか にす る,脳
イ メー ジ ング技 術 を発 達 させ て き た.ま た,認 知 心 理 学
や 情 報 学 は,高 次 脳 機 能 と して の 認 知 過 程 を研 究 対 象 と した 認 知 科 学 とい う学 際 的 領 域 を誕 生 させ,文
理 融 合 科 学 と して の 脳 研 究 は,基 礎 か ら臨 床 とい う幅
広 い 研 究へ と発 展 し て い る. これ ま で 述 べ て き た よ う に,神 経 心 理 学 は,古 典 的 脳 病 理 学 に は じ ま り,脳 の 器 質 的損 傷 に伴 う高 次 脳 機 能 障 害 か ら,健 常 な高 次 脳 機 能 の メ カ ニ ズ ム を解 明 す る 学 問へ と発 展 して き た.さ
らに,こ れ か ら の 神 経 心 理 学 は,脳
を 知 り,
脳 を 守 る 臨床 医 学 や 神 経 科 学 とい っ た狭 い範 囲 に限 定 され る こ とな く,脳 を 知 る も う ひ とつ の ア プ ロー チ で あ る 心 理 学 や情 報 学 や,脳 発 達 科 学 や リハ ビ リテ ー シ ョ ン科 学 とか か わ っ て,よ 領 域 に な る で あ ろ う.
を守 り,育 て る教 育 ・ り学 際 的性 格 を もつ 学 問
●神経心 理学 の学界事情 神 経 心 理 学 とい う名 が心 理 学 界 に登 場 した の は,第 あ っ た1930年 会(APA)で
代 か ら1940年
代 で あ る.1948年
一次,第 二 次 世 界 大 戦 の
トイバ ー が,ア
メ リ カ心 理 学
神 経 心 理 学 と 題 す る講 演 を した の が き っか け で,1960年
急 速 に 発 展 し た 神 経 心 理 学 的 評 価 研 究 は,1970年
代か ら
代 後 半 「臨 床 神 経 心 理 学
(デ ヴ ィジ ョ ン40)」 と して ア メ リカ心 理 学 会 の一 部 門 に組 み 入 れ られ た. 国 際 的 に は,心 理 学,神
経 学,臨
床 医 学 との 学 際 学 会 と して,1967年
際 神 経 心 理 学 会 が 設 立 さ れ て い る.わ が 国 で は,古
に国
くは 日本 失 語 症 学 会 が,脳
障 害 に 伴 う言 語 障 害 を 中 心 とす る 基 礎 的,臨 床 的 研 究 の 学 会 と し て 設 立 さ れ, 現 在 高 次 脳 機 能 障 害 学 会 と名 称 変 更 し,広
く高 次 脳 機 能 障 害 研 究 を対 象 とす る
学 会 と な っ て い る.神 経 心 理 学 の 名 を被 せ た 学 会 は,神 経 心 理 学 懇 話 会 と して 誕 生 した 日本 神 経 心 理 学 会 が1981年 礎 的,臨
に 発 足 した.さ
らに,脳
と心 の 関係 の 基
床 的 研 究 領 域 は,医 学 領域 で は もち ろ んの こ と心 理 学,認 知 科 学,リ
ハ ビ リ テ ー シ ョ ン科 学,障 害 教 育学,発
達 科 学 な ど に お い て,国
内外 で 多 くの
学 会 が 神 経 心 理 学 に 関 係 す る研 究領 域 を設 け て い る.
●神 経心理 学の課題 現 在 の 脳 損 傷 が,世
界 の い た る と ころ で 止 む こ と の な い 戦 争,交 通 事 故,テ
ロな ど の外 傷 性 損 傷,生
活 習 慣 病 に よ る脳 血 管 障 害 と い っ た これ まで 臨 床神 経
心 理 学 が 扱 っ て きた 障 害 だ け で な く,薬 物,公
害 に よ る 神 経 障 害 や エ イズ な ど
に よ る細 菌 ・ウ ィル ス 性 脳 障 害 とい っ た 幅 広 い 器 質 性 障 害 に まで 及 び,高 次 脳 機 能 障 害 の症 状 も多 様 化 して い る こ と を示 して い る. また,脳
の 器 質性 障 害 との 関係 に注 目 した統 合 失 調 症 や うつ 病 に 関す る精 神
生 物 学 的 研 究 が 飛 躍 的 に発 展 した こ とで,こ
れ らの 症 状 と神 経 心 理 学 的評 価 と
の 関 係 を研 究 す る こ とが 求 め ら れ て い る.特
に,ス
トレス社 会 と い わ れ る現 代
社 会 が ス トレス 脆 弱 性 を生 ん で い る とい う観 点 が 支 持 さ れ る よ う に な り,脳 の 構 造 と機 能 関 係 か らス トレ ス研 究 が 進 め られ る よ う に な っ て きた. さ ら に,こ れ ま で は 成 人 を対 象 と して きた 神 経 心 理 学 研 究 が,脳 う観 点 か ら,脳 機 能 の発 達 とそ の 障 害 を 解 明 す る 領 域 が,発 学,教
育,心
の成 長 とい
達 科 学 と して 医
理 学 の 分 野 に確 立 さ れつ つ あ る.こ れ を反 映 して,人 体 の 生 理 学
的 機 能
回 復
と い
ン ピ ュ ー
タ ー 技
る こ
目 的
と を
nology)と
う 観 術
点 か
の 発 達
と し た 支
い
う 新
た
こ れ
ま で 臨 床 神 経 心
に 加
え,支
な 領 域
が 加
こ の す
わ
術
っ て
る 脳
を 担
を 知
と 相
ロ ー チ
な 領
域
に 関 す き た
き た
ク ノ
シ ス テ
を 発 展
さ せ
リ ハ
ロ ジ ー
ィ ブ
つ つ
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リ テ ー シ
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あ る(利
能 の 評 価 方 法
る 評 価
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う 神 経 心 理
学 的
理 学 の 広 が し て,こ
れ か
る 領 域
に
ら ず,脳
と ど ま
リ ハ
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と は,
の 確
立
と い
う 領 域
ビ リ テ ー
シ
ョ ン の 新 た
い る.
り を 考
に 対 応
を 保 障 す tech
島,2001).こ
っ た 障 害 機
し て
害 機 能
は,コ
ノ ロ ジ ー,assistive
で あ
味
ョ ン 科 学
り,障
中 心
こ と を 意
う よ う に な る で あ
し て
ま っ て,テ
援 技 術(ア
理 学 の
よ う な 神 経 心
る 人 間 社 会
さ れ 題
援 技
ら ア プ
え る
と,社
会 の 変 化
ら の 神 経 心 理 を 守
学 は,脳
る,脳
に 影 響
科 学
を 育
を 受
の 進 展
て る 科 学
け て 変 化
に よ
り 解 明
と し て の 解
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そ の 構 造 と 機 能
東 京 大 学 出 版 会
神 経 心 理 学 へ の 誘 い
福 村 出 版
of the
2. 脳 の構造 と機能
2.1 脳 の 構 造
脳 は 大 脳 半 球,間
脳,中 脳,小
図2.1に 示 す よ う に,間 脳,中 半 球 と小 脳 を 支 え て い る.そ
脳,橋,延
脳,橋,延
髄 の6つ 髄 が1本
の 部 分 か ら な っ て い る.
の 幹 の よ う に 連 な り,大 脳
こで 間 脳 か ら延 髄 まで を脳 幹 と よぶ.脊 椎 動 物 で
は 中 脳 か ら延 髄 まで の 基 本 構 造 に は系 統 発 生 的 な 違 い は ほ と ん どみ られ な い. そ こ で この 部 分 を下 位 脳 幹 と よぶ こ とが あ る.下 位 脳 幹 に は 間脳 や 大 脳 半 球 と 脊 髄 を 結 ぶ 神 経 線 維 とそ の 中継 をす る神 経 核 が あ り,背 側 に あ る小 脳 に も神 経
図2.1
脳 の 構 成(河
内,1999)
線 維 を送 りそ れ に 関 連 す る 神 経 核 が あ る.ま
た,12対
の 脳 神 経 の う ち嗅 神 経
と視 神 経 を 除 く10対 が こ こ か ら 出 て い る.下 位 脳 幹 の 中 心 部 は 白 質 と灰 白質 が 網 目状 に 混 じ りあ っ て 網 様 体 を形 成 して い る.こ れ を脳 幹 網 様 体 とい う.小 脳 は小 脳 皮 質 と髄 体 か ら な り,そ の 中 に小 脳 核 が あ る.運 動,姿
勢 制 御,平
衡
機 能 な どに 関 与 して い る.最 近 は 認 知 機 能 な ど高 次 機 能 との 関 係 も注 目 され て い る.間 脳 は視 床,視
床 下 部,視
る.視 床 に は 外 側 膝 状 体(視
覚)や
に 中 継 す る 多 数 の 神 経 核 や,皮
床 上 部,視
内 側 膝 状 体(聴
床後 部 か らな ってい
覚)な
どの感覚情報 を皮質
質 か らの 指 令 情 報 を 中 継 す る神 経 核 が あ る.視
床 下 部 に も多 数 の 神 経 核 が あ るが,中 て,生
床 腹 部,視
継 核 の ほ か 自律 神 経 系 の 最 高 中 枢 と し
命 維 持 に 関 す る 情 報 を 送 り出 して い る.脳
の 最 上 端 に あ る 大 脳 半 球 は,
大 脳 皮 質 とそ の 深 部 に埋 もれ た 大 脳 基 底 核 か らな っ て い る.思 考 や 言 語 な どの 高 次 機 能 に 関 して 中 心 的 な 役 割 を果 た して い る.
2.2 大 脳 半球 の構 造
● 大脳 皮 質 の 外 形 と区 分 大 脳 皮 質 の 表 面 に は 多 くの 溝 と そ の 溝 に 囲 ま れ た 隆 起 部 とが あ り,溝 溝,隆
起 部 を脳 回 とい う.図2.2は
を脳
主 な 脳 溝 と脳 回 を示 した もの で あ る.後 で
述 べ る脳 地 図 の 番 号 と と も に 大 脳 皮 質 上 の 部 位 を表 す と きに よ く用 い られ る. ま た,特
に大 きい 脳溝 を境 に 大 脳 皮 質 を4つ の 脳 葉 に 区 分 す る.中 心 溝(ロ
ラ ン ド裂 溝)と 外 側 溝(シ 頂 後頭 溝 切 痕(内 側)の
ル ビ ウ ス裂 溝)に
前 側 が 頭 頂 葉,後
ー
挟 ま れ た前 側 の 領 域 が前 頭 葉,頭
側 が 後 頭 葉 に な る.後 頭 葉 は錐 体 圧
痕 で 側 頭 葉 と 区分 され る.
●大脳 地図 ヒ トの 大 脳 皮 質 の厚 さ は 平均 す る とお よ そ2.5mmで ニ ュ ー ロ ン に は,さ
あ る.皮 質 を構 成 す る
ま ざ ま な 形 や 大 き さの 星状 細 胞 や錐 体 細 胞 が あ る が,同
じ
種 類 の ニ ュ ー ロ ンが 層 を な して 集 ま る傾 向 が あ る.皮 質 の 垂 直 切 片 を 顕 微 鏡 で 見 る と6層 構 造 が 認 め ら れ,こ れ を細 胞 構 築 とい う.同 を調 べ て 区 分 し た もの が 大 脳 地 図 で あ る.ブ
じ細 胞 構 築 を もつ 領 域
ロー ドマ ンは 細 胞 構 築 の 違 い か ら
図2.2 大 脳 半球 の 区 分 脳 葉 と主 な脳 溝,脳 回.
52の 領 野 に 分 け,各 領 野 を番 号 で 示 して い る(Brodmann,1909).図2.3は
ブ
ロ ー ドマ ンの 脳 地 図 に そ れ ぞ れ の 領 野 の機 能 を 書 き こ ん だ もの で あ る.最 近, メス ラ ム は大 脳 皮 質 を機 能 的 な特 徴 を も と に,①1次 ィ連 合 野,③
複 合 モ ダ リ テ ィ連 合 野,④
て い る(Mesulam,2000).1次
領 域,②
辺 縁 周 辺 領 域 の4つ
領 域 は 視 覚,聴
覚,体
単一 モ ダ リ テ の 領 域 に 分類 し
性 感 覚,運
動 の1次
野
で,感 覚 入 力 を直 接 受 け た り,運 動 情 報 を直 接 出 力 す る 領域 で あ る.単 一 モ ダ リテ ィ連 合 野 は1次 領 域 の周 辺 に あ る 高 次 感 覚 野 や 運 動 前 野,補 足 運 動 野 な ど を 指 す.複
合 モ ダ リテ ィ連 合 野 は,異 種 感 覚 情 報 の 統 合 に か か わ る連 合 野 を指
す.辺
縁 系 周 辺 領 域 は,大 脳 の 中心 部 に 存 在 し,大 脳 辺 縁 系 や 視 床 下 部,視
床,大
脳 基 底 核 な どの 情 報 を総 合 し,行 動 を調 整 す る.
1次 領 域
脳 の 領 野 は構 造 だ け で な く機 能 も異 な る こ とが 確 か め られ て い
る.中 心 溝 に 沿 っ て 向 き合 う よ うに運 動 野(4野)と が 帯 状 に 分 布 して い る.図2.4は (a)と,左
体 性 感覚 野(3,1,2野)
中心 溝 に沿 っ て 切 断 した 体 性 感 覚 野 の 断 面 図
右 半 球 か ら合 成 した 皮 質 上 の 再 現 像(b)で
あ る.全
身の体性 感覚
神 経 は こ こ に投 射 さ れ て い る.運 動 野 の 再 現 像 も これ と ほ とん ど変 わ らな い 形 を して い る.身 体 感 覚 と運 動 の どち らの 伝 導 路 も脊 髄 の上 部 で 左 右 が 交 叉 して
図2.3 数 字 は ブ ロ ー ドマ ン の 領 野,ア
(a)機
能 分 布(Penfield
&
脳 機 能 地 図(松
波 ・内 藤,2000)
ル フ ァベ ッ トはBainley
& von Bonin(1951)に
Rasmussen,1957)(b)再
現 像(Penfield
よ る 区 分.
& Boldrey,1937)
図2.4 体性 感覚 野
い る た め,右
半 身 は左 半 球 と,左 半 身 は 右 半 球 とつ なが っ て お り,皮 質 の 再 現
象 は 外 界 に 対 して 左 右 が逆 に な っ て い る.さ
ら に再 現 象 は 頭 を下 に して 逆 立 ち
を した 格 好 に なっ て い る.再 現 像 の 手 や 顔,唇,舌
は大 きい.こ れ に比 べ る と
胴 や 大 腿 は きわ め て 小 さい.皮 膚 の2点 弁 別 閾 にみ られ る 身 体 部 位 差 は,こ の
再 現 像 で の 面 積 の 差 を反 映 した もの で あ る.同 様 に運 動 野 に 占 め る面 積 が大 き い 部 位 ほ ど,細 か で 微 妙 な 運 動 が 可 能 で あ る. 聴 覚 野(41,42野)は
側 頭 葉 の 上 部 で そ の 一 部 は外 側 溝 の 内 側 に埋 も れ て
い る.聴 覚 野 の 応 答 ニ ュ ー ロ ン に は周 波 数 配 列 が あ り,周 波 数 の 高 い 音 は 内 側 で,低
い周 波 数 の音 は外 側 で 処 理 され て い る.内 耳 か ら出 た 聴 覚 ニ ュー ロ ンは
延 髄 の オ リー ブ核 で 大 部 分 が 交 叉 して,反 体 側 の 聴 覚 野(41野)に て い る.視
覚 野(17野)は
投 射 され
後 頭 葉 の 先 端 部 に あ り,烏 距 溝 な ど か な りの 部 分
は 大 脳 縦 裂 の 内 側 に 回 りこ ん で い る.網 膜 上 の 映 像 は神 経 情 報 に 変換 され た あ と,左 右 の 視 野 は そ れ ぞ れ 反 体 側 の 半 球 視 覚 野 に投 射 さ れ る.視 覚 野 で は形 や 色,大
き さ,線 分 の傾 き,輪 郭 線,運 動 の 方 向 な ど基 本 的 な 特 徴 が 識 別 さ れ て
い る.視 覚 野 が 損 傷 を受 け る と中 枢 性 の 盲 が 生 じ る. 単 一 モ ダ リテ ィ連 合 野 ① 補 足 運 動 野 と運 動 前 野:運
動 野 の前 方 に は運 動 前 野 と補 足 運 動 野 が あ る.
ブ ロ ー ドマ ンの 領 野 で は と もに6野 に 属 して い る.補 足 運 動 野 は運 動 野 の す ぐ 前 に あ るが,大
脳 縦 裂 の 内側 に 回 りこん で い る.運 動 野 と同 じよ うに補 足 運 動
野 に も 身体 の 各 部 位 が 再 現 さ れ て い る(He,1995).両
手 で操 作 す る な どの 高
次 の協 調 運 動 に 関 与 し,自 発 的 な 行 動 の 開始 や 停 止 に 関与 して い る.両 手 の 指 を順 に 合 わ せ る 運 動 課 題 で は,運 動 野 と補 足 運 動 野 の 脳 血 流 が 増 加 す る.次
に
指 合 わ せ 運 動 を イ メ ー ジ す る と,運 動 野 で は血 流 に 変 化 が な い の に,補 足 運 動 野 で は 血 流 が 増 加 す る(Roland
et al.,1980).イ
メー ジ トレ ー ニ ン グ に は 補 足
運 動 野 が 関 与 して い る こ とが わ か る.そ の 後 の 研 究 か ら,補 足 運 動 野 は 未 経 験 の 新 しい 運 動 を 開 始 す る と き,運 動 学 習 の 初 期,難
しい 運 動 を す る と き に活 動
が 高 ま る こ とが わ か っ て きた.運 動 学 習 で は遅 延 交 替 反 応 課 題 な ど記 憶 を必 要 とす る学 習 で よ く活 動 し,高 次 の行 動 制 御 機 構 と して 機 能 して い る こ とが 確 か め られ て い る(松 波 ・内 藤,2000). 運 動 前 野 は運 動 野 の 前 に帯 状 に広 が っ て お り,そ の 体 部 再 現 も運 動 野 に ほ ぼ 沿 っ て 分布 して い るが,全
身 に対 す る 手 足 や 口 と顔 の 占め る割 合 が 運 動 野 の も
の よ り も さ ら に大 き くな っ て い る.背 側 運 動 前 野 に は 運 動 の 実 行 に 関連 す るニ ュー ロ ン,運 動 の準 備 期 に 活 動 す る ニ ュ ー ロ ン,手 が か り刺 激 に 対 して活 動 す る ニ ュ ー ロ ンの3群
が あ る(Weinrich
et al.,1984).3番
目の ニ ュ ー ロ ン活 動
は,視
覚 刺 激 が そ れ に続 く運 動 の 手 が か りと な る条 件 で 活 動 し,刺 激 に注 意 し
て もそ れ を記 憶 す る条 件 で は 活 動 しな い.運 動 す る視 覚 刺 激 が,行 動 に どの よ う な意 味 を もつ か を反 映 して い る(Boussand
& Wise,1993).腹
側運動 前野で
は 口 の周 りや 腕 を 中 心 と した領 域 に,ミ ラ ー ニ ュ ー ロ ン と よ ばれ る ニ ュ ー ロ ン が 見 つ か っ て い る(Rizzolatti et al.,1996).こ
の ニ ュ ー ロ ンは 後 で 真 似 よ う と
す る 運 動 を観 察 して い る と きだ け に 活 動 す る.餌 を 取 り出 す 動 作 を見 て い る と きだ け 活 動 す るが,餌 味 深 い こ とは,見
取 り とは 関係 の な い 手 の 動 作 で は反 応 し ない.さ
た こ と とそ っ く り同 じ こ と(模 倣)を
らに興
した と き にだ け活 動 す
る ニ ュ ー ロ ン も見 つ か っ て い る.こ の よ う なニ ュ ー ロ ン を合 同 ニ ュ ー ロ ン と よ ん で い る(Gallese
et al.,1996).ヒ
トに も こ の よ うな ニ ュ ー ロ ン活 動 が あ り,
観 察 学 習 や 模 倣 学 習 に重 要 な 役 割 を 占 め て い る と考 え られ て い る. ② 運 動 性 言 語 野:前
頭 葉 の 第3前 頭 回 に あ る ブ ロ ー カ 領(44,45野)は,
発 語 の 中枢 と して 言 語 行 動 の重 要 な 部 分 を担 っ て い る.運 動 野 の 舌 や 唇,咽
喉
な ど構 音 や 発 語 に 関 与 す る部 位 に 隣 接 して,構 音 や 発 語 に 必 要 な運 動 の プ ロ グ ラ ム を 組 み 立 て て お り,こ の 部 位 の 損 傷 で ブ ロ ー カ 失 語 が 起 こ る(Broca 1865).ブ
,
ロ ー カ領 の す ぐ上 の 第2前 頭 回 に は書 字 中 枢 が あ り,運 動 野 の 手 の
位 置 に隣 接 して お り この 部 位 の 損 傷 で 失 書 が 起 こ る. ③ 高 次 視 覚 野:1次 る が,2次
視 覚 野(V1,17野)で
野(V2,18野)で
は基 本 的 な 映 像 特 徴 が 識 別 さ れ
は そ れ らが よ り統 合 さ れ,立
体的 で意味 のあ る
ま と ま りと して,形 態 が 識 別 され る.カ ニ ッ ツ アの 三 角 形(主 補 充 は2次 野 で 行 わ れ て い る.2次 か れ,3次
野(V3,19野)か
野 か ら視 覚 情 報 の 処 理 は2つ
ら側 頭 葉 中 間 部 に あ るMT野(V5)に
す る上 側 頭 溝 の 底 部 に あ るMST野 2次 野 か ら4次 野(V4)を
分 か れ る.も
部 下 側 頭 野)に
側 頭 野 前 方 部),下
形 態 知 覚,前
入 り,接
入 りPIT野(下
側
部 側 頭 連 合 野 へ と向 か う腹 側 路 に
の の 形 に 関 す る処 理 は腹 側 路 を進 み,V4で
側 頭 部 の 後 方(PIT)は
の ル ー トに分
か ら下 部 頭 頂 連 合 野 へ と向 か う背 側 路 と,
経 てTOE野(後
頭 野 後 方 部),AIT野(下
観 的 輪 郭 線)の
方(AIT)は
記 憶 に 関 連 す る 処 理 が な され て い る(図2.5).形
色 彩 が 処 理 され,下
視覚的 連合 あ るいは視覚 的 を 認 識 す る ニ ュ ー ロ ンの 研 究
で 「顔 貌 応 答 ニ ュ ー ロ ン」 あ る い は 「顔 細 胞 」 と よ ば れ る ニ ュ ー ロ ンが 見 つ か っ て い る(Bruce,1988;Bruce
et al.,1981).こ
の ニ ュ ー ロ ン群 は 下 側 頭 野(IT
図2.5 V1:1次
視 覚 野,V2:2次
ア カ ゲ ザ ル の 視 覚 野(Maunsell 視 覚 野,V4:4次
側 頭 溝 後 壁),MST:MST野(上 VP:後
野)の
& Newsome,1987)
視 覚 野,Dp:月
側 頭 溝 前 壁),PIT:下
腹 側 野,7a:7a野(頭
状 溝 前 野 背 側 部,MT:MT野(上 側 頭 回 後 部,AIT:下
側 頭 回 前 部,
頂 連 合 野).
上 側 頭 溝 壁(STS)に
集 中 して お り,サ ルや ヒ トの 似 顔 絵 や 顔 写 真 に応
答 す る.顔 全 体 に 反 応 す る が 眼 や 口 な どの 部 分 に は 反 応 し な い もの や,逆 部 分 に特 異 的 に反 応 す る もの な ど,さ
に,
ま ざ ま な ニ ュ ー ロ ンが 見 つ か っ て い る.
も う1つ の 処 理 ル ー トで あ る背 側 ル ー トは,視 野 に と らえ た もの の動 き に関 す る処 理 が 行 わ れ て い る.MT野 理 して い る.MST野
は動 きの 速 さや 運 動 の 方 向 とそ の 変 化 な ど を処
で は さ らに 高 次 の 視 野 全 体 の動 き を処 理 す る ニ ュ ー ロ ン
が 集 ま っ てお り,接 近,離
反,等 距 離 運動 な ど標 的 の3次 元 的 な運 動 の 解 析 と
統 合 が 行 わ れ て い る(田 中,1988;Farah,2000). ④ 高 次聴 覚 野:42野
と 隣接 す る 上 側 頭 回 の22野
が 高 次 聴 覚 野 で あ る.22
野 は言 語 理 解 の 中枢 が あ る ウ ェ ル ニ ッ ケ 言 語 中 枢 で あ る.42野 環 境 音,動 物 の 鳴 き声,ヒ
は聴覚 情報 の
トの 言 語 音 声 な どの 弁 別 や,音 源 の 定 位 な どの 処 理
を 行 い,側 頭 連 合 野 へ と情 報 を送 り出 して い る. 複 合 モ ダ リテ ィ連 合 野 ① 後 部 複 合 モ ダ リテ ィ連 合 野:下
頭 頂 連 合 野 と上 側 頭 連 合 野 を含 む 領 域 で,
最 も重 要 な位 置 を 占 め る の が 感 覚 性 言 語 野 で あ る.側 頭 葉 第1側 の 後 部 に あ る ウ ェ ル ニ ッ ケ領 が 感 覚 性 言 語 野 で,高
頭 回(22野)
次 聴 覚 野(42野)か
音 声 言 語 を 理 解 す る 中 枢 で あ る(Wernicke,1874).視 声 言 語 以 外 の 言 語 情 報 は下 頭 頂 小 葉 に あ る 角 回(39野)と
らの
覚 文 字 や 触 文 字 な ど音 縁 上 回(40野)で
処 理 さ れ る.下 側 頭 回(37野)は
文 字 認 識 に 関係 す る こ とが 指 摘 され て お り,
これ らを含 め る と言 語 理 解 に 関 与 す る領 野 は後 部 複 合 モ ダ リテ ィ連 合 野 の 広 汎 な 領 域 を 占 め る.こ れ らの 部 位 の損 傷 で 感 覚 性 失 語 が 起 こ る.感 覚 性 言 語 野 と 運 動 性 言 語 野 は 弓 状 束 で 結 ばれ て お り,弓 状 束 に損 傷 を受 け る と伝 導 失 語 が 起 こ る(Geschwind,1979). ② 前 部 複 合 モ ダ リテ ィ連 合 野:前 44∼46野
頭 前 野 は 運 動 前 野 よ りも前 側,8∼13野,
を含 む 大 脳 で は最 大 の 領 域 で あ る.体 性 感 覚 情 報 と運 動 関 連 情報 は
関係 す る 連 合 野 を経 て 前 頭 連 合 野(45,46野)に 的 に は46野
に 入 力 す る.聴 覚 情 報 は10,12野
入 力 す る.視 覚 情 報 も最 終 に 入 力 す る(Petrides
,1994).
この よ うに 前 頭 連 合 野 に は大 脳 の 各 部 位 に あ る 連 合 野 か らの情 報 が 入 力 す るの で,「 連 合 野 の連 合 野 」 と よば れ て い る.ま た 前 頭 連 合 野 に は辺 縁 系(帯 状 回 , 扁 桃 体,内
嗅 皮 質)や
間脳(視
床 背 内側 核)か
らの 入 力 もあ り,情 動 や 注 意,
記 憶 な ど の情 報 を受 け て い る.ま た 前 頭 連 合 野 か ら直接1次
野 に 出力 を 出 す こ
とは な く,連 合 野 レベ ル で 双 方 向性 の 結 合 関 係 を もっ て お り,皮 質 下 で は大 脳 基 底 核(淡
蒼 球,黒
質)や
視 床 の 背 内側 核 に 出 力 を 出 して い る(舟 橋,2002).
前 頭 連 合 野 の 機 能 は 「知 性 の 座 」 と考 え られ て き た が,前 頭 葉 に 損 傷 を受 け る と著 し い性 格 の 変 化 が 起 こ る と こ ろ か ら,「 性 格 ・人格 の 座 」 と考 え ら れ る よ う に な っ て き た.前 頭 葉 の損 傷 に よ り多幸 的 で 楽 天 的,空
虚 な爽 快 感 が 目立
ち,生 活 の 節 度 が な くな り,平 気 で うそ をつ く,約 束 を守 ら ない,小
児的行動
を示 す よ うに な る.ま た,積 極 的 に 行 動 す る意 欲 が 欠 如 し,周 囲 に無 関 心 ,無 頓 着 に な り状 況 全 体 の 把 握 が 困 難 に な り時 と場 所 を わ き ま え な い 行 動 を示 す. 計 画 性 が 欠 如 し,行 動 の 手 順 を決 め そ れ を実 行 す る こ とが で きな い.で
きごと
の 時 間 的 順 序 の 弁 別 や 記 憶 が 障 害 さ れ る.損 傷 の範 囲 に よ りブ ロ ー カ失 語 が起 こ る.こ れ らの症 状 と損 傷 部 位 を整 理 す る と,前 頭 前 野 の 背 外 側 部 は 自発 的 な 行 動 の プ ロ グ ラ ミ ン グ と そ の場 の 状 況 モ ニ ター,自
己 コ ン トロ ー ル に関 係 して
い る.一 方,下 側 の 眼 窩 領 域 は 性 格 と感 情 の 統 合 を司 っ て い る.こ の よ う な行 動 の 管 理 に は ワー キ ン グ メ モ リが 不 可 欠 で あ り,ワ ー キ ン グ メ モ リの 文 脈 で実 験 的 な研 究 が 進 め られ て い る.澤
口(1997)は46野
を 「自己 意 識 」 の 座 と し
て 統 合 コ ラ ム 仮 説 を提 唱 して い る. 背 外 側 部 の 機 能 は 自分 で 行 動 を選 択 して 実 行 す る は た ら き で あ り,「 自由 意
志 」 と考 え る こ とが で き る.眼 窩 領 域 の 機 能 は 自分 と他 者 の 関 係,自 分 自 身 の 事 柄 や 経 験,感
情,知
識 な ど を統 合,管
理 す る意 識 で あ り,「 自 己意 識 」 と考
え る こ とが で きる.自 我 機 能 が 自 由 意 志 と 自 己 意 識 の2つ
に よ って 構 成 さ れ る
と考 え れ ば,前 頭 連 合 野 は 自我 領 域 とみ なす こ とが で きる.
● 大 脳 半 球 間 の 連 絡:脳 梁 と前 交 連 大 脳 半 球 内 の 神 経 線 維 を総 称 して 大 脳 白 質 と よび,大 脳 皮 質 と皮 質 下 の 部 位 を 結 ぶ 神 経 を投 射 線 維,同 側 半 球 内 の 異 な る皮 質 間 を結 ぶ線 維 を連 合 線 維,左 右 の 大 脳 半 球 間 を結 ぶ 神 経 を交 連 線 維 と い う.図2.6は
主 な交 連 線 維 を示 した
もの で あ る.脳 梁 は 最 大 の交 連 線 維 で お よ そ2億 本 の 神 経 線 維 で 構 成 さ れ て い る.左
右 両 半 球 の対 応 す る領 域 の 同 じ部 位 を つ ない で お り,さ ら に皮 質6層 の
同 じ層 ど う し もつ な い で い る.交 連 線 維 が 通 過 す る脳 梁 内 で の 位 置 は か な り詳 し く解 読 さ れ て い る.図2.7は
脳 梁 内 の 神 経 分 布 図 を 示 した もの で あ る.前 頭
葉 を結 ぶ 線 維 は脳 梁 の 前 方(吻
部),中
頭 葉 の 一 部 が 後部(膨
分 布 して い る.後 頭 部 の1次 視 覚 野 や 中心 溝 内
大 部)に
の 感 覚 野 の 手 足 の 部 分,1次
心 溝 付 近 が 中 央 部(幹
頂 葉 と側
運 動 野 な ど は脳 梁 に線 維 を送 っ て い な い.ま た 側
頭 葉 の ほ と ん どの 部 位 が 脳 梁 に 線 維 を送 っ て い ない が,こ に あ る 前 交 連 でつ なが っ て い る.
図2.6
部),頭
重 要・な 交 連 線 維(河
内,1999)
れ は脳 梁 吻 部 の 先 端
図2.7
脳 梁 の 構 造(Temple,1993)
●大脳 半球機能差 左 右 の 大 脳 半 球 に 機 能 差 が あ る こ とは 古 くか ら知 られ て お り,脳 損 傷 患 者 の 研 究 か ら は左 半 球 が優 位 半 球,右
半 球 を 劣 位 半 球 と よぶ こ と も あ っ た.最 近 に
な っ て 右 半 球 機 能 の 理 解 が 進 み,左 右 の 半 球 は分 業 して い る こ とが 明 らか に な っ て きて い る. 半 球 損傷 患 者 の研 究
左 半 球 損 傷 で 重 篤 な失 語 が生 じ るが,右
で は ほ とん ど現 れ な い か,あ
っ て も ご く軽 度 で す む.そ
半球の損傷
こで 言 語 機 能 は 左 半 球
に著 し く偏 在 して い る こ と が 指 摘 され て きた(Geshwind,1979).し
か し右 半
球 が 言 語 行 動 に ま っ た く関 与 して い な い わ け で は な い.右 半 球 損 傷 患 者 で は,
ア ク セ ン トや 抑 揚 が 失 わ れ,韻 al.,2002).ま
た,冗
談,ユ
律 性(prosody)に
障 害 が 生 じ る(Wymer
ー モ ア,比 喩 的 表 現,隠
味)の 理 解 に 困難 を示 し,表 面 的 理 解,見
喩,言
当違 い の 推 測,物
外 の 意 味(裏
et の意
語 全 体 の構 造 や 筋
の 展 開 を把 握 で きな い(笹 沼,1988). 一 方,空
間 的 な 注 意 の 機 能 は 右 半 球 に強 く偏 倚 し て い る.右 半 球 の損 傷 で は
視 野 の 左 側 に ま っ た く注 意 が 払 わ れ な い,空 (Farah,2000).こ
間無 視 とい う症 状 が 起 こ る
の 症 状 を半 側 空 間 無 視 と よ び,右 半 球 障 害 で は これ が 生 活
に支 障 が 生 ず る ほ ど重 篤 で あ る こ とが 多 い.一 無 視 は 視 野 の 右 側 に 出 現 す るが,日
方,左 半 球 の 損 傷 で は半 側 空 間
常 生 活 に影 響 す る こ とは ほ と ん どな い.こ
の 空 間 性 注 意 機 能 は 右 半 球 優 位 で,右 半 球 は視 野 の 全 体 に注 意 を 向 け て い るの に対 し,左 半 球 は右 空 間 の み に注 意 を向 け て い る.こ の た め 右 半 球 が 損 傷 を受 け る と,左 視 野 は ま っ た く注 意 で き な い状 態 に な る と考 え られ て い る(柏 1997).図2.8は
木,
硬 膜 下 血 腫 で 右 下 後 部 頭 頂 葉 が 一 時 的 に侵 され た ア マ チ ュ ア
画 家 が 描 い た絵 で あ る.左 の 図 は,手 術 前 の もの で 視 野 の左 側 が 無 視 され,ま
図2.8 半 側 無 視患 者 が 描 いた絵(井 上 ・杉下,1974)
っ た く描 か れ て い な い.右
は手 術 後 の もの で,左 視 野 が 見事 に 回 復 して い る.
右 半 球 の 損 傷 は正 立,倒
立,傾
き や大 き さ,奥 行 き な ど,物 と物 の 空 間的 な
関係 の 把 握 に も障 害 が み られ る.ま た,音 楽 の メ ロデ ィー を聴 き とっ た り,そ れ をハ ミ ング す る こ とが で き な くな る失 音 楽 症 も起 こ る. ヒ トの 視 神 経 は 図2.9の
よ うに 網 膜 の外 側 半 分 は 同 側 半 球 へ,内 側 半 分 は視
交 叉 を経 た 後,反 対 側 の1次 視 覚 野 へ 入 る.そ の結 果,視 覚 情 報 は 凝 視 点 の 左 右 で 分 割 さ れ,そ
れ ぞ れ 反 対 の 視 覚 野 で 処 理 さ れ る.健 常 者 で は 分 割 され た情
報 は 脳 梁 を 介 し て左 右 相 互 に交換 さ れ て全 体 像 が 再 現 され る.脳 梁,前 交 連 を 切 断 され た 分 割 脳 患 者 で は,脳 梁 を 介 した 情 報 交 換 が で き な い の で,分 割 され た視 野 情 報 は 入 っ た半 球 の 中 だ け で 処 理 され る.ど の よ う な処 理 が な され た か を調 べ れ ば,左 右 の半 球 の 機 能 差 を知 る こ とが で きる.こ せ ば,ど
の と きに 眼 球 を動 か
ち らの 半 球 に も視 野全 体 の 情 報 を送 りこ む こ とが で き る.も の が 見 え
て か ら注 視 点 が 移 動 す る の に約0.2秒
か か る.そ
こで こ れ よ り早 く,0.1秒
で
映 像 を消 して し ま え ば,半 球 は一 方 の視 野 しか 見 る こ と は で きな い.こ の よ う な 映 像 の 瞬 間提 示 法 を タキ ス コ ス コ ー プ法 とい う.図2.10の っ て左 右 の 視 野 に異 な る 映 像 を提 示 す る と,左 半 球 はRING,右
図2.9 左 右 の視 野 と両半 球 視 覚 野 との 関 係(原,1981)
よ う な装 置 を使 半 球 はKEY
図2.10
分 割 脳 患 者 の 言 語 連 想 テ ス ト(Gazzaniga,1972)
を 見 る こ とに な る.患 者 は 右 視 野 のRINGを
音 読 し,右 手(左
半 球 支 配)で
き,ス ク リー ンの 下 か ら手 を入 れ て 指 輪 をつ か む こ とが で きる.と 野 に提 示 したKEYを
音 読 した り,左 手(右
書
こ ろ が左 視
半 球 支 配)で 書 くこ とは で き な い.
そ こ で 左 手 で 対 応 す る もの を探 して も ら う と,正
し く鍵 をつ か む こ とが で き
る.簡 単 な単 語 で あ れ ば右 半 球 も読 む こ とが で きる.と
こ ろが 「今 握 っ て い る
の は何 で す か」 と質 問 して も,患 者 は 「わか らな い」 と答 え る.発 語 や書 字 機 能 は左 半 球 に 偏 っ て お り,右 半 球 は 声 に出 して答 え る こ とが で き ない.抽
象的
で 複 雑 な概 念 を 含 む 単 語 で は,右 半 球 は ほ とん ど読 み と る こ とが で き な い.計 算 課 題 や 論 理 課 題 も左 半 球 の ほ う が優 れ て い る.一 方,図 形 の 模 写 で は左 手 の ほ うが 右 手 よ り もず っ と正 確 に で き る.図2.11は
右 手 利 きの 患 者 が 左 の 見 本
を模 写 し た もの で あ る.右 手 の 描 い た 絵 は立 方 体 の特 徴 を ま っ た くと らえ て い な い.左 手 の ほ うが は る か に正 確 な 模 写 と な っ て い る.積 み 木 の パ ズ ル で も右 手 は ほ と ん ど解 答 で きな い.右 半 球 が 空 間的 ・映 像 的 な処 理 に優 れ,和 音 の 弁
図2.11
分 割 脳 患 者 の 模 写 テ ス ト(Gazzaniga,1967)
図2.12
大 脳 基 底 核(Pinel,1997)
別 な ど音 楽 的 な 情 報 処 理 も的 確 で あ る こ とが わ か っ て い る.
●大脳基底 核 大 脳 半 球 の 基 底 部 に は 白 質 に埋 もれ て い る 比 較 的 大 き な 灰 白 質 の 塊 が あ る (図2.12).こ
れ が 大 脳 基 底 核 で,尾 状 核,被 殻,淡
蒼 球,視
床 下 核,黒
質な ど
が あ る.被 殻 と淡 蒼 球 は 隣 接 して お り,レ ンズ の よ う な形 を して い る の で ま と め て レ ン ズ核 と も よ ば れ る.こ
の レ ン ズ核 を取 り巻 い て い る の が 尾 状 核 で,そ
の先 端 部 は扁 桃 体 につ な が っ て い る.被 殻 は尾 状 核 と合 わせ て 線 条 体 と よば れ る.レ
ン ズ核 と線 条 体 は 左 右 か ら視 床 を挟 む 位 置 に あ り,視 床 の 下 側 に 視 床 下
核,さ
ら に そ の 下 に黒 質 が あ る.線 条 体 は大 脳 基 底 核 の 入 力 部 に あ た り,大 脳
皮 質 や 大 脳 辺 縁 系,視
床 か ら情 報 を 受 け と り,淡 蒼 球 と黒 質 に情 報 を 送 り出 し
て い る.淡 蒼 球 は被 殻 か ら情 報 を受 け と り,視 床 下核 と両 方 向 性 の線 維 連 絡 を もっ て い る.淡 蒼 球 と黒 質 は大 脳 基 底 核 の 出 力 部 に あ た り,線 条 体 か らの 情 報 を受 け て,視
床 の 前 腹 側 核,外 腹 側 核,中 心 正 中 核 な どに情 報 を送 り出 して い
る.視 床 の こ れ らの 核 は大 脳 皮 質 に線 維 連 絡 を も っ て い るの で,大
脳 皮 質-線
条 体-視 床-大 脳 皮 質 とい う ル ー プ を 形 成 して い る.視 床 下核 は主 に 淡 蒼 球 か ら 情 報 を受 け と り,再 び 淡 蒼 球 に情 報 を フ ィー ドバ ッ クす る と と もに,黒 質 に も 情 報 を送 り出 して い る.黒 質 は細 胞 が 密 な緻 密 部 と疎 な 網 様 部 に 分 か れ,緻 密 部 は 線 条 体 と両 方 向性 の 線 維 連 絡 を も っ てい る.こ
の神 経 線 維 は ドー パ ミン を
神 経 伝 達 物 質 と して お り,黒 質 の損 傷 に よ る ドー パ ミ ン欠 乏 が パ ー キ ン ソ ン病
を起 こ す こ と は よ く知 ら れ て い る.黒 核,上
質 網 様 部 は視 床 内 側 腹 側 核,脚
橋 被蓋
丘 な ど に情 報 を送 り出 して お り,大 脳 基 底 核 の 出 力 部 に あ た る.
大 脳 基 底 核 で の 線 維 連 絡 や 制 御 の し くみ は こ の30年 て き た(松
波 ・内 藤,2002).大
る 無 動,筋
緊 張 増 加,安
で か な り明 らか に な っ
脳 基 底 核 の 損 傷 が パ ー キ ン ソ ン病 に代 表 され
静 時 の 振 戦(震
え)を 引 き起 こ す こ とか ら,適 応 的 な
運 動 制 御 に深 くか か わ っ て い る と考 え られ て い る.
● 大脳 辺 縁 系 脳 梁 と間脳 を取 り囲 む 後 眼 窩 回,梁 下 回,帯
状 回,海 馬 傍 回,鉤
などの皮質
部 位 を大 脳 辺 縁 系 とよ ぶ.こ の 皮 質 部位 は大 脳 皮 質 の 典 型 で あ る6層 構 造 を 示 さず,系 め,爬
統 発 生 的 に古 く大 脳 皮 質 が ほ とん ど発 達 して い な い爬 虫類 に も あ る た
虫 類 脳 あ るい は ワ ニ の脳 と よ ば れ て い る.脳 葉 の 分 類 と して は辺 縁 葉 と
よぶ.図2.13は
大 脳 辺 縁 系 の 主 な組 織 を示 した もの で あ る.
海 馬 に 損 傷 を 受 け る と健 忘 が 生 じる(二 木,1989)こ 深 い こ とが 認 め られ て い るが,古
とか ら,記 憶 と 関係 が
い 記 憶 は ほ と ん ど影 響 を受 け な い.こ の こ と
か ら長 期 記 憶 は皮 質 の 感 覚 連 合 野 に貯 蔵 され て い る と考 え られ て い る.海 馬 は これ らの 皮 質 領 野 と ネ ッ トワ ー ク を形 成 して お り,主 に 言 葉 や 図形 で 表 現 で き
図2.13 大 脳 辺 縁 系 の構 造(河 内,1999) 濃 い 灰色 の 部 分 が 辺縁 葉 で,こ れ に 薄 い灰 色 の 部 分 を加 え た もの が大 脳 辺 縁系 にあ た る.
る 陳 述 的記 憶 の 編 集 に 関与 し,形 成 され た 記 憶 を皮 質 部 位 に あ る 長 期 貯 蔵 庫 へ と送 り出 して い る の で あ ろ う と考 え られ て い る(桜 井,2002). 扁 桃 体 は情 動 の 座 と して 重 要 な役 割 を 果 た して い る.扁 桃 体 の興 奮 で 恐 れ や 怒 りが 表 出 し,逃 走 行 動 や 攻 撃 行 動 が 起 こ る.扁 桃 体 の 破 壊 で 怒 りや 恐 れ が消 失 す る.扁 桃 体,梨
状 皮 質(旧
な くな りお とな し くな る が,ク な 行 動 が 現 れ る(Kluver
皮 質),海
頭 葉 を切 除 す る と,攻 撃 性 が
リ ュ ー バ ー-ビ ュ ー シ ー症 候 群 と よ ば れ る特 異
& Bucy,1937).性
ワ トリ に 交尾 行 動 を示 す.ま
馬,側
行 動 が 亢 進 しオ ス ネ コ が イ ヌ や ニ
た摂 食 行 動 に異 常 が 起 こ り,口 に 入 る もの は 食物
と石 や 金 属 の 区 別 な く,何 で も 口 に 入 れ る.中 隔 は攻 撃 行 動 を抑 え る は た ら き が あ り,こ こ を破 壊 す る と情 動 性 が 亢 進 す る. 辺 縁 系 の 機 能 を整 理 して パ ペ ッ ツ は 海 馬,脳 回,海 馬 傍 回,海 馬 を結 ぶ 回 路 が,情
弓,乳 頭 体,視
床 前 核,帯
状
動 行 動 の表 出 と情 動 体 験 の 形 成 に 関与 す
る と い う情 動 回 路 説 を提 唱 した(Papez,1937).こ
の 回路 に は扁 桃 体 が 抜 け 落
ち て い る な ど,現 在 で は情 動 回路 と して 注 目さ れ る こ と は な くな っ た が,記 憶 の 回路 と して再 評 価 さ れ て い る(二 木,1989).マ
ッ ク リー ン は,大 脳 辺 縁 系
が 内 臓 活 動 を支 配 す る 内臓 脳 で あ る と と も に情 動 脳 で あ る こ とに 注 目 して 辺縁 リ ング 説 を提 唱 した(MacLean,1949,1970).内
側 前 脳 束 を上 行 した 線 維 は 嗅
球 か ら きた 線 維 と合 流 し,中 隔,帯 状 回,海 馬 と進 む 経 路 と扁 桃 体,前 側 頭 領 域 に進 む 経路,嗅
覚 神 経 と は合 流 せ ず に上 行 す る3つ の 回路 に 分 か れ る.扁 桃
図2.14
情 動 の 神 経 回 路(池
本,1999)
体 に入 力 す る経 路 は 情 動 行 動 と と も に食 行 動 な ど に 関与 し,個 体 維 持 の 機 能 を 分 担 す る.中
隔 に 入 力 す る 経 路 は快 感 情 や 怒 りの 抑 制 と と も に性 行 動 に 関 与
し,種 族 保 存 に 関 与 す る.図2.14は
こ れ ま で の研 究 に も とづ い て情 動 の神 経
回路 を ま とめ た もの で あ る.
2.3 脳 幹 の 構 造
●間
脳
間脳 は 視 床 と視 床 下 部,視 床 上 部,視 床 腹 部,視
床 後 部 か らな っ てい る.視
床 に は大 脳 皮 質 の 特 定 の 部 位 に 情 報 を 中継 す る特 殊 視 床 皮 質 投 射 系 と,比 較 的 広 範 な 皮 質 領 野 を賦 活 す る 広 汎 性 視 床 皮 質 投 射 系 が あ る.図2.15は
視床 にあ
る 神 経 核 を 示 した もの で,髄 板 に よ って 前 核 群,内 側 核 群,外 側 核 群 に 分 け ら れ る.髄 板 の 中 に も神 経 核 が あ り髄 板 内 核 群 と よ ぶ.図2
.16は2つ
の視 床皮
質投 射 系 を模 式 図 で 表 した も の で あ る.特 殊 投 射 系 の 中 継 核 を特 殊 核 と よ び, 後 腹 側 核(VP),内
側 ・外 側 膝 状 体(MGB,LGB)は1次
感 覚 中 継 核 で あ り,外 腹 側 核(VL),前 す る2次 (MD),視
中 継 核 で あ る.前 核(A)は 床 枕(P),後
外 側 核(LP),背
腹 側 核(VA)は
感 覚 野 に投 射 す る 中 心 前 運 動 野 に投 射
大 脳 辺 縁 系 に投 射 して お り,背 内 側 核 外 側 核(LD)は
皮 質 連 合 野 に投 射 し
て い る.広 汎 性 投 射 系 の 中 継 核 を非 特 殊 核 と よ び,そ の 中心 的 な もの が 髄 板 内
図2.15
視 床 の 構 造 と視 床 核 の 位 置(Brodal,1981)
図2.16
核 群 で,外
特 殊 視 床 皮 質 投 射 系 と 広 汎 性 視 床 皮 質 投 射 系(Yamaguchi
側 中心 核 と 中心 傍 核 は 前 頭 葉,頭
中 心 正 中 核(CM)は (VA)や
et al.,1982)
頂 葉 の 広 い 範 囲 に投 射 して お り,
線 条 体 や 運 動 皮 質 に 投 射 し て い る.こ
の ほか前 腹 側核
視 床 網 様 核 も この 系 に 含 まれ る.広 汎 性 視 床 皮 質投 射 系 は全 般 的 な覚
醒 水 準 の 調 節 よ りも,注 意 な ど高 次 の 意 識 活 動 に 関与 す る と考 え られ て い る. 視 床 下 部 は 間脳 の 腹 側 半 分 で 視 交 叉 か ら乳 頭 体 ま で の 部 分 で あ る.図2.17 は視 床 下 部 の 主 な 神 経 核 を示 した もの で あ る.乳 頭 体 は す で に述 べ た 記 憶 の 回 路 で 乳 頭 体 視 床 路 を 形 成 して い る.乳 頭 体 と視 床 背 内 側 核 に病 変 が あ る と最 近 の で きご との 記 憶 障 害,逆 行 性 健 忘,失
見 当,作 話 な ど コ ルサ コ フ症 候 群 が 現
れ る.視 床 下 部 の 神 経 核 は生 理 的 欲 求 と行 動 の 中枢 と して 重 要 な役 割 を果 た し て い る.外 側 核 背 部 は 空 腹 中枢,腹
内側 核 は 満 腹 中枢 と し て摂 食 行動 を制 御 し
て い る.飲 水 行 動 の 中 枢 も空 腹 中 枢 の 近 くに あ り,内 側 視 索 前 野 か ら視 床 下 部 外 側 部 の 損 傷 で拒 飲 が 起 こ る. 性 行 動 は オ ス とメ スで は関 与 す る部 位 が 異 な る.オ ス の 性 行 動 は 内側 視 索 前 野 の興 奮 で 促 進 さ れ,視
床 下 部 後 部 の 乳 頭 体 付 近 の 興 奮 で 性 行 動 が 抑 制 され
図2.17 視床 下 部 の神 経核 群
る.一 方,メ
ス で は種 に よ っ て促 進 部 位 が 異 な り,ネ ズ ミ,モ ル モ ッ ト,ネ コ
で は 視 床 下 部 前 部 で あ るが,ウ
サ ギ で は後 方 の 乳 頭 体 に あ る.メ ス の性 行 動 の
抑 制 部 位 は 内側 視 索 前 野 で あ る. 睡 眠 と覚 醒 も視 床 下 部 で 調 節 さ れ て い る.覚 醒 の 中 枢 は視 床 下 部 後 部(前 後 部 覚 醒 系)に 部 睡 眠 系)が
あ り,視 索 前 野,視
脳
床 下 部 前 部 に ノ ン レ ム睡 眠 の 中 枢(前 脳 前
あ り相 互 に 拮 抗 して い る.レ
ム睡 眠 の 中 枢 は視 床 下 部 よ り下 の 橋
に あ る 青 斑 核 とそ の 周 辺 部 位 に あ る. 情 動 行 動 も視 床 下 部 が 深 く関与 して お り,防 御 攻 撃 あ る い は威 嚇 攻 撃 は腹 内 側 核,捕
食 攻 撃 は 視 床 下 部 外 側 部 の刺 激 で 誘 発 さ れ る.一 方,背
側核周辺 部 を
刺 激 す る と逃 走 行 動 が 起 こ る. 視 床 下 部 は 体 温 や 血 圧 の 調 節,内 臓 の は た ら きや 性 機 能 な ど 自律 神 経 系 活 動 の 制 御 や,ホ
ル モ ンの 分 泌 を調 節 して い る.視 索 上 核 と室 傍 核 か ら 出 る神 経 線
維 は視 床 下 部 下 垂 体 路 を経 て 下 垂 体 後 葉 に 入 り,そ の 末 端 か ら後 葉 ホ ル モ ン を
(a)運 動性神 経核 図2.18
(b)感 覚性 神経 核
下 位 脳 幹 の 運 動 性 神 経 核 と感 覚 性 神 経 核(Ranson
&
Clark,1959)
分 泌 して い る.ま た 他 の 神 経 核 は ホ ル モ ン分 泌 の 促 進 お よび 抑 制 因子 を 下垂 体 門脈 に 出 して,そ
れ が 下 垂 体 前 葉 に運 ば れ て腺 細 胞 を刺 激 し,前 葉 ホ ル モ ン分
泌 が 調 節 され て い る.
● 中脳 ・橋 ・延 髄 図2.18は
下 位 脳 幹 の 運 動 性 神 経 核(a)と
感 覚 性 神 経 核(b)を
で あ る.中 脳 は 間脳 と橋 の 中 間 に あ り,背 側 に 四 丘 体,腹
示 し た もの
側 に大 脳 脚,中
心部
に 中 脳 水 道 を囲 む 中心 灰 白質 で 構 成 され,四 丘 体 と大 脳 脚 を除 い た 中心 部 を 被 蓋 と よぶ.四
丘 体 の 上2つ が 上 丘 で視 覚 系 に 関与 し,下2つ
関 与 して い る.被 蓋 に は動 眼 神 経 核(Ⅲ)と
が 下 丘 で聴 覚 系 に
滑 車 神 経 核(Ⅳ)が
あ り,動 眼
神 経 は 外 側 直 筋 と上 斜 筋 を除 く外 眼筋 の 運 動 を 支 配 す る と と も に,毛 様 体 筋 と 瞳 孔 括 約 筋 を 調 節 す る 副 交 感 神 経 経 路 に も線 維 を 送 って い る.滑 車 神 経 は 上 斜 筋 を 支 配 して い る.赤 核 は大 脳 皮 質 の 感 覚 運 動 野 や 小 脳 か らの 線 維 を受 け,赤 核-脊 髄 路 お よ び 赤 核-延 髄 路 に線 維 を 出 して い る.感 覚 運 動 協 応 に重 要 で,滑 らか な 動 作 の 実 行 に 関 与 して い る.黒 質 はす で に 大 脳 基 底 核 で 触 れ た が,錐 体 外 路 系 の 神 経 核 で こ こに 病 変 が 起 こ る とパ ー キ ン ソ ン症 候 群 が 起 こ る. 橋 に は 三 叉 神 経 核 群(Ⅴ),外
転 神 経 核(Ⅵ),顔
面 神 経 核(Ⅶ),前
庭 神経
核 群,蝸 牛 神 経 核,上 唾 液 核 な どの 神 経 核 が あ る.三 構 成 され,顔
叉神 経 核 群 は4つ の 核 で
面 の 感 覚 と咀嚼 筋 の運 動 を支 配 して い る.外 転 神 経 核 は 同 側 の 眼
の 外 側 直 筋 を支 配 し,水 平 方 向 の運 動 や 輻 輳 運 動 を調 節 して い る.顔
面神 経 核
は 顔 面 の 表 情 筋 を支 配 して い る.ま た,顔 面 神 経 核 は三 叉神 経 核 や 赤 核 か らの 線 維 連 絡 の ほ か に大 脳 皮 質 運 動 野 か ら直 接 的 に 神 経投 射 を受 け て い る.前 庭 神 経 核 群 は上,下,内
側,外
側 の4つ
前 庭 核 か らな っ て お り,内 耳 の 前 庭 か ら線
維 を受 け る と と も に,小 脳 と相 互 に 連 絡 路 を もっ て い る.さ 核(外
転 神 経 核,滑
車 神 経 核,動
眼神 経 核)に
ら に外 眼 筋 の 支 配
も線 維 を送 っ て い る.出 力 部 と
して は特 に外 側 核 か ら前 庭 脊 髄 路 を 経 て情 報 が 下 行 して い る.前 庭 動 眼 反 射, 前 庭 頸 反 射,立
ち 直 り反射 な ど の姿 勢 反 射 に よ り,安 定 した姿 勢 維 持 や 歩 行 な
どの 日常 動 作 が可 能 に な る.蝸 牛 神 経 核 は 内耳 の蝸 牛 か ら聴 覚 神 経 の 線 維 連 絡 を 受 け,中 脳 の 下 丘 に線 維 を送 り出 して い る.上 唾 液 核 は顔 面 神 経 か ら線 維 を 受 け,涙 腺 と舌 下 腺,顎
下 腺 の 分 泌 を 支 配 して い る.
延 髄 に は 上 唾 液 核,下
唾 液 核,舌
束 核,舌
咽 神 経 核(ⅠⅩ)な
下 神 経 核(ⅩⅡ),迷
走 神 経 背 側 運 動 核,孤
どが あ る.舌 咽 神 経 核 と下 唾 液 核 は咽 頭,喉
道 な どの 横 紋 筋 と平 滑 筋 を 支 配 して い る.舌
の後 部3分 の1の
頭,食
味 覚 を伝 え る神
経 線 維 は舌 咽 神 経 に 入 力 し,こ こか ら孤 束 核 へ 投 射 して い る.孤 束 核 に は この ほ か 迷 走 神 経,顔 喉,腸,気
面 神 経,舌
道,心 臓,大
咽 神 経 の 線 維 が 孤 束 を経 て 入 力 して い る.ま た 咽
血 管 か らの 投 射 を受 け,吻 部3分 の1は
射 を 受 け 菱 脳 味 覚 核 と も よば れ て い る.頸 動 脈 洞,大 る と と も に,深 い 睡 眠(徐
波 睡 眠)を
味 蕾 か らの 投
動 脈 弓 反射 の 中 枢 核 で あ
引 き起 こ す 神経 核 と して も注 目 さ れ て い
る. 情 動 は 大 脳 辺 縁 系 と間 脳 視 床 下 部 が 主 要 な は た ら きを 占め る と考 え られ て き た が,現
在 で は む し ろ脳 幹 の 役 割 が 注 目 され て い る.快 感 情 が どの 部 位 で 発 生
す る の か は ま だ よ くわ か っ て い ない.自
己 刺 激 法 に よっ て 報 酬 効 果 の 強 い場 所
を調 べ る と,視 床 下 部 後 部 と中 隔,扁 桃 体,海 馬,嗅 縁 系 の 広 汎 な部 位 に あ る と考 え られ て い た(Olds
内 野,帯 状 回 な ど大 脳 辺
& Olds,1963).と
ころが神
経 伝 達 物 質 に着 目 して 研 究 が 整 理 され た 結 果,中 脳 の 黒 質 や 橋 の 青 斑 核 に ま で 広 が っ て い る こ とが わ か っ た.自
己 刺 激 は 青 斑 核 を起 始 核(A6)と
ア ドレナ リ ン神 経 束 と,中 脳 腹 側 被 蓋 を起 始 核(A10)と
す る ノル
す る ドー パ ミ ン神 経
(a)ノ ル ア ドレナ リン経 路 の 矢状 断 面
(b)ド ーパ ミン経 路 の 矢状 断 面 図2.19
(c)水 平 断面
ノ ル ア ド レ ナ リ ン 神 経 経 路 と ドー パ ミ ン 神 経 経 路 の 矢 状 断 面(a,b)と
水平 断面
(c)(Ungerstedt,1971)
束 に沿 っ て 分 布 して い る(図2.19).自 が み られ,合
己刺 激 で こ れ らの 伝 達 物 質 の 分 泌 亢 進
成 阻害 剤 や 遮 断 剤 で 自己 刺 激 が 抑 制 され る.ド
ー パ ミ ン と ノル ア
ド レナ リ ンが 快 感 物 質 と して注 目 され る の は この た め で あ る.こ て,脳
内 オ ピ エ ー ト(内 因性 モ ル ヒネ 様 物 質:佐 藤 ほ か,1997)は
れ と関 連 し 視 床 下 部,
側座 核,中 脳 中 心 灰 白 質,青 斑 核 な ど 自己 刺 激 を引 き起 こす 部 位 に 高 濃 度 で 含 まれ て い る.ま た 脳 内 オ ピエ ー トの脳 室 内 注 入 で 自己刺 激 が 促 進 され,モ ネ の 拮抗 剤(ナ
●小
ルヒ
ロ キ ソ ン)で 抑 制 さ れ る こ とが 知 られ て い る(二 木,1984).
脳
小 脳 は 大 脳 と同 じよ うに 皮 質 と深 部 の 神 経 核 群 か らな って い る.図2.20(a) は小 脳 皮 質 の 機 能 地 図 を 示 した もの で あ る.左 右 の 小 脳 半 球 の 中央(内 が 虫 部 で,中 間 部,外
側 部(半
球)の3つ
に 区 分 され る.ま
側 部)
た,後 外 側 裂 の上
下 で 片葉 小 節 葉 と小 脳 体 に 分 け られ,小 脳 体 は さ ら に小 脳 第1裂
で 前 葉 と後 葉
に分 け られ る.一 番 下 の 片 葉小 節 葉 は小 脳 の発 達 で 最 も古 い 部 分 で 古 小 脳 と よ
(a)小 脳 皮質 の 区 分
(b)再 現 像
図2.20
小 脳 皮 質 の 区 分 と 再 現 像(Snider
& Eldred,1952)
ば れ,前 庭 神 経 核 と機 能 的 に結 ば れ て お り前 庭 小 脳 と よば れ る こ と もあ る.小 脳 体 前 葉 は虫 部 と と も に古 小 脳 の 次 に発 達 した 部 位 で 旧小 脳 と よ ばれ る.筋 か らの 固 有 受 容 性 の 感 覚 情 報 を伝 え る 脊 髄 小 脳 路 で 結 ば れ て お り,脊 髄 小 脳 と よ ば れ る.小 脳 体 後 葉 は最 も新 し く発 達 した 部 位 で 新 小 脳 と よば れ る.橋 に あ る 神 経 核 を介 して 大 脳 皮 質 の情 報 を 伝 え る皮 質 小 脳 路 と結 ば れ て お り,橋 小 脳 と よ ば れ る こ と もあ る. 上 丘 と下 丘 の 中 間 で 脳 幹 を切 断 す る と,動 物 は 四肢 を極 度 に伸 展 させ た 姿 勢 で 全 身 を硬 直 させ る.こ れ を 除脳 固 縮 とい う.こ の 除 脳 動 物 の 小 脳 皮 質 を電 気 刺 激 す る と特 定 の 部 位 の筋 緊張 に 変 化 が 現 れ る.こ
の 現 象 を利 用 して小 脳 皮 質
の 地 図 上 に対 応 す る 身体 部 位 を プ ロ ッ トして い く と,前 葉 に虫 部 を脊 髄 の 位 置
と して,顔
を下 に足 を上 に し た 身 体 像 が 皮 質上 面 に腹 側,皮
影 さ れ て い る こ とが わ か っ た.さ
らに,こ
質 下 面 に背 側 が投
の 身体 像 は後 葉 に も,左 右 の 半 身 が
同 側 に 正 立 像 と し て投 影 され て い る(図2.20(b)).同
じ よ う な成 績 は,身 体
の さ ま ざ まな 部 位 で刺 激 して,小 脳 皮 質 上 で の電 位 反 応(誘 発 電 位)の 分 布 か ら も得 られ て い る. 縦 方 向 の 軸 に沿 っ て3つ に 区 分 した そ れ ぞ れ の部 位(図2.20(a))の 能 を ま とめ る と,内 側 部(虫 は 踏 み 立 ち反 射,飛
部)は 姿 勢,筋
び上 が り反 射,筋
て い る.外 側 部(半 球 部)も
主 な機
緊 張,平 衡 な ど に 関与 し,中 間部
緊 張 の 調 節,同 側 肢 の 運 動 調 節 に 関 与 し
同 側 の 運 動 に 関 与 してい る が,さ
らに精 緻 な行 動
制 御 や 記 憶 な ど高次 機 能 と か か わ っ て い る こ とが 指 摘 さ れ て い る.こ の よ う な 機 能 の 違 い は,区 分 され た そ れ ぞ れ の 部 位 に あ る小 脳 核 と小 脳 皮 質 の対 応 関 係 に よ っ て い る.虫
部(内
側 部)の
線維 は室 頂 核(内
り,中 間部 か ら の線 維 は 中 位 核(球 に は外 側 部(半
側 核)や
状 核 と栓 状 核)に
前 庭神経 核 に入
入 る.歯 状 核(外
球 部)の 線 維 が 集 まっ て お り線 維 塊 を 作 っ て い る.3つ
が 機 能 区 分 で も あ る こ とは,こ
側 核) の区分
れ らが 主 要 な伝 導路 を構 成 して い る こ と に よっ
て い る. 小 脳 は 大 脳 と違 っ て運 動 の 実 行 系 へ 直 接 投 射 す る よ う な経 路 は な く,脳 幹 や 大 脳 を介 して 運 動 を制 御 す る こ とが 主 な 機 能 で あ る.精 緻 な運 動 制 御 に 関与 す る こ とか ら単 な る運 動 制 御 の 実 行 部 と して で は な く,運 動 の 記 憶 と学 習,運 動 統 合 に 必 要 な 時 計 機 構 な ど 高 次 の 認 知 機 能 に 関 心 が 集 ま っ て い る(松 2002).
[堀
波,
忠雄]
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3. 感覚.知 覚の神経心理学的障害
3.1 感 覚 ・知 覚 の 機 能 と は
● は じめ に ヒ トが 環 境 に適 応 す るた め に は,正 確 で効 率 的 な 環境 の 認 知 と行 為 の 実 行 が 必 要 とな る.行 動 に 関 す る判 断 や プ ロ グ ラ ム を行 うの は脳 で あ り,そ の よ りど こ ろ とな る の が 過 去 の 記 憶 と外 界 につ い て の現 在 の 情 報 で あ る.こ
の 際,現 在
の 外 界 の 状 況 を知 る た め に情 報 を得 る こ とが 感覚 ・知 覚 機 能 とい え る. 生 理 学 者 の 田崎(1989)は,体
の 内 外 の環 境 変 化(刺 激)に
引 き起 こ され る 意 識 内 容 が 感 覚(sensation)で,意
よ っ て即 時 的 に
識 され た内容が 過去 の経
験 や 学 習 に も と づ い て 意 味 の あ る も の と して 解 釈 され る場 合 が 知 覚(percep tion)で あ る と して い る.ま た,脳 神 経 外 科 医 の 植 村(2004)は
目,耳,皮
膚
な どの 感 覚 受 容 器 で 外 界 の 刺 激 を受 け,そ れ が 神 経 信 号 に変 換 さ れ て 上 行 す る 過 程 が 感 覚(sensation)で,感
覚 信 号 が 大 脳 皮 質 の 各 感 覚 情 報 処 理 領 域 に到
達 し外 界 の モ ノ と して 認 識 され る過 程 が 知 覚(perception)で,知
覚 されたモ
ノが 概 念 中 枢 で 処 理 され て 物 と して 理 解 され る 過 程 が 認 知(cognition)で
あ
る と説 明 して い る.
●感覚 の分類 俗 に 五 感 と よば れ る も の に,視 覚,聴
覚,味 覚,嗅 覚,触
覚 が あ る.感 覚 の
分類 に つ い て は い ろ い ろ な視 点 や 立 場 が あ る が,刺 激 を受 け る身 体 部 位 を 目安 に した 分 類 を表3.1に 示 す.
表3.1
感 覚 系 の 分 類(鹿
取 ・杉 本,2004;一
部 改 変)
特 殊 感 覚 と は,組 織 と して 特 化 した専 用 の 感 覚 器 官 が 存 在 す る こ と を意 味 す る.専 用 の 感 覚 器 官 と して,眼(視 耳(平 衡 感 覚)が
覚),耳(聴
意,吐
体 的 に は 満 腹 ・空 腹 感,渇
覚),
き,便
き気 な どが あ る.特 殊 感覚 に も内 臓 感 覚 に も属 さ な い もの を ひ っ
くる め て 体 性 感 覚 と よ ん で い る.そ れ らは,皮 膚 感 覚(表 (運 動 感 覚)に
覚),鼻(嗅
含 ま れ る が,特 殊 感 覚 は す べ て 頭 部 で 対 応 して い る.内 臓 感
覚 は 胃 や 膀 胱 な ど の 内 臓 臓 器 の 感 覚 で,具 意,尿
覚),舌(味
面 感覚)と
深 部 感覚
分 け ら れ る.こ の 深 部 感 覚 に 属 す る運 動 感 覚 と特 殊 感 覚 の 平 衡
感 覚 は 自身 の 体 の 空 間 に お け る位 置 や運 動 に 関 す る の で,ひ
と ま と ま りに して
自 己受 容性 感 覚 あ るい は 固 有 感 覚 と よば れ る こ と もあ る.
●知覚 成立の メカニズ ム 知 覚 経 験 が 生 じる た め に は,図3.1に
示 す よ う な 経 路 が 存 在 す る.ま ず,物
理 的世 界 の 一 部 で あ る刺 激 対 象 が あ り,次 い で,そ
こか ら送 られ る光,音
波な
図3.1
知 覚 の 成 立 経 路(野
口,1978)
どの エ ネ ル ギ ー を受 容 す る 感覚 器 官 が あ り,さ らに,そ
こか ら送 られ る感 覚 情
報 を統 合 す る大 脳 皮 質 が あ り,そ れ ぞ れ が 適 切 に は た らい て い な け れ ば 外 界 を 正 確 に 認 知 す る こ とが で き な い.
3.2 視 覚 の 神 経 学 的 基 盤
●視 覚 とは 視 覚 は 光 とい う電 磁 波 に対 す る物 理 感 覚 で あ り,ヒ 視 光 領 域(波
長 約380∼780nm)の
トの 場 合 は,い わ ゆ る可
電 磁 波 に対 す る 感 覚 で あ る.視 覚 系 は 外 界
か らの 光 を 適 刺 激 とす る 感 覚 系 で,光 学 系 お よび 網 膜 を 含 む 眼 と,眼 か ら大 脳 皮 質 に視 覚 情 報 を伝 え る 視 覚 伝 導 路,大
脳 視 覚 中 枢 か らな る.
●眼 の構造 角 膜 か ら入 っ た 光 は,水 晶 体 と硝 子 体 を通 っ て 網 膜 に達 す る.光 刺 激 は 網 膜 で 神 経 の 信 号 に 変 換 さ れ,眼 か ら の情 報 は 視 神 経 を通 して脳 に 伝 え られ る(図 3.2).網
膜 の 光 受 容 細 胞 に は 桿 体(約1億2000万
個)と
が あ る.錐 体 細 胞 は明 る い と こ ろ で は た ら き,青,緑,赤 る3種 類 の 細 胞 が あ る.一 方,桿
錐 体(約650万
個)
の波長の光 に応答す
体 細 胞 は1種 類 で 色 情 報 は 提 供 で き な い が,
光 に 対 す る感 度 が 高 く,明 る さの 情 報 を伝 え る.桿 体 細 胞 と錐 体 細 胞 は双 極 細 胞 と水 平 細 胞 とに シナ プ ス結 合 を し,双 極 細 胞 は 視 細 胞 か らの 信 号 を網 膜 の 出 口 の 神 経 節 細 胞へ と伝 え る.神 経 節 細 胞 は 情 報 を パ ル ス信 号 に 変換 し て伝 達 す る.
図3.2
ヒ トの 右 眼 の 水 平 断 面(斉
藤,2001)
神 経 節 細 胞 の反 応 を誘 発 す る こ との で きる 網 膜 上 の(視 容 野 と よぶ.神
が りを受
経 節 細 胞 の 視 覚 情 報 処 理 は,視 神 経 の 投 射 先 に よ り,P細
(小細 胞)とM細
胞(大
態 情 報 処 理(色
野 内 の)広
細 胞)に 分 類 で き る.P細
覚 と形 態 視)に
情 報 処 理(運 動 視,立
体 視)に
関 係 し,M細
胞
胞 は狭 い受 容 野 を もち,形
胞 は 大 きな 受 容 野 を も ち,空
間
関 係 す る.視 覚 情 報 の こ の2つ の 流 れ は,視 覚
情 報 処 理 の 終 着 点 で あ る視 覚 連 合 野 に至 る まで,互 い に情 報 交換 しつ つ も,ほ ぼ独 立 して 進 む.
●視覚伝 導路 網 膜 か らの イ ンパ ル ス は視 神 経,視
交 叉,視 索 を通 り,外 側 膝 状 体 に 伝 え ら
れ る.外 側 膝 状 体 の 軸 索 は 視 放 線 の 中 を通 り,1次 鳥 距 皮 質=ブ 半 球 に,左 (以 下,ブ 最 近,視
ロー ドマ ンの17野)に
視 覚 野(V1野=有
到 達 す る.こ の 場 合,視
線野=
野 の 右 半 分 は左
半 分 は右 半 球 に と視 野 は 反 対 側 の 半 球 へ と投 射 さ れ る(図3.3). ロ ー ドマ ンの 領 野 に つ い て は 第2章 の 図2.3を 参 照) 神 経 か らの投 射 がV1野(ブ
ロ ー ドマ ン17野)以
外 の 領 野(ブ
ロ
図3.3
網 膜 か ら1次
ー ドマ ン20 ,21野)へ
関係 す る.1次
あ り,こ
至 る 神 経 投 射 経 路(斎
藤,2001)
も少 量 な が ら投 射 して い る こ とが あ き ら か に な っ た.
こ の 新 し い 知 見 は 盲 視(見 い)に
視 覚 野(V1野)に
え て い る の に 見 え た こ と を 意 識 的 に体 験 して い な
視 覚 野 は鳥 距 溝 の 上 下 の 皮 質(ブ
こ に は網 膜 部 位 局 在 が あ る.す
な わ ち,視
ロ ー ドマ ン17野)に
野 の 右 側 の 情 報 は左 半 球
に,左 側 の 情 報 は 右 半 球 に投 射 され る.視 神 経 か ら1次 視 覚 野 まで の 損 傷 で 視 野 欠 損 が 生 じる.1次
視 覚 野 に は3つ の 異 な っ た 機 能 単 位 が 存 在 す る.ひ
は コ ラ ム と よ ば れ る 機 能 単 位 で,物 の 輪 郭,形
の 認 知 に 関 与 す る もの,も
とつ は ブ ロ ッ ブ と よ ば れ る 色 の 識 別 に 関 与 す る も の,3つ す る もの で あ る.1次 覚 前 野:ブ
視 覚 野 に 入 っ た視 覚 情 報 は,そ
ロ ー ドマ ン18野,視
覚 周 辺 野:ブ
とつ うひ
め は物 の 動 きに 関 与
の周 辺 の視 覚 連 合 野(視
ロ ー ドマ ン19野)に
伝 達 され
る.視 覚 連 合 野 の 損 傷 で は,さ ま ざ ま な視 覚 失 認 や 視 空 間 認 知 障 害 が 出 現 す る.
● 何 経 路 と何 処 経 路 1次 視 覚 野 以 後 の 視 覚 情 報 処 理 に は 大 き く2つ の経 路 が あ る こ とが 認 め られ て きて い る.ひ
とつ は 後 頭 葉 の1次 視 覚 野 か ら頭 頂 連 合野 に 向 か う経 路 で ,背
側 ス トリ ー ム(dorsal
path)と
か わ る経 路 で 空 間 視 系(where)と
よ ばれ,対
象 の 空 間 的 位 置 関係 や 運 動 知 覚 に か
も い わ れ る.も
う一 方 は,1次
視覚野 か ら
図3.4
脳 の2つ
の 視 覚 情 報 処 理 の 流 れ(安
側 頭 連 合 野 に 向 か う 経 路 で,腹
西 ほ か,1994)
側 ス ト リ ー ム(temporal
の 形 や 色 の 認 知 に 関 与 し て お り,物
体 視 系(what)と
path)と
よ ば れ,対
象
も い わ れ る(図3.4).
3.3 視 覚 の 神経 心 理 学 的 障 害
●視 野欠損 眼 前 一 定 距 離 の 点 を 固 視 して い る と き に視 認 で き る空 間 の広 が りを視 野 とい う.網 膜 は 部 位 に よ っ て 感 度 が 異 な り,等 感 度 部 位 を結 ん で 表 現 した 視 野 を イ ソ プ タ視 野 とい う. 視 野 内 に は 視 神 経 乳 頭 部 で 網 膜 を 欠 くた め の 生 理 的 暗 点(マ が あ るが,疾
リ オ ッ ト盲 点)
患 に よ っ て 視 野 が 周 辺 か ら狭 くな るの を視 野 狭 窄 とい い,視
に 病 的 盲 点 が 出現 す る の を病 的 暗 点(暗
点)と
野内
い う.視 野 異 常 は網 脈 絡 膜 や 視
神 経 な ど眼 底 の 疾 患 で起 こ る場 合 は た い て い左 右 眼 で 異 常 の 程 度 を異 に し,異 常 の 形 態 も不 規 則 で あ る.こ れ に対 し,視 索 か ら視 中枢 に か け て の 障 害 で 起 こ る 視 野 異 常 は半 盲 な ど,左 右 眼 で よ く似 た形 態 の 欠 損 を示 す(図3.5). 両 眼 球 か ら 出 た視 神 経 は,ト ル コ鞍 上 部 で 一 部 交 差 を した 後,左 右 脳 半 球 へ 分 か れ て 視 索 と な り,外 側 膝 状 体 を経 て 視 中 枢 へ 達 す る が,そ の 間 の 障 害 発 生 部 位 に よ り特 有 な 視 野 異 常 が 現 れ る.注 視 線 を境 に両 眼 の そ れ ぞ れ耳 側 ま た は 両 眼 の そ れ ぞ れ鼻 側 半 分 が 欠 損 す るの を異 名 半 盲 とい い,両 眼 で そ れ ぞ れ 視 線 の 同側 に 半 盲 が あ れ ば 同 名 半 盲 とい う.障 害 部 位 が 視 索 にあ る と き,半 盲 は視 野 の 中心 部 を分 割 す るが,障 害 が 視 放 線 に あ る と視 野 の 中 心 部 は 見 え る(黄 斑
図3.5
視 覚 経 路 と 視 野 欠 損(渡
辺,2005)
回 避)左 右 同 型 の 同名 半 盲 と な る.視 中枢 に障 害 が あ る と,同 名 半 盲 の ほ か に 1/4盲,水
平 盲 が み られ る.
●皮 質盲 視 覚 伝 導 路 が 両 側 完 全 に 破 壊 さ れ る と,視 野 全 体 が 脱 落 す る盲 の 状 態 とな る.こ れ は大 脳 性 盲 と よ ば れ るが,視 覚 伝 導 路 の 損 傷 部 位 が 大 脳 皮 質 の有 線 野 (ブ ロー ドマ ン17野)に
あ る 場 合 を皮 質盲 とい う.純 粋 な 皮 質 盲 は 線 条 体 の み
の 両 側 性 損 傷 に あ た るが,実
際 に は損 傷 が 周 囲 の 皮 質 に まで 及 ん で い るか,あ
る い は部 分 的 損 傷 の急 性 期 に 一 過 性 に生 じる場 合 が 多 い.
● 皮 質 性 色 盲(大 脳 性 色 盲) 一 般 に色 盲 や 色 弱 は,網
膜 の 視 物 質 に原 因 が あ り,一 部 の 色 に対 す る感 覚 が
障 害 さ れ る の に対 して,脳
の 障 害 に よ って 物 の 形 や 明 る さ の 知 覚 は正 常 で あ る
が,損 傷 した 場 所 と反 対 側 の視 野 の 全 体 に わ た っ て,す べ て の 色 覚 が 失 わ れ る
表3.2
こ とが あ る.た
色 彩 処 理 障 害 の 鑑 別(小
山,2003;一
部 改 変)
とえ ば,右 脳 の紡 錘 状 回 に損 傷 を もつ 患 者 に カ ラー 写 真 を 見せ
る と,注 視 して い る 点 よ り も右 側 の 部 分 は正 常 に 見 え る が,左 側 の部 分 は 白黒 写 真 の よ うに 見 え る.ま た 両 側 後 頭 葉 腹 内 側 部 の 障 害 で は 全 部 の 視 野 に お け る 色 覚 の 障 害 が 生 じる.こ れ らを大 脳 性 色 盲(中 枢 性 色 覚 障 害)(cerebral matopsia)と
よぶ(武
田 ・宮 森,2002).大
achro
脳 性 の 色 覚 障 害 以 外 に も色 彩 失 認,
色 名 呼 称 障 害 な どが あ る(表3.2).
●盲
視
視 野 欠 損 が あ る場 合,欠 損 部 に提 示 され た 光 刺 激 は意 識 的 に は知 覚 され な い が,な
ん らか の 形 で受 容 され て い る場 合 が あ る . 欠 損 部 に 当 て た 光 点 の位 置 を
指 す 課 題 で,被 験 者 は 光 点 が 見 え な い の で 推 測 に よ っ て 反 応 す るが,そ
れで も
十 分 正 確 に 定 位 で きる こ とが あ る.こ の 現 象 は,被 験 者 に は 刺 激 を見 た とい う 意 識 的 な 体 験 が な い の に刺 激 に正 し く反 応 し て い る と こ ろ か ら,盲 視(blind sight),残 存 視 覚(residual
vision)な ど と よ ば れ て い る.皮 質 盲 も含 め て 視野
欠損 が あ る場 合,外 側 膝 状 体 よ り も高 次 の レベ ル の 損 傷 の場 合 に は欠 損 部 で も 刺 激 の 定 位 や 運 動 の 検 出 が 可 能 な こ とが 明 らか に され て い る(図3.6). また,盲
視 は,網 膜 か ら上 丘,視 床 枕 を経 て 視 覚 連 合 野 に 至 る,い わ ゆ る 第
二 視 覚 系 に よ っ て 成 立 す る との 見 解 が 一 般 的 とな っ て い る(図3.7).
図3.6
症 例DBの
半 盲 部 の 刺 激 定 位(河
内,1995)
3.4 聴 覚 の神 経 学 的 基 盤
●聴 覚 とは 聴 覚 は音 波 とい う機械 的 刺 激 に対 す る 感 覚 で あ る .音 の 物 理 的 な 属 性 で あ る 周 波 数(Hz)・
強 度(dB)・
に対 応 す る.ヒ で きる が,特
波 形 は,ヒ
トの 感 覚 で は音 の 高 さ ・大 き さ ・音 色
トの 場 合,周 波 数 が 約15∼20,000Hzま
に300∼3,000Hzの
で の音 を感 じる こ とが
範 囲 の音 に 対 して 感 度 が 高 い.音
は空気や水
の 振 動 現 象 で あ る か ら,音 を知 覚 す る た め に は 空 気 や 水 の振 動 を ニ ュ ー ロ ンの 神 経 信 号 に 変換 す る メ カ ニ ズ ムが 存 在 す る.そ の う え で,音
の周 波 数,時
間,
音 圧 を特 徴 抽 出す る神 経 回 路 機 構 が あ り,そ れ ら を統 合 して 脳 内 に聴 空 間 が 形
図3.7 皮質 下 経路 ― 膝 状体 系 と非膝 状 体系(河 内,1995)
成 され る.聴 覚 系 は 聴 覚 器 官,聴 覚 神 経 系,お
よ び大 脳 皮 質 聴 覚 野 か ら な る.
● 聴 覚 器 官 と聴 覚 伝 導 路 聴 覚 器 官 は外 界 か らの 音 波 を導 き入 れ る た め の外 耳,空 小 骨 の 振 動 変 換 して 伝 送 す る 中 耳,振 (図3.8).外
耳(耳
骨 の あ る場 所),さ
介,外
動 を 電 気 信 号 に 変 換 す る 内 耳 か らな る
耳 道 か ら鼓 膜 ま で)か
らに 内 耳(三
図3.8
気 振 動 で あ る音 波 を
半 規 管,前
ら中 耳(鼓
膜 か ら3つ の 耳 小
庭 お よ び 蝸 牛)へ
聴 覚 器 官 の 模 式 図(大
串,2001)
と伝 え られ た 音
の情 報 は,蝸 牛 神 経 を伝 わ り下 丘 や 内 側 膝 状 体 を経 由 して,側 頭 葉 内 側 面 に位 置 す る1次 聴 覚 野(ブ
ロー ドマ ン41野)へ
と投 射 され る.
蝸 牛 か ら出 た神 経 線 維 は蝸 牛 神 経 核 に入 る.中 枢 に近 づ くほ ど,神 経 線 維 の 束 は 多 くの経 路 を と り,反 対 側 に行 くも の も同 側 に行 く もの もあ る.こ れ らの 経 路 は,蝸 牛 → 蝸 牛 神 経 核 → 上 オ リー ブ 核 → 下 丘→ 内 側 膝 状 体 → 大 脳 皮 質1次 聴 覚 領 と い う経 路 に な る(図3.9). 1次 聴 覚 野 は横 側 頭 回(ヘ
ッ シ ュ ル横 回 :ブ ロ ー ドマ ン41野)に
に は音 調 局 在 が あ る. 聴 覚 情 報 は,さ マ ン42野)に
至 る.特
に,優 位 半 球 の 上 側 頭 回 後 半 部(ブ
は ウ ェ ル ニ ッケ 野 と よ ば れ,主 音(環
境 音 や 音 楽)に
あ り,こ こ
ら に聴 覚 周 辺 野(上 側 頭 底 面:ブ
ロー ド
ロ ー ドマ ン22野)
に言 語 の 認 知 処 理 に 関 係 して い る.非 言 語 性 の
関 して は,主
に劣 位 半 球 で 認 知 処 理 が な され て い る と考
え ら れ て い る.一 側 の1次 聴 覚 野 の 損 傷 で は,病 巣 反 対 側 で音 の 弁 別 能 力 が 低 下 す る.両 側 の損 傷 で は言 語 ・環 境 音 な どす べ て の音 に 対 し,聞 こ えて い るが 何 の 音 か わ か らな い とい う聴 覚 失 認 の 状 態 とな る.
● 言 語 中枢 言 語 処 理 領 域 は左 半 球 に あ り,前 頭 葉 下 部 弁 蓋 部 に位 置 す る 運 動 性 言 語 野 (ブ ロ ー カ野;ブ ロ ー ドマ ン44野)と
上 側 頭 回 後 方1/3に
位 置 す る受 容 性 言 語
図3.9 蝸 牛 か ら大脳 皮 質聴 覚 野 まで の 求心 性 神 経 経路(西 崎 ・岡,2004)
野(ウ
ェ ル ニ ッ ケ野;ブ ロ ー ドマ ン22野)を
の2つ
の 領 域 は 弓 状 束(fasciculus
中 核 と して 成 り立 っ て い る.こ
arcuatus)に
よ っ て 結 ば れ て い る.さ
らに,
ウ ェ ル ニ ッケ野 の 後 方 に連 な っ て 文 字 言 語 の 処 理 に重 要 な 役 割 を演 じて い る角 回(ブ
ロ ー ドマ ン39野)が
あ る.シ
ル ビ ウ ス溝 をめ ぐる こ の3領 域 を 含 む部
分 は 通 常,言 語 領 域 と よ ば れ る(山 鳥,1985).
3.5 聴 覚 の 神 経 心 理 学 的 障 害
●難
聴
聴 力 障 害 は外 耳 か ら大 脳 皮 質 に至 る聴 覚 系 の い ず れ の 部 位 の 異 常 に よ っ て も 起 こ る が,量 60dB),高
的 に は 軽 度 難 聴(聴
度 難 聴(60∼90dB),お
難 聴(hearing
loss)は
力 損 失30dB以
内),中
よび 聾(90dB以
上)に
60dBを
区 別 さ れ る.
そ の 障 害 部 位 に よ り大 き く伝 音 性 と感 音 性 の2種 類
に 分 け られ る.伝 音 性 難 聴 は 外 耳,鼓 膜,中 の で,外
等 度 難 聴(30∼
部 の 音 が 遮 断 さ れ,気
耳 の伝 音 系 障 害 に よ り発 生 す る も
導 聴 力 が 低 下 す る が,聴
力損 失 の程 度は最 高
超 え な い.一 般 に低 音 域 の 聴 力 損 失 が 大 き い.骨
導聴 力 は正常 であ
り,自 分 の 声 は 大 き く聞 こ え る の で 普 通 の 大 き さ の 声 で しゃ べ る こ とが で き る. 伝 音 性 難 聴 の 原 因 に は,外 耳 道 閉鎖 症,鼓
膜 穿 孔,中 耳 炎 な どが あ る が,手
術 で 聴 力 回 復 は 可 能 で あ り,ま た補 聴 器 に よ る 聴 力 改 善 もよ い.一 方,感
音性
難 聴 は 内耳 か ら大 脳 皮 質 の 聴 覚 中枢 に至 る経 路 の 障 害 に よ り生ず る も の で,気 導 聴 力 と骨 導 聴 力 が,ほ
ぼ 同 程 度 に 障 害 さ れ,高 音 域 の 聴 力 損 失 が 著 しい.高
度 に な れ ば 全 聾 に な る こ と も少 な くな い.自
分 の 声 も聞 こ え に く くな る の で 大
きな 声 で し ゃべ る.言 語 音 の 聴 取 明 瞭 度 が 一 般 に 悪 く,障 害 部 位 に よ り複 聴 や 聴 覚 疲 労 な どが 現 れ る.薬 物 や 手 術 に よ る聴 力 回 復 は困 難 で あ り,補 聴 器 も伝 音 難 聴 の場 合 ほ ど は効 果 が な い . 感 音 難 聴 は,さ 性,中
枢 性 の3つ
ら に,内 耳(蝸
牛)性,神
経
に分 け られ る.
内 耳 性 難 聴 は,内 耳 の蝸 牛 に あ る 有 毛 細 胞 の 障 害 に よ る難 聴 で 蝸 牛 性 難 聴 と もい うが,感
音 難 聴 の 大 半 は これ で あ る.神 経 性 難 聴 は,聴 神 経(蝸
牛 神 経)
の 障 害 に よる もの で,そ の 原 因 は聴 神 経 腫 瘍 が 主 で あ り,難 聴 は進 行 性 で 全 聾
表3.3
に な る が,難
難 聴 の 分 類(湯
本,2005)
聴 の ほ か に 耳 鳴 りや め まい を伴 う.中 枢 性 難 聴 は,聴 覚 伝 導 路 や
大 脳 皮 質 の 聴 覚 中 枢 の 異 常 で 生 じるが,両
耳 性 難 聴 で,言 語 音 の 聴 取 が きわ め
て 悪 い の が 特 徴 で あ る.伝 音 と感 音 難 聴 が 重 複 した もの を混 合 難 聴 とい う.こ の ほ か,神 経 症 に な りや す い 人 が,感 情 の 内 的 葛 藤 や 情 動 不 適 応 を難 聴 に転 嫁 して 不 安 感 情 を軽 減 し よ う とす る よ うな 心 因性 難 聴 が あ る(表3.3).
●皮質聾 両 側 の1次 聴 覚 野 の損 傷 で は 皮 質聾 は 生 じない.内
側 帯 状 体 を含 む皮 質下 構
築 の 両 側 性 の 障 害 で 起 こ る.
● 耳 鳴 り とマ ス カ ー 法 外 界 か ら音 の刺 激 が な い の に 耳 内 に感 じ られ る 音 感 を耳 鳴 り とい う.こ れ は 音 刺 激 の な い と き も 内 耳 や 聴 神 経 に 自 発 的 放 電 が 起 こ っ て い る た め に生 じ る. 中 枢 性 病 変(蝸 牛 神 経 が 脳 幹 に 入 り,そ こ か ら大 脳 の 聴 覚 中枢 で あ る側 頭 葉 ま で の 線 維 連 絡 路 の 障 害)よ る 障 害)に
りは,末 梢 性 病 変(蝸 牛 神 経 や 鼓 膜 か ら外 耳 道 に至
よ る耳 鳴 りの ほ うが 頻 度 は 多 い.耳 鳴 りの 治 療 は現 在 の 医 学 で は難
し く,耳 鳴 りを軽 減 す る こ とは 可 能 で あ っ て も完 全 に取 り去 る こ と は困 難 で あ る.パ
チ ン コ店 や ゲ ー ム セ ン ター な ど大 きい騒 音 の 場 所 に い て, そ こか ら出 る
と一 時 的 に(1時
間程 度)耳
鳴 りが な くな る 場 合 が あ るが,こ
れを遮蔽効果 の
持 続 現 象 とい う.こ の 遮 蔽 効 果 を利 用 して 耳 鳴 りの 治 療 をす る 方 法 をマ ス カ ー 法 とい う.
●失音楽症 脳 の 障 害 に よ っ て 生 じた,音 楽 機 能 に 関 連 した さ ま ざ ま な障 害 を示 す 包 括 的 な 名 称 が 失 音 楽 症(amusia)で の 分 類 に よれ ば,主
あ る(進 藤,2003).ベ
ン トンに よ る失 音 楽 症
と して音 楽 の 受 容 面 の 障 害 と,運 動 また は表 現 面 の 障 害 に
分 け られ る.受 容 面 の 障 害 の な か で,「 熟 知 して い る メ ロ デ ィー を聴 覚 的 に同 定 で き な い 状 態 」 は 聴 覚 失 認 の一 種 で あ る. 山 鳥 らは ブ ロ ー カ失 語 症 例 を検 討 し,多 な い こ と を報 告 して い る.ブ が,歌
くの 症 例 で歌 唱 能 力 が 障 害 さ れ て い
ロ ー カ失 語 の 病 巣 は左 脳 前 頭 葉 下 部 に存 在 す る
唱 能 力 が 障 害 さ れ た運 動 性 失 音 楽 症 の ほ と ん どの 例 で は 右 脳 病 変 で あ
り,歌 唱 に お い て メ ロ デ ィー,ピ
ッチ の 障 害 が み られ,リ
ズ ム の 異 常 はみ られ
な い こ とが 多 い と い わ れ て い る. 武 田 らは 運 動 性 失 音 楽 を呈 した 右 側 頭 葉 皮 質 下 出血 の 症 例 を報 告 し,右 側 頭 葉 皮 質 下 白 質 が 音 楽 の 表 出 能 力 に 関 与 して い る 可 能 性 を示 唆 して い る.
● ウ ィ リア ム ズ 症候 群 ウ ィ リ ア ム ズ症 候 群(Williams J.C.P.)に
は,ウ
ィ リ ア ム ズ(Williams,
よ っ て は じめ て 報 告 さ れ た 遺 伝 子 病 で あ る.ま
20,000人 に1人 頭,小
syndrome)と
れ な疾 患 で 出 生 約
の 頻 度 と考 え られ て い る.身 体 的 特 徴 と して,広 い 額 で 小 さ な
顎 な どが あ げ られ る.精 神 機 能 の 特 徴 と して,言 語,音 楽,人
ど に は 高 い 能 力 を示 す が,計 算,空 あ る.IQは
典 型 的 に は50か
ベ ル で あ る.合
間関係 な
間 的 な技 能,運 動 能 力 に障 害 を もつ 傾 向 が
ら70の
間 で,軽
度 か ら中 程 度 の 精 神 発 達 遅 滞 レ
併症 の 一 つ と して聴 覚 過 敏 が あ る.こ れ は 音 に対 す る過 度 な感
受 性 の こ とで あ る が,ウ
ィ リア ム ズ症 候 群 の場 合 は,耳 で 音 を聞 くプ ロセ ス の
問 題 で は な く,脳 が 耳 か らの 情 報 を 処 理 す る過 程 の 問 題 で 聴 覚 過 敏 が 起 こ る. 特 定 の 音 だ け に不 快 感 が あ り,あ る 人 に と っ て は,ほ し く感 じ られ る.一 般 的 に は,ウ
ん の い くつ か の音 が煩 わ
ィ リア ム ズ症 候 群 の 人 は 大 き くな る につ れ て
音 を う ま く処 理 で きる よ う に な る とい わ れ る(Lenhoff
et al.,1997).
3.6 体性 感 覚 の 神 経 学 的基 盤
● 体 性 感 覚 とは 体 表 に 分 布 す る受 容 器 に よ っ て 引 き起 こ され る感 覚 で あ る 皮 膚 感 覚(表 覚:触 覚,温
冷 覚,痛
覚)と,皮
感 覚 で あ る深 部 感 覚(振 皮 膚 や唇,口
腔,肛
面感
膚 の 表 面 で は な く,体 の 内 部 に あ る機 械 的 な
動 覚,位
置 覚)を
ま とめ て 体 性 感覚 と よぶ.
門 な どの 粘 膜 は,触,温,冷,痛
の4種 類 を 感 ず る こ と
が で きる.皮 膚 の 感 覚 器 は,皮 膚 全 面 に広 が っ て い る の で な く点 状 に 分 布 して い るが,こ
れ らの 点 を感 覚 点 とい う.痛 点 が 最 も多 く,温 点 が 最 も少 な い.
骨 膜 や 腱 や 関 節 な ど に は求 心 性(知
覚)神
経 が 分 布 して い る.筋
肉 内 に も筋
紡 錘 とい う感 覚 器 が あ り,こ こか ら出 る求 心 性 神 経 が 脊 髄 に 入 る.こ れ らの神 経 に よ り,目 た,物
を 閉 じ て い て も 手 足 の 位 置 や 関 節 の 曲が り具 合 が わ か る し,ま
を 持 つ と きに 生 じる重 量 感 や 触 れ る物 の 硬 さや 抵 抗 な ど も感 ず る こ とが
で きる.
●体性感 覚経路 皮 膚,筋,関
節 に 分 布 した 受 容 器 で 受 け と っ た体 性 感 覚 の 情 報 は,脊 髄 後根
を経 て 脊 髄 を上 行 し,視 床 を経 由 して,大 野;ブ ロー ドマ ン3,1,2野)に
脳 皮 質 の 中心 後 回(1次
投 射 され る(図3.10).こ
体性 感覚
の 経 路 は感 覚 の 種
類 に よっ て 異 な る. 1次 体 性 感 覚 野 は 中 心 後 回 の 中 心 溝 に接 した 部 分 に あ り,1次 外 側,中
心 後 回 か ら頭 頂 葉 弁 蓋 部 に か け て の 領 域 は2次
る.体 性 感 覚 は,1次
体 性 感 覚 野 か ら体 性 感 覚 連 合 野(ブ
へ 至 り,さ ら に 補 足 感 覚 野(前
部:ブ ロー ドマ ン7野),頭
小 葉:ブ ロ ー ドマ ン39,40野)に
体性 感覚野 の
体性 感覚 野 とよばれ ロ ー ドマ ン5,7野) 頂 連 合 野(下
頭頂
お い て 各 種 感覚 と統 合 され る.
1次 体性 感 覚 野 で は,体 表 のす べ て の 部 分 と 内臓 器 官 か らの 体 性 感 覚 情 報 が 規 則 正 し く配 列 さ れ,体 表 で 隣 接 す る 部 分 の 情 報 は1次 体 性 感 覚 野 で も隣 り合 っ て い る.た
だ し,あ る部 分 か らの 投 射 は広 い 部 分 を 占 め,ま
い 範 囲 に し か 投 射 し て い な い.た
と え ば,指
た別の部分 は狭
や 唇 は 相 対 的 に 大 き な部 分 を 占
注:前 外側 索 系(腹 側 脊髄 視 床路 と外 側脊 髄 視 床 路)も 中 脳 網 様 体 と視床 非 特 殊核 とに投射 して い る. 図3.10 体 性感 覚 の 中枢 経路(中 野,2004)
め,背 中 は狭 い 範 囲 とな って い るが,こ
れ は人 の行 動 で 指 や 唇 が 重 要 な役 割 を
担 っ て い る こ と を考 え れ ば 理 にか な っ て い る.こ の よ う な体 性 感 覚 の 投 射 様 式 を体 部 位 局在 とい う(図2.4(a)参
照).
● 脳 の 中 の こ び とホ ム ン クル ス ホ ム ン ク ル ス(homunculus)と
は,ラ
テ ン語 で 小 人 を意 味 す る.カ
脳 外 科 医 ペ ン フ ィ ー ル ド(Penfield, W.)は,て に 際 し,ヒ
んか ん患者 の手術 部位 の決定
トの 大 脳 皮 質 を電 気 刺 激 し,運 動 野 や 体 性 感 覚 野 と体 部 位 との 対 応
関 係 を ま と め た(2章 さが,大
ナ ダの
の 図2.4(b)参
照).ホ
ム ン ク ル スの 体 の 各 部 分 の 大 き
脳 皮 質 運 動 野 の相 当 領 域 の 面 積 に対 応 す る よ うに 描 か れ て い るた め,
親 指 は大 き く長 く,顔 や 舌 も異 常 に 大 きい とい う よ う に体 の 形 が か な り歪 ん で い る.ペ
ン フ ィー ル ドの ホ ム ン クル ス の 特 徴 の ひ とつ は体 の 表 面 積 と脳 の 対 応
部 分 の 面 積 が1対1に
対 応 して い な い とい う点 で あ る.も
う ひ とつ は,体 の 隣
接 す る部 分 が,大 脳 皮 質 表 面 で も隣接 す る よ う に規 則 的 に 配 列 して い る 点 で あ る.
3.7 体 性 感 覚 の 機 能 障 害
●体性 感覚の異 常 皮 膚性 の 感 覚 異 常 に は,二 点 識 別 覚 障 害,線
図形 認 知 障 害,立
体 覚 障 害,位
置 覚 や 重 量覚 の 障 害 な どが あ る.中 枢 性 体 性 感 覚 障 害 に は,四 肢 の 位 置 覚 障 害,重
さの 感 覚 障 害,触
素 材 失 認(材
点 定 位 の 障 害,形
料 や 素 材 の 認 知 が 困 難),触
態 失 認(大
き さや 形 の 弁 別 困 難),
覚 性 失 象 徴 症 な どが あ るが,高
次の
体 性 感 覚 の 障 害 と脳 損 傷 部 位 との 関 係 は 十 分 に は解 明 され て い な い.
● 幻 肢 と幻 肢 痛 幻 肢 は 一 般 に切 断患 者 にみ られ る 関 連 症 状 と され て い る が,脳 血 管 障 害 の 片 麻 痺 に 伴 う場 合 もあ る.幻 (supernumerary (anosognosia)に
phantom
limb)に
分 け ら れ る が,こ
なわ ち非所 格 化(personifi
ど も,広 い 意 味 で 幻 肢 に 含 め る場 合 もあ る. で に失 わ れ た 手 足 が 断 端 部 か 空 間部 に ま
だ 残 存 し て い る よ う な 幻 覚 に と ら わ れ る こ とが あ る.こ
ぶ.従
余剰肢
れ以 外 に病 態 失 認
人帰 属 化(autoheterosyncisis),人
四肢 を切 断 また は離 断 した場 合,す
limb)と
limb)と
伴 う身 体 パ ラ フ レニ ー(somatoparaphrenia)す
属 感(non-belonging),他 cation)な
肢 は 一 般 的 な 幻 肢(phantom
よ び,こ
れ を幻 肢(phantom
の 部 分 に 疼 痛 を訴 え る も の を幻 肢 痛(phantom
pain)と
よ
来 か ら幻 肢 の 発 生 につ い て は,心 理 学 的,生 理 学 的,精 神 科 的 に各 方 面
か ら 多 くの 仮 説 が 立 て られ て い る. 幻 肢 の 発 生 が 末 梢 性 か そ れ と も中 枢 性 な の か と い う問 題 に関 して,現 在 の 見 方 と して は,幻 肢 は 運動 知 覚,視 覚,触
覚 な どの す べ て の 神 経 系 統 の 部 分 を 含
ん だ 心 理 学 的 ・生 理 学 的統 一 現 象 と され て い る.末 梢 に 供 給 され た知 覚 と運 動 の統 一 体 系 に お い て,末 梢 か ら の す べ て の 供 給 が 一 部 突 然 な くな る こ とか ら, 機 能 的 に分 離 され た部 分 の幻 想 と して 現 れ た もの と解 釈 され る. 幻 肢 にみ られ る疼 痛 は単 に痛 覚 とい う知 覚 だ け の 問 題 で は な く,痛 み の特 徴
は,不 快 な 感 情 で かつ 局 在 性 を 有 す る感情 で あ る こ とが,精
神神経科 領域で 主
張 さ れ て い る(澤 村,1999).
3.8 味 覚 の 神 経 学 的 基 盤 と 機 能 障 害
●味覚 と嗅覚 味 覚 ・嗅 覚 の 研 究 は 視 覚 や 聴 覚 に 比 べ 非 常 に 少 ない.そ が 多 様 な 化 学 物 質 で あ る た め,物 日常 生 活 の 中 で,こ (斉 藤,2001).ヒ 可 欠 で あ る.広 覚)は
質 の 選 定 や 濃 度 の 調 整 が 単 純 で な い こ と や,
れ らの 感 覚 の 重 要 性 の 認 識 が 低 い こ と な どが あ げ られ る
トの場 合,味 覚 と嗅 覚 は,特 に 飲 食 と の 関係 で 日常 生 活 に不 く動 物 界 にお い て は,化 学 物 質 を刺 激 媒 体 とす る 感 覚(特
接 触 行 動,求 愛 ・生 殖 行 動,通
要 な役 割 を 果 た して い る が,味 らず,ヒ
の 理 由 と して,刺 激
信,ナ
に嗅
ビゲ ー シ ョ ンな ど多 岐 に わ た り重
を 感 じる し くみ は 現 在 で もま だ よ くわ か っ て お
トを 対 象 と した 知 覚 研 究 は 今 後 期 待 され る 領 域 で あ る.
● 味覚経路 口 に 入 れ た 食 物 は,舌
や 口 蓋 に 分 布 して い る 味 蕾 の 中 に あ る味 細 胞 を刺 激
し,そ こ で の 電 気 的 変 化 が シ ナ プ ス を介 して 味 覚 神 経 に電 気 的 イ ンパ ル ス 信 号 を 起 こ し,中 枢 へ と伝 え られ る.食 物 の 化 学 的 物 質(甘 味,う
ま味)を
と ら え る 味 蕾 は,ヒ
多 く,高 齢 者 で は 新 生 児 期 の1/2か そ50個
味,塩
味,酸
トで は数 千 程 度 と され て い る が,若 ら1/3と
の 味 覚 受 容 器 が 存 在 す る が,そ
な る.そ
味,苦 年ほ ど
れぞ れの味 蕾 に はお よ
の 細 胞 の 寿 命 は 長 くて も2週 間 程 度 で
あ り,味 覚 受 容 細 胞 は次 々 とつ く られ て い る.た い て い の 味 覚 受 容 細 胞 は2種 類 以 上 の 化 学 的物 質 に,そ れ ぞ れ 異 な る 強 さ で興 奮す る.ま た,ひ
とつ ひ とつ
の受 容 細 胞 に は 数 本 ず つ の神 経 線 維 が ま とわ りつ き,受 容 細 胞 か ら神 経 線 維 末 端 に 向 か う シ ナ プ ス伝 達 が 神 経 信 号 を 生 み 出 す.
●味覚伝 導路 味 覚 神 経核 か らの興 奮 は,脳 幹 か ら視 床(後 内 側 腹 側核)を 味 覚 中枢(ブ
ロ ー ドマ ン43,11,3野)に
経 て大脳半球 の
達 し,味 覚 が 知 覚 さ れ る.
大 脳 皮 質 の3野
と43野(味
味 蕾 か らの 情 報(顔
覚 野)は,と
もに 中心 溝 の す ぐ後 方 に 位 置 し,
面,舌 咽,迷 走 神 経 経 由)以 外 に舌 か らの 感 覚 情 報 も受 け
る.前 頭 葉 下 面 に 位 置 す る11野
は,味 覚 情 報 を集 め る だ け で な く,匂 い の 識
別 セ ン タ ー で も あ る.味 覚 刺 激 を ピ ッ クア ップす る 味 蕾 や 粘 膜 の 感 覚 線 維 末 端 部 は,数cmの
距 離 に わ た り,太 さ を 変 え な い 線 維 に移 行 し,脳 に 近 づ い た場
所 に あ る神 経 節 の 中 で,大
き くふ く らん だ1個
の神 経 細 胞 体 に な っ た後,再
び
線 維 の 形 と な り,橋 ま た は 延 髄 に進 入 して 三 叉 神 経 主 知 覚 核 ま た は 孤 束 核 を構 成 して い る神 経 細 胞 に信 号 リ レー を行 う.味 覚 伝 導 路 は さ らに,三 覚 核 と孤 束 核 か ら間 脳(視 か ら大 脳 皮 質 味 覚 領(ブ
床 の 後 内 側 腹 側 核)ま
で の 第2次
ロ ー ドマ ン43,11,3野)ま
叉神 経 主 知
ニ ュ ー ロ ン,間 脳
で の 第3次
ニ ュー ロ ンへ
とつ なが る(図3.11). ヒ トの 大 脳 味 覚 中 枢 に 関 して は 不 明 な点 が 多 か っ たが,近 置(PET),機
能 的 核 磁 気 共 鳴 装 置(fMRI),脳
年,陽
電子断層装
磁 気 計 測 装 置(MEG)な
新 しい 計 測 装 置 を 用 い た 味 覚 に 関 す る 脳 活 動 の研 究 に よ り,ヒ
どの
トの1次 味 覚 野
が 後 部 島皮 質 と頭 頂 弁 蓋 部 の移 行 部 で あ る こ とや,前 頭 弁 蓋 部,海 馬 傍 回,海 馬,頭
頂 間溝,帯
状 回,上 側 頭 溝 な どが 関 係 して い る こ とが わ か っ て きた(斉
図3.11
味 覚 伝 導 路(五
十 嵐 ほ か,2004)
藤,2001).
● 味 と味 わ い 味 覚 は酸 ・塩 ・甘 ・苦 ・旨 の5種 の 基 本 味 に 区 別 さ れ る.5種
の味覚 に対す
る感 受 性 は舌 の 部 位 に よ っ て異 な り,甘 味 は 舌 先 で,苦 味 は舌 の 根 本 で,酸 味 は 外 側 縁 で,塩 味 は,こ
味 は 舌 尖 と周 縁 で 最 も強 く感 じる.通 常 食 事 の 際 に 感 じて い る
れ ら5種 の 味 覚 と温 度 や 舌 ざ わ りな どの 感 覚 を総 合 した もの で あ る.
味 覚 は 個 人 差 が 大 き く,年 齢,性,精
神 的 ・肉 体 的 条 件,気
け る.味 わ い に は 味 覚 だ けで な く,嗅 覚,視
覚,聴 覚,触
候 風 土 の 影 響 も受
覚 な ど多 くの 感 覚 が
関 係 し,過 去 の経 験 ・記 憶 との照 合 や 比 較 に よ っ て,人 に よ り千 差 万 別 の 味 わ い が もた ら さ れ る.
●味覚検 査 味 を どの よ う に 感 じて い るの か は 本 人 に しか わ か らな い.そ の 意 味 で は 味 覚 は 主 観 的 な もの で あ る が,本
当 に 味 を感 じに く くな っ て い るの か,そ
れ と も違
っ た 味 に 感 じて い る の か は,「 味 覚 検 査 」 に よ りあ る 程 度 客 観 的 に判 定 で き る. 「味 覚 検 査 」 に は2つ の 方 法 が あ る. ① 電 気 味 覚 検 査:舌
に弱 い 電 流 を流 し,味 に 似 た刺 激 を与 え る.こ
感 じ方 の 程 度 を判 定 す る もの で,味
質(甘
味 は 感 じ るが,塩
の検 査 は, 味 を感 じ に
くい)の 異 常 は わ か らな い. ② 濾 紙 デ ィ ス ク法:基
本 的 な4つ
の 味(4基
本 味:甘
の 感 じ方 の 程 度 や 正 し さ を 調 べ る方 法 で,そ
味,塩
味,酸
味,苦
味)
れぞれ の味 の溶液 を含 ませ
た濾 紙 を舌 の い ろ い ろ な部 分 に 貼 り,判 定 す る.
●味 覚障害 味 蕾 の 障 害 に よ り,後 天性 の 味 覚 障 害 が 生 じる が,中 枢 性 の 味 覚 障 害 は,ほ か の 障 害 に 隠 れ て し ま って い て,味 覚 障 害 自体 の 報 告 は非 常 に ま れ で あ る が, 脳 幹 部 の 損 傷 や 中 心 後 回 の最 下 部 か ら前 頭 葉 弁 蓋 部 の 損 傷 に よ り味 覚 障 害 を起 こす との 報 告 が あ る(川 島,2002).
●味
盲
味 覚 に は 個 人 差 が あ るが,苦 白 人 で30%程
味 を ま っ た く感 じ な い 人 が,日
度 い る と い わ れ る.こ れ を 味 盲 とい う が,そ
本 人 で10%,
の 理 由 は よ くわ か
っ て い な い.劣 性 遺 伝 す る とい わ れ て い る.
3.9 嗅 覚 の 神 経 学 的 基 盤
●嗅覚経 路 空 気 中 に 含 まれ て い る物 質 の な か に は,鼻 粘 膜 に触 れ た だ け で 嗅 神 経(第1 脳 神 経)や
三 叉 神 経(第5脳
神 経)の 興 奮 を引 き起 こす もの が あ り,そ の興 奮
が 脳 に伝 達 さ れ た と き,嗅 覚(匂 に あ た る 場 所 に は,鼻
いが す る とい う意 識)が
粘 膜 の 嗅 部 と よ ば れ る2∼4cm2の
生 じる . 鼻 腔 の 天 井 特 殊 な領 域 が あ り,
こ の 領域 で キ ャ ッチ した情 報 が 嗅 神 経 を 介 して 脳 に伝 達 され る.鼻 粘 膜 全 体 を 守 備 範 囲 と して い る 三 叉神 経 は,鼻 粘 膜 で の 一 般 感 覚(触 ど)と と も に,ア
覚 ・冷 温 覚 ・痛 覚 な
ンモ ニ ア ・酢 ・亜 硫 酸 ガ ス ・ア ル コー ル な どの 強 い 臭 気 情 報
を,嗅 神 経 と は ま っ た く違 う経 路 で脳 に 伝 え る.
●嗅覚伝 導路 嗅 細 胞(約1000万)は,す に進 入 させ て い る.第1脳 突 起 は,30本
べ て1本 ず つ だ け の 軸 索 突 起 を嗅 球(脳
の 一 部)
神 経 を なす 神 経 線 維 そ の もの で もあ る これ らの軸 索
ほ どの 互 い に 分 離 した 小 束(嗅
糸)に
な っ た 状 態 で.鼻
腔 天井
部 を貫 通 し,嗅 球 に進 入 す る.嗅 球 進 入 後 は,各 軸 索 が 小 規 模 な 枝 分 か れ を し,各 枝 の 終 末 部 分 で2∼3個
の シ ナ プ ス 糸 球 に,単
一 嗅 細 胞 の と ら え た情 報
を伝 達 す る. 嗅球 内 の シナ プ ス 糸 球 は 直 径 が0.2mmぐ
らい の 球 状 領 域 で,数
ー ロ ン突 起 が 絡 み 合 っ て い る場 所 で あ る.そ の 数 万 の う ち,お が 鼻 粘 膜 か らや っ て きた 嗅 細 胞 の 軸 索 突 起 で あ り,約50が 状 突 起,残
万本 のニ ュ
よそ2万
∼3万
僧帽細 胞の頂 上樹
りが 傍 糸 球 細 胞 の 樹 状 突起 お よ び軸 索 突 起 で あ る.糸 球 内 で の シナ
プ ス伝 達 が も た らす 神 経 信 号 の 流 れ は,嗅 細 胞 の 軸 索 突 起 か ら僧 帽 細 胞 の 頂 上 樹 状 突起 に向 か う もの が 主 で,そ
の流 れ が 僧 帽 細 胞 の 軸 索 突 起 を伝 わ り嗅 球 外
に 出 る. 嗅 球 外 に 出 た 僧 帽 細 胞 の軸 索 突 起 は 嗅索 と よば れ る 神 経 線 維 を 形 成 し,や が て 大 脳 の1次
嗅 覚 野(前 頭 眼 窩 皮 質)に 終 わ る が,信
葉 大 脳 皮 質(嗅 脳 辺 縁 系(情
覚 意 識 が 生 じる),視
号 は さ らに そ の 先 の 前 頭
床 下 部(自 律 神 経 反 射 を引 き起 こす),大
緒 反 応 や 記 憶 を もた らす)に
伝 え られ る(図3.12).
嗅脳 の一部
は 大 脳 辺 縁 系 に 属 す る た め,大 脳 辺 縁 系 の 障 害 で は嗅 覚 異 常 を伴 っ た 症 状 が み られ る こ とが あ る. 嗅 細 胞 は 多 種 類 の 匂 い 物 質 に,い
ろ い ろ な程 度 の 強 さの 興 奮 反 応 を示 す.1
種類 の 匂 い 物 質 が1回
だ け鼻 粘 膜 に到 達 した場 合 で も,多 数 の 嗅細 胞 が 多 様 な
強 さで 興 奮 す る が,フ
ェ ロ モ ン とい う特 別 な匂 い 物 質 は例 外 的 に,そ れ だ け 極
め て 高 い 感 度 で と ら え る スペ シ ャ リ ス ト的 な嗅 細 胞 だ け の 興 奮 を 引 き起 こす.
● 嗅覚の検 査法 嗅 覚 は 自覚 的 な も の で あ る の で, 本 人 の 訴 え を 聞 き とっ て判 断 す る しか な い.簡 単 な検 査 と して は,目 を 閉 じ,片 側 の鼻 の 穴 を塞 ぎ,鼻 の前 に 差 し出 し た もの の 匂 い を 当 て て も らう方 法,検 査 は一 側 ず つ,刺 激 臭 の 少 な い もの(タ バ コ,石 鹸,香
水 な ど)で 行 う.刺 激 の 強 い ア ンモ ニ ア,ア
図3.12
嗅 覚 伝 導 路(馬
場,2001)
ル コ ー ル な ど は,
鼻 粘 膜 の 一 般 体 性 知 覚(触 不 適 当 で あ る.ま
た,ア
覚 や痛 覚)を 司 る 三 叉 神 経 ま で刺 激 して しま うの で リナ ミ ンの よ う な匂 い の 強 い 注 射 液 を 静 注 し,何 秒 で
そ の 独 特 な 匂 い を感 じる か で,嗅
覚 の 障 害 程 度 を 決 め る 方 法 も あ る(斉
藤,
1994). 嗅 覚 測 定 の 特 徴 と して,①
嗅刺 激 の 物 理 ・化 学 的 特 性 が 多 様 で1次 元 で は 表
せ な い,② 刺 激 濃 度 を 変 え る の が 容 易 で な い,③ 順 応 が 大 きい,④ 快 ・不 快 が 重 要 な要 因 に な る な ど,嗅 覚 特 有 の 事 情 が あ る.嗅 覚 測 定 の 留 意 点 に は,① 刺 激 側 の 問 題 と して,匂
い物 質 の純 度,刺 激 の提 示 法,流 速,濃
に よ る 質 の 変 化 な どが あ る.ま
た,② 被 験 者 側 の 問 題 と して,匂
度,応 答 の 再 現 性,特 異 無 臭 覚 症 の 有 無,喫 煙 の 効 果,嗅 い,そ
の 日の 健 康 状 態,順
度 の 単 位,濃
度
いへ の 習熟
ぎ方 に よ る 感 度 の 違
応 の効 果 な どが あ る(斉 藤,1994).
● 嗅覚の機 能障害 嗅 覚 の症 状 と して は,嗅 覚 が 感知 で き な くな る嗅 覚 脱 失(無
臭 症)や,正
者 に比 べ て 匂 い の 感 覚 が 弱 くな る 嗅 覚 減 退 が あ る.ま
常 な嗅 感覚 と し
た,異
常
て,す べ て の匂 い を そ の もの の 匂 い と は異 な っ た 匂 い と して 感 じ る異 嗅 症 や, 匂 い 刺 激 が あ る と そ の もの の 匂 い と関 係 な くあ る 一 種 の 匂 い 感 覚 と な る異 嗅 表3.4 お もな嗅刺激の提示法(斉 藤,1994)
症,匂
い 刺 激 が な い の に 異 常 な 匂 い 感 覚 が 生 じ る 自 発 性 異 常 嗅 覚 な ど が あ る.
そ の ほ か,文 あ る が,定
献 的 に は 嗅 覚 過 敏 症,嗅 義 が は っ き り せ ず,そ
覚 錯 誤 症,幻
嗅 症,悪
臭 症 な どの 記 述 が
れ ぞ れ さ ま ざ ま な 解 釈 が な さ れ て い る. [田 谷 勝 夫]
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4. 認知 と注 意の神経心理学
4.1 種 々の 対 象 認 知 障害
脳 損 傷 に 由 来 す る 対 象 認 知 の 障 害 は 失 認(agnosia)と 認 と い う 用 語 は,特 に 用 い ら れ る.す
の失
定 の 感 覚 モ ダ リテ ィ に 限 局 し て対 象 認 知 障 害 が 現 れ る場 合 な わ ち,失
が 困 難 で あ っ て も,ほ 題 を 示 さ な い.ま
総 称 さ れ る.こ
た,失
認 患 者 は,あ
る 感 覚 モ ダ リテ ィに お い て 対 象 認 知
か の モ ダ リ テ ィ を 介 し た 場 合 に は,対 認 で は,こ
象 認 知 に な ん ら問
の よ う な モ ダ リ テ ィ 特 異 性 に 加 え,視
害 や 聴 力 障 害 と い っ た 低 次 の 感 覚 障 害 や,痴
呆,意
識 障 害,失
力 障
語 に よ っ て患 者
の 症 状 を 十 分 に 説 明 で き な い こ と が 診 断 に あ た っ て の 前 提 条 件 と な る. 失 認 は,症
状 が 発 現 す る 感 覚 モ ダ リ テ ィ の 違 い か ら,視
覚 呈示 され た 対 象 の
認 知 が 困 難 な 視 覚 失 認(visualagnosia),電
話 の ベ ル音 や イ ヌの 鳴 き声 と い っ
た 環 境 音 の 同 定 が 難 し い 聴 覚 失 認(auditory
agnosia),触
障 害 さ れ る 触 覚 失 認(tactile ち,最
agnosia)な
も 多 く の 症 例 が 蓄 積 さ れ,盛
ど,い
覚 による対象認知が
く つ か に 区 別 さ れ る.こ
の う
んに研究が 行われてい るのが視覚失認で あ
る.
●視 覚失認 視 覚 失 認 は,症 さ れ る.古
状 や 生 起 メ カニ ズ ム の 違 い に よっ て 複 数 の 下 位 タ イプ に分 類
典 的 分 類 と し て よ く 知 ら れ て い る の が リ ッ サ ウ ア ー に よ る も の で,
彼 は 視 覚 失 認 を 統 覚 型 視 覚 失 認(apperceptive 認(associative
visual agnosia)の2つ
visual agnosia)と
に 大 別 し た(Lissauer,1890).
連 合型視覚失
統 覚 型 視 覚 失 認 は,形
態 知 覚 の 障 害 が 顕 著 な タ イ プ の 視 覚 失 認 で あ る.患 者
は,視 力 や 明 る さの 弁 別,色 覚,運 動 視 の よ う な要 素 的 視 覚 機 能 を残 存 して い るが,単
純 な 形 態 が 識 別 で きな い.そ
れ が 何 か を認 知 で き な い ば か りで な く,
視 覚 対 象 の マ ッチ ン グ や異 同 判 断,模 写 も阻 害 され る.ベ ン ソ ン と グ リー ンバ ー グ は ,事 故 に よっ て一 酸 化 炭 素 中毒 を患 っ た た め に,統 覚 型 失 認 症 状 を示 す よ う に な っ た25歳 1969).こ
の患 者 は,色
ベ ッ トの"E"の た.視
の 兵 士 の 症 例 を 報 告 し て い る(Benson の 命 名 が 可 能 で,明
方 向 や,小
& Greenberg,
る さ の 変 化 も区 別 で き,ア ル フ ァ
さ な対 象 が 動 く方 向 を正 し く指 摘 す る こ とが で き
野 も ほ ぼ健 常 で あ っ た.そ れ に もか か わ らず,視
で,日 常 的 な物 品 や 線 画 の 命 名,身 体 の 一部,文 定 は いず れ も 困難 で あ っ た(図4.1).た
覚 対 象 認 知 障 害 は重 篤
字 や 数 字,幾 何 学 的 図 形 の 同
だ,視 覚 呈 示 で は 認 知 不 可 能 な対 象 で
も,触 覚 的 に呈 示 され た場 合 は,患 者 はす ぐに そ れ を 認 知 で きた. 他 方,連 て,統
合 型 視 覚 失 認 で は,形 態 知 覚 は あ る 程 度 成 立 して い る.し
覚 型 視 覚 失 認 の 場 合 と違 って,対
たが っ
象 の模 写 や 異 同 の 判 断 が 可 能 で あ る.
しか し,患 者 は視 覚 的 に呈 示 され た 対 象 が 何 で あ るか わ か ら な い.こ の カ テ ゴ
(a)マ 図4.1
ッ チン グ課 題
(b)模 写 課 題
統 覚 型 視 覚 失 認 患 者 の マ ッチ ン グ 課 題 と 模 写 課 題 の 結 果(Benson&Greenberg, 1969)
患 者 は 単 純 な 形 の マ ッ チ ン グ す ら難 し く,文
字 や 物 品 の 模 写 も き わ め て 拙 劣 で あ っ た.
リー に含 ま れ る患 者 は,対 象 の 命 名 や 機 能 の説 明,あ
る い は 意 味 的 な属 性 に よ
っ て 複 数 の 対 象 を 分 類 す る こ とが 重 度 に 阻 害 され る(図4
.2).リ
ッサ ウ ア ー
は,連 合 型 視 覚 失 認 は 内 的 な知 覚 表 象 とそ れ と関 連 す る意 味 を 結 びつ け る過 程 の 障 害 に よ っ て 生 じる と考 えた(Lissauer,1890). 知 覚 障 害 の 有 無 に よ っ て 視 覚 失 認 を カ テ ゴ リ ー分 け す る リ ッサ ウア ー の 区分 法 は非 常 に 明 快 で,彼
の画 期 的 な論 文 の発 表 か ら100年 以 上 経 っ た現 代 にお い
て も広 くそ の 有 用 性 が 認 め られ て い る.一
方,ハ
ンフ リー ズ と リ ドッ ク は,視
覚 失 認 患 者 が 示 す 多 様 な対 象 認 知 障 害 を十 分 に 記 述 す る に は リ ッサ ウ ア ー の 分 類 は 単 純 す ぎ る と批 判 した(Humphreys 象 認 知 過 程 は,リ
& Riddoch,1987a).そ
ッサ ウ ア ー の失 認 タ イ プか ら推 測 さ れ る 形 態 知 覚 過 程(統
過 程)と 意 味 との 連 合 過 程 の2過 程 の み か らな る の で な く,さ こ とが 可 能 で,個
して,視 覚 対 覚
らに細 分 化 す る
々 の 認 知 過 程 の選 択 的 障 害 が 異 な る失 認 症 状 を導 く と主 張 し
た.こ の よ うな 立 場 か ら,彼 ら は,過 去 に報 告 され た失 認 例 や 自検 例 を再 検 討
図4.2 連 合 型 視覚 失 認患 者 が描 いた 対 象 の模 写(Rubens&Benson,1971) 患 者 は対 象 の正 確 な模 写 が 可 能で あ っ た が,そ の 絵 に描 か れ て い る もの が何 か を 認 知 で き なか った.自 身 で 模 写 した絵 を尋 ね られ て も,た と え ば,「 ブ タ」 に対 して 「イ ヌか ほ か の動 物 」,「鳥」 に対 しては 「 切 り株 」 と命名 に失敗 した.
表4.1
ハ ン フ リ ー ズ ら に よ る 視 覚 失 認 の 分 類(Humphreys&Riddoch,1987a,1987b;改
変)
し,視 覚 失 認 の 新 た な 分 類 を試 み て い る(表4.1).
● 視 覚 対 象 認 知 の神 経 心 理 学 的 モ デ ル 視 覚 失 認 患 者 に対 す る鋭 い 洞 察 や,過 を も と に考 案 さ れ た,健
去 に報 告 さ れ た 失 認 例 の 臨 床 像 の違 い
常 な視 覚 対 象 認 知 過 程 に 関す る 代 表 的 モ デ ル を 図4.3
に示 し た.モ デ ル 間 で細 か な 相 違 が あ る も の の,視 覚 対 象 認 知 の 成 立 ま で に, 特 徴 分 析 過 程,特
徴 統 合 と群 化 の 過 程,構 造 的 知 識 との 照 合 過 程,意
との照 合 過 程 の4つ 近 年,リ
味 的知 識
を大 ま か に含 む 点 で 共 通 して い る.
ッサ ウ アー の分 類 で は 連 合 型 視 覚 失 認 に該 当 す る患 者 の なか に,自
動 車 や ピ ア ノ の よ う な非 生 物 に対 す る 認 知 は保 た れ る 一 方 で,動
物 や 植 物 とい
っ た 生 物 の 認 知 が 障 害 さ れ る患 者 や,そ の 逆 の障 害 パ ター ンを 示 す 患 者 の 存 在
図4.3
神経 心 理 学 的 デ ー タを もとに 考案 され た視 覚対 象認 知 過 程 に 関す る モ デ ル (Humphreys
et a1.,1994;一
が 話 題 と な っ て い る(た
部 改 変)
とえ ば,Farah,McMullen,&Meyer,1991).こ
症 例 の解 釈 につ い て は 論 議 を よ ん で い るが,将
れ らの
来 的 に は,こ の よ うな 失 認 症 状
の 存 在 を組 み 入 れ た 包 括 的 な 視覚 対 象 認 知 モ デ ル を 構 築 して い く必 要 が あ る か も しれ な い.
●相貌失認 相 貌 失 認(prosopagnosia)と
は,「 顔 」 刺 激 に 対 し て選 択 的 に 生 じ る視 覚 対
象 認 知 障 害 で あ る.す な わ ち.こ の相 貌 失 認 も,前 述 の 生 物 あ る い は 非 生 物 に 対 す る 失 認 の 場 合 と 同様 に,特 定 の刺 激 に 対 して 特 異 的 に 現 れ る 視 覚 失 認 の 一 種 とい え る.相 貌 失 認 患 者 は,友 人 や 家 族 な ど親 しい 人物 の 顔 を 見 て も,視 覚 的手 が か りの み で は誰 で あ る か わ か らな い.鏡 や 写 真 に うつ っ た患 者 本 人 の 顔 で さ え も,自 分 自身 と わ か らな い こ とが あ る.し か し,声 を聞 く と,す
ぐさ ま
誰 で あ る か を認 め,服 装 や 髪 型 に よ って 人物 を 同 定 す る こ と も可 能 で あ る. 相 貌 失 認 の 存 在 は,顔 が 私 た ち に と っ て特 別 な 視 覚 刺 激 で,顔 以 外 の 対 象 と は別 の 処 理 過 程 を経 て 認 知 が 実 現 され る こ と を意 味 して い る の だ ろ う か. これ に 関 して は批 判 的 な意 見 もあ る.そ の ひ とつ は,視 覚 刺 激 と して み た 場 合 の 顔 の もつ 複 雑 さに 由 来 す る.す な わ ち,顔 は外 界 に存 在 す る なか で最 も複
雑 で 認 知 が 困 難 な 視 覚 刺 激 で あ る た め に,通
常 の 視 覚 認 知 で は問 題 が 生 じない
軽 度 の 視 覚 失 認 患 者 に お い て も 障 害 が 現 れ や す い と い う も の で あ る (Humphreys&Riddoch,1987b).ま 以 外 の 視 覚 刺 激 で は,認 と に 由 来 す る.私
た,批
判 的 意 見 の も う ひ と つ は,顔
と顔
知 の成 立 に 必 要 な カ テ ゴ リー レベ ル が 異 な っ て い る こ
た ち が,日
常 的 に 物 品 を 認 知 す る と き,ほ
と ん ど の 場 合,歯
ブ ラ シ や テ レ ビ と い っ た 基 礎 レベ ル の カ テ ゴ リ ー を 知 る だ け で 対 象 認 知 が 成 立 す る.こ
れ に 対 し,顔
の 場 合 は,目
前 の 顔 に 対 して単 に
「顔 」 と い う基 礎 レベ
ル の カ テ ゴ リ ー を あ て は め る だ け で は 不 十 分 で,誰
々 の 顔 とい っ た基 礎 レベ ル
よ り さ ら に 下 位 の 分 類 を 瞬 時 に 行 う 必 要 が あ る.相
貌 失 認患 者 で は こ の 能 力 が
劣 る た め に,顔
を 刺 激 と し た と き に,認
知 障 害 が 特 に 強 く現 れ る とす る 考 え方
で あ る(Gauthier,Behrmann,&Tarr,1999). た だ,こ
れ ら の2つ
の 意 見 は相 貌 失 認 の カ テ ゴ リー特 異 性 を完 全 に否 定 す る
も の で は な い.な
ぜ な ら,1点
目 の顔 認 知 の 難 しさ が 相 貌 失 認 を導 く とい う反
論 に 対 し て は,顔
認 知 障 害 が ま っ た く な く,顔
以 外 の視 覚 刺 激 に対 して 重 篤 な
認 知 障 害 を 示 す 視 覚 失 認 患 者 が 存 在 す る こ と(Moscovith,Winocur,& Behrmann,1997),2点
目の 求 め られ る カ テ ゴ リー レベ ル の 違 いが 相 貌 失 認 を
引 き 起 こ す と い う 反 論 に 対 し て は,相 で,ヒ
貌 失 認 患 者 が 人 の顔 の 弁 別 は難 しい 一 方
ツ ジ の 顔 の 弁 別 が 可 能 で あ っ た り(McNeil&Warrington,1993),メ
ガ
ネ の フ レ ー ム の 細 か な 違 い を 見 分 け ら れ た りす る(Farah,Levinson,&Klein, 1995)こ に,サ
と を 示 し た 反 証 デ ー タ が そ れ ぞ れ 確 認 さ れ て い る か ら で あ る.さ ル を 被 験 体 と し た 単 一 神 経 細 胞 実 験 で は,下
ら
側 頭 皮 質 に顔 に対 して 選 択
的 に 反 応 す る 顔 細 胞 が 見 い だ さ れ て い る し(Desimone,Allbright,Gross,& Bruce,1984),リ
ア ル タ イム な脳 の活 性 化 を知 る こ との で きる 機 能 的 脳 画 像 を
用 い た 研 究 で は,健
常 者 の 脳 にお い て 顔 刺 激 の 呈 示 に伴 っ て 選 択 的 に賦 活 す る
部 位(紡
同 定 さ れ て い る(Kanwisher,McDermott,&Chun,1997).
錘 状 回)が
近 接 領 域 で 得 ら れ た こ れ ら の 知 見 を 考 え 合 わ せ る と,相
貌 失 認 を,脳
内に顔 に
特 化 した 認 知 シ ス テ ム が 存 在 す る こ との 神 経 心 理 学 的 証 拠 と して 解 釈 す る こ と は 自 然 に 思 わ れ る. 相 貌 失 認 の 責 任 病 巣 と し て は,カ al.,1997)で
ン ウ ィ シ ャ ー の 画 像 研 究(Kanwisher
et
顔 選 択 性 を 示 し た 紡 錘 状 回 を 含 む 側 頭 葉 腹 側 部 が 重 視 さ れ て い る.
最 近 で は,紡 錘 状 回 と舌 状 回 の 後 方 が 相 貌 失 認 の発 現 に 特 に 関与 す る と の指 摘 もあ る(Takahashi&Kawamura,2002).ま
た,か つ て は,相 貌 失 認 は両 側 性
の 損 傷 に起 因 す る と考 え られ て い た が,現 在 は,デ う に(De
ィ レ ンチ らに代 表 さ れ る よ
Renzi,Perani,Carlesimo,Silver,&Fazio,1994),右
半球 の一側性損傷
の み で も顔 に 選 択 的 な対 象 認 知 障 害 が 現 れ る とす る 考 え 方 が 一 般 的 で あ る.
● 地 誌 的 失見 当 自宅 や 自宅 付 近 な ど熟 知 した 場 所 や,病 棟 内 の よ うに 発 症 後 に新 た に経 験 し た 場 所 で 道 に迷 う症 状 は 地 誌 的 失 見 当(topographical
disorientation)と
よば
れ る.患 者 が 道 に 迷 う症 状 は,痴 呆 や 意 識 障 害,半 側 空 間 無 視 に お い て も頻 繁 に 認 め られ る が,こ れ ら とは 独 立 に,脳 内 の 限 局病 変 に よ って あ らわ れ る場 合 が この 地 誌 的 失 見 当 に該 当 す る. 地 誌 的 失見 当 は,古 典 的 に は,街 並 失 認(環 境 失 認)と 道 順 障 害 の2つ 類 され る.高 橋(1993)に
よれ ば,街 並 失 認 で は,よ
く知 って い る は ず の建 物
や 風 景 を見 て も初 め て 見 る もの の よ うに 感 じられ る.そ の た め,患 に 到 達 で きず,結
者 は 目 的地
果 と して 道 に迷 う.熟 知 し た場 所 の 写 真 を見 せ て ど こ か を尋
ね て も正 し く同 定 で きず,自 方,道
に分
宅 の 外 観 を 想 起 し て 口述 す る こ と もで き な い.他
順 障害 は 目的 地 ま で の 道 順 を想 起 す る こ と の 障 害 で,患 者 は 自宅 の 間取
りや 熟 知 した 地 域 の 地 図 の 口 述 が 難 し く な る.街 並 失 認 と道 順 障 害 は 同 時 的 に 生 じ る場 合 もあ る が,高 橋(1993)が る こ と も た び た び で,こ 最 近,ア
示 して い る よ うに,そ れ ぞ れ 単 独 に現 れ
の2つ の 障 害 は 二 重 乖 離 の 関係 に あ る よ うで あ る.
グ ワ イ アー とデ ス ポ ジ ッ トに よ って,地 誌 的 失 見 当 の 再 分 類 が 試 み
られ て い る(Aguirre&D'Esposito,1999).表4.2に,彼 失 見 当 の 下 位 タイ プ の 名 称 と 障 害 の 特 徴,責
らが 分 類 した 地 誌 的
任 病 巣 を 示 した.こ
れ に よ れ ば,
地 誌 的 失 見 当 は,自 己 を基 準 と した対 象 の 相 対 位 置 を 表 象 す る こ とが 困 難 な 自 己 中 心 的 見 当 識 障 害,建 物 は 同 定 で きて も,そ こ か ら 自分 が 進 むべ き方 向 を見 い だ せ な い 方 位 見 当 識 障 害,風 発 症 後,新 害 の4つ
景 や 建 物 の再 認 障 害 で あ る ラ ン ドマ ー ク 失 認,
た に 経験 し た環 境 に 限定 して 地 誌 的 失 見 当 が 生 じ る前 向性 見 当識 障
に カ テ ゴ リー 分 け され る.こ の な か で,彼
ぶ 症 状 は従 来 の 街並 失 認 に 相 当 す る.
らが ラ ン ドマ ー ク失 認 と よ
表4.2
一 般 に,ラ
地 誌 的 失 見 当 の 分 類(Aguirre&D'Esposito,1999)
ン ドマ ー ク失 認 は,建 物 や風 景 を刺 激 と した 場 合 に限 定 して現 れ
る 認 知 障 害 で,そ
れ 以 外 の 対 象 に 関 して は ほ ぼ 健 常 に 認 知 が 保 た れ る と考 え ら
れ て い る.他 方,数
は少 な い が,ラ
ン ドマ ー ク失 認 患 者 の 知 覚 能 力 につ い て 詳
細 に吟 味 した 研 究 にお い て は,こ の 前 提 を 疑 わ せ る結 果 が い くつ か 報 告 さ れ て い る.エ 間,大
カ ン ら は,地
誌 的 失 見 当 を発 症 し た60歳
聖 堂 の 写 真 を 呈 示 した 後 に,6つ
の 男 性 患 者ARに,10秒
の大 聖 堂 の 写 真 の な か か ら最 初 に呈 示
し た もの を 同 定 さ せ る 建 物 マ ッチ ン グ 課 題 を 行 っ た(Hecaen,Tzortzis,& Rondot,1980).ARは
こ の 課 題 を正 し く遂 行 で きた が,患
者 自 身 の報 告 に よ る
と,彼 は,建 物 の 同 異 を判 断 す る と き に,建 物 全 体 を 把 握 す る の で な く,窓 や 出 入 り口 とい っ た 建 物 の 細 部 の特 徴 を ひ とつ ひ とつ 丹 念 に比 較 して い く部 分 方 略 を とっ て い た.さ
らに,柴 崎 ・岩 崎 ・山村 ・津 波(2004)は,複
雑 な刺 激 事
態 の た め に 対 象 を 全 体 的 に 知 覚 す るの が 難 しい 一 連 の 課 題 条 件 下 で,ラ
ン ドマ
ー ク失 認 患 者 が 風 景 や 建 物 以 外 の 対 象 につ い て も顕 著 な 認 知 障 害 を現 す こ とを 明 らか に した.こ
れ らの 結 果 は,ラ
ン ドマ ー ク失 認 患 者 が よ り低 次 の 視 知 覚 障
害 を有 し,そ の こ とが 症 状 の 発現 にか か わ っ て い る こ と を示 唆 して い る.
● 対 象 認 知 障 害 の 神 経 心 理 学 的検 査 これ ま で 紹 介 した 視 覚 失 認,相
貌 失 認,地
誌 的 失 見 当 とい っ た視 覚 認 知 障 害
を検 出 す る た め の 総 合 的 テ ス トバ ッテ リ ー と して,わ 覚 検 査(日
本 失 語 症 学 会編,1997)が
が 国 で は,標 準 高 次 視 知
一 般 的 で あ る.こ の 検 査 は ス ク リー ニ ン
グ テ ス トと して の 意 味 合 い が 強 く,患 者 の遂 行 に問 題 が 認 め られ る場 合 は,さ
ら に個 々 の 神 経 心 理 学 的 検 査 を実 施 す る こ と に よ っ て,症 状 の 詳 しい理 解 や 機 序 の 特 定 が 試 み られ る. 視 覚 失 認 に 関す る神 経 心 理 学 的 検 査 は,形 態 知 覚 過 程 につ い て の検 査 と,そ れ よ り高 次 の意 味 との 連 合 過 程 を調 べ る検 査 の2つ ま ざ ま な 種 類 が あ り,た とえ ば,正 方 形 と,縦
に 大 別 され る.前 者 に は さ
と横 の 長 さ を一 定割 合 で 変 化 さ
せ た矩 形 を 用 い て 異 同 判 断 を求 め る エ フ ロ ン課 題(Efron,1968),具 意 味 図 形 の 線 画 を重 ね 合 わせ,各 1956),構
体物 や無
線 画 を 同 定 させ る 重 な り図 形 課 題(Ghent,
成 要 素 を ラ ン ダム に 除去 す る こ と に よ っ て劣 化 させ た 図 形 の 同 定 を
求 め る不 完 全 図 形 課 題(Gollin,1960)な は 特 徴 分 析 過 程,後
どが あ る.こ
の う ち,エ
フ ロ ン課 題
の2つ は 統 合 過 程 と関 連 した 課 題 と考 え られ て い る.さ
ら
に,患 者 が 視 点 不 変 の抽 象 的 な 表 象 を形 成 で きる か 否 か を検 討 す るた め に,異 な る 向 きで 示 され た対 象 ど う しの 異 同 を 求 め る知 覚 的 範 疇 化 課 題(Warrington &Taylor,1978)が 査 と して,模
実 施 さ れ る.か つ て は,形 態 知 覚 障 害 の 有 無 を検 出 す る検 写 課 題 が 重 視 さ れ て い た が,統
Riddoch,1987b)か
合 型 失 認 例(Humphreys&
ら明 らか な よ う に,模 写 が 正 し くで き る か ら とい っ て,患
者 の 知 覚 能 力 が 健 常 で あ る とは 限 らな い.模 写 課 題 を実 施 す る場 合 は,そ の 正 確 さ よ り,患 者 が ど の よ うな 方 略 を用 い て 模 写 して い る か とい った プ ロ セ ス に 着 目す る必 要 が あ る.な お,内 的 な知 覚 表 象 と意 味 と の連 合 過 程 を調 べ る課 題 と し て は,標
的 刺 激 と機 能 的 に 類 似 し た 刺 激 を選 択 さ せ る 機 能 的 範 疇 化 課 題
(Warrington&Taylor,1978)が
代 表 的 で あ る.
相 貌 失 認 に 関 す る神 経心 理 学 的 検 査 は,患
者 に と っ て未 知 な顔 の 認 知 を 求 め
る もの と,熟 知 した 顔 の 認 知 を求 め る もの に 分 か れ る.前 者 に含 ま れ る もの と して,顔
の 向 きや 照 明 条 件 の 異 な る顔 ど う しの マ ッチ ン グ を求 め るベ ンソ ン と
フ ァ ン ・ア レ ンの 顔 認 知 課 題(Benson&Van
Allen,1968),年
齢 の異 な る 複 数
の 顔 写 真 を呈 示 し,特 定 の 年 齢 層 の 人 物 を 同 定 させ る 顔 年 齢 課 題(De
Renzi,
Bonacini,&Faglioni,1989)な
であ る
どが あ る.も
と も とは 群 化 の 要 因 の1つ
閉 合 機 能 を み る た め に 開 発 さ れ た ム ー ニ ー の 課 題(Mooney,1957)が,顔
認
知 と全 体 処 理 の 文 脈 の な か で 用 い られ る こ と もあ る.他 方,患 者 と同 時 代 の 有 名 人 の 顔 写 真 の 同定 を 求 め る有 名 人 の 顔 課 題 は,既 知 顔 に対 す る認 知 能 力 を調 べ る 課 題 と し て最 も一 般 的 で あ る.
最 後 に,地 誌 的 失 見 当 につ い て は,道 順 障 害 に 関 す る検 査 と建 物 ・風 景 の 再 認 障 害 に 関 す る検 査 の2種 類 が あ る.道 順 障害 の 精 査 に は,患 者 に 自宅 の 見 取 り図 や 自宅 周 辺 の地 図 を描 かせ た り,地 図 を参 考 に しな が ら,部 屋 の 中 に 存 在 す る い くつ か の 目印 の あ い だ を 適 切 な順 路 で移 動 さ せ る課 題(Hecaen 1980)が な く,あ
et al.,
用 い られ る.後 者 の課 題 の 異 な る タイ プ と して,部 屋 の 中 で の 移 動 で る 建 物 か ら 別 の 建 物 ま で の 移 動 を 患 者 に 課 す も の もあ る(Suzuki,
Yamadori,Hayakawa,&Fujii,1998).ま
た,視 覚 的 に 呈 示 さ れ た 迷 路 の 道 順 学
習 を求 め る ミル ナ ー の 迷 路 学 習 課 題(Milner,1965)が
実 施 され る場 合 が あ る.
建 物 ・風 景 の再 認 障 害 に 関 して は,自 宅 や 病 棟 内 の風 景 を患 者 に呈 示 して既 知 判 断 を させ た り,有 名 な観 光 地 や 建 造 物 の 同 定 を求 め る 課 題 が 利 用 さ れ て い る.
4.2 種 々 の 注 意 障 害
19世 紀 後 半 に,ア 1842-1910)を れ て 以 来,注
メ リ カ心 理 学 の 父 と よば れ る ジ ェ ー ム ズ(James,W.;
は じめ,多
くの 心 理 学 者 や 哲 学 者 に よ っ て 注 意 概 念 が 重 要 視 さ
意 は 心 理 学 に お け る 主 要 な 研 究 課 題 の1つ
と して あ り続 け て い
る.同 様 に,神 経 心 理 学 の 領 域 に お い て も,「 注 意 」 を キ ー ワー ドと して 文 献 検 索 す る と膨 大 な 数 の研 究 が ヒ ッ トす る こ とか らわ か る よ うに,注 意 や そ の 関 連 障 害 に つ い て の 関心 は 高 い.そ の 理 由 は主 に 臨 床 的 要 請 か ら くる もの で,第 一 に,注 意 障 害 が 脳 損 傷 の 後 遺 症 と して 高 頻 度 に 出 現 す る こ と,第 二 に,運 動 障 害 や 言 語 障 害,記
憶 障害 といった ほかの脳 機能 障害 の リハ ビ リテー シ ョン
や,復 職 ・復 学 な どの社 会 復 帰 を 妨 げ る阻 害 要 因 と して,注 して い る こ とが 関 係 して い る.さ
意 障 害 が 強 く影 響
らに,統 合 失 調 症 や 双 極 性 障 害 の よ うな 精 神
疾 患 の 発 現 に か か わ る脳 機 能 障 害 の解 明 をめ ざ した研 究 領 域 に お い て も,注 意 障 害 は 鍵 と な る 障 害 と し て 注 目 さ れ て い る(た
と え ば,Harmer,Clark,
Grayson,&Goodwin,2002).
● 注 意 の3つ
の は た ら き と その 関 連 障 害
注 意 は,そ
の機 能 の 違 い か ら,い
くつ か の 下 位 シ ス テ ム に 区 別 され る.こ れ
まで,心 理 学 や 神 経 科 学 の 領 域 で,さ が,こ
こ で は,神
経 心 理 学 で 慣 習 的 に 用 い ら れ て い る,持
tained attention),分 attention)の3つ
ま ざ ま な注 意 の 分 類 法 が 提 唱 さ れ て きた
割 的 注 意(divided
attention),選
続 的 注 意(sus
択 的 注 意(selective
に 注 意 を 区 別 す る 方 法 に従 い た い.
持 続 的注 意 と は,長 い 時 間 に わ た っ て 注 意 を一 定 レベ ル に 維 持 す る注 意 の は た ら き で あ る.空 港 の 管 制 塔 で計 器 の 異 常 を検 出す る と き な ど,不 規 則 な時 間 間 隔 で 出現 す る 標 的刺 激 に反 応 で きる よ う長 時 間 に わ た っ て そ れ をモ ニ タ ー し な け れ ば な らな い 場 合 に 必 要 と され る.ま
た,分 割 的 注 意 と は,2つ
象 や 課 題 に 同 時 的 に注 意 を配 分 す る こ とに よ って,一
以 上 の対
度 に,複 数 の 対 象 の処 理
を 可 能 にす る 注 意 の は た ら き で,こ の背 後 に は,注 意 を容 量 に 限 界 の あ る心 的 資 源 とみ なす 考 え方 が あ る.公 園 の砂 場 とブ ラ ンコ で 別 々 に遊 ぶ2人 の 子 ど も に そ れ ぞ れ 同 じ よ うに注 意 を 向 け た り,車 を運 転 しな が ら助 手 席 にい る人 と会 話 した りす る 際 に 関係 して くる注 意 で あ る.最 後 に,選 択 的注 意 とは,状 況 と 関 連 した 特 定 の 対 象 に注 意 を 向 け,そ れ とは 無 関 連 な 対 象 につ い て は 注 意 を抑 制 す る よ う な,認 知 す べ き情 報 の 取 捨 選 択 に まつ わ る 注 意 の は た ら きで あ る. 大 勢 の 人 々が 同 時 に 会話 して い る パ ー テ ィ会 場 で,周
囲 の 雑 音 に 妨 害 され ず に
話 し相 手 と会 話 で きる 「カ ク テ ル パ ー テ ィ現 象 」 は,こ の 種 の 注 意 の 典 型 で あ る. 以 上 の3つ
の 注 意 の下 位 シス テ ム は,脳 損 傷 に よ っ て 著 し く障 害 され る.さ
ら に,過 去 の 神 経 心 理 学 的研 究 か ら,こ れ らの 下 位 シス テ ム の す べ て が,前 頭 葉 機 能 と深 く関 係 して い る こ とが 示 唆 され て い る. た と え ば,ル
ケ ー トと グ ラ フマ ンは,10分
間 に わ た っ て 実 施 され た 単 純 検
出 課 題 にお い て,右 前 頭 葉 損 傷 群 が 統 制 群 よ り反 応 時 間 が 長 く,標 的 文 字 を見 逃 す 割 合 が 高 い こ と を 明 らか に し た(Rueckert&Grafman,1996).ま
た,CRT
上 に1字 ず つ 文 字 リス トを呈 示 し,標 的 文 字 に対 す る 反 応 を求 め る 持 続 遂 行 検 査(continuous
performance
test)で は,ブ ロ ッ ク を 前 半 と後 半 に 分 け た と き
に,右 前 頭 葉 損 傷 群 の み が 後 半 ブ ロ ッ クで 有 意 に反 応 時 間 が 増 加 した.ル トらは,こ
ケー
れ らの 結 果 を も と に,右 前 頭 葉 が 持 続 的 注 意 に特 別 な 役 割 を果 た し
て い る と推 測 し て い る.同 様 に,2∼11個
の 聴 覚 刺 激 ま た は視 覚 刺 激 か らな る
刺 激 リ ス トを 被験 者 に呈 示 し,リ ス トを構 成 す る刺 激 の 数 を報 告 させ る計 数 課
題 に お い て も,文 字 の 呈 示 間 隔 が 長 くな る と,右 前 頭 葉 損傷 群 が 注 意 を 自発 的 に 維 持 で き な くな る こ とが 示 さ れ て い る(Wilkins,Shallice,&McCarthy, 1987). 他 方,ゴ
ドフ ロ イ らは,前 頭 前 野 の損 傷 が 分 割 的 注 意 と選 択 的 注 意 に 影 響 す
る こ と を明 らか に した(Godefroy,Lhullier,&Rousseaux,1996).彼 的 注 意 課 題 と して,聴 覚 刺 激 と視 覚 刺 激 が 呈 示 され,両
らは 分 割
方 の 刺 激 に対 して 反 応
す る両 モ ダ リ テ ィ検 出 課 題, 選 択 的 注 意 課 題 と して 聴 覚 刺 激 と視 覚 刺 激 が 呈 示 され る な か で,一 方 の モ ダ リ テ ィ刺 激 に 対 して の み 反 応 す るGo/No-Go課
題
を設 定 し,前 頭 前 野 損 傷 群,損 傷 領 域 が 中心 溝 よ り後 方 に あ る後 方 損 傷 群,統 制 群 の3群
に こ れ らを 実 施 した.そ の 結 果,前
頭 葉 損 傷 群 は,聴 覚 刺 激 と視 覚
刺 激 の両 方 に対 して注 意 の 配 分 が 求 め られ る 両 モ ダ リテ ィ検 出 課 題 で 他 の2群 よ り反 応 時 間 が 遅 延 し,Go/No-Go課
題 で は,選 択 的 注 意 の 障 害 を 反 映 す る,
非 標 的 刺 激 に対 して の 反 応 抑 制 の 失 敗 が 増 加 した.ま
た,単 一 モ ダ リテ ィ にお
い て 呈 示 され た刺 激 に 反 応 す る単 純 検 出 課 題 で は,右 前 頭 前 野 損 傷 患 者 の 遂 行 障 害 が 顕 著 と な り,持 続 的 注 意 と右 前 頭 葉 の 関 係 を示 唆 した 先 の2つ の研 究 と 一 致 した結 果 が 得 られ て い る.し か し,こ れ とは 対 照 的 に,分 割 的 注 意 と選 択 的 注 意 が そ れ ぞ れ 要 求 され る課 題 条 件 で は,左 前 頭 前野 損 傷 の 影 響 が 重 大 で あ っ た.
● 半側空間無視 選 択 的 注 意 の う ち,処 理 す べ き空 間 の 選 択 に か か わ る もの を,特 注 意(spatial attention)と よぶ.空
に,空 間 的
間 内 の 特 定位 置 に空 間的 注 意 が 向 け られ る
と,そ こ に あ る対 象 の 認 知 が 促 進 され る.意 に 注 意 を 向 け て い くこ と に よ って,私
図 的 また は 自動 的 に 空 間 内 に 適 切
た ち は外 界 の 状 況 を効 率 的 に把 握 す る こ
とが 可 能 に な る. こ れ ま で述 べ て きた 注 意 と異 な り,空 間的 注 意 の 場 合 は頭 頂 葉 との 関係 性 が 示 唆 され て い る.頭 頂 葉 後 部 の 一 側 性 損 傷 に伴 っ て 一 般 に生 じる 半 側 空 間 無 視 (unilateralspatialneglect)で
は,空
間 的 注 意 の は た ら きが 強 く障 害 され る(図
4.4).患 者 は損 傷 を受 け た 大 脳 半 球 の 対 側 空 間 内 に あ る 対 象 に気 づ か な か っ た り,損 傷 と対 側 空 間 に向 け て 行 動 す る こ とが 障 害 さ れ た りす る.日 常 場 面 を 例
(a)線 分 抹 消 課 題 刺 激 シー トに 含 まれ るすべ て の線 分 に 印 をつ け る よ う 求 め られ る.一 般 に,左 半 側 空 間 無 視患 者 は,シ ー ト の左 半 分 に あ る線 分 に印 を つ ける の に失 敗 す る.
(b)線 分 二 等分 課 題 中央 に 呈 示 さ れた 水 平 線分 の 中心 点 に 印 をつ け る よう 求 め られ る.左 半 側 空 間無 視 患 者 に お い て は中 心 点 よ り右 に 主 観 的等 価 点 が 示 さ れ る. (c)模 写 課 題 左 半 側 空 間 無視 患 者 に お い て は対 象 の左 半 分 の模 写 が 障 害 され る.
図4.4
代 表 的 な 臨 床 検 査 に み ら れ る 左 半 側 空 間 無 視 患 者 の 障 害(Driver&Vuilleumier, 2001)
に あ げ る と,無 視 患 者 は,部 屋 の 無 視 側 に存 在 す る物 や 人 を 無 視 し,食 事 の と き は健 常 な空 間 に あ る 食 べ 物 だ け を口 にす る .新 聞 も健 側 に 書 か れ て い る記 事 しか 読 ま な い.男 性 患 者 の 場 合 は,無 視 側 に あ る 髭 を剃 り残 した ま ま,髭 剃 り を 終 え て し ま う こ と もあ る(Driver&Vuilleumier,2001).こ
の よ う な空 間 的
な バ イ ア ス は 視 覚 に 限 らず あ らゆ る 感 覚 モ ダ リテ ィで 観 察 さ れ るが,そ
れ に加
え て,無 視 患 者 が 視 覚 イ メー ジ に お い て も損 傷 と対 側 空 間 を 無 視 す る とい う報 告 が あ る(Bisiach&Luzzatti,1978).臨
床 的 に よ く知 ら れ て い る よ うに,右 半
球 損 傷 後 に生 じ る左 半 側 空 間 無 視 が,左 半 球 損 傷 後 に生 じる 右 半 側 空 間 無 視 と 比 べ て 圧 倒 的 に 多 い. 一 般 に,半 側 空 間無 視 は,感 覚 障 害 や 運 動 障 害 とい っ た低 次 の 障 害 と独 立 に
発 現 す る と 考 え ら れ て い る.た
と え ば,無
視 患 者 は頭 や 眼 を 自 由 に動 か して よ
い 状 態 で も 一 方 の 空 間 を 無 視 す る の で,迅
速 な 眼 球 運 動 に よ っ て視 野 の 欠 損 部
を 高 度 に 補 償 で き る 半 盲 患 者 と 一 線 を 画 して い る.さ を 用 い た い くつ か の 研 究 結 果 か ら,無 ら な い ま で も,あ
る 程 度,正
ー シ ャ ル とハ リ ガ ンに よれ ば
ら に,巧
妙 な実 験 手続 き
視 患 者 が 無 視 側 に あ る 対 象 を意 識 に の ぼ
確 に 認 知 し て い る こ と が 明 ら か に な っ て い る.マ ,無
視 患 者 は,無
視 側 か ら出 火 して い る家 と出 火
して い な い 家 の2枚
の 線 画 を,垂
直 に 並 べ て 呈 示 さ れ た と き,両
づ か な い も の の,ど
ち ら に 住 み た い か を 強 制 選 択 さ せ る と,高
い 確 率 で 出火 し
て い な い ほ う の 家 を 選 ん だ(Marshall&Halligan,1988).他 グ ・パ ラ ダ イ ム を 利 用 し た カ ン の 実 験 で は,無 に 伴 っ て,無
者 の 違 い に気
方,プ
ラ イ ミン
視 側 に 呈 示 さ れ た プ ラ イム 刺 激
視 患 者 は 直 接 プ ラ イ ミン グ効 果 や 意 味 的 プ ラ イ ミ ング 効 果 を示 し
た(Kanne,2002). ま た,半
側 空 間 無 視 は 単 一 の 症 状 か ら な る の で な く,患
出 現 す る こ と が 知 ら れ て い る.そ の 関 係 に あ る よ う で あ る.た
し て,そ
と え ば,太
者 間 で多 様 な 症 状 が
の う ちの い くつ か の 症 状 は二 重 乖 離 田 ら は,抹
消 課 題 を 用 い て,自
準 と し て そ の 左 空 間 を 無 視 す る 観 察 者 中 心 無 視(viewer-centered と,対
己 を基 neglect)
象 の 中心 軸 を基 準 と して そ の 対 象 の 左 側 を 無視 す る 対 象 中心 無 視
(object-centered &Yamadori,2001).こ
neglect)の
違 い を 端 的 に 示 し た(Ota,Fujii,Suzuki,
の 課 題 で は,完
(a)観 察 者中 心 無視(a)対
Fukatsu,
全 な 図 形 と不 完 全 な 図 形 が 全 体 に 散 ら
象 中心 無 視
図4.5 観 察 者 中心 無 視 と対 象 中心 無 視 の抹 消 課 題 の 結 果(Ota
et al.,2001)
被 験 者 は シー ト上 の完 全 な図 形 に対 して は○ で 囲 み,不 完 全 な図 形 に対 して は× 印 をつ け る よう求 め られ た.
ば っ た刺 激 シ ー トが 患 者 の 正 面 に呈 示 さ れ,完 全 な 図 形 に対 して は ○ で 囲 み, 不 完 全 な 図形 に 対 して は ×印 をつ け る よ う求 め られ た.観 察 者 中心 無 視 患 者 は 対 象 の 左 右 の い ず れ が 欠 け て い る に もか か わ らず,不 で き たが,図4.5か
完 全 な 図形 を 正 し く検 出
ら明 らか な よ う に,自 己 を 中 心 と した左 空 間 に あ る 図 形 を
完 全 に無 視 して い る.逆 に,対 象 中心 無 視 患 者 は,刺 激 シー ト上 の す べ て の 図 形 に 気 づ い た が,左 側 が 欠 け て い る不 完 全 図 形 に 関 して はそ の 左 側 の 欠 損 を こ とご と く見 落 と した.
● 注 意 の 神 経 心 理 学 的 モデ ル ポ ス ナ ー と レ イ ク ル は,機 能 的 脳 画 像 を用 い た研 究 や 神 経 心 理 学 的研 究 か ら 得 た 知 見 を も とに,次
の3つ
の 注 意 ネ ッ トワー ク を脳 内 に仮 定 した(Posner
&Raichle,1994). ま ず,注
意 の持 続 や 反 応 準 備 の維 持 にか か わ るの が 警 告 ネ ッ トワー ク
(alerting network)で,右
前 頭 葉,右 頭 頂 葉,そ
して,脳 幹 に あ る青 斑 核 が ネ
ッ トワー ク を 構 成 す る.次 に,刺 激 の 意 識 化 や 資 源 の 配 分,葛 藤 状 態 の 解 決 の よ う な実 行 的 側 面 と関 連 す る の が 実 行 的注 意 ネ ッ トワー ク(executive-control network)で
あ る.機 能 的 脳 画 像 研 究 か ら,こ の ネ ッ トワー ク で は帯 状 回 前 部
が 中 心 的 役 割 を果 た す こ とが 示 され て い る が,前 頭 前 野 や 大 脳 基 底 核 との 密 接 な か か わ り も指 摘 され てい る.最 後 に,注 意 の空 間 的 定 位 に 関係 す る の が 視 覚 的 方 向 定 位 の ネ ッ トワー ク(orienting
network)で,半
側 空 間無 視 の 責 任 病 巣
か ら明 ら か な よ う に,頭 頂 葉 を 中心 と して 中 脳 上 丘 や 視 床 枕 と ネ ッ トワー ク を 形 成 す る.さ
らに,こ
れ らの 脳 組 織 と空 間 的 注 意 の 諸 要 素 の 関係 に つ い て も細
か く対 応 づ け られ て お り,頭 頂 葉 後 部 が 注 意 の解 放(disengage),上 の 移 動(move),視
床 枕 が 注 意 の 増 幅(enhance)と
丘が注 意
そ れ ぞ れ 関 連 す る と考 え
られ て い る.ポ ス ナ ー らに よれ ば,半 側 空 間無 視 は,頭 頂 葉 が 担 う注 意 の解 放 の 障 害 の た め に 生 じる.す な わ ち,彼 注 意 を向 け られ な い の は,い
ら は,半 側 空 間 無 視 患 者 が損 傷 と対 側 に
っ た ん,損 傷 と 同側 に 向 け た注 意 を解 放 す る こ と
の 失 敗 に よ る と解 釈 した. な お,発 現 の 左 右 非 対 称 性 を重 視 した 半 側 空 間無 視 の 説 明 理 論 と して は, 右 半 球 は左 右 の 空 間 に注 意 を 向 け る こ とが で きる の に 対 し,左 半 球 は 右 空 間 に し
か 注 意 を向 け られ な い の で,右 半 球 損 傷 後 に左 半 側 空 間 無 視 が 生 じる とす る ハ イ ルマ ン ら(Heilman,Watson,&Valenstein,2003)や,左
右 の 半 球 はそ れ ぞ れ
対 側 空 間 へ 注 意 を向 け る が,健 常 な脳 で は左 半 球 が 注 意 の 配 分 に 強 く影 響 して い る た め,右 半 球 が 損 傷 され る と,注 意 が 右 空 間 に よ り偏 位 す る と考 え た キ ン ス ボ ー ン(Kinsbourne,1993)が
あ る.
● 注意障害 の神経心 理学的検査 注 意 の どの 側 面 に つ い て検 討 す るか に よ っ て,適 用 され る神 経 心 理 学 的 検 査 が 異 な る.持 続 的 注 意 に 関 して は,長 時 間 に わ た っ て不 規 則 な時 間 間 隔 で 出 現 す る 標 的 刺 激 に対 して 反 応 を 求 め る 単純 検 出課 題 や,前 うな ヴ ィ ジ ラ ン ス 課 題 が 主 に用 い られ る.ま た,分 患 者 に2つ
述の持続 遂行検査の よ
割 的 注 意 の 検 査 と して は,
の 異 な る 課 題 を 同時 並 行 的 に遂 行 す る よ う求 め る 二 重 課 題 が 頻 繁 に
利 用 され る.一 定 の 時 間 間隔 で聴 覚 的 に継 時 呈 示 され る 数字 系 列 を聴 取 しな が ら,現
行 の 数 字 と そ の 直 前 の 数 字 の 加 算 結 果 を 口 頭 で 報 告 し て い くPaced
Auditory Serial Attention Test(PASAT)(Gronwall,1977)や,数
字 とア ル フ ァ
ベ ッ ト文 字 を そ れ ぞ れ 並 行 して 順番 に結 ん で い くTrail Making
Test(Reitan
1958)のPart
Bが こ の タ イプ の 検 査 と して 代 表 的 で あ る.一
選 択 的 注 意 に 関 して は,実 施 が 簡 便 で あ る た め に,ス られ る.こ の ス トル ー プ 課 題 は,前 頭 葉 症 状 の1つ
方,非
,
空 間性 の
トル ー プ 課 題 が よ く用 い
で あ る習 慣 的 反 応 の抑 制鋤障
害 を調 べ る た め の 検 査 と して 実 施 され る こ と もあ る. 空 間 的 注 意 の 障 害 で あ る 半 側 空 間 無 視 に つ い て は,机
上 で で き る検 査 と し
て,患 者 に 水 平 線 分 を呈 示 し,そ の 中心 点 に 印 をつ け る よ う求 め る線 分 二 等 分 課 題,多
数 の 線 分 や 図 形,文
字 な どが 印刷 され て い る シー トを呈 示 し,す べ て
の 刺 激 か特 定 の 刺 激 を選 択 して 印 をつ け る よ う求 め る抹 消 課 題,花
や 時 計,顔
の よ う な 対 象 の模 写 また は描 画 を求 め る模 写 お よ び 描 画 課 題 が あ る(図4.4参 照).最
近,こ
て,BIT行 る.先
れ ら の 検 査 を 含 む半 側 空 間無 視 の 総 合 的 テ ス トバ ッテ リー と し
動 性 無 視 検 査 日本 版(石
合,1999)が
出 版 さ れ,徐
々に普及 してい
に示 した 標 準 高 次 視 知 覚 検 査 に も,半 側 空 間 無 視 に 関 す る 下 位 検 査 が い
くつ か 含 ま れ る の で,ス
ク リー ニ ン グ的 に こ れ を 用 い る こ と も可 能 で あ る. [柴崎 光世]
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5. 言語の神経 心理学
5.1 脳 と 言 語 シ ス テ ム
日常 の コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン を模 式 的 に示 す と 図5.1の よ う に な る.こ ニ シ ュ ら に よ る 「こ と ばの 鎖 」(Denes る.ま ず,①
「言 語 学 的段 階 」 で は,話
et al.,1963)と
し手 の 脳 の 中 で話 した い 内 容 が 想 起 さ
れ た の ち,そ の 内 容 に 応 じた 実 際 の こ と ば が 選 択 され,次 て い る一 連 の 音 を 言 うた め の 運 動 指 令 が,声 に 必 要 な 発 声 発 語 器 官 に,運 は,そ
れ はデ
よ ば れ る有 名 な 図 で あ
帯 や 舌,頬,下
動 神 経 を 通 して 伝 わ る.②
にその ことば をな し 顎,口 唇 な ど発 語 「生 理 学 的段 階 」 で
の 指 令 に従 っ て 発 声 発 語 器 官 を協 調 的 に 動 か す こ と に よ っ て こ とば が 発
せ られ,③
「音 響 学 的段 階 」 で は,こ
図5.1
とば と し て発 せ られ た 音 が 空 気 中 の 振 動
こ と ば の 鎖(Denes
et al.,1963)
つ ま り音 波 と な っ て 聞 き手 の 耳 に 伝 わ る.④
「生 理 学 的段 階」 で は,聞
き手 の
耳 に 入 っ て きた 音 の 刺 激 が 感 覚 神 経 を通 して 聞 き手 の 脳 に伝 え られ る.こ
のと
き話 し手 の 耳 に も フ ィー ドバ ッ クの 環 と して,自 分 の 話 した こ と ばが 伝 わ り自 分 自身 の 発 話 を 聞 く こ と に な る.⑤
「言 語 学 的段 階 」 で は,こ
要 な大 脳 の 部 位 で こ とば と して理 解 され る.話
と ば の 理 解 に必
し手 と 聞 き手 が 役 割 交 代 を しな
が ら こ の 一 連 の 流 れ を 繰 り返 す こ と に よ っ て,コ
ミュ ニ ケ ー シ ョ ンが 営 まれ
る. こ の よ うな 脳 活 動 は 大 脳 の 言 語 野 で 行 わ れ る.言 語 野 は,大 多 数 の 人 で 大 脳 左 半 球 に あ り,中 大 脳 動 脈 に よ っ て 支 配 さ れ て い る.前 頭 葉 下 前 頭 回 に 位 置 す る運 動 性 言 語 野(ブ
ロ ー カ野)と,上
回 の 一 部 に位 置 す る受 容 性 言 語 野(ウ
側 頭 回 後 方1/3と ェ ル ニ ッケ 野)が
野 と 中心 前 回 下 部 は発 語 にか か わ る 領 域,ウ 域 で,こ
こ れ に接 す る 中 側 頭 中核 で あ る.ブ
ロー カ
ェ ル ニ ッ ケ野 は理 解 にか か わ る領
の2つ の 言 語 野 は 弓 状 束 と よば れ る神 経 線 維 の 束 で結 ば れ て い る.ウ
ェ ルニ ッケ 野 後 方 に あ る 角 回 は,文 字 言 語 の 処 理 に重 要 な役 割 を 果 た す と され て き た.通 常 ブ ロー カ 野 と ウ ェ ル ニ ッケ 野,角
回 の3領 域 を含 む シ ル ビウ ス 溝
周 辺 部 分 を言 語 野 と よ ぶ(図5.2). さ らに言 語 野 を外 か ら取 り囲 む シ ル ビ ウス 溝周 辺 外 領域,脳
の深部皮 質下 に
位 置 す る大 脳 基 底 核 や そ の 周 辺 の 白 質,視 床 な ど も言 語 を支 え る 重 要 な役 割 を 担 って い る.小 脳 も長 い あ い だ もっ ぱ ら発 語 運 動 の実 行 過 程 に 関 与 して い る と
図5.2 言 語野(点 線 で 囲 んだ 部 分)(石 合,2003) 左 半 球 を外 側 か ら見 た図.
考 え られ て き た が,1990年
前 後 か ら言 語 学 的 レベ ル の 活 動 に も 関 与 して い る
可 能性 が 指 摘 さ れ る よ う に な っ た.小 脳 の 関与 を最 初 に 示 した の は ピ ー ター セ ン らで あ る(Petersen
et al.,1989).健
常 被験 者 に,提 示 され た 名 詞 か ら意 味
的 に 関 連 が あ る 動 詞 を連 想 し て 言 う課 題(た 提 示 さ れ た 場 合 に,"hit"と
とえ ば"hammer"と
い う名詞が
い う動 詞 を 連 想 す る)を 施 行 した 結 果,動 詞 を 見
つ け る作 業 に は,ブ ロ ー カ野 を含 む左 半 球 前 頭 葉 皮 質,ウ
ェ ルニ ッケ野,左
右
大 脳 半 球 間 の 溝 の 深 い と ころ にあ る帯 状 回 に加 え て,右 小 脳 半 球 に も顕 著 な脳 活 動 が み られ る こ とが わ か っ た と報 告 して い る.田 中 ら(1995)も
小脳変性症
の 患 者 で は語 彙 想 起 課 題 の 成 績 に 低 下 が み ら れ た と述 べ て い る.
5.2 失 語 症 状 と 脳 の 損 傷 部 位
● 失 語 症 の 定 義 と原 因 疾 患 人 は 日常 の コ ミュニ ケ ー シ ョン環 境 の 中 で,自 然 に こ と ば を獲 得 し,母 国語 を身 につ け る.し か しあ る 日突 然 起 こ る脳 損 傷 に よっ て,そ
れ まで 正 常 に は た
らい て い た こ とば の 使 用 が 困 難 に な る こ とが あ る.そ れ が 失 語 症 で あ る.失 語 症 と は,脳
の 言語 野 の 損 傷 に 由 来 す る,符 号 と して の こ と ば を操 作 す る こ との
障 害 で あ り,前 述 の 「こ とば の鎖 」 に当 て は め る と,話
し手 お よ び 聞 き手 の脳
の 中 で 起 こ る 「言 語 学 的 段 階」 の 障 害 で あ る.失 語 症 と区 別 さ れ る コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン障 害 と して ,笹 沼(2001)は,① る 言語 障 害(難
末 梢性 の 受 容 器 や 効 果 器 の損 傷 に よ
聴 や 聾 に 伴 う言 語 障 害,種
々 の 運 動 障 害 性 構 音 障 害 な ど),'②
大 脳 の左 右 両 半 球 に わ た る 非 限 局性 の 脳 病 変 に も とづ く認 知 症(痴 し知 的 機 能 の 低 下 に 伴 う コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン障 害,③
呆),な
い
種 々の 精 神 疾 患 や 意 識 障
害 に 伴 う 言 語 の 異常 を あ げ てい る.声 が 出 な い,声 が 出 に く くな る,異 常 な声 質 に な る とい っ た 発 声 障 害 も,失 語 症 で は な い. 失 語 症 が 生 じる 原 因 疾 患 と して は,脳 出血,脳
梗 塞(脳
の脳 血 管 障 害 が 最 も多 く,つ い で 外 傷 性 脳 損 傷(交 部 外 傷),脳 症(痴
呆)に
腫 瘍,脳
炎 な どが あ る.ま
血 栓,脳 塞 栓)な
ど
通 事 故 や 転 落 な どに よ る頭
た 最 近 で は,脳 変 性 疾 患 に お い て 認 知
至 る まで の 期 間 に失 語 症 状 が 単 独 で現 れ る こ とが 明 らか に な っ て
き た.「 疾 病 学 的 に は い ず れ 痴 呆 を き た す 進 行 性 変 性 脳 疾 患 が 疑 わ れ る に もか
か わ らず,臨 床 的 に は 初 発 症 状 で あ る失 語 が ほ ぼ 単 独 の 主要 症 状 と して長 期 間 に わ た る 」(加 藤 ほ か,1991)症
状 と して,痴
呆 を伴 わ な い 緩 徐 進 行 性 失 語
(slowly progressive aphasia without dementia:SPA)が ほ か(1991)は
注 目 され て い る.加 藤
自験 例6症 例 の 症 状 や 脳 画 像 の 経 過 を検 討 した 結 果,病 巣 は 非
均 質 で あ り,失 語 症 状 とな ん らか の 相 関 が あ っ た と述 べ て い る.
● 失語症状 失 語 症 は 符 号 と して の こ とば を操 る 障 害 で あ る た め,話 す,聞
く,読 む,書
くの 言 語 機 能 の4側 面 が 多 か れ 少 なか れ低 下 す る.以 下 に話 す 側 面 か ら順 に 症 状 を 述 べ る. 流 暢 性 の問 題
失 語 症 者 の 自発 話 の滑 らか さ の こ とで,脳 損 傷 の 部 位 に よ
っ て,流 暢 ・非 流 暢 に分 類 され る.大 脳 前 方 の 言 語 野 あ た りが 障 害 され る と 非 流 暢 で ぎ こ ち な い 話 し方 に な り,発 語 失 行 と よ ば れ る 構 音 お よ び韻 律 の 問 題 が 現 れ や す い.大 脳 後 方 の 言 語 野 が 障 害 さ れ る と全 体 と して 発 話 量 が 多 く流 暢 な 話 し方 に な るが,内 喚語 障害
容 語 が 少 な くな る.
意 図 した こ とば を 適 切 に想 起 し て表 出 す る こ とが で きな くな る
状 態 で あ る.脳 内 に あ る語 彙 目録 の 中 か ら 目指 す 語 彙 項 目 を回 収 す る能 力 の 障 害 で あ り,程 度 や 誤 り方 に は個 人 差 が あ る が,ほ る.想
とん どの 失 語 症 者 に認 め ら れ
起 の しや す さ しに く さ は,語 の 使 用 頻 度(高
(具 体 語,抽
象語),心
像 性(高
い,低 い),親
頻 度,低
密 度(高
頻 度),具
象性
い,低 い),意 味 カ テ ゴ
リー の違 い な どの 影響 を受 け る.意 味 カ テ ゴ リー は,無 生 物 と生 物 とい う よ う に 大 き く分 類 さ れ る場 合 や,動 物,植
物,乗
り物,色,身
体 部 位 な ど と,さ ま
ざ ま に分 類 され る場 合 が あ る.失 語 症 者 に よっ て は,特 定 の 意 味 カ テ ゴ リー の み が 選 択 的 に 障 害 さ れ る場 合 が あ り,注 意 が 必 要 で あ る. 喚 語 困 難 の と きに み られ る症 状 と して,① 応,②
反 応 ま で に時 間 が か か る 遅 延 反
音 の誤 り(音 韻 性 錯 語 ま た は 字性 錯 語 と よ ばれ,単
語 の 一 部,た
とえば
「と け い 」 を 「とて い 」,「こ け い 」 と言 い誤 る),③ 他 の語 へ の 置換(意
味性 錯
語 ま た は語 性 錯 語 と よ ば れ,「 りん ご」 を 「み か ん 」,「か き」 な ど の よ う に, 単 語 自体 を言 い 誤 る),④ 音 が 置 き換 わ る 新 造 語(語
失 語 症 者 の 意 図 した 語 が 推 測 で きな い ほ ど,著 新 作 と も よ ば れ,た
しく
と え ば切 符 に 対 して 「シ ャ カ
コ」 な ど と言 う),⑤
そ の こ とば の 説 明 を す る,用
途 を言 う な どの 迂 回 表 現
(金槌 に対 して 「釘 を うっ た りす る もの で … … 」 な ど と説 明 す る),⑥ さ な い発 話 の 連 続 と な る ジ ャル ゴ ン(た で 「りん ご とか,ま
と ば に じん の,こ
意味 をな
とえ ば りん ご の 産地 に 関す る 会 話 の 中
う い う西 が わ わ ね え … … 」 な ど と言 う),
⑦ 決 ま っ た 言 い 回 しや こ とば の み が 残 り,そ れ を 繰 り返 す 再 帰 性 発 話(常 語 と もよ ば れ,た
同言
と え ば 「タ ン タ ン」,「コ ー コー 」 な ど と繰 り返 す)が あ る.
ジ ャ ル ゴ ン は流 暢 性 失 語 に み られ る症 状 で あ る が,さ れ る.笹 沼(2001)は,①
らに い くつ か に 分 類 さ
区切 りが は っ き りせ ず,語 が 弁 別 で き な い 未 分 化 ジ
ャ ル ゴ ン,② 機 能語は 部 分 的 に 認 め られ るが,内
容 語 の多 くが 新 造 語 に な る無
意 味(新
造 語)ジ
ャ ル ゴ ン,③ 語 性 錯 語 が 多 く,語 と語 の 関係 が 正 し くな い 錯
語 性(意
味 性)ジ
ャ ル ゴ ンが あ る と述 べ て い る.
統語の 障害
文 を適 切 に 話 す こ とが で きな い,つ
な統 語 規 則 を用 い て,語
ま り文 を話 す た め に 必 要
を つ な ぎ合 わ せ る こ とが 難 しい状 態 で あ る.名 詞 や 動
詞 な ど の 個 々の 語 の 喚 語 は で きて も,そ れ らの 語 を文 法 的 に 適 切 に組 み 合 わ せ て,正
しい 文 をつ くる こ とが 難 し くな る.助 詞 や 助 動 詞,語
尾 変 化 な どの 文 法
的 形 態 素 が 省 略 され る場 合 を 失 文 法,誤 用 され る 場 合 を錯 文 法 と分 け る こ とが あ るが,文
レベ ル の 発 話 に 問 題 が あ る失 語 症 者 の 場 合 に は,失 文 法 と錯 文 法 の
両 方 を併 せ もつ こ とが 多 く,こ の よ う な二 分 法 に 疑 問 を投 げ か け る研 究 者 もい る.た
とえ ば 山鳥(1985)は,ウ
ェ ル ニ ッケ 失 語 症 者 の 文 レベ ル の 発 話 につ い
て,文 法 に 問 題 が あ る の で は な く,正 常 な 文 脈 の 中 に誤 っ た 語 彙 が組 み こ まれ て い る こ と に あ り,文 法 異 常 で は な く語 彙 選 択 の 異 常 で あ る と指 摘 して い る. 笹 沼(2001)も,失
文 法 は 前 言 語 野 を 中心 とす る広 範 な病 巣 に よ る非 流 暢 な失
語 に現 れ や す い 症 状 で あ り,① 助 詞 や 助 動 詞 な どが 脱 落 し,い わ ゆ る 電 文 体 発 話 に な りや す い,② す い,③
ひ とつ の 語 や 句 か らな る 短 い もの が 多 く,動 詞 も脱 落 しや
発 話 さ れ た 文 は構 造 が 単 純 で 短 くな る と し,錯 文 法 につ い て は,後 方
言 語 野 に病 巣 の あ る 流 暢 な 失 語 症 例 に 出現 しや す い 症 状 で,内 容 語 の 錯 語 化 と と も に機 能 語 の 誤 用 や 混 乱 が 目立 つ こ とが 特 徴 で あ る と述 べ て い る が,失 文 法 と錯 文 法 の 差 異 は必 ず し も明確 で は な い と指 摘 して い る. 最 近 で は,文
を構 造 化 す る 統 語 能 力 の 観 点 か らの 症 状 分析 も行 わ れ る.失 語
症 者 で は,語 順 や 文 構造 の 複 雑 さ に よ っ て,文 産 生 能 力 や 理 解 力 が異 な る.た
と え ば 「お 母 さ ん が ドア を押 す 」 で あ れ ば,押
す 人 は 「お 母 さん 」 しか あ りえ
な いが,「 お 母 さ んが お 兄 さ ん を押 す 」 で あ れ ば,お こ とが 可 能 で あ る た め,押
母 さ ん もお 兄 さ ん も押 す
して い る の は 誰 な の か を正 確 に 理 解 し なけ れ ば な ら
ず,「 お 母 さ ん が ドア を押 す 」 の 文 理 解 よ り難 し くな る.藤 田(1989)は,日 本 語 の 文 の 産 生 過 程 につ い て,ま ず 伝 達 した い メ ッセ ー ジに も とづ い て 内 容語 (名 詞 や 動 詞 な ど)が 選 択 され,名 詞 句 が 担 う意 味 格(動 作 主格,対 と文 法 関 係(主 順 に並 び,文
語,目
象 格 な ど)
的語 な ど)が 決 定 さ れ る,こ れ に よ って 内容 語 が 基 本 語
が 構 造 化(統
語 的 枠 組 み の 構 成)さ
れ る,次 い で 補 文 と主 文 の 統
合 や助 詞 の付 与 が 行 わ れ る と述 べ て い る.失 語 症 者 で は,程 の理 解 や 産 生 の 障 害 が み られ るた め,ど
度の差はあるが文
の段 階 で の 問 題 なの か を 見極 め る こ と
が 重 要 で あ る. 聴 覚 的 な理 解 力 の 障害
人 か ら言 わ れ た こ とば の 理 解 が 困 難 に な る 障 害 で
あ り,耳 の 聞 こ え 自体 の 問 題 で は な い.ほ
と ん どの 失 語 症 者 に み られ る 症 状
で,語 音 認 知 の 障 害 と意 味 理 解 の障 害 が あ る.語 音 認 知 の障 害 で は,音 韻 の把 握 が 困 難 に な り,復 唱 も難 し くな る.ウ こ とが あ る.繰
音 を正 し く把 握 す る と,す 障 害 は,言
ェ ル ニ ッケ タ イ プ の 失 語 症 に出 現 す る
り返 し刺 激 して も,音 の 同 定 が 困 難 な こ とが 多 い が,い
ったん
ぐに 意 味理 解 が 可 能 に な る こ とが 多 い.意 味 理 解 の
わ れ た こ と ばの 意 味 が わ か ら な い状 態 で あ る.単 語 の 音 韻 特 徴 は把
握 で きて 復 唱 もで き るが,意
味 が わ か ら な い場 合 も あ る.
こ とば の 意 味 理 解 を妨 げ る要 因 には い くつ か あ る.喚 語 困 難 に影 響 す る 要 因 と 同様 に,語 の 使 用 頻 度,具
象性,親
密 度 な どが あ る.ま た 単 語 の理 解 は 可 能
で あ る が 文 レ ベ ル に な る と難 し く な る 場 合 が あ る.文
の 長 さ や 複 雑 さ も影 響
し,統 語 構 造 が 簡 単 な場 合 に は理 解 で きる が,複 雑 に な る と理 解 しに く くな る 場 合 が 多 い.失
語 症 者 で は,多
spanの 頭 文 字 を とっ て,ARSと
くの 場 合 聴 覚 的 な 把 持 力(auditory 使 う場 合 が 多 い)が
retention
低 下 し て い る た め,ARS
の低 下 の程 度 に応 じて,理 解 で き る文 の 長 さ に制 限 が 生 じる.さ 無 も理 解 に影 響 す る.失 語 症 検 査 の 中 に,机 上 に10個
ら に文 脈 の 有
の 物 品 を並 べ て,た
と
え ば 「鍵 を ハ サ ミ と鉛 筆 の 間 に置 い て 下 さい 」 と教 示 し て,物 品 を操 作 させ る 項 目が あ る.こ
の操 作 を正 確 に行 うた め に は,文 中 の 名詞 や 動 詞,助 詞 な どを
理解 す る こ と,聞 い た こ と ば を順 次 頭 の 中 に保 持 す る こ と,し か も物 品 を操 作
す るあ い だ 文全 体 を保 持 して お くこ とが 必 要 に な る.そ れ ぞ れ を正 確 に行 わ な い と こ の 問 題 に 正 答 す る こ とが で きず,失 あ る.一 方,生
語 症 者 に とっ て か な り難 し い課 題 で
活 上 で は さ ま ざ ま な文 脈 上 の 手 が か りが あ る た め,日
常生活場
面 で の 理 解 は比 較 的 良 好 で あ る こ とが 観 察 され て い る.失 語 症 者 で は 状 況 を 理 解 す る能 力 は保 た れ て い る た め,こ
の よ う な状 況 の な か で は この よ う な こ とを
言 う だ ろ う とい う推 測 や,相 手 の 声 の調 子,大
き さ,話 す 速 度,表 情 や し ぐ さ
な どの 非 言 語 的 手 が か りを う ま く利 用 して い る と思 わ れ る. 復唱の障害
復 唱 とは,聞 い た こ とば をそ の ま ま同 じ よ う に繰 り返 す こ と
で あ る.復 唱が 阻 害 さ れ る 要 因 に は,語 音 認 知 の 障害,構 把 持 力 の 障 害,音
の 系 列 化 の 障 害 が あ る.発
音 の 障 害,聴 覚 的 な
語 失 行 な どの 構 音 の 問 題 が あ る
と,音 の置 換 や 歪 み に よ っ て,正 確 な 復 唱 が 困 難 に な る.ま た 音 の系 列 化 の 障 害 で は,言
うべ き こ と ば の 意 味 は わ か っ て い て も,音 を 正 し く並 べ て 産 生 す る
こ とが 困 難 で あ る た め,音
韻性 錯 語 が 頻 発 す る.
左 シ ル ビウ ス溝 周 辺 領 域 が 損 傷 さ れ る と復 唱 能 力 が 障 害 され,こ
の領域 をは
ず れ た 外 側 が 損 傷 され る と,復 唱 能 力 が 保 た れ る失 語 型 が 出 現 す る こ とが 知 ら れ て い るた め,復 唱 は失 語 タ イ プ を考 え る際 に有 効 な指 標 と な る. 文字の障害
文 字 を読 む こ との 障 害 の 程 度 は,音 声 言 語 の 障 害 の 程 度 に対
応 す る と考 え ら れ る が,視 る.読
覚 認 知 や 視 空 間 構 成 能 力 の 問 題 な ど に も影 響 さ れ
む こ とに 関 して は,読 解 と音 読 が あ る.読 解 は 視 覚 的 に入 力 した 単 語 や
文 の 意 味 を理 解 す る 能 力 で,音 読 は そ れ ら を音 声 言 語 に 変換 す る操 作 が 含 ま れ る.読 解,音 読 と も に,失 語 症 の 重 症 度 に よ っ て,単 語 レベ ルか ら難 し くな る 場 合,文
レベ ル ま た 長 文 に な る と難 し くな る場 合 な どさ ま ざ まで あ る.多
場 合,読 解 と音 読 の 能 力 が 並 行 す るが,乖
くの
離 す る場 合 もあ る.読 解 能 力 が 良好
で あ る に もか か わ らず,発 語 失 行 ま た は 文 字 や 単 語 を音 に 置 き換 え る 能 力 の 障 害 の た め 音 読 が 難 し く な る場 合,逆
に音 読 が 良 好 で あ る に もか か わ らず 意 味 理
解 を 伴 わ な い場 合 もみ られ る. 失 語 症 者 で は字 を書 くこ と も難 し くな る.文 字 形 態 実 現 の 問 題,単
語や文字
想 起 の 問 題,単 語 は あ る程 度 書 け るが 文 レベ ルが 難 し くな る場 合,長
文 になる
と ま と ま りが な くな る場 合 な どが あ る. ま た わ が 国 で は,漢 字 と仮 名 とい う2つ の 文 字 体 系 が あ り,漢 字 と仮 名 の成
績 が極 端 に乖 離 す る 場 合 が あ る.単 純 に 分 け る と,漢 字 は ひ とつ ひ とつ の 文 字 が 意 味 を担 っ て い る表 意 文 字 で あ り,仮 名 は 意 味 を もた な い 表 音 文 字 で あ る. そ の た め 失 語 症 者 で は,一 般 的 に は漢 字 に比 べ 仮 名 の 操 作 が 難 し くな る.失 語 症 者 との コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン 時 に,50音
の 文 字 盤 を提 示 して,言
い たい こ と
ば の 文 字 を順 に指 さ して 伝 えて も ら う な どの こ と は厳 禁 で あ る.音 読 に 関 して は,仮 名 と音 と は1対1対
応 で あ るが,漢
字 で 表 記 さ れ た 単 語 と読 み(音)と
の 対 応 は 弱 い た め,平 仮 名 に比 べ 漢 字 単 語 の 音 読 が 難 し くな る場 合 もあ る.た とえ ば,今
と い う文 字 を と りあ げ る と 「今夜,今
ぞ れ に 読 み が 異 な る た め,音
日,今 年,今
頃」 で は,そ れ
読 能 力 が 低 下 した 失 語 症 者 で は 読 む こ とが か な り
難 しい場 合 が あ る.
● 失語 症 の 主 要 タ イ プ 上記 に 述 べ た さ ま ざ ま な失 語 症 状 が,い の が 失 語 タ イ プ で あ る.図5.3は,竹
くつ か の 組 み 合 わ せ と して現 れ た も
内 ら(1995)に
よ る代 表 的 な失 語 タ イ プ
の 臨床 的 判 定 過 程 で あ る.ま ず 自発 話 が 流 暢 か 非 流 暢 か を判 断 し,そ の 後,聴 覚 的 理 解,復
唱,呼
を み る こ とで,失
称(提
示 され た物 品 や 絵 の 名 前 を 言 う こ と),発 話 の 特 徴
語 タ イ プ を判 定 す る.し か しな が ら典 型 的 な失 語 タ イ プ に 当
図5.3 失 語 症 タ イプの 臨 床的 判 定過 程(竹 内 ほか,1995)
て は ま る割 合 は,研 究 者 に よ っ て 報 告 が 異 な る も の の,20∼70%と い る(笹 沼,1993).ま 度 や,聞 め,個
い われ て
た 失 語 タ イ プ に 当 て は まっ た と して も,失 語 症 の 重 症
く ・話 す ・読 む ・書 くの 各 側 面 の保 た れ 方 や 障 害 の され 方 は異 な る た
々 人 の 症 状 を適切 に把 握 す る こ とが 重 要 で あ る.以 下 に各 失 語 タイ プ の
症 状 を示 す. ブ ロ ー カ 失 語(Broca's
aphasia)
ブ ロ ー カ失 語 の 発 話 は,発
め,非 流 暢 で 短 く努 力 的 で,構 音 の 置 換 や 歪 み,ぎ
語失行 の た
こ ち な さが み ら れ る.喚 語
の 障 害 や 文 の 形 式 で話 す こ と の 障 害 もみ られ る.一 方 聴 覚 的 な理 解 力 は比 較 的 良 好 に 保 た れ る.病
巣 は ブ ロ ー カ 野 と そ の 近 接 領 域,ま
た そ の深 部 な ど を 含
む. ウ ェル ニ ッケ 失 語(Wernicke's
aphasia)
ウ ェ ル ニ ッケ失 語 の 特 徴 は,流
暢 で 多 弁 な発 話 と,聴 覚 的 な理 解 力 の 著 しい 障 害 で あ る.文 られ る も の の,音 韻 性 錯 語,意 め,ま
味 性 錯 語,新
造 語,ジ
レベ ル の発 話 が み
ャ ル ゴ ンが 混 在 す る た
角 回,縁
と ま りの な い 空 虚 な発 話 と な る.病 巣 は ウ ェ ル ニ ッ ケ野 を 含 む側 頭 葉, 上 回 あ た りで あ る.
失 名 詞(健
忘)失
語(anomic(amnesic)aphasia)
相 対 的 に軽 度 な 失 語
で あ り,流 暢 な 発 話 の 中 に名 詞 の喚 語 困 難 が 目立 つ タイ プ で あ る.喚 語 困 難 時 に は,た
とえ ば りん ごで あ れ ば 「赤 い もの で,食
べ る ん だ け ど,丸
くて」 な ど
の 迂 回 表 現 を用 い て説 明 す る様 子 が み られ る.理 解 力 は 良好 で あ るが,名
詞の
意 味 理 解 を誤 る こ とが あ る.各 失 語 タ イ プか ら回 復 して失 名詞 失 語 に な る場 合 と,発 症 当 初 か らこ の タ イ プ に な る場 合 が あ る た め,責 任 病 巣 は 一 定 しな い. 伝 導 失 語(conduction
aphasia)
流 暢 な 発 話 で あ るが,自
発 話,呼 称,復
唱 の い ず れ に も著 しい音 韻性 錯 語 が み られ る.音 韻 性 錯 語 を正 しい こ とば に 近 づ け よ う と努 力 して,自 己 修 正 を何 回 も繰 り返 す 「接 近 行 動 」 が 現 れ る こ とが 多 い.自
己修 正 後 正 答 に至 る こ と もあ る が,正
ん正 答 し て も,す
答 に 至 らな い場 合,ま
たいった
ぐに音 が くず れ て し ま う場 合 な ど もあ る.理 解 力 は比 較 的 良
好 で あ る .病 巣 は 縁 上 回 を中 心 とす る シル ビ ウ ス溝 深 部 で あ る こ とが 多 い. 全 失 語(global/total
aphasia)
す べ て の 言 語 様 式 が 重 度 に障 害 され た 状
態 で あ る.有 意 味 な 自発 話 は ほ と ん どみ られ な い が,状 況 に応 じて 適 切 な挨 拶 を し た り,系 列 語 を 言 う こ と(た
とえ ば,1と
ヒ ン トを 出す と,そ の 後10ま
で順 に数 え る な ど)は で きる こ と もあ る.病 巣 は左 中大 脳 動 脈 領 域 の 広 範 囲 に わ た る.病 巣 が 広 範 囲 で あ る た め,失
語症以外の高次 脳機能障害 を合併 してい
る こ とが 多 い. 超 皮 質 性 失 語(transcortical
aphasia)
た れ て い る こ とが特 徴 で あ る.こ motor aphasia),超 皮 質性 失 語(mixed
他 の 言 語 面 に比 べ て 復 唱 能 力 が 保
の 失 語 は,超 皮 質 性 運 動 失 語(transcortical
皮 質 性 感 覚 失 語(transcortical sensory aphasia),混 transcortical aphasia)の3タ
合型超
イ プ に 分 類 され る.病 巣 は シ
ル ビ ウス 溝 周 辺 外 領 域 で あ る.超 皮 質性 運 動 失 語 で は,自 発 話 の 量 が 極 端 に少 な く な るが,質
問 に 対 して は 短 い 応 答 が み られ た り,こ とば の 最 初 を ヒ ン トと
して提 示 す る とス ム ー ズ に続 け て 言 え る.理 解 力 は比 較 的 よい.超 皮 質 性 感 覚 失 語 で は,聴 覚 的 な 理 解 力 低 下,意 味 性 錯 語 の 多 発,著 ェ ル ニ ッケ 失 語 と似 た 症 状 を呈 す.復 に 保 た れ て い るが,意
しい 呼 称 障 害 な ど,ウ
唱 能 力 は ウ ェ ル ニ ッケ 失 語 に比 べ て 良 好
味 理 解 を 伴 わ な い こ とが 多 い.混 合 型 超 皮 質 性 失 語 で
は,自 発 話 は ほ とん どみ られ ず,理 る と よ い とい う 印 象 で,簡
解 障 害 も重 度 で あ る.復 唱 は 自発 話 に比 べ
単 な 文 程 度 が 可 能 で あ るが,意
味 理 解 を伴 わ な い.
復 唱 を除 い て ほ か の 言 語 様 式 が 重 度 に 障 害 され る失 語 タ イプ で あ り,言 語 野 孤 立 症 候 群(isolation of speech area syndrome)と そ の他
も よ ば れ る.
近 年 で は,皮 質 下 に あ る視 床 や 基 底 核 病 変 で生 じる失 語 症 に も注
目が 集 ま っ て い る.視 床 や 基 底 核 自体 に 言 語 機 能 が あ る の か ど う か の統 一 見 解 は み られ な いが,皮 わ た るが,た
質 下 損 傷 に よ る失 語 症 例 が 報 告 さ れ て い る.症 状 は多 岐 に
と え ば 視 床 失 語 に つ い て,石 合(2003)は
復 唱 は 良 好 で あ る が,
自発 話 は 減 少 し小 声 に な る な どの 特 徴 が あ る と言 及 して い る.田 伏(1999)は 左 前 部 視 床 梗 塞 に よ る 失 語 症 例 を報 告 し,軽 度 で あ る が 呼称 や 復 唱,聴
覚的理
解 の 障 害 が 認 め られ た と述 べ て い る. また 語 義 失 語 は,わ が 国 に お い て 井 村(1943)が 感 覚 失 語 に属 す る失 語 症 状 で あ る が,語
初 め て 報 告 し た.超 皮 質 性
の 意 味 理 解 の 顕 著 な障 害 と と も に,漢
字 と仮 名 を もつ 日本 語 に 特 有 の 障 害 が み られ る.山 鳥(1985)は,井 っ て 臨 床 症 状 を以 下 の よ う に ま とめ て い る.①
村 ら に従
復唱 可能 な語 の理解 が で きな
い,②
呼 称 障 害 が 強 く,正 解 を与 え て も そ れ を 認 知 で き な い,語
性 錯語 が多
い,③
自動 的 な反 響 言 語 で な く,理 解 し よ う と して 繰 り返 す よ う な 反響 的 言 語
を 示 す,④
文 字 言 語 に特 徴 が あ り,理 解 な き書 き と り,理 解 な き音 読 をす る,
理 解 な し に書 き とる ため 仮 名 と漢 字 に能 力 の差 を生 じる,仮 名 の 方が 比 較 的 よ く書 け,漢 字 の 書 き と りが 悪 い,つ
ま り語 義 把 握 の 不 良 を反 映 して,漢 字 を音
標 文 字 の よ う に扱 うの が 最 大 の特 徴 で あ る と して い る.村 井(1997)は 無 視 して 個 々 の 漢 字 を逐 次 的 に読 む 類 音 的 錯 読(例:「 読 む)が 特 徴 的 で,左 進 行 性,び
半 球 側 頭 葉(第2,第3側
意味 を
土 産 」 を 「ど さ ん 」 と
頭 回)か
ら頭 頂 葉 に か け て の
ま ん性 の 病 変 が 推 定 され る と述 べ て い る.
● 言 語 に関 連 す る 障 害 特 定 の 言 語 の 側 面 に の み 障 害 が 現 れ る場 合 が あ る.こ
こ で は 読 み 書 きの 障 害
を きた す 失 読 と失 書 を と りあ げ る.読 み の 障 害 は,失 語 症 に み られ るが,失 語 を伴 わ な い失 読 も あ る.失 語 を伴 わ な い 失 読 は,随 伴 症 状 と して の 書 字 障 害 の 有 無 に よ り純 粋 失 読 と失 読 失 書 に分 類 され る.失 書 に 関 して は,失 語 症 を 伴 わ な い 書 字 障 害 と し て,失 読 失 書 の ほ か に 純 粋 失 書 が あ る. 純 粋 失 読(pure
alexia, alexia without agraphia)は,音
読 と読 解 の 両 方 に 明
ら か な 読 み 障 害 を示 す が,書 字 能 力 は良 好 に保 た れ る.個 害 さ れ るが,読 schreibendes
々の文字の読み が障
め な い 文 字 を なぞ る と,読 め る こ とが 多 い.こ の なぞ り読 み は lesenと も よ ば れ,な ぞ る とい う運 動 感 覚 を 利 用 した もの で 比 較
的 有 効 で あ る.ま
た1文 字 ず つ を ゆ っ く り読 ん で か ら,1ま
と ま りの 単 語 の 読
み に 達 す る と い うletter-by-letterの 読 み 方 を す る場 合 もあ る.書 字 は 可 能 で あ るが,い
っ た ん 書 き終 え る と 自分 の 文 字 で も読 め な く な る.文 字 の 模 写 に は
時 間 が か か り,1文
字 また は1辺 ず つ を見 本 と照 ら し合 わせ な が ら,ゆ っ く り
と書 き足 して い く様 子 が み られ る.左 後 頭 葉 内 側 面 と脳 梁 膨 大 部 の病 変 に よ っ て 生 じる.障 害 の機 序 につ い て,石 合(2003)は は右 後 頭 葉 の み に 入 力 され るが,脳
左後頭 葉損傷 のため文字情報
梁 膨 大 部 の損 傷 に よ っ て この 情 報 は左 半 球
に達 し な い 結 果,失
読 が 生 じる と述 べ て い る.
失 読 失 書(alexia
with agraphia)は,失
読 と失 書 が 同 時 に 生 じた もの で,読
み は 音 読 と 読 解 の 両 方 が 障 害 さ れ る.書 字 に関 して は,純 粋 失 読 と異 な り,文 字 の 模 写 は 可 能 で あ る が なぞ り読 み は 効 果 的 で な い.責 任 病 巣 は左 角 回付 近 と さ れ る(河 村,1990).
純 粋 失 書(pure
agraphia)で
形 態 の 想 起 困 難,書 写 は,一
き 誤 り,字
は,自
発 書 字,書
き と り と も に 障 害 さ れ,文
形 の 歪 み や 拙 劣 化 な ど が 認 め ら れ る.文
般 的 に は 自 発 書 字 や 書 き と り に 比 べ る と 良 好 で あ る.病
頂 間 溝 付 近 で あ る(河
村,1990).岩
田(1997)は
字
字 の模
変 は主 に左 頭
左 右 障 害 や 手 指 失 認,あ
い は 失 計 算 を 伴 っ て,い
わ ゆ る ゲ ル ス トマ ン 症 候 群(注1)を
あ る と 指 摘 し て い る.ま
た 岩 田(1988)は
る
形 成す る こと も
漢 字 と 仮 名 の 問 題 に 関 し て,側
頭葉
後 下 部 の 損 傷 に よ る 中 核 症 状 と し て 漢 字 の 失 書 が 起 こ る と し て い る. 注1 ゲ ル ス トマ ン症 候 群 と は,左 右 障 害,手 指 失 認,失 書,失 算 の4大 徴 候 が み ら れ る 場 合 を い う.左 右 障 害 と は 左 右 の 混 乱,手 指 失 認 と は 手 指 の 名 称 の 理 解 お よ び 産 生 が 困 難 な 状 態 で あ る.
な お 子 供 の 発 達 過 程 に お け る 読 み の 問 題 を 難 読 症 と い う.笹 読 と 難 読 症 と い う 用 語 の 使 い 方 に つ い て,英
カ ナ ダ,日
た は"acquired
り 一 般 的 に は"alexia"が
本 な ど),"dyslexia"と
い う 用 語 は,明
児 童 に み ら れ る 発 達 性 の 読 み の 障 害(難
失
国 を 含 む ヨ ー ロ ッ パ 諸 国 で は,脳
損 傷 に 由 来 す る 成 人 の 失 読 症 を"dyslexia"ま ぶ 習 慣 が 残 っ て い る が,よ
沼(1987)は
読 症)に
dyslexia"と
よ
用 い ら れ て お り(米
国,
らか な脳 損 傷 の 既 往 の な い 対 して 用 い られ る の が 普 通 で
あ る と 述 べ て い る.
5.3 失 語 症 検 査
● 検 査 の 目的 失 語 症 に対 す る 評 価 の 目的 は,失 語 症 者 の 現 在 の 症 状 を把 握 し適 切 な リハ ビ リ テ ー シ ョン を 行 うた め の 基 礎 資 料 とす る こ と で あ る.失 語 症 者 の 症 状 を把 握 す る た め に は,失 語 症 検 査 の 実 施 に加 え て,失 語 症 者 と コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンを と っ た り日常 場 面 で の 様 子 を観 察 し た り,家 族 か ら失 語 症 者 の様 子 を 聞 くこ と な ど も重 要 で あ り,検 査 だ け で は わ か らな い 貴 重 な情 報 を得 る こ とが で き る. 失 語 症 者 に行 う検 査 の 一 般 的 な順 序 と して は,① ニ ン グ検 査,②
総 合 的失 語 症 検 査,③
コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン能 力 の 検 査,⑤
言語 障 害 に対 す る ス ク リー
言 語 機 能 に 関 す る 各 種 掘 り下 げ 検 査 ,④ 言 語 機 能 と 関 連 し た認 知 機 能 の 検 査 と な
る.し か しすべ て の 検査 を 行 うの で は な く,失 語 症 者 の状 態 を明 らか に す る う
表5.1
ス ク リ ー ニ ン グ 検 査 の 一 例(吉
畑 ほ か,2002)
注1)言 語 機能 につい ては,各 モ ダ リテ ィの能 力 と,障 害 の特 徴 を把 握す る. 「書 く」 につい ては,氏 名 な どの書 字や 短文の 書取 など を行 う.使 用 手 も確 認す る. 2)上 の表の右 側 には ないが,以 下 の点 につ いて の観察 も行 う. 構音 器官 の形態 ・運動(→ 必要 に応 じて簡単 な検査 や嚥下機 能につ いて の問診 も行 う).視 覚的 問題(視 力低 下,視 空 間失認,視 野 障害,失 行 ・失認,態 度 ・表情 ・ア イコ ンタク ト,注 意 ・集 中力,反 応性, 保続 な ど.
え で 必 要 な 検 査 を選 択 し,失 語症 者 に過 度 の 負 担 を か け な い よ う配 慮 す る こ と が 大 切 で あ る.
● ス ク リー ニ ン グ検 査 失 語 を含 む な ん らか の コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン障 害 が 疑 わ れ る場 合,ま
ず障害 の
概 要 を把 握 し,今 後 の リハ ビ リテ ー シ ョ ンの 大 まか な方 針 を定 め る た め に,ス ク リー ニ ン グ検 査 を行 う こ とが 多 い.表5.1に
ス ク リー ニ ン グ検査 の 一 例 を示
す.
● 総 合 的 な失 語 症 検 査 ス ク リー ニ ン グ検 査 の 結 果,失 語 症 が あ る と疑 わ れ た場 合 に は,言 語機 能 に つ い て の 詳 しい 情 報 を得 る た め に,総 合 的 失 語 症 検 査 を実 施 す る.総 合 的 失 語 表5.2 総合的失語症検査の概要(吉 畑ほか,2002)
症 検 査 に は,標 準 失 語 症 検 査(日 本 失 語 症 学 会SLTA小 部 会,1997),失 語 版(WAB失
語 症 鑑 別 診 断 検 査(笹 語 症 検 査(日
本 語 版)作
委 員 会 マ ニ ュ ア ル改 訂
沼 ほ か,2000),WAB失
語 症検 査 日本
成 委 員 会,1986)の3つ
査 に 含 ま れ る 項 目 内 容 や 項 目数 は 異 な る が,い
が あ る.各 検
ず れ も言 語 機 能 の4側
面 「聞
く」,「話 す 」,「読 む」,「書 く」 につ い て,単 語 レベ ル,短 文 レベ ル,長 文 レベ ル と段 階 的 に変 わ る刺 激 の 長 さに 応 じて,低 下 の 程 度 ま た は 保 た れ 具 合 を調 べ る 検査 で あ る.3つ
の検 査 の 概 要 を表5.2に 示 す.
標 準 失 語 症 検 査(Standard て,SLTAと
よ ば れ,わ
評 定 と と もに,誤
Language
正 誤 の2段
床 家 に と っ て 貴 重 な情 報 と な る.1999
は と ら え に くい失 語 症 状 を 把 握 す る こ とを 目的 に,SLTA補 本 失 語 症 学 会Brain
Function
Test委
助
員 会 な ど,
と え ば 長 文 の 理 解 問 題 が 加 わ っ た こ とで 聴 覚 的理 解 力 を 幅 広 く調 べ
た り,SLTAの
加 減 乗 除 算 の 計 算 問 題 だ け で な く,金 額 や 時 間 を 問 う 問 題 が 加
わ っ た こ とで,計 算 の 応 用 能 力 を調 べ る こ とな どが 可 能 に な っ た.失 診 断 検 査(The
Test for DifferentialDiagnosis of Aphasia)で
語症鑑 別
は,「 単 語 の 聴 認
知(高
頻 度)」 や 「呼 称(高
て,そ
れ らの 点 数 の 合 計 に よっ て 重 症 度 を 判 定 す る こ とが で き る.WAB失
症 検 査(日 Western
階
っ た と きの ヒ ン ト後 の 反 応 に よ っ て6段 階 評 定 が 行 わ れ る.
テ ス トが 開 発 さ れ た(日 1999).た
その頭文字 をとっ
が 国 で 最 も よ く使 わ れ て い る.SLTAは
ヒ ン トの 有 効 性 を検 討 す る こ と は,臨 年 に はSLTAで
Test of Aphasia)は
本 語 版)は
頻 度)」,「 動 作 絵 の 叙 述 」 な ど9項
カ ー チ ス(Kertesz,1982)のWAB失
Aphasia Battery)を
目 を 取 り出 し 語
語 症 検 査(The
も と に作 成 さ れ た もの で,失 語 指 数 や 大 脳 皮 質 指
数 を算 出す る こ とが で きる. 一 方,重
度 失 語 症 者 で は,上 述 の 失 語 症 検 査 で 得 点 を とる こ とが 難 しい.重
度 失 語 症 者 を対 象 と した 検 査 と して,竹
内 ら(1997)が
検 査 」 が あ る.総 合 的 失 語 症 検 査 に は な い 項 目,た
開 発 した 「重 度 失 語 症 とえ ば 「非 言 語 基 礎 課 題 」
と して,実 物 と実 物 の マ ッチ ン グ,実 物 と絵 の マ ッチ ン グ な どが,「 非 言 語 記 号 課 題 」 と して,ジ
ェ スチ ャ ー の理 解 や 表 出,描 画 な どの 課 題 が 含 ま れ て い る.
● 掘 り下 げ検 査 上 記 の 総 合 的 失 語 症 検 査 実 施 後 に,よ
り詳 細 な症 状 を 明 ら か に す る た め に,
い くつ か の 掘 り下 げ 検 査(deep
test)を 行 う こ とが あ る.掘
り下 げ 検 査 に は,
標 準 化 され て い る もの,標 準 化 され て い な い が一般 的 に よ く使 用 され て い る も の,さ
らに は失 語 症 者 の 症 状 や 調 べ た い側 面 にあ わ せ て 臨床 家 自 身が 作 成 す る
も の な ど,さ ま ざ まな 種 類 が あ る.以 下 に わ が 国 で 最 近 作 成 され た2つ の 検 査 を紹 介 す る.い ず れ も認 知 神 経 心 理 学 的 立 場 か らの 検 査 で あ る. 失 語 症 語 彙 検 査(A
Test of Lexical Processing in Aphasia)
産 生 に焦 点 を絞 っ た,わ
単 語 の理 解 と
が 国 最 初 の 認 知 神 経 心 理 学 的 検 査 で あ る.こ
の検 査 は
単 語 の 情 報 処 理 モ デ ル の観 点 か ら,単 語 の 理 解 と産生 機 能 を掘 り下 げ て 評 価 す る こ と を 目的 に して い る(藤
田 ほ か,2001).語
の 音 韻(な
い し文 字)コ
ード
の 活 性 化 を 調 べ る 「語 彙 判 断 検 査 」(実 在 語 か 非 実 在 語 か を判 断 す る) ,「 名 詞 ・動 詞 検 査 」(名 詞,動
詞 と も に,理 解 で は 語 の音 韻 な い し文 字 コ ー ドか ら
意 味 コ ー ドへ の ア クセ ス と意 味 コー ドの活 性 化 を,表 出 で は そ の 逆 方 向 の 経 路 の 機 能 を調 べ る,ま た 名 詞 と動 詞 の 障害 を比 較 す る こ とが で き る) ,語 の 意 味 コ ー ドへ の ア ク セ ス とそ の 活 性 化 を調 べ る 「類 義 語 判 断 検 査 」(対 に な っ た2 つ の こ とば の 意 味 が 同 じか 違 うか を 判 断 す る)な SALA失
語 症 検 査(Sophia
Analysis of Language
研 究 に よ っ て刊 行 され た 失 語 症 検 査(藤 れ たPALPAと Language
どか ら構 成 され て い る . in Aphasia)
林 ほか,2004)で,イ
日英 の 共 同
ギ リスで開発 さ
よ ば れ る 認 知 神 経 心 理 学 的 検 査Psycholinguistic Assessments
Processing in Aphasia(Kay
et al.,1992)に
も とづ く.PALPAで
れ て い る情 報 処 理 モ デ ル に,日 本 語 の表 記 文 字 の 特 性(漢 カ ナ)が 加 わ っ て い る.た
字,ひ
of 使わ
らが な,カ
タ
とえ ば,聴 覚 的 理 解 に 関 して は,「 聴 覚 的 異 同 弁 別
課 題 」,「語 彙 性 判 断 課 題 」,名 詞 や 動 詞 の 「聴 覚 的 理 解 」 や 「類 似 性 判 断 」 な どが 含 ま れ て い る.
● コ ミ ュニ ケ ー シ ョン 能 力 の 検 査 実 際 の コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン は,こ
とば の み で な く,表 情 や ジ ェ ス チ ャー,状
況 判 断,推 測 力,会 話 の や りと りの ル ー ル の 理 解 な ど,さ ま ざ まな 能 力 を 用 い て 行 わ れ る.言 語 機 能 面 と実 用 的 な コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン面 の 障 害 の 程 度 は 多 く の場 合並 行 す るが,失
語 症 が 重 度 で も買 い 物 を して い る,軽 度 で も 日常 の や り
と りに 困 っ て い る な ど,乖 離 が み ら れ る 失 語 症 者 もい る.そ の た め 実 用 的 な コ
ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン面 の 評 価 も重 要 と な る. 実 用 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョン 能 力 検 査
実 用 面 の 検 査 と して,綿 森 ら(1990)
の 実 用 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン能 力 検 査(Communication の 検 査 は,日 常 の コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン活 動34項
目(た
ADL
Test)が
あ る.こ
と え ば,自 動 販 売 機 で
切 符 を 買 う,出 前 を注 文 す る な ど)を 検 査 室 で 模 擬 的 に行 う こ とに よっ て,実 用 的 な コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン能 力 を調 べ る.各 項 目を正 答 す る に は,直 接 的 な 目 的 を遂 行 す る こ と に加 え て,関 連 要 因 が 必 要 と な る.た
と え ば 「自動 販 売 機 で
切 符 を 買 う」 こ との 直 接 的 な 目的 は,指 示 され た 目的 地 まで の切 符 を買 え るか ど う か で あ る が,関 連 要 因 と して は,① 状 況 文 脈 を 利 用 す る能 力,② 力,③
視 空 間情 報 の 処 理 能 力(路
線 図,パ
ネ ル の 表 示 内 容 の 理 解),④
読みの能 日常 遭
遇 す る 事 柄 につ い て の 知 識(自 動 販 売 機 お よび 金 銭 処 理 に 関 す る 知 識),⑤ と計 算 の 能 力(暗
算 あ る い は筆 算),⑥
る(綿 森 ほ か,1990).本 い が,両
数
複 数の行為 を実行す る能力が必 要 にな
テ ス トと総 合 的 失 語 症 検 査 との 相 関 は 経 時 的 に も高
検 査 結 果 に乖 離 が あ る 失 語 症 者 もい る こ とが 明 らか に な っ て い る(吉
畑 ほ か,2000). 談 話 を 調 べ る
言 語 や コ ミ ュニ ケ ー シ ョ ン能 力 の 改 善 は,多 少 の 幅 は あ る
も の の 失 語 症 検査 に反 映 され る.し か し失 語 症 が 軽 度 だ と天 井 効 果 の た め に失 語 症 検 査 で は ほ ぼ 満 点 に な り,障 害 の 実 態 や 改 善 の 様 子 を把 握 しに くい.ま
た
重 度 で も 日常 生 活 上 の コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンが 比 較 的 ス ム ー ズ に営 まれ て い る場 合 もあ る.こ の よ うな状 態 を 解 決 お よ び 説 明 す る た め に,最 近 で は,実 際 の 談 話 や 会 話 の 分 析 に関 心 が寄 せ られ て い る.研 究 目的 や 分 析 方 法 は研 究 者 に よっ て さ ま ざ ま で あ るが,既 存 の 失 語 症 検 査 で は把 握 し に くい,失 語 症 者 の 談 話 や 会 話 の 量 的 ・質 的 問 題 が 明 らか に な る. 理 解 面 に 関 す る ウ ェ イ ン リ ッチ ら の研 究 で は,失 語 症 者 は 実験 的 な環 境 で 単 独 文 の 理 解 課 題 を行 っ た場 合 よ りも,談 話 理 解 の 方 が 良 好 で あ っ た と報 告 され て い る(Weinrich
et al.,2002).安
理 解 を 検 討 し た 結 果,ラ
田 ら も,軽 度 失 語 症 者 の ラ ジ オ ニ ュ ー ス の
ジ オ ニ ュ ー ス の 理 解 は 良 好 で あ っ た と指 摘 して い る
(Yasuda et al.,2000). 表 出 面 に 関 して は,ウ 1983a,1983b).中
ラ トー ス カ の 研 究 が あ る(Ulatowska
程 度 お よ び 軽 度 失 語 症 者 と健 常 者 を対 象 に,思
et al.,1981, い出深 いで
きご と につ い て の 自由 な語 り,数 コマ か らな る 漫 画 の説 明,歯 磨 き な ど 日常 的 に行 っ て い る動 作 の 手 順 の 説 明 な どの 課 題 を 行 った.そ 文 レベ ル の 機 能低 下 は 明 らか で あ っ たが,内
の結 果,失 語 症 者 で は
容 の 説 明や 順 序 に 関す る指 標 で は
明 らか な低 下 は な く,談 話 の構 造 面 に も問 題 が なか っ た.し か し物 語 を 要 約 し た り物 語 か ら教 訓 を引 き 出 す 課 題 で は,全 べ,こ
体 的 な情 報 量 が 低 下 し て い た と述
れ らの 結 果 につ い て,構 造 的 に よ り上 位 で 重 要 性 の 高 い要 素 に か か わ る
問 題 で あ り,失 語 症 者 で は情 報 が 構 造 化 され て い る と解 釈 して い る. ま た シ モ ンス マ ッキ ー らは,2名
の 重 度 失 語 症 者 を対 象 に,会 話 場 面 で 用 い
ら れ る 非 言 語 的 な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン手 段 と そ の 意 味 づ け を 詳 細 に 分 析 した (Simmons-Mackie
et al.,1997).そ
の 結 果,失 語 症 者 は文 脈 や 目的 に あ わせ て
非 言 語 的 な コ ミュ ニ ケ ー シ ョン手 段 を 使 い 分 け て い るが,リ ハ ビ リテ ー シ ョ ン の 中 で獲 得 させ た非 言 語 的 手 段 の使 用 は 不 自然 で,使
われ る頻 度 も多 くな か っ
た と指 摘 して い る.
● 失 語 症 診 断 に か か わ る高 次 脳 機 能 障 害 の 検 査 失 語症 者 で は,脳 損 傷 の 部 位 や 範 囲 に よ っ て,失 行,失 認,記
憶 障 害,精
神
機 能低 下,遂 行 機 能 障 害 な どの 高 次 脳 機 能 障 害 を併 せ もつ た め,失 語 症 者 の 症 状 に 応 じて,必
要 な検 査 を行 っ て,適 切 な 診 断 や 援 助 に結 び つ け る こ とが 大 切
で あ る.調 べ る側 面 と して は,知 的 機 能,記 憶 能 力,行 構 成 行 為,注 意,遂
為,視
空 間 認 知 能 力,
行 機 能 が あ る.市 販 され て い る検 査 もあ る が,調 べ た い 側
面 に つ い て の 適 切 な検 査 が な い場 合 に は,臨 床 家 が 手 づ く りを す る 場 合 も あ る.市 販 さ れ て い る検 査 に つ い て は,た
と え ば吉 畑 ら(2002)が
検査類 の販売
に 関 す る 問 い 合 わ せ 先 も含 め て 紹 介 して い る.
5.4 失 語 症 と リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン
●ICFに
ついて
世 界 保 健 機構(WHO)が
新 た に採 択 したICF(International
Functioning,Disability and Health,国 際 生 活 機 能 分 類)の
Classificationof
「生 活 機 能 」 構 造 モ
デ ル で は 「心 身 機 能 ・身 体 構 造 」,「活 動 」,「参 加 」 と い う用 語 が 用 い られ て い
る.上
田(2004)は
障 害 の あ る 人 をみ る場 合 に,そ
の 障 害(マ
イナ ス面)だ
け
を み る の で は な く,そ の 人 の もつ プ ラ ス の 面 を重 視 す べ き だ と い う,こ の20 年 余 の 間 に世 界 的 に広 まっ た 思 想 を背 景 と し て い る と述 べ,ICFの
理 念 を リハ
ビ リ テ ー シ ョ ンに 活 か して い くた め に,① 心 身 機 能 の み で な く,活 動 と参 加 を 重 視 す る総 合 的 な 把 握 をす る,② 個 別 的 ・個 性 的 な 目標 ・プ ロ グ ラム を実 施 す る,③ マ イナ ス(障 害)で
な くプ ラス(生 活 機 能)を 重 視 す る こ とで あ る と提
案 して い る. 失 語 症 の リハ ビ リテ ー シ ョ ンは,大 的 コ ミュ ニ ケー シ ョ ンの 援 助,③ れ る.ICFの
き くは,① 心 理 ・社 会 面 の援 助,②
言 語 機 能 回復 に 対 す る援 助 の3側
実用
面 に分 け ら
理 念 に あ る よ う に,ど の ア プ ロー チ も失 語 症 者 の 社 会 参加 支 援 に
役 立 つ 視 点 を も っ て い る こ とが 不 可 欠 で あ る.実 際 に は そ れ ぞ れ の 失 語 症 者 の 症 状 や そ の と き ど きの ニ ー ズ に応 じて,こ れ ら3側 面 の援 助 をバ ラ ンス よ く組 み 合 わ せ て,適 切 か つ 必 要 な援 助 を行 う.以 下 に3側 面 の ア プ ロ ー チ につ い て 示 す.
● 心 理 ・社 会 面 の 援 助 近 年 で は 失 語 症 者 の コ ミュ ニ ケ ー シ ョンや 社 会 参 加 の バ リア を取 り除 くこ と の重 要 性 が 強 調 さ れ る よ う に な り,失語 症 を もっ た ま ま,そ の 人 ら し く充 実 し て 生 き る た め の 環 境 調 整 や,周 ョ ンの と り方 指 導,一
囲 の 人 々 に対 す る 失 語 症 者 との コ ミュ ニ ケ ー シ
般 社 会 に対 す る 失 語 症 理 解 の 普 及 な どへ の 関心 が 集 ま っ
て い る. パ ー ら は イ ギ リ ス の 失 語 症 者50人 か る バ リ ア と して,①
の 証 言 を も と に,失 語 症 を もつ 人 が ぶ つ
環 境 面 で の バ リア(例
… … 」),② 構 造 面 で の バ リ ア(例
「皆 が そ ろ っ て,い
っせ い に話 す
「会 合 の と きに は 明 らか に,自 分 の思 っ た こ
と を 言い 表 す の は か な りむ ず か しい … … 」),③ 態 度 面 で の バ リ ア(例
「レ ス ト
ラ ンや パ ブ に 行 く と,完 全 に無 視 され る 」),④ 情 報 面 で の バ リ ア(例
「い つ で
も 質 問 で き る と は 限 ら な い 」)の4つ 1997).身
が あ る と指 摘 して い る(Parr
et al.,
体 の 麻 痺 は 目 に 見 え る 障 害 で あ る が,失 語 症 は 見 え な い 障 害 で あ る.
失 語 症 で は 身体 の 麻 痺 が 伴 わ な い こ とが あ り,ま た 軽 度 で あ る 場 合 に は,な
ん
と な く話 し方 が ゆ っ く りして い る ぐ らい に しか わ か ら な い場 合 もあ る.失 語 症
の 専 門 家 た ち は,こ
の よ う なバ リア を 取 り除 くた め の努 力 や 工 夫 を行 っ て い く
こ と が 重 要 で あ る. ま た ケ ー ガ ン ら は,失
語 症 者 は 会 話 の 機 会 が 少 な く,社
な い 存 在 に な っ て い る と 指 摘 し て い る(Kagan 問 題 を 解 決 す る に あ た っ て は,失 ロ ー プ と な る 会 話 相 手(会
会 や 家 庭 で 認 め られ
et al.,1993,2001).こ
の ような
語 症 者 と 社 会 と の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン上 の ス
話 パ ー トナ ー)の
ラ ン テ ィ ア や 失 語 症 者 の 家 族,医
存 在 が 重 要 で あ る と し,地
療 ・保 健 関 係 者 な ど を 対 象 に,失
域 のボ
語症者 とよ
り よ い 会 話 を 行 う た め の ト レ ー ニ ン グ を 実 施 し て い る. わ が 国 で も,東
京 地 域ST連
絡 会 が,失
域 ボ ラ ン テ ィ ア な ど を 対 象 に,失 (小 林,2004),各
語 症 者 を もつ 家 族 や 医 療 関 係 者,地
語 症 会 話 パ ー トナ ー 養 成 に 取 り 組 み は じ め
地 で 同 じ よ う な 動 き が は じ ま っ て い る(林,1997).
● 実 用 的 コ ミ ュニ ケ ー シ ョ ンの 援 助 話 し こ と ば だ け に と ら わ れ ず,非
言 語 的 手 段 も含 めて 使 え る コ ミュ ニ ケ ー シ
ョ ン 手 段 は ど ん な も の で も 使 用 し て,実
用 的 に 伝 え る こ と に 重 点 を 置 く.
よ く 知 ら れ て い る 方 法 に デ ィ ヴ ィ ス ら のPACE訓 communicative
effectiveness)が
あ る(Davis
練(promoting
et al.,1981).こ
の コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン場 面 に 近 い 対 話 方 式 を 重 視 し,情 う な コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 手 段 を 使 用 し て も よ い.次 っ て 施 行 さ れ る.①
aphasics'
の 方 法 で は実 際
報 伝 達 の た め に どの よ
の 相 互 依 存 的 な4原
則 に沿
臨 床 家 と 失 語 症 者 と の あ い だ に 新 し い 情 報 の 交 換 が あ る,
② 失 語 症 者 は 新 し い 情 報 を 伝 え る た め に 用 い る 伝 達 手 段 を 自 由 に 選 択 で き る, ③ 臨 床 家 と失 語 症 者 は,伝 る,④
達 内 容 の 送 信 者,受
臨 床 家 に よ る フ ィ ー ドバ ッ ク は,失
う か に 対 し て 与 え ら れ る.具
信 者 と して 同 等 の 立 場 で参 加 す
語 症 者 が 内容 の 伝 達 に成 功 した か ど
体 的 に は 絵 カ ー ドを 裏 返 し て 積 み 重 ね,臨
失 語 症 者 が 相 手 に 見 え な い よ う に1枚
ず つ と り あ げ て,そ
床家 と
の 内 容 につ い て さ ま
ざ ま な 手 段 を 用 い て 交 互 に 伝 達 しあ う. ま た 拡 大 代 替 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン(augmentative tion)と
い う 考 え 方 も注 目 さ れ て い る.ガ
に 分 類 し て,失 い る(Garrett
and alternative communica
レ ッ ト ら は,重
度 失 語 症 者 を5段
階
語 症 者 側 の 技 法 と コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン相 手 側 の 技 法 を 整 理 し て et al.,1992).た
と え ば 最 も重 度 で あ る
「簡 単 な 選 択 行 為 に よ っ
て 意 志 伝 達 を す る患 者 」 で は,失 語 症 者 側 の 技 法 と して,日 課 の な か で 身 だ し な み の ニー ズ に 適 う物 品 を選 択 す る こ と,コ
ミュ ニ ケ ー シ ョ ン相 手 の 技 法 と し
て は,相 互 交 渉 的 な選 択 活 動 に参 加 す る こ と に とっ て,基 本 的 な 選 択 技 能 を 教 え るた め の 基 礎 と して使 え るか も しれ な い 楽 しい 活 動 の リス ト作 成(例:カ ロ グ か ら服 を選 択,挿
タ
し絵 入 りの料 理 の 本 か ら調 理 法 を選 択 な ど)を 助 け る,
な ど をあ げ て い る.
● 言 語機 能 回 復 に対 す る 援助 話 す,聞
く,読 む,書
くの 言 語 機 能 そ の もの に は た ら き か け る 方 法 で あ る.
は た ら きか け る具 体 的 な側 面 や 機 能 に は,聴 覚 的 な弁 別 や把 持,構 音 や プ ロ ソ デ ィ,単 語 の理 解 や 呼 称,文
また は長 文 の 理 解 や 表 出,読 み 書 き,仮 名 文 字 の
操 作 な どが あ る.代 表 的 な 方 法 は,シ ュ ー ル に よ っ て集 大 成 さ れ た刺 激 法 で あ る.シ
ュー ル らは,脳 内 に さ ま ざ ま な 複 雑 な 事 象 を生 じ させ る唯 一 の 方 法 は 感
表5.3 シュールによる失語症治療 の6原 則(笹 沼ほか,1978)
覚 刺 激 で あ る と し,失 語 症 者 の 反 応 を最 大 限 に引 き出 す た め に,コ した 刺 激 を強 力 に与 え る こ と を提 唱 した(Schuell
ン トロ ー ル
et al.,1964).笹
が ま と め た シ ュ ー ル の刺 激 法 の 原 則 を表5.3に 示 す.わ
沼(1978)
が 国 の 失 語 症 リハ ビ リ
テ ー シ ョ ンの 多 くは,刺 激 法 の 考 え方 を 基 盤 と して い る. 最 近 で は,失 語 症 者 の 症 状 を よ り詳 細 に 調 べ て,そ
の障害構 造にあわせ た リ
ハ ビ リ テ ー シ ョ ン を 行 う認 知 神 経 心 理 学 的 ア プ ロ ー チ の 取 り組 み もみ られ る. 奥 平(2004)は,脳 れ た30歳
梗 塞 に よ り左 側 頭 葉 か ら頭 頂 葉 に至 る広範 な損 傷 が 認 め ら
の 重 度 流 暢 型 失 語 例 の 語 彙 障 害 の メ カ ニ ズ ム を,失 語 症 語 彙 検 査
(藤 田 ほ か,2001;た
だ し,奥 平 が 用 い た の は2000年
そ の 結 果 に つ い て,音
版)を
用 い て 検 討 した,
声 入 力 系 で は聴 覚 分 析 シ ス テ ム の 障 害 が 重 度 で あ るが,
文 字 入 力 系 が 比 較 的 良 好 で あ った こ とか ら意 味 シス テ ム の 機 能 は比 較 的 保 た れ て い る 一 方,出
力 系 で は 音 声 出 力 辞 書 ・文 字 出 力 辞 書 と も に重 度 に 障 害 され て
い る と解 釈 して い る.リ ハ ビ リ テー シ ョ ンで は,最 初 の3ヵ や 短 文 の 理 解 や 発 話,書
月 間 は,高 頻 度 語
字 な どの 総 合 的 な 訓 練 を実 施 して い る.再
評価 後 に
は,聴 覚 的 な理 解 障 害 に 対 して は,意 味 か らの ト ップ ダ ウ ン を 強 化 す る治 療 法 を継 続,呼
称 障 害 に対 して は,失 語 症 者 自 らが まず 単 語 を書 い て か ら音 読 しそ
の 後 発 話 に 結 びつ け る とい う 方 法 を使 用 しは じめ た た め,そ れ,最
の 方 法 を取 り入
初 に漢 字 や 仮 名 を音 読 し,そ の 後 呼 称 す る とい う手 続 き を 定 着 させ る こ
とが 有 効 で あ ろ う と述 べ て い る.詳 細 な障 害構 造 が 明 らか に な っ た か ら とい っ て リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ンの 方 法 が 一 義 的 に決 定 さ れ る わ け で は な いが,今 よ う な 精緻 化 した 分 析 や ア プ ロー チ が 増 え て くる と思 わ れ る.
後 この
[吉畑 博代]
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伊 藤
6. 記憶 と高次脳機能 の神経心理学
6.1 記憶 の 神 経 心 理 学
記 憶 は,外 界 か ら受 け取 っ た 情 報 を組 織 化 して 貯 蔵 し,そ
して貯 蔵 され て い
る 情 報 を,種 々 の 情 報 処 理 で 利 用 で きる よ う に取 り出 す 能 動 的過 程 で あ る.知 覚,学
習,情 動,思
考 な どの 認 知 シ ス テ ム に 含 ま れ る ほ と ん どす べ て の 心 理 機
構 が 「記 憶 」 な しで は 成 立 し な い.記 憶 は,従 来,認
知 シ ス テ ム を構 成 す る ほ
か の心 理 機 能 と同 列 に位 置づ け ら れ て い た が,注 意 と と も に,認 知 シ ス テ ム に か か わ る ほ か の心 理 機 能 を支 え る基 礎 機 能(underling こ と も で き る.こ
mechanism)と
こ で は,「 記 憶 」 に 関す る 一般 的 な 分 類 に つ い て,主
障 害 患 者 を扱 う行 動 神 経 学,臨
考 える に記 憶
床 神 経 心 理 学 の 立 場 か ら概 説 す る こ と にす る.
記 憶 障 害 は,脳 損 傷 に伴 う高 次 脳 機 能 障 害 の なか で も頻 度 が 高 く,患 者 の 日常 生 活 に 影 響 を 及 ぼ す 問題 の 中 核 と な る こ とが 多 い か らで あ る.
●記憶 の分類 記 憶 の 分類 に は,記 憶 され る情 報 内容 に よ り分 類 す る方 法 と,時 間 区分 に よ り分 類 す る 方 法 に大 別 され る(図6.1). ① 記 憶 内 容 に よ る分 類:記 (declarative memory)と
憶 内 容 に よ り分 類 す る方 法 と して は,陳 述 記 憶
手 続 き記 憶(procedural
memory)の
分 類 が 広 く用 い
られ て い る.陳 述 記 憶 は 意 識 的 に 想起 し,言 語 な どの な ん らか の 手 段 で 表 現 で き る 記 憶 で あ り宣 言 的 記憶 と も よ ば れ る.陳 述 記 憶 は さ らに,日 常 の で き ご と な どの 時 間 的 ・空 間 的 文 脈 を も っ た エ ピ ソー ド記 憶(episodic
memory)と,
図6.1 記憶 の 分類
言 語 や 知 識 な ど思 考 の 素 材 と な る 意 味 記 憶(semantic て い る.ま
memory)と
に分 類 され
た,手 続 き記 憶 は,意 識 的 で は な く,い わ ゆ る 身体 で 覚 え る と表 現
さ れ る よ うな 運 動 技 能 や 熟 練 動 作 な ど を指 す. ② 時 間 区 分 に よ る分 類:記
憶 を時 間 区 分 で 分 類 す る 方 法 と して は,古
ら心 理 学 の な か で 存 在 して い た 短 期 記 憶(short-term 記 憶(long-term
memory:LTM)と
memory:STM)と
くか 長期
い う分 け 方 が あ る.短 期 記 憶 は,人 か ら
聞 い た 電 話 番 号 を繰 り返 して 言 う な どの 貯 蔵 時 間 が 数 十 秒 以 内 で あ り,ご
く限
られ た 記 憶 容 量 し か も っ て い な い 記 憶 を指 し,そ れ 以 外 を 長 期 記 憶 と分 類 す る.即
時 記 憶,瞬
時 記 憶 も短 期 記 憶 の な か に 含 まれ る.長 期 記 憶 は,"長
期"
と形 容 され て は い る が,「 今 朝 食 べ た もの は何 か 」 の よ うな 比 較 的 近 い で き ご との 記 憶(近
時 記 憶)と,「
で き ご と の記 憶(遠
大 阪 万 国 博 覧 会 の 年 の 記憶 」 の よ う に 比 較 的 遠 い
隔記 憶)の
③ そ の 他 の 分 類:記
両 者 を含 む用 語 で あ る.
憶 障 害 の 発 症 時 を起 点 に,そ れ よ り前 に獲 得 した 記 憶
の 障 害 を逆 向 健 忘(retrospective 害 を 前 向 健 忘(anterograde
amnesia),発
amnesia)と
症 時 以 降 の 新 し い記 憶 の 獲 得 障
よぶ.
記憶 を短 期 記 憶 と長 期 記 憶 に分 け る 二 重 貯 蔵 モ デ ル で は,短 期 記 憶 の概 念 は 情 報 の 保 持 の み に かか わ る 機 能 と い う こ と に な っ て し ま う.も
し,短 期 記 憶 が
容 量 の 限 られ た ひ とつ の情 報 源 に しか 対 応 で きな い と した ら,そ の情 報 処 理 能 力 は ご くわず か な もの に な っ て しま う.バ 理 を 行 う シ ス テ ム と して 作 業(ま
ッデ リー は,情 報 の 保 持 と と も に処
た は 作 動)記
憶(working
memory,ワ
ーキ
ング メ モ リ)と い う概 念 を 提 唱 し,記 憶 を よ り動 的 かつ 現 実 に即 した 認 知 活 動
に位 置 づ け て い る(Baddely,1986).ワ 活 動 にお い て,情
ー キ ン グ メ モ リ と は,さ
ま ざ ま な認 知
報 を処 理 しな が ら,そ れ を保 持 す る 作 業 場 と い う こ とが で
き,短 期 記 憶 に お け る情 報 処 理 量 を増 幅 して い る は た ら きで あ る. ま た,こ 回 想(回
れ ま で述 べ て き た 記 憶 は い ず れ も過 去 の 事 象 に 関 す る記 憶 で あ り,
顧)記
憶(retrospective
memory)と
も よ ば れ る も の で あ る.わ れ わ
れ の 有 す る 記 憶 は こ れ の み に と ど ま らな い.日 常 生 活 で 重 要 な 意 味 を もつ は た ら き と して,将 来 の 予 定,未
来 の 展 望 にか か わ る 記憶 も存 在 す る こ とに 気 づ く
は ず で あ る.「 この 授 業 の あ と,彼 女 との デ ー トで い つ ど こ で 待 ち合 わ せ る か」,「1週 間 後 に迫 っ た試 験 対 策 と して 企 画 した 勉 強 の 進 め 方 」 とい っ た,未 来 の 自 己 の 行 為 に関 す る予 定 の 記 憶 で あ る.展 望 記 憶(prospective
memory)
と よば れ る こ の 記 憶 は,記 憶 障 害患 者 の 日常 生 活 の適 応 を考 え る う えで も,重 要 で あ る こ とが 理 解 され る.
● 記 憶 の モ デ ル と脳 内 メ カ ニ ズ ム た とえ ば,聴
覚 的 に 入力 され た言 語 性 の情 報 は,音 韻 的 に分 析 され,音 韻 性
短 期 貯 蔵 庫 にい っ た ん 入 れ られ,そ 返 され,や
こ か ら リハ ー サ ル 回路 に入 り,何 度 も繰 り
が て 長 期 記 憶 に 入 る と考 え られ て きた.こ
の短期記憶 の脳内領域 は
頭 頂 葉 と推 測 さ れ て い る.し か し,こ の 短期 記憶 が リハ ー サ ル を経 て 長 期 記憶 へ 至 る過 程 は い ま だ 明 確 に は な って い な い し,す べ て の 長 期 記 憶 が 短 期 記 憶 貯 蔵 庫 を経 る必 要 が あ る の か もわ か っ て い な い.臨 床 的 に は,短 期 記 憶 の 障 害 を もち なが ら も,長 期 記 憶 は保 た れ て い る症 例 が 存 在 す るか らで あ る. 陳 述 記 憶 に 関 す る脳 内 メ カニ ズ ム と して,海 馬 を 中 心 とす る 側 頭 葉 内 側 面, コ ル サ コ フ症 候 群 と の 関 連 で 知 られ て い る乳 頭 体 ・視 床 ,前 脳 基 底 核 な どが 重 視 され て い る.記 憶 に 関 して は古 くか ら2つ の 脳 内 回 路 が 知 られ て い る が,1 つ は パ ペ ッ ツ(Papez)の
回 路 と よば れ て お り,「 海 馬-脳 弓-乳 頭 体-乳 頭 体 視
床 路-視 床 前 核-視 床 帯 状 回投 射-帯 状 回-帯 状 束-海 馬 」 か らな る.パ ペ ッ ツは こ の 回路 を情 動 の 神 経 機 構 の ひ とつ と と ら えた が,今 要 な 神経 機 構 と考 え られ て い る.も
う1つ は,ヤ
日で は記 憶 にか か わ る 重
コ ブ レフ(Yakovlev)の
回路
と よ ば れ る も の で,「 扁 桃 体-視 床 内側 核-前 頭 葉 眼 窩 皮 質-鉤 状 束-側 頭 葉 皮 質扁 桃 体 」 で あ る.
● 記 憶 障 害 にみ られ る症 状 エ ピ ソ ー ド記 憶 の 障 害
こ れ は,先
向 健 忘 は 近 時 記 憶 の 障 害 で あ り,数 が,新
述 し た 前 向 健 忘 と 逆 向 健 忘 が あ る.前
唱 課 題 の よ う な 即 時 記 憶 は保 た れ て い る
し い 情 報 は 数 分 後 に は 思 い 出 せ な く な る こ と が 多 い.
逆 向 健 忘 は,記
憶 情 報 が 発 症 を起 点 に して どの 程 度 さか の ぼ っ て 障 害 され て
い る か を 期 間 で 表 す.古 配(temporal
い 情 報 よ り新 し い 情 報 の 障 害 が 強 い と い う 「時 間 的 勾
gradient)」(リ
意 味記憶 の障害
記 憶 障 害 で は,意
と が よ く 知 られ て お り,一 多 い.こ
れ に 対 し,エ
て い る の に,意
ボ ー(Ribot)の
法 則)が
味 記 憶 と エ ピ ソ ー ド記 憶 が 解 離 す る こ
般 的 健 忘 患 者 で は,意
味 記憶 が 保 た れ て い る こ とが
ピ ソ ー ドの 前 向 健 忘 が 比 較 的 軽 く,自
障 害 が み ら れ る こ とが あ り,「 意 味 痴 呆(semantic と が あ る(Patterson&Hodge,2000).ま 意 味 記 憶 の 障 害 が 目 立 つ,興
る カ テ ゴ リー に属 す る 事 物 の
の 場 合,ほ
力,出
か の カ テ ゴ リー と比
作 話 と は,一
力 の 様 式 別 に 脳 内 に分 布 し
部 の 記 憶 障 害 に 伴 う 特 異 的 な 症 状 で,嘘
発 性 作 話(spontaneous
confabulation)に
分 け ら れ,後
話 は,そ
confabulation)と 者 は さ ら に,質
た は 当 惑 性 作 話(embarrassment
れ に 対 し,時
間 的,空
れが生産 さ
誘 発 性 作 話(pro
問 に 対 して応 答 す る場 面
で 当 意 即 妙 的 に 発 せ ら れ る 誤 っ た 記 憶 内 容 で あ る た め,瞬 tary confabulation)ま
をつ こ う と
話 は ほか の 精 神 疾 患 で も
識 と 関 連 す る 重 要 か つ 興 味 あ る 現 象 で あ る.作
れ る 条 件 か ら,自
ば れ る.こ
味記
ど 解 明 さ れ て い な い(Patterson&Hodge,2000).
い う 意 図 な し に 表 出 さ れ る 記 憶 内 容 の 変 造 で あ る.作
voked
とよばれ るこ
物 に 関 す る 意 味 記 憶 の 障 害 が 強 い こ と が 報 告 さ れ て い る が,意
て い る の か,な
み ら れ,病
語 性 に 限 らず 意 味 記 憶 の
味 深 い 症 例 も 報 告 さ れ て い る(Warrngton&
憶 が 階 層 構 造 を な し て 存 在 し て い る の か,入
話
の 意 味 に障 害 が
dementia)」
た,あ
Shallice,1984;DeRenzi&Lucchelli,1994).こ
作
伝 的 記憶 も保 たれ
味 記 憶 が 障 害 さ れ る 症 例 が 報 告 さ れ て い る.語
目 立 つ 場 合,「 語 義 失 語 」 と い う よ び 方 が あ る が,言
較 し て,生
認 め ら れ る こ と が 多 い.
間 的 作 話(momen
confabulation)と
もよ
間 的 にみ て患 者 の生 活 暦 に符 合 しな い よ う な
空 想 的 話 題 の 展 開 を 空 想 的 作 話(fantastic
confabulation)と
よ び,自
発性作話
に 多 くみ ら れ る. 作 話 を 呈 す る 記 憶 障 害 の 患 者 は,前
向 健 忘 と 関 連 す る 病 巣(パ
ペ ッツ の 回
路)に
加 え,下 内側 部(眼 窩 部)を
ど が 両 側 性 に 損 傷 さ れ,遂 (Johnson et al.,2000;Fischer
中 心 と した前 頭 葉,尾
状 核 を含 む基 底 核 な
行 機 能 障 害 を 伴 っ て い る こ とが 多 い と さ れ る et a1.,1995).な
ぜ 作 話 が 引 き起 こ され る の か の
機 序 につ い て は,記 憶 内 容 の 空 白 に 対 す る 穴埋 め と考 え る説 が 有 力 と さ れ て い る が,こ
れ は 誘 発 性 作 話 に つ い て は 有 効 な もの の,自 発 性 作 話 の 説 明 根 拠 と し
て は 不 十 分 で あ り,明 確 な 結 論 に は 至 っ て い な い.
● 記 憶 障 害 の タイ プ 記 憶 障 害 は,脳 外 傷 や脳 血 管 障 害,心 られ る)な
的外 傷(実
際 に は脳 機 能 に変 化 が 認 め
ど さ ま ざ ま な 原 因 で 生 じ,そ の 頻 度 も少 な くは な い.こ
れ まで み て
きた よ うに 記憶 が 複 数 の シス テ ム か らな る とい う考 え方 が 主 流 に な り,さ ま ざ ま な記 憶 分 類 が提 唱 され て き て お り,そ の 臨 床 像 で あ る記 憶 障 害 に も さ ま ざ ま な タ イプ が 報 告 さ れ て きて い る.こ
こ で は 臨床 的 に重 要 と思 わ れ る健 忘 症 候 群
の 主 な タ イ プ を病 巣 との 関 連 で み て い くこ と にす る. 側頭 葉 性健忘 M.と
こ の タイ プ の 健 忘,そ
して ヒ トの 記 憶 障 害 の 研 究 は,H.
よ ば れ る 一 人 の 患 者 の 臨 床 像 か らは じ ま っ た.H.M.は,1953年,長
苦 しん で きた 難 治 性 て ん か ん の 治 療 の た め 両 側 の 側 頭 葉 内 側 面(鉤
年 ・扁 桃 体 ・
海 馬 ・海 馬 傍 回 を含 む)の 外 科 的 手 術 を 受 け た.手 術 後,日 常 の で き ご と は ほ と ん ど何 も記 憶 で きな い ほ どの 重 篤 な健 忘(前 向 健 忘)を の 記 憶 は比 較 的 良好 に 保 た れ(逆 即 時 記 憶 は保 持),ま
向健 忘 は ない),数
呈 した が,手 術 以 前
唱 課 題 は 可 能(短 期 記 憶,
た運 動 の 記 憶 も保 た れ て い た(手 続 き記 憶 の 保 持).こ
症 例 の 存 在 は,先 述 した 陳述 記 憶 と手 続 き記 憶 の 障 害,あ 向 健 忘 が 乖 離 して存 在 す る こ と を示 した もの で,後
の
る い は前 向 健 忘 と逆
の 記 憶 研 究 を 大 き く進 展 さ
せ る こ と と な っ た. 側 頭 葉 性 健 忘 は,ヘ 動 脈 梗 塞),一
ル ペ ス 脳 炎 な どの ウ イル ス性 疾 患,脳 血 管 障 害(後
酸 化 炭 素 中毒 な どで み られ る.臨 床 症 状 と して は,後
サ コ フ(Korsakoff)症
大脳
述 の コル
候 群 と異 な り,作 話 や 見 当識 障 害 を伴 わ な い た め,純
粋 健 忘 症 候 群 と よば れ る こ と も あ る.ま た,記 憶 障 害 に対 す る病 識 も保 た れ て い る こ とが 多 い.典 型 的 な ア ル ツ ハ イマ ー(Alzheimer)病 頭 葉 性 健 忘 と ほ ぼ 同 じで あ る が,痴
の 初 期 臨 床 像 も側
呆 症 状 の 進 行 に 伴 い病 識 は失 わ れ て い く.
潜 行性 で 緩 徐 に 進 行 して い く病 状 の 初 期 に,記 憶 障 害 を 自覚 しそ れ に不 安 を抱 え 困 惑 して い る 患 者 の 姿 が 浮 か び上 が っ て くる. コ ル サ コ フ症 候 群 た め,時
ア ル コ ー ル 多 飲 歴 の 患 者 に発 症 す る健 忘 症 候 群 で あ る
に ア ル コ ー ル ・コ ルサ コ フ症 候 群 と も よ ば れ て い る.ま た,ビ
B1の 欠 乏 に よ る 代 謝 性 脳 症 で あ る ウ ェ ル ニ ッ ケ(Wernicke)脳 とが 多 い た め,ウ よ ば れ る.原 症,高
症 に 生 じる こ
ェ ル ニ ッケ-コ ル サ コ フ(Wernicke-Korsakoff)症
因 は ア ルコ ー ル の ほ か,消
化 管 摘 出後,重
タ ミン
候群 とも
度 の 妊 娠 悪 阻,尿
毒
カ ロ リー 輸 液 な ど に よ っ て も引 き起 こ さ れ る.
臨 床 症 状 は,重 見 当 識 障 害,作
度 の 健 忘(持
話,病
続 的 か つ 著 明 な前 向 健 忘 と逆 向 健 忘)に
識 欠 如,人 格 変 化 な どが み られ,概
加 え,
して 予 後 は不 良 で あ
る. 症 状 の 中核 は 前 向健 忘 で あ る.即 時 記 憶 は基 本 的 に障 害 され ない が,新 情 報 が 知 識 と して 定 着 す る こ とは な い.た め,陰 性 感 情(誤
しい
だ し,手 続 き記 憶 が 保 た れ て い るた
り に対 す る繰 り返 しの 修 正,訂 正 の 強 請 な ど)は 蓄 積 され,
と き に は病 前 に はみ せ な か っ た暴 力 な どの 攻 撃 行 動 に発 展 す る例 をみ る こ とが あ る.記 憶 と情 動 機 能 との 関係 が 示 唆 され る. 逆 向 健 忘 の 特 徴 は,古
い 記 憶 事 項 の 方 が 想 起 しや す い 時 間 的 勾 配 が み られ
る.社 会 的 で き ご との 記 憶,自 伝 的 記 憶,一 部 の 個 人的 意 味 記 憶 も障 害 され る が,知 識 と して の 意 味 記 憶 は保 た れ て お り,事 実,知 示 す こ とが 多 い.ま
た,即 時 記 憶,手
能検査 の数値 は正常域 を
続 き記 憶 も基 本 的 に は 障 害 され な い.記
憶 以 外 の 高 次 機 能 は か な り良 好 に 保 た れ て い る の が特 徴 で あ る. 作 話 も頻 繁 にみ られ る現 象 で あ るが,自 発 的 に 産 出 され る こ と は 少 な く,む しろ,記 憶 が 曖 昧 な 情 報 につ い て 問 わ れ た と きに 生 じる こ と(誘 発 性 作 話)が 多 い こ と,ま た,一
度 産 出 さ れ た 作 話 の 内容(誤
っ た連 合 に よ る学 習)は 繰 り
返 され る こ とが 多 い の も特 徴 とい え る. 責 任 病 巣 は,第 室 周 囲,そ
三 脳 室 周 囲 の乳 頭 体,視 床,視
床 下 部,中
脳 水 道 か ら第 四脳
して 小 脳 を中 心 に 認 め られ,前 頭 葉 な どの 大 脳 皮 質 の 萎 縮 を伴 う こ
とが 多 い.著
明 な逆 向 健 忘 を伴 う こ とか ら,視 床 周 辺 の 病 変 に加 え 前 頭 葉,側
頭 葉 を含 む記 憶 関連 領 域 の 病 変 ・機 能 低 下 が 症 状 の 発 現 に 関 与 して い る と考 え られ て い る.
視床性健 忘
視 床 の前 内 側 部,視
床 前 核 と乳 頭 体 視 床 路 の 付 近 が 脳 梗 塞 に
よ り両 側 性 に損 傷 を受 け る と,重 度 な 前 向 健 忘 が 生 じ る.こ れ は コ ルサ コ フ症 候 群 と合 わせ て,間 脳 性 健忘(diencephalic
amnesia)と
発 症 当 初 は さ ま ざ ま な程 度 の 意識 障 害 を伴 うが,そ 害 ・言 語 障 害 ・前 頭 葉 症 候 群 が 明 らか と な る.先 回路(パ
ペ ッツ の 回 路 とヤ コ ブ レ フの 回路)が
発 病 の た め,こ
よば れ る こ とが あ る.
の 改 善 に した が い,記 憶 障
に述 べ た 記 憶 に 関 す る2つ の
き わ め て接 近 して い る 領 域 で の
れ ら2つ の 系 が 同時 に障 害 され 重 篤 な健 忘 が 生 じる と考 え られ
て い る.臨 床 的 に は脳 梗 塞 の 大 きい 例 が 少 な く な く,健 忘 に 加 え 自発 性 低 下 な ど広 範 な前 頭 葉 症 状 を 伴 う こ とが あ る. 一 過 性 全 健 忘(transient
global amnesia:TGA)
一過 性,か
つ 突 然 に重 篤
な前 向 健 忘 と,あ る期 間 の 逆 向 健 忘 を 伴 う病 態 で あ る.側 頭 葉 内 側 部 の 一過 性 の 機 能 不 全 に よ る と考 え られ て お り,予 後 は 良 好,治 療 の必 要 性 も な い と され る.平
均 年 齢 は60歳 前 後,発 作 の 大 部 分 が12時
く再 発 は 少 な い.誘 触,性
因 と して,通
間以 内,1回
常 よ り過 剰 な 活 動,水
交,重 要 な 会 議 へ の 出席 な ど,さ
の み の こ とが 多
泳 な ど の 冷 水 との 接
ま ざ ま な ス トレ ス との 関 連 が 指 摘 さ れ
て お り,偏 頭 痛 との 関 連 が 強 調 され て い る. 臨 床 症 状 は,発 作 中 は 一 応 合 目的 行 動 を と る もの の,時
々刻 々 と変 化 す る現
時 点 で の体 験 を記 録 す る こ とが で き な い た め,何 度 も同 じ質 問 を繰 り返 す.記 憶 障 害 そ の もの の 自覚 も ない.回
復 過 程 で は,古 い で き ご との 記 憶 か ら想 起 可
能 と な り,回 復 後 は,発 作 前数 時 間 と発 作 中 の 記 憶 障 害 の み が 残 る こ とが 一 般 的 で あ る.
● 記 憶 の 神 経 心理 学 的 評 価 こ れ まで み て きた よ うに,記 憶 は,多 面 的 な シ ス テ ム か らな る複 雑 な機 能 で あ る.さ
ま ざ ま な記 憶 分 類 が提 唱 さ れ て きて い る た め,各 種 の 記 憶 検 査 を実 施
す る に あ た っ て も,そ の 検 査 が どの 記 憶 シ ス テ ム を 評 価 して い るの か を理 解 し て,検
査 を行 う こ とが 重 要 で あ る.記 憶 に か か わ る 検 査 は多 義 に わ た り,そ れ
ら を網 羅 的 に紹 介 す る紙 数 は許 され て い な い の で,こ
こでは臨床の場で用 い ら
れ て い る 検 査 法 の 紹 介 に と どめ た い. 簡易検 査法
Mini-Mental
State Examination(MMSE)と
長 谷川式簡易知
能 評 価 ス ケ ー ル(HDS-R)が
汎 用 され て い る.MMSEは,見
当 識,記
憶機 能
を調 べ る 言 語 性 課 題 に 加 え,動 作 性 課 題 も評 価 で き る よ う に 構 成 され て い る. た だ し,こ れ らの 検 査 は 記憶 障 害 を 直接 評 価 す る もの で は な く,こ れ ら の結 果 か ら記 憶 障 害 が 疑 わ れ る場 合 に は,次 の検 査 へ 進 み,さ 査(deep
ら に種 々 の掘 り下 げ検
test)を 実 施 す る 必 要 が あ る.
標 準 化 され た検 査 法
標 準 化 さ れ た検 査 と は,結 果 の 解 釈 が 標 準 化 され て
お り,問 題 の 解 釈 の 際 の信 頼 性,妥 で は,次
当性 も保 証 さ れ て い る 検 査 法 で あ る.現 状
の2つ の 検 査 法 が 利 用 され て い る.
① 日本 版 リバ ー ミー ド行 動 記 憶 検 査(RBMT):従
来の机上 にお ける検査法
の 多 くは,記 憶 の 特 定 の 側 面 を 調 べ る 目的 で 作 られ て お り,こ れ らか ら得 られ る情 報 が,必
ず し も患 者 の 日常 生 活 場 面 で の 記 憶 の 問 題 を 明 らか にす る とは い
え な か っ た.そ が,ウ
こで,日 常 生 活 を シ ミュ レー シ ョ ン して 記憶 を評 価 す る 検 査 法
ィ ル ソ ン ら に よ り開 発 され(Wilson
よ うに な って きて い る(日 本 版:綿 RBMTの memory)ば
検 査 項 目 に は,人
界 的 に 利 用 され る
森 ・原 ・宮 森 ・江 藤,2002).
名 や 顔 写 真 を覚 え る の に 日常 記 憶(everyday
か りで な く,約 束 事 や 用 件 を覚 え,状 況 に合 わ せ て思 い 出 す 展 望
記 憶(prospective
memory)の
記 憶 の 問 題 を と らえ,リ 的,有
et al.,1985),世
項 日 も含 まれ て お り,患 者 の 日常 生 活 場 面 で の
ハ ビ リ テ ー シ ョ ン ・ア プ ロ ー チ の 検 討 す る際 に 実 用
用 な情 報 が 得 られ る よ う に工 夫 さ れ て い る.検 査 時 間 も30分
程度 であ
り,ス ク リー ニ ング検 査 の 意 味 も有 して い る. ② 日本 版 ウ ェク ス ラ ー記 憶 検 査(日 本 版WMS-R):臨 知 能 検 査 法(WAIS-R,WISC-Ⅲ の 手 に よる もの で,そ 記 憶,そ
な ど)を
床 上 多 用 され て い る
開発 した ウ ェ ク ス ラ ー(Wechsler)
の 記憶 検 査 版 とい え る もの で あ る.言 語 性 記 憶,視
れ ら を総 合 した 一 般 性 記 憶 と記 憶 体 系 の基 盤 を なす 注 意
覚性
集 中 力,記
憶 の 把 持 能 力 を検 出す る遅 延 再 生 の5つ の 記 憶 の側 面 を 「記 憶 指 数 」 と して 算 出 で き る よ うに構 成 さ れ て い る.知 能 検 査 法 同様,正
答 で き た素 点 が 標 準 化 標
本 の 各 年 齢 群 パ ー セ ン タイ ル 値 で 示 さ れ る た め,下 位 検 査 間 の 比 較 が で き,さ ま ざ ま な記 憶 障 害 の タ イ プ との 対 応 づ け な ど,障 害 像 の 分 析 に有 用 な 情 報 が 得 ら れ る期 待 が あ る. ③ 掘 り下 げ 検 査:患
者 の 特 異 的 に 障 害 され て い る 記 憶 の種 類 を判 断 す る た
め に,さ
ま ざ ま な 掘 り下 げ 検 査 を 実 施 す る 場 合 が あ る.言 語 性 検 査 と して は,
三 宅 式 記 銘 力 検 査(語 査(AVLT)な
イ(Rey)の
ど が あ り,非 言 語 性 検 査 と し て は,レ
ベ ン トン(Benton)視 評 価 と し て,リ (SST),視
の 対 連 合 学 習 検 査),レ
覚 記 銘 検 査 が 用 い られ る.ま
イ の 複 雑 図 形 再 生 検 査, た,ワ
ー デ ィ ン グ ス パ ン ・テ ス ト(RST),空
覚 的 保 持 検 査(VRT)な
聴覚 言語 性学 習検
ー キ ング メモ リの 間 ス パ ン ・テ ス ト
ど も使 用 され て い る.
記 憶 機 能 また 記 憶 障 害 は,注 意 や遂 行 機 能,全 般 的 知 的 機 能 な ど,患 者 の 日 常 生 活 に 関 係 す る ほ か の 機 能 と も関連 す る もの で あ り,評 価 に あ た っ て は これ らの 諸 機 能 に 関 して も多 角 的 に評 価 を 進 め る必 要 が あ る こ とを 忘 れ て は な らな い.
6.2 遂 行 機 能 障 害 と 前 頭 葉 の 機 能
近 年,神
経 心 理 学 の 領 域 で は,遂 行 機 能(executive
function)と い う 言 葉 は
流 行 語 の よ う に使 用 され て い る.特 に 頭 部 外 傷 や 脳 血 管 障 害 に よ る後 遺 症 の な か で,こ
れ まで と らえ ど こ ろが な く対 応 が 難 しい と され て きた 前 頭 葉 損 傷 後 の
行 動 障 害 を 論 じ る場 合,こ の 言 葉 が引 き合 い に出 さ れ る こ とが 多 い.ま 知 症(痴
呆 症)の
た,認
診 断 に も,統 合 失調 症 の よ う な機 能 性 精 神 病 の 認 知 心 理 学 的
研 究 の 分 野 で も,遂 行 機 能 の 障 害 が 繰 り返 し報 告 さ れ る よ う に な っ て き て い る. 遂 行 機 能 に つ い て は,そ の 概 念 の 成 立 が 新 し く,ど の よ うな 機 能 を もっ て遂 行 機 能 と よ び,そ
の 障 害 像 の メ カ ニ ズ ム は どの よ うな もの な の か はい ま だ 明確
で は な い と こ ろ も 多 い.特 傷 の 部 位)と
に,遂 行機 能 障 害(機
能 の 障 害)と
前 頭 葉 病 変(損
を イ コ ー ル と し,単 純 か つ 直 接 的 に結 び つ け る 議 論 に は注 意 が必
要 で あ る と の 指 摘 もあ る(加 藤,2004).こ
こ で は,遂 行 機 能 ・遂 行 機 能 障 害
と前 頭 葉 と の 関 連 に つ い て これ ま で 明 らか に な っ て い る こ とを 論 じ,今 後 の研 究 の 方 向 性 を探 っ て み る こ と に しよ う.
● 遂 行 機 能 とそ の 障 害 遂 行 機 能 とい う語 に 初 め て 明 確 な定 義 を 与 えた の は,レ ザ ッ クで あ る.彼 女
は,「 目 的 を もっ た 一 連 の 活 動 を 有 効 に 行 うの に必 要 な機 能 」 を遂 行 機 能 と よ び,こ の 機 能 は,人 が 社 会 的,自 立 的,創 造 的 な 活 動 を行 うの に非 常 に重 要 な 機 能 で あ る と して い る(Lezak,1982).そ
して,遂
ンポ ー ネ ン トな い し は 機 能 的 ク ラ ス と して,① の設 定(goal
formation),②
sive action)あ
行 機 能 を構 成 す る4つ の コ
意 志(volition)あ
計 画 の 立 案(planning),③
る い は 目標
目的 あ る 行 動(purpo
る い は 目標 に向 か っ て 計 画 を実 際 に 行 う こ と(carrying
-directed plans) ,④ 効 果 的 に行 動 す る こ と(effective performance)を
out goal 説 明 し,
そ れ ぞ れ の コ ンポ ー ネ ン トに 関 す る評 価 法 を提 案 して い る. こ の よ う に遂 行 機 能 は単 一 の 機 能 で は な く,目 標 達 成 に必 要 と され る認 知 機 能 の 柔 軟 性,必
要 な情 報 の 選 択,集
考,流
況 に応 じた セ ッ ト(構 え)の 転 換,適
暢 性,状
中力,解
決 の た め の 方 略 の発 見,発 散 的 思 度 の 抑 制 な ど広 く複 合 的
な機 能 で あ る. 遂 行 機 能 の 障 害 は,失 語,失
行,失 認,健 忘,さ
ら に は よ り包 括 的 な知 能 検
査 に は 明 らか な 障 害 を伴 わ ず に生 じ る.そ の た めIQが
高 く維 持 さ れ,言 語 や
記 憶 の検 査 に も良 好 な成 績 を 示 し,パ タ ー ン化 さ れ た 受 動 的 生 活 で は 問 題 な く 過 ご せ る 反 面,自 題,環
発 的 ・積 極 的 に 取 り組 ま な け れ ば な ら な い状 況 や 新 しい 課
境 に 臨 機 応 変 に対 応 しな け れ ば な らな い 場 面 に 遭 遇 す る と途端 に 混 乱 を
きた す こ と に な る.臨 床 の場 で の 対 応 の 困難 さが 理 解 され る.
● 遂 行 機 能 障 害 と脳 内 メ カ ニ ズ ム 遂 行 機 能 障 害 は前 頭 前 野 の 損 傷 に よ り生 じる こ とが 多 い が,同
じ前 頭 前 野 内
で も,損 傷 部 位 に よ り障 害 の形 式 が 異 な る こ とが わ か っ て き て い る.背 内 側 皮 質 損 傷(ブ
ロー ドマ ン8野
・9野
・46野)で
は,ワ ー キ ン グ メモ リの 障 害 や,
思 考 の 柔 軟 性 の 問 題 が 生 じや す い と指 摘 され て い る.眼 窩 部 ・腹 内側 部損 傷 で は,言 語 ・知 能 ・記 憶 検 査 や ワ ー キ ン グ メモ リ検 査,ま
た,一 般 的 な前 頭 葉 検
査 で の 成 績 は低 下 を 示 さ ない が,衝 動 性 の亢 進 や 不 適 切 な 情 動 反 応 な どに よ り 社 会 的 行 動 が 障 害 され や す い こ とが 指 摘 され て い る(以 下,ブ 野 に つ い て は,2章
ロ ー ドマ ンの 領
図2.3を 参 照).
前 頭 葉 は解 剖 学 的 に 運 動 野-運 動 前 野,傍
辺 縁 系 領 域,お
よ び前 頭 前 野 の3
つ の 領 域 に 分 け られ る.こ の う ち前 頭 前 野 は,前 頭 葉 損 傷 と関 連 づ け られ て い
る 多 くの 認 知 ・行 動 障 害 との 関 係 が 指 摘 され て い る 領域 で あ る.前 頭 前 野 は さ らに 背 外 側 部(ブ ン10野,11野:服
ロー ドマ ン8野,9野,46野)と 内 側 部 を 含 む,12野)に
前 野 と も遂 行 機 能 障 害 に は 関 連 す るが,特
眼窩 部(お
もに ブ ロ ー ドマ
区分 され る.傍 辺 縁 系 領 域,前
頭
に 中心 的 役 割 を演 じて い るの は 背 外
側 部 領 域 で あ る こ とが 指 摘 され て い る.
● 遂 行 機 能 障 害 の神 経 心 理 学 的 評 価 冒 頭 で も述 べ た よ う に,遂 行 機 能 とい う用 語 は ブ ー ム と もい え る ほ ど に 脳 損 傷 の 臨 床 で は浸 透 し て きて い るが,反
面,ほ
か の 認 知 機 能 を評 価 す る と きに 利
用 され る よ うな,標 準 的,定 量 的 な 検 査 法 が 存 在 して い ない 現 状 で あ る.遂 行 機 能 とい う概 念 が 十 分 確 立 され て い な い こ と もそ の 一 因 とい え る が,遂 行 機 能 が もつ 「様 式 横 断 的 機 能 」 とい う特 徴 が,特 定 の検 査 法 を用 い て 定 量 的 に 評 価 す る こ とを 困難 に し て い る とい うこ とが で き る.こ
こで は まず,現
在,遂
行機
能 障 害 の 評 価 の た め に用 い られ て い る 前 頭 葉 機 能 検 査 の なか か ら代 表 的 な もの を 紹 介 す る こ とに し た い.レ ザ ッ クに よれ ば,遂 行 機 能 障 害 は,行 動 の 開 始 困 難 や 自発 性 の低 下,認
知 ・行 動 の転 換 障 害,行 動 の 維 持 困 難 や 中 断,行 動 の 修
正 困 難 と い う よ う な下 位 成 分 の 障 害 に よ る と考 え られ て お り,こ れ ら の 障 害 は 従 来 か ら 「前 頭 葉 機 能 障 害 」 とい わ れ て き た 障害 に 近 似 の も の で あ るか らで あ る(Lezak,1982). ウ ィス コ ン シ ン ・カ ー ド分 類 検 査(Wisconsin
Card Sorting Test:WCST)
こ の 検 査 は,概 念 な い しは セ ッ ト(構 え)の 変 換 と維 持 に関 す る 能 力,思
考の
柔 軟 性 を検 討 す る カ ー ド分 類 検 査 で あ る.概 念 ・セ ッ トの 転 換 障 害 と は,い
っ
た ん 形 成 さ れ た一 定 の概 念 や 行 動 の構 えか ら,問 題 解 決 の 際 に,ほ か の概 念 や 構 え に 柔 軟 に移 行 す る こ と が で きな くな っ た り,困 難 に な っ た りす る もの で, よ り高 次 な水 準 で の 保 続(「 思 考 の 保 続 」)と 考 え られ る.わ が 国 で は,課 題 を 構 成 す る カ ー ドの 枚 数 を 減 じ試 行 を 簡 便 に した 慶應 版WCSTが
用 い られてお
り,高 次 の 保 続 は,前 頭 葉 背 外 側 部 中 部 の ブ ロ ー ドマ ンの9野
周 辺 の損 傷 と関
係 が 深 い こ とが 示 唆 され て い る(鹿 機 能 画 像 に よ る検 討 で,WCST遂
島 ほ か,2003).こ
れ は,PETやfMRIの
行 時 に前 頭 前 野 の 背 外 側 部 が ほ ぼ 共 通 して
賦 活 され る の に 対 し,前 頭 葉 眼 窩 部(下
内 側 部)や
上 内 側 部 の賦 活 は み られ な
い と す る 結 果 か ら も指 示 さ れ る(Nagahama
et al.,1996;Monchi,2001).
ト レ イ ル ・メ ー キ ン グ 検 査(Trail
Making
転 換 を 必 要 と す る 課 題 で あ る が,転
換 の パ タ ー ンは あ ら か じめ 決 め ら れ て い
る.課
題 は2つ
た 数 字 を1か
の パ ー トか ら な り,パ ら 順 に,ま
た,パ
ー トAで
ー トBで
に 線 で 結 ん で い く よ う に 求 め ら れ る.注 動 協 調 性,ま 同 様,前
Test:TMT)
は,数
こ れ も セ ッ トの
は用 紙 に ラ ン ダ ム に 印 刷 され 字 と仮 名 を そ れ ぞ れ 交 互 に順
意 の 転 換 や 維 持,視
た ワ ー キ ン グ メ モ リ を み る 検 査 と し て も 用 い ら れ る.WCSTと
頭 前 野,特
に 背 外 側 部 損 傷 例 で 最 も 障 害 が 強 く,前
で は ほ と ん ど 成 績 低 下 が み ら れ な い と す る 報 告 が あ る(Stuss 修 正 ス トル ー プ 検 査(Modified
Stroop
の 検 査 か ら 発 展 し た も の で,字
Test)
こ れ は,語
抑 制 す る 能 力 が 検 討 さ れ る.こ
に,色
名 と は 異 な る 色 を 塗 ら れ た 漢 字 の 色 名 呼 唱 を す る(た
刷 さ れ た 青 と い う 漢 字 を,青 ま れ て い る.こ
れ は,同
の 検 査 で は,読
et al.,2001). の読みの流暢性 テ レオ タ イ
みの流 暢性 課題 の ほか
と 読 ま ず に 赤 と 答 え る)こ
と え ば,赤
色で印
と を要 求 す る課 題 が 含
時 的 な干 渉 効 果 を検 討 す る課 題 あ る い は 注 意 の 配 分 能
力 を み る 検 査 と し て も 利 用 さ れ る.前 が 認 め ら れ る が,損
頭葉 下内側部損傷
を 読 む と い う 日常 習 慣 的 動 作(ス
プ)を
頭 葉 損 傷 例 に お い て 典 型 的 に成 績 の低 下
傷 局 在 に つ い て は,両
側 前 頭 葉 上 内 側 部 損 傷,特
状 回 損 傷 と の 関 係 が 指 摘 さ れ て い る(Stuss 研 究 で も,ス
覚 的 探 索 ・視 覚 運
et al.,2001).PETに
に前部帯
よ る機 能 画 像
トル ー プ 課 題 遂 行 時 に 確 実 に 賦 活 さ れ る 部 位 と し て 前 部 帯 状 回 が
あ げ ら れ て い る(Pardo,
J.V.,
Pardo,
P.J., Janer,&Raiche1,1990;Carter,
Mintum,&Choea,1995). 流 暢 性 検 査(Fluency
Test)
語 の 流 暢 性 検 査(word
fluency)が
流 暢 性 の 検 査 に は い くつ か の 種 類 が あ る が, 最 も よ く使 わ れ て い る.こ
内 に 決 め ら れ た 意 味 的 カ テ ゴ リ ー(動 性 課 題),あ 課 題)を
物,野
る い は 任 意 の 語 頭 音(か,さ,な
菜 な ど)に ど)で
れ は,一
定時 間
含 ま れ る 語(意
味流暢
は じ ま る 語(文
字 流暢 性
で き る だ け 多 く あ げ て も ら う も の で あ る.
こ れ は,一
定 の 正 解 を 目指 して 解 答 を 絞 っ て い く 「 収 束 的 思 考 」 で は な く,
あ る 範 疇 内 を 自 ら の 方 略 に 従 い 探 索 し,で 的 思 考 」 の 能 力 を 必 要 とす る 課 題 で あ る.ま モ リや 自 己 監 視 の 能 力(同
き る 限 り 多 くの 表 出 を は か る 「発 散 た,思
考 の 柔 軟 性,ワ
ー キ ングメ
じ語 の 繰 り返 し を 避 け る た め に 必 要)も
反映す る と
考 え られ る. 左 側 ま た は両 側 前 頭 葉 損 傷 例 で,文 字 流 暢 性 課 題 が 低 下 しや す い こ とが 報 告 さ れ て い る(Milner
et al.,1985).こ
れ は,意 味 流 暢 性 課 題 に 比 べ て課 題 の 抽
象 性 が 高 くな る こ と に よ る課 題 の 質 的 感 受 性(前 出)か
頭 葉 機 能 障 害 を よ り敏 感 に抽
ら も説 明可 能 と考 え られ る.文 字 流 暢 性 以 外 で は,物 品 の使 用 法(た
え ば,空
き缶)を
求 め る ア イデ ィア(idea
fluency),無
と
意 味 な抽 象 的 図 形 を で
き る だ け多 く産 出 す る こ と を求 め る デ ザ イ ン流 暢 性(design
fluency)な
どが
あ る. 本 課 題 は,病 前 の 成 績 と比 較 が 難 し く個 人 差 の 大 き い 課 題 で あ る が,そ 分,発
の
症 ・受 傷 後 の経 過 を観 察 す る た め に は 有 効 と もい え る.
ハ ノ イ の 塔 パ ズ ル(Tower
of Hanoi Puzzle)
計 画 能 力 を検 討 す る課 題 と
され,類 似 の もの と して ロ ン ドン塔 検 査(Tower
of London
Test)が
あ る.図
6.2の 左 端 の 開始 位 置 か ら右 端 の 目標 位 置 に,最 小 回 数 で 円 盤 を移 動 させ る も の で,そ
の 際,小
さ い 円 盤 の 上 に大 きい 円 盤 を重 ね る こ とは で きな い とい う ル
ー ル を守 る 必 要 が あ る.こ の 検 査 は,下 位 目標 を設 定 しつ つ,最 動 順 序 を計 画 しな けれ ば な らず,課 題 解 決 能 力,計
画 性,見
も効 率 的 な 移
通 しな どの 能 力 が
要 求 され る もの で あ る.重 度 の 健 忘 症 の 患 者 に こ れ を繰 り返 し実 施 す る と,学 習 効 果(試 行 回 数 の 節 約 効 果.本
人 は初 め て の 試 行 で あ る と主 張)が 認 め られ
る こ とが 指 摘 さ れ て い る(手 続 き記 憶 の 存 在 を実 証). テ ィ ン カ ー トイ検 査(TinkertoyR
Test,図6.3)
能 の 評 価 の た め に考 案 さ れ た も の で,数 て,な
レザ ック に よ り遂 行 機
種 類 の 棒 ・円 盤 な ど(50個)を
用い
ん らか の 意 味 の あ る もの を完 成 す る こ と を求 め る 非 構 造 的 な 自由構 成 課
(a)
(b) 図6.2
ハ ノ イの塔 の 例
パ ズ ル 研 究 家 に よ り 考 案 さ れ た ゲ ー ム.さ
ま ざ ま な 数 の 円 盤 の も の が あ り,玩
具
と し て も売 ら れ て い る.こ ー ル とす る 状 態 .
の 場 合 で,(a)は
ゴ
れ は 円 盤 が3つ
最 初 の 状 態.(b)は
図6.3 Hasbro社 て,さ
に よ り開 発 さ れ た 玩 具.中
テ ィ ン カ ー ト イR 央 と 脇 に孔 の あ い た 円 盤 と棒 と を 組 み 合 わ せ
ま ざ ま な 工 作 が 可 能 と な る.
題 で あ る(Lezak,1982).従
来 か ら用 い ら れ て い る通 常 の 課 題 で は,い
わば達
成 す べ き明 確 な 目標(「 唯 一 の 答 え」)が 存 在 し,正 解 に 向か っ て 回答 を 絞 っ て い く(「 収 束 的思 考 」)こ とが 求 め られ るが,こ
の 検 査 に お い て は,被 験 者 に ど
れ だ け 豊 富 な 回 答 を 産 出 で き る か とい う,「 発 散 的 思 考 」,「創 造 性 」 が 要 求 さ れ,遂
行 機 能 障 害 の評 価 に適 す る も の と期 待 され て い る(加 藤,2004).
遂 行 機 能 障 害 症 候 群 行 動 評 価(Behavioural Syndrome:BADS)
Assessment
of the Dysexecutive
ウ ィル ソ ンに よ り開発 され た検 査 バ ッテ リ ー で,種
の 問 題解 決 課 題 を 有機 的 に組 み合 わせ,よ う に作 成 され た もの で あ る(Wilson,1996).遂 面 に 近 く生 態 学 的 妥 当性(ecological
々
り実 際 的 かつ 包 括 的 に評 価 で き る よ 行 機 能 障 害 を,よ
り 日常 生 活 場
validity)を 有 す る よ うな 課 題 を机 上 検 査
に工 夫 さ れ た検 査 と され て い る.原 版 の 内 容 を 日本 人 に 合 う よ う に 改 変 した 日 本 版BADSが BADSは
鹿 島 らの 手 に よ り完 成 さ れ て い る(鹿 島 ほか,2003). 次 に あ げ る6種 類 の 検 査 と1つ の 質 問 表 か ら構 成 さ れ て い る.6種
類 の 検 査 そ れ ぞ れ の 課 題 達 成 度,所
要 時 間 な ど に 応 じて0∼4点
価 され,全 体 の 評 価 は各 検 査 の 評 価 点 の 合 計(24点
満 点)で
の5段
階 に評
行 わ れ る.6種
類
の 検 査 と は, ① 規 則 変 換 カ ー ド検 査(Rule 用 いて行 う
Shift Cards Test):21枚
の トラ ンプ カ ー ドを
② 行 為 計 画 検 査(Action
Program
Test):台
・ビ ー カ ー ・ コ ル ク の 入 っ た 管
が 与 え られ 管 の 底 に あ る コ ル ク を取 り出 す ③ 鍵 探 し検 査(Key
Shift Test)
④ 時 間 判 断 検 査(Temporal
Judgment
⑤ 動 物 園 地 図 検 査(Zoo ⑥ 修 正6要
Map
Test)
Test)
素 検 査(Modified
Six Elements
Test)
よ り な っ て い る. そ し て,遂
行 機 能 障 害 の 問 題 の 範 囲 を 判 断 す る た め に 作 成 さ れ た20の
か ら な る 遂 行 機 能 障 害 質 問 表(The て い る.こ
れ は,障
Dysexecutive
害 に よ る 変 化 を 「感 情,人
「行 動 の 変 化 」,「 認 知 の 変 化 」 の4つ
Questionnaire)が
用 意 され
格 の 変 化 」,「 動 機 づ け の 変 化 」,
の カ テ ゴ リ ー に 分 け て た ず ね る も の で,
そ れ ぞ れ の 質 問 に 対 し,「 ま っ た く な い 」 か ら 「ほ と ん ど い つ も」 の5段 定 尺 度 で 回 答 す る も の で あ る.こ
の 質 問 表 は,被
て い る 人 に 回 答 し て も ら う た め の2種 意 思 決 定(decision れ,最
making)と
類 が 用 意 さ れ て い る. 遂行機 能 と関連づ け ら
「意 思 決 定 」 機 能 で あ る.こ
利 点 ・利 益 や 満 足 に と ら わ れ る こ と が な く,将 力 」 と い う こ と が で き る.損
れ は,「 目 先 の
来 的展 望 を もって決定 す る能
傷 が 前 頭 葉 下 内 側 部 に 限 局 し て い る 場 合,患
一般 的 な高 次脳 機能 は保 たれ てお り 好 な 成 績 を 示 す 場 合 が 多 い.し
階評
験 者 と そ の 被 験 者 を よ く知 っ
ギ ャ ン ブル 課 題
近 注 目 され て きて い る の が
質問
,WCSTに
か し,目
者 の
代 表 さ れ る 遂 行 機 能 検 査 も良
先 の 利 益 に と ら わ れ が ち と な り将 来 的
展 望 を も っ て 決 定 す る こ と が で き な い と い う 特 異 的 な 行 動 障 害 が 起 こ る こ とが 報 告 さ れ て い る(Bechara く,む
et al.,2000).し
に 衝 動 的 とい うわ け で は な
し ろ 判 断 に は 時 間 を 要 す る 場 合 が 少 な く な く,ま
の 正 し い 選 択 を 述 べ る こ と は で き る が,行 つ(Manes
か し,特
et al.,2002).意
評 価 に用 い る代 表 的 課 題 は ギ ャ ン ブ ル 課 題 は,ダ
期 的 展 望 と して
動 に 反 映 され に くい とい う特 徴 も も
思 決 定 の 障 害 も 広 義 の 遂 行 機 能 障 害 と 考 え ら れ, 「ギ ャ ン ブ ル 課 題 」 と よ ば れ て い る(コ
マ シ オ(Damashio,A.R.)ら
比 較 的 新 し い 課 題 で あ る.
た,長
ラ ム 参 照).
の研 究 グ ル ー プ が 考 案 した
ギ ャ ン ブ ル 課 題 被 験 者 の 前 に,A,B,C,Dの4組 の カ ー ド ・デ ッキ(カ ー ドの 山)が 提 示 され る .被 験 者 は2000ド ル の 資 金 を も っ て お り,好 きな デ ッ キ か ら1枚 100ド
ず つ カ ー ド を 引 く.AとBの
ル も ら え,CとDの
デ ッ キ か ら 引 い た 場 合 は1枚
デ ッキ か ら引 い た 場 合 は50ド
カ ー ドを め く る と 数 字 が 書 い て あ る もの が あ り,そ 金 を 支 払 う こ と に な る.AとBの
ル も ら え る.た
い った 大 き な 損 が 生
選 ぶ と合 計 で1250ド
れ る こ と に な り,結 果 と して 損 を 生 じ る.CとDは50や75の 数 字 が 書 い て あ り,10枚
ご と に 生 じる 損 失 合 計 は250ド
利 益 が あ が る よ う に な っ て い る.被 に,す
き な デ ッキ か ら100枚
る と,小
ル を取 り上 げ ら よ う な,小
さな
ル で あ り,結 果 と して
験 者 は で き る だ け 多 くの 利 益 を あ げ る よ う
カ ー ドを引 くよ う に 求 め ら れ る.
多 くの 人 は,最 初 は何 度 か4つ 失 も多 いAとBの
だ し,
の場 合 は そ の 数 字 分 だ け 罰
デ ッ キ に は250や1250と
じる 数 字 が 書 い て あ り,こ の 山 か ら10枚
につ き
の 山 を選 ん で み て,1枚
デ ッキ か ら カー ドを選 ぶ が,保
さ な損 得 で 済 むCかDの
の利 益 が 大 きい が 損
持 して い る 資 金 が 少 な く な
デ ッキ か ら カー ドを 引 くよ う に な る.
これ に 対 し,前 頭 葉 下 内 側 部 に損 傷 の あ る患 者 は そ の よ う な 移 行 を示 さず, 「危 な い 」 勝 負 を 続 け る とい う.ベ
キ ャ ラ らは,こ
の 領 域 の 損 傷 が,判 断 の 結
果 に 対 応 す る身 体 的 ・情 動 的 な処 理 を 障 害 し,論 理 的 に は 了 解 して い て も,そ れ に 適 切 に ブ レー キ を か け る こ とが で きず 同 じ失 敗 を繰 り返 す,と 解 釈 して い る(Bechara
et al.,2000).
ギ ャ ンブ ル課 題 は,前 頭 葉 背 外 側 部 の 損 傷 で ワー キ ン グ メモ リの 障 害 が あ る 場 合 に も障 害 が み られ る こ とが 報 告 され て い る(Bechara
et al.,1998).
6.3 日 常 活 動 に 現 れ る 行 為 の 障 害
日常 生 活 にお け る さ ま ざ ま な運 動 の う ち,そ の す べ て が 意 志 に よ る意 識 的 な コ ン トロ ー ル に よ っ て な され て い る わ け で は な い.伸 長 反 射 や 前 庭 反 射 な どの 脊 髄 ・脳 幹 反射 は,感 覚 入 力 に よ っ て 自動 的 に 開 始 さ れ る し,呼 吸 や 歩 行 な ど も,い っ た ん 開 始 さ れ る と本 人 が 意 識 し な くて も無 自覚 の う ち に遂 行 さ れ る も の で あ る.し か し,生 体 が 目的 を もっ て 外 界 に 能 動 的 に 意 識 的 に は た ら きか け る場 合 に は,大 脳 皮 質 を 含 む,よ
り高 次 な 中枢 系 の 関与 を必 要 とす る.こ
こで
は,随 意 的 な運 動 の 遂 行 にか か わ る脳 内 メ カニ ズ ム に つ い て述 べ,次 項 で と り あ げ る 高 次 の 行 為 障 害-失 行症 の 理 解 の一 助 と した い.
● 運 動 と行 為 に かか わ る脳 内 メ カ ニ ズ ム 随 意,非 随 意 にか か わ らず 筋 肉 の収 縮 ・弛 緩 に よ っ て 実 現 さ れ るの が 運 動 で あ る.1次
運 動 野 は 中心 前 回(ブ
前 野)は,そ
の 前 方,す
ロ ー ドマ ン6野)に
ロ ー ドマ ン4野)に
あ り,2次
運 動 野(運 動
な わ ち上 ・中 前 頭 回 後 部 と中心 前 回 中 ・下 前 方 部(ブ
あ た る.1次
運 動 野 に は体 部 位 局 在 が 知 られ て お り,こ の
体 部 位 比 率 は運 動 出 力 に か か わ っ て い る 皮 質 の 大 き さ に比 例 して い る.手 や顔 は繊 細 で 複 雑 な動 き をす る 部 位 で あ り,そ れ に は大 きな 皮 質 部 位 を要 す る こ と が わ か る. 運 動 に か か わ る領 域 は,1次 ドマ ン6野 内 側 面),前 野(ブ
運 動 野,運 動 前 野 の ほ か,補 足 運 動 野(ブ
補 足 運 動 野(ブ
ロー ドマ ン24,23野)な
ロー
ロー ドマ ン6野 内 側 面),帯
状皮質運動
ど多 くの 高 次 運 動 野 が あ るが,そ
れ は,適 切
な運 動 を 遂 行 す る た め に は,外 界 や 体 内 の さ ま ざ ま な情 報 を運 動 の 時 間 ・空 間 的 パ タ ー ン構 成 の 選 択 ・開始 ・実 行 ・修 正 ・終 了 に 反 映 で き る シ ス テ ム が 必 要 だ か らで あ る.
●失行症 をめ ぐって 失 行 症 と は,こ
の症 状 の 分 類 を 最 初 に提 唱 した リー プ マ ンに よ れ ば,「 運 動
執 行 器 官 に 麻 痺 な ど の 異 常 が な い の に,目 的 に 沿 っ て 運 動 を遂 行 で きな くな る 状 態 」 と定 義 され る(Liepmann,1920).さ され て い る こ と,す な わ ち,理 解 障 害(失 も条 件 と さ れ る.し
か し,失 語,失
ら に,運 動 遂 行 の 目的 が 十 分 了 解 語),認
知 障 害(失
認)が
ない こと
行,失 認 とい っ た 従 来 の 古 典 的 と もい え る
高 次 脳 機 能 障 害 に ラ ベ ル され た用 語 が 内 包 す る 問 題 が,失 行 症 の 理 解 に も障 害 と な っ て き た とい え る.す
な わ ち,失 行 症 と は,「 失 」 が 象 徴 す る よ う な 「随
意 運 動 ・動 作 が ま っ た くで き な い状 態 」 で は な く,一 般 に どの 失 行 症 で も,特 定 の 意 図 的動 作 の み が 選 択 的 に 障害 され る,動 作 の ひ とつ の 側 面 の み が 障 害 さ れ る,あ
る い は 特 定 の 条 件 下 の み で の 動 作 が 障 害 され るの で あ り,逆 に,動 作
のす べ て が 無 目的 に な り混 乱 して し ま う失 行 の タイ プ は 知 られ て い な い.後 者
の よ う な状 態 が み られ る と した ら,そ れ は意 識 障 害 の影 響 や 痴 呆 症 状 の よ う な ほ か の 要 因 を考 え る べ きで あ る. 臨 床 の 現 場 で 遭 遇 す る失 行 の患 者 に は,通 常,失 球 損 傷 に よ り起 こ る)や 痴 呆 症,そ
語 症(失
行 症 の 多 くが左 半
して 運 動 麻 痺 を伴 う こ とが 少 な くな い.た
とえ ば,「 歯 磨 きの 動 作 を ま ね し て 下 さ い」 とい う口 頭 命 令 を患 者 に与 え て, そ れ に 従 え な い 場 合,理 解 が 不 能 な の か,利
き手 に麻 痺 が あ る た め な の か,注
意 力 の 低 下 の た め な の か,鑑 別 診 断 に 苦 慮 す る こ とが あ る.失 行 症 が 疑 わ れ る 患 者 の 動 作 上 の 特 徴 は,躊 躇 した動 き,硬 性-自 動 性 の 解 離 」(後 述)と これ らは,失
こ ち な さ,非 流 暢 性,「 意 図
い っ た 問 題 で あ る.
行 症 の 検 査 に 用 い られ る 手 指 構 成 模 倣 を幼 児(3・4歳)に
行 し た 際 に 見 られ る 特 徴(躊 さ,な
さ,ぎ
躇 した 動 き,向
ど)に 類 似 して い る.ま
き を 変 え て 確 認 す る,ぎ
施 こち な
た,失 行 を示 す 患 者 に,混 乱 した様 式 を真 似 し
て 検 査 者 が 表 現 す る と,そ の お か しさ,誤
りに気 づ き,そ れ を指 摘 す る こ とが
可 能 で あ る.こ れ らの特 徴 は,失 行 の鑑 別 の 際 に役 立 つ もの と考 え て い る.
●失行 症の種類 失 行 の 古 典 的 分 類 は,誤 肢 節 運 動 失 行(limkinetic
りが 出現 す る 行 為 の 種 類 に よ り分 類 が 行 わ れ た. apraxia)
「麻 痺 や 失 調 が 原 因 で な く,ご く簡 単
な動 作 に 関 す る純 粋 な 運 動 の 記 憶 が 障 害 さ れ,動 作 の 遂 行 が,不 途 切 れ 途 切 れ に な っ た(拙 劣 な)状 態 」 と定 義 さ れ,最
完 全,粗
雑,
も低 い 水 準 の 失 行 と さ
れ る.そ の た め,現 実 に は 軽 度 の麻 痺 との 区 別 が 難 し く,麻 痺 と失 行 の 中 間 型 とす る 立 場 や 失 行 に含 まな い とす る立 場 も存 在 す る. 障 害 が 生 じ る 身 体 部 位 に よ り,歩 行 失 行,体
幹 失 行,手
指 失 行,顔
面-口 腔
失 行 に 分 け ら れ る.病 巣 は 前 頭 葉 と考 え られ て お り,前 運 動 野,前 頭 葉 内側 面 (特 に 眼 窩 面 あ る い は 尾 状 核 前 先 端 部)が 指 摘 され て い る. 観 念 運 動 失 行(ideomotor
apraxia)
る 困 難 で あ り,道 具 や 客 体(具
動 作 の 時 間 的,空
体 的 対 象物)な
間的体 制化 に関す
しで 道 具 を使 用 す るパ ン トマ イ
ム を行 う よ う求 め ら れ た と き最 も明 らか に な る.山 鳥(1994)は 喚 起 が 可 能 で 社 会 的 慣 習 性 の 高 い,物
「言 葉 に よ り
品 を 使 わ な い運 動 を対 象 と して,こ
れら
を 言 語 命 令 ま た は 視 覚 性 模 倣 命令 に よ り実 現 で き な い状 態 」 と定 義 し て い る.
他 動 詞 的 動 作(道
具 の 使 用 の ジ ェ ス チ ャー),自
ジ ェ ス チ ャー)の い ず れ もが 障 害 され るが,単 指 と示 指 で 輪 を 作 る)が
動 詞 的 動 作(慣
習的象徴 的
一 の 無 意 味 な動 作 ・身 ぶ り(母
最 も難 し く,つ い で 他 動 詞 的 単 一 動 作(櫛
で髪 をす
く),習 慣 的 動 作(「 バ イバ イ」),自 動 化 さ れ た動 作,の 順 で 困 難 の 度 合 い が 異 な る と い う障 害 の 現 れ 方 に 違 いが あ る.ま た,口 頭 命 令 に よる 行 為 が 最 も困 難 で あ り,視 覚 的 模 倣 動 作 は 比 較 的 容 易 で あ る こ と,同 然 な 状 況 下)で
の 行 為 に異 常 が な い の に,命
う特 徴 を示 す.後
じ動 作 で も 日常 生 活(自
じ られ た 課 題 で は 困 難 で あ る とい
者 は,検 査 場 面 と い う状 況 に特 有 に現 れ る た め(状
況依 存
性),「 意 図性-自 動 性 の解 離 」 また は この 現 象 の 二 人 の 提 唱 者 の 名前 か らバ イ エ ル ジ ャ ー-ジ ャ ク ソ ン(Baillarger-Jackson)の
法 則 と よば れ て い る.
病 巣 は,従 来,縁 上 回 が 定 説 で あ っ た が,脳 梁 障 害 に よ る報 告 が 注 目 され る よ う に な り,「 離 断症 候 群 」 と して と ら え よ う とす る 考 え方 が 隆 盛 と な っ て い る. 観 念 失 行(ideational
apraxia)
の もの が 理 解 で きて い な い た め,あ
最 も高 次 元 の 失 行 で あ り,行 為 の 概 念 そ る 行 為 を 自発 的 に行 う こ と も,命
じ られ て
行 う こ と もで きな い 状 態 で あ る.他 動 詞 的 系 列 動 作 にお い て時 間 的 順 序 が 障 害 さ れ る も の で,個
々の 動 作 は で き て も全 体 に一 連 の 行 為 に ま とま らず,日 常 生
活 に お い て は途 中 で 動 作 が い きづ ま っ て しま う こ と も多 い.山
鳥(1994)は,
観 念 失 行 を 「使 用 す べ き道 具 の 認 知 は 保 た れ てお り,運 動 遂 行 能 力 に も異 常 が な い の に,道 具 の 操 作 に失 敗 す る状 態 ・使 用 の まず さ(運 動 拙 劣 症)に で は な く,使 用 に 際 して の 困 難,誤
よるの
りに よ る 障 害 」 と し,「 使 用 の 失 行 」 と よ
ん だ. 病 巣 は,左 前 頭 葉 か ら頭 頂 葉 にか け て の 損 傷 が 主 と考 え ら れ て い る. 構 成 失 行(constructional が,行
apraxia)
個 々の 動 作 に は 失 行 は 認 め られ な い
為 の 空 間 的構 成 に破 錠 を き た した 状 態 で あ る.図 形 を描 い た り,マ ッチ
棒 や積 み 木 で平 面 的 ・立 体 的 に か た ち を構 成 す る こ とが で き な い もの で,操
作
の 空 間 的 形 態 の行 為 障 害 で あ り,こ れ まで 述 べ て きた 動 作 や 身 ぶ りの 失 行 で は な い こ と に特 徴 が あ る. 臨 床 的 に は,言 語 命 令 や 与 え られ た 手 本 を,視 覚 を 通 して模 倣(模 構 成(パ
写),再
ズ ル な ど)さ せ る な ど,特 殊 な 検 査 を施 行 しな けれ ば 明 らか に な らな
い た め,か つ て 「心 理 学 者 の失 行 」 と よ ば れ た こ とが あ る.ま の 着 衣 失 行 は,ほ
た,本 症 状 と次
か の 高 次 脳 機 能 障 害 と の境 界 領 域 にあ る症 状 と考 え られ,失
行 の分 類 に 含 め るべ きか の 議 論 も多 く,構 成 障 害(同 様 に 着 衣 障 害)と
よばれ
る こ と もあ る.た だ,本 症 状 が 重 篤 な場 合,着 衣 障 害 や 日常 生 活 上 の 時 間行 動 (時 間 的 順 番,時
間 管 理)の
混 乱 に 発 展 す る 例 が 少 な くな く,臨 床 的 意 義 は 高
い こ とが 指 摘 で きる. 脳 病 変 は 頭 頂 葉,後
頭 葉,側
頭 葉 が 関係 して お り,ど ち らの 半 球 で も出現 す
る こ とが確 認 さ れ て い るが,症 状 の 出現 率,症
状 の 質 的違 い が 存 在 す る こ とが
報 告 さ れ て い る. 着 衣 失 行(dressing
apraxia)
衣 類 を,自 分 の 身 体 との 関 連 で正 し く把 握
し,着 用 す る と い う行 為 が 選 択 的 に 困難 に なる 状 態 で あ る.ブ
レ イ ンが 半 側 空
間無 視 に つ い て体 系 的 に論 じた 古 典 的 論 文 の な か で は じめ て 記 載 した もの で あ る(Brain,1945).た
だ し,単 独 で 出現 す る こ とは な く,い
くつ か の 失 行 ・失
認 症 状 の 組 み 合 わ さっ た もの とみ る こ と もで き る. 衣 服 を 着 よ う と して も,裏 返 っ た り,左 右 上 下 が 逆 に な っ た り,ね り,ま た,ボ
タ ン を正 し くか え られ な い,ネ
じれ た
ク タ イ を結 べ な い な どで 表 現 され
る. 日常 臨 床 の な か で,比 較 的 多 く遭 遇 す る 症 状 で あ り,こ の 問 題 を 呈 す る患 者 に は,多
くの 場 合,対
症 療 法 的 に 「服 の 一 部 に印 をつ け る 」,「着 衣 の 順 番 を 図
式 した 表 を作 成 す る 」,「着 衣 の 練 習 を繰 り返 す 」 とい う対 応 が な され る.し か し,訓 練 室 や 病 棟 で 訓 練 と して こ れ を 導 入 す る際,留 意 し な け れ ば な らな い こ とが あ る.ほ か の 患 者 の 目 に,「 服 が う ま く着 られ な い」 姿 を さ らす の は患 者 自身 の 尊 厳 を下 げ る こ とに な る.家 族 に と って 「服 も着 られ な くな った 」 患 者 の 価 値 は大 き く低 下 して しま う.「 着 衣 」 とい う行 為 は,発 達 上 は,歩 行 の 獲 得,言
葉 の 発 生 よ り後 の こ とで あ り,ほ か の 動 物 種 は獲 得 で きて い な い 高 度 な
行 為 で あ る こ と を 忘 れ て は な ら な い.着 衣 障 害 が,高 次 脳 機 能 障 害 で あ る所 以 で あ る. 脳 病 巣 は右 半 球 損 傷 が 優 位 で あ り,頭 頂 葉 の 中心 溝 後 側 部 お よび 側 頭 葉 が 主 と され て い る.
● その他 の行為障害 これ ま で 述 べ て きた 失 行 症 状 の ほ か に,身 体 の 一 部 に 限 定 され た,本 人 の 意 志 に 従 わ な い 運 動 ・行 為 ・行 動 の抑 制 障 害 が 報 告 され て い る.そ
の代 表 的 な 症
状 を み て い こ う. 道 具 の 強 迫 的使 用(compulsive
manipulation of tools)
右 手が眼前 に置か
れ た 物 を意 志 に 反 して強 迫 的 に使 用 して し ま う現 象 で あ り,目 隠 し を して右 手 に 物 を触 れ させ て も生 じる こ とが あ る.こ の 場 合,左 て 右 手 の 動 作 を抑 え よ う とす る.こ の 現 象 は,使
手 は主 体 の 意志 を反 映 し
い慣 れ た 日常 物 品(櫛 ,鉛 筆
な ど)で 起 こ りや す く,非 日常 的 な 物 品 で は た だ 握 る(本 能 性 把 握 反応 を伴 う こ とが 多 い た め),誤
っ て用 い る こ とが 多 い .
脳 梁 膝 部 とそ の 周 辺 の 前 部 帯 状 回 を 含 む 左 前 頭 葉 内 側 面 の損 傷 が 主 病 巣 と考 え られ て い る.本 症 状 は,運 動 ・行 為 の 抑 制 機 能 の 障 害 に伴 い,刺 激 に よ り賦 活 さ れ た 道 具 使 用 に 関す る運 動 記 憶 が 行 為 と して 開 放 され た結 果 と して,す
な
わ ち言 語 に優 位 な左 半 球 に支 配 され た右 手 の 行 為 の 解 放 とみ る こ とが で き る. 拮 抗 失 行(diagonistic 際,そ
apraxia)
右 手の 意図 的 な動作や 両手 動作 を行 う
の 動 作 と同 時 ま た は交 互 に,左 手 が 目的 と反 対 の 動 作 や ま る で 邪 魔 す る
よ う に無 関 係 な動 作 を行 う現 象 で あ る.た
と え ば,ド ア を開 け よ う と右 手 で ノ
ブ を つ か ん だ と き,左 手 は ドア を 閉 め よ う とす るか の よ う に押 しつ け る,シ
ャ
ツ を 着 よ う と右 手 が 裾 を下 ろ して い る と き に,左 手 は裾 を め く り上 げ て 脱 が せ よ う とす る,な
どで あ る.
こ の タ イ プ は,脳 梁 の全 切 断 を受 け た 患 者 で最 初 報 告 さ れ た が,脳 梁 が 広 範 囲 に損 傷 さ れ る 前 大 脳 動 脈 流 域 の脳 梗塞 例 で も観 察 され る.拮 抗 失 行 は,右 手 の 意 図 的 行 為 に 関 連 して 起 こ る左 手 の 異 常 で あ るが,こ
れ は,一 側 上 肢 の 動 作
発現 に は 両 側 大 脳 半 球 が 関与 して い る こ とを 意 味 して い る.健 常 な 脳 で は,左 手 の 動 作 は 右 手 に協 力 す るか 抑 制 され る よ うに 統 制 され て い るが,こ
れ は前 部
帯 状 回 を 中心 とす る 右 前 頭 葉 内 側 面 の 監 視 ・調 節 機 能 に よ る も の と考 え られ て い る.こ
の 部 位 の 障 害 が,左 手 の運 動 を 開放 して し ま っ た 結 果 ,拮 抗 失 行 が 出
現 す る と考 え られ て い る. エ イ リア ン ・ハ ン ド(alien hand) に ふ る ま う現 象 を指 す.右
一 方 の 手 が,他
人 の よ う に,非 協 力 的
手 に 現 れ る道 具 の 強 迫 的 使 用 と左 手 に現 れ る拮 抗 失
行 の2つ
に 大 別 され る が 両 者 が 合 併 す る 例 もあ る.わ が 国 で 当 て られ て い る
「他 人 の 手 」 と い う訳 語 は,患 者 の左 手 を背 中 に 回 し(見 え な い 状 態 で),右 で触 らせ た時,自
手
分 の 手 と気 づ か ず 「他 人 の 手 の よ うに 認 識 した」 こ と に 由 来
して い る. 行 動 の 抑 制 障 害:環
境 依 存 症 候 群(environmental
dependency
syndrome)
自分 の 意 志 とは 関 係 な く,環 境 に依 存 した 行 動 を とっ て し ま う.た
とえ ば,病
室 の ドア が 目 に 入 る と 開 け 閉 め した り,ト イ レ に行 きた い わ け で は な い の に, トイ レの そ ば を通 る と入 っ て し ま う.こ れ に は,眼 前 に あ る 物 品 を,強 迫 的 に で は な く,自 然 な か た ち で 使 用 して し ま う 「利 用 行 動(utilization behavior)」 と,命 令 が な くて も 目の 前 の 検 者 の真 似 を して し ま う 「模 倣 行 動(imitation behavior)」
も含 ま れ る.た
と え ば,目
の前 に 置 い て あ る 湯 飲 み に気 づ く と,
他 人 の もの で も飲 ん で し ま う,検 者 が 眼 鏡 を は ず す と 自分 もは ず し,眼 鏡 をか け る と 自分 もか け る な どで あ る.い ず れ も使 用 や 模 倣 を しな い よ う に命 じ る と 中 止 す る が,注 意 が そ れ る と再 び 出 現 して し ま う.ま た,行 動 遂 行 中 に は,そ れ を抑 え よ う とす る態 度 や 方 略,困
惑 した様 子 は み ら れ な い.
発 現 機 序 と して は,外 界 で 起 こ っ て い る事 象 に 関連 した 行動 が 前 頭 葉 損 傷 に よ り抑 制 か ら開 放 され 現 れ,そ
れ を 自 らが 意 図 した もの と して 認 知 して し ま う
と考 え られ て い る. こ れ らの 症 状 を最 初 に 記 載 した レル ミ ッテ は,前 頭 葉 前 部 の下 半 を主 病 巣 と 推 定 した が(Lhermitte,1983),大
脳 深 部 を 中 心 と す る さ まざ ま な病 巣 に よ る
報 告 も さ れ て い る.
● 行 為 障 害 の神 経 心 理 学 的 評 価 現 在 日本 で 入 手 で きる標 準 的 な検 査 と して は,標 準 高 次 動作 性 検 査(SPTA) とWAB失 は,対
語 症 検 査 の なか の 行 為 の 検 査 を あ げ る こ とが で きる.前 者 の 検 査 法
象 を 失 行 に 限 らず,「 … … 錐 体 路 性,錐
要 素 的 感 覚 障 害,失 語,失
体 外 路 性,抹
認,意 識 障 害,知 能 障害,情
消 性 の 運 動 障 害,
緒 障害 な どの い ず れ に
も還 元 で きな い 運 動 障 害 」 を 「高 次 動 作 性 障 害 」 と よび,こ れ らを 包 括 的 に評 価 す る こ とを 目的 に 日本 高 次 脳 機 能 障 害 学 会 が 作 成 した もの で あ る. SPTAは
失 行 症 の 評 価 に 関 す る基 本 課 題 が 網 羅 さ れ て お り,誤
りの 質 的 分 析
の 評 価 も 可 能 で あ る.本 肢 慣 習 的 動 作,上 手)連
肢 手 指 構 成 模 倣,上
続 的 動 作,上
系 列 的 動 作,下 写),積
検 査 の 大 項 目 は,顔
肢 ・着 衣 動 作,上
肢(両
手)客
品 を 使 う 顔 面 動 作,上
体 の な い 動 作,上
肢 ・物 品 を 使 う 動 作(客
肢 ・物 品 を 使 う 動 作,上
み 木 構 成 の13項
面 動 作,物
肢 ・描 画(自
目 か ら な り,口
体 あ り,な
発),上
応,PS:保
続,NR:無
し),
肢 ・描 画(模
頭 命 令 と 模 倣 な ど で 評 価 さ れ る.
ま た検 査 結 果 の 解 釈 の 際 重 要 と な る反 応 の 質 的 分 析 の た め の も 整 理 さ れ て い る.そ
肢(片
れ ら は,N:正
常 反 応,PP:錯
反 応,CL:修
正 行 為,ID:開
「誤 り 分 類 法 」
行 為,AM:無
定形 反
始 の 遅 延,O:そ
の 他,
で あ る.
6.4
"高 次 脳 機 能"と
本 章 を 終 え る に あ た り,高
い う用 語 に つ い て
次 脳 機 能 お よび 高 次 脳 機 能 障 害 とい う用 語 に 関 し
て 若 干 の 考 察 を 加 え た い. わ が 国 で 現 在 盛 ん に 用 い られ て い る ル リ ア(Luria)の
大 著"Higher
の と 考 え ら れ る.こ
「高 次 脳 機 能(障
Cortical Functions
害)」
in Man"の
と い う 用 語 は, 訳 に も とづ く も
れ は ロ シ ア 語 で 書 か れ た 原 著 の 英 訳 タ イ ト ル で あ る が,
"Cortical"を"Brain"に
置 き 換 え た 表 現 に し て も,こ
の ような英語 の用語 が
使 用 さ れ る こ とが 少 な い の は 欧 米 の 文 献 タ イ トル を 概 観 す れ ば 気 づ く こ と で あ る.日
本語 の
function(あ
「高 次 脳 機 能 障 害 」 に 該 当 す る 英 語 圏 の 表 現 は,"cognitive
る い はdisturbances)",ま
ま ざ ま な"neuropsychological れ ば,本
た,そ
symptoms"と
dys
の 臨床 症 状 を い う の で あ れ ば さ い う こ と に な る.こ
の よ う にみ
章 で 扱 っ た 臨 床 症 状 は い ず れ も重 要 な も の で は あ る が,「 高 次 脳 機 能
障 害 」 の 一 部 に す ぎ な い こ と に 気 づ くで あ ろ う.こ 脳 機 能 障 害 」 理 解 へ の 序 章 に す ぎ な い.さ
こ で 扱 っ た 問 題 は,「 高 次
ら な る 関 心 を 広 げ,心
理 学 が扱 って
き た さ ま ざ ま な テ ー マ を 「脳 の 視 点 」 か ら 考 え る き っ か け に し て も ら え れ ば と 願 う も の で あ る.
[宮 森 孝 史]
■引用 文 献 Baddely,A.(1986).Working memory.Oxford:Clarendon
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of living
semantic
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separately
represented
in the
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本 文 で と り あ げ た 種 々 の 神 経 心 理 学 的 検 査 法 に つ い て の 概 説 書 と して 一 番 に 推 薦 で き る の が 本 書 で あ る.1976年
以 来,レ
か た ち を と っ て い る.現
在,臨
検 査 法 を め ぐ る 信 頼 性,妥 180頁
を 割 い て お り,頼
ザ ッ ク博 士1人
当 性,研
増 刊 号)
れ るDesk
れ ら
Referenceで
あ る.
神 科 臨 床 評 価 検 査 法 マ ニ ュ ア ル 臨 床 精 神 医
ア ー ク メデ ィア
お も な 神 経 心 理 学 的 検 査 法,さ 具 の 写 真,反
新 版 は初 め て 共著 の
究 デ ー タ の 詳 細 が ま と め ら れ て い る.Referencesに
「臨 床 精 神 医 学 」 編 集 委 員 会(編)(2004).精 学(2004年
の 手 で 版 を 重 ね,最
床 で 用 い ら れ て い る 検 査 法 が ほ ぼ 網 羅 さ れ て お り,そ
ら に現 在 精 神 科 領 域 で 用 い ら れ て い る 重 要 な 検 査 法 が 用
応 例 な ど 具 体 的 情 報 も 含 め,体
系 的 に 紹 介,概
説 さ れ て い る.心
理 臨床 の 現
場 で 有 用 な マ ニ ュ ア ル と し て 推 薦 で き る.
ブ ロ ー ドマ ン の 脳 地 図 に つ い て は,http://www.umich.edu/ cogneuro/jpg/Brodmann.html (ミ シ ガ ン 大 学)で
も 参 照 可 能.
ウ ィ ス コ ン シ ン ・カ ー ド分 類 検 査 慶應F-S http://cvddb.shimane-med.ac.jp/よ * ホ ー ム ペ ー ジ のURLは2005年8月
Version:脳
卒 中 デ ー タ バ ン ク(日
り ダ ウ ン ロ ー ド可 能 で あ る. 現 在 の もの.
本 脳 卒 中 協 会)
7. 情動 の神経心理 学
7.1 情 動 にか か わ る 脳 の 構造 と機 能
● 神 経 学 的 基 盤 と情 動理 論 情 動 と は何 か とい う こ と につ い て,わ れ わ れ は暗 黙 の 共 通 理 解 を も っ て い る よ う に 思 って い る が,実 際 に は っ き り した 定 義 は今 日で も明確 で ない.こ
の情
動 に 関 す る神 経 学 的 基 盤 につ い て の 仮 説 を述 べ た の は,神 経 学 者 で あ り精神 分 析 学 者 の 祖 フ ロ イ トで あ る(Freud,1895).彼
は,当 時 有 力 で 今 日 に あ っ て も
そ の大 部 分 が 認 め られ て い る よ うな 大 脳 機 能 局 在 論 や神 経 伝 達 の 生 理 学 的 理 論 に も とづ き,思 考 に お け る情 動 の 役 割 につ い て の 説 明 を行 って い る.た
とえば
フ ロ イ トは,こ の よ う な情 動 に よる 学 習 に よ り脳 の 中核 部 の 構 造 ま で も変化 さ せ る と考 え た.す な わ ち,脳 中枢 の 低 い レベ ルの 神 経 要 素 の 興 奮 が 不 快 感 情 を 引 き起 こ し,こ れ が 大 脳 皮 質 に伝 達 され る と,摂 食 行 動 や 性 行 動 とい っ た 外 部 世 界 との か か わ りを も た らす.そ 強 化 さ れ,こ た.当
の 結 果,不
快 感 が減 少 し,快 感 情 を 生 み 出 し
れ が 同 じ経 路 で 繰 り返 され,学
時 の 脳 研 究 は不 十 分 で あ っ た た め,彼
結 び つ け る こ と を放 棄 した の で あ るが,精
習 が 成 立 す る と フ ロ イ トは 考 え 自 身 は,彼 の 人格 理 論 と生 理 学 を
神 分 析 理 論 は この よ う な生 物 学 的 過
程 の比 喩 に よ り構 築 さ れ た こ とは 確 か で あ る. こ の フ ロ イ トの 神 経 学 的 ア イ デ アが 出 され る少 し前,人
間 の体 験 に 情 動 が 強
力 な役 割 を果 た して い る こ とに 注 目 して,情 動 体 験 と生 理 的機 構 を 関 連 づ け た 情 動 理 論 を 最 初 に 唱 え た の は,19世
紀 末 の 機 能 主 義 哲 学 者 で,ア
理 学 の 祖 とい われ る ウ ィ リ ア ム ・ジ ェ ー ム ス で あ る(James,1884).彼
メリカの心 の情動
理 論 は,「 泣 くか ら悲 しい 」 とい う言 葉 で 代 表 され る よ う に,自 分 の 生 理 的 状 態 を 知覚 す る こ とで 情 動 体 験 が 起 こ る と考 え て,身 体 的 感 覚 が 情 動 で あ る と定 義 した の で あ る.こ の 理 論 は,デ ン マ ー クの心 理 学 者 ラ ンゲ の 考 え 方 に従 っ て 打 ち 立 て ら れ た とい う こ とで,ジ
ェ ー ム ス-ラ ン ゲ 説 と よ ば れ て い る(図7.1
(a)). ジ ェ ー ム ス-ラ ン ゲ 説 に よ る と,個 々 の情 動 体 験 に は独 自の 生 理 的 変 化 が あ る とい うこ と に な る.こ
れ に対 して,同 一 の生 理 的 覚 醒 パ ター ンが い くつ か の
異 な る情 動 を伴 っ て 生 じる とい う情 動 理 論 を提 唱 した の が,ア 者 キ ャ ノ ンで あ る(Canon,1927).そ
メリカの生理学
の 後,彼 の 考 え 方 はバ ー ドに よ っ て 修 正
され キ ャ ノ ン-バ ー ド説 と よ ば れ て い る.こ
の情 動 理 論 に よ る と,わ れ わ れ が
情 動 興 奮 を起 こす 事 象 に 遭遇 す る と,神 経 イ ンパ ル ス は 視 床 を経 由 して2つ の 経 路 に 分 か れ て,一 方 は 大 脳 皮 質 に 行 き,恐 怖,怒
(a)ジ
ェ ー ム ス-ラ ン ゲ 説
(b)キ
ャ ノ ン-バ ー ド説
り,幸 福 とい っ た 主 観 的 体
図7.1 脳 を介 す る情 動生 起 の2つ の 理 論
験 をつ く り,も う一 方 は視 床 下 部 に行 き,身 体 の 生 理 的 変 化 を 起 こす と い う の で あ る.す
な わ ち,キ
ャ ノ ン-バ ー ド説 は,心
起 こ る と 考 え た の で あ る(図7.1(b)).キ は細 か い 点 で 誤 りは あ るが,ジ
理 的 体 験 と生 理 的 反応 が 同 時 に
ャ ノ ン-バ ー ドの 説 は,生 理 学 的 に
ェー ム ス-ラ ン ゲ 説 が,情
動 の 起 源 を大 脳 中枢
過 程 だ け で考 えた の に対 し,末 梢 器 官 か ら直 接 中 枢 過 程 へ とい う考 え方 を示 し た点 で,脳
の構 造 と機 能 の 関 係 か らの 情 動 理 論 と して 今 日で も一 定 の 評 価 を得
て い る. キ ャ ノ ン-バ ー ド説 は 視 床 を情 動 の 中枢 と位 置 づ け た が,情
動が特 定の脳 中
枢 の 機 能 で な く,神 経 回 路 か ら な る機 能 で あ る と した の は,解 剖 学 者 の パ ペ ッ ツ で あ る(Papez,1937).彼
の 名 を か ぶ せ た パ ペ ッ ツ 回 路(図7.2)は,感
覚
を視 床 か ら線 状 体 へ 伝 え る 感 情 の 流 れ で あ る と 同 時 に,感 覚 を視 床 か ら大 脳 皮 質 の 大 部 分 の領 域 に伝 え る思 考 の 流 れ で もあ る の で,こ
れ らの 流 れ に よ り感覚
的 興 奮 が 情 動 的 色 彩 を 帯 び る と考 え られ て い る.ま た,こ
の神 経 回路 は,記 憶
の 回 路 と も重 複 して い る こ とが 明 らか に され た こ とか ら,情 動 と記 憶 が 密 接 な 関係 に あ る こ とが い わ れ る よ う に な っ た.
● 情 動 を仲 介 す る脳 構 造 パ ペ ッ ツ回 路 は,今
日情 動 を起 こす 脳 構 造 の 最 も重 要 な 領 域 と考 え られ て い
る 大 脳 辺 縁 系 と ほ ぼ 一 致 す る と考 え られ て い る.こ の 系 は,す べ て の動 物 に 共 通 した構 造 と機 能 が あ るの で 動 物 脳 と もよ ば れ て お り,図7.3に
図7.2 大 脳 辺縁 系 を含 むパ ペ ッツ の情 動 神経 回路
示 す とお り,
図7.3 情 動 脳 を構 成 す る主 な脳 領域(NHK取
材 班,1994,イ ラス ト深 谷 良一 氏;一 部 改 変)
人 間 で は脳 幹 の上 部,大 脳 皮 質 の 下 部 に 位 置 して い る.こ の よ うな 位 置 構 造 か ら して,辺 縁 系 と神 経 路 が つ なが っ て い る脳 幹 の 一 部 や 皮 質 の 一 部 も情 動 に か か わ る と考 え られ て い る. 大 脳 辺 縁 系 は,図7.3に
示 す よ うに 脳 の ふ ち にあ る こ とか ら名 づ け ら れ て お
り,視 床 前 部 の 下 に あ る視 床 下 部 は,心 拍 や 呼 吸 な どの 自律 神 経 系 活 動 を 支 え る 神 経 細 胞 が 集 中 して お り,強 い 情 動 に伴 う生 理 的 変 化 の 大 部 分 が 営 ま れ て い る.脳
の外 側 の深 部 に ク ル ミ状 の細 胞 の 塊 の扁 桃 体 は,攻 撃 や 恐 怖 反 応 に 関 係
す る 機 能 を 果 た し てい る.そ
の傍 の タ ツ ノ オ トシ ゴ状 の 海 馬 は,情 動 生 起 との
関 係 は は っ き りし な いが,入
力 さ れ る 種 々 の感 覚 情 報 の 統 合 を行 っ て お り,損
傷 す る と新 た な情 報 を覚 え る こ とが で き ない 記 憶 障 害 が 起 こ る.ま た,海
馬か
らは,視 床 下 部 か ら分 泌 され る ス トレス ホ ル モ ンの コ ルチ コ イ ドを抑 制 す る ホ ル モ ンが 分 泌 され る. 辺 縁 系 を取 り巻 くよ う に 帯 状 回 が あ り,こ れ に 沿 って 両 方 向性 線 維 系 の脳 弓 が 走 り,海 馬 と視 床 下 部 を結 んで い る.こ れ とは 別 の 構 造 を もつ 中 隔 は,脳 弓 を 介 して海 馬 か ら入 力 を受 け て,視
床 下 部 に神 経 出 力 を送 っ て い る.こ
の よう
な 情 動 を 介 す る脳 構 造 か ら,す べ て の 感 覚 入 力 情 報 が 辺 縁 系 を 通 過 す る こ とに よ り情 動 的 色 彩 を もつ よ う に な る と考 え られ る. 大 脳 辺 縁 系 以 外 に情 動 に か か わ る脳 構 造 と し て は,脳 る.図7.4は,情
幹 と大 脳 前 頭 葉 が あ
動 に か か わ る脳 幹 の 構 造 を 示 して い る が,脳 幹 の 中で は,橋
や 脳 幹 内 の網 目状 の 神 経 構 造 の 網 様 体 が,情 動 に 重 要 な役 割 を 果 た して い る. さ ま ざ ま な 神 経 路 か らの 感 覚 情 報 は,網 様 体 を フ ィル タ ー と して 新 しい情 報 か 持 続 的情 報 の み を 通 し,視 床 を 介 し て大 脳 皮 質へ 投 射 さ れ る の で あ る.網 様 体 内 に あ る 青 斑 核 は情 動 興 奮 を 起 こす ホ ル モ ンで あ る ノ ル エ ピネ フ リ ンを 分泌 す る.こ の ホ ルモ ン分 泌 が 適 度 な 量 で あ る と快 の状 態 に な る が,少
なす ぎるとう
つ 状 態 に な り,多 す ぎて 長期 間 分 泌 され る と重 い ス ト レス症 状 が 起 こる.網 様 体 に あ る黒 質 は,快 感 情 を促 進 させ る ホ ルモ ン(ド ーパ ミ ン)を 分 泌 す る が, 黒 質神 経 細 胞 が 破 壊 す る と ドー パ ミ ン不 足 が 生 じパ ー キ ン ソ ン病 が 生 じ,ド ー パ ミ ン過 多 に な る と統 合 失調 症 が 起 こ る. 視 床 か らの 直 接 投 射 を受 け る 大 脳 皮 質 の前 頭 葉 は,情 動 と最 も深 く関 係 す る とい われ て い る.前
図7.4
頭 葉 の 損 傷 に よ る 情 動 障 害 の 有 名 な症 例 は,1848年
情 動 に 役 割 を 果 た す 脳 幹 の 構 造(Hobson,1999;Bloom 参 照 して 作 図)
et al.1985;な
アメ
どを
リ カ の 鉄 道 敷 設 の 工 事 監 督 フ ィ ネ ア ス ・ゲ ー ジ の左 前 頭 領 域 を 火 薬 暴 発 で鉄 棒 が 貫 通 し た事 故 で あ る.一 命 を と り とめ た 彼 は,そ れ ま で謹 厳 実 直 で 人望 の 厚 か っ た 人 物 で あ っ た が,粗 1994).ま
た,ス
暴 で 衝 動 的 な 人 物 に激 変 した の で あ る(Damasio
ペ イ ンの モ ー ニ ッツ(Moniz,E.)が,統
て 行 っ た 前 頭 葉 切 除 術(ロ
ボ ト ミー)は,患
,
合 失 調 症 患 者 に対 し
者 の情 動 反 応 を抑 制 す る こ とか ら
も,前 頭 葉 が 情 動 経 験 や 表 出 に重 要 な役 割 を 担 っ て い る こ とが 示 唆 され た. も う ひ とつ の脳 の 特 定 部 位 を外 科 的 に切 除 す る研 究 は,ク リュ ー バ ー と ビ ュ ー シー が 行 っ た,サ ル の 両 側 の大 脳 皮 質 側 頭 葉 を扁 桃 核 や 海 馬 を含 め た切 除 研 究 で あ る(Kluver&Bucy,1937).そ を示 さず,性
れ に よ る と,サ ルが 社 会 的,防 御 的 反 応
行 動 の亢 進 が 起 こ り,対 象 に対 す る善 し悪 しの 弁 別 能 力 が な くな
る と い う結 果 が 認 め られ た.人 臨 床 的 に 報 告 され,こ
間 に お い て も側 頭 葉 損 傷 の患 者 で 同 様 の 症 状 が
れ ら一 群 の 症 状 を ク リ ュ ー バ ー-ビ ュ ー シ ー症 候 群 と よ
ん で い る.
● 情 動 を 支 配 す る 自律 神 経 系 とス ト レス 情 動 の 引 き金 が 大 脳 皮 質 や辺 縁 系 な どに あ る とす る と,情 動 反 応 の 実 行 は 自 律 神 経 系 が 担 っ て い る.自 律 神 経 系 は,普 通 は わ れ わ れ が 意 識 的 に 制 御 で きな い もの を コ ン トロ ー ル し て い る神 経 系 で,脊
髄 の 頂 部 と底 部 を 除 く全域 か ら出
て い る 交感 神 経 系 と,脳 幹 と 脊髄 底 部 の 仙 骨 か ら 出 て い る副 交 感 神 経 系 の2つ の 神 経 系 か ら な っ て い る.ほ
と ん どの 内 臓 や 器 官 は こ れ ら2つ の神 経 系 に 二 重
に支 配 さ れ て お り,し か も互 い に相 反 す る作 用 を 内臓 や 器 官 に は た ら きか け て い る.す
な わ ち,交 感 神 経 系 が 興 奮 す れ ば副 交 感 神 経 が抑 制 し,逆 に副 交 感 神
経 が 興 奮 す る と交 感 神 経 が 抑 制 す る の で あ る. た だ,こ
の2つ の 神 経 系 は そ れ ほ ど対 等 な関 係 に は な く,身 体 的 に危 険 な 状
態 が 迫 っ た と きや,強 の で あ る.た
い ス トレ スが 生 じた と きに は じめ て 交 感 神 経 が 機 能 す る
とえ ば,わ
り,心 拍 数 が 増 え,汗
れ わ れ が 強 い ス トレ ス状 態 に 陥 っ た と き,血 圧 が上 が が 出 る の は,交
感 神 経 の は た ら きで あ り,こ れ に 対 し
て,副 交 感 神 経 は,内 臓 や 器 官 に 絶 えず は た ら きか け て,こ
れ らが 安 定 して機
能 す る よ う はた らい て い る.し た が っ て,生 命 維 持 とい う点 か らす る と,副 交 感 神 経 の方 が 交 感 神 経 よ り上 位 に あ る と い え る.
2つ の 自律 神 経系 は,副 腎 に は た ら きか け て エ ピ ネ フ リ ン(ア も い う)の
分 泌 量 を制 御 す る.ス
ドレナ リ ン と
トレ ス を 体 験 す る と,交 感 神 経 系 が 活 性 化
し,さ ら に副 腎 髄 質 を活 性 化 させ て,エ
ピ ネ フ リ ンや ノル エ ピ ネ フ リ ン を分 泌
し,心 理 的興 奮 を増 大 させ る.そ の よ う な と きに 交 感神 経 が 血 管 を収 縮 させ, 遅 い 反応 で よい 内 臓 器 官 へ の 血 流 量 を少 な く して,素 早 い 反 応 が 必 要 な 領 域 の 脳 や 筋 肉 に 多 量 の 血 液 を 供 給 す る こ と に よ り,ス
トレス 対 処 反 応 を 引 き起 こす
の で あ る. こ れ ら一 連 の 過 程 は,視 床 下 部-下 垂 体-副 腎 を軸(HPA軸
とい う)と す る
内 分 泌 系 が 血 液 中 に 直 接 ホ ル モ ン を分 泌 す る 過 程 で もあ る.す
な わ ち,身
体
的,心 理 的刺 激 に対 し,視 床 下 部 は 脳 下 垂 体 に信 号 を送 り,血 中 に 副 腎 皮 質 刺 激 ホ ル モ ン(ACTH)を
大 量 放 出 させ,さ
らに, ACTHは
副 腎 に行 き ス トレ ス
ホ ル モ ン で あ る コル チ ゾ ー ル を放 出 す る の で あ る.ま た,ス
トレス は,胃 潰 瘍
な どの 内 臓 疾 患 を 引 き起 こ す だ け で な く,海 馬 の重 要 な 機 能 で あ る 記 憶 を妨 げ る作 用 が あ る とい わ れ て い る.海 馬 は,成 体 に な っ て か ら も新 た な ニ ュ ー ロ ン を成 長 させ る特 異 な 作 用 が あ る が,ス
トレス に よ る コル チ ゾー ル の 上 昇 は,海
馬 の 歯 状 回 の ニ ュ ー ロ ン再 生 能 力 を 阻害 す る こ とが 明 らか に な っ た.こ の こ と は,戦
争 や テ ロ な ど強 い ス トレス に 遭 遇 したPTSD患
者 に お い て,海
馬 の萎
縮 が 認 め られ る と い う臨 床 例 か ら,動 物 実 験 だ けで な く人 間 の 場 合 に も,同 様 な 脳 構 造 の 変 容 が 起 こ る こ と を示 唆 し て い る.
7.2 気 分 ・感 情 の 障 害 と神 経 心 理 学
● うつ の 神 経 心 理 学 うつ 気 分 は,さ
ま ざ ま な 精 神 疾 患 や心 理 的 問題 に お い て認 め られ るが,一
に うつ 病 と よ ば れ る 精 神 疾 患 は,大 害 に み られ る うつ 症 状 と は,単 味 ・関 心 ・動 機 づ け の 低 下,思 感,希
うつ 病 性 障 害 の こ と を い う.大 うつ 病 性 障
に 強 い 抑 うつ 気 分 が 存 在 す る だ け で な く,興 考 制 止,自
責 感,自
信 喪 失,妄 想 的 思 考,焦
死 念 慮 とい っ た 思 考 障 害 お よ び認 知 機 能 障 害 や,睡 眠 障 害,食
の 減 退(変
化),循
どが 存 在 す る.
般
燥
欲や性 欲
環 器 系 や 消 化 器 系 の 自律 神 経 症 状 とい っ た 身 体 機 能 障 害 な
うつ 病 の 成 因,あ
るい は病 態 に 関 す る生 物 学 的研 究 に お い て は,い
説 が 提 唱 さ れ て い る(樋 れ る もの で あ る.こ
口,2002).そ
の 仮 説 は,脳
セ ロ トニ ン(5-HT)神
の 第 一 は,モ
くつ か の
ノ ア ミ ン欠 乏 仮 説 とい わ
内 の エ ピ ネ フ リ ン(NE)神
経 系,あ
るい は
経 系 の 機 能低 下 が 生 じ る こ と に よ り,脳 内 の モ ノ ア ミ
ンが 欠 乏 状 態 に な り うつ 状 態 に 陥 る とい う もの で あ る.こ の 仮 説 は,神 経 終 末 の モ ノ ア ミ ン を枯 渇 させ る作 用 が あ る薬 物 を投 与 す る こ とに よ って,う が 誘 発 さ れ る こ とや,エ
ピ ネ フ リ ン(NE)や
へ の 取 り込 み を阻 害 す る薬 物(三
セ ロ トニ ン(5-HT)の
環 系 抗 うつ 薬)が,う
つ状 態
神経終 末
つ症 状 の 改 善 に有 効 で
あ る こ と な どの 知 見 に よ っ て支 持 され て き た.し か し,こ の 仮 説 を支 持 しな い 結 果 も示 さ れ て お り,一 定 の結 論 は 示 され て い な い. 第 二 の 仮 説 は,受 容 体 機 能亢 進 仮 説 で あ る.こ の 仮 説 は,心 身 の ス トレス に よっ て 過 剰 分 泌 さ れ た エ ピ ネ フ リ ン(NE)や
セ ロ トニ ン(5-HT)が,神
経終
末 の受 容 体 に 過 剰 反 応 を引 き起 こ し,機 能 破 綻 に至 っ た結 果 と して うつ 状 態 に 陥 る と い う もの で あ る.こ の 仮 説 が モ ノ ア ミ ン欠 乏 仮 説 と大 き く異 な る 点 は, うつ 病 患 者 の エ ピ ネ フ リ ン(NE)神 系 の 機 能 低 下 を,患
経 系 あ る い は セ ロ トニ ン(5-HT)神
経
者 の 遺 伝 的 素 因 と して想 定 して い る 点 で あ る.す な わ ち,
うつ 病 の 発 症 前 の 患 者 は,遺 伝 的素 因 と して 両 神 経 系 機 能 の低 さ を有 して い る が,受
容 体 が亢 進 して い る状 態 に よ っ て バ ラ ンスが 保 た れ て い る.し か し,高
ス トレス 状 態 に よ りモ ノ ア ミ ン遊 離 が増 大 す る と,受 容 体 が 過 剰 反 応 を引 き起 こ して 破 綻 す る の で あ る.こ の 仮 説 は,抗
うつ 薬 の 臨 床 効 果 が 顕 著 に現 れ る 時
期 と同 じ く して 受 容 体 数 が 減 少 す る こ とや,う
つ 病 患 者 に5-HT2受
容 体機 能
亢 進 も し くは 受 容 体 数 の 増 加 が 認 め られ る こ とな ど に よ っ て 支 持 され て い る が,結
論 は得 られ て い な い.
この ほ か に も,コ
ル チ ゾ ー ル を介 したHPA(視
床 下 部-下 垂 体-副 腎 皮 質)
系 の フ ィー ドバ ッ ク機 能 障 害 に関 す る仮 説 を は じめ,い れ て い る が,う 一 方,近
くつ か の 仮 説 が 提 唱 さ
つ 病 発 症 の 神 経 薬 理 学 的 メ カニ ズ ム の解 明 に は至 っ て い ない.
年 の脳 機 能 画 像 解 析 技 術 の発 展 に 伴 って,う
つ病 の神経学的基盤 に
関 す る新 た な知 見 が 次 々 と報 告 され る よう に な った.こ
れ らの研 究 は,う つ 病
患 者 と健 常 者 の 脳 機 能 の 違 い を 血 流 や 糖 代 謝 を比 較 す る こ とか ら検 討 して い る.こ
れ ま で に得 られ て い る 知 見 と して は,う つ 病 患 者 は,健 常 者 に比 べ て前
頭 前 野 の 一 部 の 活 動 性が 低 下 して い る こ とが 示 さ れ て お り,外 的刺 激 へ の 注 意 力 や 意 思 決 定 力,情 動 コ ン トロー ル力 に 障 害 を き た して い る可 能 性 が 示 唆 され て い る(Drevets,2001).さ
らに,シ
ェ ラ イ ン ら に よれ ば,反 復 性 う つ 病 患 者
は,健 常 者 に 比 べ て 顕 著 に 海 馬 が 萎 縮 し て い る こ とが 示 され て お り(Sheline et al.,1996),う
つ 病 患 者 に お け る認 知 機 能 障 害 との 関 連 やHPA(視
垂 体-副 腎 皮 質)系
床 下 部-下
の フ ィー ドバ ック 機 能 障 害 との 関連 が 示 唆 され て い る.こ
れ らの うつ 病 患 者 にお け る脳 機能 画 像 解 析 に お け る 知 見 は,う つ 病 患 者 の 病 態 解 明 へ の 大 きな 手 が か り とな る こ とが 期 待 され て い る と と も に,う つ 病 の 新 た な治 療 ・診 断 技 術 へ の 展 開が 望 まれ て い る.し か し,こ れ らの 研 究 は 発 展 途 上 で あ り,今 後 の さ らな る検 討 が また れ る と ころ で あ る.
●不安 の神経心理 学 不 安 は,日 常 生 活 にお い て多 く経 験 さ れ る一 般 的 な情 動 反 応 で あ る が,慢 性 化,重
篤 化 す る と生 活 の 質 を大 き く低 下 させ る もの とな る.不 安 に 関 連 した 精
神 的 問 題 は 不 安 障 害 と よば れ て い るが,そ
の 臨 床 像 は 多 様 で あ る.た
単 一 恐 怖 は特 定 の 事 象 や 対 象(高 所 恐 怖 や ゴキ ブ リ恐 怖)に
と え ば,
対 す る不 安 ・恐 怖
が 特 徴 で あ る し,パ ニ ック 障害 に は 身 体 症 状 の 急 激 な変 化 へ の 不 安 ・恐 怖 が 存 在 す る.ま
た,社 会 不 安 障 害 は 対 人 接 触 や 他 者 か らの 否 定 的 な評 価 が 不 安 ・恐
怖 の 対 象 に な っ て お り,外 傷 後 ス トレ ス 障 害 は,ト
ラ ウマ テ ィ ック な で き ご と
を連 想 す る広 範 な刺 激 が 不 安 ・恐 怖 の 対 象 とな っ て い る.さ
らに,強 迫 性 障 害
や 全 般 性 不 安 障 害 は,想 起 さ れ る 侵 入 的思 考(汚 れ て い るん じゃ な い か,家 族 が 事 故 に あ っ た の で は ない か)が 不 安 ・恐 怖 を維 持 ・増 悪 して い る. 一 方,こ
れ らの 不 安 障 害 に共 通 して み られ る の は,恐 怖 が 条 件 づ け られ る過
程 の 存 在 と,恐 怖(不
安)対 象 か らの 回避 行 動 が 習 慣 化 して い る 点 で あ る.不
安 の 神 経 学 的 基 盤 に 関 す る研 究 も この 点 に 関 す る検 討 が これ まで 多 くな され て きた. 恐 怖 は,7.1節 ペ ッツ 回 路)が
で も解 説 した よ う に,基
本 的 情 動 に 関係 す る大 脳 辺 縁 系(パ
関 与 して い る と考 え られ て い る が,な
か で も不 安 障 害 に 特 徴 的
に 認 め ら れ る 条 件 反 応 と して の 恐 怖 は,扁 桃 体 の 関与 が 大 きい と さ れ て い る. わ れ わ れ が 外 界 か ら取 り込 む感 覚 情 報 は,視 床 を介 して 各 処 理 領 域 に 送 られ る
が,恐
怖 に 関 す る情 報 は,2つ
の 経 路 を経 て 扁 桃 体 に 伝 達 され る.一 方 は視 床
か ら皮 質 を 介 す る 経 路 で あ り,も
う一 方 は 視 床 か ら直 接 伝 達 され る経 路 で あ
る.恐 怖 条 件 づ け は,主 に 後 者 の経 路 が 関 与 して い る と考 え られ て い る.つ
ま
り,刺 激 の 客 観 的 意 味 づ け が な さ れ る 前 に,刺 激 情 報 が 扁 桃 体 に 伝 達 され る こ とか ら,「 恐 ろ しい は ず の な い 」 刺 激 に 対 して も過 剰 な恐 怖 反 応 が 生 起 す る の で あ る.ま た,こ
れ らの 恐 怖 情 報 は 扁 桃 体 に 蓄積 され る こ と も わ か っ て お り,
恐 怖 体 験 の 慢 性 化 や 再 燃(フ
ラ ッ シ ュ バ ッ クな ど)に 関 係 して い る と考 え られ
て い る(Ledoux,1996). ま た,海 HPA(視
馬 の 関 与 も指 摘 され て い る.わ
床 下 部-下 垂 体-副 腎 皮 質)系
れ わ れ は ス トレ ス 状 態 に 陥 る と,
を 介 して ス トレ ス ホ ル モ ン(主 に コ ル
チ ゾ ー ル な ど の ス テ ロ イ ド)が 分 泌 さ れ る.ス テ ロ イ ドは血 中 か ら脳 内 に流 れ 込 み,扁 桃 体,海
馬,前
頭 前 野 の 受 容 体 に結 合 す る.海 馬 はHPA系
ム に抑 制 機 能 を 有 して お り,ス HPA系
テ ロ イ ドの 血 中 濃 度 が 上 昇 す る と,海
に 負 の フ ィー ドバ ック 制 御 を か け る.通 常,こ
能 して い る の で,ス
の システ 馬は
の シ ス テ ム が 円滑 に機
トレ ス ホ ル モ ンの 血 中濃 度 は 適 切 な レベ ル に維 持 され て い
る.し か し,過 剰 な ス トレス や慢 性 的 な ス トレス が 負 荷 され る と,ス
トレス ホ
ル モ ンが 過 剰 に分 泌 され る こ とに な り,海 馬 の 機 能 が 破 綻 す る こ と に な る.海 馬 の 機 能 が 破 綻 す る と,海 馬 に お け る記 憶 機 能 に も障 害 が 生 じ,学 習 の 障 害 や 記憶 の 障 害 が 生 じる.外 傷 的 体 験 後 に記 憶 障害 が 生 じ る こ とや,恐 怖 反 応 を消 去 す るた め の再 学 習 が 困 難 で あ る こ と な ど は,こ の よ う な海 馬 の 機 能 障 害 が 関 与 して い る と考 え られ て い る(Ledoux,1996). また 不 安 障害 に 関 して も,近 年,脳
機 能 画 像解 析 研 究 が 盛 ん に行 わ れ,新 た
な 知 見 が 報 告 され る よ うに な っ て い る.こ れ らの研 究 で は,扁 桃 体 や 海 馬 の 活 動亢 進,海 2004).こ
馬 の 萎 縮,前
頭 皮 質 の 活 動 低 下 な どが 報 告 さ れ て い る(樋
口 他,
れ ら の 報 告 は,不 安 障 害 の 発 症 と増 悪 に は,恐 怖 条 件 づ け に 関 連 す
る 部 位 の 活 性 に 加 え て,状 況 判 断 や そ れ に も とづ く恐 怖 の 抑 制 を行 う前 頭 皮 質 の機 能 低 下 が 関 与 して い る こ とを示 唆 して い る. 一 方,近 年 の 不 安 障 害 に 関 す る認 知 心 理 学 的研 究 に お い て は,不 安 障 害患 者 は,外 的 刺 激 に 対 す る 選 択 的 注 意 の 偏 り(Foa&Mcnally,1986)や,健 は異 な る 刺 激 解 釈(解 釈 バ イ ア ス:Mathews
常者と
et al.,1989)が 存 在 す る こ とが 指
摘 され て い る.こ れ らの 不 安 障 害 の 認 知 心 理 学 的 研 究 と脳 機 能 画 像 解 析研 究 の 知 見 が 蓄 積 さ れ る こ とで,不 安 障 害 の 病 態 解 明 へ とつ な が る と と もに,新
たな
治療 ・診 断技 術 が 開 発 可 能 に な る と思 わ れ る.
7.3 脳 機 能 障 害 へ の 臨 床 心 理 学 的 ア プ ロ ー チ
● 気 分 ・感 情 障 害 へ の 認 知 行 動 療 法 臨床 医 学 に お け るEBM(Evidence 医 療)の
Based
Medicine,科
学 的 根 拠 に も とづ く
考 え 方 は,臨 床 心 理 学 の 分 野 に も大 き な影 響 を及 ぼ し,う つ 病 や不 安
障 害 の 治 療 に お い て,臨 床 心 理 学 的 ア プ ロ ー チ の効 果 に 関 す る実 証 科 学 的 な研 究 が 盛 ん に 行 わ れ る よ う に な っ て き た.な か で も,う つ 病 や 不 安 障 害 の 治 療 に 効 果 を あ げ て い る 認 知 行 動 療 法 に お い て は,治
療効 果 の科学 的 実証だ けで な
く,治 療 的 ア プ ロー チ が 脳 機 能 に どの よ う な 影 響 を 及 ぼ して い る か を明 らか に す るた め の 試 み も行 わ れ る よ うに な って い る. た と え ば 木 下 ら(2005)は,う
つ 病 の 患 者 を対 象 と した グ ル ー プ 認 知 行 動 療
法 の 効 果 に 関 す る研 究 にお い て,認 知 行 動 療 法 を受 け た うつ 病 患 者 の右 前 頭 葉 の 活 動 は,治
療 後 に顕 著 に 改 善 す る可 能 性 が あ る こ と を示 唆 して い る.ま
鍋 山 ら(2005)は,認
た,
知 行 動 療 法 に よ る治 療 が 有 効 で あ っ た 強 迫 性 障害 患 者 の
認 知 機 能 お よび 脳 機 能 を治 療 前 後 で比 較 し た結 果,選 択 的注 意 能 力 や記 憶 能 力 の改 善 が み られ る と と も に,帯 状 回,頭 頂 葉 の脳 機 能 に 変化 が 認 め られ た こ と を報 告 し て い る. と こ ろ で 認 知 行 動 療 法 とは,患 者 の 不 適 応 状 態 に 関 連 す る行 動 的,情 緒 的, 認 知 的 な 問 題 を 治 療 標 的 と し,学 習 理 論 を は じめ とす る行 動 科 学 の 諸 理 論 や 行 動 変 容 の 諸 技 法 を用 い て,不 適 応 な 反応 を 軽 減 す る と と も に,適 応 的 な反 応 を 学 習 さ せ て い く治 療 法 で あ る.そ
して こ の療 法 は,そ の 有 効 性 の 高 さや 適 用 範
囲 の 広 さか ら,欧 米 を 中心 に 盛 ん に導 入 さ れ 成 果 を あ げ て きた.認 知 行 動 療 法 の 主 な 構 成 要 素 は,条
件 反 応 の消 去 手 続 き に依 拠 した 情 動 反 応 の 鎮 静 化 技 法,
問 題 回避 行 動 の 抑 制 と適 応 行 動 の 獲 得 を ね らい と した 行 動 的 技 法,ネ な 予 測 や 判 断,評
ガテ ィブ
価 や 解 釈 の 修 正 をね らい と した 認 知 的技 法 か らな る.
これ ら諸 技 法 の 治 療 機 序 に つ い て,回 避 行動 の 抑 制 や情 動 反 応 の 消 去 手 続 き
が,辺
縁 系 の 過 剰 活 動 を鎮 静 化 す る こ とは こ れ まで も示 され て きた(Ledoux,
1996).し
か し,ネ ガ テ ィブ な予 測 や 判 断,評 価 や 解 釈 の 修 正 を ね ら い と した
認 知 的技 法 が,脳 れ て い な い.し
機 能 に どの よ う な影 響 を 及 ぼ す か に 関す る実 証 的 研 究 は 行 わ
か し,認 知 行 動 療 法 が,気
分 ・感 情 障 害 患 者 の 前 頭 葉 機 能 の 改
善 に 有 効 で あ る とい う報 告 を 考 慮 す る と,認 知 的 技 法 が 前 頭 葉 機 能 の 改 善 に影 響 を 及 ぼ して い る可 能 性 を示 唆 す る こ とが で き る.こ の こ とか ら考 え る と,認 知 行 動 療 法 の 高 い 有 効性 は,情 動 の 鎮 静 化技 法,行 動 的技 法,認 知 的技 法 の 組 み 合 わ せ と い う治 療 パ ッ ケ ー ジ が,辺 縁 系 の 過 剰 活 動 を抑 制 す る と と もに,辺 縁 系 へ の 統 制 機 能 を もつ 前 頭 葉 の 機 能 改 善 を促 す とい う2つ の 経 路 に よる 治 療 機 序 を有 し て い る こ と に 由 来 す るの か も しれ な い.し
か し,こ の こ と に関 す る
実 証 デ ー タ は不 足 して お り,今 後 の 詳 細 な 検 討 が ま た れ る と こ ろ で あ る.
● 高 次脳 機 能 障 害 者 へ の 臨 床 心 理 学 的 支 援 高 次 脳 機 能 障 害 は,外 傷 性 脳 損 傷 や 脳 血 管 障 害 な どに よ り脳 に損 傷 を受 け, そ の 後 遺 症 と して 生 じた 記 憶 障 害,注
意 障 害,社 会 的 行 動 障 害 な どの 認 知 障 害
を指 す もの で あ る.こ れ らは,日 常 生 活 に お い て 大 きな 支 障 を も た ら し,患 者 のQOL(Quality
of Life,生 活 の 質)を 低 下 させ る が,一 見 して そ の 症 状 を認
識 す る こ とが 困難 で あ る こ とか ら,周 囲 に 十 分 な理 解 が得 られ に く く,適 切 な 援 助 が 受 け られ て い ない 患 者 も少 な くな い. ま た,高 次 脳 機 能 障 害 患 者 は,生 活 上 の 困 難 さや 情 動 コ ン トロ ー ル 能 力 の低 下 な ど に よ り,上 記 の 認 知 機 能 障 害 に加 え て,不 安,抑
うつ,イ
ラ イ ラ な どの
情 緒 的 問 題 を抱 え る こ とが 少 な くな い.こ の こ とか ら,近 年,高 次 脳 機 能 障 害 患 者 へ の 臨 床 心 理 学 的 ア プ ロ ー チ が 導 入 され る よ うに な っ て い る.こ の ア プ ロ ー チ は ,従 来 の作 業 療 法 的 リハ ビ リ テ ー シ ョン に加 え,患 者 の 生 活 へ の 統 制 感 向 上 や情 動 の コ ン トロー ル を ね らい と した 認 知 行 動 的 ア プ ロー チ を行 う もの で あ り,効 果 を あ げ て い る. た と え ば 長 尾 ら(2003)は,脳 て,対
外 傷 に よる高次脳 機能 障害患 者 を対 象 と し
人 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンの 改 善 や ス トレス コー ピ ン グ能 力 の 向 上 をね らい
と し た トレ ー ニ ン グ を 行 っ て い る.具 体 的 に は,生
活 上 の 「困 っ た こ と」 や
「イ ラ イ ラ した こ と」,「自 己 統 制 の つ き に くい こ と(わ か っ て い るが,な
かな
か 思 う よ うに で き な い こ と)」,「気 持 ち の コ ン トロー ル が むず か しい こ と」 な どを 題材 と した ロ ー ル プ レ イ場 面 を設 定 し,グ ル ー プ で 互 い に解 決 策 を考 え る と と もに,周
囲 の 人 に どの よ う な態 度 を とれ ば よ い か,あ
る い は,自 分 の気 持
ち を鎮 め る ため に どの よ うな 方 法 が 有 効 か な ど につ い て実 践 的 に 学 ぶ 内容 に な っ て い る.そ の 結 果,ト 社 会 的活 動,お
レー ニ ン グ を 受 け た患 者 は,問 題 解 決,記
よ び 生 産 性 が,ト
憶,発
話,
レー ニ ン グ を受 け て い な い 患 者 よ りも顕 著 に
向 上 した こ とが 明 らか に さ れ た. こ の よ う に,高 次 脳 機 能 障 害 患 者 に対 して,傷 害 さ れ た 認 知 機 能 に 対 す る リ ハ ビ リテ ー シ ョン に 加 えて,情 緒 的 な 問 題 や 生 活 上 の 問題 に 対 す る ケ ア を行 う こ とで,患 者 のQOL向
上 につ な が る こ とが 示 唆 され る.し か し,こ れ ら の ア
プ ロー チ が認 知 機 能 や 脳 機 能 に どの よ う な影 響 を及 ぼ す か に つ い て は あ ま り検 討 され て い な い.今
後,こ
の点 が 明 らか に され る こ とに よ っ て,高
次脳機能障
害 患 者 に対 す る 包 括 的 な 支 援 が 可 能 に な る と思 わ れ る. [利島
保 ・鈴木 伸一]
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8. 発達 と老化の神 経心理学
8.1 発 達神 経 心 理 学 とは
わ れ わ れ 人 間 は 一 般 的 に,胎 児 か ら乳 児 に か け て は母 親 とい う安 全 な 場 所 に 守 られ る よ う に して 育 つ.や
が て 言 葉 を覚 え,自
らの 意志 で さ ま ざ まな 場 所 へ
と活 動 す る よ うに な る.そ う して 周 囲 の 多 くの 人 々 との 交 流 が 生 活 の 中心 と な っ て い く.そ
うす る な か で 自 ら も子 を産 み,育
て,や
が て 老 い,い ず れ は 死 を
迎 え る.そ の 折 々 で,私 た ち は 私 た ち 自 身 を取 り囲 む環 境 に う ま く適 応 し,よ りよ い 人 生 を築 こ う とす る.加 齢 に 伴 っ て 生 じ る心 の あ り方 の 変 容 は,刻
々と
変 わ る周 囲 の 環 境 に,私 た ち の心 が 適 応 し よ う とす る は た ら きそ の も の を 表 し て い る とい え る だ ろ う. 発 達 神 経 心 理 学 は,受 精 直 後 か ら起 こ る脳 神 経 の 発 達 的 変 化 の 過 程 と,心 理 的 機 能,特
に 認 知,情 動 的 機 能 の 発 達 的 変 化 との 対 応 関係 を 明 らか にす る 分 野
で あ る.し た が っ て,脳 神 経 の健 常 な 発 達 ば か りで な く,染 色 体 異 常 や 発 達 途 上 の 脳 損 傷,さ
ら に老 化 に よ り生 じる 心 理 的異 常 や 疾 患 と脳 神 経 系 との 関 係 を
研 究 す る こ と も,こ の分 野 の 重 要 な 課 題 で あ る.ま た,発 達 神経 心 理 学 は,老 年 学,障 害 学,行
動 遺 伝 学 や 精 神 神 経 医 学,そ
門 分 野 との学 際 領 域 で あ る.こ の 分 野 は,さ 研 究 し て きた 神 経 心 理 学 が,遺
して 心 理 学 とい う さ ま ざ ま な専
ま ざ ま な発 達 的疾 患 に 伴 う 障 害 を
伝 子 解 析 や 脳 の は た ら き を画 像 化 す る 技 術 と出
会 う こ と に よ り著 しい 進 歩 を み せ た結 果,多 様 な研 究 領 域 と の結 び つ き を深 め た た め に生 ま れ た.し た が っ て,発 達 神 経 心 理 学 は,現 在 の とこ ろ 十 分 体 系 化 さ れ た もの とは い え ない が,種
々の 知 見 が 急 速 な勢 い で 蓄 積 さ れつ つ あ る神 経
心 理 学 分 野 と して 発 展 して い る.
8.2 心 の成 長 と 老化 の基 盤 と して の脳
●脳構造 の成長 身 体 を う ま く操 る,言 語 を使 用 す る,他 者 と上 手 に コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンす る な ど,生 物 と して の ヒ トの 行 動 は,脳 の は た ら きに よ って 実 現 され て い る.し た が っ て,ヒ
トの 心 の生 物 学 的 基 盤 とい う観 点 か ら,脳 神 経 の構 造 は心 の発 達
の 神 経 心 理 学 的 な理 解 とい う点 で重 要 な 意 味 を もっ て い る. ヒ トの 個 体 発 生 の な か で,脳 神 経 構 造 に比 較 的 大 規 模 な 変 化 が 訪 れ る の は, 乳 児期 ま で の 人 生 の 早 期 と,70歳
以 上 の 高 齢 期 に あ た る 人 生 の 最 後 期 で あ る.
特 に,人 生 の早 期 に あ っ て は,生 存 の た め に外 界 情 報 を早 い 時期 か ら得 る とい う点 か ら,視 覚 ・聴 覚 とい っ た知 覚 機 能 が 分 化 し,神 経 系 もそ の 機 能 に 関連 す る脳 領 域 の 神 経 系 が 分 化 して くる.ま た,人 生 の 最 後 期 で は,高 度 に分 化 した 認 知 機 能 が 次 第 に衰 退 し,そ の機 能 に 関 連 す る脳 領 域 の 神 経 系 が 衰 退 して い く の で あ る. 脳 神 経 構 造 の 長 期 的 な発 達 変 化 を 調べ た 研 究 に よ り,乳 幼 児 期 に シ ナ プ ス 数 が 増 加 し,思 春 期 以 降 に急 速 に減 少 して い くこ とが 知 られ て い る.人 間 の脳 構 造 の発 達研 究 の 先 駆 け で あ るハ ッテ ンロ ッ カー は,新 生 児 か ら90歳
まで21名
の脳 の剖 検 か ら,前 頭 葉 の 皮 質 中 に あ る シ ナ プ ス の 数 を 数 え た(Huttenlocher, 1979).そ
れ に よ る と,新 生 児期 に はす で に 成 人 並 み の 数 の シ ナ プ ス が 存 在 し,
乳 児期 で は 成 人 の1.5倍 の 数 の シナ プ ス が 形 成 さ れ るが,2∼16歳
の あいだ に
そ の 数 は急 速 に減 少 す る.し か し,16歳
を超 え る ま
で は 変 化 しな い.74歳
以 降 の シ ナ プ ス 数 は70歳
か ら90歳 に か け て,シ
ナ プ ス 数 は 再 び次 第 に減 少 す る
の で あ る.こ の 剖 検 結 果 は,胎 児 か ら乳 児 の あ い だ に,脳 内 で 劇 的 な 神 経 細 胞 の増 加 が 起 こ る こ とで,人 生 の最 初 に 冗 長 と もい え る ほ どの シナ プ ス が形 成 さ れ(過 形 成),や
が て 限 られ た 神 経 細 胞 だ けが 残 さ れ,そ
れ以外 は急速 に減少
して い くと い う シナ プ ス の 刈 り込 み 現 象 が 起 こ る,と 解 釈 さ れ て い る.そ の 後 の ハ ッテ ン ロ ッ カー の研 究 で は,聴 覚 野 にお い て生 後3ヵ
月 まで に シ ナ プ ス 数
が 最 大 に 達 し,12歳
覚野 で は過形成 の時
ご ろ ま で に 刈 り込 み が 終 わ る が,視
期 は 生 後8ヵ
月 ま で に起 こ り,刈
り込 み は 生 後3歳
ま で に終 わ る とい う よ う
に,皮 質 部 位 に よ り発 達 の ス ケ ジ ュー ルが 異 な る こ と も報 告 され て い る. 人 生 の 最 後 期 に起 こ る シ ナ プ ス の 減 少 に つ い て は,老 化 に よ っ て 生 じ る記 憶 や 認 知 機 能 の低 下 と結 びつ け て 考 え られ て い るが,人
生 の 初 期 に起 こる シナ プ
ス の 過 形 成 と刈 り込 み とい う現 象 が,適 応 機 能 の発 達 に どの よ うな は た ら き を して い るか につ い て は,ま だ 詳 し くわ か っ て い ない.レ ケ トン尿 症,ダ
ッ ト症 候 群 や フ ェニ ル
ウ ン症 な どの 染 色 体 異 常 児 や,在 胎 中 に 母 親 が 強 い ス トレス に
曝 さ れ た り,ア ル コー ル な ど薬物 の 影 響 を受 け た 乳 児 は,発 達 遅 滞 を伴 う こ と が あ る こ とが 知 られ て い る.こ の 発 達 遅 滞 の 原 因 と して,シ ナ プ ス の過 形 成 を 維 持 す る 機 能 を もつ 脳 内 生 体 ア ミ ンの 濃 度 が 低 下 して い る こ とか ら,シ ナ プ ス の 過 形 成 と刈 り込 み が 正 常 に起 こ ら な い と も い わ れ て い る(Okado,Narita,& Narita,2001).こ
の よ う な こ とを 考 え る と,心 の 発 達 に と っ て 脳 神 経 の シ ナ プ
ス の 過 形 成 と刈 り込 み は重 要 な意 味 を もつ と い え る.
● 脳 の 成 長 と臨 界 期 ソ ー ウ ェ ル ら は,7歳
か ら87歳
まで の176人
につい ての核磁 気共 鳴画像 法
に よ る脳 構 造 の イ メ ー ジ ン グか ら,加 齢 に よ る発 達 的 構 造 変化 は,皮 質 部 位 に よ っ て 異 な っ て い る こ と を 示 し て い る(Sowell,Peterson,Thompson, Welcome,Henkenius,&Toga,2003).視
覚 皮 質,聴 覚 皮 質,前
部 帯 状 回 は早 期
に髄 鞘 化 し,頭 頂 連 合 野 や 前 頭 連 合 野 の髄 鞘 化 が そ の あ と に起 こ り,言 語 機 能 を支 え る左 半 球 の 後 側 頭 皮 質 は,ほ か の皮 質 よ り も も っ と長 い期 間 をか けて 成 熟 しつ づ け る(髄
鞘 化 が 中 年 期 以 降 に 起 こ る)と,ソ
ー ウ ェ ル らは 述 べ て い
る.視 聴 覚 の よ う な基 本 的 な 知 覚 機 能 の神 経 基 盤 は,脳 内 で早 期 に つ く りあ げ られ る が,言 語 能 力 の よ うな 高 次 の 機 能 は,一 生 を か け て 次 第 に つ く りあ げ ら れ る の で あ る. ま た,神
経 形 成 の 普 遍 的 ス ケ ジ ュー ル か ら,「 臨 界 期 」 と よ ば れ る特 定 の 機
能 が 分 化 す る 限 られ た 期 間 が あ る とい わ れ て い る.視 覚 や 聴 覚 とい っ た 基 礎 的 機 能 の神 経 基 盤 は,前 述 の よ うに 早 期 に成 熟 す る こ とが わ か っ て い る.臨 界 期 の 存 在 は,ロ
ー レ ン ツ に よ り報 告 され た ガ チ ョウ の ヒ ナ の 刷 り込 み現 象 か ら発
見 さ れ た もの で あ る(Lorenz,1949).ガ
チ ョウ は,生
まれ て す ぐに動 く もの を
見 る と,そ れ につ い て 歩 く性 質 を も って い る.ロ ー レ ン ツ は,こ の 現 象 が 生 後 5∼24時
間 の あ い だ に だ け 起 こ る と述 べ て い る.ま
た ヒ ュ ー ベ ル と ウ ィー ゼ ル
の ネ コ を 対 象 と した 研 究(Hubel&Wiesel,1962)か
らは,生 後4∼20週
のあ
い だ に ま ぶ た を縫 い つ け る な ど して,片 方 の網 膜 か らの 電 気 信 号 が 届 か な い よ う にす る と,そ の 後 再 び まぶ た を 開 い て 電 気 信 号 が 届 く よ う に して も,1次 覚 野 の 神 経 細 胞 が,網
膜 か らの 信 号 に反 応 しな くな る こ と を示 した.同
視
様の研
究 は ブ レー クモ ア に よっ て も行 わ れ,こ の 期 間 に縦 縞 だ け を見 せ て 育 て た ネ コ は,視 覚 野 の 神 経 細 胞 が 縦 縞 だ け に 反 応 す る よ う にな り,横 縞 を無 視 して しま う よ う に な る こ と を報 告 し た(Blakemore&Cooper,1970). 動 物 だ け で な くヒ トにお い て も,人 生 初 期 に起 こる 脳 神 経 系 発 達 の ス ケ ジ ュ ー ル と関 連 して ,初 期 経 験 が 後 の 知 覚 機 能 を制 限 す る とい う現 象 が 報 告 され て い る.し か し,よ
り高 次 の認 知 機 能 につ い て,こ の よ う な 臨 界 期 の 存 在 が あ る
の か ど うか が よ くわ か っ て い な い.さ
らに,遺 伝 的 要 因 や 外 的 な 影 響 に よ り,
神 経 系 の発 達 ス ケ ジ ュ ー ルが どの よ う に逸 脱 す る の か に関 す る研 究 は,学 習 障 害 な どの 読 み 書 きや 発 話,計 算,社
会 情 緒 的 機 能 に障 害 を もつ 子 ど もや,広 汎
性 発 達 障 害 児 にお け る 認 知 発 達 の 特 殊 性 を理 解 す る う えで,今
後の成 果に大 き
な期 待 が 寄 せ られ て い る.
●脳の老化 他 方,脳 神 経 構 造 の 老 化 とそ の 適 応 機 能 へ の影 響 につ い て は,主 降 で起 こる 神 経 細 胞 の 減 少 に よ り,知 覚 機 能,ま
に70歳
以
た は記 憶 や 認 知 の 機 能 が 減 退
す る こ とが 数 多 く報 告 され て い る.通 常 の 老 化 過 程 は,感 覚 知 覚 処 理 に お け る 全 般 的 な 速 度 低 下 と,反 (Fozard,1985).こ
応 時 間 の 遅 れ が 代 表 的 か つ 顕 著 な もの で あ る
れ ら は,中 枢 神 経 系 で 生 じる 神 経 細 胞 の 減 少 だ け が 原 因 で
は な く,耳 や 目,皮 膚,舌,鼻
な ど感 覚 器 官 を構 成 す る細 胞 の 老 化 も影 響 を与
え て い る.細 胞 代 謝 の 有 限 回 数 を 示 したヘ イフ リ ック限 界 に代 表 さ れ る 「プ ロ グ ラ ム さ れ た 老 化 」 理 論 や,フ
リ ー ラ ジ カ ル な ど の 有 害 物 質 に よ り細 胞 や
DNAの
損 傷 を 原 因 とす る 「ま ち が い の 集 積 」 理 論 な どい くつ か の 仮 説 が あ る
が,老
化 の 原 因 は ま だ よ くわ か っ て い な い.し か し,人 間 は 一 定 の 年 齢(お お
よ そ110歳
ご ろ ま で が 限 界 と もい わ れ る)に 達 す る こ とで 新 陳 代 謝 に 滞 りが 生
じ,全 体 的 な細 胞 老 化 を迎 え る こ と は確 か で あ る.中 枢 神 経 系 に お け る老 化 の 影 響 は,「 病 的 な 老 化 状 態 」 と考 え ら れ る ア ル ツ ハ イ マ ー 病 な どの 痴 呆 症 状 を 呈 す る 高 齢 者 を 対 象 と した研 究 の な か で 行 わ れ て い る.
8.3 心 の 発 達 を支 える 脳
● 脳 機 能 か ら と ら え る心 の 発 達 過 去 数 十 年 に わ た る 発 達 心 理 学 の 成果 に よ り,ヒ
トの 個 体 発 生 にお け る機 能
的 な 側 面 につ い て,実 験 や 観 察 を通 じた研 究 か ら,そ の 分 化 の ス ケ ジ ュー ル に つ い て 多 くの 知 見 が 蓄 積 され て き た(杉 村 ・坂 田,2004).こ 究 は,外
れ までの発達研
界 に 存 在 す る 刺 激 を知 覚 す る 機 能 と,そ れ を土 台 と して 対 象 の概 念 を
把 握 す る機 能,ま い くの か,ま
た は 運 動 を制 御 す る 機 能 が 加 齢 に応 じ て どの よ う に発 達 して
た そ れ らの 機 能 と深 く結 び つ く言 語 や 概 念 操 作 の 機 能 が どの よ う
に 発 達 して い くの か とい っ た研 究 が 中心 的 で あ っ た. 心 の 発 達 と脳 機 能 の 関 連 は,前 述 した剖 検 や 形 態 的 脳 画 像 法 に よ る結 果 との 比 較 に よ り,大 ま か な 対 応 関 係 が わ か っ て きて い る.視 覚,聴
覚 刺 激 の 処 理,
運 動 の 制 御 に か か わ る1次 皮 質 が 人 生 の 初 期 に成 熟 す る こ と,こ れ らの機 能 を 土 台 とす る 高 次 概 念 の 発 達 と,低 次 の 刺 激 を統 合処 理 す る頭 頂 連 合 野,前 頭 連 合 野 の 発 達 ス ケ ジ ュ ー ルが 同期 して い る とい う事 実 が そ れ に あ た る. さ らに,こ
こ10年
間 で こ れ らの 研 究 に加 え,子
ど もの 脳 機 能 の 発 達 を調 べ
る た め の 新 しい 方 法 が 生 ま れ て い る.そ れ は覚 醒 状 態 で 活 動 す る 脳 を測 定 す る 多 チ ャ ン ネ ル 事 象 関 連 電 位 の測 定 や,近 赤 外 分 光 法 に よ る脳 血 流 イ メー ジ ン グ が 乳 幼 児 に対 して 行 わ れ る よ うに な っ た こ とが あ げ られ る.多 チ ャ ンネ ル 事 象 関 連 電 位 の測 定 に 関 して は,デ ハ ー ン らの グ ル ー プ に よ り,乳 児 の 顔 知 覚 処 理 の 神 経 基 盤 が 後 頭 葉 視 覚 皮 質 に お い て 発 達 す る ス ケ ジ ュ ー ル に つ い て検 討 して い る(た
とえ ば,de
Haan,Pascalis,&Johnson,2002).近
赤外線分光 法 による
脳 血 流 イ メー ジ ン グ に関 して は,乳 児 が 視 覚 刺 激 を注 視 して い る と きの視 覚 野 の 活 動(Taga,Asakawa,Maki,Konishi,&Koizumi,2003)や,乳 対 象(玩
具)の
児 が 隠 され た
永 続 性 を 保 持 し て い る 際 の 前 頭 葉 の 活 動(Baird,Kagan,
Gaudette,Walz,Hershlag,&Boas,2002)を
と らえ た も の な ど,こ れ まで 知 見
が 得 られ て い な か っ た 覚 醒 状 態 の乳 児 の 脳 の は た ら きが と らえ られ る よ うに な っ て きて い る. 覚 醒 状 態 に あ る乳 児 の イ メ ー ジ ン グ を行 う こ と に は,こ れ まで実 験 だ け で は わ か りに くか っ た乳 幼 児 の 認 知 過 程 に つ い て も検 討 す る こ とが 可 能 に な る とい う利 点 もあ る.ペ
ナ らは,新 生 児 に 母 国 語 の言 語 音 とそ れ を逆 回 し に再 生 した
音 を 聞 か せ た と き,母 国 語 の 言 語 音 に 対 して の み,左 半 球 で 有 意 に 大 き な血 流 の 増 加 が み られ た こ とを 報 告 した(Pena,Maki,Kovacic,Dehaene-Lambertz Koizumi,Bouquet,&Mehler,2003).ま
,
た1歳 以 下 の 乳 児 が,母 親 ま た は 見 知
らぬ 他 者 と顔 と顔 を 向 き合 わ せ た相 互 作 用 を行 っ て い る と き,見 知 らぬ 他 者 に 対 して右 半 球 の 後 頭-頭 頂 領 域 で 有 意 に 大 き な 血 流 増 加 が み られ る こ と を観 察 した 研 究(Kondou, Toshima,&Hashimoto,2004)な
ど も報 告 さ れ て い る.
この よ う に,刺 激 に 対 す る皮 質 処 理 の 変 化 とい う観 点 か ら観 察 す る こ とで, 行 動 観 察 だ け で は わ か りに くい 乳 児 の心 の 状 態 を脳 機 能 イ メー ジ ング に よ り解 明 す る こ とが で き る.こ
う した研 究 は,い
まだ 数 と して は 多 くない が,今
後こ
の よ う な知 見 が 蓄 積 され る こ とで,発 達 心 理 学 の 知 見 と脳 科 学 の さ らな る融 合 に よる,発 達 神 経 心 理 学 の 発 展 が 期 待 さ れ て い る.
● 進 化 心 理 学 と社 会 脳 発 達 心 理 学 の研 究 史 に お い て,ヒ
トの 能 力 の 個 人差 を説 明 す る要 因 は 「遺 伝
か 環 境 か 」 と い う議 論 が 盛 ん に 行 わ れ た 時期 が あ る.こ の議 論 は,や が て 両 者 の 相 互 作 用 に よ っ て個 人 差 が 説 明 され る とす る 相 互 作 用 説 に至 り,い っ た ん は 落 ち着 き をみ せ た.そ の 後,人
間 の 適 応 機 能 の 発 達 が,生
得性 と環 境 の影 響 の
組 み 合 わ せ か ら,ど の よ う に実 現 され る の か とい う客 観 的証 拠 を 求 め る方 向 に 研 究 的 関心 が 向 き,行 動 生 物 学 や 行 動 遺 伝 学 と よば れ る分 野 か らの 知 見 が 発 達 心 理 学 に 取 り入 れ られ る よ うに な っ て きた.そ
れ が 今 日の 心 理 学 分 野 と し て,
適 応 的 な心 の は た ら きを 客 観 的 に理 解 し よ う とす る 進 化 心 理 学 とい う形 で そ の 学 問 的 地 位 を 得 る よ う に な っ た.進
化 心 理 学 は,「 ヒ トの 心 の メ カ ニ ズ ム は 進
化 の 産 物 で あ る」 と い う考 え に も とづ き,ヒ ロ ー チ で あ る.ヒ
トの 心 の 適 応 機 能 を 理 解 す る ア プ
トの 身体 構 造 は進 化 に よ っ て 獲 得 され た も の で あ り,そ の 身
体 器 官 の ひ とつ で あ る脳 も また 例 外 で は ない.と
す れ ば,心
の適 応 機 能 を構 成
す る下 位 機 能 の基 本 単 位 は,特 定 の 適 応 問 題 を解 決 す る た め に重 要 で あ っ た機 能 が 淘 汰 を く ぐ り抜 け残 存 した もの で あ る と定 義 す る こ とが で きる(長
谷川 ・
長 谷 川,2000). この よ うな 考 え 方 に も とづ い た 近 年 の 発 達 心 理 学 は,「 基 礎 的 な五 感(見 聞 く,味 わ う,嗅
ぐ,さ わ る ・痛 む)に
る,
も とづ い て 外 界 の 認 知 的 世 界 を構 成 す
る」,「身 体 の 運 動 を コ ン トロー ル す る」,「言語 を操 る」,ま た 「抽 象 的 な概 念 を操 作 す る 」 とい っ た 認 知 機 能 の 要 素 に 関す る 理解 か ら,そ れ らの 要 素 を 組 み 合 わせ た,「 食 物 を 得 る 」,「外 敵 や 災 害 に よ る 危 機 か ら逃 避 す る また は 対 決 す る」,「他 者 と コ ミュ ニ ケ ー シ ョンす る」 とい っ た 認 知 機 能 の 目的 論 的 な 理 解 をす る よ う に な っ た. 特 に,ヒ
トにお け る 他 者 との コ ミュ ニ ケ ー シ ョンの 複 雑 さは,ヒ
物 に は例 をみ な い ほ どで あ る.あ と きに は,社
ト以 外 の 生
る一 人 の 人 間 が 「適 応 的 で あ る」 とい わ れ る
会 の 中 で の 他 者 との コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンが 円滑 に行 わ れ て い る状
態 を指 す と い っ て も間 違 い は ない だ ろ う.対 人 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン機 能 に関 し て,適 応 機 能 を考 え る う え で 重 要 な 機 能 に つ い て の 仮 説 が 提 示 さ れ,そ の 神 経 基 盤 が こ こ10年
ほ ど で 検 討 され は じめ た.そ
れ は 「心 の 理 論 」 と よ ば れ る,
他 者 の 行 為 の背 景 にあ る意 図 を読 み とる 能 力 とそ の 神 経 基 盤 につ い て の 研 究 で あ る.プ
レマ ッ ク と ウ ッ ドラ フ は,チ
ンパ ンジー な どの霊 長 類 が,自
分 よ り上
位 の チ ンパ ンジ ー が 近 くに い る と きに は,エ サ を横 取 り され な い よ う にエ サ か ら 目 を逸 らす 欺 き行 動 を 行 う こ とを 報 告 し,他 者 の意 図 や 知 識,信
念 な ど の心
的 な状 態 を推 測 す る こ とが で き る 能 力 で あ る 「心 の 理 論 」 の 存 在 を提 言 した (Premack&Woodruff,1978). ヒ トで ほ か の 霊 長 類 と比 較 して と りわ け大 き く発達 して お り,系 統 発 生 的 に 最 も新 しい 領 域 で あ る前 頭 前 皮 質 は,心
の理 論 と,情 動 を制 御 す るた め の 機 能
に深 くか か わ っ て い る とい わ れ て い る.情 動 を制 御 す る前 頭 前 皮 質 機 能 と し て,優 勢 な 反 応 を抑 制 し,ほ か の 適 切 な 反応 をす る とい う,実 行 機 能 の ひ とつ が あ げ られ る.心
の 理 論 課 題 で は 目 の前 の 現 実 とい う優 勢 な もの を無 視 して,
よ り非 現 実 的 な心 的表 象 を選 ぶ こ と を求 め られ る とい う点 で,実 行 機 能 と心 の 理 論 に は相 関 が あ る(Carlson,Moses,&Breton,2002).後
述 す る自閉症の研
究 で は,自 閉 症 児 が心 の 理 論 課 題 に特 に大 きな 困 難 を抱 え る こ とが 知 られ て い
る.ま
た 情 動 を 司 る辺 縁 系 皮 質 と前 頭 前 野 の 神 経 連 絡 に損 傷 が 起 こ った と き,
短 絡 的 な 情 動 に左 右 さ れ る 行 動 が 増 え る こ と は よ く知 られ て い る が,同 様 の 損 傷 に よ り,自 閉症 に類 似 した 心 の 理 論 課 題 の 失 敗 が 観 察 され る.さ
らに,前 頭
前 野 の病 的 老 化 に よ る神 経 脱 落 を生 じた痴 呆 症 例 で は,情 動 抑 制 が 弱 ま る こ と に よ る と考 え られ る感 情 の 爆 発 や,わ が 道 をい く行 動,他
人 に対 す る無 頓 着 さ
が み られ る. 前 頭 前 野 の 司 る 高 度 な機 能 で あ る 心 の 理 論 と実 行 機 能 は,複 雑 な 社 会 的 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンの 存 在 が 脳 を急 速 に進 化 さ せ た と い う仮 説 で あ る社 会 脳 仮 説 (Dunbar,1998)と
の か か わ りで しば しば 論 じ られ る.こ
の よ う な考 え 方 は,
わ れ わ れ が 「適 応 的 で あ る こ と」 を考 え る と き に,人 間 の 適 応 の た め に は何 が 生 態 学 的 ・進 化 的 な 妥 当性 を もっ た 機 能 で あ る と考 え られ る のか,と
い う有 効
な 視 点 を提 示 して くれ る だ ろ う.
8.4 脳 機 能 の 障 害 と発 達
● 発 達 障 害 と脳 機 能 の 関 係 ア ス ペ ル ガ ー 症 候 群,ウ
ィ リア ム ズ症 候 群,注
意 欠 陥 障 害 や 学 習 障 害 な ど,
発 達 的 に特 有 の 認 知 機 能 障 害 を 抱 え る 人 々が い る こ とが 知 ら れ て い る.こ た 障 害 の 原 因 は,い
ま だ 特 定 さ れ て い な い もの も多 い が,遺
うし
伝的 な要 因に よ
り,脳 神 経 構 造 の 発 達 に特 有 の 傾 向 を もつ こ とが 明 らか に さ れつ つ あ る.こ よ う な障 害 と脳 の発 達 の 関 連 を 調べ る こ と は,あ
の
る脳 神 経 構 造 が どの よ う な適
応 機 能 を実 現 して い るの か とい う観 点 か ら,障 害 の 理 解 と臨 床 に 有 益 な 情 報 を 与 え て くれ て い る.特
に,発 達 的 に 知 的 な 機 能 の 低 下 を伴 う障 害 の なか に は,
特 定 領 域 の 認 知 ・適 応 機 能 に選 択 的 に 障 害 を もつ も の が あ り,こ う した 発 達 的 乖 離 と考 え られ る 障 害 と脳 機 能 の 関 係 に つ い て 強 い 関心 が 寄 せ られ て い る.脳 機 能 の 発 達 障 害 と考 え られ る い くつ か の 障 害 に つ い て 以 下 に説 明 す る.
● 自 閉 症 ス ペ ク トラ ム 障 害 自閉 症 は 広 汎 性 発 達 障 害 の 一 部 で あ り,疫 学 的 に は1,000人 た 男 児 に 多 く発 症 す る 障 害 で あ る.3歳
に1人 程 度,ま
前 後 の 幼 少 時 か ら,非 言 語 的 な対 人 コ
ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンや,他
者 との 会 話 を 通 じた意 思 伝 達 に障 害 が あ り,ま た行 動
や 興 味 関心 に 強 い こ だ わ りが あ る こ とが 特 徴 と して あ げ られ る.ま た そ の ほ か の 障 害 と し て,視 や,感
空 間 的 能 力 障 害(「 こ こ,そ
覚 運 動 障 害(手
先 の 不 器 用 さ),音
こ」 とい っ た 空 間 的 位 置 取 得)
や 光,触 覚 な どへ の 感 覚 過 敏 が み ら
れ る場 合 もあ る. 自 閉 症 は カ ナ ー が 最 初 に提 唱 した 障 害 で あ り(Kanner,1943),前 に 加 え て 知 的 障 害(IQ70以
下)を
述の特 徴
伴 う もの は カ ナ ー ・タ イ プ ま た は 低 機 能 自
閉 症 と よ ばれ る.そ れ に対 しア ス ペ ル ガ ー症 候 群 は,言 語 的 な能 力 や 知 能 に 遅 滞 が み られ な いが,非
言 語 的 な対 人 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンに 困 難 を抱 え る とい う
形 態 を 指 し(Asperger,1944),カ ば れ る(た
ナ ー ・タ イ プ と対 比 して 高 機 能 自 閉症 と も よ
だ し,視 空 間 認 知 と言 語 的 機 能 の 様 相 の違 い に 注 目 して,ア ス ペ ル
ガ ー と高 機 能 自閉症 を区 別 す る研 究 者 もい る). 非 言 語 的 な対 人 コ ミュニ ケ ー シ ョ ンで は,他 者 へ の 関 心 が 弱 く,ま た 視 線 を 合 わせ る こ と,目 配 せ や 表 情,身 抱 え る.ま
た ごっ こ遊 び,物
振 り,姿 勢 か ら意 図 を 読 み と る こ とに 困 難 を
まね 遊 び な どの 社 会 的 な 模 倣 が み られ な い.こ
う
した 非 言 語 的 な コ ミュニ ケ ー シ ョ ンの 問 題 は,前 述 の 「心 の 理 論 」 の 障 害 と し て 注 目 され て い る.言 語 的 な 意 思 伝 達 で は,会 話 に よ り ス ムー ズ な 相 互 の 意 思 伝 達 が 難 し く,特 に 「お う む 返 し」 と よば れ る 反 復 言 語 が 特 徴 的 に 生 じる.行 動 上 の こ だ わ りで は,身 体 を 前 後 に揺 す っ た り,く る く る と 回 り続 け た り,飛 び跳 ね た り とい った 行 動 を続 け る常 同 行 動 が み られ る.ま
た行 動 ス ケ ジ ュ ー ル
や もの の 並 べ 方,特 定 の 色 や 形 の もの に 強 い こ だ わ りを もつ こ とが あ る.後 述 す る ア スペ ル ガー 症 候 群 の よ う に,こ
う し た 障害 の 状 態 は連 続 して は い て も人
に よっ て さ ま ざ ま な様 相 が あ る.そ の た め そ う した 多 様 性 は 自閉症 ス ペ ク トラ ム 障 害 と よば れ て い る(Wing,1997). こ う した 自閉 症 スペ ク トラム 障 害 者 の 脳 構 造 に は 以 下 の よ うな特 異 性 が あ る こ とが 知 られ て い る.剖 検 で は,12歳 も重 い が,18歳
以下 の 自閉症児 の脳重量 が健常 児 よ り
以 上 で は軽 くな る 傾 向 が あ る こ とや,辺 縁 系 で 異 常 に 小 さ く
密 度 の 高 い 神 経 細 胞 が み られ る こ と(Kemper&Bauman,1998)が い る.ま
た ア ベ ル ら は,高 機 能 自閉 症 者 の 構 造 的MRI検
示 唆 され て 査 か ら,扁 桃 体 を 中
心 と した辺 縁 系 ネ ッ トワ ー ク にお い て,帯 状 溝 と下 前 頭 回 に 灰 白質 の 減 少 が み
ら れ,扁
桃 体 周 辺 皮 質 と 中 側 頭 回,下
側 頭 回,そ
して 小 脳 に は 灰 白質 の増 加 が
み ら れ た こ と を 報 告 し た(Abell,Krams,Ashburner,Passingham,Friston, Frackowiak,Happe,Frith,&Frith,1999).扁 ン=コ
ー エ ン ら の 機 能 的MRI研
桃 体 周 辺 ネ ッ ト ワ ー ク は,バ 究 に よ り,目
お い て 健 常 者 で は 活 性 化 が み ら れ た が,自
ロ
つ きか ら感 情 を 読 み とる 課 題 に
閉 症 者 で は 活 性 化 が み られ なか っ た
部 位 で あ る(Baron-Cohen,Ring,Wheelwright,Bullmore,Brammer,Simmons, &Williams,1999).辺
縁 系 は パ ペ ッ ツ(Papez,J.W.)が
た 部 位 で あ り,こ
情 動 回路 と して 指 摘 し
の 部 位 と 前 頭 前 野 と の 切 断 は 自 閉 症 に 類 似 し た 症 状(「 心 の
理 論 課 題 」 に 失 敗 す る)に
つ な が る こ と が 知 ら れ て い る(Happe,Malhi,&
Checkley,2001).
● ウ ィリアムズ症候群 ウ ィ リ ア ム ズ 症 候 群 は 第7染 よ り生 じ る 症 候 群 で あ る.当
色 体 か ら20個 初,大
ほ ど の遺 伝 子 が 欠 損 す る こ と に
動 脈 弁 上 部 狭 窄 症 と い っ た心 臓 血 管 異 常
(Williams,Barratt-Boyes,&Lowe,1961)が
注 目 さ れ た が,そ
の 後 の研 究 か ら
ウ ィ リ ア ム ズ 症 候 群 の 患 者 は 言 語 と空 間 認 知 の 機 能 に 特 有 の 傾 向 を も つ こ と が わ か り,こ は,以
の 点 で 近 年 特 に 注 目 さ れ て い る.具
下 の よ う な 認 知 的 特 徴 を もつ こ と が 報 告 さ れ て い る.
IQは30∼80程 声 色,強 で,音
弱,語
度 と全 般 的 に 低 い が,発
話 が 非 常 に 流 暢 で,物
語の説明 では
調 な ど を 変 え て 豊 か に 表 現 す る こ とが で き る.ま
た聴覚が鋭敏
楽 能 力 が 非 常 に 優 れ て い る こ とが 多 い.そ
障 害 が み ら れ,た
大 き な 文 字 を提 示 し,音 で き る が 全 体(大
の 反 面,視
空 間 的 な認 知 に は
と え ば ゾ ウ や 人 間 の 絵 を 模 写 さ せ る と ほ と ん ど形 を な さ な い
よ う な 線 を 描 く程 度 で あ り,compound
で は,先
体 的 に は ウ ィ リア ム ズ症 候 群 で
letter task(小
読 ・模 写 さ せ る 課 題)で
き な 文 字)は
認 識 で き な い.こ
さな 文 字 で 構 成 され た
は 部 分(小
さ な 文 字)は
認識
の よ うに ウ ィ リア ム ズ 症 候 群
天 的 に右 半 球 の 脳 損 傷 で み られ る よ うな乖 離 を示 す 疾 患 と して 注 目 さ
れ て い る. こ う し た 視 空 間 認 知 障 害 は,第7染
色 体 上 に あ るLIM-kinase
損 が 関 係 して い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ て い る(Frangiskakis
1遺 伝 子 の 欠
et al.,1996).こ
伝 子 は 発 生 初 期 の 脳 神 経 系 の 構 築 に か か わ る 遺 伝 子 と い わ れ る が,こ
の遺
う した 遺
伝 子 を 含 ん で い て も 認 知 障 害 を 伴 わ な い 症 例 報 告 や,ほ い る と い う 報 告 も あ り,障
か の 遺 伝 子 が 関 与 して
害 と 原 因 遺 伝 子 の 関 係 は ま だ よ く わ か っ て い な い.
ま た 認 知 機 能 の 違 い に 寄 与 す る 脳 構 造 と し て は,神
経 解 剖 学 的 知 見 か ら,中
心 溝 背 側 が 通 常 よ り短 い こ とが 知 ら れ て い る(Galaburda,Schmitt,Atlas,Eliez, Bellugi,&Reiss,2001).さ
ら に,小
脳 が 通 常 よ り も 大 き い 点 が 知 ら れ て お り,
小 脳 が 運 動 だ け で は な く認 知 機 能 に も か か わ る こ と が 近 年 示 唆 さ れ て い る こ と か ら,こ
の 点 に 注 目 す る 研 究 者 も い る(た
と え ば,永
田,2004).
● 注 意 欠 陥 障 害 と多 動 注 意 欠 陥 多 動 性 障 害(attention 不 注 意 や 多 動,衝
動 性 を 特 徴 と す る 障 害 で あ る(多
ば れ る こ と も あ る).幼 な く,ケ
少 時 か ら発 症 し,特
ア レ ス ミ ス が 多 く,集
適 切 な 行 動 を と る(た ど)こ
deficit hyperactivity
動 が な い も の はADDと
に 男 児 に 多 い.異
話 に 割 り込 ん だ り,ゲ
よ
常 に落 ち 着 きが
中 し て ひ と つ の 作 業 を 行 え ず,ま
と え ば,会
と が あ る た め,学
disorder:ADHD)は,
た衝 動 的 に不
ー ム の じゃ ま をす る な
校 や 家 庭 生 活 を 営 む の に 大 き な 問 題 と な る.無
関係 な
情 報 処 理 や 行 動 の 抑 制 と 系 統 立 っ た 行 動 の 執 行 に 問 題 が あ る こ と か ら,実
行 機
能 に 障 害 を も つ. ADHDの
原 因 は 低 出 生 体 重,鉛
ス ト レ ス,栄 な い.し
な ど の 有 害 物 質,ネ
グレ ク トや 虐 待 に よ る
養 状 態 な ど さ ま ざ ま な も の が あ げ ら れ て い る が,よ
か し 家 族 性 が あ る こ と か ら,遺
ま た 中 枢 神 経 刺 激 薬(塩
くわ か っ て い
伝 的 な 要 素 が あ る と も い わ れ て い る.
酸 メ チ ル フ ェ ニ デ ー トな ど)に
よ る ドー パ ミ ン や ノ ル
エ ピ ネ フ リ ン の 増 加 が 症 状 の 改 善 に 効 果 を も つ こ と が よ く 知 ら れ て い る. ADHD児 1997),お
は 右 前 頭 葉 と 線 条 体 を 含 む 大 脳 基 底 核 ネ ッ ト ワ ー ク(Filipek よ び 小 脳(Castellanos
et al.,2002)に
異 常 を もつ と い わ れ,特
者 は ドー パ ミ ン を 介 し た 注 意 メ カ ニ ズ ム の 神 経 基 盤 で あ る こ と か ら,こ の 機 能 不 全 がADHD児
et al., に前 の領域
の 示 す 障 害 に 関 与 し て い る と考 え られ る.
● 学習 障害 学 習 障 害(learning が,聞
く,話
す,書
disabilities:LD)は,全 く,計
算 す る,推
体 的 な知 能 に遅 れ は み られ な い
論 す る とい っ た 学 習 に 関 係 す る能 力 に著
しい 困 難 を抱 え る 障 害 で あ る.DSM-Ⅳ(精
神 障 害 に 関 す る統 計 的 診 断 基 準 ・
第 四 版)に
よ る 医 学 的 定 義 で は,学
は 読 み,書
き,計 算 の 障 害 の み を そ の 定 義 に含 ん で い る.ICD-10(疾
び 関 連 保 健 問 題 の 国 際 統 計 分類)で
習 障 害(こ
の 場 合 はLearning
も同 様 だ が,IQが70以
Disorder) 病およ
上 の場 合 は学 習 障
害 に は含 め な い と して い る.こ れ に対 しル ー ケ と ドッ トは非 言 語 性LDと 概 念 を提 唱 し,視 空 間的 能 力,左 右 の 協 調 運 動,社 え る こ と に よ るLDの
いう
会 情 緒 的 ス キ ル に困 難 を 抱
存 在 を強 調 して い る(Rourke&Del
Dotto,1994).障
害
の 原 因 と な る部 位 は そ の 内 容 に よ り異 な り,ま た 明確 に は 特 定 さ れ て い な い こ と も多 い が,感 覚 器 の 障 害 な ど末 梢 性 の 障 害 で は な く,中 枢 神 経 系 に な ん らか の 障 害 を も っ て い る こ と を前 提 と して い る.
8.5 発 達 の神 経 心 理 学 的 評価(発 達検 査)
●乳幼児 の発達診断 運 動,探
索 ・操 作,社
会,食
事,生
活 習 慣,言
わ れ る 検 査 と し て 乳 幼 児 精 神 発 達 診 断 法(津 手 の 運 動,基
本 的 習 慣,対
人 関 係,発
語,言
守 式)が
あ り,同
様 に 移 動 運 動,
語 理 解 を検 査 す る もの と して 遠 城
寺 式 乳 幼 児 分 析 的 発 達 検 査 法 が 用 い られ る.そ び0∼4歳8ヵ
語 の 発 達 を把 握 す る た め に行
れ ぞ れ 適 用 年 齢 は0∼7歳
お よ
月 で あ る.
● 自 閉 症 ス ペ ク トラ ム の 診 断 親 へ の 面 談 に よ っ て 自 閉 症 児 を 診 断 す る 方 法 と し て,ロ れ たADI(Autism
Diagnostic
Interview-Revised,自
(Lord,Rutter,&Le
Couteur,1994)が
用 い ら れ る.ま
閉 症 診 断 面 接 法 改 訂 版) た,一
た 自 閉 傾 向 を 測 定 す る た め の 自 己 記 入 式 検 査 と して,バ 成 し(Baron-Cohen
et al.,2001),若
閉 症 ス ペ ク ト ラ ム 指 数(Autism-Spectrum
林 ら(2004)が
ー ド ら に よ り作 成 さ
般 成 人 を対 象 と し
ロ ン=コ
ー エ ン らが 作
日本 語 版 を作 成 した
Quotient:AQ)」
「自
が あ る.
●WPPSI,WISC-Ⅲ 3歳10ヵ
月 ∼7歳1ヵ
月(WPPSI),5歳
∼16歳11ヵ
月(WISC-Ⅲ)を
対
象 とす る ウ ェ ク ス ラー 式 知 能 検 査.言
語 性 知 能 お よび 動 作 性 知 能 に対 応 す る
13種 類 の 下 位 検 査 を 実 施 す る こ とで,対
象 児 の 知 能 が 領 域 ご と に形 づ くる 個
人 内 プ ロ フ ィー ル を 査 定 す る こ とが で き る.特 定 領域 の 発 達 の 遅 れ を測 定す る こ とが で き るた め,LDの
査 定 に も用 い られ る.
●PRS PRS(The R.)に
Pupil Rating Scale Revised)は,マ
よ っ て 作 成 され たLDお
検 査 で あ る.言 語 的 能 力,視 意,そ
よ びADHD児
イ ク ル バ ス ト(Myklebust,H. の ス ク リ ー ニ ン グ に用 い られ る
空 間 的 能 力,運 動 と感 覚 の 協 調,社
会 的 能 力,注
して 実 行 機 能 に障 害 が あ る か 否 か を査 定 す る こ とが で き る.
8.6
脳 の老 化 と心理 機 能
● 心 理 的機 能 の 衰 退 老 化 に よ り,感 覚 お よび 知 覚 機 能,記 憶 や 学 習 と い っ た 認 知 機 能,そ
して 性
格 特 性 や 動 機 づ け な ど,わ れ わ れ の 心 の 適応 機 能 に は多 様 な変 化 が 生 じ る.し か し,高 齢 に達 した と きに 生 じる脳 機 能 の 変 化 を一 般 化 す る研 究 に は 大 き な困 難 が 伴 う.そ れ は,あ る 高 齢 者 群 が 特 定 の 適 応 機 能 を示 した と して も,そ れが どの よ う な過 程 を経 て 生 じた もの な の か を 検 討 す る こ とが 非 常 に 難 しい た めで あ る.加 齢 が 進 む ほ ど,適 応 機 能 の あ り方 に は,あ 文 化 社 会 的 環 境 ・食 生 活 を含 む成 育 環 境 要 因,そ
る 個 人 の 遺 伝 的 な要 因 や,
して神 経 系 の もつ 生 理 的 な老
化 や 健康 状 態 の 要 因 な ど多 数 の 要 因が 絡 み 合 う よ う に な る.つ
ま り,年 を経 る
ほ どに 個 人差 が 大 き くな り,普 遍 的 な 老 化 の モ デ ル を 立 て る こ と は非 常 に難 し い. しか し,近 年 の脳 画 像 化 技 術 の 進歩 か ら,老 化 に よ っ て生 じ る特 定 の脳 部位 の 変 化 と認 知 機 能 の 変 化 を 関 連 づ け て 論 じ る こ と が で きる よ う に な っ て き た. 特 に,高 齢 期 に生 じや す い,中 枢 神 経 系 の 「病 的 に 進 ん だ老 化 現 象 」 で あ る痴 呆 の 研 究 か ら,認 知 機 能 と神 経 細 胞 の 脱 落 の 関係 に つ い て,多
くの知 見 が 得 ら
れ て い る.こ の 節 で は,痴 呆 を 中 心 と した 脳 神 経 系 の 変 化 とそ れ に伴 う認 知 機 能 の 変 化 に つ い て紹 介 す る.ま た2004年12月24日
付 で,「 痴 呆 」 とい う名 称
を 「認 知 症 」 と改 め る とす る厚 生 労 働 省 の通 知 が 行 わ れ た が,現 時 点 で は 法 律 の 改 正 が 行 わ れ て お らず,ま
た,い
ま だ こ の 名 称 が 一 般 化 して い な い(医 学 分
野 で は 引 き続 き 「痴 呆 」 が 使 用 さ れ る).し
た が っ て 混 乱 を避 け る た め に 本 章
で は旧来 の 「 痴 呆 」 とい う用 語 を使 用 す る.
● 痴 呆 の 種 別 と病 態 痴 呆 と は,正 常 な発 達 過 程 を経 て い っ た ん 獲 得 され た 知 能 や 認 知 機 能 が 後 天 的 に失 わ れ,社
会 生 活 に適 応 す る こ とが 難 し くな っ た状 態 が 持 続 的 に 生 じる こ
と を い う.後 天 的,と い う点 で発 達 遅 滞 とは 異 な っ て い る.症 状 的 に は,記 憶 障 害(病
的 な も の 忘 れ)と
見 当識 障 害(い
つ,ど
こ とい っ た 認 識 の 障 害),判
断 力 の 低 下 を 中核 症 状 と し て,不 安 や 抑 う つ,幻 覚 や妄 想(代 表 的 に は もの 盗 られ 妄 想),俳
徊,異
食 や 過 食 と よ ば れ る 食 行 動 異 常,社
会 的 行 動 ・人 格 の 異
常 とい っ た 周 辺 症 状 を 呈 す る こ とが あ る. 発 症 の 原 因 は さ ま ざ まだ が,基
本 的 に は脳 を構 成 す る神 経 細 胞 が 減 少(脱
落)す る こ とに よ っ て 生 じ る.痴 呆 の 原 因 とな る 疾 患 と して は,ア ル ツハ イ マ ー型 痴呆 ,前 頭 側 頭 型 痴 呆(ピ ック 病 を 含 む),パ ー キ ン ソ ン病,ハ ンチ ン ト ン病 な どの 脳 神 経 系 を構 成 す る 細 胞 の 変性 に よ っ て 生 じる疾 患 と,脳 血 管 の梗 塞 に よっ て 脳 細 胞 が 壊 死 して 生 じる脳 血 管 性 痴 呆 の2種 類 が 代 表 的 で あ る.そ れ ぞ れ の 型 に応 じて 呈 す る症 状 に は特 徴 が あ る.
● ア ル ツ ハ イ マ ー型 痴 呆 ア ル ツ ハ イマ ー型 痴 呆 は,現 在痴 呆 の 原 因 と して 中心 的 と考 え られ て い る疾 患 で あ る.典 型 的 な ア ル ツハ イ マ ー 型 痴 呆 患 者 の 脳 で は,神 経 細 胞 線 維 が 変 質 して 絡 ま る 神 経 原 線 維 変化 が 起 こ っ て い る こ と,老 人斑(β タ ンパ ク 質 の 蓄 積)が
ア ミロ イ ドとい う
み られ る こ と,神 経 細 胞 死 に よ る脳 の 萎 縮 が 起 こ っ て い
る こ とが 特 徴 と して あ げ られ る.男 性 と比 較 して 女 性 で発 症 率 が 高 い.進 行 過 程 と して は,ま
ず 海 馬 領 域 を 含 む側 頭 葉 内 側 部 に 病 変 が 生 じ,そ の 後,側
葉,頭
頭 葉 と進 行 して い く.病 変 の 進 行 部 位 に 対 応 して,記
頂 葉,後
(海 馬 周 辺),意
味 記 憶 の 障 害(側
頭 葉),視
空 間認 知 の 障 害(頭
頭
銘障 害
頂 葉)と
機能
低 下 が 進 む.最 終 的 に は,病 変 は前 頭 葉(判 断 力 の 障 害,易 怒 性 な ど抑 制 機 能
の低 下 な ど)に 及 び,皮 質 全 体 が 萎 縮 す る形 と な る.こ う した 過 程 は5∼10年 を か け て 徐 々に進 行 す る と い わ れ るが,進
行 にか か る期 間 に は 大 きな 個 人 差 が
あ り,何 が 進 行 の遅 速 に影 響 して い る の か に つ い て は わ か っ て い な い こ とが 多 い.
●前頭側 頭型痴呆 前 頭 側 頭 型 痴 呆 は,脳 の 後 方 優 勢 に神 経 細 胞 の 変 性 が 進 む ア ル ツハ イマ ー 型 痴 呆 と は対 照 的 に,前 頭 葉 と側 頭 葉 の 神 経 変性 が 主 に起 こ る 障 害 で あ る.ア
ル
ツ ハ イマ ー 型 痴 呆 で 初 期 に み られ る記 憶 障 害 や 視 空 間性 の 障 害 は,こ の タ イ プ の痴 呆 の 初 期 で は あ ま り目立 た な い.逆
に特 徴 的 な障 害 と して,実 行 機 能 の低
下 と言 語 使 用 に か か わ る特 徴 的 な 障 害 が あ げ られ る.ピ
ッ ク病 は こ の タ イ プ の
痴 呆 に 含 まれ る. 実 行 機 能 に は,非 言 語 的 な作 業 記 憶,心 動 ・動 機 づ け ・覚 醒 水 準 の調 節,新 が 含 ま れ る(Barkley,1997).い
の 中 で の発 話(内
言)の
生 成,情
しい 行 動 系 列 の再 構 成,と い う4つ の 機 能
ら だ ち ・焦 燥 ・興 奮 が 起 こ りや す くな り,攻
撃 性 が 高 ま る と い っ た性 格 変 容 が 生 じ る こ とや,症 状 に つ い て の 自覚 が な く, 口 唇 傾 向(何 で も口 に運 ぼ う とす る),常 繰 り返 し動 か し続 け る),保
続(同
同 傾 向(目 的 な く体 の 一 部 や 全 体 を
じ概 念 に 固着 して し まい,新
しい 概 念 に切
り替 えが で きな い)が 初 期 か ら出 現 す る 症 状 が み られ る こ とが 実 行 機瀧 の 障害 を 示 して い る.前 頭 側 頭 型 痴 呆 と ア ル ツハ イマ ー型 痴 呆 との 区 別 は剖 検 以 外 で は 非 常 に難 しい が,こ は,ア
の 口 唇 傾 向 と情 動 傾 向,そ
して 保 続 の 早 期 か らの 出現
ル ツハ イマ ー 型 痴 呆 との鑑 別 に とっ て 重 要 で あ る とい わ れ て い る
(Miller,Ikonte,Ponton,Levy,Boone,Darby,Berman,Mena,&Cummings, 1997). また 前 頭 側 頭 型痴 呆 で は,言 語 使 用 に か か わ る特 徴 的 な 障 害 が 生 じる こ とが あ る.こ れ は 意 味 記 憶 を 司 る 側 頭 葉 の 神 経 変 性 を 原 因 と して,も 的 な 概 念 が 失 わ れ て い くこ とで,言 語 の 使 用 が 困 難 とな る.ア 痴 呆 と違 い,最 近 の エ ピ ソー ドは覚 え て い るが,長 れ る.結 果,会
の ごとの基本
ル ツハ イ マ ー 型
期 的 な 意 味 ・概 念 が 障 害 さ
話 に 「あ れ ・これ ・そ れ 」 とい っ た 指 示 語 が 多 くな り,「 フ ォ
ー ク,ス プ ー ン と は何 か 」 が わ か らな くな る とい っ た 概 念 の 障 害 が 起 こ る.や
が て,会 話 自体 が 無 意 味 で 内 容 を あ ま り含 ま な い もの に な っ て い く.
●パ ーキ ンソン病 黒 質緻 密 部 の メ ラ ニ ン色 素 を含 む神 経 細 胞 が 変 性 ・脱 落 し,線 条 体 へ の ドー パ ミ ンが 枯 渇 す る こ とに よっ て 生 じる.神 経 細 胞 内 に レヴ ィ小 体 と よ ばれ る封 入 体 が 存 在 す る こ とが 特 徴 的 で あ る.黒 質緻 密 部 は や る気 や 判 断 の 正 確 さ,運 動 の 開始 や そ の 機 敏 さ に か か わ る,大 脳 基 底 核 の ネ ッ トワー ク を構 成 す る重 要 な 領 域 で あ る.こ
の 障 害 に よ り,安 静 時 の 振 戦(手
ば り,自 発 的 な運 動 の 少 な さ と動 作 の 鈍 さ,転
足 の ふ る え),筋
肉の こわ
びや す さ とい っ た症 状 が み られ
る.
● ハ ンチ ン トン病 線 条 体 の神 経 細 胞 が 変 性 ・脱 落 す る こ と で生 じ る.身 な りな どを気 に し な く な り,だ ら しな くな る(意 欲 の 低 下),ま
た 易 怒 性,易
興 奮 性 とい った 人格 の
変 化 が 起 こ る こ と や,本 人 の 意 志 に 反 して 踊 っ て い る よ うな 運 動 が 起 こ る(舞 踏 様 不 随 意 運 動)症 状 が 主 にみ られ る.病 状 が 進 む と嚥 下 機 能 が 低 下 して誤 嚥 や 窒 息 が 起 こ りや す い.神 経 脱 落 の 原 因 と し て,ハ
ンチ ン トン病 で は4番 遺 伝
子 上 に細 胞 変 性 の 原 因 とな る遺 伝 子 異 常 の 座 が 同 定 され て い る.ま
た こ の遺 伝
子 異 常 は 常 染 色 体 優 性 遺 伝 す る こ とが わ か って い る.
●脳 血管性 痴呆 動 脈 硬 化,糖 尿 病,高 血 圧 ・高 脂 血 症 な どの た め,脳 血 管 が 詰 ま った り(梗 塞),ま
た は破 れ(脳
出 血),そ
れ に よ っ て生 じる神 経 細 胞 の 損 傷 が 脳 血 管 性 痴
呆 の 原 因 で あ る.梗 塞 や 出血 が 局 所 的 で あ っ た 場 合,障 (ま だ ら痴 呆)の
で,ア
害 も局 所 に 限 定 され る
ル ツハ イマ ー 型 に 比 べ て 人 格 が 保 た れ る場 合 が 多 い.
血 管 の 損 傷 に 伴 っ て 発 症 は急 激,ま
たは血 管が損 傷 す るた びに段 階的 に起 こ
る.
● 多発 梗 塞 性 痴 呆 症 脳 の 広 範 囲 で 小 さ な梗 塞 が 多 発 す る こ とで 生 じる,脳 血 管 性 痴 呆 の一種 で あ
る.症 状 は ア ル ツハ イマ ー や パ ー キ ン ソ ン病 と類 似 して い る が,比 較 的 病 識 は 保 た れ る.感 情 が 不 安 定 に な り,ち ょっ と した こ とで 喜 怒 哀 楽 を過 剰 に表 出 す る 感 情 失 禁 が 起 こ る こ とが あ る.ま た 皮 質 か ら脳 幹 へ の 運 動 ニ ュー ロ ン部 に梗 塞 が 起 こ る こ とで 運 動 麻 痺 が 生 じる こ とが あ る.
8.7 痴 呆 の 神 経 心 理 学 的 検 査
痴 呆 に よる 知 能 の低 下 を 査 定 す る た め の 評 価 ス ケー ル と して は,ウ ー 式 成 人 知 能 検 査(WAIS-R)が
ェ クスラ
最 も代 表 的 だ が ,実 施 に長 時 間 が か か る た
め,医 療 の 現 場 で は よ り簡 便 な以 下 の 検査 が 用 い ら れ る場 合 が 一般 的 で あ る.
● 改 定 長 谷 川 式 簡 易 知 能 評価 スケ ー ル 検 査 対 象 者 に 対 し,現 在 は い つ で,こ の,数 列 の 逆 唱 と引 き算,単
こ は ど こか とい っ た 見 当 識 を 問 う も
語 の直 後 再 生 と遅 延 再 生,物
た あ と の 直 後 再 生 とい っ た 短 期 記 憶 機 能 の 課 題,特
品 を視 覚 的 に提 示 し
定 の カ テ ゴ リー に属 す る単
語 を 自 由 に言 わ せ る こ とに よ る言 語 流 暢 性 課 題 か ら な る.9問 査 だ が,痴
呆 医 療 の 現 場 で は 主 に用 い られ て い る.30点
だ け の 簡 便 な検
中20点
よ り得 点 が 低
い 場 合 は痴 呆 が 疑 わ れ る.
● ミ ニ メ ン タル ス テ ー ト検 査 ミニ メ ン タル ス テ ー ト検 査(Mini-Mental
State Examination:MMSE)は,
痴 呆 の ス ク リー ニ ン グ に 国 際 的 に 最 も広 く用 い ら れ て い る 簡 易 知 能 検 査 で あ る.長 谷 川 式 知 能評 価 ス ケ ー ル と同 様 の 問 題 に加 え て,動 作 を検 査 者 が 言 語 的 に指 示 し,そ れ を 被 検 査 者 に行 っ て も ら う (た と え ば,「 右 手 に この 紙 を 持 っ て くだ さい 」)と い っ た動 作 性 の 検査 を 含 ん で い る.
● か なひ ろ い テ ス ト ひ らが な だ け で 書 い て あ る短 い お と ぎ話 の 意 味 を 読 み と り な が ら,「 あ ・ い ・う ・え ・お 」 が 出 て き た らすべ て 拾 い あ げ,○ を つ け る と い う課 題 を被 検 査 者 に 行 って も ら う.内 容 を理 解 しなが ら,同 時 に 母 音 の 検 索 も行 う とい う二
重 課 題 を行 って も ら う こ とで,実
行 機 能 に どの程 度 の 低 下 が み られ る か を判 断
す る.
8.8 お わ
り に
これ まで 説 明 し て きた よ う に,発 達 と老 化 の 神 経 心 理 学 は,一 人 の ヒ トが 人 間社 会 の 中 で 高 度 に適 応 して い くま で,も 道 筋 とそ の 多 様 性 を,そ て,さ
し くは そ こ か ら離 脱 して い くまで の
れ を実 現 す る 神 経 基 盤 の 発 達 的 変 化 を足 が か り と し
ま ざ ま な 学 問 領 域 を 統 合 して 理 解 す る た め の 方 法 と な る研 究 分 野 で あ る
こ とが わ か る.こ の 分 野 は 科 学 的 な 人 間存 在 理 解 へ の 関心 の み な らず,医 学 臨 床 を 含 め た社 会 的 要 請 の 高 い 分 野 で もあ る.特 日,ADHDやLD,ア
に わ が 国 で は,2004年12月3
ス ペ ル ガ ー 症 候 群 な ど,軽 度 発 達 障 害 と よ ば れ,こ れ ま
で 社 会 的 な 支 援 を受 け て い な か っ た 人 々 に も,国 家 的 な 支援 の 充 実 を は か る こ と を 定 め た 発 達 障 害 者 支 援 法 が 可 決 さ れ,2005年4月1日
か ら施 行 さ れ る こ
と と な っ た.今 後 さ ら な る専 門 的 な 知 識 に対 す る要 望 が 高 まる だ ろ う.理 解 へ の 道 筋 の 地 図 はい まだ 隙 間 の あ る 部 分 も多 く,今 後 の さ らな る 研 究 に よる 知 見 の 充 実 が 望 まれ て い る.
[近藤武 夫]
■ 引用 文献
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9. 神 経 心 理 学 的 リ八 ビ リテー シ ョン
9.1 は じ め に
頭 部 外 傷 や 脳 血 管 障 害 な ど に よ る脳 の 器 質 的 損 傷 に 起 因 した さ ま ざ ま な 障害 は,高 次 脳 機 能 障 害 と よ ばれ,家 族 ま で を と りこ ん だ 日常 生 活 環境 に重 篤 な 問 題 を もた らす こ とか ら,わ が 国 で も社 会 的,福 祉 的 な 側 面 か ら行 政 的 関心 を 集 め る よ う に な っ て き た.高 次 脳 機 能 障 害 は,20年 ョ ン医 学 の 分 野 で 研 究 され て き た が,ご
近 く前 か ら リハ ビ リ テ ー シ
く最 近 ま で 一 般 に は十 分 な認 識 が され
て こ な か っ た.最 近 で は マ ス コ ミな どで も 「見 え な い 障 害 」 「制 度 の 狭 間 の 障 害 」 をキ ー ワ ー ドに,高 次 脳 機 能 障 害 を もつ 患 者 と家 族 へ の対 処 につ い て,盛 ん に と りあ げ られ る よ う に な っ た.し か し,患 者 に 対 す る診 断,訓 練,生
活支
援 な どの 手 法 は,そ の 問 題 の実 態 を把 握 す る た め の 十 分 な 資料 も な く,今 日 ま で 保 健 福 祉 行 政 の うえ で も確 立 さ れ て い なか っ た とい うの が 事 実 で あ る.こ の 背 景 に は,高 次 脳 機 能 に 関す る 用 語 や 概 念 が 学 術 的 ・学 際 的 に統 一 さ れ て お ら ず,高 次 脳 機 能 が 何 を指 す の か わ か りに くい とい う問 題 や,障
害 の現 れ 方 が 多
様 で あ り,外 見 か ら も わ か りに くい な どの 高次 脳 機 能 障 害 特 有 の 問題 が あ った (大橋,2001). 厚 生 労 働 省 は,高 次 脳 機 能 障 害 を取 り巻 くこ の よ う な 状 況 を改 善 す る た め, 2001年
度 か ら 「高 次 脳 機 能 障 害 者 支 援 モ デ ル事 業 」 を 開 始 し,具 体 的 な 取 り
組 み を行 っ て い る.3年
に わ た る 高 次 脳 機 能 障 害 の 調 査 結 果 か ら,行 政 的 に
「高 次 脳 機 能 障 害 」 が 定 義 され,そ
の 診 断基 準 が 提 案 さ れ た.こ
の モ デ ル事 業
の意 義 は,高 次 脳 機 能 障 害 者 に対 して 医療 と福 祉 サ ー ビス を提 供 す る 行 政 施 策
の 可 能 性 を 明 確 に した こ と で あ る.さ
ら に,2004年4月
に診療報酬 が改 訂 さ
れ,高 次 脳 機 能 障 害 が 早 期 リハ ビ リテ ー シ ョ ンの 対 象 疾 患 と して 認 め られ る よ うに な っ た.こ の よ うな 高 次 脳 機 能 障 害 に対 す る社 会 的支 援 制 度 が 整 いつ つ あ る な か で,こ
れ ま で 身体 機 能 優 先 に 考 え られ て きた 高 次 脳 機 能 障 害 者 の リハ ビ
リテ ー シ ョ ン も大 き く変化 し,高 次 脳 機 能 障 害 そ の も の を対 象 と した リハ ビ リ テ ー シ ョ ンの ニ ー ズが こ れ まで 以上 に 高 ま る と予 想 され る.高 次 脳 機 能 障 害 を 対 象 とす る リハ ビ リテ ー シ ョ ンで は,医 士,言
語 聴 覚 士,心
師,看
護 師,理
学 療 法 士,作
業療 法
理 技 術 者 な ど に よ るチ ー ム ア プ ロー チ が 行 わ れ るの が 一 般
的 で あ る.し か し,心 理 技 術 者 が チ ー ム に加 わ る ケ ー ス数 は十 分 で あ る とは い えず,心
理 学 を専 門 とす る 人 々 全 体 で も,こ の よ う な リハ ビ リテ ー シ ョ ンが 心
理 学 とい う学 問 の 一 部 で あ る とい う認 識 に 欠 け て い る.そ こで 本 章 は,さ
まざ
ま な高 次 脳 機 能 障 害 を対 象 とす る リハ ビ リテ ー シ ョ ン,す な わ ち神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ン につ い て概 説 す る.
9.2 神 経 心 理 学 的 リ八 ビ リテ ー シ ョ ン と は
リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 本 来 の 意 義 は,"権 歴 史 的 に は,リ
ハ ビ リ テ ー シ ョ ン と い う 言 葉 は,中
分 ・名 誉 の 回 復","破 生","復
権"な
門 の 取 り消 し","無
と が 問 題 な の で は な く,障
し,障
間 ら し く 生 き る 権 利 の 回 復(全 た が っ て,神
人間的復
経 心 理 学 的 リハ
次 脳 機 能 障 害 に よる 能 力 障 害 や 社 会 的不 利 の 低 減 を 目指
害 を もつ 人 の 身 体 的,心
準 の 回 復 を 目 的 と す る.こ
理 的,社
et al.)のNeuropsychological
会 的 適 応 に つ い て,到
達 可 能 な最 高 水
の神 経心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ン とい う用 語 が 広
く使 用 さ れ る よ う に な っ た の は,1980年
1986年
害 者 の 失 っ た 機 能 を 回復 す る こ
リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン で あ る と さ れ る.し
ビ リ テ ー シ ョ ン も,高
罪者 の更
在 で も欧 米 諸 国 で はそ の よ うな 広
学 に お い て は,障 害 者 の"人
あ る.
世 ヨ ー ロ ッ パ 以 来,"身
実 の 罪 の 取 り消 し","犯
ど の 意 味 で 使 わ れ て お り,現
い 意 味 で 用 い ら れ て い る.医
権)"が
利 ・資 格 ・名 誉 の 回 復"で
代 後 半,プ
Rehabilitation
After
リ ガ タ ー ノ ら(Prigatano Brain
Injuryが
出版 さ れ た
ご ろ で あ る.
神 経 心 理 学 的 リハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 類 義 語 と し て,認
知 リハ ビ リテ ー シ ョ ン
とい う用 語 が あ る.こ の 点 に 関 して,神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ンは,認 知 リハ ビ リ テー シ ョ ン よ り も広 範 な障 害 を扱 う とい う点 で異 な る と い う立場 が あ る.つ
ま り,神 経心 理 学 的 リハ ビ リ テ ー シ ョ ン は,脳 損 傷 に 起 因 す る 障 害 を
主 な対 象 とす るが,感 で あ る.し 習,思
情,人 格,そ
か し一 方 で,認
知 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ンの 対 象 は,注
考,心 的 組 織 化,情 動,感
場 もあ る.ま た,鹿 ンは,巣 症 状(脳
して 身体 的 障 害 まで 含 む とす る立 場 が これ 意,記
憶,学
情 表 現,そ
して 遂 行 機 能 ま で も含 む とい う立
島 ・加 藤 ・本 田(1999)に
よれ ば,認 知 リハ ビ リテ ー シ ョ
の 限 局 した 器 質 的 病 変 に対 応 した 機 能 障 害 で,失 語,失
認,
失 行 な ど)へ の ア プ ロ ー チ と して は じま っ た の ち,そ の 対 象 は そ れ 以 外 の 障 害 そ して 家 族 へ と広 が っ て い る.特
にわ が 国 で は,高 次 脳 機 能 障 害 を対 象 とす る
リハ ビ リテ ー シ ョ ンに 対 して 認 知 リハ ビ リテ ー シ ョン とい う用 語 が 広 く定 着 し て お り,認 知 リハ ビ リ テ ー シ ョ ン と神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョン の境 は, ほ とん どな い と い う の が 一 般 的 な 立 場 と な っ て い る. 上 記 の よ う な用 語 や概 念 の混 同 は,神 経 心 理 学 的 リハ ビ リ テ ー シ ョ ンに 関 し て だ け で は な い.わ が 国 で は,神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ンの 対 象 とな る 高 次 脳 機 能 障 害 そ の もの が,こ
れ まで さ ま ざ まな 類 似 の 用 語 や 概 念 で 説 明 され
て き た.高 次 脳 機 能 に 類 す る 用語 に は,高 次 皮 質 機 能,高 次 神 経 機 能,神 経 心 理 学 的 機 能,認 知 機 能 な ど さ ま ざ ま な も のが あ り,こ れ らが 同義 で あ る の か 否 か につ い て は 明 確 に され て こ な か っ た. 本 章 で は,高 次 脳 機 能 障 害 者 支 援 モ デ ル事 業 に よ る高 次 脳 機 能 障 害 の 定 義 を ふ ま え て,わ が 国 に お け る神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョン の対 象 とな る 障 害 を定 義 した い.高 次 脳 機 能 障 害 支 援 モ デ ル事 業 報 告 書 に よ る と,高 次 脳 機 能 障 害 は,頭 部 外 傷,脳 注 意 障 害,遂
血 管 障 害 な ど に よ る脳 の 損 傷 の 後 遺 症 と し て,記 憶 障 害,
行 機 能 障 害,社 会 的 行 動 障 害 な どが 生 じ,こ れ に起 因 して 日常 生
活 や 社 会 生 活 へ の 適 応 が 困 難 に な る 障 害 の 総 称 と定 義 され る(国 立 リハ ビ リテ ー シ ョ ンセ ン タ ー ,2004).さ ら に,高 次 脳 機 能 障 害 に は,患 者 自 身 あ る い は 家 族 が 障 害 に気 づ き に くい とい う病 識 欠 落 の 問 題 や,心 理 的 ス トレ ス に起 因 す る 不 安,緊 張,抑
うつ な どの 問 題 が 存 在 す る.そ
して,高 次 脳 機 能 障 害 に 限 ら
ず,障 害 を抱 え た 人 々 に は 必 ず とい っ て い い ほ ど,障 害 受 容 の 問 題 が あ る.こ れ まで 意 識 せ ず に 行 わ れ て きた 日常 生 活 が 障 害 の た め に 困 難 に な っ た と き,そ
の 障 害 を受 容 す る こ と は,患 者 の み な らず 家 族 の 大 きな 課 題 と な る.ま た,こ の ほ か に は,高
次 脳 機 能 障 害 者 とそ の 家 族 の 経 済 的 困窮 とい う社 会 的 な 問 題 が
あ る(松 崎,2002).高
次 脳 機 能 障 害 支 援 モ デ ル事 業 に お い て,高 次 脳 機 能 障
害 者 の 受 傷 ・発 症 前 の 職 業 を 調 査 し た 結 果 で は,調
査 対 象 者 の7割
近 くが 受
傷 ・発 症 前 に は な ん らか の 職 業 に 就 い て い た との 報 告 が あ る(国 立 リハ ビ リテ ー シ ョ ンセ ン ター ,2004).た や 理 解 が 得 られ な い,あ
だ,回
復 後 の 復 職 や 再 就 職 は,職 場 の 環 境 調 整
る い は 障 害が 重 く以 前 と同 じ仕 事 を こ なす こ とが 難 し
い な どの 問 題 か ら困 難 で あ るの が 実 態 で あ る.仮
に復 職 した場 合 で も,以 前 と
同 じ よ う に働 く こ とが で き ない た め に,離 職 を余 儀 な くさ れ る ケ ー ス も多 くあ る.リ ハ ビ リ テ ー シ ョン の 本 来 の 意 味 で あ る"人
間 ら し く生 きる 権 利 の 回 復"
を 目指 す と き,復 職 や 再 就 職 を含 め た 高 次脳 機 能 障 害 者 の 社 会 復 帰 は,神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ンの 解 決 す べ き大 き な課 題 で あ る. 以 上 の こ と を 考 え る と,神 経 心 理 学 的 リハ ビ リ テ ー シ ョン の 目標 は,高 次 脳 機 能 障 害 全 般 の 機 能 回 復 お よび 能 力 回 復 を 目指 し,そ れ に よ っ て 高 次 脳 機 能 障 害 者 の社 会 復 帰 を 試 み,高 次 脳 機 能 障 害 者 とそ の 家 族 へ の 継 続 的 か つ 全 般 的 な 心 身 の 支 援 を行 う こ と に あ る.つ
ま り,高 次 脳 機 能 障 害 そ の も の に 対 す る リハ
ビ リ テー シ ョ ン だ け で な く,患 者 や 家 族 が 障 害 を 認 知 す る た め の 支 援,患
者の
心 理 的 ス トレ スの 低 減,患 者 や 家 族 の 障 害 受 容 へ の は た ら きか けや 社 会 復 帰 の た め の コ ンサ ル テ ー シ ョン も,神 経 心 理 学 的 リハ ビ リ テ ー シ ョンの 重 要 な 課 題 と な る.な
お,そ
れ ぞ れ の 高 次 脳 機 能 障 害 に 関 す る詳 細 な 障 害 様 相 に つ い て
は,他 章 に述 べ て あ る.
9.3 神 経 心 理 学 的 リ八 ビ リ テ ー シ ョ ン を 実 施 す る 前 に
● 心 理 技 術 者 に よ る神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョン の 対 象 理 学 療 法 士,作 業 療 法士,言 語 聴 覚 士 な どの さ ま ざ ま な 専 門 家 が リハ ビ リテ ー シ ョ ンチ ー ム に か か わ る 中 で ,心 理 技 術 者 は神 経 心 理 学 的 リハ ビ リ テー シ ョ ン とい う側 面 で 何 を担 うべ きか の 問 題 につ い て 述 べ て み よ う.神 経 心 理 学 的 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン とい う観 点 か らの リハ ビ リテ ー シ ョ ンチ ー ム の概 念 が 確 立 さ れ て な い わ が 国 で は,心 理 技 術 者 が 障 害 の どの 部 分 に か か わ る の か,ど の よ う
な 支 援 を行 うの か に つ い て の 明確 な 基 準 が な い.慣 習 的 に,理 学 療 法 士 は身 体 機 能(能
力)全 般 を,作 業 療 法 士 は 主 体 的 な 作 業 活 動 に 関 す る機 能(能
般 を,そ
して 言 語 聴 覚 士 は言 語 機 能(能 力)全
い るが,心
力)全
般 を対 象 と した 訓 練 を 実 施 して
理 技 術 者 に つ い て は所 属 す る病 院 や 施 設 ご とで 異 な っ て い る.大
ま
か に い う と,理 学 療 法 士,作 業 療 法 士,言 語 聴 覚 士 が 対 象 と し な い 認 知 ・情 動 障 害 へ の ア プ ロー チ や,患 者 の 障 害 受 容 や 心 理 的 ス トレス の低 減,家 族 支 援 が 心 理 技 術 者 の担 う役 割 で あ る.し
か し,欧 米 の 例 か らみ る と,心 理 技 術 者 は,
罹 患 か ら リハ ビ リテ ー シ ョン進 行 の 過 程 で,障
害 の 各 期 に お け る評 価,患
抱 え る不 適 応 課 題 に対 す る 治 療 方 針 へ の ア ドバ イス,カ 生 活 復 帰 に必 要 な リハ ビ リな ど を実 施 す る.わ
者の
ウ ンセ リ ン グ,社 会 的
が 国 の チ ー ム 医療 に お い て も,
心 理 技 術 者 は この よ うな 役 割 を担 う こ とが 理 想 で あ る.
● 障害の評価 そ れ で は,心 理 技 術 者 と して リハ ビ リ テ ー シ ョ ンチ ー ム に加 わ る際 に,最
も
重 要 な こ とは何 で あ ろ うか.そ れ は,患 者 自 身 と患 者 を担 当 す る チ ー ム構 成 員 に理 解 で きる 的確 な障 害 評価 とわ か りや す い報 告 をす る こ とで あ る.こ の こ と に よっ て 患 者 に 対 す る各 担 当 者 の 共 通 した リハ ビ リ テー シ ョ ン指 針 が 立 て や す くな る. 的 確 な障 害 評価 と は,障 害 の 単 な る 記 述 と ラ ベ ル づ け に よる 分類 を行 う とい う こ とで は な い.損 傷 に よる 機 能 系 の 離 断 とい う こ と を考 え て も,あ る症 状 が 単 独 に 現 れ る とい う こ とは極 め て ま れ で あ り,患 者 が 示 す 障 害 は さ ま ざ ま な 障 害 が 組 み 合 わ さっ て い る.し た が っ て,表 面 に現 れ て い る 障 害 の 基 礎 に あ る も の を 見 極 め る の は とて も難 しい.そ
こ で,種
々 の ひ とつ ひ とつ の 検 査 結 果 に も
とづ い て,障 害 にか か わ る い ろ い ろ な 可 能 性 を排 除 しなが ら,表 面 的 に顕 著 に 現 れ て い る障 害 と隠 れ て い る 障 害 を見 極 め て い く作 業 こそ が,心
理技 術 者 が 行
う 適 確 な 評 価 とい う 仕 事 で あ り,リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ンの 重 要 な準 備 段 階 で あ る.評 価 に際 して は,さ ま ざ まな 神 経 心 理 学 的検 査 が 考 案 され て い るの で,こ れ ら を組 み 合 わせ て 使 用 し,そ の 障 害 像 を 明 ら か に して い く必 要 が あ る.表 9.1に は,代
表 的 な 神 経 心 理 学 的 検 査 につ い て 対 象 と な る 機 能 ご と に 示 した.
こ れ らの 検 査 の 中 に は,表 内 に 記 述 した 機 能 以 外 の 機 能 を評 価 す る 目的 の もの
や,標 準 化 され て い な い も の も含 ま れ て い る.ま
た,表9.1に
は,人 格 検 査,
不 安 検 査 に 関 して 記 載 して い な い が,こ れ ら につ い て は 心 理 学 専 門 書 が 多 く出 版 され て い る の で,そ
れ ら を参 考 に情 動 障 害 や パ ー ソナ リ テ ィ上 の 不 適 応 に 関
す る 検 査 を適 用 す る必 要 が あ る. も ち ろ ん,神 経 心 理 学 的 検 査 だ け で は,リ ハ ビ リテ ー シ ョ ン を実 施 す る の に 十 分 な障 害 の 情 報 を得 る こ と は で きな い.障 害 は,検 査 場 面 で は な く 日常 生 活 場 面 にお い て 評 価 さ れ る べ きで あ る とい う指 摘 が あ る よ う に,神 経 心 理 学 的検 査 の み で は 高 次 脳 機 能 障 害 のす べ て の 側 面 を 定 量 的 に評 価 す る こ と は で き な い.そ の た め,家 族 や 看 護 師か ら患 者 の 日常 生 活 上 の 困 難 に 関 す る聞 き と りを 行 い,検 査 の 結 果 と合 わ せ て さ らな る 障 害 評 価 を行 っ て い く必 要 が あ る.そ の 場 合,心 理 学 で は さ ま ざ ま な高 次 脳 機 能 に つ い て数 多 くの 理 論 や モ デ ルが 提 案 され て い る の で,こ
の よ う な モ デ ル に も とづ い て 障 害 内 容 を 推 定 す る と 同 時
に,障 害 の 神 経 心 理 学 的 理 解 と評 価 をす す め るべ きで あ る.特 に,こ れ らの評 価 に お い て は 脳 画 像 に よ る医 学 的診 断 が 不 可 欠 で,脳 画 像 情 報 に よ って,表
面
的 に複 雑 な様 相 を呈 す る 高 次 脳 機 能 障 害 の 責 任 病 巣 に つ い て の 手 が か りが 得 ら れ,顕 著 な 障 害 に隠 れ て し ま っ て見 え に くい ほか の 障 害 を推 測 す る こ とが 可 能 とな る.ま た,心 理 学 的 モ デ ル に沿 っ た 障 害 評 価 を行 う際 に は,第1章 た 神 経 心 理 学 的 評 価 の 鍵 概 念 で あ る 症 候 群 概 念,機
能 系 概 念,二
で述 べ
重 解 離 概 念,
離 断症 候 群 概 念 を考 慮 す る こ とが,科 学 的 評 価 とい う意 味 か ら も必 要 で あ る.
● わ か りや す い 報 告 わ か りや す い 報 告 とは,リ ハ ビ リテ ー シ ョ ンチ ー ム の そ れ ぞ れ の 専 門 分 野 が 独 自の 言 葉 で 障 害 評 価 を語 るの で は な く,ほ か の専 門 家 が 理 解 しや す い 表 現 を 用 い て 報 告 す る こ と で あ る.こ の こ とは,先
に も述 べ た よ う に,チ ー ム の構 成
員 の 共 通 理 解 に も とづ く患 者 の 処 遇 とい う点 で 意 味 を も っ て い る.ま た,イ フ ォー ム ドコ ンセ ン トとい う立 場 か らい え ば,専
ン
門用 語 そ の ま まで 患 者 や そ の
家 族 に 説 明 を して も,障 害 に対 す る正 しい 認 識 や 受 容 は 生 ま れ な い だ ろ う.使 用 す る用 語 に は 少 な くと も専 門家 色 の 強 い もの が 存 在 す る こ と を 念 頭 に 置 き, 心 理 学 以 外 の 専 門 家 や 患 者,そ 必 要 が あ る.
して そ の 家 族 に もわ か りや す い 表 現 で 報 告 す る
表9.1 主 な神経 心 理 学 的検 査
9.4 神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテー シ ョン の実 際
近 年,わ が 国 で も神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ンを専 門 とす る専 門 書 や専 門雑 誌 が 相 次 い で刊 行 さ れ(注1),欧
米 の 専 門 書 の訳 本 も出 版 さ れ る よ う に な
っ て きた.ま た,高 次 脳 機 能 障 害 者 支 援 モ デ ル事 業 に よ り,高 次 脳 機 能 障 害 標 準 的 訓 練 プ ロ グ ラ ム も提 案 さ れ て い る(国 2004).詳
立 リハ ビ リ テ ー シ ョ ン セ ン タ ー,
しい 内 容 は 各 専 門 書 な どに 譲 る と し て,こ
こで は 各 障 害 に対 す る代
表 的 な神 経 心 理 学 的 リハ ビ リ テ ー シ ョン につ い て,そ の 方 法 と環 境 調 節 と い う 2つ の 視 点 か ら概 略 す る.ま た,欧
米 で は,個
々の 障 害 に 対 す る 神 経 心 理 学 的
リハ ビ リテ ーシ ョ ンだ け で な く,情 緒 的 側 面,動
機 づ け側 面 な ど を含 む 包 括 的
な プ ロ グ ラ ム に 沿 っ た リハ ビ リ テ ー シ ョ ンが 数 多 く行 わ れ て お り,こ れ らの プ ロ グ ラ ム の一 般 的 な内 容 も紹 介 す る .さ
らに,本 節 の 最 後 で は支 援 技 術 とい う
視 点 か ら,リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ンに 有 効 な ハ ー ドウ ェ ア例 を あ げ る. 注1 学 会誌 で は,H本 神経心 理 学 会誌 の 『神 経心 理学研 究』 や 日本 高次 脳 機能 障 害 学 会の『高 次 脳機能 障 害研 究(旧 失語 症研 究)』 が あ る. 学 会誌 以外 で は,月 刊 『日経 サ イエ ンス』(日 経 サ イエ ンス社)に ア メ リカの サ イ エ ンス に寄稿 され た有 名 な脳 機 能や 脳障 害研 究者 の論 文 訳が掲 載 され て い る.ま た, これ らを集 め た別冊 『日経 サ イエ ンス』 に は,「 脳 を探 る」(1982年 刊),「 脳 と心」 (1993年 刊),「 脳 と心 の ミステ リー― 心 はなぜ病 むのか 」(2002年 刊)が あ る.こ の ほ か,『 ニ ュー トン』(ニ ュ ー トンプ レス)に も脳 のは た ら きや 脳 の 障害 につ い て の 記事 が しば しば掲 載 され,そ の記事 の特 集 版 も刊 行 されて いる.ま た,『 こ ころの 科学 』(日 本評論 社)80号 「神経心 理 学 入門」 と100号 「 脳 とこ ころ」 には神 経 心理 学 や脳 の はた ら きに関す る記事 が,『 現 代 のエ ス プ リ」(至 文 堂)343号 「リハ ビ リテ ー シ ョン心理 学」 に は リハ ビ リテ ー シ ョン領 域 にお け る心 理学 の 役割 が 特 集 されて い る.
●注意障害 高 次 脳 機 能 障 害 に か か わ る神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ンで は,注 意 障 害 を 対 象 と した もの が 数 多 くあ る.こ れ に は,注
意 障 害 の 出 現 頻 度 が 高 い こ と,
注 意 障 害 が そ の ほ か の 高 次 脳 機 能 障 害 を 引 き起 こ し て い る ケ ー ス が あ る こ と, そ して 注 意 障害 が 日常 生 活 や リハ ビ リテ ー シ ョ ン全 体 に大 き く影 響 す る こ と な どが 関 係 して い る.臨 床 場 面 で 観 察 され る注 意 障 害 は,注 意 資 源 の 容 量 低 下 や
コ ン トロ ー ル の 障 害 を 基 盤 とす る 汎性 的 注 意 の 障 害 と,空 間 的 注 意 の 障 害 に由 来 す る半 側 空 間 無 視 に 区 別 され る(橋 本 ・近 藤 ・柴 崎,2001).な
お,半
側空
間 無視 に 関 して は,注 意 障 害 に分 類 せ ず,視 空 間性 の 認 知 障 害 と して 分 類 す る 場 合 もあ る. 注 意 機 能 の改 善 や代 償 方 略 の訓 練 に 関 す る リハ ビ リ テ ー シ ョ ンに は,直 接 刺 激 法,行
動 条 件 づ け法,方
略 置 換 法 が あ る.直 接 刺 激 法 は,注 意 機 能 に か か わ
る脳 領 域 を 反 復 訓 練 に よっ て 直 接 的 に 刺 激 す る もの で,ソ ア ー に よ るAFT(Attention
ホ ルバ ー グ とマ テ ィ
Process Training)(Sohlberg&Mateer,1987)が
代 表 的 で あ る.行 動 条 件 づ け法 は,ト ー ク ンエ コ ノ ミー や シ ェ イ ピ ン グ とい っ た伝 統 的 行 動 療 法 の技 法 を取 り入 れ,フ 方 法 は,注
意 障 害 に 限 らず,記
保,2001).方
ィー ドバ ッ クや 強 化 を重 視 す る.こ の
憶 障 害,行
動 障 害 に広 く用 い られ て い る(久
略 置 換 法 は,課 題 を遂 行 す る 際 に 患 者 自 身 が 教 示 を声 に 出 して
行 う方 法 の よ う な,内 的 補 償 方 略 を 訓 練 す る方 法 で あ る.課 題 を遂 行 す る際 に 患 者 自身 が 教 示 を声 に 出 して行 う方 法 は,行 動 条 づ け法 の 一 種 と して 分 類 す る こ と もあ る(久 保,2001). ジ ョ ンス トン と ス トニ ング トンは,注 意 機 能 を 覚 醒,集 意,持
続 的注 意 の4つ
中 的 注 意,分 割 的 注
に分 類 し,そ れ ぞ れ に有 効 な 環 境 調 節 につ い て 述 べ て い
る(Johnstone&Stonnington,2001).た
と え ば,覚 醒 レベ ル を改 善 す るた め に
適 切 な 睡 眠 や 休 息 を と った り,課 題 を し ば しば変 更 す る,集
中 的機 能 を改 善 す
る た め に騒 音 の 少 な い 環 境 で作 業 を行 う よ う にす る,分 割 的 機 能 を 改 善 す るた め に 一 度 に1つ の こ とだ け を完 遂 させ れ ば よ い活 動 を構 成 し た り,完 遂 す るた め の リス トを 作 成 す る,持 続 的 機 能 を改 善 す る た め に短 い 活 動 を計 画 した り, た び た び 休 み を と る よ う に心 が け る な どの 方 法 が これ に あ た る.
● 記憶障害 記 憶 障 害 に関 す る リハ ビ リテ ー シ ョン は,直 接 刺 激 法 と方 略 置 換 法 に大 別 で きる.直 接 刺 激 法 は,多
くの場 合 そ の 訓 練 効 果 が ほ とん ど認 め られ な い とい わ
れ て い る が,課 題 内 容 や 方 法 に よっ て は あ る 程 度 の 成 果 もあ が っ て い る(橋 本 ほ か,2001).特
に 有 効 と考 え られ る方 法 と して は,手
が か り漸 減 法 や 誤 りな
し学 習 が あ げ られ る.手 が か り漸 減 法 は,学 習 す るべ き項 目 の再 生 が 可 能 に な
る ま で,手 が か りの 量 を徐 々 に減 ら して い く方 法 で あ る(Glisky&Schacter, 1989).ま
た,誤
りな し学 習 は 試 行 錯 誤 に よる 学 習 を避 け,誤
で 学 習 を進 め る方 法 で あ る(Wilson 一 方,方
りの な い 条 件 下
et al.,1994).
略 置 換 法 に は,記 憶 術 を利 用 す る 内 的 補 償 方 略 と,記 憶 装 置 を 用 い
る 外 的 補 償 方 略 が あ る.内 的 補 償 方 略 は,刺 激 の 符 号 化 や想 起 の 際 に視 覚 的 な 手 が か りを利 用 す る方 法 と,言 語 的 な 手 が か り を利 用 す る方 法 の2つ
に大 別 で
きる.前 者 の 例 と して は,記 憶 す べ き語 を 関 連 す る視 覚 イ メ ー ジ と結 びつ け て 覚 え る視 覚 イ メー ジ法,な
じみ の あ る 場 所 の 随 所 に 記 憶 す べ き語 を イ メ ー ジ と
して 配 置 し,そ れ ぞ れ の位 置 と結 びつ けて 覚 え る場 所 法 な どが あ る.ま
た,後
者 の 例 と して は,最 初 の 文 字 を手 が か りに して 覚 え る初 頭 文 字 手 が か り法,必 要 な 情 報 を一 定 の 手 順 で 覚 え て い くPQRST(Preview,Question, and Test)な
Read, State,
どが あ る.外 的 補 償 方 略 で は,メ モ リー ノー トや 日記 とい っ た 身
近 な も の を 外 部 記 憶 装 置 と して 用 い る 場 合 や,電 (Personal Digital Assistant)や 刎 田(2004)は,メ
子 手 帳 に 代 表 さ れ るPDA
携 帯 電 話 な どの 電 子 機 器 を用 い る 方 法 が あ る.
モ リー ノー トは単 な る外 部 記憶 装 置 と して で は な く,障 害
者 自 身 の 自律 的 な 行 動 管 理 を 促 進 す る ツー ル と して 有 効 で あ る と して,メ
モリ
ー ノ ー ト(幕 張 版)を 提 案 して い る . 記 憶 障 害 に 関 す る環 境 調 整 に は,以 下 の よ う な もの が あ る.た 使 う め が ね,財 る,引
布,鍵
と え ば,よ
く
な どは,い つ も所 定 の場 所 あ るい は特 定 の 入 れ 物 に 入 れ
き 出 しの 内 容 が わ か りや す い よ う に引 き出 し に ラベ ル を貼 る,常
に整 理
整 頓 を心 が け る,ガ
ス の締 め 忘 れ や 鍵 の か け忘 れ を しな い よ う,目
につ く場 所
に貼 り紙 をす る,な
どで あ る.こ の よ うな 環 境 調 整 は,わ れ わ れ が 日常 生 活 の
な か で もの 忘 れ 対 応 策 と して 行 っ て い る 方 法 で あ り,記 憶 の リハ ビ リテ ー シ ョ ン と して も有 効 性 を発 揮 して い る こ とか らす る と,神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ンが 日常 生 活 に即 した こ とが らか ら,と
りあ げ られ るべ き こ と を示 唆 して
い る.
●遂行機 能障害 遂 行 機 能 は 概 念 自体 が 新 し く,こ の 障 害 を 対 象 とす る リハ ビ リテ ー シ ョ ン は,ほ
か の 高 次 脳 機 能 障 害 と比 較 す る と報 告 数 も少 な い.各
訓 練 法 につ い て
は,こ
こ で も ほ か の リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン と 同 様 に,直
用 い ら れ る.直 な 例 は,多
接 刺 激 法 で は,問
接 刺 激 法 や 方 略 置換 法 が
題 解 決 課 題 を 用 い た 訓 練 が 主 で あ り,代
層 的 で 複 雑 な 問 題 解 決 場 面 を い くつ か の 下 位 段 階 に 分 け,各
必 要 と な る 機 能 を 個 別 に 訓 練 す る 問 題 解 決 訓 練(probrem-solving PST)が
あ る(Von-Cramon
表的
段 階で traing:
et al.,1991).
一 方,ジ
ョ ン ス ト ン と ス トニ ン グ ト ン は,遂
行 機 能 障 害 を 始 動 の 障 害,終
了
の 障 害,自
己 制 御 の 障 害 の3つ
れ ぞ れ に つ い て 環 境 調 整,行
動
修 正,薬
に 分 類 し て,そ
物 治 療 に よ る リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 方 法 を 紹 介 し て い る(Johnstone
&Stonnington,2004).始 用 す る,あ
動 の 障 害 に つ い て は,聴
覚 的 ・視 覚 的 ア ラ ー ム を 利
る 行 動 を ほ か の 行 動 に組 み 合 わ せ る こ と に よ っ て 生 起 頻 度 を 高 め る
(食 事 の あ と 必 ず 服 薬 す る こ と に よ っ て,服
薬 の 習 慣 を つ け る)な
ま た,終
己 制 御 の 障 害 に つ い て は,課
了 の 障 害 に は 行 動 条 件 づ け 法 が,自
計 画 立 案,課
題 の 実 施,結
果 の 検 証,次
ど が あ る. 題の
の活 動 の 立 案 とい っ た 構 造 的 な 課 題 の
遂 行 を 患 者 に 求 め る こ と が 有 効 で あ る.さ
ら に,遂
行 機 能 障 害 全 般 に 有 効 な方
法 と し て は,繰
り返 し リ ハ ー サ ル を 行 う,基
本 か ら よ り複 雑 な 段 階 へ と 階 層 的
に 訓 練 す る,毎
日 の 活 動 を ル ー チ ン 化 さ せ る な ど の 方 法 が あ る.
●包括 的なプ ログラム 包 括 的 な ア プ ロ ー チ は,デ
ィ ラ ー,ベ
ン=イ
ー シ ャ イ,プ
リ ガ ター ノ ら に よ
っ て 始 め ら れ た(Ben-Yishay,1978;Diller,1976;Prigatano,Fordyce,Zeiner, Roueche,Pepping,&Wood,1986).こ 機 づ け,そ
の ア プ ロ ー チ は,高
次 脳 機 能 を 感 情,動
の 他 の 機 能 か ら分 離 す る の は 不 可 能 と 考 え て,個
点 を あ て る の で は な く,感
々の 障 害 だ け に焦
情 や 動 機 づ け へ の ア プ ロ ー チ も 行 っ て い く こ と で,
患 者 と患 者 を 取 り巻 く家 族 と の 生 活 の 質 を 改 善 す る こ と を 目 的 と す る.典 な 日 々 の プ ロ グ ラ ム は,患 づ き の 増 加,障
型的
者 と ス タ ッ フ の 朝 の ミー テ ィ ン グ か ら は じ ま り,気
害 の 受 容 と 理 解,認
知 的 矯 正,補
償 的 ス キ ル の 向 上,職
業 カウ
ン セ リ ン グ な ど の 主 題 を 含 ん だ 個 人 の 治 療 と 小 集 団 で の 治 療 か ら 構成 さ れ て い る.個 療 法,リ
人 の 治 療 で 使 用 さ れ る 方 法 は,認 ラ ク ゼ ー シ ョ ン療 法 な ど で,こ
れ ら れ る.ま
た,集
団 療 法 で は,認
知 訓 練,心
理 療 法,そ
し て 発 話 ・言 語
れ ら は個 人の ニ ー ズ に合 わせ て 取 り入
知 訓 練 や 心 理 療 法 だ け で な く,問
題解決 訓
練 や コ ミュ ニ ケ ー シ ョン訓 練 も必 要 に応 じて 取 り入 れ られ る.さ 回 程 度,職 る.こ
ら に,週 に1
業 カ ウ ンセ リ ン グや 職 業 訓 練 を 含 ん だ家 族 の ミー テ ィ ン グ も行 わ れ
の よ う な 包 括 的 ア プ ロー チ は,患 者 の 職 場 復 帰 や 再 雇 用 を促 進 す る だ け
で な く,感 情 的 な苦 痛 を 軽 減 し,自 尊 心 を 高 め,認
知 や 個 人 間 の 機 能 を改 善 す
る 効 果 が あ る. 包 括 的 ア プ ロ ー チ は,臨 床 的 に は大 きな 効 果 が あ る と さ れ て い るが,最 大 の 欠 点 は 費 用 と人 材 で あ る.わ が 国 で もチ ー ム ア プ ロ ー チ に よる リハ ビ リテ ー シ ョンが 行 わ れ て い るが,包 括 的 ア プ ロ ー チ ほ ど の組 織 立 っ た リハ ビ リテ ー シ ョ ン は十 分 浸 透 して お らず,地
方 の 医 療 機 関 や 施 設 で は,そ
の よ うな ア プ ロ ー チ
を行 う た め の 費 用 と 人材 の確 保 が 難 しい の が 現 状 で あ る.し た が っ て,今 後 の 問 題 と して,先
行 す る 欧 米 諸 国 の 研 究 を 十 分 検 討 し,よ
り洗 練 され た リハ ビ リ
テ ー シ ョ ン を よ り多 くの 場所 で 行 え る環 境 を早 急 に 整 え る必 要 が あ る.
● 支援技 術 神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョンへ の テ ク ノ ロ ジ ー の 導 入 は,1980年
代ご
ろ か ら欧 米 に お い て 盛 ん に 行 わ れ て き た.そ の 有 効 性 につ い て は,理 論 的土 台 の 欠 乏,般
化 を 示 す 証 拠 が ない な ど の神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ン全 体 が
もつ 問 題 は抱 え る もの の,フ
ィー ドバ ッ ク装 置 や プ ロ テ ー ゼ と して だ け で は な
く,在 宅 そ の 他 の 訓 練 場 面 を選 ば な い装 置 と して リハ ビ リテ ー シ ョ ン場 面 に 適 用 可 能 で あ る こ とが 認 め られ て い る(橋 本 ほ か,2001).記 シ ョ ン で も少 し触 れ た が,特 PDAと
に,近
年 比 較 的 安 価 に 入 手 可 能 とな っ て き た
よ ば れ る コ ン ピ ュー ター は,数 百g程
容 易 で,そ
憶 の リハ ビ リ テ ー
度 の軽量 であ るため持 ち運 びが
の 多 くは画 面 に 直 接 触 れ る こ とで 操 作 可 能 な タ ッチ ス ク リー ンを 備
え て い る.PDAで
は さ ま ざ ま な 訓練 ソ フ トを 実 施 し た り,ス ケ ジ ュ ー ル を 管
理 した りす る こ とが 可 能 で あ る.こ の ほ か,神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテー シ ョン 場 面 に お け る さ ま ざ ま な 支 援 技 術 は,グ Technology
レゴー ル とニ ュー ウェ ルの
in Cognitive Rehabilitationに 紹 介 さ れ て い る(Gregor&Newell,
2004)(注2). 注2 2001年 の 『 心 理 学評 論 』44巻2号 「特 集 障害 と支援技 術 」 に,種 々の 障 害 を もつ 人に対 す る支援 技 術 の具 体 的 な紹 介や 支 援技 術 研 究 が掲 載 されて い る.ま
た,毎 年 開催 され る電 子情 報 支援(e-AT)と コ ミュニ ケ ー シ ョン支援 技術(AAC) に 関す る カ ンフ ァレ ンス 「ATACカ ンフ ァ レンス」 の 報告書 には,支 援 技術 の実 践例 や症 例 報告 が 掲 載 され て い る.各 種 支援技 術 や福 祉 機 器 とそ の利 用 につ い ての 情報 は 「こ ころWeb(http://www.kokoroweb.org/)」 を参 照す る とよい.こ のWebで は,新 たな支援 機 器や ソ フ トの 内容が 毎年 更新 され て掲 載 され る.
9.5 心 理 学 的 手 法 を 取 り入 れ た 神 経 心 理 学 的 リ 八 ビ リ テ ー シ ョ ン
これ まで,種
々の 神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ン方 法 につ い て の概 略 の 説
明 を 行 って きた が,神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ンの な か で の 心 理 技 術 者 の 役 割 を ま と め る と,お お よ そ 次 の よ うに な る.神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ンに お け る心 理 技 術 者 の 役 割 は,ま ず,高 段 階 的 評 価,次
次 脳 機 能 障 害 の 改 善 を 目指 す た め の
い で そ れ らに も とづ く患 者 個 々 人 の リハ ビ リテ ー シ ョ ン計 画 の
立 案 と,そ の 実施 で あ る.リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン につ い て は,心 理 学 的 理 論 や モ デ ル に も とづ く障 害 の 評 価 が 有 効 で あ り,こ れ に よ り対 象 とな る機 能 ・能 力 を 推 測 す る こ とが で きる.し た が っ て,心 理 技 術 者 に は,個 々 の 機 能 に 関す る心 理 学 的 理 論 や モ デ ル を 十 分 に理 解 す る こ とが 求 め られ る.ま た,そ れ ぞ れ の 高 次 脳 機 能 障 害 だ け で な く,病 識 欠 落,障 害 受 容 の 問 題,心 応,社
理 的 ス トレ スへ の対
会 復 帰 にか か わ る コ ンサ ル テ ー シ ョ ン も神経 心 理 学 的 リハ ビ リ テ ー シ ョ
ンの 重 要 な対 象 で あ る.種
々の 心 理 療 法 の な か に は,高 次 脳 機 能 障 害 へ の 適 用
可 能 性 の 高 い 療 法 もあ る.特 的 な ア プ ロ ー チ は,個
に,行 動 療 法 や 認 知 行 動 療 法 を 中心 と した 行 動 論
々 の認 知 機 能 だ け で な く,社 会 的 行 動 障 害 や心 理 的 ス ト
レス に 対 す る 有 効 性 が 示 唆 され て い る.こ の こ とか ら,心 理 技 術 者 が心 理 療 法 につ い て 精 通 す る こ と は必 須 の 要 件 と い え る. 心 理技 術 者 が,心 理 学 の さ ま ざ ま な領 域 の 専 門知 識 を 身 につ け,そ れ を評 価 や リハ ビ リ テ ー シ ョ ン場 面 で 生 か す こ とは,神 経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ ョ ン の さ らな る充 実 を 図 る こ と と直 結 す る.臨 床現 場 にお い て,リ ハ ビ リテ ー シ ョ ン と い う全 人 的 な ア プ ロー チ を行 うた め に は ,私 た ち 自身 が 偏 りの な い 幅 広 い 知 識 と技 術 を も ち,か か わ るす べ て の 人 の た め に あ り とあ らゆ る方 法 を提 供 で きな け れ ば な ら な い の で あ る.
[橋本優 花 里]
■引 用文 献 Ben-Yishay,Y.(1978).Working aged
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in the rehabili
Rehabilitation,4,307-326. it is and
it might
be.Journal of the
in
●事項索引
TOE野 欧
字
25
検 査 124
Trail Making
Test 86
ウ ィ リ ア ム ズ症 候 群 59,162 ウ ェ クス ラー 式 成 人 知 能 検 査
ACTH
145
ADHD
WAB失
163
語 症 検 査 104
WAIS-R
169
ADI 164
WCST
AIT野
25
WISC-III
APT
181
WPPSI
169
ウ ェル ニ ッ ケ失 語 98
124
ウ ェル ニ ッ ケ野 56 164
迂 回 表 現 94
164
うつ 病 145 運 動 性 言 語 野 25
BTT行
動 性 無 視 検 査 日本 版
ア
行
86
運 動 前 野 24
EBM
ア スペ ル ガー 症 候 群 161
149
Evidence
Based
Medicine
149
HDS-R HPA系
誤 りな し学 習 181
エ イ リア ン ・ハ ン ド 134
ア ル ツハ イマ ー型 痴 呆 166
エ ピソ ー ド記 憶 114 エ ピ ネフ リ ン 145,146
146
MMSE
威 嚇 攻 繋 38
120,121,169 25
遠 隔 記憶 115
1次 嗅 覚 野 67
縁 上 回 26
1次 視 覚 野 49
遠城寺式乳幼児分析的発達検
1次 体 性 感覚 野 60 Serial
Attention Test 86 PACE訓
練 109
PASAT PDA
86 182
エ フ ロ ン課 題 79
異 嗅 症 68
1次 聴 覚 野 56 Paced Auditory
運 動 野 22
ア ドレナ リ ン 145
121
LD 163
MT野
運 動 性 神 経 核 39
査 法 164 延 髄 40
1次 味 覚 野 64 1次 領 域 22 一 過 性 全 健 忘 120
黄 斑 回避 51 音 韻性 錯 語 93
意 図 性-自 動 性 の解 離 131, 132
カ
行
PIT野 25
意 味 記 憶 115,117
PRS
意 味 性 錯 語 93
快 感物 質 41
意 味 痴 呆 117
解 釈 バ イ ア ス 148
意 味 理解 の 障 害 95
外 傷 後 ス トレス障 害 147
165
PTSD患
者 145
RBMT
121
SALA失
語 症 検 査 105
異 名 半 盲 51
回 想(回 顧)記
飲 水 行動 37
外側 溝 21
韻律 性 30
外 側 膝 状 体 49
STS 26
改 定長 谷 川式 簡 易 知 能評 価 ス ヴ ィジ ラ ンス 課 題 86
TMT
125
憶 116
ウ ィス コ ンシ ン ・カー ド分 類
ケ ー ル 169 外 的補 償 方 略 182
外 転 神 経 核 39
嗅 覚 測 定 68
骨 相 学 2
下 位 脳 幹 20
嗅 覚 脱 失 68
古典 的 コ ネ ク シ ョニ ズム 9
海 馬 34,148
嗅 球 66
こ と ば の鎖 90
会話 パ ー トナ ー 109
嗅 糸 66
顔 細 胞 25
弓状 束 27
固有 感覚 47 コ ル サ コ フ症 候 群 37,119
顔 年 齢 課 題 79
橋 39
コ ル チ コ イ ド 142
蝸 牛 神 経 核 40
橋 小脳 42
コ ル チ ゾ ー ル 145,146
角 回 26
強 迫 性障 害 147
混 合型 超 皮 質性 失 語 99
学 習 障 害 163
近 時 記 憶 115
拡 大 代 替 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン
近 赤 外 分 光 法 157
サ
行
109 重 な り図形 課 題 79
空 間視 系 50
再 帰 性 発話 94
下 垂 体 後葉 38
空 間 的 注 意 82
再 現 像 22
下 垂 体 前 葉 39
空 腹 中 枢 37
細 胞 構 築 図 6
下 唾 液核 40
ク リ ュー バ ー-ビ ユ ー シー症
作 業 記 憶 115
滑 車 神 経 核 39
候 群 35,144
作 業 療 法 士 176
カ ナ ー ・タ イプ 161
錯 文法 94
か な ひ ろ い テ ス ト 169
警 告 ネ ッ トワ ー ク 85
作 話 117
刈 り 込み 154
ゲ ル ス トマ ン症 候 群 101
三 叉神 経 核 群 39
加齢 による発達的構造変化
言 語 聴 覚 士 176
155
ジ ェ ー ム スーラ ン ゲ説 140,
言語 野 91
感 音 性 難聴 57
言語 野 孤 立 症 候 群 99
感 覚(の
幻肢(痛)
分類) 46
感 覚 性 言語 野 27
141
62
支 援 技 術 18,184
健 忘 失語 98
視 覚 系 48
感 覚 性 神 経 核 39
視 覚 失認 71
環 境 依存 症 候 群 135
高 機 能 自 閉症 161
環 境 調 節 180
高 次 視 覚 野 25
喚 語 障害 93
高 次 精 神 活 動 障 害 評価
緩 徐 進 行性 失 語 93
高 次 聴 覚 野 26
観 念 運 動 失 行 131
高 次脳 機 能 障害 107,150,
観 念 失 行 132
視 覚 周 辺 野 50 視 覚 前 野 50 11
173,175
視 覚 的 方 向 定位 の ネ ッ トワー ク 85 視 覚 認知 96 視 覚 野 24
顔 貌 応 答 ニ ュ ー ロ ン 25
構 成 失行 132
視 覚 連 合 野 50
顔 面 神 経 核 39
行 動 条件 づ け法 181
時 間的 勾 配 117
合同 ニ ュー ロ ン 25
四丘 体 39
後 頭 葉 21
視 空 間構 成 能 力 96
広 汎 性 視 床 皮 質投 射 系 36
刺 激 法 110
後 部 複 合 モ ダリ テ ィ連 合 野
自 己意 識 27,28
記 憶 114 ―の ホ ロ グ ラ ム 説 4 記 憶 障害 107,150,181 拮 抗 失 行 134
26
自 己刺 激 法 40
機 能 局在 説 2
語 音 認 知 の 障 害 95
自 己受 容 性 感覚 47
機 能 系 概 念 12,13
語 義 失 語 99,117
視 床 36
機 能 的範 疇 化 課 題 79
黒 質 33
視 床 下 核 33
逆 向 健 忘 115
心 の 理 論 159
視 床 下部 36
キ ャ ノ ンーバ ー ド説 140,141
呼 称 97
視 床 下 部-下 垂 体-副 腎 皮 質 系
ギ ャ ン ブ ル課 題 129
語 新 作 93
嗅 覚 減 退 68
孤 来核 40
事 象 関 連 電 位 157
146
前 交 連 28
視 床 失語 99
常 同行 動 161
視 床 性 健 忘 120
小 脳 20
全 失 語 98
肢 節 運動 失 行 131
小 脳 体 41
線 条 体 33
持 続 遂 行 検 査 81
小 脳 体 前 葉 42
全 体 論 3,4
失 音 楽症 31,59
初 期 経 験 156
選 択 的 注 意 81
実 験 神経 心 理 学 10,11
触 覚 失 認 71
失 行(症)
除 脳 固縮 42
前 庭 小 脳 42
実行機 能 159
徐 波 睡 眠 40
前 庭 神 経 核 群 39
実 行 的 注 意 ネ ッ トワ ー ク 85
自律 神 経 系 144
前 頭 側 頭 型 痴 呆 167
失 語 症 92
シ ル ビ ウ ス裂 溝 21
前 頭 葉 21,122
失 語 症 鑑 別 診 断 検 査 104
進 化 心 理 学 158
前 頭 連 合 野 27
失語 症語 彙 検 査 105
神 経心理 学 的検 査 177,179
全 般 性 不 安 障 害 147
失語 症 図 式 9
神 経 心 理 学 的 評価 11
前 部 複 合 モ ダ リテ ィ連 合野
失書 25
神経 心 理 学 的 リハ ビ リテ ー シ
107,130
―の 偏 り 148
ョ ン 174,184
失 読 失書 100
27
線 分 二 等 分 課 題 86
失認 71,107
神 経 性 難聴 57
失 文 法 94
心 身 二 元 論 2
総 合 的 失 語 症 検 査 101,103
失 名 詞 失 語 98
新 造語 93
巣 症 状 175
実 用 コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ン能 力
深 部 感 覚 60
相 貌 失 認 75
心 理技 術 者 176
側 頭 葉 性 健 忘 118
遂 行 機 能(障
検 査 106
ソマ テ ッ ク ・マ ー カ ー 仮 説
シナ プ ス 154 ―の 過 形 成 154
自閉 症 ス ペ ク トラ ム 指 数 164
8
182
自発 性 異 常 嗅 覚 69
害) 107,122,
遂行機能障害症候群行動評価
タ
行
127
髄 鞘 化 155
大 うつ 病 性 障 害 145
髄 板 36
帯 状 回 35,142
視 放 線 49
睡 眠 と覚 醒 38
対 人 コ ミュ ニ ケー シ ョ ン
視 野 異 常 51
ス ク リー ニ ン グ検 査 101,
自閉 症 スペ ク トラ ム 障 害 160
社 会 的 行 動 障 害 150 社 会 脳(仮
説) 158,160
社 会 不 安 障 害 147
103
159 体性 感 覚 47,60
ス トル ー プ 課 題 86
体 性 感 覚 野 22
刷 り込 み 現 象 155
体 性 感 覚 連 合 野 60
ジ ヤ ル ゴ ン 94
大 脳 基 底 核 33
自由 意 志 27
性 格 ・人格 の 座 27
大脳 機能局在説 3
修 正 ス トル ー プ 検 査 125
生 活 機 能 107
大 脳 脚 39
重 度 失 語 症 検 査 104
性 行 動 37
大 脳性 色 盲 53
周 辺 症 状 166
精 神 機 能 低下 107
大 脳 半 球 20
受 容 体 機 能亢 進 仮 説 146
青 斑 核 40
大 脳 半 球 機 能 差 28
純 粋 失 書 101
生 理 的 暗 点 51
大 脳 皮 質 運 動 野 61
純 粋 失読 100
脊 髄 小 脳 42
大 脳 皮 質 味 覚 領 64
障 害 受 容 175
舌咽 神 経 核
大 脳 辺 縁 系 33,34,142
症 候 群 概 念 12,13
舌 下 神 経 核 40
上 唾 液 核 40
摂 食 行 動 37
タキ ス コ ス コ ー プ法 31
常 同言 語 94
セ ロ トニ ン 146
多 発 梗 塞 性 痴 呆 症 168
情 動 行 動 38
前 向健 忘 115
40
体 部 位 局 在 61
単一 恐 怖 147
単 一 モ ダ リテ ィ連 合 野 24
統 合 失 調 症 143
脳 血 管 性 痴 呆 168
短 期 記 憶 115
統 語 の障 害 94
脳 溝 21
淡 蒼 球 33
逃 走 行 動 38
脳 室精気説 1
頭 頂 葉 21
脳 内 オ ピエ ー ト 41
遅 延 反 応 93
等能説 4
脳波 7
知 覚 46
同 名 半 盲 51
脳病 理学 8
知 覚 的 範 疇 化 課 題 79
特 殊 視 床 皮 質投 射 系 36
脳 梁 28
地 誌 的 失 見 当 77
ドー パ ミ ン神 経 束 40
ノル ア ドレナ リ ン神 経 束 40
痴 呆 165
トレ イ ル ・メ ー キ ン グ検 査
ノ ル エ ピネ フ リ ン 143,145
125
着 衣 失 行 133 注 意 欠 陥 障 害 163
ハ
注 意 欠 陥 多 動 性 障 害 163
ナ
行
行
注 意 障 害 150,180 中 隔 35
内 耳 性 難 聴 57
背側 ス トリー ム 50 パ ー キ ン ソ ン病 33,143,168
中核 症 状 166
内 臓 感 覚 47
長谷川式簡易知能評価 スケー
中心溝 21
内 側 膝 状 体 56
中枢 性 体 性感 覚 障 害 62
内 側 前 脳 束 35
発 達 障 害 160
中枢 性 難 聴 58
内 的 補 償 方 略 182
発 達 神 経 心 理 学 153
中脳 39
ナ ロ キ ソ ン 41
発 達 ス ケ ジュ ー ル 157
中脳 水 道 39
難 聴 57
発 達 遅 滞 155
虫 部 41
難 読 症 101
発 達 的 乖 離 160
ル 120
パ ニ ッ ク障 害 147
聴 覚 54
ハ ノ イの 塔 パ ズル 126
聴 覚 過 敏 59
2次体
聴 覚 系 55
二 重 解 離 概 念 12,14
パ ペ ッ ツの 回 路 116,141
聴 覚 失 認 59,71
二 重 課 題 86
半 球 機 能 側 性 化 10
聴 覚 周 辺 野 56
日本 版 ウ ェ ク ス ラ ー 記 憶 検 査
汎 性 的 注 意 の 障 害 181
聴 覚 的 な 把 持 力 95
聴 覚 野 24
日本 版 リバ ー ミー ド行 動 記 憶
半 側 空 間 無 視 30,82,181 ハ ンチ ン トン病 168
長 期 記 憶 115
感 覚 野 60
121
検 査 121
超 皮 質 性 運 動 失語 99
乳 頭 体 37
超 皮 質 性 感 覚 失 語 99
乳 幼 児 精 神 発 達 診 断 法(津 式) 164
直 接 刺 激 法 181 陳述 記 憶 114
被 蓋 39 守
被 殻 33 非 言 語 性LD
認 知 46
皮 質 盲 52
164
認 知行 動 療 法 149
皮 質 聾 58
テ ィ ン カー トイ検 査 126
認 知 症 166
尾 状 核 33
手 が か り漸 減 法 181
認知 障害 150
非 特 殊 核 36
手 続 き記 憶 114
認 知 神 経 心 理 学 的 ア プ ロー チ
皮 膚 感 覚 60
伝 音 性 難 聴 57
標 準 高 次 視 知 覚 検 査 78
電 気 味 覚 検 査 65
認 知 リハ ビ リテ ー シ ョ ン
伝 導 失 語 27,98
111
174
展望記憶 116
標 準 失語 症 検 査 103,104 病 態 失 認 62 病 的 暗 点 51
脳 回 21
病 的 に進 んだ 老 化 現 象 165
統 覚 型 視 覚 失 認 72
脳 幹 20
表 面 感 覚 60
動 眼 神 経 核 39
脳 機 能 画 像 解 析 146
道 具 の 強 迫 的 使 用 134
脳機能 地図 6
フ ィネ ア ス ・ゲー ジ 8,144
不 完 全 図 形 課 題 79
ま だ ら痴 呆 168
複 合 モ ダ リテ ィ連 合 野 26
街 並 失 認 77
復 唱 96
マ ッ ク リ ー ンの 大脳 辺 縁 リ ン
副 腎 皮 質 刺 激 ホ ルモ ン 145
ラ
グ 説 35
腹 側 ス トリー ム 51
抹 消 課 題 86
物 体 視 系 51
満 腹 中枢 37
行
ラ テ ラ リテ ィ 10 ラ ン ドマ ー ク失 認 77,78
ブ ロ ー カ失 語 25,98
理 学 療 法 士 176
ブ ロー カ領 25 ブ ロー ドマ ン17野
49
味 覚 検 査 65 味 覚 中枢 63
離 断症 候 群 概 念 12,15
ブ ロー ドマ ン18野
50
味覚 伝 導 路 64
ブ ロー ドマ ン19野
50
味 覚 野 64
流 暢 性 93
ブ ロー ドマ ン41野
56
道 順 障 害 77
流 暢 性 検 査 125
ブ ロー ドマ ン42野
56
ブ ロ ー ドマ ン43野
63,64
リハ ビ リテ ー シ ョン 174 リボ ー の 法 則 117
ミニ メ ンタ ル ス テ ー ト検 査 169
両 耳分 離 聴 法 10 菱 脳 味覚 核 40
ブ ロ ー ドマ ンの 脳 地 図 22
耳 鳴 り 58
臨 界期 155
分 割 的 注 意 81
三 宅 式 記 銘 力検 査 122
臨 床神 経 心 理 学 11,17
味 蕾 65 β ア ミロ イ ド 166 ベ ン ソ ン と フ ァ ン ・ア レ ンの 顔 認 知 課 題 79 扁桃 体 35,147 ベ ン トン視 覚 記 銘 検 査 122
ミラ ー ニ ュ ー ロ ン 25
レヴ ィ小 体 168 連 合型 視 覚 失 認 72
ム ー ニ ー の 課 題 79
連 合 野 の 連 合 野 27 レ ンズ核 33
迷 走 神 経 背 側 運動 核 40 迷 路 学 習 課 題 80
老 化 156
メモ リ ー ノ ー ト 182
濾紙 デ ィス ク法 65 ロ ボ トミー 7,144
捕 食 攻 撃 38
盲視 50,53
ロ ー ラ ン ド裂 溝 21
ボ ス トン過 程 分 析 的 ア プ ロー
網 膜 48
包括 的 な プ ロ グ ラ ム 183 方 略 置 換 法 181
チ 13
モ ノ ア ミン 欠 乏 仮 説 146
補 足 運 動 野 24 ホ ム ン クル ス 61
ヤ
行
123 ワ ダ法 6
掘 り下 げ 検 査 101 ヤ コ ブ レ フ の 回路 116 行 有 名 人 の 顔課 題 79 マ ス カ ー 法 58
行
ワ ー キ ング メ モ リ 27,115,
補足 感 覚 野 60
マ
ワ
問 題 解 決 訓 練 183
ワ ニ の脳 34
●人名索引
ア ス ペ ル ガ ー(Asperger,H.)
161
ア ル ツ ハ イ マ ー(Alzheimer,A.)
ビ ュ ー シ ー(Bucy,P.C.) 166
ヴ ィ ー ゼ ル(Wiesel,T.N.)
6,156
ウ ィ リ ア ム ズ(Williams,J.C.P.)
35,144
ヒ ュ ー ベ ル(Hubel,D.H.) フ ァ ン ・ア レ ン(Van
59,162
6,156 Allen,M.W.)
174,183
ヴ ェ サ リ ウ ス(Vessalius,A.)
2
プ リ ブ ラ ム(Pribram,K.H.)
4
ウ ェ ル ニ ッ ケ(Wernicke,C.)
3
フ ル ー ラ ン ス(Flourens,P.)
3
ブ レ ー ク モ ア(B1akemore,C.) カ ハ ー ル(Cajal,S.R.y) ガ ル(Gall,F.J.)
5
フ ロ イ ト(Freud,S.)
3
ブ ロ ー ドマ ン(Broadman,O.)
1
キ ム ラ(Kimura,D.)
ヘ ス(Hess
10
キ ャ ノ ン(Canon,W.)
,W.R.)
ベ ン=イ
35,144
ゲ シ ュ ヴ ィ ン ト(Geschwind,N.)
6
5
ベ ル ガ ー(Berger,H.)
140
ク リ ユ ー バ ー(Kluver,H.)
ゴ ル ジ(Golgi,C.)
156
139
ブローカ(Broca,P.P.)
2
ガ レ ヌ ス(Galenos)
7
ー シ ャ イ(Ben-Yishay,Y.)
ベ ン ソ ン(Benson,A.L.)
9,16
5
ポ ス ナ ー(Posner,M.I.)
80,139
マ ッ ク リ ー ン(MacLean,P.D.)
シ ェ リ ン ト ン(Sherrington,C.S.) ジ ャ ク ソ ン(Jackson,J.H.)
デ カ ル ト(Descartes,R.) ト イ バ ー(Teuber,H.)
,J.W.)
ヒ ポ ク ラ テ ス(Hippocrates)
5
モ ー ニ ッ ツ(Moniz,E.)
8,128
ヤ コ ブレ
7,144
フ(Yakovlev,P.I.)
116
183 2
ラ シ ュ レー(Lashley,K.S.)
11,14
ハ ッ テ ン ロ ッ カ ー(Huttenlocher パ ペ ッ ツ(Papez
79
ム ン ク(Munk,H.)
9
ダ マ シ オ(Damasio,A.R.)
35
ム ー ニ ー(Mooney,C.M.)
5
10
デ ィ ラ ー(Diller,L.L.)
6,61
85
11
ジ ェ ー ム ズ(James,W.)
ス ペ リ ー(Sperry,R.)
183
79
ペ ン フ ィー ル ド(Penfield,W.)
ザ ン グ ビ ル(Zangwill,D.L.)
79
プ リ ガ タ ー ノ(Prigatano,G.P.)
,P.R.)
35,116,162 1
154
4
リ ッ サ ウ ア ー(Lissauer,V.)
73
リ ー プ マ ン(Liepmann,H.)
9,130
ル リ ア(Luria,A.)
9,11,136
ロ ー レ ン ツ(Lorenz,K.)
155
編 集者 略歴 利 島 保(と しま ・たもつ) 1943年 広 島県に生 まれ る 1972年 広 島大学大学院教育学研究科 博士課程単位修得退学 現 在 県立広島大学理事 ・広島大学名誉教授 文学博士 編 著 書 『 光 と人間の生活ハ ン ドブ ック』(共編,朝 倉書 店) 『 心理学 のための実験マニュア ル』 供 著,北 大路書房)
朝倉心埋学講座4 脳 神 経心 理 学 2006年1月20日 2007年11月30日
定価 はカバ ーに表 示
初 版 第1刷
第3刷
編集者 利
島
保
発行者 朝
倉
邦
造
株式 発行所 会社 朝
倉
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〈 検 印 省略〉
シ ナ ノ ・渡 辺 製本
C 2006〈 無断複 写・ 転載 を禁ず〉 ISBN978‐4‐254‐52664‐6
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in Japan